テンプルナイトの最後

 

序、嫌われ役の狂信者

 

完全に決まった時間に目を覚ます。今は朝の五時。これが起きる時間だ。並んだベッドの中で、私が一番最初に起きだす。自らを律する事を義務づけられているテンプルナイト……このTOKYOミレニアムの守護者たる戦士達。その精鋭部隊であるからには、これくらいはしなければならない。

私は起きだすと、そのまま顔を洗って歯を磨く。歯ブラシの質がますます落ちてきている。

世界中で核が落ちて、悪魔が出るようになってから幾星霜。

もはや人類が暮らせる場所なんて一握りしかない。ここTOKYOミレニアムもそうだ。だから護り手がいる。

どれだけ腐敗していようともだ。

後輩達に声を掛けて、起こしていく。

女性のテンプルナイトは別に珍しくもない。魔術を使えるものは特に多く、抜擢されやすい。

古い時代の騎士と違って、鎧なんかつけない。

つけたところで悪魔には役に立たない。

十字が刺繍されている青と白の隊服を着る。祝福されているとかいう話だが、どこまで本当だか。

夜番のテンプルナイトもいる。

朝起きて、食事を済ませた後。

最初にするのは、夜番からの引き継ぎだ。疲れ果てている様子だが、それでも引き継ぎはしっかりやらなければならない。

人間力を重視するテンプルナイトでは、AIによるレポートの自動生成なんて事は禁じられている。

だから全て直に聞き取りをし。

それを自分の手で書き下ろさなければならない。

夜番のテンプルナイトは夜勤明けで無精髭が出ている上に。

悪魔も出る場所を警備してきたのだ。死相さえ見えるテンプルナイトから。皆で引き継ぎを受けた。

「ホーリータウンでまた悪魔が出ました。 幸い雑魚ばかりでしたが、それでもこのままではいずれ市民達にも知られる事でしょう」

「またか。 悪魔の種別は分かっているか。 倒したのなら、全て列挙してくれ」

「はっ」

私は一応それなりに戦歴を積んで来ているから、TOKYOミレニアムで喧伝していることが嘘だらけな事は分かっている。

此処では幾つかの区画が作られていて、それらに人が住んでいるのだが。明確な階級分けがされていて。

特にいわゆる上級国民とでも昔は言われていたような人々が住んでいるのがホーリータウンだ。

雑多な民はバルハラと言われるエリアや、工場地帯であるファクトリーに住んでいる。

更にごく一部、TOKYOミレニアムに多大な功績を挙げている存在は、アルカディアという特別なエリアに住んでいるのだが。

此処にはきな臭い噂しかない。

出来れば近寄りたくないというのが、私も本音だった。

バルハラエリアの警備に出ていた部隊のメンバーが戻ってきた。

酷い負傷をしていた。

引き継ぎに遅れた事なんてどうでもいい。すぐに手当ての準備をさせる。

テンプルナイトはこのTOKYOミレニアムを支配するメシア教の精鋭部隊とされている。故に負傷する姿を見せることなどは禁忌とされていて。場合によっては死体を装備ごと焼却しろ等という命令が出ているのだが。

私はそれを無視していた。

そのせいで上から目をつけられているという噂があるが。だが、それだけの武勲は立てているつもりだ。

「どうした!」

「す、すみません。 強力な悪魔と遭遇して……」

「タナベとイシハラは……」

「……」

首を振る小隊長。腕を失っている者もいる。

すぐに医療施設に運ばせる。青ざめている新人が、吐きそうな顔をしていた。こんな程度で吐いていたら、とてもテンプルナイトなんてつとまらない。

かろうじて無事だった副隊長に話を聞く。

「下級でしたが、堕天使でした」

「堕天使が出たのか。 名前はわかるか」

「いえ……」

「すぐに画像を用意しろ」

あまり上級のものは出ないが、堕天使。神を裏切り、悪魔に落ちた天使は、TOKYOミレニアムにたまに出る。

実力は他の悪魔とは段違いで、雑魚でも要注意として扱われる存在だ。

そういった相手の中で特に手強い奴が出た場合は、テンプルナイトが十人単位で殉職する事もあるし。

場合によっては掃除屋と言われる、メシア教の暗部に属する戦闘部隊が出る事もある。

掃除屋は一度見た事があるが、感情などを切除されてしまっているらしく、完全に戦闘マシーンだった。

中級くらいの堕天使となら互角に渡り合う実力を装備を持っているが。

それでもそれ以上の相手が出た場合には、どうしようもない。

普通のテンプルナイトでは、下級の堕天使が相手でもこの有様だ。

それはもう、どうしようもないこと。

それなりの戦歴を重ねて来た私も、ずっと見てきた現実だった。

殺された隊員二名。

再起不能レベルの負傷者が三名。

そして、現れた堕天使は、特定出来た。

堕天使オロバス。

直立した馬のような姿をしている堕天使だ。

古い伝承によると、そもそも人間に敵対的な存在ではなく、召喚者に忠実で様々なよい効果をもたらす存在である。

だが、メシア教では悪魔は全部悪魔。

唯一絶対の神以外は、全てが悪魔と言う扱いである。

故にオロバスも、本来は邪悪な存在ではないはずなのだが、今ではすっかり人間を襲うようになっていた。

人前に現れ。

しかも倒されたと言うことは、分霊体だろう。

だが、分霊体でさえ、手練れのテンプルナイトの小隊を半壊させ。貴重な実戦経験者を二人も殺した。

悪魔と戦うというのはこういうことで。

堕天使と戦うというのもこういうことだ。

ちなみに殺されたテンプルナイトの葬儀なんていちいち行わない。

テンプルナイトの何割かはクローンで培養されているという説があり、実際テンプルナイトになる前はどこで何をしていたか分からないという奴と頻繁に出会う。同じ顔もよく見る。

私は一応過去の記憶があるが、それでも孤児をメシア教の教義に沿って育てる孤児院の出身だ。

此処は過酷で、あまり思い出したくない場所である。

ともかく、引き継ぎを終える。

そして、死んだ隊員の名札を外させた。私は書類仕事で、人員の補充要請を出しておく。まだ見習いの人員が昇格し、派遣されてくるだろう。そして雑に殺されて死んで行く。悪循環だ。

もう此処にしか、人間は住めないのに。

引き継ぎを終えた後は、パトロールの指示を出す。

経験が浅い部隊はホーリータウンに。

私のようなベテランはバルハラに出向く。

バルハラはそもそもとして、コロシアムで剣闘士が殺し合うのを見て楽しむような連中が住んでいるエリアで、破落戸だらけである。

テンプルナイトに手なんか出したらどうなるか分からないからある程度の身の安全は保証されているが。

それでもガイア教徒……混沌を貴ぶメシア教の敵が入り込んでいる事もあり。

何より割と当たり前のように悪魔が出る事もあって。

一秒だって気を抜けなかった。

ミーティングを終えると、私は九人のテンプルナイトを率いて現場に出る。

ターミナルという一種の空間転移装置を用いて現地に一瞬で出勤できることだけは助かるが。

それ以外は。あらゆる全てが劣悪だった。

 

バルハラの街は雑多でごみごみしていて、辺りは薄暗い。

激しい放射能汚染は未だに衰えておらず、それらから身を守るためのドームが存在しているからだ。

太陽は今や人間の味方では無い。

核戦争……何故に起きたのか今でもよく分からないらしいが。ともかくそれが起きた時にオゾン層が吹き飛び。

それまで人間を守ってくれていたオゾン層が消し飛んだ事で、宇宙放射線が地上にダイレクトに降り注ぐようになった。

地上だけではなく、オゾン層が消し飛ぶように核兵器が撃たれたのだという話があるのだが。

そんな事をすれば人間が全て死ぬ。

誰がどんな目的でそんな事をしたのか、よく分からない。

テンプルナイトは歩いているだけで敵意を受ける。

私もそれはそうだろうなと思う。

これほど特にバルハラエリアで嫌われている人間なんてそうそういないだろう。此処では特に、ガイア教団の方が好かれていることがあるくらいだ。

センターにいる上層部は、バルハラエリアに嫌がらせのように予算を削り、シェルターとしての劣化はそれでますます進んでいる。ホーリータウンがどこもしっかり放射線から守られるようになっているのに。

此処は放射線でやられて、体をおかしくしてそうそうに死んでしまう人が後を絶たない地獄だ。

だから皆、殺し合いのコロシアムに集まって、殺し合いに熱狂する。

衣食足りて礼節を知るの言葉通りだ。

此処では衣食が足りていない。

だから皆、獣になってしまうのだ。

此処の管理人はマダムというよく分からない女性で、私も立体映像でしかあった事がない。

ずっと年を取っていないと噂される怪人物で。

その正体は、古参のテンプルナイトも知らないと言う事だった。

「テンプルナイトさんよ……」

弱々しい声が掛けられる。

威圧しようと前に出る新人を手で制止。声の主は、年老いた老人だった。酷い臭いがする。

「三日も何もくってねえんだ。 何かくれよ……」

「救貧院は?」

「追い出されたよ。 役立たずの爺にくれてやるメシはないとよ」

「すぐに水と食糧を手配してやれ。 救貧院は私から声を掛けておく」

頷くと、すぐに部下達は動く。

その間に軽く生体検査の装置で調べるが、確かに酷い栄養失調だ。

こう言う人間を助けるために救貧院があるのに。

まるで機能していない場所もあることは分かっていた。

すぐに問題の救貧院が特定されたので、私が直に出向く。真っ青になっている院長に、私は面罵していた。

「メシア教の許可を得て救貧院を経営しているだろうに、この為体はなんだ!」

「ひっ! お許しください!」

「この内部の無駄に華美な様子からして、どうせ支援金を懐に入れているんだろう! 貴様は更迭だ!」

「ち、畜生! だ、誰でもやってることじゃねえか! くたばりぞこないの爺が、余計な事をいいやが」

言い切ることは出来なかった。

私が即座にその場で斬り伏せたからだ。

悲鳴を上げたのは、院長の部下だったらしい女だ。

此奴らも取り調べる必要がある。

すぐに増員を派遣して貰い、救貧院の人員を連行させる。それを見て、バルハラの住人はひそひそ話していた。

「やっと彼処に手が入ったのかよ」

「あそこってガイア教団に人間を売ってたって話の場所だろ。 今まで放置してやがったのは、無能だからじゃねえか」

「あの女テンプルナイト、仕事がおせえんだよ」

「だから役に立たないって言われるのにな」

陰口は全部聞こえている。

ともかく仕事をする。

嫌われるのは理解している。

悪魔との戦いの最前線に立っていても、幾らでも次から次へと悪魔は湧いてくる。それに殺される人々は多い。

バルハラだと特にそれは顕著だ。

不満が誰かに向かうとすれば。悪魔と戦いはするが、それ以上に弾圧だのなんだのしているテンプルナイトへだろう。私にもそれは分かる。

メシア教の人員全てが悪人というわけじゃない。

それは街の人間も、誰もが分かっていると思う。

それでも、怒りのはけ口は必要で。

それが我々、ということなのだ。

増援が来たので、その場で引き継ぎ。手分けして調査を行う。調査をする捜査官がくる。テンプルナイトと違って戦闘力は無いが、メシア教の不祥事を調査する面子で、テンプルナイト以上の狂信者揃いだ。

