幻想郷の紛争地帯

 

序、危険地帯

 

人間達が住む「外の世界」から隔離され。

もはや外では通用しなくなったルールが生きる場所、幻想郷。

妖怪が当たり前のように存在し。

人間を脅かす。

人間は妖怪を恐れ。

そして勇気をふるって退治する。

そんないにしえのルールが息づく幻想郷は、決して広い土地ではない。しかも豊かでもない。少なくとも、外の世界のような密度で人間が過不足なく暮らしていく事は不可能だし。

同じように、妖怪が多数暮らしていくのは無理だ。

比較的人口密度(人間も妖怪も含めて)が低い幻想郷だが。

それでも、色々と争い事は起きる。

幻想郷には、その結界の境目に当たる「無縁塚」や、暴走した生命力がゆえ毎日その形を変える「魔法の森」、人間にとっての不可侵領域である「妖怪の山」、ならず者妖怪の流刑地である「地底」などの危険地帯が存在しているが。

その一つ、魔法の森の上空で。

今、激しい光がぶつかり合っていた。

スペルカードルールでの戦いとはいえ。

戦いである。

戦っている片方は、自称「普通の魔法使い」霧雨魔理沙。

ステレオタイプな魔法使いの格好をして、箒に乗る小柄な金髪の女の子だ。

もう片方は、魔法の森に住む人形遣いの魔法使い。アリス・マーガトロイド。

多数の膝下くらいまでの背丈しかない小さな人形を魔法で同時に操る、優れた人形遣いの魔法使いである。姿はドレスを纏った人間の女の子のようだが。見かけ通りの年齢ではない。

このうち、魔理沙はまだ不老不死に必要な術を習得していないため、「種族としての魔法使い」ではないのに対し。

アリスは既に不老不死の術を習得しているため。

種族としては人間ではない。種族としての「魔法使い」である。そういう妖怪としてカウントされるのだ。

ただ元人間であるため、人間とはごくごく友好的で。

魔法の森に迷い込んだ人間を襲うことはなく。

むしろ保護する程である。

ただ極めて寡黙なために、周囲に誤解を受けやすく。

多数の人形が住まう家は、恐ろしく不気味だという印象を与えるそうだが。

その魔理沙とアリスは仲が悪く。共闘することもあるが。

時々こうやって、森の上空で激しくやり合っている。

互いの虫の居所が悪いときは、戦いが苛烈になる事も珍しくない。

スペルカードルールでの戦いなのは。

それが幻想郷の流行りであり。

実際に誰も殺さないで済む方法だから。

ただし、二人の仲の悪さから言って。

もしもスペルカードルールが流行っていなかったら。

殺し合いになっていた可能性も否定は出来ないが。

二人とも、嫌いだから殺す、などという考えを持つような存在では無い。

そして、殺さなくても勝負を付けられる方法がある。

だから採用している。

それだけだ。

極太の光の束がアリスに叩き込まれる。

魔理沙の十八番。

魔法は火力と称して止まない彼女が、火力だけを追求して作り出した秘技。魔理沙の代名詞とも言える恋符マスタースパーク。

これをアリスは多数の人形をファランクスに展開して。

その陣形を利用して魔法の防御陣を張り、受けきる。

心理戦をどんどん使っていく魔理沙に対して。

アリスは極めて寡黙に戦う上に、感情を殆ど見せない。心理的な揺さぶりにも、殆ど感情の変化を見せない。

人形を操るのを得意としているからか。

本人も若干人形に近い所がある。

そのため鉄壁の要塞に等しい。

このため、魔理沙はやりにくくてしようがないと、時々ぼやいている。

マスタースパークを打ち切ると、即座に位置を変え、煙幕を利用してアリスを狙撃に掛かる魔理沙だが。

今日はアリスの方が一枚上手だった。

上空に、既に数体の人形が、攻撃魔法を展開していたのである。

乱射される無数の攻撃魔法。

一瞬の判断ミスで、魔理沙が撃墜され、魔法の森に落ちる。

普通の戦闘だったらこれで死ぬ所だが。

スペルカードルールでの戦いだ。

どちらも傷つくことはない。

降り立ったアリスは冷たい目で、ぼろぼろになっている魔理沙を見下ろすと。

特に何も言うことは無く、森の中に消えていった。

「いててて、今日は負けか。 まあ勝ち越してるから良いけどな」

魔理沙は汚れをはたくと立ち上がる。

魔法の森にずっと住んでいるからこそ分かる。

弱っているときに、自分の把握していない場所に落ちるのは極めて危険だ、という事を。

此処は本来、人間が住むべき場所じゃない。

裕福な親元を飛び出して。

それから魔法の修行を独学で行って。

魔法の森に住み着いてから。

苦労の連続だった。

死ぬような目にも何度もあった。

魔理沙はまだ成長期だが。

普通の大人よりも、比べものにならない多くの死の音を間近で聞いている筈だ。多分、生半可な妖怪退治屋よりも、様々な妖怪を見てもいる。戦いもしてきた。

間近で命が消える所も何度も見た。

スペルカードルールに乗ってくれる妖怪ばかりじゃあない。

獣から妖怪になったものを妖獣というが。

成り立ての妖獣は加減を理解出来ていなかったり、人間を食らう事を平気でやる奴が時々いて。

そういうのに遭遇したときは、相手を殺すつもりで戦うしかない。

戦う時には、常に有利な状況ではない。

自分よりあからさまに才能がある奴も見た事がある。

負けたこともあるし。

ぼろぼろになって逃げ延びたことだってある。

悔しくて家で泣いたこともある。

だが、それ以上に今は勝ちが多いし。

この力がものをいう幻想郷でもやっていけるようになっている。ある程度、妖怪と戦っても勝てる自信もある。

妖怪退治の専門家を自称するようになったのは比較的最近だが。

それでも死がすぐ側にある事や。相手が格上の場合の対処法など。

色々と、それこそ自分の身に叩き込んでいる。

そうしなければ死ぬからだ。

今まで生きてこられたのは、単に運が良かったから。強いからでも才能があるからでもない。

それを魔理沙ははっきり自覚していた。

多少警戒しながら、自宅へ。

流れ弾が飛んでくる事もなく、無事だった。

家を飛び出したときに持ちだした家財道具はある程度無事。

それに魔法でアレンジを加えて。

それで生活は出来ている。

なお家には霧雨魔法店と名付けているが。

実際に商売はしていないし。

客も来ない。

商売していないのに魔法店とはこれ如何に、だが。

この辺りは、或いは。

人里で裕福な店の娘だったから、なのかも知れない。

結局蛙の子は蛙という訳だ。

戦友である博麗の巫女、霊夢には前に何故魔法店なのか聞かれたが。

魔理沙の言葉を聞いた霊夢は、巫女らしい勘の鋭さで聞いてはいけないことだと悟ったらしく。

それ以降二度と聞こうとしない。

そういう仲だから。

上手くやって行けているのかも知れない。

お互い筋金入りの変わり者だというのに。

強力な結界が張ってあるから、家の中は安全だ。

壁に背中を預けて休む。

何か不味いものが入り込んでいたらすぐに分かるが。その様子も無い。呼吸を整えると、やっと魔理沙は戦闘態勢を解除。

回復の魔法を自分に掛け始める。

攻撃の魔法ばかり得意な魔理沙だが。

時間さえ掛ければ、傷の手当てくらいは出来る。

それも深い傷は無理な程度の腕だが。

いずれはしっかり傷を治せるようにしたいものだ。

肌にこれ以上傷跡が残るのは、あまり嬉しい事ではないからである。

幼い頃の喧嘩じゃないのだ。

あんまり男に興味が無さそうな霊夢と違って、魔理沙は恋愛にも興味がある。

なかったら、マスタースパークに恋符などと名付けない。

とりあえず、一通り傷は治したが。

それからは、どうして負けたのかを分析していく。

そして、思い当たる。

前と同じ戦術を使った。

アリスとは何度も激しく戦った訳では無いが。

それでも時々小競り合いを起こす。

確か、前回か前々回。

攻撃のタイミングが、今回とまったく同じ場があった。

これは、確かに負ける。

初見の相手は、むしろ魔理沙は得意だ。格上を倒した事もある。

だが今回は、手の内を知り尽くしている相手に。

明らかに油断があった。

これは負けるのも当然か。魔理沙は自嘲すると、次は負けないと、自分に気合いを入れ直していた。

今回は負けても命を取られるような相手では無かった。

だが、たまに人間を殺したり、殺し掛けた妖怪を退治する仕事が来たときには。

魔理沙は相手が本気で殺しに掛かってくる事を想定して戦う。

勿論そんなときは。

相手も必死だから、スペルカードルールに何て乗ってくれない。

殺すか殺されるかだ。

そういうときは、勿論負けたら次がない状況も多いし。

初見殺しの能力を使ってくる事もある。

上位の神になると、能力なんてそもそも通じない場合も多いが。

魔理沙はまだまだ人間だ。

妖怪の中には、弱くても初見殺しに特化している奴もいるし。

油断は即座に死につながる。

反省することは。

魔理沙にとっては、死活問題なのである。

さて、反省もした所で。

魔法の研究に戻る。

次に勝つための研究だ。

今は勝ち越していると言っても。

魔法使いというのは、自分を鍛えて己の研究を進めることを目的としているような連中である。

アリスだってしっかり研究してきたから、今回魔理沙が負けた訳だし。

ましてや魔理沙は天才じゃあない。

努力を積み重ねてやっとある程度の実力になる事が出来ている状態で。

自分の実力に驕ったら、多分すぐに死ぬ。

色々なルートから仕入れてきた本を読んでは。

研究し、実験を繰り返す。

外で試してみたり。

或いはアレンジもして見る。

しばし研究を一心不乱に続けていると。

結界に誰かが入り込んだ。

幻想郷でもっとも魔理沙と仲が良い存在。

博麗神社の主。

幻想郷最強とも言われる実力者。

博麗の巫女、博麗霊夢だ。

妖怪には理不尽の権化として怖れられ。

そして魔理沙にとっては。

戦友であると同時に。

いずれ超えたいと思っている壁。

努力型の魔理沙と違って、努力しなくても強い典型的な天才。

ついていくのがやっとの相手だ。

「邪魔するわよー」

「おう、上がってくれ」

霊夢は無遠慮に魔理沙の家に上がってくる。

赤巫女とか、紅白巫女なんて言われるように。

美しい赤白の巫女服を着込んで、大きなリボンをつけている霊夢だが。

その手にした大幣でどれだけの妖怪の頭をかち割ってきたか知れないと言われ。幻想郷を支配している最上級妖怪「賢者」でさえ、正面からの戦いは避けたがると言われる、武闘派の中の武闘派である。

