未来より現れし絶望の一端

 

序、不意に巻き上がる業火

 

世界最大の経済力、軍事力を誇る、A国。その片隅には、当然田舎も存在している。というよりも、この国では都会と田舎に住む人間は別種と言っても過言では無い。

田舎は平穏で素朴だが、同時に排他的で時に差別的でさえある。

一方で、都会は開放的で能力主義が目立つが、弱肉強食で残虐な力の論理が全てを支配している。

自由を大規模に標榜しているのも、かって全ての場所で差別があまりにも激しかったからである。二十一世紀になった現在も、そのゆがみとよどみは変わっていない。社会は華やかな発展を続けているが、その裏で邪悪な闇も多数うごめき続けていた。

普通の人間では対処不可能な場所、いわゆるフィールドが出現する事も日常茶飯事である。ただし、それらに対処することが出来る能力者、通称フィールド探索者は、国のゆがみにはタッチできない。

基本的に、通常の人間と、能力を持つ人間は、ある一線で互いに距離を取らないと、様々な災厄を招くからだ。

だが、それが対応の遅れにつながる事も、たまにある。

発展途上国などではそれが顕著だ。国がプライドだの何だのとほざいている内に、フィールドによる災害で数万人が犠牲になった例もあった。

勿論、A国でも、類似の事例はある。

まさに今、A国の片田舎である此処K州で起こっている事こそが、それであった。

山岳地帯が多く、文字通りのド田舎であるK州の北部、その一角。山一つの裾をまるまる有刺鉄線が覆っていた。既に山は深い霧に覆われており、突入した特殊部隊からの返事は無い。周囲を固めている軍部隊は殺気だっており、武装した兵士達が走り回っていた。

其処へ、一機の輸送ヘリが到着する。

国連軍でも正式採用されているCH−47チヌーク。前後にプロペラを持つ、強靱で巨大な軍事ヘリである。其処から降り立ったのは、小柄な女性だった。

動きやすいハーフパンツをはき、どちらかと言えば短い髪は若干茶色がかっている。小柄だが胸は妙に大きく、顔立ちが妙に幼いこともあって、アンバランスな対比を為していた。ピンクのリュックを背負い直すと、女性は周囲を見回しながら歩く。

それに続いて降りてくるのは、いかにも軍人という風情の大男だ。四角い顔立ちに、全身隙無く鍛えた雰囲気。みた人間の殆どが、軍人だと言うことは間違いないだろう。

女の名前は、海腹川背。

男の名前はジョー。

どちらも、名を知られたフィールド探索者である。

不機嫌そうな軍人が現れる。この部隊を統率しているケニー准将だ。敬礼するケニーに応じると、まずジョーが口を開く。

「状況は」

「これから、会議を開く。 それに参加していただきたい」

「待った。 既に突入した部隊があって、生還していないと聞いています。 僕たちはすぐにでも突入できますが」

川背の言葉に、頷くジョー。彼の背にはフル装備のバックパックがあり、肩にはFN SCAR突撃銃が掛かっている。威力が大きい7.62×51mmNATO弾を撃てるようにチューンしてあるほか、様々に特殊な改良を国連軍で行っている実験モデルだ。本来使い古されてトラブルシューティングをしやすいものをジョーは持って行きたがったのだが、今回は色々とフィールド探索者を主に支援している国連軍内部でもごたごたしており、実戦のデータが欲しいと言うことで、持たされたのだった。

フィールド探索者の会社は、色々と背後関係が面倒なのである。普通の人間と能力者の間に、長い争いの歴史があった。それは未だに解決されていない部分も多い。現在、世界の危ういバランスを保つためには、幾らかの理不尽も受け入れなければならないのである。たとえ、最強のフィールド探索者Mのようにその気になれば単騎で邪神を屠れるような存在がいるとしても、だ。

最もジョーが担いでいるこの銃器は、様々な紛争で活躍している最新鋭のものだ。フィールド探索でも、ある程度の実績を上げている。問題はアタッチメントの数々で、それらを使いこなしてデータを取れという命令が出ていることくらいだろう。

「ヘリの中でも状況は聞いた。 3時間前から今までに変化は。 それさえ聞けば、我らでフィールドを殲滅してくる」

「それでは我が軍のメンツがたたん。 此処では指揮に従って貰う」

「突入した部隊は一個小隊と聞いています。 三十人もの兵隊さん達の命を、見捨てるつもりですか!」

爆発音。

フィールド内部からだった。にわかに基地が騒がしくなる。この様子だと、また内部に部隊を送り込んだのでは無いのか。

「此処K州では、ここのところ立て続けにトラブルが起こっていると聞いている。 これは、初めての事態では無いな」

「と、とにかく、会議には参加して貰う!」

「普段ならそうしたいところですけど」

「埒があかん。 一旦会議とやらに出よう。 口論しているだけ時間の無駄だ」

ジョーが、川背をたしなめた。

また、爆発音が轟いた。

 

1、未来からの刺客

 

森の中は、まさに異界。

粘ついた糸が木々の間を縦横に行き交い、異臭が辺りに漂っている。歩きながら、周囲の様子を確認する川背。

少し遅れて、ジョーがついてきている。軍の特殊部隊も同行したいと言い出したのだが、拒否した。

既に四十人以上の兵士が、内部で行方不明になっている。二次遭難するだけだ。

川背は、最近ようやく一流どころとして認められたフィールド探索者である。普段は料理人として活動しているのだが、戦場では空間をつなげる能力と、ずば抜けた身体能力、それに伸縮自在のルアーつきゴム紐を駆使して暴れ回る。

こういう足がかりになるものが多い地形は、川背にとってはまさにホームグラウンドだ。多少の粘液など関係ない。更に言えば、大型の怪物との交戦も川背はどちらかと言えば得意としている。

後ろにいるジョーは、能力という点ではたいしたことが無いが、歴戦の経験で手数を補う戦士である。軍人らしい軍人で、寡黙でおっかないおじさんだが、戦士としての信頼度は高いと、川背が尊敬している先輩から聞いている。もっとも、あの先輩は、基本的に他人を悪く言わないが。

死体を発見。

喉を食いちぎられている。辺りには、引きちぎられた人体が散乱していた。

内臓がぶちまけられており、手足が木々の間に張り巡らされた粘液の糸につり下げられている。侵入した兵士達の末路だ。

フィールドは、特殊な能力持ちで無ければ手に負えないから、専門の攻略業者が存在しているのである。

たとえ最新鋭の装備をしていても、軍隊でも、かなうものでは無い。

それが分かっているのに、時々いるのだ。現在の技術を過信して、フィールドを軍事力で攻略しようとする輩が。

そういう奴が無茶をするたび、大勢の死者が出る。

実際問題、最新鋭の道具を使ってフィールドに挑む者はいる。いつも良い仕事をしているジョーなども、本来の能力は極めて脆弱なので、その一人である。だが、近代兵器だけで、どうにか出来ないことも、ジョーは知っている。だからこそに、自身は支援や索敵などに徹して、全体の勝利に貢献するように動いているのだ。

声が聞こえた。

弱々しいが、悲鳴だ。罠の可能性もある。

後ろに向かって、指を鳴らす。ジョーへの合図である。そして自身は、手元にルアーを出現させ、ゆっくり前に歩み出た。

周囲の異臭が、濃くなってくる。

人影が見えた。だが、それは、粘液の糸でぐるぐる巻きにされている。そして、真後ろから殺気。

振り向くまでも無く、跳躍。事前に上の枝に引っかけておいたゴム紐の伸縮力も利用して、一気に十メートル上の枝にまで到達、半回転して枝を蹴った。そして、ジョーが、一瞬前まで川背がいた場所に躍りかかった人型を蜂の巣にするのを確認してから、木の幹を何度か蹴って着地。

降りてみると、そこにいたのは人間に近い姿をした、しかし別の生き物であった。

ボディアーマーらしいもので武装しているのだが、どうも様子がおかしい。顔を見ると、醜悪なエイリアンのように、目鼻立ちが人間とは違っている。手にしているナイフも、みたことが無い素材だった。

そして、死んだ途端、塵になって消えてしまう。

ぶら下げられていた兵士を救出。どうにか生きていた。一旦ジョーには、負傷者と共に撤退して貰う。同時に、川背は更に奥に進んだ。

奥へ進むと、有機的な得体が知れない物体で、辺りが覆われはじめていた。

もはや穏やかな森の面影は無い。この辺に来ると、兵士の遺品も残っていない。ぱちんと、指をはじく音。ジョーが戻ってきたらしい。

同時に。

四方八方から、無数の殺気が襲いかかってきた。

むき出しの骨格の怪物がいる。人間型なのだが、肉付けした骸骨の怪物とでも言うべき姿で、しかも後頭部が長い。

それの幼生らしい、グロテスクな胎児のような海老のような生物が、奇声を上げながら飛びかかってくる。

どれも、動きが凄まじく速い。

発砲音。ジョーが近づく敵を薙ぎ払っているのは間違いない。

川背は残像を残して跳躍、飛びかかろうとした一匹の首を蹴り折りつつ、海老胎児にルアーを引っかけ、自身は幹を蹴った。胎児を振り回し、上を見上げたエイリアンの顔面にたたきつけつつ、別のエイリアンの頭上に着地。首がへし折れたのを確認しつつ、再び飛ぶ。

バースト音が連続して響いている。後ろでも、激しい戦いが繰り広げられているのは間違いない。

不意に、視界の隅に異物。

あれは、手榴弾か。

即応。ルアーをふるって、はじき返す。同時に自身は、頭上の木の枝を掴み、遠心力を利用して旋回、木の枝の上に着地した。

爆発。

知っている手榴弾よりも、随分破壊力が大きい。

わらわらと群れはじめている何者かに対して、飛び降りつつルアーを振るう。此方が手強いとみて、総攻撃を仕掛けてきたと言うことだろう。

願ったりだ。

一気に此処でたたみかけておけば、生存者がいる場合助かる可能性も高くなる。

敵の中に、三メートル以上ありそうな巨人の姿があった。ホッケーマスクのようなものをつけており、全身は強固な筋肉の塊だ。だが、口元に見えるずらりと並んだ牙を見る限り、人間だとは思えないが。

敵には、銃らしいものを使ってくるものもいる。だが、当たってなどやらない。

高速でジグザグに動きながら間合いを詰め、ルアーを引っかけて飛び、ゴム紐の反発力を利用して首をへし折り、或いは動きを止めて脊髄を蹴り折る。十、二十、倒した敵の数を心中で数えていく。

ジョーが追いついてきた。

そして、有無を言わさず、巨人にグレネード弾を叩き込む。

川背はそれで生じた煙幕を武器に跳び、幹にルアーを引っかけて垂直に駆け上がった。枝を蹴って高々跳躍。

既に、敵の残存戦力は無い。

稲妻のように落下しつつ、巨人の首にルアーを引っかける。滑車の原理。

グレネード弾を喰らってもびくともしなかった巨人だが、落下分のパワーを一気に込めたゴム紐の収縮力をまともに食らい、釣り上げられる。枝がそれほど保たなくても良い。数秒、つり上げるだけで充分だ。

川背が着地したときには。

両手に突撃銃を持ったジョーが、驚異的な腕力でそれをぶっ放し、巨人を蜂の巣にしていた。しかも集弾率が凄まじい。顔面に百を超える軍用弾を喰らった巨人は、流石に絶息した。

枝がへし折れ、巨人が地面にたたきつけられる。

そして、他の怪物同様、消えて行く。

手をふるって、ルアーを消えゆく敵の首から外す。そして、ゴム紐共々、手元に戻した。

徐々に、周囲の殺気が和らいでいく。更に足を進めると、おぞましいものをみることになった。

折り重なった兵士達の死体。食害された跡が、かなり残っている。

あの怪物達に喰われたのだろう。目を閉じて黙祷。そして、見上げる。

死体の山の上に、妙な球体がある。その上の空間が、スパークを放ちながら、徐々に閉じていくのが分かった。

やがて、周囲はフィールドでは無くなった。

「生存者を探すぞ」

「はい、ジョーさん。 でも、これでは」

「現に一人生きていたのだ。 まだ生きている可能性はある」

無線で、一応外に連絡。怪物ははっきり言って、フィールドに出るものとしてはさほど強力では無かった。もっと強力な怪物が出てくるフィールドは、それこそいくらでもあるし、死にかけた経験など数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどなのだ。やっと一流どころと言われるようになった川背でさえそうだ。この世界のトップにいるフィールド探索者達は、それこそとんでもない修羅場をくぐってきているものなのである。

二人で手分けして、殉職した兵士達の死体を探る。殆ど原型が無いほど食い荒らされている気の毒な死体も目だった。

木の枝に、粘液で縛り上げられて吊されている兵士を発見。下ろしてみると、どうにか生きていた。

そうやって生存者を探していって、四人だけが救助できた。

大きなため息が漏れる。

現在の人類の技術は進んでいるが、それでもまだフィールドに入り込んで、怪物を駆逐するには早い。それを思い知らされる。

一通り作業が終わってから、帰投。後始末は、国連軍の調査チームに任せることになった。屈辱と絶望に顔を青ざめさせているケニーを一瞥だけすると、ジョーは言う。

「共闘するのは初めてだったが、頼りになった」

「ありがとうございます。 此方もばっちり後ろを守って貰えて、心強かったです」

頭二つ以上大きなジョーと握手する。

その後、基地のシャワーを借りて、リフレッシュする。といってもプレハブの簡易なものだったが、異臭と汚れを落とすには充分だった。

敵は全滅。後から来た国連軍の調査チームも、フィールドの消滅を正式に宣言。ケニー准将は軍のコネを使って生き残ろうとあがいたようだが、フィールド探索社の大手であるC社が派遣しているジョーが証言したこともあり、正式に軍法会議に掛けられることとなった。

彼にもプライドがあったのだろう。駐屯軍の司令官を長年勤めてきたし、軍人としての誇りも持っていた。

しかし、正確な状況判断を欠き、大勢の兵士達を死なせてしまったのは事実なのだ。

一通り事後処理が済むまで、川背はその場にいることとなった。フィールドが復活と言うことも、低確率ながらあり得るからだ。

一旦フィールドが消滅してしまえば、辺りは鶏肉の揚げ物が美味しい田舎のK州である。空気も美味しいし、食べ物にも恵まれている。魚を専門としている川背も、料理の素材を探して辺りを散策することが出来た。

ジョーはというと、軍に頼まれて、兵士達の訓練をみているようだ。

一見すると、もう平和が来たようにも思えた。

だが、事件はこれでは終わらなかった。

 

フィールドを攻略してから四日後。

そろそろJ国に帰る準備をしようと思っていた川背は、貸し出されている基地内の宿舎で、ベットに寝転がっていた。良さそうな素材の買い付けルートは確保したし、近場の川や山もみた。良さそうな素材については、地元の業者に注文して、届けて貰う手はずも整えた。

