勇猛なる門番

 

序、奈落の奥へ

 

リリスである可能性が極めて高い黒いサムライ。それを追うようにと、正式に指示が降った。

ただ、サムライ衆の間でも意見が分かれた。

バロウズはサムライ衆のガントレットの全てに住んでいて、情報を共有しているらしいのだけれども。

バロウズ経由でユリコと名乗ったリリスらしき黒いサムライの声を再生しても、なお反発するサムライがいたのだ。

特にラグジュアリーズ出身のサムライは、明確に反発を示していた。

アキュラ王の像が飾られた広場。

其処で、サムライ衆が集められて。今回の話がされている。

そしてその場は、荒れていた。

「何処の出とも知らぬサムライが、武勲を上げただの敵の首魁の言葉を聞いただの。 そのようなこと、信用できるか!」

声高に叫んでいるのは、かなり古株のサムライだ。

ホープ隊長も無視出来ない程の影響力を持っているサムライらしく、苦々しそうにしている。

「だいたいカジュアリティーズなど家畜も同じ! 奴らの村が焼かれたところで、再建すればいいであろう!」

同意の声が上がる。

ワルターが苛立ったようで前に出ようとするが、僕が止めた。

「おい、いいのか」

「相手にしなくていい。 大した実力もないのに地位だけ上がったサムライなんか、どうでもいいよ」

「……」

見れば分かる。

あれは、僕が見てきた引退サムライの誰よりも劣る。はっきりいって、今の僕でもあっさり殺せる程度のサムライだ。連れている悪魔だって大した実力ではないだろう。コネだったか。そういうので成り上がり。偉そうにしている。取り巻きがたくさんいて、それで偉い。

それだけの奴だ。

あの手の輩は、コネも実力のうちだとか言っているらしいが。

悪魔との戦闘も一切しないで後ろから見ているだけ。

酒場での仕事も、ラグジュアリーズ向けのだけやっているらしく。今から引退後のコネ作りに余念がないらしい。

しかもラグジュアリーズの大物や、王様の家族とかとも縁があるらしく。

ホープ隊長も迂闊に排除できないそうだった。

だが。空気が変わる。

白い法衣に身を包んだ女性の司祭。いや、司教だったかなんだか知らないけど、とにかくお偉いさんだ。

ホープ隊長が、一礼する。

顔を真っ赤にして扇動していたラグジュアリーズ出身のサムライも、その顔を見ると青ざめて黙り込んでいた。

ギャビーというらしい人である。

Kという酒場のマスターに聞いたのだけれど。とにかく謎が多い人物だそうだ。

以前気のせいかもしれないが、Kという人が……今は五十を過ぎているのだが。その人がまだ若い頃に、見た事があるのだという。今とまったく変わらない姿のギャビーを。

冷徹な目。

近寄りがたい雰囲気。

それでいながら、人間離れした美貌。瞳は氷の用に冷たい青さ。髪の毛はどうも黒のようだが、法衣を被っているので見えない。

「ギャビー殿」

「何やら不満があるサムライがいるようですね」

「これは、その……」

「スクロールを」

配下らしい司祭が頷くと、ギャビーに跪いて差し出す。

側で見て分かったが、とんでもなく強いぞこの人。司祭だか司教だか知らないが、リリスと同等か、それ以上じゃないのか。

いや、人なのか。

僕はちょっとだけ身構えてしまう。

力がついてきたから、余計に分かるのだ。これは尋常な存在ではないのだと。

「勅命である。 サムライ衆は東のミカド国を騒がす悪魔を倒し民を守れ。 これはカジュアリティーズであろうとラグジュアリーズであろうと関係無く守る事を意味する。 そして精鋭を募り奈落の突破を目指せ。 その下にあるケガレビトの里に向かい、黒いサムライを捕らえるのだ」

「はっ」

「それともう一つ勅命を受けている」

ギャビーが、数名のサムライを呼ぶ。

青ざめたまま呼び出されたサムライが、跪く。それらの中には、さっきまで喚いていたラグジュアリーズ出身のサムライと、その取り巻きが全員入っていた。いずれも名家だかの出身者らしい。

「そなた等は解任だ。 サムライとしての技量著しく低く、それでありながら蜘蛛のように権力の糸ばかりサムライ衆の中に張り巡らせ、同僚の足を引っ張り、サムライ衆にもこの国の民にも貢献しないこと甚だしい。 故にサムライとしての任を今この場で解く。 即座に装備を返上して家に戻れ。 以降の沙汰は追ってする」

ひっと声をラグジュアリーズ出身のサムライが上げた。

申し開きをしようとしたようだが、ギャビーの眼光が凄まじく、項垂れるばかりである。

あれは、ちょっと彼奴ら程度では逆らえないだろうな。

そう思って、僕は何も言えなかった。

ギャビーはまるで王様。

いや、それ以上の権力を持っているようだ。

ホープ隊長はとても強い人なのに、それがまるで逆らえる気すらしない。実際の戦闘力の高さも分かる。

一体この人は、何者なのか。

ギャビーは解任したサムライをつれて行かせた後、サムライ衆を見回しながら言う。

「悪魔がこの東のミカド国に攻めてきたのは、千五百年前のケガレビトの襲来以来の危機である。 それまでも少数が現れる事はあったが、今回のような大規模な攻撃は奴らによる極めて危険な攻勢の予兆だ。 サムライ衆には改革を行う。 あのような無能者は今後サムライ衆に居場所などないと知れ。 またラグジュアリーズの名家というものにも今後は改革の鉈を振るう。 名家であろうが名門であろうが、東のミカド国を私物化し、或いは権力を貪り豚のように肥え太る……貴族として見苦しきものは、いずれ天罰を受けると心得よ」

まだ、この中にはラグジュアリーズ出身のサムライだって多いのだ。

だから、敢えてそう釘を刺しているのだろう。

ギャビーが行くと、空気が露骨に変わった。

小役人めいたいかにもな阿諛追従している司祭も後についていたが。そんなのはどうでもいい。

咳払いすると、ホープが隊の再編制を始める。

あの追放されたラグジュアリーズのサムライはかなり高い地位にいたのだが、代わりに第一分隊のサムライが抜擢される。見るからに歴戦のサムライだ。実力はお墨付きだろうし、この方が良いはずだ。

更に、幾つかの分隊が指示される。

その中には、第十六分隊もあった。

「お前達は奈落の攻略に重点を置きつつ、隊舎で問題がある場合に備えよ。 更に、奈落の深層に辿りついた場合は一度戻れ。 奈落の深層には、言い伝えられているのだが主が存在している」

「主でありますか」

「ああ。 極めて強力な悪魔だ。 今までの長いサムライ衆の歴史で奴に挑んだサムライは数十名。 その全てが返り討ちにあっている。 一度は小隊単位で挑んで返り討ちにあった程だ。 そのため奴は禁忌とされていてな」

そうか。

だから到達までしたら一度戻れと。

更にホープ隊長は言う。

ケガレビトについて。

アキュラ王の石像の下にある石碑。それに記載があるという。

古くに悪魔が攻めてきた。

悪魔を率いていたのはケガレビトだった。

それを勇敢なるアキュラ王が退け、封印した。

そう記載されている。

そうなると、奈落の下にはケガレビトの里があるという話だったが。その奈落の奥にいる悪魔は、ケガレビトの里を守っているのだろうか。

だとすると、ケガレビトとは何者だ。

「危険な任務になる。 質問はあるか」

「はい」

僕は挙手。

他のサムライがあまり好意的ではない視線を向けてくる。あのギャビーという恐ろしい女司祭だか司教だかを怖れてはいても、不満はあるということなのだろう。

だが、ホープ隊長は頷く。

「何か」

「ケガレビトって一体何なんですか。 奈落の下の世界って何なんでしょう」

「それは分かっていない。 悪魔に話を聞いても、どうにも要領を得なくてな」

「要領を得ない、ですか」

頷くホープ隊長。

優れた悪魔の中には、若手のサムライに稽古をつけるような者がいる。例えばホープ隊長が従えている幻魔クーフーリンは、若手のサムライに優れた武芸を仕込んでいて、何代にも渡ってサムライ衆の長に引き継がれているそうだ。

クーフーリンの話によると、奈落の下には「トウキョウ」と呼ばれる「地獄」があり、其処にはケガレビトと呼ばれる古き時代の人々が暮らしているという。

今度はヨナタンが挙手する。

「古き時代、ですか」

「そうらしい。 少ない情報を総合すると、魔法の言葉を用いて会話が可能ではあるらしい。 また我々と生物的にも同じ人だそうだ」

「そうなると、悪魔を従える力を持っているのですか」

「恐らくはな。 ただアキュラ王の伝承は、細かい部分で誤魔化されている箇所が多く、特にケガレビトについては謎が多い。 何故にこの東のミカド国に攻め上がって来たのかも良く分からん」

それは確かにそうだ。

余程貧しい土地で生活しているのか、それとも。

更に分からない事があるという。

ホープ隊長が案内してくれたのは、ターミナルという施設だ。

そこはあまりにも異質だ。

広い空間で、ドーム状になっている。中央にはなんだかよく分からない台があって、バロウズが登録すると言ってくれるが。

何を登録しているのか、よく分からない。

他にもこういう場所はあるのだろうか。バロウズに聞いても、他を登録したら機能を説明するというだけだ。

それから装備の支給が行われる。

僕には槍が渡された。かなり鋭い、良い感じの槍だ。ただちょっと僕には軽いかも知れない。

「良い槍ですね」

「だが少し軽いか」

流石隊長だ。言わなくても即座に見抜く。

こう言う人を、達人と言う。僕は達人は尊敬する。相手がどんな俗物でもそれは同じだし。ホープ隊長みたいな立派な人はなおさらだ。

「はい。 長さ的には丁度良いんですけれど」

「鍛冶師を紹介する。 しばらくはそれで凌げ。 あの棍棒のような槍を気に入っていたのなら、それに近い重さの槍が良いだろうな」

ホープ隊長は話が分かるな。

ともかく、此処からは奈落への挑戦だ。

皆で一度集まる。

ワルターはもうサムライの隊服を着崩して筋肉を見せているが。

それはそれとして、任務達成については真面目なので、サムライ衆の中でもワルターに対する単なる悪口は聞いても低評価は聞かない。そんなワルターは、かなり重厚な大剣を貰ったようだ。確かにワルターにはあっていそうだ。

ヨナタンはかなりの名剣と分かる鋭そうな剣を。イザボーは白鳥のような優雅な細剣を支給されたようである。

ただ、いずれも支給品で、必要がなくなったら返さなければならない。

幾つかの説明を受けるが、奈落の最深層までは、悪魔がかなりの宝物を蓄えているらしい。

それらを見つけたら、自分のものにして良いそうだが。

勿論宝をエサに罠を張っている悪魔も多いそうだ。

「とりあえず隊長はフリンでいいか」

「別に僕でも良いけど、意外だな。 ワルター、やりたがると思ったよ」

「いや、俺はそういうのはガラじゃなくてな。 単に暴れるのがいい」

「まあ。 別に良いですけれど、少々野蛮でしてよ」

イザボーがたしなめるが、嫌悪はない。

ラグジュアリーズのサムライ……特に先ほどギャビーという女司祭だかにつれて行かれた連中は、僕やワルターに嫌悪と侮蔑混じりの悪口を半ば堂々と吐き散らしていたから。差がはっきり分かる。

「僕もフリンがリーダーで依存はない。 実力的にも現時点ではフリンが良いだろう。 それに、戦闘時は冷静に頭が回るのも、ずっと側で見ているしね」

「わたくしも異議なしですわ。 それでは、リーダー。 どうしまして?」

「……とりあえず鍛冶師の所に行ってから、すぐに奈落に潜る。 鍛冶師はこのお城の中の専属の人らしいから、僕一人で行ってくるよ。 皆は他の消耗品を整えるなり、準備を進めておいて」

