蜘蛛と小鳥

 

序、出来る事と出来ない事

 

ゲームを作ると言うのはとても大変だ。

最近は環境が整ってきたが、昔はもっと大変だった。更に言えば、最近でも基礎プログラムから組む超人はいる。

しかしながら、である。

どれだけこだわっても、ゲームは面白くなるとは限らないのだ。

ゲームバランス。

デザイン。

UI。これらの全てが重なりあって、始めて面白いものが出来上がるようになってくるのである。

ある国民的な狩猟ゲームが、一時期チートの横行で問題になったが。

これなどは難易度が高すぎることや、大量の素材を必要とする武器防具などのバランスに大きな問題があり。

安易にチート。つまりインチキに走りがちな環境が作られた、というのも要因である。

苦行を自慢するために行うのがゲームではなく。

面白く遊ぶためのものがゲームなのだ。

そして、極めて難しい事に。

ゲームバランスの調整という奴は、神がかった勘が必要になってくる。

作っている人間の技量が高すぎると、異常過ぎる難易度のゲームを平然と客にお出ししてしまうし。

どれだけこだわったプログラムを組み込んだゲームでも。

哀れ素通りされてしまうのである。

石川能野子はそんな苦悩を味わった人間の一人。

ゲーム作成を開始したのは七歳の時。奇しくも、プログラミングが学校の授業などで本格的に取り入れられていた頃。

適正があったのだろう。

ガンガン自分で学んでいきながら。自分でも過去の名作みたいな傑作を作りたいと言う野望に噴き上がった。

幼くしてゲーム作成のサークルに参加。

オンラインでのみ結成されるサークルは珍しく無く、年齢一桁の石川が加わっていることに誰も疑問は抱かなかった。

ゲームエンジンを作成してみせると、サークルの皆は大喜び。

うちに凄い新人が来てくれたと、みんな感動していた。

それが、最悪の成功体験となってしまった。

以降、どんどん難しいものを任された。

モデリング。

物理演算。

それらは良かった。

だが、致命的な事に、十四くらいになった頃だったか。

ゲーム全体のデザインを任されたとき。恐怖の時が始まってしまった。

その頃には、サークルには相応のファンがいたのだが。

ゲームがオンライン販売された瞬間、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのである。

そう。

石川にはプログラミングの才能はあっても。

ゲームのバランスデザインの才能は0だったのだ。

結果、クソゲーと満場一致で言われてしまい。

このサークルはもう終わりだとか。

戦犯は誰だとか。

怒号が飛び交った。

元々コアなファンが多かった、という事もある。インディーズゲーというのはそういうものであるからだ。

余計にネットでは罵声と、それ以上に哀しみの声が飛び交った。

成功体験が、地獄に叩き落とされた瞬間である。

以降、石川は。

ゲームを作らなくなった。正確には、自分主導でゲームを作れなくなった。

おりしも、自分が大嫌いなインディーズサークルのゲームが記録的なヒットを飛ばし。それが別に出来が良かったわけでもなく、単に話題性などが重なった結果であったことが、更に心に傷を作った。

サークルには所属し、ゲームエンジンのアップデートや。キャラクターのモデリングまではやった。それくらいはまだ出来た。ノウハウもあったし、誰よりも出来た。今でも仕事にしている程なのだから。

だが、それ以上は、頼まれても絶対にやらなくなった。

しかも、である。

石川が製作総指揮を退いた次のゲームから、またサークルが作るゲームの評判が復活。

石川のハンドルネームは、「サークルクラッシャー」とかいう渾名で呼ばれるようになってしまった。

昔使われていた意味とは、違うようではあったが。

それでも、最大限に不名誉なものである事は事実だった。

一応、石川がまだ学生、それも中学生である事を知る身内は相応に優しかったけれども。それも、情報として公開することは出来なかったし。

情報として公開できない以上、周囲の暴威から庇うことだって出来なかった。

落ち込む石川。

ゲームエンジンは、大手が採用しているもの以上のものを作り。

物理演算も素で暗算できるようになっていた。

しかし、作りたいと願った名作は作れない。

色々な才能はあるのに。

本当にやりたいことだけは才能がない。

こんな地獄があるだろうか。

時間は容赦なく過ぎ。

今、いろいろな経緯の結果、石川は警察にいる。そして、事件現場の再現CGを、作る仕事をしていた。

ゲームで色々な状況を作っていた石川である。

誰もが息を呑むほどリアルな状況再現を、簡単ポンに作る事が出来た。

だが、それしか能がないと最初言われ。

今いる部署に落ち着くまでは、随分と周囲から暴言も吐かれた。

一芸しかない。

だが、それでいいのだろうか。

結局、一歩も進めていないのではあるまいか。

そう、石川は思っている。

「石川ちゃん、新しい仕事だよ」

「はーい」

上司である宮藤が来る。

さえないおっちゃんだが、石川と。その相棒でもある佐川響子の面倒役として、頑張ってくれている。

上との調整はとても石川にはできない。

調整で苦労した経験もある石川には、この冴えないおっちゃんが実の所とても理想的な上司であることは分かっていた。調整に関しても、相手に媚を売るのでは無く、きっちり時間稼ぎをして来たり、此方に有利な条件を分が悪い相手から引きだしてくれる。

それにこの人、飄々としているようで警官としてのプライドもきっちり持っている。

犯罪を起こさせない。

犯罪者を野放しにしない。

この二つをかっちり守るために、自分のプライドを捨てられる。それをプライドにしている。

そんな人だから、部下としてきちんと従っているのだ。

なお、宮藤は石川や佐川、更にはプロファイリングに近い事をする高梨のような一種の異能はないから。

それだけやってくれれば充分すぎるほどであるのだが。

「ちょっと内容に目を通してくれるかな。 出来れば佐川ちゃんと一緒に」

「わかりましたー」

「うん、じゃあそれでよろしく」

資料を渡される。

捜査一課はとにかく忙しいし、スピード勝負だと聞いている。殆どの場合、地道な捜査で解決できてしまうのだが。

たまに時間が掛かりそうなものや。

捜査一課では手に負えなさそうなものが。

此方に回されてくるのである。

昔は、語尾を伸ばすなとか、キャアキャア五月蠅い上司についてうんざりしたこともあったが。

宮藤はそういう事を言わないので、とにかく居心地が良い。

資料にざっと目を通しながら、佐川に連絡。連絡しないといつも寝ているので、そうして起こして呼び出す。

それでパジャマを着ている佐川を着替えさせて、それから仕事だ。

今回はまた、変な事件だった。

家の中で死んでいるのが発見された被害者。男性31歳。死後一週間過ぎている。しかしながら、部屋には冷房がガンガンに効いていた結果、死体の状態は悪くなかった様子だ。

この時期に冷房、とも思ったが。

どうやら決まった気温でなければ我慢できない過敏な体質だったらしい。

それはまあ、仕方が無いのだろう。

それはそれとして、だ。

どうもあれこれおかしいのである。

資料を佐川と一緒に見て行く。

佐川響子は、2030年頃から試験運用開始された飛び級制度の実施者だが。頭が良すぎて、飛び級先でも上手く行かなかった。

推定IQは250とかいう話で。

軽く話を聞いただけで、大体状況を把握してしまうので、アームチェア探偵とか言われている。未成年で警察で暮らしているが、これは「外部協力者」扱いである。

こんな人材がいるのだが。

しかしながら、実際にこのチームのエースは高梨である。

オツムのスペックがどんだけすごくとも。

高梨のは、ちょっと次元が違うというのが実情だ。

アレは文字通りの異能なのである。

「これは他殺は確定だけれど、何か倒れ方がおかしいにゃー」

「その通りなんだよねー」

即座に物理演算してみる。

死体はかなり綺麗な状態だったが、死後硬直もとっくに終わり、既にぐったりと脱力している状態だ。

背中から不意を打たれたにしてはおかしいのである。

というのも、家の外側に向けて倒れているのだ。

要するに、家の内側から刺されているのである。

しかも、この家には。

被害者以外の痕跡は発見されていないのだ。

事故死はあり得ない。

残された包丁には指紋もないが。この包丁、そもそも被害者が購入したことが確認されているもので。

しかも、背中側から骨を避けて綺麗に致命傷が入っている。

その上悲鳴をもらせないように、口まで抑えた形跡がある。

そんな状況で、一切痕跡を残していない。

DNAも毛髪も。

何も残っていないのである。

教師など、他人と接する仕事だったらまだ話は分かるのだが。この被害者、どうもテレワークをしていたらしく。

一方で、他人を家に入れない人間とは思えない程、几帳面に家の中は片付いてもいたのだった。

捜査一課が困惑する訳である。

なお、周辺の監視カメラなどの情報も入っているが。被害者が一人で帰宅する映像が映し出されている。

それだけである。

数週間遡っても、誰かが被害者宅に侵入した形跡は無いし。

更に言えば、もっと前から誰かを匿っていたのであれば、それはそれで絶対に痕跡が残る筈である。

なるほど、捜査一課が匙を投げる訳だ。

というか、向こうの抱えているプロファイルチームもお手上げの様子である。

資料を見せられたが。

やはり、口を塞げる同程度かそれ以上の体格の持ち主が、何かしらの方法で侵入。ドアに背を向けた被害者を奇襲し、刺し殺し、玄関から逃走した、としか分からなかったようだ。

