我が名は魔王

 

序、そもそれはなんなのか

 

古来より人は闇を怖れた。闇は人の知識の外にあったからだ。人間は目が良い生物で、それ故に夜には勝てなかった。

最初は炎を用い。

それが近代まで続いた。

電球が開発され。

急速に世界から闇が駆逐されていったが。それでも、人の中には、闇に対する恐れが残り続けた。

人間の言霊は力を持つ。

人間は理解できないものを怖れる。

思考回路が自分と異なる存在であれば、同種の人間でさえその恐れの対象になる。そして、自分の理解出来ないものを、闇として。灯り無き場所と同一視した。

それは、人間が動物である証。

人間は結局の所。種族としてのリソースを使いこなすことで、他の動物よりも一歩も二歩も先んじた。

昆虫の方が地球で発展しているという説もあるが。

その昆虫も、一種類で人間ほどのサイズになり、同じ程度の数がいる種族は存在し得ない。

昆虫と人間は生物としての戦略が違う。

戦略の違い故、昆虫は兎に角数が多く。そして生物として弱い。弱いが故に圧倒的に数を増やす。数を増やして、環境適用できるものを作り出す。弱い者はみな死ぬ。

人間は、違う。

生物として大型で。それでいながら地球の環境を改変できる数と圧倒的な力を誇り。なお、他の生物たちに対する絶対的強者として君臨している。

だが、その君臨は。

無数の先人達による苦労があってこそ。

原人だった頃。

人間は猛獣に対抗できなかった。

だが、様々な武器を開発し。いつしか猛獣など、武器を手にした人間の前ではなんら脅威では無くなった。

病気でさえ、方法を間違えなければ大半を克服できる。

まだ克服できない病気も存在するが。それも、いずれ克服できるほどに技術が上がっていくだろう。

だが、人間の脳は、技術に追いついていない。

だから怖れる。

闇を。

自分に理解出来ないものを。

そして、今の時代も。

それが故に、怪異は現役なのだ。

 

私は、G県警の屋上で、目を細めてそれを見ていた。コートをなびかせている私の視線の先には、必死になって逃げ込んできたらしい子供二人。二人とも血色が悪く、一人に至っては見覚えがあった。

あの金髪の王子が連れていた奴だ。

C村壊滅の元凶、とまではいかないにしても、その間接的な原因になった、時間逆流能力の持ち主。

警官達に、必死に訴えている。

流石にこの距離では、何を言っているかは良く分からないが。

私は格好良くデコったスマホを取り出すと、小暮に電話する。

「小暮、北条と愛染を出動させろ。 どうやら仕掛けてきたぞ」

「決戦でありますな」

「ああ……」

さてと、仕掛けてくるなら、備えはしてある。

少し前に、私があの疑似原初の巨人を真正面からぶっ潰すのを、奴らは見ていたはずだ。だからこそに。

からめ手を使ってくるだろう。

と思ったのだが。不意に、街そのものの気配が変わる。

なるほど。こういう能力の持ち主だったのか。

それを悟った私は、舌なめずりする。

面白いじゃないか。確かに中東で、4桁に達する人間を殺せるはずだ。戦闘用の特殊能力としては、最強に等しい。

何しろ、そもそもだ。

戦うどころか、何もしなくて良いのだから。

だが、私が相手だったのは不運だったというしかない。

既に周囲の空気は、満たされ始めている。

狂気に。

辺りを歩く子供達が、真っ先に汚染され始めた。学校帰りの子供達だろうか。ふらふらと、どこともなく歩き始める。向かう先は、川か、それとも大きめの道路か。死ぬために、歩いている。

