現れる黒きもの

 

序、地獄の先にあるもの

 

ザ・パワーが出かけると、円卓は静かになる。ここのところはオリジンズも大半が出払っていることも多い。

いや、それはここ最近が賑やかすぎたというだけなのか。

昔から、ザ・パワーは求心力が無かった。

原理主義者と呼ばれ、多くのヒーローから軽蔑されていた。内心では誰もが、トップオブヒーローなどとはお笑いぐさだと考えていた。オリジンズのメンバーでさえそう。その圧倒的な戦闘力が無ければ、とうにオリジンズのトップはライトマンに奪われていたことだろう。

或いは、ライトマンの走狗に成り下がっていたか。

どちらにしても。

グイパーラには関係がない話だ。

グイパーラは知っている。

既にザ・パワーが、自分を疑いはじめている事を。

おかしいとは思っていたのかも知れない。

ザ・パワーに接近したのは、彼が一番困り果てていたときのことだ。圧倒的な力を持ち、市民を慈しんでその生活を保障し。移り住んでくる市民達にも、優れた技術による福祉を惜しみなく施し。厳正な法で公平に裁判まで開くシステムを、自分の支配地域でだけは確立していた。

ただし、その代わり。

市民を生きた貨幣としか考えていない他のヒーローからは、蛇蝎のごとく嫌われていた。

一部の、初代オリジンズの熱烈な狂信者や。

単なる力を求めるタイプの戦闘狂以外には、まったくというほど、ザ・パワーは人気がなかった。

そんな中。

着実に力を伸ばしているグイパーラが接近。

シンパとして存在感を示すことも無く。

狂信的な存在にも見せず。

ただ影のように付き従い。

単純に孤独だったザ・パワーの補佐役として、ナンバーツーの座を、堅実に確保していった。

ザ・パワーは優秀とは言い難い。

これは戦士としてでは無くて、統治者として、の話だ。

周囲と政治的な折衝をほとんどしなかったし。

単純に政治的な能力も低い。

単にオリジンズが管理しているDBに記録されている技術を市民に供与しているだけの事であって。

決して本人の手腕が優れていたわけでは無い。

そんな中、グイパーラがどれだけ腐心して、シンパをまとめて、ザ・パワーがかろうじてオリジンズのトップでいられるように尽力したか。

だが、ザ・パワーも流石に幼児ではない。

最近は、気づき始めた。

だから。此方としても。

動きを早める必要があるのだ。

少し前の事だが。

バラマイタの屋敷に侵入者が有り。バラマイタが楽しみにしていた「肉」がさらわれた。というか、事情を知った奴が、救助したとみるべきだろう。

ザ・アイの屋敷もだ。

此方の侵入者はミフネが斬ったが。

斬った相手は、すぐに赤い肉片とかして、穴に吸い込まれるように消えていったのだという。

殺せていないとみるべきだ。

そうミフネは言っていた。

まあどうでもいい。

グイパーラにしてみれば。

自分をザ・パワーが疑い始めていて。

それによって、あのお方の存在がばれることの方が厳しい。アンデッドの処分も、あのお方のさじ加減だ。

というよりもだ。

アンデッドがあれだけ暗躍できたのも。

その組織が、アンデッドが捉えられた後も、こうもヴィラン討伐部隊の追求をかわし続けられているのも。

おかしいと、普通なら気付く。

ザ・パワーはかなり覚えが悪いイヌ並みの頭だが。

それでもどうにか気付いた。

だから、今。

グイパーラは、円卓のある部屋を出ると。他のオリジンズが誰も知らない、個室へ急ぐのである。

その個室は。

オリジンズ本部があるビルの、貨物搬送用エレベーターで、特殊な操作をすることで移動出来る。

この操作はまず普通には達成できない。

その上、他に誰もいないときでないと、エレベーターは個室へはいかない。

エレベーターに入る前後、偽装工作もしてある。

気付かれる恐れは無い。

グイパーラは嘆息すると。

エレベーター内で、作業をして。

個室へと移動した。

其処は、長い通路の先にある小さな部屋。

初代オリジンズの時代から存在したのだけれど。その頃から、知っているものはごく一握り。

ザ・ヒーローを一とするごくわずかな存在だけが。

この個室を知っていて。

その中に、あのプライムフリーズは含まれていない。

ザ・ヒーローはプライムフリーズに後事を託したが。

その全てを話したわけでは無かった。

というよりも。

ザ・ヒーローは。

死の寸前には。

既にこの世界を見限っていた。

ひょっとしたら、プライムフリーズが、どうにかしてくれるかも知れないと、期待していた節はある。

だが、実際には悟っていたのだろう。プライムフリーズの手腕では、愚かしい連中を抑えきれず。

地上は地獄になると。

そして実際。

彼の予想通り、地上は地獄になり。

その時に備えて、情報を託されていたわずかなヒーローが。後継者を選びながら、この時を待っていた。

そのネットワークは広く深い。

ライトマンが失脚したとき。

既に闇は動き出していた。

というよりも。

ライトマンは気付いていなかった。

自分さえ、掌の上で踊っている存在に、過ぎなかったことを。

小さな部屋の中で、端末を起動。

端末と言っても、その中身には、オリジンズ所有のDBの主要部分が全て入っている。これは、ザ・ヒーローが。後進の馬鹿共が、自分たちの権力のためだけに、DBを書き換えて。

ザ・ヒーローの神格化や。

自分たちの権力の正当性を示そうとするだろうと、予想していたためだ。

勿論条約の内容もここに入っている。

しかし、ザ・パワーに見せるには早いだろう。

もう少し、動いて貰わないといけない。

アクセス完了。

古い時代のSNSと似たような仕組みは、殆ど絶滅した。ごく限られた地域内で、ヒーロー同士がやりとりする場合のみ用いられることがまれにあるくらいだ。

これは、それらのエセSNSとは違う。

古き時代。

宇宙人の大艦隊が来る前。

世界で実際に使用されていたSNSを丸ごと利用し。

今、隠れているグイパーラの真の主君と、通信するものだ。ちなみに通信は電波を使わず。

此処から直接地下に引いている光ファイバーを用いている。

似たような仕組みは存在しない。

地下に隠れている存在は。

それだけ用心深いのだ。

ちなみにこの部屋が暴かれたとしても。

あのお方の居場所は、絶対に見つかることがないだろう。

それこそ、能力の対消滅でも使わない限り。

あの対能力能力は、突破出来ない。

一度だけヴィラン討伐部隊が辿り着きかけて、ひやりとしたが。まあ、その時はしっかり逃げおおせた。

グイパーラとしても。

今は、心配していない。

ヴィラン討伐部隊は彼方此方を血眼になって探しているが。

現状、砂漠でコンタクトレンズを探すようなものだからだ。

「グイパーラか」

「は。 此処に」

「予定通りに事は進んでいるようだな」

「はい。 ザ・パワーは想定内の独走を開始しました。 コレに反発した何名かが、反乱を企画。 鎮圧される流れとなっております」

無言のままの相手。

一瞬だけひやりとするけれど。

すぐに膨大な文字が流れてきた。

一瞬でこれだけの文章を用意して、うち込んできたのか。

キーボードを使っているとしたら凄まじい。

まあおおかた、思考を直接文章化しているのだろうけれど。

「反乱加担者は例の三人か」

「はい。 ザ・アイ、ウォッチ、バラマイタです。 この三人が、「良識派」ヒーローの後押しで、という形になります」

「笑止な話だ」

「誠に……」

良識派というのは。

いうまでもなく、この世界の法と常識をわきまえたヒーロー達、という意味だ。つまり市民を貨幣と考え、サイドキックを奴隷とし。0.1パーセントの人間だけが人権を有し、他の人間は皆ゴミクズ同然に殺しても良いし、殺しても法で裁かれることは一切ない。無制限の特権がヒーローだけに与えられ。進化した人類であるヒーローは。あらゆる全てを自由にする権利を、生まれながらに有している。

こんな思考回路を持った連中が、良識派を自称するのだ。

この世界がどれだけ腐っているかは。

別にザ・パワーが声高に主張しなくても、わかりきっている。

今、オリジンズは、個別に各地を廻って、ヒーロー達にザ・パワーの書状を届けているが。

それが上手く行っているとは言いがたい。

反発を買っているだけだ。

「アンデッドの麾下組織はどうなっていますか」

「力を蓄えながら、内紛のタイミングを待っている」

「ふむ、理想的な状況ですね」

「お前もしっかり備えておけ」

頭を下げる。

通信が切れた。

嘆息すると、念入りに通信のログを消す。グイパーラは自分自身が盆暗である事を良く知っている。

盆暗であるからこそ。

細かいところでミスをしないように、こういう所で丹念な作業を心がける。

それでいいのだ。

円卓に戻る。

丁度、ザ・パワーが戻ってくるタイミングだ。

ザ・パワーは、浮かない顔をしていた。

何かあったのか。

円卓でザ・パワーを出迎えたグイパーラは、何も知らない風を装ってみせる。実際問題、ザ・パワーの全ての情報を、グイパーラが押さえている訳では無いし。最近はザ・パワーも、グイパーラを疑って、情報を全開示はしない。

