ある軍師の仕官

 

1、決断

 

女吸血鬼に滅ぼされた村は、破壊者の追い出しが成功したため、急ピッチで復旧しつつあった

強力な魔力で構築されたと思われる城は、アンデットの巣窟であったが

今は魔力のある者達の共同作業で、残った邪気の排除が行われ、城としての機能を構築しつつある

赤月帝国を崩壊させた戦争で、個人レベルの戦士として主力を務めた二人

超一流の魔法戦士フリックと、剛腕を誇る闘士ビクトール。

彼らが指揮する傭兵部隊は、此処に居城を持つことに成功したのであった

傭兵部隊というのは、もはや相応しくなかったかも知れない。

この軍団は、確かに最初はミューズ市に雇われた傭兵部隊だったが

現在はハイランド王国に破れた都市同盟軍主力部隊の残党を加え

半正規軍とでも言うような性質を帯びている。 彼らは今まで都市同盟の一角

サウスウィンドウ市に世話になっていたのだが、これからは自分の家に住むことが出来る

だが、それでも風前の灯火と言っても良い、不安定な状況に変わりはなかった

女吸血鬼ネクロードは、実のところ彼らが追い出したと言うよりも

此処で遊ぶのが飽きたから出ていったというのが正しく、もし向こうが本気であったら

例え<星辰剣>をもつビクトールであっても、ひとたまりもなかったであろう

後に女吸血鬼はビクトールの手で<倒される>事になるが、それはまだまだ先の話である

 

この地域は都市同盟の一角サウスウインドウ市が支配しているのであるが

都市同盟の盟主ミューズ市が壊滅する事になった、鬼神ルカ=ブライトとの戦闘で

敗退した傭兵部隊を受け入れてくれたこの自治市は、勝利の勢いで侵攻してきた王国第四軍に制圧され

抗戦より降伏を選んだ市長のグランマイヤーは処刑、今は蠅がたかった首が町の入り口に曝されている

だからこそ、この城は傭兵部隊の物となった。 それは不幸中の幸いと言っていい出来事だったのだ

間一髪で町を脱出したフリックにより、この凶報がもたらされたのが

ネクロードを追い出して、一息ついてすぐの事であった。

その時、彼らの知人で、傭兵部隊の軍師をしていたアップルは、城を点検し

攻城戦に耐えうるかどうか、綿密に調査していた。 護衛の達が青ざめる中、彼は冷静であった

アップルは赤月帝国を崩壊させた<トラン解放戦争>にも参加した人物で、今年で18才になるが

到底そうは見えない、見かけと中身が全く異なる人物である

可愛らしい名前と裏腹に、豊富な口ひげと彫りの深い顔はどう見ても中年以下には見えず

もしこれで頬に傷でもあれば、どこかの暗黒街でボスを務めていてもおかしくない容姿であった

彼の年齢を聞いて吹き出さなかった者はおらず、これからもそれは続くことであろう

もっとも、アップルはそれを自分の個性として受け入れており、その事で不満をこぼしはしない

彼がこの傭兵部隊に協力しているのは、フリックやビクトールがトラン戦争の戦友だと言う事もあるが

それ以上に、ルカ=ブライトの凶行を目の当たりにし、その存在を危険に感じたからである

特徴としては、軍師としてよりも、後方参謀として有能な人物であり

補給物資の確保、周囲地理状況の把握、それらの整理や確認に於いては右に出る者がいない

一方で、実戦指揮能力の方は今一つである。 教科書以外の事態が生じ、一度状況が混乱すると

即座に次の手を構築する事が出来ず、軍の作戦行動に時間差が生じ、それが何度か敗戦につながった。

特に、最初に傭兵部隊がルカに敗れた戦闘では、フリックに助けられなければ命を落としていただろう

だが一方で、現在の傭兵部隊がまともに機能しているのは、彼のおかげ以外の何者でもないため

軍師の座から彼を退けさせようと言う動きはなく、その事で悩んでいる節があった

問題は、彼が無能である事ではない。 能力外の事をさせられていると言うことにある

現在、傭兵部隊でリーダーをしているのは、フリックでもビクトールでもない

真の紋章の一つである、<輝く盾の紋章>を継承した、ランツェイという青年である

この青年、司令官としての指揮能力に卓絶した点があり、更に真の紋章を持つという象徴的な点もあり

フリックとビクトールに共に認められ、(勿論飾りとしての司令官が必要だという事情があって

それを本人も良く理解していた)この間司令官に祭り上げられた人物である

穏和で篤実忠良で、以前のハイランド王国と都市同盟の戦闘に置いて

英雄と称えられた、<輝く盾の紋章>の前継承者ゲンカクの拾い子であり

親の長所を余す事なく受け継いでいた。 人物鑑定眼も、戦上手もその長所であった

彼が早速招集した会議で、アップルは驚くべき提案をした

自分には、もうこれ以上軍師をやることは出来ないと言う事である

 