そんな事はこの状況を見れば誰だって分かると石川も笑いたくなるが。

しかし笑い事では無い。

殺人犯は野放しである。

そしてこの手の輩は、成功体験で行動をエスカレートさせる事が多い。

いわゆるシリアルキラーにでもなられたら大変な被害が出る。

更に言えば、被害者は身長173センチのそこそこ大柄な男性で。それを抵抗もロクにさせずに刺し殺していると言う事は。

相応の体格の犯人という可能性が高く。

もし殺しに味を占めでもしたら、被害者がどれだけ出るか分かったものではない。

「とりあえず資料集めかな。 まだちょっと足りないニャー」

「了解。 こっちは物理演算でもうちょっと現場状況を調べてみるよ」

「おっけ、手分けして動こう。 二時間後にもう一度情報整理ね」

打ち合わせはそれで終わり。

後は集中すると。

二人、カスタマイズしたPCに並んで。凄まじい速度で打鍵しながら、作業を進めていく。

しばらく無言で作業を進めていくと。

面白い事が幾つも分かってきた。

まずこの被害者の家だが、痕跡がまったく存在しないというわけでもなさそうなのである。

捜査一課が調べてきたデータを見ると、確かに現場には痕跡がないのだが。

見つけた。

妙に負荷が掛かっている家具が幾つかある。

冷蔵庫などは、既に処理しているようだが。稼働時に使っている電気料などが少し大きい。

要するに密かに、何者かが此処にいた、と見て良さそうである。

大体被害者にしても、後ろを振り向こうとしたところを刺されているが。

何か危険なものに体が反応したというよりも。

それこそ知っている相手に声を掛けられて、何だろうと振り返ったという雰囲気なのである。

演算で動かして見ると、その辺りが浮かび上がってくる。

周囲の資料について、徹底的に調べている佐川も、ふーむと唸る。

やがて、二時間後。

結論は出た。

「犯人かわからないけれど、誰か別に住んでたねこれ」

「うん、間違いないニャー」

「でも、どうやってこれ痕跡消してる? どんなに潔癖症でも、どう考えても厳しいと思うけれど」

「コレ見てくれる?」

捜査一課は家の周囲もしっかり確認している。足跡の痕跡までがっちり調べている。この辺り、捜査一課は決して無能では無い。

足跡に不可思議なものは発見できないが。

一つ。おかしいのがあると言う。

「これ。 バックトラックだね多分」

「……確か、動物が追跡者を撒いたり奇襲したりするときにやる奴だっけ」

「そうだにゃ」

バックトラック。

自分の足跡に正確にたどり、脇にある藪などに不意に飛び退く手である。

ヒグマなどがやる事が知られていて。時に歴戦のハンターでさえ、これに引っ掛かる事があると言う。

つまりだ。

犯人は、被害者と全く同じ靴を持っていて。

体格もほぼ同じだった、と言う事か。

「双子の線は?」

「いや、双子では無いね」

「……そうなると」

「可能性は幾つか思い当たるけれど、この辺かな。 とりあえず分かった事はまずまとめておこうねー」

佐川も頷く。

そして宮藤のスマホにメールを送ると。

二人揃って、神速の打鍵で報告書と物理演算の結果を出す。どうやって被害者が死んだのかのデータを正確に出して、それで報告資料に添える。

宮藤が来たので、報告。

捜査一課に報告してくれると言う事だった。

「短時間で幾つか進展を出してくれると嬉しいねー。 後は高梨ちゃん頼みかな」

「犯人像が掴めないんですよね。 被害者についての資料が足りないので、ありったけ高梨ちゃんに廻してくださいー」

「うんうん、分かってるよ」

なお、今回の件だが。

犯人は捕まっていない。

要するにそれだけ時間が足りない、という事である。

急がないと犠牲者が出る可能性もある。

だが、調べて見た感じ。

どうもこれは、シリアルキラーや、その予備軍の仕業ではないように石川には思えてきていた。

というのも、これは人間を殺すことを楽しんでいる輩の動きではないように思えるのである。

強いて言うのであれば、これは滅茶苦茶高い技量を感じるのだ。それこそ、すっと殺しているような。更に現場からの逃走も鮮やかすぎる。

それも年単位で醸成されたような。

さて、その辺りは、プロに任せるしかないか。

いずれにしても、後は他の仕事をやるだけである。

頼まれているモデリングなどをやっておく。裁判などで使う資料である。裁判などでは、どうしても必要になってくる再現映像だが。最近ではほぼ実写と同じクオリティで作る事が求められる。

会議などで出す資料では、ゲームキャラをモデルにする事で茶を濁せるのだが。

裁判用はそうもいかない。

捜査一課が既に解決した事件などの、裁判用資料も作る事を求められたりするので。暇な時間はそれをぱぱっとやってしまう。

そして本当に暇になったら佐川とゲームをやる。

こっちは仕事をしているのだから、仕事が終わった後に何をしようと文句を言われる筋合いは無い。

昔は周囲に失礼だから仕事をしているフリをしろとか色々鬱陶しく言われたが。

宮藤の下についてからは、そういう無意味なまなーについてのあれこれもなくなったので有り難い。

作業を速攻で終わらすと、もう寝ようとしている佐川を引き留めて、ゲームをする事にする。

もう流石にほぼ引退した、古巣。自分がいたゲームサークルの最新ゲームである。

とはいっても、仕事場で流石にやる事は出来ないので、用意して貰っている仮眠室でやる事になるが。

なお、佐川は頭は良いのだが。

ゲームの腕はからっきし。

まあ、頭を使っている部分が違うのだろうなと思う。

「さて、後は高梨ちゃんがどう出るかなー」

五連勝して、佐川がひね始めた辺りで、一旦ゲームを切り上げる。

次に何が来るか分からない。

このタイミングで寝ておこうと、石川も決めたのだった。

 

1、誰かがそこにいた

 

高梨の所に資料が来た。

それを見て、しばらく黙り込んだ後。考え込む。

少し資料が少ない。

一度宮藤と話す。もっと、どうでも良いことでもいい。被害者について、資料がほしいと。

考えた後、宮藤は捜査一課に連絡して、機密事項のデータを引きだしてくれた。

宮藤は昔、捜査一課にいたという。

古巣のコネもあるのだが。

それ以上に、宮藤が実績を上げていることが、こういうスムーズな行動につながっているのだろう。

捜査一課は過酷な職場だと聞いている。

実績を上げられないチームに対して、裂くリソースは無いだろう。

宮藤班は大きな業績を上げているので。

捜査一課としても、難事件の解決時間を早めるためにも。宮藤班に資料を回さなければならないのである。

捜査一課にはプライドがあるかも知れないが。

それを優先して。

人が死ぬことを許してはならない。

ましてや今回の件。

犯人は逃走中なのだから。

資料を追加で回して貰い。その間に石川の作った物理演算データと、佐川の作った資料も確認しておく。

何だか妙だ。

なにかすっぽり抜けているような気がするが。

ともかく、被害者の人格から作る。

イマジナリーフレンドを頭の中に自由に作る事が出来る高梨は。資料さえあれば、そこにいない人間をほぼ完璧な人格で、イマジナリーフレンドとして再現出来る。

物理干渉能力こそないが。

自分の口を通じて、喋る事も可能である。

これによって解決してきた事件は、既に五十件に達している。

いずれも捜査一課がらみの難事件ばかり。

どれもが大幅に事件解決までの時間を短縮しており。それにより、捜査一課も宮藤班に文句を言えない状況になっていると聞いていた。

そして、今後も動きやすくするために。

実績は積んでおかなければならないのである。

さて、被害者を頭の中に再現するが。

どうも動きが鈍い。

やはり妙だ。何かキーになるピースが欠けているように思えてならない。

しかし、資料は全て出して貰ったはずである。

捜査一課の調査能力は、宮藤が保証するレベルで。

世界の警察でもトップクラスである。

この国の警察は、荒事への対応は苦手だが。

こういった地道な調査に関する能力に関しては、世界でもトップクラスである。ガンであるキャリアさえ排除できれば、相当にスムーズに動く事が出来る。

それでこの結果となると。

腕組みした後、今回は少しばかりやり方を変えてみることにする。

立て続けに、犯人の人格も作り出してみる。

こっちは、被害者の人格以上に何かが足りていない。

空虚だ。

しばらく考えた後。

資料がないなら、此処からやっていくしかないと判断。

被害者の人格を呼び起こして、話をしてみることにする。

少し空虚な部分があって、どうもたどたどしいが。こればかりは仕方が無い。話をしていく事にする。

軽く挨拶をした後、話す。

友人ということに設定を軽く弄っているが。

それ以外に影響は出ていないはず。

話してみると、被害者は、想像していたよりもずっと快活な性格をしていた。

もう十何年か前か。世界的な疫病の流行があって、一気にテレワークが普及する切っ掛けになったが。

別に家に籠もっているからと言って、寡黙だとか、内向的だという事も無くなったし。

何よりも、閉鎖環境での怒鳴りあいもなくなり。

仕事の効率は、テレワーク普及前より爆発的に向上した、という現実が存在している。

話している分には、特に問題を感じない。

「それで、農業をしていたとか」

「そうそう。 うちは牛の世話をするシステムの開発をしていてね。 詳しい話をききたいかい?」

「是非お願いします」

高梨は人格を八つ持っている。その中のうち、一番相手に丁寧に接することが出来る人格を今回は選択する。

今回話をする被害者は、どうも相手に何か教えているとき機嫌が良くなるようなので。

まあ、これが妥当な人格だろう。

高梨自身はどうも思わない。

別にDV野郎でもないし。

攻撃的な性格の相手でも無い。

話していて、特に感じる事はなかった。

「それで貴方、家の中に誰か一緒にいましたよね」

「……」

ふつりと、言葉が途切れる。

やはり空虚だからだ。

人格に欠損が生じている場合。要するに資料が足りない場合、こういう欠損行動を起こすことがある。

殆どの場合、PCがフリーズするように固まってしまうか。

それとも繰り言を口にする。

今回の場合はフリーズのケースだ。

駄目かな。

そう判断して、犯人に話を聞こうかと思ったのだが。いきなり、被害者が復旧した。

「僕の家の中に誰かがいたかは事実だけれど、それをどうやって知ったんだい?」

「貴方死んだんですよ」

「……ああ、そうか」

これも、人格を弄っている。

もしも本当に本人がこの場にいたのなら、死んだと知った時点で取り乱したり、逆に此方を馬鹿にして笑い出したりするだろう。

「死を受け入れさせる」。

そういう改造を人格に施している。

意外と死を受け入れられない人というのは多い。

この、イマジナリーフレンドとの会話作業をしているときも。昔はこのパラメーターの変更をミスしたりして。イマジナリーフレンドが錯乱したりすることがあった。そういうときは大慌てでイマジナリーフレンドを再構築したりして、時間をロスしてしまうこともあった。

