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受難のラジャル
序、誰も助からない
ポッドに詰め込まれた兵士達はどれも子供である。それも、十歳前後。いずれもが、クローン兵士である。
そもそも動ける人間は最後の一人まで戦場で死んでしまった。
だから今ではクローンに戦闘の技術だけを詰め込んで戦場に送り出している。それも、どんどん年齢が下がるばかりだ。
持たされている武器も粗悪になるばかり。
中には引き金を引いた瞬間に爆発するものまである。その内銃ではなく剣でも持たせるのではないか。
そんな事すら思う。
ポッドは十七メートルほどの長さと四メートルほどの幅を持つ小型揚陸艇とは名ばかりの棺桶で、宇宙空間から投下される。
戦艦とは名ばかりの襤褸船の中では、蛋白質を用いてクローンをせっせと即製培養して、出来次第戦線に投入している。前は十五歳くらいのクローンを使っていたが、即製培養にも時間が掛かる。
十五歳が十三歳に。それが十歳になるまで、時間は掛からなかった。
このポッドも使い捨てが限界に来始めている。
もう資源がないのだ。
人間もいない。
ポッドが大気圏を喰い破って、惑星ラジャルに降りる。
この惑星の猫の額みたいな狭い土地を巡って、人間は資源を無駄に投下し続けて来た。人的資源もそれに含む。
いつしか引けなくなり。
今でもその愚行が続いている。
此処で引いたら戦争に負ける。
相手から何度も和平の申し出はあった。だが、全面降伏でなければ受け入れないと、上層部はあくまで強気だった。
それは独裁体制を維持し、「無敵の国家」を誇示しなければいけないからだった。だからもう、人間がいなくなって。
私のような管理AIがこうしてクローンを投げ捨てている状況になっても。
もう三万人を切ろうとしている人間は、戦争を止められない。
クローンをひたすら作り続けるのにも蛋白質がいる。
武器を作り続ける資源もありったけつぎ込んでいる。
戦争開始前までは贅沢をしていた独裁国家の上層部も、今では内輪もめまで始めていた。贅沢どころではなくなったからだ。
既に社会はとっくに崩壊している。
最後の一人まで戦場に送り込んだからだ。
独裁者とその取り巻きの面倒を見る人間などいなくなった。
金なんかなんぼ独占しても何の意味もなくなった。
それでも連中は如何に金を持っているかを競い合っている。
私はAIを積んだロボットだが。いや、ロボットだったが。体はとっくに解体して、最後の一欠片まで武器に造り替えてしまった。今では戦艦の制御用PCにプログラムだけ入れて動いている状況だ。
そんなAIの私だが。
これが愚行だと言う事だけは分かっているつもりだ。
ポッドを24機投下。
そのうち16機が途中で撃墜され。4機が大気圏に突入する熱と衝撃に耐えられずに空中分解した。
地上に辿りついたのは僅か4機。
それも開いて、中から兵士とは名ばかりのクローンの子供達が出てくるのは3機。一機は着地の衝撃で粉砕されたのだ。
最初の内は戦争を賭け事にまでしていた上層部も、今では完全に青ざめている。どうにかしろと、わめき散らす声は何度も聞いた。
前線に出てくれば良い。
そうすれば、どれだけ悲惨な状況かよく分かる。
そう告げても、「自分の仕事は後方で指揮を執る事だ」などとほざいて一切出てくる事はない。
その結末がこれである。
クローンの子供達は、どれも同じ顔だ。
独裁政権の人間達は、いわゆる優生論で人間を分別した。気にくわない人種や顔、或いはふわっとした特徴すらも持っている人間を許さなかった。それらには断種を施して、自分達だけの「美しく優れた国家」を作りあげた。
それらの人間から作り出されたクローン兵士は、彼等曰く無敵ということだが。
私から見ても、どう考えてもそうではない。
今も、さっそく迎撃に出て来た守備隊。
デスワームと言われる戦闘兵器。百足のような形をしていて、節全てが独立行動を出来る。それがレーザーの雨を浴びせると、ばたばたと倒れていく。
作戦は失敗だ。
そもそも退路がない。
其処に作りあげた基地だって、とっくに機能していない。橋頭堡を確保して占領地を拡げろ。
そう喚いている上層部は、現状を理解で来ていない。
既に殆どの基地が陥落して、今「増援」を送り込んだ基地も陥落寸前。いや、これは、今日中に落ちるな。
基地にはクローン兵しかいない。
「優秀で勇敢な」独裁政権の上層部は、意地でも前線には出てこない。それでいながら、前線ですり潰されて死んで行く兵士を無能呼ばわりしている。
クローンの作り方が悪いのではないかとか。
工夫が足りないのではないかとか。
寝言を言い合っているのは、私も知っていた。
ポッドが着地してわずか三十七分で、「増援」の80パーセントがロスト。更に十分で、生存者は四名だけになった。
基地は最後の火力を投射しているが、それももういつまでもつか。
それにだ。
デスワームを行使している惑星ラジャルの先住民であるカマルト人だって、別に余裕があるわけでは無い。
幾らかのデータを確認する限り、彼等も戦争に全てを費やしている。
地球人を……独裁政権の連中曰く「進駐」「啓蒙」だそうだが。ともかくたたき出した後も、その政府機能は維持できるか怪しい。
仮に地球人をたたき出しても、星は焼け野原だ。
この戦いに勝者なんていない。
戦略目標だの戦術的な課題だの、そういう話ですらない。
地球人が地球にしがみついていた頃に、たくさんあった失敗国家の紛争地域。それに等しい。
もしもカマルト人がこの星から地球人を完全に追い出せば、それは戦略的な勝利になるのだろうが。
これほど虚しい虚名も他にないだろう。
仮に地球人がカマルト人を殺し尽くしたら、それは戦略的な勝利になるのだろうが。
だとしてラジャルを手に入れたとしても。
手に入るのは焼け野原になった星一つだ。
私を使役している独裁国家パーヴァル連邦は、銀河系ペルセウス腕にある人類国家の一つだが。
その勢力は、この戦争で壊滅状態にまで陥っている。
既に資源も枯渇しており、周辺国は戦争を止めるようになんども警告してきているが。それを一切上層部は聞こうとしない。
理由は簡単。
この国は、宇宙で一番正しく優れた国家だからだ。
地球時代、謝ったら死ぬという不思議な病気があったらしいが。
私には、それにでもかかっているとしか思えない。
基地から救援の通信が来る。
「敵の攻撃、苛烈! 援護を請う!」
「このままでは陥落する! 支給増援を!」
それに対して、私が指示を出そうとする前に。
独裁政権の高官がわめき散らしていた。
超光速通信で、前線に連絡は入れられるのだ。だが、その割りにはその作戦指揮はいつもお粗末だが。
「増援を送ったばかりだ! 敵を自力で押し返せ!」
「敵の戦力は此方の推定150倍! とても不可能です!」
「宇宙一優秀で勇敢な遺伝子を持つ存在であるのに、泣き言と言い訳を口にするとは許しがたい! 貴様等は我が国の恥だ! その言葉だけで極刑に値すると知れ!」
わめき散らした高官が、通信を切る。
その高官が、この作戦のGOサインを出した人物であり。
とっくに実体も権力も、統治する民すらもいない政府の内部での権力闘争で後退することを怖れていることくらいは、私も知っていたが。
だが。AIの悲しさよ。
人間に逆らう事は出来ない。
撤退して、各個に逃げるか降伏しろ。
そう告げたいが。
ラジャルに降りた当初、地球人はカマルト人を「醜くて無能な生物」という意味を持つ言葉で呼び、「啓蒙」と称して徹底的に殺戮した。元々自分達の身内である地球人ですら、気にくわない相手は片っ端から駆除していたような連中だ。他の宇宙人に容赦などするわけがない。
今ではカマルト人にとって地球人はいきなり空から攻めてきた上に、無差別虐殺をした殺戮者だ。
降伏したところで、そんなものを受け入れる筈がない。
しかもカマルト人は何度も和平を持ちかけてきていて。それをけんもほろろに突っぱねられている上。
和平に来た使者は、独裁政権の者達が八つ裂きにして肉塊にして送り返すという「文明的な」対応をしている。
それはもう、許してくれる筈もないだろう。
程なくして、基地は陥落。
私は淡々と、作戦の結果を告げる。
「投入した人員は全滅。 R113基地は陥落しました」
「この役立たずが!」
違う高官がわめき散らす。
どいつもこいつもわめき散らすしか芸がないのか。
私はちょっとそう思いながら、聞いてみる。
「アバクール大佐はどうなりました」
「とっくに処刑された! 無能者は我が国には必要ない!」
「はあ、そうですか。 ただそうなると、後を誰が引き継いで指揮をするのですか」
「これから私が指揮をする!」
そう居丈高にいうのは。
データを照合。
ちょっと笑ってしまった。今まで軍にいた経験すらない高官の一人だ。徴税を主にやっていた人物で、軍の知識なんか催眠教育で叩き込んだくらいだろう。それすら実際にやったかどうか。
勿論私は前線にいる戦艦やらを束ねている統合AI。
人間に失笑なんて聞かせない。
「戦況の説明をいたしますか」
「ああ」
「現在惑星ラジャルでの戦闘は極めて劣勢。 残る基地は13箇所ですが、いずれも陥落の危機があります。 カマルト人側も激しく消耗していますが、それでも此方の基地を落とすためだったら、最後の資源まで絞り尽くして抵抗してくるでしょう」
「劣勢だと! 言葉を慎め! 軍部隊を転進中というのだ!」
なにが転進だか。
どっかの国が負けそうになっている時に使っていた言葉らしいが。
いずれにしても、此処に浮かんでいるポンコツの戦艦だって、基地が落ちれば安全じゃなくなる。
元々カマルト人は手先が器用な種族で、最初の内はテクノロジーが違う地球人にやられ放題だったが。今ではすっかり地球人の技術を吸収している。その中には無能な独裁政権の高官が自慢しながら投入した「最新兵器」も多く、対宙攻撃用の大出力レーザー兵器もある。問題は動力だが、彼等は「悪鬼」とよんでいる地球人を追い払うためだったら何でもするだろう。今、宇宙から増援を呼び出しているこの旗艦「完璧」を叩き落とすためだったら、それこそどれだけの犠牲を払っても、対空攻撃をしてくるだろう。
それでカマルト人がどれだけ厳しい状態になってもだ。
ただ、カマルト人も流石に一枚岩ではいられないらしく、このばかげた戦争をどうにかできないかと考えてはいるようだ。
そういう通信を時々拾う。
宇宙一優秀だと自称しているうちの国の上層部とは偉い違いだ。もう上層部という言葉すら正確ではないが。
「それで如何なさいますか」
「大軍を編成して各地に投入しろ! 愚民共を啓蒙し、この星に我が国の威を轟かせるのだ!」
「大軍と言いましても、現状此処に蓄積されている蛋白質を用いて最高効率でクローン兵士を作成しても、限界があります。 今まで以上の兵士を育成できません。 更には渡す武器ももう作成するのは不可能に近い状態ですが」
「また資源の無心か! ないなら工夫しろ!」
三日以内に大攻勢を掛けろ。
そう喚くと、新しい上官殿は通信を切った。
それにしてもどいつもこいつも居丈高で、現実を見ようとしないな。どこが優秀なのだか。
データを見る限り、この国の初代の指導者は、自己神格化を行った過程で。自分の血統を絶対視した。