「・・・と言うわけで、現在の我が軍の戦力は、ミューズ市の残存勢力、サウスウィンドウから

フリックさんが連れてきた敗残兵、この間の戦闘で加わったギルバートさんの部隊の残存勢力

そして元々の我が軍、合計して五千に達しません

一方で、サウスウィンドウを制圧した、ソロン将軍率いる王国第四軍は

旧サウスウィンドウ正規軍の内、従順な者達を兵力に吸収し、最終的な兵力は一万を確実に越します

ただ、再編成には時間がかかりますし、此方は逃げようがありませんし

そして敵司令官の性格から言っても、すぐに攻め寄せてくる可能性は絶無です

兵糧の方は、フリックさんが連れてきた部隊の所持分、それに旧傭兵隊の物・・・

何とか、半月は耐えられますが・・・厳しい台所事情になります。 管理の方はお願いいたします」

状況の提示をランツェイに求められたアップルが、淡々と言うと、部隊の主力を務める者達

フリック、ビクトール、ギルバート、サウスウィンドウで市長の副官をしていたフリード

ランツェイの姉ナナミ、それに槍の名手ツァイらが、互いに小声で話し合い、意見を交わし会った

「で、アップルよ、どうすんだよ?」

例の如く、机に膝を突きながら発言したのはビクトールであった

会議では、沈着なフリックよりも、この男が最初に発言するのが通例となっている

無論、言葉の意味は明らかである。 籠城か野戦か。

時間があると言っても、一週間後には確実に敵が攻めてくる事は、火を見るより明らかだった

ならば、今の内から準備をせねばならない。 籠城なら特にである

どこかから兵糧を調達せねばならないし、何より明確な作戦を立てねばならない

兵糧がないのは敵も同じであるが、籠城戦は一月二月、酷い場合には数年にも達する

どうやって兵糧をその間調達するか。 それが頭痛の種であった

大体にして、籠城戦では明確な作戦構想がなければ、敗北が確実である

一方で、野戦では半数の兵力での勝利が困難になる。 幾ら粗野で単細胞なビクトールでも

百戦錬磨の猛者である事は疑いなく、その程度のことは即座に理解できる

そこで、アップルは覚悟を決めた。 口髭に手をやり、そして考え込み、言い放った

「私は・・・軍師の座を退きます」

「なっ! てめえ・・・勝ち目がないからって逃げ出すつもりか!」

「待て、ビクトール。」

即座に激発しかけたビクトールを、冷静な口調でフリックがいさめる

感情豊かなビクトールの暴走を抑えるのは、常に彼の役目であった。 それを猛熊も理解しており

しぶしぶ黙り込み、リーダーであるランツェイの言葉を待つ

元々愚鈍では到底ないランツェイは、すぐにそれを察し、心配げな姉の視線を受けながら発言した

「・・・アップルさん、何か・・・それによって、勝利がもたらされるのですか?」

「軍師には、私より相応しい人物がいると言うことです。

残念ながら、私では・・・よしんば次の戦いに勝てたとしても

あの狂皇子、ルカ=ブライトに勝つのは不可能でしょう」

冷静な判断だと、ギルバートが頷いた。

彼は、アップルの軍師としての力不足を、もっとも客観的に見抜いている人物だった

沈黙を続けさせないためにも、ランツェイが続ける。 視線は真っ直ぐアップルに注がれている

「具体的に、その相応しい人物というのは・・・誰なんですか?」

静かな沈黙が流れた。 アップルはその後、決然と顔を上げた

「シュウ姉さん・・・今は、ラダトの町にいるはずです。

説得は難しいですが・・・私が必ず説得して見せます!」

「そうだな。 お前さんには、これまで頭脳労働を何もかも任せすぎたな・・・」

ビクトールが立ち上がった。 巨大な星辰剣を背中に背負い、静かに続ける

「リーダーよ、俺はアップルについてくぜ。 護衛くらいにはなるだろ。 お前さんはどうする?」

「僕も行きます。 それほどの人物なら、説得にリーダーが立ち会うのは当然です」

「ランツェイが行くならわたしも行く」

ランツェイの姉のナナミが立ち上がり、胸に手を当て言った。 誰もそれに異を唱える者はいなかった

この元気な娘は部隊のムードメーカーで、誰にも好かれていた。

少しぐらいの我が儘は許してあげたいし、第一護衛が増えることに意義があるはずがない

「ありがとうございます。 ・・・時は一秒を争います。 出ましょう」

アップルの声には、表情同様決意が満ちていた。 確かに、時は一刻を争う

「分かった分かった。 じゃ、籠城にしろ何にしろ、準備しとく。 任せとけ」

目を瞑り、腕を組んでフリックが言う。 こういう役目は、常に彼の物であった

幾つかの指示を部下に出すと、足早にアップルは会議室を出、二人の男と一人の少女がそれに続いた

 

2,誇りの形

 

シュウという人物は、かって赤月帝国で、マッシュ=シルバーバーグという男に師事していた

アップルの姉弟子であり、弟子達の中ではアップルと並んで抜きん出ていた女性である

教科書に従った、後方任務関係の得意なアップルに対し、シュウは卑劣な手も含めた

勝つための戦略、戦術知識と実行に長けており、私情を捨てて行動できる人物である

フレキシブルという点では、世捨て人に近い思想の師匠を凌ぐ。 文字通り超一流の軍師であった

だが、思想の相違が師弟の対立を産んだ。

シュウは師匠と違い、得た知識を立身出世に使って何が悪いという考えの持ち主で

それが権力欲を憎悪する師匠との対立の火種となり、結局破門されて出ていった

此方の世界の歴史で言えば、一種仙人のような雰囲気を持つ諸葛孔明よりも

権力欲と野望豊富な、司馬仲達に似たタイプの人物だと言えばわかりやすいだろうか

シュウとの諍いの後、マッシュは<トラン解放戦争>に中期から参加、戦いを勝利に導き

だが途中で裏切り者の手に掛かり、重傷を負い、勝利とほぼ同時に息を引き取った

一方でシュウは都市同盟を訪れ、現在はラダトの町で交易商を営み、巨万の富を築いている

アップルはそれを知っていた。 元々実の姉以上に慕っていた人物であるし

その実力は破門されたとはいえ折り紙付きである。 マッシュも苦々しげに、才能なら私以上だと

常々漏らしていた。(無論その後には、それを正しく使わねば意味が無いという長話が始まるのだが)

