始祖の言葉

 

序、追撃

 

相当に混乱しているのは、わたしの目からも明らかだ。複数の戦闘タイプヒーローが来ているが。

サイドキック部隊とも連携が取れていないし。

何より、何を探すのかも、周知できていない様子だ。

わたしはビルの影から様子を窺いながら、レーションを口にする。正直うまくはないけれど。

栄養だけはある。

身を伏せながら、相手の戦力を確認。

戦闘タイプのヒーローが三人いるが、どれも大した実力じゃあない。つまりヴィラン討伐部隊ではないということだ。

あのミフネというヒーロー、相当に強そうだった。

彼奴が出てきたら、クリムゾンはひとたまりも無いだろう。わたしだって、彼奴に加えて数人のヴィラン討伐部隊が同時に襲ってきたら、死を覚悟するしかない。

だけれども、どうして出てこない。

そもそも、である。

ヒーロー達は、どうしてか、口論を続けていた。

「そもそも誰を探せば良いんだ!」

「緑の髪で青い目だとか……」

「何だか初代オリジンズのプライムフリーズみたいな組み合わせだな」

「悪い冗談だ。 で、それが何処にいるんだ! 何処探せばいいかくらい教えて欲しいんだがな!」

ぐちぐち言ってる三流戦闘タイプヒーロー達。

あいつらは、大体見当がつく。

いわゆる泥縄だ。

戦闘タイプヒーローの中には、あまり支配地区の経営が上手じゃ無かったりして、市民を増やせないにもかかわらず。どうにかして、見栄を張りたい奴がいる。

そういう奴は、他のヒーロー相手に商売をしたりして、市民を増やそうとする。最終的にはオリジンズに加入したいと考えたりもするのだろう。

だけれども、そういった連中に限って上手く行かない。

ヒーローは借金をしない仕組みになっているけれど。

市民の数が一定以下になると、ある程度のペナルティが入る。

勿論気にしない奴は気にしない。生活する分にはデメリットはないからだ。

わたしがぶっ潰してきた連中も、その気にしない方に入っていた。だけれども、気にする場合は。

オリジンズや、或いは裕福なヒーローに、顎で使われるケースがある。

或いは派閥に入って、下働きをさせられたり。汚れ仕事を専門でこなすようになって行く。

こういったヒーローが、通称泥縄。

戦闘タイプのヒーローは支配者階級だが。それでもこの手のドロップアウトしたものは存在する。

八千人ほどもいるのだ。

中には見栄ばかりが先行して実力が伴わない奴もいるし。権力が欲しくて、あらゆる手段を講じて、失敗する奴もいる。

そういうのが泥縄になる。

まあ、わたしには関係のないことだ。

目の前に出てきたら、叩き潰すだけである。

それにしても、クリムゾンの方は本当にどうしたのか。下水道も探してみたが、もう近隣地区にはいないのかも知れない。

今、ヒーロー側は非常に混乱している。

クリムゾンが何をしでかしたのかは気になるが。

それよりも、もっと大きな事は。

相手の混乱に乗じること。

今、何人か、悪徳ヒーローを叩けるかも知れない。今までは守りが堅い奴もいたけれど。

この様子では、恐らくオリジンズに相当な混乱が起きている。

あの三流泥縄どもは、恐らくライトマンの手のものだろう。ライトマンとザ・パワーに、なにか致命的な対立が起きたか。

どっちにしても好都合だ。

そのままわたしは身を潜めると、その場を離れる。

此奴らが直接介入してくると面倒だけれども。

これから狙う相手は、恐らくその危険は無いだろう。

スラムを駆ける。

風のように走り抜けると。

次の地区に向かう。

今は、クリムゾンを心配するよりも。

叩ける相手を、叩けるだけ叩くべきだ。

問題は、クリムゾンと離れるとき。連中が、何か得体が知れないものを手に入れたらしいと言うこと。

場合によっては。

わたしの手で、クリムゾンを潰すことになるかも知れない。

まあ、手に入れたもの次第だ。

今はそれよりも。

やるべき事をやる。

それだけだ。

 

湖が何処までも拡がっていて、海のようだ。転々としているのは、ボロボロの船。珍しい湖上スラムである。

この地区は、いわゆる塩湖になっていて、水は非常に塩辛い。

しかも出来れば飲まない方が良いだろう。

宇宙人との戦闘の時。

此処に、米軍が核兵器で飽和攻撃を仕掛けたのだ。

宇宙人の軍隊がいるから、である。

飽和攻撃は確かに効果を示し、此処にいた宇宙人の部隊は消滅した。だが、それは敵になんら痛痒を与えはしなかった。

すぐに打撃を与えた以上の数が現れ。

米軍を薙ぎ払っていったからである。

その後、此処には。

放射能汚染された湖が残されることになった。

初代か、その後くらいのオリジンズの指示で、ヒーローが多少放射能の除去を行ったらしいが、それも何処まで本当かは分からない。そして此処にいるヒーローは。

文字通りの邪悪の権化だ。

ゴールドドルフィン。

それが奴の名前である。

わたしはスラムと化している、連結したボロ船を歩きながら、市民達の様子を見る。いずれもやせこけていて、目だけが輝いていた。

彼らは大事そうに人形を握りしめている。

いずれもの人形が。

ゴールドドルフィンをかたどっているのだ。

この地区では、市民はゴールドドルフィンを崇拝することを強要される。与えられた人形を如何に大事にしているか、アピールしなければならないのだ。そうしなければ、食糧さえ与えられない。

