ケガレビトの里東京

 

序、不可解な洞窟

 

ミノタウルスが守っていた広間を抜けて、更に進むと、露骨に空気が変わった。

明らかに洞窟ではなくなっている。

完全に人工物だ。

しかもこれは、見た事がない技術である。

触れてみるけれど、石でも土でもない。彼方此方に魔法の言葉で、危険だとか、工事中だとか書かれている。

戦闘の跡も残されている。

そして、道は螺旋状にくねりながら、下へ下へと続いていた。

僕達が休んでいる間に、他の班が下を見に行ったらしいのだが、悪魔が強力だと言う事もあって引き返してきたらしい。

たしかにミノタウルスほどの気配ではないものの、明らかに空気がそれまでの奈落とは違う。

奈落最深層は、ミノタウルスがいた場所ではなかったのだ。

この下にはミノタウルス以上の悪魔がたくさんいる。

そうミノタウルスは倒れる前に言っていた。

僕は気を張り詰めながら、一歩ずつ行く。ヨナタンも多数の天使を周囲に展開しながら歩いていた。天使は翼を持ち空を飛んでいることもある。周囲を立体的に防御出来るのが大きい。

ミノタウルスを倒して更に力がついた結果、皆の手持ちの悪魔も更に強くなっている。特にヨナタンは、更に上位の天使を呼び出すことに成功している。

天使アークエンジェルの更に上。

階級としては下級一位のプリンシパティ。

アークエンジェルほどの武闘派には見えないが、その代わり光の魔術と回復の魔術に長けている。

このプリンシパティ三体を主軸に、ヨナタンの悪魔が立体的な防御陣を敷いてくれているため、奇襲を防げるのは大きい。

ただし、それも広い場所ではだ。

それにマグネタイトの消耗も大きい。

悪魔を倒しながら進んでいるが、マグネタイトはこれだと幾らでも必要だなと、ワルターがぼやく。

僕も同意見だ。

螺旋にくねっていた道を抜ける。途中たくさんの遺物があった。

これらは、出来るだけ持ち帰るようにとお達しが出ている。

直接の指示を出したのは、あの冷徹そうな目をしたギャビーという司祭だか司教だからしいのだけれども。

実際に指揮を取っているのは、ギャビーが抜擢したらしい、俗物そのものの男性司祭である。

元はもっと下級の司祭だかだったらしいのだが。

ギャビーが抜擢した結果、かなり偉い地位についたそうだ。

なんであんな奴を。

そういう声が、サムライ達の間からも上がっていたが、僕にはなんとなく見当がついていた。

ウーゴとかいう名前のギャビーの腰巾着だが。

あいつ、頭が切れるのだ。

ギャビーというあの人、多分ただの人間では無さそうなのだが。人間を純粋に能力だけで見ている節がある。

ウーゴという奴、前に少し話しているのをみたけれど、理路整然と喋っていて、態度と裏腹に頭が切れるのが一発で分かった。

多分これらの遺物も、意味があるものなのだろう。

回収は出来るだけしながら進む。イザボーが、ため息をついた。

「何に使うものかすら分かりませんわね。 武器かしら」

「此方は信じられない程精密にできている細工物だ。 一体どれほどの技術があれば作り出せるのだろう」

「一生剣や槍だけ作っている鍛冶師には絶対に無理だな」

「それは同感だけれど、そういう人達の腕が僕達の生命線だってことも忘れたら駄目だよ」

ワルターが冗談めかしていうので、釘を刺しておく。

実際ミノタウルスに勝てたのも、支給された武器の性能もある。

牙の槍の破壊力はミノタウルスとの戦いでも、その後でも発揮され続けている。狭い所に入ると、人間の力が純粋に試されるからなおさらだ。

狭い通路の奥には、幾つかちいさな部屋みたいになっている所がある。

其処に素材も分からない机があって、其処に置かれているものを見つける。古びた手帳だ。

魔法の文字で書かれているが、これは本当に人間が書いたものか。もの凄く丁寧で、字に乱れがない。

僕とワルターが見張り、ヨナタンとイザボーが解析する。

「何々、2026年、……よく分からない単語が続いている。 ええと、ようやく勝負に出る事ができた。 悪魔討伐隊……でいいのかな。 悪魔討伐隊は大きな被害を出したが、ついにスカイタワー……固有名詞だろうか。 それを制圧し、上にある世界を目指して、生き残った土建経験者を集め、悪魔を退けながら掘削を開始した。 マサカド公……誰だろうか。 マサカド公が守ってくれた地盤を削るのは心苦しいが……この先に、恐らくは天使達が攻めこんできた際の拠点がある……?」

「天使だあ?」

「天使がいるのは周知でしょう。 事実ヨナタンが従えているのだから」

「どういうことだ。 ケガレビトの里には、先に俺たちの国……東のミカド国が攻めこんだのか?」

分からない。

ただ僕は警戒を続ける。

ヨナタンが、手記を更に解読する。

「ツギハギは顔の手術が終わったばかりで、酷い状態なのに、必死に戦ってくれている。 昨日は魔王が攻めてきたのを、アキラと退けてくれた。 フジワラは先行偵察を頑張ってくれているが、毎日大きな被害が出ている。 東京?は地獄だ。 早くこれを収束させるためにも、天使も悪魔も全て倒さないと。 だが……が強大な悪魔を手に入れたらしくて、麓で暴れている。 このままだと、東京は奴らに牛耳られてしまう?」

「どうやらケガレビトも一枚岩ではないようですわね」

「そのようだ。 周囲はどうだ」

「一応問題はないぜ。 この辺りの悪魔はかなり仕留めたからな。 だが下が悪魔の巣窟だとすると、幾らでも湧いて出てくるんじゃねえのかな」

その可能性が高そうだ。

一度戻って、回収したよく分からないものは、全て寺院に納める。寺院にいたウーゴは、サムライには居丈高に接してくるが。

見せた発掘品には、目を輝かせて飛びついていた。

一応手記も渡しておく。

「素晴らしい。 戦う事しか能がないサムライの割りには出来るじゃないですか。 そのままどんどん珍しいものを集めてきなさい」

「……こいつ殴ってもいいか?」

「ひいっ!」

「ワルター、駄目だよ。 まああんまり五月蠅かったら、自分でも気付けないうちに首が胴体から離れてるかもねこの人」

そのまま後ろに倒れて気絶するウーゴ。

僕も本気でやるつもりはない。

ただ、ワルターが殴ったら普通に死んでしまうだろうし、ちゃんと抑えは効かせておかなければならなかったけど。

休憩を入れてから、すぐに探索に戻る。

サムライ衆も東のミカド国全域で活動を続けて、サバトに対策しているようだ。キチジョージ村のような地獄絵図は起きてはいないが、やはり人が悪魔化する事件はたびたび起きているようである。

それの糸をあの黒いサムライ……恐らくはリリスが引いているのだとしたら。

早く倒さなければならないのだ。

やはり地下から悪魔が湧いてきているらしく、奈落は混乱している。

ミノタウルスの間までホープ隊長が降りて来ていて、何かしらの協議をしていた。強力なガーディアンを配置するべきだろうか、というような意見の交換のようである。

僕はまだ混じる資格はない。

一礼だけして、さっさと奥へ行く。

ホープ隊長も目礼だけして、僕らを送ってくれた。

地下へ地下へ。

更に地下に深く潜る。

途中で現れる悪魔を、バロウズがいちいち解説してくれる。どれも個性的な悪魔だが、確実に強くなってきている。

ただ、野良では絶対に天使が出無い事に気付く。

堕天使はかなりの数がいるのに。

手記があった地点まで降りた。バロウズが警告してくる。

「マスター。 其処の扉の奥よ」

「ん」

言われたまま、入ってみる。悪魔の気配とバロウズは言わなかった。それは、有益なものがあるという意味だ。

バロウズの性格は、話していて分かってきた。

そういえばバロウズは、僕以外の相手と話すときは、その相手に相応しい口調などを選択しているようである。

この辺りは円滑な持ち主とのやりとりをするため、だろうか。

いずれにしても、バロウズが賢いので、僕は随分助けられているが。

足を踏み入れた先は、あの巨大なドームだ。

真ん中にある装置に手を伸ばすと、バロウズが分からない言葉を言い出す。

「スキャン開始。 経路はほぼ封鎖済。 彼方此方に電子ロックがかかっているわ。 これでは殆どの地点に空間転移移動は出来ないわね」

「何の話?」

「マスター、皆にも登録をして貰って。 これは簡単に言うと、別の空間に一瞬で移動出来る装置よ。 名前はターミナル。 ただし、現時点では東のミカド国のターミナルにしかいけないわ。 また、他のサムライ達も、自力でここまで来て、登録する必要があるの」

「空間を移動する? いや、悪魔の使う魔術を見る限り、不可能ではないのだろうが……」

「面白そうだ。 やってみてくれ」

こう言うときはワルターがノリノリだ。

僕もそれに賛同する。

バロウズが僕の不利益になる事を言った試しが無い。だから、純粋に興味がある事だし乗って見るのだ。

「では、東のミカド国王城内ターミナルへ移動するわよ」

頷く。

実際、此処まで一気に降りてこられるなら大変に楽ちんだ。

ぎゅんと、凄まじい音がした。

そして天地がひっくり返るような感覚とともに、実際に空に放り上げられていた。

僕はとっさに反転して着地。

受け身を失敗しそうなイザボーをいわゆるお姫様だっこで助ける。後方で落ちたワルターとヨナタンは、どうにか受け身は取れたようだ。

「おいおい、空中に放り出しやがって!」

「システムの一部が不完全なの。 今後も転移は空中に放り出されるから、気を付けて」

「それは皆のガントレットにいる君に共有してくれたまえ。 下手をすると死人が出るぞ」

「分かったわ」

ヨナタンが頭を振りながら立ち上がる。

ワルターはガタイがいい分、落下した後の衝撃も強烈だったようで、早く言ってくれよとぶつぶつ呟いていた。

ターミナルから出ると、丁度奈落から戻って来たホープ隊長と鉢合わせる。

驚いた様子だ。まあ当然だろう。

経緯を話しておく。

バロウズを経由して、このターミナルというものについての使い方なども共有。頷くと、ホープ隊長は早速第一分隊の精鋭とともに、下のターミナルと目指す、ということだった。

実際問題、奈落経由で悪魔が上がって来ているのなら、中継地点は多い方がいいに決まっている。

更に言うとターミナルの周辺は色々な部屋があって、多数の遺物もあった。

要するに、発掘した後、あの螺旋状の通路をえっちら登って戻らなくて良いのは、利便性だけではない。

帰路で疲弊するのを避けられるし。

帰路で悪魔に奇襲されるのも防げる。

問題は、このターミナルを悪魔に使われる危険性だが。

バロウズがそれについては説明してくれる。

「悪魔は本来、こういった機械にとっては天敵に近い相手なの。 電子機器の防護なんて、紙同然に突き破られてしまうのよ」

「ええと、それは」

「本来だったら極めて危険だったでしょうね。 でもこれは、恐らく悪魔召喚プログラムを作った人間と同一人物が理論を手がけているわ。 封鎖されている他のターミナルも、恐らく悪魔が物理的に抑えている。 それを開放すれば、その地点まで一瞬で飛ぶ事ができる筈よ」