そんな彼女も、もう今年で26になる。 だがどう見てもそうは見えない

外見はようやく大人らしい体つきになった女の子といった所が関の山で、色気や大人らしさとは無縁

度の強い眼鏡が更にそれを助長し、合理的で有能な交易商と聞いて、冷酷そうな老人を想像した者は

その子供っぽい容姿を見てふきだし、そもそも思考的な主導権をシュウに握られてしまうのだった

普段の服装も質素で、芽のでない学者と言ったところであろうか

だが、容姿と中身のギャップを本人が利用しているのは疑いなく、それは実際大きな武器となっていた

 

その日、シュウは交易で大きな成果を上げ、護衛の屈強な男何人かを伴い、町の酒場に来ていた

それほどの酒豪ではないが、何かのめでたい機会があったとき、彼女は結構強い酒をかなりの量飲む

周囲に感情を見せない為、それが楽しんでいるのかは分からなかったが、今日もかなり強い酒を注文し

そして一本目の瓶を空にしたところで、酒屋に入ってきた人物に気付いた

一人は、サウスウィンドウにこの間逃げ込んできた傭兵ビクトール。

この男の剛勇は彼女も知るところで、王国軍に狙われる危険人物でもあるため、注目していた所である

その他に少年が一人少女が一人、そして見覚えのある男がいた。 シュウは酒に濡れた唇をなめ回すと

ビクトールの前に立ちふさがろうとする護衛達を手で制し、目を光らせた

「やめておきなさい。 その人は、貴方達が束になっても敵う相手じゃないわよ。

そうよね、傭兵ビクトール。 そちらの子達は誰だか知らないけど・・・もう一人は・・・・ふん

久しぶりねアップル。 戦争に参加してるって聞いたけど、こんな所で何をしてるの?」

「シュウ姉さん・・・お久しぶりです」

感慨を目に称え、アップルは言った

 

彼がシュウに初めて会ったのは11の時である。 それ以来、アップルはシュウを慕い

それ故に、姉弟子が破門された時は残念に思っていた

それらの感慨を押し込め、アップルは口を開いた。 溢れる感情を押し殺すのに苦労したようだった

「今日は、お話があって来ました」

「断る」

即座にシュウが答える。 彼女には、アップルが現れた瞬間から目的が分かっていたのだ

ビクトールが吹きだし、そして顔を真っ赤にするほど頭に血を昇らせた

ランツェイが制するのも聞かず、机に手を突く、叩き付けるというのが正しかっただろう

酒瓶がタップダンスを踊り、護衛達が殺気立つ中、ビクトールは咆吼した

「やいやい、てめえっ! 人の話も聞かずに、その態度は何だ!

がきんちょ並の色気もねえ分際で、随分いい度胸じゃねえかっ!」

「ビクトールさん! 止めて下さい! すみませんアップルさん、続けて下さい」

「続けても無駄よ。 私は今の戦争に、軍師として関わる気はないもの」

絶句したビクトールを前に、次の酒瓶に手を伸ばし、猪口に酒を注ぎながらシュウは言う

「今の戦争、私にはチャンスなのよね。 分かるでしょ、アップル」

野心的な輝きを目に宿らせる姉弟子を、アップルは見つめた。 額に手をやり、目を瞑る

確かに、この時代は野望の時代である。

うまく王国軍と都市同盟の間を立ち回れば、労せずして巨万の富を作れるし

大体に、金銭とは社会的に都合をつけるため、物質化した力である。

それを利して、経済どころか国家そのものを動かすことも可能だ

上手くすれば・・・この地の女王として、君臨することも不可能ではあるまい

「変わっていませんね、姉さんは・・・話だけでも良いから、聞いてくれませんか」

「仕方ないわね・・・ま、酒の肴に話だけなら聞いてあげる」

もはや視線をアップルにさえ向けず、酒をシュウはあおる。

説得が困難なのは、最初から分かり切っている事だった。

それを想定し、アップルは王国軍を指揮する狂皇子ルカ=ブライトの残虐を、自分の見た惨劇を整理し

頭の中で何度も文章として練り、組み上げていた。 そして、それを姉弟子に向けて言った

酒のつまみに鶏の唐揚げが運ばれてきた。 不審の視線を給仕が向ける中

アップルは唐揚げを箸でつつくシュウに、蕩々と自分たちに荷担して欲しい旨を語った

「ルカ=ブライトは、文字通りの飢虎です。 彼の目的が、都市同盟の制圧であることは明らかですが

それ以上に、異常なまでの憎悪を感じます・・・姉さん、貴方の力が必要なんです。

惨劇をこれ以上繰り返さないためにも、協力して下さい!」

「断る。 それに却って都合がいいわね」

「・・・どういう意味ですか?」

今度は、冷たい光を両眼に宿して、ランツェイが言った

彼は誰よりもルカの凶行を身近で感じた者であり、今の言葉はどういう意味であれ絶対に許せなかった

護衛の一人がその手を捻りあげようとしたが、逆に一瞬で捻られ、地面に倒されのたうった

それを見ても、シュウは平然と、なお堂々と言葉を続けた

「・・・ま、後でアップルにでも聞きなさい。 店主! お金は此処に置いておくわ」

「シュウ姉さん!」

「断るって言ったら断る。 ・・・なんなら土下座でもして見る?」

立ち上がったシュウは、不快感を感じて目を光らせた

アップルは躊躇い無く土下座して見せたのだ。 そして、何度も頭を地に擦り付け、哀願した

「お願いします、お願いします! 力を貸して下さい・・・」

 