豊かな自然の中で暮らしている動物は、とても美味しくなる。勿論丁寧に何世代も掛けて作られた家畜にも、とても美味しいものが多い。良くないのは中途半端だ。それこそ数え切れない食材をみてきた川背は、それをよく知っている。

とりあえず、準備は全て終わった。

帰ろうかなと、ベットから起きようとしたところで、ドアがノックされる。プレハブの宿舎だから、凄く音が良く響いた。

「何ですか?」

「急用です。 すぐに来てください」

「はい」

ただ事では無い。

すぐに装備一式が入っている上、切り札にも使っているリュックを片手に、部屋を出る。迎えに来ていたのは、真面目そうな青年軍人だった。

「フィールドに関する事ですか」

「はい。 丁度今、本部に専門家が来ています。 そちらから、詳しい話は聞いていただきたく」

となると、この青年も、あまり詳しいことは知らされていないのだろう。

軍基地の中はさほど広くも無く、歩いて数分で本部のある建物にたどり着ける。本部もプレハブだが、周囲は兵士が固めているし、防弾性能の強い素材を壁に使っているのが一目でわかる。

本部の側に、ジープが停まっている。多分、よほど急ぎで来たのだろう。普通だったら、あんなに近くには停めさせて貰えない。

中へ入ると、ちょっと兵士達が殺気立っていた。先に来ていたらしいジョーが、川背をみて声を掛けてくる。

「来たか。 こっちだ」

「すぐ行きます」

奥の会議室に、一緒に歩く。足の長さが違いすぎるが、ジョーはしっかり歩く速度を合わせてくれた。こういう細かい所に、戦士の中の紳士を感じてしまう。

会議室に入ると、二人の人物が目についた。

一人は気が弱そうな少年である。眼鏡を掛けており、多分年は十代前半という所だろう。もう一人は、気むずかしそうな老人。紫色の、フードつきのローブを被っており、人相を半ば隠している。口元からは長い白髭が伸びており、節くれた手にはどくろがついた禍々しい杖が握られていた。何度かみたことがある。N社と関係がある魔術師だ。

己の才覚で様々な魔術を使う魔術師は、フィールド探索者とは似て非なる存在である。あるときは対立し、あるときは協力し、歴史の影でうごめき、結果様々な軋轢や争いそれに混乱の原因となってきた。

この魔術師も、フィールド探索者と関係が深いとは言え、かなり立ち位置が微妙なところにいる人物だという。N社としても有能さから押さえているが、いつ造反してもおかしくないそうだ。

魔術師は手強い。

以前川背も手練れの魔術師と交戦したことがあるが、多分一対一では負けていただろう。能力者以上に、秘匿されていることが多い連中であるが故に。実際に戦ってみると、マニュアルが通用しないことが多いのだ。川背は超高速での機動戦を得意としているから、一瞬の判断が生死を分ける。そういう意味でも、リスクが高い魔術師は、苦手な相手だった。

更に、見慣れない人物が一人入ってきた。

外でエンジン音がしたから、今駆けつけてきたのだろう。まだ若い科学者だ。いや、若いように見えるが、かなり老けているかも知れない。

「揃ったようですな。 はじめますか」

「貴殿は」

「私はDr、L。 お見知りおきを」

「貴方が!」

川背は、思わず声を上げていた。

L。C社のエースであるロボットフィールド探索者、Rの生みの親。ライバルであるDr、Wの方が有名だが、この人物もなかなかに侮れない実力の持ち主だ。若々しい姿をしているが、どうも妙なきな臭さも接していて感じる。

会議が始まった。全員に資料が配られる。少年の左右には、屈強な軍人が張り付いていた。それもまた気になった。

「今回のフィールド発生についてなのですが、実ははっきりとした原因が分かっています」

「原因、というと」

「この少年です。 カール=ロベルト=ハインラインと言います」

恐縮した様子で、少年が身を縮める。見たところ、戦闘経験があるわけでもなく、闇を宿しているわけでも無い。ちょっと気が弱そうな、普通の少年である。何かしらの特殊能力があるようにも見えない。

小首をかしげる川背に、Lは続けて説明をしてくれた。

「実は、今回貴方たちが潰したフィールドだけでは無いのです。 ここ最近、このカール君が移動した、もしくは移動しようとしていた場所で、立て続けに小規模なフィールドが発生しています。 殆どは数日で潰されていて、このような騒ぎにはなっていなかったのですが」

「何……」

「様々な偶然で彼は難を逃れてきたのですが、今回は特に危なかったようです。 山の中に住んでいるおばあさんの所に家族で向かうところだったらしく、おばあさんと一緒に辛くも逃れたのだとか」

しかも、それは偶然では無く、六度にわたっているという。

そのたびにたまたま地元に来ていたフィールド探索者達が活躍して、悲劇を事前に潰してきたのだが。今回はそのフィールド探索者が帰郷した途端に事件が発生し、なおかつ三十名以上の犠牲を出すという事態に発展してしまった。

「様々な方面から調査をした結果、色々と面白いことが分かってきました。 ああ、被害者には哀悼の念を表します。 そういう意味では無くて、どうもこの一件には、未来からの干渉があるようなのです」

「えっ!?」

「SFの世界だな」

思わず声を上げた川背を、柔らかくジョーがたしなめる。L博士は、元からちょっとマッドなところがある人物だと言うことは、川背も聞いていた。Rのような超高性能ロボットを作れる位なのである。まあ、精神的におかしなところがあるのは不思議では無い。

だが、それでも流石に未来からの干渉というのは、度肝を抜かれた。

L博士が、色々出してくる。

殆どはただのがらくたに見えたが、幾つか不可解なものがあった。中には、川背が巨人を倒したとき、スパークの下に落ちていた球体もあった。しっかり回収していたというわけだ。

「幾つかの調査の結果、これらがどうも現在の物質では無い事が分かってきました。 それどころか、或いはこの星の物質でさえ無いかも知れない」

「ええと……」

「つまり、あの怪物達は、このカール君を何らかの目的で殺すために、わざわざ未来から来ている、ということです! おそらく、彼の子孫があの怪物達にとって、何らかの不利益になる事をしている、というような理由なのでしょう!」

満面の笑みで、L博士は断言した。

不意に、場に老人の声が割り込む。魔術師だった。

「早く問題に入ってくれんかな。 儂は家に帰ってテレビが見たいんだが」

「ああ、もう少しお待ちください、ワドナー師」

「最近HDDレコーダーの調子が悪くてなあ。 ましてJ国のアニメとなると、再放送もなかなかしとらんしな」

「分かりました。 作戦の核心に入りましょう」

魔術師の老人をみて、ジョーが意外そうな顔をしていた。川背もびっくりだ。気むずかしいと思っていたのだが、意外にファンキーなおじいさんである。口をきいたところをみたことが無かったとは言え、ちょっと誤解していたかも知れない。

或いは、自宅は怪しげな魔術グッズで埋まっているのでは無く、J国アニメのフィギュアかなんかが一杯おいてあるのかも知れない。

「そこで、今度は此方から、未来に対して反撃を行います」

「どうやって?」

「ああ、儂がやるんじゃな」

「はい。 魔術による空間固定と時間遡航の逆を行い、あなた方を未来に飛ばします」

かなり乱暴な作戦だなと川背は思ったが、こう急いでいるという事は、多分時間に制限があるのだろう。

帰りについては問題ないと、ワドナーが言う。一定時間が経つと、強制的に戻されるように術式を組んでくれるとか。ただしそれは逆に言えば、向こうでは時間制限があり、それが終わるまでに任務を切り上げなければならないと言うことも意味している。なんだかかなり滅茶苦茶な作戦にも思えるが、しかし他に手が無いのだろう。此処にL博士のような大物が来ていることが、それを裏付けている。

Mやロードアーサーのようなエース格では、投入して失敗したときの損失が大きすぎる。かといって、中堅以下を何名か入れたところで、多分役に立つとも言いがたい。それで、川背とジョーという訳か。

一人いてくれると心強い先輩の顔が川背の脳裏に浮かんだが、彼女は今ちょっと手が離せない要件に掛かりっきりと聞いている。ならば、仕方が無い。ジョーは少し一緒に戦ってみて分かったが、とても頼りになる。共闘するのは吝かでは無い。

「あなた方の体重から割り出して、装備は45キロまでに限定されます。 火器などは持って行けますが、車などは運べませんので、ご了承ください」

「大丈夫だ。 問題ない」

「それでは、急で申し訳ないのですが、作戦に取りかかりましょう」

L博士は、満面の笑みで言う。

何かしらの裏がある事は間違いの無いところだ。だが、もし未来からの干渉があるとすると、このおとなしそうな子が何かしらの重大な歴史的転機を担っている可能性も否定は出来ない。

ならば、どうにかして、対処しなければならないだろう。

白色人種の子供は発育が早いと聞いているが、流石にこの子はまだ小さすぎる。腰をかがめて、川背は視線を合わせて、頭を撫でた。

「大丈夫。 お姉ちゃんが、悪い奴をみんなやっつけてくるから」

「本当? おばあちゃん、あいつらのせいで大けがしたの。 絶対、仇とってほしい」

「うん。 分かってるよ」

実際には、その襲撃者達は既に皆殺しにした。だからこれ以上仇だ何だというのはナンセンスだ。

だが、子供にそれを言っても仕方が無い。

だから、川背は笑顔で、敢えて安請け合いをした。

 

2、炎上する街

 

爆音が轟く。

激しい銃撃音。倒壊したビルが火を噴き、それを粉砕しながら進み出てくるおぞましい巨大な戦車。生物的な装甲が為されているそれは、この国でかって使われていた旧式戦車を、エイリアン共が奪って改造したものだ。

上には、エイリアンどもが満載されている。怒りを目に宿したビルが、雄叫びを上げながら突撃銃を撃ち込む。軍の最新鋭突撃銃は、本来だったら人間が持ち運べる重さでは無く、サイボーグでの運用を想定しているのだが。ビルの超人的腕力の前には、通常の銃器と大差ない。

巨大な突撃銃だけあって、凄まじい火力に、巨大な戦車が見る間にスクラップになる。旧式戦車とは言え、エイリアンの技術で強化されているのに。まるで、子供用のおもちゃのような他愛なさだ。戦車が爆発し、エイリアンどももろとも吹っ飛ぶ。満足したビルは、空になった弾倉を捨てた。

「ランス! そっちはどうだ!」

「掃討中!」

凄まじいバースト音が響き渡る。振り返ったビルは、ランスが殆どのエイリアンを、既に血祭りに上げているのを知る。だが、なお手元の軽機関銃を発砲し、残敵を瞬く間に薙ぎ払った。

この街は壊滅状態だ。

だが、戦わなければならない。これ以上の損害を、出さないためにも。

もう生きている人間はいないかも知れない。戦友達も、かなり厳しい状態だろう。だが、それでも二人は戦う。

魂斗羅の称号を得た、最強の戦士が故に。

ビルは身長二メートル七センチ、体重百三十四キロ。無駄な肉はひとかけらも無い、完璧な武人としての肉体の持ち主だ。それだけではない。人知を越える戦闘能力を実現するために、体にある工夫が為されている。銀の髪の毛を角刈りにしている、全体的に四角い雰囲気を受ける男だ。人間の戦闘的な部分を凝縮し、高度に完成された戦術的頭脳と融合させた生きた破壊兵器。それがこの男である。

元々軍のエリート兵士であったが故、実験の素体にされたビル。だがそれが故に、戦場の数々で、おびただしい戦果を上げてきた。

ランスは、身長二メートル四センチ、体重百二十九キロ。ビルの相棒であり、戦歴もほぼ同じである。新兵の頃からの盟友であり、圧倒的な実力を生かして、二人一組で幾多の敵を殲滅してきたのだ。

角刈りにしているビルと違い、ランスは若干天然パーマの掛かった髪を長く伸ばしている。髪は黒く、浅黒い肌もあって、完成された印象を受けるビルに対して、若干荒削りな雰囲気を持っている。ビルがしっかり軍服を着込んでいるのに対して、ランスは上半身をむき出しに、筋肉を誇示しているところも違っていた。しかも、その筋肉に、弾倉を二重三重に巻き付けている。

弾倉の一つを引きはがすと、ランスは突撃銃に再装填する。

遠くから、飛行音。多分、爆撃機だ。

「ちっ! 本気でこの街ごと俺たちを消す気らしいな」

「無理も無い。 俺たちだけで、奴らを一個師団は潰したからな」

殲滅したエイリアン達を踏み越えるようにして、次々新手が現れる。

殆どは、元人間に、エイリアンの頭脳を寄生させたものだ。もはや助かる見込みは無く、その場で撃ち殺すしか無い。犠牲者をこれ以上出さないためには、エイリアンどもの根拠地を叩くほか無い。

レッドファルコンと名乗る、謎の存在を。

激しい銃撃を浴びせながら、ビルは進む。まもなく、此処に敵の重爆撃機が来るはずだ。エイリアンどもは人間の文明を吸収し、急速に進化した武器を繰り出してきている、とされている。もたもたしていると、細菌兵器や核兵器まで生み出しかねない連中だとも。

無線が入る。

手元にあるハンドヘルドPCは、音声認識できる形式である。がれきを這い上がるようにして迫ってくる、無数の目を光らせた元人間の群れを鏖殺しながら、ビルは吠える。

「どうした、ルシア!」

「敵根拠地発見。 どうやら其処からかなり近い様子です」

「そりゃあご機嫌な情報だな!」

ランスが横殴りの銃撃をたたきつけ、迫る敵の頭をまとめて吹き飛ばした。

斜め上から音。狙撃兵だ。

だが、此方の反応が早い。走りながら、軽機関銃を叩き込みつつ、跳躍。崩れ落ちたビルの二階に飛び移ると、手榴弾を放り込みながら、一気に其処を走り抜ける。

背後で爆発。

周囲にいる敵を、みじんの隙も無く薙ぎ払いながら、ビルは続いての情報を聞いた。凄まじい連射で突撃銃に負荷が掛かるが、気にしない。場合によっては敵から新しい武器を奪っても良い。

「で、それは具体的にどこだ」

「北北西百二十キロ。 山岳地帯の地下です」

「流石に歩くのは厳しいな」

「現在、近辺の残存戦力を集めている所です。 ヘリ部隊と、後はジェットバイクをそちらに送ることが出来るかも知れません。 ただし、敵も重厚な防御陣地を構築している可能性が極めて高く、困難な闘いになるでしょう。 ハイウェイがあるのですが、其処を突破するのはちょっと難しいかも。 しかし、突破さえ出来れば……」

