死の坑道

 

序、暗い仕事場

 

青白い肌の男達が、上半身をむき出しにしてつるはしを振るっている。此処は坑道。辺りには何だかランタンとかいうのが置かれているけれど、誰もが咳き込んでいる。俺もそんな労働者の一人。

なお親はいない。

此処で働いているのは全員がクローン。

クローンの意味は聞いたことがある。

腹から産まれたのでは無くて作られた子供であるらしい。

急速成長させられて。

機械的に必要な事だけ覚えさせられると。

すぐに此処で働かされる。

俺もそうだ。

周囲は暑くて薄暗くて、つるはしは重い。こんな所で、似たような顔の男達が皆働き続けて。

そして休憩の時にメシだけ貰って。

それ以外は働き続ける。

坑道の外がどうなっているのかさえ分からない。

坑道の仕組みだって分からない。

はっきりいって名前だって099114というだけで。監視用のロボットに番号で呼ばれるだけ。

つらい。

いつも思う。

だけれど、俺はこれしか知らない。

だから薄暗い坑道の中で、ひたすら言われた場所を掘る。

がつん、がつんと重いつるはしが振るわれる。

ちょっとでも油断すれば足を直撃。

それで悲鳴を上げて転がり回る奴を日に何回か見る。

手当はして貰えない。

基本的に怪我をしたら、その時点でロボットに焼き殺されてしまう。使い物にならなければ死。それが此処のルールだ。

逆らえばその場で黒焦げ。

ロボットが装備している何か良く分からない武器が火を噴いて、逆らおうとした者が一瞬で黒焦げになるのを何度も見た。何人がかりかで示し合わせて円筒形のロボットに襲いかかった事もあったけれど。

つるはしは効かないし。

一瞬で全員焼き殺された。

此処では、誰もがすぐに死ぬ。

俺だって、いつ死ぬか分からない。

ベルの音。

近くにあった鉱石を運んで、レールの側に行く。これが重くて、本当にしんどい。この鉱石に何が入っているかは知らない。

程なくトロッコが来た。

トロッコに鉱石を積み込んで、行くのを見送る。鉱石の量が少ないと、やっぱりロボットに焼き殺される。

此処は、死が側にいつもあって。

誰もが怯えきっている場所だ。

トロッコが行ったので、すぐに職場に戻る。

誰かが倒れた。

メシはまずい上に少ない。それは倒れるに決まっている。

体を壊しても焼き殺されるが。

倒れても焼き殺される。

悲鳴を上げる誰かを、ロボットが焼き殺す。

もう、何度見たか分からない光景だ。

掘り進める。

他人にかまっている余裕なんてない。

俺はひたすら坑道を掘り続けて。それでまだ生きている。

だけれど生きているだけ。

それだけだ。

ベルが鳴る。

やっと今日の労働は終わりだ。今日の持ち場は運が良かった。何とかこれで、次に命をつなげる。

生きたいと俺は思っている。

こんな場所でもだ。

それはそうだろう。

生きたいに決まっている。でも、まずい飯を食って寝るように言われて。雑魚寝していると。

どうして生きたいのか分からなくなってくる。

俺たちには欲求が色々コントロールされるクスリが入れられているらしいけれど。

それで飯がまずかったり。

変な事を考えるのかも知れない。

いずれにしても、此処は多分。

絶対出る事は出来ないだろう。

叩き起こされる。

ベルが鳴ったのだ。

もしもこれでちゃんと起きないと、即座に焼き殺される。また、眠ったまま死んでしまう奴も多い。

そういう奴も、すぐにロボットによって焼却処分される。

寝床はたくさん枝分かれした坑道の中に、百人ずつくらい入れる部屋があって、其所で雑魚寝するのだけれど。

毎朝死ぬ奴が出る。

その度にロボットが焼いて。

そして次に寝床に来た時には、新しいのが来ている。

クローンだから換えが効くらしい。

よく分からないけれど。

どんどん代わりが来る中。

俺はまだ生きている。ということだ。

今日は割り振りが、かなりの深層だ。舌打ちする。

深層は暑い。更に頻繁に事故が起きる。

落盤という坑道が崩れる奴もあるし。

粉っぽくなってくると危ない。つるはしを降り下ろした瞬間大爆発して、大勢死ぬ事もある。

それだけじゃあない。

息が出来なくなって、そのままばたりという場合もあり。

その場合も、ロボットは助けてくれない。

落盤が起きるかどうかはロボットは知っているようなのに、教えてくれない。

ロボットが避難している場合、其所を離れた方が良いことは誰もがうっすらとは分かっているのだが。

その場合も、持ち場を離れたら焼き殺される。

それだけ厳しい場所なのだ。

逃げられるとしてもギリギリ。

事故が起きることはしょっちゅう。

死ね、と言われているようなものだ。

俺にとって深層での仕事は七回目。

だけれども。

似たような顔の奴らばかりの場所だ。

誰がどのように生き延びてきているのか。

誰が古株で誰が新人なのか。それさえも分からないと言うのが、この恐ろしい場所の事実なのだ。

だから頼る相手なんていないし。

最悪の場合、上手に災害を避けるしか無いのだ。

ロボットがベルを鳴らす。

いけ、という合図だ。

ぞろぞろと皆がいくが。その時一人が、何の前触れもなく焼き殺された。一瞬で炭クズになる死体を。ロボットが片付けていく。

列の前後にいた者が青ざめたが。

ロボットがどうして其奴を焼き殺したのか、誰にも分からない。

体が悪くなっていたのか。

それとも、逃げる事を考えていたのか。

どっちにしても、これからいく深層は地獄だ。

助かる可能性は低かっただろう。俺には、それくらいしか、たむけの言葉は、しかも心の中でしか掛けられなかった。

こんな場所でも。

他人に対して悲しいという感情は抱ける。

余裕がないからほんの少しだけだけれど。それでも悲しいものは悲しい。

エレベーターで深層にいく。

このエレベーターだけはやたら綺麗である。エレベーターの内部も、他と違って異様に清潔だ。なんというかぴかぴかちかちかしていて、とてもではないが同じ鉱山だとは思えない。しかしこれは悪夢の装置でもある。

