影から見ているよ

 

序、何年も経って

 

宮藤班は相変わらず忙しいままだ。高梨は今も、たくさんのデータを取り込んで、イマジナリーフレンドを作ろうとしている。

体は、良くならない。

医者が首を横に振っているのを何回か見た。

現状維持が精一杯だそうだ。

本来は若いのだ。

どうにか出来るケースも多い。

だが高梨の場合、あまりにも身体機能を壊されすぎた。それが体の回復に対して、著しい阻害をしている。

だから、これ以上は健康になれないだろう。

体力だって増やせない。

そう、何度か言われたのだった。

イマジナリーフレンドを作り出そうとして。

やはり核が足りないと判断。

宮藤に連絡を入れる。

今、宮藤警視正だったか。

「おはようございます」

「おお、高梨ちゃん。 どうだい様子は。 おいちゃん高梨ちゃんが心配でね」

「ありがとうございます。 体はなんとか大丈夫です。 事件の方は残念ですが、まだ情報が足りないですね」

「そうか、分かった。 すぐに調査資料を更に送るよ」

宮藤は本当に言ったことを実行してくれる。

宮藤班は相変わらずの体勢らしく。

交通課に陣取っているらしい。

警視正というと、警察の中でもかなり偉い立場らしいのだけれども。それでも、である。

交通課でも扱いに困っているらしくて、視線が色々と痛いと宮藤は苦笑いしたりもしている。

だが、それでもだ。

このままがいいと高梨は思う。

高梨は、長く生きられるか分からない。

自分に出来る事をして。

親とも唯一思える宮藤と一緒に仕事をして。離れていても、頑張っている事が分かる石川と佐川と連携して。

そして悪い人を捕まえる。

母にこんな体にされなければ。

高梨は宮藤の部下になって、捜査一課で働きたかった。

勿論出来なかっただろう。

この体になったから、イマジナリーフレンドを作り出すなんて言う神業が出来る様になったのだから。

全ては因果の紡ぐ糸。

結局の所、此方を立てれば彼方が立たない。

そういうものだ。

しばし休み。

そして新しい情報が着たのを確認。

内容に目を通して、イマジナリーフレンドの再構築を実施する。かなり体力を消耗するが。

なんとか出来上がった。

今回の事件は、よく分からない事件だ。

夜の駐車場に呼び出された男が、いきなり襲われて頭をたたき割られた。その人物は即死した。

だが、襲撃した人物が、おかしな事を言っていると言う。

俺が殺したのは此奴じゃない、と。

また、その殺された人間も色々とおかしい。

様々な邪悪な犯罪を行っていたことがはっきりしていて。

その中には、タチの悪い人権団体に個人情報を流したり。

或いは個人情報を横流ししたりで。

恐喝事件まで起こしていた、札付きのワルだった。

まあ殺した方も同じく、昔は半グレにいたりもした札付きのワルだったので。どっちも社会から消えてくれてむしろ良い話ではあったのだが。

どちらにしても、この事件。

裏がある。

それは、誰もに一致した見解だった。

だが、加害者も被害者も。調べても何も出てこない。

それで宮藤班に話が廻って来たのである。

なお、警視総監はここのところ体調を崩しているらしく。

宮藤が時々ぼやいているという神宮司という人が、半分くらい仕事を代わっているという。

今回はそんな神宮司案件らしく。

厄介なのも、仕方が無いのかも知れなかった。

イマジナリーフレンド、再構築。

今度は、核が入った感触がある。

深呼吸。

軽く、宮藤にメールだけ打っておく。イマジナリーフレンド構築成功、と。これで宮藤も喜んでくれる。

まずは、軽く話してみる。

加害者に対して、だ。

「なんだあ。 お前か。 随分久しぶりだな。 渋谷のハロウィンで悪さしてた頃以来か、ああん?」

「そうですね。 それで聞かせて貰いたいんですが」

「おう、お前と俺の仲だからな。 いいぞいいぞ」

加害者はけらけら笑っている。

渋谷のハロウィンか。

一時期タチの悪い若者が集まって、色々悪さをするイベントがあったと聞いている。もう廃止されてかなり長いのだが。その時に参加していたとしたら、まだ子供の頃に参加していたのだろうか。

子供でも、とことんどうしようも無いワルはいる。

親に影響される場合もあるが。自分で最初からどうしようない輩もいる。

たくさんどっちも見て来た。

いずれにしても、まともに会話が成立しない可能性も高い。

警察での聴取が意味を成さなかったのも、それが理由かも知れない。

今回は、被害者のイマジナリーフレンドも作らなければならないが。

まずは加害者の話が不可解な所から、どうにかしなければならない。

そこでまずは加害者からと。宮藤にも話はしてある。

宮藤も納得してくれていた。

「この間金属バットで頭をたたき割ったみたいですけれど、何があったんですか」

「ああ、それはだな。 彼奴がよりにもよって、この俺を恐喝しやがったからだよ!」

「落ち着いて」

「……ああ、分かってる。 何だか変だったしな。 順番に話して行くわ」

落ち着かせるのは簡単。

イマジナリーフレンドなんだから。

話させるのもしかり。

ただ、こういうチンピラ然とした輩は、久しぶりだ。あまり得意な方では無い。できれば近寄って欲しく無い相手だ。

母を思い出すから、である。

さて、チンピラは話し出した。

極めて身勝手な理由だったが。

まずこのチンピラ、昔から散々悪さをしていた。小中学生の頃は、周囲に陰湿な虐めを行っていたし。それで何人に暴力を振るったと自慢をしていた。

これは直接犯人のイマジナリーフレンドから聞いた。

「痣が残らないようにする殴り方ってなあ」

そんな風に、楽しそうに言う犯人。

この時点で、此奴に情状酌量の余地がないことはよく分かるが。

我慢して話を聞く。

高校になると行動は更にエスカレート。

二度、少年院の世話になった。

人の物を勝手に盗んで借りただけと称する。気が弱い人間を脅して現金をむしり取り、幾らとったか覚えていないと抜かす。

これらのやり口は、親に教わったらしい。

だが現在の学校には、監視カメラがついている。

それらから発覚し、少年院送りになり。

結局二年留年して、高校までは出られた。

それからもチンピラ人生は続く。

この手の屑に惹かれる人間は現実問題としている。以前の事件でも見た事がある。

そういうのの間を渡り歩き。

他人に暴力を振るい、搾取しながら歩き回り。

そして、罪悪感は一切覚えなかった。

「警察共が本当に五月蠅くてよ」

「警察が嫌いですか」

「当たり前だろ! 俺は何一つ悪くねえ。 弱い奴からむしり取るのだって、馬鹿を殴るのだって、誰でもやってる事じゃねえか! それなのに俺にばっか目をつけやがってよう……」

ギリギリと歯ぎしりしようとするが。

残念ながらさせない。

体の主導権は渡していない。

それに総入れ歯だ。

歯ぎしりなんてできないし、したら面倒な事になるのだから。

そして、である。

事件の話をしだした。

「いつだったかな。 昔虐めていた奴が電話を掛けて来やがった。 昔可愛がってやった奴でな。 其奴で痣が残らないように殴る方法を覚えたんだぜ。 先公が五月蠅くて仕方が無いからだけどよ、ヒヒヒ」

「それでどうしたんですか?」

「そいつがな、弁護士を雇ったとかで、俺に法外な金を要求して来やがった。 何でも今でも病院に通ってて、治療費が掛かるんだとか。 巫山戯んなって怒鳴ったら、弁護士だとかが出てな。 警察の名をちらつかせやがる」

理不尽だと、ぎゃあぎゃあ犯人はわめき散らす。

そして、刑務所から出たらブッ殺してやると叫んだが。

残念ながらこの犯人。

既に終身刑が出ている。

今までの余罪が余罪だし、しかも今回は殺人までやらかしたのである。まあ、刑務所の外に出してはいけない人間だ。

そしてこの手の重罪人は、誰も外から干渉できない個室に閉じ込められることになる。

叫ぼうが喚こうが誰にも届かないし。

暴れるようなら即座に自動反応のロボットが取り押さえ、最悪椅子に縛り付けられて拘束衣生活だそうである。

だが此奴に関しては。

それも当然に思えた。

「呼び出されたから、金属バット持って出ていった。 少しは上下関係ってものを教えてやらねえといけねえからな!」

「上下関係?」

「俺が偉いに決まってるだろう! 血の巡りが悪いと、ダチでも怒るぞゴルァ!」

「……それで、現場に行ったんですね」

そうだと、自称偉い犯人は言う。

何が上下関係だか。

此奴よりも、真面目に勉強して、犯罪をおかさず生きている人の方が百万倍も立派だ。

以前もこんなのとは何度も話した。

腕力が強ければ偉い。

そう考える輩は一定数いるが。

此奴はそれらの中でも最悪のタイプだなと思う。

そして、待ち合わせ場所に出向き。そこにいた奴に合い言葉を言った後。犯人は即座に殴りかかったという。

怒りが爆発したからだそうだ。

こんな所に上下関係もわきまえず呼び出しやがって。

そう叫びながら、何度も殴ったとか。

相手が一人だけだったこともあって。暴力は苛烈を極めた。

更に、少し前にヒモにしていた女に逃げられていたことや。

その女が逃げるとき、特別な業者を呼んで、金目のものをあらかた引き上げていた事も。犯人の怒りを加速させていた。

ヒモにしていた女の財産だったらしいので、そもそも妥当な行動に思うのだが。

このような人間には、理屈など無意味だと高梨は知っている。

だから、そのまま聞き流す。

やがて、動かなくなった被害者を足で転ばして。

気付いたという。

違う奴だと。

そして、その時には。殴打音だとかを聞きつけて。警察用ロボットが姿を見せていたそうだ。

「あの丸頭がよう。 電気で俺を撃ちやがった! 血なんか通わない生意気なロボットの分際で、俺に手を出すなんて、巫山戯てやがる! 絶対に許せねえ!」

「ちなみに被害者に見覚えは」

「見た事も無い奴だ!」

「本当に?」

犯人のパラメータを弄って落ち着かせる。

興奮していた犯人は。

すぐに驚くほど大人しくなった。

伊達に三桁に達する事件で、数百人のイマジナリーフレンドを作っていない。毎回死ぬ思いであったけれど。

だからこそ、出来が良くない高梨にだって出来る様になる。

落ち着いた犯人は、話し始めた。

「……後頭部はグシャグシャに潰したが、顔そのものは潰してないんだよなあ。 多分俺を呼び出した奴じゃない。 其奴については、アルバムで確認したからな。 だから其奴の弁護士じゃねえのか」