この辺り、駆け引きはますます今後激しくなっていくだろう。

「如何なさいました」

「うむ。 他のオリジンズは」

「皆、戻っていません」

「そうか」

そろそろ、クラーフからの連絡の時間だ。

通信装置を円卓に乗せ。

通信が来るのを待つ。

丁度八時半。

連絡が来た。

クラーフは、いつものように状況確認。

そこで、ザ・パワーは。

思わずグイパーラが腰を浮かせかける事を言った。

「オリジンズのメンバーを入れ替える」

「改革に遅れが出るのではないのかな」

「いや、今のメンバーでは、改革さえ不可能だろう。 この機に、オリジンズを大幅に入れ替える事で、一気に改革を進める一助とする」

「……此方としては、様子を窺わせて貰うだけだ」

幾つか、定時連絡を済ませる。

クラーフは、DBの復旧はまだかと聞き。

ザ・パワーは、現在89%だと応えた。

もう少しで、条約が復旧出来そうだとも。

グイパーラが復旧を裏で急がせているのだから当然だ。多分、理想的なタイミングで、ザ・パワーは条約の内容を知るはず。

問題は、その後だ。

グイパーラが見たところ、ザ・パワーは錯乱する。

それは当然だろう。

条約の内容が、あまりにも現在の状況を予言しているからだ。

そして、人類に希望を持っていた、ザ・ヒーローを裏切るものであり。

影で動いてきたグイパーラ達の存在が、肯定されるものでもあるからだ。

この星には。

未来は無い。

自業自得の結末が。

間もなく訪れようとしている。

もしも、銀河連邦が、危険種族として、地球人類を滅ぼすつもりだったら、もっと違う手を採っただろう。

だけれども。

彼らは、地球人類よりも、遙かに理性的な種族だった。

だからそれを利用する。

ザ・ヒーローが立てた計画は。

こんな時代にまで。

その根を張っているのだ。

「次の日には、条約の回復が為されていることを期待している」

「……」

通信が切れた。

クラーフも苛立っているようだが。

ザ・パワーは嘘をついていない。実際、DBの修復班は、三交代で必死に作業を進めている。

その作業速度は凄まじく。

愚かな後進のヒーロー達が好き勝手に書き換えたDBが。

もう殆ど元に戻っているほどだ。

もっとも、それは茶番。

主要部分のコピーを、グイパーラが握っていると知ったら、ザ・パワーはどんな顔をするだろうか。

「先ほどの言葉、本当ですか」

「本当だ。 バラマイタとザ・アイは近々処分する。 ライトマンと同様に、収監する事になるだろう。 その前に、ウォッチを消す事になるだろうな。 こっちは収監さえしないで処刑する。 罪状はいくらでもある」

「代わりの人員は」

「プライムフリーズに復帰して貰う」

そうかそうか。

そのための強攻策か。

確かに元のメンバーがいたのでは、プライムフリーズ復帰は不可能だ。ザ・パワーのシンパであるグイパーラと。ザ・パワー派に鞍替えしたスネークアーム。何よりザ・パワー。この三人での決議により、オリジンズを一気に改革できる。

後は適当なザ・パワー派のヒーローをオリジンズに迎えれば良い。

弟子に欲しいと言っていたミラーミラーや。

或いは前から口にしていたテンペスト。

ミフネも候補の一人だろう。

おかしな話だ。

これでザ・パワー派で、オリジンズが埋まるとでも思っているのだろうか。

その内何人が、紐付きだか。

ザ・パワーは想像も出来ないだろう。

「戦いになる可能性がある。 バラマイタは手強い。 ウォッチはさほどでもないが、ザ・アイも相当に面倒な能力を使うだろう。 備えておいてくれ」

「分かりました」

少なくとも、ザ・パワーは本気だ。

本気で逆クーデターを起こすつもりだ。

ふんと鼻を鳴らすと。

大体予想通りに事が動いているが、微調整が必要だなと内心では思った。勿論、表には出さない。

表では、気弱で無策で、無能な。

ただの、ザ・パワーのシンパを演じているだけだった。

 

1、逃走

 

上手く行った。

ミフネは首を躊躇無く刎ねたけれど。

その瞬間、私は。

異形化を行った。

正確には、既にミフネと問答している間に、異形化は進め。重要臓器は、下半身に集中させていたのだ。

正中線を割られていたら、どうなったか分からないけれど。

首を刎ねるだろうと思っていたら。

本当にそうしてくれた。

後は。異形化して。

さっと逃げ込むだけで良かった。

切り離された部分も。

即座に異形化。

他のパーツと合流して、地下下水道に逃げ込み。更に追ってくるミフネの斬撃で何カ所かを切り裂かれながらも。

必死に汚水の川を下った。

ダメージチェック。

ひどい。

異形化した状態だと、生半可な攻撃は、普通受け付けない。

だが、今は違う。

内臓に来ている訳でも無いのに。

異様なダメージが、全身をむしばんでいる。

恐らくミフネは。

斬った相手に、しばらく回復不能なダメージを与える斬撃を放つことができるのだ。それがミフネの卓越した剣腕と合わさっているのである。破壊力は言語を絶する。そしてそれは。

異形化しても、消しきれるものではない。

普段と違う。

ふわふわというか。

何というか、異常な感覚に包まれながら、必死に逃げる。

分かっている。

虎の尾どころか、ドラゴンの尾を踏んでしまったことくらいは。ミフネがわざわざ来たのが良い証拠。

クリムゾンに戻るべきか。

いや、下手をすると。

クリムゾンさえ、敵に回るかも知れない。

どれだけ逃げ回っただろう。

何処かも分からない地下空間に、私はいた。

どうにか体のパーツは集まっている。一度完全に集結させて、異形化を解除。その瞬間、全身を鈍痛が蹂躙した。

元に戻った瞬間、首が落ちるようなことは無かったけれど。

その代わり、全身から血が噴き出す。

痛い。

痛みには慣れていたはずなのに。

耐えがたいとさえ思った。

ダメージチェックをしていく。

内臓、ダメージ有り。

幾つかの内臓が、恐らく出血している。

普通異形化した状態では、内臓もなにもなくなるし、こんな風にはならないのだけれど。それだけミフネの一撃がおかしかったのだ。

首は大丈夫だ。

触ってみたけれど、なんとかついている。

重要臓器を下半身に集めていなければ。

首を刎ねられた瞬間に、死んでいただろうけれど。

どうにか間に合った。

だから私は此処で、呼吸を整えながら、状況を窺っているのだが。

びくりと身を震わせる。

側を鼠が通っていったのだ。

それだけのことで。

普段出来るだけ飄々とした態度を崩さず、何もかもを馬鹿にした言動さえとるようにしている私が。

恐怖に竦んでしまっていた。

何だ。

ミフネの気当たりをまともに浴びたからか。

それとも、死をこれ以上ないほど身近に感じたからか。

まあ、両方だろう。

同時にどちらも浴びてしまったから。

私の精神には、多大なダメージが残ってしまったのだ。

それくらいは、細かく分析せずにも分かる。

しばし膝を抱えて、回復を待つ。

これでも戦闘タイプヒーロー並みの回復力はある。二三日静かにしていれば、動くのに支障は無くなるだろう。

だが、問題はそこじゃない。

ミフネとの遭遇。

その後の一閃。

それが、明らかに。

体に恐怖となって、刻み込まれてしまっている。

潜入任務に響くのは確実だ。

今までは、すらすらこなせただろう潜入任務も。

きっとこれでは。

恐怖に竦んで、効率が落ちてしまう。

そうなると、所詮色物の私の、戦略的価値はぐっと落ちる。精々クリムゾンの護衛役として残るくらいしかできなくなる。

それは、いやだ。

ただでさえ、過酷な運命と闘っているのだ。

あのヒーロー養成学校を逃げ出した時。ヒーローも殺した。

逃げる場所なんて、もうない。

テンペストのように、悪党を選んで再起不能にしているのでは無い。

クリムゾンはもっと泥臭い組織で。

雲雀だって、それに荷担してきたのだ。

もしも、この後、事が推移していくと。

雲雀には、更に難度が高い潜入任務が課せられるだろう。

その時、耐え抜けるのか。

頭を抱える。

強烈な恐怖が、頭の中でフラッシュバックしている。

呼吸を必死に整えるけれど。

これはひょっとして。

PTSDを煩ったかも知れない。

 

体は治った。

周囲を探って、此処が何処かを確認。地下下水道の一部にあるメンテナンススペースだと言う事がわかった。

アジトに移動し。

其処に残っていたコートを羽織り、レーションを口に。

まずいけれど。

もう粗食にはなれた。

そもそも家畜の肉だの卵だの何て、ヒーローにしか食べる事が許されない世界だ。植物関係だって同じ事。

それに、もたもた食事をしている暇も無い。

掴んだ機密情報を。

どうあっても、プライムフリーズに届けなければならない。

そうしなければ。

此処まで必死に逃げてきた意味がないのだ。

異形化すると、コートを取り込み。

出来るだけ気配を消しながら、下水道を移動する。

もう少し。

もう少しだ。

自分に言い聞かせながら、這いずる。鼠やゴキブリでさえ、此方には気付いていない。それだけ気配を消すのはうまくなった。

戦闘力だって上がっているはずだ。

だが、中堅所の戦闘タイプヒーローと。

ミフネのような規格外では。

天地の差がある事を、改めて思い知らされてしまった。

情けない話だが。

今はどんな手を保っていても、ミフネとは戦いたくないし。戦ったところで、精神的に押されて、負ける未来しか見えない。

何日も進み続ける。

そして、気がついたときには。

テンペストが、見下ろしていた。

「雲雀。 どうしたんだ、そんな滅茶苦茶になって」

「……」

「異形化解除しろ。 そのままだと、人間の形に戻れなくなるぞ」

言われて、戻ろうとして。気付く。

全身に、再び激痛が走った。

必死すぎて、気付いていなかった。

とっくの昔に、活動限界時間を超えてしまっていたのだ。

ひどいダメージを受けながらも、体を再構成。どうにか人間に戻るけれど。気がつかないうちに、コートは消化して吸収してしまっていた。

テンペストが、新しいコートを掛けてくれるけれど。

彼女は眉をひそめていた。

「ザ・アイが本命だったのか」

「……」

首を横にふる。

事はそんな単純な話じゃない。

状況証拠だけだけれど。

私が見てしまった書類は。

それだけとんでも無い代物だったのだ。

「歩けるか」

「……厳しい」

「肩を貸す」

そのまま、テンペストに肩を借りて、歩く。クリムゾン本拠は、少しずつ復旧しているらしいけれど。

やはり幹部やベテランを根こそぎやられたのは大きい。

流石にプライムフリーズは、もう傷を治したようだ。そして、彼女は。私を一目見るなり、言う。

「ミフネにやられたな」

「どうして分かるんですか?」

「そのダメージ、わしが受けたものと同じだからだ。 ミフネの一撃を受けると、全身が内側からのダメージと耐えがたい苦痛、同時にPTSDが発動する。 ミフネは相手を殺すつもりで戦っても強い。 だけれども、相手を無力化することに関しても、超一流なのだ」