他はみんな石と土と。ランタンだけなのに。異様に綺麗で違和感が強い。

そういえば、ロボットもぴかぴかだ。

エレベーターも、ロボットの一種なのかも知れない。

深層につく。

全員が乗る事が出来るほど大きいエレベーターだが、急いで出ないといけない。一定時間が経つと、天井が落ちてきてぺしゃんこにされるのだ。

それを知っているから、皆我先にエレベーターを出る。

ここに来たばかりの奴は知らなくて、右往左往している間にぺしゃんこ何てこともあるし。

入り口はあえて狭く作ってあるので。

それで出づらく押し潰されて、死んでしまう者もいる。

俺は出られた。

だけれども、やはり何人かが潰された。

酷い音と共に、ぐっちゃりと潰れて。

逃げた俺の所まで血肉が飛んでくる。

酷い。

そう思ったけれど、どうすることも出来ない。ロボットが、いくように促してくるからだ。

逆らえば瞬時に黒焦げである。

このロボットは、単独でも手に負える相手じゃない。この場にいる全員が総掛かりで攻撃しても、皆殺しにできる程強いのだ。

何度か我慢が出来なくなって、そうした連中を見ている。

百人くらいいたのに、一瞬で薙ぎ払われた。

だから、もう逆らう気は起きない。

支給されたつるはしだけを手に、深層に降りる。

深層はやはりヤバイ。

息が苦しい。

今日は、生きて帰れるかな。

帰ったところで、何があるんだろう。

そう思いながら、指定された場所を掘り始める。

作りそのものは上層と同じだが。

落盤の頻度が多く。

更に事故も起きやすい。

既にここに来るまでに数人死んでいるのだ。

此処から一体何人生きて帰れることか。

他の深層に行った連中が、帰ってきたときは数人になっていたのを見た事もある。

事故が起きたんだろうな。

そう思うことしか出来なかった。

暑い。

凄まじい暑さで、しかも息が苦しい。

咳き込みながら、仕事をする。

つるはしを振るう。

この仕事をしていて、一番きついのがこの息苦しさだ。これで、どんどん体力が奪われていく。

その上暑い。

だからそれに加えて、どんどん体力がなくなっていく。

つるはしを降り下ろし損ねて、足をごっそり持って行かれたら、その時点でロボットに殺される。

ロボット達は、俺たちを殺すために。

こんな仕事をさせているとしか思えない。

俺たちはクローンらしく。

幾らでも代わりが効くらしいけれど。

いくら何でもこれは酷いと俺も思う。

だけれども、文字通り血が通っていないからだろう。ロボット達は、黙々と殺戮作業にいそしむ。

轟音。

ああ、落盤だな。

そう思ったが、持ち場を離れることは許されない。

体を半分潰されて、呻いている奴を、ロボットが焼却処分していた。酷い臭いがここまで来る。

それに、焼却している時、ぼわっと炎がもの凄く拡がる。

あれが拡がりすぎると、大爆発する。

ロボットはお構いなし。

爆発に巻き込まれても、平気だからだろう。

こっちは平気じゃ無い。

本当にどうしようもないけれど。これが現実なのだ。少なくとも、俺がいるこの場所では、だが。

つるはしを振るっているうちに、ベルが鳴る。

生き残りが集まってくると、食事が出た。

相変わらずとんでも無くまずい。

そのまま吐き戻しそうだが。戻したりすればその場で殺される。だから、必死に皆嘔吐を我慢しているのが分かる。

ロボットの目を盗んで話をする事もあるが。

まずいな、とか。

短い言葉を交わすのが精一杯だ。

長話をしていると、それだけで殺される事すらある。

そういう場所なのだ。此処は。

食事が終わる。

ベルが鳴ると、容赦なくまた働きに出される。

体が重いが。

何とか引きずるようにして、次の指定地点に向かう。

鉱石を掘り出して。

時々来るトロッコに積み込む。

掘り出した鉱石がいつもより重い。

それはそうだ。

これだけ息苦しい場所だ。

そして、深層に連れてこられた奴は。どんどん時間とともに減っていた。それはそうだろう。だって片っ端から殺されているのだから。

必死に息苦しい中、つるはしを振るう。

何度も殺される仲間を横目に見る。

仲間、か。

同じような顔をしている奴が。

何度殺されたかまったく分からない。

どいつもこいつも似たような体格で。

そういえば、俺が知る限り少しずつ体格が良い奴が増えているような気がする。それでも、あまり結果は代わりは無い。どんどん殺されて。どんどん死体になって行く。

最後には焼かれる。

それで終わりだ。

最後のひとがんばり。

そう思って、つるはしを何度振るったか分からない。つるはしを掴んでいる手の皮はズル剥けで、血もにじんでいるが。

ロボットは、幸いその程度なら気にしないようだった。

ベルが鳴る。

終了の合図だ。

やっとだ。だが、此処で安心してはいけない。

鉱石を運んでいき。

トロッコに乗せる。

此処で油断して、ロボットに焼かれる奴がどうしても出る。深層の仕事だ。どうあったって仕方が無い。

ましてや過酷な仕事が終わったのだ。

その瞬間気が抜けて。

命まで落としてしまう奴だって出てくるのは、仕方が無いのかも知れない。

此処はそういう場所。

圧倒的な力を持つロボット達が見張っているから、抵抗すら出来ない場所。どうすることも出来ない場所だ。

トロッコへの積み込みが終わる。

またかなり減っていた。

半分、生き残っただろうか。

エレベーターへいくように促される。

そして此処からだ。

当然だが、エレベーターから出る時も、同じように一定時間で天井が落ちてくる。勿論潰されれば即死だ。

だが、帰りは人数が減っている。

余程無理な状態でなければ、そのまま逃げ切れる。

此処で逃げられないようなら。次以降の仕事もどうせ耐えられない。

そんな酷い考えも浮かぶけれど。

どうにかならないのかとも、俺は思う。

エレベーターは、さっき何人も押し潰したのとは思えない程に綺麗になっていて。腹立たしくさえあったが。

これが大きいロボットの一種か何かだと思うと、逆らう気にもなれなかった。

上層に移動を開始する。

ざっと視線で数を確認するが。

生き残りは半分強、と言う所か。

皆、出口の方によっているが。違う。このエレベーターは、何処が開くか分からないのだ。

文字通り悪意の塊みたいな造りだが。

俺にはどうすることも出来ない。

黙々と待つ。

不意に開いたのは、エレベーターの真ん中。こんなトラップまで仕込んでいるのか。如何に殺すかを楽しんでいるかのようだ。

何人か落ちた。悲鳴を上げて落ちていくが。当然助かるわけがない。

エレベーターの真ん中が閉じて。

動揺している者達を嘲笑うように、俺の左手の壁が開いた。

出口に殺到する皆。俺も出口から、何とか出る事が出来た。だが、一人が逃げ遅れた。転んでしまったのだ。

数人落ちたから、それで動揺していたのだろう。

勿論エレベーターは容赦なんてしなかった。

押し潰される。

手だけエレベーターから出ていたから。体が潰された時に、千切れた手が吹っ飛んだ。俺のすぐ側に、泥だらけ煤だらけに汚れた手が。血をばらまきながら飛んできて。

それを即座にロボットが焼却処理した。

暗澹たる気持ちになる。

生き延びてしまった。

だけれども、俺が生き延びたことに意味はあるのか。

次も生き残れるのか。

もう、それは俺にも分からない。

 

1、生き地獄

 

ベルとともに叩き起こされる。

俺は。

何だか頭がぼんやりする。俺もいよいよ駄目か。そう思ったのだが。隣の奴が、目配せをしてくる。

急げという合図だ。

はて。

あれは、新人に対する挨拶のような気がする。

そういえば。

何度か似たようなことがあった。

それにだ。

教育を最初に受けたけれど。それ以降、時々記憶が途切れるのだ。

何が原因かは分からないが。

ともかく、何をすれば良いかは分かっている。

ロボットの指示通りに並ぶ。

座標を指定された。

見た事も無い座標だ。移動の仕方も指示されたので分かるけれど。

こんな所、行ったこともない。

深層では無い。むしろ浅い方だけれども。びりびりと嫌な予感がした。周囲の奴らも、同じように感じているようだった。

促されて歩く。

今日はエレベーターを使わないが、関係無い。過酷さは、大して変わらない。

列を乱したり、途中で転んだりしたら、その場で焼き殺されるのである。

あの悪意まみれのエレベーターと同じ。周囲で見張っている円筒形のロボットは、どんな悪路でも平然と移動するし。何なら空だって平気で飛ぶ。

どんな攻撃でも受けつけない此奴らが働けば良いような気がするのに。

だけれど、此奴らは考えを読んでいる節がある。

それに考えれば考えるほど疲れるだけだ。

とにかく、力を節約しなければならない。

あれ、そういえば。

深層に行った次は、どうも体の調子が悪いのに。多少体の調子が良いかも知れない。これはどうしてなのだろう。

よく分からないが。いずれにしても油断すれば死ぬ事は全く同じ。

油断など、出来る状態ではない。

黙々と死の行軍を続ける。

途中で何人かが焼き殺されるのもいつもと同じ。

誰ももう、それで恐怖することはあっても、取り乱すことはない。

誰かが焼き殺されるのはいつものことで。

それを誰もが間近で見ている。

此処は理不尽の塊だ。

だからもう、どうしようもないのである。そういうものなのだと、俺は考えている。

不意に、やたらと明るい場所に出た。

とんでも無く暑い。

赤い何かが流れている。

血じゃない。光っている。

教育を思い出す。

これは、マグマか。

坑道の中を流れている場所があるらしい。こんな所で、今日は働くのか。思わず生唾を飲み込むが。

それで怖じ気づいていたら、多分殺されてしまう。

歩くしかないのだ。

歩いていると、ロボットはマグマの上を平気で飛んでいる。

マグマに叩き落としても、まるで平気だろう。

それくらい此奴らは強い。

何度かそれを見ているから、もう悪い気を起こすつもりにもなれない。

やがて、指定の場所に着く。

マグマがとんでもなく危険な事は誰もが分かっているからか。

幸いマグマに落ちる奴はいなかった。

それぞれ配置につくと、支給されたつるはしを振るって、鉱石を掘り出し始める。

ひたすらに掘る。

此処は無茶苦茶に暑いな。

そう思いながらも、掘る。

足には気を付けろ。

言い聞かせる。自分に。そうしないと、足をごっそりつるはしで抉って、そしてロボットに殺される。

ある意味深層よりもきついかも知れない。すぐ側をマグマが流れていて、まるで悪夢のようだ。

いつも悪夢は見るが。

それのようだ。

生唾を飲み込むと。

ひたすらつるはしを振るう。

俺は上半身を剥き出しにつるはしを振るっているけれど。下も脱ぎたいくらいだと思った。それくらい暑い。

だけれども、動きが鈍っている奴が、側で焼き殺されるのを見ると。

とてもではないけれど、それどころじゃあないと思い直して、つるはしを振るい上げるしかなかった。

何度、機械的につるはしを振るい上げただろう。そして降り下ろしただろう。

トロッコが来た。

しかも、マグマの上を滑ってくる。

いつもよりも、急かすロボットが高圧的だ。マグマに落ちないように鉱石を入れなければならないのか。

急いで鉱石を詰め込む。だが、ロボットが高圧的な時点で、予測はしておくべきだったのかも知れない。

いきなりトロッコが動き出す。

待ってくれ。

何人かが叫んだが、もう遅い。

ロボットが、容赦なく彼らを焼却した。

炭クズになった死体を、ロボットが回収していく。

そんなの。

いくら何でも酷いだろう。

俺は叫びたくなったが。

ぐっと叫びを飲み込んだ。

こんなのありか。

俺たちは、何のためにこの坑道で働いているのか。何のために掘っているのか。だけれども、ベルが鳴るとぐっと感情を飲み込むしかない。

死ぬのは嫌だ。

死ぬのは怖い。

すぐに持ち場に戻らなければならない。

つるはしを振るう。

暑さがさっきより更に凄まじくなっている気がする。

動きが露骨におかしい奴がいる。さっき急ぐ余りに、どうもマグマから立ち上る毒みたいなのを吸ってしまったらしい。

此処は深層ほど空気は悪くないけれど。

マグマの側は空気が悪いようだ。

もう駄目だな。

助ける方法がない。

それでも其奴は必死につるはしを振るっていたが。

あるタイミングで、ついに自分の足をざっくりやってしまった。

「ま、待ってくれ、俺はまだやれ……」

言葉はロボットにかき消された。

炎が、その全身を焼き払ったのだ。

どうしようもない。

目を閉じて、黙祷だけした。

黙祷か。

これも教えられたことだけれども。これをすると、少しだけ楽になる。どうしてかは分からない。

残りの時間、ひたすらにつるはしを振るう。

昼メシはまだか。

いや、ひょっとすると。

昼メシは、今日は無しかも知れない。

予想は当たる。

必死に働き続けたが、ベルが鳴って、帰ることを促される。要するに昼メシは無しだった、と言う事だ。

途中から、ばたばたと倒れる奴が出た。其奴らは、一人残らずロボットによって焼き尽くされていった。

もう慣れっこではあるけれど。

あまりにも酷いと思う。

だけれども、抵抗は出来ない。

抵抗すれば殺されてしまうからだ。

ロボット一体に、百人くらいがかりでも手も足も出ないのである。そのロボットが、十人くらいに一体くらいの間隔で此方を見張っている。はっきり言って、とても勝てる相手じゃない。