何よりイマジナリーフレンドを作ると、非常に精神の消耗が激しいのである。

何度もかんども、イマジナリーフレンドをつくって、会話できるほど高梨には体力もないのだ。

悲しい話ではあるのだが。

体を無茶苦茶にされたし。

基礎体力そのものを作る機会が高梨にはなかったのである。

「僕は殺されたのか」

「こうやって」

再現画像を出す。

しばらく黙り込んでいた被害者だが。

やがて、重い口を開いた。

「実は、僕は確かに匿っていたんだよ」

「知っています」

「だけれども、多分匿っていた人間と、犯人は違うと思う」

「……」

驚くのでも、否定するのでもない。

話を順番に聞いていく。

まずどうやって生活痕跡を消していたのか。

それについては簡単だと、被害者は言った。

「僕が匿っていた人は、同じ部屋にだけいてもらったからね。 其所から外に出ることも無かった」

「……尋常な状況ではないですね」

「だってとても可愛かったのだもノ」

不意に被害者の口調が壊れる。

何かしらの逆鱗を踏んだり。

或いは人格には触れてはならない部分があるが、それに不自然に触れると。こういう拒絶反応が起きたりする。

けらけらと笑った後。

不意に被害者が言う。

「例えばあの子とあったのは五年前の事。 一目惚れだったよ。 だから、徹底的に調べた後、家に連れて来たんだ」

「……」

「最初に惚れた子を家に連れてくる前に、部屋だって準備した。 その部屋には色々細工があってね、建築基準法にも違反しているんだけれど……まあ多分、警察もまだ存在に気付いていないんじゃないのかな」

友達だから話すんだと。

少し言葉に狂気を帯び始めた被害者が言う。

別にそれくらいはどうでもいい。

それ以上に狂っている奴なんて。

それこそ幾らでも見て来た。

そもそも高梨の母親がそんな一人だった。それこそ、人格がなくなり。自分と他人の区別が付かなくなり。擬似的に八つの人格を生やして対応しているほどなのだ。今更、狂人なんて見た所で何とも思わない。

「嫌がりませんでした?」

「嫌がるわけがない。 だって僕たチは相思相愛だったんだカら」

「ふむ、それで続きをお願いします」

「あのこたちのために用意した、世界で最高の生活空間。 僕は親から資産を引き継いでいたから、それなりにお金はあってね。 だから、自分で生活空間を作って、そこで蜜月を過ごしたんだ。 多分、まだそこにいるんじゃないのかな」

多分それは無いだろうなと思う。

それにしても、だ。

捜査一課は、家の中も調査しているはずだ。どうやってその目を誤魔化した。

一度被害者の人格を眠らせると。

高梨は連絡を入れる。

宮藤がすぐに出たので、話をした。

「……なるほど、被害者は犯人を監禁していた」

「いえ、そう判断するのはまだ早いかなと思いますねえ」

「どういうことだい」

「被害者は、誰かを監禁した、としか言っていません」

「……なるほど、とりあえず分かった。 捜査一課に、その話はしておく」

頷くと、対応を任せる。

一気に疲労が来た。

今回は不完全な犯人と被害者の人格を作り。半分狂っている被害者と話をしなければならなかった。

被害者はストーカー、それも重度の、だったのだ。

しかも目をつけた相手を、自宅に監禁し。拘禁して生活をしていた、という事になる。

どれくらいの期間監禁していたのかは分からないが。

だが、それにしても、一年や二年ではないだろう。

それに、だ。

どうも妙な予感がする。

それだとしても、説明がつかない事が多すぎるのである。

いずれにしても、少し休むとする。

床ずれが起きないようにロボットアームに調整を頼むと、そのままゆっくりと眠る事にする。

どうせ、捜査一課もこれから慌てて再調査するだろうが。それでも、すぐには結果も出ないだろう。

隠し部屋の類があったとして、見つけてもまず内部を調査する必要が生じてくるわけだし。

一時間や二時間で結果は来ない。

疲れに任せて、泥のように眠る。栄養は、点滴でその間補給しておく。

五時間か、六時間か。

眠って疲れを取って。起きだして、トイレに行く。

尿の色がもの凄いが、これは栄養を点滴で入れる時に、色々薬を入れているから、というのもある。

たまに警察がやとっている医者が来て、処置をしてくれるのだが。

その時も、此方を怖れている様子が分かるのである。

精神の方の病は、もう対応不能だと判断しているのだろう。

全くその通りなので、言葉も無い。

体も拭いたりする。

全身ぼろぼろ。縫い跡だらけ。最近は流石に傷も塞がってくれたが。監禁状態から救出された直後は、顔を再建したり、体を縫い合わせたりで、ずっと麻酔が入れられていた。体の抵抗力もその時落ちに落ちて。傷が塞がるまで随分時間も掛かったし。体中に残った傷跡は消える様子も無い。

連絡を確認。

そろそろか、と思ったタイミングで。宮藤から連絡が来た。

「高梨ちゃん、いいかな?」

「今起きた所です」

「ビンゴだよ。 流石だねー。 被害者宅の地下に、不可解な空間が発見されてね。 捜査一課が床を壊して入り込んだ所、どうやら監禁用の小さな部屋が見つかったよ。 其所で今、必死に鑑識が調べているみたいだね」

「死体でも見つかったんですか?」

しばらく黙った後。

高梨は言った。

「一人や二人じゃない。 最低でも五人、ばらした跡があったみたいだね。 これは、被害者がシリアルキラーだった、と言う事で間違いなさそうだ」

ため息をつく。

そうなると、被害者の人格の構成からやり直しか。

そして、加害者は。

むしろこっちこそ真の被害者だった可能性もある。

だが、どうも妙だ。

「仮にです。 監禁されていた人が逃げ出したとして、どうして警察に駆け込まなかったんでしょうか」

「シリアルキラーとはいえ、相手を殺しているからね。 気が動転していたのかもよ」

「……」

そうは思えない。

何しろ、監禁されていた者が被害者を殺したとして、だ。

その後の逃走の手際が良すぎるのである。

大体此処まで周到に色々やらかすシリアルキラーが、どうして今回被害者にだけ遅れを取った。

監禁をミスした。

分からない事が多すぎる。

「疲れたのでしばらく休んでいます。 情報が揃い次第、またお願いします」

「そうだね。 この様子だと、後半日は鑑識もてんてこ舞いだろう。 情報が入ったら、石川ちゃんと佐川ちゃんにデータ作ってもらうから、それでヨロシクね」

「はい」

通話を切る。

さて、これは今回は更に面倒くさそうなことになりそうだ。

恐らくだが。

監禁されていた者が犯人では無いとみた。だとしたら、動転して痕跡を残しまくっているはずである。

だとすると。

被害者というか、殺されて当然のシリアルキラーだが。

此奴に対して、まだ何かしらの面倒くさい人間関係があったのではないだろうか。

いずれにしても、情報が欠損していて、色々おかしかったわけだ。

ともかく、此処で得られる情報を足さないと、被害者も犯人も、人格を完成させられないだろう。

しばらくは待つしかない。

物理的に高梨には出来る事がないに等しい状態だ。

だったら、此処で静かに体力を温存する。

それだけが、出来る事だった。

 

眠っている間に、夢を見る。

燃える夢だ。家が燃えている。

色々な人格を頭の中に作ってきた。その中には、時々夢を見せてくるものもある。

体の主導権は渡さない。

というか、体の主導権を奪えるほどのイマジナリーフレンドを作る事が高梨には出来ないのだ。

故に、体を奪われる事は一度も今まで無かったが。

その代わり、こうやって怨念を示すように、夢を見せてくることがある。

これは、覚えがある。

前、火事を装って焼死させられた人間の夢だ。

犯人とされていたのだが。

実際には更に凶悪な連中になぶり殺しにされた挙げ句。証拠隠滅のために家ごと焼き尽くされた者。

やり口が巧妙で、焼死体の検死から、殺人という結果が出なかったのだが。

犯人を暴き出した。

犯人は凄まじい唸り声を上げて暴れ。裁判で、誰かに売られた、殺してやるとわめき続け。

今でも警察の独房で、常時わめき散らしながら、拘束衣を着せられてそれでも暴れ狂っているという。

彼奴らが死刑にならないなんて許せない。

どうして。

そう怨念の声が訴えかけてくる。

高梨にも気持ちは分からないでもないのだが。

しかしながら、そもそもこの国の刑罰から死刑はなくなったのだ。恩赦も当然存在しない。

終身刑が代わりに設置され。

重犯罪者の多くは終身刑となった。

そして終身刑になると、何一つ娯楽がないまま閉じ込められるか。何一つ面白くもない単純労働を延々と続けさせられるか。

どちらか一つだけになる。

だが、犯人に対して、物理的な制裁を加えたいと願う人はいる。被害者や、被害者遺族が主にそうだ。

実際問題、恐ろしい刑罰が社会的な抑止力となるケースもあった。

だが、ある程度社会が駄目になると。

そういった刑罰では。社会をただすことは出来なくなるのもまた事実だ。

いずれにしても終身刑制度に不満を持つ人間は今も絶えず。

死刑の復活を望むデモも、まだ時々行われているのが実情である。

目が覚める。

呼吸を整える。

前は肺も弱っていたから、人工呼吸器をつけていたのだが。今は流石に其所まで酷い状態ではない。

ただ、被害者人格の無念は痛いほど伝わって来た。

そして、その被害者の無念を晴らし。犯人を逮捕する決定打を作ったのが自分だと言う事も。

ネットでは、警察に超凄腕のプロファイラーがいるらしいという噂が流れている様子で。

それについて石川に聞かされた事がある。

どうでもいい。

高梨がやっているのはプロファイラーでは無い。

擬似的に脳内に再構築した人格との会話だ。

イタコでもないし。

プロファイルでもない。

ある意味狂気の行動だが。

その狂気によって、捕まる犯罪者と、救われる被害者がいるのなら。まだ続けていかなければならないだろう。

呼吸は落ち着いた。

宮藤に連絡を入れると、後三時間ほどで一次資料を出してくる、と言う事だった。

どうにも嫌な予感がしてならない。

早めに犯人を見つけないと。

被害者は、更に増えるような気がしてならない。

今回心配しているのは。今回の事件で最初に見つかった、ストーカー大量殺人野郎ではない。

どうも其奴を殺したらしい犯人だ。

どんな関わり方をしているのか分からないし。

何よりどんな風に動いたのかもよく分からない。

しばらく、何も頭を働かせずに待つ。

これから嫌と言うほど酷使するのである。待つときには、待つしかないのである。

ぼんやりと天井を見つめる。

昔、天井はすすけていて。

そして、ずっと苦痛と共にあった。

今は殆ど肉体的苦痛は無い。

その代わり。時々死者が、精神的苦痛を訴えかけてくるのだった。

 

2、巧妙かつ残忍

 