「良くわからねえが、それは便利だな。 空中に放り出されるのだけは面倒だけどよ」

ヨナタンがそうだなと、ワルターに同意している。

イザボーも次からは自力で対応すると僕に言う。まあ僕も、毎度ガタイが僕よりいい相手をお姫様抱っこ着地は難しいし、それでいい。

他にも幾つかの説明を受ける。

大量の物資を抱えてターミナルを跳ぶのは危険で、着地時に破損したり、質量が多すぎると一部を正常に輸送できない可能性が高い。

要するに大軍を一度にターミナルを越えて送り込めない、ということだ。

「精々十数人を同時に跳ばすのが限界でしょうね。 あまりにも大量の荷物を運ぶのは、控えた方が賢明よ」

「了解。 じゃあ、一度補給を……と、今日は切り上げよう」

残念ながらもう日が暮れる。

皆体力がついてきているとはいえ、体内時計を狂わせると色々と面倒だ。手を叩いて、今日は解散とする。

隊舎で僕は牙の槍を手入れする。

イザボーが様子を見に来たが、牙の槍の刃を丁寧に研いでいるのを見て、呆れていた。

「まるで色気がありませんわね……」

「僕の場合世界一それと縁がないと思う。 それでどうしたの?」

「……あの手記の内容を覚えているのですけれども。 ああいうものがあるということは、恐らくそう遠くない先にケガレビトの里がありますわ」

「確かに」

それはそうだ。

顔を上げると、イザボーを見る。

若干不安があるようだった。

「あの黒いサムライが全てを支配している土地だったら、多くの無辜の民を手に掛ける事になるかも知れないですわね。 気が進みませんけれど」

「そうならないようにしよう。 それに、悪魔が溢れている土地だったら、悪魔に人々が虐げられている可能性の方が高い」

「そうですわね。 ええ、そう信じましょう」

勿論僕だって、ケガレビトなんて相手を呼んでいる時点で、和解が難しい事も。僕らを歓迎してくれるとは限らない事だって分かっている。

ただ、僕らが普通に使っている魔法の言葉が通じるという時点で、希望はある。

言葉が通じてもわかり合えない相手なんて幾らでもいるけれど。少なくともゼロではないのだから。

それと、末の子について話をしておく。

力が欲しいと末の子は願っていた。

やはり、何度考えてもリリスの所業を許せないらしい。

だけれども、他の悪魔との合体は避けて欲しいというのだ。自分の力で決着をつけたいと。

悪魔の中には、強くなると上位の存在や、より高位の存在に変貌する者がいる。

ヨナタンが連れている天使が顕著で、強くなると順番に階位が上がって行くようなのである。

天使は九階級に別れていて、上級中級下級、それぞれに一位から三位までいる。

ヨナタンの現時点での主力天使は下級二位のアークエンジェル。これが強くなった結果転化したのが、今ヨナタンの手持ち最強の下級一位プリンシパティだ。また、雑多な下級三位の天使エンジェルも、何度もアークエンジェルに転化しているようだ。

リリムも、いずれは何かしらの悪魔に変わるのかも知れない。

「あのリリムは、戦う事を選んだ。 だから、僕は見届けてあげようと思う」

「心の底では許せていないのではありませんの?」

「……正直そうだね。 だけれども、それでも戦う事を選び、多くの人が助かる切っ掛けを作ってくれたのも事実なんだ。 だから信じる努力をしたい」

「立派ですわ。 それこそサムライの考えですわね」

ありがとうと礼を言うと。

後は武器の手入れに集中するからと言って、イザボーに帰ってもらった。

丁寧に刃を磨き上げる。

数多のサムライを退けたあのミノタウルスに届いたのは、僕だけの力じゃないのだから。

適当な所で切り上げる。

武器の手入れの仕方は、引退サムライ達に教わった。

牙の槍の状態は、ばっちり整えられたはずだ。

明日も活躍して貰う。

それでも、分かっている。

牙の槍が、何処まで通じるか分からない。

僕だって、とんぼちゃんと一緒だったら、どんな悪魔にだって勝てると思っていた。その考えはとんぼちゃんと一緒に打ち砕かれた。

牙の槍だって無敵ではないはずだ。

だから、牙の槍を過信するのではなくて。

僕自身も腕を上げなければならないし。

戦いに備えて、体調を最高の状態に整えなければならない。

睡眠は必要だ。

幸い僕は。

睡眠をしっかり制御出来る方で。一度寝ると決めたら、朝までぐっすり眠れるのだった。

 

早朝。

多少眠そうにしているワルターを除くと、体調は皆万全だ。

ワルターも、顔を洗ってくると言って、すぐに戻ってきた。すっきりした顔である。

そして、ターミナルを用いて、奈落の深部に出向く。

空中に放り出されるのは分かっているから、それについては気を付ける。傷薬なども破損させないように、リュックに考えて詰めてある。

よし、着地ばっちり。

イザボーも今度は不意打ちではなかったから、華麗に着地を決めていた。ヨナタンはまだちょっと苦手そうだが。ワルターは二度目でばっちりの着地である。

「優等生のヨナタンも、これは苦手みたいだね」

「む、それは認めざるをえない」

「大丈夫、すぐに慣れるさ」

「ありがとう」

ワルターとヨナタンは相性が悪そうだったが、こういうところでは意外と仲良しである。

僕も安心すると、気合いを入れる。

この先には、ミノタウルスより強い悪魔がいてもおかしくない。

それを常に、肝に銘じなければならなかった。

 

1、下衆

 

いる。

僕は気配を悟ると、ハンドサイン。皆が頷く。

厄介なのは、降りて来た先にはしごがあったこと。このはしごはかなり長くて、それも脆そうなのだ。

一辺に降りるのは得策じゃない。

それに、この様子からして。

先には悪魔の領域がある。

領域というのは、結界というものの内側にあるらしい。いずれにしても、極めて厄介だ。

ただ幸いなことに、感じる気配はミノタウルスほど危険では無い。

あいつに比べて楽、というだけで。どれだけ心が落ち着くか。

「僕が最初に入るよ。 一番この中で身軽で頑丈だから」

「分かった。 僕が続く」

「じゃあ、俺が殿軍になるぜ。 とにかく、即時に展開してくれ」

頷くと、僕はさっとはしごを掴んで、降りはじめる。なに、木登りに比べれば余裕も余裕。

すっと滑り降りていくが、それにしても長いはしごだな。

随分降りて、ぬちゃっと音がした。地面がこれは、何かの肉みたいになっている。

生き物の腹の中のようだ。

即時で展開。

手持ちの悪魔達を呼び出す。

即座にヨナタンが降りて来て、天使達も。イザボーも少し間が空いたが、しっかり続いていた。

「なんだあこりゃあ……」

ワルターが呻く。

それはそうだろう。

生き物の腹みたいな有様もそうだが、問題は周囲の光景だ。

人の石像だらけだ。

どれもこれも、裸になっている。それぞれ局部が露出しているから、イザボーは視線を背けていた。

またどの人も、顔を恐怖に歪めていたり、何かから顔を庇おうとしているようだった。

石になってしまって、生きている訳もない。

数十もあるこの石像、いずれも多分は誰かの作りあげたものじゃない。

恐らくは、人間が転じたものだ。

それも、こうやって殺された。

「人間はありのままの姿が美しい」

ずるりと音がする。

それは、蛇が這う音だ。

ぬめっているこの生々しい質感の床の上を、かなり大きな蛇が這ってくる。それは理解出来た。

空間の大きさからして、戦うのは大丈夫。

「こうする能力持ちだね。 一瞬で決めるよ」

「分かった」

小声で話している内にそれが近付いてくる。

それは蛇の下半身に、上半身裸の人間の上半身がついている悪魔だった。それも頭の髪の毛が全部蛇である。

バロウズが警告してくる。

「メデューサよ。 人を石化させる視線の魔術を使うわ」

「む、その姿、天使を従えてはいるが人間か。 下から来る人間を妾のコレクションにしていたが。 上から天使以外が来るとはな、甘露甘露。 全てコレクションに加えてくれようぞ」

「お前も命を弄ぶ輩か」

「命なんてものは、基本的に上位者のエサよ。 お前達人間は、妾の玩具ぞえ」

どうやら、こいつには一切加減は必要ないようだ。

目をまともに見るな。

そう告げると、僕はハンドサイン。

仕掛ける。

いきなり、猛烈な突風が吹き荒れる。風の魔術か。

そして、いつの間にかメデューサの気配が消える。上。

けたけた笑いながら、逆落としを仕掛けて来る。

全員が散るが、逃げ遅れた悪魔が数体、石と化す。相手が凄まじい勢いで動き回るものだから。迂闊に相手を見られない。目を見たら終わりの可能性が高いからだ。

だが。

「鏡でも持ち出すか? 鏡を使って妾を退治した逸話など、過去のもの! この速度で動く妾を捕らえられるか? 仮に捕らえられたとしても、風の魔術で……」

「すまない、皆、頼む!」

「はっ! 仰せのままに!」

ヨナタンが仕掛ける。

大量の天使達が、一斉にメデューサに躍りかかった。メデューサは鼻で笑うと、それらを即座に全部石にしてしまう。

だが、その瞬間。

メデューサの背後に回ったイザボーの鬼が、メデューサに組み付いていた。

体格は大して変わらない。

それだけメデューサが巨大なのだ。

しかし、鬼は即座に投げ飛ばされない。それに、ワルターが連れている龍王ナーガが、同じように組み付く。

龍王とは、龍の一族の中でも中立的で、世界の自然の力を示す存在らしい。メデューサと同じように上半身が人間で、下半身が蛇になっているナーガだが。ワルターの荒々しい性格と気があうようで、勇敢かつ果敢だ。

「おのれ、雑魚どもがっ!」

力任せに鬼を叩き伏せ、ナーガを引きはがそうとするメデューサだが。

その一瞬だけで充分だった。

僕が、側をすり足で抜ける。

槍の武技、払いの一つ。

流れ。

メデューサが、一瞬止まった後、悲鳴を上げて目を覆っていた。両目を、そのまま抉り去ったのだ。

「今ですわ!」

石化を生き残った悪魔達が、一斉に魔術を叩き込む。

ナーガを振り払ったメデューサだが、火焔の魔術に包まれて、絶叫する。再生しているし、大暴れしているが。

突貫したワルターが大剣を叩き込む。

目が見えていなくても、腕でそれを防ぎ、刃が食い込みながらも両断されずに止めてみせるのは流石と言える。

だが、息を合わせたイザボーが、至近から細剣での多段突きを叩き込み。

ヨナタンが、気合一閃。

奴の血だらけになっている胸に、剣の一撃。串刺しにする。

「がああああっ! お、おのれ、おのれええっ!」

「石化が使えなければどうってことはないね」

「人間が! せめてお前達は、一番美しい姿でいればいい! どうせ虚飾しか口に出来ないから喋るの等無駄だ! 衣服なんてくだらないもの脱ぎ捨てろ! もっとも美しい感情である恐怖に彩られていろ! 石にしてやるのは、妾のじ……」

着地。

同時に、メデューサの首が落ちていた。

僕は無言でそれを、逆手に持った牙の槍で突き刺し、砕く。メデューサの巨大な体がマグネタイトに変わっていき。

そして、辺りが不可思議な空間へと変わっていく。

領域が解除されたのだ。

領域内でこの程度だとすると、ミノタウルスよりも何段も下の相手だったな。

辺りの石だった人達が、砕け。そして塵になっていった。

あんな姿で死んだままだったら、この方が良いかもしれない。

最後に彼奴は慈悲とでも言おうとしたのだろうか。

こんな慈悲など不要。

此処で命を落とした人達がどういう経緯でここに来たのかは分からない。

だけれども、目をつぶって黙祷していた。

ワルターが、周囲を見回して、呻く。

「なんだあこりゃあ……」

「建物のようだが、透明な板……これはなんだ」

「見て!」

イザボーが声を上げる。

僕も透明な板に区切られている所に近付くと、見えた。

真っ暗な世界に、彼方此方光が見えている。此処は常時夜なのか。其処に、光が点っている。

これは、ひょっとして。

僕達の国である東のミカド国は、この土地の、文字通り物理的な真上にあるのか。

「とんでもない巨大な建物群だ! どうやって作っているのか見当もつかない!」

「城よりでかいな」

「悪魔が飛んでいましてよ……」

「メデューサとか言うあの下衆は斃せたけれど、まだいるかも知れない。 仲魔の消耗が激しい。 一度戻ろう」

誰も反対しない。

少しずつ、こうやって障害を排除していくしかない。

それに、飛んでいる悪魔の大きさ、ちょっと尋常じゃない。あれと戦う事は、出来るだけ考えたくなかった。

はしごはそのままだ。

ターミナルまで戻る。皆、動けなくなるような傷は受けていない。それよりも、手持ちの天使を全部壁にして、勝機を作ってくれたヨナタンが今回の勝利の立役者だろう。それはいいのだが。

