崩壊の足音
序、出現
突如、その日。星が増えた。
空に見える星が、倍増したのである。
その理由を知っている人間はあまり多くは無かったけれど。知っている人間の一人であるプライムフリーズは、無言だった。
私はその様子を見つめる。
怯えているようには見えなかった。
あの星は。
銀河連邦の宙域艦隊。およそ150万隻に達する、それぞれが地球を破壊可能な船の群れ。
旗艦となっている移動要塞は木星サイズの巨体を誇る。
さて、此処からどうするか。
あれが五十隻でも、地球を滅茶苦茶にするには充分だったのに。その三万倍の戦力が訪れたのである。
ここからが、正念場だ。
「最終的には、ヒーローという存在を、この世から消す」
繰り返すように、プライムフリーズが言う。
状況が急転した以上。
もはや言い争っている場合ではないと判断したのだろうか。フードの影も、それについてコメントはしなかった。
私は。
あまりにも現実味がなさ過ぎて、何とも言えない。
ちなみに星が増えている様子を見る限り、敵はそれぞれの惑星などの周回軌道を乱したりしないように、配慮しながら布陣しているようだった。
しばらくは、地球の様子を見極めるつもりなのだろう。
前のように列強が阿呆な事をしたら、即座に地球のヒーローを殲滅に掛かってくる事だろうが。
フードの影が身じろぎ。
例の通信装置とやらが鳴っている。
通信を受けて、しばらく知らない言語で話していたフードの影は。やがて、大きく嘆息した。
「早速だが、艦隊を指揮しているkldajhwdlhfgadwhflaq中将から通信があった。 これより地球の観察を開始し、場合によっては介入するそうだ。 ただし、地球側に一定の秩序がある事を既に確認もしているので、即時介入はしないとも明言している」
「……別に場合によっては即時介入でも構わんのだがな」
「プライムフリーズ」
珍しく、フードの影がたしなめる。
この復讐者になっている初代オリジンズは。もはや何もかもが怒りの対象なのでは無いかと思える。
ただし、それでも初代オリジンズの生き残り。
本物のトップヒーローであった、ザ・ヒーローの事を考えて。人類を保全したいと考えてはいるのだろう。
地球の占領を避けるためには。
此処から、難しい立ち回りが必要になる。
私は咳払い。
テンペストと、例の場所で接触したこと。どうやら予想通り、アンデッドが後天的ヒーローを作成出来ること。それらを確認したことを告げる。
腕組みすると。
プライムフリーズは言う。会話に応じるフードの影。
「アンデッドの状態からして当然だろう。 だが、そうなると、奴はどうしてまたあっさり捕縛された」
「それは君達の得意分野だろう」
「アンデッドは、恐らく何もかもを焼き尽くそうと考えているはずだ。 だとすると、戦闘タイプのヒーローをどう用いる?」
今の時点では。
戦闘タイプのヒーローと言っても、雑魚しか作れていない。
実際問題、アンデッドが連れていた二人は、プライムフリーズが最底辺と断言している実力だったらしいし。
雲雀と交戦した三人も、実力的にはどうってことがなく。
更にテンペストが蹴散らしたのは五人。
テンペストが手傷を受けていたことを考えると、トップヒーローに対抗できる実力だとは考えにくい。
「いずれにしても、成長の余地があるヒーローを十人前後は抱えていると見て良いだろうな。 テンペストが奴に荷担しなかったのは幸いだったが……」
「どうするんですか?」
「わしはしばらく動けん」
プライムフリーズは忌々しそうに言う。
知らされているけれど。
やはり長期のコールドスリープによるダメージはあるのだ。フルパワーで動ける時間に多少制限があると言う。
この間、どうして雲雀が行かされたか。
それは、プライムフリーズの体のダメージが原因である。
もっとも、回復は順調だそうで、その内フルパワーで全ての時間動き回れるようになるようだけれども。
それはまだ先の話だ。
「ザ・パワーはどうしただろうな」
「テンペストが去った後、施設を大規模な調査部隊に任せて戻ったようです」
「発見されずに見届けたのか」
「まあ、私はそれが得意分野ですので」
そう。
戦いは其処まで出来なくても。
隠密の経験は、私はそれなりに積んでいる。
プライムフリーズのように力が強いと、探査系のヒーローに逆にすぐ見つかってしまうリスクもあるが。
私の場合、異形化した後、体を極限まで伸ばして力を分散させ、更に保護色化すると、まず見つからない。
ただし時間制限が厳しい。
力がついてきたので、かなり時間は延長できるようになったけれど。それでも二日くらい異形化していると、元に戻った後しばらく頭がぼんやりする。そしてぼんやりが中々治らない。
精神をやられる。
そう言われたこともあったけれど。
実感できる。
もっと力を強めなければ、異形化の延長は難しいだろうし。場合によっては元に戻れなくもなるだろう。
ただし、この隠密能力は、延ばしていけば更に強力になる。
その内、オリジンズの中枢に忍び込めるようになるかも知れない。
これでも、苛烈なトレーニングを続けているのだ。
能力は鍛えこめば鍛えこむほど強力になる。
元々の能力相性をひっくり返せるほどに。
実際問題、そうやって敗れるヒーローは珍しくも無いのだ。
「訓練のメニューを増やすか。 わしはあまり動けないから、他の者達。 できる限り雲雀の訓練を手伝ってやれ」
プライムフリーズはそう言うと。
自室に戻っていった。
少し考え事をするらしい。
いずれにしても、今は此方にアドバンテージがある。通信装置は、恐らくアンデッドの方でも作り直せるはずだが、奴はまた牢に戻ったそうであるし。今の時点では、俄然クリムゾンが飛び抜けて有利だ。
宇宙人の侵攻も。
できる限り遅らせなければならないだろう。
数日後。
アーノルドが戻ってきた。
新しく加入したメンバーを連れて、偵察に行っていたのだ。とはいっても、非常に不愉快そうだった。
私とバディを組んでいた此奴は、テンペストのシンパという事もあって、今の状況には不満しかないようだが。
特に新しく入ったメンバーが、テロ屋以外の何者でもなく。市民を巻き込むことを何ら躊躇しないこともあってか。
テンペストの影響を日に日に受けているアーノルドとしては、縊り殺してやりたいほど不愉快らしい。
まあ私にしてみればどうでもいい。
アーノルドは弱い男だ。
肉体面では無くて、精神が、である。
依存対象を必要としていて。
それがテンペスト。
そしてテンペストに依存しているから。
思考もそれをトレースしようとする。
だけれども、その弱さは、正直な話どうしようもないのかも知れない。発狂してもおかしくないような宇宙人の戦力が、地球の至近にいるのだ。向こうの気分次第で、地球を爆破くらいは出来るのである。
今までの状況から考えれば。
恐らくそれはないだろうが。
ないだろうという以上の安心感は絶対に得られない。
何しろ、敵にはその能力が確実にあり。
地球を一度灰燼に帰しているのだから。
部下達を休ませると。
アーノルドはぶちぶち言い始める。
「彼奴ら、途中で浮浪者から食糧奪おうとしやがった」
「で、殴った?」
「ああ」
「背後に気を付ける方が良いよ。 彼奴ら、あんたの背中、刺し殺しそうな目で見てたしね」
というか。
処分してしまうか。
戦力として役に立つなら入れておくべきだろうけれど。
クリムゾンは他の組織を吸収して巨大化する過程で、どうしようもないのが何人も加入している。
もし浮浪者から食糧を奪うような真似を平然とする輩なら。
今後のためにも、生かしておかない方が良いだろう。
腰を上げると、石塚に相談に行く。
だけれども、石塚は。
首を横に振った。
「駄目だ」
「何をしでかすか分かりませんよ」
「弾よけとしては使える。 実際本人達もそのつもりで入ってきている。 馬鹿をやろうとしたら、その都度止めるしか無い」
「……」
目を細める私に。
石塚は大きく嘆息した。
「人が足りないんだ。 ヒーロー特性の持ち主も、お前とパーカッションしかいない状況なんだぞ。 サイドキックとして戦闘訓練を受けてきたものだって、そうそうは多くないんだ。 そんな中で、弾よけになる事を最初から進んで受けて来ている奴を、殺せるほど組織に余裕は無い」
「分かりました。 ただし後悔しても知りませんよ」
「もう後悔だらけだ。 プライムフリーズの暴走を止める手段が無い。 もしもプライムフリーズがその気になったら、クリムゾンは一瞬で全員氷漬けだ。 そしてプライムフリーズは、それくらいやりかねない」
胃が痛む音が聞こえるような気がした。
ああ、何だろう。
ザ・パワーもこんな感じの苦痛を味わっているのだろうか。
だとしたら、同情してしまう。
「とにかく、今はこらえるように。 分かったな」
「……」
「報告は以上か?」
「うい」
敬礼すると、その場を離れる。
いっそ、これは。
この組織を離れるのも手か。
