炎柱折れる時

 

序、反撃

 

ペアアップルから通信が入る。

わたしが良識派の残党を叩き潰して廻っている、丁度そのタイミングだった。非常に切迫した声だった。

「テンペストさん、すぐにオリジンズ本部にお戻りください!」

「何があった」

「かなりの数のヒーローが、オリジンズ本部に押しかけてきています! 数は、現時点で二百を超えています!」

現時点で、と来たか。

なるほど、それは急いで戻る必要がありそうだ。

今、これほどの規模のヒーローをけしかけられる大物は殆ど残っていない。ザ・パワーが屈服させるか、或いは殺したからだ。

そうなると、何か別の理由があるのか。

それとも、黒幕の手によるものか。

いずれにしても、二百人で、更に増える可能性が高いとなると、プライムフリーズだけでは手に負えないだろう。

「四十五人か。 ……仕方が無い。 此処までだ」

超音速ヘリのAIに指示して、オリジンズ本部へ帰還させる。途中、レーションを囓る。体力を少しでも戻すためだ。

通信を、その間何度か行った。

このヘリには、貴重な通信システムが搭載されているが。

しかしインフラが世界的に壊滅している今。

連続しての通話は難しい。

次の連絡が来たのは、二時間後。

周囲を囲むヒーローが、三百五十にまで増えている、という事だった。プライムフリーズは完全に臨戦態勢。

雲雀も、ミラーミラーも。

戦う態勢を整えているそうである。

ザ・パワーも帰還を急いでいるそうだけれど。

前の良識派が、完全にヴィラン認定され、一方的に狩られているこの現状。同じ失敗を繰り返すとは考えにくい。

何か裏があると見て良さそうだ。

「少しずつ、詳しい情報が入ってきました。 ヒーロー達を率いているのは、サンダーバレットのようです」

「? 誰だそれは」

「ええと、戦闘タイプヒーローの中では、下から数えた方が早い人物で……」

わたしも聞いたことが無い。

各地のヒーローについては調べているのだけれど。それは主に悪行を主体にだった。戦闘力が低かったり、特に毒にも薬にもならないようなヒーローは、あまり意識していなかった事もある。

そんな奴は知らない。

今言えるのは、それだけだ。

「なんでそんな奴が、三百五十を超えるヒーローを率いている?」

「それが……確認できるヒーローが、殆ど無名の人物ばかりでして……」

しかも、である。

武力で威嚇してくるようなことも無く。

松明を掲げているだけだという。

何だそれは。

「戦闘タイプヒーローは、実数三十名ほどのようです」

「……慌てて戻る必要もなかったか?」

「いえ、何とも……」

通信が切れる。

ヘリを急がせるけれど。途中で補給がいる。何カ所か、抑えてあるサイドキックの基地に着地すると、燃料を補給させ。

そして超音速ヘリを急がせた。

わたしが空を飛べれば、もっと話は早いのだけれど。

粉砕の能力を応用して飛ぶのは難しい。

例えば分子を粉砕して飛ぶ事は理論上可能だけれど、それは尋常ではなく制御が危険で、恐らくは直線的にしか飛べないだろう。

発生する爆発が、生半可な代物では無いからだ。

つまり粉砕で発生するエネルギーを受けつつ、それを粉砕して自分を守るという技術もいる。

そんな技を身につけるくらいなら。

格闘戦を覚えた方が早い。

空を飛ぶ相手とやり合ったこともあるけれど。

別に相手と同じ高さまで跳べば良いだけ。

飛べるヒーローは少なくないけれど。

跳躍だけだったら、別にわたしもその高度までいけるし。速度でも引けを取らない。つまり、撃墜は難しくない。

更に言えばわざわざ飛ばなくても、ものを投げつけてやれば良い。

空を飛ぶというのは、それだけ繊細な技術で。

余裕でこなしているザ・パワーなどが、桁外れなだけなのだ。

いずれ、わたしが更に技を極めたら、飛ぶ事を考えても良いのだろうけれど。今の時点では、それはリソース的に無理。

今のわたしは。

もっと極めなければならない技が幾つもあるのだ。

ヘリが急ぐ。

そして、三度目の通信が入った。

「ザ・パワーが戻りました」

「状況は」

「オリジンズ本部を囲んでいる集団が、ザ・パワーに交渉を求めている様子です」

「内容次第では、即座に殺されるな」

非常にまずい。

話を聞く限り、今回の集団は、戦闘タイプのヒーローばかりでは無い。しかも、わたしでも名前を聞いたことが無いようなヒーローが率いている。三百人の戦闘タイプでも倒し切れなかったザ・パワーである。

もし戦いになったら。

殺戮になる。

わたしだって、それは避けたい。

まずは相手を見極めてからだ。戦いを行うのは。

ヘリに急げ、と呟く。

オリジンズ本部が近づいてきたからか。

通信の頻度が上がった。

このヘリはそれだけ貴重品なのである。

本来、オリジンズの屋敷でさえ、通信設備はほとんど整っていないのだから。

ヒーローの集団は、既に五百人に達したそうである。

戦闘タイプヒーローは、その中の三十八人。

どの戦闘タイプヒーローも、無名の、戦闘力も低いものばかりである。戦闘力が低いといっても、旧時代の兵器一個師団くらいなら素手で対応可能で、市民がどれだけ束になっても勝てる相手では無いが。

ザ・パワーもいきなり殺気だってはいないようだが。

彼らが無茶な事を言えば。

其処には殺戮の宴が出現する。

急げ。

ヘリを急かす。しかし、機械は機械。それ以上の性能を発揮することは、どうしたって出来ない。

「もどかしいな……」

走った方が早いか。

いや、流石にヘリより瞬間的に速く走る事は出来るけれど。現地に到着したときには、体力を使い切ってしまう恐れがある。

最悪の事態が起きた場合。

それでは対応出来ない。

通信。

「ザ・パワーが、交渉に出ました!」

「……」

どうか、穏便に済んでくれよ。

そう内心で呟くけれど。

今のあの人が、どれだけ危険な精神状態下にいるかは、わたしテンペストが一番良く知っている。昔の理知的な人柄はもはや影も形も無い。

あの人に残されているのは。

あらゆる暴力を用いて、全てを力で解決する。

その恐怖だけだ。

そして其処まで彼を追い込んだのは。

ザ・ヒーローが結んだ希望の条約を踏みにじった、ザ・ヒーローの後進達と。暴利を貪り続けた堕落ヒーロー達。

それらを、ザ・パワーは。

心の底から憎んでいる。

人が変わってしまった頂点は。

文字通り、意思を持った水爆も同じだ。

いつ何処で。

どのように爆発するか知れたものではない。

それほど危険な存在なのである。

会議で相対していても、いつも感じるのは、凄まじい殺気と。鬼相になったザ・パワーの雰囲気。

嗚呼、この人は。

昔唯一尊敬できた現役ヒーローの面影を失ってしまった。

そう嘆く暇さえ。

わたしには許されない。

ついにヘリが、現場上空に到着。

夕方を少し過ぎたから、既に暗いけれど。

膨大な松明は、まだ健在。

此処からなら。

ヘリをオート操縦にして、わたしは飛び降りる。

着地。

そして松明を持つヒーロー達の間を駆け抜けながら、ザ・パワーの所へと、全力で急いだ。

交渉は。

まだ始まっていない。

降り立ったザ・パワーは、代表者を出すようにと。低く絞った声で、群衆に告げている。そう。軍を単独で蹴散らし、核さえ無効化する戦闘タイプヒーロー達でさえ。今のザ・パワーの前では、群衆に過ぎない。

彼のヒーローを体現したようなスーツは、血と肉塊に塗れ。

今まで彼が、逆らう可能性がある相手を徹底的に粛正していたことがわかるようになっている。

もっとも、血を浴びているのはわたしも同じだ。

八十人以上を潰すツアーの最中だったのだから。

「ザ・パワー!」

走り寄る。

何をしに来た。

そうザ・パワーの顔には書いてあったが。

わたしは関係無く、割り込む。

場合によっては、そのまま相手を守る必要があるからだ。

「率直に言う。 今のあんたは、市民や別に悪くも無いヒーローに対して、殺戮の拳を振るいかねない。 それは容認できない」

「……場合によってはだ」

「分かっている。 だが、今のあんたは、精神状態もまともじゃない。 自分でも、自覚はあるんだろう!?」

呼吸を整えながら言うわたしに。

ザ・パワーは目を細める。

余計な事を。

小娘が。

そう無言の圧力が、全身を吹っ飛ばすように襲いかかってくるけれど、耐え抜く。さすがはトップヒーロー。

間近で怒らせてみると。

その威圧感。

破壊力。

いずれも桁外れだ。

まずは、穏当な交渉を。

そう、繰り返す。

ザ・パワーは。しばし黙り込んだ後、顎をしゃくって。サンダーバレットに促す。派手な名前の割りには、稲妻を胸元にあしらっただけのシンプルなデザインのスーツを着込んだ、目立たない青年は。わたしとザ・パワーの両方に竦みながらも、慌てて携帯端末を取り出す。

