語りかける影
序、燃える過去
小さな村だった。
決して平和では無かったけれど。それほど強欲でもない庄屋が収めていて、時々ある戦でも、あまり大きな被害は出ず。
おっとうもおっかあも息災で。
もう少しで、髪を結って。お嫁に行けると信じていた。
あの時に。
あんな事が起きなければ。
今でも、思い出す。力なんて、見せるんじゃなかったと。いや、そうじゃない。そもそも、その前からが駄目だったのだ。
今になって思えば。
たまたま、私は動物と相性が良いだけだったのだ。
村の側にいるきつね。触ってはいけないといわれていた。触ると、祟りがあると信じられていた。
私は村の人に隠れて、こっそりきつねをかわいがっていた。
向こうも、私を友達だと認識してくれていた。
だけれども。それがまずかったのだ。
いつしか、彼奴はきつねの娘だと言われるようになった。きつねと話しているのをみた。尻尾が生えているのが見えた。
そんな風にも言われた。
両親にこっぴどくも怒られた。お前はもうすぐ嫁入りの身だ。きつねに祟られるようなことがあってはいけない。
だから、きつねとは、これ以上関わるな。
私はしゅんとしたけれど。私と遊ぶために村の側をふらふらしているときつねを見ると、いたたまれなくて仕方が無かった。
村人が、きつねを見つけた。
ああ。狩られてしまう。きつねにむけられる鏃。村人は狩りの名手で、きつねでは絶対に逃げられない。
友達を、死なせたくない。
そう思った私は。
必死に、その無事を願っていた。
ばきりと音がして、弓矢がへし折れたのはその時。
きつねは驚いて逃げていった。
私はその時。
本当に、妙な力が使えるようになってしまっていることに。気付いた。いや、違う。気付かされたのである。
これがばれるとまずい。
それは、すぐに分かった。私の悪評は村で拡がる一方で、許嫁だった若者との婚約も破棄された。あいつはきつねと交わっている。そんな噂までも流れていた。いくら何でも酷いと思ったけれど。
身に宿った力が強くなって行ったのは事実。
どんどん、自在に空気を操れるようになって行った。そして空気を操るときには、きつねのような尻尾が見えるようにもなった。
私は。
後天的に、きつねのあやかしになったのだ。
そして、それは取り返しがつかない事態を招いた。いや、私はおそらく、取り返しがつかない状態になったから、変な力が使えるようになってきたのだろう。
実の両親さえ。
私を、化け物扱いするようになって行った。
身の危険を感じて、家から逃亡するまで。
そう多くの時は、掛からなかった。
一応辺境の農家出身だから、生活力はある。
何も知られていない場所に逃げ込めば、それで良かった。
幸い、戦乱の世。
平安時代と後に呼ばれはしていたが、彼方此方で小競り合いは起きていて。逃亡農民は珍しくもなく。
私の場合は容姿が整っていたと言うこともあって。
新しく住み着く場所を見つけるのは、難しくなかった。
ただ。おかしな事も多かった。
盗賊や山賊の類は、この時代いくらでもいる。勿論、人さらいの類も、たくさん存在している。
それなのに。
どいつもこいつも、私には目をつけようとしなかったのである。
不思議な事だと思って。逃亡農民達と一緒に、ある荘園に潜り込み。それからはしばらく、飯炊きをしながら生活した。
逃げるのに精一杯で、故郷の近くにいたきつねの事は、どうにも出来なかった。
せめて最後のお別れくらいは言いたかったのだけれど。生きるためには、それどころではなかったのである。
両親に未練はない。
途中から村人達と一緒に掌を返して、化け物でも見るように私を扱った。産んで貰った恩はあるけれど。
それだけだ。
荘園でしばし、過ごしていく内に。
更に、私の周囲の悪夢は、加速していく。
此処でも、私は化け物だという噂が、流れはじめたのである。
荘園で、おかしな事ばかりが起きる。
私はその真相を知っていた。
性根が卑しい仲間達が、夜な夜な悪さをしていたのである。食べ物を盗んだり、強引な夜這いの類をしたり。
だが、彼らは一緒に苦労をした仲だ。
荘園の長が、ろくでもない奴だったという事もある。だから、真相を知っていても、私は黙っていた。
だけれども。
それが、全て裏目に出た。
簡単に言うと、その噂が流れたのも。
全ては、私に責任を押しつけるための、連中の手だったのである。
厳つい武者が姿を見せたとき。
私は、ようやくそれに気付いた。奴らは私を指さして、彼奴は怪異だ。きつねと話している所を見たと、口を揃えて証言したのである。
嗚呼。
此処でも、同じ事が起きてしまうのか。
私は捕らえられそうになって、必死に逃げた。
矢が放たれて。
背中に突き刺さった。
川に落ちた。
そして、気がつくと。
知らない川辺で、倒れていた。
どうやって矢を抜いて、自分で手当てしたのかは、よく分からない。分かっているのは、私がますます人間から離れていた、という事だ。
油断するとすぐに、複数の尻尾が見えるようになった。
どれもきつねのものにみえた。
しかし、おなかは空く。
野ねずみや木の実を食べている内に、ひもじいと感じると、もう限界だった。郷へ向かって、歩く。
ふらふらになって郷に辿り着くと。
其処では、山狩りの直後らしくて。武者や武装した奴卑が、殺気だった目を辺りに向けていた。
彼らは口々に言っている。
人を食う恐ろしい化け物が出た。
荘園で、多くの人を食って、滅茶苦茶に荒らし回ったあげく、逃げていったのだという。この辺りに潜んでいるかも知れない。
殺せ。
此処も駄目か。
私は、ひっそりと姿を消す。途中、ほこらにあるお供え物をつまみ食いした。これがとても美味しくて。
情けなくて、涙が出そうになった。
まるで動物じゃないか。
確かに粗末なぼろしか身につけていない。
でも、私は人として命を得た。それなのに、どうしてこのようなことになってしまったのか。
動物と仲良くしたことが、そんなに悪かったのか。
可愛いと思ったきつねと、少し親密に接しただけじゃないか。
何か悪さをしたのか。
騎馬武者が側を通り過ぎていく。
木の陰に身を潜めた私は。膝を抱えて。その様子を、見守るしかなかった。見つかったら殺される。
おなかがぐるぐると鳴いていたけれど。
探している連中は、どうしても私に気付かなかった。
山の中をうろつきながら、小さな動物や木の実で飢えを凌ぎ、ただ無言で歩き続ける。雨が降れば寒いし。
雪が降れば、手足が千切れるかと思った。
それで、気付く。
私は、年を取らなくなっている。
まだ髪を結う前の、小娘のまま。
尻尾まで見えるようになってしまっているのだ。もうこれは、本格的に化け物になってしまったとみるべきなのだろう。
涙がそう思う度に零れた。
普通に人間と交わって。子供を産んで。年老いて死んでいきたかった。
今では、その些細な願いさえ叶うことはない。
時々、行き倒れが死んでいた。
服を剥ぎ取って洗って使った。死臭が染みついていても、服があるだけマシ。化け物になっても、羞恥心だけは存在していた。
時々、里に下りる。
ほこらのお供えものが目当てだったけれど。
殆どの場合、誰も私には気付かなかった。
誰にも気付かれない、影の生活を、どれくらい続けただろう。
ふとある日、私に気付いた男の子がいた。
目と目が合う。
前から、私に気付く奴が、時々いる事は知っていたけれど。此処まで露骨に気付いた奴は、初めてだった。
郷の男の子は。
お供え物を持っていく私を、神様か何かと認識しているようだった。
年月が、過ぎていくのは早い。
私はそのまま。
男の子は、どんどん大きくなっていく。
やがて、男の子は私に声を掛けてきた。見目麗しい青年になっていた彼は。ずっとわたしの事が、気になっていたらしかった。
何度か話している内に。
彼が、小さな荘園の主の息子だと言う事を知った。
ただし長男では無いので、土地は貰えないという。
はぐれものだ。
彼はそんな事をいう。
お前と同じだ。
不快な事をいう。
人間に見つかったら狩られてしまう私とお前では、根本的に立場が違う。何が同じなものか。
でも、そう思うと裏腹に。
私は。彼と口を利くのが、楽しみになりはじめていた。
やがて、彼は私を妻に迎えたいと言った。
私には。
断る理由がなかった。
生まれて始めての、平穏で静かな日々の始まり。
子供も生まれた。
妖怪になってしまってから、諦めていたことだ。元気な男の子が最初に生まれて、次は二人女の子が出来た。
夫は土地も持たない貧乏武者だったけれど。勇敢で、周囲の評判も良かった。私があまり周囲に姿を見せないことも、夫が気を利かせて、色々と助けてくれていた。
幸せというのはよく分からないけれど。
逃げ隠れしなくてよいのは嬉しかったし。
夫の気遣いも、心に響くものがあった。
子供達を育てるのも楽しかったし。
母上と慕われるのは、嬉しかった。
そして、それが終わったのも。あまりにも簡単で。唐突な出来事の末だった。
また、何もかもが劫火に包まれて。
私は、全てを失った。
1、自堕落狐の横車
うんざりしている私を引っ張るようにして、諏訪あかねは現場に行く。ハイエースを運転するのも非常になれている。
と言うか、私がレンタカーはハイエースしか使わないことも、知っているし。それ以外の車に乗ると機嫌が悪くなる事も、理解しているようだった。
