みんななかよし

 

序、実験

 

人類が宇宙に出ても、何一つその性質が変わる事はなく。他の知的生物を巻き込みながら、散々争いが続いた。

人類にとっては。

自分の価値観だけが全て。

故に醜ければ排斥してもいいし。

自分から見て滑稽な振る舞いをしていれば野蛮と判断して良い。

価値観が合わなければけだもの。

そう考える生物が。

別の知的生命体と上手くやっていけるはずもなかった。

だから、この実験が行われたのだ。

ヒラノ博士は、白衣に身を包んだまま。異星人達と一緒に、その部屋へと急ぐ。其処では無数の人工知能が準備されていて。有機物に転写されていた。

様々な形の脳みそが水槽に浮かび。

そして、連結されている。

いずれもが。

典型的な人間の思考パターンを模写したAIだ。

銀河連邦との決戦で、百五十億に達する死者を出した人類は、敵に対して決定的に遅れを取った。

もしも人類が優勢だったら。

どうなったかは、いうまでもなかっただろうが。

負け戦をしたのは人類の方だった。

だから、銀河連邦の提案を受け入れたのだ。

人間が他の種族と仲良くやっていく方法を模索する実験をする。実際問題、五百を超える種族が和合している銀河連邦は、多少の紛争を抱えつつも、人類ほどの苛烈な排他性を持たず。

むしろ仲良くやる事が出来ているのだ。

勿論、人間の中にも色々いる。

ヒラノ博士は、四十代だが。その肉体は、二十代と変わらぬ若さを保っている。長い戦いの中で進歩したアンチエイジング技術の賜だ。博士号を取ってから十七年。その姿はまったく変わっていない。

今では、戦死さえしなければ。

普通の家庭の出身者でも、二百年は生きられるのが普通と言われる時代。抵抗さえなければ、記憶を転写したクローンを使う事で、半永久的に生きる事も出来る。

それなのに。

まだ人類は極めて排他的攻撃的思考を保ち。

異星人とぶつかったのだから、始末に負えない。

そして今、相手が手をさしのべてくれたから、滅びずに済んだ。

馬鹿馬鹿しい話だ。

地球を這いずり回っていた頃から何も変わっていない。

ヒラノ博士は、眼鏡を直すと。

人工知能の特性について。

銀河連邦から派遣されてきた、様々な姿をした宇宙人達に、説明していった。性格が多彩でなければ、今回の実験には意味がないのだ。

十人分の人工知能を準備して。

その説明を終える。

トカゲが直立したような姿をした種族、バディグの博士が、腕組みした。地球人のそれとは違い、理解した、という意味を示す動作だ。

「なるほど、それでどのように実験を進めるのですか?」

「此方をご覧ください」

ヒラノ博士が、レポートを配る。

紙製ではなくて、立体映像投影装置。しかも、それぞれの博士の出身惑星の言葉に、瞬時に翻訳できるすごいものだ。

ちなみにこれは銀河連邦の道具。

地球では、此処までの道具は、作れていない。

「反復実験か……」

「確かにAIであると都合が良い。 君達の実験の内容についても、全て開示してくれると解釈して構わないか」

「ええ。 その通りです」

「よし。 我々としても、まずは実験の様子を見たい」

毛だらけの、巨大なゴリラを思わせるハバルの博士が挙手。

これも地球人が使うものとは意味が違う。

続けてくれ、という動作だ。

ヒラノが選ばれたのは。

元々、銀河連邦との和平を望む一派に所属していたこと。研究を介して、彼らの文化に詳しかったこと。

そして加速学習によって適性を見いだされ。

AIに関しては世界的権威となっている事だ。

ちなみに実年齢は四十六だが。

肉体年齢は十九。

実際に体験している時間は三百八十年と、ちぐはぐで意味が分からない事になっている。それだけ、今の人類が技術を高めているという事だ。

逆に言えば。

これだけ技術を高めても。

地球人類は。地べたで殺し合いをしていた時代と、頭の中身が変わっていない。

どれだけ優れたテクノロジーを持っていても。

相手を気持ち悪いと思った瞬間、相手を殺す事を何とも思わなくなる。相手の全ての権利を奪っても平然とする。

だからこそ、銀河連邦とは戦争になったし。

致命的な所まで、殺し合わなければならなかった。

もう繰り返してはならない。

相手が手をさしのべてくれた今が好機。

例え洗脳じみた手を使っても。

人類を変えなければならない。

そう、ヒラノは思っている。

自然分娩がほぼなくなった今の時代。性行為は快楽を満たすための行動に過ぎず。子供は一種の遺伝子管理によって作り出される。

それでも自分の子供は可愛い。

ヒラノも、自分で腹を痛めたわけではないけれど、子供が何人かいる。

みな、これからバカみたいな戦争で死なせたくない。

自分で産もうが、そうではなかろうが。

子供は子供だ。

そして子供は可愛いと思う。

出発点は。

そんな些細な事なのだ。

些細が故に重くもある。

ヒラノの子供も。

この間の戦いで、何人も死んだ。

銀河連邦を恨んではいない。

ただ、同じ事を繰り返したくないとは、切に願っているが。

「最初のシミュレーションを開始します」

スパコンを操作。

人工知能達を目覚めさせる。

有機物で造られたとは言え、所詮は人工知能。何より感覚器官が擬似的なものなので、現実には気づき得ない。

皆が見守る中。

百倍に圧縮された時間の中で、人工知能達は。

五分と経たないうちに、派閥を造り。

十分と経たないうちに、殺し合いをはじめ。

一人二人と脱落していった。

最後の一人が勝ち誇っているところで、一度シミュレーション中止。ちなみに最後に生き残ったのは。武力が優れているものではなく、知恵が優れているものでもなかった。全ての能力を低く設定しておいたものだった。

強い者達が根こそぎ共倒れになり。

結果として生き延びたのだ。

馬鹿馬鹿しい結果だが。

これが現実である。

スパコンを操作して、初期状態に戻す。

見学していた、昆虫に似た種族のパルマンが、意見を呈してきた。

「やはり恐ろしいほどに好戦的だな」

「今回のケースでは、敢えて物資を不足させています。 一人が独占しようと欲を出したのが、争いの切っ掛けです」

「物資が足りないなら、管理して分け合い、増やす方法を考えれば良いものを」

「人間は其処まで知恵が回りません」

情けない話だが。

ヒラノはその実例を幾らでも見てきた。

自分さえ良ければいい。

それが人間の本音だ。

相手には自分にとって都合が良い立ち振る舞いを要求しておきながら。自分は好き勝手に行動したがる。

常識とやらを口にしながら。

その実、相手の全てを踏みにじり、嘲弄するのが大好き。

嫌と言うほど実例を見た。

だから異文化の持ち主に指摘されると、頷くしかない。

改善するしかないとも本気で思っている。

幸い、ここに来ている博士達は、皆理解があるのが嬉しい所だ。

理解があるか、どうして分かるかというと。

それぞれの思考をそのまま直結して、理解し合うための道具を使っているからである。ヒラノを始め、皆が頭につけている道具がそれだ。銀河連邦が開発した道具である。言葉による煩雑でいい加減なコミュニケーションでは無く。互いの意思疎通を完璧にするために、必須として開発されたものだ。

