明るいお空のせかい

 

序、そもそもの始まり

 

何がしたかったのかは、よく分からない。

ただ、はっきり分かっているのは。

私は、ホムンクルスと呼ばれている事。どうやら固有名詞では無くて、存在そのものを現すものらしい。

知識は、いきなり全部持っていた。

だから、疑問に思う事もなく。自分がホムンクルスだと言う事は、知っていた。

最初に目が覚めたのは。

栄養の混じった液体に満ちたガラスの中。

ぼんやりとその中から向こうを見る私。

白衣の人間が、たくさん行き交っている。頭がずきずきしていたのは、いきなりたくさんの知識を埋め込まれたから。

それさえ、疑念には思わない。

何もかも、全部知っていたからだ。

いや、知らされたと言うべきなのか。

口には呼吸補助用の器具。

全身には管が巻き付いていて。

身動きできないようにもされている。カテーテルから、排泄物が流れ出していく感覚も、少しずつ理解できてきた。

声は聞こえない。

聞こえないようにされているのだろうか。

分からない。

抵抗をしようにも、巻き付いている管の力はとても強いし。無理に外しても、体を傷つけてしまうのは、目に見えていた。

だから、ぼんやりと。行き交う人間達を見やる。

いきなり膨大な知識を叩き込まれたからか、自分というものを整理するのが本当に大変で。

そもそも、体を動かせもしないし。

暴れる事も、できそうには無かった。

私は、何のために作られたんだろう。

身動きも出来ないから、自分がどんな姿をしているのかも、よく分からない。漠然と、人間に近い姿なのだというのは分かるけれど。

それ以上は、何も分からないのが実情だ。

非常に苦しい。

胸が詰まるようだ。

頭も酷く痛む。

何をされているのかも分からない。夢うつつの中で、ただ私は、ぼこぼこと泡立つ栄養液の中で、体を動かす。

体が安定していないのだろうか。

全身に絶え間なく激痛が走る。

その度にもがくけれど。

体にたくさん突き刺されている管から、何か液体が入れられて。それで、痛みが止むのが分かった。

全身がしびれる。

呼吸も不規則に乱れる。

少しずつ、周囲が見えるようになっては来たけれど。これは、長くは生きられないかも知れない。

意識は何度も途切れ。

その度に、酷い痛みで叩き起こされた。

知識だけは膨大にある。

自分が何故こんな目にあっているかだけが分からない。白衣を着た人間達の言葉も、聞き取ることが出来ない。

聞き取ったところで、意味を理解できたかどうか。

だが、永遠に続くかと思われた苦しみが。

突然にして終わった。

栄養液の水位が下がりはじめる。

体中に突き刺されていた管が引っ張られて非常に痛いけれど。

培養槽の底にぺたりと座り込む。底にある穴から、栄養液が抜け落ち続けているのが分かった。

あまり感じたことがなかった重力が。

全身を下に押しつけてくる。

上から、何か降ってくる。

栄養液では無い。

体がざらざらしない所を見ると、違う液体だろう。よく分からないが、栄養が入っていないものだとすれば、ただの水か。

水が止まると。

体が渇きはじめる。

体に付けられていた無数の管が、無理矢理引き抜かれて。痛みに体がはねた。勿論管が付けられていた場所からは、血液も体液も噴き出す。

カテーテルも引き抜かれた。

呼吸器が外されると。

激しく咳き込む。

酷く痛い。

今まで以上の痛み。それに、体が上手に動かせない。傷口を押さえようと手を伸ばすけれど。もがくだけで、なしえない。

気絶したのか。

意識が途切れる。

そして目が覚めたときには。ガラス管から、別の場所に移されていた。

研究者と同じような、白衣を着せられている。

横に転がされているのは、何かの上。

感触が柔らかい。

そして、何よりも。

全身の痛みが、消えていた。

傷口に触ってみるが。傷口も塞がっている。まだ跡は残っているが、とっくの昔に回復が始まり。

既に、修復も八割方完了しているようだった。

体を起こそうとして、失敗。

そもそも起こしたことがないのだから、当然だろう。力が足りないと言うよりも、美味く出来ないというのが正しい。

四苦八苦しながら、どうにか体を起こして。

座り込むことに成功はした。

周囲を見回す。

白い部屋だ。一カ所に、鏡があって、自分が写っている。即座に鏡だと理解できたのは、頭に無理矢理突っ込まれた知識のおかげ。

そして、自分は。

銀色の長い髪の毛を持つ。人間の女そっくりだった。

人間の基準で美しいのか醜いのかはよく分からない。顔に触って確かめている内に、自分だと言う事は理解できた。

鏡は間違いなく、マジックミラーだろう。

天井にはライトが一つ。

扉もある。

さて、どうしたものか。あの扉から、外に出られるだろうか。

栄養も取りたい。

しかし、食糧を取ると言う行動が、そもそも理解の外にある。多分一度もやったことがないからだ。

ゆっくり、少しずつ。

体の動かし方を、学習していく。

何をすれば良いのか。まだよく分からない。だが、単純に苦しいのは嫌だというのが、事実だ。

その内、腹も減り始めるはずだ。

いや、まて。

そもそも、空腹という感覚を。

今まで覚えた事があったか。

立ち上がるまで、随分苦労した。床が柔らかいから、転んでも平気だったが。それでも、出来るようになるまで、かなり失敗を繰り返した。

白衣が鬱陶しい。

全部脱いでしまった方が、動きやすいかも知れない。しかし、白衣がないと、少し肌寒い。

体温を調節出来ないものか。

しかし、である。

空腹は覚えなかったが。その内、不意に動けなくなった。体に入っている栄養が足りなくなったのだと、なんと無しに理解できる。

座り込んだまま、動くのを止める。

このままだと、死ぬ。

死ぬというのは、知識としてしかないが。それが強烈な痛みの先にある事は、理解できてはいた。

まずい。

そう思って、動くのを再開。

床を張って、扉に。

だが、ドアノブを触っても引いても動かない。完全に閉じ込められている。

何度か扉を叩いてもみたけれど。

びくともしなかった。

鏡をにらみつける。

身動きが出来なくなりつつある。こんな所に閉じ込めて、どうするつもりだ。苦しめることが目的なのか。

横になって、力の消耗を抑える。

しばらくそうしていると。不意に、扉が開いた。

視線を動かすと、白衣を着た人間が見える。手に持っているのは、栄養物か。平たい容器に入れた何かを、下ろしてくる。

床に置かれた。

喰えというのだろうか。

不思議と、知識にある空腹というものは、一切感じない。

しかし、手は伸びた。

固形物と、容器に入れられた液体がある。

四苦八苦しながら、まず固形物を掴んで、口に運ぶ。しばらくもぐもぐとしていると。いつの間にか、人間は出て行った。

容器を掴んで、ゆっくり口に運ぶ。

そして、傾けて、喉の奥に流し込んでいった。

味についても、よく分からない。

ただ、拒否反応は出なかった。美味しいともまずいとも感じない。経験が少なすぎて、まだ知識を生かせない。

そんな段階なのだろうと、漠然と思う。

横になって転がっていると、少しずつ体力が戻ってくるのが分かった。

 

部屋から出される。

白衣の人間に促されるままついていく。歩くことは、どうにか出来るようになっていたが。それでも時々ふらつく。

何処までも続く廊下。

時々、白衣の別の人間とすれ違う。どれも個体が異なっている。中には、培養槽を通して見た事がある個体もいた。

連れて行かれた先は、排泄のために使うらしい場所だ。

知識はあるから、使い方は分かる。

狭い空間に閉じ込められて、排泄を済ませる。これも、随分と四苦八苦した。やはり、知識があることと、使えることは別。

人間が、話しかけてくる。

色々言っているが、まだ良くは理解できない。

聞こえている音と、知識が上手に一致しないのだ。ただ、全身の酷い痛みは治まりつつあるので、他の事に少しずつ集中も出来るようになりはじめている。

これならば、或いは。

もう少しで、人間が喋っていることも、理解できるかも知れない。

排泄が済むと、また同じ廊下を通って、部屋に戻される。

鏡が一角を占めているその部屋は。

どうやら、私を観察するための場所らしい。

意図が理解できない。人間は一体、何がしたいのだろう。そもそも私は、何故にこんな所にいて、こんな所で閉じ込められている。

理由も分からないし。

良い気分もしない。

いっそのこと、此処を抜け出すか。

しかし、現状の身体能力では、途中で捕縛されるのが目に見えている。このままでは、知識も全て役に立てることが出来ないだろう。

まずは、体をしっかり動かせるようになる事からだ。

時々、食事が運ばれて来て。

排泄に外に連れて行かれる。

人間が、私をシロと呼んでいるのが分かってきた。どうやら、46番目に造り出されたから、というのが理由らしい。

肌や髪の色も原因のようだ。

正直どうでも良い。

持ってこられる食事にも、少しずつバリエーションが増え始めてきた。食べるために、複雑な手順が必要となる栄養も多くなってきた。

何が目的なのかは分からない。

ただ、今の時点では、痛い事はされていない。

しかしながら、なんと無しに分かるのだ。

此奴らは。

私を同胞とは見なしていないし。いずれ何かしらの理由で、処分することも考えていると。

だから、逃げ出さなければならない。

おかしな話で、こんな何も無い私にも、目的はある。

それは生きること。

ただ殺されてやるのは、やはり嫌だ。せっかく自分で動けるようになったのだ。せめて、生きてみたい。

勿論、それが大それた望みである事は分かっている。

そもそも、私はおそらく、何かしらの目的で作られたのだ。その目的を果たされれば、後は処分されるのが作り手として当然の考えだろう。

私は学習が遅れているふりをする。

そうすることで、より学習できる時間を増やすため。

元々仕込まれた知識は、すぐに活用できるようになってきたけれど。それも完璧には使いこなせないように見せかける。

好機は必ず来る。

それを信じて。

私は、膝を抱えて。小さな部屋の中で。待ち続けた。

 

