グロンダーズ平原会戦

 

序、事の起こり

 

朝日が昇る。中央に大きな丘があるこのグロンダーズ平原は、これから血と屍、炎によって蹂躙され尽くすのだ。

今、既に三つの勢力が派遣した主力部隊が、北、東、南に。それぞれ展開を完了している。

ここ数百年フォドラでは起きていなかった総力戦が。

これより此処にて起きようとしているのだ。

文字通り此処こそ歴史の転換点。

既に周囲には、エサが得られる事を察してか。大量のスカベンジャー。鴉や、死肉を漁る畜生の類も集まり始めている。

空は嫌みな程に晴れ渡り。

これから起こる惨劇に、無関心なように見えていた。

フォドラと呼ばれるこの大地には、三つの勢力が古くから均衡してきた。

一つはもっとも古くから存在する最大の国力を持つ国家、アドラステア帝国。その帝国から独立し、一時期はフォドラの北半分を制圧。帝国すら圧倒する勢いを見せたファーガス神聖王国。そしてその王国の混乱に乗じ、王国の東半分が独立する事で出現したレスター諸侯同盟。

ただし、軍事的な支配だけでは無く、精神的な支配も加わると、これに一つ勢力が加わる。

これらフォドラの民を宗教的に支配し、三国の中央に陣取って各地にて高い影響力を持ち。何よりフォドラ最強を謳われる独立騎士団を有する宗教団体、セイロス教団である。

そもフォドラはこの三、いや四勢力によって、絶妙なバランスの上でずっと続いてきた文明圏である。

だが、それも五年前。

突如アドラステア帝国の新皇帝に就任したエーデルガルト=フォン=フレスベルグによって打ち砕かれた。

若き女帝は、セイロス教団が影からフォドラを支配し、多数の非人道的行為によって民草を操り、混沌を作り出し続けて来たと主張。

セイロス教団の本部であり。

フォドラ最大最強の要塞の一つでもあるガルグ=マク大修道院を、圧倒的大軍にて攻撃、少なくない犠牲を払いながらも攻略に成功したのである。

このガルグ=マク大修道院は、フォドラを構成する三国の幹部候補を育成する一種の士官学校を兼ねており。

エーデルガルトは此処の学生であった。

つまり現役の学生のまま皇帝に就任。更には、母校を陥落させた、という事になる。

カリスマであり、セイロス教団の最高指導者であった大司教レアはこの際に行方不明に。一説には帝国に捕らえられているとも言われている。

この一大事にフォドラは激震に叩き込まれた。

大混乱の中、最大の要地を失ったセイロス教団は離散、壊滅。各地にて散発的な抵抗を続ける状態にまで弱体化。

王国、同盟内にいた親帝国派が一気に勢力を高め。更に帝国内部でも粛正が行われ、今まで腐敗を貪っていた大貴族達は悉く更迭されるか殺された。これによって、一気に帝国はその国力を高め、他の二国を圧倒するに至った。

三百年以上動かなかった情勢が。

たった一つの戦略的な手によって、ひっくり返ったのである。特にセイロス教団は千年以上大きくフォドラに関わり続けてきた。その影響力が根底から揺らいだ事は、あまりにも大きな事件だった。

現在は王国は半壊状態。

同盟も一方的な帝国の攻撃を受けている状態である。

そして、つい数ヶ月前になるが。

この事態に水を差す不確定要素が発生した。

ガルグ=マク大修道院が、再度陥落した。

既に戦略上の重要性を失い、半ば廃墟と化していたとは言え。此処に集ったセイロス教団の残党は、侮りがたい戦力を有し。最奪還のために押し寄せたアドラステア帝国の軍勢を一蹴。

軍を率いていたランドルフ将軍が戦死するという事態が発生。

攻めに全力を注いでいたアドラステア帝国軍は、兵力の再配置を余儀なくされた。

此処に軍事的空隙が生じ。

王国軍の残党が、にわかに蜂起。反帝国派に匿われ生存していた王国の跡継ぎであるディミトリ王子に率いられて、ガルグ=マク大修道院の前を通過するようにして、帝国の中枢へと電撃的に侵攻。

これにあわせて、同盟の反帝国派は戦力を整え。

状況を制御するために、これまた帝国への侵攻作戦を開始した。

勿論、帝国側も黙ってはいない。

元々圧倒的国力を持つ帝国である。悠々と戦力を集め、身の程知らずの敵を叩きのめすべく、余裕を持って布陣した。

かくして、フォドラ最大の平原でもあり。

過去に巨大な会戦が何度か行われたグロンダーズ平原。普段は穀倉地帯として機能する帝国最大の平原は。

血に染まろうとしていた。

 

若き皇帝エーデルガルトは、平原南に陣取りながら、既に全ての仕込みが終わった事を確認。

腹心であるヒューベルト=フォン=ベストラに、意見を聞き。微細な調整をしていた。

エーデルガルトはいわゆる「紋章」。フォドラの貴族の象徴であり、英雄の武器を扱うのに必要な体に宿す力を有している。しかしながら、ヒューベルトはこの紋章を有してはいない。

アドラステア帝国だけでは無い。

基本的にフォドラの国家では、どこも基本的に「紋章」を持つ事が最重要視される。

三勢力全てが、基本的に「紋章を持った貴族」の連合体制であるフォドラは、それにより多くの歪みを生んできた。

確かに紋章を持つ事による強みはある。エーデルガルトはどちらかと言えば平均程度の背丈しか持たない女性で、重厚な鎧を身に纏う屈強な女性武人も珍しく無いこの世界では、むしろ鍛え上げた兵士と並べると弱そうにすら見える。だが実際は身に宿している紋章もあって、その戦闘力は破格であり、体格差を問題にしない。例えば現状も、屈強な兵士でも訓練を受けなければまともに動けなくなる重量を持つ分厚いフルプレートアーマーを身につけ、巨大な戦斧を苦も無く振り回すことが出来る。腕力そのものも、頭二つ大きい屈強な男性兵士を軽々捻るほどだ。

その豪腕を振るい、単独にて対処が極めて難しい凶暴な巨大獣、「魔獣」を単独で複数倒した事すらある。

ただしこの実力は、紋章だけに起因するものではない。

徹底的な戦闘訓練と研鑽を積み、知識によって上乗せし。更には実戦によって鍛えに鍛え抜いたもの。

紋章があれば強い。それは事実だが。

別に紋章があっても、そうでない人間より強いとは限らないのだ。

事実紋章を持たなくとも凄まじい剛力を持つ人物や。恐るべき剣腕を持つ人物を、実際にエーデルガルトは複数知っている。配下にいる場合は重用している。

一例として側近のヒューベルトは紋章を持たないが、自己研鑽によって極めて高い「魔道」の力を有している。知恵自体も現状フォドラ最強の軍師と呼ぶに相応しく、あらゆる手段を持って皇帝の道を舗装してきたのも彼である。

紋章を持たぬものを腹心にする皇帝。それだけでエーデルガルトは型破りだが。その言動は徹底している。

紋章があっても駄目な奴は駄目だし、出来る奴は出来る。

それがエーデルガルトの持論であり。

事実、紋章を持たなくても抜擢され、軍にて活躍している者は多い。

紋章持ちの貴族による封建制度が限界に来ているのがこのフォドラの実情であり。その状況を打開すべく動いたエーデルガルトに賛同する者が多いのは。この紋章絶対主義の弊害で、評価されずに苦しんできた者が多くいるからである。

若き皇帝はカリスマであるが。そのカリスマは、誰かが作り上げたものではない。自力で作ったものなのだ。

故に兵士達は、エーデルガルトに命を捧げる。

ただし、帝国出身の幹部候補達。或いは、可能性が違えばこの戦いに参加していただろう昔の同級生達は、この場にはいない。

大修道院を再陥落させた軍神。

昔のエーデルガルトの教師だった人物についていって、帝国を離れてしまった。

実の所、王国も同盟もそれは同じ。

軍神ベレスは、自分以上のカリスマを持っているかも知れない。エーデルガルトは、そう評価していた。

昔自分の師だった人物を思う。

灰色の悪魔と呼ばれる傭兵であり。その圧倒的な戦闘力で、何度も戦況をひっくり返す所を目の当たりにして来た。

一方で何処か精神に欠けている所が確実に存在し。

敵と見れば子供だろうが容赦なく手に掛けるし。

一度も剣を振るうのを躊躇った所を見た事がない。

味方であれば最強だが。

敵であればこれ以上の脅威は存在しない。事実何度もヒューベルトに暗殺を提案された。

現在暗躍しているフォドラの影を代表する勢力。いにしえよりこの地にて蠢動しているアガルタの民など、この灰色の悪魔から見れば文字通り鼠に等しい。幸いなことに。今回灰色の悪魔はこの場にいない。

いずれ対決するとしても。

このような、乱戦になる事が確実の戦場で。

不確定要素が大きい中、戦いたくないというのがエーデルガルトの本音であった。

斥候が戻ってきて、ヒューベルトに話をしている。

慇懃に礼をすると。

陰気で黒い衣に身を包み、長身でありながら力強さよりも陰険さを感じさせる腹心は、情報をまとめ上げた。

「王国軍の残党は5800から6000。 前衛にはディミトリ王子……現在は王と名乗っているようですが。 まあどうでもいいでしょう。 その王と腹心のドゥドゥーの姿が見えます」

「ダスカーの、あの」

「はい。 始末しておくべきでしたかな」

「……かまわないわ。 今日始末すれば良いのだから」

昔は爽やかな青年だったディミトリは、長く続く苦渋の日々。そして元々ある事件で精神を病んでいた事もあって。今では野獣と呼ぶもおぞましい凄惨な姿になっている。

そして、王国の歴史の暗部とも言える事件。

少数民族の過激派が先代王とその家族、更に護衛の兵士達を殺害したと「されている」事件である「ダスカーの惨劇」の被害者。ダスカー人であるドゥドゥーは。そのようにすっかり変わり果てた主君に、今でも無類の忠節を誓っていた。

ドゥドゥーは極めて長身で屈強な男性で、筋肉質の体は浅黒い肌で覆われている。単純な力比べであれば、紋章持ちのエーデルガルトに匹敵するかも知れない。戦場で無類の暴力的戦闘力を発揮する事が出来る猛将であるが。士官学校にいた頃見たドゥドゥーは、料理を愛し草花を愛する寡黙な男だった。

文字通り忠勇という言葉が相応しい人物でもあるが、しかしながら狂獣と化したディミトリを諌めることもしていない様子だから。或いは、寄り添うことが忠義であると考えているのかも知れない。