捜査一課が大騒ぎをしている中、宮藤は休憩室に出向いて、スマホを軽く弄っていた。案の定、ニュースになっている。

殺人事件の大きな進展。

被害者宅から、最低五人の遺体発見。どうやら近所で誘拐を繰り返し、監禁して殺していた模様。

それにより、被害者は、シリアルキラーへと一気に印象が塗り替えられ。

警察では、調査を続けていると、報道官が慌てた様子でSNSに対して映像を流していた。

昔はマスコミがこう言うときは無神経な質問を垂れ流し。マイクの砲列を並べ。

被害者宅に押し寄せて、その生活と尊厳を踏みにじったものだが。

何年か前にそれで大事件が起きて。

マスコミの元々地に落ちていた権威が徹底的に失墜。

結果として、今はマスコミは、こういった事件には顔も出せないようになっている。まあ妥当な処置だろう。大手新聞は軒並み倒産し、今では一部のスポーツ新聞が、細々と老人向けに記事を書いている状態だ。クオリティペーパーなどと言う言葉は完全に死語となった。

かといってSNSがまともな情報を流しているかというとそんな事もなく。

結局の所、飛び交っているのは怪文書ばかりだった。

まあ、昔もそれは同じだったのだが。

「みな他人事だと思って気楽だねえ」

ぼやくと、宮藤は休憩室を出て、石川と佐川の所に出向く。

石川は既に、科捜研から上がって来たデータを元に、地下に作られた地獄の様子をCGで再現していた。

いずれもがおぞましい有様で。ゲームキャラのコミカルなCGでなければ、吐き気を催していたかも知れない。

ただ、裁判の時には。

そのリアル版に切り替えなければならないのだが。

「確認しましたが、被害者の数は七人。 10年ほど掛けて、一人ずつ捕まえて、飽きたら殺していたみたいですねー。 一部の死体は食べた形跡もありますわ」

「最低のクズだにゃー。 死刑はこういうのには適応してもいいんじゃね? もう死んでるけど」

「そうはいかないんだよ佐川ちゃん。 この国は法律で治められているの。 昔は色々問題も起きてさ。 死刑になった後に、無実が判明した利って事もあったんだよ。 それに終身刑になると、後は地獄より悲惨だからね。 ゲームも外との連絡手段もない場所で、一生ロクに身動きできずに死ぬ。 終身刑の独房に入ると、予後数年という話もあるけれど、まあ妥当だろうね」

周囲を見ながら、不満を零す部下二人に丁寧に言い聞かせる。

どっちも宮藤とは比べものにならないスペシャリスト。

実は教えていないのだが、特に石川は給料でも宮藤より多く貰っている程である。

結局の所宮藤は調整役であり。異能を持っている人間と、普通の人間の間をつなぐヒモでしかない。

だが、その調整役が必要なのも事実で。

「コミュニケーション能力」とかいう実態のないふわっとしたものに振り回され続けたこの国では。

その重要性を、最後まで気付けず。誰にでも、調整能力を求める傾向があった。

その結果、大量の人材を無駄に使い捨ててしまった。

咳払いして、データが出来次第、高梨に送るように指示。二人もこれには頷いた。ともかく、最初から捜査をやり直すレベルであるが。

捜査一課が徹底的に調べたのに、この悪夢の地下室は見つけられなかった。

実際問題、信じられないほど巧妙に隠されていて。

臭いも一切漏れていなかった。

被害者……今はシリアルキラーと呼ぶべきなのだろうか。

建築の知識を持っていて、臭いを防ぐための仕組み、周囲と見分けがつかない扉など、何重にも防備を固めていて。

これではエジキになった者達が、逃げられなかったのも仕方が無い事である。はっきりいって、最悪の囚人が入れられるような独房でさえ、これに比べたら紙屑同然だったのだから。

捜査一課から来た資料を確認する。

どうもシリアルキラー野郎は、主に目をつけた十代の男女を捕獲して、家に連れ帰っていた。

死体から検出された薬品などから、市販では売られていない強烈な睡眠導入剤を利用していたらしく。

それらは、複雑な経路で海外から仕入れていた様子だ。

捕獲の際は、自分が姿を見せることなどなく。

巧妙に食事などに睡眠導入剤を混ぜ。

孤立したタイミングでさらい。

その手際は、一切警察が足取りを掴めなかったほどのものであったらしい。

しかし、である。

こんな奴を、一体誰が殺す事が出来たのだろう。

恐らくエジキになった者達では無い。

八人目の被害者がいたとして。

それでも違うだろう。

協力者だろうか。

だとすると。

こんなバケモノじみたシリアルキラーを更に超える怪物が、近辺に潜んでいるという事だろうか。

信じがたい話である。

いずれにしても、捜査一課も人員を強化して、必死に調べているし。

別の独立したスペシャリストチームにも声を掛けて、徹底的に調査を行っている様子である。

昔は大量の警察を並べて犯人捜査に向けて動いたりしていたものだが。

今はそんな事はしない。

昔数億円の現金を奪った犯人が、そういった体勢の捜査から逃げおおせた事件が実在しており。

無駄だとはっきりしているからである。

まあ、この国のキャリアは無能ではあるが。

警察の末端は他の国に比べれば全然マシ。その事実に、代わりは無い。

石川が声を掛けて来る。

「高梨ちゃんにデータ送っておきましたー」

「ありがとちゃん」

「それで宮藤警部補ー。 この七人、何か共通点とかあるんですか?」

「うーん、何ともねえ。 ただね、みんな素行は良くなくて、家にロクに帰っていないような子もいたみたいだね。 だから失踪しても気付かれづらくて、中々被害届が出なかったんだろうと思うよ」

そういう相手を嗅ぎつける能力に、極めて長けていた。

だから、ここまでの被害を出すシリアルキラーに成長したのだろう。

溜息が出る。

犯人が成功体験からシリアルキラーに成長する可能性を危惧していたら。

実は犯人が殺した被害者が、円熟したシリアルキラーだったのだ。

色々冗談ではないが。

これが現実である。

捜査一課から連絡が来る。進展について確認が来たので、対応しておく。向こうも相当焦っている様子だ。

「一刻も早く其方の得意な解析を済ませてくれ」

「うちのエースは正確な情報がなければ解析が出来ません。 ただし、解析の正しさは知っての通りです。 そして体力的にも問題があるので、正しい情報が欲しければ少しお待ちください。 焦っても正しい情報は出せませんよ」

「分かっている! こっちも徹夜……!」

「ぼくも元捜査一課ですんでね、分かります。 苦労を減らしたいなら、こっちに電話をする労力を他に使ってください」

無慈悲に電話を切る。

二郎さんのような話が分かるベテランならいいのだが。捜査一課もトップは無能なキャリアだ。

警察の改革は進んでいるが、こういった所ではどうしても昔のままの部分がある。

さて、時間を稼ぎ。

更に高梨になんとか正しい情報を探り当てて貰わなければならない。

佐川と話をして、新しく出てきたデータを全て送ったか確認しておく。勿論大丈夫だと佐川は胸を張ったが、此奴高IQなのに時々ぬけていて、うっかりがあったりするのである。

まあかのアインシュタインですらうっかりはしたのだ。

人間は完璧ではないということである。

そして、完璧でないなら補えば良い。

それだけの話だ。

 

高梨の所に、専用のVLANで膨大なデータが届いた。進展があったのだなと思い、目を通すと。

なるほど、これでは犯人も被害者も、人格が中途半端なわけだ。

予想を遙かに超える凄まじいシリアルキラーぶりである。

これは、犯人にはむしろ表彰状を出すべきでは無いのかと思ってしまったが。

シリアルキラーを殺したからといって。

それが正しい行いとは限らないのが難しい所だ。

創作の世界だったら、これでめでたしめでたしなのだろうが。

警察に関わっている以上、そうも行かないことは理解している。面倒な話だけれども。その代わり、暴き出すことで生活は保障される。それなら良いではないかとも思うのだった。