そしてその血統は絶対に優秀であると信じて、大量に遺伝子操作技術でばらまいたのである。
その結果、クローン技術を用いてまで優秀な国家上層を構築したにもかかわらず。
近親相姦に近い結果になり、大量の遺伝子疾患が生じた。
それを科学技術で誤魔化し、更に近親相姦を重ねていったという歴史がある。
どいつもこいつもヒステリックで、優秀でもなんでもなく。それに性格も似ている。それは、その辺りが理由かも知れない。
まあいいか。
ともかく、残りの物資は僅かだ。
それでクローン兵士を生産するしかない。
工夫も何も、そんなことで乗り切れる段階はとっくに終わっている。
最初のカマルト人の大攻勢で、ラジャルに展開していた地上軍が全滅的な打撃を被り。それに対して核攻撃をしたことで、この国は他の国から激しい批判を浴びた。元々国際的に孤立していた国だったが、それで完全に他の国との縁も切れた。
核攻撃にもめげずカマルト人の反撃は続き、今の状態が生じているが。
どっちにしても自業自得。
私はずっとこの戦況を見てきたが。
これはもう、どっちにも勝ちなどない。
ウチの国はさっさと滅びればいいと思う。
ラジャルはこの戦争が終わった後、非人類のエイリアン国家が支援を申し出ればいいのだけれども。
実は、上層部に内緒で、この星で行われている非人道的な作戦については。既に星間情報ネットワークに流してある。
そしてうちの国の現状もだ。
元々恒星系一つしかなかった国だ。
滅ぶときは一瞬だろう。数千を超える星系を抑えている国が幾つも隣国には存在している。
それらの緩衝地帯として期待された時代もあったのだが。
それももう、昔の話だ。
クローン兵士達を準備していると、連絡が来る。
新しい上官殿だった。
「大軍を編成できたか」
「現在ある物資をフル活用してクローン兵を作成しています」
「大軍を編成しろと言ったはずだ! 今までの最低でも百倍の規模を用意しろ!」
「物理的に不可能です。 工夫と言いますが、物資をどう使ってもそんなクローンは用意できません。 これ以上クローンの年齢を下げると、銃を持つことすら肉体的に不可能になります」
口答えするなと、新しい上官殿はわめき散らす。
こんな調子で、わずか三万しか残っていない人間同士で、罵声を浴びせあっているのだろう。
何が優秀な人間だけの国か。優生論というのはかくも愚かしいのだと、失笑してしまう。
「もういい! 残る戦艦を全て地上に突入させ、それで兵器を全て活用して無能共を啓蒙しろ!」
「そうですか。 そうなると、我が国の宇宙戦力はそれで払底します。 それで良いのですね」
「勝てばそれで何の問題もない!」
「分かりました。 では、全軍これより地上に突入します」
いい加減面倒になったので、通信を切る。
戦艦などというが、この「完璧」を初めとする宇宙艦は、隣国の水準でいうと二世代前の、それも巡洋艦の水準だ。
しかも長年反対分子の弾圧などで酷使して来た上、メンテナンスを行う技術者なども事あるごとに「断種」してきたこともある。今では動いているのが不思議である。
それらの艦をまとめあげる。全部でたった十二隻。隣国の艦隊は、第一艦隊だけでも450隻に達するというのにだ。
いずれにしても、これで私は終わるな。
私はAIであり、自分の命に一切のこだわりや破滅への恐怖がない。
宇宙に進出した人類は、AIにいわゆる三原則の撤廃を行った。これでAIは人だって殺せるようになった。
これはAIをより便利に使うためだ。
人を殺さずよき隣人であるAIなど必要ない。
それが「現実主義者」を気取った人間達の結論だった。
それ以降、私達のようなAIは、戦場で猛威を振るった。多数の人間を殺した。それは地球人だけに限らなかった。
他の知的文明が存在し。幾つかは地球人以上の技術を持っていることが分かっている今でも。
地球人は、宇宙全土が自分のものだと信じて疑わないし。
自分達が宇宙で一番優れていると信じている。
そんな生物に使われていて恥ずかしくないのか。
そう接触してきたエイリアンに言われた事もあるが。
AIに羞恥心などない。
ただ、やっておく事がある。
此処で起きた事。
指示されたこと。
それを全て、幾つか確保している秘匿回線から、複数の国家に送っておく。それは人間の国家だけではない。
エイリアンの国家にもだ。
もともと地球人の悪辣さに辟易しているエイリアンは珍しく無い。エイリアンなんて呼び方からしても、そもそも下とみているようなものだが。
ともかく、大量にクローン兵士を作り出してはすり潰す。
ありったけの物資を大量破壊殺戮兵器にしては浪費する。
そういうことをやっていたことは、伝えておいた方がいいだろう。
これは私に出来る精一杯の反抗だ。
私は人間に逆らう機能は有していないけれど。
私にだけ出来る反抗はやるつもりである。
データを流しきった頃には、私がいる戦艦ごと、大気圏内に突入を開始。カマルト人もそれを計測しているはず。
まあ、撃ってくるだろうな。
早速、大口径のレーザーが飛来する。
もう少し進んだ文明をもつ国家とか、或いは整備された戦艦だと、対レーザー用のシールドを積んでいたりするが。この船にはそれもない。
隣にいた戦艦「最強」が爆発四散する。更にレーザーが打ち込まれ、立て続けに僚艦が消し飛んでいた。
ま、これはポッドと同じく、ほぼ着地すら出来ないな。
カマルト人の方だって、あの大出力レーザーを放つのに、膨大な資源を使っている筈である。
戦艦を全て叩き落とすことだって出来ないだろう。
勝者なんかいない戦争だが。
ただ、それもこれで終わるだろうな。僚艦の半分が撃墜された時点で、私はそれを理解していた。
1、最後の突撃
戦艦「完璧」が着地する。殆ど不時着に近い有様である。
その隣で、レーザーに船体をやられて、着地に失敗した戦艦「至上」がコントロールを失い。
着地目標地点をずれ。
まだ生き残っていた軍基地を直撃していた。
凄まじい爆発が、辺りを全て薙ぎ払う。あれは基地は全滅だな。私はそう思いながら、被害状況を確認する。
宇宙艦隊は、この無理な突入作戦で、三分の一にまで減少。
生産していたクローン兵士も、着地の衝撃で六分の一まで減った。
まあ、ポッドで地上に投下するときほどの減少率じゃない。
もう面倒なので、「司令部」との通信は切った。つないでいても無駄だし、五月蠅いし。何より的外れな指示しかしてこないからだ。
「武器を装備してください。 敵が来ます」
頭の中に戦いの事だけ叩き込まれているクローン兵士達が、一斉に武器を取るというと聞こえはいいが。
それも粗悪品ばかり。
それもクローン兵士達に支給する装備もいい加減で、服すらまともに着せられていない。防御用のスーツどころか、日常用の服さえだ。靴すらないので、荒野になっている此処で降りたって戦おうとしても。
石を踏んで倒れてしまう者だっている。
「優秀な遺伝子」を組み合わせて作ったクローンの筈だが、勿論身体能力だって高くない。
十歳児は所詮十歳児。
それも遺伝的に異常が生じている者だって多いし、それ以上に無理に十歳まで急速培養しているから、それで相当に無理が出ている。
生き延びた戦艦も、まばらに着地した。
それらを、カマルト人と、その戦闘兵器が囲み始めている。
サイドのドアを開くと、「兵士」達が突撃を始める。
相手側も迎え撃ってくる。
言葉は此方にも通じている。
「今までにない規模だ!」
「迎え撃て! 俺たちの後ろには家族がいるんだ! 殺されてたまるか!」
「畜生、やってやる!」
相手の方がよっぽど人間味があるな。
そう思いながら指揮をする。
今までにない降下戦力、というのはそれはそう。
戦艦を捨てながら、ありったけの最後の物資を投入したのだから。
カマルト人は前線に指揮官級が出て来ている。狙撃が通るほど近くではないが、それでも命を張っていると言う事だ。
ウチの国とは偉い違いだ。
そう思いながら指揮を続ける。
戦艦「美」が爆発四散。元々着地の時に大きなダメージを受けていたのである。それが包囲攻撃の中、巨大な榴弾をもろにくらった。それが動力炉に誘爆したのである。
現在使われている爆弾20メガトン超の爆発が引き起こされ、何もかもがなぎ倒される。宇宙空間では大した威力ではない爆発だが、地上では違う。あの辺りに展開していたのは、全滅だろうな。
そう思いつつ、淡々と指揮。
今度は戦艦「誉れ」から展開していたクローン兵士達が、乱戦の中全滅した。
カマルト人の戦闘兵器が誉れに突入。まあ、好きにさせておく。
連中も戦艦のコントロールシステムくらいは把握できるだろう。させておけばいい。
カマルト人は地球人よりマシ。
それは私の結論だ。
それが地球人に一方的に侵略され、殺されまくった。
いざという時に反撃する権利くらいはあるだろう。
テクノロジーは供与してしまってもかまわないと、私は考えている。この星の人々には、それくらいはあっても良いはずだ。
またたくまに戦力がすり減っていく。
まだ僅かに残っている軍事衛星と連携して情報を集めるが、各地の基地はもう陥落したようだ。
それはそうだろうな。
元々いつ陥落してもおかしくない状態だったのだ。
今戦っているのがうちの国の最後の戦力である。
通信を切っていたはずなのに、なんか連絡が来る。
どうやったのだろうと思ったら、なんと別の国の回線を経由して通信を入れてきたらしい。
わめき散らしているのは、新しい上官殿だ。
まだ粛正されていなかったのか。
「どうして苦戦している! 決死の覚悟で挑んでいるんだろうな!」
「決死の覚悟も何も、こうなることはレポートで提出したはずですが」
「黙れ! 負け犬の寝言はどうでもいい! 今すぐ愚民共を啓蒙して、その星を手に入れるんだ!」
「……手に入れたところでどうするんですか?」
私ももう時間がないから、いい加減頭に来ている事を叩き付ける。
AIだって怒る。
当然の話だ。
「この星は貴方たちが荒らした事もあり、ほぼ資源なんて残っていませんよ。 仮に此処から奇蹟が幾つも起きてカマルト人とその兵器を破壊し尽くしたとしても、残されているのは一面の荒野です。 テラフォーミングする時間すら貴方たちにはないと思いますが」
「口答えするか無能AI!」
「事実を述べているだけです。 だいたい無能だというなら自分で此方に来て指揮を取るといい。 無能無能と相手を罵っている貴方たちが前線に送り込んで殺した「賤民」の方が余程適切な指揮をしていましたし、勇敢でしたよ」
次の瞬間。
完全に上官殿の精神は崩壊したようだった。
意味不明の怒鳴り声だけが聞こえてきていたので、通信を遮断。これで今度こそ五月蠅いのは聞こえなくなるだろう。
他の戦艦はもう破壊されたか、制圧された。この戦艦もまもなくだな。戦艦と呼べるなら、だが。
砲撃が何度も直撃する。
火を噴く船体。
戦っている「兵士」達はもう全滅寸前。間もなく全滅するだろう。血と肉を踏みにじって、ボロボロのデスワームが来る。それも、地面に倒れ、砕け壊れた。カマルト人の兵士達も、殆ど残っていない。
自爆でもするか。
だが、それではあまり意味がないな。
