タルティーン平原会戦
序、別たれた地
この大地フォドラには三つの勢力が存在している。一つはフォドラ南部を支配し。今、新しい皇帝エーデルガルト=フォン=フレスベルグの手によって圧倒的攻勢を掛けているアドラステア帝国。
信仰の中心であり、フォドラの中心にある巨大な要塞、ガルグ=マク大修道院を根拠地として、各地を宗教的に支配してきたセイロス教団。
そして、未だに苛烈な抵抗を続けているファーガス神聖王国の三つである。
実はもう一つ。フォドラ北東部にレスター諸侯同盟というものが存在していたのだが。帝国に飲み込まれ併呑されたため、既に存在していない。
エーデルガルトが突如大修道院への攻撃を開始したことで始まったこの戦いだが。
五年間膠着状態が続いた後。
突如全てが動き出した。
五年前の大修道院への攻撃時。
行方不明になっていた、エーデルガルトの師。各地の戦場で凄まじい暴れぶりを見せた元傭兵。
通称灰色の悪魔。軍神ベレスが姿を見せたのである。
五年間で、まったく年をとっておらず。
それに違和感を感じる者もいた。
だが、ともかく戦闘力は健在。
帝国は単独で一軍に匹敵すると言われるベレスを加えたことで一転攻勢に出。一気に同盟を陥落させ。各地における抵抗を粉砕しながら進軍。
今はこうして、王国の中枢部へと、その主力部隊を進めていた。
この先にはタルティーン平原がある。
帝国にとっては忌まわしい土地だ。
元々、ファーガス神聖王国は、アドラステア帝国の北部が離反して出現した国家である。その決定打になったのが、タルティーン平原での戦いだ。
歴史上何度か大きな戦が起きてきたこの平原だが。
此処でルーグ王によって時の皇帝が討ち取られたことにより。
王国の設立が決定的になった。
王国軍は一時期は帝国を圧倒するほどであったが。
ルーグ王が崩御した結果、息子達による跡目争いが始まり。結果として、同盟とに分裂。
その結果、フォドラは再び安定を取り戻す事になった。
この過程があまりにも作為的であると唱えていた学者もいたらしいのだが。
現時点では、その数は少ない。
理由は、既に分かっている。
進軍する部隊を、一度停止させるエーデルガルト。雨が強くなってきたからだ。目を細めると、側にいる最も信頼出来る者。
このフォドラにおける最強の「個」であり。
単独で一軍に匹敵する猛者。
師であるベレスに意見を聞いた。
「師(せんせい)、この状況、どう思うかしら」
「タルティーン平原の図は頭に入っている。 私だったら、縦深陣を敷いて此方を引きずり込み、別働隊で背後を襲う」
「そうなるでしょうね」
エーデルガルトも同意見だ。
五年前の戦いで。
大司教レアをはじめとするセイロス教団の主力は、殆どが即座に撤退。王国に逃げ込んだ。
その結果、帝国で根回ししていた王国の崩壊は上手く行かなかった。
政治家としては、恐らくフォドラ随一の手腕を持つレアが、一気に豪腕で王国をまとめ上げ。
そして多数潜んでいた帝国の間諜をあぶり出して処刑。
更には、親帝国派の貴族達を掣肘し。
軍の再編成を進めたからである。
このため、王国西部では攻勢に出ている帝国軍も。王国東部では一進一退の戦いを繰り広げざるを得ず。
結果として、戦いは長引きに長引いた。
流石にフォドラ最強を謳われるだけあり、セイロス教団の抱えるセイロス騎士団の精強さは流石で。
少し前にも、電撃的な反撃作戦を仕掛けて来て、帝国は不意を打たれ、多くの将を失った。
そのセイロス騎士団が、レアもろとも戦場に出てくることは確実。
そしてそのレアは、武人としても政治家としても超一流の実力者である事を、エーデルガルトは知っていた。
何しろ、人ではないのだから。
雨は激しくなるばかり。
輜重部隊への注意を促しつつも進む。大軍を高速で展開するのは難しい。騎馬隊で編成するにしても同じ。ましてや騎馬隊だけの大軍など、フォドラでは編成することが出来ない。
どうしても主力は歩兵になる。それが例え大国アドラステア帝国であっても、である。
そして大軍は全体に命令が行き届くのが遅れがちで。
数を増やすとどうしても細部にほころびが出る。
勿論大軍を少数で撃破する事は極めて難しい。数を揃えると言うだけで、大いに意味がある。
だが少数の軍勢が、あり得ない大軍を撃破した例はある。まずあり得ない事だが、実際に存在している。
そういった場合。少数側の戦力編成が特殊だったり、司令官が数に驕って油断していたり、補給がいい加減だったりと、要因が幾つもあるのだが。
共通しているのは、負けた大軍側に何かしらの要因があった、ということである。不測の事態は、多くの場合人災で。
今回は、その不足の事態を招きかねないなと、エーデルガルトは天候を見ながら考えていた。
この先のタルティーン平原は、今やぬかるんだ沼沢地帯と化しているはず。
戦場そのものは広いが。
攻め落とすのは、容易で無い事が分かりきっていた。
多数斥候を放っているが。
一体何処まで敵を把握できるか。
それは分からない。
斥候の一人が戻ってくる。
「伝令!」
「うむ」
「タルティーン平原にて、王国軍の姿を確認! 数はおよそ八千から九千と思われます!」
「予想の通りね」
補給路を断たれた状況での籠城戦など勝ち目がない。
更に王国軍は少し前の戦いで、その守りの要でもあったアリアンロッド要塞を失ってもいる。
王国の王都も、相応の要塞であり。一応それなりの食糧も蓄えているはずだが、民も多数避難してきている。
王都だけでの籠城戦など、愚策でしかない。
恐らくは、王国軍は平原での逆転勝利を狙って出撃してくる。その予測は、当たった事になる。
問題は、セイロス騎士団の姿が見えない事だ。
「セイロス騎士団は」
「やはり確認できません」
「分かったわ。 引き続き敵の監視を」
斥候が再び雨の中に消えていく。曇天は何処までも拡がっており、今後雨が更に激しくなるのは確実である。
そして此方ももたついてはいられない。
戦いは五年も続いている。
あまり長引くと、ダグザやパルミラに介入の好機を与えるだけだ。
どちらの国家も、フォドラ全域で対処しなければならない程の強国。いずれにしても、もたついている時間など一秒だってない。
ほどなく、丘が見えてくる。
雨の中、その広い広い平原が、姿を見せた。半ば水没している、因縁の地が。
この平原で行われた大きな戦いは過去に二度。
もっとも有名なのは、およそ千年前。
その名声を恣にしながら突如として暴君と化し。フォドラ全土に殺戮をばらまく恐怖の権化となった邪王ネメシスを、聖者セイロスが撃ち倒した会戦。
この時セイロスとともに戦った英雄達を、通称「四聖人」と呼ぶ。
この戦いでネメシスが討ち取られたことにより、帝国は安定し。以降数百年、英雄王ルーグが出現するまで帝国は安寧の時代を過ごすことになる。
そしてそのルーグが、当時の帝国皇帝を討ち取った戦いも、タルティーンにて行われ。
その結果帝国は敗れに敗れ、領土の北半分を失う大損害を被った。
一時期王国は帝国を圧倒する勢力を見せたが、その要因である。
ルーグがあまり長生きせず。
その息子達がボンクラ揃いだった上に、領土を巡って争い。王国の東半分がレスター諸侯同盟として独立しなかったら、フォドラはファーガス神聖王国によって新しい時代を迎えていたかも知れない。
だが、そうはならなかった。
結局セイロス教団も含めると四つの勢力が複雑に関係しながら、フォドラを動かし続けて来て。
既にその膠着は千年続いている。
弊害は大きい。
エーデルガルトが憎む紋章第一主義の定着。様々な技術の進歩否定。紋章を持っているというだけで、無能な貴族が幅を利かせる世。紋章を持っていなければ、どれだけ才覚があってもやっていけない状況。
その全てを打開しなければならない。
皇帝が。
この腐って停滞した世を。
自らの手で改革しなければならないのである。
一旦進軍を停止させる。
じっと戦場を見るが。ぬかるんだ地面に川。そして重厚な布陣。
本来なら、数に任せて蹂躙するだけ。王国軍は、セイロス騎士団を含めても、此方の半数に達しない。兵の質は此方が上。指揮官も此方が質でも量でも勝っている。補給は充分。その上、切り札になる師が此方にいる。
師が育てた同級生達も、いずれもが優れた戦士だ。王国を離反した者も少なくないのだが。いずれもが。この腐敗した世の中を変えたいと願った故に。
ファーガス神聖王国は、帝国、同盟も含めた三国の中でもっとも紋章絶対主義の弊害が酷く。
紋章絶対主義に苦しめられ、多くの苦難を味わって来た者は珍しく無い。
そう言った者の大半は師についた。
エーデルガルトについた訳では無い。
師の影響力はそれだけ絶大で。師が選んだエーデルガルトについてきてくれた、というのが正しい所だ。
実の所、腹心のヒューベルトからは、師に対する暗殺の案が何度か出された。
だが、今はヒューベルトもその案を口にはしない。
師を暗殺などしたら、帝国軍が崩壊することを知っているからである。
そして師は義理堅い人物で、一見すると何を考えているか分からないが。それでも一度決めるとそれをやり通す。
恐らくだが。
傭兵として幼い頃から各地を渡り歩き。
血の雨を浴びながら育って来た師は。
このフォドラの地獄絵図を、誰よりも見て育ってきているのだろう。
灰色の悪魔とまで呼ばれ怖れられて来た師だが。
特に父である元セイロス騎士団長ジェラルトを失ってからは、感情が少しずつわかり安くなってきている。
昔は無表情で怖いと言う者もいた。
事実灰色の悪魔と呼ばれるだけの事はあり。にこりともしないことも多かった。
だが今は違う。
こう言うときは、大変に頼りになる。
進軍を止めたところで、軍議を開く。
まずヒューベルトが提案した。
「セイロス騎士団の姿が見えない事が気になりますな。 斥候を広域に展開しているものの、あのタルティーンの状況を見る限り、王国軍を一蹴とはいかないでしょう。 此方の戦力もアリアンロッド攻略で少なからず消耗しております。 更に敵には王都があり、其方の要塞としての機能も侮れません。 勿論長期戦に持ち込めば確実に勝つことができますが、戦いが長引けば長引くほど後ろが危うくなりましょう」
「問題はセイロス騎士団だ」
師がすっと、戦場の地図に指を走らせる。
雨の中だが。
此処は天幕の内部だから、流石に今雨を浴びている訳では無い。
師がなぞったのは。
これから戦闘が行われた場合。
側面、後背になる位置である。そしてそれらの場所は沼沢地になっており、無理に突破することは決して簡単では無い。
だが精鋭として知られるセイロス騎士団を、大陸最強の武人の一人であるレアが率いてくることは間違いなく。
想像を絶する速度で、出現次第突入してくる可能性もある。
「王国軍の守りは堅固で、しかも魔獣を多数従えているという報告もある。 どうやっているのかは分からないが、この縦深陣を攻略するのは簡単ではないぞ。 如何する」
「師ならば、一気に突っ切ってディミトリを討ち取れるかしら」
「不可能だ」
即答してくる師。
それはそうだろう。
そもそも、この縦深陣。敵の中枢が何処にあるかも分からない有様だ。乱戦をかき分けて、敵を締め上げながら、中枢を探していくしかない。
そしてディミトリが出てくれば、師かエーデルガルトくらいにしか手に負えないだろう。