後は引き継いでしまう。

此奴らは拷問も平気でやるような連中だが、今はパトロールが先だ。バルハラでは油断するとすぐに弱者が悪魔に殺される。

それを防ぐには、テンプルナイトが警備するしかないのである。

だが、どれだけやれば成果が出るのか。

それも分からないこの状況。

心がすり減るのは、どうしようもない。

コロシアムで喚声が湧いている。誰が凄い技でも披露したのかも知れない。だが、披露したと言う事は、その技を誰かが受けたと言う事だ。

無事かどうかすら分からない。

そういうものだ。

手分けして、パトロールをする。

その途中で小型の悪魔を数体見かけ、テンプルナイトに仕込んでいる集団戦術で倒させる。

そうして鍛えさせるのだ。

私は、今の時点では出無くて良い。

此処までの小物だと、今更だからだ。

それでも新人が苦労している場合は、剣を振るって加勢する。もしくは、魔術を放って仕留める。

魔術と言っても中級程度のものまでしか私は使えないが。

それでも、この辺りに出る雑魚程度ならどうにでもなる。

対応できない相手に会ってしまったら、死ぬだけ。

今まで六度、そういう場違いな相手に遭遇した。それらと戦って生きているのは、ただ運がいいからだ。

見回りを終える。

戦闘の経過は記録させておく。

いずれにしても大した悪魔ではなかったし。戦闘訓練を受けたテンプルナイトの集団戦術でどうにかできる相手で助かった、

点呼をしたあと、宿舎に戻る。

其処で引き継ぎをして、解散とする。

仕事はシフトで回しているが、危険な悪魔が出た場合は休暇を返上して現地に出向かなければならない。

テンプルナイトで功績を挙げるとセンターやアルカディアの住民として抜擢されるという話があり。

今までに数名、そうしていなくなった者を見たことがあるが。

それらの者達が、その後どうなったかは知らない。

メシア教が裏では様々な後ろ暗い事を抱えている事を、私は知っている。

あの腐った救貧院だって、本当にガイア教団と通じていたのか、私は疑わしいと思っている。

ともかく、先にシャワーを浴びる。

シャワーを浴びるときには、義手になっている左手を外す。肘から先はもうない。以前、場違いに強い悪魔に遭遇して、仲間33人が殺された時に。片手間にその悪魔が振るった腕に擦って、それで消し飛ばされたのだ。

支給された義手はそれなりにちゃんと動くし痛覚もあるが。

やはり本物には及ばない。

シャワーを浴びて、義手をつけなおした後は、しばし書類仕事をする。食事も取れる時にとっておく。

いつ任務が来るか分からないからだ。

だから、気が休まる時など、一秒だってない。

支給されている剣を整備する。

チタンとモリブデンの刀身に、更にはプラズマが通るようにしてある対悪魔用の剣。この剣はセンターの技術が詰め込まれていて、戦車の装甲でさえ切り裂くほどの切れ味を誇る。

ただし、私のような隊長格にしか支給されない。

一般のテンプルナイトは剣どころか、最悪体術で戦う事を強いられる。それも悪魔相手にだ。

せめて銃を支給してやってほしいものだが。

神に仕える者が銃を使うのは良くないとか言う理由で、テンプルナイトには「神の加護」で戦う事が要求される。

ばかげた話だった。

ちなみに掃除屋の連中は、普通に重火器を使っている。

その弾丸には神経毒なども仕込まれているという話を聞いているから、センターの連中の二枚舌には怒りすら感じるが。

誰かが、市民を守るために戦わなければならない。

それを理解しているからこそ。

私も、あまり不満ばかり口にするわけにもいかないのだった。

「リンネ隊長」

「どうした」

書類仕事をしていた私に、部下の一人が来る。

敬礼をすると、その部下がいう。

「以前失踪した隊員について、調査が出ました。 どうやら逃げたわけではなく、消失したようです」

「消失だと?」

「はい。 何かしらの儀式をした後が部屋に残されており、高度な術を用いた事が分かりました。 術式を解析した結果、転移のものだったようです。 ただ、何処にその術を用いて転移したかまでは……」

「分かった。 いずれにしても、もう戻る事はないだろう。 戦死扱いにしておけ」

頷くと、部下が行く。

テンプルナイトも見回りなどをしていない時は、こうやって書類仕事をしているのである。

人間力を試すだかなんだか知らないが。

いずれにしても非効率と無駄の塊でしかない。世界が核兵器で滅ぶ前は、AIの進歩でこの程度の作業は自動化されていたと聞いているのに。今ではAIは禁忌中の禁忌扱いされている。

失踪してしまった隊員は、かなり高度な魔術を使い、噂によると悪魔召喚までこなしたと聞く。

すぐれた人材だったが、私以上にテンプルナイトにもセンターにも不満を持っていたようだから。

いずれ処分されてしまったかも知れない。それに、優秀なテンプルナイトでも、センターは容赦なく使い潰す。

それが、このTOKYOミレニアムという、最果ての時代の最果ての土地に生きる。人々を守る戦士がおかれている現実だった。

 

1、希望などこの土地にはない

 

「左側に回り込め!」

「くそっ! 神の加護が我々には……」

「ぎゃあああっ!」

怒号が交差する中、私は印を切り、魔術を発動する。

雷撃の中級魔術を叩き込む。

巨大な牛と人間をあわせたような悪魔の脳天から雷撃が直撃し、竿立ちになった悪魔は。立て続けに繰り出された隊長格のテンプルナイトの剣を突き刺され。更には、私の後方から放たれた魔術を受けて、頭を吹き飛ばされていた。

どうと倒れる。

辺りは死屍累々。

増援が来たので、すぐに手当てを任せる。私も、左手の義手を吹っ飛ばされていて。それを拾って、どうにかつける。

一度太い腕を振るわれて、その直撃を受けたのだ。必死に義手で体を庇って、それで即死は避けたが。

酷く全身が痛む。

「大丈夫ですか」

「あまり大丈夫ではないな」

後ろから魔術を掛けて、援護してくれた新米が、回復の魔術を掛けてくれる。心優しい目をした。まだ幼ささえ顔に残っている女の子だ。名前はベス。

実は、このことは縁があるのだが、それはいい。

ベスは信じられないくらい優秀だ。

この若さで私より既に魔術の出力が高い。もう二三年経って背が伸びきった頃には。きっと次世代のテンプルナイトを担う精鋭の中の精鋭になるだろう。だけれども、センターがそんな逸材だろうと、容赦なく使い潰す事を私は知っていた。

どうにか動けるようになったので、もういいと告げる。

回復魔術は傷などの回復は促すが、病気などに対しては限界があるし、内出血などはどうにもできない。

体を半分潰されて、痛い痛いと呻いているテンプルナイトが担架で運ばれて行く。

こんな巨大な悪魔が出たのだ。

さぞやスラムの最下層かと思いきや、違う。

この悪魔、魔獣ミノタウルスが暴れたのは、なんとホーリータウンの繁華街である。

すぐに駆けつけたが。

駆けつけるまでにも、市民が食い殺され。車がひっくり返されている。最終的な被害がどれだけになるか、知れたものではなかった。

後続の部隊には、周囲の警戒と、人を遠ざけて貰う。

近頃、バルハラエリアでも大物が立て続けに現れている。其処でもベスが活躍したと聞いている。

なんだか作為的なものを感じてしまうのは気のせいだろうか。

それくらい、私はセンターを信用していない。

まだ少年といっていい年のテンプルナイトが来る。なんと、私より一つ上の階級章をつけていた。

「ザインです。 この場は引き受けます」

「君が。 天才と言われる」

「此処に駆けつけることさえ出来ませんでした。 天才などではありませんよ」

年長者と言うだけの私にも、態度が柔らかい。

幼い顔立ちに対して、背丈は高く、そして頭の中央に髪を集めるような独特な髪型にしている。

このザインの噂は聞いている。

なんと単騎で中級の堕天使を倒したとか。

この年で、である。

だが、活躍はたまにしか聞かない。出世のために必要なだけ悪魔を倒しているという噂さえあった。

まあ、センターが何を目論んでいてもおかしくないだろう。

引き継ぎをするが、記憶力も凄まじく、ザインはすぐにメモを起こし。部下にレポートを渡していた。

それを見て、戻る事にする。

医療センターに入って、治療を受けるが。ベスの回復魔術の出力が非常に高かったようで、入院は必要ないそうだ。

ただ、後から上がって来た報告を見ると。

私達が駆けつける前に殺された市民が八人。

殉職したテンプルナイト七人。

大きな被害だった。

これでも、毎日のように喧嘩が起き。悪魔が出て。命がゴミのように吹き飛ばされているバルハラよりはマシ。

そう思うと、やるせなくなってくる。

シャワーを浴びて気分を切り替える。

義手だけはどうにもならないので、調整に出した。ただ、義手が支給されるまで相応の期間があったこともある。

別に右腕だけの生活には、苦労はしないが。

さっぱりして、デスクにつくと、部下の一人が来る。

険しい顔をしていた。

「リンネ隊長」

「どうした」

「実は、気になるデータが出て来ました」

頷いて、先を促す。

この部下は腕っ節はともかく頭はいいので、重宝して使っていた。他の同僚からは頭でっかちとか言われていたが。支援用の魔術を使えることもあって、たまにその有用性を言い聞かせている。

攻撃魔術だけでは戦闘も集団戦も出来ない。

そう現実的に、神の加護があれば何にでも勝てると思い込んでいる阿呆どもに言い聞かせるのも、私の仕事だった。

そうしないと、一度の戦闘で、テンプルナイトが全滅しかねないのだから。

「実はザインの戦闘データが消されているようなのです」

「なんだと……」

「近々ザインはセンターにいくという話があります。 経歴だけ積んだ後は、センターに行くのかも知れません。 ただそれにしても、記憶にあるだけでもザインが倒した悪魔は、本来はテンプルナイトが百人以上で対処し、数十人の被害が出る事を覚悟しなければいけない相手ばかりで……」