大人達も汚染されはじめた。

この能力。

すなわち、死を強制するものだ。

だが、残念だが。

既に仕掛けは施してある。町中に、私が仕掛けたスピーカーがあるのだ。

印を切り、そして私は一喝。

「喝!」

ドカンと、街そのものが、震度4くらいの地震に見舞われたかのように揺れる。そして、街に満ちていた狂気が、消し飛んでいた。

愕然とする狂気の主の気配が分かる。

山の頂上くらいから、高みの見物をしながら、街が壊滅していく様子を見ているつもりだったのだろう。

だが残念だが。私がいる以上、此処で理不尽は跳梁跋扈させない。

たとえそれが神だろうが魔王だろうが同じ事。

人間にとって、原初の恐怖である闇。そして闇がもたらす狂気。そのものを司る能力であろうと同じ事だ。

さて、今から行ってやるとしよう。

そして、決着を付けてやるとしようか。

金髪の王子は、恐らく既に富士山麓に向かったはずだ。此方ががら空きにわざとしているのを承知の上で。

私は、近くに停めておいたレンタカーに乗る。

山の上から来たときのことを想定して、4WDだ。周囲では、何が起きたのだろうと不思議そうにしている子供達が目立ったが。

誰も後遺症さえ残るまい。

私は、そもそも。理不尽の天敵。前提からしてひっくり返す、文字通りの理不尽にとっての理不尽なのだから。

何よりだ。

今の街全域への攻撃で、相手の正体も分かった。怪異を中に住まわせている一族だと言う事は分かっていたが。

その正体も理解出来た。

つまり、もはや。

私には負ける要素がない。

それでも徹底的に叩き潰す。

此奴は、街全域に、自殺衝動をぶちまけるような危険な存在だ。本当だったら、あの時間巻き戻しと組んで、力を使っては撤退、を繰り返して。時間を稼ぐのが目的だったのだろう。