貧乏巫女なんて言われているが。

実際には有事の最大戦力のため、生活のための資金は人里から支給されている。

にもかかわらず、商売に手を出しては失敗し。

ライバルである守矢神社がいつも儲けているのを見て悔しがっている。

あげく自分の神社が何を祀っているかも知らない。

そんな不思議な巫女だ。

「相変わらず散らかってるわねー。 て、誰かに負けた?」

「ああ。 アリスに小競り合いでな。 勝ち越しているとはいえ、連続で負けるのは癪だし、新しい技でもと思って研究中だ」

「まあほどほどにしなさいよ。 アリスも悪い奴じゃないんだから」

「わーってるよ」

魔理沙とアリスだけではない。他にも魔法の森には魔法使いが住んでいる。

皆仲が良いかというとそうでもなく。

こんな危険地帯に好きこのんで住んでいる事からも分かるように。

みんな筋金入りの変わり者ばかりだ。

アリスはまだ友好的に人間に接し。

たまに人里に降りては、人形劇を披露したりするようだが。

人里には降りる気が無い魔法使いもいる。

かくいう魔理沙も、人里には行くが、実家には絶対に近付かない。

この辺りは、霊夢も分かっているのか。

それを聞いてくることは一切無かった。

一番難しい時期だと言う事は、魔理沙も自覚している。

だが、何にしても。

今は魔法に関するあらゆる全てが楽しいし。

いずれ種族としての「魔法使い」になった頃には。人間とは距離も置かなければならなくもなる。

魔法使いは何人も知っているが。

基本的にどのようなスタイルでも。普通の人間とは必ずある一線を引いている。

恐らく魔理沙が知る魔法使いでも一番人間と友好的な、命蓮寺の住職でさえ、である。

「ほら、もらい物だけれど」

「ありがとな」

「酒はない?」

「まだ昼間だぞ」

霊夢が出してきたのは、人里で貰ってきたらしい干物。手に入れた経緯は聞かない。

魔理沙もキノコを出してくると、軽く酒を入れる。研究を片手にやりながら、である。

幻想郷では、熱心な仏教徒でも無い限り、みんな酒を嗜む。

博麗の巫女も。

魔理沙も。

勿論例外ではない。

「それにしても私の家に来るとはめずらしいな」

「魔法の森の上でドンパチやってたから、一応念のためにね」

「何だ、見えてたのか。 たまたまパトロールの最中だったのか」

「そうよ。 マスパまで撃って負けたわけ?」

情けない。

そう魔理沙は苦笑いした。

まあマスタースパークは文字通りの必殺技だが。

必殺技ほど、放った後に大きな隙が出来るものである。

だからしっかり当てられるタイミングを狙って撃つ訳だが。

それに今回は失敗した、と言う事だ。

しばし酒を入れて。

ほろ酔いになった頃に、霊夢が切り出す。

「そこらの本、そろそろ返してきたら? 紅魔館から苦情が来たわよ」

「あー。 返しに行こうとは思ってるんだがな。 だけど、なんで私の所に直接こないんだ彼奴ら」

「それは此処が、住人でも迷うような場所だからよ」

「確かにそれはそうだが」

魔理沙の悪癖。

それは手癖が悪い事である。

特に大量の魔道書を保有している紅魔館。吸血鬼が頂点に立つ幻想郷でも最大の妖怪勢力の一つに入り込み。

魔法のトラップをくぐり抜け。

図書館の主と知恵比べをして。

「本を借りていく」のは日常となっている。

「ちょっと最近目に余るほど本が取られているってうちに苦情がきてるの。 ほどほどにしておきなさい」

「あー。 色々研究したくてな。 分かった。 流石にそっちにまで苦情が行くとなると面倒だ。 何冊か返しに行くか。 少し持ってくれるか」

「へいへい。 ほら、手伝うからさっさと済ませましょ」

「助かるぜ」

勿論酒が入って気分が良かったから返しに行くだけ。

普段だったら、絶対に返す事は無かっただろう。

幻想郷は外と隔離され。

外とは何もかもが違っている。

そんな場所でも。

色々な人間関係が、存在している。

 

1、犬猿

 

明確に仲が悪い妖怪は、博麗の巫女でも幾らか思い当たる。

面白い事に、身近な間柄の方が、仲が悪くなることが多いようだ。

幻想郷のバランサー。

外と幻想郷を区切る博麗大結界の管理者でもある博麗霊夢は。

パトロールと称してしばき倒す妖怪を探して飛びながら。

何か問題が起きていないかをついでに探していた。

程なく、空で言い争っている声が聞こえる。

あれは、見た事がある。

以前蘇った聖徳王。

外でお金にその絵が使われているそうだが。

その聖徳王の子分1と2だ。

蘇我屠自古と物部布都である。

なんでも、歴史では蘇我氏が勝ったらしいのだけれども。

聖徳王の配下としては、ついに物部が相手を出し抜いたらしい。

この二人、聖徳王の一の子分を互いに自称していて。

其処まで仲が悪いわけではないが。

何しろ神話の時代に近い、古代からの腐れ縁である。

しかも、だ。

屠自古は見て分かるが、道服を着ているが足がなく、いわゆる霊。それもただの霊ではなく、長い年月を経た強力な亡霊。

それに対して布都は道服を着ているが、足がきちんとある仙人。

後で話を聞かされた所によると。

不老不死を求め、いわゆる「尸解仙」というものに、二人ともなろうとしたのだが。

この時布都が悪さをし。

屠自古が尸解仙になるための媒介を、本来のものとは別のものにすり替えてしまった。

結果として、屠自古は仙人になること無く本当に死んでしまい。

今は雷を操る霊となっている。

とはいっても、二人の力は同じくらい。

聖徳王に対する忠義もホンモノである。

それが逆にまずく。

双方の力が拮抗している上に、どちらも第一の部下を称しているためか。

聖徳王がいる時は良いし。

そも普段は其処まで仲が悪い訳では無い様子だが。

それでもこうやって、時々喧嘩をしている。

流石に人里で喧嘩をするほど節操がないわけではないが。それでも迷惑なのは事実である。

また布都は大の仏教嫌いとして知られていて。

以前寺に放火しようとした事がある。

その時霊夢でもちょっと苦手な命蓮寺の住職に拳骨を貰って、泣きながら逃げていくのを見た。

要するにちょっと情緒不安定で。

喧嘩をしやすい仲、と言うことだ。

霊夢は頭を掻くと。

二人の間に割って入る。

二人とももう妖怪のようなものだ。

此処は人里にある程度近い。

方や雷撃を操る大霊。

もう片方はホンモノの仙人。

双方が本気でぶつかり合ったら、何かしらの被害が人里に出るかも知れない。

そうすると、後で文句を言われるのは霊夢なのだ。

「はい其処まで」

「博麗の巫女! そこの大根の味方をするか!」

「誰が大根だ! そも貴様が……!」

「どっちの味方でもないわよ。 はっきり言って迷惑だからあんた達の住んでる「仙界」だとかでやりなさい」

そう告げると。

二人して、真っ青になり。

そして黙り込む。

それはそうだろう。

この二人は、聖徳王を心の底から慕っている。

それについては霊夢から見ても明らかな程である。

それこそ、一番の部下を争うくらいに。

だから、聖徳王の目が届くところで喧嘩なんかしたら。

それこそどんな目で見られるか。

愛想を尽かされたら。

そんな風に考えてしまうのだろう。

「そ、それは……困る」

「仲良くするようにと太子様も仰られていた。 もし太子様の見ている所で喧嘩などしたら、愛想を尽かされてしまうぞ!」

「い、如何する布都! 太子様に愛想を尽かされるなど、想像するだに恐ろしい!」

「これは休戦と行くしかあるまい……」

がっくりと肩を落とす二人。

ちょろすぎる。

いつもこんな感じであっさり解決してくれれば本当に楽なのだが。

そもそも霊夢に声が掛かるような場合。

血を見る寸前まで行っている事が多い。

それに、相手の急所を知っていたから今回は即座に話を解決に持っていくことが出来たけれど。

いつもそうとは限らない。

呆れ果てた霊夢が、さっさと帰るように二人に促すが。

そうは行かないと、二人は声を揃えた。

本当は仲が良いのではないのか此奴ら。

「実は名誉な事に太子様が人里の「りさーち」をしてこいと我等にご命じられたのだ!」

「直々にだぞ! 有り難きことだ! 羨ましかろう!」

「息ぴったりねあんたら。 少なくとも屠自古の方は人里行く時足をどうにかしなさい」

「それくらいは道術でどうにでも偽装できる。 いつもやっていることだ」

ああそう。霊夢は心底呆れ内心で呟いた。

胸を張って誇らしげな屠自古。

アホの子で知られる布都と比べると、理性的なストッパーという話を聞いていたのだけれども。

こうして話していると、喧嘩が成立するレベルの、早い話がオツムが同レベルのように思えてならない。

咳払いをして、とにかく人里でその「りさーち」とやらが終わったら、存分に仙界ででも喧嘩をしろと告げるが。

二人は腕組みして考え込み始める。

「しかし喧嘩をしたばかりだ。 如何にして「りさーち」をしたものか。 そもそも「りさーち」とやらがよう分からぬ」

「博麗の巫女よ、人里には詳しかろう。 多少おごる故、助言をいただけぬか」

「まあだんごくれるなら良いわよ」

「だんごで良いのか。 ならばそれで手を打とうぞ」

予想より面倒くさい事になったが。

まあだんごを食えるなら良いだろう。

とにかく人里で喧嘩されるのが一番困る。此奴らくらいの実力者が喧嘩を始めると、冗談抜きに死人が出るからだ。

聖徳王自身は切れ者だ。

だが、部下として連れてきたこの二人は正直とても切れ者とは言えない。

悪い奴らではない。

だが特に布都の方は寺に放火したりしようとする悪癖がある。

前はよりにもよって命蓮寺に手を出そうとしかけた。他の寺に対しても、火をつけようとした事がある。

何でも仏像が生理的に受け付けないくらい怖いらしくて。

それが原因であるらしい。

ただそんな事をされては困る。

命蓮寺は勿論自衛できるだろうが。

他の人間の寺は、仙人なんかに襲撃されたらひとたまりもない。

しっかり見張っておく必要がある。

人里に出ると、ちゃんと屠自古は足を偽装し。

人間に見えるようになった。

布都の方は道服こそ着ているが、元々姿は何ら人間と変わらない。

ただ。霊夢が見張りをしている時点で、どうせろくでもない何か人外なのだろうと里の連中は悟ったようで。

距離を微妙に取られている。

あれ。

確か聖徳王の勢力は、里で着実に信者を増やしていると聞いたが。

「あんた達、里では慕われているんじゃなかったっけ?」

「基本的に里で人々に慕われているのは太子様だ」

「太子様は見目麗しいし強いしとても賢い。 故に太子様がお出かけになられると人里には行列ができる。 太子様は素晴らしい」

すごく嬉しそうに崇拝する聖徳王を語る二人だが。

自分らはどうなのか。

そう突っ込みを入れると、いきなり地獄の底に落ちたかのように沈む。

此奴らは。面白いのか困りものなのか。判断に困る。

「太子様は仰られる。 私には会計以外を覚えろと」

「太子様はこう言われるのだ。 私には戦い以外を覚えろと」

「はあ、そう……」

子供が指さしているので。

霊夢も何だか事情を察した。

どうやら聖徳王の勢力は、霊夢が予想していた以上のワンマン組織であるらしい。聖徳王がずば抜けて傑出している反面、この二人はそれぞれ得意な分野以外はポンコツも良い所。

