腐りきった社会の貌

 

序、竜巻

 

目が覚める。

随分フトンやベッドは使っていない。わたしは頭を振って周囲を見回す。何処だったか、此処は。

地下だ。

眠るときは地下下水道や、廃棄されたビルの中。

少なくとも、周囲に人がいないところ。

ゴキブリのようだけれど。

それくらいは用心しないと、冗談ぬきに核を落とされる可能性がある。今の時代、ヒーローには、市民は財産でしか無い。

財産がちょっと失われるのと。

自分の命が守られるのだったら。

躊躇無く後者を選ぶ。

そのためには核くらい平気で使う。

それが今のヒーローだ。

だからわたしは戦う。こんな奴らをヒーローと名乗らせていてはいけない。師匠のような漢を、ヴィランと呼ばせていてはいけない。

世界の皆がそうだと認めていても。

わたしだけは認めてはいけない。

何があっても、だ。

起き出すと、外に。

雨が降っていた。かなり激しい雨で、この様子ではしばらく外出は控えた方が良いだろう。

というのも、視界が狭まるからだ。

今、わたしは。

ターゲットと見定めたヒーロー、ビートルドゥームの所に向かっている。筋金入りのクズで。叩き潰すことに何ら躊躇は無い相手だ。

だが今回のは、この間叩き潰したアンダーウィングとは訳が違う。

戦闘経験が豊富で、非常に強力なヒーローである。それならば志や魂をきちんと持てば良いようなものの。

此奴は強いだけの下衆。

次期オリジンズ候補としては最有力で。

今年老いて、オリジンズから降りようとしているヒーロー、ヴァーミットの後釜になる可能性が高いと言われている。

強くても残虐で。

市民をゴミ同然に扱っている此奴を野放しには出来ない。

必ず叩き潰す。

寝床に戻ると。

人の気配があった。

前から協力している地下組織の一人だろう。

顎をしゃくると、無言で手紙を差し出してくる。

手紙を渡すと。

まだ幼い女の子は、一礼だけして去って行った。

さて、内容は。

思わず呻いていた。

ビートルドゥームは、自分の強さを磨くと称して、色々な残虐行為をしているが。それがここしばらくで、エスカレートしているというのである。

強さを求める事はいい。

問題は、此奴のやり方だ。

此奴は敢えて自分のパワーを制限した状態で、市民と殺し合いをする。その結果、自分を死地に置くことで、己の戦闘経験を増やす、という行動を取っているのだ。

別に世界を憂いている訳でもないし。

何より宇宙人の再来に備えている訳でも無い。

ただ戦いが楽しくて。

同格の相手とやりあいたいから。

そんな理由だ。

自身は少なくともそう広言している。そして自身の城に、市民を連れて来て(事実上の拉致も同然だが)は、自分と戦わせる。

勿論勝ったら相手を殺す。

そして殺した相手の肉を、ペットにしている動物たちに与えるのだ。主にサメが多いとか言うが、どうでもいい。卑劣で残虐だと言う事だけが此処では重要だ。

自分に勝つことができれば。

膨大な金をくれてやる。

しかし負けたら家族もろとも皆殺しだ。

そう言いながらビートルドゥームは、市民を無差別に連れてこさせて、毎日殺戮の限りを尽くしている。

ただ。戦士としては、実際に能力を抑えながら戦っているとかいう話で。実際に天才的に戦闘適性が高いのだろう。

厄介な相手だ。

だが、絶対に許すわけにはいかない。

ここのところ、スパーリングの相手を十倍に増やしているとか言う話で。毎日数百人が殺されているという。

勿論殺した相手の家族も皆殺し。

広言したとおりに行動する。

それがビートルドゥームという男である。

舌打ちすると、わたしは雨の中飛び出す。そして、出来るだけ奴の支配地区へ急ぐことにした。

何があったのかは知らない。

単にオリジンズに入るための予行演習かも知れない。

ただはっきりしている事がある。

ビートルドゥームが大量殺戮をしているということ。市民ばかりか、無関係の家族まで殺戮しているということ。

許すわけにはいかない。

どうして、世界はこうなった。

初代オリジンズの魂は、何処へ行ってしまったのか。

許せない。

師匠を殺したヴィラン狩り部隊も。

それ以上に、何もかも。この世界を支配している連中も。だけれど、怒りを抑えろ。抑えなければ、死ぬ。

師匠に何度も言われた。

戦っている時こそ冷静になれ。

相手に絶対に弱みを見せるな。

心理で上に立てば、格上の相手に勝てる事だってある。逆もまたしかり。お前は才能があるのだから、油断だけしなければ、大概の相手には勝てる。

そうだな。

だから師匠、今回もわたしに力を貸してくれ。

わたしは、この世界と戦っている。世界の全てが敵だとは思わない。だけれども、誰にも心を許せる状況には無い。

市民を守ろうと思っている。

だけれど、彼らは弱い。

弱みだって握られている。

助けた横から裏切られる可能性も高い。

だけれど、立場が弱い彼らを、どうして恨めようか。

それは師匠の所で散々見てきた。

雨の中を走る。

狙撃されると面倒だから加速。ヘッドショットを食らったところで死ぬようなヤワな体ではないけれど。

それでもダメージは受ける。

雨の中だと、なおも避けづらいだろう。

今の時代、鉄道や高速道路もない。

市民には車も与えられない。

いずれもヒーローに反逆しうる力になり得るからだ。

出来るだけ今のうちに。

今回のターゲットの支配地区に、近づいておかなければならなかった。

 

テンペストが動き出した。

大雨の中、その情報を持って、石塚が戻ってきた。

組織のナンバーツーである石塚は、情報屋とのコネが多い。今も、有益な情報を確実に拾ってくる。

フードの小柄な影は、くすくすと笑う。

「それで予想される狙いは」

「ビートルドゥームかと」

「……ふむ」

腕組みするフードの影。

ビートルドゥームか。

戦闘狂の見本のような奴だ。確かにヒーローとしての戦闘力は高く、テンペストでも苦戦するかも知れない。少なくとも、殺戮しかしてこなかったアンダーウィングとは、自力が桁外れの実力者だ。

