知られざる王

 

序、謁見

 

ポケットモンスター、略してポケモン。不思議な存在と人間が共存するこの世界では、既に国が存在せず。地方として、代わりになっている。地方を跨いで活躍する国際警察のような組織もあるし。地方によって治安も人の生活も全く違う。

今はないが、昔はポケモンを使って戦争をしていたし。

今でも人を襲うポケモンは珍しくもない。

雪山の中、ユウリは歩く。

現在、ガラル最強のポケモントレーナーであるユウリは、今回個人的な用事でここに来ていた。

10歳から大人と認められるこの世界でも。10歳で地方のチャンプになる例は殆どない。

そんな例外がユウリだ。

チャンプになった直後はスランプになったりもした。前チャンプのダンデがあまりにも偉大だったからだ。

だが今はそのスランプも克服し。

国際的に忙しく活躍しながら、様々なものを見て回っている。

チャンプになってから一年以上が過ぎ。防衛戦も余裕で勝利して。もはやチャンプの座は盤石と言われているが。

ユウリ自身は、決して安楽な生活を送っているわけではなかった。

今日は一人だけ。護衛はつけているが、人間の護衛では無い。何体かの、手練れのポケモン達だ。

ポケモンは独自の言葉で会話するらしく、時々後ろで何か喋っている。

ただ、此処では出来るだけ静かにするようにとは言っているので、小声ではあるが。人間の言葉はある程度通じるし、ハンドサインを教えれば更に意思疎通は容易になる。

ある程度の高い知能を持っているのがポケモンで。

それには18あるタイプに別はない。

「もう少しだったっけかな」

此処は雪山。

膝上くらいまで雪が積もっている。

自転車を使っても良いのだが、これから会いに行くのは王様だ。だから、敬意を持って山は登りたい。少なくとも、王様の今の居場所である場所付近は。

王様といっても、人間では無いのだが。

それはあまり関係無いだろう。

王様が成し遂げた事は、色々と多かったのだから。

やがて、不意に大きな遺跡が見えてくる。

大きな木も。

此処が王様の住処。

皆に、敬意を払うように注意。一緒についてきている手練れのポケモン達は、皆頷いていた。

とても強いポケモンなのだ。

敬意は自然に払える。

どうしても強さが大事になってくるポケモンの世界ではあるけれど。

強ければ自然に敬意は払われる。

そういうものだ。

この辺りは人間世界とは少し違っているが。

ユウリはそのまま歩く。雪が鬱陶しいなあとは思うけれど。王様が少しずつ気候を緩和してくれている。

ずっと王様は弱り切っていて。

この地方は雪に閉ざされていた。

昔は人も多く栄えていたらしいのだけれども。

ガラルの南部と言えば、今は人心経済豊かなガラル地方にて、珍しい人口極小地帯である。

あの貧しいスパイクタウンでさえ、此処に比べれば都会だ。

神殿に入ると。

王様の力が復活しているからか、流石に雪は殆どなくなっているし、むしろほんのりと暖かい。

コートを脱いで、雪をぱんぱんと音を立てて払う。

ポケモン達も、皆それぞれのやり方で。

エースバーンは全身を炎で熱し。

マホイップのクリーム(ユウリが名付けた名前では無い。 元は他人の所有ポケモンだった)はサイコパワーで雪を弾き。

大きな亀のポケモンであるカジリガメは、身震いして豪快に雪を飛ばした。

帽子も取ると、神殿に入る。

奥には玉座があり。

つながれた威厳ある白い馬のポケモン。そして、玉座についている、大きな冠のような構造物を頭に乗せている。小柄な人柄のポケモンの姿があった。

馬のポケモンは何種類かガラル地方にもいるが、あの白い馬はどれとも違う。いずれとも桁外れの力を持っていて、また性格も比較にならない程獰猛だ。

一方玉座についているポケモン。

顔は鹿に似ているが。

この存在こそ、「王様」である。

人間では無いが。尊敬すべき存在だと、ユウリは知っていた。

古くはこの地を災厄から守り。

そして今は新しく人々を見守ろうとしている。

決して過干渉はしようとせず。

土地を豊かにすること。暴から弱を守る事。

この二つだけをした。

存在はしたが統治はしない。

それは、恐らく王様のあり方では無いのかも知れない。だが、善のあり方としてはありなのだろう。

人間であったら、欲に飲まれてしまっていただろう。

だがこの王様はポケモンであり。人間とは思考の構造からして違っている。

だからこそ、王様は。

長くこの土地に、善なる王として君臨し続けたのだ。

直接頭の中に声が響く。

王様は、人間に意思を伝えることが出来るポケモンだ。

「この地の今の覇者たるユウリよ。 よくぞ来てくれたな。 大した事は出来ぬが、それでも出来る限りは歓待しようぞ」

「ありがとうございます、陛下」

「よい。 余は人々からの信仰を受け、力は回復出来たが。 まだ王としての仕事はほぼ出来てはおらぬ。 まずはこの地の寒さを緩和し、作物を実らせていかなければならぬ」

真面目な王様だ。

ユウリは跪こうとしたが、それも良いと言われる。

元からこうだったのだろう。碑文を見る限り、最初から穏やかなポケモンだったのだ。

「今日は王様に用事があって来ました」

「ふむ、何か。 聞かせよ」

「この間狼藉者が雪山に入り込んだことは知っているかと思います」

「そなたが捕獲したあの蒼き鳥であるな」

頷く。

ガラルのフリーザーである。

兎に角残忍なポケモンで、相手を快楽目的で殺す事を楽しむ性格の持ち主だった。既にユウリが叩き伏せて捕獲済みである。

恐らく王様が対応に出ていたら。

どんな天変地異になったか分からない。

伝説級と言っても実力はピンキリ。また、本来は伝説級では無くとも、努力や育成によって伝説級に遜色ない実力になる者もいる。

あのフリーザーはどうってことは無かったが。一例として今後ろに控えているマホイップは規格外の個体で。本気になられたらユウリでも本気を出さないと危ない実力の持ち主だ。

それでもフリーザーは伝説級。

この雪山が更に凄まじい豪雪に見舞われるようになっていたら。

碌な事にならなかっただろう。

「恐らく王様の力は、戦うには充分でも、この地方を豊かにするにはまだ足りていないと愚考します」

「そうであるな。 確かに余の力は、愛馬たるブリザポスを取り戻した今であっても、充分とは言い難い。 全盛期の戦闘力は取り戻したが、それだけよ」

「力を取り戻す手伝いをしようかと思います」

「それはまた世話になってしまうな。 だが、そなたが側にいるのであれば安心であろう」

王様が浮き上がる。

この王様は、エスパータイプとしての頂点を極めているポケモンの一角。エスパータイプと言えば、かの有名なミュウツー。カントー地方にて猛威を振るった伝説を持つあの存在が挙げられるが。

この王様がブリザポスと連携した状態で戦えば、勝負はどうなるかまったく分からない。

そして、王様がブリザポスに跨がる。

暴れ馬は嫌がる事もなく。

主君に背を預けていた。

このブリザポスは、本当に獰猛極まりない性質をしていて。それこそ放置しておけば人だろうが何だろうが見境無く襲う。

古くは村を潰すようなポケモンがいた事は事実で。

このブリザポスも、暴れていた時代にはひょっとしたら村の一つや二つ、潰していたかもしれない。

この暴れ馬を最初に御したのは王様で。

以降は王様とともにあることで、文字通り人馬一体の強さを発揮できるようになった。

伝説ポケモンと言っても実力はピンキリ。

それについては、ユウリは彼方此方の地方を回り。そしてここガラル南部で起きた色々な事件で学んだが。

王様は上の方だ。

ただし、本来王様はそれほど戦闘に向いている性格では無い。

この穏やかな言動からも、それが伺える。

手綱を王様が細い手で掴むと、ブリザポスが進み始める。

王様は冠に見える大きな頭部構造と。犬に似た顔。とても細い手足が特徴だ。

一件ひ弱そうだが。

エスパータイプのポケモンには、こういった変わった姿の者が多い。

そして王様についても、例外では無いという事だ。

宮殿を出る。

王様が歩いている周囲は、熱のフィールドが張られているように、暖かい。雪山ではないかのようだ。

そのまま歩いて、山を降っていく。

少し前は、伝説のポケモンだらけだったこのガラル南部だが。

今は穏やかなものである。

「まずは何をいたしましょう」

「余はまず、かのものが現れた地を見に行きたい」

「分かりました」

かの者。

ガラルにブラックナイトの災厄を引き起こした存在。

ムゲンダイナである。

同じく伝説のポケモンであり、骨で出来た巨大なドラゴンのような姿をしたこのポケモンこそ。

古くに隕石となってガラルに到来した存在。

決して悪意があるわけでは無いのだが。

その力が強すぎて、ガラルに大いなる災厄をもたらしてしまった。

今はユウリの手持ちにある。

ガラルの最大の災いである。

ガラル最大戦力の手にある方が良い。

そう大人達は判断したのだ。

だから、時々世話をすることはあっても。

ユウリがムゲンダイナを戦わせることは、殆ど無い。

ブリザポスは完全にこの土地を知り尽くしているのだろう。全く迷いなく降りていく。ユウリもそれについていく。

ユウリ自身も、この辺りは自転車で散々走り回った。

雪があろうが起伏があろうが関係無い。

クレバスなどの危険もあるが、そんなものは勘で察知できる。

伊達に余所の地方ではチャンピオンになれるというドラゴンタイプジムリーダーキバナや、そのキバナが一勝もできない氷タイプジムリーダーメロンがいるこの魔境ガラルにて、圧倒的チャンプをやっていないのだ。

ポケモンバトルが強い人間は、本人も強くなりがちだと言われているが。

ユウリもそれ。

いつの間にか、大人も混じったアームレスリングの大会で圧勝できるようになり。

この間は時速三百キロで走る鳥ポケモンを自転車で追い詰め捕獲した。

側にいた友人が引きつった顔をしているのを見てはいたが。

とはいっても、力があるなら使うべきである。

それがユウリの結論である。勿論、私的な理由で暴を振るうべきでは無いとも考えているが。

雪山がいつの間にか、野原になっていた。

此処から更に南下していくと、巨大な木が見える。

そこまで、あと一息だ。

「彼の地は余にとってはあまり好ましい思い出の場所では無い」

「ムゲンダイナに敗れたんですね」

「良くもそなたはあの強き存在を打ち倒せたな」

「ムゲンダイナと戦った時、ムゲンダイナはかなり疲弊していました」

実の所。

ユウリ一人で、ムゲンダイナを倒したのでは無い。

まずムゲンダイナは実体化直後、ユウリの前チャンプであり、ガラルの誇りとまで言われていたアイコニックヒーロー。全世界を見渡しても最強の一角と言われるポケモントレーナー、ダンデと苛烈な戦いを繰り広げた。