早速資料を取り込んでいく。

まずは被害者……シリアルキラーについて徹底的に人格をアップデート。

そうすると、被害者に関しては、すぽりと今まで欠損していた部分が埋まった感じがする。

これで被害者については、完全に人格を再現出来るだろう。

問題は犯人だ。

こっちはまだ全然足りない気がする。

バックトラックを使いこなすような、本物の手練れである事は事実だろうけれども。

しかしながら、一体犯人と被害者の接点は何だ。

殺し屋というものが実在するという話は聞いたことがあるが。

専業で、しかもこの国にいるかどうかは分からない。

ともかく、まずは被害者だ。

人格を呼び出す。

早速、被害者は大笑いした。

口調は壊れていない。

人格が完全再現されたからだ。

「そっか、ボク達の愛の巣を見つけたんだね」

「合計七人、殺したんですか」

「正解。 一人に至っては愛しすぎて殆ど食べてしまったのに、良く見つけたねー」

ケタケタと笑う被害者。

別にその程度気にしない。こう言う奴は、今まで何人も人格を再構築している。

色々話してくれた。

秘密の部屋には、そもそも専用の浄化槽つきのトイレを作っていて。其所でDNAまで完全分解できる仕組みを作り。下水に個別で流していたと。

だから、下水などからもDNAや被害者の残骸などが見つからなかったらしい。

部屋に関しては、そもそも違法業者に金を払って基礎を作らせ。

細かい部分は自分で工事をしたと言う。

最初のエジキは十年前に見つけた。

犯人が成人してすぐの頃だ。

この辺りは、最初の話と少し矛盾しているが。データが不完全だと、こういうことが起きてしまう。

今回からは、もう起きないとみていいだろう。

冷静に被害者の話を聞いていき。

分かった事を丁寧にまとめていく。

全てをレコーダーに記録しておいて。そして提出しなければならないからである。

シリアルキラーが、どうやって獲物を物色し、そして捕獲していったのかも調べる。

シリアルキラー野郎は基本的に働かなくても生活出来る身だった。テレワークの仕事は余技に過ぎない。しかしながら、周囲と上手く溶け込む能力に関しては卓絶していた。

衣服などにも高いセンスを持っており。

前に人格を再構成したフェロモン野郎のように、他人からまず好意的に見られる外見もしていた。

それを最大限に生かし。

なおかつ目立たないように動いて。

周囲に蜘蛛の巣のように、獲物を探すためのテリトリーを作っていた。

縄張りについて詳しく話してくれるので、細かく全てを記録しておく。

警察の側でも、今後こういうタイプのシリアルキラーに対応するために、資料として重要になるだろう。

今後の犠牲を減らすためにも、重要な事なのだ。

犯人のことはまだ聞かない。

シリアルキラー野郎の手口と、その思想や原理について、徹底的に解明しておかなければならない。

犯人を捜すのはその後だ。

シリアルキラー野郎は、基本的に一回に一人しか捕獲せず。

捕まえた獲物は、ある種の蜘蛛が巣に引きずり込むようにして、大型のバンにて家に運び込み。

バンから出す時には包んで、家に運び込んでいたという。

周囲の家とも関係は良好で、笑顔で会話もするし。ゴミ出しなどでトラブルを起こすことは一度もなかったとか。

まあこの手のシリアルキラーは、周囲に溶け込む方法に関しては極めて高い次元で習得している事が珍しく無い。

周囲に溶け込めないのは、例えば津山事件を起こした都井睦雄に代表されるスプリーキラーである。

エジキに対して、どう振る舞ったかも、シリアルキラー野郎は話してくれる。

基本的に拘束してクスリを注入。

このクスリも、捕獲するための経路と同じで、複雑極まりない経路で入手をしていたらしい。

経路については、細部はこのシリアルキラーすらも知らない様子で。

なんと、全く関係ない第三者まで仲介し。

意味不明な流れによって入手していたため。

警察も追いきれなかったのだ。

ともかく朦朧とさせているエジキを嬲りに嬲り。あらゆる意味で味わい尽くしてから、飽きたら殺す。

本当に気に入ったら食べる。

そういう事をしていたらしい。

完全に狂人の行動だが。

周囲の人間は、皆こいつをまともな人間と信じて疑わなかったし。そして、人間はそういうものだ。

なぜなら。

人間にとっては見かけが九割で。

そして、このシリアルキラー野郎は、それを熟知していたからである。

猛獣は獲物の習性を知り尽くしている。

下手な猛獣より人間のシリアルキラーの方が遙かに危険だが。

それは習性を知り尽くして狩りに来るからである。

奇しくも、生物の中にも、獲物に擬態して狩りをする者が存在する。

アリに擬態するアリグモなどはその最たる例である。

一通りシリアルキラー野郎が話し尽くすまで話し尽くさせ。その内容を、石川のVLANを使って佐川に送る。

まとめさせるのだ。

高梨のオツムでは、複雑すぎるためにちょっとまとめきれない。

ボイスレコーダーで全て記録してあるので、まあ佐川にまとめて貰うのが一番早いとみた。

一旦シリアルキラーは眠らせて。

宮藤に連絡。

佐川に、中間報告を送ったことを話すと。

でかした、と喜んでいた。

まあ高梨は嬉しくも悲しくもないが。

仕事でやっているだけである。

「捜査一課も、これで一気に捜査を進められるはずだよ。 それにしても、大丈夫だったかい? こんな異常者と話していて、頭おかしくなりそうだっただろう」

「いいえ、特に」

「そ、そうか……」

「少し休んでから、犯人の心当たりがないか確認して見ます。 犯人についてはまだ情報が足りていないので、何か追加で分かったらすぐに知らせてください」

通話を切る。

さて、一旦休憩だ。

実の所、シリアルキラー野郎に対する怒りのようなものは殆ど感じていない。そもそも高梨には人格が存在せず。必要に応じて八つの仮に作った人格を使い分けているだけだからだ。

八つの中にはシリアルキラーに対して怒りを感じる人格もあるかも知れないが。

そもそも分かるのである。

はっきりいってこのシリアルキラー野郎。

人間の思考の領域を外れていない。

人間だからこそ、人間を狩る事に特化できた。

人間だからこそ、人間を知り尽くし、狩る事が出来た。

そう。こいつは誰よりも人間であり。

人間は此奴とまるで変わらない。ただ立っている位置が違うだけなのである。故に、別に怖いとは思わないし。いかれているとも思わない。

淡々と接しながら、淡々と情報を引き出した。

それだけである。

或いは、平均的な感性の人間だったら、今までの話を聞いて吐いたりするのかも知れないが。

それは単に、薄闇の世界を知らないだけだ。

人間の本性が露わになる薄闇の世界では、誰もがシリアルキラー野郎と同類である。

シリアルキラー野郎はちょっと平均よりIQが高い、金も持っているだけの凡人。

だから高梨にも人格を再現する事が出来た。

思考回路も全て暴き出すことが出来た。

問題は、犯人だが。

一体何が問題で、此奴を殺したのか。少し、興味がわき始めていたのは、不謹慎かも知れないが事実だった。

 

休憩を取ってから、メールなどを確認する。

宮藤からメールが来ていた。

捜査一課はパニック状態だそうである。

シリアルキラーの極めて詳細なプロファイルが上がって来たことで、捜査を再実施したところ。

出るわ出るわ。

奴が縄張りにしていたという地域を広範囲に調べた所、監視カメラの間を縫うようにして動き回り、獲物を狙っていた痕跡がたくさん見つかったというのだ。

極めて巧妙に隠されていたが。

それも相手を完全に知ってしまえば。

白日の下に晒される。

そして白日の下に晒された後は。妖怪と同じように、その力を一瞬にして失ってしまうのだ。

捜査が一気に進展したと、捜査一課が苦虫を噛み潰して連絡してきたらしい。

捜査一課にも最近創設されたプロファイリングチームがいるらしいのだが。

それよりも遙かにすぐれた分析と、正確な実績。

プロファイリングチームは立つ瀬がないという話が上がっているらしく。

まあご愁傷様である。

ともかく、追加の情報を取り込んでおく。

ふと気付く。

犯人の人格がアップデートされていないだろうか。

犯人を呼び出してみる。

前は、欠損だらけで、ろくに会話にならなかったのだが。

今度は違った。

「おはよう−。 あれ、何だか今度は会話が成立するねー」

「君は誰?」

「ぼくはね、蜘蛛を見つけたんだ」

会話が成立していないが。

好きに話させる。

此方を友人として認識させているから、危害を加える行動は取れないし。更に言うと肉体の主導権を奪われることもない。

口を使って話させる。

それだけだ。

「蜘蛛? 今は殆どの蜘蛛が、都会にも棲息していて、数も回復してきているという話だけれど」

「そんなちっちゃい可愛い蜘蛛じゃないよ。 ぼくが見つけた蜘蛛は、とっても大きくて、輝いていたんだ。 目が」

「目?」

「そう、きらっきらさせてた」

くつくつと笑う犯人。

そのまま続けさせる。

犯人は、蜘蛛が如何に美しいかを語る。

確かに蜘蛛は優れた生物であるらしいと、高梨も暇つぶしに調べているときに、何処かで見た。

いや、今までの事件で関わった犯人の人格から聞いたんだっけ。

節足動物の中でももっとも高度に地球環境に適応しているのは昆虫だが、蜘蛛も負けてはいない。

空、陸、海中。

その全てに適応した種がいるのは、節足動物の中でも蜘蛛だけだという。

蜘蛛は生まれてすぐに糸をパラシュートのように使って周囲に拡散するために空を飛ぶ。

また、水中に棲息する一部の種は、浅瀬限定ではあるが、海の中で暮らしている品種もいる。

人間の中には、いわゆるアラクノフォビア……蜘蛛恐怖症というタイプの人もいるらしいのだが。

実際には、人間を殺せる毒を持つ蜘蛛はほんの一握り。

良く話に上がるタランチュラも、実際には憶病な性格で、人間が攻撃の意思を示さない限り向こうから襲ってくる事はない。勿論手を出して機嫌を損ねれば噛みつかれるだろうが。更にタランチュラは毒針で全身を武装しているので、下手にちょっかいを出せば酷い目にあうが。そんなのは手を出す方が悪い。

そして、なるほど。

分かってきた。

この犯人、あのシリアルキラー野郎に、蜘蛛を見ていたと言うことか。

「その蜘蛛って、この人?」

「そうそう、この蜘蛛ーっ!」

興奮した声を上げる犯人。

やはりそういう事か。

なるほど、シリアルキラーが、嬉々として自分の庭の中で獲物を探っていたときに。

蜘蛛を狙って食する小鳥のように。

更にそのシリアルキラーを狙う者がいた、と言う事か。

「殺しちゃったよね、この蜘蛛」

「そうなんだよ。 本当は捕まえてめでたかったんだけれど、どうしてもそんな隙を見せてくれなくて。 時々気付かれそうになって焦っちゃった」

「それでも、根気よく観察を続けたんだね」

「そうなの。 絶対にほしかったから!」

犯人の喜びよう。

本当なのだろう、これは。

シリアルキラーが、十代の男女を好みに応じて物色し。

家に連れ込んで暴虐の限りを尽くしていたように。

そんな風に素行不良の子供を狩って喰らっていた蜘蛛を、どうしてもこの凶暴な小鳥は仕留めたかったのだ。

いわゆる狩人蜂。単体で生活し、狩りも単独で行う蜂。ジガバチなどが有名だが。これらの中には、自分よりも遙かに大きな蜘蛛を仕留める種もいる。

だが、それらの種は、自分の幼虫の餌のために蜘蛛を仕留めるのだ。

此奴は違う。

モズがハヤニエをするように。理由がよく分からない。

コレクションしたかったのかも知れない。

だが、この小鳥は。

犯人のパーツを、一つとして持ち帰る事が出来なかったのだ。

それを聞いてみると。

犯人は、嬉々として応えてくれた。

「違うよ、ぼくは大事なものを持ち帰る事が出来たから」

「それは何?」

「決まってる。 蜘蛛の魂!」

うけけけけけと、犯人がいきなり凄まじい笑い声を上げた。

それから、意味不明の言葉がたくさん垂れ流された。家に持ち替えた魂を、じっくり時間を掛けて食べて。

今は一つになっているという。

ふむ、それは恐らく一種の信仰なのだろうと分析。

ともかく、これは大きな進展でもある。

犯人の人格は眠らせる。

恐らくだが、これで犯人を捕らえることが出来る筈。

少しばかり、嫌な予感がする。

もしもだ。

犯人が、シリアルキラー野郎の全てを把握し、学習したとしたら。

その思考、周囲に身を隠すやり口、更には狩りのやり方などを把握したのだとしたら。

「魂を喰らった」と称するのも、あながち間違っていないかも知れない。

そしてもしもその場合は。

七人を殺し、警察に足跡さえ掴ませなかった超凶悪シリアルキラーをも超える最低最悪のシリアルキラーが、潜んでいることを意味する。

一刻の猶予もあるまい。

仕事ではあるが。

多分、他の調査を全て放り出してでも。犯人を捕まえなければ危険なはずだ。

ボイスレコーダーの内容を、全て記録し、送る。

更に、宮藤に連絡を入れる。

ボイスチャットで話す。

「今、犯人と話しましたが、極めて危険な存在になっていると見て良さそうです」

「おっちゃんにも分かるように詳しくたのめるかい?」

「犯人は、シリアルキラー野郎を蜘蛛に例え、その蜘蛛の魂を食べたと言っていました」

「狂ってるな……」

苦虫を噛み潰している宮藤だが。

そこに、丁寧に説明を追加する。

「犯人は、警察でさえ、それも捜査一課の精鋭さえロクに痕跡をたどれなかったシリアルキラーを観察し、気付かれもせず、家に侵入し殺しています。 これは更に上を行く怪物だと言う事です。 話してみた感じでは、完全にシリアルキラーの手口を理解している上に、身につけたとみていいでしょう。 早く手を打たないと、七人どころか、百人単位で犠牲者が出ますよ」