しかも、どれだけ大事にしてもメリットなどないのに。

少しでも粗末に扱えば、即座に殺される。

見かけは小汚い海豚の人形なのだが。

ゴールドドルフィンが幼児の時に大事にしていたものを量産したらしく。これを大事にしないものは殺すと宣言までしているそうだ。

彼方此方に監視カメラがある事も特徴で。

水上スラムでは、ゴールドドルフィン人形を如何に大事にしているか。監視カメラの前を通る度に、市民はアピールしなければならない。もしこれを怠ると。

それぞれの市民に填められている首輪に仕込まれた爆弾が。

容赦なく爆発する。

結果は言うまでも無い。

首から上が無い死体が彼方此方に散らばっていたり。

湖上に浮かんでいるのは。

その結果だ。

ゴールドドルフィンは遊んでいる。

自分の指示通りに市民が右往左往するのを見て。

それはもはや。

蟻の巣穴に水を入れたり。蟻の群れを棒で突いたりして。

残虐な遊びにふける子供と同レベルの行動だ。

妙な話で、宇宙人が攻めてくる前。海豚という生物は、一部の人間から、知能が高いという理由で異常崇拝されていたそうである。

ゴールドドルフィンがそれを想定しているのかはよく分からないけれど。

いずれにしても。

こいつは、叩き潰すべき邪悪である事は間違いない。

ちなみに水上スラムの彼方此方には、ゴールドドルフィンをかたどった像がおかれていているのだが。

どう見ても似ていない。

本人は弛みきった体に、だらしない髭を蓄えた中年男性なのだが。

彼方此方に置かれている像は、すらっとした美形の中年男性として造形されている。

この辺りはよく分からない。

ひょっとすると、だけれども。

自分の姿にコンプレックスがあり。

自分を偉い存在だとして、崇拝させたいだけなのかも知れない。

だが此奴は、積極的に市民を虐げ。

毎日殆ど面白半分に、大量虐殺を繰り返している。

こんな奴を許すわけにはいかない。

必ず、排除しないとならないだろう。

さて、問題は。

潜入した後だ。

今の時点で、彼方此方で血眼になっているヒーローはいない。少なくとも、ヴィラン討伐部隊は姿を見せていないと言える。

ミフネクラスの実力者がいたら、流石に戒厳令が敷かれているはずで。

市民がのこのこ歩き回っている現状は、どう考えてもそれに一致しない。

そうなると、やはり。

混乱はまだ続いている。

好機と言うべきだろう。

問題は此処が水上スラム、という事。

地下下水道などからの接近は難しい。

更に、である。

この湖には、特殊な改良をされた海豚が大量に放されている。この海豚が、兎に角くせ者なのだ。

海豚は可愛くて優しい動物、などというのは大間違いである。

実際には群れの中でイジメを行って地位確認をし、その末に弱い個体を殺すケースが見受けられる。

人間から見て可愛いから、などというのは。

それは動物の本質とまったく一致しない。

特に此処の海豚は、市民を好きなように殺して良いとゴールドドルフィンに仕込まれている上。

市民が反撃しようものなら地獄だ。傷つけた海豚の百倍の市民が殺される。

その上海豚たちには武装が施されており。

脳改造されて、その武装を使いこなせるようにされているのだ。

この支配地区には、サイドキックは少ないが。

水中戦特化のより強力なサイドキックが、多数群れている、とも言えるだろう。

ちなみにゴールドドルフィンは海豚を従える能力を有している。

具体的には強烈な電磁波使いで。

普通の人間だったら、念じるだけで即死させることも可能な様子だ。

わたしも気を付けないと行けないだろう。

その上、電磁波をコントロールして、海豚が見ている光景を、自分でも共有できるのだという。

大変に面倒な敵だ。

だが、それ故に。

潰さなければならない。

水上スラムを移動。

海豚が水面から顔を出したので、身を隠す。海豚はしばらく彼方此方を見回していたが、退屈そうに水面下に戻った。

市民の子供を引きずり込んで、溺れ死なせるのを遊びとしているのだ。

勿論、それを市民が止めようものなら。

即座に首輪に仕込まれた爆弾が炸裂する。

わたしが、ヘッジホッグスターよりもゴールドドルフィンを優先しようとした理由である。

此奴は市民を遊び半分に殺戮しながら。

それを楽しむクソ外道なのだ。

此処にいる海豚共も、ゴールドドルフィンをぶっ潰したら、まとめて処理してやるつもりだけれども。

その前にやる事がある。

市民の首輪にセットされている爆弾。

コレを何とかしなければならない。

システムを停止してしまえばどうにかなるはずだと、既に調査は出来ているが。

問題はそのシステムが、ゴールドドルフィンの基地の奥深くにある、という事なのである。

つまり、此処まで到達しないと。

冗談抜きで、ゴールドドルフィンは、市民を皆殺しにする可能性が高い。

泥縄ではないゴールドドルフィンは。

市民をどれだけ殺そうと、何とも思わないのだ。

だから今回は、正面突破しない。

敵の戦力から言えば、正面突破は難しくないにもかかわらず、である。

見えてきた。

水上に浮かんでいる半円形の要塞。

あれがゴールドドルフィンの城だ。

周囲を巡回している殺人海豚ども。

海豚は知能が高い生物だが。

それはつまり、仕込めば容易に殺戮兵器と化すことも意味している。

実際、海豚を兵器化しようという計画も、古い時代にはあったと聞いている。水中で海豚とやり合うのは、あまり好ましい事では無い。

ならば、どうするか。

サイドキックは、この支配地区にも少数いる。

その船を乗っ取って、それを使って侵入するしか無いのだろう。

どのようにサイドキックが船を扱っているか、確認。

ボロの木船が連なっているスラムに、エンジン音。

やはりモーターボートを使っているか。

海豚共も、サイドキックには手を出さないように訓練を受けているのだろう。ちょっかいを出しにはいかない。

ただし、サイドキック達の首にも、例の首輪が見える。

つまりは、そういうことだ。

何となく分かってきたが。

この地区の支配者であるゴールドドルフィンは。

自分の理想郷を此処に作っている、と言うわけだ。

何もかもの生殺与奪を握り。

逆らう者は皆殺し。

全てが自分の理屈を正しいと崇め。

それに異を唱える者も皆殺し。

カスだな。

わたしは呟くと。サイドキック達が巡回を始めようとした後ろに降り立つ。そして、一瞬で制圧した。

全員をモーターボートに放り込むと。

一人だけ起こす。

驚いたことに、わたしの顔は知っているようだった。

「て、テンペスト!」

「話が早いな。 このままゴールドドルフィンの城まで戻れ。 そうしないと首をねじ切るぞ」

「ひ……」

青ざめて、首を横に振るサイドキック。

この様子だと、もし自分がやったとばれたら、家族もろとも皆殺しにされる、というところか。

どいつもこいつも。

こんなのがヒーローを名乗っているのだから、泣きたくなる。

いずれにしても、言う事は聞かせる。

「これからわたしがゴールドドルフィンと、爆弾の制御システムを完全にぶっ壊す。 そうすれば死なずに済む」

「……」

「良いからやれ」

「わ、分かった」

このままでも、どうせ殺される。

そう悟ったのだろう。

すぐにサイドキックは、モーターボートを動かし始めた。

無線が入る。

「α4、どうした。 何故戻っている」

「エンジントラブル発生。 すぐに戻らないと修理不能」

「そうか。 後で整備班にはクレームを入れておく」

意外にアドリブが聞く奴だ。

わたしは身を伏せたまま、悪趣味なゴールドドルフィンの城に入る。そして、波止場に到着すると同時に、サイドキックを眠らせた。

さて、此処からだ。

侵入後、爆弾の制御装置を破壊。

その後、ゴールドドルフィンをぶっ潰す。

敵が混乱している間に。

後二人か三人。

悪徳ヒーローを潰しておきたいところだと、わたしは思った。

 

1、プライムフリーズ

 

オリジンズが混乱しているのが、私にも分かった。あれだけの事件の後、散発的に仕掛けてくるのは、いわゆる泥縄のヒーローばかり。

本命のヴィラン討伐部隊は出てこない。

噂に聞くミフネが出てきたらかなりまずいと思っていたのだけれど。

一瞥する。緑の髪の子供を。

雰囲気からして、子供とは思えない。

言葉遣いは異常にゆっくりだし。

子供のような早口では無い。

なにより、まだ本調子ではないようだけれど。三下ヒーローくらいだったら、数人まとめて畳む所を、何度も見た。

氷を操作する能力の持ち主のようだが。

その展開力が、桁外れなのだ。

これでもまだ本調子では無いというのだから驚かされる。もっとも、オリジンズが体勢を立て直したらどうなるか、まだ分からないが。

フードの影はプライムフリーズと知り合いらしく。

何か二人で話しているのが散見される。

いずれもが相応に物騒な内容のようだけれども。

正直、此方としては、どうでも良いというのが本音だ。

「何だよ、ガキが偉そうにしやがって」

アーノルドがぼやく。

あの凄まじい力を見せられて、それでも不満が隠せないのだろう。前線で命を張ってきたという自負があるのだろうか。

それとも、テンペストに頼る雰囲気だったのに。

プライムフリーズが現れてから、その雰囲気が打ち消された、というのもあるかも知れない。

テンペストのシンパであるアーノルドとしては、気分が良くないのは何となく分かるけれど。

ただ、私としては。

今までは、弱めの、それこそ三下の戦闘タイプヒーローが相手でもどうにもならない状況だったのを。

これで改善出来ると思っている。

そうなればかなり楽だ。

戦いそのものも、有利に進められるだろう。

石塚が来た。

「雲雀。 少し良いか」

「はい」

部屋を移動する。

今いる此処は。

完全に砂漠化している地区の地下下水道。勿論完全に放棄されていて、彼方此方砂で埋まってさえいる。

少し前に、テンペストが潰したシャークトゥースの支配地区だ。

古い時代は、此処も大都市が存在したらしいのだけれど。

宇宙人の侵攻で潰され。

そして今では、この有様である。

悲惨な状況である事は確かだが。

今は、潜むことが出来る事だけでも、有り難いと思わなければならないのが、悲しいところだ。

石塚は私と一緒に別室に移動。

その様子を、アーノルドは不満げに見ていた。

「早速だが、プライムフリーズはまだ本調子では無い」

「はい。 見ているとそう感じます」

「うむ。 オリジンズが混乱している今のうちに、プライムフリーズの能力を回復させたい所だが。 単に栄養の点滴を打てば良いかというと、そうでもなくてな」

「私に何かできることが?」

石塚は頷くと。

立体映像の投影装置を手渡してきた。

何種類かの薬品が表示されている。まさか、これらを集めてこい、というのか。

難しい所だ。

言うまでもない話だが。

今、市民は、ザ・パワーやそのシンパの支配地区でも無い限り、医療を受ける権利さえ持っていない。

つまり逆に言うと。

薬局は、ザ・パワー関連の支配地区か。

もしくは、ヒーロー用に作られ、警備が異常に厳しい場所しか存在しえないのである。どちらにしても強行軍になる。

オリジンズが態勢を整え直すと、恐らくは来る。

ヴィラン討伐部隊が。

そうなると、本調子では無いプライムフリーズでは対抗できないだろう。

「あの、一つ良いですか」

「何だ」

「あのプライムフリーズ、本物なんですか?」

「間違いなくな」

そうか。

石塚は、何かしらフードの影に聞かされているのだろう。それにしても、87歳で死んだプライムフリーズが、子供の姿になって今も生きているというのはどういうことなのか。

それがよく分からない。

何より、だ。

フードの影と話していた内容も気になる。

銀河連邦政府とは何だ。

それが、攻めてきた宇宙人なのか。

嫌な予感しかしない。

もしも名前通りの存在だとすると。

確か、天の川銀河だけで、恒星は億単位で存在していると聞いている。

例えば、生物が発生したのが、その中の1パーセントにも満たないにしても。宇宙に出る技術を有した生命体なら。残った恒星系に存在する惑星に移住したり。宇宙空間にコロニーを作ったり。