「恐ろしい奴だな」

プライムフリーズの言葉に、テンペストが素直に返す。

石塚も来た。

ベッドがあると言うので、横にならせて貰う。医師の診察を受けると、芳しくないと言われた。

「しばらくは戦闘も任務も控えてください」

「それほどダメージがひどいと」

「ええ。 下手をすると、再起不能になりますよ」

側で聞いていたテンペストが眉を跳ね上げる。

それだけ、ミフネの脅威度が高いと理解したのだろう。

しかも、彼奴は。

フードの影も呼んで貰う。

そして、皆が一通り揃ったところで。

私は話す。

「ザ・アイの屋敷の地下で、ある書類を見ました」

「書類?」

「はい。 紙媒体のものです」

「それで?」

その内容は。

一種の連絡網だった。

当人でしか知り得ない情報がふんだんに書き込まれ。ある存在へと、情報が収束するようにされている。

ザ・アイやバラマイタも、下部人員の一人に過ぎない。

そのほかにもウォッチやマンイーターレッドなどの、オリジンズのメンバーが、合計五人も所属していた。

オリジンズだけでは無い。

アンデッドの麾下組織への連絡網。

そればかりか。

ヴィラン討伐部隊にまで。

その連絡網は及んでいた。

流石に、最終連絡先は、名を書かれていなかったけれど。

コレではっきりしたことがある。

「黒幕の存在、だな。 ライトマンなど比較にもならない大鼠が、この世界の地下で動き回っていやがると」

「鼠じゃないよ」

「じゃなんだ」

「強いていうなら、魔王」

私は、それ以外の適切な言葉が見つからない。

勿論本当に魔族だとか。

魔界から来た存在とか。

そういうことはあり得ない。

比喩としては。

それ以上のものが見つからない、という事だ。

「いい、今力を持っている組織の全てに、問答無用で屈服させられるだけのコネを持つ相手だよ。 今までオリジンズの動きが鈍かったのも、ヴィラン討伐部隊が敵を見つけられなかったのも、何よりアンデッドとその麾下が都合良く動き回れたのも」

「黒幕の存在があったから、か」

「そう。 誰かが糸を引いていなければ、こんなに何もかも上手く行くはずが無い」

私は、声を震わせる。

怖い。

今でも。

あのミフネが、問答無用で従う相手だ。実力で言えば、確実にオリジン級の戦闘力を持つミフネが、である。

そして私には。

何となくその正体が分かっている。

そもそも、だ。

近年の私のハイド技術は、相当なものになっている。ザ・パワーはハイドを見抜いたが。もし他に出来る奴がいるとすると。

それと同格か、それ以上。

つまり、見抜いて、ミフネを差し向けた奴がいると言う事だ。

当然、それはザ・パワーでは無い。

つまりこの世界には。

ザ・パワー以上の実力者がいる。

そしてそいつは。

恐らくは、銀河連邦による、地球の植民地支配を狙っている。理由は分からない。ただ、今までの動きが全て符合した今。

そう結論せざるを得ない。

表からも裏からも。

奴、敢えて呼称するそいつは。

その目的のために。

暗躍してきた、という事だ。

「なんということだ」

石塚が呻く。

老け込んだ彼の顔は。

更に老け込んだかのように、陰影を濃くしていた。

プライムフリーズが咳払いする。

「それほどの奴がいるとして。 この世界が混沌に包まれたままというのも妙な話だな……」

「どうしてですか、プライムフリーズ」

「圧倒的な力で君臨し、世界を我が物にすれば良いのではないのか。 実際オリジンズも対抗馬であるアンデッドの組織も支配しているのだとなれば、それくらい容易いだろうにな」

「……」

私は、考え込む。

もしも、奴の狙いは。

そも、それだとしたら。

つまり、この狂った世界は。

自浄作用が一切働かなかった、ヒーローと称する悪魔達の支配する世界は。ひょっとすると。

いや、そこまでは考えすぎか。

だが、或いは。

世界が腐っていくのを。

放置していた可能性は、否定出来ない。

人類に自浄作用なんて存在しない。

どんな大帝国だって、腐敗の末に崩壊していくのが、地球人の歴史だ。それはもう、何千年も同じ事が繰り返されている。

雲雀でさえ知る事である。

途中、名君が出て、立て直すことによって、延命した国だって存在している。

だけれども、それはあくまで例外。

安定していても。

人間の組織は、驚くほどの速度で腐っていくのだ。

「それで、だ」

テンペストが言う。

彼女は、怒りに目を燃やしていた。

余程頭に来ているらしい。

まあ、彼女の性格から考えれば、無理からぬ事だろう。

「誰だ、そのゲス野郎は」

「多分あんたが良く知っている……」

咳き込んだ。

血を吐いている。

やはり体が安定していない。

一旦話は中断。

私はベッドに横たえられると、点滴を打たれた。そして無理矢理睡眠薬をぶち込まれて、眠ることになった。

限界と判断されたのだ。

 

夢うつつの中。

思い出すのは、ただひたすら恐ろしかった日々のこと。

サイドキック養成校は地獄だった。

とにかく、ヒーローに気に入られなければ、そのまま身ぐるみ剥がされて、放逐されてしまう。

そうなると、もはや市民の中で、物乞いして生きられれば良い方。

だいたいの場合は。

機密保持の美名の下に、殺されてしまう。

そうやって殺された仲間を何人も何人も見てきた。

ヒーローにとって市民は生きた貨幣。

サイドキックに昇格させてやるのも、慈悲。

何が慈悲か。

奴隷同然に扱い、使い捨てにするくせに。

選ぶのだって、合理的な理由なんて一切ない。

見て気に入ったか。

「直感」がすべてのくせに。

私だって知っていた。

何より私は、幼い頃は相応に可愛かったらしいのだけれど。

年を取ると、冷めた目つきとひょろ長い体が原因で、可愛くなくなっていくのを、自分でも悟っていた。

可愛くないと言うよりも。

いうならば、かわいげがない、と言うべきだろうか。

馬鹿にしているような目だと、実際にサイドキック養成校の教官に何度も言われた。次に言われたら殺されるな。

それを私は悟っていたけれど。

顔なんてどうすれば良いのか。

そこに、フードの影が接近してきて。

あの注射を打った。

そして、力の使い方を教えてくれた。

あの事件の事は。

今でも夢に見る。

そう、今のように。

夢だと分かっていても。

人生の岐路に立ったときは。

どうしても見てしまう。

それだけ強烈な体験だった、という事だ。生きるか死ぬかの瀬戸際で、始めて自分が選択したから、かも知れない。

目が覚める。

少しからだが軽くなっているけれど。

傷口は塞がりきっていない。

テンペストは、拠点内にいない様子だ。

何処かに、悪徳ヒーローをぶっ潰しに行っているのだろうか。

それとも。

テンペストが、丁度病室に来る。

「ザ・パワーに会ってきた」

「それで」

「とりあえず、バラマイタはわたしは白だと思ったんだがな。 雲雀、あんたの話を聞く限り、そもそもオリジンズの殆どのメンバーが掌握されているとみるべきなんだろうな」

「伝えたんだね」

そうだと、テンペストは応える。

表情は暗い。

それはそうだろう。

今まで見えていた敵の一部なんて、それこそ触手の一端に過ぎなかったのだから。これから戦う事になる相手は。

恐らくは。

世界そのもの。

この世の闇ではない。

この世界がはぐくんできた、邪悪そのものだ。

でも、それは本当に、そうなのだろうか。

自浄作用が働いていない今のヒーロー達だ。政治闘争をする頭はあっても。自分のエゴになにより忠実な連中だ。

そんな奴らが。

此処まで緻密な地下組織を、作り上げる事が出来るだろうか。

しかも、表の組織も、半ば以上に、というかほぼ完璧に掌握していると見て良い。

そんな事が出来る奴は。

プライムフリーズが部屋に入ってくる。

そっちはどうやら全快した様子だ。

良かったと想ったが。

時計を見て愕然。

四日も経過していた。

「オリジンズに動きがあった」

「! 何が起きたんですか」

「DBが復旧した様子だ。 条約についても、ザ・パワーは知っただろうな。 そして絶望しただろう」

まあ、そうだろう。

私もテンペストも、内容を聞いたとき、愕然とする以外の行動が出来なかった条約だ。その内容の苛烈さたるや。

恐らく、今のヒーロー達に、遵守は無理。

というよりも。

今の状況を、予言していたとしか思えないものだ。

「それでどうなりました」

「ザ・パワーはオリジンズを結集して、さっそく条約について説明。 他のヒーロー達の理解を求めるべく、情報を拡散し始めたが。 案の定、大反発を買っている」

「当然だろうな……」

テンペストが呻く。

ちなみに彼女は、この条約には大賛成派らしいのだけれど。

それがこの世界で受け入れられないことも。

故によく分かっているようだった。

ちなみに私は。

最初から無理のある条約だったとしか思っていない。

ザ・ヒーローは偉大な男だったが。

人間なんかに夢を見たのはまずかったなと、ぼやくばかりである。

「オリジンズの反応は」

「雲雀が持ち帰った情報通り、恐らく裏側で全てコントロールされているとみるべきだろうな。 驚くほど静かだ。 というよりも恐らくは、今回の条約復旧のタイミングも、コントロールされていたとみるべきだろう」