此処でかなり消耗していたのが追い風になった。

ダンデ自身を驚くべき事に退けたムゲンダイナだが。

直後にユウリが幼なじみと供に現場に到着。

更に、伝説の二体のポケモンが駆けつけ。

合計四対一で、真の姿を現したムゲンダイナと戦ったのだ。

だから、ユウリ一人で倒したのでは無い。

なお、その時駆けつけてくれた伝説の二体のうち、「剣の権化」ザシアンはユウリの手元にいる。

そして「盾の権化」ザマゼンダは、幼なじみの手元にいる。

見守るため、らしい。

何処までも真面目で、立派な存在だと思う。

下手な人間なんかより、ずっとだ。

人心経済ともに豊かなガラルしか知らなかったユウリだが。チャンプになってからは、実力を見た人達から、海外での悪の組織退治を頼まれるようになった。

其所でユウリは見た。

人間が最低限まで墜ちると、獣以下になり果てると言う事を。

もう数えるのも面倒な数の悪の組織を叩き潰し、数千人を刑務所に放り込んだユウリだが。

この様子では、仕事が絶える事はないとも思う。

野原を歩きながら、それらの話をする。

そうかと、王様は馬上で呟く。

「余は一人であの強き者と戦わなければならなかった。 余の力では、寝起きで弱り切っている奴の、活動を遅らせるのが精一杯であった」

「……」

そう。

ムゲンダイナがこのガラルに来た時期と。

ブラックナイトの災いが起きた時期。

どうもこれがずれているのだ。

少しユウリの方でも伝手を当たって調べたのだが。どうにもムゲンダイナの到来よりも、ずっと後にブラックナイトの災いが起きているらしいのである。

ザシアンやザマゼンダが、王様と面識がなかったことや。

伝説に残るザシアンやザマゼンダとムゲンダイナを撃ち倒した「王」が、実は二人の人間であったことなどからも。

伝説が矛盾している。

この辺りには多数の碑文が残されており。

恐らく、王様がムゲンダイナを辛くも退けた直後に作られただろうその内容も、幾つか解読して貰ったのだが。

それらも全てが矛盾していた。

無理に知りたいとは思わない。

王様はムゲンダイナとの戦いで大きな心の傷を受けてしまい。ムゲンダイナの真の姿である「手」を怖れるようになってしまったのだから。

だが、事の真相はいずれ知っておきたい。

ユウリは人間だ。

いずれ後続がユウリを追い越す。

生涯現役を保てたとしても。人間の寿命は精々百年。どれだけ頑張っても百二十年だ。

ユウリは今11歳。

生涯現役だったとしても、今のように体が動き。ポケモン達を従えられるのは、後六十年か七十年が限度だろう。

ポケモンリーグ委員長だったローズさんの言葉では無いが。

千年後の未来。

流石に今、千年後の未来を考える必要はないが。

いずれは考えて行かなければならない。

その事を思うと。

あまり長い間。

放置しておける問題では無いのも事実なのだった。

やがて野原を降りると、大きな木が見えてきた。あの木を巡って、ガラルの三鳥。ファイヤー、サンダー、フリーザーが争っていたっけ。

そのまま近くの集落を襲いかねなかったから、ユウリが三羽とも叩き伏せて捕まえたが。

あの異常な大きさ。

それに、木の周囲の湖がまん丸である事。中央が膨らんでいること。

どう考えても、彼処が隕石として落ちてきたムゲンダイナの着弾点である事は間違いない。

王様が手綱を引き。

ブリザポスが足を止める。

やはり、王様は。

其所で、じっとしていた。

ユウリもそのまま待つ。

心の傷というものが、如何に大きいダメージを心身に与えるか。海外で見た。海外の地方では、とんでも無い外道悪党がうようよいて。ユウリも時々精神の箍が外れそうになる事もあった。

色々な組織を潰してきたが。

ガラルの友達には話せないような、とんでも無い実験をしていたり。

とんでも無い商売をしている連中もたくさんいた。

自分さえ良ければいい。

そう考える人間が、どれだけ邪悪な事をするか。そういう連中が、他人の心にどれだけ深くて埋まらない傷を穿つか。

それはユウリ自身も良く知っている。

ポケモンだってそう。

王様だってムゲンダイナの圧倒的な力を食い止めるために、大きな心の傷を受けただろうし。

ユウリの手持ちにいるマホイップは、世界の理不尽を一身に浴びるような目に会って、今でも目がドス黒く濁ったままだ。

「かまわぬ。 ゆこう」

「はい」

王様が再び手綱を引き、進み始める。

まずは、あの木が、目的の場所らしかった。

 

1、昔々に起きた事

 

今手持ちにいるムゲンダイナだが。流石に王様の前で出す気は無い。そんな事をするのは、あまりにも配慮に欠けるとユウリも思うからだ。

ムゲンダイナは今はごく大人しい。

元々、力が大きすぎるだけで、別に凶暴な存在でもないのだろう。

キャンプで他のポケモンと接しているときも、特に獰猛なそぶりは見せないし。

ユウリに対して、たまに注意を促してくる事はあっても。

余計な世話を焼くようなことも無い。

そんなムゲンダイナがこの世界に来ただろう、湖の中心。

ちょっとしたビルくらいもある巨大な木を見上げる。

今は静かなものだ。

木からはびりびりと強い力を感じる。

恐らくだが。

地下には、ムゲンダイナの力の一部が眠っていて。

それで木はこれほどにも育ち。

その木の実を、三鳥が貪り喰っていたのだろう。

この木に住み着いていたヨクバリスが恐ろしく巨大化していた事からも。木自体に力がある事は確定である。

じっと木を見上げる王様。

側に立ったまま、ユウリは相手の反応を待つ。

「始まりの地であるな」

「此処で戦ったんですか」

「そうだ。 余は目覚め立てのあの者が、とても危険であることを察知した。 今から遙か昔の事だ。 この土地にあの者が落ちてきた。 破片はこの土地の彼方此方に降り注いだがな」

破片とは恐らくだが、パワースポットのことだろう。

ガラルの彼方此方には、ポケモンを一時的に巨大化強大化させる「ダイマックス」という状態に出来る場所が存在する。それをパワースポットと呼ぶ。

パワースポットは兎に角悪用されやすいため、その上に各地のジムが立てられており。地域最強のジムリーダーがそれぞれ独占しているのだが。

これに対して、良く想っていない人もたまにいるそうだ。

特に、ポケモンを同条件に揃えて戦わせる「廃人」と呼ばれる人達はこれを快く思っていないらしく。

ユウリもそう言った人が、不平を零しているのを見かける。

だがポケモンは、それぞれ個人によって強く出来る限度がある。

それも含めてのポケモントレーナーの実力だ。

噂によると、弱いとして馬鹿にされている鳥ポケモン、デリバードを鬼神のように強く育て上げたトレーナーも存在していたらしい。そのデリバードは単独で湖を凍らせて、ポケモンの中でもかなり強い方であるギャラドスを十数匹まとめて倒したり。伝説のポケモンで相性も最悪のホウオウを単騎かつ無傷で倒したりと。文字通り冗談だろうと呟きたくなるような逸話を残しているそうだ。何処まで本当かは分からないが。

ともかく。

破片だけで、普通のポケモンをダイマックスさせる存在である。如何にムゲンダイナが桁外れのポケモンかは誰にでも分かる。

同じく桁外れのポケモンである王様も、それはすぐに理解したのだろう。

「解き放ってはならぬ。 それを余は理解し、戦いを挑んだ。 余は傷つき、力を殆ど使い果たしてしまった。 ムゲンダイナも力を使い果たし、何処かへ逃げていったが……時を稼ぐことは出来た」

やはり。

此処にムゲンダイナが落ちて、すぐにブラックナイトの災いが起きたわけでは無かったのか。

恐らくだが、ずっと後。

この土地に落ちたダメージと。

王様との戦いのダメージを癒やした後。

目を覚ましたムゲンダイナに呼応して、その欠片であるパワースポットが活性化。各地で無差別にポケモンがダイマックスをおこし。

ブラックナイトの災いが引き起こされたのだ。

ムゲンダイナが、その間何処で眠っていたのかは分からないが。

いずれにしても、多分ワイルドエリアの何処かだろう。

というのも、ワイルドエリアにはあまりにも強いポケモンが多すぎる。パワースポットほどでは無いが、強力なポケモンが住み着く巣穴もたくさんある。

それらを考慮すると、ムゲンダイナが眠り。起きる事によって呼応したポケモンが大暴れした結果。

ワイルドエリアという広大な無人地帯が出来たのだとも想像できる。

ただこれらの説はユウリが唱えたものではない。

碑文をあらかた集めて持っていった結果。

この土地のポケモンの権威である、マグノリア博士に聞かされた話だ。

あくまで説であって。

もっと実証するデータがほしいと言っていたが。

「何か、力を戻す方法はありませんか?」

「……今は、この辺りにいるだけで余は少しずつ力を取り戻すことが出来る。 豊かな実りこそ、余の力だからだ。 後は余の伝承が、もっと広まっていけば。 人々の信仰が、余に更なる力を取り戻させるだろう」

「厄介ですね、それは」

「ふむ、聞かせよ」

今、ガラルでは。

「王」の伝説が混同されてしまっている。

ガラル南部にある、この王様の話。

そして、ガラル全域に伝わっている、ブラックナイトを収めた英雄としての王の話である。

この二つが別物であるという事は、まだ知られていない。

更に言えば、このブラックナイトを収めた英雄は、「一人の人間」としてつい最近まで認知されており。

「二人の人間と手を貸した二体の伝説ポケモン」である事すらも知られていなかったのである。

歴史の深奥は深いと言うが。

事実が此処まで伝承と異なると。

ユウリとしても、色々困るというのが本音だ。

王様の伝承にしても、ガラル南部で細々と伝えられていた程度で。

王様自身が幾ら色々な理由で弱体化していたと言っても。

それでも、其所からブラックナイトの真実や、その前にムゲンダイナを一旦眠らせた王様がいたことなど。

分かる者は、まずいないだろう。

「しばらく、周囲を見て回りたい。 そなたが側にいれば安心であろう」

王様が言う。

素直にユウリは頷くと。馬上の王様について、周囲を見て回った。

凶暴なポケモンも多いのに。

ユウリと王様が揃っているからか。

仕掛けてくるものは、一体たりといなかった。

 