或いは、恒星をダイソン球にして丸ごと活用したり。

そういった技術を持っていても不思議では無いだろう。

つまり、醜悪で好戦的な宇宙人、と侮っていた相手が。

実は銀河系全土を支配していて。その気になれば地球なんか粉みじんに出来るレベルの存在だったのでは無いかと言う予感さえ生じてくる。

だが、それなら。

どうして初代オリジンズは、そんなとんでも無い相手を撃退できたのか。

いや、まさか。

あの親しげにしている様子からして。

ひょっとして、撃退した、ということそのものが。

いやな予想がどんどん浮かんでくる。

それを察したか。

石塚が咳払いした。

「雲雀」

「分かっています。 すぐに作戦行動を開始します」

「クロコダイルビルドの支配地区が良いだろう。 騒ぎは起こすなよ。 ようやく市民が医療を受けられるようになった状況だ。 気付かれぬように盗め」

「……」

クロコダイルビルド自身がどれだけのゲスか知っているから、非常に口惜しい。どうして此方がこそこそしなければならないのか。

アーノルドを呼ぶ。

今回は、ツーマンセルでは無く、もう二人来てくれる。

ワン老師と、ジャスミンもだ。

それだけ重要な作戦、という事である。

バギーを使う許可も貰った。

これで移動時間をかなり短縮できる。

幸い、資材だけは相応に豊富だ。

テンペストとの共同作戦の際、サイドキックの基地に蓄えられていた物資を、かなり奪うことが出来たからだ。

バギーで移動しながら。

運転するジャスミンはぼやく。

「何だかとんでも無い事になって来やがったな」

「前からだろ」

「おほん」

ワン老師が咳払い。

流石にこの人には、軽口を叩いていたジャスミンもアーノルドも黙る。私は最初から無言を貫いていた。

薬局で泥棒か。

気が進まない。

そもそも、石塚が断言はしていたけれど。

あの子供が、本当にプライムフリーズなのか。

だとしたら、どういうことだ。

初代オリジンズは既に全員死んだわけでは無かったのか。生きていたのだとしたら、どうして。

話の内容は、私も少し聞いた。

後続のオリジンズのことを最初から信用していなかったのか。

それとも。

腐敗するのを見かねて。

何かしらの技術で、監視者として残ったのか。

分からない事が多すぎる。

「市民用の薬局を狙う」

「おい、いいのかよ。 市民のための薬なんだろ」

「問題ない。 量産が可能で、それも高価な薬では無い。 本来だったら、どんな地区でも普通に流通しているべきものなのだがな……」

ワン老師が言うと。

皆も、あまりいい顔はしなかった。

まず手口はこう。

最初にハッキングを仕掛けて。薬局のデータを改ざん。

その次に、改ざんした差異分の薬だけをいただく。

そして、クレジットは補填しておく。

要するに、薬を誰かが買ったことにして。誤魔化しておくのだ。

少なくとも薬局は、これで損することは無い。

市民も困らない。

後は、ばれないように、偽装工作を完璧にするだけ。忍び込むタイミングさえ間違わなければ、大丈夫だろう。

二日ほどバギーで移動。

その間、大慌てという様子で飛んでいくヘリを何度か見た。

その度に砂丘の影やら、廃ビルやらの影やらに身を隠し。

鼠のように、こそこそと移動しなければならなかった。

口惜しいけれど。

今の実力では、真正面からやり合うのは得策では無い。サイドキックならどうにでもなるけれど。

ヒーローが来るとリスクが大きすぎるのだ。

「クソ、気にいらねえ」

「我慢しろ」

アーノルドに、ジャスミンが釘を刺す。

実のところ。

各地にクリムゾンの協力組織が、幾つか既に潰されている。混乱しているとは言え、ヒーローが直接対応に出てきているのだ。まあ調子扱いて好きかってしているような末端組織は、潰されてしかるべきだろう。

中には、勝手に傘下を名乗っていたテロ屋もあったので。

その辺りは自業自得と言うほか無い。

ただ、活用できる戦力が減ったのも事実で。

それを考えると、あまり良い状況とは言えなかった。

プライムフリーズか。

何が起きたのか、是非聞いておきたいけれど。

そうもいかないだろう。

しばらくは混乱が続く。

それはどうにも避けられない事実だった。

 

クロコダイルビルドの支配地区に到着。

見違えるように街が清潔になっている。

それだけではない。

市民の生活も、露骨に向上しているのが分かった。着衣も清潔で、皆が予防接種や健康診断を受ける事が出来ている様子だ。

好ましい状況である。

立体映像で、ニュースが流れていた。

「ヴィランテンペストにより、ヒーローゴールドドルフィンが瀕死の重傷を負わされました。 現在オリジンズでは、テンペストを捕縛するべく、作戦行動を開始しているとのことです。 テンペストはAF地区でも活動をしていると言われており、テレポート能力を持つか、もしくはテレポ−ト能力を持つ協力者の存在が……」

「お、やってるな」

ゴールドドルフィンは私も知っているゲス野郎だ。

いわゆる動物を人間より上位に置く思考を、周囲全体に押しつけるタイプの阿呆で。それによって多くの市民を苦しめてきた。

ニュースを見ていると。

テンペストはゴールドドルフィンをぶっ潰した後、奴がペットにしていた海豚も根こそぎ駆除していったという。

まあざまあみろという所だが。

口にはしない。

海豚はむしろ被害者かも知れないと、思ったからだ。

まあ、ゴールドドルフィンのペットになっていた海豚は人間の味を覚えて。人間を水中に引きずり込んで殺す遊びを楽しんでいたらしいし。

どのみち駆除は絶対に必要だっただろう。

人間の味を覚えた猛獣は駆除が絶対。

これは残酷でも、絶対にやらなければならないことだ。

それにしても、アフリカで動いているというテンペストの偽物は、まだ何だかよく分からない行動を続けているのか。

意味がよく分からない。

テンペストの偽物なんて、どのようなメリットがあるのか、どうにも理解しづらいのだが。

その辺りは、また何か陰謀があるのだろうか。

以前から入っていた地下下水道を使って、移動。

薬局は、かなり繁盛している様子で。

日中に工作は無理だろう。

入るなら、深夜だ。

だが、それも上手く行くかどうか。能力を解放しても。姿を見られたら面倒な事になる。いずれにしても、シフトの様子を確認しないと危ない。

集音装置をつけて。

薬局の様子を確認。

かなりの繁盛で。

多くの市民が来ている様子だ。

今までが異常だったのであって。本来は、これくらいの経済活動が行われているのが普通なのだろう。

クロコダイルビルドは地下に潜ったっきり出てこない。

それもまた、市民が安心している理由の一つのようだった。

「どのような薬が売れている」

「主に内臓機能の回復や、栄養失調対策だな」

「まあ、そうだろうな」

「予定している薬はほぼ出ていない。 在庫にはあるようだが、細工がいい加減だと、ばれる可能性があるぞ」

もしばれると、それはそれで面倒な事になる。

当然のことだが。

其処から足が着くからだ。

ヒーローの中には、追跡能力もを持つ者もいる。

もしそういった支援型が来た場合。

逃げられる可能性は、かなり低くなると言わざるを得ないだろう。そもそも大事なのは、初動を悟らせないこと。

事件そのものを、発生させないことなのだ。

深夜十一時。

ようやく薬局が静かになる。

だが、警備システムくらいは稼働させているはずだ。地下から潜り込むにしても、油断は出来ない。

しばし様子を窺ってから。

異形化。

保護色を使って、体も出来るだけ平らにして。

入り込む。

ハッキングはジャスミンに任せる。

店のDBにアクセスして、情報を書き換え。

偽装も済ませる。

監視カメラは存在しているが、幸いレジの近辺だけを写している。これだけは、好都合だった。

必要な薬を確保。

薬棚には、分かり易くナンバーが振られていて。

更に、順番に手順を踏まなくても、薬を取り出せるようになっていた。

コレは恐らく、膨大な数の客が来るから、だろう。

すぐに薬を確保。

地下に戻るが。

コレで全てでは無い。

まず、ジャスミンがハッキング完了するまで、少し時間が掛かる。その後、小型のハンディPCに入れてきたデータを確認。

持ち出した薬が正しいかを、此処でチェック。

当たり前だ。

もしも薬が間違っていたら。数日分の苦労が無駄になる。分量に関しても、DBの改ざんデータと一致しているか、確認の必要があった。

しばし、確認を続けて。

問題なしという結論が出るまで一時間。

レジに代金を入れておいて。

それでその場を離れる。

ほっとしたけれど。

まだだ。

帰り着くまでは安心できない。既にかなりの数のヒーローが、クリムゾンを潰すべく動いているのである。

油断したら、一瞬でこんな零細組織、潰されてしまうだろう。

プライムフリーズが本調子だったら、こんな事は無いのだろうけれど。

おっと。

いつの間にか、プライムフリーズが本物だと、自分でも考えるようになってしまっていた。

常に疑っていかなければならないだろう。

いずれにしても、ミッションは達成できていない。これからヒーローだらけの中を、生還しなければならないのだ。

クロコダイルビルドの支配地区を抜けると、そのまま砂漠に。

かなりサイドキックの巡回部隊が増えている。

出来ればやり過ごしたいが。

それも難しい。

バギーは放棄するしか無いかも知れない。

見つかりやすいからだ。

ヘリの数も、倍は増やされていた。

「厄介だな……」

アーノルドがぼやく。

視線の先には、ヒーローが二人もいる。戦闘タイプは片方だけだが。その周囲には、二百人を超えるサイドキックがいた。

テンペストならまとめて蹴散らせそうだが。

此方はそうもいかない。

その時だった。

不意に、氷の立像が、私の前に出現する。

この能力。何度見ても心臓に悪い。

本物かどうかは兎も角。

能力の展開については、少なくともオリジンズ級である事は間違いないだろう。これで本調子でないと言うのだから凄まじい話だ。

「首尾は?」

「薬は確保しました。 ただ、退路が厳しい状況です」

「ならばこじ開けてやる」

不意に、ヒーロー達の頭上から。

無数の氷塊が降り注ぐ。

握り拳大もある巨大なもので、すぐにサイドキック達はパニックに陥った。直撃すれば、無事では済まないからである。

装甲車に乗り込もうとするものや、背中や肩に当たっただけで悲鳴を上げて倒れる者。

ヒーローもパニックに陥り。戦闘タイプで無い方は、大慌てで装甲車に乗り込もうとして、悲鳴を上げてもがいているサイドキックを押しのけて。装甲車に入り。

そして、それが彼の命運を決めた。

装甲車が、内側から氷で吹っ飛んだのだ。

爆発的に膨張した氷の塊が。

装甲車を内側から粉々にしたのだと悟った。

今の内だと、バギーを廻すが。ヒーローが即死した光景を見て、流石に心穏やかではいられなかった。

初代オリジンズは、高潔な魂を持っていた。

あのような弱者を、ひねり殺すような事をするのか。

それとも、初代オリジンズでさえ。

もはや今のヒーローは、抹殺すべき対象なのか。

どちらにしても、戦慄する。

私はひょっとして。

初代オリジンズに、夢を見ていたのかも知れない。

 

