討つべき敵

 

序、サバト

 

僕は奈落で悪魔を狩り、降伏した者は手持ちに加え。そしてホープ隊長から教わった悪魔合体を試していた。ガントレットに搭載されている機能であり、使えるなら使いこなした方が良い。

なんでもバロウズによると、悪魔と言うのは精神生命体なのだという。

肉体を持って出現しているのはむしろ異常な状態で、普段はアティルト界という世界に存在していて。

アッシャー界といわれる此方の世界では、栄養となるマグネタイトがないと出現できないらしい。

マグネタイトはそのまま血肉だったりもするのだけれど。

一番良いのは、負の思念を蓄えた人間だそうで。悪魔を召喚するために、昔は人間を生け贄にする事も多かったのだとか。

ともかく。そんな悪魔達は、意外に「個」に執着がない。

精神体であるからか、悪魔同士で要素を混ぜ合わせ、更に強力な悪魔になれるのならほとんどの場合喜ぶという。

それを悪魔合体という。本来は複雑な手順が必要で、大きな設備もいるらしいのだが。ガントレットにはそれを出来る機能がついているらしく、その場でぱぱっとやれてしまうのだ。凄い話である。

希に悪魔合体を拒む強い意思を持つ悪魔もいるらしいのだが。それは例外中の例外。更に強い存在になる事が出来るのならと、逸話や強い自我がある悪魔でも、悪魔合体を拒むことはほぼないらしい。

それで色々四苦八苦して、相性が良さそうな悪魔を探す。

先人の苦労の情報をバロウズは共有しているらしく、そのデータベースというのから、どういう悪魔を作る事が出来るか。それを今の僕が扱えるのか。それらを総合的に調べてくれる。

とても頭が良い。

僕自身も今まで鍛えて来た技と肉体を、実戦で更に伸ばす事ができるし。僕の実力を見て、即座に土下座して助けてと言ってくる悪魔もいる。

そういう悪魔は流石に討たない。

更には、弱い悪魔でも神話的につながりがある存在などと合体させることで、飛躍的に強力な存在に変貌する事もあるらしい。

それは、とても凄い事だ。

今、僕の側に浮いているのは掌に載るくらいの女の子だが、背中に蜻蛉みたいな翼が生えている。

妖精ピクシー。

バロウズによると、なんでも相手を迷子にさせて楽しむ妖精であるらしい。薄着でちょっと反応に困る格好をしているが。

ただこのピクシー、回復の魔術で傷薬よりも遙かに強力に傷を治してくれる。それどころか、雷撃の魔術も使えるのだ。

僕は仲間……いや仲魔か。ともかく仲魔にした悪魔に色々教わっているのだけれど、どうにも火を出したり氷を出したりといった魔術にはそこまでの適性がないようだ。

その代わり、体を使う魔術は相性が良いらしく。

ピクシーには回復の魔術を教わって、継戦能力を更に上げるべく頑張っていた。

「よし、じゃあもう一度やってみる」

「それはいいけれど、本当に肉弾でいくの?」

「ええと……搦め手も使えるようにしろってホープ隊長には言われているけれど。 それはそれとして、僕の最大の武器は頑丈な体だから」

「中には悪魔に支援させて前衛を張る人間もいるって聞いたことがあるけれど、それはそれで凄いわね……」

悪魔の中には、強力な肉体を更に強力にする魔術や。相手を弱体化させる魔術を使うものもいる。

そういった強化弱体をかき消す者も。

そのため、僕はそれらの魔術を覚えたいと思っている。ただし、今の時点では仲魔にした悪魔にも、そこから作れる悪魔にも、適任がいなさそうだが。

ピクシーはというと、いずれ成長して更に強力な妖精になるから、そのまま側にいさせて欲しいと言う。

僕としても、嘘をついているようには見えなかったし。

魔術を用いた火力支援は仲魔に任せてしまうのも手だから、もしも強くなってくれるのなら充分にありだ。

「おーう、フリン」

「うん? どうしたの」

こっちに来たのはワルターだ。ヨナタンが今日は出かけているらしく、イザボーを任務に誘いに来たらしい。

内容は聴取だとか。

土地勘はあるもののあまり人と話すのが得意では無いワルター。

そもそも庶民とどう話して良いかよく分からないイザボー。

それもあって、合同で任務を受けたいらしい。

ヨナタンがいれば良かったらしいのだが。ワルターはどうもイザボーに苦手意識があるらしく、僕を誘ったと。

まあ確かにワルターとイザボーでは水に油に思える。

「分かった。 丁度色々終わったから行くよ」

「助かる。 あっちでイザボーと合流して、麓の村に向かうぞ」

「それにしても村で聞き込み?」

「ああ、ちょっと訳ありでな」

ワルターはこう見えて、任務をこなすことには貪欲だ。

最初さぼってばかりの駄目サムライになるのではないかとか周りに噂されていたのだけれど、そんなこともない。

酒場に出向いては、Kに荒事関連の依頼を頼んでまわして貰いせっせとこなしている。

その過程で、僕もヨナタンやイザボーと一緒にワルターと組み。

奈落の中で四層などで苦戦している味方を救援に行ったり。

物資が不足している麓の村の状態を調べて、即座にお城から物資を輸送するような仕事をしたりと。

それなりに色々と仕事をこなしてきた。

ちなみに僕から両親に手紙は何回か送ったが。

返事は来ていない。

手紙といっても紙はかなりお高いし、何よりも正式な文字を書かないと送られてこないのである。

ともかく、ワルターとともに門に行く。

そこで、イザボーは何か読んでいた。本だろうか。

「待たせたな。 それでなんだそれ」

「ああ、これは漫画よ」

「漫画?」

「そうね、創作の読み物。 それを絵と文字で表したものね。 今、色々な所で本が出回っているの。 あまりおおっぴらには読めないけれど、これはほら」

バイブルと同じ表紙を被せている、と。

意外にイザボーってこういう悪い事をするんだなと思ってちょっと苦笑いする。ヨナタンの同類かと思っていたのだが。

歩きながら話す。

「聞いているかも知れないけれど、麓の村の一つで大きな被害が出たの。 公式には火事と発表されているけれど、悪魔の仕業よ」

「悪魔だと」

「ええ。 ホープ隊長が選りすぐりの精鋭とともにその場で鎮圧したけれど、村にいた引退サムライと、多くの民がなくなったらしいわ」

「……」

酷い話だ。

悪魔は奈落から、どう人の目をくぐり抜けて出て来ているのだろう。

或いは奈落の先ではなくて、他でも悪魔は何かしらの手段で活動しているのだろうか。

「この辺りで良いわね。 おいでペガサス」

イザボーが呼び出したのは、翼のある馬だ。

純白でとても美しい。悪魔だろうが、あまり戦闘向けには見えない。

「貴方たちも移動用の悪魔を用意した方が良いわ。 迅速に展開するためには必須だもの」

「それもそうだな。 俺が持っているのは此奴くらいだな……」

ワルターも悪魔を呼び出す。

あまり人前で、露骨に悪魔に見えるものは出すなと言われているのだが。ワルターが呼び出したのは、ちょっとぎょっとするものだった。

板、だろうか。

だけれども、なんだか藁で編まれているような。

それに随分と大きいが、何だこれ。

「此奴はべとべとさんというらしい。 夜道で相手をつけ回す足音だけの悪魔だそうだ。 その馬にくくりつけて移動するように見せようぜ。 こいつ自身は高速で移動するから、その馬に負担はかからねえよ」

「分かったわ。 それでフリン、どうするの」

「僕は走るよ。 馬くらいの速度は出るし」

無言になるイザボーとワルター。

いや、この二人だって多分それくらい強くなっていると思うけど。奈落の試練では、僕とそれほど到達時間も変わらなかったし。

ひょいひょいと跳んで、体を温めると。

ペガサスとやらが走り出し、その後ろをワルターのべとべとさんがワルターを乗せてついていく。

僕は走る。

今日は外部任務だからとんぼちゃんを持っていく。

なお、とんぼちゃんを盗んで嫌がらせをしようとした誰かがいたのだが。持ち出そうにも持ち上げられなくて、倒してぎゃっとか悲鳴を上げて逃げたようだ。

「いや、本当に追いついてくるな! それも余裕で併走か!」

「軽い軽い。 もっと速度出るよ」

「……ペガサスを作っておいて正解でしたわ。 ユニコーンは気性が荒すぎて扱いが難しいらしいですし」

馬の悪魔は、かなりの数がいるらしい。

乙女にしか近付かず、角が秘薬になるユニコーン。額に一本角がある美しい馬の悪魔だ。乙女にしか近付かないというだけならまあ子供にでも世話させておけばいいのだが、此奴は男には見境なく襲いかかるらしく、乗馬としては推奨されていないそうだ。なお支援悪魔としては有能で、回復の魔術を色々使いこなすらしい。

これが悪しき存在として歪められたバイコーン。角が二本生えていて、ユニコーン以上に獰猛で論外。

川の側に住む馬の悪魔ケルピー。これは乗りこなせば駿馬になるらしいのだが、なんと油断すると人を川に引きずり込んで容赦なく食べてしまうという。

人食い馬の悪魔か。実はこれは、架空の話というわけでもない。僕も聞いたことがあるのだけれど、たまに人食い馬の話がある。ロバなんかでもそうなのだけれども、畜産家が偏った栄養を馬に与えていると、人間を襲って食う事があるらしいのだ。馬は草だけしか食べない、なんてことはないのである。

他にもケルピーの同族は多く、アハイシュケと呼ばれる人食い馬の悪魔もいるそうだ。これらは共通して、乗りこなせれば駿馬になる。

悪魔とはいずれも恐ろしいものだ。

こういった馬の悪魔は、もっと技量をつけてから呼びだし、乗るようにしろ。

ホープ隊長が、そう言っていた。多分だけれど、イザボーが乗っているペガサスが最適解なのだろう。その気になれば空も飛べそうだが、今は翼を降ろして、飾りのようにしている。

イザボーが通り過ぎるのを見ると、黄色い声を上げる女性が時々いる。

ワルターがなんで、という顔をしていた。

「俺が女に好かれないのは知っているが、なんで女のお前が女に好かれているんだ」

「以前お父様に聞いたのですけれど、男性は男性的な性格の女性が好きで、女性は女性的な男性が好きな傾向があるらしいの。 要するに中性的な容姿は受けがいいらしいそうよ」

「いや、俺はそういう事はないが……」

「あくまで傾向の話よ。 わたくしはどうもその容姿がそう、同性受けするらしいんですのよ」

そうなのか。

でも、猿とか言われてた僕は男性にもてなかったなあ。

多分色々とその辺は他にも要素が絡むんだろう。知らないけど。

全力で走る。ペガサスが僕が余裕で息も切らしていない事に驚いたようだが、とにかく現地には出来るだけ早く着いた方がいい。

しばらく走って、やがて現地に到着。

この辺りくらいから、城壁が減ってくる。麓に降りて行くほど、東のミカド国は城壁がなくなる。

これはどうしてなのか分からない。

平らな土地には殆ど人は住まない。住んでいるという話は聞かない。

それなら恐ろしい何かがいるのかと思いきや、悪魔だのの話は、むしろそういうところにはなく。

村やらの近くでむしろ多いのだとか。

ペガサスとべとべとさんがイザボーとワルターのガントレットに消える。僕はハンカチで軽く汗を拭ったが、まあ問題はない。

僕は地面にとんぼちゃんを突き刺す。

太くなっている方を下に差すので、まあ倒れる事はない。

それでドカンと音がして、人が注目する。

一番吃驚していたのは、隣にいたワルターとイザボーだったけれど。特にイザボーは跳び上がりそうな様子だった。

そんなに大きな音だったか。ちょっと分からない。

「で、どう手分けする?」

「え、ええとわたくしは女性方に話を聞きますわ。 お二人は殿方に」

「それが良さそうだな。 俺は話すのがちょっと苦手だ。 頼むぜフリン」

「そう? 僕にはぐいぐい来てたじゃん。 まあいいよ。 この村だと知ってる人も何人かいるし、話を聞いてみるよ」

まあ、とにかく手分けして話をする。

今回の聴取は、この辺りで出回っている本についてだ。本そのものに罪はないのだろうが。

移動中に話した所によると、悪魔による小規模な被害が既に三回、この間の大規模なものがついに起きてしまい。

聴取をしていたところ、サバトという言葉が捜査上に浮上したそうなのである。

サバトというのはよく分からないのだが。誰かが持ち込んだ本をみんなで読んで、感想とかを言い合うだけのものらしい。

それがどう問題になるのかさっぱり分からないのだが。

ただ、それがそもそもバイブル以外は一切読ませないというこの国のやり方に反している事。

それと、四件の悪魔事件全ての側で行われていた事が証言されている事が問題視されているらしい。

今はサムライ衆が駆け回って、情報を集めており。

とにかく手が足りないので、僕達にも話が廻って来た、ということだ。

「サバトだって。 確かにやってるよ。 若いのも集めて、本読んでる」

そう、いきなり証言が得られる。

証言をしてくれたのは、以前僕に稽古をつけてくれた老元サムライだ。この村で隠棲している。

無事に任期を乗り切って、今では村で静かに暮らしている人だ。

僕が来た時は、孫が来てくれたみたいだと言って喜んでいたっけ。それはそれとして、武芸の仕込みはかなり容赦なかったけど。

「本読んでるだけなのか、爺さん」

「ワルター、大先輩だよ」

「おっとそうだったな。 それで、どんな様子なのか分かりますか?」

「わしも心配して見にいったんだがな、ただわいわいと本を読んでいるだけだったよ。 わしも見せてもらったが、それほど難しい内容でもなくてな。 難しい本もあったが……算数のやり方とか、難しい出来事が起きる仕組みとか、そういうのが書かれた本が多かったねえ」