だが、あの時間巻き戻しは、逃げてきた。

電話が来る。

何、子供の足では逃げようが無い。一旦車を停めて、スマホを取り出す。

北条からだった。

「部長、さっきの凄い音、部長ですか?」

「他にいるか?」

「いえ」

「それでどうした」

咳払いする。

用件は知れているが、それでも確認しておくと。私を頼って、子供が二人警察署に逃げ込んできたという。

そして北条の所に。本部長(小暮のことだ)から連絡。その二人を保護しろと、指示が来たのだそうだ。

どうしますと聞かれるが。

まどろっこしい。

「後で私が接見するが、ちょっと忙しくなる。 科捜研に如月がいるから、彼奴に相談しろ」

「え……」

「なんだ、せくしーな美女は苦手か?」

「いえ、その私も女ですし、別に美女が苦手って事は無いんですが……なんというかあの人、得体が知れなくて怖いんです」

一理ある。

いずれにしても、とにかく如月を頼り。

相談してから、匿って。

事情を聴取しておけ。

それだけ言うと、私はスマホをポッケに戻し、再び車を発進させた。

山道を蛇行していくが、既にこの辺りの路は間道に至るまで把握済みである。今更迷うような事も無い。

ましてや、敵の気配は完全捕捉している。

もたもたしながら此方に接近しようとしているのは面白い。

直接至近距離から、狂気を叩き込もうというのだろう。

別にどうでも良い。

種が割れている時点で。

理不尽を使う相手には、私は負けない。

程なく、距離が適当に近づいたので、車を路肩に停めて、私は降りる。この辺りは、トラックが抜け道に使う事も無い。

私が歩いて行くと。

向こうから、姿を見せた。

顔色の悪い、やたら自己主張が激しいファッションをした子供だ。

小学生くらいだろうか。

私よりも更に背が低いし、手にはぬいぐるみを大事そうに抱えている。そのぬいぐるみはテディベアだが。

そのテディベアは、傷だらけで。

持ち主の鬱屈をぶつけられているのが、一目瞭然だった。

全体的にゴスロリファッションで、ドレスにヒールである。この年でヒールかと、ちょっと不憫にさえ思った。

無理矢理背伸びして、何かを見たいのが見え見え。

恐らく相手はあの金髪の王子だろう。

しかもこの鬱屈。

構って貰えていないのは確実だ。

或いは独占欲を発揮していても、どうにもならないかのどちらかか。いずれにしても、この子供は。

報われていない。

みんなを平等に愛する、というのは立派な行為だ。

誰にでも出来ることではない。

だが、それは時に。

自分だけを見て欲しい、と考える者に、怒りと嫉妬と鬱屈を生じさせる。精神が未熟な子供でも、大人でも。

それは同じだ。

この子供はその典型的なパターンだろう。

或いはひょっとすると。

見た目と年が一致していない可能性もある。

あのクズ女が面白半分に作った実験台だとすると、文字通り体に何をされていてもおかしくないのだ。

「あんたが風祭純ね」

綺麗な英語だ。

私は髪を掻き上げながら、ふんと鼻を鳴らす。

そして英語で答えた。

「その通りだ。 で、お前は」

「ルナよ」

「最低限の礼儀は心得ているようで結構。 それで、わざわざ姿を見せたという事は、勝算有り、と見ていると。 舐められたものだな」

「私は最強よ!」

それはそうだろう。

此奴は勝てる戦場にしか投入されなかったのだし。

普通の人間が相手なら、相性は文字通り最凶。

特に軍などの場合。

此奴は遠くから見ているだけで、勝手に壊滅するだろう。そんな勝ち方をしていれば、いずれ錯覚してしまう。

何が相手でも勝てると。

「さっきは遠かったから効かなかっただけよ! 至近距離から私の力を受けてみなさいよ、このチビ!」

「チビで悪かったな。 まあ体を鍛える過程で、色々栄養が偏ったからなあ。 私もちょっと気にしている」

「アハハハハハ、何よそれ」

「苦労しているのはお前だけじゃないってこった。 その様子だと、あの金髪王子に救助されるまで、碌なモン食った事さえ無かっただろう」

ルナの顔から表情が消える。

そしてそれが。

見るも醜い憤怒へと、一瞬で塗り替えられた。

こういう類の相手を本気で怒らせる方法がある。

それは相手を見透かして見せる事だ。

というよりも、今までの情報で、はっきり分かっていたが。見え見えも見え見え。私だけじゃなくて、かごめでも。

北条でさえも。

見抜いて見せただろう。

呆れて肩をすくめる私に、ルナは吼え猛る。

「狂い死ねっ!」

周囲を、さっきの数百倍の力場が覆う。

残念だが。

血族とやらは、能力の性質は違えど。この力場を使う方法に関しては、既に判明している。

何より低濃度とは言え、さっき見せてもらった。

だったらもはや。

濃度なんぞ関係無し。

私には効かない。

涼しい顔をしている私に、汗を掻きながら、ルナは更に狂気を発生させるフィールドを濃くしていく。

飛び出してきた猪が、そのまま崖下に全力で紐無しバンジーを決行。

ぐしゃりと潰れる音がするが。

私が退屈そうにあくびをしている様子を見て、ルナはますます頭に血を上らせていく。しかし、私が指摘してやると。

見る間に青ざめていった。

「デュオニソスか」

「……っ」

図星である。

デュオニソス。

ギリシャ神話における酩酊の神。バッカスという名前で、日本ではより知られているかも知れない。

酒の神と言う事で、でっぷり太った気の良いおっちゃんを想像するかも知れないが、実体は違う。

実際のデュオニソスは、薬物を用いてトランス状態を作り出し、踊り狂い乱交する一種の淫祠邪教の存在を、ギリシャ神話に取り込んだものだ。古い時代の宗教には珍しくもないものであったし。実際ギリシャでもデルフォイの神託という形で、薬物を用いるというケースがあったようなので、抵抗がなかったのかも知れない。

