オリジンズ

 

プロローグ、審判の日から二百年

 

その日、人類は知る事になった。やはり宇宙人は存在していて、そして人類が危険な存在だと認知していることを。

攻め寄せた宇宙からの軍勢。

圧倒的技術の差。

何しろ、恒星間航行を可能としている文明だ。しかも、戦闘向けに調整された兵器の数々である。

勝てる訳が無い。

とてもではないが対抗など出来ず。

地球の軍隊は瞬く間に壊滅。

真っ先に潰された米軍。続けてロシアと中国。これらが潰されるまで、わずか三日。核など通用する筈も無く。歴史上使用された全ての兵器が敵に効果を示さなかった。

宇宙人の攻撃は情け容赦なく、ありとあらゆる抵抗勢力が叩き潰され。地球から、人類は駆逐されるのかと思われた。

だが、その時。

後の世に、オリジンズと呼ばれる存在が現れたのである。

ヒーローと定義される者の先駆け。

そして、世界を本当の意味で救った英雄でもある。

数は十名。

そのいずれもが。

今までの人類が持ち得なかった、スーパーパワーを有していた。

本当のところ彼らのようなスーパーパワーの持ち主は、宇宙人が攻め寄せる前から、その姿を確認されていた。

だがあまりにも普通の人と違う力。何よりも、異形化することもある、という経緯から。世界では良くても煙たがられ。

悪ければ狩られてさえいた。

だがオリジンズは、そのような過去を捨て。しがらみから自らを解放し。

今だなき空前の危機を前に。

人々を守るために、宇宙人と戦う事を宣言したのである。

圧倒的な数で攻め寄せる宇宙人の兵器。造り出された無数の異形なる軍勢。地上に降りた悪魔の群れを。

ヒーロー達は苦戦し。

血を流し。

そして傷つきながらも。

ついに敵首領を倒し。敵の軍勢を駆逐せしめた。

地球には歓喜の声が響き。

宇宙人は逃げ。地球を去った。

そしてヒーロー達は本物の英雄となり。

焼け野原になった地球で、新しい歴史を作ること。世界の復興に尽力することを、誓ったのである。

そう、此処までは良かった。

此処までは、本当の歴史だ。

私、東雲雲雀(しののめひばり)は、歴史書を本棚に戻す。

此処はサイドキック養成学校。

とはいっても。

今の時代。サイドキックという言葉は。初代オリジンズがいた時代とは、あまりにも意味が違ってしまっているが。

どうしてこうなってしまったのだろう。

初代オリジンズが宇宙人の首領とされる存在を討ち果たしてから、二百年。

世界はあまりにも大きく変わっていた。

「サイドキック候補4417、訓練室に」

「うい」

元々口数が少ない私だが。

廊下には集音装置が仕込まれていて。喋らないと制裁を受ける。サイドキックの命なんてゴミも同然。

それでも市民よりはマシ。

強いていうなら、市民は貨幣。サイドキックは奴隷。

人間は。

ヒーローだけだ。

サイドキックは名前さえ呼ばれない。

ヴィランと呼ばれる、現状のオリジンズに逆らう能力者とヒーローが戦う時。どうせ効きもしない銃火器を持たされて捨て駒にされたり。或いは日常生活の補助をしたり。場合によっては性欲のはけ口にされたりするのが、サイドキック。

昔はサイドキックは、ヒーローの相棒として。

時に友人として。

場合によっては後継者候補として。

能力があろうが無かろうが、一緒に戦って。艱難辛苦をともにしたという話だけれど。私からすれば、神話のような感触を受ける。

今の時代のサイドキックは奴隷以上でも以下でもなく。

それでもヒーローの財産としてしか扱われない市民よりはマシ。それで我慢するしか無い。

我慢できなければ。

その時は死が待っている。

ヒーローに逆らう事は、すなわち死だ。

今の世界、千人に一人がヒーローの特性を持ち。更にその中の百人に一人が戦闘向けの特性を持っているが。

この戦闘タイプヒーローは、それこそ一個師団の軍勢を、真正面から蹴散らす。

地球人の軍隊が、まるで歯が立たなかった宇宙人の軍勢を、叩き潰したほどの連中なのである。

上位のヒーローに到っては、核を喰らってもびくともしない。

そんな相手に逆らう事は、無謀以外の何者でも無いのだ。

私が呼び出されて部屋に出向くと。

この「学校」の長であり。

低強度のヒーロー能力を持つ校長が、退屈そうにして待っていた。戦闘向けではないとしても、ヒーローとしての能力を持っていれば、それは正義なのである。もしも殺されでもしようものなら。

場合によってはその地区の市民とサイドキック全員が消される。

「遅いな。 豚の餌にしてやっても良いんだが」

「すみません」

「ふん、それでサイドキックであることを辞退したいと?」

「はい」

バカかお前は。

そう校長は鼻でせせら笑う。

それはそうだろう。

今の時代、ヒーロー以外でかろうじて人権があるのがサイドキックなのだ。ちなみにサイドキックは、ヒーローが「直感」で選ぶ。

幼い内から奴隷商と呼ばれる養成学校に入れられ。

気に入った者だけを、ヒーローが買い取っていくのだ。

コレが何を意味するかは、言うまでも無いだろう。

勿論ヒーローの中には、特殊能力として、直感を備えている者もいる。これは実のところ、オリジンズの中にもいて。多くの戦いで、最善手を選ぶ原動力になった強大な力なのだけれど。

現在のサイドキック選びに使われている直感は違う。

見かけが良さそうだったり。

体が頑丈そうだったり。

性欲を満たしたり、暴力を振るっても壊れなかったり。従順に言う事を聞きそうだったり。そういう理由が優先される。

また、市民から財産を巻き上げる際にも、ヒーローが出向くことは滅多に無い。ほぼサイドキックが汚れ作業を請け負う。

汚い仕事を全て押しつけられる。

それが現在のサイドキックだ。

それでも、人間以下の市民に比べればマシ。

だから校長は嘲笑っている。

それに、理由はもう一つある。

子供は成長して美しくなるとは限らない。

私は幼い頃は、そこそこ可愛らしかったらしいのだけれど。

今はひょろっと背が伸びて。全体的に妙に細く。眠そうで相手を馬鹿にしたような目が気に入らないと、校長に何度か言われている。

つまり見かけが気に入らないという事だ。

ヒーローはそれだけで人を殺せる。

現在のヒーローは。

血に飢えた獣だと言っても構わない。

そして法では絶対に裁かれない。

司法なんて制度が、ヒーローに優先するはずも無い。

宇宙人がまたいつ攻めてくるか分からない現状である。

ヒーローに全ての権限を与えて、いざという時は戦って貰う。それが、世界としても正しい姿だ。

サイドキックの御用学者達は、口を揃えてそう喋っている。

その権限とやらが異常すぎるから。

今問題が拡大する一方なのだろうと、私は思っているのだが。

「散々面倒を見てやった恩を忘れおって。 サイドキック候補を止めたいのなら好きにしろ。 勿論衣類を一として、くれてやったものは全ておいていけ」

「全裸で出て行けと」

「当たり前だ。 市民なんぞに財産を蓄える権利があると思っているのか? 以降はナンバーで管理され、ノルマの納税を達成できなければミンチ機に放り込まれると思っておけよ」

せせら笑う校長。

此奴は愚かだ。

そもそも、此奴の能力は、一種のダウジング。それでも千人に一人の特殊能力には違いないし、資源の発掘には有能だから、年老いてからサイドキックの養成学校を任されたのである。

逆に言うと。

此奴はヒーローであっても、殺せる相手だ。

そして今の私は。

この世界に、既に反逆している。

「それでは、遠慮無く」

悲鳴を上げる暇も与えない。

多分、何が起きたかさえ理解できなかっただろう。

どすんと、一瞬だけ音がして。

其処にはもう。

ミンチも残っていなかった。

舌なめずりすると、私はこのサイドキック養成学校とは名ばかりの、奴隷育成所を後にする。

そして、地下に潜った。

 

手鏡を見る。

燃えるような赤い髪。

精悍な顔つき。頬には十字傷。

わたしだ。

ヒーロー名テンペスト。現在はヴィラン名。昔は西泉静という名前を持っていたけれど。このワイルドな容姿とは、真逆の名前だ。名前と性格は正反対になるという俗説があるというけれど。わたしにとっては、少なくとも事実だったことになる。

外に出る準備をする。

ショートパンツをはき。

スパイクつきのスポーツシューズ。これは特注の繊維で作り上げた極めて頑丈なものだ。上半身のシャツも同じ。

下手な服だと。

全力で暴れると、それだけでバラバラになってしまう。

全裸で戦うのは、流石にいやなので。

せめて戦う間くらいもつ服を、と考えているのである。

ちなみにヒーロー名は持っていたが。

わたしはこの世界で最大の禁忌を犯し。

今ではヴィランとして指名手配されている身である。

その禁忌とは。

他のヒーローを再起不能にしたこと、だ。死んだ奴もいるかも知れない。どちらにしても、同じ事。

ヒーロー同士の戦いがそもそも禁忌なのだ。

わたしはそれを破った。

手袋を填める。指先が出るタイプなのは、その方が保ちが良いから。

健康的に鍛えた股も二の腕も露出しているけれど。これは銃弾くらいなら喰らっても平気だから、である。

わたしは戦闘タイプのヒーローとして生を受け。

十七歳の今。

既にヴィランとして、地下に潜っている。

大半のヴィランは、単なる猟奇殺人鬼やらテロリストやらだけれど、わたしは違う。わたしが半殺しにして、「能力を粉砕した」相手は、今まで十二人に及ぶけれど。そのいずれもが、この腐りきったヒーローの末裔達が支配する社会を代表するようなクズだった。

