失墜の光

 

序、悪夢

 

ICBMが直撃して、破壊された宮殿に戻ると。ライトマンは酒を出すように部下に告げる。

部下と言っても、ヒーローである。

オリジンズでも重鎮であるライトマンだ。宮殿では他のヒーローのようにサイドキックを使うだけでは無く、戦闘タイプでこそ無いが、ヒーローを給仕として使う事も出来るのである。

だけれども、その部下は。

あまり色よい返事をしなかった。

「ライトマン様、まこと申し挙げにくいのですが」

「何だ」

「ICBMが直撃したのが、地下のワインセラーでございまして」

「……」

慌てて見に行く。

吹っ飛んだ宮殿の中心部に刺さっていた水爆は撤去されたが。その余波で、ワインセラーは完全に潰れていた。

忙しくて戻る事さえ出来ず。

楽しみにしていたワインはこの有様。

思わず絶叫したライトマン。

周囲には、いつの間にか誰もいなくなっていた。

畜生。

叫ぶ。

どうしてこうなった。

ザ・パワーが原理主義を振り回して、周囲に冷笑されているのを見ているだけで良かった。

実質的な権力はライトマンが握っていて。

何もかも思い通りだった。

それなのに。

アンデッドの奴が、余計なタイミングで余計な連中を呼んだのが悪い。それだけじゃあない。

何でよりにもよって、ICBMが宮殿に墜ちる。

天文学的確率なんて次元では無い。

神にでも笑われているのだろうか。

そう思うと、殺意で全身が焼き付きそうだった。

とにかく酒を出させる。

ワインセラーは全滅したが、離れにあるウイスキーは無事だった。だが、宮殿では死者こそ出なかったものの、まだ復旧が済んでいない。銀河連邦の大艦隊を見て、誰もが浮き足立っているのだ。

空が見えるダイニングで。

ウイスキーを出された。

カップも安物。

いいのは全部割れてしまった。

手が震える。

カップを握りつぶしそうになるけれど、必死に耐えた。これほどの屈辱は、正直生まれて初めてだ。

ぐっとウィスキーを飲み干し。

次を寄越せと指示。

酒なんて、そんなに強くも無いのに。

浴びるほど飲んで、無理矢理眠って。

翌日は案の定二日酔い。

ヒーローの肉体特性で、すぐに酔いは覚めるけれど。それでさえ二日酔いになるほど飲んだという事だ。

未だに腹の虫が収まらない。

サイドキックの一人。

執事をやらせている初老の男が来る。

執事と言っても複数いるが。ちなみに、以前ビートルドゥームの所にいた奴は、今日は休みである。

「カリギュラ様が来ました」

「通せ」

カリギュラ。

有名な雇われヴィランの一人だ。

後ろ暗い仕事をヒーローにやらされることを専門にしている男で、似たようなヴィランは結構いる。

所詮は傭兵。

使い捨ての駒だが。

ライトマンはここのところ、立て続けに部下を失っている。カリギュラを一とする雇われヴィランを集めているのはそのためだ。

このままでは済まさない。

少なくとも、あの腐れプライムフリーズを討ち取るくらいはしないと、復権はとてもではないが無理だ。

少なくともテンペストは殺しておきたい。

そこで、テンペストとの交戦経験がある此奴を呼んだのである。

ちなみにテンペストの能力は、既に解析してある。

やりあっても負ける気はしないが。

勝率を少しでも上げるために、ライトマンは努力を惜しまない。

そうして築いてきた地位なのに。

どうしてこうなったのだ。

世の中は不公平だ。

ライトマンは、努力を重ねてきて、地位を勝ち取った。確かに才能もあったが、ライトマンより才能のある戦闘タイプヒーローは、同世代に幾らでもいた。だから努力して、能力を磨いた。

ザ・パワーには勝てない。

彼奴は流石に戦闘力という点では別格だ。

だがそれ以外の相手には、大体勝てる自信もある。

権力も手にした。

後は、裏から全てを牛耳り、年老いて死ぬまで世界を好き勝手にするだけだったのに。

「何用か」

「片付いていなくてすまんな。 もう二人来る」

「誰だ」

「ネロとユリウス」

奇しくもだが。

どいつもこいつも、ローマ皇帝の名を持つ奴ばかりだ。まあそれはいい。たまたま、雇われヴィランで、丁度良い実力者に、そういう名前の奴がいた。それだけ。

ヴィランはヒーロー時代の名前をそのまま名乗ることも多い。

実際問題、この三人は、全てがそうだ。

能力はそれぞれが違うが。

ネロは小柄な女性だが、アンチエイジング技術で若作りをしているだけで、実際は六十を超えている。

ヴィランになった経緯はよく分からないのだけれど、ただろくでもない事情があったらしく。

雇われヴィランとして各地で汚れ仕事をしては。

殺しをして満足して行くという。

ユリウスはいわゆるユリウスカエサルの名を借りているヴィランだが、名将だった本人とは違う、とにかく粗暴な奴だ。

残忍で冷酷であることこの上なく。

八歳の時に、別のヒーローを殺してヴィランに。

それから地下に潜って。

各地で雇われヴィランとして、多くのヒーローを殺してきた。それも戦闘タイプでは無いヒーローを専門に、である。

いわゆるシリアルキラーだ。ただし戦闘タイプ相手に戦いもするし、それで技量もしっかりしているので。時々汚れ仕事にて声が掛かる。

三人がそろう。

カリギュラは無言のまま。

ネロは実年齢とは似つかわしくないきんきん声で言う。

「テンペストを殺るんだって?」

「そうだ」

「あんたが動けば良いじゃないか。 かなり腕を上げてきているらしいが、それでも負ける相手じゃ無いだろう」

「万が一の事がある」

実際問題。

あのブラックサイズの攻撃から生き延びているのである。

ブラックサイズを差し向けたのはライトマンだが。

まさか生き延びるとは思っていなかった。

ブラックサイズは、己が鍛え上げた武器が揃うまで、ヴィラン狩りに行かないことで有名な、気むずかしい男だ。

死神と呼ばれているが。

それは必ずしも相手を選ばない事を意味しない。

どうやらテンペストを気に入ったらしく、新しく能力を乗せた武器が出そろったら殺しに行くつもりのようなのだけれど。

ライトマンとしては待っていられない。

まずテンペストを殺す。

これはクリムゾンに協力的なテンペストを消す事で、プライムフリーズの力を相対的に削ぐためだ。

次にプライムフリーズを殺す。

そして、奴の知識とノウハウを全て奪ったら。

そこでようやく。

ザ・パワーに対して、主導権を奪い取れる。

今までの屈辱を返すのと同時に。

ライトマンが主導で銀河連邦と交渉を進め、追い返せれば。文字通り、地球の歴史に残る英雄だ。

不意に、カリギュラが言う。

「そんな内輪もめをしている場合なのか」

「雇われ者が何を言うか。 ただ従っていろ」

「ライトマン。 貴方の立場を、我々は理解しているのだが」

「……っ!」

カリギュラは、あくまで淡々と。

そして、冷徹に言う。

それは社会の裏街道を生きていた男の言葉。

現実に身を浸し。

なお生き延びてきた人間の言葉でもある。

嗅覚を持っているのだろう。

此奴に従っているとまずいと、カリギュラは判断し始めているのかも知れない。勿論、雇用も拒否しかねない。

「このまま行くと、貴方はオリジンズから外される。 そうなると、この広大な支配地区も全て無駄になるだろう。 勿論社会的権力も大幅に制限される。 我等を使っていたことがばれたら、致命的になろう」

「何が言いたい」

「我々としても、目をつけられている貴方に使われるのなら。 相応の見返りが無いとだめだ、という事だ」

「おのれ……」

足下を見てくれる。

要求された金額を聞いて、ライトマンは目を剥きそうになった。

それだけの金を集めるのに、一体どれだけの期間を必要とすると思っている。市民共が増えたら、他のヒーローに分けてやって、金に換える。特に人間牧場を作っていたフラッシュライトは重要な収入源だったのだが。

それをあのテンペストが潰してくれたこともある。

少しずつ、確実に。

資金という面でのライトマンの優位は、揺らぎつつある。

それを此奴らは。

邪悪の世界を生きてきたヴィラン共は嗅ぎつけているのだ。

ユリウスはにやにやしているだけ。

ネロも、半笑いで様子を見守っていた。

「分かった。 ただし半額払いだ。 勿論テンペストを狙って殺せなかったら金は返して貰うぞ。 殺せたときに残りの全額を払おう」

「居場所は分かるのか」

「ああ。 少し前に、ヴィラン討伐部隊がアンデッドの組織の地下基地を襲撃したのだが、その時に確認されている。 テンペストはクリムゾンとつかず離れずの距離を取っていて、動きも読みやすい」