市民をゴミ同然にしか思わず。

殺戮して楽しんでいることには代わりは無いが。

此奴の場合は、わざわざ市民と同等まで戦闘力を落とした上で戦うという妙なトレーニング法を採用していて。

それで市民が自分に傷の一つもつけられれば大金をくれてやるし。

市民が死んだら、その家族も皆殺しという、悪辣な事をしている。

いずれにしても、叩き潰すヒーローとしては、リストの上位に食い込んでくる輩ではあるのだが。

しかし、此方の組織力では、手が出ない。

アンダーウィングはまだまだ若造と言う事もあって、サイドキックの部隊も小さく、統制が取れていなかったけれど。

ビートルドゥームはしっかり地固めをしていて、その手下の数は恐らく一万を軽く超えるだろう。

安易に攻撃を仕掛けたら、確実に返り討ちにされる。

それほどの相手だ。

勿論今の私では、手も足も出せずに、ひねり潰されるだろう。

訓練がいる。

もっと力を使いこなさなければならない。

「頼みがあります」

「ん?」

「今回の件は、テンペストを支援するわけにも行かないだろうし。 今のうちに自分の力を、可能な限り高めたいのです」

「……分かった」

トレーニングルームに来るように言われた。

とはいっても、未来的な、立体映像と戦うようなものではない。生身の相手とやりあうのである。

そこにいるのは、デク人形。

とはいっても、生きたデク人形だ。

人間とグリズリーの細胞を組み合わせて作られていて。

その戦闘力は、アジア象くらいにはなるという。

私がスパーリングするには丁度良い相手だ。

勿論本気を出したら私の方が強いので。

力を抑えた状態で、此奴を相手にする事になる。

フードの影は。

棒立ちしているデク人形に、色々操作をする。頭の中は空っぽになっていて、代わりにコンピュータが入っているのだ。

それを操作する事で。

色々な命令を出す事が出来る。

戦闘プログラムを入れることも出来るのだ。

「よし、セットOK」

「では行く。 解放!」

裸になると、能力を解放する。

同時に私は。

赤黒い異形の塊と化した。

無数の触手。

大量の目。

全方位をカバーできる視界と。あらゆる攻撃を同時に繰り出せる触手。戦闘としては理想的な形態だ。

だが、それはあくまで使いこなせれば、の話。

私の経験では、まだコレは使いこなせない。

武装したサイドキックの部隊くらいなら蹂躙できるけれど。

戦闘タイプのヒーローを相手にするには、力が足りなさすぎる。

しばし、デク人形とやり合う。

相手はパワーを利用して果敢に攻めてくる。

押さえ込んだ力で、敵を無力化するのはかなり大変だ。

そして、パワーがあると言う事は、スピードに転化も出来る。特に攻撃の速度は、生半可ではない。

一撃喰らうと、触手が千切れて吹っ飛ぶ。

再生にも力は使う。

押さえ込む際も暴れられる。

苦労しながら、デク人形を押さえ込む。

そして、千切れた触手を回収して、ダメージを最小限にまでとどめた。

「よし、終わり」

「採点は」

「65点」

ん。

まあ、そんなところだろう。

少し休憩して。

その間にデク人形を調整する。栄養ドリンクを口にしている間に、戦術のアドバイスを受ける。

アドバイスをくれるのは、石塚やジャスミン。

頷いて、貪欲にアドバイスを吸収する。

同時に渡された教本を読む。

戦術について、今は少しでも詳しく知らなければならない。

戦略については、贅沢を言える状況では無い。だから、せめて戦術を磨くことで、戦況を好転させなければならないのだ。

二回戦目。

相手はいきなり態勢を低くしてから、突進してきた。

レスリングのタックルのようだ。

それも直撃する寸前に、更に加速する。

受け止めるのは愚策。

するりと相手の直撃を避け。

そして足を引っかけて、転ばせる。

上から押さえ込みながら。首に触手を絡ませる。

「よし、其処までだ」

呼吸を整えながら、デク人形を離す。

一瞬の攻防だが。

かなりひやっとした。

直撃を受けていたら、大ダメージは免れなかっただろう。それにしても、素早い動きだった。

「戦闘タイプのヒーローは、最低でも今の五倍は速い」

「分かっています」

「よし、訓練再開だ」

「うい」

頷くと、再びトレーニングを始める。

八回トレーニングをして。

最高点は八十点だった。

トレーニングを終えた後。用意してあった湯を使って、体を拭く。シャワーなんて高級品。

今ではサイドキック以上の身分で無いと使えない。

湯でさえ贅沢なくらいだ。

フードの影が、幾つかアドバイスしてくれる。

「体が強くなってきている。 このままいけば、年内には弱めの戦闘タイプヒーローなら、策を使えば相手に出来るようになるはずだ」

「ありがとうございます」

「後は戦闘経験を増やすことだな」

ビートルドゥームとやりあうのか。

そう聞くと、首を横に振られた。

今回は、違う相手を狙うという。

「マンタグレイヴを倒す」

「えっ……」

思わず腰を上げてしまった。

マンタグレイヴ。

A地区屈指の大規模支配地区を持つヒーローだ。どうにも正体がよく分からないので警戒していたが。

市民を虐げることに関しては、他の連中とあまり変わらない。

此奴の場合は、市民で人体実験をすることで悪評高く。

毎日人体実験用に、市民をトラックに乗せて大量に連れていくという話だ。勿論、一人も帰ってこない。

正体もよく分からない相手だ。

勿論能力も分からない。

そんな相手と、どうやってやり合うのか。

「実はな。 石塚が今回入手してきたが。 マンタグレイヴは、「二代目」だ」

「確かなのか」

「ああ」

「……それなら、勝ち目はあるか」

何となく納得がいった。

二代目、か。

それならば確かに、執拗に繰り返している人体実験についても納得できる。だけれども、もし違ったら。

それに二代目のようなタイプは、身近に戦闘タイプの能力者を置いていることがある。まだ支配地区を貰っていないような若手ヒーローなどがそうだ。だけれども、フードの影は、それもないと言う。

「自分の弱みを握られるのを極端に怖れるのが二代目の特徴だ。 間近にヒーローなんておかないだろうよ。 そしてある程度の実力があるヴィランに関しては、その動向は全て把握している」

「分かりました。 それならば」

殺れるかも知れない。

準備を整えるように、フードの影に言われて、頷く。

この組織は、今までヒーローを倒せたためしがない。

私という切り札が手に入って。

ようやく戦える下地が出来た状態だ。

つまりまだ下地が出来ただけで。戦える訳では無い。その程度の能力しかないのが実情なのだ。

二代目のヒーローが相手とは言え。

まだ本当にやれるかは分からない。

それに経験も不足している。

だけれど、良い機会だ。

私は強くならなければならない。

この腐った世界を変えるためには。

力が絶対に必要なのだから。

 

1、野獣

 

その巨体は圧倒的だ。

背丈は三メートル七十七センチ。体重は五百十二キロ。

人間の領域を完全に超えた巨体である。

ビートルドゥーム。

若くして戦闘タイプのヒーローとして覚醒したその男は。次期オリジンズの最有力候補として名を連ね。

広大な支配地区に、膨大な数の「貨幣」を蓄えていた。言うまでも無く市民のことである。

その頬には、大きな傷がある。

昔、世界でももっとも危険と言われるヴィラン、アンデッドとやりあったときについた傷だ。

アンデッドは今の動向が分からない、最多金額賞金首で。

ヴィラン狩り部隊が血眼で追っている危険人物である。

タイマンでやりあったら、ザ・パワー以外では勝てないかも知れない。

そう言われているほどのヴィランだ。

ただし、それも風評に過ぎないとビートルドゥームは思っている。

戦った時に能力は分かったし。

今度やり合ったら負けない。

何より、ザ・パワーだって。

いつまでも最強では無い。

ザ・パワーは原理主義者のヒーローとして評判が悪く、オリジンズの中でも孤立していると聞いている。

それならば、奴に取って代わることも可能。

その時のために。

圧倒的なまでの力が必要なのだ。

「次!」

地獄から響くような低音で吼えると。

戦闘用の部屋に、また市民が送り込まれてきた。

体格差もあるから、ハンデとしてレーザーアサルトライフルを渡している。そしてビートルドゥーム自身は、能力さえ封印して、力も市民がやり合えるレベルにまで押さえ込んでいる。

文字通り、油断すれば死ぬ状況だ。

「もう聞いているとおりだ。 オレに傷の一つでもつけられたらお前は解放してやるし、膨大な金を恵んでやる」

「……」

「だが、お前が負けたら、お前の家族は皆殺しだ」

顎をしゃくる。

立体映像には、汚い格好をしたガキが二匹、ロープで吊されている様子が。

そして、その下には。

血に飢えたサメが何匹も泳いでいる。

負けたらあのロープを切る。

それだけのことだ。

それくらいしないと、市民共は死ぬ気で掛かってこない。それが分かるまで、無駄に随分殺してしまった。

わめき声を上げながら滅茶苦茶にアサルトライフルを乱射する市民。

ビートルドゥームは冷静に射線を見切りながら、大股で近づく。これだけ距離が近くても当たらない。

そして、至近。

銃を掴むと、無理矢理上に向けさせ。

拳を降り下ろした。

市民の頭がザクロのように爆ぜ割れ。

そして、棒立ちになった後、倒れる。

「ロープを切れ」

サイドキック達が、容赦なくロープを切り。

子供らはサメが待つプールへ落下。

見る間に食いちぎられて、元々血に興奮していたサメ共の腹の中に収まった。

まったく嘆かわしい。

子供を人質に取られてなお。この程度の力しか発揮できないのか。こんなのでは、訓練にさえならない。

「次!」

いそいそとサイドキック達が死体を片付け。

また別の市民が戦闘用の部屋に入ってくる。

やはりレーザーアサルトライフルを手にしていた。

そして悟る。

此奴、戦闘経験がある。

久々に面白そうだと、ビートルドゥームは舌なめずりしていた。

「事前に……」

いきなりアサルトライフルを発砲してくる。

良いじゃないか。

にやりと笑うと、ビートルドゥームは冷静に動き、レーザーの射線から身をかわす。ジグザグに動きながら近づいていく。

撃つ際の動きさえ読んでいれば。

相手がレーザーアサルトライフルでもこの通り。

身体能力を落としていても。

視力や反応速度は変わらないのだ。

至近。

不意に、相手が横っ飛び。

横殴りに銃撃を叩き付けてくるが。

その時には、既に。

ビートルドゥームは頭上にいた。

踏みつぶす。

五百キロの踏みつぶしだ。

流石にひとたまりもない。

絶命した相手を見て、まあまあだったなとビートルドゥームは思った。これならば、充分に満足できる訓練だ。

「よし、今日はここまでだ。 片付けをしておけ」

サイドキック共に掃除を任せる。

その中に、動きが悪いのがいたので、首根っこを掴んだ。悲鳴を上げてもがくサイドキック。

「お、お許しください!」

「黙れ。 無能はオレの部下に必要ない」

そしてそのまま引きずっていくと。さっきのサメのプールの上に出る。情けない悲鳴を上げるサイドキックを。

そのまま、サメのプールに放り込んだ。

すぐにサメ共が、サイドキックをズタズタに食いちぎってしまう。

鼻を鳴らすと、歩く。

すぐ側に、執事をしているサイドキックが、併走してきた。何しろ足の長さが違いすぎるので、併走せざるを得ないのだ。

「今日のメシは」

「ラザニアにございます」

「そうか」

ちなみに肉は。

人間の子供だ。

人間の子供といっても乳幼児だが。ヒーロー適性がない子供を生んだ親から、買い取ってやっているのである。

これが絶妙な美味で。肉があまり取れない事もあって、ビートルドゥームでも毎日は食べられない珍味とかしている。

更に、聞いておく。

「今日の閨の相手は」

「フランソワを調整しておきました」

「いいだろう」

体格が大きすぎるビートルドゥームは、人間の女を抱くことが出来ない。

それで性欲は動物で発散することにしている。

今日の相手はシロサイだ。

フランソワは相応の媚態を見せるので、嫌いでは無い。ちなみに力は圧倒的にビートルドゥームが強いので、逆らわれても何とも思わないが。

今日も充分な訓練を積んだ。

満足して、ビートルドゥームは、執事を殺すのを辞める。

此奴は執事としてはそこそこ使える。

十七代目の執事だが。

しばらく殺す必要はないだろう。

 

