孤独の英雄

 

序、一人きりの世界

 

昔々の物語。

わしは安楽椅子に座るその老人に会いに。小さな別荘に来ていた。

ログハウスの中には、使用人のサイドキックが数名だけ。

暖炉の側には、温かいスープ。

わしはもう脱退したから。初代オリジンズ最後の一人になってしまったその英雄は。老いていた。体だけではなく、心が特に老いていた。

わしが歩み寄ると。

その英雄は。

寂しそうに笑った。

「プライムフリーズか。 よく来てくれたな……」

「あんたほどの男でも老いるもんなんだねえ」

「ああ。 そうだな……」

「わしはしばらくこの世界の面倒を見るよ。 若い連中がどいつもこいつも、おかしなことばかりいうからね」

無言。

その老人。

ザ・ヒーローは。後悔しているようだった。

世界を救うために、彼はどれだけのものを犠牲にしただろう。どれだけの怒りを飲み込んだのだろう。

わし自身もそうだったから。その怒りと哀しみはよく分かる。

分かるからこそ。

残るのだ。

「受けないのかい。 スーパーアンチエイジング」

「もういやだ。 妻のいる所に行きたい」

「そうか……寂しくなるな」

「頼むぞ、プライムフリーズ。 私はもう長くないし、この世界を守ろうと思うには疲れ果ててしまった。 お前だけが頼りだ。 このままでは、せっかく締結した条約も反故になってしまうだろう」

頷く。

それだけは避けないと。

もしも条約を破棄されて。もう一度攻め寄せられたら。

もはやどうしようもない。

この星は、地球人類のものではなくなる。

それだけは避けたい。

例え、相手がどれだけ実際には理知的でも、だ。

本来だったら。宇宙人を激怒させた「奴ら」がやらかした事を考えたら。地球人類はとっくの昔に絶滅させられていてもおかしくはなかったのだ。

それを必死の戦いで押し返して。

ようやく条約締結にまでこぎ着けた。

監視要員が少しだけ残っているけれど。

不幸な戦いは、もうしてはならない。

幸い、世界から戦争は消えた。

だが。

戦争が消えるまでもなく。この世界は、衰退へ向かいつつある。

神話のようだと、わしは思う。

ギリシャの神話でも、メソポタミアの神話でもそうだ。

若い神々の傍若無人に始祖が怒り。

大きな戦争が起こる。

そしてその戦争で敗れたのは始祖だ。

結果、傲慢な神々が世界を支配することになり。多くの悲劇が繰り返されていく事になる。

ザ・ヒーローの死は、それから三ヶ月後。

老衰もあったけれど。

体の衰えに対して、治療を拒否したのが、最大の死因だっただろう。そして三代目と二代目が混在しているオリジンズは。

それを喜んでいた。

ようやく過去の亡霊が死んだ。

これからやっと自由に羽を伸ばせる。

だからわしは。

奴らに対して、きつい灸を据えた。

実際にあの大軍勢と戦った訳でも無い次世代のヒーロー達は。スーパーアンチエイジングで若返ったわしでも充分以上に相手に出来る程度の力しか無かった。叩き伏せ、殴っても、言うことを聞かせなければならなかった。

「なんのために、ザ・ヒーローがこの円卓を建てたと思っている! なんのために、怒りを飲み込み、血涙を拭いて、戦い続けたと思っている!」

わしは吼える。

特に三世代目のヒーローは、非常に反発した目を向けてくる。

彼らは言うのだ。

力があるのに、使って何が悪い。

市民が実際、あの戦争で何の役に立った。

それだけじゃあない。

あの戦争の原因は、市民達が作り上げた政府ではないか。

不満の声が上がり続ける中。

わしはそれを必死に抑えつつ、世界の再興を進めた。それが条約の一つだったし。何しろ、条約破棄の条件には。

それを思うと。

どうしてエゴを剥き出しに、好き勝手をしたがるのか。

若いヒーロー達の考えが分からなかった。

だけれども。

誰も彼もが反対するようになると。

流石にわしも自信がなくなってきた。

本当にこれで正しいのか。

確かに市民が建てた政府が、戦争の引き金を引いたのは事実だ。DBの閲覧は許してある。

だから若いヒーロー達は。

特に市民を軽蔑しているようだった。

だが、わしだって。

元は市民だったのだ。

昔は、東雲初音という名前だって持っていた。

スーパーパワーを得た経緯は思い出したくもないけれど。

それでも、自分を特別な存在だなどとは思いたくもなかった。生まれながらに特別な存在である今の世代のヒーロー達とは、それが食い違うのも、仕方が無かったのかも知れないのだが。

やがて。亀裂は。破滅につながった。

 

目が覚める。

コールドスリープさせられている間も、夢は見ていた。そしてコールドスリープ装置から出た今も夢は見る。

元々それほど裕福な家庭の出では無かった。

世界が逼塞し。

列強同士が第三次世界大戦をいつ始めてもおかしくない時代だった事もある。

周囲では結婚する人間は珍しくなりつつあり。

裕福では無くても血筋だけは立派な名家で、許嫁がいるから結婚したわしのケースは。どちらかと言えばレア中のレアとも言えた。

しかし、許嫁は体が弱かった。

最悪のタイミングで宇宙人の侵略があり。

病院に入っていた許嫁は、その攻撃に巻き込まれて死んだ。

それからろくでもないことが色々あって。

わしは能力を得た。

だけれども。

正直な話、市民のために戦おうと声高に叫ぶザ・ヒーローの言葉に対して。どうしても賛成は出来なかった。

世界が焼け野原になって行く中。

どうせ宇宙人が来なくてもこうなっただろうなと思う一方。

スーパーパワーを使って、宇宙人を薙ぎ払うことも出来た。

皮肉な経緯だった。

何しろ、この力の正体と来たら。

まあ、ともかくだ。

ザ・ヒーローが直接説得に来て。それで、結局三人目の仲間になり。そして最初は生きるために。

だけれど、その内。

熱心に戦いにうち込むようになった。

あくびをする。

薬を飲んで、しっかり体を調整してから、すこぶる調子が良い。

もう全快とは流石に行かないが。

現状のオリジンズだったら、二人三人とまとめて片付ける事も出来るだろう。流石にザ・パワーは厳しい。彼奴は相当に強い。

今のわしでも、互角まで行けるかどうか。

部屋の外に出る。

石塚が待っていた。

「プライムフリーズ、寝起きの所を申し訳ございません。 会議を行います」

「何か問題か」

「はい。 大きな事件が起きました」

「ほう?」

わしは意地悪く笑う。

というのも、少し前にオリジンズ相手に挑戦状を叩き付けたようなものだ。それに、幾つかばらまいた情報もある。

大混乱は必至だろう。

何しろ、今まで真実と思われていたことが。

何もかもひっくり返るようなデータが出てきたのだから。

それに、である。

オリジンズにとっても、恐怖だろう。

条約の存在は。

地球人が隠そうとしても。銀河連邦政府はそうじゃあない。あの戦いだって、向こうと条約を締結できただけ。

実際には。

ガチンコであのまま殴り合っていたら、多分地球人類は絶滅していただろう。

向こうが譲歩してくれただけなのだ。

それも、厳しい条件を幾つもつけた上で。

今、この星では。

その条件の幾つかが、失われようとしている。

どうやらザ・パワーはそれを知っているようだけれども。

他のオリジンズは恐らく知るまい。

わしにして見れば、笑止の極み。

それに何よりだ。

もうはっきり言って。こんな世界、どうなろうとどうでも良いという気持ちも、確かにある。

その一方で、ザ・ヒーローに託された世界だ。やれる範囲では守ってやらなければならないという気持ちも、あるのだ。

矛盾した思考だけれど。

こればかりは、どれだけ生きても割り切れない。

若くして未亡人になり。

戦いの中を生き続け。

敵をたくさん殺戮した後は。

無能な味方に悩まされ。

愚かな後輩達に胃を痛め。

そして今である。

わしという存在が歪むのも、ある意味では当然と言えるのだろう。正直、此処まで狂った世界になっているとは。

人間を信じよう。

ザ・ヒーローはそう言ってわしを勧誘した。

その言葉には。怒りを飲み込んで、世界のために戦おうという、確固たる意思があり。強い誇りと。

何よりヒーローとしての魂があった。

だがそんなザ・ヒーローでさえ。

晩年は自分の選択を後悔し。

孤独の中、静かに死んでいく路を選んだ。

わしは、この後、何をしたいのだろう。

オリジンズを解体して。その後に、新しくオリジンズを再結成して。その長にザ・パワー辺りを据えて。

そしてまた相談役に収まるのか。

それはそれでおかしな話だ。

世界からいらないと拒絶されて。コールドスリープ装置に無理矢理突っ込まれたというのに。

どうしてまた世界のために身を粉にして戦わなければならないのか。

約束だからか。

思考がどうにも定まらない。

会議に使っている小さな部屋に出向くと。

意外な姿があった。

テンペストである。

どうしているのか。

ザ・パワーに喧嘩を売った後、クリムゾンの全戦力は地下を移動した。各地に散っている組織と連携しつつ、オリジンズとの対決に備えるためである。

テンペストが此方の動きを知っていたとは思えない。

何より。

テンペストは、非常に厳しい表情だった。

「あんたがプライムフリーズだってのは本当か」

「そうだ」

「わたしはテンペスト。 この世界を改革したいと思う者だ。 あんたはどうなんだ」

「……そうだな。 此処まで狂った世界になっている以上、改革するしかないだろうな」

席に着く。

しばし気まずい沈黙が続いたが。

やがて、咳払いしたのは、石塚である。

「会議を始めます。 議題ですが、次に狙うべきヒーローです」

オリジンズを圧迫するためにも、強めのヒーローを叩いた方が良いだろう。脅威として認識させるのにはそれが一番手っ取り早い。

しかし、である。

テンペストが提案してきたのは。

意外な人物だった。

「次にわたしは、ビーグラップラーをぶっ潰す」

「……」

わしもこの時代に目覚めて時間がない。

一応千二百人ほどの戦闘タイプヒーローは覚えたが。それは戦闘力順に、である。

そんな名前の奴は、少なくとも上位千二百人にはいない。

「誰だそいつは」

「すみません、プライムフリーズに渡した資料には存在しないヒーローです。 有名な悪徳ヒーローでして」

「世界を変えるには、市民を虐げているゲス野郎をぶっ潰していくのが一番だとわたしは思ってる。 クロコダイルビルドに手出しが出来ない以上、次に叩き潰すのはビーグラップラーしかいない」

