不死鳥羽ばたく

 

序、氷漬け

 

報告を受けて、わしは思わずため息をついていた。

プライムフリーズと名乗るようになり、ヒーローとして戦いはじめて、オリジンズを結成。何となく地球側が悪い事を理解しながらも、銀河連邦の軍と必死に戦い。

弱い市民を一緒に守ってきたザ・ヒーローと、戦う事がほぼ確定したからだ。

ついにザ・ヒーローはテンペストや雲雀と接触。

空間の狭間から感じた気配だけでも、とんでもない実力に達しているのが確実だという報告も受けた。

それはそうだろう。

もしもスーパーアンチエイジングを駆使しているとなると、二百年生き続けていることになる。

その間ヒーローとしての力を磨き続けてきたとしたら。

いや、あの真面目な男だ。

妻を殺されて以降。

復讐を願わない日は無かっただろう。鍛錬を欠かしたことなど、あるはずも無い。そして、彼奴の能力。

世界中の様々なヒーローに接触してきたのなら。

どれだけの実力を蓄えている事か。

通話を切ると、わしは。

オリジンズの本部ビル全域に、冷気の結界を張り巡らせた。これから少しばかり本気で対応を行う。

恐らくは、ザ・ヒーローはもう手下を全て引き上げさせているはずだが。

それでも残っている者がいる可能性がある。

その全てを洗い出す。

今まで何故やらなかったか。

誰がスパイだかわからなかったと言うことよりも。

何よりも、今わしの目の前にいるミラーミラーが、どう動くか分からない、というのが最大の理由だった。

流石にわしも、冷凍睡眠させられていたブランクが長い。

生半可なヒーローに奇襲を喰らってもしのげる自信はあるが、オリジンズクラスが相手になるとそうもいかない。

今、ミラーミラーの側には。

戻ってきたテンペストが、壁に背中を預け、腕組みしている。

もしおかしな動きをミラーミラーがとれば。

即座に対応出来るだろう。

オリジンズ本部ビルの気温が。

全域で、一気に十度以上下がる。

コレによる生体反応で、相手の正体を見極める。冷気という能力に関しては、わしの右に出る者は存在しない。

だからこそ出来る大技だ。

ただしこれだけ巨大なビルでやるとなると、消耗が激しい。

流石に隙が大きくなるから、何度も出来ない。だが、今こそ、やるべき時だった。

一人、動きがおかしいのを発見。

まだ残していたか。

いや、違う。

動きが普通に戻る。

恐らく憑依させていた精神を戻したか、消したかしたのだろう。ザ・ヒーローの残り香が、完全に消える。

そいつは抑えさせる。

しばらく集中していたけれど。

やがて、結論した。

もうスパイはいない。

ミラーミラーを一瞥。自身かなり疲弊したけれど。此奴は多分、自分の疑いを晴らしたかったのだろう。

抵抗はしなかった。

ライトマンとアンデッドの脱走前後で、八人のサイドキックが姿を消している。

此奴らと。

先に抑えた一人、もしくはそれに憑依していた精神。

それらが、スパイ活動をしていたと見て良いだろう。

その八人も、恐らく自主的にやっていたとは思えない。洗脳や、それに近い能力による結果だろう。

厄介だ。

ザ・ヒーローの実力は知っているが。

彼奴の事を弱いと思った事は一度もない。

精神的に参っていた頃だって、彼奴より強いヒーローなんてこの世界にただの一人も存在しなかった。

わしなんて到底問題外。

これでも、初代オリジンズの中でも上位の使い手だったのだが。それでも、ザ・ヒーローとの力の差は歴然だった。

勿論力の差を埋めようと努力だってしたが。

断絶の期間が長かった以上。もはや今や、一朝一夕ではどうにもならない。

パーカッションがタオルを差し出してきたので、額の汗を拭う。ため息をつくと、テンペストが話があると言ってきた。

疑いが晴れたと思ったのだろう。ミラーミラーは、胡散臭い笑顔のまま、その場を去る。敢えて、放置をしておく。

あれは言動が不審なだけで。

結局、普通の実力者だった、という事だろう。

ただ、どうも気になる。

テンペストが言うには、ザ・ヒーローは分身を作る能力を持っているらしい。わしが知る限り、それは持っていなかった。つまり、姿を隠してから手にいれた能力だろう。

その能力では、オリジンズクラスの実力者も作れる様だが。

それほどの強力な能力になると、大体消耗する力も桁外れだ。物量で押すのは流石にザ・ヒーローでもむつかしいだろう。

厄介なのは。

ザ・ヒーローの分身だとは知らないまま、行動している例。

ミラーミラーがそうではないとは限らない。

実際、アーノルドは、のほほんとした様子だったという。

彼奴は、頭は悪かったが、好感度は低くなかった。それに、ザ・ヒーローの分身だとは気付けなかった。

今回くらい気合いを入れて調べれば、気付けただろう。

だけれども。

今までは、その余裕も無かったのだ。

「それで、わしに話とは」

「ザ・ヒーローと和解の道はないのか」

「いきなり勝てないと思ったのか? お前らしくも無い」

「いや、そうじゃないんだよ」

テンペストが、ばつが悪そうにそっぽを向く。多分、少しは図星もあったのだろう。

だけれど、テンペストは、敢えて咳払いして、言う。師匠と同じ感じがした。

そう、彼女は。難しい顔で、言葉を一つずつ、紡いだ。

「今まで潰してきた外道や悪党とは雰囲気が違った。 ひょっとしたら、会話が出来る相手かも知れない、と思ってな」

「出来なかった場合は」

「その場合は仕方が無い。 命に代えてでも潰す」

テンペストの回答は明快だ。

わしとしても、それくらいの方が、有り難い。

「恐らくだが、ザ・ヒーローは、人類を滅ぼそうとは思っていない。 地球人類を銀河連邦の植民地化において、教化させようとは考えているだろうが」

「止める方法は無いのか」

「あるとすれば、ザ・パワーによる今の粛正が成功することだろうな。 前に話したかも知れんが、ザ・ヒーローの妻は今地球を支配している腐敗ヒーロー共に惨殺されたあげく、歴史からも葬られた。 ザ・ヒーローは愛妻家だったからな。 あのような仕打ちをした連中を、許すはずが無い」

今に思うと。

どうやらザ・ヒーロー自身が暗殺したらしい大物ヒーローも、何人かいる様子だと、わしは話しておく。

特に妻殺し実行犯の連中は。

恐らく、想像を絶する苦痛と恐怖の末に殺されただろう。

死を偽装して地下に潜ってからのザ・ヒーローは、色々動きやすかっただろうし。実行犯を掴むのも簡単だったはずだ。

許しておくわけがない。

「ザ・パワーの粛正は、恐らく失敗するぞ」

「だからわしらでどうにか補助する」

「しかし、どうやって。 こんな強引なやり方、上手く行ったケースなんて、歴史的にもあるとは思えないが」

「適当な所で、トップが交代すればいい」

テンペストが、流石に言葉を失った様だった。

咳払いする。

勿論ザ・パワーを殺すつもりは無い。

というよりも、だ。

ザ・パワー自身、恐らく今は徹底的に汚れ役を買って出ていると見て良い。狂気に暴走しているようにも見えるが。

しかし、非戦闘員には手を掛けていない。

ただ、精神の汚染が進むと、今後は分からない。

だから、早めに決着を付ける。

「ザ・パワーは、反乱の芽になりそうなヒーローを徹底的に潰している。 そうさな、わしが見たところ、あと五百人ほども潰せば大丈夫だろう」

「五百人……」

「その作業が終わった時点で、わしがトップになる。 これはザ・パワーに話を持ちかけるつもりだ。 もしも嫌だという場合は……説得するしか無いな。 説得でもどうにもならない場合は、その時はやむを得ん」