「任せておきな。 何、着服なんてしねえよ」

悪そうにワルターが笑って、洒落になっていないとイザボーがたしなめる。

他の班は、それぞれ行動を開始。

実際問題、権力闘争を悪魔討伐より熱心にやっていた連中が消えたことで、随分とサムライ全体の士気が上がったようである。

ああいう連中は実力があればまだ良いのだろうが。それもないとなると、確かに害にしかならない。

だがギャビーというあの冷徹そうな女司祭、どうして今まであれらを放置しておいたのだろうと疑問は浮かぶ。

あれほどの権力があり、実力もあるのなら。

あんな連中が蔓延る前に、駆除してくれれば良かったのに。

鍛冶師の所には、数人の逞しい男が出入りしていて。そして、鍛冶師の長は、意外にも温厚そうな初老の男性だった。

槍について話をする。

重くて破壊力が出る短槍がいい。

そういう話をすると、幾つかの槍を見せてくれる。振るってみて欲しいと言われたので、外で槍を使ってみせる。

本職だ。

すぐに僕が欲しがっている要件を、それで見抜いたらしかった。

「おサムライ様。 それではこの槍の長さで、この刃をつけ、この重さで如何でしょうか」

「どれ、お……」

さっと鍛冶師が、幾つかの部品を組みあわせて槍を作ってくれる。

装飾が施された華美な剣や、刀といわれる作成難易度が高い剣の一種を好むサムライが多いらしいのだが。槍の実用性についてもこの人は理解している。

勿論僕も剣は仕込まれている。

僕が渡された槍は、急あしらえで実戦では使えないが。刃は下手な剣以上にあり、重しが何カ所かについていて。

それが故に破壊力も出るし。

僕の無駄にある剛力でも、簡単には壊れないし、振るいやすい。

「いいね。 これを完成させてくれる?」

「分かりました。 しかしおサムライ様の私有物ではなく、隊全体の持ち物としてお作りいたします」

「それでかまわないよ。 出世したら、僕専属の武器って事に出来るのかな」

「それはもちろんでございます。 これほどの剛槍、恐らく現時点では隊長のホープ様と、第一分隊にいる数名のおサムライ様、そしてあなた様以外には振るう事も出来ますまい」

そうか、それは嬉しい言葉だな。

槍は一週間ほどで出来るそうだ。

後は近接戦用に小刀も欲しいが、それについては別に良いか。小刀なんぞ使うよりは、僕は無手のが得意だ。別にわざわざ用意するまでもない。インファイト用の武器だったら刀でいい。

集合地点に行く。

「おうフリン。 どうだった、槍は」

「凄腕の鍛冶師だね。 いいの作ってくれそう」

「よかったじゃねえか!」

「君の腕は本物だ。 それに見合った武器が加われば、奈落の奥にいる恐ろしい悪魔にも、手が届くかも知れないね」

ヨナタンはそう言ってくれるが。

僕は自分が歴代最強のサムライだなんて思っていない。

現時点でもホープ隊長は、僕ら四人を一人で相手出来るくらい強いし。

今までにもその恐ろしい悪魔に挑んだサムライに、今の僕より強い奴がいなかったとは思えないのだ。

だから、奈落を潜りながら、力をつける。

それに、である。

非好意的な視線。

それにひそひそ話しているサムライ。

あれは悪巧みの声だ。

項垂れている様子なのは、ナバールか。まだ新米として鍛えられていると聞いていたけれども。

成長速度は人それぞれ。

僕も槍の技の幾つかを覚えるとき、随分と苦労させられた記憶がある。

だから中々芽が出ない相手のことを、馬鹿にするつもりはさらさらない。

「ナバールも誘って良い?」

「どうしたんだフリン。 あんな奴を誘うのか」

「あれ。 悪い奴に色々吹き込まれてる。 きっとそのままにしておくと、足を踏み外すと思う」

「そうね。 昔からナバールは、意思が弱くてよ。 貴族の権威にすがらないと、何もできない殿方でしたわ。 自分と同格以上のラグジュアリーズの家のサムライに悪さを誘われたら、断れないでしょうし。 それにフリンやワルターへの嫉妬心もありましてよ」

浅層の安全確保くらいだったら良いだろう。

ヨナタンが頷くと、ホープ隊長に話をつけに行ってくれる。ラグジュアリーズの出なのに、まるでそういうのを嫌がらない。

与太者の思考だと。率先して何か動く人間は、自分より格下というのがあるらしい。皮肉な話だが、ラグジュアリーズの上層部も多分それと同じ思考回路を持っている。

ヨナタンは違う。

それだけで立派だ。

ヨナタンが話をつけてきてくれると、イザボーがナバールを引っ張って来てくれた。

ナバールは奈落で一緒に鍛錬だと聞くと、震え上がったが。

イザボーが一喝する。

「何を吹き込まれていたかわかりませんけれど、そのままだと貴方は一生意気地なしでしてよ。 フリンにも絶対に勝てませんわ。 それにあんな殿方達と一緒にいても、足を踏み外して、要領が悪い貴方なんて地獄に落ちる未来しかありませんわ。 それでよろしくて?」

「うっ……」

内心では分かっていたのだろう。

ナバールは唇を噛みしめて、悲しそうに俯く。

成人の儀でナバールを見ていたちいさな子。あれは弟ではないかと思うが。きっと、家族への期待にも応えたいのだ。

それはそれと、僕の方も恨めしそうにナバールは見る。

きっと此処が転換点なんだ。

「わ、分かった。 でも私は、あんまり力にはなれない……と思う」

「それを理解していれば十分だ。 俺たちが手伝う。 悪魔を倒すと、なんだか力が上がるんだ。 強い悪魔ほど顕著でな。 俺たちが守ってやるから、勇気出して強い悪魔と戦ってれば、あんなにやついているひょろっちいラグジュアリーズなんかすぐに越えられるさ」

ナバールは本当だろうかという目で見ていたが。しかし、此処で腐るよりはマシだろうと思ったのだろう。

やがて、頷いていた。

かくして奈落に僕達は向かう。

あれだけの事をしでかした外道を追い詰め、叩き伏せるために。

 

1、奈落の罠は悪魔だけに非ず

 

やはり武器を変えるとかなり戦いにくいな。そう思いながら、僕はうめき声を上げる岩みたいな奴から槍を引き抜いていた。

槍が軽いから威力を出し切れない。

重量級の悪魔が相手だと、徒手空拳の方が良いかも知れないな。

岩みたいな奴が倒れる。

バロウズによると妖精スプリガン。

宝物を守るような逸話があるらしく、世界中に似たような存在の伝承があるそうだ。世界中といわれても、よく分からないが。

ナバールが伸びているのを、ピクシーがうんざりした様子で治療する。

だけれど、ワルターよりでっかい岩の塊みたいなスプリガンにぶん殴られて。それで気を失っているだけで済んでいるのだ。

はっきり言ってかなり力が上がっている。

もう少しで、いちいち守らなくても良くなると僕は見ていた。

目を覚ますと、ナバールは逃げだそうとするけれど、即座にワルターが首根っこをひっつかむ。

情けない声を上げるナバール。

その間に、イザボーとヨナタンが先を見てきてくれていた。

「フリン、この先は迷宮が極めて簡素になっているようだ」

「簡素?」

「岩肌が剥き出しでしてよ」

そうか。

だとすると、奈落もそろそろかなり深い階層、と言う訳だ。

悪魔がどんどん強くなってきているのは分かる。ただ、キチジョージ村で交戦した、リリスがエキドナと呼んでいたような桁外れのはいない。

ただし僕もとんぼちゃんがないので、新しい槍が出来るまでは、徒手空拳と、支給品のこの槍でやっていくしかない。

この槍もかなりの業物なのは分かるのだけれど。

僕の戦闘には致命的にあっていないのだ。

「それでどうする。 もう少し進むか?」

「ま、まだ進むのか!」

「そうだね。 物資は大丈夫そう?」

「今の僕達の力なら、まだ傷薬はもつはずだよ。 それに……」

ヨナタンが引き連れている悪魔。種族天使。

天使というのは、神の御使いらしいのだが。それも一応は悪魔に分類されるようだ。

数体の天使は、いずれもが回復の魔術をとても得意としていて、支援役としては大変頼りになる。

アークエンジェルという鎧姿の天使は、剣や槍を振るって悪魔と勇敢に戦うし。

天使達はヨナタンと相性が良いのか、全幅の忠誠を誓っているようだ。

斥候などもこなすし。

命を落とすのも全く怖れていない。

ただ、一度配下に加えた悪魔は、マグネタイトを消耗するが、死んでも復活させる事ができる。

それも絶対では無いとバロウズは言っていたのだが。

それでも、今まで復活させられない事態は起きていなかった。

「少しだけ様子見したら戻ろう。 今は別に無理をする時じゃない」

「分かった。 ナバール、立つんだ。 君はサムライの名家の出だと自慢していただろう。 先祖がそんな姿を見たら嘆くぞ」

「分かっている癖に。 私の家は、昔は高名なサムライを出していたさ。 だが先祖の武名に胡座を掻き、蓄えた金に溺れて、どんどん堕落していった。 父だって一定の勤務をこなしたら、すぐにサムライを引退した。 殆ど悪魔とだって戦わなかったらしくて、それで……」

「それを情けないと思うなら、君が汚名を晴らすんだ。 貴族であると言う事を誇りにしたいのなら、武器なき民が泣いているのを見逃すな。 力無い者が嘆いているなら手をさしのべろ」