「ふむ」

慌てた様子で、石塚が資料を出してくる。

ビーグラップラー。

三十九歳の女性ヒーローだ。戦闘タイプのヒーローとしては中堅も中堅。実力はどうということもない。

問題は此奴が、異常な甘味党だということだ。

支配地区の一面には、非常に甘みの強い花が植えられており。毒性が強く凶暴性が高い蜂が全域に放たれている。

この蜂の蜜が、ビーグラップラーの好物なのだが。

この蜂、非常に獰猛で、市民への犠牲が絶えない。

オオスズメバチに匹敵するほどの毒性と攻撃能力を誇る上、気性も荒い。しかもビーグラップラーは、この蜂に手出しをすることを禁止している。

サイドキック達は対蜂用の装備をして巡回しているが。

食べるものもなく、身を守る事も出来ない市民は、なすすべもなくこの蜂の餌食になるばかり。

年間二万人以上が犠牲になっているという事だ。

花園が一面に拡がっているというのに。

実態は地獄。

ある意味おぞましい場所ではある。

「奴の支配地区は此処から近い。 潰すなら、すぐにでも行ける」

「待て。 叩くなら、ノーザンウォードの方が良い」

ノーザンウォード。

此奴も悪徳ヒーローだ。

戦闘力は先ほど上げた上位千二百に入る。というよりも、上位百名に入るほどの強豪ヒーローだ。

ノーザンウォードは戦闘力と精神の高潔さが関係無いことを露骨に物語る存在で、支配地区を自分の縄張りと認識している。

兎に角うろついて、気に入らないものを見ると殺して廻るため、殆ど狂犬のような存在だ。

ただし気分次第で動き回る上、殺す人数もそれほど凄まじくは無い。

正直、他のヒーローと大差ない。

テンペストは、首を横に振った。

「ノーザンウォードもいずれ叩き潰すべき相手だとわたしも思う。 だが、今直接の恐怖に市民が晒されているのは、ビーグラップラーだ。 奴を倒すのなら、わたしも協力を考える」

「力がつかないぞ」

「……わたしも実力はつけたいが、市民が優先だ」

「ふむ」

此奴。

猪武者的な性格かと思ったが。実際にはそうでもなくて。どちらかと言えば、ザ・ヒーローや。ザ・パワーのような。

いわゆるヒーローとしての魂。

弱きを守り邪悪を挫く。

そんな強い心の持ち主か。

可愛いなとは思うけれど。しかし見た感じ、この世の現実を知らないわけでもないだろう。

こういうタイプの末路は。

ザ・ヒーローを見て、容易に想像できてしまう。

ある意味哀れだ。

不意に咳払い。

雲雀である。

「それならこうしてはいかがでしょうか。 先にビーグラップラーを共同して潰し、その後ノーザンウォードを叩く」

「ノーザンウォードより優先すべき邪悪なゲス野郎は他にもいる。 後回しにしても良いはずだ」

「そうもいかん。 ノーザンウォードはライトマンの派閥に所属する中では最強のヒーローだ。 此奴を潰しておけば、ただでさえ面子が丸つぶれになっているライトマンに、更にダメージを与え、オリジンズを混乱させられる」

「わたしは政治家じゃない。 政争には興味が無い。 あんた達も根本では市民のために動いているはずだ。 オリジンズをぶっ潰す事よりも、市民を助けることを優先するべきだ」

雲雀の助け船をテンペストが蹴る。

もう一つ、雲雀が咳払いをした。

「テンペスト、正直な話、敵が体勢を立て直したら、貴方一人じゃどうにもならないんじゃないの?」

「それは分かっているが、政争に主眼を置くようでは、いずれ今のオリジンズみたいに腐敗するだけだ。 わたしは、悪党をぶっ潰して行く事を優先するべきだと言っている」

「妥協する選択肢は? 回り道をする方が、最終的には早いという事もあるよ?」

しばし黙っていたテンペストだけれど。

雲雀の言葉には、それなりに心も動いた様子だ。何よりも、実際問題。ヴィラン討伐部隊がまともに出てきたら、テンペスト一人ではどうにもならない。

「分かった。 ……確かに、今のわたしでは、ヴィラン討伐部隊に対抗できないのも事実だ」

「話はまとまったようだな」

フードの影が笑う。

此奴にとっては、わしらの言動全てが珍しくて、面白くてならないのだろう。勿論本人の責務もあるのだろうけれど。

とりあえず。まずはビーグラップラーとか言うクソザコをぶっ潰して。

それから、本命だ。

立ち上がると、わしは、テンペストに顎をしゃくる。

「どれ、良いだろう。 そのビー何とかとやらを潰しにいこうか」

「無意味に殺すなよ。 あんたが本物のプライムフリーズだったら、手加減して不要な殺戮は避けられるはずだ」

「ふん……」

無用な殺戮か。

相手を威圧するためにも、派手かつ残虐に殺してみせる方が良い場合もあるのだが。これ以上口論しても仕方が無いだろう。

わしは今の時点では。

テンペストにあわせてやるとした。

まあ此奴は、話を聞き、本人を見る限り。次世代としては希望の星とも言える。

まずは手並み拝見というところだろう。

すぐに出撃準備が整えられる。

わしは、昔来ていた、青白い和服を模したスーツに着替える。わしくらいになると、戦闘での動きやすさなど考えなくても問題ない。

テンペストは実用一点張り。サイドキック用の戦闘服を、多少アレンジしたくらいの服だ。

「さて、行こうか。 石塚、お前達は、ノーザンウォード攻略の準備を進めておけ」

「は。 二人だけで行かれるのですか?」

「そうだ。 雲雀、お前もノーザンウォードを調査しろ。 奴に肉薄できる通路などがあれば、知っておきたい」

「分かりました」

皮肉な笑みを雲雀が浮かべる。

まあ、ヒーローサイドだけではない。

それに対立するヴィランも。決してまとまっているとは、言い難いのが現状のようだった。

 

1、氷の殺意

 

本物かどうか。

それが大事だ。

わたしは、いきなり現れたクリムゾンの使者に聞かされて仰天した。本物のプライムフリーズを保護していると。

丁度、悪徳ヒーローである、ジャムブラックをぶっ潰した直後だったし。

その次に潰そうと思っていたビーグラップラーの支配地区に近いと言う理由もある。

ついていかない選択肢は無かった。

そのプライムフリーズとやらが、何度か顔を合わせた記憶操作能力持ちのパーカッションと同年代くらいに見える女の子である事を確認した。

プライムフリーズは、初代オリジンズに所属した有名人。三番目に初代オリジンズに加入した女性ヒーローで、氷を使う能力者としては歴代最強とさえ言われている。宇宙人との戦いでも活躍した武闘派で、ザ・ヒーローの左腕として、辣腕を振るったとされている人物だ。