顎をしゃくる。

意図を察したテンペストも、頷いて返した。

そのまま、別れる。

わしは自分の部屋に。

少し力を消耗しすぎた。

休憩する必要がある。

自室に戻ると、ベッドに転がる。

ぼんやりしていると。

ふと、違和感を覚えた。

飛び起きると、戦闘態勢に入る。

何か、いる。

部屋の隅。

小さな光の塊が、ふわり、ふわりと浮いていた。

非常に微細で、よく見ないと気付かなかった。ひょっとして此奴が、例の憑依していた奴か。

「久しいな、プライムフリーズ」

「その声は……」

「私だ」

「そうか。 本当に久しぶりだ」

懐かしい。

ザ・ヒーローの声だ。

質量の無い光を本体にすれば、確かにわしの能力では察知できない。恐らく幾つもの能力を複合して造り出した工夫なのだろう。

「此方に来る気は無いか、プライムフリーズ」

「腐敗ヒーロー共の皆殺しには賛成だが、今のお前さんのやり口には、わしは正直賛成できなくてな」

「それに、テンペストに賭けて見たい、か」

「お見通しか」

まあテンペストだけでは無く雲雀も、だが。

この二人は逸材だ。

テンペストは、確かにザ・ヒーローの分身が育てただけのことはある。今後、この世界をリードしうる人材だ。

雲雀の方も、地獄の最深部を見てきただけのことはある。

あらゆる汚れ仕事をこなしつつ。

情報を集める事が出来るだろう。

二人とも。

歴代オリジンズの中でも、トップクラスに優秀な人材として、この世界をリードしていけるはずだ。

テンペストは、前は喧嘩が絶えなかったし。

どうしても思想で相違はあるが。

それはそれ。

彼奴の実力はわしも認めている。

「お前さんこそ、どうだ。 いっそヒーローに復帰しては」

「それだけは嫌だ」

「祭り上げられたあげく、わしの二の舞になりかねない、か」

「それもある」

なるほど。

つまり、妻の件か。

こればかりは、同情するほか無い。

実際問題、あれは。

狂信者の暴走と言っても、あまりにもひどすぎた。世界を救った本物のヒーローに対して、あの仕打ち。

力を持った人間がどうなるか。

決定的な不信感を抱かせるには、十分すぎる内容。

ザ・ヒーローとしては。

今後も、裏方という立ち位置を変える気は無いのだろう。

「いずれにしても、無茶はしてくれるなよ」

「……試しておきたい」

「それで、敢えて色々と隙を作っているのか」

「そうだ」

嘆息。

そして、ザ・ヒーローは。

通信を切った。

わしはしばらくベッドの上で半身を起こしていたが。このことについては、誰にも話す気になれなかった。

昔の仲間。

誰よりも信頼していた相手。

焼けばちになっていたわしに、生きる意味とモチベーションをくれた存在。

だけれども、今のザ・ヒーローは。

文字通りの魔王。

そして彼を追い込んだのは。

今粛正の対象となっている、腐敗ヒーロー共だ。

色々複雑な気分の中。

わしは、少し寝直すことにする。

今の消耗は、考え事をするには少しばかりひどすぎる。

少し休んで、脳の状態がもうちょっとばかりマシになってからでも、遅くは無い。そう思った。

 

1、殲滅の日

 

古き時代。

冷戦というものが行われていた事があった。

東西陣営に分かれた超大国が、競って核保有を行い。その結果、世界には、人類を焼き尽くしてあまりある核兵器が溢れた。

勿論、地球の表皮を焼く程度の能力しか無い兵器であり。現在宇宙空間に展開している銀河連邦の艦隊が主砲として装備している反物質砲とは比較にもならない貧弱さだけれども。

少なくとも、地球の人類は皆殺しに出来る。

それだけの核が生産されたのは事実である。

今では、後継型のミョルニル級200メガトン水爆が、オリジンズの管理下に置かれて保管されているが。

世界の彼方此方には。

いにしえの時代の負の遺産である核や、ICBMが、まだ残っているとも言われている。実際、アンデッドの麾下組織が、それを使って核テロを行おうとした事件もある。ついこの間も。原子力プラントが、同じように使われようとしたばかりだった。

そして、今。

三度目。

核テロを目論む集団が、動いている。

その報告が、ヴィラン討伐部隊から上がっていた。

「実行犯は、地下に潜った良識派最後の生き残り達でしょう。 彼らは核を用いたテロを使って、ザ・パワーの支配地区下にある市民達を攻撃しようと目論んでいる模様です」

大急ぎで戻ってきたらしいスネークアームが、オリジンズの会議にて発言。

核としては、何を用いるのか。

その雲雀の質問に対して。

スネークアームは言う。

「最年少世代のヒーローである、ビリーキッドが彼らの手に落ちています」

「!」

ビリーキッド。

まあ典型的なMHCである、若いヒーローだ。

能力は核分裂。

言うまでも無いが、人間核兵器である。

あまりにも危険すぎるので、隔離処置が執られていたのだけれども。良識派残党を中心とした過激派二十名ほどが、隔離施設を襲撃。

此奴を奪取したのだ。

勿論閉じ込められたことを恨んでもいるだろう。

ビリーキッドは、躊躇無くテロに荷担するはずだ。

ミラーミラーが挙手。

「私が行きましょうか」

「そうさな」

ザ・パワーが頷く。

ようやく認めたか。

この間、プライムフリーズが徹底的に調査したことで、恐らくもうオリジンズ本部に、ザ・ヒーローのスパイは存在しないと結論された。それに、ミラーミラーの能力は、ビリーキッド相手に相性抜群。

そもそも、核分裂を起こさせないだろう。

「わたしも行こうか?」

「いや、テンペスト。 君には頼みたい事がある」

「……なんだ」

「ザ・ヒーローの追撃だ」

ザ・パワーとしても。

やはり、この間感じた圧倒的な力は、放置出来ないと判断したのだろう。和解するにしても、接触は必須だ。

どちらにしても。

追う者がいる。

そしてテンペストは。

今や、気配をかなり微細なところまで、察知できる実力を手に入れている。

地図が出された。

グイパーラの脳から引っ張り出した記憶を元に、ついに絞り込みが終わった地図である。三ヶ所にまで絞り込まれ。その範囲も、それほど広くは無い。

勿論ザ・ヒーローは、あらゆる能力で妨害してくるだろうが。

今のテンペストなら。

「プライムフリーズはこの場で待機。 雲雀はテンペストの護衛。 ヴィラン討伐部隊は、ミラーミラーに同行。 私自身は、引き続き粛正を続行する」

他の者にも指示が出され。

その場は解散となった。

 

わたしは、超音速ヘリに乗り込むと、雲雀が操縦席に着くのを、少し呆れながら見やった。

どうやらこの間から。

ヘリの操縦がお気に入りになったらしい。

「物好きだな。 超危険任務だぞ」

「だから楽しみなんだよ」

「意外に好戦的なんだな」

「まあ、こう地獄ばっかり見てきているとね」

それに、雲雀がライトマンの屋敷から持ち帰ったストレージの解析には時間が掛かる。其方は専門家に任せるしか無い。

どちらにしても手持ち無沙汰だ。

ただ雲雀もダメージは決して小さくないのだ。

今回は威力偵察とは言え。

無理は止めた方が良いと思うのだが。

わたしの思惑を知ってか知らずか、雲雀はのほほんとしている。ヘリが離陸した後も、それは変わらなかった。

まずは一番近い場所に行く。

巨大な山脈。

古い時代に、大陸移動の際に出来た巨大な大陸の背骨。その一角に、妙な山荘があるという。

プライムフリーズからも証言を得ているが。

晩年にかかわらず、ザ・ヒーローは。

妻を失ってからは、非常に孤独でいることが多くなったという。

単独でインフラを全て賄うことも出来るだろうザ・ヒーローだ。他のヒーローが提供しているインフラなど必要もないだろうし、孤立した地点に住んでいたところで、それこそ不便でも何でもないだろう。