頭を下げて、礼を言う。

そうか、サバトをやっているか。

他にも子供達を集めて聞いてみる。僕は子供には顔が利く。実際問題、力持ちのお姉ちゃんと言われて慕われていたのだ。サムライになった事を告げると、すごく皆嬉しそうにしてくれた。

ワルターは露骨に怖がられるので、側で立っているだけでいい。

腰を落として、順番に話を聞く。

「子供は誘われないの?」

「うん。 頭が良い人とか、難しい事に興味がある人とか、素敵な物語が好きとか、そういう人に声が掛かってる。 大人はかなりの人が出ているよ」

「あれって悪い事なの? 本というとあの司祭様の奴しかしらなかったけど、司祭様の話ってとても退屈で……」

苦笑い。子供は正直だ。

これはヨナタンとイザボーに聞いたのだけれど。

司祭達は、敢えてバイブルを退屈に読み聞かせている節があるという。内容も意図的に難しくしているそうだ。

バイブルの本来の内容は、神様が世界を作って、それで人々に道を示した、という程度のものらしい。

色々な逸話がその中にあって、天使とか悪魔とか出てくるけれど。それらの記憶が聞かされていた筈の僕には本当にない。つまり面白い話として、司祭達は興味を持つように話していない。或いはそう話すように司祭達が教育されているのかも知れない。

「チビ共には声は掛からないのか。 なんかいかがわしいことでもやってるんじゃないのか」

「その可能性は低いね」

「あん?」

「貴族街は違うし、麓ではどうだったか知らないけど、基本的にこの辺りの村はどこでも夜這いとか親公認でやってるんだよ。 婚約者どうしでね。 それが当たり前の事だから、誰もそれを疑問にも思わない。 貴族街の方だとなんだっけ、風俗とかいうのあるらしいけど、こっちではそういうのは誰も考えつきもしないし、言われても拒否反応だろうね。 みんなでいかがわしいことなんかやったら、即座に拒否反応した人からサムライ衆に通報が行くよ。 ごくごくたまに恋愛結婚とかあるらしいけど、それも殆どの場合白い目で見られるし、ましてや行きずりの相手と関係なんか持ったら下手すると司祭に連れて行かれて帰って来ない」

ワルターがさらっといった僕を見て目を丸くして黙り込んだ後、何度か咳払いした。

小首を傾げる僕に、すまんとものすごく神妙そうに言うので、よく分からない。なんだか罪悪感を顔中に貼り付けていた。

まあ僕は夜這いなんかされたこともないが。それは婚約者もいなかったし当然である。

勿論僕の前後の年齢は、特に男子は欲求を持て余す場合もあるらしいけれど。

その代わり農作業だの鍛錬だのを散々やりこむ。農作業は非常に過酷なのだ。僕みたいな例外もいるけれど。

それで殆どの人は力尽きてしまうし、欲求も霧散してしまうので、正直異性遊びをする余裕はないのが実情だ。

ワルターの漁師町はどうだったのだろう。

ただ分かるのは、多分ラグジュアリーズは違うと言う事だ。イザボーの大恋愛してみたいという発言もそうだったし、風俗なんて店があると言う点でも分かる。

生活に余裕があるのだろう。

だから体を持て余す奴が出てくる。

それだけの話である。

だいたい性行為の現実なんて、僕らはみんな幼い頃から知っている。それもその筈で、どの家も殆どちいさな石造りで、いやでも両親の行為は見る事になるし。余所の家でやっていても聞こえるくらいなんだから。

ワルターはしばらく黙り込んでいたが、とりあえず聞き込みを続けようと提案してきたので、頷く。

この様子だと、麓の漁師町もちょっと状況が違うのかも知れない。

だとしても、僕には興味があまりない。

今度は若い人達に話を聞いて回る。僕を舐め腐った目で見ている奴は前はいたが、以前ここの引退サムライに稽古をつけて貰っていたときの様子を見ていたのだろう。それにワルターもいる。何よりサムライの隊服とガントレット。それで誰も口が軽くなる。

やはりサバトとやらが行われている。

それも参加者もいた。

少し話しづらそうにしていたが、やがて挙手する。

「俺、サバト行ってるんだ」

「詳しく」

「ああ。 でも、今たくさん出回っている本を色々読んで、それで感想をいいあうだけの会なんだよ。 おサムライ様が出てくるって事は、それって司祭様達が怒るような事なのかな」

「そうかどうかはわからんが、幾つかの村で事件が起きていてな。 その事件と必ず一緒にサバトが行われていたんだよ」

えっと若者達が顔を見合わせる。

そしてワルターが凄むと、ひっと声を上げた。

漁師町と言う事は海暮らしだ。麓の海は魚もたくさんとれて、何より男達はみなガタイがいい。農民よりも更に体格がいいものが多いのだ。これは魚を豊富に食べられるからというのが定説らしい。ワルターも若者達より頭一つ大きいくらいである。

「出来るだけ詳しく聞かせろ。 仕事なんでな」

「しょ、処罰されないのか」

「今の時点で処罰の話は聞かないよ。 でも、危ないかも知れないんだ」

僕がそういうと、涙目になりながら若者が丁寧に状況を話してくれる。

ふと視線を感じる。

だが、振り向いたとき、視線は消えていた。

 

1、劫火に包まれて

 

イザボーと合流してから、話をまとめる。イザボーは女性に話を聞いて来ていて、それもかなり丁寧だった。

話の書記はイザボーがしてくれる。

たくさん紙を持っているが、紙が既にそもそもそれなりに価値があるのだ。本をばらまいている奴は、一体どうやってそんな本を作ったのか。

本の現物を一つ僕も見せてもらった。

「よくわかるかがく」という魔法の文字で書かれた本だった。

さっと目を通したが、確かに分かりやすい。戯画というのか。可愛らしく書かれた子供が、質問をして、それに大人が答えるという形で説明が行われ。色々な現象についての記載があった。

確かに面白い。

没収はしなかった。だが、出来るだけサバトには出無い方が良い。そうアドバイスはしておいた。

老サムライにも、事件が起きていることは伝えてある。

とにかくサムライ衆で情報を収集しているのなら、今は僕達だけで判断はしないほうが良いだろう。

バイブル以外の本も、ラグジュアリーズは読んでいるとイザボーは言う。

技術書とか他にも娯楽の本とかいろいろ。

あまり喜ばれることはないらしいが。

カジュアリティーズに対して教養で優位に立ちたいと考えるラグジュアリーズは多いそうだ。

まあそれもそうだろう。

実際問題毎日鍛えているカジュアリティーズに対して、ラグジュアリーズが武力で優位を取れるかというとそれは否だ。

僕ら新米サムライの中ではナバールがみそっかすだが、あいつだってラグジュアリーズの中では平均的な人間なのだろうし。

ヨナタンとイザボーは、ラグジュアリーズ基準では相当に優秀らしい。

一方、ワルターは自分より無手での喧嘩が強い奴は他にも漁師町にいたという話をしていたし。

そういうものである。

「とりあえず情報はまとまりましたわね。 サバトの実態についての情報が得られたのは大きくてよ」

「イザボー、ワルター、先に戻っていてくれる?」

「ん、どうした」

「二つ気になる事があるんだ。 一つは元サムライのおじいちゃん。 お世話になったし、前の事件では元サムライが犠牲になっているって聞くから。 あの人は今でも生半可な悪魔より強いだろうけれど、それでも注意をしてほしいって僕から伝えておくよ」

もう一つについては、さっきの視線だ。

あれはなんだか人間のものとは思えなかった。

僕がとんぼちゃんを引き抜くと、察したらしくワルターが言う。

「仕事の報告だけだったらイザボーだけでもいいだろ。 俺も手伝おうか」

「いや、僕だけでいい。 ……むしろワルターもいると、出てこないかもしれないから」

「そうか。 無理はするなよ」

イザボーがペガサスに、ワルターがべとべとさんに乗ると、さっとお城の方に戻っていく。

今の王様は最近やっと名前を知ったのだが、アハズヤミカド王というらしい。平凡な人物らしく。特にこれといった業績は一つも挙げていないそうだ。

ただ歴代の王様でも、アキュラ王以外の存在は殆ど誰もしらない。

サムライ衆の英雄の方が有名なくらいだ。

不満はなかったから気にならなかったけれど。それにしても。

やっぱりこの国は変なのかも知れない。

さて、やるか。

視線はさっきは消えてしまったけれど、今度は明らかにある。

僕はいきなり全速力で加速すると、その視線の主へと突貫する。場合によっては、とんぼちゃんでぶっ潰す。

加速して来た僕にあわてたか、視線の主が逃げだそうとするが、とろい。

即座に飛びかかると、きゃあとか可愛い悲鳴を上げるそいつを、その場に組み伏せていた。

人間。

いや、違うな。

バロウズが警告してくる。

まだ若い女……それもカジュアリティーズの人間じゃなくて、ラグジュアリーズみたいな肌つやで、髪の毛も長くて綺麗だ。服装だけはカジュアリティーズの木綿仕様だけれど、幼い頃から作業に塗れているカジュアリティーズは、こんな邪魔な髪にしないし、肌も綺麗にならない。

抵抗するけれど、力も弱い。

やがて、抵抗を諦めていた。

「悪魔よ。 マスター、気を付けて」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「奈落以外にも本当にいるんだな。 理由次第では許さない。 僕を見ていたのは、サバトとやらで悪さをするつもりだったから?」