それでは駄目だ。

忠臣とは、例え主君を不快にさせたとしても。正論を口に出来る者でなければならない。

エーデルガルトは軍議の際に、配下には自由な発言を許している。エーデルガルト自身が立てた作戦に異がある場合は唱えることも許可しているし。それで罰することもしない。

このため、帝国における軍事は、極めて柔軟に動いている。

「ディミトリ「王」の側には、ギルベルト=プロスニラフの姿も見えますな。 一部の教会から離反した騎士を引き連れて、親衛隊のように動いているようです」

「教会から支援を受けているわけではないのね」

「その様子はありません。 教会が崩壊した時に、恐らく義理は果たしたと判断したのでしょう」

「そう……」

ギルベルト=プロスニラフ。猛者揃いのセイロス教団の中でも、高齢でありながら現役を貫く誇り高い騎士。剣腕も優れており、重厚さから今でも大陸に名を轟かせている。

現状、指導者を失ったセイロス教団の元騎士団員は、ガルグ=マク大修道院に再集結しているが。

一部は野盗になったり。

或いはこうして、何かしらの目的を持って別行動をしている。

ギルベルトの場合は、元々王国の騎士であり。そも名前を本来のものから変え、様々な事情から「信仰」に逃げたという事情がある。

残念ながら、人間はそれほど強い生物ではない。

心身を鍛えた騎士とて同様。

信仰に逃げようが、能力さえ発揮できればそれで別にかまわない。

今回は敵に回った。だから叩き潰す。

それだけである。

「敵の内訳は、航空部隊100、騎馬隊200、弓兵や槍兵などの地上戦力が残りという所です。 寄せ集めの割りには相応の士気を保っておりますな」

「航空部隊を100とは、今の王国の残存勢力にしては良く集めたものね」

「まことに。 あれだけ腐敗していた王国に、今だ忠義を捧げている者がこれだけいるというのは驚くべき事です。 或いは我等に反発しての事かもしれませんが」

「……」

この世界には、ペガサスという翼持ち空飛ぶ馬と。飛竜と呼ばれる、人を背に乗せ天を駆けるほど慣れる小型のドラゴンが存在している。

この二種類の人が操れる獣を駆使した航空部隊は、戦場の制空権を握る重要な戦力である。

そもそも上空からの攻撃に人間は極めて弱い。

このため、そもそも帝国、王国、同盟の三勢力が拮抗していた頃から、各国は航空部隊の育成に余念がなかった。

「ディミトリは」

「やはり英雄の遺産たるアラドヴァルをどこからか入手していたようですな。 それを手にして、真っ先に突撃してくるつもりでしょう」

「想定通りね」

「はい」

にやりとヒューベルトは笑う。兵士達の誰もがこの笑いを怖れる。

陰気な男は、手を血に染めることを厭わない。事実粛正の際には、自分の父すらも手に掛けている。

「同盟の状況は」

「兵力はおよそ7500から8000。 現在事実上の盟主となっているクロード=フォン=リーガンに率いられた、反帝国派の同盟兵が中心です。 内訳は大半が魔道兵と弓兵ですが、クロード自身が150程の航空部隊を率いています。 やはりクロードも、どこからか英雄の遺産魔弓フェイルノートを入手しているようですな」

「リシテアが同盟を離脱していて良かったわ」

「まことに……」

ヒューベルトが苦笑する。

学生時代。同盟から旧師が引き抜いた生徒の中に、天才と呼ばれる魔道の使い手がいたのだ。齢15にて、各国の幹部候補を育成する大修道院に入り、其所でも遺憾なく好成績を残していた俊英。

今敵にいたら、厄介な事になっていただろう。

旧師は人材収集に貪欲だった。

優秀そうな生徒は殆ど手元にかき集めて、そして自分の一大派閥を作っていた。学生時代には、旧師は、いずれ各国に大きな影響力を作って、影から君臨するつもりでは無いかと言う陰口もたたかれたほどで。彼女が指導をしていた教室には、引き抜かれた王国、同盟の俊英が集まっていた。リシテアもその一人であり。魔力だけなら恐らくヒューベルト以上だっただろう。そして旧師のカリスマはエーデルガルトをしのいでいた。事実帝国の幹部候補……当時の同級生は、旧師が五年ぶりに姿を見せると、悉く離反。今では大修道院にて戦力を整えていると聞く。

この会戦に旧師が姿を見せる事も想定していたが。それがなかった事だけは幸いだ。

旧師は戦略眼にも戦術眼にも卓越していた。本人がバケモノじみて強いだけならどうにでもなったのだが、戦闘指揮の手腕は間近で見て良く知っている。あの手腕の下で、リシテアの恐ろしい魔力を存分に振るわれていたらと思うと、ぞっとしない。

同盟には他にも足枷が多い。

クロードの周囲には、殆ど同級生は存在しない。また同盟の主力部隊を全て連れてくる訳にはいかなかったらしい。当たり前の話で、同盟の東北部には「フォドラの首飾り」と呼ばれる要塞地帯が存在している。

これは隣国パルミラの侵攻を抑えるための拠点であり。

同盟の軍勢のおよそ四割が此処に常駐している。

特に強力な隣国パルミラの航空部隊、海軍に備えるため。同盟の航空部隊の大半は首飾りから離れられなかった様子で。

くせ者として知られるクロードも、そればかりはどうにも出来なかったらしい。

昔から、とにかくあらゆる手段を用いて敵に勝つことを得意としていたクロードは、情報戦に掛けては図抜けていた。

今も斥候をかなりの数討ち取られており、王国軍残党に比べるとその実数が把握しづらい。

どう動くか読みやすい王国軍より、ある意味厄介ともいえたが。

しかしながら、まだ国家が崩壊していない王国よりも余剰戦力がある筈の同盟が、この程度の戦力しか出してきていない事から考えても。警戒は怠ることが出来なかった。

「此方の状況は」

「現時点で兵力は二万。 後方にあるメリセウス要塞に更に五千。 死神騎士を其所に控えさせておりますが、恐らく投入の必要はないでしょう」

「いつでも伝令を出して投入できるように手配なさい」

「御意……」

兵力差は圧倒的だが、もしも王国軍と同盟軍が連携して動いてきたら、どのような事が起きてもおかしくない。

戦場ではどんな事でも起きうる。

格下の相手に不覚を取りかけたこともあるエーデルガルトは、油断をするつもりなど最初からない。

二万の兵力の内訳は、騎馬隊1000、航空兵力500、魔道兵500、残りは歩兵である。

重装歩兵が主力であり、敵に対して隙を見せないための、重厚な布陣となっている。

勝つべくして勝つ。

負けない要素を作る。

そのための布陣である。これでもなお、英雄の遺産……英雄の武器を有しているディミトリやクロードは不安要素になりうる。

事前に緻密な作戦は練ってあるが。

それでもなお、である。

昔、学生時代。

此処で旧師に率いられて、学生時代のディミトリやクロードと戦った。その時旧師は定石通りに動いた。

この平原の中央にある丘を電撃的に奪取すると、重装兵を其所の守りに残し、全力で同盟の戦力を蹂躙。とって返して背後から王国の戦力を蹂躙し、圧倒的な勝利をもぎ取ったのである。定石通りだったが、あまりにも鮮やかすぎて、他の教師達も絶賛するしかなかった。

勿論その時の事はディミトリもクロードも覚えているはず。それを逆用させて貰う。

伝令が来た。

馬から飛び降りると、叫ぶ。

「伝令っ! 王国軍、動き始めました!」

「全ては予定通りに」

「はっ……」

慇懃に礼をして、ヒューベルトが配置につくべく、配下の魔道兵達を連れてその場を離れる。

さて、戦いには犠牲がつきものだが。何処まで被害を抑えられるか。

これよりこの平原は地獄と化すのだ。

未来のために、少しでも犠牲は抑えなくてはならないのである。

 

1、猛火

 

グロンダーズ平原は、北部が若干高く、南部に掛けてゆっくりとした坂になっている。中央部にある丘がなければ、北部に戦力を配置しただけで勝利が近付く。そういう場所だ。とはいっても、中央部にある丘があらゆる戦術的機動を邪魔する上、視界まで阻害する。更に北部の森の中にまで下がると、戦場を一望できる。

以前、エーデルガルトが学生だった頃。

レアをはじめとするセイロス教団の要人達は、其所から「模擬戦」である鷲獅子戦を見ていたものだ。

現在、半壊している王国から良くも集めて来たものだと感心する6000弱の兵は、ゆっくりと動き始め。徐々に速度を上げてきている。

既に丘を抑えている部隊に旗を振って連絡。

勿論、作戦通りに動けと言う意味である。

当然王国軍は、丘を狙って動いてくる。

その前に、やっておく事がある。

「ヒューベルトに指示を」

「ははっ!」

伝令が飛び出していく。

そして、程なく。空から、無数の炎の石が、グロンダーズ平原「東」へ向けて降り注いでいた。

魔道の力、である。

魔道とは、人間が自然の力を操作して、炎や氷、風などを操る文字通り魔の力。フォドラではこの魔道が発展しており、大きな怪我を即座に回復させたり、解毒を行ったり、戦闘に利用したりと言った事が当たり前に出来る。ただし魔道を用いるには専門の訓練が数年単位で必要なため、どうしてもその使い手は少なくなる。高度な魔道になればなるほど当然その傾向は強い。十代で使いこなせるものは例外なく天才と呼ばれる。ましてや十代半ばとなれば、一世代に一人いるかいないかである。

ヒューベルトとその配下の精鋭魔道兵が、今はなった魔法はメティオ。

いにしえの時代に、空から降り注いだ星の石を想像させる火球を敵陣に叩き込み、広域を制圧する強力な魔道だが。

当然ながら消耗が凄まじく、短時間で連発出来るものではない。

そして今回は、そもそも当てるつもりもない。

横やりを入れられるのを防ぐために、敵陣との間を壁で塞いだのである。

クロードはどう動くか分からない。

それならば、最初から交戦は避ける。

ただでさえ王国軍との交戦中に横やりを入れられるのは避けたいのである。こうやって、壁を作るのは当たり前だと言えた。

「敵の動きは」

「王国軍、一丸となって丘に直進! 丘の防衛部隊と激戦を繰り広げておりますが……味方が押されています」

「そうでしょうね」

王国軍の先頭にはディミトリとドゥドゥーがいる。

ディミトリは紋章持ちで、その手には英雄の遺産、魔の槍アラドヴァルがある。

文字通り一薙ぎで重装兵の一部隊を蹴散らす破壊力を誇り。

フォドラの外敵を鎧柚一触に薙ぎ払ってきた凶悪な兵器である。

ディミトリの手に渡ってからは、無差別に血を啜ってきたようだが。今回の戦場でも、それは同じだろう。そしてその隣には無双の猛将ドゥドゥーもいるのだ。

英雄の遺産のおぞましい正体については今はどうでもいい。

これより、作戦通りに動かすだけだ。

「敵軍の勢い凄まじく、味方、丘を喪失します!」

「工兵、予定通りに」

「は……!」

あの丘にいる兵士達は元より決死隊。

どのように作戦を動かすかは既に伝えてある。

そして志願兵を募った。

笑って死んで行く事を良しとした者達ばかり。だから、この戦いで負けるわけにはいかないのである。

丘が。燃え上がった。

このグロンダーズにおける最大の戦略的要衝が、一瞬にして炎の山と化したのである。

大量の油をしみこませた藁を、事前に仕込んでおいたのだ。

旧師の見せた、軍略の手本のような動きを、ディミトリもクロードも覚えている。そしてそもそも、今のディミトリはエーデルガルトを殺す事しか考えていない。

それなら、丘の南に陣取ってやれば、こうして突貫してくる。

其所を、まとめて焼き払ってやれば良いだけのことだ。

猛火が噴き上がり、文字通り丘を占領しかけていた王国軍残党は、一瞬にして灰燼と化す。王国軍残党兵の数割が消滅した。即死したものも多いが、軍事行動を取れなくなればそれは壊滅と同義だ。

凄まじい悲鳴が、エーデルガルトが布陣している場所まで聞こえてくる。

同時に、手を左に。

頷くと、伝令が動き。騎士団と、航空部隊が動き始めた。西に、である。

炎の中に取り残された一部の味方と、ディミトリに従って突貫した王国兵の大半は、一瞬にして黒焦げだ。更に炎は上昇気流を生じさせ、航空部隊の動きを著しく阻害する。伝令が来る。

「伝令! 王国軍の中衛から後衛、西に転進! 丘を迂回して、此方を突く構えの模様!」

「ヒューベルトに下がるよう指示」

「ははっ!」

流石はギルベルト。歴戦の騎士らしい的確な判断だ。

だが、今回は先に此方に布陣したエーデルガルトに分がある。西に動いた騎士団が、兵力にものをいわせ、突撃を開始した王国軍を真正面から迎え撃つ。北上しつつ、両軍が激突。

大修道院での戦いで何名かの将を失ったのは痛いが。

五年間で育て上げてきた将達の実力を、エーデルガルトは信頼している。敗残兵の群れである王国軍残党との実力差は歴然だと判断出来る。そして、何よりも。三割近くが炎の中で焼き尽くされた王国軍と、ほぼ無事な帝国軍主力の激突では、結果が見えているのは当たり前だった。