現場に着くと、すっと目の前に安いアイスを差し出される。
これも私が好きなブランドだ。
「はい。 まずこれを食べて、糖分を脳に入れてください」
「えー」
「今回も、面倒な事件です。 師匠の怪異事件解決率のずば抜けた高さは、本庁も認めています。 警部補の階級と、それに不釣り合いなお給金も、だからこそに出ているんですよ。 ただしそれらが税金から出ていることも知っているから、私は貴方を遊ばせてはおきたくありません」
「あーもう、分かった分かった!」
正論かも知れないけれど。
私は民衆とやらに、助けられた覚えはない。
追い立てられ、排斥され。
殺され掛けた思いでしかない。
妖怪だって死ぬ。
ましてや、私みたいに、喰わなければ死ぬタイプは。特に、その傾向が強いのだ。食いっぱぐれることのひもじさと悲しさを良く知っている私は。此奴にも逆らえないし。此奴の後ろで糸を引いている安倍晴明にも、逆らうことが出来ない。
彼奴が、私の幸せをぶっ壊した悪夢だとしても。
あかねの奴は、知っているのだろうか。
安倍晴明が、あやかしだと言う事を。
一応、身分を変えている安倍晴明当人だと言う事は知っているようなのだけれど。それ以上の事を知っているとすれば。
どうして此奴は、安倍晴明に従う事に、こんなにも積極的なのか。
駐車場からしばらく歩いた末。
繁華街に辿り着く。
この近辺で、最近、小さな男の子の怪異が目撃されているのだ。その怪異とは、一つ目小僧である。
顔の真ん中に巨大な目玉がある怪異。
彼らは、無害な存在として知られているけれど。
着物の男の子がふらふら歩いているのを見て、不審に思った通行人が近づくと、振り返る。
一つ目小僧。
驚いて、転んだり怪我をしたりする人間が何名か出ている。
何か起きる前に、対処しろ。
それが、本庁からの命令なのだ。
ちらりと、あかねを見る。
此奴は私みたいな自堕落マスターと違って、最前線で常に難事件に当たっている。警視庁からも期待されているホープで、いずれ対怪異の部署をまとめるリーダーにと言う声もあるようだった。
まあ、此奴の能力からすれば当然だろう。
警察の中にある対怪異部署は、変わり者の人材ばかり。その中でも、此奴のように分かり易く能力が高く、忠実に仕事をし、確実に処理していく奴は。警察上層部からも、重宝する人材なのは確かだろう。
対怪異部隊は、成果が求められる。
昔怪異で大きな被害が出たことが幾度もあるからだ。
此処だけは、警察をむしばんでいるキャリアと人脈が関与しない。それに、私は全職員を知っている訳では無いけれど。
私の他にも、怪異はいるようだった。
周囲をしばし見て廻るけれど。
怪異の臭いはない。
それに対して、あかねはというと。
ハイエースに一度戻ると、書類の整理や、部下達への連絡をしているようだった。
なるほど、此奴の目的は。
私に事件を解決させて、効率を上げることか。
此奴ほどの奴が、危険度が低いこんな事件に出張ってくることがおかしいと思ったのである。
遊んでいる私を動かすのが目的と言う事か。
目を盗んで、喫茶に潜り込もうとしたが。
いつの間にかハイエースを出ていたあかねが、満面の笑顔で、肩を掴んでいた。
「どちらに?」
「暑いし、喫茶でも」
「駄目です」
肩を落とす私。
此奴が側で目を光らせている以上、サボれない。
ああ、昔は此奴、あんなに可愛かったのに。
お姉ちゃんお姉ちゃんと、慕ってくれる様子は、大変愛らしかったのに。
私も何人か子供を産んで育てたのだ。小さな子供はこれでも結構好きだ。でも、それが育つとこうなることも知っているので、複雑極まりない。
仕方が無い。
真面目に仕事をするしかない。
近くを見回って、気付く。幾つか、おかしなポイントがある。スマホに転送して貰った資料を確認。
どうにも、一つ目小僧の目撃談と、離れた場所ばかりだ。
一方で、一つ目小僧が目撃された場所に出向いても、特に何もいない。ため息をつく。
「あーあー。 此方金毛」
「師匠、どうしました」
「調べて廻ったがな、この事件予想よりも面倒だぞ。 目撃地点には怪異の気配がまるでないし、そうでは無い場所に残り香がある」
「でしょうね。 実は新人を二人調査に寄越したんですが、全く成果が上がらなかったんです。 人的資源の浪費を避けるためにも、確実性が高い先輩に動いて貰ったんです」
此奴。
先にそれを言え。
流石にイラッと来る。あの安倍晴明から、面倒極まりない仕事についても貰っているのに、である。
でも、此奴なりの配慮もしているのだろう。
近くにビジネスホテルはとってあるという。
ため息をもう一つつくと、私は一旦ビジネスホテルで、情報を整理するとあかねに言い、その場を離れた。
まずはホテルで、適当にゴロゴロして。
それから、事件の解決に当たるとする。
この窮屈な警官の制服が、面倒くさくてならない。いつものシャツにトランクスが一番いい。
「ああ、師匠。 一つ言っておきます」
「何だよー。 私のペースでやらせてくれよー」
「それは構いませんが、外出時はきちんと制服でお願いします。 元々綺麗なんですから、そうしないと損ですよ」
通信を切られる。
彼奴、気付いただろうか。
私の気配が変わった事に。
今でもそうなのだけれど。私は、自分の容姿が、生きるためになんらプラスにならなかったことを知っている。
正確には、私の身の回りで起きた数々の不幸を食い止められなかったことを知っていると言うべきか。
だから、綺麗とか言われると。
私は、本気で。心底から殺意を覚える。
まあ、彼奴の場合は別に良いけれど。正直な話、良い気分はしない。
舌打ちすると、近くのコンビニで、食糧を買い込む。どれだけいい加減な食事をしても、太らないし体形も崩れない。
実は私は、合計で十一人ほど産んでいるのだと言っても、誰も周囲は信じないけれど。そういうものだ。
ちなみに産んだ子供は、今の時点で一人も生きていない。
みんな人間だったので、当然のことである。
最後の子が死んでからは、結婚もしていないし。以降は、男と交わりたいと思った事も、子供を産みたいと考えたことも無かった。
ビジネスホテルに入って、ようやく窮屈な警官の制服を脱ぐ。
適当なラフファッションに着替えると、ベッドでごろごろする。
ああ、ようやく落ち着く。
天井をぼんやりと眺めながら、私は思う。
自堕落でいいやと。
だが、いきなりスマホが鳴る。あかねだ。
「自堕落に過ごそうとしていましたね」
此奴はエスパーか。
げんなりしながらも、私はノートPCを起動して。事件の概要について、自分なりにまとめはじめていた。
繁華街を歩き回る。
捜査は足でするものだという有名な言葉があるけれど。
私の場合、これは当てはまる。
というのも、情報をいちいち確認しないと、精度が分からないからだ。空気を操作する能力というのは、面倒極まりない。
実際にその場に行かないと。
操作などできないのである。
とりあえず、周辺のおかしな場所は全て確認。目撃地点も、念入りに調べて廻る。その間、目撃談を、あかねに廻して貰う。
幾つかはどうも嘘らしい、精度が低いものが混じっていたけれど。
どうやらこの近辺に怪異がいる事は間違いなさそうだと、私は判断。その場合、焦点が二つになる。
怪異は人。
人は怪異。
つまり、人に戻せるのか。戻せないのか、である。
怪異が主体になっていても、ちょっとした切っ掛けで戻せる場合も少なくない。事実、この間解決した飛頭蛮の事例などはそうだった。
一方で、些細な怪異でも。
もはや人に戻れない場合も、珍しくは無い。
実のところ、危険性が高いのは此方だ。人を殺して食うようなタイプの怪異も、殆どは此方なのである。
一つ目小僧は、人を襲うような事例がほぼ報告されていないタイプの怪異であるけれど。それでも、怪異は怪異。
条件が整えば人を襲うし。
その場合、致命的な事になる可能性もある。
幸い、今の時点では、人を殺したような例は報告されていないけれど。怪異は基本的に、固まると後はもうどうにもなくなる。
傾いている間はまだいい。
私のように手遅れになって。
なおかつ、人間を喰らうような妖怪になってしまうと。
もはや、退治するしかなくなるのだ。
幾つかの目星を付ける。
廃ビルがこの辺りの繁華街にもあるのだけれど。どうも、その中の一つ。所有者がよく分からない、崩れかけたビルが怪しい。
中に入ってみると。
どうやら外国人のホームレスらしいのが、屯していた。凄まじい異臭がする。
ビルと言っても、既にテナントも撤退している空っぽ。
中で生活するのは無理である。
足を踏み入れるが、散乱しているゴミ。這い回るゴキブリ。
蠅もたくさん飛び交っている。
死んでいる鼠には、たくさんの蛆虫が集っていて、旺盛に腐敗した肉を食い漁っていた。此処は東京だというのに。
まるで世紀末の光景だ。
警官が平然と歩き回っているのに。
いくらでも後ろ暗いところがあるだろうホームレス達は、此方を見向きもしない。それだけ、私が空気を操作しているのだ。
後でとても疲れるので、あまりやりたくないのだけれど。
後ろであのあかねが目を光らせていると思うと。面倒だけれど、やるしかない。もう、げんなりしっぱなしである。
