傷つきながらも

 

序、世界の終わりの日

 

その日。

世界中でサイレンが鳴らされる。これについては、ここ二百年、変わることがないことだ。

なぜなら。

この9月14日に。

宇宙人の大侵攻が終了したからである。

初代オリジンズが、宇宙人の首領を打ち倒し、宇宙へ追い払った日。それが、この日なのである。

だからサイレンが鳴らされる。

大侵攻によって、地球は壊滅的な打撃を受けた。

主要国は軒並み焼き払われ。

世界の人口は九割以上を失った。

破滅的な状況に世界は絶望し。

しかし、ヒーロー主導の下立ち上がった。

それが、この日。

だからこの日だけは、誰もが初代オリジンズに敬意を表する。わたしも、それは同じだ。

サイレンが鳴り響き終える。

この時間に戦いが終わったのだ。

そして、わたしの戦いが。

今、始まる。

周囲を包囲している装甲車部隊に突撃開始。火を噴く速射砲。乱射されるアサルトレーザーライフル。

弾幕を抜けると。

装甲車を蹴り砕き、放り上げる。

地面に拳を叩き込み。

膨大な砂を噴き上げる。

「対応不能! 撤退許可願う!」

「許すと思うか。 最後まで踏みとどまれ」

冷徹な無線が聞こえる。

このサイドキック達も気の毒だが。だけれど、幸いなことに、殺さずに済む程度の力の差がある。

だからどいつもこいつも眠らせる程度で加減し。

壊滅させるまで五分ほど。

泡を吹いて倒れているサイドキック達と。火を噴いて転がっている装甲車の残骸。わたしは嘆息すると。

飛んできた長距離砲の弾丸を、はじき返していた。

中々に激しい攻撃だ。

だけれど、サイドキックを無駄に浪費するくらいなら、別のヒーローでも呼べば良いだろうに。

今潰すべく動いているヒーロー、シャークトゥースは、非常に広い支配地区を誇る。

残忍極まりない男で。

その支配地区の大半は砂漠だ。

そして復興の兆しも無い。

別に砂を操る能力を持っていて、敢えて砂漠化させている、などという事も無く。単に周囲の復興に興味が無いだけ。

そして、その興味が無いの次元が、尋常では無いのだ。

市民からは絞れるだけ絞り。搾取を極限まで行う。

このため、この地区にいる市民は全員が餓死寸前。

文字通り骨と皮しか無い状況だ。

それもシャークトゥースは無視。

此奴は最近台頭してきたヒーローで、順調に支配地区を拡大して、保有市民を増やしているのだが。

これ以上此奴を野放しには出来ない。

前回、クラッククラックを潰してから、一週間と経たないうちに。わたしは殴り込みを決めていた。

この間のように。

面倒な事になるのを、避けるため、という理由もある。

蹴散らしたサイドキックの部隊を一瞥だけすると、わたしは急ぐ。奴が脱出する可能性があるからだ。

シャークトゥースは、戦闘力よりも、狡猾さが話題になっている人物で。

その豪快そうな名前とは裏腹に、見かけは貧相な小男である。単純にサメが好きで、サメの歯をモチーフにした服を着込んでいるらしいけれど。実は能力にも一切関係がないそうだ。

磁石を確認。

昔は衛星から情報を得られたらしいのだけれど。今その情報は、ヒーローだけが使えるようになっている。

だから移動するときは。

こういった地道な作業をしながら、位置を確認していくしか無い。

影の向きと時刻から方角を特定。

加速。

砂を吹っ飛ばしながら走る。

今回は短期決戦だ。

前回の苦い思いもあるし。同じような事をシャークトゥースにされたら目も当てられない。

対策する前に、ぶっ潰す。

わたしの全身は傷だらけだ。

此処までかなりムリをして進んできたのが原因の一つ。

前回の戦いから、ほぼ休んでいないのも、原因だ。

だけれど、止まらない。

少なくとも、シャークトゥースをぶっ潰すまでは、止まるわけにはいかない。此奴を倒した後は、少しは休むべきか。

師匠の言葉を思い出す。

冷静になれ。

今は、とにかく、熱くなるよりも。客観的に状況を判断し。冷静に戦況を進めていくのが一番。

だから。怒りながらでもいい。

兎に角客観的に分析を続け。

そして、冷静に相手をぶちのめせ。

走る。

砂丘を飛び越え、着地。

敵が重厚な布陣を敷いている。これは、かなり戦術について勉強しているサイドキックが指揮をしているのだろう。

その知恵と力、市民を守るために使ってくれれば良かったのに。

わたしは、雄叫びを上げると、真っ正面から突撃。今は、一秒が惜しい。潰して進む。だが、それは。

容赦なく体力を失うことも意味している。

分かっている。

今は本当は慎重に動くべきだと。

冷静になるというのはそういうことだとも。

だが、この間のことが。

クロコダイルビルドに手も足も出せなかったことが、本当に心に刺さっている。五十万人を面白半分に殺戮したサイコ野郎を潰せなかったのだ。今でも高笑いしているに決まっているのに。

市民は本当に家畜以下。

そんな価値観を定着させている奴なのに。

それでも、わたしは。

最低限の冷静だけは保ち。

殺さなくても良い相手は殺さず。

ひたすらに敵を殲滅して廻る。

指揮官らしいのがいた。

拳を叩き込む寸前。

至近から発砲してきた。

小型の拳銃だから、そう動く事は想定できなかった。無理矢理避けながら拳を叩き込んだが。

それが余計に体の疲弊を大きくした。

敵を殲滅し終えた頃には。

既に夕方。

砂漠に赤々と陽の光が差し込んでいて。

わたしはうんざりしていた。

此処は本当の砂漠では無い。自然に出来た砂漠だと、夜の寒さが凄まじい事になるのだが。

此処はある意味で人為的に作られた砂漠だ。

だから気絶しているサイドキック達が死ぬような事はないだろう。

問題は自分だ。

既に直撃弾を六発も受けている。

これだけの数と、疲弊した状態でまともにやり合うと、どうにもならないか。呼吸を整えながら、ダメージを確認。

筋肉は動かせるが。

既に乳酸漬けだ。

ビートルドゥームクラスの相手が出てきたら、勝てないだろう。シャークトゥース本人だったらどうにかなるが。

この間のように、敵が用心棒を雇っていないとは、断言できない状況だ。

退くか。

いや、駄目だ。

また敵を逃したら、大変なことになる。

砂を踏みしめて、進む。

傷は塞がる。

だけれど、体力の方はそうもいかない。

体の中の物資を使って、傷を治すのだ。

その物資が、アラートを鳴らしている。

固形の栄養補助食品を口にする。サイドキックに支給されている一種のレーションで、恐ろしくまずい。

栄養だけは取れるが。

疲労はどうにもできない。

まあ、いつも食べているものだって、これとそう差はない。

まずいという点だけは、我慢できるが。

すっかり夜闇に包まれた頃。

地雷原に踏み込んだことをわたしは悟る。

それも、辺りには餓死した市民の死骸がばらまかれている状態だ。非常に不愉快だが。相手は。相当に出来る奴だ。

戦略面で出来る事に手を抜いてこない。

戦術面でも、此方の力を削ぐことを、徹底して行ってくる。

どっちにしてもシャークトゥースではないだろう。

奴は狡猾なことは知られていても。

戦闘面で名をはせたことは無い。

余程腕利きのサイドキックが、相手側にいるのだ。

地雷を踏み砕きながら進む。

周囲の市民の死体は、どうにも出来ない。

ブービートラップになっているのが目に見えているからだ。触った瞬間爆発する事だろう。

サイドキックは、待遇は市民よりマシな程度。

ヒーローの気分次第では、その場でゴミのように殺される。市民が家畜以下なら、サイドキックは奴隷。

そんな価値観なのに。

どうして狂った世界のために、此処までするか。

それは、自分より下の存在を設定すると、精神的に楽だからと、師匠に聞かされた。碌な理由では無いけれど。それを分かっていても、人は強くない。自分より下の存在を設定しないと、生きていけないほど弱いのだとも。

そうなんだろう。

それに、精神の方も麻痺してしまっている。

この世界は。

やはり一秒でも早くたださないといけない。

ようやく、シャークトゥースの居城が見えてきた。サメをかたどった、何というか個性的な本拠地だ。

異様に電飾がきらめいていて。

奴がこの地域で、どれだけ過酷な搾取をしてきたのかよく分かる。

クズが。

吐き捨てると、まっすぐアジトに歩み寄る。

もう敵に、まとまった戦力は無いはずだ。既に二万前後のサイドキックを撃破しながら、進んできた。

サメの真下に出ると。

吼えた。

出てこい、シャークトゥース。

ヴィランに領地を引っかき回されて、出てこないつもりか。

ヒーローのプライドが欠片でもあるなら、姿を見せろ。

勿論出てこない。

まあそうだろう。

正門を蹴り破り。真っ正面から中に。

中は、殆ど無人。

少なくとも、此方に攻撃を仕掛けてくる奴はいなかった。

シャークトゥースの拠点は此処一つしか無い。此処をエサにして、核でも使ってくる可能性もあるが。

シャークトゥースに関してはあり得ないだろう。

わたしはそう判断。

更に奥へ進み。

そして、其処で見た。

無数の市民の死骸が積み上げられて、バリケードになっている。腐臭が凄まじい。そうかそうか。わたしをどうあっても怒らせたいか。

路の脇をぶち抜いて。壁の中を砕きながら進み、敢えてバリケードは避ける。

そうすることで更に消耗するけれど。

別にもう良い。

怒りが、完全に消耗を上回っていた。

 