写真も見たことがあるが。

確かに女の子の髪の毛と目は、写真と色が一致。

顔にも面影がある。

オリジンズがおかしな動きをしているのは知っていた。プライムフリーズがどうこうという話も小耳に挟んでいた。

しかしまさか、本物とは。

アンチエイジング技術を使って若返ったとかいう話にも仰天したけれど。

それよりも驚かされたのは。

少し話してみて。すぐに伝わってきた、冷酷さだった。

地上に出て、まずは偵察。

サイドキックの駐屯基地を確認。ビーグラップラーの居城となっている場所は、ちょっとした森の中だ。

森の中は蜂の巣だらけ。

街の中も。

彼方此方にある蜂の巣を、ビーグラップラーのサイドキックが収穫して、蜜を取っていくのだけれど。

その度に猛り狂った蜂が周囲の人間を無差別に攻撃し。

防備を固めていないサイドキック以外の市民が、多く犠牲になる。

アナフィラキシーショックの恐ろしさはわたしだって知っている。

自分の美食を満たすために市民を犠牲にする。

悪徳ヒーローらしいゲス野郎だ。

ぶっ潰すだけ。

だけれども。様子を確認していたプライムフリーズは、くつくつと笑う。

「あの森ごと凍らせてしまおうか」

「待て。 それでは周囲にいる市民や、サイドキックまで皆殺しだ。 あんたの能力だったら、ビーグラップラーだけを狙い撃ちに出来るだろう」

「面倒くさいし、何よりそれでは恐怖が伝わらない」

「何だと……」

高潔なヒーローだと信じていたはずの初代オリジンズ。

だが。この言葉は。

冷徹な現実主義者そのものだ。

年食い過ぎておかしくなったのか。

それとも、伝わっている伝承が嘘っぱちだったのか。

不審に眉をひそめるわたしに。

プライムフリーズはころころと笑う。

「既得権益をひっくり返すには、オリジンズでもどうにもならない圧倒的な恐怖をしめす必要がある。 多少の犠牲は短期的には仕方が無い」

「それじゃあテロ屋と同じだろう! あんたの実力だったら、不要な犠牲の筈だ!」

「ならばどうする」

「この支配地区の気温を、下げられないか」

まず蜂を行動不能にする。

凶暴な蜂だけれど、所詮は変温動物。温度が一気に下がったら対応出来なくなる。しかも、この地区は、今夏。

夏なのにいきなり気温が下がったら。

多分デリケートな生物である蜂は全滅するだろう。

昆虫は精巧なロボットと似たようなもので。

逆に言うと、急に来た異常気象には対応出来ないのである。

そう提案すると。

少しプライムフリーズは考え込む。

頼むから。

これ以上失望させないでくれよ。

わたしはそう願うけれど。

プライムフリーズは、我関せずという様子で応える。

「それならばこうしようか。 わしが蜂を一瞬で全滅させる。 地上でお前さんがビーグラップラーとやらを潰せ」

「出来るのか」

「今、丁度地上に氷の細かい粒子を展開して、様子を確認している所だ。 蜂の形状を全て把握後、その温度をマイナス三十七度まで下げる。 この地区に存在する蜂を一撃で全滅させることが可能だ」

「……分かった。 それで頼む」

今、わたしが。

現実的な提案をしていなかったら。

プライムフリーズは、躊躇なく市民もサイドキックも巻き込んで、ジェノサイドに走ったはずだ。

実力から考えて、此奴が初代オリジンズのプライムフリーズと同等の能力者である事は確か。

だが、本当に、本物なのか。

いや、本物だ。

それはわたしも間違いないと思う。

実際問題、現在確認される氷使いの能力者で、此処まで出来る奴はいない。此奴の実力は、桁外れだ。

だけれども、どうしてなのだろう。

どうして、高潔なヒーローだったはずの存在が。

此処まで冷酷になってしまったのか。

地上に出る。

そして歩き出す。

周囲には、足を縮めて死んでいる蜂が山になっていた。

サイドキック達が大慌てしている。

わたしは、悠々とその間を歩く。

サイドキック達は、自分が怒りをぶつけられるのを怖れているのだろう。大慌てで、右往左往していた。

「何だこれは! 蜂が凍っているぞ!」

「ビーグラップラー様に何て言えば良い! 下手な報告をしたら殺される!」

「巣はどうだ!」

「駄目だ、全滅してる! 幼虫も蛹も全部死んでる! 蜜も凍って、痛んでる!」

凄まじい。

この地区は、一辺が四十六キロほどもあるのだけれど。その全域で、殺人蜂を一瞬にして全滅させたのか。

この能力、確かに初代オリジンズのプライムフリーズと同レベル。

核さえ防ぎきる上位戦闘タイプ能力者に恥じない実力だ。

だが。

わたしは、どうしてか、ずっと心が痛む音が聞こえていた。

これは高潔なヒーローのやったことか。

確かに市民を守るための行動。わたしもコレが正しいと思う。だけれども、その前に、プライムフリーズは提案した。

恐怖をまき散らすことを。

そしてあの目は。

明らかに、わたしが止めなければ、実行していた目だった。

歩く。

真っ正面から、ビーグラップラーの宮殿に乗り込む。

宮殿の中は甘い匂いが立ちこめていて。

彼方此方で、シェフらしい白衣のサイドキックが忙しそうに働いている。どうやら戦闘と蜂蜜収穫担当のサイドキックは、今は非常事態で、全部出払っているようだった。

奧には非常に広いダイニングがあり。

其処には巨大なテーブル。

最上座で、蜂蜜をたっぷり使ったらしいパンケーキを凄まじい勢いで喰らっている、太った女がいた。

蜂をもしたスーツ。

間違いない。

ビーグラップラーだ。

「何だ小娘。 どうやって入ってきた」

「真っ正面から」

「ふん。 巫山戯た小娘だね。 その様子だと貴様、何処かの田舎ヒーローのサイドキックか? 躾がなっていないね」

と、いきなり。

食べ終えたらしいホットケーキの皿を放ってくる。

それはまるで手裏剣のようにうなりを上げて飛ぶと。

壁に突き刺さった。

わたしが避けなければ、頭に突き刺さっていただろう。

腐っても戦闘タイプヒーローだ。

「ほう……」

「わたしの名はテンペスト。 ビーグラップラー、これからあんたをぶっ潰す」

「ああ、あんたが噂の。 悪いけれど、まともに戦うつもりはないよ」

目を細めるわたしの前で。

醜く弛みきったビーグラップラーは立ち上がり、手を叩く。

しかし。

反応はない。

妙だ。

今の自信満々の様子からして、泥縄のヒーローでも何人か抱えているかと思ったのだけれど。

見る間に真っ青になって行くビーグラップラーを見て。

ぴんと来た。

ひょっとして、プライムフリーズか。

「どうした、なんで出てこない!」

「ちょっとどいていろ!」

飛び込んで、ビーグラップラーが見ていたドアを蹴破る。

案の場だ。

其処には、凍ったまま死んでいるヒーローが三人、転がっていた。

悲鳴を上げるビーグラップラー。

此奴らも三流の泥縄ヒーローとは言え、戦闘タイプのヒーローだっただろうに。有無を言わさず氷漬け。

能力をどれだけ練り込んでいるのか。

これだけで。

一目で分かってしまう。

背筋が凍る思いだ。

高潔なヒーローだったはずのプライムフリーズは。文字通りの冷血非道の魔女と化していた。

戦意を失ったビーグラップラーが、這いずるようにして逃げるが。

此奴は、逃がすわけにはいかない。

「た、助けてくれ! 悪かった! 悪かったから! 殺さないで!」

「見て分からないか! 彼奴らをやったのはわたしじゃない!」

「ひいっ!」

恐怖を叩き込まれたのは、ビーグラップラーも同じか。

無理もない。

三流とは言え、戦闘タイプヒーローを三人、瞬殺だ。それも抵抗する余地さえ与えずに。

これは今のわたしでは勝てない。

ましてや、この弛みきった愚かな女では、絶対に無理だ。

「ちょっと用事が出来た。 だから手短かつ手荒に行くぞ」

「ぎゃあああああああああっ!」

悲鳴を上げるビーグラップラー。

わたしが二百七十発ほど拳を叩き込んだ後には。

もう物言わぬ肉塊となり。

能力も喪失して、転がるばかりだった。

大混乱の宮殿を後にする。

サイドキック達でさえ、わたしには注意を払わず、右往左往していた。わたしとしては、プライムフリーズとの共闘は無しだとこれで決めた。

あの泥縄達は、いずれぶっ潰さなければならない相手だっただろう。

だが、身元を調査せず。

悪行を精査もせず。

いきなりブッ殺すのはいくら何でも無しだ。

わたしだって、力の差が無い場合は、殺さざるを得ない事があるとは思っている。それで殺すのは仕方が無いだろう。

だが、殺さずに済ませることが出来るのに殺すのは。

それは邪悪な暴力以外のなにものでもない。

地下に戻ると。

プライムフリーズは、腕組みして、壁に背中を預けていた。

「終わったか」

「何故彼奴らを殺した」

「気付いていなかったのか?」

何を言う。

鼻を鳴らすと、プライムフリーズは言う。

「あの三人は泥縄じゃあない。 ライトマンの手下だ」

「関係あるか! 最終的にはぶちのめす相手だとしても、殺さずに済ませられるのに、どうして殺したんだって言っている!」

「そんな甘い考えだと死ぬぞ」

「師匠はあんた達初代オリジンズが、本物のヒーローの魂を持っていたっていつも言っていた! わたしもそう思っていた! だが違う。 あんたはベクトルが違うだけで、彼奴らと同じだ!」

ヒーローとは何だ。

分からなくなってきている。

世界を破滅から救った本物のヒーローがこうなのだ。

一体この世には。

ヒーローは存在するのか。

わたしの怒りを軽々と受け流すと、プライムフリーズは来るように言う。これ以上此処にいても無駄だと。

此方の支援を受けたのだ。

次の攻撃は、支援しないといけないだろう。

だが、これっきりだ。

正直此奴のやり方は受け入れられない。

師匠だってそう言うはずだ。

どれだけ強くても。

此奴は。

プライムフリーズは、真のヒーローじゃあない。高潔な魂を持つ存在では無い。違う。絶対に違う。

「なあ、あんたは昔からこうだったのか?」

「昔か。 わしも昔は、ザ・ヒーローの理想に共感した事もあったな。 後進を信じて見ようと思ったこともあった」

「だったら、なんで」

「裏切られたからだよ」

結局の所、それか。

ヒーローの魂も、いつまでも輝くわけじゃあない。

プライムフリーズは、見かけは若返ったかも知れない。実際に肉体は若返っているのだろう。

でも、心はどうか。

昔の輝きは、既に消えてしまっているのではないのか。

わたしの疑念は大きくなる一方。

いずれにしても。

此奴とやっていくのは無理。

もしもクリムゾンがプライムフリーズに支配されるようなら。

わたしはクリムゾンとは手を切るしか無いだろう。

無言のまま、戻る。

市民を虐げていたゲスをぶっ潰せたのは事実だけれども。

これは、勝利と言えるのか、疑問だ。

 