つまりお酒というよりもドラッグ。

気の良いおっさんというよりも。

完全に狂気に支配されている、脳みそに正気が欠片もない神だ。

ルナも、自分の中に何がいるのかは知っているのだろう。

流石に一瞬で看破されて。

青ざめるルナは、ぐっと唇を噛みしめるが。

私は無造作に空間を掴むと。

そのまま障子紙を破り捨てるように、能力を展開している力場を引き裂いていた。

「ぎゃああっ!」

ルナが悲鳴を上げる。

当然だろう。

この展開している力場、自分の体も同じなのだから。

こんな風に対処されることはなかっただろうし。

想像もできなかったのだろうから。

言われていたはずだ。

金髪の王子に、能力ごと引き裂かれると。

だが独走したという事は。金髪の王子に、自分の絶対的な実績を見せたかったことが一つ。

それにもう一つは。

独占したかったのだろう。

私の首を手土産にすれば。金髪の王子が、認めてくれるに違いないと考えていたのだろう。

甘い。

あれはそんな生やさしい相手では無い。

地面にへたり込んで、荒く息をついているルナ。だが、私は構わず歩み寄る。

小さく悲鳴を上げると、後ずさるルナだが。すぐに木にぶつかってしまう。パニックを起こしたルナは、完全に自棄の光を目に宿らせていた。

「こ、こうなったら!」

「体内に入れているデュオニソスの分霊体を暴走でもさせる気か」

「そうよ! 怪異が中に入っている人間の強さ、知っているでしょう! デュオニソスほどの神格になれば、例え貴方だって」

「させるか」

次の瞬間。

私は、ルナの首を掴んでいた。

そして、そのままつり上げる。

ぱたぱた暴れるルナだが。

それだけしか抵抗できない。今まで能力に頼り切っていたツケだ。

無論容赦などしない。

至近距離から私は。一喝を叩き込んでいた。

びくりと痙攣すると。

ルナはだらんと四肢を伸ばして、動かなくなった。体内にいたデュオニソスを、完全浄化したのだ。

こんな物騒な奴。野放しにしておくわけがないだろう。

ただ、デュオニソスは浄化さえされたものの、遺伝子レベルで融合しているらしく、体内からはいなくならない。

なるほど。

これは何となく、実験の性質が分かった。多分これは、何百年も掛けて、生体兵器として交配されてきた一族なのだろう。

愚かな。

まだあの時間巻き戻しと組んでいれば、私に対して時間だって稼げただろうに。

如月は今、北条達と一緒にいて聴取をしているだろうから、佐倉を呼ぶ。

待機していた佐倉は、すぐに駆けつけてきた。

私が首を掴んで吊しているままのルナを見て、大きく嘆息する佐倉。

「容赦ないですね……」

「街一つ皆殺しにしようとした奴だ。 容赦するわけにはいかんのでな」

ヘリの飛行音が近づいてくる。

私は佐倉に、完全に目を回しているルナを引き渡すと。

幾つか告げておく。

「此奴は完全に無力化した。 本当だったら、戦闘形態的なものもあったのだろうけれど、そんなものはもう二度と発揮できない。 能力そのものもな」

「だけれど、万が一をかんがえろ、っすね」

「そうだ」

頷くと、佐倉はルナを引き取る。

後は重々霊的な監視を施した地下座敷牢で、しばらく預かりだ。勿論風祭特製の、である。

佐倉は母性が刺激されるのか、可哀想と視線で告げていたが。此奴は四桁に達する人間を殺してきた殺戮マシーン、一切手心は不要である。

ヘリが来た。

「そいつを収監したら、北条達と合流。 遅れてでいいから、富士山麓に来い」

「決戦、ですね」

「ああ」

この戦いで、奴らを終わらせる。

多くの者達が願ってきた事を。

これより、実現するのだ。

戦いは、最後の局面に入った。

私にとっても。今までの中で、最大の敵との戦いになるだろう。

ヘリのはしごに捕まると。私は、佐倉に対して、敬礼していた。最悪の場合、後は任せる。

佐倉も敬礼で返してくる。

戦いは。

既に始まっているのだ。

 

1、決戦、そして

 

