深紅と暴風の物語

 

序、第三種接近遭遇

 

オリジンズ本部ビル。

わたしがヒーローとしてのスーツ。そう、サイドキックの服をベースにしたいつもの服を着込んで待っていると。

上空から、予定通りの時間に、銀河連邦の戦闘艦が姿を見せる。

大気圏突入したことも既に分かっていた。そのくらいの探知技術は、地球にもあるのだ。正確には、あった、だが。

ここ二百年。

技術の進歩は止まった。

一部の人間が便利に生活するためだけに使われた技術は、進歩の必要性を見いだせなかったからだ。

一応進歩した分野もあるけれど。

軍事や観測は、特に冷遇を受けた分野だ。

特に軍事は、もし戦闘タイプヒーローを殺傷する研究が出来たら、自分たちの足下が脅かされると考えたこともあるのだろう。

念入りに規制され。

技術は二百年前の水準のまま。

しかも銃器などの生産数そのものも抑えられ。

結果的には、何処のヒーローのサイドキックも使ったレーザーアサルトライフルなども、他の歴史的な銃器などに比べて、決して多く生産されたわけでは無いというよく分からない結果を招いている。

まあ、今回は、相手も戦いに来たのでは無い。

だからそのまま降りてきた。

そして、わたしは。

本当に相手が交渉に来たのか見極めるまでは。穏やかに、相手の出方を待たなければならない立場だった。

服装はいつも通りだけれど。

結局の所、スーツに使っている繊維などは、ヒーロー用のものを用いる事になった。これはなんというか。

体面とか、そういうものを気遣った結果らしい。

もっとも、前に比べて動きにくいなら却下するつもりだったけれど。実際着てみると、別に動きは阻害されなかったから、これで良い。

イヤホンには、リアルタイムで周辺監視情報が入ってくる。

不満があるヒーローは一掃したはずだが。

それでも、バカをやらかす奴が出ないとも限らないのだ。

「プライムフリーズ、周辺は問題ないか」

「わしが感じ取れる範囲ではな」

「よし。 ミラーミラー、其方は」

「問題ないよ」

ならばよし。

後は、銀河連邦次第だ。

程なく巨大な戦艦が見えてくる。星間航行を自在にこなし、その圧倒的な実力で銀河の秩序を守ってきた船。

単独で惑星破壊を可能とし。

その戦闘力は、それこそ宇宙でも上位に入ってくると言う。

銀河連邦でも、たまに対処に手こずるような星間文明は存在するらしいのだけれど。生半可な兵器では、この船には傷一つつける事は出来ない。

いずれも、聞かされた話だから、本当かは分からないけれど。

少なくとも、現在地球に配備されている200メガトン級のミョルニル水爆を叩き込まれても、びくともしなかったことは事実である。

文字通りのノーダメージで、水爆の破壊力をいなしたのだ。

確かに文明のレベルが違うと言われるのも納得である。

もし、あれが。

殺戮を始めたら。

抵抗する手段は存在していない。

もしも、これが二百年前なら。

どうあったって、絶対に引き金を引こうとする者が出ただろう。

あの惨劇から、二百年以上が経過して。

当時の関係者の大多数が死に。

生きている二人に限っても、真相を知っていて。

だからこそ、出来る会談。

最後のやりとり。

わたしは、実のところ。スーパーアンチエイジングで老化をストップさせようと思っている。しばらくは、恐怖の権化として君臨する必要があるからだ。

だけれども、悩んでもいる。

人間を止める事に抵抗はない。

今でも半分は人間を止めているようなものだからだ。

だけれども、わたしは。

弱者の気持ちを理解できない奴にはなりたくない。

ずっと地べたを這いずり回って、実際に市民がどれだけ悲惨な生活をしているのか、目で見てきた。

どれだけ暴力的に戦闘タイプヒーローが圧政を敷いているかも、両の眼で確認してきた。

だからこそ言えるが。

やはり、ヒーローというものが堕落したのは。その圧倒的な暴力が、獣の論理を都合良く適用した結果、化学反応で悪夢に変わったから、だと思っている。

人間には、ヒーローの力は早すぎた。

だが、人間は後々宇宙でやっていくためにも、圧倒的に力が違う隣人と、うまくやっていく方法を身につけていくしかない。

ヒーローの力を撲滅することに関しては。

わたしは反対だ。

そうなると、やはり強い力で悪事を働く輩に、鉄槌を下す存在が必要になってくる。

ザ・ヒーローも独自に動いてはくれるだろう。

だけれども。

わたしも責任を果たす。

そのつもりだ。

私自身が腐敗することが、一番怖いと言う事実もある。どんな英雄だって、晩年は頭が狂って、最終的には独裁者や暴君になってしまうケースも珍しくない。歴史上、何十人といるそうだ。

わたしもそうならないとは限らないのだ。

勿論、今でさえ、暴君という客観的な分析もあるほどで。

わたしにそれを躊躇無く言った雲雀改めクリムゾンは。もう一度、客観的にはそれが一番近いと繰り返したほどだ。

それならばそれでいい。

わたしは、市民に有益な暴君となる。

それだけである。

小型の輸送船が降りてくる。

いわゆるシャトルだ。

それは非常にスムーズな動きで、オリジンズ本部ビルの屋上に降り立つ。周囲の護衛に残した数人のサイドキック(あくまで形だけ)が緊張する中。わたしは、グローブの調子を確かめた。

輸送機のドアが開き、出てきた数人の兵士達。

いずれも大柄だが。気配で分かる。

全員ロボットだ。

いずれもいかめしい銃で武装しているが。此奴らだったら、此方だって鎧柚一触に蹴散らせる。

問題は。

奧から、のそりと出てくる、小柄な影。

雰囲気で分かるが。

クリムゾンの黒幕だった、フードの影と同一種族なのだろう。雰囲気や気配というふわっとしたものでしか判別できないのだけれど。ただ、何となく分かるようになっているのだ。

力を磨き抜いた結果である。

「貴方がテンペストか」

「ああ。 貴方がクラーフだな」

「ザ・パワーから権力継承おめでとう。 今後、良い関係を築けることを祈っている」

「本格的に関係を構築できるのは、恐らく何千年も後だろう。 わたしはスーパーアンチエイジングを駆使して、この星を見守り続けるつもりだけれど。 それでもわたしが存在している間に、交流を開始できるかどうか」

不老は実現できるが。

不死になれるわけでもない。

アンデッドの能力が桁外れに強く、それに近かったけれど。

それでも、不死ではなく。

最終的には、死を迎えることになった。

ましてやわたしの場合は。

何処までも最強には近づけても。

それは不死ではない。

水爆には耐え抜けても。

超凄い毒物を喰らったら、死ぬかも知れない。

わたしの最強は、そういうものだ。何もかもに、絶対の耐性を持っているわけではないのである。

席を勧めて、クラーフに座って貰う。

茶を出すが、クラーフはあまり興味を持たなかった。

近くで見ると、地球人類によく似ているけれど。肌の質感や、何より幾つか多い目が異形になっている。

「すまないな。 これでも前任者の末路を思うと、警戒せざるをえないのだ」

「此方としても、それは謝罪の言葉も無い」

「いや、それについては、ザ・ヒーローに謝罪の言葉を貰っている。 今更蒸し返したようで済まなかった」

「……」

思った以上にフェアな存在だ。

銀河連邦の立場からして見れば、コレを切り口に、無茶な条約を切り出してもいいだろうに。

既に謝罪は貰っているからいらない。

中々これは言えないだろう。

わたしは、咳払いすると、切り出した。

「条約についてだが、今後も継続で構わないだろうか」

「ああ、其方がそれで良いのなら」

「ただし、此方も自己努力を続けていく事になる。 数千年は掛かると思う」

「ふむ……」

最低でも、数千年。

その間、馬鹿な事をする連中はどうしても出てくる。

だから、エマージェンシーコールだけは廃止したい。

コレを残しておくと。

色々と厄介な連中の手に渡ったとき、面倒な事になりかねないからだ。

地球人類は、あくまで自分の手で、自分の始末をつけるべきなのだ。それについては、強く思う。

銀河連邦にしてみても。

こんな規模の艦隊を動かすのは、大変だろう。

それに、である。

「いくら何でも、この規模の艦隊はやり過ぎだ。 パニックを起こした連中が、何をしても不思議じゃない」

「面倒だな君達は」

「すまない。 地球人類は、これまで歴史を積み重ねてきても、結局獣である自分を肯定する思想しか作れなかった。 個人としては進歩できても、種としては進歩できていないんだ」

実際問題、古代に比べて今の人類が違うかと言われれば、それはノーだ。

残虐性が薄れたとか言っているものもいるが、それはないとわたしは思っている。実際戦闘タイプヒーロー達が、市民にしてきたことを、わたしは間近で見ている。だからこそに、絶対にその言葉には同意できない。

ヒトはまだまだ、進歩まで時間が掛かる。

「分かった。 エマージェンシーコールについては、此方でも削除を検討したいと思っていた所だ。 いいだろう」

「聞き入れてくれるのか」

「実際問題、今回の争乱で、我々は抑止力としてあまりにも大きすぎる戦力を動かしているのかも知れない。 だが、それだけ地球人類が危険な種族だと銀河連邦に判断されているという事も、理解して欲しい」