シャークトゥースは奧にいた。

古き時代の核シェルターを利用した設備の奧で。がたがた震えていたが。わたしがくると、跳び上がった。

「覚悟は良いだろうな。 これだけ巫山戯た真似をしておいて」

「ち、ちがう! 私じゃ無い!」

貧相な小男は、すっかり青ざめていた。

だったら誰だというのだ。

此奴は。

気付く。

まさか此奴、戦闘タイプヒーローじゃ無い。

その瞬間、わたしは飛び退いていた。

地面に突き刺さる、複数の牙。

其処には。

同じく貧相な小男がいた。

こっちが本物のシャークトゥースか。スーツも、サメっぽい。サメが好きなことだけは、私も認めざるを得ない。

どうしようもないゲス野郎だが。

「なんともみっともない奇襲だな。 そっちの奴はクローンだろう」

「……」

様子がおかしい。

目つきも変だし。

完全に逝ってしまっている印象だ。

まさかコレは、薬物か何かを摂取しているのか。だが、ヒーローでも、薬物の摂取は非常に厳しく罰せられる。

ヒーローの間であれば。

法は機能するのだ。

「おい、テメー。 まさかわたしが怖くて、薬に手を出すとは。 それでもヒーローなのか、クズが!」

「……」

再び、無数の牙が躍りかかってくる。

牙を操作する能力か。

いや、これは牙じゃ無い。

何というか。

そうか、分かった。釘か。

釘を大量に束ねて、しかも白く塗って。牙っぽくしている、という事か。

サイコキネシスを扱っているというわけだ。

無言で釘の山を拳で吹っ飛ばすと。

真正面から、シャークトゥースを殴り倒し。

吹っ飛んだ小男は。

壁に叩き付けられて。

血の跡を残しながら、ずり落ちた。

更に容赦なく追撃。

薬をやっていると言うことは、既に痛覚も無い可能性が高い。徹底的にぶっ壊さないと、何度でも立ち上がってくる可能性がある。

全身を滅茶苦茶に打ち砕いていくが。

それでも時々、わたしの背中に向けて牙を飛ばしてくるシャークトゥース。そのたびに逐一反撃し。

やがて七百発ほど拳を叩き込んだところで。

シャークトゥースは動かなくなった。

呼吸を整える。

その瞬間だった。

ふっとんだ私は、気付く。

どうやら、小型のカノン砲だ。

最初から、狙いをつけていたらしい。反射的に防がなかったら、その時点で即死していただろう。

だけれども、ダメージが尋常では無い。

立ち上がろうとして、失敗。

カノン砲の方を見ると。

立体映像と。

怯えきった市民が数人いた。

立体映像の主は。

ライトマン。

間違いない。オリジンズの一人であるライトマンだ。

「始めましてテンペスト。 噂に違わぬ獰猛な戦いぶり、堪能させて貰ったよ」

「貴様、ライトマン……」

「その様子だと、ほぼ不眠不休でクラッククラックを潰した後、ここに来たようだね」

そうか、そういうことか。

此処までの全ては。

ライトマンが指揮を執っていたのか。

もう一発カノン砲が来るが。

それは真正面から打ち砕く。

耐えられなくなったらしく、市民達は恐怖の声を上げながら逃げていった。

「映像は解析させて貰った。 君の能力は大体想像がついたが、どちらかというと君、その身体能力は自分で磨き抜いたもののようだねえ」

「それがどうかしたか」

「そういう天然物の体で、無理を極限までするとどうなるか、知らないだろう?」

気付く。

口から血が伝っている。

これは、内臓が。ダメージを受けているという事か。

高笑いしながら、ライトマンの映像が消える。

拳を床にたたきつけた。

「やられたな……」

一刻も早く、此処を離れなければならない。

シャークトゥースは再起不能にした。だが、このまま此処にいると、ヴィラン討伐部隊が来かねない。

もはや滅茶苦茶になっている全身を引きずって。

私は、逃げるようにして。

その場を後にせざるを得なかった。

口惜しい。

だけれども。

今は、退く。

それ以外に、選択肢は存在しなかった。

 

1、泡沫

 

戦闘タイプヒーローの体は頑強だ。だが、極限まで能力を酷使すると、肉体の方にダメージが行く。

最初は内臓に出る。

元々ヒーローの能力は、存在そのものが無理に満ちている。

だから肉体が耐えられない。

それが核を防ぎきるほどのものであれば、なおさらだ。

わたしが気付くと。

其処は、確か逃げ込んだビルだったはずが。

違う地下通路だった。

知らない天井だ。

着衣もリネンになっている。

つまり、誰かに連れてこられた、という事だ。

拘束はされていない。

点滴されている。

上半身を起こす。

体の彼方此方にある傷は、処置されていた。

側にいた小さな子が、わたしが起きたことに気付いて、跳び上がる。内気そうな子だけれど。

格好だけで分かる。

多分ヒーロー崩れだろう。

今の時代、こんな育ちが良さそうな服。

ヒーローしか着ることは許されない。

そしてヒーローがわたしを助けることはない。

子供でも、ヒーロー崩れのヴィランはいる。

わたしがそうだったように。

子供はすぐに部屋を飛び出していって。その場には誰もいなくなった。嘆息すると、服を回収しないといけないなと、わたしは思った。

一応、しばらく待っていると。

ひょいと顔を見せたのは。

東雲雲雀だった。

「元気そうだね、テンペスト」

「どうしてわたしを助けた。 そもそも、どうやってわたしの居場所を突き止めた」

「居場所は簡単だったよ。 シャークトゥースを潰したけれど、あんたが死ぬ寸前までダメージ受けたって報道があったから」

「周囲をしらみつぶしってわけか」

そうなると。

下手をすると、サイドキックに捕まっていた可能性もあった、ということか。

わたしも記憶が曖昧だ。

はっきりいって、廃ビルに逃げ込んだ前後のことは、あまり覚えていない。倒れて。それっきり眠ってしまったのだろう。

手を見る。

何カ所か、怪我を処置した跡があった。

「また、負けか……」

呻く。

クロコダイルビルドとの戦いには。戦いをする前から負けてしまった。

そして今回も。

戦いそのものが負けだった。

ライトマンが全面協力していたとなると、あの重厚な布陣。ライトマンの麾下にいるサイドキック。それも専門の対ヒーロー対ヴィランの戦闘訓練を受けた連中が、指揮をしていたのだろう。

そしてライトマンは。躊躇無く、シャークトゥースに、薬物投与して、暗示まで行った。

わたしの能力を暴くために。

将来の大物ヴィランを潰すために。

小物のヒーローと。多数のサイドキックを使い捨てたのだ。

ゲス野郎である事は間違いないが。

しかし、その冷酷なやり口。

奴が冷厳な現実主義者で。油断ならない相手であることを、わたしに悟らせるには充分だった。

「体のダメージは、やはりひどかったのか」

「幾つかの内臓が潰れてたよ。 もっとも、戦闘タイプヒーローの都合が良い回復力で、もうあらかた大丈夫みたいだけれど」

「そうか」

点滴を引き抜く。

そして。

側にあった、ボロボロの服に着替える。

まあ側で見られているけれど。

どうでもいい。

これだけ世話になっただけでも、恥ずかしい位なのだ。

「それで、此処は」

「クロコダイルビルドの支配地区。 急ピッチで整備が進んでいるから、潜伏にも丁度良いんだよ」

「……」

そうか。

あのゲス野郎の支配地区か。

そして今も。

奴に手を出す事は不可能なことが。今の東雲雲雀の言葉で理解できた。口惜しいけれど。次のターゲットを狙うしか無い。

少し体を動かしてみる。

何とか大丈夫だろう。

次のターゲットを潰しに行く途中でリハビリをし。回復をしながら進んでいくしか無いだろうが。

それでも、前の状態よりはマシだ。

「ありがとう。 世話になった」

「そんな戦い方してると、死ぬよ?」

「わかってる。 だがこうしている瞬間にも、ヒーローを騙る資格が無いゲスに、力ない市民が苦しめられている。 そう思うと、ダラダラ寝て何ていられないんでね」

「ふーん」

眠そうな目を更に細めて。

愉快そうに此方を見る東雲雲雀。

馬鹿にしているのか此奴は。

もっとも、わたしは馬鹿にされたくらいでは本気で怒らない。わたしが怒るのは、ゲス野郎相手の時だけと決めている。

師匠に何度も釘を刺されたのだ。

怒るのも、相手を選べと。

侮辱されたくらいで怒るようでは、まだまだ小物。

難しいけれど。

実際今も、少しイラッと来たし。

「借り一つとしてカウントしておく。 市民を虐げない仕事だったら、一回だけ手伝ってやる」

「だったら、さっそくその借り、使いたいんだけど」

「何だ、狙っているヒーローがいるのか」

頷く東雲雲雀。

そして、来るように促された。

 

ヴィラン名、というか組織名クリムゾン。

最近東雲雲雀の所属組織が名付けられた。

下水道の一角らしいという事は分かった。

ヴィランが潜むには最適な場所だ。

しかも案外清潔である。

都市整備計画のどさくさに紛れて、潜り込んだのだろう。完成したばかりの下水道に、いきなりヴィランが巣くっているとは、誰も思わなかったというわけだ。まあ、この辺りは、セキュリティという概念が失われていることも、追い風にはなっているけれど。