立派なことだ。

みんなヨナタンみたいなラグジュアリーズだったら、あんな腐れサムライやラグジュアリーズは少ないだろうに。

いずれにしても、奥に出て。

僕はへえと呟いていた。

確かに岩肌が剥き出しになっている。

今までは大きな建物の中という感じだったのに。其処は既に、洞窟の中という雰囲気である。

家の近くにあった洞窟は小さくて、こんな凄い広さじゃなかった。

上の方を飛んでいるのは蝙蝠だろうか。

いや違う、あれは悪魔だ。

大きすぎる。

バロウズに悪魔の実力を調べて貰う。僕でも勝てる相手らしいが。

ざっと見る限り、足場が悪すぎる。

これは彼方此方歩き回るには、ちょっと今回は準備が足りないか。

滝があって、下に向けて水を流している。でも、水そのものは奈落の中の水たまりで止まっているようだ。

しかし溜まった水は何処に向かっているのだろう。

しばらくその辺りを見て、背筋にぞくりと悪寒を覚えていた。

いる。

とんでもないのが。

恐らくあれが、最深部の悪魔だ。

いつの間にか、最深部の悪魔を、気配で察知できる程の距離まで来ていたと言う事だ。

「撤退。 今日は引き上げるよ」

「うん、どうしたんだ」

「いる」

「!」

ワルターが、僕の言葉の意味を即座に理解したようだった。

いずれにしても、しばらくはこの辺りの悪魔を相手に力をつける。

そして、あの奥にいる奴を斃せる状態になったら、それで奥に進む。それでいいだろう。

焦っても仕方がない。

あれだけの事を出来る悪魔だ。ユリコと名乗っていた奴は。

今無理矢理突貫しても、返り討ちにあうだけだろう。

悔しいが、一歩ずつ力を蓄えながら行くしかないのだ。

戻ると聞いて、こわごわ滝を見ていたナバールが、心の底からため息をついていたようだ。

僕は帰路も気を付けてと言いながら、バロウズにナビを頼む。

そして五層まで戻った時に、それは起きていた。

突然、辺りの空気が変わる。

ナバールがぽかんとしている中、皆が備え。悪魔を即座に全部呼び出していた。

僕の末の子を最近は出すようにしている。

少しずつ信頼関係を構築したいと思っているからだ。

僕は槍を構えていたが、考えを変えて、槍を背負い直す。徒手空拳の方が、この気配相手ならいい。

辺りにはうねうねと蠢く茨。

奥には、うめき声を上げるサムライが数人。

あれは、ナバールに何か吹き込んでいた連中だ。

「マスター。 悪魔の領域に踏み込んだようよ」

「領域……」

話には聞いている。

悪魔は強くなってくると、自分の領域を作り出して、其処に閉じこもることがある。

それは悪魔のエサ場であり、悪魔に都合良く作りだした自分用の世界なのだと。

つまり領域を作り出すような悪魔はただでさえ強い。

それが更に強くなると言う事だ。

サムライ数人は乱暴に茨で拘束されていて、こっちを見て悲鳴じみた懇願をしてくる。

「た、助けてくれ……!」

「先輩達、確か奈落攻略ではなかったッスよね。 何をしに此処に?」

皮肉混じりにワルターが聞くと。更に締め上げられたようで。先輩サムライが悲鳴を上げていた。

まあ、分かりきっている。

帰路で疲れている僕らを奇襲して痛めつけるか、或いは悪魔の仕業に見せかけて消すつもりだったのだろう。

或いはナバールもそれに巻き込むつもりだったのだろうが、僕が連れ出したので出来なかった。

ラグジュアリーズは血で血を洗う権力闘争に血道になっているとヨナタンからもイザボーからも聞いている。

ということは、次期当主のナバールが消えてくれれば、それで都合が良かったのかも知れない。

ナバールは完全に恐怖で腰が抜けているようだ。

まあ、それもそうか。

力がついてきているのだ。

この領域の主の悪魔がどれだけ手強いか。嫌でも理解出来るだろう。

「ナバールを守って」

「はい」

末の子に指示。

末の子は、既に悪魔リリムの姿で行動するようになっている。僕には相当負い目を感じているらしく、非常に献身的だ。

どちらかというとキチジョージ村で大挙して襲ってきた邪悪な方がリリムとしては普通なのだろうが。

末の子は、僕に危機を伝えてくれて。

それでたくさん人が助かった。

だから僕は、末の子は恨んでいない。ただ感情として憤りはどうしてもある。だから、少しずつ関係を改善したいのである。

奥から、茨が襲いかかってくる。まるで大蛇だ。

即応した僕の悪魔妖鳥コカクチョウ。翼を持つ経産婦の姿をした悪魔だ。死産した女性がなる悪魔であるらしい。

それが、火焔魔術で応戦。イザボーの手持ちの悪魔もそれに習い、襲い来る蔦を瞬時に焼き切る。

奥からケタケタと笑う声。

そして、ずるずると、巨大な花が此方に来る。花の中からは上半身裸の女性が姿を見せていて。蠱惑的な体を見せつけていた。

バロウズが解説してくれた。

「妖樹アルラウネよ。 マンドレイクと言われる存在の近縁種で、本来はここまで強力な悪魔ではないわ。 しかし領域内にいる以上、生半可なアルラウネではないわ。 気を付けてマスター」

「分かった」

槍に手だけは伸ばしておき、態勢を低くする。

妖樹というのは、植物の悪魔でも、特に邪悪な存在であるらしい。アルラウネは根を引き抜くと即死するような金切り声を上げるが、根が何にでもきく霊薬になったり。或いは人間を騙して貪り喰う恐ろしい女の悪魔なのだとか。

なんだか複数の性質がごっちゃになっているような気がするが、いずれにしても植物の悪魔だ。

僕は身内で決めているハンドサインを出すと。即座に動いていた。

「随分いきがいいエサだこと。 まとめて養分を吸い尽くして、私の美しさの肥料にしてやるわ」

「肥料になるのはお前だオラァ!」

突貫するワルター。大剣で、右左と蔓を切り払う。だが、余裕綽々のアルラウネ。天井からも床からも、茨が大量にワルターに襲いかかる。

それだけじゃない。

いつのまにか床も壁も全て茨になっている。そして、前後左右全てが茨となって襲いかかってくる。

そうだろうな。

こいつに都合がいい空間なんだから。

だが、こっちだって戦力が上がっている。

ヨナタンの天使達が、光の魔術を放ち、剣を振るい、次々と茨を切り払う。イザボーはその場で迫る茨を華麗な剣技で斬り伏せつつ、周囲を悪魔に任せて火焔魔術で焼き払う。一番派手に暴れるのはワルターだ。茨を強引に砕きながら、アルラウネに突貫。アルラウネが口を引きつらせると、大量の茨をワルターに仕向ける。

「人質がどうなってもいいのかしら?」

「しらねえな」

「そう。 じゃあ握りつ……」

最後まで言い切ることは出来なかった。

アルラウネの背後に既に僕が回り込んで、その胸を後ろから貫いていたからだ。

この槍はそれほど僕の武技にはあっていない。

だから体術主体でいく。

体術といってもそれは殴る蹴るだけを意味しない。

例えば今やったような、歩法や移動を工夫し、味方の陽動を利用して。相手の死角を取る。

僕はそのまま、アルラウネをズタズタに切り裂く。

悪魔が相手だ。

心臓や頭を潰した程度で死ぬとは限らない。ましてや此処は相手に都合がいい空間なのだ。

花を完全に粉々に切り裂いて、そのまま渾身の力で踏み砕く。

ごおんと音がして、茨の床に衝撃が走る。

それで、飛び出してきたのは、人型のおぞましい根の塊だ。全身から血をまき散らしながら、それが巨大な口を開こうとするが。

皆の悪魔が一斉に火焔魔術を叩き込む。

アルラウネの逸話。

人を即死させる声。

本来は人が引き抜いた時に発するらしいけれど。いずれにしても、やらせるわけにはいかないのだ。

全身が瞬時に炭になったアルラウネ本体が崩れると。

辺りがもとの石造りの地下に戻る。

悪魔の領域が晴れた。

つまり、悪魔が死んだのである。

相応の量のマグネタイト。流石にあのエキドナという悪魔のものほどではない。彼奴あれでも不完全だったらしいし、万全で本調子だったら絶対に勝てなかっただろう。それが、こう言うときにも思い知らされる。

運が良かっただけだ。生きているのは。

倒れている先輩サムライ達は泡を吹いて転がっている。やりとりもバロウズが記録している。逃げようがない。

それでももしかしての事もある。

縛り上げると、全員をワルターの悪魔が抱え上げていた。

ナバールが青ざめながら、その有様を見て呟く。

「わ、私はひょっとして、命を拾ったのだろうか……」

「どうだろうね。 ただマグネタイトを連続して吸収しているし、多分ラグジュアリーズ出身って事に胡座を掻いて後ろで偉そうにしているサムライよりは強くなっているんじゃないのかな」

「そ、そうか……」

「後はその意志薄弱をどうにかしなさい。 そうしないとせっかく強くなっても力の持ち腐れでしてよ」

元婚約者にこっぴどく言われつつも。

ナバールは、どこか寂しそうだった。

やっと自分の非力さと、自分をそそのかしていた連中の醜さ。それに、立場に胡座を掻いていた愚かしさに気付いたのかも知れない。

ともかく、戻る。

恐らく奈落の主であり、ケガレビトの里とやらの門番でもあるらしい悪魔の気配は見つけたのだ。

ホープ隊長に連絡をいれないとまずい。

そのまま、出来るだけ急いで戻る。

帰路で凶悪な悪魔に遭遇しなかったことだけは良かったかも知れない。だが一度、サムライがゾンビ化したものと遭遇して、いたたまれなくなった。

此処で命を落としたサムライは結構いるということだ。

見かけより強くても、所詮は悪魔が動かしている死体。

即座に撃ち倒して、それでおしまいだ。

ガントレットは回収しておく。

バロウズが、データを回収したと言っていた。

この人がどうやって命を落としたのか。どんな悪魔の手にかかったのか。

見た感じ、一日二日前に死んだ様子はない。

だとすると、年単位前に殺されて、ずっと彷徨っていたのだろう。

死体はその場で火葬するが、身に付けていた装飾品の類は持ち帰る。ひょっとしたら、遺族がいるかもしれない。

ならば、それだけでも帰してあげたい。

ワルターはこういうのに対して、若干冷酷だ。

だけれども、ワルターが認めてくれているらしい僕が、率先してこういう行動をしているのを見て、少しは心も動くらしい。

遺体を踏みにじるような真似はしなかった。

それだけで、僕には充分だ。

奈落を出て、ホープ隊長に全て話す。奈落を出ても気を失ったままの先輩サムライ達に、ホープ隊長は激怒。

水をぶっかけて叩き起こすと。

飛び起きた彼等を引っ張って行かせた。

この間ギャビーという女司祭が厳しい裁定を下していたこともある。それと似たような事どころか、更に悪辣な闇討ちを目論んだ彼奴らだ。

多分サムライとしての資格は永久剥奪だろう。申し開きなんか、あいつらのガントレットにいるバロウズが全部証言するだろうし、無意味だ。

休憩を入れる。

ナバールは咳払いすると、僕達を見やった。

「わ、私は、これから一人で奈落浅層で鍛え直すとする」

「どうしたの」

「力不足は嫌と言うほど分かった。 それに、私はあの先輩達と共謀して、君達を罠に嵌めるべきではないかとさえ思ってしまっていた。 私はサムライの名家出身者として恥ずかしい。 だから、少しでも先祖に恥じない存在になりたい」

ナバールにはガストンという弟がいるらしい。

良く出来た弟で、父はラグジュアリーズとして甘いとか酷評しているらしいが。ナバールには良く懐いてくれていて。とても可愛い弟なのだそうだ。

そして、そんな弟は正義感が強くとても優しいらしい。

ナバールは、自分の行動が。先祖だけではなく、ガストンにも顔向け出来ないと顔を下げながら言った。

「今まですまなかった。 とくにフリン、ワルター。 十六分隊は伝説に残るサムライ達に勝るとも劣らないと今やっと分かった。 ヨナタン、私は君を先代の威光を借りる狐だとずっと思い込んでいた。 イザボー。 君の事を、僕みたいな優良物件を振った愚かな女だと心の底で軽蔑していた。 しかし真に軽蔑されるべきは、ラグジュアリーズの特権に胡座を掻いていたあの先輩達であり、そして誰よりも私自身だ。 許してくれ」

土下座される。

僕はため息をつく。

別に恨んでなんかいない。

それに、ナバールはあの時、一緒に殺されかけたのだ。

一線を越えた挙げ句に、悪魔のエサになりかけたあの情けない先輩サムライ達とは違う。

寸前で踏みとどまれたのだから、そんな風に謝る理由もない。

「ナバール、僕は気にしていないよ。 いや、違う。 君に言うべきはこの言葉だ。 僕は君を許すよ」

「……俺もだ。 見直したぜ。 力が足りなくても、こんな風に心を入れ替えられるんだって、初めて知ったよ。 ラグジュアリーズは特権に胡座を掻いたカスしかいないってサムライになるまではずっと思っていたが、ヨナタンやイザボーをみて違うって思い始めていた。 それで、今目の前で変わる奴を見た。 だから、俺もお前を許す。 だけど次は無いからな」

ちょっと冗談めかしてワルターが言う。

そして、もう一度済まないとナバールは言うのだった。

顔を上げたナバールは涙を乱暴に拭うと、一から鍛え直しだと大きな声で叫んで、大股で歩いて行った。

これでナバールは、きっと一人前のサムライになる。

弟というと、多分成人の儀でナバールと僕達を見ていたあのちいさな子だろう。

あの子がナバールを慕っていて。

それが改心のきっかけとなったのは、それはそれで良い事だと思う。

もう一度嘆息する。

一度ホープ隊長の所に報告しに行く事にする。

奈落深層には非常に危険な、領域まで張る悪魔がいる事がよく分かった。あのアルラウネくらい、単騎で斃せるくらいにならないと。主と言われる強敵には、勝てない可能性が極めて高い。