クリムゾンと合流。

わたしの表情が曇っているのを見て、雲雀が小首をかしげたが。話を聞いてくることまではしなかった。此奴にしてみれば、或いは、予想通りだったという事かも知れない。

いずれにしても。

どういう形であっても、プライムフリーズが義理を果たしたのは事実。

今度は此方が義理を返さなければならない。

それが最低限のルール。

相手が如何に此方が考える事と逆の行動に出ていても、だ。

石塚だったか。

クリムゾンのナンバーツーが、プライムフリーズに対しては、下手に出ている。恐らくは、見せつけられたからだろう。

此奴は化け物レベルの実力者だ。

口にしているだけの実力は確実にある。

オリジンズでも、勝てるのはザ・パワーくらいだろう。それも確実に行けるかは正直分からない。

そういうレベルの実力者だ。

「すぐに出られますか」

「そうだな。 雲雀、行けるか」

「はい。 調査は済んでいます」

「よし。 テンペスト、お前は陽動に徹してくれるか」

無言で頷きだけする。

正直口も利きたくないけれど。少なくとも、此奴のやり口を目の前で見せられるのだけはごめんだ。

そして、そのやり口は。

外に出ると、既に始まっていた。

サイドキック達が蹲っている。

悲鳴を上げてもがいているのは、凍傷になっているからだろう。

馬鹿な。

市民もいるんだぞ。

地区ごと凍らせるつもりか。

見ると、市民も不安そうに周囲を見回している。流石に市民ごと全部氷漬けにはしなかったか。

空からヘリが来る。

サイドキックの支援部隊だろう。

急を聞いて駆けつけてきた、という事だ。

ビルの上に上がって、様子を確認。

そして、愕然とした。

街の彼方此方に、氷柱が立っている。

その中の一つに。

串刺しになった人影が。

オブジェのように、晒されていた。

その氷柱は、ノーザンウォードの宮殿から伸びている。何が起きたのかは、言われなくても分かった。

「……」

確かに。

彼奴はプライムフリーズだ。

能力的にはそうだ。

だが、はっきり分かった。

既に初代オリジンズの高潔な魂はその心には宿っていない。師匠が繰り返し告げていた、ヒーローが持つべき心は、既にない。

この世界は。

一体どうしてしまったのか。

初代オリジンズまでこうだというのか。

わたしは、憧れていた。

この世界を、初代オリジンズが復興していた頃に戻したいとさえ思っていた。だが、それはわたしの勝手な思い込みに過ぎなかった。初代オリジンズさえ、心が凍った、鬼になる。

その現実を。

目の前で、見せつけられていた。

もう、言葉も無い。

空を仰ぐ。

かなりの数のサイドキック部隊が来ている。わたしは無言で彼らの前に降り立った。

「テンペスト!」

「悪いが、制圧させて貰う」

「撃て、撃て撃てっ!」

必死の抵抗を始めるサイドキック達。

だけれど、勝てる訳も無い。

わたしも淡々と制圧を続ける。殺さずに済ませるだけの力の差があるのだから、余裕である。

そう、殺さなくて済むのなら。

そうするべきだ。

わたしだって、相手を無力化で済ませられるのならそうする。悪徳ヒーローを徹底的にぶっ潰すのは。そうしないと能力を奪うことも出来ないし。何度でも同じ事を繰り返すからだ。

だが、あのやり方は。

もはや相手に触れることさえもなく。

一瞬で、何もかもが終わる。

わたしはそんなやり方を。

受け入れられないし。受け入れるつもりもない。

二時間も経たないうちに、増援部隊は壊滅。

義理は果たした。

誰かが此方に来るのが見えた。

雲雀だ。

わたしは拳を振るって血を落とすと、ぐっと雲雀をにらみつけた。雲雀が悪いことでは無いとは分かっていても。

納得がいかないからだ。

「協力はこれまでだ」

「やっぱりこのやり方は受け入れられないか」

「ああ」

「テンペスト。 実は石塚から提案があるんだけれど」

そう言われても、此方としても困る。

石塚はクリムゾンのナンバーツー。いや、プライムフリーズとフードの影の二頭態勢になった現在はナンバースリーか。

ナンバースリーで、しかも通常の人間。

もしも何かあった場合でも。

プライムフリーズには勝てると思えない。

ましてやフードの影も。

非常に得体が知れない存在だ。

どちらも、相手にするには分が悪いだろう。

「提案ってのは?」

「しばらく混乱が続くだろうから、此方からは離れるのも手だと思う。 ただし、最終的には手を結びたい。 此方でも調整をしておくから、しばらくは距離を取っていてくれないか、とさ」

「……」

「どうする?」

性格が悪い笑みを、雲雀は浮かべている。

此奴は或いは。

わたしより、遙かに図太い奴なのかも知れない。

それはそれで構わない。

色々な考え方がこの世には本来あるべきだ。

ただし、それが人を害するなら許してはいけない。

それだけのこと。

此奴の今の考えは、人を害するものではない。わたしとしては、人を害しながら改革を強行しようとするプライムフリーズのやり方は気に入らないが。この提案を受け入れる事は吝かでは無い。

「そうだな、今の態勢に不満を持つ者同士だ。 正直距離はとって、独自に活動を続ける方が良いだろうと、わたしは思う」

「うい。 石塚には伝えておく」

「なあ」

「?」

振り返った雲雀は。

わたしがお前自身はどう思っているんだと聞くと。

皮肉混じりの笑みを浮かべる。

「まだ私は、雑魚にもどうにか勝てる程度の実力しかない一兵卒だよ。 中堅所どころか、上級の戦闘タイプヒーローともやりあえるあんたとは違う。 一兵卒には選択肢なんてないんだよ」

「……」

「あんたは恵まれているよ。 自分で選んで、生き方を変えることが出来る。 自分を変えることは難しいけれど。 選択肢が幾つもあって、後悔しない生き方が出来る人間は、そう多く無いんだよ」

手をヒラヒラとふりながら、雲雀は去って行く。

わたしは当面共闘はないなと思いつつ。

雲雀に背中を向け。

その場を去ることにした。

 

2、強攻

 