1、曙

 

出来るだけ実際の身体能力を隠すようにしながら、動けるように、少しずつ調整を続けていく。

人間共に、私の能力を気付かせるわけにはいかない。

失敗作を装え。

しかし、駄目すぎても駄目だ。

むしろ、処分の可能性が高くなる。出来そうで出来ない。出来なさそうで出来る。その程度が、丁度良い。

今日も、パズルをやらされた。

いわゆるルービックキューブだ。

これも知識の中にあった。廻す事で色を揃える簡単なパズル。私がこなしてみせると、検査をしていた白衣の人間が、何か言ってくる。

どうしてだろう。

どうしても、人間の言葉だけは、上手に理解できない。これさえきちんと理解できれば、後は簡単なのに。

隙も作れるようになるのに。

何だか、遠くで反響しているように聞こえるのだ。

人間も、私が言葉を理解できていない事は、どうしてか分かっているらしい。まあ、此方としても、どうでも良いことだが。

パズルを取り上げられる。

身繕いのために、幾つかの道具が渡された。爪を手入れしていると、また何か言われた。返せと言われているのかと思って、爪を切り終わった後渡す。

心配しなくても大丈夫だ。

こんなものでは、隙を突いても、人間は多分殺せないし。

もしもやる気なら、後ろから組み付いて首をへし折る。

それだけの腕力は、一応備わっている。人間共がもう少し油断したときに。計画を実行に移したい。

シロという名前だけは、どうにか聞き取れるのだけれど。

どうしてだろう。

それ以外は、とてもではないが無理だ。

パズルを返した後、横になって眠る。

思考と記憶を整理していかなければならない。最近はこの部屋から、排泄以外でも出して貰えるようになってきたが。

まだまだ、この場所の構造は掴めていない。

時々、ふらふらと彼方此方を連れて歩かれるけれど。

それでも、何というか。一貫性が、見受けられないのだ。勿論歩いた場所は、全て記憶している。

しかし、それ以外の場所がどうなっているのか、何度考えても理解できないのである。大変に非効率的で、不合理な設計をされているのだ。このよく分からない場所は。

そもそも、地上にあるのか地下にあるのか。

それさえも分からない。

何となくだけれど、地下だろうとは思っている。それは、私のような実験体を逃がさないようにするためだ。

複雑な単語は分かるのに。

どうして、人間の言葉は良く聞き取れないのか。

耳が極端に悪いのかとも思ったのだけれど。どうも違う気がする。実際足音などはクリアに聞こえるのだ。

そうなると、考えられるのは。

何か仕掛けをされている、ということか。

そういえば、おかしな事も他にある。

たとえば、文字の類。

大量の知識をぶちこまれたのだから、文字を見ればどこのものかくらいは分かるし、意味も理解できる。

実際隠れて書いてみたが、三十カ国語くらいはすらすらといける。

だが、理解できる文字そのものが、廊下を連れられて歩いている時でも、まったく見受けられないのだ。

たまに見かける文字も、まるで意味が分からない。

これも、ひょっとすると。

何かの仕掛けがされているのか。

たとえば、元々しこまれた知識の中に、人間の言葉を認識しづらくなるものが含まれている。

可能性としてはある。

だが、そんなものを仕込んだ理由は何か。

私の性能実験が目的なら、必要はないはず。

そうでないとすると。

仮説を幾つか立ててみるが、どれも決定打に欠ける。一体人間は、私に何をしようとしているのか。

白衣を着た人間が、何名か来た。

持っているのは注射器だ。

採血の時間か。

別に構わない。傷がすぐに治ることは知られているようだし、別に抵抗するつもりもない。

ふと、メスの人間が、此方をにやにやと見ているのが分かった。

何だ此奴。

私が何か、此奴にとって面白い事でもしたのだろうか。

表情は変えない。

何か喋りあっている。そして此奴らが、私を笑っていることは理解できた。非常に嫌な予感がする。

注射針を刺された。

採血される。

しかも、普段よりかなり採られる血の量が多い。何だか、少しずつ、意識がもうろうとしてくる。

愕然とする。

まだまだ、注射針を持って、人間が来るではないか。かなりの本数、血を採られた。これ以上採られると、死ぬ。

もがいて、抵抗しようとするけれど。

力が出ない。

しまったと思った時にはもう遅い。私は、抵抗力を搾り取られていたのだ。多分注射針にも、身動きできなくなるクスリを入れられていたのだろう。

意識朦朧として、ぐったりした私は、運ばれて行く。

運ばれた先は、何だろう。

また、あの培養槽か。また戻すのか。

いや、違う。

ぞくりとした。私は気付いてしまう。

周囲にあるものに。

それは、私に似ていて。どれも違っている。

共通しているのは。

培養槽の中で、死んでいると言うこと。いずれもが、既に物言わぬ亡骸となって、浮かんでいる。

どうしてだろう。

急にクリアに、人間どもの声が聞こえはじめた。

「あれで爪を隠せたつもりだったのかしら。 愚かな子ね」

「我々よりも頭が良いと思っていたんだろう。 どれだけ能力を隠せるかの実験だったというのに」

「で、この個体はどう処理する」

「首を切りおとした後、子宮を摘出。 血液から生成した精液と卵子を使って、次の世代のホムンクルスを作ります。 脳の方は分解してシナプスを解析、次の世代のホムンクルスに、知識を移動します」

止めろ、冗談じゃない。

ぷつりと、何か嫌な音がした。

それが、私の首が、あっさり斧で切りおとされた音で。もう、流れ出る血さえあまりない事に。

床に転がりながら、薄れ行く意識の中。私は、気付いていた。

嗚呼。

これならば、せめて暴力であらがっておけば良かった。

「さようなら、シロ。 あんた良い女だったわよ。 一度ベッドで押し倒したいくらいにね」

メスの人間が言う。

周囲はそれを聞いて、どっと笑った。

 

ぼんやりと、周囲が見えてくる。

何となく、何が起きたのかも分かってきた。

そうだ。

私は殺されて。

知識を、次の世代に移された。ホムンクルスと呼ばれる実験体として作られた、私の母や祖母や、もっともっと前の先祖。

何となくだけれど。

それがあまりにもおぞましいやり方である事は、何となく分かる。私は、人間の倫理を徹底的に冒涜したやり方で作られて。全てを嘲笑う者達によって、今実験の最中にいる。

逃げなくてはならない。

生きたいから、ではない。

此処にいれば、オモチャにされて殺されるのが確実だからだ。培養槽から出たら、すぐに出る事を考えなければならない。

私の前の私も。

彼奴らに面白半分に殺されるために。知恵を絞って必死に生きようとして。結果として、遊ばれたあげくに首を落とされた。

全身にからみつく管も。

差し込まれているカテーテルも。

痛くて仕方ないけれど。

多分これは、痛くするために入れているはずだ。

口惜しくてならない。

どうして、このようにすぐ知識が目覚めたのか。それはいうまでもない。先代までのシロの怨念だ。

私は一体何なのだろう。

何のために、生まれてきたのだろう。

培養槽から出されて。私を見た人間共は、けらけらと笑っていた。今まではもうろうとするばかりで気付かなかったけれど。

此奴らは最初から。

私を使って、遊ぶことしか考えていない。

同胞としてみていないと、先代が考えたのも当然だ。此奴らにとって、私は思考するオモチャ程度の存在でしか無い。

逆らえば何時でも殺せるし。

逆らわなければ、オモチャにして殺す。

私は、人間の形をした肉人形。多少知識があっても、武装した人間が相手では、ひとたまりもない。

しばらく、希釈した栄養液を与えられる。

何となくだけれど。

頭に掛けられたブロックも、少しずつ解除できるようになってきた。それで、周囲の言葉が聞こえるようにもなってきていた。

「何代目のシロだっけ、あれ」

「さあ?」

「自分から作られた栄養液喰わされてるって知ったら、どんな顔するんだろうな」

そうか。

この食べ物は、母や祖母から作られていたのか。

乾いた笑いが漏れそうになる。

だが、我慢だ。

気付いたと分かれば、すぐに殺される。機会を待つんだ。此奴らだって、ずっと此処に潜んでいられるわけでもない。

こんな非人道的な実験。

いつまでも続けられるはずがないのだ。

とにかく、生き残ることだけ考えろ。どんなことでも良いからしろ。そうして、生きて、生き抜いて。

最後には、此処から出るんだ。

必死に私は、膝を抱えて、恐怖を押し殺す。

私は、作られた存在。

錬金術で言うところのホムンクルス。だから人間は容赦なく殺戮する事もできるし、殺してもなんら良心に痛みを覚えない。

多分、今度の私も無理だろう。

だけれど、此奴らは次々に記憶を移植しては、楽しんで殺している。だったら、次の私や、その次の私なら。

顔を上げると。

満面の笑みを浮かべた、白衣の女が立っていた。

手にしているのは、マトックだろうか。

いきなり、降り下ろしてくる。

かろうじて避けるけれど、肌を大きく切り裂かれた。

「あら、上手じゃない」

けたけたと笑いながら女は、もう一撃。必死に転がって避けるけれど。どうやら今回は、此処で殺すつもりらしい。

冗談じゃない。

簡単に殺されてたまるか。

また、横殴りに振るってくる。

しかしその時には、私は自分から飛び込んでいた。マトックを抑えながら。女の首を掴む。

そして、一息に。

へし折った。

手がしびれる。思った以上に、酷く傷がついていた。周囲が赤く点滅し、酷い音が響く。アラームだろう。

銃で武装した白衣の人間がたくさん来る。

そして私に、容赦なく発砲した。マトックで遊んでいる人間とは違う。此奴らは、本気で私を殺す気だ。

避けきれるわけがない。

女の死体を盾にして、必死に逃げようとするけれど。

やがて死体を貫通した弾が私の体に食い込んで。動きが止まった瞬間。数十の弾が、私の全身に突き刺さっていた。

その場で崩れ落ちる。

嗚呼。

此処までか。

 