互角のぶつかり合いは一瞬。すぐに騎士団が怒濤の猛攻を敵に加え始める。必死に粘る王国軍残党。

だが、上空での戦闘で、雑多な装備の王国軍航空部隊を、精鋭を集めた帝国軍航空部隊が蹴散らし始めると。

敵に上空から投擲槍の雨が降り注ぎ始める。

さて。そろそろか。

そう思っていると。

丘を無理矢理突破して来た影が、どよめきの中着地した。

元々凄惨な姿。

片目まで失っている。

王国は、大修道院が陥落した直後崩壊。ディミトリは捕らえられ、処刑寸前に脱出したが。その時に右目を失っている。猛火の中を無理矢理突破して来たその姿は、まるで手負いの猛獣である。

周囲の兵士達が怖れる。

エーデルガルトは、手にしている「人工」英雄の遺産。アイムールを振るう。文字通り、あらゆる全てを叩き潰す最強の斧である。

こうやって、ディミトリが無理矢理猛火を単独で突破してくるのは分かりきっていた。

ディミトリはエーデルガルトを殺す事しか考えていない。

ドゥドゥーも続くかと思ったのだが。

あの者はもう少し冷静に、猛火の中で兵士達を率いて、丘を脱出する方向で動いた様子だ。

「見つけたぞエーデルガルト……!」

昔は端正で。

少年時代は中性的ですらあった容姿は。

煙と煤と狂気に塗れ。

今はもはや、誰もが恐怖を感じさせるほどのものとなっている。失った眼は眼帯で隠し、そして傷だらけの全身はもはや完全にあらゆる制御が解かれてしまっている。

予定通りだ。

エーデルガルトが斧を構えると同時に。

凄まじい勢いで槍を構え突っ込んでくるディミトリ。

旧師がいた頃、二度対戦したが。

二度とも、旧師の指揮もあって、勝つことができた。今旧師はいないが、敵に回っていないだけ良しとするしかない。

凄まじい突貫と同時に、槍を降り下ろしてくるディミトリ。

煤に汚れた金髪が、獅子の鬣のように猛った。

此方もアイムールを振るって迎撃。

弾き返す。

一撃、二撃、攻撃をいなしつつ、ゆっくりと下がる。腕力だけなら向こうが上だが、装甲と速度は此方が上だ。

確実に、直撃すれば一撃で首が飛ばされかねない攻撃をしのぎつつ。じっくりと敵の動きを見極める。

叫び声と共に、一撃を打ち込んできて、思わずずり下がる。

二つの英雄の遺産が全力でぶつかり合っている状況。既に、常人が入り込める場所ではない。

一撃ごとに辺りの地面が抉れ、草が吹き飛ばされ引きちぎれ、そして暴風が巻き起こる。

紋章持ちが英雄の遺産を手にした時。

その全力を引き出す事が出来る。

紋章持ちがフォドラで優遇される理由であり。

パルミラやダグザという、文明も進んだ周辺の大国から、フォドラを守り抜いてきた要因でもある。

だが。

猛烈な一撃を弾きながら、エーデルガルトは見る。

今度は、ヒューベルトの魔道兵達が、後方にメティオをぶっ放す。猛烈な炎の壁が、グロンダーズの南を覆った。

退路が断たれたようにも見えるが。違う。

後方からの急襲を避ける為の行為である。

よし。

呟きながら、エーデルガルトは目配せ。

同時に、遠くから戦況を伺っていた狙撃兵達が、一斉にディミトリに向け矢を放った。

アラドヴァルを振り回し、その爆風だけで矢を吹っ飛ばすディミトリだが。

その隙に今度はエーデルガルトが攻勢に出て、連続でアイムールを叩き込む。

しかしながら、既に憎悪で完全に脳が焼き尽くされているディミトリは、むしろ凄惨な笑みを浮かべて、その打撃を受け止めて見せる。

二つの英雄の遺産が吠え猛る中。

第二射。

矢が暴風の中。

一つ、抜けた。

抜けた矢は、元々乱戦でぼろぼろになっていたディミトリの鎧の隙間に、見事に吸い込まれていた。

精神がとっくの昔に限界を超えてしまっているのか。

ディミトリはそれでもまるで気にする様子が無い。というよりも、この程度の負傷は、今まで散々してきたのだろう。

だが、二本目。三本目の矢が鎧を貫くと。

流石に鬱陶しそうに、狙撃手達が隠れている土嚢の向こうを一瞥。同時に、渾身の一撃を、唐竹にエーデルガルトが叩き込む。

槍で受け止めたディミトリだが。

岩盤が砕け、周囲に土砂が吹っ飛ぶ。

「卑怯者がっ! そうやって貴様はどれだけ殺してきた!」

「貴方が帝国兵だというだけで見境無く殺してきた人数も大して変わらないのではないのかしら」

「黙れっ!」

押し返してくるディミトリ。

まだまだ戦いは終わりそうもない。飛び退くと同時に、また狙撃。ディミトリに、更に二本の矢が突き刺さった。

 

ディミトリの単騎奮戦と裏腹に、王国軍残党は悲惨な状態になりつつあった。

蹴散らされた航空部隊の支援が無くなった地上部隊が、数によって蹂躙され始めたのである。

グロンダーズの北部には川が流れており、其所まで後退して何とか体勢を立て直そうとしたギルベルトだが。文字通り支離滅裂に蹂躙された兵士達は、撤退を上手くこなすことが出来ず。

下がる過程で、大半が討ち取られた。

帝国軍はそのまま爆走。敗残兵狩りなど意にも介さず、燃えさかる丘を横目に、突貫を続ける。

ギルベルトは老練な騎士であるから。

体に突き刺さった矢を引き抜きながら、その目的を見抜いていた。

そういう、事か。

最初から、あの主力部隊の狙いは、同盟軍だったのだ。

現在、セイロス教会が介入する余裕が無い状況。

帝国にとってもっとも脅威になるのは、まだ国家として踏ん張っている同盟の機動戦力である。

今戦場に出てきている8000弱ほどの同盟軍は、恐らくその出せる機動部隊全て。

あれを粉砕してしまえば、もはや残る敵は存在しない。

最悪の状況で帝国の南西にある超大国ダグザが介入してこない限り、帝国の勝ちは確定である。

味方の戦死報告を聞きながら、ギルベルトは素早く計算を巡らせる。

残った兵力は千程度。それも、ほぼ全員が負傷している。

帝国軍は二千ほどの重装兵が敵の本陣近くを固め、突撃しても突破する隙は存在しない。更に重装兵の後方には魔道兵も存在していて、場合によっては遠隔で火力による広域制圧をしかけてくるだろう。

同盟軍は。

燃えさかる丘と、メティオ二回で作られた炎の壁に阻まれて、動けないでいるか。

いや、違う。最初から、かなり位置を変えている。

最初グロンダーズの東に布陣していた同盟軍は、既に北部へと移動を開始。航空兵を全て惜しみなく出しつつ、川の側に布陣していた。

此方も、最初から帝国の手を読んでいたか。

膨大な矢が撃ち放たれ。帝国軍の航空部隊と前衛の出鼻を挫く。

落馬する騎士を、別の騎士が踏み砕き。翼をやられたペガサスが墜ちる。当然乗っている騎士は助からない。

だが、数の暴力を生かして突貫する帝国軍に、どうしても同盟の兵は分が悪い。特に装甲が分厚い帝国兵の中には、矢の雨をものともせず突貫するものが多かった。

だが、これぞ千載一遇の好機。

丘と川の間の狭い地形。其所を利用して、クロードは上手く兵力差を補っている。爆風のような帝国軍の突進をかろうじていなしているという段階だが。これならば。

「兵の再編成を急げ! 北上する!」

ギルベルトは自分の手当も後回しにさせて、無事だった兵を集め、何とか指揮系統を回復させる。

そして、帝国軍の本陣では無く。

誰もいない、王国軍残党が最初に布陣していた坂を駆け上がる。

此処を駆け下ったついさっきと比べて、兵力は五分の一以下になっているが。

それでも、まだやれることがあるなら、やらなければならない。

ドゥドゥーは。忠勇なるダスカーの戦士は。

走りながら探すが、姿は見えない。或いは、猛火をどうにかかいくぐろうとしているのだろうか。

出来れば合流してほしいのだが、姿が見えないのでは仕方が無い。ともかく。坂を駆け上がる。

呼吸を整えながら、見下ろす。

凄まじい光景だ。

あの中央部の丘が、完全に灰燼に帰そうとしている。

更に、同盟軍は徐々に押されはじめ、とくに航空部隊の苦戦が酷い。次々に墜ちていく航空部隊。三倍の敵兵力を相手に、クロード自ら魔弓フェイルノートを惜しみなく使い、豪矢を放って対応しているが。それでも対応仕切れていない。

異国には既に「大砲」と呼ばれる遠距離兵器が普及しているというが。

英雄の遺産がなければ、そもそもフォドラはパルミラにもダグザにも対応出来なくなりつつある。

このまま内戦が長引けば。

特にダグザは、もう一度確実に介入してくるだろう。

十五年前の戦役では、ダグザの軍勢を完膚無きまでに叩き潰して壊滅させた帝国軍だが。それは腐敗していたとは言え、強大な軍事力と英雄の遺産があっての事。

もしも戦いが長引き国力を消耗し人材が払底すれば。

次があるとはいえない。大国であるダグザの方が体力はあるのだ。

周囲を確認。ドゥドゥーはいない。彼がいてくれれば、少しはマシになったのだろうが。

ギルベルトは、敵軍の中枢。敵本隊を率いている将軍を見定めると。

斧を振るい上げ、雄叫びを上げた。

「駆け下れ!」

敗残兵が、ギルベルトを中心に突貫を開始。

狭い場所で乱戦を繰り広げていた帝国軍主力の、最前衛の少し後ろ、果敢に指揮を執っていた敵の中枢部分を直撃した。

坂を駆け下りながらの突貫である。

残り少ない騎馬隊も全て投入。勢いを全力で生かして、もはや王国軍の動きなど意にも介していない敵への奇襲を成功させた。

だが、数が違いすぎる。

もみ合いの中、見る間に生き残っていた王国軍残党は削り取られていく。

乱戦の中、無理矢理に突貫して見つけた。

帝国軍の将軍だ。多少負傷はしているが、猛烈な指揮をしている。一目で分かったが、紋章を持っていない。指揮能力で抜擢された将軍だろう。まだ若い。そして、叫んで躍りかかると。此方を見て、一瞬だけ怯んだ。

或いは知り合いだったのかも知れない。大修道院の生徒だった者だろうか。

乱戦の中、敵将を一息に斬り下げる。

落馬した敵将だが、帝国軍は敗走には移らない。多少混乱しつつも、狭い地形の中激闘を続ける。

ほどなく、継戦能力は。王国軍残党から失われた。

 

2、机上の

 

王国軍残党の決死の突撃によって、前衛で指揮を執っていた帝国軍の将が戦死したのを、クロードは確認。

揉み潰され消滅しつつある王国軍残党を救出する余力は無いしその義理もない。

いやだねえ戦争は。

そううそぶきながら、飄々とクロードはフェイルノートに新しい矢を番える。

パルミラ人の血が混じったクロードは、浅黒い肌を持つ青年である。航空兵でありながら弓矢を用いる変わり種で、遊撃しながら狙った敵を確殺していくという戦闘で、敵を引っかき回すのを得意としている。