プライムフリーズの圧倒的な実力は、それが本調子では無いと言っても、凄まじい代物なのである事に代わりは無かった。

現在世界最強の氷使いと呼ばれている能力者など、子供も同然。

一瞬にして、戦闘タイプヒーローで、世界のトップ100に入っているノーザンウォードを葬り去った有様は。

クリムゾンの内部でも、戦慄をもって受け止められていた。

強すぎる。

圧倒的にもほどがある。

今までも、確かにクリムゾンは戦闘タイプヒーローと戦える力を欲していた。だけれども、これはいくら何でも極端だ。

それに短時間で、五人もの戦闘タイプとそうではないヒーローを殺したのだ。

もはやオリジンズとの直接対決は避けられない。

プライムフリーズはやる気満々の様子だが。

クリムゾンの人員は、皆青ざめていた。

虎の尾を踏んだのは確実だからだ。

それだけじゃあない。

プライムフリーズ自身が、非常に凶暴な性格である事も、何となく理解され始めていた。初代オリジンズは神格化されていたが。

逆に、それをプライムフリーズは疎ましく考えていたのだろう。

おもしろがっているのはフードの影だけ。

実際問題、共闘をしてくれたテンペストも。

これっきりだと言って、去って行ってしまった。

これからも同盟関係を維持できれば、大きな力になっただろうテンペストが離れていったのは、大きな打撃である。

私にさえ、それくらいは分かる。

クリムゾンは既に組織人員二百名を超える大所帯となった。

幾つかの地下組織を吸収して規模を増したのだけれど。

取り込んだ組織の連中はチンピラ同然だったり。

クズ以外の何者でも無いテロ屋も少なからず含まれていた。

「クソッタレが」

吐き捨てたのは、アーノルドである。

テンペストが離れたと聞いて、少なからず失望した様子だったけれど。新しく仲間に加わった連中を見て、更に失望が加速したようだった。

だけれども。

私には、実のところ、プライムフリーズの気持ちも分からないでもないのだ。

腐っていく周囲の人間を見せつけられ続け。

ザ・ヒーローでさえ、周囲から老害と呼ばれるようになり。

託された世界は悪くなる一方。

強硬手段で何度か改革を図れば、最終的には目の上のたんこぶとされ。

若い世代に任せるべきかと考えてみれば。

そいつらが何をしたか。

この世界は。

恐らく、古代の神政政治を行っていた時代よりも、更に邪悪な態勢による搾取が為されていると言っても過言ではない。

反乱など起こしようもない。

何しろ、ヒーローの戦闘力は、圧倒的だからだ。

サイドキック達全部が一斉に反逆しても。まあ戦闘タイプでは無いヒーローは殺せるかもしれないけれど。

戦闘タイプヒーローがその気になったら、あっという間に皆殺しにされてしまう。

相手は核を手にして遊んでいる独裁国家どころではない。

そんな程度の次元の相手だったら。

幾らでも手のうちようがある。

過去にないほどに、悪辣すぎる存在。

それが、今のヒーロー達だ。

後輩達の狂態を見て、心穏やかではいられないだろうし。

かといって、自分たちを勝手に神聖視して。理想を押しつけてくる人間達にも苛立っているだろう。

テンペストは相当に頭に来ていたようだが。

プライムフリーズのやり方も、間違っていないと雲雀は思っている。

実際、めちゃめちゃに混乱しているだろうオリジンズである。

もう少し引っかき回すには。

落ち目になっているライトマンを、更にたきつけてやるのが良い。

戦略としては。

それは間違っていないのだ。

だけれども。

オリジンズが本当に総力を挙げてきたら、如何にプライムフリーズでも危ないだろう事は事実だ。

私としては、其処をどう乗り切るつもりなのかは、今から楽しみにしておきたい所だが。まあ正直な話。下手をすると一瞬でクリムゾンという組織は崩壊に瀕してしまうだろう。

「会議だってよ」

「ん」

ジャスミンが呼びに来たので、出向く。

不満そうなアーノルドを促して、一緒に行くと。

ワン老師が、荷物をまとめているところに出くわした。

「どうしたのですか、ワン老師」

「出て行くよ」

「えっ……」

「わしとしても流石にもうついていけん。 やり口が今のヒーロー達とまったく同じだとテンペストは怒っていたようだが。 わしも同意見でな」

誰もそれを止めない。

ワン老師は優秀な拳法の使い手で。私も随分お世話になった。

だから、敢えて言う。

「貴方は必要です、ワン老師。 どうしようもない若手を鍛えるためにも。 それに、こういうときだからこそ。 凶行にノーと言える人間が必要でしょう」

「お前さん自身は、凶行だとは思っていないだろうに」

「それはそれです。 私は、プライムフリーズの考えも分かる、だけです。 テンペストの考えが間違っているとも思いません」

ワン老師は嘆息する。

実際問題古参であるこの人が抜けると。

クリムゾンはかなり弱体化する。

石塚だけでは、もう抑えきれなくなるだろう。

フードの影は、はっきりいって得体が知れない。能力は高いけれど、部下をまとめるカリスマはない。

直接何度か組んでみて分かったけれど。

あれは人間を動かして遊ぶことに興味はあるし。人間の思考回路の動きをおもしろがりながらみているだけ。

この世界を憂いているわけではないし。

ましてや皆の事を考えて、身を粉にして働いているわけでもない。

所詮は、外から見ている者だ。

政治家よりも、科学者なのである。

である以上、石塚を支える、老練な人物は必要だ。

ましてやワン老師は、年老いて頭が鈍っているわけでも。

プライムフリーズのように現実を見て、過激思想に走っているわけでもないのだ。

こういう人が抜けると。

クリムゾンは本気で瓦解してしまうかも知れない。

「お願いします。 残ってください」

「……分かった」

ワン老師は荷物を降ろす。

ほっとするけれど。

これから会議があるのだ。

何が提案されるのか。

テンペストは、恐らくまた悪徳ヒーローをぶん殴りにいったのだろう。オリジンズが混乱している今だからこそ。ぶっつぶせる相手を、徹底的に叩き潰しておく事が大事だと考えるのは。テンペストらしくもある。

だけれど、此方は。

まずオリジンズを混乱させ。

身動きが取れなくなっているところを、各個撃破しようともくろんでいる。

プライムフリーズのやり方は、悪辣そのもの。

だけれども、それは。

恐らく彼女が見て来た、後輩達の悪辣さ。

思想の腐敗は伝染する。

プライムフリーズは、どれだけ頑張っても、オリジンズが腐っていくのを、止めることは出来なかった。

そればかりか。

老害と呼ばれ、無理矢理封印までされた。

それでは怒るだろう。

そして怒りは。

ある意味での復讐まで引き起こしているというわけだ。

会議に出る。

腕組みしている石塚は。

あまり顔色が良くなかった。

「情報が入った。 オリジンズは、A級ヴィラン組織クリムゾン、つまり我々と。 それに所属するプライムフリーズを名乗るヴィランに対して、ヴィラン討伐部隊を派遣する方向で動き始めた様子だ」

「予想通りだな」

「……」

冗談じゃあない。

プライムフリーズは良いかもしれないけれど。ヴィラン討伐部隊と言えば、実力で言うとテンペストと互角かそれ以上の連中が、十人くらいはいるという、武闘派中の武闘派組織である。

あのアンデッドでさえ、ゲリラ戦に徹していたほどなのだ。

プライムフリーズの実力は、アンデッド以上だろうというのは、雲雀にも分かるのだけれど。

それにしても、相手にするには厳しすぎる。

「やはり、オリジンズ、いやザ・パワーに協力して、オリジンズの腐敗改革に着手するべきだったのではありませんか」

「あのような組織の自浄も見込めない愚かな連中には期待出来るものなどない」

「し、しかし」

「ヴィラン討伐部隊の実力は概ね把握した。 正面から叩き潰してやれば、オリジンズも顔色を変えるだろう」

或いは、出来るかもしれない。

だがそうなると。

ザ・パワーも敵に廻す事になる。

ザ・パワーを含めるオリジンズ全員が敵となったら。

流石にプライムフリーズでも厳しいのではあるまいか。

それをワン老師が指摘するが。

プライムフリーズは意に介する様子が無い。

それはそうだろう。

この人にとっては。百年間見続けた組織なのだ。

腐敗していく様子を。

自浄作用のなさ加減を。

失われていく魂を。

愚かすぎる者達を。

どれだけ諭しても。

どれだけ見本を見せても。

彼らは悔い改めることもなく。自分たちを正義だと絶対視して。多くの市民を虐げる事を、何とも思わなかった。

その結果が、この悪夢のような世界だ。

だが、私には。

ワン老師の意見も分かる。

だから、ワン老師をフォローする。

「プライムフリーズ。 提案が」

「何か」

「今、ノーザンウォードを瞬殺して見せたことで、貴方の実力はオリジンズにも認識されたと思います。 強攻策だけではなく、この辺りでもう一度対話を持ちかけてみるのも有りでは」

「無駄だな」

プライムフリーズは寄る縁もない。

彼女によると。

実際、彼女が封じられる前にも。

プライムフリーズの実力は、何度となく見せつけていたというのだ。

それなのに、後輩達は萎縮することも怖れる事もなく。当然敬うこともなかった。自分たちが楽しく好き勝手をすることを邪魔しようとする、老害だとしか認識しなかった。

今回もどうせ同じだ。

或いは、ザ・パワーと共同すれば、一瞬くらいはオリジンズを正常化できるかも知れない。

しかしそれはあくまで一瞬。

ザ・ヒーローの末路を見ているプライムフリーズとしては。

それには賛成できないという。

「最悪の場合、わしと同じスーパーアンチエイジングをオリジンズが使い始める可能性さえある。 そうなったらどうなると思う。 核を超える戦闘力を持つ化け物共が、年老いることもなく、永久に市民を虐げ続ける社会の誕生だ。 そのような事を、許して良いと思うか」

「……思いません」

「一度オリジンズは解体するしかない。 オリジンズが完全に機能不全を起こすところまで追い詰めてからだな。 対話をするとしたら。 それには、一番手っ取り早いのは、まず立場が悪くなっているライトマンを潰し。 その後、ザ・パワーを葬ることだ」

ぞくりと来た。

ザ・パワーを殺す。

それは、恐らく。

この場にいる誰もが考えていない事だっただろうからだ。

確かに、黒幕になっているだろうライトマンをたたきのめした後。ザ・パワーを殺してしまえば。

事実上オリジンズは機能不全に陥るだろう。

上位二人のヒーローが消えるのだ。

リーダーをやれるやつもいない。

だが、その結果どうなるか。

この世界は、ヒーローとは名ばかりの、血に飢えた獣共が跋扈する。地獄というのも生やさしい群雄割拠に陥るのでは無いのか。

オリジンズという秩序があるのだ。

それを活用して。

改革を進めるべきではないのだろうか。

だがプライムフリーズはなおも言う。

「ヒーローをこの世から最終的には抹殺する。 わしも含めてな」

「なんと」

「そもそも、人間には過ぎた力だったのだ。 ヒーローが如何に超人的な力を備えていると言っても、頭の中身は所詮人間。 だからこの世界は、愚かな殺戮者共が跋扈する地獄と化した。 わしはそれを止められなかった。 ただすには、もはやヒーローという存在を、この世から消すしかない」

まずは戦闘タイプのヒーローを皆殺しにし。

その後も、生まれてくる度に、戦闘タイプのヒーローを皆殺しにしていく。

ぞくりとくる。

それは、まさに悪魔の所行。

勿論黙ってヒーロー達がやられているわけもない。

最終戦争が。

間違いなく起きる。

「いいのか。 銀河連邦政府が介入するぞ」

おもしろがって見ていたフードの影が言うが。

プライムフリーズは、承知の上だと言う。

まずい。

非常にまずい。

プライムフリーズの考えも分かる。だけれどこの人は、恐らく際限の無い精神暴走の中にいる。

彼女を追い詰めたのは、愚かしい当時のオリジンズ達。

そして、力を振るって何が悪いと考える愚かなヒーロー達だ。

だが。それでも。

このままだと、本当に人類は滅亡しかねない。

一地区を瞬時に凍り漬けにするほどの力の持ち主であるプライムフリーズだ。恐らくICBMでさえ押さえ込みかねない。

そんな彼女を。

誰が止められるか。

「貴方は狂っている!」

ワン老師が叫ぶ。

プライムフリーズは、鼻を鳴らすだけ。

相手にもしていない。

「確かにこの世界は狂っている。 それはわしも同意だ。 この世界はたださなければならない。 それもわしは同意する。 だが、皆殺しなどと言うやり方で、この世界が本当に正常化などするものか!」