指定したのは。

ヒーローであるボールウェーとキルライネンの支配地区。

二人ともそこそこに有名な悪徳ヒーローだが。

本当に高名な奴は、ここしばらくでテンペストがあらかた潰しているので。そいつらに比べると、比較的小粒の悪徳ヒーローである。

キルライネンは吸血鬼の異名を誇るサイコ野郎だ。

痩身のこの男は、非常に顔色が悪く。そして近づくと気付かされる。その顔色は、化粧で作っているのだと。

全身に庶民の生き血を加工した化粧品を塗りたくり。

独自の世界観を作って。

そして自分の世界に浸っている。

いわゆる薄明の世界に生きる輩で。

スーパーパワーを絶対に与えてはいけない奴の一人だと、ライトマンさえ思う。

市民を殺すペースが、毎日一人か二人という事。

奴の支配地区では、ふらっと現れる此奴の事さえなければ、市民そのものの数は多く。それなりに発展していることもあって。

テンペストには後回しにされていたのだろう。

もう一人のボールウェーは、一方大変地味で。しかしながら、趣味で市民を殺している。その数が、テンペストが目をつける程度に多い。

恐らく、狙ってくるのはボールウェーの方だろう。目撃地点から考えると、それが合理的だ。

地図を示す。

奴は確実に此処に現れる。

だから殺せ。

そう指示すると、カリギュラは無言のまま頷いた。

それから、テンペストの能力詳細について、三人に話をしておく。そうするだけで、勝ち目が一気に増えるからだ。

しばし話を聞いていたが。

カリギュラは納得したように頷いていた。

「粉砕か。 どおりでオレの能力が効かないわけだ」

「厄介だね」

「飽和攻撃で、能力を削り取っていくしかあるまい」

ヒーローの能力に、共通した欠点がある。

ようするに、能力には使用限界がある、という事だ。

使いすぎるとガス欠になるし。

最悪廃人になる。

訓練次第で容量は増やせるが。

それでも、強力な能力ほど燃費が悪いのは事実だし。テンペストの能力が粉砕だとすると、かなり複雑かつ、乱暴に使っているはずだ。

テンペストは最近は、特に満身創痍で戦っていることが多いそうだ。

アンデッドの組織を潰しながら。

体の限界まで、悪徳ヒーローの支配地区に殴り込みを掛けているから、なのだろう。

正直ライトマンとしては、テンペストの思想なんてどうでもいい。

此奴を効率よく殺せさえすれば。

それでいいのだ。

「殺りかたは任せる」

「で、あんたは? 下手をすると地球が一瞬で消し飛ぶ事態で、いいのかこんな所で、こんな事をしていて」

「ザ・パワーに戻されたんだよ。 休憩を取れってな」

「……」

カリギュラが鼻で笑った。

かんに障るが、今は我慢するしか無い。

三人が行くと。

ライトマンは手を叩く。

現れた執事に、通信装置を持ってくるよう指示。幸い、まだ通信装置は壊れていない筈だ。

連絡先は。

ブラックサイズである。

気むずかしい事で知られるブラックサイズは。

電話にもなかなか出ないが。

今日は出た。

「此方ブラックサイズ」

「ライトマンだ」

「何だ。 この間の料金は請求しなかっただろう」

「それだけは立派な心がけだな。 だが、仕事は終わっていない」

やりとげろ。

そう告げると。

ブラックサイズは、少しだけ考え込んだ後に言う。

「実はな。 ザ・パワーから指示が来ている」

「何だと」

「ライトマン。 あんたの指示には従わないように、という事だ。 受けている仕事もキャンセルしろと言われた」

瞬間的に沸騰しかけたが。

どうにか押さえ込む。

全身が怒りで震えているのが分かった。

あの脳筋が。

いつのまにか、此処まで知恵をつけてきていたか。

「そ、そうか。 分かった。 今度また、仕事を頼むかも、しれん」

「……そうだな」

通話が切れる。

まさかあの野郎。

次のターゲットは、ライトマンか。

あの微妙な口調。そうしかねない雰囲気があった。ザ・パワーは生真面目な男だが。この気に、言うことを聞かないヒーローの粛正を始める気だとすると。その際筆頭は、今まで陰の権力者として君臨していたライトマンだろう。

拳で机をたたき割る。

安物のグラスが、地面で粉々になった。

立ち上がると、ライトマンは、空に向けて光の一撃を叩き込む。成層圏辺りで霧散するが。しかし、それだけの射程を出すことも出来る、という事だ。

呼吸が乱れている。

中々戻らない。

おのれおのれおのれおのれおのれ。

ゆるせんぞクズ共が。

何もかもを台無しにしおって。

周囲に人はいない。

ライトマンの狂態をみて、逃げたのは確実。

そして、その怒りは。ぶつけどころも無かった。

 

1、優先すべき事

 

クリムゾンの所に、わたしは久々に足を運んだ。

プライムフリーズに協力するつもりは無い。だけれども、確認しておきたいことが幾つもあるのだ。

わたしも、此処からは、悪党を殴っているだけではだめだと分かっている。

まず最優先事項として。

宇宙にたくさん来ている強力な戦艦をどうにかしなければならない。

やりあって勝てる相手では無いことくらいは分かっている。

その気になれば、この太陽系そのものを世界から消滅させることだって不可能では無いほどの戦力なのだ。

如何に今まで殆どの敵に勝ってきたわたしだって。

勝てると思うほど、楽天的では無かった。

フードの影に話がある。

そう告げると。

出迎えに来た雲雀は。

目を細めた。

「まさか、銀河連邦の外交官と話したいとか?」

「そうだ。 確認しておきたいことがある」

「一ヒーローどころかヴィランに過ぎないあんたが、まともに話をして貰える相手だと思ってる?」

「そうでなくても聞いておかなければならないんだよ」

雲雀はどかない。

舌打ちするけれど。

此奴は此奴で正しい。

「今、情勢が難しい事は知っているね。 あんたが余計な事を言えば、下手をすると地球は瞬時に木っ端みじんになるんだよ。 宇宙人はそれだけの戦力を揃えてきているんだって、分かる?」

「だからフードの影に代理で話して貰う」

「何を」

「これから、相談する」

嘆息すると。

雲雀はどいてくれた。

クリムゾンの組織は、この間壊滅的な打撃を受けて、多くの人材を失ったが。それでも、近隣の地下組織では最大規模だ。

ただ、プライムフリーズがいなければ、やっぱりひとたまりも無い事は分かっているのだろう。

あまり、余裕そうには見えなかった。

やたら友好的な雰囲気の、アーノルドという男に案内して貰う。わたし、こいつに何かしただろうか。よく分からないけれど、非常に好意的に接してくるので、困惑してしまう。

とにかくだ。

奧にいるフードの影と、プライムフリーズ。

プライムフリーズは、わたしを歓迎しているようには見えなかった。

「どうした、テンペスト。 今、アンデッドの組織は調査中で、居場所も分からん。 攻撃を仕掛ける余裕は無いぞ」

「今日はあんたじゃなくて、そっちのフードの影に用がある」

「私に?」

嘲弄混じりの声。

頷くと、順番に説明していく。

最初は半笑いだったフードの影だが。

徐々に話を聞くうちに。

表情が更に愉快そうに変わっていった。

「それなら、わざわざ外交官と通信することも無い。 私が知ってる」

「ならば情報を開示して欲しい。 今は世界がどこも極限状態で、それはわたしも変わりない。 戦略を間違えれば、一瞬で何もかもが台無しになる状況が続いていて、その結果みんな疲れ切っている。 疲労はミスを呼ぶ。 何か知っているなら、教えて欲しいんだ、頼めないだろうか」

頭を下げる。

こういう場合は。

相手がどれだけ無礼でも。

下手に出るのがマナー。

それは師匠に教わった。

此奴は享楽的に世界を引っかき回しているいわゆるトリックスターだが。それでも、銀河連邦の関係者である事はわたしにだって分かるし。

そして話が聞けるのなら安い。

プライムフリーズが咳払い。

「いいのか」

「いいよ別に。 この子口が堅いだろうし、何より将来のトップヒーローだ」

「! わたしは、そんなつもりじゃ」

「いや、成長速度から考えて、最後の壁さえこえれば、オリジンズ級になれるよ君は」

フードの影が。

いきなりよく分からない太鼓判を押してくれる。

此方としては、その最後の壁をこえられなくて困り果てているのだが。まあ、それは嬉しい事は嬉しい。

咳払い。

話が脱線している。

フードの影は頷くと。

順番に、一つずつ話をしてくれる。

「そもそも今回銀河連邦の艦隊が来たのは、地球側に明白な条約違反の可能性が高いと判断したからだ」

「二百年前に、初代オリジンズのザ・ヒーローと、宇宙人のリーダーが結んだって奴だな」

「そうだ。 その内容はそれほど難しいものではなくてな」

聞かされるが。

顎が外れるかと思った。

確かに。

何もかものピースが符合する。

わざわざ地球に宇宙人達が来たこと。前から監視していたのに、平和の使者を出してきたこと。

そして今の地球の状況。

じっと手を見る。

この力も。

その条約に、関係している。

そう思うと、気分はあまり良くなかったけれど。

今は戦い抜く力がいるのだ。

「そんな条約、今のオリジンズには守れっこないな」

「そうだ。 特権に溺れ、無制限の権力を手にしているヒーロー達が、言うことを聞くはずが無いからな」

「だから皆殺し、か」

「……」

プライムフリーズは腕組みしたまま、黙って側で目をつぶっている。

聞いているのだろうけれど。

会話に加わる気は無い、という事か。

「意見を聞かせてくれないか。 あんたは、どうするべきだと思う」

「どうするもなにも、まずオリジンズ主導で、各地のヒーロー達に布告するしか無いだろうね。 特権を手放し、市民と一緒に生きる道を選ぶようにって」

「それは現実的じゃ無い。 あのクズヒーロー共が、貨幣としか見ていない市民と、一緒に生きる事なんて選ぶはずが無い」

「だから皆殺しだ」

プライムフリーズが。

冷厳に言う。

実際そうするしか無い。

一つだけ救いだったのは。

思った以上に、宇宙人が。銀河連邦の者達が、理性的だ、という事か。

地球が爆破されることだけは無さそうだし。

人類が滅亡することも無いだろう。

だが、そうなると。

アンデッドの組織は。

どうして妙な動きを続けている。

それが分からない。

フードの影も、それについては同意だという。

やはり、不安要素は排除しなければならないか。

頷く。

「貸しの一つはこれで帳消しでいい」

「ふむ、また仕事を依頼するときは、頼みたいのだけれど、いいかい」

「内容次第だ」

二人のいる部屋を後にする。

外に出ると。

憔悴しきった石塚がいた。

元々無精髭も処理し切れていなかったが。

今ではすっかり窶れて、幽鬼のようだ。

心労がひどいのだろう。

「テンペスト」

「どうした」

「頼みがある。 クリムゾンに加入してくれないか。 今の状況だと、プライムフリーズの機嫌次第で、多くの命が消し飛んでしまう。 それに不満や不安を持っているメンバーも多い。 君ならば、プライムフリーズを押さえ込める。 実績が、それを証明しているんだ」