更に言うと、聖徳王の所にいる邪仙に至っては、霊夢の所にも時々注意するよう声が掛かるほどの危険人物。

聖徳王にとっては、まともな部下が欲しいと言うのは切実なことなのだろう。

そういえば妖怪にも人間にも弟子にならないかと積極的に声を掛けているらしいが。

それはこの二人が頼りない事が原因なのかも知れない。

そういえば聖徳王の所と命蓮寺は良く比べられるらしいが。

トップの頭のキレで言うと聖徳王。

組織の総合力で言うと命蓮寺、という所か。

ある意味、バランスが取れた勢力なのかも知れない。

ともかく、二人が人の話を聞きたいらしいので。

適当につきあう。

まあ霊夢がついているので、危険はないと判断したのか。

ある程度話に乗ってくれる人もいるが。

この二人が、あまり話し上手ではないこともあってか。

夕方までつきあったが。

結局大した情報は集まらなかった。

くたくたで大損である。

勿論だんごはおごらせる。

月の兎である玉兎(ただし脱走兵)がやっている団子屋に行くが。

霊夢と、更に仙人と大亡霊が来たのを見て。

玉兎は跳び上がって逃げ出そうとする。

即座に首根っこを捕まえて注文を告げる。

山盛り三皿のだんごを。

前にある理由からぶちのめした相手と言う事もあってか。

玉兎は完全に顔色が土気色になっていて。

今にも吐き戻しそうだった。

とりあえず店主はぶるぶる震えてはいたがだんごは出てきたし、霊夢としては文句は一つも無い。

もぐもぐとだんごを食べ始める霊夢に。

布都は言う。

「時に博麗の巫女。 話があるのだが」

「何かしら」

「そなたの神社もそれほど人は来ていないと聞く。 我々も今日あまり「りさーち」が進まなかった」

「そうね」

此奴らとは違う、と思いかけて。

そんな風に思うようでは同じかと、思い直した。

確かに博麗神社に人が来ないのは事実だ。

理由の一つは、強力な妖怪が面白がってたくさん来る事。

単純に危険なのである。

もう一つは、人里から距離がある事。

霊夢や、守矢の巫女である早苗のように、自衛力がある者であれば、それこそ遊び感覚で出向ける博麗神社だが。

自衛力のない人間が赴くには、少しばかり危険すぎる。

そこで催し物を開いて、大勢の人間が出向くようにする。

なお催し物がある事は、妖怪にも分かるようにする。

そうしておけば。

もし邪魔をすれば、キレた博麗の巫女に頭をかち割られる。そう妖怪達に悟らせる事が出来るからである。

また集団心理も働いて。

多数なら、人間も博麗神社に来やすくなる。

いずれも入れ知恵だが。

確かに実施してみると効果はあった。

それを説明するが。

今度は屠自古の方が聞いてくる。

「なるほど、人が集まりやすいようにするにはコツがいるのだな」

「そういうことよ。 私もあまり得意じゃないけどね」

「人を知らねば人は集まらぬか。 これが太子様が我等に理解せよと命じたことなのかも知れぬ」

勝手に自己完結する屠自古。

いや、お前らには「りさーち」とかが命じられていたのでは無かったのか。

思わずぼやきたくなったが、二人が納得しているのだからそれで良いか。

だんごの会計を済ませると、満面の笑みで嬉しそうに帰って行く二人を見送る。

まああの様子だったら、多分満足だろう。

聖徳王がどんな顔をするかは分からないが。

霊夢にやれることは全てやった。

じゃあ、後は任せた。

そう呟くと、さっさと霊夢は人里から戻る。

今日はなんだかんだで一日中歩き回った。

腹一杯だんごを食べたから機嫌はいいし。

そのまま寝ることにする。

まあ、こんな問題ばかり毎日起きるわけではなかろう。

それにトラブルを未然に防げたのだから良しとする。

結局の所霊夢もあの二人同様に自己完結して。

その日は早々に休んだ。

 

翌日。

早朝、霊夢が寝ぼけ眼で神社の掃除をしていると。

いきなり昨日の二人組が来た。

血相を変えている。

「博麗の巫女!」

「頼みがある!」

「……息ぴったりね。 それはそうと、まだ朝食前なんだけど」

「そうか、悪いがすぐ朝食を取ってくれないか!」

無茶苦茶を言う奴らだ。

最初に戦った時のように、頭をかち割ってやろうかと思ったが。頼みに来たと言うことは銭の臭いがする。

まあ良いだろう。

掃除くらいならできるかと聞くが。

得意だと言われたので、やってもらって、自身は朝食に。

博麗神社には、定期的に食糧が届けられるので。

霊夢自身は竈で煮炊きこそするものの。

食料品を買いに人里に出向くのは、あくまで嗜好品が食べたいときに限る。

体の栄養になるような食糧については。

有事の最大戦力を弱らせるわけにもいかないので、人里がきちんと届けてくれるのである。

そんな食事を適当に料理して。

適当に食べる。

外では何やらぎゃいぎゃい声が聞こえる。

掃除しながら喧嘩しているのか。

仲が良いことだ。

まあ賽銭箱壊したりしなければいいのだが。

声が一つ増える。聞き覚えがある。

最近現れた妖怪。

色々な神社や寺に姿を見せては、手伝いをして行く便利な者。

高麗野あうんである。

見た目は子供のようだが頭にツノが生えているので、妖怪だと一目で分かる。元々狛犬だった者が、ある理由から妖怪化した存在で。

害は一切無く。

むしろ守護を積極的にしてくれる人間に友好的な存在である。悪い評判は一切聞かない。

今日はたまたま博麗神社に来たのだろう。

掃除やらなにやら笑顔で手伝ってくれるので助かる。

食事を終えた後、外に出てみると。

掃除のやり方で一触即発の二人をなだめながら、てきぱきと掃除をしていくあうんの姿が。

まあ布都と屠自古が役に立つとは思っていなかったので。

別にどうでも良いが。

「とりあえずあんたら、神社内で喧嘩したら頭かち割るわよ。 あうん、掃除ありがと」

「いいえ。 それよりも、どうしたんですか早朝から」

「さあね。 朝食もおわったし、さっさと用件をお願い出来るかしら」

「あ、ああ。 そうであったな」

頭をかち割ると言われて、露骨に青ざめる二人が色々面白い。まあそれで大人しくなるなら、幾らでも脅す。

話によると、どうやら「りさーち」が足りなかったらしく。

二人揃って、もう一度人里に行ってくるように、と言われたそうである。

溜息。

そんな事を言われても、どうしたものか。

そも「りさーち」というのがよく分からないし。

そうなると、別の誰かを紹介するしかないだろう。

「情報集めだと天狗だけれど、彼奴ら集める情報がいい加減だしねえ。 紹介してあげるから、稗田家にでも行く?」

「稗田か。 そういえば何度か顔を合わせたな」

「我等と同年代なのだったか。 転生を繰り返して今の時代にまで生きていると」

「よく分からないけれど、人里のことは誰よりも知っているでしょうよ。 紹介してあげるから、助言でも何でもして貰いなさい」

助かると頭を下げられたので。

またおだんごで手を打つと告げる。

あうんが、笑顔で言う。

「あまり甘いものばかり食べると太りますよ」

「食べた分は動いているから大丈夫よ」

実際、激しい戦いの後は、露骨に「足りない」と感じる事がある。

いずれにしても霊夢はまったく太ったことがない。

食べる分だけ戦闘で消耗するからだ。

まあ、あうんが掃除をしてくれるなら大丈夫だろう。人間達にも無害な存在だと認識されているようだし。神社を訪れる物好きが逃げる事もあるまい。

では、さっそく二人を連れて稗田の家に行く。

性格が悪い稗田の阿求だが。

馬鹿二人を押しつけてしまうには丁度良いし。

家に行けば、食事をたかれる可能性も高い。

まあ、面倒と言う事を除けば。

損も無いか。

ふと気付くと。

後ろでまたぎゃいぎゃい喧嘩をしている。

さっきの掃除のことでまだ何か文句があるらしい。

いい加減、苛立って来たので。

此処で叩き落としてやろうか。

そう霊夢は、一瞬だけ思った。

 

2、宿命的な関係

 

どうにもこうにも、仲良くなれない存在という者はいる。

どうしても相手が気にはなるが。

決定的に相容れない場合がそれだ。

守矢の巫女である早苗と今距離を取って空中で相対しているのは。

妖怪の山の天狗の一人。

鴉天狗、姫海棠はたてである。

最近の外の最新の流行を意識した姿をする事が多く。今も髪の毛をツインテールに結っている。

最新の機器にも興味を持つ。

だからむしろ早苗には「比較的」好意的に接してくる珍しい天狗なのだが。

残念ながら、現在守矢と天狗は一触即発。

更にはたては有能な天狗で。

若手の天狗の中ではトップクラスの実力者。

流石に天狗最強を謳われる射命丸ほどではないにしても。

他の有象無象とは格が違う。

更に早苗は。

はたて自身は嫌いでは無いが。はたてが書く新聞が嫌いだった。

天狗は新聞造りを趣味にしているのだが。

早苗が見たところ、天狗という種族そのものが新聞造りに決定的に向いていない。

一番露出が目立つ射命丸にしても、本人は頭が切れるのに、新聞は目を通してみると明確に分かる三流。

外の世界のマスコミも、今は品質の低下が著しいが。

正直幻想郷のマスコミを気取る天狗の新聞も、品質のひどさは大差ない。

現在ではいわゆるソーシャルメディアの台頭が著しいが。

それは有料の新聞が、ソーシャルメディアと同レベルの代物になっているからで。

早い話が金を払って読む価値が無いからである。

天狗の新聞も噂話の領域を超える代物では無い。

天狗それぞれに、新聞としての特色はある。

例えば射命丸の新聞はどちらかというとゴシップ誌の色彩が強く。

読んでいて「読み物としては楽しい」部類に入るのだが。

問題ははたての新聞で。

兎に角内容が攻撃的なのだ。

天狗の仲間内では、「情報が古い」という事を問題にしているようだが。

天狗の中でも古株の大天狗の書く新聞が学級新聞レベルである事からも、彼らに新聞を見る目なんてある訳もない。

内容が攻撃的で、読ませる文章ではない。

それが最大の問題なのである。

はたて自身も、新聞に人気がないことを苦にしているようなのだが。

一度内容が攻撃的である事を指摘したら。

それ以来壁が出来た。

多分、内心では分かっていたのかも知れない。

場合によっては自分で火を熾して「記事を作る」事で知られている射命丸の新聞よりも、どうして自分の書くものが人気がないのか。

だが、人も妖怪も。

図星を指されると、それが一番心に突き刺さるものなのだ。

はたてもそれは同じだった。

今も、別に警備担当の白狼天狗がスクランブルを掛けてくればいいものを。

敢えてはたてが出てきている。

事実、困惑した様子で、距離を取って見ている白狼天狗の姿も確認していた。視界には入っていないが。早苗は幻想郷に来てから散々修行して術は多数身につけている。それくらいの察知は簡単だ。