「ああ、それは覚えている」

だが、それは忘れた方が良い。

咳払いして、周囲を見る。

センターの統治は独善的で苛烈だ。はっきりいって、何を目論んでいるか分からない。不穏分子とみなされた場合。

悪魔同様に消される可能性さえ、考慮しなければならないのである。

「その事は忘れろ。 何かしらの嫌な感じがする」

「は……」

「センターはクリーンな組織ではない。 お前も知っているとおりな」

「分かりました。 しかし、誰かしらがこういうのは情報として集めておかなければなりません」

分かっている。

だから、少なくともベラベラ喋る事はするな。

そういう意味で、忘れろと私は言った。

部下、ロムスはそれを受けて、頷いていた。意図がそれだけで伝わるのは良い事だ。私も、優秀な部下を失うのはあまり良い気分はしないのである。

そのまま、食事を取れるときにとっておき。

眠れるときに眠っておく。

おきだしたのは、ぴったり五時。

昨日の一件で、また名札を外すことになったが。ここのところ、補充の人員が来るのが速い。

見た覚えが明らかにある顔の者もいる。

やはりクローンでテンプルナイトを増やしている。

その噂は、嘘ではないらしい。

実は、噂に聞いている。

センターは科学を否定する癖に、遺伝子に関する技術を用いて、いわゆるスーパーソルジャー計画。遺伝子強化兵士を作り出すプロジェクトを動かしているのではないか。そういう噂があるのだ。

こういう経歴が分からない新人が、いやに戦闘力ばかり高いことや。

何度も同じ顔のテンプルナイトが姿を見せること。

これが、噂の論拠だが。

実際問題、隊長格として最前線に出ている私としては、それはどうも噂として笑い飛ばせないと思っている。

実際問題、「優秀な人間」とやらを掛け合わせて「優秀な子孫」とやらを作り出すような長期計画は。悪魔は出る、宇宙放射線がダイレクトに降り注いでシェルターの内部でしか生きられない。

その状況から考えて、現実的とはとても言えない。

ましてや、これだけ恐ろしい悪魔がわんさかTOKYOミレニアムにすら現れる今、メシアの誕生などを悠長に待って等いられない。

メシア教の狂信者には、メシアが必ず来ると無邪気に信じている者もいるが。

私には、そんなのは絵空事にしか思えない。

いっそのこと、メシアを造れるなら造ってくれ。

そうとさえ思っているし。

もし造れるなら、それでいいではないかとさえ思ってしまうのが事実だった。

「それともう一つ。 ベスに関してですが、後方部隊に異動させられるようです」

「あれほど有能なのにか」

「はい。 一定の戦果を積んだ後に、センターに行ったり後方に異動したり。 何かきなくさいですね」

「……それももう忘れろ」

やはり特大の不穏の臭いがする。

だが、それを追求したら殺される。そうとしか思えない。

嘆息すると、書類仕事に没頭する。

そして時間が来たので、眠る。眠ると言っても、最近は眠りがどんどん浅くなってきていた。

そうなると、夢を見るのだ。

孤児院では、明かな選別が行われていた。

魔術の訓練をさせられたし。戦闘の適性も見られた。

それでいながら反抗的な態度を示す子供は、すぐにいなくなった。悪魔のエサにされている。

そんな噂さえあった。

ただ、少し前に。バルハラで、孤児院時代に一緒にいて、途中でいなくなった者とあった。

あっと、お互いに声が出た。すぐにお互いに視線を外した。まずいと、両方とも分かったからだろう。

孤児院からいなくなった子は、コロシアムの剣闘士になっていた。つまり、孤児院から捨てられ。

恐らくはバルハラに放置されたと見て良いだろう。

彼処は、孤児をテンプルナイトに育てる場所だったのだ。

或いはだけれども。

似たような孤児院でも、本当に見込みがないと判断した子供は、殺処分している場所があったのかも知れない。

一歩間違えば、自分だって。

そういう記憶で、何度も夢が覚める。

実際問題、何度も場違いに強い悪魔に殺され掛けた時の記憶よりも。幼い頃、抑圧されていた頃の事の方が心に大きな傷を穿っている気がする。

無理矢理に寝る。

いつまで眠れるか分からないからだ。

おきだしてからは、すぐに引き継ぎを行う。

昨晩のパトロールでは、幸い欠員は出なかった。それだけで、どれだけほっとするか分からなかった。

 

ファクトリーに出向く。

工場と言えば聞こえは良いが、働いている人間はみんな目が死んでいる。それに、ファクトリーの中央には何か塔のようなものがあり。

それを忌々しげに見ている労働者と。

気付いてもいない労働者がいるようだった。

あれは恐らく、特級の危険なものだ。

部下にも、あれには視線を向けないようにと告げておく。たまに部下にも見えていない者がいるようだが。

それについては、見えていなくていいとだけ告げておく。

ファクトリーも悪魔が出るエリアだ。

此処ではデミナンディと言われる悪魔を改良した巨大な牛を飼育していて、それらをTOKYOミレニアム中で食肉として利用している。ちなみに筋っぽくて肉の質はとても低い。

元々インド神話のナンディという神の乗る牛を改良したらしく、インド神話の神々を貶める意図があるのでは無いかという話もあるが。

私には関係無い。

他にも工場はあるが、此処に送り込まれてくる人々は。犯罪を犯したか。犯罪を犯さざるをえなかった人々だ。

此処には人工的に作られた悪魔が多数いて、それらの中には労働者を監視するためだけにいるものもいる。

中には擬似的に労働者として作られた悪魔もいて。

それらが死ぬまでこき使われる事で、ファクトリーは回っている。

テンプルナイトも、此処の有様を見て、平静でいられるものはあまり多くは無い。昔、ずっと昔に。

存在した強制収容所というものがこれに近いと言われているらしいが。

核戦争前の歴史なんて、基本的に教わらない。

だから、そういうものがあったらしいということしか、私には分からない。

「東エリア、問題ありません」

「西エリア、異常なし!」

点呼を受けて、戻ろうとした時だった。

ぞくりと、嫌な気配がした。

振り返ると、ピエロみたいなのが一瞬だけ見えたような気がしたが、気のせいだろうか。いや、どうにもそうとは思えない。嫌な予感というのは馬鹿に出来ない。

魔術は誰もが使えるわけじゃない。そして魔術が使える人間は、勘が優れているのだ。

核戦争後の大混乱の収束に一役買ったザ・ヒーローと言われる人物の伝承が残っている。

まだ若い青年だったそうだが。

このザ・ヒーロー。

凄まじい剣腕を有していたそうだが、魔術は一切使えなかったそうだ。

ザ・ヒーローでさえ魔術は使えなかった。

そういって、剣闘士達は己を鍛えるらしい。

実は、それは私に取っても幼い頃は心の支えになった。

半端な魔術と。半端な剣腕。

それしかなくても、出来る事はあるのではないか、と。

だから私は勘を使う。信じる。それで今まで、随分助かってきたのだから。

ファクトリーでの見回りを終える。一瞬だけ見えたような気がするあのピエロみたいなの、悪魔かも知れない。

一応、後で報告書は挙げておくことにする。

戻って、書類仕事をしていると、報告を受ける。

後方任務に移っていたベスが、戻って来たらしいということだった。

確かあれから二年ほど経過しているはず。

そうかと思って、執務をしていると。

誰かが声を掛けて来た。

顔を上げると、そこにいたのは、分かる。ベスだった。とても美しく成長している。驚かされた。

「リンネ隊長、お久しぶりです」

「ベスか。 綺麗になったな」

「リンネ隊長こそ、相変わらずおきれいですよ」

「嘘はいい。 私は化粧で誤魔化しているだけだ」

ベスは本当に綺麗になった。古い表現で言うと、すれ違った男の何割かが振り返りそうな容姿だ。

それも花が咲くような控えめな姿。

だが、なんだろう。

文字通りの花のように思えてしまっていた。

花は咲いた後、散るものだ。

どうにも嫌な予感がする。

「後方勤務から此方に出て来たと言う事は、何かしらの任務か。 見た所、私よりも階級はとっくに上だろう」

「いえ、最前線で常に戦って来た隊長は立派です。 私は神に一日も早く人々が平穏に暮らせるように祈ることと、メシアの再臨を祈る日ばかりでした」

「そうか……」

やはり、妙だ。

同時期に姿を見せたザインも、今では全く話をきかない。センターに出向いたという事は聞いているが、それ以上の事がまったく分からないのである。

ロムスが少し前に戦死して、ますますそういう話は分からなくなった。

「コロシアムにて、新しいチャンプが出た事を知っておいでですか」

「いや、興味がない」

「そうですね、隊長はそういう方でした。 アレフというその方は、私が知っているかもしれない方なんです」

「……」

アレフ。

確かそれは、ヘブライ語で始まりを意味する言葉であったはず。男爵と聞いて芋の名前くらいしか思いつかないだろう人間だらけのバルハラで、そんなしゃれた名前をつける奴がいるだろうか。

コロシアムに出ていると言う事は、当然バルハラ出身者の筈だ。というか、あんな場所バルハラ出身者くらいしかいかない。

コロシアムで剣闘士を殺しまくってチャンプになった人間は、問答無用でセンター市民になれるらしいが。そもそも殺されるリスクの方が遙かに高い。コロシアムでは悪魔とも戦わされると聞くし、センター市民というエサがあっても、あまりにもリスクが高すぎるのだ。

センター市民になった後、チャンプがどう生活しているかは分からないし。

どうにも胡散臭いとしかいえなかった。

「ベス」

「はい」

「私は平凡な才能しか持ち合わせていない、普通のテンプルナイトだ。 たまたま運が良かったから生き残れてきた。 ただそれだけの存在だ。 だから、お前の助けにはならない。 ただこういうことしか出来ない。 気を付けろ。 センターは、クリーンな組織じゃない」

「分かっています。 ですが、それでも行ってきます」

それだけいうと、ベスは行った。

しかし、たった二年で本当に綺麗になったものだな。同性ですら見ほれる程の容姿だった。

それに良い評判を聞かないメシア教の教会で祈っていたというにしては。心が綺麗すぎる。

あそこは狂信者を育成する施設であって、綺麗な心なんて間違っても育てない。

ふうと、嘆息する。

また、いやなものを見るかもしれない。

そう感じたのだ。

 