なんの躊躇もなく壁になった天使のあり方は、ちょっと問題だなと思った。

あれを自主的にやるのは、勝利の布石として良いだろう。

だけれども。

あれを強要することは、絶対にあってはならないことだ。

ターミナルに、第一分隊とホープ隊長が来ていた。敬礼すると、下で起きた事を話す。ホープ隊長は、この辺りにサムライ用の拠点を作っているようだ。悪魔達に空いている部屋などを整備させているようである。

ホープ隊長はメデューサを倒した事を褒めてくれた。そして、その場で褒美をくれる。

「お前達にこれを渡しておく。 遺物の中でも実用的な品だ」

「これは?」

公用文字のLに似ている。なんだろうと見ていると、危ないから気を付けろと釘を刺された。

そして、ホープ隊長が使って見せてくれる。

手に持って、何かすると。

だんと音がして、壁にちいさな穴が開いていた。

「これはあのウーゴ曰く銃という品だそうだ。 こうやって此処の引き金を引くことで、弾丸と呼ばれるものを発射する。 それにて、人間くらいなら簡単に殺傷できる。 弓矢などよりも小型で、より威力がある。 弾が出ない場合がたまにあるが、この穴は絶対に覗くな。 頭に穴が開く」

「これはいいッスね」

「そうだな。 だが殺傷力が高い。 ケガレビトもこれを持っている可能性が高いから気を付けろ。 更に大きく、威力も高く、連射が効くものもあるらしい。 ただし悪魔はこれでは斃せない可能性もある。 絶対視はするな」

「分かりました。 受け取らせていただきます」

この辺りは、急速に要塞化されていっている。

これなら、ある程度力が落ちるサムライも、此処にたどり着けるかも知れない。それに、強力な悪魔も、易々と此処を突破は出来なくなるだろう。

一度ターミナルを使って戻り、悪魔達を、それに休憩を取って自分達も回復させる。

ヨナタンは、蘇生させた天使達に強い罪悪感を感じてるようで、何度も謝罪していた。少し呆れ気味のワルターが言う。

「あれらはどうみても自発的にやってたぜ」

「ああ。 だが僕達がもっと強ければ、あんなことはさせずに済んでいた筈だ」

「そうだな。 ならお互い強くなろうや」

「分かっている」

意外にいい仲間だな。

考え方とかはかなり違うけれど。みんなが同じ考えでいる必要なんてないと思うし。それでいいだろう。

休憩を入れて、悪魔達の回復を待つ。

マグネタイトを与えるだけでは駄目で、あの石化の呪いから回復するのには時間も掛かるようだ。

それにしても醜悪な性格の悪魔だった。

悪魔と言っても色々いるのは分かっているが。

彼奴は二度と蘇って来ないように、粉々に打ち砕いてやりたかった。殺しはしたが、下手をすると蘇ってくる可能性もある。

後で、何か処理出来るなら、考えておきたいと、僕は思った。

 

メデューサがいた辺りまで戻ると、雑魚悪魔が数体いたけれど、僕達を見るだけで逃げていった。

まあ、無駄な戦いが避けられるなら、それでいい。

さて、此処からどうやって下に降りるか。透明な板には、割れてしまっている部分もいくらかある。

それだけじゃない。

下の巨大な建物を見ると、壊れているものがかなり多いようなのだ。イザボーが、冷静な観察力を働かせている。

「まるで大きな戦でもあったようですわ。 相手は悪魔かしら」

「何とも言えないが、あんなばかでかい建物をわんさか建てられるような奴らだ。 東のミカド国の技術なんか問題にもならないだろうぜ。 この銃って武器も、どうなっているのか見当もつかねえ」

「銃の仕組みは先にウーゴ殿に解説を受けて理解した。 火薬という爆発するものを使って、弾と呼ばれるちいさな質量体を打ちだしているらしい。 加速が凄まじいので、充分な殺傷力を持たせられるそうだ。 小石でも達人が投擲すれば充分に人を殺せるだろう? そんなのの比ではない速度で撃ち出されるから、ちいさな弾でも恐ろしい凶器になるのだそうだよ」

「そうか。 分かりやすく有難うよ。 分かっても作れそうにもないけどな」

この様子だとヨナタンはウーゴに頭を下げて、銃の仕組みを聞いて来てくれたのか。

あの横柄なウーゴだし、多分色々と邪険な対応もされただろうに。それでも皆の生命線になりうる武器だから、調べてくれたのだろう。

ヨナタンは本当に僕が知っているラグジュアリーズとは随分違うなと感心してしまう。こう言う人が王様だったら良かったのに。

今のアハズヤミカド王の無能さは、僕らにも知れ渡っているほどなのだ。

サムライ衆に入ってから、王の話は更に具体的に聞くようになったが。

正直その権威を利用しているラグジュアリーズの間ですら、いい評判はないようである。

さてどうしたものか。歩き回って調べていると、バロウズが提案してきた。

「マスター、良いかしら」

「うん。 どうしたの」

「この建物のシステムを先ほどまでに分析し終えたわ。 エレベーターが生きているから、それを使って下まで降りられそうよ」

「えれべーたー? 何それ」

バロウズが解説してくれる。

簡単に言うと、滑車の仕組みを利用して、ものを上下に輸送する仕組みだという。ものには人間や、もっと重いものも含まれるとか。殆どは箱の形状をしているそうである。

井戸の仕組みを思い出す。

滑車を回して水をくみ出すときの桶と同じか。

でも、透明な板の下の地面は、ずっと遠くに思えるけれど、大丈夫だろうか。

「最悪の場合、建物の外壁にはしごがあるけれど、悪魔の数からいってお勧めは出来ないわね。 飛行出来る悪魔に支えて貰って降りる手もあるけれど、それほど大きな悪魔はまだ皆使役できていないわ」

「うん。 わかった、そのエレベーターというのを試してみよう」

「おいおい、大丈夫かよ」

「最悪の場合は悪魔の力も借りてどうにか上に戻ろう。 今は、誰かが道を切り開くしかないよ」

たまたまそれが僕達なだけだ。

機会があったら多分ホープ隊長がそうだったんだろうなと思う。だけれど、ホープ隊長には守るものが多い。

特に東のミカド国の民を守らなければならないのだ。あの人には、この下に行く余裕がないだろう。

バロウズのナビに従って、壁の近くのボタンを触る。これがボタンだというのも、さわり方、操作の仕方も懇切丁寧に教えてくれるバロウズ。

押してしばらく待つと、壁の向こうで音がして。

そして壁そのものが空いていた。

がこんと内部にある空間。本当に箱だ。

「本来は観光用のもう少しお洒落なものがあったのだけれども、今動いているのは業務用のこれだけのようね」

「意味がよく分からないけれど、後で説明はしてくれる」

「ええ、時間がある時に」

「入って入って」

皆を急かす。

イザボーが特に困惑していたけれども。最終的に僕が手を引いて乗って貰う。イザボーは結構大胆な行動に出るときもあるけれど、いざという時は結構勇気が足りないんだなとも思う。

この様子だと、あの漫画を読むときも、最初はなかなか勇気が出なくて苦労したのかもしれない。

エレベーターの内部でボタンを押すと、壁が閉じて。

すっとエレベーターが降りていくのが分かった。

ワルターが困惑しながら左右を見ている。

「だ、大丈夫なのかこれ……」

「問題は今の時点ではないわ。 スカイツリータワーの電力そのものは問題なし。 このエレベーターもそこまでの回数使われていなくて、部品の劣化も許容範囲内。 ただしこれからサムライ衆が何千回と往復したら、壊れるかも知れないわ」

