蒼空決戦

 

序、深淵の穴

 

ダムの水抜き用穴は、周囲に凄まじい恐怖を与える。写真で見るだけでもインパクトがあるが。吸い込まれたらまず助からないと一目で分かる様子や、その異次元的な姿も、圧倒的な恐怖へとつながる。

だからこそ、此処を選んだのだろう。

ザ・ヒーローの力は。あの時覚えた。

誘っている。

わたしには、それが分かる。

ダム穴の底に、ザ・ヒーローがいる。それだけではない。ミフネや、それよりは小さいけれど、強力なヒーローの気配多数。

ダム周辺からは、市民を遠ざけ。

サイドキックも、支援部隊だけ。

いても的になるだけだ。

大型の輸送用ヘリも、AIで動かしている。乗っているのは、現状のオリジンズメンバーと雲雀。そしてヴィラン討伐部隊。ブラックサイズは、好戦的に目を細めて、今か今かと突入を待っている様子だ。

ザ・パワーは、ダムの水面に開いた穴を見下ろして。

スネークアームに顎をしゃくった。

「突入開始」

「了解」

すっと、十人のヒーロー達が動く。

ヴィラン相手に豊富な戦闘経験を持つ、この世界では数少なくなった実戦経験ヒーロー達。

いずれもが手練れで。

戦った時は、苦戦をいつも強いられた。

わたし自身、連中の実力は良く知っている。

そして、その限界も、である。

「突……」

「!」

わたしが先に飛び降り、拳を振るい下ろす。

ダム穴から。

膨大な黒い「何か」が、噴き上げてきたのは、その瞬間。そのおぞましさは、たとえようが無い。

まるで、深淵から湧き出した蝗の群れ。

粉砕の力で、潰していなければ。

突入したヴィラン討伐部隊が、一瞬で飲み込まれ、全滅とまで行かなくとも、大ダメージは避けられなかっただろう。

余波で、ふわりと浮き上がったわたしは、ヘリに捕まる。

そしてダム穴には。

無数の大きな気配が、既に地下から近づいてきていた。

「強力な反応! 数は二十、いや三十!」

「……丁度いいハンデだな」

敵の数は三倍。

ヴィラン討伐部隊には、丁度いい相手だろう。

スネークアームを筆頭に、次々飛び降りて、迎撃開始。相手はいわゆる量産型ヴィランだが。

その能力は、生半可では無い。

普通のヴィランなんて、一蹴する実力者揃いだと、此処から見ても分かった。

「突入する!」

「応ッ!」

わたしは、ヘリの足を離すと。

氷のボードで空を舞い、下へ向かうプライムフリーズを右に。

左に、舌なめずりして巨大な鎌を構えたブラックサイズを見ながら、降りる。ダムの、深淵の穴に。

一瞬で、水面が上になる。

ザ・パワーもついてきている。だが、此処からは、恐らくミフネと、出会い頭の勝負になる筈だ。

反応。

左拳を、叩き込む。

裏拳をぶち込まれたそいつは、どうしてと顔に書いていた。おおかた気配を消す能力か何かだろう。

ダム穴の壁に叩き付けられたそいつの顔面に。

反動で壁についたわたしが。

壁を蹴り。拳を叩き込む。

顔が拉げる。

呻くそいつに、とどめは刺さない。継戦能力だけ奪えばそれで良い。そのまま、わたしは、先行する二人を追う。

ザ・パワーは敢えて最後か。

作戦的には、プライムフリーズより先に行くはずだったのだけれど。この辺りは、恐らく、何か考えがあるのだろう。

ミラーミラーと、雲雀、ザ・パワーが上に見える。わたしも頷くと、壁を蹴って、更に深くへ。

ジグザグに、降りていく。

見えた。

光が走る。

鎌を振るってブラックサイズが、ミフネと斬り合っている。なるほど、ミフネの奇襲を凌いだか。

そして二人とも、とても楽しそうだ。

プライムフリーズは一瞥だけして、先に行った様子。

つまりは、まずはザ・ヒーローとプライムフリーズがかち合う事になるだろう。

横穴発見。

彼処だ。

飛び込む。ひんやりしているのは、この地獄の入り口へ、滝のように水が流れ込んでいるからだろうけれども。

それ以上に、これは。

恐怖に、体が反応している。

あまりにも圧倒的。

超絶的な存在が、この先にいる。

プライムフリーズは、気配はある。瞬殺はされなかったか。だが、あのザ・ヒーローを相手に、勝てるとも思えない。

急がなければならないだろう。

トンネルを走る。

少し傾斜が上がっているのは、水の侵入を防ぐためなのだろう。意外と多くの人の生活気配がある。

つまり、此処は。

相当前から、使われていた場所だ、ということだ。

人間の体臭や、毛。

それに足跡。

普通の人間だったら感知できないものも。

今のわたしなら、感知は難しくない。

ミラーミラーとザ・パワーがついてくるのを待つか。いや、プライムフリーズが、後何秒もつか分からない。

あの感じ取った力を考える限り。

そう長く単独で戦うのは無理だろう。

急ぐ。

顔を上げろ。

自分に叱咤して、わたしは走る。師匠なら言うはずだ。走れと。そしてその師匠は、この先にいる人の。

心の一部なのだ。

戦いの音。

まだプライムフリーズは、死んでいないと言う事か、

周囲には、凍った人型が点々。

生きているようには見えない。

殆どが、プライムフリーズに、一瞬にして凍り漬けにされたのだろう。どいつもこいつも、量産型ヴィランだ。

容赦ないが。

それ以上に、余裕が無いのだ。

見えてきた。

ザ・ヒーロー。

全身からわき上がっている、金色の力。それに対して、プライムフリーズは、体の周囲に無数の氷塊を浮かび上がらせて。次々にぶつけている。

だが、それらは。

ザ・ヒーローにぶつかる前に、溶けてしまう。

「物理化しても無駄か」

「いい判断だが、その程度の対策はしている」

「だろうな。 わしの能力については、お前が最も詳しいとも言えるのだから、当然だろう」

プライムフリーズは、手に氷の薙刀を造り出すと、矢継ぎ早に突き、そして薙ぐ。わたしも参戦するべく急ぐ。

声は聞こえてくるが。

やりとりは高速。

言葉も、かなり早口だ。

激しい攻防。

いや、違う。

攻め立てているプライムフリーズに対して、余裕を持ってザ・ヒーローが防いでいる。プライムフリーズはまだ焦っているようには見えないけれど。消耗が確実に見え始めている。