「悪いが断る」

どうして!

石塚が絶叫したが。

わたしは、大きく嘆息した。

指を立てて、順番に説明していく。

まず第一に。

今クリムゾンは、既に性質が変わって、フードの影主導による地下抵抗組織から。世界を積極的に変革しようとする私設軍隊になっている。勿論首領はプライムフリーズ。フードの影は、プライムフリーズの動きを見るのが楽しくて仕方が無いらしくて、一切の事を任せている様子だ。たまに口出しをするのも、どうしようもない方向転換が必要になったときのみ。

それ以外では。

この組織は、既に完全に、プライムフリーズに私物化されていると言える。

つまりそれは。

クリムゾンに加入すれば、わたしの思想と反することを、やらされるということだ。

実際問題、プライムフリーズとやりあって勝てる自信は無い。

さっきフードの影は、このわたしテンペストがもう少しでオリジンズ級になれると言ってくれたけれど。

それはまだそうではないということ。

ましてプライムフリーズは、生半可なオリジンズのメンバーでは勝てないほどの実力者である。

もしやりあったら、結果は明白だ。

「もし不満があるんなら、フードの影を利用するか、もしくは組織を一旦解散するべきでは無いのか」

「それが出来ないからあんたに頼んでいるんだテンペスト! この組織は、もう行き場が無いメンバーばかりなんだ」

「……気の毒だとは思う。 だが、わたしとしても、こうして話している間にも、殺戮されている市民を守らなければならないとも思う。 師匠はいうだろう。 どんなときでも、今作る事が出来た立派な芯を曲げるな。 悪を許すな。 命を賭けてでも、正義を遂行しろってな」

わたし自身は正義じゃ無い。

それは分かっている。

だけれども。

この世には許してはいけない悪がたくさんいて。

今の時代は野放しになっている。

そいつらを徹底的にぶっ潰す事が。

わたしにできる事。

だけれども。

それだけではまずいと思ったから、今日わたしは、ここに来て。そして事情を知る事で、納得もした。

とりあえず、今するべき事は。

やはり悪徳ヒーローの撃滅だ。

力もついてきている。

ヴィラン討伐部隊は、アンデッドの麾下組織に掛かりっきりだ。

やるなら、今しか無い。

「傘下には入れないが、内容次第で作戦には協力する。 ただし、プライムフリーズの私闘には協力しない」

「……頑固者だな」

「性分だ。 それに、わたしみたいなのがもっとたくさんいたら。 この世界は、此処まで腐ることも無かっただろう」

「それはどうだろう。 100年前、プライムフリーズが頑張っていたとき、もうこの世界は取り返しがつかない所まで来ていたという話だ。 もしもあなたのようなヒーローが多数いても、自浄作用は働いたのだろうか」

石塚の言葉には。

絶望が含まれていた。

疲弊しきっているのが分かる。

少し休むべきだ。

そうアドバイスすると。

私は、此方を半目で見送る雲雀を一瞥だけして。

クリムゾンの本拠を後にした。

 

地上に出る。

他の組織からも情報が来た。

どうやらザ・パワーが主導になって、銀河連邦と交渉を始めているらしいのだけれど。問題は、他のヒーローの反応だ。

ヒーローに当たり前のように与えられている無制限の特権が奪われ。

市民に権力が再分配される。

その話を聞いた途端。

ヒステリーを起こしているヒーローが、相当数いるという。

ゴミ同然の市民と、どうして俺たち選ばれし存在が同列だって言うんだよ。

そう絶叫したヒーローもいるという。

中には、ザ・パワーの所に、直訴に行こうとしているヒーローもいるらしい。自分たちが市民などとは違う存在で、特権は当然だと訴えたい様子だ。

馬鹿な。

さっきわたしは。

真相を知らされた。

ヒーローが発生するようになっていた仕組みは。

条約の一部だった。

それを考えると。

その訴えが如何に滑稽で。

そして宇宙人を怒らせるのか。

アホどもは分かっていない。

ザ・パワーは胃が痛くて仕方が無いだろう。この状況では、彼の地位にいることを、不幸だとしかいえない。

わたしでさえ。

その地位には絶対に就きたくない。

多分他のオリジンズも同じだろう。

ザ・パワーの地位の安泰は。

おかしな格好で、保証されたことになるとでも言うべきなのだろうか。

さて、次に狙うのはボールウェーだが。

此処からは少し距離がある。

急ごうかと思ったが。

その時、妙な気配を感じた。

飛び退く。

地面に、クレーターが出来。

ガードしながら下がるわたしの前に。姿を見せたのは、カリギュラだった。

身体能力だけで、クレーターを作って見せた、という事だ。

クラッククラックとの戦いの時以来。

あの思い出したくも無い腐れ幼なじみとの戦闘以来顔を合わせるが。元気そうでもないし。友好的でも無かった。

あれから自分なりに調べたけれど。

どうもカリギュラは経歴がよく分からない。

戦うなら戦うけれど。

わざわざ再起不能にするまでも無い。

そうとも思う。

もう二人。

同レベルの気配。

後ろから来たのは、小柄な女。子供のような背格好で、手にクマのぬいぐるみを抱えているけれど。

目つきといい表情といい。完全に殺し屋のそれだ。

カールした髪。エキセントリックなワンピース。

特徴が一致する。

古代ローマの暴君として名高いネロと同じ名前を持つヴィランだろう。

そしてもう一人は。

いかにも粗暴そうな青年。

目つきが非常に危険で、文字通り変質者のそれだった。

此奴も見覚えがある。

指名手配中のヴィラン。非常に高額の賞金が掛かっている事で知られる男だ。名前は確かユリウス。

古代の偉大なローマ皇帝の筈だが。

名前負けは否めまい。

「ヴィランが三人で、わたしに何の用だ」

「ライトマンが殺せってな」

「!?」

まさか。

例えば、直接雇い主とやり合っている場合なら兎も角。

こういう襲撃で、敢えて雇い主の名前を出すメリットは無い。雇い主を危険にさらすことにもなる。

何がしたいんだ此奴は。

一瞬思ったが。

ふと気付く。

まさか此奴。

「茶番だな。 どうせライトマンは、プライムフリーズを殺すための布石として、わたしをまず処理に掛かったって所だろう」

「よく分かる。 脳筋という噂の割りに、頭が働くじゃ無いか」

どうしてだろう。

カリギュラの言葉は。

何となく棒読みに思える。

此奴。

何か知っているし、隠しているな。

実際問題、後ろにいるネロは笑いをこらえるのに必死なようだし。ユリウスに到っては、側を飛んでいる蠅に気移りしている有様だ。

「まさかとは思うが。 わたしをライトマンの指示で襲撃したという事実だけを作るつもりか」

「さあ、どうだろう」

「……」

流石にイラッと来る。

だが、我慢だ。

ライトマンの事だ。

今、オリジンズでも孤立していると聞いている。前はライトマンが実質上オリジンズを牛耳っていたと聞くし。何だかんだで、完全に主導権を奪い返された今の状況が面白くないのだろう。

だが、此奴らの思惑は何だ。

「別に戦う理由は無いが、あんたらだって最終的にはぶっ潰す対象だ。 怪我をしないうちに失せな」

「三対一でその啖呵を切れるのは流石だと言っておく。 だが、此方はお前の手札を知っていると言うことも忘れるなよ」

「それがどうかしたか」

粉砕の能力は汎用性が高い。

師匠にあらゆる技も仕込まれた。

手札が知られたくらいで負けるような柔な鍛え方はしていない。

もしもそんな、能力に頼って戦って来たような有様なのなら。

今までに三十回は死んでいただろう。

能力は磨け。

生かせ。

そう師匠に何度も言われた。

わたしはまだそれを忠実に守っている。だからこそに、生き延びることも出来ている。後は、最後の壁さえ越えられれば。

「もうノルマ果たしたし、いこーよ」

「……そうだな」

ネロが言うと、ユリウスが頷く。

そして三人同時に。

わたしの前から姿を消した。

さて、これは色々と厄介なことに巻き込まれているな。恐らくはオリジンズ内の権力闘争。それもザ・パワーやライトマンが絡んでいない段階で、だ。

何が起きているか、正確に把握する必要がある。

それと同時に、ボールウェーを叩き潰す必要もある。

わたしは歩き出す。

情報が。

今は少しでも、必要だ。

 