師は、すっと指を動かす。
タルティーンの真ん中辺りで、その指は止まった。
「此処に、王国の魔道士部隊がいる。 恐らくは此処を起点に、戦場全域に睨みを利かせている筈だ」
「川によって阻まれていますな」
「そうだ。 だが、それ故に此処を一気に突破出来れば、敵陣攻略に弾みがつく」
「恐らくそれは敵も承知の上でしょうね」
エーデルガルトの応えに、師は頷くと。そのまま地図上で指を動かした。
驚くべき提案がなされ。
思わずエーデルガルトは息を呑む。
なるほど、そんな発想もあるのか。確かに理にかなってはいる。ただし、前衛に出る兵士達の負担は大きくなる。
エーデルガルト自身が指揮を執るか。
ヒューベルトは、くつくつと笑った。
「流石に面白い発想をする。 確かにそれであれば、どこからセイロス騎士団が現れても、対応は可能でありますな」
「ただし、タルティーンでの損害を抑えなければならない。 皆に奮戦してもらいたい」
「分かったわ」
エーデルガルトは、自ら率いている遊撃部隊に、黒鷲遊撃隊と名付けている。各地の戦線で、無理ともいえた作戦を遂行し、成功させてきたフォドラ最強の部隊だ。今回も、この部隊で最前線に立つ。
作戦会議が終わると、外に出た。
雨は更に激しくなり、また地図の更新が必要に思えた。
普段は川では無い場所が川になり。
沼では無い場所が沼になっている。
今でも、タルティーンは多数の屍が埋まっているとされるほど、過去二回の大規模戦闘での死者は多かったのだ。
兵士達は青ざめているが。
それを責めることは出来ないだろう。
帝国にとっては、此処は正に因縁の地。
一勝一敗で。
それぞれの結果で、フォドラ全土の情勢が大きく動いたのだ。
そして今回大敗することがあれば。恐らく統一まで、数年はまた遅れる事になる。エーデルガルトがもし戦死するような事になれば、フォドラに未来は無くなるだろう。後はダグザに食い荒らされるか、パルミラに食い千切られるか。
いずれにしても、フォドラは終わりだ。
ディミトリは、絶対に抵抗を止めない。
それを知っているから、エーデルガルトはやりきれない。
ディミトリが心を病んでいることは、エーデルガルトも知っている。その原因も。そしてその原因をエーデルガルトが引き起こしたと思い込んでいることも。
だが、ディミトリは心を保つためにそうせざるを得ないし。
何よりも、今更血に塗れた手である事を、偽るつもりは一切無かった。
タルティーン平原を埋め尽くし、兵が動き出す。
帝国軍は現在機動軍の大半を此処とアリアンロッド経由の北路に投入している。エーデルガルトが率いる本隊の、つまりこの会戦の参戦兵力はおよそ二万五千。王国軍を最大に見積もってもおよそ九千。これにセイロス騎士団の精鋭二千五百が加わる。
合計して四万弱の大軍がぶつかり合うこの戦いは。
過去二回。
此処で行われた大会戦と、規模的にもそう変わるものではない。
ただ、ひとつ良くないジンクスがある。
いずれの戦いでも、数が多い方が負けているのである。
今回こそ、そのジンクスをひっくり返す。
そう、エーデルガルトは、身を以て示さなければならない。
そして、此処で王国軍の主力部隊を粉砕する。ディミトリも討ち取る。そうなれば、もはや王国は崩壊。
出来ればレアも討ち取りたいが。
流石に其所まで上手くはいかないだろう。
ともかく、王国さえ崩壊させれば、後は帝国内部に巣くう鼠共を始末して終わりだ。この鼠共に関しては、既に巣穴も突き止めている。
どうやら自分達がこの戦乱をコントロールしていると思い込んでいるようだが。
王国を屠り次第、すぐに根こそぎ駆除してくれる。
そもこんな鼠共、アガルタの民をのさばらせたのも、フォドラ全土に行き渡った腐敗と紋章至上主義が原因。
その根本原因となったセイロス教団の支配と、紋章絶対主義は、此処にて根を断たなければならないのだ。
師が動き始める。
それと同時に。
戦場全体で、小競り合いが始まった。
1、大会戦の始まり
泥を蹴立てて、圧倒的大軍で帝国の前衛部隊が敵に迫るが。その足並みは雑多だ。
騎馬隊は凄まじい雨と川だらけの地形に進む事さえ苦労し、歩兵もそれは同じである。胸元まで水が来てしまう場所も少なくない。そんな場所を強引に進みながら、敵と戦うのである。
幸いにもと言うべきか。
王国軍も時間稼ぎを狙っていた様子で。
更に言えば、元から敷いていた縦深陣が、この凄まじい豪雨で滅茶苦茶になっている。
要するにどちらも規則的な動きが出来ず。
士気が乱れる前に。
そもそも軍として統率された動きが、どうしてもしづらい状況にあった。
既にどこが前線かもよく分からない状況で、両軍は激突している。航空部隊も、視界がロクにきかない中、敵味方の識別さえ苦労しながら、彼方此方の空でぶつかりあっている。
このままだと同士討ちも起きるな。
そうエーデルガルトは、悠々と前進し。時々踊り掛かってくる敵兵を、親衛隊に任せ。或いは自身で大斧アイムールにて斬り伏せながら。敵の密度が高いタルティーン平原北東部へと進軍していく。
一度、川を越え。
そして此処に前線基地を築く。
周囲の敵を注意深く掃討しながら、徐々に前線を進めていくが。敵が雨の中、突然至近距離に現れる事も多く。
皆、慌てきっているのが分かった。
側に控えていたベルナデッタが。不意に弓を引き絞ると、矢を放つ。
悲鳴とともに、いつの間にか側まで来ていた敵兵が、倒れ伏し。親衛隊が、滅茶苦茶に槍を突き込んで、とどめを刺していた。
「良くやったわ」
「はい」
ぐっと、眼の辺りを擦るベルナデッタ。
元々親に虐待同然の教育をされていた彼女は、大修道院でともに学んでいた頃から極端な人見知りで、絶対に冒険的行動というものをしなかった。使い物にならないのでは無いかという声も上がっていたのだが。そんなベルナデッタを鍛え抜いたのは師である。
元々の素質が高い事を見抜いた師は、狙撃手を任せ。
技量を見る間に開花させたベルナデッタは、普通どうしても戦場では興奮に背を押されて前に出たり、荒れ狂ったりする者が多い中。淡々と冷静さを保ち、指定された位置から絶対に動かず。そして針の穴を通す正確さで敵を撃ち抜き続けた。味方でベルナデッタを守るだけで、恐ろしいキルスコアをたたき出す事が出来るため、エーデルガルト自身が驚愕したほどである。
どうしても、世の中には他人と上手く接することが大事で。あらゆる全てがそうだと考える者がいる。
だが、狙撃の腕だけを特化して磨き。
最低限の指示だけ受けて、その通りに動けば良い。
その状況に置かれたベルナデッタは、こうして戦場ではある意味極めて地味ながらも、確実な活躍を見せている。
照明弾が上がる。
魔道によるものだ。
同時に頷くと、ベルナデッタは其方に弓を引き絞る。
エーデルガルトは、ベルナデッタを守るように周囲の騎士達に指示。分厚い装甲で身を固めている騎士達が、ベルナデッタを守る。
矢を放つ。
同時に、ぎゃっと鋭い悲鳴が上がった。
雨の中、見えているのだ。
続けて放たれた矢も、直撃した様子である。更に黙々と矢を番え、放ち続けるベルナデッタ。
敵からして見れば、恐怖でしかないだろう。
照明弾で多少は見えるが。多少でしかない視界で敵味方を区別し。確実に射貫いていく。
ベルナデッタが、学生時代だった五年前から怖れられ。
そして帝国軍が攻勢に出てからは。音無き矢として怖れられているのも納得である。
この攻撃は、最初に決めていた通り。平原中央に位置し、頃合いを見て遠距離魔術での広域制圧を狙っていた部隊を師が捕捉。そこに師がしかけると同時に、ベルナデッタが支援を開始したのである。
更に味方航空部隊が、照明弾を見て一気に群がり、上空から敵魔道部隊を襲う。
そんな乱戦の中でも、ベルナデッタは淡々と矢を放ち続け、一射確殺を続けていく。速射ではないが、命中率が尋常ではないので、見ていて安心感がある。むしろベルナデッタには余計な声を掛けないようにと、エーデルガルトは周囲に厳命している程だ。
斥候が飛んできた。文字通りの意味である。天馬に跨がった航空兵が、側に降り立ったのだ。
「前衛にて魔獣出現! 分散している味方が苦戦しています!」
「魔獣を敵が従えていることは分かっていましたが、これは困りましたな」
「すぐに精鋭を集めなさい。 私が処理するわ」
「ははっ!」
斥候が散り、この地点を確保したままにするようにヒューベルトに指示すると、エーデルガルトは大股で歩き出す。
師は恐らくもう魔道部隊を斬り伏せ尽くしているだろう。
あの人は軍神だ。
単独で一軍に匹敵する戦力を持ち。魔道だろうが分厚い鎧だろうが、その手にした天帝の剣にて見る間に薙ぎ払っていく。
一対一でやりあったら、エーデルガルトでも勝てる自信は無い。恐らく伝承に残るフォドラ十傑でも無理だ。
もし師に単独で勝てるとしたら。それは確実に人ならざる存在。
フォドラを裏から支配してきた者。白きもの。
それくらいだろう。
闇の中、徐々に速度を上げて行く。周囲の親衛隊が、どよめきの声を上げた。
巨大なる魔獣は、フォドラの各地に出現する。特に赤狼や大鷲と呼ばれる魔獣が有名であり。人間単独では対応が難しい巨大な体格と、魔道に対する強固な守りもあって、並大抵の人間が手に負える相手では無い。
だが、無言で突貫したエーデルガルトは。
跳躍すると、アイムールを魔獣の頭に叩き込む。
そして怯んだところに、一斉に親衛隊が槍を突き込み。動きが鈍ったところを滅多刺しにする。
血をぶちまけながら暴れる魔獣は、狼のようにも見えるが、どうもおかしい。
爪を大斧アイムールで弾き返しながら、エーデルガルトは返す刀でもう一撃相手の腹を切り裂く。
地面がぬかるんでいて力を出し切れないが。
それでも、魔獣にとどめを刺すことは出来た。
そして魔獣は程なく、人間の姿に戻っていく。
それは、どうみても王国軍の騎士だった。
事切れている騎士。
似た現象は、以前見た事がある。
マイクランという男が、紋章無しで英雄の遺産と呼ばれる武器を使おうとしたとき。こうなった。
どうやら王国軍は、意図的に味方を魔獣にしたらしい。決死隊を募り、魔獣になる者を選んだのだろう。
従えていたのでは無い。
騎士が魔獣になった、と言う事だ。
恐らく理性も消し飛んでしまうだろうが。
精神鍛錬を厳しくしていた騎士達だ。
魔獣になっても、この会戦が終わるくらいまでもてばいい。そういう考えだったのだろう。
まずいな。
エーデルガルトは独りごちる。
決して武勇に卓越していた訳では無いマイクランでも、魔獣になった時の戦闘力は相応のものだった。
王国にはまだ優れた戦士や騎士がいる。
特にディミトリの片腕である戦士ドゥドゥーが魔獣になる事を選んだら極めて厄介だ。どんな凶悪な魔獣が出現するか、知れたものでは無い。
師は予定通り動いているはず。
もしドゥドゥーがいるなら。
ディミトリから、そう離れてはいない筈だ。
「斥候を飛ばし、ドゥトゥーを探しなさい!」
「私が見たわ」
そう答えたのはイングリット。
王国の貴族出身のペガサス使いである。
極めて真面目な性格から、王国からの離反者をまとめる役を担っているのだが。今日はまだ戦線に投入せず、近くに置いていた。これは、何があっても伝令が出来る人材を、側に置いておきたかったからである。