既に同盟軍の航空部隊は半壊。

地上部隊も、帝国の突撃で押しに押されて、損害は二割に達しようとしていた。

矢を放つ。

また、めぼしい敵を射落とす。

だが、敵は手数で反撃してくる。無数の航空兵に追いすがられながら、クロードは叫ぶ。

予定通りに動け、と。

同盟軍はきびすを返し、乱戦を脱し。下がりはじめた。下がった分だけ、帝国軍が押してくる。

そのまま、蹂躙を避けるように、ゆっくりグロンダーズの北へと下がりはじめるが。敵はそれを許してはくれない。一部の部隊が突出し、退路を脅かす動きを見せた。五百ほどだが、いずれも森の中を猿のように素早く動いている。多分特別に訓練された精鋭だろう。流石に舌を巻く。

それに、航空部隊の損耗が激しい今、クロードにも余裕が無い。

そも、大修道院にいるあの人は、この戦いが起きていることを知っているかどうか。

森の中に主戦場が移り、戦いが鈍化し始める。

大軍を展開しやすい平原と違い、森の中ではどうしても乱戦になる。そうなってくると、大軍を生かせる状況を作りづらくなる。

その中で、あの五百。

恐らくは、平原から森の中へ戦場を移そうという動きを阻止しようと動いている部隊は厄介だ。

流石にエーデルガルト。

事前に策を準備させると、厄介だなと、クロードは笑う。

そして、何本か矢が、騎乗している飛竜に突き刺さるのを見て、本気での逃走にとりかかった。

さて、どこまで敵を深追いさせられるか。

敵の浸透速度が遅くなっている。航空部隊も、流石に地上部隊を離れ過ぎたと悟ったか、下がろうとする。

其所にフェイルノートから一矢。

流石に魔弓と呼ばれるだけはある。

放たれた矢は、一撃でペガサスの首から上と、騎士の上半身を消し飛ばしていた。敵がむきになって反撃してくるのを、更に下がる。

少しでも飛行部隊を引きつけないと。

そう思っていた所だが。

どうやら敵に後退の指示が出たらしい。頭に血が上っている敵もそれで、一目散に下がりはじめた。

深追いは此処までか。流石にエーデルガルトの育てた将兵だと苦笑しつつ、そのまま、手を振る。

同時に、後方で雄叫びが上がった。

森の中で乱戦をしていた帝国軍が混乱する中、叫び声はその退路を塞ぐようにして動き始める。

あれがとっておきの遊撃兵力。

帝国軍航空部隊は、その部隊を叩きに移動するが。その隙に、クロードは退路に回ろうとしている帝国軍部隊五百ほどに、残存戦力全てを叩き付けていた。

流石に兵力差が大きい。

退路に回ろうとしていた敵を、一気に蹂躙する同盟軍。

かなり損害は大きいが、今の隙に乱戦を脱し、更に敵本隊を混乱させる事も出来た。そして、である。

敵航空部隊は無視。

一気に、傷ついた飛竜を急かして、火が消えつつある丘へと、クロードは突貫する。

凄まじい光景だ。

黒焦げになった無数の死体。人体の原型を留めていないものも珍しく無い。あれだけの炎だ。

突破出来るのは、もうあらゆる意味で人間を止めてしまっているディミトリくらいだろう。

ふと北を見ると、ほんのわずかに生き延びた王国軍残党が、かろうじて撤退を始めているのが見えた。

あの状況でも、ギルベルトは生き延びたらしい。

流石は歴戦の老将。

死に際を探していただろうに。それでも、戦いそのものでは、大きな存在感を発揮してくるか。

味方の同盟軍機動部隊は、今後の事を考えて、可能な限り温存しなければならない。部隊を任せた将には、この状況になったら同盟領に一目散に逃げ帰れと指示を出してある。

騎乗している飛竜が辛そうに声を上げた。

ペガサスより速度は劣る反面、頑強な飛竜であるが。

今日は既に十本以上も矢を受けている。

クロードの技術でも、三倍差の航空兵力とまともにやりあったら、こうならざるを得なかった。

敵将も無能では無かったし、これからやるべき事も命がけだ。

だが、エーデルガルトに勝たせるわけにはいかない。

このフォドラをこれから動かすのは、エーデルガルドでは無い。政戦両方の鬼才であるあの灰色の悪魔。軍神ベレスだ。

或いはエーデルガルトにベレスが協力する事態だったら。

此処で、帝国に勝って貰っても良かった。

だが、五年前の大修道院での出来事以来、エーデルガルドはディミトリほどでは無いが、精神の均衡を崩している。

確かにカリスマは得ているが。

もしもエーデルガルトが勝ったとしても。統一帝国は恐らく長続きしない。パルミラはどうにか出来るかもしれないが、それ以上の国力を持つダグザの再侵攻を防ぎきれないだろう。

何よりあの灰色の悪魔を敵にしている時点で。

その排除にどれだけの兵力と人材を消耗するか分からない。時間だって、どれだけ掛かる事か。

戦略も戦術も暴力的な戦闘能力でひっくり返すあの灰色の悪魔と二回対戦したクロードは。

二度と絶対に戦いたくないとも思っていたし。

事実、フォドラの背後で蠢いている連中なんて、あの灰色の悪魔の前には子ネズミも同然にひねり潰されてしまうだろうとも結論していた。

丘を抜ける。

ハリネズミのように矢を受けて、それでもなお動いているディミトリが見えた。

エーデルガルトは既に完全に攻勢に出ていて、ディミトリを一方的に嬲っている。

そうなるだろうな。

最初から分かりきっていた。個人としての実力はそう大差がないのだ。英雄の武器持ちという条件も同じ。それならば、準備をしていた方が勝つに決まっている。精神論で勝ち負けは揺るがない。

どう動くか分かっている以上、どれだけの武勇を持っていようが、戦闘では勝てないのである。

エーデルガルトがディミトリを、自分をエサに引っ張り出すのは目に見えていた。そしてこの戦いになった時点でのディミトリの状態も。

或いは、ディミトリに寄り添ってくれる人がいて。

壊れてしまった心が元に戻るまで、根気よく接してくれる者がいたならば。

こんな結果を迎えずに済んだかも知れない。

だが今のディミトリは、クロードから見ても手負いの凶獣に過ぎず。

その手にもしフォドラが渡れば。

恐らくは近隣諸国による蹂躙よりも、更に酷い事になるだろう。

もしも、ではあるが。

あの灰色の悪魔が。ディミトリの側にいてくれれば。話は違っていたのかも知れないが。しかしそれは言っても仕方が無い事。

フォドラは詰んでいた。

学生時代の頃から、数々の逸話を残していたあの師は。

或いは、詰んだフォドラを打ち砕き、灰の中から再生させるために訪れた、文字通りの破壊神であったのかも知れない。

破壊と再生の両面を持つのが破壊神というものだ。

既に、フェイルノートに矢は番えてある。

気付くのは、エーデルガルトが早い。

飛び退きながら、アイムールで矢を叩き落とす態勢に入る。

だが、既に狙いは定まっていた。

放つ。

狙いは、ディミトリとエーデルガルトの間の地面。

一撃で人間を吹き飛ばす威力が出る矢だ。直撃すれば、凄まじい爆裂を引き起こすのは自明の理。

同時に、離脱。

逃がすかと、帝国軍の兵士達が、無数の矢を射掛けてきて。

その幾らかはクロードが騎乗している飛竜に突き刺さり。三本はクロード自身に突き刺さっていた。

鈍痛を感じつつも、振り返る。

今の爆裂で、エーデルガルトには完全な予測不能な事態が生じた。この好機を、獣と化したディミトリが見逃す筈が無いだろう。

それでいい。

クロードは、自身も炎の中に。戦場の東を覆う炎の中に突貫。活路は此処しかない。既に炎は弱まり始めており、上昇気流で翻弄されるが、耐えてくれと飛竜に言い聞かせながら飛ぶ。

炎を抜けた時。

北の戦況が見える。

当初の想定通り、深追いを避けた帝国軍本隊が、同盟軍の動きを見ながら、平原に布陣し直している。

クロードにも気付いたようだが、一騎だけ。それも遠い。航空部隊が一応二十騎ほど此方に備えるが、もはや戦うつもりはない。

そのまま、グロンダーズの東に突っ切る。

そして、攪乱のために動き。

更には離脱した五十名ほどの部隊。

旗を使ったり、ドラを使ったりして、十倍ほどの兵力に見せていた遊撃戦力と合流を果たしていた。

クロードが降り立つと。すぐに手当が行われるが。クロードは不要と言い。

戦場の結末を分析せよと説明。更には、主力の損害についても算出するように、すぐに指示を出していた。

 

想定外のクロードの一撃で、体勢を崩したエーデルガルトが見たのは。文字通り英雄の遺産アラドヴァルに残る全ての力をつぎ込み、突貫してくるディミトリの姿だった。

三十を超える矢を受け。

その内一本は首に突き刺さってすらいる。

常人だったらとっくに動けない。

それを此処まで戦った時点で大したものだが。もはや人語を忘れるほどに凶暴化しつつ戦っている有様は、哀れですらあった。

強烈な一撃を、弾き返す。

此処でもあくまでも、エーデルガルトは冷静だった。

旧師と別れる時、決めたのだ。

血の道を歩むと。

例え負けたとしても、フォドラの仕組みは一度壊さなければならないと。

紋章本位の制度。更にセイロス教団による裏側からの各国への介入。この二つを終わらせない限り、フォドラに未来は無いし。

何より犠牲者を幾らでも産み出す。

エーデルガルト自身だってそうだ。

兄弟は十人以上いたが、全員が人体実験の材料にされ。一種の強化人間にするための苗床にされた。

エーデルガルト自身も、本来は此処までの能力は持っておらず、皇位継承権だって持ってはいなかった。

鼠共をのさばらせる程に弱体化した帝国の体勢が。この非人道的な行為を引き起こしたのである。

更には、ディミトリは知らないようだが。

ダスカーの惨劇も鼠共の仕業である。

正確には、腐敗した王国の内紛に鼠共が乗じた、というのが正しいのだが。

当時幼い子供だったエーデルガルトが、あのような残忍な所行を、主導できる筈がない。

一度冷静さを失うと、人間というのはとことん墜ちる。

だから、師がいなくなった時点で。

エーデルガルトは、最後の最後まで人を捨てようと決めたのだ。

ディミトリが、最後の。

渾身の一撃を弾き返されても、なおも次を繰り出そうとするのを冷静に見据えつつ、当て身を浴びせ。

どうしても物理的に下がらざるを得ない状況を作る。

足場が崩れて踏ん張れないディミトリに、更に十を超える矢が突き刺さった。とどめとばかりに、アイムールで首を刈りに行く。

緩慢な動きでそれを防ぎに掛かったディミトリだが。

一撃は重く、容赦なく。

吹っ飛ばされて、戦場南の炎の壁の中に消えた。固唾を呑んでいる兵士達に、叫ぼうとする。

「まだよ! 敗残兵の捜索を急ぎなさい!」

ディミトリに叩き込んだ一撃には、確かな手応えがあった。致命傷だ。確実に殺した。

だが、何か胸騒ぎがする。

呼吸を整えながら、周囲を見回そうとした、その瞬間だった。

炎の中から躍り出てきた巨人が。

大斧をエーデルガルトに振り下ろしていた。

ドゥドゥーか。

恐らくは敗残兵を逃した後、自身は好機を探していたか、或いはエーデルガルト自身の居場所を探していたのかも知れない。

見れば、穏やかだったドゥドゥーの顔には無数の深い向かい傷がついている。

王国は五年前、大修道院陥落直後に腐敗が極限に達し、国が内部から瓦解した。勿論エーデルガルトとヒューベルトが前から手を回してもいたが、それでも、想定以上の凄まじい崩壊をした。