結局、アジトに戻り。

薬を石塚に手渡す。

バギーは燃料切れ。

此処の物資はまだあるから、また動かせるけれど。砂漠を走らせたこともあるし、しばらくはメンテが必要だ。

ワン老師は無言のまま奥へ消えた。

非常に険しい表情をしていたが。

何か思うところがあるのかも知れない。

不満そうなのはジャスミンも同じだ。

「あれはジェノサイドだ」

ぼやく。

それについては、私も同感だ。

初代オリジンズのプライムフリーズは。名前と裏腹に、心優しい女性だったという話だが。

あの殺戮を見る限り。

もし今此処にいるプライムフリーズが本物だとしたら。

その幻想は、木っ端みじんに打ち砕かれたことになる。

一体何が真実なのか。

私にも分からない。

早速プライムフリーズは、入手した薬を服用している様子だが。それでも一日二日で状態が改善するとは思えない。

ただ、此方を見ると。

顎をしゃくって、来るように促した。

「体調に問題は無いか?」

「ええ、まあ」

「わしもあの異形化の力は知っている。 使いこなせれば中堅所の戦闘タイプヒーローくらいは相手に出来るようになるだろうが、その代わりどんどん精神を病んでいく。 使いどころを間違わぬようにな」

「貴方は本当に、本物のプライムフリーズなのですか?」

自分でもしまったと思ったが。

しかし、相手は気を害した風も無かった。

「この体のことか」

「貴方が亡くなられたときには、壮大な国際的な葬儀が行われたと聞いています。 それが子供になって生きているとは、どういう……」

「葬儀のタイミングで、宇宙から持ち込まれたスーパーアンチエイジングを行ったんだよ」

「……!?」

それによると。

実際87歳まで年老いていた体を、10年ほど掛けて、13歳の段階にまで引き戻したというのだ。

そんな馬鹿な。

不老不死どころか、若返り。

それでも、脳には確か年齢における限界があると聞いている。

呆けが出ているとは思えない。

それさえも、若返らせることが出来るのか。

もし記憶を保ったまま若返ることが出来るとしたら。それはもはや、アンチエイジングの領域を超えた技術だ。

勿論地球にそんな技術が存在したはずも無い。

なにしろ、宇宙人が攻めてきたとき。

まだ人類は、火星に同胞を送り込むことさえ出来ていなかった。

月に同胞を送り込むのがやっとの技術しか有していなかったのである。

アンチエイジングの技術もあったにはあった。

しかしそれはあくまで限定的なものであって。

いくら何でも、老婆を子供にまで若返らせる事ができるような代物ではなかった筈だ。となると、考えられるのは。

地球に攻めてきた宇宙人以外にはあり得ない。

二百年前。

一体何が起きたのか。

「いずれ話してやる。 この狂ってしまった世界と、極限まで腐敗しきったヒーローどもの跋扈には、わしにも責任がある。 いずれにしても、今やるべき事は。 現状のオリジンズの強制的な改革と。 異常な特権を得ているヒーロー共を押さえ込むもっと強力な力の存在の確保だ」

そう口にするプライムフリーズは。

少なくとも、狂人には見えなかった。

狂人だったらどれだけ良かったことか。

私は、今。

世界に都合が良い事なんて一つも無いことを、思い知らされていた。

 

2、混乱の中で

 

思ったよりは手強い相手だったけれど。ゴールドドルフィンを粉砕して、わたしは帰路についていた。

奴の基地は全てが水中。

サイドキックにまで、水中での生活を強いていて。

自分の体質に周囲の全員を合わせることを強要している男だった。

それだけならまだいいが。

ただ、奴は孤独だった。

元々の能力からか、海豚にしか心を開く事が出来なかったのだろうか。

だが、どちらにしても。

それによって、多くの市民を無差別殺戮してきたことは事実。

多分だろうが。

此奴もMHCだったと聞いている。

そうなると、幼児期に心が歪みに歪んだのだろう。

ぶっ潰して再起不能にした後。

ゴールドドルフィンの基地周辺にいた海豚は、皆殺しにせざるを得なかった。被害者なのかも知れないけれど。

猛獣だ。

それも、人間の肉の味を覚えた。

放置は絶対に出来なかったのである。

だけれど、気分が悪かった。

洗脳されているわけでも無く。

飼い主の躾が最悪だったから、凶暴な野獣とかした動物である。殺さなければならないのは、仕方が無い事とは言え。

あまり個人的にも、気が進まなかった。

動物と人間は、距離を置かなければならない。

イヌくらいだ。

人間の都合に合わせて。一緒に生きる事を選んでくれた生物は。

それ以外の生物は。

人間の愛玩動物として、側に置かれることを許容しただけ。

実際には、其処には絆などという、人間が思い描く幻想は存在しないし。あったとしても押しつけだ。

分かっているから。

猛獣は駆除した。

そして市民達は。

白い腹を浮かべ。

赤く染まった塩湖に浮かぶ海豚たちの亡骸を見て、喝采していた。

悪魔達が死んだ、と。

悪魔か。

本当だったら、ただの動物として、距離を保って適切に接すれば、何の問題も無い相手だったのに。

ゴールドドルフィンの歪んだ思想が。

海豚たちを凶獣に変えてしまった。

それを思うと、これは悲劇だが。

だけれども、今は。

喜んでいる市民達に、あれこれと説教するつもりはない。

市民に責任は無い。

身を守ろうにも武器も無く。

識字率さえ一%。

そんな状態で、いつ水面下から襲ってくるかも分からない怪物相手に、どう対応しろと言うのか。

市民も戦わなければならないなどと言うつもりはない。

戦闘タイプヒーローの戦闘力は、武装した市民なんて、束で掛かってもどうにもならないレベルなのだ。

とにかく、胸くそが悪い海豚の駆除を終えると。

私はゴールドドルフィンの支配地区を後にする。

まだだ。

まだ、倒さなければならない悪徳ヒーローはいる。

今、どうやらオリジンズが相当混乱しているようだから。ヴィラン討伐部隊は動けないはず。

今のうちに。

可能な限り、悪徳ヒーローを。

ゲス野郎共をぶっ潰さなければならないだろう。

だけれど、焦ってしまうと。

シャークトゥースの時のような、致命的な失策を犯しかねない。

ゴールドドルフィンの支配地区を離れると。

わたしは焦る心を抑えながら。

廃ビルに潜り込み。

其処で休みながら、レーションを囓ることにした。

情報が入ってくる。

前から連携しているクリムゾン以外の組織が、接触してくるからだ。

予想通り。

潜伏から三日後。

手紙を持って、市民の子供が来た。

レーションを渡して帰らせる。

そして手紙を見ると。

概ね予想通りの内容だった。

「ヴィラン討伐部隊は待機中のようだ。 少なくとも、隊長のミフネは動いている形跡が無い」

「そう、だろうな」

クリムゾンに対するヒステリックな対応。

あのヘッジホッグスターの、必死の形相。

嘘だったとは思えない。

何かあったのだ。

だけれども、その何かが分からない。

クリムゾンの末端にでも接触できれば、少しは話が分かるかも知れないのだけれど。A級ヴィラン組織に認定されたクリムゾンは、今やある意味わたし以上のお尋ね者だ。簡単には接触できない。

しばし考え込んだ後。

わたしは次のターゲットを撃破する事に決めた。

今度は少しばかり距離が離れている。

R地区から遙か西。

昔は、東欧と呼ばれた地域だ。

此処に、次のターゲットがいる。

ちなみに、今回は相手はヒーローでは無い。

ゲス野郎はゲス野郎だけれども。

ヴィランである。

 

R地区や、古くはヨーロッパと呼ばれていたE地区には、広大な無人地帯があるけれど。ヒーローさえ見捨て、再開発の計画も凍結してしまったこれら地域には、魑魅魍魎が巣くっている。

市民はいないけれど。

その代わり、何らかの理由でヒーローを辞めて逃げてきたり。

サイドキックの業務に耐えられなくなって脱走したりした人間が、地下組織を作っているのだ。

噂だけれども。

クリムゾンも、前身組織は此処に存在したという。

ただでさえ人権が存在しない現在の社会だけれど。

こういった、ヒーローさえ放置しているコロニーは、文字通り魔界だ。もはや人間が生存できる場所では無い。

有名なヴィランも、大体は此処に住み着いて、潜伏するほどで。

そのため、ICBMをぶち込まれることも、今までに何度となくあり。それでも地下組織は、無人地帯に再建される。

悪夢のような場所だが。

故に、わたしの獲物も良く潜む、という事だ。

今狙っているのは。

ヴィラン名グランバイパス。

昔ヒーローだった頃、わたしがぶっ潰してきたクズ野郎共同様、殺戮の限りを尽くしていた輩だ。

此奴は迷信の徒で。

子供の肉が栄養剤になるという噂を真に受けていて。

子供の脳髄のごく一部をカプセル加工して、それを毎日飲んでいた。そのためだけに、毎日スラムに子供狩り部隊を繰り出して、一日百人以上の子供を殺戮し。たりなくなったら他のヒーローから市民の子供を買い取り、加工して喰らっていた異常者である。