誰に物を言っていると、ビルは不敵に笑った。

見える。

敵の重爆撃機だ。核兵器を積んでいてもおかしくない。此方の世界の重爆撃機と比べると、かなり型式が古いようだが、エイリアンの訳が分からない技術でさぞ無茶な強化を施されているのだろう。

だが、飛び方がおかしい。中で、何度も爆発が起こっている様子だ。ぐらぐら揺れていた爆撃機が、ついに中途からへし折れる。

飛び降りた奴がいる。パラシュートを、しかも超古典的なものを開いた。降りてくるのは、二人か。

完全にバランスを崩した爆撃機が、倒壊した巨大ビルに突っ込み、轟音と共に爆裂。辺りのエイリアンを、片っ端から薙ぎ払った。

周囲は完全に焼け野原だ。

ビルとランスが殺った分もかなりあるが、エイリアンどもが攻めてこなければ、このようなことにはならなかった。

がれきを盾にして爆発をやり過ごしたビルは、ランスを呼ぶ。

ランスはというと、髪に跳んできた火の粉を掴んで消しながら、ぼやいていた。

「ちっ。 また俺の髪がちりちりになっちまうぜ」

「それより、ランス。 みろ」

パラシュートの男が、風下に流されていく。

遠目に見えるが、随分古典的なアーミールックだ。迷彩服だろうか。体格はかなり良いようだが。

問題はもう一人である。

超人的な視力で、ビルはみる。

崩れた建物を足場に、もう一人がぽんぽん跳びながら降りてくる。使っているのはワイヤーだろうか。

いずれにしても、生半可な動きでは無い。

「なんだアレは。 エイリアンか」

「いや、違うな。 どちらも人間のようだが……」

現在は二十七世紀。優れた科学技術で、軍人は身体能力を強化されているのが普通だ。だが、あの特に小さい方、人間だとは思えない。超級の実力を持つビルとランスでも、身体能力ではあれには及ばないだろう。

小さい方が着地した。大きい方も、程なく着地。

周辺の敵はいない。さきの爆撃機の爆発が、よほど響いたのだろう。と思っていたのだが。

ビルが飛び退くのと、その影が巨大化するのは同時だった。

四メートル以上ある、人型をした巨体が、その場に降ってきた。地面がクレーター状にへこみ、土砂がまき散らされる。後頭部が長く、目らしきものは殆ど見えない。背中にあるのは、どくろのような禍々しい翼だ。

エイリアンの兵器は、生体系と機械系に別れる。

その場で人間を改造するような生体系は、時にとんでもなく巨大化することがある。此奴らこそがエイリアンの本当の主力兵器。機械群は、物量を補うための案山子に過ぎないのだ。

雄叫びを上げたエイリアンが、四つん這いで躍りかかってくる。

徹甲弾と叫んだ。突撃銃の弾種が、音声認識で自動的に切り替わる。がれきだらけの大地に踏ん張り、腰だめして乱射。無数の弾丸が、エイリアンの黒ずんだ皮膚を打ち砕く。だが、体液が飛び散りながらも、エイリアンは屈しない。巨大な長い腕を振るって来る。鋭い爪がついた禍々しい腕が、迫り来るのがスローモーションで見える。

跳躍。

空中で回転しながらビルは、ランスが斜め後方に廻りつつ、エイリアンに弾丸を浴びせるのをみる。空中で弾丸を乱射しながら姿勢制御。エイリアンが、こっちをみた。弾種切り替え。音声切り替えだけで無く、手動でも出来る。カスタマイズ可能だが、ビルの場合はポンプアクションの回数でそれを行うようにしている。

ランスがグレネード弾を放つのと、エイリアンが尻尾を伸ばしてくるのは同時。

此方の迎撃が先だった。空中で、尻尾を爆砕。着地。手が振り下ろされてきた。残像を残して飛び退く。ランスは。エイリアンが凄まじい速度で回転しつつ、尾を振り回す。或いは、剣のように突き立ててくる。

二度、擦る。

擦っただけで、盛大に血が噴く。普通の人間だったら、ちょっと擦っただけで即死だろう。

此奴がどれだけの命を犠牲に作られたおぞましい存在なのか。想像するだけで、ビルの脳裏には破壊的な怒りが点った。

吠える。乱射。一点に攻撃を集中。みると、敵の傷は片端から回復している。一点に集中しなければ、意味が無い。

言わなくても、ランスには伝わる。

二人で、首の一点を集中攻撃。流石にうっとうしがって、エイリアンが防ごうとする。好機。一気に前に飛び出て、顔面にグレネード弾を叩き込む。エイリアンの至近で炸裂。悲鳴を上げる巨体。

その上に、ランスが駆け上がっていた。

首筋に、銃を突きつけたランスが、叫ぶ。

「思い知れ! 化け物野郎っ!」

徹甲弾が、首を連続して貫く。そして、巨体の足下を滑り抜けながら、ビルも体をひねり、斜め上に同じく徹甲弾を放った。

凄まじい量の鮮血が前後左右に吹き出し、ついに巨体が倒れ伏す。

今まで、エイリアンの巨大な戦士は何度となく倒してきた。だが此奴は、今まで倒してきた戦士達よりも、更にタフな様子だった。

着地したランスも、かなり傷を受けていた。

「ビル、無事か」

「戦闘続行に支障は無い」

「そうか、ならいい。 それよりも、あいつらだ」

みると、向こうでも同種のエイリアン戦士との死闘を繰り広げていた。

巨大エイリアンの首が落ちる。あのワイヤーみたいので、滑車の原理で力を掛けて、その瞬間首にもう一人が猛射を浴びせたらしい。

今徹甲弾を浴びせてみて分かったが、このエイリアンの弱点は首だ。かなり構造的にもろくなっている。それを、向こうも見抜いたと言うことか。

「味方だったら頼もしいんだがな」

「ああ」

腰を下ろしたランスが、むき出しのたくましい肉体に、医療用のスプレーを吹きかけはじめる。体内のナノマシンを活性化させ、治癒能力を強化させる薬を噴霧させる小型の道具だ。

ビルは銃口を上に向けたまま、倒れ伏したエイリアンの上に着地した小さいのを見つめた。向こうも、此方に気づいたらしい。

近づいてくる。

ビルとランスは、手首にミサンガのようなものを巻いている。これが軍の士官に提供されているハンドヘルドコンピューターだ。重さを感じないほど軽く、なおかつ丈夫な優れものである。耐水性や耐薬性にも優れているほか、サポート用のAIも搭載されている。ビルの場合は、ルシアという名前である。

「ルシア、解析しろ。 何者だ」

「照合中。 これは……!?」

「何だ」

赤外線とX線を相手に照射して、生体情報などを解析することが出来るルシアは、事実上一瞬で目の前の相手を解析できる。軍の人材DBにアクセスできるからだが、それ故にルシアがどうして口ごもるのかよく分からない。

ランスも異常に気づいたようで、銃に手を掛け立ち上がる。

「やっと生存者に会えました。 貴方たちは?」

小さい方が驚くべき事にオールドイングリッシュで喋り掛けてきた。近くで見ると、子供みたいである。ただし胸が膨らんでいるから、女である事は分かる。幼い容姿からして、東洋人か。

もう一人は、時代が掛かった銃を担いだ、いかにも軍人という風情の男だ。四角い顎と、良く制御された全身の筋肉。そして左手にあるのは、多分エイリアンから強奪したであろう、現在の銃だ。現在の銃は狙撃用ライフルやグレネードランチャーなど、だいたいの要素を一丁に詰め込んでいることが多い。さっきの戦いぶりからみて、多分もう使いこなしていると言うことだろう。

「女性の方はカワセ・ウミハラ。 21世紀のフィールド探索者です」

「カワセぇ!?」

「あ、僕の名前。 そちらはAIですか?」

「……」

思わず、ランスと顔を見合わせる。

カワセといえば、21世紀にいたという機動戦のプロフェッショナルだ。「大破壊戦争」と呼ばれた悪夢の時代の前、世界には多くの魔術師やフィールド探索者と呼ばれる能力者がいたという。その一人。

ビルやランスでさえ知っているほどの有名人である。機動戦の巧みさに関しては、あの伝説の「最強」Mでさえ一目置いていたと言うほどの強者であり、戦歴も数知れない栄光に彩られている。特に機動戦の戦術については幾つか新しいものを開発したため、必ず軍事の教科書で名前が挙がるほどの人物だ。こんな小娘だとは思わなかったが。

「男性の方はコードネーム・ジョー。 同じく21世紀の」

「ワンマンザアーミー、スーパージョーだと?」

「話が早くて助かる。 で、此処は一体どこだ」

流石に、頭痛がしてきた。

ルシアがそうまでして断言すると言うことは、当人に間違いないと言うことなのだろう。だが二人とも、とっくに鬼籍に入っている過去の人物だ。

何しろ今は27世紀。21世紀からは、600年も経過しているのだから。

 

ルシアが指定してきた、軍の残存部隊の集結地点へ急ぎ足で歩きながら、ビルは話をするランスを横目で見ていた。ランスはビルに比べて荒々しい分陽気で、この異常な状態にも、すぐになじんでいる様子だった。

「そうなると、此処は27世紀の地球で、ニュー・ニューヨークシティなんですね」

「正確には、そうだった、だがな。 レッドファルコンのクソ共が、こんなにしちまったがよ」

勿論許しはしなかった。派手に出迎えて、正面から叩き潰した。

その結果がこれである。

住民の多くも犠牲になった。

謎のエイリアン、レッドファルコンによる襲撃が始まったのは数年前のこと。それからはひっきりなしに、各地の基地や辺境で、奴らによる侵略が繰り返されるようになった。それを逐一撃退していたビルとランスだったのだが。今回、ついに奴らは市街地にまで攻め込んできたのだ。

既に地球外の惑星にも進出している地球人類だというのに。複数の星系に、いくつもの国家を作っているほど文明は進展しているというのに。レッドファルコンがどこから来て、何の目的で侵略をしてくるのか分からない。軍の諜報部隊は昼寝でもしているのか、それともよほど闇が深いのか。

宇宙艦隊が連中を捕捉したという話は聞いていないから、実は生物兵器を擁するテロリストでは無いのかという噂もある。にしては、連中の侵略はいつも規模が大きすぎる。今回に至っては、駐屯軍を真っ正面から相手にして、壊滅させるほどの規模で攻めてきた。一国の軍隊であっても、此処までのことは出来るかどうか。

「で、あんたらはどうしてこんなクソッタレな未来なんかに?」

「実は、この時代から僕達の時代に、生物兵器が何度と無く送り込まれてきていまして、その対応のために先見偵察をするつもりだったのですが」

「野郎、あんた達の時代にまで迷惑掛けてやがったのか。 今度こそ全員ぶっ潰してやるぜ」

ランスが、胸の前で拳を併せる。直情的なこの男らしく、話を鵜呑みにして、本気で怒っているようだった。

ビルはというと、ルシアに解析を行わせている。勿論、嘘発見器の機能くらいは有している。最新鋭のハンドヘルドコンピューターなので、それ以外の機能も様々に持っている。つまり、解析は信頼出来る。

今まで、解析には随分助けられても来た。だから、信じてもいるのだ。

「嘘をついている可能性は0%です」

「じゃああいつらは、本当に過去から来た本人だってのか」

「はい。 遺伝子データからも、その可能性は100%」

「確かに伝説の戦士二人と肩を並べて戦えるのは光栄だがな……」

何でも二人は、この世界に来た途端、エイリアンの基地の真ん中に出てしまったそうだ。隙を見て発進しようとする爆撃機を乗っ取ったまでは良かったが、自爆コードを発動されてしまい、慌てて脱出したのだとか。

いきなりの状況で、其処まで対応できれば十分だ。さすがは伝説にまでなっている戦士、ということか。

「あんた、料理人なんだろ? 後で時間が出来たら、美味い飯喰わせてくれよ。 21世紀のJ国って言えば、すげえ美味いもんが山ほどあったって聞いてるぜ」

「僕は魚料理が専門ですが、何かリクエストはありますか」

「料理の種類なんかわかんねえ! なんか美味い奴!」

「……」

流石に困り果てた様子で、カワセが笑顔のまま眉尻を下げる。ランスは普段のアホっぽい言動とは裏腹に、戦場では冴えた頭脳とクールな戦闘を見せる。だから、戦場の外で「英雄」魂斗羅ランスに期待して会う奴は、だいたい最初に失望の表情を見せるものだ。

味方が見えてきた。

驚くほど数が少ない。ミサイル戦闘車両が数台に、装甲ヘリが一機。それに、装甲車に分乗した歩兵が、少しだけだ。

ビルとランスをみると、兵士達がわっと歓声を上げた。ヒーローと声を上げる者もいる。魂斗羅は、兵士達の希望の星だ。今まで激戦の中で超人的戦果を上げ続け、多くのミッションを成功に導いてきた。

「バイクはあるか」

「幾つか用意してあります、サー!」

「よし、四人分……」

「いえ、僕は普通に移動する方が早いですから。 今は一刻を争いますし、三台だけで大丈夫です」

カワセがとんでもないことを言い出す。ジョーをみるが、頷かれた。つまり、本当だと言うことだ。

「そのお二人は?」

「解析によると、過去から来たらしい。 腕は確かだ」

「ハハハ、冗談を」

「四メートルはあるエイリアンを、苦も無く葬った」

兵士の笑顔が固まる。

バイクが来た。昔と違い、車輪を使っていないホバー式のものだ。

この時代でも、バイクは様々な用途に進化を続けている。軍用バイクは悪路に悩まされない反重力ホバーバイクが中心で、当然積載量も一気に上げることが出来る。装備を吟味しながら、バイクに搭載。

ジョーが、バイクの使い方を聞いていた。その後、少し試運転する。

かなり荒っぽいが、運転自体は理にかなっている。

「悪くないな」

「流石にワンマンザアーミーだ。 乗りこなしも早い」

「それもあるが、軍用の癖が強いマシンに乗る機会が多いから、という理由もある」

ジョーが、担いでいた多目的銃を、バイクにくくりつける。カワセはというと、食料をリュックに詰めている様子だ。準備はすぐに整う。他に集まってくる戦力も、あまり多くは無い。

ぼろぼろの輸送トラックが来たが、多分それで打ち止めだろう。駐屯軍は、今ここにいるメンツを除いて全滅だ。

これで、エイリアンどもの本拠地を、ぶっ潰さなければならない。

まだミサイル戦闘車両が数台生き残っているのが救いと言える。この戦闘車両は、それぞれ数十発の戦術巡航ミサイルを、単一の目的に向けて放つことが出来る。開拓惑星でも、巨大なクリーチャーを瞬時に屠ることが出来る強力な兵器として良く運用されているものだ。