「最悪だな……」

テンペストは、大きく嘆息した。

更に敵は。

最悪のヴィラン組織も手中に収めている。

このままだと、この世界は。

灰燼に帰す事になる。

銀河連邦も、ヒーロー同士が殺し合いをはじめた場合、今度こそ黙っていないだろう。前回とは比較にならない鎮圧部隊を直接地上に送り込んできて、完全な支配体制を作るはず。

そして地球人がしっかり条約を履行できるようになるまで。

機械化された統治部隊を、駐屯させ続ける事だろう。

それは植民地支配と同じだけれど。

プライムフリーズは、ヒーローを皆殺しにすることで、それを避けようとした。

だが、ヒーロー達は。

そんなこと、受け入れるわけもない。

私に立てるかと、プライムフリーズが言う。首を横に振ると、石塚とフードの影。残る幹部が、此処に呼ばれた。

「動きを決めるべきだな。 このままだと、大多数のヒーロー達が結託して、大反乱を起こすことは避けられない」

「なんと愚かな。 勝てるわけがないと言うのに」

「自由をと言う名目で、自身の権利を守るため、だろう。 前も勝てたのだから、今度も勝てるとでも思っているだろうよ」

「愚かすぎる」

プライムフリーズの言葉に。

ジャスミンという女戦士が、べそを掻きそうな表情で言った。

パーカッションはべそを掻きっぱなし。

皆が殺気立っているのが、怖くて仕方が無いのだろう。

意外に心優しいテンペストは。

気を利かせて、パーカッションの肩に手を置いて。無言でそのままでいる。パーカッションも、力強いテンペストの手に、少し安心したのか。自分で泣き止んだ。

「雲雀が持ち帰ったデータに関しても、本当に偶然見つけられたのか疑問だと、わしは思っている」

「どういうことですか、プライムフリーズ」

「もはや隠す必要もなくなった、ということかも知れん」

「……あんた、ひょっとして黒幕の正体に見当がついているんじゃ無いのか」

鋭いテンペストの指摘。

私も、実はついているけれど。

面倒だから、口にしない。

プライムフリーズは、首を横に振った。

「見当はついているが、まだ証拠がない。 せめて肉薄して、確認したいが」

「無理だろう。 ヴィラン討伐部隊は、一応真面目にアンデッドの地下組織を探していたはずだ。 途中散々邪魔は受けながら、だろうが。 それでも見つからなかったという事は、よほど強力な能力者による支援がある、という事だ」

テンペストの言葉は正論だ。

外から伝令が飛び込んでくる。

案の場だ。

ヒーロー達が、オリジンズに対して非難声明を出しているという。

「残虐な侵略者達が、自分勝手な条約を押しつけようとしている! 我等は権利を守るために、戦わなければならない! それを主導するのは、貴方たちオリジンズの筈だ! 使命を果たして欲しい!」

喚いているのは、若いヒーローだ。

言葉だけなら立派だが。此処で言う権利というのは、彼ら戦闘タイプヒーローにのみ認められた、無制限の特権である。

市民を好き勝手に殺戮する権利。

そんなもの。

権利とは呼ばない。

醜悪なエゴだ。

そして条約が。

そのエゴを、実に見苦しい事に。二百年も前に、存在を実証してしまっていた。

私は呆れてものも言えない。

ザ・ヒーローは墓の下で嘆いているだろうか。

いや、恐らくは。

「これから大混乱になる」

「各地の過激派が、オリジンズに詰めかける、ですか」

「それもそうだが、恐らく勝手に宇宙人に攻撃を仕掛けようとする連中が出始めるはずだ」

もう、どうしようもないな。

私は、話を聞きながら、呆れて鼻を鳴らしていた。

 

2、現れる条約

 

オリジンズが保有しているDB。

その深部に眠っていて。

何重にも上書きされて隠蔽されていた、二百年前の和平条約の内容。

それは、あまりにも。

的確すぎるほどに、現在の状況とマッチしているものだった。

内容を聞いたとき。

ザ・パワーは唖然として。

開いた口が塞がらなくなったほどである。

宇宙人は知っていたとしか思えない。

同時に、幾つもの映像が発掘された。

土気色をしている顔で。ザ・パワーは、それらの映像を、順番に見ていく。

語りぐさになっている、宇宙人首領とオリジンズの決戦。

オリジンズは多段型ロケットに乗って、宇宙人首領が待つ敵戦艦に乗り込んだ、とされていたが。

実際にはそれは最小限度の武装しか持たない軽巡洋艦で。

乗り込めたのも、相手が迎え入れてくれたから。

その中での戦いも。

そも、儀式的なものにすぎなかった。

地上での損害に業を煮やした宇宙人側が。

それだけ話をしたいのなら、其方なりのやり方にあわせるから、代表者を出してこいと通達してきて。

それにザ・ヒーローが乗った、というのが真相だったのだ。

映像に全てが記録されていた。

確かにザ・ヒーローは立派に戦った。

誰にもそれは否定出来ないし、ザ・パワーがさせない。

だが、その後に。

結ばれた条約において。

ザ・ヒーローは致命的なミスをした。

人間を信用しすぎたのである。

条約は、映像の形で残っていた。

初代オリジンズのメンバーと、向かい合って立っているのは。二百年前、地球に来た宇宙人の代表。

戦闘用スーパーパワードスーツに乗った外交官。

初代オリジンズ全員と互角に戦うほどの戦闘力を見せたそのマシンは。

だが、泥仕合になると同時に、拳を降ろした。

そして、外交を提案。

ザ・ヒーローも戦闘を中止。

提案に乗った。

テーブルが用意され。

二人が席に着く。残りの初代オリジンズは、その背後で、全ての一部始終を見届けていた。

「そもそもの戦いの引き金を引いたのは君達だと言う事はわかっているな、ザ・ヒーロー」

「その通りだ。 だからこそに、その事については謝罪したい。 だが、君達も充分に地球を痛めつけたはずだ。 世界の人口は激減し、もはや人類は宇宙に飛び立つこともかなわない。 君達から奪った技術も、軍事転用は不可能になった」

「その通り。 そもそれが目的だった」

「どういうことだ」

星の海を視線で指す、宇宙人の代表。

目が四つ。

地球人より二回り小柄で。

パワードスーツが無ければ、地球人のヒーロー達と戦えそうにもない。

「銀河連邦政府と、支配下にある百を超える銀河には、万を超える知的生命体の文明が存在している。 その全てが戦闘力に優れている訳でも、狡猾なわけでもない。 だが、かれらに価値が無いと思うかね」

「そのような事はないはずだ」

「その通りだ。 事実、二千万年前に、この宇宙で空間相転移現象が発生し掛けた事がある」

空間相転移現象。

要するに、宇宙が一度消し飛ぶところだったという。

それを止めたのは。

銀河連邦に所属する、戦闘力も低く、狡猾でもない、どちらかと言えば物静かで平和的な種族が偶然造り出した技術だったという。

また、銀河連邦では地球のSFに登場するダイソン球を作り上げて、効率よく無人恒星系でエネルギーを収集しているが。

これについても、同じように、戦闘力にも競争力にも長けていない知的生命体が作り上げたそうである。

膨大な宇宙艦隊を造り出す物資についても。

ブラックホールや白色矮星を解体して、通常の物質に戻す技術が使われているという。これらも、それら戦闘力にも競争力にも長けていない知的生命体が造り出したものなのだそうだ。

戦闘力と競争力だけでは。

宇宙は廻らない。

弱いからと言って。

宇宙は救えないわけでは無い。

事実、弱い知的生命体が造り出した技術が。二千万年前に滅んだかも知れないこの宇宙を、救ったのだ。

例えどれだけ戦闘的で凶猛な種族でも。

空間相転移した宇宙の前には、どうにもならず滅びる運命しかなかっただろう。

「知的生命体は獣では無い。 だが、君達は、獣の論理で、世界を動かしてきた種族だ」

「……否定は出来ないな」

「弱肉強食の理屈で、列強と呼ばれる国々が、弱国を踏みにじりながら、好き勝手に振り回してきたのが地球の文明だろう。 それを宇宙空間に持ち出された場合、たった数百年で、数十を超える星系が侵略され、幾つもの文明が無惨に略奪しつくされ、食糧にされるか、奴隷化されると予測が出ている」

それを覆すため。

宇宙に出る事が可能になった地球に、平和の使者を送り。

まずは獣の理論で動いている地球人に対して、自分より戦闘力や競争力で劣る文明と融和すること。

そして、融和する技術の提供を、持ちかけたのだ。

だが、それは鼻で笑われるどころか。

非武装の平和の使者は惨殺され。

解剖され。

技術は、戦争に利用される事となった。

「我等は、君達の文明を、超級の危険文明と判断せざるを得なくなった。 我々の降伏勧告にも、平和の使者の遺骸返還にも、強奪した技術の返還要請にも、君達には応じなかった。 だから、君達から一旦宇宙に出る技術を奪うほかなくなった」

「それが、この戦いの……」

「そう、真相だ」

守る価値が、この文明にあったかね。

そう宇宙人は言う。

ザ・ヒーローは応える。

あった。

少なくとも私には。

愛する妻のためにも、戦わなければならなかった。

そう答える声には、ヒーローとしての魂が、確かにあった。

ザ・パワーも。

この映像を見て感動したが。

だが、封印されていたのも納得できた。

今の時代では、ヒーローは進化した存在で有り、市民などと言うのは劣等存在とされている。

初代オリジンズの偉大なる英雄が。

市民である妻のために戦ったなどと言う台詞は、後世に残しておけないと、DBを改ざんした連中は判断したのだろう。

救いがたいゲス。

どうしようもない奴らだ。

「条約を結びたい」

宇宙人が提案すると。

立体映像が浮かび上がる。

それには、このように書かれていた。

ひとつ。これより地球人類は、明かな弱者との共存共栄を行えるように、精神文明を発達させるべし。

ふたつ。ひとつめの条件を満たすまで、地球人類は宇宙への進出を控えるべし。

みっつ。特定周波のエマージェンシーコールを残す。これが発せられた場合、地球人類は条約履行を放棄したと判断。銀河連邦政府は、一個艦隊を派遣する。そして、再び宇宙への進出を試みるようなら、今度は偵察部隊では無く戦闘部隊を投入して、地球を一度制圧し、弱者との融和が出来るようになるまで教化する。