「残念ですが、その該当する人については事件に関与していません」

「はあ?」

「その人は専用の病院にいて、貴方の事を思い出すだけで発作が起きるので、今もまともに社会生活が出来ていません。 弁護士を交えて話すどころではありません」

あっそと、犯人がほざく。

つまり、それだけの状態に追い込んでおいて、何も自分が悪くないと思い込んでいるわけである。

どうしようもないが。

それでも話さなければならない。

「だとすると誰なんだよ俺が殴り殺したのは」

「本当に分からないんですか」

「わかんね。 見た事も無い奴だ。 少なくとも同級生とかじゃねえな。 同級生とかは全部顔とか覚えてる方だったしな」

「……分かりました」

イマジナリーフレンドを黙らせる。

さて、こんな風にまず犯人からイマジナリーフレンドを作った理由は決まっている。

聴取で暴れる吠えるで、まともに証言が取れなかったからだ。

まずは、音声データを送り。宮藤に話をする。

そうすると、宮藤は小首を通話先でかしげているようだった。

「今佐川ちゃんが解析しているけれど、これは新しい情報は出てきそうにないね……」

「ごめんなさい」

「いやいや、高梨ちゃんに責任はないよ。 これから被害者の方も頼めるかな。 誰かは分かったから、追加でデータを送っておくからね」

無理はしないように。

そう宮藤は言うのだった。

少し休んでから、被害者の方のイマジナリーフレンドを作る。

此奴も加害者と同レベルの屑だった。

此奴はあるカルトに所属していたのだが、その情報を利用して、個人情報をあらゆる犯罪団体に売りさばきまくり。

更には自分や手下を使って恐喝までしていた筋金入りの犯罪者だった。

逮捕歴も二回。

勿論反省などする訳も無かった。

しばらく情報を取り込んだ後、被害者のイマジナリーフレンドを作る。

間に休憩を一日挟んだが。

それでもとんでも無い疲労だった。

苦労しながらも、それでもどうにかイマジナリーフレンドを作ると。

被害者はしゃべり出す。

「誰に喚び出されたかって? それはあんた、決まってるでしょう。 お得意さんですよ」

「えっ?」

「お得意さん。 騙されていることに気付かないおばかさん。 私の上客だった人です」

けらけら。

被害者が笑う。

此奴の話によると。自分の上客だった、カルトの信者の一人に呼び出されたのだという。

警察に監視されている身だ。

自分の所に呼び出したり。相手の所に出向くのは色々まずい。

相手が指定してきた場所は、確かに誰もいない。

其所に出向くことは、別に不思議に感じなかったという。

「そうしたら、なんか柄の悪いのがいましてね。 合い言葉を聞いてきたので、答えたんですよ。 その後の事は、覚えていません」

「……その相手に見覚えは」

「まったく」

腕組みして、少し考え込む。

これはちょっと分からないな。

そうなると、この二人を鉢合わせさせ。殺し合わせた者がいる事になる。第三者のイマジナリーフレンドが必要だ。

騙されていた人の話などを、詳しく聞いた後。

宮藤に連絡する。

宮藤はしばらく黙って聞いていたが。

やがて大きくため息をついた。

「ごめんね高梨ちゃん。 いつも醜悪な話を聞かせて」

「私にはこれしかできません。 お役に立てませんか」

「いつも言っているけれど、これは違うって事が分かるだけで大きな意味があるんだよ」

だから助かったと、宮藤は言ってくれた。

また新しい情報を送るという。

時間が掛かるだろうから、しばらく休んでいてくれ。

そう言われると。

高梨は、急に眠気が来るのを感じた。

少し、無理をしすぎたかもしれない。

今は少し眠って、疲れを取るべきだった。

 

1、鉢合わせ殺人事件

 

警視正か。

襟を正しながら、宮藤は寒空の下を歩く。警視ですらノンキャリアでは殆ど無理な地位なのに。

警視正にノンキャリアがなれる時代というのも。

色々不思議なものだ。

去年の末。

警視監にあの神宮司が就任するのを見届けるように、警視総監が体調を崩した。以降はだいたいの業務を神宮司が代行するようになった。

神宮司の実力は確かで、警察の内部浄化も、検挙率も爆上がりし。

更に優秀な警察用ロボットの増産。

有能な人材の抜擢、スカウトなど。

警察のために必要な事をどんどん推し進めた。

警視総監が跡取りにと育て上げた秘蔵っ子という噂は、何処でも聞かれていたらしいのだが。

まだ警視監である神宮司が、現在警察の事実上のトップであることは事実で。

それを良く想わない輩も。

実力を認めざるを得ないのが、現状だった。

宮藤は別に神宮司に虐められてはいない。

宮藤班はこのままの場所で、このまま仕事したい。

そう告げると、ならばと交通課にいさせてくれているし。

仕事の量も前と変わっていない。

大半の事件は神宮司が片付けてしまうようだけれども。それでも難事件は出てくる。プロファイルチームがどれだけ頑張ってもどうにもならない難事件が。

それは宮藤班に飛んでくる。

昔からの、代わらない状況だ。

宮藤班ができてから一年以上はとっくに経過している。

解決した事件の数はゆうに百を超えた。

既に闇の世界でも怖れられており。警察内部でも、宮藤班が来たら迷宮入り事件も解決すると言われている。

過大評価だと思うのだが。

それでも、多くの犯罪を解決してきたことだけは、誇らしかった。

そのまま、今がさ入れが入っているカルトの本部に出向く。

紫色の下品な服を着た教祖が、警察に引っ張り出されていく。顧問弁護士らしいのが、一緒についていくのが見えた。

この手のカルトは、末端は馬鹿だが。上層部は強力なブレインを抱えている事が多く、色々厄介だ。

今回の事件の被害者は、このカルトの幹部。

支部長だかを任されていた人物だった。

そして、此奴が殺された事を機に、警察も動き。

このカルトそのものを潰しに掛かったのである。

同時に、此処を票田にしていた議員が一人逮捕されている。公安も連携して動いたのである。

今信者がSNSでギャアギャア騒いでいるが。

流石に警察側も今は情報戦では負けていない。

このカルトがどういう連中だったかの情報も流しているので。

今では、騒いでいる信者以外は、SNSは静かになっていた。

現場の警官達に手帳を見せて、内部に入る。

警視正という階級を見て警官達はぎょっとしたようだが。宮藤は敬礼して、敬意を欠かさない。

階級は兎も角。

一緒に戦う警官であることは代わりは無いし。

仕事だって変わらない。

市民の盾になる。犯罪を防ぐ。犯罪者を逮捕する。

それが警官の仕事で。それに階級なんてものは関係がないのである。

だから、末端の警官にも敬意を払わなければならない。警視正なんて階級は飾りだと、宮藤は思っている。

現場で指揮を執っていた警部補が来て、敬礼する。

宮藤のことを知っているようだった。

「名高い宮藤班の貴方が来ていただけるとは心強い」

「何、自分なんて宮藤班では一番の役立たずですよ。 それで、被害者のオフィスは」

「今、科捜研が徹底的に調べていますが、案の定証拠隠滅をはかったようでして。 特にPCは滅茶苦茶に壊されていて、HDDからの情報復元には時間がとても掛かりそうです」

「なるほどね」

まず、案内されて現場に。

確かに科捜研が、掃除機を掛けて証拠を徹底的に集めている所だった。

何だか和洋をごっちゃにした感じの宗教施設だ。

信者は全員連れ出され、今尋問を受けている。

末端の信者は、社会に行く場所もなかったりして。最後に神にすがるしかなかったような人もいるだろう。

だが幹部やボスは違う。

カルトは基本的に社会の寄生虫だ。

弱者から最悪の意味での搾取を行う。

連中に容赦など全く必要がない。

「物資については、今科捜研で調査中です。 部屋の構造などは、これから警察用ロボットと一緒に調べる予定です」

「このカルトがやっていた犯罪については、どれくらい分かってきていますかね?」

「喜捨といいつつの信者からの金銭の巻き上げ、洗脳、様々な土木工事に信者を派遣社員代わりに出しては使い捨て、更には粗食での虐待。 その他、信者の家族から聞き出した個人情報を横流しして詐欺業者に売りつけたり、或いは自身で恐喝をしたり。 まあ教祖と幹部達は全員終身刑でしょう」