途中で、皆に連絡をしておく。

G県は相変わらず全力警戒を続行。特に纐纈には、念入りに言い含めておく。

「自衛隊と連携して、最大限の警戒に当たれ。 北条達は好きなようにさせておくようにな」

「分かりました。 それにしても、何処かにヘリで向かっているんですか?」

「まあその通りだ。 もう会うのは最後になるかも知れないから言っておく。 お前は有能だったよ。 新見もかわいがってやってくれ。 今後彼奴は、有能な警官になる」

「……分かりました。 ご武運を」

続いて、小暮とも連絡。

こっちはかごめや羽黒もそうだが、既に打ち合わせをしてある。だから、一言二言で良かった。

「最悪の場合は、自衛隊と在日米軍に連絡して、飽和攻撃を仕掛けろ。 核を使う必要があるかも知れない」

「はい。 此方の方で、準備はしています」

「まあ、その最悪を無くすために、私が出向くのだがな。 ……だが、いざという時のために、頼むぞ」

「先輩が負ける訳がありません」

小暮の確信に満ちた言葉は。

私に力をくれる。

頼もしいことだ。

此処まで信頼してくれる部下をもてたのは、幸せなこと。そして私は、だからこそに。背中を預けられる。

北条に連絡。

二人の子供は、無事に保護したという。

「女の子の方がリセ、男の子の方がヨミ、というそうです。 とりあえず保護すれば良いんですね」

「出来るだけ話を聞きだしておいてくれ。 ああそうそう、ルナは私がぶっ潰した、と言えば、口も軽くなるだろう」

「ルナ? 分かりました」

「それと、今まで無茶な仕事をさせてすまなかったな。 勿論生還するつもりだが、何かあった場合でも、強く生きてくれな」

北条は少しだけ黙った後、答えてくる。

貴方のような人間が、これ以上強くなれというのは酷だと。

誰もが貴方のようにはなれないし。

それは私も同じだと。

そうかとだけ私は答えた。

北条は、未だにC村での惨劇を悪夢に見ると聞いている。目の前でどうにも出来なかった殺戮。

止められなかった悲劇。

北条は霊的なものにたいする耐性や、今後磨けば光るライアーアートなどの手札も持っている。

だから決して無力ではないのだが。

それでも、やはりどうにもならないトラウマはあるのだろう。

通話を切る。

見えてきた。富士山麓だ。

この間の戦いの余波が残っている。

そして、今までに感じたことがないほどの力が、吹き上がっているのも分かる。

ヘリは此処でいい。

適当な所で降ろして貰う。そういえば、愛車を山頂に置いたままか。それはまあ、羽黒の手の者にでも回収して貰えば良いか。

車の鍵を渡すと、私はヘリを降りて、大地を踏みしめる。

そして、歩き出した。

小暮が前衛でいればいいのだが。

今、小暮は全国に展開している戦力の総指揮を執っている。奴らに対する徹底的駆逐作戦を実行中で、もはや日本の何処にも奴らの残党が隠れる場所はないことを教えてやらねばならないのだ。