翌朝。

訓練を始めようとしたビートルドゥームの所に、情報が飛び込んでくる。あまり良い知らせでは無かった。だが、興味深くはあった。

「アンダーウィングが倒された?」

「はい。 例のテンペストに、です」

「テンペストか」

それは面白い。

テンペストは今知名度を急激に挙げているヴィランだ。戦闘力が高く、かなりの能力者殺しと聞いている。

前から戦って見たいと思っていた相手である。

ちなみに、此方に向かっているそうである。

正面からビートルドゥームとやりあうつもりなのだろう。

それにしても、反射能力を持つアンダーウィングをどうやって倒した。時間を稼いで、能力が切れるのをまったのか。

詳しい話を聞きたいというと。

サイドキック共は、慌てて情報を収集すると言って、散って行った。

クズ共が。

役に立たないことこの上ない。

だが、それはそうとして。

テンペストとやり合えるのであれば、それは実に楽しみだ。

さっそくだから、訓練のメニューを厳しめにするとしよう。手を叩いて、執事を呼ぶ。すぐに現れた奴に告げておく。

「今日は訓練のメニューを三倍にする」

「分かりました。 直ちに準備します」

「うむ……」

ワインを樽ごと持ってこさせると。

そのまま飲み干す。

しばし酩酊の喜びに浸っていると。

その内に、準備が整っていた。

戦闘用の部屋に向かう。

部屋には十数人の市民がいた。命じておいた通りのトレーニングメニューだ。これからやる事を説明し。

ぶら下げている市民の家族共を立体映像で映す。

プールには血に飢えたサメ共が。

今すぐにでもエサが落ちてこないか、うずうずした様子で待ち受けていた。

「さあ掛かってこい。 一人でもオレに傷をつけられたら、生かして此処から出してやる」

わめき声を上げた一人が発砲。

同時に、ビートルドゥームは動いた。

全て殺しつくすまで、二十七秒。

舌打ち。

ちょっとこれではものたりないか。

そして気付く。

一発だけ、脇を掠めていた。

まあいいだろう。

「人質は解放してやれ」

「よろしいのですか」

「どいつかは分からないが、オレに一発掠めさせた。 約束は守る」

「分かりました」

人質共を引き上げて、解放するサイドキック共。

どうしてか。

その人質共は、此方を恨むような目で見ていた。

何を恨んでいるのか理解できない。フェアな条件で戦った上に、約束を守ったのだが。そもそも、市民に対してヒーローがフェアに振る舞っているだけでも、涙を流して感謝しなければならない立場だろうに。

鼻を鳴らすと。かすり傷を手当てさせる。

まあ、こんなものは自己治癒能力で、一時間もあれば回復するのだが。

その時間も、今は惜しい。

先と同規模の市民を用意させる。

人質も、同じくらいの数がぶら下げられた。

そして、戦いを始める。

今度は、二十五秒で終了。

かすり傷も無かった。

「ふん。 人質共を落とせ」

大量のエサを手に入れたサメ共が、歓喜の声をプールで上げている。血に染まるプールで、動く者がいなくなった頃には。

次の市民共が準備されていた。

舌なめずり。

「次からは数をもう少し増やすか」

「分かりました」

戦いを始める。

そして今度の戦いでは。

腰を抜かしている子供が。なんと、ラッキーヒットとは言え。ビートルドゥームの頭を掠める一発を撃っていた。

残ったのはそいつだけだが。

ビートルドゥームは大いに満足した。

「素晴らしい。 大金をくれてやる。 大事に使え」

サイドキック共が、子供を連れて行く。そして金を与えて、解放した。人質共も解放してやる。

まあ、こんな所だろう。

流石に数が増えると。

能力を抑えた状態では不覚も取る事がよく分かった。

それだけトレーニングが足りていない、という事である。

大金を受け取った市民の子供が帰っていくのを見送ると。

ビートルドゥームは、執事に指示。

「今度は動物を相手に訓練をする」

「かしこまりました。 相手は何になさいますか」

「強化ライオンにするか」

「分かりました。 直ちに」

すぐに執事が消える。

強化ライオンというのは、遺伝子を操作して、通常の三倍、一トン近くまで巨大化させたライオンだ。

食肉目最強のホッキョクグマに迫る体格で。

そのパワーは凄まじい。

しかもこの強化ライオンは、普段から様々な特殊なエサを与えてパワーアップさせており、同じ体重のホッキョクグマの十倍は強い。

此奴にパワーを抑えた状態で勝つのは、流石のビートルドゥームでも大変なのだが。

それが良いのだ。

強くなるためには。

強敵とやり合うのが一番なのだから。

部屋に出向くと。

餌を与えられていない強化ライオンが、既にスタンバイしていた。体重でもビートルドゥームの倍。

コレは面白そうだ。

立ち上がり、雄叫びを上げるライオン。

ビートルドゥームは、指先で挑発する。

来い。

それを不遜な挑戦と受け取ったのだろう。

強化ライオンは、一直線に、ビートルドゥームに躍りかかってきた。だが、それが全ての終わりだ。

一瞬で首を絡め取ると。

そのまま全体重を込めて、へし折る。

人間には出来ないだろう。

だが、ビートルドゥームは、この体格でずっと生きてきて。そして使い方を完璧に心得ているのだ。

しばしもがいていた強化ライオンだが。

やがて動かなくなる。

一瞬の攻防だったが。

それでも。その鋭い爪は、ビートルドゥームの体を何カ所か掠め。抉られて、鮮血が噴き出していた。

まあまあだ。

戦いは一瞬で決まることが多い。

そしてこのくらいの力量差の場合は、それが顕著だ。

力を抑えていたから、負ける事もあり得た。その場合は、首を食いちぎられていたことだろう。

それならそれでいい。

ビートルドゥームの運命も、其処までだった、という事だ。テンペストがこれから来るとして。

それに負けるとしたら、鍛錬が足りなかったという事だし。

鍛錬が足りないというような理由で負けるのなら。

やれることは徹底的にやっておく。

「よし。 昼メシを用意しろ」

「かしこまりました。 何になさいますか」

「そうだな。 丸焼きがいい」

「すぐに準備いたします」

大股で食堂に急ぐ。

そして、其処では。

人間の子供が、口から尻に串刺しにされて。既に火で炙られていた。

これが実にうまい。

勿論病気などは持っていない事を確認してある。焼き加減も上々だ。市民はどうしようとヒーローの自由。

だから、こういう珍味も味わえるのだ。

早速食べ始める。

子供の肉は軟らかいし、骨もしかり。骨ごとかみ砕きながら喰らって行く。しばしして、何も其処には残らない。丸ごと全て食べてしまったからだ。

実に美味。

これは午後のトレーニングにも、気合いが入るというものだ。

口をナプキンで拭きながら聞く。

「テンペストは」

「偵察班によると、明後日頃には到着するとの事です」

「そうかそうか」

「他のヒーローに支援を頼まないのですか?」

次の瞬間。

余計な事を言ったサイドキックは、ビートルドゥームに頭を握りつぶされて、即死していた。

青ざめるサイドキック共に。

ビートルドゥームは吼える。

「オレの楽しみを邪魔するつもりか? 久々の手応えがありそうな獲物なんだぞ! 他のヒーローなどに譲ってやるものか!」

「い、いえ、滅相もございません!」

「巫山戯た事をもう一度言ったら、この場の全員が死ぬと思え。 ああ、其処の奴、家族も全員サメの餌だ」

頭を握りつぶしたサイドキックを一瞥。

この地区の全ては、ビートルドゥームによって管理されている。当然、血の一滴まで、ビートルドゥームのものだ。

である以上、それに逆らう事は許さないし。

ルールも全てビートルドゥームが決める。

だから此処では。

ビートルドゥームを不快にさせた奴は。

死罪だ。

 

三匹ほど強化ライオンを殺した後、ゆっくり眠る。今日は性欲の発散も必要なかった。それくらい体を動かした、という事だ。

心地よい興奮。

久方ぶりだ。

反射能力を持つアンダーウィングを撃破したほどの能力者。まあアンダーウィングは正直な所、能力の強力さに奢ったただの阿呆なガキだったが。それでも、彼奴を一方的に叩き潰したというのは強さの証明だ。

それほどの強者。

是非自分の手で叩き殺したい。

殺さなくても良い。

その後はずっとオモチャにして、手元に置いておくのもありだろう。クローンにして増やして。戦いの時のことを思い出しながら、踏みつぶして廻るのも面白そうだ。

ちなみに。

ヒーローのクローンは、スーパーパワーを得ない事が既に分かっている。

見かけだけ同じの、クソザコだが。

楽しい思い出を刺激してくれるという点では有用だ。

さあ、早く来いテンペスト。

十人以上のヒーローを殺したという実力を見せてみろ。

このオレは

今までの雑魚どもとは格が違うぞ。

どう攻めてくる。

どう攻撃を受ける。

考えるだけでわくわくする。

戦いが大好きで。

その嗜好を好きなだけ満たしてくれる。

ビートルドゥームにとって、この世界は天国である。

 

2、2世

 