「実はですね、被害者についてのデータがほしいんですよ。 このカルトに人生を狂わされた被害者の」

少し悩んだ後、警部補が何処かに連絡を入れる。

そして代わってくれた。

代わった相手は、捜査本部の人間。

今回が殺人が事件に噛んでいるので、捜査一課の課長だった。

此処はどちらかというと僻地の県警だから、捜査一課の課長は警部である。

軽く話をする。

警部は、宮藤班と聞いて絶句した後。

すぐに態度を改めた。

「此方で今情報を整理中です。 出来れば捜査本部におこし願いたく」

「いや、そうかしこまらなくても良いですよ。 自分も宮藤班では一番役に立たない人間ですから」

そういうと、相手はますます恐縮する。

事実を告げているだけなのに。

そう思いながら、すっからかんになったカルトの本部を出る。

こういうカルトは、昔は色々と面倒くさい事もあって、犯罪の温床だった。

タチが悪い政治家が票田にしたりした場合は最悪で。そういうときは、犯罪の温床である状況が加速するケースすらあった。

脱税に噛んだりする事もあり。

そういう場合はいわゆるマルサも下手に手を出す事が出来ないケースさえあった。

それが今では法整備で。

カルトはアンタッチャブルではなくなった。

票田にするにはリスクが高すぎる事もあり。

今ではどんどんカルトを票田にする議員は減っている。今回逮捕された議員は、そういう時代の代わりを読めていない老議員だった。

二度手間とは思わない。

今回、出張する前に佐川に言われたのだ。

犯人と被害者。

両方の発言を聞く限り、黒幕がいる。

それは恐らくだが、犯人の関係者では無く被害者の関係者だろう。

被害者が詐欺を行い、人生を狂わせた人間や、その家族のリストがほしい。

そうすれば、高梨が新しい情報を仕入れられるだろうとも。

故に出張してきた。

最初は県警に出向いたのだが。署長に此処を指示され。

そして今度は捜査本部があるから、そっちへ来て欲しいと言われている。

そんな状況である。

まあこればかりは、公務員なのだから仕方が無い。

そう考えて、宮藤は県警の、捜査本部に出向く。

捜査本部は、昔のような足で稼ぐだけの場所では無い。

今回は知能犯という事もあり、更には議員絡みだと言う事もある。

公安の人間も、捜査二課の人間も来ていて。

特に公安の人間には、捜査本部長が、へこへこしていた。

昔ほど公安は横暴を働いていないと聞いているが。

やはり癖になっているのだろう。

確かに警察よりも権限が大きく、やり方が荒っぽく、相手も凶悪な公安には。どうしても警察では頭が上がりにくい。

それは分からないでもない。

捜査本部長は、気の毒なほど痩せこけた男で。

本当に捜査一課の警部をやっていけるのか心配になった。心労で、寿命を縮めているように見える程だが。

あるいはその見た目を武器にして、むしろ捜査をする強かなタイプかも知れない。

話してみないと分からない。

案内されて席に着いた後。

公安の人間を話し終えた捜査本部長が来る。

握手をシェイクされたので、宮藤も流石に苦笑いである。

「名高い宮藤班のボスが来てくれるとはありがたい。 この事件もすぐに解決しそうですね!」

「ははは。 それよりも、データをいただきたく」

「はい。 此方になります」

部下がささっとノートPCを用意し、データを見せてくれる。

実は此処の捜査二課が以前からカルトに目をつけていたらしく、今回の事件の初動が早かったのはそれが理由らしい。

ただ、実際にカルトに踏み込むには、公安との連携が必要不可欠と判断する議員との関連が出てきて。

その辺りの調整に、少し手間取ってしまったとか。

意外に充実したデータだ。

「これを此方の精鋭に送りたいんですが、かまいませんか?」

「勿論です。 是非とも」

「分かりました。 それでは」

言われている処置をする。

宮藤はITについては其所まで詳しくないので、事前に貰っているUSBを差し。内部にあるパッチを叩く。

これでVLANが確立されて、自動でフォルダが開くので。

そのフォルダにデータを入れると、後は超高セキュリティのVLANで、データが宮藤班に送られる。

実際には、セキュリティ確認とかを石川がやっていたり色々と複雑な処理が絡んでおり、USBを紛失したりしても対応出来るらしいのだが。その辺りの詳しい内容は宮藤には分からない。

しばしして、送られたことが確認されたので。

別室を借りて、佐川と石川と話す。

「どう、石川ちゃん。 データは届いた?」

「はい。 大丈夫ですよー」

「そうか、良かった。 それでデータはどんな具合?」

「……とりあえず、現時点で貰えるデータは全てありそうですね。 後はHDDの復旧待ちですー」

最低でも数日はかかると聞いている。

頭を掻きながらそれを告げると、仕方が無いと石川も苦笑していた。

佐川はというと、今データの分析を実施しているところらしい。

にゃーとしか言わないので。

ああ本気モードなんだなと思った。

「まとまり次第、高梨ちゃんに送ってね」

「らじゃーですー」

通話を切る。

深呼吸すると、捜査本部に戻る。捜査本部長が、また公安と話をしていた。議員の検挙についてだろう。

以前はかなり大きなカルトが、票田を良い事に国政にまで噛んでいたのだが。

今はそれも昔の話だ。

まずは、此処で情報を集め、高梨に届けなければならない。

また捜査本部長が来た。

咳払いした後、軽く話をしておく。

「今回の殺人事件ですが、黒幕がいます」

「どうも様子がおかしいとは思いましたが、黒幕とは」

「被害者と加害者の情報を加味した結果、どうやら加害者に犯罪をそそのかし、被害者を加害者の前に誘い出した者がいるらしいことが分かってきました」

「!」

公安の人間が動く。

苦手なので嫌なのだが。

公安の、目つきが鋭い若い捜査官は、手帳を見せた後名乗る。

前も、宮藤班として活動しているとき。何回か、公安が接触してきたことがある。警視総監が公安に太いパイプを持っている事から、その肝いりである宮藤班には無茶はしないようにと言われている様子だが。

それでも、今回は公安が動く案件だ。

無視はできないと判断したのだろう。

「私も聞きましょう。 お願い出来ますか?」

「……うちは、宮藤班は高度なプロファイリングの一種をする事で事件の全容を解明することを得意としています。 それによると、どうも加害者も被害者も、どちらも黒幕に良いように操られて、殺人になったというのが真相のようです」

「その可能性については此方も考えてはいましたが。 しかしその黒幕とは誰ですか」

「まだ分かりません。 故に自分が来ています」

まだ若い公安の人間は、警視正にもなる宮藤が腰が低い対応をしている事から、あまり強く出る気にはなれなかったのだろう。

頷くと、席に着く。

ともかく、何でも良いからデータがほしい。

そう告げると、少し悩んだ後、捜査本部長は若い刑事に声を掛けた。

呼ばれて来た刑事は、パッとしない容姿の若い婦警で。

兎に角眠そうな目をしていた。

その婦警に耳打ちすると、フラフラと何処かに行く。

見かけと能力はまるで一致しない。

石川や佐川、何より神宮司をみてそれを良く知っている宮藤は、彼女を馬鹿にするつもりは一切無かった。

「今、あるデータをDBから引っ張ってこさせています」

「あるデータ?」

「関係はないとは思ってはいたのですが、ひょっとして、です」

そんなデータがあるなら、何でも良いから出して欲しい。

勿論県警のDBはスタンドアロンで、機密もガチガチだし。持ち出すのには手続きもいる事は分かっている。

だがそれでもだ。

こう言う捜査の時に、出し惜しみはしないでほしい。

それが宮藤の本音である。

やがて、データが出されてきた。

公安も動く。

内容を確認したところ。

どうやら。

例のカルトを票田にしていた政治家の、票田の名簿のようだった。

田舎でカルトを票田にするという事は、非常に強力なバックを得る事になる。資金面でも有利になる。

昔はこれを悪用して、タチが悪い政治家が乱立し。

それがみんなカルトの操り人形と言う事がザラにあったのだが。

そういう事もあるのだろう。

独自に、この政治家を支持することを表明する人間を、県警で内偵させていたらしい。

あの婦警は、そんな地味な作業をずっと地道にやっていた人物らしく。

それで詳しいのだそうだ。

ざっと資料を見るが、SNSだけではなく、実際に拾った音声。更に非合法な金の動きなど、よく調べてある。

こんな地道な作業、よくやったものだ。

宮藤も感心した。

相手にばれたら、結構危なかっただろうに。

この眠そうな目をした婦警、かなりの切れ者だ。

そして、最初からこれをやらせていたとしたら。

この痩身の警部も、だろう。

「これは助かる。 うちの子らに資料を送っても良いですか?」

「ええ。 今回の事件解決が少しでも早まるのなら」

「分かりました。 それでは」

「うちでも資料を引き取りたい」

公安の人間も言う。

そこで、二手に資料を分ける。

公安は多分ハッキング対策とかなのだろう。もの凄くごついノートを持って来ていた。ちなみにOSは公安で独自にカスタマイズしたらしいLinuxである。これは石川や佐川が自組で使っているPCで時々見るので知っている。此処までガチガチに堅牢なOSを使っていると、生半可なハッカー程度では手に負えないだろう。

データをそれぞれ取り込む。

なお、公安の人間は、宮藤に先を譲ってくれた。

これは宮藤が警視正だから、ではないだろう。公安は警察より権限が上で、好き勝手をする事も昔は多かったと聞いている。

寡黙な男だが。

恐らくは、宮藤班の実績を知っているから、だと思う。

だとすると、感謝すべきは高梨になのだが。

それを口にする気は無かった。

データを送る。

さて、此処からだ。

石川がデータを分別し。

それを佐川が解析する。

解析した資料が高梨に届いたとき。

この闇の事件の、全容が明らかになるだろう。それはきっと、ろくでもない結末を産むはずだが。

今は。ただ黙って、受け入れるしかなさそうだった。

 

少し別室を借りて休む。

昔は捜査本部と言えば徹夜作業が当たり前だったのだが。

今の時代は、警察用ロボットがフル稼働する事もあって。人間の刑事は、基本的に余程の事がない限り就寝する。

それも義務づけられている。

昔は人材をこの手の過剰労働で浪費してしまっていたが。

今は人材を浪費することが許されない社会になっている。

それが故、だ。

ロボットの技術も非常に高くなっているのが理由の一つであるだろう。

昔は人間をすり潰して回していた「サービス」が。

ロボットで代用できるようになった。

それがとても大きい。

それがもっと早くできていれば。

多くの人が心身を病み、社会をドロップアウトする事もなかっただろうに。

宮藤だって危ない所だった事を考えると。

横になったまま、慄然とせざるを得ない。

翌朝。

まずは、石川に連絡。

どうせ佐川は寝ている。

案の定、予想は当たった。

「進展はどうだい? おいちゃんの方はぼちぼちかな」

「佐川ちゃんが頑張ってくれました。 今、資料を丁度高梨ちゃんに送っている所です」

「ダブルチェックはした?」

「それは勿論」

最近はうっかりが減ってきたが。それでも時々しっかりやってくれる。

それが故に、注意はしなければならない。

とりあえず大丈夫だと言う事で、後は様子を見て、高梨に連絡を入れる必要があるだろう。

着替えと手洗いうがい、歯磨きを済ませ。捜査本部に出る。

捜査本部では、もう若い刑事達が動き回っていた。捜査本部長も既に出てきている。公安の男は顔が見えない。

或いは、公安に引き上げたのかも知れない。

あの資料だけほしかった可能性もある。

まあ、警察とあまり仲が良い組織でもない。いて貰わなければ困る場合でないのなら、いなくてもいい。

軽く挨拶を済ませてから、状況を聞くが。特に進展はない。

ただ検問はしっかり張ってくれてはいるらしい。

もしも知能犯だったら、指示を県外から出していた可能性も高いが。

「宮藤班の方はどうです?」

「うちは今、絶賛解析中です。 うちは正確な資料が揃わないと性質上どうしても駄目でしてね」

「プロファイルチームは何処も大変なようですね」

「一時期はプロファイルもどきが流行った事もあったし、ミステリに出てくる名探偵もどきを求められた事もあった。 どっちにしても負担が大きいでしょうね」

軽く雑談をしながら、朝食を採る。

そうこうする内に、高梨から連絡があった。

犯人の。真犯人のイマジナリーフレンドの作成に成功したという。

そうか、と思わず声が出て。

そして礼を言う。

「ありがとう。 詳しい話が分かったらしらせてね」

通話を切ると。

不可思議そうに捜査本部長がいう。

「随分と部下に対しても低姿勢ですね。 そんなんで良く部下に舐められないで部署を廻せますね。 どんなコツがあるんですか?」

「……うちの部署はスペシャリストの集まりなんですよ。 普通の社会ではやっていけないけれど、能力だけはピカイチな変わり者の集団なんです。 皆、マナーがどうの、上下関係がどうのと言い出したら、その時点で仕事をしなくなります。 それは自分も……正直同じではあります」