人間は未だに、言葉を異常に重要視して、こういった道具を使う事を徹底的に拒否する者も多いが。

ヒラノが使った感触では。

極めて便利である。

取り繕ったり、余計なおべんちゃらが必要ない。

実際今話している科学者達も、皆口を揃えていた。

地球人もコレを使うべきだと。

うわべだけを取り繕い、よく見せる事だけが主体になる人間のコミュニケーションは。厳密にはコミュニケーションとは似て非なるものだと、この道具を使った後、ヒラノは確信できていた。

実際には、相手との意思疎通をコミュニケーションと言うはずなのに。

本末転倒にもほどがあるのが、実情では無いか。

うわべの取りつくろいあいなど、悲劇を生むだけ。

事実、今も。

銀河系が崩壊するレベルでの大戦という、最低最悪の悲劇を生んだばかりだ。

「今度は時間加速を千倍に。 条件を少し変えてやってみよう」

「機械的な処理を進めていくか」

「それがいい」

科学者達が話をしている。

黙々とヒラノは、思考操作型デバイスを用いて、AI達の周辺環境を整えていく。

不正が無いようにするためだ。

準備が整った。

そのまま、十五セットの実験を行う。

環境が豊かだったり。

或いは助け合わなければやっていけない状況だったり。

立て続けに条件を設定して。

人工知能達に、生活させていく。

結果は無惨なものだ。

早いものになると、開始早々、自分が全ての物資を独占すると言い出すAIが現れ。反対するAIを殴り殺した。

抵抗する数人と殺し合いになり、最終的にみんなが死んで。

生き残りが漁夫の利を得たと思いきや。

一人しか生きていないので、どうにもならない。老衰死である。

あるケースでは。

準備されていた公正な選挙で、早速ズルをする奴が現れる。

それがばれて、リンチが発生。

文字通りつるし上げられた不正者は。死体が腐敗するまで、其処にさらし者にされたあげく。

選挙そのものがタブーと化し。

結局独裁へと変わった。

独裁になった後は、さらし者になった死体を指さしながら、実権を握ったAIが、居丈高に吼える。

逆らう者は。

彼奴の手先と見なす。

そうなれば、どうなるか分かっているだろうな。

目を覆いたくなる醜態だが。

実験のためだ。

最後までやらせなければならない。

絶対権力を握った後は、どうも自分で使わないと、気が済まなくなるらしい。

面白半分に殺戮を始める独裁者。

しかし、三人が殺されたところで。

残りが一斉に反抗。

全員が総掛かりで。

独裁者を刺し殺した。

そしてその後は。

独裁者の権力を巡って、生き残りが殺し合いを開始。もはやなにも制御を受け付けない状況で、ひたすら殺しあいが続き。

最後の二人が相打ちになって。

誰も生き残らない結末となった。

大体のシミュレーションがこの有様である。

ちなみにこの結果は、データソースごと、地球側にも公開されている。向こうからも意見を募るためだ。

「所詮はAIだろうが。 くだらねえ実験で、宇宙人の歓心買ってるんじゃねえよ! この売国奴!」

罵声を飛ばしてきた見学者もいる。

アホらしいので無視。

しかし、それに同調する意見も多かった。

今、地球人類は。

銀河連邦がその気になれば、本星を一気に制圧され。下手をすると、そのまま超危険種族として、監視下に置かれ。あらゆる自由を制限されかねない状況にある事を、理解しているのだろうか。

理解した上で、感情のままに振る舞っているのだろう。

呆れて言葉も無かった。

「すみません。 醜態を見せています」

「かまわないさ。 今は、改善するための作業中だ」

半魚人に似た巨大な種族、ペルルの科学者が助け船を出してくれる。

特に人間から見て醜いという理由で、占領地では徹底的な殺戮にあった種族だというのに。

それでも、これだけ理性的に接してくれるのは助かる。

提案してきたのは。

兎に似た種族の。小柄なパルストイの科学者。

ちなみに彼らは「見かけが可愛い」という理由で、占領地では大量に狩られ。地球ではペットとして扱われた。

今では全てが解放されているが。

その全員が、地球人類は気分次第で此方を殺すので、とても恐ろしかったと証言している。

情けない話である。

「AIを百人に増やしてみよう」

「十人でもこの混沌なのに、かね」

「だからこそだ」

パルストイの学者は言う。

もっと個性を増やしていけば、よりよい結果を残す性格が発見できるかも知れない。今までの実験では、あくまで代表的な性格だけを集めてシミュレーションを行っていたが。それもまだ個性が多いとは言いきれない。

それならと、ヒラノが逆に提案。

「統計という観点なら、最低十万はデータが必要です」

「なるほど、しかし出来るかね」

「何とかします」

資材を増強し。

スパコンと生体装置を増やしていけば、どうにかなるだろう。

それに、十人だけだと、恐らく万回繰り返した所で、結末は同じになると、ヒラノは見た。

何が人間賛歌だ。

見かけで全てを判断する人間が。

そのようなものを受ける資格があるとでも思っているのか。

そうヒラノは。

今の実験を見ていて、思った。

何しろ、どのAIも。

基本的に相手の上っ面しか見ていない。そして、上っ面しか見ないことを、全面的に肯定している。

人間の社会で行われ続けてきた、醜悪な現実が。

AIの世界でも、そのまま行われ続けている。

実際にどう思考していようと関係無い。

自分から見て気持ち悪ければ殺して良い。自分から見て不愉快だったら殴って良い。自分から見て印象が悪ければ全否定して良い。

それが人間。

故に組織はどんどん時が経つ度に腐敗していく。

実務能力など要求されない。

求められるのは、相手に媚を売る能力だけだ。

「続けよう」

バディグの博士が音頭を取る。

そして、まずはAIを百人に増やしたところから。実験を再開した。

 

1、苦悩の連続

 

実験が行われているのは。

決戦の末、地球軍が放棄した要塞の一つ。その中に、研究所があったので、それを使っているのだ。

設備は揃っている。

ちなみに、元々の用途は。

宇宙人を改造して洗脳し。

意のままに動く兵士としたり。

或いは生体構成要素を分析して。

食糧に出来るかを判断する場所だった。

ヒラノは此処で働いていたが。基本的に、上司に常に反対して、煙たがられていた。その結果、人当たりが良い言葉だけを口にする無能が常に抜擢され。実験は遅れに遅れていた。

