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巨象との対話
序、第二の使者
オリジンズの円卓には、ＤＢより苦心の末再生された通信装置が持ち込まれ。そして今、共通言語に翻訳された言葉が発せられていた。
円卓の上で存在感を放つそれは。
古い時代のラジオに似ていた。
「此方銀河連邦政府の正式外交官。 君達の呼び方ではクラーフというのが近い」
「此方はオリジンズ代表、ザ・パワー。 貴方たちの過剰な戦力展開には、困惑を隠せずにいる。 だが、平和的な解決が出来ると信じたい所だ」
「過剰な戦力展開？ やはり条約を忘れているようだな」
「……」
ザ・パワーは口をつぐむ。
分かっている。
ＤＢは散々改ざんされている。その中を調査したが、ついに改ざんされる前の条約内容については発見できなかった。
初代オリジンズ生き残りのプライムフリーズが封印されてコールドスリープ装置に放り込まれたとき。
全てが狂った。
彼女が必死に守ろうとしてきたものは踏みにじられ。
老害の戯言として全て闇に葬られた。
勿論、プライムフリーズの方にも非はあったかも知れない。だが、ヒーローの魂を。当時のヒーロー達が失い。
そしてその結果。
今の地球が、壊滅の危機に瀕しているのも事実だ。
「クラーフ殿と呼べばよろしいか」
「随意に」
「ありがとう。 恥ずかしい話だが、我々は政争によって一度、君達との条約を喪失してしまったのだ。 先達の恥をさらすようで情けない事なのだが。 しかし、前向きに全てを検討していきたいとも思っている」
「思うのは自由だが、それはあれだけの犠牲を経て、ようやく作り上げた条約を踏みにじったという事を意味していないだろうか」
クラーフは辛辣だ。
そして彼は正論を口にしている。
ザ・パワーは。
先祖達の過ちが。今重圧となって、両肩にのしかかっているのを感じていた。
「我々の調査員が、既に地球に潜入しているのは知っているか」
「それは初耳だ」
「君達ヒーローと呼ばれる勢力には属していないからな。 あれはとにかく遊び好きで、色々と問題を起こす存在だったが。 しかし、おかげで此方でも、今の君達を取り巻く状況は把握しているつもりだ」
「……」
一つ一つの言葉が。
とにかく重い。
宇宙人。銀河連邦を構成する者達は。
地球人が条約を守るとは思っていなかった可能性が高い。
だが、彼らは約束を守った。
そして地球人が条約を守らないことを前提に。
準備を続けていて。
それが現実になったのだ。
今、彼らは。
後の禍の芽を摘む判断をしようとしている。
その判断をさせないためにも。
ザ・パワーは。あらゆる方法で、宇宙人との交渉を進めていかなければならないのである。
宇宙人の軍勢の駐屯。
それが最大の妥協案だ。
出来ればそれも避けたい。
過激派が何をするか分からないし。
そもそも、オリジンズでさえ、ザ・パワーは掌握できていない。今の魔境は、もう制御が効く状況では無い。
「クラーフ殿。 我々に戦う意思は無い。 まずは時間を掛けてゆっくり交渉していきたいのだが」
「それは構わないが、君達はこの星の二百年前にそう言った後、何をしたのか。 忘れていないな」
「以前のような愚行はしない」
「しかけたようだが？」
それを言われると弱い。
アンデッドの手下達が、ＩＣＢＭを宇宙にぶっ放そうとした事は、既に調べがついている。
アンデッドは喋らなかったけれど。
そもそも、ＩＣＢＭが発射された基地は、すぐに調べて。
発射台などの痕跡から、全ては解析済みなのだ。
もしぶっ放されていたら。
それこそどうにもならなかった。
旧式とはいえ、ＩＣＢＭの速度はマッハ２０を超える。しかも宇宙に撃ち出されることを前提としている場合。
速度は更に上がるのだ。
ライトマンなど、即応すれば撃墜が可能な者もいるが。
状況的に、とてもそれが出来る場合では無かった。
後一瞬、襲撃者達。恐らくはプライムフリーズ達が遅れていたら。
既に地球は、星ごと爆破されていた可能性さえあった。
「交渉は持つ。 それは我々から言い出したことだから当然だ。 だが、その代わり、此方でも地球の方は、緻密に観察させて貰う。 既に報告が入っているが、とてもではないがまともとは言い難い統治をしているようだな君達は」
「耳にいたい言葉だ」
「ならば改善をするべきでは無いのだろうか。 一部の存在に過剰な特権を与えても碌な事がないこと位は、君達も分かっている筈だが」
正論をずばずば言われる。
そして返す言葉が無い。
この星の人間は。
今言われた言葉に、反論できる歴史を積み上げてこなかった。
少なくとも、ここ二百年は。
特に、初代オリジンズが全ていなくなってからの百年は。
人類史上、最悪と言っても良い統治が行われていたのかも知れない。
そして銀河連邦は。
それを掴んでいる。
「交渉は複数回に分ける予定だが、君達はその間に統治の正常化をして欲しい。 もはや条約については仕方が無い。 我々としても、一つの星を根絶やしにするのは、如何に相手が危険だとしても本意では無いのだ。 君達の努力を期待する」
「……」
通信が切れた。
オリジンズのメンバーは、皆不満そうな顔をしていた。
口を引き結んだザ・パワーと。
周囲の温度差は明白だった。
「何だ偉そうに」
ウォッチが不満そうに言う。
だけれど。
時間を止めたくらいで、どうにか出来る相手では無いことも。ウォッチなら分かっている筈だ。
バラマイタが顎をしゃくる。
「それでどうするのかしら？」
「そも銀河連邦の艦隊は、戦って勝てる相手では無い。 それこそ昔のコミックに出てくる法則を司る宇宙の神に匹敵するか、それ以上の存在だ。 特権に溺れ、弱体化しきった今のこの星のヒーロー達が太刀打ちできる相手では無い」
「てか、初代オリジンズでも無理じゃないの？」
マンイーターレッドがせせら笑う。
その通りだが。
ザ・パワーは、それに何か付け足そうとは思わなかった。
咳払いしたのは。
顔を包帯で巻いているライトマンである。
「で、具体案は」
「ヒーローの特権抑制をまず行う」
「！」
皆が、一斉に敵意を向けてくる。
当然だろう。
今まで当たり前のように与えられていた特権だ。それを奪われると知って、喜ぶ者などいるはずが無い。
だが、それでもやらなければならない。
「政治機構の正常化が最優先任務だ。 或いは文民統制を行うべく、体制を変革する必要がある」
「ハア？ それは市民に権限を戻してやるってことカイ？」
「そうだ」
ザ・アイが目を細めた。
明らかに嘲笑している。
出来る訳が無い。
そう言っているのだ。
実際問題、大多数のヒーローは反対するだろう。そして今の地球は、実質ヒーローのみが動かしている。
サイドキックは奴隷。
しかも使い捨て。
市民は貨幣。
人権など存在しない。
ヒーローだけが人権を持ち。世界を動かす事が出来る。それはヒーローが単独で、軍をも凌ぐ力を持ち。市民がどれだけ束になっても。武器を持ったとしても。
核を使ったとしても。
勝てないからだ。
「現実的じゃあないな」
ライトマンが言う。
もう一度殴ってやりたかったが、今はこらえる。グイパーラを見ると、じっと黙っているばかりだった。
オリジンズの一人。
スネークアームが、挙手する。名前と違って、腕は蛇では無いのだが。兎に角寡黙で、滅多に口を利かない人物だ。
性別さえ公開していない。
何しろ、普段から四角いロボットに乗っていて。中身が見えないのだ。
実は中には誰もいないと言う噂もあるほどだが。
ザ・パワーは一応真相を知っている。
「いいですか」
「何かね」
「まずは、この世界の統治を正常化する事を考えましょう。 市民の生活向上も考える必要があるでしょう。 人権という概念を、市民にも再付与するためには、準備が必要でしょう」
「あんなカス共に人権なんかくれてやっても、使い物になるものか」
ライトマンがせせら笑うが。
スネークアームは無視して続けた。
「しかし、性急な改革は上手く行きません。 幸い銀河連邦の外交官はとても理性的な様子です。 時間を掛けて改革をして行く様子を見せていけば、納得はしてくれるのではないでしょうか」
「そうだな。 だが我々が超危険な攻撃型文明と見なされている事実に代わりは無いし、手を間違えると即座にゲームオーバーだ」
「分かっています」
皆が着目する中。
リストが、立体投影される。
現在世界に存在する戦闘タイプヒーロー、８０２１人の名簿だ。４０人以上テンペストが潰したが。それでもこれだけの数がいる。
ザ・パワーは一応全員の名前を記憶しているが。
顔合わせくらいしかしたことが無い人物も少なくは無かった。
「この中で、改革に反対しそうな人物をリストアップしましょう」
「全員ダロ」
ザ・アイが笑うが。
グイパーラが、咳払い。
「私を一として、ザ・パワーを慕うヒーローがいます」
「ああ、そういえばそんな物好きもいたな」
「……」
ウォッチが嘲笑。
グイパーラは言い返さなかった。