既に早苗の実力は、生半可な天狗では束になってもかなわない段階にまで来ている。

最近は明確に守矢と天狗の実力差が開いてきたからか。

早苗が天狗の領空を侵犯しても、殆どスクランブルすることは無くなってきていたのだけれども。

今回は多分はたての独断だろう。

しばらくにらみ合った後。軽く話をする。

「お久しぶりです。 元気でしたか?」

「おかげさまでね。 其方は相変わらず景気が良さそうね」

「まだまだですよ」

「貪欲な事ね」

ちょっと棘のある会話が悲しい。

はたてはどちらかというと、ガチガチに硬直化した天狗の組織の中では、未来を担う人材だ。

しかも運が良いことに、天狗の中でもかなり家柄が良い出身。

こういう人材がいると。

組織の改革がスムーズに進む事がある。組織改革は上から行う方が効率的なのだ。

前に守矢の守護神であり、早苗の親に等しい二柱。諏訪子と神奈子に言われたのだが。

天狗の組織は外患として守矢を。

内憂として組織に不満を持つ天狗達を抱え。

非常に危険な状態にあるらしい。改革を上から効率的にしないと危ない、と。

つまり、天狗は守矢が潰しに行かなくても。

自壊する恐れがある、と言う事だ。

そんなとき。

起きる事は決まっている。

今まで偉そうにしていた者が引きずり下ろされ。

そしてなぶり者にされる。

多分そんな事が起きたら、はたてには居場所もなくなるだろう。更に言えば、逃げ延びられなければ、もっと悲惨な運命が待っているに違いない。

「それで何よ。 此処は私達の縄張りなんだけれど」

「本当に? この辺りに住んでいた妖怪達が、泣きついて来ました」

「えっ……」

「鬼が出ていった直後、この辺りに住んでいたところを追い出されたそうです。 貴方は知らなくても不思議ではありませんが」

露骨に青ざめるはたて。

この子はつんつんした言動と裏腹に天狗としては善良だ。天狗としては、だが。

天狗なりに人をさらってどうこうしようと考えたりもするようだし。

現在はやっていないとはいえ、条件が揃えば人を食べる事も考えるかも知れない。幻想郷の現状からして、やる事はないだろうが。

「そ、そんなの口から出任せの可能性だって」

「だから調査に来ました。 嘘をつく妖怪はたくさんいますからね」

「……っ」

自分達のことを言われた。

そう感じたのだろうか。

はたては早苗と同じく良い所のお嬢様だ。

早苗は正直二度と故郷に戻りたいとは思わないが。

はたては天狗の世界が居心地良いようだし。

両親に愛されて育った形跡もある。

そして、生半可に賢いからか。

今の天狗が如何に体制的にダメで。

内憂も外患も非常に危険な状態か、理解出来てしまっている。故に、拳を固めて反発しながらも。

早苗に対して、文句を言うことは出来ずにいるのが分かる。

ほどなく早苗は、高度を下げて、調査に入る。

待ちなさいよと、上から声。

捨て台詞だけ残して去るかと思ったのだが。

しかしながら、はたてはついてきた。

地上戦では天狗は不利だ。

ただでさえ、速いだけでは早苗には勝てない。

昔は射命丸だけには絶対に手を出すなと、保護者の二柱は言っていた。少し前には、それが出来るだけ射命丸との交戦は避けろになり。今では射命丸との交戦時は油断するな、となった。

逆に言うと、それ以外の天狗は鼻であしらっても大丈夫だという意味でもある。

はたては若手の中では相当な実力者で。

流石に射命丸ほどではないにしても、力に奢って錬磨を怠っている年老いた天狗より強いし。天狗全体で見ても実力は上位に入ってくるようだけれども。

それでも悲しいかな。

力を順調に伸ばし。

更にはまだまだ到底及ばない博麗の巫女というライバルを意識している早苗にはもうかなわない。

だから自然と、対応には余裕も湧いた。

「無視するなって言ってるのよ!」

「調査に同行しますか?」

「な……」

「記者でしょう?」

むっと頬を膨らませるはたて。

実年齢では早苗よりずっと年上だろうに。

本当に両親に愛されて育ったんだなと、一目で分かってしまう。

可愛らしいとも思うが。

同時に苛立ちも感じる。

早苗にとって、親は守矢の二柱。

人間の両親は、田舎の有力者らしい閉鎖的な環境下で。早苗を如何に権力闘争の道具として扱うか考えない二人だった。

はたてとは仲がこじれる前は。

少しは話もした間だ。

だから、相手のことは少しは分かる。

はたてが両親の溺愛を好ましいと思っている筈もない。

森の中を歩く。峻険な妖怪の山も、すっかり今では歩き慣れた。

妖怪の山の森は、自然が豊か。

熊も出れば、既に外では絶滅してしまったニホンオオカミもいる。カワウソも同じ。

ツチノコもいるという話だが。

それはあくまで妖怪としてのツチノコ。

UMAとしてツチノコが実在するかは分からないが。

或いは外のツチノコとは別かも知れない。

むすっとしたままついてくるはたて。

早苗は幾つかの術を唱えると、森の状態を総合的に探っていく。

やはりな、という結論しかなかった。

「はたてさん、見てください、この木」

「この枯れかけた木がどうだってのよ」

「この木はきちんと管理されると、多くの木の実をつける品種です。 ほら、こちら」

持ってきている図鑑を見せる。

外の世界から、此方に来るときに持ち込んだ蔵書の一つ。

美しい絵画を多数伴い、写真と併せてある高価な図鑑だ。田舎とは言え有力者。更に理解がない両親の心を操作して、理系で学問に興味がある早苗のために。二柱は色々としてくれた。

科学雑誌や図鑑などを買うように、それとなく両親を促すのもその一つ。

おかげで早苗は、両親に早々に見切りをつけるのと同時に。

わくわくしながら最先端の科学を、美しい絵とともに知る事が出来たのだ。

「樹齢は、本来枯れるようなものではありません。 ここに住んでいた妖怪が、大事にしていたんですね」

「私達が奪い取ったからだっての!?」

「奪い取った後、領土だけ得て満足して、管理しなかった。 違いますか」

「……」

図星か。

天狗は山の妖怪。

色々なルーツがあるが。

いずれにしても万能の存在じゃあない。

其処まで邪悪な妖怪とされるわけではないけれども。

一方で鼻の長い天狗が慢心を示すと言われるように。

決して良き守護神とされるわけでもない。

鴉天狗は仏教のカルラ天。つまりはインド神話の鳥王ガルーダが原型になっていると言う話もあるけれど。

天狗の逸話を見ていくと。

どちらかというと、鴉天狗は下位の天狗として設定されている事が多く。

神々に勝る力を持つ存在では無い。

流石に天狗も神々の領域を侵したりはしないようだが。

それでもこの森の様子は酷い。

「雑木林は管理が必要なんです。 私の田舎でも、専門業者が時々手を入れていました」

「……」

「良いんですか、私の言葉を鵜呑みにして。 自分でデータを取って、取材をしてこその記者じゃないんですか?」

「言われるまでも無いわよっ!」

メモ帳を取り出すと。

慌ててメモを取り始めるはたて。新聞はダメでも、記者としての魂はあるのが分かる。

だからこそに惜しい。

早苗は嘆息すると、黙々と調査を続けていく。

やはり植生。

木々の様子。

それに肉食獣のマーキングの痕跡などから分かる動物の分布。

全てがいびつだ。

また、「天狗の領土」になっているからか。

妖怪の山という名前と裏腹に、妖怪にもまったく遭遇しない。

彼らは天狗を怖れている。

一体一体と喧嘩するならまだいい。普通の妖怪なら喧嘩はむしろ楽しむケースもある。

だが天狗は違う。

仮に勝つことができても、その後に天狗は群れで復讐に来る。群れで行動すると言う事は、復讐も陰湿だ。

そういう種族だと知っているから、妖怪達は天狗を避ける。

その結果がこれだ。天狗自体が悪いんじゃあない。鬼が去った後に、妖怪の山の絶対的地位に慢心した天狗達の行動がまずい。

一通りデータを取ることが出来た。

場合によってはデジカメを使って写真も撮る。

それを見て、ガラケーのようなデバイス(多分天狗が外の世界のガラケーを真似たものだろう)を使って写真を撮っていたはたては。

不思議そうにしていたが。

それが写真を撮るものだと気付いてからは。

負けるものかと、写真を無闇に取っていた。

「どう思います?」

「何がよ」

「守矢に降れとは言いません。 でも、無作為に領土を拡げていくと、きっとこんな森が妖怪の山中に拡がりますよ」

「……そうね」

おっと。

認めた。

はたても、天狗の組織については問題があると思っている筈だ。以前話をしていた時も、不満を遠回しに零していたことがある。

主に親の過保護に対する不満だったが。

それでも。やはり組織の腐敗については、身に染みて感じ取ることが出来ていたのだろう。

何しろ、腐敗に近い場所にいるのだ。

相応に聡ければ。

どうしても分かってしまう。

「私は戻ります。 はたてさんはどうしますか?」

「もう少し……取材していく」

「そうですか。 ただ安易に新聞にすると、身に危険が及ぶかも知れません。 気をつけてください」

「そうね。 悔しいけれど、お父様とお母様に相談してみるわ」

その場で別れる。

ふと、気付いた。

はたてとこんなに色々話したのは、いつぶりだったのだろうと。

 