2、足かせ

 

アンデッドの組織が逃れたと思われる先を、徹底的に洗うけれど。どうしても見つからない。

単独で行くことも。

プライムフリーズと一緒に行く事もあるが。

ヴィラン討伐部隊も血眼になって探しているこの状況。手数が足りない私とプライムフリーズで、奴らを見つけられるとは思えない。

地下シェルターは、幾つかあさったが。

あれ以降当たりは無い。

あの気配を消すというか、能力を奪うというか。兎に角よく分からない危険な能力を持つヴィランについても調べたが。

該当は無し。

一体何が起きているのかさえ、よく分からない。

一度引き上げる。

プライムフリーズは焦っているようだが。能力は着実に回復している。私も、異形化出来る時間は延びてきていた。

組織で、石塚に一時報告。

プライムフリーズは、疲れたから寝ると言って、奥の部屋に直行。

フードの影も交え、三人で話す。

「時間から言って、また量産型ヴィランが増やされているとみるべきか」

「いや、その可能性は低いかと思います」

「?」

「アンデッドの麾下組織が、各地を襲っていません。 市民を実験台にしなければ、量産型ヴィランを作れないことは、既に分かっています」

顎をしゃくった先には。

テンペストが連れてきた、洗脳を解除した量産化型ヴィラン。まあ年単位で寝たきりだろうが、その間の面倒は見てやる。

彼は色々と。

アンデッドの組織に関する貴重な情報を吐いてくれたのだ。

だが、その情報が生かせずにいる。

プライムフリーズの独裁も問題だ。

石塚は苦悩を続けていて。

やせ衰える一方。

このままだと心労で倒れるかも知れない。

「潜伏期間に入られると面倒だ。 またいつ出てくるかという恐怖と戦わなければならない」

「例え銀河連邦が地球人を絶滅させる気は無いとしても、全機械化された駐屯教化部隊くらいは送り込んできそうですしね」

「考えたくも無い未来だ」

「しかたがないだろうに。 血を吐く思いでザ・ヒーローを一とする初代オリジンズが結んだ条約を、エゴで踏みにじったんだから」

フードの影が煽る。

私は黙って、嘆息した。

その通りで。

返す言葉もないのだ。

実際問題、やはり宇宙人の言葉は正しかったのだろう。もしも彼らが言うとおり。そしてザ・ヒーローが希望を持ったとおりに。人類がちゃんと努力を続けていれば、このような世界は来なかった。

プライムフリーズから、晩年のザ・ヒーローがどれだけ惨めだったかも、既に私は聞かされている。

現実がコレなのだ。

宇宙に出る事も。

今の人類は、するべきではない。

フードの影は、人間を見ているのが面白いようだけれど。

此方としては、何もかもが必死だ。

立場が色々と違う。

この世界の歪みが。

此処には凝縮され、集まっているのだ。

「ヴィラン討伐部隊が奴らを見つけ出し、潰してくれれば良いのだが。 それも望めそうにありませんな」

「プライムフリーズが起きたらまた調査に出かけましょう」

「……そうだな」

石塚は、はげ上がりそうな頭をなで回した。

頼むと言われるが。

私だって、他の誰かに頼みたいくらいだ。

 

プライムフリーズが起きて来た。

すぐにバギーを用意。

ガソリンが減ってきているが、まだしばらくはもつ。負傷者もだいぶ傷が癒えてきている。

ただし、組織の規模は最盛期からみて半減。

各地の反ヒーロー組織もアンデッドの麾下組織に潰されて、今ではほぼ存在しないし。存在していたわずかな生き残りも、ヴィラン討伐部隊が刈り取ってしまった。

クリムゾンが存在しているのは。

アンデッド麾下組織の討伐に、ヴィラン討伐部隊が全力投球していて。たまたま、その探知範囲にいないだけ。

もしも接触したら。

躊躇無く潰しに来るだろう。

一旦本部から離れると。

プライムフリーズが地上に出るように指示。

バギーを操縦しているのは、今日はワン老師だ。老師の運転は兎に角丁寧で、揺れることが少ない。

ただワン老師は、プライムフリーズに幻滅している様子だし。今日は兎に角機嫌が悪かったが。

地上に出ると。

プライムフリーズは、首を伸ばして、周囲を確認。

そして、バギーを降りた。

「少し待て」

「何かなさるので?」

「探知だ」

すぐに、一瞬だけ周囲が冷気を帯びる。

それだけだ。

この一瞬で、周囲の粒子の動きを把握。そして、何があるのかを広範囲探知したのである。

この辺り、さすがは初代オリジンズの一人。

凄まじい能力だ。

「異常は無いな」

「普通の人しかいない、という事ですか」

「アンデッドを討伐しに来たヴィラン討伐部隊のサイドキックがいるが、それくらいだな」

どうも小隊規模で行動しているらしく、普通のヒーローが抱えているサイドキック部隊よりも、武装も練度も桁外れに高いそうだ。

だが、相手にする理由も意味もない。

すぐに地下に潜ると、また探知を続行。

続行しながら移動。

その途中。

ワン老師は言う。

「テンペストと貴方の話は聞きました。 何ともこの世界の現状は、愚かしい事になっているものですな」

「銀河連邦政府は、一万を超える種族が所属していると聞いている。 知的生命体がそれだけ所属していながら、非常に領土内は平和だそうだ。 それだけ優れた統治体制をしいているわけで。 其処から考えれば、我々がとんでもない野蛮人だというのは、否定できない事だろう。 そしてその野蛮人が、野蛮人と呼ばれても仕方が無いやり方で、手をさしのべてきた銀河連邦政府に応対した」