この三つだけである。

ザ・ヒーローに。

宇宙人の代表は問う。

「今、地球には、ヒーローを産み出す粒子が満ちている。 必然的に、圧倒的な能力を持つヒーローと、市民とで別れることになるだろう。 つまり一つ目の条件は、既に試されているという事だ」

「……」

「条約を結ぶか。 それとも、戦いを続けるか。 野獣同然の地球人類に、こんな条約は守れるはずもないと、私は思っているのだが」

「地球人は其処まで愚かでは無い」

ザ・ヒーローははっきり言い切る。

そして。

条約は。

結ばれた。

 

円卓で、ザ・ヒーローは、全てを他のオリジンズに見せた後。何度もため息をついた。

二百年前。

宇宙人が予想していたとおりの結末になった。

そしてこれが。

もし、銀河連邦政府が、地球に来ていなかったら。

宇宙規模で繰り広げられていたことは、想像に難くない。

同族に対してでさえ、今のヒーロー達がしている事を考えれば。何が起きるかなど、明白すぎるだろう。

馬鹿な若いヒーロー達が喚き散らしている。

映像はねつ造だ。

押しつけられた条約など、履行する意味も価値も無い。

我等は選ばれた種族だ。

弱き競争力もない種族など、奴隷化して、資源を略奪する権利も持っている。

それを防ごうとする銀河連邦などと言う組織は、悪の枢軸だ。

叩き潰して、滅ぼさなければならない。

そのためには戦うべきだ。

オリジンズが先頭に立って、戦いの音頭を取れ。それがヒーロー達の長であるものの使命だろう。

歯茎までむき出しにして吼えている若い戦闘タイプヒーローには、賛同者が多数ついているのが見えた。

オリジンズ本部の周囲には。

そのような思想に同意した戦闘タイプヒーロー達が、既に三百人以上集まっている。また、戦闘タイプでは無いヒーローもそれらに同意しているようだった。

「条約が復旧したことは、既にクラーフ外交官に告げてある」

オリジンズを見回して、ザ・パワーが言うと。

皆が黙りこくったまま頷く。

それはそうだろう。

条約その1をそもそも履行できない。

そしてこの状況。

偶然とも、とても思えなかった。

「誰かいるな。 この地球を、すぐれた銀河連邦政府の統治体制で管理するべきだと考えている者が」

「……」

返事は無い。

バラマイタもザ・アイも。ウォッチも。

グイパーラも。

スネークアームも。

マンイーターレッドも。

他のヒーロー達も、全員。

ザ・パワーにもようやく分かった。そして、その黒幕が、誰かも見当がついている。この場にいなくて。

しかし、誰もが知るもの。

勿論アンデッドなど枝葉に過ぎない。

恐らくは、これらの全員が。

一枚岩では無く。

それぞれつながれているのは糸。

糸によって相互に操られ。

気がついたときには、どうしようもないレベルで絡め取られてしまっている。

恐らくオリジンズだけでは無い。

外で騒いでいる馬鹿共も、自覚していないだけで。そうなっているはずだ。

そして、今までは。

自分も。

それに下手をすると、テンペストやクリムゾンも。

歯ぎしりしたくなる。

通信機が鳴る。

クラーフだった。

「状況を確認させて貰った。 どうやらDBの復旧が完了し、条約を再確認することが出来た様だな」

「その通りだ」

「やはり我等が危惧したとおりになった」

「……」

強き者が。

弱き者を尊重し。

慈しむ社会など、作れなかった。

人間は、身内に対しては同じ理屈を作れるが。他人に対しては、途端に獣の理論で接することをよしとする様になる。

それは、この歪みに歪んだヒーロー社会が。

全て真実だと告げていた。

「確かにその通りだ。 だが、エマージェンシーコールが発せられたのが不可解だ。 我等は宇宙に出ようとはしていない」

「同時に、精神文明を進歩させようともしていない」

冷然たる指摘が飛んでくる。

ザ・パワーは出来るだけ、丁寧に反論する。

「今回の一件は、もはや封印しない。 あの愚かな若いヒーロー達をどうにかするまで待って欲しい」

「信用できると思うか」

「君達が危惧しているのは、地球人が宇宙に出る事だ。 違うだろうか」

その通りだ。

クラーフの言葉には、嘘がない。

そもそも、条約を結んだ際。ザ・ヒーローと当時の宇宙人の外交官がやりあったように、である。

銀河連邦が懸念しているのは、宇宙に出た地球人類が。

他の知的生命体を蹂躙していくことだ。

だから、あからさまな能力格差を地球に造り出し。

これでやっていけないようなら、迷惑だから宇宙に出ない様に、と条約を結んでいった。そして無理に宇宙に出ようとするのなら、エマージェンシーコールを出す様にとも、念押しまでして行った。

「君達は、銀河連邦、いや強いていうならば、連邦の保護下で繁栄と文明の発達に寄与している、競争力の低い文明が地球人によって殺戮されるのを防ぐために、これだけ強硬な措置を執っているのであって、地球にいる間に地球人が文化をどのように発展させるかには興味が無いのではないか。 違うだろうか」

「その通りだ。 他の種族に露骨に迷惑を掛けるので無ければ、君達地球人がどのような文化を持とうと自由だ。 あくまで君達を宇宙に出すと起きる惨禍を防ぐために、今艦隊が出張ってきている」

「巫山戯るなー!」

外でぎゃーぎゃー声がする。

若いヒーロー達が、スピーカーまで使って叫んでいるのだ。

クラーフとのやりとりは、外にも公開している。

その内容が、若いヒーロー達には気に入らないのだろう。

「俺たちは進化した種族だ! 二千万年前に宇宙の滅亡を止めただか何だか知らないが、雑魚から搾取して何が悪い! 俺たちはこの宇宙を支配し、その富を独占するために生まれたんだよ!」

「出て行け宇宙人! 皆殺しにしてやる!」

「ザ・パワー。 そろそろ堪忍袋の緒が限界なのだが」

「今日の会談は此処までにしたい。 ただ一つ。 今、我々に、外宇宙に進出する予定はないし、その技術も存在しない」

クラーフは黙ったまま通信を切った。

黙りこくっているオリジンズを見回すと。

ザ・パワーは告げる。

「今からあの愚か者共に灸を据えてくる」

「お待ちください、ザ・パワー」

白々しく。

グイパーラが、不安そうな顔をする。

此奴も絡んでいたのだろう。

それについては、もはや疑惑が確信に変わってさえいた。だが、それでもザ・パワーは、敢えて口を引き結ぶ。

「ヴィラン討伐部隊も一度戻せ」

「まさか」

「あの馬鹿者どもに鉄槌を下しておく必要がある」

「いくら何でも無体では……」

何が無体か。

ついに精神に限界が来たザ・パワーは吼える。

他のオリジンズ達は。

此処まで激高したザ・パワーを見たのは初めてだったらしい。最強の能力者が、本気で怒りを解放したのだ。

それは、驚くだろう。

そうでなければ、神経が麻痺しているとも言える。

「あの馬鹿者どもを見ただろう。 自分を特別だと錯覚し、強者は搾取して良いと妄想を抱き、その結果この地球がどうなった。 インフラを市民から取り上げ、自分たちだけで富と文明を独占し。 結果人類は八億にまで減り、危険視されている地球人は、その残虐性を、結果として自ら証明してしまった! 古き時代の映画では、人類が未来を焼き尽くすことを危惧するものがたくさんあったと聞いている。 だが、まさか此処まで愚かだったとは、誰も思っていなかっただろうよ! 事実は映画などよりも、遙かに醜く、どうしようもなかった、ということだ!」

「落ち着いてください、ザ・パワー。 流石に貴方でも、三百人からなる戦闘タイプヒーローには、勝てません」

「お前達は加勢しないと判断して良いな」

「……」

バラマイタは鼻を鳴らした。

ザ・アイも黙っている。

此奴らは、それぞれ思惑あって、操られているとみて良い。黒幕が何者かは知らないけれど、それはそれだ。

今、外にいる連中の糸を引いている奴が狙っているのは。

世界規模の大反乱の勃発だ。

仮に三百人を全員叩き潰したとしても。

まだ七千七百人以上が残っている。

三百人でさえ、ザ・パワー単独でどうにか出来るとは思えない。

既にクラーフは、堪忍袋の緒が切れる寸前だとまで言っていた。あれは嘘でも何でもないだろう。

それはそうだ。

条約を結び。

人類はきっと他の種族と共存できる様になると、当時を代表するヒーローが告げて。鋭意努力するとまで言って。

平和の使者として地球に向かい、惨殺された者達の命が、無駄にならないと思って。

更に、絶対に宇宙に出してはならない危険種族だった地球人類が進歩の兆しを見せたと思って。

引いた銀河連邦なのである。

それがエマージェンシーコールを受けて戻って見れば。

前より遙かにひどい状態になり。

ザ・パワー以外の連中は、宇宙に出る気満々。

宇宙人共を皆殺しにしろとか叫んでいる声も、聞こえていただろう。

ザ・パワーだって怒る。

というよりも、あの状況で怒らなかったら、それはもはや神や仏の領域に達している存在だろう。

「グイパーラ。 後詰めだけでもしてほしい」

「……ザ・パワー。 彼らの説得を行いましょう」

「説得が出来る相手に見えるか」

「大変です!」

サイドキックの一人が飛び込んで来る。

周囲を包囲しているヒーローの一人が、喚いているという。

「ザ・パワーは勘違いをしている! 市民などと言う存在は、ゴミ以下のカスで有り、我等が資源を独占するのが当然であって、分けてやるべきなどでは無い! この正論を聞き遂げないのであれば、これより我等は、ザ・パワーをたぶらかした、ザ・パワー支配地区の市民を殺戮し、言葉の正しさを証明する!」