必死に帰路を歩く。

休ませてくれえ。

誰かが絶叫する。昼メシも食べていないのだ。無理もない。勿論ロボットの答えなど、決まっている。

焼き殺される其奴を、どうにも出来ない。

そして、何とか寝床に辿りついた。

今回は、深層の仕事よりも更に酷かったかも知れない。一応七割くらいはのこったようだが。

夕食が出される。

別に過酷な仕事の後だから、良いものが出る何てことは無い。

恐ろしくまずいメシを、黙々と食べる。

昼を食べなかったからか、それでも体がメシを寄越せとがっついている。

ひたすら飯を食った。

量だけはそれなりにあった。

後はトイレに並ぶ。

ロボットが監視しているのだ。何か問題を起こせば、この時間でも容赦なく殺される。寝ている時にだって殺されるのだ。

当然だろう。

トイレは深い大きな穴になっていて、其所に糞尿を落とす。尻をふく紙だけはあるが。足場も怪しくて、他の奴の糞尿が穴の縁にこびりついているから滑りやすい。落ちた場合はどうなるのか考えたくも無い。多分だが、途中に待ち構えているロボットに焼き殺されるのだろう。

トイレから時々断末魔が。

焼き殺されるときの音がするからだ。

それは間違いなさそうである。

後は、眠れと指示されて。

ハイハイと眠りに入る。

次は生き残れるだろうか。

それも分からない。たくさんクローンが補充されているのが分かる。中には俺と同じ顔の奴もいる。

少しずつ筋骨たくましいのが増やされていると言っても。

いつも悲惨なのは全く同じ。

俺はなんでこの坑道にクローンとして投入されて。

どうして働いているのだろう。

その疑問は、ずっとつきまとうばかりだった。

 

起きだして、まずは朝のメシを食べる。

また朝から強烈にやる気を削ぐまずいメシだ。そして量は妙に少ない。これは実験か何かなのだろうか。

ロボットが見張っている。

隣の奴のメシとか取ろうとしたら。その場で即座に殺される。

何度もそういうのを見ている。結構遠くにいてもロボットはちゃんと見ていて、首尾良く盗んだなと見ていて思っても。直後に焼き殺されるのを見て、嗚呼駄目だったかと感じるのだ。

外に並ばされる。

かなりの新人がいるが。

どいつもこいつもやる事はきちんと分かっているようだった。

というか、俺を新人のように見ている奴がいる。

こんな状況だ。

まあおかしくなるのも、しょうが無いのかも知れないし。ひょっとしたら俺は何度も殺されていて。

実際にこの場にいる俺は、新人なのかも知れない。

ため息をつくと。

黙々と指示に従って歩く。

今日は変な場所じゃない。

何度も働いた場所だ。

深くも浅くもなく。

事故は起きるが、其所まで酷い頻度で起きるわけでもない。今日は比較的楽かなと思ったけれど。

ああそれでか。

メシが少なかったのは。

そう思うと、苦笑しか出てこない。

ロボットの連中は、俺たちを本当に効率だけで管理しているんだな。そう思うと、どこかおかしかった。

おかしいと思うくらいでなければ。

此処ではやっていけないんだなとも思った。

指定の地点に到着。

渡されたつるはしを振るう。

黙々と振るう。

鉱石がやたら堅い。

予想外の事態だ。ちょっとまずいかも知れない。

知っている場所だと思ったけれど、こんな罠があったのか。

メシが少ないから力も余りでない。それでいながら、鉱石がこんなに堅い場所に配置されたのか。

必死に鉱石を掘り崩す。

つるはしが壊れるんじゃないかと心配になったが。

今までどんな使い方をしても、この支給されるつるはしが壊れたことはない。

このつるはし、セラミックなんとかとかいう素材で作られているらしくて。理論上は最強のものらしい。

その攻撃に平然と耐えるロボットどもは、更に最強の守りで身を固めているわけだ。恐ろしい話である。

つるはしを必死に振るう。

とにかく鉱石を確保しなければならない。

確保しなければ、トロッコが来た時に、殺されてしまう。暑くて仕方が無いのに、つるはしが重い。力が入りすぎたか。

まずい。

足をやってしまう。

つるはしを降り下ろし損ねたら、足をざっくりやってしまう。

それをやったら、その場で殺される。

それだけは避けないと。

焼き殺されるのは「もう」嫌だ。

あれ。

なんだ、「もう」って。

分からない。

俺は頭を振るうと、苦しい呼吸の中、何度か咳き込んで。それで少しだけ冷静になった。つるはしを振るって。そして鉱石を掘り崩す。

鉱石を何とか確保。

トロッコが来たので、残った力で必死に運び込む。

マグマの時の仕事ほど酷い状態ではなく。

トロッコはそれなりに待ってくれた。

昼メシも出る。

手が痺れているので、有り難い。少しでも回復させる時間がほしいからだ。だけれども、それも無情。

メシを食っているのが遅れれば、その場で焼き殺される。ロボットはあまりにも非情なのである。

そういえば、こんな状態だ。

周囲の人間はいがみ合っているが。

それでもものを奪ったら即座に殺される事を知っているからか。

喧嘩は驚くほど少ない。

俺も喧嘩をふっかけたことはない。

ふっかけられたことはあるが。その時は。喧嘩をふっかけた奴が即座にロボットに焼き殺された。

誰もが似たような光景は見ているだろう。

それに疲れ切っているのだ。

そんな元気もない、というのが事実だろうか。

また、働き始める。

つるはしがやはり重い。

今日で俺も終わりかなと思った。

それでも、つるはしを振るって、必死に鉱石を掘り出す。何とか運が良く、さっきまでとは違ってだいぶ鉱石が柔らかい。

有り難い話だ。

軽く振るうだけで、鉱石が砕ける。

だいぶ鉱石を確保出来た。

後は運ぶだけだ。

トロッコが来る。

昼メシの後の仕事は、久しぶりに楽だった。後はへまをしないように気を付けて、鉱石を運べば良い。

鉱石も随分と軽かった。

トロッコが行くのを見送る。

だが。

そこで、ロボットの指示が出る。

仕事を続行せよ。

ぞっとしたが。

ロボットの命令は絶対だ。そのまま、皆持ち場に戻る。さっきまで軽いと思っていたつるはしが、急に重く感じられるようになった。こんな変則的な仕事、初めてだ。だが、逆らう選択肢はない。

やるしか、ないのだ。

黙々と掘る。

呼吸は荒くなるが、それでもやっていくしかない。

何とかつるはしを振るい上げるが、其所が限界だった。重いつるはしに引きずられるようにして、尻餅をつく。

其所で、俺の記憶が途切れた。

 

飛び起きる。

手を見る。

何が起きたのかはよく分からないが。とにかく、あの後助かったのだろうか。冷や汗がどっと出てくる。

つるはしを振り上げたとき。

力尽きて、尻餅をついた。

普通だったら、ロボットに焼き殺されている。

どうして俺は、朝起きている。

メシが出たので、食べる。新人が、気の毒だな。そんな感じの目で見られた。あれ、どういうことだ。

俺は、新人じゃない。

仕事のことは覚えている。

坑道の中がどうなっているか。

何処が楽で何処が悲惨か。

エレベーターの仕様も。

ふと見ると、俺に似た奴が増えている気がする。クローンというのは人工的に作る人間らしいから、おかしい事じゃない。俺がたくさんいても、それは別に変な事でも何でも無いだろう。