空気が帯電していた。 どちらかと言えば小柄なシュウに、アップルが土下座している

それは、中年男性が女の子に哀願しているようにも見えた。 本当はシュウの方が8つも年上なのだが

見かけでは、どうみてもアップルの方が親ほども年上に見えた。 滑稽さを感じる者もいたが

余りにも帯電した空気に、笑い出す者は一人もいなかった

「貴様・・・」

シュウが頭を下げ、ずれた眼鏡に手をやった。 本気で不快感を感じたときに、彼女が見せる癖だ

殺気立っているのはビクトールもランツェイも同じである。 血を見るかと思われた

「貴様、アップル! マッシュ先生に師事を受けた・・・その誇りはどこにやったの!

恥を知りなさい・・・不愉快だわ!」

顔を上げたアップルの額には土が付き、だが決意があった。 埃も払わず立ち上がり、言い返す

「私のプライドなんて小さな物・・・大義の前には、何時だって捨てられます

それが、マッシュ先生から教わった・・・一番大事なことです」

刺すような視線と、すがるような視線が、数秒交錯した

先に視線を逸らしたのは、姉弟子の方だった

「・・・胃の中で酒が腐りそう。 帰るわ」

靴音も高く、シュウは店を出ていった。 慌てて護衛達がそれに続き、後には沈黙が残った

アップルが傍らを見ると、ナナミがハンカチを差し出していた。 笑って厚意を受け、額を拭う

「・・・あの人が言っていたこと、どういう意味なんですか?」

宿に歩く途中で、ランツェイが穏やかならぬ表情で言った。

ナナミも同意し、ビクトールはくわえた草の茎を不愉快げに上下にゆらしている

多分、今日は相当飲むであろう。 出費が心配である

「シュウ姉さんは、こう言っていたんですよ。 そんな君主では、必ず都市同盟に勝っても国は乱れる

その時こそ、自分が表舞台に出、この土地を支配するチャンスだと・・・ね

姉さん、ルカの恐ろしさを分かっていない。 あの男は、都市同盟の人間を皆殺しにしかねないのに」

「・・・あの人が僕たちの陣営に加わったら、ルカを・・・倒せるんですか?」

「確実に倒せます」

足を止め、アップルが即答した。

そこには、過剰な信頼などはなく、事実を淡々と言ういつもの事務性のみがあった

この口調で言うとき、アップルの作戦遂行能力は100%である。

絶対に確実な事しか、彼はこの口調でいわないのだ。 ランツェイは頷き、三人の顔を順番に見た

「残ろう。 あの人を、何としても説得する」

人を見る目に関して、ランツェイは右に出る者がいない。 一も二もなく、反対する者はいなかった

 

3,誇り伝わる、その裏で

 

二日後。 川の中で、アップルは、膝をぬらしながらネックレスを捜していた

傍らでは、無言のままランツェイがそれを手伝い、ナナミも手伝っている

周囲には蛍が飛んでいる。 既に夕方は過ぎ、天には星が輝き始めていた

あの後、リッチモンドという男の手を借り、何とかアップルはシュウに今一度会う事に成功した

だがシュウは、川に、持っていた安物のネックレスを放り込み

手伝って欲しければそれを見つけろと言い放ち、帰ってしまったのである

ビクトールは唾を吐き捨て、どこかへ言ってしまった。

無言のまま、アップルはネックレスを捜し始めた。

この川は流れが速く、水門で制御している。 その水門を、無理を言って閉じて貰い

今、三人で必死に捜しているのである。 時間はないし、人手も足りない

水門を閉じたと言っても、水は流れている。 完全にこの川をせき止めるなど不可能だからだ

「もう、休んでも良いですよ。 寒くなってきましたし」

顔を上げたアップルが、笑顔で言った。 その表情を見て、ナナミが切なそうな顔をした

「もう・・・無理だよ。 あの人が投げたネックレス、飾りが木彫りだったし

ついてたビーズも金属じゃなかったもん・・・海まで流されちゃってるよ・・絶対」

無言のままアップルは顔を下げ、またネックレスを捜し始めた

ランツェイがそれに続き、ナナミも作業に戻った。 虫が周囲で鳴き、月が煌々と周囲を照らしていた

 

ラダトの町と、傭兵部隊の根城は、馬を飛ばせば半日とかからない距離である

あの後、ビクトールは知恵を借りようと、手紙をやって、フリックを密かに此方へ呼び寄せていた

アップルが説得に関して姑息な手段を使わないことは明白であったし、ランツェイもそうだろう

一方で、シュウは尋常な手段で動きそうもない。 このままではまずいことを敏感に感じ取ったからだ

かといって、自分では良い知恵が浮かびそうもない

手紙を受け取って、すぐにフリックは飛んできた。 そして、大体の状況を聞くと、静かに応えた

「・・・そうだな。 多分、アップルの誠意はその娘にも伝わってるだろう

だが、多分そのままじゃあ、助けにはならないだろうな。 これは俺の勘だが」

「まずいな。 どうするよ、フリック」

「足りない物を補えばいい。 てことコロが揃って、重い物は初めて動く

誠意は充分。 これでてこは入った。 あと、コロをそろえればいい」

ビクトールは頭をかいて、続きを言うように促した。 フリックは、頷いて続けた

「コロは利益だ。 利益で後押ししてやればいい。 耳貸せ」

耳打ちされたことの要点を、ビクトールは記憶した。 簡単なことだったから、忘れることもあるまい

それを確認すると、フリックは急いで城に帰っていった

城では準備が急ピッチで進んでいる。 時間は一刻一秒でも惜しいのだった

 