ぼんやりと、培養槽の中で思う。

どうやら、私はまた死んだらしい。だけれども。死んだときのことは、前よりも遙かにクリアに覚えている。

そして、憎悪と無念も。

忘れてなるものか。

あの女が、どうしてマトックで私を殺そうとしたのかは、正直分からない。ただ私を殺して、遊ぶつもりだったのかも知れない。いずれにしても、殺されてやる理由なんて、あるものか。

声が聞こえてくる。

「彼女は残念でした。 有能でとても責任感が強い科学者だったのに、あんな事故に見舞われるなんて。 誰もが悲しんでいます」

「こんな化け物に、油断するからだ」

「全くでして。 化け物だと言う事を、忘れてしまっていたのでしょう。 たくさんたくさん処分しましたからね……」

「次は大丈夫だろうな」

化け物に、処分と来たか。

此奴らは私を化け物だと呼んでいる。でも、このように命をもてあそんでいる此奴らは、だとすると何だろう。

高潔な科学者とは、何なのか。

命をゴミのように蹂躙して、遊ぶ者達の事なのか。

ほどなく、培養槽から引き上げられる。

まだぼんやりとしている頭で。それでも、周囲を見て覚える。私の切り刻まれた昔の体が、培養槽に浮かんでいる。

その中には、明らかに銃撃された死骸もあった。

嗚呼。私は銃撃された後、切り刻まれたのか。此奴らは、もう私をどれだけ殺す事も、何とも思っていない。

白衣の人間どもが、私を憎悪に満ちた目で見ている。

そして、白い部屋では無くて。

檻に閉じ込められた。

排泄もその場でするように言われる。排泄した後は、高圧の水をぶっかけられて、流された。

勿論、服も無し。

食事も、今まで以上に酷いものが出た。

もう固形物として。

私の死骸が露骨に形として残っているものが出されたのである。勿論食べないと、殺されるのは目に見えていた。

頑強な檻に入れられた私に。

棘がついた棒のようなものが突き込まれる。

反応しないと、酷く殴られる。

化け物。もはや名前などなく、そうとだけ呼ばれるようになった。そうして、様々な実験をされる。

知能テストが、主な内容だった。

力に関するテストもあった。

簡単なパズルだけではなく、頑強に作られた知恵の輪もある。時間制限が付けられて、出来なければ電流を流された。

今、私は。

どんな姿をしているのだろう。

まだシロと呼ばれるような姿なのだろうか。ただ全身は殴られた跡と火傷だらけ。この状態では、マダラとでも呼ばれそうだ。

吐き気を催す食事が出る。

食べ残したら殴られる。

そして、血涙を流す私を見て。

白衣の人間共は、ひたすらに笑い続けていた。

眠ることも、殆ど許して貰えないし。何より、眠っていると、いきなり電流で起こされる。特に法則性はなくて、向こうの気分次第のようだった。

周囲が静かになる。

ようやく顔を上げて、周囲を観察する余裕が出来た。多分私を痛めつけるのに飽きて、雑談でもしているのだろう。声そのものは聞こえないが。

檻があるのは、かなり狭い部屋だ。

部屋の隅には排水溝があって、排泄物が水で其処まで押し流されるようになっている。天井には、何も構造物が無い。

ドアが一つ。

監視カメラ。

そして、壁には鏡。

膝を抱えた私が映っている。ほぼ間違いなく、マジックミラーだとみて良いだろう。あれごしに、私を苦しめている奴らが、見ているというわけだ。ブッ殺してやりたいけれど。まだ、力が足りない。

檻に手を掛ける。しばらく力を掛けてみて、理解。

これは、破壊できる。

だけれども、今は我慢だ。

この部屋について、もっと知る必要がある。

場合によっては、私が死んで、次になった時でも。長期的なスパンで、考えて行かなければならないだろう。

昔の自分の残骸を喰わされて。

電気ショックを散々浴びせかけられて。

それでも私は、抵抗せず、次を待つ。

棒を突き込んでいる白衣の連中を見て、ふと気付いたことがある。分析している内に、分かったのだ。

此奴らには、尻尾がない。

私には、尻尾がある。尻の後ろから、あまり長くもない、実用性が殆ど無い尻尾が生えている。

まさかとは思うが。

私に際限のない残虐性をぶつけてこられる理由は、これか。

「よそ見するんじゃない、化け物! 此方の言葉が理解できているのは、分かっているんだよ!」

棘だらけの棒で、殴られる。

白衣の人間が、マジックミラーに何か話している。それで返事。

声を分析。

マジックミラーの厚さを、少しずつ解析していく。男にやれと言われた数字を使ったパズルを解くフリをしながら、そうするのは苦労した。

やがて、私を虐待し飽きたのか。

男は、部屋を出て行く。ドアの厚さも、ついでに分析。あのドアは駄目だ。間に鉄が挟まっている。薄そうでも、体当たりで壊すのは、無理だろう。

人間がいなくなった部屋で。

私は、ひたすらに。

逃げ出す方法を考え続ける。

 

全身の傷が、少しずつ回復している。

人間共は、笑いながら部屋を出て行った。私を散々殴り倒して、満足したのだろう。あいにくだけれども。

攻撃を受け流す方法は、確実に学習できている。

人間の腕力程度で殴られても、どうにでもなる。

後は、此処からどう脱出するか。

やはり突破口は、マジックミラー。ドアがまず破れない現状、其処しか破る事が出来そうな場所はない。

どうせこのままいても、殺される。

それならば、動くのは今だ。

私は檻の鉄格子に手を掛けると、一息にへし曲げた。そして、格子の一本を引き抜くと、思い切りマジックミラーに投げつけたのである。

ぐわしゃんと、凄い音がして。

マジックミラーが砕けて、仰天した様子の人間共が、視界に飛び込んできた。

やっぱり、此処だ。

私は裸のまま、全力で飛び出す。

そして、人間共の間に飛び込むと、思うがままに暴れ狂う。一人は蹴り飛ばすと、内臓が破裂した。

もう一人は銃を手にしようとしたところに飛びかかり、首を砕いた。

飛びついてくる一人は、そのまま投げ飛ばして、地面に叩き付けてやる。投げる途中に無理な力を掛けたから、全身が砕けた。

部屋にいた全てを処理。

自動小銃を拾うと、弾倉を確認。

ドアを開けて、部屋を飛び出す。

だが、其処までだった。

体を、弾が貫く。

どうやら、ライフルによるものらしい。その場で崩れ落ちる私に、近づいてくる足音。培養槽に入れられたとき、会話していた一方だ。

「化け物が。 逃がすとでも思ったか」

頭を踏みつけられる。

自動小銃も取り上げられた。全身の痛み以上に。頭を踏まれて、地面に押しつけられている事の方が、悲しかった。

激痛。

至近からライフルで打たれて、右手が消し飛んだのだ。

もう、これでは流石に、治りそうにない。

「頭は撃つなよ」

「分かっている」

今度は左手を打ち抜かれる。

白衣の人間が、集まってきていた。にやにやしながら、両手を失い、頭を踏まれて身動きも出来ない私を見下ろしている。

此奴らは。

同胞を失ったことさえ、何とも思っていない。

ただ私が殺されていく様子を見て、本当に楽しんでいる。

ゲス。

吐き捨ててやる。だけれども、背中越しに、心臓を打ち抜かれたことで。私の時間は、停止した。

どれだけ、闇の中を漂っただろう。

また培養槽に浮かんでいることが分かる。

硝子の向こうでは、会話が為されていた。私を撃ったのは、白衣を着た奴らじゃない。黒と黄色と、緑色と、他にも色々な色が混じった、迷彩柄の服を着た人間だ。

「凶暴性が増している。 次に暴れたら、何をするか分からないぞ」

「これも実験の一環ですよ。 最悪の事態に備えて、貴方という存在が、保険として雇われているんです」

「お前ら、いいのか。 もう五人も死んだのに」

「何、代わりなどいくらでもいますから」

はて。

おかしい。

迷彩の奴は分かる。だが、今話している奴には、声の聞き覚えがある。それに、代わりがいくらでもいるというのは、どういうことなのか。

まだ、視界が定まらない。

だけれども。

戦慄する。見えてしまったそれは、正に悪夢以外の何物でも無かった。

私をマトックで殺そうとした、白衣の女。

そいつが平然としながら、迷彩柄のと話しているでは無いか。彼奴の首は確かに折った。即死だったはずだ。それが何故。

まさか此奴らも。

私と同じように、殺されても殺されても、また作られているのか。

もしそうだとすると。此処は一体何だ。宗教で言う地獄か。いや、それよりも、もっと酷いのでは無いのだろうか。

全身が震える。恐怖に、青ざめる。

やがて培養槽から出された私は。

更に厳重な牢に入れられて。

そして、虐待の限りを尽くされた。

意識がもうろうとしている私に、何かが見せられる。

牢の中に転がっている私にも。人間達は、油断していない。何度か暴れて、死者が出たからだろう。

何だろう、これは。

写真を見ていて、少しずつ頭がはっきりしてくる。

あまりにも殴られすぎて、頭が良く動かなかったが。

それを見て、流石に愕然とした。

シナプスの構成図だ。

それも多分これは、私の奴じゃあない。多分他の人間のものだろう。或いは私が、この間殺した人間かも知れない。

あり得る事だ。

此奴らは、同胞が殺されても、代わりはいくらでもいると言い放つような連中である。同胞の頭を切り開いて、中身を解析するくらい、日常茶飯事に行っていると見て良いだろう。