四人でホープ隊長の所で報告する。

ホープ隊長は、あの先輩達を首にするべくギャビーに報告書を書いていたが。

主の気配について話すと、顔を上げていた。

「主の気配か。 それが分かるようになったんだな」

「前からある程度はわかりました。 ただあの主は、恐らく気配を意図的に周囲にばらまいていると思います」

「そうか。 いずれにしても彼処まで到達出来たというだけで立派だ。 私も到達は何度かしたことがあるのだが、あの気配を前にして撤退を選択した。 もう少し鍛えてから挑むというのなら止めない。 お前達は極めて有望だ。 勝てる準備を整えてから挑め。 他の奈落攻略班にも話は通しておく。 くれぐれも他の班より先に倒そうなどと思うな。 確実に勝てる状態になってから挑むようにな」

「はっ!」

敬礼する。

ホープ隊長も彼処まで行っていたのか。

そしてホープ隊長の実力なら、彼奴の気配もわかった、と言う訳だ。

いずれにしても、奴は極めて強大な悪魔だ。不完全体のエキドナとやらと匹敵するかもしれない。

これからもう一度あの辺りまで潜って、悪魔を倒し、また悪魔を仲間にして。更に悪魔合体で強力な直衛を揃える。

そう皆で話し合う。

それから数日は、奈落に潜って、ひたすらに技を錬磨した。

僕としては、頼んでいる槍が出来上がるまで、無駄に時間を使わないという意味もある。

それに何より。

言いたい放題やりたい放題をしたリリスを叩きのめすために、ケガレビトの里までは下りなければならない。

まあ、あの黒い奴がリリスなのかはほぼ確定であっても事実かは分からないが。

ともかく、奴を追うためには。

高い壁を、越えなければならないのだから。

 

2、ケガレビトの里へ

 

完成した槍を受け取る。

申し分ない。

軽く中庭で振るう。鍛冶師は僕に対して腰が低いけれど、僕の演舞を厳しい目でずっと見ていた。

本職だ。

生半可なサムライに、自分の作った武器を使わせたくないのだろう。

幾つかの技を試す。

突き技しかリリスにはたたき込めなかった。

払い技や打撃技も次に戦う時にはたたき込むつもりだ。

槍の歩先は下手な刀よりも大きく。

槍そのものは下手な子供よりも重い。

全身の筋肉を制御、姿勢を制御、重心の移動を制御。全ての力を、攻撃時に集約し。時に陽動も混ぜながら、攻撃時には一点にたたき込む。

しばらく演舞を続けて。

それで僕は満足していた。

「いいね。 ありがとう。 最高の槍だよ」

「おサムライ様、それでその槍にはなんと名付けますか」

「ええと……どうしようかな」

「武器には銘を入れてそれで魂が宿ります。 おサムライ様の武技に相応しい槍にするには、銘をいれなければなりません」

覚えがある。

リリスに殺されてしまったとんぼちゃんも、名前をつけてからぐっと馴染んだ。

そうか、名前をつけるのはそんなに大事な事なのか。

確かに僕にもそうだと思えてきた。

「僕が名前をつけないと駄目かな。 愛用の武器を失ったばかりで、ちょっと心苦しいんだ」

「それでは私めが名付けましょう」

「よろしくお願いするよ」

「それでは牙の槍と名付けさせていただきます。 悪魔を食い千切る牙という意味でございます」

牙の槍か。

まあ、僕としてはなんでもいいけれど。

確かにそれで、この槍に大きな意味が生じたように思う。

よろしくね、牙の槍。

そう呟くと、それで力が宿ったように思えた。

ここ数日で、仲魔を更に強くして、体も鍛えた。二度、領域を作っている悪魔を撃ち倒した。

それくらい、あの辺りには危険な悪魔がいるということだ。

それにも関わらず、主らしい悪魔の辺りにまでいくと、悪魔がぴたりといなくなる。

要するに、そういった悪魔でも。

その主らしき悪魔には、手を出したくないということなのだろう。

皆の所に戻る。

ごっつい槍である新しい僕の相棒を見て、ワルターがぼやく。

「まーたスゲエのを貰ったな。 前の棍棒より殺意が高いじゃねえか」

「穂先だけでもわたくしの細剣より大きいですわ」

「でも、ちゃんと使えるんだろう。 君の剛力は間近で見ている。 頼りにさせて貰うよ」

ヨナタンはちゃんとそうやって言ってくれるな。

頷くと、僕は咳払い。

今日、仕掛ける事は既に告げてある。

皆、話を聞いて、頷いていた。

「ホープ隊長の許可は貰ってある。 今日、僕達第十六分隊は奴に挑む。 気配を感じる限り、キチジョージ村で戦ったあのでかい蛇の悪魔と同等かそれ以上だと思う。 以前は相手が蛇の性質を知りもしないのに蛇になったから勝てた。 今度はそうはいかないだろうね」

「ああ、分かっている」

「流石に武者震いがしますわ」

「それで作戦はあるのか」

作戦と言える程のものはない。

そもそも相手がどんな悪魔かも分からないのだ。

ホープ隊長の話によると、奴の住処は一方通行の扉の奥にある大きな部屋らしい、ということしか分からない。

決死隊が十数年前に其処へ入って、バロウズ経由で連絡してきたことで、それが分かっているそうだ。

勿論決死隊は帰らなかった。

つまり、一度入ったら、戻れないと言う事である。

「敵がどういう悪魔かも分からない。 打撃が得意なのか、魔術が得意なのかも分からない。 今まで分かっている事は少ないからね。 だから、何でも対応できるようにしていくしかないんだ」

「なるほどな。 それで皆の悪魔を充実させたと」

「そうなる」

僕は、悪魔に魔術を幾つか教わっている。

どれも僕自身の継戦能力を上げるものだ。体力回復も傷を回復するものもあるし。最近になって、やっと僕自身の力を底上げするものも覚え始めた。

筋力を更に引き上げるものだ。

悪魔は信頼関係を構築すると、比較的気前よくそういう技を教えてくれる。

武技については、今の時点ではいい。

ホープ隊長が従えているクーフーリンなんかが使っている槍の技は凄いと思うけれど。今まで僕が遭遇したり、悪魔合体で作った悪魔には、僕が学べる技は存在しなかった。引退した老サムライ達の技の方が凄かったくらいだ。

ただ老サムライ達も、現役時代に従えていた悪魔から技を習った可能性はある。

それもあって、いずれはそういった悪魔に教えを請うことになるかもしれない。

「今までサムライ衆が突破出来なかった相手だよ。 出来ればホープ隊長にも来て欲しいけれど、そうもいかないね……」

「確かにあの隊長がやられちまったら、東のミカド国を守るサムライがいなくなるな。 まだサバトが行われていて、彼方此方で悪魔化する人が出ているらしいからな」

悲しい話だ。

そもそも、カジュアリティーズから知恵と本を取りあげるというのがおかしいのではないのだろうかと、僕は考えている。

そんな歪んだことをしていたから、サバトは流行るし。

それに悪魔化も起きるのではあるまいか。

実際、本が身近にあるラグジュアリーズにそんな現象は起きていないのである。

だとすれば、本をもっと普及させるべきで。

それをしていない東のミカド国の方に問題があるとしか思えない。

ただ一つ、良い事をこの間聞いた。

イサカルが、前ほどとはいかないにしても、どうにか畑仕事くらいは出来そうなのだと言う。

手当てが早かったおかげで、手足の全てを失わずに済んだのだ。ただ手足の指を合計三本失ったそうだが。それでも、畑仕事くらいなら復帰できるらしい。

以降は新キチジョージ村で、畑仕事に専念するという。

それを聞くだけで、僕は胸をなで下ろす気分だ。

頬を叩いて気合を入れる。

この面子なら、いける。

僕は、皆に号令を掛けていた。

「よし、行くよ。 サバトだかなんだか知らないけれど、キチジョージ村や真面目に暮らしている人達を弄んで殺した奴を、ぶっ潰しに。 そのためには、奈落の門番を押し通らせて貰う!」

「おおっ!」

皆の気合が入る。

そして、全員で奈落の奥へと進む。

途中までに出くわす悪魔は、既に完全に雑魚だ。だが、ここしばらく奈落で鍛えて理解したのだが。

やはり上層まで、強い悪魔が上がってくることがある。

数度そういう場違いな悪魔に遭遇し。

一度は、あの領域アルラウネと同格の悪魔に、いきなり領域に閉じ込められ、襲われた。撃退は出来たが、危なかった。

上層に戻って来て油断している所を襲いに来る。

そういう狡猾な奴はいるということだ。

元々悪魔は、契約をする時に思い知らされてはいるが、極めて狡猾な存在なのである。

だとすれば、戦術でも狡猾なのは分かりきっていた。

いずれにしても、強力な悪魔と遭遇し、消耗した場合は戻って仕切り直す。それも事前に決めてある。

門番の所にまで辿りついて、消耗が許容範囲内だったら仕掛ける。

それも事前に決めてある話だった。

慎重に悪魔を倒しながら、奥へ進む。降参したり、興味を持ってくれたりする悪魔は、仲間に加えておく。

バロウズ曰く、悪魔の情報はバロウズ全体で共有しているらしく。ただし契約したサムライの所にしか悪魔は呼び出せないそうだ。

情報生命体というのは、融通が利く反面。

そういう所では頑固だったりする。

やがて、岩が剥き出しになっている洞窟に出る。滝が凄まじい勢いで流れていて、水たまりになっている。

ちょっとした洞窟だ。

下から風が吹いてきている。

下には大穴が開いていて、底が見えない。手をかざしていると、ヨナタンが言う。

「縄で下に降りるのは無謀だ。 いくら君でも、悪魔に襲われたら助からないぞ」

「うん、分かってる。 この辺りは、板かなにか敷いた方がいいかな。 落ちたら危ないし」

「そういうのは悪魔を一掃して、安全を確保してからになるんじゃねえのかな。 そもそも悪魔が減る気配もないけどな」

「そうね。 一体この悪魔達、どこから湧いて出ているのかしらね」

足場が悪い。滑る。

所々に、先達が作ってくれたらしい縄橋がある。勿論足場は悪く、そこでの戦闘は避けなければならない。

空を飛べる悪魔を多数常に展開して、転落事故に備えるしかない。

何度か足を滑らせかける皆。

イザボーはヒールという踵が高い靴を最初の内は履いていたのだが。最近はそれを止めている。

それくらい、余裕がなくなってきているのだ。

とりあえず、気配の至近までの道を確保。

帰り道までを考えると、相手の実力を測りたいところだけれども、まあそうもいかないだろう。

無言で頷きあう。

幸い、此処まで、領域を張って来るような悪魔とは遭遇していない。少なくとも、持ち込んだ傷薬で対処できる範囲内だ。

扉がある。

僕が手を掛けると、簡単すぎるほどに開いた。

内部には広い空洞だ。そして、いつの間にか、内部にいた。魔術によるトラップだな。いや、領域に閉じ込められたのだ。

ヨナタンが冷静に連絡を入れている。

「ホープ隊長、奈落最深部に到達。 接敵しました。 扉は罠で、触ると相手領域に閉じ込められるようです」

「了解した。 悪魔は」

「今だ姿を見せていません。 いや、これは……」

僕も気付いた。

これは、石造りの迷宮だ。

岩肌が剥き出しになったと思ったら、また石造りの迷宮。これは、一体どういう事なのだろう。

奥から、足音がする。

ヨナタンが連絡を入れている。

奥から現れたのは、牛頭の毛むくじゃらの巨体だ。手には巨大な斧を手にしていて、髑髏で作ったネックレスをぶら下げている。

それだけじゃない。

鼻から口に掛けてが、髑髏を思わせる造詣だ。

「天使どもかと思ったら、サムライか。 この先はお前達の領域ではない。 足を踏み入れるべきではないとだけ言っておく」

「喋った!」

「我は邪鬼ミノタウルス。 そなたらがアキュラと今は呼んでいる者に、此処の守護を任された存在だ。 つまりはここから先に誰も通すなと言われている。 何故、禁忌となっているここに来た」