ワン老師やジャスミンは、多分離脱に同意してくれるだろう。多分パーカッションも連れて行けるはずだ。
アーノルドは。
まあ例えばテンペストと合流するつもりだとか言えば、ついてくるかも知れない。
他にも何人かは誘えそうだ。
だが、それは。
正直自分でも、良手とは思えない。
今、宇宙人が。
もしも地球側が妙な真似をすれば、即座に全部焼き払うという心構えで、地球の至近に来ているのである。
内輪もめなんてしている場合では無い。
プライムフリーズにも、オリジンズと共同するべきだと、提案するのがベストだろう。実際、フードの影に説得されて。一時期はそう考えていたようなのだ。だが、アンデッドが宇宙人の艦隊を呼び寄せてしまったことで、形勢は急変している。だから、プライムフリーズは過激思想を提案。
誰もそれに反対できなくなった。
これでは、手の打ちようが無い。
テンペストは何をしているのだろう。
彼奴も、自分なりの戦いをしているようだけれど。結局、それは。個人で出来る範囲の行動しか出来ていない状態の筈だ。
一か八か。
プライムフリーズに直訴するか。
いや駄目だ。
私にはそれなりに一目置いてくれているらしいが。
それでも気に入らないと思えば、瞬時に棒アイスにされてしまうだろう。
フードの影に相談するのは。
それも難しい。
石塚を通して相談するのなら出来るかもしれないが。
私が直接言って、聞いてくれるだろうか。
そうとはとても思えない。
溜息が零れる。
「どうしたらいいんだよ」
誰に対してでもなく。
言葉が零れる。
私は、楽天的な性格で。飄々としているつもりだったが。
流石にこの状況下では。
そのように脳天気ではいられないようだった。
1、風雲急
マンイーターレッドの支配地区の地下から、膨大な情報を持って戻ったザ・パワーは。珍しく円卓にオリジンズが揃っているのを見て、ため息をついた。流石にこの状況だ。もはや集まる以外の選択肢が無い。
余程の阿呆でも分かる。
この状況では。
内輪もめをしている場合では無いのだと。
原理主義者と言われているザ・パワーだが。
それでも、オリジンズのトップ。これ以上の混乱を避けるためには、どうにかするしかない。
だけれども。
それでいながら、円卓でリーダーシップを取ろうと考える者は一人もいない様子で。それはそれでまた、頭に来る。
どうしてこの状況で、存在感を示そうとしたり。
前向きな提案をしようとしたりと。
頭を使わないのだろう。
どいつもこいつも、自分の利益だけを考えている。
権力の保全のみを気にしている。
それでは駄目だ。
この星は。
業火に焼かれてしまうだろう。
ライトマンは、げっそりした様子で。もう正気を半ば失っている様子だった。グイパーラも青ざめたまま一言も発しない。
ザ・パワーは。
咳払いすると、皆を見回した。
「幾つか悪いニュースがある」
まず、宇宙人についてだ。
天体観測班によると、やはり宇宙人は、本当に一個宙域艦隊を送り込んできたらしい。太陽系とその周辺に、およそ百五十万隻の宇宙艦隊が確認できている。しかも最大サイズのものは、木星クラスの巨大さだそうだ。
恐らくは旗艦だろう。
移動式要塞というわけだ。
実際問題、宇宙空間では、エンジンさえつければ要塞を引っ張っていくことも不可能ではないのだろう。
これほどではないにしても、二回りほど小さな巨大艦が四隻。
更に、一万隻以上、全長二千五百メートルを超える艦も確認されている様子だ。
残りの艦も、以前地球に攻め寄せたものと同等か、それ以上のものばかり。
これらの全てに、星を一瞬で破壊出来る反物質砲が搭載されているばかりか。逆にそれを防ぎ抜く防御装置も完備され。
テレポートなどの超能力に対しても対策を施し済み。
勿論、ウイルスを仕込んで全滅などと言う手は通じない。
根本的に技術力が違いすぎる相手なのだ。
元々、恒星間航行を可能としている事からも、桁外れの技術力の保ち主だと言うことは分かっていた。
それにしても、だ。
ザ・パワーは、どうして先達が、この情報を隠したのか。
それが腹立たしくてならない。
いつかこれらが来ると分かっていたら。
それこそ、手の打ち用なんて、あっただろうに。
「悪いニュースは、他にもあるのかしら?」
「ああ」
バラマイタに頷くと。
アンデッドの基地から回収してきた情報についても説明。
ヒーローを製造する技術を、どうやらアンデッドの組織が実用化したらしいと言う事がわかると。
皆、流石に無言になった。
これはまずいと理解したのだろう。
今の時点では雑魚しか作れないようだが。
それでも、以前の実験では、アンデッドのような強力な能力者の作成にも成功しているし。
何より能力というものは、磨けばそれだけ強くなる。
それを考えると。
今の状況は、あまりにもまずい。
想像を絶するほどに、とも言える。
ましてやアンデッドがもくろんでいることがどうにもはっきり見えない。あっさり捕まってみたり。脱獄を強攻してみたり。
何を考えているのか。
徹底的に調べないとまずいだろう。
「他には何かありますカ?」
ザ・アイの言葉に。
しばしの沈黙後。
ザ・パワーは応える。
何人かの、通信を得意とするヒーローが傍受した。
どうやら宇宙人は。既に地球に向けて、通信を送ってきている。暗号化されているので、まだ内容は分からない。
つまり誰かが、既に宇宙人と通信を始めている、という事だ。
「皆に問いたい」
ザ・パワーは見回す。
このままだと、手遅れになる。
だからその前に動かなければならないと。
「それぞれ、先達から、DBの内容について、どう変更したか聞いていないか。 復元し、相応の処置をしなければならない」
「もう無駄だと思うがね」
ライトマンが軽口を叩いた瞬間。
ザ・パワーは、その顔面に拳を叩き込んでいた。
壁に叩き付けられたライトマン。
流石にザ・パワーも。限界が近かった。
「君が最初から喋っていれば、このような事態の到来は避けられたという事を忘れていないか」
「……」
顔面を完全に潰されたライトマンが、呻きながら崩れ落ちる。
此奴はもう駄目だ。
洗脳を専門とする部署にでも任せるしか無いだろう。其処で情報を吐かせる。もはや手段を選んではいられない。
ザ・パワーは。
自分の目が血走っているだろうなと思ったが。
もはや、事は一刻を争うのだ。
宇宙人との通信を、一秒でも早く行わないと。
何もかも手遅れになる。
アンデッドの組織がまだ健在だと言う事はわかったし。
何をされるか分かったものじゃない。
プライムフリーズだって、同じ事だ。
グイパーラを一瞥。
青ざめたまま、腕組みしたまま。
もう彼奴は駄目かも知れない。
あまりにもショックなことがたくさん、短時間で起こりすぎたのだ。
此処からは。
また孤独な戦いが、始まるのかも知れないなと思うと。げんなりした。
不意に挙手したのはウォッチである。
「時にザ・パワー」
「DBの内容か」
「いや、テンペストがそろそろ無視できなくなってきているよ。 ヴェルヴェットも潰されたし、再起不能にされたヒーローは四十人に達した。 もういい加減対処しないとまずいと思うけれど」
「そう、だな」
だが。
アンデッドの基地を先に潰して。
しかもメッセージまで残していた。
テンペストは、出来れば。
味方に引き込みたい。
しかもテンペストが潰しているのは、悪徳ヒーローばかりなのだ。それも、ザ・パワーが本当なら率先して叩き潰してやりたいような、ゲスばかり。
ヒーロー達からは恨まれているけれど。
彼女がやっていることは正しい。
少なくとも、ザ・パワーはそう思う。
「今は優先事項が高い事象が他にある。 アンデッドの組織を壊滅させることも、その一つだ」
「放置するのかい」
「それよりも、先ほどのことだ。 DBの改ざんについて。 修復をしなければ、そも宇宙人と交渉のテーブルにさえ立てない。 もし攻めてこられたら、地球は終わりだ」
其処まで言ってもなお。
エゴに縛られたオリジンズの妖怪共は。
自分の立場のために。
世界を守るための譲歩が、出来ないようだった。
1、混濁
アンデッドの基地を出てから。
テンペストは、ザ・パワーが追撃してきていないことは確認した。溜息が零れる。本気で追われたら、追いつかれていた。
そして、ひとたまりも無くやられてしまっただろう。
まだテンペストとザ・パワーでは、天地の差がある。
今まで潰してきた悪徳ヒーローとは、格が違う。
何より、世界でも珍しい、まともなヒーローの一人だ。出来ればつぶし合うような事は避けたかった。
クリムゾンと合流しようかとも一瞬思った。
情報が足りない。
アンデッドの奴が、とんでも無い組織を抱えていたことは分かってしまったけれど。潰すにしても、居場所が分からない。
それに、だ。
悪事を働いているクズヒーロー共だって放置は出来ない。
自分がもっとたくさんいれば。
何より、あれだけ過激な行動に出ているプライムフリーズを、放置していくわけにもいかないだろう。