どのような遺伝子を掛け合わせても、千分の一。ヒーローの特性を持つ者が生まれてくる確率である。

これは偉大なるオリジンズの遺伝子でも同じで。

更にその千分の一から、百人に一人の割合で、戦闘向けのヒーロー特性の持ち主が生まれてくる。

これらは昔から研究されてきたのだが。

未だに結論が出ない事実。

だが、どうやら遺伝子が関わっていないのでは無いか、という結論が出始めているらしい。

私は少なくとも、そう聞かされた。

何しろこういう事情だ。ヒーローを親に持つヒーローはまず存在しない。ましてや、二代にわたって戦闘タイプのヒーローである事はまずない。

そしてこの世界では。

ヒーローは唯一人権を持つ一方で、序列もある。

戦闘向けのヒーローが一番偉い反面。

戦闘に向かない能力を持って生まれたヒーローは、各地のインフラを整備したり、或いは様々な技術の保全などを行ったりと言った、支配階層とは離れた場所で動く事になる。つまり、政治には参加できない。

そういうものなのだ。

だから、自分の子供が可愛いと思ったヒーローの中には、たまに出るのである。

出生記録を誤魔化す輩が。

そうして生まれてきた、ヒーローでは無い子供が。ヒーローを装っている状況を、二世ヒーローと揶揄する。

実際問題、現在世界に二十人ほどいるこれら二世は、大半が実際には能力を持っていないか、持っていても戦闘向けでは無いとされている。或いは全員の可能性も高いだろう。それも、百パーセントに近い確率で。

彼らはある意味では悲惨だ。

実態が暴かれれば、即座に市民に格下げなのである。

だから必死に自分の正体を隠そうとする。

ある者は金をばらまき。

ある者は、別のヒーローに財貨として市民を売り渡しながら、身を守って貰おうとする。その対価は当然高くつくが。

人権どころか、医療さえ受けられない市民に比べればマシ。

だから彼らの金遣いは荒いし。

表にも殆ど出てこない。

それにしても、マンタグレイヴが二世ヒーローだったとは。余程丁寧に根回しをして、情報を操作したのだろう。

その努力だけは認める。

ただし奴が市民を虐げているという点では他のヒーローと同じ。むしろコンプレックスからか、普通のヒーローよりも更に市民への圧力が強くなるケースも多々あるとさえ言われている。

叩き潰すには。

丁度良い相手だ。

情報収集が進められるのと同時に。

私は奴の支配地域に急ぐ。今は飛行機なんて便利なものはない。車だって殆ど無い。今使っているバギーも、あくまで戦闘用。

この間のアンダーウィングとの戦いで、奴の軍事基地からかなりのガソリンは確保できたけれど。

それでも無駄遣いできるような量は無い。

何よりも、車を使っている、というだけで怪しまれる。

流石にごたごたが続いている状況では、相手も構う暇が無くなるけれど。

平時はそうもいかないのだ。

マンタグレイヴの支配地域に到達したのは、一月ほど後。昔は飛行機で三時間だったらしいけれど。今はこの有様だ。

現地の組織と合流。

かなりの過激派組織だけれど。

それは此方も同じだ。

情報交換を実施。

話は事前に、フードの影や石塚がつけてくれていた。だから私は、黙って自分に関連する話だけを覚えておけば良い。

「それで、マンタグレイヴは本当に能力持ちではないんだな」

「ああ、それは間違いない」

「しかし奴が現れたときに、何度か不可思議な力を使っているのを目撃しているのだが」

「具体的にどういう力だ」

映像が出る。

ノイズが多いが。

太った、いかにも成金という雰囲気の。

下品な金色を身に纏った男だ。

口元にはカッコイイと思っているのか、ドジョウ髭まで。頭は半分ハゲかかっており、駄目な成金の見本。昔あったカードゲームで言うならば、ロイヤルストレートフラッシュだろう。

そいつが指さすと。

石の塊が浮き上がる。

「サイコキネシスの一種かと判断していたが、違うのか」

「力を示したのは、その時だけか」

「いや、そのほかにも、姿を見せる度に力を見せているが」

「ならば種明かしだ。 あれはオリジンズ所属の科学者サイドキックチームが開発した、疑似サイコキネシス発生装置だ」

フードの影が指さす。

そういえば。

マンタグレイヴが現れるときには、必ずその装置が側にある。ご丁寧なことに更新を続けている様子で。

毎回少しずつ小型化していたが。

「つまり奴はヒーローでは無い事を隠すために、より激しく搾取をしていた、ということか」

「そういうことだ」

「ゆ、許せん……」

頭を刈り上げた、いかにも悪党と言った顔つきの、反ヒーロー組織のリーダーが吼えた。だが、石塚がたしなめる。

それでも、相手の力は圧倒的だ。

サイドキックだけで一万。

しかも武装の質は、アンダーウィングとは比較にもならない。

更に言うと。

あのサイコキネシス発生装置は、実戦投入可能な段階まで調整されている可能性がある。戦闘タイプのヒーローに比べると実力は落ちるだろうが。考え無しに攻撃しても、返り討ちに遭うのは確実だ。

其処で、私が出る事になる。

紹介されたので、軽く挨拶する。

「東雲雲雀です」

「後天的にヒーローの素質を得た人間、だと?」

「……」

厳密には違うのだけれど。

まあそう思いたいならそうすればいい。

真相は私とフードの秘密だ。

それにその真相は、正直な話。

話してしまうと、この世界がひっくり返りかねない。

「ワン老師、しばらくは皆の訓練につきあってあげてくれますか」

「心得た」

「ジャスミンも」

「うい」

それぞれが、この地区の組織のメンバーの訓練を見ると称して、狭い部屋から出て行く。まだ怒りさめやらないこの地区の組織リーダー。咳払いしたのは、フードの影だ。口元は笑いに歪んでいた。

此奴は。

こういう陰謀やら何やらが。

見ていて面白くて仕方が無いらしい。

「それで、そろそろ現実的な作戦を詰めたいのだが」

「分かっている。 それでどうする。 マンタグレイヴは基本的に要塞化している自分の基地から出てこないんだぞ。 彼処に攻めこむのは、それこそヒーローでも味方につけないとムリだ」

「ヒーローなら彼女がいる」

「ヴィランですけどね」

くつくつと笑うと。

鼻白んだ向こうのリーダーは、視線を背けた。

私がどういう存在へ変形するかは、既に知っているのだろう。おぞましさで言うと、現役のヒーロー共と変わらない、と言うわけだ。

それに、実際問題。

戦うとなると、此方の本領はゲリラ戦。

どうあっても、市民を巻き込むのが基本になる。

本来の意味でのヒーローにはできないやり方だ。

そういう意味でも。

本当の意味で、芯からヒーローであるテンペストと。

我々は違う。

私達はどこまでいってもヴィラン。

結局の所では、今世界を支配している連中と、同じ穴の狢。いや、私の力の正体を考えると、もっとタチが悪いかも知れない。

話が一通り終わる。

決行は一月後。

それまでに念入りに準備を進め。

半日で、マンタグレイヴを叩き潰す。

それまでに私は。

自分の制御し切れていない力を、つかえるようにならなければならない。もしもサイコキネシス発生装置が実践段階にまでなっていたら。

勝ち目が無くなるからだ。

オリジンズ直属の科学者サイドキック集団が作り上げたものとなれば、その性能は墨付きだろう。

生半可な。

そう、丁度今の私のような中途半端な実力では、勝てるものも勝てなくなる。

ならば決戦までの猶予に。

少しでも力をつけなければならない。

 

「解放」

言葉と同時に、異形の姿になる。

体は内側からふくれあがり。大量の目と触手が、赤黒い悪夢の具現化を果たす。

そして出来上がったのは。

外宇宙からの侵略者のような姿。

妙な話だ。

古い時代に、海棲生物に極端な嫌悪を示した男が作り上げた神話の神々が、こういう姿をしていたらしいのだけれど。

今の私の力の正体を知れば。

その男はどんな顔をするだろうか。

周囲から、一斉にレーザーアサルトライフルを浴びせかけられる。

攻撃から目を守れ。

それが指示だ。

訓練を組んだ戦士であるジャスミンは、動きながら確実に制圧射撃を行ってくる。触手でレーザーは受け止められるし、ダメージも即座に回復できる。しかし目を潰されると、回復までの間、その目が見ていた光景は確認できなくなる。

それは不便だ。

だから、そのような事態を防ぐため。

再生が効く上に、幾らでも出せる触手を使って、目を守るのだ。

「よし、此処までだ」

皆がライフルを降ろす。

私は、結合と呟く。

そうすると体が粘土細工のようにこね合わされ。

人間の姿に戻る。

コートを掛けられたので、頷いてそのまま自室に。シャワーなんて上等なものはない。だから湯でぬらしたタオルで、体を拭く。

部屋に入ってきたのはジャスミンだ。

「まだ動きが的確じゃ無いね」

「触手を制御するのが上手く行かない」

「だろうな。 数が多すぎる」

「変身の際に、カスタマイズ出来るようになるみたいだから。 今後は脳の機能を強化してみる」

レーザーアサルトライフルは、非常にエコな兵器だ。古い時代のアサルトライフルと違って、実弾を必要としない。更に、充電は自動で行う事が出来る。宇宙人から鹵獲した技術を使っているらしいのだけれど、詳しくは知らない。