勘は適中した。それから、立て続けに事件が起きたのだ。

テンプルナイトがばたばた殉死するような事件が連続で起きた。それほど強力な悪魔が幾度も出現したのだ。

それらを打ち倒して行ったのは、ベスが言っていたアレフという青年だった。

アレフはバルハラ育ちのコロシアム出身者とはとても思えない。育ちが良さそうな青年だった。

何しろセンターが大々的にその業績を褒め称えたので、嫌でも顔を見ることになったからだ。

そして、その側には。

最初ヒロコという女性(元テンプルナイトらしいが、私には記憶がない。私とは接点がない部隊の出身者だろう)がいたようだが。

いつの間にか、それがベスに変わっていた。

テンプルナイトでも屈指の俊英であるベスが、多数の悪魔をなぎ倒して名声を高めている青年の側にいる。

それも、どう見ても幸せそうな顔をしている事からして、アレフに気があるのは一目で分かった。

それに、私に会いに来たとき、明らかにアレフを知っている事をほのめかしていた。やはりこの件。闇が深いと判断した。

私は嫌な予感しか感じなかった。

実際問題、それらの強大な悪魔がでた時に、大量の部下を失い。しかも、その部下は補充もろくにされなかったのだ。

既にテンプルナイトは用済みとでもいうように。

今までたくさん送り込まれてきていた同じ顔のテンプルナイトすら来なくなった。生き残りは容赦なく各地のパトロールにかり出され。明らかにレベルが上がっている悪魔によって、容赦なく殺された。

必死に私は戦い続けたが、傷が毎日増えるばかりだった。隊長格のテンプルナイトも次々に戦死していった。

アレフという青年の名声を引き立てるための土台になるかのように。

同時に、掃除屋が動いているという話もあった。

今までは余程の悪魔か、それともガイア教団に対する大規模な摘発でもない限り動かないという話であったのに。

休暇などなくなった。

手が足りないのだから当たり前だ。

医療品すら支給が滞るようになった。まるでもはやお前達に出す予算などないというかのように。

そんなとき、様子を見に来たのが。

センターにいる大物の司教だった。左右に連れているのは掃除屋の中でも特に危険と噂されている存在。

バケツみたいなヘルメットで顔を隠し、それに十字を刻んでいる殺し屋。

ターミネーターと言われている。

このターミネーター、背負っているジェットパックで飛行し、飛行する悪魔に対しても全く問題なく戦えるとかで。あまりにもテンプルナイトとは装備からして違っている存在だ。

技術を失っているのではなく。

センターが独占しているだけ。

それが分かるような、生きた証人である。

僅かに生き残っているテンプルナイトを見て、老いた司教は言う。

「随分とやられているようだな。 鍛練が足りていないのではないのか」

「お言葉ですが、このシフトを見てください。 鍛練などする時間もありません。 今や二時間程度の睡眠を一日取れれば良い方。 それ以外は、全てパトロールを行い、そうでない時間は書類を作成しています」

「足らぬ足らぬは工夫が足らぬといってな。 自分で考えて工夫せよ」

「それが物理的に出来ないと言っています」

元々センターの連中は気にくわなかったが。

流石に私も限界だ。

ターミネーター達が殺気を感じたか、前に出ようとするが。司教はふっと笑うだけだった。

「まあいい。 いずれにしてもお前達が無能だと言う事は確かだ。 実際問題、今まで現れた悪魔達にもまったく歯が立たず、犠牲ばかりが増えていただろう」

「装備にしろ人数にしろ足りていないからです」

「違うな。 信仰心が足りないからだ。 真摯に祈れば神は救ってくださる」

「そんな精神論で何かが解決すると本気でお思いか!」

ついに声を荒げた私だが、司教は全く揺るぎもしない。

いや、違う。

この老司教、どこか変だ。

そもそも何故今頃センターが視察に来た。或いは、ひょっとして。テンプルナイトの破滅を見届けにでもきたのではあるまいか。

「いずれにしても、無能者にくれてやる物資も人員もない。 そなたらは自分らで工夫して指定している任務をこなすことだな」

「物理的に出来ないと言っています!」

「戻るぞ」

司教が促すと、ターミネーター達がそれに従う。

まったく感情がない動き。

掃除屋は感情が見えない連中だが、これはもう、中身が機械なのかも知れない。

テンプルナイト達の生き残りが集まってくる。負傷者だらけだ。それに、今のを見て、心が折れてしまっている。

もうテンプルナイトはダメだな。私は、そう思った。

 

2、破滅が始まる

 

ベスが映像の向こうで倒れている、

私は、思わず絶句して、足を止めてしまっていた。

アレフが行く所、悪魔が倒される。アレフを怖れるように、悪魔もでなくなる。

その代わり、アレフがいない所にとてもテンプルナイトでは手に負えない悪魔が出る。それを何度か繰り返した時だった。

バルハラエリアにメシアを名乗る青年ダレスが現れ。

あっさりトーナメントを制覇。

メシアでは無いのかと噂が流れ始めていたアレフに挑戦状を叩き付けたのである。

アレフはそれに乗って、戦いが始まり。

そして、アレフを圧倒したメシアを名乗る青年ダレスの攻撃から。アレフを庇って。そして、ベスが。

あの善良で。

花のようだったベスが。

倒れて、血を流している。

呆然としているアレフ。捨て台詞を吐いて逃げていったダレス。

そして倒れているベスを無視して、アレフの側で。

大司教が演説していた。

「見たか民よ。 偽メシアは倒され、真のメシアが降臨した! このアレフこそ、真のメシアである!」

「待ってくれ! ベスをたすけ……」

「アレフを讃えよ! メシアが今降臨されたのだ!」

アレフ、万歳。

わめき声のような喚声が轟いている。アレフは涙まで流しているが、喜んでいるようには見えない。

ベスが医療班によって運ばれて行くが、あれはどうみても助かりっこない。

陰謀が始まった。

それを、私は感じていた。

もう残り少ないテンプルナイトに、指示は来なくなった。だから、殆ど自発的にパトロールをするしかなかった。

テンプルナイトの代わりに彼方此方に掃除屋が見張りについていて。それらは犯罪者を見つけると、その場で射殺してしまう。

アレフに対する熱狂は異常で、一部の民草は困惑しているようだった。

私もだ。

もはやすっかり寂しくなったテンプルナイトの本部に出ると、部下の一人。左目を失い、眼帯をつけている古参の部下が来る。

「アレフとダレスの試合を観ましたか」

「ああ。 ベスは残念だった。 テンプルナイトにいてくれれば、どれほどの希望になったか分からない」

「いえ、それはそうなのですが。 あまりにも不自然が過ぎるとおもいまして」

「……ああ」

確かにその通りだ。

あのダレスという青年、とてもではないがアレフに勝てる実力とは思えなかった。私にも分かるくらいだった。

それなのに。

戦闘が始まると、不意にアレフの動きが悪くなった。

数多の悪魔を討ち取って来たアレフの強さは、何回か間近で目にした。だから、あれがあんな程度の動きをするはずがないことは理解できていた。

メシアと呼ばれて驕ったか。

いや、違う。

そもそも、アレフという青年の戦闘力、人間の範疇を明らかに超えていたのだ。

間近で戦闘を見たとき、人間の数倍は背丈がある悪魔を、真正面から殴り倒していた。悪魔は大きさで強さが変わる訳ではないのだが、それにしても限度がある。

悪魔を倒すとマグネタイトになる。それを吸収していると、強くはなる。私もテンプルナイトとして悪魔と戦い、多少は強くなったが。

それも個々人で差があり、どうしても強くなれる限界が存在している。

アレフはそれが底無しだったように見えた。

だからこそ分かるのだ。

あの時は、どう見ても動きがおかしかったと。

それに対して、ダレスは戦闘が始まるといきなり加速したように動きが良くなっていた。見る間にアレフを追い詰めて。

それで。

ベスが、アレフを庇って、袈裟に斬り倒されていた。

ベスがアレフに何か死に際に囁いていたようだが、それは聞こえなかった。有難うとか、無事で良かったとか、そういう言葉だろうか。

最近は特にベスとアレフは仲睦まじく、恋人のように見えていた。実際問題、恋仲になっていたかも知れない。

だからベスがアレフを庇うのはおかしくはない。

おかしくはないのだが。

気になるのだ。

「ベスはアレフを知っているようだった」

「何の話です」

「アレフとベスが一緒に行動する前に、私の所にベスが来たのだ。 その時、そういう話をしていた。 何もかもがおかしい。 あの唐突に現れたダレスという青年、まるで殺されるために殺されたようなベス。 混乱しながら、メシアと持ち上げられたアレフ。 全部一つの線でつながっているのではないのか」

「陰謀論でないといいのですが」

陰謀論ね。

そんな可愛いものであったのならいいのだが。

人間の社会は、核戦争の前に比べて何千分の一に縮小している。噂では他の国にもまだ僅かな生き残りがいるらしいが。まき散らされた放射能よりもオゾン層が破壊された事による宇宙放射線の影響が強烈らしく、人間が今後復権する可能性はないそうだ。

TOKYOミレニアムを牛耳っているセンターは。明らかに何かをしていると見て良い。そもそもアレフの活躍がどうも意図的に仕組まれているようにしか思えない。

かといって、ガイア教徒らに味方するのもおかしい。

彼奴らも彼奴らで、やっていることは無秩序主義なんていうろくでもない代物だからである。

溜息が出る。

「ベスの墓参りをしたいが……」

「もはや我々には任務は与えられていません。 行くのは自由であると思いますが」

「そうだな。 ベスの墓は何処か分かるか」

「センター内ですね。 恐らくは入る事は出来ないでしょう」

そうか。それもまた、そうだろうな。

しばらく言葉が出なかった。

全てが終わり始める予感は。

間もなく現実となる。

 

センターの高い建物を見上げる。

古くには千mのビルなどを作る計画はあったが、殆どは電波塔などで高さを稼いでいるものだった。

要は、実際にはそんなものは作れなかったのだ。

しかしながら技術は発展する。センターにある中枢は、千mを実際に超えている。電波塔などでの稼ぎなしでだ。

人類の最後の技術力を結集して作りあげたのが、あのTOKYOミレニアムの象徴であるセンターである。

今日はバルハラエリアに来ていた。

なんだか治安が良くなったようだが。どうにも妙だ。暴力と同時に存在していた活気が失われている。

部下達も困惑している中、連絡が来た。

「リンネ隊長!」

「どうした、緊急事態か」

「はい! すぐにその場を離れてください!」

悪魔か。

いや、アレフが偽メシアことダレスを追って地下に行ったという噂を聞いたが、それ以降は悪魔は比較的大人しくしていたはずだ。

だとすると。

すぐに部下達を急かして、ターミナルへ急ぐ。

悪魔が出たとしても、掃除屋が片付けるだろう。そういう甘えが、何処かにあったのかも知れない。

それに誰も、テンプルナイトなど見ていない。

アレフがどうせ悪魔を倒してくれる。

テンプルナイトなんててんで弱いじゃないか。

その言葉が、市民の中で浸透している。

それに、掃除屋が悪魔を始末している今、テンプルナイトなんていても何の役に立たない。

そう思った瞬間、ドカンと揺れが来ていた。

これは。

明らかに様子がおかしい。

ターミナルはダメだ。

「連絡通路に急げ! 市民を避難させろ!」

「は、はいっ!」

「連絡通路が塞がれています!」

「何だと……!」

TOKYOミレニアムはそれぞれのエリアをつなぐ連絡通路が存在している。それらは決して安全では無いが、ターミナルで空間転移出来ないときは、命綱になるものだ。市民が逃げ出して、右往左往している中。