「ああ、分かっている」

条約の書類を、向こうが出してくる。

そして、確認しながら、エマージェンシーコールについての記述を削った。これでバカが無茶をしても、銀河連邦は攻めこんでこない。

いきなり地球が吹っ飛ぶこともないだろう。

これで、何とか一息つけるか。

物わかりが良い相手で助かった。

後は握手をして、その様子を写真に収める。

これも、全世界的に公開するつもりだ。

宇宙人を敵として喧伝してきた今までの歴史に対する反逆。明確な証拠を、こうして残しておくために。

動画としても、最初から最後まで、全てを撮影している。

まあどれだけやっても、後世では歴史を葬ろうとか修正しようとか、考える輩が出てくるかも知れないが。

それは、今は考えなくても良い。

現れたときに、厳正に対処する。

それだけのことだ。

互いに条約を読み合わせて、内容についての確認を終えると。それで全てが終了。クラーフは、茶に手をつけないまま、土産も残さず、引き揚げて行く。

手を振って、その帰りを見送るが。

まだ気は抜けない。

探査班が、150万隻からなる銀河連邦の艦隊が、いなくなるのを確認してから、である。

しばし、続く緊張。

心変わりした相手が、いきなり地球に主砲を叩き込んでくる可能性だって否定出来ないのである。

150万隻全てに、地球を破壊可能な主砲が搭載されているのだ。

彼らがその気になったら。

ボタン一つで、地球が消し飛ぶ。

だから、一切油断できない。

ザ・ヒーローでさえ、150万隻の一隻さえ撃墜できない。

それが絶対的な力の差で。

どうしようにも覆せない、圧倒的な存在の差だ。

だからこそ。

わたしは。これは過剰な行動だと思う。

確かに地球人類がやらかしたことはどうしようもないが。だからといって、此処までの戦力を投入するのは行きすぎだ。

わたしは屋上から離れると。

観測班が待機している観測室に向かう。

途中、ペアアップルがハンカチを寄越してきたが、小首をかしげる。彼女は、気でも聞かせているつもりか、苦笑いした。

「エイリアンと握手して、気持ち悪くなかったですか」

「はあ?」

「?」

「あのなあ……」

この手袋も、高性能に変わっていて。毒物などがあれば、知らせてくる仕様になっている。

わたしの能力は、ザ・ヒーローが指摘したように、当ててから発動するものであって。

激しく拳を叩き込むラッシュを繰り出しても。

それはそれで、最終的には手袋も無事なことが多かった。

だから、こんなギミックを仕込むことも出来たのだ。

「わたしは気持ち悪いなんて思っていないぞ。 毒物だって検出されていない」

「な、なら良いんですけれど」

「エイリアンって言い方も止めた方が良いかもしれないな。 今の時点で、彼らは嘘を一つもついていないし、条約だって破っていない。 何より、彼らが送り込んできた平和の使者を惨殺して、戦争を引き起こしたのは地球側だ。 彼らが賠償金も要求せず、植民地にすることもしなかったからこそ、地球は独立していられるんだぞ。 あまり失礼なことはいうな」

「か、変わっていますよね、テンペスト様」

様付けもやめてくれ。

わたしは少し呆れた。

いずれこの最高権力の座も、市民達が民主主義を運営できるようになったら返還するつもりなのだ。

わたしは、不老は手に入れたし。

今後も目を光らせるつもりではあるけれど。

それはそれ。

言ったことを翻す気は無い。

観測室に到着。

どうやらレーダーから、次々に銀河連邦の艦が消えているらしかった。

「既に半数以上の艦が撤退した模様です」

「最後の一隻まで油断するな」

「……」

ペアアップルが微妙な顔をしている。

わたしの行動が理解できないらしい。わたしは上座で腕組みして、様子を見守る。相手が一隻でもいれば。容易に地球を粉砕できることを、今更言い聞かせることもないだろう。最後の一隻。恐らくクラーフが乗っている艦が、殿軍になり。引き揚げて行く。

こんな所まで律儀な奴だ。

中将である艦隊司令官が乗っている別の艦は、さっさと引き上げているというのに。

それでも、何かあったときは、自分が責任を取るつもりなのだろう。

極端に真面目な心がうかがえるけれど。

逆に言うと、これくらいが銀河連邦ではスタンダードなのかも知れない。

その最後の一隻も引き上げる。

嘆息すると。

わたしは、全ビルに通信を入れた。

「銀河連邦の艦隊は撤収した。 外交努力の成果だ。 今後も、この歴史を忘れぬようにするためにも。 わたしは人類のためにつくしていくつもりだ」

わっと、喚声が上がる。

まあ、今くらいはいいだろう。

超絶的な圧力がついに消えた。

地球人類は、これでようやく枕を高くして眠れる。今の時点では、だが。

枕を高くして眠る、か。

ある意味不可思議な表現だ。

勿論元の意味はわかっているけれど。

地球人類が撒いた種が芽を出しただけの出来事だ。今更に被害者ぶるのも見当外れだというのに。

「それでは、緊急体制を解除する。 各自、交代で休憩に入るように」

再び、わっと喚声が上がる。

多数のヒトを動かすのは難しい。

だけれど、今後は周囲の補助があるとは言え。絶対にやっていかなければならない事だ。

わたしが手を抜くと。

あっという間にこの世界はカオスに逆戻り。

ヒーローの力は結局失われていない。

それはつまるところ。

この世界では、星の世界の状態が維持されているというのと同じ。

強い者もいれば、弱い者もいる。

共存が出来なければ。

外に出てくるな。

まったく正論だ。

共存できるようになった。

だから外に出てきた。

そう答えられるようになるまで。地球人類は、星の海に出る事を控えなければならないだろう。

いずれにしても、先のペアアップルのように。見かけでエイリアンは気持ち悪いとか。別に汚染されているわけでもないのに、ハンカチで手を拭かないのかとか。そういう言葉が良識的な人間からも出てくる時点でまだまだだめだ。

それに、もし有害な細菌などがあったとしても。

粉砕の力でどうにでもなるのだから。

三交代で、休憩を開始させる。

二時間ほどの休憩を取った後は、留守居役に休ませていた少数を引き戻して、残りは帰宅させる。

これで、一段落。

わたしが自室に戻ると。

ザ・パワーとプライムフリーズ、それに雲雀が待っていた。

色々と駄目出しとか、厳しい言葉があるかも知れない。だけれども、わたしには。志をともにする者がいる。

前の失敗を知るものも側にいる。

だから、きっと今後もやっていける。

さあ、先に歩こう。

わたしは、まだ。

この世界を、導き切れていないのだから。

 

1、変わりゆく世界

 

地球政府が発足したのは、わたしがオリジンズの権力機構廃止を宣言した翌年のこと。地球政府は急速に復興し、人口が十五億まで回復した人類にとっての、初の統一民主主義政体になった。

地球全土の統一民主主義政体は形式上歴史上初めてでもある。初代オリジンズの時代にも存在したのだけれど。

実際にはオリジンズの権力でガチガチに動きが制限されていて。

最終的には有名無実化していると潰されてしまった。

その後の地獄は、言うまでも無い事である。

戦闘タイプヒーローの実力は圧倒的だ。他の人類が束になってもかなわない。

だからこそ、その力は、大きな責任を伴うのだ。

わたしはその時点で、オリジンズを解散はしない。

新規発足したオリジンズは、今後治安維持組織としての色彩を強くしていく事になるだろう。

それに、である。

ペアアップルが来る。

十年で随分と落ち着いた彼女は。すっかり今や、わたしの秘書官だ。

「地球政府の大統領であるマルクト氏が来ました」

「通してくれ」

席に着いたまま、通して貰う。

ただ、流石に姿を見せたときは、席を立って出迎える。そして、握手をした。

わたしは正装をずっと変えていない。

当時のサイドキックの服装を意識したスーツ。

指ぬきのグローブ。

戦士としての格好だ。

これは、過去の激しい戦いを忘れないようにするという意味もあるけれど。何よりも、コレが一番動きやすいからだ。

中にはわたしに、威厳を出すためにいかめしい格好をするようにと、見当違いの発言をするものもいたけれど。

わたしはそれを全て蹴ってきた。

この格好は、戦いの歴史があった事を忘れないため。

わたしが戦士としてのし上がってきたことを、周囲に示すため。

そういった意味もある。

戦士として戦い抜いてきたわたしは。

今も、それに恐らくは死ぬまでも。

現役のまま、前線に立ちふさがり続けるのだ。

それがテンペスト。

竜巻の名を冠するヒーローの宿命。

わたしはヒーローなんて柄じゃないし。そのトップなんて更に柄じゃないけれど。多くのものを託された以上。何もかも、本気でやっていくつもりだ。

地球政府のマルクト大統領は、大柄な黒人男性で。十年前には、サイドキックをしていた経歴がある。

急速に学問が浸透する中。

頭角を現し、そして今や政府のトップだ。

新しい政府の中には、わたしが掲げてきた教化に反発する者もいる。だけれど、マルクト大統領は、賛成派だ。

正直な話、此処まで政府を早期にくみ上げることが出来るとは、わたしも思っていなかった。

何しろ、歴史的に見て。

特に民主主義が浸透し始めてからは、如何にマジョリティのご機嫌を取るかが、政府にとって重要という時代が続いていたからだ。

要は、素の人間はエゴを振りかざせる時代を望んでいるのであって。

宇宙人とやっていくために、力が絶対的に違う相手と仲良くして行こう、などと言うことは考えない。

それが地球全体のためだといっても。

誰もが納得しない。

人間はまだ動物だからだ。

知恵ある存在と言うには、あまりにも野生が強い生物だから、だ。

だからこそ、こういう大統領は重要だ。

ちなみに、雲雀が、というかクリムゾンが裏で動いてくれていて。余計な動きをする者は排除してくれている。

火消し屋としての彼女は大変に有能だ。

彼女が持ってくるコネクションリストは、わたしが現在の政府要人を把握するために、大変に役に立っている。

前から時々コンビを組んでいたから、知っているが。

彼女は実に有能である。

「テンペストどのはいつまでも若々しいですな」

「肉体は十七で成長も老化を止めたから、当然だ。 大統領には正直お勧めしないが」

「ほう、どうしてですか」

「まず常人では痛みに耐えられない」

スーパーアンチエイジングでは、並の人間なら発狂しかねない痛みを乗り越えないと、不老を得られない。

これは、実は大半のヒーローも耐えることが出来ないらしい。

今まで歴代のヒーローが、人類の夢とも言える不老に挑戦してこなかったのも、コレが理由だ。

欠陥システムなのでは無く。

そういうものなのである。

「それに、周囲が健全に年を取っていくのに、自分だけは若いままというのは色々と苦しい部分もある。 定期的なメンテも必要だ。 気を抜くと、若い分がん細胞などが増殖していたら手に負えなくなる」