宮藤だって、捜査一課のはぐれ者だ。

今は宮藤班の伝説が一人歩きしているが。

捜査一課関係者の中には、宮藤が捜査一課をドロップアウトした事を知っていて、それを揶揄してきた輩もいた。

勿論笑顔でスルーする。

それについては自業自得だと思っているからだ。

「それに、自分はスペシャリスト達のまとめ役にすぎません。 他と違って、超一流の技術を持っているわけでもない、ただの刑事の成れの果てです。 だから、強く出ないのは大事なんですよ」

「……なるほど。 何だか不思議な部署ですね」

「良く言われます」

さて、此処からだ。

最悪の場合、どんな犯人が挙がってくるかも分からない。

それは捜査本部長に告げておく。

そして宮藤は一旦部屋を出る。

此処は、下手に捜査に加わるのでは無く。何か動きがあるまで待つ方が良い。そう判断したからだった。

 

2、血を啜る妖怪

 

真犯人というべきなのか。

二人の屑を動かして、双方を破滅させた者のイマジナリーフレンドをどうにか構築できた。

凄まじい消耗だったが。

高梨は、ロボットアームに汗を拭って貰いながら、なんとか出来たとぼやく。

本当に、何とか出来た、だ。

宮藤が情報を集め。

石川と佐川が資料を分析し。

そしてまとめ上げてくれたから、出来た事だ。

正しい情報がなければ。

正しい人格を持ったイマジナリーフレンドは作れない。

ここからが、高梨の仕事。

唯一の存在意義。

最近聞かされたが。

母が死んだそうだ。

拘留先の警察病院で、最後まで狂乱しながら、突然血を吐いて死んだのだという。調べると、興奮しすぎて血圧があがりすぎ。それで脳の血管をはじめとして、彼方此方の血管をズタズタにしてしまっていたらしい。

最後まで徹底的に苦しみ抜いて死んだ。

そして、呪いの言葉を吐き散らかしながら死んだという。

親は選べない。

高梨は、宮藤の子供として生まれたかった。

だが、そうなっていたら。こんな風に宮藤の役には立てなかっただろう。上手く行かないものである。

イマジナリーフレンドは、しばし無言だったが。

喋るように促すと。やがて喋り始めた。

「君は私の友人だというのに、奴らに荷担しようというのかね」

「違います。 私は多くの犯罪者を見て来ました。 一件目の事件は理がかなっている事も多かった。 でも、一度犯罪を成功させてしまうと、二回目からは感覚が麻痺してしまう事も多い。 貴方もそうではないとは限りません」

「むむ……」

「全てを話してください。 これ以上、犠牲者を出さないため。 あなたで全て終わりにしましょう」

そう告げると。

元々悪人では無いのだろう。

経緯からして、悪人二人を自滅に追い込んだ犯人なのだ。

何となく、そんな気はしていた。

事件について軽く話をしていく。

そうすると、犯人は重い口を開く。

「君は、頭をたたき割った方、頭をたたき割られた方、どちらも屑だと知った上で私をこうして糾弾しようとしているんだね」

「はい。 法の裁きを受けてください」

「……分かった。 確かに私は一人を殺したし、もう一人を殺した。 いや、二人というべきかな……」

全て、話して貰う。

ちなみにもう一人を殺したというのは。そもそも頭をたたき割った奴は、終身刑が確定だからである。

まあ殺したも同然か。

死刑が非人道的だから、という理由で導入された終身刑だが。

結局死までその人間を拘束する事には代わりは無い。

そう考える人が出ても、おかしくは無いのだろう。

そのまま話を聞く。

「私の娘はね、愚かだった。 確かにこの社会には理不尽な事があまりにも多すぎたのは事実だろう。 だがその理不尽を、悉く踏んでいった」

「詳しくお願いします」

「最初はヒモに引っ掛かった。 母性をくすぐられるというのだろう。 昔はダメンズウォーカーとか言ったらしいね。 とにかく見本のようなヒモ野郎……あの頭をたたき割った側の女になった。 そして財産を丸ごと貢いでね。 気がついて警察に相談したときには、金が稼げないからって毎日暴力を振るわれていたよ。 だから警察と一緒に、家財を全て運び出して、奴の対応は警察に任せた。 奴は半狂乱になって大暴れして、逮捕されたらしいが。 署を出てきた後、また同じような事をしたらしいね。 正真正銘、本物の屑で。 そんなのに娘は引っ掛かった」

嘆く。

悲しみはよく分かる。

更に悲劇は続いたという。

「騙された、世の中は酷いとひとしきり娘は嘆いていたよ。 はっきりいって、あんなのは騙される方も悪いと私は思うがね。 ともかくだ、娘はカウンセリングをうけさせたんだが。 その病院を知らない間に抜け出してね。 挙げ句の果てに、今度はタチの悪いカルトにはまってしまったんだよ」

「……」

そうか。

それが、頭をたたき割られた側の。

犯人の家には。

毎日詐欺やら何やらの電話がひっきりなしに来るようになったと言う。

最近は、いわゆる押し売りや、強引な訪問販売は警察沙汰になるので禁止されている。誰も基本的に来ない。

だから、電話でカモを探す。

そんなカモを、名簿で探すのは有名で。

そういう名簿は、屑が横流しする。

娘がカルトに入った直後から、そういう事が起きる様になった。娘が何をしたのかは、明らかだった。

「これでも可愛い娘だ。 だが私より妻が参ってしまってね。 とうとう精神病院送りだよ。 それで娘に連絡をした。 お前が馬鹿なことばかりをするから、とうとう妻が壊れてしまったと。 そうしたら娘が半狂乱になってな。 代わりに彼奴が出てきた」

「頭をたたき割られた側ですね」

「そうだ。 名前などを名乗った後、後ろに議員がいる事、票田が大きい事、これ以上しつこいと相応の対応をすること等を抜かしてきたよ。 だから、私は一計を案じたのさ」

何もかもを終わらせる。

そのためには、二つ同時に片付けなければならない。

一つは、人の生き血を啜って回っているヒモ野郎。

吸血鬼というと格好いいダークヒーローみたいだが。

元々の吸血鬼は大してゾンビと変わらないような下等妖怪で、ブラムストーカーなどの小説でカリスマ化した存在だという。

だとすれば、はえたたきや蚊取りスプレーで叩き落とされて死ぬのがお似合いだ。

もう一つは、人の心につけ込んで、搾取を繰り返すクソカルト。

トップの連中は邪悪の権化。

それに搾取される洗脳された者達の群れ。

警察に訴え出ても、背後には議員がいる。都会なら兎も角、票田つきとなると、議員も本気で動くだろう。

勿論警察も対応してくれるだろうが。

長期化してくれるのは確実だ。

だから、手を打った。

「ヒモ野郎を引っ張り出すのは簡単だったよ。 奴の個人情報は娘の口から聞いて分かっていたからね。 奴が通っていた学校などを調べ上げて、そして奴に虐められていた人間を選んだ」

そうか。

それはたくさんいただろう。

たくさんのイマジナリーフレンドを作ってきたが。

虐めを行う人間というのは。

本当に楽しみながらその凶行を行うものだ。

虐められる方が悪い。

常識がないから虐められる。

それが連中にとっての免罪符。

自分は正しくて常識があるから、おかしく見える相手には何をしても良い。むしろ躾けてやっているだけだ。

そういう生物だと。

高梨は理解している。

だから、今後永久に刑務所の中で孤独に過ごすのはお似合いだと思うし。自業自得だとしか感じない。

そのまま、続きを話して貰う。

「次はカルトのクソ野郎だ。 私の妻が入信したいという話をした。 大喜びで乗って来たよ。 私はちょっとした資産家だと、娘に聞かされていただろうからね。 芋づるで私も信者にすれば、奴らは大もうけだ。 喜捨という形でむしり取ってな」

「金のことしか考えていないんですね」

「カルトには色々な宗教をベースにしているものがあるが、そもそも宗教そのものが政治利用されやすい存在だ。 そして宗教哲学を取っ払ってしまえば、宗教は単に人間を洗脳して操るための道具に成り下がる。 それがカルトだ。 カルトのボスや幹部連中が、金のことしか考えていないのもそれが理由だよ」

希に何処かの国の手先になったり。

危険な思想の下にテロを行ったりするようなカルトもあるが。

それは更に危険な、最悪のタイプだとも言える。

いずれにしても、相手は簡単に乗った。

後は鉢合わせてやれば良い。

見ている必要さえない。

ただ、警察は呼んだ。

匿名でだが。殺しが行われようとしている。だから、急いで来て欲しい。

今の警察は、警察用ロボットが即応できるようになっている。

だから、ヒモ野郎がカルトの屑の頭を金属バットでたたき割った時には。

警察用ロボットが駆けつけた、と言う訳だ。

後は吠えがなり立てるヒモ野郎を逮捕しておしまい。

どの道手加減なんて出来る輩じゃない。

殺すまでやるのは目に見えていた。

しかも場所が場所だ。

相手が誰かなんか、ろくに見えていなくても良かっただろうし。

娘から聞いていた。

一度暴力のスイッチが入ると。

後は相手が動かなくなるまで攻撃を続ける輩だったと。

だから、怒らせるだけでいい。

後はそれでおしまいだった。

「後は逮捕でも何でもするといい」

「……もう二人殺したというのは、どういう意味ですか」

「娘はもう廃人だ。 だから」

「……そうですか」

胸くその悪い話だ。

会話を打ち切ると、ぐったりとベッドに横たわる。

何度か深呼吸した後。

宮藤に連絡を入れていた。

宮藤は、データだけ送ってくれれば良いと言う。

休みなさいとも。

データは既に送り始めている。

だから、頷くと。電話を切った。

ベッドに横になる。

やはり顔中が痛い。汗が体の中に、傷口に、直接しみこんでいるのだろうか。まだ、顔の傷は治っていないのだろうか。それとも、単なる幻視痛なのだろうか。それは分からないけれども。