クリムゾンという組織名がつけられた事についてはわたしも知っていたけれど。その幹部が、それほど広くも無い部屋に勢揃い。

その中には、先ほどの内気そうな子供もいた。

ヴィラン名パーカッション。

記憶を移し替える能力の持ち主。

なんと人体から機械へも移し替えることが可能で。殆どの人間の記憶を、映像ファイルなどに切り替えて、HDDに保存することが可能という、ある意味便利極まりない能力の持ち主だ。

戦闘タイプのヴィランでは無いけれど。

この子を有している事は。クリムゾンにとっては、大きなプラスであることに間違いないだろう。

石塚という組織のナンバーツーが、軽く自己紹介してくる。

やはりサイドキック崩れ。

そして、フードを被った影。

この組織のボス。

この間、側を通ったとき。得体が知れない違和感を覚えた相手。何者かは分からないけれど。

どうも此奴は苦手だ。

「あの状態から、四日で復帰か。 さすがは戦闘タイプヒーローだな」

「いや、まだ本調子ではないので」

「それでも大したものだ」

ちなみに。

わたしが壊した連中も、本来は何日かで回復してくるはずなのだが。わたしがそうはさせない。

単純な話だ。

わたしの能力に関係している。

本当だったら、殺しでもしない限り、戦闘タイプヒーローを止める事は出来ない。能力を奪う、なんて事はなおさら無理だ。

わたしの能力はそれが出来る。

それだけのことである。

「シャークトゥースを真正面から潰した事は感謝する。 此方でも抹殺リストの上位にいた悪徳ヒーローだ」

「だが、罠だった」

「どういうことかね」

「ライトマンが背後で指揮を執っていた。 シャークトゥースは薬物を投与された上に暗示を掛けられ、完全に捨て駒として使い捨てられていた」

ゲス野郎だが。

気分が悪い結末だ。

そしてこれをやったのが、オリジンズの一人という事実もまた、色々な意味で不愉快すぎる。

この世界は本当に腐っているのだ。

「それで、わたしに協力を願うって話だが」

「そうそう。 次に我々は、このヒーローを葬るつもりだ」

よく稼働しているか感心する古いPCを顎でしゃくる石塚。

この部屋に入ってきたときに、既に見ていたから知っている。ハリネズミを模したスーツを着たヒーローである。

名前は。

誰だっけ。

少なくとも、わたしの抹殺対象では無い。

世界で悪逆を重ねているヒーローは大体知っている。というか、ザ・パワーと取り巻きが例外なだけであって、今の時代のヒーローは、市民にとっての悪夢そのものだ。だから、ある意味ほぼ全員、わたしとしては最終的にぶっ潰すべき相手になるのだけれど。

此奴は見覚えが無い。

つまり、それほど市民を派手に虐げていないか。

それとも、新参か。

どちらだろう。

「この男は?」

「ヘッジホッグスター。 ライトマンの派閥に属するヒーローで、巨大なサイドキック養成校を有している」

「!」

サイドキック養成校が、事実上の奴隷商である事は、わたしも知っている。

そういえば、幾つか大型のサイドキック養成校が存在していて。其処へは、市民の中から、ヒーローが「直感」で選んだ人間が送り込まれる。

卒業できれば晴れて奴隷。

適性が無いと判断されれば殺される。

そういう場所だ。

ただ、一部のサイドキックは。ヒーローから特殊訓練を受ける。医療や軍事の専門家はそのタイプ。

そしてこれらの特殊サイドキックは。

絶対に裏切らないように、様々な措置を施されるという。

何となく見えてきた。

「ひょっとして、フラッシュライトの件か」

「そうだ。 あの時暗殺に荷担した医師が、このサイドキック養成校の出身者でね」

「……それで?」

「内偵をして見たところ、面白い事が分かってきた」

それによると。

ヘッジホッグスターの下には、何人かの特殊なヒーローが配置されているという。このヒーロー達は、いずれもが戦闘タイプでは無いヒーロー。つまり、インフラなどを整備する役割を担っている者達だ。

その中のヒーローに。

洗脳を専門としているものがいるというのだ。

「つまり、今回のは、一種の調査か」

「そうだ。 だがライトマン直下のヒーローが相手だ。 此方の組織力では少しばかり心許なくてね」

「で、このヘッジホッグスターとやらは、市民を虐げているのか」

「?」

不思議そうに小首をかしげるフードの影。

またイラッと来るけれど、咳払い。

「わたしがぶっ潰すヒーローは、強大な力に任せて、市民を虐げている奴だけだ。 此奴もそうだっていうなら戦う。 勿論その証拠を見てから、だがな」

「サイドキック養成校の実態は知っているだろう?」

「ああ、知っている」

「ちなみに、此奴の膝下にあるサイドキック養成校では、年間千二百人近くが、適正なしと判断されて「退校」している」

確かにひどい話だ。

だが、わたしが狙っている連中は、年間万単位で市民を殺戮している連中ばかりである。優先順位を下げてまで、此奴をたたくと言うのは。どうにも納得がいかない。

此奴もいずれ潰す。

だけれども。

師匠の言葉を思い出す。

政治的策謀に振り回されるようになったら終わりだ。

その通り。

ただでさえ、クロコダイルビルドの時に、わたしは結局押し通れなかった。市民のことを考えると、どうしても無理押しは出来なかったのだ。

その結果、クロコダイルビルドはまだ野放しになっている。

現在進行形で、多くの市民が救われていると同時に。

五十万人を面白半分で殺戮した悪鬼が野放しになっているのだ。

これはわたしの責任。

いずれクロコダイルビルドは、かならずぶっ潰さなければならない。それについては、決めている。

そして、こういう策謀は。

出来れば上を行くか。

納得がいかない限り、賛成は出来ない。

「現在の社会は腐っている。 それはわたしも全面的に同意だ。 だがヒーローが作ったインフラだけを破壊する作戦には荷担できない」

「勿論分かっている。 だから君には陽動だけを頼みたい。 ヘッジホッグスターの撃破は念頭に置かなくてもいい」

「……そんな暇は無いんだがな」

「借りを返して貰おう」

それを言われると弱い。

舌打ちすると、作戦の概要を促す。

石塚は、わたしとフードの影のやりとりをじっと見守っていたが。どうやらわたしが話を聞くつもりになったと理解したらしく。

プロジェクターを起動した。

作戦の概要はこうだ。

東雲雲雀が能力を使って、サイドキック養成校に潜入。メインルームを制圧して、情報をあらかた抑える。

その間の時間稼ぎを、わたしがする。

ヘッジホッグスターを潰す必要は必ずしもない。

ただし、奴の部下と主力は引きつける。

それが必要だとか。

一瞥。

東雲雲雀は、それなりに鍛えてはいるようだが。まだ能力者としては完成していないらしい。

わたしもそれは同じだけれど。

戦闘タイプのヒーローとぶつかると、かなり厳しいとか。

わたしとしては、別に良い。

長時間拘束されないのであれば。

命を助けて貰った事は事実なのだ。その借りは返さなければならないだろう。その程度の事は。当たり前の話だ。

ただし、それによって悪辣なヒーローが、多くの市民を虐げる事を見逃すことになるのなら。

考え直さなければならないが。

「分かった。 陽動だけなら引き受ける。 ただし、サイドキック候補生達に危害を加えるなよ」

「余裕があったらね」

東雲雲雀のものいいはいちいちかんに障るけれど。

それを怒る気にはなれなかった。

 

ヘッジホッグスターの支配地区は、R地区の一角。古い時代は、ロシアという巨大国家があった地区である。

この西には昔ヨーロッパと言われていたE地区があるけれど。

R地区とE地区は、語りぐさになっているほど激しい戦いがあった。

戦いの後は、ほぼ無人地帯と化していたほどで。

此処を開拓するのが急務だと、初代オリジンズの時代には、積極的な復興が行われたらしい。

なにしろ人類文明の中心地区だった一角だ。

NAM地区と同じく。

宇宙人に、徹底的に叩き潰されたのである。

特にE地区にて、最大規模の経済力を持っていたイギリスという国家は。島ごと消し去られたという。

宇宙人による反物質兵器が炸裂した結果だ。

少なくとも今。

地図にその国家があった島はない。

だが、ヒーロー達が積極的に復興を行ったのは、最初の百年だけ。それ以降、ヒーローの腐敗にあわせて復興計画も見捨てられていき。

結果的に、半分ほどの地区は、未だにほぼ無人状態だ。

それでも、幾つかの完全無人地区よりはマシだが。

わたしが次に狙っているヒーローは、今回の作戦地域から近い。それも同意をした理由の一つ。

ただし、まだ納得は行かない。

やはり、自分の目で見てみるべきだろう。

遠く。

森の向こうに、鉄道が見えた。

走っているのは、ヒーロー用の鉄道。いや、違うな。乗せられているのを双眼鏡で除くと。

大量の子供達が乗せられている。

そうか、サイドキック養成校に送られる子供だ。

あの中の何人が、生きてサイドキック養成校を出られるのだろう。一応入学は出来るのだろうが。

そう考えているわたしの横で。

嘲笑うように、フードの影が言う。

「あれはまだ選別されていない子供だよ」

「な……」

「あの中から、良さそうなのをヒーロー達が選ぶ。 選ばれなかった子供は、その辺りのスラムにそのまま捨てられる。 ただ、学校に入ってから適正なしと判断されると処分されるから。 それよりはまだ生存率が高いかな」