「おいおい……」

「下にターミナルはあるのかしら?」

イザボーが面白い事を聞く。

バロウズは検索中と呟いて。それから答えてくれた。

「あるにはあるのだけれど、どれも経路が遮断されているわ。 どうも悪魔が物理的に抑えているらしいの」

「そうか、面倒だが其奴を倒すのが一番だとみた」

「ええ、そうでしょうね。 そうすれば、奈落を経由しなくても、そのターミナルに行く事も可能よ」

「しかしまだ落ちるのか……」

ヨナタンも少しそわそわしている。

僕もそれは同じだけれど。

皆が不安にならないように黙って、じっとしていた。

やがて、エレベーターが止まり、壁が開く。開いた先にあったのは、上よりも広い、素材も分からない壁床で出来た空間だが。

見た瞬間に分かるくらい、戦闘の跡が彼方此方にあるし。

悪魔もたくさん群れていた。

こうなると実戦経験がものをいう。

即座に戦闘態勢に入る。幸い、奈落にいた悪魔と質は大して変わらないようだ。皆で悪魔を展開し、この辺りの制圧にかかる。

最悪の場合は撤退も視野に入れる。

メデューサよりも強い奴が控えていてもおかしくないからだ。

豚みたいな片目の悪魔が、連続して突貫してくる。

「魔獣カタキラウワよ。 股の下をくぐられると死んでしまうから気を付けて。 倒せば低質とは言え肉を手に入れられるくらい密度が高いことを確認」

「低質ね。 とにかく近寄らせなければ良いんだな!」

ワルターがさっそく銃と言うので射撃。僕は牙の槍を振るって、間合いに入ったのから確実に討ち取っていく。

数体が瞬く間に倒れる。

銃はこの程度の悪魔には有効打になるようだ。

ヨナタンの天使達が前に出て壁を作る。

威圧的な槍と盾の壁を見て、それでもカタキラウワは突っ込んでくるが、力の差は歴然で弾きかえされる。

だが、即死魔術持ちだ。

侮らない方が良いだろう。

顔が人間の鳥が、多数飛び込んでくる。

妖鳥ハーピーだという。

本来は三ないし四人の姉妹の悪魔らしいが、ハーピーという種族だと勘違いされている存在だとか。

鳥の悪魔は珍しく無いし、顔が人間になっているものもしかり。

順番に片付けながら、少しずつ安全圏を拡げていく。

イザボーが連続して魔術を放って、次々に悪魔を撃破していく。火力が根本的に上がっているようだ。

悪魔に熱心に魔術を習っているのだろう。

かといって剣術を疎かにしている様子もない。接近された場合は、細剣の華麗な剣技でしっかり撃破している。

突貫してくる大きな人型の悪魔。

名前を聞く前に、僕が首から上を牙の槍の穂先で吹っ飛ばしていた。マグネタイトになって消えていく。

それが最後だった。

天使を展開して、皆の回復と偵察を指示するヨナタン。

僕は傷薬を取りだすと、さっさと自分の浅めの傷はそれで治してしまう。しばらく周囲を偵察して、天使が戻ってくる。

「外は荒廃していて悲惨な有様です」

「そうか。 一体この地と東のミカド国の間に何があったんだ。 此処はサバトとやらが行われたキチジョージ村以上に悪魔だらけじゃないか」

「とりあえず、捜索範囲を拡げましょう。 生きている人間と出会うことが出来れば良いのだけれど」

イザボーの言う通りだ。

僕は率先して、建物から出る。

スカイツリーとやらから出ると、ぬちゃりと嫌な音を地面が立てていた。これは、腐敗している土。

それだけじゃない。

地面が地震でもあったかのように滅茶苦茶になっているし、彼方此方に見た事がないものだらけだ。

周囲を見回していると、なんか見た事がない服を着たのが来る。人間だ。二人組。だが、どう見ても好意的な様子ではなかった。

「なんだゴルァ! 此処が阿修羅会の縄張りだと知ってて入ってきたのかテメエら!」

「見た事がねえカッコウしやがって! 祭りかああん?」

「君達、この辺りは悪魔だらけだ。 そうがなり立てると危ないぞ」

「ん? お、おう。 それは知ってるけどよ」

ヨナタンがあからさまに失礼な相手にも、丁寧に話す。それを受けて、禿頭のと、頭を刈り上げているのと。

変な服を着た二人組は、毒気を抜かれたように黙り込んだ。

ヨナタンが視線を送ってくるので、僕は咳払いして話を試みる。

今の感じだと、魔法の言語は確かに通じている。

クーフーリンの言っていた事は正しかったのだ。

「僕達は東のミカド国のサムライ衆。 貴方たちはあしゅらかいというの?」

「阿修羅会を知らない……」

「お、おい! 此奴らスカイツリーから出てこなかったか!?」

「まさか天使かよ!」

いきなり青ざめる二人組。

天使だったら、ヨナタンが使役しているが。天使を見た事がないのか此奴ら。

逃げだそうとした二人の背後にワルターが回り込む。

そして、見かけ倒しの二人を、あっさり威圧していた。力の差を悟ったのか、即座に黙り込む二人組。

「詳しい話を聞かせて貰おうか、威勢が良いおじさん達?」

「ま、まて! 俺たちはこの辺りの顔役だ! 話だったらする!」

「だから殺さないでくれ! 塩の柱になんかなりたくない!」

「だそうだ。 どうする」

溜息。

ワルターは場合によっては即座に斬るだろう。

此奴らがどう見てもまっとうな人間ではないことは分かる。

たまに僕も港町の方まで行ったとき、道を踏み外した人間は見た。絡まれたこともあったので、海に全部放り込んだりしたっけ。

それと同じ臭いが此奴らにはする。

「バロウズ、会話の内容を解析して」

「分かったわ」

「スマホじゃない!」

「なんだよそれ! 未来アイテムかよ!」

訳が分からないことをいうなあ。バロウズを見てスマホだとかそうじゃないとか言っているが、聞いたこともない単語だ。

どんと僕が牙の槍の石突きで地面を叩くと、それだけで二人は腰砕けになっていた。どうか殺さないでくれと、涙目になる始末だが。

明らかに隙を見せれば襲いかかってくるだろう。

手慣れた様子でワルターが武装解除していく。やっぱり刃物と銃を持っていた。銃に関しては、僕達に支給されたものより性能が良さそうだ。なんか見た事がない板。それはと男達が懇願してくるが、だからこそ取りあげなければならない。

「スマホね。 携帯用の情報端末よ」

「要するにガントレットと同じようなものか」

「ええ。 私ほどの機能はないようだけれど、それでも……やはり。 悪魔召喚プログラムが仕込まれているわね」

なるほどな。こんなのが二人で出歩ける訳だ。

縛り上げるまでワルターが手際良くやって、完全に萎えている二人をさっき安全を確保したスカイツリーの中に引っ張り込む。

それから、順番に聴取していく。

まずは情報収集からだ。

これはサムライになった時でも講習を受けたが、確かに未知の土地では必須である。

見かけ倒しの二人から、順番に話を聞いていく。

この辺りが上野と呼ばれている事は分かった。辺りの地位について聞いていくが、気になる事が幾つも出てくる。

「新宿に吉祥寺……?」

「ど、どどど、どうかしたんですかい?」

「ヨナタン、どう思う?」

「今聞いた地名だけれど、どれも東のミカド国で集落だったり道だったり、地名として存在しているものばかりだ。 此処がケガレビトの里だというのはほぼ間違いないだろうが、偶然だろうか」

それは僕も思った。

ワルターは監視に注力。イザボーは拷問なんか嫌らしくて、周囲の警戒に徹してくれている。

僕は時々威しを交えながら、情報を集めていく。

此奴ら、弱い相手には徹底的に強く出るタイプのカスだ。それはすぐに分かったから。むしろ話を聞き出すのは簡単だったし。

更に言えば、ある程度乱暴に接しても、罪悪感もなかった。

此奴ら、虐げ慣れている。それは少し接してみて即座に分かった。

後は、近くの集落に連れて行って、様子見だな。集落の人間の反応次第では、首を落としてしまっても良いだろう。

僕が冷たい目で見ているのをみて、二人組が震え上がる。

僕もくだらない理由で故郷を滅ぼされた身だ。悪党に対してかける情けは。あまり残っていないのだ。

 

2、ケガレビトの里にて

 

上野だとかいう街に入る。東のミカド国にも同じ名前の場所がある。確かラグジュアリーズが住む貴族街の一角だった筈。

其処には巨大な建物の残骸が立ち並び。

そして、彼方此方に魔法の文字で色々書かれている。

忙しく周囲を見る二人組を、ワルターがしっかり抑えている。腕力でも、二人がかりでもワルターにまるでかなわないようだ。

「上野……駅? 駅って何バロウズ」

「駅というのは、交通機関の中継地点の事よ。 此処には鉄道という交通システムが通っていて、それで多くの人が出入りしていたの」

「だが、これは……」

地上部分は凄まじい戦闘の跡。破壊され尽くしている。

それだけじゃない。

悪魔が多数彷徨いているが、こっちには目もくれていない。我等が土地だといわんばかりに、我が物顔だ。

たまに威嚇してくる奴がいるが、僕が視線を合わせると、さっと逃げていく。

この辺りの悪魔は、まだ充分に手に負えそうである。

どおんと爆発音。

ずっと緊張を保っているが、ワルターが聞く。

「なんだあ?」

「こ、ここでは珍しくないんでさあ。 悪魔どうしの縄張り争いとか、悪魔と人外ハンターがやりあっているのかもな、へへへ」

「そうか。 お前等をエサに差し出せば、悪魔は口が軽くなるか?」

「や、止めてくれっ! なんでも話すし、逃げねえよ!」

一つ気になる事がある。

此奴らの荷物を取りあげたときに、赤い玉が出てきたのだ。

見るからに禍々しい代物で、しかも赤いのは明らかに血の色だった。

それを見て、手持ちの悪魔が露骨に美味しそうだと言った。

バロウズが嫌悪感を示し、捨てた方が良いと即座に言ったほどだ。

この二人組が、それがないと生きていけないとか泣いて懇願しだしたので、焼き捨てるのは止めたが。

逆に言うと、これが此奴ら程度が悪魔だらけの中を歩き回れる秘訣なのか。

辺りには、多数の遺物があり、回収もされていない。ただ今の時点では、回収は避けた方が良いだろう。

まずは拠点の確保からだ。

建物は、どれも悪魔がいる。たたき出してもいいのだが、状況の把握が先だ。

人里が悪魔に乗っ取られているのか、それとも人と悪魔が一緒に暮らせているのか。

いや、それはないだろう。

とても此処の悪魔が、人間と一緒にやっていけるようには思えない。

大きめの建物に入ると、嫌な気配がした。

ずるりずるりと、濡れた音がする。

奥から出て来たのは、とんでもなく長い髪を持つ、ずぶ濡れの女だ。肌の色が死人のそれである。

明らかに悪魔だ。

「幽鬼濡れ女ね。 本来は海辺で出現する、人間を容赦なく殺して吸血する危険な妖怪よ。 各地に同類の伝承が残っているわ」

「お前達……」

「!」

話しかけて来た。

濡れ女とやらの髪の毛が、その近くへと寄り集まっていく。

複数の触手のようになって、明らかに臨戦態勢だ。にやりと濡れ女の口が歪んだ。

「赤玉を持っているようだね。 おくれ……」

「この赤い奴?」

「そうだよそうだよ。 とても美味しいんだそれ」

「……これは一体何?」

濡れ女は、素足のまま近付いてくる。辺りは尖った石やらだらけだけれど、それで傷ついている様子もないのは、悪魔だからだろう。

かなり強力な悪魔だ。

全員が身構える中、手を拡げる。

「正体は私も知らないねえ。 だけれども、人間の恐れや哀しみ、痛みや苦しみといった感情が詰め込まれているんだ。 それに、人間の味もする。 だからとても美味しいんだよ……」

「へえ……」

「くれるのかい?」

「此奴らだったらくれてやってもいいが?」

ワルターがひょいと二人まとめてぶら下げると、二人はきゃーっとか面白い悲鳴を上げた後、泡を吹いて動かなくなった。

ころころと笑う濡れ女。

「幾つか話を聞かせて貰いたい。 僕達は、ここに来たばかりなんだ」

「おや、新入りかい? そういえば、人間共のなかでは阿修羅会だとかいう連中と同じくらい身ぎれいだね」

「此処は東京と呼ばれる土地で間違いないのか」

「……あんた達、本当にどこから来た。 ひょっとして、「上」じゃないだろうね」

空気が変わった。

濡れ女の髪が、鋭く尖った杭状になる。

ワルターが気絶しているでくの坊二人を放り投げる。僕も槍を構えていた。

「あのなんでもかんでも殺し尽くして焼き尽くしていった天使どもは、人間だけじゃなくて我々の伝承も姿すらも奪った! だから残りの人間も少ないのに、こうして人間を襲い続けなければならないんだ! 人間を殺し尽くしてしまったら、我々も、神々さえも、何も残らない! それなのに! 獣同然になってしまった奴らもいる! その哀しみが分かるか!」

「戦うつもりなら受けて立つ。 多分僕達はその上から来た。 だけれども、僕達にも事情がさっぱりなんだ」

「やっぱりそうか! 殺してやる!」

立て続けに、髪で作られた杭が襲いかかってくる。

牙の槍で弾くが、重い。

それだけではない。

凄まじい絶叫を濡れ女が張り上げると、辺りの悪魔が集まって来たようだった。

「天使だ! みんな、あいつらがまた来たよ!」

「なんだと!」

「くそ、やられてたまるか! 先にぶっ殺してやる!」

「かかれっ!」

何処にこんなにいたんだという程、悪魔が出てくる。だが、これらを制圧すれば、少しは周囲が安全になるか。

僕は立て続けに叩き込まれる濡れ女の髪の杭を牙の槍で弾き、足下を狙って来た一撃を踏みつけて拘束。

「後ろ、任せた!」

「おう!」

「いきたまえっ!」

「簡単に倒されはしませんわよ!」

頷くと、踏み出す。少し高い所にいる濡れ女が、口を開くと何か放ってきた。鋭い一撃。水か。

僕は紙一重でかわす。後方の床が、雑魚悪魔もろともざっくりと抉られていた。

立て続けに放ってくる水の刃。

それだけではなく、四方八方から髪の毛の杭が襲ってくる。なるほど、直線攻撃と、曲線攻撃の飽和攻撃を連携させる戦術。

だが、これは経験がある。

色々な引退サムライに武芸を習っていたとき、鎖がまという武器について習った。覚えるのではなく、こういう戦い方をして来るという実演をしてもらったのだ。

それに比べて手数は多いが、基本は同じだ。僕は一気に踏みこむと加速。濡れ女が、一斉に包み込んでくるが。

地面を蹴り砕きながら跳ぶ。

そして天井に。

天井を蹴って柱に。

速度を上げる。僕がいた地点を、髪の杭が、水の刃が抉る。だが、その髪を、不意に出現した悪魔が掴む。

僕の手持ちの一つ、妖精スプリガンだ。

何度も交戦した事があるごつい強力な悪魔だが。この間手持ちに加えたのである。一体くらい、僕以外のインファイターがいてもいいかと思っての判断だった。

スプリガンの力は凄まじく。髪を引っ張られて態勢を崩した濡れ女が、スプリガンに水の刃を叩き込もうとしたが。その時には、僕が距離をゼロに詰めていた。

濡れ女の目が、恐怖に歪むが。

その全身に突きを叩き込むと、悲鳴を上げながら、濡れ女が髪の毛の束になっていき、そして消えて爆ぜる。

マグネタイトをかなりの量ばらまいたが、それでおしまいだ。

皆は。

まだ乱戦。上を取った僕は、悪魔をありったけ呼び出すと、高所から攻撃魔術で支援を指示。

僕自身は突っ込む。

そして、しばらく無心に、目につく悪魔を倒し続けた。

 