最上階まで見て廻る。
ふと、気付いた。
割れた窓硝子のあったくぼみに。何か、跡が残っている。写真を撮った後、ビルの外に。
あかねに転送して、分析を頼むと言った。
後、このビルで起きた事件について、全て廻して貰う。今回は助けられないかも知れないなと私は思ったけれど。
それは口には出さない。
流石にあかねは有能で、すぐにスマホにデータを転送してくる。今までに調べた箇所についても、一緒に送ってくれた。
「どうですか、師匠」
「どうもなにもなあ。 一つ目小僧というと、それほど危険性がない怪異だとは思うけれどな。 何事にも例外はあるし、それは覚悟して欲しいかな」
「分かっています」
少し前まであかねが対処していた怪異は、のっぺらぼう。
此方はべらぼうに危険な怪異だったそうで、かなり危ない思いもしたらしい。一般的なイメージと違う怪異は、かなりの数がいる。
根城に戻りながら、ぼんやりと辺りを見回る。
そして、不意に足が止まった。
着物の男の子。
背丈はそれほど高くもない。そして、顔を明らかに周囲から隠している。何より、怪異としての気配がある。
どうやら、本人にようやく遭遇したらしい。
「怪異発見。 追跡開始」
「釈迦に説法かも知れませんが、気をつけてください」
「分かっている」
スマホの通信を切ると。
私は舌なめずりして、男の子の後を追い始める。
通行人達は、私も男にも気付いていない。まだ夕方の繁華街だ。婦警と、その先を行く着物の男の子ともなれば、充分に人目は引くだろうに。
つまり、どちらも怪異だからだ。
うつむきがちに歩いている男の子は、背丈も低い。
年齢は十歳未満だろう。
迷うこともなく歩いていることから、この近辺を知り尽くしていると見て良い。問題は、どうして怪異になったか。
それを解き明かせば。
或いは、救い出すことが出来るかも知れない。
子供は嫌いじゃない。
あの姿である以上。
きっと中身も、子供と見て良いだろう。
ふと、子供が足を止める。
空を見上げる子供。怪異が目撃された地点の一つだ。少し距離を置き、腕組みして様子を見守る。
何か歌っている。
聞き耳を立てるが、どうやら童謡の一種。ただ、古くからある奴じゃなくて、子供向けのミニ歌番組で流れているものだ。
そうなると、あれは。
怪異が消える。
一瞬だけ此方を見たそれは。
やはり、一つ目小僧だった。
一旦ビジネスホテルに戻る。
怪異目撃地点。
移動の経緯。
時刻などをメモして、一旦報告書にする。ベッドに転がりながら作業を済ませると、ビールを探して辺りをまさぐる。
ない。
口をへの字にしてばたばたもがくけれど。
ビールは。
ない。
ビール飲みたい。
しばらくベッドの上ですねていると、いきなりドアがノックされた。気配からして、団だ。
「どうぞー。 はいれー」
「失礼するよ」
団が相変わらず汚れた私の部屋を見て、ため息をつく。
「あかねちゃんが監督するようになったから、少しはお前さんも女としての自覚を取り戻すかと思ったのだがなあ」
「余計なお世話だ。 で?」
「ほら、資料」
無言で受け取ったのは。
安倍晴明から廻された仕事の方。此方はかなり厄介で、腰を据えて掛からなければならない問題だ。
何しろ、事実上この国の怪異を知り尽くしている奴が、匙を投げた案件である。
私は期待されているのでは無い。
押しつけられたのである。
「これはまた、面倒な話だな」
「この件に関係して、失踪者も七名出ている。 早々に解決しないと、まずいかも知れないのう」
「そう、だな」
怪異は色々と面倒な性質を帯びることも多いのだ。
しばらく頭を掻いて。その後私はベッドに転がりながら、ぼんやりと天井を見上げた。怪異とは、何だろう。
ずっと昔から繰り返してきた命題だ。
今でも、それに結論は無い。
何か世界から道を踏み外す事件があると、人は怪異になる。怪異になると、多くの場合は退治されるしかなかった。
今は、退治されずとも、助かる例が多くなっている。
それでも。
怪異とは何なのか、正直分からない部分も多いのだ。昔大妖怪と言われた私にさえ、分からないのである。
「金毛の。 あかねちゃんは、元気そうにしていたか?」
「元気すぎて面倒だ」
「あれもお前の子孫だと言う事は知っているだろう。 出来るだけ不幸にならないように、面倒をやれな」
「分かっている」
団が部屋を出て行く。
視線を私は最後まで、団には会わせなかった。
私の十一人産んだ子供達は、育ったものもそうでないものも。子孫を残せたものも、残せなかったものもいる。
あかねは、最近私が。とはいっても130年ほど前に、最後に結婚していた相手との間に産んだ子供の子孫。
正確には、私の6代後の子孫になる。
あの結婚も悲惨な末路をたどった。
今度こそ、少しはマシになるかと思ったけれど。ちなみに、破滅にはまたしても安倍晴明が関わっていた。
私が何度彼奴に不幸にされれば、運命とか神とかは気が済むのだろう。
世界を呪った私は。
以降、超絶自堕落妖怪と化したのである。
「ビールー」
探すがない。
仕方が無いので、ノートを触って、問題点をまとめ上げて。レポートをあかねの所に送ると、その日はもう寝た。
一応、深夜帯にも状態は確認した方が良いだろう。
だが、今日は。
とてもそんな気分にはなれなかった。
2、孤独の糸
逃げろ。
そう叫ぶ声が聞こえる。
今でこそ、金毛木津音などと名乗っているけれど。当時は別の名前を名乗っていた。当たり前で。私も木の股から生まれた訳じゃあない。
親に完全に見切りを付けられるまでは。
名前もあったし。
社会的にも、期待されていたのだ。
生まれたばかりの子供を背負って、長男長女の手を引いて。燃え上がる粗末な屋敷から逃げる。
夫が必死に戦っているのが見えたけれど。
多勢に無勢だ。
勝てる訳がない。
夫の名を呼ぶ。
だが、返事はない。
猛火が、全てを焼き尽くしていく。枯れ果てたと思った涙が、はらはらと流れるのが分かった。
森の中に逃げ込んで。
子供達を落ち着かせる。小さな屋敷は、戦禍に巻き込まれて、此処から見えても分かるほど派手に炎上していた。
どうしてこうなったのか。
よく分からない勢力争いの結果だ。どこぞの荘園どうして、争いが起きて。武者達が大勢引っ張り出されて。
合戦が起きて。
負けたのは、夫が所属していた方。
そして勝ち誇った敵が乱入してきて。このような事態になったのだ。
夫が戻ってきたときには、既に全てが遅かった。
使用人達も少しは逃れてきたけれど。怪我をしていない方が珍しい。かといって、夫は私と連れ添う為に、実家とはほぼ縁を切っている。今更、私が夫の子を連れて行ったところで、実家は面倒なんて見てくれるはずも無い。
幸い、使用人の一人が。
夫の遠縁につてを持っていた。
だからそれを頼って、遠縁の屋敷に。
戦禍に焼け出された子供達をどうにか引き取っては貰えたけれど。それ以降は、どうにも出来ない。
私は化け物。
私まで、引き取って貰うわけには、いかなかったのだ。
屋敷に戻る。
夫の骨でもと思ったけれど、何一つ残っていない。もしやと思った私は。敵対していた荘園に足を運んだ。
一目で分かった。
晒されている生首の一つが。
夫だった。
おのれ。
憎悪が燃え上がる。周囲が、私に気付いて、悲鳴を上げた。ばたばたと倒れていく武者達。
感情の箍が外れた私は。
その場の空気を、人間に呼吸できないものへと変えたのだ。
今になって思えば。
夫を殺した訳でもないし。
その場を通りすがっただけのものもいただろう。
それでも、私は。
其処までの事を、考える事が出来なかった。
夫の生首を奪うと、屋敷に戻る。追撃を散々受けたけれど、振り切るのは難しくなかった。
胴体はとうとう見つからなかった。
鎧は略奪されて。
肉の方は多分野犬にでも喰われてしまったのだろう。
でも、首だけは残った。
私を、化け物でありながらも愛してくれた、世界で唯一の光は、これで失われてしまった。
首を埋めて、墓を作ると。
私は、追っ手に向かって、立ちふさがる。
来るがいい。
全部まとめて、食い殺してやる。
末裔に到るまで、祟ってやる。
自分の顔は見えないけれど。追っ手の武者達が怯える様子は分かった。私はその時、化け物と呼ぶに相応しい形相を浮かべていたこと、間違いなかった。
気がつくと、私は川の下流で、呆然とずぶ濡れになっていた。
武者共を三十人くらい殺した後、だろうか。
突然現れた怪異に、吹っ飛ばされたのだと、思い出した。それで、山の斜面を転げおちて、川に。
嗚呼。
何もかも、失ってしまった。
ぼんやりとしている私だけれど。腹の音が鳴って。空腹だと気付いて。
無言で川魚を捕ると、焼いて食べた。
こんな時でも、腹は減る。
食べていると、涙が止まらなかった。
もう、人と関わるのは止めよう。
その時の私は、そう思った。
目が覚める。
嫌な夢ばかり、最近思い出す。あの時私を吹き飛ばしてくれたのは、安倍晴明だったと、後になって知ったけれど。
あの時ばかりは、正直奴にも分があったかも知れない。
私は怪異として完全に暴走状態になり、別に関係のない人間も、大量虐殺していたのだから。
こういう伝承が回り回って、帝をたぶらかしたとか、八万の軍勢と大立ち回りをしたとか。そういうのが出来てしまったのだけれど。