連絡通路には、巨大な岩がいつの間にか鎮座していた。

困惑する中。誰かの声が響いていた。

「この岩を破壊する! さがってくれ!」

「皆、さがれ!」

「行くぞ!」

岩が吹っ飛ぶ。

濛々たる煙の中、立っているのは。

以前、僅かだけあった事がある天才児、ザインだった。

「巨大な悪魔の反応が、バルハラエリアを丸ごと飲み込もうとしている! この通路を急いで逃げてくれ!」

「に、逃げろ!」

「アレフはどうなったんだ!」

「見ろっ!」

誰かが叫ぶ。

バルハラのコロシアムが、何かの黒い球体に飲まれようとしている。風。その球体に吸い込まれるようだ。

必死に市民を逃がす。テンプルナイト達が困惑する中、私は叫んだ。

「テンプルナイトの仕事を思い出せ! 悪魔から市民を守る事だ!」

「わ、分かりました、隊長!」

「急いで避難通路に人を誘導しろ! 一人でも多く逃がすんだ!」

「此方だ! 走れ!」

私も走る。

盾を放り捨てて、倒れている老人を担いで、避難通路に。

避難通路には、ザインと協力者らしい人間が何人かいて、次々に人々を誘導している。だが。

見てしまう。

避難通路に現れる天使。

天使がたまに姿を見せることは知っていたが、あれは。

明確に逃げようとしている人々に、立ちふさがっている。

それを、ザインが瞬く間に引き裂いていた。

凄まじい強さだ。テンプルナイトなど、及びもつかない次元である。

「急げ! 退路は確保する! 走れ!」

「なんなんだよ! エリアまるごと飲み込む悪魔なんてありかよっ!」

「た、隊長……!」

逃げてくる人々を嘲笑うように。

その黒い球体はコロシアムを飲み込み。雑多な町並みを飲み込み。逃げようとする人々を片っ端から飲み込んでいた。

悲しい悲鳴を上げて、空に吸い込まれていく幼子。その幼子を、白い獅子のような悪魔が咥えると、着地。連絡通路に走り込む。

あれは、確か魔獣ケルベロスか。

バルハラエリアの長であるマダムという女性がボディーガードにしていると聞いていたが。

「これ以上は無理です!」

「救える範囲で救え! くそっ……!」

「アレフがいてくれれば……!」

ダメだ。部下までアレフに頼り切っている。テンプルナイトは弱いという固定観念を植え付けられている。

あんなもの、アレフがいたところでどうにかなるものか。

風が、明確にどうにもならなくなってきた。もう助けられない人は、見捨てるしかない。必死に地面にしがみついている子供を抱えると、走る。鍛えていない筈がない。その筈なのに、どうしてか体がとても重くて。

引っ張られる。

だが、それでも、連絡通路に子供を差し出す。ザインが受け取る。部下達が、早くと叫んでいる。

必死に連絡通路を掴んで、後ろを見る。

黒い闇が。

間近にまで迫っている。

これまでか。

それでも、必死に足を動かす。ぐっと踏みしめて、自分を連絡通路に押し込む。ザインが連絡通路を無理矢理に閉じた。

まるで悪魔。それも、とんでもない高位悪魔のような剛力だ。

風が止む。

それでもまだ安心できない。

既に全身の力が抜けるようだが、それでもまだやらなければならない。盾は落としてしまった。

だが、剣がある。

連絡通路の中はまだ阿鼻叫喚だ。天使がザインの協力者らしい人間と決死の戦いをしている。

天使が。人々を殺戮しているのだ。

「天使よ! 貴方方は何故にこのTOKYOミレニアムの無辜の民を殺戮する! 貴方たちを信仰している存在だぞ!」

「この穢れた街の民は生かしておくなと命令を受けている。 殺し尽くすのみ」

鎧姿の天使は機械的にそういう。

ザインと協力者が必死に戦っているが、数が足りない。今も次々に人が殺されている。それに、後ろだって。

あの黒い巨大な球体の悪魔が、連絡通路の扉を破ったら。ひとたまりもなく、此処の人々だって殺されてしまう。

「皆、武器を手に取れ」

「は、はい……」

「相手はあの天使達! 民を脅かす存在を打ち破る!」

「は……はいっ!」

部下が気合を入れ直す。

いや、目に生気が戻っていた。私は、雄叫びを上げると、恐らく下級二位アークエンジェルと思われる天使に、プラズマ剣で斬りかかる。そのまま背中から、真っ二つに斬り下げていた。

早くこの先に。

叫び、次々に天使を倒す。

中級三位パワーが、赤い鎧と槍を揃えて立ちはだかってくる。槍は、既に逃げ惑う民の血に塗れていた。

ゆるさん。

天使がわざわざ出てくるなんて、誰の差し金か決まっている。どういう理由でこんなことをしたかは分からないが、センターによる行動なのは確定だ。

最初は戸惑っていた部下達も、いい加減悟ったのだろう。

センターによって、捨て駒にされて。

そして今、使い捨てにされた挙げ句消されようとしていると言う事に。

斬る。

次々に天使を撃ち倒す。皆殺しだ。お前達を信じていた人間を、一体どれだけ殺した。

どれだけ殺せば気が済むのか。

一斉に槍を突き出してくるパワー達。いい。こっちに集中してくれるだけで、全然マシだ。それだけ人々が逃げられる。

槍を斬り伏せ、パワーを盾ごと斬り下げる。

槍が体を何カ所も抉る。だが、その程度で諦めていられるか。

天使の首を刎ね飛ばし、更には胴斬りにする。プラズマ剣の味はどうだ。笑いさえこみ上げてきている。

こんな奴らの思惑で、今まで使い捨てにされ殺されていたのか。

今度は、お前達が。

使い捨てにされ、殺される番だ。

どれだけ斬ったか、刺されたか。斬られたか。覚えていない。

気がつくと、辺りには膨大な天使の死体と。何人かの部下の亡骸。そして、私の腕から離れた義手。

それに、助けられずに天使の手に懸かった人々の亡骸が散らばっていた。

ザインが悪魔を呼び出して、回復の魔術を掛けてくれる。私は、血を吐く。生きているのが不思議なくらいだ。

「リンネ隊長ですね。 テンプルナイトでありながら、協力してくれたこと感謝します」

「もはやテンプルナイトとして扱われているかわからないがな。 それにこの怪我では、もう何もできん」

自分でも分かる。

気絶する寸前は、もう視界がぼやけていたが。それでも、無機的なはずの天使達が、明らかに恐怖を浮かべて私を見ていた。

あれは明らかに化け物に対する恐怖の視線。

私はそれだけの力を短時間で絞り出した。

その代償として、全身の筋肉は断裂を起こし、既に戦士としては死んだと感じた。回復魔術でも、もう戦えるようにはなるかどうかすら怪しい。

まだ生き延びていた部下が、担架に乗せてくれる。

このまま民の多くは地下に逃げるという。

地下。

話は聞いている。TOKYOミレニアムに防がれるようにしてある場所。ガイア教団の潜伏先として有名だが。

ザインによると、実際は妖精達と汚染で奇形を持った人々が主に暮らしている場所なのだそうだ。

また、僅かな数だが。

TOKYOミレニアムのセンターの圧政を疎んで、逃げ込んだ人々もいるらしい。規模はバルハラとは比較にもならないが、それでもちいさな街は幾つもあるということだった。

「随分と詳しいな」

「私も色々あってセンターの闇を見て、決別したのです。 それで今は、これよりアレフとともに、センターと戦おうと思います。 アレフも流石にこの有様を見れば、動かざるを得ないでしょう。 アレフとは古くからの仲です。 あいつは基本的に悪を許せない存在であったからです」

「そうか……」

「さっきのは、恐らく魔王アバドンでしょう。 バルハラは、人間を戦わせてメシアになりうる強い戦士を選抜するためのエリアでした。 アレフという存在が出現した以上、もはやバルハラは必要ないとセンターは判断したのでしょうね」

クズが。

私が吐き捨てると、ザインは悲しそうに目を伏せた。

そのクズに与して働いていたことを、許せないようだった。

私もある意味その同類と言う訳か。

地下に進む。バルハラのあった空間は完全にえぐれていて、地下からも見上げることが出来る。

それで驚いたのは、くすんでいると聞かされていた外は、意外と青空があるということだった。

それに太陽も、直に光を浴びると宇宙放射線がと聞いていたのに。それもないようである。

少なくとも異常は感じない。

「宇宙放射線の影響はどうなっている」

「あれはセンターによるプロパガンダです。 そもそもシェルターも、実際には用を為しておらず。 宇宙放射線の害をアピールするために、敢えて毒物を撒くようなことまでしていたようです。 実際にはオゾン層は核戦争でダメージを受けず、核兵器による放射能は既に中和されたことが分かっています。 それほどの長期間、致命的なダメージを与える程、核兵器の放射能は凄まじい代物ではなかったということですね」

そうか。私も騙されていたか。

意外に近代的な病院に運び込まれる。私が助けた子供は、助かっただろうか。老人は。悪魔が人間と一緒に働いている。

地下はもっと地獄みたいな場所だと想像していたのだが。

思ったより余程まともだ。

アドレナリンが切れてきたからか、鈍痛が全身に走り始める。上に残されたテンプルナイトは無事だろうか。

だが、私が何があったか話をしても。聞くかどうか。

私は無力さを感じながら、治療を受ける。

治療をしてくれる医師は、人間ではなかった。医療の神様らしいが、どこの神なのかは分からなかった。

 

3、新しい戦い

 

病院を出て、伸びをする。帯剣はしているが、既に平服だ。周囲はTOKYOミレニアムのホーリータウンほど綺麗ではないが。地底というと不潔で雑多というイメージとは違い。思ったほど汚染されていない。普通の少し寂れた街である。病院などは、上よりマシかも知れない。

完全に元には戻らなかった体だが。戦う事は出来そうだ。ただし、魔術が今後は主体になるだろう。

身体能力は前の七割が良い所か。それくらい。無理をしたという事だ。

テンプルナイトの制服は捨てた。部下達にはどうするか、自分で決めるようにいう。生き残った部下達も、何をされたかを説明されて、最初は混乱したようだった。だが、それでも。