流石に息が切れた。悪魔をありったけ倒して、それで逃げていく悪魔の背にも魔術を浴びせて、出来るだけ始末した。

ワルターも傷だらけで、座り込んでいる所をヨナタンの天使が回復させている。イザボーは、なんだか綺麗な女性の悪魔を呼び出していた。

ヨナタンは無言。

イザボーは魔術を使いすぎたからか、地面に横になって休んでいる。魔術を使いすぎると、精神を著しく消耗するのだ。汚い地面だが、仕方がない。

あの二人組は、隅っこで抱き合ってブルブル震えていた。

僕が見ると、ひっと声を上げる。

「あ、あんたら本当になにもんだ!」

「やっぱり天使なのか!」

「訳わからねえこと言いやがって。 天使だったらそこにいるが、俺たちは人間だ」

「くそっ! なんなんだよ!」

喚く二人組。

縄もいつの間にか解いたらしい。僕も疲れているので、あまり相手にしたくはないのだが。

人の気配。

皆ちょっと厳しい状態なので、僕が立ち上がる。

そうすると、この巨大な建物を覗きに来たのは、数人の武装した人間だった。

酷い格好だ。

服はぼろぼろ、無精髭はそのまま。異臭が此処までするほど酷い汚れた格好に、明らかに栄養が足りていない。持っている武器も錆びだらけ、傷だらけだ。悪魔を引き連れているが、そいつらはそれなりに強そうである。

「此処で激しい戦いがあったようだが……何があったんだ。 君達が何かと戦ったのか」

「今度は話が通じる人間だといいなあ、オイ」

「ワルター。 すみません。 僕はヨナタン、彼はワルター、彼女はイザボー。 彼女は背丈は低いが優れた豪傑であるフリン。 僕達は東のミカド国から来たサムライ衆の者です。 貴方方は?」

「東のミカド国……?」

ヨナタンの言葉に困惑した様子の武装した人間達。

見ると、見かけの僕の年齢くらいの子供もいる。つまり、子供も戦わないといけないくらい状態が厳しいと言う事だ。

「妖精達が集落を作って国だって言っているって聞く。 其処のことか?」

「いや、それにしては格好がしっかりしすぎている。 どうも妙だが」

「こっちは素性を名乗ったんだ。 あんたらも名乗ったらどうだ」

苛立つワルター。阿修羅会だとかいう二人組と違って、それを聞いて流石に非礼を悟ったらしい。

武装した者達の先頭にいた男が、態度を改めた。

「すまない。 我々は人外ハンター協会の者だ。 俺は人外ハンターのニッカリ。 錦糸町にて普段は暮らしているが、今回は上野に遠征してきている。 上野で若いハンターの演習につきあうところだったのだが、いきなり大乱戦が始まったのを察してな」

「人外ハンター? そこで捕まえた阿修羅会だとかいうのとは関係がないのか」

「本当に君達は何者だ。 阿修羅会の人間を苦もなく捕らえたのか。 使役悪魔は。 そもそもこのビルは凶悪な悪魔幽鬼濡れ女の巣だった筈だが」

「そいつだったらやっつけたよ」

絶句するニッカリという人。

ひそひそと話している他の戦士を、咳払いで黙らせる。

そして、幾つか交渉してきた。

まず其処で震え上がっている阿修羅会の二人は、ニッカリの方で引き取る。

伝手があるらしく、何より色々話を聞かされる。

「阿修羅会はこの辺りにある大勢力だ。 君達がいきなり敵対すると、組織的に襲ってくる可能性がある。 来たばかりだというのであれば、状況を敢えて複雑にしてしまった方が良いだろう。 私の方から、阿修羅会とやりあっている集団に引き渡してしまうよ」

「どうする?」

「……他にも話を聞かせて。 人外ハンターとはなに?」

「人外ハンターは、有志で悪魔と戦う集団だ。 元は悪魔討伐隊という組織だったのだが、それが崩壊してしまってからは、人外ハンターと名を変えて活動している。 今は再建を進めていて、ここしばらくは手が届くようにようやくなりはじめたところだ」

嘘は言っていないな。

とりあえず疲れたし、そこのでくの坊二人からはロクな情報も聞き出せそうにない。

僕は呼び出した妖鳥コカクチョウに、二人組に眠りの魔術を掛けさせる。元々死産した女性が悪魔化したものだ。眠りの魔術は、本来は子供を寝かしつけたかった無念の現れらしく、容易に使いこなす。

完全に寝こけた二人を縛り直すと、ニッカリという人物の指示で、人外ハンターという連中が連れて行く。

国会議事堂近くがどうとか言っていた。

まあ、あれから得られる情報は他に無さそうである。

「逆に話を聞きたいが、君達は本当にどこから来た。 東のミカド国とはなんだ」

「此処から物理的に上にある国……というと襲ってくるのかな」

「!」

「っ」

一気に場が緊張するが、ニッカリが先に銃を下ろした。

僕も、それで槍を降ろす。

皆疲れきっている。

今、戦闘するのは避けたかった。

「もしもそれが本当なら、国会議事堂近くのシェルターに来て欲しい。 そこで、私達のリーダーであるフジワラと話をしてほしいんだ」

「フジワラさんという方がリーダーですの?」

「ああ、伝説的な三人の英雄の一人だ。 かなりの年配だが、僕達の不動の長だよ」

そうか。

確かにその人と話せるなら話が早い。

僕は頷くと、まずは上野とやらを案内して欲しいと頼む。それと、休憩できる地点を知りたかった。

 

上野というのは、さっきバロウズが言っていた駅をそのまま集落にしている空間らしい。

地下に降りて行って、そして入口を固めている武装した男達にニッカリが話をして。中に入れてくれる。

狭い街だ。

そして、これなら確かに多数の悪魔が一気に入ってくる事は出来ないだろう。

守りには長けていると言える。

逆に言うと、こんなところで隠れて暮らすしかない状態、とも言えるだろう。

子供が歩いているが、僕達を見て明らかに怖れているのが分かった。よそ者というよりも、格好がまずいのだろう。

みんな酷く貧しく、不衛生だ。

道ばたに多数汚物が転がっている。

それだけじゃない。

襤褸に身を包んだ人が、身を寄せ合っているのが分かる。酷い臭いで、まともな状態ではない。

ただ地下でも明るい。

光を放つ長い棒みたいなのが配置されていて、それが灯りを作り出している。

ランタンにしては火が見えない。

「君達と情報交換をしたいが、同時に頼みたい事がある」

「今の時点では、僕達もろくに身動きが取れないからいいよ。 こんな状態の人達を見て、何もしないような人でなしでもないし」

「そうか、それは助かる。 人外ハンターに登録して貰えないだろうか」

「詳しく」

何かの空間に出た。少し狭いが、それでも充分に休める。他にも何人か休んでいる人間がいたが。いずれも餓えに苦しんでいる様子がわかった。

持ち込んでいる保存食を食べる。おにぎりは日持ちしないと思ったので、燻製肉を持ち込んでいるのだが。

それを見て、周囲が明らかに羨ましそうにする。

ニッカリが、さっき仕留めてきた悪魔肉があって支給するというと、その人達は皆そそくさと行った。

イザボーが悲しそうに目を伏せる。

「酷い状態ですわね。 こんな状態では、病気が流行ったり、病気になったら助からないのでは」

「その通りだ。 その上劣悪な装備で悪魔と戦わなければならない。 元々いたような動物はほとんど食べ尽くしてしまっていてね。 倒せば肉が残るような悪魔を、犠牲覚悟で倒すしかないんだ」

ただ、それでも状況は少しずつ改善しているという。

咳払いされた。

本題に入るのだろう。僕も燻製肉をかじり、体力を戻しながら聞く。

「人外ハンターは互助組織で、特に入るのに資格は無い。 登録して、それから様々な依頼を受けてくれればそれでいい。 悪魔退治から物資の回収まで仕事は色々だ。 今、動ける人間は一人でも必要な状態でね」

「ああ、見ていてそれは理解できます。 貴方も年齢的には本来は戦士を引退する頃合いでは」

「そうだね。 だけれども、とても引退できる状態ではないんだ」

「地獄かよ。 いや、ミノタウルスの野郎が地獄だって言っていたな」

ワルターが呻く。

ワルターは悪人を気取った言動を取るが、しかしながら暴力を振るって楽しむ輩でもない。

故にヨナタンともイザボーとも、勿論僕ともやっていけるのだ。

「君達は彼処に巣くっていた濡れ女を倒してくれた。 まずはそれで依頼を受け取って欲しい。 上野にいる人外ハンターでは手に負えなかった強敵だ。 相応の報酬も出るだろう」

「悪い話じゃないな」

「同感だ。 互いに知る事から始めないといけないだろう」

「フリン、どうします。 判断は任せますわ」

僕は少し考え込んだが。

実際問題、此処の事は分からないことだらけだ。

ならばこっちから譲歩しなければ話にならないだろう。

「分かった。 受けるよ。 ただし、僕達はあくまで東のミカド国のサムライ衆であって、それ以上でも以下でもない。 人外ハンターとしての仕事を、サムライ衆としての任務には優先できない。 それでいいのなら」

「ああ、それで問題ない。 歓迎するよ、サムライ衆のみなさん。 侍というと、この国の古い戦士階級の事なのだけれど……偶然なのかな」

「実は、地名などが東のミカド国と極めて酷似しているんです。 これから調べて見ないと、なんとも言えませんね」

「……」

休憩終わり。案内して貰う。

通路は複雑に入り組んでいて、バロウズがきっちり登録してくれていないと確実に迷いそうだ。

それだけじゃない。

一部の通路には、普通に悪魔がいて、なにか肉をかじっているし。その側で、無気力そうな人がぐったりしている。

即座に悪魔を叩き潰す。

無気力そうな人に回復の魔術を掛けるが、これは心がまずやられてしまっている。体を回復させても、悲しそうに涙を流すばかりだった。

これが、ケガレビトの里の有様か。

どうやらあの黒いサムライ……恐らくリリスだろう存在は、此処を完全に支配できている訳ではなさそうだ。

まずは顔役であるというフジワラという人物と顔合わせした方が良いだろう。

「先にこの街に入り込んでいる悪魔を全部駆除した方が良さそうだね……」

「倒しても倒してもきりがなくて、人外ハンター達も諦めてしまっている。 もしも出来るだけ駆逐してくれるのなら助かるよ」

案内された先は、なんというか、もの凄い色彩で絵が描かれている扉だった。

中に入るとぎんぎんぎらぎらの光が飛び交っていて、もの凄い音が鳴っている。ひゅうとワルターが嬉しそうなのに対して、イザボーは即時で絶句していた。

まずは、案内された先にいる、ごっついおじさんと話す。登録をするのは、ニッカリが斡旋してくれるとすぐだった。

というか、手続きはバロウズが即時でやってくれる。

仕事については、以降バロウズが自動で探してくれるそうだ。

濡れ女の討伐については、あのビルからいなくなっているのをニッカリが保証してくれたので、即座に報酬が出た。

報酬と言ってもマッカ。

こっちでもマッカが流通しているのか。ちょっと不思議な気分である。

とにかく五月蠅いハンター協会というのを出ると、ニッカリがお別れだと言った。

「私はこれから、国会議事堂シェルターを経由して錦糸町に戻る。 仕事をこなしながら、辺りの土地勘を掴んでほしい。 国会議事堂シェルターに来てくれれば話が早い。 歴史の生き証人もいるから、それでだいたいの問題は解決すると思う。 私の方から、フジワラに君達の事は話しておくよ」