「違う……っ。 痛っ!」

悪いが力は緩めてやれない。

しくしく泣いているのを見ても、手加減は出来ない。

泣くことで加減する男はいるかも知れないが。

女は好きなときに泣けることは、僕も女だから知っている。それで加減をするほど、僕も甘くない。

「バロウズ、なんの悪魔?」

「人に擬態できる悪魔は思った以上に多いの。 これだけでは特定出来ないわ」

「そ。 じゃあ吐かせようかな」

「私の名前は末の子。 お母様の娘。 話すから、痛いの止めて。 貴方には、悲劇を止めて欲しいの!」

何だか事情がありそうだな。

ともかく、抑え込んだまま、バロウズに契約を進めさせる。バロウズが言うには、僕と比較してかなりの高レベル悪魔だそうだ。

レベルというのは実力の基準となる数字で、僕ではギリギリ従えるのがやっとであるらしい。

というと、魔術が得意な悪魔か。

余計に手は抜けなくなったなこれは。

「契約はするから、痛いことしないで! もう痛い事するのもされるのも嫌!」

「バロウズ、契約を進めて」

「分かったわ」

しばし契約に手続きがいる。

それが終わると、契約終了。これでこの女は僕の手持ちだ。

開放すると、しくしく泣く女悪魔。

僕はため息をつくと、しばし待つ。これは本気で泣いているな。そう思ったからである。

情が深い悪魔も希にいるそうだ。

ひょっとすると、その手合いかも知れない。

「それで悪魔がどうしてこんな人里の近くに? そもそもあんたは何?」

「マスター、契約して分かったけれど、この悪魔は夜魔リリムよ」

「夜魔?」

「夜の闇に紛れて活動する悪魔全般の事よ。 逆に言うと、夜という闇を味方につけないと、十全に力が発揮できない程度の者って事」

なるほど、そういうものか。

ただ、聞き捨てならない事も言う。

「リリムは悪魔全体でみればたいした事がない存在だけれど、問題はその母親よ。 夜魔リリス。 最初の人間の妻だった存在で、最初の人間を嫌って悪魔の所に走り、その妻になって多くの子を産んだ悪魔の大物よ。 神秘思想では重要な悪魔として位置づけられ、人間に知恵を与えた「蛇」の妻になったという話もあるわ」

「そんな大物が来ているのか!」

「怒鳴らないで。 全部話すから。 前に貴方をちょっと見かけて、羨ましいと思っていたの。 未来に希望を持っていて、とても活力があって。 だから、あんなことになってしまって、誰に頼ったらいいか分からなくて。 貴方が来てくれて、本当に良かったと思っているの」

「……続けて」

バロウズが誘導するための話術かも知れないと警告してくるが、僕にはそうは思えなかった。

悪魔にとって嘘は常套手段だ。騙される方が悪いなんて考える奴も多い。だけれども、このリリムは多分嘘をついていない。

それは、悪魔と色々話してきたから分かる。

目を見れば分かるなんて言葉があるが、違う。声の調子とか、色々と嘘をついている時とは違うのだ。

リリムによると、あんなことになるとは思っていなかったのだという。

お母様……多分リリスの事だろう。お母様の指示で、姉妹達と彼方此方を回って、本を配った。

この東のミカド国の人達は、何も知らされず、指示だけされて。その通りにだけ生きている。

可哀想だと思った。

世界には色々あって、知らない事を知るのは楽しくて。それでそれぞれの好きな事を探していい。

そう思ったから、このリリムはそれを手伝った。

でも、サバトに参加していた人が、悪魔になるのを見てしまったのだと言う。

「人が悪魔に!?」

「条件が整うと、人をそのまま乗っ取って悪魔が顕現することはあるわ。 人間が良質なマグネタイトの塊であることは説明した通りよ」

「うん、だから人間を悪魔は襲うんだよね」

「私はそんな風になってほしくなかった。 ただ愚民化されてる人達に、少しでも楽しいと思って欲しかったの。 それなのに」

人から悪魔になった存在に、多くの人が殺されるのを見て、衝撃を受けた。

悪魔になってしまったのは、心優しかった男性だったという。色々な知的なことに興味を示して、本を熱心に読んでいたのだとか。

本は悪ではないだろう。

本が悪だったら、司祭達が大事に持っているバイブルだって悪の筈だ。

それにラグジュアリーズだって本を普通に読んでいるという。イザボーだって漫画というのを読んでいた。

だからこそ分からない。

ラグジュアリーズが悪魔化したなんて話聞いたこともないし、そもそもそういう本を読む行動そのものが差し止められている筈だ。

何かしらの条件があるのか。

悪魔に「なる」「ならない」の。

バロウズが的確なアドバイスをしてくれる。とても頼りになる。

「夜魔リリスが来ているとなると、恐らくサムライ衆の総力を挙げても撃破は困難を極める筈よ。 すぐにサムライ衆に知らせた方が良いわ」

「あんたの母ちゃん、殺す事になるかも知れない。 いいよね」

「……お母様は力が全てなの。 私もお母様が人間のように産んだのではなくて、作り出した一人。 お母様は役に立たないと判断すると、姉妹達を容赦なく殺してしまうの。 私も従順だったから殺されなかっただけ。 それに、力のない人間はどうなってもいいって思っているのは、今回の事でよく分かったわ。 もうついていけない……」

「そう。 契約した以上、嘘をついていないって信じるよ。 全速力で城に戻る。 とにかく、これはまずい。 なんの条件でかはわからないけれど……サバトが行われた場所全部が、地獄絵図になりかねないよ」

僕はガントレットに引っ込むように「末の子」に指示。

今後は末っ子で良いかと聞くと、頷かれていた。

ともかく、今は証言をしてもらう必要がある。

とんとんと軽く跳躍すると、僕は全力で加速。

とんぼちゃんを担ぐと。

城へ走る。

この国のためなんかじゃない。

生きている人達みんなのためだ。

愚民化とか言われていた。事実そうなのかもしれない。何も考えないように、決まった仕事だけさせる。それは僕だって、周りを見てそう感じていたし。司祭達の行動を見て、そうではないかとも思っていた。

だが、だからといって皆殺しにしていいとか。

殺してやるのが慈悲だとかいうのは、絶対に間違っている。

まじめにいきている人が一番偉い。僕はこうしてサムライになった後も、それは思っている。

僕はサムライになるために、最大限の努力をした。でも、同じようにしてサムライになれなかった人だってたくさんいるんだ。

農家の人達が真面目に頑張って、漁師町の人達が頑張って、それでみんなご飯を食べる事ができる。

牧畜をやっている人だって、服を編んでいる人だって、それは全て同じなんだ。

そういう事をしている人が、遊び歩いている人より下だなんて言えるか。

ましてや人を騙して回っているような奴が、そういう人を見下す権利なんて、世界の隅まで行っても存在なんてするものか。

体力消耗ありでかまわない。

いつも以上に速度を上げる。

衝突事故だけは避けなければならないから、それは気を付けるが。どうも更に体が強くなっているらしい。

途中、馬車を追い越す。

あの馬車の様子からして、多分ラグジュアリーズだろう。御者に軽く手を上げて一礼して行く。

僕が隊服を着ていたから、御者も驚くだけだった。

そうでなければ悪魔と勘違いされていたかも知れない。

「マスター、馬の全速疾走より速度が出ているわ」

「それが何」

「気を付けてね。 ぶつかると危ないわよ」

「ありがと」

ぽんととんで、途中にある小川を飛び越す。

前にそんなことをやった時は、希望に満ちていたっけ。

今は、焦りに満ちていた。

 

お城に戻ると、ホープ隊長の場所を先輩に聞く。丁度ヨナタンも戻って来たらしくて、すっ飛んできた僕を見て、なにかあったと悟ったようだ。

急ぎ足でヨナタンと行く。

「何かあったんだね」

「悪魔を捕まえたんだよ。 凄い情報を聞かされて。 麓全域が危ないかも知れないんだ」

「悪魔を!」

「うん。 とにかく隊長に話さないと!」

会議を行っている部屋に急ぐ。見張りをしていた衛士は拒めず、それらを束ねていた先輩のサムライが立ちふさがるが。

ヨナタンが最重要情報で、一刻を争うと話してくれた。

僕を信じてくれていると言う事だ。

一緒に組み始めてから。そんなに長くないのに。

本当に良い奴なんだな。

だけど、だからちょっと心配だ。悪意に飲まれておかしくならないといいのだけれど。

しばし困惑していたようだが、くだらない報告だったら減俸ものだぞと釘を刺して、通してくれる。

多分サバトの情報について会議していたのだろう。

会議室に急いではいると、腕組みして話を聞いていたホープ隊長が、じろりとこっちを見てきた。

ヨナタンが、サムライ衆のお偉いさんの視線にも怯まずに叫ぶ。

「ご注進っ!」

「危急のことか」

「はいっ! 極めて危険度が高い情報をフリンが掴んで参りました!」

「何っ! 分かった、話してみろ」

ヨナタンに礼を言うと、僕は前に出て、リリム「末っ子」を召喚する。

どよめきが上がる。リリムについては、他にも目撃例があるのかも知れない。

僕だと上手く説明が出来ないかもしれないので、バロウズが説明を丁寧にしてくれる。それが説得力につながる。

バロウズは装着者を支援してくれる、「作られた心」「作られた頭脳」「作られた魂」であるらしいのだ。

つまり、嘘なんかつかないのである。

「夜魔リリスが主体になって、本を配っているだと……!」

「はい。 条件は分かりませんが、本を読んだ人の一部が、悪魔にそのままなってしまうようです」

「それが本当であれば大事だが……」

「そのリリムに騙されているということはあるまいな」

先輩達が口々に言うが、多分違う。

俯いているリリムを見て、ホープ隊長が言う。

「いや、今までサバトの情報を探って今集約していた所だが、決定打がなかった。 サバトというのが本を読むだけの会である事は此方でも把握していたし、麓全域に拡がっている事も分かっていた。 だが、まさか本を読んでいた人間の一部が悪魔になるだと……! 由々しき事態だ」

「そんな話は聞いたことが」

「いや、わしはあるぞ」

古参のサムライが言う。

古参のサムライによると、学者なみの知識を持っているカジュアリティーズの賢者がいたらしいのだ。

知識欲が強くて、司祭と話してバイブルについての話を細かく聞き。お金をためて貴族街に出向いて、ラグジュアリーズ向けの本を読んで回っていた、とても向上心が強い人だったという。

その人が突如悪魔になった。

目撃者が数名いたそうである。

似た話だ。

そう僕は思う。

いずれにしても、真面目に勉強する人が悪魔になるなんて。ますます人間の尊厳を踏みにじっているとしか思えない。

「そこのリリム。 具体的にどうして悪魔が生じるのかは、聞かされていないか」

「分かりません。 ただお姉様は……元々無垢な状態に作られた人に知識を無理矢理たくさん詰め込むことで、悪魔の媒介に丁度良くなるっていっていました。 お母様がアティルト界への道を既に開いたとも」

「アティルト界への道か。 悪魔達から聞いているが、悪魔達が現在主に住んでいる精神の世界であったな」

「……」

ホープ隊長はしばし考え込んでから、顔を上げた。

警戒態勢を一段階上げると。

それを聞くと、サムライの中に反発が上がった。

「ホープ隊長、まだサムライになったばかりの若造の話を真に受けるのですか」

「しかもこやつはカジュアリティーズ! まともな思考力など期待できませぬ」

「黙れ。 私もカジュアリティーズだ。 私には知能がないとでもいうつもりか」

ラグジュアリーズ出身らしいサムライ達が、明らかに僕への敵意を持ちながらも黙る。

ナバールの家の事を思い出す。

権力を得る箔付けのためにサムライになった。

そういう家はナバールの所だけではなく、他にも幾つもある。そういうことなのだろう。

思わず苛立ちが募る。

多くの人が命の危険にさらされているのに。

カジュアリティーズへの生理的な反発からだけで、迅速な作戦の足を引っ張ろうという人間の愚かさ。

これは、ワルターがラグジュアリーズは嫌いだとぼやくのも、納得が行った。

「先の会議によると、今サバトがもっとも盛んに行われているのはどこであったか」

「幾つかありましたが、キチジョージ村がかなり熱心にサバトをやっているようです」

「!」

「よし。 先遣隊として、第一分隊を出せ。 他に四つの分隊と、私が出る」

第一分隊は、ホープ隊長の部隊だ。この間の悪魔出現騒ぎでも、たちまちに悪魔を倒し尽くした精鋭である、

それよりも、キチジョージ村。

それを聞いて、僕は頭が真っ白になりかけたが。分隊の中に第十六が存在しているのを聞いて、それで気を引き締める。

僕達も向かえ、ということだ。

会議を切り上げると、即座にホープ隊長はサムライの最精鋭とともに、白いなんだかよく分からない悪魔らしい馬に跨がって、即座に出る。

ヨナタンがワルターとイザボーを読んできてくれた。

僕はその間に水を飲んで、トイレに行き。軽く食事もしておく。

ワルターとイザボーと、ヨナタンと合流。

ワルターも既に表情を引き締めていた。

「大変な事になりやがったな」

「他の村でもサバトが行われていたらしいから。 でも……」

「ああ、お前の故郷なんだろ」

「何ですって!」

イザボーが、話している場合ではないと言って、即座にペガサスを呼び出す。

ワルターもべとべとさんを。

ヨナタンも移動用の悪魔を用意しているようで、立派な黒馬だった。黒馬の正体を聞いている暇はない。

「フリン、僕の馬に」

「いや、走る。 体力を消耗しない程度の速度に抑えたいから、むしろそっちで僕を先導して」

「分かった!」

続々とサムライの分隊が出ていく。

既に夕方になっていて。それで見えてしまった。

赤く燃える空。

何が起こっているかは分からない。

ただ、あの方向はキチジョージ村だ。

ぐっと奥歯を噛む。

分かっていたことなのに。此処に戻る途中、覚悟していたのに。

とにかく今は、先行している第一分隊に一刻も早く追いついて。少しでも悲劇を緩和するしかなかった。

 