ヘリで移動中は、休む。

雲雀にも、AIに移動中の操縦は任せてしまえばいいと言ったのだけれど。

彼女は、どうしても自分でやりたいようだった。

理由は分からないけれど。

まあやりたいというのなら、止める必要もないだろう。それに運転が荒いようなことも特にない。

数時間ほど飛び続けて。

見えてきた。

最初の山荘だ。

三カ所にまで絞り込んだ内の一つ。

臨戦態勢になる。

あれほど強力な力の持ち主だ。

ある程度近づけば、どうしても残り香がでる。それで分かるはずだが。近づいてみても、何も気配がない。

そればかりか、山荘は。

露骨なほどに朽ち果てていた。

「外れじゃない?」

「幻覚を造り出す能力で、偽装している可能性もある。 色々な能力を取り込んでいるんだし、あらゆるケースを想定しないとな」

「低空飛行で待とうか」

「そうしてくれ」

着陸していると、最悪の事態が起きたとき、対応出来なくなる可能性が高い。わたし自身はこの程度の山歩いて降りられるけれど。雲雀はそうでもないだろう。

降りる寸前。

通信が着た。

どうも核テロ対策組の方が、思わしくないらしい。

ビリーキッドが非常に興奮しているという事で。いつ暴れ出してもまったくおかしくないそうだ。

ミラーミラーが能力を展開して押さえ込みに掛かっている様だけれど。

それ以外の連中が、激しい抵抗をしているとかで。

まだ鎮圧には到っていないとか。

確かにそれは厄介だなと、わたしは思ったけれど。

流石に遠いし、今は何も出来ない。

低空飛行を続けているヘリから降りる。

どうせ山荘に相手がいるのなら、既に敵から丸見えだ。ヘリには少し離れて貰って、山荘から狙撃できる地点から外す。

この間感じたザ・ヒーローの圧倒的な力を考えても。

今のわたしは。

逃げに徹すれば、即死はしない自信もある。

山荘に近づく。

その間に、わたしは悟っていた。

外れだ。

朽ちた山荘に触って、能力を粉砕してみるが。もともと掛かっていない能力は粉砕できない。

山荘が壊れただけだ。

山荘の中からは。

孤独そうな老人の死骸が見つかった。これも、本物の死骸である。

わたしは、ごめんなと謝りながら。

丁寧に老人を埋葬。

壊れた山荘については、残骸の中から遺品を探して、一緒に埋葬した。山荘そのものの残骸については、焼いておく。

全てが片付いた後。

わたしは、ヘリに戻った。

最初は外れ。

それを告げると、雲雀は特に何も言わず、ヘリを発進させた。

また、通信が入ってくる。

ビリーキッドが、核を発動させようとしたという。

しかし、ミラーミラーが押さえ込んだ。

この時点で、ヴィラン討伐部隊が鎮圧を開始。

ザ・パワーに、必要なら皆殺しにしろと言われていたこともある。徹底的に相手を潰し始めている様子だ。

問題は、此奴らが多数の市民を人質にしていることで。

かなりの死者が出ることは避けられない。

要求も滅茶苦茶で。

ザ・パワーの退陣と、ヒーローの特権撤廃の即時中止だけに留まらず、自分たちをオリジンズにしろというものまであったそうだ。

どうしようもない阿呆どもである。

だが気になる。

今までも暴動は起きていたのに。

桁外れのアホである此奴らが、どうして今まで黙っていたのか。こんなずさんな計画からしても。

明らかに長時間掛けて練り上げた作戦では無いと思うが。

「それにしてもさっきの、ただの山荘だったのかな」

「山荘としては、そうだろうな。 或いは一時期、ザ・ヒーローが、何かしらの措置を施して、通信の中継地点にしていたのかも知れん」

「残り香は無かったんでしょ?」

「ああ。 丁寧に調べたのだけれどな」

わたしとしては。

もっと丁寧に調べるべきだったかと、山荘を出てからちょっとだけ後悔したけれど。しかし、他の二カ所を、丁寧に調べるのが先だ。

何しろ、ザ・ヒーローがいた場合。

それこそ、脱兎にならざるを得ないからだ。

ヒーローの支配地区上空を通過。

此処はザ・パワーの暴力に屈したヒーローの支配地区。マニュアルに沿って、急速に市民用のインフラが整備され始めている。勿論金は、ヒーローが出す。当たり前の話である。

急ピッチで建設が進む病院や発電所。

本来あるべきだったものがなかった。

スラムも整備が開始されている。

今の技術であれば。

この世界は、四十億の人間が、過不足無く生活できるのだ。

それを無茶な事をしていたから。

八億まで減ってしまった。

愚かしい決断をした先祖達は、いずれ何かしらの形で、制裁をしなければならないだろう。

本人にそれを出来ないのは口惜しいが。

少なくとも、ヒーローにだけ都合良く伝えられている歴史については、改変しなければならない。

支配地区を統括しているヒーローの屋敷の上を通る。

恨みが籠もった視線をぶつけられたが。

それは逆恨みだ。

そんなものはぶつけられても痛くもかゆくも無い。

少なくとも。

今までの特権が異常すぎたことに気付けない様な輩など。わたしからしてみれば、塵芥に等しい。

そんな連中など、恨みを買おうとどうとも思わないし。

仕掛けてくるなら潰すだけだ。

「次の山荘までは」

「後二時間くらいかな。 仮眠とっても大丈夫だよ」

「わたしより、お前はどうなんだ」

「私? うーん。 説明が難しいんだけれど、異形化が馴染んできている分、どんどん睡眠が少なくなってきていてね。 異形化すると、脳の機能を分散できるから、その間に脳を交代で眠らせているんだよ」

それは器用な話だ。

いずれにしても、大丈夫だというのなら。

わたしも信頼して、少し仮眠を取る。

レーションを口にして。

仮眠を取るだけで。

随分と楽になる。

到着まで三十分の所で、自力で起きる。

良い夢を見ることは無かったが。

多少、体力は戻った。

だけれど、精神的に受けたダメージは、まだ回復の途上だ。コレが少なからず肉体にも影響を与えている。

ザ・ヒーローの側にはミフネもいる可能性が高い。

この辺りからは。

特に警戒をしなければならないだろう。

「目標確認」

レーダーに、山荘が映った。

わたしが覗き込むと。

山の中腹に。

ぽつんと、小さな山荘がある。

前と同じように朽ちているが。

どうも妙だ。

当たりかも知れない。

「気を付けろ」

「うい」

雲雀が、ヘリの速度を落とし、高度も下げる。

わたしはヘリから飛び降りると、少し距離を取るように雲雀に指示。深呼吸して心身を整えると。

そのまま山荘へ、態勢を低くしたまま走る。

道も何も無い山の途中だ。

だが、近づくと、気付く。

発電装置などの、最低限のインフラがある。

そしてそれらは、動いていた。

山荘に近づくと、鳴子が。

どうやって動いたのかはわからない。

少なくとも、ヒモを踏んだ覚えは無いのだが。

山荘から飛び出してきた人影。

気むずかしそうな老人だった。口ひげを豊富に蓄えている老人で。手には大型のライフル。

驚いた。

多分この老人、市民だ。

サイドキックでさえないだろう。

「何の用だ。 わしの家に近づくな!」

「この家が、ある特級犯罪者の通信に関与している可能性がある」

「知るか!」

「悪いが、わたしも仕事でな。 調べさせてくれないか」

いきなり踏み込んだりはしない。

相手の反応を、丁寧に待つ。

無論、相手もわたしがヒーローで。ライフルなんかでは刃が立たないことは理解しているはずだ。

ライフルの弾なんか、そのまま空中でつかみ取れるくらいである。

ましてやレーザーライフルではなくて、相手が構えているのは、旧時代の、弾丸がでるタイプの骨董品の様なライフルだ。

比較的新しいモデルにも、弾丸を発射するライフルはあるが。

それらのいずれとも、今老人が手にしているライフルは一致していない。

ひょっとすると、だが。

宇宙人との戦争以前に作られた代物かも知れない。

老人の構えはしっかりしていて、相当にライフルを使い込んでいるのは一目で分かるのだけれど。

それでは勝てない相手は、気の毒だが存在するのだ。

しばしすると。

老人は根負けした。

ライフルの銃口を降ろす。

「あんたはヒーローにしては強引ではないな。 ……乱暴にだけはするなよ」

「ありがとう。 少し調べさせて貰う」

雲雀を呼ぶ。

ヘリは、AIで自動低空待機。色々な機器を使って、山荘の中を調べていく。

山荘の中に入ると、まず驚いたのは。

本当に、凄まじい骨董品の数々が、生活用具として使われている、という事だ。中には、とても動きそうにないものまであった。

使い方が分からない代物さえある。

ただ、手入れは良くされていて。

埃は被っていなかった。

つまり朽ちているように空から見えたのは、偽装と言う事だ。空を飛ぶヒーローは珍しくもないし、対策なのだろう。

「良く一人で暮らせるな」

「一人じゃない」

奧から出てきたのは、円形の介護ロボットだ。

健康診断機能もついているやつである。

ヒーローが使っているケースはあるが。

このロボットは、恐らく生産初期のもの。今時余程の物好きでも無ければ持っていない。今の時代は、サイドキックを奴隷代わりに使うのが普通だ。それがヒーローにとってのステータスにもなっているからだ。

「テンペスト、こっち」

「ん」

雲雀に呼ばれた。

そして、足を運んだ部屋には。

小さな機械があった。

用途が分からない。

箱状のものなのだけれど。PCに似ているが、どうもそうでは無い様子だ。何か機械をいじくっていた雲雀だけれど。

やがて、頷く。

「おじいさん、これ使ってます?」

「動かしてるだけだ。 実際には触っておらんよ」

「でしょうね。 踏み台にされてますよこれ」

「何だ踏み台って」

雲雀は説明をしていくけれど。

わたしには知らない単語が続いていて、よく分からなかった。ようするに、おじいさんも知らないうちに、ザ・ヒーローが通信の中継として使っていたらしいのだけれど。それ以上の事は技術面でも、内容でも、理解は出来なかった。

雲雀は何だか昔の技術まで催眠学習で頭に叩き込んでいるらしくて、それで分かるのだろう。

大したものである。

「少しだけ、掃除させて貰いますね」

「壊すなよ」

「大丈夫」

何やら雲雀がコードを出すと、その機械にさし。小型のポータブルPCを起動。わたしはやる事が無いので、外を警戒する。

おじいさんに不意を打たれても、雲雀なら対応出来るだろうし。

むしろ、ザ・ヒーローや、その配下の奇襲の方が怖い。ミフネに奇襲される可能性を考えると、背中に寒気が走る。

操作をしながら、雲雀は言う。

「昔、インターネットが世界中に拡がっていたとき、こういう機械に悪さをして、自分の悪事に利用する輩が後を絶たなかったんだよねえ。 その頃の技術が、この機械に悪さをしているわけ。 今、その技術による悪さの根元を切っているところ」

「わたしには分からん」

「困るよそれだと。 実際今まで、セキュリティの甘さを突いて、私達が何人もヒーローを攻略するのを見ているはずだよねえ。 今後市民のインフラを復活させていくことになると、当然インターネットも復旧させることになる。 そうなれば、こういった機器についての知識や、セキュリティについても理解して貰わないと」

「そうだな。 いずれ勉強はする」

おじいさんは嘆息すると。

台所に行った。

コーヒーを淹れているらしい。

勿論振る舞ってくれるつもりはないらしい。

自分で飲みながら。わたしに話しかけてくる。

「あんた随分若いが、誰か偉いヒーローの使いっ走りかね」

「まあそんなところだ」

「麓が騒がしいが、それに関係しているのかね」

「そうだ。 おじいさんも、今後しばらく治安が混乱すると思うから、気を付けてくれると助かる」

鼻を鳴らすお爺さん。

そもそも完全に自給自足が出来る体勢が整っている上、自分の身くらい自分で守れるという。

介護用のロボットが、健康診断もしてくれていて。

病巣も定期的に取り除いてくれているので、まだ当面は大丈夫だそうだ。

「そもそもわしの爺さんの時代から、ここに住んでいるんだ。 今更此処を離れようとは思わんね」

「それはまた、凄い話だな」

「ヒーローがどんどん腐っていって、市民が奴隷どころか貨幣にされるようになって行くのをみて、爺さんが決断したんだよ。 自給自足の態勢を整えて、此処で静かに生活するってな。 もっとも、最初は八人いた同士も、どんどん減っていって、ついにはわしだけが残ったが」