ヒーローに支給されている、簡易機能のものだ。

「ザ・パワー。 あなたが、ヒーローも戦闘タイプヒーローも、関係無しに皆殺しにしようとしている、という噂が流れています」

「それで」

「もし本当だったら、止めていただきたい。 此処に集まった者達は、今まで特権を行使はしていましたが、市民を無差別殺戮したりはしていない者達です。 話くらいは、聞いていただいても良いはずです」

勇ましい名前と裏腹の。

震えきった声。

本当に、必死に勇気を振り絞っているのが分かる。

破壊の神と化しているザ・パワーを相手に。

良く喋る事が出来たと、褒めてやりたいくらいだ。

だけれども。

ザ・パワーは。

すべてをはじき返す様にして、口を開く。

「噂など知らん」

「で、では……」

「この世界を腐らせてきた堕落ヒーローは、全員いずれ叩き潰す。 まず逆らえる可能性がある者達を今潰している。 今後は、わたしの指示に即座に従わない者を、順次殺して行く」

声には抑揚が無く。

圧倒的なまでに冷徹で。

そして、自分の言葉に責任を持つ、強烈な信念が満ちていた。まるで鉄で出来た言葉だ。わたしはそう思った。

ザ・パワーは。

今言った言葉を、寸分違わず実行する。

それは間違いない。

もはやこの人は。己の信念を鉄壁とし。この狂った世界に対して、それ以上の暴力をもって相対し。

例え自分の体が砕けようとも。

全てを叩き潰すまで止まらない。

文字通りの、暴走ミサイルと化している。

嘆きの言葉が漏れそうになる。

本物のヒーローだった人が。此処まで変貌してしまうほど、この世界は狂っている。本当に狂っている。

ペアアップルが、少し前に言った言葉を思い出す。

ここから先の、リストアップされたヒーローは。

市民を百人も殺していない。

そう。

百人弱殺した程度では、何一つ問題にならない。それほどに、この世界は、常軌を逸した状態になってしまったのだ。

あらゆる全てが、狂気の神に愛され。地雷原でタップダンスを踊り続けた。

ザ・パワーだけでは無い。

偉大なる始祖。

初代オリジンズのリーダーであるザ・ヒーローさえ。その狂気には、無力な老人に過ぎなかった。

支配に都合が良い様に神格化され。

その家族を奪われ。

そして今。

恐らくは、世界を本当の意味で破滅させようとしている、復讐鬼と化してしまっている。

それら全てを作り上げた元凶は。

ヒーローに無制限の特権を与えた、この世界そのものだ。

「特権は即座に放棄して貰う」

ザ・パワーの言葉は冷厳で。

妥協など、一切ない。

ひとかけらも無い。

戦慄するほど、言葉そのものが暴力的で。今の瞬間でさえ、いつ殺戮の嵐を起こそうとしても、不思議では無い。

わたしは、冷や汗が背中を伝うのを感じる。

もしザ・パワーが戦闘態勢に入ったら。

何秒止められるか。

何人逃がせるか。

「特権を放棄し、市民と共に生きるのなら、手は下さないと約束する。 だが、それ以外の交渉をするつもりは無い」

「……」

ヒーロー達は。

その圧倒的な暴力と狂気に、気圧されるばかりの様だった。

やがて、諦めきった様子で、サンダーバレットは、後ろに言う。

「今の言葉を、他のヒーロー達に伝えるしか無い。 それで反応を見よう」

「待て」

「……!」

ザ・パワーが。

サンダーバレットの首に、言葉で縄をつけて、引っ張り戻す。その強制力は、端から見ているだけでも凄まじかった。

「まずはお前達からだ。 今私が言ったとおり、無制限の特権を廃棄する事を誓え」

「そ、そんな、急に」

「誓え」

「……ひっ」

誓わなければ、殺す。

ザ・パワーの目は、そう告げていた。

たまりかねて、わたしが割って入った。

「まて、ザ・パワー。 此奴らは、前の良識派とかいう巫山戯た連中とは違う。 性急すぎる」

「ならばなんだというのだ」

「特権放棄には同意しているんだ。 即座にさせるのではなくて、自主性に任せよう」

「そのように甘い考えだったから、今までクズ共をのさばらせてきたことは、君が一番知っていると思うのだが」

咎める声。

だが、場合によっては、即座に飛んできただろう拳は。わたしに向けて、ぶち込まれる事は無かった。

まだ、ザ・パワーが。

最低限の理性を残している証拠だ。

わたしは。すくみ上がっているサンダーバレットに言う。

「すぐに戻り、仲間達に今の状況を伝えろ。 そして無制限の特権を放棄する準備に掛かるんだ」

「わ、わかった」

「急げよ。 ザ・パワーは見ての通り、もう抑えが効く状態じゃ無い。 本当に次は殺されるし、わたしだって抑えきれないぞ」

慌てて散って行くヒーロー達。

嫌な予感がする。

ザ・パワーは、目に冷酷な光を宿し続けていたが。わたしを一瞥だけすると、また空に戻っていった。

嘆息すると。わたしはオリジンズ本部屋上に止まったヘリを見る。

彼処まで跳ぶのは骨だな。

どこか他人事に。

そう思った。

 

1、鯨骨

 

オリジンズ本部にテンペストが戻ってきたとき、私はほっとした。あのままだと、ザ・パワーは暴発していた可能性が高い。

私は冷や冷やしながら見ていた。

この間、ザ・パワーは。テンペストを後継者にしたいと言っていたそうだけれど。だからこそ、言うことを聞いたのだろう。

溜息が零れる。

残りは43日。

いや、そろそろ42日になる。

グイパーラの脳から引きずり出した情報は、解析班が全力で分析に当たっているが。心に出来た罅から情報を引っ張り出すのは、想像以上に難易度が高く。解析班は、悲鳴を上げているようだった。

「人手が足りません!」

「交代制で凌げ」

私は指示を手短に出すと、テンペストに会いに行く。

疲れきった様子のテンペストは。

実際に。相当な力を消耗したようだった。

「ザ・パワーはどうだった」

「危険な状態だ」

わかりきったことを言う。

だから、もう一度言い直す。感想を聞きたい、と。テンペストとして、ザ・パワーがどれくらい危険な状態に見えたかを知りたい、と。

テンペストは頷く。

それで、ようやく、私が何をしたいかを理解してくれた様子だった。

「今のザ・パワーは、正論でさえ何とか届く、という状況だ。 前のザ・パワーだったら、正論にはきちんと耳を傾けていただろう。 それが今は、何もかも優先順位からして壊れてしまっている」

嘆かわしい話だけれど。

今のザ・パワーは鬼だ。

戦いに全てを捧げてしまった、狂鬼と化している。わたしのことは、認めてくれているようだけれど。

他の誰かが。

あの人の心に、言葉を届かせられるだろうか。

逆らう奴は皆殺し。

その凄まじい意思が。

常に全身から放たれている。

極限まで腐ったこの世界。

始祖の願いを踏みにじった腐りきった後継者達。

そして、それを受け入れ、安穏と生き。何より市民をインフラからすら追い出し、玩具として殺し続けた堕落ヒーロー達。

その全てが。

ザ・パワーという存在を。

狂鬼に変えてしまったのだ。

何よりも、誰よりも。

わたしが悔しい。

「それで、どうするの?」

「決まってる」

「……?」

「わたしにやれることをやる。 この世界の腐敗ヒーローの中で、私が叩き潰そうと考えていた奴はあらかた終わった。 例の良識派も、残党をブラックサイズが刈り取っている最中だろう。 だったらわたしができることは。 ザ・パワーの手伝いだ」

そのまま、ペアアップルの部屋に行くテンペスト。

まさか。

ザ・パワーが潰して廻っている大物の所に、乗り込むつもりか。

嘆息する。

これは何というか。

さらなる血の雨が降る事が、ほぼ確定だ。

確かに制圧作業は早くなるだろう。

だが、それ以上に。

この世界が壊れていく速度も、上がるとしか、私には思えなかった。

 