とはいっても、伝令で何度もエーデルガルトの所と、重要な局面を行き来しているが。
「この少し東で、何名かの騎士達とともに陣を引いているのを見た。 周囲は泥沼、かなり厄介よ」
「……」
位置的に考えて。
ディミトリがこの更に先にいるとしたら。
決着を焦った場合、側背を襲える位置か。しかも見かけの兵力だけなら、本来なら無視して敵本陣を襲う方が正しい。
この辺り、ディミトリも考えている。
精神を病んでいても、致命的に壊れているわけでは無い、と言う事だ。
王国に逃れたセイロス騎士団とレアが、王国の崩壊を防いだ。
その時、或いは何かしらの手段で、ディミトリが致命的に壊れるのを防いだのかも知れない。
そしてドゥドゥーは、ディミトリにとって無二の忠臣。ディミトリのためなら、魔獣になる事など厭いはしないだろう。
嘆息すると。
エーデルガルトは師を信じる。
戦場は更に拡大し、各地で乱戦が続いている。魔獣には精鋭をあたらせているが、決して味方が優勢ではない。
だからこそ、不確定要素は全て排除しなければならない。
周囲を見回す。イングリットには、何人かの味方に声を掛けて来るように指示。同時に、エーデルガルトはアイムールを振るい上げ。
味方を鼓舞。
前方に突入した。
乱戦の中である。雨の中で、どうしても同士討ちは起きる。慌てて味方だと気付いて槍を引くもの、隣にいるのが敵だと気付いて大慌てで剣を抜くもの。混乱は凄まじく、王国軍でも当然同士討ちは起きている様子だ。
その中、エーデルガルトは無言で突貫し。敵だけを冷静に見極めて斬り伏せていく。
英雄の遺産の模造品とはいえアイムールの破壊力は凄まじく、あらゆる敵の鎧を紙屑のように切り裂き。
たまに現れる魔獣も蹴散らし、踏み躙る。
恐らくだが。
師の予想通りなら、そろそろセイロス騎士団が姿を見せるはず。戦闘が混沌を極めている現状。
勝ちに来るはずだ。
見えた。
濁流と汚泥の中、ドゥドゥーと精鋭を集めた部隊が、武具を構えている。
ドゥドゥーはエーデルガルトに気付くと、自ら大斧を手に立ち上がる。
優れた戦士だ。
ダスカーの民の生き残り。
元々優れた体格と身体能力を持つ事が多いダスカーの民でも、傑出した戦士であるドゥドゥーは。寡黙で忠実な、勇敢なる戦士だ。
敵としても惜しみない称賛を送る事が出来る相手であり。
この状況においても、その鉄壁の忠誠心は微塵も揺るいでいない。
多分だが、ディミトリと二人だけになったとしても。なおも王国のために尽くそうとするだろう。
そんな忠勇の士だ。
今後のフォドラには本来必要な人材だが。残念ながら、絶対に降伏はしないだろう。
だから今此処で斬らなければならない。知恵持つ猛獣を逃すわけには行かないのである。
突入。
敵も突貫してくる。
この乱戦だ。戦場一つに投入できる戦力は決して多く無い。数で揉み潰すと言う訳にはいかない。
躍りかかり、敵を斬り伏せつつ、確実にドゥドゥーに迫る。
魔獣になるには、時間がある程度掛かると見た。敵兵の壁を親衛隊とともにこじ開け、至近に迫る。
上空から、数騎の航空兵が横殴りに来たが。
イングリットが、さらにそれを横殴りに襲い。槍で一閃。叩き落とすと、混乱した敵に旋回して乱戦を挑む。数対一で一歩も引いていない。流石である。
泥を抜けると。
同時に、ドゥドゥーが斬りかかってくる。
大斧の一撃は凄まじく、力だけならエーデルガルトに勝るかも知れない。紋章無しでこの力。
本当につくづく惜しい。
ダスカーの民は素朴な生活をしていた穏やかな集団だったと聞いている。
だが、だからこそに。
王国内部での腐敗と。更には闇に蠢くアガルタの陰謀に巻き込まれ。
ダスカーの悲劇を引き起こす原因になった。
ドゥドゥー自身家族を失い。ダスカーの民も離散して、殆ど生き残りはいないと聞いている。
本当だったら、フォドラそのものを恨む資格があるだろうドゥドゥーだが。
それでも身を挺して自分を助けたディミトリに忠義を誓うことを選んだ。
それならば、その強い覚悟に、報いる戦いをするだけだ。
相手に対する敬意を忘れるつもりは無い。エーデルガルトも戦士であるからだ。故に相手には全力で攻撃し、必要となれば容赦なく殺す。それが戦場での敬意の払い方だ。
激しいつばぜり合いの後、弾き返す。
アイムールの性能にものを言わせて、相手の斧を集中的に狙う。
良い斧だが、流石に英雄の武器の模造品には勝てない。
鼠共の作るものにはロクな代物が無いが、このアイムールだけはエーデルガルトも気に入っていた。
使えるからだ。
武器など、使えるだけでいい。武器の造形など、二の次だ。人と同じように。
斧を打ち砕くが。そもそも、ドゥドゥーの本領は格闘戦だ。
身を伏せて、首を刈りに行ったアイムールの一撃をかわすと、そのまま回し蹴りを叩き込んでくる。
アイムールの柄で重い一撃を受け止める。ずり下がり、泥に片足を突っ込む。
更に、拳を叩き込みに来るドゥドゥー。泥の中、泥臭い戦いを挑んでくる。時間をあまり掛ける訳にはいかない。
二撃、当てせさせてやる。
鎧の上でも、重い一撃が入ったが。
それでも、踏みとどまると。
エーデルガルトは。そのままアイムールを降り下ろしていた。
「陛下……」
ドゥドゥーが最後の言葉を残し、その場に倒れる。
死体を見下ろす。
そして、南を見た。
喚声が巻き起こっている。どうやら、味方が相当な苦戦にあっているらしい。
間に合ったと言うべきか。
それとも、師の読みが凄まじいと言うべきなのか。
どうやら、本命の相手が来たらしい。
セイロス騎士団が、戦場に到着したのだ。
セイロス騎士団。
フォドラにて最強の名を恣にしてきた集団で、その練度は帝国、王国、同盟、どこの騎士団の練度をも凌ぐ。
宗教が持つ強力な求心力でまとめ上げられ。そして何より、大司教レアのカリスマによってまとめられた騎士団は。意外にも懐が深く。所属人員には元ダグザの兵士だったものや、パルミラとの戦いで得た捕虜がいたりもする。それら影のある人生を送ってきた者達は、レアを狂信しており。
そしてレアも、自分を慕う相手には聖母のように振る舞う。
レアは政治家としても軍人としても超一流だが。
特に人心掌握に関しては、少なくともエーデルガルトも認めざるを得ないほどに高い手腕を持っている。
そのレアの率いる最精鋭。
それも、レアのためなら死ぬ事を一切怖れぬ精鋭部隊が。
突貫を開始していた。
泥も川も、彼らの前にはまるで意味など成さない。
その先頭にはレアがいる。
昔、聖者セイロスは、邪王ネメシスを単独での一騎打ちで仕留めたとされている。
今、精神の均衡を崩しているらしいレアは、自身でセイロスと名乗っているようだが。
エーデルガルトは知っている。
レアが、セイロスである事を。
千年の時を生き、本人フォドラ全土を支配し掌握し続けた人ならざる者。
通称「白き者」の正体こそ、レア。そして、今に至るまで生き続けているセイロスなのである。
突貫してくる敵の勢いは凄まじく。
乱戦の中、散っていた味方は文字通り蹴散らされている。
予想をして備えていたのにこの状況だ。
レアは近年精神の均衡を崩し、その様子を怖れてレアの元を離れる者が出始めている。事実、そういった者が帝国に逃れてきて、レアの狂態について報告してきている。間諜もレアの様子がおかしいことは告げてきており、事実である事は疑いない。
だが、それと同時に。
レアがフォドラ最強の用兵家であり。
戦士としても最強の古強者である事実もまた揺るがないのだ。
味方が吹っ飛ばされるのが見えた。凄まじい騎兵突撃だ。さて、師は想定通り動いてくれているか。
一瞬だけひやりとしたが。
それも、一瞬だけ。
閃光が、戦場に走る。
そして、敵の前衛が消し飛ぶのが分かった。
どうやら、乱戦を無理矢理押し通った師が、今ようやく敵の前衛を押さえ込んだ様子だ。後は、師に任せていればいい。
レアの相手をしても消耗するだけ。
エーデルガルトは、ここぞと伝令を飛ばす。
「全軍収束せよ! ディミトリ王の首を取る!」
「おおーっ!」
喚声が上がる。
同時に、乱戦が一気に収束し始める。今まで散って戦っていた味方が、最初から指定されていた地点へと集まり始める。
この急激な変化に。
王国軍は対応出来なかった。
恐らく、忠誠度が高い有能な騎士から、先に魔獣になっていたという弊害もあったのだろう。
彼らは喜んで王国に殉じた。
だが、だからこそに。
この戦いにおける最大の局面で、人として動く事が出来なかった。
数の暴力を最大限に生かす。後方は師にだけ任せれば良い。あの人は単独でレアとセイロス騎士団を食い止めるくらいのことはやってのける。
勿論、手練れに支援はさせるが。
それも必要かどうか分からない。
掛かれ。
声を掛けると同時に、まだ味方が浸透していないタルティーンの北東部に、味方の魔道部隊が燃える石を叩き込む。
古来空より襲い来たといわれる隕石を模した魔道、メティオである。
広域制圧を行うための魔道で、消耗が激しく使えるものも少ない。ヒューベルトが精鋭を揃えて、広域に対する制圧火力の切り札として、部隊を編成したのだ。各地の戦場で猛威を振るったメティオの弾幕は。一度の戦闘で使うのは二度が精々だが。それでも、乱戦が急激に収束しつつある中。敵が潜んでいる可能性がある一角をモロに吹き飛ばした事には大きな意味があった。
燃え上がるタルティーン平原の一角に。
人影が見える。
メティオを受けてまだ立ち上がってくる人間。
恐らくあれがディミトリだ。
王国軍もまとまり、苛烈な抵抗を始めるが。予定通り動くように指示を出す。そのまま、前に進もうとしたその時だった。
後方に、巨大な人影が生じる。
まだ別働隊がいたのか。
「巨大な人影です! 魔獣ではありません!」
「後方の部隊、被害甚大!」
これは恐らくレアの切り札だな。
エーデルガルトはそう判断する。
以前、魔道で動く巨大な人型の兵士を見た事があるが、恐らくはそれだろう。レアも自分を食い止める師の存在を意識し。自分の突撃を止められたときに備え、広域を制圧するための切り札を容易していた、と言う事だ。
アレは確か魔道に対する強い耐性を持っていたはず。
前線は。
ディミトリは恐らく、耐え抜いたとは言え相当な打撃を受けているはず。それならば、戦いを完勝に導くには。
考えろ。
エーデルガルトは意識を集中し、そして歩きながら、前線を見やる。
集結した味方は、もみ合うような乱戦の中、確実に敵を孤立させ、包囲し、殲滅している。
同士討ちも起きているが、それでも被害は目に見える程度に小さい。
これならば。
照明弾を挙げさせる。
敵の人型が姿を見せる。数は四、いや五。いずれもが、生半可な魔獣を凌ぐ凄まじい性能を持っている様子だ。王国兵の生き残りも、群がって対応しようとしている帝国軍も、まとめて薙ぎ払っている。
無茶苦茶だが、レアの精神状態を思うと、ああいう無差別殺戮兵器を投入するのも納得出来る。
小走りで、味方の橋頭堡へ急ぐ。
既に周囲に、動く者は殆どいない。
前線に突入した味方。
レアに対応している師と精鋭部隊。
それに後方から遅れて前線に向かっている部隊。それくらいだ。
雨はまだ激しく降り注いでおり、誰かを見る度に、敵か味方か見定めなければならない。