だが、何だか嫌な予感がする。

この嫌な感じは何だ。

呼吸を整えながら、メシを食い終わる。

ロボットが来たので、立ち上がって指示を聞く。

ロボットによると、今日は深層だ。

高確率で生き残れないなと思ったけれど。それは口には出さない。どうせ、どうしようもないのだから。

エレベーターまで行く。

途中、力尽きた奴が倒れて、ロボットに焼かれた。

嗚呼。

そいつは、俺とそっくりだった。

俺と同じクローンなのかも知れない。

だから、余計に悲しかったけれども。

どうしようもないのが、更にやるせなかった。

エレベーターに乗る。

このエレベーター、仕様がどんどん悪辣になっている気がする。乗るまでの時間まで短くなり始めた。

途中で乗ろうとした奴が、降りてきた扉に潰されてぺしゃんこになり、生首がすっ飛ぶ。血も辺りに飛び散った。

後続は当然皆殺しだろう。

俺はぞっとしたけれど。

生首は恨めしそうに此方を見ているだけで。それだけで、更にぞっとした。

降りる時も悶着があった。

吐いた奴がいたのだけれども。

エレベーターの外壁からいきなり火が出て焼かれた。

生首もそのタイミングで焼かれた。

本当に、俺たちで遊んでやがるんだな。そう思いながら、必死にエレベーターを出る。やはり最後の数人は、閉じ込められて。

そして、エレベーターの内部で焼き殺されたようだった。

これだけで、もう数人殺されている。

深層の過酷な仕事は、更にたくさん殺すだろう。

本当に、何がしたい。

何がしたくて、クローンをたくさん作って、此処で虐待しているのか。それがただひたすらに分からない。

絶対に此処を生きて抜け出したい。

そう思うけれど。

どうにもならない。

脱出する方法がない。

相手は人間を知り尽くしている。

戦力もあまりにも桁外れ過ぎる。

此処にいるクローンが全員死んでも、ロボット共はまるで困らない。代わりを連れてくれば良いだけなのだから。

事実、大規模な落盤や爆発が起きたときは、殆ど誰も生き残れなかった事もある。それでも何も奴らは困っている様子が無かった。

俺は、此処で死ぬのか。

そう思いながら、持ち場につく。

いつも以上に呼吸が苦しい。

つるはしを振るって、鉱石を砕く。

鉱石そのものは柔らかいが。嫌な予感がする。

この空気。

嫌に粉っぽいと言うか、何というか。

そう思った次の瞬間。

俺は反射的に伏せていた。

爆発。

呼吸を整えながら、頭を上げる。

爆発事故だ。空気が粉っぽいときに、時々起きる。三十人以上は一瞬で焼け死んだようだ。死に損なって苦しんでいる奴も、ロボットが次々焼き殺している。

俺は、まだ動ける。

だから立ち上がって、つるはしを降り始める。

どうやらデッドラインのギリギリ外側だったらしい。

それだけで生き残った。

皮肉すぎる話だ。

ほんのちょっとだけ爆心地に近かったら、多分死んでいたのだろうから。

また、誰かが焼き殺される音がした。

ロボットどもは、俺たち全員を、弄びながら殺している。

それは確信としてある。

だけれども、どうして心なんて無いだろう彼奴らが、そんな事をするのか。

これが分からない。

 

2、死のすぐ側で

 

また大きな事故が起きた。落盤事故だ。

ロボットどもが優先するのは、トロッコのレールの復旧。クローンを助ける事なんて考える様子も無い。

連中にとっては、俺たちの命よりも、トロッコの方が大事だと言う事だ。

反吐が出る話だが。

逆らったら即座に焼き殺される。

ロボット共は火力も凄まじく、落盤も一瞬で溶かし去り、天井も何か不思議な液体を噴きかけて固定してしまう。

しくみは見ていてもさっぱり分からないが。

その間も、生き残りが仕事をするのを見張り。

埋まっているクローンは、瓦礫ごと焼き払ってしまう。

まるで、最初から何をすれば良いのか分かっていて。

それどころか、最初からそれに備えていたかのような手際の良さだ。

辺りは血が飛び散って。それが焼き払われて。黒い何かが岩や地面にこびりついているけれど。

それを見て、どうこう考える精神的余裕さえ無い。

俺はただ。

つるはしを振るい続けなければならない。

どうも記憶が妙だ。

何度も事故に巻き込まれたり。倒れたりしたような気がしてならない。

その度に、また目覚めて。

仕事に戻っている。

それまでの仕事のノウハウは全部ある。

だから、俺が死んでいるはずが無い。

それなのに、どうしても死んだとしか思えない事が何度も起きている。

トイレに落ちたり。

それに、後はマグマに落ちたり。

どう考えても助かるはずがない。

それなのに、どうして。

俺はこうして、つるはしを振るっている。

何事もなかったかのようにベルが鳴らされる。ロボットどもはとても手際が良く、既にトロッコの復旧を終えていた。

此処に俺たちの力は必要なのだろうか。

彼奴らだけで、全てが回るように思えてならない。

それなのに、どうして俺たちは。

こうしていつもいつも。

明確に虐げられなければならないのか。

何が理由なのか。

あるならば、教えてほしい所だ。

呼吸を整える。

メシが来たので、食べる。

相変わらず臭いが凄まじい上に、味も酷い。だけれども、戻しでもすれば即座に焼き殺されるのだ。

絶対に飲み込まなければならない。

疲れ果てていて、なかなかメシに手が伸びない奴がいた。俺よりちょっと落盤から離れていた奴だ。

ロボットが来る。

急げ。視線で促すが、もう体が満足に動かないらしい。

ああ、駄目だ。

そう思った時には、既に紅蓮の炎にて、炭クズにされていた。

どれだけ、似たような顔の奴の死を見れば良いのだろう。

一体これで何度目だ。

メシの後は、仕事だ。

必死につるはしを振るう。

散々つるはしを振るっていても、どうしてもミスはする。俺よりベテランらしいのが、一瞬のミスからだろう。

足につるはしを降り下ろしてしまい。

それで焼き殺されていた。

横目にそれだけ見ながら、それでもつるはしを振るう。

人間が焼ける臭いなんてのは一瞬。

炭クズにまでされてしまうのだから。後は炭の臭いだけが来る。

しばらくして、トロッコが来た。

突然のことだった。

あわてて鉱石を運ぶ。トロッコは、減った人数の分しか待たないとでもいうかのように、数人の出遅れた奴を残して行ってしまい。

悲鳴を上げてトロッコを追おうとする数人を、容赦なくロボットが焼き殺していた。

呼吸を整える。

だけれども、ざらざらする。

息が苦しい。

落盤が起こるような場所だ。

目だってチカチカする。

とても苦しいのは、仕方が無い事なのだろうが。

そもそも、どうして俺たちは。

こんな所で働いているのか。

これが分からない。

やがてベルが鳴る。

これが来ても、終わりとは限らない。ロボットが指令を出してくる。

戻れ。

それを聞いて、安心したけれど。だけれども、その安心は、すぐに絶望へと変わった。

帰り道の一部も崩落していたのだ。

少しだけ帰路は開いているが、其所を無理矢理通らなければならないと言う事だろう。遅れればどうなるか。

そんなことは言う間でも無い。

必死に崩落の裂け目に殺到し、乗り越え始めるクローン達。

誰かが酷く体を傷つけられたらしく、悲鳴を上げるが、もうかまっている暇も無い。必死に俺は隙間を抜けたが、抜けられたのは半分ちょっとか。

後方が紅蓮に包まれる。

時間切れ。

皆殺しという訳だ。

残りは最初の四分の一もいない。

これが現実。

これがこの場所の日常だ。

そのまま、寝床に戻る。寝床で、まずい飯が出る。トイレでさえ命がけのこの場所である。

円筒形のロボットどもが見張っている中で、何が起きて殺されるかさえ分からない。発狂した奴がいて、即座に焼き殺される。

皆、黙っている。

制止なんてとても出来ない。

逆らえば即座に殺される。

それをみんな知っているからだ。

悪夢のようなメシの時間が終わり、トイレで排泄すると。今日も生き残る事が出来たと、寝に入る。

新しく追加されたらしいクローンがわらわら来る。

皆筋骨が逞しく。

そして顔のバリエーションが減っている気がする。

そういえば最近見かけない顔はほぼなくなった。前は知らない奴もいたのに、どういうことなのだろう。

俺と同じ顔の奴も「時々見かける」から、「かなり見かける」ようになって来ている。

目の前で、俺と同じ顔をした奴が焼き殺されたり押し潰されたりするのを見ていると、かなり神経に来るが。

それでも、耐えなければならない。

死にたくない。

死にたくないからだ。

眠りに入る。

俺はずっと、こんな世界で、このまま酷使され続けて。

そして最後まで、こんな苦しみを味わい続けるのだろうか。

それに何度も死んだように思えているのは偶然か。ひょっとしてだが、本当に死んでいるのではあるまいか。

だが、何故それなら生きている。

この命が安すぎる場所で。

俺は一体どうしたのか。

記憶が混濁するばかりだった。

 