王様とユウリは、前に旅をした。

その時は色々不自由があった。

だが、その結果。力衰え、殆どの存在から認識さえされないほど弱っていた王様は。力を取り戻し。少なくとも全盛期の戦力は取り戻す事が出来た。

その後王様とユウリは一度戦った。王様は、覇者の力が見たいと言ったのだ。

ユウリはそれに答えた。全力での戦いになった。

そして、勝利したのはユウリだった。

王様には、モンスターボールに入って貰った。

立ち会いはして貰ったので、一応法的にはユウリの手持ちという事になっている。

だが、王様は。ポケモンバドレックスは、文字通り神のような存在。

地方全域にその力を及ぼすことが出来。

更には信仰の対象でもある。

一度持ち帰って話し合いをし。

現在はガラルの顔役として活躍している前チャンプのダンデをはじめとする委員会と話し合いもした。

その時王様には出て貰って。

直接皆と話もして貰った。

既にユウリは11歳。

この世界では、10歳から大人として認められるし。何よりガラルのチャンプである。責任のある大人としての立場がある。

話し合いは、見届けなければならなかった。

恐らくは、王様の力が目覚めたからだろう。

それ以降、ガラル南部には多数の伝説ポケモンが姿を見せ。

その大半は現在研究の末ダンデに預かって貰っているが。

王様だけは、最終的にお城に戻って貰った。

ガラル南部は過酷で、人もポケモンも殆ど住めない地域だ。

此処を豊かに出来るのなら。

それはいて貰った方が良い。

勿論王様には自衛のための戦力があるが。それでも時々見に行くべきだろう。そういう判断が下されたから。ダンデかユウリが、時々定期的に様子を見に行く事で話は決まった。

そして、現状はまだ王様は戦闘能力は兎も角。

土地を豊かにする力までは取り戻しきれてはいない。

だからこそ。

ユウリは、手助けをしたい。

キャンプをする。

王様はブリザポスから降りると、愛馬の手入れをしている。直接触るのでは無く、サイコパワーで汚れなどを丁寧に取っている様子だ。白銀の毛並みを持つ暴れ馬は、黙々とにんじんを食べていた。

馬の好みとして知られる人参だが。

実際には、馬が好むのは草全般で、人参だけを食べるわけでは無い。

単純にブリザポスは人参が好きな様子で。

その辺りは、個人的な好み、と言う奴なのだろう。

この世界にいるポケモンの中には偏食家や、どうやって繁殖しているのかもよく分からない個体もいる。

特に伝説とされるポケモンは、繁殖が必要ないようなものもいる。

生物の範疇を超えていて、完全に神の域に踏み込んでしまっているタイプだ。

王様は間違いなくそう。

或いはブリザポスもそうかも知れない。

古い古い昔には。

ポケモンと人の間に子供が出来る事もあった、という噂も聞く。

これから、実は今世界にいる人間は、ポケモンの一種では無いかと言う話もあるほどである。

「どうですか、王様。 力は戻っていますか?」

「すこぶる快調とまでは行かぬが、そこそこではある。 覇者よ、そなたはどうだ」

「いつもの仕事に比べれば楽なものです」

「そうであろうな。 そなたからはぬぐえきれぬ血の臭いがしておる。 そなた自身が戦いを好むのではなくとしてもだ」

分かるものだな。

サイコパワーがあまりにも凶悪だと、相手の精神などに触れてしまうらしいと聞いているけれど。

それも理由の一つなのだろう。

「今、この地では自然の営みを除けば、さほど濃い血の臭いはしておらぬ。 だが、世界全てがそうではないのであろう」

「そういう事です。 話が早くて助かります」

「やはり、彼方此方で戦が起きているのか」

「戦というほどではありませんが……」

戦争は、今は過去の出来事となった。

地方同士が争ったり。地方の内部で争ったり。

少なくとも軍隊という存在同士が争って、大規模に殺し合う事は今では世界の何処でも起きていない。

その代わり、戦争は小規模かつ社会の裏側で。

陰湿に起きる様になった。

いわゆる「悪の組織」の勃興である。

有名どころで言うとロケット団やフレア団などがあるだろう。こういった組織は、社会に不満を持つ人間を集め。ポケモンの使い方を仕込み。悪事に利用して、社会の裏側で蠢き。

多くの不幸をばらまいていた。

中には、世界を文字通り滅ぼそうとした悪の組織もあったと聞いている。ユウリが見て来た中でも、其所までやらかそうとした悪の組織は存在しなかったけれども。ただ、社会の不備が故に悪の組織に追いやられたり。他に生き方が無くて仕方が無く、という人もいた。

ユウリは国際警察と協力して、様々な地方の悪の組織を叩き潰して回ったが。

その過程で、人間の裏の顔を嫌になるほど見た。

今は平然としていられる。

だけれども、新チャンプに就任し、しばらくスランプになっていた頃。

こういった負荷の掛かる仕事をもっとたくさんしていたら。

それこそどうなっていたか分からない。

今はある程度割切って考えられるが。

各地のチャンプとの親善試合やジムでの教導なんかをしているときは、気楽でならない。

軽く説明する。

王様は、目をじっと細めた。

「余にとっては、人は光と闇の両面を持つものと認識出来ておる。 だが人という生物は、やはり闇に傾きやすいのだな」

「善人のまま闇に傾いていく人も見たことがあります」

「難しいものよ」

カレーが出来たので、皆で食べる。

王様は文句一つ言わずにカレーを食べるが。或いはもっとマシなものでも用意した方が良いのかも知れない。

今回は別に伝説級と戦う訳でも無いので、立会人は連れて来てはいないのだが。

この間同期のトレーナーであるマリィと一緒に伝説級と戦った時。あんまりにもマリィが料理上手なので、逆に驚かされた。放っておくとカレーしか作らないと言われるユウリとは偉い違いである。

食事を終えると、軽く体を動かす。

いざという時にきちんと動けるように、常に戦闘を意識しておく。

これが重要だ。

海外の地方に行くと、もうユウリが来たというだけで。悪の組織が逃げ腰になる事も。或いは全力で決死の反撃に出てくることもある。

つまり飛行機を使う事さえ危ないケースもあるので。

途中から自転車で海を渡ることさえある。

体は資本だ。

食後の運動を済ませると。後は寝ることにする。

野外で寝る事なんて、もう珍しくもない。王様は眠ると言う行為そのものが必要ないらしいので。

寝袋を被って眠る事にする。

見張りは交代で行うが。

まあ別に何日も泊まるわけではない。夜行性のポケモンを何体か連れてきているので、その子達に任せる。

眠れるときは、きちんと規則正しく寝起きする。

これが重要だといつか聞かされたっけ。

今ではそれを大まじめに守って。きちんとした規則正しい生活をしているが。これ以上忙しくなったらどうなるか分からない。

どれだけ体力と精神力があっても、人間である以上限界があるとも聞いている。

今後は少し、考えなければならないかも知れない。

起きる。

バドレックスは相変わらず、じっと大きな木を見上げていた。

木の実を落とそうかと聞くと、首を横に振る。

「この木に満ちているのはかの者の力だ。 余の力とはあわぬ」

そういえば。

王様もダイマックスは出来るのだが。纏っているオーラの色が、他のポケモンと違ったっけ。

或いは王様は、他のポケモンとは違う原理でダイマックスしているのかも知れない。

いずれ、聞いてみたいところだ。

軽く朝の体操をして体を動かした後。

今日はどうすると聞いてみる。

もう少し、彼方此方を見て回りたいと言われたので。

頷いて、つきあうこととした。

 

2、少しずつ戻り始める気候

 

人心経済ともに豊かなガラル地方だが、南部は話が別だ。

極寒の雪山に、凶暴なポケモン。過酷な環境。土地は痩せていて。人も少ない。

このうち、土地が痩せていたのは。王様に対する信仰心が薄れ、王様が力を失ったのが原因だったのだが。

兎も角最近は少しずつ改善してきている様子だ。

王様が力を取り戻し。

更には、ユウリが委員会と相談して、色々手を回しているからというのもある。

ただ、流石にこの土地に移住してくる住民はまだまだいない。

もっと豊かになり。

ポケモンにとっても人間にとっても過ごしやすい土地にならないと、人なんて来ないだろう。

田舎でスローライフなんてのは幻想だ。

幾つも田舎を見て来たが。

閉鎖的な人間関係。不便なインフラ。何もかも、田舎というのは都会の人間が持つ幻想と反している。

もしも住みやすい田舎を作るなら。

リゾートのような環境にするしかない。

幸い、王様の力が戻って来ている事で、少しずつ環境は良くなっている。

だが、このペースだとリゾート化には十年くらいはかかるという試算もユウリは聞いている。

この村の長とも話はしているが。

王様に対する供物の復活や。

祭などの復活。

更には、少しずつ改善する土地での作物栽培などについて、幾つもの課題があると聞いている。

他の大人達と話をし。

改善していかなければならない事だらけだ。

長期間借りている民宿に入ると、王様にモンスターボールから出て貰う。ブリザポスは前にこの村を襲ったことがあるので、今はモンスターボールの中にいて貰う。怖れさせてはいけない。

あくまで豊穣の神なのだ。

豊穣の神は、敬愛の対象でなければならない。

これが戦いの神などであれば、荒々しい恐ろしさが必要なのだろうが。

今の王様に必要なのは、素直な信仰だ。

ユウリは単に敬意を示すという形でそれを実現する。

他の村人も、別に宗教として王様を信仰しなくても良い。

この土地に実際に豊かな恵みをもたらす存在に、感謝だけしてくれればいい。

だが、その話だって。

中々、村の人間達には理解して貰うのが難しいだろうし。

何よりもこの村の人間の数では知れている。

当面王様には苦労をして貰う事になる。

それを順番に、ユウリは話していく。

そうかと、悲しそうに王様は言う。王様は温厚な存在だが。戦う事自体は出来る。

そもブリザポスに対しても、周囲を荒らし回る暴れ馬だったのを従えたという話である。碑文には手をかざすと大人しく従ったとか何とか書いてあったが。王様によると、やはり全盛期のサイコパワーでねじ伏せたのが真相だったらしい。