もう今は、それについてはどうでもよい。
この時の事だけは、安倍晴明も恨んでいない。
しかし、その時以外は許せん。
彼奴はことある事に、傷ついた心を拾い集めて、新しく生きようと思っていた私の前に現れては。
せっかく作った新しい生活を、粉みじんにしていったのだ。
だから私は。
あのド腐れ妖怪が大嫌いだ。
冷蔵庫からアイスを引っ張り出すと、ムシャムシャする。流石にバケツ単位で食べるような米国人では無いけれど。
大量に食べられる、大型容器入りのアイスは、コスパが良くて好きだ。
その後、スルメを口にする。
ビールはないけれど、せめて気分。
しばらくスルメを口の中でもむもむしていると。
スマホが鳴った。
あかねからだ。
「師匠、今よろしいですか」
「んー、何だ」
「監視カメラに、師匠が見たらしい怪異が捕らえられています。 時刻は午前二時。 問題は、師匠が探していた辺りとは、まるで別の場所だと言う事でして」
「すぐに廻してくれ」
スルメをもむもむしながら、画像をチェック。
なるほど、これは間違いなく当人だ。
そもそも、一つ目小僧とは何か。
江戸時代より現れた比較的新しい妖怪。人間を脅かすだけの、比較的無害な存在で、派生する妖怪もあまり多くはない。
それがどうして、東京の現在の繁華街に現れているのか。
其処から突き止めなければならない所が面倒くさい。
対怪異の専門家達が、警視庁には揃ってはいる。だが、多くの者達は、むしろ荒事を得意としている。
あかね自身が何よりの代表であるし。
他のメンバーも、戦闘力を買われて対怪異の部隊に引き抜かれたのが殆どなのである。
だからこそ、こう言う時に。
私に、仕事が廻される。
面倒くさいことこの上ないけれど。しかし、対処しなければならないのが、厄介だった。事実私の存在意義など、そんな程度なのである。
怪異の解決率は本庁随一。
解決できなかった怪異はない。
とはいっても、荒事が出来るわけではない私には、向き不向きだってある。その辺りは、あのにっくき安倍晴明だって知っているので、こういう面倒くさい仕事ばかりを廻してくると言うわけである。
ビルに残されていた跡。
それに、監視カメラの映像。
吟味するに、やはり一つ目小僧の正体は、子供と見て良いだろう。
問題は何処の誰で。
何故に、路を踏み外して、怪異となったのか。それを把握するまでは、解決への糸口さえ見えない。
あかねにデータは廻しているから、あの廃ビルでの事件などは、すぐに情報が届くとは思うけれど。
それでも、結局の所。
足で情報を稼いで。
そして、見つけ出していくしかない。
今日も朝から、彼方此方を回る。
夕暮れに一度昼寝をして。
夜中に、ビジネスホテルを出た。
しばし無心で徘徊。やはり一つ目小僧の気配はある。所々に、微少に残り香のような形で。
監視カメラに写っていた地点も調べるが。
当人とは、とうとう鉢合わせしなかった。
何とも気配が薄い怪異である。
相手を驚かせる以外には悪さもしていないし、何よりつかみ所がない。困ったなあと頭を掻いていると。
不意に、袖を掴まれた。
見下げると。
其処には。
一つ目小僧。
じっと巨大な単眼で、此方を見つめていた。
「ようやく会えたねえ」
小首を傾げる一つ目小僧。
言葉を喋ることが出来ないのか。別に珍しい事ではない。喋ることが出来ない怪異くらい、ありふれている。
言葉は分かるかと聞いてみるが、反応は微妙だ。
此奴、もう自我が薄れかけているのかも知れない。
そうなると、やはり。
もう人間には、戻してやれない可能性も、決して低くはない。
ポケットをまさぐると、スルメが出てきた。
「くうか?」
首を横に振る一つ目小僧。
昔の子供なら大喜びで食いついてきたのだけれど。流石に美味しいものを食べ慣れた今の子供は、スルメなんかじゃ喜ばないか。
「驚かないのか」
「何だ、口がきけるのか」
「あまり喋るの、好きじゃ無い。 みんな怖がる。 だから、黙ってた」
「というか、お前。 何時からこの辺りをうろついてる。 そんなに昔からじゃあないだろう」
分からないと、首を振る。
嘆息すると、手を掴んだ。そして、そのまま、ビジネスホテルに連れて行く。
この怪異は、無害なタイプだと、接触してみて確信は出来た。後は解析してみて、悪さをしないと判断したら、元に戻すべく尽力。
元に戻らないようなら、出来るだけ害を為さないようにチューニングをしてから、離島や田舎に移って貰う。
田舎では、怪異は珍しくもない。
無害な怪異であれば、特に嫌われることもない。
東京の近辺にも、奥多摩をはじめとした田舎はある。
この子には、そう遠くに行って貰う事はないだろう。
途中、色々聞く。
殆ど答えてくれなかった一つ目小僧だが、一つだけ興味を覚えたらしい言葉があった。
「お前、塾に通っていたのか?」
足が止まる。
じっと、此方を見る一つ目小僧は。恨んでいるように見えた。
そして、すっと消えてしまう。
舌打ちすると、私は。
スマホを操作して、あかねに連絡を入れた。
「接触に成功。 ただし逃げられた。 もう少しでホテルに連れ込める所だったんだけどなあ」
「児童を相手に何をしているんですか?」
「ちょ、冗談だ」
本気であかねが怒っているのを感じた私は、慌てて取り繕う。
あれは高校くらいから、怒らせると本当に怖いのだ。私は元々ステゴロが苦手だし、全身が凶器みたいなアレを怒らせるのはぞっとしない。
「一つ、確信できたことがある」
「何でしょう」
「あれはおそらく、中学生だ。 それも塾に通うタイプ。 成績は正直、良い方だとは思えないな」
「其処までどうして分析できたんですか?」
空気を読んだというのが事実だけれど。
もう少し柔らかい言い方をすると。塾に対する反応だ。
今の子供は、想像以上に時間がない。
部活も塾も過酷で、遊んでいる余裕が無いのだ。
とくに、勉強が出来ない子供は悲惨だ。
塾は子供にとって、地獄と化す。夜中、本来だったら家でゆっくり出来る時間まで、勉強に割かなければならないからだ。
あの建物での足跡。
あれは、おそらく。
「今のは、ほぼ間違いなく確定情報だからな。 漁って見ろ」
「分かりました。 先輩も、少し休憩を取ってくれますか」
「お、まさか心配してくれるのか?」
「先輩にしては良く動いてくれましたけれど、それ以上はきっと無理が出ると思いますから。 動かなくなると、後処理が面倒なので」
酷い。
泣き崩れそうになったけれど、自室までは自力で辿り着いた。
ベットでしばらくごろごろして、うーうー唸る。何の意味もなく、時々こういうことをしたくなるのだ。
そういえば、髪もそろそろ手入れするか。
私は、髪は伸び放題にしている。腰まで行ったら切るようにはしているのだけれど。それまでは、多少手入れをするくらい。
洗面所で、無心に髪を切っていると。
気付く。
後ろに、人影。
一つ目小僧だ。
「何だー? おとめの洗面所に、入るもんじゃあないぞ?」
茶化していう私だけれど。
やはり一つ目小僧は。
私のお茶目な冗談には、乗ってこなかった。
これはいわゆるとりつかれるという状態になったなと、私は判断したけれど。これはむしろ、怪異である私には好都合だ。
怪異が怪異にとりつくことは、たまにある。
それは此方とのつながりが強くなることも意味しているし。
何より、相手をよりつよく知る事が出来るようになる事も、意味しているのだ。
解決への最短通路でもある。
大体、あの程度の可愛い怪異にとりつかれた程度で。
私が今更、どうにかなるか。
「あかねー」
「どうしましたか、師匠」
「さっきの子供、ホテルに連れ込んだぞ」
「逮捕します」
本気にしたあかねが、ホテルまで飛んでくるまで、十分かからなかった。
3、小さな手のぬくもり
結局の所。
私は人間からは、脱しきれず。
かといって、怪異にもなりきれず。
その結果、人間からは決定的なまでに、外れてしまったのかも知れない。
あの事故からしばらくは、私は山の中で一人で暮らしていた。
新陳代謝はある程度まで低減する事が出来たし。
山の中で、音もなく生活する事も出来た。空気を操る力の強さは、この時には既に完璧に把握できていた。
尻尾は九本まで増え。
他の怪異も、私には一目置いていた。
とはいっても、名高い酒呑童子などの大妖怪に比べてしまうと、地方のちょっと有名な存在、位に過ぎなかったけれど。
ともかく、私は。
自分の足でも、問題なく歩き。そして、人間に害されることもなく。夫を失った悲しみに狂うこともなく。
100年ほどは、静かに過ごしていた。
その間人間に関わった事と言えば。自分で産んだ子供達の行く末を見届けること。みんな、あまり幸せとは言えなかったけれど。子孫はきちんと残したし。子供達に囲まれて、静かな死を迎えていった。
時々、私が見に行ったことは、気付いていたかも知れない。
怪異の血が混じった子供なのだ。
とはいっても。
その時には、私も気付いていた。
怪異は人と何ら変わる事がない。
人が怪異に変わり。怪異は人に戻る事もあるのだと。
静かに暮らして、このまま朽ちていこうかと思ったあるときのこと。第二の不幸が、私の身に降りかかった。
戦である。
それも、今までに見たことも無いほどの、大規模な。
山が丸ごと焼かれて。動物たちが逃げ惑う。