守矢神社に戻った後。

待っていた二柱に相談する。

大人っぽい神奈子と。田舎の健康的な子供に見える諏訪子。

天津神の武神と、土着神の頂点。

どちらも妖怪の上位存在である神であり。それぞれが賢者でさえ手に負えない実力者だ。

幻想郷最強とまでは行かないが。

この二人のタッグに勝てる存在は、幻想郷の外にいかないと明確には見つからない。

博麗の巫女でさえ、二人同時とのガチの交戦は避けるだろう。

スペルカードルールでの戦いならともかく、である。

「それで早苗、これがレポートと」

「はい。 妖怪達の訴えは間違いないと思われます」

「ふむ、データは嘘をつかないね」

神奈子はそう言いながら、早苗がまとめたレポートを見ていく。

持ち込んだPCを使って。

デジカメで撮った写真を取り込み。

作ったものだ。

プレゼン用の資料である。

データは嘘をつかない。

調べてきた森は、文字通り悲鳴を上げているのと同じ状況だった。

諏訪子が足をぶらぶらさせながら言う。神奈子が応える。二人の仲は文字通りツーカーである。役割分担を完璧に果たし動ける。それくらい連携が取れている。

「それで、天狗の所に乗り込むの?」

「ああ、私が行ってくるよ。 留守は頼めるかい?」

「問題ない。 で、早苗」

話を振られたので頷く。

天狗から取り返した領土の調査をしてこい、という話だった。

妖怪には嘘をつく者も珍しくない。

天狗から領土を取られたと言っておきながら。

実際に調べて見ると、それは嘘だった、という例が今までに何度もあった。

だから念入りに調べるようにしている。

守矢は天狗より公平だ。

それはお人好しという意味では無い。

天狗にしても河童にしても、どちらもえげつない考え方の持ち主で。今は人間を殺さないが。

河童などは、昔は散々人間を溺死させていたのに。

人間に友好的な存在だと自負していたりする。

今でもキュウリは人間の畑から盗んでいるのに、だ。

考え方が妖怪と人間では違うし。

妖怪の種族内でも、下手をすると個体単位でも違ってくる。

それははたてや射命丸を見ていても思う。

天狗という存在に限っても。

色々と違う考えの持ち主がいるのだ。

すぐにそれぞれで動く。

守矢の信者になっている妖怪は多数いて。守矢の支配圏の妖怪は、早苗に対してとても好意的だ。

すぐに調査を命じられた森に降り立つと。

てもみして、山の妖怪がすぐに姿を見せた。

「これは守矢の巫女様。 いつも見目麗しゅうございます」

「森の調査に来ました」

おべんちゃらは大嫌いだ。だから営業スマイルで用件だけを返した。

早苗は幼い頃から、故郷で権力闘争の道具だった。

だからおべんちゃらを使って気を引こうとする相手は嫌と言うほどみてきたし。

そいつらが内心で早苗をどう利用するかしか考えていない事も分かっていた。

この妖怪達も同じ。

隙を見せれば、すぐにでも調子に乗ることだろう。

「何か危険でもあるのでしょうか」

「森の管理がきちんと出来ているかの調査です。 森は大事にしないとすぐにダメになってしまいます」

「それは勿論、管理できて……」

「これから確認します」

さっとデジカメを取りだす早苗を見て。

妖怪達は青ざめる。

こういう抜き打ちの調査を時々されると、彼らも知っているのだろう。

守矢は天狗から領土を取り返してはくれるが。

甘やかしてくれるわけでもない。

態度は極めてシビアで。

もしも騙していた場合は、相応の仕置きが待っている。

それは妖怪達の間で噂になっている。

人里の側で、人妖平等の教義を掲げて、弱者妖怪の救済をしている命蓮寺と違って。

守矢は即物的で、現実的な考えで動いている。

今まで動いてきたのも、全て現世でどう利益を上げるか、というシビアな思考が基本となっている。

森を調べていくが。

一応、そこそこに手入れはされている様子だ。

抜き打ちで調べられる。

そういう噂は、既に妖怪達の間に流れているのだろう。

勿論窮屈に締め付けるつもりはないが。

それ以上に舐められるほど甘く接するつもりもない。

二柱に繰り返し言われた。

支配者は誰か。

上下関係を常に叩き込む事を意識しろ。

その上で、困っているときは助け。弱い者が虐められていたら救え。

相手の性格を見極めた上で恩を売れ。

侮られることは相手に寝首を掻かれる前兆だ。

厳しいが、公平な支配者である事を意識しろ。

早苗は守矢の巫女としての英才教育を受けている。外にいた頃から、二柱から帝王教育に近いものは受けていたが。

今では、幻想郷の管理を意識したものへと、それは変わりつつあった。

守矢の二柱は、最終的には幻想郷を乗っ取るつもりだ。

野心を隠してもいない。

早苗もそれで別にかまわないと思う。

カオスよりロウが早苗にとっては好ましい。

混沌は多くの弱者を泣かせることになる。

年を取らない支配者が存在するのなら。

その支配者が、しっかりした支配体制を確立することの方が、幻想郷のためにもなる。

それが二柱の考えで。

早苗も、それは正しいと思う。他の者は違う答えを出すかも知れないが。

ある程度調査をした上で、中間的に結論を出す。

「幾つかの木々の管理が雑です。 丁寧に管理をするようにしてください」

「す、すみません」

「守矢は貴方たちを守りますが、森を守るのは貴方たちです。 現場に口出しをするつもりはありませんが、長期的には結果を見ます。 忘れないようにお願いします」

恐縮している妖怪達。

これでいい。

小娘と侮られるようでは、まともに話も聞いて貰えない。

博麗の巫女には及ばなくても。

その辺りの妖怪なら、束になってもなぎ倒せる。怒らせたら叩き潰される。

その程度の武力を持っていることも常に示す。怒ることもしっかり見せておく。

そうすることで守矢はこの土地に、新たに覇権を確保するのだ。

神社に戻ると。

既に神奈子が戻っていた。

どうやら天狗をデータで殴ってきたらしく。あの森の周囲を、取り返すことに成功したらしい。

戦力差が歴然としている以上。

データとしての正当性があれば、天狗にはもはや譲歩する以外の手段がない。

ロープウェーを作っていた頃は、まだ天狗は反発をしていたが。

力の差が明確についている今は。もはや表だっての力による反抗は、諦めているようだった。

「それと、この記事」

神奈子が見せてくれるのは。

ぐしゃぐしゃに丸められて、捨てられていたという新聞。

新聞造りを趣味とする天狗が、こんな扱いをするというのは珍しい事だ。

隙を見てくすねて来たと言う。

「まだ新しいのに、乱暴に破られて捨てられていた形跡があったからね。 天狗が新聞を粗末に扱うのは珍しい。 興味があったからくすねてきた」

「見ても良いですか?」

「ああ、見てご覧」

神奈子は目に暗い愉悦を浮かべている。

この人……いや神は、天津神の武神といえども、必ずしも恵まれた境遇に置かれ続けた訳でも無い。

人間の暗い部分を散々見てきている。

それは土着神として、天津神に征服された存在である諏訪子も同じ。

だから、諏訪子も田舎の素朴な子供みたいな顔をして。

暗い表情をしていた。

文章の内容から見て間違いない。

はたてが書いた新聞だ。

内容は、破かれていたから、一部読み取れなかったが。

大体は分かった。

森の管理について。

他の妖怪を追い出して奪い取った領土の荒れ方が酷い。

これは天狗の管理問題である。

もし力あるものが、支配するべくして支配するのだというのなら。

きちんと領土の管理もするべきであって。

それが出来ないのなら、他の妖怪の領土を、さもしい領土欲に従って奪い取るべきではない。

守矢はきちんと管理が出来る妖怪に森を任せ。

抜き打ち検査までして、森の管理を徹底している。

このままでは、守矢に力だけでは無く正当性でも遅れを取る事になる。山中の妖怪を敵に回し始めている今、それは致命的な事態を招く。

ただでさえ守矢に押されに押され。

危うい一線で踏みとどまっている現状。

天狗の組織の根本的な見直しと。今までやってきた政策の方向転換を考える時が来ているのではないだろうか。

記事を読んだ後、真顔になって、しばらく黙り込む。

攻撃的な文章は相変わらずだ。

だが、これは恐らく。

天狗達が分かっている上で、敢えて無視していた内容だ。

はたてが心配である。

思わず立ち上がりかけた早苗を。

茶を啜りながら諏訪子が呼び止める。

「待ちな早苗。 何するつもり?」

「この新聞を書いた天狗が心配です。 今の天狗の体制は非常に不安定ですし、見せしめになにかされていないか」

「どうせ姫海棠はたてだろう」

ずばり、名前まで当てられる。

敵を知り己を知れば百戦危うからず。

二柱は、天狗を全員把握している。その性格から、特性まで。飼っている妖獣と、その数、戦力すらも。勿論幻想郷の他の妖怪組織のメンバーもあらかた。

特に天狗に対しては、殆ど本人より詳しいレベルで調査し、把握している様子だ。

現状最も交戦する可能性が高い仮想敵だからだろう。

「放っておきな。 天狗の組織はこのままだと遠くない未来に自壊する。 はたての扱い次第では、その自壊が更に早まる」

「分かっています。 でもこの記事は……」

「諏訪子。 ……行かせてやりな」

「……分かった。 ただ、気をつけな。 私も可愛い娘が傷つくのは見たくないんだ」

神奈子が助け船を出してくれる。諏訪子も、背中を押してくれる。

やっぱり。早苗は立場が似通っているはたてが色々と心配だ。その新聞が好きでは無くても。

 

雨が降っている。

天狗の領土の境界近く。天狗にとってアンタッチャブルになっているニワタリ神、庭渡久侘歌の家のすぐ側で。

早苗は、木陰に蹲っているはたてを見つけた。

側に降り立つ。

そして気付いた。

はたては頬を腫らしていた。目元も。泣いていたのだろう。

何があったのかは、一目見ただけで分かった。

「無様な姿でしょう。 せいぜい笑いなさいよ」

「笑いません」

新聞に、真実を書く。随分前から、外の世界で失われてしまった事。

そして恐らく天狗の世界でも。

新聞を作るのが好きなのに。天狗達が忘れてしまった事だ。

「両親に殴られたんですね」

「ええ。 その様子だと、守矢の武神が気付いたんでしょう」

「新聞を破かれて捨てられていたと聞いています」

「撒こうかと思った直後に、両親が私の原稿に気付いたの。 後は、撒く前に抑えられたわ。 話なんて、聞いても貰えなかった」

こんなものを撒いてみろ。

ただでさえ孤立しているお前は殺されるぞ。まだ子供なんだから、言う通りにしていろ。

そうとまで言われたという。

はたてはぎゅっと唇を噛む。そして、一気に不満をぶちまけていた。

「真実を書くのが新聞よね。 私はもう子供じゃないし、新聞に書かれている事には嘘もある事も分かっているけれど、それでも最低限の一線、記者の誇りは守りたかった。 いつだったっけ。 あんたが言ってた外の世界の新聞。 金を出してくれる連中のために書かれている新聞って自称する紙屑の束。 真実なんてどうでも良くて、金を儲けるためだけにまき散らされる嘘だらけの文字列。 そんなものと同じ新聞は作りたくなかった」

