壁を越える日
序、十人目
わたしの目の前にいるそいつの名前は、マッスルウォール。名前の通り、非常に筋骨たくましい、むさ苦しい大男だ。
髪の毛は非常に長くざんばらで。
筋肉は分厚く、体を鍛えていることだけはよく分かる。
以前戦ったビートルドゥームほどでは無いが、身長は二メートル三十センチ。体重も三百キロを超えている。
その全てが筋肉で。
体脂肪率は極限まで低い。
この男も市民を虐げてきた悪徳ヒーローの一人。そして、抵抗を明言した以上。今はヴィランだ。
わたしもヒーロー呼ばわりされるのは正直違和感があるので。
此奴と同じ土俵に立ったと、内心では思っている。
いずれにしても、わたしが肉塊にしてきた連中は、生きる事を許されないゲスばかりだったし。
こいつも同じ。
市民にありとあらゆる筋肉増強剤を試して、人体実験を繰り返し。その成果を自分に反映するという行為の結果。
今まで多数の市民を殺傷してきた。
人間を喰ったりはしていないが。
それでも充分に凶悪な。
ヒーローの名を汚す輩である事は間違いない。
「きたかあ、テンペスト」
「ああ、お前をぶっ潰すためにな」
此処は。
奴の屋敷。
中世欧州の、宮殿風の建物の屋上。石造りで、周囲は石の壁で囲まれている。此奴がゲルマン風の趣味を持っているから、そう作られたのだ。なお、建造に市民は関わっていない。
この世界では、市民はインフラにさえ関われないのである。
搾取の構造があるなら、まだ市民は抵抗できる。
しかし、それさえ無い場合。
市民は、いにしえの神々よりも傲慢な堕落ヒーロー達には、もはやなすすべがないのである。
彼らの武装では。
どのみちヒーローは傷つけられない。
「おまえと戦うの、楽しみに、してた」
「そうかよ」
「随分とボロボロ、だな」
「十連戦したからな」
最初のバラッドクッキーは自害したが。
それ以降の悪徳ヒーローはみな抵抗してきた。だからどいつもこいつも、力尽くで再起不能にしてきた。
此奴で十人目。
今日のノルマは、此奴で最後だけれど。
わたし自身のダメージもでかい。
十連戦となると消耗も大きい。相手の中には、強力な能力を、躊躇無くぶっ放してくる奴もいた。
それに、わたしはヒーローを潰すのに粉砕の能力を使う。
これが消耗を招く。
どんなヒーローでも、力を使い果たせば無力化する。
そして力は有限。
当然の話だ。
この世界には、核を防げるヒーローは幾らでもいるけれど。地球を破壊出来るヒーローは存在しない。
それが銀河連邦との絶対的な力の差を示してもいる。
ブラックホールを資源化するほどの技術を持っているという話だ。地球のヒーローどころか、宇宙をまたにかけて活躍するヒーローがいても、とても勝負にならないだろう。
そういうものだ。
「別に休んでも、構わないぞ」
「結構だ。 わたしとしても、時間がない。 お前のようなゲスに、情けを掛けられる言われも無い」
「ゲスか。 おれは、常識の範囲内で、行動して来た、んだがな」
「そうだろうな」
だが、常識そのものが狂っている。
その場合、誰がこの愚かな男を裁く。
そして、今。
常識が壊れた。
だからわたしが裁ける。
そうでなかったら。この男は、市民を使って自分の肉体を強化するための人体実験を続けていただろう。
誰もがそれを裁けなかった。
市民をヒーローがどうしようと勝手。
それがこの世界だからだ。
腐りきった世界を変えるために暴走しているザ・パワーを見ていると悲しいし。それがどうなるかも分からない。
わたしは、今。
壁を越えなければならない。
師匠に言われていた残り半年分の修行。
その内、もう殆どは突破出来たはずだ。
その最後の壁は。
恐らく、死線をくぐる事でなせる。
此奴は相当な実力者。消耗しきった今のわたしなら、かなり手こずるはず。そして此奴をこの状態で倒せれば。
わたしは掴む事が出来る。
この狂った世界を。
自分で変える事が出来る、力を。
「テンペスト、聞きたいことがある」
「何だ」
「条約だ何だのはみた。 この世界の常識を作ってきたのがヒーロー達で、それがこの世界の繁栄を妨げているというのも分かった。 だけれど、おれには分からない事が一つだけある」
「わたしも頭が良い方じゃない。 で、戦う前に何だってんだ」
呆れかけたわたしに、マッスルウォールは。
思わず戦慄する一言を放つ
「人間っていきものは、どうもヒーローも市民も関係無く、馬鹿なんじゃないかっておもうんだが。 どうなんだ」
「……そうだな。 人間がもう少し賢かったら、こんな事にはならなかっただろうな」
「そうか、おれと同じだな」
げへへへへと、汚く笑うマッスルウォール。
その頭の悪そうな様子を。
他の人間は笑えるのだろうか。
少なくともわたしは。
笑い飛ばすことが出来なかった。
此奴、見かけほど頭が悪くないのかも知れない。少なくとも、本質を突く事は出来る様子だ。
だとすると。
この男は、常識さえ狂わなければ。
或いはまともなヒーローとして。まっとうに弱者を守り、強者に立ち向かい。ヒーローとして活躍できたのかも知れなかった。
「まあいい、お前強いんだろ。 ハンデつきでもおれに勝てるんだろ」
「勝てるかも知れないから戦うんじゃあない」
「へえ」
「勝たなきゃいけないから勝つんだよ」
戦闘態勢に入る。
既に継戦能力はほぼ残っていない。
だから、手荒く行くしか無い。
豪腕を振るって、先手を取って突貫してきたのはマッスルウォール。戦士としての嗅覚はあるらしい。
わたしが疲弊しているのを見て取って。
先手を取って、そのまま潰すつもりなのだろう。
判断としては悪くないと思う。
だが。
大ぶりのラリアットをするりと抜けると、足を払う。顔面から突っ込む様なことも無く、マッスルウォールはそのままつんのめるだけで体勢を立て直すが。
その時には、拳を固めたわたしが真後ろに跳躍。
両手を握りこんで。
ハンマーの様に、後頭部に撃ち下ろしていた。
ゲルマン風の宮殿の天井が抜ける。
そのまま下の階も突き抜いて、吹っ飛ぶマッスルウォールだが。
直後、頭から血を流しながらも、ロケットのように飛び出してくる。それも、今開けた穴からでは無く、別に穴を開けながら。
元気な奴だ。
「ハッ! 速さも力も申し分ねえ! これでハンデつきだってのがスゲエ!」
「そうかよ、ありがとうな」
効いていない様子は無いけれど。
それでも、マッスルウォールはまだまだ余裕がある様子。
今度は、ふっと息を吹くような動作を見せる。
同時に。
わたしの左右に、筋肉繊維らしいものが編み上がり。壁が瞬時にして出来上がる。なるほど、これが名前の由来のわざか。
しかも、ふらふらとこれで逃げられない、というわけだ。
天井、後ろ、前。
壁が出来ていく。
狭い空間でのデスマッチ。
この手の戦士が好きそうなやり口だ。
そして卑怯でも何でもない。
まさに戦士らしい戦い方だ。
この世界の常識さえ異常になってしまっていなければ。この男は、まっとうなヒーローになれた可能性が高い。
そう思うと悲しくてならないが。
それはそうとして。
今は此奴を、叩き潰さなければならないのも事実だった。
「さあ、徹底的にやりあおうぜ!」
拳を叩き込んでくる。
真正面から受けとめるようにして、弾きながらするりと身を敵の懐に。鳩尾に、拳を叩き込む。
衝撃波が相手の背中に抜けるが。
だが、内臓を壊した気配はない。
分厚すぎる筋肉が。
攻撃を吸収しているのだ。
いや、これは。
「お前、自身も筋肉の能力で強化しているな」
「その通りだ!」
密着状態からの膝蹴り。
避けられるものではなく、受け止めるも吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。流石に消耗がひどい。本来だったら、受け止めつつ、顎でも砕いてやる所だったのだが、これではそうも行かないだろう。
そのまま、ボディプレスに来る。
だが、わたしは態勢を低くすると。
逆に一瞬早くタックルを決め。
相手の勢いを利用して、そのまま相手の作った筋肉の壁に、ジャーマンスープレックスの要領で投げ込む。
顔面から突っ込んで、凄まじい音が立つが。
それでも首を折る気配がない。
わたしのパワーが落ちているのだ。
それでも、わたしは、追撃に入る。
足首をアンクルホールドで固めると。そのまま、無理矢理に跳躍。背骨をへし折るようにして、相手の背中に無理矢理着地。
着地の時に、背中と足に、重点的に粉砕の力を掛ける。
フルパワーの二割も出ていないか。
だが、それでも。
悲鳴を上げさせる程度には、ダメージが入る。
しかし。
マッスルウォールが、わたしの髪を掴む。巨大な手だ。頭を丸ごと握られるようなものである。
だが、わたしは。
掴んでいた相手の足首を離すと。その手の親指を掴み返して。気合いとともに、へし折っていた。
同時に、放り投げられる。
壁の強度はコンクリの比では無く。
受け身こそとったが、叩き付けられたときのダメージが凄まじい。
全身が軋む。
ずり落ちながら、わたしは見る。
体を何カ所も壊されながらも。
まるでオモチャを貰った幼児の如き笑みを浮かべるマッスルウォールを。
