GRAY LIFE
 
私、思うんだけど。
たまには真面目すぎて死んじゃう人っているんだなって。
いるんだね、そんな人。
 
それは朝刊を読んでいたときのことだった。
『希代の科学者、死亡』
それは若くしてアメリカに行って、教授になっていた女性が、死んじゃったって話。
言われて思い出した。
ああ、そういやペンパルが言ってたっけ?
 
『すごい教授がいたんだけど、おかしくなっちゃったんだって。白く塗りつぶした部屋で、真っ白なハンカチに真っ白な刺繍しているんですって。なんでも天才故に、人の心が把握できて掌握できて、利用しちゃう自分が嫌だから、真っ白になりますって。……本当よ?うちのお兄ちゃんがそこの大学に行っていて……箝口令が出されてたんだけど、友達の教授たちが、こぞって辞めちゃったりして、まことしやかに流れた噂だもの』
 
真っ白、ねぇ。
昔あったよね、そんなアニメ。
そのまま、本当に、真っ白に燃え尽きちゃったんだねぇ。
 
私は適当にトーストを囓って、高校に出かける。
いい天気だ。
アスファルトの上を、呑気に歩いて行く。
遅刻したところで、どうということはない。つまらない授業に出るよりも、日光に当たった方が身体にはいいかもしれないし。
「白、ねぇ」
私は空を見上げた。
雲が、白かった。
 
思うのよ。
今、こうして見上げている雲だって、今じゃ立派に大気汚染で灰色だっていうのに。
足下だって、灰色のアスファルトで。
建物だって、灰色のコンクリートで。
いっくら表面を繕ったところで、中身はみんな灰色じゃない。
そのうち、外から見た地球も、灰色になるんじゃないかな。
ま、私はそんな場所にすんでるんだし、今更「地球が実は灰色でした」とか言われても驚きはしない。
 
なんで今更『白』なんだろう。
 
まぁ、彼女は元々白かったんだろうな、とあくびをかみ殺しながらの古典文法表を見る。
だってさ。
昔。尊敬している小説家がこう言ってたし。鵜呑みにする訳じゃないけど、納得はしてる言葉。
『白い人は、自分の黒い部分が気になる。逆もまた然り』
そーなんだよね。あの人はきっと、元が白かったからこそ、些細な黒さが気になった。
今時、誰かを利用するのは当たり前。
天才は孤独?そう言うんじゃないと思うよ。
天才だからこそ、自分すら客観的に見過ぎて。
見なくて良いところ、知らなくていい場所まで知ってしまったんだと思う。
普通に立ってれば、背中に影が出来ることくらい、知ってていいのにね。
普通の人は、自分の背中なんか見えないから、幸せなのにね。
 
歴史の授業中に、エライ人の顔にヒゲなんか書いておく。
黒い人が良いわけじゃないとは、思うけどさ。
私は、思うのよ。
「黒」っていうのは、世界のほとんどを笑って受け止められる柔軟さ、強さだって。
でも、その強さは限界がある。……そ。白さは受け止められないって事。
「白」って言うのは、他に染まることのない堅さ、孤高さだって。
けれど、他の何者にも染められないっていうのは、生きている以上絶対に無理なんだよ。何かに必ず影響されるんだしさ。
 
白く輝く太陽には、見えないけれど黒点がある。
他者に強く強く働きかけ、他の星々が自分を取り巻くようにさせ、そして滅せば全部巻き添え。
かの星に頼り切ってた星々はどうしたらいいのか。
緩慢に、光を発しながら滅びへ向かう白の星。
その光と重力に引かれ続ける無数の星。
太陽は幾ら望もうとも、星々は寄り添うことはできない。燃え尽きちゃうもの。
そして強烈に輝く星だからこそ、月じゃ役不足だし、どんな星でもかなわない。
黒点なんか、見えない。
 
白いまま生きることも、黒いまま生きることも、とても難しい。
そんな風に生きることなどできないと、私は知っている。
あんな風に、完璧な白さを欲して死んでしまうほど、ひとは真面目じゃないって。
 
完璧な人間ってのは、死んだひとだけ。
立派な坊さんだって、年端もいかない子どもに手ェ出してたんだしね?
 