外道。

何故か、そんな言葉が浮かぶ。

或いは此奴らも、私を作るようにして、殺された奴らの記憶や知識を、次の体に移植しているのかも知れない。

だとしたら、狂っている。

命がゴミクズ同然に思えてくるのも、当然かも知れない。

「お前に殺された研究員のシナプスパターンだよ、クズが」

白衣の人間が、私の髪を掴んだ。

頭を引っ張る。私の顔を持ち上げて、自身に近づけてくる。噛みついて、鼻を食いちぎってやりたいが。

ろくに食事も与えられず。

激しく殴り続けられた上に。側では、あの迷彩柄が見ているのだ。とても抵抗なんて、出来る状態には無い。

「なあ、これを再現できるか?」

やろうと思えば、出来る。

でも、黙っている。

正確には、もう声を出す力もないのだ。

咳き込んだ私。床に血が点々とする。

散々殴られて、内臓にもダメージが行っているのだから、当然だろう。今のレベルなら修復は可能だけれど。

これ以上殴られたら、多分死ぬだろう。

だが、容赦なく殴られる。

顔面を何度も殴られた後、床にたたきつけられた。

鼻骨が砕ける音がする。

「このクズが! これはな、お前に殺された俺のダチのシナプスパターンなんだよ!」

だったらなんだ。

お前達に、私が一体何度殺されたか。

しばらくわめき散らしながら、白衣の人間は私に暴力を振るい続けていたけれど。しばらくして飽きたのか。

足音も高く、この場から離れていった。

これは、特別な切っ掛けがなくても、殺されるな。

そう理解する。

今度は餓死か。或いは、衰弱死か。

どちらにしてもさぞや苦しいだろう。

そして奴らは。

私が死んでいく様子を見ながら、笑っているというわけだ。口惜しいけれど。どうにもできない。

私を殺して殺して、殺し続けて。

一体何が楽しいのだろう。

裸のまま床に転がされている私に、上から迷彩柄が声を掛けてくる。

「お前も大変だな。 胸くそが悪いぜ」

「だったら助けてくれ」

「おう、口がきけるのか」

「……」

ふてくされて、黙り込む。

そもそも、喋ることだって、かなり酷い痛みを伴うのだ。ぼんやりとしていると、迷彩柄が、腰をかがめたのが分かる。

声が落ちてくる高さが、かなり変わったからだ。

「オレは軍人だからな。 此処での気違い沙汰が、なんで行われてるのかはようわからんがな。 お前ももう少し従順になったらどうだ」

「従順にしている。 命の危険があるから、抵抗しているだけだ」

「そうかい」

「記憶を引き継ぎながら、何度も殺されて気分が良いと思うか」

鼻の血は止まった。

時間を掛ければ、修復は出来る。

でも、修復して何になるのだろう。また嬲り殺されるのがオチだ。そう考えると、何もかもむなしくなってくる。

水をぶっかけられる。

どうやら気絶していたらしい。

意識を失うと同時に排泄もしていたらしく。大量の水を、下半身にぶちまけられていた。顔を上げようとすると、頭を踏まれる。

「きたねえなあ、垂れ流しやがって!」

げらげらと笑う声。

目の前に放り投げられたのは、生肉だ。

喰えというのだろう。

しかもこの肉は、前の私のもの。

此奴ら人間には、同胞の肉を食う習慣でもあるのだろうか。だとすれば、どうやって同胞の数を維持しているのか。

笑いながら白衣の人間達が出て行く。

生肉に手を掛ける。

涙が流れてきている。私は、このまま嬲られ続けて、死ぬのか。そんなのは、嫌だ。どうにかして、生きたい。

生肉を無理矢理囓って。

ひたすらに、命に代えていく。

全て食べ終えてしまうと、絶望して、転がるしかなかった。

これだけ衰弱した私だ。もう逃げようとして、暴れる余力だって残っていない。彼奴らのオモチャにされて、殺されるだけだ。

いきなり、耳障りなサイレンが響きはじめたのは、その時だった。

遠くで銃撃の音がする。

何が起きているのだろう。

殺し合いか。

まあ、あれだけ命を大事にしない連中だ。それこそ、面白おかしく同族同士で殺し合っても、何ら不思議では無い。

いずれにしても、私は殴られすぎて、身動きが取れない。

そのばで床に体を預けながら。ぼんやりと推移を待つ。

少しずつ、戦闘の音は近づいてきている。

そして、不意に。

ドアが叩き開けられた。

どやどやと入ってきたのは、迷彩柄の人間共だ。少し前まで話しかけてきていた迷彩柄の大男とは、少しばかり臭いや見かけが違っている。

「見つけたぞ、此奴だ」

「本当に尻尾が生えているな」

わいわいと話し始める迷彩共。

五月蠅いなあと思ったけれど。私には、抵抗する力もない。

一緒に入ってきたのは、小柄な人間。

私よりも更に背が低くて。白衣を着ていなかった。むしろ黒い服を着ている。髪の毛も短くしているが、体型からして女だ。

「檻を開けてください」

「しかし、暴れるかも知れませんが」

「その場合は取り押さえます」

女が上に着ていたものを脱ぐと、私にかぶせてくる。

ぼんやりとしている私は。

今度は此奴のオモチャにされるのかと思った。

しかも、見るだけで分かる。

此奴は、今までの白衣とはものが違う。体力が全部戻っていたとしても、多分勝てないだろう。

抵抗しても、殺されるだけだ。

「担架」

女が言うと、迷彩が従う。そういえば、迷彩柄の中に。前に話しかけてきた、大男がいた。

担架とやらが運ばれてくる。

棒の間に、白い布を張ったもの。

それに私を乗せると、運び始める。がらがらと音がするのは、車輪がついているからだろう。

パズルなどを渡されたときに、時々車輪がついているものを見かけた。

「運び出して。 検査は念入りに行ってください」

「アイアイ」

「返事は一回」

女は、からかっている様子の迷彩柄にも。特に怒る様子も無く、淡々と言っていた。

運び出される。

これは、楽ちんだ。

 

2、夜

 

意識が途切れたのは、なんでだろう。

色々な事が周囲で起こりすぎて、疲れたから、だろうか。気がつくと、白衣を着せられて、柔らかい布の上に横たえられていた。体中には布が巻き付けられている。顔も、例外では無かった。

管が体に刺さっている。

痛みは大きくない。

多分栄養剤を入れているんだなと、なんと無しに思う。培養槽の中で、こういう管が体に突き刺されていて。栄養剤とか、他の色々なものも入れられていた。

周囲に人間はいないけれど。

何となく。この部屋から逃げ出すのは、難しそうだと思った。

体が重い。

まだダメージから回復しきっていないのだと、自然に理解できていた。栄養が入れられている以上、その内回復は出来る。

目を閉じていると、眠ってしまう。

また目が覚めると。

体を覆っている布が、大分外されていた。

隣に座っている人間が、ナイフを使って何かしている。甘い匂いがする。

丸い何かを、薄く削っているようだ。

この人間。私を檻から出した奴だ。何となく、それは分かった。

「目が覚めましたか」

「ああ」

短く答える。

あのナイフで、何をするつもりだ。ただ。なんと無しに、悪意は無いことは理解できた。それで、此方も少しだけ警戒を緩める。

ナイフを使って、丸いものが切り分けられる。

それでようやく分かった。

その丸いものは、果実という奴だ。

「何処まで、自分の事を知っていますか」

「何も。 記憶を引き継がされながら、延々と虐待されていたって言う事くらいしかわからない。 後名前は多分シロって呼ばれていた」

「それだけ分かれば充分です。 貴方がいたのは、ある国の生物兵器実験設備だったんですが。 其処から貴方を救出しました」

兵器とはなんだろう。

銃の仲間だろうか。

私は、銃の仲間として、作られたと言うことか。

「本来は、こういうことは内政干渉に当たるんですがね。 研究施設が重異形化フィールドに作られていた事や、何より開発されていた兵器が極めて危険なものだということから内偵を進めていましてね。 貴方はむしろ副産物の一つで、内偵していた人間からの情報で、ついでに保護しました」

ついでか。

私は、あれだけ殺されて。

あれだけ努力を続けてきたのに。その全てが無駄で。そして、ついでに助けられてしまったという訳か。

痛みますか。

そう聞かれたけれど、そうではない。

多分、涙が流れているから、だろう。

忙しいので、あまり見舞いには来られませんが。そういうと、女は席を立つ。切り分けた果実が、手の届く位置にあった。

「貴方はコードナンバー、46-9123と呼ばれていたようです。 処遇が決まったら、迎えに来ます」

「また、私をなぶり殺しにするのか?」

「しません。 ただ、貴方が人間の社会で居場所がないことも分かっています。 僕の先輩が貴方のような存在を多数受け入れていますから、其処にいずれ案内します」

僕、か。此奴は女の筈だが。そういうしゃべり方をする奴もいると言うことか。私の知識にはないことだ。

女が出て行くと、手を伸ばして、果実を掴む。

切り分けられたそれを口に運ぶと、やたらと甘くて驚いた。自分の肉ばかり食べていたから、味覚がとても斬新に感じてしまう。こんなに美味しいものが、この世にあったのか。不思議だ。