「すげえなあ。 弱っててこれだけやれるのか」
「それは、どうも」
「おれも、ヴィラン討伐部隊に入りたかったなあ。 体鍛えて、いつか入って、お前みたいに強いのと、戦い続けたかったなあ」
そうか。
それが、此奴が。
市民で人体実験を繰り返してまで、頑強な肉体を作り上げた理由か。そしてそれは、何処かで純粋で。
それが故に、手が付けられないほどに狂っているとも言えた。
悲しい話だ。
だけれども、わたしは。
容赦をするつもりもないし。
此奴を潰さなければ。
人体実験の材料にされた市民達の無念が浮かばれない。野放しにすれば、更に多くの市民達が、哀しみの中殺されていくことになる。
「弱きを助け強きを挫く、か。 弱きは正しいのか」
「正しくないこともあるだろうな」
「それでもやるのか」
「そうだ」
会話しながら。
それでも戦う。
デスマッチだ。
殴り、殴り返され。
蹴り、吹っ飛ばし。
更に反撃で、はじき返される。
もはや、完全に泥仕合。
呼吸を整えながら、わたしは気付く。
筋肉の部屋が、狭くなってきている。
なるほど、最終的には、二人ともぺしゃんこ、というわけか。けらけらわらうマッスルウォール。
イカレているが。
自分もそれに巻き込んでいるところは。
少なくともフェアだ。
此奴が、市民を守る心さえ持っていれば。
悲劇なんて起きなかっただろうに。
自分で鍛えて高みを目指そうと思えば。
こんな事にはならなかっただろうに。
残った力を、一点に集中。
マッスルウォールも、わたしが勝負に出たことを悟ったらしい。もはや血みどろの顔で笑いながら。
踏み込み、正拳の構えに入る。
意外だ。
何かしらのプロレス系統の技で来るかと思ったが。
切り札は、正拳か。
わたし自身は、違う手でいく。
そして、一瞬の。ギリギリの勝負になる。
「行くぞ」
踏み込む。
同時に、わたしが真横にほんの少しだけずれ。
顔面を拭き飛ばしかけた正拳が。耳のわずか一ミリ先を掠めた。
懐に入るわたしが。
全力を込めた掌底で、マッスルウォールの顎を。
下から突き抜く。
白目を剥いたマッスルウォールが、よろめく。
終わりだ。
わたしは息を吐くと。
いつもより力が残っていないから。
千に達する拳を、マッスルウォールの全身に叩き込んでいた。
呼吸を整えながら、溶けていく筋肉の壁を見る。
ほぼすっからかんだ。
レーションをポケットから取り出すと、口に入れる。ゆっくり時間を入れて噛む。今、わたしは。
間違いなく死線を越えた。
何か掴めたか。
分からないけれど。
はっきりしている事が、一つある。
この世界の常識をもっと早く壊しておけば、此奴はこんな風にはならなかったはずだ。多分ビートルドゥームもそうだろうし。わたしが潰してきた多くの外道共だって、同じだろう。
この世界が。
此奴らを壊したのだ。
ヘリが来る。
降伏したサイドキック達が来たので、顎をしゃくる。完全にヒーロー能力を喪失し。肉塊となりつつも、まだ死んでいないマッスルウォールが、其処に転がっていた。
「人体実験されていた市民は救出したな」
「は、はい」
「すぐに医療班がくる。 彼らに引き継げ。 後は、食糧を適切に配給して、次の指示を待て」
一つ聞きたいことがあると、サイドキックの指揮官が言う。
頷くと、彼は言う。
「人体実験されていた市民の中に、マッスルウォールさま……いや、ヴィランマッスルウォールの息子と娘が何人かいました。 それはどうしますか」
「自分の子も実験台にしていたのか」
「ヒーロー能力が無い以上、どれも市民だと仰られて」
「……」
そうか。
戦闘中に妙にフェアな奴だと思ったけれど。
そういう最悪の点でもフェアな奴だったのか。
そのフェアな精神を。
戦闘力の多寡以外にも、判断基準として作ってくれれば良かったのに。大きなため息をつくと、わたしは。
他の市民と同じように扱うよう、指示をした。
後はヘリに乗って、オリジンズ本部に戻る。
途中、貪る様にして、レーションを食べる。ヒーロー用の美食も用意されているのだけれど。わたしはまずいサイドキック用のこれでいい。栄養については少なくとも充分だし。
何というか。
自分だけ贅沢をしようとは、とても思えなかった。
この狂った世界は。
誰からも、平等に。
幸福を奪っている。
1、黒幕への路
解析班が作業している横で、プライムフリーズが厳しい顔をしていた。解析班を急かすような真似はしていないけれど。
それでも、機嫌は良いとは、私には思えなかった。
当然だろう。
黒幕がザ・ヒーローの可能性が出てきて。
しかもそれが極めて高いのだから。
パーカッションがコピーしたデータを解析していくうちに、少しずつ情報が明らかになっていく。
情報復元、分析系のヒーローも不眠不休で働いている。
もはや、残り55日を切っている。
時間がないのだ。
苛立ったプライムフリーズが、部屋を出て行く。彼らに当たり散らすのを避けるためだ。私はその様子だけ横目で見ると。
解析班の邪魔はしない方が良いなと思って、トレーニングルームに移動した。
ミラーミラーが利用している。
恐らくは中華拳法だろう。
見ていると、技量としてはワン老師とあまり変わらない様だけれど。
なにしろ基本。
つまり肉体強度の桁が違っている。
奇襲からプライムフリーズを守って亡くなったワン老師を思い出して。ミラーミラーの拳法を見ていると、心が痛んだ。
「どうしましたかあ?」
「稽古に来たのだけれど」
「受けて立ちましょう」
頷くと。
異形化する。
そして、軽く手合わせした。
やはりミラーミラーは強い。動きそのものは、ワン老師のやるそれとあまり変わりが無いのだけれど。
全ての動作が。
圧倒的な身体能力に裏打ちされている。
その動きは滑らかで。
それでいて速く、それ以上に力強い。一撃一撃が、コンクリの壁を容易に粉砕するほどのものだ。
それも、厚さ数メートルの、である。
何度か戦ってから、アドバイスを受ける。
ミラーミラーは言葉遣いが非常に不穏だが。
何というか、性格自体は大人しい。
ただしヴィラン討伐部隊で次代のエースとして期待されていたから、だろうか。時々、戦士としての獰猛な姿も見せる。
その二面性が。
ミラーミラーという名前の由来なのかも知れない。
異形化を解除すると。
服を着直して、礼。
訓練プログラムを動かして。
今度は自分一人で、ホログラムを相手に戦いを始める。それについても、ミラーミラーはアドバイスをくれた。
だけれども、やはり。
言葉には毒が籠もる。
「解析が進まなくて暇なんですかー?」
「ずばりと言ってくれるね」
「あ、ごめんなさい」
「まあいいよ。 その通りだから」
解析班は、それぞれがスペシャリストだ。
横から口を出すと、却って作業が遅くなる。さぼっていないか見張るだけなら、他の人員でも充分だ。
ただ、時間がない。
宇宙人達だって。ザ・パワーが暴虐の化身とかして、血の雨を降らせている現状を、どう思っているか分からない。
やはりお前達のやり方は許せない。
そう言って介入してくるかも知れない。
銀河連邦は、驚くほどに理知的で理性的な文明だけれど。
それでも、感情もある。
何よりも、以前結んだとてもまともな内容の条約を。後進のヒーロー達が、自分たちの権力のために歪め、ねじ曲げ。そしてザ・ヒーローを神格化するために改ざんまでしたことを、決して許してもいないだろう。
彼らがキレる前に。
勝負を付けなければならない。
この星が植民地にされるのだけは避けなければだめだ。
そうしなければ。
この星は、数千年単位で。
独立する事がかなわなくなるだろう。
人間はそんなに簡単に変わらないのだ。
訓練を一通り終える。
腕は上がっていることを実感できるけれど。
それでも、天才的な速度ではない。
別のトレーニングルームに移動。
様々な知識を、催眠学習で無理矢理詰め込む部屋だ。此処で私も、あらゆる知識を強引に頭に叩き込む。
何があっても邪魔にはならない。
必要な知識を。
徹底的に詰め込んでおかなければならない。
それらが、いつ役に立つか分からないからだ。
かなり疲弊して、部屋から出る。
ハッキングや情報セキュリティについて、昔のデータから、更に知識を増やした。これで、また色々な事が出来る。
外に出ると、情報解析班を見に行く。
パーカッションがまたディスクのコピーを増やしていた。
失敗したな。
そう思ったけれど。
口出しはしない。
彼らは最善を尽くしている。
それは見ている私が、一番よく分かっている。実際問題、彼らは情報の解析が好きなのだろう。
文句も言わず。
過酷な作業を、頑張って続けてくれている。
横から何か言うのは野暮だ。
「雲雀」
「何ですか」
振り返ると、石塚だ。
咳払いすると、言う。
石塚の体に、ステージ2のガンが見つかったそうである。
現在、ステージ2のガンなら、余裕で完治させることが可能だ。だが、それには医療設備に入って、十日ほどの治療を受けなければならない。
しかもこのガン、転移性に変化する可能性があるとか。
治療は、真っ先に受けなければいけないそうである。
「後の組織は頼むぞ。 出来るだけ急いで復帰する」
「分かりました。 その間はお任せください」