いずれにしても、だ。
これは確かに、大変な難事業だ。ザ・パワーは立ち上がると、オリジンズの皆を見回した。
「この中に、死にたいものは？」
「それは、意見を違えたら粛正するという事かしらねえ」
「そうではない。 今のままもたついていると、銀河連邦の艦隊は、地球に対してしびれを切らすという事だ。 そして戦いになったら、いくら何でも勝ち目は無い。 前は軽武装の五十隻でも、地球を蹂躙しつくすのに充分な戦力を投入してきた。 今回は木星サイズの旗艦を始めとして、本気で戦うための艦隊が来ているんだぞ」
権力にしがみついて死ぬか。
それとも権力を割譲して、我慢するか。
どちらかに一つ。
選んで欲しい。
ザ・パワーの言葉は。
オリジンズ皆に、敵意をもって迎えられた。
「特権を手放す？ 嫌だね」
ライトマンが言う。
グイパーラは、ザ・パワーに賛成する姿勢を示してくれている。意外な事に、バラマイタもだ。
ウォッチは、様子見。
他は、皆消極的な態度を取っていた。
スネークアームは分からないけれど。
ただ、見た感じ。
ザ・パワーに反対しているようには見えなかった。
「本来この星は、ヒーロー達が本気で復興にいそしみ、市民と協力して再興していたら、４０億の人間が何不自由なく暮らせる環境が整っていたのだ。 これから、その世界に向けて努力するべきだろう。 其処まで状況が改善すれば、銀河連邦の艦隊も撤退してくれるはずだ。 それは生存を意味する」
「何が４０億だ」
せせら笑うライトマンだが。
ザ・パワーがにらみつけると、流石に黙り込む。
此奴は、そろそろ。
本気で粛正するべきか。
だが、それでは暴君だ。
ぐっと言葉を飲み込んで、我慢する。一度殴った。ザ・パワーの力は、ライトマンも知っている。
だからこれ以上の過剰な暴力は必要ないし。
振るってもいけないのだ。
「アンデッドの組織を潰す必要もあるわね」
マンイーターレッドが言う。
その通りだ。
奴の組織は、明確にこの世界の破滅を狙っている。何を考えて部下共がそれに従っているかは知らないが。
下手をすると、地球が木っ端みじんにされてしまう。
優先事項としては。
これも決して低くない。
「古い時代、カルトと呼ばれる邪教が猛威を振るった時代があったそうだ。 今でも貧しい市民の中では、素朴な信仰が残っているケースがあるが、市民に財産も人権も無い現在では、それは猛威を振るうには到らない。 カルトがあるとしたら、アンデッドの組織だろう」
「ヴィラン討伐部隊は苦戦しているようだけれど？」
「この間の襲撃で、２３体の量産型ヴィランを討ち取った。 プライムフリーズらとの交戦でも、数体が倒れた様子だ。 体勢を立て直す前に、一気にアンデッドの麾下組織を駆逐する」
「それじゃあ、私に任せて貰いましょうか」
立ち上がったのは。
スネークアームだ。
とはいっても、ロボットが背を伸ばしたようにしか見えなかったが。
ちなみにスネークアームの実力は、ライトマンとほぼ同等。
任せてしまっても大丈夫だろう。
「ミフネと合流し次第、すぐに討伐を本格化させて欲しい」
「テンペストはどうします」
「……そうだな」
テンペストは、既に４０人を超える悪徳ヒーローを倒している。
そして今は黙っているが。
それはおそらく、アンデッドの組織とやりあって、相当に手酷く負傷したからだろう。怪我が癒えたらすぐに出てくる筈だ。
ブラックサイズとやりあって、生き残ったと聞いている。
実力は徐々にだが、確実についてきている、とみるべきだろう。
「本音を言うと、テンペストは味方に引き入れたい」
「はあ？ 正気かザ・パワー」
「彼奴がどれだけのヒーローを再起不能にしたと思っている！」
反論の声が方々から飛んでくるが。
ザ・パワーとしても引けない。
そろそろ、今まで好き勝手にさせていたこの円卓を、引き締めなければならないと思ったからだ。
「テンペストが倒してきたヒーローのリストを見たことがあるか？ いずれも市民を過剰に虐げ、この世界の人口を大いに削ってきた外道共だ。 同じヒーローの名を冠するのも嫌な連中ばかりで、この世界の過剰特権を得ているヒーローという歪んだ構図が無ければ、存在できなかった者達ばかりだ」
「だが奴はヴィランだ！」
ライトマンが吼える。
此奴は特にテンペストを嫌っている。
それに、独自にテンペストを研究していて。潰しに行こうとさえ思っている節があるようだが。
「この世界が彼女をヴィランにして、銀河連邦の艦隊を招き寄せたのだ！」
ザ・パワーが一喝すると。
皆が或いは驚き。或いは意外そうに沈黙した。
嘆息する。
最初から、もっと強引に出ておくべきだったのかもしれない。何もかも、遅すぎるとしか言いようが無いが。
「テンペストに関しては、交渉を持つ。 ブラックサイズは待機。 グイパーラ、君に何名か上位の戦闘タイプヒーローを支援につける。 テンペストと交渉を持ってくれるか」
「私がですか」
「そうだ。 私はしばらく、円卓から動く事が出来ないだろう。 私が睨みを利かせなければ、今回の改革は上手く行くはずも無い。 何しろ、オリジンズでさえ、これだけ反発しているのだからな」
場合によっては血を見ることも辞さない。
そう断言すると。
流石に鼻白んだライトマンは、これ以上何も言わなかった。
すぐに動いて貰う。
ヴィラン討伐部隊を率いて、スネークアームが出る。
他のオリジンズ達も。改革に向けて、草案を準備する作業に入った。
いきなり民主主義を導入しても上手く行くはずが無い。少しずつ、改革は進めていくしか無い。
そして改革は社会上層からやるのが一番いい。
それが犠牲も少なく済むことは、歴史が証明しているのだ。
「さて、まずは一歩だが……」
包帯だらけの顔を歪めて、部屋を出て行くライトマン。
彼奴は何をするか分からない。
下手をすると。
アンデッド以上の危険人物になる可能性さえ、出てきていた。
１、蠢く闇
傷口が塞がらない。
治癒が遅い。
無理をしたからだ。
わたしはクリムゾンとはなれた。共闘をずっと続けると言った覚えは無い。それにせっかく作った貸しだ。傷の回復で、台無しにはしたくなかった。
これでも戦闘タイプヒーローだ。
傷は治る。
内臓にダメージが行っていても、それは同じ。
だけれど。
能力者テンペストとしてのわたしは。その能力をフル活用しすぎて、無理をしすぎているかもしれない。
少しずつ、確実に。
傷の治りが悪くなっているのを感じるのだ。
内臓のダメージも回復していない。レーションを口に入れながら、私は。朽ち果てたビルの壁に背中を預けて。ぼんやりと、回復を待った。天井だけはあるけれど。壁と天井と柱だけ。
それしかのこっていない。
ちなみに壁も、残っているのは二枚だけ。
倒壊したビルの一角なのだ。
幸い、周囲から見える位置の壁は残っているので、隠れるのに適してはいる。それだけだが。
雨露さえしのげればどうでもいい。
食糧に関しては、叩き潰した悪逆ヒーローの倉庫や、サイドキック駐屯地の倉庫から強奪して来ている。
まだしばらくは大丈夫だ。
しかし、このレーションのまずさはどうだ。
幼い頃食べていたのは、ヒーロー用の料理だったが。
どれもこれも、舌が蕩けるようにうまかった。
庶民に与えられているのは、このレーション以下の、栄養だけを集めたブロック状のキューブ食糧。
コレのまずさは、それこそ言語を絶する。
これさえも、慈悲でくれてやっている。
ヒーロー達は、そう広言してやまない。
レーションが手に入らないときは、庶民用の栄養キューブを口にすることもあるけれど。とてもではないけれど、人の食べ物だとは思えなかった。
アンデッドの組織を追う
そして潰す。
同時に悪徳ヒーロー共も潰す。
やることは山積しているが。
いずれにしても、此処からは柔軟に動かなければならないだろう。空を見ると、昼間でさえ無数の星が瞬いている。
あれが臨戦態勢に入っている宇宙艦隊で。
一つでも主砲をぶっ放せば、この星が消し飛ぶことは事実なのだ。
もはや時間など。
一秒でも惜しいくらい。
傷が治るのが遅い。
それが口惜しくて仕方が無い。
しばらく眠って、傷の回復に努める。気がつくと、ホームレスが数人、此方を窺っているのが見えた。
好きにさせておく。
此処は終の棲家では無い。
攻撃があったら離れるだけ。
まだ傷は回復しきっていないけれど。それでも、逃げ切るくらいのことは出来るつもりだ。
浅い眠りを繰り返しながら。
わたしはぼんやりと、今後のビジョンを考える。
今は、悪徳ヒーローとして、抹殺リストの上位にいるクーヘンを狙って動いているのだが。
此奴は地下深くに根城を構えていて、正体が知れない。
二世ヒーローでは無いかと言う噂もあるのだけれど。それも噂以上ではない。
分かっているのは。
此奴の支配地域では、それこそ雑草も生えないような状況が発生している、ということである。
能力の関係か何かなのか分からないが。
土地そのものから、根こそぎエネルギーを地下に吸い上げているらしいのだ。