リュックを背負い直すと、カワセがこっちに来た。

「それで、突入作戦は」

「やる気満々だな。 先行偵察なら、其処までやらなくても良いんじゃ無いのか、カワセ」

「もう、渡り掛けた橋ですから」

にこりと、カワセが笑う。

非常に童顔だが、二十歳過ぎというのは本当らしい。表情は結構練り込まれていて、積み重ねた人生経験がうかがえた。

円座を組むと、ルシアに指示。立体映像が、皆の中心に浮かび上がる。

敵の根拠地になっているらしい山を中心に、敵の分厚い布陣がうかがえた。

「敵の兵力分布は」

「この地点が一番分厚くなっています。 しかし、此処こそが最短距離です」

示されたのは、やはりハイウェイ。

赤い点で敵が示される。ハイウェイ周辺は、殆ど真っ赤というのも生やさしい有様だった。重層的かつ執拗に構築された防御陣は、普通の軍であれば一個師団を投入しても突破できるか怪しい。

「ならば考えるまでもないな」

「おうよ!」

ビルが立ち上がると、ランスも同意して立ち上がる。

勿論、目指すは正面突破。一撃にて敵の中枢を打ち砕き、敵の本拠地に乗り込む。そして、ぶっ潰す。

一見すると無謀で無策にも思えるが、違う。

最強の戦力であるビルとランスが突入することにより、敵の注意を一点に集めることが出来る。それで、周囲の損害を減らすことも出来る。

しかも、どうやら敵はビルとランスを相当にマークしているようなのだ。二人が出る事で、敵の中核になっている部隊を引っ張り出すことも出来るだろう。

生還率などクソ喰らえだ。

昔から、そんなものを度外視してきたからこそ、おびただしい戦果を上げることが出来たのだと、ビルは信じている。ランスに至っては、そもそも計算などしていないだろう。

「本気ですか? 僕には無茶に思えるんですが」

「伝説の戦士カワセ様も怖いのか?」

「当然です。 的確に恐怖をコントロールできなければ、生き残れません」

流石に含蓄がある事を言う。

さっきからルシアが時々分析してくるところによると、今ここにいるカワセは、全盛期より少し前くらいの年らしい。だがそれでも戦闘能力も判断力も確かだ。

ジョーは腕組みしていたが、やがて言う。

「ならば、俺がヘリを操縦しよう。 後方から支援もする」

「助かるぜ。 あんたの手腕には期待させて貰う」

「僕は、それならば機動力を駆使して、敵を引っかき回します」

「そうしてくれ。 あんたのワイヤーで、敵を好きなだけぶちのめして欲しい」

そう言うと、カワセは苦笑しながら武器を見せてくれる。

なんと、ゴム紐だ。先端に釣りで使うようなルアーがついている。こんなもので、此奴はあの大型エイリアンを倒したのか。

「まだ、切り札は別にあります。 でも、出来るだけ温存する予定です」

「さすがは偉大なる先輩だぜ。 よーし。 更に勝率が上がったな」

「いや、それは違う。 最初から100%だからな」

ビルの軽口に、ランスが更にとんでもない事を言う。

周囲の兵士達は遠慮無く笑い、一瞬だけ、殺伐とした場の空気が和んだ。

味方の残存勢力はわずかだ。だが、ビルは負ける気がしなかった。

 

3、死闘ハイウェイ

 

敵を片端から薙ぎ払いつつ、ビルとランスがバイクを疾走させる。所々巨大な穴で抉られている道路も、ホバーバイクの前には意味をなさない。

時速は八十キロを超えていた。

だが、カワセは悠々とビルに着いてくる。むしろ、時々速度を調整しているのがうかがえた。

地面にゴム紐を投げ、その伸縮力を使って加速しているらしい。

勿論、生半可な身体能力で出来ることでは無い。

まもなく、ハイウェイの入り口が見えてきた。辺りは敵が群衆のようにひしめき、四方八方上下左右から現れては銃撃してくる。崩れたビルからも、マンホールからも這いだしてくるエイリアンの群れ。無数の射撃線が、自身とランス、それにカワセに集中しているのをビルは感じる。そして、細かくホバーバイクを起動させることにより射撃を交わしつつ、即応の反撃で敵を仕留めていく。

膨大な弾丸が、ばらまかれる。ランスが弾倉を変えている間はビルが、ビルが弾倉を変えているときはランスがフォローに入る。二人が射撃に手一杯になったときは、カワセが躍り出て、敵中に突っ込み、片っ端から敵を千切っては投げ千切っては投げた。あのゴム紐の速度と遠心力は侮れない。本人の身体能力もたいしたものだが、それ以上にその展開能力が凄まじい。

何本も持っているようだが、多分フィールド探索者が大勢いた時代のものだし、何かしらの特殊素材で作られているのかも知れない。現在でも、あんな強力なゴムは開発されていない。

四方八方に突撃銃を乱射しながら、ビルが叫ぶ。

「見えてきたぞ、地獄の入り口だ!」

「ヒャッホー!」

雄叫びを上げたランスが、目の前に出てきた敵装甲車に、グレネードを叩き込む。更にビルが徹甲弾を乱射して、瞬く間に装甲車が吹き飛んだ。炎を突っ切り、進む。炎を纏ったまま敵を貫くビルをみて、流石にカワセが呆れたようだった。

カワセは、多分デリケートな調整を必要とするからだろう。大きく炎を飛び越えて一度減速したが、すぐに追いついてきた。

「不死身ですか、貴方たち」

「よく言われる」

「何しろ俺たちは、魂斗羅だからな!」

魂斗羅。

軍特殊部隊の中でも、先天的なゲリラ戦の才能と、熱き戦士の魂を持つ者にだけ許される、名誉の称号だ。

歴史が長い地球駐屯軍海兵隊の中でも、今までこの称号を許された者は十人程度しかいない。しかも同時代に二人が現役というのは、前例が無い。実際、二人は給与だけなら名誉将官に匹敵するほど貰っているのだ。

もっとも、給与の使い道は、ほぼ決まってしまっているのだが。

ジョーが追いついてきた。

ヘリからチェーンガンの猛射が行われ、ハイウェイ上にいた敵戦力が薙ぎ払われる。其処へ、無言でビルは突っ込んだ。

蹴散らし、踏みにじり、叩き潰す。

勿論、敵も黙ってはいない。

何重にも何重にも防御陣を積み重ね、此方の姿が見えるやいなや猛射を浴びせてくる。射撃の精度は高く、何度もホバーバイクや肌をかすめた。ホバーバイクの部品がすっ飛び、至近の地面が次々吹き飛ぶ。肌をかすめても、メディカルスプレーでナノマシンを活性化させている暇も無い。

視界を埋め尽くすほどの弾丸が、常時迫ってくる。

だが、次の瞬間には、敵は吹き飛んでいる。

反応速度がナノマシンのおかげで、ロボットやサイボーグ以上になっているから出来る芸当だ。元々超一流の戦士であるビルとランスは、ナノマシンの強化によって超人と化しているのだ。色々と代償も多いが、今の時点ではこの能力こそ、地球を救う切り札となる。

全身は既に血まみれだ。少し後ろで機動支援をしているカワセも、かなり傷を受け始めている。

だが、此処で引くわけにはいかない。

後方では、味方の残存勢力が突破作戦の支援をしてくれている。軌道衛星上の戦力や、宇宙艦隊がどうして駆けつけてこないのかは分からない。エイリアン、レッドファルコンの大規模な攻撃を受けているのかも知れない。

だから、今は。

己の戦闘本能と魂にて、敵を屠るのだ。

敵が、分厚いバリケードを作っているのが見えた。

ヘリから、小型のミサイルが撃ち込まれる。装甲ヘリも、応射を結構浴びているのだが、それでも致命打はいずれも外している。

ジョーという男、流石にたいした操縦技術だ。時々オートで操縦を任せて、自身もヘリのドアから顔を出しては射撃を行っているようだ。

バリケードが、小型ミサイルの直撃で吹っ飛んだ。その間に、強引にホバーバイクを乗り込ませると、左右から殺到してくる敵を掃射で薙ぎ払う。十三個目の弾倉を放り捨てた瞬間、真上から三メートルはありそうなエイリアンが躍りかかってきた。

対応が、間に合わない。

だが、そのエイリアンの体に、ゴム紐が巻き付く。

そして、左に大きく引っ張られた。カワセがハイウェイから身を躍らせ、軌道をずらしたのだ。

「おおらああっ!」

ランスが対応、猛射を浴びせた。弾倉を変えたビルも、ホバーバイクを走らせながら、エイリアンを真下から蜂の巣にする。

吹っ飛んだ巨体。

酸の体液が雨のように降り注ぎ、辺りを穴だらけにした。ビルも少し浴びてしまった。全身がしびれるように痛い。

「ランス! 生きてるか!」

「相棒、俺は無事だっ! へへ、だがそろそろきついな!」

「今ルシアをみたが、既にそれぞれ千を超える敵を潰している! 敵も必死になるくらい、打撃がでかいって事だ! このまま突破……」

轟音が、空から響いてくる。

何か、とんでもなくでかい奴が降りてきた。

宇宙艦隊の巡洋艦かと思ったが、どうやら違うらしい。形状は似ているが、長細く、外壁には生体部品が散見される。あれは、流石に危険だ。

無言でホバーバイクを起動し、最大まで加速。正面に廻ると、多分一瞬で蜂の巣にされる。

かといって、巡洋艦は大気圏内でも相当に小回りがきく。さて、どうしたものか。

カワセが追いついてきた。

「ビルさん、ランスさん」

「何だ」

「あの戦艦は、僕が潰します。 先に行ってください」

カワセが、返事を待たず、ハイウェイの端にルアーを投げた。

そしてハイウェイから身を躍らせる。落下のスピードと遠心力で、回転するようにして加速し、一気に敵艦へと身を躍らせた。

 

敵の宇宙戦艦みたいのが、無数のミサイルを放ってくる。

ビルが下から射撃して、幾らかを迎撃しているのが見えた。川背は自身もルアーを投擲し、一つを中途で爆砕、もう一つは至近に来たところでかわし、蹴って更に加速する踏み台にした。

爆発。

破片が、何カ所から体をかすめた。

既に、かなりの傷が全身を覆っている。致命打は無いが、かなり痛い。

川背の高速機動戦スタイルは、とにかくデリケートな調整を必要とする。痛みは、大敵だ。

だが、今はやらなければならない。

最初に転移したエイリアンの基地で、川背はジョーと一緒にみた。

エイリアンが、多くのとらえた人間に、自分たちの卵を植え付けるおぞましい光景を。それにより、人間は物言わぬ戦闘生物兵器に改造されてしまうのだ。そうされなかった人間も、エイリアンの餌にされてしまうようだった。

基地で大暴れして、逃がせるだけの人間は逃がした。進んだ技術についてもある程度はみて覚えたし、ジョーも敵の優秀な武具を入手できて満足そうだった。爆撃機も奪いたかったのだが、自爆されてしまい、脱出が精一杯だった。

だが、それではっきり分かったことがある。

この時代に、フィールド探索者はいない。理由はよく分からないが、とにかく存在していないのだ。

そればかりか、エイリアンに対する抵抗勢力さえいないことも覚悟していた。戦ってみて分かったが、エイリアンは軍に対してはそれなりに威力を発揮できそうだが、フィールド探索者なら十分に対応できる実力である。勿論数の暴力には対応に工夫が必要とされるだろうが。

だから、ビルとランスに出会えたときは嬉しかった。

あの二人の戦闘力は、上位のフィールド探索者並みだ。これで、過去への干渉を食い止められる可能性も高い。

未来に向かうとき、魔術師ワドナーには言われたものだ。

未来の物品を、過去に持ち帰ることは出来ないと。

だが、記憶は持ち帰ることが出来る。27世紀にエイリアンが地球に攻め込んでくることや、どうしてかフィールド探索者がいないこと。どちらも、持ち帰らなければならない情報だ。

だからこそに。

勝たなければならない。ある程度時間が経つと、強制的に戻される仕組みになっているらしい。中途で投げ出すわけにはいかない。もう一度この世界に来ることは出来ないらしいので、絶対に中途では終わらせない。少なくとも、このエイリアンの部隊は、必ず壊滅させる。

敵戦艦と、同じ高度まで到達。飛来するミサイルにルアーを引っかけ、至近まで接近してから、蹴って方向転換。他のミサイルを何度か蹴って、ジグザグに跳ぶ。時々ルアーも活用し、敵の対空砲火を避ける。まさか人間が生身で跳んでくることなど想定していなかったのだろう。対空砲火は動きが鈍く、充分に回避が可能だった。敵戦艦に着地。バリアの類は張っていないようだ。

凄い風だ。川背の身体能力で無ければ、はじき落とされていただろう。

砲塔がせり出してきたので、リュックを外す。

そして走りながら、リュックを外壁に擦らせた。空間転送。川背が持っている能力の一つ。それによって、外壁の強度を関係なくむしり取る。抉られた外壁が、悲鳴を上げるような音を立てながら砕け、ばらまかれていく。

後方で爆発。

砲塔の上を駆け抜けながら、リュックで削り取った。爆発。二度、三度と連鎖する。条件が色々と必要になる能力なのだが、どうもこの戦艦には生体部品が多く使われているらしく、能力発動には何ら問題が無い。

たまりかねたか、敵がハッチを開けて出てくる。思うつぼだ。

ルアーを飛ばして、先頭の兵士の頭に引っかけつつ、跳ぶ。

敵が上を見たときには、川背の靴底が、敵をまとめて戦艦の中に押し込んでいた。

内部はかなり狭いが、それでも機動戦を仕掛けるだけの広さはある。前後左右から、敵が殺到してくる。

まずは、コクピットか、それが無ければエンジンを探す。

 

冗談抜きに川背が敵の巡洋艦に乗り込んだのをみて、ビルは口笛を吹いた。

火力は貧弱だが、やる。これはこっちも負けてはいられない。しかも、巡洋艦の上で大暴れしているようで、爆発が連鎖しているのが見えた。

「やるなあ! 流石先輩だぜ! マニュアルに載ってるだけのことはあるな!」

「援護するぞ」

エアーバイクに跨がったまま、何度か銃のポンプ部分をスライドさせて、機能を変える。

27世紀現在の銃は、ナノマシンによる構造変更技術を取り入れており、弾種を入れ替えるだけでは無く、即座に形状そのものを変える。ただし、それでも十数秒は隙が出来るから、その間はランスに補助して貰う。