自分一人だけで出来る範囲内でも。
やることは山積みだ。
今までスーパーパワーをもったヒーロー達が、建設的に社会を動かして。それぞれ特権に溺れず市民と供に世界を復興していたら、こんな事にはならなかっただろうに。あまりにも愚かしく。
そして許せなかった。
地上に出ると。
漠然と歩く。
リストを見るが。
まだまだたくさんクズヒーローの名前がある。かなり消したが、それでもまだまだだ。
八千人ほどいる戦闘タイプヒーローのうち。まともなのはザ・パワーと、そのシンパの一部くらい。
しかもまともといっても。
市民に対して、嗜虐しないというだけのこと。
それをしているだけで、他の大半のヒーローよりマシだというのだから、色々終わっている。
適当に廃ビルに入り込むと。
ヴェルヴェットとの戦いでダメージが癒えていないところに、更に自爆覚悟の渾身の雷撃まで貰って、傷だらけの体を横たえる。
呼吸を何度かすると。
そのダメージが深刻なことがよく分かった。
痛い。
痛みというのは、体が心に発している警告だ。
肉体がそうダメージを受けているか。
だから、無視してはいけない。
対応しなければならないのだ。
幸い、戦闘タイプ能力者であるテンペストは、数日で傷も完治するけれど。問題は、ヴェルヴェットから受けた傷が、それぞれ恐ろしく治りが遅いという事。
人間の分布を見るという変わった能力を持った相手だったけれど。
それはつまり。
傷の治りにくい場所をピンポイントで攻撃したり。
或いは重要臓器に的確にダメージを与えてくる。
そういう嫌なやり方を得意としている、という事も意味していた。
兎に角だ。
レーションを開けると。
その場で食べる。
栄養のことだけ考えたまずい代物だけれど。
逆に栄養だけ摂取できれば、今はもうそれでいい。
何度か嘆息すると。
傷は当面治りそうにないなと、自嘲した。
戦い方が下手だったから受けた傷も多い。師匠だったら、こんな無様なダメージは受けなかっただろう。
油断はしないけれど。
横になって、考える。
どうしたら、半年分の修行を埋められる。
お前は後半年で完成すると、師匠はたびたび言っていた。
だが、もうしばらく経っているのに。その差は埋められない。我流では限界があるのは、わかりきっていた。
かといって、拳法を受け継いでいる人間なんて、まず残っていない。
クリムゾンの所に、ワン老師という老人がいたが。あれは師匠に比べると二段階くらい落ちる使い手だった。
決して弱いわけでは無いけれど。
テンペストから見ると物足りない。
それだけだ。
あれ以上の拳法使いとなると、いるとしたらヒーローだろうか。
つまり敵だ。
敵から教えを請うわけにはいかない。
大体どのヒーローが、どんな拳法を習得しているかなんて、知らないのだ。いずれにしても、教えを受けることは、絶望に近い。
ダメージが大きいからか。
いつの間にか、意識を失っていた。
起きると、かなり傷は塞がっていたが。
寝ていた辺りには、血の跡がべったり残っていた。
再びの食事を終えると、外に出る。
この辺りはマンイーターレッドの支配下。
地下都市を抜けてしまうと。サイドキックが多数巡回するスラムだ。エサとなるまずい食糧をトラックからばらまいていて。それに餓鬼のようにやせこけた市民が群がっている事に代わりは無い。
ひどい光景だが。
他のヒーローに比べると、まだマシ。
此奴の討伐に踏み切らない理由だ。
それに此奴はオリジンズの一人。
今叩いてしまって良いのか。
その不安が漠然となる。
勿論、クロコダイルビルドの時で懲りた。叩けるときに叩いておかないと、後悔する事になりやすい。
しかし、この程度の事なら。
他のヒーローもやっている。
オリジンズに限定しても。
もっと市民を虐げている奴は、複数存在しているほどで。マンイーターレッドをリスクを冒して叩く理由は今の時点ではない。
ぼんやりと歩いていると。
嫌な気配を察知した。
周りを囲まれる。
武装したサイドキック達だ。
そして、彼らを指揮しているらしい非戦闘タイプのヒーローが、装甲車の上に仁王立ちになっていた。
「見かけないヒーローだな、名乗れ!」
「探知タイプのヒーローか? 面倒なのに見つかったな」
「何だと? なのれと言っている!」
「テンペスト」
絶句したヒーロー。
わたしは戦う理由もないと判断。
そのまま、ひょいとサイドキック達を飛び越すと、走って加速。その場をすぐに後にした。
多分アンデッドの組織が出た影響だろう。
面倒な連中が巡回しているものだ。
あんなのがいるとなると。
今後は、更に慎重に動かないと危ないと見て良い。
荷物を隠してある廃ビルに入ると、さっさと荷物を回収。
そして。
マンイーターレッドの支配地区を出た。
そのままずっと南下。
体のダメージは収まらない。
何処かで数日休む必要があるが。
多分先ほどの探知チームは、まだわたしの追撃を諦めていないはずだ。もう少し距離を取らないと危ない。
ほぼ丸一日走って。
かなり距離は取ったけれど。
次に狙おうと思っていたヒーローの支配地区からは、離れてしまった。
大きく溜息が出た。
そもそもだ。
本当にこれでいいのか。
宇宙人が攻めてこようとしている。それも、今や空の星が何倍にも見えるほど、その存在が露骨になっている。
それなのに、わたしは。
ゲス野郎を殴り続けるだけでいいのか。
かといって、宇宙人は悪なのかと言われると。そうなのか、著しく疑問だ。勿論雲雀の言葉を信じるなら、だが。
そしてゲス野郎どもは。
戦いでは戦力にもなる。
逆に言うと。
あらゆる力を奪われた市民達は、もはや戦いでは、力にはなり得ないだろう。
自分の中に、どんどんいやな考えが浮かんでくる。
嘆息。
近くの下水道に潜り込むと。
少し口を閉じて。そのまま全力で走る。
戦闘タイプヒーローが走るのだ。
能力を使わなければ音速には達しないが、昔の競技用自動車くらいの速度は、余裕で出る。
しばし地下下水道を走り回ったあげく。
わたしは、つぎに戦うべき相手。
レッドキューブの所に付いていた。
休息はこれから入れる。
今度の相手も。
今まで同様のゲス野郎だ。
叩き潰す事に遠慮はいらない。
だが。攻めこんでくる宇宙人が、恐らくは地球にとっての最大の脅威になる現状。これ以上、同じ事を続けていて良いのか。
悩みは、止まらなかった。
レッドキューブは、宮殿のおくにぽつんと一人でたたずんでいた。
名前の通り、非常に四角い形をした男で。目鼻口までもが四角い。
これはヒーローとしての能力に関係もしているのだろう。
此奴の宮殿は。
市民の屍で作られているのだ。
此奴は殺した人間の死体を成形して、四角いブロックにする能力を持っている。ブロックには死んだ人間の顔が浮き上がるが、強度はコンクリ以上。
コレを積み重ねて。
悪趣味な城を作り、悦に入っているのがレッドキューブだ。
ちなみにサイドキックを殆ど使わない珍しいヒーローである。
理由は簡単。
このブロックがレッドキューブのエサで。
エサを確保するために、自ら街に繰り出すからだ。
特に女子供の肉が好物であるらしく。サイドキックでさえも、容赦なくエサにしてしまうと言う。
確保しているサイドキックは。
例えば、他の、より上位のヒーローに呼ばれたとき、移動するための飛行機などを操作する人員など。
それ以外は、必要ないし。
いた分も、全て食べてしまったそうだ。
文字通りの鬼畜だが。
殺した人数は、実のところ今まで叩き潰してきたクズヒーローに比べると、決して多くはない。
やり口が異常なだけ。
人員被害が、むしろ少ない方。
何しろ、気に入った人間を捕まえて殺すと、キューブに二日掛けて加工し。それを一週間掛けて食べるそうである。
宮殿の維持でもキューブは用いるが。
それを考えても、殺している人数そのものは。悪徳ヒーローの中では、そう多くはないのである。
不愉快極まりない話だが。
こういうやつは、今世界中に、幾らでもいる。
順番に処理していかなければならないのだ。
例え、どれだけの危険が。
目の前に迫っているとしても、である。
わたしを見て、レッドキューブは、己の運命を悟ったようである。此奴は戦闘タイプヒーローとしては最底辺の実力で。
更に周辺にコネも作っていない。
自分のおぞましい能力で作った城に引きこもり。
そのおぞましい能力で好き勝手をすることだけが生き甲斐の小物だ。
だが、だからこそ。
殺してきた人々が、慟哭している。
此奴の能力で殺され、ブロックにされた人々は、食い殺されるまで意識があるそうなのだ。
一秒でも早く解放してやらなければならないだろう。
「どうした。 何か言うことはないのか。 わたしがテンペストだって言う事、ここに来ている意味はわかっているんだろう」
「別に。 まあ、オレなんか殴ってるよりも、もっと別のするべき事があるんじゃないかって思うけどな」
「ご忠告どうも」
そのままわたしは、大股に足を詰めていく。