故にディミトリとその忠臣であるドゥドゥーは政変に巻き込まれ、人が変わるほどの凄まじい目に会った。

伝聞でしか聞いていないが。

あの心優しかった男がと。今のドゥドゥーを間近で見て、思わざるを得ない。

だが、無理をしていたのはドゥドゥーも同じか。

どうしても、渾身の一撃には、力がこもっていなかった。

押し返し、弾き返す。

そして、戦場の習いと、首を叩き落とそうとした瞬間。

力ない、だが確実な衝撃が。

背中に走っていた。

振り返る。

どうやら、炎の中倒れているディミトリが、最後の力を振るって、アラドヴァルを投擲し。

それが、背中から脇を切り裂き、掠めていたらしい。

少しずれていたら、死んでいたかも知れない。

最後の力であっても、これだけの威力か。

昔のディミトリを思い出す。

普通の投擲槍が、攻城兵器なみの破壊力を産み出すことから。まるで手やりが英雄の遺産のようだと、引きつった笑いを浮かべながら周囲の生徒が噂していたものだ。エーデルガルトの剛力ですら、ディミトリの腕力の前には霞むほどだった。

ドゥドゥーが数本の矢を浴びつつも、走る。

そして、ディミトリを抱えると、そのまま炎の中へ消えていった。

慌てて矢を番える兵士達に、戻って来たヒューベルトが不要、と静かな声で告げる。皆が黙り込む中、膝を突くエーデルガルトに、ヒューベルトが医療の魔道を使える魔道部隊の兵士を連れて、話しかけてきた。

「傷の様子は如何ですか、陛下」

「……深手ではあるけれども、死ぬほどでもないわ」

「お流石にございます。 すぐに手当を」

「はっ! 失礼いたします!」

手慣れた様子で、兵士達がエーデルガルトの鎧を脱がせ、傷を露わにすると。回復の魔道を使い始める。

淡い光が傷を治していくが。

これには強烈な痛みも伴う。

「これだけ備えていたのに、それでもこれほどの一撃をもらうことになりましたか」

「想定の三枚上を行かれたのだし仕方が無いわ」

「三枚上、ですか」

「最初のクロードによる奇襲、更にドゥドゥーの強襲、最後はディミトリによる想像以上の抵抗。 どうにかしのげただけでも僥倖という所ね」

痛みは凄まじいが。

決めているのだ。

この程度の痛みなど、どうとも思わないと。

人間を止め。この腐ったフォドラを一度焼き尽くし、再建すると。そのためには、あの師のように。

破壊神にでもならなければいけない。

応急処置が終わった頃。

戦場の炎も収まりつつあった。

広大なグロンダーズ平原に散った斥候が、状況を伝えてくる。参謀達がその情報を整理し。そして半刻ほどで結果が出た。

既に夕刻。

早朝に戦闘が開始されたのに。

長い一日になったものだ。

既に鎧を着け直し、椅子に座って状況を聞いていたエーデルガルトだが。状況を大まかにまとめたヒューベルトが来ると。周囲にいた参謀達が、露骨に怯える。まあ、仕方が無いだろう。

ヒューベルト自身は、ずっとディミトリだけではなく。敵の主力級の武人のエサとして動き続けていたエーデルガルトに代わって、戦場を指揮していたのだから。冷酷に王国軍残党を叩き潰し、同盟の機動軍に簡単には立ち直れない打撃を与え、逃げ遅れた敵兵を容赦なくすり潰したその手腕は、怖れられて当然である。

だが、そのヒューベルトと考えた、あらゆる不安要素を排除する作戦であっても。

これだけの被害は避けられなかった。

実の所、紙一重だったかも知れない。

最初から死神騎士の部隊を投入するべきだったか。

そして、良かったとも思う。

もしも旧師がこの戦場に現れていたら。

エーデルガルトは無事では済まなかっただろう。今回の結果でも、無事だったとは言い難いが。それどころではない手傷を受けていたはずだ。帝国軍そのものが、半壊していたかも知れない。

「味方の最終的な損害は」

「航空兵49、騎馬31、歩兵1900という所でしょう。 これに決死隊の被害およそ500が加わります」

「それほどに……」

「敵の抵抗が想定以上だったと言う事です。 特に戦場北部の乱戦での被害が大きく、将軍が何名か戦死しております」

名前を挙げられた中には、大修道院で机を並べて学んだ生徒もいた。騎士道物語が好きな下級貴族出身の将軍で。今だけしか出来ないからと、王国出身の高名な騎士に話を聞いたり。ギルベルトと話した事を喜んでいたりしたっけ。抜擢する事には懸念の声もあったのだが、エーデルガルトは能力を見て抜擢し。本人も、各地での転戦で抜擢に応えた成果を上げてきていた。

失ったか。

五年で多くの部下を失ってきた。

また一人、有能な部下を失った。

今回は大規模な戦闘になったのだから仕方が無い。最後に、満足する事が出来ただろうか、あの男は。

「敵の損害は」

「王国軍残党には致命傷を与えました。 戦場を離脱できた兵は300に達しません」

「同盟は」

「3000前後を討ち取っております。 機動軍は簡単に再建する事は出来ないでしょう」

そうか。ならば完勝とはいかないにしても、辛勝という所だろう。

ディミトリは死んだ。

それは確定事項だ。

クロードは生き延びた。だが、同盟にもはや帝国に抵抗する戦力は残っていない。パルミラに対応してフォドラの首飾りに回している兵力を動かせばまだ分からないが。それでも厳しいだろう。

一度、南のメリセウス要塞に引き上げる。全軍の一割以上を失ったと言うことは、その三倍以上の重傷者が出ていると言う事だ。すぐに動かす事は出来ない。しばらくは、兵力の再編成が必要になってくる。

更に、細かい情報が入ってくる。

斥候が、逃げ延びるギルベルトを確認。

その側には、ディミトリの亡骸を抱えたドゥドゥーも確認された。

二人は国境付近でディミトリを埋葬すると。

ドゥドゥーは一人闇の中に消え。

ギルベルトは、生き延びた兵士達に、大修道院に向かうように指示すると。ディミトリの簡素な墓の前で自害して果てたそうである。

死に場所を探していた老将は。

王国の終わりに殉じた、という事である。

なお、墓は荒らさないように指示はしてある。

ギルベルトが自害することは想定できていた。だから、その死を見届けた場合、ディミトリの墓の隣に墓を作ってやるようにと、最初に指示は出しておいたのだ。斥候は全てを見届けた後、そうしたようだ。

それでいい。

勿論勇戦した老将に敬意を払ったというのもあるが。

それ以上に、旧王国の人間達の敵意を買わないための行動である。後は、結果だけをまだ抵抗している王国に流してやれば良い。

問題はドゥドゥーで、恐らくはディミトリの意思を継ぎ、エーデルガルトの首を狙って動いてくるだろう。

油断して暗殺される事態は避けなければならない。

同盟の方は斥候が追っても中々実態が掴めなかったが。

三日ほど後に、大まかな情報が掴めた。

クロードは無事に同盟の機動部隊と合流し、同盟へ撤退を開始。その数はおよそ4000強。戦死した3000に加え、その後離脱したり脱落した兵もいたのだろう。むしろ半数が残っただけでも、クロードの手腕が分かる。

ただ、クロードが乗っていた飛竜は命を落としたようで。違う飛竜に乗っていると言う事だった。

確かクロードが乗っていた飛竜は、かなり特別に訓練をした、同盟の至宝とも呼ばれている強力な個体だった筈。

それを失ったのは、クロードにとって決して浅い傷ではないだろう。

また機動軍は、各地に配置する防衛部隊とはそも編成も異なる。

その壊滅は、同盟の軍勢が今後速やかに展開出来なくなることも意味していた。

そして、もう一つ。

良くない情報が入っている。

この機にと、大修道院にいる旧師が、積極的に兵を集めているというのだ。既に幾つかの王国の貴族が支援をしていることは知っていた。今後は同盟もそれに荷担する可能性が小さくはない。

報告を聞きながら、傷の状態を確認。

魔道によって毎日治療させてはいるが。

ディミトリの憎悪が呪いになっているかのように治りが遅い。

恐縮している医療魔道の使い手を責めることはしない。

ディミトリの凄まじい気迫は、間近で戦ったエーデルガルトが一番よく分かっているし。最後の怨念が籠もった一撃だって、身に浴びて良く知っている。

それに、だ。

エーデルガルトは、変わってしまった髪の色を見る。

今は灰色のエーデルガルトの髪だが。

昔は違う色だった。

あの非道な地下の人体実験が無ければ、このような色になる事はなかった。調査の結果分かっているが、どうもリシテアも同じように人体実験をされた形跡があると言う。髪の色もエーデルガルトと共通している。

そしてこの人間の領域を超えている力。

代償がない筈もなく。

いずれ、エーデルガルトは若くして命を落とすのかも知れない。

どの道、あまり残された時間は多くは無いだろう。

戦闘終了から一週間。

更に良くない知らせが入る。

帝国の属国であり。南西の海上に浮かぶ小国、ブリギットが謀反を起こしたというのである。

現地に駐留していた戦力は、奇襲を受けて抵抗し得ず撤退。

ヒューベルトがすぐに話し合いをすべく来た。

メリセウス要塞の執務室で、疲れた顔の将軍達と共に、今後の事を軽く話す。

「もう一度、総力を挙げて大修道院を攻めるべきでありましょう」

そう進言したのは、五年前のクーデターで主力を担った一人。軍務卿ベルグリーズ伯である。

ダグザとの戦役でも一番手柄を挙げた猛将は、年老いてもなおも現役。

現在でも、軍司令官としての責務を果たしてくれている。なお息子が今旧師の下にいて、つまり大修道院にいるのだが。それを意に介している様子は無い。対立した以上、もはや殺す事は仕方が無いと割切っているのだろう。

「今は国内の立て直しに徹するべきです。 現状王国は半壊、同盟も今回で再侵攻できる戦力を失いました。 もしもこの機にセイロス教会の残党が攻め寄せてくるにしても、一旦メリセウス要塞を抜く必要がございまする。 時間は充分に稼ぐことが可能でありましょう」

そう意見を出したのは、まだ若い将軍である。今回のグロンダーズ会戦で兄を失っているが。

それでなお、復讐戦を言い出さない公私の割り切りは流石である。

大まかに意見は二つに割れたが。

判断は、エーデルガルトが下した。

「現在は戦力の立て直しを急務とする。 メリセウス要塞に元々いた五千を据え置き、死神騎士を指揮官として備えに残す」

「大修道院を攻め落とす好機であるかと存じますが」

「いいえ、大修道院を簡単に攻め落とすことはできないわ」

まだ食い下がる軍務卿に、エーデルガルトは断言。理由は当然。旧師がいるからだ。

元々堅牢な大修道院。更に増えつつある兵力。セイロス教団の残党の集結。元々フォドラ最強を謳われたセイロス教団の精鋭達がその中核になっている事に加え、同年代の有望な学生は悉く旧師の元に集っている。

