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黄金の風呂
序、不死たるもの
アンデッド。
この世界における最強のヴィランの名である。ヒーロー達の間でもその実力は噂になっており、ヴィラン狩り部隊が最優先で追ってもいる。
オリジンズの招集が掛かった。
議題は、アンデッドの撃破について。
普段は人望が無いザ・パワーだが。
この件に関してだけは、半分くらいのオリジンズが集まる。それほどに、脅威と見なされているヴィランなのである。
このアンデッドに比べれば、テンペストはまだ小物。
ヴィラン狩り部隊が出向かないのは。
アンデッドの存在があり。その脅威が桁外れだからに他ならない。
実際問題、ヴィラン狩り部隊は今までに七度の討伐を行い。その中には、この間植物状態にされたビートルドゥームを一とする、錚々たるメンバーが所属していたのだが。そのいずれの討伐作戦も失敗。
今までに十一人の戦闘タイプヒーローが戦死。
その中には、オリジンズが一人含まれていた。
現在、世界において。
オリジンズを返り討ちにしたヴィランはアンデッドだけ。その事実だけでも、如何にこのヴィランが危険な存在かよく分かる。
この世界に置いて、オリジンズは絶対の権力。
それに逆らって生きていられる、ということなのだから。
結局の所、招集に応じたオリジンズは五名。
基本的にザ・パワーの招集には応じるライトマン。彼は光を操るヒーローで。見た目は派手な赤白の縞模様のスーツを着込んだ、細身の中年男性である。口元にはいわゆるジェントル髭があり。これが彼の自慢らしい。ちなみにスーツは用途にあわせて複数用意しているとかで、伊達男を自称している。
その隣に座っている丸っこい男はウォッチ。
一番最近オリジンズに加入したヒーローで、時間を操作する能力を持つ。戦闘タイプのヒーローとしての実力はさほどでも無いのだが、能力が桁外れに強力な上、市民を増やすことにも熱心なため、オリジンズの加入を三十後半で果たした。平均四十七歳という加入年齢を考えると、なかなかの実績である。
その隣にいるのは、妙齢の美女。
貌の上半分を、上下に切り分けたペストマスクで隠している、黒髪の女性だ。若々しい彼女はバラマイタ。
能力的にはかなり地味なのだが、ザ・パワーと同じくらいの努力を重ねて強くなってきた女性である。
ちなみに顔には相当なコンプレックスがあり、素顔を見たサイドキックを殺す事が今までに何度かあったそうだ。ザ・パワーもオリジンズに加入する際、他のヒーローに顔のことだけは言わないように注意をしている。
なお、若々しいのはアンチエイジング技術発達の結果。
実際の年齢は四十五歳である。
七年前にオリジンズに加入したが、その戦闘力は非常に高い。ザ・パワーも一目置く戦士である。
円卓となっているオリジンズの席で。
ザ・パワーの向かいに座っている、長身の男性がカルルス。
人間離れした首の長さを持つ男で、顔も異常なまでに細長い。手足も棒きれのように細い。
その異相が示すように。
言動は非常に異様で、隣に翻訳担当のサイドキックが常に控えているほどだ。
最後の一人。
誰とも隣り合わずに座っているのは。
いや、座っていると言うべきなのだろうか。
その存在は、球形をしていて。
申し訳程度に、手足らしきものが見えている。
ザ・アイ。
ザ・パワーとほぼ同期でオリジンズに加入した古参ヒーローの一人。戦闘力については高いのだけれど。
なんと、ザ・パワーも含め。
誰も彼の能力について知る者はいない。
ザ・パワーも戦闘する所を何度か見てはいるのだが。
どうしても異様すぎる能力展開から、分析が出来ずにいた。
この五人だけだ。
後の四人は、今回招集に応じなかった。
「それで。 あのレスラーが死んだんだって？」
艶っぽい声でバラマイタが言う。
皆がザ・パワーに視線を集中してきたので、首を横に、ゆっくりと振った。思えばあれも、孤独な男だった。
強くなること。
それだけが人生のモチベーションで。
他の何もが、空白だった。
その方法を完全に間違えてしまった。
ザ・パワーは何度か彼にアドバイスをしたのだが。結局、アドバイスが聞き入れられることは無く。
間違った方向へどんどんと突き進んでしまった。
最終的に植物状態になった事は、彼にとって幸せだったのだろうか。分からない。ただ、そのまま生きていても、彼は孤独から、周囲に屍の山を造り続けたことだろう。
「ビートルドゥームは能力を喪失。 植物状態になった。 恐らく今後も、永久に目を覚ますことは無いだろう。 現在はオリジンズ直下の病院にて治療を受けさせてはいるが……」
「ああ、例のテンペストにやられたのですか」
「そうだ」
おどけた様子でライトマンが言う。
へらへらと笑いながら、ウォッチが応じる。
「それで、今回はその小娘じゃ無くて、アンデッドが議題じゃなかったっけ？」
「そうだ。 だが、先に皆に知っておいて欲しくてな」
「どうでもいいだろ、あんな雑魚」
馬鹿笑いするウォッチ。
不謹慎な奴だ。
その内同僚になった可能性さえあるのに。
「アンデッドの住処が確認された」
「で。 ヴィラン狩り部隊は」
「今向かっている所だ。 今回は絶対に逃がすわけにはいかない」
「あんたが出るのが一番じゃ無いのかな」
ウォッチの言葉に。
ザ・パワーは頷く。
最初から、実はそのつもりだった。今回は丁度良い機会だ。過半数が揃っているので、出撃の議決を取れる。
此処にいるメンバーは。
全員が、アンデッドとの戦いを避けている。
今までのオリジンズの歴史で。偉大なる初代からの約二百年。実のところ、現役でオリジンズをやっていたヒーローが、ヴィラン相手に戦死した例は三件しか無い。しかもその内二件は、事故と、引退間際のヒーローが能力がたまたま枯渇した、という例のみ。
アンデッドは違う。
現役で、能力的にも全盛期にあるオリジンズ列席ヒーローを、手酷い負傷をしたとは言え、返り討ちにした。
そういう意味では、歴代最悪のヴィランとも言える。
というよりも、ザ・パワーは思っている。
オリジンズに列席するヒーローの実力が、落ちていると。
アンデッドの能力詳細については、既に分かっている。何度かの討伐で分析は完了したからだ。
ただしこの世界では。
ヒーローの能力は、研磨すれば、相性差を覆せる。
絶対に攻略不可能に見える能力も。
鍛えこんでみれば、最悪の相性で突破することが可能になる。
それがこの世界の光であり、理不尽でもある。
勿論生半可な努力では駄目だ。
それこそ、一生をその能力の研磨に捧げるくらいの覚悟が無ければ。
だけれども、覆せることは、初代オリジンズの時には既に判明している。実際、ザ・パワーの能力だって。
能力という観点だけで見れば、どうということはないものなのだ。
決議をとり、出撃をすることにする。
直属においている何人かの若手ヒーローがついてくると言ったが。それは辞退。彼らは未来のヒーロー社会を担う人材だ。
アンデッドのような危険な相手とは戦わせられないし。
何より奴と戦うには経験が足りない。
ヴィラン狩り部隊の五名と現地で合流するのには飛行機を使う。現在、飛行機を使う事が許されているのはヒーローだけ。
ちなみにザ・パワーはマッハ１７で飛ぶことが出来るが。能力の消耗を抑えるために、敢えて飛行機を使う。
到着した先は。
一面が、瓦礫の山だった。
ひどいと思うが。
これは勿論アンデッドの仕業では無い。
此処は二百年前に、ロサンゼルスと呼ばれていた場所。宇宙人の攻撃によって灰燼と帰した、とされている場所である。
ザ・パワーは真相を知っているが。
それを口にすることは許されない。
何より、宇宙人が関与している事そのものは事実だ。大事な事を、一つ言えないだけ、であって。
ヴィラン狩り部隊は。
いずれもが、対能力に特化したヒーローが選ばれる。
合流した彼らは。
流石に単独で来たザ・パワーを見て、驚いたようだった。
現在ヴィラン狩り部隊のリーダーを務めているのは、ケンタウルスサイズ。スピードを武器にしたヒーローで、瞬発的な速度で言うと、恐らく現在ではライトマンにつぐ実力者だ。
能力の研磨も優れていて。
ビートルドゥームがいなくなった現在。
彼がオリジンズの次期候補になる可能性も出てきている。まだ序列で言うと十番にも入っていないが。
ザ・パワーの直弟子でもある彼は、この世界を憂うる人材の一人。もしも彼がオリジンズに加入してくれれば。
少しは世界をマシに出来る可能性が高い。
「まさか貴方が直接来られるとは」
「ベットクラックは」
「既に退避しました」
「そうか……」
ちなみにベッドクラックは、この地区の担当ヒーローだ。アンデッドが潜伏していると聞くやいなや、即座に自分の要塞に立てこもり、後はヴィラン狩り部隊に任せるとだけ言って顔も見せない。
最強のヴィランという事は事実なのだろうが。
それにしても、ヒーローがこのていたらく。
二百年前のヒーロー達が見れば、さぞや嘆いたことだろう。
自分の地区の市民を守ろうとさえしないのだから。
五人の精鋭を連れて、ザ・パワーは歩く。
周囲の廃墟からは、敵意が籠もった視線が多く飛んでくる。本当だったら、二百年もあれば、この地区の復興くらい簡単だったはずだ。
だが、この地区の一角にあるヒーロー向けの医療物資生産工場で働く事以外に、市民には食糧を得られる手段が無いようにしたのはベッドクラックだ。
奴の手によって。
この地区は復興を放棄されたと言ってもいい。
いや、此処だけでは無い。