「そうですか、心しておきましょう」

大統領を案内して、オリジンズ本部ビルのダイニングに。

それほど豪華な施設ではない。

というか、過剰に豪華な部屋などは殆どを閉鎖した。

血税で維持するのも馬鹿馬鹿しい話だし。

今後は、人口を四十億で調整しなければならない。

方法については、出生率を下げるシステムを投入するつもりだが。これについても、悶着は避けられそうに無かった。

いずれにしても、だ。

オリジンズは圧倒的な武力を有する以上、どうしても地球政府とは緊密な関係が必要になってくる。

会食を始める。

それなりに豪華だけれど。

世界のトップ権力者とするにはつつましい食事だ。

なお、テーブルマナーはわたしが自分で言うのも何だけれど完璧。

これについては、徹底的に勉強した。

食事をしながら、幾つか話をしていく。

「人口は四十億で横ばいという政策については、反発も大きくなるでしょう」

「それはそうだろうな」

「いざという時は、お力をお貸しいただきたく」

「分かっている」

此奴も、所詮は人間。

オリジンズにすり寄って、権力を確保した方が良いと思っている人間だ。

ちなみに、ヒーローは皆殺し。異星人も顔を見せ次第皆殺しにするべきだとかほざいていた此奴の対立候補は。

クリムゾンが、既に処分した。

勿論証拠など残していないが。

この男だって、恐怖くらいはしているだろう。

わたしは仲良しごっこをしているのでは無い。

勿論今後、技術開発も進んでいくだろう時代だ。ヒーローを殺すための方法も、世界中で開発されるのは疑いない。

そうなれば、わたしに対して、刃を向けてくるかも知れない。

だからこそ、わたしは。

最強を維持し続ける。

どんなヴィランが現れても、一瞬でたたきつぶせるように、だ。

最強の武力がいて。

人類を指定通りに動かし続ける。

陰謀は一切通用せず。

下手な動きをすれば消される。

大統領の椅子に座るには。恐ろしいほどの緊張感が必要だ。

勿論、わたしも自分がいつ放逐されるかも知れないと言う緊張感については理解しているけれど。

これもこの星のためだ。

既に公開しているデータは、インターネットの復活に伴って、全世界中に拡散している。

これを好ましくないと思う者もいるようだけれど。

必要なことだとわたしは思っている。

いや、むしろ知らなければならないだろう。

どうして地球人類が、数千年掛けても変わっていかなければならないのか。

最悪の場合は、遺伝子操作も必要だろうとさえ、わたしが考えているのか。

それは事実を知らなければ。

理解しようがないからだ。

食事が終わる。

テーブルマナーを粗野な格好のわたしが完璧に守っているので、突っ込む隙も無かったのだろう。

咳払いすると、大統領は、席を立った。

「それでは、失礼します。 今日は素敵なディナーを有難うございました」

「いや、かまわない。 それよりも、だ。 これからが一番大変な時期だ。 くれぐれも頼むぞ」

「ええ、分かっています」

握手を交わす。

代わりに部屋に入ってきたのは、クリムゾンだ。

彼女はフードを外すと、

大統領の背中を一瞥した。

「部屋変えようか」

「何かあった?」

無言はすなわち肯定。

わたしは嘆息すると、自室へと移ることに決めた。

 

オリジンズ本部ビルは、今後地球政府に引き渡すつもりだけれど。この自室だけは気に入っている。

ただ、給水排水設備なども含めて、地上数百メートルにある此処は、インフラという面でも色々と大変だ。

今後は、もっと地上に近い場所に、家を建てる必要があるだろう。

勿論わたしも、我が儘をいうつもりはない。

もっと良い家が見つかったら、其方に移るつもりだ。

「で、大事とは」

「大統領暗殺を狙って、一部ヴィランが動き出してる」

「……」

きれい事では片付かない。

それは分かっているのだけれど。

コレは厄介だ。

やはり、あの後。

ヒーローの特権排除に不満を持った戦闘タイプヒーローの幾らかは、地下に潜った。それらは逐一オリジンズメンバーで狩っているけれど。

やはり、どうしても狩りきれない奴はいる。

今も、大物が二人。雑魚が十人。

捕らえられていないヴィランがいる。

此奴らはそれぞれが人も殺している。

まあ、人を殺していることは、わたしも同じだ。

だけれど此奴らの場合は。

エゴで全てを動かそうとして、人を殺している。ヒーローが好き勝手出来る時代を取り戻そうとして、動いている。

それは許されない。

ちなみにわたしも、かなり窮屈な中、色々と苦心しながら動いている。

プライムフリーズもザ・パワーも、後見として手を貸してくれているけれど。それはあくまで後見。

いざという時には、わたしが動かなければならない。

「で、何処にいる」

「潰しに行くの?」

「そりゃあ、な」

勿論ヴィラン討伐部隊も健在だけれど。彼らは彼らで、やる事がある。

ミラーミラーはどちらかというと、わたしのライバルポジションだ。気を抜いたら、いつでも権力を奪い取りにくる。そういう存在である。

今倒れるわけにはいかない。

まだ世界が安定していないし。

何よりこの世界は、ちょっとでも気を抜くと、一瞬で全てが元の木阿弥へと変わってしまうからだ。

だからこそに、わたしは。

全てを見届けるまでは死ねない。

「場所を教えてくれ」

「……人数は、確認できただけで、大物二人、小物が三人」

「五人か。 それで内訳は」

名前を確認。能力も。

小物と言っても、それぞれが単独で一個師団の兵士を真正面から蹴散らすだけの戦闘力を持っている。

ほかの手練れが出払っている今。

わたしが出るしか無いだろう。

勿論、最悪の事態に備えて、手は打つように指示。頷くと、クリムゾンは闇に溶けるようにして消えた。

派手な名前と裏腹に。

最近はむしろダークシャドウとでも名乗った方が良かったのでは無いかと思えてくるほど、影の仕事人が似合ってきている。

ちなみに彼女も、スーパーアンチエイジングを試した。

二十二歳のことだから。

わたしより見かけの年齢は上になっている。

ただ、ひょろっとして、何とも目が眠そうなので。

どうしても美貌には結びつかなかったが。

「さて、行くか」

わたしの正装は。

すなわち戦闘衣。

まどを開けると、そのまま外に。

後は一直線に。建築が行われ続けている街を飛ぶ。

テンペストが、時々街を駆ける。

それが噂になっている事を、わたしは知っているが。それは敢えてそのままにしておく。悪い事をすると、テンペストが来る。

そしてテンペストが来ると。

肉塊になるまで殴り潰される。

誰もが知っているから、悪さをする者は減る。

それでいい。

わたしはむしろ、抗いようのない圧倒的な恐怖として君臨するべきだ。それは古代の思想家が言っていた言葉に沿った行動だから、という以上に。

自分自身で、体で身につけた結論だからだ。

建てかけのビルの上を走る。

月に照らされながら。わたしは着地。

そのまま、地下に潜った。

しばしいくと。

クリムゾンの言葉通り、複数の気配。わたしの接近に気付いた一人が、悲鳴を上げるのが分かった。

「テンペスト!」

「ひっ!」

もはや、この時点で。

此奴らは詰みだ。

クリムゾンが出動を要請してきているということは。

すなわちそういう意味だからだ。

わたしの拳が、一人目の顔面を砕く。

そして、もう一人を、間髪入れずに粉砕していた。

壁に叩き付けられ。

クレーターを作って、ずり下がる二人。トップの二人をいきなり倒されて、逃げ腰になる残り三人を。

わたしは睥睨した。

「にがさん。 最悪頭だけ無事でも、情報を引き出せるからな」

 

五人を引きずって戻る。

そして警察署へ。

まだ警察は殆ど機能していないけれど。それでも、サイドキック崩れらしい数人が、わたしが出向くと姿を見せた。サイドキック崩れといっても、悪い意味では無い。それに、サイドキックの制度は、既に廃止された。元サイドキックにとって、警察や軍は、格好の仕事の受け皿だった。

彼らは、わたしがテンペストだと知ると、敬礼を返してきたけれど。

流石に血まみれの五人を引きずっているのを見ると、恐怖を顔に浮かべた。

「そ、それは」

「逮捕したヴィランだ」

「それでは、法に沿って処置を」

「ああ。 もう身動きは出来ないしな。 此奴らのスーパーパワーも既に消滅しているから心配はいらん。 軽く調査をした後、其方に引き渡す」

粉砕の能力は、十年で徹底的に研磨した。気恥ずかしいことに、わたしにはそれなりに素質があったのだろう。

今は、十年前の何倍もの力で、粉砕を使いこなせる。

当時は十数発殴らないと能力を消し去れなかったのだけれど。

今では相手によっては一発殴れば充分だ。

敬礼する警官達が、わたしを怖れているのが分かる。それで構わない。わたしも、こんな状況で、親愛を向けてくる相手がいたらそれはそれで困るからだ。

一室を借りると、其処に五人を放り込む。

後はクリムゾンに連絡して、五人を預ける。警察署で尋問を行うのは、警察に配慮しての事だ。

まあパーカッションを使って記憶を引っ張り出した後は、警察に引き渡して終わり。頭はすっからかんの状態だから、別に構わない。能力も粉砕しておいたから、以降は普通の裁判に掛けるだけだ。