意外に話が出来る奴かも知れないが。

こっちまでビリビリ来る殺気も本物だ。

こいつ、あの不完全体のエキドナとかいう奴より強い。

まだ感じ取れていた気配は、抑えていたと言う事だ。

それに、アキュラ王の手持ちだって。

ちょっとその辺りは詳しく聞きたいが、今はそれも厳しいか。

咳払いすると、一つずつ話す。

「僕の故郷のキチジョージ村を、悪魔が滅ぼした。 人が悪魔になって、周りを襲ったんだ」

「なんだと。 そうか、此処を経由せずに上へ行き来する能力を持つ輩の仕業か。 最低でも魔王かそれに近い実力の悪魔の仕業であろうな」

「僕は其奴に、ケガレビトの里まで来いって言われた。 僕は彼奴をブッ殺さないといけない。 それを防ごうというなら、僕はお前を倒さなければならない」

「剛毅な奴よ。 それほどのことをしでかす高位悪魔となると、上を守っている天使どもの目をかいくぐるほどの凶悪な悪魔であろうに、それに対して心折れておらぬか。 ……この下は、何重にも虐げられ、今も悪魔に貪り喰われる者達が、身を寄せ合って暮らしている地獄よ。 そなたは其処に、己のやり方を持ち込み、更に乱そうとしてはいまいな」

首を横に振る。

何処でも郷には入れば郷に従うのが当たり前だ。

勿論どんなところにも悪党はいる。

あのリリスと思われる黒いサムライが、下を支配していて。その法則で下が動いているというのなら。

一度全て叩きのめして、なんとかしなければならないだろうが。

そうでないなら。

奴の魔の手から、人々を救わなければならないだろう。

そう話すと、ミノタウルスは斧を構えた。

「ならば良し。 この先には、我など歯牙にも掛けぬ悪魔がひしめいておる。 せめて我を斃せなければ、この先になどはいけぬし、行ったところで死ぬだけだ! 来い若きサムライどもよ! アキュラに此処を任された我が相手になろう!」

「相手は肉弾型だね。 僕とワルターが前衛になる。 ヨナタン、イザボー、後衛から攻撃魔術で支援を!」

「任させた!」

「よおし、いくぜええっ!」

ワルターが、大剣で斬りかかる。

ミノタウルスが吠えると、凄まじい爆風が、ワルターを吹っ飛ばす。僕は身を低くしてミノタウルスに迫ると、下から牙の槍で抉りあげに懸かる。

発止と、ミノタウルスが斧を回し、柄で受ける。

巨大な斧をそのまま旋回させ、そのついている鎖さえ利用して、僕の体を粉砕しに来る。飛びさがる。

見切りを通してさえ。

風圧で、体が砕けそうだ。それでも飛び退き、跳躍したミノタウルスが来るのを見る。

風魔術、火魔術、雷撃魔術、いずれも効果無し。

空中で組み付きに懸かったヨナタンの天使数体を一瞬で赤い塵に変えると、ミノタウルスは大斧を振り下ろしてきた。

爆裂。

いや、本当の意味でだ。

破壊力がありすぎて、斧を叩き付けた床が、超高熱を発し。更にはその熱で爆発を引き起こしたのである。

とんでもないパワーだ。僕も背筋にぞくぞくと来るのを感じた。

後方に回り込んだワルターが、大剣で必殺の一撃を入れるが。頭を振っただけで、ミノタウルスは角で受け止めて見せる。大剣が角とぶつかりあい、火花を散らすが。明らかにワルターのパワーを凌いでいる。

此奴より強い悪魔が、下にはわんさかいるのか。

ぞっとしない話だが、それでもやるしかない。

実際、僕の渾身をリリスと思われる黒いサムライは、指一本で余裕で止めて見せたのである。

それどころか、とんぼちゃんを砕いた一撃に至っては、何をしたかさえ見えなかった。

突貫したのは、角がある羊のような悪魔。カイチというらしい。

カイチの突貫を、斧を振るって塵に変えつつ、更に組み付いた鬼を手もなく捻って、床にたたきつけつつミンチにする。

どっちもイザボーの仲魔だったが。

その瞬間、イザボーが必殺の気合とともに、魔術を放っていた。

ミノタウルスに、冷気が降りかかり。足下を凍らせる。

初めてミノタウルスが顔を歪ませた。

「弱点は冷気!」

「よっしゃオラア! 冷気で攻め立てろ!」

ワルターが突っ込む。僕もタイミングを敢えて外して攻めかかる。

ミノタウルスが吠える。それだけで、押し返されるようだが。それでも僕は更に加速して、ワルターが斬りかかった次の瞬間、渾身の突きを叩き込む。ワルターの一撃はなんと筋肉で防ぐミノタウルス。僕の突きに対して、渾身の切りあげで対応して来る。だが、ワルターが叫ぶ。

「舐めるな牛野郎っ!」

ワルターの大剣が、ミノタウルスに突き刺さる。

同時に、上空から舞い降りたヨナタンの天使数体が、一斉にミノタウルスに槍を突き刺していた。

激しい火花を散らす僕の牙の槍と、ミノタウルスの大斧。

辺りを粉々にするほどの衝撃波を、ミノタウルスが踏み込みながら、大斧を振るってぶっ放す。

ワルターも、集っていた天使達も、まとめて吹っ飛ばされるが。

ワルターを、無事だった天使が空中で受け止める。

ミノタウルスが、続けて冷気魔術を放っているイザボーを見る。そして、大斧を振るって、衝撃波をたたきこもうとした瞬間。

足下に、ヨナタン。

ずぶりと、大きな音がした。

ヨナタンの剣が、完璧にあばらの間を通して、ミノタウルスの体を貫いていたのだ。

ミノタウルスが、動きを止めた瞬間。

衝撃波を凌ぎきった僕が、天井を蹴っていた。

今の衝撃波も利用して壁まで飛び、壁を蹴って天井に。

そして天井から、必殺の一撃を叩き込む。

槍の技は、突き、払い、打撃が基本となる。

その内突きと打撃をあわせ、更に頭上から相手を断ち割る秘技。

「槍滝、兜砕きっ!」

ガツンと凄まじい手応えがあったが。

ミノタウルスの角もろとも、頭を完全に叩き割っていた。

数歩蹈鞴を踏んでさがるミノタウルス。其処にイザボーが、肩で息をつきながら、連続で冷気魔術を叩き込む。

僕の手持ちの悪魔の生き残りも、冷気魔術をありったけたたき込み。ミノタウルスの全身が、更に凍り付いていく。

だが、それでもなおミノタウルスが、叫びとともに体の氷を吹き飛ばす。

それが、最後の頑張りだった。

僕はその間に、タルカジャと言われる火力強化魔術を使い。更には回復魔術も済ませていた。

そして残りの力を全て掛け、跳ぶ。

ミノタウルスは、それを悟るが。

大斧を振るおうとした腕に、ワルターが、大きな蛇の下半身を持つ手持ちの悪魔と一緒に組み付いていた。

「おおおおおおおおおっ!」

ミノタウルスが地面を激しく踏みつける。

それは震脚だ。

地面を踏みつけることで、力を伝える秘技。攻撃を受け流したり、逆に相手に攻撃を伝えたりするのに使う技。

それで、ワルターと巨大な蛇の下半身を持つ悪魔を、吹っ飛ばしてみせるが。

その瞬間、僕の牙の槍が、ミノタウルスの体の真ん中に突き刺さり。一瞬の虚脱の後。

その胴体を吹き飛ばしていた。

呼吸を整える。

ヨナタンは倒れて動けないでいるし、イザボーは魔術を使いすぎて完全に気力切れ。ワルターも壁に叩き付けられて、それで動けずにいる。

僕は牙の槍を杖に立ち上がる。

消えつつあるミノタウルスの首が、感慨深そうに言う。

「アキュラに此処を任させて幾星霜。 ついに我を越える者が出たか。 若きサムライよ、この下は地獄だ。 今も多くの民が塗炭の苦しみに喘いでおる。 悪魔や、それにも劣る邪悪で卑劣な者が、それらの者達を苦しめておる。 アキュラは仲魔と仲間とともに此処をこえ、上に向かい、そして仲間だけが下に戻っていった。 何があったのかは分からぬが、下の……そなた等がケガレビトなどと呼ぶ民を……アキュラが望んでいたように、救ってやってくれ」

「……僕に出来る範囲の事をするよ」

「そうか。 やっと我も、これでアキュラの元へ……いやアキュラは既に転生しているようだ。 ならば静かに地獄で待つとしよう」

ミノタウルスが消え。

辺りが岩が剥き出しの空間へと変わっていく。

ヨナタンがフラフラのまま身を起こすと、天使達に皆の手当てを指示。生き残っていた天使達が、回復の魔術を掛けて回る。

僕は、ミノタウルスの言葉を噛みしめていた。

下はケガレビトの里なんて言われているが。本当にその言葉は正しいのだろうか。

ミノタウルスは多数のサムライを殺した存在だが、その戦い方は極めてまっすぐで、迷いがないように見えた。

あれはひとかどの武人のものだった。

それに、アキュラとずっと口にしていた。それは信頼する存在にたいする言葉だった。ミノタウルスは、邪悪な悪魔だったのだろうか。悪魔というと悪の権化のように思える言葉だが。

しかし、手持ちの仲魔は必ずしもそうではない。

恐ろしい側面も持つが。

人とともに歩むことを選んでくれる悪魔だっている。

大量のマグネタイトが体に吸収されていくのが分かる。まだ力が上がるようだ。

一度休憩を入れてから、僕はホープ隊長にバロウズ経由で連絡を入れる。ホープ隊長は、そうかとだけ言った。

これ以上もない歓喜が、その穏やかな声に篭もっているのを、僕は理解していた。

 

3、天王洲救援作戦

 

フジワラが知る限り、東京での孤立集落は幾つもある。

その中で非常にまずい状態にあるものを、フジワラが放っている使い魔が掴んで来ていた。

天王洲シェルター。

元々東京南部の港湾地域は悪魔が多く、しかも強力で、自衛隊も早々に放棄を決定したような場所が多い。

都市区域まるまる廃墟になってしまっている場所も多く、そこらは悪魔の巣になっていたり、領域になってしまっていたりもする。

特に非常にまずいのが天王洲シェルターだ。

天王洲は大戦の時にシェルターが作られたのだが。その中に逃げ込んだ人々は、既に限界に近い状況にある。

シェルター内に蓄えられた食糧。食糧を作り出すためのプラント。それらが限界に来ているのだ。

しかもシェルターを支える戦える人間がここしばらくで立て続けに悪魔との戦いで殺されてしまい。

新しい食糧を得る伝手もない。

阿修羅会すらも足を運ばない南の果てだ。

今、800人前後が飢餓状態にあり。このままでは人肉食まで始めかねない。そういう報告が、フジワラの使い魔。魔神ヘルメスによってもたらされていた。

ヘルメスはギリシャ神話の旅の神で、北欧神話のロキのようなトリックスターとして知られている。

非常にいい性格をしている、気分次第でどんな勢力の味方でもする癖が強い神格だが。

しかしながら旅の神という性質を生かして、その快足で東京の情報を誰よりも早く掴んでくる。

このためフジワラもヘルメスを利用しており。

ヘルメスもフジワラが面白いからという理由で、側にいるようだった。

すぐにフジワラは会議を招集。

殿を始め、此処を守る中核メンバー全員に集まってもらった。本来の片腕であるツギハギは、純喫茶フロリダを守って貰っているが。ツギハギなら任せられる。情報も後から共有しているのでそれはいい。

今は、この事態を解決しないとまずい。

「確かにそれはまずいわね」

国会議事堂シェルターで、話を聞いた霊夢が呟く。

この国会議事堂シェルターは急速に復興が進んでおり、阿修羅会が拉致しようとしていた人々が既に1000人以上移り住んできている。これらの人々は、殿と言われている銀髪の娘に憑いている存在が、適切に仕事を割り振り。また戦闘訓練をしていることもあって、急速に組織化されつつある。子供達にも教育が行われ、また今まで病気になったら死ぬだけの状態だったのが、近代医療も復活し。元医師だった人間や、医療を得意とする悪魔が活躍して、多くの人間が救われていた。