若い者の中には、こんな所は嫌だと言って、麓に降りていって。それっきりという者もいるらしい。

それは気の毒な話だ。

現実を見て失望しないはずが無い。

その上、無事に戻れるとも思えなかった。

雲雀が作業を完了。

「ほい、情報収集も全て終了。 次行こうか」

「おう。 すまない、おじいさん。 騒がせたわびだ。 物資を少し提供させて貰う」

「そうかい」

幾らかの物資をヘリから降ろして、おじいさんに提供。

勿論、このおじいさんがザ・ヒーローに直接通じている可能性もあるけれど。それはそれだ。

もしそうだとしても、このおじいさんに何が出来るだろう。

少なくとも、物理的に此方を害することなど出来ない。

ヘリに乗り込むと。

わたしは考え込む。

おじいさんの先祖のように考えて、世間を離れた有識者は多かったはずだ。そしてその内のどれだけが、逃げ延びられたのだろう。

少数派として扱われただろうその人達は。

どれだけ悲しかったのだろう。

その哀しみは。

ザ・ヒーローの怒りにも、通じているのではないか。

 

結局最後の地点は空振り。

二つ目の踏み台とかいう機械が、全ての中枢になっていたらしい。ただし、かなり複雑なデータで、解析は難しいそうだが。

それでも、ザ・ヒーローの居場所に、大きく近づいた。

雲雀はヘリの中でそう説明してくれる。

ひょっとしたら。

二三日中に、居場所を特定できるかも知れないと言う。

それは凄い。

大したものだと褒めると、雲雀は珍しくにやりとした。

「殴るだけが能じゃ無いってね」

「その通りだな」

「それよりも、もう少し今のうちに休んでおいて。 オリジンズ本部に戻るのも、オートでやるから」

「そうさせて貰う」

まだ病み上がりには変わりないし。

アンデッドとライトマンと、激闘を演じたばかりなのだ。体の方も、まだまだ本調子とは言い難い。

それに、何よりだ。

もしも雲雀が言うとおりなら。

ザ・ヒーローとの決戦も近い。

何より、暴走中のザ・パワーをどうにかしなければならない可能性も、ますます上がって来ているのだ。

体はどれだけ強くても足りないくらいである。

「ザ・パワーはあんたを後継者にしたいみたいだし、いっそのこと引退しろって言ってみれば?」

「それにはまだわたしは力不足だ」

「それはそうだけれどさ」

「何にしても、今の状況だと、ザ・パワーの戦力はまだまだ絶対に必要だ。 腐れヒーローどもが、ザ・パワーの力がなくなれば、どう動くか分からないしな」

もし連中を黙らせる手があるとしたら。

わたしの力のように。

ヒーローの能力を奪うこと。

市民とヒーローが同格になった後。

横暴に振る舞っているヒーローが、その力を失って、市民になった場合。どういう目に会うかを考えれば。

それは抑止力にもなる。

今までは絶対に禁止されていた研究だけれど。

今後は、やってみる価値があるだろう。

勿論わたしが、犯罪者になったヒーローを殴って廻るという手もある。ただしそれをやるには、ザ・パワー並の実力が、最低でも必要になるが。今の実力だと、どうしても数の暴力には対抗しきれない。

いや、もしもの事を考えると。

ザ・パワー並みの実力でも足りないか。

色々と不足だ。

考え込んでいる内に、眠りに落ちていて。

気がつくと、ヘリがオリジンズ本部に到着。

さっそく雲雀は情報解析室に。

わたしはというと、オリジンズの円卓に。

其処では、プライムフリーズが待っていた。

「戻ったか。 成果は?」

「雲雀が何かみつけたらしい。 ルーターだか何だかに、踏み台が仕込まれていたとか言っていたな」

「そうか、ザ・ヒーローもハッカーの真似事までして、情報を隠蔽していたのだな」

「ハッカーか……」

その言葉は分かるけれど。

ザ・ヒーローほどの人物がやるにしては、何とも。それだけ慎重に、自分の居場所を隠したかったのだろう。

「そういえば、例の核テロの方は」

「ザ・パワーの突入が上手く行って、市民には被害を出さず主力は殲滅したそうだ。 今は残党狩りをしているとか」

「迅速だな。 それに人質に死者が出なかったのは良いことだ」

「ただ、ビリーキッドが逃亡しているらしい。 奴を逃すと色々と面倒だ。 でてくれと声が掛かるかも知れない。 少し休んでおけ」

頷く。

そして、医務室に行くと。

幾つかアドバイスを受けた。

やはり精神面でのダメージが、体に大きな負担を掛けているという。それで回復が進んでいないのだとか。

「一週間は安静にして欲しい所ですけれど」

「それは無理だ」

「でしょうね。 少なくとも、休眠タンクでは無くて、ベッドで休んでください。 睡眠導入剤を渡しておきます」

「ん」

戦闘タイプヒーロー用の薬だ。常人が飲むと、即死しかねないほど効果が強い。今のうちに、眠れるだけ眠っておけ。

そう言われたので、素直に従う。

決戦が近い。

それに、いつビリーキッドの件で、声が掛かるか分からない。

奴は大量虐殺さえしていないが、場合によっては躊躇無くそれをやる典型的なMHCだ。何をしでかすか分からないし、待機は必要だ。

ベッドで休む。

色々な事が起きていたけれど。

それも、もうすぐ決着するのかも知れない。

そう思うと。

感慨は。深かった。

 

2、窮鼠

 

ミラーミラーと対峙しているビリーキッド。MHCでも最年少の一人。今の時代を代表する、我が儘で、選民意識に凝り固まり、市民を残虐に虐げる悪辣なヒーローだった輩である。