すぐに出て行くテンペストを見送る。休憩も最小限しか取らなかった。移動のヘリの中で休む。

そう言ってはいたけれど。

これから彼女がやり合うのは、ザ・パワーが率先して潰しに行くような大物ばかりなのである。

勿論、今までの悪徳ヒーローにも、強い奴はいただろう。

だが此処からは。

全員が強い。

テンペストは無事でいられるのか。

それだけが心配だ。

戦力が削られでもしたら。

それだけ、ザ・パワーが今以上の錯乱をした時に。

抑えることが困難になるから、である。

プライムフリーズの所に行く。プライムフリーズは、冷気を展開する地域を更に拡大している。

座禅を組んで目を閉じて、集中している様子は。

古い時代の、高潔な精神修養を行う聖職者を思わせた。禅、だったか。

「どうした、雲雀」

「ザ・パワーをどうにかテンペストが抑えました。 大量虐殺は避けられましたが、その後の混乱はどうにもならないでしょう」

「そうだろうな」

プライムフリーズは、目も開けないまま言う。

非常にまずいと。

ヒーロー達は一旦解散したが。

混乱は波のように拡がっているという。

ザ・パワーは、いつ爆発しても不思議では無い雰囲気だったと。テンペストが抑えなければ、皆殺しにされた可能性も否定出来ないと。

話しているヒーロー達は。

いずれもが、ザ・パワーに同情的だった者達だ。

つまり、そういった者達までもが。

ザ・パワーに対して、恐怖を抱き始めている、という事である。

ペアアップルも、ザ・パワーが変わってしまって怖い、とぼやいているのを、私はこの間見た。

彼女はザ・パワーに恩義があるし。

何より、ヒーロー社会の現状を憂いていた一人だ。

そんな彼女が恐れる様になってしまっては、まずい。

ザ・パワーは。

何処かでブレーキを掛けなければならないのかも知れない。

そのために、テンペストが動いたのだろう。

ペアアップルも動いてくれているが。

それでも、どこまでやれるかどうか。

私は、情報解析班の所に行く。

調査を進めてくれているが。

まだ、強固なグイパーラの意思の壁は食い破れていない。HDDに移したグイパーラの意思には、確かに彼方此方に亀裂が入っているが。

それでも、簡単に突破は許さない。

後どれくらいで出来る。

そう聞くと、最低でも92時間と帰ってくる。

それでは遅すぎる。

ザ・ヒーローが次の手にいつ出るかも分からないのだ。

まだ一ヶ月以上時間があるのは事実。

だが、それでも。

ザ・パワーがいつ完全に壊れてもおかしくない状態が続いている上に。テンペストは自分を極限まで追い込み続けているし。

ミラーミラーは相変わらず信用できない。

戻ってきたミフネは、自室で待機中。

プライムフリーズと二言三言話はしたようだけれど。

それだけ。

限りなくクロに近いと思っている私としては。

首を刎ねられたこともあって、出来るだけ彼奴には近寄りたくも無い。

というか、同じビルにいると思うだけでぞっとする。

解析班の必死の様子を見ると。

もっと縮めろとはせかせられない。

舌打ちすると。

私は一旦屋上に出て、外の空気を吸うことにした。ザ・パワーが何処かで暴れているにしても、此処から見える範囲では無いだろう。

もう時間がない。

何もかもが、壊れるまで。

後、何日の猶予があるのか。

それまでにザ・ヒーローのアジトを見つけ出さないと。

全てが、灰燼に帰してしまうかも知れない。

ふと、振り向く。

ミラーミラーだった。

「どうしました、世界の終わりが来たみたいな雰囲気で」

「……どうもしないよ」

「ふふ、その割りには、顔色が真っ青」

「昔からだよ」

私自身の顔色が悪い様に見えるのは、前からだ。眠そうな目と、馬鹿にしたような表情。何よりなまっちろい肌色。

これらは全て。

成長とともに体に出てきた。

幼い頃は可愛い子供だったらしけれど。

残念だけれど、美人は子供の頃にはブスだった場合が多い。逆に、子供の頃可愛くても、育つとそうではなくなるケースも珍しくない。

後者は私。

そして私はそれで死にかけたこともある。

私にとって容姿は。

どうでもいいものだ。

「ザ・パワーが、テンペストの言うことを聞いて、殺戮を止めたようですね」

「……んー、そうかな」

「羨ましい話です。 私の事はまだろくに見てもくれませんから、あの人」

「それは……いやなんでもない」

単純に此奴が信用されていないだけなのだけれど。

わざと言っているのか、それとも。

分かった上で言っているのか。

どちらにしても面倒な奴だと、私は思った。

それからも少し話すけれど。

どうにも掴みにくい。

グイパーラと話している時よりも、手応えが無いのだ。心がないとかそういうことではない。

なんというか。

つかみ所を感じ取れないのである。

此奴は此奴で食わせ物だ。

解析があるからと言って、離れる。

何だか妙な雰囲気もある。此奴の能力である対消滅も厄介だけれど、格闘戦でも勝負にならない力の差がある。

それが上で。

どうしてか、妙に私に絡んでくる。

私は此奴がザ・ヒーローの走狗なのでは無いかと言う疑いを捨てていない。多分プライムフリーズもそうだろう。

最悪の場合は。

後ろからプライムフリーズを刺そうとする此奴を。

どうにか食い止めないといけないのか。

面倒くさい事この上ないが。

今の解析班を守るのと同時に、その対策も考えなければならない。

何よりも、だ。

このまま各地の大物ヒーローが、各個撃破に甘んじているだろうか。

ザ・パワーの様子が明らかにおかしいのは、どの大物も掴んでいるはず。

全員がかりでザ・パワーに挑めば、或いはと誰かが思ったとき。

このビルが襲撃されるのは、避けられない。

色々考える事が多すぎる。

自室に戻ると、少し休む。

明らかに眠れなくなってきているが。

これはストレス以上に。

異形化の悪い影響だろう。

何度か、明らかに体に良くない影響が出るレベルで、異形化を行っている。そのせいか、少しずつ体質が変わってきてしまっている。

今の私は。

昔に比べて睡眠時間が非常に短くなった代わりに。

一日二食で充分な状況だ。

それそのものはコスパが良くて助かるのだが。

悪影響は他にも出ている。

内臓の機能が幾つか、不全を起こしている様なのだ。

今は異形化を駆使して、足りない機能を補っている。しかし、この異形化の能力、制御出来なくなったら。

私は一生。

あの異形のままだろう。

溜息が零れる。

休眠用カプセルに入ると、無理矢理眠ることにする。

私にはする事が多すぎる。

待つ時間は。

あまりにも、長すぎるように感じてならない。

 

2、起きるべきこと

 

ザ・パワーが、空中で動きを止めた。

中空にいる敵を発見したのだ。

これから潰しに行こうと思っていた戦闘タイプヒーロー、センチピート。奴だけならば良い。

問題は、更に。

彼と同格の大物ヒーローが八人。

その場で、待ち伏せていたことだろう。

別に構わない。

まとめて叩き潰すのも良いだろう。

「どういうつもりかな、センチピート」

「どうもこうもあるか! このままだと俺はあんたに殺される! ここのところ大物を殺して廻ってるあんたにな!」

「従え。 そうすれば殺さない」

「ヒーローとしての特権を手放せなんて、無茶苦茶だ! 俺たちは優秀だからこの世界を支配しているんだ! それを無能で役にも立たない市民なんぞにインフラと権利なんて引き渡せるか!」

そうか。

呟くと、ザ・パワーは戦闘態勢に入る。

同時に、センチピートを含む九人が、同時に戦闘態勢に入った。事前に示し合わせていたとみるべきだろう。

まあ、遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。

腐りきった此奴らに。

今更特権を手放せというのは無理だ。

そして市民と供に生きる事なんて。

此奴らに出来るはずもない。

市民と戦闘タイプヒーローは、決定的な段階で力が違っているが。

それでも、共存しなければならない。

できないのなら。

宇宙に出てくるな。

それが銀河連邦との条約。

そして地球人類は。

いずれ地球にいるままでは、資源を食い尽くして、自滅していくのが確実な生物なのである。

此奴らは地球のガン。

外科手術で取り除かなければならない。

更に言えば。

外科手術は、可及的速やかに行わなければならないのだ。

オリジンズほどでは無いが、それに近い実力のヒーローが九人がかり。それでも、今のザ・パワーは、まるで負ける気がしない。

拳を固めて、まずはセンチピートに躍りかかる。

センチピートはその名の通り、百足を模したスーツを着込んだ細長い男で、一種の異形である。

無数の手足が有り。

その全てから、レーザーに似たビームを放つことができる。

そのビームを真っ正面から打ち砕きながら。

拳を叩き込む。

ザ・パワーの拳は、あまりにも桁外れな破壊力過ぎて。

センチピートの体に大穴を開け。

余波で上下に引きちぎっていた。

「ぎゃああああああっ!」

無様な悲鳴を上げるセンチピート。

だが同時に、他の八人が襲いかかってくる。上下に分かれたセンチピート自身も、上下から挟み込むように、無数のレーザーをぶち込んでくる。

構わない。

センチピートの下半身を掴むと。

上半身に、フルスイングで叩き付ける。

下半身が木っ端みじんに。

上半身は、成層圏を越えて、その先まで飛んでいきながら。空気との摩擦で燃え尽きていた。

同時に、八人の能力。

火炎やら稲妻やらが、直撃する。

だが。

煙が晴れた後。

無事なザ・パワーを見て。

明らかにたじろぐ声が聞こえた。

ザ・パワーの能力は。

文字通りの、パワーだ。

これは身体能力を上げる、という意味では無い。この世界に満ちているヒーローの能力を引き出す粒子。

この粒子を操作できるらしいのだ。

操作すれば使いきると言うことも無く。

自分の力が尽きるまで、粒子をあふれ出させることが出来る。

そしてこの粒子を利用して。

あらゆる事が応用できるのだ。

以前、ウォッチの時間操作を真正面から打ち砕いて見せたのも、この能力の応用なのである。

その気になれば。

空間だって引き裂ける。

二人目。

拳を重ねて固めると。

ハンマーにして降り下ろす。一撃で頭蓋が陥没するが。しかし、それでも、必死に立て直そうとするそいつに。

回し蹴りを叩き込み。

首を吹っ飛ばした。

残り七人。

同時に、背中へ、大量の能力が着弾する。

残り七人も、なりふり構えず、というのが実情だろう。それに気付いているのかも知れない。

ザ・パワーが。

同時に一人ずつしか。

相手に出来ないという事を。

これは、ザ・パワーの能力に掛かったリミッターのようなものだ。性格的なものなのか、能力の特性が招いているのかは分からない。

ただし、能力を受けるときはともかく。

攻撃に転用するときは。

かならず一人ずつ、というのが絶対のルールになっている。これは幾ら能力を研磨しても、絶対に破る事が出来ない。

何かしらの制約なのだろう。

或いは、自分の心理の奥深くで。

フェアに戦う事を絶対視する心理が。

そうさせているのかも知れない。

いずれにしても、である。

煙を斬り破ると、三人目に躍りかかった。

 