その結果、幽鬼のように市民はやせこけ。
毎日多くが衰弱死している。
それでも、此奴が抹殺対象に廻ってきたのは。他の抹殺対象に比べて、一日辺り虐殺している市民の数が少ないからである。
目が覚めて。
手を確認する。
何とか、目に見える部分の傷は塞がったか。
内臓のダメージがまだ回復しきっていないけれど。それはこれからどうにかしていけばいい。
完全回復まで、あと二日、というところか。
その間は、戦闘を避けたい。
潜伏場所を移す。
ホームレス達が、サイドキックの巡回部隊に通報したかも知れない。彼らも生きるために必死だ。責めるつもりは無い。
わたしは、師匠と一緒に暮らして。
市民がどれだけの極限状態にいるのか、目で見てきている。
彼らがわたしを売る事を、恨む事はない。
むしろそれで食糧を得られて命をつなげるのなら、それでいいとさえ思う。ただし、それによって捕まってやるつもりなんてさらさらないが。
一つの支給食糧さえ、得られない市民もいる。
彼らにとっては、親兄弟を売り飛ばすことさえ、生きるためには選択肢に入れなければならないのだ。
そんな彼らが、わたしを売る事を、どうして恨めようか。
案の場だが。
サイドキックの部隊が来て、私がいた辺りを調査し始めた。
それを元から遠く離れた崩れかけたビルの屋上から確認したわたしは。通報したホームレス達に、食糧が行き渡っているといいのだけれどと思いながら。
その場を後に。
体のダメージを増やさないために。
少し意図的に速度を落として、移動を続ける。
アンデッドの組織は、かなりのダメージを受けたようだけれど。とにかく手がかりが掴めない。
またヴィランを量産しているのだろうか。
短期間でかなり強くなっていたのも気になる。
できれば一気に叩き潰してやりたいけれど。
この間のように、居場所を特定できるケースは多く無いはずだ。今の時代、情報は足で稼いで集めるしか無い。
別のヒーローの支配地区を移動中。
接触してきた組織が、聞かせてくる。
「アンデッドの麾下組織が、近くの地区を襲撃中だ」
「！」
「例の量産ヴィランだかが数人がかりで攻撃をしているらしい。 まだヴィラン討伐部隊は間に合っていないようだ」
「そうか。 ありがとう」
まだ体調は万全では無いが。
どっちもぶっ潰してしまうには丁度良いか。
アンデッドの組織は、この間の件で。この世界の敵だとはっきり認識出来た。それこそ、特権を振り回して遊んでいる悪徳ヒーロー共と同種の存在だ。
そんな奴らを野放しには出来ないし。
一人二人捕まえれば、アンデッドの組織の本拠を突き止められるかも知れない。
何より、奴らの幹部であるヴィラン、ソーサルストームは戦闘タイプではない。彼奴を抑えれば。
一気にアンデッドの組織を瓦解させる事も可能なはずだ。
仕方が無い、急ぐ。
丁度潰してやろうと思っていた敵の支配地区だ。急ぐ分に損は無い。
それに、である。
急がないと、ヴィラン討伐部隊か、ブラックサイズ辺りと、鉢合わせしてしまう可能性も、決して低くは無かった。
二世ヒーローとも噂されるクーヘンの支配地区は。砂漠と言うよりも、何というか、死の大地だった。
砂さえない。
土は乾ききっていない。
彼方此方に虹色の水たまりが出来ている。
それなのに、何も生きていない。
市民は。
所々に、腹だけが膨らんで、目が異様に光っている餓鬼としか言いようが無い市民が転がっている。
無気力どころか。
思考する余力も無いのだろう。
そして、入ってみて分かった。
これは、確かに。
何かに吸われている。
地下にいるとしたら。
潰さなければならないだろう。
走る。
所々で、どうやらアンデッド麾下組織の量産型ヴィランに殺されたらしいサイドキック部隊の亡骸が散らばっている。
生き残りもいるようだけれど。
走り来る私を見ると、怯えて逃げ惑うばかりだった。
悪いが相手にしている暇は無い。
相手の宮殿の位置は分かっている。
其処へ直行だ。
交戦する音が聞こえてきている。
サイドキック部隊が頑張っているのだろうか。捨て石にしかならないだろうに、よくやるものだ。
待て。
数人のヴィランが戦っているサイドキック部隊。
遠くから見ると、妙に頑張っている。
量産型ヴィランが弱いのでは無い。
サイドキック部隊の動きが異様に良いのだ。
それでもヴィランの方が強い。片っ端から潰されているが。それでも、わたしが今まで見たどのサイドキック部隊よりも、素早く、鋭く動いている。
何だあいつらは。
ひょっとして、オリジンズ直属の精鋭か。
それにしては妙だ。
こんなオリジンズから見ればどうでもいい木っ端ヒーローの支援に、どうしてそんな精鋭を廻す。
奴隷と言っても、精鋭となってくると、訓練などに相応のコストが掛かってくる。
市民やサイドキックを人間扱いしていないヒーローだ。
無駄に金などつぎ込まないだろう。
そうなると。
考えられるのは、クーヘンのサイドキック、という事だが。
それもまた妙な話だ。木っ端ヒーローが、どうしてあんな精鋭サイドキック部隊を抱えているのか。
驚くことに、ヴィランの一人がレーザーアサルトライフルの連射を浴びて、地面に叩き付けられる。
死なないが、それでもダメージを受けたようだ。
戦闘タイプのヴィランにダメージを与えること自体が大戦果だ。普通戦闘タイプのヒーローやヴィランに対して、どれだけ重武装してもサイドキックは勝てない。攻撃力も防御力も、殺せる要素が存在し得ないのだ。
見ると、レーザーアサルトライフルそのものが、特注品のようだ。
人間が扱えないほど大きい。
何だアレ。
いずれにしても、だ。
間に合った。
サイドキックをゴミのように薙ぎ払っていた量産ヴィランの一人に、ドロップキックを叩き込む。
地面に叩き付けられ、バウンドして吹っ飛んでいったそいつは無視。
もう一人が振り返った瞬間、顔面を蹴り砕き。
更に脳天にかかとを叩き落とす。
ぐらついた所に、腹に掌底。吹っ飛ばし、遙か遠くまで飛んでいくのを一瞥だけ。レーザーアサルトライフルの掃射を浴び、立ち上がろうとしていたヴィランの顔面に、拳を叩き込んでいた。
すぐに復帰して、戻ってくるヴィラン達だが。
この質だったらどうにでもなる。
一人、また一人と叩き潰す。
そして、最後の一人が、地面に張ったとき。
呆然と此方を見るサイドキック達に、わたしは告げていた。
「とっととこの地区を離れるんだな。 これからわたしはクーヘンをぶっ潰しに行ってくる」
「な、なんだ貴方は！ ヴィラン討伐部隊では無いのか」
「テンペストと言えばわかるだろ。 此奴らも、クーヘンも、わたしの敵だ」
「！」
青ざめたサイドキック達は、武器を捨てると、それぞれ装甲車に乗って逃げ散っていく。妙だ。
精鋭の割りには、主君に対する忠誠が薄すぎる。
さて、一匹残した奴を引きずったまま、宮殿に踏み込む。
エレベーターの戸を蹴破ると。
そのまま、地下へと身を躍らせた。
最深部に着地。
全身ぐちゃぐちゃに叩き潰した量産ヴィランは、一旦其処に放置。意識はあるから、後で脳の一部を壊して自白して貰う。
何度か壁を殴って、粉砕。
そして、わたしは見た。
そこには訳が分からない、巨大な機械があった。
円筒形をしていて、強いていうならば、機械で出来た大木、だろうか。
無数の枝には光が宿り。
そして、その下には。
小心そうな男がいた。
一目で分かる。
此奴、ヒーローだが、戦闘タイプじゃ無い。
なるほど、二世ヒーローではあっても、戦闘タイプでは無いパターンか。
「な、何だお前は！」
「テンペスト」
「ひ……！」
「哀れっぽくしても無駄だ。 お前が今まで市民に何をしてきたかは、上で見てきたからな。 これからお前を再起不能にする。 精々覚悟するんだな」
悲鳴を上げながら逃げようとするクーヘン。
情けない姿だが。
奴は、逃げながら妙なことを言う。
「も、もっと強くなりたくないか！ そうだろ、そうだろう、ええっ！？」
「何の話だ」
「私はオリジンズだった祖父から、ある技術を受け継いでいる！ 他の生物の生命力を吸い上げて、自分のものにする技術だ！」
「！」
なるほど。
合点がいった。
あのサイドキック達の妙に高い戦闘力。実験体として、その技術を使っていたから、というわけだ。
胸くそが悪い奴だ。
自分にも使っているのだろうか。
いや、見たところ此奴は、他のヒーローと大した代わりは無い。
無言で私は。
その機械を、蹴り砕いていた。
絶望の悲鳴を上げるクーヘン。
「そ、それがどれだけ貴重な技術か分かっているのか！」
「ああ、分かっているさ。 だがこれがあるだけで、上にいる市民達が際限なく不幸になっていく。 存在を許すわけにはいかない。 技術そのものを否定するつもりは無いが、あんたは使い方を間違ったんだよ」
「市民なんか放っておけば幾らでもふべっ！」
顔面に拳一発。
それだけで、クーヘンは沈黙。そして、能力も失った。
此奴の能力が何だったかは分からない。