そうかそうか。

実態を直接見に来たのは初めてだった。だから其処まで凄まじい代物だと言う事はわかっていなかった。

いや、本当は分かっていたはず。

分かっていないフリをしていただけだ。

サイドキック養成校の周囲には、広大なスラムが拡がっている。だけれど、正直な話。

スラムでも、あるだけマシ。

食糧を得る可能性も出てくるし。

雨露もしのげる。

それこそ、全員が極限まで絞りつくされている支配地区に比べれば、これでもマシというべきだろう。

悪夢だ。

「で、どうやって陽動すれば良い」

「その辺は任せる」

「そうか。 じゃあ好きにやらせて貰う」

街を見に行く。

辺り構わず、ホームレスがいる。どうやら、食糧だけは配布している様子だ。ただし配布しているのは食糧だけ。

非常に不衛生な着衣に身を包んだ子供達が散見される。

恐らく、選別の際に着せられたものだろう。

裸に近い格好の子供も多かった。

いたたまれなくなる。

こうやって捨てられなくても、何か気に入らないことがあったらその時点で殺される。うまく生き延びても、ヒーローの気分次第で殺される。どれだけ頑張っても待遇は奴隷止まり。

不平等とか、そういう次元じゃ無い。

一体何で。

どうして世界はこうなってしまった。

サイドキックが乗ったトラックが来る。ばらまいていくのは食糧だ。飛びついて持っていく大人達。

子供には、半分も行き渡らない。

死んでいる老人や子供が、彼方此方に散見される。

市民は勝手に増える。

あいつらはヒーローに奉仕するための存在だ。

そうほざいていた幼なじみであるクラッククラックは、この間ぶっ潰した。後で聞いたところによると、その後殺されたらしい。

はっきり分かるのは。

奴の考えが、絶対に間違っているという事。

この光景を見て。

心が揺さぶられない奴がいるとしたら。

それは完全に化け物だ。

誰が、どうして、ヒーローを化け物にしてしまったのか。この世界は、丸ごとパンデモニウムになってしまった。

「なあ、あんたサイドキックだろ。 めぐんでおくれよ」

そんな声が掛かると。

周囲から、無数の人影が集まって来た。皆異臭を全身から放ちながら、手を伸ばす。文字通りの餓鬼の群れ。

「ひもじいよう」

「明日のメシも無いんだよ」

「くれよ、服だけでいいからよう」

皆やせこけて、骨と皮だけ。

あれだけ散らばっている死骸を見れば、さもありなん。

それだけじゃない。

明らかには死骸の中に、喰われたものも散見された。死んでから喰ったのか。それとも弱っているところを襲って喰ったのかは分からない。

だが、この地区では。

其処まで人心が荒んでしまっている、という事だ。溜息が零れる。

「すまない。 貴方たちのためにも、この地区のヒーローをこれからぶちのめしてくる」

「たべものおおお」

うめき声に近い懇願。

あのような雑な配り方では。

弱者に食事なんて行き渡らない。

素早く食事を掠め取っていく奴だけが特をする。

或いは暴力が得意な奴が、弱い奴から食事を奪い取る。その結果が、この地獄というのも生やさしい場所だ。

それにしても。

話に聞いていた以上に、サイドキック養成校はひどい。

家畜以下の扱いを市民が受けているのはわかりきっていたのに。これでは古い時代の奴隷貿易船より無惨では無いか。

人間が腐りきったらこうなる。

その見本が、此処に提示されているようだと、わたしは思う。

ひょいと跳躍すると、ビルの上に。

わたしにすがりついていた人達へ一瞬だけ振り向く。

ぼんやりと、わたしの事を見ていた。

もう、何だか判断する能力さえ。

頭からは、失われてしまっているのだろう。

悲しい話だが。

今のわたしには、何も出来なかった。

 

2、潜入作戦

 

テンペストが行動を開始。

本人の言葉通り、陽動を始めてくれたようだった。

サイドキック養成校がどのような場所か。実際に足を踏み入れてみなければ分からないだろう。

あれは出荷を待つ養豚所だ。

ヒーローの気分次第で人間の価値が決まり。

売れないと判断されたら、その場でゴミとして処理される。

売り飛ばされた先も地獄。

作戦で何度もサイドキックを殺したけれど。

私と同じような地獄を抜けてきたと思うと、良い気分はしなかった。それでもやらなければならないが。

石塚が来る。

険しい表情をしていた。

「分かっていると思うが、失敗は許されない。 気を付けてくれ」

「分かっています」

「よし、潜入作戦開始だ」

「……解放!」

服を脱ぐと。

姿を変える。

正確には、収納されていた真の姿へと変わる。

赤黒い触手の塊。

無数の目が全ての周囲を見通す。

潜入作戦は一度では済まされない。

二度、三度と行っていかなければならないのだ。そうすることで、まずは地図を造る事から始める。

ヘッジホッグスターはどうするか、それはまあテンペストに任せる。

今は、まず。

ライトマンが関与していると思われる陰謀を、順番に暴いていって。奴を叩き潰す事から始めなければならない。

そうしなければ。

そもそも、まず勝負の土俵にすら立てないのだ。

そういえば。

触手になって這いずりながら思い出す。

土俵というのも、失われた文化の言葉だったか。宇宙人との総力戦で、地球からは多くのものが失われた。

言葉だけが残っているケースも少なくない。

まず、サイドキック養成校の地下に到着。

相当巨大な下水管だ。

上にある建物の規模から考えると妥当だが。その一つに潜り込む。金属の格子を外して、ぬるりと体を動かす。

嫌な臭い。

切り刻まれた人間の死体が流れてきた。

テンペスト辺りが見たら怒るかも知れないが。

私には分かる。

ああ、この子は、適性が無いとみなされたんだな。その結果、処分されて、捨てられたのだ。

古い時代は、ヒーローとともにあり。

時には親友として。

時には後継者として。

ヒーローを支えてきたサイドキック。

それが、今では奴隷。

それも、奴隷となる前は、この通り人間どころか、命として扱ってさえ貰えない。テンペストも、今頃周囲のスラムを見て、現実を知っているだろう。狂った世界の、イカレた常識が、此処にある。

鎮魂の祈りを捧げる暇は無い。

そのまま、這い上がっていく。

下水管が細くなるが。一端下水管の外に出て、メンテナンス用の通路に潜入。後は物陰を移動しながら。じっくり地図を作っていく。

解放後、体内に取り込んだ通信装置で、石塚とやりとり。

「どうだ、状況は」

「警備は手薄ですね」

「……気を付けろよ」

「分かっています」

この間の速攻。

テンペストがシャークトゥースを潰した事件は。

テンペスト本人は何とも思っていなかったようだけれど。ヒーロー側ではそれなりに騒ぎになったらしい。

まあ、ライトマンが意図的に騒ぎを大きくした、という事もあるのだろう。

それを考慮すると。

此処で探し出すことが出来るものは。

きっと、価値があるはずだ。

天井に張り付いて、監視カメラを避けながら移動。

通路を通っていくが。

暗がりだからか、見張りのサイドキックが来ても、私に気付かず素通りしていくことが多い。

軟体質の肉体はこういうときに便利だ。

這い進みながら、別の部屋に。

徐々に。

地下から、サイドキック養成校本体へと入り込んでいく。

「よし、今日はここまでだ」

「分かりました。 帰り道の地図も作成しながら戻ります」

「急いでくれ」

今回は、作戦実行に時間的猶予がある。

例えば石塚やジャスミンらも突入する作戦を立てるとして、しっかり退路を確保するためにも、地図を作っておくことは大事だ。

帰りも移動しながら、あらゆるものを地図に書き記していく。

ボイラーも見つけた。

古い時代のボイラーとは燃料が違うらしいけれど。

まあそれはどうでもいい。

此奴を爆破すれば、一気に敵を混乱させる事が出来るだろう。

それにしても、こんな重要施設に、見張り一人も着けていないというのは。管理態勢がなっていないのか。

それとも罠か。

ヒーローの中には、単独で高度な分析能力を持つ者もいると聞いている。

そうなると。

サイドキック養成校を運営しているヒーローの中に。

監視カメラなんて必要ないくらいの分析能力を持つ者が混じっている可能性も考慮しなければならないだろう。

地下下水道に戻り。

其処からアジトに帰還。

アジトでは、悲惨なスラムの様子を、他のメンバーが確認してきた。勿論状況確認だけでは無い。

敵の巡回路や戦力。

配置されている場所なども、確認していた。

地図が作られ。

それを前にして、皆が話し合っている。

服を着直した私が其方に行くと。

石塚が声を掛けてくる。

「雲雀、どうだった」

「通話の際に言ったとおりです。 侵入は難しくないでしょうね」

「問題はその後だ」

どうにもきな臭いライトマン周囲を洗うには、ヘッジホッグスターをどうにかするしかない。

ヘッジホッグスター自身は大して強くも無いヒーローだが。

それでも、現状の私には、少し手に余るだろう。

まだ戦闘タイプのヒーローと真正面からやり合うのは、リスクが高すぎる。危険は少しでも避けなければならない。

「地図を見る限り、この辺りの空間が気になるな」

「地下に何かしらの秘密訓練施設を置いているか、或いは……」

「ヒーローが潜んでいるか」

フードの影が言うと、皆が顔を上げる。

私の懸念も其処だ。

戦闘タイプのヒーローではなくても。

周囲を探索できるタイプがいると、こっそり潜入したつもりが、全て筒抜け、というケースさえもあり得る。

それは少しばかりまずい。

「この円形の空間、ヒーロー支援用の装置が詰まっているとなると、色々と面倒ですね……」

「可能性としては考慮すべきだけれども。 しかしそこまで神経質になる必要は」

「いや、神経質に、徹底的にやっていくべきだ。 幸い今回は、テンペストが陽動を請け負ってくれている」

テンペストか。

彼奴が殴り込んできたら。ヘッジホッグスターの戦力ではどうにもならないだろう。ただ、ヘッジホッグスターはライトマン麾下のヒーロー。保身にも熱心となると。恐らく同じ派閥のヒーローか、ライトマン本人を呼ぶ可能性が高い。