それでも神を信じるという者も二名いた。

私は強制はしない。

貰った服を見やる。

それほどの上物ではないが、それでも丈夫で、戦うには充分だ。どうせ鎧なんて着ても、悪魔の攻撃には役に立たない。

地下にはたくさんのミュータントがいる。

それと同時に、比較的人間と友好的な悪魔も。

特に妖精や地霊が多いようだ。

それについては、私も何となく分かる。妖精はいい性格をしているが、邪悪な訳ではない。

地霊は実直で、働く事そのものが好き。

だったら、どちらも比較的人間とは馴染みやすいだろう。

プラズマ剣はそのまま使う。

これに関しては、退職費だと思う事にする。

怪我は幸い大した事がなく、歩くことも戦う事も問題はない。ただ、寿命はかなり縮んだだろうと言われた。

別にかまわない。

元から常在戦場の覚悟だったし。

何より過酷な仕事で命を削りながら働いていた自覚だってあった。どうせ長生きは出来なかった。

いずれ脳の血管でも切ったか。

心臓麻痺か。

そうでなくても、悪魔に食い殺されていただろう。だから、テンプルナイトをやめたところで、寿命が縮んだところで、別に変わるものもない。

戦士として、人に害を為す悪魔を駆逐して欲しい。

そう、額にも目がある老人に言われた。

指が多いくらいは当たり前。

もっと体に異変が出ている人がたくさんいる。

これは残留放射能の影響もあるにはあるらしいが、TOKYOミレニアムが垂れ流した廃棄物の影響が一番大きいらしい。

この様子だと、各地のシェルターで生き延びた人々が死に絶えているかも微妙だ。

むしろ上手くやれているかも知れない。

それに、である。

ザインの話によると、各地の神々も悪魔も、人が一番多く生き残っているこの東京に集まっているという。

だとすれば、他の地域や国の人は。

むしろ安心して生活出来ているのかもしれなかった。

見回りに出る。

雑多な悪魔の中には、テンプルナイトの制服を着ている部下に嫌悪を示す者もいるのだが。

地下には、メシア教の司祭もいた。

敢えて地下に潜って、この地に救いをという考えらしい。

ただし話を聞いてみたところ、上では破門扱いだそうだ。

悪魔達はメシア教に敵意は示していない。

天使や一神教を押しつけてくる相手には敵意を示しているが。

この人が無事である事が。

この土地が、思ったよりずっと安全である事を、示しているのかも知れなかった。

ただそれでも雑多な悪魔が出る。

それらを退治する。

素手で戦うのも馬鹿馬鹿しい話だ。

妖精がやっている武器屋などに顔を出して、換金できそうな私物を売ってしまい。それで武器を部下に買い与えた。

銃は使い慣れていないだろうし、剣と槍で良いだろう。

それなりの業物を買えたので、部下達も感謝していた。全員が私についてきたのは驚きだったが。

ただ、皆何処にも行く所がないからかも知れない。

悪魔を退治して、それらを報告する。

報告する相手は、ザインが紹介してくれた地霊の顔役だ。ティターンという、鎧姿の大男である。

本来はタイタン神族を雑多にまとめてそう呼んでいるらしく、ティターンという神様はいないらしいが。

これは後のイメージが形になって、アティルト界で出現したものだろう。

ティターンは寡黙で、黙々と話を聞き。仕事についての報酬を払ってくれる。どうやら、上手くやっていけそうだった。

助けた子供とすれ違った。

妖精の大人っぽい女性に連れられて歩いている。親をあの騒ぎで失ったのかもしれない。酷い事にならないといいのだがと思っていたが。思ったより平気そうだ。バルハラ出身者である。

子供でも、見た目よりタフなのかも知れなかった。

数日、そうやってパトロールをして回る。

妖精にも悪童はいるようで、パックという子供が悪さをしていたので。皆で連携して取り押さえる。

財布を擦られた大柄な妖精に、財布を返してやると。

頭を掻きながら感謝してくれた。

「あんたらテンプルナイトだろ。 怖い奴らだと思ってたが、やさしいな。 ありがとうよ」

「おいらには優しくねえ」

「悪さをするからだ。 とりあえずティターン殿に突き出すか」

「勘弁してくれよ……」

がっくりと肩を落とすパックをティターンのところに連れていく。私は仕事をこなして、小銭を稼ぎ。

それを部下達に分配。

一応宿舎も借りられた。

街の治安を守っている、大柄な地霊や妖精が何人かいたが。いずれも、私達の戦いを見ていたようで、バカにはして来なかった。

ただ、あまり清潔とは言い難い。

元々プレハブが廃棄されたものであるらしい。シャワーもあるが、さび付いていた。お湯も出るには出るが、水は飲まない方が良さそうだ。それに、まだ傷に染みるくらいには、お湯は温かった。

ただ、前ほどの過酷な仕事ではない。

部下達も過酷な仕事から解放されて、それで随分と楽になったと感謝していた。テンプルナイトの制服は脱いで、平服に替えた部下は。此処で意地を張っても仕方がないと思ったのだろう。

そうして、時間が過ぎていった。

 

しばらくして、ザインが来た。

傷はもうだいたい大丈夫だと話をすると、頼まれた。

「センターに対して反抗を呼びかけるべく、電波ジャックを行います。 貴方からも、証言をしていただけませんか」

「……分かった。 良いだろう」

「隊長、しかし大丈夫でしょうか」

「テンプルナイトをまとめて使い捨てるような連中だ。 躊躇なく襲いかかってきた天使達を見ただろう」

問題は、バルハラのパトロールに一緒に出向かなかったテンプルナイト達だが。

それは、どうにか逃げて貰うしかない。

既にテンプルナイトは殆どが殉職したか、過酷な労働で体を壊して倒れてしまった。だとすれば、もう。

ザインに連れられて、基地局だという場所に行く。

アンテナが多数ついていて、中では白衣の眼鏡を掛けた老人が何やら操作をしていた。

「出来たよ、きひひ」

「ありがとう。 アレフも独自に動いてくれている。 私は市民に訴えかけて、センターを内部から崩壊させるつもりだ」

「それがいいだろう。 アレフさんって、もうあんたより強いんだろう」

「そうだな。 私が最強の存在として作られたらしいのに」

作られた。

そうか。

やはりそうだったのか。

咳払いすると、ザインは画面に向かって話し始める。ホーリータウンを初めとする該当テレビを、電波ジャックしたようだった。

内容は、センターの暴虐を告発するものだ。

人体実験に悪魔を使っての自作自演。プロパガンダ。挙げ句に虐殺。

バルハラを喰らった悪魔、魔王アバドンが民を殺しているとき。バルハラから逃げようとしている民を、天使達が容赦なく殺していた事。

センターは天使達を用いて、民を殺す事を何とも思っていない事。

千年王国なんてまやかしで。

センター市民以外は、目的が達成されしだい皆殺しにされる事。

中々にセンセーショナルで激しい内容の告発で、それを穏やかな口調で続けるザインは。それでも声に怒りを常に込め続けていた。

「バルハラの消滅で、テンプルナイトが壊滅した事は皆ご存じだと思う。 だが、生き残りがいる。 証言して貰おう」

ザインが席を譲る。

私はフードを被ると、そのまま話し始めた。

バルハラで何が起きたのか。

文字通りの無差別虐殺だった。

天使が逃げようとする人々を殺戮し。必死に抵抗しなければならなかった。テンプルナイトも関係無しに皆殺しにされたのだと。

それだけじゃあない。

今までの悪魔の出現は明らかに不自然だ。

アレフというメシアを作り出すために、センターがやった二枚舌の卑劣な行動。それ以外にない。

テンプルナイトもダレスという偽メシアも。恐らくはベスすらも。

アレフというメシアを作り出すために作りあげられた土台に過ぎなかった。

それらを斬り捨てたセンターが。市民など守ると思うか。

テンプルナイトの生き残りがいたら、地下に逃げ込め。それでいい。

その場にいても殺されるだけだ。

市民もセンターの掃除屋には近付くな。

下手をすると気分次第で殺される事になる。

それを言い終えると、大きな溜息が出た。まさか、テンプルナイトとして、こんな発言をすることになるとは。

だが、怒りの方が大きい。

バルハラを丸ごと滅ぼして、目撃者もろとも皆殺しにする。

そんな事をするような連中、生かしておいてなるものか。

証言を終える。

報道をきった。

老人が、ひひひと笑った。

「この放送、センター内にも通ったと思うよ。 センター市民の中にも、センターに疑問を抱く者が出るかも知れないねえ」

「出て貰わないと困る。 人間が皆、バルハラを皆殺しにして平然としていられる者であっては困るのだ。 特権意識を拗らせたセンター市民であってもな」

「……」

基地局を出た後、聞く。

作られた、とは。

ザインは悲しげに目を伏せていた。

「貴方は聞いているのではありませんか。 人体実験や遺伝子関連で非人道的な事をセンターがやっているという話を」

「ああ、周知の事実だったな」

「私達はその完成品です。 ダレスもベスも。 アレフすらも」

「……」

最悪だな。

アレフも、ということは。

すなわちアレフは作られた存在で。メシアを作り出して、それで自作自演をするために。これだけの命を奪い去ったと言う事だ。

メシアなんかまったく現れない。

だったら作ってくれと思った事は確かにある。

だが、こんな犠牲を出す意味があったのか。私には、それがわからない。血塗られたメシア計画に、一体何の意味があるのか。

「センターの中枢にいる存在は、人間ではないのかも知れないのです。 ひょっとすると、四大天使かも知れません」

「四大天使……!」

「いずれにしても、何が相手であろうと負ける訳にはいきません。 既にアレフとともに、各セクターを救出する作戦を開始しています。 特にファクトリーは……あの強制収容所は救わなければなりません。 他の虐げられている人々も」

「分かった。 もし力が必要なら言ってくれ。 可能な限り、力になる」

私には、ザインとともに戦えるような力は無い。

バルハラで大岩を砕いた力を見て、それは一発で分かった。

アレフにいたってはそれ以上だという。

だとしたら、もう。

それでも、出来る事があるならしたい。

ザインの言葉が全て真実なら。テンプルナイトは、信じていた相手に殺されていった事になる。

それもただのくだらない自作自演の計画のために。

そうではないかと思っていた事が、全て真実だった可能性が高くなった今。

仇討ちをする資格は私にはある筈だ。

家畜は家畜として殺されていろ。

それは驕り高ぶった支配者の思想であったか。

だとしたら、

驕り高ぶったまま、地獄に叩き落としてやる。

 

ザインはそれから、地下に時々顔を出したが、それ以上に地上のセクターに潜入して、活動しているようだった。

私はテンプルナイト達とともに地下での治安維持活動に努めた。地下と言って良いものかは分からない。

むしろTOKYOミレニアムが空中都市に近いのかも知れない。

そもそも本来の都市の上に作られた巨大建物群。

それがTOKYOミレニアムだ。

見上げてみて、それを理解する。

そして、地下に降りるための通路もあるし、階段もある。それらには、いかにも強そうな悪魔が見張りについていた。

見回りをしていると、一緒に来た妖精の騎士。クーフーリンに聞かされる。

「センターとTOKYOミレニアムが出来た頃は、良くロウ勢力の天使達が此処に攻めこんできていた。 妖精達は必死に守ったが、それでも分は悪かった。 そんなとき、混沌勢力が味方をしてくれた。 だから我々は、混沌勢力を嫌っていない。 一方で、天使達と違って、我等を敵視しない人間もいた。 だから、天使達以外の人間を嫌う事もないのだ」