私は歩く。

そして、青木ヶ原の樹海に踏み込む。

目を細めたのは。

日中でもここに来ると感じられる強い怨念が、まるでないこと。これはつまるところ、此処にあった負の思念を。

誰かが吸収した、ということに他ならない。

見つける。

以前、丁度疑似原初の巨人が現れた場所。

激しく損壊した樹海の一部に。

奴は立っていた。

向こうを向いていた奴が、ゆっくり此方に振り返る。

「久しぶりだな、風祭純」

「何度か殺す好機はあったのにな。 結局なんだかんだで殺せずにいた。 だが、それも今日までだ」

「ふふふ。 今の私が、どのような力を手に入れたか、分かっているだろうに」

「龍脈の力を利用して、一神教の主神でもダウンロードしたか?」

艶然と微笑む金髪の王子。

当たらずとも遠からず、というところか。

というか、今のは敢えて外した。

此奴がダウンロードしたのは。

人々の中に存在する、アーキタイプとしての原初の怪異。怪異の始まりにして、怪異の中の怪異。

つまり、原初の巨人そのもの。

つまり、今此奴は。

人間の中で最凶の存在として、原初から怖れられ続けた。

不可思議の頂点。

闇の深淵。

世界の秘密の、怪異としての形。

はじまりをダウンロードした、という事だ。

そしてインストールも済ませている。

私はコートを脱ぎ捨てる。

「どうだね。 私と手を組まないか、風祭純」

「この状態で、私と同盟だと? 面白い事を言うな、幽霊」

「私に勝てるとでも」

「勝てるさ」

鼻を鳴らす金髪の王子。

直後に、二人は激突していた。

激突音が、遅れて樹海を蹂躙する。

金髪の王子が放ったシラットの蹴りを、私が受け止めた。それだけで、衝撃波が発生し。

周囲を蹂躙したのだ。

シラットはもともとジャングルファイトとして発展した武術だ。その蹴りは、奇襲に近い。

とにかくパワーが凄まじい上に、思わぬ角度から飛んでくる。

しかも、今は怪異を体内に取り込んで、大幅にパワーアップしている状態だ。

事前知識がなかったら。

私でも危なかっただろう。

怒濤のラッシュを捌く私だが。もはやこの時点で、違和感を覚え始めていた。

「ほう、シラットを学んだか」

「人気のある武術だからな」

「それにしても、君一人でいいのか? 流石に怪異を体内に宿した存在の実力は、知り尽くしているだろうに」

「そして本来だったら、原初の巨人なんぞ体内に入れたら、爆発する事もな」

はじき返して、距離を取る。

再び、ぶつかり合う。

108式波動タックルを、正面から受け止めに来る。数百メートルずり下がるが、それでも金髪の王子は、骨が折れる事も無く受けきった。数本、途中で木をぶち抜きもしたのだが。

流石のパワーだ。

此奴、今の段階だと。

通常兵器を用いる場合、核以外で止める手段は存在しない。

文字通り、一人軍隊とでもいうべき無茶苦茶な戦闘力を手にしている。普通の兵器では、歯が立たないだろう。

アサルトライフルにしてもスナイパーライフルにしても、多分そのままかわされる。

私は対怪異特化だから、怪異に近い存在になった此奴とまともに渡り合えているだけであって。

本当だったら、勝負にならない。

だが、怪異として見るなら。

まだ私が手に負える範疇にある。

何より、中身が何か分かっている状況だ。

「アプスだな」

「!」

「原初の巨人の一種、ティアマトの夫。 原初の巨人と対になりし存在。 故に、原初の巨人とは親和性が強い。 神々の父という特性上、体内に様々な怪異を遺伝子レベルで取り込んだあの子供達にも、言うことを聞かせられる」

「ほう……」

間合いを互いにはかりながら、会話。

私にして見れば。

やはりか、というところだ。

此奴が能力を発揮するところは、誰もが見ていない。G県警に出入りしていたのだって、あの気配を消す子供とコンビを組んでの行動だったのだろう。

それを考えると。

此奴には、怪異を統率する能力がある、と考えるのが自然だ。

そうなると、分霊体の高位神が入っているというのが、ごく当たり前の結論として出てくる。

そして、原初の巨人を受け入れられるとすれば。

それに近しい存在だろう。

ユミルやダイダラボッチには、それにふさわしい存在がいなかった。

ガイアには、夫は何体かいたが。

いずれも神話上で子を産み出すために自分で作り出した夫であって。対になるものではなかった。

アプスの場合は、原初の巨人の一種であるティアマトと一緒になって、神々と戦ったという実績が存在している。まあ早々に殺されてしまい、指揮は息子のキングーが引き継いだのだが。