こうなると一転不利だ。

ライトマンはオリジンズの一角。

流石のテンペストでも荷が重い。

それほどの難敵だ。

「動きやすい今のうちに、可能な限り情報を集める」

「サイドキックを一人か二人、さらってくるか?」

ジャスミンが提案。

私も頷いた。

ただ私の場合、体に取り込むと、あっという間に消化してしまう。捕縛して来るのは、ちょっと苦手だ。

その辺りは、ジャスミンや他の武闘派に任せるべきだろう。

サイドキックの一人や二人なら、不意打ちでどうにでもなる筈だ。

アーノルドが忌々しげに舌打ち。

「テンペストと一緒に殴り込みって訳にはいかなかったのか?」

「相手はライトマンの懐刀だ。 下手な行動をすれば、一瞬でテンペストもろとも全滅するぞ」

「なんだよ、情けねえ」

「客観的な事実を述べているだけだ」

石塚が咳払い。

そして、手を叩いて、皆の注目を集めた。

「今日は交代して休憩を開始。 明日以降、更に慎重に探索を進めていくこととする」

「へいへい、了解」

「雲雀、いいか」

頷くと、石塚と一緒に別室に。

石塚は知っている。

私の能力が、かなり汎用性がある、という事実を。

だけれども、周囲には教えていない。

信用していないのだ。

はっきりいうと。

少しばかり組織は短時間で拡大しすぎた。

テンペストと一緒にアンダーウィングを潰した後から、知名度が上がり。各地の組織が合流してきている。

その中には単純なテロ屋も少なくなく。

結局の所、信用できない人間が、かなり潜り込んできているのだ。

ヒーロー側の人間もいるかも知れない。

サイドキックの中には、高度な訓練を受けて、ヴィランの組織に潜り込む者もいるという。通称忍者である。

ある意味、古い時代の忍者と、本当の意味で一致している存在だ。

その忍者が。

紛れ込んでいないとは、限らない。

「例の空間を中心に、明日は探索して欲しい。 もしもヒーローがいるようだったら、地下からの侵入は考え直さないと危ない」

「そうですね。 ひょっとすると、今日でさえ、既に察知されていた可能性もあります」

「その通りだ。 もしも潜り込めるようだったら。 この空間の正体を暴く。 探査用のヒーローがいるようなら、消せ」

「分かりました」

まあ、そうなるだろうな。

話を終えると、石塚は出て行く。

私も自室に戻ると。

ぬれタオルで体だけ拭いて。

後は無心に眠った。

昔より異形化出来る時間はぐっと増えているけれど。

それに比例して。

体への負担も大きくなってきていた。

 

探索開始。

昨日と同じルートを通って、サイドキック養成校の地下に侵入。そのまま、まっすぐ、昨日の最終到達点まで移動。今回は脇道を見なくて良いので、時間的には三分の一も掛からなかった。

有り難い話ではあるけれど。

ただし、ここからが問題だ。

戦闘タイプヒーローが出張ってくる可能性がある。

ヘッジホッグスターは強い方の戦闘タイプヒーローでは無いけれど。今の私では手に余るし。

何より、此処に探知型のヒーローがいた場合。

用心棒を呼び寄せている可能性がある。

私の侵入に気付いていたら、そうしているだろう。

それは、非常にまずい。

皆が慎重になるのは、当然の話なのだ。

アーノルドはヒーローの怖さを知らない。

純粋な力で言えば。

ヒーローは、古い時代に存在した軍隊なんか及びもつかない力の持ち主なのだ。その圧倒的な力は、今まで地上に存在した武器の全てをがらくたに変えてしまったと言っても良い。

