悪と邪悪

 

序、邂逅

 

世界最強と言われるヴィラン、アンデッドが顔を上げる。

其処には。

人が浮いていた。

自分の能力と同系統だから分かる。それが、自分より数段格上の実力者だと言う事は。そして、部下達に制止。

戦っても勝てない。

わざわざ姿を見せたという事は。

何かしらの理由があると言う事だ。

もし殺すつもりなら、すぐにそうできる筈。それも、氷系の能力者は展開力が高い。背後から一瞬で暗殺する事も難しくは無かっただろう。

それなのにそうしなかったのだ。

地面に降りてきたそいつは。

十代前半の女。

だが、髪の色と目の色から間違いない。

今、オリジンズの胃を痛める原因となっている存在。初代オリジンズ。蘇りし亡霊。プライムフリーズだ。

「お前がアンデッドだな」

「いかにも。 貴方がプライムフリーズか」

「その通りだ」

「……」

一瞬だけにらみ合う。

後ろにいる二人には、仕掛けないように指示。もし仕掛けても、一瞬で殺されるだけだろう。

プライムフリーズの事は知っていたが。

此処まで目が濁っているとは予想外だ。

封印された経緯を考えれば当然かも知れないが。

それでも、いくら何でもこれは濁りすぎだろう。そして、この目は、一切の妥協を許さない目でもある。

奴が一瞥したのは。

宇宙への通信装置。

何か言おうとする前に。一瞬で、それを手元に引き寄せられる。分子運動を利用して、引きつけたのだろう。

それくらい出来る能力者だと言う事だ。

「銀河連邦政府に通報したな?」

「それがどうした」

「お前、この世界を地獄に変えることそのものが目的だろう」

「……」

よく分かっている。

そして、此奴は。

私とは違う存在だと言う事もわかった。

狂っているが。

だが此奴なりに世界の事を考えている。

気に入らない。

こんな世界の事を考える奴が目の前にいて。そして自分の邪魔をしようとしている事が、である。

「そろそろ此処にヴィラン討伐部隊が来るだろう」

「何故知らせた」

「わしの目的は、これだけだからだ。 DBの内容は改ざんされているのに、良く入手できたな。 さては何かしらの裏技を使ったか?」

「違う。 私の父は……」

「……」

目を細めるプライムフリーズ。

そして、その姿は。

かき消えていた。

なるほど、氷を利用して、光を屈折させていたか。多分本人は、かなり前に、此処を離れていたのだろう。

凄まじい展開力。

膨大な数の宇宙人と戦い続けただけのことはある。

そして、殺気が接近しているのが分かった。

「α、β。 撤退する」

「戦わないのですか」

「見たところ、相手はミフネを含むフルメンバーのヴィラン討伐部隊だ。 やりあったら三分で全滅する」

「分かりました」

二人を連れて、すぐにその場を離れる。

あの婆。

見かけは子供だったが、

中身は老いきっていた。

そして、その精神は。

歪みきっていた。

凍り付いた心は、恐らく世界によるもの。世界に行われた仕打ちが、輝ける魂を闇に染めた。

それ自体はいい。

私自身も似たような経験をしたからだ。

気にくわないのは。

それでもなお、世界のために動こうとしていること。

自分とはそれが故に、決定的に相容れない。

アンデッドから見れば、許されざる存在だ。

殺す。

いずれ、必ず。

すぐに地下に逃れて、ヴィラン討伐部隊の追撃を逃れる。しかし、である。どうやら敵は、更に上を行っていたようだった。

地下下水道を走って逃げている途中。

前が突然崩落する。

そして、姿を見せたのは。

ザ・パワーと。

疲弊はしている様子だが、グイパーラである。

これはまずい。

ザ・パワーだけでも、この三人を圧倒できる。そして、後方からは、ミフネを含むアンデッド討伐部隊が、確実に迫っている。

素早く計算して、はじき出した。

逃げ延びる可能性は、ゼロだ。

他のオリジンズ。例えばグイパーラ単体だったり、マンイーターレッドだったりしたらどうにでもなるのだが。

流石にザ・パワーを相手に勝てると思うほど、アンデッドもうぬぼれてはいない。

実際に実力を確認した今となってはなおさら。

更に言えば。

もう別に逃げ出す理由もない。

「牢に戻って貰おうか、アンデッド」

「……」

まあ良いだろう。

目的は達成した。それにプライムフリーズが持っていった通信装置。あれは面白い事になる。

どうせプライムフリーズの事だ。

条約を口にして、銀河連邦政府とやりあうつもりだろう。

どう思うだろう。既に其処に、爆弾を放り込んだことを知ったら。

むしろ安全な牢の中でそれを見ている事が、楽しくてならなかった。

両手を挙げる。

ザ・パワーは目を細めて。何が狙いだと言う。

「何、貴方には直接戦っても勝てないとわかりきっているからね」

「脱獄し、大勢殺しておきながら、随分とあっさり手を上げるものだな」

「仕方が無いものは仕方が無い」

仮に処刑されるとしても。

まだ時間はある。

それにザ・パワーは知らないだろう。アンデッドが銀河連邦政府に通信を入れた事を。プライムフリーズは気付いていたが。

ただし、あの牢はザ・アイが見張っていた。

気付くのは時間の問題。

その時間差が。

これから響いてくる。

手錠をα、βと一緒に受けて連行される。

遅れて到着したヴィラン討伐部隊は、拍子抜けした顔をしていた。

「あっさりと捕まりましたな」

「ミフネ、君に護送を任せても構わないだろうか」

「勿論構いませんが」

「グイパーラ、君もミフネと同行してくれ。 私はプライムフリーズを追う。 何か嫌な予感がする」

ふむ。

気付くか。

まあこれだけ人間不信を刺激されるような状況にいれば。疑うようにはなるだろう。

それはそれで面白い。

散々場は引っかき回してやった。

次に愉快な事態が来るまで。

牢の中で待つまでだ。

 

プライムフリーズが、クリムゾンのアジトに到着。

危ない橋を散々渡っているのは、私の目から見ても明らかだ。ワン老師は、うんざりした様子だった。

フードの影は黙り込んでいるが。

一応、プライムフリーズは、フードの影の言うことは聞く。

親友なのか、或いは。

何か弱みを握っているのか。

暴れ馬どころか、暴走ロケットも同然である今のプライムフリーズの事を考えると。唯一の制御装置であるフードの影の発言権は。今までにも増して大きくなっているのが実情だ。

プライムフリーズが、どんと見覚えがない装置を机の上に置く。

何だろう。

ずっと古い時代に存在した、ラジオというものだろうか。

とっくの昔に市民からは全て取り上げられてしまっているもので。イントラネットを利用した通話装置くらいしか見たことが無い私には、珍しくて仕方が無かった。

プライムフリーズは、私に目を掛けているようで。

呼びつけると、説明してくれる。

「雲雀。 コレの使い方を説明しておこう」

「はい。 何でしょうか」

「これは、宇宙人に呼びかけるための道具だ。 DBが改ざんされたときに全て失われたと思っていたのだが、残りが存在した」

「これが、ですか」

宇宙人に呼びかける。

そう聞いたとき、フードの影が一瞬だけ身じろぎしたが。

それはまあいい。

四角い筺に、色々なボタンがついている。

動力は何だろう。

色々見てみるが。

どうにも、装置が高度すぎて、分からなかった。

「何処で入手したのですか」

「アンデッドから奪った」

「!」

「アンデッドの正体はこれで大まかに分かった。 奴は恐らく、世界そのものに復讐するつもりだろう。 わしは世界に灸を据えるつもりだが、奴の場合は世界を徹底的に灰燼に帰す事が目的だろうな」

つまり、相容れることはない。

そうプライムフリーズは断言する。

実のところ。

クリムゾン内部では、今回のアンデッド脱獄に際して。味方に引き入れることを検討しようという声が上がっていたのだ。

だが、プライムフリーズがそれを拒否した。

その案は流れた事になる。

「それで、この装置をどうなさるのです」

「……頼めるか」

「ああ。 任せろ」

石塚の言葉に。

プライムフリーズは、フードの影に顎をしゃくる。

咳払いすると。

フードの影は、通信装置とやらを操作し始めた。

程なく。

妙な声が聞こえはじめる。

言語としては、統一言語だ。だけれど、妙なエコーが掛かっている。ひょっとして、通訳も同時にしているのか。

「此方地球監察官2234。 銀河連邦政府、どうぞ」

「此方銀河連邦政府、第二十七宙域艦隊。 連絡が取れたのは幸運だ。 其方の状況を教えて欲しい」

今、何て言った。

地球監察官。

此奴が人間では無い事は知らされていた。

その正体も、石塚や私の前では言っていた。

だけれども。

まさか、此処で、聞いている数十人にばらすのか。

流石に生唾を飲み込んでしまう。

これは、えらいことになるかも知れない。

「現時点では、初代オリジンズの一人がスーパーアンチエイジングを利用して、我々に合流した」

「なるほど、それではまだ改善の余地があると言う事か」

「これから次第だ。 まだ即時制圧行動は避けて欲しい」

「ふむ、前回の情報と矛盾しているな。 念のため、一個宙域艦隊を太陽系に展開することとする」

通信が切れる。

アーノルドが怒声を上げた。

「何だ、地球監察官って!」

ジャスミンも、銃に手を掛けている。

ワン老師はむしろ静かだった。

悟っていたのかも知れない。

フードの影が、人では無いことを。

「落ち着け。 丁度良い機会だ。 わしから話しておこうか」

プライムフリーズが、周囲を見回す。

その声は低く。

誰もを黙らせる、圧倒的な迫力があった。

私は、どうしたものかと思ったけれど。場合によっては、何人か死ぬだろうなと、漠然と考えるほか無かった。

 