「分かりました。 感謝します」

「ご無事で」

僕が礼をすると、敬礼らしいのを返してくる。

そして、歴戦で……本来は引退している年だろうニッカリは、数名の同僚とともに戻っていった。

さて、まずは。

仕事を見るとある。上野の街に入り込んでいる悪魔の始末。これからがいいだろう。少しでも、周りの惨状を解決しておきたい。

僕は人でなしになるつもりはない。

ただ、それだけの話だ。

 

3、地獄砂漠

 

志村が装甲バスをデュラハンに引かせて戻る。また孤立集落にいた人達を回収してきたのだ。

道中で襲われたが、全て撃退してきている。今回は秀が護衛についてくれていたが、いなくても大丈夫だったかも知れない。

とにかく、今はできることからやっていくしかない。

今の人外ハンターの戦力では、霊夢等超絶の使い手が加わってくれたとしても、手数が足りない。

池袋などの悲惨な状態になっている土地は存在していて、それを救助しなければならないことは分かっているが。

そもそも力が全てという理屈で動くようになってしまっているこの東京では、現在の戦力では強大な手持ちを多数抱えている阿修羅会の動向がどうしても重要になってくる。連中に隙を見せたら、また此処を奪還される。

池袋で非道の限りを尽くしている道教神格である西王母は、凄まじい力を持っていることが分かっており。

もし倒すなら、霊夢と秀、あの規格外マーメイドが全員出ないと厳しいだろう。

このシェルターにも時々まだ大物が仕掛けて来る状態だ。

人外ハンターを今フジワラが必死にまとめてくれているが。それでも手が足りていないのである。

バスから栄養失調の者達を運び出す。意識レベルが低く、完全に医師としての役割と使命を取り戻した者達が、急いで運び出している。

志村は人外ハンター達とともに警護を続行。

こうしている間にも、上では隙あらばという状況で、鳥の悪魔が旋回しているのだ。志村も気が抜けない。

側にいるナナシは、だいぶ周囲を見ることが出来るようになって来ている。

目つきの悪さは相変わらずだが、シェルターでの支援で生活レベルが抜群に向上したことを理解しているし。文明が戻る事、文明を支えるには多数の人間の手が必要であること、スペシャリストは必ずしも強い訳ではない事、更に言えば最初からいる訳でもない事。それらをどうにか理解出来たらしい。

最初は文句ばかり言っていたが、今は周囲を警戒する目に油断もなく、仕事へのモチベーションも高い。

アサヒもそれは同じで。

ナナシをたしなめていたばかりのナナシだったが、最近では積極的に戦闘訓練を受けており。

回復魔術による支援ばかりではなく、銃撃の練習をしていて。銃撃だけならナナシより上手いかもしれない。

要救助者をシェルターに運び入れ終わる。

そうすると、入れ替わりに地獄老人が出て来た。

そしてスマホを、何かの悪役みたいに爪が鋭く伸びている手で操作して、それで一本ダタラとドワーフを呼び出す。

サイクロプスは消耗が大きいので、いつも呼び出す訳ではないようだ。

少しずつ、稼働出来る車などを増やしてくれている。

この装甲バスも、細かくメンテナンスをしてくれているのでとても助かっている。

「よし、お前等、チャート通りにメンテナンスをしろ」

「う、うぉ、うわかったああ! ドク! や、やるぞぉおおっ!」

「やれやれ、騒がしいのう」

金切り声を張り上げる一本ダタラと、職人らしい堅実な仕事を見せるドワーフ。だが、どっちも良い腕をしている。

志村には手伝えることはないので、側で警戒するだけだが。

地獄老人が見せてみろと、話しかけてくる。

M16についてだ。

この銃とも長いつきあいだ。もっと高級で新しい性能の高いアサルトもあったのだけれども、大戦で基地が次々と潰されて、今では数が出回っていたこう言う銃を用いるしかない。

カラシニコフが国内にあったら、使われていただろうな。

そうとさえ志村は思う。

国産のアサルトは性能は良かったのだが、数が足りず、結局一部の人外ハンターが今は使っているだけだ。

殆どの人外ハンターは、量産品で、火力が足りない中悪魔とやりあうしかないのである。

「痛みが激しいな。 整備してやるから貸せ」

「分かりました。 ジャックランタン。 一寸法師。 周囲を警戒してくれ」

「分かったホ!」

ジャックランタンと一寸法師が、それぞれ展開して周囲を警戒する。

手慣れた様子で銃を分解して、ドワーフたちに説明しながら、細かい調整をして見せる老人。

20世紀初頭の生まれだとか言う話だが。

だとしたら、本当に人間なのか疑わしい。

「よし、これでいい。 応急処置だが直しておいた」

「ありがとうございます」

「ただこれでは大物の悪魔には目くらましにしかなるまい。 そっちのスナイパーライフルも貸せ」

その通りだ。

この老人は、大戦の時以来眠っていたようだが。そうなると、悪魔の正体も古くから知っていたのだろうか。

てきぱきと手直しして、ドワーフに銃の構造を教え込んでいる老人。勿論志村も銃の分解や組み立ては散々訓練したが、その本職である志村ですら舌を巻くほどの腕前だ。戦士ではないだろうが、それにしても凄まじい。

「よし、これでいい。 弾に関してはそろそろ量産の体制が整うから、心配しなくてもいいぞ。 問題は銃だが、まだ旋盤その他の精度がたりん。 こやつ等に教え込んではいるんだが、戦争ばかり一万年やっていた種族の経験値には此奴らではまだ及ばないようでな」

からからと笑う老人。

興味が出て来たので、聞いてみる。

「貴方はどうして、シェルターの地下に」

「行く所がなくなってな」

「……」

老人は、ナチに所属していたらしい。

二次大戦に負けた後は、それは行く所なんかなかっただろう。ナチにいた学者の中には、米国に雇われて大きな成果を上げた者もいる。だが、そればかりではなかったということである。

「昔の話だ。 地中海にバードスというちいさな島があった」

「聞いたことがない島ですね」

「そうだろうな。 だが、その島の地下に古代文明……現在の文明の祖となった偉大な文明の痕跡が眠っているという説が出て来たのだ。 わしは何名かの同士とともにそれを探しに行った。 色々と金が掛かるからな、ダーティーな手段も使って金を集めた」

片手間にバスの修理を確認しながら老人は言う。

一本ダタラ達の手際は完璧で、チャートさえ作ってやれば殆ど瑕疵なく作業をやれるようだ。

この様子だと、歩兵戦闘車や戦車も復旧出来るかもしれない。

ただ、国内運用を想定していた10式と違って、東京で少数が悪魔を相手に戦ってくれたM1エイブラムスは、道路が死んでいる今の東京では、拠点防衛以外では活躍出来ないかも知れないし。

拠点防衛に限定しても、流石に高位の悪魔には歯が立たない。

「わしは島に入って、見た。 そこには何もなかった。 正確には、徹底的に破壊尽くされて、何も残されていなかったのだ」

「徹底的に……」

「ごく最近の破壊跡だった。 ただ、一つだけ残されていたものがあってな。 それが不死の薬よ。 アムリタだのアンブロシアだの言われている、な」

こっそりそれを飲んだ地獄老人は、老人のまま不死になってしまったそうだ。

ただ、それで資金も尽きた。

出来る事もなくなった。

一本ダタラ達が、手を振る。嬉しそうである。

「ドク! で、できたあ!」

「よしよし、少し休んでおれ。 後はわしが少し確認する。 志村、灯りを持て」

「はい」

鉄の檻と化しているバスだ。内部は真っ暗である。

整備の時は灯りも外してしまう。復旧させるまでは、こうしてランタンを使うしかないのだ。

「わしはナチで人間がくだらん優性思想に捕らわれて、散々バカをやるのを見てきた。 それを間近にいるときは気付けなくてな。 わしもそれで色々考えたのだ。 だから古代文明の力次第では、それを用いて人間に鉄槌をくれてやろうと思っていた。 しかし古代文明が破壊尽くされた後をみると、世界征服どころではなくなってなあ」

「世界征服ですか」

「そうすれば人間を手際良く分からせられよう?」

「はあ」

いきなり話が胡散臭くなった。

細かい所まで地獄老人はチェックして行く。手際の速さが熟練工も舌を巻くレベルである。

「後に残ったのは老いたままの不死の体と、借金だけよ。 それでまあいろいろとあってな。 今度は昔の知り合いが日本の富士山麓で見つけた新元素を知った。 ところがなあ」

「富士山麓というと謎の爆発事故ですか。 大戦の前に起きた」

「そうだ。 光子力研究所と言われていた研究所が、丸ごと吹き飛ばされてしまった。 わしは命からがら逃げ出したが、その時見た。 天使共の姿をな。 何となく悟った。 バードスの地下も、此奴らがやったのだと」

天使、か。

天使に対していいイメージを抱いている大戦経験者は少ないだろう。

大戦時、空から君臨した天使は、人間に対して殺戮の限りを尽くした。悪魔が多少手心を加えていた節があるのに、天使の方は容赦というものを知らず。皆殺しにしていくばかりだった。

塩の柱に換えられてしまった人間は大勢いる。

フジワラ達三人は、そんな天使の軍勢をばったばったとなぎ倒し、多くの人を救った英雄なのだ。

この老人の言葉が本当なら、天使はもっと前。

大戦の前から、世界で暗躍していたのかも知れない。

「よし、良いだろう。 乱暴に使う事を想定はしているが、必要以上に乱暴に使うなよ。 工具などは製造できるようになって来たが、精度が高い工具になる程製造は難しいからな」

「ありがとうございます。 それで……一つよろしいですか」

「なんだ」

「まだ世界征服については考えているんですか」

場合によっては。

此処で倒さなければいけないかも知れない。

一瞬だけ空気がひりついたが、ふっと笑ったのは地獄老人だ。

「いま生きている十万だかの人間を支配して、世界征服もあるものか。 この事態を招いた神だかなんだか知らんが、其奴をぶん殴ってからだ全てはな。 それに今の時点では、わしはただの技術屋としてしか役に立てん。 物資がもっとあれば、悪魔と戦える鉄の巨獣を作れるかも知れぬがな……」

「分かりました。 それでは今後もお世話になります」

「うむ」

シェルターに戻っていく地獄老人。

志村は灯りがついたバスの中で嘆息すると、外に出て、人外ハンター達に合図する。すぐに次の任務だ。一応これから行く集落の地理は知っているが、それでも今どうなっているか分からないからである。

阿修羅会が立て続けにしくじって大きな被害を出しているという話は既に拡がり始めている。

暮らしていけない人間を、人外ハンターが新たに見つけた安全な拠点で匿っているという話も。

阿修羅会に連れて行かれた人間が、一人として帰ってこない話は誰もが知っている。

だからこそ、一気に流れは変わってきているのだが。

その分、阿修羅会も行動が先鋭化してきている。

各地で人外ハンターとの小競り合いが起きているし。いつ仕掛けて来てもおかしくはないだろう。

重火器だって連中は持っている。

勿論、大物悪魔には無力だが。

点呼して、整列する人員を確認する。今回はアサヒが残りでナナシだけ来る。とにかく実戦を経験したいと言う事で、最前線に配置してくれと五月蠅いのだ。一方でアサヒは実力不足を正確に理解していて、今は修練の時だと割切っているらしい。