本当に軍隊を潰したのは宇宙人共だけれど。

それはそれだ。

もしもヒーローが世界と戦っていたら。

恐らく結果は。

宇宙人が攻めてきたときと、同じになっていただろう。

だからこそ。

戦闘タイプのヒーローは。相手がひよっこであっても、気を付けなければならないのである。

実際問題。

私も地下に潜ってから、それは何度か思い知らされた。

サイドキックとは根本的に違う圧倒的過ぎる能力。

大砲が直撃どころか。核さえ耐える奴もいる。

世界を牛耳っていた列強さえゴミクズのように粉砕した宇宙人を打ち払った連中なのである。

腐敗していても、力そのものには変わりが無い。

そしてその力は。

そもそも自分を制御するつもりが無いのだ。

這いずりながら、ゆっくりみょうな空間を探っていく。一カ所、ダクトを発見。此処から入れるかと思ったら。別の部屋の空調室に出た。

「恐らく別の階から入る部屋と見ました」

「地上部分に出ないと無理そうか」

「そうですね……」

「逆の発想だ。 更に深く潜って、下水側から上がれないか確認してみてくれ」

頷くと、一度下水に戻る。

その間。三回サイドキックの巡回に遭遇したけれど。いずれも私には気付かなかった。

地下に戻ると。

今度は下水道を這い回りながら。例の空間について調べる。妙な横穴があったので入ってみたら。

ホームレスのミイラ化した亡骸があった。

可哀想だけれど。今は葬っている暇も無い。

それで、気付く。

妙に温かいのだ。

見ると、一カ所。

風が吹き出して来ている場所がある。

ひょっとすると。

触手を伸ばして、天井の金属板を外す。メリメリと凄い音を立てたけれど。最終的には外れてくれた。

其処から、内部に入り込む。

途中、巨大な換気扇が幾つかあったけれど。

動いていない。

上部へ上がれそうだ。

どうやら。此処が。

おかしな空間の真下になるらしい。

壁を這い上がって、天井を調べる。

メンテナンススペースとしても、どうやってここに来るのか。不思議だが、調べて見る価値はありそうだ。

壁の一角。

はしごを発見。

それを使って、登ってみる。

天井にメンテ用の戸があったので、外して中に。

そして、狭いダクトを通って、中を進む。人間だったら入れないけれど。今の私だったら大丈夫だ。

ほどなく。

見えた。

巨大な円形の空間。

其処には、無数のPCがある。

いずれも、サイドキックや、ヒーロー用に調整された、高精度のPCだ。そして、それらからはコードが伸び。

真ん中には棺があった。

棺としか言えない。

「監視カメラは」

「複数」

「よし、ハッキングで眠らせる。 一つずつ、直接触れろ」

フードの影が割り込んできた。なるほど、私を介して、カメラをハッキングして、映像を書き換えるというわけだ。

だけれども、監視カメラはいずれもが、互いをカバーする位置にある。

下手に触ると面倒な事になる。

しかも、カメラの監視角度がかなり広い。

やむを得ない。

切り札を一つ使うか。

壁にあわせて、体の色を変える。そして、ゆっくり、ゆっくりと、壁を沿って移動していく。

保護色という奴だ。

体も極限まで平たくする。こうすることで、可能な限り発見を避ける。

あの棺の中にヒーローがいるとしたら。

見つかった時点でアウトだ。

戦闘タイプヒーローが乗り込んできたら、その時点で負ける。だからこそ、細心の注意を払う。

一つ目の監視カメラに到着。

ハッキング開始。

五分ほどかかると言われて、呻く。

体を出来るだけ平らに。

しかも保護色にしている状態では、かなり体力を消耗するのだ。

「よし、終わりだ」

「他の監視カメラも、ですか?」

「そうだ」

フードの影によると。

それぞれの監視カメラが、スタンドアロンになっていると言う。まったく面倒くさい事をしてくれる。

だけれども。

此処でどうにかしないと。

そもそも、このサイドキック養成校という名前の奴隷商から、大きな情報を引っ張り出せないのである。

幸い。今ので監視カメラに死角が出来た。

その死角を通って、もう一つの監視カメラを潰しに行く。

少しずつ。

感覚がおかしくなっていく。

それはそうだ。

人間とはほど遠い、化け物としか言いようがない存在に変わっているのだから。

人外の姿が長引くほど。

体の感覚だっておかしくなる。

二つ目の監視カメラ、沈黙。

同時に、もう一つの監視カメラも沈黙したという事だった。

どういうことか聞くと。

スタンドアロンで作ってはいたけれど。ハッキングした監視カメラを介して遠隔アクセスしたところ、パスワードがカスのような代物で。そのまま入る事が出来たのだそうだ。

だったら今の苦労も軽減して欲しかったと愚痴りたくなる。

だけれど、まだ監視カメラは残っている。

全て潰した頃には。

すっかり私は疲弊していた。

「集音センサ、沈黙」

「よし、これであの棺を調べられるな」

「気を付けろ。 中に何が潜んでいるか分からんぞ」

「ええ」

その前に。

着地すると、一旦人間体に戻る。

全裸だけれど、まあそれは仕方が無い。膝を抱えてしばし休む。この部屋は暖かくて、全裸でもそれほど苦にならない。

通信装置越しに。

石塚が話しかけてくる。

「三十分ほど休んだら、あの棺を調べてくれ。 くれぐれも、念入りにな。 それと、慎重にだ」

「うい」

しばし、無数のコードがつながっている棺を見つめる。

棺。

本当にそうか。

何だか曇りガラスのようだ。木製ではないし。

側によって見下ろしてみる。

うっすら透けていて。

中には、パーカッションと同年代の女の子が、眠っているようだった。リネンの様なものを着ているけれど。

体中にコードやら何やらが突き刺さっていて。

安らかな寝顔とは言い難い。

これは何だ。

この子供。

殺すのか。

ヒーローとしての能力を持っている可能性はある。戦闘タイプヒーローだったら、私でもかなわないかも知れない。

だけれども。

もしそうなら、どうしてこんな扱いをされている。

女の子は緑色の髪で。髪の毛は足下まで伸びている。まったく切っていないというよりは、単純にオシャレで伸ばしている印象だ。

眠っているのに?

何とも妙だ。

棺に触ってみると、ひんやりと冷たい。

これはひょっとすると。

コールドスリープ装置か。

「まて。 雲雀。 もう少しその子の顔を見せてくれるか」

通信装置から聞こえてきたのは、フードの影の声。

見せてやる。

しばしして。

異様な笑い声が聞こえてきた。

それは狂喜と言うにふさわしいものだった。

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! まさかこんなところで見つけるなんて! これはまったく予想外! ウッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「……?」

通信の向こうで、石塚が困惑しているのが分かる。

そして、不意に笑うのを辞めたフードの影は。言う。

「23415672だ」

「はあ?」

「側にダイヤルがあるだろう。 その通りに回して見ろ」

「……」

言われたままに周囲を調べると、確かにダイヤルがある。

そしてダイヤルを回すと。

蓋が、開いた。

一瞬、アラームが鳴ることを警戒したのだけれど。それはない。その代わり、部屋が急激に寒くなって来た。

「異形化しておけ。 其処の温度はすぐにマイナスになる」

「で、この子は」

「プライムフリーズ」

「え……」

聞いた事がある。

というか、知らないはずも無い。

その名前は。

初代オリジンズの一人だ。

確か、妙齢の美しい女性で。映像でも、すらりとした背の高い女性だったはず。名前の通り冷気を自在に操る能力者で、初代オリジンズに加入したのも三番目。ザ・ヒーローからも信頼厚い女性で。

八十七歳まで生きて、死んだ筈だ。

クローンか。

いや、違う。

クローンだったら、能力まで同じ筈が無い。もし同じだとしたら、それは。

よく見れば、幼い顔だけれど。

あのプライムフリーズの面影がある。目を開けたプライムフリーズ。その瞳は青。サファイヤのような瞳とか阿諛追従される事もあったけれど。

実際には、青すぎて深海のようだと言われていた目だ。

髪の色も、そういえば。

プライムフリーズは緑だった。

半身を起こした女の子は。

大きく伸びをすると、此方を見る。

あくびをしながら、言う。

「なんじゃお前。 わしになんのようじゃ」

「久しぶりだなあプライムフリーズ」

「その声は聞き覚えがあるぞ。 確か」

何だ。

その後女の子が口にした音を、私は聞き取れなかった。何だか意味不明の音が流れ出た印象だ。

「お前、他人に異能の力を与えたな」

「適性はばっちりなのを先に確認している。 それにしても、まさかお前が、このような形で生きていたとはな」

「生きていたと言えるかはわからんがなあ。 わしは幽閉されてこの有様よ」

しゃべり方もゆっくりしていて、子供らしくない。

そして、気付く。

急激に周囲の冷気が収まり。

気温が普通に戻ってきた。

「で? わしをおこしてどうする」

「この世界を少しでもよくしたい。 協力を頼めるか、初代オリジンズ」

「この世界が今どうなっているかはわしも把握はしているがな。 まさかよりにもよって貴様からその言葉を聞くとは思わなかったぞ」

「そういうな。 互いが争う切っ掛けになったことについては、お前も把握しているだろうに」

けらけらと笑うフードの影。

何だ。

何を言っている。

初代オリジンズと争った、だと。

となると、まさか此奴。

だけれども。

咳払いした女の子は。意外に身軽に、棺から出る。素足のままだと面倒だと言いながらも、私を見つめてくる。

「小娘、案内しろ。 わしとしても幽閉生活には飽きた。 多少汚くても、此処よりはマシだろうよ」

仕方が無い。

今は正直な話。

内容について行けないけれど。

そうする以外に、路は無さそうだった。

 

3、ありえぬ事

 

幾つかサイドキックの駐屯地を潰して廻った。

わたしとしては、陽動はこれで充分だろうと判断。そのまま追ってきたサイドキックの部隊も蹴散らして、存在をアピールしながら後退。

そして、気付く。

慌てた様子で、サイドキック達が、全部隊、サイドキック養成校に戻っていくのだ。コレは、相当な出来事があったと見て良い。

つまり、陽動している間に。

任務を達成した、という事だろう。

ならば、もういいか。

この街を見ても、ヘッジホッグスターが最低のゲスである事は良く分かるけれど。これからぶちのめそうと思っていたクズヒーローの方が、人々を苦しめていると言う点では上を行っている。

クリムゾンに挨拶だけして、それから戻るか。

そう考えて、地下に潜ると。

交戦している。

レーザーアサルトライフルの光が交錯し、重火器まで飛び交っているようだった。

「何かの尻尾踏みやがったな」

ぼやくと。

わたしは突貫。

まあ借りは返したけれど。

今度は貸しを作ってやるのも悪くないだろう。

飛び込むと、サイドキックにドロップキックを叩き込む。

そのまま吹っ飛んだサイドキックは無視して、周囲の敵を手当たり次第に制圧。すぐに銃火は収まった。

だけれども。

この様子だと、増援がすぐに来るだろう。

見ると、負傷者が少なからずいる。

フードの影も負傷していた。

此奴、赤い血が流れたのか。

まあそれは良い。

とにかく、今は此奴らに貸しを作って置いた方が良いだろう。その方が、此奴らと路を違えたときに、無理矢理方向転換させやすくなる。

「此処は殿軍を引き受ける。 さっさといけ」

「いや、君も来て欲しい」

「どういうことだ」

「非常に重要な案件だ。 恐らく君も知るべきだろう」

それでこの襲撃か。

だが、どうやら。

その話を聞くことは無理そうだ。

奧から来るのは、複数のヒーローの気配。それほど強い奴はいないけれど。それでもクリムゾンの現有戦力では無理だ。

「どうやら、その話は後で聞くしか無さそうだな」

「ちっ。 仕方が無い。 彼女を守って退け」

「うい」

彼女?

そういえば、一人。何だか衰弱しているけれど、ヒーローの特性がありそうな女の子がいた。

パーカッションとは別で。子供にしては雰囲気が妙だ。

視線が一瞬だけ交錯し。

クリムゾンの人員が後退していく。わたしは闇の中。仁王立ちしたまま、手袋をはめ直した。

さて、敵の数は。

全部で四人。

その内一人はヘッジホッグスターだ。

此奴はどうでもいい。問題は他の三人も、戦闘タイプヒーローだと言う事。狭い場所だが、同時に四人も相手にするのは、師匠が殺されたとき以来だ。敵の実力はあの時とは段違いに低いことだけが救いか。

「待ちな。 此処は通行止めだ」

「貴様は……テンペストか。 今は構っている暇は無い。 どいて貰えないか。 此方としても、首が掛かっているんだ」

「随分あの子供が大事らしいな。 毎日大量の子供をスラムに捨て、気分次第で殺している分際で」

「この世界がひっくり返るかも知れないんだ!」

声を震わせて、ヘッジホッグスターが叫ぶ。

ヘッジホッグスターは丸っこくて、どちらかと言えば子供受けしそうな容姿だ。顔も愛嬌があって、髭もそれにあわせて面白い形に整えている。その中身は兎も角、である。

だけれども、ヘッジホッグスターの顔は恐怖に歪み。その顔は、完全に青ざめていた。

本来コメディアンになれそうな容姿が、恐怖に歪んだとき。

そのアンマッチは、おぞましいレベルにまでねじくれるのだと、わたしはこの時知らされた。

古い時代の娯楽で、殺人ピエロが人を襲うものがあったらしいのだけれど。

それはさぞ怖かっただろうなと、わたしは他人事のように感じた。

「金ならやるし、ヒーローに復帰したいなら便宜も図る! 今彼奴らを逃したら、下手をしたらこの世界の秩序そのものが消し飛んでしまうんだぞ!」

「あの子供一人が、そんなに大事なのか」

「そうだと言っている! 早くしろ、あれを逃したら、私の首が飛ぶ程度じゃ済まないんだ! 下手をすると、この地区にミョルニルが数十発は降ってくるぞ!」

「それは、穏やかじゃないな」

一体どういうことだ。

この慌てぶり、尋常じゃあ無い。

しかもこの顔。完全に想定外の事故が起こった、という顔だ。彼奴ら、一体何をした。虎の尾どころか、ドラゴンの逆鱗に触れたようなものだ。

「だが通さない。 どっちにしても、お前達を信用できると思うか」

「やむを得ん! テンペストは私が抑える! お前達、迂回路から行け!」

「おっと、やらせると思うか!」

踏み込むと、慌てきっているヘッジホッグスターの顔面に拳を叩き込む。隙だらけだった事もあって、ふっとんだヘッジホッグスターは、遙か遠く、視界の先まですっ飛んでいった。