「……っ!」

「ともかく、シリアルキラー野郎を更に観察していた奴がいるはずで、そいつが犯人ですので、一刻も早く動くように捜査一課の尻を蹴飛ばしてください。 シリアルキラー野郎が蜘蛛だとすれば、犯人は蜘蛛を容易く狩る猛禽です。 どれだけ被害が出るか分かりません」

「分かった。 すぐに手を打つよ」

通話を切る。

さて、これで何処まで話が進展するか。

いずれにしても、怪物を喰らった更なる怪物が。文字通り人間の天敵になる前に、どうにか取り押さえなければならない。

犯罪の事前防止も警察の大事な仕事だ。

捜査一課が何処までやれるか。

後はもう、高梨には此処で見ている以外、やれることはなかった。

 

3、蜘蛛を狩る者

 

佐川がまとめたデータを元に、捜査一課が動き始める。

犯人が、七人を殺したシリアルキラーを観察。その狩りのやり方や思考方法を完全に学習した可能性が高いという結果が上がって来たのだ。

それは、捜査一課も騒然となる。

すぐに捜査一課の精鋭が動き始める。

そして、指定された地点を調査。痕跡を見つけた。

恐ろしい程に巧妙に隠されていたが。

それでも、素人だ。

捜査において、世界最高の経験値を持つこの国の捜査一課。荒事は苦手でも、こういった捜査に関しての能力はどこの国の追随も許さない。

痕跡を科捜研が調査。

一秒でも早く探し出せ、と言う事で。検問まで張りつつ、地獄の耐久戦が続けられた。

その結果、一人の犯人候補が浮上してきた。

雛川鷹。

十九歳、男性。

そこそこの金持ちの息子で、厄介な事に地元である程度勢力を持っている宗教団体の教祖の息子である。

当然、捜査一課の調査については話が行っているはず。

勿論検問もしているので、逃げられる恐れはないとは思うが。逮捕には一刻を争う。

もたついている暇は無かった。

今は、キャリアが度重なる不祥事で、どんどん権力を弱めている。

最悪これは公安が出る案件だと、捜査一課の刑事達が説得し。その一時間の説得で、ようやくキャリア達の説得に成功。

雛川鷹への逮捕状請求。

更に、強制捜査へと踏み込む事が出来た。

雛川は予想していたのだろうか。

捜査一課が令状を持って踏み込むと、既に姿を消していた。大きな家の中は静まりかえっていて。

そして、奥には。

雛川鷹の両親。更に宗教団体の幹部三人が、物言わぬ骸となって転がっていた。

周囲の痕跡を徹底的に調査。

恐ろしい程巧妙に痕跡を隠しながら逃げていた。

更に、警察犬も後を追えない。

犬は臭いの新旧を区別できないという欠点を持っており。それを犯人は知っていたという事である。

元々タチが悪いカルトだったとは言え。更に追加で五人の死者を出した。

これは捜査一課の大失態だが。

これ以上被害を出すわけにはいかない。

そこに。新しく情報が飛び込む。

犯人がいる場所が。例の宮藤の部署から届いたのである。

捜査一課の刑事七人が向かった先。

其所は小さな丘だった。

街を見下ろせる丘。

美しい場所だ。

転落防止用の柵があって。其所には双眼鏡を手にした、優しそうな青年が笑顔のまま立ち尽くしていた。

側には教団用らしい車。

なお、雛川鷹が自動車免許を取っていることは、既に確認されていた。

捜査一課の刑事が、手帳を見せ、本人確認を取る。

「雛川鷹だな」

「そうだよ。 お巡りさん達、ぼくを逮捕しに来たんだね」

「……君には殺人の疑いが掛かっている。 署に同行願いたい」

「疑いじゃなくて事実だよ。 ふふ、じつは後一時間待って来ないようだったら、国外に逃げようと思っていたんだけれど……これは仕方が無い。 ほら、逮捕して」

いっそ潔いほどに。

七人を殺したシリアルキラーをあっさり葬り。

蜘蛛を喰らった小鳥となった凶悪殺人犯は。

縛についていた。

 

宮藤の所に連絡が来る。

雛川鷹、逮捕。

大きな溜息が出た。額の汗を何度も拭っていた。

大慌てで、高梨に連絡を入れたのだ。捜査一課の捜査網を、犯人がくぐり抜けた。居場所を何とか突き止めてほしいと。

寝たばかりだったらしい高梨は、多少言動が鈍かったが。

何やら二つの声色が聞こえてきたかと思ったら。

数分で、答えが出ていた。

犯人は、自分を鳥だと思っている。蜘蛛を狩る美しい空の狩人だと。

そんな空の狩人は、脅かすものがいない王者だ。

だったら、何をするか。

まず無能な臣下を粛正する。

その後は、自分が支配するに至った世界を眺めやる。

もしも、王座を脅かす者が現れたのであれば。その時は大人しく、王座を明け渡そうとするだろう。

つまり、犯人は、もっとも高く。己が支配した場所……つまり生まれ育った街を見下ろせる場所に向かったはずだ。

其所はとても美しい場所の筈で。

なおかつ、無粋な邪魔も入らない。

ビルなどの上では無い。なぜなら街を見通せる場所では無いからだ。

それだけ聞けば充分。

後は、宮藤の方から捜査一課に連絡し。

該当する場所を調べて貰った。

一つだけあった。

街の近くにある山の中腹にある展望台。地元民でも殆ど知らない、絶景スポットだという。

そして、今。

捜査一課が、そこにいた雛川鷹を捕まえたと聞いて、思わず宮藤は胸をなで下ろしたのだった。

まずは石川と佐川に礼を言う。

二人とも、良くやってくれた。

石川は完璧なCGと物理演算を駆使して、七人分の死体がある事を確認してくれた。それは、シリアルキラー野郎の全貌を明らかにするのに、本当に役に立った。その事がなければ、犯人についても、高梨は分からなかったと言っていた。

佐川は聞いているだけで頭がおかしくなりそうな、犯人と高梨の会話を聞いて、綺麗に要点をまとめ上げてくれた。

実は宮藤も横でボイスレコーダーの話を聞いていたのだが。

何度頭がおかしくなると思ったか、分からない程だった。

本物の狂人。

高梨は何とも思っていないようだったが。

冗談抜きの破綻者であり、捜査一課にいた頃も此処までヤバイ奴はまず見なかったほどの超危険人物である事は確定だった。

捜査一課が大慌てするわけである。

実際、シリアルキラーとして動き出してからは、息をするように五人を殺し。

更には捜査一課の検問まで余裕で抜けている。

一時間遅れたら、国外に逃げられていた可能性だって極めて高かった。

非常に危険な存在を、国外に野放しにするところだったのだ。

そして、治安が最悪の国にでも逃げられたら。

それこそ虫を狩る鳥のように。何百人、何千人がその爪に掛けられていたか分からないだろう。

危ない所だったのだ。

ともかく、捜査一課はやり遂げた。

前はこう言う事件の時は、報道陣のカメラの砲列が被害者宅に向けられたのだが。繰り返すがもうそれはない。

ただ、全容が警察からSNSに発表されると。

流石に世界規模で情報が拡散され、大きな話題になった。

発表されてからたった一時間だというのに。

もう圧倒的トレンドになっている。

ため息をつくと、宮藤は捜査一課に連絡を入れる。古巣ではあるが。今ではもう古巣以上でも以下でもない。

電話に出たのは、比較的穏やかに接してくれる落としの錦二こと、二郎だった。

「助かったよ。 五人も追加で被害を出してしまったのは痛恨だが……調べて見た所、最初に事件が発覚したときには、既に五人は殺されていたらしい。 これは、どうしようもなかった」

「……」

「そちらの凄腕プロファイラーさんに礼を言ってくれ。 犯人の野郎、向こうから全部ベラベラ話してくれたよ。 完全にいかれてやがる。 それと、自分の上を行ったプロファイラーにあいたいだとよ」

「ぼくも直接はあった事がないんですよ。 それは不可能ですね……」

そうかと、二郎は寂しそうに言う。

合計十三人が死んだ。

その十三人は、いずれも褒められた人間では無かった。

七人は、地元でも札付きの不良少年少女達。

いずれもが暴行や傷害で警察の世話になっており、少年院に出入りしているようなものもいた。

だが、所詮は札付きのワルでも子供。

本物の、邪悪な大人の前には、文字通りその行動は児戯に等しかった。

そしてシリアルキラーだった最初の被害者。

此奴については同情の余地もない。

強いていうならば。今後のシリアルキラーの犯行に対する研究で、此奴の行動などが役に立つかも知れない、と言う事くらいだろうか。

更に、地元で勢力を誇ったカルトの首領、妻、幹部三人。

弱い立場の人間を言葉巧みに騙し、金をむしり取り、暴力団と癒着して奴隷労働までさせていたという。

効きもしない「パワーストーン」やら、幸運のツボやらも勿論売っており。

水素水だとか空間除菌だとか、時期に合わせて流行ったインチキ商売にはあらかた手を出していたような外道集団である。

ただ、シリアルキラーを除くと。殺されるほどの罪では無かったはず。

勿論相応の年月刑務所に入って貰わなければならなかっただろうが。

それでも、不当な死、とはいえた。

やりきれない。

こう言うときはタバコがほしくなるが、捜査一課の激務で肺を痛めたという事もある。今はタバコはやっていない。医者にも言われている。タバコを吸ったら、命の保証は出来ないと。