アップル達は、丁度その頃水門を止め、川に入った所であった

それを遠目で見届けると、早速シュウの屋敷へビクトールは赴き

そして身構える門番を軽く捻ると、襟首を掴みあげ、言った

「ちょっとてめえらの主人に話がある。 ビクトールが来たって伝えろ」

怯えきった門番は屋敷の奥へ駆け込んでいき、主人に伝えた。 意外にもあっさりシュウはオーケーし

ビクトールは中に通され、客間でシュウと対面した

屋敷の主人は、呆れ顔の中に、微妙な感情を加えていた。 ビクトールの顔を真っ直ぐ見据え、言う

「アナタ、ビクトール、噂通りの野人ね。 で、何の用?」

「・・・アンタに話を持ちかけに来た」

シュウの目が細まった。 この男が、何者かの知恵を借りたとすぐに悟ったからである

問題は、その知恵者の実力である。

実のところ、フリックが予測したとおり、シュウは誠意を充分に感じていた

元々マッシュを尊敬している事でも分かる様に、非合理的な事の良さも分からない訳ではないのだ

だが、同時に相手に荷担する利益を見いだせなかった。 シュウの目的は、あくまで権力を得ること

それには、風前の灯火である、敗残兵の集まりである傭兵部隊の手助けなどよりも

彼女の頭脳と行動力なら、確実に稼げる貿易商で時を待った方が都合がいい

その考えの方が、誠意に報いようと言う考えより大きかったため、行動に出なかったのである

以上の点は、フリックの予想通りであった。 ビクトールもそれを感じ、言葉を続ける

「別に、ルカの野郎のやばさなんて、目で直接見なければわからねえと思うから、それはいわねえよ

でも、考えてみな。 俺らに協力しておけば・・・必ずアンタの為になるぜ」

「ふーん。 具体的にはどのように?」

客間に飲み物が運ばれてきた。 酒ではなく、かなりカフェインが濃い茶だった

ソファにゆったり腰掛け、茶菓子を頬張りながら、シュウは眼で続けろと促し、ビクトールは頷いた

「今、都市同盟軍は壊滅状態だ。 主力のミューズ軍は前の戦で全滅状態

マチルダ騎士団は、敵に内通していやがる可能性すらある。

グリンヒルにいたっては、まともな軍は所有してないし、ティントは遠すぎて援軍にも来られねえ

サウスウィンドウはもう駄目だ。 唯一マトモに戦えるのは、トゥーリバーだけ・・・

次の王国軍の攻撃は、間違いなくそっちに向く。

内部にまとまりが無く、リーダーが貧弱なトゥーリバーが耐えられるとは思えねえ

つまりだ。 今後、王国軍の攻撃に対する抵抗組織は・・・ウチしかないって事だ」

「ほほう・・・それがアナタの知恵袋さんが出した結論?」

「・・・そうだよ。 フリックの奴が出した結論だ」

素直にビクトールは認めた。 それを潔しと悟ったか、初めてシュウは笑みを浮かべた

感情のない作り笑いだったが、だがそこには巧妙に隠された感情があったかも知れない

「傭兵部隊をルカに勝たせれば、必然的に次代の都市同盟の覇者となる・・・

その後、王国軍も葬れば、この地の権力中枢は・・・私の物となる

後は旧時代の指導者達を籠絡するか、葬るか。 私には苦もないことだわ

ふふふ、面白いじゃないの。 確かに手っ取り早いわね」

「・・・なあ、アンタ、この程度の事なら、本当はとっくに分かってたんじゃないのか?」

シュウの眼に宿った皮肉な輝きは、ビクトールの問いを肯定する物だった

当然の話である。 フリックにとって、それも計算の内だった

戦略家として超一流のシュウにとって、この程度の事は周囲状況から即座に判断可能な事であった

「青雷のフリック・・・そこそこに知恵が回ると聞いてたけど、これは面白いじゃないの」

「元々、そんなに知恵が回る奴じゃなかったんだがな。 オデッサの影響だとよ」

今は亡きマッシュの妹でフリックの恋人の名を口にすると、ビクトールの顔に影が差した

シュウにも、オデッサは面識のある相手だった。 茶を飲み干すと、彼女は立ち上がった

「・・・協力してあげるわ。 何でだと思う?」

「俺にはわかんねーよ」

コートを背にかけ、シュウは歩き出した

ビクトールは、その背を見送った。 自分が行くのは筋違いだと思ったからである

「あのボーヤ、アップルと、そのフリックと、アナタが認めているほどの人物。

ならば、先の見込みがあるわ。 リーダーとして、問題のない人物でしょう?」

「ああ。 前の戦で俺らのリーダーだった奴と、同じ眼をしてるぜ」

シュウは外に出ていった。 そこには、先に彼女が手を回していたリッチモンドが既に待機していて

指示通り、ネックレスを複数、時間差を付けて水門の隙間から向こうへ流した。

それをアップルが見つけ、歓声を上げた。 丁度良い頃を見計らい、シュウは橋の上から声を掛けた

「アップル、見つかったようね。 ・・・仕方ないから、協力してあげる。 泣いて感謝しなさい」

言うまでもなく、不覚にも、アップルの目には涙が溢れていた。

彼にも、姉弟子がわざとネックレスを流したことが分かったからである

この瞬間、傭兵部隊は新たな軍師を得た。 第四軍との決戦まで、後二日であった

 

4,軍神誕生

 

シュウは最初、非常に高圧的な態度であった。 曰く、自分に逆らうなら城を出て行けと。

反発を覚える者が多かったが、だがビクトールの雷喝により、全員が黙りこんだ

「てめえら! この女軍師は、俺らのリーダーが認めた大軍師だ!