「うい」
敬礼すると、石塚は医療ルームへ向かう。
嘆息。
確かに医療の必要もあるのだろうけれど。
恐らく石塚の本音は。
少しだけで良い。
この心労から、逃れたかったのだ。
解析班のレポートを見る。
どうやら、グイパーラがSNSのようなものを使って、黒幕と直接やりとりをしていたらしい事は分かった。
だがそれだけだ。
情報は相手側のサーバに蓄積される仕組みになっていたらしく。
正直な話、この状況だと、調査に限界があると言う。
しかも通信先は。毎回違っているというのだ。
「恐らく一種の負荷分散でしょう。 同じようなシステムを複数用意して、それらに割り振ることによって、一度に多数の作業が来ても負担を分散して減らす仕組みです。 ネットワークでそれを利用する事により、逆探知を避けているようです」
「数が増えれば、それだけ探知はしやすくならないの?」
「その度に廃棄しているようでして」
「……」
舌打ち。
とんでもなく用心深い奴だ。
それに、オリジンズ側に、まだ奴のスパイが紛れ込んでいないとも限らない。解析班を守るためにも、私やプライムフリーズは、このオリジンズ本部から動けない。一応周囲はプライムフリーズが探知の冷気を展開しているから、いきなり解析班が全滅させられるような事はないだろうが。
それでも絶対は無い。
「解析の継続を。 どんなやりとりをしたかだけでもしりたいので」
「分かりました。 可能な限りやってみます」
「……」
厳しいな。
私はそう思った。
或いは、ザ・パワーが恭順を強制している各地の大物ヒーローや。テンペストが潰してきた悪徳ヒーローの所から、何か見つかるかも知れないけれど。
それも楽観論に過ぎない。
何かできることは無いか。
せっかく見つけ出したこれだけの貴重な資料だ。
無駄にはしたくない。
というか、無駄には出来ない。
意を決すると。
私はプライムフリーズが情報を引き出すのは無理と断言した、グイパーラの所に向かう事にした。
正面から無理なら。
搦め手からだ。
刑務所は、オリジンズ本部の地下通路から向かう事が出来る。今も強力な、ザ・パワーのシンパであるヒーローが守っているが。
それにしても、収監されているヒーローが凶悪な面子ばかりだ。
暴動を起こされると厄介だろう。
そう思ったのだけれど。
中に入ってみると、拍子抜けである。
非常に強力な睡眠薬を使って、殆どの収監者が、強引に眠らされている。或いは、身動き取れなくなっている。
グイパーラの所に出向く。
ザ・パワーの右腕だった男は。
牢の中で、背中を壁に預けて。
目を閉じていたが。
私が牢の前に立つと。
目を開けた。
平凡な印象の男だ。戦闘力はオリジンズでも底辺と言われ、ザ・パワーの腰巾着以外の価値が無いと、周囲の誰もが思っていた。
だが調べて見ると。
此奴は敢えて無能を演じていた食わせ物だと言う事もわかってきた。
だったら、食わせ者同士。
何か分かるかも知れない。
「君は誰だね」
「東雲雲雀」
「ふむ、聞いた事があるな。 クリムゾンが抱えている異形化ヴィランか。 ああ、今はヒーローだったな」
「ヒーローだとは思っていませんけどね」
グイパーラは、顔立ちも印象に残らない。
それさえも恐らくは武器にしているのだろう。
印象に残りづらい顔にすることで。
相手から忘れられやすくもなる。
交渉の時なども。
相手の裏を掻きやすい。
何よりも、目立たないことで。様々な組織に、違和感なく潜むことだって出来る様になるのだ。
軽く話してみる。
プライムフリーズが、此奴は手に負えないと言っていたが。
確かに少し言葉を交わしてみただけで分かる。
まるで本音が見えない。
何か、心に強固な鎧があるかのようだ。多分特殊な訓練を受けてきている存在なのだろう。
拷問も。
自白剤も無駄。
そうプライムフリーズが言ったのも、無理はない。
此奴は孤独なザ・パワーの影として、腰巾着そのものとして動きながら。オリジンズでの孤立を嘆くザ・パワーの心の隙間に入り込み。様々な情報を、黒幕に流してきたのに間違いない。
外道と言い切れるだろうか。
私はそうは思えない。
というのも、私も同類だからだ。
軽く、話してみる。
SNSのようなものを使って、黒幕と話していただろう。どこまで黒幕のことを知っている。
直球で攻めてみるが。
表情一つ変えない。
やりとりをしていた部屋に、痕跡が残っていた。
お前がいたことは分かっている。
それも、無為。
だから何。
何かの偶然だろう。
それで返される。
いずれにしても、である。のれんに腕押しとはこのことだ。まるでのらりくらりとして、返事から感情が読み取れない。
感情を崩すのが、尋問の基本だ。
相手の感情を揺さぶって、少しずつ冷静さを失わせていく。そして、本来なら知り得ない情報を吐き出させる。
そうすることによって。
相手から、必要なデータを引きずり出すのだ。
だが此奴は。
対抗手段を知り尽くしている。
余程、厳しい訓練を経てきたのだろう。
私程度の尋問では、何か吐くとは思えなかった。
切り札を切ってみる。
「ザ・ヒーローとは何処で知り合ったの?」
「!」
始めて。
グイパーラが、わずかだけ感情を動かした。
私はそれを見抜く。
なるほど、やはり此奴。
ザ・ヒーローの狂信者か。
すぐに平静を取り戻したグイパーラだが、私は、其処を基点に攻めることにした。時間は掛かるが、仕方が無い。
相手は元オリジンズ。
簡単に情報を引っ張り出せるほど、甘い相手でもないだろう。
食事を持ってこさせる。
勿論グイパーラ用ではない。
私のためのものだ。
長丁場になると判断したから、此処で食事をしながら、尋問を行う。肉体的な拷問が無駄なら。
精神から攻めていく。
「今日だけで、テンペストが十一人悪徳ヒーローを仕留めた。 ザ・パワーも、各地でクズ共を指嗾していた大物を、力尽くで制圧して廻っている。 ザ・ヒーローが魔王に落ちていたとしても、そのもくろみはかなわない」
「ザ・ヒーローは百年以上前に死んだ。 子供でも知っている事だ」
「お前はそれが事実ではないと知っている筈だよ、グイパーラ」
「そんな事はない」
「違うね。 そしてお前は、何らかの理由で、ザ・ヒーローにスカウトされた」
敢えて押し問答をしていく。
少しずつ、感情を乱すためだ。
ザ・ヒーローについては褒める。
同情している様子も見せる。
実際、事実を知った今としては。私としても、ザ・ヒーローの事は気の毒だと思っている。
少しずつ、心を揺さぶる。
グイパーラの目に。
わずかながら。
水面の波紋のように。
動揺が広がっていくことも、見て取れ始めた。
プライムフリーズが、既にこのことを知っている件。
彼女が主体になって、通信に使っていた部屋を見つけたことも、話す。
何しろ、初代オリジンズのナンバースリー。更に後事を託された存在だ。ザ・ヒーローという男の事は、知り尽くしている。
すばり、切り込む。
「ザ・ヒーローの目的は、地球を銀河連邦の植民地化して、この世界に復讐すること、ではないの?」
「……」
「やっぱり」
「好きに解釈すればいい」
それとも、知らないの。
挑発してみるが。
乗ってこない。
流石に手強いが。私には、勝算がある。揺さぶりをある程度かける事が出来れば、其処から逆転のトライを決める事が出来る。
だけれども、それにはまだ足りない。
グイパーラ用の食事が来たけれど。
敢えて目の前で、それを戻させる。
苛立つグイパーラに。
質問を続ける。
黙り込んで、返答を拒否するグイパーラだけれども。残念ながら、法は此処ではもう、公平には働かない。
黙秘権など通じない。
何しろグイパーラは、今や。
ヒーローでは無く、ヴィランだからだ。
市民に対して法がまともに機能していないように。
ヴィランに対しても、それは同じだ。
「カリギュラが吐いた」
「!」
また、興味を見せる。
だけれど、実際には、コレは嘘だ。
カリギュラについては取り調べが済んでいる。ネロやユリウスと同じように投降してきたが、それがそもそも仕事だったことはわかりきっているからだ。
色々な角度から、攻める。
私には、これしか取り柄がない。
だから、徹底的に。
グイパーラを追い詰める。
十八時間ほどのぶっ通しの尋問で、流石に私も疲れた。グイパーラも、冷や汗を掻いている様子だ。
心の鎧にも。
ひびが入り始めている。
もう少しだ。
休もうとしたグイパーラに、通信で連絡しておいたプライムフリーズが、遠隔で痛覚神経に氷の小さな針を刺してくれる。
思わず呻くグイパーラ。
私はゆっくりと。
余裕を見せながら、喋る。
「ザ・ヒーローはどこ?」
「し、知らん」
「そ、じゃ眠らせないし休ませない」
肉体的な拷問は効果が薄いにしても。
精神的な拷問ならどうか。
希望を見せながら、それを目の前にて取り去る。そうすることで、心をドンドン壊して行くことが出来る。
狂信者は、心に強力な壁を持っている事が多いが。
だからこそ。
それを崩したとき。
内側は脆い場合が多いのだ。
一カ所でも崩せれば。
私の勝ち。
そして、一気に、全てが進展することになるだろう。