いや、阿呆と言うべきか。

この阿呆が何故ヒーローを辞めたかというと、何だか知らないが、兎に角料理の味付けが気に入らないとかそういう理由で、料理を専門としているヒーローを殴り殺したから。

ヒーローがヒーローを殺せば、この世界ではヴィランとして認定される。

それが誰だろうと同じ事。

ヒーローの間では、法は機能するものなのだ。

故にグランバイパスは逃亡。

わたしの情報網では。

この無人地帯に現在潜んでいる。

次に叩き潰すのは、此奴だ。

本当はクロコダイルビルドの方がリストの上位にいるのだけれど。奴は今手を出せない状況下にある。

仕方が無いから。

ヴィラン狩り部隊が動けない間に。

可能な限り、悪辣なヒーローをぶっ潰し。

そして、その片手間に。

悪辣なヴィランも潰して行く。

わたしは、この世の悪を潰しているのであって。

別にヒーローを殺したいわけじゃあない。

この世界の狂った秩序に喧嘩を売っているのであって。

人を殴りたいわけでは無い。

秩序を担っているのは。

この手のヴィランも同じだ。

わたしも世界からはヴィラン扱いされる身だけれども。

わたしにとっては、この世界の狂った秩序を作り上げる要因となっている輩は、ヒーローだろうとヴィランだろうと関係無い。

まとめて叩き潰す。

灰燼と化し、もはや都市の面影も無い荒野に出る。

一つだけぽつんと、バラックを積み重ねたような建物があり。

それが入り口だ。

ここから先は、本物の無法地帯。

もはやヒーロー達が作った秩序の世界にはいられなくなり、逃げ込んだ者達が集う場所。

わたしは、躊躇無く踏み込む。

サイドキック崩れらしい大柄な男達が、早速鉄パイプやら何やらを手に、立ちふさがってくる。

「何だテメーは」

「此処はグランバイパス様のアジトだ。 何処の誰だかしらねえが、土足で乗り込むとは良い度胸だな」

「お前達サイドキック崩れだな」

「ああん?」

一撃、拳を鳩尾に叩き込んでやる。

わたしより頭一つ半大きい禿頭のサイドキック崩れが、くの字に体を曲げて、吹っ飛ぶ。天井にぶつかり、床に叩き付けられ。

トタンの天井床に、人型のくぼみを作った。

「わたしの名はテンペスト。 グランバイパスをぶっ潰しに来た」

「……!」

「呼んでこい。 少しだけ待ってやる。 来ないようだったら、わたしの方から行ってやる」

「ちょ、ちょっと待っていろ!」

慌てた様子で、サイドキック崩れが建物の地下へと消えていく。

それにしても。

このトタンを組み合わせたような建物の無惨さよ。

この世の特権を全て独占しているヒーローであれば、こんな所に住むことは無かっただろうに。

グランバイパスという輩は、本当にどうしようもない阿呆だったのだとよく分かる。

なんら根拠の無い健康法に執心して、子供を大量虐殺し。

一時の気分で、戦闘タイプでは無いヒーローを殺して、ヒーローから除籍。

戦闘タイプヒーローと、そうでないヒーローには、大きな社会的地位の差があるのは事実だけれど。

それでもヒーローには人権がある。

他の99パーセント以上の人間には存在しない人権が、である。

それなのに、衝動で人権を放り捨てた。

阿呆としか言いようが無い。

もっとも、わたしも阿呆具合では良い勝負か。

ただ、わたしは絶対に死なない。

死ぬわけには行かない。

師匠の夢を叶えて。

この世界をまともにたたき直すまでは。

死ぬわけにはいかないのだ。

待っているが。

グランバイパスが現れる気配はない。舌打ちすると、わたしはトタンのがらくた砦を、地下に向けて歩き出す。

周囲から恐怖の視線が向けられる。

此処で生まれたらしい子供や。

もうどうして此処に逃げ込んだのかも分からない様子の老人。そういった弱者が、怯えきった視線を向けてきている。

ちなみに子供が生まれればヒーローは察知する。特にヒーロー特性を持つ子供が生まれれば、絶対に察知される。

そういう能力者が存在するのだ。

だが、ここに来ていないということは。

ヒーロー特性を持つ子供はいない、と見て良いだろう。

狭い通路だ。

そして、非常に不衛生。

わたしも正直、風呂に何て随分入っていない。体をぬれタオルで拭くくらいしか出来ていない。

今の時代、ヒーローくらいだ。潤沢な水を使って、風呂に入る事が出来るのは。サイドキック達は、それぞれ五分や三分、決まった時間だけシャワーを浴びることが出来れば良い方。それさえ許されない地区もある。

ゴキブリと鼠がたくさんいるけれど。

そんなんにびびるようでは。

もう今の時代は、生きてはいけない。

場合によっては、それらを焼いたりして喰うくらい出来ないと。

とても生き残れないのだ。

一番奥。

サイドキック達が、怯えた様子で、此方を見た。

震えながらも、武器を構えているが。

一喝すると、武器を取り落とした。

此処が最深部だろう。

地下三階。

こんな程度の深さでは、核を喰らったらひとたまりも無い。それなのに、この程度の建物しか作れなかったのか。

そして、この気配。

サイドキック共にどくようにいい。情けない、つぎはぎだらけの扉を蹴破る。

そして、其処で見たのは。

机にだらしなく腰掛けた。

やせ衰えた男だった。

側にあるテーブルには酒の瓶が林立しているけれど。どれもカラだ。

無精髭は伸び放題。

髪も真っ白だ。

以前記録で見たグランバイパスは、異常なほど潔癖症で、健康にも気を遣う、一種のマニアだった。

それが故に頑健そうな肉体を誇っていて。

周囲にもそれを自慢していたはずだ。

だが、このトタンの城の哀れな王は。

もはやそんな時代の名残は残しておらず。

哀れすぎる姿を、わたしにみせていた。

幻覚の可能性は。

拳を振るって、グランバイパスの至近で止める。

それで分かる。

幻覚では無い。

この弱り切った老人こそ、本物のグランバイパスだ。

「テンペストだったか……何の用だ……」

「子供を大量虐殺し、自分のくだらねー肉体の健康美とやらのためにカプセルにして飲んでいたゲス野郎の末路がこれか」

「……」

此奴。

戦闘タイプヒーローの残骸として、一応の力はあるようだけれども。それでも、今だったらデコピン一発で死ぬ程度の実力しか無い。

何があった。

気付く。

ばっさりと斬られた跡がある。袈裟にやられている。

それで、重要臓器を根こそぎやられたのか。

でも、戦闘タイプヒーローだったら完治するはず。

この太刀筋。

ミフネか。

そうなると、ミフネの能力は。わたしと同じように。ヒーローとしての力を、排除できるのだろう。

能力を研磨して、それが可能なようにした、とみるべきか。

「ミフネにやられたのか」

「そうだ……斬り伏せられて……オレにはもう、サイドキック崩れのチンピラを従える程度の力しか残っていない……」

「自業自得って知っているか」

「知るかよそんなもん……」

酒瓶を取ろうとして、無様に取り落とすグランバイパス。

ため息をつくと。

わたしは、この哀れな老人の顔面に、一撃を叩き込んだ。

壁に吹っ飛んで、叩き付けられ。

ずり落ちるグランバイパス。

「これでお前のヒーローとしての能力は完全に消えた。 後は無力な老人として、この牢獄で過ごすんだな」

「……」

一発だけか。

此奴が殺してきた子供達の事を考えると。此処で再起不能になるまで殴りたいところだけれども。

この有様では、もう一発殴っただけで死ぬだろう。

今の拳も、最大限手加減したのだ。

怯えきっているサイドキック共が、此方を覗いている。

もう、床から立ち上がれない様子のグランバイパス。

失禁しているのが見えた。

「もう彼奴にヒーローとしての力は無い。 後はお前達だな」

「ま、待ってくれ! 俺たちは何も……」

「この周辺の地区から女子供をさらっては、慰み者にするばかりか、食糧にしているのを知らないと思っているのか」

「……!」

制圧まで十七秒。

グランバイパスは兎も角。

此奴らに容赦する理由など欠片も無い。

徹底的にぶっ潰して。

そして残っている老人や子供を集める。連れてこられた後、孕まされたらしい女性もいた。

バギーがあったので、分乗させ。

近くの有人地区に連れて行く。

幸い、ザ・パワーのシンパである、グイパーラの支配地区が其処だ。此処はザ・パワーの施政と同じく、市民に対して人権が認められている数少ない場所である。流石にわたしも、あんな所に老人や子供を残しては行けない。

全員を運び終えると。

わたしは、やりきれないなと思った。

あの一発は必要だっただろうか。

いや、必要だった。

あの老人は哀れだったけれど。

それでも、多少でも力なんて、残してやる必要があったとは思えない。

しかし、あれで確実にグランバイパスと一味は死ぬだろう。

自業自得。

分かってはいるが。

それでも、拳に人の死が。

重くのしかかっているような気がした。

老人を殴って再起不能にした。

それは事実なのだから。

 