その時だった。
「危ない、テンペスト!」
キューブの一つが叫ぶ。
わたしは飛び退き。
今まで歩いていた場所が、足下から連続して爆破される有様を見た。
舌打ちする。
この程度の悪あがきはするという事か。
「どうせC4じゃあ効かないだろうけれど。 やってみる価値はあると思ってね。 そもそもお前、負傷してるじゃん。 それなら、オレでもどうにかなるかなあ」
側にある小さなキューブ。
まだ小さな女の子を加工したものだろう。それをひと囓りするレッドキューブ。いたましい悲鳴が上がる。
わたしはもはや、容赦しない。
此奴を殺せば、キューブ加工された人々は命を落とす。
能力を失っても同じ事。
だが。
今、何をするべきかという事も踏まえ。
此奴を許すわけにはいかない。
爆裂するC4の網をかいくぐり、レッドキューブの至近に躍り出る。無気力な目で此方を見ているレッドキューブは、緩慢に動いて逃げようとしたが。その顔面に、拳を叩き込む。
吹っ飛んで転がるブロック野郎。
その時、始めて。
ぼんやりと自分の殻に籠もっていた男が。
現実の痛みに気付いたようだった。
「ぎゃああああああああああっ! いたい、いたいっ!」
「お前、そんなものが痛みだと思っているのか」
近寄ると、足を踏み降ろす。
そして、奴の膝を粉砕した。
ぎゃっと、跳び上がろうとして失敗するレッドキューブ。
さあ。
この忌々しい仕事を、さっさと片付けてしまおう。
周囲のキューブ達は、揃って叫んでいる。
殺してくれ。
俺たちを。
私達を。
そいつのしりに踏みつけられて。
気分次第でエサにされて喰われて。
身動きも出来ず、死んでいくのはもう嫌だ。
このレッドキューブは。
これだけの悲劇を、特に悪意もなく行った。
それこそ、市民は貨幣としての価値しか無い。だからやらかすことが出来たのだ。この社会が如何に間違っているのか。わたしは再確認する。そして、わたしは、大きく息を吐くと。
逃れられずにのたうち廻っているゲス野郎に向けて。
いつも以上に長く、徹底的で、容赦もしないラッシュを叩き込んでいた。
千発を超えた辺りだろうか。
周囲から声が聞こえなくなった。
かわりに異臭がし始める。
宮殿が崩れ始めた。
ブロックが崩壊していったのだ。
当たり前だろう。
わたしは、まだ痙攣して、動いているレッドキューブを其処に放置。此奴を外に連れ出してやる義理は無い。
「お前が食い物にしてきた人々に、押し潰されて死ぬんだな」
「げへえ……」
もう、ロクに喋ることも出来ない様子だ。
宮殿が倒壊している。
わたしが抜け出たときには。
既に建物の形状は保っておらず。
また、レッドキューブの能力の影響から外れたからだろう。急速に腐敗し、赤黒くおぞましい肉片に変わっていった。
あれでは、100%助かるまい。
わたしは首を横に振ると。
ぼんやりと、空を見た。
何かが来る。それが、今までに無いほどの強敵である事は、すぐに分かった。ヴィラン討伐隊か。
いや、違う。
あのヘリは。
通称死神の座。
乗っているのは。
潰し屋として名高いヒーロー、ブラックサイズだ。
ブラックサイズが。
崩壊する腐肉の宮殿を背にしているわたしの前に降り立つ。
ブラックサイズは、長身の男性で。黒いフードで全身を隠し、髑髏のマークで顔を隠している。
背には鎌。
これが能力だ。
巨大な鎌を使って斬った相手は。
そのまま、死に至らしめることが出来る。
魂を抜くとかそういう概念的な能力では無くて。
鎌の切れ味が凄まじいのだ。
特殊能力である。
刃物の切れ味を上げる、と言う。
この能力は、自分で作った刃物にしか適用されないらしいのだが。ブラックサイズは、自分の武器は全て自分で手入れして鍛錬しているという。
つまりその切れ味は。
例えばダイヤモンドの原石があって。
それに対して、ブラックサイズが使っている果物ナイフを投擲したら。
貫通して、向こうに抜けるほど、ということだ。
このタイプは厄介だ。
刃物に能力が働いているのでは無い。
刃物を作る際に能力が関与するからである。
わたしの力とは、すこぶる相性が悪い。
ブラックサイズは、あまりにも度が過ぎる行動(ただし市民への殺戮では無く、オリジンズへの反抗的態度の事)を取るヒーローや。活動が激しすぎるヴィランを消すために姿を見せる。
本来だったら、ヴィラン討伐部隊が来るべきなのだろうが。
今はその余裕も無いのだろう。
そこで、処刑人として名高い此奴が来た訳だ。
「相変わらず派手にやっているようだな、テンペスト」
「わたしを処刑に来たか、ブラックサイズ」
「私が姿を見せたことそのものが、回答となろう」
「……」
さて、ここからが問題だ。
此奴の攻撃は、一撃一撃が全て必殺。
しかも此奴の鍛錬は尋常ではなく。刃物で相手を殺すことに、全ての人生を捧げていると言っても過言ではないほどなのである。
それに対して、私はベストコンディションにはほど遠く。
そうひどくは無いが、消耗もしている。
一度退くのもありか。
だが、逃げ切れるだろうか。
やるしかない。
そう判断したわたしに。
遅いと言わんばかりに。
斜め下から。
鎌が首を落としに振るい上げられていた。
2、錯綜する全て
面倒な事になったな。
私の側で、石塚が呟いている。
どうやら、テンペストがブラックサイズと交戦したらしいのだ。かの名高い潰し屋と、である。
オリジンズ直属の精鋭の一人であるブラックサイズは。
ヴィラン討伐部隊よりも、更に泥臭い仕事をやらされるポジションにいる。故に強い。テンペストはここのところ、ヒーローを潰すペースを上げていて。流石に無視し得ないと判断したのだろうか。
いずれにしても、まだはっきりしとした情報が入ってきていない。
判断はこれからである。
現地にいる組織から、通信が来る。
といっても、電子郵便では無い。
軍用犬である。
イントラネットすら寸断されている現在。遠くと連絡を取る手段は限られている。ハトの場合もあるけれど。
鳩は飢えた住民に襲われて、喰われてしまいやすい。
そのため、軍用犬が使われる。
戦闘力を備えている軍用犬は、少なくとも市民には殺されないし。
サイドキック達から身を隠す術も知っている。
ただし貴重だ。
クリムゾンでも二匹しか所有しておらず。
しかもその内一匹は老いていた。
ごく限られたサイドキックか。
もしくはヒーローくらいしか。
今の時代は、犬を飼うことも難しいのである。それだけエサが不足しているのだ。人間でさえ餓死が珍しくも無い時代。
イヌに廻す食糧なんて、そうそうあるはずも無い。
軍用犬に情報を託し。
何回かやりとり。
その結果、幾つか分かってきた。
戦場では、血が大量にぶちまけられていて。どうやら引き分けに終わったらしい事。ブラックサイズ自慢の刃の何本かがへし折られていた一方、テンペストも相当な深手を負った様子。
それはそうだ。
あのミフネでも、ブラックサイズに無傷で勝つのは難しいだろう。
「戦いは五分で決着したとして、その後はどうなった」
「調査中です」
「急げ」
石塚が急かす。
ジャスミンが現地に向かっているのだけれど。
うまくすれば、また恩を売る好機になる。
宇宙人の大攻勢が迫っている今。
オリジンズとの決着だけでは無い。
アンデッドの組織の動向も見極めなければならない。
やらなければならないことは。
それこそいくらでもあるのだ。
私自身は、アンデッドの組織の調査を命じられていて。連日各地を調べて廻っているのだけれど。
ヒーローを量産できているという爆弾を投擲して以降。
アンデッドの配下は、姿を見せていない。
予想より遙かに厄介な状況だ。
このまま下手をすると。
何も出来ないまま、宇宙人が進駐軍を繰り出してくるかも知れない。それだけは避けたい。もはやなすすべもなくなるのだろうから。
プライムフリーズが、腕組みして考え込んでいる。
フードの影も一緒だ。
「もう意地を張らずに、オリジンズと接触するべきだと思うがね」
「それは既に考えている。 だがライトマンが派閥を失った現状でも、ザ・パワーがあの混沌をまとめるのは難しいだろう」
「手を貸してやっては」
「ザ・パワーは喜ぶかも知れないが、他が納得しないだろうね」
咳払い。
私に気付くと、二人は視線を此方に向ける。
「どうだ、アンデッドの組織は」
「見当たりませんね」
「……分かった」
「最大限に嫌な予感がするな」
何もかもが。
最悪の方向に、動いているとしか思えない。
二日後。
ジャスミンが戻ってきた。
彼女は、テンペストとブラックサイズがやりあったらしい場所を、丁寧に調べてくれていた。
写真も撮ってくれていたが。
なるほど、凄まじい有様だ。
死力を尽くしてやりあったのが、一目で分かる。
壁に一閃走った数は、それこそ数百。
一発でも貰えば、流石のテンペストもひとたまりも無かっただろう、かと思ったのだけれど。
何個か、傷の様子がおかしい。
途中で途切れていたりしている。