だが、この機械を再建させるわけにも行かないだろう。先ほど捕縛したヴィランと一緒に、地上に引きずって戻る。
そして、ぼんやりと見ている市民達に、声を張り上げた。
「此奴が、今まで貴方たちを苦しめてきたクーヘンだ！ 既にヒーローとしての能力は失っている！ 此奴をどうするかは、貴方たちに任せる！」
市民達は、目をぎらつかせたまま、縛られたクーヘンへと近づいてく。
そして、その口からは、よだれが伝っていた。
目を剥いて、悲鳴を上げようとするクーヘン。
太った小男は。
小便も大便も垂れ流していた。
市民達は、ゆっくりと。確実にクーヘンに近づいていく。そして、もはや人とは思えない奇声を上げながら、襲いかかった。
まあ、末路としては当然か。
わたしは其処で繰り広げられた、人肉を貪り喰う狂気の宴を止めようとは思わなかったし。
そんな時間もなかった。
そのまま、其処を後にする。
市民から全てを吸い上げ、餓死させてきた男の末路は。
あの程度で丁度良いのかも知れない。
地下下水道におりると。
完全に無力化されている量産ヴィランの顔に水をぶっかけて起こす。此処は地区を変えて、地下に潜った場所。
ちなみに地区としては。
グイパーラの支配地区近くだ。
この辺りの地下下水道は、比較的警備がしっかりしているが。
その反面、一つでも地区を離れると、警備がザルになる。
此処は丁度その境目。
わたしが尋問をするには丁度良い場所だ。
目を覚ましたヴィランは、うめき声を上げる。わたしの顔を見て、恐怖の声を上げる余力も残っていないようだった。
「幾つか聞きたい」
「……」
「多分喋る事は無いだろうから、悪いが壊させて貰う」
こっちとしても時間はない。
それに、此奴らはもはや自我も無く、全てを殺戮して廻るだけの戦闘マシーンだ。容赦も出来ない。
ぱちんと、側頭部を指で弾く。
そして、脳の一部。
記憶を司る部分の内。
それを隠そうとする場所を壊した。
そう、わたしの能力。
それは粉砕だ。
能力者殺しとして力を磨き抜いたのも。この粉砕の力が、対能力に極めて都合が良いからである。
わたしは今まで。
敵の能力を、片っ端から粉砕してきたのだ。
戦闘力の底上げにも使って来たし。
展開された能力も。
体に宿している能力も。
全て粉砕してきた。
それがわたしの力。決して無効化できるわけではない。あくまで粉砕するのがわたしである。
だから磨き抜く際の苦労は並大抵では無かった。
力の制御を間違えると、とんでも無い事になるから、である。
「名前は」
「カドクラ」
「市民だったのか」
「そうだ……」
順番に話を聞いていく。
洗脳も一緒に壊したから。カドクラは、酷く痛いと訴えながらも、話をしてくれる。
アンデッドの組織にさらわれた後。
カドクラは手術を受けたという。
それも、麻酔無しで。
兎に角酷い痛みを受ける手術で。猿ぐつわを噛まされていなければ、舌を噛んでいただろうと、カドクラは辛そうに語った。
「どういう手術だ」
「わからないが、せかいにみちるりゅうしをあつめて、そそぐとか、言っていた」
「……」
プライムフリーズに聞かされた。
この世界では、銀河連邦の軍勢との戦いの影響で、特殊な粒子が満ちている。それは色々な条件で集まって、人間にヒーローとしての特性を与える。千分の一でヒーローが生まれ。そして更に百分の一で戦闘タイプになる。
遺伝的な理由では集まらないらしい。
だけれども。
人為的にヒーローは作れる。
此処までは、知っている情報だ。やはりアンデッド麾下の組織は、この人為的なヒーロー作成をしていると言う事だ。それはこれで確証が取れた。
「ヴィラン化された仲間はどれくらいいる」
「今は、三十人くらい……」
「そうか。 本拠は分かるか」
「痛い……苦しい……」
辛そうだ。
無力化するために死なない程度には痛めつけたが、少し罪悪感も感じる。治療の方法も無い。後でクリムゾンにでも引き渡しておくのが良いか。
痛覚を壊すと、後が大変になる。
だから我慢してもらうしかない。
「すまないな。 無力化するには、これ以外に手段が無かった。 世界が滅ぶかの瀬戸際なんだ。 許して欲しい」
「……適性が足りないって、オレの家族はみんな殺された。 カタキを取って欲しい」
「必ず取ってやる」
「オレは、ミードラスってヒーローの支配地区にいた。 ガンマラーロってヒーローの支配地区にいた奴もいた。 多分、其処からあまり遠くないと思う」
二人とも知っている。この間量産型ヴィランに襲撃された。ヴィラン討伐部隊が地区を即座に奪還したが。その際にさらわれたのだろう。
時期的に考えて。確かにアジトがそれらの地区から近い可能性は高い。
しかしそうなると、ヴィラン討伐部隊も動いているはず。
下手をすると鉢合わせる。
少し考え込む。
だが、此処は。
動くべきだろう。
また、クリムゾンと連携するしかないか。だが、クリムゾンを今事実上牛耳っているプライムフリーズとは、決定的に考え方があわない。老害だとは思わないが、肩を並べて戦うのは難しい。
必要があれば出来る。
しかし、いずれは、拳を交えなければならない相手にも思う。
悩んだが、決める。
今は自分の嗜好を優先する場合じゃ無い。
世界にとっての害悪であるアンデッドの組織は。叩き潰さなければならない。悪徳ヒーロー共と同じように、である。
クリムゾンはこの間の戦いで大打撃を受けたが、中核の戦力はまだ無事だ。
共同すれば。
比較的早く、ヴィラン討伐部隊より先に。
アンデッドの拠点を見つけ出せるかも知れない。
というよりも、手としては、場所をヴィラン討伐部隊に知らせてしまうのも手だ。これは少しばかり難度が高いが。
いずれにしても、アンデッドの組織は潰す手段を選んでいられない。
「すまないな」
もはや戦う力の無い元市民を背負うと。
わたしは痛い痛いという声を背に。
まずはクリムゾンと合流するべく、動いた。
２、紫電一閃
散っていた部下達がミフネの所に戻ってくる。
いずれもが探査系の能力者だ。戦闘タイプでは無いので、護衛がそれぞれについている。現在、ヴィラン討伐部隊は、不眠不休でアンデッドの組織を追跡中だが。どうにも芳しい成果が上がらない。
「全班報告」
「α、反応無し」
「β、同じく」
他のチームもだめだ。
ヴィラン討伐部隊は、手練れの精鋭十名から構成されている。いずれもが優れた戦闘タイプヒーローで。ミフネも元は平隊員から隊長に成り上がった。いずれ部下が、ミフネが引退した後に、隊長になるのだろう。
全員がそれぞれ優れた能力を持っているが。
ミフネもそれは同じ。
現在、どうもアンデッドの組織が潜伏しているらしい場所を絞り込めてきてはいるのだが。
しかしながら、妙なのだ。
数十人のヴィランが潜伏している割りには反応が出ない。
やはりこれは、隠蔽系の、余程強力な能力を持つヴィランがいるという説が裏付けられる事実だろう。
厄介な相手だ。
隠蔽系の能力と言っても、様々な種類がある。
単なる光学迷彩でも、極めるとなんと影さえ作らず動けるようになったりもする。能力は磨き上げれば、それなりに強力になるものなのだ。ミフネが知っている中では、既に鬼籍に入っているが。最終的に、熱や音までも隠蔽する事を可能にしたヒーローが実在した。
ちなみに能力と人格は比例しない。
オリジンズの一員だったそいつは、本物の外道だった。
まあそれは良い。
問題は、多数の能力者を、精鋭の探索チームから隠蔽し続けている奴がいる、ということで。
そいつをどうにかクリアしない限り。
かなりまずい事態が来る。
実際問題、ＩＣＢＭについては、本当に紙一重だった。少し前のオリジンズの円卓で、ザ・パワーがそれについても触れていたそうだが。
能力の相性状、ミフネではＩＣＢＭが発射された場合、対応出来なかっただろう。
つまり詰んでいた。
今、此処でアンデッド麾下のヴィラン組織を潰さないと。
次に何をしでかすか知れたものではないのだ。
部下の一人が来る。
調査を命じていた、分析の能力を持つヒーローだ。戦闘タイプでは無いけれど。ヴィラン討伐部隊には、サポートチームとして、こういったヒーローが五十名ほど合計で所属している。
あくまで実戦部隊が十名なのである。
なお、サイドキックも所属しているが。
これも選び抜かれた精鋭で。
噂によると、ＤＢにある優秀な人間のＤＮＡを掛け合わせて作ったクローンだとか。まあ表だっては、出てきていない情報だが。
「ミフネ隊長」
「どうした」
「分析した結果、大体の相手の居場所を掴めました」
地図を立体投影して説明されるが。
その範囲は、直径百五十キロに達している。
これで大まかな居場所と来たか。
視線が殺気立っているのを悟ったか、部下は引きつった声を上げた。
「す、すみません。 これが精一杯でして……」
「もういい、下がれ」
「……」
腕組みする。
このままだと無理だ。勿論しらみつぶしに探させてもいるのだけれど、それでも手が足りない。
サイドキックの部隊を編成して、偵察させているけれど。