故に、原初の巨人の一種であるティアマトとは相性が良い。

原初の巨人を受け入れる事も、ギリギリ可能なはずだ。

「流石と言うべきだな。 それで、どう戦うつもりだ」

「怪異の正体が割れている」

「?」

「その時点で、私に負けは無い」

金髪の王子は分かっていない。

私に敗れたのは、今までの怪異が三下だったからだと思ってでもいるのか。

いや、どうも妙な違和感があり。

それは時間とともに確実になっていた。

金髪の王子は、少し気が大きくなっているのか。それとも、自棄になっているのか、そうせせら笑うが。

私はもはや。

勝ちを確信していた。

前に出る。

金髪の王子は、構えを取って、迎撃の態勢に出るが。その時点で、もはや此奴も。劣勢を悟っているのは確実。

ひょっとして。

まあいい。

戦いが全て終わってからだ。

奴らの残党は、各地にまだ残っている。残党狩りは進めてはいるけれど、これは数年がかりの作業になるだろう。

その苦労は。

少しでも減らさなければならない。

私は、無造作に踏み出すと。

金髪の王子が繰り出してきた拳を軽く弾いて、懐に潜り込み。

それこそ、体が浮くほどの、強烈な掌底を叩き込んでやった。

罅が、入るような音。

飛び退く金髪の王子。

残像を作って、私の後ろに回り込んでくるが。それはもはや想定済み。裏拳一発。吹っ飛ばす。

そして今度は、私が頭上に躍り上がると。

拳を固めて、ガードの上から叩き込む。

ガードで阻みきれない。

吹っ飛んだ金髪の王子が、立ち上がろうとして出来ない。

憑依した怪異の正体が割れている。

その時点で。

私には勝てない。

私はそのために。

わざわざ式神から物理干渉能力を取り除いている。自分にも、幾つも縛りを設けている。

今まで苦戦してきた怪異憑依型の超人は。

どれもこれも、中身が分かっていないケース。

中身が分かっている以上。

相手がどれだけの高位神格であろうと、結果は同じだ。

残像を造りながら、左右に移動し、ラッシュを仕掛けてくる金髪の王子。だが、私はその全てを防ぎ抜く。

いずれもが、私のガードを突破出来ない。

シラットの蹴りは非常にバリエーションが多い。

それだけではない。

樹海という地形を利用して、頭上からも背後からも、木の死角からも仕掛けてくる。元々ジャングルファイトを前提とした武術なのだ。此処はまさしく、うってつけの地形なのである。