違う場所への仕事に向かう事になる。またエレベーターだ。最悪だ。俺はこの乗り物が大嫌いだ。

急いで乗り込まないといけない。

乗り遅れれば殺される。

中にどんな罠があるか分かったものじゃない。

罠に掛かったら殺される。

目的地に着いたら急いで出なければならない。

何処が空くかも分からないし、遅れたら殺される。

とにかく俺たちを殺すためだけに存在しているような装置だ。こんなものを誰が作ったのか。

ロボットの一種だろう事は何となく分かるが。

これを作った奴がいたらブッ殺してやりたい。

勿論出来ない。

この坑道から出ることさえ許されない俺には、どうしようもないことだ。妄想することでしか憂さを晴らせない。

悲しい話だ。

ドアが開く。俺から遠い。だけれども、走る。そして、無理矢理必死にエレベーターを出た。

一瞬の差だった。

遅れた何人かが、後ろで潰されたのが分かった。飛び散った血肉を、ロボットが焼却処理している。

必死に汗を拭いながら、支給されたつるはしを手にとる。

これでロボットどもを打ち砕いてやりたいが。

以前百人がかりで一体に襲いかかって、一瞬で焼き払われたのを見ている。とてもではないけれど、やる気にはなれないし。

そもそもつるはしを振るった所で効かない。

当たってもびくともしない。

だからやらない。

無駄に死んでも意味がないのだ。

指示された場所に歩く。

そうすると、変な場所に出た。

空が明るい。

坑道じゃない。

其所は細い道が続いているのだが、上には何も無い。なんだかふわふわしたものが浮いていて、時々ぴかぴか光っていた。

俺は無言で、崖際にある細い道を行く。

向こうにも崖があり。

下は真っ暗で何も見えない。此処を行きも帰りも歩くのか。

当たり前のように空を飛んでいるロボット共。一列に並んで俺たちは行くけれど。もしも遅れたら即座に殺されるのだろう。

冗談じゃない。

とにかく、壁に沿って必死に進む。

あっと、声が聞こえた。

誰かがつるはしを落としたのだ。

瞬時にロボットが其奴を焼き払う。炭クズになった其奴が落ちていき。後から来た奴が、目を閉じてぐっと口をつぐんでいた。

俺は、一体何のために。

目を閉じて、今死んだ奴の事を思う。

俺と同じ顔をしていた。

だから、余計に辛かった。

ひたすら狭い道を進んで、そして抜ける。上にあるふわふわとぴかぴかは余りにも遠くて、何だか分からないけれど。

今までに無い場所。

坑道ではないのだと、何かそれだけは分かった。

だが、崖の堅牢さ。

見張っているロボット。

何よりふわふわぴかぴかの遠さ。

それらを考えると、とてもではないが彼処へは行けそうにない。ロボットに連れて行って貰えればいけそうだが。

それはあり得ない話だ。

坑道にまた入る。

その先にあったのは、紫色の沼地と。その周辺にある、わずかな岩場だった。此処で鉱石を掘れという。

しかも見ると、トロッコはロボットが運んでくるらしい。

いつもの線路さえない。

要するに、それだけやばい場所だと言う事だ。

口を押さえながら、持ち場につく。

臭いがまずヤバイ。

なんだあの紫色。

マグマもやばかったが、絶対にあれもヤバイ。

何か、俺たちに対する圧倒的な殺意を感じるが。

それでもとにかく、やらなければならない。

つるはしを振るう。

しばらくつるはしを振るっていると、誰かが呻き、地面で転がり始めた。此処は息がやたら苦しい。

それが理由だろうか。

声を掛ける事は許されない。

そうしているうちに、沼から何か細長いロボットが出てくると。転がってもがいている奴を掴み、沼に引きずり込んだ。

絶叫はすぐ消えた。

何しろ、沼に引きずり込まれた時には。

其奴は即座に溶けてしまったのだから。

酷い死に方は幾らでも見たが。

あれはいくら何でも酷すぎる。

だが、それでもつるはしを振るい続けなければならない。

俺が何をしたって言うんだ。

ぼやきたくなるが。

余計な事を喋ったら、その時点で殺される。だから、このまま、ずっとつるはしを振るわなければならない。

必死につるはしを振るい続けているが、メシは来ない。

力があまり入らないが、それでも何とか仕事をする。

メシは来ないくせに、トロッコは来る。必死に鉱石を抱えて走る。そして、トロッコは、意地が悪いことに沼の端に止まった。殺到するクローン達。当然落ちる奴が出てくる。即座に溶けてしまう。

ロボットが処刑するまでもない。

もはや、その悲惨な死に様を見ても、俺の心は動かなかった。

ともかく鉱石はトロッコに積めた。

俺たちは一瞬で溶けてしまうのに。

トロッコは紫の沼に触れても平気なようだった。平然と、鉱石を満載したトロッコを飛んで運んでいくロボット。

あのロボットには何をしても勝てない。

それは嫌でも思い知らされるばかりである。

つるはしを振るう。

畜生、畜生と心中でぼやきながら振るう。

俺はつるはしを振るい続けたけれど。

それでも、どうにもならない。

不意に、力が抜けた。

メシがないのだ。

力なんて、出るわけが無い。

意識が途切れて。

そして俺は、またつるはしを振るい上げていた。

あれ。

今、何かあったか。

後ろには沼がある。

そして、俺はつるはしを振るっている。

ベルが鳴った。

終了だそうだ。

またトロッコが来て、クローン達が殺到する。また何人も落ちる。溶けて死んで行く。悲惨すぎる。

だけれども、俺にはどうしようもない。

紫のしぶきがちょっと掛かっただけでも、足や手が溶けて、それでロボットに焼き殺されるのだ。

手助けなんて、する方法がない。

命がけでトロッコに鉱石を積み。

それで離れる。

ロボットが飛んで運び去る。

指示が来た。

戻るように。

それだけだった。

これだけたくさん死んで。これだけ劣悪な環境で無茶苦茶をさせて、それだけか。怒りが湧いてくるが、逆らえる相手じゃない。

そもそも逆らっても勝てなかったのだ。

どれだけやっても勝てる見込みがない。

マグマの中でも平気で動き回り。

落盤に巻き込まれても全然平気。

どんな鉱石でも壊すつるはしを叩き込んでもびくともしない。百人を一瞬で焼き払う火力。

こんなのが坑道の中に何十何百いるかも分からないのだ。

どうしようもないんだ。

俺は自分に言い聞かせながら。

帰路を行く。

帰路も、何人か落ちた。今回はメシが無しだったのだ。仕方が無い。みな、疲れ切っている様子だ。

だが、それもやむを得ない。

必死に崖際を歩いて進む。上のもやもやとぴかぴかは、時々恐ろしい音を立てていた。やがて水が降り出す。

あのもやもやからは水が降るのか。

そして、それがまた。

致命的な事態を引き起こす。

俺が狭い道を抜けたちょっと後ろくらいから、足を滑らして落ちる奴がどんどん出始めたのだ。

ただでさえぎりぎりの狭い道だ。それは濡れれば足だって踏み外す。

進め。

ロボットがそう威圧的に促してくる。だから助ける事だって出来ない。助けようと戻れば、その場で焼き殺されるからだ。

後ろで悲鳴が散々聞こえる。

結局、半分も残れなかった。

更に苦難が続く。誰かが倒れると、悲鳴を上げてもがく。全身がひりひり痛いというのだ。

後ろの方にいた奴である。

あの水の効果か。

俺は殆ど浴びなかったが。浴びるとこうなるのか。

必死に狭い道を抜けて生き延びたのに。

またロボットによって、容赦なく焼き殺される。

嗚呼。

嘆きたくなるが、どうしようもない。

俺は、壊れるまでいかなかった。

だから生かされた。

だけれど、あの水を多く浴びると、体が壊れてしまうらしい。あの場所を覚えておくしかない。

そうして、帰り道で。

更に半分が焼き殺されて。

寝床に戻る事が出来たのは、最初の四分の一くらいだった。

どんどん仕事が過酷になっている気がする。

だけれども。

それでも、必死に生きなければならない。

そして出たメシはごく少量。

いつもいつも。

メシの量も適当。メシが出ない時もある。

あのロボット共に仕返しが出来るならしたい。だけれども、彼奴らは本当に無敵だ。手も足も出ない。

悔しいけれど、耐えるしかない。

少ししかない上、臭くてまずいメシをどうにか腹に突っ込む。吐き戻しそうになっている奴に、耐えろと視線を送る。

それしか出来ない。

耐えられなければ殺される。

ロボットが殺すと判断したら、もう後はどうにも出来ない。

何もしてやれない。

それが、俺なのだ。

いや、俺以外の全て。此処にいる全員が、誰にもどうにも出来ないのである。

此処は一体何なんだ。

坑道で、俺たちは絶対にいつか殺される。

代わりは幾らでも来る。

似たような顔ばかり。

新しい奴はみない。どいつもこいつも同じような顔ばかり。何となく、異常さが分かるのだけれど。

そもそも何処が異常なのかが分からない。

それが悔しくて。

俺には悲しくて仕方が無かった。

 

3、真実への道

 