全てが無事に戻ってきている。
つまり、そういうことだ。
異変さえ見つからないばかりか。接敵さえしない。
このままではまずい。
アンデッドは牢にいながら、あのＩＣＢＭ発射を主導して見せたような存在だ。どこまで先を読んでいるか分からない。
下手をすると。
このままでは、またとんでも無い事を起こされる。
今、宇宙にいる銀河連邦の艦隊は、何があっても即応できる状態を崩していない。下手な事をすれば、瞬時に地球が塵になる。
表面が焼かれるのでは無い。
地球そのものが消し飛ぶのだ。
部下が提案してくる。
「いっそミョルニル級水爆を地下で使いますか」
「だめだ」
「しかし、探索の手が」
「銀河連邦から通達があったそうだ。 核兵器の使用は全面的に禁止しろ、だと」
今まで、ヴィラン退治などで核が用いられることはあった。というよりも、ヒーローが世界を支配するようになってから、核の使用頻度は飛躍的に上がった。
故に世界の荒廃は加速したとも言える。
今回は、ソナーとしての使用が主の地下核実験だが。
銀河連邦にとっては、同胞をどれだけ殺しても平気な邪悪な種族に、核を持たせるのは危険すぎる、という認識であるらしい。
まあその通りでぐうの音も出ない。
ミフネ自身は、市民を殺す事を別に禁忌とは考えていないが。
ヒーローがヒーローを殺す事件は年に何度も起きるし。
だからこそヴィランは絶えない。
つまりはそういうことなのだ。
「今、銀河連邦を刺激するのはまずい。 しらみつぶしにやっていくしか無い」
「かといって、１５０キロの範囲内を探すのは」
「……待て」
今。
一瞬だけ、気温が低下した気がした。
他の者達は気付かなかったが。
確かにミフネは反応できた。
そしてこの気温低下。
そういうことか。
「……探索を続けろ」
「はあ、しかし」
「しらみつぶしを続行だ」
そういえば、奴の能力を上手に使えば、調査の効率を上げられるか。此方としても、利用できるものは利用すべき。
共闘は出来ないにしても。
互いに利用しあうことは可能なのだ。
勿論、向こうもそのつもりだろう。
遠慮は必要ない。
手を叩く。
すっと周囲に現れたのは、ヴィラン討伐部隊の精鋭中の精鋭三名。その中の一人は、次期隊長と考えているミラーミラーだ。若干十七歳にして、ヴィラン討伐部隊でミフネに次ぐと言われる実力を得ている戦闘タイプ能力者である。まだ色々と青臭いし、性格的に問題があるけれど。
ザ・パワーが弟子に欲しいと言ってきている。
いずれ、検討しようとも考えていた。
「お前達には特務を与える。 他に気付かれないよう動け」
「わかりましたあー」
ミラーミラーが敬礼。三人揃って消える。
さて、此処からだ。
幾つか手を打っておかなければならないだろう。
敵は老獪という言葉を額縁に入れて飾ったような相手だ。どうやって奴が敵の本拠を見つけるかは分からないが。
その邪魔をするつもりは無い。
ただし、結果を放置するつもりもなかった。
テンペストが来た。
捕まえた量産化ヴィランから、情報を聞き出したという。正直クリムゾンの人員もメタメタにやられていて、治療どころでは無かったのだけれど。見たところ、いつもの調子でテンペストが壊してしまったようだし。
何より元は市民のようでもあったので。
治療してやるのが最善と判断。
リソースを割いて、治療を行うと同時に。
プライムフリーズに報告した。
石塚は、その話を聞くと言う。
「とはいっても、範囲が広すぎるな」
「その通りだ。 だが、他にも襲撃を受けたヒーローの支配地区を考えると、更に絞り込めるはず。 それで当然だが、ヴィラン討伐部隊も、それくらいは把握して動いているとわたしは思うが」
「……」
私も同感だ。
石塚が考え込む横で。
プライムフリーズは、薬を乱暴に口に放り込んでいる。少し前に、十人以上の敵とまともにやりあったのが、ダメージになっている。
回復が遅れている、程度のものだが。
それでも、今は急ぎたいのだろう。
「わかった。 わしが出る」
「しかし、よろしいのですか」
「ヴィランを量産できると言う事は、放置すれば即座に戦力を回復できると言う事を意味している。 表立ってやらなくても、さらってこれる市民なんて幾らでもいる筈だ」
「それもそうですね」
石塚は、少し呆れ気味に言う。
テンペストとプライムフリーズを見比べながら、である。
テンペストはプライムフリーズを嫌っているというか。失望して以降、信頼していないようだし。
プライムフリーズはというと、テンペストをどうやって利用するかを考えている様子なのに。
どうしてだろう。
二人はこうして、また共同戦線を張ることとなっている。
「雲雀」
「はい」
「敵は恐らく、探知型のヒーローやサイドキックの偵察部隊を利用して、この辺りの地域を徹底的に調べているはずだ。 地下も含めてな。 それでも見つからないのは、何故だと思う」
「分かりません」
私は正直に応える。
実際問題分からないのだから、仕方が無い事だ。
プライムフリーズは、気分を害した様子も無い。というよりも、しったかをした方が怒っただろう。
その辺りの性格は良く知っている。
だから敢えてこう答えたのだ。
「ほぼ間違いなく、米軍かＥＵの地下シェルターがある」
「！」
「この間も、アンデッドの部下共は米軍の廃棄基地を利用していた。 そして宇宙人襲来の少し前くらいから、米軍やＥＵ、中国やロシアは、首脳部だけが逃げ込むための大深度地下シェルターを作っていた。 実際に一部の首脳部は、逃げ込むことに成功したという噂もあるほどだ」
大深度地下シェルターか。
だが、それは。
つまり、やりようによっては到達できる、という事を意味しているか。
「お前は先行して、敵の動きを探れ。 わしは少し遅れて現地に行き、能力をフル展開して、大深度地下につながる通路が無いか調べる」
「そうか。 じゃあわたしは、突入時に量産型ヴィランをぶっ潰せば良いな」
「そうしてくれ」
「貸し二だ」
しばし無言だったプライムフリーズだが。
まあ良いだろうと頷いた。
テンペストはどうしてこう、貸しを作ることにこだわっているのか。少し考えて、なるほどと分かった。
プライムフリーズの首に鈴をつける気か。
制御不能の暴走ロケットとかしているプライムフリーズだ。どちらかと言えば過激な壊し魔であるテンペストだけれど。
それでも、このままではまずいと理解しているのだろう。
幸いプライムフリーズは、約束を守る。
これについては、皆が知っている。
だから約束を使って、暴走を抑える。
こうやって貸しを増やしておけば。
最終的に、制御出来るとまではいかなくても。無茶苦茶をやらかしたときに、止めることは出来ると思っているのだろう。
勿論プライムフリーズも、それくらいは読んでいるはずだ。
さて、どう出るか。
いずれにしても、私は。
残り少ない栄養ドリンクを受け取ると、何本か一気に飲み干した。
ここからが、少しばかり大変である。
まずは、バギーで現地に移動。
バディの相手は、アーノルドである。
少し前のクリムゾンへの襲撃で、バディに新しくなった奴が死んだのだ。ろくでもないテロ屋だったし、嫌な奴だといつも零していたけれど。それでも死んだのはいやだったのだろう。
アーノルドは、その事に触れられたくないようだった。
「前は残念だったね」
「そうだな。 あんな奴でもな」
「それで、問題は此処からだが」
「分かってる。 サイドキックの部隊でも、見つかると面倒だからな」
少し手前に止める。
複雑に入り組んだ地下下水道と、それに付帯する無数の施設。広大な地下都市がこの辺りには拡がっていて。
多くのショッピングモールも存在していた。
勿論今は無人。いても貧しい市民が住み着いているだけ。
故に、小隊規模の偵察チームを組んで徘徊しているサイドキック達も、何度となくニアミスした。
上手に回避できたのは。
アーノルドの技術が上がっているから、である。
私は助手席で大人しくしていただけだ。
それにしても、市民が暮らす地下都市の更に下に、避難用のシェルターを建設するなんて。
当時の政府だか何だか知らないが。
今のオリジンズや、悪徳ヒーロー共を、笑えないのでは無いかとさえ思えてくる。当時からこんな様子では、宇宙人が怒るのも無理はない。
「じゃあオレは距離を取る」
「待機よろしく」
「ああ」
服を脱ぎ捨てると、異形化。
同時に最大限まで体を薄くすると。保護色を利用しながら、地面を移動し始める。そして二日ほど掛けて、サイドキックの巡回経路。
それに周囲の地図について、調べていった。
かなり大変な作業だけれど。
後の露払いを考えると、これくらいなら容易い。
何よりヴィラン討伐部隊が出てきていると、地上を見に行っているジャスミンから報告も来ている。
ヴィラン討伐部隊が来ているという事は。
優秀な能力者探索チームも来ているという事だ。最大限の隠蔽工作をしなければ、危なくて近づけない。
不審な下水を発見。
何処へ伸びているのか良く我からない。