「地球の言葉では名を発音すらできない。 この者は最初から宇宙人だ。 そもそも、銀河連邦政府は、最初地球に、平和的な使者を十三人送り込んだ。 だが、列強が仁義なき抗争を繰り広げ、世界大戦寸前だった当時の地球は、最悪の選択をした。 その十三のうち十二人までが。 技術を得るために、事故死を装って殺された」

バカかと言いたくなるが。

当時の地球人は、其処まで頭が悪くなっていたとも。列強同士の抗争が本格化しつつある中で、冷静さを欠いていたとも言える。

宇宙人達は圧倒的な技術を持ち。

その体そのものが、スーパーテクノロジーの塊だった。

ましてや、別に宇宙人の軍勢が側にいるわけでもない。

事故死を装って殺してしまえば。

言い逃れなど何とでも出来ると考えたのだろう。

だが、そのように甘い相手では無かった。

列強がスーパーテクノロジーを平和の使者達から強奪し。それを使ってくだらない争いを新たに開始しようとした矢先に。

絶望が始まった。

空間転移の能力を持つ銀河連邦の艦隊、五十隻が。地球の至近に突如として出現したのである。

彼らは当然のように。

平和的な話し合いをするために送り込まれた使者達が、どのような残虐な殺され方をしたかを理解していた。

だが、それでもなお。

彼ら銀河連邦政府は。再度の平和的な話し合いを申し込んだ。

勿論その中には、地球人には過ぎた技術の返還と。使者達の亡骸の引き渡しが含まれていた。

高圧的な交渉では無かったと聞いている。

社会情勢を理解した上で、おかした過ちを謝罪し、過ぎた技術を返して、適切な関係を結ぼうという理性的なものであったという。

それさえも。

複数の列強は。

拒否した。

どこもが技術を独占したかったのだ。

それどころか、国によっては、その技術を使って既に戦争さえ始めていた。

銀河連邦政府は、五十隻の最小規模艦隊を停泊させ、回答を待った。それも、一月も、である。粘り強く交渉も続けた。

それに対する返答は。

無数の水爆を搭載したICBMによる攻撃だった。

通じるはずもないその攻撃を受けて。五十隻の艦隊は無傷。

とうとう銀河連邦政府の堪忍袋の緒は切れた。

「後は知っての通りだ」

「ま、待て。 待ってくれ」

混乱している様子のアーノルドは、真っ青になっている。

まさかとは思うが。

コミックじゃあるまいし。

宇宙の彼方から、醜悪で残虐な宇宙人が、何の理由もなく攻めてきて。地球人を虐殺しまくったとでも思っていたのか。

事実はまったく逆だ。

銀河連邦政府は、一定レベルの文明に達したと判断した地球を見極めるために、平和的に使者を送り込んできた。

彼らは様々なノウハウを携えていた。

その中には、多くの民族が争うことなく、共存していくために必要な技術もあったのである。

それらを全て台無しにして。

殺戮のための生物兵器を作りだしたのは。

地球側だったのだ。

そう。

ヒーローは。

その際に作り出された。元は誰もが、普通の人間だった。立場が弱かったり。或いは社会的に著しく良くない状況におかれていたり。病院で植物状態だった人間が、率先して選ばれた。

残虐な人体実験が繰り返され。

その中の何人かが。

スーパーパワーを手にすることになった。

かくいうわしも。

その一人だ。

思い出したくも無い。

想像を絶する異形に変えられてしまった隣の牢の人間。ずっと、痛いよママ、痛いよママと叫び続けていた。

あの子はまだ七歳だった。

その子供を、ドラッグ漬けの親から引き取った後。政府がどのような仕打ちをしたか。今でもよく覚えている。

救えなかった。

能力がうまく引き出せなかったから。

処分されてしまったのだ。

ザ・ヒーローも同じ境遇だった。

でも彼は。

それでもなお。

平和をと手をさしのべてくれた宇宙人達の顔に何度となく泥を塗り、反撃に叩き潰されていく地球を見て。

人類のために戦おうと立ち上がった。

混乱のどさくさで、各地の収容所から逃れたわしやそのほかの実験体は、最初は乗り気ではなかった。

宇宙人の攻撃もその時はまだ本格的ではなかったし。

あげく、混乱はわしらのせいにされたのだから。なおさらだった。

宇宙人は何度となく降伏を呼びかけてきていたけれど。

その度に列強はヒステリックな反撃を続行。

しびれをきらした宇宙人の艦隊が、地球人の戦力を殲滅することを決めた頃には。もはや取り返しがつかない状況になっていた。

激しい戦いの中。

ヒーローの発生を促す粒子か何かが世界中にまき散らされ。以降、地球では千人に一人が、ヒーローとなる事となった。仕組みはよく分かっていないが。ともかく、この戦い以降、その仕組みが出来上がったのだ。

 

うめき声を上げて、アーノルドが蹲る。

私は天井を仰いでいた。

一体どれだけの人間が、この事実に耐えられる。

全ては。

愚かな人間の。

終わってしまった歴史の物語だ。

そしてこれから。

下手をすると、二度目の、そして完全なる終わりが到来することになるだろう。

私は聞かされている。

今オリジンズが管理しているDBさえ。

見かねた銀河連邦が、地球人が未来に活用するために、可能な限り客観的にその技術と文化を保全したものであることを。

ザ・ヒーローを一とする初代オリジンズ達は。

愚かしい列強政府が全部沈黙してから、ようやく自由に戦えるようになり。

銀河連邦の軍勢とどうにか均衡状態になると。

其処で、ようやく条約締結の動きにまで持ち込むことが出来た。

だが、その条約は。

愚かな新世代のヒーロー共のせいで。

踏みにじられようとしている。

今、地球は超攻撃的危険文明という扱いを受けていて。コレが払拭されない限り、宇宙空間に新しく衛星を打ち上げる事さえ許されない。

銀河系を支配する秩序から、そう指定されているのだ。

実際地球からは観測できないが、宇宙空間にはスーパーテクノロジーによるステルスを施された宇宙船がいて。衛星が万が一打ち上げられた場合は、即座に撃墜するそうだ。

そして、である。

銀河連邦の正式宙域艦隊は。一個艦隊が百五十万隻からなる。これが合計二百と七十存在していると聞いている。

前回地球に来た艦はたったの五十隻。

これがいかなる意味を持つか。

幼児でさえ理解できるだろう。

更に一隻ずつが、その気になれば惑星を破壊出来る反物質砲を搭載しているとさえ聞いている。

文字通りの。

星を破壊出来る船なのだ。

地球が持っている技術では、地球の表面を焼くことが精一杯だが。

相手は違う。

星ごと砕ける。

その時点で、次元が違う文明だと言う事がよく分かるだろう。

「分かったか、どれだけ秩序の再構築が急務だか」

プライムフリーズの冷厳な声が響く。

そして私は。

これから先は、地獄というのも生やさしい、さらなる悪夢が待っているだろうなと、漠然と思っていた。

 

1、臓物の上で

 