市民の力を削ぐ。
武器を与えない。
食糧も最低限しか与えない。
それどころか、物々交換さえ許さない。
そうして市民を生きた貨幣へと変えていく。
初代オリジンズが聞いたら、憤怒に顔を染めそうなこれら施策は。もはや百年近く続いている事で。
どのヒーローも、当たり前のようにやっている。
むしろ自分の担当地区で、市民に医療を受ける権利を与えて。できる限り復興を急がせているザ・パワーや、そのシンパの方が異常なのだ。
旧時代の遺産は悉くヒーローが独占し。
市民の９９パーセントは、読み書きさえ出来ない。
文化さえ、持たない。
救いなのは。
今回討伐する対象、アンデッドが。志のある男やら。この態勢に断固として立ち向かう鋼の心を持つ戦士やらではなく。
単なる猟奇殺人鬼だ、ということだろうか。
テンペストのように、志を持って自分が信じる道を行く、なんて相手だったら、ザ・パワーもやりづらいけれど。
アンデッドのようなゲスだったら、多少はやりやすい。
それでも気は重い。
アンデッドはそもそも。
オリジンズ直轄の研究施設で実験的に産み出された、疑似ヒーロー。実際には、初代オリジンズの細胞から造り出した「理想の肉体」をベースに、能力を後天的に植え付けた事で誕生した、悪鬼なのだ。
勿論アンデッドはそれを知っている。
だからこの世界を憎みきっているし。
何よりも、ヒーローを殺す事そのものを楽しみにしている。今回も、敢えてベットクラックに手を出さず、自分の存在をアピールして見せたのも。
単純にヴィラン狩り部隊と戦うのが楽しみだったからだろう。
ひときわ巨大なビルの残骸。
ホームレスらしい市民達が、慌てて離れていく。
ヒーローが来た。
それだけで、彼らには、一瞬先の死が見えるのだ。
もはやヒーローは市民の味方では無い。
口惜しい事である。
「いました」
サーチ能力を持つ一人が言う。
頷くと、ザ・パワーは前に出て。
叫んだ。
出てこい、ヴィラン。
お前を倒すために、私が来たぞ。
同時に。
巨大なビルの残骸が、内側から吹っ飛んだ。
姿を見せるのは、巨大な水の泡に自分を包んだ、得体が知れない人影。それがさながら、古い時代娯楽映画で敵役として偉大な人気を誇っていたゾンビを思わせることからついたヴィラン名が、アンデッド。
アンデッドという名前とは裏腹に。
能力は水の操作。
ただし研磨の次元が生半可では無い。
現役オリジンズを返り討ちにしたのも、その圧倒的な研磨によるものだ。
「決着を付けよう、アンデッド」
「まさかあんたが直接出向いてくるとはなあ。 他のオリジンズは殺しても面白くも無さそうだし、これは素晴らしい」
「ご託は良い。 皆は手を出すな」
目配せ。
逃走だけは確実に防げ。
そういう指示だ。
ザ・パワーは腰を落とすと、大きく息を吸う。
体内の気の巡りを調整。
戦闘態勢に入る。
アンデッドも着地すると。
同じように構えを取る。
此奴は兎に角貪欲だ。各地をうろついているのも。まだ残っている武術の残滓を貪欲に吸収するため。
驚いたことに。
武術を保全している相手に対しては、市民であっても頭を下げて弟子入りし。技術を習得した後は、一生遊んで暮らせるだけの金を払うそうである。その一方で、武術に関する知識を持たない市民はゴミ同然にしか扱わない。
この辺りは、所詮ヴィランという所か。
「シャアッ！」
低い態勢から、アンデッドが仕掛けてくる。
ザ・パワーは。
その動きを、完全に見切っていた。
一瞬後、地面に叩き付けられていたのは。
アンデッド。
クレーターの底で、アンデッドは身動き一つしない。だが、死んでいない事は分かっている。
「立て、アンデッド」
水柱が吹き上がる。
ザ・パワーを取り囲むように。
龍のような姿を取ったそれは、四方八方から、飽和攻撃を仕掛けてくる。
だが、気合いの一喝を入れた瞬間、全てが消し飛んだ。
その隙に、逃れるアンデッドだが。
ヴィラン狩り部隊が一斉に攻撃。
再び、クレーターの底に叩き落としていた。
「どうした。 それで終わりか」
「流石にあんたが相手だと分が悪いな、現在のヒーローオブヒーロー」
「……」
ヒーローオブヒーローか。
もし、その言葉に恥じない実力があって。この世界を動かせているのなら。こんな荒野だらけの世界では無くて。
もっと世界を復興させて。
市民が笑顔で暮らせる場所にして行きたかった。
実際にはオリジンズの中でさえ原理主義者として孤立し。
招集を掛けても半分しか集まらず。
あまつさえ、此奴程度の。自分が出れば一瞬でたたきつぶせる相手でさえも、自由に戦えないほど、動きを拘束され。
偉大なる初代オリジンズの志と魂を受け継ぐことは出来ても。
それ以外の何も出来ない無力な男が、自分だ。
「拘束しろ」
「……」
あまりにもあっさりと。
アンデッドは捕縛される。
だが、これからが大変だ。此奴からは、様々な事を尋問しなければならない。何よりも此奴は脱走の達人だ。
実際に今までにも二回。
捕縛した状態から脱走されている。
目を閉じて、腕組みする。
この世界を変えるには。ほんの少しずつやっていくしか無い。オリジンズに加入する際に、初代が残したDB、通称世界の根には触れた。
そして知る事になった。
宇宙人との戦争の真相。
何よりも、その後の地獄の復興。
今、世界がこのような形で存在しているだけでも奇蹟。だが、それに満足していてはいけない。
市民を少しでも笑顔に出来るように努力するのがヒーローなのだから。
拘束されたアンデッドが運ばれて行く。
奴は、此方を見て。
一瞬だけ、嘲笑ったようだった。
１、滅びの歌
ひどく傷ついた全身を引きずって、テンペストはビートルドゥームの支配地域を離れた。
戦闘タイプ能力者特有の回復力はあるが、それでもきつい。よく勝てたものだと、今でも思う。
ムリをしたダメージが、全身に残っている。
骨も案の定、何本か折れていた。
脱出する途中。
完全にパニックになったサイドキックが、何度か束になって仕掛けてきた。それが脱出が遅れる原因にもなった。
相手が相手だから、制圧は難しくなかったけれど。
レーザーアサルトライフルの弾も、複数が直撃すれば、今のテンペストには無視し得ないダメージになる。
実際二の腕の一部の皮膚は炭化している。
ダメージをもろに喰らったのだ。
事前に蓄えておいた食糧を取り出し、無心に頬張る。今の時代、肉、特に生の肉なんて、滅多な事では手に入らない。
ヒーローだったら、直営の牧場で、簡単に肉を手に入れることが出来るが。
市民に与えられるのは、意図的にまずく作られている合成食糧だけ。それも配給制度で、微妙に空腹が我慢できないように作られている。
働かせるためだ。
虫酸が走るほどの邪悪だが。
まだ、戦いははじめたばかり。
ビートルドゥームは確かに大物だったけれど。現役でオリジンズをやっているヒーローに比べれば、まだまだ弱い方だ。
ザ・パワーとの戦いは避けるとしても。
後最低でも九人。
ビートルドゥームと同等どころか、遙かに強い相手を叩き潰さなければならないと思うと。
少し気も重い。
料理どころでは無い。
兎に角、事前に入手しておいた肉と野菜を乱暴に温めて、それで食べる。味なんてそれこそどうでもいい。
体を回復させることが出来れば。
食べるだけ食べた後は、眠る。
眠る間も、熟睡とはいかない。
周囲にトラップを仕掛けた上で。浅い眠りを維持し、ゆっくりと、長時間、時間を掛けて回復していく。
これは訓練の末に身につけたやり方。
師匠に叩き込まれたのだ。
熟睡はするな。
どんな優れた戦士でも、熟睡した状態からおそわれるとひとたまりも無い。だから浅い眠りを保ち、誰かが接近したら、即座に戦えるようにしておけ。
その代わり、睡眠時間を可能な限り長く保て。
そうしなければ、回復しない。
口で言うのは簡単だけれど。
実際に行うのは、本当に大変で。
身につけるまで、生半可な武術よりもずっと苦労した。
師匠の所で、様々な武術を身につけたけれど。
その頃、アンデッドという男が、師匠の所を訪れた。
懐かしい話だ。
奴とはついに馬が合わなかったけれど。
今では世界最悪のヴィランとして名を知られている。寡黙で、武術に対して貪欲な男だった。
師匠もアンデッドに関しては、気をつけろと言っていた。
一応、自分の兄弟子みたいな立場だったけれど。
下手な事を言うと、即座に殺そうとしてくるくらいの、情緒が不安定で、危険な存在だった。
ヴィランと呼ばれている人間の大半が、アンデッドの同類だ。
強まりすぎた戦闘本能を抑えきれず、他のヒーローに戦いを挑んだ結果、資格を剥奪されたもの。
戦闘タイプでは無いヒーローを襲って殺戮したもの。
市民を殺したヒーローは無罪放免だが。
ヒーローに牙を剥いた場合、容赦なく罰せられるのがこの世界だ。実際ヒーローを殺した場合は、比較的厳正な裁判に掛けられる。
ヒーローの間では。
そこそこまともに法も機能しているのである。
いずれにしても、単純に価値観が逆転しているわけではない。
この世界に反逆するものがヴィラン。
だから、わたしは。
今は紛れもなく。
目が覚める。
まだ体が痛い。服を脱ぐと、沸かしておいた湯で、体を拭う。少しでも清潔にする必要があるからだ。
服はまた駄目になった。
新しいのが欲しいけれど。手に入るかどうか。
ビートルドゥームの城の残骸を漁ってみるか。
いや、もうヒーロー達が調査に来ているだろう。流石に今の状態で行くのは、自殺行為以外の何者でも無い。
市民でも買い物が出来る地区はある。