そういう所は、例外なく血が噴き出した跡がある。
つまりテンペストが、傷を受けながらも。
あの名高いブラックサイズの一撃を止めた、という事だ。
テンペストも、やられっぱなしではない。
何本かブラックサイズ自慢の刃を折っただけでは無く。
相当数の拳を叩き込みもした様子だ。
彼方此方に、壁に叩き付けられたブラックサイズが。更に追撃の一撃を浴びて、壁を凹ませている跡が残っている。
テンペストも成長している。
今なら、ヴィラン討伐部隊のミフネ以外のメンバーなら、かなり良い勝負をすることだろう。勝てるかも知れない。
それで、結果は。
痕跡を見ていた石塚が、断言する。
「手傷を受けたブラックサイズが撤退したな」
「何故そう思いますか」
「これだ」
突き刺さっている刃物の一つ。
それはブラックサイズが大事している大鎌。
その一部だ。
テンペストがどうにかして、へし折ったのだろう。命の次に大事な大鎌をへし折られ。ダメージも大きく。
ブラックサイズは、舌打ちして撤退したに違いない。
一方テンペストも、限界近いはずだ。
多分ダメージそのものは、テンペストの方が受けていたはず。
前にも無理をして死にかけていたが。
今回もその辺でのたれ死にしていてもおかしくない。
だが、テンペスト自身は。
姿が見当たらないという。
嫌な予感がする。
もし倒れたところを、アンデッドの組織にでも拉致されていたら。面倒どころではすまなくなる。
話を聞いていたか。
ついにプライムフリーズが腰を上げた。
「テンペストの動向がおかしいようだな」
「はい。 実は……」
「ふむ、なるほど。 分かった。 やむを得んな。 わしが現地で調査する」
「しかし、よろしいのですか」
プライムフリーズは、石塚の言葉に応える。
その論旨は明快だった。
「現在、銀河連邦政府は、地球の実情を念入りに調べている所だ。 そしてもうオリジンズが極限まで腐敗し、身動きが取れなくなっている所までは把握していることだろう」
だから、問題は其処からになる。
内部からは自浄作用が働かないのだ。
テンペストは自浄作用として動いているが。
それにも限界がある。
更に最悪のテロ組織として、アンデッドの組織が動いている。それも、相当に派手に、である。
プライムフリーズが言うには。
下手をすると、アンデッドの組織は。
オリジンズを真正面から襲撃しかねないという。
そんなことになれば、即時銀河連邦は介入を開始するだろう。そして、恐らくは、アンデッドの狙いこそがそれだ。
「この世にヒーローはいらんとわしは思うがな。 この世界が灰燼に帰す事だけは防がなければならんだろう」
プライムフリーズの言葉は、私ももっともだと思う。
すぐにクリムゾンの主力は移動開始。
しかし、私は残された。
アーノルドやジャスミン、パーカッションや石塚、ワン老師まで現地に向かっているのに、わずかな留守居部隊と、である。
嫌な予感がする。
これは私は。
何かに巻き込まれたか。
そして、予想は当たる。
翌日。
狙い澄ましていたかのように、アンデッド麾下と思われる、正体不明の能力者集団が襲撃を仕掛けてきたのである。
戦闘タイプが四人。
勿論、残っているサイドキック崩れや、組織メンバーの元テロ屋で勝負になる相手ではない。
まさか、この襲撃を見越して。
わざわざエサとして私を残したのか。
可能性はある。
プライムフリーズの冷酷な言動を見る限り。
何をやっても不思議では無いだろう。
「非戦闘員は下がれ。 私が食い止める」
狭い通路を利用して、私が数人を相手に渡り合うけれど。
前より明らかに強くなっている。
三人を相手に前は戦えた。
今はその時より力をつけている自信もある。
だが、敵は。
更に力をつけている。
ましてや戦闘タイプの能力者だ。
コンクリの壁なんて、それこそ紙同然。
四人がかりの猛攻に、押しまくられ、前線が下がる。触手を引きちぎられ、本体に拳を叩き込まれ、目を潰される。
赤い触手を振るって、一人を叩き潰し。更にもう一人をコンクリの壁に叩き込むが。
その程度で死ぬ相手ではない。
まずい。
力を引き出すたびに。
意識がごっそり抉られていくのが分かる。
この力は、人間性が代償だ。
ゆっくり時間を掛けて隠密作戦をしたりするのが、本来の使い方なのであって。こういう互角に近い相手と長期戦をするのは、むしろ苦手な能力だ。
「撤退急げ!」
「反対側にももう一人!」
「!」
まずい。
追い込まれた。
四人では無く、五人動員していたのか。
この間テンペストに二人潰されたはずだが。それを復活させたのか、それとも。新しく生産したのか。
生き残りが、小さな部屋に逃げ込む。
かなりやられた。
私はその部屋を守るように、地下下水道に陣取るが。
それこそ四方八方からの飽和攻撃を受け続けて、ダメージが跳ね上がっていく。舌打ち。これでは、どうにもならない。
一人を触手で捕縛すると。
振り回して、何度も床に壁にたたきつける。
だけれど、平然と起き上がってくる。
タフさも、尋常では無く向上していた。
まずい。
限界だ。
その時、である。
敵の一人が、吹っ飛び、下水に墜ちた。
それを見ると。
他の四人は跳び下がる。
呼吸を整えながら、此方に歩いて来るのは。
テンペストだ。
全身手酷くやられているけれど。
それでも、まだ歩くことは出来る様子だ。
今の一撃も。
きちんと能力が乗っていた。
「ひどい様子。 生きてる?」
「それはコッチの台詞だ」
どうして、此処にテンペストがいる。
それは良く分からないけれど。
今は共闘するしか無いだろう。
奇声を上げながら躍りかかってくる敵を、二人で力を合わせて一人、また一人、ぶっ潰す。
残りが三人になったところで。
敵は形勢不利と判断したか、引き揚げて行った。
同時に、私は異形化を解除。
凄まじい虚脱感に襲われて。
そのまま下水に突っ込みかけた。
慌てて支えてくれるテンペスト。
彼女の方も。
ひどい傷が多数で。まだ塞がっていない傷も、多くあるようだった。
「負傷者の手当を急いで」
私が奧に呼びかける。
だが、そこも地獄。
戦闘タイプのヴィランとやりあったのだ。無事で済む筈が無い。
留守居のメンバーは半数が殺され。
残りも手酷くやられていた。
無言で、時間を掛けながら、自分で自分の手当を始める。医療が出来るメンバーが、必死に手当をするけれど。
それも傷が深い者達からだ。
私やテンペストは後回し。
そうしないと、死者が更に増える事になる。
地下下水道を、何かが此方に来る。
テンペストが、傷口の消毒をしていたが。そのまま外に様子を見に行く。
そして、戻ってきた。
「バギーだ。 あんたの味方じゃ無いのか、雲雀」
「だと良いんだが」
テンペストが、治療を急ぐ。
包帯を巻き終えて、そのまま見張りについてくれた。
有り難い。
バギーが側に止まる。
手酷く傷を受けたアーノルドが乗っていた。
そっちも襲撃を受けたのか。
「なんだ、なにがあったんだ。 どうしてテンペストがいる」
「コッチもやられたんだよ。 五人も来た。 其方は」
「移動中を奇襲された。 プライムフリーズに対しては、温度操作系の能力者が三人がかり。 もう一人いたから、そいつに皆がしこたまやられた」
どうにか撃退は出来たようだが。
それでも、数の暴力の前に、被害は避けられなかった。
「出来れば支援をと思ってきたんだが。 これは……それどころじゃないな」
「一度合流すべきだろう」
テンペストが言うが。
私もその意見に賛成だ。
手傷の手当が終わった所で。
皆で移動する。
怪我が酷い者をバギーや荷台に載せ。
私は異形化して、数人を背負う。
テンペストは傷があまりにもひどいけれど。そのまま歩いて貰う。
アンデッド麾下の部隊だとみて間違いないだろうが。それにしても、短時間で嫌に実力が上がっている。
その上数もだ。
自身も傷を受けているのに。
パーカッションが、不安そうにテンペストを見る。
「大丈夫?」
「平気だ。 それよりも、お前の傷を心配しろ」
「うん……」
パーカッションが俯く。
とにかく移動を追えて、合流。
クリムゾンの組織人員は。
半減していた。
相当数が殺されたのだ。大半は最近傘下に収めたテロ屋や各地の反抗勢力のメンバーだが。当然、古参のメンバーもいる。
フードの影も手傷を受けていた。
それほどの激しい戦いだったのだ。
ちなみにプライムフリーズは、相手を三人とも氷漬けにして、砕いて勝ち。ただし。異常なほどの連携で攻めてこられたため、やはり手傷を受けていた。
石塚が、頭に包帯を巻いたまま、叫んでいる。
「被害報告!」
私は医師を探すけれど。
いない。
彼方此方に転がされている死体の中に。医師が混じっているのを見て、大きな溜息が零れるのを止められなかった。
テンペストを、奥の部屋に案内。
ぬれタオルを渡して、体を拭いて貰う。
その跡、清潔にして貰って。
点滴を準備。
眠って貰う。
テンペストは後回しで良いと言ったけれど。
今は時間がない。