距離が、指呼に。

わたしは無言のまま。

ザ・ヒーローに躍りかかった。

片手を挙げたザ・ヒーロー。

全力で、それを砕く。

展開されたそれは、恐らく何かとんでもなく有害な存在だったはずだ。防がなければ、即死していただろう。

だけれども。

粉砕で、どうにか潰した。

わたしを一瞥だけするザ・ヒーロー。

その目は冷徹と言うよりも。むしろ悲しげで。安心さえ満ちているようにさえわたしには見えた。

待っていたのだろう。

分かる。

あの中に師匠がいるのなら。

低い態勢から、間髪入れずに躍りかかる。今度は足を踏みならすザ・ヒーロー。これも、何かの遠距離攻撃か。

近づく何か衝撃波のようなものを粉砕。

だが、粉砕に掛かる力が尋常では無い。

相殺だけで、ごっそり力が抉られる。

ましてや、わたしは万全とは言えない体調。

これは、戦いが長引くだけで、危ないかも知れない。

いや、当然だ。

今わたしは、ヒーローオブヒーローを相手にしているのだ。そのような考えで。勝てる訳が無い。

気合いを入れろ。

乾坤一擲の勝負だ。

プライムフリーズが、薙刀を突き込む。それを余裕を持って、手に出現させた光の盾で防ぐザ・ヒーロー。

周囲に何か撒いている。

これも即時粉砕しないと危ない。

粉砕しつつ、プライムフリーズとザ・ヒーローを挟むようにして、立ち回る。ザ・ヒーローは、背中を此方に見せていてもまるで平気だ。

薄明かりの中。

その姿が、はっきり見え始めてきた。

まだ若い頃のザ・ヒーローそのもの。つまり、スーパーアンチエイジングを駆使している、ということだ。

そしてスーツは。

誰もが知っている、現役時代の彼のもの。

青を基調とした。

一目でヒーローと分かるデザイン。

彼は単純を旨とした。

誰でも分かり易く。

助けに来てくれたのだと、悟ることが出来るように。そうすることで、より助けやすいようにした。

敵である、銀河連邦の軍勢を、引きつけやすいようにした。

そして戦った。

此処までは、真実だ。

誰もが知っている。

まあ、銀河連邦までは知らないか。

今でも大半の市民は、ぼんやりと侵略宇宙人、くらいにしか考えていない。真相を知ったヒーロー達さえ。

だからなんだと考えている者が多いだろう。

薙刀が、砕ける。

ザ・ヒーローが、軽くシールドバッシュ。

当たっていないのに、プライムフリーズが吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。

ぐるりと。

足を動かしてもいないのに、此方に向き直ってくるザ・ヒーロー。今の一撃、プライムフリーズの氷の防御を貫通したと見て良い。

再び、放ってくるシールドバッシュ。

天井近くまで跳躍。かわす。

壁に、巨大なへこみが出来る。

あの火力。

やはり、何か得体が知れないものを、高密度で飛ばしてきている。

上を向いたザ・ヒーローが。

次の瞬間には。

わたしに並んでいた。

速い。

拳を繰り出してくる。

受けて立つ。

お互いの拳がぶつかり合った後。

わたしは壁に叩き付けられ。

ずり下がっていた。

粉砕でかなり相殺したけれど。それでも直接ぶつかり合えばこれか。

向こうで、プライムフリーズが立ち上がろうとしているのが見えた。わたしは、まだやれる。

立ち上がる。

ただし、消耗が、目に見え始めている。

なんということか。

これが、生きた伝説。

プライムフリーズを歯牙にも掛けず。

わたしを同時に相手にしても、余裕どころか、本気も出していない。それほどまでにこの人は。

様々な力を取り込み。

おのれを高め挙げてきた、という事だ。

「ふむ」

ザ・ヒーローは、その場で棒立ちのまま、突っ込んできたミラーミラーの拳を、盾で受ける。

盾は砕ける様子もない。

わたしと同等の拳法使いであるミラーミラーの拳は、普通ビルなど数秒で粉砕してしまう。

ダイヤモンドで作っても、あんなサイズの盾なんて、気休めにもならないのだけれども。それでも、である。

ミラーミラーが跳び下がる。

対消滅が効いていないと見て良い。

「何ですか、その盾」

「イージス」

「!」

イージス。初代オリジンズの一人。

盾を持っているヒーローだったと伝えられている。一番最初に亡くなった初代オリジンズメンバーで、高潔な戦士だったとも、野蛮な男だったとも伝えられているのだけれども。その正体はよく分からない。

ただ、盾のインパクトは大きく。

現存するどの映像でも。

仏頂面で盾を持っているイージスは、初代オリジンズの中で、異彩を放っているのだ。

これについては。初代オリジンズを知っている者なら、誰でも見た事があるだろう。

ただし、である。

その盾は、イージスのものとは、似ても似つかない。

何というか。

イージスの盾は、無骨なタワーシールドだったのに対して。

今ザ・ヒーローが持っているのは。

薄く発光さえしている。

神々が持つような、金色のラウンドシールドだ。

「似ていませんね」

「イージスの能力は、盾を造り出す事でね。 彼は様々な付加価値をつけた盾を、何種類か戦場では使い分けていた。 これはそれらの盾を統合したものだ」

「本当だ」

プライムフリーズが、補足する。

なるほど、本当と言うからには、そうなのだろう。

そして、闇の奧から。

ザ・パワーが、その巨躯を現す。

これで、四対一。

だけれども。

戦力差が埋まったようにはまるで思えない。それほどまでに、相手は強大だと言う事だ。それに何より。

この狭い空間。

何か大きめの技を出されると、それだけで全滅する可能性がある。場所を出来れば変えたいが。

戦いながら、この強大なヒーローを、移動させるのは難しすぎる。

「ザ・パワー。 此処から見ていたよ」

「知っている」

「君は、全ての汚辱を受けるつもりなのだな」

「その通りだ」

そうか。

何となく分かってはいたが。やはり意図的に、苛烈すぎる粛正を敢えて行っていたのか。この世界を、少しでもマシにするために。

プライムフリーズもそれを敢えて承知で。

ある程度で、トップをすげ替えろという話をしたのだろう。

つまり、汚れ役であるザ・パワーが。汚れを引きつけた上で。

新しいリーダーを立てる。

そうすることで、汚辱は旧リーダーに集まり。

その恐怖に打ち震えていた連中は。

新しいリーダーに盲目的に従うようになる。

いにしえの王朝では。

旧王朝をとかく悪く史書に記す事があったが。

それは、これを目的としていた。

こうすることで。統治がやりやすくなる。今の時代を、変えるためには。これくらいの荒療治がいる。そう判断していたのだろう。

「無駄話も何だ。 来るが良い」

「そうさせてもらおう」

ザ・パワーが仕掛ける。

同時にわたしも。

床を蹴っていた。

 

1、神域の力

 