いずれにしても、充分な制圧能力と継戦能力を併せ持つ、凶悪な兵器であることに代わりは無い。

コレを持った奴が、一万敵にはいるのだ。

しかも、ヒーローを守りきれなかったサイドキックが、どのような目に会わされるかを考えると。

彼らも必死なのである。

だけれども。

着替えると、アジトから出て、外をふらつく。

周囲はスラムがずっと拡がっている。

トタン屋根の、さび付いた家々。中には貧しくやせ衰えた人々。普通のヒーローは、市民が「いれば」それで満足するケースが多いが。

マンタグレイヴの場合は違う。

子供だろうが老人だろうが容赦なく重労働を行わせ、最低限のエサしか与えない。働けない人間はその場で射殺。

病気だろうが何だろうがお構いなしだ。

この地区には、宇宙人の侵略撃退以降着目されたエネルギー資源であるヴァーマッタの鉱山が存在していて。

これを掘り出すために、多くの人々がかり出されている。

サイドキック達は、アサルトライフルを構えて見張るだけ。

そして厄介なことに。

人間を制圧するための鉄の巨人も出向いてきている。

SDD-RP。

どういう単語かは忘れたが、エリートヒーローに支給される戦闘用ロボット兵器だ。多くの場合、ヒーローとサイドキックのデータを登録し、それ以外のものが敵意を示した場合、鏖殺するように消し飛ばす。

人間の形状をしているが、ずっとずんぐりしていて。背丈は五メートル。両腕にガトリング型のレーザーキャノン。肩には強力な長距離砲を搭載し、背中には広域制圧用の拡散型ミサイルを三十基搭載している。

此奴だけでも、単独で数千の暴徒を制圧、というよりも皆殺しに出来る兵器だ。

しかも此奴が十機。

いかにマンタグレイヴが抑えているヴァーマッタ鉱山が重要で。それをオリジンズが貴重に考えているかの証左である。

しばし、望遠鏡で鉱山の様子を確認。

電磁鞭を手にしたサイドキックが、やせこけた人々を怒鳴りつけながら、鉱石を運ばせ続けている。

誰かが倒れた。

その頭を掴むと。

サイドキックは、容赦なく体に銃弾を叩き込み。

そして、崖の下に捨てた。

崖の下では、人間の死体を集める仕事らしい子供が多数働かされていて。死体を焼却炉へ放り込んでいる。

焼却炉からは、ずっと煙が絶えることなく上がり続けていた。

「此処も地獄だな」

呟く。

なお、ヴァーマッタ鉱石は、オリジンズ本部に根こそぎ運ばれて行っているようだ。オリジンズ直属のコンボイが丁度来ているのが見える。鉱石は其方へ移されていた。

コンボイの上空には、見える。

オリジンズに所属する、世界最高のヒーローの一人。ライトマンがいる。

文字通り光を操作する男で。

人間レーザーとでも言うべき存在だ。

あらゆる場所に好き勝手に入り込む事が出来る上に、火力も生半可な代物では無い。実力で言っても、ザ・パワーにつぐのではないかと言われている男。

いずれ殺さなければならない相手。

歯ぎしりしたくなるが。

下手に近づくと、文字通り光速で接近され。

そのまま焼き殺される。

核でさえ通じないのがデフォルトの上級戦闘タイプヒーローだ。その程度の事は平然とやってのけるし。

ザ・パワーならともかく。

彼奴の場合、市民をどれだけ殺戮しようが、それこそゴミを払った程度にも考える事は無いだろう。

文字通りの、邪悪の中枢。

いずれ叩き潰す。

だけれど今の私には力が根本的に足りない。

悔しいけれど、それが現実だ。

トタンだらけの屋根が連なる路を歩く。彼方此方には、片付けられてさえいない死体が散らばっていた。

水だけは支給されているが。

食糧は鉱山か、他にも過重労働をしなければ得られない。

市民には、金銭を使う許可さえ与えられていない。

それがこの地区だ。

物々交換さえ許されないのだ。

それは、労働をさせるため。

マンタグレイヴが演説している映像を以前見たのだが。それによると、怠惰な市民を働かせるには、エサを与えるしか無いのだとか。

殺意さえ湧くが。

それでも、今は我慢するしか無い。

アジトに戻る。

ジャスミンが、ナイフの訓練をしていた。今日は老師が相手をしている。

ナイフ戦闘術と中華拳法だと、訓練が成立するのかはよく分からないけれど。鍛えこんだ老師の肉体は頑強で、動きも実にしなやかだ。クンフーがどうのこうのというのだろうか。いずれにしても、ナイフによる鋭い連続攻撃を、ものともしない。

何度もジャスミンのナイフが叩き落とされる。

それをみて、喚声が上がった。

「すげえなあのじいさん」

「八極拳だかの達人らしいぞ」

「中華拳法なんか、まだ使える奴がいたんだな」

「雲雀、こんどはお前じゃ」

頷く。

人間体でも、ある程度戦えなければならない。というか、人間体での動きは、もろに変身後にフィードバックできる。

老師に鍛えられればられるほど。

私は強くなる。

向かい合った後、礼。

私は日本式で、

老師は中華式で。

その後、軽く打ち合う。

組み手だけれど、力の差は圧倒的だ。体格で言うと、背丈は私の方が少しは上なのだけれど。老師は後の何から何までもが桁外れに凄まじい。

一方的にやられて、たたきのめされて。

訓練終了。

アドバイスを幾つか貰う。

他の戦士達も、ワン老師が順番に見ていく。

精神論では無くて、老師のやりかたは実践中心だ。どうやれば敵の攻撃をかわしやすいか。どうすれば敵に致命打を与えられるか。

それらを、徹底的に仕込んでいく。

戦士達は皆感謝していた。

だが、私は知っている。

訓練が終わった後、ワン老師に栄養ドリンクを渡す。ワン老師は、疲弊しきっていた。

衰えもある。何しろ年齢が年齢だ。

だが、それだけではない。

体内に病巣があるのだ。

フードの影が何とかしてくれているのだけれど。そもそも、病巣があることに気付いた時が遅すぎた。

だから、もうどうにもならないという。

もって後数年。

本格的な設備があれば、ワン老師を快癒させることも可能らしいけれど。それがあるとしても、ワン老師は使いたくないという。

「多くの人々が苦しんでいるんじゃ。 わしだけが体を治すことなど、許されて良いと思うか」

そうワン老師は言う。

確かにそうかも知れない。

それに、ワン老師は言うのだった。

味方に特権を認めるようになると、組織は腐ると。オリジンズが、その見本だったでは無いかと。

それも納得できる。

だったら、出来るだけ早く。

多くの人々が、医療を利用できる状態に変えなければならない。

例えば、ザ・パワーが統括している地区では、例外的に市民でも医療が利用できる態勢が整えられているらしい。他にも、数少ないザ・パワー派のヒーローの支配地域では、同じようなサービスが行われているとも聞く。

だが、それはあくまで例外。

全世界がそうならなければ意味がない。

「治療しておくぞ」

「……」

フードの影が来て、今日の応急処置をしていく。がん細胞を除去して、正常な細胞に置き換えていくのだ。

がん細胞は、その気になれば完全に除去も出来るらしいのだけれど。

そうすると体が耐えられない。

どうしても設備がいるのだ。

そう、ヒーローが好き勝手に使えているような設備が、である。

嘆息して、外に出ると。

外に立体映像が流される。

空中に浮かび上がるのは、初代オリジンズの輝かしい活躍の数々。宇宙人を撃退して行った初代オリジンズの戦闘力は、今見ても凄い。

だが、初代オリジンズが何より凄かったのは。

全員がザ・パワーと同じ、高い志と、誇り高い魂を備えていたこと、だったのではあるまいか。

「また宇宙人が攻めてきたとき、世界はヒーローが守るでしょう。 そのヒーローを支えるために、皆さんは働くのです」

「勝手な事をほざきやがって……」

私の口から漏れたのは、憎悪の言葉。

今の時代のヒーローが、宇宙人と戦うか。

戦ったところで勝てるか。

いや、それは愚問か。

そもそも、それは。

前提からして間違っているのだから。

ついと視線を背けると。

私はアジトに戻る。

今回は長期戦になる。

やらなければならないことは。

それこそ、いくらでもあるのだ。

 

3、偽りの強さ

 

ビートルドゥームの支配地域に到着。途中かなり急いだから体力の消耗も激しい。わたしも、無限に体力を備えているわけではない。戦うとなれば、ベストコンディションを保たないと厳しい。