しばらく休憩所でぼんやりする。

宮藤の苦労は、最近漸く周囲に知られてきたのか。

同情している様子が窺われたが。

同情するくらいなら、少しは手伝ってほしいものである。

しばし休んだ後。

顔を上げて、部署に戻る。

「一旦おっちゃん帰るね。 君らも適当に引き上げて」

「悪いんですが、宮藤警部補ー」

「なんだい石川ちゃん」

「……ちょっとまずいかもしんないです。 巧妙に隠されてますけど、これ多分、犯人が殺した人間、あのシリアルキラーは除いて、五人じゃないです」

物理演算にかけてみたところ。

どうもカルト教団本部で殺されていた五人の様子がおかしいという。

もっと死んでいたはずだ、というのである。

具体的には、幾つかの死体を処理した形跡があると言う。死体の様子から、それが伺えるのだとか。

映像を見せてもらう。

確かに、もっと折り重なっていた死体から、幾つかを抜いている動画の通りになる。というよりも、最初に五人を殺しただけなら、どうしても不自然な体勢で死んでいるというのである。

石川の言う事は頼りになる。

物理演算の正確さで、今までどれだけ助けられたか分からない。

そして実際にこうやって画像を見せられると、納得せざるを得ない。

「多分ですが、たっぷり行方不明になってるカルトの幹部がいるはずっすよー。 死体が何処にあるかは、何か口が滑らかみたいですし、犯人が話してくれるんじゃないんですかね」

「もう私は働きたくないから寝るニャー」

「……分かった、捜査一課に確認するよ」

わしわしと頭を掻き回した後、うんざりした宮藤はスマホを取りだす。少し躊躇してから、捜査一課に連絡。

二郎に話をすると。

向こうも疲れ切った声で返してきた。

「分かった。 彼奴も聞いた事は返してくるが、それ以外は一切喋らないからな……」

「それより、高梨に警告受けてます。 彼奴に感化されるかも知れないから、若い警官は近づけるなって」

「ああ、分かってるよ。 俺が聞き出す」

「頼みますよー」

相手は本物の異常者だ。

石川と佐川には帰ってもらい。石川が作った資料を捜査一課に送る。データ量がかなり多いのだが、これもまた石川がVLANを組んでくれていて、普通の回線で送るよりはだいぶ早く送る事が出来る。

デスクで作業をしながら時間を潰す。一時間ほどして、二郎から連絡が来た。

「お前の所のスタッフは優秀だな。 大正解だ」

「やはりですか」

「運命の日、と犯人は呼んでいたがな。 奴の両親とカルトの幹部合計十一人を、あの場で殺したそうだ」

「……っ」

絶句する。

しかし、捜査一課でも調べていたはず。

どうやって死体の痕跡を消した。

石川により物理演算が無ければ、痕跡は見つからなかった。

捜査一課の裏を掻くほど、短時間で技術力を上げていた、と言うのか。

「ルミノール反応も無し。 どうやら刃物を使って鮮やかに殺した相手と、毒物で殺した相手で別れたようだな」

「死体を引きずるときなどに、残留物などは残らなかったのですかね」

「……あまりにも巧妙に痕跡が消されていた。 残っていた死体から零れた血なども、巧妙すぎるほどに偽装されていた」

「それで、死体は……」

思わず捜査一課で慣らした宮藤も口を押さえる。

切り刻み。

圧力鍋で煮込み。

毒を消してから。

食べたのだそうだ。

食べ残しは更に圧力鍋で徹底的に煮込んで、完全にグズグズにしてから、肥料にしたと言う。

わざわざ残飯を肥料にする装置まで買い込んでいて。そこから、超微量のDNAが発見されているという。

こういう異常者は、何処にでもいる。本気で狂っている。これは、もはや矯正の余地はないだろう。

人食いの大蜘蛛を見て感化され。

それによって誕生してしまった、人食いの凶鳥。

それこそ妖怪のように人々の間を跋扈し。

そして誰も気付かないうちにさらって、ぱくり、ぱくりと食べていったというわけだ。

「この様子だと、更に殺しているかも知れませんね」

「あの異常者、言われた事には応えるからな。 どうもそれはなさそうだ」

「……」

「俺が聞いたところに寄ると、他には殺していないそうだ。 何でも、犯罪者でないと食指が動かない、とかでな。 ぼくはグルメなんだとか抜かしていやがった。 なーにがグルメだ」

確かに偏食家ではあるのだろう。

だが、それは美食家では無い。

いずれにしても、精神鑑定には掛けるにしても、終身刑は確実である。今は、精神病だから無罪放免と言う事はない。

警察病院を兼ねた病院施設で、一生過ごすことになる。

映画などだと、こういう施設から高IQの狂人が脱走したりするが。

それはあり得ない。

そもそも、脱出が絶対に不可能な仕組みになっているから、である。

監視カメラなどには死角は無く、それを複数人数で別の場所からそれぞれ監視をしているほど警備は厳重だ。

ティラノサウルス並みのパワーがあっても脱出は無理。

IQ300あっても脱出は無理。

これについては、試算が出ている。

ただ、何事も万全を期さなければならない。

今回は特に危険な犯人だ。

あらゆる手段を用いて、絶対に脱出だけは阻止しなければならないだろう。

「いずれにしても、資料については此方でも確認して、裁判の資料を揃え始めさせてもらう。 そっちでも、ちゃんとした再現CGの作成に移ってくれ」

「気が重いですが、うちの子らにやらせますよ」

「そうだな。 若い娘らにやらせるのはとても気が重いが……頼れるのが他にいないからな。 最高のスペシャリストである以上、最高の人材だ。 頼む。 奴は、絶対に地獄につながなければならない。 終身刑以外の罰では許されないんだ。 弁護士に隙を見せないためにも、最高のを頼む」

「分かっていますよ……」

通話を切る。

やりきれない。

何がグルメだ。

何が……。

拳を机に叩き付けたくなった。

宮藤は刑事時代、温厚そうな事で周囲から慕われていたが。捜査一課を離れたのは、己の鬼畜行為を自慢げに語った殺人者を、フルパワーでぶん殴って、顔の形を変えたからである。

見かけはさえない禿げ掛けているおっさんだが。

宮藤も捜査一課の精鋭。

昔は武闘派で知られていたし。

刃物を持って暴れ狂う犯人をぶん投げて、制圧したことだってある。柔道の段位は七段である。ボクシングも昔はやっていた。

いずれにしても、その事件以来捜査一課から外されて。むしろ調整力を買われてこの部署に回されたが。

一歩間違えば、それで犯人に対する違法捜査と言う事で、逮捕されかねなかった。

警察側でも庇いきれるかは分からないとまで言われたのだが。

それでも、あまりにも犯人の言動が酷いという事が裁判でも認められ。その代わり、捜査一課は離れなければならなくなった。

今は禊ぎだと思っているのだが。

しかしながら、それはそれとして。

また此処で、若い娘達に業が深い仕事をさせている。

高梨だってそうだ。

本来は、もっと手篤く介護を受けて。社会復帰を考えなければならない人間だろうに。警察の仕事を手伝わせ、消耗させている。

これが良い事である訳がない。

結局、宮藤は業が深いまま。

禊ぎも出来ずに、のうのうと生きている。

やりきれないな。

そう思いながら、手を伸ばす。

タバコを無意識に探していた。

舌打ちして、タバコを諦める。周囲が驚いたように見ていた。宮藤が此処まで、負の感情を見せるのを。初めて見たのかも知れない。普段パシリ警部補とか呼ばれる程舐められている宮藤だ。そして舐められて当然だし、舐められてもいいと思っている宮藤である。禊ぎの一環としてその境遇も受け入れている。

だが、宮藤が捜査一課にいた頃の、剽悍な狼のような刑事の姿を一瞬見せてしまった。ある意味失敗だったかも知れない。

早めに家に帰る。

翌日、出勤してきた石川と佐川に、作業指示。

二人は嬉々として資料のまとめに入ったが。

どっちにも、こんな仕事はさせたくない、というのが本音だ。

少し悩んだ後、高梨に連絡。

合成音声だから、相手の性別も分からない。医師に聞いたのだが、どうも一種の多重人格まで発症しているらしく、しゃべり方も時々変わる。

だから、どう判断して良いのか分からないが。

それでも、関わる人として、ありたいと宮藤は思っていた。

高梨は、宮藤と軽く話すと、聞いてくる。

「犯人は、見つかった死体に加えて六人殺していたでしょう」

「ああ。 それについてはもう吐かせた」

「流石ですね。 石川さんか、佐川さんが暴いたんですか?」

「石川ちゃんだ」

一瞥する。

嬉々として再現CGの、想像を絶するグロテスクな画像を作っている石川。

本人が良いなら良いのではないかという人もいるかも知れないが。

いつか狂気に呑まれないか心配である。

「恐らく犯人は、死体を圧力鍋か何かで分解して食べて、それで残りは肥料にでもしていますね」

「キミの中の犯人がそういったのかい?」

「丁寧に問い詰めたらそう吐きました。 六人殺している時点で終身刑は確定だろうと思っていたし、吐いたのはついさっきだったので、報告しようと思っていたのですが遅れて済みません」

「いや、いいんだ。 その作業、負担が掛かるんだろう」

心配しているのは事実だ。

高梨はドライな奴だが。

それでも、完全に両足、いや腰くらいまで狂気の世界に体を突っ込んでいる。

これ以上壊れてしまったら、どうなるか分からない。

それは、出来れば避けたいのだ。

「一応、念のために確認しておきたいんだが……」

「はい」

情報のすりあわせを行う。

本物の犯人が吐いた言葉とぴったり一致したので、大きな溜息が出た。

「確かにその通りだ。 本当に凄いなー」

「役に立てるのなら何よりです」

「ともかく、あとはおっちゃん達がなんとかしておくから、ゆっくりお休み。 それで良いから」

「……」

通話を切る。

また、溜息が出た。

石川と佐川は嬉々として作業に熱中しているので、しばらくは良いだろう。

宮藤は断ると、外に出た。

外には広い駐車場。運転免許を取るために来ている人間などの車もある。一目でパトカーと分かるものはあまり多くは無い。

勿論パトカーは私物では無い。

基本的に移動などのために使う事は許されないし、誰かが私物扱いで乗り回すこともあり得ない。

使う時にはパトロールの時、相手を逮捕する時など。

パトカーが点々としている駐車場の一部を抜けて、山が見える場所に。

此処は都会の端っこ。

比較的マシな山があったりする。

昔はメガソーラーだとかが流行った事があったが、効果がさっぱりなく、天然記念物を侵害したりするばかりであり。更に、タチの悪い業者と利権がバリバリに絡んでいる事が分かってからは、下火になった。土地を持っている人間に対する補助制度が整備されたのも理由かも知れない。