2、黒い服の女

 

キチジョージ村の森が燃えている。

そして暴れ狂っているのは間違いなく悪魔だ。その巨大な人型の悪魔を、跳躍したホープ隊長が、真っ二つに断ち割っていた。

水を出す悪魔が数体、森の消火に当たっている。

悪魔は数が多く、それらに対して、第一分隊以外は防戦一方のようだった。

「第十六分隊、現着っ!」

「よし、森の近くは我等でどうにかする! 村全域が燃えている状態だ! 一人でも救助して回るぞ!」

「僕に土地勘があります!」

「分かった、先行しろ! 奈落の中層なみの悪魔がいる! 気を付けろ!」

ホープ隊長の懐刀をしているサムライに指示を受けて、それで有り難い指示を貰った。

とんぼちゃんを振るう。

バロウズが、アドバイスしてくれる。

「マスター。 此処はまずいわ。 アティルト界とつながっていて、完全に魔界化してしまっているわ。 死んだ人間や家畜のマグネタイトを利用して、次々に悪魔が実体化しているわよ」

「どうやら出し惜しみはしていられないようね」

「そのようだ。 出ろ!」

皆が悪魔を呼び出す。

僕も続けて悪魔を呼び出していた。

イザボーは腕力に優れた悪魔を数体。特に巨大な赤い肌を持った大男の悪魔は、頭に角が生えていて大迫力だ。

妖鬼オニだという。

あれがオニか。僕はあれと同じに扱われていたのだと思うと、ちょっと複雑な気分である。

ヨナタンは背中に翼がある武装した悪魔を数体召喚していた。

いずれもが天使のようだ。

天使。

バイブルに記述がある光の国の尖兵か。

一方ワルターが出現させたのはどれもこれも雑多で、下半身が蛇になっている男や、いかにも獰猛そうな獣だ。

僕が魔術支援を行う、どちらかというと弱々しそうな悪魔ばかりを呼ぶのを見て、ワルターが驚く。

「お前の悪魔にしてはなよっとしているな」

「魔術を教えて貰ったんだけれど、特に攻撃系の魔術は僕に相性が悪いみたいだからね。 だから魔術は悪魔に任せる」

「よし、先導してくれ。 全力で左右と背後を守る」

「ありがとうヨナタン! 行くよ!」

辺りの空気がヤバイが、それでもとにかく行く。

末の子は出さない。

いきなりこの状況で、信頼性がない悪魔を出すほど、僕は大胆じゃない。森を突っ切る途中で、子供に襲いかかろうとしている巨大な蛇を見つけた。

僕が連れている悪魔よりも先に天使が躍りかかって、槍で串刺しに。

それでも動いていた蛇を。僕がとんぼちゃんで頭を粉砕して、粉々に打ち砕いていた。

知っている子だ。

わっと僕に飛びついてくる。

「キキーモラ!」

「あいよ」

ヨナタンが呼び出したのは、使用人みたいな格好をした悪魔だ。顔がちょっと鳥みたいになっている。

ヨナタンの指示で、子供をキキーモラが連れて行く。

悪魔に追い回されている男。誰だあいつ。

即座に天使達が、悪魔を貫くが。その男が、いきなり巨大な悪魔に変じて、ヨナタンの天使にかぶりつくと、左右に引きちぎってしまった。

「アークエンジェル!」

「知らない奴は全部悪魔が化けていると見て良さそうだね……」

「くそ、あの鎧の天使、結構強いのにな!」

巨大な口をちいさな手足が支えているという雰囲気のその悪魔が吠え猛る。周囲の悪魔が集まってくる。

僕は深呼吸をすると、「入る」。

集中すると、戦士としての深い領域に到達出来る。

この状態をサムライの間では色々呼んでいるらしいが。僕は単に入るとだけ称する。

後は、ひたすら暴れ狂うだけだ。

でかい奴は右に左にヨナタンとワルターの悪魔を薙ぎ払ったが、その隙に接近した僕が、頭を全力でのとんぼちゃんで粉々に打ち砕いていた。そうなると、すぐにマグネタイトになって消えてしまう。

次。

襲いかかってくる悪魔の中に、僕の知っているおじさんの頭巾を被ったのがいる。多分悪魔化してしまったのだ。

全身が筋肉化していて、おなかの辺りまで口が縦に裂けている。それでも、知っている人間の慣れの果てだと分かってしまう。

「フリン……お前……なのか……」

「ジョシュアおじさん!」

「もう制御が効かない……子供達逃がした……それで精一杯……こ、殺して……」

「……分かった」

横殴りの一撃で、頭を一瞬で粉砕する。

それでももがいているが、僕の悪魔達が火焔魔術を立て続けに叩きこんで、とどめを刺していた。

次。

飛びかかってきた蜘蛛みたいな悪魔。しかも逆さになった赤ん坊が体になっている。そいつの飛びかかりを紙一重で受け流しつつ、そのままフルスイングでとんぼちゃんを叩き込んでやる。

粉々に打ち砕く。

その悪魔が喰らったのか、元はそうだったのか。

ともかく、知っている子の服の切れ端をつけていた。

冷静になれ。

怒りを武にして、悪魔にぶつけろ。

左右後方を、みんなが守ってくれている。僕の悪魔達も、後を考えずに魔術を放って支援してくれている。

どの家も燃えている。

僕の家も。

けらけら笑っているのは、吃驚するほど巨大な悪魔だ。体が蛇で、頭だけが人間の女である。

それが、嘘みたいな遠近感で襲いかかってくる。

森の方で、悪魔の拡散と生存者の保護で、他のサムライ衆は必死の筈。とても手助けになんて来られないだろう。

女の顔が迫ってくるのを、ヨナタンの天使と、イザボーのオニが、総掛かりで防ぐが。文字通り蹴散らされていた。

とんでもない力だ。

ヨナタンとイザボーが、悪魔に習ったらしい魔術を放つが、それでも効いているようには見えない。

だが、その隙に脇に回ったワルターが、悪魔の耳に槍を突っ込む。

それも五月蠅そうに払うと、蛇女は尻尾を振るって、辺りを。

村を丸ごと薙ぎ払って来る。

「カカカー! 此処をあたくしの領土にするのさ! それからどんどん領土を拡げて、この辺りの人間全部食い尽くしてやる!」

「そ」

びっくりするほど、僕も冷たい声が出ていた。

女悪魔が、こめかみを砕かれて、一瞬何が起きたか分からなかっただろう。

こいつには、加減をする気はない。

此奴の歯に、たくさんの人間の肉がこびりついているのを見た。

だから、容赦なんかしない。

薙ぎ払いに来た尻尾を皆の悪魔が総出で止めて。それで、悪魔が痛烈な一撃に悲鳴を上げながらのけぞる。

僕の得意分野は槍、体術、そして剣。

槍の武技というのは、一に突き、二に叩き、そして払う。

一の突き、迅雷。

とんぼちゃんの破壊力を乗せた、渾身速度の突きだ。

人間には使うな。

これを見た時、教えてくれた引退サムライは言った。

人間に使うと、跡形も残らないと。

流石に巨大な女悪魔だ。

それでも死なない。だが、今の打撃、頭蓋骨まで通った。

反撃だとばかりに、ヨナタンとイザボー、ワルターも揃って攻撃魔術を叩き込む。巨体に次々に着弾するが。それでも蛇は体をうねらせ。女の顔が爆ぜ割れて、徐々に蛇そのものになっていく。

かあっと口を開けて、襲いかかってくる。

僕は前に出る。僕を明らかに狙っている蛇。

だが、蛇の悪魔となったということは。

蛇の性質に引きずられる。

これはバロウズに聞いている。

動物を模した悪魔は、動物の性質にどうしても引きずられるのだと。

至近まで蛇の攻撃を引きつけつつ、噛みつきから横殴りの払いに移行した蛇の猛攻を、最初は回避し、次弾はとんぼちゃんを盾にしつつ、受け流す。それでも吹っ飛ばされるが。跳ばされた先は毎日耕していた畑だ。即座に起き上がる。勿論酷く痛いが、動けなくなるほどでもない。

凄まじい叫びとともに、蛇が襲いかかってくる。

多数の魔術を浴びているのに、全然動じている様子がない。

だが、僕は立ち上がると、即座にとんぼちゃんを畑に突き刺して跳躍。畑に蛇が突っ込み、激しく土をはじけ飛ばせる。

これ耕すのに、どれだけの年月がかかり。

みんなが苦労してきたと思っている。

それを後から来て、成果だけむしっていく奴なんぞ、ほんの僅かでも偉いものか。

中空で僕は悪魔を呼び出す。大きな鳥の悪魔だが。その悪魔と足をあわせて、地面に僕を蹴り出す。

襲いかかった僕が、第二の技。

二の突き、驟雨を叩き込む。

これは第一の突きと違い、多段に特化した突きだ。

蛇の首から背中に掛けてを乱打する驟雨。

ぎゃっと、蛇が凄まじい悲鳴を上げて。僕を振り払おうとするが。一瞬早く飛び退く。

そろそろだな。

「みんな、力で此奴を押さえつけて」

「分かりましたわ!」

「このままではじり貧だ、やってやる!」

「おのれ! 何故だ、力が出ぬ!」

喚く蛇の悪魔。

当たり前だ。蛇という動物は、瞬発力に全力を投じている生物だ。持久力は驚くほどない。

こいつが女の頭のままだったら、苦戦したかも知れない。

だけれども、此奴はより力を求めて、全身を蛇にした。その時点で、蛇という生物の特徴である、速度は出ても体力はないという宿痾に掴まれたのだ。

如何に悪魔だろうが。

自然の動物を模した時点で、その動物に引きずられる。

悪魔がどれくらいの昔からいる生物かは分からない。

だが、動物たちは。

おそらく悪魔なんかよりずっと古くからいて。決まった戦略のもと、自然の世界で生きている。

どっちが優れていて、どっちがより修羅場を潜ってきたかなんていうまでもない。

だから悪魔は動物の姿を借りるし。

その力にも引きずられるのだ。

喚く蛇に、僕は渾身の力を込めて、突貫。

まずいと判断したのか、蛇は形態を変えようとしたようだが、遅い。

ごめんね。

畑を大事にしていた、おじさん。さっき死んでしまったジョシュアおじさんに、僕は謝りながら。総力を挙げて、槍の奥義を叩き込む。

三の突き、穿孔。

一撃の破壊力と多段突きをあわせ、一箇所を抉り抜く。

そうすることで、致命傷を与えるのだ。

蛇の体に大穴が開く。

凄まじい断末魔を上げながら、巨体が横倒しになる。

膨大なマグネタイト。そして、消えていく奴の腹の中から、人間だっただろう肉塊が、山のように出てくる。

その中には、見覚えのある。

母ちゃんの手と。父ちゃんの髪の毛の一部があった。

「フリン、すまない。 焼かせて貰うよ」

ヨナタンが指示を出して、肉塊を即座に焼却する。分かっている。そのままにすると、悪魔がマグネタイトを用いてまた実体化する。

僕が連れているピクシーが、全力を振り絞って回復の魔術を掛けてくれる。ヨナタンの天使も同じ事をしてくれる。

マグネタイトもガントレットが吸収。

だけれども、周囲の気配は消えない。

むしろ、どすんと、一気に重くなっていた。

びりびりと来るこの気配。

僕が感じた威圧の中でも最大級のものだ。

武術を覚えようと思った時、先代のサムライ衆の長に鍛錬をつけて貰ったとき以上の凄まじい代物。

悪魔達が明らかに怯えている。

それくらいの凄まじさだ。

「実体化したてでマグネタイトも足りなかった、その上伝承も残っていない異邦の地の出現とはいえ、あのエキドナを倒すとはなかなか大したものねえ」

妖艶な声。

姿を見せたのは、黒い服……いや服なのか。よく分からないが、全身真っ黒の何かに身を包み。

顔さえも黒い兜……だろうか。

よく分からないが、それに身を包んでいる女だ。

イザボーもかなり女らしい(僕との比較)体をしているが、こいつは。

体つきといい声といい、異様な妖艶さで、むせそうである。

何となく、サムライのように感じる。

黒い女サムライとでもいうべきか。

「あんたがリリス?」

「あら、面白い事をいうのね。 どうしてそう思ったのかしら?」

「この出来事を起こしたのはお前だ。 それはすぐに分かった。 さっきのでっかい蛇なんか問題にならない気配。 そんな奴が、わざわざ人間のフリをしてる。 それ以外の可能性なんてない」