ましてや相手は、この間のアンダーウィングとは格が違う本格的な戦闘力を備えた相手である。

虐殺しかしてこなかったアンダーウィングと違い。

ヴィランの撃破経験もあると聞いている。

そのような相手を前にして。

疲弊しきった状態でやりあうのは、好ましくない、

まずは、隠れられそうな廃墟ビルを探す。

何しろ地区が桁外れに広い。次期オリジンズの最有力候補というだけのことはある。街にも、人がそれなりにいた。

彼らは常にナンバーを周囲から見える位置につけていて。

そそくさと、不安そうに行き交っている。

事前に調べたが。

あのナンバーから無作為に、生け贄が選ばれると聞いている。

街はアンダーウィングの支配地域よりましに見えるが。しかしながら、実体は大して変わらない。

面白半分に遊び殺していたアンダーウィングもひどかったが。

ビートルドゥームは計画的に殺戮している。

しかも彼奴の好物は人間の子供だと聞いている。

串焼きにして、骨ごと喰らうそうだ。

奴の所から逃れてきたサイドキックから聞いた。吐き気を催すような、悪行の数々を、である。

ビートルドゥームは殺戮の限りを尽くしながら、こうほざいているそうだ。

強さを保つためのトレーニングだと。

人質を取るのは、力を引き出すため。

実際、自分に傷をつける事が出来た相手は解放するという話もある。ただし、それが出来なかった場合は、人質は全てサメの餌にするとも言う。

人間離れした巨体の持ち主らしいビートルドゥームだが。

その行動や思考回路も。

もはや人間とは逸脱しているとしか、言いようが無い代物だ。

わたしは廃ビルを見つけたので、その中に。

まだ雨が続いていて、かなり苦しい状況だ。

服を脱ぐと、持ち込んでいたチャッカを使って、火を熾す。服を全て脱ぐと、乾かして。自身は毛布だけ被った。

寒いけれど。

体のつくりが違う。

この程度では、風邪を引くことも無い。

師匠に徹底的に鍛えられた。

昔のわたしは。

信じられないかも知れないが、泣いてばかりいた。

あまりにもおぞましいヒーローの現実。初代オリジンズの思想を鼻で笑っている周囲のヒーロー達。

外道である事がまともである、現在の価値観の異常さ。

バッチを捨てて、地下に潜ってからは。

ずっとショックに心が焼かれて。泣き続けていた。

そんなときに。現れたのが。

スラムの主。

ハードウィンドだった。

師匠と呼ぶ事になったハードウィンドには、何もかもを教えられた。どうしてこの世界が腐っているのか。まずどうやって生きていけば良いのか。市民とはどう接すればいいのか。

戦いは、どうすればいいのか。

大物ヴィランである師匠は、世界的な指名手配を受けていたけれど。

多くの市民を守るために。

時に、ヒーローの前に堂々と姿を見せ、打ち破った。

その強さは本物で。

私は、その背中に、初代オリジンズの力と魂を見た。

この人がオリジンズだったら。

世界はこんなに腐っていないのだろうにとも、思った。

その内、泣くのをやめた。

戦う力を蓄えるようになった。

元々持ち合わせている能力は一つ。それを最大限生かせるように、徹底的に師匠に教わって、体を鍛え抜いていった。

師匠に言われた。

あと半年で、お前はオレを超える。

嬉しかった。

更に修行に身が入った。

師匠は言っていたのだ。

自分を超える戦士が現れてくれれば、きっとこの世界を変えられる。腐ってしまったヒーロー達の性根をたたき直し。そして本当の脅威に立ち向かえる様に、修正できるのだと。

だけれども、その時に。

現れたのだ、奴らが。

気付く。

複数の人間が、此方を見ている。

少し眠っていたらしいけれど。一瞬で覚醒。

どうやらサイドキックではないらしい。多分市民だろう。だけれども、襲ってくるかも知れない。

その場合は、死なない程度にいなせることだけが。

今の私の幸福かも知れない。

「何だ。 此方は裸だ。 敵意も無い」

「……あんた、テンペストか」

「そうだ」

服はそろそろ乾いた頃だろうか。

裸で戦うのは嫌だけれど、場合によってはそうしなければならない。物資は限られているし。

実戦ではうだうだ言っていられない。

何よりわたしは。

嘘をつくのが大嫌いだ。

「ビートルドゥームがわたしに賞金でも掛けているのか? だとすればわたしの居場所を教えても構わないぞ。 ただし、襲ってくるなら反撃するが」

「い、いや、そんなつもりはない」

「テンペスト、これあげる!」

子供が一人、飛び出してきた。

そして、膨大な金貨をぶちまけた。

その目には。

怒りと憎悪、哀しみと恐怖が宿っていた。

「彼奴をやっつけて!」

「これは?」

「みんなころされた! なんだかよく分からない事言われて、お金だけ渡されて、帰された! こんなのより、パパやママが一緒にいた方が良かったのに!」

そうか。

聞いている。「トレーニング」の犠牲者だろう。

わたしは頷く。

「分かっている。 貴方たちのためにも、ヒーローを騙る悪鬼ビートルドゥームは絶対に叩き潰してやる」

「本当に?」

「ああ。 だから、心配しなくてもいい」

外はそろそろ晴れ始めている。

服を着るから出て行ってくれと言うと、市民達はその場を離れてくれた。戦わずに済んだのは何よりだ。

服を着込む。

一張羅だ。あまり洗濯も出来ない。

だからボロボロになっていく。

ヒーローを潰した後、支援してくれる市民が、たまに服を新調してくれるけれど。それは期待してはいけない。

何しろ、わたしに協力したのがばれれば、殺されるのは確実なのだ。

服を着込む。

手袋は最後。

指が出るタイプの手袋で、握り混む。

あの子の家族を殺戮し。今も毎日数百人を自分の歪んだ強さのために殺し。そして珍味と称して子供を喰らっている化け物。

強さを求めるのはありだろう。

こんな世界を変えようと思って、わたしも師匠の所で、徹底的に体を鍛え抜いた。だから強さを求める事そのものは否定しない。

だがビートルドゥームがやっていることは、悪鬼の所行そのもの。

奴を放置することは許されない。

外が晴れはじめた。

雲間から光が差し込む中、わたしは水たまりを踏み、歩き始める。

此処からなら。

一日もかからないうちに。

邪悪の本拠へと到達できるはずだ。

 

途中、邪魔は一切なかった。

ビートルドゥームは戦いを好むと聞いている。わたしが来ていると聞いて、むしろ大歓迎するつもりなのかも知れない。

そうかそうか。

むしろ友好的な態度、というわけだ。

関係無い。

奴が市民に何をしてきたかは、途中で散々見てきた。立体映像で、食事の様子も流れていた。

本当に串に刺して焼いた子供を喰らっていた。

人によっては吐くだろう。

彼奴は、もはや人間と呼ぶには値しない。力に取り憑かれた鬼だ。鬼は退治しなければならない。

師匠に言われた。

力は大事だ。

無ければ何も出来ない。

だけれども、力に取り憑かれると、人は鬼になる。そうなってしまうと。他の大事なものを全て忘れて。周囲に禍だけを振りまくのだ。

師匠。

当たっていたよ、師匠の言葉。

ビートルドゥームは、師匠のいう鬼そのものだ。奴だけは。絶対に討ち果たさなければならない。

不意に姿を見せるサイドキックの一団。

燕尾服を着た中年男性のサイドキックが。うやうやしく礼をした。

「アンダーウィング様を倒されたヴィラン、テンペスト様にございますな」

「だったら?」

「ビートルドゥーム様がお待ちにございます。 貴方を最高の敵と見なして、歓迎の後、戦いたいと」

「歓迎はいらない。 どうせ人肉だろ。 そんな事よりも、すぐにでも行ってぶっ潰してやるって伝えておけ」

これは野蛮なと、くつくつとサイドキックは笑う。

だからなんだ。

彼奴がヒーローと呼ばれる世界の価値観なんてどうでもいい。彼奴が野蛮と言おうが、何とも思わない。

最悪の悪鬼が野蛮と言うのなら。

わたしはその中でも、師匠から受け継いだ。本物のヒーローの魂を輝かせる。それだけだ。

「それでは、すぐに戦いたいと、お伝えして参ります」

「勝手にするんだな」

「それでは」

装甲車に乗って、サイドキック共が引き揚げて行く。

少し急いだ方が良いか。

この様子からして、ビートルドゥームはわたしとの戦いを相当に楽しみにしている様子だ。

そうなると、巣から出てきかねない。

もしそうなったら。

この辺りは戦場になる。

多くの市民が巻き込まれるだろう。

それだけは避ける。

ぶっ壊れるのは。

奴の悪趣味な住処だけで良い。

加速。

泥の中を走って、装甲車を追い抜く。

見えてきた。

ビートルドゥームの居城だ。跳躍すると、そのまま蹴りの態勢に入る。分厚い城壁を備えている要塞だが。関係無い。

壁をぶち抜いて、中に降り立った。

周囲を見回す。

「別にそのような事をしなくても、戸を開けて歓迎するんだがな」

「出たな喰人鬼」

「ハハハハハ、これはまたヴィランが面白い事を言う。 此方だ。 来い」

会話もするのもいやなのだけれど。

奴を探して労力を無駄にするのも不愉快だ。

今壁を破って入ったのはホールで、案内のためのライトが点灯した。無言でそれについて歩く。

サイドキックは邪魔をする様子も無いし。

罠が張られている雰囲気も無い。

そして、大きめの部屋に出た。

臭いで分かる。

此処で、千人。

いや、もっとたくさん死んだ筈だ。

師匠に死の臭いの嗅ぎ方は仕込まれている。

此処は、地獄そのもの。そして、その地獄を支配する鬼が、姿を見せた。

身長三メートルを超える化け物のような巨体。体重にしてもヒグマ並み。その巨体は、さながら神話に登場する人食いの一つ目巨人だ。

体格は非常にがっしりしていて、ボクサーパンツだけを履いている。全身の筋肉に余程自信があるのだろう。

肉体を誇示する意味もあるのか。

少なくとも、ヒーローが好むスーツは着込んでいない。

さながらレスラーだろうか。

古い時代に存在した職業だ。宇宙人の襲来とともに、姿を消した、という事だが。実際問題、師匠から聞かされただけでも、宇宙人の襲来時の混乱は凄まじかったという話である。