ザ・パワーの担当地区や。そのシンパの担当地区が主にそうだ。昔アジアと呼ばれていたこの近辺だと、一つしか無いが。
其処へ行くしか無いだろう。
いずれにしても、肉も野菜も、そもそも栄養も足りない。傷も、回復しきらない。この不衛生なアジトでは、回復も進まないし。何より、このぼろぼろの服も、新調したい所である。
戦いはまだまだ始まったばかり。
次のターゲットは決めているが。
それでも、今は。
力を蓄えるときだ。
動けるようになってから、アジトを出る。
この時期、昔アジアと呼ばれた近辺は、大雨が続く。それは今日も例外ではなく。地下下水道は、洪水の危機にも見舞われる。
荷物をまとめて、アジトを放棄。
どのみち、この地区にはもういられない。
小耳に挟んだのだけれど、アンデッドが捕まったらしい。ザ・パワーが直接出向いて、瞬殺したそうだ。
流石と言うほか無い。
あのアンデッドは、武術こそ師匠に教えを請うていたけれど。単純な戦闘力で言うと、師匠を上回っていた。
それを瞬殺。
流石に、初代オリジンズにも劣らないと言われる男である。
わたしも強い奴は強いと認める。
最終的に戦わなければならない場合は、とても悲しいが。
いずれにしても、今は拳を磨く時期だ。
まだ戦うべきときでは無い。
それに、アンデットが潰された事で、ヴィラン狩り部隊がどう動くか分からない。どいつもこいつも、ビートルドゥームと同等かそれ以上の精鋭ばかりである。それが現時点では五人。場合によっては八人から十人来る。
とてもではないが、今のわたしでは、撃退が精一杯。
逃げられれば御の字だろう。
まだ力が足りない。
ビートルドゥームとの戦いは、良い経験になった。
彼奴くらい簡単に倒せるようでないと。
今後の戦いではやっていけない。
それがよく分かっただけで。
大きな経験になった。
可能な限り地下を行く。下水が大量に溢れている通路も多い。中には、放置されたままの市民の死体が、鼠に喰われてる例もあった。
可哀想だけれど。
埋葬する暇も。
祈りを捧げる余裕も無い。
「めぐんでおくれよお……」
悲しげな声がこだまする。
完全に精神を崩壊させてしまった女性が、いもしない相手に金を求めてすがりついている。この地区では、市民が金を持つことを許されている。地区により、その辺りのルールは様々だ。
ただ共通しているのは、武器を持てないこと。車などの文明の利器は持てない事。そしてヒーローには絶対逆らえない事、だ。
ああいう悲しい犠牲者を救えない、自分の無力さが憎い。
本当だったら、誰も彼もを救えるくらいで無いといけないのに。
そうでなければ。
師匠と誓った意味がない。
本物のヒーローになれ。
そう師匠は死に際に言った。
この世界の狂ったルールをひっくり返せる、本物のヒーローになるまで、見守っている。そうも言ってくれた。
わたしにとっては、その言葉がヒーローバッチ何かよりもずっと大事。
今でも、最大の宝だ。
地下を出る。
比較的、人々がマシな格好をしている地区に出た。
ビルでも商売が行われている。
此処が、ザ・パワーシンパの一人。マスターロンガーの担当地区だ。
マスターロンガーは何というか無邪気な女性で、ヒーローとしての戦闘力は並程度なのだけれど。
初代オリジンズの相当なマニアらしく。
ヒーローとしての力量は兎も角、市民を苦しめるような真似はしない。
現在の社会では。
それがどれだけ貴重なことか。
ザ・パワーも、彼女が戦闘力を高めようと自分を磨かないことには苦言を何度か呈しているらしいのだけれど。
ただ、こうやって市民が比較的まともに生活できる地区を保っていると言うだけで、もうそれ以上は求めるべきでは無いと思っているのだろう。
わたしとしてもそれは同意だ。
勿論ヒーローに強さは必要だろう。
だけれども、それを過剰に求め。特権に溺れると。ビートルドゥームのような喰人鬼になってしまう。
例えヒーローとして凡庸だったとしても。
この地区のような、市民が比較的安心して暮らせる場所を作っただけでも。マスターロンガーは、今の時代には貴重な存在なのだ。
繁華街と言う奴を歩く。
今の時代では。
まともに機能しているインフラ（ヒーロー向けのものを除く）や、ビル街なんてものがあるだけでも貴重なのである。
しばし歩いて、服屋に。
ぼろぼろのまま入ってきた私を見て。
店主は、一瞬だけ眉をひそめたが。
注文を受けて、更に眉をひそめた。
「あんたサイドキックかね。 こりゃあ戦闘向けとしか思えない服だが」
「まあそんなところだ。 それで、どれくらいで作れる」
「そうさな」
時間としては一週間。
金額も妥当だ。
頷くと、四セット作ってくれと頼んで、その場を離れる。金だったら。ビートルドゥームに両親を食い殺されたあの子がくれたものを、有効活用させて貰う。
お金を貰うことは、恥では無い。
少なくとも、正当な労働に対する報酬は、受け取るべきものだ。
食糧を買い込むと。
適当な廃ビルを見つけて入り込む。
そして、其処から敢えて地下に潜って。使われていない地下下水道を通り。そのさらに脇道へ。
其処には小さな部屋があって。
干涸らびたミイラがあった。
此処で暮らしていたホームレスだろう。
「ごめんな、じいさん。 しばらく世話になる」
それだけ言うと。彼が使っていたらしい遺品を整理して、脇に避ける。
そして背中に壁を預けて。
適当に買い込んだ食糧を口に運びながら、体を休める。
一週間か。
その間、色々と鍛え直しておく必要がある。
そもそも。
ヒーローに与えられた能力とは何か。
何となくしか知らなかった。
具体的に知ったのは、師匠の所で、である。
師匠は、ヒーローをぶん殴って再起不能にし。ヒーローを辞めて地下に潜ったわたしを見つけてから。しばらくしてから、教えてくれた。
ヒーローの力は、血縁によらないと。
ならば、どうして得られるのか。
これについては、諸説あるが、分からないと。
師匠はどうやら。
昔、オリジンズか、それに近い場所にまで上り詰めたヒーローだったらしい。それは何となく知っているのだけれど。具体的な経歴は今でも分からない。
いずれにしても。師匠の言葉には、説得力があった。
「初代オリジンズのリーダーである、ザ・ヒーローのクローンを、二千五百体ほど生産する計画が実施されたことがある。 ヒーロー同士が子供を作っても、ヒーローがさっぱり生まれない事から、突き上げがあった。 昔はこういうことは「人倫に反する」という理由で批判されたんだが、な。 その計画が実施されたときには、そんな批判はもう鼻で笑われるようになっていた」
いずれにしても、作り出された、偉大なるヒーローの分身の筈の二千五百人。
だがその中で、ヒーローの能力を持っていたのはわずか二人。
しかもどちらもが、戦闘タイプの能力では無く。初代ザ・ヒーローとは似ても似つかぬ能力だったという。
この時、結論が出た。
ヒーローは血縁と関係無く生まれ出てくると。
問題はその仕組みだ。
何しろ、宇宙人による大侵略の前の歴史的資料は、殆どヒーローによって抑えられてしまっている。
巨大なDBがあるらしいのだけれど。
それに触れるには、オリジンズが守るヒーロー社会の中枢に殴り込みでも掛けないとムリだ。
勿論守っているのはオリジンズだけでは無く、この世界の精鋭オブ精鋭達である。
いずれにしても、「違う」という事が分かるだけでも、貴重な進歩なのだと、師匠は教えてくれた。
それならばそれでいいと、わたしは思ったものだ。
いずれにしても、わたしは能力を持って生まれた。
それを生かすためにも。
今、鍛錬を続けている。
わたしはあと半年で師匠を超えると言われた。どうやら武術に関する才覚に関しては、天才的だったらしい。
いずれにしても、その半年を埋めるために。
今も独力で頑張っている。
師匠の教え方はスパルタだったけれど、兎に角分かり易くて、ぐんぐん伸びていくのが実感できた。
だけれど、今は。
試行錯誤しながら、強くなって行かなければならない。
気を練り。
動きを練り。
歩法を工夫し。
様々な技を順番に試していく。
一つずつを流れるように。
うまくなれば、狭い空間でも訓練は出来る。これは、達人になればなるほどその傾向が強くなる。
能力も同じ。
使いこなせるようになれば。
フルパワーでぶっ放さなくても、役に立てられる。
磨き抜くことが出来る。
むしろ使いこなせない時期の方が。
無意味に、巨大なパワーでぶっ放しがちになるのだ。
だから強烈なエネルギーを無駄に放出している内は、まだまだ半人前の証拠、という事を、師匠は言っていた。
事実師匠がヒーローと戦う所を何回か見たが。
いずれもが、驚くほど静かで。
あまりにも素早く。
被害も出ず。
決着がついていた。
そういうものだ。
わたしもそういう意味では、まだまだ。もっと技量をつけて、更に強くなっていかなければならない。
訓練のメニューを完了。
幾つか問題点を見つけたので、頭の中で整理。
そして訓練が終わった後。
ホームレスの死骸を葬った。
外に共同墓地があったので、運んでいったのだ。目立つ行動は避けたかったが、その家を使わせて貰っているのだ。これくらいはしないといけない。自分でも、そう思った故の行動だった。
「ありがとう、じいさん。 それに、ごめんな」
一番マシな地区でも。
こういう犠牲者は出ている。
この世界が如何に腐っているか。
その証左だ。
戻ると、狭い空間で、訓練を続ける。必死に自分の技量を高めるべく動き続けて、そして食事をして、眠る。
その間に。
前から接触のある反ヒーロー組織が、アクセスしてきた。