裁判制も変えている。

以前の弁護士制などは、人間がいる数だけ法解釈が生まれるというカオスな世界で、特化した人間を山のように使い、膨大な時間を掛けて行わなければならない裁判が、著しく社会のリソースを削いでいた。

今導入されている裁判は、AIによる自動判決である。

このAIはブラックボックス化されていて、手を入れようとしても出来ない。

法の解釈だけを行い、判決もスムーズ。

なお、死刑は廃止されているが。

その一方で終身刑もある。終身刑については、まずい食事と狭い部屋の中で孤独に過ごすことになるため、とてもではないが十年と耐えられる人間はいないそうだ。

なお、このAIについては、銀河連邦の軍が落としていったものを改良したものであって。

実のところ、使用許可もクラーフからザ・パワーが得ている。

そのため、裁判はある意味最も客観的におこなわれるものになっていて。

しかも大変にスムーズだ。

わたしも安心して刑務所にヴィラン共の残骸を放り込めるというものだ。

一仕事終えると。

シャワーを浴びて、後はゆっくりする。

ベッドに横になってぼんやりしていると。

すぐに眠くなってくる。

眠れるのは良い事だ。

勿論前後不覚に眠るつもりはない。

気配があったら、すぐに目を覚ますことが出来るように訓練もしているから、その辺は大丈夫だ。

夢を見た。

昔、師匠と一緒にいた頃。

師匠は、何でも知っていて。

分かるまで丁寧に教えてくれた。

だから今わたしは、この粗野な見かけの割りには、色々とものを知っている。わたしは無邪気に師匠が大好きだったし。

師匠も、わたしを嫌っていなかったようだった。

色々な事を師匠は教えてくれた。

戦いのやり方も。

そして、何を守らなければならないかも。

スラムの王である師匠が死んだ後。わたしは埋葬も出来ず、逃げ出さなければならなかったけれど。

八年前。

暮らしていた辺りに、再び足を運んだ。

それまでは、恐怖心もあったのだろうし、仕事があって身動きできないという事もあった。

足を運んで。

そして、確認した。

確かに気配が何処かで似ている。

ザ・ヒーローの気配だ。

でも、それではっきり確認できた。ザ・ヒーローの中に、師匠という善性が存在していたのだ。

目が覚める。

師匠の亡骸は結局見つからなかった。

周囲では、知己もまだ生き延びていて。テンペストを見ると、立派になったと喜んでもくれた。

だけれど、彼らも。

師匠の亡骸は、見ていなかった。

軽い失望を覚えると同時に。

本当に、師匠は役割を終えたので、消されたのだと言う事がよく分かった。

それに、だ。

ザ・ヒーローは。わたしだけではなく、複数の人間を、世界を砕くものとして育てようとしていた形跡が残っていた。

きっとアフリカで暴れていたわたしの偽物もそうだったのかも知れない。

一歩間違えば。

わたしも同じように、捨てられていた、という事なのだろう。

悲しいが、それはどうしようもない事実で。

師匠という善性の裏には、ザ・ヒーローが苦嘆の果てに手に入れた冷酷さが見え隠れする。

起きだしたわたしは、時刻が五時である事を確認。

軽くトレーニングをすませると。

今日も、戦いに赴くべく、体を練り上げる。

 

2、闇を這うもの

 

自室に戻った私は、部屋に張ってある赤い紙を見つめる。

クリムゾン。

私の新しい名前。

色々と疲れたときは、この紙を見て、自分を思い出させる。私がやるべき事は、粛正。

社会の影から、この世界を支える存在。

本物の闇の使者。

そして、私が、この世界には当面必要だ。

テンペストは良くやってくれている。だからこそ、私も頑張らなければならないだろう。

多くのものを託されたのは、何もテンペストだけじゃない。

私も、それは同じなのだ。

五年前、石塚は死んだ。

老衰死だ。

後見人として活躍してくれた石塚の死は大きな痛手だったけれど。死ぬ前に全てを託すつもりだったらしい石塚は。私に様々な、裏の秘儀の数々を教えてくれた。場合によっては、パーカッションの記憶移動を利用してまで。

鬼気迫る有様。

それは恐らく、自己の死期を悟っていたから、なのだろう。

ガンを克服した後は特にそうなりがちなのだが、どうしても体はいつまでも壮健に、とはいかない。

ましてや地下でずっと活動を続けてきたプロである石塚でも。

年には勝てないのだ。

スーパーアンチエイジングを提案したこともあるけれど。

言下に拒絶された。

元々それはヒトがやるべき事では無いというのが一つ。

そしてもう一つは。

実際問題として、体が耐えられそうにない、というものだった。

発狂しかねない痛みに耐えなければならないわけで。こればかりは、正直どうしようもない。

ガンで弱り切った石塚の心身では、回復は望めないし。スーパーアンチエイジングによる一発逆転も事実上無理。

そうなってくると、やはり色々と厳しかったのだろう。

だから死期を悟った石塚は、私に全てを託す気になったのだ。

辛かっただろう事は、容易に想像できる。

それに、石塚には家族もいなかった。そんなもの作るつもりにもなれなかっただろう。地下に潜った経緯は知っているから、それについて口にすることもしたくなかった。

いずれにしても、だ。

石塚は己の闇の技術を、全て私に託し、逝った。

そして私は。

今日も世界の闇で、その技術を使って、様々な不穏分子を狩っている。

何もターゲットはヒーローだけじゃない。

宇宙人との条約なんて無効だ、ヒーローなんて皆殺しだと声高に叫ぶ政治家をこの間も私は消してきた。

その背後にいた資本家達もごっそり根こそぎ、である。

今はまだ、世界が安定するために、力が足りない。人口もやっと十五億に達したばかりなのである。

人口を四十億にした後、出生率をコントロールして、それでようやく安定する。安定した後は、人類という種族そのものを変える作業が始まる。

ついに年貢の納め時。

様々な文学で、人間のありのままの姿が良いとか言う戯言を垂れ流してきたが。そんな事だから、人類は進歩できなかった。

人類が変わるとしたら。

多数派が少数派を虐げないこと。

これがまず最低限の条件となる。

だが、その最低限の条件を満たすには。

まだまだ人類は、時を必要とするだろう。

電話が鳴った。

懐から出した電話に出ると。通話先は。私が飼っている諜報の一人。ちなみに、カリギュラである。

ヴィランとして懲役を終えた後。

私が引き取ったのだ。

ネロやユリウスも同じ。

私が引き取って、闇で働かせている。

彼らこそは、社会の闇の末端。私にとっては、だからこそ使い勝手が良い。勿論私が気に入らなければ、いつでもザ・ヒーローの所に戻って良いと告げてあるし。何よりも、相応の待遇は与えている。

彼らも、待遇の不満を口にすることはないし。

今のところ、仕事をさぼるつもりもないようだった。

「どうしたの?」

「仕事中に、面白いデータを見つけた。 其方に転送する」

「どれ……」

コンパクトストレージを確認。

情報を回収し終えている。

中を確認すると、どうやら金の流れを記した裏帳簿だ。戦闘タイプのヴィランでも、トップクラスの実力者であるカリギュラだ。相手がヴィランで、それもかなりレベルが高い相手で無い限り、命の不安は無い。

もっとも、それもいつまで続くか。

地球の軍事技術は発達を続けている。

いつか、当たり前のように、軍隊がヒーローを殺せる日が来るのかも知れない。

「なるほどね。 分かった、有難う」

「報酬は例の口座に」

「へいへい」

通信を切る。

そして、このデータを元に、更に消したり、社会的に抹殺する相手を決めていく。

私の仕事は、悪名高い秘密警察に近いけれど。

これはまだ世界が混乱している状況では、絶対に必要だ。

更に言えば。

私が忙しい内は、まだこの世界は安定したとは言えない。私が暇になって、毎日寝こけていられるようになった頃。

ようやく世界は平和になったと言えるだろう。

さて、仕事だ。

ヘリだの何だの飛ぶ機械は目立つので、車を使う。

昔は免許が入り用だったけれど。

今は自動運転のAI搭載車がデフォルトだ。少なくとも公道では絶対事故らない。まあ、これから行くのが、公道の範囲内なので、使える手だ。それ以外の場合は、カリギュラやネロを動かしたり(ユリウスは暗殺に向かない)、或いは夜にパラシュートで空から行ったりする。

いずれにしても、わたしが行く場合は。

相手を確実に殺すときだけである。

こういう仕事は、あまりしたくないのだけれど。

今の時代は、兎に角慎重に事を動かさなければならない。人間の自主性やら、自浄作用やらを信じていたザ・ヒーローや、プライムフリーズが、あっという間に裏切られたという、笑えない過去事例が至近に存在している。