そんな最低限の一線すら守れなかった。

はたては涙を拭っていた。殴られたことよりも、その事の方が悲しかったのだろう。

両親にそう反発したはたては殴られて。

新聞のデータは全て消去され。更には、刷った分は全て破かれて、捨てられたという。新聞を作るのに使っていたPCまで取りあげられたとか。

それだけじゃあない。

一瞥しただけで何があったのか大体察したのだろう。

すれ違った射命丸は、頬を腫らしてふらついているはたてを見て、一笑に付したという。

あいつの嘘だらけの新聞が、嘘だらけだとみんな分かっていて楽しんでいるのに。

攻撃的な文章かも知れないけれど、真実を書いた新聞が破かれて捨てられるのは、本当に正しいのか。

分からなくなったと。はたては声を震わせた。

はたての顔は濡れている。雨だけが理由では無い。妖怪だって泣く。早苗は鬼が泣いた絵本を思い出した。

こう言うときは、何も言わずに側に立っているべきだろう。

そう思った早苗は、傘を差す。

雨に濡れているはたてが忍びなかったからである。

自分と年や境遇が違っていても。こう言うときは、配慮できる存在がいれば、きっと嬉しいはずだ。

「……礼は言わないわ。 借りにしておくわよ」

「個人的な話ですが、天狗を容赦なく潰そうと思っている「私の親」と、私は少し考えが違っています。 もしも天狗の側から歩み寄りがあれば、どうにかしたいです。 戦争は嫌です」

はたてが早苗を見る。

早苗の表情は、はたての位置からは見えないはずだった。

「まだ、改革は間に合うのではありませんか?」

「……」

それが厳しい事は分かっている。早苗も怖い世界は嫌と言うほどみてきたのだ。妖怪の世界も、人間の世界と大してその辺りは変わらないだろう。ましてや天狗の組織は、人間のそれにそっくりなのだ。

はたての返事はなかった。

それから雨が止むまで、

ずっと早苗は、はたての側にいた。

 

3、巫女二人

 

霊夢が無言でだんごを食べている。

その向かいに座っているのは早苗である。

魔理沙からして見ると、あまり心臓に良い光景では無い。

飄々としている早苗だが。

どちらかというと霊夢よりも人間的だ。

その一方霊夢はスイッチが入ると、妖怪は当然、神だろうが悪魔だろうが勿論場合によっては人間であろうが関係無く頭をかち割りにいく。

魔理沙ですら此処は既に非常に居心地が悪く。

団子屋からとっくの昔に人は消えていた。

団子屋の店主である玉兎は、カウンターの裏で悶絶している有様である。まあストレスに弱い兎なのだから無理もないか。

平和な団子屋が。

一瞬にしていつ爆弾が炸裂してもおかしくない、恐怖の爆心地と化したのだ。

兎に耐えられる状況ではない。

魔理沙も正直即座に逃げ出したいくらいだが。

とりあえず話を聞いてみる。

「そ、それで、どうしたんだ。 何だか今日は殺気立ってるな」

「ちょっとこの間妖怪の山で問題が起きてね。 情報収集中」

「情報収集?」

珍しい。

霊夢のやり方は基本的に鉄拳制裁だ。

問題が起きた場合音速で飛んでいき、まず相手を殴って情報を聞き出す。相手が誰だろうと関係無い。

魔理沙が知る限りはそのやり方は今まで一度もぶれておらず。

故に霊夢はこう呼ばれている。

赤い通り魔。

紅白巫女。

幻想郷のバランサーは、文字通りの暴力装置なのである。妖怪にとっては恐怖以外の何者でもない。

だがそれが故に、その圧倒的暴力が秩序の要因になっているのも事実。

強力な妖怪は面白がって霊夢と「遊び」たがるし。

弱い妖怪は悪さなんてとても出来ない。

その結果、問題をある程度コントロール出来るのが、強みではある。

「で、天狗とはどうなってるのよ」

「今の時点では此方が圧倒的優勢ですが、まだ諏訪子様神奈子様は、最終攻撃命令を出していません」

「ぶっちゃけあんた達がつぶし合うのに興味は無いけれどね。 守矢が妖怪の山全域を抑えるとバランスが壊れるのよ。 幻想郷に強力すぎる組織が出来ると困るのよね」

「妖怪同士の争いには不干渉でしょう? 人里に迷惑は掛けませんよ」

ぞっとする会話だ。

妖怪の山が、現在幻想郷の爆心地に近いことは誰もが知っている。

拡大政策を続ける守矢が天狗を徹底的に押し込んでいて。

このまま行くと、近いうちに天狗は守矢に降伏するしかなくなる。もしくは叩き潰される。

その結論で、誰もが一致している。実際今まで散々やらかしてきた事もあり、天狗の味方をする勢力はないだろう。

もしそうなった場合、問題はその後で。

拡大政策を続ける守矢は、他の妖怪勢力を潰しに掛かる可能性がある。

最初に守矢が狙うのは。魔理沙の考えでは、恐らく紅魔館だ。

人里と関係が深い勢力よりも、むしろ人里とは距離を取っている勢力から潰し、取り込んでいく。

勿論紅魔館側も、優れた戦力を有しているが。

巫女の能力は強力だ。

早苗は奇蹟を司る能力まで持っている。

例えば、強烈な日光で紅魔館を照射するような攻撃を行った場合。

紅魔館の主である吸血鬼は、ひとたまりもないだろう。

一度バランスが崩れたら後はなし崩し。各個撃破が行われていくだけである。

最悪なのは、その前に命蓮寺辺りを中心とした大連合が組まれるケースで。

文字通り、幻想郷を二分した大戦争が始まりかねない。

人里に直接手を出さないにしても。

どんな天変地異が幻想郷を襲うか知れたものではないし。

妖怪同士の争いに基本的に霊夢は出ない。

人里が脅かされた場合に霊夢が出るのであって。

それは幻想郷の人間側のバランサーの仕事であるからだ。

噂によると、幻想郷の賢者の中でも別格の存在である「龍神」は眠ったままだそうである。

もし守矢の行動次第では。現在動いている賢者だけでは手に負えまい。

この龍神が目を覚まし。

そして幻想郷が一度ひっくり返るかも知れない。

守矢はそこまで考えている可能性もあるし。

考えているとしても。どんな手段を採るか知れたものでは無い。

生きた心地がしないのも事実だった。

「どうせ潰すのは天狗だけじゃないでしょうし、その過程で人里が滅茶苦茶になるのは避けられないわよ。 この状況を維持するのが一番だと私は思うんだけれど」

「霊夢さんにも旨みはありますよ」

「へえ、どんな」

「妖怪の絶対数が減れば、寝て暮らせるんじゃないですか」

さらりと。

本当に当たり前のように、早苗は恐ろしい事を言う。

どこまで本気か分からない。

魔理沙が知る限り、早苗は幻想郷に来た頃から、ちょっとずれた所があった。幻想郷に来た頃は、明確に霊夢の方が強かった。

だが、妖怪の山での権力闘争に真正面から関わり。

加速度的に成長している。

普通に話している分には良い奴だ。手癖が悪い魔理沙にも普通に接してくれるし、気前も良い。

だが一旦政治の話が絡んでくると、魔理沙が嫌いな臭いがぷんぷんしてくる。

文字通り、魑魅魍魎蠢く世界で、ずっと人間を見てきた守矢の二柱が英才教育を施しているのだ。

それはこうなるのも当たり前か。ただ、何処まで本音なのかは分からない。心にカーテンを作るのは、魔理沙より早苗の方がずっと上手い。

「まあ妖怪による人間の被害が減ればこっちは楽よ。 でも妖怪がいなくなったら幻想郷は回らないわよ」

「おや、妖怪の味方ですか?」

「人間に迷惑を掛けない限り、私の目につかない場所にいる妖怪まで探して潰す気は無いってだけよ」

また霊夢も随分と恐ろしい事をいうものだが。

此奴の言葉は本心だろう。

妖怪にとっての恐怖であれ。

そうあるように、霊夢はずっと心がけている節がある。

元々苛烈な性格なのは事実だが。

その苛烈な性格を生かすことによって、もめ事を減らせる。そうすれば楽をして寝て暮らせる。

そうも思っているのだろう。

とはいっても、霊夢の本音が何処にあるのかは分からない。

妖怪が減りすぎれば、人里は博麗の巫女を頼らなくなる。

それくらいの計算は出来るはず。

守矢による絶対支配の最後は。

多分博麗神社に対する宣戦布告。

その時には、幻想郷全てが敵に回るだろう事も、計算くらいは出来ているはずだ。流石の霊夢も、幻想郷の強者が総掛かりで、しかも殺すつもりで襲ってきたら勝てる自信はないだろう。

泡を吹いて気絶寸前の玉兎に、霊夢がだんごを追加で注文。

魔理沙は気の毒なので、やめておいてあげた。

この炸裂寸前の雰囲気に耐えきれなくなったので、魔理沙は咳払い。

ちょっと待てと、二人に言う。

「な、なあ。 ちょっと空気を一旦冷やそうぜ。 お前達が本気でぶつかり合ったら、人里なんか一瞬で木っ端微塵になっちまうんだぞ」

「戦うつもりはないけれどね」

「同じく」

「いや、今の状況、いつ戦いになってもおかしくないだろ。 此処の団子屋が真っ先に消し飛んじまうぞ」

魔理沙のその言葉を聞いてどうやら漏らしたらしい。

玉兎が半泣きのまま、だんごをおいて、人形のような動きでカウンターの奥のバックヤードに消えていった。しくしく泣きながら着替えるのだろう。アリスの人形の方がまだ自然に動いていた。

今日は比較的早苗の様子に余裕がある。

早苗も昔は霊夢にとても勝ち目がなかったが。近年はぐっと力をつけてきている。

特に神々の加護を得る力に関しては、早苗の方が霊夢より上だろう。

技も術もどんどん増やしているようだ。

戦いになったら、まだ霊夢の方が上だろうが。

それでも瞬殺とは行かなくなっているはず。

力の差は明確に縮まりつつある。

咳払いすると、魔理沙は告げる。

「とにかくだ。 私は人間だから言わせて貰うが、はっきりいって今の守矢の拡大政策は怖いんだよ」

「え。 驚きました。 怖いもの知らずの貴方が?」

「怖いものは私にだってあるぜ。 私は妖怪退治の専門家だし、そこの赤いのと一緒にずっと戦い続けてきたけどな。 百戦百勝とはいかないし、単純に相手を倒せば良い世界だけじゃないって事も知ってる」