細い、折れそうな腕を組んで考え込む王様。

「覇者よ。 やはり時間が掛かるのは避けられぬか」

「待てませんか?」

「いや、余が待つのはかまわぬ。 だが、この村にそれだけの体力が残っているかが疑問でな」

頷く。その通りだ。

この村は元々、援助を受けながら細々やっている状態だ。高齢化も激しい。

かろうじて子供もいるにはいるが、村そのものは放置しておけば近いうちに廃村になってしまうだろう。

実際、ガラル南部には、彼方此方に遺跡がある。

言う間でも無く全てが廃村だ。

昔は、それだけの数の集落が存在していて。豊かな恵みと穏やかな環境に守られて、多くの人が生活していた。

だがそれも今は村が一つだけ。

王様の力を復活させ、皆が豊かに暮らすには。

少なくとも、遺跡の数の分くらいの人間が、此処で暮らし。王様に感謝するくらいの事が必要だろう。

だが、それで大丈夫なのだろうか。

「王様、聞きたいんですけれど」

「何か」

「信仰が衰え始めた頃の事を覚えていますか?」

「……そうだな。 正直な話良くは分からぬ。 いつの間にか、人々は余への敬意を忘れていったように思う」

やはりな。

王様に丁寧に説明していく。

「人ってのは、豊かなことが当たり前だと、それを忘れてしまう生き物なんです」

「そうなのであるか」

「はい。 例えば健康ですけれど、無くなって始めて価値が分かるっていう話がありましてね」

これは本当の事だ。

チャンプであるユウリのファンはガラル中にいる。

若年層も多いが。体を壊して入院している老人にもいる。大人になったばかりの子が、あのダンデを倒し、今も無敗記録を更新し続けている。そんな話を聞けば、それは嬉しいと言うのだ。

前委員長のローズ氏も、勿論ダンデも、そういった人の慰問は良くやっていたという話だが。

勿論ユウリも時々やっている。

相手には喜んで貰ったが。

その時言われたのだ。

健康は当たり前の事じゃない。失った時、健康ってのはこんなに貴重だったのかって、思い知ることになると。

それがいやだったら、普段から健康を維持することを常に考えて、健康である事に感謝しなさいと。

ユウリは素直に言われた事を聞き。

今は、健康を維持するための努力を常に欠かさないようにしている。健康診断もしっかり受けている。

だが、それは。

言われなければ分からなかったことだ。

何でも若い頃に無理をすると、三十四十くらいからどんどん体がおかしくなっていくらしく。

やがて手に負えないくらい体が滅茶苦茶になるそうだ。

気付いたときには遅いという。

逆に言うと、普通の人間は、「失わないと分からない」のだ。

年寄りの言葉だとか笑っていると、あっと言う間に自分も年寄りになっている。

何でも体感時間は、二十歳までと二十歳から死ぬまでがだいたい同じだと聞いている。

大人になって一番からだが充実しているのは、十代後半から二十代だが。

その充実期が終わったら、もう後は奈落に真っ逆さま、という事である。

ユウリの師匠である、偉大なる十八年間無敗を誇ったチャンプマスタードのように、生涯現役の人もいる。

だが、そういう人はあくまで例外。

つまり。

豊かなことが当たり前だと、人はそれに感謝しなくなってしまうのである。

「ふむ、優しいだけでは駄目だ、と言う事か」

「残念ながら」

「そうなると、余はどうすればいい」

「むしろ王様は現在のまま、力を取り戻すことに全力を尽くしてください。 此方については、私達がやります」

王様は目をつぶる。

考えているのだ。

あの頭の大きな冠に見える構造物が何なのかは分からない。本当に冠なのかも知れないし、脳みそが詰まっているのかも知れない。

いずれにしても凄まじいサイコパワーを引き起こす王様だ。

どんな不思議器官が体に入っていても不思議では無い。

「余は、以前無策のままであった。 このまま無策で、また力を失うのは避けたい」

「勤勉ですね」

「覇者よ、そなたほどでは無い。 余は以前は、ただ安楽に過ごすばかりであった。 それを反省しているだけだ」

「……」

確かに。

王様の方も、安楽に過ごすことに溺れてしまっていたのかも知れない。

「余に出来る事があるならば教えてほしい覇者よ。 余も、このまま力を蓄えるだけでは駄目であろうと思う。 しかしそもそも余も、力はあっても知恵はない。 君臨する事は出来ても、慈しむ事は出来ても、それだけだった」

王様の嘆きについては分かる。

いつの間にか信仰が失われ。

それに伴って力も失った。

善良な王様だったのだ。

それでも人間を恨まず、どうしてこうなってしまったのかを探り続けていたのだから。ポケモンの中にも、こんなに善良な者はそうそういない。伝説級でも、口が利けるポケモンでも。

それは同じ事だ。

「分かりました。 此方でも模索してみます」

「頼む。 覇者よ」

ユウリはガラル式の敬礼をすると、一度村を出る。

其所で、一旦王様と別れた。

さて、王様に何をさせてあげれば良いのか。

まだ、正直な話ユウリにも分からないのだが。

それでも、何とかしてあげたい。

どうにもできない悪い奴がこの世の中にはいる。それはもう十一歳で、ユウリも世界を見て回って思い知った。

だけれども、そんな世界でも。バドレックスのような。本当に善良な存在も実在しているのだ。

だったら、善良な存在を助ける拳でありたい。

本物のヒーローは悪にさえ手をさしのべると言うが。

ユウリはまだ其所までの境地にはいけない。

子供をさらっては内臓を売り飛ばしたり。

ポケモンを乱獲しては悪い金持ちに売ったり。

たくさんの人を殺したり、テロを起こしては。その殺した人数を自慢しているような鬼畜外道を実際に見て来たが。

あの人達まで救えるほどユウリの手は広くも大きくもない。

ヒーローという意味ではユウリより格上のダンデにだって出来るか分からない。

だがユウリには力がある。

ガラルでは現在最強の。他の大人の誰よりも強い力が。

だったら出来る事は決して少なくないはずだ。

まず、マグノリア博士の所に出向く。

話をしっかりまとめてから。

対応をしておきたい所だった。

 

マグノリア博士は上品に年老いた老婦人で、お孫さんのソニアと一緒に色々な謎を解いたり、各地を回ったりした。

ソニアはフィールドワーカーの傾向が強いが。

どちらかというと、若い頃のマグノリア博士もそうだったらしい。

世界的に見ると、オーキド博士というポケモンの権威が存在して、科学者と言えば子供でも知っているレベルなのだが。

マグノリア博士は、ガラルにおける権威である。

流石にオーキド博士ほどの知名度はないが。

特にダイマックスを簡単に引き起こすシステムを作り出したりした功績も大きく。

現在、ユウリが時々相談をしに行く相手になっていた。

今の時点でマグノリア博士の研究所は、生半可な富豪の家より大きい。

それだけ尊敬されていて。

研究に相応しい対価が支払われていると言う事だ。

ソニアはいない。

どこかに出かけて、フィールドワークしているのだろう。

以前聞いた話だが。

ダンデやキバナと一緒に旅をしていた頃のソニアは、どうしても二人から見て一段劣る才覚に苦悩していたそうである。

自分には何か代わりになるものがないのだろうか。

そう苦悩し続けている間は、ソニアはあまり勝ち越すことも出来ず。

最終的には、ポケモンを側には置くが。

バトルからは離れてしまった。

その代わり、ポケモンに対する知識を磨きたいという欲求を高めて。そして今はマグノリア博士の後継者という位置にまで来ている。

これは立派な話だ。海外でも、悪の組織に入ってしまうような人間の何分の一かは、ドロップアウトしたポケモントレーナーだったりするのだから。

マグノリア博士は、何人かいるお手伝いさんの一人にお茶を出して貰い。軽くユウリの話を聞く。

既に碑文の内容はマグノリア博士の所に持ち込んでいる。

ガラル南部を走り回って、遺跡という遺跡をソニアと一緒に見て回り。

碑文を写し取っては、全て送ったのだ。

あの辺りは危険なポケモンも多くて、純粋な研究者が足を運ぶのは危なすぎる。

其所でユウリのような人間の出番で。

その結果、随分と研究ははかどった。

少し考え込んだ後。

マグノリア博士は言う。

「随分と人に近い神様ね」

「……」

「知っているかも知れないけれど、伝説ポケモンの中には神と遜色がない力を持つ者がいるの。 実在が確認されているアルセウスに至っては、世界を創造したという説があるほどよ」

アルセウスか。

話には聞いているが、凄まじい力を持つ存在らしい。

伝説ポケモンは一口にまとめても実力はピンキリだという話だが。

アルセウスは間違いなく頂点のほう。

とはいっても、本当に世界を創造したのかについては疑問も残るという声も大きく。マグノリア博士は否定派だと言っていた。

物理的に世界を創造したのでは無く、人々が世界を認識した時にいた存在。

つまり概念的な世界の始まりのポケモンでは無いか、という話もあるという事で。論文が幾つか出ているそうだ。

「貴方と親しい王様、バドレックスは超然としていたり、孤高であったりする伝説の中ではとても穏やかで優しい存在よ。 人に忘れ去られたことを恨まず、復讐しようとする事も無かった。 むしろどんどん痩せていく土地について悲しんでさえいた」

「一体何があったんですか、あの土地で」

「そうね。 だいたいまとまったし、聞かせても良いかしら」

ユウリも碑文をソニアと一緒に集めている過程で。

ある程度の話は聞いた。

だがそれらは混線していて。

どうにも筋が通った話だとは思えなかったのだ。

だから、本当に頭が良い人が、きちんとまとめてくれるのはとても嬉しい。

咳払いすると。

マグノリア博士は話し始める。

「いわゆるブラックナイトの災いがガラルに起きるずっとずっと前。 湖の調査によると、恐らく万年単位の昔。 二万年前後でしょうね。 その頃に隕石としてガラル南部に落ちてきた存在がいた。 それがムゲンダイナよ」

頷く。

異界から来たポケモンを総称して「ウルトラビースト」と呼ぶのだが。

ムゲンダイナも、そのウルトラビーストの一種かも知れない。

いずれにしてもだ。あらゆる証拠がムゲンダイナがあの湖に落ち、巨大な衝撃を与えたことを示している。

当然辺りは壊滅しただろうが。

その破滅を食い止めた者がいた。

碑文にわずかに残っている記録によると、一瞬で周辺の生き物が別の地点に転移していた、と言う事で。

それを引き起こせたのは。

王様しかあり得ない。

「破滅の運命から多数の命を救った王様。 バドレックスは、そのままムゲンダイナへと戦いを挑んだ。 しかし元々激しく力を消耗したバドレックス。 此方に来て全く勝手が分からない上、別に悪意がある訳でも無いムゲンダイナ。 どちらも戦いは泥仕合になり、そしてムゲンダイナは殆どの力を消耗し尽くして、ガラルの中央部へと逃げていった」

これについては、殆ど露骨な碑文が残っていたので、ユウリもソニアと一緒に見た。碑文は殆ど風化してしまっているものと。古代の文字さえ分かればどうにでもなるものが点在していて。