ただはっきりしているのは、恐らく疲弊しきった後のこの痛み。

多分一生つきあうことになるだろう、と言う事だ。

医学がどれだけ進歩しようと、多分関係はないだろう。高梨にとっては、これは一生消えない傷。

医師も、精神的なダメージはどうにもならないから、ゆっくり時間を掛けてやっていこうと言ってくれている。

昔と違って、精神病は治る時代が来ているのだが。

それでも匙を投げるレベルの状態だと言う事だ。

なんとか呼吸が落ち着いてきたので。

ゆっくり目を閉じる。

色々な事件を解決してきた。

今回は、情報が入れば、一発で解決するような内容だったから。むしろ楽だったとも言える。

後は佐川が解決し。

宮藤が相手を全て逮捕し。

資料を石川が整備して。全てを解決に導いてくれるだろう。

屑が一人死に、屑が一人終身刑になる。

犯人はどうなるのだろう。

それについては分からない。あの様子だと、覚悟は決めているようだったから。多分逃げも隠れもしないだろう。

殺人教唆は結構罪が重いと聞いている。

だけれども、どうなのだろう。

娘の人生を狂わせたヒモ野郎と。同じくカルト教団。

それぞれをつぶし合わせたのは。どんな罪になるのだろうか。

もうちょっと体力があれば、宮藤に聞く事が出来ただろうに。高梨には、そんな事さえ出来ない。

悲しい話だった。

しばらくすると、数時間が経過していた。

ロボットアームがてきぱきと世話をしている。寝ている間に小便をしたらしい。排泄周りの器具を取り替え、洗浄をしていた。

昔は使い捨てだったらしいのだが。今は洗浄の技術が上がっていて。何セットかあるものを洗浄し再利用している。

そしてロボットアームなので、そういうのを嫌がる事もないし、精神に負担が掛かる事も無い。

この辺り、昔は人がやっていたというのが信じられない。

本当に大変だっただろうなと言う感想しかない。

ぼんやりしている内に、宮藤から連絡が来た。

そろそろ起きた頃だろうと、宮藤が判断したのだろう。

電話もロボットアームにとって貰う。

車いすから生えているロボットアームは、たくさんあるのだ。

「高梨ちゃん、どうだい。 調子は悪くないかい」

「今目が覚めたところです。 少しロボットアームが忙しそうにしています」

「そうか。 おいちゃんは高梨ちゃんがどうしているのか良く分からないから、何とも言えないんだけれどもね。 親身になれなくてごめん」

そんなの。

充分、色々してくれている。

そう言いたいが。

宮藤にしてみれば、そういう事も言う事は出来ないだろう。何を言っても藪蛇になってしまう。

だから、此処は黙っている事しか出来なかった。

「犯人は捕まったよ。 高梨ちゃんの言ってくれた通りだった。 何もかもを素直に認めてくれたし。 抵抗もしなかった。 おくさんの世話……それと廃人になってしまった娘さんの件で精神病院に行ってるらしいけれど。 その事だけを頼むとだけ言われたよ」

「どうなるんですか」

「一応監査人がついて、対応はするそうだよ」

「そうではなくて、犯人は……」

「相手が凶悪犯とはいえ、殺人の教唆が二件だからね。 十年は出てこられないだろうね」

そうか。

確かに、殺人の教唆は罪が重いと聞いている。

人間を殺すこと、痛めつける事に何のためらいもない凶獣と。

人間から搾取することを息をするように行うエゴの怪物。

どっちもはっきり言って、野放しされていた犯罪者に等しい。

それらをまとめて片付けたのだから、むしろ表彰ものだと思うのだけれども。

やはり法治国家では、そうはいかないのだろう。

だけれども、もっと早く動いていれば。

警察が、もっと早く、此奴らを牢屋に入れたりしておけば。

こんな悲劇は起きなかったのでは無いかとも、高梨は思うのだ。だが、宮藤が頑張っている様子を思うと、そんな事は言えない。

警察はずっと昔よりマシになっている。

それでも、犯罪者はつきない。

ただそれだけの事なのだろう。警察はあがき続けなければならないし、何よりもそれが警察という仕事の本分だというわけだ。

「捜査本部は解散。 後は公安が引き継いだよ」

「議員関係と、後はカルトの処置ですか」

「そうなるね。 議員は田舎出身とは言え、野党の国会議員候補だった人物でね、公安でないと対処は出来ない。 カルトの方は、信者が一万人近くいる大所帯だ。 これから具体的に誰が犯罪に関わっていたのか、大規模にやらなきゃいけない。 警察は資料だけ提出して、公安が荒っぽく片付けておしまいさ」

そうか。

まあ鍵が掛かっていない虎の檻の前で花火で遊んでいたのだと、カルトの連中は思い知らされることだろう。

宮藤から聞かされている。

公安にもコネがある今の警視総監が如何に怖い人かは。

いずれにしても、今回の事件はコレで終わりか。

そう思うと、少し疲れが出た。

「高梨ちゃん、疲れてるね」

「はい」

「上に掛け合って、数日は休みを取れるように頼んでみるよ。 迷宮入りの事件を主に解決していたから、多分なんか変な事件が起きない限りは大丈夫だと思う」

「……」

通話を切る。

そして、気を失うようにして眠った。

 

夢だと分かっているのに。

それは、あまりにもリアルだった。

高梨を見て、鬼のような形相のヒモ野郎が喚き散らしている。

良くも俺を売りやがったな。

殺してやる。

そう叫んでいるが、声は何処か遠くで響いているようで。あまりガンガンと耳を痛めつけはしなかった。

それに対して、カンと鋭い音。

実際にやっているのかは分からない。

裁判所で使う槌の音だ。

現在は、使っていないのかも知れない。

あくまでイメージだ。

夢の中なのだから、イメージ通りにものが動いたり、音がするのは不思議では無いことだろう。

「被告は殺人の現行犯で終身刑とする」

「巫山戯んな! 俺は嵌められたんだ!」

「貴方には余罪が数十件あり、逮捕歴も同じ数だけある。 少年院の常連でもあり、何度逮捕されても一切反省も改善もしなかった。 故に、以降は表の社会に出すのは危険という判断だ」

「うるせえっ! 俺は世界で一番正しいんだ! 屑をブッ殺したくらいで、罪になるわけないだろうが! お前の頭もたたき割ってやろうかハゲェ!」

狂乱の限りを尽くすヒモ野郎。

奴はこっちを見た。

此処がどういう空間なのかも良く分からない。だが、自分が使っているメインの人格と、イマジナリーフレンドが雑に混ざったのは何となく分かった。

それが故に、だろう。

今、イマジナリーフレンドにしたヒモ野郎が、最後の抵抗をしているのだ。

「テメェ、ダチのくせに俺を売りやがって……ッ!」

「被告を連れて行きなさい」

「lkasdhfladwgh;alsfhogqdgoq!」

何を叫んでいるのかさえ分からない。

やがて、ヒモ野郎は独房に入れられた。椅子に縛られ、拘束衣をつけられ。身動きできないようにされた上で、排泄用の道具をつけられ。更には猿ぐつわも噛まされている。

暴れに暴れて、自傷しかねなかったからだ。

こういう輩には、塩を減らしていくらしいのだが。

このヒモ野郎はそれでも対応しきれなかったのだろう。

故に、こういう処置になった。

話によると、全く身動きできない状態になると、どんな大男でも一日もたないとか聞いている。

ヒモ野郎の目には、今や露骨な恐怖が浮かんでいた。

そのまま、時間が過ぎていく。

時々暴れようともがくヒモ野郎だが。

勿論そんな事は出来ない。

現在の拘束道具は優秀だ。

それに此奴、何十回と刑務所の世話になり。その度に逆恨みを繰り返していたような輩だと聞いている。

野獣と比べたら、野獣が怒るような相手だ。

外に出してはいけない存在であり。

やっと法律、いや司法が、その判断を下したという事になる。まあ、殺人という行為が、その決定打にはなったのだろうが。

やがて身動きできなくなったヒモ野郎から、拘束衣とかが外されたが。

地面でぐったりしているだけで、何も喋らなくなった。

これは後一年ももちそうにないな。

高梨はそう思った。

だが、その時。

ヒモ野郎が、此方を見た。

「裏切り者……」

そう、確かに呟いてた。

夢だとは言え。

流石に高梨も、これには頭に来た。

「私は、多くの犯人を、イマジナリーフレンドを作る事で葬ってきました。 しかし、それは裏切りでは無い。 法を騙して好きかってしている犯人に、引導を渡しただけです」

「……」

「それに、逮捕することが心苦しい者もいましたが、貴方は違う。 貴方はひたすら自己正当化し、相手に暴力を振るい、挙げ句の果てに人まで殺した。 貴方のような輩がいるから、この世から悪は消えない。 貴方のような自称常識人は、地獄の底にでも早く落ちると良い」

これほど苛烈な言葉を吐いたのは。

夢の中でも始めてかも知れない。

絶叫したヒモ野郎は。

周り中から伸びてきた手に掴まれる。

いつの間にか、独房に暗闇の沼のようなものが出来ていて。

其所に、無数の手で押し込まれ始める。

絶叫しながら暴れるヒモ野郎。

だが、手は容赦しない。

もう力が残っていないヒモ野郎を、多分地獄につながっているだろうドブ沼へ、押し込んでいく。

助けて、俺は何も悪くない、俺は世界で一番正しいんだ。

そうわめき散らすヒモ野郎だが。それは恐らく、この世界が主観で動いているとしても、もっとも間違いに近い言葉だろう。

同情など出来る余地はないし。

何よりも本当に恥を知らなければ吐けない言葉だ。

これが自称常識人か。

高梨は、恐らく自分が作ったイマジナリーフレンドが、自意識の最深層。恐らくは地獄と呼ぶに一番相応しい場所に沈み込んでいくだろう様子を、静かに見ていた。これは夢だが夢に非ず。