「近場の集落に十三人ほどが隠れている。 人外ハンターと一緒に行動していたちいさな集団だが、その人外ハンターから連絡があった。 阿修羅会がどうも狙って来ているようだとな」

「また戦いになりそうですか」

「別にいいだろ。 彼奴らだって、人外ハンターとやりあったら死ぬのも当然だって思っているだろうし」

「ナナシ。 そう好戦的になるな」

ナナシが言うと、明らかにたしなめるような目で先輩ハンター達が言う。

生意気なナナシだが、腕はいい。既にそこそこに出来る悪魔も従えていて、これは有望な若手だという声も上がって来ていた。

だからこそだろう。その凶猛な本性を危惧する者も多いのだ。

「フジワラは、武装解除して人々にして来た事を全て公開し、その上で心を入れ替えて戦うのであれば共闘もやむなしと考えているようだが。 あのタヤマが上にいるうちは、それも無理だろうな」

「ガイア教団が動きを見せないのも不気味ですね」

「彼奴らも何を考えているのかわからん。 子供が生まれても、健康そうに見えなかったら悪魔の餌にするようなことを平気でやっていると聞くし、今の東京でそんな事をしていて良い訳がないと分からないのだろうかな」

強い子になりそうなんてのは主観に過ぎない。同じような事をやっていたスパルタがやがて滅びたのは、もう何千年も前なのに。

ともかく、行く道のミーティングを終えると、秀が来る。

無言でバスの上にひらりと乗ると、そこで座ってそのまま黙り込む。まあ、いてくれるだけで充分だ。

ミーティングも終わっているので、バスを出す。

やがて、このバスもエンジンで動かせるようになるかも知れない。移動しながら、左右を常に確認する。

小物の悪魔もいるが、五月蠅いようなら威嚇射撃で追い払う。

川があるが、それも幾つかの橋が作られ始めている。橋は一時期、阿修羅会が殆ど落としてしまった。

連中の考えそうなことだ。

今は復旧が始まっていて。それを渡ってバスで急ぐ。

「何も仕掛けてこねえな」

「油断するな。 歴戦の悪魔ハンターが、油断した一瞬で倒されたことなんか珍しくもない」

「分かってる。 あんたの経験と力は充分に信頼してる」

とにかく斜に構えたナナシだが、志村の事は信頼してくれているようで助かる。ともかく警戒を続けて、進む。

砂漠に出る。

昔は東京砂漠なんて言い方をした時代があったらしい。人の心に著しく欠ける土地、という意味でだったらしいが。

それが文字通りになってしまっている。

砂漠なんて普通に出来るものでもなく、これが悪魔の仕業なのかどうかはよく分かっていない。

いずれにしても、デュラハンが力強く引いてバスが進む。警戒は怠らない。

しばしして。

バラックが集まる集落に着く。

手を振っているのは、知っている人外ハンターだ。

だが、即座に秀が銃……火縄銃を構えると、狙撃していた。ドンと凄まじい音。あの火縄銃、本当になんなのか。

狙撃されたのは、バラックの上空だ。

それで、撃ち抜かれた何かが、凄まじい悲鳴を上げていた。

「時間を稼ぐ。 一人でも助けろ」

「停車、展開! 半数はバスを守れ! 残りは俺に続け! GOGOGO!」

秀が飛び出し、何かと戦いはじめる。半透明だが、確かに凄まじい質量で、辺りを薙ぎ払っている。

バラックが吹っ飛ぶ。

上がる悲鳴。

その中、志村は人外ハンターとともに、救助するべき人々に向かう。

飛び出した悪魔、妖樹ザックームが、半透明の何かに薙ぎ払われるのが分かった。赤い塵になって消し飛ぶザックーム。植物の悪魔はタフなことが多く、イスラム教で地獄に生えている植物であるザックームも強力な幹で打撃を受け止めるタフな悪魔なのだが、それが一瞬で。

相手はかなりの大物だ。

一寸法師が手を振って来る。バラックに潰されている老人。助け出し、抱えて、志村は走る。バイタル確認はバスにいる医療従事者に頼む。

此処を守っていた人外ハンターが、必死に銃撃をしているが、なんだあれは。透明な何かは、ずっと獲物を待っていたとしか思えない。

「くそっ! あんな奴、見た事もない!」

「後誰が残っている!」

「あのバラックに……」

飛び出した秀が、何かを叩き斬る、そのバラックを直撃しようとしていたそれ……透明だった触手が、ばっさり両断され。吹っ飛び。

その存在が、姿を見せていた。

巨大な仮面のような顔。それの目から、蛇のような触手が生えている。全身から滴る黒い液体。

ぞくりとする。

あれはなんだ。

ナナシが勇敢に飛び出すと、バラックの中で腰を抜かしていた女の子を助け出し、担いで走る。

もう一人いた更に幼い子を、志村も抱えて飛ぶ。振るわれた触手が、一瞬遅れてそのバラックを叩き潰す。

牽制射撃をしながら、この集落に雇われていた人外ハンターが殿軍になる。必死にスマホを操作して、ナナシが相手の正体を割り出していた。

「邪神ラフム。 バビロニア……ってどこだ。 とにかくそこの邪神らしい」

「最悪だ。 最古の神話の神格だ。 古代神格は例外なく手強い。 ラフムは確か、バビロニア神話の創世神でもあるティアマトが、神々を罰するために作り出した怪物の筈だ」

「そんなヤバイ奴なのかよ!」

「とにかく走れ!」

吹っ飛ばされたのは、殿軍をしていた人外ハンターだ。エサとして釣り出される要因になった責任を取ったのだとしても。

いや、秀が触手を寸前に斬り払い。

更には、ジャックランタンがありったけの火焔魔術を叩きこんで、触手の勢いを弱めていた。

バスに救助者を詰め込む。

志村は戻ると、倒れている人外ハンターに肩を貸す。秀が次々に触手を切りおとしているが、再生速度が早い。全てを打ち払えていないが、しかし。

あれは、足手まといがいるから、全力を出せていない。

それが分かるから、距離を取ることを躊躇なく選択できる。

「要救助者、全員確保!」

「待っておくれ、じいさまの位牌が」

「分かっている! 彼奴を片付けるまで待ってくれ」

「斃せるのかい、あんな恐ろしい悪魔を」

斃せる。

秀の実力は見てきている。彼奴くらいだったら、何とかしてくれるという安心感がある。それよりも、だ。

周囲への警戒を呼びかける。

志村自身は、バスの上に上がって、急いでクリアリング。砂丘の向こうで、何かが光る。

まあ阿修羅会だろうと思っていたから、手口は読めていた。即座にスナイパーライフルに切り替える。

腰を落として、速射。

撃ち抜くのに成功。

だが、ほぼ同時に、何かが撃ち出される。

あれは、FGM-172 SRAW。通称ロッキード・マーティンプレデター。

誘導式対戦車ミサイルだ。

あんな強力な兵器がまだ現存していて、しかも阿修羅会の手に渡っていたのか。在日米軍の倉庫辺りから漁ったのだろうが、使い手が最低限の訓練を受けた軍人程度に手だれていたら終わっていた。

ミサイルが飛ぶ。狙いは明らかに秀だ。

「弾幕!」

「くそっ! まにあわねえ!」

その時、一寸法師が飛び出す。

なんの躊躇もなくプレデターに突貫し。相討ちになって炸裂していた。大型の悪魔ならともかく、一寸法師ではひとたまりもない。

奥歯を噛む。

更に狙撃。

砂丘の影にいた観測手らしい奴を撃ち抜く。ぎゃっと悲鳴を上げて、砂丘の向こうで倒れるのが分かった。

「たかがエサを守るためにくだらぬ死に方をするものよ」

「黙れ」

ラフムの煽りに、ぞっとするほど低い声で秀が返す。

触手を斬っても斬っても再生しているが、ラフムが嘲笑いながら、更に触手を増やして滅多打ちに懸かるが。

次の瞬間。

どっと、もの凄い魔力が押し寄せてきた。

違う、姿が。

秀の姿が一瞬にして変じていた。燃え上がる人のような、怒りそのもののような姿。あれは何かの魔神か。元々地獄帰りと言っていたが、人とは思えない。ともかくその姿になると、巨大な腕を振るって、秀はラフムの触手をまとめて掴み、ラフムごと振り回して地面に叩き付けていた。

更に力任せに触手を引っこ抜きつつ、中空から拳を叩き込む。引きちぎられる触手が、凄まじい力を物語る音とともに爆ぜた。

更に叩き込まれた拳でラフムの仮面が砕け、凄まじい絶叫が上がった。

魔の存在と化した秀は、仮面の目と口に手を突っ込むと、左右に引き裂き始める。砕けた仮面から、大量の黒い血が溢れる。

ラフムが、一瞬にして破滅に陥りつつある事に気付き、わめき散らす。

「お、おのれ! その姿、貴様どこかの神か!」

「黙れ外道。 滅びろ」

「ま、まて、余はただ食事をしに来ただけ……ぎゃあああああああっ!」

引きちぎられたラフムが、膨大な黒い血を砂漠にまき散らしながら。やがてマグネタイトに変わって消えていく。

しかも、明らかに秀はラフムの残滓を異形の姿の腕で切り裂いていた。

恐らくあれは、もう復活も許されないだろう。

秀の姿が、陣羽織姿の女に戻る。

刀を収める秀。

顎をしゃくられる。

頷くと、志村は老人を連れて、バラックに。安全確保を確認しつつ、持ち出すべきものを持ち出すように、要救助者に告げた。

「あんた悪魔だったんだな」

凄まじい強さでラフムを瞬殺した秀に、デリカシーの欠片もなくナナシが聞く。アサヒがいたらたしなめていただろう。

秀は答えないかと思ったが、ナナシに返事をしていた。

「違う。 いや、お前達の定義でいうと、悪魔に分類は……いやされないな。 正確には私は半分だけ悪魔だ」

「悪魔と人間の子なのか」

「そういうことだ。 あの姿は反撃と最後の一撃に特化していてな。 持続時間もそれほど長くない。 相手の大技を受けるのにも適しているから、あの瞬間は化身をした。 それだけだ」

一瞬だけ存在を切り替える事で、大技をそちらの存在で受けて。本体へのダメージを踏み倒せる、というわけか。

一寸法師は後で再生してやらないと。

そう思いながらも、志村はクリアリングをすませる。念の為に調べたが、バラックに爆弾などは仕掛けられていなかった。

位牌などの私物を持ちだして貰う猶予はある。

激しい戦いが行われ、しかもあんな凶悪な邪神が殺されたのを、近場の悪魔達は見ていただろう。

それをやった奴がいるのだ。

怖がって近付いては来ない。

「私物の回収、完了!」

「撤収する」

「なあ志村のおっさん。 これ、先回りされて待ち伏せされてるよな」

「ああ、分かっている。 かなりの人数を受け入れているからな。 内通者がいてもおかしくはないだろう」

だが、それを責めるのも厳しい。

この時代だ。

少しのマッカや食糧のために他人を簡単に売る奴は幾らでも出てくる。

内通者は後で確かめるとして、今は少しでも早く要救助者を回収し、シェルターに戻る必要がある。

まだ意識が戻らない人外ハンターも、しっかりした治療を施してやりたい。

雇われただけなのに、しっかり責務を果たしたのだ。

ラフムの接近に気付けてはいなかったが、それでも即座に体を張って撤退支援を決断できただけ、立派である。

ラフムは、あれは秀がいなければこの場の総掛かりでも斃せなかった。

それを思うと上出来過ぎるくらいだ。

シェルターに戻る。

秀も消耗している筈だが、それでも流石にこれ以上仕掛けて来る余裕は阿修羅会にもないだろう。

まずは確実に救助者をシェルターに。

全てはそれからだ。

 