馬鹿な話だと、プライムフリーズは吐き捨てた。

実際の所、彼女は。

条約を見て、上手く行くわけが無いと悟っていたという。

だけれども、ザ・ヒーローは希望を持っていた。

人類はきっと、この条約を達成できると。

そう信じていた。

だからこそ、その絶望は深かった。

今、ザ・パワーが、意思を引き継いだとも言えるけれど。

彼の苦労を思うと。

やはり、あの時条約など結ばずに、いっそのこと信託統治でもされていればよかったのではないかと、プライムフリーズは言うのだった。

「ある意味植民地にされるようなものだが、それでも人類が進歩するには、その方が手っ取り早かったかも知れん」

「貴方はそれで良かったと」

「今の惨状を見ろ」

ワン老師に、プライムフリーズが言う。

私もそれに同意見だ。

だけれども、もっと良いやり方は無かったのか。

勿論初代オリジンズが、血を吐きながら戦って、その条約を勝ち取ったのは事実なのだろう。

だけれど。

ザ・ヒーローは。

人類に夢を見すぎていたのでは無いのか。

彼は。いや、人類がみな、ザ・ヒーローのような存在だったのなら。条約も達成できたのだろう。

だけれど現実は違う。

今の、八億まで減った人口。

圧政を敷くヒーロー。

もはや人権さえ喪失し、生きた貨幣としてしか扱われない市民。

それが、ザ・ヒーローが評価した地球人の現実だ。

「ヒーローがこれほどいなければ、こんな事には……」

「そうかもな。 だが、銀河連邦政府なりの妥協案だったんだよ」

「……」

ワン老師も返す言葉が無い様子だ。

老師の苦悩も分かるけれど。

私は、少しドライになりはじめていた。

正直な話をするが。

もうこの世界はだめなような気がする。

ザ・パワーがどれだけ頑張っても、一度手に入れた特権をヒーロー達が手放すはずがない。

下手をすると、オリジンズに対する反乱が起き。

それを宇宙人達が見逃すはずもない。

その時、地球はどうなるのだろう。

人類を滅ぼすつもりは無いとしても。

宇宙人達は地球人類に、好き勝手をさせる事は、当面無いだろう。百年か、千年か、もっと長い間か。

ワン老師が話を変える。

「見つかりそうですか」

「厳しいな」

前もそうだったけれど。

相手のあの隠蔽能力は得体が知れない。

能力だけで言うと、あのアンデッドより上かも知れない正体不明のヴィランが敵にいる事になる。

何者かは分からないけれど。

いずれにしても、この戦力で手が出せるのか分からない。

通信が入る。

フードの影からだ。

「本拠を移動する」

「何かトラブルが」

「ヴィラン討伐部隊の斥候が此方を見つけた。 下手をすると本隊が来る」

「!」

それは、仕方が無い。

プライムフリーズが、大きく嘆息した。

「面倒だな。 いっそ殺すか」

「十人からなるヴィラン討伐部隊を全滅させるのは、貴方でも無理でしょう」

私がそう冷静に指摘すると。

プライムフリーズは、応えなかった。

バギーを引き返させ。

途中で指定した座標で落ち合う。

余程慌てていたらしく、装備をいくらか放棄して、クリムゾンの構成メンバーは逃げ出してきていた。

これでまた状況が悪くなった。

「もう一度探知する」

プライムフリーズが、もう言葉も無い様子の石塚に、そう言う。

そして、手を広げ、探知を始めた瞬間だった。

ワン老師が動く。

その体は。

一瞬で槍にて、突き抜かれていた。

即座に異形化する私。

槍でワン老師を貫いたそいつは、何者か分からない。プライムフリーズも即応し、無数の氷の槍を投擲するけれど。

その全てが、残像を貫くだけだった。

石塚がワン老師を引きずって逃げるが、どう見ても致命傷だ。周囲が大騒ぎになる中、パーカッションを守りながら、ジャスミンが逃げろと叫ぶ。

槍を持っている奴は、見覚えが無い。

此奴、ヒーローか。

全体的には半魚人を思わせるスーツを着込んでいて。

手にしている槍には、血が滴っていた。

「オレの奇襲に反応するとは、市民とは思えんな」

「貴様……」

「ヴィラン討伐部隊、エイハヴ」

「初代オリジンズが三、プライムフリーズだ」

プライムフリーズが、視線で行けと促してくる。

こんな事をしている場合では無いと思うのだが。

しかし、最悪な事に。

ヴィラン討伐部隊としては、此方を見逃すわけにも行かないだろう。ヒーローを何人も殺しているヴィラン組織だ。

プライムフリーズが、一喝。

氷の壁が、何重にも出来る。

「C地点に各自散開して向かえ」

銃撃の音。

既にサイドキック部隊も回り込んできている様子だ。

最悪の展開。

プライムフリーズの作った壁を、エイハヴが一瞬で切り裂く。プライムフリーズは、だが、その一瞬の隙に。

エイハヴに、破城鎚のような、巨大な氷の塊を叩き付けていた。

吹っ飛ばされるエイハヴ。

だけれど、更に二つの気配が、プライムフリーズの側に出現。エイハヴも今ので死んだりせず、立ち上がってきている。

三対一か。

私は下がりながら、猛射してくるサイドキック部隊から、味方を庇う。必死に逃げる味方だけれど、ばたばたと撃ち倒されていくのが分かった。

元々綱渡りに近い状態だったのだ。

こうなってしまった以上、なすすべが無い。

撤退と叫ぶ石塚が、被弾した。

 

丸一日の猛烈な追撃を振り切って、C地点に到着。

私は途中で見つけたボロ切れを纏って、どうにか全裸で歩き回るのは避けていたけれど。それでも、被弾がひどかった。

これでも戦闘タイプヒーロー並みの力は手に入れている。

サイドキック部隊を蹴散らすのは難しくなかったけれど。何しろ相手はヴィラン討伐部隊。

ヒーローが来たら終わりだ。

今の私では、まだその一人にも勝てない。

だから、必死に血路を開くこと。退路になる事。それぞれしか出来なかった。

逃げ延びた味方が、集まっている。

ワン老師は絶命していた。

あの一撃から、プライムフリーズを結果として庇ったのは、どういう心境だったのだろう。

ジャスミンは頭に包帯。

石塚は、左腕を吊っていた。

アーノルドはいない。

どうしたと聞くと。ジャスミンは首を横に振る。

「彼奴は、パーカッションを守って死んだ」

「……」

いけ好かない奴だったけれど。

こんな形で犬死にするなんて。

悔しかっただろう。

私は大いに嘆息した。

だけれど、いつかは起きていたことだ。

ヴィラン討伐部隊にしても、上位の討伐対象になっている我々を見つけて、無事ですませるわけにもいかない。

ただでさえ、この間アンデッドの麾下組織の首脳部を逃がしてしまったのだ。

フードの影は。

いる。

というか、奴のフードは、恐らく銃撃を浴びたのだろう。焼けて、その姿が見えてしまっていた。

人とは微妙に違う姿。

普段は人を偽装しているのだけれど

ダメージがひどくなると、偽装が解けると聞いている。

今、フードの影は。

本来の姿である、目が四つある異星人のものへと変わっていた。

ただ、石塚も私もその正体は知っているし。

他のクリムゾンメンバーも、今は正直、構っている暇が無いのだろう。手当が出来るメンバーさえ、殆どいないのだ。

「生き残りは」

「今の時点で二十七人。 後十五六人は生きていると信じたいですが」

石塚の言葉に。

古参の部下が返していた。

プライムフリーズが、姿を見せる。手酷く負傷していて、口から血が伝っていた。氷のそりを引いていて。其処には何名か、身動きできない味方を積んでいた。

「手当てしてやれ」

「……」

プライムフリーズも、惨状には閉口。

何も応えない石塚に対して、声を荒げるようなことも無く。見張りはするから、手当に注力しろと言い捨てて、下水の奥へ消えていった。

私は、頷くと。

石塚に言う。

「生存者を探してきます」

「気を付けろ。 此方を泳がせて、集結したところを叩く気かも知れん」

「……そうですね」

プライムフリーズも、流石にヴィラン討伐部隊の手練れ三人を相手にしては、負傷は免れなかったか。

見張りに立っているプライムフリーズに、生存者を探しに行くと告げると。

首を横に振られた。

「無駄だ。 もう周囲に生存者はいない」

「探知したんですか」

「たった今な」

「……」

そうか。

どっと疲れが出て、下水の壁に背中を預けて、座り込んでしまう。腕組みしたまま、プライムフリーズは、何度か乱暴に自分の口を擦った。

内臓から出血しているという事は。

それだけ能力を使った、という事だ。

「手強かったんですか、あの三人」

「あの後更に三人来た。 その一人はミフネでな」

「……!」

「流石に抵抗は無理と判断して、さっさと逃げに徹したが、ミフネに一撃貰ってな」

和服をもしたスーツの一部を開いて見せてくれる。

氷で止血しているが。

貫かれている様子が、ありありと分かった。

ただ、プライムフリーズも戦闘タイプのヒーローだ。

この程度では死なない。

ぼんやりとする私に。

プライムフリーズは話してくれる。

「彼奴はこのことを予想していたよ。 恐らく今回の襲撃は、アンデッドの組織による反撃だろう」

「そんな人員がいるとは思えないんですが」

「内部にいるんだよ」

「!」

正確には、本人さえ自覚していない、発信器のような能力を使ったのだろうと、プライムフリーズは教えてくれる。

流石に電波までは。

プライムフリーズでも、探知は出来ないそうだ。

「お前も休んでおけ。 パーカッションは怖がっているだろう。 側にいてやれ」

「……テンペストと、和解して貰えませんか」

「思考方法が根本的に違う。 一緒にいても、戦力を相殺し合うだけだ」

「今はそんな事を言っている場合ではないと思いますが」

プライムフリーズが此方を見る。

冷徹な目は。

拒絶に満ちていた。

「ちなみに、今回、ヴィラン討伐部隊を殺せましたか」

「いや、三人重傷を負わせてやったが」

「テンペストがいれば、被害をもっと減らせたはずです」

「机上論だ」

机上論じゃない。

そう反論しようと思ったが。プライムフリーズが聞くとは思えない。

少し考えてから。

論法を変えた。

「ヴィラン討伐部隊とやり合うべきではありません。 そのためには、戦力を高めて、抑止力を作る必要があります」

「テンペストを加えると」

「他にも、仲間に出来そうなヴィランには声を掛けていきたい所ですが」

「……」

当てでもあるのか。

腕組みして、プライムフリーズは考え込む。

さて、此処からだ。

どう説得するべきか。

私の思惑を読み取ったのか。

プライムフリーズは、大きく嘆息した。

「分かった。 この損害では、クリムゾンという組織は壊滅と判断する他ない。 もう一度おそわれたら対処できないだろう。 わしがゆずるしかあるまい」

「分かっていただければ何よりです」

「ただしテンペストはお前が説得しろ」

「それはもう」

さて、此処までは上手く行った。

次はテンペストだが。

コッチも厄介だ。

相手は名うての頑固者。理念に生きる奴は、大体面倒な事が多い。それでも、テンペストは悩んでいるようだし、調べると思った以上に理性的に動いている。得た情報を鵜呑みにするのでは無く、相手の所行を実際に確認してから叩き潰している当たり、ただの脳筋ではない。

今まで何度かの協力を得たが。

それもテンペストが、市民の利になると判断したからだ。

「すぐに出ます」

「……」

プライムフリーズは応えない。

今、この難しい状況下で。

これ以上、無為に戦力を削るわけにはいかない。

戦略面から考えても。

そろそろ、テンペストとは、合流すべきだった。

 

3、合流へ

 

ボールウェーの支配地区では、なんとライトマン麾下のサイドキック部隊が布陣していた。

この様子だと、あのヴィランどもの行動を知っている可能性が高い。

ライトマン自身が来ている可能性も高いだろう。

今のわたしでは、まだ戦うのは厳しい相手だが。

しかし、である。

隙もある。

まず観察。

その結果、すぐに分かったのは、ライトマン麾下のサイドキック部隊が、例に無いほどやる気が無い事。

とにかく弛みきっているというか。

士気が落ちきっているのが、かなり遠くからでも確認できるのだ。

この地区を支配しているボールウェーは、空中に浮かんでいる、直径百メートルほどある球体を自在に操る能力を持っている。

これを時々面白半分に市民の上に落としては。

その潰れた様子を見て楽しむというゲスである。

実際に、その有様は確認した。

ボールウェーはこの無意味かつ残虐な殺戮を趣味にしているのだけれども。それ以外では、むしろ市民から財産を搾り取らないというか関わらない方で。この地区の市民は、増加傾向にあるとか。