「とにかく、今の我々には手に余る作戦であるのは事実です」

青ざめたまま、石塚も反対する。

プライムフリーズは心を動かされる様子も無いが。

私もここで、其処に付け加えた。

「もしもその作戦を実施する場合、クリムゾンは貴方しか生き残れないでしょう。 協力は出来かねます」

「弱腰だな」

「……」

会議は一旦其処で終わりになる。

フードの影に、石塚が頭を下げているのが見えた。

「貴方から説得をお願いします」

「ほう? どうしてだ」

「ワン老師が言っていたように、彼女のやり方では、何もかもが終わってしまうでしょうからです」

私に対しても、来るように石塚は促してくる。

彼はクリムゾンの最古参。

フードの影とも話して。

この世界の真相を古くから知っていたメンバーの一人だ。

だからこそに。

プライムフリーズのやり方がまずい事は、肌に染みて分かるのだろう。まあ、それについては。

私も同意見だが。

別室に移動し。

分厚いドアを閉めると。

石塚は咳払いをした。それも三度もだ。

本当にまずい。

それを理解しているからこそ。

念には念を押したいのだろう。

「貴方の言う事なら、プライムフリーズも納得するはず。 逆に言うと、貴方以外の言葉を、彼女はもう聞き入れてはくれないでしょう」

「プライムフリーズの、あの過激な行動の原動力は何だか分かる?」

「はあ……」

「怒りだよ」

フードの影は。

見える口元だけを、三日月に歪めた。

状況を楽しんでいるこの人をどうにか説得しないと。クリムゾンどころか、本当に世界が終わりかねない。

プライムフリーズはジョーカーだ。

だが、圧倒的過ぎる切り札だ。

クリムゾンという組織には、あまりにも凶悪すぎて、使いこなせるどころか、ワンサイドゲームまで引き起こしかねない。

そしてその強力すぎる切り札が暴走した場合。

止める手段がない。

今しかない。

もしも食い止めるとしたら。

まだ、フードの影が説得できる今が、最後のチャンスなのだ。

「お願いいたします。 我々は元々はテロ屋であることは事実です。 しかしこの狂った世界を改革したいと願っているものであるのも事実なのです。 彼女を止めないと、この世界そのものが消えてしまうでしょう」

「そうだな。 銀河連邦政府が本気で介入したら、人類から一旦文明を取り上げた上で、完全な管理態勢に置くくらいはやるだろうな。 プライムフリーズが現オリジンズと全面抗争を始めた場合、もうそれに対抗する手段はないだろう」

「ならば、説得を」

「私としては、もう少し人間の思考の変動を見ていたいのだがなあ」

大きく嘆息するフードの影。

此奴は私に力をくれた。

日々大きくなってもいる。

だけれども、今は。

怒りをふつふつと覚える。

此奴はエゴイストだ。

それも、世界を支配しているオリジンズと同等か、それ以上の。

クリムゾンを作ったのは、確かにこの世界をおかしくした事に対して、責任を感じているからだろう。

それ以上に、此奴は。

面白くて仕方が無いのだ。

自分とは異質な存在である、地球人類というものが。

原始的で暴力的で、思考回路が拙劣で、見ているだけで面白い。

実際に私の目の前で、そう言い放ったこともある。

石塚は苦笑いしていたが。

私は内心、笑えなかった。

そしてその嫌な予感が。

今、現実になろうとしている。

 

フードの影は、結局の所。

プライムフリーズを説得してくれた。

不幸中の幸いではあった。

致命的な事になる前に、手を打つことが出来たのだから。作戦行動について、フードの影が珍しく主導で説明をして。プライムフリーズは腕組みをしたまま、それに対して口出しはしなかった。

「今回の作戦で、此方の力を示すことは出来た。 しばらくは様子を見ながら、オリジンズに提案をしていく事にする」

「提案、ですか」

「最大の提案内容は、ヒーローの特権抑制だ」

顔を見合わせる皆。

まあ、それは当然だろう。

だけれども、言うことを聞くヒーローが出るだろうか。

今の時代のヒーロー達は、市民など幾らでも勝手に増えると思い込んでいる。圧倒的な力を持つ自分たちは神に選ばれた存在であり、何をするのも自由だと考えている。

其処から特権を取り上げるのだ。

当然反発も起きるだろう。

「オリジンズ主体でそれをやってもらう。 此方としては、協力するという態勢を提案する」

「協力ですか」

「特権抑制に反対するヒーローを殺す」

「!」

確かに、過激だが。

まだその方が正直な所、現実的ではある。

此処で言う抹殺対象は、八千人ほどいる戦闘タイプヒーローである。戦闘タイプでは無いヒーローは、その気になれば普通の人間でも殺せるからだ。

オリジンズが主導で動くなら。

多少は、殺す数も減らせるかも知れない。

しかしながら、だ。

当然特権抑制を提案して、それを受け入れるヒーローが多いとも思えない。

暗殺は、不可避になるだろう。

「本来、現在の地球であれば、四十億ほどの人間が平等かつ豊かに生活できる筈だ。 それだけの技術がある。 それにもかかわらず、八億の人間の内、人権を持っているのは0.1%という現状を打開するのがまず一歩だ」

「オリジンズにそれを提案して、受け入れられなかったら」

「一人か二人殺すしかあるまい」

「プライムフリーズ」

フードの影が珍しく釘を刺す。

いつもとは違って。かなりはっきりと意見を口にしている。

まあこの人は。

自分でやると決めた場合は、動いてくれるのだ。

逆に言うと。

それ以外の場合は、傍観者として、全てを見物して楽しんでいるのだが。

難儀な人だが。

動いてくれれば、きちんと機能する。

そういう人でもある。

「ともかく、力は示した。 プライムフリーズ、提案の方を頼むぞ」

「分かった。 だがしらんぞ」

「最初ザ・パワーも対話を望んでいたほどだ。 現状のオリジンズに加入して、内側から改革するというのは難しいとしても。 ヒーローの権限を抑制して、世界を正常化するために背後で手を組む、くらいのことは受け入れるだろう。 受け入れる様子が無かったら、その時はその時だ」

ワン老師も、文句は言わない。

不満そうではあったけれど。

プライムフリーズも、それ以上反対意見を述べることはなかった。

 

結局、だが。

私にとっては、これが最後の機会だったのだと思う。

もしも、プライムフリーズの意見に全面的に賛成していたら。それはおそらく、世界崩壊の一歩だったはずだ。

そしてこの時。

私は、実のところ。

プライムフリーズの言う事も一理あると思っていたし。

こんな世界、一度壊してしまうのも有りかも知れないと考えていた。

だけれども、人口は八億。

人権は0.1パーセントの人間にしかなく。

識字率は市民の1%しか有していない。

この世界で、大規模破壊でも起きたら。

それこそ原始時代に戻るしかなくなる。

宇宙人が介入するまでもなく。

この世界は滅亡する。

そんなことは、わかりきっていた。

わかりきっていた上で、私は。

それでも良いと思い始めていたのだ。

引き返すことが出来て良かったと想う。ヒーローというか、超人の視点で考えてみれば。

市民なんていようがいまいが関係無い。何しろ、市民なんか生きていなくても。自分は生き残れるのだから。

そう考えずに済んだのは。

石塚やワン老師が、必死に訴えて。

それをフードの影が受け入れたからである。

天井を見て、ぼんやりと思う。

テンペストが此処を離れたのは当然だっただろう。

それにしても。

どんな偉大な英雄でも。

愚かで無能な連中に失望すると。

復讐の鬼になり得る。

プライムフリーズは、間違いなく偉大なヒーローで。世界を守るために体を張った、高潔な魂の持ち主だった。

だが今その魂は。

憎悪と軽蔑で。

赤く濁りきっていた。

 

3、夢は所詮夢

 

何のために戦って来たのか。

わたしには分からなくなりつつあった。

師匠は、なんというだろう。

気をしっかり持てと言っただろうか。

多分そうだ。

師匠なら、そう言うだろう。

そしてわたしは、はいと応えた。昔は目だって澄んでいただろうし。気持ちの良い笑顔だって浮かべることが出来たはずだ。

昔は。

そうか。

ヒーローを辞めて地下に潜って。

師匠の所にいた時が、一番わたしにとっては幸せな時期だったのかも知れない。現実と戦うようになった今。

もうわたしは。

子供ではいられないし。

自分が子供だとも思っていない。

かといって、妥協するのが大人だというのもおかしな話だ。ゲス野郎共をみんなぶちのめしていく。

その目標に代わりは無い。

代わりは無いはずなのに。

どうして、足が鈍るのだろう。

プライムフリーズの圧倒的過ぎる暴力を目にした後。私はクリムゾンの拠点を離れて。一人砂漠を歩いていた。

向かっているのは。

ターゲットの一人。

そいつの支配地区だ。

やはりそいつも市民を苦しめる悪徳ヒーロー。ぶっ潰さなければならない。だけれども、である。

ぶっ潰していって、本当に少しはこの世が良くなるのか。

戦いを続けても。

本当に世界は変わるのか。

初代オリジンズでさえ。

世界に歪められてしまった。

あの偉大なる、ザ・ヒーローでさえ。

最後は老害呼ばわりされながら。孤独に死んでいった。

プライムフリーズもだ。

ザ・ヒーローの片腕として世界を守るべく戦った高潔な魂は。今や政争と愚かしい後輩達への失望で。

怒りに歪み、狂ってしまっていた。

どんな素晴らしい魂でも。

年を経れば劣化する。

腐る。

歪む。

そして墜ちる。

分かっていた。

分かっていたはずなのに。どうして現実を見るまで、わたしは。自分の理想を他人に押しつけていたのだろう。

初代オリジンズだって人間だ。

師匠が言っていたのも間違っていない。

少なくとも、宇宙人と戦っていた頃の初代オリジンズは。間違いなく高潔な魂を持ち。世界のために命を賭ける戦士達だった。

人骨を踏んでいた。

嘆息すると、散らばっていた人骨を集めて、埋葬する。

ごめんな。

呟いて、その場を後にした。

砂漠を歩いている筈なのに。

どうして涙がでるのか。

乾いているのだ。

水分は大事にしなければならないというのに。

砂漠が途切れて。

スラムに入る。

適当な廃ビルを見つけた。

中は薄暗く。

文明によって作られたとは思えない。闇が満ちていて。辺りには腐臭が漂っていた。腐臭の原因は、うち捨てられている二人分の死体。どうやら親子らしい。折り重なるようにして、死んでいた。