後ろからも、敵が追いすがってくる。前はバリケードだらけだ。

そして、巡洋艦が、徐々に高度を下げてくる。艦の腹が開き、無数のエイリアンが奇声を上げながら飛び降りてきた。

艦の横腹から火を噴いているというのに、元気なことである。

勿論、派手に迎え撃ってやるだけだ。

迫撃砲弾をランスが放ち、中途で撃墜する。ばらばらと落ちてくる肉塊。それに混じり、無事だったエイリアンが、次々と飛びかかってきた。

不意に、視界の隅にジョーの乗るヘリが来る。ヘリは横滑りに移動しながら、敵艦の横っ腹にミサイルを連続して叩き込んだ。爆発が続けて巻き起こり、艦が傾く。

なるほど、爆発が起きている位置からカワセの居場所を予想しての支援砲撃か。

ジョーがいた時代、彼は決して最強の存在では無かったという。むしろ単純な戦闘力では、低い部類に入ったそうだ。

だから、あのような支援中心の戦術で動き回り、それを達人の域までに高めたというわけだ。

心強い。

ぼろぼろのハイウェイに着地した無数の人型、或いはそうでは無いエイリアン達。人間のように見えても顔が崩れてしまっていたり、腕に銃が装着されていたり。或いはムカデのようであったり、蟻地獄のような姿をしていたり。

止まると瞬時に蜂の巣だ。

だから、動き回りつつ、掃射で周囲を薙ぎ払う。耐久力が高い敵が増えてきているが、ランスだけに任せる。

威力を最大限にまで上げた銃器を、空に向ける。ホバーバイクの舵を取り、時々敵を体当たりで踏みにじりながら、それでも狙いを定める。

チャージ終了。

射撃。体が沈み込む。凄まじい衝撃に、一瞬ホバーバイクが着地し、強烈な擦過音を上げた。

荷電粒子砲である。最小限でも、1.7メートルほどのサイズになり、かなり禍々しい外見になる上、扱いが難しい。下手な力の入れ方をすると、発射時に折れてしまうほどだ。その上、狙いを定めるのにも、かなりの熟練がいる。

だが、ビルはそれをやりきった。

第二波を射出しようとしていた格納庫の扉を、荷電粒子砲の閃光が一文字に貫く。

艦の上下に閃光が走り抜け、炎が吹き出した。

カワセは艦首の方で大暴れしているらしく、また一つ爆炎が上がる。

やったぜと呟いた瞬間、至近に巨体が伸び上がるのが見えた。四メートルはありそうな、巨大エイリアンだ。ホッケーのマスクのようなものをかぶり、全身に棘のような鎧を纏っている。

回避が間に合わない。

豪腕に、バイクごとビルは吹き飛ばされていた。

 

ヘリにも、何発か被弾している。だが、ジョーは気にせず、一気に機首を下に向けた。

見えたからだ。ビルが機動中に敵の攻撃を貰った。吹き飛んだビルはハイウェイにたたきつけられ、巨大なエイリアンがとどめを刺そうと歩み寄っていく。

その巨体をかすめるようにして、機首を敵に向けたまま、チェーンガンの猛射を浴びせ、横滑りに逃れる。

上半身に百発以上の弾丸を喰らったエイリアンは、それでも原形を残していた。

体中から鮮血を吹き上げながらも、なおも怒りの雄叫びを上げる。奴の視線が、ヘリに向いた瞬間、その頭を、後ろからビルの砲撃が貫いていた。炸裂弾だったらしく、頭が吹っ飛び、粉々になる。

今の状態で、冷静に銃をライフルに切り替えたらしい。

バイクを引き起こすビルの側にランスが寄り、回転しながら周囲の敵を掃討。頭から血を流しながらも、ビルは流石にナノマシンの機能を活性化させるらしいスプレーを体に掛けていた。通信機を使って、声を掛ける。最初に、無事を知らせる連絡があった。

「ありがとうよ、戦友!」

「見事だ。 だが、ハイウェイの先を見ろ」

敵の大軍勢に守られたその先には。

まるで、小山のような巨体が立ちはだかっていた。

冗談のような大きさだ。千メートルくらいはあるのではないかと思わされる。まるでアニメに出てくる巨大ロボットだ。そのまがまがしさは、言語を絶する。人型であるのに人型では無く、細部は違うと分かるのに、全体では人間に近い形だと分かる。

節くれた機械の巨大な腕。足は無数にあり、どれもが大地を踏みしめて、巨体を誇示するかのように立ち尽くしている。

全身から生えている棒状のものは、それ全てが大砲だろう。

ランスが舌打ちするのが、通信越しに分かった。

「クソッタレ、なんだありゃあ!」

「おまえ達、一体どれだけあのエイリアンに恨みを買っている」

「どういうことだ」

「今までの戦闘で、俺や川背に対しては、どうしても敵の警戒が緩い。 多分エイリアンどもは、おまえ達だけにターゲットを絞っている。 あの戦艦も、おまえ達を殺すためだけに建造したのでは無いのか」

空を舞う戦艦が、徐々に高度を上げようとしている。此方の攻撃から逃れるためだと一目で分かる。コックピッド付近で爆発。かなり大きい。あれは、やったか。

ビルが、バイクに跨がるのが分かった。

「敵を掃討しつつ、少し下がる」

「くそっ、俺たちが下がるのか!」

「そうじゃあない。 ジョー、俺たちを拾ってくれ。 考えがある」

「承知した。 あの戦艦が落ちると同時に、作戦開始だ」

川背ならやってくれるだろう。

もう一つ、戦艦の艦首部分で、爆発が起こった。

 

戦艦の内部は、まるで生物の体内だった。

機械的な通路もあるのだが、殆どが有機的な物質で作られており、壁も床も粘液が滴っている。彼方此方にエイリアンの卵らしいものが植え付けてあり、近づくだけでサソリのようだったり海老のようだったりするおぞましい生物が姿を見せる。

だが、川背は不思議な違和感を感じていた。

さっき、ビルとランスと一緒に、ハイウェイで高速機動戦をやっていたときに比べて、どうも敵の動きが鈍いのである。此方をみて、まず何かを確認してから、攻撃してきている雰囲気なのである。

常人なら、それでもどうにか出来るだろう。

だが、川背は先輩といろいろなところで経験を積み、邪神とさえ交戦した。一瞬の隙が、勝敗の帰趨を分ける。相手が戦闘態勢を整える前に跳び、遠心力を味方につけて首をへし折り、背骨を砕き、顔面を打ち抜く。

時々、重要そうな機械は、皆リュックをかぶせ、空間転送で切り取って破壊した。機械を破壊するのに、体液らしいものが吹き出すのはちょっと嫌だったが。

エンジンは複数あるらしい。走っていて、前後にかなり長い印象を受けた。総合的にはスペースシャトルのような流線型なのだが、姿勢制御のための安定噴射が、複数箇所、かなり離れたところから発生しているのだ。それからも、エンジンは複数と結論できる。一つずつ潰していても、埒があかないだろう。

川背は機体の微妙な動きを感じ取れる。ルアー付きゴム紐での機動戦をやっていると、どうしても超微細な調整が必要になってくるからだ。

故に、途中でエンジンの破壊は諦めた。やるべきは頭を潰すことだと考え直し、今機首に向かっているのである。

敵の抵抗は激しい。前方に武装兵出現。激しい銃撃を浴びせてくる。ジグザグに走った後、跳躍。壁を蹴って天井に躍り上がり、更に天井を蹴って敵に迫る。

射撃線が追いついてこない中、最初の一人の顔面にドロップキック。

更に着地と同時に奥の壁を蹴って反転し、振り向いた相手に踵落とし。続けて、着地する前にもう一人の首を後ろ回し蹴りでへし折った。

着地と同時に、三人の敵武装兵が倒れる。

通路が狭いからか、大きいのは出てこない。虫っぽいのもかなりいるが、それらも出来るだけ速攻で潰すようにしながら、川背は進んでいた。

やはり、違和感が大きくなっていく。はっきり言って、敵の戦力の割にはもろすぎるのだ。

ハイウェイでの戦いでも、二人に妙に攻撃が集中していたような気がする。エイリアンに恨みを買っているという可能性も考えたが、どうも違うような気がしてならないのである。

そもそも、この怪物達は、本当にエイリアンなのだろうか。

足下に這い寄ってきていた触手を、振り向きもせず踏みつぶす。感覚は大変鋭利になってきている。この間、クレイジーランドと呼ばれるフィールドを攻略してから、川背は一皮むけた。戦士として、一段階上になっている事を自分でも感じるのだ。

だからこそに、分かる。

何かおかしな事が、この戦乱の裏にある事を。

走る。位置関係からして、そろそろコックピッドだ。途中にある機械類は、ことごとく破壊して廻った。

ドアを蹴り砕いて、中に。

広々としたコックピッドは、無人に見えた。或いはこの規模の船だと、艦橋とでも言うのかも知れない。

歩きながら、みて回る。

オペレーターが張り付いていそうなモニタが、多数並んでいる。ただし、席は空だ。最前列にあるのは、指揮シートだろうか。

辺りの機器類を破壊しながら、前に。高度が上がってきているのが分かる。脱出を難しくするつもりだろうが、そうはさせない。

メインシートを壊そうと、リュックを持ち上げようとした瞬間。あるものを、川背は見つけていた。

床に落ちていたそれを拾い上げて、納得する。

なるほど、そういうことだったのか。

全てのピースが、頭の中で合わさった。

いつも組むことが多い先輩は、頭脳労働はあまり得意としない。その精神の強さで支えになってくれるし、いざというときの勝負強さが本当に頼もしい。その一方で、何か考えなければならないときは、川背がどうにかしなければならない。

必然的に、論理的思考が身についていた。だから、結論に到達できたとも言える。

無言でリュックを指揮シート、メインシートと続けてたたきつける。更に、中枢を担っているらしい大型のコンソールも、そのまま破壊した。

一気に制御が消し飛んだのが分かる。

エンジンが動きを止め、戦艦が落ち始めていた。

窓を蹴り割って外に出ると、川背は暴風に髪と服をはためかせながら、ジョーに連絡する。かなりの手傷は負ったが、まだまだ動ける。この程度、邪神ダゴンとの戦いに比べれば、なんと言うことも無い。

「ミッションオーバー。 脱出します。 適当な所を飛んで貰えますか? 高度は百メートルくらいで」

「了解した」

拾ったそれをポケットに入れると、川背は落下しはじめる戦艦の外に出る。

そして、ジョーのヘリの位置を確認すると、何らためらいなく飛び降りた。

 

まず、ヘリに衝撃が来た。

川背が飛び降りた直後である。ルアーが掛かって、川背の体重が一気にのしかかったのだと、ジョーは分かった。落下しながら、ヘリのレッグ部分にルアーを正確に投擲し、引っかけたのくらいは、川背の実力から言えば朝飯前という所だ。

川背は下でゴム紐にぶら下がったまま、左右に揺れて、遠心力を殺している。

そして、ある程度揺れが納まったところで、ゴムを縮めて上がってきた。戦艦が、落ちていく。炎を吹き上げながら、敵陣の真ん中へ。

敵は、逃げようともせず、団子になったままだった。

それをみて、ジョーは違和感を確信に変えていた。

爆発。

キノコ雲が上がる。

戦艦が落ちた辺りは、クレーターになっている。勿論その周辺の敵は全滅だ。だが、爆発の後ろには、あの超巨大ロボットが無傷のまま控えている。

ヘリの横扉から、川背が這い上がってきた。かなり手傷を負っているが、まだいけそうだ。すすまみれの顔を、川背がごしごしと手の甲でこする。

「ただいま戻りました」

「お疲れ!」

「ヒュー! やるじゃねえか!」

「痛いです、ランスさん」

ビルとランスが川背を出迎えている。特にランスは、その大きな手で、川背の頭をぐりぐりとやっていた。ちょっとなれなれしいが、彼らしい親愛表現なのだろう。川背も苦笑いで返していた。

勝利のささやかな宴が終わると、川背は真面目な顔になり、何かを見せてくる。

「ジョーさん、これ、中で見つけました」

「やはりな」

一旦敵と距離を取りながら、横目で川背が差し出したものをみる。なるほど、川背は流石だ。しっかりジョーが予想していたものを見つけてきた。

この娘は、あの絶対生還者と良く組んでいるせいか、頭脳労働が最近特に冴えてきている。火力や防備には微妙な点があるが、機動戦の巧みさと良い、将来は補佐としてはフィールド探索者の中でも最高の人材になるかも知れない。

「なんだこれ」

「……」

ランスは不思議そうにしていたが、ビルは一目でその違和感に気づいたようだった。

無線に通信。地上部隊からだ。

「支援の師団が来ました。 しかし、あの巨大な敵人型兵器をみて、接近には二の足を踏んでいます。 周辺の敵掃討には問題が無いようですが」

「ジョー、代われ」

「……」

無言で、無線機を差し出す。

元々大男が三人も乗り込んでかなりせまっくるしいヘリの中が、更にぎゅうぎゅう詰めになる。

「ビルだ。 ミサイル戦闘車両は」

「かなり損害を受けていますが、ミサイルの発射機構そのものは無事です。 ミサイルの残量は、二両合わせて百五十」

「同時に発射できる数は」

「六十と言うところです」

ビルが、ハンドヘルドコンピューターを操作して、何度か頷く。

行けるかと、巨漢は呟いていた。

「今から、マーカーをあのデカブツに叩き込む。 奴の弱点になる場所だ。 合計で六十カ所」

「まさか」

「そのまさかだ。 データリンクして、ミサイルを斉射しろ。 六十発同時に叩き込めば、あのデカブツだろうとひとたまりも無いはずだ」

無茶苦茶なと、川背が呟いた。

だがヘリで支援戦をやりながら、ジョーはこの二人の実力をしっかり見極めた。ナノマシンか何かで身体能力を強化しているようだが、いずれにしても凄まじい。

この二人なら、やれる。

「ジョー、奴の二キロ手前までいけるか」

「あの装備からすると、対空砲火が凄まじい。 同じ箇所には滞空できないぞ。 それにヘリ自身も打撃が大きい。 効率よく廻って、もって十分だ」

「百も承知だし、それだけで充分だ。 ランス、迎撃砲火、頼むぞ」

「応っ!」

ランスが銃をスライドさせ、形状を変える。精密狙撃用のスナイパーライフルらしい。ヘリの左側のドアから、半身を乗り出す。

一方ビルは同じくスナイパーライフルに切り替えると、先に川背を外に出した。

「カワセ、あんたを見込んでもう一働き頼めるか」

「僕に出来ることなら」

「よし、ならばヘリが落とされないように、敵の注意を引きつけて欲しい。 無茶な任務だってのは分かってるが」

「何とかしましょう」

即答すると、川背はヘリから飛び降りる。高さはまだ百メートルくらいはあるが、ハイウェイの残骸を利用して、上手に着地したようだ。そして、敵の残存勢力に向けて、猛然と走り出す。

その後ろ姿を見届けると、ビルは吠えた。

「殺るぞランス! ショータイムだ!」

「おおおっ! 殺ってやろうぜえええええっ!」

ランスがそれに併せて、雄叫びを上げた。

ジョーは無言のまま、操縦桿を倒す。

巨大な敵兵器が、見る間に間近に迫ってきた。

 