また使いに子供を使ってくる。
この辺りのやり口は不快だけれど。
まあ、仕方が無いだろう。
今ほど、市民の子供の命が安い時代も無いのだから。そしてこの辺りは、不愉快でも妥協しなければならない。
勿論使い捨てにするつもりなら、そんな組織はぶっ潰すが。
「貴方がビートルドゥームを潰したことで、ヒーロー側にも動きが出ています。 ビートルドゥームは次期オリジンズの最有力候補でした。 その後釜を狙うべく、何人かのヒーローが動いています」
「……」
「その中で、有力候補は三人。 内現在ナンバーツーになっているのが、ザ・パワーのシンパであるグイパーラです」
グイパーラか。
実直な戦闘力を持つヒーローで、ザ・パワーの右腕と呼ばれる男だ。彼の統治地区も。今上にあるような街に似て、比較的マシな環境になっている。
問題は現在のナンバーワン候補か。
読み進める。
そして、呻いていた。
フラッシュライト。
思い出したくも無い。
師匠を襲ったヴィラン狩り部隊の一人。あの時は圧倒的な力の差もあって、逃げざるを得なかった。
一人を倒すのが精一杯。
他の奴は、師匠との交戦でダメージを受けていたから良かったものの。
師匠の奮戦が無かったら。
今頃わたしは、もう墓の下だろう。
その、師匠が奮戦して、ダメージを与えていたヒーローの一人が、フラッシュライトだ。現在オリジンズにいるライトマンの弟子。
能力的にも似ている。
ライトマンほど万能では無いが、その力は光の操作。
ライトマンと違うのは、自身を光に変えられるかどうか。ライトマンはこれが出来るのだが。
フラッシュライトには出来ない。
しかしながら、そもそもフラッシュライトは、レーザーを自分から放つ能力らしく。光をそのまま操作し、場合によっては自身が光になる事が出来るライトマンとは少しばかり能力の詳細が違うようだ。
此奴の事は調べた。
思い出したくも無いけれど。
戦う時には、絶対に勝たなければならないからだ。
実力は総合的に見て、ビートルドゥームとあまり変わらないだろう。ビートルドゥームに比べて狡猾残忍で、支配の方法も違う意味で残忍である。
焦るな。
自分に言い聞かせる。
どのみち、いずれヴィラン狩り部隊は潰さなければならない。その時の予行演習だ。此奴クラスのヒーローが五人から十人。同時に襲いかかってくるのだ。世界最強のヴィランだったアンデッドが捕まった今、いつ仕掛けてくるか分からない。
だからこそ、焦ってはならないのだ。
深呼吸する。
戦いは。
焦れば焦るほど、不利になる。
２、接触
私にとって、ヒーローというものは。最初は憧れ。そしてその後は、憎悪の対象だった。
そも、サイドキック養成学校に「引き取られた」時点で、両親とさえ会えない生活が開始され。
今になればそうだとわかるのだけれど。
周囲からは、「適性が無い」子供達が、どんどんと間引かれていった。
適性が無いの判断も非常にいい加減で。
場合によっては顔の造作が気に入らなかったり。
しゃべり方とか声が気にくわなかったり。
そういう理由で、サイドキック養成学校の人間は。サイドキック候補の子供を、奴隷から貨幣へと変える事が出来たのだった。
勿論その後の運命など決まっている。
機密保持のためにも、生かして置くわけがない。
サイドキック。
昔、ヒーローの相棒であり。後継者であり。心を支えて一緒に困難に立ち向かった者達は。
今では、幾らでも替えが利く奴隷なのだ。
そう悟ることが出来たのは、最悪な事に、１０歳にもならない頃だった。だから、徹底的にひねくれた。
生き延びてきただけでも。
奇蹟だったかも知れない。
両親に会いたいとは漠然と思っていた。
だけれど、口には出せなかった。
あったのだ。
両親に会いたいと泣いていた子が、翌日には消えていたケースが。適性が無いと見なされたのは間違いない。
それも、泣き声が五月蠅いとか、そういう理由からで、だ。
だから私は。
最初から何というか。
とても欠落した育ち方をして。
簡単に、あまりにも異常な力とも、親和することが出来たのだった。
校長を殺して、サイドキック育成校という名の奴隷商を後にしたときには。むしろ私は、大変にすっきりしていたほどである。
これで、ようやく自由だと。
そしてこの時には、既に知っていた。
両親が、既にこの世にはいない事も。
私に力を得る方法を持ち込んだ奴が、同時に遺品も持ち込んだのである。
二人とも、地獄のような労働の中で。
やせ衰えながら、死んでいったと。
私の事は、考える余裕さえなかったようだ。
ちなみに私の後に、弟と妹がいたようだけれど。
両方とも既に死んでいる事も聞かされていた。
この世界は。
本気で弱者を捻り殺しに掛かっている。
０．１%のヒーローだけがあらゆる全てを独占し。５パーセントにも満たないサイドキックがその好き勝手を支える。
古い時代、百億に届こうとしていた世界の人口も。
現在では、もはや八億を切っている。
宇宙人の侵攻による打撃もそうだが。
それ以降、増える兆しが無いのである。
まあ当然だろう。
こんな過酷すぎる世界だ。
奴隷どころか、貨幣としてしか扱われない人間達が。希望を抱いて、未来に対して前向きに生きようとか思うだろうか。
古い時代にも。奴隷制を導入した場合。
奴隷はまず増える事が無かったと聞いている。
当たり前だ。
未来に希望も無く。
子供も育てる余裕が無い状況で。
人間が増えるはずも無い。
しかも増えた人間を片っ端から殺戮しているのだ。
ここ百年以上、人類の数は横ばいになっているが。それも当たり前の話なのだろう。
「雲雀、話がある」
声を掛けられて、顔を上げる。
フードの影に促されて、皆の所に出向いた。しばらくはマンタグレイヴの所から流出した物資を回収するので大忙しと聞いていたが、トラブルか。いや、フードの影の雰囲気から言って、違うか。
どちらにしても、面倒ごとの様子だ。
ようやく確保できた清潔な着衣に。
そこそこ強力な武器。
サイドキック崩れの人員も何名か確保して。
組織の規模も大きくなってきたところだ。
だからこそ、引き締めが必要だとも言えるが。
「テンペストが動き出した」
「早いな。 ビートルドゥームの所で相当に消耗したと聞いているが」
「それで、ターゲットは」
「恐らくはフラッシュライトだ」
彼奴か。
抹殺対象の上位に食い込んでくる悪辣なヒーローの一人だ。
アジアの最北端になる地区を担当しているヒーローで、戦闘力の高さよりも、その悪辣なやり口で有名になった男である。昔にはヴィラン討伐部隊に所属していたこともあると聞いている。
つまりは、相当な腕利きだ。
実力的にも、ビートルドゥームとそうは変わらないだろう。
この男は、養殖を行っている事で有名だ。
つまり人間を完全に管理して、増やしているのである。
一人ずつに焼き印を押し、バーコードを体内に埋め込んで、その後は兎に角階級を徹底的に分ける。
繁殖に適していると判断した者は、薬物を投与して、子供を徹底的に作らせ。
労働に適していると判断した者は、死ぬまで労働させ、血の一滴まで搾り取る。そうすることで、此奴の支配地区では、確かに人間が増えている。
そしてその人間を。
ヒーローに売る。
勿論ヒーローが市民を売るのは合法だ。
サイドキック養成校には、此処から売り飛ばされた人間が多数いる。かくいう私もその一人。
話によると、クローン技術にまで手を出しているらしく。
あまりにも不自然な数で市民が増えるので、ザ・パワーが苦言を呈した事があるという話だ。
支配地区の全域を人間牧場にするという桁外れな悪辣さ。しかしそれでいながら、抱えている市民の数からオリジンズ候補にもなる。
この世界が腐りきっていて。
自浄する気配もないと言う、良い事例の一つだろう。
勿論ぶっ殺せるならそうしたいが。
此奴は、優秀なサイドキック部隊を抱えている。
全員を洗脳したクローン部隊で、数は二十万とも言われている。装備の質も高く、その中には戦術核もあるという話だ。
テンペストは当然真っ正面から突っ込むだろうが。
それも少しばかり分が悪いかも知れない。
戦術核を含め、熱核兵器を渡されているヒーローはそう多く無い。
オリジンズがICBMに搭載した２００メガトン級水爆を二万発ほど有しているが、これはあくまで対宇宙人用（勿論建前。 今までにヴィラン相手に用いられたことが何度もある）。
１０メガトン程度の火力を持つ戦術核を渡されている時点で。
ヴィラン狩り部隊に所属し、多くの戦功を上げたフラッシュライトへの、オリジンズの信頼がよく分かる。
それにフラッシュライトは、オリジンズに所属するライトマンの直弟子だ。
そのコネもあるのだろう。
「それで、今回は支援任務ですか？」
私が挙手すると。
石塚が頷く。
そうか。
これで二度目だ。
テンペストは本物の魂を持つ、本当の意味でのヒーローだ。それは私も感じている。まあなんでも拳で解決しようとする所はあるが。それを差し引いても、今のヒーロー達が忘れてしまった、初代オリジンズと同じ高潔な魂を持っている事は事実だろう。
それに、此奴を利用すれば。
世界からどんどん悪辣なヒーローを排除できる。
「ザ・ヒーローの権力基盤を固めてやれば、多少は市民の生活も楽になる。 フラッシュライトをテンペストが潰せば、次のオリジンズになるのはグイパーラだ。 グイパーラは数少ない市民を虐げないヒーローの一人。 必ずや、この世界の健全化に役立ってくれるだろう」
「癪な話だな……」
ジャスミンが吐き捨てた。
ヒーローなんてみんな同じ。
全部殺すべきだ。