最後の一人を、地面に叩き付け。

踏みつぶして、全身をぐちゃぐちゃの肉塊に変え。更に何度も殴って、原型がなくなるまで潰して行く。

ぐしゃり。どちゃり。

そんな柔らかい音はしない。

しているのは。

重機が地面に対して、鉄球を叩き付けているような。

重苦しく、圧倒的な破壊力に満ちた音だ。

これで、片付いたか。

リストを出すと。

横線を引いていく。

不意に、後ろから声がした。

「流石ですな」

「ミフネか」

「ご明察」

振り向くと。

ミフネは、薄笑いを浮かべたまま、刀を鞘に収める所だった。これは油断があったら斬っていた、とみるべきだろうか。

まあそれもいい。

力なき支配者は打倒されるだけ。

何よりも。

今のザ・パワーには、圧倒的な。絶対的すぎる力が、どうあっても必要なのである。ミフネに不意を突かれるようでは、話にならない。

「一流どころのヒーローを九人、まとめて殺処分ですか。 やりますなあ」

「それで何をしに来た」

「この様子を見ていた近くのヒーローからオリジンズ本部に連絡がありましてね、慌てて駆けつけてきたところですよ」

「嘘だな」

此奴の事だ。

ザ・ヒーローに、そろそろザ・パワーを消せとでも言われたのだろう。本当でもどうでもいい。

そう今、ザ・パワーが考えている。

それが大事なのだ。

「いずれにしても、危険は無さそうですね。 戻ります」

「……私も一度戻る」

「ふむ、流石に消耗が響きますか」

「今日潰そうと思っていた九人が、同時に仕掛けてきたのが気になる。 やはり内通者がいると見て良いだろうな」

ペアアップルは。

アレは違うだろう。

ザ・パワーにの行動に心を痛めても、裏切るまで思考が到らない女だ。

ミラーミラーは。

あれも違うはずだ。

厳重に監視をつけている。本人は気付いているかどうかは分からないが、対消滅能力とは関係無い所から、監視できるようにしてある。

油断は微塵もしていない。

いつ裏切られても大丈夫なように。

ザ・パワーは。

粛正を進展中なのだ。

「そうなると、テンペストかプライムフリーズ?」

「どちらも違う」

「信頼しているのですな」

「そうではない。 奴らであったら、私に問題があると判断したら、暗殺などと言う真似を採らない。 直接挑んでくる」

急速にザ・パワーは、この手の汚い駆け引きを学び始めている。そしてそのやり方も、である。

相手を殺すために、あらゆる手段を選ばず動いているのだ。

今更、綺麗も汚いもない。

そして失敗すれば、この星は植民地化される。

それを避けるためにも。

あらゆる手段を、ザ・パワーは執らなければならない。

未だに特権を手放したくないとかごねている阿呆どもは、全部まとめて殺す。そうしなければ、この星に貯まった腐敗は排除できない。

何よりも、だ。

この星の未来を託して、ヒーロー達をまとめて戦った、初代オリジンズの魂が、汚され続ける事になる。

今、この世界の闇で蠢いている黒幕は、ザ・ヒーローの可能性が高い様子だが。

それだって、ザ・パワーが此処までカス共を甘やかさなければ。

もっと穏当な手段をとっていたかも知れないのだ。

ミフネは先に姿を消す。

ザ・パワーは、まずはペアアップルに連絡を入れる。

貴重な無線装置だ。

殆どのヒーローは、屋敷にさえ、電話のような不便な装置しか持っていないのだが。今機動力を重視しているテンペストやザ・パワーは。貴重な通信装置を手にすることを許されている。オリジンズ本部周辺などでは、携帯端末などが使えるのだが。遠くへ通信するのが難しい。

だから、的確に使いこなさなければならない。

「サンダーバレットとその眷属はどうした」

「引き上げを開始しました。 しかし、まだ一部が、不安な様子で、松明を掲げたままです」

「追い散らせ」

「テンペストさんが、対処しています。 彼女に一任しては如何でしょうか」

震えるペアアップルの声。

まあ、それでも良いだろう。

ならば好きにしろと吐き捨てると。

ザ・パワーは。

宙に浮き上がり、全力でオリジンズ本部ビルに戻った。

 

円卓に出ると。

既に、新しく結成したオリジンズは、会議に備えて席に着いていた。遅刻者が出ないのは上々である。

昔の惨状を思うと。

今のオリジンズは真面目だ。

すぐに会議を始める。

残り四十日を切った。

できる限り、やれることはこなさなければならない。

まずは、ペアアップルに資料を配らせる。

降伏した連中と。

更に逆らえないようにした者達。

これらを整理して。

加えて、殺した大物ヒーローをリスト化する。

流石に壮観なメンバーが揃っている。

旧オリジンズの大半は、自宅軟禁か収監。

唯一残ったスネークアームは、装備している機械化スーツに、細工をして、絶対に逆らえないようにしている。

此奴の戦闘力はそこそこ高いので、実はあまり弄りたくは無かったのだけれど。

逆らえないようにする仕組みも容易だったので。

敢えてオリジンズに残したのだ。

その他、各地の悪徳ヒーローは、テンペストがあらかた駆除した。

これは大きな戦果だ。

彼女が潰した人数は、百人を遙か超えていて。

市民を生きた貨幣と考えるに飽き足らず。

面白半分に殺戮していた外道共を。

この世から一掃した事は大きい。

なお、そのうちの幾らかは、病院で延命措置を受けているが。それもどうするか、今検討中だ。

消してしまうのもいいだろう。

生かしておいても、何ら意味のない連中だ。

テンペストにしてみれば、肉塊状態で、一生植物状態になる事が、連中にとっての罰だと考えている様子だが。

そんな連中を生かしておくくらいなら。

感覚を数千倍にする薬剤でも投入し。

体感時間を数千年単位で苦しめた結果、殺処分でもする方が経済的。

何よりベッドがあく。

そうすれば、市民が一人、治療を受けられる場所が増えるのだ。

ただでさえ、八億まで減ってしまっている地球の人口だ。それを主導したのは、今粛正を進めているクズヒーロー共である。

堕落の極限に達し。

ヒーローを名乗るに値しなくなった連中だ。

どれだけ苦しめて葬っても。

問題など何一つ無い。

そう語るザ・パワーを見て。

周囲は青ざめたり、困惑したりしていた。

挙手したのは、テンペストだ。

「それで、ザ・パワー。 次は何をどう動く」

「まだ去就を明らかにしていない大物が十六人いる。 これを何度かに分けて叩き潰しておく」

「それならばわたしも……」

「いや、お前はオリジンズ本部を囲んでいる連中の対処に当たれ」

了解、とテンペストは席に着く。

少し不満そうだけれど。

それでいい。

というのも、ザ・パワーが見たところ。

近々、残った大物が、何かしら動きを見せる。

今回の「平和的デモ」は、その前触れである可能性が高い。

そうなってくると。

プライムフリーズだけ守りに残すのは不安だ。

もう一人手練れがいた方が良い。

「ブラックサイズ」

「む」

「お前は例の良識派狩りを続けろ。 残りはどれほどだ」

「生き残りは百人を切ったはずだ。 同じほどの人数が収監されている」

ならば積極的に狩れ。

そういうと。

若干不満そうな目をしたが。

ブラックサイズも頷いた。

雑魚を掃討するのは、彼にとっては、誇り高い仕事とは思えないのだろう。実際雄敵と戦うことを喜びとしている様子なのだ。

ミフネは、戻ってきていない。

何処で何をしているやら。

別にどうでも良いが。

プライムフリーズが挙手。

話させる。

「グイパーラの脳から取り出した情報を、今解析中だ。 わしの部下達が、総出で作業に当たっている」

「成果は」

「今、絞り込んでいるところだ」

メルカトル図法で書かれた世界地図が、円卓に拡げられる。

それによると。

世界で十二カ所ほど。

ザ・ヒーローが潜伏していると思われる場所が、絞り込まれてきているという。

ただし、その範囲がかなり広いこと。

ザ・ヒーローが、複数の能力を使いこなす特殊能力持ちだと言う事もあって。動くには慎重にならざるを得ないとか。

「此方の対応は、最悪大物ヒーローの対応が全て完了してからでも構わないだろうと、わしは思っている」

「理由は」

「わしだったら、今無理に動くよりも。 将来的に、また腐敗するヒーロー達をたきつける方が、確実だと思うからだ」

円卓が、しんとする。

プライムフリーズは、冷徹な目で。

現実をずばすばと指摘する。

「今、独裁で進めている改革は強引だ。 多くの戦闘タイプヒーローに、大きな不満を植え付けている。 お前が衰えるか死んだ後。 それを煽られたらどうなると思う、ザ・パワー」