他三人のヒーローが体勢を立て直す前に猛攻に出る。

右側に立っていた男の側頭部に回し蹴りを叩き込み。更に空中で無理矢理態勢を立て直すと、天井を蹴って床に。低い態勢から、もう一人の顎を蹴り挙げる。

更に最後の男が構えを取ろうとした瞬間。

鳩尾に拳を叩き込んでいた。

奇襲はこの程度で充分。

流石に一撃では、わたしも現役戦闘タイプヒーローを壊す事は無理だ。

既に後ろでは撤退完了している。

こっちも下がる。

相手が喚きながら追ってくる。

時々逆撃を掛けて、ついてくる相手をいなしながら時間を稼ぐ。同時に、砂漠しか無い地区へと誘導していく。

連中の話だと。

問題になっていたのは、あの女の子だ。

だったら、水爆が降ってくるとしても。

人がいない地区へと誘導すれば良い。

この間戦ったシャークトゥースのいる地区が、丁度それ。

あそこにいた人々は、殆どが一カ所にまとまっていて。

広大な無人地区が拡がっている。

其処でこの四人をぶっ潰し。水爆が来るようなら退避する。まあ、無理かもしれないが。市民を巻き込まないためには、それしか手が無い。

勿論、クリムゾンの連中が何処へ逃げたか何かしらない。

今の時点では知るつもりもない。

今、重要なのは。

水爆で消し飛ばされる無辜の市民を出さない事。

現在のオリジンズが、その気になれば水爆を躊躇無く使ってくることくらいは、わたしだって知っている。

ザ・パワーが抵抗しても、他のオリジンズは躊躇わないだろう。

だから、急ぐのだ。

「頼む! 金だったら幾らでもやるし、ライトマン様へ便宜だってはかる! どいてくれ、どいてくれえええっ!」

「悪いな。 わたしはもう、お前達を信用するほど、この世界の秩序が正しいと思っていないんだよ」

「そんな問題じゃない! 下手すると、人類が滅びかねないんだぞ!」

喚いているヘッジホッグスターが。

後ろから刺された。

五人目。

ヘッジホッグスターを刺した刃が引っ込む。いわゆるヒートソードだ。どうと倒れたヘッジホッグスターは、口から泡を吹いていた。

常人だったら即死だっただろう。

だが、あれでも戦闘タイプヒーローの端くれ。

死んではいまい。

ゆらりと現れたのは、サムライを思わせる男。ご丁寧に月代を剃って、髷までしている。着込んでいるのも和服だ。

手にしている刀だけが、異様に赤い。

ヒートソードだから当然だろうか。

そして此奴。

強い。

ひょっとすると、増援か。

いずれにしても、ビートルドゥームと同等か、それ以上、いや更に数段格上の実力者だ。

他の三人のヒーローが困惑する中。増援として現れた、厳しい表情のサムライは、此方に殺気を容赦なくぶつけてくる。

「余計な事を喋ってくれたな。 お前達。 コレを連れて戻れ」

「は……」

実力があるだけあって、格も他より上か。

わたしは構えを崩さない。

実力的には、どうにか勝負が出来る、という次元の相手だ。昔は剣道三倍段という言葉があったらしいが。それはあくまで人間の話。

達人レベルのヒーローになってくると、正直武器と素手でもあまり変わらなくなってくる。

「それで、わたしとやり合うつもりか」

「興味が無い。 ただ、覚えておけ。 クリムゾンは今回の一件で、A級ヴィラン組織に格上げされる」

「!」

A級ヴィラン組織と言えば、いうならばあのアンデッドと同格。討伐のために、ヴィラン討伐部隊が動くレベルの相手だ。

更に言うと、それに協力したわたしに対しても。

今後は相応の刺客が現れるだろう。

上等だ。

いずれはそうなることは分かっていた。

だが、どうしてだろう。

恐らくヴィラン討伐部隊に所属するか、それと同等の実力を持つと思われる相手が目の前にいる今。

その現実は。

とてつもなく重く。

身にのしかかってきていた。

「あの子供を引き渡すんだな。 そうすれば、ひょっとすればオリジンズも、お前を見逃すかも知れない。 そればかりか、お前をヒーローに復帰させるかも知れないな」

「お断りだ」

「ほう」

「この世界の腐敗を、わたしはもう嫌って言うほどみてきた。 この世界のヒーローが、ヒーローと自称する資格が無い現実もな。 こんな世界でヒーローと称されるくらいだったらな。 ヴィランって言われていた方がマシなんだよ」

声には籠もる。

師匠の言葉の数々。

それを裏付ける現実。

ザ・パワーのような高潔な男が、原理主義者扱いされ、身動きも取れないオリジンズの現状。

それらに対する。

焼け付くような怒りが。

「あんた自身が何をしているかは分からないから、此処は見逃してやる。 とっとと行くんだな」

「大きく出たな。 このミフネを前にして、見逃してやると来たか」

「!」

ミフネ。

聞いた事がある。

現在、ヴィラン討伐部隊の隊長をしている男だ。

ヒーローとしての力量は、オリジンズに次ぐと言われている。それほど、凄まじい使い手だとか。

なるほど、それならば。

この威圧感も納得できる。

戦って、勝てるか。

だが、此奴に勝てないようでは。

いずれにしても、この世界に喧嘩を売ることは、夢のまた夢だ。

「まあ良い。 バカが余計な事を喋るのを防ぐためだけにオレは来た。 今のお前と戦う理由も無い」

「……」

「オレと当たるときには、もう少し拳を磨いておけ。 今のお前では、オレを満足させる段階には無い」

すっと。

ずっと其処にいなかったかのように。

ミフネは姿を消していた。

しばし、戦闘態勢を解けなかった。

これほどの使い手が、ヴィラン討伐部隊に加わっていたのか。師匠の時よりも、数段強くなっている。

これでは。

油断どころか、もっともっと強くならなければ。

わたしは討伐部隊と戦った瞬間、死が確定するだろう。

気付く。

震えが出ていた。

体は正直だ。

相手は自分より格上。最初はそれさえ見抜けなかった。奴が去る一瞬前に、気付くことがようやくできたのだ。

戦ったら。

確実に死んでいたと。

膝を突く。

壁を殴ると、畜生とだけ呟く。

勝てない。

現在では。

師匠が後半年と言っていた。その半年分の修行を、どうしても埋められずにいる自分が口惜しくてならない。

師匠がいてくれれば。

あの時、自分があんなに弱くなければ。

悔しいけれど、泣かない。

涙など捨てた。

そして、死ぬまで、戦い続けることは決めている。

例え相手が何であろうとも、だ。

それなのに、この程度の事で、膝を屈していてなるものか。

兎に角、状況把握からだ。

この地点なら、水爆が降ってきても、市民が多数命を落とすことは無い。ミフネが引いたという事は。ヘッジホッグスターの混乱ぶりと裏腹に、オリジンズは恐らく其処まで状況を危険視していない。

そうなると。

やはり想定されるのは。

ヴィラン討伐部隊の投入で、確実に事態を沈静化できる、と判断している、ということだろう。

確かにミフネを筆頭とするヴィラン討伐部隊の戦力を、わたしは見誤っていた。あれほどだとは想像もしていなかった。

だが、勝負は此処からだ。

敵は切り札を斬ってきている。

という事は、切り札を斬るだけのカードを、此方が手に入れた、という事だ。

まずは、クリムゾンと合流することが第一。

次はその後考える。

呼吸を整えて。

精神を落ち着かせると。

わたしは地上に一旦出て。

クリムゾンとどうやって合流するか、考え始めていた。

 

4、いにしえの亡霊

 

ライトマンの前で、土下座しているヘッジホッグスター。その護衛としてついていた三人のヒーローも、片膝を突いて頭を垂れている。ライトマン自身は、自慢の一品であるワインを楽しみながら、余裕の表情だった。