だから後回しにしていたが。

はっきりいって、その残虐さは、今見て思わず殺意が湧くほどだった。

球体を隕石のように空から落とし。

その火力で、周囲にいる人間を粉々に消し飛ばす。

事前にスピーカーで、何処に落とすかを宣言してから。

つまり、犠牲になるのは、逃げようが無い弱者ばかり。老人や子供が潰れるのを見て、ボールウェーは楽しんでいるのだ。

潰しに行くのは確定。

問題は、その宮殿の前。

非常に不機嫌そうな顔をして、居座っているライトマンだ。

本人が姿を見せている。

その様子からして、わたしが出向けば殺しに掛かってくるのは確実だろう。

ヴィランまで使って、わたしを殺そうとしておいて。

オリジンズ内部の誰が手を回したかは知らないが、そのヴィラン達全員にあっさり裏切られた。

多分依頼金の半額くらいは持って行かれたのだろう。

あの有様では。

怒りにハラワタが煮えくりかえっているはずだ。近づくだけで、無差別攻撃を仕掛けて来かねない。

不意に、後方に気配。

だが、振り返らない。

誰かは分かったからだ。

「雲雀だな。 何か用か」

「ボールウェー潰すの、手伝ってあげようか?」

「条件次第だ」

「OK」

そこで、ようやく振り返る。

気配がおかしい事には気付いていたが。

雲雀は、傷だらけだった。回復も満足に出来ていない様子だ。何があったのか聞く。そして、絶句した。

ヴィラン討伐部隊と鉢合わせ。

クリムゾンは組織の三分の一を喪失。

手練れのメンバーを何人も失った。

頭を抱えたくなる。

同じアンデッド麾下組織を狙っているだろうに。壮絶なつぶし合いをしてしまった、というわけか。

プライムフリーズも重傷。

ヴィラン討伐部隊も、三名が行動不能。

これでは、高笑いするのは、アンデッドだけだ。

「頼みがあるんだけれど」

「何だよ」

「ウチに入ってくれない?」

「断ると言ったはずだが」

理由を告げたとおり、プライムフリーズの私設軍隊と化している今のクリムゾンに加入する気は無い。

というか、そもそも何処かの組織に入る気がない。

条件が揃えば連携は考えるけれど。

それ以上の事はするつもりはない。

「今、状況が厳しいのは分かってるよね」

「多分プライムフリーズも言ったんじゃないのか。 わたしとプライムフリーズは、考え方が違う。 わたしはこれでも、殺さなくても良い相手は殺さない方針なんだよ」

「知ってるけどね」

「わたしは師匠にヒーローってものが本来どうあるべきかを学んだ。 師匠は本物のヒーローの魂を受け継いだ存在だった。 そんな人がヴィラン呼ばわりされて、ヴィラン討伐部隊に袋だたきにされて殺されるのを見ているしか無かった。 だからこそ、わたしはな、師匠に恥ずかしい事は出来ないんだよ」

顎をしゃくる。

ライトマンが苛立った様子で、周囲にかんしゃくを飛ばしている様子が、廃ビルの窓から見える。

この廃ビルも、昔は多くの人で賑わったのだろう。

今はホームレス化した市民が、いつ鉄球が降ってくるか分からない恐怖の中、怯えながら肩を寄せ合って過ごす場所だ。

「じゃ、まずはあの馬鹿を出し抜こうか」

「ライトマンがゲス野郎だって事は同意するが、彼奴は強いぞ。 能力にしても、プライムフリーズに迫るんじゃ無いのか」

油断はするな。

師匠に言われ続けた事だ。

今の時代、ヒーローの理念は地に落ちているけれど。

それでも強い奴は強い。

実際、今まで六十人を超えるヒーローと交戦してきたけれど。ゲス野郎でも、強い奴は強かった。

ビートルドゥームがその代表例だろう。

あのゲスは、吐き気を催すほどの外道だったけれど。実力に関しては、今のわたしでも本物だと思う。間違った強さであるとも断言できるが。

「陽動を引き受けるよ」

「良いが、大丈夫か。 それにライトマンは、下手をすると光の速さで、ボールウェーの救援に駆けつけるんじゃ無いのか」

「其処は任せて」

「……良いんだな」

良いと、雲雀は言う。

嘆息すると。

わたしは任せたぞと言って、ビルを出た。

其処から地下に潜って、移動。

敵は防衛線を、当然地下下水道にも張り巡らせているはず。ライトマンが来ている位なのだ。

わたしがボールウェーを狙っていることなんて、先刻承知なのである。

それで、わたしがライトマンと直接交戦を狙わないことも、敵は悟っているはず。どう潜入するかが問題なのだけれど。

プライムフリーズがいれば、或いは。

そう思った時。

思わぬ声を聞いた。

「プライムフリーズが現れたぞ!」

サイドキック達が慌てている。

当然だ。

ライトマンを凌ぐ実力を持つ存在である。今、ヴィラン討伐部隊は近辺にいない。つまりライトマンが出るしか無い。

大慌てで、上で人が行き交う気配。

わたしはしばし様子を窺った後。

地上に敢えて出た。

そして、体勢を低くして走る。

見える。

確かにプライムフリーズの姿があるけれど。アレは恐らく、氷像。それも、本人は近くにいないと見た。

なるほど、雲雀の奴。

恐らくは、プライムフリーズに、どのタイミングで氷像を作るのか、指定したのだろう。わたしがどの当たりまで来ていて。いつ仕掛けるか、狙っているかを計算した上で、である。

出来る奴だ。

頭の回転はわたしより速い。

わたしは走る。

ライトマンは、相当慌てているのだろう。自ら出陣すると、空中を凄まじい勢いで飛んでいく。

恐らくオートで防御だけをするように指定されているだろう氷像が。凄まじい太さの光線を放ったライトマンの一撃を、氷の壁で防ぎきる。恐らく水でレーザーが減衰するのを利用した防御。

つまり、ライトマンの攻撃を想定した防御だ。

さて、時間はあまりない。

突入するわたしだけれど。

当然サイドキックが気付く。

だけど、声など上げさせない。

無言で畳みながら、宮殿に突入。ボールウェーは、中肉中背の、三十代後半の男だと聞いている。

写真も見たことがあるが。

ヒーローは見栄からか、写真を加工して、かっこうよく見せようとする傾向がある。

強さを見て、判断するべきだろう。

そして今回の件。

恐らく、ライトマンをけしかけた奴が絡んでいるはず。

誰かは知らないが。

多分オリジンズのメンバーだ。

ボールウェー自身は其処まで危険視していないけれど。そいつの動きが気になる。ライトマンに恥を掻かせるだけ掻かせて、わたしを討ち取ろうと考えているかも知れないからだ。