だけれども、本当にそれで、全てが解決するのか。ザ・パワーは独裁者と化してしまっているし。
何よりあの恐怖政治。
とてもではないが、今後長続きするとは思えない。
銀河連邦政府が、秩序がまとまって、ヒーローの無制限特権排除と、市民の権利回復が始まったと判断してくれれば。最大の危機は逃れられるが。
その後、暴君と化したザ・パワーが、どう動くかまったく読めない。
それを考えると。
確かにザ・ヒーローの考えも。
地球をいっそ銀河連邦の植民地にしてしまって、人間を根本から変えるべきだろうという思想も。
理解できなくはないのだ。
実際、数千万年にわたって百を超える銀河を、平和に統治している文明である。彼らが持ち込んだ技術は、様々な思想や文化の持ち主が、共存できるものでもあったはず。それを、人類は。
いかん。
逆に取り込まれるところだった。
此方も危ない。
茶をすすると。
また、心を揺さぶりに掛かる。
「戦いになるとしても、ザ・ヒーローを殺すつもりは無いんだけれど」
「……」
わずかに浮かぶ嘲弄。それでいい。感情さえ引き出せれば、それだけ有利になるのだ。この辺りの駆け引きは。
私だって。
伊達に地獄をくぐってきていない。
相手側に取り込まれることだけは避ける。
グイパーラだって、その辺りは百戦錬磨だろう。
ふとしたきっかけで。
攻守が逆転するかも知れないのだ。
「むしろ、ザ・ヒーローが健在なら。 オリジンズに復帰して貰おうとも私から進言してもいいよ」
「お前如きが?」
「ふふ、本性出したね?」
「ふん……」
グイパーラが、苛立ちを目の奧に浮かべる。
今、此奴は。
私と、ザ・ヒーローを比べた。私がザ・ヒーローの復権に口添えするという行為に対して、大きな苛立ちと侮蔑を感じた。
つまりそれは。
此奴の主君が、ザ・ヒーローであることに他ならない。
そろそろいいだろう。
指を鳴らす。
同時に、グイパーラの体が。
首から下が全て。
凍結した。
一瞬の出来事だった。
流石に青ざめて、体を動かそうとするグイパーラ。だけれど、その氷は、当然ヒーローの能力で作られた物。
というよりも。
ずっとやりとりを見ていたプライムフリーズによるものだ。此奴より格上の能力者による、錬磨された氷である。
外せるはずがない。
慌てる様子のグイパーラだが。牢を開けて私が中に入り、呼び込む人間を見て。更に目に焦りを浮かべた。
知っているのだろう。
それはそうだ。
クリムゾンと言えば、一時期A級ヴィラン組織として指名手配さえされたのだ。其処に所属していた、数少ないヒーロー。
ただし、戦闘タイプでは無い。
そう、パーカッションである。
パーカッションは、氷漬けになっているグイパーラを見て、小さな悲鳴を上げたが。私が異形化。グイパーラのアタマを押さえ込む。
「はい、さっさと触れて。 噛みつこうとしても出来ないから」
「お、おのれ、貴様」
「今までは無駄だっただろうけれどね。 でも、心の鎧に罅が出来た今だったら、パーカッションの能力で、根こそぎ記憶を強奪できるはず」
「くそっ、謀ったな!」
もがくグイパーラ。
仮にもオリジンズだった男だけれど。
動くのは首から上だけ。
それも、私の触手で締め上げている状態。
これでは、もはや何も出来ない。
パーカッションが触れて、HDDに記憶を移し始めると。グイパーラは、絶叫しようとした。
だけれども、私が口の方も塞ぐ。
パーカッションのこの作業。
結構集中力もいるのだ。
騒がれると、効率が落ちてしまう。
「−! −、!!」
「何言ってるか聞こえないけれど、グイパーラ。 あんたが握ってるザ・ヒーローの情報、根こそぎいただくからね」
「!!!!」
暴れようとするグイパーラだけれど。
プライムフリーズが、全力で押さえ込んでいるのだ。逃れる事など、できる筈もないだろう。
多分テンペストが同じ状況に陥ったとしても。
脱出は無理だ。
しばしして。
パーカッションが、グイパーラのアタマから手を離す。そして、頷いた。疲労がかなり顔に色濃く出ていた。
「よし、戻って解析班に」
「うん」
私自身も、異形化を解除。
走り去るパーカッションを見届けると。
先ほどまでの冷静さは何処へやら。
鬼の形相と化したグイパーラを見て、鼻を鳴らした。
地が出ている。
そしてそれは。
完全に私との心理戦に敗北した結果を意味していた。
「最初、プライムフリーズは、あんたを手に負えないって言った。 それはあんたが訓練を受けた狂信者で、拷問も自白剤も通用しないからだって意味だった。 だから、私が出てきた」
「貴様……」
「私はあの地獄のサイドキック養成校で、本物の恐怖を見て育った人間だよ。 だからどうすれば恐怖させるか。 どうすれば相手の心を揺さぶれるか。 どうすれば、心の鎧を壊せるかは知ってる」
実際には。
感覚として知っていたものだ。
催眠学習で、知識を確実なものとしたが。
知識を得てしまえば。
後は経験が補ってくれた。
勉学とは。
知識だけでは意味を成さない。
経験と合わさったとき。
本物の破壊力を発揮するのである。
「これでも私は、裏工作に関してはクリムゾンで全て担当してきたし、今までそうやって多くのヒーローを葬ってきた。 流石にあんたみたいなオリジンズ級を打ち破るのは初めてだけれど。 戦闘は精々中堅でも。 こういうことに関しては、私の方が、あんたより上なんだよ」
「ふ……ふふふふふっ」
グイパーラが笑う。
その目には、まだ余裕があった。
「あのお方の元にたどり着けたとして、もはやどうにもならん。 ザ・パワーでさえ、あのお方には及ばぬ」
「ザ・ヒーロー本人が、二百年能力を錬磨しているのだとしたら、そうだろうね」
「違うね」
「……」
鼻で笑うグイパーラ。
まさか、まだ隠し弾が何かあるのか。
まあいい。
此奴の心には罅を入れた。データを解析すれば、その辺りも分かってくるだろう。解析班の負担は大きいが、それでも三日を見込めば良いはず。
グイパーラの牢から出る。
同時に、プライムフリーズが作った極細の錐が、グイパーラの体を何カ所か、同時に貫いていた。
「ぐう……!」
「いわゆるツボだよ。 暴れられても困るし、ツボそのものを貫通させて貰ったけれど」
「何を、する……」
「何って、此処から脱出されても困るからね。 しばらくそのまま凍っていて。 ああ、食事は数日分は抜くから。 暴れられないようにね」
凄絶な表情を浮かべるグイパーラ。
全て情報を略奪しておいて、これか。
そういいたいのだろう。
だけれども。
情報戦とは、こういうものだ。
2、新しい円卓
わしがグイパーラのデータを確認した直後、恐怖の暴君と化したザ・パワーが帰還する。
帰ってきたときには。
その全身は、何の比喩でも無く。肉片と血に塗れ。目はらんらんと赤く燃え上がり。文字通りの狂鬼と化していた。
シャワーを浴びて、新しいスーツを用意しても。
もはや鬼相と化した顔は変わらず。
円卓に招集されたメンバーは、一様に困惑の表情を浮かべていた。恐らくはわしも、だろう。
前のザ・パワーとは、変わり果てすぎている。
ザ・パワーは仏頂面だったけれど。
部下も同僚も尊重し。
必ずまず最初に言葉で相手に対応し。
それでもどうしようも無いときだけ、暴力に出る、というスタンスを取る男だった。
弱きを助け、強きを挫く。
その思想をザ・ヒーローから受け継げたのも。
強い紳士的思想を持っていたから、というのもあるのだろう。
だから彼は超一級のヒーローだった。
逆に言えば。
だからこそ。
彼は全てを知って絶望したとき。
暴君と化したのである。
一人だけ、平然としている者がいる。
テンペストだ。
クズヒーローを十一人潰して戻った彼女は。何というか、凄まじい形相になっていた。ザ・パワーが帰還する少し手前の事である。
壁を越えられたのか。
聞くと、彼女は何も言わなかった。
だけれども、シャワーを浴びて。
サイドキックに配給されている戦闘服を新調。指が出るタイプの戦闘用手袋をして戻った彼女の目には。
いつもの激しい怒りに加えて。
確かな自信が宿っていた。
わしにはわかる。
テンペストは恐らく。死線をくぐった。それが、眠っていた最後の力を引き出す結果につながったのだ。
流石に疲労がまだあるようだけれど。
この会議が終わってから眠れば良い。
ザ・パワーは。まだ全員が座っていない円卓を見まわす。
面子は、ザ・パワーを筆頭に、わしプライムフリーズ、テンペスト、ブラックサイズ、ミラーミラー、それに唯一前オリジンズから残留したスネークアーム。そしてまだ戻っていないミフネ。
ミフネについてはわしからも色々言いたいことがあるし、疑いもあるが、それは此処では置いておく。
というか、ザ・パワーも分かった上で泳がせている可能性が高い。
わしは残りのメンバーに雲雀を推挙しているのだけれど。ザ・パワーからの返事はまだである。
ともかく。
ザ・パワーは、会議を始めた。
急いでいるからか。前置きも無しである。
「残り四十八日を切った。 私に逆らう大物ヒーローのうち、降伏しなかった三十二人を殺してきた。 これからまだ二十七人を殺す必要がある」
「リストを見せてくれるか、ザ・パワー」
「これだ」
わしが提案すると。