たまに敵の生き残りに遭遇する事もあり、後衛に辿りつくのが遅れる。忸怩たるものがあるが、この状況、敵も勝負を賭けて来ている。
此方の予想外の手を打ってくることも、勿論想定し。
そしてそれでなお、噛み破らなければならなかった。
ほどなく橋頭堡に到着。
ヒューベルトが、後方について知らせてくる。伝令がかなりの数行き交っていた。
「あの人型、手に負えませんな。 魔道もほぼ通じない様子。 更にどのような素材で作られているのか、生半可な武具では通りません」
「私が行くわ。 ベルナデッタ、支援を。 カスパルは」
「今丁度敵に挑んでいる所ですが……分は良くないようです」
「そう」
帝国随一の喧嘩屋カスパル。軍務卿ベルグリーズ伯の孫であり、その喧嘩は実戦でも通じる。
勿論最高の装備と親衛隊を与えてあるが、それでも分が悪いか。
行くしかあるまい。
「前線はそのまま敵の殲滅を継続。 ディミトリには安易にしかけないように」
「御意。 ただ、相手が来る可能性もありますが……」
「メティオは控えなさい。 前線がかなり押しているから、味方を巻き込むわ」
「仰せのままに」
ヒューベルトは冷徹だが。
この戦場での被害が大きいことは、自覚しているのだろう。
エーデルガルトは、再び泥濘に突入する。親衛隊が相当に疲弊しているのが分かるが、彼らも続く。
泥に足を取られて転ぶ者もいるが、誰も嗤うことは無い。
皆の消耗が凄まじい。
誰がいつ転んでも不思議では無い。
しかも此処は戦場。武器もたくさん散らばっている。下手に転ぶことは、そのまま死を意味する。声を掛け合いながら、血と泥の川を渡る。
味方が、消し飛ばされて、吹っ飛んでくる。
無言のまま、突入。
一体目の巨大な人型を確認。アイムールを振るって打ちかかる。人型の背丈は人間の五倍もあり、その威容は圧倒的だ。前に見た奴よりも大きいかも知れない。
装甲は本当に何で出来ているのか、凄まじい火花を挙げながら、アイムールの一撃にも耐え抜く。
ただし、亀裂が走る。
其所へ、綺麗にベルナデッタが矢を吸い込ませた。そう、撃ち込んだと言うよりも、当ててから放っているのだ。
弓の達人だけが出来る事だが。
ベルナデッタは寡黙に淡々と、己の内側に向く武術を師に言われて鍛え続けた結果、その領域に達している。騎乗での弓もまったく威力精度ともに落ちない。しかも絶対に突出も勝手な行動も(ただし先を読んでの行動も)しないので、守ってやりさえすれば最強の固定砲台として機能してくれる。無論前に出ることも絶対にしない。
黙々と放たれる矢。一撃、二撃と、矢が人型の傷に吸い込まれる。痛みを感じぬはずの巨体が確実に軋む。
回転しながら周囲を薙ぎ払おうとする人型の腕に斬りかかり、回転を止める。ずり下がるが、それでも動きを一瞬だけでも止める。腕にも大きな傷をつける。おおと、兵士達が歓声を上げ。更に、群がってよってたかって人型に斬りかかり始める。こうなると、流石の巨体もどうしようもない。
更に、抉りあげた傷が、深々と人型の装甲を抜き。
雄叫びとともに、カスパルがここぞと追撃を叩き込む。喧嘩屋の拳が、直接装甲を拉げさせる。
其所に吸い込むように入り込んだ矢が、致命傷を与えた。
沈黙する人型。
「やったぞ! 気勢を上げよ! あの者に続け!」
喚声を挙げる兵士達。
困惑するベルナデッタだが。仕事はきっちり続けてくれる。そのまま、二体目の人型に躍りかかるエーデルガルト。此処を超えれば。戦いに、終わりが見える。
そう自分に言い聞かせながら。
先と同格か、それ以上に思える人型に、エーデルガルトは挑みかかった。
2、一騎当千暴虐暴風
橋頭堡にて全体の指揮を任されたヒューベルトは、前線を前に出しすぎないように注意しながら、吹き荒れる血吹雪の凄まじさに舌を巻いていた。
元々ヒューベルトは黒衣長身という威圧的な風貌から、学生時代から周囲に極端に怖れられていたし。それをむしろ良しとしていた。
ヒューベルトは狂信者だ。
それを自分でも理解している。
幼い頃からエーデルガルトに仕える事だけを価値基準とし。それ以外の全てを切り捨てて来た。
人間らしい生き方では無いという批判をする同級生もいたが。
それでかまわないと返すと、相手は恐怖を目に浮かべて黙り込むだけだった。
事実、人間らしいと言うのはどういうことなのか、ヒューベルトにはよく分からない。
元々ヒューベルトの家であるベストラ家は、帝国の影を担ってきた一族で。
それでありながらヒューベルトの父は、帝国の混乱を助長した「七貴族の変」に荷担。先代皇帝の権力を奪い。
そして、エーデルガルトが非人道的な人体実験を受ける事になった原因も。
鼠共が帝国内部で好き勝手をするようになる切っ掛けすらも作った。
故にエーデルガルトが権力を握って即位したとき、多くの貴族を処刑したが。ヒューベルトは何の躊躇も無く父を粛正した。
それに関しては何ら後悔もしていないし。
相手に対する何の感情もない。
それらを理解して貰おうとも思わない。
主君ですら時々ヒューベルトの冷徹さには眉をひそめるが、それでいい。
主君が行く血に染まった花道を用意するのが、ヒューベルトの役目なのだから。
そしてそんな冷酷非道なヒューベルトでさえも。
泥濘の中繰り広げられる凄まじい暴虐には、もはやお手上げと言うほか無かった。
文字通り、単独で騎士団数個分に匹敵する暴れぶりである。
戦場を線が走り回っている。
いわゆる蛇腹剣という奴だ。
エーデルガルトが師と呼ぶ軍神ベレスが持つ天帝の剣は、蛇腹剣としての機構を備えている。
普通だったら、余計な仕組みを仕込めば仕込むほど武器は脆くなるのだが、あれは例外で。自己修復機能どころか、敵の血を容赦なく吸い上げていく文字通りの全自動殺戮機械である。
その上それを、人間を止めている身体能力を誇るベレスが振るうとどうなるか。
いにしえの時代、邪王と呼ばれたネメシスが、あのように暴れていたのでは無いのだろうかと。
いや、ネメシスさえ超えるのでは無いのかと。
此処から見ていても思う。
生唾を飲み込んだ伝令に、低い声で告げる。
「何をしている。 さっさと伝令に行け」
「は、はいっ!」
慌てて泥濘を蹴立てて駆け出す伝令。
フォドラ最強を謳われ。
完璧な位置、時間で突っ込んできたセイロス教団の最精鋭、セイロス騎士団。それも、率いているのは大陸最強の用兵家レアである。
それが、たった一人の暴力の前に足止めされている。
レアの正体がセイロスだったとして。
昔に比べて衰えたとも思えない。
むしろ、多大な経験を積んで更に強くなっているだろう。ネメシスを一騎打ちで倒した時よりも、だ。
それでもなお。その上をベレスが行っている、というだけだ。
暴れ狂う威の前に、戦場が蹂躙される。線が虚空に走る度に、鎧ごと切断され、人体が吹っ飛ぶ。それでも気迫を込めて斬りかかる騎士達は、残像を抉るばかり。
泥に足でも取られれば、即座に次の瞬間首が飛ぶ。
それだけではない。
ごっと、凄まじい音が響き。
戦場の中枢に光が炸裂する。
そして、一瞬遅れて、熱風が吹き付けてきたので、ヒューベルトは顔をマントで覆った。
流石に洒落にならないなと、内心で呟く。
ベレスは現時点で恐らくフォドラどころか大陸最強の剣士であるが。
魔道も極めて高い水準で使いこなすのだ。
それも、ヒューベルトやリシテアといった規格外クラスほどでは無いにしても。生半可な魔道の使い手では及びもつかない次元で、である。
暴れ狂うベレスは、フォドラ最強の騎士団を単独で食い止め続け、その間に蹂躙されていた味方が体勢を整え直す。
ヒューベルトが飛ばした伝令が届くと。
味方は槍先を揃え、一斉に反撃に出た。
泥濘の中、敵騎士団の側面を、後方に向け爆走。
レアが即応。この辺りは、流石に歴戦の指揮官である。それも反応が神がかっている。
自身が前に出て。凄まじい武勇を振るい始めるが。それが、セイロス騎士団の消耗を加速させる。
レアの武勇も凄まじい。いや、正直な所、度を超しているというのが正しい。
素手で重装兵を殴り倒し。
更に、蹴り一発で馬の体をくの字に拉げさせ。
振るったどちらかと言えば小さな剣が、騎兵の振るう長柄を見事に真っ二つに両断している。
目には既に正気はない。
だが、それでもレアは戦士としても用兵家としても、最高の実力を維持し続け。大暴れしている。
それすらも、ベレスの前には霞む。
それだけのことだ。
ほどなく、ベレスとレアが接触。精鋭がセイロス騎士団の背後に回り込む。レアが叫ぶと、即座に騎士団が動き出し、包囲の一角を突き崩して、乱戦を続けている王国軍の方へ突貫を開始。
なるほど。
恐らくはディミトリと合流して、その暴勇を生かして反撃に出るつもりか。
あれだけ軍神の暴威を間近で見せつけられていながら、まだやる気なのは流石と言えるが。
いや、違う。恐らくあの動き、あの迷いのなさ。ヒューベルトの同類だ。
苦笑する。
狂信が、恐怖を己から取り除いている。
学生時代に調べたが、セイロス教団の精鋭には、レアに個人的な恩義を感じている者が多数いて。狂信者も珍しく無い。
彼らは例外なく辛い過去を抱えていて。
信仰が彼らを上手に囲い込んでいた。
レアは敵対的では無い相手なら、フォドラの人間ではなくとも、紋章などなくとも優遇するし。
何より人材育成にも優れた手腕を持っている。
事実セイロス騎士団の最強の称号は、此処千年ほど一度も揺らいでいない。三国がしのぎを削るようになってからも、である。
「敵の足を止めろ。 今陛下と遊撃部隊は後方の人型の処理で手一杯だ。 いかなる犠牲を払ってでも防げ」
「分かりました!」
伝令を飛ばすと、魔道部隊を集め、泥濘の中をあり得ない速度で移動し続けるセイロス騎士団の先頭部分に狙いを定め。
雷撃の魔道を、集中的に撃ち放つ。
直撃し、多数の騎士が吹き飛ぶが。
それでもなお、組織的行動を一切止めないセイロス騎士団は、突貫。
防ぎに掛かった三倍以上の帝国軍兵士を、如何に無理に陣を整えて迎撃に掛かったとはいえ、ぐいぐいと押し込んでいく。
更にレア自身は、ベレスとまともに戦って、味方を支援している。
その場は正に神話の戦場と化していて。
とても人が入れる状況に無かった。
だが、ヒューベルトが見た所。どうやらベレスの方が押しているようだった。それも、旺盛な意気で掛かってくるセイロス騎士団を同時に相手にしながら、である。
「貴様の心臓を寄越せ! それはお母様のものだっ!」
何やら喚きながら、レアがベレスに得意の格闘戦を挑もうと躍りかかるが。ベレスは冷静に後退しつつ、魔道を連発。敵の視界を遮りつつ、不意に振り返って、煙幕ごと天帝の剣で敵を切り裂く。
だが、手につけている小さな盾だけで、斬撃を。さっきまで、騎士を鎧ごと紙くずのように切り裂いていた斬撃を、レアは防いで見せる。
どうやら、よほど強力な盾らしい。
時間を掛けて用意してきたというのなら、あんな規格外の代物を持っていても不思議ではないか。
いずれにしても、レアが此処まで突っ込んできていたら、帝国軍は支離滅裂にされていただろう。
伝令が来る。
どうやら、セイロス騎士団が、方向を転換。無理矢理に防衛線を突破。レアの方に一斉に向かい始めたらしい。
さて、狙いは何だ。
あの神話の戦場に入り込めるとは思えないが。
大きな音。