逆に言えば。

今はそれで、助かったのかも知れない。

無能がだらだら作業をやったおかげで。

銀河連邦が突入してきたとき、助けられた捕虜も多かったのである。

ちなみに上司と無能は、そろって監獄行き。

多分、死ぬまで出てこないだろう。

私には、護衛用のロボットがつけられている。

裏切りものとして、周囲の人間に付け狙われているからだ。何が裏切りなのかよく分からないが。そう考える者がいるのが事実だ。

正直、そんな連中はどうでもいい。

今重要なのは。

人類という生物を、洗脳してでも、他の種族との意思疎通を可能とする事。

人類がいう「コミュニケーション」ではない。なぜならそれは、見栄えだけを評価して、相手が実際に何を考えているかなど、どうでも良いと判断するものだからである。

必要なのは、意思疎通だ。

そのためにはどうればいいか。

実験は此処だけで行われているのではないが。是非、ヒラノが結果を出したい。むしろこれは好機だ。

万物の霊長を気取る愚かな連中に。

今回、現実が突きつけられた。

あらゆる宇宙の知性体を、醜く愚かなエイリアンとして嘲弄してきた人類が、負けたことで。

その価値観に、罅が入った。

人間は、今まで病と人間以外には、負けたことがない。

だから散々増長した。

万物の霊長という言葉などは、その代表例だろう。

故に今こそ。

その思い上がりを木っ端みじんに粉砕し。同格の、宇宙に上がる事が出来た知性体達と、仲良くやっていくための準備を整えなければならないのだ。

だが、それは。

兎に角難しい。

博士の一人が小首を挙げる。

「どうして肌の色や目の色が、差別の対象になる」

多分、地球人にしかこれは分からないだろうと、他の種族が話しているのを、何度かヒラノは聞かされていた。

そもそも、銀河連邦だって、最初から順風満帆だったわけではない。

幾つもの衝突は存在した。

だけれども、それら以上に。

まずは話し合いが持たれ。

利害の調整が慎重に行われ。

安定と平穏が第一に考えられた結果、此処まで統制が取れて、真面目に運営される国家が完成したのだ。

逆に言えば。

地球人が同じ事をするのは。

現状では不可能だ。

利害の調整を行おうにも、自分にとって都合が良く行う事だけを考えるし。

相手に対しての評価は見かけが全て。

残念だが。

客観的に見た人間という生物は、そういう存在だ。

だから銀河連邦とは、戦争になるしかなかったのだ。

ヒラノは、博士達の疑問に、一つずつ答えていく。そうすると、博士達は、毎度困り果てるのだった。

「銀河連邦内にも、好戦的な種族はいる。 排他的な種族だっている。 君達が言う中華思想の持ち主だっている。 だがそれらの全てを此処まで高い水準で得ている種族は、流石にいないぞ」

「分かっています。 故に今回、種族を改造しなければならないでしょう」

「……困った話だな」

変われば良い。

時々、欠点を持つ人間に対して、無慈悲に吐かれる言葉だ。

変われる者もいる。

そうできる者なら、そうするべきだろう。

だが、例えば。

数十年間虐待を受けて、他者に強い怒りと哀しみ、恐怖を抱くに到った人間に対して、同じ言葉をしらふで吐ける者がいるとしたら。

それはあまりにも傲岸不遜。

むしろ、残虐でさえある。

研究結果が。

加速された時間の中、次々に出てくる。

芳しくない。

百人にまで増やされた疑似人類は。

自分たちが脳みそになっている事を知るはずも無く。

ひたすら様々な生活をしている。

ある時は、武器を全て取り上げた。

その結果で、まったく違う特性を持つ種族と接触させた。

どうなったか。

武器をわざわざ造り出して、相手を殺戮し始めたのだ。相手が友好的かどうかなどは関係無い。

相手の見かけが気持ち悪かったから。

それだけで、殺戮の理由には充分だった。

文明レベルを調整しても、何ら変わらない。

法がわざわざ整備され。

殺戮が正当化されるケースさえあった。

それどころか。

異物と称して笑いものにすることが正当化され。それを拒んだ少数が、なぶり殺しにされるケースもあった。

頭を抱えたくなる。

確かに、言われるとおりだ。

目の色、肌の色、髪の色。

それらが違うだけで。

人間は相手を、躊躇無く殺す事が出来る。

同じ種族だろうと。

どれだけ友好的だろうと。

勿論そうでは無い人間だっている。

だが九割九分が。

殺せる方の人間だ。

ヒラノは、次々に上がってくる研究成果を見て、そうだとしか断言できない。回りの科学者達は、呆れることも、怒ることも無い。

自分たちで様々な提案をして。

実験をよりよくしようと、次々に手を貸してくれる。

コレが人間だったらこうは行かないだろう。

情けない話だが。

ノルマが挙げられないから更迭。

上に対して媚を売らないから更迭。

出世の邪魔だから足を引っ張る。

無理難題を押しつけて、出来なかったら無能呼ばわり。

それらが関の山だ。

情けない。

そして更に情けないのは。今周囲にいる科学者達が、別に聖人でも何でもないと言う事だ。

怒りもすれば哀しみもする。

派閥も作れば、意見をぶつけ合って喧嘩もする。

だが、基本的に。

致命的な所までは絶対に行かない。

ブレーキが掛かっているのだ。

これはとても羨ましいと、ヒラノは思う。どうして其処で食い止められるのかを取り入れられれば。

人類を変える好機になる。

人間は説得だの説教だのでは絶対に代わらない。

そういう生き物だ。

人間を変えるには。

現実を変えるしかない。

そして今だ二千億を超える人間がいる現状。いちいち洗脳などしている暇はないと見て良いだろう。

そうなると、その事も含めて。

先を考えなければならなかった。

 

ヒラノの思惑はともかくとして。

あらゆる状況をシミュレートした、みなを仲良くさせるAI達の箱庭は。作っては壊され。壊されては作られていく。

AIのスペックは様々。

優秀な奴も、そうでない奴もいる。

だが、それでも。

あまり結果は変わらない。

ある試験ケースの場合。

一番優秀で、リーダーになり得るAIが、いきなり殺された。それは権力を得るのに邪魔だからと、ナンバーツーがやったのだ。

その後は、ナンバーツーが周囲をまとめきれず。

派閥が分裂を繰り返し。

歴代最短記録で全滅した。

こうなり始めると、もはや子供だろうが老人だろうが関係無い。敵と見なせば殺戮の対象になるし。

味方でも、いらないと判断したらその場で殺してしまう。

別におかしな事では無い。

歴史上、幾らでも実例がある事だ。

別の条件で、実験を開始する。

今度は、皆で身を寄せ合って、生きていかないといけないほど厳しい環境を作って、其処にAI百名を放り込んでみる。

そうすれば、少しは仲良くしようとするだろうか。

結論から言えば。

しない。

まずリーダーが、物資を独占。

弱者が環境に耐えられず、次々と倒れていくのを尻目に、自分と取り巻きだけで贅沢を開始。

その結果、社会を構成する因子が成り立たなくなり。

彼らが気がついたときには。

もはやどうにもならなくなっていた。

リーダーが吼える。

何とかしろ。

誰も何とも出来ない。

彼らがこき使い、何もかもを奪ってきた者達が。

過酷な環境でも、食糧を生産し。

インフラを保っていたのだから。

待っていたのは、緩やかな死。

火をどう熾すかさえ知らないリーダー達は。

あっというまに餓死。

或いは凍死していった。

二千を超えるシミュレーションが一端終わったところで。

科学者達全員が顔を合わせて、会議を行う事になる。ヒラノもその席の末端に座ることとなった。

青黒い髪を掻き上げる。

宇宙に出てから、人類は遺伝子を弄るのが普通になった。

ヒラノは親に弄られて、顔は妙に「地球人基準」で整っているし。髪は美しいブルーグリーン。肩まである髪は、柔らかく、理想的だ。

そんな風に遺伝子を弄って。

優秀である人間を増やしてきても。

人間の社会は、何ら変わらなかった。

ちなみに今使っているAIも。現在人間の標準知能指数である230をベースにしているのだが。

それでも駄目なものは駄目だ。

「このままでは埒があかん」

パルマンの博士が、昆虫に似た姿で、何度も頷いた。

困り果てているときの動作だ。

銀河連邦はこの間の大戦で勝った。地球に対して、決定的な優位を得るまでの大勝利だった。

実際、あの地球政府が、講和に同意したほどである。

それほど致命的な戦いだったのだ。

それでも、銀河連邦の損害は決して小さくなかったし。

故に、このような席が設けられている。

加速時間の中で行われている実験で。此処以外にも、八カ所で同じような事が行われているが。

どこから来るレポートも。

結末は似たようなものだ。

「あー、諸君、よろしいかね」

不意に声。

机上に現れた立体映像は。触手を多数持つ脳みそというのがふさわしい存在だ。彼らは銀河連邦で、もっとも多くの議席を持つ知的種族。ハハルである。

知性に特化している彼らは、とにかく政治に向いた種族であり。

銀河連邦でも、多くの分野で活躍している。

性格は。

地球人の政治家が見たら唖然とするほど清廉だ。

だから銀河連邦は、千四百年にもわたって、繁栄を続けている。この間、内戦は数えるほどしか起きていない。

「データを確認したが、芳しくは無い様子だな」

「申し訳ありません」

「いや、きちんと努力を重ねていること、どれが駄目なパターンであるかを突き止めたことは、とても大きい。 このまま努力を続けて、最終的に必ずや、地球人類が宇宙でもやっていけるように、調整を行っていこう」