血に塗れたリストが、円卓に放られる。
大物。
それこそ、この世界にいるならば、誰もが知っているヒーロー達の名前が書き連ねられた紙。
その名前の上に。
血で横線が引かれている。
一方、名前の左側に、赤い染みが出来ているものもある。
横線が引かれたのが、ザ・パワーに殺された分。
赤い染みは、降伏した奴だろう。
「更に、途中で良識派と名乗るクズ共の残党が、二十五人ほど仕掛けてきた。 一人残らず殺した」
淡々と言うザ・パワー。
もはやその鬼相には。
今まで侮られていた優しさも。
古き時代の教えを頑なに守り、原理主義者と嘲られていた面影も。
まったく残っていない。
だけれども。
わしとしては、これで良いとも思っている。
ザ・パワーは甘すぎた。
というよりも。
クズ共を、甘やかしすぎたのだ。
「提案がある」
テンペストが挙手。
ザ・パワーは、無言で彼女を見た。
何となく悟ったのだろう。テンペストが、一回り強くなったことを。勿論、休憩を一度挟まないと出撃は無理だろうが。
テンペストは、例の事実を知ったとき、予想以上に動揺しなかった。
これはひょっとすると。勘付いていたのかも知れない。
いずれにしても、テンペストが、重要な。ザ・パワーにとってとても重要な事を話すと。悟った様子だ。
「今、プライムフリーズは此処の守り。 彼女の部下の東雲雲雀が、黒幕と想定されるザ・ヒーローの居場所を割り出すために動いてくれている」
「何……」
「かくかくしかじか、というわけだ」
ザ・パワーは、流石に動揺するかと思ったが。
意外なほど冷静に、事実を受け止めた。
まあそうだろう。
あれほどの事を為す黒幕だ。
既存の、この腐った秩序になれきったヒーロー達には、無理。そうなると考えられるのは、いにしえの亡霊くらいである。
「このままだと、作業の効率も良くない。 手分けをした方が良いと思うが」
「テンペスト。 お前はリストアップした人数の内、十一人を倒してきたそうだな」
「そうだ。 勿論相手が降伏しなかった場合限定だが。 そういう意味では、二十七人を処理したとも言える」
「残り人数は」
テンペストがリストを出す。
側に控えていたペアアップルが、降伏に応じて武装解除したメンバーをテンペストに耳打ちしたらしい。
数え直したテンペストが言う。
「八十三人」
「まだかなりいるな」
「たった八十三人だとも言える。 これから八時間ほど回復装置に入って急速睡眠して休んだ後、ぶっ潰しに行く」
「頼もしいことだ」
ザ・パワーは。
それは任せると、指示。
ブラックサイズに。
裏側の事情に詳しそうなヒーローを締め上げるよう、命令を出す。
退屈そうだったブラックサイズは。
一瞬だけテンペストを見た。
やりあいたいのだろう。
だが、今は残り時間も少ない。
流血を最小限にするためにも。
初動の暴力で流される血は、出来るだけ少ない方が良いのだ。
「ペアアップル」
「はい」
ブラックリストが出される。
ブラックサイズはそれを見ると、鼻を鳴らした。
メンバーの中には、戦闘タイプでは無いヒーローも混じっているから、だろう。
「出来るだけ捕獲。 手足は切りおとしてもかまわん。 生きていて、情報を引き出せればいい」
「了解……」
即座にブラックサイズは消え失せる。
わしからみても。
気の早い男だ。
まあ、こういう円卓での会議には、あまり気が乗らないのもあるのだろう。
「わしからも提案だ」
「何か、プライムフリーズ」
「まだ動かしているヴィラン討伐部隊を戻すべきだろう。 どうせ探していても、埒があかん。 それならば、一度戻して、言うことを聞きそうなメンバーだけで再編成をした方が良い」
「ザ・ヒーロー討伐のためか」
頷く。
雲雀が引っ張り出したグイパーラの情報の解析は進んでいる。
このままうまく情報解析が進めば。
恐らくは、数日以内に、ザ・ヒーローの居場所を割り出すことが出来る。
今のテンペストの実力ならば、先ほどの人数の処理は難しくないだろうし。
ザ・パワーの今の行動力ならば。
いざという時、クズ共をまとめるような力を発揮する大物ヒーローを、根こそぎ潰し終えているだろう。
ミラーミラーはまだ少し見極めがつかないところがある。
ミフネに関しては、恐らくクロだ。
だが此奴らは、討伐部隊に参加させなければ良い。
わしとテンペスト。それから、ヴィラン討伐部隊の中から、言う事を聞きそうなメンバーに、ザ・パワー。
これでどうにかなると、わしは見ている。
此処の守りには、ブラックサイズを残しておけば良いだろう。
「分かった。 準備を進めておいてくれ」
「了解」
「それでは、私は休憩後、また出撃する」
ザ・パワーは、テンペスト同様に休憩に向かう。
数時間だけ睡眠したら、すぐにまた暴力ツアーに向かうのだろう。だけれども、仕方が無い。
この世界は、あまりにも。
膿をため込みすぎたのだ。
処置には、大規模な外科手術が必要だ。
ペアアップルが忙しそうに事務をしている。
此奴の能力は超記憶力と、その整理。
それもあって、事務作業を行う要員としての実力は、超一流だ。プライムフリーズとしても、頼りにしている。
話によると、やはり近年のヒーロー社会の腐敗と堕落には心を痛めていたそうで。
周囲からつまはじきにされていたところを、ザ・パワーにスカウトされた口らしい。
他にも、同じように、ザ・パワーにスカウトされた者はいるが。
ただそれらの全員が。
ザ・パワーの変貌ぶりに、心を痛めているようだった。
無理もない。
今のザ・パワーは。
紳士であった頃の全てを捨てた。
寡黙で仏頂面であったけれど、理性的な男だったのに。
今では、相手を殺す事を何とも思っていない。
それが必要だと判断したから、というのはわしにも分かる。
だけれども。
昔のザ・パワーを慕っていた者としては。
その異常な変わりぶりを、悲しまざるを得ないのだろう。
わしにも分かる。
傷つき、おかしくなっていくザ・ヒーローを見ていて、何とも言えない哀しみを覚えたし。
愚かしい事ばかり言う若いヒーローに怒りを感じている内に。
わし自身も、おかしくなっていくのを覚えていた。
テンペストのような、本来だったら積極的に共同作戦をとるべき相手とさえ、対立するほどに、こじらせてしまったし。
今でも、色々と心がいがいがしている。
人間は、何か壊れるとき。
個人が原因である事は滅多に無い。
主に周囲が原因だ。
そういうものなのだ。
「ペアアップル、良いか」
「はい」
「今残っている、実力者のヒーローのリストをもう一度見せてくれ。 能力詳細についてもだ」
「分かりました」
上位の戦闘力を持つヒーローの内。ザ・パワーの監視下におかれるか、降伏するかを選んでいない者。
それらを数十人、ペアアップルがすらすらとリストアップする。
此奴らは、以前集まって来た良識派三百人とは、桁外れの実力者だ。だからザ・パワーも各個撃破に努めているわけだが。
わしとしても、あまり看過は出来ない。
最悪の事態。
例えば、ザ・ヒーローが動き出すとしたら。
恐怖が頂点に達したタイミングだと思うからだ。
この面子が全員一斉に動き出して。
オリジンズの本拠である此処を襲撃した場合。
ミラーミラーにはあまり期待していない事もある。というか、後ろから刺される可能性さえ想定しなければならないだろう。
その状況で、此処を守りきれるか。
かといって、此奴らを少しでも削らないと。
ザ・ヒーローが何か仕掛けてきたとき。
動き出すのは不可能になるだろう。
そういえば、だ。
一つ気になる事がある。
「アンデッドの麾下組織の基地だが、詳細なデータはあるか」
「はい。 此方に」
そう言うと。
ペアアップルは、なんと紙に手書きですらすらと書き始める。定規を使うとは言え、人間業では無い。
この凄まじさ。
やはり、戦闘タイプ以外でも、ヒーローはヒーローなのだと、再確認させてくれるほどだ。
地図を確認。
最悪のタイミングでは、一度の戦場に二十人近い数が投入されていた人工ヴィラン。
だが。
わしが見たところ。
どうにもその数を造り出したにしては。
妙に基地での生産設備が小さい。
ザ・ヒーローが地下深くに潜っているとして。
もしそこに、大規模な人工ヴィラン製造設備があるとしたら。
あまり、状況はよろしくないかも知れない。
「急いだ方がいいな……」
わしとしても。
流石にザ・ヒーローに加えて。ミフネと、ついでに数十人の人工ヴィランを相手に、やり合えると思うほど。
オツムがおめでたくはない。
もしそんな風に思える奴がいるとしたら。
そいつは大物を通り越して。
ただの阿呆だろう。
テンペストが出撃しに行く。
やはり、全身に力がみなぎっているのが分かった。此奴は、オリジンズ級の実力者だったが。
多分この時点で。
単純な格闘戦闘能力ならば、ザ・パワーにつぐ実力を得たと見て良い。
わし自身としては面識は無いが、話に聞くヴィラン。ハードウィンドの授けようとしていた実力に。
ついに到達したとみて良かった。
「プライムフリーズ、わたしは強くなったか」
「ああ。 死線をくぐった事が壁を越える原動力になったな」
「……」
満足そうに、拳を握り混むテンペスト。