どうやら、王国軍を押さえ込んでいた戦線に、動きがあったらしい。伝令が遅れてやってくる。
「伝令っ! 敵王ディミトリが動き出しました!」
「……そうか。 予定通りに対応せよ」
「ははっ!」
伝令がそのまま駆け去る。
個人的武勇が戦場を左右する時代は終わりつつあると言われていたが。
そんな「常識」は、ベレスが現れてから覆ってしまった。
ヒューベルトは指揮を続けながら、ディミトリによる味方の被害を最小限に抑えつつ。遊撃部隊が敵の切り札である人型を処理するのを待つ。
セイロス騎士団は、どうやら頃合いと見たのだろうか。
レアに連続して魔道を叩き込んでいるベレスに、一斉に矢を射掛け。
天帝の剣がその矢を風圧だけで叩き落とすのを尻目に、レアに馬を貸し、その場を疾風のように離れる。
もう少し、数を削りたかったが。
レア自身も、引くことを選択した。動きが鈍い帝国軍の一部を蹴散らすと、王国軍の後方に回り込み始める。
泥濘すら、奴らの進軍速度を落とさない。
本当にどれだけの鍛錬を続けて来たのか、呆れかえるほどだ。
五年前の大修道院での戦いで、大きな被害が出るわけである。
多分フォドラだけでは無い。
どこの戦場に連れて行っても、猛威を発揮する事疑いない。恐らくは、世界最強の騎士団だ。
そして、その騎士団でさえどうにもできなかったバケモノは。
騎士団の動きを見届けると。
今度は、王国軍との死闘を続けている前線へ、走り出していた。
此方もまた、泥濘をものともしていない。
「伝令、いるか」
「ははっ!」
「すぐに前線に指示を。 軍神が向かう。 巻き込まれないように注意せよ、と」
「分かりました!」
三体目の人型を潰した頃には、既に形勢は逆転。エーデルガルトが見ている前で、兵士達がよってたかって四体目の人型を潰し、五体目も傷だらけになっていた。此処はもう大丈夫かと思ったが、念のためだ。徹底的に潰して行く。
かなりきつそうなカスパルは下がらせ。
その代わりに、フェルディナントの騎馬隊を突撃させる。
未来の帝国宰相と言われるフェルディナントは、昔から何かとエーデルガルトに突っかかって来る男だった。
自己陶酔の激しい自信家だったが。
自信に見合う実力は持ち合わせており。
無能な父親とは正反対。
紋章持ちだからといって有能だとは限らない。その見本である父親と真逆だったのは幸いだっただろう。
もっとも帝国で分厚い装甲に身を固めた装甲騎馬兵が、突貫を開始。兵士達が巻き込まれては災難だと、さっと道を空ける。
泥濘でいつもほどの速度は出せていないが。
特別に訓練された大型馬を駆る重装騎兵の突貫による破壊力は文字通り絶大である。多少の罠程度では、これを止めることは出来はしない。
爆走する騎士団が、最後の抵抗を見せる人型に突貫。
普段は優雅を誇るフェルディナントが、泥にまみれることを何とも思わず、騎馬隊の突進にて、人型を文字通り爆砕する。
踏みにじられた人型を見て、エーデルガルトは呼吸を整えながら、戦況はと叫ぶ。更に増援が現れるようなら、まだ対処しなければならない。
「ベレス様が、セイロス騎士団を単独で食い止め、追い返した模様です!」
「流石ね」
「ただし、王国軍はついにディミトリ王が動き出しました。 前衛に間もなく接触するかと思われます」
「……好都合だわ」
敵は敢えてこの豪雨と泥濘を利用して、消耗戦に持ち込んでくれていたのに。
総力戦に切り替えてきた。
それならば、軍の体力も手数も多い此方が有利になる。
恐らく、最後の力を振り絞って、一気に勝負を付けるつもりなのだろうが。
そうはさせるか。
突撃。吠え猛る。兵士達が、皆それに揃って雄叫びを上げた。
アイムールを振りかざし、泥濘を蹴散らし反転。遊撃隊、つまり帝国の最精鋭とともに驀進する。
途中、ずっと馬に跨がったまま、弓を構えていたベルナデッタに指示。頷くと、ベルナデッタは移動を開始。護衛の兵士達が慌ててその後に続いた。
指示を出さなければ動けないが。
指示さえ出せば最高の動きをする。
「指示待ち人間」などという蔑称があるが。
指示を出せば的確に動けるのであれば、はっきりいって勝手に動いて事態を悪化させるような輩よりも遙かに有能だ。その場合、指揮官に問題があるのであって。指示通りに動いた者に責任は無い。
軍とはむしろそういう場所で。
幹部候補生として育てられたベルナデッタは、むしろ異質ではあるが。
しかしながらスナイパーとしてのフォドラ一の実力を生かせるのであれば、それでまったくかまわない。
途中、橋頭堡により、味方の戦力を再編成。ヒューベルトに直接状況を聞く。セイロス騎士団を師が追い払った事。レアも含めたセイロス騎士団が、一度タルティーン平原の北東に抜け、王国軍の後方に回ったこと。ディミトリが突撃を開始したことが告げられると。エーデルガルトは即断した。
「ディミトリを討ち取ればこれ以上の交戦をセイロス騎士団は諦めるわ。 諦めない場合は一緒に潰すだけよ」
「そう思われたのでしょう。 師も前線に炎のような勢いで突貫していかれましたよ」
「……私達も続くわ」
「ご武運を」
全体の指揮をヒューベルトに任せると、そのまま再編成を終えた親衛隊と遊撃部隊と共に、前線に躍り出る。
ドゥドゥーを失って猛り狂っているかと思ったが、そのような事もなく。むしろ冷静に、淡々とディミトリは魔槍アラドヴァルを振るい、群がる帝国兵を蹴散らしているが。ヒューベルトの指揮によって、見境無く振るわれる槍は、王国兵の残党も巻き込まれている。ディミトリを、敢えて乱戦が続いている場所に誘導する事により。その破壊力を、むしろ王国軍の残存戦力を削る方向でも活用しているのだ。
えげつのない真似をすると思ったが。此処で負ければ、更に死者が増えるのだ。
師が帰還して、一気に形勢は帝国に傾いたが。
五年におよぶ戦いで、既にフォドラは疲弊しきっている。これ以上の戦いは隣国の介入を高確率で招く。特にダグザは文明でも人口でも大きくフォドラを上回る。介入を許すわけにはいかない。
これ以上戦いを続けさせないためにも。
此処で、血を流せるだけ流してしまわないといけないのである。
ディミトリの目が見えた。ディミトリの両目も、此方を見た。雄叫びを上げて、突貫してくる。
エーデルガルト。
叫び声は、獣の咆哮と同じだった。師はと言うと、王国軍の背後に回り込むと、まだ組織的な抵抗を続けようとしている部隊を、天帝の剣で薙ぎ払い、セイロス騎士団との戦術的連携を防いでいる。
それはつまり、この場に横やりが入らないことを示してもいた。
「リシテア、やりなさい」
「ええ」
先ほど、本陣に疲弊が激しい精鋭を下げさせ。温存していた切り札を出す。
リシテア。
十代半ばにて、俊英揃う大修道院でなお、天才の名を恣にしていた魔道の申し子。師が真っ先に引き抜いてきた、恐らく現時点でフォドラ最強の魔道の使い手。
髪の色は銀。
エーデルガルトと同じ、非道な人体実験のエジキにされた形跡がある彼女は。徹底的に鼠共を憎んでいる。
なお、昔は寿命が残っていないと焦っていたようだが。
実の所、よく調べてみると生活習慣が最悪な上に、偏食があまりにも極端だったことが原因だったらしく。
師の指導で食生活を改めたところ、みるみる健康になって、今は寿命のじの字も口にしない。
また、五年前に十代半ばだったということは、当然今は成人。既に成人している割に妙に言動が幼いが、それは天才故の宿痾というものだろう。
そのリシテアが、全身から凄まじい魔力を放出し、魔道を練り上げる。
全身が浮き上がるほどの魔力を放つ者は他にもいるが。
リシテアの場合は、魔力が周囲を灼け焦がすほどで。
練り上げた上でぶっ放す魔道は、意図せずとも広域制圧を可能とするほどである。
撃ち放たれた黒い魔道は。
ディミトリが、叫びながら突貫してきた出鼻を、モロに挫く。既に味方は、ディミトリの周囲から離れていて。ディミトリを直撃した黒い魔道は、周囲を焼き払っていた。
「気を付けて、仕留めきれていない!」
黒いもやを打ち破るようにして、血だらけのディミトリが突っ込んでくる。魔槍アラドヴァルで、無理矢理魔道を撃ち抜いたのだろう。だが、全てを緩和は出来なかったようで、血みどろである。
エーデルガルトが突貫。
此方も消耗は決して小さくはないが、それでもディミトリとまともに打ち合えるのはエーデルガルト他少数しかいない。
師は敵の残存勢力の処理と、セイロス騎士団の横やりを防ぐのに一人で暴れてくれている。
此処はエーデルガルトがどうにかしなければならなかった。
突撃し、アイムールを振りかぶる。
突き掛かってきたディミトリ。
降り下ろしたアイムールと、アラドヴァルが激突し。周囲に爆風を巻き起こした。リシテアの魔道をまともに喰らったディミトリは、間近で見ると凄まじい傷を受けている。彼方此方体が裂け、骨が見えている場所もあった。それでもなお戦い続けるのは、怒りから。もはや精神が肉体を超越してしまっているから、痛みも感じていないのか。いや、単に脳内で痛みを緩和する仕組みが働いているだけだろう。
二合、三合と渡り合う。
ディミトリが踏み込むと、槍を横薙ぎに振るって来る。
それをアイムールを振るい上げて、迎撃。
弾きあった。
先に踏み込んだエーデルガルトが、アラドヴァルを狙って、降り下ろす。相手も即座に狙いに気付いて、踏み込もうとするが。
その足を、矢が貫いていた。
さっき、ベルナデッタに告げたのである。
ディミトリの動きだけを止めろと。
更に、二の矢。ディミトリの脇腹を貫く。
生半可なスナイパーの矢ではない。幾多の敵を屠ってきたベルナデッタの矢だ。五年でのキルスコアは帝国軍全体を見ても師を除けば最多。更に遊撃隊として精鋭に編成してからは、彼女の鏃はどれだけの敵将の血を啜ってきたか分からない。
動きを止めるディミトリ。
アイムールを降り下ろし、アラドヴァルを思い切り地面に叩き付け。敵の武具の柄を踏みつけつつ、当て身を浴びせる。蹈鞴を踏んで下がるディミトリに、更に矢が連続で三本突き刺さる。いずれも人体急所を貫いているが、なおもディミトリは交戦の意思を崩さない。
「リシテア!」
叫ぶと同時に、機を窺っていたリシテアが、第二射の魔道を叩き込む。
手負いの獣を相手にするには、人間が一人では足りない。
流石にアラドヴァルもない状態。
モロにフォドラ最強の魔道を喰らったディミトリが吹っ飛ぶ。そして転がったディミトリに、容赦なく追撃の矢が二本突き刺さっていた。
ベルナデッタがああも容赦なく撃ち込んでいると言うことは。
まだディミトリは死んでいないと言うことだ。
指示通りにしているだけ。ベルナデッタの目は、ディミトリが死んでいない事を見抜いている。
ベルナデッタが非道なのでは無い。戦場というものが非道なだけである。
大股で歩み寄る。もはや槍さえうしなったディミトリは、唸り声を上げながら立ち上がろうとする。その膝を矢が突き抜くが、それでも立とうとする。恐怖の声が、味方から上がる。
流石に度が過ぎている、というのだろう。
だが、エーデルガルトはそうは思わない。
ディミトリは、既に色々な意味で人間を止めてしまっている。間近で見て、それはよく分かった。
「エーデル……ガルト……っ! 全てを蹂躙する悪鬼め……!」
「学友のよしみよ。 遺言くらいは聞いてあげるわ」