というか下水管に偽装されているが。
これは本当に下水か。
不意に。
隣にプライムフリーズの立像が出現。
本人ほどの能力は無いけれど。
会話をすることも可能だ。
「どうだ、状況は」
「かくかくのしかじかと言う所です」
「ふむ……」
プライムフリーズの立像は、手で不可思議な下水道に触れる。そして、しばらくさわさわしていたが。
やがて結論した。
「大手柄だな。 これは下水道に擬態した上水だ」
「壊しますか」
「いや、伝って深部まで探る。 お前は周囲を探って、似たようなおかしな設備が無いか調べろ」
頷くと、また異形化。
周囲の調査に取りかかる。
かなり精神が不安定になって来ているけれど。
異形化は使いこなせればそれだけ強くなれる。
実際問題、今までの戦いが、それを証明もしているのだ。此処でもたついている理由は一つも無い。
じっくり調査を進めていくうちに。
発見。
今度は、ダクトだ。
地下に新鮮な空気を供給している様子である。
これは、どうやら。
大深度地下に、シェルターがあると言うのは、嘘では無い様子だ。
更に二日。
異形化が限界に来ては戻って物陰に伏せ、調べたサイドキック部隊の巡回をかわす。サイドキック部隊では無く、ヒーローらしいのを乗せた多目的装甲車も、時々巡回しているのが見えた。
まあそうだろう。
この状況下だ。
探索系の能力者をフルに使ってでも、アンデッドの部下達は見つけ出したいはずだ。
私達だって、そうしているのだ。
それにしても、大深度地下に基地があるとしたら。
一旦は、宇宙人への攻撃は諦めた、ということなのだろうか。
もしそうならば。
少しは良いのだが。
更に四日が過ぎる。
異形化を解除すると、私は呼吸を整えるのに苦労した。短期間での、長時間連続変身である
体に負担が掛からない方がおかしい。
頭にもやが掛かったようで。
まっすぐ立つのも難しかった。
其処へ来たのは。
氷の塊。
いや、分かっている。
プライムフリーズの氷像だ。
「かなり負担が大きいようだな」
「分かっておいででしょうに」
「ああ、分かっているさ。 わしの方は見つけた。 極めて巧妙に細工していたし、隠してもいたが。 入り込める場所も発見できたぞ」
「流石ですね」
とはいっても、随分時間も経っている。
ヴィラン討伐部隊も、妙に動きが無いのが気になる。
ひょっとして、だが。
此方の動きに気付いて、泳がせているのでは無いか。それを告げると、氷像は鼻を鳴らした。
「その場合は、叩き潰すだけだな」
「いくら何でも、ヴィラン討伐部隊と真正面からやり合うのは」
「そんな事は当然だ。 だがな、入り込むための通路は、連中が即座に駆けつけられるような場所でもないんだよ」
移動しながら、話す。
アーノルドと合流。
一度バギーで本拠地に戻る。とはいっても、本拠地は今度の作戦に備えて移動していて、すぐ近くだが。
逆に言うと。
それは、本拠地がヴィラン討伐部隊に発見される危険性も、大いに含んでいることを意味していたが。
テンペストは。
いない。
私達が出てから、すぐに出て行ったという。恐らく開いている時間を利用して、悪徳ヒーローを潰しに言ったのだろう。
案の定。
戻ってきたテンペストは。かなり手傷を受けていた。まあ、それでも、前よりマシだが。ダメージが消えない中戦い続けるテンペストは。
最近は、手負いの野獣を思わせる眼光をしていた。
「様子は？」
「敵の本拠らしい場所は見つけたがな、色々と問題がある」
プライムフリーズが、地図を出す。
周辺の地下道を再現したものだが。
巧妙に隠された隠し扉がいくつもあって。
粗末な階段を経由して、地下へ地下へと、深く降りていく。
上で水爆が炸裂しても耐えられるように作られたシェルターだというのなら、大深度であるのは当然だろうけれど。
此処まで機密性を重視すると言う事は。
最悪の場合、最初から国民は見捨てるつもりだったのだろう。
まあ、保有技術惜しさに、宇宙人相手にＩＣＢＭを叩き込むような連中だ。勿論政治家にはまともな人物もいる。長期にわたる政権や国家を作り上げた偉大なる存在だって実在した。
しかし、少なくとも。
宇宙人が地球に襲来したときの政治家達は。
揃いも揃って、脳に蛆が湧いていたのだろう。
そんなのを政権につけた国民も国民だなと、私はぼんやりと思った。そんな判断が、今の地獄を継続させているのだから笑えない。
周囲を警戒後。
地下に潜る。
隠し扉は、殆どの場合、認証装置が隠されていて。
それを解除しなければ開けることも出来なかった。
調べて見るが。
パスワードは、どうも何度か間違えると、その時点でロックされてしまう仕組みになっているらしい。
テンペストが前に出る。
「壊しちまうけど、いいよな」
「防犯機構が働くぞ」
「あんたが凍らせてからがいいか」
「そうだな」
プライムフリーズが、一瞬でセキュリティを凍結。
そこを、テンペストが打ち砕く。
扉が吹っ飛ぶが。
アラームが鳴り響くようなことも無く。
地下へ何処までも続く、深淵の穴が姿を見せるのだった。階段もあるけれど、小さくて、多人数が通れるようなものではない。
「これは、本当に自分たちだけで助かるつもりだったんだな」
「地上に逃げ場が無いのなら、地下。 もっとも水爆を使った最終戦争は、宇宙人がくる百年以上も前から想定されていた。 その頃から、この身勝手なシェルターは作られていたのだろう」
そして、である。
階段にはほとんど埃が積もっていない。
迎撃がいつあっても不思議では無い。
しかも相手には能力者が多数いるのだ。どんな迎撃があるか、知れたものでは無い。
テンペストが先頭に。
私は最後尾。
壊した扉は仕方が無い。
そのままだ。
深く降りていくと、だだっぴろい通路に出る。
其処にはレールが敷かれていて。
大きな車両があった。
電車か。
「この形式は、見覚えがあるな。 実際に宇宙人との戦前、この地域で使われていたタイプの車両だ」
「どういうことだ」
「手順さえ踏めば、政府の要人だけ、快適に電車で此処に逃げ込むことが出来た、ということだろう。 今の階段とは経路が違うな。 もっと後から作られたものだろうが……」
周囲の粒子を操作し始めるプライムフリーズ。
そして皮肉そうに笑った。
「だめだな。 通路は崩落して使われていない。 この電車はもう中に住むくらいの用途しかなくなっている」
「更に地下へ降りるんだな」
「ああ。 わしについてこい」
「……」
私は、無言で周囲を見回す。
監視カメラの類は見当たらない。
つまり、である。
敵は恐らく他の手段で此方を見張っていると見て良い。多分もう侵入には気付いているだろう。
そうなると、迎撃のタイミングは。
恐らく、狭い通路にさしかかったときとみた。或いは、ずっと同じような通路が続いて、気が緩んだ瞬間か。
今は、電車が通れるほどの広い通路だ。
奇襲の警戒はするが。
其処まで不安視はしていない。
だが、それもあくまで一般論。
下手をすると。
此処から無茶な迎撃をしてくる可能性もある。
「敵がとっくに此処を放棄している可能性は」
「アンデッドは調べれば調べるほど巧妙で狡猾な男だが、資金力にも人員にも限界があるのは事実だ。 いくら何でも、基地を幾つも捨てられるほど、余裕は無いだろう。 ましてや部下共は、長期的なプランに基づいて動いているはず。 侵入さえしてしまえば、此方の方が有利……」
反応したのは、テンペストとプライムフリーズが同時。
私は一瞬遅れた。
嫌な臭いの風が前から吹き付けてきたと思うと。
瞬時に爆裂したのである。
３、深淵の肉
爆発が収まる。
わたしが顔を上げると。
プライムフリーズが展開した氷のドームの中に。雲雀と一緒に閉じ込められていた。プライムフリーズは涼しい顔である。
ドームを解除。
わたしは外に出たが。
次の瞬間、気付く。
これは思ったよりまずい。
「空気が……」
「今の爆発は、奇襲よりも、継戦能力を削るものだった可能性が高いな」
プライムフリーズは舌打ちすると。
指を鳴らす。
床が天井が壁が。
瞬時に凍り付いていく。
そして通ってきた路を固定。
崩落しないように安定させる。
空気が完全に無くならないようにする処置だ。
だが、これはまずい。
ヴィラン討伐部隊も、今の衝撃には気付いたはずだ。最初にサイドキックの部隊が見に来るにしても。
多分遠からず来る。
退くか。
いっそのこと、此処は連中に任せる手もある。
いずれにしても、我々で、アンデッドの組織を潰す必要は、必ずしもないのだ。冷静に考えれば。
アンデッドの組織を潰せれば。
手を下すのは、ヴィラン討伐部隊でも構わない。
頭が冷えてくると、そういう結論も出てくる。
前だったら絶対に考えなかっただろうけれど。
今は違う。
今までに無いほど、危険な状況が到来しているから、というのもあるだろう。敵を殴っていれば何でも解決する状況は、とっくに終わっているのだ。
同盟は組めなくてもいい。
プライムフリーズとだって、同盟を組んだ覚えは無い。