奴らをぶっ潰し。

社会から葬り去ったことを、何ら後悔はしていない。

そしてこれから出撃して、叩き潰す相手のことだって、同じだ。

コンディションを確認。

ヴィランとしては、既に中堅として見られている自分だ。そろそろ、大物ヒーローが撃退に出向いてくるかも知れない。

腐敗の局地にいるとは言え。

現在のオリジンズのトップにいるヒーロー、ザ・パワーは優秀で、しかも責任感の強い男だ。

奴の戦闘力は、初代のオリジンズに勝るとも劣らないとさえ言われている。

今もわたしでは、正面からぶつかり合うのは、少々無謀だろう。

鍛え抜いてきたが。

それでも少しばかり相手が悪い。

もし戦う事になったら、やり合わなければならないだろうが。

この腐りきった社会で、数少ないまともな倫理観念を持っているヒーローの一人だ。他の「現役」オリジンズだったら兎も角。

ザ・パワーと戦う事は、気が進まない。

「テンペスト。 もう行くのですか」

哀れな声が、暗がりから上がる。

此処は、古い時代、カタコンベとして使われていた場所。

つまり墓だ。

辺りは骨だらけ。

こんな所に潜伏しなければならないほど、市民は追い詰められている。

地上でかろうじて商売をやっている者もいる。大きめの企業も存在する。だけれども、ヒーローがその気になれば。どんな大企業でも、一瞬で瓦礫にされてしまうのが落ちだし。収益を上げれば上げるほど、ヒーローにその利益をむしり取られてしまう。

抵抗しようにも、力が違いすぎる。

銃弾が効かないどころか、軍でもかなわないような相手である。

しかも宇宙人の襲撃以降、軍も警察も再建されていない。

理由は役に立たなかったから。

軍なんぞに力を廻すくらいなら。宇宙人に対抗できるヒーローの周辺設備を充実するべきだ。

その理屈が現在では大手を振るっていて。

軍という概念そのものが消滅。

警察はヒーローの下で、細々と、いばらの椅子に座らせられながら、活動を続けている状況だ。

しかもヒーローが行った事には、警察は一切口出しが出来ない。殺人だろうが強姦だろうが同じ事。

もはや警察も司法も。

この世界では意味を成していない。

「わたしは行く。 この地区のヒーローが、どんなクズ野郎かしっかり見極めさせてもらったからな」

「……」

市民達が、顔を見合わせる。

現在の世界ではヒーローは地区ごとに担当を決めていて。

其処に住んでいる市民の数で、社会的ステータスが変わる。

つまり市民は。

ヒーローにとっての貨幣と同じだ。

貨幣と同じだから、人権なんてない。

消耗しても誰も文句は言わない。勿論オリジンズになるには、出来るだけ市民を増やす必要があるけれど。

逆に言うと、オリジンズに興味が無い場合は。

市民なんてどうしようとヒーローの勝手、ということだ。

更に最悪な事に。

此処のヒーローは、いわゆるMHCである。

その暴虐ぶりは度を超しており。

今や街はスラムを通り越して廃墟も同然。

商売などしている者はほとんどいない。

誰もが地下に潜って息をひそめながら暮らしているが。ヒーローであるアンダーウィングは、彼らを易々と見つけ出しては、面白半分に殺戮していく。もうこんなに増えたのかと、嬉々として笑いながら。

「心配するな。 あんな餓鬼、絶対にわたしがぶっ潰してやる」

「私の両親も子供達も兄弟も、みなあの悪魔に殺されました。 それも人間の手足を引きちぎるとどんな音がするのか知りたいなんて理由で。 お願いします。 皆の仇を取ってください」

「任せておけ」

私は、対外的にはヴィランという事になっている。

それも指名手配されている身。

だが、断言する。

今の時代の方がおかしい。

わたしはヒーローになって、その腐敗ぶりを間近に見て、愕然とした。本格的にヒーロー活動を始める前に見た、初代オリジンズの輝かしい記録は、何度も私を燃え上がらせた。宇宙人共に対して果敢に戦い。差別をはねのけて弱者に手をさしのべ。そして高潔な精神で、世界の復興に尽力した。

そんな初代オリジンズは、本物のヒーローだ。

間違いない。

コレを否定する奴がいたら、わたしが顔面を平らにしてやる。

その考えについては、今も変わらない。

だが、ヒーローになって、わたしは現実を見た。

ヒーローという存在が、血に飢えたけだものというにも生やさしい、悪魔の群れと化していることを知ったのである。

愕然としたわたしは調べた。

そして知った。

最初の五十年ほどは良かった。初代オリジンズも存命していたし、その後を次いだヒーロー達も、高潔な魂を受け継いでいたからだ。

おかしくなったのは、その後から。

三代目、四代目になってくると。

ヒーローは魂までは受け継がなくなってきた。

彼らは考えるようになったのだ。

人間より遙かに強い力を持っているのだ。

その力を使って、好き勝手に振る舞って何が悪い。

市民など、所詮は自分たちに守られるだけの足手まとい。豚に過ぎない。豚は調理されて、主人の腹に入るのが当然だ。

腐敗が拡がり始めると。

後はあっという間。

ヒーローとしての魂が失われ。

腐り果てていくまでに。

そう時間は掛からなかった。

タチが悪いのは、ヒーローがあまりにも圧倒的な暴力を振るえると言う事。軍隊も存在しない現在。ヒーローに対抗できる人間はいない。

街一つを皆殺しにし。それを笑いながらよく燃えたと楽しんでいたゲス野郎をぶん殴ったのが、最初。そいつは再起不能になり、ヒーロー専門の病院で今も植物状態だ。いい気味だと思う。

それから私は、ヒーローとしての証明となる、英雄バッチを捨てた。

少なくとも、偉大なるオリジンズの魂を、今のヒーロー達は持ち合わせていない。此奴らはヴィラン以下。血に飢えた獣以下の存在だ。

だからそれからは地下に潜り。

市民を虐げる特にタチが悪いヒーローを、片っ端から再起不能にしてきた。

中には人間の肉を好んで食べており。人間を繁殖させるための牧場を作っている奴までいた。

それでも罰せられない。

なぜなら、この世界を守りうるのは、ヒーローだからである。

そんな理屈。

わたしが徹底的に破壊してやる。

カタコンベを出ると。

一面荒野になったこの地区の惨状が目に飛び込んでくる。アンダーウィングが、面白半分に殺戮を繰り返した結果だ。

スラムもあるが、其処に住んでいるのは、もはや逃げる気力も無いか弱い人々。

病院もない。

基本的に、弱い者は死ねというのが今の平均的な考え方だ。ヒーローのように宇宙人から地球を守れる者のために医療という偉大な技術はあると言うのがそれだ。弱者には医療を受ける権利さえ与えられていない。

このような現状を。

許しておけるものか。

初代オリジンズが生きていたら、絶対に今のヒーローを許さないだろう。

その言葉を以前聞いたとき。

他のヒーロー達は笑った。

カビが生えた理屈。古い時代のきれい事。頭が古い。初代オリジンズの思想なんて、今では時代遅れだと。

だからこそ、わたしはヴィランと呼ばれようと。

正しいヒーローであり続けようと誓っている。

こんな連中と同じでいてはいけないのだから。

 

1、収穫

 

ヒーロー、アンダーウィングが支配している地区は、丁度東南アジアの一角。古い時代には、ベトナムと呼ばれていた地区である。

現在はA211番地区。

AはASIA。北アメリカの場合はNAM。南アメリカの場合はSAMになる。211はそのまんま番号を意味している。地区に名前など必要ない。

そう、最近はヒーローが考えるようになった。

私、東雲雲雀はぼんやりと歩く。

あの校長をブッ殺してから、地下に潜ったが。

それは何も本当にモグラの様に地面に潜ったことは意味していない。とはいっても、既に指名手配はされているだろう。

低ランクながらヴィランの仲間入り、と言うわけだ。

警察に見つかると面倒だけれど。

しかし、今や警察は。

何の力も持っていないも同然。

最悪の場合は、振り切ってしまえばいいのである。

辺りは廃墟だらけ。

この地区のヒーローが特にひどいという噂は聞いていた。いわゆるMHCであるとも。

MHC。

モンスター・ヒーロー・チルドレンの略。

勿論本人にとっては最大の侮蔑になる言葉だ。これを相手に言って生きていられた市民などいないだろう。

ヒーローは、素質さえ生まれてすぐに分かるのだけれど。素質が覚醒する年はそれぞれである。

中には、生まれてすぐにスーパーパワーを手にする者もいて。

そういう者達は、学校にさえいかない。いや、少しばかり違う。そもそもヒーローは幼い頃から学校などとは縁がない。

少し前の、ヒーロー達の頂点。現役オリジンズの一人が言ったのだ。

ヒーローとは生まれながらに優秀な人類である。市民と同じ学問など受ける必要などはない。

市民と同じ学問など受けずともヒーローは優秀であり、神に選ばれた存在だからだ。

故に時間の無駄になる学校などには行かずとも良い。

その結果、何が起きたか。

幼い内にスーパーパワーに覚醒した子供は、一切教育も受けず、情操のコントロールも出来ない、野獣と化したのである。

この世界では、普通の人間からヒーローが生まれる事はあっても、まずヒーローからヒーローが生まれる事はない。

確率千分の一。戦闘タイプに限定すれば更に百分の一。

どんな人間同士を掛け合わせても。

この確率は変わらない。

そして子供がヒーローだと判明した瞬間。

親とは身分が変わる。

実際、ヒーローの特性を持つ人間は、知能の発達も早い。だがそれと情操をコントロール出来るかはまるで別問題だ。

今、MHCという存在は。

市民にとっての最大の恐怖である。

巨大な力を持って、何ら感情の制御も出来ない子供だ。

宇宙人よりもタチが悪いかも知れないと、嘆く声さえあった。

事実あるMHCは、人間狩りを趣味としていて。実に百万を超える人間を、三ヶ月ほどで殺戮した。

流石に殺しすぎたという事で、裁判に掛けられたが。

ヒーローが財産に手を出して何が悪いと、オリジンズが言った瞬間。

司法は何も出来なくなった。

推定無罪。

有罪が確定していなければ。

その存在に罰を与えることは許されない。

だから、お礼参りをすると広言しているそのMHCは、外に解き放たれ。告発した人間達を、皆殺しにした。

そいつは二年ほど前、病死したが。

だが、市民の間では、今でも恐怖とともに語り継がれている悪夢の存在である。

これが現在のヒーローだ。

初代のオリジンズ達がどれだけ偉大な存在だったかは、私にだって分かっている。だが、その魂を受け継がなかったクズ共は。

今では世界に災厄だけをばらまく悪魔と化している。

朽ち果てたビルの地下に。

鉄の扉があるけれど。もしもアンダーウィングが来たら、ひとたまりも無い。それこそ指一本で拉げ、打ち砕かれてしまうだろう。

鉄の扉越しに、声を掛ける。

「モズだ」

「入れ」

合い言葉だが、まあどうでもいい。

中に入ると、スキンヘッドの筋肉質な男。私と同じような、サイドキック崩れだ。強面で悪人にしか見えないが。

前に別の地区のヒーローが、人間が死ぬ様子を見たいと言う理由で、子供を三十人ほどサイドキックにわざわざ切りにくくしたのこぎりで切り刻ませて殺戮したという事件があった。