咳払いすると、わしは注意を促す。
「休んだばかりで悪いが、できるだけ先のリストを急いで片付けてくれるか」
「何か問題が起きたのか」
「もしも、だ。 あの人工ヴィランどもが、アンデッド麾下組織だけが作ったものではなかったとしたら」
「!」
盲点だったのだろう。
当然ザ・ヒーローが黒幕だったら。
ライトマンが円卓で高笑いしていた頃から、ずっとその後ろで糸を引いていたはずだ。人工ヴィランの技術だって、つい最近に出来たものだとは思えない。そもそも、二百年前には。
人工的にヒーローを誕生させる技術が作り出されていたのだ。
「とにかく気を付けろ。 今のお前なら、雑魚なら歯牙にも掛けないとは思うが、無理をしたところをおそわれたら、撤退も選択肢に入れろ」
「……分かった」
テンペストが、超音速ヘリで出撃していく。
ザ・パワーは、更に前に出撃していった。
そして、タイミングを見計らったかの様に。
ミフネが戻ってくる。
ヴィラン討伐部隊を連れて、である。
良いタイミングで来たな。
わしはうそぶくけれど。
ミフネは、不敵に笑うばかりだった。
3、陰影の長さ
確かにからだが軽い。
力を今までに無いほどに良く制御出来る。
それも、残量が手にとるように分かる。
超音速ヘリで移動しながら、わたしはペアアップルと通信。まずは一人目の、降伏を拒否した悪徳ヒーローの所に向かう。
「今回の目標は」
「可能な限りだ」
「正気ですか」
「死線をくぐったことで、わたしは多分、師匠が言っていた到達点に辿り着く事が出来ただろう。 だからまずはその力を試す。 逆に言うと、それでもやっと師匠と互角かそれ以上、程度の力しか無い」
師匠でさえ。
ヴィラン討伐部隊による総攻撃には、勝てなかった。
今のわたしでも勝てないだろう。
更に言えば、である。
今の私は。
これから戦わなければならない相手に、更に強大な存在がいる。ザ・ヒーローが、どのような姿でいるかは分からないが。
あの人の能力は。
コピーだ。
少なくとも、伝承に残っている限りではそう。
ザ・ヒーローは、能力を見た時、それを自分に取り込むことが出来る。相手の能力を100%再現することは出来ないけれど。それでも、同じ能力を使えるようになるのである。なお、取り込める能力の数に。
限界は無い。
これが、初代オリジンズの頂点に立つことが出来た、圧倒的実力の由来だ。
ただし、身体能力強化系の能力を複数取り込んだから、格闘戦も強い、という簡単な理由でもあるし。
どれだけ複数の能力を展開できても。
一人でいるときには、どうしても能力展開には限界が出てくる。
たくさん能力を使えば。
消耗だって早くなる。
長期戦に持ち込めば勝機はあるし。
磨き抜いた技と、取り込んだ技では。磨き抜いた技に軍配が上がる。
意外に使いづらい能力なのだ。
だからこそに。
それをきちんと使いこなして、頂点に上り詰めたザ・ヒーローは。凄いヒーローなのである。
唇を噛む。
それほどのヒーローが、闇に落ちたのか。
悲しい話だ。
だからわたしは。
更に戦って。
戦い抜いて。
経験を増やす。
圧倒的な実力を得て。
この腐りきった世界を変える。
勿論銀河連邦の植民地にだってさせない。
そんなこと。
させるわけにはいかない。
「今日の目標は五十人だ」
「……」
通話の向こうで、ペアアップルが青ざめているのが分かる。わたしも、急激に狂鬼へと近づいていると感じているのだろう。
ザ・パワーは闇に落ちたといっていい。
でも、ザ・パワーが暴力に訴えなければ。
この世界は変われないほど腐ってしまった。
わたしがザ・パワーを止めなければならないのは。
彼が抵抗できない市民や、或いは弱者に、暴力を振るい始めたとき、だろう。その時には、わたしは。
ザ・パワーと拳を交えなければならない。
最初のヒーローの支配地区に到着。
ヘリから飛び降りる。
そして着地地点で。
わたしは、もはや戦意も無く、困惑している様子のサイドキック部隊を見た。
「あまり多くは言わないが、怪我をしたくなければどいていろ。 あんた達程度が相手なら、殺さずにはすむが、それでもかなり痛いぞ」
「……」
青ざめているサイドキック部隊。
其処に、側にあるスピーカーから。
ヒステリックな声が響いた。
「何をしている! お前達の家族がどうなっているか忘れたか!」
そうかそうか。
そうもわたしを怒らせたいか。
此処の支配地区にいるビゲストマイマイは、大量の蝸牛を飼っている。それ自体は別にどうでもいい。
問題はこの蝸牛が、タチの悪い寄生虫の媒介主だと言うことだ。
支配地区中にいる蝸牛に手を出す事を、ビゲストマイマイは当然禁止しているし。市民は寄生虫の恐怖に怯えながら、毎日を過ごさなければならない。勿論、寄生虫につかれでもしたら、もう助かる方法は無い。
人間を食い荒らす寄生虫の恐ろしさは。
わたしだって良く知っている。
ましてや抵抗力のない市民では。
どうにもならないだろう。
そして、周囲を見る限り。
膨大すぎる数の蝸牛が実際にいて。
それらに市民が怯えきっている様子は確認できた。
更にサイドキック達への先ほどの通告。
ビゲストマイマイに、慈悲はいらない。
そうわたしは判断した。
まっすぐ進み始める。
レーザーアサルトライフルの雨が出迎えてくるけれど。
わたしは真正面から、それらをすべて「粉砕」した。
手で払うだけで、レーザーアサルトライフルの弾幕がかき消える。それを見たサイドキック達は、流石に逃げ腰になる。
装甲車が主砲を発射。
更に、対戦車ロケット弾が次々うち込まれてくるけれど。
それらもみんな。
真正面から撃砕。
わたしはまっすぐ進みながら。
攻撃範囲にいる相手だけを眠らせながら、進んでいく。
驚くほど静かだ。
死線を越えたことで。
今まで蓄えてきた戦闘経験が、全て引き出せているのを感じる。地雷を踏んだ。恐らく対戦車地雷だろう。
関係無い。
地雷を粉砕。
そのまま歩く。
装甲車が立ちふさがってくるので、そのままアルミか何かのように、無造作に引き裂いてやると。
乗っているサイドキック達が、慌てて逃げ出していった。
静かだ。
とても心が。
澄み渡った湖のよう。
だけれど、心は怒りに満ちてもいる。
蝸牛の殻をもした宮殿に到着。
見えた。
逃げだそうとしているビゲストマイマイ。文字通り蝸牛をあしらったスーツを着込んだ、中肉中背の男だ。
三十手前だが。
此奴も昔は典型的なMHCで。
そのまま大人になったゲスである。
わたしは、一瞬でサイドキック達が操縦しようとしているヘリポートへ移動。身体能力が上がったから、出来た事だ。
悲鳴を上げて、逃げ散るサイドキック達。
わたしは、無造作にビゲストマイマイのアタマを掴むと。顔面に拳を叩き込んでいた。
悲鳴も上がらない。
更に手を離すと。
二十五発。
瞬時に拳を叩き込んでいた。
ビゲストマイマイが倒れる。
前のめりに倒れたゲス野郎は。
もはや、身動き一つ出来なかった。
意外だ。色々な意味で。
相手の形は原形をとどめている。
何よりこんな回数で、能力粉砕が出来るか。どれだけ自分の能力が研ぎ澄まされたのか、よく分かった。
ペアアップルに連絡。
「町中にいる蝸牛を焼き払う処置も頼む」
「分かりました」
「それと、寄生虫に町中の市民が感染している可能性が高い。 市民も気を付けているだろうが、それでも相当数が感染しているはずだ。 すぐに対応出来る医師の派遣を」
さて、次だ。
わたしが通ってきた所以外は、殆ど破壊されていない。サイドキック達も、戦意を無くしてあらかた降伏。
人質も解放された。
すぐに自動操縦のヘリが来る。
そして乗り込んだわたしは。次の悪徳ヒーローの所に向かう。
「わずか二十七分で攻略ですか!?」
「それだけ力が上がったってことだ。 更にペースを上げていく」
「む、無理だけはしないでください」
「……」
いや、無理はする。
まだ、正直な所。これでも力が足りないと、わたしは思っているからだ。
更に、無理をして、死ギリギリのラインまで行く。
其処まで行かないと。
恐らくは、師匠が行っていた半年の修行の後まで辿り着いた今でも足りないと判断した現状。
必要な力を得ることが出来ない。
二十七人目の悪徳ヒーローを撃滅。
これでわたしがぶっ潰した悪徳ヒーローは、八十人を超える。情けない話だが。この世界では常識とされている行為が、市民を殺す事を娯楽とすること。そしてその娯楽を楽しんでいる奴が。
戦闘タイプヒーローの、一割以上もいた、ということだ。
わたしはまだまだいけることを理解していた。
体の中が研ぎ澄まされている。
力もまだ残っている。
レーションを口にしながら、ヘリに。
今回のゲス野郎は。
意外な事に、家族にだけは慕われていた。市民は散々虐待したくせに、である。同じ市民である妻と娘にだけは、優しい父親だったのである。
虫の良い話だ。
勿論潰すことに躊躇はしない。
完全に能力を失ったクソ野郎に、わたしと同じくらいの年の娘が取りすがって泣く。手袋の状態を確認してから、戻ろうとしたわたしの背中に。
怨念が叩き付けられた。
「人殺し!」
「ああそうだ。 わたしは人殺しだ」
「……!」