魔理沙は実家が大嫌いだが。

それは今早苗がしているような、冷徹極まりない現実主義を常に口にしていたからだ。

勿論戦いの時は魔理沙も気が昂ぶるが。それはそれである。

少し前に魔理沙は畜生界という場所で戦った。

其処は自己責任論が暴走した結果の世界で。

文字通り親兄弟で喰らいあう悪夢のような場所だった。

大型組織が互いに相食む世界で。

戦いの結果幾つかの縁は出来た。

だが、案内されて色々な場所を見て思ったのだ。

これは実家がもっと酷くなったら、こうなると。

そして聞かされて口をつぐんだ。

幻想郷の外の世界は、今こうなりつつあると。

守矢が持ち込もうとしているルールは。

畜生界ほど酷くはないにしても。

それに近いものになるのではないのだろうか。

確かに幻想郷の人間達は、妖怪である賢者に人里の管理を一任している。仕組みを理解していない妖怪によって、里が一夜で滅ぼされる恐怖だってある。

基本的に色々な人間と妖怪がいて。

互いに殺し合いをしなくてもいい。それが幻想郷だ。

勿論例外はある。

ルールとして動いているような妖怪や。

人間を喰らう気まんまんの凶悪妖怪は退治しなければならない。

だがそれについては、其処の赤い巫女がいるし。

魔理沙だって行う。

妖怪の側でも、対処はしている。

守矢の拡大政策が仮に成功したとする。

その結果、暴力が幻想郷に吹き荒れ。

今危うい所で保たれているバランスが完全に一度一掃され。

強力な二柱による支配体制が作り出された後。

今の幻想郷に生きている人間も妖怪も。

無事でいられるのか。

それが魔理沙には怖い。

人里には知り合いもたくさんいるし。

妖怪には、人間には怖れられることを第一とはしているが。人里から離れた魔理沙から見ると、気が良い奴もたくさんいる。

天狗は組織になるとアレだが。

それでも、一人一人は癖があったとしても悪い奴ばかりじゃあない。性格が悪い奴は人間にも妖怪にもいる。

だから、と魔理沙は区切って。

最後の天狗の所で、わずかに感情を揺らされたらしい早苗に、もう一度言う。

「怖いんだよ私は」

「……魔理沙が怖がるなんてね。 驚いたのは私も同じよ」

霊夢も言う。

まあ怖いもの知らずのこの赤い巫女も。

それでもやっぱり、何もかもが滅茶苦茶になるのは嫌なのだろう。

早苗はしばらく黙っていたが。

ふうと溜息をついた。

「それならば、諏訪子様神奈子様と直接お話願います」

「そうしようかしらね」

「ただ、二柱は私よりも老獪です。 妖怪の味方をする、ような話の仕方では、心は動かされないでしょう」

「分かっているわよ」

霊夢は酒を注文しようとしたようだが。

それは止めた。

守矢の二柱の実力は。

スペルカードルールに乗ってくれなければ、霊夢でも厳しいほどなのである。

魔理沙は腰を上げる。

「だったら善は急げだ。 行こうぜ。 丁度だんごも切れたしな」

「……そうね」

珍しく霊夢が緊張しているのが分かる。

そして、早苗も。

最近はいつもにこにこと余裕のある笑みを浮かべている印象が強かったのだけれど。

今日は違う。

何だか、いつもと違う、極めて厳しい表情だ。

早苗は見た目からしても、魔理沙より少し年上だろう。

彼女の笑顔はひょっとして。

いつも作っているのではないのだろうか。

霊夢は殆ど表情を作る事はしない。表情は色々と動くが、兎に角素で非常にわかりやすい。

魔理沙もそれは同じだろう。

実家にいた頃、腹芸くらいは覚えろと、親に殴られたこともある。

心理戦は得意だが、腹芸なんて大嫌いだ。

だから、今の話は、どうにも気に入らない。

三人で守矢神社へと飛ぶ。

今日は下手をすると血を見る。守矢の二柱が本気になったら、多分お遊びに何て乗ってくれない。

下手すると、さっきのだんごが最後の食事になる。

霊夢は。

険しい表情からして、既に戦闘モードだ。これから行われる会談が、かなり厳しいものになる事を理解しているのだろう。

魔理沙も気合いを入れると、自分を引き締める。

幻想郷は自分のホームグラウンドなのに。

いつ崩壊してもおかしくないほどの状態になっている事は、この間知ったが。

それにしても、今回は。

すぐ間近に、巨大な蛇が自分を餌として狙っていたかのような気分だ。

妖怪の山まで、空を飛んでいくからすぐ。

既に陽は。

落ち始めていた。

 

守矢の二柱は或いは、早苗を通して会話を聞いていたのかも知れない。

最初に出迎えてくれたのは諏訪子で。

客間に通されたときには、神奈子も待っていた。

魔理沙も一緒に話を聞く事にする。

霊夢一人で充分、とは行かないだろう。

もしもそう思ったのなら。霊夢は魔理沙に帰って良いとか、自分一人でどうにかするとか、言ったはずだ。

無敵の戦鬼に見える霊夢も。

たまにはまずい、と思うのだろう。

まあ霊夢が負けたところも、魔理沙は月で見た事がある。

幻想郷で思われているほど、博麗の巫女は究極無敵生物ではない。

諏訪子神奈子と、向かい合って座る。

早苗は同席するように言われて、茶を出してから、対角に座った。

茶菓子も出たが。

良いものの筈なのに。味がしなかった。

用件を霊夢が伝えた後に、守矢側で最初に発言したのは諏訪子である。

「ふうん、それで博麗の巫女が直接乗り込んで来たと。 前に生活水準を知りたいって、押しかけてきたときとは雰囲気が別物だと思ったら」

「茶化さないで。 幻想郷全部が巻き込まれたら、洒落にならないわよ。 紫を一として賢者連中もあんた達を」

「紫ならこの結界の中を覗くことも出来ないよ」

口をつぐむ霊夢。

自分の実力は、現在実働部隊として動いている唯一の賢者、紫を超える。

諏訪子はそう明言しているのだ。

まあそれはそうだろう。

妖怪と神には力の差が明確にある。

それは魔理沙も、神が住まう月で嫌と言うほど思い知ったし。

諏訪子の神としての格を考えると。

その実力は、本気になられたら魔理沙ではどうにも出来ない。

その気になったら、幻想郷を一瞬で呪いに汚染することさえ出来るのでは無いのか。そんな恐怖さえ、ふと思い当たってしまう。

呪いの最上級を司る神だ。

出来ても不思議では無い。

「それに無敵を誇るあんたが自分では無く賢者を口にするって事は、余程今回の事を問題視しているようだね、博麗の巫女」

「当たり前でしょう。 人里が滅びるかも知れないのに」

「人里には可能な限り迷惑は掛けないよ。 流れ弾が飛ぶとしたら、それは私達以外の責任だ」

諏訪子の言葉は冷酷極まりない。

まあ、魔理沙には何となく分かった。

この二柱には、天狗くらいなら。それこそ一夜で片付ける実力と、実力に伴った自信があるのだろう。

だが他の妖怪勢力が連合した場合はどうか。

命蓮寺も聖徳王も甘くは無い。

状況次第では、即座に大連合を形成するだろう。

其処に賢者も加勢する可能性があり。

そうなると多分実力は伯仲する。

「それに、問題はむしろ天狗の方にあるんじゃないのか?」

「彼奴らの組織がグダグダなのは百も承知よ。 ただね、それでもこの幻想郷のバランスを保つ一助になっているの」

「そのバランスもいつまで保つやらわからないけれどね」

「……」

霊夢が珍しく黙った。

確かに幻想郷と外部の神々には圧倒的な力の差がある。

月で魔理沙もそれは実感した。

直接聞いたことはないけれど。

紫辺りの幻想郷の賢者は、外部の神々と折り合いをつけるために、相当な苦労をしているのではないのだろうか。

多分守矢の二柱は。その辺りの事情を相当に詳しく知っている、と見た。

そうでなければ、此処まで悠然と構えていない。

多分二柱には明確なプランがあり。

この後どう動いていけば良いか。

はっきりと考えてもいるのだろう。

霊夢がしびれを切らした。

「なんならやりあう?」

「此処で? 此方はかまわないが?」

「待て、挑発に乗るな」

魔理沙が霊夢を引き留める。

冷や汗がどっと背中を流れているのが分かった。

此処で二柱が、これだけ挑発的な話をして平然としていると言う事は。やりあっても勝てる自信があると言うことだ。それも確実に、である。

幻想郷の屋台骨を支える博麗の巫女を完全に屈服させれば。

幻想郷を制圧するのに、更に大きな前進をする事にもなる。

分かっている。

だからこそ、此処は挑発に乗ってはならない。

霊夢がどれだけ強いかは魔理沙が一番知っている。だが、もっと強い奴がいることだって良く知っているのだ。

幻想郷最強の人間かも知れない。

それについては、異論は無い。戦友として肩を並べて戦って来た。本当に霊夢が強い事は痛感している。

それでも、この世には。

それを超える怪物が存在しているのだ。

「悪い。 ちょっと良いか」

「うん? そういえばどうして此処にいる」

「挑発には乗らないぜ。 なあ、守矢の二柱。 頼むから、もう少し穏やかにやってくれないか」

魔理沙は人間として。

この場で話す。

今、此処は帯電している。

一言でも間違えば確実に血を見る。

魔理沙は多分死ぬ。

霊夢は死なないかも知れないが、逃がしては貰えない。本人も、この空間が今如何に危険な状態になっているか、理解出来ているはず。相当に冷や汗を掻いているはずだ。

「あんた達が幻想郷を支配するとして、その過程で散々みんな死ぬと思う。 あんた達は古い時代から人間の歴史と共にあったから、それが普通かも知れないが。 此処は其処から切り離された場所なんだ。 あんまり理不尽に死ぬ奴は妖怪にだって少ない。 外の理論を持ち込まないで欲しい」

「……博麗大結界の性質は知っているかい?」

「は? ええと……」

いきなり話を変えられる。

諏訪子が顎をしゃくり。

早苗が咳払いした。

「博麗大結界は、境界であるだけではなく、反転の結界です。 外で忘れ去られた者に、逆に力を与えます。 弱い妖怪達が存在できているのもそれが故です」

「ああ、それは知っているが、それがどうかしたのか」

「外にはもう未来がないとしたら?」

ぞくりと来た。

まったく予想していない方向から反撃が来る。

それも、魔理沙は知っている。

外の世界が、畜生界みたいになりつつあるという事を。

外の世界があんな風になったら。

いずれ破滅の未来を迎えるのではないのだろうか。

いつだったか。

博麗神社で宴会をした時、紫がほろ酔いでぼやいているのを聞いた事がある。

外の世界の人間達はまずい状態にある。精神的な貧しさが限度を超えてしまっている。

このままだと、幻想郷にも悪い影響が出るかも知れない。

もしも外の世界が破滅するようなことがあれば。

幻想郷も無事ではすまないだろう、と。

「あー、分かった。 確かにあんたらが自分なりに考えて行動していることはよーく分かったし、それには犠牲も覚悟していることもよく分かった。 でも、人間である私にはやっぱり怖いんだよ」