拳を叩き込まれる。必死に相殺するけれど。もしもできなければ、多分一撃即死だ。

ザ・ヒーローの実力は、もうヒーローの領域を超えている。

これこそが、神域だろう。

わたしも、それは嫌と言うほど、理解できていた。

既に戦闘は外へ。

天井をぶち抜いたザ・ヒーローの一撃に乗じて、流れ込んでくる水を無視して、外に。もっとも水は途中で全て、プライムフリーズが凍らせたが。

「ダムの上にでるのは久々だな」

水面に降り立つザ・ヒーロー。

多分飛行の能力を極限まで洗練しているのか、或いは他の能力を使っているのかは分からない。

いずれにしても、一ヒーローには一能力というこの世界では。

限界まで極めた技には及ばないとは言え。

この人は例外そのものの存在だ。

「ヴィラン討伐部隊はよくやってくれている」

凍った水面の上で、ザ・パワーは独り言のように呟く。

わたしも、水面が凍ってくれたので、高速で走り回って戦わなくても済みそうだ。プライムフリーズは、既に汗をかき始めているようだが。

それだけ疲弊がひどいのだ。

ミラーミラーは、どうしようか悩んでいる様子。

対消滅を仕掛ければ、水面が溶けるかも知れない。

そうなると、戦闘が面倒になる。

その程度の計算はしてくれている、という事だろう。

ザ・パワーが仕掛ける。

ラッシュを賭けるが、ザ・ヒーローは自分より更に背が高い現在のトップヒーローの拳を、余裕を持って捌き続ける。

わたしとミラーミラーが、示し合わせたように左右から背後に回る。

プライムフリーズは消耗がひどいからか、仕掛けようとはしていない。

いや、何か大技に備えているのか。

不意に。

目の前に、何かが出現する。

それが、こともなげに放られた、イージスの盾だと知って、わたしは流石に唖然としたけれど。

全力で蹴り挙げる。

凄まじいしびれが足に来た。

だけれど、その間に、ミラーミラーがザ・パワーの背後に、すり足で回り込むのに成功。うねるような動きで、回し蹴りを叩き込む。

だけれど、左手の人差し指一本で受け止められて。

愕然としたところを。一喝だけで吹っ飛ばされた。

その手に、イージスが収まる。

「ホーミングに操作も楽々。 便利な盾だ」

そのイージスが、形状を変化させる。

ラウンドシールドから、タワーシールドへ。

そして、起き上がろうとしているミラーミラーに放り投げようとしたその瞬間を狙って、わたしが仕掛ける。

踵落としを叩き込んだ。

ザ・ヒーローは、無言で、タワーシールドで受け止める。

ザ・パワーのラッシュを、右手だけで捌きながら、である。

体術一つでこれか。

だが。

タワーシールドで、視界が防がれたはず。

そのまま、頭上から、拳のラッシュを、シールドに対して叩き込む。

粉砕の力つきで、である。

シールドの力が凄まじく、すぐには破壊出来ないが。止まっている状態でなら、効率よくダメージも与えられる上。

ザ・ヒーローも押さえ込める。

不意に、手応えがなくなる。

わたしも着地すると。

見事なすり足で、後方に滑るように抜けたザ・ヒーローを確認。何となくに、わたしの狙いに気付いているのだろう。

消耗。

それが狙いだと。

わたしは最初から、ザ・ヒーローの能力の弱点は分かっている。

元々自分の能力じゃないものを、同時複数展開。そんな事をしているのだ。何が弱点になるかは明々白々。

しかもこのあり得ない強度で、である。

それに、ザ・ヒーローは殆ど大技を放っていない。

多分ダムを決壊させないためだろうけれど。

それ以外にも、恐らくは。

能力の消耗を抑えるのが目的になっている筈だ。

ミラーミラーも体勢を立て直した様子。

プライムフリーズが、側に降り立った。

「まだいけるな」

「余裕!」

本当は、余裕なんてひとかけらも無い。ザ・ヒーローの想定以上の実力を前にして、さっきから膝が震えっぱなしだ。

その気になれば水爆以上の火力なんて、余裕でたたき出せるだろう相手が。それでも最小限の火力で戦っている事も理解している。

「ザ・パワー。 お前は」

「何か策が」

「B案で」

「……分かった」

B案か。

当然、突入前に作戦は練っている。敵の消耗を狙うというのも、策の一つではある。というよりも。戦略として、最初から雲雀が提示していたものだ。

雲雀自身も仕掛けてくる予定だが。

まだタイミングでは無い。

此処からは打ち合わせている、細かい戦術を試していく事になる。

「行くぞ!」

ザ・パワーが吼え、真正面から行く。

次の瞬間。

時が止まった。

違う。

ダムの湖上全域に。

何かとんでも無い能力が展開されたのだ。

膝を突く。

動けない。

これは、人間に対する毒素か何かか。体が露骨に侵食されているのが分かる。ザ・パワーも、突撃しようとしたところを、挫かれている。

ミラーミラーは。

対応が間に合わなかったらしい。

その場で固まっている。

唯一、プライムフリーズだけが。

周囲に氷を霧状に展開。

防いだ様子だった。

「今度はエンハンスか」

「懐かしいな。 その通りだ」

「……」

エンハンス。

能力は無力化。

オリジンズの一人だった人物。あまり詳細はよく分かっていないが、七番目にオリジンズに加入した戦士で。

敵を機械だろうが何だろうが、無力化する力を持っていた、とされている。

今、この能力がそれだとすると。

何だこれは。

正体が掴めない。

粉砕の能力も展開しているのだけれど。やはり次から次へと全身が侵食されているようで、防ぎ切れていない。

「流石に知っている君には通じないな」

「ああ、詳細さえ知れば、けちな能力だからな」

「だが知らなければ、トップヒーローでも瞬時にこの通りだ」

「……」

プライムフリーズは、此方を一瞥。

能力について、話すつもりはないのか。知れば対応出来るというのなら、話すべきだろうに。

いや、待て。

話す事が出来ないのだとすれば。

そういう能力はあるのか。話すと却って状況が悪化するが、正体を知ればどうということもないと言う力は。

考えろ。

時間はあまりない。

不意に、気付く。

凍った湖面に。わたしが映っているか。いや、映っていない。それどころか、先ほどから、ダム上全域がそうだ。

ヘリは。

まだ滞空している。

機械には効いていない。いや、そんな筈はない。あれは自動操縦とはいえ、機械で動かしているのだ。

もしもエンハンスの能力が伝承通りなら。

効かないはずが無い。

いや、伝承と違っているのなら。

本人が墓まで持っていくつもりだったのなら。

しかし、機械に効かないのなら、銀河連邦の機械化軍団を相手に、戦える筈もないのだ。何のからくりがある。

気付く。

そして、湖面に、拳を叩き込んでいた。

同時に、全身が一気に楽になる。

呼吸を整えながら、立ち上がる。ザ・パワーは、既に気付いていた様子で、冷や汗を掻きながら、立ち上がってきていた。

「認識のずれを、立っていられないレベルにまで強化する……」

呟くように言う。

全身が引っかき回されるようなこの気持ちの悪さ。

コレは恐らく、船酔いなどと同じ原理のダメージだ。

相手がAIなら、同じように通用するのだろう。

そしてプライムフリーズの言葉も。都合が悪い内容なら、認識を書き換えて、通用しないように出来た、という事か。

足下がふらつく。

だけれども、何とかまだやれる。

呼吸を整えて、正面を見る。

ザ・ヒーローの目が、赤く光っているのが分かった。

まずい。

横っ飛び。

一瞬までわたしがいた地点を、超高熱の光線が薙ぎ払い、焼き尽くしていた。

分厚い氷が一瞬で蒸発。

ダムの向こうに光線が着弾。

爆発さえしなかったけれど。

一部の地面を水飴のように溶かし。地平の彼方まで、光線は飛んでいった。

これはビームランサーの能力か。

ビームランサーも初代オリジンズの一人。紳士として知られた人物だ。その能力は、目から高出力のレーザーを放つという平凡なものだが、その展開力が尋常では無かった。実際に銀河連邦の機械化軍団を相手に、最も多くの戦果を上げたのは彼だった、と言う話も聞いている。

それこそ、一点突破から面制圧まで何でも出来る。

それが彼の能力の強みで。

そして、それを使いこなしていたことが、彼の恐ろしさだった。

単純な物ほど、極めれば強い。

簡単な話だ。

わたしの粉砕だってそうなのだから、良く原理は分かっている。そして、本人ほどではないにしても、膨大な力を振るう事が出来る上、自分のレベルなりに技を極めているザ・ヒーローが、どれだけ厄介かも。

また、放ってくる。

今度はミラーミラー相手。

対消滅で、かろうじて防いだようだけれど。

相殺の衝撃で吹っ飛ばされ、水中に落ちる。

背中から氷を割り砕いて、ダムの中に、である。

どれだけ派手に吹っ飛ばされたかがよく分かる。

ザ・パワーが仕掛ける。

拳が届く寸前。

遅いと言わんばかりに、ザ・ヒーローが光線を放つ。相殺しながら下がり。そして再びラッシュを仕掛け始めるザ・パワー。

だけれども。

その動きは、確実に遅くなってきていた。

呼吸を整える。

このままだと、削りきられるのはこっちの方だ。

プライムフリーズが顎をしゃくる。

「今から行くぞ」

「……」

好機はそれほど多く無い。

だけれど、クリーンヒットを一発でも入れれば、多少は変わってくるはず。相手はスーパーアンチエイジングで健全な肉体を保っているとしても。それにも限界がある筈なのだから。

プランBとは簡単。

ブレイクのことである。

ザ・ヒーローは現時点では、此方の上を常に取っている。だが、ザ・ヒーローの能力は、これほど劣勢に弱いものもないのだ。

あくまで、圧倒的な力を生かすためにあるとも言える。

そして勢いに乗った力ほど。

劣勢に転じたとき、脆いものはない。

勿論、あっさり追い詰められるほど世の中甘くないことくらいは重々承知している。だが、ザ・ヒーローも、自分の能力で追い詰められることがどれだけ危険かも、理解はしている筈だ。

呼吸を整える。

気を練り上げる。

凍り付いたダムの上で。

ラッシュを捌いているザ・ヒーローが。此方を見た瞬間。

全力で、真正面から突貫。

クラウチングスタートからの、全力疾走。

後方で、分厚いはずの氷が砕けるのが分かった。走り出すときに、パワーを込めすぎたのだろう。

だけれど、それくらいでないと。

とてもザ・ヒーローには肉薄できない。

イージスを向けてくるが、わたしは、全力でそれに拳を叩き込む。一瞬の沈黙の後、激しい衝撃とともに、イージスが吹っ飛ぶ。

いや、違う。

衝撃を殺すために、弾かれざるを得なかったのだ。

ザ・パワーも承知しているから、ラッシュを続行。

そのままわたしは間を詰め。

ザ・ヒーローが、頭上から放った、何か良く分からないものの直撃を、至近の氷が受けるのをみた。

何だ、これは。

肉か何かか。

兎に角分かるのは。赤黒い触手状のものが、突然空中から現れ。わたしの至近の氷を、撃砕したという事だ。

肉のくせに大した火力である。

しかも柔軟に動くと。

横殴りに、わたしを襲う。

対処が遅れかける。

だが。触手は。

水面下から現れた。複数の触手によって、押さえ込まれる。

雲雀だ。

そのまま、触手を飛び越す。

ザ・パワーが、飛び退く。

わたしが、躍りかかるのと。

ミラーミラーが。背後から飛びかかるのは、殆ど同時。流石に不利を感じたのだろうか、ザ・ヒーローは上空に飛ぼうとして。

失敗した。

そして、彼は見ただろう。

足下が、凍り付いている。

プライムフリーズが、時間稼ぎの間に、じっくり時間を掛けて、丁寧に凍らせたのである。

一瞬だけ速いミラーミラーを弾くが。

それでも、わたしの攻撃は、直撃。

拳が、ザ・ヒーローの脇腹に突き刺さる。

今日、始めて。

クリーンヒットが入った。

 

師匠との訓練の時。

いつも言われた。

殴るときは容赦するな。手加減を考えた瞬間に負ける。

戦う時は頭が熱くなりやすい。そういうときは、変な手加減も、生じてきやすいものだ。戦うべき相手が、どのような存在か。そういうことを考えた次の瞬間には、手心が生じてしまうものなのだ。

だから、戦う時には。

頭を空にしろ。

考えるのは。

殴った後でいい。

拳を抉り抜く。

渾身の一撃が入った。

吹っ飛んだザ・ヒーローは、湖面を突き抜いて、氷の下に。

氷の下から飛び出してきた雲雀を見届けると。

プライムフリーズが、ダムを丸ごと凍らせた。

こういう豪快な使い路の方が、却って力を消耗しなくてすむ。いつもは緻密に広範囲攻撃をしなければならないから、プライムフリーズは消耗が激しくなっているのである。だが、これなら。

「……」

雲雀が、目を細める。

そして、氷が。

次の瞬間には、割れ砕け、吹っ飛んだ。

飛び出してきたのは、ザ・ヒーロー。

氷を砕いたのは、粉砕の能力。つまりわたしの力だろう。だけれども、力は使えば消耗する。

この世界で、唯一存在しないもの。

それは、肉体などの治療を行う能力では無い。能力の消耗そのものを回復する能力だ。ましてや自分の能力回復を出来る能力は存在していない。というよりも、恐らく特性上出来ないのだろうか。

いずれにしても。

ザ・ヒーローは、粉砕の拳を叩き込まれたにもかかわらず。

生還。

一瞬でスーツを乾かす余裕さえ見せる。

「流石にやるな」

師匠の声。

わかっている。師匠も、ザ・ヒーローを構成する一部だったことは。だけれども、今は、師匠が相手でも殴る。

腰を落とす。

一撃でだめなら。

もう一撃だ。

どのみち、手加減なんて考えられる相手では無いのだ。可能な限り削る事を考えて行かないと。

守勢に回った瞬間殺される。

連携は何種類か考え、練習してある。

皆の消耗も大きいが。

もう一度、別の種類の連携を試すか。

「では、今度はこの能力だ」

「!」

次の瞬間。

空間から湧き出した、無数の腕が。

わたしの手足を掴んでいた。

どれもこれもが泥にまみれた、いや血泥と言うべきか。どちらにしても、汚れきった腕である。

これは、見た事がある。

アンデッドウォール。

初代オリジンズの一人である、ウォーキングデッドが使っていた能力。映画のゾンビの腕を、多数操作するというものだ。ゾンビは腕しか出す事が出来ないが、空間を渡って、何処にでも出現させることが出来る。相手の体内や、機械の内部にだけは出す事が出来ないが。