「地獄に落ちろ。 先に炎に灼かれながら待っているぞ」
「……そう」
アイムールを振り上げると。
降り下ろす。
流石に、首を叩き落とされては、どうにもならない。しばらく沈黙が続いたが。それでも、誰の目にも勝敗は明らかだった。
かなり危なかった。唇を噛むエーデルガルト。
師が育ててくれた有能な味方達の支援と。
乱戦の中、多くの犠牲を出しながらも、最後の勝利を信じて戦い抜いてくれた兵士達。英雄だけでも、兵士だけでも勝利は無かった。
雨がやっと止みはじめる。
懐に忍ばせている短剣を思いながら。
エーデルガルトは、命を落としたディミトリを、じっと見下ろし。そして、こわごわと近寄ってきた親衛隊に指示した。
「相手はファーガス最後の王。 手篤く葬ってやりなさい。 ドゥドゥーの遺体も側に」
「は……」
一度、ヒューベルトの所まで戻る。
残党狩りは師に任せておけば良い。あの人が、不覚を取ることなど、あり得ないのだから。
3、終焉
地獄に落ちろ、か。
そう言ってはいたが、完全に負けを悟ったディミトリは、むしろ静かな表情だった。勿論天国になどはいけないだろう。だが、地獄に落ちるのはエーデルガルトだって同じ。いずれ地獄で再会することになるだろう。それは覚悟の上である。地獄があれば、であるが。神に等しい存在がいるのだ。地獄があっても不思議ではあるまい。
ヒューベルトが、既に戦場をまとめつつあり。
雨が止んだタルティーンの野には、雲間から光が差しつつあった。
周囲を親衛隊が警戒している。
まだ敵が潜んでいる可能性を否定出来ないからである。
「セイロス騎士団は王都に撤退を開始しました。 王国軍の残党を盾にして、戦力を維持したまま教本のような撤退を行っております」
「レアは白きものにならなかったわね」
「……あの姿、相当に消耗することは確実です。 恐らく切り札として取っておくつもりなのでしょう」
「王都の住民を巻き込みたくはないのだけれど……」
力不足だった。レアを仕留めておけば、流石にセイロス騎士団も半壊。王都の民を巻き込むことは無かっただろう。
レアは人では無い。文字通りの意味で、人外の存在である。
白きものと呼ばれる、巨大な飛竜よりも更に強大な竜の姿を取ることが出来る。その戦闘力たるや、鼠共が自慢げに作り出してきたオモチャなど一ひねりにするほどで。千年間フォドラを支配してきた強大な存在の底力を見せつけるかのようである。
「味方の損害は」
「参戦戦力の二割を超えました。 本来なら損害率から見て敗北ですが……王国軍は事実上消滅し、生存している兵力は千を超えません。 セイロス騎士団も、半壊している状態を考えれば、戦略的には勝利と言って良いかと」
「……」
セイロス騎士団を半壊させたのは師一人だ。
本当に味方で良かったと、胸をなで下ろすばかり。
師は血塗られた道を行くエーデルガルトを認めてくれた。それだけでどれだけ救われたか分からない。心がとても静かになった。戦場でも常に師の存在が大きな助けになっている。
分かっている。
師はどちらかというと中立の存在。そもそもセイロス教会に関係を一切持たずに、各地を傭兵として回っていたと言うだけで異例の存在だ。だから公正に皆を見る事が出来たのである。
歴史にもしもは禁物だが。エーデルガルトの敵に回る展開だってあった可能性が高い。
その時には、最凶の敵になっていただろうし。
帝国の戦力をもってしてなお勝てなかった可能性を否定出来ない。
なお、師は今後の改革に関しては、前向きに意見を出してくれているし。否定もしていない。
ヒューベルトも、暗殺の話は一切しなくなった。
自分達だけでは時間的にも厳しい改革を、師が加わるならより効率よくやれる。そう判断しているのだろう。
師が戻ってくる。
生首を一つ手に掴んでいた。
呆れるようなキルカウントをたたき出す師だ。いちいち首なんか持って来て、戦功を誇るような真似はしない。
つまり、意味がある首、ということである。
その首は、見覚えがあった。いや、見覚えがありすぎる顔だった。
アランデル公フォルクハルト。
帝国の裏で蠢動していたアガルタの民の頭目。そして、名目上はエーデルガルトの叔父である人物であり、現摂政である。いや、摂政だった、か。
「逃げるセイロス騎士団を取り巻きどもと笑っているのを見つけたから、一人残らず斬ってきた。 もう用済みだし、早い方が良いだろうと思ってね」
「そう。 ありがとう、師」
「恨みが重なっているだろう。 私は恨みを晴らした。 後は踏むなり蹴るなり好きにすると良い」
どんと首を机の上に置くと。
青ざめている周囲の者を放置して、師は自分の天幕に戻っていく。大量の血泥に塗れているが、戦場ではいつものことだ。軽く体を拭いた後に寝るそうである。一眠りすれば回復するのだそうだ。
アランデル公の首を見て、思う。
師にとっては、実父の仇に等しい人物だ。随分待たせてしまった。
そして、アガルタの者達は、他人に成り代わる能力を持っている。
アガルタの民の長タレスが、アランデル公に成り代わったのはいつかは分からないが。本物の叔父はとうに死んでいたのだろう。そう考えると、叔父の仇だったとも言える。
そして此奴らが、あのダスカーの惨劇を起こした張本人でもあるから。ディミトリやドゥドゥーの仇でもあったわけだ。
死んだ事で化身の術が解けたのだろう。
異様に白い肌の、まるで別物の風貌に変わる生首。死体蹴りをする趣味は無い。片付けるように指示すると、親衛隊の兵士が頷き、取り下げていった。
「まさに、軍神ですな……その武勇の前に立つ者は一人としてなし。 勿論人外のものとて例外では無い……。 誰にも容赦することはなく、その剣は平等に全てを斬る」
古参の親衛隊の一人がそう呟く。
エーデルガルトも、それを否定するつもりは無かった。
兵の再編成を急がせる。
王国は事実上崩壊。
後は王都を陥落させるだけだが。王都の民を人質にセイロス騎士団がレアと共に徹底抗戦を計るとなると、相当な犠牲が予想される。
今、アリアンロッド方面から西進している部隊と合流し、完全に王都を包囲してからが戦いの本番になるが。
今回の戦いだけで、味方が五千以上の戦死者を出している。乱戦だったからだ。王国軍はほぼ消滅。セイロス騎士団は半減。あわせて一万五千以上の命が失われた。
それは単純な一万五千では無い。
高度な戦闘訓練を受けた人材一万五千だ。
別働隊と合流すれば、戦闘可能な人員はまた一万五千を超えるが、今回の会戦に参加させた部隊は、後方で休ませたい。
指示を出している内に夜中になる。
既に後方に控えていた医療魔道部隊が、負傷者の手当を開始。敵味方の亡骸を葬り始めている。
少しは進軍も遅れるが。
此処で処置をいい加減にすると、疫病が流行ったりして、ろくでもない事になる可能性が高い。ただでさえ、泥濘を浴びながらの死闘だったのだ。疫病になる者は、処置が遅れれば確実にでる。
処置は早い方が良く。遅れると多くの場合、取り返しがつかない事になるのだ。
まだ動ける者はタルティーン平原の周囲を巡回し、敵の奇襲や夜襲に備える。会戦は終わった後も、すぐに休めるわけではないのである。
遊撃隊の精鋭達も先に休ませ。
エーデルガルトは最後まで自分の仕事をしてから眠った。
眠れたのは翌日の昼。
それからほぼ丸一日眠って。
ようやく起きだしてから。既に起きだしていた皆と会議を開く。ヒューベルトが、幾つかの報告をしてきた。
「敵は既に王都に撤退。 徹底抗戦の意思を見せています。 別働隊が先に包囲を開始し、投降を呼びかけてはいますが、返答はありません」
「腐敗した王国に反感を抱いている民も少なくないと思うのだけれども」
「セイロス教団は、王国に撤退してから、徹底的な教化を行っていたと聞き及んでいます」
意見を出してきたのはイングリットだ。
王国の貧乏貴族の跡取りであり。その生真面目な性格から、王国を離脱した者達の長を任させている。
彼女は優秀な航空兵で。
ペガサスを扱わせたら軍随一である。
昔は美しい金髪を背に垂らしていたが。今はより実戦を意識して、髪を編み上げている事が多かった。
「帝国に対するいわゆる情報操作もしていた模様で、帝国軍が来たら殺されるという情報も流れているようです。 今も、民を訓練して民兵にしたてようとしているかも知れません」
「一刻の猶予も無いわね」
「どうして。 もう戦っても勝ち目なんてないのに」
そう嘆くのはアッシュ。
昔は騎士に憧れていた素朴な青年だった。今は戦いですっかり心をすり減らして、相当に参っている。
戦いの現実を知った今。
騎士とは何かを、ずっと考え続けているのだろうが。
そんなものに回答などない。戦争は何処まで行っても殺しあいだ。
それに美学を求めるのは大いに結構。それによって虐殺などを防ぐ事が出来るのなら万々歳である。
だが勝った方が何でも許されるのも戦争だ。勿論その後を考えると、好き勝手は出来ない。だが、勝った側が暴虐を振るってきた歴史は事実としてある。
アッシュのように真面目な者には、つらいだろう。
功績を発表するが、師が一番は当然として。二番はベルナデッタだ。エーデルガルト本人は、自身の功績を数えない。これは皇帝は戦って当然という自負があるからで。部下に報いるのが仕事だからである。
ベルナデッタの狙撃は今回も冴えに冴え渡っていた。
ディミトリの継戦能力を奪ったのも、リシテアとベルナデッタである。エーデルガルトだけでは、勝てたかも知れないが、大きな手傷を受けていたこと間違いなかった。
ちなみに当人は功績に何の興味も無いようで、頷いて報酬を受け取っていた。口を開きもしない。後で珍しい植物でも買うのか、画材でも集めるのか。
まあ好きなように使えば良い。
ベルナデッタが内心エーデルガルトを苦手に思っている事は知っている。指示さえ聞いてくれればそれで良い。それ以上の事は求めない。出来る事をやれる人間がやればいいのである。
それから二日を掛けて戦後処理を終え。合同での大葬儀を行ってから、戦場を後にする。
後は王都だ。最後まで、セイロス騎士団は徹底的に抗戦をすることだろう。レアは既に尋常な様子では無かった。死ぬまであの狂気の暴走は止まるまい。
それにつきあわされる王国の民は少しでも減らさなければならなかった。
進軍の末、四日後に別働隊と合流。
あからさまにアガルタの民の影響力が失われたからか。軍での情報伝達が滑らかになっていた。
ヒューベルトがやりやすくて助かると皮肉な笑みを浮かべていたほどである。
文字通り水をも漏らさぬ包囲を敷く。王都もアリアンロッドほどでは無いが、相当に強力な要塞ではある。
しかし補給が途絶えた以上、どんな要塞でも絶対に落ちる。
レアほどの用兵家が、そんな事が分からない筈も無い。ましてや王国の戦力は既に消滅し。義勇兵の類が蜂起する可能性もない。王国の民に対する略奪や暴行の類は厳禁と厳命を出しており。破った者には厳罰を処している。
ヒューベルトが軍命を破った者には容赦なく対応する、と宣告しただけで、兵士達は震え上がり。各地で絶対に略奪も暴行もしなくなった。
だから、むしろ王国の民は今の時点では、静観している。
セイロス教団のいう事と、帝国のいう事どちらが正しいか、見極めようとしているのだろう。
師が来る。