その時に、此奴はサイドキックをやめた。

馬鹿な奴だと、誰もが嘲笑ったらしいけれど。

私はそうは思わない。

暗い部屋の奥。

灯りが一つだけあって。側にフードを被った人影。ヒーローではない。かといってヴィランでもない。

科学は現在ヒーローが独占。

医療もだ。

旧時代の武器が通じない相手に、どうやって戦うか。

方法は、一つしか無い。

ヒーローを苦戦させたほどの存在に、力を借りる。それだけだ。

「やあ雲雀。 その様子だと、辞めてきたようだね」

「ああ。 うんざりだったしね」

「殺したようだね」

「ぺしゃんこにしてやったよ」

そりゃあそうだ。

というよりも、あの奴隷商人。そもそも私を生かして学校から出す気なんて無かっただろう。

裸になって出て行けとか言うような奴だ。

外で手下に待ち伏せさせて、レイプさせた後市民の目の前で見せしめに惨殺して、ドブにでも捨てるつもりだったのだろう。

実際、私があの奴隷売り場を出るとき。

外で待ち伏せしている奴がいた。

殺したが。

「相手は戦闘タイプでは無いにしてもヒーローだ。 気を付けて行動して貰わないと困るよ」

「そうだな。 もう少し、いい手を思いついていたら、そうしたんだが」

「次はそうしてくれ」

くどくどという小さな影。

此奴が、私に接触してきたのは。

適正があったから。

ヒーローとしての適性では無い。

それに対抗する力の適性だ。

まあ、ヒーロー一人にサイドキック二人を殺した私に、もう表の世界に出る資格は与えられていない。

何かしらの間違いにしても、ヒーローを死なせた市民は、それだけで死刑。

それも非常に残虐に苦痛を与えながら公開処刑と決まっている。

この世界の法がそう定めているのだ。

推定無罪という言葉も、ヒーローにしか適用されない。

市民の場合、疑いを掛けられた瞬間死が確定する。容疑者が複数出た場合は、全員の死刑が基本だ。

「それで、アンダーウィングを倒す手はずは」

「テンペストをけしかける」

「彼奴か……」

噂には聞いている。

超原理主義者のヴィラン。まだ二十歳にはなっていないが、既に十人以上のヒーローを再起不能にしているという。

小柄な女らしいのだけれど。

戦闘能力は超一流で、しかも能力者殺しとしても名高いという。

初代オリジンズの思想を体現したような理想の持ち主らしいが。

暴力を用いて権力を得ることを何とも思わない現在のヒーローにとっては、ただ滑稽なだけに映るらしい。

皆がそう言っているから正しい。そう考える人間は多いが。

その最悪の面が表に出てきている例の一つだろう。

法から何から自分のものにしている今のヒーロー達にとって。

自分たちの権力を脅かすようなものは、全てが悪。

勿論テンペストは、彼らにとっては滑稽なピエロでしかないだろう。

だが、だからこそに。

此方としては、そのピエロを利用する。

正直な話、まだ私は其処まで力の使い方に慣れていない。アンダーウィングは戦闘タイプで、能力もかなりえげつない。

真正面からやり合ったらまず勝てない。

其処で、テンペストと一対一の状況を、どうやってか作り出す。

そのためには、下準備が必要だ。

勿論テンペストにも気を付けなければならない。

テンペストからして見れば、此方もヴィラン。それも、手段を選ばないという時点で、容赦する対象ではないのだろうから。

ただ、一対一に持ち込めば。

アンダーウィングではテンペストには勝てないと試算も出ている。

他のヒーローが介入できないように条件を整え。

戦って叩き潰して貰う。

この星に。

もうヒーローは必要ない。

少なくとも、オリジンズのような、高潔な魂を持ったヒーローでは無いのなら。もうヒーローを名乗る資格は無い。

古い時代だったら。

今世界を支配しているヒーロー達は、むしろヴィランと言われていたはずだ。

ダークヒーローと呼ばれる事さえなかっただろう。

その時点で。

既にこの世界は狂い果てている。

正論は口に苦いが。

誰かが言わなければならないし。

口に甘い理屈だけで動かしていけば。

世界はいずれ破綻してしまうのだ。

何人かが集まってくる。

殆どがサイドキック崩れだったり。

或いは地下に潜った科学者。

中には、ヒーローバッチを捨てた者もいる。もっとも、此処にはそいつはいないが。ただし戦闘タイプではないので。戦闘タイプのヒーローに踏み込まれたら、ひとたまりも無いことは同じだ。

作戦会議を始める。

リーダーであるフードの影が手を叩くと。

皆頷いた。

まずは予定通り、アンダーウィングとテンペストが一対一で戦える状況を作り出すことが重要だ。

テンペストは基本的に、真正面からの突破を好む傾向にある。

敵の居場所さえ把握すれば、猛牛のように突っ込んでいくだろう。

だがアンダーウィングは気まぐれで、彼方此方で暴れ回っては、適当に暇つぶしをしている事が多い。

その暇つぶしの相手は、市民である。

市民を殺し合わせておもしろがったり。

場合によってはただ痛めつけるためだけに、街に火を放ったりもする。

五歳の時にヒーローの力を覚醒させた彼は。その時点で、鬱陶しいからと言う理由で両親を殺害。

五月蠅いからと言う理由で、家の周囲数キロを焼き払った。

典型的すぎるほどのMHCであり。

九歳になった今は、更に行動が過激化する一方である。

口は廻るようだが。

結局の所、自分勝手を周囲に押しつけて。

暴力で一方的に蹂躙しているだけの存在に過ぎない。

「まずは介入の排除が先決だ。 介入が予想されるヒーローは」

「隣地区にいる連中は、大体他のヒーローにもヴィラン退治にも興味が無い連中だが、一人だけ厄介なのがいる」

「フレイムクラッカーだな」

「ああ」

地図上で、仲間の一人である石塚が指さしたのは。

昔カンボジアと呼ばれていた地区。A97。

此処を支配しているヒーロー、フレイムクラッカーは。周囲のヒーローと同盟を結んで、何か助けた場合は市民を提供させるという、一風変わった行動を取っている。支配下にある市民にも、其処までの暴虐は振るわない。

ただそれは、要するに。

次世代のオリジンズの席を狙っているだけのこと。

市民を助けようなどとは考えていないし。

何より、やはり此奴にとっても、市民は財産以外の何者でも無いのだ。

事実フレイムクラッカーに殺された市民の話など、枚挙に暇が無いし。何より彼が住んでいるのは、地道にお金を貯めて事業を成功させ、豪邸を建てた市民を無茶な理屈で焼き殺し。

奪った家である。

この世界に、市民が生きる場所など無い。

ヒーローでなければ、人間では無いのだ。

「フレイムクラッカーを足止めするにはどうする」

「奴は街にサイドキックを多数放っている。 そのサイドキック相手に、市民相手に大量殺人をもくろんでいるヴィランがいると情報を流す」

「へえ?」

フードを被った人影は、嬉しそうに言う。

人間の建てる謀略が、面白くて仕方が無いのだろう。

此方としてはおもしろがられても困るのだが。

此奴の助けが無いと。

そもそも私は、戦う術さえも得られなかった。

「自分の財産を守るために、フレイムクラッカーは出てこざるを得なくなる」

「昔のヒーローだったら、市民を守るために、だったのだけれどな」

嘆くのは、市村博士。

今の時代、ある程度の学歴があるサイドキックは、ヒーローのための研究をすることだけを強いられる。

市民のための研究などしようものなら、最悪殺される。

そういうものだ。

科学者そのものが、サイドキックとして生きる事を義務づけられているのである。

ちなみにヒーローにも昔は科学者がいたのだが。

今はゼロだ。

というのも、ヒーローはあくまで市民から崇拝されその尊敬を受ける側であるから、という理屈であるから。

アホらしくなってくる話だが。

それが事実なのだから仕方が無い。

いずれにしても、今の時点では。

此方にしても、オリジンズを潰すには戦力が足りない。

今ではインターネットすらも廃絶されており。各地の地下で、イントラネットが細々と生きている状態。

それさえも、発見されれば即座に摘発。

関係者は皆殺しにされる。

此処にあるイントラネットには、接続されたDBに古い時代のヒーローアニメも残されているが。

それを見る限り、古い時代のアニメでは、ヴィランの方が戦力的に上であるケースの方が多かったようだ。

それだったら、ヒーローも腐敗しなかったのだろうか。

せめてまた宇宙人が攻めこんできていれば。

フードの影を一瞥。

そいつの表情は。

此処からは、窺うことが出来なかった。

 