ひょっとすると。

さっきの触手も、これか。

腕の中には、大人のものだけではなくて。

か弱い子供のものもある。

此処で言うか弱いというのは。

今までわたしがぶっ潰してきた、子供を自称するMHCではなくて。本当に力がなくて、ちょっと親が目を離しただけで死んでしまう子供のことだ。ましてやこの世界での過酷な生活は。

どれだけ子供の命を、成人前に奪うだろう。

辺りは、無数のゾンビの腕に満たされている。

その中で。

わたしは、見る。

ザ・ヒーローが、一瞬躊躇したザ・パワーの腹に、拳を叩き込むのを。吐血するザ・パワー。

今のクリーンヒット。

無事では済まなかったか。

「くそっ!」

わたしは無数の死者の腕を乗り越えながら、躍りかかる。ザ・ヒーローは。さながらイソギンチャクの中に住まうクマノミのように。膨大な死者の群れの中でも、堂々とたたずんでいた。

だからこそ、目立つ。

拳をうち込む。

避けようともしない。

罠か。

いや、だが。

先に、ミラーミラーの拳が、ザ・ヒーローに届く。こちらは、不意を突いたわけでもないのだが。

確かに、通った。

だが、直後。

わたしが拳を叩き込もうとすると。ザ・ヒーローはするりと抜けた。

「ふむ、やはりそうか」

ミラーミラーの一撃が効いていないとは思わない。

だけれど、ザ・ヒーローは。

確実にその一撃を凌いだ。

そればかりか、わたしの間合いを、一撃受けただけで悟ったのか。

「その拳、当てた後に砕いているな」

端から見れば、妙な話かも知れない。

だけれども。

ザ・ヒーローが指摘したのは真実。

それも、わたしにとっては、面倒な真実だった。

その通りだ。

粉砕の能力は、基本的に当ててから使う。つまり、どういうことかというと。当たるタイミングを此方が把握していなければ、いいダメージは入らない、という事である。わたしがラッシュをたたき込めるようになったのも、修練を開始してから随分経った後。これは、わたしがこの事実を体で掴んで。対人戦闘技術を磨くのに、どうしても必要だったからである。

逆に言うと。

先に敵が当ててくるようなことがあると。

此方は思ったほどダメージを当てられない。

相手は戦闘タイプヒーローである。

同じ戦闘タイプヒーローの。それも達人級の拳でも。能力がしっかり乗っていないと、相手には大ダメージを通せない。

だから、ミラーミラーの一撃は。

今思ったほど通らなかった。

ましてや彼女の能力は、対消滅。

拳一撃叩き込んでも、それが何かにつながるものではないのだ。

「師匠の記憶を取り込んでいないのか」

「いや、まだ克服できていないのだな」

「どういうことだ」

「こういうことだよ」

指を鳴らすザ・ヒーロー。

いかんと、プライムフリーズが叫ぶ。

わたしも危険を感じて、全力で退避に掛かるけれど、間に合わない。

放たれた衝撃波が。

その全てに粉砕の能力を乗せていた。

能力を能力で相殺するけれど。

それで精一杯、

全身から血がしぶく。

まさか。

こんな事が、できるのか。

粉砕の能力の、遠距離発動。

それも体から離れている衝撃波から放つというのか。これは面倒極まりない話である。あまりにも厄介だ。

「……!」

至近。

今度は、ザ・ヒーローが迫っていた。

顔にはまだ余裕の色が浮かんでいる。

それなのに、此方は。

もう満身創痍。

前に飛び出してくる雲雀。

顔を上げる前で。

雲雀の全身が、瞬時に打ち砕かれていくのが分かる。ザ・ヒーローとの実力差は、絶望的だ。

それなのに。

時間を稼ぐためだけに。

前に立ちはだかるというのか。

あの合理主義者が。いや、合理主義者だから、なのか。

雲雀は、どうしてこんな事を。決まっている。時間を稼ぐため。つまり、時間さえ稼げば、勝機がある。

そうだ。

少しだけ、頭が冷えてくる。

そもザ・ヒーローは。本人以上の精度で、能力を展開することが出来ないはず。これでも技は磨き抜いている自信がある。

何故、あれを。

遠距離粉砕を、今までやらなかった。

それは思いつかなかったからではない。

絶対に何かしらの欠陥があるからだ。

はたと思い当たる。

雲雀が、ずたずたになって、ダムに沈んでいく。大丈夫、戦闘タイプヒーローなら、ちょっとやそっとでは溺死しない。

だから、少しだけ耐えてくれ。

わたしは、雄叫びとともに。

ザ・ヒーローに。渾身の拳を打ち込みに掛かる。

当然、ザ・ヒーローは、今の遠距離粉砕で迎撃してくるが。

それを待っていた。

一点に力を集中して、相殺。衝撃波はやり過ごす。勿論体にダメージははいるけれど、無視。

無視できるほどのダメージだからだ。

予想通り。

ザ・ヒーローが眉をひそめると、即座に攻撃手段を放棄。手元にイージスを戻すと、わたしの攻撃を受け止めた。

だが、同時に。

背後から。プライムフリーズが放った無数の氷の槍が、ザ・ヒーローを襲う。

ザ・ヒーローは、わたしの拳をイージスで防ぎながら、手元から力を発し、氷の盾を造り出して、槍を防ぐ。

間違いない。

消耗が大きい。

そうだ。

あの攻撃、消耗が大きすぎるのである。火力も、実際に拳で殴って粉砕するよりも、半分以下になる。

目立って派手だから。一瞬だけ恐怖を刺激するけれど。

それだけだ。

もしも使える技だったのなら、今までの修練で見つけ出しているはず。何度も数え切れない回数粉砕を使って来て、そして今まで創意工夫だってずっと続けてきた。能力の持ち主はわたしだ。

わたしに思いつかない方法を、他人が一瞬で見つけ出すことは、あるだろう。

だけれど、わたしに最も馴染んだ能力で。

しかもそれを、一瞬でわたしより使いこなすことはあり得ない。何より、ザ・ヒーローの能力的にもあり得ないのだ。

ミラーミラーが奇襲。

攻撃を防ぎきれなくなったザ・ヒーローが、全身から衝撃波を放って、周囲の全員をはじき飛ばしに掛かるが。

それは好機だと、知らせているようなものだ。

ザ・ヒーローの足を掴む手。

ザ・パワーだ。

今の攻防の隙に、下に潜り込んでいたのだろう。

そして、一瞬だけ気を取られた瞬間。

わたしが、ザ・ヒーローの。懐に潜り込んでいた。

「ありがとう、師匠。 わたしもな、此処まで出来るようになった!」

一撃を、鳩尾に叩き込む。

完全なクリーンヒットだ。

そして、そのまま、ラッシュに入る。

残った力は、あまり多く無い。

だからこそに。

此処で、決着を付ける。

 

2、決着の夜

 

分厚い、鍛え抜かれた体だった。

今までわたしが殴ってきたどんな敵よりも、頑健で。まるでそのものが、要塞のような頑強な肉体。

だが、それが故に。

見えた。

これこそが、ザ・ヒーローの限界。

「はあっ!」

雄叫びとともに、ザ・ヒーローが肘を撃ちおとしてくる。

だけれど、わたしが受け止める。

ラッシュは一瞬だけ止まるが。

追撃は、ミラーミラーがさせない。

能力も、展開させない。

流石にザ・ヒーローも。凄絶な表情を浮かべた。わたしは。というよりも周囲の全員に、容赦する余裕は無い。

再び、ラッシュ。

残る全ての力を、叩き込む。

そして、気がつくと。

周囲は夜。

力を使い果たしたわたしは、呼吸を整えながら。

倒れたザ・ヒーローを前に。

立ち尽くしていた。

ミラーミラーも、ザ・パワーも。プライムフリーズも。

ヴィラン討伐部隊に救出された雲雀も。

周囲に姿が見えるけれど。

全員、動く余裕など、有りはしなかった。

笑い始めるザ・ヒーロー。

わたしは、それを。

何処か悲しいものだなと感じていた。

「何でも出来るのに、手が届かぬ場所がある。 妻を惨殺されたあの時、私は思い知らされたよ」

「……」

「もうよろしいでしょう」

不意に、側に気配。

殆ど余力は残っていないようだが。

ミフネだ。

よほどブラックサイズと楽しく戦っていたのだろう。全力での戦闘後だというのに、高揚している様子が分かった。

「側から見ていて、はらはらしましたぞ。 さすがは現オリジンズ。 そして、歴代最強のヒーロー。 貴方は頂点に立つべくして立った事を見せつけた。 一人では、其処の次代のエースであるテンペストでさえ、貴方には遠く及ばないことを示した。 それで充分ではありませんか」

「……ミフネ、例のものを」

「よろしいのですね」

「ああ」

ミフネが、放って寄越したのは。

小型のストレージだ。

手に収まるサイズで。それでも、最新の技術が詰め込まれている代物である。

「それは、多数のヒーロー達。 この世界の支配者達の、醜聞を集めたものだ」

「……」

そうか、そういうことだったのか。

ザ・ヒーローは、自分が敗れたときのために。

様々な闇に手を染めながら。

後継者のための、準備をしてくれていた、という事か。

世界をまともに動かすには。世界を一度粛正する必要がある。腐敗しきった現役の戦闘タイプヒーロー達には、鉄槌と権力の再整理が必要だ。そしてザ・パワーでは、もはや限界が来ていた。