意識のある怪異も、大勢巻き込まれた。私は最後まで、逃げるのを誘導した。逃げ遅れた怪異の中には、火に巻かれて、凄まじい絶叫をあげながら消えていくものもいて。見ていられなかった。
怪異も死ぬのだ。
妖怪は死なないというわけでもない。だったら、世界は妖怪だらけになってしまう。
人間と同じように、怪異は殺せる。
そして、人間と同じだから。
怪異にも、心はあるのだ。
最後まで踏みとどまって、怪異の顔役になっていた私は、逃げるための指揮をし続けていた。
だからこそ、逃げ切れなかった。
力を使い果たした私は、人間に見られた。空気を操作する能力だって、万能では無い。使いすぎれば、姿は露出する。
「きつねのあやかしじゃ!」
誰かが叫ぶ。
本気を出していたから、尻尾も出ていたのだ。顔は人間のままでも、そればかりはどうしようもない。
膨大な矢を射かけられた。
かろうじて、防ぎ抜く。しかし、全ては無理だった。
気がつくと、私は。
洞窟の中で、横たえられていた。
全身が酷く痛むけれど。手当をされた跡があった。
「気がついたか」
声がする。
物静かで。落ち着いたそれは。
後に、私の夫になり。
そして、安倍晴明に殺される男の声だった。
あかねは呆れた様子で、ベッドの隅で膝を抱えている一つ目小僧と、スルメを囓っている私を見比べていた。
一つ目小僧はとにかくナイーブで、少し近づこうとすると、すぐに消えてしまう。
かといって、視線をそらすと、いつの間にか袖を掴んだりしている。
私のことが気になって仕方が無いのだろう。
どうして見えるのか。
たどり着けたのか。
それらを知りたくて、興味がうずいている、と言うわけだ。
良い傾向だ。
私は少しずつ、このシャイな子供の怪異の心に、分け入っていけば良い。見たところ、中学生くらいの心はあるようだけれど。見かけの年齢は小学生低学年程度。つまり、其処にも、恐らくは踏み外した切っ掛けがある筈だ。
「師匠、これは」
「あー、一つ目の。 紹介するぞ。 私の小姑のあかねだ」
「誰が小姑ですか」
「しー」
あまり大きな声を出すと、すぐに逃げてしまう。
口をつぐむあかねは、わなわなと震えている。どう怒ったものか、分からないとみて良いだろう。
ちょっと面白い。
一つ目小僧は、あかねにはあまり興味が無い様子だった。
二十代前半のあかねは、髪の毛を短く切りそろえているが。私がいうのも何だが、かなりの美人だ。
私が大人っぽい美人を自堕落で台無しにしているとしたら。
あかねは幼さが残る柔らかい美貌を、努力で磨き抜いている感じである。実際、対怪異部署ではかなりの人気があるとか、いつだったか団に聞いたことがある。あかねをとられるようで気分が悪いかとも。
まさか。
五人の夫。十一人の子供。
それだけの人生経験を積んできた私が、今更子供のようにかわいがってきたけれど、今では立場が逆転して色々酷い目に会わされている相手がどうこうしようか知ったことじゃあない。そう強弁してみる。
「喰うか?」
「いらない」
「何が良い。 ハンバーガーか? それともアイス? チョコ?」
「どれもいらない」
意外に強情な奴だ。
怪異には、実は美味しいものを喰わせるというのが、効果的なのである。これは人間としての感覚を、それだけ強く取り戻すからだ。
実際それで、怪異から人間に傾いて、戻ってきた例を幾つも知っている。
だが此奴の場合。
なんだか、不思議と雰囲気が違う。
拒絶では無い。
拒否なのだ。
「スルメは嫌なんだよなあ。 じゃあご飯は」
「……」
一つ目小僧が、少しだけ反応を示した。
あかねに軽く頷く。
彼女は部屋を出て行く。多分何かの出前を取りに行ったのだろう。
子供でも、年がら年中お菓子を食べているわけではない。というよりも、この子供。線が、少しずつつながっていく。
一つ目小僧は、男性器のモチーフだという説もある。
だが、この子供の場合。
傾いた理由は、多分違うと見て良いだろう。
ベッドでころころしていると、唖然とした様子で一つ目小僧が此方を見る。
「何をしているの?」
「私は怪異になってから長くてなあ。 動物みたいな行動をすると、落ち着くんだよ、こんな風にな」
「はあ……」
「お前もやって見ろ」
ヤダと即答である。
きつねっぽくコロコロしていた私を、いつの間にか戻ってきたあかねが、あきれ果てた様子で見ていた。
「師匠……」
「何だよー。 気持ちいいぞー」
「少しは自覚を持ってください。 それじゃあ痴女そのものです!」
「うっさいなー。 人間の常識なんてし……」
必死に避けなければ、頭が真っ二つに砕かれていた。
枕に突き刺さったナイフを見て、真っ青になる私。空気を操作しても、貫通された可能性が高い。
大きく。
悲しげに、あかねが嘆息した。
「いい加減にしてください。 怒りますよ」
「ごめんなさい」
壁に懐いて諤々震える私を見て、流石に呆れたのだろう。
あかねは、袋に入れられた、注文品を前に突き出す。
「はい、買ってきました。 私は外にいますから、何かあったら呼んでください」
「こんな夜中に、お前も大変だな」
「今四つ同時に案件を抱えていますけれど、実際は指揮に廻っているので、それほど大変では無いですよ。 どの怪異も素直ですし、一つは明日には解決しそうです」
「そうかい」
部屋を出て行くあかね。
やはり。
一つ目小僧は、出前の天丼に、興味を見せていた。
丁度二つ分頼んでいる。
「ちゃんとしたものを食べた方がいいものな。 ほら、喰え。 料金は考えなくてもいいからな」
「……」
小さなテーブルを出すと、向かい合って食べ始める。
一つ目小僧はかなり箸の使い方が上手だ。
線が、どんどんつながって、寄り集まっていく。
私は相手のペースに会わせて食べる。途中で吸い物を入れると、喜んで一つ目小僧は受け取った。
「大体見当はついてきたが。 こんな風に、両親と一緒に食事をする経験そのものが、殆ど無いな?」
「放って置いてよ」
「今は食べろ。 もったいないぞ」
黙った一つ目小僧。
私がもしゃもしゃしているのを見て、食欲を刺激されるのだろう。しばらく、無心に天丼を食べていった。
最初に食べ終えたのは。
やはり育ち盛りの一つ目小僧。
私は対して、実際にはもう殆ど食事が必要ないのだ。新陳代謝も停まってしまっているし、お酒も心を紛らわすために口にしている。
食事は嗜好だ。
ただ、食べれば力にはなるし、その気になれば新陳代謝も出来る。
子供が産める位なのだ。
まだ人間としての要素は、確かにあるのだ。
それに、完全な絶食をすれば死ぬ。
だから、働かなければならない。
食べ終えると、ベッドに背中を預けて、けふりと息を吐き出す。最後までお行儀が良い一つ目小僧は。
それを見て、呆れた様子だった。
「お行儀悪い……」
「お前は逆に行儀がとても良いな」
「……」
「少しずつで良い。 私に色々と話してみろ。 わたしはもう分かっているだろうが人間じゃない。 怪異としては大先輩だ。 少しは力になることだって出来るぞ」
立ち上がると、一つ目小僧は消える。
まあ、最初はこんなものだ。
まだ、奴はそれほど離れていない。とりつかれていることに、代わりは無いのだ。
ゆっくり様子を見ながら、全てを暴いていけば良い。
そして、その正体を暴いたとき。
人間に戻れるかは。
それまで、どれだけの情報を丁寧に集めていったかで、決まるのだ。
しばらく睡眠を貪って。
昼近くに起きると。昨日の朝方、天丼を食べたテーブルの向こうに、一つ目小僧が座っていた。
やはりいなくなっていなかった。
「どうした。 もうママが恋しい年じゃないだろ?」
「……」
「良いんだよ、無理しなくて。 私は大先輩だって言ってるだろ? 何でも良いから、話してみな」
「妖怪、何だよね」
そうだよ、と答える。
半身を起こしたのは、少しは真面目に話を聞くためだ。子供は侮っていることに敏感だし、大人が馬鹿にしていることをすぐに察知する。
真面目に子供に接するのは、こういうときの大前提だ。
「何の妖怪なの?」
「きつねだ。 九尾のきつねって聞いたことがあるか?」
「ゲームとかで良く出てくる奴?」
「そうだ。 私はずっと昔に、色々あってな。 私の物語はとても大げさに誇張されて、世の中に拡がったんだよ」
そして、今は。
もう何もかも嫌になって、自堕落に暮らしているけれど。
それでも、同じような立場の妖怪は、少しでも救ってやりたい。だから、大嫌いな相手に従ってまでも、こんな事をしているのだ。
「本当に九尾?」
「ほら、どうだ」
尻尾も出してみせる。
少しだけ驚いたようだけれど。一つ目小僧は、まだ信じていない様子だ。まあ、私としても、弱体化しているし、仕方が無いとも思う。
私は、知っている。
内気な子供は、好きでそうしている訳じゃあない。これでも十一人も子供を育てたのだ。一人として同じ性格の子供はいなかったし。外向的な子供が、必ずしも内向的な子供よりも、優秀と言うことはなかった。
所詮、個性に過ぎない。
それが事実なのだ。
「ねえ、その、九尾さん」
「何だ」
「一人は、寂しくないの?」
「寂しいさ」
私は何だかんだで、孤独と結局同居することが出来なかった。怪異の中には、孤独を愛して、同居することが出来た奴もいる。
何名かは知っているし。