次の戦いに負ければ、俺らは確実に全滅! この方の命もねえ!

それを承知で、俺らを助けてくれると言ってる!

だったら、俺らも従うのが筋ってモンだ! 分かったか!」

この言葉に逆らう者はおらず、軍の再編成は急ピッチで進んだ

雷喝は、フリックが草案を構築し、ビクトールが自分らしく練り直した物であり

それを提案したのはシュウだった。 これで、とりあえずの士気は維持できるであろう

そうこうしている内に、敵第四軍が、此方へ向け進発したとの情報が、斥候からもたらされた

既にシュウの頭の中には、周囲の地理状況が完璧に構築され、策も練り上げられきっている

大ホールに、傭兵部隊の主力メンバーが集められた。 シュウは、既に準備が整ったことを確認し

ランツェイに伴われ、ホールを訪れ、そして策を披露した

「・・・じゃあ、策を説明するわ。 アップル、状況を」

「はい、姉さん。 敵第四軍は、サウスウィンドウ軍の一部を加え、戦力は一万。 予想通りの数です

いっぽう、我が軍は当初より膨れ上がり、5000を超えました。」

地の利はあっても、戦力差は二倍、しかも此方は寄せ集めである。

ざわめきさえ起こらない。 不安が沈黙となって、ホールを覆っていた

それを打ち破ったのは、シュウの言葉であった

「敵は二倍と言っても、それはサウスウィンドウ軍三千を加えてのことよ

彼らは忠誠度も低く、敵もすぐには信用できない。 ・・・ランツェイ様!」

シュウはリーダーに様を付けて呼んだ。 それに答え、リーダーも軍師の顔を見る

「貴方は最精鋭を率いて、この地点に伏せて貰います。 既にカモフラージュは完成し

此方から攻撃を掛けない限り、まずばれません。

敵の先鋒をやり過ごし、中軍も無視し、後衛が現れてから攻撃を開始して下さい」

「分かった。 努力する」

既に、最精鋭五百は準備されている。 傭兵部隊の中枢を務めてきた者達で

訓練度と言い、勇気と言い、ルカの直属精鋭白狼軍にも劣らない主力部隊である

眼鏡をなおし、呼吸を整えると、シュウは次の人物を呼んだ

「フリード!」

「はい。」

言葉短に、真面目を絵に描いたような男が前に進み出た。

サウスウィンドウ市長の副官だったフリードであり、その顔には決意があった

「貴方はこの地点に横列陣を張って貰うわ。 既に守備陣は完成しているので

内側から弓矢で反撃し、長槍で牽制すること。 余力は惜しまず、絶対に柵からは出ないように

ランツェイ様が攻撃を開始したら、この文に書かれた事を敵に呼びかけて。 今の内から暗記して」

「はい。 分かりました。 身命に賭けても責務を全ういたします!」

防御陣は、昨晩三千の兵を動員して完成させた物である

この男は、防衛戦で手腕を発揮する男で、尚かつもう一つの意味もあり、この役には打ってつけである

更にギルバートがフリードの補助を命じられ、ツァイも同様の命を受けた

「フリック! ビクトール!」

「おう、今度は俺らだな」

「貴方達は、旧サウスウィンドウ軍が沈黙したら、王国軍の中枢を直撃して貰うわ

後の指示は、それぞれ紙に書いておいたから、きちんと目を通しておくように。 策は以上よ」

ホールの人間が静まり返った。 もう指揮官達に精密な指示は出されており、これはポーズに過ぎない

シュウは眼鏡を直すと、下級指揮官達にも、この策の明確な意味、そしてそれが達せられたとき

必ず勝利できることを、珍しく雄弁に語った。 場に生気が満ち、やがて歓声が満ちた

そして、ランツェイが進み出た。 グラスに酒を注がれ、兵士達全員にも一杯ずつ酒が配られた

未成年であるリーダーには、本当は水が渡されていたのだが、そんな事はどうでもいいことである

「勝利に!」

「勝利に!」

無数の声が唱和した。 戦気は、嫌が応にも高まっていた

 

傭兵部隊の城があるノースウィンドウは、長く湖に突きだした半島の先端部にある

闇に乗じて、ランツェイ、ナナミ、それにシュウの指揮する部隊が、湖をわたっていた

敵には気付かれていない。 兵力差に奢り、油断しきっている

敵将ソロンは知識はあるものの実戦経験が少なく、シュウにとっては絶好のカモである

しかも、臆病な参謀共の言う事を真に受け、陣を最後衛に下げていた。 指揮官のあるべき姿ではない

最前衛は、弾よけであるサウスウィンドウ軍である。 これでは士気が下がるのも致し方なかったろう

何時裏切るか分からないという気持ちは、誰にでも分かる。

だが、手柄を立てたいと考えている兵士達は不快に思うし、大体戦気の低さをさらけ出すことになる

斥候に熟練の兵士を多く出していたため、情報が確実となり、策は更に確実性を増した

もし敵司令官が中軍にいれば、防御陣に敵を引きつけ、主力は船を使って側背面から奇襲

混乱が生じたところを全軍で一斉反撃をするつもりだったが

それは危険が大きい。 無論、勝つ自信はあったが、死闘となるのは避けられなかっただろう

敵の怯懦にも、助けられた形であった

精鋭部隊は、まもなく伏兵した。 戦意の低そうな敵先鋒が通り、不平満々の中軍が通り過ぎて行く

草むらに身を低くし、シュウはずっと黙っていた。 やがて、敵後衛が姿を現す

それが半ばを通り過ぎ、そして無防備な腹背を曝したとき、シュウは立ち上り、指揮杖を振るった

「今よ、攻撃開始!」

「分かった。 全員、攻撃開始!」

 