わたしの拳が、相手の顔面を砕く。

ついに能力を喪失した悪徳ヒーロー、ヴェルヴェットは、膝から崩れ落ちて。そして動かなくなった。

呼吸を整えながら。

悪趣味な水上闘技場を見回す。

辺りは血に染まっていた。

此奴は強かった。

わたしの全身も傷だらけ。

体中の傷口から出血しているし。それが止まる様子も無い。全身が刃物と言っていいヴェルヴェットとの戦いは。

それだけハイリスクだったのだ。

返り血と、相手の血が混ざり合っている闘技場を。

固唾を呑んで、無数のサイドキック達が見守っている。もはや勝負はついたが、どうしていいか分からないのだろう。

わたしも。

本当は、どうしていいか分からなくなりつつある。

ここに来る、ほんの少し前だ。

クリムゾンに所属している雲雀から、連絡があった。奴本人が来た。

プライムフリーズが情報を開示したからという理由で。

全てを聞かされた。

あまりにもおぞましすぎる真相。

それでいながら、必死に戦った初代オリジンズ達。

その初代オリジンズ達を老害呼ばわりして、封印したあげく。

好きかってした後継者達。

この世がどれだけ腐っているのか。わたしは更に思い知らされたが。それでもなお、わたしはやるべきだと思う。

この世界には。

弱者を虐げるクズと。

それを正当化するゲスが多すぎる。

此奴らを全てぶん殴らないと。

わたしは止まれない。

止まっては、いけないのだ。

呼吸を整える。

わたしは、止まるわけにはいかないのだ。

水上闘技場を離れる。

サイドキック達は、私を止めようとしなかった。再起不能になったヴェルヴェットをどうするか、顔を見合わせているようだけれど。

それはどうでもいい。

事故死に任せて殺すか。

それともオリジンズ所属の病院に搬送するかは。

彼らに任せる。

わたしからして見れば。

これ以上は、わたしの仕事じゃない。

おぞましすぎる現実が明らかになってしまった今はなおさらだ。もはや悩むことさえが、許されないのかも知れない。

悪党を見つけ次第。

ぶっ潰す。

もはやわたしには、それしかない。

ヴェルヴェットの支配地区を離れると。スラムに潜り込む。死臭が漂うスラムには、人っ子一人いない。

この地区は、極端な移住政策が行われていたのだ。

毎日ヴェルヴェットの気分次第で、市民が引っ越しを強制されていた。これは何故かというと。

ヴェルヴェットが人間の分布を見る事が出来る能力者で。

支配地区の「模様」を美しく整えたかった、というのが理由であるらしい。

サイドキック達は毎日スラムから市民を追い立て。

ヴェルヴェットが言うとおりの場所に追い込む作業だけを行っていた。

当然、身動きできない老人や病人はその場で皆殺し。

無理な強行軍で、動けなくなった人間もしかり。

それはさながら。

地上に現出した地獄だ。

わたしが殴り込みを掛けたとき。

市民達は、全員が息も絶え絶えで。八十キロにわたる強行軍を強制されていた。ちなみにこれを毎日やらされるのである。

行軍させているサイドキック部隊を叩き潰し。

宮殿に乗り込んで、ヴェルヴェットをぶちのめしたが。

これで本当に解決したのか。

プライムフリーズの言葉が蘇る。

オリジンズを叩き潰さないといけない。

そうしないと、この秩序は変わらない。

黙れ。

自分の脳内に響く言葉に、反論する。

もう、何もかもが分からない。

師匠に聞きたい。

わたしはどうすれば良いのか。

だけれども、師匠はもういない。

わたしを逃がすために死んだ。

つまり、わたしは。

何もかも、自分で考えなければならないのだ。この狂ってしまった世界を、全てただすために。

ぼんやりとしていると。

ヘリの音が聞こえてきた。

死角だから、身を隠す必要もないだろう。レーションを頬張りながら、次の悪徳ヒーローを思い出す。

ぶっ潰すとして。

問題はその次だ。

流石にそろそろ、ヴィラン討伐部隊も動く頃。

鍛え続けているわたしだけれど。

それでも、そろそろもっと革新的に技量を上げなければ危ないだろう。あんな奴らを相手に、一人で立ち回れるか。

余程上手に地形を利用しないと、無理なのでは無いか。

今の実力では、ミフネ一人でさえ、相手にするのは厳しい。師匠の言っていた、残り半年。

その分の経験差が。

どうしても埋められない。

八方ふさがりだ。

今の奴にしても、ビートルドゥームと同等か、それ以上の実力だった。こんな奴らが完全に狂った思想を手に、市民をもてあそんでいるのが今の社会。どうして弱きを助け強きを挫くと、初代オリジンズのように考えられないのか。

頭が痛い。

その初代オリジンズでさえ。

実際には、今どうなっているか。

やめろ。

思い出すな。

呼吸が乱れる。

全身のダメージがひどい。

ヴェルヴェットは、人間の分布を把握する能力で。それは逆に言えば、どう触れば人間を殺せるか知っている存在でもあった。

だから、触られるだけで、激しく切り裂かれた。

こればかりはわたしの能力でもどうにも出来なかった。

身体能力も高く。

どうしても、手傷は避けられなかった。

治療しないと。

傷口から黴菌が入るかも知れない。

そう思っても。

身動きが取れない。

とにかく全身の虚脱感がひどすぎて。何をしようにも、膨大な労力が必要で。息をするのも、一苦労だった。

いつの間にか、気を失っていたらしい。

目が覚めると、夜だ。

周囲に人の気配はない。

外に出ると、立体装置で、映像が流されていた。

「昨日、ヴィランアンデッドが脱獄しましたが。 ザ・パワーの迅速な行動により、即座に捕縛されました。 数名のサイドキックが命を落としましたが、世界最悪のヴィランの捕縛は、さすがはヒーローオブヒーローと言える迅速な行動です」

「……どうだかな」

思わずぼやく。

ザ・パワーが優秀な事は認める。

だけれども、脱獄をあっさり許したことはどうなのだろう。

いずれにしても、この件。

ただではすまないだろう。

続けて、またニュース。

わたしの偽物が、AF地区、つまりアフリカで捕まったらしい。そもそもわたしの真似をする理由がよく分からない。

とにかく捕まったそいつは。

支離滅裂な言動を繰り返していて。

しかも男だそうだ。

困った奴だなと思ったけれど。

しかし、である。

そいつの映像が映し出されて。

わたしは固まった。

どういうことだ。

わたしには似ても似つかない上に。見た事もない奴だ。目は薬物に浮かされているらしく、口元からは泡を吹いている。完全に狂気に浸されているのは、一目で分かるけれど。問題は、今の情報が殆ど地区を伝播しない時代に。どうしてわざわざわたしを名乗って悪事をしたか。

愉快犯か、それとも恨みを持つ人間か。

どちらかと思っていた。

だが、愉快犯にしては。此奴は十人以上の戦闘タイプヒーローに手傷を負わせているという話だし。

恨みを持つ人間だとしては。

見た覚えもない。

こんな奴に真似される理由はないし。

そもそもわたしは其処までメジャーなヴィランなのか。

せいぜい中堅所とみていたのだが。

困り果てている私の前で。狂人としか言いようが無いそいつは収監されていく。多分、すぐに死刑だろう。

元戦闘タイプヒーローとしては。

あまりにも不可解だ。

少しずつ、体のだるさも消えてきた。

次の戦いに、出向かなければならない。

頭の混乱が収まらない。

一体後何人叩き潰せば。

この世が良くなるのかも、よく分からない。

 