これは、搦め手からも。

戦闘タイプヒーロー達を追い詰めるための猟犬。

彼らを団結させないためのもの。

彼らが団結してしまったら、現役オリジンズだって、ひっくり返されてしまう。何しろ数が違いすぎるからだ。

ザ・パワーの力の恐怖の前に。

事実、それがいつ起きても不思議では無かった。

だが、もしもこれが機能すれば。

敵の団結を、未然に防ぐことが出来る。

そうすれば、この世界は。ザ・パワーの下で、再編成を果たすことが出来るだろう。恐らくは、そう時間も掛からないはずだ。

ザ・ヒーローに肩を貸すミフネ。

ザ・ヒーローは、疲れ切った様子で、もう一度、此方に言う。

恐らくコレが最後の会話だ。

「私はもはや、地上に必要ない。 オリジンズに復帰するには、私はあまりにも手を汚しすぎたからだ」

「あんたがそう思うなら、もう止める事はないよ。 それに、あんたが何を考えて地下に潜っていたかも知っている以上、止めるつもりは最初から無い」

「ハードウィンドほど私は高潔では無いがね」

「だが、師匠はあんたの一部だ。 だったらあんたにも、師匠の心が受け継がれている筈なんだ」

だから、信じる。

それに、何よりもだ。

そももはや追撃する余力も無いのも事実だった。

ミフネが、一礼だけすると。

ザ・ヒーローを連れて、何処かに消える。恐らくは、空間を転移する例の能力を使ったのだろう。

分かっている。

ザ・ヒーローは、明らかに勝てる局面を、何度か手抜きしていた。

その気になれば、ダム周辺を丸ごと消し飛ばす事だって容易だっただろう。それくらいの火力がある能力の一つや二つ、ストックしていたはずなのだから。

それをしなかったと言う事は。

やはり、見たかったのだ。

次代の力を。

そしてザ・ヒーローは。

二百年の時を経て、やっと安心して、休む事が出来る。

あっという間に腐敗していったオリジンズとヒーロー達を見て、苦心していた筈のザ・ヒーローは。

わたしのラッシュを浴びた後は。

とても穏やかな顔をしていた。

わたしはあの人の苦悩を砕く事が出来たのだろうか。

出来たのならば。

それはとても嬉しいことだと、思った。

 

3、未来への道

 