敬礼すると、通信を切る。

考え方が根本的に違うのだと、今の会話だけでも分かる。

それが故に、地球人類の凶暴性には、頭を痛めていたのだろうという事も、理解できるのだ。

その後は、皆で、他チームの研究結果を精査。

何か良いデータが見つかるかも知れない。

あるデータでは。

姿を皆変えてみるという手を使っていた。

しかしそうしたら、

全員が全員を差別しだした。

当然、される側も黙っていない。

たちまち最終戦争が始まり。

終わったときには、誰も立っていなかった。今までで、滅亡までの最短記録を更新してしまう。

あきれ果てたが。

だが、これも立派な成果ではある。

「皆が違って、皆が素晴らしいとなると思ったのだがな」

「手当たり次第に殺し合いか……」

「他に手はないか」

わいわいと皆が意見交換する中。

ヒラノは挙手した。

「一つ、考えがあります」

 

2、その存在は

 

古くから。

人類は王政を導入してきた。

民主主義など、古代ギリシャの時代には、既にあった。それなのに、王政が各国で導入されてきた理由。

それは簡単だ。

社会が未熟であった事。

何よりも。

人間は、自分で考えるよりも、考えて貰う方が楽だからだ。

例えその結果。

奴隷にされても。

面白半分に殺されても。

逆に言えば、その結果、自分を偉いと勘違いした支配者階級は、何処まででも好き勝手に増長する。

最終的に対決が激発し。

貴族や王族は、その姿を変えざるを得なくなった。

或いは血統を絶えされた。

今では、財閥や大企業という形で、別の意味での貴族や王族が、世界中に生き延びているが。

結論すれば。

人類は、絶対的存在に支配して貰って。

何もかもを与えて貰う方が、楽で良いと考える生き物だと言う事だ。

だから実験は。今まで上手く行かなかった。

何しろ、自律自尊、独立不羈。

そんな理想。

大半の人間が、良しとするはずが無い。

強い人間はそれで良いだろう。

だがそれは、あくまで強い人間が生きていくための理屈だ。

これだけテクノロジーが進歩した現在でも。

結局の所、人間の思考形態は殆ど変わっていない。支配して貰って。指示を出して貰って。

楽に生きたい。

他人などどうでもいい。

それが、人類。

そういう存在だ。

だからヒラノは、AIの中に、絶対者を設定した。寿命にしても能力にしても、他とは隔絶した存在。

しかも死なない。

神といっても良いだろう。

判断力も、人間よりも遙かに優れていて。

人間の中に混じるエセマキャベリストのように。自分の利益のために弱者を使い捨てることも考えない。

コレを入れるとき。

流石に周囲は難色を示した。

「それでは、地球人類は努力もしなくなるし、働く事もなくなるのでは無いのか」

「心配はいりません」

「どういう意味かね」

「地球人類は元から努力が大嫌いだからです。 隙さえあればさぼることだけを考えるし、思考なんてしたいとさえ思わない。 素晴らしい指導者様が現れて、自分たちを適切に導いてくれれば良いと、いつも思っている生物なんですよ」

一刀両断だが。

これは、大半の人間に、実際に当てはまることだ。

嘘は言っていない。

ヒラノは実際に見てきた。

右から左へと流される主体性が無い人間の群れ。

うわべだけを取り繕うことのみに執心する社会。うわべを取り繕いさえすれば、どんな無能でも平然と仕事を任せ。何かトラブルがあった場合は、うわべを取り繕うことが下手な人間のせいにする。

人間とは。

そういう生物だ。

美点に見えるものもあるにはあるが。

それも多くは、エゴに起因している。

だから、エセ宗教家やカルトが好き勝手にのさばる。

そういった人間を上手に操作する事さえ覚えれば、搾取し放題だからだ。

淡々と話していくと。

学者達は、皆困り果てた様子で、顔を見合わせた。

「それが本当だとすると、我々で人間の独立を促すのでは無く、面倒を見ていかなければならないのか」

「幼児同然で。 それも、殺戮の技能だけは大人より優れた存在か。 これは厄介極まりないぞ」

「地球人類が理解しがたい存在だと言う事はわかってはいたが……」

困り果てる皆の中で。

ヒラノは、レポートを提出した。

様子を見ながら、様々なパターンを試していく。

何も「神」でなくても良い。

人間の中から抽出した、能力を特別に強化した個体でも、別に構わない。要は、人間が思考停止し、全ての権利を投げ出すような相手ならそれでいいのだ。

困惑しながらも、実験には許可が下りた。

早速人工知能を追加。

そして、実験を開始した。

 

劇的な成果が出る。

今まで簡単に殺し合っていたAI達が。

ぴたりと、統率を持って動くようになりはじめたのだ。

やはり此奴らは。

AIでありながら。

自分でものを考えるのが、大嫌いだったというわけだ。まあこの辺りは、人間をトレースして作成したのだから、当然だろう。

支配者AIは、αAIと名付けたが。

このαAIは、少しずつ調整してみる。

最初は人間性零で始めた。

そうすると、統率に関しては、非常に上手く行く。むしろ、人間性という、人類が一番貴んでいるものが、諸悪の根元であったかのように。

だが。

最終的には、αAIも含めた人類全てが。

失血死するような形で、滅びてしまった。

これはまずい。

そう思ったけれど。

しかし、滅亡までもった時間は、今まででぶっちぎり最長。つまり、改良を重ねていけばいいのだ。

続いて、人格を持ったαAIに変える。

そうすると。

途端に、今までを遙かに超える地獄が出現した。

自分の性格にあったAIに対してのえこひいきを始めたのである。

人格があると言う事は。

好みもあると言う事だ。

それはつまり、有能だろうが無能だろうが関係無く、自分が好きな存在だけを厚遇し。他をゴミ同然に扱う事を意味していた。

更に言うと。

支配される側のAIも、どうやってαAIに媚を売るかを考え始め。それだけに終始するようになった。

社会が。

止まった。

なるほど、これが独裁の弊害か。

皆が感心して、推移していく破滅を見ていた。ヒラノも。まさか此処まで的確に、主権国家の最悪の部分が見られるとは思わなかった。

AI達が全滅するのに、そう時間は掛からない。

タイムは、先ほどの、冷徹な人格無しαAIの時に比べて、半分以下。

まあ、それでも。

今までのような、明確に有能なαAIがいない場合に比べると、比べものにならないほどに良かったが。

だが、手詰まりも感じる。

これから、どうすればいい。

蛙によく似た種族、バリバリアンの学者が挙手。

これは、ヒラノの習慣に合わせてくれたのだ。

嬉しい事である。

「着眼点は悪く無さそうだ」

「何か良い修正案は」

「まず、人格の強度を調整してみよう。 今回のケースでは、特に人間としての性質を強く出した結果、エゴを丸出しにして、結果として災厄を招いた。 エゴを薄くして、調整を続けてみよう」