ついつい手が伸びて、全て食べてしまう。

薄ピンクの服を着たのが何人か来た。

診察している。

なすがままにされて。質問されたときには、適当に答えた。痛いかと聞かれたので、今はそれほどでも無いと答えておく。

事実、もう体は。

あまり痛くなかった。

先ほどの果実が食べたいというと。また用意すると言った。パズルはもうしなくても良いのかと聞くと。しなくても良いと返事がある。

もう殴らないのかと聞いてみる。

何だか、気の毒な者でも見るかのような目で。私は見つめられた。

 

寝て、起きて。

どんどん体力が戻っているのが分かる。

棘付きの棒で殴り続けられた体も。本調子とまではいかなくとも、かなり状態が良くなってきていた。

あの短い髪のはもう来なかったけれど。

怪我の様子を見に来る奴が、時々教えてくれる。

そもそも此処は国境関係無しに活動している医療組織の施設。国連軍に付帯している組織であるという。

ただ、この組織は極めて多忙。

紛争地域などに出向くこともあり、負傷がある程度回復したら、別の施設に移すのだそうだ。

そうは言われても。

此方で確認するすべが無いのが苦しい。

今までの出来事が出来事だ。

丸呑みにするほど、私も純心では無い。

栄養剤の管が外される。

リハビリと言われて、歩くように促された。

まだ走ったり跳んだりはしないようにと言われたけれど。体の回復が、予想よりも遙かに早い。

歩く分には、まるで問題は無かった。

一度やってみせると、色々検査をされた。その後に、すぐ医療施設を移すと言われる。

髭を生やした、恰幅の良い男に、色々と言われる。

「君の体は、尻尾が生えている以外は他の人間と大差ない。 非人道的な処置を色々とされたために身体能力や回復力は上がっているが、君のことは人間だと、検査の末に判断している」

「はあ」

「ぴんと来ないかも知れないが、本当だ。 遺伝子的には「ほぼ」人間と一致もしているし、恐らくは交配も出来るだろう」

ただ、危惧しているとおり、人間の中で生きていくのは難しい。

そうもひげ面は言う。

そんな事をいって貰わなくても。

そもそも、人間共にされた事は体中で覚えている。どうしてか助けてくれたけれど、この恨み、晴れるわけがない。

「アトランティスで君を受け入れるという話だから、今手配中だ。 手配が済み次第、其方に向かって欲しい。 医療費については、アトランティス側で負担してくれるという話だから、彼らには感謝するように」

何だ、アトランティスとは。

分からないけれど。

とにかく、其処で人体実験されるのか。分からない。いずれにしても、逃げた方が良いかもしれない。

体は動くようになってきている。

この施設は、前にいたところとは、まるで別物というくらいに警備も緩い。

逃げ出すなら、今だ。

 

周囲が静かになる。

多分、今が夜なのだ。

何度か歩き回って、知っている。廊下の外に連なっている部屋には、弱った人間がたくさん入れられている。

私と此奴らが同じというと、どうもぴんと来ないのだが。

何処かの難民キャンプで保護されたとか。

非人道的な扱いを受けていた、武装組織から解放されたとか。

そう言うことを言われて、そうかとしか答えられなかった。

所々を、銃を持った迷彩服が徘徊しているけれど。

前の施設に比べたら、全然マシ。

というよりも。前の施設は内側から外に出るのを防ぐために警戒していた雰囲気があるけれど。

此処は、外から内に入ってくるのを、警戒している節がある。

ここ数日、辺りを歩き回って。

この建物の構造は把握した。

歩いてみて廻っていない場所も、大体どうなっているかは分かる。それだけ、単純な構造なのだ。

ただ、分からない事がある。

ガラスが填められている外に、何か拡がっている。あれは何なのだろう。天井とは思えない。

しばらく見ていて、小首を捻るが。

不意に、結論に到達。

あのくらいものは、空か。

そして瞬いているものが、星か。

そうか、そうなると。窓の外には、本当に野外が拡がっている、という事か。やっと、光景と知識がつながった。

尻尾をぱたぱたと振ってしまう。

短い尻尾だけれど。こんな風に感情と連動しているわけだ。役には立たないけれど、捨てる意味もない。

窓から外を見て。

迷彩服の奴らがいる場所を確認。

これなら、脱出できる。

もうこれ以上、人間共に好き勝手されてたまるか。近いうちに、力がしっかり整ったら、脱出決行だ。

決めると、割り当てられている部屋に戻ろうとする。

途中。

不意に、声を掛けられた。

「よう。 元気になったようだな」

「お前は……」

迷彩の男。

前に、檻に入れられていた私に話しかけてきた奴だ。内偵とか、短髪は言っていた。つまり、此奴が。

外に情報を持ちだしていたと言うことか。

「中々助けられなくてすまん。 何しろ相手は国ぐるみでな。 国連軍も、中々動けなかったんだよ」

「そう。 それで?」

「自己紹介が遅れたな。 俺の名前はケイン。 国連軍の潜入捜査官をやってる」

じろりと見つめるが。

ケインとか名乗った迷彩は、もう一度だけ、すまんと言った。

何だか、脱出する気も失せた。与えられている空間に戻ろうと思ったが。ケインはついてきて、話しかけてくる。

「なあ、シロって言ったか。 あんた、アトランティスにいくんだってな」

「しらない。 そもそも、何処?」

「ああ、しらなくても当然か。 アトランティスってのは、この世界で珍しい、人間以外の奴がたくさん暮らしてて、権利も持っている場所だよ。 色々あってな、世界的に見ても珍しいし、注目もされている。 何度か足を運んだが、まだまだド田舎な分、仕事もやりがいがあると思うぜ」

舌打ち。

好き勝手なことを言ってくれる。

何だかしらないが、そんなところに行くものか。これ以上好き勝手にされてたまるか。

ただでさえ、私は好き勝手に体をいじられ続けられたのだ。以降は、自分一人で、好き勝手に過ごしたい。

「おいおい、こっから逃げ出したいって雰囲気だな」

「しらない」

「ちょっと待てよ。 良いか、この周囲は紛争地域だ。 国連軍が睨みを利かしてる此処でさえ、かなり危なくて、重武装の軍部隊が展開してる位なんだぜ。 あんたの身体能力が高いのは事実だがな。 それでも、武器を持った人間には叶わない。 分かっているだろうよ」

男の声には。

強い制止が籠もっていた。

不快感を込めて、振り向くと。男は、今まで見たことがない目で、此方を見下ろしていた。

「しばらくは安全が確保される場所で大人しくしな。 明日には輸送ヘリが来るって話だ」

「周囲が危険だって、それが本当かも分からない」

「だったら、見せてやる」

不意に腕を掴まれた。

ついてくるように言われる。途中、薄ピンクの服を着た奴に制止されそうになるが、ケインが何か見せると、通していた。

外に出る。

靴をはけとか言われた。

靴と言われても、何だかよく分からない。知識としてはあるが、ずっと素足で生活してきたのだ。

ケインが用意してくる。

ごつい布の塊だ。靴の存在は知ってはいたが、実際に見ると何とも言えない雰囲気がある。

足に合う奴を探すまで一苦労。

「案外小さい足だな」

「悪かったな」

「なんでそう悪意に取る。 可愛いって言ってるんだよ」

「よく分からない」

概念は知っているが、足が小さいことが可愛いにつながる理屈が理解できない。四苦八苦の末にようやく足に合う靴を履く。コンバットブーツって言うんだと聞かされて。そうかとしか思わなかった。

しかも、これだけではない。

ケインは更に要求してきた。

「一応防弾チョッキも着けとけ」

「これは?」

「弾を防ぐ。 後これもかぶれ」

頑丈そうなかぶり物を渡される。

弾を防げるのかと聞いたら、その時次第と答えられる。何だか不安だが。実際に体に弾を喰らう事を考えると、あった方が良いか。

移動用らしい機械の所に行く。

ジープと言うらしい。

四角くて、下に丸いのがついていて。ガラスもついている。

ジープという単語は分かったけれど。

実際に見てみると、なるほどと思わされた。この丸い部分がタイヤで、これが廻って機械が進む訳か。

あまり興味は無いけれど。ついつい、色々と知識と現物と照らし合わせてしまう。それにしても、どうして私は作られたのだろう。無理矢理頭に植え付けられた記憶が、どうしても私という存在の不可解さを後押しするばかり。

乗り方を教えられる。色々苦労しながら乗って、言われるままにシートベルトとやらを身につけた。

「この病院は、軍基地の中にあるんだ。 基地のフェンスの外はすぐ紛争地帯でな。 基地の中からも、その有様は見られる。 見せてやるよ。 一目で其処が地獄だって分かるからな」