タオルを被って、ぼんやりしている私の所に、テンペストが来る。どうにか救助は間に合ったけれど。

肉体の再構成は、かろうじて間に合ったという所で。

疲弊がとんでもなかった。

しばらくは絶対に変身しないようにとさえ、医者に言われたほどだ。今度変身したら、どうなるかわからないとも。

「時間稼ぎ、有難うな。 助かった」

「ザ・ヒーローは去ったって?」

「満足げだったよ。 あれなら、また世界が腐敗する前に再構成すれば、どうにかなるだろうな」

「……」

逆に言えば。

また世界が腐敗したら、あの人は魔王として。

世界の闇に君臨するだろう。

そして地球人類は、まだ宇宙にでるには未熟すぎる。宇宙にでられるようになるまでには、まだ何千年も掛かる。

きっと、あの人と現オリジンズのような存在は、今後何度も対立するはずだ。

まずは、世界の立て直し。

力を持ちすぎているヒーロー達の整理が終わったら。

銀河連邦との交渉を再度行い。

当面は地球をでないことを明言して、戦いを避ける。

その後も、やることは山積みだ。

多すぎて、笑えてくるほどなのだ。

どうして、今後楽が出来ると思えよう。

「休んでな。 後はわたしがやっておく」

「無茶言うな。 そっちだってボロボロだろう。 あのザ・ヒーロー相手に、最後まで近接戦してたんだから」

「ボロボロだけれど、鍛え方が違うんだよ。 余力だってある」

ずたずたにやられているけれど。

確かに、テンペストはそれでも、動く事が出来るようだった。

後は任せることにする。

そもそも、ザ・ヒーローの居場所だって、苦労しながらようやく見つけ出したのである。戦場でまで死にかけていたら、世話はない。

病院に搬送される。

先に来ていた奴を見て、苦笑い。

ブラックサイズだ。

ミフネと五分の戦いを続けていたが、どうやら一足先に敗れていたらしい。だけれど、悔いが無い様子だったと、看護師に聞かされる。

すぐに手当が開始される。

半分人を止めてしまっているような私だけれど。

根本的な所では人だ。

気がつくと。

枕元に、誰か立っていた。

フードの影だ。

最近すっかり大人しくしていると思ったが。この状況が到来する立役者となったのは、間違いなく此奴だろう。

私の体は。

大丈夫、ちゃんとある。

ただ、生命維持装置がつけられて。私自身は、意識がないようすだけれど。

手術に失敗したのか。

いや、違う。

コレは恐らく、緊急手術をしても、こんな状態になるほど、私は良くない状況だった、という事だ。

どうやら、想像していたよりも、私の体は良くない状態だったらしい。

体を動かそうとしてみるけれど。

それもままならなかった。

「今日は別れをいいに来た」

「そう。 宇宙に帰るの?」

声が出る。いや、違う。

これは、思念を返している。

夢か。

いや、それにしてはリアルすぎる。恐らくは、テレパシーのようなものをフードの影が飛ばしてきていて。

私が擬似的にそれに分かり易い対応を。認識しやすい形として、組み立てているのだろう。

「いいや、地下に潜る」

「え……?」

「クリムゾンでの私の仕事は終わったからね。 既にクラーフと約束もしてある事だよ」

「……ちょっと、意味が分からない」

説明してくれる。

此奴は、クラーフと同じ銀河連邦の存在だ。

そればかりか。

最初に送り込まれた平和の使者達の、最後の生き残りでもある。

十三人いたうちの、十二人までが惨殺されたけれど。

最後の一人だけは生き延びた。

だけれども、生き延びたからといって、地球を脱出できた訳では無い。その場を逃れると、姿を偽装し。地下に潜ったのだ。

そして今まで、姿を隠しながら。

地球が復興するのを見届けようとしてきた。

だけれども、戦闘タイプヒーローによる圧政が始まり。

彼女は考えたのだ。

この星には、監視する者が必要だと。

だから銀河連邦に申請し、監視を続けた。クリムゾンに協力したのも、反体制組織にいた方が、状況を掴みやすかったから。

雲雀に力を与えたのも。

同じ理由から。

ある程度強い手駒がいる方が。

状況を把握しやすかったから、だ。

「プライムフリーズは知っているの?」

「だいぶ前から」

「そうか。 私だけのけ者だったか」

「すねない。 こんな所は可愛いところもあるんだな」

けらけら笑うフードの影。

そして、咳払い。

妙に真面目な空気を造り出していた。

「しばらくは地下で大人しくしているつもりだけれど、やはりこの星では、体制が腐敗しやすいとみるべきだろうからね。 冬眠はせずに、監視は続けるつもり」

「それで、腐敗したと思ったら」

「地球人の自浄努力に期待するよ。 だけれども無理っぽいと思ったら、また手を貸して、尻を叩くかな」

そうか。

妙に親切だな。

疑問に思った私だけれども。その理由も、教えてくれる。

此奴は。

銀河連邦に植民地化された星の子孫だそうである。

地球人類ほどではないけれど、残虐で暴力的で、排他的な種族の星。やはり無理に外に出ようとして、銀河連邦に喧嘩を売り、最終的に叩き潰された星。

ただ、この星では。

強い者には従うべきだという風潮が有り。

自浄作業と自己努力を説く銀河連邦に対して、素直に皆が従ったのだとか。

その結果、教化部隊を受け入れ。

現在に到るまで、教化が続けられているという。

「その星は、どんな様子?」

「知りたい?」

「勿論。 もしもザ・ヒーローがいなかったら、地球がたどっていた道だからね」

「……正直、良くも悪くもないかな」

やはり、種としての性質だ。

一世代や二世代で、変わるはずがない。

教化部隊による努力は続いていて、星そのものは良くなり続けているそうだけれど。

それでも、銀河連邦に加わるには早すぎる。

ただ、フードの影のように。選抜されて、銀河連邦の士官や外交官に抜擢されるものもいるとかで。

それは、決して不平等な体制ではないそうだ。

当然というか、銀河連邦が来る前は、仁義なき殺し合いが続く修羅の世界だったフードの影の母星も。

穏やかな所に変わってきてはいるそうだけれど。

それでも、根本的な性質は変わらず。

小競り合いは、しょっちゅう起きているそうだ。

「地球も、やっぱり教化部隊を受け入れていれば良かったかと思う?」

「いや、やっぱりだめだと思うかな」

「どうして」

フードの影の疑問に。

私は答える。

同じ戦闘的種族であっても。

地球人は怠惰と腐敗にすぐ転ぶからだ。

実際初代オリジンズが世界をリードし始めてから、数十年と腐敗するまでには掛からなかったのである。

ザ・ヒーローの存命中に。

もう手が付けられない段階まで腐敗していた。

そんな連中が、神の如き銀河連邦に支配されたらどうなるか。

教化はいいだろう。

だけれども、その裏で。

今度は堕落が始まる。

皆何も努力をしなくなり。

堕落した思想が蔓延し。

物資だけを食い潰す。

そんな連中が横行しただろう。雲雀は、そう思うのだ。

テンペストの言葉にも、概ね賛成できる。地球人類は、最低でもあと数千年は、進歩に掛かると見て良いだろう。

だけれども、その努力は、地球人類の手によって行われるべき。

そう告げると。

フードの影は、頷いた。

「私もね、この星で過ごして長い。 もう二百年を超えた。 だからこそ、その思想が正しいと思う」

「今後、困ったときには、手を貸して欲しい」

「……そうだね」

私に、何かを手渡すフードの影。

いや、違う。

それはあくまで、擬似的なイメージだ。

目が覚める。

側には当然誰もいない。

生命維持装置は、もう外されていた。

容体はそれだけ安定した、という事だろう。まあザ・ヒーローに、私を殺す気は無かったのだとすれば、なおさらだ。

ベッドの横には、小さなテーブルが有り。

其処には何か小さな箱のようなものがおかれていた。

使い方は、何となく分かる。

もしも子孫を残す事が出来たり。

或いは思想を受け継ぐ弟子を作る事が出来たら。

これを引き継ごう。

テンペストが今後は強力にある意味では強引に、改革を進めていくことだろう。だが、体制が変わっても、人は簡単には変わらない。

圧倒的な暴力を振るうことを可能とした戦闘タイプヒーロー達がやった事を考えれば、明白だ。

あれだけ視線が変わるようなことをしても。

彼らがやったのは、俗悪なヒトそのものの愚行の数々。

だから星は滅びかけた。

だから、我々は。

今後も少しずつ、改革を進めていかなければならないのだ。

数日すると、ベッドをでて良いと言われた。

オリジンズの円卓に出向く。

そこでは。

既に期日まで、五日を切っていた。

ザ・パワーは、負傷をしながらも、無理をして悪徳ヒーローの粛正を続け。それを、プライムフリーズが後押しして。

そして、粛正は、ほぼ完了していた。

それに何より、だ。

ザ・ヒーローがくれた、資料が大きかった。

この世の闇の図。

世界の悪辣なヒーロー達と、その全ての詳細。裏のつながり。それら全てを、数十年がかりで網羅した、巨大な図。

私も知らない流れが、図の中には記載されていた。

コネクションを分断するには、それで丁度良かった。

圧倒的な暴力だけでは無理だった粛正も。

各個撃破が行われ始めると。もはや反抗の空気も消えて無くなった。

或いは。

銀河連邦の軍に、ザ・ヒーローは、これを提出するつもりだったのかも知れない。その可能性は、決して低くないだろう。

円卓に、皆が集まってくる。

結局決戦では、幹部は誰も欠けずに生き残った。

ザ・ヒーローとミフネは、姿を消したままだが。

それでも、何処かできっと、この世界のために働いてくれているのだろう。考えも変えてくれたようだし、彼らについては心配しなくてもいいはずだ。

「これより、最終会議を行う」

ザ・パワーが資料を提出してくる。

それによると。既に二千を超えるヒーローが粛正され。そして、ザ・パワーの手により。その腐敗の構造図も暴露された。

「全てを白日の下に晒された連中は、既にもはや死に体だ。 この辺りで、連中をまとめて屈服させる儀式を行い、それで銀河連邦には帰ってもらうつもりだ」

「儀式とは」

「皆をオリジンズ本部ビルに集めて。 私から次の支配者を、テンペストにすることを、告げる」

「!」

プライムフリーズは。

見ていると、茶を飲んでいる。

平然としている所を見ると。

もう決めたことなのだろう。

「プライムフリーズと私は、後見人として残るが。 以降は、テンペストに全ての最高権力が移動する。 以降はヒーローの過剰特権が全て剥奪され、社会が安全に運用されるようになるまで。 この体制が継続される」

「その後は」

「ああ、わたしが話す」

疑念を発する私に。

テンペストが挙手。

なるほど、私が寝ている間に。

とっくに打ち合わせは済ませていた、という事か。

「この星は、知っての通り、インフラさえ適切なら、四十億人程度の人間が、平和に過不足なく暮らしていける状態になっている。 その技術力を生かして、平穏に安定した世界が整えられたら。 今度は、外の世界にでられるようになるべく、地球人類が精神的に成熟できるように、教化を開始する」

「教化……」

「教化だ。 今回の事件、銀河連邦の大艦隊による侵攻についても、勿論真相を全地球人に公開する」

なるほど。

フェアなテンペストらしい思想だ。

それで上手く行くかは。

また別の話だろうが。

まあ私もいるしプライムフリーズもいる。今度は、前のようにはいかない。

ただし、である。

ある意味、これからが本番でもある。

どうしても、ヒーローとしての力を持った人間は、他の人間が束になってもかなわない。そして、問題なのは此処からで。

ヒーローとして。特に戦闘タイプヒーローとして育った者は。

自分を特別な存在だと考えている。

これ自体は確かにその通りだ。

普通のヒーローでも千に一。

戦闘タイプヒーローに到っては、十万に一というレア体質だ。

だが問題は、そんな彼らは別に精神的に特別なわけではなく。むしろ好き勝手に育った結果、俗悪そのものの存在になってしまっていること。

要するに、精神の暗部だけ異常肥大した人間というのがふさわしい。

彼らは思うはずだ。

どうして我等が市民などと同列なのか、と。

許されることでは無い、と。

例えば、倒すべき悪が存在して。

それとだけ戦っていられれば、それはヒーロー達にとって、とても幸せな世界なのだと言えるだろう。

何しろ、である。

生活を気にする必要もなく。

他の大多数である市民は、自分を差別もしない。

そればかりか、ヒーローとして姿を見せれば、拍手さえしてくれる。崇拝の対象にさえしてくれるのだ。

だが、現実は、違う。

一種の神々に等しい力を持つヒーローの精神は、人間と変わらず。

それが巨大な歪みを生む。

そして、場合によっては。銀河連邦は、この世界から、ヒーローの力を取り上げていくことだろう。

そうなれば世界は逆戻り。

同じ力の人間同士が、仁義なき殺し合いを続けるカオスへと逆落とし。

其処は。

容赦のない弱肉強食の理屈だけが跋扈する、悪夢の世界。

テンペストだって、ヒーローとしての力がなくなれば、ライフルによる狙撃一発にだって耐えられなくなるだろう。

「その時はその時だ」

自分に言い聞かせる。

まずは、数日後の最初の壁を越えなければならない。

教化とやらは。

それからだ。

 