そう発言する過激派も多い。
ジャスミンもその一人。
恋人を面白半分にヒーローに殺戮され、家族はゴミのように捻り殺された。それも、遊びの一環で、である。
テンペストに潰されたビートルドゥームがやっていた悪鬼の所行は、私も聞かされているが。
それも全体的に見れば、どのヒーローもやっている程度の事である。
逆に言えば。
今の世界は、其処まで腐りきっているとさえ言える。
「オリジンズが健全化すれば、この世界は多少マシになる。 今の市民を貨幣としか考えない思想の主流も変わるはずだ。 だが、ザ・パワーが腐敗したら、もはや手が付けられなくなると言う事実もある……」
「いずれにしても、当面戦いは終わらない、か」
「その通りだ」
実際問題、今回フラッシュライトを潰しても。ザ・パワーの息が掛かったオリジンズは二人。
まだ当面、その権力基盤は安定したとは言えない。
最低でも五人は、ザ・パワー派のヒーローが、オリジンズに入らなければ。この世界を改革することは不可能だ。
テンペストも恐らくそれは理解している。
やり方は違うにしても。
そういう意味で、共闘は可能だろう。
だが、テンペストは、恐らく此方のことを良く想っていないはずだ。
「良いですか」
雲雀が挙手すると、視線が集まる。
頷くと、雲雀は説明する。
「恐らくですが、テンペストは此方を良く想っていません。 結局此方はテロ屋ですしね」
「何だと……」
殺気立つのは、最近入ってきた若い男。
目つきが異常に鋭い、というか殺し屋の目をしている。
ヒーローの現実に失望して出奔してきたサイドキックの一人だ。ちなみにビートルドゥームの所から、である。
同じようにサイドキックをしていた妹が、些細な事からサメのプールに放り込まれたらしく。
それ以降、ヒーローを徹底的に憎悪しているし。
何よりビートルドゥームを潰したテンペストを崇拝さえしている。
ちなみにテンペストは彼より７歳も年下である事が分かっているのだけれど。そんな事は関係無いようだ。
更に言えば、自分の仕事を、世界の改革のために絶対に必要なものだと、強いプライドをもって当たっているようで。
生き生きしている反面。
危なくも見える。
ワン老師が咳払い。
舌打ちして、そいつ。アーノルドは視線を背けた。
「連携には細心の注意が必要でしょう。 前回の、アンダーウィングとの戦いでは、たまたま連携が上手く行ったに過ぎません」
「テンペストはきっと俺たちのことを理解してくれる！」
「アーノルド」
「だって、そうだろ！ 憂国の士である事に代わりは無いんだ！ テンペストはいざとなったら……」
もう一度、強い口調で名前を呼ばれると。
悔しそうにアーノルドは黙る。
コレはちょっとばかり危ないかも知れないなと、私は思った。
此奴は結局の所、盲信していたヒーローの現実を見て。極端から極端に移り変わっただけだ。
元から危ないところはあったのだろう。
実際、あの喰人鬼として名高いビートルドゥームの所を離れたのも、妹が殺されたから、である。
彼奴が子供を丸焼きにして喰ったり。
大量の市民を自分のトレーニングに無理矢理つきあわせて殺したりしていたことは、完全に無視。
身内のことがあったから脱出してきたことを広言していても。
ビートルドゥームが市民に対して行っていた残虐行為については、一切語ることが無い。
多分此奴とわかり合う事はムリだろう。
結局の所。
此奴も、市民を貨幣としか考えていない、あっちがわの存在、としか思えないからだ。
会議は一瞬だけぐだったが。
それでも、テンペストの支援で今回は動くと決定。
石塚が先に出ていくのは。
フラッシュライト統治地区で活動している地下組織と接触するためだろう。フードの影が、パーカッションを連れて何処かへ行く。
何か大事な話があるのかも知れない。
私は、訓練でもするかと思って、ワン老師に声を掛けようとしたら。
アーノルドに肩を掴まれた。
「訓練しようぜ、エース」
「私の名前は雲雀だが」
「良いからやろうぜ」
目が殺気立っている。
よほどさっきのことが気に入らなかったのだろう。
鼻を鳴らすと。
私は申し出を受ける事にした。
数日後。
出立を開始。
どうやらテンペストは、目的地の途中にある地区で、体力回復と態勢の立て直しを同時に測っているらしいことがわかった。
恐らくタイミングを合わせて戦う事は出来るだろう。
だが、それもいつまでやっているかは分からない。
此方はより念入りな下準備が必要だ。
少なくともテンペストより先に、フラッシュライトの担当地区に到着しておく必要があるだろう。
徒歩とバギーによる移動を駆使して、現地に到着。
しばらく豪雨が続いていたけれど。
現地はからっと晴れ渡っていた。
フラッシュライトの担当地区は。
何というか、工場地帯という印象を受ける。
人間牧場という悪名高い地区なのだが。
それにしては、近代的な工場が建ち並び。設備も恐らくヒーローが直接建設に関わっている最新鋭のものが導入されている様子だ。
こういった大規模設備になると、建設は必ずそれに特化したヒーローと、専門のサイドキック部隊が行う。
フラッシュライトは十年以上ヒーローをやっているが。
自分の地区を、ここまで自分好みに改造するには、相応の苦労をしたことだろう。もっとも、知ったことでは無いが。
他人を苦しめるための苦労など、知ったものか。
何だか知らないが。
バディを今回組まされたのはアーノルドだ。
血の気が多い若造と言う事で。
色々な意味で過激な私と組まされたのは、まあ毒をもって毒を制すと言うのが、目的なのかも知れない。
別にどうでも良い。
今までも仲間の死は散々見てきたし。
戦いになればどうなるかは分からない。
フードの影が私のバディとして動くような状況では無く。指揮に専念できるようになったと言う点では。
少しは味方の人員不足は解消したとも言えるが。
いずれにしても、フラッシュライトの支配地区にいるサイドキックは、戦闘要員だけで推定五万。残り十五万は警備などをこなすが。それでも武装は渡されている。
特徴的なのは、アンドロイドを多数採用していることで、サイドキックの八割強が、フラッシュライトの命令だけを実行する忠実な手駒なのだそうだ。ある意味、普通のサイドキックより手強いかも知れない。
武装も強力で、生半可な攻撃では崩せそうに無い。
相手が二世ヒーローだったりすれば、暗殺は難しくなかったりもするのだけれど。残念ながらそうではない。
今回油断すれば、待っているのは死だ。
工場の上空を、ヘリが飛んでいる。
ヘリと言っても、その気になれば超音速で飛行できる最新鋭だ。左右に搭載しているミサイルは、暴徒鎮圧用のもの。空中で炸裂するクラスター弾で。一度ばらまくだけで、数千人の暴徒を一瞬で壊滅状態に陥れることが出来る。
工場からは、常に煙が上がっているが。
あれは、食糧などを生産しているのだろう。
増えた人間を養うための最低限のものだが。
栄養だけは入っているが、味はとても食えたものではないらしい。数少ない脱出者から、話は聞かされている。
「厳重な警備だな」
「そうかよ」
「見ろ」
分かっていないようなので、促す。
上空から監視しているヘリに加えて。
工場の周囲には、レーザートラップが満載だ。
その数は、一つの工場辺り、数千はくだらないだろう。
敢えて工場の周囲を草ぼうぼうにしているのも、地雷の敷設を悟らせないためだと見て良い。
監視カメラも、かなり巧みに設置されている。
これは自分の城以外は極めてずさんに作っていたマンタグレイヴとは格が違う相手だ。とにかく油断が見られない。
豊富な実戦経験を持つという話だが。それが故だろう。
油断で格下の相手にさえ不覚を取ることがありうると、知っているからだ。
手強いな。
私はそう思うと、一度撤退する。
これ以上近づくと、発見される可能性も高い。
サイドキックを見張りに立てているようなことも無い。殆ど全自動で見張りを行っていて。
それもトラブルシューティングを何度も繰り返し、徹底的に死角を潰した、隙が無いものだ。
一度アジトに戻る。
この地区には街などと言うものはない。
サイドキック達はフラッシュライトのアジト内で生活を全て完結させ。
そのほかの市民は全て工場内で生きている。
工場内での生活は、完全に管理され。
ありとあらゆる全てが、「数を増やす」事だけに特化している。
此処の施設の場合、新しく増やされた乳幼児が、ヒーロー適性を持っているかは、即座に判別できる事も大きい。
場合によっては、市民が自分の子供を役所に連れてこないケースがある。
そういうときには、遠隔調査デバイスですぐに発見され。市民はその子供を除いて殺戮されてしまうのが現実だ。
だがそれも手間にはなる。
フラッシュライトは。
無駄を徹底的に省いた。
完璧なまでに完成度が高い人間牧場を作った、とも言えるだろう。
それらを報告すると。
石塚は呻く。
「手の出しようが無いな」
「下水からの浸入は」
「調べて見たが、ムリだ」
「と言いますと」
立体映像を出してくる石塚。
下水は見ると、何カ所にもレーザートラップが配置されていて、ムリに抜けようとすれば即座に発動する。
見ていると、レーザートラップに触れた鼠が、一瞬で黒焦げにされていた。鼠相手でもあの鋭敏さだ。
私は、狭い所に入り込めるけれど。
この様子では、それさえ厳しいか。
夜、別の偵察チームが戻ってきた。ジャスミンが指揮している部隊だ。
彼女も映像を取ってくる。
スターライトスコープで工場の様子を確認した映像だが。