「それはそうだろうさ」

「すまん、私は早苗に言ってる」

「!」

このままだと。

霊夢と早苗は、多分近いうちに本気での殺し合いになる。

霊夢は強い。

だが早苗も、加速度的に強くなっている。

二柱の加護を得た状態になった場合。

殺し合いをしたら、どうなるか分からない。

昔は外から来た素人くらいにしか、魔理沙も思っていなかった。だが今は、戦闘時は隙が露骨に減っているし。技も術ももの凄く豊富に蓄えている。スペルカードルールでの戦いでも、油断できる相手じゃない。生半可な揺さぶりでは動じない。心理的にも物理的にも、今の早苗は相当な実力者だ。

だが早苗は。

さっき感情が動いた。魔理沙は見逃さなかった。

早苗は強い。だが霊夢もそうだが、冷徹な殺戮マシーンではないし。多分此処の方が。幻想郷の方が、外の世界よりも居心地が良いはずだ。

外の世界と幻想郷が変わりなくなって。

早苗はそれで良いのだろうか。

「すまん、私にはそれくらいしか言えないぜ」

「はあ。 興が冷めたわ」

霊夢が腰を上げる。

諏訪子は既ににやにや笑いを止めていた。

神奈子はずっと黙っている。

恐らくだが、諏訪子は周囲の環境を整え。

戦闘になったら、神奈子が一気に仕留めに来るつもりだったのだろう。そうなっていたら、魔理沙は勿論、霊夢だって危なかったはずだ。

だが、霊夢が不意に戦闘態勢を解いたからか。

はしごを外された感触で、二柱は此方を見ていた。

「異変は私が止める。 妖怪同士の争いにも私は干渉しない。 でもあんた達は、多分人里に影響が出ることを想定して動く。 その場合は私はあんた達と敵対する」

「ほう」

「生かしてかえさん、かしらね」

「いいや、それはそれで良いんじゃないか。 ただし、そのままの発言だと公平だとも感じないね。 私達を納得させたいなら、問題を悪化させている天狗の方にも一言言って来た方が良いだろうね」

無言でいた早苗が。

立ち上がったままの霊夢と。

座ったままの諏訪子の間を遮るように言った。

「霊夢さん、天狗の組織は今硬直化しています。 多分このままだと、我々が動かざるを得なくなります。 そうすれば、不幸が多く出ます」

「知った事じゃない、と言いたいけれど。 実際そのようね」

「……もしも幻想郷のバランサーだというのなら。 貴方が今、動いてくれると私は助かります」

その言葉は。

感情をカーテンで隠した上でのものではなく。

早苗の本音に、魔理沙には聞こえた。

しばらく黙り込んでいた霊夢だが。

やがて嘆息した。

「分かったわ。 ちょっと紫と相談してから、天狗の所に行ってくる。 物理的に大掃除、まではしなくていいと思うけれどね。 魔理沙、あんたは帰りなさい。 余計に話がこじれるわ」

「分かった。 幻想郷のバランサーはお前だもんな」

「ええ。 どうやら直接動かなければならない時が来たようね」

霊夢は二柱に背中を向けて。

そして言う。

「撃つつもりなら好きにしなさい。 とりあえず、これから天狗の所に行ってくるわ」

「いいや、撃つつもりはないさ」

「そう」

霊夢は何も言わず。そのまま守矢から、天狗の本拠に飛んでいく。途中、紫と相談するのかも知れない。

肝が据わった奴だ。

魔理沙はひやひやのし通しだった。

早苗に目礼される。

ひょっとして、ありがとう、という意味だろうか。早苗自身は或いは、この拡大政策に本心では賛成していないのか。

可能性はあるが。此処でそれを指摘するのは流石に藪蛇だろう。やめておいた方が良いなと、魔理沙は判断した。

魔理沙も帰ろうかと思ったが。

神奈子が声を掛けてくる。

「魔法の森の魔法使い」

「戦ったろ。 霧雨魔理沙だ」

「ああ、霧雨魔理沙。 今回の件、覚えておく。 どうやら警戒しなければならないのは、博麗の巫女だけじゃあない。 お前ものようだ」

「……」

前にスペルカードルール戦で魔理沙が霊夢達と一緒に守矢の二柱に勝ったことなど、意にも介していない。

まあアレは向こうもお遊びだったのだろうし、当然か。

だが、今の言葉は少しばかりひやりとした。

今後は、背中に気を付けなければならないだろう。

守矢を出ると、まっすぐ帰る。

さて、霊夢は上手くやれるか。

やれたら、少しは変わるのか。

だが、外の世界がもう駄目かも知れないと、守矢の二柱が言ったことは気になる。その時には。

いや、それを考えても仕方が無い。

魔理沙は魔理沙らしく生きていくしかない。

それにしても、霊夢と早苗は。手を組む事が出来れば、案外今後、幻想郷を建設的にリードしていけるのかも知れない。性格も生真面目と不真面目と真逆だし。実力的にも、そろそろ拮抗するはずだ。

自宅に着いた頃には、夜中になっていた。

いきなりドンパチ始まるのでは無いかと不安もあったが。少なくとも、その夜は。もう何も起きなかった。

 

4、やはり相容れず

 

魔理沙のマスタースパークが、アリスの展開した防御陣を貫通。このタイミングで防御陣を展開してくるように、一つ一つ駒を進めていったのだ。アリスはそれに乗って来た。上手く行きすぎたから、或いは相手も分かっていたのかも知れない。

今度は撃墜されたのは、アリスの方だった。

此処は魔法の森。

幻想郷屈指の危険地帯。

一応様子を見に行くが。ぼろぼろになったアリスは、無言で立ち上がると。人形達に心配されながらも、自宅に足を引きずって帰って行った。大した怪我はしていないと、安心する。

守矢での生きた心地がしなかった会談から数日。

少なくとも魔理沙の周囲では、幻想郷には何も起きていない。

たまにアリスと小競り合いをしたり。

紅魔館にまた気分で本を返しに行ったら、全部返せと恨みがましく言われたり。

それくらいだ。

目立って何も起きていないと言う事は。

霊夢が上手くやったのだろう。

ただ、変化と言えば。

ここ数日、天狗が新聞を配っていない、と言う事がある。

妖怪の山の方を見ると天狗が巡回しているので、霊夢が物理的に大掃除した訳ではないのだろうが。

どうやら天狗側も、何かしらの体制の引き締めを始めているのかも知れない。

守矢にとっては面倒な事になったのだろうか。

いや、そうとも思えない。

このままなし崩しに事が動いたら、守矢だって無事に済んだとは思えないのだ。

勿論あの海千山千の二柱だ。

相当な準備をしていただろうし。

切り札の二つや三つ備えていただろうけれど。

それでも、である。

ふと気付くと、霊夢が此方に来るのが見えた。

珍しいのを連れている。

天狗の一人。

姫海棠はたてである。

あんまり魔理沙とは絡んだことがないのだが。いずれにしても、射命丸のせいで、天狗にはあまり良い印象がない。

取材をさせて欲しいと言われたが。

射命丸と違って、アルカイックスマイルも作らないし。

むしろ極めて厳しい表情だった。

「どういう風の吹き回しだ?」

「紫と相談してね。 天狗の組織の空気を入れ換える必要があるって結論になったのよ」

「へ、へえ……」

「それで幾つか手を打ったんだけれど、その中の一つ。 今まで注目されていなかった天狗に、新聞を好きに書かせてみたらと言う話になった訳。 あんたは知らないかも知れないけれど、はたての新聞は天狗の間では評判が悪くてね」

そうなのか。正直よく分からない。

はたての新聞にはあまり印象がない。そもそも天狗の新聞自体に信頼性が極めて薄いからだ。

そういえばいつぞやの花火大会の時。

早苗がはたての新聞が攻撃的な論調で好きじゃあないとぼやいていたか。

それを思い出したが。

取材を幾つか受けるが。

射命丸の時と違い、ちょっとぎこちない反面。

非常に誠実に話を聞いてくる。

写真も撮られたが。こういう風にこう写真を使いたいとまで言ってくるので、少し驚いた。

「取材受けてくれてありがとう。 助かったわ」

「ああ、別にかまわないぜ」

「それでは失礼するわよ」

「……射命丸の取材とは偉い差だな」

飛び去るはたて。

射命丸は真実に憶測と嘘を織り交ぜながら、新聞も極めて不誠実に作るが。はたての今の取材は雰囲気が違った。

それについて聞くと、最初霊夢は知らない方が良いと断って。

その上で教えてくれた。

「はたてってば、少し前に新聞に天狗に都合が悪い真実をモロに書いたら、親に殴られた上に新聞の発行禁止を喰らっていてね。 その辺りの事情もあって、出来るだけ客観的な新聞を天狗に書けるかどうか実験の途中。 他の天狗達は、賢者の意向で新聞停止中」

「おい……何だよそれっ……!」

「だから知らない方が良いって言ったのよ。 あんたにとっての逆鱗でしょ」

「……ああ」

その通りだ。最初にそれを聞かされたのが魔理沙だったら、その瞬間殴り込みを掛けていたかも知れない。勝てるかどうかなど知った事か。

そして、なるほど。合点がいった。

ひょっとして早苗が心が一瞬動いたのは、それを知っていたからか。

大きな溜息が出る。

「それで、他にはどんなことをしたんだ」

「紫と一緒に天狗の本拠に行ったけれど、このまま改善が見られないなら鬼を山に戻すって話をしていたわね。 天魔が泡喰ってたわよ」

「ああ、それは天狗もびびるだろうな」

「勿論鬼が本当に戻るかは分からないけれど、もしも守矢がこのまま拡大政策を続けるようだと、それも現実になる可能性があるでしょうね。 鬼が山に戻ってきたら、パワーバランスがまた一気に変わる。 守矢も迂闊に動けなくなるわ」

立ち話も何なので、霊夢と一緒に家に入ると茶を出す。

取材の礼だと言ってはたてがおいていった菓子を適当に口にしながら、

ああでもないこうでもないと、後は他愛ない話に移っていった。

良かった、と思う。

多少仲が悪くても、それでも何とかやっていけるのが幻想郷だ。

これでしばらくは、それが続くと思う。

外の世界の事は良く分からない。長期的な戦略というものもだ。

だが、いずれにしても。

例えばわかり合えないにしても。どちらかがどちらかを潰すまで戦う。

そんな外の世界のようなルールは、幻想郷に持ち込まれたくない。

それは魔理沙の。

偽りない本音だった。

数日後届いたはたての新聞は。

相変わらず攻撃的な論調だったけれど。

それでもかなり公平な内容で、魔理沙についての記事も、非常に丁寧な造りだった。

多分早苗は論調が攻撃的で好きでは無いと言うだろうが。

それでもこっちの方が他の天狗の新聞より好きだなと、魔理沙は思った。

 

(終)