「そうだな。 非常に危険な状態になるだろう」

「もしわしがザ・ヒーローなら。 いや、違うな。 わしはザ・ヒーローと長く接してきたから、奴がどう考えるかは分かっている。 ザ・ヒーローなら、焦ることも無く、そうするだろうよ

「なるほど、参考になった」

円卓の皆が、ほっとする。

ザ・パワーが。

プライムフリーズを排除に掛からなかったから、だろうか。

流石に其処まで暴虐では無いと思っているのだが。

もう、誰もそう感じてはくれないだろう。

それは仕方が無い事だ。

「大物の処理には、あと二日を要する予定だ。 次の円卓は、その後に行う。 解散」

ザ・パワーの言葉と供に。

円卓が解散する。

そして、ザ・パワーは。

休息を取るのでは無く。

ただ回復するために。

回復を促進する、カプセル装置へと向かった。

 

仕掛けてこないな。

ぼんやりとそう思う。

もしも内通者がいるのなら、今だろうと思っているのだが。実際、休息中のザ・パワーの警備を、意図的に減らしているのである。

ミフネ辺りなら、余裕で突破は可能なはず。

それなのに、どうして仕掛けてこない。

理由は幾つか考えられる。

一つは、戦闘タイプではないと言う事。

ペアアップルは違うにしても。

周囲で働かせている、戦闘タイプでは無いヒーローは複数いる。その中に、黒幕と内通している奴はいるはずだ。

ほぼ間違いなくいる。

でないと、この間の敵の動きが、説明できない。

別の仮説。

戦闘タイプヒーローに裏切り者がいるとして。

今、ザ・パワーを殺すのに、メリットを感じていない場合。

この可能性は、決して低くないはずだ。

実際問題、ザ・パワーは。自分が極めて強力な独裁を行っている事は、理解しているつもりだ。

それが血に塗れた路で有り。

いばらの道であることも。

独裁をよしとしない人間が多いのは。

その弊害が大きいからだ。

ましてや、ザ・パワーがやっているような。

周囲に血の雨を降らせるタイプのやり方は、必ずしも好まれるものではないだろう。

つまり、その不満を利用し。

いずれ大蜂起につなげる。

それもまた。

考えの一つだろう。

回復完了。

カプセルから出る。

ペアアップルを呼びつけながら、スーツを着替える。複数あるスーツは、戻る度に血と肉片に塗れているため。

クリーニングに、職人達が苦労しているようだった。

どうでもいいが。

「お呼びですか」

「次に殺しに行く連中のリストを」

「実力者はこれで最後になります」

「……」

オリジンズを狙える実力を持ち。

そして、ザ・パワーへの服従を拒否した連中。

その中には。

昔話した相手もいる。

いずれもが、ザ・パワーを馬鹿にしていた。時代錯誤の原理主義者と。その時の事は、思い出すだけでも腹が立つが。

その私怨よりも。

彼らがこの状況下で、自由だの意思だのを何だのを理由に服従を拒否。

世界の混乱を収束させようとする気がまるで見られない事だった。

彼らは口だけでは格好良いことを言っているが。

実際には、手に入れた特権を手放したくないだけなのだと、ザ・パワーは見抜いている。だから、容赦もするつもりは無い。

すぐに、出る。この間のように、ターゲット全員に同時に囲まれる事態も想定はしているが。

それさえも返り討ちにしたことが伝わっているのだろう。

二人は屋敷から逃げだそうとしたところを、捕捉。

その場で殴り殺した。

降伏勧告は事前に出していたはずだ。

それを拒否して、逃げようとするのだから、それは向こうの責任だ。死をもって償って貰うだけである。

ザ・パワーが屋敷に到着すると、必死に抵抗しようとしたのが三人。

それらも全て。

十秒以内に殴り殺した。

残りは、本気でザ・パワーが殺しに来たのを見て仰天。地面に這いつくばって降伏をすると言い出したので。

手足をへし折った後。

監獄に入れることにした。

「寛大な処置を!」

一人が喚くが、気にしない。

寛大な処置なら。

今までしすぎるほどにしてきた。

それを良い事に、此方を舐め腐った真似をしてきたのは此奴らだ。今、その報いを受けているだけである。

今回だって、事前に降伏勧告はした。

それを鼻で笑って放置していたから、こういうことになったのである。

自業自得という言葉がある。

まさにその実践例だろう。

「全員片付いた。 一度戻る」

「分かりました……」

ペアアップルに通信を入れると、ザ・パワーは、気付く。

がたがた震えながらも。

包丁を此方に向けている娘がいる。

今殺した、バーミリオンヘッジホッグの娘だろう。市民だが、バーミリオンヘッジホッグがかわいがっていたと聞いている。

ちなみに血縁は無い。

もう少し成長したら、慰み者にするつもりだったのだろう。

包丁を持ったまま、突っ込んでくる。

あんな相手でも。

慕っていた、ということか。

ザ・パワーは、包丁を受け止めると。そのままへし折って見せた。

悲鳴に近い声を上げながら、殴りかかってくる娘。

残像を残して後ろに回り込むと。

首の後ろにある、意識を失わせるツボを一打ち。

それだけで、倒れた。

この程度の抵抗であれば。

殺す必要もあるまい。

恨むなら恨めば良い。

もしも、他の人間を巻き込もうとするなら殺す。

自分自身でザ・パワーに抵抗しようとしてくるのであれば、好きにすれば良い。何度でも、挑戦を受けて立つだけだ。

屋敷を後にする。

これで、十人や二十人なら。

束になっても、ザ・パワーに勝てるヒーローはいなくなった。

生きている奴もいるにはいるが。

それらは強烈な監視態勢の下に有り。

ヘタに動けば、即座に通報が来る。

そして通報が来た場合は。

殺して良いと言う風な契約も結んでいる。生殺与奪の権利を差し出してきたから、殺さないでいてやっているのだ。

これ以上は、贅沢というものだろう。

空を飛びながら、状況を確認。

開発が始まった地区もある。

ザ・パワーに屈服することを選んだヒーローの支配地区だ。マニュアル通りにやるようにと指示してある。

それが出来なければ、相応の制裁も行うと。

相応の制裁が、死か、それに近いものだということは、理解できているのだろう。どのヒーローも、必死に開発にいそしんでいる様だが。

これでも、まだ足りない。

この間オリジンズの本部ビルに押しかけた連中のように。

ヒーローの大多数は、ザ・パワーに不満を持っている。

開発が終わり次第。

邪魔なヒーローは処分してしまうのが、今後のためにも良いだろう。そして生まれる度に殺していく。

本当に輝ける魂を持つ者だけが。

ヒーローとして残れば良い。

それが、ザ・パワーの結論だ。

多すぎるヒーローなんて、弊害しか産まない。

ましてや特権意識を持ったヒーローなんて。

ただの害悪だ。

害悪を放置してきた自分にも責任はある。

だから今。

在庫の大処分をしているのだ。

本部に到着。

この間集まっていた連中は。

テンペストが解散させた様子だ。

彼奴、意外にも。

こういう繊細な作業、出来るものなのだ。

「テンペストは」

「一度休憩に入りました」

「そうか」

ねぎらいの言葉でも掛けてやろうかと思ったが、まあそれは本人が望むまい。すぐに、次の仕事について、ペアアップルに告げる。

この間の良識派三百人。

これらのうち、ブラックサイズが狩っている残党の中には、降伏した者も、少しだけだがいる。

此奴らが吐いた背後関係は既にまとめてあり。

大物については処分した。

これから、残りを処分する。

リストアップするようにと、ペアアップルに指示。

流石に彼女も青ざめた。

「まだ粛正をなさるんですか」

「当たり前だ」

「コレで既に、合計して五百人以上のヒーローが死んでいます。 このまま殺していくと、一割に届いてしまいます」

「それだけの数のヒーローが、救いようが無いほど腐敗していた、という事だ」

まさにあきれ果てた話だ。

市民を面白半分に殺す奴が良識的とされ。

弱きを助け強きを挫くという思考が、化石だの、原理主義だのと嘲笑われる世界である。まともではない。

それをまともではないというだけで。

これだけの流血が起きるのだ。

この世界がどれだけ腐敗していて。

市民が虐げられて。

ヒーローが驕り高ぶって。

その結果、銀河連邦の大艦隊が押し寄せた。

何もかも、この地球で。

歴代のヒーロー達が引き起こしていた自業自得の結果。

このまま、残りの七千五百人も、皆殺しにしてしまうのが一番良いのではないだろうかとさえ、ザ・パワーは思っている。

だから、抵抗できる主軸になるものから潰している。逆らわないのなら殺さない。だが、未だに現実が見えていないものは。ザ・パワーの勧告を鼻で笑うケースも多い。そういう連中は、ザ・パワーが直接来ても。まだ事態を理解できずに、そんな馬鹿な事を本気で言っているのかと、真顔で嘲笑ってきたりする。