作戦を開始する。

何人かのメンバーが、隣地区へ移動。サイドキック崩れもいる。サイドキックがどう巡回しているかは良く知っているから問題ない。

ただきまぐれに動き回っているアンダーウィングと出くわしてしまったら、もう諦めるしか無い。

そういう相手なのだ。

一方、私は。

別の作戦に出向く。

無言のまま地下通路を行く。

渡されたのは、この間のとは少し違う薬だ。

一緒にいるのは、フードの奴。

此奴がバディとして、今回は作戦に参加している。事実上の首領が私と組むのだ。組織として如何に小さいか、と言う話である。

「副作用を抑えてある。 その代わり変身時間は三十分だ。 戦闘力は前回の数倍。 これはアンダーウィングが出てきた場合、一瞬でも持ちこたえることを想定している」

「了解……」

つまり三十分で片をつけなければならない、という事だ。

もたついていると、どのみちアンダーウィングが出てきて作戦失敗。そう考えると、シビアだけれど。

理にかなった時間だとも言えた。

予定地点に到着。

下水口の格子から、上を覗く。

来ている。

アンダーウィングのサイドキックだ。

此処はこの寂れたというよりも、滅茶苦茶にされた地区の数少ない銀行。其処へサイドキック達は収穫に来る。

収穫である。

基本的にヒーローは何をすることも許される。大量虐殺をしておいて無罪になるような奴が出るような時点でお察しだが。彼らの収入源は市民だ。銀行などは、その最たる存在である。

サイドキック達が来た時点で、銀行はお手上げ。

言われるままに、金を出すしか無い。

逆らえば殺される。

サイドキックの気が向けば、それだけで帰ってくれるけれど。

もし美人の銀行員がいたりしたら。

その場でレイプされたりしてもおかしくない。

だから銀行は、今では殆ど商売が成立しない。

この様子だと。

この地区に残った銀行も、今日で店じまいだろう。

銃声。

天井にショットガンを撃って脅かしているのだろう。ヒーローにはそれこそ蚊が刺したほどにも効きはしないが。市民にとっては必殺の武器だ。

悲鳴が上がる。

警察なんて、助けに何て来る訳が無い。

ヒーローの命令で動いているサイドキックを止めたりしたら。翌日には、その地区の警官は皆殺しにされるのがオチだ。

更に言うならば。

金なんて、ヒーローからすれば、それこそケツを拭く紙にもならない。あればいい、くらいの副次的な存在だ。あれば便利だけれどもなくても困らない。

必要なときに必要なだけ奪えば良いのだし。

何より金なんか無くても、市民はヒーローに言われたら、娘だろうが命だろうが差し出さなければならないのだから。

げらげら笑う声がする。

数は四人。いや、見張りを入れると六人。

特定完了。

仕掛けるか。

フードの影が頷いたので。私は、一気に薬を呷っていた。

 

2、竜巻

 

どずんと、ものすごい音がした。

わたしはすぐに飛び出す。

この地区を支配するアンダーウィングは、残虐非道な奴だ。何をいつしても不思議ではない。

悲鳴を上げながら逃げてくる市民達。

皆粗末な格好をしていて。

ろくなものを食べていないのが分かるほどにやせこけていた。

いたましい姿だが。

今はまだ、どうすることも出来ない。

走る。

音はもう止んでいるけれど。

場所は銀行だ。

跳躍して、廃ビルの上に跳び上がり、上空から状況を確認。戦闘タイプの能力者だ。これくらいは出来る。

着地。

見た感じ、既に全ては終わっていた。

辺りに散らばっているのは。

アンダーウィングのサイドキックだ。

全員が一目で死んでいると分かる。

頭をもがれたり。

手足を千切られたり。

内臓もはみ出していた。

ひどいなとは思ったが。同時に自業自得だとも思ったので、同情はしない。アンダーウィングのような外道の手足となって、積極的に弱者を虐げてきた連中だ。生きるためだったとしても許されることでは無い。

問題はこれをやった奴が。

明らかに能力持ちだと言う事だ。

アンダーウィングを潰しに来たわたしが言うのもおかしな話だけれど。そもそもアンダーウィングは、大物ヴィランと敵対しているという話もない。また、他のヒーローと対立しているという話も聞かない。

今の時代、市民は武装さえ許されない。

こんな殺しを出来る奴は、ヒーローだけだ。もしくは、能力持ちのヴィラン。だが、ヒーローからわざわざヴィランになる奴は、余程のことが無い限りあり得ないし。今もそうして生き延びているヴィランはそもそも数が多くない。一部の大物くらいだが、そいつらでさえそうそう表に顔は出せないのである。

わたしだって、かなり危ない橋を渡りながら、この地区に来たのだ。

以前も数人のヒーローに襲われた事がある。

能力者狩りに特化したヒーローが、組織されて作られたヴィラン狩り部隊。戦闘力は高く、今オリジンズをやっている連中の中で、勝てるのはザ・パワーくらいではないかと思われる連中だ。

その時も撃退がやっとだった。

瀕死の重傷を負って。

色々なければ、まず助からなかっただろう。

それだけ、ヴィランの境遇は厳しいのだ。そういう状況で、二人も同じ地区でヴィランが鉢合わせするケースは滅多に無い。

舌打ちする。

誰か他に能力者がいるとして。

こんな殺し方をする奴だ。

味方とは到底思えない。

かといって、敵でもないか。

悪党は全部ぶっ潰す。

それがわたしの思考だけれど。

能力に覚醒してから二年後、全てに失望して地下に潜った頃には。それだけでは生きていけないことも理解していた。

身を隠す。

新手のサイドキック達が来た。

多分ヒーローと、サイドキックのみにオリジンズから配給されているだろう、装甲車に乗っている。

ばらばらと装甲車から降りてきた彼らは。

防弾チョッキとガスマスク、それにサブマシンガンでフル装備していた。ちなみにサブマシンガンは、レーザー弾が出るタイプ。宇宙人の技術を投入して造り出したものだ。あれ、アサルトライフルだったか。

銃器にはあんまりくわしくない。だから正式名はよく分からん。

まあ、とにかくたくさん弾が出て、敵に数打てば当たるてっぽうだ。あんまり頭が良くないわたしだから、知らないのは仕方が無い。

「収穫部隊が殺られてるぞ!」

「アンダーウィング様に殺される! 犯人を捜さないと」

「見ろ、これどうみても市民の仕業じゃねえぞ」

「そうなるとヴィランか、他のヒーローか!?」

わいわいと話を始めるサイドキックども。

丁度良い。

数を削ぐのと同時に、話も聞いておくとするか。

ひょいと彼らの眼前に飛び降りると。

ぎょっとした様子で、彼らはわたしを見た。

同時に、彼らが乗ってきた装甲車が爆裂。

ちなみにこれは、わたしがやった。

中に誰も乗っていないことを確認した上で、だ。

「だ、誰だてめえ!」

「テンペストといえばわかるか」

「!!」

無言で間を詰めると。

瞬時に全員を制圧する。

殺しはしない。

話を聞かなければならないからである。

 

全員を縛り上げて、下水に引っ張り込む。わたしも戦闘タイプの能力者だ。これくらいは余裕である。

調べる事は幾つかある。

アンダーウィングの能力については知っている。

彼奴は余程自信があるらしく、自分の能力を隠しもしていない。まあ幼い内に覚醒した、典型的なMHCのようだから当然だろう。

完全に周囲を舐めきっているのだ。

ちなみに戦闘経験もないと聞いている。

虐殺は戦闘とは言わない。

これは、此方に対して極めて有利である。

「まずお前ら、到着が随分早かったな」

「あ、あの殺戮は、貴様がやったのか」

「質問に質問で返すなと言いたいが、違うんだよ。 わたしも吃驚してな。 情報収集のために出てきた」

怯えきったサイドキック達。

それはそうだ。

反応速度外からの攻撃で、一瞬で武器を全て破壊されたあげく、全員が畳まれたのだから。

十人の重武装兵士が瞬時に沈黙。

戦闘タイプの能力者には。

生半可な人間では絶対に勝てない。

たとえ核を使ったとしても。

それが現実なのである。

だからヒーロー達は腐ったのだ。そう、昔。地下に潜ったすぐの頃に、スラムの長と呼ばれる老人に聞かされた。

彼は元ヒーローで。

ヴィランになった後も、魂を失っていない、真の漢だった。

わたしがこんな性格になったのも。

あのヴィラン、ハードウインドの影響が大きい。

それは自分でも分かっているし。

ハードウインドを殺したヴィラン狩り部隊に対する恨みがあるのも分かっている。だけれど、それ以上に。

彼の思想は、わたしが受け継がなければならないという確固たる思いもある。

呪いかも知れない。

だけれど、それでも良いのだ。

あの思想を風化させたから、この世界は腐ってしまった。その事実に嘘は無いと、わたしは知っているのだから。

「何があったか話せ」

「せ、先行していた収穫部隊が、得体が知れないものにおそわれたんだ……」

「収穫部隊?」

「アンダーウィング様は、金を欲してる。 将来オリジンズに入るために、市民を他のヒーローから買うつもりらしい。 麻薬の販売で荒稼ぎしているんだが、それでも足りないらしくて。 最近は、金を持っている市民の所に行って、奪うようにしているんだ」