それらを組み合わせて解読するのが大変だったのだ。

「やがて、破滅の戦いが行われた土地を人々が見に来た。 其所で傷ついたバドレックスが見つかったのね。 バドレックスは手の形を怖れたとある。 間違いなくバドレックスは、ムゲンダイナの全力形態と戦い、心に傷を負ったのでしょう。 今王様は全盛期の戦闘力を取り戻したと言っているけれども、本来は愛馬がいなくても更に強い力があったはずよ」

「……」

そう、なのだろうな。

ガラル南部には、多くの伝説級ポケモンがいた。

だが、王様の愛馬であるブリザポス以外は。王様の居城には近寄らなかった。

傲岸不遜のあのフリーザーでさえ、である。

伝説のポケモンを捕獲して回る中、それをユウリは疑念に思っていたが。

恐らくだが。

それだけ王様の実力が、桁外れだったのだろう。

「人々に対して、バドレックスは力を惜しみなく使った。 枯れ果てていた土地を豊かに変え、凍り付いていた大地を暖かくした。 人々はそれに感謝し、バドレックスを祀るようになった」

そうだ。

そしてバドレックスは、猛威からも人々を守った。

ブリザポスを従えたのも、それらの行為の一つだったのだろう。

実際ブリザポスは、バドレックスの制御から解き放たれた後は人を襲う事など意にも介していない獰猛さを見せていたし。

一度交戦したときには、殺すしかないかとユウリも覚悟を決めたほどだった。

馬は決して人間に優しい生物では無い。

繊細で、場合によっては機嫌次第で人間を平気で蹴り殺す生物なのだ。

ガラル地方にも、人を食う馬の伝承が残っている。

昔、そういう獰猛なポケモンが。

ブリザポス以外にも、存在していたのかも知れない。

「しかし、祀られることが当たり前になった。 豊かなことが当たり前になった。 故に人々はバドレックスを忘れ。 加速度的に力が衰えたバドレックスと比例するように、ガラル南部は朽ちていった」

「マグノリア博士」

「何ですか、チャンプ」

「どうして信仰が力に代わったんですか?」

良い質問だと、マグノリア博士は言う。

彼女は咳払いすると、説明してくれた。

強力なエスパーポケモンの中には、人の精神に強い影響を受けるものがいるという。バドレックスくらいの強力な存在になると、人間という思念を持つ存在が、自身に敬意を抱けば抱くほど。それが力に返還されるという。

つまり、周囲に満ちている思念を吸収し。

それがそのままバドレックスの力になっている、ということだ。

少し考え込む。

そうなると、ブリザポスに騎乗して全盛期の力になったバドレックスは。

やはりまだまだ不安定だと言う事で間違いない。

もっと力を入れて、ガラル南部の振興策を盛り上げないと駄目か。

「何かヒントになりましたか」

「はい」

「これについては、貴方が集めてくれた資料を元に、論文を書く予定です。 協力者として、貴方の名前を使わせて貰えるかしら、チャンプ」

「はい、それは勿論」

頷くと、席を立つ。

話は分かった。いずれにしても王様の時代の後、ブラックナイトの災いが起きて、二人の王と剣と盾がそれを鎮めた。それもずっと後の話で、その頃には王様はもう昔日の力を殆ど残していなかったのだろう。だから介入できなかった。

何にしても、悲しい話だ。

即断即決がユウリの信条だ。それに、実家はこの近く。ぶっちゃけ歩いても、それほど時間は掛からない。

歩きながら、色々と彼方此方に電話をする。

同時に、自分でも考えておく。

豊かすぎると堕落する。

それはマグノリア博士も言っていた。

事実としてもある。

実際問題、一度あまりにも豊かになったから。人々はそれを当たり前の状態と認識してしまった。

ガラルの今の状態も。

似たようなものではないのかと、ユウリは思うのだ。

実際ガラルが豊かになったのはごく最近。

ダンデがカリスマ的チャンプになる前は悪の組織だっていた。

ローズが委員会をまとめるまでは、経済的な発展だって今のような凄まじさではなかった。

ローズがいなくなってからは、ダンデがまとめてはくれている。

だが、ユウリだって。

今は立派な大人で、圧倒的な力を持っていて。

そして多くの人を動かせる。

いつだったか。

悪の組織の幹部を追い詰めたとき。非道なその人に、どうしてこんな事をしたのかと。興味本位に聞いた事がある。

返ってきた答えは簡単だった。

力がほしかった。

力なき正義など悪にも劣る。

自分がやっている事が悪であることくらい分かっている。

だが力が無ければ何もできないんだ。どんなにお題目を並べたところで、机上の空論にしかならないんだ。

だからどんな手段を用いてでも、力がほしかった。

血を吐くような独白だった。

もっとも、その人物がやった事は、文字通り人倫を蹂躙する代物であり。ユウリも殺意を感じるほどだったが。

だが、その言葉だけは嘘では無いことは分かった。

力、か。

今のガラルは、経済という力によって支えられている。

人心経済ともに豊かなのは、クリーンなヒーローである、ダンデがいたから。経済の雄であるローズがいたから。

勝手にガラルが豊かな土地になった訳では無いのだ。

ローズの引き継ぎはダンデがしてくれる。

だったら、ユウリは。

悪を許さない、圧倒的な力として君臨し続けなければならないのではないのだろうか。

十数年はユウリの時代が続くと、何人もの凄腕から聞かされた。

だったら、それは事実なのだろう。

十数年の間に、何とか地固めをしないといけない。

思った以上に、ガラルの平和というのは、脆いものなのかも知れない。

そう思うと、ユウリは慄然とせざるを得なかった。

実家に戻った。

必要な連絡は全て終わった。母に夕食を出して貰う。カレーばっかり食べているんだろうと図星を指されたので、苦笑い。

ちゃんとした料理を出して貰った。

この間、マリィもユウリが料理をしようとしたら慌てていたっけ。

母もいつ頃からか、ユウリに対しては料理だけが心配だとぼやくようになっていた。

とはいっても、本来はもう手料理なんてする立場では無い。

外食で充分だし。

最悪料理人を雇うという手だってある。

夕食を終わらせた後は、適当に風呂に入って、後は眠るが。

少し寝付きが悪かった。

ぼんやりと、王様の事を思い出す。

善良だが。

王様は与えるだけで、それが何をもたらすのかを理解していない雰囲気があった。

それでは駄目なのかも知れない。

豊穣神がいるのなら。

それに対する破壊神もまた。必要なのかも知れなかった。

 

3、神の機能は二つ

 

現在獄中にいるローズが作り上げたガラル経済の支柱。それがシュートシティに大半の機能が存在しているマクロコスモス社である。正確にはマクロコスモスグループであるらしいが。まあともかくマクロコスモスだ。

その担当分野は多岐にわたり、ユウリも手持ちのポケモンを労働力としてかなり貸与している。

勿論話を聞いては、仕事があっていないようなら引き上げさせるし。虐待を受けるようなら当然抗議する。

今まで流石にチャンプのポケモンを虐待するような命知らずは見た事がないが。

それでも虐待を目撃したポケモンはいて。

その情報については、マクロコスモスの上層部に直接話をして、対応が行われるのを見届けるようにしていた。

さて、そんなマクロコスモス本社に。

昼過ぎにユウリは到着。

ガラルの経済を回している大物達や。

ダンデをはじめとする重鎮級のトレーナー達が。

全員では無いにしても。

かなりの数、集まっていた。

マグノリア博士も来てくれている。ユウリが此処を仕切るのは難しいと判断したのだろうが。

仕切ってみせる。

ユウリもわざわざ正装して来ているのだ。ネクタイなんて似合わないものまでつけて。

「それでは、ガラル南部で起きている状況について皆様に説明します」

「チャンプ自らの調査だ。 面白い話が聞けることを期待しておりますぞ」

そう言ったのはマクロコスモスの重役である。

ローズが逮捕されたのはユウリのせい。

そう考えている人間が一定数いる事をユウリは知っているし。それに対しても、きちんと毅然とした対応をして行かなければならないとも思っている。

「まずガラル南部ですが、伝説のポケモンバドレックスによる影響が調査の結果確認されました」

多くの映像を出す。

順番に説明していく。

遺跡の古さや、その数。遺跡と供に多数の畑が存在していた事。

現在のガラル南部から北部ほどでは無いが。

とても豊かな土地だったことが、あらゆる証拠から分かるのである。

ムゲンダイナのことは話には挙げない。

ややこしくなるだけである。

実際ローズが、ムゲンダイナをエネルギー資源として活用しようとしていたことを知っているマクロコスモスの重役は存在していて。ローズ派の残党とも言われている。

獄中からローズが、もう余計な事はしないようにと言い聞かせたらしいが。

それでも色々と、納得出来ないのだろう。

人間とはそういうものだ。

「つまり、現在不毛の土地と認識されているガラル南部は、バドレックスの力が戻れば戻るほど豊かな潜在能力の高い土地に生まれ変わります。 10年計画で現在ガラル南部の開発計画を進めているようですが、これを前倒しで進めましょう」

「チャンプ、質問が」

頷く。

質問を発してきたのは、マクロコスモスの重役だ。神経質そうな、痩せたおじさんである。

ローズがおおらかな、太めのおじさんで、いつも笑顔を絶やさなかったことと対照的である。

こういういかにも神経質そうな人もまとめていたのだと考えると。

ローズの手腕の確かさがよく分かる。

「マグノリア博士の研究と、貴方による実地調査は信用しても良いでしょう。 土地に高い潜在能力がある事も認めます。 鉄道については既に通っているので、後はインフラを整備することだけというのもね。 パワースポットもあるから、何ならジムを作るのもありでしょうな」

ジムを作るならあの木の周辺だろうなとユウリは思う。或いは湖をまるごと囲んでジムにしてしまっても良い。

ただ、今この重役が言っているのは。

明らかにそういう話では無い。

「ただ、マクロコスモスとしては、現在でも10年計画で土地を豊かにすることは決めています。 伝説のポケモンバドレックスは、二万年の昔から存在していたと聞いていますし、10年を5年に変えても、大して変わらないのでは」