「それがよさそうだ」

調整に入る。

今の時代は。

時間圧縮などもあって。

開発はあっという間に出来る。

それでも人類は負けた。

当然の話で。

銀河連邦も同じような技術を持っているからだ。

AIの調整を続ける。

αAIの性質もその度に変えた。

実験を百度ほど繰り返す。

その度に。

結果は、著しく変わった。

αAIの姿が人では無い場合。

AI達は激しく反発した。人間では無い存在に支配されるのは、我慢ならないと、彼らは口々に主張した。

そればかりか、あらゆる事に難癖をつけはじめ。

徒党を組んでαAIを襲撃し、破壊して、粉々にした。

そして、αAIの業績を全て曲解し。

あれは悪魔だという結論で締めた。

それだけではない。

別のAIが、αAIと同じ管理態勢を敷き始めたのである。しかし能力はαAIに遙か及ばない。

当然のように反乱が起き。

その過程で、見る間に生き残りがいなくなっていった。

治安は完全崩壊。

そして、最後には。

αAIの玉座に座った一人だけが残った。

何をしようにも。

部下一人残っていない。

そのままそれは、玉座でミイラになった。またしても失敗だ。

またあるときは、αAIを非常に美しい男性にした。

完璧なる人体と言っても良い。

そうしたら、どうなったか。

女性AIが、他の男性AIを、見向きもしなくなったのである。キモイだのなんだの言いながら、完全に無視するようになった。

その結果。

わずか一代で、近親交配が徹底的に行われ。

遺伝子の弱体化が凄まじい勢いで進んだ。

何しろ、一代で全員が血縁者と化したのだ。

男性AIは完全に蚊帳の外。

αAIと交配することだけを、女性AIは考えるようになり。それはαAIの子供であろうと例外ではなかった。

そして四代目の頃には。

AIは全て重度の畸形を持つようになり。

自滅した。

これは、αAIを完璧な美貌を持つ女性にした場合も、結果は同じ。

男性AIは、他の女性AIを見向きもしなくなった。とにかくαAIのことだけしか考えなくなり。

あぶれた男性AI同志で殺し合いが始まり。

更に、αAI以外の女性AIを完璧に無視した。

結果、此方も、凄まじい速度で破滅が進み。

あっという間に全滅した。

溜息が漏れる。

何処まで愚かなのだ此奴らは。

人間が愚かな事くらいは把握していた。

だが、此処までだとは、どうして想像し得ただろう。

AIのチェックは何度もした。

様々な国籍文化から人格データをトレースもした。何十回と、アップデートも繰り返した。

だが、それでも駄目だ。

人間という生き物は。

此処まで愚劣だったのかと、何度も思い知らされる。

だから此処まで勢力を拡大しながらも。

他の生物を自分の基準だけで判断し。

同調圧力で「自分たち」とあわない存在を徹底的に排斥し。

虐殺することを何とも思わない。

文化圏は関係無い。

性別も関係無い。

年齢も関係無い。

勿論人種も関係無い。

人間という種族そのものが。

殺戮に特化した欠陥品だとしか、ヒラノには思えなくなってきていた。

前は流石に此処までとは思っていなかった。だが、実際に他の種族との融和を図って、AIを動かしてみると。

その愚かさが露呈する。

ため息をつく。

同じ方向性で、少しずつ進めていくが。

どうしても上手く行かない。

αAIから人格を奪えば、多少はもつ。

だが人格を与えた瞬間。

例えそれが聖人のものであっても。

絶対に破綻するのだ。

何が人間の可能性だ。

未来は無限大だ。

昔から様々な創作で繰り返されてきた寝言を、ヒラノは呪いたくなっていた。実際に人類が銀河系規模での愚行に走ったあげく滅亡の危機に陥り。そして他種族との融和を模索して。

初めて此処まで現実が表に出てきたとも言える。

古い時代のSFでは、宇宙人は神に等しいか、或いはおぞましいまでに醜悪なパターンが多かった。

それはなんということは無い。

人間という種族に客観性など無く。

集団による同調圧力を絶対視し。

自分と違うと認識した瞬間、殺戮する事を何とも思わない生物だからではないか。

圧縮した時間と、超高性能スパコンを用いての、六億と三百四十七回目の実験が終わり。

ヒラノは手詰まりを感じた。

もう、αAIによる管理は不可能だとしか結論できない。

だが、その場合。

新しく手を考えるほか無い。

何かあるのか。

本物の神を作り出せるほど、人間の技術は進んでいない。勿論銀河連邦にだってそんなものはない。

民主主義が時間経過で激しく劣化していくことは、歴史が証明している。他の制度だって同じ。

どうすればいい。

どうすればこの生物が。

他の種族と和合することが出来る。

 

しばらく休憩をと、他の博士達に勧められて。

ヒラノは自室に籠もる。

飲んだのは精神安定剤だ。これで少しはマシになるだろう。あくまで比較して、の話だが。

自分でも分かっている。

ヒラノは随分と同調圧力に苦しめられてきた。

だが、人類が此処までだとは流石に思っていなかった。

AIで動かしてみれば。

それが今更ながらに露呈する。

しかし、どうすればいいのだろう。

むしろ管理には独裁が望ましいが。其処に人格が介在すると途端に地獄が出現するし。

民主主義だろうが何だろうが。

制度は劣化していく。

人間が介在した瞬間。法は意味をなくす。

しかし、地球人類は、その人格を無くすことが出来ないだろう。蟻のような群体生物だったら、どれだけ楽だったか。

ベッドの上で寝返りを打つ。

先まで試していた方法は、もう全部廃棄した方が良いだろう。

スパコンを用いてのシミュレーションは、悉く否を突きつけてきている。これでは駄目だと、冷酷だが正確な現実を教えてくれているのだ。

だが、それならば、どうすればいい。

残念ながら、AIは結局ある程度で進化が止まってしまう。

古い時代のAI観のような、永遠に進化して人類を滅ぼすことが出来るAIは、結局登場しなかった。

だから、スパコン自身に結論を出させるのは無理だ。

これ以上は、人がやらなければならない。

気分転換に少し酒を飲む。

これでも実年齢は四十過ぎだ。酒を飲むことは何ら問題ない。

しばらく酩酊に身を任せていると。

無性に腹が立ってきた。

いっそ、人間の人格など。

一つにでも統一してしまえばいいのではないのか。

そう思えてくる。

人間全部が同じ知性体になれば。

それさえコントロール出来れば、他の種族と和合も出来る。

しかしながら、それは究極の全体主義。

主権国家よりもタチが悪い。

そんなものをまともに運営できるのだろうか。

少なくとも、人格が残っていたら不可能だ。

溜息が零れる。

そうなると、どうすればいい。

人格を消して。

知性だけを残せば良いのか。

そうすれば、或いは。

しかし、それでは。

生物と言うよりも、機械。それも、AIでさえなく、単純行動を繰り返す一種のロボットだ。

人間は生物的に見て。

繁殖力が奇形的に強く、攻撃性と排他性が強烈すぎる欠陥品だ。

地球から出ること無く滅んでいれば、むしろ此処までの事態を引き起こさなかったのかも知れないが。

それでも、ヒラノは何とかしなければならない立場だ。

情報端末を起動。

地球で、駐屯してきている銀河連邦の軍に対して、テロを企てた連中が逮捕されたというニュース。

まだ現実が見えていないのか。

今銀河連邦との決戦に敗れた地球には、戦力なんて残っていない。

古い時代とは違う。

もしも宇宙規模の文明がその気になったら、星ごと消し飛ばす事だって容易いのだ。勿論地球人類なんて全滅である。

急がなければならない。

だけれど、手段が見当たらない。

頭を抱えてヒラノは呻く。

打開策が。

見つからない。

 