「わたしはそうでもしないと人殺しを止めないゲスを潰して廻っている。 そいつにも事前に布告は出した。 趣味で市民を殺戮するのを止めろってな。 だけれどそいつは拒否した。 趣味で市民を面白おかしく殺して何が悪いってな。 だからわたしは、市民を守るためにも、そいつを潰した。 事実上わたしがそいつの命を奪ったことは否定しないし、それが暴虐だって事も理解してる。 だがな、悪いがその市民を殺して遊んでいた父親を止めようとさえしなかったあんたに、わたしを責める資格はねーんだよ」
まだ何か言おうとするが、わたしは完全に無視。
興味も無くした。
後は此処に乗り込んでくる占領用のサイドキック部隊がどうにでもするだろう。他の市民が惨殺されているのを平然とみていたくせに。いざ身内が殺されたら発狂か。虫の良い正義である。
散々敵を殺しておいて。
味方が一人殺されたら、敵討ちだとか喚いて発狂するような連中と同レベルか。
そんなのにわたしは心を動かされないし。
罵声も哀しみも何とも思わない。
ヘリに乗り込むと、さっさとその場を後にする。
ペアアップルから連絡が来た。
「まだ戦うんですか!?」
「それだけ市民が苦労しなくて済む」
「……次のターゲットですが、ついに市民を殺した総計数が百人を切ります」
「はっきり言っておくぞ、ペアアップル。 百人近くも快楽目当てで人を殺した奴が、常識人呼ばわりされているこの世界が完全に狂ってるって良い証拠なんじゃないのか? そんなんだから、銀河連邦の宇宙艦隊が、主砲を地球に向けているんだよ!」
ペアアップルも、とうとうこの世界の常識から、思考を外に向けられなかったか。
それが悲しい。
口惜しい。
少しは分かる奴だと思っていたのだけれど。
ザ・パワーがおかしくなったのも分かる。
それに、やっぱりわたしは、自分がヒーロー呼ばわりされるのは、違和感しかない。わたしはやっぱりヴィランなのだろう。
暴力を持って暴力を制している。
それについては何ら代わりは無い。
弱きを守るためとは言え。
強きを潰して、再起不能にしているのだから。
そして、今は。
それを利用して、自分の力を高めようとしているのだから。
ただ、それ自体に後悔は無い。
わたしがそうしなければ。
今でも、年に万単位で市民を面白半分に殺戮しているサイコ野郎やクズ野郎が、世界を好き勝手にしていた。
上から順番に潰して行った結果。
とうとう、面白半分に市民を殺した数が、百人未満という所まで来たのだ。
そしてこの狂った世界を変えない限り。
何度でも、似た様な化け物が姿を現す。
それを防ぐためにも。
わたしには、圧倒的な力が必要なのだ。
「……今、通信が入りました」
「ん?」
「例の良識派、三百人の残党が、十二人。 すぐ近くに集まっています。 其方を優先していただけますか」
「ブラックサイズは」
ブラックサイズも、オリジンズに参加してから、わたしのような仕事に邁進している。彼奴の場合は、自分の能力で作った武器を試せるので、文字通り嬉々として、という風情だそうだ。
まあ、彼奴のやり口を止める気は無い。
戦ったわたしが一番知っているが。彼奴はどちらかというと、殺すのは楽しんでも、それそのものは抑えられる奴だ。
必要がない相手は殺さない。
だから汚れ仕事専門でも、ヒーローをやれていたのだろう。
「別の場所に鎮圧に出向いています」
「……分かった」
あの良識派とやらの害毒は、正直言語を絶する。
ぶっ潰しておくことに躊躇はいらない。
わたしはヘリに指示を出すと。
指定があったポイントに、ヘリを急がせることとした。
其処はすぐに見えてくる。
廃工場だ。
噴煙が上がっている。
何をやっているのかと思ったら。近くの街を襲撃して、奪ってきたレーションを焼いて喰っているらしい。
レーションだけじゃあない。
震えあがっている、捕らえられてきたらしい市民達。
串焼きにされている肉塊は。
つまり、そういうことなのだろう。
この近くのヒーローは、抵抗できなかったと見て良い。
何しろ戦闘タイプ十二人だ。
通報してきて、それがペアアップルの所に来た、という事なのだろう。
丁度良い。
此奴らこそ、世界を腐らせた首魁だ。
勿論世界の裏側に巣くったザ・ヒーローの成れの果ても、色々と悪いのだろうとはわたしも思う。
だけれど選ばれた存在と自分を勘違いし。
何をしても良いと錯覚し。
そして多くの人々を殺した此奴らこそ。
討つべき敵だ。
ヘリから飛び降りる。
宴に興じていたゲス共が。
わたしの方を見て、ぎょっとした様子で、手にしていた食い物を取り落とした。体格は様々で、中には人間を丸かじり出来そうな奴もいた。さらわれてきた市民達は、これから全員喰われてしまう所だったのだろう。
「テンペストだ。 遺言だったら聞いてやる」
「ひいっ!」
一番弱そうなのが悲鳴を上げた。
わたしがすでに八十人を超える戦闘タイプヒーローを戦闘不能にした事は、伝わっているとみた。
わたしが潰した相手は。
みんな肉塊にされている事も、だろう。
情け容赦ない、殺戮の悪魔。
そう呼ばれているらしいとも聞いた事がある。
それでまったく構わない。
事実なのだから。
悪魔でさえ、市民を守るために出張らなければならない。それほどこの世界は、狂ってしまっているのだ。
「十二人がかりで来い。 全員ぶっ潰す」
「おのれ、舐めやがって!」
リーダー格らしい、一番図体がでかいのが吼える。
縛られている市民達は、その咆哮だけで気絶した様子だった。
わたしは手を何度かにぎって、感触を確認すると。
いきなりすり足から、一番近い奴に躍りかかった。
結局目標の五十人に追加で十二人を潰し終え、オリジンズ本部に戻ったときには、深夜になっていた。そのまま、ペアアップルに報告書の作成は任せる。かなり辛い作業だろうが、彼女も戦闘タイプでは無いとはいえヒーローだ。少しばかりの無理は利くはずだ。
わたしはそのまま、回復用のカプセルベッドに直行。
少しばかり、本気で休む。
流石に六十二人の戦闘タイプヒーローをぶっ潰したのは。
新しく力を得た今でも、かなりきついと感じた。
逆に言えば。
新しい力で舞い上がる前に。
その限界が分かったのは、大きな収穫だったし。
今回も、最後の方はかなり危なかった。
つまりそれだけ、ギリギリの状態で、戦闘を展開した、という事である。それが何を意味しているかは。
わたしだって分かっている。
無理矢理に眠って。
そして目覚めて。
気がつくと。
残り時間は、四十四日を切りそう。
時間は既に、九時を少し過ぎていた。
シャワーを浴びて、リフレッシュ。
前は殆ど風呂なんて入れなかった。良くてぬれタオルで体を拭うくらいだった。だから、これでも贅沢だと思う。
風呂に入ると、随分からだが楽になる。
そして、同時に。
回復力が促進していることも理解できる。
食堂に。
雲雀が来ていた。向こうはこれから休むところのようだった。恐らくは、ザ・ヒーローの居場所特定のために、徹夜を続けていたのだろう。
厨房を仕切っているヒーローに言う。
「食事を頼む。 味より栄養優先で」
「分かりました」
「いいのそれで」
「良いんだよ。 それにわたしも粗食になれてるからな。 美食の方がどうにも受け付けねーしな」
それに、である。
美食と称した数々のおぞましい代物を、見せつけられもした。
昨日ぶっ潰した十二人の良識派にしても。
珍味のつもりで、人を喰らっていたのだろう。
今の時代のヒーローは。
其処まで腐敗してしまっている。
美食も独占しているが。
それが故に、だろう。
わたしはどうにも、美食に対しては嫌悪感がある。勿論食べろと言われれば食べるけれど、それはそれだ。
料理が出てくる。
サラダと、適当に調理した肉。
栄養は充分だろう。
早速食べ始める。
おいしいとも思わない。
だけれど、栄養はあるのだろう。それでいい。
「テーブルマナーはしっかりしてるねえ」
「師匠に仕込まれたからな」
「どんな人だったの、ハードウィンドって」
「……ザ・パワーと並ぶ、この世界で尊敬できる数少ない相手だったよ。 ザ・パワーがああなった今は、唯一かな」
もうその師匠も鬼籍に入った現状。
もはや、わたしには。
尊敬できる生きた相手は存在しない。
過去のヒーローでも、ザ・ヒーローが黒幕かも知れないと言う話を聞いた今では、それを嘘だと言い切れないし。何となく、現在のヒーロー達を見た彼がどう思うかと考えれば、それを否定も出来なかった。
尊敬できる存在の不在。
それは悲しい事だが。
れっきとした事実だ。
どうしようもない。
ただし、師匠は、わたしの胸の中で生き続けている。その教えは、わたしに急かしてくる。
弱者を守り、強き悪を潰せ。
お前にしか出来ない方法がある。
それで市民を守れと。
「私はこれから六時間ほど休むわ」
「苦労かけるな。 わたしもすぐに出撃する。 そうだな、今度はこの間のリストの残り全部と、まだ逃げてる良識派、あわせて八十人を目安に潰してくるかな」
「張り切ってるね」
「わたしがそれだけ頑張れば、ザ・パワーが無茶をしなくても良くなる。 この世界が、植民地化される可能性だって減る」
本当に?