「ふふ、可愛いものね。 ちなみに私の人としての名前はユリコよ。 ……貴方は女という以前に戦士なのね。 それも脳筋ってこともなくてクレバーに頭もちゃんと回る。 原始的な快楽に縛られる事を人間らしいと勘違いしているアホが多いのが自称万物の霊長人間なのに。 男に都合がいい女になることを否とした私とは、少し気があいそうだわ」

お前が、それを、僕に言うか。

僕が即座に叩きこんだ渾身の突きを、女は指一本で止めてみせる。

女の後方の地面が、ドカンと吹っ飛んでいた。

くそ。

これほどに力の差があるのか。

今のは、僕の正真正銘、全てを叩き込んだ技だった。それを棒立ちのまま、体の制御だけで破壊力を足から後方の地面へと伝えたのだ。

間違いない、こいつはリリスかどうかはともかくとして。

高位の悪魔だ。

今の僕では、とても勝ち目なんかない相手だ。

それでも僕は引くわけにはいかない。

つづけて払いに行く。

とにかく、一本調子の攻撃は避けろ。誰にもそれは言われている。僕の払い技は、剣術の要素も取り込んでいる。

今の一撃を軽く流されたからって、諦める訳には。

だが、次の瞬間。

女が無粋と言い。

とんぼちゃんが、木っ端みじんに打ち砕かれていた。

何をされたかさえ見えなかった。

払い技に移行できず、地面に落ちる僕。立ち上がる。とんぼちゃんを失っても、僕にはまだ徒手空拳が。

だが、女は僕を、面白そうに腰をかがめて見ていた。

黒い兜の奥に、冷酷そうな目が確かにあった。

「面白いわ貴方。 強くなれば出現したてのエキドナなんかの比じゃない、じっくり力を蓄えて大量のマグネタイトを得ている高位の悪魔とやりあえるかもね」

「……っ」

「其処の三人も見込みありよ。 いいわ、今日は帰ってあげる。 もしも私と戦うつもりなら、奈落を越えて地下にきなさい。 地下にあるケガレビトの里……そこで待っているわ」

辺りに、大量の人影。

分かる、全てがリリムだ。十や二十じゃない。

「ただ、このまま帰るのも芸がないわね。 貴方たち、エサよ。 面白い子達、せめてこのくらいの試練は乗り切ってみせなさい。 ふふふ」

「……っ!」

「凄まじい数だ」

「疲弊しきっているのに!」

僕は立ち上がる。

とんぼちゃんの破片を一瞥。ありがとうとんぼちゃん。絶対に仇は取るからね。そう呟く。

あの女はもういない。

それだけで、どれだけ気が楽か分からない。

それにだ。

あのエキドナと呼ばれていた巨大な悪魔を撃ち倒したことで、力が満ちている。今ならやれそうだ。

無手で構える僕を見て、リリム達がケラケラ笑う。黒い髪の、美しい女だが。末の子とは、まるで違う。

こっちをエサとしか見ていないのが丸わかりである。

笑っているその顔面に、出会い頭に拳を叩き込む。

顔が爆ぜ割れ、消し飛ぶリリムを見て、他のが動揺する中。

好機とみたのだろう。

態勢を立て直した皆が、一斉にリリム達に襲いかかっていた。

 

奥でイサカルを見つけた。イサカルは全身ぼろぼろで、もう武芸も出来そうにないし、畑仕事も出来そうになかった。

ヨナタンが肩を貸す。イサカルは、涙を流していた。

「何もできなかった。 これからも何もできない」

「回復の魔術を使う。 だから、諦めるな」

「……俺が逃がした子供達、無事かな。 サバトに参加してたんだ。 サバトに毎日人が集まってて、それで俺も参加してたんだけど。 フリンの両親に言われたんだ。 何だか様子がおかしいって。 俺も、サムライになれなくて、どうにかしたいって焦ってた。 だから焦ってて。 でも……焦らなくていいって言って貰って、目が覚めたんだ」

サバトに行くのを止めた。

でも、サバトで悲鳴が上がって。

それで、悪魔がたくさん出てきて。後は地獄だった。そうイサカルは言う。

悪魔から子供を守るだけで精一杯。悪魔には一発でやられてしまった。悪魔がイサカルを殺さなかったのは、後で食べれば良いと思っているのが一目で分かった。そうイサカルは泣く。

泣いていい。

男は泣いてはいけないなんて言葉はあるらしいが、泣いていいんだ。

森にまで戻る。

途中で、彼方此方に隠れていた村の人を、何人か助けられた。でも、僕の両親も、近所のおじさんも。他にもたくさんたくさん死んだ。

イサカルを見て、すぐにホープ隊長が動く。

凄い翼を持つ天使をガントレットから呼び出すと、惜しみなく回復の魔術を使ってくれる。

それで僕は力が抜けた。

へたり込んでしまう。

「凄まじい気配が二度出現したな」

「はい。 フリンがそんな状態なので、僕が報告をします」

「分かった。 手短に聞かせてくれ」

ピクシーと、ワルターの悪魔数体が回復を掛けてくれるが、ちょっとこれはすぐには立ち直れないかも知れない。

でも、立ち直らないと。

ぐっと歯を噛む。

ワルターはどう声を掛けていいのか分からないようだった。イザボーは泣いてくれている。

僕の代わりに泣いてくれているのかも知れない。

「ケガレビトの里か……」

「確かにそう言っていました。 しかしあの武術、もはや人間の歯が立つ領域ではないように思えます」

「そうだな。 気配からしても、私と第一分隊で総力を挙げてもかなわなかっただろう」

応急手当が終わったらしい。

生き残ったキチジョージ村の皆を、森から離れさせるホープ隊長。僕は馬に乗せて貰う。他のサムライが厳しい視線を向けてくるが、あの巨大な悪魔を倒した一番槍だと鋭く叱責すると、不満を隠しながらも黙っていた。

子供達はある程度生き残っている。

だけれども、弟分も妹分も、かなりいなくなっていた。

涙は出てこない。

父ちゃんと母ちゃんの仇は討つことが出来たからだろうか。

安全圏まで出向くと、司祭が何人か来ていた。また、サムライ衆の増援もだ。

「キチジョージ村は魔界になってしまっているわ。 もう人が住むのは、当面は不可能でしょうね」

「分かった。 これから俺……私は司祭達と協議して、生き残りの民が新しく暮らす場所を見繕う。 負傷者にも最大限の保証を約束する。 今回の戦闘で矢面にたった部隊には後で報償も出す。 解散。 城に戻って休むように」

「はっ!」

そのまま解散となった。

僕は、流石に走って城に戻る気にはなれなかった。

助けられた人もたくさんいる。

それでも、皆は助けられなかった。

父ちゃんと母ちゃんもそうだ。

「フリン、後ろに乗って。 隊舎まで送りますわ」

「うん。 ごめん」

「いいのですのよ。 ちょ、苦しい苦しい! いたいいたいいたい! し、死にますわ!」

「ごめん」

イザボーにしがみついたら、ちょっと力が強すぎたみたいだ。

苦笑いすると、力を加減し直す。

こりゃ、もし誰かと結婚しても、そいつが抱き潰されそうだな。ワルターがそんな事をぼやいているのが聞こえた。

ヨナタンが強めに咳払いしたが、僕はいいよと答えておく。

今は軽口でも叩いて貰った方が気が楽だ。

イサカルは怪我をかなり治して貰ったようだが、其処から復帰できるのだろうか。

僕にはなんともいえない。

ただはっきりしているのは。

今は立ち直り。

皆の仇と。

とんぼちゃんの仇を討ち。

そして、あの黒いサムライだかなんだか。恐らくリリスだろう奴を、倒さなければならないという事実だった。

 

3、闇の中に萌芽を

 

東京。

ハンター協会から指示が出て、自分で身を守れないもの、子供、老人などは集まるようにと正式に司令が出た。

志村は人外ハンターとともに、各地の街を回る。

分かっている。

阿修羅会は人外ハンターとあまり関係が良くないが、それでも阿修羅会の面子の大半は戦闘の素人だ。

戦闘経験は今の時代、誰でも積んでいる。生き残っている人間はみんなそうだ。

それでも阿修羅会のチンピラと人外ハンターでは戦力に雲泥の差がある。

連中が偉そうにしていられるのは、必殺の霊的国防兵器と呼ばれる強力な悪魔達を何かの間違いで従えてしまった事。

それだけが理由なのだ。

一応その必殺の霊的国防兵器を活用して従えた悪魔も相応にいるらしいのだが。

それでも戦士としては素人。

所詮は元反社のチンピラである。

今出向いているのは錦糸町だ。

人外ハンターの長であるフジワラの指示で、特に見習いの段階にある人外ハンターは全員集めるようにと言われている。

実際問題、現場の人外ハンター達は見習いを庇う余裕がない。このため見習いの人外ハンターを庇って命を落としてしまったり。見習いが盾にされてしまう悪辣なケースもある。

これは引退寸前の人外ハンターも同じ。

そういう人物を集めて回るように、志村は指示を受けていた。

勿論同様の指示を受けている者も多い。

そして阿修羅会は、「使えない人間」を各地で引き取って回っており、その中には育てられない子供もいる。

これらの阿修羅会に連れて行かれた人間が一人も戻ってこないのは誰もが知っている事実であり。

それがどういう運命を辿るのかは、志村も知っているが。

それでも、阿修羅会に役立たずを引き渡してしまう。それが今の東京の人達の荒みきった心を示していると言えるだろう。それに現実的な問題として、最低限の生活のための物資すら足りない。だから何をされるかうすうす分かっていて、阿修羅会に人を引き渡す集落はどうしても出てしまうのだ。

錦糸町にもある程度のコロニーがあって、人が必死に身を寄せ合ってくらしている。此処には志村の数少ない同期がいる。

ベテランの、優秀な人外ハンターだ。

今回はあの時助けてくれた「秀」という、寡黙な女戦士が同行してくれている。それだけで、どれほど心強いか分からない。

事実数度の悪魔との交戦でも、まるで寄せ付けていない。

弾だって無限ではない中、雑魚悪魔をまるで寄せ付けない実力は本当に頼りになる。

今も、普段だったら撤退を覚悟しなければならない堕天使の群れを、さくさくと斬り伏せてくれていた。

「ま、待て、仲魔になる! 仲魔になるから許してくれ!」

「……」

顎をしゃくられたので志村が出る。

怯えきっているのはコウノトリのような姿をした堕天使シャックス。分霊体であり、数体同時に現れていたが、秀の敵にもならなかった。

地獄でずっと活動していたとかいう話がどこまで本当かは分からないが。

噂に聞く魔界でも余裕で通じる実力のように思える。

ともかく悪魔召喚プログラムを起動する。シャックスは完全に青ざめていたが、それでも志村を甘く見ているのだろう。それなりにふっかけてくるが。

秀が必要なら即座に斬る態勢を崩していないので、しぶしぶ途中で交渉を受け入れていた。

シャックスは嘘つきな事が知られる、かのソロモン王が従えていたいわゆるソロモン72柱の一柱。相手の知覚を奪ったり、金品を金持ちから奪ってくるなど、なんとも言い難い悪魔と言うよりも泥棒みたいな性質を持った堕天使である。