テンペストに狙われなかったのは、単に大量虐殺をしていなかったからで。

市民を虐げる事は普通にしていたし。

状況によっては、平然と大量虐殺もしていただろう。

ぼさぼさの頭の、いかにも凶悪そうな面構え。

その形相は、子供とはとても思えない。

幼い丸顔の中には。

殺人犯そのものの目と。

牙を剥いた狂犬そのものの口があった。

ビリーザキッドというアウトローと警官を行き来していた、米国開拓時代の男がいたらしいけれど。

それをもして、カウボーイハットに保安官風のスーツを着込んでいるビリーキッドだけれども。

無論その性格は、ピカレスクロマンに出てくるような、義理人情を持ち合わせたアウトローなどでは無く。

単に身勝手で邪悪な。

手の付けられない凶獣そのものだ。

「近づいてみろ! 起爆してやるからな!」

吼えるビリーキッド。

ミラーミラーが肩をすくめる。

ザ・パワーが到着した時には。

あるヒーローの支配地区。スラムの路地裏に追い込まれたビリーキッドが、ミラーミラーに啖呵を切っている所だった。

勿論本人は本気だろう。

ミラーミラーの能力を知らないから、そんな事を言えるのだ。

「どうしますか、ザ・パワー。 大量無差別殺人するって宣言していますけれど」

「殺せ」

「仰せのままに」

ミラーミラーが大股で近づいていく。

ビリーキッドは、舌打ちすると。

本当に核爆発を起こそうとして。

失敗した。

唖然としているビリーキッド。

ミラーミラーの能力は対消滅。

ヒーローが。そう、例えザ・ヒーローでも絶対の条件である、スーパーパワーの行使に必要な能力を。

そのまま消去するのだ。

テンペストの粉砕と違って、侵食するような能力で。

以前、アンデッドの基地に張り巡らされていた、凶悪な能力封印のトラップを、これで攻略している。

ヴィラン攻略部隊にいた頃から、多大な戦果を上げてきた能力である。

この程度の相手なら。

遅れなど絶対にとらない。

ましてや、この娘は。

テンペストと同格か、それ以上の拳法使いだ。

もっとも、今はどうかは分からない。

テンペストの成長速度は凄まじく。

正直、ザ・パワーも舌を巻くほどだから、である。

焦るビリーキッドは、逃れようと跳躍しようとして、失敗。それだけミラーミラーが、対消滅を強烈にしかけているのだ。

それを理解できていないビリーキッドは。

焦りすぎて、泣きそうな顔をしていた。

「どういうことだよ! なんで俺の能力が使えないんだ!」

あげく、ミラーミラーに殴りかかろうとするMHC。

鼻で笑ったミラーミラーは。

殴りかかってきたビリーキッドを一瞬で投げ飛ばすと。投げる途中に無理な力を掛けてビリーキッドの左肩を外し、なおかつ左腕の骨も粉々に粉砕した。

地面に叩き付けると、そのまま締め上げに掛かる。

いや、首をへし折りに掛かる。

悲鳴を上げようとして、それさえも出来ないビリーキッドは、見る間に恐怖を顔に浮かべたけれど。

真っ赤になった顔は、それどころではなく、すぐに苦痛一色に染められた。

降伏するという言葉も。

殺してやるという怨嗟も。

ともにはき出せず。

ほどなく。

首が折れる音がした。

それでも容赦せず、ミラーミラーは更に締め上げ。

首を引っこ抜く。

鮮血が噴き出す中。

ミラーミラーは、今仕留めたMHCの首を、笑顔でザ・パワーに見せた。

「こんな感じでどうでしょう」

「見事だ」

「ふふ。 テンペストに劣らないでしょう?」

「……そうだな」

意外だ。

対抗意識があったのか。

ヴィラン討伐部隊にいる頃から、緩い性格をしているとか言われていて。どうにもつかみ所が無い奴だった。

次の時代のエースとして期待はされていて。

ミフネからも、何度か凄い奴だと報告は受けていたのだけれど。

接触しても、どうにもそこまで凄い奴だとは感じなかった。

テンペストの影響を受けて、変わってきているのか。

それとも、元からこうで。本性を今まで隠していたのか。それは、ザ・パワーにも分からない。

残党狩りにでていたヴィラン討伐部隊と、スネークアームが戻ってくる。

「処理完了しました」

「スネークアーム」

「はい」

「お前はそのままヴィラン討伐部隊を率いて、まだ残っている指名手配ヴィランを討伐に当たれ。 今は少しでも火種を残したくない」

了解と呟くと、スネークアームは部下達と消える。

エイハヴが、ミラーミラーが吊しているビリーキッドの生首を一瞬だけ見たけれど。それだけだ。

核によるテロを実施しようとした輩。

それも、無抵抗の市民相手に、である。

そんな奴は、十回死刑にしても足りない。

あっさり殺してやっただけでも、慈悲と言うべきであろう。しかも此奴は、MHC。大人と同等の経済力も持っている。

実年齢は関係無く。

こういう輩は、子供として扱うべきでは無い。

そういう意味でも、殺したのは妥当だった。

「ミラーミラー、お前は戻れ」

「了解です。 ザ・パワー、貴方は」

「私はまだするべき事がある」

「それでは、お先に」

ザ・パワーは。

ミラーミラーがいなくなると。指で弾いて、ビリーキッドの残っていた死体を木っ端みじんに消し飛ばした。

此奴は埋葬にさえ値しない。

そして、その後は。

空中に浮かび上がると。

この近くのヒーローの所に。

順番に出向く。

一人ずつ、直接会って認めさせるのだ。

戦闘タイプヒーローにだけ認められていた、特権の手放しと。財産の没収を。蓄えすぎた財産を民間に放出し。

ヒーローだけが独占していたインフラを市民に開放する。

そのためには。

偏りすぎていた富の再分配が必須。

この近くにいるヒーローだけでも、今日中に片付けておきたい。

言葉で対応するつもりは無い。

逆らうならその場で殺す。

今は、それくらいの過激な処置が必要だ。

そして、その泥はザ・パワーだけで被る。

テンペストやミラーミラーという優秀な後継がいるのだ。雲雀も将来的には、治安の維持に貢献してくれるだろう。

それに、統治には、ザ・パワーよりも、プライムフリーズが向いている。

治安維持の人材はいる。

だから、今は。

汚れ役が必須なのである。

最終的には引退するつもりだが。

今はまだだ。

時間もない。

銀河連邦はまだ、大艦隊を太陽系に展開中。奴らとこれ以上関係をこじらせないためにも。強引にでも改革は進めなければならない。

歴史を調べて、知っている。

植民地がどれだけ惨めな扱いを受けるかなど、言うまでも無い。

例え相手が、地球人より遙かに理知的な相手であっても、恐らくそれに変わりは無いだろう。

そういうものだ。

現実とは、かくも非情。

わかりきっているからこそ。

ザ・パワーは。

あらゆる汚辱を身に受けようとも。泥の中で這いずろうとも。あらゆる臓物を浴びようとも。

あがくのだ。

 

数人は、やはり抵抗の意思を示した。だから、その場で殺す。必要なら、全員を殺すべきだったのだろうけれど。

その場で降伏するものまでは手に掛けない。

すぐに処置を済ませて、オリジンズ本部に戻る。

本当だったら、まだ七千弱いる戦闘タイプヒーローを、休まずに全員面接しておきたいところなのだけれど。

体力も続かないし、何より定期的に情報を収集する必要もある。

銀河連邦の定時連絡もある。

戻らなければならないのである。

煩わしい話だが。

こればかりは仕方が無い。

オリジンズ本部ビルに戻ると、テンペストも戻っていた。ただ、休んでいるようなので、そっとしておく。

雲雀から話を聞く。

なるほど、踏み台を経由していたか。

それを考慮すると。

ひょっとすると、まだ先があるかも知れない。

ただ、雲雀の話によると。

上手く行けば、後二三日で、ザ・ヒーローの居場所は特定出来るかも知れない、のだとか。

優秀な後続だ。

こういう後続に恵まれ。

そしてヒーローの魂を受け継げれば。

ザ・ヒーローも魔王にならなくて済んだだろうに。

ザ・パワーだって。

ただヒーローだけを続けていられたかも知れないのに。

「解析を続けます」

「頼むぞ」

ザ・パワーは雲雀に頷くと、自室に。

とうとう結婚することは無かった。

だが、ザ・ヒーローの家族がたどった末路や。

何より、弱みを作るわけにはいかない事を考えると。今は、正直な所、家族を作るわけにはいかないとも思う。

それに、悪鬼に落ちた身だ。

このまま、後続の道を作るために、あらゆる汚辱を身に浴びることは覚悟しているし。もしも家族が出来たら、そのものにも、汚辱の限りが降り注ぐことになる。

血泥と臓物。

ぶちまけられるそれに。

ただ血縁であると言うだけに、耐えろというのは、酷というものだ。

それに、ザ・ヒーローの妻でさえ惨殺されたのだ。

人間がこの世で一番恐ろしい生物であることは、疑うことなどない事実。やはり、家族は持つべきではないだろう。

孤独の部屋に。

ザ・パワーは戻り。

そして休む。

一眠りだけして、すぐに起き。

次の戦いに出向くべく、円卓に。プライムフリーズだけがいた。彼女も、あまり眠らなくても、戦闘力を維持できるタイプだ。

「状況に変化は」

「特にないねえ」

「それならば、私はまた出かける」

地図を拡げる。

あらかた戦闘力が高いヒーローは潰すか従えた。残っているのは雑魚ばかりだが、それでも数が集まると厄介だ。

そのため、今は地区ごとに、絨毯爆撃を仕掛けている状態だが。

まだ幾つか、殆ど手つかずの場所がある。

それらの要所も押さえておく。

「次はこの地区へ行く」

「!」

「どうかしたのか」

「其処へ行くなら、調べて欲しい事があってね」

話を聞くと。

そういえば、昔テンペストの偽物が暴れていたことがあった。それについては、ただのヴィランだったという結論になり。逮捕もされた。

偽物は男で。

テンペストとは似ても似つかなかったが。

それについても、ザ・ヒーローが関与している可能性があると言う。

「現地でテンペストの偽物を逮捕したヴィラン討伐部隊の報告書を読んだが、どうにも腑に落ちない点がある。 調べて欲しい」

「何がおかしいのか、具体的に頼む」

資料を出される。

見てみると、確かに若干だが、不審な点がある。

ひょっとして、捕まったテンペストの偽物は。

本当に、暴れていた当人だったのだろうか。

ちなみに事情聴取は出来ない。

既に死んだからだ。

いわゆる獄死である。

拷問などはしていない。

どういうわけだか分からないが、或いは暗殺だったのかも知れない。口封じだった可能性もある。

いずれにしても、オリジンズ本部に収監しておけば、こんなことにはならなかったのだろうか。

いや、そうも言い切れまい。

実際アンデッドやライトマンに脱走までされているのだから。

何より、である。

この間雲雀が回収してきた、ライトマンの秘密データ。その中に、妙なコネクションが存在していた。

この件は、其処からも浮かび上がってきている。

何か大きな闇がある。

ひょっとすると。

ザ・ヒーローの居場所に、直結する情報を見つけられるかも知れない。

そうプライムフリーズは結論した。

流石というか、この短時間で、その情報を見つけてくる手腕に関しては、大したものである。

ザ・ヒーローが現役を退いた後、無能な後継ヒーロー達を押さえ込んでいたのは、伊達では無いという事だ。

「分かった。 調べて見よう」

「頼むぞ」

すぐに、超音速旅客機を準備して貰う。

今回は、距離が少しある。

途中で休む事も考えての処置だ。ちなみにこの旅客機、マッハ10まで出せる。

ザ・パワーの最高速度には及ばないが、それでも途中までは、かなりスピーディにいけるし。

何より力の消耗も抑えられる。

本当は、それさえも惜しいと思うほど時間がないのだが。

今回は焦るわけにも行かない。

これから赴く地区は、ヒーローの支配地区が密集している。下手をすると、その場にいる全員が反旗を翻す可能性がある。

そうなると。

色々面倒だからだ。

 