はははと笑い声が起きる。

下品な笑いだ。

今の重役に賛同するマクロコスモス重役の声だろう。

この世界が、ポケモン無しではなり立たないことくらい、誰でも知っている。

勿論この重役達もだ。

伝説のポケモンが、環境を激変させることだって分かっている。

何しろ、その代表格であるムゲンダイナの研究に関わっていた連中だって、この中にはいるのだから。

ローズは一人で責を背負って獄に入ったが。

この人達を野放しにしたことだけは、あまり褒められないとユウリは思う。

今はダンデが抑えてくれているが。

そうでなければ、それこそ悪の組織みたいに振る舞いはじめてもおかしくないだろう。

「前倒しにするには相応の理由があります」

「ほう、お聞かせ願いたい」

「バドレックスは神に等しい力を持つポケモンです。 そして神に等しい存在と言う事は、信仰を力に変えると言う事です」

怪訝そうな顔をする重役達。

咳払いすると、順番に説明していく。

「そもそも古くは豊かだったガラル南部が、どうして今のような土地になったのか。 それは、住民が「豊かさを当たり前」だと判断したからです。 当たり前にあるものに、人間は感謝などしません。 例えば今は誰もの家に便利な家電がありますが、あって当たり前のものとして考える事はあっても、感謝するでしょうか。 家電がなければどれだけ生活が不便になるか、分かっていたとしてもです」

「……」

「まず我々がするべきは、ガラル南部に「豊かさへの感謝」を取り戻させる事です。 それには現状の10年計画では不十分だと判断します。 私は今は全盛期ですし、当面はこのままでしょう。 でも、いつまでも私は全盛期ではありません」

さらっと自分で言って。

ちょっと、これは色々と問題だったかなと思った。

ダンデが少し呆れたように此方を見ているが。

ユウリも咳払いして、気分を入れ替える。

「ガラル全域にしてもそうです。 ガラル南部は、未来のガラルの姿だと考えてもいいのではないでしょうか」

「そ、それはどういうこと……」

「先も言ったとおり、豊かな生活は当たり前にあるものではなく、誰かが努力して作っている事を忘れてはならないと言う事です。 マクロコスモス内で権力のパワーゲームなんかして、私やダンデの足を引っ張る暇があったら、少しはガラル全域の事を、国家100年の計で考えてはどうですか」

強烈なカウンターを入れると。

マクロコスモスの重役達は揃って黙り込む。

青ざめる彼らだが。

勿論、彼らの機嫌を損ねると、資金を引っ張り出せなくなる。

「なああんた」

不意に口を開いたのは、フェアリージムの前ジムリーダー。

あの伝説のチャンプマスタードと若い頃はライバルだったポプラである。

ガラル史上最年長で現役ジムリーダーを続けていた、通称「魔術師」。流石に今は若い頃のキレはないが、それでも一線級に充分立てる実力がある。

ポプラが名指ししたマクロコスモスの重役は。

青ざめて、背筋を伸ばしたようだった。

「ローズ前委員長に拾って貰う前、あんた借金地獄で首を吊る寸前だったんだろう、マクロコスモス鉄道部門統括の専務さん」

「……」

「知っている筈だろう。 豊かな時代は勝手には来てくれない。 既得権益を独り占めしているとろくでもない事になる。 そして豊かな時代は、簡単に終わるって事をね」

その通りだ。

ガラル南部で見て来た多数の遺跡。

あれは繁栄の跡。

いつまでも豊かだと思い込んでいた人達に降った天罰。

豊穣への感謝を忘れ。

何もしなくても豊かに生きていけると努力を怠った人達が見て来た、地獄の跡だ。

「今のガラル南部が、あの暗黒の時代……ダンデの坊やがチャンプになって、ローズの坊やがリーグ委員長に就任する前の時代ほど酷いとはいわないさ。 だが、あの映像を見て、似ているとは思わなかったのかい?」

「そ、それは……」

「大人になったばかりのチャンプに主導権を握られるのが頭に来るのは何となく分かるさ、アタシもいい年の……もう18歳だからね」

此処でジョークを入れて行くのがポプラらしい。

自称18歳は、ポプラが持つ持ちネタだ。勿論実年齢はそれ+71歳である。

「つべこべ言わずに、本格的な投資を考えな。 稼げる場所にだけ金を投資していると、いずれ何もかもが枯渇するよ。 あんた達が頼りないから、ローズの坊やは焦ったんじゃないのかね」

引きつった笑みを浮かべるマクロコスモスの重役達。

まあそうだろう。

流石にこのガラルでも高い影響力を持ち、暗黒の時代を生き抜いた生き証人に、しゃらくさい口は利けない。

何よりマクロコスモス自体が、ローズが大きくした会社だ。

役員は比較的若い。

そして役員達は比較的若いと言っても。

さっきポプラが言及した地獄の時代を知っているし。何なら味わってさえいるのだから。

「後は任せたよチャンプ」

「はい、有難うございます。 それでは、計画の前倒しについて、具体的な話を……」

資料を出す。

この辺りは、少し前から準備をしていたものだ。

まずは南部へのインフラの整備。更に寂れている村の拡充。周辺の安全確保。更に各地の遺跡への丁寧な調査。

祭の復活。

バドレックスについての資料も提出済み。

これを研究する事により、バドレックスへの信仰を高め、土地を更に豊かにしていく工夫。

これらを五年計画で行う。

気を付けなければならないのは。ガラル南部に住んでいるポケモン達の住処を追うような事があってはならないという事だ。

場合によってはワイルドエリアに移住して貰う必要もあるし。

或いはガラル南部の一部をワイルドエリアにする必要もある。

雪山になっていて人が入れない場所もあるから。

そこは王様に、バドレックスに頑張ってもらうしかない。

土地を蘇らせるのには大変な苦労が必要だが。

これはもう、長期計画でやっていくしかない。だが、その長期計画の前に、地ならしがいるのだ。

マクロコスモスからも、当然出資して貰う。

計画について提示すると。やっと経済の専門家として、マクロコスモスの重役達が動いてくれる。

予算などについて甘い部分があれば指摘してくるし。

計画の不備などについても指摘してくれる。

それは有り難い指摘だ。

さっきまでの、感情論による揶揄では無い。建設的な物事の進め方である。

そういった行動なら大歓迎なのだが。

こういう風に年を取ると。

大人って面倒くさくなるんだなと、ユウリはため息をついた。

結局決済を取るまで、丸一日会議は続いた。

途中何回か休憩を挟んだが。

まるで疲れを見せないユウリを見て、重役達は驚愕していたようだった。

筋肉ムキムキの大男達が出るアームレスリングで優勝しているのを見せたり。時速三百キロを誇る伝説の三鳥の一角、サンダーを自転車で捕獲する映像などは此奴らも見ている筈なのだが。

やっぱり、至近で接してみないと、人間の力は実感できないのかも知れない。

夜中に会議が全て終わったので、後片付けを軽く手伝う。

ダンデが残りはやってくれると言ったのだが、ユウリは首を横に振った。

「ダンデさんはこれからが大変でしょう。 内心では納得していないマクロコスモスの重役も何人もいたようですし」

「気付いていたんだなユウリ君。 その通りだ。 ローズ社長がどれだけ大変な仕事をしていたのか、後を引き継いでみて分かったよ」

「ダンデさんでさえうんざりするほどなのは前から何となく分かっていました」

「まあ俺は君が持ち帰ってきてくれた伝説のポケモン達を見るのが楽しいし、何よりも後進の育成が楽しいから、それで相殺は出来てはいるけれどもね」

あまり遅くならないようにと釘を刺すと、ダンデは戻っていく。

ユウリは書類などの処理を全て終わらせると、記録をしっかり残した上で帰宅した。

帰りはアーマーガアのタクシーだが。

他の重役はとっくに帰宅済みである。

いっそ、今日はホテルで良いかと思ったのだが。流石にもうこの時間帯だとビジネスホテルしか空いていない。

ビジネスホテルは豊かなガラルでもあまり良いイメージがないし、他の地方では露骨にヤバイものもたくさんあった。

やむを得ないので帰宅する。

結局家に着いたときは日付が変わっていた。

タクシーの運転手に深夜料金を払うと、大変だなあんたもと言われて。苦笑い。

もっと大変な目に会っている人はたくさんいる。

ユウリも、無理をすると後で体に来る事は分かっているから、可能な限り無理はしないようにしてはいるが。

それでもこう言うときは、無理をしなければならない。

家に帰ると、母が起きたまま待っていた。

今日は帰ると言っていたからだろうか。

寝て良いと言ってあったのに。

ココアだけ貰って、後は眠った。

ユウリは思う。

これで、本当に良いのだろうか。

お偉いさんたちの方はどうにかできた。

だが、ここから先。

大事なのは、王様がどう振る舞うかなのではあるまいか。

ダンデのような、ほとんど地方の顔になる最高のチャンプにユウリはなれない。最強のチャンプにはなれるかも知れないが。ダンデにはなれない。

王様も同じ事。

無理に豊穣神の側面である破壊神の姿を見せるのは、あまり好ましい事ではないのかも知れない。

ひょっとしたら、誰かが悪役をする必要があるのだろうか。

考えている内に、眠くなってくる。

此処は、眠った方が良い。

ユウリはそう判断して。

眠るべくして、眠っていた。

 

翌朝は少し遅く家を出る。普段はもっと早くから活動しているのだが。昨日が遅くなった分を考慮したのだ。

幾つか仕事があるが、ユウリが直接出向かなければならないものはそれほど多くはない。

むしろ、来月からまた海外の地方に来て欲しいと言われていて。それまでにこの仕事を一段落させないとまずい。

国際警察も何もしていない訳では無い。

現地のジムリーダーやチャンプだって色々頑張っている。

ユウリに国際警察から声が掛かるのは、それらでもどうにもならないような地方で、暴威を振るう悪の組織や、手に負えない強さのポケモンがいる場合。

国際警察でも当然人材育成はしているらしいのだが。

それでも、スペシャルを育てるのはとても難しいらしかった。

幾つかの場所を回って、仕事をこなしてから。

ガラル南部に、タクシーで向かう。

電車で行くのが一番楽なのだが、今回は時間を優先したい。ちょっとお値段も割高になるが。

ユウリはお金には困っていない。

困っていないのなら、使うべき時に使う。

それでいいと思っている。

海外の地方で、悪の組織を叩き潰すと。規模にもよるが、国際警察から億単位の謝礼金が入る。

今ユウリはガラルでも上位十人に食い込んでくる資産家の筈で。

それが金を貯め込んでいても仕方が無い。

お金があるなら使うべきで。

ましてやユウリはお金に殆ど執着がない。勿論無意味すぎる散財は避けるべきだが。使える所に、使うべきお金は使うべきだ。

ガラル南部に到着。

王様の所に行く。

王様は玉座で待っていた。もう、いちいちやりとりは必要ないと言うように。ユウリを出迎えてくれた。

「覇者よ。 それで如何なった」

「こちら側で出来る事は全てしました。 後は、王様の方で出来る事を考えないといけないと思います」

「ふむ、流石であるな。 あの老獪なる者達の首を縦に振らせたのであるか」

「私一人ではできませんでしたよ」

頷くと、王様は言う。

実際に、土地を豊かにしていく所を、見せていきたいと。

だが、それだけでは駄目だろうとも。

「余も考えたのだ。 土地を豊かにしていくところを見せれば、民はそれに対して敬意を払い、余に対する信仰心を取り戻していくだろう。 だが、余が土地を豊かにしていくことを当たり前と考えてしまうだろう」