実際、余裕だからだ。

ヘッジホッグスターには悪いが。

あれは想定内の事例。

そもそも、初代オリジンズなどというものは、亡霊に過ぎない。歴史上実在はしたが。知っているのだ。

ライトマンは、DBに触れて。

あの戦争の真実を知っているのである。

だったら、怖れる必要など何一つない。

むしろ、原理主義者であるザ・パワーに大きな貸しを作り。場合によっては手駒に変える事さえ可能だ。

「ご苦労だったな、ヘッジホッグスター」

「……」

「そう怯えるな。 お前の警備に穴があったわけでは無い事は、ミフネから報告を受けている。 今は静養して、怪我を治せ」

「わ、わかり、ました」

怯えきった様子で、躓きながら部屋を出て行くヘッジホッグスター。

そして護衛三人。

いつのまにか、隣には。

ミフネが立っていた。

「それで?」

「余計な事を喋るようなら殺せ」

「随意に。 クリムゾンは放置で良いのですか」

「かまわんよ」

実際問題。

わざとさらわせたのだ。

そもそも、である。彼奴は。プライムフリーズは。

オリジンズ発足から百年もした頃には、既に老害と周囲から呼ばれていた。やれ市民を守るのがヒーローだの。高潔な魂を持つ事を忘れてはならないだの。

初代の頃からの思想を強制し。

どのオリジンズも快く思っていなかった。

邪魔だと判断した100年前のオリジンズが、一斉に掛かって封印を施し。そして、あの伝統あるサイドキック養成校の地下に封じ込め。

そして、それ以降。

世界はヒーローにとって天国と言って良いものへと変わっていった。

当然の結果だ。

世界を支配しているのはヒーローだ。

この世界では、支配者の都合良く、世界が移り変わっていった。今の時代も、それと同じ事が繰り返されているに過ぎない。

無軌道に増えすぎたゴミクズどもが、地球を食い荒らそうとしていた時期さえあったのだ。

八億程度に人口が収まっている今は。

地球としても環境に優しい良い時代だろう。

そう、ライトマンは考えている。

市民など。

放っておけば、それこそ鼠のように増えるのだ。

何故選ばれた存在が、そのようなゴミクズを守ってやらなければならない。搾取して構わないのである。

何しろ。

歴史は、そうやって動いてきたのだから。

だからザ・パワーははっきり言って邪魔だ。

ただし殺そうとも思わない。

ザ・パワーの存在は、他のヒーロー達の憎悪を集めるために必要だからである。老害丸出しの理論で周囲から煙たがられるリーダーというものは。

ライトマンのような人間が、影から全てを握るためには必須だ。

このままザ・パワーには変わらずにいて欲しいし。

敵も欲しい。

そう、丁度良いレベルの敵。

初代オリジンズを語るプライムフリーズを名乗るヴィランなどは、それに最適だろう。これで、更に権力基盤を強化出来る。

今後は楽だ。

何しろ何か大事件が起きれば、全てプライムフリーズに責任を押しつければ良いのだから。

前はアンデッドがそうだった。

だが、空気を読まずに、ザ・パワーがアンデッドを葬ってしまった。

まあ、要するに、である。

代わりが必要だったのだ。

ミフネは鼻を鳴らす。

「くだらん事ですな」

「その通りだよミフネくん。 この世界はエゴによって出来ている。 である以上、私がエゴを追求して何が悪いというのかね。 この世界の全てを独占したいと考えて、何が問題なのかね」

「例のDBを見ているのなら、知っているでしょう。 下手をするとまた、奴らが攻めてきますよ」

「その時はその時だよ。 いっそのこと、市民を全部差し出して、我々は名誉宇宙人になるというのも有りかも知れないね」

けらけらと笑うライトマンだが。

その顔が、一瞬にして。

真顔になった。

立体映像が浮き上がったのである。

それは、機械によるものではない。

冷気によるものだ。

「随分と舐めてくれたものだな、ライトマン、だったか」

「貴様は……」

立体映像は、冷気で女の子供。そう、プライムフリーズの上半身の立像を作り上げていた。

どうして此処が分かった。

ライトマンは本拠地にも滅多に戻らない。

普段は彼方此方移動しながら、権力の強化にいそしんでいる。側近でさえ、居場所は教えていないのに。

「よってたかってわしを封じ込んだ100年前のオリジンズ共の頃には、この世界がどうしようもないところまで来ていたことは痛感していたが。 まさかたった百年で、ここまで腐るとはわしも思わなかったぞ。 貴様にヒーローを名乗る資格は無い」

「古代の亡霊が、何を偉そうにほざくか……!」

「古代の亡霊だと? そもそも古いという意味を勘違いしているな」

ミフネは面白そうにやりとりを見守っている。

ライトマンは、不快感が胸の奥からせり上がってくるのを感じていた。どうしてだろう。此奴の言葉は。

いちいち、不快感を極限まで刺激してくる。

「古いって言葉はな、より新しいものがあるときに意味を成すものなんだよ。 この世界の荒廃ぶりを見て、はっきり断言できる。 人類はむしろ退化した。 市民の識字率は1パーセント。 社会は一部の超特権階級のためだけに存在し、市民は奴隷どころか貨幣としての価値しか無い。 そんな社会は、古代の復讐法が機能していた時期にも劣る。 古いのは、お前達の頭だたわけが」

「おのれ、良くも好き勝手なことを」

「それにお前達が言う宇宙人、銀河連邦政府の事を甘く見すぎだ。 DBを見たというのなら、相手がどうして退いたか知っている筈だが?」

「……!?」

そうか、DBまで改ざんを受けているか、それともロックがかかっているのか。

そんな言葉を、プライムフリーズは言う。

いずれにしても、ライトマンが激高するには充分だった。

「許さん、許さんぞ古代の亡霊! 貴様のような老害は、地獄の底に叩き帰してくれるからな!」

「やれるものならやってみろ。 わしはまだ力を取り戻しきってはいないが、お前の所で弛みきったヴィラン討伐部隊くらいなら単独で蹴散らしてくれるわ」

「殺す!」

「それは此方の台詞だ」

ふつりと、通信が切れる。

同時に氷像も消えた。

ミフネがくつくつと笑っている。

「舐められたものですな。 このミフネを小僧っ子呼ばわりとは」

「ミフネ、すぐにヴィラン討伐部隊を集めろ」

「しかし相手の居場所が分かりませんが」

「引っ張り出せばいい」

ライトマンは手を伸ばす。

オリジンズ本部である。

ライトマンの権限によって、現在保有しているミョルニル級ICBMの使用を許可。合計七百八十発の発射態勢に入らせる。

狙いは、クリムゾンが潜伏していると思われる地域全域。

ヒーローには退避命令を出すが。

他はどうでも良い。

サイドキックは消耗品。

市民は貨幣だ。

無くなったところで、また増やせば良いのである。この世界は、そういうルールで動いている。

老害に思い知らせてくれる。

自分が何をしたかと言う事を、だ。

だが。

即座に、アラートが鳴る。

ライトマンが立ち上がるのと、通信が入るのは同時だった。

「ミョルニル級ICBM、発動許可降りません!」

「何だと、どういうことだ!」

「こういうことだ、ライトマン」

声が、割り込んでくる。

誰かはわかりきっている。

ザ・パワーだ。

腹が焦げるような怒りが吹き上がる。

普段は大人しく従っている相手だが。内心みくだしている輩だ。こんな風な邪魔をされて、気分が良いはずがない。

「地区ごとのジェノサイドなど、私が生きている内は絶対に許可できん」

「し、しかし、敵は」

「初代オリジンズ、プライムフリーズだというのだろう」

「!」

そうか。

ライトマンの居場所を突き止めるほどだ。

ザ・パワーの所にもあの氷像を送り込んでいたとすれば。

歯がみする中。

ザ・パワーは言う。

「相手が本物かはともかくとして、それだけの理由で地区ごとのジェノサイドなど絶対に許さん。 まして今は、オリジンズにはグイパーラもいる。 二人以上の反対がある状況で、ICBMを撃てるとは思うなよ」

「お、おのれ……!」

「頭を冷やせ。 詳しい話は後で聞く」

通信が切れる。

拳を机に叩き付けたライトマン。能力が溢れ、机は一瞬で赤熱して溶けた。

ミフネは肩をすくめると、部屋を出て行く。

おのれおのれおのれおのれ。

誰もいなくなった部屋で。

本性を剥き出しにしたライトマンは、絶叫していた。

 

危険度最高ランクのヴィランが収監される檻の中で。この間捕縛されたばかりの、世界最強のヴィラン。アンデッドはほくそ笑んでいた。

これでいい。

アンデッドは知っていたのだ。

そもそも、初代オリジンズが。

未来の後輩達が、愚かしい行動に出るだろう事を悟っていたと。そのため、ある種のコールドスリープを行った一人がプライムフリーズ。

その位置を特定し。

ある伝手を使って、「奴」がいる組織に流した。

自然に。あくまで悟られないように。

そして「偶然に」プライムフリーズが救助されるように、仕向けた。

此処からだ。

プライムフリーズは、長期間のコールドスリープと、肉体の変調で相当鈍っているだろうが、それでもヴィラン討伐部隊程度では簡単には仕留められない。ましてやライトマンは、今回の一件で、ザ・パワーに締め上げられることになる。

ザ・パワーは知らない。

今のオリジンズはライトマンが裏から糸を引いていて。それでかろうじてまとまっていたことを。

奴は邪悪の権化と言っても構わない存在で。猟奇殺人鬼であるアンデッドから見ても笑いたくなる外道だが。

それが政治的に見れば重要なピースだったのは事実なのだ。

つまり。

これでオリジンズは、一気に瓦解の危機に立たされる。

さあ此処からだ。面白くなるのは。

銀河連邦が本腰を入れて潰しに来る事態さえ招けば、それでアンデッドとしては万々歳。この程度では、まだディストピアのレベルが足りない。

徹底的に文明を潰され。

もはや原始時代というレベルにまで戻らされ。

そしてその結果、君臨できる。

それくらいが丁度良いのだ。

まだ、牢を出る必要はないか。

ほくそ笑むアンデッドは。

何もかもが滅びに瀕する世界を想像して、もう一度笑うのだった。

 

(続)