その中には侮れない実力を持つ者が大勢いて。

しかもその悉くが、旧師の指導で実力を十全に引き出されているのだ。

五年前。

奇襲に近い状態であったにも関わらず、大修道院の陥落には大きな犠牲を払った。

今回大修道院の防御の総指揮は旧師が取る事疑いなく。

グロンダーズにつぎ込んだ兵力を全て叩き込んだとしても、勝てる可能性は決して高くない。

もし此処で大敗を喫することがあったら。

帝国は揺らぐことになる。

その危険を指摘すると、ベルグリーズ伯は無念そうに呻き、同意した。

「かの者……灰色の悪魔の話は此方でも聞いておりまする。 何でも、髪の色が途中で変わったという事ですが……」

「……」

学生だった頃。

世界の裏側で蠢いている者達、アガルタの民の邪悪なる魔道によって、旧師は一度だけ死の危険に瀕した。

その時何があったかは分からない。

分かっているのは、おぞましい邪法によって闇の世界に放逐された旧師が。圧倒的な力を持って戻って来たという事。

ただでさえ手がつけられないほど強かったのに。

髪の色がその時変わってからは、もはや旧師の戦闘能力は、神々の領域に片足を突っ込んだ。

「確かに鷲獅子戦での暴れぶりを思い出す限り、油断できる相手ではありませんな」

「そういうことよ」

「……分かりました。 今回の損害、更にはブリギットの裏切りによる被害を回復するために、即座に軍の再編成に移りまする」

ベルグリーズ伯が納得したところで、会議は終わる。

そしてエーデルガルトは、軍の主力を各地に一旦戻し。自身は帝都アンヴァルにまで後退した。

此処で傷を癒やしつつ。

王国と、同盟にとどめを刺し。

更には、どうにかして旧師を討ち取る算段をたてなければならない。

アガルタの民は使い物にならない。

既に連中の提案で、何度か旧師に暗殺者を送り込んでいるのだが、その全てが返り討ちにあっている。

アガルタ自慢の強化人間やよく分からない技術で作られたいにしえの兵器も含めて、である。

所詮は世の混乱に乗じて動くだけの鼠。

強力な技術を持っていても、それを使いこなせなければ意味などない。

連中は陰謀は得意だ。陰湿な宮廷闘争も得意だ。だが、それ以外は何もできない。平和には害を為し、戦乱を混乱させ、そして己の恨みを第一にして全てをかき乱す。ただそれだけに特化し。それしか出来ない連中だ。その頭目たる「叔父」もろとも、論ずるに値しない。己の欲が第一だから、仮に天下を取ったとしても、短時間で全てを台無しにする。それが目に見えている、ただの小物の集団だ。人間の技術力が、人間そのものを進歩させるわけでは無い。それを目に見える形で示す、愚かな俗物の集団である。

嘆息すると、傷の痛みに眉をひそめながらも。

エーデルガルトは、次にどう動くべきか。敵がどう動くのか。そう玉座にて考え続けていた。

次の相手は確実に旧師だ。

あの戦闘力をどう押さえ込むか。どれだけの損害を出せば、旧師を討ち取れるのか。仮に討ち取る事が出来たとして、その後はどうか。フォドラ全土をまとめるほどの兵力は残るのか。人材は確保出来るのか。

周囲には、気付くと誰もいない。

地下牢につながれ、鼠の声に怯えながら生きていた幼い頃の事を思い出す。旧師が味方でいてくれればよかったのに。

ふと、エーデルガルトは目を擦る。

痛みからでは無く、哀しみから落涙していた。

誰にも、見せる事は出来ない姿だった。

 

3、別れ

 

周囲は地獄だった。

ギルベルトの死を看取り。そして闇に潜ったドゥドゥーは、単身闇の中を歩いていた。

主君にどうしてやれば良かったのか、結局ドゥドゥーには分からなかった。元々ダスカーの民は少数民族で、その優れた武勇を買われて傭兵になる事もあったが。ドゥドゥー自身は無学だった。

あの大修道院での一年は、夢のように思えてくる。

学問は楽しかった。

だが同時に、何とも汚い世界だなと思った。

要塞の中で作られた士官学校にて、三国、いやセイロス教団も含めると四つの勢力が、暗闘を繰り返す。

フォドラの縮図そのものだった。

元々主君ディミトリが精神を病んでいる事は分かっていた。

あんな目に。ダスカーの惨劇と呼ばれているらしいが、家族も兄弟も友も失ったのだというのであれば当然だろう。

嫌疑を掛けられ、同じ目にあったドゥドゥーだからこそ。その哀しみは良く理解出来る。

だが、同じになってはいけないとも思った。

剣になり盾になろうとは思った。

しかし、それだけではいけないとも思っていた。

同じ人間は二人必要だろうか。そうとは思えない。

思考を同じにする必要があるだろうか。そうとも思えない。

だから、自分に出来る事を、始める事にした。しかし、出来る事はあまり多くは無かった。周囲の目も、ダスカー人と言う事で、とても冷たかった。それでも、やれることを、少しずつやるしかなかった。

少しでも気晴らしになればと、ドゥドゥーは主君の気晴らしになる事を始めた。

草花を育て。

美味しいものを作る。

そして自分を鍛え、主君の盾になる。

だが、その全てが無駄だった。

ディミトリは何も見ていなかった。どれだけ美しく花が咲いても、美しいと言う事はあっても、何とも思っていなかった。花は手を掛ければ掛ける程美しくなる。事実ドゥドゥーが温室で育てた花は、多くの生徒達を感歎させた。だが、一番喜んでほしかったディミトリは、花など見ていなかった。

見ていたのは、血に濡れた過去の光景だけ。

どれだけ美味しいものを作っても、いつも反応は同じだった。ドゥドゥーの作る料理の評判は生徒達にはとても良かった。だが主君は、うまいなと、笑顔でいつも同じ事しか言わなかった。失敗したときも、それはまったく同じだった。うまいな。そう味付けがあからさまにおかしいときにも、笑顔で口にした。

その理由をドゥドゥーは知っていた。

なぜなら、主君は精神を病んだ時に、味覚も病んでいたからだ。

だから、どれだけまずいものを出されても、平然と食べていた。

同級生達はそれを知っていた。

悉く王国出身の生徒達は、あのベレス師の学級に引き抜かれていったが。引き抜かれるとき、皆ディミトリに哀れみの目を向けていた。全員知っていたのだろう。ディミトリが病んでいて、はつらつとした姿は作り物に過ぎないことを。秘めている狂気が、いつ周囲を焼き尽くしてもおかしくないことを。

事実、それを糾弾しながら、ベレスの下へ去った者もいた。

失った一族の教えをそれでも守った。

いつの間にか、出来る奴は悉くいなくなり。ディミトリを守るのがドゥドゥーだけになって、その意思は更に強くなった。

だが。強くあれ。美しさを愛でよ。腹が膨れれば誰でも心が穏やかになる。

その全てを守っても。ディミトリはどうにもならなかった。

思うに、ディミトリが生きてきた世界。あの腐りきったフォドラの社会の中では、ダスカーの素朴な民が救われる行為程度では、どうにもならない程の精神の負荷が掛かり続けるのだ。

ドゥドゥーに対して、信頼をしてくれたディミトリではあった。それについては、間違いの無い事実だ。

五年前、大修道院が陥落してから。

精神の病が再発し、ずっと厳しい表情しかしなかったディミトリだが。それでもドゥドゥーには心を許してくれたし。無意味な殺戮は控えるようにと言う諌言をすれば、ある程度は聞いてはくれた。ギルベルトもある程度は信頼していた様子だ。背中を任せたのだから。

だが、救う事は出来なかった。

それだけが、心残りだった。

今するべき事は、主君の敵討ちだろうか。

だが、ディミトリは死んだ後、どうしてかとても安らかな表情をしていた。恐らくだけれども、やっと狂気の束縛から解放されたのだろう。

だったら、その狂気を引き継ぐべきではない。ドゥドゥーはそう結論する。

野獣だった主君が、やっと人間に戻る事が出来たのだ。

自分がそれに続いて野獣に戻ってしまってどうするというのか。

グロンダーズに到着する。

意外にも、辺りは静かになっている。

獣が死体を食い荒らしているかと思ったのだが、そんな事もない。むしろ、丁寧に死体は埋葬されて。墓が一箇所に作られ。多数の無惨な死体を、陣営問わずに荼毘に付し、処置した形跡があった。

帝国の医療魔道部隊だろうか。

鎮魂の歌を歌っているのが見える。

近付いていくと、一人が此方に気付く。敗残兵と思われたのだろうか。一礼され。そして警告された。

「まだ敗残兵狩りは続いています。 すぐにこの場を離れた方が良いでしょう」

「……忠告感謝する」

「命を無駄にしてはなりませんよ」

帝国の連中は人間じゃあない。

奴らは全てを殺し尽くし奪い尽くした。

もっともおかしくなっていた時、主君はそんな風に吠えていた。だが、それは違う事をドゥドゥーは知っていた。

家族のために戦う者もいたし。

腐りきったフォドラをどうにかしたいと強い意思を持っている者もいた。

ドゥドゥーが丁寧に、時間を掛けて説得し。

そしてやっと少しずつ、ディミトリは壊れた精神を取り戻しつつあったのだが。それでも、エーデルガルトを見た瞬間、また野獣に戻ってしまった。

今するべきは何だ。

ギルベルトのように、主君に殉じて死ぬ事か。

敵討ちと称して、無差別に帝国兵を殺す事か。帝国兵の中には、さっき戦場の死者を弔っていたような者もいる。

何より人間だ。

それを無差別に殺すのでは。

もっともおかしくなっていた時の主君と同じでは無いか。

森に潜むと。

ダスカーにいた頃の知識を生かして、静かに過ごす。そして、少しずつ考える。

大修道院にいたとき、座学はあまり得意ではなかった。それでも、主君のために必死に読み書きを習った。

歴史も学んだ。

ダスカーにいたときには知らない事がたくさんあり。

フォドラがどれだけ大きな社会で。そして腐っているのかも、学んでいる内に理解する事が出来た。

ならば、今はどうすれば良いのだろう。

ふと、学生時代の事を思い出す。

ダスカー人と陰口をたたく者は幾らでもいたが。その度にディミトリがフォローをしてくれた。

その頃、一度だけ。

精神を病んでいて、実は周囲を何も見ていないディミトリが、口にしたことがある。

あれは確か、王国での小規模反乱があった時。

もうディミトリが学生をしていた頃には、王国はどうしようもない崩壊の危機に直面し。何度も小規模な反乱がおき野盗の横行が絶えなかったが。

その一つ。

学友の一人、シルヴァンの兄であるマイクランが、英雄の遺産を盗み出したときだったか。

ディミトリが、珍しく本音を口にしたと感じたときがあった。

このフォドラは変えなければならない、と。

森の中で、空を仰ぐ。

エーデルガルトもフォドラを変えようとした。

それに違いは無い筈だ。

しかしながら、結局の所その行為は、血まみれの車輪で周囲全てを挽き潰していく事に変わりは無かった。

全てはエーデルガルトのせいだと、一番壊れていた頃のディミトリは言っていたが。

今になれば、そう思わなければ、もはや主君は心を保てなかったのだろう。

少し休んでから、決める。

此処で状況を見ようと。

廃棄された炭焼き小屋を見つけたので、其所を根城にする。帝国軍も少なからぬ被害を受けた。

今は恐らく、再編成に躍起になっている筈。

そして、あの灰色の悪魔が動き出せば、形勢は一気に動く可能性が高い。

ならば、ドゥドゥーがするべき事は。

歴史の転換を見届けることだ。

結局の所、ディミトリもエーデルガルトも、クロードもそうだろう。この腐りきったフォドラを変えようとしていたはず。

その全てが、不幸なすれ違いの末に破綻した。

本来ならグロンダーズで殺し合う必要なんてなかったはずだ。

撃ち倒すべき敵は他にいたはずなのだから。

しばし、此処で身を休めよう。

そうドゥドゥーは決める。

そして、あの灰色の悪魔が動き出したとき。歴史の全てを見届けよう。そうも、決めていた。

 

ガルグ=マク大修道院に、グロンダーズ平原での戦いの結果が届いたのは、戦いが終わった一週間後であった。

ギルベルトの指示で修道院に向かった兵士達は一人も脱落せず、修道院に到着。そしてその中の一人が、全てを報告したのである。

現在大修道院の政務を司っているのは、大修道院が機能していた頃、セイロス教団の地位で言えば二位にいたセテスである。

経歴不詳のこの男は、どこから来たのか、何時からいるのか誰も知らない。

疲れ果てた兵士達を手当てさせるよう指示を出したセテスを横目に。

灰色の悪魔と呼ばれ。

物心つく頃から剣を握り。

最初に人を斬ったのは七つの時。

この大修道院に来て、自分を男手一つで育てた傭兵団隊長ジェラルドが、元々セイロス騎士団の歴代最強と言われた騎士団長だと知った者。

今、もっとも各国から警戒されている、単独軍隊とも呼ばれるベレスは、そうかとだけ呟いていた。

元々極めて寡黙なベレスだが、知識は恐ろしく豊富で、戦場でも圧倒的に強い。その反面殆ど感情らしいものを見せる事もなく、自分でも周囲の人間はどうしてこんなに笑ったり悲しんだりしているのだろうと不思議に昔から思っていた。