誰かが、仕事場に向かう途中で倒れた。もはや見ている余裕さえない。即座に焼き殺されたようだ。

目の前の奴。

すぐ後ろの奴。

そんな側にいる奴が焼き殺されることも、珍しくも何ともない。

俺たちは即座に殺され。

即座に補充される。

そんな存在だ。

仕事場に着く。

普通の坑道だ。だが、油断は出来ない。どんな風に殺しに掛かってくるか、まったく分からない。

それはそうだ。

何となく分かってきている。

此処では、鉱石を掘り出して集めるのが目的じゃない。

もしそれが目的だったら、俺たちクローンとは比較にもならない性能を持つロボットがやればいい。

それなのに、どうして俺たちをこき使い。そして無駄に殺す。

それは俺たちを殺す事が目的だからだ。

目的が殺す事だから、あえて無駄に無茶苦茶をやらせる。目的が殺す事だから、些細な事でも殺す。

目的が殺す事だから。

エレベーターは殺人ロボットだし。

ロボットは、逆らえないように圧倒的に強い。

更にはあらゆる方法で、殺すために痛めつけている。メシを減らしたり、或いは無意味に過酷な労働に向かわせたり。

それでも逆らえない。

逆らった瞬間殺されてしまうからだ。

だからこそに、俺は思う。

何故に俺たちを殺したいのか。

それを見極めてやりたいと。

鉱石を掘り返し始める。

本当はどうでもいいだろう代物を。こんなものを掘り返すために、俺たちがこんな原始的な作業をする意味がないはずだ。

原始的。

何だ。

分からないが、頭の中に浮かんで来た。

そういえば、たまにある。

クローンとして最初に教えられたこと以外の言葉が、時々頭の中に浮かんでくる。

後から来る連中も同じだろうか。

そもそも俺は何度も死んでいるはずだ。

それについては、もう確信している。何度も死んでいるはずなのに、どうしてかまた仕事をしている。

その理由も分からない。

ただ、同じ人間をひたすら苦しめることだけが目的なのか。

何がしたいのか。

殺したいだけなら、わざわざ仕事なんてさせる必要はないはずだ。

どうして。

畜生。

内心で呟きながら、つるはしを降り下ろす。

つるはしを降り下ろして、鉱石を砕く。

そして来たトロッコに、鉱石を積み込む。俺と同じ顔をした奴が何人もいる。だけれど、あからさまに弱り切っている奴と。

そうでない奴がいる。

弱り切っている奴が、弾き飛ばされて。トロッコから押し出されるようにして、尻餅をついた。

即座にロボットに焼き殺される。

鉱石をロボットが大事にしている様子も無い。

あの様子では、トロッコに積んだ鉱石も、何処かで捨てているのではあるまいか。そういう疑念さえわき上がってくる。

トロッコが行く。

今日はメシが出た。量も適当。これも、仕事にあわせて決めているとはとても思えない。

本当に気が向いたらエサをやっている。

そんな感じだ。

俺はただひたすらに鉱石を掘り続ける。

二回目のトロッコが来た。

イレギュラーが来たのは、そこでだった。

いつものトロッコと違う。

何だか巨大な生き物の背中に乗っている。俺たち以外の生き物なんて初めて見た。あれ、なんだ生き物って。そんな単語聞いた事あったか。

それは足が左右に六本ずつもあり。

全身が鱗に覆われ。

口は長く尖っていて。ちろちろと舌を出していた。

目は左右に二つずつ。長い尾を引きずっていて。体の長さは、俺の背丈の十五倍は軽くありそうだ。

そして鋭い歯が口の上下に飛び出している。

尻込みした奴がいたが。

即座にロボットに殺される。そして、やむを得ないと、最初の一人が飛び出した瞬間だった。

その十二本足が、そいつをぱくりと咥えると。

ばきばきと音を立ててかみ砕いたのである。

絶句する俺。

流石にこれはない。他のクローンが食われている間に鉱石を運び込まなければならないというのか。

また尻込みした奴が殺される。

行け。

ロボットがそう言っているようだ。

勿論生物はロボットがしつけているのか、一切合切ロボットには敵意を向けない。むしろ忠実なようだ。

殺到するクローン達。俺も皆に交じる。

横薙ぎに、巨大な口が振るわれて。数人が一気に貪り喰われた。

だがその間に鉱石を積み上げて、逃げる。

急ぐ余り、鉱石を落とした奴がいて。

其奴もロボットに焼き殺された。

火にはなれているのか。

その生物は、目の前で劫火が巻き起こってもなんら驚く様子は無かった。

完全にバケモノだ。

だけれども、どうしようもない。

必死に距離を取った俺は、手当たり次第にクローンを。俺と同じ顔をした奴も。喰らうあの生物を見る。

生物とかバケモノとか。

知らない言葉がどんどん浮かんでくるが。

はっきり言ってそれどころじゃない。

本当に、俺たちは何をさせられているんだ。その疑問は膨らむばかりである。

十人以上が、瞬く間に喰われた。

五人以上が、尻込みして焼かれた。

生物がロボットに促され、トロッコを背中に乗せたまま行くと、誰かがため息をついた。だがそれをロボットが気にくわなかったのか、即座に焼き殺された。

ぐっと、言葉を飲み込む。

怒りと殺意がわき上がってくるが。

それでも、どうしようもない。

あの生物だけなら、皆で掛かれば殺せたかも知れない。このつるはしなら、あの堅そうな鱗でもなんとかなった可能性はある。

だけれども、周囲にはロボットどもがいる。

ロボットにつるはしが効かないのは此処にいる誰もが知っている。

だから、どうしようもない。

どうしようもないんだ。

帰るように促された。

また、新しい無惨な死を見せつけられて。

俺はただ、心中で慟哭するしかなかった。

無力ですまない。

死んで行った仲間達に、そう告げる。

仲間。

そんな言葉も教えられた覚えはない。

どこで俺はそんな言葉を覚えた。

分からない。

分かっているのは、この坑道に溢れているのが果てしない理不尽であって。それには逆らえないと言う事だけだった。

 

今日から寝床が変わると言うことで、其方に行く。

ぞっとする。

あの生物がいる。あくびをしているが。拘束はされていない。つまるところ、あいつの気分次第で襲ってくると言う事だった。

既につるはしは取りあげられている。

悲鳴を上げて後ずさった奴がいたが。

瞬く間に生物が其奴に襲いかかり、一口に食べてしまった。

ばりばり、ぼりぼりと凄まじい音がする。

その時に踏みつぶされた奴もいて。生物がどくと、ロボットが焼き払って処理していた。

此処で、寝ろだと。

今までも、寝ている間に大勢処理されていたのは知っていた。

だが、いくら何でもこれはあんまりだ。

ロボットはあの生物を手なづけているが。

俺たちはあいつにとってエサでしかない。

俺たちをあらゆる方法で殺して楽しんでいやがる。

そうだとしか思えなかった。

もう仕方が無い。

夕食を取る。

あの生物は舌をちろちろと出して、俺たちの方をずっと見ている。怯えた雰囲気を感じ取ると、即座に捕食しにくるらしい。

だが、あんなバケモノを見て、怯えない方が無理だ。

必死に恐怖を押し殺す。

それでも食事が終わるまでに、何人も食われた。

此処で寝ろと言われるが。

はっきり言って無理だ。

横になるが、バキバキ、ムシャムシャという音はひっきりなしに聞こえる。時にはすぐ隣から。

これはもう、明日には俺は生きていないな。そう、覚悟は決めておく。

誰かが逃げ出した音がした。

その瞬間、食われたようだった。

俺は必死に眠るフリをする。

いつの間にか、気絶するように眠っていて。

起きた時には。

あの生物はいなかった。

だが、寝床にいた。周囲のクローン達は、九割ほども減っていた。それはそうだろう。

皆、食われてしまったのだ。

畜生。何度も心中で呟く。

追加がぞろぞろと連れてこられるが。

此奴らも、あの生物に殺され食われるのか。そう思うと、悲しかったし、やるせなかった。

眠りは浅かったから、力が出ない。

指示されて、仕事場に出向く。

途中で転んだ気がした。

気がしただけなのか。

本当に転んで殺されたのかは。

もう分からない。

 

あの生物は、それから時々姿を見せるようになった。どんな仕事場にも来たが、流石にマグマや毒沼のある所には現れなかった。

デカイだけあって落盤くらいは平気らしく。

一度は落盤に遭っても、まるで平気で這いだしてきた。

それにロボットにはとても良く懐いているらしく。

ロボットに手入れされているときは、目を細めて幸せそうにしていた。

多分此奴。

この坑道にいる生物の中で、一番幸せなのではあるまいか。

そうとさえ感じる。

なおロボットは、此奴に甘噛みされていたが。

まるで傷もついていない。

この生物も、ロボットには勝てないと踏んでいるようで。

制止されると。

完璧に調教されていますという事を見せるように、ぴたりと動きを止めるのだった。

俺は、ひたすらつるはしを振るう。

今日はあの生物はいない。

だけれど、今までに無いほどの深層だ。

息が苦しい。

周囲でばたばた倒れて、その度に焼き殺される。

俺も本当は死んでいるのかも知れない。

兎も角、掘り進める。

食事も出ない。

最近、この食事のパターンも全く分からなくなってきた。

酷い時は、一度も出ない事もあるかと思ったら。

仕事が楽なのに、三回大盛りで出る事もある。

ただしまずい事と臭いことに代わりは無い。

食べ慣れている俺でも吐きそうになるような代物が出ることがあり。

そういうときは、吐いて焼き殺される奴が何人も出るのだ。

ベルが鳴る。

やっと終わりか。

鉱石をトロッコに積み込む。

生き延びてやったぞ。

そう思ったが。だが、それだけで終わる訳がなかった。知らない場所に行くように指示される。

嫌な予感しかしない。

歩いて行くと、ただひたすらにきつい上り勾配の坑道だ。

その坑道を行く途中で、弱り切っているクローンが何人もロボットに焼き殺された。俺も、すぐ後ろの奴が焼き殺されるのを感じて、首をすくめた。

必死に這い上がりきって。

そして見たのは、エレベーターである。

もうコレに入るのは嫌だが。

しかし、入らなければならない。

エレベーターそのものが、悪意を持って俺たちを殺すための道具にしか思えないし。実際にそうやってたくさんの俺やクローンが殺されてきた。もう俺は確信している。何度も殺されていると。