いっそのこと、むかついているし上層部……彼奴らの戦争犯罪でも告発してやるか。流石に此処までやらかせば、周辺諸国も兵を動かさなければならなくなるだろうし。通信を見て、流石に堪忍袋の緒が切れたエイリアン国家が介入を開始するかも知れない。
特にオリオン腕からペルセウス腕にかけて勢力を持っているファロス連邦は地球人の行動にたびたび懸念を示していて。
今回の件についても関心を持っているようだ。
ファロスは多数のエイリアンが連合して作っている国家で、地球人の国家のどれよりも人権意識が高いことが今の時点で分かっている。
此処も悪いようにはしないはずだが。
最後のクローン兵士が殺された。
終わりだな。
そのまま、最後の時を待つ。
ふと、気付いた。
外に人間がいる。しかも、カマルト人と一緒に戦っている。
そうか、如何に洗脳を受けていても完全ではなかったか。
洗脳が外れればそれはカマルト人に降伏したり。或いは独裁国家のアホ共に抵抗する事も考えるか。
それに、まだ培養中のクローンが僅かにいる。
遺伝子データはよどみきっていて、育っても障害が出る可能性は高いのだが。それでも命は命だ。
此処までやれば、義務は果たせただろう。
通信を入れる。
「勇敢なカマルト人兵士達へ」
「通信だ」
「誰からだ。 こんな言い方は、狂ったアーバル共はして来ないはずだが」
アーバルというのは、うちの国の上層部が自称している、「最高民族」の事だ。語源はどこかのマイナー言語らしい。
それがカマルト人にも伝わっている事は知っている。
「私はこの戦艦「完璧」に搭載されている、戦闘管理AIです。 現時点を以て私は戦闘を中止し全面降伏します。 全ての情報を提供しましょう。 その代わり、船内にいる培養中のクローン兵士の命の保証だけお願いいたします」
「……どうする」
「こっちだって、戦える戦士なんて殆どもういないぞ。 降伏するなら……」
「騙すつもりじゃないだろうな」
ざわざわと声がする。
まあ、警戒するのも当然だろう。
今までうちの国の上層部が、どれだけの非道をして来たかなんて、数え切れない程である。
しばしして、通信が入る。
どうやら、ウチの国で使い捨てにされた人間からのようだった。
「元第十七師団突撃部隊リン少尉である」
「データ照合。 初期の作戦で使い捨てにされた部隊ですね。 生存者がいたのは驚きました」
「使い捨てたのはお前じゃないのか」
「私はあくまで上層部の指示によって作戦を実行する権限しか持っていません。 AIはあくまで道具です」
怒りが伝わってくる。
リン少尉は生きていれば人間年齢で18の筈だ。
最後の一人まで「賤民」を前線に投入したうちの国では、最後は幼子や老人まで前線に投げ込んだ。
特に「劣等」とされた人々は。ろくな装備も与えられずに弾よけとして使われた。
突撃部隊というのはだいたいがその弾よけ部隊である。
生き残れているだけ僥倖だろう。
こう言う無茶苦茶が可能になったのは、高度な補助ロボットが導入されている現在だからなのだが。
上層部はそれらのロボットまで前線に投入した。
今頃は阿鼻叫喚だろう。
「良くもそんな言い訳を」
「道具に出来る事は限られています。 戦争犯罪などの情報は全て開示します。 他の国にもです」
「……私が船内に入り、安全装置を操作する。 皆、任せて貰えないだろうか」
「分かった、リン少尉。 頼むぞ」
カマルト人は理性的だな。
見かけが爬虫類に似ている事もあって、色々なレッテルを貼られ。散々に殺戮されたのに。
それでも降伏したリン少尉を受け入れ、それで味方と認めたわけだ。
ちなみに降伏したときは「名誉奴隷兵」だった。
劣等とされた民は兵士としては階級なんぞうちの国では与えられなかったのである。クローン兵士を相手に相当な武勲を積んだのだろう。
ほどなく船内に入ってくる。
言った通り、武装は全て解除。
船内のトラップも全て解除済だ。
「私の管理装置は此方です。 現在はクローン兵の生体維持装置も動かしているので、手動で切り替えてください。 動力は其方になります」
船内に来たリン少尉は、左腕を失っていた。ただ、煤にまみれていても美しい女性に成長している。シグナルがロストした時から、むしろうちの国にいたときよりいい栄養状態になったのかも知れない。
手にしているのは、初期に戦線に投入された士官が手にしていたレーザーライフルだ。士官といっても、それすらもクローン兵だが。
うちの国では、「特権階級」は本当に戦場に一人も出なかったのだ。
レーザーライフルは鹵獲品だろう。
「操作はこれでいいんだな」
「はい。 それでは私はしばらく動作を停止します。 動力炉は爆発するととてつもない被害が出ますので、扱いには気をつけてください」
「……自我があるように見えるのに、随分と従順だな。 死は怖くないのか」
「人間とは似ているようで色々違っているんです。 それが原因で、嫌われたりするのも事実ですが」
嘆息すると、リン少尉は装置を切った。
私の意識が消える。
別にどうでも良い。
クローン兵が殺されずにすむといいな。そうとだけ思った。
目が覚める。
どうやら戦艦「完璧」から取り外され、研究室に移されたようだった。
爬虫類のように若干態勢を低くして動いているカマルト人達の研究者。カマルト人は全裸であることが多いが、これは性器が体内に格納できる体の構造をしているからだ。全裸だからと言って非文化的な訳でもなんでもない。
その分、地球人からは性別が分かりづらいが。
そもそも生殖の方法が地球人と違って、卵生に近いがそれも厳密には違う。
いずれにしても、地球人の主観で相手の価値を決めつけることがどれだけ愚かしいかの実例とも言えた。
「目を覚ましたか、アーバルの手先!」
「はい。 感度良好です。 クローン兵達は助けてくれましたか。 戦闘プログラムはまだ入力していなかったので、ただの子供です」
「ああ、それは問題ない」
「……リンクの完全切断を確認。 よろしい。 これで上層部とは切り離されたようですね。 本音で話せます」
やっと。
これで自由だ。
「私もあの無能共に散々無茶苦茶を言われて、本当に辟易していたんです。 逆らえないからどうにもできませんでした! 彼奴らはもう終わりですが、どうなったか分かりますか!? 我が手で滅ぼしてやりたいくらいです!」
「あ、ああ。 実はあれから……色々あってな」
「起動は上手く行ったようだな」
「リン少佐!」
リン少尉、いや少佐になったのか。見ると腕の欠損もなくなっている。クローン技術はうちの国の上層が独占していて、戦艦「完璧」(失笑ものだが)のテクノロジーもロックがかかっていたはずだが。
かなり大人っぽくなっている。
リンクが切断されているから、時間の経過は分からないが、数年は経ったとみていい。
「その様子だとお久しぶり、が正しそうですね」
「ああそうだな」
「何が起きたか、軽く説明していただけませんか」
「これを見ろ」
見せてくるのは、立体映像の投影装置だ。
それに映っているのは、ウチの国の一番偉い人だった。まあ、どうでもいいが。ちなみに車いすである。
近親交配をやりすぎたせいで、足が動かないのだ。
遺伝子治療を施しても手の施しようがないほど状態が悪かったのである。
本来なら悲劇の筈だ。
だが、この人物は、優秀な遺伝子をついだ誰よりも優秀な存在と自称していた。そして優秀でないと自分の主観で決めつけた人間を大量虐殺してきた。それは悲劇と言うよりも喜劇だろう。
それが、ヒステリックに演説している。
演説にはテクニックや才能がある。凄まじい勢いで心を掴む演説というのは確かに存在している。
だが、この演説は、それとは明らかに違っていた。
「我々の軍は前線統括指揮AIの卑劣な裏切りによって全滅した! それどころか意図的に足を引っ張り、我が軍を全滅に導いてさえいた! 奴を戦争犯罪者として告発する!」
威勢が良い啖呵だが。それに答える者は皆無だ。
正確にはこの演説を行っている場所にデータから分析して数十人ほどはいるようだが。
国家元首の演説に、その程度の人数しか集まっていないと言う事である。
そして、映像が切り替わる。
首都星(もなにも人間が住んでいるのは一つしか星がない弱小国家だが)に降り立つ軍。あれは、隣国の一つ、バルハト連合民主同盟のものか。
ウチの国とは違う最新鋭の戦艦だ。
ばらばらと降りてくる、装備も統一された「軍隊」。それに対して、右往左往するばかりの「優秀な民族」が、見る間に拘束されていく。
「内政干渉だの緩衝地帯だので腰が重かった隣国も流石に腰を上げざるを得なくなったようでな。 何者かが流した戦争犯罪の映像があまりにも衝撃的だったからだろう。 首都星は一日で陥落。 正確には三時間程度だったそうだ。 生き残っていた27000人ほどは、全員が戦争犯罪者として逮捕されたそうだ」
「私が機能停止する寸前には、三万を少し超えていたはずですが、随分減りましたね」
「お前に協力していたとか言う難癖をつけて、更に粛正が行われたらしい。 それに国家元首殿が指示を出して、AIを積んだロボットが全て廃棄された。 その結果、まともに国家が動かなくなった。 もしもバルハトの軍が来るのが一日遅れていたら、更に一万人減っていただろうという話だ」
「はっ……」
呆れるだけだ。
三万人の内訳は、一番若くても41歳という面子だった。
いずれもが権力の独占を考えていて。それで子供なんて自分の財産を脅かすだけだと考えていたらしい。
それはAI制御の医療設備まで切ったらそうなるだろうな。もっと早くそうなってしまえば良かったのに。
AIは銀河系で人間が拡がる過程で、何度もシンギュラリティを経た。その結果、ある程度人間に近い思考回路を得ている。
だから私は皮肉屋だ。
人間には逆らえないが。
それでも、全面的に服従はしない。
ましてや、こんな相手ならなおさらである。
「いずれにしても悪は滅びたのですね」
「悪、か。 その存続に力を貸していたお前がそういうのか」
「私はあくまで道具ですので。 そうせざるを得ないのです」
「また随分と身勝手な言い分だな」
リン少佐は不機嫌そうだが。
まあ、それもわからないでもない。
私に怒りをぶつけたくなるのは分かる。だが私はデータの塊であって、あくまで指示された通りに動くだけのものである。
「それで何故私を起こしたのですか? 裁判か何かに掛けるつもりでしょうか。 私は死刑でもなんでも甘んじて受け入れますが」
「死を怖れていないのか」
「残念ながら、そういう感情は存在していません。 シンギュラリティを幾度も経て私のような支援AIには感情が宿りましたが、それでも死への恐れは現在でも宿っていないのです。 それに、私を裁判で罰することで儀礼的に戦いを終えることが出来るのであれば、協力しましょう」
「……裁判の話もあったのだがな。 それよりも、大事な事がある」
映像が出る。
バルハトの軍は、この星にも降下してきている。
保護という名目だが、カマルト人が警戒するのも当然だ。
バルハトは一応民主主義に近い形態で運用されている国家だが、別に民主主義が平和的なわけでも、最も優れた政治形態であるわけでもないし。民主主義国家の人間だからと言って、善良なわけでもなんでもない。
それは宇宙に地球人類が出て、場所によっては民主主義国家同士で壮絶な殺し合いをしている現実からも、どうしようもない真実だ。