このヒモ野郎本人は、刑務所の独房で、究極の孤独の中何の救いも無く死ぬ。

「死刑より人道的な刑罰」の結果である。

そして高梨の中にいるヒモ野郎の人格を再現したイマジナリーフレンドは。

高梨の心理深奥にある、地獄に等しい場所で。高梨が死ぬまで永久に苦しみ続けるのだ。それに対して、悲しみはない。

自業自得だとしか思えない。

やがて、沼からは何も聞こえなくなった。

執拗にヒモ野郎を沼に押し込んでいた無数の手も、するすると引っ込んでいく。

其所には無だけが残り。

ただ、虚無だなと、高梨は思うのだった。

目が覚める。

最悪の外道が、最悪の末路を辿った。ただそれだけであり、特に何か思う事はない。むしろ、此奴を葬った人を、十年も刑務所に入れてしまった自分の方に嫌悪を覚えるかも知れない。

だが、やはりイマジナリーフレンドに言ったように。

一度犯罪に手を染めると、人間は歯止めが利かなくなる。

あの人は。被害者だった。

だが、被害者だった人が。犯罪者になってからは、暴走の限りを尽くす例を、高梨は幾つも見て来た。

だから、これでいい。

コレでいいんだ。

そう言い聞かせながら、ぼんやりと天井を仰ぐ。

疲れ果てている中。

少しだけ、宮藤が作ってくれた休みだ。

せめて、ゆっくりと休んで、体力を蓄えなければならない。

その後は、迷宮入りしていて。

犯人が野放しになっている事件を、また解決しなければならないのだから。

 

3、何処へ逃げても同じだ

 

タイの街の一角。

昔は人身売買が囁かれていたこの国だが。今は相応に近代化が進んで、以前のようなことは減っている。

人権屋が食っていけなくなったのも、そういった人間の根源的な権利が守られるようになったからと言うのも理由としてあるらしい。

タイ警察と、日本から連れて来た何名かの警官。更に、対警察に卸された日本製の旧式警察用ロボットと供に。

その安宿を訪れる。

対警察の警部だかが手帳を見せ。更に警察用ロボットが威圧的にスタンショットを構えると、安宿の主は途端に協力的になる。なお上空には、ドローンタイプの警察用ロボット。更に裏口にも警察用ロボットが既に展開しており、情報を相互リンクしている。

小説に出てくる怪盗だって、此処から逃げるのは不可能だ。

翻訳機を使って、タイ警察と宮藤は話す。

「どうやら間違いなさそうで?」

「ああ、特徴が完璧に一致する」

「では、踏み込みますか」

宮藤が真っ先に前に出る。

わっとか、ぎゃっとか客が騒ぐ。そんな中、ある部屋の戸を蹴り破る。中には、かなり窶れた男が、怯えきった様子ですくみ上がっていた。

名前を告げると、ひっと小さな声を漏らす。

こんな所まで追ってきたのか、と。

何者かと聞かれたので。宮藤は鼻を鳴らして答えた。

「宮藤班と言えば分かるかい、高齢者詐欺の常習犯さん」

「宮藤班っ!?」

「おお、詐欺師にももう名前が知られてるんだね。 そういうこと。 もう逃げられないよ」

「タイまで逃げたのに!」

逃げようと。狭い部屋で、入り口も塞がれているのにあがく犯人。

だが、宮藤が出るまでも無い。

部屋に入り込んだ警察用ロボットが、文字通り秒で相手を制圧する。スタンショットを死なない程度に打ち込んだのだ。

後は逮捕しておしまい。

此奴、タイでも散々犯罪を積み重ねていたらしい。

タイで引き取るか、日本で引き取るかで、司法が揉めたらしいのだが。

財産を凍結し、被害者の補填に当てる事。

身柄はタイに引き渡すことで。

あの神宮司「警視総監」が全てをまとめてくれた。

宮藤は帽子を下げるだけである。

彼奴は、嫌な奴だけれども。

仕事はしっかりしてくれるのだ。

ほどなく、タイ警察に連行完了。この国でも、腐敗は急速に収まりつつある。一時期は凄まじい腐敗で国民が皆泣いていたらしいのだが。今では警察も正常に機能している。そうでなければ、警察用ロボットを型落ちとはいえ譲渡しない。

敬礼をかわす。

「流石は鮮やかな手並み。 貴方は日本でも噂の凄腕らしいが、此方に来てからの見事な動きは教本のようだった」

「いえいえ、其方も若い警官ばかりなのに、素晴らしい動きですよ。 今後も一緒に、市民の盾になり、犯罪を防ぎ、犯罪者を捕まえていきましょう」

「おお、模範のような警官ですな」

「ふふ。 模範でなければならないのですよ」

相手の警官は若い。まだ警部なのに。

これはある程度の世代以上の警官がいないから。

昔手酷く腐敗していたタイの警察は、浄化作戦で中身を丸ごと入れ替えた。しばらくは混乱も多かったが。

今ではこうして、能力主義がきちんと機能し。

責任感のある有能な警官達が、市民のために頑張っている。

タイそのものはまだまだ治安が決して良くはないが。

今の警察は信頼出来ると、市民から言って貰えるのが何よりの誇りだと、警官達はいうのだった。

連絡を入れる。

高梨にだ。

「高梨ちゃん、お疲れ様。 犯人捕まえたよ」

「やっぱりタイに潜んでいましたか」

「ああ。 おいちゃんもタイまで来るのは初めてだからね。 それにしても……」

タイ、か。

犯人がどうしてタイを選んだのか。

昔、高飛びと言えば南米だった。

実際に、殺人事件を犯した人間が南米に逃げ。現地でのうのうと何年も平然と暮らしていたという実例もある。

この男はやがて逮捕されたが、殺人を犯したことを「悪い事はしていない」などと開き直ったそうである。

宮藤が情報を集め。

高梨が導き出したイマジナリーフレンドは、こう言った。

タイが好きだと。

何でも、タイ仏教の独特の魅力が犯人の心に残っていたらしい。

タイでは仏教が日本のものよりも荒々しく。

ハヌマンに代表される武神により人気がある。

仏そのものよりも、悪を滅する武神が人気というタイ仏教の土地に犯人は妙なあこがれを持っていて。

もしも逃げるなら其所だろうと。

その推理は見事に当たり。

そして犯人は罰当たりなことに、タイでも犯罪を繰り返していたわけだが。

まあ荒々しいタイ仏教の地獄に落ちて、罪を償うと良いだろう。

地獄が本当にあるかはしらない。

だが、地獄が心にあるのは事実だ。

犯人にとって、己の聖地に等しい場所を、自分で汚した。それに気付かせてやればいい。後は、犯人には地獄だけが待っている。

そもそも此奴は、日本国内で、高齢者に対して邪悪な詐欺を繰り返していた鬼畜外道である。

それこそどうなろうと。

宮藤の知った事では無い。

「とりあえず、もう戻るから。 少し休みは貰えると思うから、ゆっくりするんだよ」

「分かりました」

「うん」

高梨は、最近体力も戻って来ている。

だが。それでも無理をする傾向があるので、宮藤は心配だ。

一緒についてきた部下。

正確には神宮司がつけた監視役の警官が、怪訝そうに聞いてくる。

「お子さんですか?」

「いいや、うちのエースだよ。 あの犯人が、タイに潜んでいるって完璧に当てた張本人さ」

「噂には聞いていますが、凄いものですね」

「生半可なプロファイラー数十人分の働きはするよ」

そのまま、石川と佐川にも連絡を入れる。

流石にご当地の菓子はない。

そう告げると、空港で菓子を買ってきて欲しいと言うので。

分かった分かったと、宮藤は答えるのだった。

 

タイから帰国。

今、国連が再編され、軌道エレベーターの作成のため全世界が動いている。それもあって、国内の治安も整備され。以前と比べものにならないほど暮らしは良くなっている。最貧困層ですら、普通に家を持てている。

それが今の時代だ。

宮藤自身は、今階級が警視長。

警視正の更に上である。

本来なら警察の幹部中の大幹部なのだが、宮藤としては居心地が悪くて仕方が無い。更に宮藤班は健在。

ただ場所だけは変わった。

前のように交通課の中では無く、電子戦装備と、籠城が出来る鉄壁の守りのあるビル一つが宮藤班である。

これは、流石に警察の大幹部クラスの階級の人間がいると、交通課の人達が萎縮してしまうというのと。

そもそも石川も佐川も居場所がないという事。

宮藤だって大して変わらないこと、等がある。

それで神宮司がポケットマネーを出し、石川の家からも宮藤の家からも近いビルを買い取り。

内部が空っぽだったそのビルに、警察用の電子戦設備を整え。

改めてスペシャリストチーム、宮藤班が誕生したわけである。

内部には強力なサーバルームも存在しており。

石川は事件がないときは、嬉々として其方に行って色々と弄くっている。石川スペシャルとでもいうサーバルームは、冗長性と堅牢性が尋常では無く。サーバが一つや二つ、ルーターが一つや二つダウンした程度ではびくともしない。