互いに利用しあってでも。
少しでも良い状況を作る。
それだけだ。
迷い無く、プライムフリーズが歩き出す。
どうやらガスを発射したらしい装置があった。多分赤外線か何かを使って、此方を補足。監視している奴が手動で動かして。
引火。
吹き飛ばす仕組みなのだろう。
此処が地下の閉鎖空間だと言う事もある。
火力という点でも。
継戦能力を奪うという点でも。
二重にタチが悪いトラップだ。
「この奧だな」
プライムフリーズが蹴り挙げたのは、地面の一角。
コンクリだろうに、平然と重そうな扉を蹴り挙げたのは、さすがは戦闘タイプの能力者というところか。
雲雀が覗き込む。
「私から行きます？」
「いや、もう接近は察知されている。 ただお前は異形化して、周囲から身を隠せ」
「了解、と」
雲雀が服を放り捨てると。
赤黒い触手と、無数の目を備えた存在になる。
いつ見てもおぞましいが。
保護色や、軟体もあって。
隠密には最適の能力だ。
此処からははしごだ。
狭い穴の中を降りていくのだが。先にプライムフリーズが、全てまとめて凍らせてしまう。
途中にトラップがある可能性が高いし。
あった場合、回避できないからだ。
案の定、途中に幾つかトラップがあったようだ。
監視の中、正式な手順を踏まないと発動する仕組みだったのだろう。
だが、それも全て凍った。
最深部までは十五メートルという所か。
わたしは無言で飛び降り、着地。
戦闘タイプのヒーローなら、これくらいは朝飯前。滑らずに、しっかりと足を踏みしめると。
目の前にある巨大な扉を見やった。
扉は円形で。
複雑な操作をしなければ開きそうに無い。
認証装置のようなものもあるけれど。
通るはずもないだろう。
敵も当然、此方をとっくに察知しているはず。
「ぶっ壊す。 サポートは頼むぞ」
「任せておけ」
プライムフリーズが、少し後ろに立つと。なにやら呪文詠唱のようなのを始めた。能力者の中にはたまにいる。呪文のようなのを唱えることで、自分の能力を最大限にまで引き出すのだ。
ひょっとして。
わたしが扉をぶっ壊した後。
内部を全部凍らせるつもりかも知れない。
無言で、釘を刺す。
「捕まっている市民もたくさんいる。 無茶はするなよ」
「あくまで備えだ」
「……」
どうだか。
雲雀はもう、完全に気配も察知できなくなった。
腕を上げていることは知っているが。此処まで徹底していると流石だ。その内、奇襲と隠密に関しては、右に出る者がいなくなるかも知れない。
わたしは踏み込むと。
扉を真っ正面からぶっ壊す。
パワーだけでは無理だけれど。
粉砕の能力を使えば、これくらいはどうにでもなる。
二度、殴りつけると、大きく拉げた扉には亀裂が出来。
三度目の拳で、ついに内側に向けて、大きく吹っ飛んだ。
反応は無し。
いびつなくらい静かだ。
すぐにプライムフリーズが、内部に冷気を送り込む。
送り込むが。
眉をひそめる。
「生体反応が無いな」
「まさか、外れか」
「いや、此処以外には考えられん」
実際問題、扉には開閉した跡もあった。それもつい最近、である。
そうなると。
やはり、隠蔽能力が働いているとみるべきか。
冷気を送り込みながら、プライムフリーズが考え込んでいる最中。雲雀は気配を消して、中に潜り込む。
どんな罠があるか分からないから気を付けろ。
そうわたしが言ったけれど。
雲雀は、無言だった。
あれ。
だいたいういとか返してくるのに。
今日に限って無言。
嫌な予感がして、踏み込んでみる。そして、雲雀を呼ぼうとして、気がついた。
周囲が、ぐにゃりと歪むような感覚。
慌てて口を押さえる。
しかし、ガスじゃ無い。
跳び離れる。
粉砕の能力は展開していた。
それがこうもあっさり、感覚を狂わされるとなると。
相手の能力は、尋常では無い次元、という事だ。
誰だこの異常な能力を展開している奴は。
状況を悟ったプライムフリーズが、氷の腕を造り出し。マジックアームのように延ばして、雲雀を引っ張り戻す。
完全にグロッキーになっていた雲雀は。
その場で動けずにいた。
「なんだこれ。 どういうことだ……」
「今、おかしくなった感触、どんな雰囲気だった」
「空間が歪むような、強烈なめまいがした」
「だとすると神経そのものに働きかけているな」
つまり、だ。
蜘蛛の巣のように、何かしらの能力を展開していて。
それに接触した人間をおかしくする。
能力を使って遠隔接触しても作用する。
それどころか。
蜘蛛の巣に直に踏み込んだ場合に到っては。
完全に感覚を狂わせてしまう。
恐ろしい能力だ。
だが、其処まで洗練されている能力を持っている奴なら、ヒーローにしてもヴィランにしても名が知れている筈。
短期間で強くなった可能性はあるが。
ヴィラン討伐部隊の追跡をかわし続け。
アンデッドの配下達を守り抜いてきた実績から考えて、一朝一夕でこの能力を手に入れたとは考えにくい。
となると。
この間いた博士と、もう一人のどちらか。
いや、それにしても妙だ。
あの場にはいなかった奴だと見た方が良い。
ただ、それにしては妙なこともある。
これだけ練り込まれた強力な能力だ。
コレを利用したら。
それこそ、オリジンズ本部にあるＩＣＢＭの強奪だって難しくないはずだが。
「燻り出す」
プライムフリーズが床に手を突くと。
そこから、一気に扉の向こうを凍らせにかかる。
だが、感覚を狂わせる能力は伊達では無い。
等間隔に凍らせる筈が。
異常な、いびつな広がり方をしながら、凍っていく。これでは、内部全てを凍らせられるとは思えない。
初代オリジンズに対してもコレか。
ひょっとして、だが。
これは、敵首領のアンデッドよりも、更に能力が上。いや、確実に上だろう。なのにどうしてアンデッドに従っている。
色々とおかしい。
強行突破にはリスクが高すぎる。
かといって、これだけの騒ぎになっていれば。ヴィラン討伐部隊ももたついていないだろう。
「一旦引くか」
「……いや、此処から移動されると面倒だ。 強行突破する」
「だけど氷は効かないようですよ」
「定まらないなら、面制圧だ」
印を組むと。
プライムフリーズは、冷や汗を流しながらも。
氷のつぶてを、内部に無数に飛ばし始めた。
その数は数千。
拳大。
それが乱反射しながら、扉の向こう側に飛んでいく。
最初から制御なんて考えない無差別攻撃。
文字通りの面制圧だ。
あまり気分が良い攻撃では無いが。これなら、向こう側も燻しだされるを得なくなってくるだろう。
わたしは扉の前で、構える。
いつこらえられなくなった敵が飛び出してくるか分からないからだ。
果たして。
数秒後、量産型ヴィラン数人が、生体反応が無い筈の空間から飛び出してきた。いずれもが負傷している。
やはり面制圧攻撃には、ノーダメージとはいかないか。
雲雀と一緒に押さえ込む。
此奴らも。
前に見た連中同様。
かなり短時間で、能力を上げているのが分かる。
だけれど数人だ。
まだまだ遅れを取るほどじゃあ無い。
一人、また一人と。
確実に叩き潰す。
地面に転がっていく敵ヴィランだけれど。
しかし、完全にぶっ潰すまで、動きを止めようとしない。
この間の奴と同じで。
脳を完全に弄られているのだ。
その間も、プライムフリーズは、面制圧を続ける。内部で乱反射し続ける氷の塊は。
がつんがつんと、もの凄い激突音を轟かせ続け。その反響音だけは、本物だとわたしにも分かる。
そして、気付く。
後方から接近する気配。
「まずいな、多分ヴィラン討伐部隊だ」
「ちっ。 此処までか」
能力の展開をやめると、プライムフリーズは手招きする。別の脱出路を既に見つけていたらしい。
狭いダクトだが、まあ何とか入れる。
殿軍を異形化した雲雀に任せて。
さっとダクトに入り込み、その場を離れた。
さて、鬼と出るか蛇と出るか。
いずれにしても。
敵をたたきつぶせさえすれば、何もわたしがやらなくても良い。この場合は、特にそうだ。
ヴィラン討伐部隊とアンデッドの組織がつぶし合ってくれれば。
これ以上言う事もないが。
多分、流石に其処までうまくはいかないだろう。
あの奧がデッドゾーンとして。
其処を突破しなければ。
流石に敵の本拠には到達できないはずだ。
一旦距離を取る。
プライムフリーズが、立体映像を氷で造り出す。
三人の、手練れ中の手練れが。
わたしたちがいた地点に到着していた。
全員、わたしと同等以上の使い手だ。一対一でやりあっても勝てるかどうか分からない。恐ろしいほど能力を練り込んでいる。
ヴィラン討伐部隊の実力は、師匠が襲われたときに知っていたつもりだったけれど。
強くなった今だからこそ分かる。
師匠は最初からわたしを逃がしに徹していたが。
今のわたしでも、同じ判断をするだろう。
三人だけでこれだ。
これにミフネが加わったら、とてもではないけれど勝負にならない。
「声は拾えるか」
「わしだって何でも出来るわけじゃあない」
「唇を読みますよ」
雲雀がフォロー。
そして、大体何を喋っているかを話してくれた。
これから突入するという。