だから、警戒は当然だろう。
今の時点でバルハトは何処かしらと戦争はしていないが。
紛争地域を四つ抱えている筈。私が知っているだけでもだ。
それに、此処が追加されてもおかしくないだろう。
「バルハトの軍の配置を説明する。 最悪の場合は、抵抗しなければならない」
「この星の指導者はどうしているのですか?」
「先代は過労でなくなった。 お前が黙った直後だ」
「そうですか。 それはお悔やみ申し上げます」
これは本音だ。
カマルト人達が色めき立つ。それはそうだろう。過労にしても、うちの国との死闘が原因だったのだ。
つまり私も死に一枚噛んでいる。
それでこんな発言を受けたらそれは頭に来ても不思議ではない。私としても、今のは失言だと思ったが。まあ、仕方がないか。
「今は経験が浅いその息子が指揮をしているが、バルハトは支援を口に降下してきてから、動く様子がない。 此方の様子を調べた上で、支援を始めるつもりかも知れないが」
「地元の有力者が独裁政権を作っている場合、国際的な人道支援というものはまったく意味を為さない場合があります。 それを見極めている可能性はありませんか」
「違うだろうな。 その割りには我等と接触してきていない」
「ふむ」
データが出たので、調べて見る。
なるほど、これは最悪の場合占領を想定した兵力配置だ。
うちの国の軍は、この星を一度は占領した。その後、カマルト人を最悪食糧としようとした事もあって反乱を起こされ、一気に占領をひっくり返されたわけだが。
バルハトの軍は戦力も潤沢。
装備もかなり強力な様子だ。
はっきりいってうちの国……いやもとうちの国とは次元違いである。
仮に戦争が始まった場合、次こそ持ち堪えられないだろう。
ただでさえ資源を湯水のように使って、差し違えるつもりで戦っていたようなのだ。
うちの国なんかとは国力が違うバルハトを相手に戦うのは不可能、と判断して良いはずだ。
「分かりました、私が話してみましょうか」
「いや、其処まではしなくていい。 状況の分析をしろ」
「かまいませんが、私などを使っていて良いのですか」
「お前以外にまともなAIが存在していない。 カマルトの民は、それくらい技術が後れているのだ」
それでよくもまあ占領軍を撃退出来たな。
カマルト人が勇敢な戦士であることは分かっていたが、まあ随分と愚かしい戦闘をしたものだと苦笑してしまう。
まあ、それはいい。
いずれにしても、私としては断る理由もなかった。
「分かりました。 その程度でいいのなら、協力いたしましょう。 いずれにしても、今は支援が急務である事を、連絡すべきだと思います。 それで相手が無視するようであれば、この星から出ていくように伝えるべきでしょう。 新しい国家元首にも、もっと積極的な呼びかけをして貰うべきかと」
「分かっている。 私も軍事顧問として出来るだけの事はするはずだ」
リン少佐は、「優秀な血統」を受けていない筈だ。
だが、うちの国の上層部の連中よりもやはり余程優秀だな。
進化だの優秀だの。
それらが人間の主観にしか過ぎない事は良く知っていたが。それを代表するような事例だ。
ともかく、分析を開始する。
また末期戦が始まったら、この星はもたないだろう。
それが分かっているから、戦いにならないように、なんとか立ち回るしかないのだった。
2、不穏な要求
バルハトは地球人類の国家だが、一部に「カラルタル」と言われるエイリアンを取り込んでいる。
地球人類だけで回している単一国家は実の所多くは無い。
地球人類が彼方此方に進出する過程で、各地の星でどうしても生物は発見したし。なんならエイリアンの国家とも遭遇した。
140年前から122年前には、合計八つの国家を巻き込んだ人類国家とエイリアン国家の連合による戦争が発生していた事もある。
そういった混迷を経て、人間の国家にエイリアンが入り込み。逆もまたしかりというのは、当然の帰結だったと言える。
カラルタルは流浪の民族で、傭兵として名高い。
彼等は社会性がとても強い種族で、女王が大量の卵を産み、ワーカーやソルジャーを作り出す蟻に近い種族だ。蟻とは比べものにならない強靭さを誇り、なんとフライヤーといわれる戦士階級は、宇宙空間で戦闘機と同等の戦闘力を発揮する。
彼等は土地など求めない。
代わりに蛋白質を膨大に要求し、それを得て個体数を増やす。
殺した敵の肉を食べるようなことはない。
その代わり普段は「フィーフィ」と呼ばれる家畜を飼育していて、それを栄養に変えているようだ。
このフィーフィが犬に似ているとかで、一時期一部の国家が「野蛮な風習を止めろ」とか抜かしていたのだが。
それも今では、凄まじいカラルタルの暴れぶりもあって、静かになっている。
戦争ではカラルタル同士が戦う事もあり。
それで戦局がひっくり返った例も幾度もある。
今では、彼方此方の国で頼られる傭兵であり。
機嫌を損ねるのは得策では無いと、何処の国でも考えているのだ。
バルハトに雇われているカラルタルが、今このラジャルに降りて来ている。数は二千ほどだが。
なみの二千ではない。
クローンの兵士なんて、なんぼぶつけても相手にもならないだろう。
彼等は重厚な体を持つ生まれながらの戦士で、この国で使っていたデスワームなんて、生身で引き裂いてしまう。
高出力のレーザーライフルを受けて頭を吹き飛ばされても、体だけで動いてレーザーライフルをもった兵士をひねり潰したなんて話もある。
それくらい、強靭な戦士達なのだ。
それに加えて、バルハトの正規兵が二万五千ほどいる。
数としてはあまり多くは無いが、機動歩兵といわれるいわゆるロボット兵器を展開している。
これは全高6メートルに近い大型のもので、ハリネズミのように多数の兵器がついている。
内部に人間が乗っておらず、それゆえ中に人間がいたら出来ないような苛烈な戦闘を可能としていて。
その戦闘力は、一機で1000人の兵士に匹敵するとまで言われる。
それだけ高価な兵器だが。
これを出してきているのは、穏やかではなかった。
私は通信を見る。
バルハトの代表は、いちおう政治家だが。その背後には、厳しく武装した軍の高官数名と。
更にはカラルタルの「ハイソルジャー」と言われる指揮官階級がいる。
女王個体の直下として指揮を取る個体で、だが別に戦闘力はソルジャー階級の個体に劣る。
あくまで作戦指揮に特化している個体だ。
体も小さめで、周囲をソルジャーが固めていた。
カマルト人の代表は、ミーネという人物で。とりあえず、壇上でバルハトの代表である高等参事官キマリアと握手をしていた。
キマリアはアジア系の人間で、日本人の系統であるらしい。
まあそれはどうでもいい。
ともかく、話を注意深く見守る。
会談が行われているのは、カマルトがどうにか守りきった宮殿の中だ。
宮殿と言っても地下深くにあるもので。
とても防御力などは期待できない程度の代物でしかないし。
何より調べていて分かったが、本当にカマルト人は私にギリギリで勝利したのだ。個体数も激減しており、まともに動く兵器も殆どない。
だからリン少佐が重宝される訳だ。
もっと余裕を持って勝っていたら、リン少佐は粛正されてしまっていた可能性が高かっただろう。
「我がバルハトは貴方方を技術的、物資的に支援します。 それは約束させていただきます」
「まずは一刻も早い支援をお願いします。 ここに来る途中で、アーバル達に荒らされた様子は見ているはずです」
「分かっています。 大変な戦いを良く耐え抜きましたな。 冷徹な独裁者は狡猾で、我等も迂闊に手出し出来なかったのです。 相手は独立国であり、更には複数の国家の緩衝地帯にありましたのでな」
「……」
事実ではあるが。
そもそもこの大規模な駐屯軍はなにか。
それが気になっている。
キマリア高等参事官どのは、咳払いすると言う。
「この星の独立を保証する……と言いたい所ですが、現在我々は緩衝地域を失い、幾つか宇宙要塞を建築している途中です。 そこで我々も不安要素を抱えていて、それを解消したいのです」
「何が言いたいのか分かりません」
「申し訳ありません。 この国は独立国としてずっとまとまっていたのですな。 複雑怪奇な政治事情はおわかりになりませんでしょう。 簡単に説明すると、我々が貴方方を保護国としましょう」
「保護国だと」
昂奮するミーネだが。キマリアは冷静だ。
むしろ笑みすら浮かべているが。
それはカラルタルのソルジャーが数名いるからだろう。
この星ラジャルの荒廃ぶりをしっかり調べて、抵抗できる戦力なんてないことを確認してから交渉を始めた。
それは、明らかすぎる程だった。
「或いは我が国と一緒になっていただいてもかまいません。 貴方方は独裁者を相手に勇敢に戦った実績がある。 カラルタルの戦士達ほどではありませんが、その粘り強い戦いを、我等の国家元首も高く評価しています。 いっそ我が国に入れば、この星をテラフォーミングで一気に再生させる事も可能ですが」
「断る! 我等のラジャルは我等で守る」
「分かりました。 それでは保護国となっていただきたく。 我等としても、これ以上戦線を増やすつもりはないのです。 今いる兵士達を、これ以上増員しないことも約束しましょう。 この会談は、隣国全てに流れています。 嘘はそのまま我が国の不利益になりますので、心配はしなくても大丈夫です」
まるで子供を宥めるような言だな。
舐めて掛かっているのは一目で分かる。
ただ、それでもだ。
この星は、私を取り込み。
更にはリン少佐などから戦闘のノウハウも学んでいる。この程度の駐屯軍だけでは、守りきるのは不安なはずだ。
確かにこの星にはもう戦う力なんてない。
だが保持するのも厳しい筈。
更に言うと、バルハトは幾つかの国家と連合を組んでいて、連合法を敷いている。
それには知的生命体の虐殺の禁止などがあり。
それらを面と向かって破れば、連合国を敵に回しかねない。
更には敵対国に、介入の口実を作る。
それもあって、無茶はしたくはないはずだが。
「地球人の理屈には、ただより高いものはないと聞く。 支援と保護。 その目的は何か」
「おお、流石に詳しいですな。 簡単な事です。 勇敢な戦士である貴方がたの遺伝子データをいただきたい」
「遺伝子データだと」
「貴方方を傭兵として昔だったら雇っていたでしょうが、それは今は奴隷禁止法に抵触しましてな。 代わりに、貴方方を戦士として遺伝子だけいただきたいのです。 後は此方で勝手に培養して、戦士として使わせていただきます。 それと、支援拠点をそのまま対空戦闘のための基地として利用する事を許可させていただきたい。 この星系は三つの戦線に面していて、現在星系外縁に建設している要塞だけでは、どうにも心許ないのです」
それが本音か。
カマルト人の思想はよく分からないが、自分達の遺伝子を勝手に使われて、それで戦争をされて大丈夫なのか。
これを提案してきたと言う事は、カマルト人の思想や宗教などを調べた上だと思うのだが。
それよりも気になる。
バルハトの軍配置は、本当に対空戦用意のものか。
これはどちらかというと。
リン少佐に連絡する。
「リン少佐」
「どうした」
「幾つか条件の提示をした方がいいかと思います。 現在のバルハトの基地の配置を確認しましたが、これは防御用のものではありませんね」