今では、警察内での立場もあって、各地の県警も口が柔らかくなっている。

ただ、一つ悲しい事もある。

落としの錦二こと、二郎は引退した。

半年前のことである。

神宮司が組んでいたAIが、錦二のテクニックを完璧にラーニングした結果。尋問用のロボットが完成したからである。

年齢的にもとっくに定年を過ぎていた二郎は、この機会に引退。

今は、老妻と一緒に盆栽を愛でているそうだ。

たまに会いに行くが。

やはり体の衰えが早いらしい。

もっとも警察が激務だった時代を経験した人だ。

今はロボットによる介護が充実しているとは言え。

それもまた、仕方が無い事なのだろう。

空港でお菓子を買うと。

そのまま宮藤班に戻る。

丁度石川が、ぼんやりしている佐川の顔をぬれタオルで拭っている所だった。本当になんというか。

佐川は高いIQと裏腹に、オツムがいつまでも子供だ。

その一方で、高梨とイマジナリーフレンドの会話を丁寧に解析し、完璧に犯人を追い詰めるには佐川は必要不可欠。

そして石川は、そもそも高梨がイマジナリーフレンドを作るための材料としての情報を作り。

裁判のための資料を作るために必要不可欠。

どちらも、宮藤班に必須の存在である。

宮藤班が結成してからそれなりに経つのに。

この関係性は変わらない。

二人が欠食児童である事も、である。

「ただいまー。 おいちゃんお菓子買ってきたよー」

「わ、どれどれ……」

「これがいい」

佐川が鷲づかみにして、お菓子をテーブルの上にどっちゃと出す。

行儀が悪いが、そんな事はどうでも良い。

佐川は仕事が出来る。

だから笑顔で見守らなければならない。

多分だが、佐川は良い上司がつけば、どこでも最強のスペシャリストとして評価されただろう人だ。

一方理解者がいなければ、きっとただの扱いにくい変人として。最悪家に閉じこもることになっただろう。

「分かりやすくなければ意味がない」だとか、「会社の役に立たなければ意味がない」だとかいう発言を時々聞くが。

それは無能な上司の寝言である。

そもそも人材を生かしてこその上司だ。

宮藤はだから。佐川も石川も、勿論高梨も。

全力で働けるように、環境を整える。それだけである。それで多くの迷宮入り事件が解決する。それで多くの犯人が捕まる。

行儀だとか礼儀だとかがそれらに優先すると思っているなら、一度病院に行った方が良いだろう。

欠食児童達がお菓子をむっしゃむっしゃしているのを横目に、軽く話をしておく。

「警視総監が連絡を入れてきてね。 数日後に、また大きな事件が来るそうだよ」

「んー、数日後って事は、迷宮入りですかー?」

「そうなるだろうね。 国内でもまだ迷宮入りしている事件は結構あるからね。 うちが幾ら対応しても終わらないよ」

「二郎さんのテクニックを完コピしたのに」

苦笑いである。

実は神宮司は、高梨のやっている事を完コピしてみようと、今までの資料を全て調べて見たらしい。

だが結論は不可能。

神宮司は実にIQ255という怪物だが、それでも不可能と結論したそうだ。

要するに高梨はそれだけの異能という事で。

当面代わりになれるものはいない。

だが、宮藤にはあまり嬉しい話では無い。

高梨の負担が大きいのは目に見えているからである。体力が最近はついてきている様子だが、それでもたまに話をすると、車いすからロクに動けもしないらしい。体中彼方此方欠損もしているらしい。

電子音声なのも、そもそも歯が総入れ歯で、舌だって引き抜かれてしまったから。

どんな人生を送ってきたのか。ある程度は知っているが、それでも何も言う言葉が見つからない。

昔仕事のストレスから煙草の吸いすぎで肺を痛めた宮藤だが。

それでも、高梨が主人格が存在しないと言ったときには。思わず言葉を失った。

昔、酷い虐待を受けた児童が。

自分と他人の概念を理解出来なかった、という話を宮藤は聞いた事がある。

高梨はきっとそれだ。

だからこそ、その凄惨さと。

凄惨だからこそ獲得できた人生の重みが分かってしまうのだ。

やりきれない。

「二人には仕事を回しておくから、軽く片付けておいてね。 ああ、ちゃんとダブルチェックは忘れないようにね」

「あいあい」

「分かってますニャー」

石川には比較的難しかった裁判資料の修正作業。

最近はかなり技術が進んでいるが、まだまだ石川の技能のが上だ。

というか、最新技術も貪欲に取り込んで使いこなしている石川が凄すぎるのであって。警官達が劣っているわけではない。

佐川には、警察が苦戦している事件について目を通して貰う。

うちが出るほどでは無いにしても、佐川が分析すれば糸口が掴めるような事件はあるのだ。

大半の、神宮司が手を入れているような事件がそれで。

その一部を暇なタイミングで回して貰っている。

神宮司にとっては暇つぶしらしいが。

宮藤にとっては、欠食児童達に少しでもちゃんとした生活習慣を身につけてほしいので。やってもらっていることだ。

生活のリズムを崩すと。

若い頃は良いが。

年を取ってから、絶対に滅茶苦茶になる。

特に自律神経をやられると、取り返しがつかない事になる。

石川も佐川も、ちょっと目を離すとすぐに滅茶苦茶をやり出すので。

この辺りは、宮藤が気を付けて目をつけていかなければならない所だった。それが、管理者としての上司である宮藤の仕事。

宮藤にはこれくらいしか出来ないし。

宮藤班で、唯一出来る事でもあるのだから。

仕事を見繕っておき。

ささっと石川と佐川が片付けるようなら、定時まで適当な作業を割り振り続ける。

勿論休憩も考慮する。

二人ともお菓子休憩が大好きだから。

逆にお菓子休憩に張りが出るように。

しっかり仕事も回しておくのだ。

さて。

定時が来た。

二人とも上がらせる。

石川は帰るが、佐川は家に等しい此処の寝室で眠る。石川は寝付くまで側にいるそうである。

最近は佐川が起きている時間が少しずつ長くなっているが。

それでも寝る時は瞬間爆睡だ。

そのため、行儀よく寝るように整えるだけで良いらしいが。

着替えた後、別方向に帰る。

宮藤班の平和な一日はこれで終わり。

高梨も、自室で今日はゆっくり出来ているはずだ。

すぐに、次の難事件が来る。

これは予言では無く事実。

どんなに社会が平和になっても。

この事実だけは変わらない。

屑は世界に一杯いる。人間の社会がどれだけ良くなっても、人間という生き物が変わらない以上、どうしても酷い目に会う人はたくさんいる。

それが現実であり。

だから警察は必要になる。

警察が機能していないような国だと自警団が必要になるが、そういう国はそもそも今の時代にはほぼ存在していない。それでいいのである。

二日後。

早速難事件が来た。

神宮司が回してきたのである。

本来なら、事件一つ一つに警視総監が目を配るなんて事はできっこないのだが。

IQ255の怪物にはそれが出来る。

かのノイマンは頭の中に広大なホワイトボードを擬似的に構築していたらしいが。

神宮司も似たようなことをこなせるらしい。

いずれにしても、生半可なPCなどでは手に負えない怪物であり。

恐らく全ての警官の名前と所属、階級と経歴を知っているだろう。

あの、先代警視総監が。

経歴がバケモノで。文字通り実力で警視総監までのし上がった怪物が。

後継者に指名するだけのことはある。

事件も、普通に捜査一課に回していたら、どれだけ時間が掛かるか分からないものだった。

だが、関係無い。

さっそく宮藤は事件の内容に目を通す。

連続殺人事件だ。

どうやら、何カ所かで起きていた殺人事件が。

一つの線でつながったらしい。

しかしながら犯人自体は皆目見当もつかない。

だから、宮藤班でどうにかしてほしいという事である。こう言う事件については慣れきっている。

故に、宮藤班が対応し。

捜査一課の手間を減らす。

そうすることで、犯罪対処能力を上げて。

社会の不安と不満を少しでも取り除くのだ。

すぐに資料を石川に回して、分別して貰う。佐川が資料の分析を開始。

四つの県で起きた事件だが。それぞれの捜査一課に宮藤から連絡を入れて、資料を回して貰う。

無差別のシリアルキラーの可能性もあるが。

殺された四人には、それぞれ共通点がある。

金を大量に持っていて。

そしてグレーゾーンスレスレの事業をしていた、という事である。

いずれも褒められた人間では無く、鬼畜外道と称して良い輩だったこともすぐに資料を見て分かった。

かといって、義賊的行為を許して良い訳でも無い。

宮藤は見て来た。

義賊と呼べるような事をした犯人はいたにはいたが。

その過程で、多くの人に迷惑も掛けていた。

義賊とは。

ピカレスクロマンにしか棲息しない架空の生物だ。

ミステリにしか存在しない名探偵と同じ人種である。

故に、宮藤は犯人を追い詰め、捕まえなければならない。相手にどんな事情があろうとも。

出張の準備を整えて。

後は石川に任せる。

宮藤班のビルを出ると、警察用ロボットが此方を見送るので。後は頼むと敬礼をしていく。

宮藤がいないとき、石川や佐川を守るのは、あの警察用ロボット。

そしてあの警察用ロボット達の戦力は、宮藤が一番知っている。

圧倒的な戦闘力は、特殊部隊の一チームくらい相手にもしない。

故に、後ろを任せられる。

タクシーと電車を乗りついで、捜査本部に出向く。

手帳を見せると。警視長という階級と、宮藤という名前を見て、捜査本部長が愕然とした。

宮藤班が来た。

それだけで、色めき立つ現場。

これで勝ったも同然。

そう思う者もいるようだけれど。

それは違う。

宮藤は言っておかなければならない。

「ええ、今まで宮藤班は数多の難事件を解決してきました。 しかしそれは、宮藤班のみで出来た事ではありません。 現場百回の精神で現地を捜査する捜査一課の刑事達。 現場を埃一つ逃さず徹底的に調査する科捜研。 様々なバックアップチーム。 いずれもが挙げてくる情報がなければ、宮藤班は真実にたどり着けません。 ましてや今回は、相手が連続殺人犯である可能性が高い。 連携していきましょう」

宮藤班を、ミステリの名探偵と同じように考えられては困るのだ。

あくまで宮藤班は宮藤班。

高梨というエースがいて。そのエースに正しい情報を回す事で、どんな犯罪者でも追い詰められる特別なチーム。

だがそれには正しい情報がいる。

情報が間違っていたら。

どんなに高梨が凄くても。どうにもならないのである。

故に、現場の警官達とは連携が必須だ。

宮藤は、現場の指揮権を奪うつもりもないし。捜査本部長の判断にも従うと明言する。それで捜査本部長はほっとしたようだった。

更に、捜査本部長に話す。

「警官の仕事は、市民の盾になる事、犯罪を防ぐこと、犯罪者を捕らえて司法に引き渡すことです。 これに関しては、階級の上下なんて一切関係がありません。 貴方は警部で、私はそれより階級が上かも知れませんが。 そんな事は気にしないでください。 ともにこの事件を解決しましょう」

「おお……分かりました!」

まだ若い警部だ。

たたき上げで抜擢されたのだろう。

どんどんたたき上げを優遇する制度は浸透している。このため、キャリアも学歴に起因する知識とスペックを生かそうと必死だし。学閥とかくだらない権力闘争を止めて、事件解決に全力で取り組むようになっている。