彼らの死だって、看取ってきた。
だから分かるのだ。私は彼らと一緒にはなれないし。なろうとも思わない。しかし、彼らのことは、尊敬もしていると。
自分にはないものを持つ相手は、尊敬するべき。
私はそれを、長い生を進む間に、理解することが出来た。理解できない奴も、見てきたけれど。
それはそれで仕方が無いとも思っている。
ただ、このような子供が。
孤独に心臓を掴まれ。
そして今、膝を抱えて闇に座っているのを、見ているだけというのは。何というか、性分に合わない。
「俺、受験生なんだ」
一つ目小僧が話し出す。
やはりそうか。
ただ、予想と違っている部分もあった。多分中学生だろうと思っていたのだけれど、小学生だというのだ。
「小学生で、受験生だと」
「良い中学に入るには、今の時代は常識だよ。 何でもかんでも専門の先生がいて、言うとおりにやらなければいけないんだ」
問われるのは、学力だけではない。
品行方正であること。
親が誇れる職業であること。
そう言った全てが、受験に影響してくる。面接ではそれこそ、大人顔負けの質問も飛んでくると言う。
救いようがない世界だと、私は思った。
私が幼い頃、大陸では科挙というものが行われていた。役人を選抜するための試験だが、その難易度は尋常ではなかった。
子供の頃から勉強を始めて。
専門の教師が付きっきりで教えて。
そして大人の頃に、受かればいい方というレベルの代物であったのだ。
もちろん、そんな教育を受けた子供達が、優秀な役人になったかというと、答えはノーだ。
科挙は中華の繁栄に、何一つ寄与しなかった。
むしろ専門の教師を雇える家系のものだけが役人になれる制度を、更に後押ししてしまっただけだった。
人格的にも歪みに歪み。
そんな学問を詰め込まれて。
それで、子供が立派な大人になるだろうか。弱い人間の痛みを知ることが出来るだろうか。
出来るわけがない。
だから私は、この子供の痛みが、嫌と言うほど分かる。
「俺、勉強はそれなりに出来たんだけど。 親はこういう受験をさせるために、かなり無理していたらしいんだ。 とくにかーちゃんは悲惨でさ。 毎日徹夜が当たり前の状態でさ……。 三年くらい前からは、寝てる姿しかみてねーんだ」
一つ目小僧は、鬱々と語る。
そのような状態では。
確かに、家庭環境が楽しかろう筈もない。
「さっきの天丼、うまかったよ。 あんな食べ物、家族で食べたこと、一度もなくて」
「そうか。 そうだろうな」
「全部分かってたんだろ、俺が妖怪なんかじゃないって」
「いや、今のお前は妖怪だよ」
鏡を見せる。
思わず、固まったらしい。
まさか、一つ目小僧は。
この状況で、自分がまだ人間だとでも思っていたのか。
震え始める一つ目小僧に、咳払いすると、私は言う。
「お前を追い詰めていったのは、周囲からの遅れだな」
「……っ」
「親に負担を掛けている上、勉強も遅れ、周囲から置いて行かれて。 それでも必死に頑張ったけれど、成果は実らなくて。 いつの間にか、誰も自分が見えなくなっていて、それで街を彷徨っていた。 帰ろうにも、帰る場所もなくて。 何よりも、親に合わせる顔もなかった」
「ちが……」
違うと言おうとして。
言葉を詰まらせる一つ目小僧。
私は腰をかがめると、その小さな体を抱きしめて、頭を撫でた。
「良いんだよ。 そんな環境で、まともでいられる奴の方が珍しいんだ。 だから、あんたは悪くない」
だけれど。
一つ目小僧にも、矜恃があったのだろう。
私を振り払うと、姿を消す。
尻餅をついた私は、頭を掻くと。スマホを操作して、あかねを呼び出した。
「特定できた。 今から言う奴の家庭を調べてくれるか」
「流石ですね、師匠」
「大した話じゃないさ。 急いでくれるか? そうしないとあの一つ目小僧、質が悪い怪異に変わる可能性がある」
スマホの向こうで、あかねが分かりましたと言った。
さて、ここからが本番だ。
怪異は、時にその存在を代える。
無害なものが、人を喰らう悪鬼へと身を変じることが、時にあるのだ。
ただし、あの子はまだ充分間に合う。
親がどういう奴か次第だが。
親が少しでもまともな奴であれば。
そうでないとしても、私がどうにかする。最悪の場合は、眷属がいる稲荷神社に追い込んで、其処で強制的に怪異であることを解除する。まあ、それはあくまで最悪の場合だ。怪異のままでも田舎に送る手もあるし、他の手段が使えるならそうする。
子供の経歴と名前は分かった。
それで充分だ。
この勝負。
私が貰ったも同然である。
ただ、私は性格的にムラが多くて、予測が外れる事も多い。だから、慢心せず、あらゆる努力をするのだ。
4、都会の孤独
一つ目小僧の正体である島崎仁治。その家庭環境は、必ずしも良いとは言いがたいものであった。
彼の父は、息子が行方不明になったことで、捜索願さえ出していなかった。というよりも、その事実さえ、把握していなかった。
これに関しては、仕方がない部分がある。
あかねが連絡してきたのは、病院からだ。
「事故にあって、意識不明の重体になり、そのまま意識が戻っていません。 一年と四ヶ月前のことです」
「踏んだり蹴ったりだな」
舌打ちする。
人は時に、極端に運勢が低下することがある。占いなどでは、幾つかの用語でそれを現している。
そして母親は。
此方も、既にまともとは言い難い状況にあった。
精神病院から、あかねが連絡してくる。
どうやらあまりの酷い労働状況に、精神を壊してしまったらしい。今では自分が誰かも認識できず、治療を受けているそうだ。
金だけはたくさんあるが。
そのたくさんある金も。
父母の治療だけで消えて行っている。
更に、島崎少年のお受験人生は、長いブランクで、既に閉ざされたも当然だ。
母に面会を取り付けて貰ったので、精神病院に足を運ぶ。
一つ目小僧の気配はない。
どうやら、両親の現況を、知らない様子だ。
救えないと思うけれど。
今は、一つずつ、問題を解決していくのが先だ。いきなり両親の状況を教えるのは逆効果。
一気に邪悪な怪異へと、身を変じさせかねない。
彼の環境の場合、話を聞いてくれるようなクラスメイトが存在し得ないのも最悪だ。何しろ、地獄のような競争に曝されているのである。
早い話が。
周りが全て敵。
彼を追い詰めていったのも、そんな環境が、原因の一つだろう。
足を踏み外した切っ掛けについても、何となく見当が付いている。
あの足跡。
テストで悪い点でも取って、発作的に身を投げようとしたのだろう。しかし、気がつくと、彼は妖怪に成り果てていた。
そして、彼は。
もはや世間では、負け犬以外の何者でもない存在としてしか、認識されなくなっていたのである。
それを理解していたからこそ。
島崎少年には、もはや逃げる場所もなくなり。
自責の念からも、闇を徘徊するしか無くなったのである。
それにしても、この不幸の連鎖はどういう事か。確かに極端に運気が悪くなる事はあるけれど。
此処まで来ると、祟られているとしか思えない。
しかし途中眷属のいる稲荷に行って調べてみたのだけれど。
特にたたりの類は、島崎少年を蝕んで等いなかった。そうなると、彼は、極端に不幸になっている、と言うことに他ならない。
彼の境遇は、同情すべきものだけれど。
今するべき事は、それを悲しむ事じゃあない。
島崎少年を、これ以上の悪夢から解放することだ。
あかねが病院の関係者に話を聞いて戻ってきた。既に二つの案件を解決して、此方に回せる比重が大きくなっている。
何人か助っ人を呼べるかも知れない。
「師匠、こうなったら、仕方がありません。 強制的にでも、島崎少年を確保しましょう」
「無理矢理に人に戻すか」
「他に方法がありません。 師匠も知っての通り、凶暴化した怪異の中には、人間を常食するようなタイプもいます。 そのような存在になってしまった場合、最早助ける方法がありません」
一つ目小僧から、其処まで凶悪な怪異になるとはあまり考えられないけれど。ただ、人を呪い祟ることを専門とする怪異になる可能性は否定できない。
今、恐らく島崎少年は。
私が示したぬくもりと。
恐怖と絶望を天秤に掛けて、戦っているはずだ。
彼の戦いを、無為にしてはならない。
幸い、島崎家の財産はそれなりに潤沢である。何とか、両親の意識を戻して。まっとうな仕事に就けることさえ出来れば。
問題は、充分に解決する。
二年や三年の空白が何だ。
元々お受験をしている精鋭と渡り合ってきた頭の持ち主だ。最悪の場合、田舎にでも越すという手だってある。
私は、知っている。
安易に死を選ぶことが、どれだけ後に禍根を残すか。
私だって、死にたくなんてない。
生きたいと思うことは。
決して恥ではないのだ。
「すまないが、あかね。 六郎の奴を、此方に回せるか」
「善処します」
六郎は、怪異対策の中でも、呪いの除去を得意とする人間。怪異もいる対怪異対策部署の中では、珍しい人間の警官である。
彼は既に五十を超えているが、若々しくて肌にも艶があり。十歳は若く見られることも多い。
しかし、今回は。
難しいかも知れない。
だからあかねも、楽観的な表情は浮かべていない。
唇を舐めると、私は近くの稲荷に行く。
眷属から力を集めて。
島崎少年が、闇に落ちるのを、食い止めなければならないのだ。
見つけた。