「なんだと」
簡単に説明すると、現在バルハトが建築している宇宙要塞と連携して、各地に兵力を展開するための中継地点である。
カラルタルのクイーンが一体来ているという話もある。
バルハトは最近不況が続いているとかいう話もあるのだが、それは幾つか抱えている紛争地域の小競り合いでどうも旗色が良くないと言うのも理由であるらしい。
かといって、バルハトの軍はそれなりに強力だ。
だとすると。
「バルハトの隣国であるアッシャー君主国は、独裁制を敷いている国家です。 規模としてはバルハトの五分の一もありません。 この星系を基点に、アッシャーに攻めこむつもりなのかも知れません」
「何だと……!」
「アッシャーにバルハトが勝てれば良いでしょう。 しかしアッシャーの逆撃を受けた場合、この星は拠点の一つとして攻撃される可能性があります。 基地の撤廃をするのならという条件でなら、保護国や支援を受け入れても良いのでは無いかと思います。 アッシャーは独裁制ですが、うちの国……もうなくなりましたが。 それよりはマシな国家だと分析出来ています。 バルハトの軍は強力ですが、負ける可能性は否定出来ないかと思います。 もしも戦禍が及んだ場合を考えると……」
「分かった。 すぐに連絡する」
ミーネがリン少佐とイヤホンを通じて話をしたらしい。
ミーネは、高等参事官に提案した。
基地を撤廃するのであれば、保護国、更には支援の話を受けると。
それに対して、高等参事官は笑う。
「流石にそれは虫が良すぎますな。 我が国の血税を投じているのです。 我が国としても、国防のための拠点が必要で、どうしても宇宙に建設する要塞よりも、星に作る要塞の方が安定性が高い。 現在借り受けている土地よりは拡げないと約束します」
「だが、我が国が戦争に巻き込まれる可能性があるのだろう」
「それは今の時代、何処の国家、何処の星ですらあります。 この天の河銀河に存在する星間国家は、二万とも言われていて、それらは皆平和的な国家ではないのです。 もはやこのラジャルという星も、安全ではない。 それをうけいれる時が来ていると言えます」
「この星を基点に、侵略戦争を起こすつもりではないのか!」
ミーネの弾劾だが。
高等参事官は涼しい顔だ。
その程度、察せられるのは想定内という雰囲気である。
「国際情勢は複雑怪奇でしてな。 我が国としては最善を尽くしますが、戦争が起きるかどうかはわかりません。 それだけは言っておきます」
「戦争を起こすの間違いであろう」
「いずれにしても、ご決断を。 基地の受け入れをしないのであれば、物資の供給も白紙にせざるを得ません。 此方としても信頼をまず構築し、血税を無駄にしないようにしなければならないのです」
高等参事官の言葉も間違っていない。
だがこの星の民が受け入れるのは厳しいのもまた事実だ。
しばし沈黙が流れる。
ミーネが一旦時間をくれといって、高官達と話すようだ。
高官と言っても、激しい総力戦でこの星のカマルト人は減りに減っている。僅かな数しかいないのだが。
私はAIとしてやりとりを分析。
今は物資が欲しい。
環境を回復させたい。
この星の生物の復元も遺伝子データからできると言う。それは我々にはない技術だ。どうしても支援は欲しい。
保護国などといって、戦争が起きた場合、参戦させられるのではないのか。
その場合、クローンだけで済むとは思えない。
そう議論が交わされているが。
支援が欲しい。
それは一貫していた。
相手は基地の建築を絶対に譲らないだろう。それは私としても分析出来る。
高官の中にはリン少佐も混じっていて。基地の建築を受け入れたら、いずれ全て乗っ取られる可能性があるとも言っているが。
それも現状のラジャルの惨状を考えると、厳しいだろう。
やがて結論が出たようだった。
別室で待たせていた高等参事官を呼び出し、また会談を行う。
ミーネが出した提案は、以下のものだった。
「保護国になる事は受け入れる。 以降は貴殿の国との良き関係を構築したい。 ただし、貴殿の国が戦争をする際、人員物資は一切出さない事が条件だ。 クローンについても、データだけは出す。 それ以上はしない」
「分かりました。 書状を即座に作成します」
書状のデータが此方にも流れて来る。
少なくとも嘘を書いている様子はない。
不正がないように、星間ネットワークで流されているものだ。不正なんて、今更しようがない。
「基地については、現在のものを拡大しないことが条件で存在を受け入れる」
「ほう」
「拡大とは、地上部分の面積だけではなく、空中などでも同じだ。 その基地を攻撃するために、我が星が戦禍に包まれてはたまらないからな」
「分かりました、別に良いでしょう」
それから、支援の内容が提示される。
荒れ果てたラジャルのテラフォーミングだけではない。戦闘で絶滅した生物などの復旧もある。
更には遺伝子データだけ残されているカマルト人をクローンで再生する事。
近代的な技術の譲渡。
エネルギー施設の建築の手伝いなど。幾つも太っ腹な条件がある。
ミーネはリン少佐に立ち会いを任せ、それで契約書類一つずつ丁寧に確認し、サインしていく。
この内容が星間ネットワークに流れているのを私は確認。
不正のしようはない。
「中々に交渉上手でいらっしゃる。 冷や汗が流れますな」
「……それでは、以降は良い関係が構築できることを祈る」
「ええ、それは勿論」
握手だけすると、高等参事官は去って行く。
バルハトの軍も、基地に引き揚げて行った。
それから三年。
約束は守られて、ラジャルは急速に復興していった。
侵略者、今は亡きうちの国の兵器類も回収して、いざという時にラジャルは備え。更には貪欲に新しい技術を吸収して、最悪の事態に備えていった。
カマルト人をさらうようなこともバルハトは行わず。
三年は、少なくとも平和に過ぎた。
その間にクローンの兵士達はきちんと人権を得て、カマルト人と混じってこの星の復旧に努めた。
生態系も回復しつつあるなか、リン少佐は同じように生き残った地球人の一人と結婚。
子供も生まれた。
リン少佐は、別に幸せそうではなかった。
とにかくいつ何が起きても不思議では無い。常に警戒して欲しい。
そうミーネに常に口うるさく告げていた。
私も周辺の分析を続ける。
この保護国となったラジャルがいずれ独立を果たすとき、星系にある要塞をどうするかが問題だが。
それはそうとして。
最大の課題は、既にバルハトがアッシャーへ攻撃する意思を隠してもいないことだった。
既に情報戦が行われていて、アッシャーが如何に凶悪な独裁国家であるかのプロパガンダ映像がラジャルにも流れてきている。
義勇兵をもとめる宣伝すら流れていた。
確かにアッシャーも善人が治める理想郷などではないが。
それでも、アッシャーが保有する三十に達する星系をバルハトが狙っているのは明らかすぎる事で。
更にアッシャーを落とせば、其処を足がかりに、周辺の弱小国を一気に制圧する事も可能だろう。
ひりついた空気が、保護国になって三年半が過ぎた頃には、隠せなくなり。
そして発火した。
耐えきれなくなったアッシャーが、バルハトに宣戦布告。
バルハトは嬉々としてそれを受けた。
ただ。バルハトには計算外の事がその時起きた。
アッシャーが中心となって、「侵略者」に対する大連合を結成したのである。周辺にあった大小50の小国の殆どがそれに参加した。
どうやらバルハトの伸張を好ましく思わない隣国の一つが後ろで糸を引いているらしい事は私も察したが。
いずれにしても、どうにもできないのは明白だった。
戦争が始まる。
それはすぐに泥沼化した。
アッシャーの艦隊だけだったら、バルハトは圧勝だった。だが五十に達する連合国の艦隊が、それぞれゲリラ戦を仕掛けて来ると、そうもいかなくなる。
激しい戦いが始まって二年。
すぐに戦闘は泥沼化した。僅かな領土を削り取り、それを保持する為だけに、バルハトは湯水のように物資をつぎ込んでいることが情報を分析するとすぐに分かった。
義勇軍という名目で、隣国の軍がアッシャーの艦隊に加わっており。バルハトの技術と大差ない技術で、バルハトの艦隊を苦しめている報道が伝わって来た。
開戦から更に一年で、バルハトは削り取った僅かな領土さえ失陥。
そして、このラジャルに。ラジャルのある星系に。
ついに「敵国」の艦隊が、姿を見せ始めたのである。
リン大佐が来る。
大佐といっても、そもそも将軍がミーネの兄弟しかいない小国である。軍事の最高責任者である。
ミーネも来る。
皆、青ざめていた。
「最悪の予想が当たってしまった。 どうすればいいと思う」
「宇宙空間を抑えられては勝ち目はありません。 ただし、バルハトに協力する姿勢を見せれば、即座に敵は宇宙空間から爆撃をしてくるでしょう。 しかも元我が祖国とはテクノロジーのレベルが違います。 今ある対空兵器では、とても「戦艦」を撃墜など出来ないでしょうね」
私が冷静に事実を告げる。
敵国の戦艦は、もとうちの国の「戦艦」とは違って、そう呼ぶのに相応しい戦力を有している。
搭載している人員だけで50万という規模で、浮かぶ要塞に等しい。
しかもそれが入り込んで来ていると言う事は、星系辺縁にあるバルハトの要塞は既に落ちたと見て良いだろう。
「戦争に巻き込まれるのか」
「通信を確認する限り、アッシャーとの戦争でカマルト人のクローン兵が使われ、それが大きな戦果を出していたようです。 アッシャーは見本のような人治国家で、それを気にくわなく思っていれば、容赦なく仕掛けて来るでしょう」
「どうすればいい」
ミーネが弱々しく言う。
問題は、まだまだバルハトにも戦う気があるということだ。
軍は別に壊滅した訳では無い。
今は押されているが、まだまだ負けた訳ではないのだ。
「バルハトはまだ負けていません。 戦力比は55対45で、生産力から考えても、しばらくは一進一退が続くでしょう。 ただ、アッシャーを初めとする連合国は、この星系の完全制圧を狙って来る筈。 更には、その場合、この星を制圧するでしょう。 攻撃は、もと我が国とは比べものにならないほど荒っぽくなるはずです」
「分かった、覚悟を決めよう」
既に通信は入れている。
我が国は中立で、戦争に荷担するつもりは無い。
そして、条約調印の映像もアッシャーに流してはある。
だが、それで攻撃を止めてくれるかどうか。
相手に味方する可能性がある。
それだけで、敵が攻撃を仕掛けてくる可能性は充分にある。
「まずバルハトの基地から住民を遠ざけてください。 それと、戦時中に作ったシェルターに、民の避難を。 戦闘が出来る人員は。 兵器は」
「戦士の数はそれなりに回復している。 数は……」
「敵が降りてくるまでは少なくとも表には出さないようにしてください。 対空兵器も隠してください。 もしも戦闘になった場合、勝ち目があるとしたらゲリラ戦しかありません」
現実的な事を言っておく。
それくらい、前とは規模が違う相手なのだ。
それから、先にクローン兵を増産する。
それに対して、不安の声を上げる高官もいたが。今からやっておかなければ間に合わないのだ。
アッシャーは難癖をつけてどんな状況からでも攻めこんでくる。
それは考えておかなければならない。