3、光明

 

もしもだが。

人類が、ホモサピエンスから、もう一段階進化したら、どうなっていただろう。

宇宙に出たら、人類は進化できるかも知れない。

そう考えた者達はいた。

だが、現実は違った。

宇宙に出たくらいで進化できるのなら。

万年単位でゆっくりと進化してきた他の生物たちはどうだというのか。

彼らは凄まじい自然淘汰の末に、優れた形質を必死に残して、何とか生き延びてきた。その結果、それぞれの生活圏で、最も適したとも言える形状へと変わっていった。

血を吐くマラソンの末に獲得した力だ。

宇宙に出たくらいで。

人類が進歩などするものか。

ならば、無理矢理にでも、進歩させれば良いのではないのか。

しかし、である。

どのように進歩させれば良いのか。

ふと目が覚める。

そうか。

ヒラノは気付く。

こういうときにこそ、スパコンの出番だ。

進化をシミュレーションすれば良いのである。そして理想的な結果が出た場合に、それを無理矢理現在の地球人類に適用すれば良い。

人権侵害などどうでもいい。

実際、地球人類が侵略し、殺戮の限りを尽くした星は二十万を超える。

それらで殺戮した知的生命体の数は、実に二千億。

今回の、銀河連邦との決戦で。

人類は百五十億の死者を出したが。

実に十倍以上だ。

そのような蛮行は繰り返してはならない。

今までの人類は、やれ未来の光だの可能性だのを方便にして、進歩から目を背けてきた。

その愚かしい歴史から。

今こそ決別するときなのだ。

起き出すと、ヒラノはまっすぐ研究室に向かう。

酒は多少残っていたが、別に歩くのに支障はない。

他の科学者達に挨拶すると、すぐにプログラムを組み始める。今の時代、充実したサポートツールと、催眠学習で。

プログラムは、誰にでも流れるように出来る。

古い時代は、プログラマーが血を吐くような苦労をしながら、ずっと画面とにらみ合いを続けていたそうだが。

それも過去の話だ。

「ヒラノ博士、名案か」

「はい。 試してみます」

「そうか」

他の科学者に適当に応じながら。

ヒラノは案をくみ上げ。そして、スパコンに実行させた。

案とはこうだ。

まず、強制進化プログラムをAIにうち込む。

その結果、生じる様々な人類を徹底的にデータベース化。

それを基本にして、人類管理をシミュレートする。

言葉にしてみると簡単だが。

言うまでも無く、スパコンがオーバーヒートするほどの処理能力が必要になってくる。

この辺りは、銀河連邦に力を借りる。

というか、力を借りないと無理だ。

レポートも同時並行で書き上げて。

科学者達に提出。

皆、頷いてくれた。

「なるほど、強制進化のシミュレートか」

「その中から理想的な結果を強引に適応するというのであれば、無理も出ないだろう」

「問題は、現在の地球人類に、それを受け入れる度量が無い事だが……」

「抵抗勢力は皆殺しにします」

ヒラノが言うと。

科学者達は、流石に青ざめた。

「まあ、それしかないといえば、そうなのだろうが……」

「もう少し穏便な手はないのかね」

「ありません」

正直、もううんざりだ。

ヒラノからして見れば、いっそ完全な管理AIでも作って、地球を統治させた方がマシに思えてくる。

勿論人類は全部駆除。

そうすれば綺麗さっぱり何もかもが片付くのだ。

だけれども。

それでは、ヒラノがいる意味がない。

すぐに案は承認されて。

ヒラノは実行に移す。

能力を十五倍に強化されたスパコンを用いる。

昔は仮想サーバが流行った時期もあるが。

アレは実際には、能力の無駄遣いだ。

今回はスパコンの力をフルに生かすために。

スパコンに直に計算させる。

プログラムを走らせる。

そうすると。

あまり良くない結果が、すぐに上がって来た。

そもそも地球人類、早い話がホモサピエンスが、進化上の袋小路にいるのでは無いかと言う話は、古くからあったのだが。

それが一瞬で現実だと証明されてしまった。

そもそも、肉体の形状からして、子供を産むのに負担が大きすぎる。

頭も奇形的に大きい。

無理に進化させてみて分かったことだが。

そもそも人間は、肉体を根本的に変えないと駄目なのだ。

その中でも効率が良いのが。

触手を無数に備えた姿。

ただこれだと、脳の処理能力が追いつかない。

つまりいっそのこと。

脳を超巨大化させ。

其処から無数の触手が伸びている姿にするのが良いかもしれない。

内臓はどうする。

それらに関しても、シミュレーションを重ねさせる。

結果として、内臓は柔軟に、脳の周囲に配置できる形状にする方が良いことがよく分かってきた。

そうなると、はっきりしてくる。

いっそ軟体型の方が。

知的生命体としては、完成形に近い。

脳は柔軟に巨大化できる。

子孫も簡単に作れる。

便利な触手は、利便性が本当に高いし。

何より頑強。

頭足類は、想像以上に知能が高いことは良く知られているが。それと同じだ。人間も、触手を備えた肉塊にしてしまえばいいのではないのか。

うむ、まずは第一段階クリアだ。

ヒラノにしても、正直今の人間の体なんかに未練はない。

正直どうでも良いというのが本音だ。

問題はこの後。

知能を飛躍的にアップしたところで。

思考回路が地球人類のままでは、悲劇が拡大されるだけ。

それならばいっそのこと。

管理用に、何か植え込んでしまうか。

脳が巨大になろうが、地球人類は所詮地球人類だ。

その縛りをどうにか取っ払ってしまえば。

かなりマシになるはずである。

シミュレーションを重ねさせる。

六億回ほどシミュレーションを繰り返させると。

面白い結果が浮かび上がってきた。

「全共有か……」

面白いかもしれない。

脳波をコントロールして、強力な思考のネットワークを作成するのだ。それによって、全人類の思考回路を直結する。

こうなれば、個性を一つに無理矢理統一しなくてもいい。

更に、である。

言語とか言う地球人類の発明した最悪のコミュニケーションツールから、ようやく脱することが出来る。

はっきりいって、言語などと言うのは、それぞれが勝手に解釈できるものだ。どのように書いても、勝手に解釈が出来るし、それで軋轢を生む。

相対的多数の解釈が押しつけられるためのツール。

それが言語だ。

最終的には言語もいらない。

何か他のコミュニケーションを図るためのツールが必要だろう。

脳波による直接コミュニケーションを実現している種族は存在しているので、そのデータを参考にさせて貰う。

様々なデータを叩き込んでいくと。

なるほど。

形が見えてきた。

スパコンの一つがダウン。

酷使しすぎたのだ。

すぐに新しいものを準備させて。更に他のスパコンには、処理を続行させる。とにかく柔軟に。

非常に柔軟に。

考えて行く必要がある。

地球人類だけが発展しても意味がないのだ。

そんな思考でいるから。

今地球は砂漠化し。全ての資源は食い荒らされ。豊富だった生態系は踏み荒らされ。そして、資源を求めて地球人類は、ある種の昆虫のように他の星々に向かい。醜いだの気持ち悪いだの理由をつけて先住種族を殺戮し、資源を略奪して廻った。