一秒でも早くテンペストに回復して貰わないと。次に襲撃を受けたときに、まずは耐えられないだろう。
私自身も手当てする。
パーカッションの手当は、ジャスミンに任せてしまう。
私も異形化すると適当に食糧を取り込む。
勿論人肉では無い。
その辺のレーションなどだ。
食べると、後は異形化を解除。
眠って。元に戻るべく。
回復力をフルに作動させた。
私が目を覚ますと。
テンペストはまだ眠っていた。
傷口はどうにか塞がったけれど。
ブラックサイズほどの相手と戦ったのである。今までで一番ひどいダメージを受けた上に。
休む事無く、連戦したのだ。
生きているだけでも不思議なくらいだろう。
戦闘タイプの能力者でなければ。
とっくに死んでいたはずだ。
私も、休んでいたはずなのに。体が鉛のように重い。
立ち上がろうとして失敗。
味方の損害を考えると、寝ている場合では無いのだけれど。
それでも、起きようとして、出来ないのだ。
石塚が来る。
眠っているテンペストを見て、彼もダメージの大きさを悟ったようだった。
「アンデッドの組織がこれほどの力をつけているとは……」
「恐らく、今までも力そのものはあったのでしょう。 それが、幾つかのピースを得て、一気に強大化した……」
「本人が牢に入れられていることなど、何ら関係無いな。 オリジンズが襲撃でもされたら、銀河連邦が動きかねん」
「……」
プライムフリーズはどうしたかと聞くと。
石塚は首を横に振る。
あっちも眠っているそうだ。
少しでも、全盛期の力を取り戻すため。
賢明な判断だが。
しかし、今は少しでも頭脳労働をしなければならないのに。フードの影までも負傷している状況だ。
石塚だけで判断するのは厳しいだろう。
ちなみに。
敵が最大の狙いにしていたらしい通信装置は、どうにか無事だそうだ。
それだけは不幸中の幸いだが。
「それで、どうします」
「もしも、私がアンデッドだったら……」
「伝令です!」
部屋に若い戦士が飛び込んでくる。
頭に包帯を巻いていて。
無理に走ってきたのが目に見えていた。
「どうした」
「アンデッド麾下のヴィラン部隊が、ヒーローヨーレンを攻撃した模様です!」
「ヨーレンを?」
「はい」
ヨーレンは、この近くの地区を支配しているヒーローだ。別に有名な男でも無い、普通のヒーローである。
戦闘力も高くない。
市民も他のヒーローに比べて、積極的に虐げているわけでもない。
そんな当たり前の戦闘タイプヒーローである。
だが。
ヴィランの集団が。
戦闘タイプヒーローの支配地区を、正面から襲撃するケースは多く無い。
テンペストや、クリムゾンが例外なだけだ。
同じような事を。
それも戦闘タイプの量産型ヴィランを用いて行うと言うことは。
「それで、結果は」
「十人もの量産型ヴィランが攻撃に加わったらしく、ヨーレンは逃走。 支配地区を捨てて逃げ出したようです」
「妥当なところだな……」
「いや、そうでしょうか」
嫌な予感がする。
そも、アンデッドの組織は。
それこそ歯車が動くかのような正確さで、何かの計画を遂行しているとしか思えないのである。
これも、手の一つだとすると。
取り返しがつかない事が。
起き始めているのかも知れない。
3、ふくれあがる怨念の群れ
目が覚めたけれど。
わたしの傷は治りきっていない。
まだベッドから動くなと言われた。
確か、雲雀らを助けて、アンデッド麾下の部隊をぶっ潰したのが、記憶の最後に残っていること。
そうなると、これで貸し借りがまた無しか。
嘆息。
情けない。
もっと強ければ、ブラックサイズの襲撃を受けても。容易く迎撃が出来ただろうに。
師匠の言葉が重い。
残り半年。
その分の期間で。
師匠は何を覚えさせようとしたのだろう。
戦闘経験値は積んでいるはずだ。
散々、色々な奴と戦って来た。
それなのにあまり強くなっている気がしない。勿論生半可な悪徳ヒーローなら、小手先で捻れる自信はある。
だけれども、それはそれ。
大物が相手になると。
今回のブラックサイズのように。
簡単には勝たせて貰えない。
痛みがひどいけれど。
眉をひそめるだけにする。
この程度で音を上げていたら。
オリジンズやヴィラン討伐部隊とやり合ったとき、勝てる筈が無いからだ。
今回も経験。
次に生かせ。
そう自分に言い聞かせて。
どう強くなるか、考えていた。
雲雀が来る。
わたしが目を覚ましたのを見て。ベッドの隣に座った。長身の雲雀が座ると。妙な威圧感がある。
わたしはどうしても、雲雀に比べると背が低いからだ。
「無事でなにより」
「無事なものか。 そっちも相当やられたんだろう」
「まあね。 もっとも、短時間で大きくなりすぎたって面も否定出来ないから、いつかこうなっていたのかも知れないけれど」
話を聞く。
アンデッド麾下の部隊が、ヨーレンを襲撃し。支配地区を制圧したという話を聞かされる。
雑魚ヴィランばかりとは言え。
十人がかりだ。
そして少し前、
ヴィラン討伐部隊が動いた。
ヨーレンの支配地区に殴り込みを掛けると。其処は既にもぬけの殻。
市民が何十人かさらわれていたようだけれど。
そんな事は、ヴィラン討伐部隊にはどうでもいいことだろう。サイドキックも二千人以上が殺されたようだが。
それも同じだ。
ヨーレンが無事だった以上、ヴィラン討伐部隊は他の仕事に注力するしか無い。敵は目的を果たした事になる。
周囲の全てが。
収監されている筈のアンデッドに振り回されるばかりだ。
「アンデッドの野郎、何を考えている」
「さあね」
「お前達、手傷を受けている所すまない」
部屋に石塚が来た。
会議に参加して欲しいと言う。
わたしは頷くと、松葉杖を借りて、ベッドから起きる。
情けない話だけれど。
それほどまでに、ダメージは深刻だ。
そして、会議に使っている部屋に入って。
血の臭いに眉をひそめた。
以前見かけたクリムゾンの幹部が半減している。
それだけやられた、ということだ。
特にアンデッドの襲撃部隊は、指揮官クラスばかりを的確に狙って殺して行った、というのである。
事前に名簿が渡されていたかのように。
それもあって。
会議が始まる前から、空気は最悪。
指揮官クラスのメンバーも、頭に手足に包帯を巻いていて。とても無事とは言えないものばかりだ。
フードの影まで負傷している。
これは、本格的にまずいかも知れない。
プライムフリーズが来た。
無事なのは此奴だけだ。
「石塚、状況の説明を」
「はい」
プライムフリーズに促されて。石塚が状況の説明を始めてくれるけれど。しかし、部外者のわたしが聞いても、ろくでもない内容だ。
結局、ヨーレンの支配地区を放棄したアンデッドの手下達は。「何もせずに」引き揚げて行ったという。
ヒーロー達にとっては、市民やサイドキックなど、どれだけ死のうと知ったことでは無いので。これは妥当な表現なのだろう。
「アンデッドの組織は、底力が知れません。 戦闘タイプの量産型ヴィランはそれほど強くはありませんが、既に特色ごとに能力を伸ばし始めていて、三人がかりであればプライムフリーズを押さえ込むことさえ出来るようになっていました」
「短時間の足止めだけだがな」
「それでも、信じがたい話です。 短期間でこれほど強くなるとは……」
敵の戦力は、最低でも戦闘タイプヴィラン十名以上。これはもう既にはっきりしている。実際にはもっと多いかも知れない。
ヴィラン討伐部隊が慌ててアンデッドの組織の末端を潰しに掛かっているようだけれども。
神出鬼没で、とても手に負えないらしい。
やられたのはクリムゾンだけでも無い。他の組織も、かなりやられている様子だそうだ。ヒーローに対抗できる組織なんてそもそも存在しないのだけれど。
アンデッドの組織は、それこそ見境無しに、手当たり次第に叩き潰しているそうだ。
何をしたいのかが分からないが。
ただ、このままだと危険だ。
そもそもオリジンズとしても、今は銀河連邦の出方を窺って青息吐息だろう。相手がその気になれば地球が一瞬で消し飛ぶのだ。
こんな時期に暴れられたら。
どうすればいいのか。
「アンデッドは何をしたいのか……」
「決まっている。 この世界を滅ぼしたいんだよ」
「はあ!?」
プライムフリーズの言葉に、何人かが声を上げる。
これだけ荒廃した世界なのに。
更に滅茶苦茶にしたいというのか。
わたしは口をつぐんだ。
それを笑えないし。これ以上怒りも沸いてこないからだ。
何だろう。
支配者として、これ以上無いほど残虐に振る舞う、腐敗しきったヒーロー達。それとアンデッドは同じだ。
ヴィランと呼ばれるのに相応しい存在であると言うことは、わたしも思う。
だが、その行動は。
何というか、快楽で殺している悪辣ヒーローどもと違って。
計算されつくした狂気に満ちている。
だからわたしは笑わない。
「わたしもその意見には賛成だ。 奴の支持者であるヴィランにもあったが、どうにも理屈を超えたものがあるように思えた」
「世界を滅ぼすって、そんな」