休みながら、現地に到着。

アフリカ大陸。

古き時代は、大国のパワーゲームの餌食になった、悲劇の土地で。あらゆる紛争と飢餓が耐えなかった悪夢の場所だった。

しかし、銀河連邦の攻撃が、その事情を変えた。

大国が悉く灰燼に帰した後。

地球に無事な土地はあまり多く残らなかったが。

その一つが、アフリカだったのだ。

というわけで、多くの避難民で当初はごった返したアフリカ大陸には。多くのヒーローも配置されることになった。

ただしそれほど強力なヒーローは歴代的な処置として配置されることはなく。

これは、恐らくは、復興のための主導が必要だった事が要因としてあげられるのだけれども。

それはあくまでザ・ヒーローの時代のみ。

やはりそれ以降の時代は。

差別が根底にあったのだろう。

いずれにしても、ヒーローの支配地区も多く。市民の数も他の比べて、一地区ごとに変わらない。

結果、アフリカには。

一番多くの人がいて。

ヒーロー達の軋轢も、相応に面倒な事になっている。

今は沈静化しているが。

前は此処から出るヴィランが一番多かったし。

支配地区がアフリカになると、嫌がるヒーローも多かったという話も、聞いた事がある。いずれにしても、だ。

此処は呪われた土地。

今では猛獣も大半が絶滅し。

野生では姿を見ることも無い。

ヒーロー管理の動物園で、種が保存はされているが。

それだけだ。

現地に到着。

早速数人のヒーローが出迎えてきた。

いずれもが、中堅以下のヒーローばかり。どれもこれもが、ザ・パワーに逆らうには非力すぎる。

「良くおいでなさいました」

「カークランドはいるか」

「はい、私です」

そうやって頭を下げたのは。

中肉中背の、ドジョウ髭が目立つ男だった。戦闘タイプヒーローとしては、最下層の実力なのが一目で分かる。

ただし、此奴は支配地区の市民が多く。

他のヒーローに市民を売りさばいては、資源などに変えているという曰く付きの存在である。

戦闘タイプヒーローとして、戦闘力に恵まれてはいなくても。

こういう形で、好き勝手出来る奴はいる。

むしろ此奴は。

悪徳政治家の方に、才能があったのかも知れない。

すぐに案内された。食事を用意してあると言われたが、のんびり食べている時間はない。他のヒーローにも招集を掛ける。そいつらとも顔を合わせながら、すぐに話を切り出した。カークランドだけは別室待機である。これは、精神的な負荷を掛けるためだ。自分に何か大きな問題が降りかかった。

そう認識させるためでもある。

こうしておくことで、尋問の時に、対処がしやすくなるのである。

やり口としては、あまり正々堂々とは言えないが。

今は、手段を選んでいられないのだ。

さて、まずは暴力の時間だ。

特権を放棄するようにと口にすると。

反論しようとした者がいた。

即座に殺す。

腹をぶち抜き、重要臓器を全て破壊。

それを見て、他のヒーロー達が青ざめた。即死した戦闘タイプヒーローは、この中でも最強の使い手だったのだ。

「……!」

「これは命令だ。 逆らうようなら殺す」

「ひ……!」

気が弱そうなのが悲鳴を上げる。

戦闘タイプヒーローでも、こういうのはいる。というか、市民を殺し慣れているような奴でもそうだが。

同格や、それ以上の相手と戦ったことがない戦闘タイプヒーローは、この時代珍しくもないのだ。

そういう奴らは。

例外なく生ゴミである。

使い物にならないのが普通だ。

「誓約書を用意した。 すぐに書くように。 この誓約書はよく読んでおけ。 破った場合、その瞬間ヴィラン認定。 殺せば賞金も出るようになる」

青ざめた連中が、雁首を並べている中。

すぐに名前を呼ぶ。

こういうときは、一人ずつ、やらせていく。

そうしないと進行しないからだ。

「早くしろ!」

恫喝も混ぜる。

精神的に追い詰める。

暴発するならそれもいい。

今この場には、三十人ほどヒーローがいるが。全員まとめて相手にしても叩き殺せる程度の相手でしか無い。

その程度の質と言う事だ。

テンペストでも、余裕で圧勝できるだろう。

ザ・パワーなら、なおさらである。

呼ばれた順に、誓約書にサインをしていく。一人、躊躇う奴がいたので、一瞬で頭を吹き飛ばしてやる。

頭を失い、倒れた男を一瞥だけ。

「次!」

暴君として、ザ・パワーが変貌した。

それは知られてはいたはずだ。

だが、この地区のヒーロー達は、何処かで舐めていたのだろう。あの原理主義者として、オリジンズでも孤立しているザ・パワーだ。所詮は愚かな孤独の男。大した事は出来ないだろうと。

千人以上戦闘タイプヒーローを殺したのに。

それでもこういう連中はいる。

だから中核を叩いておく。

それだけだ。

結局七人を殺し。

更に三十人を呼びつける。

慌てて駆けつけてきた三十人に、同じように誓約書を書かせるが。渋る奴は、その場で即座に殺す。

そうして、粛正を実行し。

五時間ほどで、二百五十人を面接し。そしてその内の二十八人を殺した。

震えあがっている連中を一瞥。

この地区のヒーローに貯まっている膿を出すには、これくらいはしなければならないだろう。

ただでさえ、旧時代のアフリカと、似たような有様なのだ。

徹底的に叩いてやらないと、そもそも何も出来ない。

そういえば。

ライトマンは、この辺りの事に詳しかったという話を何処かで聞いたことがある。もう過去の話だけれども。

まあ、その辺りは。

カークランドを尋問すればいい。

「戻っていいぞ」

不安そうにしている腐敗ヒーロー共を帰らせる。

特権の取り上げ。

逆らえば殺す。

ザ・パワーがそうして大粛正を実行していることは、知っていたはずだ。にもかかわらず舐めて掛かっていたから、土壇場でこういうことになる。

せいぜい苦しむといい。

少しは弱者の哀しみを知ると良いのだ。

あらかたバカ共が帰ったところで。カークランドを呼ぶ。

だが。

カークランドを呼びに行ったサイドキックが戻ってこない。嫌な予感がする。すぐに様子を見に行くが。

予想は的中していた。

カークランドがいない。

サイドキック達は、全員気絶させられていた。

逃げ出す気配はなかった。

そうなると。

誰かが手引きしたか。

それとも。

周囲を確認。サイドキック達を気絶で済ませた辺りは、よく分からない。もしもヒーローの仕業なら、サイドキックの命なんて何とも思っていないはずだ。特に腐敗ヒーローだったらなおさらである。

カークランドは実力的にも高くは無いし、ザ・パワーが意識を向けているのに、単独脱出など出来るはずがない。

しかも彼奴の能力は、隠密にはもっとも不適な代物。

大きな音で相手を威嚇する、というものだ。

勿論身体能力は戦闘タイプヒーローにふさわしいもので、市民では束になってもかなわないのだが。

それでも、このショボい能力である。

となると、脱出の手引きをしたのは。

すぐに、サイドキックを起こす。

だが、誰も犯人の姿を見てはいなかった。

気配を念入りに調べるけれど。

知っている奴の気配では無い。

そうなると。

プライムフリーズが言っていた通り、当たりか。カークランドは、テンペストの偽物について、何か後ろ暗い事を知っていて。

それがザ・ヒーローにつながっている可能性が高い。

そうなると厄介だ。

脱出を手引きしたのは、ザ・パワーが知らない、ザ・ヒーローの手先か。或いは、ザ・ヒーロー本人かも知れない。

すぐに周囲に探索班を出す。

カークランドの支配地区にもサイドキックを派遣。接収させた。

カークランドの屋敷は、既に手が回っていて。破壊されていた。呆然と突っ立っているサイドキック達の話によると。いきなり火が出て、サイドキック達の対処能力を超えたという。

しかもサイドキック達が逃げ出した途端。

屋敷が爆破された、というのである。

鮮やかすぎるほどの証拠隠滅だ。

粛正に取りかかりっきりのザ・パワーの隙を突いた、見事すぎるほどの動き。明らかに素人では無い。

戦闘タイプヒーローの中でも、修羅場を経験していないような連中は、素人同然だということを考えると。

政治的修羅場に身を置いていても。

戦闘経験が皆無に近い、この辺りの腐敗ヒーロー共の仕業とは、考えにくかった。

だが、こちらも、手をこまねいていたわけでは無い。

カークランドを焦らせるのと並行して。

その脳の中身を、しっかり写させて貰ったのだ。

旅客機の所に戻る。

今回同行させていたパーカッションが。既に待っていた。

彼女はサイドキックのなりをして、カークランドの側に行き。粛正の時間を利用して、カークランドの脳の中身をHDDに移していた。

上手く行ったかと聞くと、頷かれる。

元々無口なパーカッションだが。

余程失礼な態度を取られたらしく、カークランドに対しては、いい印象が無い様子だった。

「まあ彼奴は自分が底辺のヒーローだと知っていたからな。 そういう奴は、「自分より下」の存在に当たりが強くなる傾向がある。 特に八つ当たりの対象にされやすいのが、サイドキックや市民。 中でも目立って力が弱い者だ」

「……ひどいです」

無口なパーカッションの声を聞く事は滅多に無い。

ただ、パーカッションは。現状の社会を嘆いて、脱走してクリムゾンに入った経緯がある。

また腐敗を見せつけられたのは、いい気分では無かっただろう。

咳払いすると、辛い任務すまなかったなと、それだけ言い。

他のサイドキック達も収容すると、旅客機を発進させた。

さて、カークランドには逃げられたが。

その情報は確保した。

これが吉と出るか凶と出るか。

それは、解析の先だ。

ただし、解析の優先度は、ザ・ヒーローの居場所が先。それについては、戻った頃には、雲雀が割り出している可能性もある。

決戦が近づいている。

それにしても、この地区も。

もう二三回は、粛正が必要だろう。

今回は中枢に近い地区にいたヒーロー達を粛正したが、それでもまだまだ全然足りないのがわかりきっている。

だが、粛正はきりが無い。

後何人殺せば良いのか。

後何人の頭を砕けばいいのか。

少し、心も重かった。

 

3、居場所

 