見ると尋常ではない規模で、工場の周囲を固めている。しかも、おぞましいものまでもが確認できた。
「あれは」
「ミョルニル級水爆だ」
「……！」
思わず声が漏れた。
工場に何てものを仕掛けているのか。
ミョルニル級水爆と言えば、破壊力２００メガトン。主な用途として、ICBMに搭載して、宇宙人に対して攻撃を行う。勿論宇宙人がいない現在は、仮想的に対しての備えなのだが。
それにしてもこの配置は。
フラッシュライトに何かあった場合、工場にいる百万以上の民は、まず間違いなく皆殺しだ。
卑劣を通り越して残虐極まりない。
こんな事をする奴が。
現在のヒーローだ。
「最低でも、あれはどうにかしないといけないな。 起爆システムだけでも抑えないと、テンペストでも手を出せない」
「フラッシュライトは狡猾な男だ。 今の情勢からして、テンペストが狙ってくるのは、予想していた、という事だろう。 見た感じ、最近設置されたもののようだ」
「吐き気がするな」
石塚とフードの影が話しているが。
私は、それを見ているしか無い。
あんな凶悪な戦略兵器を配備しているのだ。それも、見えるように。
もしも地下に同じものを幾つも配備していたりしたら。
一体どうやったら無力化できるのか。
フラッシュライトの高笑いが聞こえるようだ。
攻略できるものならやってみろ。
更に、奴は戦術核の個人的な使用を認められているはず。下手に近づけば、テンペストもその洗礼を受ける事になるだろう。
コレは文字通りの難攻不落。
どうすればいいか。
見当もつかないというのが、実情だった。
「慌てるな」
フードの影が言う。
静かに、周囲を見回した。
秘策があるのだろう。
でも、まずはどうやってあれを攻略するかを説明して貰わないと、皆動きようが無いのが実情。
それは、フードの影も、理解しているようだった。
「ミョルニルにハッキングを仕掛ける」
「ハッキング？」
「インターネットが存在していた時代は、ままあった。 敵のシステムに侵入して、内側から様々な悪さをする。 この場合は、水爆を黙らせる」
「出来るのですか」
出来ると、フードの影は断言。
そもそも、インターネットが世界から撤廃されてから、その手のセキュリティは脆弱化の一途をたどるばかりだという。
それはそうだ。
使われなくなったシステムである。
技術が失われていくのは自明の理とも言える。
だが、それはそれ。
今此処でやらなければならないのは。
現実的に、どうすればいいか、である。
「ハッキングは私が行う」
「それにはどれくらい掛かりますか」
「相手はスタンドアロンのシステム。 二週間という所だ」
「そんなに……」
そもそも専門の設備も無いから厳しいと、フードの影が口を尖らせる。まあ、此奴の実力なら、出来るかもしれないが。
しかし、それも厳しい。
「遠隔からでは無く、回線を直つなぎすれば即座に行けるがな。 だからまずテンペストと連絡を取り、共同態勢に入る。 下水道がムリなら、無理矢理地下から穴を掘って、工場の床をぶち抜いて侵入する。 テンペストの実力ならそれが可能なはずだ。 水爆は此方で無効化する条件で、奴を釣るしかない」
問題はテンペストだ。
先に連絡をして。
どうにかして、此方との連携作戦を成立させる必要がある。だが、此処でやはり問題が起きる。
テンペストにとって、此方はテロ屋。
前は互いにたまたま利害が一致しただけ。
今回も同じように利害が一致するとは、限らない。
石塚に呼ばれて、アーノルドと行く。
部屋を出ると。
石塚は、別の部屋に入って、地図を拡げた。
「現在テンペストは、恐らくこの地区にいる。 そろそろ動き出す頃だろうと、部下からの連絡もある」
それは、マスターロンガーの支配地区。
ザ・パワーのシンパとして知られる数少ないヒーローで、でも実体は単純にオリジンズの熱狂的なファン、という所らしい。
戦闘能力は低いが。
少なくとも、他のヒーローに比べて市民を虐げてはいない。
市民でも物資を得られる数少ない地区で。
テンペストが潜伏したのも、当然だと言える。
ビートルドゥームとの戦闘で、相当に消耗したと聞いている。まずは体を回復と考えるのは、ごく自然なことだ。
「此方にテンペストが移動してくるとすると、行動経路はこうなるだろう」
石塚が、地図上で指を走らせる。
その一点で。
指が止まった。
「お前達は此処でテンペストと接触しろ」
「うい」
「イエッサ」
どうも気が抜けたように聞こえる返事なのだろう。アーノルドが、不快そうに此方を見た。
石塚は無論何も言わない。
というかこの返事。
私がいたサイドキック養成校での挨拶だ。
後で聞いたのだけれど、サイドキック養成校では、それぞれに挨拶が違う。今のアーノルドみたいなタイプもある。私のは、海軍型の変成タイプだそうである。まあ、正直どうでも良いが。
今回は、移動にバギーを使わない。
徒歩で行く。
それだけガソリンは貴重なのだ。
勿論アーノルドも鍛えているし。私もそれ以上に鍛えている。
解放できるようになってから、身体能力はどんどん増している。少なくとも、アーノルドよりは私の方が強い。
それはこの間の組み手でも証明して見せた。
それ以降、更に恨みをぶつけてくるので、辟易していたが。
「テンペストを見た事があるか」
「あるよ。 遠目にだけど」
「本物のヒーローだって話だな」
「ああ、そうだね」
その通りだ。
この世界に数少ない、本物と言えるヒーローだ。世界的にはヴィランとされているが、それはどうでもいい。
この世界の方が狂っているのだから。
待ち伏せの地点に急ぐ。
テンペストは、そのままだとまっすぐ突っ込んで、今度こそ返り討ちに遭うだろう。
世界を変えるための重要な人材だ。
こんな所で。
失うわけにはいかないのだ。
３、水と油
わたしは気付く。
妙な気配がある。
待ち伏せか。
それにしては殺気が無い。
それに、すぐに悟る。
この気配は、前に感じたことがある。恐らくは、アンダーウィングとの戦いの時、姿を見せた触手の怪物だ。
彼奴か。
やり口が気に入らないが。結果として共闘という形になった。だが、待ち伏せているという事は、戦うつもりだろうか。
足を止める。
そして、叫ぶ。
「わたしに何か用か！」
「テンペスト！」
何だか、上擦った声がした。
歓喜に満ちているというか、何というか。希望の光を見たような、そんな声だ。
わたしは眉をひそめたが。飛び出してきたのは、大柄な男だ。サイドキック崩れだろう。角刈りにしていて、全身筋肉質の、四角い男だ。
いや、此奴じゃ無いな。
その後ろから、ぬらりと現れたのは。
長身の女。
眠そうな目をしていて。
何だか幽霊みたいな雰囲気だ。
「そっちだな。 前、アンダーウィングと戦った時、市民を守った能力者。 タコか何かの変身能力者か？」
「ちょっと違う。 まあ、ヴィラン名もまだつけられていないような下っ端だ。 私は東雲雲雀。 そっちのはアーノルド」
「あえて光栄だ、テンペスト！」
「あまり時間がない。 用事があるなら出来るだけ手短にな」
凛とした雰囲気。
なるほど、何となく理解できた。
テンペストは、達観している。
誰かを味方にしようとは、最初から一切考えていない。現時点で、ただ孤独に戦う事だけを想定して動いている。
市民の助けなんて求めていない。
というのも、今の時代、テンペストを助けたりしたら。後で何をされるか分からないと知っているのだろう。
「フラッシュライトと戦うつもりだろう。 共闘を持ちかけたい」
「断る」
「どうしてだ！？」
愕然として叫ぶアーノルド。
咳払い。
此奴を連れて来たのは、やはり失敗だったか。
「フラッシュライトは、戦術核を準備している上に、人間牧場にミョルニル級の水爆を仕掛けた。 真っ正面から行っても、なぶり殺しにされるだけだぞ」
「！ 何を考えていやがる……！」
「だから共闘だ。 水爆は此方でどうにか無力化してみせる。 あんたはフラッシュライトをぶっ潰して欲しい」
「……」
じっと見られる。
その視線は鋭くて。
此方を焼くかのようだ。
やはりテンペストは、私達をテロ屋と認識している。実際問題、その通りなのだから仕方が無い。
我々には力が無い。
テンペストのように、相手を殺さずとも制圧できるような力があるのなら、まだ話は分かる。
だが、此方には、選んでいられる手段が無いのだ。
あのフードの影も言っていた。
本来だったら、私のような能力者をもっと増やしたかった。だが適性持ちが見つからなかった、と。
やむを得ない。
いずれにしても、今は利害が一致しているところを説くしか無い。
わたしは腕組みして話を聞く。
やはり此奴らはテロ屋だ。
市民を巻き込むことも気にしないし。何よりやり方が気に入らない。いずれは、戦う事になる可能性も高い。
だが、実際にまずは見てみるべきだろうと、わたしは判断した。
案内されて、見る。
丘の上から、身を低くして確認。
確かに、ミョルニル級水爆だ。更にフラッシュライトの事だ。わたしがいる事に気付けば、躊躇無く戦術核を使ってくるだろう。
工場なんて、その気になれば幾らでも再建できる。
奴がそう考えている以上。
水爆を使用する事だって、躊躇わないはずだ。
そしてもし使われたら。
繁殖用の家畜として収容されている市民は、皆殺しだ。
不快感はビートルドゥームと大して変わらない。本当にどうしようも無いゲスだと、わたしは思った。
躊躇無く殴れる一方。
悲しくもなる。
間近で見れば見るほど。ヒーローには本当に狂った奴しかいない。無制限の特権は、こうも人を狂わせるのか。