ハイエースで辺りを走り回っている内に、気配をキャッチ。
この辺りは、眷属のいる稲荷が多くて助かった。こう言う時、本当に眷属を通じて強化した空気を操作する力は役に立つ。
昔、殺戮に使ったこともある力だけれど。
今は人助けが、主要な使用目的だ。
いや、妖怪助けか。
島崎少年は、私から離れてから。彼方此方を断続的に飛び回っている様子だ。短距離テレポートとでもいうべきだろうか。
要するに、見つかりたくないのである。
其処で、私は。
妖怪としての経験を使う。
空気を読む力を使って、何処に現れるかを予想するのだ。もちろん予想するだけで、それ以上のことは出来ない。
ハイエースから降りて、辺りを見回す。
髪の長い婦警、つまり私が、血相を変えているのをみて、一般人達が面白そうに此方を見たけれど、どうでもいい。
気配を探る。
居場所を見つける。
察知。
「見つけた」
「!」
逃げられる。
どうも、空間転移を行う力は、相当に強くなっている様子だ。このままだと、更に捕縛が難しくなる。
だから、手を伸ばす。
袖を掴んだ。
一緒に、空間を飛ぶ。
はじき飛ばされた先は、あのビジネスホテルの前だ。必死に逃げようとしている島崎少年。
咳払いすると、私は島崎少年の体を、ゆっくりと空気で包み込んでいく。
普通の空気じゃない。
眷属の力を込めたものだ。
最悪の場合、この場で強制的に人間に戻す。
多分悪影響が出る。
でも、そうしないと、この少年は討伐対象の怪異になる。対怪異の部署には、妖怪を殺すことだけを楽しみにしているような奴もいる。そして、世間で思われているほど妖怪は強くない。
昔大妖怪と呼ばれた私でさえ。
百名程度の軍隊に追いかけられれば、手も足も出ないのだ。
手を掴むと、一気に引き寄せる。
「逃げるんじゃあない」
「離して」
「離したら、お前は凶悪な妖怪になりはてて、人を襲うようになる!」
「うるさい! ばか!」
ばちんと。
凄い光が、私の体を直撃した。
血を吐く。
内臓をやられたか。
流石に青ざめる島崎少年、もとい妖怪一つ目小僧。私は、呼吸を整えながらも、ゆっくり言い聞かせていく。
「今、お前を無理矢理人に戻すと、多分悪影響が出る。 何年も眠ったままになる可能性も高い。 でも、お前を見逃すと、もうお前は人には戻れなくなる。 そして、人を最悪食うようになるんだ」
ぞっとした様子の島崎少年に。
私は、顔を近づけた。
「私はな。 千年を生きる妖怪だが。 多くの人だって殺した。 今生きているのは、人間にとって都合が良い存在だからにすぎない。 人間は妖怪なんかよりも、ずっとずっと残酷なんだ。 利用できるものがあれば何だって使う。 それが、人を殺した事のある妖怪でもだ」
そして、お前は。
このままだと、そんな残虐な人間に、追われ、狩られる。
もう、どうして良いか分からない様子の島崎少年に、私は。真実を告げた。
そんな事になりたくなければ。
私の手を取れ。
そして、逃げるな。
空気を操作して、周囲からは、此方の様子は見えないようにしている。だからこそ、だろう。
島崎少年が、大声で泣くのを。
周囲には、認識させずに済んだのだった。
死なない程度の傷を受けたが。その程度で済んで良かった。私はステゴロの類がてんで駄目で、子供にも喧嘩では多分勝てない。
島崎少年が泣きやむのを待って。
私は、手を引いて、近くの稲荷に移動する。
少しばかり、妖怪化を解除するのには時間が掛かる。この子のように、年単位で妖怪になっていて。
そして妖怪になった明確な理由が消失してしまっていて。
今では、どうして良いか分からないような場合は、なおさらである。
あかねに、島崎少年を確保したことは連絡。
さて、此処からだ。
髪を掻き上げると、私は思う。
この子に残酷な真実を告げることになるのか。それとも、巧く行くのか。これは賭だけれど。
勝率は、我ながら。
高いとは言えなかった。
どうにも今回は勝手が違う。読みが外れる事が多すぎる。
嫌な予感がする。
このようなときには、裏で、ろくでもない事が進行していることが多い。最悪の場合を想定して、動く必要があるかも知れない。
稲荷の奥で、膝を抱えて。
私の作った、空気の壁の中で大人しくしている島崎少年。
私の眷属であるきつねは。
ふんふんと、鼻を鳴らした。
「九尾様。 あのような輩を助けて、どのような利益が貴方にあるのですか?」
「利益は考えていないと、前言っただろう」
「理解しかねます」
「それでかまわん」
私はと言うと。
稲荷神社の中にある小さな社で、ぼんやりと横になって転がっていた。眷属は呆れたように、するめを囓る私を見つめている。
妖怪化を解除するには、しばらく掛かる。
欠伸を一つすると。
あかねから、連絡があった。
「六郎がやってくれました。 どうやら一種の怨念が、島崎少年の家族にはとりついていたようです」
「怨念、か」
怨念。
呪いでもなければ、祟りでもない。
人間の負の感情が寄り集まったもの。
普通は、大した力を発揮できないのだけれど。
たまに、あまりにもたくさん集まると。とても巨大な力になって、人間に被害をもたらすのだ。
或いは、島崎少年が。
このような状況に追い詰められたのも、それが原因かも知れない。
「それで、ご両親は」
「お母様は、すぐにでも退院できそうです。 お父様も少しずつ回復に向かっているようです」
「そうか……」
母と聞いて。
申し訳なさそうに、島崎少年が、顔を背ける。
私は尻尾を揺らしながら、背中越しに、少年に話し掛けた。
「大丈夫。 何とかする」
「本当に……?」
「大妖怪、金毛九尾のきつねの言うことだ。 信じて構わないぞ」
くつくつと、眷属が笑った。
眷属というのは、妖怪の手下で間違いないが。私の場合は、少しばかり違っている。あまりにも長く生きすぎたので、私の力の一部が、自我を持ったのだ。
それが、眷属である。
もっとも、著しく弱体化している私の力の、そのまた一部である。多少の怪しげな事くらいは出来るけれど、それだけだ。
ただ、私がこうやって、特定の場所で。特定のことを行おうとする時には。触媒として、非常に強い力を発揮も出来る。
何しろ、元々自分の一部。
触媒として使うには、最適なのだ。
眷属に目配せ。
青白く光る魔の狐は。頷いた。
何しろ、元々自分の力の一部。意志も通じやすい。とりあえず、捕らえた島崎少年を逃がすな。それだけが命令である。
しかしながら、眷属が充分な力を発揮するためには、私が此処を離れてはならないという条件もつく。
そういうものなのだ。
面倒なことこの上ないが。
「あの、おばさん」
「何だ」
今更、おばさんと呼ばれて怒るほど子供でもない。
見かけの年齢は二十代後半を保ってはいるけれど。小学生にとって、二十代後半の女なんて、おばさんだ。
「お母さん、お父さん、一緒にご飯食べてくれるかな」
「そうなるように、今努力しているんだ」
「そう……」
少しだけ、嬉しそうにする島崎少年。
彼を救うためのカードは、あと少しで入る。しかし、である。あかねから、連絡が来る。
「良くない報告です」
「……メールで頼めるか」
「分かりました」
すぐに、あかねが送ってくる。多分、私の返答を予想して、あらかじめ書きおこしていたのだろう。
六郎からの報告だった。
調べて見たところ、島崎少年の父は、怨念については除去した。
回復にも向かっている。
しかし、目が覚めるのは、医師の話によると、良くても一年以上は先だろう、ということだった。
それだけ、体のダメージが深刻だというのだ。
元々、無茶な仕事で、体中がぼろぼろになっていたのだという。
「何だか、不幸の塊ですね」
「わからんのは其処だ。 経歴を調べて見ても、この子の一家が恨まれる要素がない」
真面目に働いている父母。
特に母は、息子のために、ブラック企業で働くことだって良しとしたほど。確かに家庭で一番大事なことを見落としてしまっていたけらいはあるけれど。それでも、家族に対する愛情は、確かに存在していると言っても良い。
怨念と簡単に口にするけれど。
頭がおかしいストーカーが一人憎悪を抱くくらいでは、此処までの事は起こらない。
だいたいの場合、呪術レベルでの複雑な手順を踏んだ上で、多くの憎悪を束ねなければ、此処までの事にはならないのだ。
専門家である私が言うのだから間違いない。
膝を抱えて不安そうにしている島崎少年を一瞥。
一体誰が、どのような目的で。
あかねに、メールを入れておく。
再発を防ぎたい。
黒幕を洗って欲しい。
島崎少年の同級生の親から、会社の同僚。昔の恋敵。
とにかく、いるだけ調べて欲しい。
そうメールすると。
すぐに、あかねから返事があった。
現在抱えている二つの案件の内、一つを手伝って欲しい。戦闘タイプの怪異では無いけれど、調査に当たっている三人の警官が手こずっているというのだ。
やむを得ないだろう。
島崎少年の母が回復に向かったし。
もうすぐで、一つ目小僧から元の状態に戻せる今。
それくらいの負担なら、安いものだ。
「ねえ、おばさん」
「んー?」
「おばさんは、妖怪の仲間を、増やしたくは無いの?」
「増やしたくは無いな。 私も昔は、妖怪になった人間の顔役をしていたことがあると、前に言ったかも知れないが。 その時たくさんの妖怪を見てきたが、みんな人間社会からはじき出された可哀想な連中だったんだよ」