次のターゲットを狙うべく、少し休んでから動き出す。その途中で、グイパーラの支配地区を移動。

此処で衣服の補充をする。

流石に私は、既にかなり危険なレベルのヴィランと認識されていて、堂々とホテルに泊まることは難しい。

安モーテルだったら開いているけれど。

こういう所では、シャワーを浴びれれば良い方。

ザ・パワーシンパのグイパーラ支配地区でも、それは同じ。市民の人権が存在する街ではあるけれど。

別に市民全員が幸せな生活をしているわけでもないのだ。

ただ、幸い。

安モーテルでは、シャワーを浴びることが出来た。

頭も洗って、さっぱりする。体を洗っている間も油断できないのは仕方が無い。モーテルの主人が、通報しているかも知れないからだ。

まあその時はその時。

裸で戦うのはあまり気分も良くないけれど。

やる場合はやる。

それだけだ。

幸い、シャワーを浴びている間には襲撃は無く。

途中の店で買った服を着直して、調子を確認。サイドキック用の戦闘服だから、そこそこ丈夫だ。

手袋の感触も良い感じである。

ここしばらくの戦いで、手袋はほぼ駄目にしてしまっていた。指先が出るタイプの手袋を使うのがわたしの流儀なので。

パジャマなんて着て寝る余裕は無い。

眠るのも、ベッドで横になるのでは無くて。出来るだけ隙を作らないように、部屋の隅。それも窓から見えない位置に座り込んで、眠る。

横になって眠った事なんて、何年も無い。

あ、いやあったか。

この間、シャークトゥースの時。

あの時は気絶していたのだから仕方が無い。

頭を掻き回す。

まだまだ未熟。

本当だったら、あれで死んでいたのだ。

実戦に次は無い。

師匠に散々言われていたのに。

わたしはなんだかんだで、運が良いらしい。

座り込むと、ぼんやり考え込む。

あれで良かったのだろうか。

あのクソ野郎は、確かに殴らなければならなかった。だけれども、彼奴はもう放置していても、何も出来なかっただろう。

手下のサイドキック崩れ共を叩き潰したことは、なんら後悔していない。連中がやっていたことは、現在進行形での悪逆だったのだから。

だが、手に残っているのだ。

乾ききった老人を殴った感触が。

相手がどれだけのクソゲス野郎だったとは言え。

それはヒーローの行いと言えるのか。ヴィランと呼ばれるとしても。ヒーローとしての魂は失うな。師匠は何度もそう言っていた。

しばし考え込んだ後。

もう一度、わたしは。

グランバイパスのアジトに乗り込む。

そしてまだかろうじて生きていたグランバイパスと手下共をひっ捕まえると。バギーに乗せて、グイパーラの支配地区。

サイドキックの駐屯所の前に、放り出していった。

背中には、此奴がグランバイパスですと張り紙をして。

甘い。

それは分かっている。

だけれども。

流石に、もはやどれだけの悪逆の徒であっても。

死を待つばかりの老人を、彼処に放置は出来なかった。

時間をロスしてしまったけれど。

師匠に怒られる。

そう思うと。

どうしても、動かざるを得なかった。

溜息が零れる。

今後は、もっとひどい条件での戦いが、続くことはわかりきっているのに。時には非情にならなければならないことも分かっているのに。

まだまだだな。

私は自嘲していた。

 

3、混乱の円卓

 

珍しく。オリジンズの招集に、全員が揃っていた。

最上座にいるザ・パワー。その隣にいるライトマン。だがその二人の表情は対照的である。

ザ・パワーがむっつりと黙り込んでいるのに対し。

ライトマンはまるで子供のように、ずっと青ざめて、爪を噛んでいる。今でも叫びだしそうなほどに、精神がおかしい事が、一目で見て取れた。

咳払いしたのは。

オリジンズの一人、バラマイタである。

「で、本当なの? 初代オリジンズのプライムフリーズが蘇ったというのは」

「嘘に決まっている!」

「ある意味正しい」

いきなりザ・パワーとライトマンの意見が食い違う。

ライトマンは、もう限界らしく。

泡を吹き散らしながら吼えた。

「あ、あんな偽物のために、オリジンズを招集するなんてどうかしている! あり得るはずが無いだろう! プライムフリーズは120年も前に死んだんだぞ!」

「だが、私の前に現れた氷像は、間違いなく彼女の能力だった。 知っている筈だ。 あれほど桁外れの氷使いは、現在どこにもいないとな」

「……っ!」

「プライムフリーズ本人か分からない。 だが、それと同等の実力を持つ氷使いが現れて、ライトマンの凶行を止めたのは事実だ」

ザ・パワーが言い直すと。

他のヒーロー達が困惑した様子で視線を交わす。

挙手というか。

体を傾けたのは、ザ・アイである。

ちなみに異形すぎるこのヒーローは、体についている繊毛を振動させることで、音を発する。

「それでどうするのデス。 初代オリジンズと同等となると、貴方くらいしか戦えるヒーローはいないでしょう、ザ・パワー」

「その通りだ。 だが、そもそも戦う理由があるのか」

「初代オリジンズを語る大罪人デスヨ?」

「大罪人かどうかは、今後の行動次第だな。 そもそも、彼女はどういうわけか。 ライトマン管轄下のサイドキック養成校に幽閉されていたそうではないか。 強力な監視施設と、コールドスリープ装置によって」

ライトマンが、机を叩いて立ち上がる。

目が血走っていた。

「これは陰謀だ!」

「誰の?」

鼻で笑うバラマイタ。

ライトマンは、明らかにザ・パワーの目から見ても焦っている。大体理由は見当がつくが。

バラマイタとライトマンは、裏で結託していたのだろう。

それがこの有様だ。

グイパーラはずっと黙り込んでいたが。

不意に挙手する。

「よろしいですか」

「何だ」

「いっそのこと、そのプライムフリーズと話をする機会を作りましょう」

「バカか貴様はっ!」

叫ぶライトマンだけれど。

誰も彼には同調しない。

焦りが顔中に出ている。

普段は冷静で。

むしろ冷笑的でさえあるのに。ライトマンが本当に追い詰められていることを、ザ・パワーは悟っている。

コレは恐らく。

彼の派閥は。

既にズタズタ。

ザ・パワーの後釜を狙っていたとしても。

もはやその望みは無い、という状況なのだろう。

プライムフリーズの発言については。

どういう経路からか、既に多くのヒーローに知れ渡っている。勿論今この円卓についているオリジンズは。全員が知っているだろう。

咳払いするグイパーラ。

新参だけれど、きちんと存在感を示してくれている。

問題は、これがヒーローとしての責任感や。正義感からの行動などでは無く。

単なるザ・パワーシンパとしての、政治的行動、という事だ。

「それでどうするのですか? ヴィラン討伐部隊を出すとしたら、全戦力を投入しないと無理でしょうし。 対話するとなると、ザ・パワー。 貴方が出ないと行けないでしょうね」

「分かっている」

ただし、問題がある。

今、初代オリジンズが本当に現れた場合。

権力基盤にどう影響が出るのか。

なにしろレジェンドである。伝説である。世界を救った本物の英雄なのである。

そして、DBの深奥を見て知っている。

改ざんの形跡がある。

100年前に。

死を偽装して、世界を裏側から監視していたプライムフリーズを。当時のオリジンズがよってたかって封じ込めた。

そうプライムフリーズは言っていた。

それが本当だとすると。

当時から、腐敗が加速したのも頷ける話だ。

オリジンズは今、意見が完全に分裂している状況だ。ザ・パワーとグイパーラはいい。というか、グイパーラは存在感を示してはいるけれど、正直な話主体性が全く無いので、ザ・パワーの権力の一部と見て良い。

問題はライトマンだ。

奴が狂乱してから、明らかになったが。今までのオリジンズは、どう考えてもライトマンに操作されていたとしか思えない。

能力的な意味では無く、政治的な意味で、だが。

その糸が。

今回の件で、ぷつりと切れてしまった。

その結果何が起きたかが、今の混乱だろう。

いずれにしても、だ。

まとめなければならない。

「では決議を取ろう」

「こんな状況で?」

からかうように言うのはウォッチ。

そして、カルルスが発言した。

慌てて、側にいる通訳が。彼の意味不明な言葉の羅列を翻訳する。

「カルルス様は、こう仰せです。 決議には賛成するが、この状態では、例えプライムフリーズを此処に呼んで政治的顧問にするとしても、混乱が加速するばかりではないのだろうか、と」

「それももっともだが。 しかし、この状況では、文字通り会議は踊っているも同じだろう」

ザ・パワーが皆を見回す。

誰もそれには反論しない。

溜息を零したのは、マンイーターレッドである。

「ワタシはザ・パワーに賛成。 正直な話疲れたし、この状況でにらみ合いを続けても仕方が無いしね」

「貴様、裏切るか、この売女ァ!」

「地が出てるわよ」

バラマイタに冷笑されて、ライトマンが血走った目を向ける。

そして、ザ・アイが、小さな手を。体を傾けてあげた。

「じゃあ僕もザ・パワーに賛成スル」

「貴様もか!」

「だってライトマン。 あんたも関わってたんダロ。 あんたには色々世話になったけど、正直これ以上ついていくと、損しか無さそうダシね。 そもそも泥縄を数人勝手に動かして、返り討ちにあって死者まで出したんダロ? プライムフリーズ相手に普通のヒーロー動かして死なせるとか、まずいヨ」

「この裏切り者が!」

わめき散らすライトマン。

更に。

バラマイタも。ザ・パワーに対する賛成を表明すると。残りも次々に、賛成を表明していった。

意外にスムーズに会議は終わったが。

ライトマンは、ずっと血走った目で、ザ・パワーをにらみつけていて。

彼の手元の机は。

赤熱していた。

 

ザ・パワーが空港に出向くと。

護衛として、ミフネがついてきた。

グイパーラは正直戦力としてはミフネに劣るし、この方が心強くはある。ヴィラン討伐部隊の隊長として、強力な能力者と渡り合い続けたミフネの実力は、ザ・パワーも知っている。