麻薬の販売か。

ちなみにヒーローがヒーロー相手では無くて、ヒーローが市民相手に売るなら、何の問題も無いのがこの世界である。

勿論昔は犯罪だった。

だが殺人でさえ、ヒーローがやったら犯罪にならない世界だ。

麻薬を売りさばくくらいで罪になる筈も無い。

そしてヒーローにとっては、市民はステータスに過ぎない。多くの市民を囲っているヒーローはそれだけ偉いのだ。

アンダーウィングは。

まだガキだと聞いているが。

もうこの世界の腐りきったヒーロー思想に心底から染まっていると言える。

そして奴はもし捕まることがあっても声高に叫ぶだろう。

推定無罪だと。

裁判所は彼を裁けない。

この世界の絶対権力者であり。そして何よりヒーローだから。

宇宙人がまた攻めてきたとき、ヒーローの力が無いと対抗できない。

その理由もあって、世界はヒーローから特権を取り返せない。

裁判は、アンダーウィングに無罪を宣告。

彼を告発した者達は、お礼参りで皆殺しにされる。

その結果が見えているから、誰も逆らわない。

推定無罪という言葉は、そもそも法がきちんと機能して。人間が介在できる余地が無い場合にしか成立しない。師匠の言葉だ。

それがますます、腐敗と絶望を加速させているのだとも。わたしは繰り返し教えられた。

頭から煙が出そうだったけれど。

わたしは師匠の言葉は必死に理解しようと努めて。何度も何度も繰り返して勉強したから。

どうにか覚える事が出来ている。

いずれにしても、この地区のヒーローであるアンダーウィングは、ぶっ潰す以外にはない。

ただ、不安要素を排除する必要がある。

「得体が知れない何者かってのは何だ。 分かるだけ教えろ」

「わからない。 通信では悲鳴と応援要請しかなかったし、それに……」

「それになんだ」

「あれはとても人とは思えなかった」

よく分からないが、触手のようなものが見えたそうだ。

そうなると、異形型の能力者か。

能力者の中には、まれに自分の姿を変える者がいる。わたしも一度だけ遭遇したことがある。

自分の姿を別の動物や、或いは自然現象そのものに変えて。戦闘力を大幅にアップするのだ。

特に自然現象に姿を変える奴は厄介で。

師匠を殺したのもこのタイプだった。

あの時、私は生まれて初めて。

人間相手に、能力を使うことになった。

そいつは再起不能になった。

まあそれはいい。

今は思い出しても仕方が無い事だ。

「わからんな。 最近アンダーウィングが他のヒーローと対立したって話は聞いていないんだが」

「お前が犯人じゃ無いのか」

「だから違うって言ってるだろ。 アンダーウィングをぶっ潰すために来たがな」

「……」

困惑した様子のサイドキックども。

ちなみに装備は全て引っぺがしてある。

顎をしゃくると。

ぞろぞろと、地下下水道で暮らしている。貧しい人々が来た。

「この武器は貴方たちに渡しておく。 此奴らを殺すなり、身を守るのに使うなり、好きにすると良い。 勿論わたしを襲って、アンダーウィングに引き渡そうとするなら、反撃するが」

「……」

無言で人々は銃器を持って去って行く。

サイドキックが相手ならどうにかなるだろう。

それに、防弾チョッキや通信装置は、いずれもテクノロジーの産物。市民には手が届かない代物だ。

市民からは全てが取り上げられているのが今の時代。

いずれもヒーローへの反逆を防ぐため。

新しい子供が生まれたときは、必ず登録と調査のために役所に顔を出さなければならないが。

それ以外で市民が表を堂々と歩くことさえ、場所によっては希だ。特にこういう地区ではその傾向が強い。

どんな難癖をヒーローにつけられて、殺されるか、知れたものでは無いからだ。

そんな中でも営業していた銀行を。

此奴らは襲ったことになる。

恐らく他の店も、だろう。

麻薬をばらまいて、限りない不幸をまき散らしておきながら。

更に奪うというわけだ。

そして果てしなく情けない話だが。

今のヒーローにとって。

それは普通のことなのである。

「な、なあ、解放してくれよ。 あんたのことは言わないからよ」

「黙れ下衆。 お前達は此処に放置しておく」

「何だって……」

「後は市民が判断するだろう」

悲鳴を上げてもがこうとした一人の顎を蹴り砕く。

そして猿ぐつわを噛ませると。

闇に向けて言っておく。

「此奴らはアンダーウィングのサイドキックだ。 此処で始末すれば誰にも気付かれることは無い! 奴に引き渡すも、始末するも、許すも、貴方たちに任せる!」

そして、わたしは下水道を出る。

溜息が零れたのは。

やはりひどい臭いが鼻についたからだ。

こんな所で暮らさなければならない市民の苦労が嫌と言うほど身に染みる。それに、何より。

腐りきった人間の臭いは。

それをも超えて、凄まじくひどい。

さて、アンダーウィングのサイドキックを殺戮した何者かは放置だ。

それよりも、アンダーウィングそのものを潰しにまずは動くべきだろう。今の時点では、わたしに仕掛けてこなければ、良しとする。

顔を上げたその瞬間。

いきなり、放送が入る。

彼方此方にあるスピーカーから、驕り高ぶったガキの声がした。

アンダーウィングだ。

聞いた事がある。

「あーあー、テステス。 聞いてるか、二本足で歩く豚共。 今日はお前らに良いニュースがある」

嗜虐心に満ちた声だ。

怒りがふつふつとわき上がる。

此奴の性格からして、何をするつもりかはわかりきっている。

「俺の大事なサイドキックどもが、十六人も殺された。 死んだかは分からんが、とにかくいなくなった。 てことは任務に失敗したって事で、どのみち殺すから殺されたも同然だな、ギャハハ! で、問題はどいつかは知らないが、この地区に能力者が入り込んでいるって事だ。 ヒーローでもヴィランでも何でもいいけどな、ギャハハハハ!」

馬鹿笑い。愚かな奴だ。

確かに此奴の能力は強力だが。

師匠に鍛えられて思い知らされている。

如何に強力な能力でも。

才能が如何にあっても。

研磨しなければ意味がないのだ。

「で、腹いせに、俺のサイドキックの百倍の市民を殺す事にした。 何だかしらねーが、俺の機嫌を損ねたんだ。 それくらいは当然だよな?」

「クズが」

吐き捨てる。

此奴は決してヒーローとして特殊な存在では無い。この世界では、此奴の方がむしろスタンダードだ。

だからこそ。わたしは。

師匠の志を受け継いで。

此奴をぶっ潰す。

そして最終的には。

この世界を腐らせた現役オリジンズもだ。

宇宙人が攻めてきたときはどうするか。

その時は、わたしが宇宙人を叩き潰す。

それだけの理屈。

簡単な話である。

いずれにしても、市民を苦しめるだけの存在と化したヒーローなんていらない。その考えは、今後も変わらない。

「処刑ショーは明日の朝行う予定だ! 立体映像で流してやるから、楽しみにしてろよ、ギャハハハハハハ! 鰐の餌にするかサメの餌にするか、熊の餌にするかはその時決めるぜ、ギャハハハハ」

放送が終わる。

勿論、明日の朝まで待つつもりは無い。

良いだろう。

これからぶっ潰しに行ってやる。

サイレンが鳴る。

そして、完全武装したサイドキックが数十人。

周囲に装甲車に乗って現れ。

ばらばらと降りてきた。

「どいてもらおうか」

「撃てえっ!」

隊長らしいのが叫ぶ。

彼らも必死なんだろう。

まあ、失敗したら殺されるのが目に見えているのだ。無理もない。それにサイドキック崩れほど惨めなものはないと聞いている。

市民からも相手にされず。

むしろ復讐のターゲットになる。

のたれ死にするのがオチだ。

だから彼らは、必死にヒーローに媚を売る。阿諛追従する。そうしないと、生きていけないからだ。

それにしてもこの到着の速さ。

市民がわたしを売ったな。

まあそれはいい。

市民達だって、パン一切れのために必死に働いていて。それでも稼いだ金をアンダーウィングに奪われているのだ。

だからわたしは。彼らを恨む事はしない。

残像を無数の銃撃が貫く。

「数が多いから、手荒くなるぞ」

警告してから。

私は装甲車を、手始めに一両。蹴り砕いていた。

爆裂する装甲車。

おののくサイドキック達を相手に、わたしは獰猛な笑みを浮かべていた。

 

3、深紅の触手

 

始まった。

テンペストが、アンダーウィングのサイドキックと交戦開始。

古い時代は、相棒という意味を持っていたサイドキックだが。今はヒーローの奴隷兼私設軍隊と化している。

アンダーウィングはそれほど大規模なサイドキック部隊を抱えているわけでは無いけれど。

それでもその規模は二千人を超えている。

テンペストはゴミでも引きちぎるようにサイドキック達を蹴散らしているが。

それでも、正面突破は厳しいだろう。

私は言われて頷く。

「支援作戦を開始する」

「まあ今の雲雀じゃアンダーウィングには勝てないからなあ」

「五月蠅い黙れ」

嘲笑塗れの言葉に低い声で返すと。

私は予定通りに、行動を開始する。

ちなみにテンペストの居場所をアンダーウィングに知らせてやったのは、私達の組織である。

市民では無い。

全面戦争をさせるためだ。

そして恐らく、物量で押すアンダーウィングは、こう考えているはずだ。

いくら何でも、二千近い完全武装の兵と戦えば、テンペストは消耗する。

其処を叩けば良いと。

愚かしい奴である。

あまり知られていないが。

あのずば抜けたテンペストの戦闘能力には秘密がある。ヒーローに対抗するべく動いてきた地下組織が、長い年月を掛けて様々な情報を集めてきたが。その中にあったのだ。テンペストの秘密が。