「そうか」

そう言われても、実感は無い。

それに、地獄だったら、散々味わってきた。私以外の連中も、地獄を見ていると言うことなら。

それは平等だなと、漠然と思っただけである。

ジープが動き出す。

ケインの様子を見て、運転方法を覚えてしまう。動きと運転方法を頭の中で連動させて、すぐにジープの使い方は理解した。

後はマニュアルがあれば見ておきたいけれど。

それは別の機会でも構わない。動かし方は見ていて理解できた。

基地の中には、色々な機械がある。

ケインはあれが戦車で、これが対空ミサイルでと、説明してくれた。建物も幾つかあるけれど。

とんでもなく頑丈に作られている様子だった。

「外の世界を見て、驚かないのか」

「知識は埋め込まれていた。 知識と現物を照らし合わせて、確認作業をしているだけだな」

「なるほど、噂は本当だったらしいな」

「噂とは」

ケインは咳払いすると。

ジープを運転しながら、教えてくれる。

何でも私は、最初はこの国における最強の兵士を造り出す計画で産み出されたという。だから元々は、屈強な男性にする予定だったそうだ。

しかし、頭に知識を埋め込み。

更に、最強の肉体を作り出すとなると。

元々の兵士では、どうしても問題が多かった。

悲惨な内戦が続く中、どうしても消耗品の兵士で、適正を満たす者が存在しない。ならば、最初から造り出すしかない。

クローンの技術は、近年急速に発達したが。

しかし、どれだけ優秀な戦果を上げている兵士のクローンを造っても。上手く行かなかったのだという。

技術力の問題もあるのだが。

兵士の才能と戦果は、だいたい後天的に造られるという事が、証明されてしまった。初期のモデルはそうして、使い物にならないものばかりになったという。

そして、計画は悪魔の喜びそうな段階へと転げ落ちていった。

動物と人間の融合。

そうすることで、桁外れの生命力と身体能力を持つ、最強の兵士を造り出す計画である。既に倫理観念など失われ果てていた研究チームにとって、どのような悪逆も、平然と行えるものでしかなくなっていた。

しかも最悪なことに。そのチームには、どこからか、与えてはいけない知識も、与えられていた。

或いは、非人道的な実験を繰り返す内に、たまたま見つけてしまったのかも知れない。脳細胞のシナプスを解析して、再現する方法が。

そして、動物と人間を融合して、作り上げた超人間兵士は。遺伝子の適正からか、結局女性しか作る事が出来なかった。身体能力は、屈強な男性兵士よりも遙かに上。以降は、ひたすらに、従順でなおかつ殺戮に適した存在が必要になっていった。

研究チームは狂っていた。

末期では、暴力に対する耐性をつけ、なおかつ従順にするためにという名目で。研究チームは明らかに楽しみながら、殺戮を被検体に加えていた。

すなわち、シロにである。

ジープが止まる。

フェンスとやらの所に来たのである。

そして、見た。

外では、銃撃の音がひっきりなしに響いている。

あふれかえる殺気。

基地の兵士達も、あまりフェンスの方には近づこうとしない。

酷い格好をした人間達が。怒号と暴力をぶつけ合っている。建物らしきものもあるが、殆どが銃撃で穴だらけ。

無気力に座り込んでいる子供。

いや、違う。

頭を側面から打ち抜かれて、死んでいる。

「何だあれは。 何故無意味極まりない殺し合いを続けている」

「食い物がない。 金がない。 それに、もう殺し合いが始まった理由さえ、誰にも分からない」

「何だそれは」

「お前は彼処に投入されて、一方の勢力を皆殺しにしてくる予定だったんだよ。 しかも記憶の転写がされていたってことは、分かるだろう? お前は大量生産されて、使い終わった後はよその国に輸出され、其処でも殺しをさせられる予定だった。 国連軍の内偵チームが、この国での非人道的実験に運良く気付いてな。 重異形化フィールドに作られていた研究施設に、オレが送り込まれたのさ」

信用されるまで、随分色々としなければならなかった。

お前を殺す事も。

本当に済まなかったな。

ケインはばつが悪そうに言う。そういえば、迷彩の人間の見分けなどついていなかったけれど。

確かに此奴に撃ち殺された記憶もある。

狂っていた研究員達に信用されるために、彼らが喜ぶようなこともしなければならなかったと、ケインは言う。

そうでなければ、完全に狂っている研究員達に信頼されることもなかったし。情報を持ち出せもしなかったそうだ。

弾丸が飛んできた。足下に着弾。地面を弾く。

ケインが腕を引いて、下がらせる。

「お前は、殺しがしたいか?」

「いや、まず生きたい」

「そうか。 それを聞いて安心した。 明日には輸送機が来る。 それで行く先なら、生きられる」

ケインが言う。

信用は出来ないけれど。この中に放り込まれて、片一方の人間だけ皆殺しにしてこいという命令だけは、実行されない。そして何より、命令を聞かなくても、殺されない。それだけは、良かったと思う。

脱出したいという気持ちも。

消え失せていた。

確かに、こんな所に飛び込んで。生きていられると思うほど、私も頭が悪くない。すぐに殺されてしまうだろう。

私は完成していたら。

たくさんに増やされて。銃とかを持たされて、あの中に放り込まれて。そして大勢殺さなければならなかった、というわけだ。

そしてそれが終わっても。よそで散々殺しをさせられていたのか。

乾いた笑いが漏れてくる。

そうか。私は。

本当に道具として、作られたのだ。

ケインに連れられて、病院に戻る。検査を受けると、ひげ面の白衣が太鼓判を押した。

「怪我などはもう完全に回復しています。 いつでも、この病院を出ても良いでしょう」

「……」

しらけた目で私はひげ面の白衣をみやるが。

奴は忙しいらしく。次と他の人間に呼びかけて。私を、部屋から追い出した。

 

3、夕暮れ

 

病院から連れ出される。

ケインという奴は、別の任務だとかで、一緒には来なかった。別にどうでも良い。正直な話。

殺されたことについても、あまり恨んではいない。

というよりも、散々殺されたので。どの個体に殺されたかという事は、あまり気になっていないのだ。

迷彩服の数人に付き添われて、輸送機に。

大型の、まるまるとした飛行機だ。それが輸送機だというのは、知識と照らし合わせて分かったけれど。

どうにも、やはり現物と比べてみないと、しっくりこない。

中には色々な物資が、たくさん詰め込まれていた。同じように、この国から連れ出される者もいると、迷彩服が教えてくれるけれど、興味が無い。

「しかしやりきれねえなあ。 異星の邪神との和平が成立したって言うのに、第三国や紛争地域じゃ相変わらずこんなだぜ」

「今回の非人道的実験も、異星の邪神の魔術を悪用した研究者達が、好き勝手した結果だってんだろ? どっちが邪悪なのか分からんな」

「まあ、何処まで本当か分からんが、異星の邪神ってのも元は人間に近い種族の精神から産み出されたって話だし……」

「どっちにしろ救えない話だ」

人間共を統率している個体が、私語を慎むようにと言うと、ぴたりと黙る。四角い顎の屈強な男で、他の奴が束になっても勝てそうにない。

私はと言うと、他に何名かの輸送対象らしい人間と、一緒の部屋に入れられた。かなり大きい飛行機で、頑丈に作られている。

脱出していたら。

今頃、散々酷い目に会わされて、なぶり殺しにされていただろう。

でも、この先に、地獄が待っていないとも限らない。

それに。一緒に此処から連れ出されるという連中も。見てみると、私とそう大差ない姿をしていた。

むしろ尻尾だけ生えている私よりも、状態が酷いかも知れない。

ある者は、頭から触角が生えていた。膝を抱えて座っているそれは、私よりもかなり年下に見える。あくまで、見かけの年齢だが。性別は多分オスだろう。というのも頭の上半分が複眼で、無理な癒合で体に負担が掛かっているのが丸見えだからだ。あまり長くはいきられないかも知れない。

かなり巨大な奴もいる。

非常に無口で、筋肉が盛り上がっているそいつは。隅でじっとしていた。まるで彫像のようだが、呼吸をしているので、生きていると分かる。

人間よりもかなり大きい。背丈は私の倍くらいはあるだろう。

ひょっとすると、ケインが言っていた、屈強な兵士を元にした存在だろうか。ありうる話だ。

人間とほぼ同じ姿のもいる。

見かけの年は私と同じくらい。

ただ。作られて殺されて作られて殺された私と違って。此奴はずっと生きていたのだろう。

目には光がなく。

知性も高いとは思えなかった。

咳払い。

いつの間にか、すぐ側に。迷彩どもの統率個体が立っていた。十名ほどの、私の同類が、奴を見上げる。

此奴、人間か。

近くで見ると、その桁外れの強さが分かる。此奴、私と素手でやり合っても勝つかも知れない。

身体能力で負けるとは思わないのに。

どうしてだろう。本能が、戦いを避けているのだ。

「護衛の指揮を執るジョーだ。 これからお前達を、アトランティスに輸送する作戦を統括する。 欲しいものがあったら何でもいうように。 可能な範囲で、要求に応えよう」

声も低く、そして威厳がある。

この男。とんでも無い戦闘経験を、全身に蓄えている。戦場そのものが、人間になったような奴だ。

或いは、こういう奴を。

私を作った連中は、作りたかったのかも知れない。

最初に手を挙げたのは、触角持ちの子供だ。

「た、食べ物」

「お前は被検体85だな。 一種の蜜しか受け付けないと聞いているが。 準備はしてあるから、心配するな。 病院と同じく、適切な量を支給する」

「あ、あと、な、なぐらない、で、ほしい」

「暴力も振るわない」

子供が、笑みを作る。

でも、それも一瞬。本当に信頼出来るか、分からないからだろう。

アトランティスとは何か聞きたかったけれど。

私も此奴は信用していない。

いつ殺そうとしてくるか、わかったものじゃないからだ。

しばらく、他の奴らが質問する。

私は隅で膝を抱えて、じっとそれを聞いていた。

質問が止む。

ジョーという男は、言い聞かせるように、念を入れた。

「これだけは言っておく。 お前達は偶然の幸運が重なって、地獄から救出された。 だがそれは、一人でなしえたことでは無い。 お前達も苦しみの中で頑張ったし、お前達を探し出した者達も、危険を冒して潜入した者も。 突入作戦で、警備部隊を蹴散らした者達も、病院で治療を施した者達も。 この先行くアトランティスで、居場所を準備してくれている奴も。 魔術による体の解析と、回復への治療手段を模索してくれている者達も、皆がお前達を助けてくれたのだ。 ただ一人では絶対に助からなかったことを、覚えておくようにな」