それはいい。

シェルターそのものが一万の人間を余裕で支える事ができる規模のものだということもあり、追加で800人程度なら問題はない。食糧に関しても、余裕綽々だ。新しく新鮮な野菜も肉も魚も、どんどん作られている。

此処には大戦前、ビオトープの技術の最先端が詰め込まれたのである。

問題もまだあるが、いずれにしても人数だけなら問題はない。

問題なのは其処では無いのだ。

「霊夢よ、そなたは空間を渡る力を持っているという話であったな」

「一応出来るわよ。 ただし、渡れるのはあたしと、僅かな質量だけ。 八百人を運び出すのは無理ね。 多分一ヶ月くらいそれにかかり切りになるわ」

「非常にまずいな……」

ヘルメスは、どうせ共食いするなら俺が食ってこようかなどとフジワラに笑いながら言っていた。

それくらい、状況が切羽詰まっているのだ。

殿が、順番に話を進めてくれた。

「遠征を行うしかないな。 順番にやるべき事をやる。 まず第一段階。 現地への道を確保する」

「地図はある程度は作ってあります。 ただ途中には強大な悪魔が住む地域が多く、また阿修羅会の縄張りも横切ることになるでしょう。 空は強力な悪魔が監視下に置いており、空路は不可能です」

「水路はどうだ」

「水路……」

それは盲点だった。

今、此方には規格外の力を持つマーメイドがいる。

あの堕天使アドラメレクを倒したのは霊夢だが。復活不能なまでに滅ぼしたのはマーメイドであり。

更にはその後も、数体魔王と呼ばれる格の悪魔を同じように倒している。

確かに、魔境と化している東京の水路を行けるかも知れない。

「まず大きめの箱を用意せよ。 中に水が入らないようにするものだ」

「バスで良かろうよ。 わしが少し手を入れてやろう」

話を聞いていた地獄老人が乗ってくる。

この人物、どうにも得体が知れないのだが。今はとにかく、いわゆるクラフトを心の底から面白がっているようだ。

多数の加工や細工の逸話がある悪魔を周りに侍らせ、機械を次々直すだけではなく。

金床から作り、新しく機械を作るために順番に徐々に細かい部品を作りあげているようなのだ。

元々旋盤などの機械は地下の倉庫にあったので、それらを利用し。細工を司る悪魔などをフルに働かせて、何処まで出来るか計っているようだ。その内壊れたスマホなどを直すどころか、新しいスマホを造ってしまうかも知れない。

「バスなら幾つかありますね。 都営バスの残骸で良いでしょう。 窓ガラスが割れてしまっているので、それがネックになりますが、一度に四十人程度は運ぶ事ができるはずです。 負傷者であればその半数程度でしょうか」

「充分だ。 まずは粥に出来る穀類と調理道具、それに料理が出来る者を向こうにやる。 当然護衛も必要だ」

殿が細かく作戦の指示。

フジワラが頷くと、すぐに志村に状態がいい都営バスの確保を命じた。

年老いていても、料理が出来る人間もいる。このシェルターに来てから子守りをしたり、料理をしたりで活躍出来ている。そういった者に、今回支援を頼む事になる。

更には、志村と、後は数名の見習いの人外ハンターにも作戦に参加して貰う。

「飢えている人間にはまずは粥から食わせるように。 それも出来るだけ薄いものからな。 そして、食糧を配りつつ、状態が悪い人間を此方に運ぶ。 此方から天王洲シェルターに食糧を、帰路では人間を運ぶ事になる。 やれるか」

「何とかしてみるわ」

マーメイドは嫌がらない。助かる。

このとても善良なマーメイドは、恐ろしい程の力とは裏腹に、非常に人間に友好的だ。

だが、普段はシェルターの人間とは接しようとしない。

何か、理由があるのかも知れない。

こういう会議には参加してくれるのは助かる。

東京にいる他のマーメイドが色々な性格で、人間に必ずしも友好的でないことを考えると、やはり異質ではあるが。

「よし、地獄老人。 志村がすぐにバスを確保する。 水の中でも動かせるように最優先で作業をしてくれ。 何人かで天王洲に運ぶ食糧の確保。 料理が出来る人間を見繕って欲しい」

「衛生面での問題もありそうです。 医療従事者も向かわせますか」

「そうだな、そうしよう。 その分護衛を増やせ」

「分かりました。 私の手持ちを追加で何名か行かせます」

殿の指示は的確だし、話も聞いてくれる。

というか、本当に修羅場のくぐり方が次元違いなんだと分かる。これだけ東京で悪魔と戦って来たフジワラだが、それでも毎度驚かされる。

殿が憑いている銀髪の娘は、これはこれで的確に動く。

小さな体とはとても思えない力で、すぐに荷物を運び始める。地獄老人は一本ダタラと北欧神話の小人であるドワーフをわんさか連れて、外に。

博麗霊夢と秀が監視している中、運ばれて来た都営バスの慣れの果てを、瞬く間に解体して、溶接もしていく。

椅子や電子機器類などは運び出してしまう。

タイヤは動くだけのものにしてしまう。

エンジンなども取り外していくが、手際が人間離れしている。自動車工場の職員でもこうはいかないだろう。

銀髪の娘も手助けしていて、人外ハンターは呆然とみているだけだ。

「取り外した部品はシェルターの中にしまっておけ。 手押し車を用いてな。 手を切らないように気を付けい」

「分かりました!」

「しかし手際が良いわねえ」

「色々経験したからな。 ナチでは壊れかけたティーガー戦車を直したり、パンター戦車を共食い整備したり、色々やったわ。 あの時も部品も資材も足りなくてなあ、四苦八苦だったわい」

ガハハハハと笑う地獄老人。

心底楽しそうで何よりである。

フジワラも一緒に手押し車を使って、回収した椅子やらエンジンやらを運び込んでおく。二人で必ず作業しろと地獄老人が言っていたので、その通りにちゃんと二人一組で動かす。一緒に動いているのは、有望だと太鼓判を押されているナナシ少年だ。未来の東京を担うかも知れない逸材だと志村とニッカリから聞いている。

「なあフジワラさん。 ゴミにしか見えないんだが、これ役に立つのか?」

「あの地獄老人の手際を見ているだろう。 きっと何かの役に立つ。 我々に分からなくても、分かる者には分かるものだ。 自分が分からないからと言って、全否定してしまうのは愚かな事だよ」

「確かに、それはそうかも知れないな。 あの爺さんの手際、もの凄いし……何か知っていてもおかしくはないよな」

「よし……今回は君とアサヒ君も護衛班に加わって貰う。 恐らくは大変な仕事になる。 先輩の人外ハンター達と連携して、皆を守ってくれ」

うっすとナナシは言う。

ナナシはどうしてもまだ足手まといがどうのと口にしているが。それはそれとして、「足手まとい」が作った料理に舌鼓を打っていたり。「足手まとい」が直した衣服や装備のおかげで快適に動けている。

また、悪魔達の中には少年少女に武芸を教えている者もいるが。

それらの悪魔も、東京では一線級で戦える存在ではない者も多いのだ。

ナナシはかなり筋が良くて、既に実戦形式で悪魔と鍛錬をしているが。それでもまだまだ。

アサヒはナナシに比べてかなり力量が落ちるが、それでも良く細かい所まで気がつくので、そこまで無能ともいえない。恐らく支援役としてはかなり筋が良い方だろう。

バスが装甲で覆われ、耐水加工されるまでわずか三時間ほど。

地獄老人が多数の一本ダタラとドワーフ、それにギリシャ神話の鍛冶の神でもある巨人、邪鬼サイクロプスを動員して。短時間で終わらせたのである。

動力としては、ケルピーを使う。

人食いの伝承がある水辺の馬の悪魔で、分類は妖精。このケルピーを使って、汚れた川の中を一気に進み、天王洲まで向かう。途中で海に出る事になるが、それも特に問題はない。

ケルピーは水中で生活している訳ではなく、水陸両用なだけだ。海水で生きていけない淡水魚とは違う。

そして、誘引はケルピーが行い、護衛はマーメイドが行う。

規格外マーメイドだから頼めることだ。

海中の大型悪魔でも苦にしないだろうし、何より水中でバスの中に音を届けることも、映像を届けることも、なんなら金属壁を抜けて内部に直に入る事も出来るらしい。

まずは物資を詰め込む。

医療スタッフは此処に連れてこられる前はホームレス同然だった者も多い。今の東京では、戦えることに何より価値が求められる。

阿修羅会みたいな連中もいるが、それも偉そうにしているのは支給された悪魔を連れていて(要は自力で従えた訳ではない)、それで自分の力と勘違いしてイキリ散らしている連中である。

そんな状態だから、多数の人材を取りこぼしていたのだ。殿が急速にそういった取りこぼされていた人材を回収して皆に役立てるようにしてくれていて。それを見る度に、汗顔の至りである。本当に組織構築運営の自力が桁外れなのだ。

霊夢が一応確認してくる。

「海まで川で抜けられるのかしら?」

「それは問題ない。 そもそもどこからか水が流れ込んでいて、海の水もどこからか外に抜けている。 それで水そのものはよどんでいないんだ。 ただ、河口に向かう過程で、廃棄物の残骸などが流れ込んでいる。 昔はそれで完全に堰き止められていた川もあったのだが、悪魔達が自分達が住みよいようにするためか、川を海までつなげてね。 今では何処の川も悪魔の縄張りではあるが、海までは通じているんだよ。 水質はお世辞にも良くはないけれどね」

「そう。 人間よりも悪魔の方が色々と配慮しているのね」

「悪魔の中には、人間より東京に貢献しているものがいるくらいでね。 そういった共存出来る悪魔ばかりだったらいいのだけれど」

まあ、そう甘くは無い。

とにかく、救出作戦開始だ。

バスに医療従事者、食糧、それに護衛のための人外ハンターに乗り込んで貰う。

ケルピーが引いて、近場の川に進水。

後は、マーメイドが護衛して、ピストン輸送開始だ。

此方でも、弱り切った人間を回復させるための準備が必要になる。霊夢と秀には、此処の守りを担当して貰う事になる。

実際問題、周囲に雑魚悪魔が早速少なくない数いる。

あれらは人間の肉をかじれると思って、様子を見に来ている連中だ。

その中には元々神であったものが、零落してこうまで落ちぶれた者も珍しくはない。そういう連中は、悪魔に落ちぶれた事を人間のせいだと思っているから。人間に対してより攻撃的になる。

それがますます零落を加速させると分かっていても。

バスを敬礼してフジワラは見送る。

あの規格外マーメイドがついているのだ。大丈夫だとは、信じたい所だった。

 

ケルピーが数頭で引いたバスが一気に水中を進み始める。

志村はM16を抱えたまま、周囲に警戒を怠るなと声を掛けておく。今回は厳しい任務になる。

だが、医療従事者だった者達は士気が高い。

きっと彼等彼女等も、こんなになる前は東京で必死の救助活動をしていたのだろう。今、それを思い出して熱い心を取り戻している。

大戦時看護学校を出たばかりだったとしても、既に50の坂が見え始めている。

今後は、若い世代に医療を受け継がなければならない。

そういう意味でも、彼等を絶対に死なせてはならないのだ。

がつんと揺れて、志村は呻く。

川の中がかなり汚いし、色々な悪魔の縄張りだと言う事も分かっている。悪魔によっては、当然仕掛けて来るだろう。

声が聞こえた。

静かで、穏やかな声。

随伴してくれているマーメイドのものだ。

「この辺りはインドの神々の領域のよう。 ガンガーという水の神様が、何者かと説いてきているわ。 対応をお願いします」

「了解した。 此方、人外ハンターの志村。 これより多数の苦境にある民を助けに向かう。 およそ四十往復ほどさせてもらいたい」

「妾の住まう川を勝手に通ると申すか。 何かしら捧げ物でも寄越すが良い」

びりびりと来る強い気配。

ガンガーはそのままガンジス川の守護神格である。東京では確か龍神……数多いる龍の悪魔のなかでも、特に神々として崇められる強大な存在……その一角として具現化している。