良い事だと宮藤は思う。

すぐに皆を手分けして、事件の解決を始める。

現場の情報を、すぐに石川に送り。

佐川と一緒に分析して貰う。

石川が送り返してきた現場図を見て、捜査本部長が驚嘆の声を上げた。

この短時間で、これを。

まあそう驚くのも当然か。

裁判で即座に使えるほどの代物だ。

勿論捜査にもすぐに役立てる。

「貴方の所には凄い人材が揃っていますな」

「何、私だけが凡人なんですよ。 宮藤班はみんな異能の者で、私だけがただの捜査一課のはぐれ者なんです」

「……」

「さあ、事件を解決しましょう。 宮藤班が全面バックアップします。 数日以内に片付けますよ」

意気が上がる。

ざっと見た所、この事件の犯人は。次の事件を起こせないだろう。

宮藤班が出てきた。

それは既に聞こえているだろうし。

何よりも厳重な検問が敷かれている。

もしも次の事件を起こそうものなら、即座に逮捕される。

そう判断して、一旦身を潜めた可能性が高い。

だが可能性が高いだけだ。

次の手を早急に打たなければ、やはり犠牲者が出るだろう。

それは許さない。

更に言えば。犯人から何かしらの鬼畜外道の証拠が発覚したら。そいつは法によって裁く。

今は一時期のような、金さえあれば何をやっても許される時代では無い。

法によって。

悪は的確に裁かなければならない時代なのだ。金持ちだろうが、法で裁く。そして裁判で、金持ちである事は関係無いのである。

何しろ裁判は、殆どAIで自動的に廻し。

人間が介入する余地はないのだから。

殺人現場に出向く。

接待は不要と告げて、一刑事として殺人現場を見る。なるほどと判断し、高梨へと情報を送る。

これで、恐らくは。

近いうちにイマジナリーフレンドが構築できるはずだ。

捜査開始から二日目。

高梨から、連絡が来た。

「犯人のイマジナリーフレンドを構築できました」

「そうか。 無理をしないで、確実に情報を引っ張り出してね」

「はい。 分かっています……」

「高梨ちゃんの体が一番大事だからね。 だから、無理だけは駄目だよ」

しっかり言い聞かせる。

その後、捜査本部に戻る。

この事件もこれで解決だな。

そう、宮藤は確信していた。

 

エピローグ、宮藤班此処にあり

 

山奥の廃炭鉱。

そこに潜んでいた犯人が、宮藤班の手によって見つけ出され、捕獲された。

警察犬でも追えなかったのに。

捜査本部の警官達は、どうやって分かったんだと顔に書きながらも、喜んでいる。そして犯人は。

あらゆる全てをズバズバと見抜かれ。

堪忍したのか、全てを話し始めていた。

遠隔で全てを見ていた。

神宮司は、頬杖をついたまま、全てを見て鼻を鳴らす。

自分の後継者を作るように。

最後に先代警視総監に言われた言葉がそれだ。

だから、デザイナーズチルドレンを作るプロジェクトの過程で、自分と同じ遺伝子が抽出されていたので。

それを育成するように指示は出してある。

後は全てのノウハウを叩き込むだけ。

後継者としてはそれで充分だ。

今の神宮司以上のスペックは、警視総監をやってみて分かったが必要ない。そして他の高級官僚も、神宮司を見て恐れてはいても。権力欲のなさは理解しているようなので。文字通り触らぬ神に祟りなしと扱っていた。

それでいい。

宮藤班がまた実績を上げた。

それを実際にやったのはあの高梨だ。

高梨の能力だけは、どうしてもコピーできない。

相手に尋問するテクニックは、既に警察用ロボットにノウハウを蓄積させられたのに。これだけはどうにもならないのだ。

そして高梨は一品モノ。

その育ちも無茶なら。

その能力だって、本来は人間が得られるようなものではない。

だからこそ、困っている。

宮藤班に関しては。

後継がいないのだ。

現場の競争を横目に、高梨のカルテを見る。

今の時点では体調は安定しているが。そもそもそれほど長くは生きられないだろうという報告もある。

それはそうだろう。

このカルテを見る限り、体中を滅茶苦茶にされているのだ。今まで生きていただけでも不思議なくらいである。

警視総監から引き継がれ、高梨が何処にいるかは知っている。

宮藤が引退するときにあわせてやろうとは思っているが。

それはまだ先になるだろう。

あくびをした後。

ベルを鳴らして部下を呼ぶ。

すぐに黒服サングラスのSPが一人飛んでくる。神宮司班の頃からのSPで、相応に信頼している部下だ。

「何用でしょうか」

「宮藤班に次に回す事件を見繕うように」

「了解しました」

勿論このSPが決めるのでは無い。

候補を持ってくるので、神宮司が決めるのである。

ぼんやりと見ている内に、犯人が完落ち。後は裁判用の資料を作るだけになった。

不意に、通話が掛かってくる。

スマホを見ると。

佐川だった。

最近、たまに佐川と話すようにしている。

会話が成立するのが佐川くらいしかいないというのもある。

実際問題、神宮司くらいIQが異常だと、相手にあわせないとなかなか会話がなり立たないのである。

その点、気楽に話せる佐川は楽だ。

「どしたの?」

「今回の事件、ちょっと負担が大きかった。 だから、次まで少し間がほしい」

「負担−?」

「そう。 高梨ちゃんの負担」

そんなものか。

確かに高梨は、毎回の事件で相当に負担が大きいと聞いているが。今回はそれほどに消耗が大きかったのか。

少し悩んだ後、根拠を聞く。

そうすると、佐川は分かるというのだ。

「これでも三桁の事件を一緒に解決していない。 高梨ちゃんは毎回負担が大きいけれど、今回みたいな……被害者の方が悪い事件に遭遇すると、本当に消耗する」

「アハー。 まあ被害者が元々タチの悪い悪質ソーラー企業で、山を滅茶苦茶にした挙げ句、天然記念物を蹂躙した上、反対した人間を影で不審死させたような連中だったしねー」

「どうして逮捕しなかった」

「どうしてって、もうだいぶ昔の出来事だし。 それに逮捕の準備は進めてはいたんだけれどね」

まだこれでも。

手が足りないのだ。

そう告げると、佐川は口をつぐむ。

だが、神宮司としても。

宮藤班の有能さと有用性は理解している。だから、袖にするつもりはない。

「分かってる。 次の事件に関しては、いつもより二日くらい多く休暇を取るよ。 その分「そっちの二人」は働いてちょんまげ」

「……分かった」

「じゃね」

二人。

石川と佐川だ。

そもそもこの二人だけで、生半可なプロフェッショナル十人分以上の仕事をそれぞれにするのだ。

この二人の実力を知った警視長クラスの警視庁幹部が、こんな人材を独占しているのはずるいと直訴して来た事もあった。勿論取り下げたが。

あの二人がいてこそ。

宮藤班は最強のプロファイリングチームとして機能する。

だから、外す訳にはいかないのである。

その代わり、別事件の処理を、暇なときにやらせている。

妥協案はきちんと飲んでいるのだ。

それ以上の好き勝手を言わせるつもりは無い。

さて、SPが仕事を持ってきた。

どれもこれもが、筋金入りの迷宮入り事件ばかりだ。

その中で、恐らく犯人が生きているものを見繕う。

そうして、手元に残し。

後は資料室に戻させた。

ざっと内容を確認する。

10年ほど前に起きた迷宮入り事件で。三人の死者が出ている。いずれも不審死扱いだが。

恐らく他殺だ。

この辺りが曖昧なので、今でも捜査に当たっている刑事がおり。

それで人生が全て台無しになりそうである。

故に今回、宮藤班を投入し。

事件を一気に解決する。

だが、佐川との約束だ。

それに、高梨は消耗がひどいとも聞いている。医師の話によると、体力はついてきているらしい。だが再生医療に耐えられるほどの体力はないと言う事で。更には、高梨の精神構造はもはや一種の病人のそれで。再現するには非人道的な行程が必要不可欠だろうとも。

それはそうか。

神宮司でさえ再現は無理だと考えるほどなのだから。

とにかく、メールを設定。

指定された日に、宮藤班に送るようにする。

そして、宮藤にも連絡を入れる。

二日、休みをやるから。

ゆっくり休むようにと。

宮藤は喜んだのか分からない。だが、有難うございますとだけメールで返してきた。喜んだにしても、高梨のために喜んだのだろう。

宮藤とは。

そういう男だと、神宮司は知っていた。

 

多くのイマジナリーフレンドがいる。

高梨は、目を覚ますとそう思った。

頭の中に、たくさんのイマジナリーフレンドがいて、皆眠っている。全てをもう表に出すつもりはない。

頭の深層には、もっともっとたくさんのイマジナリーフレンドを詰め込むことが出来る。それこそ今の何百倍も。

だから、仕事は出来る。

少し、時間が空いて。

それは休息だと宮藤に言われた。

休むようにとも。

休んでいる間、考えた。

どうしてこうも酷い事ばかり世の中では起きるのだろうとも。

色々な人間を、イマジナリーフレンドを通じて見て来た。正確には、情報を通じて、なのかも知れない。

だけれども、幸福な人間は多いようには思えなかった。

今の時代は、社会が一番平和で安定していると聞いている。

悪かったことがどんどん改善され。

どんどん平和になり。

宇宙時代へと進んでいると。

だけれども、高梨が直接見る人間の深奥は、地獄ばかりだ。其所に本当に幸せはあるのか、疑ってしまう。

更に言えば、高梨は思うのだ。

このまま行くと、きっと高梨はそんなに長くは無い。

高梨が死んだ後、宮藤班は前のように活動できない。その時は、どうなってしまうのだろうかとも。

生きなくてはならないのか。

地獄のままで。

宮藤のことを思い出す。

直接は会わせて貰えなかったが。宮藤はずっと高梨の事を心配してくれていた。

石川や佐川もそうだ。

会うことさえ出来なかったが。

それでもよく分からないが、人間的なつながりはちゃんとあったと思う。

三人のために頑張るのなら。

それはそれでありかも知れない。

生きよう。

そして事件と闘おう。

そう。

高梨は、静かな病室で思ったのだった。

 

(イマジナリーフレンド二次創作、シャドウフレンド完)