「そうか。 何も知らずに生きていたようだ」

「……あの階段の辺りで、何度も大きな戦いが起きた。 私は槍で多くの天使を貫いたが、多くの同胞も殺された。 出来ればもう、此処での戦いは避けて貰いたいものだ。 ここに来た人間が、あの病院を復興した。 それもまた事実で、あの病院の設備で多くの人も助かっているのだから」

クーフーリンはケルトの有名な戦士だが。

それでも、もう大きな戦いは嫌だと言う程か。本当に何度も何度も戦いが起きていたのだろう。

或いはだけれども。

もっと前の世代のテンプルナイトは、天使達と一緒に此処に攻めこんだりしたのかも知れない。

その可能性は決して低くないだろう。

テンプルナイトの衣装に敵意を示す悪魔も多かったのだから。

見張りを終えて、宿舎に戻る。

部下の一人が、敬礼する。

「隊長、実は」

「どうした」

「はい。 此方で結婚する事にしました」

「そうか。 良い事だ」

相手は誰かと聞いたが、此方にいる人間だそうである。病院で知り合って、それから良い仲になったそうだ。

多少体に異常はあるが、子供は産めるそうで。

双方同意の上での結婚であるそうだ。

私があっさり認めたので、ちょっと驚いたようだが。別に結婚したければすればいい。

今はテンプルナイトをしていた時に比べて、ずっと時間もある。寝る暇もないような状態ではない。

それから数日して。

ザインが来たのだが、連れていたのはテンプルナイト。上に残されていた一人だった。部下ではなく、別部隊の同僚である。

まあ私は隊長で、このテンプルナイトはヒラだったが。

「リンネ隊長!」

「無事だったようでなによりだ。 他の皆はどうした」

「いきなり宿舎に天使が押し入ってきて、それで。 皆殺しに……」

「そうか……」

ザインの話によると、私達がバルハラで皆殺しにされそうになった時と同時刻の事であるらしい。

だとすると、確信犯だったということだ。

この隊員は、隊長が庇ってくれて逃げ出して。それから潜伏していたのだという。

涙を流す隊員に、膝を突いて声を掛ける。

「良く生き残った。 テンプルナイトの本来の任務を以降は果たしていこう」

「本来の任務ですか」

「人々を害する悪魔から人々を守る。 我々の任務は、本来はそれだけだった筈だ。 その害する悪魔と言うのは、天使だって例外ではないだろう」

「……はい」

頷く。

私も、もうその辺りは吹っ切れている。

それにしても、四大天使が指揮をしているとしたら、センターの悪辣さはいったいどういうことなのか。

ザインに視線を送るが、首を横に振る。

ザインはかなりセンターの事情に通じているようだが、それでもセンターを支配している四大天使の悪辣さの原因を理解出来てはいないようだ。ザインで分からないのなら、私には分かる筈もない。

ともかく今は、此処に居場所を作るしかない。

それからは、部下達とともに、警備と悪魔の排除を続ける。穏やかな生活をしている悪魔もいるが。やはりチンピラ同然の輩もいる。

それについては人間も同じだ。

ガイア教団の中には、武装勢力を組織して、強盗をして暴れ回っている輩もいる。そういう連中は、昔はバイクに乗って暴れ回っていたそうだ。今はそれもできなくなって、ひたすら雑多な装備で弱そうな者を集団で狙う。相手は人間に限らない。

だからこそ、私達で対応する。

むしろ人間相手の方がやりやすい。全員畳んで縛り上げ、そして連れていく。ティターンの前に引きずり出すと、わめき散らしていたガイア教徒達も黙り込む。

それで、ティターンが何か秘宝を取りだして、罪を洗い出す。

罪が重い場合は、地下の更に深くに突き落とす。

まだ罪が軽い場合は、強制労働をさせる。

償いきれないような罪を犯している場合は、その場で首を刎ねてしまう。これに関しては、仕方がないだろう。

私も気になったので、罪を見てもらう。

ティターンは言う。

「お前の場合は、罪よりも罪の意識の方が大きいようだ」

「……」

「ベスという娘と、その世話係が見える。 この二人のことを考えているのか」

「そうだ。 ベスは幼い頃に、私の友人が世話係をしていた」

同じ孤児院出身の娘だった。同じようにテンプルナイトになった。

ベスという子の世話係になったと聞いた。テンプルナイトになったばかりだった。とても聡明で可愛い子だと、友達は言っていた。

だけれども、悪魔に襲われた。

理由はわからない。

分かっているのは、命がけで友達が時間を稼いだこと。悪魔になぶり殺しも同然の殺され方をしたこと。死体は二度と見られないほど悲惨な有様だった事。それを見て、涙しか出なかったこと。

悪魔は遅れて駆けつけたテンプルナイト達が倒した事。

ベスはひたすら泣いていたが。どうやら悪魔達の親玉を倒したのは、能力を覚醒させたベスであったらしいこと。

今では納得が行く。

ベスが強化人間として作られたのだとしたら。

最初から、私達とは違う土俵に立っていたのだ。

財産だとか親の才能だとかなんか、実際には土俵は違わない。親の才能なんか関係無く、バカはバカだし。金があろうと、一瞬で浪費して使い切る輩だっている。

実際に強力になるようにデザインされた子供だったら。

それは強力になる。

本当に土俵が違うというのは、そういうことだ。

「私はずっと無力なままで、今もそうだ。 ましてや弱体化した今ではな」

「そうか。 だが、少しでも出来る事をしている。 それだけで立派であろう」

「……」

「休むのだな。 伴侶でもいれば愚痴を言うことも良いのだろうが」

伴侶か。

そんなもの、作る気にもなれなかったな。

容姿も凡庸。ましてやこの気むずかしい性格だ。作った所で、上手く行くことなど想像もできない。

そして適齢期も過ぎた。

今はもう、他に出来るだけ不幸な者を作らない事を考える事しか出来なかった。

 

ザインがアレフを連れてくる。

間近でアレフと出会うのは初めてだ。

アレフが一礼してくる。

「ベスの上官だったと聞いている。 ベスが世話になった」

「いや、大した事はしていない」

「それでも礼を言わせて欲しい。 リンネ隊長、貴方の事は時々ベスから聞いていた。 真面目で人を本気で守ろうとしている立派な人だったと」

アレフの隣にいるのは、ヒロコという女性だ。

だが、どうしてだろう。

どう見ても、アレフの恋人には見えない。恋人というか、親子のようだ。母親と息子。ベスの事も、ヒロコは認めているようである。だとすると、なおさら親子じみている。それほど年は離れているようには見えないが。

これも闇が深い案件なのだろう。

アレフが大して年も離れていない相手に、母性を求めるような存在だとは思えないのである。

ヒロコもそれをあっさり受け入れて、相手を甘やかすような輩には見えなかった。

「これから俺たちはザインとともにセンターに殴り込みを掛ける。 センターは、ホーリータウンの酸素供給を停止すると脅迫してきた。 俺とザインがセンターの行動を悉く邪魔し、各地で人々を救出していたのが余程気にくわなかったらしい。 相手が四大天使だろうがなんだろうが、絶対に許せない。 必ず倒し灰燼に帰す」

アレフという青年は、がっと胸の前で手を合わせる。

側で見ると、一般的なコロシアムの剣闘士らしい姿だが。凄みが違う。ザインより強いというのも納得出来た。

ティターンより明らかに気配が大きいのだ。

出来る事はないかと申し出ると。あると言われた。

いざという時に、ホーリータウンの連絡通路を開ける。その時、人々を地下に誘導して欲しいと言うのだ。

それには、ザインの協力者達も手を貸してくれるという。

頷いていた。

身体能力は回復していない。

だが、以前に比べて充分に休息を取れている。部下達も、皆気力を蓄えて、それで仕事に出られている。

以前よりは、上手くやれる筈だ。

打ち合わせをする。

クーフーリンなど、人に近い姿の者を募って、地底から出す。

もうテンプルナイトはいない。

だから、同僚と殺し合いになることはないだろう。

ホーリータウンへの連絡通路に出向くが、想像以上に荒れていて驚いた。仮にもセンター以外ではもっとも安全だと言われていたセクターなのに。其処への連絡通路が悪魔だらけだ。

死体を囓っている悪魔を、プラズマ剣で斬り飛ばす。

妖獣の群れだった。

しかも囓られていた死体は、これは掃除屋だ。

それも、である。

死体を見る限り、純粋な人間だとは思えない。

動揺する部下達に、ザインの協力者が説明する。

「センターは不適格者として捕まえた人間を使って、悪魔合体までしていました」

「人間と悪魔を!?」

「はい。 既に突き止めています。 いわゆる掃除屋は、それらの完成型です」

「遺伝子を弄るだけではなく、そこまでの生命の冒涜をしていたのか」

溜息も漏れない。

四大天使が指導しているのだとしたら、一体何処まで腐敗しているのか。

途中で何度も悪魔に襲われる。これはしっかり悪魔を退治しておかないと、どれほど被害が出るか分からない。

天使も姿を見せた。

いきなり襲いかかってくる。

やはり、もう四大天使はおかしくなっていると見て良い。いずれにしても、斬ることに躊躇は湧かないし。

雷撃を浴びせて木っ端みじんになる天使を見ても、特に何とも思わなくなりはじめていた。

テンプルナイトになる前。

私は散々祈った。

人々を救ってくださいと。

その祈りは、何処に届いたのだろう。

少なくとも四大天使は、それを鼻で笑い飛ばしていたという事だろう。

部下がキレそうになっていた。

「隊長、俺、キレそうです。 今まで俺たちを使い潰していた連中が、どれだけ卑劣な事をしていたのか……!」

「私も同じ気分だ。 だから、怒りは悪魔共にぶつけろ。 それは天使も例外ではない」

「はっ!」

既に私の肉弾戦闘能力は、テンプルナイトの生き残りの中ですら最強でもなんでもない。魔術はそれなりに使えるが、地下の悪魔達にはもっと使える奴が幾らでもいる。人間ですらそうだ。