何が知的生命体だ。

いっそのこと、知的生命体にするために。

人類はもっともっと、柔軟に改造するべきだろう。

中間案を提出。

科学者達は満足したが。

恐怖を示した者がいる。

ヒラノを此処に派遣した、地球の政治家達だ。

彼らの一人が、連絡を寄越したのは。

新しいスパコンをセッティングして。

計算を開始させた、翌日のことだった。

 

初老のその男性は、地球では良識派として知られる政治家だが。腹の底では何を考えているか知れたものでは無いと、ヒラノは思っていた。

今回支援してくれたことは感謝している。

だが、それ以上の感情は抱いていない。

細長いアスパラガスを思わせるその政治家は。

咳払いすると、ヒラノに言う。

「ヒラノくん。 君が俊英である事は理解している。 この大事業に、もっとも適しているのも理解しているつもりだ」

「はあ」

「だが、これは何だね。 これでは化け物では無いか」

「そういう思考が既に古いかと思います」

即答すると。

政治家は青ざめる。

何かおかしな事を言ったか、私は。

そもそもだ。

地球人類の異常な自己愛的性質が、どれだけの悲劇を周囲にばらまいてきたか。集団的自己愛とでも言うべき妙な性質で自己正当化する結果、地球人類は他の種族に際限なく冷酷になる事が出来る。

歴史が証明している。

ファシズムを例に出すまでも無い。

十字軍にしても、過剰なフェミニズムやビーガンにしてもそうだ。

そんなものはクソくらえだと、声を大にしていいたい。

人間の尊厳。

確かに、他の尊厳も守るのなら、それは守られるべきだろう。

だが人類は、相対的多数の幸福を題目に、今まで罪を重ねすぎた。

精算の時だ。

人類にとって。

ようやく訪れた進化の好機。

コレを捨てるわけにはいかないのである。

順番に説明していくと。

老政治家は、頭を振る。

「君はいかれておる」

「発狂しているのは地球人類の方です」

「何をいうのかね」

「考えても見てください。 そもそも、地球人類がこれほど見境無しに周辺の種族を蹂躙し、略奪を行わなければ、此処までの事態は来なかったでしょう。 地球だって、砂漠になり、海の中に生物が存在しないなどと言う状況にはならなかったはずですが」

言葉を失う政治家。

まさかこんなことも分かっていなかったのか。

国家百年の計と言う言葉もあるのに。

だから言語は駄目なのだ。

やはり、人類を強制進化させ。言語によるコミュニケーションなどと言うものは排除するべきだ。

そうヒラノは、更に決意を強くする。

「最新の案を転送します」

「……」

政治家は青ざめたままだ。

ヒラノは、更に続ける。

「一つ言っておきますが、現在のままの人類が、他の種族と和合する手段はありませんよ」

「それは、分かっておる……」

「ならば、受け入れるべきです。 説得は貴方の役割です」

通話を切る。

反吐が出るかと思った。

すぐに研究室に戻る。

また、新しい結果を、スパコンが吐き出していた。

「ふむ……」

更に素晴らしい形状が提示されている。

この形状では、人類の個体は、それぞれが一種の細胞になる。

それらが結合し、最終的に群体生物と化すのだ。

大きさは惑星大。

全ての人類を取り込んだことにより、脳波では無く、物理的に電気信号で直接コミュニケーションを図ることが可能だ。

要するに。

人類が巨大な惑星大の生物になると思えば分かり易い。

更に遺伝子プールを確保することにより。

自己進化まで出来る。

処理能力も、スパコンを遙かに超える。

コレは素晴らしい。

実際に、こういった形状の。星と一体化した知性体は存在している。

勿論、この形状での人類が、思考回路を変えなかったら、宇宙は地獄になる。それこそ生きた星が、自己進化を続けながら、他の種族を永遠に食い荒らしていくようなものだからだ。

ただし完成度は非常に高い。

この姿が決定稿で良いだろう。

この姿へ進化させる方法についても、既にシミュレーションはさせている。

後は思考回路だ。

他の種族と和合させるためには。

人類の思考回路を、決定的に変えなければならない。

どうすればいいのか。

他の知性体の思考回路も研究はしているのだが。どれも、地球人類に適応するのは難しい。

科学者達に相談。

皆、腕組みした。

「この形状は確かに優れている。 知的生命体としては完成形に近い」

「しかし問題はやはり知性だな」

「ヒラノ博士」

挙手したのは、昆虫に似ている種族であるルバールカの科学者。ちなみに性別が七つある種族で、その内の三つをそれぞれが有している。

そのため、繁殖が容易だが。

肝心の繁殖力が低いので、銀河連邦の中でも、それほど数が多い種族では無い。

なお、昆虫型の宇宙人と言えば、地球性のSF映画では悪役と相場が決まっているが。ルバールカは銀河連邦屈指の良識派だ。

現実とはそういうものである。

「考えてみたのだが、資源への欲望が問題なのではないのかな」

「ふむ……」

「この形態になった場合、思考を交換することで、恐らく快楽は自己補填する事が出来るはずだ。 コレに加えて、体を維持するための資源が問題になるが。 それを必要量だけ補給するようにすれば良いだろう」

なるほど、その手があったか。

例えば、光合成を使えば。恒星の近くにいて、他の資源がある程度あるだけで、生体維持をかなり効率的に行う事が出来る。

そして言われたとおり。

快楽は自己補填が可能だ。

早速シミュレーションに掛ける。

やはり持つべきものは人類の友ではなくて。

人類とは違う考え方が出来る種族の友だろう。

それは、今。

よく分かった。

あの政治家も、それを早く理解すれば良いのに。

そうヒラノは、本気で思った。

 