翌日

歩きながら、地区を離れる。これで死の行軍をさせられなくなる市民達は。ほっとした様子ではあったけれど。

わたしをみると、怯える。

サイドキックの服装に見えるから、だろう。

出て行け、などと叫ぶ勇気はない。

ただ怯えるだけ。

当たり前だ。

武装になり得るものは全て取り上げられ。

戦う手段が存在しないのだ。

それに対してサイドキック達は、アサルトレーザーライフルを一として、素手では絶対に抵抗できない武装を有している上。

それらをどうにかしても。

今度は核さえ耐え抜くヒーローが出張ってくる。

市民に未来はない。

抵抗したら殺される。

抵抗しなくても殺される。

狂った世界の、それが現実なのだ。

リストを確認。

最上位にいるクロコダイルビルドはまだ手出しできない。悔しいけれど、どうにもできない。

順番に見ていって。

次に潰すべきヒーローを特定。

此処から少し南に歩く。

三日ほど、歩くことになるだろう。

勿論、わたし基準での「歩く」だ。その間に、七つの地区を横切ることになるのだけれども。

幸い、その間に、ザ・パワーの支配地区がある。

此処で身だしなみを整えていくのが良いだろう。

勿論、通報されて、ザ・パワー本人が出向いてくる可能性もあるのだが。それはそれだ。地区の広さから考えて、其処までの不運はまずないだろう。

無言で、移動を続ける。

ぐるぐると思考が回り続けていて。

どうしようもない。

傷はもう治ったけれど。

服は既に、この間新調した四着が、全て駄目になってしまっている。また新しく作らなければならないだろう。

拠点も確保しなければならない。

いつものように安モーテルがいいか。

だが、どちらにしてもはっきりしているのは。

このままでは駄目だ、という事だ。

悪党を殴る。

叩き潰す。

それは良い。

だけれども、このままだときりが無い。

上位から順番に、市民を虐げている悪党を潰しているけれど。いずれ最終的には、戦闘タイプのヒーローの99%を叩き潰さなければならないだろう。

それくらい、実際に市民を虐げているヒーローは多いのだ。

今通り過ぎていった地区だって。

市民が幸せに生活しているとは言い難い。

どこもが。

ヒーローの気まぐれに怯えながら。エサとして配給される食糧だけを頼りに生きていたり。

細々と許されているわずかな商売だけをして。

それも、いつサイドキックに踏み込まれて、売り上げを根こそぎ奪われるか怯えながら生きていなければならない。

プライムフリーズは、この世界そのものを変える必要があり。それにはオリジンズを潰す必要があると言っていたけれど。

わたしはそれには賛成できない。

だけれども。

悪党を殴っていくだけで、世界が本当に変わるのか。

わたしが聞かされていた初代オリジンズでさえこうだったのだ。

如何に高潔な魂で接しても。

人間はそれを鼻で笑う。

助けて貰った直後は感謝するかも知れない。

だけれど、その内。

自分だけ好き勝手にしたいと思うようになる。

それは、わたしだって分かっている。

師匠に言われなくても。

知っている。

実際に、その結果が今の社会だ。

圧倒的過ぎる暴力的なスーパーパワーを得たヒーロー達が、自分の好きなように振る舞った結果の世界。

それがこれではないか。

ヒーローの特権を奪うことがまず第一。

それは、わたしも認めざるを得ない。

でも、どうすればいい。

プライムフリーズのやり方は受け入れられない。

だけれども。

それ以外のビジョンが。

頭が悪いわたしには、思いつかないのだ。

いつの間にか。

ザ・パワーの支配地区に着いていた。

比較的落ち着いた町並み。

市民も不安そうにはせず、行き交っている。ただし、前に来たときに比べると、少し景気が悪化している様子だ。

理由は大体分かる。

クロコダイルビルドの支配地区に、大規模な投資をしたからだろう。

富は無限にある訳では無い。

此処にある富を、よそに移したのだ。

この地区の人々が、それだけ痛みを受けるのも、当然なのかも知れない。そして市民達は。それを快く思っていない様子だった。

「ザ・パワーは尊敬しているし、クロコダイルビルドの支配地区の連中が本当に苦労しているのは分かってるけどよお。 もっと他にやりようはなかったのかよ」

「そういうなよ。 こっちだって四苦八苦しながらやってるんだ」

「向こうには恩返しくらいして欲しいな」

「難しいだろ。 だってあくまで政治的判断でやったことだぞ。 クロコダイルビルドだって改心したわけじゃなくて、ゲス野郎のままだ」

市民とサイドキックが話をしている。

この地区くらいだろう。

サイドキックと市民が対等に話せるのは。

グイパーラの地区でも、此処までは先進的になっていない。というか、これが先進的という時点で、色々終わっている気もするが。

安モーテルを確保。

部屋に入るが。

シャワーはなかった。

湯を沸かして、体を拭く。それで、ようやく多少すっきりした。あまり良いホテルに泊まると、速攻で通報される可能性がある。

訳ありの客でも大丈夫な、こういう店を使うしか無いのだ。

「お客様」

「!」

外の気配が消える。

ドアの下から、手紙が差し込まれていた。

良い品質の紙だ。

さっと開封してみると。非常に流ちょうな言葉で、文字が躍っていた。

そういえば、文字の書き方読み方も、師匠にしっかり教わったのだった。殆どのヒーローは、催眠学習装置を使って、その場で丸暗記してしまう。特にMHCの場合は、その傾向が顕著。

結果、知識だけは異常に肥大化した、精神のバランスがおかしい子供が誕生してしまう。MHC化する要因の一つでもあるのだろう。

師匠はそれは良くないと言って。

丁寧に、読み書きを教えてくれた。

「テンペスト様とお見受けします。 是非我等との会合をお持ちいただきたく」

「会合、か」

罠の臭いがするが。

その場合は噛み破るだけだ。

詳しい内容はその後に書かれていたが。どうにも気が進まない。そもそもわたしを取り込んでどうするつもりか。

操れるとでも思っているのか。

だとしたら大間違いだと言う事を、思い知らせてやる必要がある。

それに、である。

今、わたしは。自分でも分かるくらいに弱気になっている。こういうときにつけ込んでくる相手は、大概ろくでもない。

それが分かっているから。

慎重にならざるを得ないのだ。

まず、服を新調。

金だけなら、ある。

サイズがあった服が揃うのには四日ほどかかると言われたので、その間は適当に時間を潰すしかない。

会合は明日だ。

とりあえず、様子だけは窺ってみるか。

モーテルに戻る。

追加で手紙が来ていた。

組織について、説明しているものだった。

「貴方が我々の主と兄妹弟子だった事は知っています。 我々は、歪曲された世界の真実を取り戻し、世界を救うために活動している団体です。 我々の主は、アンデッドと呼ばれています」

「!」

そういうことか。

アンデッドが捕まったという話は聞いている。

だが彼奴は、いずれ叩き潰そうと考えていた。まあ刑務所の中にいるのなら、手出しは出来ない。

一緒に修行していたとき。

確かに、学ぶ姿勢だけは真摯だった。

だけれど、わたしは知っていた。

彼奴が市民を何とも思っていない事くらいは。

「我々はヒーローの持つ能力についても正体を知っています。 貴方にも、助力が出来る事でしょう」

「……」

心の中で呟く。

関係無いね。

叩き潰してくれるわ。

そして、わたしは。

新しい服が出来る前に。

この組織を潰しておくことに決めた。

 

2、加速混乱

 

結局追撃をしたものの、プライムフリーズは補足できなかった。驚くほど狡猾な奴だ。退路も完全に確保していたのだろう。

痕跡も残っていなかった。

ザ・パワーがグイパーラと合流して再び円卓に戻ると。

円卓には、青ざめたライトマンだけが残っていた。

理由は想像がつく。

派閥にいる戦闘タイプヒーローが、短時間で四人も殺されたのだ。その中には、戦闘力でトップ100に入っているノーザンウォードが含まれていた。

ノーザンウォードは狂犬のような男だったが、戦闘力は確かで。ライトマンの派閥の基盤の中枢を為していた。

それがこうもあっさり殺され。

彼の支配地区は、大きく削がれてしまった。

その結果何が起きたかは。

彼の表情が物語っていた。

内々で引き込んでいたオリジンズメンバーに揃って離反されたのだろう。少し前でも、皆に反抗されていたが。

多分今回のノーザンウォードの死が、決定的な切っ掛けになったはずだ。

既にライトマンに手駒はない。

配下にしていた戦闘タイプヒーローも、次々離れているに違いない。プライムフリーズがやったのは確実で。

その圧倒的な実力は、瞬殺されたノーザンウォードや。

三人まとめて殺されたという、ビーグラップラーの所に派遣していた連中を見れば、明らかだからだ。

そして、ザ・パワーにとっても。

状況は最悪だ。

あのアンデッドがあっさり手を上げた。

つまりそれは。

恐らくは、目的を達成したのだ。

何をやらかしたかは分からないが。

ろくでもない事に違いない。

通信が入る。

ザ・アイからだった。

「ザ・パワー。 戻ったかイ?」

「ああ。 それで、アンデッドを脱獄させた二人は?」

「身元を調べたけれど、存在しない人間ダネ」

「……」

此処で言う存在しない、とは。

ヒーロー特性を持ちながら、確認されていない人間、という意味だ。

世界には数十人ほど、ヒーロー特性を持つ存在を感知するヒーローがいて。これらが、生まれた子供を常時監視している。

ヒーロー特性を持った子供がいたら。

世界中をもれなく監視しているこれらのヒーローが、即座に察知する。

それほどに強力な能力なのだ。

実際問題、戦闘タイプではないヒーローも。それぞれの得意分野に関しては、超常の力を持っている。

その彼らを出し抜くことは。

実質上不可能だ。

特に、大人になって制御出来るようになってからならともかく。

生まれたばかりの子供は、能力の「種」を絶対に抑えきれない。

確実に見つかる。

つまり、その二人は。

「大人になってから、後天的に能力を得た、という事か」

「或いは生まれたときから大人だったか、ダネ」

「クローンか」

「いや、それはないネ。 クローンだって、いきなり大人を製造する訳じゃあないんだよ、ザ・パワー。 作り方が違うだけで、結局子供から作っていく訳で、その時に能力は感知される」

しかし、生まれたときから大人だったというのは、どういうことか。

そういう能力者か。

嫌な予感がする。

そういえば、初代オリジンズの少し前の時代。

能力者が世界に突然現れ始めたという噂がある。

オリジンズが守る、世界の深奥にあるDBは改ざんされている。

それはザ・パワーも知っているのだけれど。

何処がどのように改ざんされているかまでは、完璧には把握していない。もしも、とんでもない事実が隠されていると。

洒落にならない事態が到来しかねない。

「二人に尋問は。 どうせアンデッドは吐かないだろう」

「それが自白剤を投入しても効かないみたいでネ。 今、催眠タイプの能力者を呼んでいるんだけれど」

「嫌な予感がするな……」

「ちょっと良いかしら」

次の通信。

マンイーターレッドだ。

話を促すと。

彼女は自分の支配地区で、妙な連中が動いているという話をし始める。

勿論ライトマンは無視。

ライトマン自身も、円卓についたまま、呆然としているようだった。

「地下組織のようだけれど、妙に統制が取れていてね。 例のクリムゾンじゃないのかしら」

「だとすると、気を付けてくれ。 ノーザンウォードを瞬殺したほどの実力者だ」

「あら、心配してくれるの?」

「当然だろう。 オリジンズがヴィランに敗れた例は、今まで三例しかない。 しかもその内二例は事故。 一例はアンデッド相手に油断したケースだけだ。 四例目を作るわけにはいかない」

ザ・パワーは分かっている。

明らかにプライムフリーズの実力は、グイパーラをしのいでいた。そして正直な話、マンイーターレッドでも勝てないだろう。

プライムフリーズは、どうしてアンデッドに協力した。

それが分からない。

アンデッドはどちらかというと、真性の悪党だ。

プライムフリーズは今、苛烈なまでの合理主義に走っているようだけれども。それでも、悪党を助けるには、何か理由がある筈。

大きなメリットがあるのではないのか。

ザ・パワーは咳払いすると。

ライトマンに言う。

「何か知っているな」

「……」

「DBの改ざんが行われている事は私も知っている。 そしてそれには、過去のオリジンズが関わっていることも。 一部の派閥には、その内容が引き継がれているという噂があったが。 ライトマン、君は知っているのでは無いのか」