大昔のサムライそのままの姿をしたこの男は。

戦闘力に関して言えば、実際の所。オリジンズに入れるレベルだ。

だが、あくまでヴィラン討伐部隊にいる。

それは、強力な敵と戦いたいから、なのだろう。

ただし、ザ・パワーは。

本当に味方だと、ミフネのことを評価していない。

ライトマンとの関係もミフネは深いのだ。

後ろから刺すつもりかも知れない。

だから念のために。今回はシンパになっているヒーローを二人一緒に連れていく。二人とも戦闘タイプのヒーローだ。一瞬でミフネに殺されるようなことは無いだろう。

「飛行機の準備は終わっています」

「では現地に向かおうか」

「了解」

すぐに専門のサイドキック部隊が動き、飛行機が出る。

巡航速度マッハ7という加速力を持つが。実際にはザ・パワーが自分で飛んだ方が遙かに早い。

あくまでこれは、移動時の消耗を抑えるためだ。

移動途中で軽くミフネと話す。

「君はどう思う」

「プライムフリーズですか? まあ間違いなく本人でしょうね。 現在最強の氷使いであるフラワークリスタルでも、あんな真似は到底無理ですから」

「その通りだ」

元々氷使いは数が多い。

だからこそ、能力の展開も似ている。逆にそれが故に、実力も判別しやすい。実際問題、超絶的な氷使いだったプライムフリーズに近い実力者も過去にはいたことがあるのだけれど。

現役ヒーローには存在しないのだ。

「それで、本当に話し合いの場を設けるので?」

「少なくとも呼びかけは行う」

「まあご随意に。 オレは護衛をするだけです」

「それでかまわない」

問題は、相手が完全に身を隠していることで。

大まかな範囲でしか、居場所が分からない、という事だ。

ライトマンがICBMに搭載した200メガトン級水爆で飽和攻撃を行おうとしたのもある意味道理ではある。

見つけるのもそも無理なのである。

もっとも、そのような事は、絶対にさせないが。

それにしても気味が悪い。

ライトマンの派閥が崩壊したのは、ザ・パワーにも分かったが。

その後の他のオリジンズの動向が読めない。

一気にザ・パワーにすり寄ってきたが。

これはどういうことか。

ライトマンが見捨てられたのは確実だろう。

だが、オリジンズの結束がそれで強まったとはとても思えない。

東欧の空港に着陸。

先遣隊を彼方此方に派遣。

ミフネは手元に置く。

繰り返すが。

此奴は信用ならないからだ。

単なる戦闘馬鹿だとしても、しばらくは身近に置いておいた方が良いだろう。どう動くか読めないからである。

「探知タイプのヒーローを含んだ六チームを各地に派遣、ですか。 随分と贅沢な偵察ですね」

「事は一刻を争う。 プライムフリーズが実は生きていて、旧オリジンズによってたかって封印されていた、などという事が知れてみろ。 この世界がひっくり返りかねない」

「それはそうですが……」

ヒーローの中にもいるのだ。

オリジンズそのものが旧弊であり。

それぞれが勝手に、支配地区を治めるべきだという者が。

当然そのような事を許せば、ヒーロー同士の仁義無き群雄割拠が開始され、地獄というのも生やさしい事態が到来する。

そうなれば。

宇宙人共も、もはや黙って見てはいないだろう。

侵攻開始の大義名分を与えるようなもの。

ただでさえ、此処まで腐敗した地球である。

いつまた再侵攻があるか、知れたものではないのだ。

大きなホテルがあるので、其処を指揮所にして、しばらくは探索班からの連絡を待つ。クリムゾンは非常に慎重に行動しているらしく、何処の地区からも活動例がない。だが、此処でザ・パワーが慌てると、周囲も動揺する。

あまりこのましい事では無い。

「さて、藪をつついて蛇を出す結果にならなければ良いのですが」

「……」

ミフネの言うとおりだが。

しかし、そもそも。

今は藪をつつくしか選択肢が無いのも、事実なのだ。

二日。三日。

時間が容赦なく過ぎていく。

ようやくまともな連絡が来たのは。

四日目の事だった。

ただし、プライムフリーズ関連の連絡ではない。

テンペストについて、である。

「移動中のテンペストを補足しました。 E地区を西に横切っている様子です」

「誰かを狙って動いていると見て良さそうだな」

「はい」

「テンペストは無視しろ」

ザ・パワーが通信に割り込むと。

通信士は、困惑した様子で言う。

経験が浅そうなサイドキックだ。

ヒーローを如何に潤沢に投入しても。サイドキックまでスペシャリストで揃える事は出来なかった。

時間がなかったからである。

「し、しかし、よろしいのですか。 テンペストは恐らく、誰かヒーローを害する目的で動いていると思われますが」

「無視しろ」

「わかり、ました」

困惑した様子の通信士。

腕組みして、ホテルのロビーにある大きなソファに座っているザ・パワーに。ミフネが半笑いで言う。

「本当によろしいので?」

「かまわない。 此方としても、苦言を呈しても一切言うことを聞かず、市民を殺戮し続けるようなヒーローを守るよりも、プライムフリーズと接触する方が優先度が高い」

「それはそうでしょうが」

「任務を続ける」

ミフネは頷くと、ジュースを飲むと言って、別の部屋に。

あの容姿で下戸である。

ちなみに好きなのはオレンジジュースだ。

あまり周囲には知られたくないらしいが。ザ・パワーには教えてくれた。

ちなみにザ・パワーも、酒にはあまり強くないので。いかにも酒に強そうな容姿をしていてそうではないミフネを見ると、同情してしまう。

まあ、本当なのかは分からないが。

いかんと、気付いて呟く。

いつの間にか、疑心暗鬼に囚われている。

これではいけない。

少なくともミフネは、護衛としてついてきているのだ。今の時点では怪しい行動だって取っていない。

それならば、少しずつ信頼するようにしていくのが、ヒーローの長たる行動だろう。

ミフネが戻ってくる。

「サイダーで良かったですか」

「ああ」

「それでは、此方で」

ちなみに、二人ともコーヒーや紅茶は「此処では」たしなまない。

実は二人とも紅茶党なのだが。

好きな銘柄がちがうため。

口論になる可能性があるからだ。

故に人前で紅茶は飲まないようにザ・パワーは心がけていて。ミフネにもそれを話している。

そうしたら、ミフネもあわせると言ってきたので。

二人で今回の件では、紅茶を断っているのだった。

そうして過ごしている内に、更に二日が経過。

探索班が、成果を上げた。

 

ヘリで移動を開始。

ヘリと言っても、音速を出せるモデルだ。実際問題、プライムフリーズが潜伏している地区は、そう遠くも無かった。

ミフネと護衛のヒーロー達を連れて、問題の地区に急ぐ。

それにしても、だ。

ヘリから見下ろすと露骨だが。

何処もかしこもスラムだらけ。

ザ・パワーは、これを古い時代のような、人類の繁栄と英知が感じ取れる場所にしたいのだけれど。

恐らくきっかけになったのは、百年前の出来事だったのだろう。

完全にストッパーが無くなったヒーロー達は。

暴走を開始した。

発展途上で放棄された地区も散見される。

今では市民は、ヒーローの気まぐれに怯えながら、鼠のように潜み。言葉すら読むことが出来ず。

ただ怖れて毎日を恐怖と絶望の中過ごしている事しか出来ないでいる。

ザ・パワーは。

自分が選ばれた存在だなんて思っていない。

確かに現時点で世界最強のヒーローだが。

しかし頭の中身は人間と変わらないのだ。

他のヒーロー達だってそう。

処理能力やら速度やらが上でも。

結局の所、人間は人間。

どれだけ力がついても。

人間である以上、同じようなミスを繰り返す。そしてそのミスが、今は歴史上最悪のレベルで繰り返されている。

悲劇なんて言葉で片付けられれば、どれほど良かっただろう。

軍隊なんて問題にもならない戦闘力を持つヒーロー達が、一度市民を守る価値も無い存在と認識した時から。

この星は決定的におかしくなったのだ。

ずっと人口が右肩下がりに減っているのも当然だろう。

このままだと人類は。

近いうちに滅亡に瀕するのでは無いか。

そうとさえ、ザ・パワーは考えていた。

話し合う必要がある。

世界を救った英雄と。

探知班が痕跡を見つけた地区に到着。

腕組みして目をつぶっているミフネを一瞥だけすると。ザ・パワーは、地区全域に轟く大音声を発した。

「ザ・パワー着到! 私に用がある者は即座に申し出よ!」

これだけで大丈夫だろう。

相手には伝わっているはずだ。

後は、しばし待つ。

無理に捕縛する方向で話を進めることはしない。

これ以上、事故を起こすわけにはいかないからだ。

「現れますかな」

「……」

ミフネの言葉に。

ザ・パワーは応えない。

 

4、会談

 

この地区は、放棄された巨大な開発地区が地下に存在している。地上では無く、地下に巨大な都市を建設して。

其処に様々な災害対策用のシステムを投入。

場合によってはシェルターとして用いる、というのが当初の構想であったらしい。

だけれども、今は完全に放棄され。

古いゲームに登場するダンジョンの如き有様と化している。

その深層に、クリムゾンのメンバーは潜伏していた。

各地から集まって来ているメンバーは。

既に百名を超えていた。

ちょっとした大所帯である。

テンペストが潰したヒーローの、物資備蓄倉庫からかなりちょろまかしてはいるので、相応に物資はあるけれど。

流石にこの人数が長期間生活するとなると、どうしても潜伏は難しい。

しかも、今ザ・パワーの派遣している探索チームが来ているという情報もある。迂闊には動けなかった。

プライムフリーズは。

私から見ても、みるみる回復している。

話を聞かせて貰ったのだけれど。

なるほど、ひどい話ばかりだった。

「初代オリジンズの時代から、ヒーローの中には選民思想の持ち主がいた、ということですか」

「そうだ。 わしの頃から、ヒーローは選ばれた存在であり、世界を滅びに向かわせた市民などと言う存在は、その存在を掣肘するべきだ、などと声高に主張する輩が後を絶たなかったわい」