今ではある理由から自分には感情が無かったに等しい事を知っているが。

だからといって、どうとも思わない。

結局今も灰色の悪魔である事には変わりは無い。

決戦兵力であるベレスには、実の所五年分の記憶がない。

五年前に修道院の戦いで、最後の最後に崖から転落。

気がついたら、五年が経過していたのだ。

どうして生きているのかもよく分からないが。周囲があいつは人間では無い、破壊の神だと怖れるのも仕方が無いとは納得もしていた。

なお、五年で年は一切取っていない。

だから、周囲の生徒達が五年でぐっと背も伸びて大人になったのを見て。

何だか羨ましいとも思う事もあるのだった。

修復が進んでいる大修道院を、ベレスは黙々と歩く。

ディミトリは死んだ。

ギルベルトも。

ドゥドゥーは行方不明。恐らく死んではいないだろう。多分エーデルガルトを狙っているか、或いは。

もし、は歴史には禁物だが。

自分がグロンダーズにいたら、参加した勢力を勝たせられただろうか。

周囲の評価は知っている。五年前の教師時代に、ある事件を切っ掛けに潜在能力が全て引き出され、もはや人が及ぶ存在では無くなった事も理解はしている。

だが、勝てたというのは傲慢に過ぎる。

エーデルガルトは紋章至上主義を憎んでいた。

恐らくは、このフォドラの仕組みを作り、管理を続けて来た大司教レアも。

ディミトリは精神を病んでしまっており。いずれその精神は破綻していただろう事は疑いが無い。

クロードは飄々としていて、このフォドラの事を最優先で考えていただろうか。

どうにもそれら全てが怪しく思える。

ふと、気付く。

周囲に誰もいない。

そして、歩いて来る人影。

ディミトリだ。

無言で足を止める。ディミトリは、まるで手負いの獣のようになってしまったという噂を聞いていたが。

側に控えているギルベルト共々。

もはやこの世の住人では無い事は一目で分かったし。

それに怨念の類も感じられなかった。

戦場では、たまに凄まじい怨念を感じることはあった。魔道なんてものがあるように、この世には物理を超越した力が存在するのは事実だ。

「先生」

ディミトリが言う。

青年美を凝縮したような五年前の姿を思い出させる。そして、精神を病んでいるのを、必死に隠していた痛々しい姿も。

だが、今は。

全てから解放されたようだった。

「心配を掛けたと思う。 済まなかった。 王国出身の皆を、悪くしないでほしい」

「分かっている。 ディミトリ、貴方もようやく解放されたね」

「……ああ」

ディミトリの亡霊は静かに笑う。

ギルベルトが一礼すると、ディミトリを促した。

もう時間がないのだろう。

「エーデルガルトも、クロードも、思いは同じだと思う。 このフォドラはいずれ誰かが改革しなければならなかった。 俺はやり方を間違ってしまった。 エーデルガルトも同じだ。 クロードには恐らくその力がない。 先生、後は貴方次第だ。 フォドラを……頼めるだろうか」

「……血が流れるよ。 たくさんね」

「それでも、その血を無駄にしないでほしい」

「ああ、分かっている」

やがて、全てのしがらみから解き放たれたディミトリが、光になって消えていく。

ギルベルトも、全てを成し遂げた表情で、それに付き従った。

王国は、これで名実共に終わったな。

それを、ベレスは理解していた。

「どうした、ぼんやり突っ立って」

振り向くと、セテスがいた。呼びに来たと言うことは、何かがあったのだろう。

今まで三桁近くの暗殺者を返り討ちにしてきたベレスだ。こんな所で話し込むほど不用心でもない。

大修道院の中でも、完全に安全が確保出来ている場所は限られているのだ。

歩きながら、安全圏に移動し。

そして先の話をする。

大きな溜息をセテスはついていた。

この男が、普通の人間では無い事を、既にベレスは知っているが。だからこそ、なのであろう。

「私も長く色々なものを見聞きしてきたが、そのような事も希にはあった。 だが、人々が思うような天国に、ディミトリ王が行く事はかなわぬだろう」

「それは、仕方が無い事だ」

ディミトリは殺しすぎた。

凶獣と化してからのディミトリは、各地を放浪しながら、帝国兵の駐屯地を襲撃しては、片っ端から殺すという事を繰り返していたらしい。被害にあった帝国兵の中には、医療魔道専門の者や、軍で手伝いをしていただけの現地の住民も混じっていたそうだ。帝国軍は規律が厳しく、エーデルガルトが全権を掌握してからは略奪や虐殺とも無縁だったと聞いている。

腐敗した貴族よりも、帝国軍の進駐を喜ぶ民も少なくなかったそうだ。

そんな中、ディミトリがしてきた事は、ただの虐殺と変わりは無い。

最後の最後に、本人がそれに気付くことは出来たのは。

何より、エーデルガルトへの憎悪に捕らわれたまま、この世に留まったりしなかったのは。

幸運だったのかも知れない。

大修道院の中、警備も厳重な区画に入ると。

魔道も使いこなすベレスが防音の魔道を展開し。

更には周囲に衝立も作る。

何名かの幹部も集めて、軽く話をする。まず、セテスが軽く概要を話す。

「概ね今回行われたベルグリーズ平原会戦の結果が判明した。 参加兵力は三勢力あわせて35000弱。 ここ三百年で行われた会戦では最大規模のものだ」

「それで、結末は」

青ざめているのは、旧王国の出身者の内、大修道院に来てくれた騎士の中でまとめ役をしているイングリットだ。

生真面目な女性航空兵であり。ペガサスの扱いに関しては軍随一である。

セテスは彼女の境遇を知っているからだろうか。少し躊躇った後、全てを丁寧に話した。

「参加した兵力の内、帝国軍の損害だけでも2000を超えた。 王国軍の残党は事実上消滅。 参戦した6000弱の内、大修道院に辿りついた300程度以外は全てが命を落とした様子だ。 騎士ギルベルト、ディミトリ王もその中に含まれる。 忠勇なるドゥドゥーは、行方が知れない」

口を押さえたのは、同じ王国出身の魔道士であるアネットだ。

士官学校の生徒の一人で、王国で苦学しながら大修道院に来た。つまり魔道の学校を卒業してから大修道院に入学したと言う事で。大修道院が最高の学府である事も示している。

ギルベルトは、名前を変えていたが彼女の父親だ。

アネットの親友である医療魔道の専門魔道士、メルセデスが、なだめながら顔を覆った親友を連れて行く。

今後、こう言う光景を後何度見れば良いのだろう。

他にも王国出身の者達は、皆青ざめていた。

「同盟も被害は小さくない。 参戦した8000前後の兵力の内、最低でも3000を失った様子だ。 恐らく被害は4000近い。 特に航空兵力の損害は酷く、殆ど生存者はいないらしい」

「どの勢力も、参加した兵力は殆ど全滅状態ですね」

空気を読まぬ発言をしたのはベルナデッタである。

帝国の名門貴族の跡取りである彼女は、苛烈な「教育」によって人間不信になり。現在でも様々な事を器用にこなす一方で、人見知りでごく限られた相手にしか心を開こうとしない。

狙撃手としては恐らく今やフォドラ随一の名手なのだが。

その一方で、もっとも扱いが難しい人物でもあった。

「エーデルガルトさんの事です。 きっと決死隊を募って、敵を道連れに効率よくボンってやったんじゃないでしょうか」

「その通りだ。 戦いの最初に、ごく少数の決死隊ごと、王国軍の残党をまとめて焼き払ったと聞いている」

「……きっとその場にベルがいたら、焼き殺される中の一人だったと思います」

そうだろうな。人見知りで他人と関わりたがらないベルナデッタが、実は極めて優秀である事を知っているベレスは、口には出さないが同意していた。

丘に配置し、狙撃をさせればベルナデッタは最悪の脅威になる。学生時代から、ベルナデッタの針穴も通す狙撃は周囲で有名で、他にもいた狙撃手としての技能を学んでいた者からも頭一つ抜けていた。

模擬戦を行うときもベルナデッタの撃破スコアは群を抜いており。ベルナデッタを守りつつ、高所に置くだけで。敵がばたばたなぎ倒されるのを見る事が出来た。実戦でも、一度敵を殺してからは躊躇が無くなり、正確無比の狙撃は何度も敵将の額や心臓を射貫いたものだ。

その実力は、エーデルガルトだけではない。ディミトリもクロードも知っていた。

丘の上からベルナデッタの狙撃を自由に許したら、まともに進軍することも出来ず。特にアウトレンジから攻撃された魔道士や、逃げ場がない航空戦力はどれだけの被害を出したか分からない。

敵にしては真っ先に潰さなければならない相手で。

早い話が、撒き餌として最適だったはずだ。

ベルナデッタ自身、エーデルガルトと上手く行っていなかった。

非常に自他共に厳しいエーデルガルトは、ベルナデッタの境遇を知ってはいたが、特別扱いは絶対にしなかったし。

また能力を評価していた一方、どうやって戦場で活用するか何度もベレスは聞かれたものである。

最も危険で苛烈な戦場には、ベレスは自分を投入する。

それ以外では、基本的に誰も死なずに済むように、味方を投入し、最高効率で敵を倒す。

エーデルガルトも生徒の一人だった。

道を別ってしまったが。

しかしながら、彼女がベレスの教えを覚えていたのだとしたら。

きっとベルナデッタの発言は、事実になっていただろう。

セテスが咳払いすると。

皆が背を伸ばした。

セテスは人ならぬものだ。

大司教レアがセイロス教団の実権を握っていた頃は、静かにその補佐だけをしていたのだが。

今は自分が前面に立ち、指導者としての技量を見せている。

そしてその行動は、一つ一つ計算され尽くしていた。

蓄積した経験が違うのである。

「戦況の変化について、今後の事を話しておく。 現在帝国軍は、大きな損害を受けた兵の再編に入ったと聞いている。 更には裏切ったブリギットへの抑えの兵も差し向けている。 攻勢の好機だ」

「攻勢と言っても、此処にいる兵力だけでは……」

不安そうな声が上がるが。

ベレスがじっと周囲を見ると、皆が黙り込む。

軍神。

灰色の悪魔。

そう呼ばれる人物は、常勝無敗だった事を、この場の誰もが知っている。

自分を無敵だ等とベレスは思ってはいないが。

いずれにしても、単独軍隊としての力を生かすには、これからの局面をおいてはないだろう。

「現在、動かせる機動戦力は」

「およそ4000強。 王国軍の残党の中で、医療魔道で回復させたとしても、そのうち100名ほどは使い物にはもうならないだろう」

セテスの言葉はもっともだ。

苛烈な戦いを経験すると、兵の心には傷がつく。

大修道院での「実習」の中には実戦も多く。生徒の多くはその過程で賊や反乱分子を相手に殺しを経験。

人を手に掛けた者の中には、精神を病んだ者もいた。

これは仕方が無い事で。

ディミトリも、精神を病んでいたのは、結果として身近な者を多く失う現実を目の当たりにしたからである。

人間の精神というのは脆く。

ベレスのように淡々と人を斬ることが出来る者は滅多にいない。

灰色の悪魔と呼ばれるのも、容赦ない殺戮を平然と顔色一つ変える事なく出来るからであって。

それを強みにしているから、ベレスは更に怖れられるのだ。

「今後恐らく、王国内で転戦していた兵力や、同盟内での反帝国派から兵力が流れ込むとして、それを待っている訳にはいかないな」

「ああ。 帝国軍の再編成は迅速に済まされるはずだ。 エーデルガルトは有能だ。 そう時間は多くはくれないだろう」

「反帝国派の諸侯に書状を。 すぐにでも帝国に攻め入る」

「……分かった」

まずはメリセウス要塞を落とさなければならない。

帝国どころか、フォドラ屈指の要塞であり。現在は帝国の手に墜ちている王国の最大の要塞アリアンロッド、同盟の東端にありパルミラの軍を押さえ込んでいるフォドラの首飾りと並び称される三大要塞の一つ。