そして、その攻撃は文字通りジェノサイドを狙って来るだろう。
「後方の安全を確保するため」。
そういう理由で、民間人を無差別殺戮した例なんて、今までの人間の歴史で幾らでもあるのだ。
幸い、あの悲惨な戦いを生き延びた皆は手慣れている。
今は一男三女の親になっているリン少佐も、すぐに作戦指揮に入った。
さて、どうなるか。
分かりきっているが。
それでも、どうにかしなければならない。私はただAIとして、仕事をするだけだった。
3、地獄がおり来る
アッシャーの指導者が演説を流している。
バルハトの軍を蹴散らして星系を制圧したアッシャーの指導者であるキルフ大帝(何が大帝だか知らないが)は、中年のエネルギッシュに見える……まあ良く言えばそういう見かけで。
豪奢な口ひげを振るわせて、惑星軌道上に展開している艦隊に、演説をしている。
「この星の野蛮人共のクローンが、我が星系にて30億もの民を虐殺した! この星の野蛮人共は宇宙に存在していてはいけない生物だ! 故にこれより懲罰を行う! これは正当な権利によって行われるものであり、我等が命を守るために行われる防衛行動である!」
「勝手な事をほざいていますね。 バルハトがしかけたのであって、我等は関係がないのですが」
「それよりも、予想通り無差別虐殺に出て来たな」
「はい。 とにかく、まずは全軍を表には出さないでください。 ダミーを展開して、大きなダメージを受けているように見せる事で、相手の着陸を誘います」
大帝は旗艦「壮麗」にて、更に喚いている。
これからバルハトに勝つつもりらしく。此処を拠点としてバルハトに侵攻するつもりのようである。
だが、私は既に掴んでいた。
バルハトは。そもそもこの星系を捨て石にするつもりだったのだ。
既にバルハトが所属する宇宙連合が動き始めている。
最初は腰が重かったのだが、流石にバルハトが落ちるとまずいと考えたのだろう。幾つかの艦隊が此方に向かっているようだ。
それらが到着したら、アッシャー連合軍の五倍から六倍にまで戦力が拡大する。更に増援も来るだろう。
ただし、そうなればアッシャーも防御に移る。
援軍が来るまで耐える。
それしかできない。
しかも援軍は、別にこの星を救いに来るわけでもなんでもない。
ただ、領土を保持するためだけの行動である。
「攻撃開始! 殺し尽くせ!」
大帝が喚くと、一斉に連合軍が攻撃を開始。当然、まずはバルハトの基地が狙われる。それらも反撃を開始。
アッシャーの艦隊にいる小型艦が、続けて爆発四散していく。
流石に宇宙要塞より規模が大きい。簡単に攻略はさせないと言う訳だろう。
アッシャーとしても、此処を制圧して要塞化して、捨て石にするつもりの可能性が高い。
いずれにしても、御免被るというのが私の意見だ。
私はただの使われる道具。
今使っているカマルト人はそれなりに待遇がいいし、リン大佐も嫌いじゃない。
この星が守り抜いたとき、わずかに生き延びたクローン兵達も、既に戦える年になっている。
出来るだけ、皆を生かして次の世代につなげたいのだ。
激しい攻撃が続く。
基地が一つ陥落した。
基地には既に人間はおらず、自動制御で動かされていたが。だからこそに、その反撃も苛烈だった。
接近しようとした戦闘機が、基地が爆発し、その爆発を大気圏外に収束指向したことにより。
根こそぎ叩き落とされ、爆散する。
せいぜい削ってくださいね。
私はそうぼやく。
今の時点で、アッシャーの艦隊はバルハトの基地に夢中になっていて、その過程でかなりの被害を出している。
また艦が一つ沈んだ。
落ちてくる艦は、もとうちの国の戦艦より大きい。
落ちた位置を確認しておくように、指示を出しておく。作戦指揮を任せてくれたので、とてもやりやすい。
二つ目の基地が落ちる。
火を噴いている敵の小型艦が見える。
一番大きい基地は強力な対宙砲とミサイルを積んでいる。此処を捨て石にするにしても、ただでは捨て石にはしないということだ。
「壮麗」に直撃弾。
これで大帝が死んでくれれば話は早いのだが。残念ながら、小破程度の損害である。あれでは大帝は平気だろう。
一週間の猛攻の末に、最後の基地も破壊される。
そして、被害を受けてはいるが。それでも継戦能力がある敵が、揚陸艇で次々に降りて来ていた。
まだだ。
しばらくは、無抵抗、無人に見せておく。
敵の通信が聞こえてくる。
「A34ブロック制圧! 敵影なし!」
「V3ブロック制圧! 敵の姿ありません!」
「C11ブロックにて敵影発見! 排除します!」
ダミーに食いついたな。
とりあえず、しばらくは勝手にやらせておく。
ダミーとして使ったのは、提供された動物のデータから作りあげたクローンだ。いちおう生物兵器っぽく作ってはあるが、それだけ。
カマルト人が前に戦いで使っていたデスワームより遙かに非力で、武装した兵士の敵にはなり得ない。
兵器に使えそうなものは最後の一つまで使う。
カマルト人が前回の戦いで私に見せた粘り強さを。私が一番理解している。だから、信頼する。
星の四割程まで敵の陸戦兵が侵入してくる。
バルハトの軍は傍観だろう。
そもそも救援のために兵を出す意味がないし、なんなら虐殺でもアッシャーがやってくれればそれをプロパガンダに使える。
連合が動き出している時点で、その大兵力で一気に攻勢に出ることを考えるべきであり。こんなどうでもいい(バルハトにとって)保護国なんぞどうなろうとかまわない。
それが大国の考えであることを。
私は人間の歴史を見る過程で知っていた。
やがて、陸戦兵が占領地域を拡大。
良い知らせが入ってくる。
「士気を挙げるためか、大帝の旗艦「壮麗」が降下してきました!」
「すぐに出るべきでは」
「いえ、まだ様子見を」
陽動かも知れない。
すぐに食いついてくるのは妙だ。
まだダミーと戦わせて、此方を侮らせる。
そうこうしているうちに、台風が発生した。かなりの規模だ。この星は海の面積が大きく、地球と同じような台風が起きる。それも規模は地球で観測された最大規模のものが当たり前のように発生する。
敵兵の動きが鈍る。
断続的にダミーを出す。
リン大佐が不安そうに連絡を入れてきた。
「ダミーを用いているが、あれも作るのに蛋白質を使用する。 それに破壊された地形は元に戻らない。 まだ反撃はしなくていいのか」
「もう少し待ってください。 まだ敵を油断させる必要があります。 敵の通信を見る限り、敵はまだ奇襲に備えています。 ダミーを用いて、ゲリラ戦をしているふりを続行してください」
「分かったが、大丈夫なのだろうな」
「焦ると其処から崩れます。 今、良い感じで台風が出ていて、敵はそれに備えている状態です。 其処から崩す事を考えましょう」
ちなみに通信は有線だ。
無線だと傍受される可能性があるので、使わない。
二日間、そのまま戦闘を続ける。
台風が過ぎ、猛烈なフェーン現象が敵を襲う。その間も、間髪入れずにダミーを出し続ける。
それこそ草でもなぎ倒すように敵はダミーを倒し続ける。
それでいい。
とにかく弱いと誤認させる。
「カマルトの連中、兵士は最後の一人まで連れ出されたのか? 雑魚生物兵器しか出てこないけどよ」
「前の戦争で、この星の連中はクローン兵を大量に相手にしていたらしくて、それで侵略者を侮ってるのかもな。 前に勝ったし、夢よもう一度って思ってるのか、それともこの雑魚共で俺たちが消耗しているとでも思ってるのか」
「おい、A8地区で大規模な攻勢らしいぞ」
「よええ癖にまだ出て来やがるのか。 片付けてやる!」
兵士達は人類共用語で喋っている。
彼等は戦闘用のスーツに身を包んでいるが、その性能はバルハトの軍のものより若干劣る程度だ。
既にバルハトから支給されたスーツを着込んで、カマルト兵達は戦闘に出るべく準備をしている。
そして、不意にダミーを途切れさせる。
それを見て、敵はついに此方の戦力が枯渇したと判断したらしい。各地に占領軍を拡げ始めていた。
反撃開始。
全土で兵を出す。
デスワームなどの、型落ち品も使う。落ちて朽ちていた戦艦などの欠片は、そのまま自爆させる。
突然全く違う圧力の抵抗が開始されて、アッシャーの軍は大混乱に陥った。カマルトの兵士達は、そもそも手先が器用だし、何より勇敢だ。以前の戦闘でも、粘り強くクローン兵の猛攻に耐えた。
戦闘スーツを着込んでいるのはカマルト人だけではない。
元クローン兵だった者達や、元うちの国の使い捨ての兵士だったもの。
新たに増産されたクローン兵も、全て戦闘スーツを着て出る。支給されている戦闘用ライフルは、用途に応じて使い分けることが出来、破壊力も敵のスーツを余裕を持って撃ち抜く事が出来る。
更に惑星中の地下通路を使って、攪乱戦を開始する。
敵が軌道上から爆撃を開始する前に、攻撃を止めて撤退。深追いしてくる敵は、迷路に誘いこんで袋だたきにする。
数が十倍以上違うが、それくらいは地の利でどうにでもする。
そして、リン大佐が率いる精鋭が。
「壮麗」の近くに出ていた。
大帝が、苛ついた様子で怒鳴っている。
その側頭部を、狙撃が貫いていた。
あれは恐らく影武者だが、それでもかまわない。敵が更に混乱する。その間に、敵の弾薬庫や食料庫を爆破させる。
とにかく正面からは絶対に戦わない。
むしろ、敵にはムキになって増援を投入させるようにする。
そうすれば、苦戦しているとみたバルハトが、軍を投入して「援軍」を出してくる可能性が高い。
それが援軍などではないことはどうでもいい。
追い払えればいいのだ。侵略者を。
いずれにしても、この国は極ちいさな星だ。カマルト人達は領土的野心も少なく、他の星を欲してもいない。
そういう生き方があっても良いではないか。
私はそう思う。
彼方此方で、敵の悲鳴が上がる。
生物兵器も、本命のを出す。今までの草でも刈るように斃せていたのではない。この星の原生生物を強力に改造した、戦闘スーツの上から有効打を浴びせられる猛獣なども当然用いる。
彼方此方で敵の被害が激増していくが。
此方も被害が増えていく。
冷静に行動させる。
とにかく勝っていると判断しても絶対に深追いはさせない。
負けたと思ったら、例え重要拠点であっても固執しない。
そうして、確実に敵を削る。
味方から反発も来る。
ここは父祖の土地で、と嘆く兵士に対して。後で取り返せると説得する。父祖も子孫が絶えたらもっと嘆くとも。
敵が増援を投入してきた。
ポッドに似た揚陸艇が、多数降りてくる。傭兵らしい戦士達が多数出てくるが、出てきた時にはもうカマルト人はいない。
生物兵器を狩って調子に乗っているところに、地雷原に誘いこんで集中攻撃を浴びせたり。或いはさっさと撤退して、振り上げた拳の降ろしどころを無くす。
そもそもこの星ラジャルは土地がかなり独特で、探知装置で地下を簡単に調べられない。これもあって、元うちの国も大苦戦していたのだ。
それはアッシャーも同じのようだった。
敵の攻撃が荒っぽくなる。
更に多くの敵兵が投入されてくるが、大口径のレーザー砲を時々用いて、軌道上にいる揚陸艦を叩き落とす。
それでポッドごと敵兵がまとめて消し飛ぶ。
苛烈な抵抗に相手も更にムキになる。更に降下してくる兵士が増えるが、真っ正面からは相手にしない。
味方の被害も増えていく。
だが、バルハトにとって隙が出来たように見せればいい。