後は、取られている人質さえどうにかしてやればいい。

アジトから出ると、地下下水道に。

其処には小型のバギーが準備されていた。

C4が多数積み込まれていて。

作戦を行うには充分な物資もある。

血が出るような金をかき集めて作り上げた物資だ。ひとかけらだって無駄には出来ない。今の時代、市民はガソリンさえ満足に入手できないのである。

私自身の戦闘力も、敵をまとめてたたきつぶせるほどでは無い。

少なくとも今は。

強かったら、手加減して、サイドキックを殺さずに済ませただろう。

そうはいかないのは、弱いからだ。

弱いから、相手を殺さざるを得ない。

良い証拠が今のテンペストだ。

戦闘の映像を見たが、一人も殺さず完全武装のサイドキックを制圧している。それが可能なのは、テンペストが強いからだ。

私とは違う。

悔しいけれど。

まだ能力を使いこなせていない私は。

テンペストに及ばない。

作戦地点Aに到着。

C4を仕掛けると、通信を傍受。

今の時代、ヒーローサイドは油断しきっている。

通信に暗号も掛けていない。平文で流している。

これもインターネットが世界中から撤去されて、暗号化という概念が失われたのが大きいだろう。

勿論暗号化の技術はあるのだけれど。

平文で流した方が早いし楽だからだ。

まあ、その報いは、すぐに身をもって受ける事になるが。

「捕縛した市民は」

「コロシアムに移しています」

「数は」

「既に千を超えました」

それなら俺たちは殺されずに済むか。

ほっとした様子の声。

同時に私は、雷管のスイッチを押した。

C4が爆裂して、、上にあるサイドキックの基地を粉砕する。悲鳴が一瞬だけして、ノイズに変わった。

ヒーローは殺せなくても。

サイドキックは所詮武装した人間。

制圧する方法はいくらでもある。

今ので、上にあった基地は全滅か、それに近い状態に陥っただろう。それで構わない。テンペストと戦う数を削り。そして敵の指揮系統さえ混乱させられればそれで良いのである。

作戦としては成功だ。

次はB地点。

人間狩りをリアルタイムで行っている指揮所だ。

此処を叩き潰して。

混乱を加速させる。

移動中、通信が入ってくる。

苛立ったアンダーウィングの声だ。

「真っ正面からぶっ潰されてるだあ?」

「申し訳ありません! 相手は戦闘タイプのヴィランと思われまして」

「黙れ。 後三十分だけまってやる。 敵の首を持ってこなかったら、お前の女房と娘はサメの餌だからな」

通信を乱暴に切るアンダーウィング。

舌打ちすると、私はバギーを急がせる。ちなみに運転しているのは、禿頭の強面だ。サイドキック崩れの此奴は、今時珍しい戦闘訓練を受けている。バギーの操縦くらいならお手の物である。

「相変わらず腐りきってやがる」

「其処を右」

「ああ」

一度地下下水道から出て。

河川敷を加速する。

装甲車が数両、上の道路を走っていくのが見えたが。此方には構っている暇が無いという風情だった。

それでいい。

ヴィランでさえ滅多に現れない今の時代。

戦闘訓練を受けていても、サイドキックなんてあんなものだ。

バギーを急がせ、昔の地下道に入る。

此処から脇道へ。

バギーは一旦停止し、C4を担いで急ぐ。

事前に仕掛けると、ホームレスに盗まれる可能性がある。貴重な物資をそんな事で損なうわけにはいかないのだ。

C4をセット。

離れてから、通信をチェック。

今のところ、コロシアムとやらに運び込まれている市民は千二百人ほど。さっき千六百人殺すとかアンダーウィングは抜かしていたけれど。今テンペストが大暴れしているから、もっと殺すつもりだろう。

だからこの辺りで止める。

C4起爆。

アンダーウィングの通信基地が沈黙するのを確認。

ヴィランによる破壊工作さえ想定していない。

災害対策用のサブ基地なんて存在していないのだ。

「敵の通信は」

「沈黙を確認」

「よし……」

此処からは、肉弾戦だ。

どうせアンダーウィングには核だって効かない。C4なんて試すだけ時間の無駄だ。此処からは、如何に市民を逃がして、サイドキックを削るかの戦いになってくる。

アンダーウィングは知能指数150とかいう話だが。

それも使っていなければ幾らでもさび付いていく。

脳みそは使わなければ意味がない。

才能も。

磨かなければ腐るのだ。

「此処からは支援する。 頼むぞ雲雀」

「らじゃ」

まずは、アンダーウィングの本拠側まで移動する。

そして、テンペストがある程度敵の数を削るまで、待つ。

動くのは、それからだ。

 

二時間後。

十五時半を過ぎた頃。動きがあった。

廃ビルの中でふせている私達は、他で破壊工作をしてきた仲間と合流。その中の四名は、レーザーアサルトライフルを手にしていた。

テンペストがゴミのように蹴散らしたサイドキックから奪ったものだ。

それにしてもテンペストは凄まじい。

肉弾戦で装甲車を蹂躙し、レーザーアサルトライフルで武装したサイドキック数百人を現時点までに戦闘不能にしている。

しかも圧倒的力量差もあって、殺さずに済ませている様子だ。

勿論テンペストは不殺主義者ではない。

何人か今までにヒーローを殺している国際指名手配ヴィランだ。

要するに、殺さずに済ませられるから殺していないだけ。

それだけ力の差がある、という事である。

「つくづく戦闘タイプの能力者は恐ろしいな。 宇宙人を宇宙に叩き帰しただけのことはある」

そう言ったのは、サルのように頭を刈り上げた女性の戦士。

市民として最底辺の生活をしてきた彼女は。うちの組織に入ってから、戦士としての訓練を受け。

今では立派な兵士だ。

名前さえ無かった彼女だが。

今はうちのリーダー、あの小生意気なフードにジャスミンという名前を貰っていて、それを大事にしている。

ゴリラのような巨漢が無言で顎をしゃくる。

禿頭の大男より更に一回り大きい彼も、サイドキック崩れ。見かけによらず心優しい彼は、ある地域で、人間の子供の肉を好物にしていたヒーローの「養殖場」から子供を逃がして、サイドキックを辞めた。