「どうなんだ」

グイパーラが追撃するように言うが。

ライトマンは血走った目を向けてくるばかり。

ザ・アイから追加の連絡。

「ザ・パワー。 ちょっと興味深いことがわかったヨ」

「なんだ」

「脱獄に手を貸した二人だけれど。 脱獄時と今で、装備が違ってる」

「何か箱状のものでも持っていたんだろう」

ここで。

不意にライトマンが発言した。

ザ・パワーが続きを促すと。

血走った目で、ライトマンは凄惨な笑みを浮かべた。

「大体想像はつく。 銀河連邦政府に連絡でも入れたんだろう」

「何だと……」

「ザ・パワー。 銀河連邦政府が条約を無視したと判断した場合、前回の百五十倍は兵力を投入してくるとでも思っているのだろう。 実態は違う」

「……」

三万倍。

そのあまりにも絶望的な数字を。

ライトマンは口にしていた。

「三万倍だと……」

「しかも数だけの話だ。 前回投入された連中の宙域艦はたった五十隻。 それも最小限の武装しかしていない強攻偵察巡洋艦だけだ。 今回は、戦艦や移動式大型要塞も含む正式艦隊が来る。 連中の宙域艦隊は百五十万隻から構成され、それぞれの主砲が単独で地球を破壊可能だ。 単独でもそれなのに、太陽系を埋め尽くすほどの数が来るぞ」

「……嘘だろ」

「嘘じゃあない。 相手は複数の、それも百を超える銀河を支配下に置いて管理している国家だ。 前の戦いで、条約を結べたのだって奇蹟に近いんだよ。 何しろ列強のアホどもが、平和的に話を進めようとした銀河連邦の顔に泥を塗りまくったあげく、その使者を十二人も殺して、技術まで奪い取ろうとしたんだからな!」

グイパーラが椅子になつく。

昔のコミックに出てくるスーパーヒーローでも、そんな相手に勝てる訳がない。

ましてや、今のヒーローは。

ザ・ヒーローが聞いたらどう思うだろう。

血を吐く思いで宇宙人達と戦い。

彼らと必死に条約締結にまで持ち込んだことは、ザ・パワーも知っている。DBは改ざんされているが。其処だけは知っていた。

宇宙人達がうんざりするほどの損害を与えたからだ。

だが、今回条約を破った場合。

超攻撃型文明とされている地球に対して。

今度はもう宇宙人達も、容赦はしないだろう。

地球は墜ちる。

戦闘タイプヒーロー全員が結託しても結果は同じだ。

宇宙空間から、地球を破壊出来るほどの攻撃をしてくる相手に、なすすべなどない。単純な揚陸兵力でも、前回とは比較にならない数が来るだろう。

流石に青ざめていることを、ザ・パワーも自覚していた。

プライムフリーズは。

当然知っているだろう。

何しろ当事者だ。

それでいながら、アンデッドの脱獄に手を貸した理由は。

分かる。

そういうことだったのか。

此方を徹底的に追い詰め。

選択肢を奪い。

其処から、交渉に持ち込むつもりだったのだろう。

乾いた笑いが漏れる。

愚かな先達がエゴに任せて行動した結果がこれだ。高潔な魂は赤く殺意に染まり。合理主義の塊と化し。

今世界は。

白刃の上でタップダンスを踊っていると気付いていない馬鹿なヒーロー達によって、支配されている。

プライムフリーズは、容赦も遠慮もしないはず。

そして、装備が違っていたと、ザ・アイは言っていた。

つまり、通信装置は。

誰かの手に渡っている可能性が高い。

プライムフリーズか。

可能性は否定出来ないだろう。

全ては奴の思惑通り。

流石だ。

伊達に年の功を積み重ねていない。

全て計算尽く。

何もかも、掌の上だった、ということか。

そして此方が気付くまでの時間差も、相手は計算に入れている可能性が高い。こうなってくると、もはやどうしようもない。

「さて、どうするね」

もはや正気を失い始めているらしいライトマンは、笑い混じりに言う。グイパーラは真っ青になったまま。

ザ・パワーは。

大きく嘆息すると。

マンイーターレッドに連絡をする。

「すまないが、これから君のいる地区に向かう」

 

マンイーターレッドはオリジンズに比較的最近加入したヒーローで、実力もグイパーラとあまり変わらない。

積極的に市民を虐げている連中とは違うが。

かといって、市民を安んじている訳でも無い。

他と同じだ。

市民を貨幣と考えて。

気分次第で殺す。

そんな当たり前のヒーローである。

そんな彼女の支配地区は、それなりに人口が多いけれど。それは繁栄していることを必ずしも意味しない。

流石に物々交換まで禁止しているわけではないけれど。

市民達は身をすくめて。

ヒーローが気まぐれで行動するのを恐れ。

じっと穴に閉じこもるようにして暮らしているのだった。

上空からそれを確認したザ・パワーは。

自身の能力を展開。

プライムフリーズを探す。

いるようにはおもえない。

仮にプライムフリーズがこの地区にいた場合。ザ・パワーが来たことを、即座に察知するはずだ。

単独で来た意味も理解するだろう。

そうなれば、出てくる筈。

じらして、判断力を鈍らせるつもりか。

それとも。

プライムフリーズにとって、理想的な行動とは何だろう。

オリジンズを降伏させる事か。

いや、そうとは思えない。

そんな俗物的な行動をするとは考えにくいのだ。

プライムフリーズは資料を見る限り、生活も質素だったと聞いている。何かをコレクションしていたとも聞いていない。

今更、金を欲しがるとも思えない。

ましてや権力だって。

とにかく、マンイーターレッドの宮殿に降りる。

植物をイメージしたその宮殿は。

けばけばしいまでに赤と緑が混在していた。

薔薇をイメージしているのだろうけれど。

何だか臓物のようで、ザ・パワーはあまり好きでは無かった。マンイーターレッドの色彩センスのなさは、ヒーロー達の間でも有名なのだ。もっとも、それを言って無事で済んだヒーローは存在しないが。