「具体的に誰か、名前を挙げられますか」

「そうさな……」

指を折りながらプライムフリーズが名前を挙げていくヒーロー達。

思わず息を呑んだ。

いずれもが、英雄として名を残している者達ばかり。

市民を守るために、命を賭けて宇宙人と戦ったとされる者達だ。

それが、そんな事を考えていたなんて。

「いずれも、戦いが終わってから、数十年は経過してからのことだ。 誰も彼もが、老人になってからはおかしくなってしまった。 初代オリジンズも順番に亡くなっていく中、わしはザ・ヒーローと相談したのさ。 このままではまずいとな」

オリジンズの中にさえ。

そういった、市民は虐げても良いと言う思想の持ち主が。徐々に入り込み続けていた。

どうして自分の資産を、市民などに費やさなければならない。

あれは所詮家畜以下の存在。

金を分けてやる理由などあるものか。

そういったというヒーローは。

後の時代に、偉大なる魂を持ち、市民のことを第一に考えていた、と伝わっている男だったという。

頭を抱えてしまう。

そこまで。

古くから、ヒーロー達は腐敗していたのか。

「たったの数十年。 戦いが終わって、次の戦いに備えて、ヒーローの権利が拡大されてから。 それだけで、此処まで皆狂ってしまった。 初代オリジンズのメンバーでさえ、市民を守るよりも、自分の権益をと年老いてから考えるようになってしまった輩がいたくらいだ」

「そんな……本当ですか」

「人間は年老いると頭も衰える。 わしだって、それは重々承知していた」

だから禁じ手を使ったという。

それが、極限のアンチエイジング技術。

表だっては死んだことにして。

自身は裏側に身を潜め。

以降は、ヒーローの暴走を食い止めるべく、ザ・ヒーローと一緒に腐心したそうだ。

だけれども。

戦いが終わって以降。

オリジンズさえ腐敗していく中。ヒーロー達が腐っていく速度は、想像を超えるレベルで速かった。

初代オリジンズのメンバーが、全員鬼籍に入った後は。

もう三代目のオリジンズに移り変わっており。

彼らの半分も。

ザ・ヒーローの思想と魂を受け継いではいなかった。

「未来は明るい。 子供達の世代を信じるべきだ、か。 ザ・ヒーローの口癖だったがね、彼奴も年老いてからは、気むずかしくなって、ずっと口数が減った。 どんどんおかしくなっていく周囲を見て、自分の思想が間違っていたのでは無いかとさえ思い始めていたようだったねえ。 奥さんに先立たれたのも、原因の一つだろう」

「……」

ザ・ヒーローの妻は、確か市民のアンネ・ポーラスだったはず。

だが、彼女の詳しい経歴は分かっていない。

現在の歴史では。

宇宙人との戦争以前の歴史については、さわり程度でしか触れないし。

それ以降の歴史では。

市民はほぼ歴史から抹消。

ヒーローの活躍と偉大なる栄光だけを教えるようになっている。

サイドキック養成校でもそうだった。

サイドキックでさえ、発明や歴史的発見については、一切触れない。殆どそれを「取り立てた」ヒーローの業績にすり替えられているし。

下手をすると、サイドキックが発明発見したという事実さえ抹消されている。

そうか、夫より先に亡くなっていたのか。

それでは、晩年はさぞ孤独だっただろう。

「プライムフリーズは、確か結婚為されていたはずでは」

「わしの場合は、ヒーローになる前に夫が死んだからね」

「……」

「スーパーパワーを手に入れた後も、この力があれば夫を死なせずに済んだと、ずっと後悔が続いたよ。 わしは何もかもが後手に回りすぎた。 あの時も、バカ共がクーデターをもくろんでいることに、もっと早く気付いていれば。 いや、その前に、もっと積極的に改革を進めるべきだったのかも知れないね」

自嘲的な言葉。

プライムフリーズの言葉には。

後悔ばかりがあった。

顔を上げたのは。

ザ・パワーの凄まじい大音声が聞こえたからだ。

私にも聞こえるくらいだ。

プライムフリーズも、やれやれと言いながら腰を上げた。

老人のような動作の子供。

実際一度老人になった子供なのだ。

不自然では無い。

ここしばらく、ずっと力の制御について見てもらった。ワン老師に拳法を教わりながら、である。

だからかなり腕は上がったはず。もう弱めの戦闘タイプヒーローだったら、どうにか対応はできる筈だ。

「お体は大丈夫ですか」

「もう回復はしたし、今上にいる連中程度が相手なら遅れは取らないよ。 ただし、念には念を入れるけれどね」

何か詠唱見たいのを始めると。

氷人形が作り上げられる。

そして、それを転送する。

立体映像が浮き上がる。

氷を使ったものだ。

凄い。

桁はずれの展開能力だ。

石塚や、フードの影を呼んでくるように言われたので、すぐに呼びに行く。幹部が揃った頃には。

プライムフリーズは、ザ・パワーと話を始めていた。

「悪いが、わしは今のオリジンズをこれっぽっちも信用していない。 現状のオリジンズは、ザ・パワー。 お前さんでも信用できないんだろう?」

「それはそうですが。 グイパーラのように、私のシンパとなっているものもおります」

「最低でも五人は、派閥に取り込むんだね。 わしはそれまで、身を隠させて貰う。 そうしながら、市民を虐げるヒーローを処分していくつもりさ」

「改革は権力者側から行う方が効率が良く、出る被害も小さいのが歴史的事実です。 貴方ほどの実績の持ち主が現状のオリジンズに復帰していただければ、この狂った世界にも、秩序をもたらすことが」

出来る訳ないだろう。

冷たいプライムフリーズの返答が。

ザ・パワーの言葉を封じた。

そもそもだ。

オリジンズに加わるとして、誰を外すのか。

ライトマンか。

ライトマンは、少なくとも戦闘力ではオリジンズに充分な能力を持っているし。財力もザ・パワーより上だ。

そんな男を最高権力から外したりしたら。

自分のシンパをかき集めて、何をしでかすか分からない。

何より、である。

「そもそも、もうこの世界の普遍的なルールがおかしいんだよ。 ヒーローに与えられた無制限の特権をどうにかしないと、この世界は改革なんて出来ない。 そしてヒーロー達が、それを手放すと思うかい」

「ならば、どうすればよろしいのか、ご教授願いたく」

「一度オリジンズは解散するべきかもね」

凄まじい爆弾が。

場に投じられた。

初代オリジンズが、そのような事を言うのだ。

流石に、ザ・パワーも絶句していた。

側にいる石塚でさえ顎が外れたように、口を開けっ放しにしているくらいである。その衝撃は、想像を超える。

「し、しかし」

「今のオリジンズのメンバーを見たが、力が強いばかりの強欲な愚か者ばかりではないかね。 わしだったら、此奴らはいっそ皆殺しにするが」

「そんな。 いくら何でも」

「改革に流血はつきものさ。 わしも百年もコールドスリープさせられて、いい加減頭に来ているんでね」

百年待って。

改善など微塵も見られなかった。

実は、コールドスリープさせられたときは。

ひょっとしたら、人類は多少マシになるかも知れない。

少し干渉しすぎたし、しばらくは静かにしているのもありか。

そうプライムフリーズは考えていたそうだ。

だが、現実はどうだ。

百年前とは比較にならない惨状。

オリジンズでさえ、宇宙人との戦いの真相は知らず。本当は絶対不可侵にしなければならなかったDBは、愚か者共によって改ざんされてしまっている。

こんな馬鹿な事が。

あっていいのか。

それこそ、血を吐きながら戦った初代の理想は何処へ行った。

ザ・パワーはある程度その理想を受けついでいるが。

なんといわれている。

原理主義者。

そう言われているのでは無いのか。

返す言葉も無い様子のザ・パワーに。

プライムフリーズは言う。

「力を取り戻し次第、現状のオリジンズをぶっ潰しに行くよ。 まあ精々、それまで頭を抱えて震えているんだね」

「お待ちください。 改革を行うにしても、もう少し穏便な方法があるのではありますまいか」

「だったらあんたが示してみな」

「……」

通信を切る。

石塚は真っ青だった。

「まさか、オリジンズそのものに喧嘩を売るとは……」

「あの腐敗しきった組織は、一度改革するしかないよ。 それも全部中身を入れ替えるレベルでね」

「ですが、それでは改革が急すぎるのでは。 強烈な反発が起きるのは必至かと思われます」

「改革ってのはそういうもんだ。 わしの時だってそうだった」

あれ。

どういうことだ。

初代オリジンズの時に、何の改革があったのだろう。

分からない。

ただ、私に分かっているのは。

恐らく、今までの比では無いレベルでの地獄が、これから待ち受けている、ということだ。

テンペストと連絡も取れなくなっている今。

戦力が不足しきっている状況で。

私には何が出来る。

天井を仰ぐ。

最悪のケースも。

想定しなければならないかも知れない。

私は、そう思った。

 

(続)