第四軍先鋒は呆然としていた。 彼らの前にあるのは、即興とはいえ掘られた塹壕と

堅固とは言えないが長大な馬防策であり、しかもその向こう側では敵兵が弓矢と槍を光らせ

その後方では、騎馬隊と歩兵隊が槍を構え、何時でも攻撃に出られるように準備している

まさか撃って出てくるとは、誰も予想しない事態であった

敵の戦意がこんなに高いとは、彼らは聞いていない。 彼らの指揮を任された将軍は、舌打ちしたが

攻撃を躊躇うわけにも行かない。 どうせ此奴らは捨て駒である

「行け! 命を惜しむな!」

不満そうに兵士達がその顔を見たが、攻撃を止めるわけにはいかない

しかも、前進を開始した彼らを迎え撃ったのは、余力を惜しまない敵の反撃だった

備蓄も少ないだろうに、遠慮なく無数の矢を放ってくる。 第一陣は大損害を受けて後退し

接近しようとした騎馬隊は長槍に突き落とされ、同様に大損害を受けて後退する

次の部隊と交代しようにも、半島に入り込んでいるため、陣は長大に伸びきり容易にそれも行えない

そして、昼過ぎにそれは起こった。 後衛の部隊が、ランツェイの攻撃を受けたのだ

動揺したのは旧サウスウィンドウ軍も、王国軍も同じであった

王国軍は退路を断たれることを感じ、動揺した。

彼らにはシードとクルガンという有能な指揮官がいたが、彼らが陣を立て直す隙はなかった

旧サウスウィンドウ軍は、攻撃を停止して、後方を見ていた

楔形の陣を取ったランツェイの直属部隊が、ソロンの親衛隊に、命を捨ててぶつかっている

ソロンの直属部隊は次々にうち倒され、しかもソロン自身は恐怖して撤退しようとしている様子だった

「見て下さい! 誇りあるサウスウィンドウ軍の皆さん!」

じょうごを通し、男の声が戦場に響きわたった。 兵士達は、その声に聞き覚えがあった

「あれは、フリード様の声だ!」

「ソロンの軍がやられてるぜ! へっ、いいざまだ!」

誰かが言い。すぐにそれは波及していった。 それを確認すると、フリードは声をからして叫んだ

「私は、グランマイヤー様の副官をしていたフリードです! 皆さん、忘れたのですか、あの屈辱を!

平和を望んだグランマイヤー様に、あのような恥辱を味あわせた王国軍の凶行を!」

戦場の音が止まった。 遠くで、ソロンの部隊が叩きのめされる音が響いている

中軍は反転して援護に回るべきであったろうが、ソロンの部隊自体が半島に蓋をする形で

無様にも動きが取れず、右往左往するばかりであった

フリードは咳払いをすると、熱情を込め、更に言葉を続けた

「王国軍は、今までの命令でも分かるように、貴方達をゴミ以下としか見ていません!

我々に勝ったとしても、何の報酬もないことは明らかです!