ザ・パワーが直接出向けば。

流石に出てこざるを得ない。

マンイーターレッドが、面倒くさそうに顔を見せる。

彼女に対して、まずは状況を確認。

肩をすくめたマンイーターレッドは。

分かっている事だけを話してくれる。

ザ・パワーに対して、政治的な交渉をしているつもりなのだろう。一丁前に知恵だけはつけている。

今はそれどころでは無いのだけれど。

焦ったら負けだ。

此処はぐっと抑えるしかない。

「この地区は、元々放棄されていたものを再建したものだって知っているわよね」

「再建の途中で再放棄されたとも聞いているが」

「そういうこと。 で、構造が複雑怪奇になりすぎて、特に地下は何がなにやら分からないのだけれど」

その地下深部に。

妙な活動をしている連中がいるという。

数は百五十から二百。

クリムゾンの戦力とほぼ一致するが。

プライムフリーズだったら、隠れてこそこそするとは思えない。

更に、である。

「複数」の、戦闘タイプヒーローらしき反応もあると言う。

もう一つ分からない事に。

どうやら別の組織と、交戦しているらしいのである。

少なくとも、戦闘タイプのヒーロー同士が激突しているような反応が観測されているそうだ。

「気味が悪いし、調査してくれるというのなら嬉しいけれど」

「そうだな。 正体が分からない以上、ヴィラン討伐部隊を出すわけにもいくまい」

「調査してくれるのかしら」

「今すぐ行く。 座標を教えてくれ」

グイパーラは残してきた。

今は、正直。

足手まといだと思ったからだ。

あの様子だと、しばらく絶望から立ち直れないだろう。

百五十万隻。地球を破壊可能な宇宙船。

それが攻めてくる。

そんな話を聞かされて、正気でいられるだけ、ザ・パワーもある意味おかしいのかも知れない。

マンイーターレッドはサイドキックの部隊をつけようかと言ってくるけれど。

遠慮する。

巻き込んだら死なせるだけだ。

それよりも、調査用のヒーロー達が、後から来る。

彼らを邪魔しないようにだけ言うと。

ザ・パワーは。早速地下へ向かった。

地下と言っても、下水道では無い。

完全な都市だ。

廃棄された地下鉄が縦横に絡み合い。

彼方此方で崩落して。

何処を崩せば、どう進めるのかさえ分からない。

地図さえ存在しないダンジョン。

それでも、ザ・パワーは、其処に住み着いている人々の存在を察知できる。彼らはもはや光さえ知らず。

地下にある資源をそれぞれ相互に活用して。

鼠のように生きている。

こういう場所にもヒーローは生まれる。

だから、彼らは地上に恐ろしい存在がいることは知っているのだろう。

ザ・パワーを見かけると。

戦おうとさえせずに、さっと身を隠してしまうのだった。

もう、言葉さえも無くしているかも知れない。

最低限の文化さえ失った人々。

いたましくてならない。

急ぐ。

とにかく、急がないと。

最悪の事態は、目前にまで迫っているのだ。

どうやら、交戦が確認されたらしい地点に到着。彼方此方に赤い染みが飛び散っている。これは、何だ。

見る限り、戦闘タイプヒーロー同士が戦ったようだが。

引き分けたかして、それぞれ撤退した様子だ。

そして、肉片が少し残っている。

見覚えがある。

これは、確か。

クリムゾンが確認されるときに姿を見せる、赤い触手だ。

つまり戦った片方はクリムゾンか。

しかしそうなると、誰と交戦した。

プライムフリーズを有するクリムゾンと、戦おうと考えるヴィラン組織が、今存在するとは考えにくい。

いや、本当にそうか。

幾つかの組織を考える。

戦闘タイプのヴィランを有している組織もあるが。

いずれも本拠は此処から離れている。

それにそういう組織は。

殆どの場合、無人地帯に拠点を構えている。

何より、そういう組織は。

あくまで討伐される優先度を下げるために。目立たないように動くのが基本だ。ヴィラン討伐部隊に目をつけられれば、一瞬で潰されてしまうのが確定だから、である。

更に周囲を調べていく。

今度は別の交戦跡。

コッチは派手にやり合ったようで、床や壁に破損の跡が見られる。

この戦い方。

テンペストか。

様子からして、勝ったのはテンペストのようだが。

負けた方も、撤退する余裕はあったようだ。

何が起きた。

近くに人の気配。

即座にその隣に移動。

悲鳴を上げたのは。

ボロクズを被った、やせこけた男だった。

「こ、ころさないで」

「飢えているようだな。 食糧を渡そう。 だから話を聞かせて欲しい」

「……」

こくこくと頷く、目ばかりぎらついた痩せた男は。

ザ・パワーがレーションを渡すと。

餓鬼のようにそれに貪りついた。

こんなまずいものでも、貴重なのだろう。

気の毒なことだ。

男が食べ終えるのを待つと。ザ・パワーは話を聞く。男は、流石に漠然としてはいたけれど。話してくれた。

「言い争う声がして、赤い触手の化け物が突然現れたんだ。 人食い鬼達が、それと戦って、逃げた」

「人食い鬼?」

「地上から来るあんた達の事だ。 時々子供をさらっていく。 喰ってるんだろう?」

「……そんな事はしないさ」

そうか。

地下に住んでいる人達にとっては、たまに現れて子供を奪っていくヒーローは、人食い鬼に見えるのか。

その後、赤毛の女が現れたという。

「彼奴も、人食い鬼だった。 人食い鬼同士で戦いはじめた」

「……」

何が起きた。

つまり、クリムゾンと、複数の戦闘タイプ能力者を有する組織が交戦。

其処にテンペストが乱入した、という事か。

クリムゾンと交戦したというのなら。

どうしてプライムフリーズが出てこなかった。

何か理由があるのか。

レベルの低い能力者なら、プライムフリーズが出てくれば瞬殺だろうに。

ひょっとすると。

まだ体のダメージが残っていて。

能力を乱用すると、負担が大きいのか。

いや、それは楽観論だろう。

「戦いが起きたのはどれほど前だ」

「二回くらい寝る前」

「……」

時間感覚などは、ずっと地下にいるし、失われていると見て良い。

そうなると。

マンイーターレッドの話から推察するに、戦闘が行われたのは、三十時間ほど前だと判断するべきだ。

それは恐らく。

プライムフリーズがクリムゾンと合流してから、そう時間も経っていないタイミングの筈。

そうなると、テンペストは。

どうして介入した。

いや、どうやって介入したと言うべきか。

それより重要なのは。

謎の組織。

クリムゾンと敵対関係が何故出来た。

そもそもどうして戦った。

嫌な予感がする。

痕跡は追える。

というよりも、テンペストは敵を撃退した後、ダメージを受けた体を引きずって、追撃していった様子だ。

組織ごと潰すつもりなのだろう。

この痕跡なら、何とかなる。

ザ・パワーは自分の能力を展開しながら。

地上にいるマンイーターレッドに連絡。痕跡のパターンを知らせて、後続の探知ヒーローチームに引き継ぐように依頼した。

さて、此処からだ。

手を間違うわけにはいかない。

クリムゾンと接触できればよし。

最悪の場合でも。

プライムフリーズに主導権だけは、渡せなかった。

 

3、不死のねぐら

 

わたしが相手に指定された場所に出向くと。其処では、雲雀が裸のまま立っていた。いそいそとコートを着込み始める雲雀を見て。わたしは呆れたけれど。それでも咳払いをする。

「何をしている」

「戦った後」

「それは分かる。 わたしも此処に呼びつけられたんだが」

「あんたも」

雲雀は苦笑。

どうやら相手はプライムフリーズを指定したらしいのだけれど。雲雀が出向いて。それで激怒して襲ってきたらしい。

経緯がよく分からない。

「で、何者なんだよ、戦った相手って」

「戦闘タイプの雑魚能力者が三人。 だから私でも相手に出来た」

「いや、何者なのか知りたいんだが」

「さあ。 ただ、どうもアンデッドに関係があるらしいけれど」

そうか。

どうやらわたしを呼び出した相手で間違いない様子だ。

どっちに逃げたかを聞き出すと。

すぐに後を追う。

雲雀は追ってこなかった。

それにしても、雑魚とは言え三人相手に戦えるようになっているとは。雲雀はかなり強くなっている、とみるべきだろう。

異形へ変化できることは知っていたが。

確実に強くなっていると言うことだ。

ただ、プライムフリーズが出なかったことが気になる。

彼奴だったら、雑魚三人なんか、有無を言わさず瞬殺だっただろうに。

走っていると、追いついた。

三人が振り向く。

わたしがテンペストだと、すぐに気付いたようだった。

「テンペストか」

「わたしを呼びつけた奴らだな。 何者だ」

「墓守」

「……悪趣味な名前だな」

組織名が墓守。

なるほど、アンデッドの配下の組織としてはふさわしい名前なのかも知れない。悪趣味だと思うが。

だが、この三人はなんだ。

戦闘タイプのヒーローにしては妙だ。

雑魚にしても、戦闘タイプのヴィランが三人も揃っていたら、オリジンズが潰しにかかる筈。

それに、雲雀と戦って、引き下がったことも気になる。

そもそも、わたしをどうして呼びつけたのか。

「まず、わたしをどうして呼びつけた」

「仲間に加わって欲しい」

「どういう理由で」

「我等が主アンデッドは、地球をさらなる混沌に導こうとしている」

混沌か。

敢えて無言を貫くのは。

喋らせるためだ。

勿論此方としては。混沌なんかお断りだ。

ただでさえ、混乱の中では、真っ先に弱い者が犠牲になる。狂った秩序も悪だが。それ以上に法無き無秩序は悪だ。

今は、ヒーローという最悪の無法が存在しているから、世界は狂ってしまった。

「貴様は優秀な戦闘タイプヴィランだと聞いている。 是非力を貸して欲しい。 アンデッド様も、貴様ほどの力の持ち主なら、右腕に据えてくださるだろう」

「お断りだ」

「何故だ」

「アンデッドには会った事がある。 市民を踏みにじる事を何とも思わない、いけ好かないゲス野郎だった。 学ぶことには真摯だったが、弱者を踏みにじる時点で、わたしがぶっ潰してきた奴らと同類だ」

アンデッドを馬鹿にされたことで。

墓守とやらは顔色を変えたが。

無論わたしは謝罪などしない。

手招きする。

「こい。 元々わたしは、アンデッドの部下だって事で、貴様らを潰すつもりで来たし、何より話を聞いた今となっては容赦も出来ない。 ぶっ潰してやるから掛かって来な」

「三人相手に、良い度胸だ」

「三人じゃ無くて五人だろう」

後ろにふせていた二人が、びくりと身を震わせた。

気付いていないと思ったか。

三人で押さえ込んでいる間に、二人がかりで奇襲するつもりだったのだろうが。

生憎此方は、日々鍛錬を積んでいる。

まだ傷は治りきっていないが。

この程度の相手なら、五人がかりでも何とかなる。

何より此方は、そもそもヴィラン討伐部隊を相手にすることを想定しているのだ。雑魚五人くらいだったらいなせなくては、話にならない。

襲いかかってくる五人。

わたしは息を吐くと。

まずは先頭の一人に、顔面が凹む拳を叩き込んだ。

 