「その通りです。 それで何をしますか」

「民に負担を強いるのは良くない。 だが世界が決して豊かでは無い事を、知って貰わなければならぬ。 そのためには、やはり祭をしなければ力を見せぬという判断も必要であろう」

ああ、なるほど。

この王様、本当に良い人もといポケモンなんだなとユウリは思った。

守る以外に暴を振るうという発想がないのか。

本来は理想的な王様なのだろうに。

この土地の人達は。

そんな王様の好意に甘えて堕落しきってしまった、と言う訳か。

なんというか、重役達にも言ったが。

これは多分ガラルの未来の話だ。

ローズが焦っていた理由が何となく分かってきた気がする。

ローズが必死の思いで豊かにしたガラル。人心も経済も豊かになった。

だが、それが当たり前だと思った時。

また、人々の心は、いとも簡単に腐り行ったのではあるまいか。

ユウリはガラルの外を知っている。

いろんな地方を見て来たし。

それらの地方で、心が荒れ果てている人をたくさん見て来た。だからこそ、分かるのだ。王様は理想的な王様であろうとしているが。

それだけでは駄目なのだと。

「もう少し厳しくても良いと思います、王様」

「民は多くなれば、富を争うようにもなろう。 このくらいが落としどころではないかと余は思うのだが」

「いっそのこと、祭を怠れば邪悪な存在が姿を見せて、厄災となるくらいの事が必要ではありませんか」

「何かを解き放とうというのか覇者よ」

悪者をしてもらうポケモンを用意するという手はあるが。

それは一種の出来レースになる。

ユウリが捕まえて、今ダンデに確保して貰っているポケモンの中にも、何体か良さそうなのがいるが。

彼らがユウリの言う事を聞く事があっても。

後継者の言う事を聞く事があるだろうか。

だから、首を横に振った。

「王様、堕落を防ぐには優しいだけでは駄目なのだと思います」

「……」

「民が祭を行わなかった年には、豊穣の力を使わないどころか、荒廃を加速させる。 それくらいの覚悟をしてください。 祭についての重要性については、此方で周知いたします」

「……分かった。 余はポケモン、そなたらは人だ。 違う理屈で生きている存在であって、決して同じでは無いのだな」

その通りだ。

更に言えば、ポケモン同士でさえ違う。人間でさえ皆それぞれ少しずつ違うほどだ。

この世界の人間はポケモンの一種だという説があるが。

もしも、この世界の人間が、ポケモンとは違う存在であっても。同じ存在であっても。王様が余りにも甘やかしすぎたら、堕落する結果は変わらないだろう。

嘆息する王様。

この王様は、あまりにも義理を返しすぎた。

善良すぎた。

だからこそに、人間という生物の悪意の恐ろしさを理解出来なかった。ガラル最強の暴を振るう事が出来るユウリでさえ、たまにぞっとするような悪意を見る事がある生物なのだ人間は。

だから、王様も。

それを理解して貰わなければ困るのだ。

人間の意思をある程度理解できる筈の王様は、堕落に気付けるはず。その気になれば、出来る筈だ。

今のガラルのリーグ委員会や。

ダンデやユウリがいなくなった未来。

その時、王様はまだいるだろう。

王様がその時にも、まだ人間の善意を信じて。それで同じ事態を引き起こしてしまうようでは困るのである。

「覇者よ。 そなたが未来を見据えていることは理解出来た。 ならば、余も今だけではなく未来を見据えよう」

「分かりました王様。 お願いいたします」

「うむ……」

考える時間が必要だろう。

ユウリはその場を離れる。

さて、此処からは人としてのユウリの仕事だ。

麓まで降り。

既に来ている、マクロコスモス社のチームと合流する。

専門家がかなりの人数来ていて、祭の内容についての聞き取りなどについて、始めてくれていた。

この辺り、ポプラが睨みを利かせて。きちんとやるように役員の尻を叩いたのだろう。

ユウリが出向くと、気付いて一礼してくる。

礼を返すと、責任者を呼んだ。

話をしておく必要がある。

これから此処でやらなければならない事は、ガラル南部の未来のために絶対に必要な事で。

この小さな村だけの話では無い。

それを理解して貰わなければならない。

よくパニック映画などで、被害が出ても誰も気にもしないのに。有力者が危機を認識するとすぐに動き出す市民がいるが。

まさにこれがその状況だろう。

丁寧に、順番に話をしていく。

更に、調査チームを遺跡に案内する。人数が少し多いので、護衛のためレンジャーにも同行して貰う。

遺跡を見て、調査チームは予想以上にまずい事を理解出来たらしい。

昔、これほどに栄えていたガラル南部が、衰退したという事実。

それは、ガラル本土にとっても、他人事ではないのだ。

「というわけで、お願いします。 村の人達には、くれぐれも神の正体について口外はしないように」

「分かりました。 それにしてもこれほどまでに潜在力がある土地だったとは……」

「……」

エサに食いついたか。

金をちらつかせてやれば基本的に人間はこうなる。

これについては、もはや仕方が無い事だ。

利用していくしかない。

金は命より大事、何ていうことは無い。

命の方が金より大事に決まっている。

いずれにしても、これでマクロコスモスは本気で動くはずだ。レンジャーにも目礼をしておく。

レンジャー達にも、口外不要と言う事は絶対だ。

さて、後は祭りなどの信仰について、しっかり整備をしていかなければならない。

マグノリア博士とソニアにも、来て貰わなければならないかも知れない。

ソニアは此処に一度来て貰った事がある。

伝説のポケモンがわらわら沸いたときに、必要性から来て貰ったのだ。

その時は、王様についての話にソニアは関わらなかったが。

今回はフィールドワーカーとして、辣腕を振るって貰う事になるだろう。

まだ助手の立場だが。

そろそろ博士号を取得に行くと言う話もしていた。

ソニアが一人前になってくれれば。

その分その下で働いている幼なじみであるダンデの弟、ホップの負担も減るだろう。

ユウリとしても、好ましい事だった。

一度村に戻って、村長と話す。

多くの人が、王の乗るブリザポスを目撃している。

一度、ブリザポスが村を襲撃し、ユウリが撃退したからである。

それについて、少し話しておかなければならない。

出来るだけ恐ろしい話が良いだろう。

今日の移動中、ガラルに伝わる伝承の中で。

最も恐ろしい人食い馬の伝承について、調べておいた。

元々獰猛なブリザポスだ。

そもそもその伝承の元になっている可能性だって低くない。

だから、今更であるだろう。

村長は、素直にユウリに感謝しているし、話は聞いてくれる。

後は。

大人達が、全て丁寧にやってくれれば。

全ては丸く収まる。

 

4、力はやがて戻る

 

盛大に王に捧げる祭が行われている。

マクロコスモスが宣伝したこともあって、かなり観光客も来ていた。ただ危険なポケモンが出る地域なので、レンジャーもかなりの人数が出張ってきていたが。

ユウリは神殿の入り口で。

其所から遠くに見える、村の祭りの様子を、王様と一緒に見ていた。

ブリザポスに騎乗した王様は。

目を細めて、祭の様子を見ている。

「どうですか、王様」

「うむ、古き時代に捧げられていたものとは少し違うが、余に対する感謝の念が此処まで伝わってくる。 余の力が戻ってくる」

「それは……良かった」

胸をなで下ろす。

既に王様の力は少しずつ戻って来ていて。

絆の手綱と呼ばれる、ブリザポスを制御するために必要な馬具を作るための花も咲かせることが出来るようになっている。

今王様が使っている絆の手綱は、この花を花びら一つしか使っていない応急手当的なものであって。

本格的なものが必要だったのだ。

スマホロトムで連絡を入れる。

村の方にはダンデが行っていて、それで人が来ているというのもあった。

「ユウリ君、絆の手綱は上手く行ったよ。 ピオニーさんが村の人達に作り方を丁寧に指南している」

「前もピオニーさんが作ってくれたんですよ」

「そうか。 手先が器用で驚くが、話によると家事の半分以上を昔からやっていたらしい」

「ああ、それで」

何となく察しがつく。

ピオニーさんは娘さんに過干渉なところが目だって、それが原因となって無茶苦茶反発されていた。しかし、リーグカードを見ると、昔は奥さんと娘さんと、仲睦まじい家庭だったことが一目で分かる。