だから、というのもあるけれど。

それより何より、私は地下で、人間の本性を散々見てきた者だ。だから、自浄作用なんて期待しない。

きれい事に過ぎないし、何より私自身が現状の人間を信用していない。

仲間を信用するのと、人間という種族を信頼するのは別の話で。

必要に応じて、必要な相手を消す。

そして、今ならば。

世界を再構築する隙間を使って。

私のような存在が。監視網を作り上げる事が出来るのだ。

「現地到着」

「ターゲットはまだ中にいる」

「了解、と」

カリギュラにはそのまま見張りをさせていた。私は車を降りると、路地裏に回り込む。

前は変身の際に、いちいち服を脱がなければならなかったけれど。

今はそんな面倒はない。

そのまま変身。

地下に潜る。

この辺りの地下のセキュリティは、意図的に麻痺させてある。私の権限だから出来る事だ。

勿論勘が鋭い奴はそれで気付いたりもする。

実際問題、私の存在は既に世間に知られていて、鮮血の触手とか、赤の秘密警察隊長とか言われているらしい。

裏から世界を牛耳っているなどという過大評価もあるが。

それは流石にない。

私がやっているのは、あくまでゴミ処理だけ。

そもそも、権力にあまり興味が無いのだ。

触手を這わせ。

全ての音を消しながら、移動する。

そして、家の地下に到着。

そのまま触手を伸ばし。無造作に床を突き破ると。ターゲットだけを、地下にさらい。体に取り込んだ。

消化までものの十秒と掛からない。

悲鳴だって、上げさせはしない。

勿論断末魔も。

前から人を食うことはあったけれど。

あくまで仕事上だ。

変身中は、特にまったくというほど味覚がなくなる。最近はこの傾向が強くなってきている。

だから、殺した事も。喰ったことも。

何とも思わなかった。

体内のこともよく分かる。

ターゲットを消滅させたことを確認。

何事もなかったかのように地上に出ると。

そのまま、自動車で帰る。

その途中、消化せずに残しておいた、身の回りの品を調べる。特に、気になるものは残っていなかった。

まあ、どうでもいい。

鑑識に廻すだけだ。

戻ると、医師が待っている。これは、先に手を回しておいたのだ。私の能力は、体への負担がどうしても大きい。

定期的に確認しないと、絶対に体を壊す。

実際、ザ・ヒーローとの決戦前後では、私の体はズタズタになっていた。しばらくは絶対に変身禁止とも言われていたくらいである。

だから今は、大事な体と言う事もある。

変身後は、必ず健康診断を受けるようにしているのだ。

健康診断の結果、やはり体に負担が掛かっていると言われた。スーパーアンチエイジングで全盛期の能力を保持しているとは言え。それでも、体に負担が掛かり続ければ、いずれは無理が出る。

可能な限り、変身は使うなと釘を刺され。

使っても、あまり長時間は使うなと言われた。

やはりこの辺りは。

後天的に能力を身につけた者の弱みなのだろう。

私はどのような力でも良いから欲しかった。

いっそのこと、身体能力が上がる能力でも良かった。

そうでないと、生き残ることさえ出来なかったからだ。

戦闘タイプヒーローが、全てを好き勝手にする世界は、それだけ過酷だった。今生まれてきている子供達には、同じ思いをさせてはいけない。

自室に戻る。

ペアアップルが、部屋の前で待っていた。

「ん? どしたの」

「テンペスト様から御伝言です。 いつもすまないな、だそうです」

「うい」

適当に返事すると、自室に戻る。

テンペストも、汚れ仕事の大事さは分かっている。自身がそうして、世界の悪を叩き潰してきたから、だろう。

結局の所、クリムゾンたる私と、テンペストは同じ穴の狢だ。

だから、互いにわかり合う事も出来る。

同じ穴の狢だと、却ってわかり合えないケースもあるそうだが。

幸い、私の場合、それはなかった。

「ザ・ヒーローの居場所は掴めた?」

「いえ、見当もつきません」

「そっか。 それならば別に良いよ」

「……」

ペアアップルは少しだけ何か言いたそうにしたけれど。すぐに礼をすると、その場から離れて行った。

まあ、私の噂を考えれば当然か。

話をするだけで厄がつく。

そう言っている者さえいるらしい。

異星の邪神に魂を売った。

そんな噂さえ、流れているそうなのだから。

 

あくびをしながら身を起こす。

体のダメージについては、殆ど自覚できない。体の調子がおかしい場合、すぐにチェックする事。あまりにもおかしい場合は、健康診断を受ける事を、自身に課してはいるけれど。

普段は軽いメディカルチェックを、眠っている内にしておくだけだ。

そして今日の眠っている間の判定は。

Cである。

AからEまで五段階だから、普通だけれど。

Cの場合は、複数の病気がある事を意味している。

その病気の大半は、いずれもが致命的なものではないけれど。

どれも治療や克服には、時間が掛かるものばかりだ。

変身後には医者に掛かるから、その際にお薬も貰っているけれど。

どうせ病気はすぐには治らない。

こればかりは、ずっと一緒にやっていくしかないものばかりなのだ。

不意に携帯端末がぴかぴかなる。

音は出ないようにしているのだけれど。これは、敵に不意打ちを掛けるとき、通信を切り忘れていると悲惨な事になるからだ。

端末を見ると、テンペストである。

久々に直接掛けて来たな。

そんな風に思いながら、通話をつなぐ。

「クリムゾン、起きてるか」

「ん。 どうしたの」

「ちょっと厄介ごとでな」

「どうせ新大統領のことでしょ」

その通りだ。

テンペストは、苦笑いしたようだった。

分かっている。

新しい大統領は相当なくせ者だ。

対立候補がどうしようもない輩だったのは事実だけれど。それを差し引いても、かなり癖が強い。

勿論、癖が強いからなんて理由で殺すような事はしない。

そもそも、此処までの社会上層に上がって来た奴だ。

癖が強いのは当然である。

「で、新大統領がどうしたの」

「ザ・ヒーローと連絡を取り合っている節がある」

「ふん、それはまた面倒だね」

「ザ・ヒーローと戦う気は無いが、独自に動かれると面倒だ。 少なくとも、何をやりとりしているかは、調べておいて欲しい」

通話が切れる。

テンペストも忙しい身だ。

時計を見ると、五時半である。

こんな時間からばりばり活動しているとなると、彼方も体のことは気を付けなければならない身だろう。

それは、腹を痛めて子供なんて産んでいる暇は無いと、周囲に広言するわけだ。

ちなみに彼女の子供は何人かいる。

遺伝子情報を提供しているからだ。

実際に男と交わらなくても、今の時代は子供くらい作れる。もっとも、どの子供も、テンペストとは似てもつかない大人しい性格で。子育てには苦労するだろうと覚悟していた親達の小首をかしげているそうだが。

まあテンペストの場合は、過酷な経験で性格が歪んだタイプだと私は思っている。

それなら、余程のことがない限り。

歪む前の性格そのままだろうが。

着替えを済ませると、出かける。

何人か着いていこうかと言ってきたが、首を横に振る。

この場合、カリギュラ達も頼らない方が良い。

あいつらは、ザ・ヒーローの手先だった期間が長い。

私一人で。

全てを解決するべきだ。

すぐに車で移動開始。

ネットワークも情報網も、最大限の権限を行使できるようにしてある。調べていく内に、確かに新大統領の近辺で、妙な通信がある事を確認できた。

車の操縦はオートにして、部下に連絡。

通信について調査させる。

そして自身は。

大統領の家に、直接乗り込んだ。

私が来たことで、大統領の部下達は、流石に騒然としたようだが。

私は飄々としたまま。

大統領は仕事で家を出ているというので、そのまま待たせて貰う。勿論、ただ待つだけではないが。

端末を使って、家中をスキャン。

戻ってくる前に、やれることは全てやっておく。

案の定、保険のつもりなのか。

妙な機械が、幾つも見つかった。

鼻を鳴らす。

所詮は素人。

色々気を遣ってはいるようだけれど、ネットそのものが、復活してから時間もあまり経っていない。

こういう社会最上層の人間でさえ。

セキュリティはいい加減なものだ。

即座にハックして、内部を調査。

終わった後は、バックドアも仕掛けておく。

全ての作業を終えた頃。

大統領が戻ってきた。

「これは深紅の英雄。 お久しぶりでありますな」

「こちらこそ。 大統領も、ご壮健なようで何よりです」

「ははは、今は健康に関しては、病気を事前に防げる仕組みが発達しておりますからな」

皮肉のつもりか。

此奴はそんな事を言う。

インフラが完全にヒーローだけのものになっていた少し前は、このような台詞が出てくる事は、まずあり得なかった。

ザ・パワーや、そのシンパの支配地区くらいだ。

だが、大粛正が終わり。

ヒーローから特権が全て取り上げられた今。

インフラの多くは、市民も利用できるようになっている。

優れた医療システムもその一つ。

もっとも、健康診断システムが発達して、その気になれば寝ている間に済んでしまう事もあって。

医療関係のインフラは、更に強化が必要だと、関係者にいつも言われるが。

まあその辺りは、此奴やテンペストの仕事だ。

「それで何用です」

「単刀直入に言うけれど、ザ・ヒーローと連絡を取り合っているね」

「また、これは直球ですな」

「ザ・ヒーローはまだ健在で、この星のため独自の活動を続けている。 それは此方でも理解しているのだけれど。 ただね、勝手に動かれると色々迷惑なんだよ。 それで、内容はしっかり把握しておきたいの」