人は怪異。
怪異は人。
人は、自分たちの社会にいらないと判断した人間を、容赦なく排斥する傾向がある。
だから、怪異は、とても不幸な人間の集まりである事が多い。
私は。
まあ、不幸な人間の一人ではあるだろう。だが、不幸自慢をしても仕方が無い事。不幸はどうしても起きてしまう。
問題は。その不幸が起きた後の事。
人間社会からはじき出されて、もはや復帰の機会も与えられないような事は、間違っている。
そんな人は、一人だって救いたい。
傷の舐めあいをするつもりはない。
私が味わった地獄は。
私が、墓場の底まで持っていけばいいのだ。
こんな小さな子供を社会からはじき出して妖怪にする人間という生き物は。本当に妖怪以下の悪しき存在なのだと、私は憤る。
勿論、仲間にしたいなどとは、思わない。
妖怪になってすっかりひねくれてしまっている仲間には、そう考えるものもいるけれど。
私は違う。
一緒になってはならないのだ。
あかねから、メールが来る。
怨念に対する再発の防止は、六郎がやってくれたそうだ。
嘆息する。
これで、これ以上の不幸の連鎖は。
防ぐことが出来そうだ。
時間は掛かったけれど。
すっかり人間に戻った島崎少年と。精神病院から退院した彼の母が。手をつないで歩いて行く様子を。私は、木陰から見送った。
島崎少年は、一つ目小僧であった時の記憶を。
人間に戻った途端に、全て失った。
後は、行方不明になっていた彼が、アジアの人身売買組織に捕まっていたと、警察の方で偽装してくれた。
マスコミは一切報道しない。
自分たちの利益にならないからだ。
それを見越しての発表である。
後は、警察で二人を再会させて、終わり。
書類を幾らか書いて貰った。後は、念のため、周囲にしばらく警官の巡回を廻して貰う事にした。
気違いじみた労働の結果、数年暮らしていく貯蓄は充分に出来ている。
母子家庭でも問題ないし。
何より、狂気のお受験地獄から脱落したのは、むしろこの家族にしてみれば、良かったはずだ。
2年分の遅れが、島崎少年には生じていたけれど。
多分その程度は、すぐに取り返せる。
まだ、小学生なのだ。
そんな時期から、大人の論理で、地獄の競争を味合わせるのは間違っている。私は、そう思う。
あかねが来る。
「良かったですね、師匠」
「あの子供、結局私を金毛さんかおばさんとしか言わなかったな。 最後くらい、お姉さんとか、綺麗なお姉さんとか、素敵なお狐様とか、言ってくれても良かったのになー」
口をとがらせて言う私だが。
あかねは乗ってこない。
「すぐに、次の仕事に取りかかって貰えますか、師匠」
「えー、前の仕事から休暇もないじゃんかよ−。 ごろごろしたい。 ビール飲みたい」
「あの稲荷で、ずっとごろごろしていたのに?」
すっと、あかねの声が冷える。
私は、口をつぐんだ。
ばれていたか。
確かに、暇な時間、私はずっとスルメを囓っていたし。
部下に言って、ビールも買ってきて貰った。勿論北海道の酒造メーカーの奴だ。それじゃなければ、絶対に飲まない。
それは良いとして。
ばれたという事は、パシリに使った下っ端が、口を滑らせたか。
「師匠、今のはかまを掛けたんですけれど。 相変わらず分かり易いですね」
「お、お前なあ……」
「さ、仕事です。 今も、妖怪になったまま戻れない人がたくさんいます。 そのままだと、彼らがどういうことになるかは、師匠が一番知っている筈です。 休むのは、またいずれ」
「……」
そう言われると、弱い。
ため息をつくと、あかねが運転してきたハイエースに乗り込む。
今日も、空は嫌みなほどに青い。
車を発進させると、途中で一瞬だけ。
島崎少年と、目があった。
大人の論理を強制されていた頃は、きっと目が死んでいただろう島崎少年だけれども。母と一緒に歩いている今は。
もう、子供らしい。
何も世の中の闇とは接しなくてもよい、平和な目をしていた。
5、うごめく邪悪
都内某所。
地下の空間で、無数の人体が絡み合っていた。いわゆる性魔術である。
ただし此処はカルト教団では無い。
政府にも公認されている、公式の宗教団体だ。
裏の顔がある事は、政府も知っているけれど。何しろ多数のスポンサーを抱えていて、政治家にもシンパが多数いる状態。
余程大きなテロでも起きない限り。
この宗教団体に、警察でも、手を出す事は出来ない。
地下空間には、見下ろせる位置に、硝子張りのVIPルームが作られていて。
其処には、宗教団体の教祖である影があった。
薄暗い空間で、絡み合う無数の男女を見下ろしているのは、中年の男性だが。スーツを着こなした、一見紳士全とした彼の目元には。
宗教家らしい超然としたものもなく。
むしろ、侮蔑だけがあった。
「相も変わらず愚かな連中だ」
「酒呑童子様」
「何だ」
中年男性は、振り返りもせず言う。
傅いているのは、まるで忍者である。黒装束に身を纏い、背中には刀を差している。時代錯誤の塊だが。
しかし、不思議と、この空間にはマッチしていた。
「実験台として使っていた一つ目小僧の反応がロストしました」
「警察の動きが良いな。 まあ、実験台の一つに過ぎない。 足は掴ませていないだろうな」
「我々に仕事を依頼してきた女の記憶は操作済みです」
「うむ……」
愚かな奴はいるものだ。
うちの子のライバルになりそうなのがいるから、消して欲しい。二千万ほどの金と一緒に、そう依頼してきた奴がいたのだ。
何処の人脈からかは知らないが。
自分の子供を受験地獄に勝たせるために、文字通りの闇のまた闇であるうちに依頼をしてくる時点で、ろくでもない輩だというのは目に見えている。
討伐されてから幾星霜。
表だって勢力を作る事は諦め。
酒呑童子は闇の中で、生きることを決意した。
そして今も、こうして東京の闇に潜んでいる。あの九尾の奴と同じく、食べなければ生きていけないからだ。
ちなみに、人肉食はしていない。
元々あれは美味しいものでもないし。
今更、足がつきやすい方法を採ろうとも思わないのだ。
「九尾の奴は、相変わらず自堕落に過ごしているのか」
「それが、安倍晴明の指示で、真面目に働かされているようです。 今回の一件も、九尾が解決に関わっていた様子でして」
「ふん、まあいい。 付け届けは怠るな。 野党だけではなく、与党にもだ。 マスコミは現状維持。 今の状態なら、奴らは尻尾を振る犬と同然。 我々に仇なす事など、絶対に出来ないだろう」
「御意……」
忍びの者が消える。
代わりに、メイドが数名、VIPルームに入ってきた。移動式のテーブルを押していて、其処にはフランスのワインが載せられていた。
つまみはいらない。
昔から、これが大好きなのだ。
九尾の奴と交流があった頃。彼奴はとにかく嗜好が地味で、もっと豊かな食生活をするべきだと、何度も言った。
しかし、その度に奴は笑いながら言うのだ。
もう、そんなのは諦めた。
静かに暮らせれば、それでよい。子供達とも離ればなれになってしまったし、夫もみんな死んでしまった。
生きている事は、嬉しいけれど。
慎ましくやっていきたい。
心の傷を、ゆっくりいやしていきたい。
何とも脆弱なことだと、酒呑童子は思った。
昔、討伐に来た武者達に人血だと勘違いされたこのワインは。酒呑童子が、人間であったことを再確認させてくれる。
もう九尾と同様に取り返しがつかないほど、妖怪になってしまった酒呑童子だけれども。
こうして、人間であったことを再確認し。
ダーティな手段であろうと金を集めて。
贅沢をしてやろうという気概は、今でも持ち合わせている。
俗物だという自覚だってある。
だが、それが何だ。
高潔に生きてきて、報われることなどあるのだろうか。高潔に生きてきて、山野に隠れて人間に迷惑も掛けていなかった妖怪が、何人も人間共の手に掛かって殺されたことを、酒呑童子は知っている。
その度に、人間共は。
悪しき妖怪を討ち取ったと、声高に宣伝していたのだ。
自分たちが、社会からはじき出したというのに。
その度に酒呑童子は怒りを強めた。
そして今。人間から搾取しながら生きるこのやり方を。変えるつもりはなくなっている。九尾のようなやり方もあるにはあるとは思うけれど。
酒呑童子のやり方とは、違うのだ。
ワインをしばし飲んでいると。
メイドの一人が、咳払いした。
彼女も、勿論妖怪だ。
「首領。 そろそろ、良いのでは」
「駄目だ。 分かっていると思うが、この国を腐らせすぎると、却って居心地が悪くなる」
「しかし、我等の恨みは」
「押さえ込め。 こうやって、馬鹿共から搾取していれば、相応に贅沢も出来る。 それが我等の復讐でもある」
一礼すると、メイドは下がる。
複数の部下が、同じような意見を具申してきている。
そろそろ、彼らが喜ぶように、少し大規模な作戦に出るべきかも知れない。組織運営は、大変なのだ。
自分の好き勝手をするようでは。
長く、安定した組織運営など、出来ないのである。
ワインを飲み干すと、部下に声を掛けて、性魔術を止めさせる。
膨大な、怨念が集まった。
これで、また妖怪を作る事が出来る。
ほくそ笑むと、酒呑童子は。
部下達が作ってきている、妖怪化したら面白そうな連中のリストに、手を掛けたのだった。
(続)
|