その場合、ライトマンを引きずり下ろした上で、権力を握れる。

ろくでもない。

この状況で、まだ権力が欲しいとか、呆れてしまうけれど。

そういう奴が、弱いとは限らないのだ。

宮殿は、ギリシャの神殿みたいな造りで、入ると気配がすぐに分かった。ボールウェーは、執務机のようなのについて、書類を書いていて。

わたしを見ると、ぎょっとした様子で顔を上げた。

「なんだ貴様」

「ライトマンが来ているだろう。 わたしがその原因のテンペストだ」

「!」

悲鳴を上げようとしたボールウェーの顎を蹴り砕く。

だけれども、吹っ飛んだボールウェーは、壁に張り付くようにして、体勢を立て直す。

思ったよりは出来るか。

だが。

奴がコッチを見ようとしたときには。

わたしは既に、踵落としの態勢に入っていた。

床に叩き込む。

頭を蹴り砕かれる勢いで地面に突っ込んだボールウェー。来いと叫んだ。黒い球体が、此方に飛んでくるのが分かる。

神殿ごと、潰す勢いだ。

ライトマンが此方を見る。

その瞬間、氷像が反撃に転じる。

というか、爆裂。

ライトマンが、もろに冷気に巻き込まれるのが見えた。

なるほど、そういう時間稼ぎか。

わたしは、ボールウェーが逃げようとする頭を掴むと、壁に叩きつけ。何度か叩き付けてコンクリを砕いた後。

更に壁に擦りながら走る。

壁がおろし金になり、顔をすり下ろされるボールウェーが絶叫するが、正直どうでも良い。

市民を潰して遊んでいたような奴だ。

しかも、今サイドキックが大勢いる神殿に。

その殺戮球体を落とそうとしているのである。

遠慮なんかいらない。

顔をすり下ろした後、床に叩き込み、背骨を蹴り砕く。

それでも、ボールウェーは、壮絶な表情で、振り返った。

球体が破裂。

無数の棘になって、此方に飛んでくる。わたしはその半数をはじき返し、残りが周囲に刺さるのを見た。

逃げ損ねたサイドキックが、串刺しになりかけるのを、蹴り弾く。

そして、それを見たボールウェーが、肉だけになった顔で、笑みを浮かべた。

「死ね!」

ぎゅっと握り混むと。

破裂し、無数の棘になっていた球体が。

わたしめがけて集まる。

そして、一気に圧縮。

球体に戻った。

馬鹿笑いするボールウェー。だけれど。わたしが球体を内側からぶっ壊して、傷だらけになりながらも出てくると。

悲鳴を上げて、這い逃げようとする。

背骨を折り砕かれて、まだ動けるのは流石戦闘タイプヒーローだけれど。わたしとしても、此処までやる奴を、許すつもりは無い。

「悪いが、時間がないからな。 手荒いぞ」

「ま、まて! 私は自分の趣味で、最低限の市民しか殺していない! お前は市民を虐げるヒーローを殺すと聞いている!」

「今、お前がしている残虐行為が! そのままの事だろうが!」

「そんなにたくさんは殺していない! 趣味の範囲ぶべが!」

顔面に蹴りを叩き込んで、歯を全部折り砕くと。

更に跳躍して。

空中から打撃を百発ほどぶち込み、あらゆる骨を全部砕いた。

血反吐の中に転がるボールウェー。

周囲には、わたしがぶっ潰した球体の残骸が。コールタールの沼のようにして拡がり始めている。

能力を喪失し。

制御を失った球体が、ただの構成物質。よく分からないけれど、タールか何かに戻っていっているのだ。

わたしは、血の海に沈んだボールウェーを掴むと、引きずって神殿を出る。

球体が落ちて、半壊した神殿の周囲には。

市民達が、ぼんやりとした表情で集まっていた。

「此奴がボールウェーだ! 能力は既に失っている! もうあんた達は、いつ落ちてくるか分からない球体に怯えなくてもいい!」

さて。

ライトマンは。

まだ氷の爆発の中から出てきていない。

だから、わたしは咳払いすると。

肉塊と化したボールウェー(一応まだ死んでいない)を、市民達の中に放り込んだ。

「後はあんた達に任せる! 恨みを晴らすなりライトマンに引き渡すなり好きにすると良いだろう。 そいつはもうヒーローじゃ無い! 手を出しても大丈夫だ!」

まあ、後は市民が決定するべき事。

わたしは知らない。

そして、である。

振り返ると同時に。そいつに視線を送った。

「あんただな、今回の件の首謀者は」

「ほう、気付いたか」

姿を見せるそいつは。平凡な、少壮の男性に見えた。格好は、ザ・パワーを意識しているように思える。

だが此奴は傀儡だ。

スーツさえ着ているが、中身はごくありふれたサイドキック。つまり此奴の裏には、まだ得体が知れない何者かがいる。

他人を操作する能力者。

そう見て良いだろう。

だとすると、誰だ。

アンデッドは流石に無理。

その配下も厳しいだろう。

やはりオリジンズの誰かとみるべきだろう。そうなると、可能性が浮上してくるのは。

気配。

氷爆弾の中から、飛び出してきたのはライトマン。

どうやら時間切れだ。

流石にわたしも、ライトマンと連戦をするつもりは無い。ボールウェーが思った以上の抵抗をしたことで、わたしの力も消耗しているからだ。

地面に煙幕弾を叩き込むと。

即座にその場を離れる。

何者かが、状況をコントロールしている。

今日は、それが分かっただけで良しとする。

あらかじめ決めておいた地下下水道に飛び込むと。其処から、さっさと逃げに走る。途中、サイドキックの防衛線が、幾つか壊滅していた。

恐らく雲雀の仕業だろう。

無言のままわたしは。

安全圏まで駆け抜けていた。

 

予定地点で、雲雀は待っていた。

かなりの数のサイドキック部隊を相手にしたはずだが、ほぼダメージは受けていない。流石に、それなりに強くなってきている、という事だ。

「ボールウェーは」

「潰した」

「そう、じゃあ予定通りに、此方に来てくれるかしらね」

「あくまで同盟だけどな」

傘下に入るつもりは無い。

もう一度、繰り返す。

今の時点では、プライムフリーズの独裁もあって、クリムゾンという組織とは手を組む以上の事をしたくない。

場合によっては即座に離脱。

そのつもりだ。

だが、わたしとしても。

雲雀が此処まで来たと言うことは。

クリムゾンという組織が、如何に追い詰められているかは、よく分かっているつもりだ。条約の内容を知っている上に、内部監査の、銀河連邦の人間もいる。

それでは、放置は出来ないだろう。

勿論、クリムゾンがそう名乗り出れば良いのだけれど。

オリジンズも躍起になっている筈だ。

ヴィラン討伐部隊の小競り合いの時も、躊躇無く皆殺しにするつもりで動いていたようだし。

もはや、容赦も加減も、するつもりはないだろう。

しばし、地下下水道を移動。

クリムゾンの暫定本拠に着いた。

血の臭い。

腐臭。

予想以上にひどい状況だ。

今回の襲撃で、どさくさに紛れて、雲雀がライトマンのサイドキック基地から、随分と医療物資をくすねてきたようだけれど。

それもあっという間に消費される。

話にも聞いていたが。

数も相当に減ってしまっていた。

ワン老師も、アーノルドもいなくなっている。

わたしは、大きく嘆息した。

石塚が、わたしをみると、ほっとした様子で近づいてくる。

「支援してくれるのか、テンペスト」

「今の時点では、同盟を結ぶかもと言う話になってる。 話だったら聞くよ」

「それだけでも有り難い」

プライムフリーズが来るが。

負傷が癒えていない。

ヴィラン討伐部隊とやり合ったという話だが。

それならば、正直な話。無理もない状況だ。

「テンペスト、戻ってきたか」

「あんたの配下になる気は無いぞ」

「分かっているさ」

「いずれにしても、これは体制の立て直しが必要だな」

苦々しくわたしが言う。

クリムゾンの組織は、三分の一に激減したが。

これはもはや、自己努力だけでは回復不可能だろう。

テンペストのような抵抗活動を続けているヴィランや、ひーローに抵抗する組織を少しでも取り込んでいかないと無理だ。

だけれども、それも厳しい状況。

何か活路はあるのか。

一瞥するフードの影。

彼奴の動き次第では、一気に活路が開けそうだが。

無理強いしても、どうせ碌な事にはならないだろう。

八方ふさがりだ。

「リーダー」

「どうした」

石塚が、ジャスミンの声に振り返る。

死者から、記憶の断片をHDDに移動していたパーカッションから、面白い情報が出てきたという。

死者の中に、何か妙なのが混じっていたというのだ。

ひょっとして、スパイか何かか。

だが、どうもそうではないらしい。

「此方を見てください」

HDDを、パソコンにつないで、内容を確認。

わたしも見ている中。

その光景は、映し出された。

ノイズが掛かっているのは、記憶から直接抽出したから、だろう。薄暗い部屋で、縛り上げられた男の所に、誰かが来る。

手には斧。

かなりの長身だが、女性の様子だ。

「バラマイタ……?」

「!」

知っている。

オリジンズの古株の一人だ。ペストマスクを半分に切ったようなマスクをつけていて。とにかく得体が知れない不気味さを誇る。

ライトマンが黒幕として分かり易いのに対して。バラマイタは、貧弱な能力を磨き上げて強くなっていた猛者で有り。

その能力は、展開性が極めて高いと聞いている。

「や、やめてくれ……!」

映像の中の男性。

恐らくは、サイドキックだろう人物が懇願するが。躊躇無くバラマイタは斧を振るい上げ。そして、男性へと降り下ろした。

鮮血がまき散らされる中。男性の生首をもったバラマイタが、部屋を出て行く様子が、うっすらと映し出されていた。

何だこれは。

首を落とされたというのなら。

死んだ男性は何だったんだ。

薄気味が悪い。

何が起きたのか、さっぱり分からないと言うのはこの事か。

他にも、おかしな映像があると言う。

別の、瀕死になっている男性の記憶映像だが。

途中、あるシーンで、とんでも無いものが映っていた。

いきなり、映像を塞ぐように。

つまり、男性の視覚を完全に覆うようにして。

巨大な目玉が現れたのである。

これは、なんだ。

「ザ・アイ?」

雲雀が小首をかしげる。

能力がよく分かっていないという彼奴か。

だが、その巨大な目が。

数秒だけ瀕死の男性の視界を塞いだ後、すぐに消えてしまう。何が起きたのか、よく分からない。

雲雀が言う。

「パーカッション」

「はい」

「もう少し、これらのサンプルを調べて。 何か分かるかも知れない」

「分かりました」

さて、問題は此処からだ。

オリジンズ側がどう出るか。

総力を挙げて来られると、クリムゾンなんてひとたまりも無い。しかし今は。ICBMをぶち込むという暴挙に出たアンデッドの組織を放置も出来ないはず。プライムフリーズとしても、それは同じだろう。

幾つもの思惑が交錯しているのが分かる。

このままでは。

銀河連邦がしびれを切らす日も

そう遠くないように、わたしには思えていた。

 

4、遠き日

 