例外はいる。
だが少なすぎるのだ。
「ねえ、テンペスト。 方法が無いのなら、悩む必要なんてないんじゃないのかな」
「その通りだ。 だが、貴方たちと一緒に行動するつもりはない」
「そんな、テンペスト！」
サイドキック崩れらしい大柄な男が言う。アーノルドだったか。まあ、正直な話。突き放すようになるのは悪いとは思う。
だけれども、こればかりは仕方が無い。
ヒーローの魂を持つのなら。
絶対に妥協が許されない事がある。
師匠の言葉だ。
此奴らの行動はテロそのもの。市民を巻き込むことも、最終的に厭わないやり口で行動している。
それは幾つかの事例で現地も取れている。
暴力を用いて解決しているという点ではわたしも同じだ。
だが、此奴らが今のヒーローに取って代わっても。
同じ地獄が到来するだけだと、わたしは思う。
「あんた達の邪魔はしない。 だけれど、協力もしない。 それと、市民を巻き込むやり方を取ったら、その場でぶちのめす」
「それでいい。 此方としても、下手な仲良しごっこよりも、利害が調整できたことを確認できればそれで良い」
「……」
クレバーな奴だ。
でも、その方が、此方としても丁度良いかもしれない。
「それで、水爆は無効化できそうなのか」
「流石にスタンドアロン化されているから、技術者を其処まで誘導する必要があるけれど、それさえできれば楽勝」
「本当だろうな……」
「知ってるはずだよ。 今の時代、暗号なんて使われもしない。 インターネットがこの世から消えてから、セキュリティって概念はほぼ消滅したの」
そうか、そういえばそうだったか。
しばし考え込んだ後、わたしは決める。
此奴らに協力はしない。
でも、邪魔もしないと。
準備が整った。
わたしが突入した直後、水爆を無効化するチームが動く。ちなみに突入経路は地下からだ。今回ばかりは、真正面から行くのはリスクが高すぎる。
わたしが危険にさらされることは別にどうでもいい。
あの人間繁殖工場に囚われている市民が危険なのだ。
弱い者を守るのがヒーロー。
それは師匠に叩き込まれた。
此処では、自分のプライドよりも、市民の安全を優先するべきだ。勿論変な動きをしたら許さないし。
水爆も無効化した後はぶっ壊す。
此奴らに水爆を渡すわけにはいかないからだ。
フラッシュライトは余程自信があるのか。
表には出てこない。
姿どころか、気配さえなかった。
地下下水道を通って、突入開始。
まずはわたしが突入して。
そして、愕然とする事になった。
何だ、これは。
其処には人間は、一人もいない。
機械さえもない。
空っぽだ。
工場の中にはなにもなく。
気配を探ってみても、まるでなにも反応が無い。ロボットさえ動いている様子が無いのだ。
おかしい。
そもそも、フラッシュライトの支配地区は他も調べた。
多くの市民が此処に収容されているのは、間違いないのだが。どうして誰もいない。
警備システムも存在しない。
歩いて行くと、異様にあっさりと、水爆の起爆システムが見つかった。これは奴らに任せる。
東雲雲雀といったか。
彼奴の仲間達が、すぐに無力化作業を始める。
しばらくは、周囲を警戒だ。
完全に無力化したら、後はぶっ潰すだけ。
にしても、なんだこれは。
異常だ。
「テンペスト、此方に来て欲しい」
「……」
無言で、奴らの一人についていく。
そして、部屋の一つに入った。
その異常さには。
わたしも口をつぐんでいた。
無数のガラスシリンダに入れられた人間。胎児から大人まで様々な姿。数も多い。数万、いや数十万か。
まさか、これが。
「何だこれは……」
どの人間も、呼吸器と、排泄関連の部分をコードやら何やらで覆われている。そして、中央には何かをコントロールしている装置。
わたしにはよく分からん。
技術者らしい奴が来た。
そして軽く分析して、おぞましい事実を告げてきた。
「これが、人間量産装置だ」
「人間量産装置、だと」
「それぞれの遺伝子をプール化し、その遺伝子から作った生殖細胞から胎児を作成。 それぞれのニーズに合わせて輸出する。 この方式なら、ヒーロー特性の持ち主が出れば即座に分かるし、カタログ化も出来るからサイドキック養成校へもすぐに売り飛ばすことが出来る」
吐き気がこみ上げてきた。
これを、人間がやっているのか。
だが、一つ分からない事がある。
フラッシュライトは何処にいる。
どうして此処までしているのに出てこない。
奴のサイドキックは二十万とか聞いている。
そいつらは何をしている。
思い切り侵入しているし。
既にそれにも気付いている筈だ。
水爆の方に戻る。
無力化完了の声が上がったので、天井を突き破って外に出ると、ミョルニル級水爆を拳で粉砕。
此奴はこれでいい。
戦術核の方も、見つけ次第破壊する。
全部壊しておけば、流石に大丈夫だろう。
あまり詳しくは知らないけれど、水爆も戦術核も、高度なテクノロジーの塊だと聞いている。
此奴らに再現は出来ないだろう。
工場の中に戻る。
いずれにしても、これは。
フラッシュライトをとっ捕まえて、話を聞かなければならない。
それに、あの有様。
市民を解放するとしても、どうすればいいのか。
ガラスシリンダから出したとして、生きていけるのか。何かしらの処置をしなければ生きていけないとかだったら。大量殺人に手を染めることになる。
水爆は潰したのに。
何ら状況が改善していない。
一体何が、この地区で起きている。
「テンペスト」
声を掛けてきたのは、雲雀だ。
むっとする様子のわたしに。奴は冷酷な表情のまま告げてくる。
「この装置、切っちゃった方が良くない？」
「おい、巫山戯るな。 中の人達がどうなるか分からないんだぞ」
「これさ、多分輸出用の市民だよ」
「だったら元々の市民は何処にいる！」
顎をしゃくって、ついてくるように促す雲雀。
背がわたしよりかなり高いので、見下されるようで少し頭に来る。いずれにしても、何かみつけたという事か。
言われるままについていって。
愕然とした。
其処には。
地獄が拡がっていた。
何だこれは。
悪辣なヒーローは散々見てきた。
だが、此処までやれるものなのか。
そこにあったのは。多分売り物にならないだろうと判断された市民の死骸。いずれもがミンチ機に掛けられるコンベアに乗せられ。
次々と廃棄されていた。
これでは、二十万いるとか言うサイドキックさえも、使い物にならないと判断されたら、即座にこうされていると見るべきでは無いのか。
怖気が走る。
まだわたしは、甘く見ていたのかも知れない。
人間の底知れない悪意を。
無制限の特権と力を手に入れたとき。
人間は悪魔でさえ怖れる存在へと変わり果てる。
師匠の言葉だ。
それは、此処で、実現されてしまった。
あってはならない事が。
起きていたのだ。
どうすればいい。
これはもう、わたしの手に余る。
一人でどうにかしていい事では無い。更に言うと、数百万人を殺戮しても罪に問われないのが、現在のヒーローだ。
コレをやったからと言って。
フラッシュライトが捕縛されることは、あり得ない。
「どうしたの、真っ青だけど」
「何でもない。 いずれにしても、今からフラッシュライトを叩き潰してくる」
「……そう」
「許せるか、こんな事」
雲雀は応えなかった。
わたしは階段を上がりながら、フラッシュライトの居城へと急ぐ。この工場と直結しているのだ。
すぐにたどり着けるはず。
この世界は狂っている。
この世界はもう終わっているのかも知れない。
だったらわたしが。
徹底的に叩き潰さなければならない。
少なくとも、元凶になっているヒーローは、一人だって許してはいけない。例えば、此処にいる、フラッシュライトのような。
走る。
防衛システムは、一つも出てこない。
そして、敵の居城に入っても。
それは変わらなかった。
４、悪夢の連鎖
突入と同時に、痛烈な死臭が鼻を突いた。
これは、一日や二日ではない。
工場とは隔壁やエアウォールで封鎖されていたから、蠅もこなかったのだろう。だが、此処は違う。
異常な状況だ。
サイドキックが、無数に倒れている。
いずれも、無傷のまま死んでいた。
わたしは声も無い。
周囲を見回すが。
どのサイドキックも蛆とゴキブリと鼠に食い荒らされている死体と化し。かといって、何かと戦って死んだようには見えなかった。
何だこれは。
何が起きた。
あの工場にしてもおかしかったのだ。
防衛機構は、実は存在していた。
本来だったら、サイドキックが五万と出迎えてきただろうし。戦闘用ロボットや、トラップの数々もあったはずだ。
それなのに、どうして。
彼方此方に散らばっている死体は。
どれもこれもが、巡回中だったり、警備中だったり。
そういったときに死んだように見えた。
どれもこれもが、致命傷などは受けておらず。
その場で崩れ落ち、死んでいた。
打撃系の格闘技訓練をしていると分かるが。吹っ飛ぶような場合は、余程のパワーが掛かったときだけである。それこそ、戦闘タイプ能力者が殴ったとき、のような。
そうでも無いような場合。
人間が殴り倒したり。
或いは銃弾が頭を打ち抜いた場合は。
人間は吹っ飛ぶことはなく。
そのまま膝から崩れ、倒れる。
人間の体は重く出来ている。
少なくとも、普通に鍛えた人間くらいでは、その体を吹っ飛ばすことは出来ないのだ。ましてや相手が戦闘訓練を受けたサイドキックならなおさらである。
何が起きたのかよく分からないけれど。
兎に角此処では、サイドキック達はそのまま死んだ、という事だ。毒ガス兵器か何かかと思ったが。
それにしてはおかしい。