大統領は肩をすくめたけれど。

私の目が笑っていないことに、すぐに気付いたのだろう。

咳払いすると、少し対応を変えてきた。

「確かにザ・ヒーローは、少し前に連絡を取ってきました」

「それで?」

「今の時点では、何もしていません」

此奴は吃驚するくらい嘘を隠すのが上手だ。

実際今も私は、此奴が本当にそう思って喋っているのか、まったく判断が出来ずにいる。

ただし、変身を行えば話は別だが。

変身。

呟いて、体の一部を変身させる。

勿論服の中での話だ。

気付かれないように体の一部を変身させるのは、昔に比べてぐっと技術が上がったし、体の負担も小さいけれど。

それでも、体にダメージはでる。

その代わり、感覚は非常に鋭敏になって、まず嘘は見抜けるようになるが。

「本当に?」

「ええ、本当ですよ」

どうやら本当らしい。

私としては、釘を刺すだけで構わないだろうと考えている。もしも前からザ・ヒーローとずぶずぶなら、この時点で嘘がばれるのだし。

「まあ、此方としても勝手に動かれると困るだけで、今後も連携は出来るだけして行きたいと思っているからね。 何かあったらすぐに連絡するようにね」

「それは分かっております」

「それじゃ、失礼するよ」

「そうですか。 では見送りをさせていただきましょう」

大統領は、腰を低くして対応しているが。

少し前から、苛立ち始めている。

どうやら私に見透かされた事に気付いた様子だ。

まあ私としては。

それも計算の内なのだけれど。

自家用車まで案内してくれたので、そのまま帰ることにする。土産として珍しい紅茶の茶葉を渡すと、そのまま帰宅。

まあ大統領の家には、仕掛けを散々しておいた。

今後はいながらにして、家の内部のことはあらかた把握できるが。

さっそく、様子を窺ってみる。

大統領は嘆息すると。

使用人達に、茶を押しつけて。自室に戻る。

しばらく無言で部屋に引きこもっていたが。

程なく通信が入った。

身を乗り出す。

だけれど、通信はザ・ヒーローでは無く。大統領の部下である、副大統領だった。

「副大統領か。 どうしたのだね」

「今、邪眼の魔王が其方に向かったと聞きまして」

「もう帰ったよ。 それとそんな呼び方は止めなさい」

「し、しかし……」

邪眼の魔王か。私の幾つかある呼ばれ方の一つ。何もかも見透かすことから、そう呼んで恐怖する者がいるらしい。

生憎私はそんなものは持っていないが。

多分大統領は、周囲の会話などが筒抜けになる事を既に想定している。

当たり障りが無い事だけを喋ると、通話を切った。

ふん、タヌキが。

しばらくは様子見だろう。

いずれにしても、今の様子からしても、簡単に尻尾を掴ませてはくれなさそうだ。場合によっては即座に消すつもりだが。

この星は。

もう同じ過ちを繰り返してはいけない。

そのためには、私のような汚れ役が必要だ。

状況に応じて、誰でも殺せる、徹底的な汚れ役が。

魔王と呼ばれても構わない。

それが私の生き方だというのなら。

粛々と受け入れるだけだ。

通話の傍受は部下達に任せると、後はしばし眠ることにする。

魔王だろうが何だろうが、力は有限。

そして眠れるときに眠っておくことこそ。力を温存する秘訣。ましてや24時間365日、いつ何が起きてもおかしくない身だ。仕事だって、いつ次に休めるかもまったく分からない。

である以上、私はテンペストと同じように。

家族も作るべきでは無いし。

弱みは徹底的に排除しなければならなかった。

 

3、去りゆく老兵

 

ザ・パワーの容体が思わしくない。

それを聞いたわしは、現場でしばし天を仰いだ。

来るべき時が来たか。

周囲には、反ヒーローの過激派団体の残骸が散らばっている。一瞬で冷凍して、瞬時に解凍するという技を用いて、粉々にしたのである。

こうすることで、死体はどうしてこうなったのか、まったく分からない。

わしが犯人だと言う事も。

殺した方法さえも。

分からないだろう。

氷系の能力は、わしやアンデッドを例に出すまでも無く、非常に応用が利く。練り上げれば練り上げるほど、様々な使い方が出来る。

一瞥したのは。此処で好き勝手をしていた奴の残骸。

地下下水道の隅で。

周囲に過激派のゲス共を侍らせ。

王を気取っていたそいつも、一緒に粉々にした。

良くいる不良ヒーローで、戦闘タイプでさえなかった。過激派反ヒーロー団体のボスがヒーローだなんて悪い冗談みたいだけれど。

逆に言うと。

自分の悪事を隠すのに、これ以上ない隠れ蓑だった、のだろう。

鼻を鳴らすと、わしは周囲の証拠品を集めていく。

氷の結界で探りながら、なので。

奇襲も警戒しなくて良いし。探す効率も何倍も上がるのが嬉しい。その分消耗は激しくなるが。

まあそれはそれだ。

大まかな証拠品は回収。

裏帳簿や連絡先。

これをクリムゾンに回し。

関係各所を一気にぶっ潰すのだ。

わしはあくまで後見人。

こういう仕事が本業で。

今後もそれが変わる事はないだろう。スーパーアンチエイジングで時はいくらでもある。だから逆に、わしは今後も、永劫の鎖にしばられることになるのだ。

帰路についた。

AIによる全自動制御の車の中で、しばしぼんやりとする。

過激派団体を叩き潰したのは戦果だが。

やはりその背後には、複数のきな臭い影が見えている。

ザ・ヒーローの息が掛かった組織の場合は、だいたいの場合潰しに行くときに待ったが掛かるのだけれど。

今回は、それでは無かった事だけは、面倒がなくて嬉しい。

問題は、この後だ。

警備が厳重な病院に急ぐ。

大粛正の頃の過激な働きのせいもあって、すっかりザ・パワーは衰えている。最近では、ベッドから立ち上がる事も出来なくなっている有様だ。

彼には身寄りもない。

不安定な情勢下、身寄りを作っている余裕は無かった、というのが最大の事実なのだろう。

ペアアップルのように、彼を慕っている異性もいたのだけれど。

ついにザ・パワーは好意に応えることはなかった。

かといってザ・パワーは同性愛者というわけでもなく。

単純に自分を抑えられる人間だった、ということなのだろう。

病室に出向くと。

既に様々なチューブを体につなげられたザ・パワーは。

圧倒的な力を持っていたオリジンズトップ時代の力強い姿はもう失い。やせ衰え、髪も真っ白になっていた。

むしろ、あれから十二年。

良く耐えたと言うべきなのかも知れない。

後見人としても、去年までは現役で頑張っていたのだ。

それを考えると、ザ・パワーを責めることは出来ないだろう。

スーパーアンチエイジングも、ザ・パワーは最終的には拒否した。色々思うところもあったのだろうが。

それでも、もう。

何もかもが遅い。

カルテに目を通すが。

もはや手遅れに近い状況のようだった。

ベッドの上で、ザ・パワーが身じろぎする。

わしは咳払いすると。自分が来たことを告げる。

ザ・パワーは、無言で此方を見て。

そして、ぼんやりとしたまま、言う。

「死神か?」

「生憎、わしは死者を迎えに来るほど暇では無いのでね。 何というか、気の毒なことになったな」

「気の毒……」

もう意識がもうろうとしているからだろう。

あれほど厳粛で、花崗岩の強さを持っていたザ・パワーは。既にベッドから離れる事も出来ない、気の毒な老人と化していた。

それでも、わしが話しかけたことで。

少しずつ、意識ははっきりし始めたようだが。

「おお、プライムフリーズ、か」

「普段から健康管理に気を使えと言っただろう」

「……そうだな」

ザ・パワーの返事はほろ苦い。

勿論そうしていたのだろう。

だけれども、今回はそれでついに致命的な状態だという判断を医者がして。病院に直行という事態になった訳だ。

カルテは見たが、複数のかなり重い病気がある。

どれも再発したものばかりだ。

ザ・パワーの肉体は、昔無理をしたツケが祟って、既にボロボロ。

病巣はその中で好き放題暴れている。

「テンペストは」

「各地で暴れ回っているよ。 名前の通りにな」

「……」

「まだ、後悔しているのか」

返答は無言。

ザ・パワーは、少し前から、自分の決断を後悔している風が目立った。

どれだけ汚れ仕事を引き受けて、それから引退しても。結局の所、消さなければならない悪は次々に湧いてくる。

潰しても潰しても。

殺しても殺しても。

それが人間の本性だから。

変わるのには何千年も必要だから。

そう言い聞かせても。

結局の所、全ての悪を滅ぼせなかった自分が悪い。引退をもっと先延ばしして、あらゆる悪を殺しておくべきだった。

そう、ザ・パワーは後悔していた。

確かに一理はある。

だけれども、ザ・パワーの肉体は、十二年前の段階で、既にピークを過ぎていたのだ。あのタイミングでの引退は、客観的に見ても正しかった。

後悔は、どうしても妥当だとは思えない。

しかし、スーパーアンチエイジングをしたプライムフリーズと。人間として老いて死んでいくことを選んだザ・パワーでは。立っている位置も目線も違う。

看護師が来た。

患者を興奮させるかも知れないから、部屋を出て欲しいと言う。

それに、これから本格的に検査をするそうだ。

もう無駄だと思えるのだが。

ザ・パワーの消沈した様子からして、それを断るわけにもいかなかった。専門家が、しっかり此処はみるべきだ。

「もう行くぞ」

「テンペストは……」

首を横に振る。

今、テンペストは。

仕事の真っ最中だ。

仕事が終わったテンペストが連絡を寄越したのは、七時間後。

複雑な組織を作っていた大物ヴィランとその配下を壊滅させて、戻ってきたのだ。

ザ・パワーの容体を聞くと。

流石にテンペストもショックを受けたようだ。

思わしくは無い事は知っていただろう。

まさか此処までとは考えていなかった、という事だ。

こればかりは、仕方が無い。

ザ・パワーは、心配を掛けないようにと、わしなど少数の例外を除き、体の状態について話していなかったのだ。

医師にも箝口令を敷いていた節がある。

「すぐにそっちに向かう」

「仕事は片付いたんだな」

「ああ。 敵の組織はぶっ潰した。 今、まとめた資料を、クリムゾンに送っている所だ」

「ならば構わん」

実際問題、あわてて戻ってくるようだったら、一喝して仕事を完遂させるところだったけれど。

流石にあれから十二年。

もはや全ての黒幕としても、貫禄がつき。

大統領からも様々な犯罪組織からも怖れられているテンペストだ。

わざわざ、老人が色々手助けすることもなかった。まあたまに手伝ったが、黒幕や大御所と呼ばれるほどの事はしなかった。

二時間ほどで、テンペストが来る。

流石に少し焦っていたようだが。

AI制御の今時の車は。

誰に対しても平等だ。

飛行機もそれは同じ。

自動車事故はまず無くなったけれど。

それでも、こういうときは、融通が利かないと思ってしまう事もある。

テンペストとほぼ同時に、ペアアップルも到着。

待合室にいたわしは。

二人を、病室に案内。

以降は、三人の話に混じるつもりも無い。

好きにさせておくことにした。

 