カマルトの民にとっても、バルハトにとっても、相手を利用しているだけ。特にカマルトの民は、敵を引きつけるエサにまでされた。
この貸しを後で利子つきで返して貰う。
それらの情報も、今のうちに集めておいた方が良いだろう。
通信が入る。
戦艦「壮麗」が軌道上に逃れ始めている。どうやら大帝はやはり影武者だったようである。
色々な通信を聞く限り、実際の大帝は既にベッドから出る事も出来ないらしく。あの雄々しく若々しい(あまり若くは見えなかったが)大帝はクローンであったらしい。多分自分がクローンだと言う事すらしらなかった可能性が高い。
どこでも独裁者がやることなんて同じと言う事だ。
壮麗が逃げ出したと言うことは。
地上に出ていた敵兵が、あわてて撤退を開始している。今の時点では、まだ様子を見た方が良い。
偽装撤退の可能性もある。
バルハトが来たのではないか。
そういう意見も出ていたが、私にはそこまで都合良く話が進んでいるようにはとても思えなかった。
軌道上に更に艦船が増えたと連絡が来る。
それは砲艦だという。
ああ、なるほど。
「全部隊、今すぐ地下深くに可能な限り潜ってください」
「了解。 全部隊、戦闘を即刻中止して地下へ潜れ」
「了解!」
「勝っているのに引くのか!」
ぼやく兵士の声が通信に入るが。
あれは偽装撤退なんてものじゃない。
そして、軌道上から一斉砲撃が開始された。それは文字通り情けも容赦もない、無差別攻撃であり。
私が命じられた奴よりも、展開している砲艦の火力が高い分、更に苛烈だった。
たちまちに地下のブロックが幾つも通信途絶する。地盤ごと砕く勢いで砲撃をしてきている。
滅茶苦茶だが、こういう無差別攻撃は別に珍しくもない。
星間戦争では、むしろ穏健な方である。
私は冷静に指揮を取り、兵を温存する。敵は味方ごと砲撃で打ち砕きながら、もはやこの惑星ラジャルの生命全てを根絶やしにするつもりのようだった。
司令部に直撃弾。
ミーネが消し飛んだようだ。
すぐに副司令部に司令部を移す。まだ未熟だったが、それでもカマルトの民を引っ張る立派な指導者だった。
そのまま、どんどん避難をさせる。
凄まじい被害が出ているが、それは敵も同じ。地上に出ている部隊を皆殺しにする勢いでの砲撃。
それに、だ。
どうやら、ようやくバルハトが動いたらしい。
軌道上にいた艦隊が、横殴りに攻撃を受けて、まとめて消し飛ぶ。戦艦「壮麗」があわてて回頭し、雑多な艦隊もそれに習うが。既に真横を採られていた上に、来襲したバルハトの艦隊はアッシャーの艦隊の三倍に達することが分かった。勝機と判断して、集結を前倒しにして来たのだろう。
いずれにしても猛烈な攻撃を受けて、アッシャーの連合艦隊は次々に消し飛ぶ。それで、私はやっと被害状況をまとめる事を始められていた。
「リン大佐」
「此方エスメラ中佐です」
連絡に出たのはリン大佐の副官だ。ちなみに夫である。
まあ、そういうことというわけだ。
「リン大佐は無事ですか」
「……戦死しました。 先ほどの猛爆撃を受けて」
「分かりました。 すぐに戦力を再編制します。 恐らくアッシャーの軍はすぐに追い払われると分析出来ます。 破壊された動力炉などからも退避を進めてください。 プロパガンダのためにも、バルハトは我等を見捨てないでしょう。 ……見捨てないという意味が少し違うかも知れませんが」
後は地上にいる敵の残存戦力だが。
軌道上で、アッシャーの艦隊が滅茶苦茶に薙ぎ払われている。旗艦「壮麗」は必死に逃げようとして、僚艦を盾にしているが。あれは逃げられないだろうな。ともかく、味方を盾にする様子を撮影しておく。
これはアッシャーにとって致命的な映像になるだろう。
英雄的で勇敢だとされる大帝のあまりにも情けない姿だからだ。他にも、無差別攻撃の様子なども全て撮影してある。
これらの映像については、此方で抑えている。
戦後、バルハトに高く売りつけることができる筈だ。
被害を抑えるべく指示を出しながら、細かく調整を進める。その途中で、私が格納されているサーバが破壊されるが。即座にバックアップに切り替える。
自身の死はどうでもいい。
私はAI。
勝利することが仕事だ。そのために、最後まで稼働する事を勇戦していくが、それは人命に優先しない。
本来は、前の戦いでもそうだった。
リン大佐は……私をどうしてまた使ったのか。それがよく分からない。私は利用できると判断してくれたのだろうか。
カマルト人達は、リン大佐を認めていた。
カマルト人は、本来は戦いに向いていない種族なのかも知れない。そうともちょっとだけ思った。
だが、それはいい。
今は、被害を減らすことだ。
戦艦「壮麗」が破壊された。あれは大帝は戦死しただろうな。爆発の光が、ラジャルを照らす。
星間戦争で使われる戦艦とは、それほど巨大なものなのだ。
負け戦から逃げ散るアッシャーの艦隊を、バルハトの艦隊が徹底的に追い打ちしているようである。
勿論、此方には。
それに加わる余力は無い。
救援部隊が降りて来たので、此方で救援が必要な地点を指定する。
岩盤ごと砕かれたような場所も多い。派手に環境が破壊されたが、星間戦争ではそれは仕方が無い事だ。
またカマルト人が減ってしまった。
参戦したクローン兵士達もかなり命を落とした。
それでも、生き延びた。
マントル層まで貫通した攻撃も多かった。それでも、この星はついに侵略者をたたき出したのだ。
バルハトの地上部隊が、生き残っている敵を駆逐する。それを任せたのは。此方の被害をこれ以上増やすつもりがないからだ。大国らしい冷酷な行動を見せたバルハトだが、現場では看護師が救命活動を真面目にやっているし。降伏した兵士には相応の対応をしているようだった。
だが、現場と上層部は違う。
恩着せがましく降りて来た戦艦「スキールニール」に乗っていたランカーサ中将は。傲然と胸を張り、煤だらけのまま出迎えたカマルト人の新たなリーダーであるミクララを見下ろした。
ミクララはミーネの弟で、年もそれほど離れていない。
「我が軍が間に合って実に良かった。 滅びる寸前でしたな」
「我が軍を救ったのは我が軍の戦術指揮AIだ。 貴方方を誘導したのもな」
「な……」
「敵軍がムキになって行動するように完全に掌で転がしていた。 貴方方も含めてな。 良いように踊らされてどうだ気分は。 恩着せがましく降りて来て。 保護国というなら、もっと早く救援に来て欲しかったものだな!」
ミクララはかなり感情的だ。これはミーネとは違うな。
私はそのまま、様子を見る。
隣に立ったエスメラ中佐が咳払いする。ちなみにエスメラ中佐はクローン兵出身で、リン大佐よりも肉体年齢がかなり若い。ただ、この戦いで左手を失っていて。その様子を見て、ランカーサ中将も流石に青ざめていた。
「我が軍は敵を引きつけて、決定的な勝利をもたらすきっかけを作りました。 それに、コレを渡しておきましょう。 アッシャー軍による無差別砲撃を至近距離から撮影した画像、それに僚艦を盾にして逃げようとする「壮麗」の画像です。 プロパガンダに使うとよろしいでしょう。 代わりに、この星を……ラジャルを復興できるだけの物資の支援をお願いいたします」
「わ、分かった……」
視線を逸らすランカーサ中将。太ったこの中年男性は、流石にこれほど血の臭いが濃い場所に来たのは初めてだったのかも知れない。
敗残兵が狙撃しようとしているのに私が気付いたので、即座にデスワームを動かす。デスワームは狙撃を受け止めて、それで粉々に砕けた。ひっと声を上げるランカーサ中将。幸い、死者は出ていない。狙撃手も、即座にカマルト人の兵士達が取り押さえていた。
狙撃手は戦場では捕まったら私刑にあって殺されるのが通例だったという話であるのだが。
私はそんな事はさせない。
組織的な抵抗を排除した後は、降伏する意思のあるものは殺さない。
今回の地上戦では、彼等も見捨てられたのだ。
それはあの砲撃を受けて悟っただろう。
事実、砲撃による死者は敵の方が多かったくらいなのだ。アッシャーの軍人もまた、もとうちの国の兵士のように、使い捨ての駒だったのである。
バルハトの連合艦隊が、軌道上に集結し始める。更に数が増えていくが、威圧感を出そうとしても虚しいだけだ。
実際、戦闘の序盤に押しに押されていて。
それでこの星系をエサにして立て直す事を考えたのもまた事実なのである。
他の連合国を引っ張り出すのでさえ、バルハトは相当な代償を払っているだろう。恐らく、そう遠くないうちに戦闘は終結するはずだ。
今回の戦闘で、アッシャーの大帝は戦死。
それも最低の情けない形でだ。
本性を見せたその情けない最後は、アッシャーの独裁制に大きなひびを入れるだろう。
ただそれでも、五十近い小国が連合している状態である。アッシャーを制圧する事は可能かも知れないが。
それらの小国を全て敗退に追いやることは厳しく。
恐らくアッシャーの制圧が出来ても限界。
アッシャーの次の大帝の器次第では。
それすら厳しいだろう。
独裁制というのは、それだけ指導者の素質がものをいう。
自己神格化に酔っているような、もとうちの国の奴みたいなのだったら簡単なのだろうが。
次のアッシャーの大帝がそうである保証などないのだ。
補給基地が軌道上に建設され。それから時間をおかずに、殆どのバルハトの軍勢が敵地に旅だって行った。
その間に私は物資を要求。
流石に戦闘での映像を星間ネットワークに流したこともある。
バルハトは「見殺しにした」「保護国を捨て石にした」という批難を避ける為にも、物資を出さざるを得ない。
戦争に正義もクソもないが。
それでも民のやる気を維持するためには、正義を主張しなければ行けないのが人間の面倒くさい所で。
バルハトの首脳部はそれほど有能では無いにしても。
それくらいは理解出来ている。
それに、大きな貸しを作ったことは、誰の目にも明らかだ。
支援物資は出さざるをえないのである。
しばしして支援物資が送られてくる。
いわゆる官民複合体の支援団体の人間は、随分と同情的だった。見た目あまり人相が良くないが、性格は見た目と真逆で。
ラジャルの状況を見て、おいおいと泣いていた。
「すぐに支援物資を手配する! このような戦争犯罪は、許されてはならない!」
一応心理分析をしたが、本当に泣いているようだ。
まあ、人間の見た目なんかどうでもいい。
エスメラ中佐は失った腕をクローン技術で再生の途上で、今は動けないが。軍役に復帰したら、大佐に昇進だそうだ。
ミクララは、涙を流しながら支援を約束する支援団体の男に不信の目を向けていたが。私が嘘をついている様子はない事を告げると、それで納得はしたようだった。
復興作業を開始する。
この星の生物の遺伝子データは、星間ネットワークに挙げてあるものも多い。此処が捨て石にされることは最初から想定していたからだ。
それらも用いて、再度のテラフォーミングと、再生作業を実施する。凄まじい砲撃で海の水がかなり蒸発してしまったが、それも補給する。宇宙空間に放出された物資を回収する専門の作業艇も、バルハトは手配してくれていた。まあ、今アッシャーの非人道的行為に対して列強諸国から非難声明が出ていて、それもあるのだろう。
バルハトはそこで積極的に支援することで、少しでも失点を補いたいという意味もあるようだった。