純白なんてのは、生まれた瞬間と死ぬ瞬間くらい。
後は灰色なんじゃないの?
誰かを利用して、自分勝手に。
のうのうと生きられる黒さ。
『自分』という存在に固執する白さ。
併せ持った『灰色』なものこそが『生きる』事なんでしょ、きっと。
目の前で数学教えてる先生だって、生徒が寝ていようと、こうしてぼんやりしていようと気にしやしない。
例え、1時間黙って突っ立ってたって、給料は出るんだし。あの人にしてみれば、私たちを利用して、自分のために金を稼いでるんだものね。
 
灰色の街。
灰色の空気。
灰色の星。
遠くから見れば、私たちだって灰色なんだって事。
 
それでも、やっぱりさ。
白い色が多い奴も、黒い色が多い奴も、たくさんいるわけよね。
掃除さぼって男の尻を追っかけちゃうような女に、押しつけられても文句も言わずに掃除する男とか。
遠くから眺めれば、きっと灰色になってるんだろう。
私?
あー、黒い奴が多いなら、きっと白さを多めにしてるんだろうな。
逆もあり得るけど。
主体性なんかないよ。私は今、生きることに精一杯。
明日当てるとか言ってた英語のクソババア、後で覚えてろ。宿題で手一杯じゃない。
 
灰色、なーんて。
この世で一番オモシロイ色じゃない?
 
その人の行動如何で、黒さも白さも変わっていくモノならさ。
灰色ってのは、実は一番個性的な色なんじゃない?
同じ分量で無ければ、同じ灰色は出せないんだし。
私の灰色は、私と同じ経験をして同じ事を考えた人じゃなければ作り出せない。
この灰色は、私だけのモノ。
1と0の様に離れた黒と白。
その間は全部灰色。
無限の広がりが、そこにある。
 
極論の白。
僅かな黒も許せなかった人。
白を追い求め、己の黒を消すためには。
 
私は、灰色で良いよ。
あなたみたいに、白くなれないし、なろうとも思わない。
人は生きている以上、黒の柔軟さで「黒」を受け止めなきゃ生きていけない。
堅い白だけじゃ、折れてしまう。
白の堅さで、「白」い部分を守らなきゃいけない。
柔らかいだけじゃ、いつか元の形も残らない。自分が無くなっちゃう。
生きていくためには、灰色であることが必要不可欠。
私は私の灰色を作りながら、生きていくよ。
 
「灰色」は、「生」の色。
今、この星で生きていくための。
 
でもさ。
もう少し、せめて世の中は白くなるか黒くなるか、はっきりしてほしいよね。
白い紙に黒い文字。遠くから見れば灰色の新聞を読みながら、呟く。
「就職率最低かー。とりあえず適当な大学行っておく?」
 
おしまい
 
 
あとがき
D・W・Wさんの「白い部屋」を読みまして、思っていたことです。
白くなること、とは?
私の思う「白」「黒」「灰色」、そして生と死。
完璧な白は、死に通じるものだと思いました。堅いものでできていて、決して形をかえない白。染まらずに自分を貫いて生きていくことはできないから「自分」を消滅させて、初めて純白になれるのではないかと。
逆に全てを受け止めていける事、他者がどう迫ってこようとも、液体のように包み込める。代わりに保つべき何かが足りない。それが対照的な黒ではないかと。
この主人公は「自分」の形はあるけれど、世間に対してひどく柔軟に対応できる「グレイ」なのではないかと思いまして。
私なりの哲学というか。
 
暗い作品をキリ番として差し上げてしまいましたが、これに懲りず……またいらしてくださると嬉しいと思います。こそりとこちらも覗いて参りますので(笑)
この度はどうもありがとうございました。そしておめでとうございました。
「IZUMI‘s MARKET」管理人 相川和泉