ソロモン72柱の悪魔にはこういう後年のキリスト教の悪魔とはイメージが違う存在が多く、この時代には悪魔はそれほど邪悪でどうしようもない理解不可能な存在とは考えられていなかった事が分かるのだが。

それはそれとして、今は現実的な脅威である。

いずれにしても手持ちにすると堕天使は相応の戦力になる。シャックスはどちらかというと下級の方だが、それでも生半可な悪魔より強い。

それなりに金を持って行かれたが、まあいい。それ以上の価値はある。

錦糸町へ急ぐ。

数名の人外ハンターと一緒だが、装備が皆刷新されている。

新しい本部であるシェルターの地下で、地獄を名乗るあの老人が、一本ダタラとともにどんどん壊れた武器やらを修復してくれているのだ。

阿修羅会がどこからか仕入れてくる武器に依存している人外ハンターも多かった中。

ついに弾丸やらを自給自足できるようになった上。

各地にあった在日米軍や自衛隊の駐屯地を制圧する計画も持ち上がってきている今。

急激に人外ハンターの装備は改善されている。

阿修羅会はそれに伴って警戒を強めているようだが。

あの銀髪の娘に憑いている存在は掴めていないようだ。まあそれもそうだろう。ほぼ姿を見せていないのだから。

なんだかとんでも無い奴が人外ハンターの指揮を執り始めた。

急速に組織化されている。

そんな風な話を阿修羅会がしているらしく。情報に賞金まで掛けているようだが。

今までだれも本気で阿修羅会に好意を持っていたわけではない。

落ち目になりはじめたことを悟って、袂から離れる者も出始めているようだ。

錦糸町に到着。

この辺りにある錦糸町公園の地下通路からコロニーに向かう。勿論地上は悪魔まみれなので、全て片付けて行く。

前みたいな信頼出来る人外ハンターの精鋭部隊ではなく、今回は連れているのはまだ若干経験が浅い人員だが。

広範囲に活動している危険度が高い悪魔数体を、あの博麗霊夢という巫女服の女と秀、それにマーメイドの三人が立て続けに屠った事もあり。多少は人外ハンターに余裕が出ている状態だ。

地下通路までの安全確認良し。

ハンドサインを出して、周囲の警戒と、内部に入る人員を分ける。

内部に入ると、入口を固めていたニッカリと会う。

このニッカリが同士だ。

大戦の時は、どっちも新米だった。

志村の方は仕官候補で、ニッカリはたたき上げの兵士だったが、今ではそんなものは関係無い。

敬礼して、情報を交換する。

フジワラの指示で来た事を告げると、ニッカリは頷いて奥へ案内してくれる。

此処は歴戦の人外ハンターだった人間が数名いて、比較的安全度が高いコロニーなのだが。物資が足りず、特に食糧でいつも苦労している。

そのため阿修羅会が人を引き取りに来たことが何回かあったのだが。

それを全て断ったのが自慢だという。

ニッカリ達の実力もあって、阿修羅会も強くは出られなかったそうだ。

事前に伝令は出して話は通してある。

ベテランの人外ハンター達も交えて軽く話をする。

「国会議事堂近くのシェルターを奪回するだけではなく、あのアドラメレクを討ち取るとはな……」

「凄まじい使い手達だ。 しかもアドラメレクはもはや自力では転生すら出来ない程のダメージを受けて消滅したらしい」

「お前ほどのベテランが言う事だ。 信じざるを得ないな」

ニッカリは頷くと、奥に声を掛けた。

何もかも疑っているような目の男の子供。もう少ししたら、人外ハンター見習いとして活動し始める年頃だろう。

もう一人は、その子供と同じくらいの年齢か。活動的な格好をしている、利発そうな女の子だ。

「ナナシ、アサヒ、挨拶しろ。 俺が時々話している志村さんだ」

「うっす……」

「ちょっとナナシ。 アサヒです。 ナナシがすみません……」

「いや、良いんだ」

一番扱いが難しい年頃の子だ。

それにこの荒みきった東京で、まっすぐに育つ子なんていない。だから、荒れた子は幾らでも見て来た。

「話をしたとおり、志村さんの所に凄い使い手が来ていて、其処で修行をして貰う。 他にも、何名かの老人にも其方に移って貰う予定だ」

「口減らしかよ」

「おいナナシ」

「本当だろ。 阿修羅会が人間を悪魔のエサに加工してるって話があるらしいけど、俺たちを阿修羅会に差し出すつもりじゃねえだろうな」

ごつんとニッカリが拳を叩き込む。

志村の時代は体罰なんて厳禁だったなと、それを見て思い出すが、まあとめる事はしない。

ニッカリの事を認めているようで、ナナシはしぶしぶ黙る。

志村も咳払いすると、丁寧に話した。

「お前の不安ももっともだ。 正直に話すと、確かに錦糸町には物資が足りていない。 それも事実だ。 だが同時に、もの凄い人が来てくれて、国会議事堂側のシェルターを奪還できたのも事実なんだ」

「そんなにすげえ奴なのか」

「ああ。 ニッカリやおじさんでは手も足も出ない悪魔を、撃ち倒してくれた」

「!」

そんな人が、悪魔との戦いですぐに死ぬような環境ではなく、確実に前線に出られる強さにまで鍛えてくれる。

そういう話を聞くと、ナナシは身を乗り出していた。

「足手まといの老人とかガキ共とかはどうでもいいが、それ本当か」

「……お前も負傷したら即座に足手まといになる事は分かっているんだな?」

「確かにそうだけどよ」

「子供を足手まといといって捨てるような世界には未来はない。 お前達は、未来を作るんだ。 こんな地下にずっと閉じこもって、悪魔に怯えながら生きる。 それでいいのかお前」

ナナシは良くないと言う。

アサヒも、少し警戒しているようだが、頷いていた。

老人やまだ幼い子供についても、引き渡しは問題なし。妊婦もつれて行く。乳児用のミルクなんて普通手に入らない。

だがシェルターでは、地獄老人がどんどん色々直してくれていて、機械が動くようになってきている。

その中には、乳児用のミルクや、医薬品を生産するものもある。

あの老人は見かけも目つきも怖いし、なに考えているのかよく分からないが。今の時点では、シェルターの復旧をどんどんしてくれている。

少なくともこんな雑菌だらけの不衛生な地点に放置しておいたら、未来に英雄に育つだろう子供でも死ぬ。

一時期はやったような「健康志向」だの、免疫をつけるだのオーガニックだの。それらが寝言に過ぎなかったことは、バタバタ死んで行く子供を見ている志村が一番よく分かっている。

「分かった。 俺行くぜ」

「よし。 此処からは車を使って国会議事堂まで急ぐ。 何の襲撃があるか分からないから、気を付けろ。 お前達も出来るだけ身を守れよ」

「俺も行こうか」

「ニッカリは此処を頼む。 錦糸町も重要な人間の拠点なんだ」

ニッカリはそうかというと、ナナシとアサヒに片手を上げて見送った。

外では確保してあるライトバン(残念ながらもう動かない)の準備を終えている。老人や幼い子供は、それに乗って貰う。

ライトバンを動かすのは、悪魔だ。

志村が借り受けている、かなり強大な悪魔。

幽鬼デュラハンである。

首のない騎士の姿をしている恐ろしい存在だが、あの北欧神話の死神ワルキューレが零落した姿とも言われる。

西洋の妖精の一種であり、妖精として出現すればもう少し扱いやすくなるらしいのだが。

現在はフジワラが手持ちにしている悪魔の一体で、今回の護衛用に貸し出してくれたのである。

ちなみに抱えている首は、元がワルキューレであるからか、女性のものである。

デュラハンはこれまた首がない馬に跨がると、ライトバンを魔術的に馬に接続する。

それを物珍しそうに秀は見ていた。

そんな秀に、ナナシが話しかける。

「あんた人外ハンターか」

「ちょっとナナシ」

「いやかまわない。 人外ハンターとやらではないが、このデュラハンとやらが私が知っている朧車という妖怪に少し似ていてな」

秀が喋り返した。

志村と他のハンターが驚く中、ふーんとナナシは呟く。

移動開始。

志村が声を掛ける。

ニッカリと、此処の人外ハンターの面倒を見ているマスターが出て来ていて、手を振っていた。

ナナシとアサヒ、それにライトバンの中から子供達が手を振る。

やがて、公園を抜ける。

ガソリンもなく、エンジンも壊れたライトバンだが、こういうのは出来るだけ持ち帰れとあの地獄老人に言われている。

シェルターの側には既に壊れた十式戦車や歩兵戦闘車が数両並べられており、それも余裕が出来たら直して行くらしい。

在日米軍の基地には、大戦時に奮戦したM1エイブラムスもある筈で。それらも持ち帰れれば、かなりの戦力になりそうだ。

悪魔に破壊されたとは言え、M1エイブラムスは戦車砲を至近から喰らっても破壊されなかったという、世界最高の戦闘経験を積んだ堅牢極まりない最強の戦車だ。志村が知る撃破例も海外に提供されたモンキーモデルのもので、米軍の運用しているM1エイブラムスがまともな戦闘で撃破された例はない。

悪魔に対しても、戦車や歩兵戦闘車は有効だ。

下級の相手なら、重機関銃や戦車砲で充分に撃破出来る。大物は歴戦の人外ハンターでなければ斃せないが。

それでも面制圧を可能にするMBTがもしも運用できるようになれば、それは大きな力になる。

ナナシもアサヒも、見習いの人外ハンターとして鍛えられていただけあり、悪魔を怖れている様子はない。

また健脚で、悪路も苦労している様子はなかった。

「志村のおじさん、あの姉ちゃん凄く強いだろ。 俺あの姉ちゃんに稽古つけて欲しいな」

「ニッカリから話は聞いているが、かなり有望らしいな君は」

「おう。 悪魔なんか全部俺がやっつけてやるよ」

「勇ましくていい。 順番に力量にあわせた師匠を準備するってフジワラは言っている。 力をつけていけば、いずれはあの人が稽古をつけてくれるだろうな。 あの人は恐らく剣技でいえば今東京にいる人外ハンターでは最強だ。 もう少し基礎的な力を身に付けてから……」

すっと前に出た秀が手を横に。

即座に戦闘態勢。切り替える。

ライトバンの中にはいるようにナナシとアサヒに促し、全員で周囲を警戒。側に崩れたビル。

其処が良いだろう。

さっとハンドサインを出して、其方にライトバンをデュラハンに車庫入れしてもらう。ライトバンごとさらわれないように警戒しつつだ。

前から現れたのは、白いスーツを着込んだ男だ。明らかに目がカタギのものではない。人間を商品として見る目。腐りきった反社特有のドブ以下の目だ。

此奴は阿修羅会の下っ端。ただし此奴は、見た所悪魔使いか。

悪魔使いは侮れない。悪魔は自分より下の相手には従わない。条件付きで従う場合もあるのだが、全てがそうとは限らない。

「人外ハンターのみなさんよ。 うちのシノギを荒らされたら困るんですがね」

「シノギだと」

「言わなくてもわかるっしょ。 東京では使い路がない人間は、阿修羅会で有効活用させていただいているんすわ。 あんたらがうちらの商品を何処に連れてっているのか知らないすけどね。 それらはうちらのモノなんで、置いていって貰えませんかねえ」

パチンと白スーツが指を鳴らすと、其処には異形が出現していた。

二人の屈強な男が背中合わせに合体している巨大な悪魔。手にはそれぞれ武具を手にしており、背丈は四メートルはある。髪型は古い日本の古墳に出てくるような奴だ。武器もずっと古い時代のものにみえる。