4、見えてくる現実

 

走る。川背は、滅茶苦茶に破壊されたハイウェイを疾走する。

たまに、敵の武装兵がいる。ルアー付きゴム紐を投擲して、敵に、或いは敵前に引っかけ、ドロップキックを浴びせる。空中で既に次の手を打ち、一瞬たりとも止まらない。敵が放つ銃の射線には、絶対に入らない。

無数の射線をかいくぐりながら、一人ずつ、だが最小限の速度で仕留めていく。蹴りが主体だが、大形兵器の場合はリュックを使う。相手が半生体兵器である事も手伝って、むしろ効率よく片付けることが出来た。

だが、それでも敵の数が数だ。さっき戦艦を落としていなかったら、とても正面突破は出来なかっただろう。

呼吸が乱れてきている。一発でも直撃弾を貰ったら死ぬ事も、疲弊に拍車を掛けてきている。

だが、あまり時間を掛けると、敵が防衛網を再構築してしまうだろう。そうなると川背よりも、ジョーが乗っているヘリが危なくなる。

既に、かすり傷は五十を超えている。中にはかなり深く腕を抉っているものもある。

激しい戦いを繰り広げている現在は、脳内物質が痛みを和らげているが、当然後からつらくなってくるだろう。

汗を乱暴にぬぐうと、走る。

周囲の町並みは完全に崩壊状態だ。所々から視線を感じるのは狙撃兵だろう。ああいうのもいるから、動きを止めるのは危険すぎる。ビルディングなどは、狙撃をするには絶好過ぎるほどの存在なのだ。

ヘリが、上空を通り過ぎる。

どうやら、作戦を開始したらしい。

川背も、そろそろ敵の足下が見えてくる頃だ。速度を上げて、更に加速。

ゴム紐の伸縮を利用して加速すると同時に、地面を蹴って更に速度を上げる。殆ど同時に、後方のハイウェイが吹っ飛んだ。

巨大ロボットからの砲撃だろう。

舌なめずりすると、川背は走る。前に、重武装の戦車が出てくるのが見えた。ジョーが行きがけの駄賃とばかりにチェーンガンを浴びせて、瞬時に爆砕。そのまま高度を上げて、飛び去っていった。

 

ビルは、ライフルの狙撃スコープをのぞき込む。

現在でも、1キロ離れた的に当てるスナイパーは達人と言われている。だが、今なら、ビルは二キロ先の的に百発百中させる自信があった。

全身の血潮が沸き立っている。

ビルは、時々孤独を感じることがあった。相棒のランスがいるとはいえ、魂斗羅の称号を持つと言うことは、それだけ孤高になると言うことでもある。

一般人とは、あまりにも卓絶した武。一人で一個師団のエイリアンを葬る戦闘技能。いずれもが、平穏な時代には、恐怖の対象となる。

だから、いずれは。

軍務から引退したら、ランスと一緒に辺境の星にでも行って、酒場でもやろうかと思っていたのだ。

少なくとも、このまま華やかな栄光を受け続けると言うことはあり得ない。いずれ自分たちは恐怖の的となる。

かといって、人間を殺して廻るのはごめん被る。

それが故に、圧倒的な力を持っていた過去の世界の達人達を、羨ましいと思うことはあった。周囲に理解者も多かっただろうし、社会が受け入れる仕組みを作っていたというからだ。

今では、ビルもランスも、本名を名乗ることさえ禁じられている。

だが、圧倒的な力を持つ者達が過去に実在して、話してみると普通に面白い奴だった。それだけで、ビルは何か救われた気がした。

いつの間にか鉄の心にも、ほころびが生じていたような気がしたのだ。だが、今は。今ならば。

巨大ロボットから、二キロ。

奴の頭部は花のように開いており、禍々しい姿を此方に向けてきている。眼下のハイウェイでは、カワセが大暴れしているらしく、時々爆発が巻き起こる。先輩に、かっこうわるいところは見せられないな。そう思いつつ、第一射。

さっき、ランスと一緒にヘリに乗ったとき、ルシアに解析させた敵の弱点地点にマーカー弾が命中した。

情報をリンクして、同時狙撃だけなら今でも出来る。

だが、やはりマーカー弾が敵に密着している状態だと、誤爆の確率が著しく減る。

敵から、無数のミサイル。ヘリを横滑りに回避させるジョー。凄まじい横風に煽られながらも、ビルは第二射を放った。命中。ランスがその横で、次々ミサイルを叩き落としている。

ランスは陽気で阿呆だが、この集中力は本物だ。誰もそこにいないように、淡々と迎撃のミサイルを叩き落としていく。

爆煙の中から躍り出るように、ヘリが敵の頭上に出る。四、五、順番に、確実に、マーカー弾を叩き込む。

敵が、若干腰をかがめたように見えた。

「掴まれ!」

ジョーが、全力で煙の中に逃げ込む。無数のエネルギービームとミサイル、それに砲弾の軌跡が、ヘリが一瞬前までいた空間を貫いていた。ランスがミサイルだけは撃ち落とすが、砲弾が次々炸裂し、無数の破片がヘリに降り注ぐ。

数発、体をかすめた。

フロント硝子を貫いたのもあったようだ。

「ジョー!」

「慌てるな。 戦闘続行可能!」

「上等っ!」

タイムリミットまで、もう時間がさほど無い。

ロボットが、巨大な腕を振り上げる。全力で横滑りに回避する。だが。その風圧だけでも、凶悪を極めていた。

凄まじい爆発的風圧が、回避したヘリの横を通り過ぎ、木の葉のように翻弄する。

一瞬ヘリのローターの回転を止め、致命傷を避けたジョー。一回転して後ろに下がったヘリを、神業的な技量でどうにか立て直すが、その鼻先にまで、ミサイルが迫っていた。わずかに、敵の動きが鈍る。

どうやら、カワセが敵の足下にまで到達したらしい。

だが、あの火力では、千メートル超と思われる巨体を崩すことは難しい。ランスがミサイルを無言で落とし続ける。だが、ロボットが振り上げた手の裏側にも、砲台が多数ついている。

ビームの光が収束していく。

マーカー弾を次々打ち込みながらも、ビルは駄目かと、一瞬思った。

だが。

飛来した五十を超えるミサイルが、一斉に敵ロボットの腕を直撃。ロボットは大きく傾き、大量の装甲の破片をまき散らした。

戦闘機隊だ。今頃、やっと来てくれたか。

「ヒャッホー! 騎兵隊の到着か!」

「ルシア、状況を」

「近場の部隊が、我々の奮戦をみて、必死の攻撃を掛けてくれています! 時間はあまり稼げないと思いますから、急いで!」

ロボットは大きく体勢を崩しながらも、対空砲火を放つ体勢に入っている。花のように開いている顔の中心にある巨大な一つ目が、荷電粒子砲の紫色を帯びるのを、ジョーはみた。

「させるかよっ!」

ランスが、乱気流の中、ライフルを数十発、連射する。

その全てが、敵の荷電粒子砲の制御部分らしい配管を叩ききる。流石の神業。戦闘機隊が逃れるわずかな隙が、それで生じる。

空に撃ち放たれた荷電粒子砲は拡散してまるで魔神の爪のように辺りを引き裂いたが、爆沈する戦闘機は出なかった。数機が中破して戦線を離脱に掛かる。それで充分だ。

「17,18,19……。 ジョー、少し下に!」

至近で爆発。

さっきから、このヘリへの対空砲火が集中してきている。戦闘機隊の支援があっても、これは十分持たせるのが精一杯か。さっきジョーが行ったとおりだなと、ビルは苦笑した。

またフロント硝子が割れる。膝を、肩を、対空砲火の破片が抉った。少し大きいのが外壁にぶつかり、火花を散らしながらはじきあった。大きく左に傾くが、それさえ利用してジョーはヘリを加速させる。

積んでいた最後のミサイルを、ジョーが放つ。

対空砲火の一部に着弾。爆発して炎上する。

奴の足を、カワセが駆け上がっているのが見えた。近くにある砲は、片っ端からリュックをかぶせて消しているようだ。あのリュック、触ったものを何処かに飛ばすことが出来るらしいが。制約は多いと言うことだが、なかなか強力ではないか。

「27、28……29!」

今の狙撃は、少し危なかった。既にライフルの有効射程距離を四割ほどオーバーしていた。歴戦の勘で補ったが、当たる確率は三割を切っていた。だが、こんな時に、女神が祝福をくれるものだ。

人は死ぬ。あっさり死ぬ。

だが、それでも最後まであがくものには、祝福がある。そう信じて、ビルは射撃を続ける。

また至近に着弾。

二重ローターの一つが吹き飛ぶ。ヘリのダメージが、そろそろ洒落にならなくなってきている。

ランスも、今の爆発でかなりの手傷を負った。左腕の傷が深く、鮮血が吹き出し続けていた。

だが、闘争心はみじんも衰えていない。

戦闘機隊が、再び急降下爆撃を仕掛ける。数機が撃墜されるも、ミサイルと爆弾をありったけ叩き込んで回避に掛かった。ロボットが腕を振り上げ、後尾の一機を掴む。爆発炎上。

「GAAAAAAAAAA! OAAAAAAAAAAAAA!」

多分、駆動音だろうが。

敵ロボットが、雄叫びを上げているかのように聞こえた。

負けじと、ビルとランスも吠える。そして猛る。

猛々しい冷静さを維持したまま、ビルはマーカー弾を撃ち続ける。

カワセが、腹の辺りまで来た。対空砲火を放っている砲台を、高速機動で潰して廻っている。爆発で、流石のカワセもかなり傷を受けているようだが、まだまだ倒れるわけにはいかないと言うことだろう。

戦士の魂は、過去の人間も、しっかり持っていたのだ。

「ランスッ!」

「まだやれるっ!」

「48,49、50! よし、後はもう少し左側に回り込んでくれ!」

「そろそろ、危ないぞ」

ジョーの声に、若干の苦痛が混じっている。やはりフロントを割られたときに、かなり大きめの手傷を受けていたか。ヘリが、高度を維持したまま、左に飛ぶ。時々がくりと来るのは、やはりローターへのダメージが大きいからだろう。

戦闘機隊も、かなりの被害を出し始めている。

其処へ、地上からの砲撃が来た。戦車部隊も来てくれた、ということか。

ヘリに対して高射砲撃をしていたエイリアンの部隊が、根こそぎ火を噴く。ロボットが腹から、巨大な砲をせり出してきた。まさか、あれを撃つつもりか。あんなので撃たれたら、地上部隊は一撃で木っ端みじんだ。

「航空部隊、敵の腹に攻撃を集中しろ!」

「対空砲火が厳しくて、無理です!」

「畜生っ!」

まだ、わずかにマーカー弾が足りていない。地上部隊も砲に攻撃を集中しはじめるが、間に合うか。

その時、がくんと砲が下に向くのが見えた。

カワセが、滝を駆け下りるようにしてロボットの体を降り、その途中で巨大大砲の基部にあるワイヤーを切ったらしい。

膝の辺りに引っかかったカワセが、手を振っている。今だとでも言うのだろう。

地上部隊が、更に激しく攻撃を集中。腹の大砲が、更に大きく傾いた。

やった。そう思った瞬間、至近に爆発。ヘリの装甲が、大きくえぐれる。テール部分のローターが吹っ飛ぶのが分かった。

同時に、ビルは。六十発目のマーカー弾を叩き込んでいた。

「よーし、今だ! マーカーに向けて、ミサイル斉射しろ!」

 

川背は、着地すると同時に、ロボットから全力で離れはじめる。ハイウェイに上がることさえせず、全力で今まで来た道を逆走した。

振り仰ぐ。

空を、美しい軌跡が一閃する。

同時に放たれたミサイル六十発以上だというのは明らかだった。

その全てが、対空砲火をかいくぐり、ロボットに着弾する。

音が、一瞬かき消えた。

ロボットの全身で爆発が巻き起こる。断末魔の悲鳴にも聞こえる轟音の中、ロボットの全身に罅が走っていく。

そして、それが頭部に直結した瞬間。

ロボットがあった場所に、光の柱が出現していた。

戦闘機が全力で回避していくのが分かる。ヘリは。逃げようとしているが、あれだけのダメージだ。間に合わないか。

ジョーさんの神業的なテクニックで、どうにかビルの影に逃げ込む。だが、それでも殺戮的な爆風が、ヘリを翻弄する。ヘリの装甲が吹っ飛ぶのが見えた。川背自身も、かなり危険な位置にいる。

最高速で逃げつつ、至近に落ちてくる瓦礫をジグザグに跳んでかわす。そして、爆風に追いつかれる寸前、ハイウェイの裂け目から、その下に逃げ込む。

着地。

耳を塞ぐ。

後ろから、全力で風の板に張り倒された。何度か跳躍して威力を殺しつつ、破滅的な風が過ぎ去るのを待つ。

ざくりと、嫌な音がした。

背中に、大きな瓦礫の破片が突き刺さったのだと分かる。歯を食いしばり、また跳ぶ。また、瓦礫が刺さった。

 

ヘリが不時着。同時に、最後のローターも折れて吹っ飛んでいった。ずしんと地面に落ちたヘリは、もうヘリの形をしていなかった。こんな状態でも飛ばしていたジョーの技術、語りぐさにしなくてはならないなとビルは思った。過去の人だから、死んだときには地獄なり天国なりにいるだろう。是非この時の話で酒を飲みたいものだ。

ビルは、足を引きずりながら降りた。ランスも、かなりやられている。ジョーは。みると、脇腹を押さえていた。かなり出血がひどい。

「ジョー!」

「ナノマシン入れてないんだよな! メディカルスプレーじゃ駄目か!」

「問題ない。 致命傷では無い」

それよりカワセが心配だと、ジョーが言う。上半分の服を脱ぐと、刺さっていた破片を引き抜き、止血を開始するジョー。手際は良く、怪我をしなれているのがわかった。どうやら、手を貸さなくても、どうにか出来そうである。

地上部隊が接近してくる。

さっきのロボットとの交戦で、それなりの打撃は受けていたようだが、まだかなりの人数がいる。今まで何をしていたと怒鳴りつけてやりたい所だったが、来てくれただけで充分だ。

誰もが、魂斗羅にはなれないのだ。

むしろ、彼らを導ける魂斗羅である事に、今は誇りを持たなければならない。

メディカルスプレーを自分の体に掛ける。ハイウェイでの戦闘も含めて、打撃が著しい。これは、今回の出費もかなり高額になるだろう。ランスの傷もひどい。これは、エイリアンの本拠を潰すまで、体が保つかギリギリという所だ。