頭に機械をつけている掃除屋が来る。

確か超能力を強化しているタイプの奴だ。

けらけら笑いながら、手を此方に向けてくるが。疾風のように動いたクーフーリンが、顔面を槍で貫いていた。

「哀れだな。 もはや人としての意識すらないようだ」

「これだけ大々的に備えていると言うことは、センター以外のセクターは皆殺しにするつもりの可能性が高いな。 またアバドンを使うのだろうか」

「……分かりません。 ただ、とにかく連絡通路だけでも安全にしないと」

何度も戦闘を重ね。

それで、どうにかゲートまで辿りつく。

其処には人すらおらず。

天使パワー数体が護衛についていた。

それらを倒すが、パワーの質が落ちているように思う。ひょっとすると、精鋭はアレフとの戦いに動員されているのかも知れない。

ザインの協力者が、ゲートを開ける。

ホーリータウンに出るが、えっと声が出ていた。

雰囲気が違っている。

此処は前もたまに悪魔は出ていた。だが、今は。

かなりの悪魔の気配がある。

金持ちやらの「上級国民」が暮らしていたエリアなのだが。

もはやセンター以外の人間は、それこそどうでもいい。そうセンターが考えているとしか思えなかった。

「た、隊長……!」

「出来る事をやるしかない。 センターに突入するときに、ザインによるいざという時の避難勧告が流れるはずだ。 掃除屋が来るかも知れない。 周囲に備えておくんだ」

「分かりました……」

「テンプルナイトとして、俺は誇りを持ってた! 確かに弾圧とかやらされることもあったけど、それも人々を救うためだと思って、悪魔との戦いに体を張ってた! その果てが、これかよ!」

部下が血涙を流すような言葉を吐いた。

私は、それを咎められなかった。

しばし待つ。

該当のテレビは、散々電波ジャックされたからだろうか。既に停止している。行き交う人々は、怯えきった様子で周囲を見ていた。

悪魔がいつ出てもおかしくないからだろう。

けらけらと、顔だけ人間になっている妖鳥が、我が物顔に飛んでいる。

それを掃除屋は対処しようとさえしていなかった。

仕方がないので、代わりに私が雷撃の魔術で叩き落とす。

黒焦げになった妖鳥が地面で消える。

それにも、掃除屋達は興味さえ見せないようだった。

それからしばしして。

該当テレビが不意に起動する。

映っているのは、アレフだった。

奧に倒れている司教の群れ。

以前詰め所に来た司教も、混じっているかも知れない。

「センターを壟断していた悪魔は俺とザインで倒した。 奴らは薄汚い思念で、神の偽物まで作り出していた。 センターが行っていた悪事は、これから順次公表する。 非人道的な実験、悪辣な弾圧、虐殺まで記録に残されていた。 センターの者達は、これから一切の特権を剥奪する」

わっと、ホーリータウンの民達が歓声を上げる。

それだけ、アレフは仮に作られたメシアであっても、人々の希望になっていたのかも知れない。

ともかく、ホーリータウンの民が虐殺されることは避けられたか。

だが。

クーフーリンが言う。

「ホーリータウンの気配は変わっていない。 悪魔がいつ出てもおかしくない状況のままだ」

「確かに……」

「これはまだまだ休むどころでは無さそうだな。 いずれにしても、地下が天使に攻めこまれることだけはもうないのだろうが」

溜息が出た。

それから、アレフとザインがヒロコを伴って来たので、一緒に戻る。

ヒロコは青ざめていた。

何を知らされたのか分からないが。とんでもない事でも知らされたのだろう。聞くべきではない。

そう思ったので、黙っておく。

そのまま、一度地下に。

ザインは協力者達と一緒に、セクターで治安維持の仕組みを整えるそうだ。

私にも協力して欲しいというが。

もう私は、テンプルナイトになるつもりはない。

だが、ザインは頭を下げてくる。

「センターでの戦闘で、主要な掃除屋は倒れ、その制御システムも破壊しました。 もはや治安維持をするノウハウをもった人間がいません。 四大天使はそもそも、社会を維持することすら考えていなかったようです。 これから立て直さなければならないんです。 貴方のように、隊長としての経験があり、治安維持について知っていて、戦闘力も持っている人材が必要です」

「私はただの現場での指揮官だ。 一から全て組織を再編するようなことは出来ないぞ」

「分かっています。 それについては、センターに協力者を確保してあります。 それと、近々悪魔の出現は抑止できる可能性があります。 日本神話の神々を、アレフが解放してくれました。 協力すれば、恐らく雑多な雑魚程度ならどうにでも。 強い相手は、俺とセンターが使っていた対悪魔ロボットの部隊でどうにかします」

「……分かった」

そのまま、もとのオフィスに向かう。

そこは詰め所どころか、廃墟になっていた。

部下には、涙さえ流す者がいた。どれだけテンプルナイトが用済みの道具扱いだったか、これを見るだけで明らかだったからだ。

私は手を叩く。

「まずは片付けからだ。 それと、地下で結婚したお前は、地下に戻れ」

「し、しかし隊長」

「いいんだ。 ザインはああいったが、センターが潰れたからと言って、安全になった訳でもない。 ならば、人間は各地に分散して、一度に全滅するのを防がないとまずい」

これはバルハラの末路を見ての結論だ。

それから、ザインの協力者や。それから、ザインが呼びかけて集まって来た自警団を構成していた者達を組織化してくれたので。私は隊長として、皆に挨拶をした。

元テンプルナイトと聞いて、反発する者もいたが。

ザインがバルハラで人命救助のために必死に活動していたこと。

テンプルナイトが当て馬として使われて、メシアの登場を印象づけるために悪魔に惨殺されていくなか、それでも頑張っていたこと。それを告げると、納得してくれたようだった。

ザインは戦士より政治家に向いているようだな。

そう私は思い。

新しく組織された自警組織の長として。第二の人生を歩むことにした。

まだ、激動は続くだろう。

テンプルナイトは既に死んだ。

だが、今から。

新しい組織で、悪魔から人々を守る。それだけだった。

 

4、最後

 

葬式が行われる。

自警組織ガーディアンに入ったばかりのミライは、敬礼をして棺桶を見送る。

既にセンターは解体され。

大魔王ルシファーは人間世界への侵攻を諦め。

裏で糸を引いていた四文字の神は英雄アレフに打倒された。

その過程でザインが倒れたそうだが。

ミライには関係がない。

ミライは敬礼しながら、涙を堪えるのに必死だった。

棺桶の中にいるのは、リンネ隊長。急死だった。事件性はなく、自室で眠るように死んでいた。死因は脳卒中で。見つけた時には既に命の火は消えていた。

自警組織ガーディアンの初期から隊長を務め、必死に悪魔から人々を守った、影の英雄。

様々な苦難の中、それでも人々を避難誘導し。

今では体が変異してしまった人々も各セクターで受け入れ、人類の復興作業が行われているが。

その過程で起きた様々なもめ事にも最前線で対応し。

そして命をすり減らしていった「不屈の騎士」。

最後のテンプルナイトこと、リンネ隊長。

リンネ隊長は、魔王アバドンにまるごと食われてしまったバルハラでミライを助けてくれた人だった。

そして、大人になってからは、ミライの上官だった。

この人にだったらついていける。

そうミライは思った。

だけれども、無理に無理を重ねた人生だったからだろう。

死んだ時は四十少しだったと聞いているが。

それでも、老人のように老けてしまっていた。

それなのに、プラズマ剣の技術も、魔術についても。生半可なガーディアンの隊員では勝てない程のものだったが。

棺桶を焼いて、遺骨を拾って。

そして墓に収める。

辺りは緑の沃野。

センターが言っていた、外は一面の荒野だというのは大嘘だ。既に核汚染の影響はどんどん減ってきていて。

勿論ゼロになったわけではないが、それでもこうして緑が戻り始めている。

その一角には、センターによるメシアの創造の過程で使い捨てにされた人々の墓がある。

テンプルナイトだった戦士達の墓も。

多くのテンプルナイトはエリート扱いで、特権意識を鼻に掛けるような輩も多かったそうだが。

リンネ隊長のように、立派な人もいた。

立派な人からセンターに殺された。そうリンネ隊長は言っていた。そう思うと、やりきれなかった。

葬儀を取り仕切ったのは、今や人々の長をしているアレフである。

アレフは結局作られた存在であることを今は明かしている。それに、好きだった人を失ったからなのかも知れない。

最後まで結婚するつもりはないらしい。

血統による権力継承の愚を犯さないためとアレフは言っているようだが。

同じように作られた存在だったベスという人の事を、忘れられないのかもしれなかった。

アレフは老けている様子もない。

葬儀が終わると、解散する。

これで、テンプルナイトは終わった。

元テンプルナイトだった人はまだ数人生きているが。

それも、自分がテンプルナイトだったことを口にすることもない。

ミライも、そういって自慢している人は見たことがない。

なんだかんだで、今でもテンプルナイトはイメージが悪いから、かも知れない。リンネ隊長の活躍は誰でも知っているが。

それでも、決して拭いきれないほど。

テンプルナイトの歴史は、センターによる弾圧の歴史と、深く噛んでいるのだった。

セクターに戻る。

まだ雑魚悪魔は出るので、どうしても仕事はある。

ミライはそれなりに素質があるらしく、特に魔術についてはリンネ隊長が自分以上だと褒めてくれていた。

でも、人間の常識の範囲内だ。

ガーディアンには、人間に友好的な悪魔も参加しているから、その力の凄まじさは見て良く知っている。

そういう意味では、驕ることはないという意味で。

良い環境にいるのかも知れない。

新しく隊長に就任した、クーフーリンに指示を受ける。

ケルトの英雄戦士であるこの人は、誰からも慕われていた。

「ミライ隊員。 新規に作られている第六エリアで、ガイア教徒がもめ事を起こしているようだ。 暴動に発展する前に、仲裁に向かって欲しい」

「分かりました。 すぐに」

「頼んだぞ」

数名のガーディアンとともに向かう。

同僚がぼやいた。

「せっかく悪い奴が全部アレフ様に倒されたっていうのに、まだもめ事なんか起こそうとしやがって」

「人間が人間である以上仕方があるまい。 ともかく、大事になる前に片付けるぞ」

「ミライ隊員は、最悪の場合魔術で相手の動きを止めてくれ。 肉弾戦は俺たちで対応する」

「わかりました!」

ターミナルを用いて、現地に。

現地では、既に喧嘩が始まっていた。

眠りの魔術を用いて、まとめて全員眠らせる。ガイア教徒は悪魔召喚プログラムを使おうとしていたようだし、下手をすると血を見るところだった。

ガイア教は別に信仰してかまわない。

だが、他人にそれを強要してはいけないし、迷惑を掛けても行けない。

これだけのことなのに、どうしても守れない人がいる。

テンプルナイトは終わっても。

まだ、私のような仕事をする人間は必要だ。

暴れていた者達を拘束すると、私はそう思う。

尋問は別のガーディアン隊員の仕事だ。

ただ、それでも。

力仕事だし。命がけの仕事でもあるし。

しかしながら、引き継がれた意思による、やりがいのある仕事でもあるのだった。

 

(終)