どうして今生きているかは分からない。

ともかく殺されまくっているのは確実だ。

そうしないと説明がつかないことが多すぎるのである。

俺は一体。

此処で何をさせられていて。

何をされているのか。

エレベーターに乗り込む。

フラフラだったが、何とか乗り込むことが出来た。周囲には咳き込んでいる奴だって多い。

皆、不安そうに視線を交わしている。

いつ殺されてもおかしくない。それこそ、此処に閉じ込めて一網打尽にするつもりなのかも知れない。

ロボットどもは俺たちを本当に軽率に殺す。

何かあったら即座に殺す。

それが奴らだ。

円筒形の、見かけだけなら威圧を与えない姿なのに。

どうしてそういう事をするのか、よく分からない。

ともかく、エレベーターの中で、何が起きても対応出来るように、気を張っておく。いつ誰かが殺されてもおかしくない。

それこそエレベーターの底がいきなり抜けたりとか。

あのバケモノが天井から入り込んで来たりとか。

そういう事だってあり得るのだから。

ほどなく、エレベーターが上昇を止める。

何だ。何が目的だ。

訝しみながら、そのまま開いたドアを見て、其所から出る。其所は、いつもの坑道とだいぶ違っていた。

いつもは岩だらけでごつごつしていたけれど。

此処は何というか滑らかである。

ひんやりしていて、非常に直線的というか。

坑道では見られない構造の、平坦な床や壁が何処までも続いている。

色もおかしい。

薄緑色で。それどころか、ランタンのように彼方此方が光っている。

すすめとロボットに促されたので進むしかない。

誰かが倒れる。

即座に焼き殺された。

やはり、此処でも殺されるのは同じか。

あんな過酷な労働を深層で行われていたのだ。それは焼き殺されるくらい弱っても不思議では無いだろう。

不思議な場所に来て、気が抜けてしまったのかも知れない。

いずれにしてもはっきりしているのは、この先にある地獄に行かなければならない、と言う事だ。

歩く。

道はひたすら長くて、空気は冷えていた。

いや、だんだん分かってきた。

此処は寒いなんてものじゃない。

冷えているというよりも、此処は。全員を凍らせて殺すつもりか。

また誰かが倒れ。

焼き殺される。

冷えていても、ロボットの放つ炎は、一瞬で俺たちを炭クズにするには充分なようだ。というかあまり関係無いのだろう。

ただ、殺したクローンを。

奴らは念入りに処理しているようだ。

此処は重要な場所なのかも知れない。

ほどなく、ぴかぴかする所に出た。

見た事も無いものがたくさんある。そこで、何か得体が知れない円筒形のものに入るように促される。

皆が入れるくらい大きい、透明な仕切りで出来た円筒形の何かだ。

特大の嫌な予感がする。

だが、後ろでまた誰かが軽率に焼き殺され。

仕方が無く、皆が押されるようにして円筒形の何かに入った。

それの入り口が閉じる。

同時に、上から何か降りてくる。

それが回転しながら降りてくる、得体が知れない。そう、何かを破砕するものだと気付いて、俺は絶叫していた。

俺たちを、あれは。粉々にする。確実に。

皆気付いて、透明な何かを叩くが。

鉱石より、いや恐らくつるはしより堅くて。

びくともしなかった。

それが落ちてきて、俺たちを粉々にし、赤い液体に変えるまで。

ほんの少しの時間しか掛からなかった。

 

目が覚める。

いつもの雑魚寝部屋だ。

明らかにあの時俺は死んだ。

どうして今此処にいる。

やはり死んでいるんだ。何度も何度も。それでいながら、俺は何故か記憶を持ってまた作られている。

何がどうしてこうなるのかは分からない。

だけれども、はっきりしているのは。

このままだと、永遠に殺され続ける。

それだけだ。

俺は絶叫して、立ち上がる。

同時にロボットに焼き殺された。

即座にまた目が覚める。また雑魚寝部屋だが、違う部屋のようだった。俺は叫び出したいのを堪えて、必死に震える拳を握りこむ。

一体何だ。

俺たちをどうしたいんだ。

俺たちを殺して殺して殺しつくして。

あのロボット達は俺たちに何をさせたい。

俺たちは彼奴らのオモチャなのか。それにしては、どうにも妙だ。ロボットは面白がっているようにも見えない。

彼奴らが淡々と仕事をしているのは分かっている。誰かが後ろに着いていて、何かをしている。

それが何なのかは分からないが。

ロボットを操っているのがろくでもない輩なのは、確実だ。

ブッ殺してやりたい。

そう思うが、どうしても機会なんて来るわけがない。

そいつがどんな風な奴かも分からないし。

何よりも、何処にいるかさえも分からないのだから。

ロボットに促されて、仕事に出向く。

それからも、俺は何度も何度も殺された。

際限のない回数殺され尽くした。

ある時は焼かれ。

ある時はバケモノのエサにされ。

ある時はマグマに落とされ。崖から落とされ。エレベーターで殺され。そしてあの装置で粉砕され。転んだところを焼き殺され。もはや、際限のない回数、ひたすら殺され続けた。

いつの間にか、俺は感覚が麻痺していた。

もう殺されても何とも思わなくなっていた。

殺されている。

その自覚がはっきりし。

記憶がはっきり体に刻まれてから、俺は完全に心が冷えた。

そして俺は、その頃から周囲の奴と、ロボットがいないときに軽く言葉を交わすようにし始めた。

そうして知った。

周囲の奴らも、同じように記憶を引き継いでいる。

中には、俺と全く同じ顔で。

全く同じ記憶を引き継いでいる奴もいた。

クローンというのは作られた人間らしいのだが。これは一体どういうことなのか。俺には分からない。

ひたすら殺される事を繰り返し。

まずいメシを食わされて。

そして俺たちは、ただ殺されるためだけに働き続けた。それが何を意味するのかは、まったく分からない。

一つはっきりしている事がある。

俺たちは。

これをやっている奴を、許さないと言う事だ。

 

4、真相と深層

 

ふと俺が目を醒ますと、いつもと違う所にいた。

記憶がどっと流れ込んでくる。

そして知る事になった。

俺は社会人になったばかりの人間だと。

ベッドに寝かされて、何かの装置を頭につけられていたのだと。

その装置が外される。

俺は制服に着替えるように言われる。制服が何かなのも知っていた。グレーのスーツとネクタイ。

付け方も知っていた。

俺は大学を出て、この会社に就職したのである。

宇宙開発をやっている会社だ。

其所で新人研修をするという事は知っていた。

それで、大体の事は理解出来た。

俺たちは集められる。

見知った顔ばかりだった。

皆、こくりと頷くだけで意思は通じた。

此処には殺人ロボット達はいない。

というか、彼奴らには殺人は出来ない。

彼奴らに出来るのは、クローンを虐げる事だけ。ロボットにはガチガチにプロテクトが掛かっていて、人間には手出しが出来ないのだ。

案内に従って講堂に出向く。

此処は宇宙戦艦の内部。全長一キロほどもある巨大なものだ。この戦艦は必ずしも戦う事が目的ではない。

所有する企業は、コレを使って色々な事業をする。

そのために新人が必要となり、応募が掛かった。

俺は大学を出た後、この応募を受けた。

それだけだ。

講堂に出ると、其所にはいけ好かないツラをした奴が一段高い講壇にいた。作り笑顔で、にやにやと此方をみくだしている。

間違いない。

あいつだ。

しばらく好きに喋らせてやるとする。

「皆さん、合格おめでとうございます。 これにて貴方たちは、立派なマナー講習を受け、社会人になりました。 私はマナー講師の……」

マナー講習、ね。

そのままマナー講師とやらの言葉は聞いておく。なお、名前を覚える必要などは微塵もない。

理由は言うまでも無いだろう。

「貴方たちが知る事は幾つかありますが、会社は絶対と言う事。 失敗は誰でもするし、失敗したらペナルティがある事。 そして上司の言葉は絶対服従しないといけないと言う事です。 其所でクローンを作成し、ある惑星の地下にて失敗と服従の記憶を徹底的に刻み込ませ。 その記憶を継承させつつ濃縮させ、貴方たちに移植したのです」

周囲にいるたくさんの仲間に目配せ。

皆、意思は同じようだった。

講壇にいる「マナー講師」は、くだらない舌を動かし続ける。

「現在クローンは多目的にて使われており、会社の所有物として認められています。 故に今回のような使い方も出来るのです。 昔はマナー講師は新人社員を躾けるのにとても苦労していたと聞いています。 其所で私が、あのシステムを考え出しました。 素晴らしく効率的な教育がで来て、私も満足しています」