娯楽の中には、失われてしまったものも多いそうだ。

「ほう。 動きだけで分かる。 相当に鍛えているな。 アンダーウィング程度では勝てないわけだ」

「ご託は良い。 お前をぶっ潰す」

「良いだろう。 オレもお前で遊ぶつもりだったし、おあいこだな」

「そうだな」

手袋の感触を確認。

此奴は強い。

少なくとも、アンダーウィングと違って、常に死線に自分を置いていた、という点では評価できる。

だが此奴はそのやり方を間違った。

だから、人食いの化け物と化したのだ。

「時にテンペスト。 貴様はどうしてヴィランになった」

「この世界が狂っていることを理解したからだ。 弱い者を虐げる事が正当化され、ヒーローに無制限の特権が与えられることを認めたような世界がまともだと思うか。 世界の誰もがそれが正しいと言おうが、間違っているものは間違っている。 誰も言わないなら、わたしが言わなければならないんだ」

「そうかそうか、それはつまらん」

「何……?」

いきなり、至近に殺気。

かろうじて回避。

地面にクレーターが。床のコンクリを、一瞬にして直径二十メートルほど、クレーター化したのだ。

とんでも無い火力。これは、肉弾戦能力だけなら、ザ・パワー並か。

慌てて跳び下がったわたしだが。

背後に殺気。

もう回り込んできていたのか。

見ると、跳躍したのでは無い。

レスリングなどで見られる、態勢を低くして、足の動きだけで隙を作らず重心を落としたまま移動している方法を取り入れている。

つまり、即座に攻撃に出られると言うことだ。

拳を繰り出すビートルドゥーム。

弾く。

吹っ飛ばしあう。

今の瞬間、ビートルドゥームは能力発動のタイミングを見切った。だから自分から飛び退いた。

やはり相当な戦闘経験値を積み込んでいる。

「それだけの力がありながら、弱者のためだと? くだらん。 実にくだらん」

「何だと……」

「我々は、世界を支配するために生まれた新しい人類だ。 得た力を磨き抜き、愚民共を管理していくのが我々の使命だろう。 まあ難しい事はどうでもいいか。 オレはただ、強い奴と命がけの戦いをしたいだけでな。 お前もそうだろうと思っていたのだが」

何だろう。

一瞬だけ。

ビートルドゥームの言葉に、孤独が宿った。

だが、それは同情に値しない。

狂気の果てに辿り着いた孤独だ。

わたしはこいつとは。

一緒にならない。

踏み込み、加速。

今度は此方から攻める。

ゆらりゆらりと歩法を駆使して移動しながら、此方の一撃を避けていくビートルドゥーム。拳も蹴りも、体術を確実にかわす。大技は繰り出せない。此奴に下手な大技を出すと、カウンターを入れられる。

その場合、まともに食らったら、どうなるか。

しかし、及び腰になっていて、勝てる相手では無い。

踏み込んだ瞬間、相手も来る。

頭突きをうち込んできたので、此方も踏み込んで。

顎を下から、掌底で痛烈に突き上げてやった。

「むう、っ!」

呻くビートルドゥームの体が、わずかにうく。

更に蹴りを腹に叩き込み、吹っ飛ばす。

だが、今の瞬間の交錯で。

叩き込んだ拳が、此方も痛いくらいだ。

どれだけ体を鍛えこんでいるのか。

「やるなあ……」

壁側に、巨大なクレーターが出来ている。

其処から立ち上がってくるビートルドゥーム。全身が、黒い装甲で覆われ始めていた。あれが、奴の名前の由来。

装甲の能力だ。

単純な能力で言えば、それほど強いものではない。

しかし戦闘タイプのヒーローは、身体能力も上がっていることが多いし。何より能力をどれだけ鍛え混んだかで力が変わる。

例えば、身体能力が上がるというような能力でも。

鍛えに鍛え抜けば、相性差なんて完全に無視して、一方的に敵を叩き潰すことだって可能になる。

何しろこの世界の頂点に立つ男がそうなのだ。

最強のヒーローとは。

スーパーパワーを持った上で、それを血を吐くような努力で磨き抜いた人物の事をさす。これについては、今も昔も変わらない。

そう師匠は言っていた。

此奴は、やり方さえ間違えなければ。

ヒーローになれたのかも知れない。

「行くぞ!」

突っ込んでくる。

わたしは呼吸を整えると、円を描くように手を回しつつ、迎撃の態勢に入る。中華拳法の一派の技だ。

相手は力の前に、技など関係無しと、突貫してくるが。

それはわたしも分かっている。

だから、一手それに加える。

踏み込む。

途端に、地面が吹っ飛び。

ビートルドゥームの視界が、一瞬覆われる。

それでも構わず突っ込んでくる奴は、見ただろう。わたしが既に、完璧なカウンターの態勢を整えている有様を。

ベクトルを、ねじ曲げる。

運動エネルギーを、そらす。

円運動を利用して、ビートルドゥームを、放り上げると。

わたしは両手に来た強烈な痺れに眉をひそめながらも跳ぶ。天井をぶち抜いて、空に舞い上がった暴君。その頭上に出ると。わたしは雄叫びとともに、蹴りを叩き込んでいた。

真下で、煙が盛大に上がる。

着地。

ビートルドゥームのヨロイは確かに頑強だが。

わたしの能力の前には関係無い。

重量も上げての凄まじいタックルだったが。

それは技で補えば良い。

立ち上がるビートルドゥーム。

鍛えに鍛えた体だから出来る事だ。

生半可なヒーローだったら。今の一撃で、全身が粉砕骨折していただろう。わたしも、かなり腕へのダメージがひどい。

まともにぶつかり合えるのは、あと何回か。

「このタックルを防がれるとはな」

「ああ、あんたは確かに強いよビートルドゥーム。 だがな、あんたはその強さを、間違った方法で手に入れたな」

「は、強さに正しいも間違っているもあるものか」

「ある! それを忘れた者に、ヒーローを名乗る資格は無い!」

師匠の言葉は。

胸に焼き付いている。

わたしは例え世界の全ての人間からヴィランと呼ばれようと。

それを忘れはしないし。

師匠に恥を掻かせるような生き方を選ぶつもりはない。例え師匠が、既に個人だったとしてもだ。

顔を歪めるビートルドゥーム。

怒り以上に。

その顔には、やはり孤独が浮き上がっていた。

或いは。

この男は、わたしが孤独を理解してくれると思っていたのだろうか。

理解はした。

だが、理解した上で否定する。

この男の孤独は、自業自得の結果。歪んだ世界に狂わされたとは言え、同情には値しない。

前に出る。

ビートルドゥームも仕掛けてくる。

拳を顔面に叩き込む。懐に入り込むと、やはりこっちの方が有利だ。ラッシュを仕掛けて、数十発の拳をぶち込む。

だが、わずかに立ち位置をずらされるだけで。

相手のリーチが変わる。

弾かれて。

防ぎきれない。

地面に叩き付けられ、吹っ飛ばされ。

それでも、空中で体勢を立て直し、地面をすりながら下がる。タックルしてくるビートルドゥーム。わたしの能力をもろに喰らっているのに、凄まじいタフネスだ。受け止める。まるでアフリカ象の突撃。いや、戦車師団の突撃だ。