二人が戦闘不能になった時点で、敵が撤退を開始する。

雲雀が来たのは、その時だった。

服をちゃんと着ている。

あの後着直したのだろう。

「へえ、撃退したんだ」

「手傷は負っているが、まあこんな程度の相手ならな」

ただし、無傷とは行かなかった。

相手の中に、電気を使う能力者がいて。

自爆覚悟で、強烈な一撃を食らわせてきたのだ。

腐っても戦闘タイプ。

手傷を負っている状態では、無効化しきれなかった。ダメージを上乗せされたけれど。追わなければならない。

あいつらは危険だ。

嫌な予感がする。

「共闘したいが、出来るか」

「残念だけれど、私が命じられているのは威力偵察だけだよ」

「そうか。 まあ仕方が無いな。 今度も敵にならないことを祈る」

「……」

その場で別れる。

雲雀は結果だけ見届ければそれで満足だったのだろう。わたしを追ってくることも無かった。

それにしても、五人、か。

やはり異常すぎる戦力だ。

流石に雑魚ばかりだったけれど。それでも五人も戦闘タイプのヴィランが配下にいる組織なんて聞いた事もない。

そんな組織、オリジンズが許すはずも無い。

ヴィラン組織の大半は、ヴィラン一人か二人に、サイドキック崩れが合流して形成されるケースが殆どだと聞いている。

これは師匠の情報だから間違いない。

あの時から、劇的に状況が変わっているとも思えない。

何しろ、この世界は。

時間が流れるのも。

世界が変わるのも。

あまりにも遅いのだ。

アンデッドの配下だとすると。

恐らく誰も知らないうちに、其処まで巨大な組織を作っていた、という事になる。笑えない話だ。

地下を走る。

痕跡は残っているから、追える。

ただ、戦いの余波が、地上にも伝わった可能性が高い。

もたついていると、面倒な追撃が来るかもしれない。

急ぐ必要がある。

わたしは走りながら、レーションを口にする。

まずい。何度食べても美味しくない。

だけれど、少しでも回復しないと危ない。

敵は五人出してきた。

本拠では、もっと出てくるかも知れない。

その場合、対応出来なかったらアウトだ。

多数の敵に追撃されることがどれだけ危険か、わたしだって良く知っている。五人出てきたのだ。

十人出てくる恐れだってある。

痕跡に追いつく。

其処は。

無数の円筒形のガラスが並ぶ部屋で。

どうやら拉致されてきたらしい市民や、或いは地下生活者が。多数入れられていた。

こんな光景を前にも見た。

フラッシュライトの人間製造工場。

だが、ここでは。

子供を作っている様子は無い。

子供を作った場合、どうしてもヒーロー特性を持って生まれるケースが多く。その場合、察知される。

これについては、地球の裏側から察知するヒーローがいるくらいだ。

戦闘タイプでは無いヒーローも。

市民を虐げるには、充分な力を持っているのである。

気付かれないはずは無い。

しかも、防ぐ技術も無い筈だ。

何より、この設備の近代化ぶり。

殆どヒーローによって作られた施設では無いか。

何だ此処は。

見回していると、足音がする。

近づいてきたのは。

先ほどの五人を従えた、白衣の老人だった。

老人は白い髭を胸元まで蓄えていて。不揃いな歯を見せて、くつくつと笑う。不気味に皺だらけになっている顔には。モノクロームがかかっていた。

頭は既に絶壁である。

それなのに背筋は伸びていて。背丈はわたしより高いほどだった。

「ようこそ、テンペスト」

「何だあんたは」

「ソーサルストームという名前に聞き覚えは」

「!」

聞いた事がある。

戦闘タイプでもないのに、Bランクに分類されているヴィランだ。何か特殊な力を持っているという話らしいけれど。

アンデッド配下の組織に加わっていたのか。

「そのソーサルストームが何をしている」

「此奴らを見れば分かるのでは無いのかな」

「……」

まさか。

ヒーロー適性持ちの赤ん坊を入手するのは不可能に近い。

それは誰もが知っている。

このソーサルストームだってそうだろう。

だが、である。

実際問題、雑魚ばかりとは言え、五人もの戦闘タイプ能力者が此処にいるのだ。

「実は五人だけでは無くてね。 二人ほど、今他に出払っているのだよ」

「それがどうした」

「君は存外に血の巡りが悪いな。 量産に成功していると言っている」

「量産だと……」

ソーサルストームが見せるのは。

何かのディスク。

見た事がある。

最新型の情報記憶媒体。

最新型と言っても、10年も前にヒーロー達の間で使うために、専門のサイドキック達が開発したものだ。

ディスク一枚で、250ペタバイトの容量を記録することが出来る上に。

量子コンピュータにも対応しているという代物だ。

宇宙人から鹵獲した技術を使っているという噂があるけれど。

まあ細かい事は私にもよく分からない。

ちなみにHDDになると、これの更に1000倍から10000倍くらいの容量のものが現在は主流だそうである。

ただし、新しいものを開発する気は、ヒーローサイドには無い様子だが。

「これはね。 改ざんされたDBの、元の一部だ」

「何だと……」

意味は即座に理解できた。

此奴は、あまりにもとんでも無いものを手にしている。

改ざんされたというのは。

オリジンが管理している、例の世界の全てを記録しているDBに間違いないだろう。もしそうだとすると。

此処にあるのは。

オリジンズがミョルニル級水爆をぶち込んでも、消したいと思うほどのもののはず。

そしてその中に。

ヒーローを作る知識があるとでもいうのか。

「ようやく理解できたようだねえ。 暗号化も既に解除して、この中にある事実と英知は、我々が全てものにしている。 これからは量産した戦闘タイプ能力者を、更に増やしていくだけだ。 そうすれば、この世界をひっくり返す事も難しくないだろう」

「……それで?」

「我等が主アンデッドは、君を欲している。 君ほどの手練れがこのひよっこたちを訓練すれば、無敵の軍団が出来上がるだろう」

「悪いが、過大評価だ」

わたしは戦闘経験こそ積んで来たが、まだミフネとやりあったら勝てない程度の実力に過ぎないし。

未だに師匠が言っていた「半年」を超えられずにいる。

自分自身の才覚がその程度でしかない、という事だ。

師匠は徹底的に基礎を鍛えてから、自分が知る武術の全てをわたしに叩き込んでいったのだけれど。

その後何をしようとしていたのか。

試行錯誤で、わたしはやってきた。

そしてそれも。

上手く行っているとは言いがたい。

第一に、だ。

「アンデッドもそうだが、その戦闘タイプ能力者達の目を見て、意思を感じ取られるとは思えんな」

「それはそうだ。 道具として調整したからな」

「それで決まりだ。 貴様はぶっ潰すゲス野郎だと理解できた。 貴様の組織とつるむ理由はないし、今後もつるむことは無い」

「愚かな。 君は悪徳ヒーローを叩き潰したいのだろう? それだったら、私の組織と組むことが一番だと思うのだがね」

イラッと来た。

だから、一つだけ言い返しておく。

「生憎だがな。 クズ野郎をぶっ潰すために、クズ野郎に墜ち果てるつもりはねーんだよ、このゲス! わたしが一番恥じるのは、敵を殺す事でも、失敗することでも無い。 師匠の教えに背いて。 あの世に行った時、師匠に顔向けできなくなることだ。 人の命をもてあそぶクソ共に、わたしが手を貸すことは金輪際ない! 覚えておけ、タコ爺!」

「なるほど、話通り、気性の荒い小娘だ」

「やるつもりなら相手になってやる」

「いいや、此処は引くよ。 何しろザ・パワーが接近しているようだからね」

思わず、それはまずいなと口中で呟く。

実際問題、ザ・パワーを相手にしたら、勝ち目は無い。

ミフネよりも更に格上の能力者だ。

今のわたしでは、それこそ鎧柚一触だろう。

「その実験体達はくれてやるよ。 別に殺して去るつもりは無いから安心したまえ」

「……」

ソーサルストームがかき消える。

そして、その配下の五人も。

分かっていた。

気配が妙に薄かったからだ。恐らく、特殊な立体映像か、或いは能力の一種だったのだろう。

実験体か。

市民などどうでも良いとヒーロー達が考えているのを良いことに。好き勝手に浚って来る事が出来たのだろう。

見回すが。

前の人間工場と同じような雰囲気だ。

設備も似ている。

これほどの設備を作り出す技術力。

おそらく、これはオリジンズも把握していないと見て良いだろう。そうでなければ、アンデッドの捕縛には、もっと力を入れていた筈だからだ。

アンデッドは。

多分オリジンズが想像をするよりも遙かに危険なヴィランだ。

何を知っている。

嫌な予感しかしない。

そして、わたしは此処を離れる事にする。

市民達に危険はないし。

ザ・パワーが来るのなら、後処理も大丈夫だろう。

今、ザ・パワーと鉢合わせるのはまずい。

わたしはヴィラン。

向こうはオリジンズの頂点。

正面から出くわした場合。

それはすなわち、捕縛を意味するからだ。

できる限り急いでその場を離れる。

証拠らしきものは何も残していない。

これは恐らく。

あのソーサルストームは、最初から此処を放棄するつもりだったのだろう。

気にくわない奴だ。

一体何の能力だかは知らないが。

最悪の事態が進行していることだけはよく分かった。

壁に書き置きしていく。

ソーサルストームがアンデッド麾下に入り、この設備を作った。

奴らは市民にヒーローのスーパーパワーを与える技術を手に入れ。戦闘タイプの能力者を量産することさえ出来るようになっている。

一刻も早く根を断つべし。

勿論わたしも独自で動くべきなのだろうが。

しかし悩む。

地上には、このアンデッドの所行さえ霞む外道ヒーローどもが、まだまだ多数いるのだから。

 