誰かが、そう心の奥からささやきかけてきた気がする。
だけれども。
わたしはそれを。
意図的に無視した。
4、爆裂する恐怖
定時連絡の時間だ。
ザ・パワーは、スーツにこびりついた血と肉塊も落とさないまま、オリジンズの円卓に姿を見せる。
クラーフが通信を送ってくる時間だからだ。
既に、各地の大物ヒーローは、八割方殺すか、屈服させた。
残りが徒党を組んでも、ザ・パワーに勝つことはできないだろう。
血に塗れたザ・パワーの姿を見たサイドキック達が、青ざめて敬礼したまま固まる。その表情は、鬼を見るものと同じだった。
席に着く。
椅子にべっとりと血がついた。
先ほどまで、殴り続けて。
死んだ後も殴り続けて。
完全に肉塊にしても殴り続けていた相手。
良識派を煽っていた最後の一人。ビッキーゴールドの血だ。
オリジンズには及ばないものの、それに近い実力者と言われていたヒーローで。権力志向が強く。支配地区でも、貨幣としての市民を増やすために、あらゆる無茶苦茶をやっていた。
テンペストに目をつけられなかったのは、出来るだけ市民を殺さないようにしていたから、で。
それ以外の事はあらかた何でもやっていたゲスである。
潰すことが出来たのは僥倖。
そう、ザ・パワーは思っていた。
そして此奴は、刑務所に入れる必要もない。
死刑以外にはあり得ないからだ。
腐りきった、堕落ヒーロー達。
改革するには。
こうやって潰して行くしか無い。
定時連絡が来る。
時間ぴったりだ。
「ザ・パワー。 状況を聞かせて欲しい」
「改革は順調だ。 世界を腐らせていた毒は、悉く処理している」
「此方でも確認している。 いささか性急だが、暴虐の化身となったヒーロー達には、もはやつける薬もなかろう。 そのまま君の手腕に期待する」
「ああ。 そしてもう一つ、提案がある」
「何かね」
クラーフが、話を聞いて。
絶句した。
ザ・パワーはこう言ったのだ。
私の改革が失敗したら。
その時は躊躇無く、機械化軍団を投入して欲しいと。
「君は正気か」
「二ヶ月の期限を切ったのは其方だろう」
「それは、そうして急かさないと、君達は動かないと判断したからだ。 いくら何でも、それは」
「私の改革が失敗すれば、どうせ市民は今以上の悲惨な世界に生きる事になる。 それならば支配者層である戦闘タイプヒーローを駆逐するために、過激な手段を厭わない方が良い」
クラーフはしばし言葉も無い様子だったけれど。
意外な事に、譲歩してきた。
「とにかく、期限の日が来るまで頑張ってくれ。 今の状況を、此方も、政府でも評価はしている。 腐敗の度が超えているから、最初から流血はある程度想定していたし、むしろ血が流れていない方だとも言える。 状況の展開次第では、期限を延ばすことを留意もしよう」
「……」
通信を切る。
ザ・パワーは、慌てて来たペアアップルに、食事、とだけ言う。
すぐに食事が運ばれて来た。
それをむしゃり、むしゃりと。
味わう事もなく。
ただ栄養摂取のために食べる。
それでいい。味わうなどと言うことは、している暇も無い。一秒でも早く、諸悪の根元共を潰さなければならないのだから。
状況について、ペアアップルに話を聞く。
ブラックサイズは主に、良識派の生き残りを狩っている。昨日だけで三十七人を殺してきたそうだ。
大きな戦果である。
更にテンペストが凄い。
リストアップしたゲス野郎ども五十人を潰し。
更に、良識派十二人を潰してきたとか。
力も確実に短期間でましているとかで。
ザ・パワーとしては、素晴らしいと口にせざるを得なかった。ペアアップルは、真っ青になっていたが。
「素晴らしい、ですか」
「ヒーローの面汚しどもを容赦なくヴィランに叩き落とし、奴らにふさわしい罰をくれてやっている。 その仕事には躊躇も無ければ油断も無い。 これ以上も無いパニッシャーだと思わないか」
「は、はい」
「私の後継者は、彼女に決まりかも知れないな」
席を立つ。
そして、リストを確認。
後二十人ほど。
実力者であるヒーローを、屈服させるか。殺してこなければならない。
そこまでいけば、後はザ・パワーが絶対的圧倒的支配者として君臨できる。
逆らう奴は殺す。
その態勢が確立するのだ。
そうしてこそ、はじめて。
市民がまともに生きられ。
ヒーローに与えられた無制限の特権を撤廃でき。
そして、この星が。
植民地化されるのを、避ける事が出来る。
地球に貯まりきった膿を出す。
例え、自分が。
血に塗れた狂鬼と化そうとも。その信念には、もはや一点の曇りもないし。今後も変わる事はないだろう。
ペアアップルは見ている。
恐怖の視線で。
それで構わない。
支配者は、恐怖の対象で良い。
理解もされなくていい。
ザ・ヒーローが狂った過程を知った今となっては。ザ・パワーは、もはや理解者も、崇拝者も。いらないと思っていた。
予定通り事態が進んでいる。
内通者から連絡を受けたザ・ヒーローは。安楽椅子に揺られながら、にやりとほほえんでいた。
それでいい。
悪徳ヒーローを全てぶっ潰して、強制的に従えて。
それでこの世界がまともに戻るか。
戻るはずが無い。
改革が強行されて。一時的にヒーロー達が、特権を手放すとする。銀河連邦の艦隊も、それを見届ければ帰るだろう。
それはそれで構わない。
むしろそうなるように、今後ろから手を回してやっているのだから。
問題はその後。
ザ・パワーが死んだ後。
この世界をテンペストなりミラーミラーなりが継いだその先だ。
今まで燻っていたヒーロー達が。
黙っていると、本気でザ・パワーは思っているのだろうか。
或いは、スーパーアンチエイジングを、DBから復旧させて、自分に施す手もあるが。
その場合は、その場合で。
腐っている世界に、自分の心が摩耗していくことに耐えられない。
いずれ、破綻する。
それを知っているから、ザ・ヒーローは余裕なのだ。
この世界の人間には。
自治をする資格など無い。
全てが破綻した後、もう一度エマージェンシーコールが飛んだら。
もはやどれだけ寛容な銀河連邦でも。
今度こそ、躊躇などしないだろう。
計画は止まらない。
例え、自分が死んだとしても、だ。
「ワインを貰おうか」
どうせ酔いがすぐ覚めるとしても、構わない。
ザ・ヒーローは。
誰も知らない山荘で。
全てに対して、高みの見物を決め込んでいた。
(続)
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