ぼんやりと思い出す。

初代オリジンズの仲間達も。

あのように、順番にいなくなっていった。

最初に逝ったイージスは。

自分の死に納得できない様子だった。

病室で、ずっと不満を口にしていた。

どうして私がこんなに早く。

まだ生きたかった。

そう、死の間際に、ぶつぶつと呟いているのが聞こえて。わしはいたたまれなくなった記憶がある。

病魔は、容赦をしない。

どれだけ技術が上がっても、だ。

年には勝てず。オリジンズの仲間達は、次々に倒れていった。

皆、相当な無理を若い頃にしていたから。

倒れてから、死ぬまでには、それほど時間も掛からなかった。

それだけ、銀河連邦の軍との戦いは、過酷で。

皆、命を燃やすようにして、戦わなければならなかったのだ。

病室から二人が出てくる。

テンペストが、わしを見ると。首を横に振った。

「医師に説明を受けた。 今夜が峠だそうだ」

「そうか……」

もはや、ザ・パワーには未練もない。

峠を越えることは出来ないだろう。

ペアアップルはずっと泣いていた。

テンペストが休むように言って、彼女を下がらせる。

ため息をつくと、わしは退出するペアアップルの小さな背中を見送った。

また、英傑が逝くか。

わし自身は、死なない路を選んだ。今後も、世界の黒幕として生きていくつもりだけれども。

ザ・パワーは、そうではなかった。

ただでさえ、大粛正の汚名を被ったザ・パワーだ。

恐怖と復讐のターゲットとなった。

テンペストが黒幕として、さほど悪名を集めなかったのも。ザ・パワーが、その前に大粛正で、めぼしい悪徳ヒーローを根絶やしにしたからである。

そして、銀河連邦が帰った後。

ザ・パワーは、クロコダイルビルドやキルライネンと言った、早期にザ・パワーに尻尾を振ることで生き延びていた悪徳ヒーロー達も皆殺しにした。

既に、生かしている意味がなかったからである。

テンペストどころか、クリムゾンにもさせられない汚れ役の中の汚れ役。

それを最後まで、ザ・パワーは貫いた。

恐らくは贖罪の意思もあったのだろう。

自分の統治が生ぬるかったから、此処まで魑魅魍魎を跋扈させてしまった。

それに対する忸怩たる思い。

それが、ザ・パワーを鬼に変えた。

だが鬼も、体はむしばまれる。

いつまでも健康とはいかない。

戦いの中、ザ・パワーは自分を責め続けていた。

その事も、ザ・パワーの寿命を縮めることにつながったのだろう。

戦いを楽しめる性格だったら。

少しは、マシだったかも知れない。

だけれども、ザ・パワーは。

決して戦いを好む性格では無かった。

本来は、どんな奴でも尊重するような、フェアな性格だった。だからこそ、人間という種族そのものにつけ込まれたのだとも言えたが。

控え室に下がらせたテンペストとペアアップル。

クリムゾンは、来ていない。

彼女はちょっと大きめの捕り物があるので、其方に集中させている。ミラーミラーに到っては、自身も体調を崩していて、見舞いどころでは無い状態だ。

他のオリジンズ達も、オイオイ駆けつけてきている。

これだけは、過去の孤独を思うと。

幸せかも知れない。

程なく、手術室の灯りが消えた。

結果は見えていた。

医師は顔を土気色にしていた。

「亡くなられました」

そうだろう。

気配も消えている。

ザ・パワーは。

偉大なる、最後の権力を握ったオリジンズトップは。

最後は粛正の悪鬼とかして。

恐怖と怨念の中。自責の念で体を壊しながら、この世を去ることになった。

だけれども。

遺体と対面する。

意外と穏やかな顔だ。

そうか。

ようやく、この世界から離れられるから、喜んでいるのか。

現金な奴だと、私は苦笑いするけれど。

最後の瞬間くらい、自分の本音を出す事の、何が悪いのだろう。

ザ・パワーは、家族もいない。

此処にいる面子だけが、彼を見送ることになるだろう。

葬式も小規模。

テロのターゲットになる可能性もあるし。そもそも、国を挙げての葬式などにしたら、金が掛かる。

テンペストも、それは首を横に振るだろう。

大統領が国葬にしようと言い出したら、止めるつもりだ。

ザ・パワーは相当な恨みを買っている。

今更、国葬など。

避けた方が良いのは明白だからだ。

粛々と準備を進めて。

関係者に書状を出す。

ザ・パワーには家族はいなかったけれど。ごく少数だけ、ザ・パワーの遺伝子情報を買い取って、作られた子供は存在している。

その子供だけでも招こうかと思ったけれど。

ザ・パワーが残していた遺書が見つかった。

それには、財産分与について細かく書かれていたが。

血統上の子供については、既に生前分与を済ませてあるので、気にする必要はない事が記載されていた。

コレは細かい気遣いだ。

ペアアップルに聞いてみると。

頷かれる。

どうやら、ペアアップルにも手伝って貰っていたらしい。

ザ・パワーは、テンペストにオリジンズトップの座を譲った後、私有財産の大半を引き払った。

財産の目録を見るが。

大変に慎ましい代物だ。

こんな慎ましい財産であっても、きっちり禍の芽は積んでいく。

ザ・パワーが、如何に自分の事で懲りたのか。

明らかすぎるほどの心遣いだった。

此処までしなくてもいいのに。

わしは嘆息して、葬儀を粛々と進める。

土葬か火葬かについても、ザ・パワーは決めていた。

もちろん火葬だ。

土葬は場所を取る上に、墓も大きくなりやすいと言うのがその論拠。葬式の際の宗教についてまで、細かく指定していた。正直な話、遺書に沿って進めていけば、ほぼ何も頭を使わなくても良いくらいである。

もう一度、溜息が出る。

ザ・ヒーローが、もう一度死んだ気分だった。

彼奴は死んでいなかったけれど。

それを知らないわしは。その時は、それは悲しかった。

勿論他人には見せなかったけれど。

国葬が執り行われ。地球上全てのヒーローが半ば無理矢理参列させられる中。わしは、こんな事は彼奴の望みなのだろうかと、疑念さえ抱いた。

その正反対。

勿論、ザ・ヒーローの場合は、潜伏を隠すための目的もあっただろう。

だが、それにしても。

此処まで細やかだと。

色々と、肩が凝る気分だ。

気付くと。

目の前に、変装はしているが。

ザ・ヒーローがいた。

ミフネも連れている。

そうか。

此奴の元まで、ザ・パワーの死は、届いていたのか。

既に葬式も着々と進み。

火葬されたザ・パワーの位牌を前に、多くの人々が列を成している。表向きは悲しむためだが、内心では喝采を叫んでいる者も多いはずだ。

「彼には迷惑を掛けた」

「そうだな。 お前のせいで、ザ・パワーは寿命を縮めた」

「真面目すぎたのだ、ザ・パワーは」

「……」

貶める意図では無い事は分かっている。

葬儀に参列するザ・ヒーローは。

それ以上何も言わず、ミフネとともにこの場を去った。

テンペストには一礼だけ。

テンペストも、それ以上は。

師匠を内包する、最後にして永遠の敵に対して。

何も求める気は無い様子だった。

 

葬儀が終わる。

クリムゾンが、この機に乗じて動いた奴らの洗い出しに務めていて。それはもうすぐ終わりそうだと言う事だった。

後片付けまで、ザ・パワーはしっかりしてくれていたから。

葬式もスムーズに進み。

その後の事も、殆ど何もしなくても良かった。

なんと、病状が悪化した場合、葬儀屋に手配が掛かるように、事前に手配までしてくれていたのだ。

ザ・ヒーローが、真面目すぎたと称したのも、あながち間違っていない。

長くも無い寿命を縮めてしまったのも。

こんな世界で、人間を信じるなんて真似をしてしまったせいだ。

バカだなとは思わない。

バカだったら。

もっと楽に生きられただろう。

独善主義者だとも思わない。

そうだったら、他人に全ての悪を押しつけて。苦悩することも無かっただろう。

他人を間違っていると決めつけられる奴は幸せだ。

自分が間違っているとは露とも考えずに済むし。

罪悪感も覚えないからだ。

全ての後片付けが終わる。

だけれども。

彼のデスクを探すと。隅から写真が入った媒体が出てきた。

まだ若い頃のザ・パワーと。

美しい女性が映り込んでいる。

寄り添うように映っている二人は。

とても穏やかな顔をしていた。

「これは……」

気になったわしは、少し調べて見る。

意外な事に、結果はすぐに出た。

最終決戦時、ザ・ヒーローがくれた極秘ファイルの中に、そのデータがあったのだ。女性の名前はマリアネット=バームズ。

ザ・パワーの若い頃の恋人だ。

もっとも、早世したが。

なお、殺したのは。

当時のオリジンズメンバーの一人。

ただしその人物は。

アンデッドに返り討ちにされている。

アンデッドに殺されたオリジンズとは、その人物のことだ。

何故殺したのか。

それはマリアネットが、市民だったから。

一部には、存在するのだ。

ヒーローは純血であるべきだと主張する者が。

ばからしい話である。10万に1人しか生まれない戦闘タイプヒーローが、純血である筈も無い。

いるにはいるが、ごく少数で。

しかも別に純血だからと言って強いわけでもなんでもない。

そんな狂った理屈のせいで惨殺された恋人のことを。

ずっとザ・パワーは引きずっていたのだろう。

証拠も無く、告発も出来ず。

故に、自分を責め続けたのだろう。

彼が粛正に走ったとき。

きっとその原動力になったのは、彼女だ。

いたたまれない。

こんな所にも、悲劇につながったデータが出てくる。

彼が身辺を極端すぎるほどに整理していたのも。

この写真を見れば、頷ける話だ。

「もうあの世で再会することも無い、か」

あれだけの粛正をしたザ・パワーだ。

恋人が天国に行くとしても。

ザ・パワーが天国に行く事はないだろう。

だけれども、ザ・パワーはそれで本望だったに違いない。そういうものだと、割り切っていただろう。

わずかな未練だけは、写真としてこうして残っていたが。

それも、死んでしまっては。全て推察するしか無い。

みんなバカばかりだ。

そうわしは嘆く。

誰も彼もが。

愚かすぎる。

地球人類は、今後も進歩するために、膨大な同胞の血を啜っていくことになるだろう。これは予言でも何でもなく、ただの規定の未来に過ぎない。遺伝子改良などを施すことは、テンペストが望んでいない。数千年掛けて、じっくり進化していくしか無い。