翌日には、フードの影は姿を消していた。

皆に正式に別れを告げていってもいいだろうに。まあ、それは彼女の考え次第だ。きっと何か思いもあるのだろう。

石塚が代わりに姿を見せる。

ガンは完治したようだけれど。

やはり短時間とはいえ、ガンを治療したのだ。無事で済む筈も無い。

壮絶にやせ衰えた姿は。

最大の地下組織を長として引っ張り続けた男とは、とても思えないほど、惨めで、弱々しかった。

ただし眼光は衰えていない。

ザ・パワーに請われて、石塚は来たようだけれど。

彼は、首を横に振る。

「もう俺は見ての通りの年寄りだ。 それよりも、頼りになる若いのがまだ残っているからな」

「引退でもするつもりか」

「まあ、後見役くらいはしてもいいか」

「それで充分だ。 これから世界は忙しくなる。 ヒーローに対する特権を取り払った先に生じる混乱は、予想以上に大きいはずだ。 支えてやってほしい」

ザ・パワーと石塚が握手を交わす。

何だか、不思議な光景だ。

石塚を、病室に運ぶ。

体も随分軽くなっていた。

「立派になりやがって」

「私は立派じゃないですよ」

「何を言う。 俺なんかこんなに痩せちまって、年も年だ。 もうものの役にはたてねーよ」

「ふふ」

石塚がいると、心強い。

まだ古参メンバーも、ジャスミンだけは生き延びている。

彼女も残留を決めてくれた。

クリムゾンの生き残りは、まだ少数がいるけれど。

その中で、この地を去ると決めた者は存在しない。

ヒーローと手をとることに、強い抵抗を感じる者は、やはりいる。それは経歴が経歴だから、どうしようもない。

だけれど、ザ・パワーもテンペストも。どちらかと言えば、体制に対して反旗を翻した存在だ。

特にテンペストは、共闘してきた期間も長い。

プライムフリーズも、旧クリムゾンのメンバーにとっては有り難い存在。

「時にお前、ヒーロー名は決めたのか」

「いや、ヴィランですし」

「もう時代は変わったんだよ。 お前こそ、新しい時代のヒーローだ。 それはテンペストも同じだ」

テンペストは、そのまま名前を引き継ぐだろう。

病室に到着。

すぐに介護用のロボットが、病院食を持ってくる。

昔病院介護と言えば、非情にきつい仕事だと言う事で、定番だったという事なのだけれど。

今の時代は、ロボットが仕事の九割を担当。

癌などの難しい治療も、ロボットが全自動で行ってくれる。

それだけの技術を。

ヒーロー達は独占してきたのだ。

それは世界も歪む。

オリジンズが腐ったとき。

この世界の命運は、決まったのかも知れない。

「今は休んで体力をつけて、元気になり次第戻ってきてください」

「クリムゾン」

「え?」

「俺たちの名前、お前に預けるぞ。 今後は東雲雲雀じゃなくて、公にはクリムゾンと名乗ってくれ」

「……はい」

そうか。

私が、その名前を引き継ぐのか。

この名前の下、多くの同胞を失ってきた。

激しい戦いの中、目の前で死んでいった同胞もたくさんいる。自分が弱いから、助けられなかった仲間も少なくない。

地獄をともに生き抜いた仲間の力が。

名前を受け継いだ途端、私の中に流れ込んできたようだった。

みんな。

私の名前と共にある。

「分かりました」

何だろう。

すっかりひねくれて、涙なんて忘れたと思っていたのに。どうしてか、涙が止まってくれない。

私も、まだ流す涙が残っていた。

そう思うと。

何処かがおかしくて。

滑稽ではあった。

病室を出る。

自室に向かう。

まだ労働は限定的にしかしないようにと、医者にも言われている。私も、今後が本番だと分かっているから、休む。

銀河連邦がへそを曲げたら、一瞬で全てが終わりだ。

だからこそに。

今を休む、胆力が必要なのだった。

「クリムゾン……」

新しい自分の名前を呟く。

ベッドに転がると、手を天井に伸ばして、もう一度呟く。

みんな、力を貸してくれ。

私は、少しでも。

みんなが生きてきた意味を、この世界に残したい。

そのためだったら、慣れないヒーローだってやるし。自分に得意な方法で、この世界を改革だってする。

タチが悪い連中は、テンペストとザ・パワーが全部片付けたとは言え。

まだまだ不満を持って燻っているヒーローは大勢いる。

奴らと共存するのか。

それとも力なき者だけが争う混沌の世界が、また到来するのか。

それとも。

もう一度、名前を呟く。

自分のオリジンだと言う事が理解できた。

血に塗れた世界こそ、雲雀の。いや、今後クリムゾンとなる私の根元。私が生き抜いてきた場所。

たくさんの敵を倒し。

喰らってきた。

大きな力を得た。だからこそ、今はその力を、責任とともに振るわなければならないのである。

病院食が来た。美味しくもない。調べて見ると、昔の病院食も、それはひどい味だったそうだ。

此処だけは技術が進歩しても変わらない。それは滑稽な話である。

しばし、無心に病院食を貪る。

私の未来を。

失われた未来とともに、歩くためにも。

 

4、撤兵

 

オリジンズ本部ビル。

一階ホール。

まだ六千弱が生き延びている戦闘タイプヒーローの全員が集まった。ちなみに来なかったヒーローは即時ヴィラン扱いという伝達が為されていて。全員が、戦々恐々としながら集まったのだった。勿論グイパーラなどの投獄されている者は来られていないが。まあ、彼らは、現時点でヴィラン扱いだ。

いずれにしても。

二千人以上が殺戮されるという。前代未聞の事態である。

ヒーローの歴史が始まって以来の恐怖だ。

そう広言している、高齢のヒーローもいた。

わたしはテンペストとして、壇上に上がる。

その姿を見て、恐怖の声を上げたヒーローも、珍しくなかった。

なんでも、彼らの間では。

わたしは肉塊のテンペストとして知られているらしい。

戦った相手は必ず肉塊になるまで殴るから、がその理由だそうだけれど。

わたしがそうするのは、そうしなければならない相手とぶつかったときだけだ。実際問題、ザ・ヒーローは殺さずにいるし。

殺さずに見逃した相手は、他にだってたくさんいる。

此処にいるヒーローの他にも。

世界の裏側で汚れ仕事をしてきたカリギュラ達ヴィランも、あらかた刑務所に抑えてある。

彼らは元々、ザ・ヒーローの走狗として動いていたようなものだ。

捕まれといわれれば捕まる。

ミフネの狂信ぶりからも明らかだが。

彼らにとっての法はザ・ヒーローだけ。

そして今もそれが生きている以上。

ザ・ヒーローが再び世界を滅ぼそうと動き始める。つまり自浄作用が効かなくなった時を除けば。

彼らに対する警戒はしなくても良いだろう。

「わたしがテンペストだ。 腐敗ヒーローには恐怖の対象として名前が拡がっていたようだが、わたしがぶっ潰すのは腐った所行をしてきたゲス野郎だけだ。 此処にいる皆は、そんなゲスでは無いと信じる」

そうでないなら。

皆殺しだ。

すっきり宣言する。

それだけで、此処に恐怖が舞い降りた。

壇にはザ・パワーも、プライムフリーズもいる。ミラーミラーも、ヴィラン討伐部隊も、である。

この錚々たる面子を相手に、やり合うつもりはないのだろう。

隅っこには雲雀の姿もあった。

何でも、クリムゾンの名を受け継ぎ。今後はヒーロークリムゾンとして活躍してくれるそうだ。

有り難い。

彼奴の頭脳は頼りになる。

殴る事しか能がないわたしには、大変に有り難いサポートを期待出来るだろう。

「今日から、ヒーローは市民と同格の存在だ。 市民から奪い取っていたインフラも、特権も、全てが返還される。 ただし、世界の治安を守るためにヒーローは必要な存在にもなる」

この力は。

悪を倒すためのもの。

世界に悪が現れたとき。

それを葬るためのものだ。

決して、市民を虐げるためのものでも。支配するためのものでもない。他と変わらない精神の持ち主が、異常すぎる力を持ったから、何もかもが狂った。だけれども、考えてみれば、である。

それでも同居できなければ。

地球人類に、宇宙にでる資格は無いのだ。

当たり前の話で、銀河連邦が言っていたように、暴力でも謀略でも及ばない相手は好き勝手にして良いという今まで通りの地球人類の考えでは、どうにもならない。宇宙にでれば、惨劇を拡大するだけだ。

弱者は死ね。

地球人類を動かしてきたその理屈は。

獣の理論に過ぎない。

獣である内なら別に良い。だけれど、知恵を得た以上、いつまでも獣と同じ土俵にいて良いはずがない。

自分と違う。

自分より弱い。

そういった存在にもきちんと対応し。

相手を尊重して、生きる事を考える。

そうでなければ、地球人類は、宇宙にでる資格など無いだろう。

「不満がある者がいれば申し出ろ。 すぐにこの場で肉塊にしてやる。 お前達が陰口をたたいている通りにな」

「……!」

「不満はないものと判断する。 今後、ヒーローが悪さをした場合、わたしが真っ先に駆けつけて殴る。 わたしの拳は、あのザ・ヒーローを闇に追い返したほどだ。 お前達なんか、一瞬で粉々に砕いてやるから覚悟しておけ」

恐怖が、会場全体に拡がっていく。

咳払いした後。

わたしは付け加えた。

「特権も全て手放した後は、それなりの慎ましい生活なら保障する。 だが今後は、市民は貨幣じゃないし、お前達にはきちんと仕事をして貰う。 今サイドキックにしている人間達は全員解放。 それぞれにふさわしい仕事をそれぞれに手につけて貰う。 お前達も同じだ。 戦闘タイプヒーローの力を生かして、この世界を守る仕事だ。 光栄だろう」

勿論光栄の筈だ。

そうでなければ、ヒーローと呼ぶに値しない。

わたしの眼光に射すくめられて。

六千弱のヒーロー達は、恐怖に身動きできないようだった。勿論、逆らったら殺すと言われているのも、理由の一つだろう。

そして、この会場では。

既にプライムフリーズが、集まったヒーローを冷気の結界で包んで、調査している。

もしも極端に反抗的な者がいれば。

生かして返さない。

それだけのことだ。

勿論、それも告げる。

悲鳴を上げて、蹲るヒーローもでる。

恐怖に耐えかねたのだろう。

だが、それが何だ。

今までお前達がばらまいてきた恐怖に比べれば、この程度。何でもないだろうに。

咳払いすると。

オリジンズは、今後市民と密接に協力しながら、地球最大の軍事力としても活動することを告げる。

軍隊ではない。

単純な力だ。

だから、入るには、市民を貨幣としてどれだけ蓄えるとか、そんなアホらしい基準は設けない。

ただ、ヒーローとしての実績を見る。

もし今後オリジンズに入りたいのなら。

ヒーローとして真面目に活動し、悪党を叩き伏せ。そして市民の平和と安全のために活躍し続けろ。

それが力ある者の義務だ。

不満があるものはいないだろうな。

わたしがもう一度念を押すと。

萎縮しきった会場からは、恐怖だけしか帰ってこなかった。

これでいい。

わたしは怖れられてこそなんぼだ。

今後も家族や子孫を作るつもりはない。それらは弱みにつながるからだ。だから、わたしは今後も一人だ。

だけれども、それで構わない。

元々、修羅の世界に踏み込んだ時点で、そんなものは一切期待していない。

わたしは一人の戦士で。

ヒーローと呼ばれる事には抵抗があるけれど。

今後この世界をゲス野郎共の手に渡さないためなら、どんなことだってする。

魔王と化そうが。

それはまったく意に介さない。

ちなみに、遺伝子提供を求める声があるので、それは状況に応じて対応するつもりだ。

いずれにしても、腹を痛めて子供を産んでいる暇なんかないという事実には、代わりは無いが。

「以上だ。 次、ザ・パワーから、重要な知らせがある」

さらなる恐怖が、会場を襲う。

全ヒーローの四分の一を抹殺するに到ったザ・パワーは。もはや現役の大魔王以外の何者でも無い。

実際には、駆逐されて当然のクズ共が怖れているだけなので、魔王と言うよりも死神が近いような気がするけれど。

まあそれは、今仏頂面をして退屈そうなブラックサイズが、より喜びそうな渾名である。だから取り上げるのは気の毒だ。

黙礼だけして、壇上から下がると。

ザ・パワーに交代。

打ち合わせ通りに話せたはずだ。

「概ね問題ないな」

「それは良かった。 あんたに太鼓判を押して貰えるのは嬉しいよ」

「後は私がやる」

「……」

後ろの席に下がって、ザ・パワーと交代。

まだ負傷を癒やせていないザ・パワーは。

会場で、魔王そのものとして、集まったクズヒーロー共を睥睨した。

「大体は、テンペストが言ったとおりだ。 そして、此処で私は、彼女に次代のオリジンズトップを継承することを宣言する」

この時が来たか。

わたしは正直柄じゃないのだけれど。見境無く悪徳ヒーローを殺戮したザ・パワーが、どろよけになってくれたのだ。

そして、ザ・パワーの口から。

今回の戦乱の真相。

ザ・ヒーローに降りかかった悲劇。

そしてプライムフリーズを封じ込み、権力争奪戦に邁進した愚かな百数十年前のオリジンズについて、言及する。

ザ・パワーの目には怒りが満ちている。

そして、口調にも。

だからだろう。

会場に集まったヒーロー達には。果てしない恐怖が叩き込まれている。

当たり前の話で。

この場にいるヒーロー達は、みんな知っているのだ。

市民を貨幣化し、戦闘タイプヒーローが好き勝手出来る世界を作ったそのオリジンズ達こそ、今この場にいるヒーロー達が好き勝手出来る土台を作った連中で有り。

その土台を今後ザ・パワーは許さないと言っているのだと。

「私は今後、プライムフリーズと一緒に裏方に廻る。 だがそれは、私が現役を退くことを意味しない。 お前達が不満を持ち、もしも市民に害を加えたときには。 私が直々に出向いて、鉄槌を下す」