ベンチがあるので、山を見ながらぼんやり休む。

タバコの灰皿もあるのだが、もう使わない。

今の時代、喫煙者は非常に数を減らしてきている。

宮藤は昔、チェーンスモーカー一歩手前の喫煙者だったのだが。

今ではすっかり煙草も止めている。

ぼんやりしていると。

スマホに連絡があった。

最悪規模のシリアルキラーを二人、立て続けに逮捕したと言う事で、話題になっていると言う。

宮藤の部署にも報奨金が出るらしいが。

こちらは、捜査一課に支給されるボーナスの、一部が支給される形になりそうだ。

まあ、極秘部署なんだから当然か。

石川も佐川も、宮藤より給料を貰っている。高梨に至っては、かなりの医療費が掛かっているらしいのだが。

それを差し引いても、充分過ぎる程のお給金が支払われているらしく。現時点の貯金だけでも、仕事をしなくても死ぬまでは確実に生活出来るそうだ。

昔だったら、新聞が連日ギャアギャア騒いで、ワイドショーとかが大狂乱しただろうが。

現在はその辺りは静かなものだ。

SNSでは怪文書が飛び交いまくっていたが。

この辺りは別の部署が対応する。

なお模倣犯が出ないようにするために、犯人の手口の一部は公開しない。この辺りを無意味に公開すると、当然だが碌な事にならないのである。

ヤクザなどは死体の始末方法を知っているが。

それを一般公開すれば、絶対真似をする奴が出てくる。

そういう事だ。

やりきれないなあ。

そう山に向けて思う。

警察に入った頃。情熱に燃えていた時期もあったっけ。

だが、その情熱は、キャリアの腐敗ぶりを見て。すぐに潰えた。高学歴で優秀なはずのキャリア達が、警察のガンだという事はすぐに分かった。だが、其奴らが学閥や権力の綱引きで複雑な権力構造を構築しており、宮藤にはどうしようもない事も理解出来た。

幾つかの大規模事件が起きて。

それに警察の対応が遅れて。

やっと、国が重い腰を上げて、キャリア偏重の警察組織の改革に乗り出したときには、既に宮藤はくたびれていた。

その内キャリアは絶対権力を失ったが。

その代わり、警察内では混乱が続いた。

今ではある程度混乱も収まったが。

その頃の混乱を見て、警察に嫌気が差して止めていった者を何人も宮藤は知っている。

そいつらのうち何人かとは今でも交流があるが。

警備会社にいて一般警備員をしていたり。

或いは裏社会に落ちかけたことがあったり。

皆、挫折の後はいじけてしまっている。

宮藤も同じだ。

挫折から、今でも立ち直れていないように思える。

メールが来た。

石川からだった。

「出来ましたんで、送っても良いですか?」

「佐川ちゃんは?」

「そっちもばっちりです」

「二人でダブルチェックはした?」

無言。

これだから。

すぐにダブルチェックするように指示して、またぼんやり山を見る。側にコンビニがあるので、菓子を買っていく。

二人が好きな菓子は知っている。

まあ、文句を言われることは無いだろう。

本当は、高梨にも差し入れをしたいのだが。それは居場所が分からないのだからやりようがない。

高梨によると、顔がとても恐ろしくて、見たら絶対逃げるという。

そもそもだ。

イマジナリーフレンドを自在に生やして、それが完璧な証言をしてくると言う時点で、まともな人生を送っていないことは分かる。

だから、無理に押しかけようとも思わないが。

つらいだろう。

直接人と会うのは。

部署に戻ると、二人がチェックを済ませていた。

お菓子をちらつかせると、よだれを流して子供みたいな表情で振り返る石川。口を△にして物欲しそうにする佐川。

これが難事件を解決しているのだから不思議なものである。

なお、能力は偉そうにエリートを気取っているキャリア様より遙かに上なので、何も文句は言わない。

しゃきっとするようにとか、見かけを整えろだとか、まなーがどうのこうのだとか言う気は無い。

実績を出している相手に。

そんな言葉は不要だ。

「終わったかい?」

「はい、ばっちりです。 そのまま裁判所に出せますよ」

「まあ一課でも確認するだろうから、二人でチェックしてばっちりならいいよ。 じゃあおくっちゃってちょ」

「わーい」

何故わーいなのか。

送れば菓子を貰えると知っているからだ。

オツムが幼児だが。

まあ能力が大人以上なのだから、それを責める気は無い。

後は軽く話して、問題になりそうな所をピックアップしておく。

一応、もう問題になりそうな事はない。

シリアルキラーが一人死に。

もう一人のシリアルキラーは終身刑が確定。

これで、少しだけだが。

世界はマシになる。

 

4、暗い暗い水の底

 

普通、高梨は犯罪者の人格を、事件が終わると眠らせてしまうのだが。たまに起こして、話をしたりする。

いつも忙しいので、体力の消耗も激しい。

だから滅多にやらないのだが。

今日は、とくに問題も起きなかったので。

普通に話をしてみた。

今回話しているのは、以前スポーツカーを見せびらかして、若い女をたらし込み。豪華な自宅に連れ込んで、合計九人を殺した男である。

親が何処かの政党の幹部だとかで、警察も中々手を出せなかったのだが。

幾つかの状況証拠から、高梨が人格を構成。

動かぬ証拠を押さえ。

警察は逮捕までこぎ着けた。

なおその政党が大規模なネガティブキャンペーンを行ったが、そもそも背後にいる資金源がもう近年ではすっかり枯れていることや。その政党にロクなイメージを持っている者がいないことから、ネガティブキャンペーンは却って逆効果になり。

犯人は終身刑。

更にその親も議員を辞職後即逮捕。罪状は犯行を知っていたにもかかわらず隠蔽しようとしたこと。

更に更に、その政党そのものが多数の犯罪に手を貸していたことが分かると。

もう政党には票が入らなくなり。溶けるようにして議員はいなくなって。やがて政党そのものが解散。

後は過激派として残った残党を、警察が一網打尽にして終わりになった。

その犯人に、近況を聞かせてやる。

なお実物は、牢屋の中で発狂死済みだが。

「そうか、親父の奴、お袋もろとも政治家としてはくたばったのか、ヒヒヒ」

「庇ってくれたんじゃないの?」

「まさか! 彼奴らは自分が可愛いから、隠そうとしただけだよ」

「……」

まあ、こういう機能不全家庭では、こういうことが起きる。

どんな金持ちでも。

国政に関わるお偉いさんでも。

それは同じである。

「それでアレは見つかったのかな」

「ん? 君は全て話してくれたんじゃなかったっけ」

「ああ、俺に関してはな。 親父がやった事件だよ。 親父の奴、まだ生きてるだろ?」

ケケケと耳障りに笑う犯人。

ふーんと呟きながら、続きを促す。

楽しそうに犯人は。

人の不幸を語る。

まあ、他人の不幸を喜ぶ輩は地球上にたくさんいる。人間の大半がそうで、むしろ喜ばない奴の方が変人扱いされるくらいなのだから。

「親父、殺ししてるんだよ。 ただしプロの殺し屋やとって、だけどな」

「詳しく」

「確か……」

年代から丁寧に話し始める。

たまにこれがあるから、犯人の人格を引っ張ってきて話す。どいつもこいつも犯人は狡猾だ。

聞かれていないからと、余計な事は喋らないことが多い。

此奴もそうだ。

ボイスレコーダーをオンにして、記録を取る。

なるほど。

これは、全てのデータを集めれば、立件できそうだ。

今は確か、この犯人の父親。元某政党の議員であり、今では独房にいる男は。証拠さえ集めれば即逮捕できるだろう。

少しデータを見るが。

事件の隠蔽での罪状は懲役4年。

あと三ヶ月ほどで牢屋から出られるところだった。

危ない所だったなと、ぼやいてしまう。

「分かった、教えてくれてありがとう」

「なあ、実物の俺、もうとっくに死んでるだろ?」

「……」

「今だから話すけどな。 実物の俺、クズの取り巻きはいても、友人はいなかったんだよ」

そうか。

此奴、周囲の取り巻きを友人とは思っていなかったのか。

だが、それは周囲の取り巻き達も同じだろう。

互いに利用し合う。

それは宮藤と高梨も同じだが。

一方、世間では「利害関係」を毛嫌いする傾向がある。

此奴はそれで満足できず。

友人がほしかったのかも知れない。

「俺にお前が何か細工したのは知ってる。 俺はどうしようもないシリアルキラーで、どうしようもない暴力野郎だったしな。 異常者で、そもそも周囲だって俺を怖れて機嫌を取ってたしなあ。 俺も親父にだけは逆らえなかったが、それでも結局は同じだったしなあ」

「……」

「でも、友人がいて俺は嬉しかったよ。 お前が俺を友人という風に何か弄ったことは分かっているけれども、それでも俺は友人が出来て嬉しかったし、だから本物を売ったんだよ。 それは覚えておいてくれ。 俺が例え、もうお前の中で起きてこないとしても、な」

「ええ、分かりました」

ぶつりと会話を切る。

そして宮藤に連絡。

話をすると、すぐに対応するという事だった。

今度は隠蔽どころか殺人教唆である。普通の殺人よりも罪が重くなる事が多い罪だ。ましてや殺し屋を雇ったとなると、なおさらだろう。

殺し屋は吐かないかも知れないが。

残念ながら、その殺し屋の人格だって再現出来る。

証拠なんぞ揃えるのは難しく無いのだ。

それにしても、友達か。

妙なことをいうものだ。

いなければ自分の中にでも造れば良いものを。

そう、高梨は思う。

この異能が皆にあれば、世界は少しでも平和になるのでは無いのだろうか。

そうとも、高梨は思った。

 

(続)