「これがヒーローを名乗る者の言う事か……! 傲慢なるいにしえの邪神でも、此処までの妄言はたれんだろうに……」

ふつりと。

ザ・パワーは何かがキレるのを感じた。

そして、もはや孤立無援のまま。

オリジンズ本部から出て。

空中に。

ぎゃあぎゃあ騒ぐヒーロー達の前に、姿を見せたのである。

「我等の言葉を聞く気になったか、ザ・パワー!」

「さっそく宇宙人共を皆殺しにするべく、戦いをはじ……」

長広舌を振るっている阿呆の顔面に。

ザ・パワーの本気の拳が炸裂。

阿呆は地平線の向こうにまで飛んでいった。

愕然とするヒーロー達に。

ザ・パワーは。

静かに。

極限まで怒りながら、一言ずつ、紡いでいった。

「お前達は、力あるものが支配するのは当然だと言いたいのだな。 それならば、地球を一瞬で破壊出来る銀河連邦政府の艦隊が地球を破壊するのにも、一切文句は無い筈ではないのか」

「巫山戯るな! 我等選ばれし存在にだけ、支配の権利が備わっているのは、当然の摂理だ! 醜い宇宙人共など、さっさと銀河の果てにでも消えれば良い!」

「その選ばれし存在というのが、既に妄想だと何故分からん! このヒーローの力は、宇宙人達が、弱者と地球人が共存できるかを試すために、敢えて地球に残していった力によって誕生したものなのだぞ!」

「嘘だ! そのような戯れ言、信じるものか!」

だめだ。

此奴らは、自分たちこそ絶対正義と信じてしまっている。

二百年。

たったの十世代。

それだけで、地球人類は。強き者と弱き者に別れた結果。此処まで愚かしい存在に墜ち果ててしまったのだ。

いにしえの神々は享楽的で傲慢だと、良く嘲弄のネタにされたが。

その神々でさえ。

今のヒーロー達を見たら、目を背けるのでは無いのか。

「弱腰だったら、オリジンズなんてやめちまえ!」

「初代オリジンズは、宇宙人を追い払ったぞ! あんな条約、適当にでっち上げたに決まってる!」

ぎゃあぎゃあ叫ぶ若いヒーロー達。

その中には、MHCも少なからずいた。

もはや、他に方法も無いか。

ザ・パワーは。

何年かぶりに。

己の力を、完全解放した。

黙りこくる阿呆ども。

ようやく気付いたのだろう。

自分たちが、龍の逆鱗を全力で殴ってしまったことに。

「良いだろう。 それほどまでに力が全てだというなら、私に示してみろ」

力そのもの。

その名を冠する能力。

世界に隔絶し。

オリジンズの頂点にさえ立つ実力。

それが、今。

愚言を並べ立てる阿呆どもの前に。抵抗し得ない圧倒的な暴力として、君臨した。

 

3、ラグナロクの始まり

 

無言のまま、テンペストは走る。

雲雀は戦える状態じゃない。

ヴィラン討伐部隊はどう動くか知れたものじゃない。

途中でミフネなりブラックサイズなりに出くわさないことを祈るしかない。

はっきり分かっているのは。

この状況。

見過ごすことはできない、という事だ。

ザ・パワーは三百人の馬鹿共とやり合い始めた。どう考えても、正しいのはザ・パワーだ。

だが、阿呆どもは違う。

特権意識に脳まで浸かった彼らは。

自分たちが選ばれた種族で、宇宙を支配するのが当然だと考えてしまっている。それは、いにしえの邪悪な神々とまるで変わらない思考回路。

愚劣の極みだ。

戦いの音が響きはじめた。

ヴィラン討伐部隊はどちらにつくのだろう。

いや、そもそもだ。

本当に、三百人程度で済むのか。

今、八千人ほどいる戦闘タイプヒーローは、どちらかといえばわたしが殴り倒してきた様な連中の方が「常識的」だった。

つまり、大半が。

市民を生きた貨幣以上のものとは考えていない。

呻きながら、襤褸を纏ったホームレス達が逃げてくる。

下水道の天井から、埃が落ちてきていた。

「ひいっ! 殺さないでおくれよ、サイドキックさん」

「逃げるのは彼方にしろ。 それとわたしはサイドキックじゃない」

「……」

ホームレス達は足弱で、見るからに走ることさえ出来そうにない。

唇を噛む。

たったの十世代で。

人間は、此処まで異常な存在になってしまった。

そして、その中で。

わたしや、ザ・パワーの方が異常とされている。原理主義者と呼ばれ、嘲弄さえされている。

わたしの師匠だってそうだった。

宇宙人は。

銀河連邦政府は、何しろ百の銀河を平穏に治め、万の種族の共存を実現していると言う。それでは、地球人よりも見る目があるのは当然なのかも知れない。

だけれども。

それでもわたしは、植民地支配されるのは嫌だし。

地球人として生きたいとも思う。

今のヒーロー達の様な化け物じゃ無くて。

血の通った人間として。

だからわたしは。

ヒーローじゃなくてもいい。

走る。

逃げてくる市民達。地上はもう、既に戦禍に包まれていると見て良い。時々ドカンと、凄い音がする。

強烈な気配が、地上にたくさんある。

ザ・パワーは圧倒的に強いにしても。

戦闘タイプヒーローは、核も効かない様な奴だって多い。

無敵とはいかないだろう。

頃合いを見て、地上に。

辺りは、既に。

焦土と化していた。

多数の戦闘タイプヒーローが、身動きできずに転がっている。

さすがはザ・パワー。

三百人を相手に、一歩も引いていない。

これは、わたしが行っても足手まといか。

地上を走る。

此方に気付いたヒーローが、叫びながら躍りかかってくるけれど。別に知らない奴だし、どうでもいい。

顔面が凹む拳を叩き込むと。

地面で情けない悲鳴を上げているそいつの腹を全力で踏みつけ、黙らせて次に。

あの程度では、戦闘タイプヒーローは死なない。

能力も失わないだろう。

弱い奴だったから瞬殺出来たが。

すぐに、状況が楽観視できるものではない事が、わたしにも見えてきた。

ザ・パワーの周囲に集ったヒーロー達が、あらゆる能力をザ・パワーに叩き込んでいる。ザ・パワーはそれらを片端から薙ぎ払いながら、一人ずつ叩き潰していく。だが、何しろ数が数。

それに、である。

ぬらりと、影の様に現れる男。

ミフネだ。

「ほう。 まさかザ・パワーに加勢するつもりか」

「貴様……アンデッドの側だったのか?」

「違う。 此方にも色々あるんでね。 まあ黒幕という存在はいるかも知れないし、いたとしたら、一点に全てがつながっているかも知れんがね」

それ以上、会話は必要ない。

拳を叩き込む。

しかし、一瞬ですり足を使って逃れたミフネは。わたしの胴を薙ぎに来る。

かわしにくい一撃。

だが、わたしは。

肘を撃ちおとして、ミフネの刀の勢いを殺しつつ、反動で身を浮かせ、一撃を避けきる。そして地面を蹴ると、真横に。

一瞬で構えを変えたミフネが。

唐竹に切りおとしてきていたからである。

更に、わたしに追撃の突きが来た。ミフネがすり足二度だけで、間合いを侵略。丹田を貫きに来る。

速い。

だけれども、見える。

脇腹をわずかに裂かれながらも。

わたしは、ミフネに裏拳を叩き込む。刀の腹で受けつつ、ずり下がるミフネ。

対峙は、刹那。

力量は既に把握できた。向こうも同じだろう。

このままだと、泥仕合になる。

「短時間で腕を上げたな」

「……」

速すぎる。

本当だったら、刀を叩いた時点で、得物を潰すつもりだったのだけれど。

音速の十倍は軽く超える斬撃だ。

能力発動の暇が無い。

此奴がオリジンズ級と言われるのも納得である。少なくとも今のわたしだと、勝てたとしても満身創痍だろう。

至近に、ザ・パワーにやられたヒーローが落ちてきて、クレーターを作る。

煙幕を使って逃れるけれど。

真っ正面に、ミフネが既にいた。

舌打ち。

此奴の斬る能力は尋常じゃ無い。

しかも恐らくだけれども、斬られた傷が回復しにくいようにもなっている。能力を磨き抜いた結果だ。

斬撃を飛ばすことも出来るだろう。

つまり、接近戦でも遠距離戦でも隙が無い。

「聞かせろ。 あんたほどのヒーローが、どうしてこんなクズ共に荷担するんだよ」

「こんなクズ共を一掃するため、と言ったら?」

「プライムフリーズみたいなことをいうな」

「方法が違うがね」

再び、踏み込んでくる。

袈裟に避けづらい一撃が来るが、それを待っていた。

肩に食い込むのと同時。

わたしが、渾身の正拳を叩き込む。

吹っ飛ぶミフネ。

廃ビルを突き抜いて、更に突き抜いて。複数の廃ビルに大穴を開けて、更に向こうまで飛んでいった。

渾身の一撃だったけれど。

わたし自身のダメージもでかい。

肩の骨に食い込んだ一撃は、大きめの血管を切ったらしい。

鮮血が止まらない。

それに今の一撃の圧力。

これは、継戦能力は、もうあまり残っていないとみるべきだろう。

ザ・パワーは。

見上げると、非常にまずい。

乱戦になりはじめている。

どんな強いヒーローでも、能力を使えば消耗する。これはヒーローにとっての絶対のルール。

どんな凶悪能力の持ち主でも変わらない。

三百人が相手だ。

トップヒーローでもどうにもならない。

少しでも、数を削れれば。

しかし、である。

その時、其処に。

大音声が轟いた。

「双方、見苦しい! やめよ!」

空に現れる巨大すぎるそれ。

何かは、言われなくても分かる。

ついに、見過ごせなくなったのだろう。

来たのだ。

銀河連邦の、戦闘艦が。

ざっと見ただけで、三角錐をしたその戦闘艦は、全長十キロを軽く超えている。主砲で地球を軽く消し飛ばせると言うが。それも頷ける威容だ。

勝てる筈がないと、一目で分かる。

しかも、それが十隻以上いる。

先ほどまで、戦えだのなんだのとぎゃあぎゃあ騒いでいた阿呆どもも、黙り込んで様子を見守るばかりである。

「ザ・パワー、無意味な戦闘をやめよ。 我等もいつまでもこの星系に駐屯しているわけにはいかぬ。 条約を再確認し、君達の決断を待ちたい。 だめなようなら、さっさと機械化兵団を投入して、この星を完全に教化する」