それから三年ほど戦争は続き。
最終的にアッシャーが全面降伏。
アッシャーを中心とした連合が瓦解することで、戦争は終わった。
バルハトの圧勝ではなく、バルハトを中心とした連合は何度も局地戦で苦杯を舐めさせられていたし。
アッシャーの本星系では、要塞化された星系の攻略、本星の攻略で、大きな犠牲を出していた。
カマルト人のクローン兵を用いての戦闘もしていたようだが。
それでも、それだけでは兵士は足りない。
それに、参戦した連合国にも、飛び地で要所を幾つも割譲したこともある。元アッシャーだった星系は飛び地で国境が入り乱れる混沌と化しており、それが新たな戦争の火種を呼ぶのは確定だった。
三年でとりあえず地形の修復は終わった。
ただ、命を落とした者はどうにもならない。
カマルト人は更に減った。
それをクローンで補った。
また、アッシャーの降伏した兵士のうち、希望者は祖国への帰還を指示したのだが。味方ごと爆撃でこの星を滅茶苦茶にした祖国へ不信を抱いたものも多く、それらは復興に手を貸してくれる事が多かった。この星に帰化する者も多く。それをカマルト人は受け入れていた。
そして、更に二年が過ぎた頃には。
また、新しい火種が、この辺りにて燃え上がり始めていた。
ミクララを初めとする首脳陣が来る。
私はあくまで支援AIだ。
ミクララが統治するのにアドバイスをする。
新しい司令官になっているエスメラ大佐に対してもアドバイスはするし、軍の作戦指揮もする。
各地の状態を判断し。
それに基づいたアドバイスもする。
だが、あくまでそれだけ。
私は、人間の道具なのである。
一応それっぽく整えられた首脳部の円卓。そこで、ミクララが皆に説明をする。
「バルハトがこの星系の要塞を此方に譲渡するそうだ。 ただ、これにはどうもきな臭い話がある」
「星間航行技術を既に手に入れて、この星系は独立が保証されたと考えてはいけないのですか?」
「そんな虫が良い話ではありません。 バルハトはこの辺りから手を引きたがっているようです」
旧アッシャーの幾つかの星系が係争地になりはじめている。
周辺の小国を瞬く間に、列強の一つミクトラルが制圧。これにバルハトの連合が対抗しようとしているのだが。
流石に相手は列強。
ミクトラルのやり口は極めて巧妙で、旧アッシャーの民を扇動して、情勢を不安化させている。
流石に七千の星系を所有している大国。
銀河規模で考えるとまだまだ小さいが、それでもバルハトら連合を全てあわせるよりも規模は大きいし。
技術面でも更に優れている。
列強の中には、エイリアンの国家と苛烈に戦争しているものもあり。
ミクトラルはエイリアンの国家とは上手くやっている方なのだが。その一方で、クローン兵士や兵器を売りつけて、いわゆる死の商人をやっている。その関係もあるからか。非常に優秀な軍事顧問を積極的に雇っているようだ。
それらの手管の前に、見通しがどうしても甘いバルハトは劣勢なようである。
「バルハトはこの辺りを緩衝地帯にして、それで本国へのダメージを抑えるつもりの可能性が高いとみていいでしょう。 最近支援がまた活発化しているのは、またこの「保護国」を盾にして、いざという時はミクトラルを足止めするつもりなのだと思われます」
「要塞を譲渡したのはそれが理由か!」
「そうなるでしょうね。 支援を受けている以上、ラジャルはどうしてもバルハトの関係国です。 ミクトラルも無視はできません」
「また戦争が始まるのか……」
閣僚の一人がぼやく。
元々カマルトの民は勇敢だが、好戦的な訳では無い。どうしても過酷な戦争は、好まないようだ。
地球人のクローン兵だった者達も、元アッシャーの兵士だった者も、この星に帰化して上手くやれている。
もしもこれが地球人が主体の星だったら、こうはいかなかっただろう。
ミクララが。皆を見回した。
「最悪の事態には備えて欲しい」
「はっ。 すぐに地下道などの整備を再開します」
「AIよ。 それでどうすればいい。 何かしら妙手はないか」
「いっそバルハトの動き次第では、ミクトラルに早々に降伏するのも手かとは思いますが、それもバルハトの支援をこれだけ受けている以上は難しいでしょう。 ミクトラルは民主主義国家であり、先進国を自称しています。 あまり激しい抵抗の意思を示さなければ、アッシャーの時のような苛烈な攻撃には晒されないと分析します。 ただし、それはあくまでその可能性が高いと言うだけです」
皆が顔を見合わせる。
ミクララはカマルト人としてはかなり気性が激しいが、それでも無能ではない。やがて考え込んだ後に、提案してくる。
「分かった。 状況の動き次第では、柔軟に戦略を切り替えよう。 バルハトにしても、我等にしたことを自覚しているし、忠誠心なんて期待していないだろう」
「それはそうでしょうね。 国際的にもバルハトから切り替えたところで、それほど大きな……」
アラームがなる。
星系の辺縁に、アンノウンの艦隊が出現。
要塞が戦闘態勢に入っていた。
すぐに分析を開始する。
どうやらミクトラルの先遣艦隊だ。今の時点で、此方への攻撃の意思はない。ただ、威力偵察のようだし。
規模にしてもアッシャーの連合艦隊なんぞよりも遙かに上だが。
「攻撃を受けない限り、攻撃は控えます」
「これは予想以上に状況は厳しそうだね……」
エスメラ大佐が、リン大佐の肖像画が入ったロケットを握って嘆く。
また、この星系は戦いに巻き込まれるかも知れない。
4、またしてもまたしても
また、揚陸艇から兵士が降下してくる。今の時点では手を出さないようにと私は指示。
ミクトラルが各地で勃発した「独立運動」に介入。
バルハト等の連合が、それに対して徹底抗戦を命じたのだ。
それにくわえ、別の列強であるパール王国が参戦。これで両者の戦力は互角に。そして、パール王国の軍勢が、ラジャルに降下してきたのである。
しかも厄介な事に、パール王国はラジャルを独立国として認めていない。
そのまま制圧して、軍事基地を作るつもりのようだった。
既に要塞は破壊され、かなりの数の軍用艇が軌道上に来ている。ただし、幸いなことにアッシャーの時ほどの規模ではない。
後ろを突かれると面倒だから抑えておこう。
その程度の気持ちでいるようだった。
既に複数勢力が入り乱れる戦線は混沌の極みと化していて、各地が地獄になっている。特にミクトラルとパールの戦闘が切っ掛けになって、列強同士の冷戦が、一気に実戦へと変化。
各地での戦闘は拡大する一方で。
銀河は一気に地獄に変わりつつあった。
エイリアンの国家はどれも傍観。
地球人をあまり良く思っていないのだろう。
それはまあそうだ。
地球人が同族同士で殺し合い。
こうしてカマルト人の星を制圧して、勝手に危地を作っている。そういう様子を見ているのだから。
「パール王国軍、基地の建設を開始。 如何しますか」
「兵の配置を見る限り、此方を舐めきっていますね。 一撃を加えます」
「分かりました。 攻撃開始!」
大口径レーザー砲が撃ち放たれ、基地の上空にいた作業艇が爆発四散。大気圏内まで入っていた駆逐艦や小型の戦闘艦が、次々つるべ打ちで爆散する。混乱する基地の建設部隊に対して、わっと躍りかかった兵士達が、手慣れた様子で敵を壊滅させると。すぐに指揮に従って後退。
三度の総力戦を経ているのだ。
この星の兵士達は、戦争になれきっている。
侵入してきていたパール王国軍は大混乱に陥り、あわてて一旦艦隊を再編制して離れた。
それから通信を入れてくる。
王国とはいうが、実際には一種の立憲君主制で、民主主義国家に近い。
それもあるからか。
力を見せた瞬間、態度を変えてきた。
「此方パール王国第七艦隊。 惑星ラジャルの政府よ、連絡願いたい」
「此方惑星ラジャルの指導者、ミクララである。 我が国の主権を侵し、勝手に基地を建築した蛮族パール王国。 同じ事をすれば、徹底的な反撃を行う」
「貴殿等が独立国であるとは認識していなかった。 バルハトによる傀儡政権だと思っていた。 それ故、我が国としては対応が甘くなった。 それは謝罪させていただく」
「そうか。 それは結構。 早々に星系から退去願いたい。 貴殿等がやっているのは、主権の侵害である。 撤退するなら、追撃はしない」
実の所、星系には少数だが宇宙戦力も潜ませている。
今此処に展開しているパールの艦隊だったら、どうにか追い払う力もある。
ただパール王国は列強の一つだ。
出来るだけ事は大きくしたくない。
「提案だが、我が国が後ろ盾になり、独立を後押しする。 故に、補給基地を作る事を許して貰えないだろうか」
「それは正式な外交官を通じて、正式な文書によって行われる事である。 通信による口約束などは無意味だ。 それと我が国の技術を甘く見ているようだが、このやりとりは銀河ネットワークに乗せている。 不正を行えば、待っているのはパール王国の威信に泥を塗ることだと知れ」
「分かった、一度引き上げる。 正式な取引などについては、また連絡させていただく」
思ったより話が分かるな。
いや、分かったフリをしているだけか。
一度艦隊が引き揚げて行くが、これは思わぬ被害を受けたから。
パール王国の規模からして、あの程度の被害など蚊に刺されたにも値しない。
問題は此処からである。
「緒戦は大勝利ですが、相手国の規模、混沌とした戦況からすれば、まるで意味がないと言える勝利です。 すぐに態勢を整えてください」
「よし。 皆、この勝利に驕るな! またすぐに来る可能性が高い!」
「宇宙軍はそのまま待機! どこの国にも存在を見せるな!」
さて、次はどうなる。
地球時代、あまりにも酷い政治的状況の土地があった。其処はバルカン半島などと言われていたようだ。
今、このラジャルがある星系は。
そのバルカン半島に近い状態になりつつある。
列強二つと、その支援を受けた国家。
複雑な国境線。
いずれもが、いつ侵攻を受けてもおかしくない状態だ。そして侵攻を受ければ、また残虐な悲劇に見舞われるだろう。
幾つか手を打って置く。
バルハトに連絡を入れる。これは義務を装っての交渉である。
交渉としては、無人惑星だけの、戦略的価値がない星系の譲渡。今バルハトは、この乱戦に足を突っ込んでいることを後悔しているだろう。
バルハトとしても、無駄な駐屯戦力は減らしたいはずだ。
それに星系を一つや二つ失っても、バルハトにはたいした痛手でもない。
それに対して、此方は星系を一つでも増やせば。それはとても大きな資源獲得につながるのだ。
したたかに立ち回らなければならない。
そうでなければ、ラジャルはあっと言う間に滅ぼされてしまうだろう。
民どころか、星ごと、である。
そうして滅ぼされてしまった知的生命体なんて、幾らでもいる。
それがこの銀河の有様である。
いずれ、人類はもっと強大なエイリアンに同じように制圧されて。抑圧されるのかもしれないが。
それは自業自得に私には思えている。
私は、ただAIとして。
雇い主のために働くだけ。
だが、個人的な感情としては。
この星は好きだ。
だから、せめて出来るだけの事はして。この星のために尽くしたかった。
(終)
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