量産型ヴィランの一人が連れて来たカークランド。ザ・ヒーローは。ミフネを一瞥すると、処置を任せる。

不安そうにしていたカークランドの首が。

胴体と一瞬で泣き別れしていた。

殺されるとは思ってもいなかったのだろう。

盛大に血を噴き出す胴体が倒れたとき。

既に握られていたカークランドの首は。驚いた様子さえもなく、そのままの表情で固まっていた。

頭に触れると、知識を吸い出す。

コピーした能力の一つ、知識吸収。

現在オリジンズに近い位置にいるパーカッションが持っている、知識移動に近い能力であり。

昔、ザ・ヒーローの側近にいた人物の能力を、コピーしたものだ。

実のところ。

同じような能力を持つヒーローはいても、まったく同じ能力を持つ者は存在していない。これは暗黙の了解なのだが。

ザ・ヒーローは、その理由を知っている。

いずれにしても。

千人に一人がヒーローとして生を受け。

そして、更にその中の百人に一人が戦闘タイプ。

この比率は変わらない。

八億にまでこの世界の人間を減らした支配者層が、戦闘タイプヒーローに限定されているのは。

この世界の腐敗の縮図。

これも変わらない。

ザ・ヒーローが地下に潜り。

様々な準備をしてきた頃から。

何もかもが変わらない。

都合がいいからだ。

暴力で世界を支配してきた連中にとって。

そいつらの勢力図は変わった。

だが、銀河連邦の指摘通りの展開になった。人間は、自分と違う弱者に対して、手をさしのべたり、同じ目線でものを見る事など出来ないし。ましてや、一緒に歩もうなどという事は絶対にしない。

だから、まだ宇宙には出せない。

自分の同胞にしてきたことを。

他の種族に、拡大再生産する事は確実だから。

そういう銀河連邦のことさえ忘れ去り。自分に都合がいい権力の保全にばかり必死になって来たクズ共だ。

そんな連中は。

いっそのこと、銀河連邦に支配されて、教化されろ。そしてその過程で、ヒーローの能力も、全て失われてしまえば良い。

そう考えたのだが。

意外にザ・パワーの抵抗が激しいし。テンペストや雲雀も良く動いている現状。上手く行った方向に、計画を修正しようとザ・ヒーローは考えている。

ミフネが、刀を手入れしながら言う。

狭い部屋だ。

大の男二人がいると、むさ苦しくて仕方が無い。

生首は既に。

別の部下に下げさせた。

「それで、我が主。 今後は?」

「成り行きに任せる。 もしも此処を発見できるようならば、それはそれでかまわない」

「よろしいので」

「迎撃はする。 だが、もし此処を発見して、私を相手に我を通せるようならば、それはそれで素晴らしい事だ。 実際、今までに此処を探し出そうとした戦闘タイプヒーローは存在しなかった。 世界の裏側で、私が糸を引いているのに気付いても、な」

ミフネの刀に、自分の顔が一瞬だけ映る。

全盛期の姿だ。

スーパーアンチエイジングを利用して、ずっと全盛期の肉体を保っている。そして、能力は今でも磨き続けている。

だから強い。

単純な理屈だ。

この世界では、ヒーローの能力そのものよりも。

それをどれだけ研磨したかがものをいう。

例えば、今殺したカークランドもそうだが。

もしも能力を磨き抜いていれば。音を使って高度な戦いが出来るところまで、成長していたかも知れない。

だがそれは、可能性の話。

此奴はあくまで権力闘争にしか興味が無く。

だからこそ、私の策謀の餌食になった。

ニセのテンペストを暴れさせる計画には大きな意味があったのだが。その過程で、利用するだけ利用は出来た。

それ以上の意味はない。

もう死体も片付けたし。

記憶も回収した。

「時にライトマンの記憶ですが、もう整理は出来ましたか」

「ああ、良く持ち帰ってくれたな」

「もっと早く首を刎ねても良かったのですが」

「徹底的に追い詰めてからでないと、意味がなかったのだよ」

記憶をもっとも効率よく引き出すには。

脳の鮮度よりも。

むしろ、恐怖が必要なのだ。

コンディションが良くないとは言え、実力で既に上回っているテンペストに追われる恐怖。

その過程で、ライトマンは。

走馬燈の例を出すまでも無く、必死に自分にとって必要な記憶を、脳内で整理していた。どこの誰もそうなのだが。命の危険にさらされると、生存のために、あらゆる処置を優先的に行うようになる傾向がある。

ライトマンは、政界の黒幕として動かしてきた。

その過程で。

ザ・ヒーローが知らない人脈も、多数作ってきている。

それらは、いずれ。

もしも、この世界が変わる事があるならば。

必要になるものだ。

引き継ぐためにも、あの首は必要だった。だからこそ、せっかくの手駒であったアンデッドを使い捨ててまで。ミフネにライトマンの首を回収させたのである。逆に、此処まで誰もたどり着けないようならば。

もう、必要のない知識と記憶であるが。

刀の手入れを追えると。

ミフネは一礼して、部屋を出て行く。

後には、静寂のみが残った。

妻の写真が、側にある。

歴史から抹消された彼女は。

今も写真の中でほほえんでいる。

でも、恐らく。実際に彼女が此処にいたら。今のザ・ヒーローの行動を、決して喜んではくれないだろう。

世界を裏側から好き勝手にしているように見えるだろうし。

何より、この世界を宇宙人に売り渡そうとしているようにも見えるだろうから。

だが、例え彼女が笑ってくれなくても。

ザ・ヒーローはやらなければならない。

この疲弊した世界が。

最悪の場合、終わる。

それを阻止するためなら。

何でもしなければならないのだから。

 

しばし能力の錬磨をしていると。

部下の一人が駆けつけてくる。

といっても、量産型ヴィランだが。

情報収集の能力を持っているので、重宝して側近にしていた。なお、他の量産型ヴィランと容姿は同じである。

能力の植え付けは、

後から出来るのだ。

それならば、素のスペックは高い方が良い。

「ザ・ヒーロー。 敵に動きがありました」

「詳しく知らせよ」

「は。 どうやら敵の東雲雲雀が、此処の情報を割り出した様子です。 先ほど、パケットが飛んでくるのをキャプチャしました」

「そうか」

見つけ出すことに成功したか。

遮断するかと聞かれたので、放置するように返事。

頷くと、量産型ヴィランは、部屋を出て行った。

此処にたどり着けるようならよし。

ミフネを退けられるのなら、なおもよし。

この世界を動かすのは、より強度が高いものであるべき。ザ・ヒーローとしては。そのものに賭けたい。

勿論、ザ・ヒーローを超えられないなら、其処までだ。

当初の予定通り、事を動かす。

クラーフは冷静な男だが。

それでも、艦隊にもう一度ICBMを叩き込まれたら、もう容赦はしないだろう。その気になれば、まだ幾らでも打ち込めるICBMはある。

これでも、二百年間、世界を見てきていないのだ。

裏側で掌握している奥の手なんて、それこそいくらでもある。

そして、その奥の手の中には。

もはやザ・ヒーローしか知らないものや。

世界から葬り去られかけ、保護したものもある。

この世界は、汚辱に満ちすぎた。

自浄作用が働かない以上。

最も強度が高い計画を動かせるものが、この世界を力で改革するべきだ。その考えに、変わりは無い。

さて、一つ疑問がある。

雲雀はどうやって、此処をピンポイントで突き止めた。

キャプチャしたパケットを、此方に回させる。

今ではすっかりネットセキュリティの知識は必要では無くなった。そもそも、ネットそのものが、死んだからだ。

だが、その時代の知識は、ザ・ヒーローの中にある。

だから、解析は容易だった。

なるほど。

どうやらライトマンは、自分の不安を、形にして解消しなければ気が済まない男であったらしい。

自分の最も信頼している場所に。

ストレージを設置。

其処に、様々な情報を配置していたらしいのだ。

それを逆用して、不可思議な人脈をたどり。

ついに此処を見つけ出した、という事なのだろう。

大したものだ。

テンペストが次代の支配者になるのなら。

雲雀は参謀として活躍してくれるだろう。

ザ・ヒーローの側にいた、プライムフリーズのように。

他人の知識の解析には時間が掛かる。人脈の解析に重点を置いていたから、ついストレージの事は失念していた。

だが、別にそれでも構わない。

さあ、来るなら早く来い。

オリジンズ本部ビルを長期間開けていられるほどの余裕は無いはずだ。

戦いは一度。

チャンスも一度だ。

ミフネは恐らくプライムフリーズが押さえ込むことになるだろう。ザ・パワーとミラーミラー、テンペストが、ザ・ヒーローと戦うはず。

ヴィラン討伐部隊や雲雀は、量産型ヴィランの抑え。

それ以上には期待していないだろう。

向こうも、である。

だが、その予測を、どれだけ超えてくれるか、楽しみでならない。

もはや心が老いたのだろう。

ザ・ヒーローは。

今は、若い者達が。

自分を超えてくれることだけが、楽しみになっていた。

続けて続報。

幾つかのパケットが続けてキャプチャされた。どうやら、物理的な位置についても、向こうは特定したらしい。

素晴らしい。

ただし、あくまで候補地の一つ。

此処に絞り込むまでには、まだプロセスが必要なはずだ。

それをどうやって処理するか。

処理するまでの時間はどうやって確保するのか。その辺りで、雲雀の底力が解析できるだろう。

それまで、此方はライトマンの知識の解析に、力を尽くすこととする。

それだけでいい。

もしも戦う時が来たら。

その時は、ただ全力で。敵を倒すだけだ。

 