勿論一秒後には、ザ・パワーの拳が顔面にめり込み。

頭蓋を砕いて、即死させているのだが。

「残り日数は」

「四十日を切ります」

「順調だな……」

インフラを整備するヒーロー達は、既に総出で動いている。

今までそれだけ市民が虐げられていた、という事で。

それほどに動かなければ、最低限のインフラさえ確保できないことも意味している。今後は鉄道や飛行機を、市民が使える様にしなければならないし。

何よりも、インフラの整備に、市民が関われるようにもしなければならない。

一旦休憩することを告げて、休憩室に。

カプセルに向かうと。

丁度カプセルから出てきたテンペストとかち合った。

「順調なようだな、テンペスト」

「おかげさまで」

「これからも頼むぞ」

「ああ」

返事はあっさりと。

だが。

テンペストが、ザ・パワーのやり方に、不満を持ち始めているのは、何となく分かる。しかし、テンペストが逆らうのなら、それはそれでよし。

面従腹背の類はしないだろうし。

物言いは真正面からしてくる筈だ。

場合によっては殺すが。

今の時点では、その必要はないだろう。

できれば、後継者にしたい。

それだけの実力を持つ逸材だ。

少しだけ休憩して、戻る。

アップルが、リストを作り上げていたが。目を通している内に、サイドキックが円卓に飛び込んできた。

「た、大変です!」

「どうした」

「良識派の残党四十五名が、彼らを操っていたと思われるヒーロー達二十名と集結し、原子力プラントを占拠! 現在、ブラックサイズ殿とのにらみ合いが行われている様子です!」

「ほう……」

これは、手間が省けた。

原子力プラントは、言うまでも無く周辺のエネルギーを支える重要施設だが。それくらいは別にくれてやっても良い。

不満分子が。

まとまってくれたことが大変有り難い。

「遠隔操作でプラントは止めろ」

「しかしそうなると、各地の電力が」

「近隣のヒーロー達の自家発電装置から供給させろ。 それぞれの屋敷に、小型の炉がついているはずだ」

「分かりました」

テンペストが来る。

自分が行こうか、と言うのだが。

ザ・パワーは首を横に振る。

「タイミング的にできすぎている。 罠の可能性が高い」

「備えて残れと?」

「そういうことだ。 プライムフリーズと一緒に、是非此処を守ってくれ。 ミフネとミラーミラーも連れていく」

此処を乗っ取られることを避けるために、不安分子は全員連れて行く、という事であるテンペストは、すぐに理解した様子だった。

それでいい。

それでこそ。

ザ・パワーの後継者だ。

「ただし、通信装置を貰えないだろうか。 それくらいは手助けをしたい」

「いいだろう」

通信インフラが壊滅している現在では貴重な品だが。

ザ・パワーは惜しまずに、テンペストに通信装置を渡し。自身はイヤホン型の通信装置を身につけた。

 

3、粛正の果てに

 

原子力プラントは、遠隔操作の末に既に動きを止めているが。

それでも、多数のヒーローが立てこもっているのは脅威である。

放射能除去能力を持つヒーローは存在するが。

それでも、核物質と。放射能を周囲にばらまかれると、色々と面倒なのは、誰が言わなくても分かる事だろう。

このままだと、非常に面倒な事になる。

今のうちに、処理しなければならない。

わたしは、ザ・パワーが恐らく敢えて全国に放送するために。

貴重な映像記録用の車両を連れて、外に出て行くのを、見守るしか無かった。

完全な粛正だ。

追い詰められた良識派の連中については、どうでもいい。

自業自得だからだ。

連中の演説を、わたしも聴いている。

彼奴らには、ヒーローを名乗る資格なんて無いし。

何よりも、連中がしたり顔で市民を幾らでも殺戮した上、正義を気取っただろう事は、火を見るよりも明らかだった。

だから、此奴らが殺される事については、何とも思わない。

だがザ・パワーは。

何らかの関連があると判断した連中全員まで。

此処で消そうとしている。

流石にそれはやりすぎだ。

だから、恐怖に駆られたのだろう。

関係者達が大慌てであつまり。

身を守るために、このような暴挙に出た、という事なのだろう。

占拠された原子力プラントは、利用方法次第によっては、六メガトン程度の水爆に匹敵する火力を出せる。

まあ自爆テロを行った場合だが。

その場合、実際の火力よりも。

周囲にまき散らされる汚染物質の方が問題になる。

ザ・パワーもそれを見越している様子で。

非戦闘員の、対核能力を持つ者達を、既に十人以上、周辺の地域に派遣して、待機させている様子だ。

わたしは、オリジンズ本部ビルの屋上で。

ポータブル端末を手に。

様子を見る。

原子力プラントを占拠した連中は。

ザ・パワーに対して、メガホンで何か話しかけている様だった。

映像が乱れている。

この世界の通信インフラは、殆ど死に体だ。

こういうとき。

それが露骨に表に出てくる。

それでも、どうにか近くに来たからか。

会話の内容が、聞こえてくるようになった。

「ザ・パワー! 狂気に落ちた貴方を、これ以上放置する訳にはいかない! 暴力による粛正を、止めていただきたい!」

「言いたいことはそれだけか」

「我々は自爆する覚悟も出来ている! ザ・パワーが聞き入れてくれないのなら、このまま自爆する!」

「だったら早くしろ!」

凄まじい怒声。

唖然とした様子の代表者が。

メガホンを取り落としていた。

「ばらまかれる汚染物質の処理の方は、既に手配をしてある。 死にたいのならさっさと死ね」

「そ、そんな……」

「無情だとでも言うのか。 では聞くが、お前達が面白半分に虐げ、殺戮してきた市民に対して、お前達は情を少しでも持っていたのか? 持っていたとでも言うのか!?」

更に、ザ・パワーは。

この間。

良識派達が演説していた内容についても。

録音を流す。

ザ・パワーの支配地区にいる市民を皆殺しにして、ザ・パワーをたぶらかした愚か者共をこの世から排除する。

確かに此奴らは。

そのような、蒙昧極まることをほざいた。

その時だろう。

ザ・パワーが。

完全にブチ切れたのは。

ブラックサイズでさえ、驚いたようにして、ザ・パワーを見ている。殺ししか興味がなさそうな男なのに。

それでも、驚くほどの事だった、ということだ。

「お前達にヒーローを名乗る資格は無い。 だからヴィラン認定したのだと、どうして理解できない!」

「わ、我々は、この世界の常識に……」

「その常識そのものが狂っている! 人という生物は、そもそも弱者を保護することで三世代の生活集団を造り出し、他の生物に対して優位を造り出す事が出来た、という経緯を持つ生物だ。 それが貴様らは、身内にだけはヒューマニズムやら人間らしさやらを適応し、自分から見て弱い相手には、獣の理論で接している! だから今、銀河連邦の大艦隊が、我々を危険視して、主砲を地球に向けている! それを理解できない貴様らに、生きる資格など無い!」

選べ。

ザ・パワーが叫ぶ。

その怒号は凄まじく。

まさに砲撃のようだった。

「私に殺されるか、原子炉と一緒に消し飛ぶか。 ああ、原子炉が爆発した程度では死なないのも少し混じっているな。 それならば、そいつらはそのまま、私が殺してやるから心配するな」

「お、お慈悲を!」

「慈悲を請うなら、どうしてさっさと降伏しなかった! 貴様らは、都合の良いときだけ、相手に寛容さや慈悲を求める都合が良いクズだ! 貴様らが冷静に交渉を行おうとしてきた相手に、どのようなことをしてきたか、その都合が良い脳みそで思い出してみると良いだろう!」

ザ・パワーが指を鳴らす。

周囲で、核爆発に備えた態勢が取られた。

有害な核物質の飛散を防ぐキャプチャの作成。

更に、である。

ザ・パワー自身は戦闘態勢に入っている。

抵抗しようとしたり。

逃げ出そうとする奴は。

その場で殺す態勢を取っているのだ。

それを見て、絶望したのだろう。

結束が、崩れた。

「こ、降伏する!」

「お前、皆を裏切るのか!」

「だって、見ろ! もう此方を皆殺しにするつもりで動いているんだぞ! しかも、相手はザ・パワーだ! 勝てる訳が無い!」

悲鳴混じりで叫んだのは、良識派に所属していた奴の一人。

煽っていた連中は、これはだめだと判断したのだろう。何か始めた。わたしは、渡されている通信装置で、ザ・パワーに連絡を入れる。

「ザ・パワー。 降伏は受け入れた方が良い」

「どういうことだ」

「首謀者らしき連中が何か始めている。 恐らくは、計画を切り替えたと見て良い」

「鋭いな」

ザ・パワーは。

蛙の様に土下座していた連中を飛び越すと、中に踊り込む。

悲鳴を上げて飛び退く連中は無視。

計画の首謀者の中の一人が。

顔を上げた瞬間、ザ・パワーに拳をくらい。顔面を吹っ飛ばされ、そのまま即死した。

ザ・パワーは言う。

「瞬間転移能力者のミストか。 煽るだけ煽って、自分たちだけ逃げるつもりだったようだな」

「……っ!」

残りの十九人が、さっと散る。

ザ・パワーの目は炎のように燃え上がっていることだろう。

わたしの耳にも。

そのくぐもった声に籠もる怒りが、伝わってくるほどだ。

まずい。

「ザ・パワー。 原子炉さえ奪い返せば、後は降伏させるべきだ」

「どうした、敵を悉く粉砕してきた君らしくも無いな」

「大局を見ろと師匠に何度も言われてきている。 わたしは手が出せる距離にいても、クロコダイルビルドやキルライネンに手を出していない。 あんただって同じの筈だ、ザ・パワー」