ライトマンに呼び出しが掛かる。

真っ青になって現れたライトマンが円卓につくと。

ザ・パワーが、出来るだけ低い声で言う。

「申し開きは?」

「何のことだ」

「テンペストを潰すために、ヴィランをわざわざ雇った上に、失敗したという報告が来ている」

「デタラメだ!」

ライトマンは叫ぶが。

しかし、ザ・パワーが突きつけた映像は。

彼の、天井が無い宮殿のもの。

其処では、指名手配ヴィランであるカリギュラを一とする数人と、密談するライトマンの映像が、ばっちり撮られてしまっていた。

言葉も出ないライトマンに。

更に追い討ち。

円卓に現れたのは。

縛り上げられた、そのカリギュラだ。

ライトマンは察する。

そうか、此奴らは。誰かしらの命令で、最初から動いていて。そして捕まることも、仕事の一つだったのだ。

裏にいるのは誰か。

バラマイタか。ザ・アイか。

どっちかだろうと思ったのだけれど。

にしては、不可思議な点も散見される。

分からない。

一体何が起きている。

「功を焦るばかりに、愚かな真似をしたな。 ライトマン、君にはしばし休職して貰う事にする」

「……っ!」

「ボールウェーが襲撃されるという話を知りながらも、故意に隠していたという疑惑も出てきている。 それについても、後で尋問させて貰う」

サイドキックが二人来た。

ライトマンの両脇を掴むと、椅子から無理矢理立ち上がらせる。

此奴らを溶かして逃げるくらいは簡単だ。

だが、目の前にはザ・パワーがいる。

そう簡単には行かない。

口惜しいけれど。

此処はどうにも出来ない。

「連れていけ」

ザ・パワーの声は。

予想以上に冷ややかだった。

 

牢に入るのは久しぶりだ。

ぼんやりとしていると、差し入れである。

なんと、グイパーラからだった。

「どうぞ。 昼食もまだでしょう」

「ザ・パワーのシンパである貴様が、何のつもりだ」

「今はただ不幸な事件があっただけと思っています。 しばらくは、我慢しながら、好機をお待ちください。 私も取りなしには協力しますから」

「ふん……」

妙だ。

何か臭う。

だが、いずれにしても、だ。

今円卓の不和を銀河連邦に見せる事は、マイナスしかないはず。それならば、この茶番も、そう長くは続かない。

そう思っていたが。

牢には、グイパーラ以外誰も来ない。

おかしいなと思っているうちに。

徐々に焦りが出始めてきた。

何だろう。

不安が、少しずつ。だが確実にせり上がってくる。

どういうことだ。怒りは今まであった。不快感もだ。

だがこの不安は。

牢の中を、うろうろする。

流石に実刑が出たわけも出ない。拘留中のライトマンを、強制労働させるわけにもいかないのだろう。

たまに食事が差し入れられる此処と。

外に出られないことを除けば、不自由は無い。

円卓での発言権低下には困っていたが。

考えてみれば、これ以上円卓で周囲の敵視にあうよりも。今は静かにしている方が良いはず。

その筈なのに。

どうして、こうも焦りが体を焦がすのか。

ふと気付く。

見られている。

監視カメラじゃ無い。

何かもっと別のものだ。

プライムフリーズかと一瞬思った。

彼奴は氷像を、空間を超えて出現させて。ある程度自分の能力に近い事をさせる事が出来る。

それはこの間。ボールウェー戦で散々味合わされた事だ。

だが、それはあくまで場所と時間が指定されていて。プライムフリーズもそれに注力するという条件がつくはず。

それに見た感じ、プライムフリーズ特有の老獪な戦術も見せなかった。

つまるところ、自動で動く事をプログラムさせたロボットに過ぎない筈だ。

だが、違う。

今の視線は、監視カメラなんかではないし。プライムフリーズの、プログラムに沿ったものでもない。

もっと感情がこもったものだ。

ずるりと、視界の隅で。

何かが動いた。

慌てて戦いに備えるが。

それは、下水へと引っ込んでいく。

呆然とみていたが。

正体については、とうとうよく分からなかった。

 

以前はろくにあつまりもしなかったオリジンズだけれど。今はライトマンを除く全員が円卓についている。

宇宙人との交渉は。

まだ続いているのだ。

今日は定時連絡の日。

クラーフからの通信を経て、少しずつDBの解析と、権力の均一化に向けて進めているという話をしたが。

いきなりライトマンについて話を振られた。

「君達の一人、ライトマンが収監されたそうだな」

「彼はヒーローにあるまじき罪を犯した。 それだけだ」

「その法を、きちんと平等に市民にも恩恵が得られるようにするには、どれくらいかかりそうかね」

「市民に法を適用する……!?」

嘲弄混じりに、ウォッチが言うけれど。

ザ・パワーがひと睨みして黙らせる。

こういう認識は、ヒーローの間では普通だ。

市民は生きた貨幣としての価値しか無い。同じ市民から生まれていても、ヒーローは特別な存在。

だから、好き勝手に扱って良い。

事実MHCは。

親の市民を、十歳までに殺すケースが九割を超えると言う事だ。五月蠅い親なんていない方が良い。

そう子供は思うもので。

愛情なんてものは、過剰な特権で狂った存在には、何の意味もないことを如実に示すデータである。

「それで、条約の全文解析はまだかね」

「まだだ。 特に念入りにDBの中から消されていて、回復に苦労している」

「技術の供与は出来ない。 我々も努力している様子は確認しているから、そのまま続けて欲しい。 くれぐれも馬鹿な気は起こさないように」

通信が切れる。

肩をすくめているのはバラマイタだ。

マンイーターレッドも、くつくつと笑っている。

「市民に権利を、何てねえ」

「ヒーロー達が納得するはずが無いわねえ」

女性陣もこうだ。

少し前に、ボールウェーがテンペストの手に掛かったが、彼奴も趣味の範囲内で市民を殺して遊んでいただけで、ヒーローとしての統治責務はきちんと果たしていた、と聞いている。

つまり。世界そのものが狂っている。

ボールウェーにしてもウォッチにしても。

今の時代の「常識」から見れば、まともなことを言っているだけなのだ。

彼らは自分たちが悪いなどとは微塵も思っておらず、今回の宇宙人からの提案にしても、理不尽なことを押しつけられているとしか考えていない。

だからまずい。

ザ・パワーの所には、最新の情報が届いているが。

DBの復旧領域の中には。

ここ二百年で、如何に市民から権力を無法に奪い。義務を押しつけ。経済から除外し。文化すらも抹殺して。

ヒーローだけで全てを独占。

社会からも、市民をはじき出していった過程が、克明に書かれていた。

プライムフリーズが円卓を見張っているうちはまだよかった。

だがオリジンズがプライムフリーズを眠らせてからは。

暴走はもはや誰に求められなくなった。

市民の識字率1%もその結果だ。

どんなひどい暴政を敷いた独裁国家でも、こんな数字はあり得ない。市民から財産だけではなく。

言葉を読む権利さえ。

ヒーロー達は強奪したのだ。

その結果が今。

条約の内容についても、ザ・パワーにはだいたい見当がついているが。プライムフリーズと接触すれば、全てを明らかに出来るだろう。

多分、オリジンズの中には。

それを躍起になって止めようとしている者もいるはず。

今回ライトマンを円卓から抹殺したのもそいつだろう。

誰かは分からない。

だがいるのだ。

ユダとさえ呼べないような。

単に、権力のためだけに、人類を売り渡した輩が、此処に。

アンデッド麾下組織の討伐に、アンデッド討伐部隊とともに出向いて力を入れているスネークアームが。

ロボットアームを挙手して言う。

「それで、どうしますか、ザ・パワー」

「今、全リソースを使って、DBの解析を実施中だ」

「それで、条約とやらが復旧出来たら、それに従うと?」

「従うかは、内容を見て決める。 ただいずれにしても、ヒーローに過剰付与された特権については、考え直さなければならないだろうな」

その言葉に。

全員から強い反発を感じる。

グイパーラは黙りこくっているし。

他のメンバーだって、良く想っていないことは確実だ。

それでもやらなければならない。

この地球を。

機械の軍隊が信託統治する、植民地に変えるわけには行かない。

宇宙人達は、地球人を絶滅させる気はないと言っていたが。

地球そのものを動物園にするつもりかも知れないし。

何が起きるか分からない以上。

どうにかして、最後まで交渉。

地球への侵攻だけは、食い止めなければならないのだ。

「君達も、覚悟はしておいて欲しい。 少なくとも、ヒーローが市民を生きた貨幣として扱い。 サイドキックを奴隷として使う時代には終わりが来る。 弱きを助け強気を挫くのがヒーローだと言う事は、既に忘れ去られて久しい。 だが本来、我等には、強い力を正しく使う義務が備わっていたはずだ」

「そんな義務は知らないわよ」

嘲弄。

バラマイタは、呆れたように肩をすくめるが。

ザ・パワーは、表情を変えない。

オリジンズから変えていかなければ、どうにもならないからだ。

ライトマンを此処から排除しても。

なんらザ・パワーの権限が増えたように感じないのは。

恐らくは、やはり黒幕は別にいるから、というのが正しいのだろう。

そいつが何を考えているのかは分からないが。

アンデッドの麾下組織と言い。

どうせ碌な事でないことは目に見えている。

ならば。

どうにかして、潰さなければならない。

これは。

オリジンズの長としての義務だ。

「スネークアーム」

「はい」

「クリムゾンは充分に弱体化した。 以降は、殲滅を狙わず、プライムフリーズとの交渉か捕縛を試みる。 心して欲しい。 残りのリソースは、アンデッド麾下組織の殲滅に注いで欲しい」

「……承知しました」

後は、DBの復旧か。

とはいっても、此処にいるメンバーに言ってはいないが、既に九割に達している。あと少しで、条約もその正体が判明する。

戦いは。

新しい局面に、入ろうとしていた。

 

(続)