シミュレーションの結果は順調だ。

最初の躓きが嘘のように。

まず、惑星大まで巨大化させた結合知性体をシミュレーションして。その状況を確認する。

良い感触だ。

過剰な欲望さえ取っ払ってしまえば、確かにこのままの生体を維持することが出来る。何より、他への侵略も行わない。

外敵への反撃機能は必要だろう。

例えば隕石が飛んできたときなどには、撃墜する能力を有していた方が良い。

或いは一種の捕獲磁場を展開して。

資源として活用する手もあるか。

それと、光合成を行えるようにするのもいい。

これだけの巨体になると、引力を自分で有することが出来るから、大気については考えなくても良いだろう。

何よりだ。

そも人間の悪性の大半は、その過剰すぎる欲望にある。

この形態で欲望を自己補完できるのなら。

もはや欲望の制御は考えなくても良い。

シミュレーションでも。

この結論が裏付けられた。

今までとは比較にならない生存時間。

AIを二十億パターンにまで増やしても、崩壊しない。それも億年単位で、だ。

ようやく上手く行った。

ヒラノは自室に戻ると。

歓喜を爆発させていた。

勿論、まだ微調整は必要になる。

だが、それでも。

これで、人類は進化できる。

色々な言葉で誤魔化してきた人類だが。

それも終わり。

ようやく、宇宙に進出するにふさわしい種族へと、変わる事が出来るのだ。

後は、まだ生き延びている地球人類達をどう集めて、どう変化させるかだが。それはまあ、政治家達にやらせればいい。

政治家達が拒否したら。

銀河連邦の軍事力を使えば良い。

しばらく大笑いを続けていたヒラノは。

ぴたりと、笑いを止めた。

そして、今までに受けた屈辱の数々を思い出して。

また、激しく笑い出したのだった。

しばらく、感情の爆発が止められない。何とも素晴らしい。人間の形態などにこだわっていたのが間違いだったのだ。

他の種族にも、是非この研究成果は輸出していきたい所だ。

何より素晴らしいのは。

この状況で、進歩が停滞しないこと。

その気になれば株分けのように増やせば良いし。

何より、人類は思考回路を直結しているので、もうくだらない戦争をして無駄に資源を浪費することもなくなるのだ。

寿命も延びる。

現在でその気になれば二百年という肉体寿命は。

シミュレーションしたところ、最低でも八百億年まで増える。コレは恐らく、宇宙が終わりを迎えるよりも、ずっと後までいきられると言うことだ。

ついでに、だが。

外付けで、機械のパーツも装着できる。

例えば外付け処理装置としてスパコンを取り込むことも可能だ。

様々な利点がある。

姿なんてどうでもいいヒラノにしてみれば、これほど理想的な人類も無い。ついに人類は進化できると思うと。

感動でまた笑ってしまう。

ちなみにヒラノは、その一部となるつもりだ。

統率には興味が無いし。

そもそもこの形態になった人類には。

統率の必要がないのだ。

研究の締めにとり掛かる。

他のシミュレーションを全てストップ。様々な状況を作り出して、その中から問題点をリストアップしていく。

その全てを解決したときには。

銀河連邦も、準備を終えていた。

銀河連邦の主要会議が、直接ヒラノに接続してくる。科学者達と一緒に、立体映像で会議に参加。

これほどの会議に参加するのは初めてだ。

参加しているのは、どれも知的生命体の主要人物ばかり。

緊張する。

「素晴らしい研究成果だ。 これで地球人類との不毛な争いも終わるだろう。 また、成果を見て、輸出と導入も考えて行きたい」

議長の発言に、拍手が巻き起こる。

この瞬間。

ヒラノは勝ったと思った。

ちなみに地球人類の代表も出ているが。

終始青ざめていた。

どうしてなのか。

ヒラノにはよく分からないけれど。地球人類の基準で醜い姿になるからだろうか。はっきりいって。とことんどうでもいい。

すぐに導入に向けての本格的な会議が始まる。

その間。ずっと。

地球政府の大統領である代表は。

顔が土気色になっていた。

 

4、とてもなかよしな世界

 

どうしてか理由は分からないが、地球政府の大統領は、会議が終わった後にトイレで自殺しているのが発見された。

まあそれも今ではどうでも良いことだ。

あれから二十年。

色々な事があった。そして、ヒラノも相応に苦労した。そしてその苦労は、嬉しい事に報われた。

苦労は必ずしも報われるとは限らない。

むしろ報われず、泡沫に消えていく悲しい努力も多数存在している。それが現実だ。

だから、苦労が報われたことは、素直に喜ぶべきだろうと、ヒラノは思うし。それは他の誰にも否定させない。

というか、もはや。

否定させる必要もない。

此処は太陽系。

地球と金星の軌道の間に。

地球と同規模の物体が浮かんでいる。

形態は球状。

全てが細胞で出来ていて、十二万個のスパコンを接続して、外部思考強化装置として使用している。

これが、今の地球人類の姿である。

地球人類は、ついに不完全なコミュニケーションツールである言語を、完璧に相手に伝達できるようになった。

ある意味、究極のネット社会とも言える。

ヒラノもそれに加わっている。

自衛能力を備え。

電気信号による直結コミュニケーション能力を持ち。

もはや互いに争うことも。

侵略することも無い。

これぞ、ようやく。

ようやく進化した、人間の姿だ。その姿は、古い時代の人間から見ればおぞましいかも知れないが。

計り知れない可能性を秘めてもいる。

太陽が滅びても平然と生き残ることが出来る寿命。人間としての肉体に縛られない上に、様々な思考を極めて柔軟に行き来させることが出来る。その能力は高く、宇宙艦隊に攻撃を受けても自衛が可能。

此処に今。

全ての地球人類が集っている。

差別は無くなった。

思考の差はあるが、差別は必要なくなったからだ。

この結果を見た銀河連邦の様々な種族は。

技術の輸出を熱望している。

やがてこの生き方は。

恒星間文明におけるスタンダードになる可能性が高い。

何よりも、この生き方で切磋琢磨した場合。

宇宙が寿命を迎えても。

その種族は、別の宇宙に移動して、生き残ることが出来るほどの潜在能力を得られるのだ。

もし地球人類の可能性が無限大だとしたら。

それが実現したのは今。

人間という形に囚われていた昔は。

無限の可能性などなかった。

精々生物としての寿命は数百万年。

或いはもっと早く滅ぶ可能性も高かった。

その強烈すぎる攻撃性と排他性が故だ。事実銀河連邦に対して攻撃を仕掛けて、滅亡寸前までいったのだから。

だが、単純計算で八百億年という桁外れの寿命を手に入れた今。文字通り、地球人類の未来は無限の可能性に満たされた。

文化も保存されている。

物質としての文化は、全て地球より持ち出し、内部に取り込み。

構造は全て量子コンピュータに保存もした。

これによって瞬時に再現できる上に。

事実上文化として消失しない。

しかも新しい文化も創造できる。

その気になれば、擬似的に肉体を構成して、動かす事も可能だからだ。その時も、周囲とのリンクは接続したままだが。

昔は。守秘の美名の下に、様々な事が隠蔽もされたが。

此処では汚職もあり得ず。

犯罪も行う事が出来ない。

人類はまさに。

今楽園を手に入れたのである。

そういえば、不思議な事に。

この状態になる事を、地球人類は非常に抵抗した。中には徹底抗戦を行おうとしたものもいた。

だからヒラノは、銀河連邦から制圧用の戦闘ロボットを借りて人間狩りを行い、捕縛した先から、片っ端から処置をしなければならなかった。

まあそれも相手のためだ。

それに何より。

これだけ宇宙全土に迷惑を掛けた地球人類だ。

人権を主張するのは結構だが。

ありのままの人間を美化する事は許されない。

少なくとも、人間の美的感覚で滅ぼされた知的種族は、それを許さないだろうし。

ヒラノとしても。とてもではないが、そのような蛮行を行う人間を、そのままにはしておけなかった。

今、膨大な情報が瞬時に飛び交い。

その全てを、誰もが閲覧でき。

能力が足りない者は補助を無償で受けられ。

星そのものとなった巨大生命体は、今までの歴史に無い大繁栄をしている。

みんな、なかよし。

むかし地球では、絶対に出来なかった事が。

今実現されているのだ。

銀河連邦から連絡が来る。

ヒラノが皆の同調を保ったまま受け取る。それは、実験が上手く行っているという連絡だった。

「二つの文明で、同じ方法が成功した。 今後も是非この優れた文明モデルを導入していきたい」

「光栄なお話です」

「うむ。 今後も頼むぞ」

通信を切ると、ヒラノは。

結局、こうするまで、なかよしな世界を作る事が出来なかった古い時代の地球人類を軽蔑しつつ。

至福の訪れた世界を。

しばし堪能する事とした。

 

(終)