「!」

それで、分かったのだろう。

どれだけ狂気に取り憑かれ始めていても。それでも、ザ・パワーは、ヒーローの魂を残しているのだ。この原子炉が爆発したら、巻き込まれる市民もいる。キャプチャして防いでも、犠牲者は相応の数が出るだろう。放射能汚染を除去しても。その間に亡くなる人だっている。

こんな奴らのために。市民を犠牲にしてはいけない。

降伏するなら、逮捕して、そこで拷問するなりなんなりすればいい。

今は、希望を見せて。

後で現実を見せてやればいいのだ。

「降伏するなら許してやる。 すぐに決めろ」

「……」

首謀者の一人が。笑ったように見えた。

そして、そいつは。ザ・パワーの前で、突然にして爆発四散し、即死したのである。

後は、阿鼻叫喚。パニックに陥った良識派の残党は、狂ったように散らかり始めた。

どうみても、ザ・パワーが惨殺したように見えたからだ。

そうか、最初から。

暴動の成功など、度外視していたのだ。

目的は、恐怖をばらまく事。

ザ・パワーがどれだけ暴虐で。

凄まじい暴力を振るうか。

見せつけること。

「一人も逃がすな!」

ザ・パワーが、我先に逃げようとする敵を、片っ端から黙らせていく。力加減を失敗して、そのまま潰してしまうこともあるようだが。

今は非常事態だ。

仕方が無い。

ブラックサイズが、鎌を構え。

原子力プラントから飛び出してきた奴を、誰彼構わず斬っていく。

一応急所を可能な限り外す努力はしている様子だが。

それでも、首と胴体が泣き別れになるケースが、かなり目立っていた。

殺し、殺し、更に殺す。

だが、六十人が、四方八方に飛びだしたのである。

今回連れてきている人員は、殆どが戦闘タイプヒーローでは無い。抑えきれるものではない。

何より。

原子力関連の技術を持つヒーローが飛び込んできて、調査開始。

更に。爆弾を発見するヒーローも。

ザ・パワーは彼らを守りながら。

作業を進めさせなければならなかった。

「ザ・パワー。 追撃する。 可能な限り殺してくる」

あたりでまごついていた連中は、ザ・パワーとブラックサイズで全て無力化したが。それでも、四割近く。二十八人が脱出した様子だ。驚いたことに、主導していた二十人は、一人も含まれていない。

これは或いは。

洗脳を受けていた可能性も高い。

実際、ザ・パワーの前で自爆した奴。

映像を確認すると。

ヒーロー名、プルフォード。

典型的な政治的地位を求めるヒーローで。

別に強い信念とか。

世界を守ろうとする意思とか。

勿論、市民に対するヒーローとしての心意気とか。

そんなものは持っているはずもない男だ。

世界を憂いて動いたり。

何よりも、こんな騒動を主導したりして、将来的な権力を手放すような男だとは、とてもわたしには思えないのである。

それが自爆したのだ。

それも、ただ、良識派残党をパニックに陥れる、それだけの目的で。そんな事、あり得るだろうか。

説明すると、ザ・パワーは舌打ち。

追撃をブラックサイズに任せて、原子力プラントで作業を始めたヒーローを護衛。案の定、爆弾が見つかる。

原子炉の心臓部に。

かなり大きいのが仕掛けられていた。

「もし爆発したら、原子炉は確実にもちません!」

「すぐに取り外せ。 他に何か無いか、徹底的に調べろ」

「わかりました!」

「他の者達も、サーチを続行! 巧妙に罠が隠されている可能性が高い! 気を付けろ!」

ザ・パワーは舌打ち。

ブラックサイズだけでは、全てを討伐しきるのは無理だろう。

そして逃げた連中は。

此処で何が起きたかを、喧伝して廻るに違いない。

恐怖は拡がる。

例え、しばらくはザ・パワーの力で、無理矢理ねじ伏せたとしても。十年後、二十年後には響いてくる。

或いは、後世の歴史では。

交渉を望むヒーロー達に、暴虐の権化と化したザ・パワーが、無慈悲に拳を振るって殺戮したとか、書かれるかも知れない。

通信をうけながら。

わたしは嘆息する。

最初から、幾重にも練られた悪辣な計画だったのだ。

これではどうにもならない。

オリジンズ本部ビルの方は襲撃を受けていないが。それでも、わたしが残ったのは、正解だっただろう。

この計画の悪辣さでは。

何が起きても不思議では無いからだ。

「テンペスト」

「どうした」

不意に。

円卓の部屋でザ・パワーとやりとりをしていたわたしに、雲雀が声を掛けてくる。あまり良いニュースには思えない。

だが、雲雀は。

予想外の事を言う。

「刑務所見てくる」

「どうして。 彼処には、今武闘派のザ・パワーシンパが何人か張り付いているはずだけれど」

「嫌な予感がする」

「プライムフリーズも冷気を張り巡らせて警備しているだろ。 今更、あんたが行って、何かできるのか」

頷かれた。

確かに雲雀の頭脳は優れている。

今解析を進めている黒幕の居場所だって。グイパーラを巧みに心理誘導して、心の鎧にひびを入れなければ、探り出すのは無理だっただろう。

仕方が無い。

行かせる。

わたしは、このまま待機。

ザ・パワーの方の状況が気になるからだ。

 

結局、鎮圧から二時間後。

原子炉からは、巧みに仕込まれた爆弾が八個も見つかっていた。いずれもが、非常に悪辣な位置に隠されており。

どれが爆発しても。

原子炉の暴走と爆発は避けられなかっただろう。

非常に邪悪で。

陰険な奴がやったのだと、一目で分かる。

「まだあるかも知れない。 護衛班と調査班は、此処で調査を続行しろ。 ブラックサイズ、どうだ、状況は」

「目につく奴は無力化した。 しかし逃げた奴は、最低でも十人はいる」

「リストを挙げられるか」

「できるが、どうして」

指名手配する。

ザ・パワーは、そういう。

そんなものが役に立つとは思えないけれど。

市民の間に、報償を出すという。

もはや、表だって歩くことは出来なくなった状況だ。もしも地下に潜るとしたら。元からいる市民達に、絶対に目撃される。

手としてはありだ。

問題は、そんなクズヒーロー共が。

自分を目撃した市民を、生かしておくとは思えない、という事である。

つまり、あらゆる意味で。

急がなければならない。

「ヴィラン討伐部隊も、此方に来させるべきか」

「ザ・パワー。 わたしは、止めた方が良いと思う」

「ふむ、意見を聞かせろ」

「どうにもこの件は、ザ・パワーが最初に言ったとおり、罠の可能性が非常に高いように思える。 もしも原子炉の方が陽動だったら、本命が此方に来る」

雲雀が刑務所から戻ってくる。

彼女は、青ざめていた。

「やられた!」

「!」

プライムフリーズが、確認。

そして、舌打ちした。

「馬鹿な、こんなやり方があったのか」

「どうした」

「アンデッドとライトマンに逃げられた!」

アンデッドの牢は。

まるで脱皮でもしたかのように。皮だけが残されていたという。元から人間離れした有様だったアンデッドだが。

皮を残して、体の中身だけを脱出させるなんて。

いや、確かアンデッドは、氷を操作する能力者だ。

時間を掛けて、プライムフリーズの探査冷気を誤魔化し。

そして、形状さえ保っておけば大丈夫と。

自分の皮を残していったのだろう。

とんでもない奴だ。

あたまがいかれているとしか言いようが無い。

ライトマンはライトマンで。

文字通り、光になって。

牢から一瞬で脱出した様子だ。

だが、それが出来ない様に、あらゆる手段が講じられていたはずなのだが。

雲雀が確認しに行ったところ。

その一部が、巧妙に壊されていた。

内通者の仕業かと思いきや。

どうやら、レーザーを使って、超精密に、念入りに作業をしていった形跡が残っているという。

つまり此方は。

ライトマンが、時間を掛けて、脱出のチャンスを作っていた、という事なのだろう。

「ヴィラン討伐部隊を出せ」

「分かった。 それしかなさそうだな」

ザ・パワーの指示通り。

探索能力を持つヒーローを連れて、ヴィラン討伐部隊が出撃していく。率いるスネークアームの姿を見送ると。

わたしは、さて、と呟いた。

この中で、一番怪しい奴がいるとしたら。

一人しかいない。

雲雀に頷くと。

彼女も、頷き返してきていた。

プライムフリーズに話をして。

此処は任せる。

最悪の場合の守りは彼女に頼む。ミラーミラーは宛てにしない。二人でどうにかするしかない。

屋上に。

エレベーターがすっと到着すると。

其処では。

腕組みしたまま、風に吹かれている男の姿。

ミフネだ。

ずっと屋上にいたと言う事になっているが。

此奴に、誰かしらが協力しているか。

或いは、此奴自身が、空間を渡る能力を持っている可能性は、否定出来ない。一番怪しいのは、此奴だ。

いけしゃあしゃあとオリジンズに戻ってきて。

ザ・パワーには、知らぬ存ぜぬで通し。

結局処分保留のまま、居座っている。

そんなミフネだが。

今回は流石に、見逃すには無理がある。

「どうした、うら若き乙女が二人」

「あんたに話がある」

「ほう。 艶ごとか」

「冗談は止せ。 今、アンデッドとライトマンが脱走した。 ライトマンは自力で準備をしていた形跡があるが。 アンデッドは、発覚が遅れる努力をしていた形跡はあるものの、牢を脱出した方法が分からない。 手引きした奴がいる」