もしそうだったら、苦しんだ様子がうかがえるはずだ。
それにガスマスクを装備として支給されている。それを身につける余裕さえなかったのか。それほど凶悪な毒ガスを、この基地全部にばらまけるような奴は、ヒーローにいたか。化学兵器にも存在したか。
著名なヴィランを頭で追っていくけれど。
こんな事をやらかした奴のことは、ついぞ知らない。
もし、それらが全て違うとなると。
まさか、自然死。
そんな馬鹿な。
フラッシュライトが使っていたらしい部屋に到着。
部屋の前には、死体の山。一つや二つでは無い。此処に逃げ込もうとしたのか、二十以上の死体が折り重なり。
既に事切れたしがいの上で、鼠とゴキブリと蠅が、羽音で大合唱していた。
ドアを蹴り破る。
だが、内部も同じ。
机に突っ伏しているのは、いやみったらしい金属光沢のスーツを着た男。どう見ても此奴も死んでいる。
懐から出したのは。
指紋を残さないようにするための手袋。
死体を調べて、確認。
やはりこれは、誰かに殺されたのでは無いとみるべきだ。
そうだとしても、毒ガスか何か。
いや、そうだとしてもおかしいのでは無いのか。
そもそも、前提が間違っているとしたら。
そうだ。
あのたくさん部屋の前で折り重なっていたサイドキック達の死骸。ひょっとしなくても、あれは。
腐敗が進んでいるフラッシュライトの死体を確認。
前に師匠から渡された手帳を見る。
蛆虫のサイズなんかから、死体がいつ死んだかが大体分かるのだ。今の温度から考えて、計算すると。
一週間前には、フラッシュライトは死んだことになる。
丁度此処にわたしが来た時には。
このエセヒーローは、既に死んでいた、という事だ。
部屋に入ってきたものがいる。
構えを取るが、殺気はない。
それに、見覚えがある。
雲雀の組織のリーダーだとか言う。フードの影だ。
「何だ、君がやったのかな」
「だったら良かったんだがな。 死後一週間って所だ。 此処の温度から考えて、間違いないだろう」
「そうかそうか。 君の知識じゃ無いな」
「師匠に教わったんだよ」
ひどい臭いで鼻が曲がりそうだ。
だが、此処では調べる事が幾つかある。
例えば、ヒーローは専属の医師を雇っているのが普通だ。これは当然サイドキックで、優秀な知能を持っていると判断されたサイドキックが、専門の教育を受けることでなる。というよりも、洗脳に近い形で知識を叩き込まれるそうだ。
それに加えて。
今では病気のDBや、そこから病気を割り出すAIの進歩もしている。
基本的に簡易な健康診断は毎年やっているはずで。
こんな形で自然死を迎えることはあり得ない。
近くの部屋を探してみる。
医師らしい男の死体も見つかる。
これは、どう考えてもおかしい。
「なるほどな」
フードの陰の声。
振り返ると、奴は。
フラッシュライトの蛆が湧いた脳みそを切開して、何かを取り出していた。小さな機械なようだが。
腐汁が滴っていて、とてもではないが触りたくも無い。
「何だそれは」
「遠隔操作装置だよ。 サイドキックや防衛機構も、全部これと連動していたと見て良いだろうな」
「……つまりフラッシュライトが死んだから、全滅したって事か」
「そうなる」
なるほど。
フラッシュライトの様子がおかしいから、サイドキック達は青ざめて、部屋に殺到したという訳か。
だが時遅く。
フラッシュライトの死と同時に、全滅。
医師については。
様子がおかしければ、真っ先に連絡が行くはず。
それも、部屋も隣だ。
気付けないはずが無い。
困惑しているわたしの側を、フードの影が通る。
何だろう。
その一瞬。
背筋が凍るような違和感を覚えた。
此奴、人間か。
何か、本能的なレベルでの嫌悪感がある。まるで、この世界の敵を目の前にしたかのような。
いや、考えすぎか。
フードを被っているから人相はよく分からないが、女で、それも背丈がそう高い訳でもない。
どちらかというと背が少し低いわたしと同じくらいだ。
動きから見ても、戦闘力は高くない。
特殊能力を持っていても、わたしなら瞬殺出来るだろう。
なのに、どうして。
今これほどのおぞましい恐怖を感じた。
「此奴だけは殺されているな」
「！」
「医師を殺して、フラッシュライトが死ぬのを防げないようにした、というわけだ」
だが、どうやって。
肩をすくめて、フードの影が見せてくれる。
頭を開いてみると。
其処には、露骨な空洞が出来ていた。
何だこれは。
遠隔破壊能力か。
だがそんなものが使えるなら、フラッシュライトを狙うのが一番の筈。その疑問を口にする前に、応えられる。
「此奴は能力としてはごくごく低いレベルのものだ。 フラッシュライトのように実戦経験で能力を磨いている相手には通用しない」
「そうなると」
「最低でも二人以上が関わっているな。 ただもう一人が能力者かは分からん」
意味がよく分からないが。
腕組みして見ている前で、フードの影が、医師の死体を片付け。まだ生きているPCを動かして、カルテを確認。
そうすると、出てきた。
心筋梗塞、である。
発症する可能性が出ている、というものだ。
しかもこれは、フラッシュライトに教えていなかった可能性が高いという。
続けて、食生活についてのデータも引っ張り出してみせる。
それらを見る限り。
心筋梗塞発生の確率を上げているようにしか思えない、というのだ。
「……つまり、これは暗殺か」
「そうなる。 しかも、恐らくこの医師は、何かしらの手を使ってたきつけられただけだろうな」
「そして用済みになったから消した、か」
「ご明察だ」
床を蹴り砕く。
不快。
ただひたすらに不快だ。
いずれにしてもゲス、フラッシュライトは死んだ。
問題は人間繁殖工場の方だが、下手に動かすと市民はみんな死んでしまうだろう。いずれヒーロー側にも気付かれて。その時に処置をされると判断するしか無い。悔しいが、これはどうにも出来ない。
せめて出来るとすれば。
ザ・パワーに通報することくらいだろうか。
奴はいずれ戦うにしても。
こういうことに関しては、信頼出来るはずだ。
通信手段は、一つだけだが、持っている。
師匠が残した手帳の中に。
ザ・パワーとの直通回線があるのだ。
よく分からないが、以前倒したヒーローから奪ったものらしいのだけれど。それについての真偽は、今はどうでも良い。
通じるかどうかは分からないが。
やってみる価値はある。
「撤収してろ。 わたしも後から行く」
「では、殿軍は任せるよ」
「……」
ぞろぞろといくフードの影と手下ども。
わたしはもう一度床を蹴りつけると。
もう使われていないかも知れない回線に。フラッシュライトのデスクの電話から、つなげてみた。
昔は携帯電話だのスマホだのがあったらしいけれど。
インターネットの排除とともに、市民から全て取り上げられた。ヒーロー用の強力な無線は存在しているが、それだけだ。
電話が復活したのは、そういう経緯かららしいけれど。
いずれも師匠の受け売りだ。
蠅とゴキブリが五月蠅い中。
電話は通じた。
「フラッシュライトか」
重苦しい声。
ザ・パワーだ。
聞いた事がある。
複雑な感情を抱いている相手だ。少し、黙ってしまう。
「どうした、何があった。 この緊急回線に君が掛けて来ると言うことは、余程の事なのだろう」
「フラッシュライトは死んだ。 心筋梗塞だ」
「！ 誰だ君は」
「フラッシュライトをぶっ潰そうとして、奴のアジトに押し入ったヴィランだ。 テンペストと言えば分かるか」
しばし黙るザ・パワー。
わたしは嘘をつきたくない。
順番に、話をしていく。
人間繁殖工場が作られ、其処に水爆が仕掛けられていたこと。戦術核が、迎撃用に準備されていたこと。
地下から潜入して戦いに出てみたら、サイドキックが全滅し。工場の生産設備だけが動いていたこと。
そして、フラッシュライトと医師の死体が見つかったこと。
医師だけは、ころされた形跡があり。
どうやら医師が、フラッシュライトが心筋梗塞で死ぬように、仕向けていたらしいこと。
「わたしが知ったのは以上だ」
「待ちたまえ」
「疑うのは自由だ。 実際今までに何人もヒーローを潰したわたしの言う事を信じる理由もないだろうしな」
「いや、疑うつもりはない。 ただ知りたい。 わざわざどうして、私にそのような詳細情報を知らせてきた」
それは。
決まっている。
一番市民をマシに扱っているのがザ・パワーだからだ。情けないけれど。今のままでは、この地区の市民は全滅する。わたしにはそれを止める力が無い。
出来るだけ急いでくれ。
それだけ言うと、私は電話を切った。
そして、腐臭溢れる、悪夢の要塞を後にする。
一度だけ。
虫たちの餌食になっているフラッシュライトを見た。
此奴は野心も多く、色々と考えていただろう。ヒーローとしてはゲスの極地にいる奴でもあった。
だが、はっきり分かった。
此奴は暗殺された。
それもヴィランでは無く、ヒーローの側に。
今までどれだけ腐っていても、ヒーローの内部で、致命的な権力争いは無かった、と聞いた。
師匠の受け売りだけれど。
此奴はオリジンズの次期候補。
暗殺されたとなると。
恐らくは、相当な大物が関わっているはずだ。ひょっとすると、ザ・パワーかも知れないし。
或いは、ザ・パワーを陥れようとする何者かも知れない。
いずれにしても、この戦いは、わたしの負けだ。
だが、次は必ず敵の先を行くし。
この世に巣くう悪党は全部まとめて叩き潰す。
その決意に。代わりは無い。
(続)
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