ミフネは腕組みして、主君の部屋の前に立っていた。壁に背中を預けているのは、それだけ余裕があるからだ。

此方に来る影。

量産型ヴィランの一人。

気配を消す能力を持った者。

同じ屈強な男の顔をした量産型ヴィランの中でも、飛び抜けて強力な能力の持ち主である上に、鍛錬も欠かしていない。

実力は侮れない次元にある。

「どうした、何か起きたか」

「備えなくても良いのですか」

「襲来に対する警備態勢の強化はしろと命令しているはずだが」

「いえ、そもそも此処は守りに適していません。 離れるべきだと思うのですが」

鼻を鳴らしたミフネに。

その量産型ヴィラン。NO76は、少しばかり苛立ったようだった。クローンとは言え、知識も必要量与えてあるし、感情だって当然持っている。

失礼な態度を取られたと思えば、苛立ちもするだろう。

「どういうことなのです」

「我等が主はな。 真にこの世界の事を憂いているのだ」

「それならば、何があろうと生き残ろうとあがくべきだと思うのですが」

「そうではない。 自分より優れた者に現れて欲しいと願っているのだよ」

テンペストに期待している。

ミフネにも。

だから、ミフネは手を抜けない。

ザ・ヒーローは知っているのだ。自分のやり方が絶対ではないと。自分以外のやり方で、より強度が高い手段を提示する者が、必ずや現れてくれると。そしてそれを期待もしている。

強者の驕りでは無い。

内心では、ザ・ヒーローは、今の自分を快く思っていないのだろう。それは前から、ミフネも理解していた。

世界の黒幕に徹し。

ヒーロー達の自浄に期待し。

それがかなわぬと分かった今。

復讐のためもあって、この世界に銀河連邦の軍の駐屯を促そうとした。全ての汚れ役を引き受けながら。

そういう意味では、ザ・パワーとザ・ヒーローはにているかも知れない。

決定的に違う事があるとすれば。

その視野の広さか。

ザ・パワーは一つしか方法が無いと思い込んでいるようだが。

ザ・ヒーローは、自分以外のやり方が必ずあると信じている様子である。そして特に。自分の分身が、ヒーローとしての心構えを叩き込み。そして、あらゆる知識を授けた相手であるテンペストなら。

やってくれると、信じているようだった。

それは、悲しい事なのだろうか。

そうは思わない。

自分を超えてくれる子供がでるならば。

それは親の誉れ。

そう考えることが出来る者は、存在している。

弟子が自分を超えてくれるなら。

師として、これ以上名誉なことは無い。

そうも考える事が出来るお方だ。

だからこそ、人として。

ザ・ヒーローは尊敬している。

ミフネが始めて遭遇した。

尊敬できるヒーローでもある。

「分かりません。 どうあっても、勝てる方法を探すべきです。 ザ・ヒーロー様は、更に勝利に貪欲になるべきではありませんか」

「もしもその気になられれば、あのお方は何時でも世界を滅ぼせる。 銀河連邦の軍の駐屯を促すことでな」

「ザ・ヒーロー様の願いがそうであるならば。 私はそれに従うまで」

「だが、もしも自分の弟子や子が、自分を超えてくれるのなら、その命運を見届けたいとも考えておられる方なのだ」

やはり分からないと、NO76は呻く。

だけれども。

ミフネに戻るように促されて。

下がることは止めなかった。

さて、ここに来るまでの時間は、推定六時間。恐らくNO76は、独自の動きを見せるだろう。

それはそれで別に良い。

アーノルドが来る。

それについて、話をしてきた。

「あの野郎、何人か集めて、相談してやがったけれど、いいのか」

「構わぬ」

「いいんだな。 ほっとくぞ」

「……」

此奴も、ザ・ヒーローの分身の一人で有りながら、ついにこの辺りの機微は分からなかったか。

だけれども。それもまた心理。

同じ人間から分化した存在であっても。

ついに同じ人間の心理を出来ない事があっても、不思議では無いだろう。

「お前も戦いに備えておけ」

「了解、と」

アーノルドも去る。

さて。

愛刀の点検は済ませた。

後は戦うだけだ。

ひょっとすると、ヴィラン討伐部隊の中でも、ブラックサイズ辺りは突出して、ミフネを狙ってくるかも知れない。

それはそれで面白い。

戦いとは時に非情なものだ。

あれだけザ・ヒーローが期待しているテンペストだって、或いは不意の事故で命を落とすかも知れない。

それもまた戦いの面白さの一つ。

そろそろ行くか。

ザ・ヒーローの見張りは必要ないだろう。

何しろ、あのお方は。

今だ揺るがぬ世界最強。

ミフネでも、奇襲を掛けても勝てる気がしないほどの存在なのだから。

 

4、決戦へ

 

雲雀が待っていた。

わたしが戻ると、彼女はすぐに円卓に来るように指示。そして、円卓には、既に資料が揃っていた。

このものものしさ。

円卓に揃う面子。

間違いない。

ザ・ヒーローの居場所を特定したのだ。

ザ・パワーも、無言で円卓の最上席についている。雲雀は、咳払いすると、技術的な説明は省いて、特定に到った経緯を説明し始める。

幾つものデータを照合し。

ライトマンが秘蔵していたデータと。

山荘で回収したデータ。

これらを組み合わせた結果。

ある場所が浮上したのだという。

それは、ダム。

オリジンズ本部ビルから、わずか四キロ。

それこそ、すぐにでも殴り込みを掛けられる位置。ただし、ダムとは言っても、それそのものが基地になっているわけではない。

地下に空間が有り。

いわゆるダム用の水抜き穴の更に底。

というよりも、トンネルの途中に横穴が有り。

其処から、入る事が出来る、と言う場所だ。

なお、普段はメンテナンス用の施設としてしか使われておらず。そもそも水抜き穴が大変危険なこともあって、此処百年は人さえ入っていないという。

つまり、潜伏には絶好の場所だ。

「まさか、こんな近くかよ」

わたしは呻く。

実は、予想はしていたのだ。

オリジンズの動きを掴むためにも、恐らくは近い位置に潜伏していると。だけれども、まさかこれほどの近さだとは想定していなかった。

いずれにしても。

これから、全ての戦力を投入しての決戦だ。

ヴィラン討伐部隊も全員を招集。

一旦粛正は中止。

ザ・パワーが先頭に立ち。

ついに、この世界の黒幕となったザ・ヒーローの居城に殴り込む。勿論、テンペストも、作戦には参加する。

そして、この戦いの後で構わないだろう。

ザ・パワーに。

今のやり方の是非を問う。

このままではまずい。それをしっかり説明する。もしも聞き届けてくれないようならば、連戦になるかも知れない。

いや、それよりもだ。

まずは、第一に。

この戦いを勝ち抜くこと。

相手はあのザ・ヒーロー。

戦闘力は、この場にいる全員が、束になっても勝てるかどうかさえ分からないほどの存在だ。

勝つことは、出来るだろうか。

出来るだろうかではない。

気弱な自分を一喝。

勝つのだ。

あの人が、ザ・ヒーローの一部だと言う事はもう受け入れた。心の整理だって出来ている。

これでも、ずっと戦い続けてきたのだ。

迷いを引きずり続けるわけにはいかないし。

振り払う訓練だってして来た。

そして、何よりも。ザ・ヒーローは、恐らくは待っている。自分とは違う方法を提示できる存在を。

示さなければならないだろう。

二百年、人間の闇を見続けた人に。

この世界に希望があることを。

テンペストが希望になれるのなら。

そうなる。

なれないのなら。

恐らくは死ぬだけだ。

「突入作戦は」

「ヴィラン討伐部隊が前衛で、敵を散らします。 恐らくは相当数の量産型ヴィランが迎撃に出てくるでしょう。 ブラックサイズも、此方に参加を」

「ミフネは戦ってもいいか」

ブラックサイズが好戦的な言葉を発するが。

雲雀は、頷く。

意外だった。

戦いは避けろとか、各個撃破しろとか、言い出すと思っていたのだが。

恐らく雲雀は。

ザ・ヒーローとの戦いに、全力を注ぐことだけを想定している、と見て良いだろう。それだけの相手だ。

何も恥じる事は無い。

「ザ・ヒーローが降伏するか、此方を認めれば事実上の勝利です。 殺す事を最初から想定しなくても構いません」

「……」

そんな余裕、あるだろうか。

正直自信は無いが。

実際問題、不殺などと言うのは、実力差があるから出来る事であって。そうでなければ、とても無理だ。

ザ・ヒーローの能力を考えると。

現状の全戦力を揃えても、勝てるかどうか分からない。

ザ・パワーが立ち上がる。

そして、宣言した。

「この戦いは契機になる」

ザ・ヒーローが何を考えているかは分からない。

だが、彼が屈服すれば。

古い時代は完全に終わる。

愚かなヒーロー達が世界を支配し、堕落が極限に達した彼らが、弱者を虐げる時代が終わるのだ。

ザ・ヒーローと争う理由はその点のみ。

勇者として彼を讃えることはあっても。

悪党として考えてはいないと、ザ・パワーは明言した。

そうだ。

この戦いで、全てに決着を付ける。

そしてそれが終わったとき。

わたしは、顔を上げた。

この凶鬼と化した独裁者とも、決着を付けなければならない。

全てが、終わりに向けて進み始めた。

そしてそれは。

この星の、未来を賭けた戦いにもつながっているのだった。

 

     (続)