日本妖怪系統の悪魔は厄介だ。なぜなら此処は日本なので、良く知られているからである。

知られている悪魔はそれだけ強くなる。あくまで悪魔は精神生命体だからである。

「俺の両面宿儺、強いッスよ。 この間も……」

「懐かしい相手だ。 さがっていろ」

秀が前に出る。

両面宿儺はなんの躊躇もなく進んでくる秀を見て、それで鼻白んだか。凄まじい雄叫びを上げる。

スマホの悪魔召喚プログラムで確認する限り、相当な高レベル悪魔だ。確かに分隊単位で行動している人外ハンターの前に自信満々で出てくるのも納得である。

白スーツは余裕綽々。

絶対勝てると判断しているのだろう。

だが、志村は最悪の場合は撤退の指示をハンドサインで出したが。

そこまで心配はしていなかった。

動く。

最初に仕掛けたのは両面宿儺。種族は邪神。文字通り、邪悪なる神々の事だ。

そもそも両面宿儺は飛騨の伝承に登場する邪神。正確に言うと、朝廷に反乱を起こした実在の人間が妖怪……或いは邪神として解釈された存在だろう。姿からして恐らくは双子か、二人組の反乱者だった可能性が高い。

その個性的な姿から知名度は高く、漫画などの題材になった事もある。

いずれにしても、速い。そして力強い。

振り下ろされる巨大な剣。腕も太く、生半可な人間が勝てる相手だとはとても思えない。

それが、凄まじい業剣が、残像を抉った。

立て続けに二撃目。四本ある足を加速させ、両面宿儺は旋回して更に剣撃を叩き込む。日本刀ではなく、もっと古い時代にあった剣。だが、破壊力は木刀でも大して鉄刀とは変わらないのだ。

ましてや悪魔が手にしている業物であれば。

続けての太刀も残像を抉る。

いや違う。

あれは残像じゃない。見切りだ。

「逃げてるだけじゃ勝てないッスよお?」

嘲る悪魔使い。

バカな奴。

志村にさえ、勝負は既に見えた。力量が違い過ぎる。想像以上だ。

三撃目。

立て続けに二本の腕から、横殴りの一撃を叩き込む両面宿儺。頭上からの一撃ではなく、角度とタイミングを変えての回避しづらい剣撃。四本腕と四本足の異形だから繰り出せる大技だが。それが届くことはなかった。

太刀に手を掛けた秀が動く。

踏み込みと同時に、斬り下げ、切り上げる。多分そうしたはずだ。志村には、二閃走ったようにしか見えなかった。

太刀を鞘に収める秀。

一太刀で、両面宿儺の腕が二本吹っ飛び、美しい太刀筋の剣撃が虚空に消えていた。

もう一太刀は、実は最初の一太刀より先に届いていた。

両面宿儺が真ん中から真っ二つに切り裂かれ。

そして、秀が冷たい目で見下ろしている中。

巨大ないにしえの邪神は、マグネタイトと化して消えていく。

悪魔使いは、自分の手持ちがやられたことを理解していない様子だった。理解した時には、既に秀が動いていた。

悪魔使いの白スーツの足下が消える。

秀の手には、やたら古めかしい銃があった。なんだあれ。火縄銃か。いずれにしてもどこから取りだしたのかも、なんであんな威力なのかも分からない。白スーツの男の膝から下の足が、二本とも吹っ飛んで。

遅れて銃撃の音がした。

倒れて、足を見て。

それではじめて、白スーツが悲鳴を上げて、絶叫していた。

「使い路がない人間はモノだとか言っていたな。 では今からお前はモノだ。 お前の理屈だ受け入れろ。 そのまま悪魔のエサにでもなるんだな」

「た、たすけ、助けて!」

「……それはこの者達に頼むんだな」

秀が何か札を切った。

悪魔召喚めいたことをやれることは知っていた。悪魔召喚プログラムを使っている様子はないから別系統の術なのだろうが。地獄帰りだというし、何ができてもおかしくない。

秀の周りに出現したのは、多数の妖怪……だろうか。

いずれもが、白スーツを睨んでいる。子供の様に背が低く、腹が膨らんだ半裸の姿。目がぎらついていて、体に幾つかの符が貼られている。

あれは幽鬼餓鬼か。

餓鬼。仏教思想の六道輪廻。その一つ。地獄に最も近い世界の住人。

生前罪を犯した人間が墜ちる場所、餓鬼道。地獄よりマシ程度の其処には様々な餓鬼がいるが。それらの大半は、食っても食っても餓えが満たされない。餓鬼は死者が転じる悪魔である幽鬼に分類されているが、そもそも餓鬼という分類ができる程多様で、東京には多数が見受けられる悪魔だ。

餓鬼が、白スーツに近付いて行く。

東京に餓鬼は幾らでも出る。だから志村も知っているが、ちょっと普段見るのとは様子が違う。

明らかに、白スーツを知っていて、怒りと敵意を向けているのが分かった。

「ひっ! 金なら出す! 俺は阿修羅会からそれなりに貰ってる! それ全部くれてやる! だから助けてくれよおっ!」

「お前達、其奴はお前達を助けたか」

「助けなかった」

「俺たちがどれだけ懇願しても笑いながら心底楽しそうに此奴とその仲間らは俺たちを殺した」

ぞくりとした。

この餓鬼達は。阿修羅会の犠牲者なのか。それをピンポイントで呼び出せるのか。

餓鬼達は血涙まで流している。それほどの凄まじい怒りと哀しみを抱き。仇を目の前にしているということだ。

餓鬼達は、顎を引き裂くほどに開くと、情けなく涙を流し、小便を垂れ流している白スーツに一斉に襲いかかった。

絶叫。咀嚼音。悲鳴はすぐに聞こえなくなったが、それ以前にとても助ける気にはなれなかった。

やがて其処には血だまりだけが出来た。餓鬼達が、秀を見て、そして白い光に包まれていく。

満足したように餓鬼達が、子供や、老人の姿に変わっていき。そして光の粒子となって消えていった。

「秀さん……」

「この世界はあまりにも腐り果てている。 私の既に亡くなった叔父は、この世界を見て嘆くだろうな」

「……」

「行くぞ」

言われるまでもなく急ぐことにする。この様子だと、阿修羅会が他でも待ち伏せしている可能性があるし。他の集落で「収穫」を急いでいるかも知れない。いずれにしてもフジワラに連絡が必須だろう。

阿修羅会に連れて行かれた人間がろくでもない運命を辿っている事は知っている。連中が配っている「赤玉」とかいう代物。悪魔にとっては美味しいらしく大喜びするらしいが、それが人間を恐らく加工して作っているだろう事も既に分かっている。

だが、それがこれではっきりした。「だろう」ではなく「らしい」でもなくなったのだ。奴らは自分のために他の人間の命を切り売りしている。それも極めて非人道的な手段で、だ。

どうして東京はこんな奴らに主導権を握られ。

民はそれを諦めて受け入れてしまっているのか。

志村は無力感に怒りさえ覚える。

ともかく一秒でも早く、救える人間は一人でも多く。救わなければならない。

そして戦士になる意思がある者を。実戦ではなく訓練で確実に力をつけさせ、そして一緒に戦って貰う態勢を作る。

それが、志村達生き残った大人の義務。

阿修羅会は潰さなければならない。今まで諦めていたその思考が、今日まざまざと蘇ってきていた。

「すっげえ」

ライトバンから見ていたらしいナナシが言う。

子供は強さに敏感だ。凄まじい秀の実力を見て、感動さえ覚えたのだろう。

「強くなればあの人に稽古つけて貰えるんだな。 俺強くなる。 あの人に稽古つけて貰うぞ」

「私も!」

アサヒもか。

いずれにしても、この子等をシェルターに送り届ける。

全てはそれからだ。

 

シェルターの周囲が氷漬けになっている。凄まじい冷気だが、それも程なく払われていた。

何か大物が来たらしい。あの博麗霊夢が肩で息をついている。マーメイドはかなり余裕がありそうだが。

いずれにしても、話は本当だったということだ。

秀や博麗霊夢よりあの規格外マーメイドの方が強い。

しかし一体、これは何が起きたのか。

「戻りました」

「タイミングが良かったわね。 最悪巻き込まれていたわよ」

「そのようですね。 すぐにシェルターに護送してきた子供達と老人、それに負傷者を」

「引き渡し要員、急げ!」

奥から出て来た、まだ若い人外ハンター。見習いでも、こう言う仕事はやらせられる。すぐに手押し車なども来る。老人などを迅速に奥につれて行くためだ。

軽く話すと、どうやら阿修羅会が放ったらしい大物悪魔を退けたようである。かなり強力な堕天使……いや魔王だったようだ。

流石に最重要拠点の守りを任せている必殺霊的国防兵器は、あの憶病なことで知られるタヤマは出してこなかったのだろうが。

それにしてもこの破壊跡。

生半可な相手ではなかったのだろう。

「一体何者だったのですか」

「アスモデウスとか言っていたかしらね」

「!」

「七つの大罪を司る一角だったっけ。 その割りには力が低かった。 あれは……何かしらで消耗していたようね。 ろくでもない契約の代わりに、無理矢理仕事中の奴を繰り出したんだわ」

アスモデウスを、かなり消耗したとは言え退けたのか。

確かに阿修羅会が従えているという噂はあった。だが、流石に従えるのは無理で、何かしらの協力関係にあるのではないか、という話ではないかとも噂されていた。

「見張りを代わりますか」

「いや、しばらくは大丈夫よ。 それよりも酒は?」

「今作っているという話ですが」

「ハア。 飲まなきゃやってられないわよ」

この博麗霊夢のいた隠れ里は、子供でも平気で酒を飲んでいたらしい。

まあ昔は児童の飲酒がどういう害を体に及ぼすかの知識はなかったらしいし。しかも世界から隔離されていた隠れ里であればなおさらだろう。

それについてどうこういうつもりもない。

今の時点での博麗霊夢は、少なくとも未成年には見えないし。

そういう点でも、飲酒についてどうこういう理由もないだろう。

シェルターに入ると、かなり整理が進んでいた。

熟練した人外ハンターは基本的に各集落の守りに散っており、しかも明らかに状況が言い方向に進んだ事でモチベーションが上がっている。

特化した何かの芸がある悪魔を集めろ。

そういう指示がフジワラから出ていることもあって、一芸持ちの戦闘には向かない悪魔の供与も進んでいる。

シェルターの地下空間には幾つかに別れて住居が造られており、また一角では多数の一本ダタラとともに、あの恐ろしい老人が何やらしていた。

フジワラが視察を終えて司令室に戻ってくる。

司令室の一角にはあの銀髪の娘がいて。司令室もかなり綺麗に整備されていた。だが、一部の機械は壊れたまま。

あの老人は凄まじい技術と知識を持っているらしいのだが。

それでもすぐに直しきるのは難しいらしい。

「志村、戻りました。 レポートもすぐに提出します」

「正式な提出は後だ。 要点だけまとめて、今口頭で何があったのかを説明してくれ」

「はっ!」

フジワラも見ている中、銀髪の娘に憑いている何者かに、口頭であらましを説明する。分かっている。

フジワラも認めているとおり。

この誰か……恐らく正体は想像がつくのだが。まだ確信がない誰かが。今の東京の未来を握っている。

実際問題、立て続けに出す指示の的確さ、恐ろしいものだ。

阿修羅会があわてる訳である。

博麗霊夢ら三人の超絶の使い手が現れただけでは、こうはいかなかっただろう。

阿修羅会に嫌がらせされながら治安維持をすることが精一杯だった人外ハンターは、急激に力を取り戻しつつある。

「なるほどな。 やはり阿修羅会とやらが鬼畜の所業に手を染めていたのは間違いなさそうよな」

「阿修羅会の本拠は六本木にあります。 ただ此処は守りが堅く……」

「今は手を出すな。 残念だが、確実に助けられる者を助け、戦力を確実に整えてから打って出る」

「はっ」

フジワラも既に銀髪の娘に憑いている存在に、完全に膝を折っている。まあこれは当然だろう。

銀髪の娘自身も、かなりの使い手であるらしいのだが。

リーダーシップを取れるような存在ではないし、いざという時の一戦士では頼りになる、くらいに認識するしかない。

「続けて集落から力無きものを回収して回れ。 年齢関係なくな。 心折れて武器を取れなくなったもの、病で動けなくなったものも例外なくだ」

「小規模集落は既に回り終えました。 今後は阿修羅会とガイア教団に制圧されていない都市と、更にはシェルターだった辺境を回る事になります」

「遠征と大規模人員輸送だな。 今、地獄老人が歩兵戦闘車とやらを直せるかも知れないと言っている。 ただガソリンやらいう燃料を確保できないそうだな」

「歩兵戦闘車を!」

それはありがたい話だ。

戦地で迅速に歩兵を展開出来る歩兵戦闘車は、悪魔に対しては無力でも、阿修羅会のチンピラなんか鎧柚一触に蹴散らす事ができる。近年の歩兵戦闘車は装甲はMBTに及ばなくても、強力な主砲も備えているし、悪路もものともしないのだ。