流石にあのデッドゾーンを相手にするのは厳しいだろうとわたしは思ったのだけれども。しかし、中の一人。
わたしとあまり変わらない年頃の女で。
淡いブルーの、恐らくは梟をあしらったスーツを着込んだ奴が、どうどうと踏み込んでいく。
見かけとろそうな奴なのに。
大した胆力だ。
そして、気配が変わる。
デッドゾーンが、消えるのが分かった。
思わず息を呑む。
これは相手の能力の正体を悟ったか。
それとも、能力を極限まで練り上げているのか。
いや、まて。
見た感じ、身体能力は其処まで高くない。
だとすると、戦闘タイプでも、純粋な支援特化型。
それも、下手をすると。
能力殺しに特化しているタイプではないだろうか。
立体映像が崩れる。
プライムフリーズが舌打ちした。
「恐らく能力は対消滅だな。 他人の能力と自分の能力を、等価で消し去っていると見て良い。 わしの能力も含め、周囲にある複数の能力をまとめて消し去っている様子だ」
「それって、味方も影響を受けるんじゃないですか？」
「受けるだろうな」
文字通りの無差別攻撃である。
だが、戦闘タイプヒーローの身体能力そのものは消えない。
つまりあの梟女が周囲の能力を全部ジェノサイドしつつ。
他が守れば良いだけ。
それだけで、敵は丸裸同然で、ガチンコの勝負を強いられる事になる。なんとも厄介な能力である。
特に一撃必殺に特化しているような能力持ちは。
文字通り、手足をもがれたに等しい状態になる筈だ。
立体映像が戻る。
恐らく、能力を展開している梟女が奥に入ったので、効果範囲から外れたのだろう。音は、聞こえる。
内部では派手にやり合っているようだけれど。
この有様だと。
アンデッドの配下は、この基地を放棄せざるを得ないだろう。
ただ問題は、である。
あの能力を展開していた奴だ。
逃げ延びた先で同じ能力を展開されると、厄介極まりない。探し出す方法が存在しなくなる。
しばしして。
三人が出てきた。
同時に、サイドキックが突入していき。
殺したり、無力化したらしい敵組織人員を引きずり出し、確保して連れていく。三人は連絡を取っているようで。
雲雀が通訳してくれた。
「ミフネと連絡してるね」
「内容は」
「敵の首魁は逃がしたけれど、実働部隊はほぼ抑えたって。 ただ、例の神経を狂わせる奴は、逃がしたみたい」
「やっかいだな……」
プライムフリーズが腕組みして呻く。
何しろ、敵はヴィランを量産できるのだ。
首さえ残っていれば再生可能な蚤と同じ。
首脳部さえ生き延びてしまえば。
何度でも戦いを挑んでくるだろう。
しかも、今後の動きが予想できない。
非常に厄介だ。
「退くしか無いな」
わたしはぼやく。
悔しいけれど。
今回はもう出来る事もない。撤退が妥当だ。
それに、敵が意味が分からないほど高精度の攪乱能力を持っていることも理解した。これは、危険度を、更に引き上げる必要があるかも知れない。
この間の戦いには勝った。
だが、今度は実質上負け。
出来る事には限界がある。
アンデッドは高笑いしているだろうか。
それとも。
わたしには、分からない。
４、突きつけられる履行
ザ・パワーの所に勝報が届く。
だがそれは、完全なものではなかった。
敵の基地を潰したが。
敵の首魁には逃げられたというのだから。
アンデッドは何も言わない。自白剤も通用しないし、催眠術を使えるヒーローが尋問に当たっても何も喋らない。
拷問しても無駄だ。
痛みに耐える訓練をしているらしく、何をされてもけろっとしていた。
殺してしまうべきだ。
特にライトマンがそう主張したが。
ザ・パワーは賛同しないし。
それに誰も乗ってこない。
つまり、ライトマンの求心力は。
既に極限まで墜ちていた。
ザ・パワーも耳にしているが。
ライトマンの宮殿に、アンデッドの部下達が放ったＩＣＢＭが偶然墜ちたことは。既に笑い話にまでされていて。
その度に、ライトマンが青ざめ。
額に青筋を立てているのを、ザ・パワーは知っていた。
此奴は危険な男だ。
あまり刺激するべきでは無い。
何度か皆に釘を刺したのだけれど。
悪口を言うのは人間の本能。
誰も辞めようとはしない。
この辺りも、情けない話だが。
銀河連邦の言うとおりなのかも知れない。
ＤＢ復旧のための専門チームを動かして、今ザ・パワーは結果を待っているのだが。何しろ完全に改ざんされ、内容が一部フォーマットされた上に上書きまでされている。これでは回復が難しい。
だが、ヒーローの中には、その難しいを、可能にする能力を持つ者もいる。
彼らにフル活動して貰って。
どうにかＤＢの再生が進み始めているが。
例の条約については、まだだ。
プライムフリーズと、もう意地を張らずに連絡を取って、頭を下げて内容を聞くべきなのかも知れないけれど。
周囲がそれを許さないだろう。
ザ・パワーには立場が有り。
それを捨てると、何もかもが上手く動かなくなるのだ。
八方ふさがりである。
アンデッドの部下の基地が墜ちてから、二日後。
ようやくＤＢ解析班が結果を出して、連絡をしてきた。
レポートを見ると。
その中には、色々とおぞましい内容が、山のように書き連ねられていた。
実は銀河連邦は、無人のＢＯＴを使って、紀元前から地球の様子を確認し。其処が超危険攻撃文明だと判断していたこと。
宇宙開発の技術を得たときに。
これ以上地球人類を外宇宙に拡げる訳にはいかないと判断した事も。
幾つかの、知りたくも無い事も記載されていた。
例えば、初代オリジンズ。
首領、ザ・ヒーロー。
彼は市民の妻を、テロで失ったとされていたけれど。
実際は、市民の権力を奪うことを第一にする。二世代目のオリジンズの陰謀によって、謀殺されていた。
市民など、ゴミも同然。
当時からヒーローの中にはそう主張するものが数多くいて。
守る事など不要と、声高に叫んでいた。
そんな彼らにとって、ザ・ヒーローの妻が市民であると言う事は。悪しき象徴で有り。中には、ザ・ヒーローに、離婚と妻の抹殺を進言する者までいたという。
勿論ザ・ヒーローはそれを突っぱねたが。
その結果、一部が独走。
謀殺に走ったのだそうだ。
しかも、ザ・ヒーローの妻の業績についても書かれている。
彼女は当時権威があったノーベル賞の物理学者で。様々な科学的発見をしている。銀河連邦も認める優秀な学者だったのだ。
つまり、優秀な市民と、優秀なヒーローの、象徴的な結婚。
その事実も。
市民の権限を奪うことに執心する過激派には、気に入らない事実だったのだろう。
ザ・ヒーローと妻は、とても仲睦まじかったらしく。それらを象徴するエピソードも、ＤＢからは幾つも出てきた。
そしてそれらは。
全て念入りに抹消されていた。
市民の業績など、全て消し去れ。
誰かがそう命令し。
特にオリジンズに関わるような市民については、念入りに念入りに潰せ。そう指示もしたのだろう。
ヒーローという存在の特権を正当化するために。
そのおぞましい悪逆は行われ。
歴史はねじ曲げられたのだ。
先達の行為には、ためいきしか零れない。
そして、条約についても。
一部が、復旧され始めていたが。まだほんの一部が復旧されたに過ぎない。意味のある文章には、なっていなかった。
「続けてくれ」
「しかし、良いのですか。 市民などが社会で業績を上げていた、などというけしからん文章が記載されていますが」
「続けろと言っている！」
馬鹿な事をほざく解析ヒーローを一喝。
仕事に戻らせる。
オリジンズだけでは無い。
今の時代は、全てのヒーローが腐っている。
グイパーラなどのザ・パワーに友好的なヒーローでさえ、本質的にはそうだ。この世界では、ザ・パワーは。
所詮原理主義者に過ぎないのだ。
例え正しい事を言おうとも。
周囲の全てが違うと言えば。それは間違ったことにされる。
人間の世界ではそれが全て。
グイパーラが来る。
此奴も、既に廃人に半分片足を突っ込みかけている。それでも切り捨てることなど考えられないのがつらい。
「クラーフからまた通信が入りました」
「廻してくれ」
さて、此処からだ。
ＤＢの復旧状態を伝えると、クラーフは鼻を鳴らす。
「自分たちの特権を維持するために、其処まで露骨な工作をするとは……」
「先達の愚行には此方としても言葉も無い。 復旧に全力を挙げているので、今しばらく具体的な交渉はまって欲しい」
「分かっている。 できる限り急いで欲しい」
通信が切れる。
胃が痛い。
ヒーローの回復力を持ってなお、だ。
この世界の狂った歪みは。
もはやちょっとやそっとでただせるものではない。
プライムフリーズが過激派に走るのも無理はないのかも知れない。
ザ・パワーも、投げ出してしまって。何処か遠くに逃げてしまいたいくらいだ。
だができない。
責任ある立場だからだ。
胃薬を飲み下すと、周囲に指示を出す。
やる事はまだまだ山積み。
片付く気配も見えなかった。
(続)
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