じっと城壁の一角を見ていた。
考え込んでいる様子だったが、やがてエーデルガルトを見る。昔よりは感情が感じられるが。しかしながら、灰色の悪魔と呼ばれ怖れられる、静かで冷たい目を。
「攻城兵器を」
「師?」
「死の臭いがする。 何かしらの方法で、此方を誘き寄せるつもりだ。 恐らくロクな方法ではあるまい」
「……分かったわ。 即座に攻城櫓と破城槌を」
師はじっとその場に立ち尽くしている。
そして、その言葉はすぐに現実となった。
王都から煙が上がり始める。
まさか、無理心中を図るつもりか。
エーデルガルトは流石に慌てるが。だが、師はじっと立ち尽くしている。立ちふさがる者はただ斬るのみ。
文字通りの軍神がそこにいた。
「大司教レアは王都の民を道連れにするつもりよ! 即座に全軍王都に突入せよ!」
勿論、単に無理心中だけを図るつもりではあるまい。
民を救出しようと乗り込んだところに、最後の総力戦をしかけてくるつもりなのは目に見えている。
勿論、切り札を惜しまず使ってくるはずだ。
白きものの姿になるかも知れない。
破城槌が押し出され、抵抗もしない敵城壁を無視するように突貫。そのまま、何度か突撃を繰り返し、城門を粉砕する。
中は、正に阿鼻叫喚の地獄絵図。
すぐに指示を出す。
「民をすぐに救出なさい! 敵への対応は此方で行うわ!」
炎の中、燃え上がるようにして立ち尽くす巨体。
そう、あれこそが白きもの。
フォドラを支配し続けて来た、歪みの権化。大司教レアの真の姿。
無能ではない。政戦ともに、歴代のどのフォドラの指導者よりも優れているだろう存在。それが大司教レアだ。
ただし、どうしても支配に柔軟性を欠き、ずっとこの大陸が停滞する元凶となってしまったもの。
今、此処で。撃ち倒さなければならない。
どっと、民が炎の中から逃れてくる。着衣に火がついている者も珍しく無い。親を探して泣く者。火だるまになったまま、ふらふらと歩いている者。文字通りの地獄絵図だ。
帝国軍はこじ開けた城壁から中に踊り込んで、流石に息を呑む。
悲惨すぎる光景と。
神話から飛び出してきたかのような巨大な白きものに。
だが、エーデルガルトがもう一度叱咤し。師が真っ先に白きものに躍りかかっていくと、我に返って救助活動を開始する。
白きものは。ゆうゆうと凄まじい巨体を進ませながら言う。
「返せ……それはお母様のものだ……!」
「何を言っているか分からない。 それよりも、これが為政者のする事かしら」
「私は千年にわたってフォドラを守り抜いてきた! それを全て蹂躙された今、残るものなど焼き尽くしてくれる!」
「愚かね。 貴方の能力は敵ながら認めてはいたのだけれど」
凄まじい魔道の障壁が、ただでさえ頑強な白きものの全身を覆っている。
以前も一度だけあの姿は見たが、その時より更に凄まじい。
なるほど、簡単にあの姿にはなれないことはよく分かった。
元に戻るか、或いは化身するだけで、相当な力を失うどころか、寿命まで縮めるのだろう。
レアはただでさえ若々しく、とても1000年にわたって歴史を支配してきた存在だとは思えない。
力をずっと慎重に使ってきたからこそ、だったのだろう。
「千年にもわたって貴方がフォドラを安定させたのは事実よ。 為政者としてはこれ以上もない実力と言っても良いわ。 その代わり貴方はそのやり方を堅持しすぎた。 だから今、フォドラは周辺国に立ち後れてしまっている。 腐敗は取り返しがつかない所まで行き、鼠共が跋扈する状況も作ってしまった。 せめて貴方が少しでも柔軟に動いて、時代に合わせて施政を行ってくれれば、こんな事にはならなかったのにね」
「黙れ! 私はお母様を取り戻したいだけだ!」
レアが吠え猛り。
それだけで、足弱の老人は心臓が止まる様子だ。
確かに、凄まじいプレッシャーが此処まで叩き付けられる。
エーデルガルトは進む。
既にレアと交戦を開始している師。セイロス騎士団も、流石にこの凶行の前には呆然と立ち尽くすしか出来ないらしく。
中には、自ら動いて、民の救助を始めている者までいた。
城壁の一部を破城槌が崩し。
逃げる民を軍が支援する。
ぎりぎりの最前線まで出てきて、医療魔道部隊が支援を開始するが。炎に巻かれた者は、助からない可能性も高い。
いわゆるトリアージをしなければならない。
厳しい判断も、彼らには必要になるだろう。
これが。こんな事が。
恐らくフォドラの歴史上、いやこの世界の歴史上もっとも有能な為政者の末路か。エーデルガルトは、暗澹たる思いを味わった。
周辺国の状況は知っている。
安定した政権など、三百年も続けば良い方。
ダグザだってパルミラだってそれは同じで。何度も国家が勃興しては腐敗し、そして文明圏は再統合されている。
フォドラにはそれがなく。
その代わり、セイロス教団の指示で文明は殆ど進歩せず。
英雄の遺産と、それを使いこなせる紋章持ちが対外武力の要を為した結果。
武器防具の類は、千年間殆ど進歩していない。
新しい技術を作り出した者も多くいたが。
その全てが、セイロス教団の手によって闇に屠られていった。海外から技術を持ち込んだ者も同じだ。
白きものと師の激闘の中に、エーデルガルトも辿りつく。
周囲の炎は凄まじく、歴史ある王国の建造物が次々と倒壊していく。これでは民は半分も助かるかどうか。決死の覚悟でレアを守ろうとする者もいるにはいたが、殆どは炎の中で右往左往するか、或いはもはやこれまでと自害してしまうか。一部はまだレアに殉じようとする。白きものはそんな者をもはや見てもおらず、戦いの余波で踏みつぶしてしまう事さえしていた。
もう、何も見えていない。
終わらせるしかない。
判断したエーデルガルトは、師に声を掛ける。
頷くと、師は。
アイムールを構えたエーデルガルトとともに。
フォドラを安定させ続けたが。
今は最大の災厄と化してしまった白き巨竜に対し、最後の戦いを挑むのだった。
燃え落ちた王都。
師は髪色が最初に出会った時の青黒いものに戻った。心臓が云々と白きものは言っていたが。それが原因かも知れない。
ただ、師の様子は変わりは無い。
感じる圧倒的な力もそのまま。試していたが、天帝の剣もそのまま変わらず使える様子だ。
ということは、レアの影響力が無くなっただけで。中身は軍神のままなのかも知れなかった。
ずっと師の蛍光色に近い緑色の髪を見慣れていたから。
懐かしいと思ってしまう。
六年以上前に出会った時と、師の姿は何も変わらないのだから。
白きものは死んだ。
倒れたレアは、人の姿に戻ると。もはや動く事はせず。無念そうに目を閉じていた。アイムールはへし折れてしまっていたが。別に英雄の遺産の贋作の一つくらいどうでもいい。これからは、超絶たるものが世を支配するのでは無い。人間が少しずつ世界を動かしていく時代にしなければならないのだから。
師はじっと手を見ていた。
エーデルガルトは。何か思うところがあるのだろうと考え、その場を離れる。焼け落ちた街を崩してこれ以上の延焼を防ぎ、生き残りを一人でも助け出す。王国軍の残党だろうが、セイロス騎士団の生き残りだろうがもはや関係無い。
何もかもを踏み躙る白きものの凶行は誰もが見た。
もはや戦意を残した者はいなかったし。
それでも白き者に殉じようと思った者は、皆自害するか、自殺的な突撃の末に死んで行った。
セイロス教団の主だった者達は皆そうして命を落とすか。
或いは軍を離れた。
山賊化するようなら討伐の必要もあるが。
今は追うこともないだろう。
他にやる事がいくらでもあるのだから。
三日三晩かけて、ようやく焼き払われた王都の救出作業が終わる。王都にいた民の実に四割が命を落としていた。
王国はこれで事実上再建は不可能になった。ファーガス神聖王国が築き上げた繁栄は、文字通り白きもの単独によって焼き払われてしまったのだ。勿論帝国軍がレアを追い詰めたという理由もある。
だが、これはいくら何でも。
溜息を零さざるを得なかった。
ヒューベルトが来る。
こんな時でも、黒衣の男は冷静極まりなかった。
「概ね助かりそうな者の救助は終わりました。 後は周囲にいる敵の残党狩りになりますが……」
「それについてはアリアンロッド方面の軍に任せなさい。 遊撃部隊は探し当てておいた鼠共……アガルタの巣穴を潰しに行くわ」
「奴らの本拠は同盟……今は旧同盟領と呼ぶべきですか。 いずれにしても人里離れた土地にある様子です。 この間のアリアンロッドを崩壊させた鼠共の魔道の測定によって確定しました。 以前から大まかな場所は分かっていたのですが、これで確実に潰せましょう」
「急ぐわよ。 タレスを失った今、彼らはただの鼠だけれども、エサを与えれば肥え太る可能性は否定出来ないわ」
皆を急かす。
最後の戦いだ。
白きものとの戦いは、苛烈だった。エーデルガルトも、勝てたのが不思議だと思うほどだった。
あのタルティーンの戦いで、レアがあの姿になっていたら、本当に負けていたかも知れない。
或いはあの土地にレアが何か思い入れがあったのか。
それとも、最後まで「心臓」とやらを取り戻したかったのか。
お母様とレアはずっと言っていた。
心臓とは何かは分からないが。師に関係する何かだったのだろう。或いは、天帝の剣の。いや、英雄の遺産の真実は別にもういい。今は兎も角、フォドラを完全に安定させる事が先だ。
師を呼んだ後は。
早馬で、想定されるアガルタの本拠へ全力で急ぐ。途中で補給を済ませながら、現地に到着するまで三週間。
そして到着後、右往左往している敵の生き残りを、容赦なく殲滅し。地下にあった設備を接収。
フォドラ十傑とネメシスのまがい物らしき、おぞましき実験で作り出されたらしい人間の複製品を全て破壊して。
何もかもを終わらせた。
ネメシスだけは動きだし、抵抗をしようとしたのだが。相変わらずためらいなく動いた師が、一瞬で首を刎ね飛ばし、全てを終わらせ。
そして技術と設備を完全に抑えると。後は持ち出せるものだけ持ち出した後、徹底的に魔道で破壊し尽くし、全てを地の底へと葬った。
これでいい。
大司教レアによる事実上の専横。それによる間隙に生じて跋扈したアガルタ。
そしてフォドラを安定させるために作り出された三国。
更にはセイロス教団。
全ての仕組みは、一度帝国の長であるエーデルガルトの手の元に戻った。
後は発展を阻害されていた技術を発展させ。
戦いで傷ついた土地と民に投資し。
諸外国に対抗できる国へと変えていかなければならない。
遊撃部隊の皆は、師が学生時代に他の学級から引き抜いてきた優秀な生徒達ばかりである。中にはセイロス教団から引き抜いた者や、粉を掛けて味方に引き込んだ教師までもいるが。
いずれにしても、時代を動かすのに必要な英傑である事に変わりは無い。
彼らの力を借り。
そして手段選ばぬ改革を行えば。
フォドラに第二の黄金期を作り出す事が出来るだろう。
師には今後、軍神としての名を喧伝し、周辺国に睨みを利かせて貰う。
フォドラに軍神あり。
人ならぬものすら撃ち倒し。世界に冠たるセイロス騎士団を単独で食い止め。そして文字通りの一騎当千。
立ちふさがる者は、神だろうが人だろうが斬り伏せる。
そんな血に塗れた名を師には受けて貰うが。
師はそれを、何の躊躇も無く受け入れてくれた。
頭を下げるしかない。
帝都アンヴァルに凱旋したのは、更に一ヶ月の後。