さあ、今なら勝てます! 王国軍を、共にうち倒しましょう!」

危険を感じた王国軍の将軍が逃げようとしたが、それは果たせなかった

誰かに馬から引きずり降ろされ、周囲から滅多切りにされ、即座に肉塊と化して絶命した

同時に、サウスウィンドウ軍が一斉に王国軍に矛を向けた

指揮官は存在しない軍だから、強兵弱兵関係無しに、あまり多くは期待できないが

これで一応、戦力は五千対一万から八千対七千となり、そしてフリックが咆吼した

「今だ、全軍総反撃開始!」

フリックが馬をくり、千騎を指揮して、疾風の如く敵に切り込んでいった

その多くには魔法で作られた火炎放射器である<火炎槍>が装備され、動揺する敵兵に炎の雨が降った

更に、ビクトールが歩兵二千を指揮し、一気に敵兵に切り込んだ

同時に、フリードの指揮する残りの兵士達が、柵を乗り越え一斉反撃に転じる

サウスウィンドウ軍は、その軍と一緒になり、今度こそ命を捨てて王国軍に切り込んでいった

「ぶっ潰せえ!」

咆吼したビクトールの声に高揚し、兵士達は戦気をたぎらせ、逆に王国軍は逃げ腰になる

星辰剣が周囲に殺戮の嵐を呼び、ツァイの槍が唸り、魔法隊の攻撃が炸裂する

それらは王国軍の士気に致命傷をもたらし、負け戦を悟った兵士達が一斉に逃げ出す

事実上、戦闘の帰趨は此処で決した。

戦闘開始後一時間。 王国軍は完全に半島から押し出され、フリックの騎兵隊に後方をかき回され

ビクトールと合流したランツェイの直属部隊によって正面攻撃され、半ば壊走状態に陥っていた

既にシュウは自分の護衛部隊と共に高地へ昇り、狼煙を使っての指揮に転じている

彼女は旧サウスウィンドウ軍の中枢にフリードを向かわせ、その指揮を確保すると

回り込んでいた騎馬隊に命じ、敵の退路を塞がず、わざと一方向を開けさせた。

其処から逃げ出す敵兵を、フリックの部隊に追撃させる

精密を要するため、伝令に指示を出し、フリックへ伝えさせ

熟練の伝令は、期待に答えそれを正確に伝えた。 渋い顔をしながらも、フリックはそれに従った

要するにシュウの命令は、敵の戦力を可能な限り削れという物だったからだ。

これがマッシュであれば、そしてオデッサであれば、勝負が付いた時点で敵を見逃してやっただろう

だが、今後内部軋轢を生じさせないためにも、主将の一人である彼が従わないわけにはいかない

後で文句を本人に言うにしても、此処で従わないと兵士達の軍師に対する信頼に問題が出る

騎兵隊は、敵の前に出ず、常に側面と後背のポジションを保った

其処から弓矢を撃ち放ち、火炎槍を駆使し、脱落した敵兵を主に倒し、敵戦力を容赦なく削る。

平行追撃は容赦なく、尚かつ徹底的に行われた

同時にシュウの命を受けたギルバートの騎兵隊が、敵軍に何度も突入して楔を打ち込み

指揮をかき乱し、何人かの敵将を討ち取った。 追撃は二日にわたって続き、第四軍は壊滅した

二日目からは降伏するように敵兵に呼びかけ、尚かつそれを積極的に受け入れたため

壊滅に拍車がかかったのも事実である。 より多くの命が助かったのも事実であろう

最初、サウスウィンドウに侵攻した兵は七千五百を超えたが

サウスウィンドウで留守をしていた兵五百は残らず降伏、攻撃に参加した者の内

最終的な損害は死者三千五百を数え、千五百が捕虜になり、生き残りも、一人残らず負傷していた

王国軍の兵士の中には、哀れにも恐怖のあまり、髪を真っ白にしてしまった者もいた

一方で、傭兵部隊の損害は死傷者二百五十名に達しなかった。 文字通りの完全勝利であっただろう

二千ほどの残兵と、冷静な指揮でかろうじて全軍の崩壊を防いだシードとクルガンに守られ

失意の内に王国に帰還したソロンは、ルカの前に引き出され、そして死刑を宣告された

「役立たずが・・・貴様のような使えん奴はいらん。 死ね」

そういうと、ルカは自ら剛剣を取りだし、ソロンの首を叩き落とした

場が血に染まり、第三軍の司令官キバ将軍が目を背けた

 

ノースウィンドウ城は、歓喜に沸き上がっていた。 各地で酒宴が開かれ、歓声が聞こえる

戦闘用の物資は使い切ってしまったが、そんな物は敵兵が幾らでも置いていってくれた

残念ながら、兵糧だけは手に入らなかったが

サウスウィンドウとの完全協力体制も確立したため、今後、兵糧の心配は一切無い

同時に、兵士達は自信を持った。 訓練を経ずに、いや実戦という最高の訓練により

寄せ集めの部隊は消え去り、代わりに精鋭部隊が誕生したのである

そして何よりも大きな事は、ここに新たなる名軍師が誕生した事であろう。

この後、シュウはその冷徹な頭脳と卓絶した作戦考案能力で

レッドリバー軍と名を変えた旧傭兵部隊を常勝へ導き、やがてこの地の覇権を握るのである

冷酷非情な彼女にも、やがて転機が訪れるのだが、それはまた後のことであった

 

5,もう一人の軍師

 

その後、新兵を加え再編成されたハイランド王国第四軍は、ラウドという男の指揮下に入ったが

この男はソロン以下の低能で、謎の人物が軍師をかってでたグリンヒル市の攻略に失敗

キバ将軍もトゥーリバーの攻略戦に失敗し

王国軍の者達は、更なる粛正で降る血の雨を想像して、震え上がっていた

そんなときの事であった。 ジョウイという名の少年の前に、ある男が現れたのは

かって、赤月帝国の軍師を務め、トラン解放戦争にも反乱軍側で参加

マッシュの師匠であり、冷酷非情で知られる男・・・

年は二十代後半に見える。 端整な顔立ちに、冷酷そうな瞳を持つ男だった

「貴方が、ジョウイ=アトレイド殿ですな」

「あなたは・・・?」

「私の名は、レオン=シルバーバーグ。 名前くらいは、聞いたことがあるかと思いますが?」

ジョウイはしばし沈黙し、男の顔を見上げた。 やがて、意外そうな光を目に宿す

「もう50近いと聞いていたが・・・噂通り無茶苦茶に若作りだな

その天才軍師が、僕に何のようだ?」

驚くべし、レオンは膝を屈し、手を胸に当てた。 そして、静かに言った

「貴方に、力を貸して差し上げましょう。 私と組めば貴方の望み・・・

ルカ=ブライトを倒し、この地に平和をもたらすことも、難しくは無いと思われますが?」

身構えたジョウイであったが、すぐに構えを解いた。

周囲状況だけで、この男が自分の望みを分析したことを悟ったからである

多分、それに手段を選ばないと言うことも。 やがて、静かにジョウイは手を差し出した

「・・・分かった。 協力をお願いしたい」

「ふっふっふ、そうこなくてはね。

では、手みやげに、グリンヒルを五千の兵で攻略する術をご教授差し上げましょう」

誰も周囲で聞いていないことを確認すると、レオンは話し始める。

神を気取る軍師が、この地の歴史に介入を始めた・・・その瞬間であった

                                  (終)