意味がよく分からない。

私は、膝に顔を埋めて、話を聞く。

だからなんだというのだ。

私は、これから行く場所で、殺されなければ。それでいい。生き残れる確率だけを、ただ上げて行きたい。

死ぬ記憶を、これ以上。

増やしたくない。

がくんと揺れる。

多分輸送機が動き出したのだ。ジープが動き出したときよりも、ずっと反動が大きかった。

他の奴らも不安そうにしている。

大柄なのが、うめき声を上げて、辺りを見回した。

なるほど、此奴。臆病で、使い物にならなかったのか。何となく、そう理解できた。量産されなかったのも、それで理由が説明できる。

触角の子供は、まったく動じている様子が無い。

或いは此奴、ある程度の余地が出来るのかも知れない。揺れるのが分かっていたから、平気という訳か。

女は無反応。

よく見ると、私に似ている。或いは此奴を元に、私は造り出されたのかも知れない。転ばないように、床に這いつくばる。

だけれど、揺れは以降殆ど無くて。

すんなりと、輸送機とやらは、空に舞い上がったようだった。

 

食事が出る。

色々なのが出た。自分の肉しか食べたことがなかった私には、どの食べ物も新鮮だ。甘いのも苦いのも面白い。

食事が出るとき、尻尾がぱたんぱたんと揺れるようになった。食器の使い方を女の迷彩服に教えられて。その通りにすると、零さないように食べられるようになった。

輸送機で何日かかかると言われたけれど。

具体的な日数は教えられない。

多分、航路を悟らせないための工夫だろうと漠然と思う。私に植え付けられた知識は、時々こうやって、自己主張する。

しかし自己主張したところで、何ら使い物にならない。

何より、あのジョーという男。

彼奴が生でため込んだ知識に、勝てないだろう。肌で分かるのだ。彼奴と勝負しても、多分勝てっこないと。

私は散々殺しに殺されて。

訳が分からない虐待を浴びに浴びて。

それでも、何か得られたものがあるわけでもない。本当に意味が分からない殺しにあったのも、一度や二度では無かった。

多分あそこにいた白衣の連中は。

私が、苦しんで、もがいて、嘆くのを、見て楽しんでいたのだ。

時々、輸送機は揺れるけれど。

多分乗せられている部屋は、とても衝撃を上手に殺す作りになっているのだろう。滑ったり壁にぶつかったりすることはなかった。

食べ物だけではなく、本も差し入れられる。

読める。

研究所では、文字はどういうわけか読めなかった。だけれども、此処にある本は、きちんと読める。

ひょっとして、あれは。

私の見える範囲内で、明らかに滅茶苦茶な文字を並べていたのか。

それで、私が必死に解析しようとしているのを見て、嘲笑っていたのでは無いのか。だとすると、手が込みすぎている。

喋る言葉が理解できない事については、頭に訳が分からない暗示が掛かっていたことで証明が出来るけれど。

文字が理解できない事については、苦悩していた。

見える範囲に、無茶苦茶な文字だけを並べていたとなれば、納得も出来る。あそこにいた連中は、揃いも揃って、私への虐待を楽しんでいたのだ。

何故、そんな事をしていたのだろう。

本はどれも興味深いけれど。

知識にある内容が書き連ねられているだけのものは、すぐ飽きてしまった。興味を持ったのか、触角子供が聞いてくる。

どういう内容か。

簡単に説明してやる。

分からないと答えられた。

少し悩んだ後、非常に簡単にかいつまんで話す。それで、やっと理解できた。様子を見ていたジョーが、重症だなと言った。

「私は怪我などしていない」

「そうではない。 子供に接したことがないし、自分と知的レベルが違う相手と話した経験もない。 これから社会に馴染むには、苦労するだろう」

「よく分からない」

「これから分かるようになれば良い。 幸い、時間だけは、それなりにあるからな」

また、本が差し入れられる。

今度は全く読んだことがない本だ。絵が多くて、キラキラした格好の女が質問に答えている。

何とも非実用的な格好だが。

他の奴らは、目を輝かせていた。

「綺麗だ。 着てみたい」

「俺は近くで、話してみたい」

質問のことなど、どうでも良いらしい。

ざっと見て、やりとりについては覚えてしまったので、他の奴らに本はくれてやった。子供は特に大喜びで、後はずっとかじりつくように見ていた。何て書いてあるか知りたいというので、その度に答えてやる。

頭の中に知識があると言う事は。

これだけ、他者に優位に立てると言う事なのか。

そして子供も、こうして話している内に、知識を頭に仕入れている。多少効率は良くないが、それでも少しずつ、理解できるようになってきていた。

「シロ、これ、教えて」

そういって、子供がせがんでくる。

何だか、少しずつだけれど。

教えるのが、楽しくなってきた。

差し入れされる分厚い本も、幾つも読んでいくけれど。新しい知識は、中々脳に入っていかない。

書いてあることは理解できるのだけれど。

どうしてだろう。すぐに、覚えられないのだ。

何度も読んで、やっと覚えられる。

頭を振って、少し休憩。無理矢理に知識を詰め込まれたから、その分覚えるのが苦手なのかも知れない。

すっかりキラキラの本が気に入った子供に。ジョーはその本はやるといった。これは、キラキラの本は85の宝になるだろう。85はヤゴと呼ばれていたらしいので、そう呼ぶ事にする。

大男がそれを見て残念そうにしたが。

ジョーは、人数分あると言って、大男にも渡していた。

大男は、何だか嬉しそうにしていたけれど。体が大きいからか、私に文字を教えて欲しいと言い出せないようだった。

「おい、大きいの。 名前は」

「ハチ」

「……ハチか」

「そうだ」

もしそれが8だとすると、私よりずっと先に作られた存在と言う事になる。ハチは、文字を教えてやるというと。

読めるけれど、意味が分からないと言った。

なるほど、これはちょっと難しいかも知れない。

意外にも、ヤゴに教えてやった事は、側で聞いていたから分かるという。案外理解力は高いのかも知れない。

他の奴とも、少しずつ話をしていく。

何だろう。

人間といるよりも、ずうっと話しやすい。他の奴らも、或いは。あの地獄で、同じように酷い目に会わされ続けていたのかも知れない。

 

輸送機が、高度を下げはじめた。

音とかで、それが分かる。理論よりも前に、私の中にうえつけられた知識が反応するのだ。

与えられた本の中に、政治や国家について書かれたものがあり。

アトランティスも載っていた。

人類の敵だった種族が作った、移動大陸。それがまるまるある戦いで人類に制圧され、以降は原住民の支持を集めた人物が、国家を主導するようになった。

この国では、もともと人間では無い種族が多数を占めていて。私達のような存在は受け入れられやすいという。

更には、様々な国で暗躍している存在と敵対関係にもあり。

今回手をさしのべてくれたのは、そのつてがあったから、だそうだ。

「なぐられないと、うれしい」

ヤゴがそういう。

そして、また教えてくれと言う。キラキラの本の殆どは覚えてしまったが、まだ一部が分からないと言う。

ハチも聞いているので、一緒に説明する。

「この辺りは、この女が好きなものを説明している。 だが、私も知らないモノが幾つかあるな。 多分食べ物だとは思うが」

「おいしいのか」

「分からない。 知らないからだ」

シロにも知らないものがあるのか。

ヤゴが言うから、そうだと答えた。

むしろ私は、知らないものはなかなか覚えられない。むしろここしばらくで、思い知らされた。

覚えられる皆が羨ましい。

きっと無理矢理頭に知識を詰め込まれた弊害なのだろう。

ジョーは着陸が近いからか、来ない。

と思ったら、来た。

壁側にあるベルトに、体を固定しろという。着陸の時は、離陸の時よりも、衝撃が大きい可能性があるそうだ。

「既にアトランティスの防空圏に入っているが、万一の可能性もある。 念のために、不時着には備えてくれ」

言われるまま、ベルトに体を固定する。

食事もくれたし、殴りもしなかった。だから、この場にいる皆は、ジョーに対する警戒を緩めていたし、話も聞くようになっていた。

実際問題、ジョーにしてみれば。力尽くで言うことを聞かせようと思えば、いくらでもできる立場にある。

そうしなかったことだけでも。

ジョーはある程度、信頼出来るという証左である。

高度が落ちていくのが分かる。

速度も。

墜落していくのでは無い。ゆっくりと。確実に、高度が下がっていく。これについては、肌で分かる。

きっと気圧か何かの差を。無意識で感じ取っているのだろう。

少し揺れた。

着陸したのだと、何となく分かった。

 

4、つとめて

 

プロジェクト、ホムンクルス概要。

十二年にわたって続く内戦を収束させるため、幾らでも替えが利く忠実な兵士を量産する計画。

ナンバー1から20まで。

既存の兵士の改造計画。

そこそこ優秀な戦績をあげている兵士を強化改造し、絶対に裏切らない上に強い存在に仕上げる。

結果は失敗。

どうしても、肉体の強化と、洗脳が、結果を伴わない。

肉体を強化すれば頭脳が鈍重になる。

洗脳をしっかり行うと、肉体が鈍重になる。被検体もいくらでもいるわけではなく、ナンバー20の暴走によって大きな被害が研究所に出たため、計画は凍結。人員を解散し、第二段階にプロジェクトを移行。