人間として扱われる事もなく。

人権を得ることもなく。

全て搾取され。

迫害された末の死だ。

何一つ救われること無かっただろう二人に、わたしは目を閉じて冥福を祈った。

外に運び出すと、埋葬する。

廃ビルの壁には、人間の形の染みが、はっきり残っていた。

「あんた、よくやるね」

「人の尊厳を守れるなら、守らないといけないからな」

「……」

ホームレスが、埋葬している様子を、遠目に見ていた。

臭いから近寄りたくないのだろう。

それほどまでに。

今の人々は、心がささくれてしまっているのだ。

水たまりがあったから、手は洗っておく。病気になったりしたら、元も子もないからである。

水を汲むと、火打ち石を使って火を熾し。湯を沸かす。

そして湯を布にかけて。

体を拭いた。

それで今は我慢するしかない。

こういった、サバイバルの技術も、師匠に教わった。スラムの王と呼ばれていた師匠ハードウィンドは。

スラムで暮らす人々にも。

こういった技術を分け与えて。最低限の生活が出来るようにし。

暇を見ては、文字を教えたり。

拳法を教えたりもしていた。

他のヒーローは、後からその記録を見て笑っていたようだ。市民みたいなクズにそんな事をして何になるのだと。

だからわたしは許さない。

少しずつ食糧が減ってきているがそれも仕方が無い。

前に確保したレーションを口に入れる。

おいしいもの、か。

野生の動物なんて、今の時代殆ど見かけない。宇宙人の大侵攻で、殆どが滅亡してしまったからだ。

師匠は鼠やゴキブリの調理法も教えてくれたけれど。

食べられることと美味しい事は別問題。

それにしっかり火を通さないと。慣れているわたしでもかなり危ない。

そういうものだ。

まずいレーションを食べ終えると。

壁に背中を預けて休む。

妙な奴が来たと周囲の市民達は思ったようだけれど。

亡くなった親子を埋葬したからだろうか。

通報しようとは思わなかったようだった。

 

夢を見る。

あてもなくスラムをふらついていた夢。

ヴィランに転落して。

それからどうしていいか、分からなかった。

おなかも空いた。

ヴィラン討伐部隊の話は聞いていたから、怖くて仕方が無かった。

当時のわたしは。

弱々しくて。

正義感はあったけれど。

ヒーローに憧れる子供以上の存在では無かった。

所詮はただの子供。

スーパーパワーを持っていても、それは同じだった。

外にいる市民は全部クズだ。

何を教えてもやらせても無駄な連中。

生かしてやっているだけヒーローの慈悲。

そう、周囲はみんな言っていた。

今の時代は、市民がいなくても。ヒーローとサイドキックだけで、全ての生産と消費が成立する。

古い時代の王朝などでは、多数の奴隷から搾取する態勢を取っている所もあったのだけれど。

それともまた次元が違う状態だ。

そしてそれが如何に邪悪な態勢なのかは。

実際にこうしてスラムを見て、よく分かった。

其処に存在するのは、絶望。

食糧も投げ与えられるものだけ。

治安なんてあるはずもない。

労働もない。

搾取が基本なのだから当たり前だ。

地区によっては、物々交換さえ禁止ししている。

それがどれだけの悪夢なのかは。

見るだけでも明らか。

まず異臭。

人の死体の異臭が、彼方此方からする。人々は投げ与えられる食糧を我先に奪い取って、そのまま食べ。

それをゲラゲラ笑いながら見ているサイドキック達は。

いつヒーローの気分次第で殺される自分たちの境遇もあるのだろう。

自分より下の存在を発見できて、嬉しくて仕方が無いのか。

もうその顔は、人間だか神話に出てくる悪魔だか、歪みに歪んで見分けがつかなかった。

人間は此処まで腐っている。

地球人類は、こうまでおかしくなっている。

わたしは実感した。

そして悟ることにもなった。

どうして初代オリジンズの救った市民なのに。

その後の歴史には、殆ど出てこないのか。

出しようが無かったのだ。

この有様では。

食糧を奪い合う市民を、笑いながら銃撃するサイドキック。勿論実銃だ。誰かがすぐ側で打ち抜かれても。

切実な食欲に突き動かされる市民は、必死になって食糧を奪い合っていて。もはや誰が死のうが関係無い。

これは、地獄だ。

わたしはたまらず。

サイドキックの乗って来たトラックを突き飛ばしていた。

ひっくり返ったサイドキックのトラック。

荷台から、膨大な食糧が零れ出て。

更に多くの市民が、それに群がる。

悲鳴を上げてもがいているサイドキック。

今の横転で、足が潰されたのだ。

必死に這い出てきたサイドキックが、わたしにむけて発砲。避けることは難しくなかったけれど。

どうしていいか、もう分からなかった。

その時だ。

空から舞い降りた姿を見て、サイドキック達が、恐怖の声を上げた。

髪は既に白くなっている。

だけれども、その屈強な肉体。

何より空を舞っているという事が。

彼が能力者である事を告げていたからだ。

これが、ハードウィンド。

スラムの王と言われる、私の師匠。

アンデッドの前に、最強のヴィランと言われていた人物だった。

 

目が覚める。

夢の中では。懐かしい感覚をずっと味わっていた。表情が緩んでいたかも知れない。

昔、師匠と一緒にいたころ。

師匠の大きな手で頭を撫でられるとほっとした。

今まで見知った知識とまったく違う師匠の教えには、いつも驚かされた。

市民と接するときも、敬意を表するように。

戦いの中で、生き残る方法。

恐らく、師匠はわたしを後継者と考えたのだ。

だからその技と思想の全てを、わたしに叩き込んでいった。

そう、それは生やさしいものではなく。

叩き込むというほどに、厳しいものだった。

だけれど、わたしには苦痛では無かった。師匠が如何に真剣にわたしにぶつかってきているか、よく分かったから。

ヒーロー時代には。

そんな相手はいなかった。

幼なじみはいたが。

クラッククラックを一として、揃いも揃って当時ですら眉をひそめるような、クズ揃いだった。

でも師匠は違った。

初代オリジンズのような高潔な魂を、確かに持っていた。

その目には曇りはなく。

老いた今でも。

世界の全てを憂い。

この世界を変えなければならないと、真剣に考えていた。

そんな師匠がヴィランと呼ばれる。

おかしいとは、誰も思わないのか。少なくともわたしはおかしいと思った。ヴィランというのは、世界の敵。

社会の秩序にとっての悪。

ヒーローというのは英雄。

市民を守る、世界の秩序の体現者。

今の時代は。

その価値観が、滅茶苦茶じゃないか。

市民なんて守ろうとさえしないヒーロー。

逆に、市民のために体を張り、命を賭けるヴィランもいる。

師匠は教えてくれた。

ヴィランの大半は、ただの愚か者だ。だが、わしのように、世界を憂い、戦い続けているヴィランもいる。

そういう者を見つけろ。

ヒーローの中にも、或いは同じような志を持つ者がいるかも知れない。

戦う相手は慎重に選べ。

ヒーローと言うだけで憎むな。

ヴィランと言うだけで悪党と決めつけるな。

本当にこの世界の歪みを正すためには。

ヒーローに与えられている無制限の特権を奪い去らなければならない。

そう、師匠は言っていた。

目が冴えてきたので、伸びをする。

さて、今日も移動するか。

次のターゲットにしているヴィランを叩き潰す。

ふと顔を上げると。

立体映像ニュースが流れていた。

「ヒーローであるノーザンウォードが、無惨に殺害されました。 下手人としては、最近活発に地下活動をしているヴィラン組織、クリムゾンが挙げられます。 クリムゾンは残虐な手段でヒーローを複数殺害しており、ヴィラン討伐部隊の出動が促されている状態です」