「宇宙人が攻めてくる可能性が高くて、ただでさえいつ滅びてもおかしくないってのに」
わたしの言葉に。
周囲がざわつく。
傷が痛む。
少し驚いたのは、雲雀が沈黙していたことだ。まったく話に加わろうという様子が見えない。
何か思うところがあるのか。
いや、まさか。
同調しているのでないだろうな。
流石にないと信じたいが。
それにしても、これだけ世界が荒廃すると。此処にいる元テロ屋や、荒んだ心を抱えた連中でも。
世界を滅ぼそうという考えには、驚くものなのか。
師匠に言われていたものだ。
宇宙人が攻めてくる前。
地球では、世界なんか滅びてしまえと考えている者が多かったとか。
それは、今とは比較にならないほど豊かな反面。
人々の心がそれだけ寒かったから、だという。
師匠は色々な事を知っていたけれど。その言葉については、あまり実感が無かった。実感が湧いてきたのは。師匠の死を見届けて。悪徳ヒーロー共をぶちのめすようになり初めてからだ。
不思議と。
その頃からは、妙にその言葉を、すんなり理解できるようになった。
「それでどうする」
「戦闘タイプのヴィラン10人以上だぞ。 手に負えるわけが……」
「逃げ腰になるな! 奴らを放置していたらどうなるか」
「……」
プライムフリーズは、腕組みして考え込む。
わたしも、実はある事を思い立っていた。それについて、考えたくて、口を閉じた。
もしも、今。
宇宙人による全面攻撃を誘発させるとしたら。
何をすれば良い。
昔、宇宙人が攻めてきたとき。
理性的に交渉をしようとした彼らを怒らせたのは。平和のために派遣した使者を惨殺したばかりか。
水爆を搭載したICBMを叩き込むという暴挙だった。
まさかとは思うが。
今、世界には。
ミョルニル級の水爆を搭載したICBMが、確か七万発以上は存在しているとか聞いた事がある。
殆どはオリジンズが直接管理しているが。
それらをもし乗っ取ったら。
そして、一発でも。
今、地球の周囲に展開している銀河連邦の船に当てようものなら。
今度こそ、銀河連邦の軍勢は、地球人を許しておかないだろう。
ただし、流石にオリジンズ直下の軍事施設に殴り込むのは、十人の戦闘タイプヴィランがいても無謀だろう。
ザ・パワーもいるし、オリジンズはやはり強い。
プライムフリーズには大半が及ばないにしても、本気で守るつもりなら、十人程度の戦闘タイプヴィラン程度は歯牙にも掛けないはずだ。
更に守っているのはオリジンズだけでは無い。
ヴィラン討伐部隊や、ブラックサイズのような裏側の仕事をするヒーローも少なからずいる。
特にヴィラン討伐部隊は脅威になるはず。
アンデッドがもし、牢の中にいるとしたら。
長期的に計画を立てているはず。
確実にICBMを奪うとしたら。
どうするつもりだろう。
陽動か。
いや、それでも厳しい。戦力の大半を削がれたとしても、なおも鉄壁を誇る防御が待っている。
ネットからの侵入は無理だ。
わたしも前に調べたことがあるのだけれど、彼処はスタンドアロンのシステムで管理している。
かといって、生半可なヒーローが突破出来る防壁では無い。
内通者。
いや、それも考えにくい。
今の時代、ヒーローは内輪もめをする事はあっても、オリジンズを崩す事までは考えない。
其処にいるプライムフリーズはともかく。
オリジンズが如何に重要な秩序構成機関か、ヒーロー自身が分かっているからだ。
アンデッドのような輩と組む事は考えにくいし。
何よりメリットが無い。
「良いか」
挙手したのはプライムフリーズだ。
そして彼女は言う。
「恐らくアンデッドの組織は、周囲に空白地帯を作るつもりだろう。 同時に、ヴィランの量産を進めるつもりだ。 空白地帯を作るのは、周囲に情報が出るのを防ぐため。 そのために、陽動として、弱いヒーローの支配地区を襲い続ける可能性が高い」
「足取りが掴まれやすくなりませんか」
「隠密能力を持つ奴がいる可能性がある」
そういえば。
思い当たる節がある。
わたしもこの間、いつの間にか二人に回り込まれていた。殺気があったから気付いたけれど。
少なくとも、接近されるまでは気付けなかった。
これは、少しばかりまずいかも知れない。
アンデッドはかなり前から、計画を進めていたはずだ。
もしこれが計画通りだとすると。
しかしその場合。
計画を少しでも崩せば、一気に潰せる可能性が高い。
「プライムフリーズ」
「なんだ」
「あんたと一緒に戦う気は無いが、正直それどころじゃないな。 アンデッドの組織を潰す計画に、別方向から参加するのなら考えても良い」
「なんでそんなに上から目線なのだ」
呆れるプライムフリーズだが。
わたしも不敵に笑う。
今、プライムフリーズが。雲雀以外の戦闘向けの手駒を持っていない事を考えると。恩を売りつける好機だ。
今後はかなり状況が難しくなる。
つまり、ということは。
この狂犬と化した元オリジンズを操れるヒモを手に入れるチャンスだ。
操るというのには語弊があるか。
ブレーキをつけられるかも知れない。
わたしだって、もう悪党をぶん殴っていれば何でも解決する事態が過ぎたことは理解している。
それならば。
やれることで、ベストを尽くしていくことを考えるべき。
勿論今の世界の、異常な特権を持ったヒーローのみの歪んだ態勢はたださなければならないが。
まずはアンデッドのような、真性の世界に対する害毒を除去。
銀河連邦にも何とか帰ってもらった後。
現状のオリジンズを叩き直す事を考えるべきだろう。
少し、わたしだって考える。
くすりと、雲雀が笑った。
「いいんじゃないですか、プライムフリーズ。 猫の手どころか、虎の手ですよ」
「……」
「プライムフリーズ。 わたしが思うに、順番を経ていくしかないんじゃないのか。 まずはアンデッドのクソ野郎と、その部下共をぶっ潰す。 その次に、銀河連邦に帰ってもらう。 銀河連邦は戦いになった時点でアウトだから、これはひょっとしたらオリジンズと連携しなければならないかもしれない。 最後に、ヒーローに与えられている過剰な特権を排除する。 逆らう奴は殴る」
「そうだな」
プライムフリーズは、大きく嘆く。
いずれにしても、テンペストが恩を着せることになる事は、分かったのだろう。此奴は色々頭が硬直化しているが。
悪い訳では無いのだ。
少なくとも、テンペストよりずっと良いはず。
それならば。
少し視点を変えてみれば、どうにでもなる事は、いくらでもある筈、なのである。
「もしあんたがアンデッドだったらどうする」
「やはりICBMの強奪を狙うな。 ……まて」
プライムフリーズが、口を押さえる。
そして、青ざめていた。
わたしにはぴんと来なかったが。
言われて気付く。
もし、奴らが。
既にICBMを手中に収めているとしたら。
その可能性を指摘され。
流石にわたしも、言葉を失う他なかった。
4、空への矢
ICBM。大陸間弾道弾。
文字通り大陸をまたいで敵をたたきのめすために作られたミサイル。搭載するのは勿論核兵器である。
古い時代。
銀河連邦に地球が焼け野原にされる前から、それは存在した。東西冷戦の頃から、相手国を焼き払うために。狂気じみた軍拡の中で産み出され。そして増やされていった、悪夢の兵器だった。
宇宙開発さえ。
実際には、これへの転用が主な目的だったのだ。
そして愚かしい人間の末路にふさわしく。
最後にはもっとも喧嘩を売ってはいけない相手にぶっ放され。
何ら効果を示さず。
人類の文明を、一度事実上終わらせた。
にもかかわらず、である。
このICBMという存在は。
今だ世界中に存在している。
オリジンズ発足から百年以降して、ICBMの重要性は再確認され。大量生産が進められた。
とされているが、実際にはプライムフリーズが押さえ込んでいたのがなくなり。権威を示すためという目的で、馬鹿共が増産し始めたのである。
当時は、200メガトン級の水爆であるミョルニルが主な弾頭として量産され。
ICBM搭載型ミョルニルだけで万を超える生産が行われ。
様々な用途で、ミョルニルはベストセラー兵器として生産された。
だが、その一方で。
闇に紛れて、存在していたのである。
旧時代。
列強が作って、隠し保管していたICBMが。
コールドスリープから目覚めたときには。
それこそ全身が崩れ落ちるような悲惨な有様になっていたアンデッドは。恨みを全身に滾らせながら、世界を回った。
どうして人類のためになる発明をした父が、あのような目に会わなければならなかった。
ヒーローしか人権が無い世界というのは、こうも愚かで邪悪なのか。
許せぬ。
そうしてさまよううちに。
彼は見つけたのだ。
放棄された米軍の基地を。
その地下には。
なんと奇跡的に無傷なまま。
10メガトン級の水爆を搭載したICBMが残っていた。
ちなみに無傷だったのは水爆だけ。
ICBMは横倒しになって壊れてしまっていたが。
それはそれだ。
水爆さえ無事ならどうでもいい。