シェルターに戻ると、外で誰かを何人かで取り押さえていた。まだ若い男だ。悔しそうに歯を噛んで、縛り上げられている所だった。

急いで救助者を運び入れてもらう。

若い男は銃口を突きつけられて、じっと黙っていた。

「何かあったのか」

「要救助者に混じってシェルターに侵入していました。 怪しい動きをしていたので、目をつけていたのですが。 電波が届く地点で、阿修羅会に連絡をしていたので」

「ブッ殺してやる! 俺の家族はな、お前等に赤玉に変えられたんだよ!」

「待て」

冷えた声。

秀のものだと分かって、人外ハンター達が一斉に身を引く。縛られたままの青年は身動きできていない。

灰褐色の髪。

外国人か、それとも血が混じっているのか。

黙りこくっている青年に、秀がゆっくりと話しかける。

「お前、混じっているな」

「何の話ですか?」

人外ハンターは分からないようだったが、志村にはぴんと来た。

秀のさっきの姿を見た、と言う事もある。

秀は人外ハンター達に、この青年のボディチェックを指示。スマホを初めとして、全ての道具を取りあげさせた。

その後で、秀が調べる。

服の中に紙とかが仕込まれている。一度裸にまでひんむいて調べているが。若い男の裸を見ても何も思わないようだ。服も下着もよく見ると上物である。この時点で阿修羅会のそれなりの地位の人間だと分かる。

まあ、長い時間を生きているのだとしたら。

いちいちそんなものに今更興味など覚えないだろうが。

下着だけ戻してやると、口を開けろという秀。

そっぽを向く青年の顔を掴むと、鼻をつまむ。抵抗する青年だが、息ができなくなって口を開けた瞬間に、さっとその中も確認し。何かを取りだしていた。

悔しそうに俯く青年だが。

秀との実力差は分かっているのだろう。

銃口に囲まれていながらも、何も吐かなかったのは立派だ。

「恐らく悪魔化の能力を持っている。 それもかなり強いぞ。 悪魔に監視させ、尋問をしておけ」

「貴方が強いと言う程ですか。 ならば拘束できている今のうちに殺してしまった方がいいのでは?」

「この毛並みの良さ、身に付けている上物の衣服、此奴は恐らく阿修羅会のそれなりの立場にいる存在か、その子息だ。 悪魔と人間の合いの子となると、姿を変じてまた侵入してくる可能性も高い。 確か霊夢殿が作ってくれた結界があったな。 其処に放り込んで、食事と排泄の面倒だけはみてやれ。 トイレに行かせると其処で悪さをする可能性があるから、おまるを用意してやれ」

「分かりました」

志村がフォローを入れる。

悔しそうに俯く青年に、志村が聞く。

「名前くらいはいいだろう。 お前の名前は」

「……ハレルヤ」

「神に感謝する言葉、か。 この東京にてそんな名前を持っていると言う事は、余程親は皮肉屋なのか、それとも高位の天使かなにかか?」

「……」

気が弱そうな青年だが、それでもこれだけ大それた事をしたのは評価できる。

志村は自分でも名乗ると、ハレルヤをつれて行かせる。

休憩から戻って来たらしい霊夢にも、事情は告げておく。絶対に脱出出来ない結界を張っておくと、霊夢は約束してくれた。

近々、フジワラが阿修羅会と会合をするという。

とにかくここのところ阿修羅会側が大損害を出している事もある。更には、阿修羅会の下っ端を多数捕縛している。ついでに下っ端だけではなく、重要な立場にいるあのハレルヤも今捕縛した。

此奴らと、一種の人質交換をする。阿修羅会に掴まっている……特に子供や、人外ハンターを開放させる予定だ。それに加えてフジワラの話術である程度情報を引き出せるかも知れない。

だから殺さなかった。

あの青年は、多くの人間が死ぬ可能性を作った。スパイとしては、全うに活動したのだ。

狙撃手が戦場で捕まったらまず間違いなく殺されるのと同様、本来だったら殺されてもおかしくない状況である。

それでも、更に人を助けるために。

今は、危険もある彼奴は、生かしておかなければならなかった。

それにだ。

東京の人間は、十万程度しか生き残っていないのだ。

今はたとえ阿修羅会であっても。交戦中であったり、排除の必要がない人間に関しては。

無意味に殺すべきではないのかも知れなかった。

 

4、混沌と力の宮殿にて

 

銀座。

現在、東京を三分する人間の……形式的には人間の組織。ガイア教団の本拠が置かれている土地である。

昔は成金という言葉の権化のような連中が作った街として知られていた。そもそも銀座というのは、貨幣に用いられた銀を鋳造する場所であったから名付けられた土地名であった。要するに此処が、江戸幕府における貨幣の出所であったのだ。

江戸幕府は経済は大阪などの関西圏が強かったものの、権力としてはどうしても関東が圧倒的だった。

そんな江戸幕府の公認した貨幣制度の膝元。

それが銀座だったと言う事だ。

この土地では、大戦の時に将門公が目覚めて。東京を守るために天蓋を作ったという事もあり。

今銀座の中央にある将門公の残骸である大岩には、行き交うガイア教徒達だけではなく、他の人間も礼をしている。

とにかく赤子が生き残るのは非常に難しい時代だと言う事もある。

「戦前」からまだ生き延びている者は多く。

東京が守られる瞬間を見た者もまた、多いのだ。

ガイア教徒は形式的には修行僧のような格好をしているが、基本的に欲望と力を全肯定する組織であるため、仏教徒というよりは原始仏教である密教の信者に思想が近い。性的信仰と仏教を結びつけた極北とも言える真言立川流などもそうなのだが、仏教は印度北部や東南アジア、中央アジアの原始的な土着信仰と結びつく過程で、性信仰を一部に取り込んだ歴史がある。それが空海が日本に持ち込んだ密教である。

ガイア教徒は、そんな密教思想の更に先鋭化した存在。

そう言っても良いだろう。

銀座の中央には巨大な建物が作られているが、これは戦後に建てられたものだ。内部は魔術的な結界が張られ。

今、その深奥に。

数名の人間が集まっていた。

二人は双子の老婆だ。しかも正座して浮いている。人間離れしているが、他のガイア教徒が怖れている様子はない。

上座に傅いているのは、ガイア教徒の精鋭達だ。

下手な軍隊よりも鍛え上げられていて、強い悪魔も従えている。

実際縄張りを作り人間を虐げてきた悪魔を、実力で排除してきた者達だ。

だが同時に弱者にはぞっとするほど冷たい思想も持ち合わせていて。

例えば女性のガイア教徒もいるが。

生まれた子供が弱かったら、自分の手で使役している悪魔に食わせてしまうような面も持っていた。

老婆二人が声を張り上げる。

「ユリコ様がお戻りである」

「控えよ」

ざっと、傅いていた者達が、ひれ伏した。

老婆二人の背後の上座。

護摩段が照らしている其処に。

黒い何かを着込んだ女が、ふっと姿を見せる。そう、ユリコである。わざわざ元からいたのを、誰も見ていないのにこんな大げさにやってみせる。

馬鹿馬鹿しい演出だ。

そうユリコ自身は思った。

現在ガイア教団の指揮を「任されている」ユリコだが、自身の行動を別に正しいと思っている訳でもない。

人間の強みを全部捨て、カビが生えた優性思想に首根っこを掴まれているこんな組織の面倒を見るのは、正直うんざりなのだが。

これも上役からの指示だ。

自身の子供らにさえ怖れられているユリコだが。

それも、舐められたら終わりの業界でやっていくためである。

被っている兜をとる。

美しい女性の顔が露出する。

ひれ伏しているガイア教徒。此方に背中を見せている最高幹部の老婆二人も、その顔は見えないが。

別にどうでも良かった。

この顔自体、皮肉で作った作り物であるのだし。

「状況を確認する。 私が留守にしていた間の出来事をまとめよ」

「ははっ。 池袋にて、西王母がますます伸張。 池袋全域を炎の結界で囲み、誰も逃れられぬようにして、元いた住民を貪り喰っております」

「元々意志薄弱にて、支配していた阿修羅会に媚を売り、西王母が来たら即座に乗り換えたような連中です。 自力で逃れるのは不可能でありましょう」

音もなく振り返った、宙に浮いて正座している双子の老婆がひれ伏したままそう言う。

此奴らのが余程妖怪じみているが。

ただ有能だ。

ガイア教団を回すには、有能である事が一番である。

ちなみにこの二人は悪魔ではない。

非常に強力な超能力者で、しかもこの年まで一切衰えていない。体内のがん細胞まで超能力で排除しているほどであり、実年齢は実に130歳を越えていた。古くからガイア教団の幹部だった存在で、何度も姿を変えているユリコを、古くから知っている存在でもあるのだ。

まあ、流石にそれでも限界はあって、今ではしわしわの老婆だが。60くらいまでは、30くらいの姿を保っていた。

ここ数年で流石に姿を中心に衰えが出始めたこともある。超能力が衰え始めるのも時間の問題かも知れない。

其処で今は熱心に後継者を育てているようだった。

「阿修羅会は」

「人外ハンター教会に現れたよく分からぬ者どもの猛攻にあって次々と手駒を喪失しているようです。 例の塔を守っていた守護者達まで駆りだした挙げ句に失っており、各地では阿修羅会に反発した者達が、一斉に反旗を翻し始めている有様で」

「ほう……面白いな」

「愚かしい連中故、自滅もやむなしでありましょう」

ひょひょひょと笑う老婆二人。

正直此奴らガイア教団も大した存在ではないのだが。それは口にしない約束だ。

しばし考えてから、ユリコは指示を出していた。

「カガ」

「はっ!」

立ち上がったのは、逞しい女性のガイア教徒だ。精悍な顔立ちで、長く髪を伸ばしている。それは髪が長くても、戦闘で邪魔にならない事を意味していた。

カガはガイア教団の中ではかなり期待されている戦士であり、だが狂信的なガイア教徒でもあった。

今まで子を産んでいないが、この時代では現実的に育てられないからだと口にしている。

年齢的には二十代半ばで、肉体的にも円熟期である。

「池袋の威力偵察を開始せよ。 道教系の神格が集まって来ているようなら、結界に無理に立ち入らなくても良い。 周辺を回って、狩れ。 見た所、池袋の外部で西王母は力を発揮できぬ。 奴の手駒を削り取れ」

「承知!」

「ミイ、ケイ」

「ははーっ!」

双子の老婆が顔を上げる。

此奴らにも秘蔵っ子を出させるか。

「例の秘蔵っ子を実戦投入せよ。 池袋にはどうせまだ立ち入れぬ。 だがそろそろ悪魔を相手に実戦を経験させても良いだろう。 池袋周辺の悪魔を狩らせて仕上がりの様子を見よ」

「分かりました。 今までも雑魚は狩らせていましたが」

「今回が本当の意味での初陣となりまする」

頷くと、ユリコは皆をさがらせる。

さて、と。

上で遭遇したあの若いサムライ。フリンと言ったな。

恐らく全力でユリコを殺しに来るはずだ。

あれは強かった。まだ発展途上だったが、みなぎるような凄まじい潜在能力を感じ取ることが出来た。

あれはひょっとすると、ユリコらの宿願。

四文字たる神を撃ち倒すための存在になりうるかもしれない。

そのためだったら、ユリコが倒されるくらいはどうでもいいし。

いっそのこと、首くらいは差し出してやる。

ただ、それには幾つもの手順が必要だ。

考えを巡らせる。

幾つか、手を打つ必要がありそうだな。

そうユリコは思った。

 

(続)