それが俺か。

そう言われたので。

可能性が高いと応えた。

雲雀はじっと、別の方を見ている。ミフネが怖いのもあるだろう。だけれど、何だか妙だ。

何かに気付いているのか。

「何か心当たりは無いか」

「それを見ろ」

ミフネが顎でしゃくったのは。

監視カメラだ。

ずっと同じ位置にいたのなら、写り続けているはず。それもこれは、一秒間に二万回ほど映像を撮るタイプ。

流石にミフネでも。

怪しい動きをしたら、察知は避けられないだろう。

雲雀が頷くと持っていく。

負担が増えるばかりだが。

これは仕方が無い。

しばし、ミフネとにらみ合う。

実力は。

今なら、五分五分だろうか。

「俺を疑うのは結構だが、今はそれよりすることがあるのではないのかな」

「外での仕事は、今ザ・パワーとブラックサイズがやっている。 ヴィラン討伐部隊も出た。 わたしはリストアップした外道共は全員……叩き潰したし、今やれることがあるとすれば、あからさまにクロであるあんたを押さえ込むくらいだ」

「思ったより頭が回るじゃないか」

「そうかよ」

相手に戦意が無い。

というよりも。

わたしがぶつけている戦気を、ことごとくいなされている印象だ。強い。こういった戦闘外のやりとりでも、それはよく分かる。

「ザ・ヒーローの手先なんだろう」

「あんな偉大な方をそのように呼ぶな」

「ああ、わたしも尊敬はしていたさ。 師匠の次にな」

「その師匠……ハードウィンドの死は確認したか?」

何。

何を言い出すんだ此奴は。

わたしは、確かに。

師匠が殺されるところを見た。ヴィラン討伐部隊が大きな打撃を受けて撤退して、それで瀕死の師匠が。わたしを逃がして。

あれ。

死の間際の記憶が曖昧だ。

どうしてだ。

師匠の大きな手や。

言っていたこと。

それに、刻み込んでくれた技の数々は。

詳細すぎるほどに思い出せるのに。

何よりも、どうしてだろう。どうして、此奴の言葉に、こんなにぐらつくのか。心が、揺れているのが分かる。

「死んだ……お前達ヴィラン討伐隊に……」

「ところがなあ。 ヴィラン討伐隊では、ハードウィンドの死体は確認できておらぬのだよ。 これは極秘事項だがな」

「は……」

何だそれは。

わたしは、師匠をろくに埋葬も出来ずに、あそこから。

地下のスラムから逃げ出すしか無かった。

あれは、どうみても。

助かる傷じゃなかった。

「あのお方は、幾つもの計画を同時に進めていた。 いっそのこと狂った奴に、世界を壊させるもよい。 宇宙人共にこの世界を植民地化させて、徹底的にヤキを入れてやるのもいいだろう。 何より、この世界を腐らせたクズ共に、鉄槌を下して廻る復讐鬼を作るのも面白い」

「おい……何を……言ってる……」

わたしは。

違和感が、大きくなっていくのを、止められない。

そして同時に。

今までの出来事が。

全て頭の中で。ピースとして埋まっていくのも感じる。

わたしは。

復讐鬼だった。

わたしを突き動かしていたのは。

ヒーローとしての正しいあり方。

市民への危害を嬉々として加える、ゲス共への報復。奴らが世界を腐らせ、師匠も殺したのと同然だった。

そして、師匠を。

奴らはなんと読んでいた。

原理主義者。

そして、原理主義者と呼ばれている人間に、わたしは心当たりがある。

一人は無論わたしだ。もう一人は、ザ・パワー。彼に到っては、わたし以上の原理主義者だろう。

そして、最後の一人は。

生きていて。プライムフリーズのように、スーパーアンチエイジングを駆使しているのであれば。

彼もその、原理主義者の一人になる筈。

師匠もそうだった。

だが、師匠は。

不意に、突きつけられる写真。

誰だ、此奴は。

蝙蝠をもしたスーツを着込んだ大男。戦士としての実力は圧倒的に見えるが、目に危険な光が宿っている。

「誰だこれ」

「ハードウィンドだよ。 ある一時期までのな」

「!?」

「そもそもハードウィンドは、同僚のヒーローをつまらない理由で殺して、ヴィランになった落伍者だ。 だが此奴は、いつの間にか、別の存在になりかわっていた」

意味が分からない。

そんなヴィランに成り代わってどうするというのか。

ヴィラン討伐部隊は困惑していたらしい、という。

というのも、典型的な即物型の思考を持つMHCだった男だ。殺戮の限りを尽くし、通った後には草も生えないという筋金入りである。

そんな輩が。

いつの間にか、スラムの王なる人格者となり。

市民のために生きる生活を広言し。

市民に読み書きや、武術を教え込み。

現状の常識について行けず脱落してきたヴィランをかくまって、育成していると言うでは無いか。

しかもその姿は大きく変わり。

威厳のある老人へと変わっていたという。

つまり、ハードウィンドと呼ばれるヴィランは。

中身が入れ替わったという事である。

そして、わたしが教わっていたハードウィンドは。あれは。

「あのお方は、死の偽装が得意だ。 今までに四回、同じ事をして、追跡をかわしたことがあると聞いている」

嗚呼。

もはや、言葉も出ない。

此奴が言っているのが、誰を指しているのか。

全てのピースが埋まった今。

もはや、わたしに。

理解をしないことは、許されなかった。

 

4、真相の臓物

 

わたしは、ただ滑稽なダンスを踊っていただけなのか。

師匠は、わたしに。

ただ愚かしい堕落ヒーロー共を駆逐するためだけの、戦闘マシーンとしての性質を期待していたのか。

馬鹿な小娘だったわたしは。

師匠が本当に優しいと勘違いしていて。

目の奥にある、狂気の光に、気付けていなかったのか。

ベッドで横になっていると。

悶々と思考がわき上がってくる。

この様子では。

もはやザ・ヒーローが。オリジンズに紛れ込んでいても、何ら不思議は無いと断言できる。

しかも、どのような形で、でもだ。

「失礼するよ」

部屋に入ってきたのは、雲雀だ。

珍しくいじけているわたしを見て。

驚いたようだった。

「どうしたの、行動力の塊みたいなあんたが」

「悪い、静かにしてくれ……」

「そうはいかない。 重要な事が分かったから」

わたしは。

それさえ聞くのが億劫だったけれど。

それでも、半身を起こす。ヒーローは弱者を守る。強者を挫く。邪悪な暴力から市民を守り。悪辣な凶猛をたたきのめして。

場合によっては肉塊にしてしまう。

そうしなければ、今の時代のヒーローは死なないのだから。

「ザ・ヒーローの居場所が、三カ所まで特定できた」

「!」

「グイパーラの記憶から引っ張り出したデータと。 その周辺の、電力使用の分布を確認した所、不自然なところが三つあった。 これから、偵察班を派遣して、様子を確認させる」

「わたしも……」

押しつけられたのは、栄養剤。

それでも飲んで寝ていろ、というのだろう。

屈辱だけれど。

仕方が無い。

「偵察は私がやる」

「しかし……」

「ミフネとさっき話していたけれど、何を聞かされたの? あれから、どうにも様子がおかしいけれど」

「……」

いえない。

それだけは。

それは。

わたしにとっての唯一絶対である師匠の尊厳さえ、汚すことになる。奴は適当を言っているだけだ。

だから、確認しなければならない。

それなのに。

足が、動かない。

情けなくて、仕方が無かった。

雲雀は出撃していく。

ブラックサイズとザ・パワーは、当面良識派狩りで、身動き取れないだろう。プライムフリーズとミラーミラーは、此処の守備で手一杯。

もはや。

何を信じて良いか分からない今。

ザ・ヒーローの居場所を突き止めて、その存在と直に接するのは。

わたし、テンペストの希望になりつつあるのだった。

「くそっ……!」

呻く。

もう一度悪態をつくと。

わたしは、残りが既に三十五日を切っているのに気付いて、それでも今日は、動こうという気になれなかった。

 

(続)