まあ、半分は正しいなと、わたしは思う。

でも、わたしだって。

こうやってゲス野郎をぶん殴って行くだけで、世界が変わると本当に思っているのだろうか。

古い時代。

市民が力を持っていた頃は。

悪党は市民の中にこそいた。

犯罪組織を作って弱者から絞り上げ。

もっと邪悪な金持ちの言いなりになるように動いて世界を混乱させ。

自分と違う思想の持ち主を殺し。

社会的に抹殺し。

それを誇りさえした。

そういう連中は、市民の中にもいる。恐らく、今地獄の中で生きている市民だって。機会さえあれば、いつでもそういう鬼へと変わるはずだ。

つまりこの世界は。

悪党を殴り続けたって変わらない。

それは、わたしだって。

何処かでは分かっている。

しかし認めるわけにはいかない。

認めてしまったら。

わたしが今までしてきたことが、全て無駄になる。それに、市民を虐げるクズが、まだまだたくさん残っているのは事実だ。

奴らは全員ぶっ潰さなければならない。

志半ばで倒れた師匠のためにも。

バギーが横付けした。

一瞥だけするが、知らない連中だ。

「おいあんた。 赤い髪の。 テメーだよテメー」

「何か用か」

「つれねえな。 この辺りの地下組織を牛耳るクランツってもんだ。 その様子だとサイドキック崩れだろ? オレの組織に入れよ」

鼻を鳴らすと。

その近くの地面に震脚を叩き込んでやる。

それだけでバギーが浮いた。

バギーががしゃんと地面に激突したとき。クランツとやらは、完全に顔面蒼白になっていた。

「もう一度聞く。 何か用か」

「い、いえ、何でもありません! 失礼しやしたっ!」

嘆息。

あんな連中も、市民を虐げる輩の一人。

わたしは一体。

これからどれだけの人数を殴れば良いのだろう。

もっと力をつけないと。

殺さないとならない相手も増えてくる。

殺さないでいられるのは、相手との力量差が離れているときだけ。わたしが弱ければ。ぎりぎりの勝負になれば。

殺さなければならない相手は、必然的に増える。

そうなれば。

それだけ無駄に血も流れるのだ。

バカを追い散らして、顔を上げる。

師匠は怒ってるだろうな。

こんななさけないわたしをみたら、それは怒るに決まっている。

わたしは、師匠に。

合わせる顔がないと思った。

 

4、動き出す死骸

 

ザ・パワーが駆けつけたとき。

既にアンデッドは牢の中にいなかった。どう考えても、外側から破られているのは確実である。

つまり、誰かが脱出を手助けしたのだ。

アンデッドは能力よりも狡猾さが危険なヴィランだった。

気を付けるように徹底していたし。

警備も厳重にしていた。

被害状況を、グイパーラが連絡してくる。

「サイドキック三十名が死亡。 監視に当たっていたヒーロー二名が重傷です」

「何が起きた」

「それが、外側から襲撃がありました。 恐らくはアンデッドの麾下のヴィラン組織と思われるのですが」

詳しくは分からないと、悔しそうにグイパーラが言う。

ちなみに此処を指揮していたのはザ・アイだ。

奴の能力は得体が知れないが。

ひょっとすると、脱出について調べていたかも知れない。

すぐに連絡を取る。

ザ・アイも、状況は把握しているようだった。

「すまないね、せっかく捕まえてくれたのニ」

「それより、状況を知らせてくれ」

「最低でも戦闘タイプのヴィラン二名が襲撃に荷担。 だが、この二人、どちらも見覚えがない奴なんだよネ。 八千人いるヒーローやヴィランは、大体全員把握しているのだけれドモ」

「解析を進めてくれ」

通信を切る。

アンデッドは現役オリジンズを返り討ちにした事もある危険なヴィランだ。逃すわけにはいかない。

周辺にすぐに偵察の手を出す。

最悪の事態といえば。

例えば、プライムフリーズと合流された場合か。

アンデッドの能力はプライムフリーズに及ばない。これはわかりきっている。

だけれども。

もしも合流された場合。

アンデッドの狡猾な頭脳が。

暴力的なプライムフリーズの戦闘力に加わって。

最悪の場合。

この世界がひっくり返される。

それこそ、オリジンズに直接殴り込みを掛けてくる事態もありうるだろう。

混乱しながら、腕組みして、状況の推移を見回る。

偵察班や、遠視の能力を持つヒーロー達が必死に走り回る中。

ついに見つける。

「E3地点から通信! アンデッドと、脱出幇助を行ったと思われるヴィラン二名を確認しました!」

「よし、私が追跡に入る」

「ザ・パワー、せめてヴィラン討伐部隊の到着をお待ちください」

「待っている暇が無い!」

浮き上がろうとしたザ・パワーは。

気付く。

巨大な。

それこそビルほどもある巨大な氷の塊が、此方に降ってくることを。

拳一撃で粉砕するが。

氷の塊は、マイナス100℃には達していたのだろう。

強烈なしびれが来た。

「……!」

「面白い状況にいあわせたな。 丁度良い機会だ」

近くのビルの上。

そこにいたのは。

プライムフリーズ。

ザ・パワーとグイパーラを同時に相手にして、勝てるつもりか。

いや、時間稼ぎだとすると。

既に連携していた可能性が高い。

まずい。

このままだと、最悪の事態が表に出ることになる。

ライトマンが求心力を失い、オリジンズが混乱している今。ザ・パワーが失態をおかしたら。

何が起きるか、本当に分からない。

オリジンズを瓦解させる事がプライムフリーズの目的だとすると。

確かに此処で足止めに出てくるのは、理にかなった行動だ。

「ヴィラン討伐部隊は」

「今、此方に向かっています」

「アンデッドの対処に向かわせろ。 プライムフリーズは、私とグイパーラで対処する」

通信を切る。

いずれにしても、まずい。

相手は特に能力の汎用性が高い氷使い。しかも本物のプライムフリーズだとすると、子供の姿でも、老練中の老練だろう。

どんな風な戦術を使ってくるか、まったく見当がつかない。

一瞬のにらみ合い。

不意に。

ビルの上にいたはずのプライムフリーズの姿が、消えていた。

降り注いでくる、無数の氷の槍。

グイパーラの手を引いて、逃れる。

地面に突き刺さった槍の群れから拡がる氷。

思わず叫ぶ。

「止せ! 貴方の力なら、サイドキックを巻き込まずとも戦える筈だ!」

「敢えてそうしているんだよ」

冷徹な声。

悲鳴を上げるサイドキック達。

足が折れて、その場で凍り漬けになる者もいる。

歯がみすると。

ザ・パワーは、再度プライムフリーズを発見。

拳を固めて、殴りかかった。

だが。

壁にはじき返された。

何も無い場所が、壁になっている。

違う。

極低温まで温度を下げたことによって。物質の安定を極限にまで達しさせ。視認できないほどの薄い壁を作ったのだ。

それも、ザ・パワーをはじき返す強度で。

涼しい顔をして、とんでもない事をしてのける。

流石に初代オリジンズのメンバー。

それも、ザ・ヒーローの信任厚い存在だっただけのことはある。

だが、二度目の激突で、壁は打ち砕く。

しかし、その時には。

既にプライムフリーズはいない。

悲鳴を上げたグイパーラが吹っ飛ばされ、地面に激突。バウンドして、動かなくなる。そっちか。

プライムフリーズは、手に巨大な氷塊を纏っており。

空中に浮かんだまま。グイパーラを殴り飛ばしたようだった。

当然、背後からである。

「これでオリジンズか? 随分質が落ちたものだな」

「黙れッ!」

今度は、逃がさない。

展開された壁を打ち砕いて。拳を固めて殴りかかる。

だが、その時には。気付かされる。

そこにいたのは、精巧に作られた氷像。

氷像を打ち砕いた瞬間。

周囲から、無数の氷の槍が。飽和攻撃を仕掛けてきた。

叫ぶ。

それだけで、氷の槍の群れを蹴散らし、吹き飛ばす。だが、逃げられた。そしてアンデッドも、既に相当に離れてしまっている。

好き放題されたあげく。

アンデッドを逃がす時間稼ぎという目標は、達成されてしまったのだ。

「サイドキック、被害者の救助を急げ!」

ざっと見ただけで、二三十人はやられている。

しかも半数は助からないだろう。

グイパーラはダメージを受けてはいるが、まだ戦えそうだ。辛いだろうが、頑張ってもらうしかない。

「これから全速力で飛んでアンデッドを追う。 私の手を取れグイパーラ」

「分かりました。 振り落とされないように鋭意努力します」

「……」

ザ・パワーは浮き上がると。

全力で加速。

見る間に、マッハ17に達した。

そのまま、アンデッドが逃走していった方向へ急ぐ。

嫌な予感がする。

何だか巨大な陰謀に巻き込まれているような気がして、ならないのだ。

 

「この程度で良いだろう」

わしは周囲で見ているクリムゾンの連中に、鼻で笑ってみせる。

オリジンズはこれで相当に追い込まれるはずだ。

その時こそ、交渉の好機。

アンデッドがやろうとしていることも大体見当がつく。

それについても、恩を売る事になるだろう。

「しかしプライムフリーズ。 このようなやり方は……」

言葉を飲み込む石塚。

わしは、ただ鼻を鳴らすと。次にどうするべきかを、周囲に指示した。

交渉に入るのは、相手が徹底的に追い詰められてから。

それが基本だ。

 

「この辺りで良いだろう」

アンデッドはバギーから降りる。

困惑する部下達二人に指示。

アンテナを立てさせる。

そして、アンテナに向けて。

アンデッドは通信を開始した。

このアンテナは、特殊な電波を発するもの。以前忍び込んだオリジンズのDBから盗み出した技術。

その電波は。

宇宙空間に達し。

とある座標に向けて、空間転移をくりかえしながら進むのだ。

「此方地球。 現在激しい搾取を受けている。 多数の民は貧困に喘ぎ、秩序は崩壊しつつある。 どうぞ」

「此方銀河連邦政府、第二十七宙域艦隊。 地球の惨状は此方でも観測を続けている」

「条約違反の恐れ有り。 鎮圧部隊の派遣をこう」

「これから検討を開始する」

通信がきれた。

これでよし。

ほくそ笑むアンデッドは。

この世界の終わりが来る事を確信し、くつくつと笑い続けた。

 

(続)