戦車を降りてきた指揮官と敬礼をかわす。

「カワセをみなかったか」

「ロボットと直に交戦していたあの女戦士か」

「そうだ」

「それならば、彼処だ」

安心したのは、一瞬だけだ。

兵士達の助けを拒み、よろよろと歩いてくる。だが、見た目にもひどい傷だらけだ。倒れそうになって、慌てて兵士達に支えられる。

みれば、背中にも二カ所、ひどい傷があるようだった。

「女性の兵士はいるか! 手当を手伝ってやってくれ!」

「大丈夫、応急措置はしています。 しばらく、休めば、何とか動けます」

カワセは、ハイウェイの高架下で、仰向けに倒れているところを発見されたという。その時点では意識が無かったが、ここに来る途中で意識を取り戻したそうだ。

「軍用レーションって、やっぱりこの時代でもまずいんですか?」

「ああ、クソまずい」

「食用の素材はありますか? 僕が料理します。 あ、ちゃんとしたもの食べないと、回復できそうにありませんから」

何を言っているのかと一瞬不安に思ったが、ジョーが嘆息した。奴も手当を終えたようだが、しばらくは起き上がらないつもりらしく、横になっている。

「好きにさせてやれ」

「どういうことだ」

「その娘は、結局の所戦士である以上に料理人だ。 料理をしていれば一番楽しいし、それが生き甲斐でもある。 多分、料理の一つでもさせてやった方が、多少は回復が早いだろう」

そうなれば、仕方が無いか。

ビルは近くにいる兵士達に、指示を出して廻る。

「悪いな、スーパーか何かの名残から、材料を集められるか。 適当で良い」

 

栄養剤を点滴されて、半日ほど川背は眠っていたらしい。

起きたらすっかり夜になっていた。

少し、体力は回復した。だが傷の方はまだずきずきと痛い。応急処置の後、少し手当をしてくれたらしい。流石に未来の技術だけあって、回復も幾らか過去の医療よりは早いようだった。

ジョーが側に座って、見張りをしてくれていた。

「敵の本拠はまだ見つかっていない。 寝ていろ」

「いえ、もう大丈夫です」

「頑固な奴だ。 帰ってからは、しっかり休むんだぞ。 あんな戦いをした後なんだから、しっかり休まないと寿命が縮む」

眉尻を下げて、心配してくれているジョーに礼を言う。

側に、冷蔵庫らしいものがある。どうやら展開している軍部隊が、用意してくれたようだ。中を見ると、一応の材料があった。機材類も、それなりにあるようだ。

ただ、どれもまともとは言いがたい。

少し食べてみたが、食材の味が強すぎる。調味料も同じである。

料理用の道具類はあるにはあるが、殆どオートメーション化されているようだった。ビルは。探してみるが、いない。

「もう、今じゃあ料理は、マニアしかやらないそうだ。 殆どの料理は、完璧な形でレシピが公開されていて、機械が調整できるかららしい。 何でも三つ星のシェフが機械に作った料理に負けて以降、そうなったらしい」

「……」

将棋やチェスでも、同じようなことがあった。

コンピューターが、いずれも達人と呼ばれた人間に勝ってしまったのだ。

更に言えば、此処がニュー・ニューヨークだと言っていたが。元々のこの国にも、料理文化というのも、原始的な形でしか残っていなかったはず。ちゃんとした料理を食べる習慣そのものが無く、やるとしてもバーベキュー程度だったと聞いている。勿論料理屋はあるのだろうが、それも庶民が実際に料理をするのとは別問題だ。

川背がいたJ国でさえ、近年はレトルト食品の発達によって、自炊が廃れている傾向があったのだ。

ましてや六百年も経ったこの時代である。

とりあえず、包丁と鍋、フライパンと熱源は確保できた。素材の味は確認したが、どれも自然本来のものとはかけ離れている。合成化学調味料の味が強すぎるのだ。

それが悪いとは言わない。

養殖物の魚にだって、工夫次第で美味しく食べられるものがあるからだ。

試しに、機械に作らせてみた。確かに、それなりのものは出来る。だが、それなりでしかない。

人間は手を使わなければ脳が衰えるし、頭を使わなければ思考力が減退する。

料理をしなければ、料理だって退化するのだ。

ビルが来たので、聞いてみた。

「生の魚や肉は入手できませんか」

「この星じゃあもう無理だな。 幾つかの入植惑星だと、魚とか家畜とかを生で育ててるらしいが、動物愛護団体とかが五月蠅くて、今は野生の動物を食べるのは御法度なんだ」

やはり、そうか。

行きすぎた権利行動は、やはり何か衰退を招くのかも知れない。がっかりした川背は、大きくため息をついてしまった。

「何となく、料理が無理そうだって事は分かってたよ。 さっきルシアに頼んで21世紀であんた達J国人が食べてた材料を検索したんだが、もう手に入らないものばかりみたいだしな」

気を落とすなと、ビルは言ってくれる。

周囲を見回すと、ランスはいない。がっかりしている暇は無い。今が言う好機だろう。

「さっき、ジョーさんに僕が見せたものを覚えていますか」

「ああ。 何となく、最初から見当はついていた」

そう。彼処で見つけたのは、あるはずが無いもの。

エイリアンにされた人間の所持物だった可能性も、最初は否定できないかと思った。だが、考えて見れば、それもあり得ない。

なぜなら、其処にあったのは。

「奴らは最初、レッドファルコンって名乗った。 調べてみたが、ずっと昔に滅んだ鳥に、ファルコンってのがいたんだろ? エイリアンが、どうして地球由来の生物の名前を、組織名につけるんだ」

「知っていて、知らないふりをしていた、のですね」

「そうだ。 ランスの奴がずっと生き生きしてやがったからな。 俺たちも最初は、紛争地帯とかで、人間を相手に制圧戦をやってたんだ。 殺したゲリラには、女子供だってたくさん混じってた。 ランスの奴は、戦争が終わるたびに憔悴しきっててな。 酒を飲みながら泣いてることもあったよ。 また子供を殺しちまった、妊婦を殺っちまった、ってな。 魂斗羅と呼ばれたほどの戦士がだ」

ビルはたばこに火をつける。

あれだけ批判の的になっていても。まだ、たばこはあるらしかった。

「頼みがある。 料理は、やめてくれるか。 ランスに、これ以上ぬか喜びはさせたくないんだ。 あんたがどれだけ腕が良い料理人でも、こんなクソッタレな材料じゃ、まともな料理は作れないだろ」

「はい。 これでは、僕の料理人の誇りに相応しい料理は、作れそうにありません。 むしろそれを使うことを想定している機械に入れた方が、美味しく出来るでしょう」

「無理を言って済まないな」

「代わりに、僕からも、頼みがあります」

ビルはたばこをくわえたまま、頷く。

「この世界で人類政府を統轄している存在には気をつけてください。 もしもこの戦いを貴方たちが勝ってしまったら、きっと彼らの凶刃は貴方たちに向くはずです」

「そう、だな。 地球を侵略してくるエイリアンを倒せるって純粋に喜んでるランスが、現実を知って壊れるのはみたくねえ。 ……俺が、何とかしてみせる」

川背は頷くと、凄絶な表情で覚悟を決めるビルに一礼して、横になった。

空を見上げる。美しい星空だ。周囲は都市を一から再建しなければならないほどに破壊され尽くしているのに。星空は、あんなにも美しい。

エイリアンの本拠地の、大まかな場所は分かっているらしい。

今は、その入り口が見つかるまで、ジョーが言うように休もう。そう、川背は決めていた。

 

5、決戦

 

エイリアンの本拠地が見つかった。

あの巨大ロボットの背後にあった岩山に、洞窟があったのだ。その奥に、おびただしい数の生命反応があった。エイリアン以外にあり得ない。

調べてみると、数年前から其処に巣くって、今回の攻撃準備をしていたらしい事も分かった。

残り時間は、さほど多くない。

川背は立ち上がると、傷の具合を確認。

あまり長時間は戦えないが、短時間総力戦をするくらいなら。ジョーも、多分状態は同じだろう。

ビルとランスが、会議に加わっているのが見えた。

「突入部隊は俺たちだけでいい。 むしろ、俺たちが突入した後、反撃でやられないように警備を厳重にしてくれ」

「しかし、我らにも特殊部隊の誇りが」

「あの戦いをみただろ?」

そう言われると、特殊部隊のリーダーらしい黒人の男性が黙り込む。

この時代でも、フィールドに軍が挑むのは無謀に近い。ただし、それを理解している英雄がいるのは、心強かった。

「おう相棒、お目覚めか?」

ランスににこりと笑みを返すと、地図を見る。

場所は把握した。超音波測定で、中もある程度確認できているらしい。それによると、地下三百メートルほどに、巨大な生体反応のある塊があるそうだ。十中八九、それがボスだろうとビルは言った。

「エイリアンは、どうしてかばかでかいボスを作りたがる。 蟻みたいな連中でな」

「今までの戦線でもそうだった。 どんなにデカかろうが関係ねえ! 今回もぶっ潰してやるぜ」

ビルがエイリアンは、と区切って言うのを、一瞬だけランスが不思議そうにみた。

或いは気づいたかも知れない。一心同体と言うほど息が合っている二人だ。おかしな事では無いだろう。

突入は四人だけで行う。ジョーはビル達が使っている銃を渡されて、使い方の説明を受けていた。最初にここに来たとき壊滅させた基地で拾ったのは、少し旧型らしい。

過去から持ってきた突撃銃は、此処では流石に旧式すぎる。現に基地でこの時代の銃を拾うまでは、ジョーでさえ随分苦労していたのだ。手榴弾も、こっちの方がずっとコンパクトで破壊力が大きい。これは、六百年も経っているのだから、仕方が無い事だ。

ただ、他の物資類は活用できる。

「把握した。 それにしても、強力な銃だな」

「あんたの支援は頼りになる。 背後は任せても良いか。 前は俺たちが潰す」

「いいだろう」

川背は今回も機動戦を担当する。

新しい装備は、いらない。川背の場合、極限の機動戦を可能とするために、服や靴の重さまで徹底的に吟味しているのだ。此処で変な装備を加えても、動きに制約が掛かるだけだ。

何度か靴の感触を確かめて、大丈夫だと結論。

だが、傷が痛むこともあって、あまり長期戦は出来ない。

しかし、此処でもたついていると、敵が体勢を立て直す可能性も高い。一気に叩いて、全てを終わらせるべきだろう。

「よし、行くぞ!」

ビルが声を掛ける。

周囲の兵士達が、雄叫びを上げた。

 

洞窟の入り口から、早速苛烈な出迎えがあった。

巨大な亀のような生物が、洞窟の入り口を爆砕するようにして現れたのである。巨大な人面を備えており、とにかく気味が悪い存在だった。

「後どれくらい保ちそうだ」

「五時間、てところでしょうね。 ただ、目的が果たされると、因果律がどうとかで、すぐに過去に帰還するみたいです」

「上等だ! 一時間で勝負をつけてやる!」

ビルが雄叫びを上げて、銃をぶっ放した。冷静に少し下がったジョーは、ランスが射撃に加わるのを横目に、銃のタイプを切り替える。

川背はみた。打ち込んだ弾種が、ことごとく聞いていない。

亀のような生物の人面に、気色悪い音を立てて吸い込まれている。代わりに、膿汁が盛大に噴き出している様子だ。

虫が、たくさんわいて出てきた。

舌打ちすると、ビルは火炎放射器に銃を切り替え、辺りを焼き払いはじめる。川背は敵の左に走り込む。巨大な腕を振り上げた亀が、叩き潰そうと振り下ろしてきた。ルアーを近くの岩に引っかけ、伸縮を利用して跳ぶ。残像を、亀が踏み砕いていた。

「流石に本拠地の門番だな。 かってえ!」

「どけ」

ジョーが、荷電粒子砲をぶっ放す。空気を切り裂き、青白いエネルギービームが虚空を驀進した。

流石に極太のエネルギービームの直撃を喰らって、亀がのけぞり、悲鳴を上げる。無言でビルが放った手榴弾が、亀の口に複数入り込んだ。

口を開けて取り出そうとする亀だが、この隙に頭上に躍り込んだ川背が、蹴りを後頭部に叩き込む。

激しく口を合わせた亀の顔面に、とどめだとばかりに、ランスが徹甲弾を叩き込んでいた。

口の中の手榴弾に引火したのだろう。

亀の頭部が、流石に吹っ飛んだ。巨体が見る間に崩れ落ちていく。

無言で、そのまま洞窟の中に入り込む。

中は、まさに地獄絵図。人間の残骸らしいものが無数に散らばっており、エイリアンに変じたらしい民間人が、うめき声を上げながら襲いかかってくる。繭らしいもの、卵らしいものが、有機的な壁、天井、床の至る所に張り付いていた。

片っ端から、ビルとランスがそれらを薙ぎ払う。吹き飛び、不潔な液体をまき散らしながら、人間だったものがそうではなくなっていく。

辺りには、衣服の切れ端らしきものや、時には幼児用の玩具らしきものも散らばっていた。猛射で全てを破壊し尽くすビルの目には、深い怒りと悲しみが宿っているように見えた。

川背は辺りを走り回りながら、二人が進むのに邪魔になりそうなものを片っ端から排除していく。空に舞い上がるエイリアン発見。ルアーを引っかけて飛び乗り、首をへし折って次のエイリアンに躍りかかる。

ランスが、壁に激しい銃撃を浴びせた。

有機的な素材で出来ている壁が、見る間に削れ、吹き飛んでいく。

後半分と言うところか。

不意に、天井から、人面の巨大な芋虫のような蛇のような訳が分からないのが現れる。穴から顔を出して、鋭い牙が乱ぐいに生えた口でかぶりついてくる。間一髪でかわした川背の至近に滑り込んできたビルが、激しい銃撃を芋虫の顔に浴びせた。

見る間に、穴に引っ込む芋虫。

ジョーが弾種を切り替えているのが見える。そうなると。

「ランスさん! 後ろ!」

「応ッ!」

前回りに飛び込みながら、ランスが至近にまで迫っていた芋虫をかわす。

その瞬間、穴をめがけて放たれたジョーの荷電粒子砲が、芋虫を穴ごと焼き尽くしていた。

爆発音。

血のように、膨大な体液が降り注いでくる。

辺り中から、無数の海老のようだったり、サソリのようだったり、芋虫のようだったり、訳が分からない生物が山ほど押し寄せてきた。

どうやら、此処で総力戦を挑んでくるつもりだろう。周囲は開けた空間で、大群には有利だ。一気に押しつぶそうというわけだ。

四人、背中合わせに立つ。

「ルシア、敵の数は」

「ざっと五千」

「おおっ! やってやろうぜえっ!」

ランスが、一番槍を取った。

掃射。弾倉を捨てて、再装填。更に掃射を浴びせる。

近寄ってくるだけでは無い。明らかに大きなエイリアンもいる。地面を掘り進み、出てきたのは、蜘蛛のようでありながら、巨大な人面を備えた悪趣味な奴だ。更に、天井と床をつないでいるような、気味が悪い形をしている神経の束のようなのも迫ってくる。