ただ話が分からない存在ではない。

「此処を通る民は八百人に達する予定だ。 それらに貴方の像を拝め感謝するように伝えさせよう」

「ふむ、信仰が対価か」

「貴方も知っている通り、この国の民は多神教に抵抗がない。 此処を通るのを助けてくれた神となれば、感謝するはずだ」

「……分かった。 ただし必ずや我が名を伝え、感謝するようにせよ」

よし。

ガンガーの戦闘力はかなり高く、あの規格外マーメイドでも、無傷でバスを守れるかは分からない。

逆に言うと、ガンガーの守護が入ったのなら、他の悪魔は早々に手出しをできない事も意味している。

嘆息。

ナナシがへえと感心していた。

「ニッカリのおっさんの同期なだけあるな。 あんな高位悪魔にも、ちゃんと交渉を通せるんだ」

「まあな。 それよりも、川の中はこれで恐らくは安心だろう。 俺たちが苦労するのは、天王洲についてからだ」

「みんな飢えで苦しんでいるんだね……」

「そうだ。 錦糸町を思い出したか」

アサヒが頷く。

手練れがいたから、食糧をどうにか手に入れられていた錦糸町だが。それでも食糧が足りず、外で悪魔を狩らなければならなかった。

勿論悪魔は野生の犬やら猪やらなんかとは比較にならない危険な相手だ。

ニッカリや他のベテランハンターの負担は大きかったらしい。

今ではかなりの人数を錦糸町から引き取ったことで、だいぶ楽に暮らせているようだが。

それでも、定期的に物資や食糧などの交換をしないといけないだろう。

各地をふらついて人間を襲う高位悪魔はまだまだいるし。

日本神話の神格が力を失っていることで、我が物顔に振る舞っている海外の神も多い。

それだけではなく、荒神に戻ってしまった日本神話の神々も少なくはないのである。

もうロートルな志村だが。

とてもではないが、引退どころではないだろう。

川を抜けて海に。

驚くほど此処まではスムーズだ。

其処から加速した。マーメイドが声を掛けて来る。

「海は私の領域だから、安心して。 バスを更に加速させるけれど、危ないようだったら言ってね」

「帰りに気を付けてくれ。 揺らすと危ない患者がいるかも知れない」

「分かったわ。 任せて」

「助かる」

本当に友好的なマーメイドだ。それにこの力、生半可な実力じゃない。

志村の熟練の人外ハンターだから、東京にいる強い人外ハンターは何人も知っているが。しかしどれだけ強い人外ハンターでも、アドラメレク級の悪魔と遭遇してしまえば決死の戦いになるし。このマーメイドを仕込んだとしたら、一体誰なのか見当もつかない。

マーメイドは所詮は人魚だ。

肉を食べると不老不死になるとかいう話もあるが、それは東西どちらの洋でも否定的であるらしい。

それがどうやって此処まで強くなったのかは、まるで理解出来なかった。

やがて、不意に水からバスが上がる。

驚くほど揺れなかった。

バスが停まって、即座に外に展開。天王洲シェルターについては、ミーティングで知らされていた。

「敵影なし、クリア」

「えっと、クリア!」

「此方も大丈夫です!」

「よし、行くぞ」

ハンドサインを出して、志村が先頭に。左右後方を任せる。クリアリングしながら、天王洲のシェルターの入口を開けて、内部に。

そして、ぞっとするほどおぞましい臭いを嗅ぐことになった。

内部はまるで地獄絵図だ。食糧が足りておらず、もはや清潔な水もない。呻いている人間は、皆やせ衰えていた。

確かにこれは全滅を待つばかりだ。

壁に背中を預けて倒れ込んでいる人外ハンターらしい男。それも痩せこけていて、志村が頬を叩いて、やっと気付いたようだった。

「貴方は……」

「人外ハンターの志村だ。 救助に来た」

「もう此処は終わりだ……水も食糧ももうないんだ。 それに病気まで流行り始めて……」

「トリアージ! 急いでくれ!」

すぐに医療従事者が来る。

即座に人外ハンターは展開。悪魔が入り込んでいてもおかしくない。

フジワラに借りた悪魔も即座に周囲を見てもらう。

今回はゴエモンと狛犬を借りてきている。狛犬は悪意に敏感で、悪魔が入り込んだら即座に分かる。

国会議事堂シェルターの方は、霊夢と秀が守りについている。フジワラも臨戦態勢で待機してくれている。

生半可な悪魔で彼処の守りを抜く事は不可能だ。

「状態が悪い患者から運び出します。 栄養士、食事を。 点滴準備!」

「問題ありません!」

「よし、若い奴、何人か運び出しを手伝え。 いいか、揺らさないようにするんだ。 絶対に揺らすな。 お前の大事な奴がこうなったときに、知っていれば助けられる可能性が上がる!」

「おうっ!」

若い人外ハンター見習も士気が高い。

それもそうだろう。

元々こういう汚物まみれの地獄絵図は誰も今の東京出身だったら見知っている。そして荒んでいても、食事を手に入れ、清潔な衣服で暮らすようになり。この生活を守りたいと思うようになれば、意識だって変わる。

呻きながら掴み掛かる老人。

即座に狛犬が取り押さえた。

悪魔かと思ったが、栄養が足りなくて錯乱しているようだ。

800人ほどいるというが、これは全員助けられるだろうか。

即座に粥が炊かれ始める。

「よし、運び出せ!」

医療班がバスへ衰弱した者を運び出し始める。志村は外に出て護衛。

空から鳥の悪魔。

それは狙って来るだろうな。

だが。マーメイドが出るまでもない。

背負っていた狙撃銃で一射。翼を撃ち抜いて、叩き落としていた。妖鳥と呼ばれる、極めて悪辣な鳥の悪魔の一種。タクヒが地面に叩き付けられ、もがいた後塵になって消えた。

前はこの弾も厳しかったのだが、今は国会議事堂シェルターの奥にある倉庫や機械類の再稼働によって、弾の再生産が始まっている。

「GOGO!」

「後四人です!」

「了解!」

「すぐにピストン輸送でバスが戻る! それまで此処を死守!」

そう、ここからが大変だ。

バスをマーメイドとケルピーが引いて戻るのを見届けた後、シェルターの入口の守りを固める。

内部は狛犬に警戒して貰うとして、こっちはゴエモンと志村で守る。

さっそく死臭じみた臭いを感知したのだろう。犬の悪魔が来る。数は数体。どれもガルムだ。

北欧神話の地獄の番犬。

実際には単体しかいない存在だから、分霊体である。

「地獄の犬が、死肉を漁りに来たか」

「この辺りは悪魔が強力だ。 飛ばしすぎないようにしてくれ」

「分かっている」

ただ、この程度の相手ならゴエモンで大丈夫だろう。

志村は細かく状況を司令部であるフジワラに連絡する。

「第一陣、其方に向かいました。 此方では手当て、栄養の供与、それに悪魔の撃退を行っています。 今の時点では大した悪魔はいません」

「よし、そのまま防衛を続けてくれ。 此方は外でお嬢さん方が強力なのと交戦中だ。 私も加勢してくる」

「ご武運を」

通信を切りながら、飛びかかってきたガルムをそのままM16で蜂の巣にする。

口の中を滅多打ちにされれば、巨大な地獄の犬もひとたまりもない。そのまま立て続けにゴエモンと連携してガルムを倒す。

まあ、此奴ら程度ならざっとこんなものだ。

「内部はどうだ!」

「今手当てと食事を一緒にやってる!」

「よし、それほど時間は掛からずバスが戻る筈だ。 それまでに、次に搬送する者を選抜しておいてくれ」

「分かった!」

乾パンをかじる。

あまりおいしいものではないが、レーションとしては優秀だ。古くなったレーションは、どんどん使ってしまうようにとお達しが出ている。新鮮な食糧が提供され始めたからである。

一時間とかからず、バスが戻ってくる。

向こうでの手際もいいな。それに、知っている奴が乗ってきていた。

「加勢に来たぞ志村」

「おお、小沢じゃないか!」

「久しぶりだな!」

小沢。

ニッカリと同じ、志村の同期の元自衛官である。幹部候補生だったのだが、今ではベテランの人外ハンターの一人に過ぎない。

確か彼方此方の街で用心棒をしていると聞いていたが、少し前から消息が分からなくなっていた。

とにかく医療班が展開するのを見守りながら、話をする。

「どうしていたんだ」

「阿修羅会が隙を見せたから、六本木を探っていた」

「!」

「お前達が奴らが言う所のシノギを荒らしたからな。 それに奴らが動かしやすい手駒の悪魔も立て続けに倒されて、連中は混乱している。 其処で例の……六本木ヒルズを調べていた」

そうか。

小沢は幹部候補生らしい若干細い男で、あまり自衛官らしくない見た目だ。実際フィジカルはあまり高くなく、今でも頭脳労働を専門だと言ってはばからない。

いずれにしても、六本木ヒルズは入れる状態ではなかったそうだ。

阿修羅会がさらった人間を連れ込んでいると噂の六本木ヒルズ。内部を確認できれば、言う事はないのだが。

「入口に例の霊的国防兵器が配置されていて、入る人間を見境なしに攻撃するように設定されている。 俺も逃げ出すのが精一杯だった」

「やはりか。 具体的になんだった」

「南光坊天海だ」

天海。あの明智光秀と同一人物説がある学僧で、江戸幕府でブレインとして辣腕を振るった人物だ。

江戸のオカルト的な防御の構築に力を振るったとされ、東西南北に寺を建て、要所に風水的な守りを敷いたとされているが。

それ以上に学僧としての知恵を発揮して、幕府の初期を支えた功労者である。

それ故に霊的国防兵器の一つとされたのだが。

ただ、今は阿修羅会の走狗となってしまっている。

本人も歯がゆいだろう。

「交代で外を守ろう。 ただでさえこの辺りは強力な悪魔が闊歩しているはずだ」

「分かった。 頼むぞ。 お前が来てくれていれば心強い」

「ああ。 この程度の手土産しかないのが苦しいが……」

「生きていてくれただけで充分だ」

また悪魔。よく分からないが、かなり大きな人型だ。

患者を運び出している所に、凄まじい勢いで迫ってくるが。マーメイドがふっと冷気魔術を叩き付ける。

本当にふっと吹き付けた感じだ。

それで、一瞬で下半身が凍り付き、それでもがいている所を、ゴエモンが飛びかかって首を刎ねていた。

すぐにバスが行く。

四度目のバスが来た頃には、少し疲労が出て来た。出来れば一気に全員を収容してしまいたいので、此処からは時間勝負だ。

「順番に人外ハンターは休め! 最後の方になればなるほど楽になる!」

「志村さんは!?」

「俺も順番が来たら休む! とにかく休んでおけ!」

分隊のメンバーが奥に。

献身的な悪魔を使って内部では回復魔術を広域に展開して、消耗した人達を回復させている筈だが。

無線でやりとりをする限り、助かるかかなり厳しい人もいるようだ。

早めに分かって良かった、としかいえない。

ただ、逆に不審でもある。

何故、この状況で分かったのか。

それに、立て続けに国会議事堂シェルターに襲撃があるのも気になる。これを知らせる事自体が罠だった可能性もないか。

また悪魔だ。

展開していた悪魔が警戒の声を上げる。今度は空から数体の悪魔が滑空して襲いかかってくる。

下級の堕天使のようだが、とにかく叩き落とす。

対空弾幕を展開して、落ちてこなかった奴はゴエモンに任せる。やはり死の臭いが漏れ出ているか。

接近戦はゴエモンに任せる。弾幕に撃ち抜かれて落ちてきた奴はもがいている所を首を刎ね飛ばす。

悪いが今は容赦する余裕も時間もない。

バスが来る。少し遅れたか。何カ所か急あしらえの補修跡があった。

「トラブルか!?」

「国会議事堂シェルター前での戦闘に巻き込まれました! 彼方でも激しい戦いが続いています!」

「……」

其方では、フジワラも出ての総力戦が続いているらしい。

霊夢と秀は凄まじい強さで悪魔を次々と討ち取っているようだが、既に数体、高位の堕天使が出て来ているそうで。

いずれも楽に勝ててはいないし。

マーメイドが防いでくれても、余波でバスにダメージが入る程だとか。

やはり罠の可能性が高い。

すぐに次の者達を運び出させる。それを護衛しながら、小沢と話す。

「小沢、これは……」

「そうだな。 罠の可能性が高い」

「此処は任せる。 早めに休憩を取らせて貰う」

「心得た」

シェルターの中に入る。

中では汚物などを水で洗い流し、消毒用のアルコールを用いて清潔を取り戻している。

悪魔も水を扱う悪魔などがフル回転していて、消耗しきっている病人を、手際良く元医療関係者達が処置しているが。

それでも奥に幾らかの遺体が見える。

心苦しい光景だ。

レーションを口に入れる。これも近々終わるだろう。痛みかけたレーションではなくて、新鮮な食べ物を口に出来るようになる。だが、持ち運びできる加工食品にはまだ出番がある。