視線にも、口調にも、妥協の余地無し。

そして彼の鉄槌が。

ここしばらくの間、どれだけのヒーローを殺戮してきたかは、此処にいる全員が知っている事だ。

「此処での決定に逆らうつもりなら、覚悟を決めておけ……」

 

ホールでの脅迫が終わった後も、追撃は続く。

戦闘タイプヒーロー全員の生体情報を登録。

もしも悪さをした場合、即座に分かるように、監視設備も強化する。

今後、戦闘タイプヒーローは、しばしいばらのむしろに座ることになる。これは、今までの所行を考えれば当然だ。

まだだ。

今後、子供のヒーローには、しっかりした教育を施すことも明言する。

今まで、MHCを凶獣としたのは、彼らにきちんとした教育を施さなかったのが理由である事は明白。

言うまでも無いが、人間はそのままでは野獣に等しい。

今、此処に集ったヒーローどもの所行を見れば、明らかであるように。

だから、ヒーローだからと言う理由で何でも特別扱いしていた時代が終わった以上。MHCを育てないようにするためにも。

教育が必要なのだ。

というわけで、十八歳以下のヒーローは全員残す。

全体の6%に過ぎなかったが。

元々、わたしは子供が相手でも容赦なく殺すと評判だったらしいし、それは全くの事実でもあるので。

全員が震えあがっていた。

教育は、ザ・パワーに任せる事になるだろう。

腐った性根をたたき直して貰うには、丁度いい機会だ。幸い、此処に生き残っているのは、市民を殺して遊んでいたような連中では無い。しっかり拳で鍛え直してくれることだろう。

後は、今回権力継承が行われる事を明言されたわたしには、大事な仕事がある。

もう二日後に迫った。

銀河連邦との、最後の交渉を畳む事だ。

コレが上手く行かないと、文字通り全てが台無しになる。

ザ・ヒーローが託してくれた願いも。

ザ・パワーの背負ってきた哀しみも。

クリムゾンの連中がたどってきた修羅の道も。

何もかもが。

それだけはさせない。

わたしがオリジンズの円卓に戻ると、丁度時間が来ていた。クラーフから、連絡が来る。

ちなみに今回の式典は、銀河連邦にも連絡してある。

映像も、リアルタイムで、向こうに流れたはずだ。

そして、この式典をするが故に。

今回、敢えて時間をずらして貰ったのである。

最初にわたしに廻された仕事が、この交渉だった。

やってみたけれど、クラーフを説き伏せるのは大変だった。やはりこの辺りは、拳で物事を解決してきたから、というのも理由の一つになるのだろう。

だけれども、どうにか今。

しっかり物事は進み始めている。

席に着くと、連絡を受けた。

クラーフと、通信越しに会話する。

社交儀礼で挨拶を交わす。これそのものはさほど難しくない。ザ・パワーがやっているのを、見ていたからだ。

問題は此処からである。

「式典は見せてもらった。 確かに、ヒーロー達を制御する事には一旦成功したようだな」

「そうとって貰えると嬉しい」

「だが、分かっているだろうが、まだ当面自己努力を続けて貰いたい所だ。 まだ君達を宇宙に出すわけにはいかない」

「勿論、それは此方でも理解している。 しばらくは、この星では、教化を続けるつもりだ」

認識が一致していたのは幸いだ。

何かかんに障ってギャーギャー騒ぎ出すことも、最悪の事態としては想定していたのだから。

だが、クラーフは。

少なくとも、地球人のやり方を尊重してくれている。

先祖がそれで酷い目に会っただろうに。

いや、あのフードの影のことを考えると。

一概に先祖とは言い切れないのか。

「それで、期日は二日後だが」

「分かった。 その日に、私は地球に出向く。 其処で残った話し合いを、全て終わらせるとしよう」

「そうか。 馳走か何かは準備しておこうか」

「無用。 すぐに帰る故にな」

通信を切る。

クラーフは、今大変な状況なのに、豪華な出迎えとかをされるとそれだけ負担が増えると、気を遣ってくれたのだろうか。

そうかもしれないし、違うかも知れない。

ただ。分かっているのは。

今まで彼らは、交渉で嘘はつかなかった、という事だ。

すぐに周囲に指示。

同じ事があってはまずい。

「現場に絶対の警戒態勢を。 プライムフリーズ」

「おう」

「当日、周囲に氷の結界を頼みたい」

「任せておけ」

上空では、ザ・パワーが。

下はヴィラン討伐部隊が警護に当たる。

後はICBMが発射された場合だ。ザ・ヒーローが心変わりした場合、世界の何処かにまだICBMが隠されていた時、把握している可能性が高い。その時や。他のICBMが襲撃を受けて奪われた場合。

対処するためにも、戦力がいる。

そのために、ヴィラン討伐部隊の一人である、レーザーホームを屋上に残す。

ミラーミラーは近衛だ。

屋上で何か問題が起きたときに、対応をして貰う。

更に、雲雀に、いやクリムゾンに万全の体制を考えて貰う。彼女の退院後の初仕事は、それになるだろう。

すぐに案をクリムゾンの所に持っていかせると。

ようやく一息ついた。

少しばかり疲れたけれど。

ここからが本番だ。

権力継承の話が出た以上。わたしにはやる事が山のようにある。早速ペアアップルが、書類の山を持ってきていた。

「此方に押印を。 印鑑は此方です」

「ほう、テンペストって文字列、こんなに格好よく作れるんだな」

「印鑑はその人の承認を示すものですから。 現時点で、無差別権力を持っているに等しい存在の印鑑です。 それは格好良くもなります」

「そんな時代はもう終わるがな」

というよりも。

わたしが終わらせる。

押印を済ませると、書類を返した。

何、ヒーローとして鍛えているのだ。この程度の書類、あっという間に目を通して、押印できる。

すぐに次。

山のような書類だけれど、これでも事務はかなり抑えているという。後見人をしているプライムフリーズとザ・パワーで、かなりの数を引き受けてくれているそうだ。それもまた、有り難い。

書類の大半は。

特権の放棄を前提とした内容だ。

このビルも引き払う予定である。

オリジンズは、この世界最高の武力として残り。改革を支援した後は、教化業務を市民に引き継いで、後は監視に当たる。

勿論それで万事上手く行くなんて、わたしだって考えていない。

市民との軋轢だって生じるだろう。

何より過剰すぎる武勇が、市民の恐れに直結することだって分かっている。市民の中にも、教化に反発を覚える者だっているはずだ。

だが。

難しい立場だから。

今後の仕事はやりがいがあるのだ。

「次の書類」

「はい」

事務だって、出来る事はこなしておく。

幸い、今は殆どが自動化されていて、データの整理などは全てAIがやってくれるのだけれど。

それも昔は全部手作業だったのだろうと思うと、うんざりしてしまう。いずれにしても、わたしは書類に目を通して、ハンコを押すことだけが仕事になる。勿論体は鍛え続けるし、クソ野郎は直接出向いてぶっ潰す。

その生き方には、代わりは無いが。

ただ、それを他人に強制するつもりはない。

これはあくまでわたしの生き方。

わたしだけの人生なのだから。

「次」

ペアアップルが、次の書類をカートに満載してきた。

頷くと、すぐに処理に掛かる。

目を通していくが、どれも重要な決済ばかりだ。時々再考するようにと、書類を突っ返す。

勿論その際には、何処がまずいのか、丁寧に説明していった。

二日後、といっても、もう実質一日ちょっとだけ後。

クラーフが来る。

その時、銀河連邦を追い返せれば、地球人類は独立を保ったまま、時間を得られる。その時間を生かして、地球人類は、宇宙にでられるだけの精神文化を創り上げなければならない。

弱肉強食万歳の思想では、宇宙にでれば迷惑を周囲にばらまく。

銀河連邦の言葉ももっともだと、わたしは思う。

だからこそに。

今此処で、しっかり踏ん張らなければならないのだ。

植民地化されれば、どうしても卑屈になる。それでは、なんだかんだでも、最終的には結局マイナスになるのだろうから。

次の書類を要求。

今できることは、可能な限り片付ける。

休むのは、その後だ。

 

(続)