要するにピオニーさんは、幼子に対する愛情の注ぎ方は分かっても。

大人になった娘さんへの接し方を間違えていたのだろう。

一歩間違えば毒親になる所だった。

ユウリはそれを丁寧に説明したが。ピオニーさんに理解して貰うのは、随分と苦労した。

ただ、ピオニーさんは現チャンプであり、無敵を誇ったダンデを破ったユウリに敬意を示してくれたので。

それでもまだ話を聞いていてくれたのかも知れないが。

「後で絆の手綱は受け取りに行きます。 王様にとって大事なものなので、きちんと保管をしていてください」

「それなんだがな。 一時期から、この手綱を火中に投じるという祭に代わってしまっていたらしい」

「!?」

「記録を調べた所、そうなっていた様子だ」

村の記録をマクロコスモスが全力で調べた結果、そういう資料が出てきたそうだ。

ガラル南部を古くに訪れた旅人の日記が見つかったのである。

王様の力が衰え始め。

どんどん村が減っていたガラル南部だったが。

とうとう信仰が極限まで減り。

その結果、わざわざこんなものを指定の位置まで、危険を冒して置きに行くのも馬鹿馬鹿しいと誰かが言い出したらしい。

その結果、火中に投じ。

王様に届いたという事にするようにしたのだとか。

生け贄を捧げるような風習は論外だ。

だが、これについては。

少し頭を抱えてしまう。

「勿論その手綱は重要なもので、燃やしてはいけないと、祭の準備段階で説明した。 保管もしておくから、後で取りに来て欲しい」

「分かりました。 有難うございます、ダンデさん」

「ああ。 頼りにしているぞユウリくん」

頼りにしているか。

そんな事、ダンデに言われるなんて。

昔は絶対に超えられないと思っていた壁だった。

でも今は、ユウリを尊重して、こんなに丁寧に接してくれる。

ダンデに勝った後はスランプにまでなった。

随分試行錯誤をした。

今は、もう違う。

迷いは当然、毎回の選択肢で生じる。

だが、身の丈にあった自信を得られた。

それで、随分今は楽になった。

「それでは、王様。 新しい絆の手綱を回収してきます」

「うむ、頼むぞ覇者よ」

「はい。 其所で待っていてください」

自転車で雪山を駆け下る。

ユウリくらいにしか出来ない事だ。

しかも今は王様の力が戻り始めていて、山の雪が露骨に減ってきている。クレバスなどに真っ逆さま、と言う事もない。

一気に山を駆け下りると、祭が行われている中に。

祭は最高潮になっていた。

老人達も祭を楽しんでいる。

出店も出ているようだった。

王様の像が村の真ん中にあるが。

あれは、ユウリが最初に村に来た時は破損してしまっていた。

今では周囲に柵が作られ。完全な状態が映像などで保存され。破損した場合はすぐに直せるようになっている。

レンジャーを護衛につける話まであったのだが。

今は柵で妥協された。

流石に悪意を持ってあれを壊そうとする者はそう多くないだろう。

ただ泥棒などが出る可能性はあるので。

柵は必要だ。

この柵には監視カメラもついているので。泥棒に対する抑止効果は充分についている。

ダンデを見つけて、絆の手綱を受け取る。

前よりもかなり立派な造りだ。

これはブリザポスの背中の毛(大量に一定周期で生え替わる)と、王様だけが咲かせる事が出来る花を編み込むことで作る。

以前作ったものよりもとても鮮やかで大きいが。

それは前と違って、花をきちんと編み込んでいるからだ。

これならば、王様の力は更に充実するし。

以前の不安定な手綱と違って、更に人馬一体の言葉通りに、ブリザポスを従える事が出来るだろう。

「すぐにまた戻ります」

「すまないな。 俺は此処で祭を見届けるよ」

「ありがとうございます」

ぺこりと一礼。

昔はダンデお兄ちゃんと慕って。肩車をしてもらったこともあったっけ。

今はもうその関係性はなくなったが。

その代わり、ダンデはユウリを大人として見て接してくれる。

それでいい。

自分の子供を、年齢に沿ってきちんと大人として認識出来ないとどうなるか。それはピオニーさんという例で見た。

ダンデは、その辺り。

十歳で大人として認識される年齢になってから。

ずっと大人として経験を磨いて。

それで自然に身につけることが出来たのだろう。

神殿に自転車ですっ飛ばして戻り。王様に手綱を届ける。

手綱は明らかに前よりも立派で。

王様も満足していた。

ブリザポスにつける。

ブリザポスも、嫌がっている様子は無い。

ただ、古い手綱をブリザポスが食べてしまったのは驚いた。

虫ポケモンなどでも、孵った卵の殻を食べてしまうものがいたりする。脱皮の度に、古い皮を食べたりする。

それと似たようなものなのだろうか。

「手綱を食べてしまうんですか」

「余はブリザポスを従えたとき、契約をした。 その一つが、この馬具が古くなったときの譲渡だ。 ブリザポスが余の元を離れたのは、弱った余を見限った事だけが原因では無い。 契約が履行されなくなったからでもあるのだ」

「……」

「この絆の手綱には、余の力で咲かせた花、つまり余の力が宿っておる。 それに加えてブリザポス自身の力、そして民草の信仰の力も。 つまり、強大な思念の力が宿ったまさに最高の馳走という訳よ。 普段食べる人参も好物であろうが、これは年に一度の最高の馳走であるだろう」

すぐに古い手綱を平らげてしまったブリザポス。

へえと感心して、何度も頷いてしまった。

「後は、何かありますか」

「いや、これで余の方ですることは無い。 祭は履行され、この手綱もきちんと真心を込めて作られている事を確認した。 であれば、余としてはもはや他に言う事も無いし、豊穣の力を契約通り振るうだけである」

「分かりました。 それではお願いします」

「うむ。 豊穣の力はまだまだ全力にはほど遠いが、それでも少しずつ確実に、この土地を豊かにして見せよう。 そして、祭が執り行われなかったときには……その時は、相応に接する事をそなたに約束しよう覇者よ」

それだけ言うと。

王様はブリザポスを促し。

そして神殿から消えた。

サイコパワーを用いて、空間転移したのだろう。

これから、各地に豊穣の力を撒いてくるのに違いない。

前は小さな畑に豊穣の力を与えるだけでも、何やら儀式めいた踊りを必要としていたが。

此処まで力が戻れば、そんな事も必要ないだろう。

スマホロトムで、ダンデに連絡。

全て終わった事を告げると。

戻ってくるように言われた。

「大変だったなユウリくん。 君は各地の地方で悪の組織を叩き潰しているが、ガラル南部でも土地を救った英雄として後世まで讃えられるだろう」

「剣と盾の王のように、伝説が歪められないことを祈るばかりです」

「そうだな。 同じ事はあってはならない」

「……戻ります」

剣と盾の英雄か。

王様が弱体化させたムゲンダイナ。長い時を経てよみがえり、ブラックナイトの災いを引き起こした。

それを鎮めた二人の若者と剣と盾のポケモン。

だが伝承では、それは一人の人間の英雄の功績とされている。

血なまぐさい話だ。

英雄は二人必要ない。

当時の人間達は、ブラックナイトが終わると、すぐにそう判断した。

二人の若者の一人はすぐに殺され。

伝承に残らなかったという。

殺したのがもう一人なのか。

権力を求めた周囲の人間なのかは分からない。

いずれにしても、名前すら伝わっていない。

更に、である。

英雄は人間である方が好ましいと、当時の人間は判断した。つまりザシアンとザマゼンダは邪魔になった。

そんな理由。そう、そんなくだらない理由だ。

大恩人であり。ブラックナイトの災い。つまり力が強すぎて暴れていたムゲンダイナを倒す最大戦力となり。そのため傷ついて療養していた剣と盾。伝説のポケモンザシアンとザマゼンダを、人間達は容赦なく襲った。

二体は元々弱り切っていたこともあり。

狂刃に為す術無く倒れた。

これは、本人から聞いた話である。

最近になって、やっと通訳つきで喋ってくれたのだ。

今いるザシアンとザマゼンダは、古き伝説の剣と盾を媒介に蘇った存在であり。ある意味幽霊に近い。少なくとも一度死を経験し、其所から蘇った者である。

勿論実体はあるが。

まっとうな生物かというと、かなり怪しい。

或いは神に近い存在。

王様のような存在なのかも知れなかった。

そういえば王様も、極限まで弱体化していたときは。人々に見えていない節があったっけ。

ユウリやピオニーには見えていたのだが。

その様子を見て、不思議そうにしている村人が、たまにいるのをユウリは確認していた。

村に戻る。

祭のプログラムは終わり。村の外に移動したダンデが、サインなどを受けつけている。

ユウリがチャンプになった今も、ダンデの人気は絶大だ。

今はリーグ委員長としてローズの後を継いだが。

それでも人気は関係無い。

試合にも時々出てくるが。

人気の絶大さを誇るように、専門のテーマ曲が戦いの時は掛かるし、合いの手も入る。客全員が曲を歌えると言う事だ。

ユウリが出向くと、此方にもどっとサインを求める人が来る。

サインをてきぱきとこなして。ある程度一段落した所で。

村長に話を聞きに行く。

凄い収入だそうだ。

此処十年分の観光収入を、一夜で軽く超えたという。

有り難いという話をするので。

咳払いした。こんな事で、有頂天になって貰っては困る。

「これからですよ。 土地はどんどん回復していきます。 マクロコスモスの支援も入ります。 村長さん。 気を引き締めてください」

「お、おう、そうだったな」

「私も去年前チャンプを下した後は、スランプになりました。 村長さんがしっかりしていないと、きっと村の再建も上手く行きません。 若い人を受け入れる事、それでいながら伝統は守ること。 きちんと両立させてください」

「うむ、頼もしいのう。 チャンプがここに常駐してくれれば、どれだけ有り難い事か」

苦笑して、時々は来ると告げる。

実際王様が心配だ。

タチが悪い輩は、どんなに治安が良い地方にだって入り込む。

王様がどれだけ強くたって。

自衛能力には限界もある。

だから、時々ユウリが見に来なければならない。

時々見に来ることを告げると、村長は喜んでくれたが。

この人がもう少ししっかりしていれば。

王様の手間も。

ユウリの手間も。

もっと減ったのだ。

それを考えると、どうにも歯がゆかった。

 

家に戻る。

ベッドに転がる。いつユウリが帰ってきても良いように。ベッドは母が手入れをしてくれている。

ユウリに父はいないが。

ガラルでは、経済的にハンデがある家に対しても保証がある。

他の地方では、ユウリはどうなっていたのだろうか。

或いは、ストリートギャングに混じったり。

悪の組織に入ってしまっていたかも知れない。

そういう未来はあり得る。

ガラルに産まれて良かった。

それは感じる。

だが、ガラル南部で見た惨状のことを忘れてはならない。ああいう場所は、豊かなこのガラルにもある。

そして人の心だって変わらない。

色々な悪の組織で見た非人道的行為の数々。

許せないと思ったけれど。

マクロコスモスの重役達を見ていると。

それはガラルでも同じなのだと、思い知らされる。

母が料理を作ってくれたので、食べに行く。

ガラル南部で行われた村の番組がテレビに映っているが。ダンデだけではなく、ユウリも目立っていた。

前の地方で、悪の組織を潰したときに頬についた十字傷はもう消えたが。

いずれにしても、あまりテレビ映りは良くない。

コメンテーターも、好き勝手なことを言っているので、色々頭に来たが。テレビに文句をいちいち言わない。

「随分華やかなお祭りねえ」

「これから開発が入るからね」

「そう。 不毛の土地だって聞いたけれど」

「昔は豊かな土地だったんだよ」

母に仕事については話していない。

母がユウリに仕事について聞くこともない。

たまにこうやって、ぼそりと知っている事は話すけれど。

それだけだ。

「次の仕事はまた海外?」

「うん。 最近は私が行くって話が拡がるだけで悪の組織が瓦解することも珍しく無くなったよ」

「危ない事だけはするなとは言いたいけれど。 今のユウリはガラルの最大戦力ですものね」

「……こればかりはどうにもならないよ」

食事を終えると、ユウリは風呂に入って寝る。

後は、ただ静かに過ごす。

静かに過ごせる時間はあまり多くは無い。

だいたいの場合、気を張っていなければならない立場になってしまった。

それは王様よりも、ある意味厳しい立場なのかも知れない。

今は静かに。

ガラル最強のトレーナーであり。国際警察に切り札として頼りにされているユウリは。つかのまの休息を楽しむのだった。

 

(終)