それを四千程度の雑多な兵力で落とさなければならない。

しかも機動軍とは編成が違う守備軍が置かれていた可能性が極めて高く、兵力はほぼ無傷のまま温存されているだろうし。

何より指揮官は相当な手練れを置いている事が確定である。

帝国最強の猛将と謳われるベルグリーズ伯が出てくるかも知れないし。

何度も学生時代に交戦した、謎の騎士。

通称死神騎士がいるかもしれない。

かの者は帝国軍に荷担しており、各地で絶大な戦果を上げていると聞いている。こう言うときの切り札として、王都を守るメリセウスに配置されていてもおかしくは無い。

かといってメリセウスを放置するのは、背後を襲ってくれと言うようなものであるし。

更に言えば抑えの兵を置いて帝都に進撃するような戦力など存在していない。

苛烈な戦いになる。

教え子達を見る。

この中の何人が生きて帰れるだろうか。

敵がわずかに作ってくれた隙。

それを逃すわけにはいかない。

すぐに出陣の準備が開始される。

父親の死を吹っ切ったアネットも、出撃すると意思を示していたし。昔は騎士道に憧れていた純朴な青年だったアッシュも、今は険しい表情で戦いの準備を進めていた。

ベルナデッタは人間不信が理由からか、帝国の知り合いの心配はしていないようだった。まあ無理もない。父親には虐待に近い扱いを受けていたし、今でも父親のことは大嫌いなようだから。

誰もがベルナデッタに愛情を向けなかった。

ベルナデッタがそんな状況で、愛情を周囲に返すだろうか。

軍が出撃したのは、それから間もなくのこと。

帝国領を一気に南下。途中にあった幾つかの防衛線を蹴散らして、メリセウスに到着したのはおよそ一月後。

後の時代に知られる。

帝国の終焉が、この時から始まった。

 

4、全ての終わりの後に

 

全てはいなくなった。

セイロス教団から、聖者セイロスの再来と持ち上げられ。大司教の地位を押しつけられたベレスは。

各地を見回りながら、何もかも終わり。およそ六年にわたる戦乱が終わったことを確認していた。

エーデルガルトが各地の貴族から特権を奪い。或いは命そのものを奪い。

そして紋章学の権威であるハンネマンという魔道士が、紋章を誰でも扱えるようにする画期的な道具を作り出した事が、今の状況を到来させていた。

苛烈な戦いの末、帝国は滅びた。

焼け落ちる帝都アンヴァルの宮殿の中で、エーデルガルトとヒューベルトは命を落とし。その前に同盟は瓦解。燃え墜ちる宮殿に現れたドゥドゥーは、エーデルガルトの死を見届けると、後は無言で去って行った。

帝都の陥落によって大勢は決した。

歴史の闇で暗躍していたアガルタの民。通称闇に蠢く者達は、元々腐敗した体制に寄生していたにすぎない。

以降はあぶり出され、更には本拠をベレスが粉砕して滅ぼした事もあって。既に再起は不能である。

人には過ぎたる技術の数々も、全て白日に晒され。

地下に存在していた、「英雄の模造品」らしきおぞましい人体実験の成果物も、全て完全破壊され、二度と稼働はかなわなくなった。

後で多少の残党が各地で反乱を煽ったが。

いずれもが迅速に鎮圧された。

大物と呼ばれた貴族の殆どが命を落とすか粛正されて権力を失い。

帝国も王国も同盟も無くなった。

その結果、やっと紋章持ちの貴族が支配するいびつなフォドラの体制は終わり。

ようやく、フォドラに新しい陽が昇ろうとしている。

大修道院に戻って来たベレスは、テラスに上がる。巨大な大修道院から見下ろした先には、広い広い森と、その先の大地が拡がっている。

南には帝国。

西には王国。

東には同盟。

それぞれ「だった」場所。

今は統一された国家であり。新生セイロス教団と協調して、復興が始まっている。

そして、皮肉な事に。

セイロス教団が一度瓦解した事で。

アガルタの民と同様に、セイロス教団がフォドラ内部に落としていた黒い影も、明らかになったのである。

今まで禁書とされていた書物を調べた結果。

歴史の闇で、セイロス教団がどれだけ発展を押さえ込んでいたか。

現状の維持だけを目的とし。不自然に歴史を歪め操ってきたかが明らかになった。

セテスはある程度知ってはいたようだが。

その政策を継続すべきだとは言わなかった。

エーデルガルトはレアを憎んでいた。

セイロス教団を、ずっと支配し続けて来た人ならぬものを。

そして彼女は戦争を始めたときに演説した。セイロス教団はフォドラを牛耳り、民を支配し苦しめ続けてきたと。

その憎しみは、結果論ではあるが。

実の所、的を得ていたことが、死んだ後に分かったのである。

誰も自覚はしていなかったが。それは、それだけ巧妙な支配が行われてきた、と言う事だったのだ。

レアもあの後命を落とした。

帝国に捕らわれ、幽閉されてすっかり弱り切っていたし。更に色々な事件もあったのだ。無理も無い事であった。

その結果。全てのフォドラの縮図とも言える勢力は姿を消して。結果としてこの穏やかな時間が到来することに成功している。

誰もが必要だったのだろう。

そして誰もがいなくなる必要があったのだ。

硬直したフォドラは限界を迎えていた。あの苛烈な戦いは、その限界が、一気に噴出したものだった。

エーデルガルトが破壊的な改革に乗りだし、戦争を始めたのは事実だ。

だが、ベレスはそもそも傭兵として、幼い頃から戦場にいた。

幼い頃から人を斬り。

如何にして敵を殺し勝ち残るかだけに特化した生き方をしてきた。

逆に言えば、エーデルガルトが始めなくても、それだけ各地には戦乱の火種が燻っていた訳で。

彼女が始めなければ、他の誰かが戦いを始めたことは確実だっただろう。

もうフォドラはもたなかったのだ。

確かにエーデルガルトには私怨もあった。

だが、結果論としては。誰かが始めなければならない破壊を。彼女が始めたと言うだけの事。

エーデルガルトを恨んではいないし。

歴史の闇に葬るつもりも。

史書で貶めるつもりもなかった。

既に大司教への就任も、女王への即位も済ませている。

これからフォドラを支配し動かしていくのはベレスだ。

だが、その礎になった者達を忘れるつもりは無い。

結局の所、父ジェラルトが、あらゆる大勢力と関わらないようにベレスを育ててくれたのが、良かったのかも知れない。

中立的な立場でものを見て。

全てに公平な剣を振るう事が出来た。

それは血の雨も降らせたが。

逆に何処かの勢力を残して、改革の成果をいびつにする事も無かった。

死ぬべきは死んだ。

これから、生かすべきを生かすときだ。

大修道院の礼拝堂に移る。

前は瓦礫の撤去が終わっていなかったが。

既に瓦礫は撤去されている。

今後、レアと同じように、歴史の支配をしないためにも。適当な所で引退をするか、それとも大御所政治に移るか、考えなければならないだろう。

腹心達が並んでいる。

戦いの中で多くを失った。

命を落とした元生徒も少なくない。

だが、此処にいる腹心達は。

六年にわたる地獄の戦乱を生き抜いたのである。そして、これから新しい歴史を作り上げていくのだ。

演説の類はしない。

元々寡黙で知られたベレスだ。今更多弁になっても仕方が無い。

灰色の悪魔と呼ばれていたことは、今は誰も口にしない。確かにまだわずかに残っている反抗勢力には、そうベレスを呼んで怖れる者もいるが。結局の所、ベレスは悪魔と言うよりも破壊神が近かったのだろう。

そして同じように破壊をしたエーデルガルトとも。

何処かで似通っていた。

手を上げて、喚声を受ける。

腹心だけでは無く、戦いの終わりを喜ぶ多数の民も集まっている。

この大地は。血に塗れ。何度も踏みにじられ。そして泣いてきた。

これから再起の時だ。

なお灰色の悪魔と言う呼ばれ方は消えたが。

代わりに軍神という呼ばれ方はより多くなった。

今では周辺国にも、軍神の名は轟いているという。

せいぜいそのまま虚名として広まって欲しい所だ。

名で怖れてくれて。

それで攻めこまないでくれるのであれば。

戦争を避ける事が出来るのだから。

フォドラの周囲に勢力を拡大しようなどと馬鹿な事を考えなければ、今後戦争が起きることはない。

既に各地では復興が開始され。

復興による好景気もまた、始まっていた。

喚声に応えた後は、政務に戻る。多数まだまだ解決する事があるが、十年も掛ければ穏やかな時代が来るだろう。

育てた生徒達は各地で要人として復興に関わってくれている。

貴族制のあり方が変わった今、混乱する声も多いようだが。

スパゲッティコード化していた儀礼の数々が簡略化され。

風通しが良くなった今後は。

フォドラの最盛期が来るのは確実である。

手元には幾つか遺品を常に置くようにしている。

エーデルガルトが最後まで手放さなかった短剣。

これが何なのかはよく分からないが。

最初にエーデルガルトに出会った時、手にしていたような気がする。何か思い入れがあるものなのだろう。

ヒューベルトは自分の死すら見越して行動をしていた。

そしてその行動が、アガルタの鼠共の巣穴を暴き出す切っ掛けにもなった。

いずれアガルタの鼠共の巣穴など見つけられただろうが。その探す手間が省けたのは大きい。

平和が来るまでの時間を大幅に短縮することが出来たのだ。

ヒューベルトの手紙も、自室に残している。

戒めのために。

戦乱が収まるまでに、多くの犠牲が出た。

そして死んだ者はもう帰ってこない。

父が六年前に死んだとき。

ベレスは始めて哀しみという感情を学習した。

怒りという感情も。

故に、それらの感情が、どれだけ多くのものを奪うか。焼き払うかも、身を以て知ったのだ。

世界は決して美しくなどない。

今後も気を抜けば、いつでも血に塗れた世界が再臨するだろう。

黙々と書類仕事をしていると。

ふと、声が聞こえた気がした。

自分に宿った力。

灰色の悪魔と言われても、所詮人間の域を超えていなかったベレスを、軍神にまで押し上げた者。

始祖たる存在ソティス。

それが、レア達寿命無き者達の祖である事を、今は知っているが。

知ったからと言って関係は無い。

「そなたらしくもない。 悩まずまっすぐに敵を斬り伏せれば良かろう」

ソティスは子供っぽい所もあったが。

老獪な策士でもあり。

実の所、かなり助けられた事もあった。

完全に一体化してからは、単独で一軍に匹敵する力を得られたのも、ソティスのおかげでもある。

一体化して以降は、殆ど声も聞こえなくなったが。

たまにこうして声も聞こえる。

それもそうだろう。

そもそもベレスは。出生からしてまともではなく。普通の人間では、最初からなかったのだから。

結局フォドラを再統一するには、人ならざる者の助力が必要だったのは皮肉という他ないが。

それでも平和が来たのは事実でもある。

政務を片付けると、釣りでもするかと思って外に出る。

昔から釣りは気分転換に良く行っていた。

今もそれは変わらない。

流石に今は、釣りをしているときに護衛がつくようになったが。それはそれでどうでもいい話である。

もう夕方だが。

以前と違って、大修道院からは兵士の姿も減っている。

和やかな雰囲気の中で。

失われた多くの命を思いながら。

ベレスは釣り糸を、大修道院内の釣り堀に垂れていた。

 

(終)