地上に出る。

ザ・パワーの気配がかなり近づいていたので、最後の方は焦ったが。どうやら例の施設を見つけてくれたらしい。

そこでぴたりと止まり。

今はサイドキックを連れた、探査タイプのヒーローが、ぞろぞろと地下に潜っていくのが見えた。

それだけ確認すると、わたしはその場を離れる。

プライムフリーズから、雲雀を経由して知らされたろくでもない真実。わたしに出来る事は、あまりにも限られている。

誰かと手を結んで、混乱の収拾に当たるべきなのか。

だが、それは。

少なくとも、今市民を虐げているゲスヒーロー共と手を結ぶことは絶対にあり得ない話だ。

奴らをぶん殴って行くことは、今後も止める気は無い。

そもそも、である。

じっと手を見る。

もっとわたしが強ければ。

最初から、オリジンズに殴り込んで、言うことを聞かせることだって出来た。どうしても、師匠の鍛錬を受けていたときとは。今とでは。力の伸びが違いすぎる。それが分かりすぎるほど分かるから、つらいのだ。

プライムフリーズのやり方も間違っている。

だけれども。

宇宙人の大侵攻が迫りつつある今。

どうすればいいというのだろう。

わたしはぐっとこらえて、誰かと手を結ぶべきなのか。

しかし、想定される相手の全てが。

どうしても、ろくでもないことばかりをしている連中ばかり。

許してはいけない邪悪と。

手を結ぶことはあってはならない。

古くは、それが当たり前で。

故に世界から、倫理というものは失われていったと聞いている。

それだというのに。

この終末の世界で。

わたしまで倫理を失ってしまったら、一体誰がそれを守るというのか。誰が市民のために戦うというのか。

ザ・パワーとその一派は、比較的市民を虐げずに行動しているが。

それだって、オリジンズさえ制御出来ない少数派に過ぎない。

わたしには、政治のことは分からない。

どうすれば良いのか、分からない。

今は、ただ。

次の目標を潰しに行こう。

まだ癒えきっていない体のダメージが、全身に痛みとなって出る。

それでも。

わたしは、止まるわけにはいかなかった。

 

4、動き出す氷の計画

 

プライムフリーズが腰を上げる。

皆が注目する中で。

彼女は容易く氷を操作して、スクリーンを造り出し、其処に映像を出した。

テンペストを追撃することで。

発見したのだ。

ヴィラン、アンデッド麾下組織のアジトを。

更に、どや顔でソーサルストームが話している間に。ディスク内容のコピーにも完成した。

それにしても、彼女が管理していたDBなのに。

自由に出来ないというのは不便極まる。

流石にあの膨大すぎるDBを覚えておくのは大変だったろうし。こればかりは、どうしようもないか。

私も、其処まで初代オリジンズは万能では無いと、思い知らされる一方。

プライムフリーズがディスクの再生に四苦八苦していたのを横で見ていたので、ちょっとほほえましいと思ってもいた。

初代オリジンズの絶対的能力を持ってしても。

四苦八苦しなければ出来ない事はある。

それに、見かけ私より年下だし。それが四苦八苦している様子は、何だかとても可愛かった。

サイドキック養成校にいたときは。

周囲全てが敵だった。

ずっと監視されていたし。

回りを気にする余裕さえ無かった。

ヒーローの気分次第で殺されるのだ。

いつも怯えていた。

そんな中でも気丈に振る舞おうとする子もいたけれど。そういう子から、真っ先にヒーロー達に殺された。

恐らく、将来何かしらの地下組織に荷担する可能性があるとでも思われたのだろう。

だから、実際には。

この組織に入ってからだ。

パーカッションを一とする、年下の相手と接するようになったのは。

ともかく、である。

クリムゾンの組織メンバーを集めると。

ディスクの内容の主なポイントを。

今、プライムフリーズは、映像として映し出していた。

大半は、どうでもいい資料ばかり。

プライムフリーズは。

その中で、一番新しい情報に目をつけた。これは後から、付け加えられたものらしい。プライムフリーズによると、作られた年月を偽造されているようだが。

映し出されたのは、文字の羅列である。

「コレは論文だな」

「論文?」

「今はもう、一部の特殊なサイドキックしか触れることが無いが、要するに学説をまとめた文書だ。 古い時代は、誰もがその気になれば大学と呼ばれる研究機関に出向いて、其処で書いたものなのだがな」

「そんな時代があったのですな」

石塚が納得する。

私としては、正直どうでもいい。

内容が重要だ。

凄まじい勢いで内容に目を通していくプライムフリーズ。

そして、頷いた。

「これは、ヒーローを作る技術だ」

「ヒーローを、作る!?」

「そうだ。 現在世界にばらまかれている特殊な粒子によって、千分の一の確率でヒーローが誕生することはこの間話したな。 更にその百分の一で戦闘タイプヒーローが生まれる事も。 この技術は、この確率を操作できないかと研究を続けている間に、産み出されたものらしい。 ……実際には再発見された、というべきだが」

「再発見?」

プライムフリーズは、私の疑問に答えてくれない。

だが、何となく分かった。

彼女ら最初のヒーローは作り出されたと聞いている。

という事は。

むしろ、このやり方こそ。

本来のヒーローを造り出す方法、なのだろう。

だけれども、問題も多いと、プライムフリーズは言う。

「論文を書いたのは、60年ほど前に死んだサイドキックだな。 実験体として、四人の戦闘タイプヒーローが人為的に作成されたと書かれている。 だがその全員が、短命だったそうだ。 まあそうだろうな……」

「何か知っているのですか?」

「そんなところだ。 ……待て。 五人目の能力者だけ、偶然だがとても良く出来たと書かれている。 その名前は……」

アンデッド。

皆が、一斉に注目する。

論文は進む。

アンデッドは冷凍催眠させる。

これは、オリジンズに発見された場合、確実に殺されるからだ。そもそもこの論文を書いた時点で、自分も世界から抹殺される対象になっている。当時のオリジンズの一人、メディカルパーサーの指示で実施した研究だが、それはヒーローには関係無い。ヒーローにとって、サイドキックは幾らでも殺して替えが効く存在。自分で研究させた事でも、都合が悪くなれば、サイドキックに責任を押しつけて消す。それが今のヒーローだ

論文を書いた人間は。

口惜しそうに、そう書いている。

そして事実消されたのだろう。

もしも、だ。

アンデッドが冷凍催眠を受けて。

当時から今に蘇った人間だとすると。

この博士が、再発見した技術が、使われているのかも知れない。いや、あのDBは、そもそも。

色々呟きながら考え込むプライムフリーズ。

私には大まかな事情が見えてきた。

アンデッドが、何を目的にしているのかも。

そうかそうか。

この世界は、こうも昔から。

地獄に満ちていたのか。

とはいっても。

宇宙人が来なければ、早々に地球は全面核戦争に突入し、原始時代に戻っていた可能性が高いというプライムフリーズの言葉もある。

結局。

何をしようと、破局は避けられなかったのかも知れない。

「雲雀」

「はい」

「お前はこれから、テンペストとコンタクトを取れ。 どうにかして、配下に引き入れておきたい」

「難しいかと思います」

私としても、テンペストが仲間にいれば心強い。

しかし、今の合理主義に傾いたプライムフリーズのやり方では、彼女を味方にするのは無理だろう。

それもはっきり伝えるが。

プライムフリーズは鼻を鳴らした。

「小娘の我が儘につきあっている暇は無い。 状況が変わった以上作戦も変える。 此処からは、オリジンズの壊滅を本格的に狙う。 現在、オリジンズは崩壊寸前にまで陥っている。 後一押しで、各個撃破の好機が訪れる。 その時に、オリジンズを一人でも押さえ込める可能性が高い手駒がどれだけ有用かは、お前も分かるだろう」

「そういう考えだから、テンペストはより貴方を避けるのだと思いますが」

「下手をすると人類が滅ぶぞ」

「そうでしょうか」

話を聞く限り、だが。

銀河連邦は条約を破った場合、地上を更地にするだろう。ただし人類を滅亡させたり、玩具動物にしたり、家畜にしたりするとまでは思えない。

勿論独立は失われて。

非常に不自由な生活が訪れるだろうが。

それはそれだ。

「説得はしてみます。 ただし、もし能力の強制付与を行おうとしている事をテンペストが知ったら、プライムフリーズ。 勝てないと分かっていても、貴方に挑んでくると思いますよ」

「その場合は力尽くで従わせるまでだ」

さいですか。

呟くと、私はその場を後にする。

さて、問題は此処からだ。

テンペストが今のプライムフリーズに従うわけも無い。しかしそうなると、どうすればいいのか。

仲間になれと言って、聞く奴では無いだろう。

かといって、悪徳ヒーローをぶっ潰すというテンペストの考えは間違っていないとも、雲雀は思う。

実際世界を此処までの地獄にしたのは。

特権意識とエゴに塗れた戦闘タイプヒーロー達だ。

連中をある程度押さえ込めれば。

ひょっとすると。

いずれにしても、宇宙人が来た時。

もしも条約違反だと判断されたら、全てが終わる。

その時には。

人類が滅ぶとは私も思わないけれど。

ある程度覚悟はしないといけないだろう。

ため息をつくと、歩き出す。

テンペストが次に狙うヒーローは概ね想像がついている。

待ち伏せて、一緒に戦う事を提案。

交渉は。

その後だ。

 

(続)