「……お前達、戦いは此処までだ。 地球が植民地化されるかの瀬戸際だ」

ようやく現実を見て、戦意を喪失したらしいヒーロー共。

いつの間にか、戻ってきていたミフネが、舌打ちした。

「ちっ。 幾ら集まっても、クズはクズだな」

「まさか、あんた、このまま問答無用の介入を望んでいたのか!?」

「この状況下、気が短い相手ならそうしていただろう。 だが、此方の予想以上に銀河連邦の連中は寛大で理性的だった様だな」

ミフネもダメージをかなり受けているけれど。

ただ、能力の中枢にダメージを届かせることは出来なかった。

粉砕は、できていない。

つまり、ミフネは多少回復しがたい傷を受けた程度。もし次に遭遇したら、また殺しあわなければならないだろう。

「あんたは、数少ない尊敬できるヒーローの一人と思っていたんだがな」

「俺も、数少ない尊敬できる相手のために、手を汚している」

「……!?」

「いっそ此方に来ないか。 クズヒーローを殴って再起不能にしていくよりも、よっぽど早く世界を改革できるぞ」

わたしは少しだけ。

考え込んでしまった。

これほどの戦士。

おそらく、ザ・パワーほどではないにしても、オリジンズでも充分にやっていける実力者。

それが、数少ない尊敬できる相手、とまで言っているのだ。

興味がある。

ザ・パワーを裏切るまでしているのだ。

つまり、それは。

ザ・パワー以上の使い手、という事か。

いや、それは考えにくい。

カリスマ、という点で、なのだろう。

それに、組織が一枚岩では無くて、収束点がそいつだというようなことも言っていた。いずれ、直接会う必要はある。

それに。

「こんな事をして、一歩間違えば地球は植民地化され、機械化された軍隊に管理される所だったんだぞ。 そんな事をさせようとした奴の言う事なんて、聞けるものか」

「愚かな事を言うな」

「何……」

「今の地球を見ろ。 自浄作用など誰も持たず、力ばかりもてあましたいにしえの神々よりタチが悪い化け物の群れが、抵抗も出来ない弱者を嬲って悦に入っているのが、この地獄の姿よ。 いや、いにしえの神話に登場する地獄ですら、これほどではあるまい」

ミフネの言葉は。

重く。

そして、人類に対する軽蔑に満ちていた。

わたしも、それは分かる。

だから、少しずつ。

人間の手で、改革しなければならない。

自浄作用がないなら、生じさせる。

腐らせる毒があると言うのなら、殴って黙らせる。それは暴君のやり方だとしても、だ。

「人類が万物の霊長などという妄言は、ヒーローとしての力が世界に満ちる前から存在していた。 だがな。 人間が神々に等しい力を得てしまったとき、その狂気は、世界を喰い滅ぼす所まで来てしまったのだ」

「同意はする。 だがまだ二百年だ」

「二百年でこれだ」

「師匠は言っていた。 人間の歴史は、大きなスパンで動く。 人間が変わるには、何千年も時間が掛かるってな」

実のところ。

わたしも、未来だの希望だのの美辞麗句を連ねて、今の地球人類が宇宙に出る事そのものは反対だ。

銀河連邦の政府が言う事もわかるのだ。

プライムフリーズから聞いた条約の内容を聞く限り、宇宙人達は、地球人が宇宙に出たときの惨禍を危惧している。

そしてわたしも。

その危惧は当たると思う。

同じ種族に対してさえ、これだけの事が出来る「知的生命体」だ。

宇宙で別陣営に分かれて殺し合いをはじめるのは必然だし。

自分たちより力が劣る種族がいれば、容赦なく殺戮し、蹂躙し。食糧にしたり、奴隷にしたりもするだろう。

それは、何ら制約無く宇宙に地球人が出たときの、規定の未来。

予言ですらない。

わたしは幼い頃、ヒーロー達のあまりの所行を見て、これはついていけないと考えたけれど。

周囲の同年代ヒーローは、クラッククラックの様に、むしろ大喜びで殺戮の限りを尽くしていた。

それが不相応な力を与えられた人間の、平均的な言動。

悟ることは、早かった。

だから、まともな「人間」である師匠の所にたどり着けて。どれだけ救われたと思っただろう。

地獄の中にも人がいた。

そうとさえ思えた。

いずれにしても、銀河連邦が言うように。

わたしも、地球人が宇宙に出ても、誰もが不幸になるだけだと結論できる。しかし、である。

「だが宇宙人に無理矢理強制されたって、地球人がその性根を改めるともわたしには思えない」

「ふん……自浄作用を信じるか」

「ないなら作る」

「平行線だな」

まったくだ。

わたしは拳をおさめる。

ミフネも刀を鞘に。

どちらにしても、双方継戦能力は無い。実力はミフネの方が上だったけれど、あの必殺の一撃を食らえば、流石にこうなる、ということだ。

ザ・パワーにやられたヒーロー達が、運ばれて行く。

いずれも戦闘タイプのヒーロー達だ。

回復能力持ちはレアだから、死んでいないにしても、皆が相当に長い時間苦しみ続ける事になるだろう。

それはどうでもいい。

自業自得だからだ。

ザ・パワーは、傷ついたオリジンズ本部に戻る。

少なくとも、他のオリジンズは。

彼に協力している様には見えなかった。

オリジンズには期待していないが。

グイパーラくらいは、一緒に戦うのではないかと思っていた。だが、ザ・パワーは、この間会ったときに言った。

グイパーラを疑っていると。

ひょっとして。

実のところ、ザ・パワーは。

円卓で、本当に孤独なのかも知れない。

その場を離れ、一度戻る。

苦しい、助けてくれと呻いているヒーローがいたが、敢えて踏みつけて通っていった。此処に集まった、選民思想を煮詰めて狂気に達した連中なんか、全員潰れれば良い。こういう奴らが、世界を腐らせたのだ。

嘆息。

もしも、全てを動かしている黒幕がいるとして。

アンデッドや、オリジンズも、何もかもがその糸につながれているとすると。

その目的は。

ミフネが言う様に、見切りをつけた人間を、銀河連邦に支配させて、矯正させる事なのだろうか。

過激だが、手としては有りだと思う。

つけられていないことを確認すると、地下に。

後は複雑な経路を通って、戻る。

途中、騒ぎに巻き込まれ、傷ついて息絶えた市民の亡骸を何度も見た。鼠が既に囓り始めていた。

頭を振ると。

わたしは、クリムゾンのアジトに戻る。

雲雀に復帰して貰う事。

プライムフリーズに、どうにかやる気を出して貰う事。

この二つを成し遂げないと。

もう、ヘタに動けそうにない。

それに、ザ・パワーと、サシで話しておきたい。わたしは最初バラマイタを白だと思った。雲雀が持ち帰ったデータによると、どうもバラマイタどころか、他のオリジンズ全員が黒幕とつながっているらしい節さえあった。其処まではザ・パワーに話してあるが。わたしはそれが全て真実だとは思っていなかった。

しかしミフネの言動を見る限り、どうにも本当の可能性が高い。

いっそ、改革よりも、その黒幕を突き止めて、叩き潰すのが先か。

しかしどうする。

存在するとしたら、文字通り世界の中枢にいる奴だ。わたしの拳では届かない。ザ・パワーとプライムフリーズ、雲雀もチームを組んでも、とても勝てる相手では無いだろう。敵の物量が違いすぎるからだ。

溜息が漏れる。

状況は既に。

詰んでいるのだとも言えた。

 

4、激発

 

定時連絡時間でもないのに、クラーフからの通信が来る。

ザ・パワーは傷ついた体を癒やす暇も無く、その通信に出た。クラーフの声は、くぐもった怒りに満ちていた。

「誰かしらが先導したのだろうが、何だ彼らの主張は。 何処まで驕り高ぶれば、彼処まで愚かしい発言が出来る様になるのだ」

「それに関しては本当に済まないとしか言えぬ」

「まあ、君の言葉には嘘は感じなかった。 どのヒーローも、君の様に高潔であれば、我等は艦隊を率いて来なくても良かったのだがな」

オリジンズは。

グイパーラも含めて。

ザ・パワーに加勢しなかった。

この場に全員いるのに、である。

今更ながら。悟る。

危惧は当たっていた。

グイパーラは、決して味方などでは無かった。ただの愚かしいシンパだと見せかけていただけだ。

ひょっとすると、ライトマンの人脈を引き継いだのは、此奴でさえあるかも知れない。

ザ・パワー配下のヒーロー達も、積極的に動こうとはしなかった。

この件。

相当に深い闇がある。

「猶予を設けたい」

「待て。 まだ此方としても、意見をまとめるのは厳しい」

「このままだと、百年経っても君達は意見などまとめられないだろう。 あの選民思想に凝り固まったヒーロー達の姿を見たか。 あれが、弱者に接し、虐待する事を一般化させた地球人の姿だ。 そして未来、地球人が宇宙に出たら、他の種族に、あの愚行を、万倍に拡大させて行う事になる。 それを君達は、自分自身の言動で証明してしまったのだ」