動かないライトバンで非戦闘員をピストン輸送するよりもずっと効率がいい。

ただし大人数を一度に輸送すると当然悪魔も襲ってくるだろうし、阿修羅会も規模が大きな攻撃を仕掛けてくるだろう。

シルキーが、フジワラに耳打ち。

頷くと、フジワラが立ち上がっていた。

「殿、一度純喫茶フロリダに戻ります。 阿修羅会が会談を持ちたいと言ってきているようです」

「わしは出無い方が良さそうだな。 恐らく何者が人外ハンターの背後についたか見極めるつもりであろうよ」

「恐らくは」

「時間を稼げ。 会談に応じる条件として、その間人外ハンターの行動を一切妨げないという条件を提示しろ。 もしやぶったら即座に会談は中止だと告げておけ」

敬礼すると、すぐに急ぎ足でフジワラは行く。

志村にも、直接指示を出される。

司令室のデスクの上には地図がある。今、丁度錦糸町に丸がつけられていた。助けるべきものを助け終わった地点だ。

他にも幾つか、これから攻略が必須の戦略的要地が存在しているようだ。

「今の時点では志村よ、そなたは博麗霊夢、或いは秀と協力し、救助すべき者をこのシェルターに輸送せよ。 歩兵戦闘車が復旧し次第、そなたに供与する」

「イエッサ!」

「うむ。 此処のシェルターは、今博麗霊夢が結界を張り巡らせて、悪魔の侵入が出来ないようにしているようだ。 こうなると問題は、阿修羅会に通じた人外ハンターによる情報漏洩だが、それについてもわしに考えがある。 今はとにかく、救うべきものを一人でも多く救え」

「自衛官として、最善を尽くします!」

最敬礼。そして、すぐにシェルターを出た。

外では霊夢が壁に背中を預けて座り、マーメイドと何か話していた。

志村を見ると、軽く話をしてくれる。

「近々自衛隊とかいうのが駐屯していた地点に仕掛けるわよ。 この子が主力になるから心配はないと思うけれど、それでも手練れの人外ハンターの招集をしておきなさい」

「分かりました。 ただ市ヶ谷駐屯地は敵の守りが極めて堅く、簡単に攻め入ることは難しいかと思われます」

「そこじゃなくてこの近くに作られた仮設駐屯地の跡地よ。 なんでもあのお爺さん曰く、このシェルターの他に本格的に「工場」が作りたいらしいわ。 それには何から何まで物資が足りないそうよ」

なる程な。

確かにシェルターに全機能を集約するよりは、この辺りを要塞化して、幾つかの機能を分けた方が良いだろう。

ただそれをするには少し人員が足りない。

いずれにしても、あの銀髪の娘に憑いている存在に判断を仰ぐことになる。

敬礼をすると、次の目的地に向かう。

阿修羅会がどう動くか分からないが、最悪連中が加工するために運んでいる人間を助け出すための襲撃も仕掛けなければならないだろう。

次は博麗霊夢がついてきてくれるそうだ。

実力は秀と殆ど変わらない。

とても頼りになる。

食事も新鮮な野菜を取れるようになって、体が明確に調子も良くなっている。後は日光を浴びられれば言う事がないのだが。

ともかく次に出向く。

少しずつ、確実に。

地獄の東京が、良い方向に進んでいるのが、志村にも分かっていた。

 

4、混乱

 

「オラ歩けっ! 歩かないと此奴の餌にするぞ!」

わめき散らす禿頭の男。スーツを着込んでいる阿修羅会の下っ端だ。予想通り、人間の収穫を急いでいるらしい。

泣いている子供を急かして、無理矢理歩かせている。老人や負傷して動けなくなった者、病人まで容赦なしだ。

反吐が出る連中だ。

霊夢がいた隠れ里、「幻想郷」にもろくでもない奴はたくさんいた。

元々彼処に住んでいる連中はどいつもこいつも一癖あり、支配者層である大妖怪や古代神格「賢者」ですらどいつもこいつもくせ者ばかり。性根が腐っている奴も多かったし、霊夢みたいな武闘派でなければ、人間側の管理者何て務められなかっただろう。

あんな事になるまでは、出るつもりもなかった。

一度、外に出た事はあった。

その時は、まだ外は繁栄していたのを覚えている。

この荒廃ぶりは凄まじすぎる。

幻想郷と外では時間の流れが違っている事も知っている。

霊夢の他にいた巫女も、外の世界では既に何十年も経過しているようだと苦笑いしていたし。

それに妖怪側の管理者である賢者の一人は、外の世界の人心荒廃が末期的だと何度もぼやいていたっけ。

それでも、これは完全に一線を越えている。

阿修羅会のチンピラが従えている悪魔は、どれもそれなりに強いが、勝てない相手ではない。

志村が頷く。

よし。

仕掛ける。

志村達が、狙撃銃で一斉に阿修羅会のチンピラを撃ち抜く。一人やり損ねたが、それも即座に第二射が撃ち倒していた。

続いて霊夢の番だ。

反応した雑多な悪魔に、中空から針の雨を降らせる。

霊夢の主力武器の一つである針は、鍛冶が得意だけど力は弱い気が良い妖怪に散々作らせた。外では幾らでも必要だと判断したからだ。

実際役に立っている。

悪魔全てを貫き、全てを黙らせることに成功。

だが、これで終わりでは無い。

志村達の動きが明確に良くなっている。

すぐに泣いている子供や、腰が抜けて動けない老人を連れてその場を離脱。

志村達には告げてあるのだ。

大物が混じっていると。

倒れているフリをしている阿修羅会のチンピラに声を掛ける。

「起きなさい。 死んだふりなのは分かっているわ」

「ふん、どうやら話通りの実力のようだのう」

「手加減は無用ね。 まあ手加減なんてするつもりもないけれど」

「ふふふ、うまそうな娘よ。 赤玉なんて養殖品には飽きていたでな。 丸ごと喰らってくれるわ」

チンピラが擬態を解く。

側で倒れて動けない病人を、志村が迅速に担いで逃げた。それでいい。志村は軽トラというのに皆を乗せて、デュラハンに引かせて距離を取る。

膨れあがる悪魔。

まあ、想定内だ。

あの銀髪の娘に憑いているおっさん、的確に先を読んでいる。頭が良いことを自慢している幻想郷の住人はなんぼでもいた。そいつらでも舌を巻くだろう。

存在は知っていたが、噂以上だ。

悪魔が吠え猛る。

この東京の悪魔は、体が崩れていることが多い。

それは人間が減りすぎたからだ。

悪魔の事を知っていたり、神話の伝承を覚えている者が殆ど残っていない。だから、悪魔にも実体化の際に大きな影響が出る。

強力な悪魔でもそう。

事実アスモデウスも、まるで筋繊維の塊みたいな姿だった。

巨大な蜘蛛だか虫だかみたいなのの全身に、口や目がついている異形。大きさは小型のビルほどもある。

かき消えると、中空から襲いかかってくるそれ。勢いが凄まじい。体の下に、本命らしい巨大な口がついていた。

幻想郷で、侵略者と戦い続けて。

「異変」という問題を解決し続けていた頃とは比較にならない程力を上げた今の霊夢でも、簡単に勝てる相手ではない。

苛烈な飛びかかりを回避すると、針の雨を降らせる。

まずはこいつの正体を確かめてからだ。

針が突き刺さるが、決定打にならない。素早く動き回りながら、火焔の魔術を立て続けにぶっ放してくる。

あれは敢えて無差別に攻撃して来ているな。志村達を守るように動かせようと企んでいる訳か。

残念だったな。

志村達に向かった火焔魔術を、そのまま反射する。

正確には空間に穴を開けて、戻るようにした。

制御を失った魔術をもろに喰らった悪魔が、悲鳴を上げて転がり回る。印を切って、大技に行く。

だが、それは擬態だった。

地面から伸びてきた触手が、霊夢を包み込みに懸かる。

がっと、触手が閉じられていた。

「くはははは、空を飛ぼうとこれではどうにもできまい! そのまま締め潰して、肉も汁も全て飲み干してくれるわ!」

締め付けてくる触手。というか、すり潰しに来ている。

霊夢さん。志村が叫ぶが、問題ない。もっと荒っぽい攻撃を、幻想郷に侵入してきた天使とか言う侵略者どもはやってきた。

大勢知り合いも殺された。

彼奴が死ぬとはとても思えないと思っていた奴さえも。

誓ったのだ。

目の前で、二度とこんな外道共に誰か殺させるかと。

一瞬だけ力を緩めて、開放。

しなやかさを誇る触手が、内側から全部吹っ飛ぶ。

悪魔は驚いたようだが、一瞬だけ。形状を変えると、まるで巨大な芋虫のようになって、真上から飲み込みに懸かってくる。

だが既に、霊夢は術を編み終えていた。

炸裂。

奥義、夢想封印。

膨大な光が、四つ立て続けに炸裂。悪魔を真正面から焼き尽くす。

凄まじい悲鳴を上げながら、悪魔が粉々に砕けつつ、地面に叩き付けられる。その過程で、見えた。

正体見たり。

再生する前に、その本体を掴む。暴れる本体が、金切り声を上げていた。

「そうかそうか、貴方は水精から高じた悪神か。 どうりで触手やら。 あの虫みたいな姿も水棲昆虫というわけね。 妙に火魔術の威力が低かったのも納得いったわ。 あれ、漁り火か何かの具現化でしょう」

「は、離せ人間風情が!」

「その人間が恐れから産み出した程度の存在で、偉ぶるなっ!」

神降ろし。

雷の神を体に降ろし、そして全力で雷撃を叩き込む。

水中だと雷の威力は落ちるが、地上戦ではそうもいかない。しかも水棲悪魔にとって、雷は天敵だ。

炸裂した超高圧の雷が、悪魔を焼き尽くす。

断末魔すら上がらない。

消えていく悪魔。

正体はどうやら東南アジアの邪悪な水の神であったようだ。いずれにしても、その存在は、消えていったが。

埃を払う。

神降ろしで防御を上げていた事もある。触手ですり潰されそうにはなったが、ダメージは体にも衣服にもない。消耗はしたが、精神力に限る。

「行くわよあんたたち。 他にもさらわれた人がいるだろうし、助ける」

「はっ! 水島、柳、悪魔を展開してその場で待機! 俺と霊夢さんで他を救助に向かう!」

「イエッサ!」

「行きましょう。 デュラハンも残しますし、目立つ行動をしなければ短時間なら大丈夫の筈です」

頷くと、急ぐ。

そうして更に八人を救助した。

数人を助けるために戦闘も避けられない。

とにかく、日本神話の重要神格があらかた封印されてしまっているのが痛い。このままでは神降ろしの力も十全に発揮できない。

外に打って出るために、実戦で鍛えた神降ろしの力だが。

幻想郷にいたときよりも若干墜ちているほどだ。

とにかく、封印されている神々をどうにかして復活させないとまずいだろう。

それに、少しでも生きている人間を助けて、悪魔の凶刃から守らなければならない。

やる事が多い。

せめてもう一つくらい別働隊があれば話が違うのだが。

ただ、今は。

出来る事を順番にやらなければならない。

幻想郷のように、此処も侵略者に踏み荒らされている。

これ以上は、やらせてはならなかった。

 

(続)