再建の時が。
始まった。
4、フォドラの新しい鷲
膨大な死体が散乱している中。
一人立ち尽くしている者がいた。
もはや戦意を失って、逃げ腰になっている兵士が、またそのものに斬られる。噂は、本当だったのだ。
ダグザからブリギットに侵攻した一万の部隊は。最新鋭の装備にものを言わせて、抵抗するブリギットの軍勢を制圧していたが。
しかし突如として現れたただの一人の人間……いや人間の形をした何かによって。一瞬で形勢を逆転された。
乱戦の中、ブリギットの新しい女王も苛烈な抵抗を見せていたのだが。
それが来てからは、もはや暴風が荒れ狂うも同じ。
一瞬にして形勢はひっくり返され。
万の軍勢が、木の葉のように蹴散らされた。
そして、指揮官は今。
ヒトの形をした何か。
噂に聞く軍神だろう。それが振り上げる剣と。静かすぎる目を見て、完全に失禁していた。
降伏するとわめき散らすが。
それを軍神は許さない。
振るわれた剣は、首を刎ねるどころか。
死体を一瞬で赤い霧に変えてしまった。
わずかに生き延び縛り上げられたダグザの侵攻部隊の兵士達に、ブリギットの女王の側にいた役人が。ダグザ語で伝える。
「ダグザの軍総司令官に伝えよ。 軍神の噂は本当であった、とな」
「は、はいっ!」
「見逃してやる。 去るが良い」
「……ひ、ひけっ! ひけえっ!」
軍船の大半まで放棄して、ダグザの軍勢は逃げ散っていった。
軍神ベレスは剣を収める。
今、ダグザ語で相手を追い返した者。
ブリギットにて、帝国の大使館で勤めている。今は軍籍を退いた元黒鷲遊撃隊の隊員の一人。現在は役人をしている者が、ベレスに話しかける。
声は震えている。
当たり前だ。
この役人も、元はベレスの教え子だったのだが。それでも、この凄まじい強さを見て、怖れない筈も無い。
「これで良かったのですか」
「ブリギットはフォドラ統一帝国の有力な同盟国だ。 それを軍民関係無く踏みにじった事は、身を以て償って貰う。 それだけだ。 多少脅かした程度では、軍神の名は広まらない。 一万の犠牲を出す事になったが、それが百万の命を救う事になると信じろ」
「は、はい……」
ベレスは死体の山を一瞥すると。
そのまま、帝国本土に戻っていく。
大きく嘆息すると。
既に四人の子を持った、ブリギットの女王が来る。彼女も、幼い頃は人質としてアドラステア帝国におり。成人してからは大修道院でベレスに学んだ一人。そして黒鷲遊撃隊にて、剣腕を振るった者の一人である。
軽く話す。
「ベレス先生、相変わらず凄まじい武勇、です。 到着遅れたら、もっと多くのブリギットの民、殺され、いたでしょう。 ただこの惨状見て、ブリギットの民、怯えない、良い、ですが」
「すぐに本隊三千が到着します。 ベレス師が快速艇で来てくれて良かった。 本隊が到着し次第、死体を片付けて、埋葬しましょう」
「分かりました、です。 此方は此方で、民を落ち着かせ、ます」
ブリギットの女王は、子供時代の一番大事なときに、二つの異なる言語圏に住んだからか。女王になって四人の子を持った今でも、どうも言葉が若干たどたどしい。ただしブリギットとフォドラをあわせても屈指の剣腕の持ち主である事に変わりは無い。ブリギットと帝国の交流が盛んになった今、彼女の剣を学びたいとブリギットに赴く者も増えている。
ため息をつくと、ようやく到着した帝国軍と連携して、ダグザの兵士達の死体を片付ける。
これをたった一人でやったのかと兵士達は驚くが。
それは若い者だけだ。
古参の者は知っている。
軍神の凄まじい暴れぶりを。
軍神は健在だな。そういう古参兵。
既に目元に皺が刻まれている古参兵の言葉を、若い兵士は半信半疑で聞いているようだったが。
この有様を見れば、信じざるを得ない。ブリギットと駐留軍の兵力だけでは、こんな一方的な戦いには絶対にならないからだ。
幸いパルミラの方は、ある理由から最近国家として接近できており、しばらく大規模な戦闘はないだろう。
後はダグザだったのだが。
今回の戦いで、一万の軍勢が単騎に潰されるという事態を目の当たりにし。当面はしかけてくる事もないだろう。仕掛けて来たとしても、また返り討ちにするだけの話である。
死体の数は9700。その内500が駐留していた帝国軍とブリギットの兵士、それに民だった。
ダグザは蝙蝠のように動くしかない小国ブリギットの民を人間だと思っていない様子で、容赦なく虐殺した。駐留していた帝国軍も、容赦なく殺した。
その凶行に対する報いとしては当然の結果だが。
遊撃隊にいた頃からまったく老けていないベレス師の事を思うと、色々と複雑である。
今、貴族制を排除し。
生まれ変わったフォドラ統一帝国で働いている、遊撃隊の主要な面子の事を思い出しながら、レポートを書き。
そして遅れて到着した、帝国の宰相であるフェルディナントに提出する。
その頃には、既に死体の埋葬は終わっていた。
既にすっかり円熟した中年男性になっているフェルディナントは。昔のような陶酔した言動がなりをひそめ、重厚な武人となっている。この辺りは、無能さで知られた彼の父と似なくて良かっただろう。
「相変わらず凄まじいな師は。 全盛期のベルグリーズ伯でも師とぶつかっていたらどうにもならなかっただろう」
「熊と素手で渡り合うという噂があった方ですね。 私は直接の面識はありませんが」
「ああ。 ……ともかく、報告書については受け取った。 ダグザについては使者を出して停戦を行う。 此方に有利に停戦を進められるはずだ」
「これ以上の戦乱の拡大は阻止したいですね」
頷くと、後の指揮はフェルディナントに引き継ぎ。そして幾つかの書類を書き上げて、アンヴァルへと移動。
船での移動を済ませると。
アンヴァルで忙しく働いているエーデルガルト皇帝に謁見。
実際に何が起きたのかを説明する。
エーデルガルトは紋章至上主義どころか、血統主義まで廃止。現在帝国の主要な人物は、血統によらず抜擢された優秀な人材で固められている。人材抜擢にエーデルガルトは卓越した手腕を持っており、民衆に不満の声はほぼない。排斥された旧貴族が治世の最初の頃に多少蠢動したが、それも迅速に鎮圧され。フォドラは黄金期に至っていた。
吟遊詩人達はエーデルガルトを讃える歌を奏で。
ミッテルフランク歌劇団では、帝国のフォドラ再統一についての劇が人気を博しているという。
ただ流石に自分でそれを見に行くつもりはないのか。
エーデルガルト皇帝が足を運ぶという話は聞かないが。
側に控えているヒューベルトもろとも老けたなとも思う。
何でも、皇帝制さえ廃止するつもりらしく。
子孫を残す気は無いらしい。今は、優秀な孤児を育成し、その中から跡取りを見繕うつもりのようだ。
若い頃の苦労が祟ったのか、美貌の中にもどうしても老いが混じってしまうエーデルガルトは。
しかし、まだ明晰なままだった。
「師の活躍については既に聞いている。 新しい報告も客観によるもので、またそなたの活躍にて被害を最小限に食い止められたことも評価できる。 報償は追って与える。 後はしばし休め」
「は……」
一礼して、下がる。
世代は変わったが。
新しくなった帝国が、滅ぶ気配も、揺らぐ様子も無い。
むしろダグザの方がゴタゴタしているようで。
今回の軍事侵攻も、軍の一部が「画期的成果」を求めて起こしたという話がある。結果はお察しであったが。
規模が縮小され、華美さが排除され。どんどん実用的な政府に作り替えられている帝宮を出ると。
自宅に戻る。
ベレス師は、各地で転戦しているらしい。
まだ残っている火種を消し。
そして弛んでいる部隊の鍛錬をし。
またたまに、大修道院跡地に戻っては。
フォドラ全体の士官学校になった大修道院にて、教鞭を振るっている様子だ。
いつまでも若々しいその姿から、本当に人間かどうか疑う者も多いらしい。事実人間かかなり疑わしい。
だがその軍神がいてこそ。
フォドラの新しい鷲たるエーデルガルト皇帝は、フォドラの統一を成し遂げる事が出来。
既得権益の一掃と。
国家の再編成を為す事が出来たのだ。
文明圏そのものが潰れかけていた状態を、立て直せたのは。
エーデルガルト皇帝の手腕によるもの。
そして今後の平和も。
彼女の双肩に掛かっている。
更には、武を担うのは軍神の恐怖。
今回もまた伝説を作った事で、フォドラに手を出せば死ぬという事を、周辺国は学習することになるだろう。
疲れが溜まったので、自宅での作業を切りあげ。飲んでくると妻に告げて酒場に行く。高級軍人や官僚が屯する場所だ。一応役人も官僚に分類されるので、此処で飲むくらいの金はある。
あの無数の死体を見た後だと。
どうしても飲まずにはいられなかった。
ベレス師の事は、元論口には出さないが、内心では恐ろしいと思っている。なぜなら、役人は人間だからだ。
生徒として、優秀な面子に混じって指導を受けていた頃から、戦場に入ったときのベレス師の変わりぶりには恐怖を感じていたし。戦場での暴れぶりの凄まじさには何度も失禁しかけた。
そしてあの死体の山。確かに放置しておけばあの比では無い人間が死んだだろうが。それにしてもまるで容赦の無い斬りぶりは、本当に軍神としか思えない。
話が聞こえてくる。
「軍神殿が、一万のダグザ兵を切り伏せたそうだ」
「まるで衰えずだな。 セイロス騎士団を単騎で撃退したというのもあながち嘘では無かったと言う事か」
「それだけではない。 ダグザが更に軍を動かすつもりであるのなら、今度はダグザに乗り込むつもりであるらしい」
「ダグザの民も不幸なことだ。 どれだけの血の雨が降るのやら」
ネメシスの再来という声も昔はあったが。
今では、ネメシスとセイロスをあわせてもあの方には及ぶまいと言う声に変わっている。
それでいい。
虚名が少しでも広まれば。
それだけで、戦乱の芽はつまれる。
ベレス師自身の幸せについては分からない。あの人が何を考えているのか、学生時代も、遊撃隊にいた時も。徹頭徹尾、最後の最後まで役人には分からなかった。結婚して子供が出来た今もである。
思考回路からして人間と違うだろう人だ。
幸せの定義だって、きっと違っているだろう。
ふと、どよめきの声が上がる。ベレス師が、ベルナデッタを連れて酒場にきたのだ。慌てて酒場の主が、自ら席に案内している。昔同様寡黙なベルナデッタは、帝国の高官になった今でもあまり口を積極的に開かないが。ベレス師の誘いには応じる様子で。たまにこうして酒場などに姿を見せる。
軽く話しているのが聞こえた。
「二人目の子の手が掛かって……」
「政務を執っているのはベルナデッタだろう。 それならば、子育ては乳母に任せてしまってはどうか」
「それでも、あたしの手で直接面倒は見てあげたいんです」
「……そうか。 父親と同じようにはしたくないんだな。 それならば、丁寧に向き合ってやるといい。 今度、様子を見に行こう」
頷くベルナデッタ。
聞こえなかったフリをして、酒を切り上げると酒場を出る。今でも生徒達の面倒を見ているとは、大変な事だ。
軍神は健在。
此処にある。
鷲の飛躍を支えた戦場の暴威は。
今は暴威と共に、誰かの師でもあり続けるようだった。
(終)
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