返す言葉も無い。

もうどうにもならないのか。

心が折れかける。

ザ・パワーが、どれだけ叱責しても。

考えを改めようとするヒーローはいなかった。

今のオリジンズでもそうだ。

嫌いな奴も苦手な奴もいる。

だけれど、誠実に接してきた。

グイパーラにも、ヒーローとはどうあるべきか、ずっと説いてきたはずだ。

つまり、言葉は誰の耳にも届いていなかった。

誰の心も。

動かしていなかったのだ。

むしろテンペストだけが、ザ・パワーの思想に近いものを持っていたような気さえする。これだけヒーローがいる中で。

ヴィラン一人だけが、まとも。

そんな事が、あっていいのか。

「これより丁度二ヶ月の猶予を設ける。 その間に君達が、意見をまとめられないときには、機械化部隊を投入して地球を制圧、以降は強制的に教化を行う。 地球人を滅ぼすつもりは無いが、最終的にヒーローとしての力も、全て抹消する」

「待て、待ってくれ」

「こればかりは待てない。 あの醜態と惨状を見た以上、我々は、君達は二百年でまったく進歩せず、自浄作用もないと判断せざるを得ない。 それならば、出来るだけ早く鎮圧して、他の知的生命体に対する被害が出ない様に抑えなければならない」

銀河連邦としては、そうだろう。

そして150万隻からなる艦隊でも、270に達する艦隊数でも。百を超える銀河を支配している以上、軍は何処にでもいて、いつでも駆けつけられる、という状態でもないはずだ。

通信が切れた。

同時に、地球に見える様に姿を見せた戦闘艦も、空間転移でもしたのか。かき消える様にいなくなっていた。

大きな溜息が漏れる。

ストレスで、体がどうにかなりそうだ。

誰も何も言わない。

むしろ、にやにやしているものさえいるほどだ。

ウォッチやバラマイタがそれだ。

何がおかしい。

そう吼えることさえ出来なかった。

この円卓に味方はいない。

いや、恐らく。

最初からいなかったし。

今後も、いないだろう。

「プライムフリーズと交渉する。 オリジンズの円卓に復帰することを提案する」

「誰が賛成すると思いますか」

「反対するなら殺す」

半笑いで言ったマンイーターレッドに。

ザ・パワーが返す。

その言葉は。

ザ・パワー自身が驚くほどに、冷え切っていた。

「時間がない。 ヒーローの特権を快く思わない者をオリジンズに強制的に入れ替える事で、この世界を無理に改革する。 敵対するつもりなら殺す。 そうしないと、地球は植民地化され、数千年単位で、地球人の自治は失われる。 それは初代オリジンズが命を賭けて守ったものが、全て台無しになると言う事だ」

反論は許さない。

更に付け加えると。

流石に青ざめたマンイーターレッドは、以降は何も言わなかった。普段小馬鹿にしているバラマイタでさえ、青ざめている。

ザ・パワーは分かる。

自分が驚くほどに、好戦的になっている事に。

スネークアームに、向き直る。

機械の体に引きこもっているヒーローは。

恐怖を感じているのか否か、一目では分からなかった。

「ミラーミラーを私の弟子にする。 引き抜く手続きを」

「しかし、ヴィラン討伐部隊が」

「茶番はこれまでだ。 どうせお前達も、この事件を引き起こした存在に通じているのだろう。 今まで私は全てを円滑に穏便に済ませようと考えてきた。 だがそれも、これまでだ。 更に、この瞬間。 ヴィランであるテンペストの、ヒーロー復帰を宣言する」

「……」

流石に困惑した様子の他のオリジンズ。四十人以上の戦闘タイプヒーローを肉塊に変え、再起不能にした札付きのヴィランだ。

まさかヒーロー復帰させるなんて。

価値観を完全にひっくり返すつもりだとしか思えないのだろう。

その通りだ。

この腐った世界は、常識から叩き潰さなければならない。

こんな世界を作り上げた常識はいらない。

逆らうなら殺す。

もう、これ以上、穏便な手など、採ってはいられなかった。

更に、ザ・パワーは宣告。

「ウォッチ」

「な、なんだい」

「お前はオリジンズを首だ。 死ね」

流石に立ち上がったウォッチだが。

時間を止める能力を展開しても、それ以上のパワーで引きちぎれば良い。満身創痍だけれど、それくらいは容易だ。

時間停止能力を喰い破られて、流石に愕然とするウォッチの顔面に、拳を叩き込む。

壁を突き抜いて、外に飛んでいったウォッチ。

性格が悪いゲス野郎は、再起不能になった。

この高さから落ちたのだ。

生きてもいないだろう。

ウォッチが散々暗躍していたことは分かっている。実際問題、今の最後の瞬間も、どうしてこんな奴にと顔に書いていた。それだけザ・パワーを侮り、裏で好き放題をしていたと言う事だ。

そんな奴に容赦などいらない。

ライトマンのいた椅子にはプライムフリーズを。今開いた席には、テンペストを。それぞれ据える予定だ。

少し時間があったので調べたが、テンペストはミフネと五分に近い戦いをこなしてみせた。戦いの度に強くなってもいる。

後継者にするなら。

彼女だろう。ミラーミラーは実際に様子を見て、使えそうならサブとして据えておきたい。

「次に、ミラーミラーを鍛えて、様子が悪くないようなら、オリジンズへと昇格させるつもりだ。 何か意見は」

「……」

全員の顔に、恐怖が張り付いている。

ザ・パワーが、文字通りの鬼と化して。

悪夢の独裁者となった。

そして、其処まで追い詰めたのは自分たちだ。それに今更ながら、気付いたのだろう。

「クーデターを起こすつもりなら好きにしろ。 真正面から叩き潰してやる。 その時には、死刑を適用する」

「そんな、いくら何でも」

「グイパーラ。 お前は無能だが、私の心は届いていると信じていたのだがな」

吐き捨てると。

ザ・パワーは。

腐敗の巣窟と化したオリジンズの円卓を出て行った。

これから、二人のヒーローを再登用し。ミラーミラーと、出来ればもう一人、オリジンズにヒーローを登用する。

オリジンズの過半を、最低でも会話が出来る存在で固めた後。

改革を強引に進める。

逆らう戦闘タイプヒーローは皆殺しだ。

そうでもしないと。

地球の植民地化は避けられない。

 

プライムフリーズの所に、テンペストが戻ってくる。

満身創痍だが、傷を見ると分かる。

ミフネとやり合ったのだろう。

そして生きて戻った。

PTSDがひどくて、まだ身動きできない雲雀には、パーカッションをつけている。記憶の一部を切り出して、捨ててしまうのが良いかもしれない。

いずれにしても。

これで、決定的な所に動き出した感がある。

オリジンズは恐らく。

近く分裂する。

「戻った」

「状況は」

「ザ・パワーは三百人の戦闘タイプヒーロー相手に互角に近い戦いをしていた。 流石としかいいようがないな」

「まあ雑魚ばかりだっただろうしな」

鼻を鳴らす。

ましてや、今の時代。

実戦経験がない戦闘タイプヒーローは多い。此処で言う実戦経験というのは、同格の相手と殺し合いをした、という意味だ。

ヴィラン落ちするヒーローが多く無い現在。

こればかりは、恐らくどうしようもないのだろう。

どれだけ凶悪でも、能力は能力。磨き抜かなければ、使い物にならない。

「それで、これからどうする」

「ザ・パワーと連絡を取る」

「!」

プライムフリーズは、ヒーローを皆殺しにすることが目的の筈だ。

それならば。ザ・パワーとは相容れないと思うが。

しかし、どういう心境の変化か。

「通信は傍受していた。 猶予二ヶ月。 それ以内に事態を収拾できないと、宇宙人は制圧部隊を送り込んでくる」

「!」

フードの影はニヤニヤ見ている。

石塚は、もう言葉も無いという様子だった。

「ザ・パワーもいい加減目が覚めただろう。 今日戦ったクズ共を相手にするには、自分が悪鬼になるしかない。 わしはオリジンズに復帰するつもりだ。 そうして、ヒーロー共を完全に押さえ込む体制を整えた後、この世界からヒーローを生み出す粒子を取り除く」

それもまた、良いかもしれない。

戦う力を失うのは残念だが。

しかし、人間には。

この力は早すぎたのだ。

「多分テンペスト、お前にも声が掛かるぞ。 ミフネとやりあって生き延びたのなら、実力はオリジンズ級だ」

「待て、それは急な」

「多分もう一人、ミラーミラーにも声が掛かるだろうな。 ヴィラン討伐部隊の、対消滅使い。 おっとりしているが、戦闘力は本物だと聞いている」

紅茶が出されたので驚く。

この間、バラマイタの屋敷からテンペストが助けてきたローズだ。

しばらく考えた後、自分に出来る事をしようと思ったらしく、色々と生活の補助をしてくれている。

そのおかげで。

クリムゾン本拠は、目立って清潔になり、整理もされていた。

下水道の一区画なのに。

「一気にこれから事が動く。 全ての糸を引いていた黒幕がいるとしても。 そいつも、姿を現すだろう」

それをぶっ潰しても。

何もかも解決するわけじゃない。

わしにも、それは分かっている。

だが、やらなければならない。

「……そうだな。 同盟は継続で行こう。 もう、互いに争っている場合じゃあない」

テンペストは。プライムフリーズの提案に乗った。

さて、次は。

敵の手は、どうなるか。

それを見極めてから、動かなければならないだろう。

時は限られている。

さいは投げられたのだ。

 

(続)