ナンバー21から40まで。

提供された魔術を用いての、人間と他生物の融合実験。

他生物の身体能力を人間に移植することにより、強靱な肉体を得る。魔術は、主に協力者である、大魔王Kからの提供技術を用いる。

結果は失敗。

確かにパワーは上がるが、非常に知能が低くなる傾向が強い。

洗脳も難しい。

人間に忠実な食肉目の犬を用いた実験では、比較的制御がしやすくなる傾向があったが、それでも忠実とは言いがたい。

身体能力の強化については、満足行く結果が出る。

プロジェクトを第三段階に移行。

ナンバー40から58まで。

結果は半成功。

特にナンバー46が大きな成果を上げた。

今までの実験で、知能の移植実験を行い、それに成功した。これもKからの提供技術だが。

元になった技術の提供元は、国連軍で旧上層部にコネクションを確保していた科学者達。彼らは異星の邪神ニャルラトホテプとつながっていた連中で。異星の邪神が人間と和解を果たして以降、居場所がなくなってKの元へ移動したらしい。

身体能力は充分に強化した、犬との融合体。生殖能力についても、確保できていることを確認。

これに、知能を移植。

移植後は、ひたすらに耐久実験を実施。

忠実に動くかどうか。ストレスに耐えられるかどうかを、確認する。

プロジェクトを第四段階に移行。

ナンバー59から100。

プロジェクト最終段階。

様々な生物の特性を取り込んだ強化兵士の作成に着手。

此処でプロジェクト概要については、情報が途切れている。

 

私は、渡されたデータを見て、そうだったのかと呟いた。

結局、私がいた国については、未だに教えて貰っていない。これはおそらく、復讐をしに私が其処へ行くことを避けるための処置だろう。話に聞いたところによると、未だに悲惨な内戦が続いているそうだ。

その内戦を止めるため。

一部の科学者達がはじめたのが、プロジェクトホムンクルス。

悲惨な内戦を止めるための切り札という事で、政府も多大な予算をつぎ込んだ。そして数少ないフィールド探索者に依頼して、危険な重異形化フィールド内に研究所を作成。其処で、国中の科学者を集めて、実験を開始。

裏世界の顔役とも言われるKにも協力を依頼。

国運を掛けた実験が開始された。

しかし、倫理的な面で、最初から狂っていたこと。

何より、手を借りた相手が最悪だったこと。

利権関連での暴走が起きたこと。

そして、狂気の実験を繰り返す内に。科学者達の目的が、歪んで行ったこと。

そもそも、技術の源泉が、狂気を司る神であったことも、原因の一つであったかも知れない。

これらもあって、プロジェクトはやがて。いくらでも虐待して良い相手を造り出して。殺戮と暴虐の限りを尽くすものへと変わり果てていった。

狭くて出る事も出来ない研究所では、独自の権力体制が確立され。

私達被検体は、其処での虐待のターゲットとなった。

そうこうするうちに、利権の対立から、情報が外部に漏れ。国連軍が介入に成功。突入した部隊が研究所を制圧。私をはじめとした十三名の実験体を救助。そして、Kと対立もしているこのアトランティスへの亡命申請が通ったというわけである。

ちなみに制圧された研究所の科学者達は。自分たちが、どうしてこんな事をしてしまったのか分からないと、後で軍刑務所で口を揃えたという。それだけ、異常な空気に、場が支配されていた、という事だ。

資料を提供してくれた今の上司。

川背に一礼すると、私は貰った家に戻ることにする。

実は、私がいた国については、もうある程度見当もついている。東欧にある悲惨な貧国である。

だが、今更行こうとは思わないし。

復讐をしたいとも。見てみたいとさえ思わなかった。

海沿いの軍基地を出ると、愛用のジープに乗り、エンジンを掛けた。

土地はこの国ではありあまっている。

だから、家はとても安い。私の場合は、設立されたばかりの軍隊の教官をするという形で、給料を前借り。

それで家を建てることが出来た。

何処までも拡がる青い草原。

だが実際には草原などではなくて、触ると石になってしまう恐ろしい生物兵器だと、私は知っている。

でも、それが故に。

列強も、この国には容易に手出しが出来ないのだ。得体が知れない戦力が多数存在しているため。

その戦力の中には。

異星の邪神の首魁についてきた、核兵器をものともしないほどの直衛までいるという。そんな奴らがいるのなら、軍なら必要ないと言う声もあるようだけれど。指導者の意向なのだ。

自分で出来る事は、出来るだけ自分でしなくてはならないと。

軍はそうして作られて。

私は教官として、仕事を貰っている。

私にはうってつけだ。

元々軍人として必要な知識を、無理矢理詰め込まれた頭だ。

そしてここまで来る輸送船の中で理解したけれど。案外私には、他人にものを教えることが、向いているかも知れない。

軍だけではなく、子供達相手にも教官をしてみないかという話も来ている。

今はかなり忙しいので断っているけれど。

いずれ軍での教導が一段落したら。

考えて見ても良いかもしれなかった。

家に着く。

先進国で言う一戸建ての水準の家だ。緑の草原を抜けた一角。荒野になっていた地域に、ぽつぽつと家が建ちはじめている。

私と同じように、研究施設から救い出された者達も。

同じように、家を建てて貰って住んでいる。この国では、土地はいくらでもある。土地の関係で、衝突が起きることはまずない。

最もインフラは脆弱で、娯楽も少ない。

それらは、これから作っていかなければならないことだ。

居間に入ると、軍服を脱いで、普段着に着替える。コンバットブーツは蒸れて苦手だ。犬と融合しているからか。こういう触感に、私は敏感である。指摘されるまでは気付かなかったが、嗅覚もかなり鋭いようで。周囲の家で何をしているのかも、手に取るように分かる。

犬としての宿命か、餌付けにも弱い。

餌を与えられるところっと好意に傾いてしまうので。気をつけるようにと、周囲からも言われていた。

隣の家に住んでいる一家が、夕食のお裾分けに来る。

J国から移ってきた老夫婦らしいのだが。田舎での村八分に耐えられなくなって、農家を畳んで此方に来たとか。

今では農業指導をしながら、悠々自適の生活。

孫にも此方に来るように時々連絡を入れているが。

都会での生活に慣れている孫は、中々首を縦に振らないらしい。

家に入って貰って、夕食を一緒にする。

「シロさんは、まだ結婚とかはしないのかね」

「あなた、失礼ですよ」

「ああ、良いんですよ」

実は、彼氏ならいる。

以前助けてくれたジョー氏の部下のケインである。あれから色々あって、何度か会う内につきあうことになった。

あまり会う事は出来ないが、関係には満足している。

その内、向こうが同意するのなら、婚姻しても良かった。ただ、半分犬の私が、人間であるケインと子供を作れるかは分からない。少なくとも、今まで妊娠することはなかったし。今後子供が欲しくなったら、何かしらの対策を講じなければならない可能性も高かった。

それに、ケインがどういうかは分からないし。そもそも、向こうが私と結婚を考えているかさえ定かでは無い。

老夫婦は、孫の結婚相手になってくれれば嬉しいと考えているようで。

私を高く評価してくれることは、嬉しかった。

夕食が終わった後、老夫婦を家にまで送る。

まだこの辺りの治安は完璧と言って良いほど良いけれど。何があるかは分からない。少しでも好意的に接してくれている人達を、酷い目に遭わせることだけは避けたかった。

老夫婦を送り届けると。

自宅に戻って、手足を伸ばす。

風呂に入って疲れを流す。

新兵の訓練をしていると、やはり疲れも溜まる。そして、他人に対する訓練をしていて、ようやく私も分かるようになってきた。

本当に私は。

随分多くの人に助けられることで。あの地獄から脱出する事が出来たのだと。

だから、今はやりがいもある。

あの時無力だった私は。多くの人に助けられて、ようやく今、生きることが出来るようになった。

それならば、せめて。

今度は私が、誰かを助ける多くの中の一人になりたい。

この国は有能な指導者とブレインに統治された希有な国。情報を得れば得るほど、こんな良い国は滅多にないとよく分かってくる。これだけの他民族が存在しながら、殆ど争いが起きないのがその証拠だ。

私以外の、救助された連中も、今はこの国で頑張っている。

ハチは臆病だけれど力が強いから、主に土木作業で活躍しているし。

ヤゴは今、他の子供達と混じって、勉強をしている。わずかな未来を察知できる能力は非常に有効なので、今後は色々な場所から、声が掛かるかも知れない。

他のメンバーも、皆特殊な技能を植え付けられているから。それぞれの居場所が出来ている。

そうそう。私の元になったあの女も、例外では無い。

今では料理を作るスタッフの一員となって、国が提供している労働者向けの格安食堂で働いているそうだ。

風呂から出る。

体を綺麗にすると、随分気持ちが良い。多分これは、私が犬と混じっているという事もあるのだろう。

ベッドに横になると、スマホからニュースを検索。

この国に関する海外の目は冷たい。

基本的に良くないニュースばかりだ。

だけれど、真相は自分で見てみないと分からないものである。現に私は、この国で、居場所も出来たし。幸せにやってもいる。

少なくとも面白半分に殺され続けるという地獄からは。この国に来てから、解放されたのである。

気がつくと、眠っていた。

あくびをしながら、身支度をする。

今日も、仕事だ。

充実した日々が、今は全身を包んでいる。

軍服に身を包むと、私は奧にある写真に手を合わせる。老婦人にやり方をおこなった慰霊。

殺された、無数の私達への報告。

行ってきます。

そういうと、私は。

今日も、新兵の訓練をしている、軍基地へと向かったのだった。

 

(終)