だけれども。

わしは、いっそのこと、遺伝子改良もありなのではないかと思う。

だけれども、それが心の劣化による考えなのかも知れないと思うと。二の足を踏んでしまう。

老いたな。そうわしは自嘲していた。

若い頃だったら、即断即決だっただろうに。体をどれだけ若返らせても、心の老いだけはどうにもならない。

いずれにしても、話し合いが必要だ。

こじれる前に。

一度、しっかり話をしておくことが。

今後やっていくための、絶対条件となるだろう。

わしも、いつまで現役でいられるか分からない。

肉体は若いままでも。

心はこうして老いていくことがよく分かったからだ。

ザ・ヒーローも、この心の老いと戦っている筈だ。どうやって克服しているのか分からないが。

人生は、その全てが戦いなのかも知れない。

もしそうだとすると。

わしは、既にこの時点で、負けているのかも知れなかった。

「プライムフリーズ」

「どうした」

不意に声を掛けられた。

気がつくと、側にテンペストが。クリムゾンも、ミラーミラーもいる。

気が引き締まる思いだ。

此奴らは、戦闘力はともかく、まだまだ危なっかしいことを忘れていた。ザ・パワーがいなくなった今。

わしが、此奴らの後見人として。

より頑張って行かなければならないだろう。

この星のためにも。

「これからも、お願いします」

「ああ、分かっている」

分かっているさ。

此処で投げ出しても、誰も幸せにならない。

この世界は、まだ。

こんなにも、地獄が拡がっているのだから。

 

エピローグ、暴風の英雄ここにあり

 

夜闇の如き漆黒の床を踏んで、此方に来る者がいる。

挑戦者だ。

側に降り立ったクリムゾンが、戦力を知らせてくる。ここのところ目をつけていたとは言え、たった一人。

そうか。

たった一人で、挑戦しようというのか。

このわたしに。

それもまた面白い。

若い頃に挫折を味わうのは、絶対に必要だ。

わたしは随分時間を重ねたけれど。

それでも、その考えに揺るぎは無い。

「どうする、防衛ロボットは」

「どうせ出しても無駄だ。 わたしが出る」

「……」

肩をすくめるクリムゾン。

結局の所。

わたしが、拳を交えて相手を測るつもりなのだと、見抜いているのだろう。

その通りだ。

拳を交えることこそ、相手を正確に理解する方法の一つ。とはいっても、交えるのは肉弾戦に限る。

勿論誰にも出来る事ではない。

ほどなく、この漆黒の間に。

そいつが来る。

まだ若い女性だ。ミラーミラーの子孫だと言うが、その割りに髪はこの部屋と同じような漆黒。

そういえば、何処かで。

面影を感じる。

ヒーローの子供がヒーローになる事は極めて珍しい。戦闘タイプヒーローならば、なおさらだ。

だが、別に遠い血族が、ヒーローになる事は珍しくない。

きっとこの娘は。

先祖は偉大なるミラーミラーと聞かされて、此処まで育ったのだろう。

玉座のある一段高い所から、わたしは侵入者を見下ろす。

強い決意を秘めて、ここまで来ただろう者を。

「貴方が破壊神と言われるテンペストですね」

「……何用だ」

「貴方を倒して、世界に静寂を」

「愚かしい事だ」

わたしは鼻を鳴らす。

強い正義感から来る、無鉄砲な行動。

この辺り、飄々としていたミラーミラーと違って、極めて真面目な性格だと分かる。勿論、既に調査済みだが。

それに、わたしを倒しても。

世界に静寂など訪れない。

計画は粛々と進むだけだ。

 

ザ・パワーから権力を譲り渡されて。

ヒーローの特権を全て排除して。

世界を変えるべく動いて。

いつの間にか、既に千五百年が経過していた。

色々と苦労しながらも、何とか世界政府は維持できている。プライムフリーズとは意見が何度も対立していたが、それでもやってこれている。

そして、今でも。

人類はまだ、他の種族と共存する事が出来そうにない。

四十億人という理想的な数の維持。

行き渡ったインフラと教育。

その中で行われる教化。

だけれども。

やればやるほど分かるのだ。

人類がどれほど度しがたい生物か。

腐敗は断たれることも無く、気がつくと染みのようにして浮き上がる。邪悪は途切れる事もなく。何処にでも常に現れる。

ザ・ヒーローと連携し。

世界政府の大統領を時々脅かし。

そして、闇から、ヴィラン共を粉砕しつつ。

今まで生きてきた。

スーパーアンチエイジングの効果だ。肉体は若いまま。

だけれども、プライムフリーズが言うように。

心の若さまでは、どうしても保つ事が出来なかった。

人間が変わるのには、何千年も掛かる。

だから、じっくり教化していかなければならない。

まだたった千五百年だ。

この倍、いや更に三倍は掛かっても不思議では無い。

昔のように、浪費しながら人類が自滅に向かっているわけでも無い。このままの体制を維持すれば、きっと人類は他の種族と共存できるようになる。

そう言い聞かせながら頑張って来たが。

どれだけ頑張っても、この世界に現れるのは、人間の業が形を為した存在ばかり。

ヒーローの力を持って生まれたのだ。

弱者を蹂躙して何が悪い。

そういって、暴虐を振るう事を、何とも思わない輩がたくさんいる。

だから、狩ってきた。

正しい事を言っているのだ。

だから何をしても良い。

そう言いながら、多数派の意見で、少数派を虐殺したり。自分より弱い立場の相手に、暴力を振るうことを何とも思わない輩もたくさんいる。何も考えずに、自分が正しいという言葉で自己正当化している輩には。

最終的には拳で報いるしか無い。

そうして、世界に裏側から大きな影響力を維持している内に。

いつしかわたしは、破壊神と呼ばれるようになっていた。

恐怖の対象として。

ザ・パワー以上に恐れられるようになっていた。

この千五百年で、再起不能にしたヒーローは十万に達する。

既に、ザ・パワーが粛正したよりも桁が違う人数である。

だから、なのだろう。

わたしはきりが無い悪夢を前にして。

心をすり減らしてきた。

今も、床に倒れて、苦しそうにもがいているその娘を前にして。

玉座で、退屈にあくびをしていた。

「く……一撃も入れられないなんて……」

「これ以上は無益だ。 戻れ」

「戻らない! あなたのせいで、世界からどれだけ自由が奪われているか! 貴方の存在が蓋になって、どれだけ人々が苦しんでいるか!」

「この星のためだ」

皆がそれぞれ無理をしなければ、廻らない。

それが世界の仕組みだ。

人数の調整。悪の排除。

何より、ちょっと気を抜けば、獣の論理をすぐに振りかざし始める人間に対する掣肘。

まだ、この星は、宇宙に出る精神文明を有したとは言えない。

誰かが。

紐をつけて、引っ張っていけなければならない。

勿論人材も育ててきた。

だけれども、それでも追いつかない。

努力なんかせずに楽だけしたい。

他人の上げた利益を吸い取って、自分だけ好き勝手をしたい。

そう考える人間は。

未だに後を絶たない。

教化のノウハウは、様々な方法で入手している。その中には、廃棄された後復旧された、銀河連邦が持ちこんだマニュアルもある。

だけれども、それをもってなお。

この星の人類は、獰猛な性質を隠そうとしない。

心が疲れ始めている。

だけれども。

わたしの所まで、直接こうやって拳を交えに来る者だっている。

まだ希望は捨てたものではないだろう。

「殺しなさい……!」

「お前は見込みがある。 生かしたまま帰してやるから、この世界の現状をしっかり見て、今後の未来についても考えて。 それでもなお、わたしと戦おうというのなら、また来なさい」

「……っ」

「クリムゾン」

頷くと、クリムゾンが外に放り出しに行く。

そして、わたしは。

暗闇の中、出会った多くの人々のことを思い出していた。

まだザ・ヒーローは存命だという噂がある。

どれだけ長生きしても不思議では無いだろう。

師匠はその中にいる。

今のわたしを見たら。

師匠はなんということだろう。

魔王と呼ばれようが気になどしない。

だけれども、師匠が軽蔑するような存在にだけはなりたくない。

目を閉じると、呼吸を整える。

わたしは、まだ。

此処で退場するわけにはいかない。

戻ってきたクリムゾンが咳払い。

仕事の時間、というわけか。

「次の仕事か」

「そうだよ。 また好き勝手なことをほざいて、ヴィランになったヒーローの始末」

「……分かった」

席を立つと、すぐにその場を離れる。

黒の宮殿を離れたわたしは。

これから一つの竜巻となって。この世界を守るために。

また戦う。

破壊神と呼ばれようが。恐怖の象徴とされようが、構うものか。

わたしはこの世界を守るために。

あらゆる手段を、選ばないつもりだ。

それが、わたしの生き方。

そして、わたしのあり方だ。

テンペストと言うこの名前にふさわしい激しさで。

今後も戦いは終わらないだろう生き方でもある。

だけれども、わたしは後悔していない。

これこそが。

わたしが選んだ。ヴィランと呼ばれようが、ダークヒーローと呼ばれようが関係無い。わたしの、あり方なのだから。

今日も私は。

粉砕の拳を、振るい続ける。

 

オリジナル長編ヒーロー活劇、クリムゾンテンペスト、完