敵は戦力を出し惜しみしていない。本気だ。

「ちいっ! 本当に全力で潰しに来てやがるな!」

「落ち着け。 ジョー、背後は任せる。 カワセ、でかいのを任せても良いか」

「分かりました。 あっちの蜘蛛は三十秒で、神経の塊みたいなのは五十秒で潰してきます」

「よおしっ! 道は開いてやる! 頼んだぞ!」

サブマシンガンからホーミングミサイルに切り替えたビルが、一斉に辺りにミサイルをばらまいた。

凄まじい火力に、周囲のエイリアンが一方的に薙ぎ払われる。だが、何しろ数が多すぎる。それでも、味方の屍を踏み越え踏みにじり、次々迫ってくる。

それでも、川背が突入する隙は出来た。

ジグザグに走りつつ、ルアーを使って加速。蜘蛛はずっとビルの方に狙いを定めて強酸の唾液らしきものを放ち続けていたが、至近まで迫られて川背に気づく。

跳躍。

顔面にルアーを引っかけ、天井の巨大な構造物にまで飛び上がる。滑車の原理でゴム紐を掛けると、一気に体重を掛けて、地面に飛び込む。

激しい衝撃で、ゴムが擦過音を立てる。

そして、卵状の構造物が、折れ砕けた。

蜘蛛の頭部に直撃。だが、蜘蛛は足を動かし、旋回して迫ってくる。味方であるはずのエイリアンを蹴散らしながら。

走る。走る先には、天井と床を掴んだ、神経細胞の塊みたいな奴。

その中心にゴム紐を引っかけ、跳ぶ。

伸縮を利用して、コアらしい部分に蹴りを全力で叩き込んだ。

敵が、たわむ。

そして、そのたわみを利用して、跳ぶ。

残像を残して跳んだ先は、天井。

残像を、丸ごと飲み込もうと、蜘蛛が飛びかかった瞬間、ジョーが動く。

荷電粒子砲を、蜘蛛と神経細胞に打ち込む。まとめて、極太のエネルギービームが貫通していた。

絶叫した蜘蛛が、焼き尽くされながらも、だが神経細胞の塊をかばう。

爆風が凄まじい。体勢を崩して、地面にたたきつけられる。周囲のエイリアンも同じように吹き飛ばされたり転がったりしていた。

呼吸を整えながら、立ち上がる。

まだ、神経細胞のコアは無事だ。そればかりか、よほど頭に来たのか、床と天井を引き寄せはじめる。

そして、巨大な肉塊として、引きちぎった。

投げつけてくる。凄まじいパワーだ。

向こうではビルとランスが、敵を掃討しながら進んでいる。此奴に介入を許したら、先に行くことは難しいだろう。

荷電粒子砲を、コアに叩き込めば。

だが、ジョーでも、この状態での精密狙撃は難しいだろう。敵の注意を、此方に引きつけなければ。

巨大な肉塊がまた飛んできた。天井にルアーを引っかけ、飛ぶ。二回連続。辺りの床や天井を千切りむしっては、手当たり次第に投げつけてくる。味方の被害など、お構いなしという風情だ。

エイリアンが、無数に群がっていく方向が変わる。

ビルとランスが、奥へ進んでいると言うことだ。それをみて、神経細胞が、注意をそらした瞬間。

奴が投擲した肉塊に飛び移ると、更に跳躍。短い叫びと共に、川背は敵コアにドロップキックを叩き込んでいた。

床にたたきつけられる神経細胞。だが、逃れようとしたさなか、無数に伸びてきた触手が川背に絡みついてくる。

天井に引っかけたルアーがきしむ。凄まじいパワーだ。全身にしがみついてきた触手は、妄執の塊を思わせた。

そのまま、握りつぶされるかと思ったが。

その時には既にジョーが装填を終えていた。

再び、地下空間を、荷電粒子砲の掃討光が蹂躙し尽くす。

爆音。それが納まったとき、最初の砲撃に耐えたコアも、粉々に砕けていた。

だが、川背の方も。もう限界だった。

床に降りると、流石に立つ力も残っていない。全身の痛みがひどい。毒などは注入されてはいないようだが。

背中に担がれる。意識は、まだ薄ぼんやりと残っていた。

「ジョーさん、二人は、奥へ行けましたか」

「ああ、大丈夫だ」

「僕は、ちょっと限界みたい、です。 ごめんなさい」

ジョーが周囲の敵を掃討しているのが分かる。

安心して、川背は後を任せられると思った。

 

ついに敵の包囲網を突破。

突入前に示されていた地点まで、もう少しだ。追いすがってくる敵を掃射。弾倉を捨てる。

そろそろ、弾倉が切れる。流石に五千の敵とまともに交戦したのだ。最後の奴を片付けたら、余裕はもう無いだろう。

「この戦いが終わったら……」

「ん?」

不意にランスが口を開いた。

ランスは少し間をおいて、敵を掃討しながら呟く。

「何かする気だな、ビル」

「ああ。 前から疑惑はあった。 だが、どうやらあのとき見たもので、確信に変わった」

「ああ、カワセが見せてくれたチップみたいな奴か」

「そうだ」

ランスには言っていない。だがあれは、彼処にあるはずがないものだった。

すなわち、21世紀のコンピューターに搭載されていたメモリである。何でそんなものが、あんな所にあったのか。

エイリアンにされた民間人が持っていたはずはない。持っていたとしても、あんな所に落ちているはずが無い。

つまり、あれは。

あの戦艦の部品だったのだ。

「とにかく、今は敵を潰す」

「応ッ!」

敵の追撃を防ぎながら、進むと。広間に出た。

巨大な心臓みたいなものがある。これが、どうやら連中の中枢らしい。

流石にビルも唖然とした。おそらく直径だけで、十メートルを超えているだろう。このエイリアンの巣そのものに力を供給しているエネルギー源に違いない。

「此処をぶち抜いたら、すぐに脱出する。 そして悪いが、AA4地点に身を隠してくれ」

「どうした、何だよビル。 話してくれよ!」

「悪いが、これだけは駄目だ。 いずれまた会うときがあったら、その時に話す」

「ビル!」

悲痛な友の叫びから、敢えて意識をそらしながら。ビルは吠え猛る。

一時間で終わらせるとは言ったが、死闘に次ぐ死闘で既に五時間は過ぎた。もう支援はないと思っていい。

だが、これで充分。

崩れゆく敵の巨体を見つめながら、ビルはもう一つ、雄叫びを上げていた。

待っていろ。

そう、敵に告げるように。

 

6、未来の灯火

 

川背が目を覚ますと、其処は21世紀だった。

辺りはのどかなK州の中に作られた軍事基地である。どうやら意識が無い間に服を脱がされて手当てされたらしい。手術着で、ベットに寝かされていた。

しばらくぼんやり天井を見つめる。

あの二人、敵を倒しただろうか。それに、気になることもある。

どうして、あの世界では、フィールド探索者や魔術師がいなかった。

ジョーが来る。

まだ片足を引きずっているが、ほぼ問題は無いらしい。そして、色々と話してくれた。

「どうやら未来からの干渉は断たれた。 次元の断層が消えたそうだ」

「良かった。 それにしても、エイリアンは何故この時代に?」

「多分、あの子があの二人の、共通の先祖なんだろう」

しばらく考え込んでから、なるほどと川背は呟いていた。

SF何かでは良くある事だ。実際、未来にいる間に、ジョーがビルのコンピューターにも問い合わせ、二人の共通の先祖にカール=ロベルト=ハインラインという名前がある事も確認したそうだ。

「なんだかおかしいですね。 あんなひ弱な子の子孫に、あんな強い人たちが生まれるなんて」

「遺伝子なんて、いい加減なものだ」

「同感です」

ジョーに聞いたのだが、川背が寝ている間に、どうしてフィールド探索者や魔術師がいないのか、聞いてみたりもしたそうだ。

だが、答えはどうしてか聞き取れなかった。多分、タイムパラドックスという奴では無いかと、ジョーは言う。確かに、全部聞くことが出来ていたら、未来が簡単に変わってしまう。

しかし、そんな力が働いていると言うことは、未来は変えられないのだろうか。

「いや、そうとも限らない。 未来は多くの可能性の先にあるものだ。 我らは、起こりうる何か恐ろしい災厄のことを知った。 だから、変えられるかも知れん」

頷く。

怪我が治ったら、まず先輩の所へ行こう。

そしてアトランティスで取れた素材を料理して、みんなで美味しく食べて、それから今回の件と、起こりうる災いについて話そう。

そう、川背は思った。

 

27世紀。統合政府の巨大なビル、その最上階。

闇の中、三つの影がたたずんでいた。

いずれも27世紀の地球を支配する、権力者達。元老院のメンツである。歴史上でも名高い賢者や皇帝の遺品からDNAを解析して作り出されたクローンだが、その圧倒的な知性は今まで地球を繁栄に導き続けていた。

その頭部はコードで三人ともつながっている。

三重平行して思考を行うため、さらには知識を補い合うための工夫である。

元老院以外入る事が許されない部屋のドアが、勢いよく開いた。

其処には、全身血みどろのビルが立っていた。後ろには、統合政府を守るロボットの残骸が、点々としている。

「ほう。 英雄殿が、何の用かね」

「ふざけるなよ、事の元凶っ!」

三人同時に振り返る元老院。ビルは、チップを突きつける。

「これはエイリアンどもが持っていたものだ。 話して貰おうか、真相を」

「ふむ、君達に協力した正体不明の勢力がいたと聞いているが、その入れ知恵か」

「そうだ。 だが、前からおかしいとは思っていたがな」

そもそも、どうしてエイリアンは、地球に適応した姿をして、兵器も地球のものににたものばかりを持っていたのか。

それも、エイリアンの技術で異常改造されたという話だったが、どれも調べてみると、極めて古い時代の兵器にそっくりであったのだ。おかしいのはそれだけでは無い。エイリアンの組織名は、まるで人間が考えたようなものだ。それに、最後まで、エイリアンが何の目的で攻めてきているのか、さっぱり分からなかった。

領土が欲しいにしても、資源が欲しいにしても、彼らの行動はあまりにも不可解だった。

「それだけじゃあない。 確か少し前に、エイリアンの力を利用しようとした科学者がいたな。 そんな技術が、どこから提供された!」

「さあてな。 我らは知らんよ」

「嘘を言うなよ化け物! 全ては貴様らが、裏で糸を引き、そして操っていた! あのエイリアンどもは、おそらく貴様らが作り上げた……」

「いいではないか、彼は本物の英雄だ。 話してやろう。 我らが力の実験を兼ねて戯れに過去に送り込んだ抹殺部隊さえ、その存在を消すことは出来なかったのだ。 聞く権利はあるだろう」

ビルの言葉を遮ると、元老の一人が言う。

27世紀、地球はあまりにも平和に爛熟しすぎた。いくつもの惑星に足を進めた人類だが、その全体的な低迷は目を覆うばかり。腐敗した文化、堕落した民衆、弱体化した軍隊。かの大破壊の悲劇を、これでは教訓に出来ない。そればかりか、こんな有様では、いずれ世界は人類を淘汰してしまうだろう。

そんなとき、見つけたのだ。

木星に。神の卵を。

「モイライと我らが呼ぶそれは、大いなる進化を促す秘宝であったのだ。 かって、世界に存在した謎の存在が残した究極の宝といっても良い。 だが、それを使っても、既に人類はどうしようも無いところまで堕落していた」

だから、戦争を起こした。

モイライの力で実験的に作り出した生物兵器と、もう古すぎて使い物にならない旧型兵器を組み合わせて、「侵略用」の組織をつくった。それが、レッドファルコン。そして、奴らを潰して民衆の英雄となる者が必要だった。それが、魂斗羅。

この戦役は、平和に堕落しきった人間を、たたき直すために元老院が起こした物だったのだ。テロリストに、データを部分的に流すことさえもした。

全ては、出来レースだったのである。

「そうか、俺とランスを、ずっと手のひらで転がしていたんだな」

「おうよ。 だが、それも必要な犠牲であったのだ」

「あれだけの罪なき民を殺しておいて、何が必要な犠牲だ!」

「まだまだ、あれしきは序の口だ。 次は磁力兵器を暴走させて、人類を五分の一くらいにしようと思っていたが、気づいた者がいるのならまあいいだろう。 人類は進化しなければならん! そのための礎になる光栄なる任務を、君に与えようでは無いか!」

元老院は、なおも言う。

犠牲には、我らもその身を捧げていると。モイライの実験台として、最初に使ったのは、元老院の家族だった者達だという。

狂っていると、ビルは吐き捨てた。

使命感が暴走したあげく、凶行に落ちた怪物。それが、今人類の頂点に立つ者達だったのだ。

元老院達の感情無き目は、ビルを見つめていた。

どうしてか。その口調は、妙に優しく思えた。

「仮に我らが負けても、君は既に人間を超越している。 過去の因果を断ち切ろうとしてさえなおも存在している超人。 かって君臨した能力者や魔術師達の再来と表現しても良い者だ。 勝った方が、人類を導けば良い。 既にその準備もしておいたよ。 まあ、君の勝率は、一割も無いがな!」

元老院達の姿が、ふくれあがる。

或いは蛙のように。或いはクラゲのように。そして、銀色の、人間のような、そうではないような姿に。

「さあ、一割も無い勝率に、もがくがいい!」

「いいや、勝率は100%だ」

部屋に、あり得ないはずの影が現れる。

それは。

ランス。ビルと同じように満身創痍で、だが不敵な笑みを浮かべていた。

「ランス! どうしてきた!」

「俺も、何処かがおかしいことは分かってたんだよ。 それに、おまえが死ぬ気だって事もな。 分かってたよ、俺のために時々気を遣ってくれてる事は。 だけどな、俺もいつまでもバカじゃねえ。 それに最高のダチが体張ってるんだ。 俺にも手伝わせろ!」

「ランス……! バカだな。 だが、嬉しいぞ!」

二人、銃を構える。

これで、魂斗羅が、二人揃った。どんな相手にだって、勝てる。

たとえ相手が、神だろうと。

「面白い。 我ら超越者が全て相まみえるか」

「来るがいい! そして未来を掴んで見せろ! 魂斗羅っ!」

「モイライの解析は完璧では無いとは言え、我らは今や亜神である! その力超えたとき、人類の進化も見えよう! これは愉快! 勝っても負けても、人類の未来は開けているではないか! もはや絶望は無い! 希望だけがある!」

部屋が、異空間へと変貌していく。

ビルはランスと頷きあう。

そして、神を気取る狂気の権力者に、雄叫びと共に弾丸をたたきつけた。

 

(終)