市民に比べて特権があるとは言え、人間を止めるのは嫌だ。

そう彼は、組織に入るときに言った。

今の時代、それだけ非人道的行為が、まかり通っているという事である。

ちなみにそのヒーローは一年前にテンペストに潰されて、故に彼はテンペストのシンパでもある。

一人は枯れ果てたような老人だが。

実は拳法の達人で。

私も彼に拳法を習った。

中華圏の文明や技術は、多くが宇宙人の侵略で失われたが。まあその真相については彼も知らない方が良いだろう。

フードの彼奴も教えていない様子だった。

私は知らされているが。

わざわざ話す必要もない。

「テンペストがかなり近づいてきているな」

「敵の通信網を遮断したからのう。 敵の混乱も拍車が掛かっておる」

「人間狩りの方は」

「何カ所かで潰してきたわよ」

それは結構な話だ。

人質を全員救助することはムリだろう。

だけれども。

数が少ないほど。

犠牲も減る。

テンペストがアンダーウィングに負けるとは思わないが。人質を取られた場合は話が別だ。どうにかして、人質は可能な限り逃がさなければならない。

また装甲車に乗って、二百人以上のサイドキックが出撃していった。

そろそろ好機だろう。

皆で頷く。

他の場所にふせている仲間とも連絡を実施。

そして私は。

いそいそと服を脱いだ。

「解放……!」

その言葉と同時に。

私の体は。

人ではなくなる。

内側からはじけ飛ぶようにして、人間の姿が消し飛び。無数の触手を備えた肉塊へと変わる。

たくさんの目が。周囲の全てをカバーし。

自動再生を繰り返す肉と触手は、レーザーアサルトライフル程度ではびくともしない。

だけれど、まだ私はこの体を使いこなせていない。

だからアンダーウィングとまともにやり合うのはムリだ。突入のタイミングを測らなければならない。

体は柔軟に動く。

体内に通信装置を取り込むと。

その場にある格子床を外し。地下に潜り込む。

そして、地下の狭い下水道を通って、一気にコロシアムへ向かった。

この下水道は、コロシアムの排水のためだけに使われてきたものだ。つまり此処を流れてきたのは。

暇つぶしにアンダーウィングが命を奪った、人々の血肉。

奴を殺すために通る通路としては丁度良いだろう。

急ぐ。

可能な限り。

触手をうねらせて進む。

時速十六キロが限界だ。何しろ此処はとても狭いし、何よりも視界が悪い。急ぐけれど、それでも。

テンペストの到着と、此方の攻撃のタイミングは、あわせなければならない。

通信が来た。

「アンダーウィング確認!」

「側に人質は」

「いない。 潔癖症だと聞いているし、素手で市民を触るのがいやなのだろう」

「下衆が」

吐き捨てながら進む。

実際問題、価値観が変わりすぎている。今のヒーローを昔のヒーロー達が見たら、最悪のヴィランにしか思えないだろう。

そして彼らが、自分たちの志を継いだと知ったら。

一体どう思うのだろうか。

薄汚い下水道には、大量の鼠とゴキブリが生息していたが。私が進むのを見て、逃げ散っていく。

人肉で肥え太った此奴らも。

流石に私が今如何に危険な存在かは分かるのだろう。

地下に到着。

といっても、コロシアムの床を抜くのではない。

コロシアムの扉を破壊するのだ。

その後、彼方此方から同時に攻撃を仕掛けて、サイドキック共の動きを封じる。私の仲間達がそれをやる間。

私は市民を追い立てて、コロシアムから逃がす。

そしてその間に。

人質という利点を失ったアンダーウィングを、テンペストが潰す。

共同作戦だ。

勿論連携は取れないから厳しいが。

これ以外に、現状の戦力でアンダーウィングを倒す方法はない。奴を殺さない限り、この地区に未来は無い。

いや、そればかりか。

あのような輩がオリジンズになったら。

人類は終わりだ。

というよりも、ああいう連中がオリジンズになるのを見過ごしていたから。世界情勢は此処まで悪化したのだとも言える。

もう、これ以上。

悪夢を繰り返させるわけにはいかないのだ。

「全員配置についた」

「テンペストは」

「最終防衛線を蹂躙しているようだな」

「他のヒーローは」

支援に来る様子は無し。

それで安心した。

そもそもアンダーウィングは典型的なMHC。他のヒーローとも色々と問題を起こしている。

周囲に救援を頼むつもりも無いのだろう。

勝てるという自信もあるだろうし。

何より、プライドが。

それこそフォアグラのように肥大しきったプライドが、許さないのだろうから。

ガキのくだらないプライドのために。

数万人が無意味に殺戮されたかと思うと、本当にどうしようもない。

アンダーウィングも、きちんとした教育を受ければ、こうなることも無かっただろうに。何が選ばれしものに教育ははいらない、だ。

その寝言の結実がこの現実だ。

「そろそろ来るぞ」

「行動はテンペストが突入を開始してからだ」

「分かっている」

「巻き込まれないように注意しろ。 テンペストから見れば、我々はテロリストであると言う事を忘れるなよ」

まあ事実テロリストだが。

この場合、支配者の方がタチが悪すぎる。

例えどのような手を使ってでも。

アンダーウィングは倒さなければならないのだ。

監視カメラの映像が廻されてくる。

見えた。

煙と破壊された装甲車。倒れているサイドキック達を背に。

目に怒りを滾らせ。

炎のような赤い髪と。

小柄だけれど、歴戦の勇士である事を一目で悟らせる歩みで此方に来るテンペスト。あれが、今の時代ではヴィランだ。

それを皆が言っている。

だけれども、それはおかしい。

あれこそが、本物のヒーロー。

誰かが言わなければならない。

そうしなければ。

この世界は、永久に変わらないだろう。

大きく息を吸うと。

テンペストは吼えた。

文字通り、獅子が吠えるような大怒声だった。

「くだらねーことしやがって! 来てやったぞアンダーウィング!」

「は、此処は俺の担当地区だっての。 俺が市民をどう扱おうが勝手だろうが」

「お前みたいに考える奴にヒーローの資格は無い!」

「で? 俺は世界に認められているヒーローで、やがてオリジンズになる逸材なんだがなー」

せせら笑うアンダーウィング。

戦う気は無い様子だ。

指を鳴らす。

円形をした闘技場の様子が、外に立体映像で映し出された。

貧しい市民達が押し込められ。アンダーウィングが指示すれば、猛獣が投げ込まれたり。或いは周囲からレーザーアサルトライフルの一斉射撃が飛ぶ、という事なのだろう。

おぞましいまでに邪悪なやり口だが。

アンダーウィングは違法行為を一切していない。

これをしてもなお許されるのが、今の世界だ。

文字通りヒーローは何をしても許されるのだ。

「お前がくだらねー事したせいで、此奴らが死ぬ。 千人だか千二百人だか、どうでもいいがな。 市民の命なんてゴミ同然だし、俺に管理が任されてるんだしなあ。 ただお前のせいで死ぬって事だけは覚えていろ! カスが!」

「やってみろクソが」

「誰に向かってものをいっていやがるヴィラン! 世界に公認されているヒーローの俺に、お前がそもそも対等に口利いてる時点でおかしいんだって何で理解できねーのかな、まあ脳みそが小さければ仕方が無いか。 ギャハハハハ!」

けらけら笑っているアンダーウィング。

合図が来た。

「狙撃犯、配置完了」

「よし、狙いはあくまで闘技場周囲のサイドキックだ。 C4は」

「設置完了」

「OK! 爆破!」

ずん、と地面が揺れる。

アンダーウィングが、立ち上がるのが。

カメラ越しに見えた。

 

4、ヒーローの資格無きもの

 

わたしは悟る。

この地域で暗躍していた奴らが、動き出した。どうやらわたしを支援しているらしい。上等だ。

いずれにしても、やり方が気に入らない。ただ、アンダーウィングを潰すのが先だ。

闘技場のドアがぶち抜かれて、我先に市民が逃げ出してくる。

周囲で見張りについていたサイドキックの頭が次々打ち抜かれるのが見えた。それだけじゃあない。

地面から触手が。

赤黒く、おぞましい触手が伸びると。

辺りのサイドキックを片っ端から薙ぎ払い、叩き潰し始める。

そうか。

此奴か、銀行でサイドキックを叩き潰したのは。

市民は。

どうやら、市民に手を出すつもりは無い様子だ。此方を利用しているのは分かるが、市民に手を出さないのなら。

此方としても、逆に利用させて貰うだけだ。

跳躍。防ごうと射撃してくるサイドキックの間に降り立つと、拳を叩き込んで黙らせる。

大混乱の中。

闘技場の特等席に座っていたアンダーウィングが、此方に歩いて来るのが見えた。

九歳と言う事だが、十一歳から十二歳くらいには見える。戦闘タイプのヒーローは体格に恵まれることが多く、此奴も例外では無い、ということだ。身に纏っているのは、鷹をイメージしたスーツ。ヒーローにとってスーツは大事なものだけれど。アンダーウィングのは、何というか。デザインだけを重視して、戦闘スタイルにあわせているようには見えなかった。ただ、スーツの内側からは、年齢には似つかわしくない筋肉が浮き上がっているのも分かった。

一見すると、鍛えているようだが。

看破する。

筋肉質にも見えるが、その肉体は弛みきっている。少なくとも、筋肉を磨き抜いていない。

スーパーパワーに頼り切って、体そのものを一切鍛えていない証拠だ。歩き方一つをとっても、戦闘経験がゼロなのが丸わかりである。

師匠の所で血がにじむような努力と、様々な戦闘経験を積んで来たわたしだからこそ。

それが如何に致命的な事かは、すぐに理解できた。

まあわたしの場合は、戦闘タイプなのに例外的に体格に恵まれなかった、という事もあって。余計に師匠に色々と仕込まれたという事もあるのだが。

何もかもをバカにしきった目で。

アンダーウィングは、此方を見下してきた。

「テメーの能力、身体能力の強化だろ。 戦闘の記録を見せてもらったが、あの動き、それ以外には考えられねーからな」

「だとしたら」

「俺には絶対に勝てねーってんだよ!」

いきなり、突進してくるアンダーウィング。

此奴の能力は。

反射だ。

あらゆる物に対して斥力を与えて、自分の周囲からはじき返す。意識的に反射と反射しないを切り替えるが。コレを利用して高速移動も出来るし、あらゆる攻撃をはじき返すことも出来る。

スーパーパワーの宿命で、どうしても弱点はある。

此奴の場合は、継戦能力に問題があるという事だが。

攻撃の応用範囲が広いという事。

何よりも単純な能力だけに攻略が難しいという事。

この二つが、将来のオリジンズ候補を名乗るにふさわしいものとなっている。

ただし、それは。

あくまで能力だけを見た場合の話だ。

核攻撃さえ防ぐ能力でも。

使い手がアホでは話にならない。

わたしも頭が良い方では無いけれどころかむしろ悪い方だけど。此奴はまったく頭を使っていないという点で、それ以下だ。

「ハッハア! ザクロみたいに吹っ飛べや!」

馬鹿笑いしながら、突進してくるアンダーウィング。

その顔面に。

わたしの拳が、めり込んでいた。

吹っ飛んだアンダーウィングが、地面でバウンドし、今度は天井に叩き付けられ、回転しながら壁に突き刺さった。

わたしは、闘技場の状況を一瞥。

人質は全員救出とまでは行かないが、混乱の中大半が脱出している。そして赤い触手は、やけになったサイドキックから市民を守る事はあっても。市民を襲ってはいない。つまりあれは反ヒーローの思想を掲げたゲリラと、低強度の能力者という所か。まあそれはどうでもいい。

人質さえ解放できれば、それでいいのだ。

「な、なんだ、どういうことだよ、てめえ」

「まだ分からないのか? お前の予想とわたしの能力が違っている、ってだけの事だろうが」

盛大に鼻血を噴き出しながら、アンダーウィングは壁から体を引っこ抜く。

かっこうよさだけを追求して作ったらしいスーツは一瞬でボロボロ。そりゃあ実用性皆無なのだから当然だ。

わめき声を上げながら、もう一度突貫してくるアンダーウィング。

今度はその拳を受け止める。

唖然としただろう。

今までその拳は、反発力を利用して、あらゆるものを一瞬で粉砕してきたのだろうから。

逆に、拳を握りつぶすと。

自分が市民を豚呼ばわりしていたくせに。

今度はアンダーウィングが、豚のような悲鳴を上げた。

更に、膝を叩き込んでアンダーウィングを浮かせると。

潰した手を放し。拳を固め。

体のひねりも加えた、フルパワーの拳を腹に叩き込む。

観客席を貫通しながら、アンダーウィングは吹っ飛び。自分が作らせたらしい、玉座のような悪趣味極まりない専用席を粉々にしながら、転がった。

「ひ、ひいっ! 手、手が、俺の手が! 血が! 血がこんなに!」

「お前、知能指数150だとか言ってるらしいが、嘘っぱちだろ。 まだわたしの力の正体にも気付かないんだからな」

「お、お前ら、そいつを、人質を殺……」

わめき散らしたアンダーウィングは気付く。

既に身動きしているサイドキックはいない。

闘技場周辺のサイドキックは、狙撃している連中に制圧され。

周囲にいるサイドキックは既に逃げた。

形勢不利は明か。

それも圧倒的暴力的なレベルで、である。

だったら、こんな奴に最後までついていこうなんて、誰が考えるか。さっさと逃げ出すのが利口だというものだ。

ましてや、サイドキックも使い捨てにするようなヒーローに対して。

誰が忠義などつくすか。

「あのクズどもがああああああっ! 散々面倒見てやったのにぷげあ!」

好き勝手な事を喚くアンダーウィングの顔面に、前蹴りを叩き込む。

矯正して歯並びをよくしていたらしいが、それも台無し。一瞬にして歯は全滅。以降は総入れ歯だ。

何しろわたしの攻撃は。

まあそれはいい。

此奴は再起不能、植物状態にするまで殴るが。それでも種明かしをするつもりなどは無いからだ。

師匠にも言われた。

勝ち誇って能力の種明かしをするような奴が、最初に死ぬと。わたしもそれは分かっているから、絶対に種は明かさない。

もう完全に戦意を無くしたアンダーウィングだが。

まだやっておかなければならない事がある。

胸ぐらを掴んで引きずり上げると。

私は言う。

「仕置きの時間だ、クズ」

「ま、まて! 俺はヒーローだぞ! 何より俺は子供だ! 裁判で罪を宣告されたわけじゃない! 推定無罪って言葉も知らないのか! 子供を殴って良いのか!? 倫理に反するんじゃないのか!?」