世界を回って準備を進めながら。
アンデッドはこれを最後の切り札にすることを、最初から決めていた。確実に、宇宙人共の艦隊に叩き込む為の手段も、準備していた。
監獄でアンデッドはほくそ笑む。
あらゆる薬物に耐性があり。
催眠術も通用しないアンデッドには。
もはや負けは無い。
この世界が滅ぶことが。
アンデッドにとっての勝利条件だ。
今、部下達が。世界各地で、攻撃を一斉に開始したはず。
オリジンズ。
ヴィラン討伐部隊。
それに老害プライムフリーズ。
その他戦闘タイプヒーロー共。
それらが全員がかりで、出ているはずだ。
現時点で、量産が上手く行っていれば、四十人を超える戦闘タイプヴィランが生産できているはず。
その内一部は、オリジンズ管理のミョルニルを狙う動きをさせている。
いずれもが捨て駒だ。
本命は。
右腕であるソーサルストームと。左腕である気配を隠蔽する能力を持つインビジブルマンティスの率いる十名。
此奴らが。
旧米軍基地で、ICBMの修復を終えている頃だ。
さあ、終わりの始まりだ。
刑務所の中で。
拘束されたまま。
アンデッドは笑う。
もう二時間。
それで、世界は。
完全に滅ぶ。
おかしい。
二時間半が過ぎたが。
何も変化が無い。
何かミスが起きたか。
そう思っていると。よりにもよって、ライトマンが牢に来た。血走った目をしたこの男は。
アンデッドの掌の上で踊る哀れなピエロに過ぎなかったが。
何だろう。
今は、異常な迫力を感じる。
「よくもやってくれたなあ、アンデッド……!」
「……」
「よくもやってくれたと言っている!」
いきなり牢を蹴りつけられた。
サイドキック達は、無言でそれを見ている。
牢は赤熱していた。
此奴がその気になれば。
一瞬でアンデッドを殺せるだろう。
「貴様のICBMはなあ。 よりにもよって私の支配地区に墜ちたよ。 ちなみに水爆は不発だ」
「な……」
どういうことだ。
ソーサルストームがミスをするはずが無い。彼奴は戦闘タイプではないにも関わらず、B級ヴィランとして手配される身だ。
能力から考えて。
陽動作戦でヒーロー共が出払っている間に。
宇宙人共に水爆をぶち込むくらい、余裕でやってのけるはずだ。
何故、失敗した。
実際此奴がここに来ている位だ。
成功しなかったのだ。
宇宙人共は。
まだ攻めてきていない。
「どういうつもりだ、貴様ァ……」
「意味が分からない」
次の瞬間。
アンデッドの左肩が、消し飛んでいた。
完全に理性を失ったライトマンが。超高熱の光の束を、叩き付けてきたのだ。凄まじい痛みが、一瞬遅れてやってきた。
絶叫するアンデッドに。
ライトマンは、牢の中に入ってくると。
必死に反撃するアンデッドの、無数の氷の矢を、一瞬で蒸発させてみせる。
能力が減衰する処置をされているとは言え。
此奴が如何にブチ切れていて。
理性を失っているか、よく分かる。
「次は左足といこうかぁ」
「ま、まて、何が、何が起きた、何が起きたんだ!」
「知るかっ! 貴様の部下共が彼方此方を不意に襲撃すると同時に、ICBMを私の領地に向けてぶっ放した! 空中分解したそれは、私がたまたま留守にしていた宮殿に墜ちた、それだけが事実だ!」
悟る。
プライムフリーズだ。
いや、そうでは無いかも知れないが。
とにかく、奴が動いたのだ。誰の指示かは分からない。プライムフリーズ本人では無いかも知れない。
そして、その結果。
大事なアンデッドの切り札は。
破壊された。
プライムフリーズの事だ。
米軍の主要軍事基地くらいは、記憶していてもおかしくない。そして現在の世界地図とあわせて、ICBMが無事に存在している可能性がある基地を特定するのは、難しくなかったに違いない。
気付かれてはいけなかった。
だから派手に陽動したのだが。
状況から考えて。
恐らくは、作戦遂行中に、プライムフリーズが踏み込んだのだろう。いや、プライムフリーズ対策はしている。
そうなると、誰だ。
テンペストか。
それとも。
他にも手札があったのか。
「いずれにしても、もう許さん。 遺言があれば聞こうか」
今度は本当に左足を吹っ飛ばされる。
もがくアンデッド。
ライトマンが、左手に光を集めていくのが見えた。これは死ぬな。どこか他人事のように思った、その時。
ライトマンの手を、ザ・パワーが掴んでいた。
「其処までだ」
光がかき消える。
ザ・パワーの能力か。
「お、おのれ……!」
「ライトマン、君にも出席して貰う。 宮殿が破壊されたことは残念だが、それ以上に重要な案件が発生した」
「何だと」
「銀河連邦が、我々を指名して、直接通信をしてきた。 今回は理性的な交渉を望む、とのことだ。 情けないことにぐうの音もでないがな」
歯ぎしりすると。
ライトマンは、ザ・パワーに引きずられるようにして、連れて行かれる。
ザ・パワーは、一瞬だけ。
此方をにらみつけた。
ひょっとすると、此方の狙いを知っていたのかも知れない。
舌打ち。
とりあえず、死なないように止血だ。
能力を駆使して、破壊された肉体の応急処置を実施。
まあ、殺さないつもりのようだから。これから手当はしてくれるだろう。今回の策が失敗しても、まだ先はある。
ほくそ笑む。
この程度で。
私の世界への憎悪が、消えると思ったら大間違いだ。
勝った。だが完勝とはいかなかった。
最終的には、撤退していった敵を見送るしか無かった。
プライムフリーズを押さえ込むほどの敵の中。
わたしは突貫。
立ちふさがってくる四名のヴィランを千切っては投げ千切っては投げ。
そして、ついにICBMのある空間にまで辿り着いた。
その格納庫は。
既に空が開け放たれ。
ICBMはいつ発射されてもおかしくない状態だった。
世界中で、アンデッド麾下のヴィラン部隊が暴れている。その対処は、はっきり言ってヒーロー共に任せるしか無い。
今は。
この忌まわしき兵器を潰すこと。
テンペストに躍りかかってくる多数の敵。
必死に撃退を続ける中。
ついに、その時が来た。
ICBMの中央部が、急激に腐食し始めたのである。
余裕の様子で戦況を見ていたソーサルストームが、愕然とした。側にいる、気配を消すらしい能力者に、叫ぶ。
「何が起きている!」
「わ、わかりません!」
「分からないか? だったら教えてやるよ」
敵の中を突破したわたしは、満身創痍のまま、ソーサルストームの至近に。必死に防ごうとするもう一人の顔面に、血だらけの拳を叩き込んでいた。
体中の傷が開いているが。
今はもう、動けば良い。
アレを飛ばしてしまったら、世界が終わりだ。
ヒーロー共はともかく。
市民達は、もう何もする事さえ許されず。蹂躙の劫火に焼き尽くされるだけ。それだけは、絶対に。
命に代えても。防ぐ。
師匠に教わった、光そのものを。
絶対に守るために。
吹っ飛ぶ敵の幹部。
ソーサルストームは、唖然として見上げている。
曲がったまま、空に浮き上がり始めるICBMを。完璧だっただろう弾道計算は台無しだ。
あれでは、恐らく大気圏外にさえ行かないだろう。
凄まじい炎が吹き荒れる中、飛び降りてくる巨大な赤黒い触手の塊。
そう、雲雀だ。
気配を消し。
保護色を使い。
強烈な酸を吹き付けて。
ICBMをピンポイントで潰したのだ。
なさけなくへろへろと飛んでいくICBM。ざまあみろとわたしは思った。呼吸を整えながら、凄まじい劫火の中、右往左往する敵を見やる。
「テンペスト、撤退だ」
「……」
プライムフリーズが、氷の壁を造り。そして手を引く。
十人以上のヴィランを同時に相手にしていたのだ。
流石の古豪も、傷だらけだった。
手を引かれ、旧米軍基地を後にして。
そして、見送る。
撤退していく敵を。
アンデッド麾下の組織は、これで半減したはずだ。
切り札も失っただろう。
だが、嫌な予感がする。
引き際が妙に潔い。
最終作戦だったのだとしたら。もっと粘り強く抵抗しても、おかしくないのでは無いのだろうか。
やがて、連絡が来る。
ICBMは、よりによって、ライトマンの宮殿に墜ち。
そして水爆は不発だったそうだ。
まあ、水爆が不発だったことについては分かる。
アンデッドにしてみれば。
銀河連邦の艦船をICBMで攻撃した、という事実があれば良かったのだろうから。
その場で腰を下ろしてしまう。
というか。
正直、立っている余力も無かった。
「これで貸し一だ」
わたしは、プライムフリーズに言う。
プライムフリーズは、じっとわたしを冷たい目で見ていたが。
やがて言った。
「ザ・ヒーローが現役時代だった頃のような事をいうな」
「!」
「まあいい。 撤退するぞ。 確かにお前がいなければ、敵陣を突破出来なかった。 借りておく」
その場で、クリムゾンは撤退を開始。
私は、地面に転がると。
しばらく休んで、傷を治し。
それから、次にどうするか、考えようと思った。
(続)
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