だからこうやって、痛む前に口にしておく。

「トイレの洗浄、おわったぞい」

「外でマグネタイトを吸収してきて。 戦闘に巻き込まれないように気を付けるんだよ」

「分かった」

外に出ていったのは、あれはカンバリ様か。茶色い足の裏に顔があると言う個性的な姿をした悪魔だ。

極めて珍しい秘神と呼ばれる分類を受ける悪魔で、日本における便所の神だ。

便所の神には色々な種類がいて、中には悪魔として怖れられるものもいる。また近年では、トイレの花子さんのように都市伝説化したものもいる。

とにかく食糧もまともになく、トイレもこれでは電力不足で水がちゃんと出ないから、詰まりかけていただろう。

汚いだけならまだいいが、それが病気の発生にもつながる。

この人数が病気に罹ると、待っているのは地獄絵図だ。

アサヒが来る。

汗を拭いながら、敬礼して報告してきた。

「次の搬送者、選抜終わりました。 応急手当の物資の内、足りないものをリストアップしてもらっています」

「よし、俺から伝える」

スマホにリストを送って貰う。

それを見ながら、高出力の軍用無線でフジワラに連絡。フジワラの方でも、戦闘音がしている。

「分かった、此方でも準備しておこう」

「お願いいたします。 其方の戦況は」

「堕天使ムールムールを総力で倒した所だ。 今度は雑魚の物量に切り替えてきたようだが、どうにか耐えきってみせる」

「くれぐれも無理をなさらずに!」

通信を切る。

あっちも一杯一杯のようだが、それでも助けられる人間は助けきる。

がつがつと粥を食べているのは、まだマシな方の病人だ。栄養失調以外は致命的ではないということだろう。

大鍋に次々粥が作られている。

騒いでいる患者を、ナナシが押さえつけているのが見えた。

「俺を先に向こうにやってくれ! こんな所に置いていかれるのは嫌だ!」

「うっせえ! いい加減にしないとぶん殴るぞ!」

「ナナシ、抑えていてくれ。 状態が悪い患者からだ」

「わーってるよ。 実際うまいメシも食えるようになったし、服だってまともになったし、装備だって。 助ければ、仕事を割り振って、人間側の底力が上がる、だろ!」

少しずつ分かってきたか。

さて、これくらいで休憩はいいだろう。

志村は外に出ると、出会い頭に飛びかかってきた猿の悪魔にアサルトで乱射を叩き込む。魔獣ショウジョウか。昔、大型の類人猿をそう呼んでいた時期がある。それはそれとして、猿の妖怪の総称でもある。魔獣というのは獣の悪魔の中で、特に邪悪でも善良でもない部類の荒々しい連中だ。もっと邪悪なのは妖獣となる。

東京なので、日本妖怪はかなり強い。このショウジョウもそうだ。

乱戦の中、やられた仲魔がマグネタイトに変わっていくが、志村が加勢したことで周囲を制圧。

負傷者を内部に下げさせる。

M16のマガジンを換えている小沢と情報交換。

被害者に致命傷を受けたものはいない。だが、そろそろ厳しくなってきている。

「負傷者は回復魔術でどうにかなるレベルだが、それでもそろそろ厳しいぞ」

「分かっている。 だが、俺たちが踏ん張れば、未来を担う者が少しでも助かる。 シェルターにはまだ乳幼児だっている。 あんな子供達を死なせてたまるか!」

「そうだな!」

バスが来た。

同時にかなりの数の悪魔が来る。

「耳を塞いで」

随伴していたマーメイドが言う。ケルピーを引っ込め、更には音を使う悪魔に、バスを守らせ。

更に志村も耳を塞ぐと、マーメイドが凄まじい絶叫を空に張り上げたようだった。

まるで氷の竜巻だ。

殺到してきた悪魔が、全部一瞬で氷漬けに。そして砕け散っていた。

見た所、それなりに強い悪魔も多かったのに。流石に少し消耗しているようだが、それでも今倒した悪魔のマグネタイトを吸収すればお釣りが来るはずだ。

「よし、もう少しで一段落する筈だ! 救助者を運び出せ!」

「おうっ!」

人外ハンター達の士気は高い。

忘れかけていた誇りが。彼等に戻りつつあるのを、志村は感じていた。

 

4、激戦の果てに

 

最後のバスに乗って、志村は撤収する。天王洲のシェルターは、救助者が減って中の人間の密度が減るに従って豪快に洗浄を開始。

後は時間を見て地獄老人が来て、それで内部を復旧するそうだ。

今でこそ駄目になってしまっているが、電力などを復旧させれば、またシェルターとして復興できる。

東京がいつまでこんな調子か分からないのだ。

少しでも「人間の勢力圏」として活用出来る場所は、増やしておくべきである。そのフジワラの判断は正しいと思う。

シェルターの入口を厳重に封印。

残念ながら助けられなかった19人の遺体は、その場で火葬し。敬礼して見送った。

救助が遅れていたら、こんな程度では済まなかっただろう。しかし逆に言えば、19人も助けられなかったのだ。

今の東京で19人は、決して少なくない。

帰り道、ナナシがぼやく。

「臭いし汚いし、散々だったぜ。 これで少しは状態が良くなるといいんだけどな」

「ナナシ、そんなこと……」

「まあ俺たちも錦糸町にいたときは似たようなもんだったか」

「はあ……」

良くも悪くも、ナナシは東京が終わってから産まれた子だ。

だからこういう考えなのは仕方がない。

志村はしばらく休憩に徹する。国会議事堂シェルターはまだ戦闘が続いているかも知れない。

今のうちに休んでおかなければならないだろう。

バスが川を上がる。

そうすると、巨大な、蛇の下半身と人間の女性の上半身を持つ悪魔が、バスを覗き込んできた。

龍神ガンガーだ。

凄まじい力を感じる。

これは確かに、悪魔が水中で仕掛けてこない訳だ。

「これで護衛は終わりかえ」

「はい。 感謝いたします」

「ええぞよええぞよ。 分かっておるな。 我に感謝をさせよ。 我に助けられた事を伝え、信仰させよ」

「そうさせます」

敬礼すると、ガンガーは頷き、川の中に戻っていった。度肝を抜かれている様子のナナシとアサヒに咳払い。

偉そうなことを言っていても、ナナシもまだ駆け出しだ。あんな大物にはとても勝てない。

国会議事堂前は、凄まじい戦闘の跡が残っていて。息を呑むほどだった。

最後の人員を収容。

フジワラが待っていた。流石にちょっと服がぼろぼろで。伊達男が台無しである。

霊夢の姿がない。秀は腕組みして、シェルター入り口で背中を預けていたが。

「まさか」

「いや、そんなことはないよ。 雑魚ばかりの相手になってから、一度さがって貰った。 大物を相手に、豊富な悪魔知識を元に大立ち回りをずっとしていたからね。 今頃ぐっすりだろう」

「先にお休みかよ」

「彼女のおかげで、大物堕天使六体、魔王二体、邪神三体が倒された。 いずれも阿修羅会の強力な手駒だった悪魔達だ。 これだけで、僕達はとても有利になったんだよ」

文句を言うナナシに、諭すようにフジワラが言う。

事実今挙げられた阿修羅会の手駒達は、手練れの人外ハンターが束になって、多数の死者を出すことを覚悟しなければならない相手だったのだ。それを連戦で倒しきってくれた。

阿修羅会が自棄になって霊的国防兵器を繰り出して来る可能性は低い。あれは要所の守りについていることが分かっている。

阿修羅会の機動戦力はかなり削り取られたとみて良いだろう。

これからが。

反撃の時だ。

ただ、気になる事もある。

シェルターの中で、フジワラと話す。

「今回の件、意図的に情報がリークされたように思います」

「だろうね。 襲撃があまりにも大規模すぎる。 此方の戦力が彼方の想定以上だった事もあるだろうし、それで撃退は出来たが……」

「阿修羅会は手段を選ばない連中でしたが、800人もの人間を使ってこのような」

「ああ、許されない事だ」

阿修羅会のボスであるタヤマは、自分なりのやり方で東京を守っているなどとうそぶいているそうだが。

それが大嘘なのが今回の件でもよく分かる。

連中にとって大事なのは東京でも、そこで暮らす人でもない。

自分達だけだ。

それに阿修羅会には、大物の悪魔が後ろ盾になっているという噂もある。あの堕天使の長、大魔王とも言われるルシファーの可能性すらあると囁かれているが。それについては志村は懐疑的だ。

ルシファーの目撃例は今までに何度か人外ハンターの間で存在しているのだが。いずれもが悪魔に無差別殺戮をたしなめさせるものだったそうだ。

人間が滅びたら、我々はいずれも姿すらも失うぞ。

そうたしなめられて、街を攻め滅ぼす勢いだった悪魔が引いていった。そういう場面が今までに何度かあったらしい。

ただし、人間に友好的と言う訳でもないだろう。

堕天使の中でも、アドラメレクみたいなのが野放しになっていたのだから。

「人材の育成を急ぐべきです。 人外ハンター協会の制御を離れ、在野になっている人材を、出来るだけ取り込む努力を開始しましょう」

「そうだな。 それと装備の充実もだ。 各地で領域を作っている悪魔の退治と、軍用物資の回収。 それに、各地で縄張りを作っている者の内、悪辣な悪魔の撃破を急ごう。 それで皆我々の味方になる。 全員が、とまではいかないだろうがな」

衣食足りて礼節を知る、だ。

そうフジワラに言われて、志村は頷く。

10万いるかいないかの東京の民だ。これ以上無法で死なせる訳にはいかない。

阿修羅会の影響を削ぎつつ、有害な悪魔はどんどん駆逐していかなければならないだろう。

出来れば今悲惨な事になっている池袋の攻略を急ぎたいところだが、あそこにいる西王母は生半可な戦力で対応できる相手ではない。

今まで動きを見せないガイア教団の事も気になる。

彼方は彼方で相容れない悪魔と独自に交戦しているようだが。文字通り身を削るようにして、殉教するかのように戦闘要員を使い捨てているとも聞く。

それではいずれ、東京の民が尽きてしまうだろう。

少しずつ希望が出て来ている。

それを絶やしてはいけない。

志村は、自分が戦えなくなる前にはと。そうナナシやアサヒの事を思う。

二人とも有望な若者だ。

あの若者達を、荒みきった考えから開放し。

未来を託せるように、少しでも残った時間を使わなければならなかった。

 

(続)