「お前の何処が子供だ」

冷ややかなわたしの声に、本気の怒りを感じ取ったのだろう。

アンダーウィングは、小便を垂れ流しながら黙り込む。

「大人と同じように権力と暴力を振るい、面白半分に弱者を殺戮し、自分のくだらない野望のために多数の命と尊厳をゴミのように蹂躙した。 あげく人質を取って、力を誇示するために虐殺しようとするだと? お前に子供と同じ目線から保護を求める権利なんて無いね。 ましてやお前がヒーロー? 裁判で有罪を宣告されていないから何をしてもいいだと?」

ふつふつと怒りがわき上がる。

此奴らにとことん有利に作られた世界で、裁判など機能するものか。それを盾に推定無罪だから裁かれる理由も無いなどとほざくような輩を、わたしは一番嫌悪する。

何より、此奴が。

此奴のような存在が、ヒーローを名乗る資格など無い。

「これからお前を二百五十発殴る」

「ひ……」

「そしてお前は能力を失う。 以降は一生治らない傷に呻きながら、惨めな余生を送るんだな」

「ま、まて……」

放り投げると。

わたしは、今の言葉を、寸分違わず実行した。

圧倒的なラッシュを、この地区で暴虐の限りを尽くしたクズヒーローに叩き込む。手も足も粉みじんになるまで砕き。内臓の全ても機能不全に追い込む。

そして、何より。

此奴のヒーローとしての能力も。

打ち砕いた。

ボロぞうきん以下のゴミになったアンダーウィングが、地面に落ちる。

うめき声さえ上げられない状態になったそれ。

勿論全身を滅茶苦茶にはしたが。敢えて殺さないようにした。

周囲では、市民が集まってきていた。アンダーウィングが負ける様子は、皮肉にも奴が処刑ショーを流そうとして立体映像を使った結果。

この地区全域に放送されていたのだ。

殺気だった市民達。

わたしは、アンダーウィングの唯一無事だった左大腿骨を踏み砕くと。

顎をしゃくった。

「後は貴方たちに任せる。 殺すのも他のヒーローを呼ぶのも自由だ」

「し、しかし、貴方は」

「わたしはいい。 それに此奴はもうヒーローの能力を失った。 殺したところで、何一つ罪にはならないから安心してほしい」

「!」

市民達が、頷き会う。

まあ、どうなるかは知ったことじゃあ無い。此処で安易に殺すよりも、ヒーロー病院で一生苦痛に苛まれる方がずっと良いと思うが。それは市民に決めて貰えば良い。わたしは知らない。

此奴を裁く権利は。

ヒーローに都合良く作られた法なんかには無い。

虐げられた市民達にある。

わたしは汚らしい下衆の血を、手を振るって落とすと。

この地区を後にする。

あまり長居すると、この地区の市民に迷惑を掛けることになる。まだまだ、叩き潰すべきクズヒーローは何人もいる。

今は此処で。

立ち止まっている訳にはいかないのだ。

それにしても、あのゲリラ共。

低ランクのヴィランだろうか。

見ると、市民に手を掛けた様子は無い。市民は皆、サイドキックや猛獣の攻撃から守られていたし。

何よりあのおぞましい触手が、市民を殺した形跡は無い。

幼い女の子は、触手が自分を射撃から守ってくれたと証言までしていた。つまりは、そういうことだ。

やり方は気にくわないが。

それでも今回は、意図せずして共同戦線を張る事になった、とでも考えておくことにしよう。

いずれ、戦う事になるかも知れない。

だが、今はいい。

市民を助けてくれたことは事実だ。わたしだけだったら、市民の被害は十倍にも二十倍にも増えていたのだろうから。

わたしは青臭かろうが、世界に嘲笑されようが。

師匠が言った言葉を守る。

そしてそれは、本物のヒーローの信念だと考える。

弱者を守らずして何がヒーローか。

自分の利益を弱者の命より追求する姿の何処がヒーローなのか。

法律を都合良く自分のためにつくり、弱者から搾取することを正当化することの、何処がヒーローだというのか。

そんな理屈で作られたこの世界は。

オリジンズもろとも。

わたしがぶっ潰してやる。

さて、次のターゲットを叩き潰す前に。また地下に潜るべきだろう。ヴィラン狩り部隊とやりあうには、まだ力が足りない。

必ず勝つためには。

現実的にものを考える視点も、必要なのだ。

 

5、染まりし円卓

 

古い時代に、アメリカ合衆国があった場所。その首都だった地区。

其処には現在、三百階建ての高層ビルが存在し。オリジンズの本拠が作られている。文字通り、この世界の中心だ。

普段、オリジンズは十名から構成されるが。

これは初代オリジンズと同じ人数だからだ。

それだけ存在が神格化されているのである。

そしてここに来られるヒーローは、多くの市民を抱えているもの。つまり、この世界における生きた通貨をそれだけ握っている存在だ。

オリジンズの会議は、昔は硝子張りの部屋で行われ。世界に中継されていたらしいのだが。

今では、最高機密の部屋で行う事になっている。

議長席では、オリジンズのトップであるザ・パワーが。腕組みして、不機嫌そうに黙り込んでいた。

他の席は空いている。

というよりも、ここ10年。

会議を行う際も。

十名のオリジンズが揃ったことは、一度もない。

ザ・パワーは名前の通り、筋肉質の巨漢である。身長は二メートル三十五センチ。体重は二百十キロ。

戦闘タイプヒーローとして十三歳で覚醒した彼は。

以降を鍛錬と世界平和の維持のために費やして。周囲から原理主義者だの、生真面目すぎておもしろみが無いだの陰口をたたかれながらも。確かな実績を上げ続け。何名かの大物ヴィランを下したこともあって、今ではオリジンズのトップにいる。

間違いなく、現状における世界最強のヒーローである。生半可な能力では、彼には絶対に勝てない。

だが、ザ・パワーはこの世界を憂いている。

当たり前だ。

こんな腐りきった世界に、何を期待するというのか。どうにかして改革しなければならない。

そう思って、何度もオリジンズの会議を招集してきた。

だが、誰もが。

自分の利益だけを最優先し。

市民のために力を振るう事など、考えようともしなかった。

豚共のために、どうして我等の拳を振るう必要がある。あのような豚共が資本主義社会とかいうものを作り上げたせいで、宇宙人共に地球が蹂躙されたのだ。

古参のヒーローはそう声高に叫んだ。

私の財産は私のモノよ。

どうして醜く矮小な市民なんかにわけてやらなければならないのよ。

別のヒーローはそうせせら笑った。

皆が皆そのような調子で。

むしろザ・パワーの方が異端者なのだ。

それを知っているからこそ。

悩みは消えない。

どうすれば、この世界を改革できる。ヒーロー達は、既に古い時代のヴィランよりタチが悪い存在になってしまっている。

此奴らを矯正することはムリだ。

あらゆる法もどうにかしなければならない。市民の人権を奪い、ヒーローが特権を独占する。

こんな悪法は是正しなければならない。

だが、最高権力者であるザ・パワーでさえ。

圧倒的な不信任の前には。

なすすべが無いのが現状だった。

今、ザ・パワーに出来るのは。自分の志を継ぐヒーローを育てること。そして、本当に宇宙人がまた攻めてきたときに即応できるように、準備を整えておくこと。いずれにしても、今のヒーロー達では、対応は難しいだろう。

ましてや、特権を手放せといって、従うヒーローが何処にいる。

一度手にした蜜の実だ。

誰も手放す事などあり得ないだろう。

部屋に入ってきたのは、見習いヒーローのブリューネソードだ。見習いというのは、オリジンズ直属として、素質がある者がなる職業である。だから見習いでも、中年ということもまれにある。

ブリューネソードは今ザ・パワーの秘書のようなことをしているヒーローで。

回復能力に優れていて。

他のヒーローと組む事で、真価を発揮できるタイプだ。

なお、見目麗しいブロンドの女性であり。古い時代では、ハリウッド映画でヒロインをやれたかも知れない。

それ故に、いいよってくるヒーローが絶えなかったそうだが。

ザ・パワーの弟子になってからは、それもなくなった。

「どうした」

「アンダーウィングが倒されました。 例のテンペストです」

「! それで」

「隣地区の病院に収容されたようですが。 ヒーローとしての能力は喪失。 一生植物状態だろうと言う事です」

なるほど。

テンペストに潰された他のヒーローと同じか。

ヴィラン狩り部隊の追撃を振り切ったテンペストは、特に悪辣なヒーローを片っ端から潰して廻っている。実力は折り紙付き。

こんな時代で無ければ、自分の弟子として仕込んで。次代のオリジンズを任せたいほどの使い手だ。

しかし、今はそれもムリ。

何よりザ・パワーは秩序を守る側。

こんな腐った秩序でも。

一度破壊されると、再建がどれだけ大変かは。初代オリジンズの頃から、語りぐさになっているほどなのだ。

「対策は如何なさいますか」

「出来るだけ市民を虐げないように、といっても、誰も聞きはしないだろうな」

「彼らにとって、市民は財産以外の何者でもありません。 人権という概念は、百年も前に消滅しましたから」

「そうだな……」

幸い、ザ・パワーの師匠は、古い時代の魂を受け継いでいる、数少ないヒーローだった。だがそんなヒーローも、減る一方だ。

もしも、この現在の円卓が。

オリジンズが、完全に腐敗したときには。

この世界は終わる。

これは、掛け値無しの事実だ。

何とか立て直さなければならない。それには、あらゆるダーティワークも考慮に入れなければならないだろう。

幸いにも。

まだヒーローの魂を持つ者はいる。

彼らをどうにかオリジンズに据えられれば。

或いは、改革は出来るかもしれない。

「コーヒーをくれ」

「ただちに」

ザ・パワーは、コーヒーさえ高級品になってしまっている現状を嘆くと。

この世界をどう改革すれば良いのか。

じっと考え続けていた。

 

(続)