「があるあああああああっ!」

漆黒の装甲に全身を覆ったビートルドゥームが叫ぶ。

いや、それはもはや、己を見失った喰人鬼の雄叫び。

その叫びには。

怒りと、それ以上の孤独が含まれていた。

壁に叩き付けられる。

そのまま押し潰そうというのだろう。わたしの骨も、軋む音がする。だけれど、わたしは、この程度では。

こんな相手には。

負けない。

自分が押し返されるのを見て、ビートルドゥームは、流石に狂気を宿していた目に、驚きを追加しただろう。

自慢の。

あらゆる手段を使って磨き抜いてきたパワーが。

押し返される。

あり得る事では無い。

あってはならない事なのだ。

だが、これは。

現実だ。

捻って、投げ。

地面に叩き付ける。

更に跳躍。

天井を蹴り砕きながら加速し、膝蹴りを起き上がれていないビートルドゥームに叩き込む。

受け身である程度緩和しようとしたビートルドゥームだが。

腹部のヨロイを完全に粉砕。

もろに、一撃が突き刺さる。

盛大に吐血する巨大な怪物。

わたしは、息を吐くと。

渾身のラッシュに入った。

数百発の拳を、叩き込む。

馬鹿野郎。

どうしてこんなくだらない理屈に支配された世界に染まった。あんただったら、本当のヒーローになれたかも知れないだろうに。

どうしてどうしてどうしてどうして。

最後の一撃が、突き刺さる。

実に七百三十六発の拳をたたき込み。最後の一撃は顔面に。

立ち上がる。

ヨロイは粉々。

その肉体も。

わたしの体も、限界が近い。

ビートルドゥームの残骸から離れると。ため息をつこうとして。そして、反射的に、ガードしていた。

吹っ飛ばされた。

立ち上がった。

もはや全身の骨も筋肉も内臓も機能していないはずなのに。

ビートルドゥームは、満面の笑みを浮かべながら、立ち上がっている。

目に宿っているのは。

あれはもはや、純粋なる歓喜。

何もかもを壊され。

自分が積み重ねてきた努力も否定されたことで。もはや完全に、相手を殺すためだけの魔獣と化したか。

叫び声。いや、それは獣の咆哮。

わたしも全身のダメージが限界寸前だ。骨も何本かやられているかも知れない。だけれど、此処で下がるわけにはいかない。

最後の一撃だ。

掌を、胸の前であわせる。

順番に、一文字ずつ唱えながら。ゆっくり全身の気を練り上げていく。

満面の笑みで突撃してくるビートルドゥーム。

もう音速を突破しているかも知れない。

だが、それがなんだ。

これから相手にする奴には、もっと早い敵もいる。

目を見開く。

至近。

奴は、わたしのあたまを、そのまま囓り砕こうとしていた。

上等だ。

踏み込む。

そして、わたしは。

奴の人体急所である心臓と丹田に。両手で同時に、一撃をぶち込んでいた。

頭のすぐ上で、がちんがちんとかみ合わせる音。

多くの人間を実際に喰らってきた喰人鬼の目には。

もはや、光は宿っていなかった。

前のめりに倒れる化け物。

わたしは、呼吸を整えながら。

この世界は、一秒でも早くたださなければならないと、誓いを新たにする。此奴は、その歪みの体現者だ。

こんな世界のままでは。

こんなくるった理屈が蔓延したままでは。

本物のヒーローになれる奴だっておかしくなる。

師匠の所にたまたま辿り着いたわたしが幸運だっただけだ。

血だまりが拡がっていく。

「見ているんだろう。 今なら助かるかも知れない。 だが、もうヒーローとしての能力は砕いた。 此奴はヒーローじゃない。 後は好きにするんだな」

足を引きずりながら、わたしは。

喰人鬼の巣を出て行く。

後を追おうという者も。

何かを言おうという者も。

背後には、いなかった。

 

4、それぞれのやり方

 

何が起きたか分からなかっただろう。

マンタグレイヴは、今、縛り上げられて。私の前に転がっている。何のことは無い。一ヶ月掛けて配水管を調べ上げ。

それを私が通ってマンタグレイヴのいる浴室にまで到達した。それだけだ。

捕縛して、此処まで連れてきたのは。

此奴がヒーローでは無い事を証明するため。

もっとも、女を侍らせて風呂に入っている所を強襲し。あっさり捕縛できた時点で、此奴が戦闘タイプのヒーローでは無いことは確実だったが。

録画用のカメラをセット。

猿ぐつわを噛ませた全裸のマンタグレイヴは、恐怖に顔を引きつらせていた。

「どうした。 自慢のサイコキネシスで抵抗してみろ」

首を横に振るマンタグレイヴ。

やはり二世ヒーローだったか。

親が残した遺産で今までヒーローを騙って生きてきた男。戦闘能力は市民と何ら変わらない。

兎に角、ヒーロー同士の子供でも、まずヒーローになる事はあり得ないし。戦闘タイプヒーローが生まれる確率は更に低い。

その現状では。

膨大な資産を活用して、ヒーローという人権が確約される地位にしがみつきたくなる気持ちも分かる。

だが、それによって。

より多くの市民が虐げられるのだから。

許すわけにはいかないのだ。

猿ぐつわを取ると。

マンタグレイヴは。弛んだ、肥満しきった体を晒した情けない男は。恐怖に引きつった声を絞り出す。

「た、助けてくれ。 金なら幾らでも出す! 何なら今からお前達をサイドキックにだってしてやる!」

「お断りだね」

「な……」

「お前は自分の地位を保全するために、この地区の市民に何をしてきた」

石塚が吐き捨てる。

フードの影は、黙って様子を見ていた。

そして、石塚は言う。

「お前が知っている限りのヒーローの弱みを吐いて貰う。 拷問をしても良いんだが、それはちょっとスマートじゃ無い。 脳から直接情報を引っ張り出した方が早いな」

「な、何をする、やめろ……!」

「パーカッション」

頷くと。

前に出てきたのは、ハイビスカスの花飾りをつけた女の子。

ヒーローからヴィランになった数少ない例外。

私の所属組織にいる、一人だけのヴィラン転落ヒーローだ。淡い青色の髪と、それとは裏腹の赤い目。

彼女がまだ10歳にも満たないにもかかわらずヒーローを辞めたのには色々理由があるのだけれど。

まあそれは今はいい。

彼女がマンタグレイヴに触ると。

頷いた石塚が、HDDを持ってきた。

ちなみに中身はフォーマットだけされている。つまり空だ。

パーカッションは、能力を使って、相手の記憶をそのまま吸い取ることが出来る。そればかりか、こうやって移し替えることも可能だ。

その上画像や動画の規格に切り替えることも出来るのだから凄い。

人間スパコンとでも言うべきだろうか。

記憶を吸い取りつくすまで、十時間ほど掛かる。

それまで敵の侵入を防げば良い。

今頃マンタグレイヴのサイドキック達は泡を食っているはずだが。奴の屋敷には、私が仕掛けたC4数十発があって。それを時間差で爆破してやったので、多分此処まではたどり着けないだろう。

弛みきったおっさんの股間を眺めていても仕方が無いので、部屋の隅にいき、其処でレーションを受け取る。

レーションを囓っていると。

ジャスミンが舌打ちした。

「なんだあの汚いおっさんは。 あれが本当にマンタグレイヴだってのか」

「間違いない」

「立体映像と全く違うぞ」

「合成だろ」

ジャスミンと私は年齢も近くて同期なので、基本的にため口になる。あきれ果てて、ジャスミンは肩をすくめた。

だが、奴にしてみれば必死だろう。

自分がヒーローとしての能力なんて持っていないことを分かっているからこそ。

市民にはなりたくなかったのだ。

両親が生きている内はまだ良かっただろう。

だが、その死後は。

恐怖しか無かったに違いない。

毎日怯えきって、必死に他のヒーローに媚を売りながら、自分の地位を守ることだけに費やす人生。

それは恐らく。

市民達が過ごしているものと同じ地獄だ。

この世界は。

結局、戦闘タイプのヒーローしか、得をしない世界。

あまりにも歪みきったこの構造は。絶対に破壊しつくす必要がある。そしてその先には。

ジャスミンには言えない。

この世界がどうしてこうなったのか。

そもそも、何故宇宙人が攻めてきたのか。

フードの影を一瞥。

彼奴にはまだ逆らえない。

力をものにしていないし。

何より、敵が強大すぎる。

中堅所のヒーローにも、真っ正面からでは勝ち目が無い状況だ。この世界を変えるには、もっと力を使いこなせるようにならなければならない。

「情報取得完了」

「良し」

有無を言わさず、石塚がマンタグレイヴを撃ち殺した。殆ど、屠殺のような手際だった。あまりにもあっさり殺したので、二度見してしまったほどである。

まあ奴の屋敷に散々C4仕掛けた私が言うことでも無いが。

皆、狂っている。

はやく、この世界はどうにかしなければならないだろう。

死体の処理は私がする。

姿を解放すると、死体を取り込む。そして、一瞬で消化してしまった。汚いおっさんを喰うのはあまり気分が良くないし。何より人間を喰うこと自体があまり良い事だとは思えないのだけれど。

しかし、死体の処理というのは大変なのだ。

何の痕跡も残さず消せるのなら、そうするべき。

私も、そう合理的に考えられるようになっていた。

「次のターゲットは」

「しばらくこの地区で様子見する。 マンタグレイヴが化け物に殺されたって噂はすぐに広まるだろう。 大物ヴィランが現れたとでも噂が化けてくれれば万々歳だ。 敵を混乱させられる」

「……」

石塚は。

少なくとも、今世界を支配しているヒーロー達と、同種の存在だ。

目的のためには手段を選ばず。

場合によっては際限なく残虐にもなる。

だけれども、此奴の力が必要なのだ。今の時代を生き抜き、敵と戦い。そして勝つためには。

私は、一瞬だけフードの影を見た。

そして、それから。

先ほど消化した死体の味を思い出して。

レーションで口直ししようと思った。

 

外に出る。

慌てた様子のサイドキック達が、重武装の装甲車や、ヘリまで繰り出して、周囲を探している。

彼らはマンタグレイヴなんか心配していない。

目の前でヒーローを殺されたサイドキックに、再就職の路など無い。良くて市民に格下げ。

最悪の場合は、全員処刑される。

次のヒーローがここに来るまでに、何とかしなければならないのだ。

だから必死である。

彼らにも家族があり。

養っていることに代わりは無い。

だけれどその犠牲がどれだけ市民に押しつけられているかを考えると。やはり、同情は出来なかった。

「雲雀さん」

「何ですか?」

パーカッションに声を掛けられたので振り返る。

彼女はいつも大事そうにテディベアを抱えているけれど。そのテディベアには、べっとりと血の跡がついている。

何度も洗濯したそうなのだけれど。

怨念を宿しているかのように。

絶対に血の跡は消えないそうだ。

「戦いは、まだ始まったばかり、何ですね」

「テンペストが少し前に、ビートルドゥームを潰したって聞いています。 少しずつ、世界は動き始めていますね」

「……」

それも、良い方向に行くかどうか。

兎に角、やってみるしか無い。

今の秩序を壊すのだ。その後にどんなカオスが待ち構えているかは、実際に行ってみないと分からないのである。

嘆息すると。パーカッションを促して、アジトに戻る。

しばらくは此処で。

組織の戦力を蓄えないと行けない。

そして、次の戦いに備えるのだ。

 

(続)