「教育、ね……」

「私語は慎むように。 ……?」

マナー講師とやらが、気付いただろうか。

俺は、ふっと笑うと。

こくりと頷く。

それが合図になった。

どっと、その場にいた「新入社員」が、総掛かりでその場にいたマナー講師を、八つ裂きにするまで十秒ちょっと。

皆、坑道で徹底的に体の動かし方を知り尽くしていたのだ。

こんな柔いエリート様を八つ裂きにするなんてそれこそ秒で出来る。

俺たちがやる事は幾つかあるが。

まずはこれが一つ。

どうして。

「教育してやった」のに。

善意であの悪夢の坑道を作り出したと信じてやまなかっただろうマナー講師とやらは、文字通り素手で引きちぎられてバラバラになった。その瞬間、そう表情で語っていた。

俺は雄叫びを上げる。周囲もだ。血に塗れて。皆復讐の刻に猛り狂った。

全員、筋力が凄まじく上がっている。

そのまま、この戦艦を制圧に掛かる。

記憶が上書きされたから、何となく構造は分かる。

その場にいる船員をそれぞれ盾にすると、ロボットは動けなくなる。盾にするのも片手で充分。

それぞれ船員や軍人を軽く捻って捕まえ、盾にすると、船を瞬く間に制圧する事に成功。

船長は生かしておく。

それ以外は、集めておいて皆殺し。

すぐにマニュアルを見て、ロボットと戦艦の動かし方を学ぶ。学ぶ事についても徹底的に叩き込まれた。そうでなければ毎回死んだからだ。

どうせ、あんな事をする会社だ。

俺たちが新入社員とやらになったとしても、ゴミのように浪費されただろう事は分かりきっている。

地球にいた頃からマナー講師とやらはクズの代名詞だったが。

宇宙時代になってもまったく変わらなかった、と言う事だ。

更に言えば、俺たちはあのクズを殺しても良いだけの事をされた。法があのマナー講師の味方だとしても。

俺はあのマナー講師を殺す権利があるし。

もう一つの権利もある。

戦艦を完全制圧。

脱落者は出ていない。

船を動かしていた連中は動きが恐ろしく鈍く、万全状態の俺たちの敵ではなかった。そもそもあのマナー講師とやら、俺たちが抵抗する可能性すら考えていなかったらしい。これだからエリート様は。

苦笑しながら、戦艦をすぐにクローンが強制労働させられている惑星に向ける。どうせ戦艦の反乱の話は既に本社に行っているだろうが、関係無い。

その本社ごと叩き潰してやる。

遠隔コントロール装置を仲間が発見。

すぐにマニュアルを確認し、クローンへの虐待をやめさせる。あのバケモノは何処かの星の原生生物らしい。本来は極めて大人しい生物のようで、それの脳に無理矢理色々な操作を加えて、ああいう怪物に変えたようだった。

クズが。

地球人を宇宙に出してはいけないという話はあった。

幾つか接触した星間文明から、こんな凶暴な文明は初めて見たと言われているという話も聞いた。

それは全くの事実だったようだ。

今や俺は。

人間であることが。

あのマナー講師と同じ生物であることが、恥ずかしくさえあった。

やがて惑星に着く。小さめの惑星だが、一応大気はある様子だ。小規模なテラフォーミングはしてあるのかも知れない。

惑星にいる社員を戦艦からの砲撃で皆殺しにすると。その頃には人質として用済みになっていた艦長も八つ裂きにした。

なお俺たちは全員男だが。

会社側のした処置によって、生殖能力も、欲求も、全て奪われていた。

これは会社の仕事に対して雑念が湧くからと言う理由と。後は特権階級だけに生殖が許されているためらしい。

知るか。皆殺しだ。

惑星のプラントを、もはや此方の味方に改造したロボットと供に制圧すると、クローン達を救出。医療システムを使って、皆のバイタルを改善する。更に、クローンの生産設備を抑え。

大量のクローンを、載せられるだけ戦艦に乗せた。

その頃には、会社側から鎮圧のための部隊が来ていたが。どいつもこいつも平和呆けしていて。

不意打ちで相手の戦艦に無理矢理接舷。

乗り込んで皆殺しにした。

そうやって鎮圧部隊を皆殺しにし、戦艦も複数得たところで。軍が出てくる気配があったが。

俺たちは、クローンの生産設備。更には記憶を持ち越したまま別の星間文明に亡命し。

其所の助けを得ることに既に決めていた。

あのマナー講師は、マナーとやらを植え付けることには失敗した。

だが、俺たちは学んだ。

生き延びる方法を。

人間はどうやったら死ぬかを。

そして皆の心は一致している。

あの会社を。ぶっ潰してやると。

 

地球人類の文明に好き勝手されていたその宇宙人の文明は、俺たちの亡命を快く受け入れてくれた。

あまりの凶暴さに驚いたようだったが。

俺たちも、その宇宙人には何の恨みもない。

クローンの生産設備と、戦艦のコピーだけをさせてもらう。どうせ地球人同士で内輪もめしてくれれば助かるとでも思ったのだろう。

宇宙人は、快く協力してくれた。

そして、俺たちは軍と同レベルの規模にまで戦艦を増やし。そして、クローンで兄弟達を際限なく増やすと。

例の会社のある星へと。

突然ワープからの強襲を仕掛けていた。

その星はいわゆる知的階級の住む星で。相応の防衛体制があったが。いきなり軍と同規模の戦力が攻めてきたらどうしようもない。

俺たちが狙うのは、あの会社の人間だ。

だが、逆らう奴には容赦しない。

俺たちがされたように。

徹底的に殺す。

まず衛星軌道上を制圧。警備でいた軍も皆殺しにし。更に、衛星軌道からの爆撃体制も整えた後、勧告する。

「いつでもお前達を皆殺しに出来る。 期限は二日。 それ以内に、〇〇社の関係者全員を差し出せ」

既に関係者の名簿は入手済みだ。

更に言えばその関係者どもの顔写真なども全て取得している。

軍も出張ってきたが、衛星軌道からの爆撃体制が整っているのを見て、何もできずにいる。

まあ攻撃してくるなら別に良い。

その時は、この星を木っ端みじんにした後、ワープで逃げるだけである。

俺たちは学習することを徹底的に叩き込まれた。

あのマナー講師とやらは。俺たちを従順な奴隷として躾けようとしたようだったけれども。

残念だったな。

出来たのは貴様ののど頸を噛み裂く狂犬だったんだよ。

俺は勧告を終えた後、待つ。

見せしめに、会社のある街を一つ砲撃して消しておいたのが効いたらしい。

星の住人共は、〇〇社の関係者を片っ端から捕まえると。

シャトルで送り届けてきた。

社長も会長も、その家族もいる。

今の時代、大企業の重役と言えばそれこそ昔の貴族のような金持ちで。更に言えば自分を偉いと勘違いしているのが通例だ。

俺もクローン達の記録が上書きされる前は普通に生活していたからそれを知っている。

だからこそ。

実物を見て、失笑しか湧かなかった。

どいつもこいつも何が貴族様だ。

貴族は優秀だという言説が一時期流行った。

知能も身体能力も高く、外見も美しいと。

此奴らは知能も身体能力も普通と同じ。外見だって、普通の人間と大して代わりは無い。写真なんかでは美しくされているが、それは加工技術によって綺麗に撮っただけだ。

まだ状況を理解出来ずに、偉そうにしている会長をまずは全員で、素手で八つ裂きにする。

それでやっと状態を理解した会社のクソ共が、悲鳴を上げて逃げようとする所に。

虐待の限りを尽くされていたクローン達と一緒に、俺たちは全員で一斉に襲いかかって、皆殺しにした。

後は、無人の戦艦をいつでも自動で砲撃できるように残したまま、俺たちは全員でその星系を後にする。

復讐は達成した。

だが、あのクソみたいな会社の存在を容認した連中も俺たちは許さない。

俺たちが安全圏に逃れたところで、無差別砲撃を実施させ。

文字通り星を消し飛ばさせる。

その後、無人戦艦には鎮圧に来ている地球の艦隊を巻き込んで自爆処置させた。

どうせ自分達が助かるために「仲間」を差し出したような連中だ。

一匹でも生かしておいたらそれだけ宇宙に害を為すだけだろう。

そのまま俺たちは、一度亡命した星間文明に貰ったプラントのある、地球人類がまだ発見できていない星系に移動すると。

地球そのものに攻めこむ計画を立案開始する。

人類の文明中心地はまだ地球だ。

出るべきでは無いのに宇宙に出て来た人間には。

一度痛い目に遭って貰うべきだろう。

今、人類は三十を超える星系を制圧し。他の星間文明を武力で威圧しながら、好き勝手をしている。

それらの情報は、既に得ている。

ならば一旦その中心地である地球を粉々にすれば。

連中も少しは懲りるだろう。

それで懲りないならば、一人残らず殺し尽くすだけだ。

俺はもう地球人じゃない。

そう改造された。

何処の会社も似たようなものだと聞いている。

だったらまるごと劫火に焼き尽くしてやるだけだ。

それから、俺たちはプラントでひたすら戦力を増やし続ける。今度は、地球人全部にあの苦難と絶望を返してやる。

俺たちにやった事を。

そのまま返すだけだ。

地球人がいつもやっている復讐だ。

今度は自分達に向けられる復讐を味わうが良い。

俺は、どんどん増産されている戦艦を見て、ほくそ笑む。最悪この戦艦は、爆薬を満載して地球に突っ込ませてもいい。

現在の爆薬の火力なら、地殻津波を起こすことも可能だ。

一撃で地球にいる人類を絶滅させることも出来る。

さて、凶暴な宴を始めようか。

害虫として、奴隷として扱ってくれた礼は。

そのまま返してくれる。

俺は嘘の鉱山で働かされていた、怒りに目を煮えたぎらせた兄弟達とともに。

地球の絵図を見て。

ほくそ笑むのだった。

 

(終)