だが、その全ては。

もはや私の手の内にある。

私自身が、やり返す。

繰り出された蹴りの一つを掴むと、そのまま半回転しつつ、放り投げた。受け身を取って立ち上がった金髪の王子だが。

その時には、既に私のドロップキックが顔面に炸裂している。

かろうじてガードしたが。

そのガードごと、吹っ飛ばした。

地面で数度バウンドしながら、青木ヶ原樹海の中を吹っ飛ぶ金髪の王子。怪異の正体が分かっているだけあって、効果覿面。

もはや。

本気を出す必要もない。

通常兵器に対しては、圧倒的なアドバンテージを見せるだろう。電子機器をことごとく狂わせ。恐らく銃弾の類も全て回避。

戦車砲を、素手で受け止め、投げ返し。

下手をすると、小石を投擲して戦闘機を撃墜して見せる事だろう。

だが、怪異の正体が知れていて。そして私を前にしている。その時点で、この男は、もはや勝ちを捨てている。

「ふふ、やはりな」

「もう面倒だ。 降伏しろ」

「嫌だね」

「そうか。 ではその気になるまで殴るだけだ」

大股で歩み寄ると、金髪の王子が仕掛けてくる。拳のラッシュを弾くのでは無い。初弾を食い止めると、そのまま投げて、地面に叩き付ける。

攻防は此処まで。

勝負を付ける。

後ろから跨がると、腕を逆さにねじり上げ。そのまま捻り折った。

ぐっと、うめき声を上げる金髪の王子。

更に、経絡秘孔の一つを突く。

前のクズ女と違って、此奴にはそこまでする必要はないので、五感は奪わない。だが、内部にいる怪異は破壊する。

狙うはアプスのほう。

叩き込んだ一撃は。

アプスの力を、確実に弱めた。

更に腕をねじ折られた激痛。

普通だったら気絶していても不思議では無いが。この男は、相当な訓練を受けていたのだろう。

苦悶の表情を浮かべながらも。

それでも、意識を保っていた。この辺りは、流石と言うべきだろうか。

ただ、もはや見苦しいを通り越して、哀愁さえ感じる。

この男の意図が読めてしまっている今としては、なおさらだ。

呼吸音が響く。とても苦しそうだ。

私は大きく嘆息すると、もう止めろと言った。

「猿芝居は此処までだ。 もし全力で原初の巨人を内部に入れていたら、こんな程度では私もすまない。 全力でやりあって、青木ヶ原の樹海を粉々にしなければ戦いは終わらなかっただろうよ。 下手をすると富士山の形が変わっていたかも知れないな」

「……」

「お前の中に入っている原初の巨人は、ほんの少しだけだ。 だからこうも弱い。 幾ら私が天敵だと言ってもな」

押さえ込んだまま、淡々と告げる私。

疑問を持ったのは、少し戦った後。

確信も、得るまではそう時間も掛からなかった。

此奴はもともと、三年くらい前の私に匹敵するくらいの体術を持っていた。それが原初の巨人なんか中に入れたら、それこそ身体能力だけで私を圧倒できたはず。私も色々手札を使わなければならなかっただろう。それも全力モードで、である。こんな程度の相手であるはずが無い。

実際、疑似原初の巨人とやりあった時。

私は全力モードで、周囲を廃墟にする覚悟で戦わなければならなかった。怪異が相手にもかかわらず、である。

此奴の実力はそれにもほど遠い。

本来だったら、つまり原初の巨人を完全に体内に入れていたら。

それこそ音速で走り周り、ミサイル並みの破壊力を持つ拳を繰り出し、恐らくは指を弾くだけで戦車を吹っ飛ばして見せただろう。

跳躍するだけで戦闘機と同じ高度まで上がり。

ミサイルを掴んで投げ返すくらいのことは出来たはずだ。

それくらい、原初の巨人の力は圧倒的。

こんな程度で済むはずが無い。私も、本気を出してさえ、危なかった。勿論そのために色々備えてさえいた。

だが、である。

今の此奴は。

私が全力を出す価値も無い。

「お前は実績を作りたかったんだろう。 風祭純には勝てないから、降伏しろ、と」

「分かっていて、腕を折ったのか……」

「お前はこれくらいしておかないと、何をしでかすか分からないからな」

「ひどい奴だ。 これは過剰防衛、だ」

頭を掴むと、地面に突っ込む。

何が過剰防衛か。

前のクズ女と比べてずっとマシとは言え、此奴も闇の組織の首領だった男だ。私も世界の裏側を支配して、魔王になろうと目論む者だが。

此奴と比べられること自体反吐が出るし。

過剰防衛どころか、優しすぎるくらいだろう。

既に、原初の巨人の力は流出を始めている。

この間。

原初の神であるミジャグジが、言っていた。

力になると。

それそのものの出来事が、今起きているのだ。ミジャグジが、私を助けるために、金髪の王子の中にある原初の巨人の力を、引きずり出しているのだ。

「降伏する、という事で良いんだな」

「……どのみち組織はもはや終わりだ。 研究成果も全てくれてやる」

「廃棄する。 そんなものはな」

「……」

子供達を、殺さないことが、無条件降伏の条件だ。

金髪の王子はそう言う。

私は。大きく嘆息した。

「お前達と一緒にするな。 私は敵には容赦しないがな、これでも警官だ。 相手を無駄に殺したりはせん」

「……」

うなだれる金髪の王子。

私は、警察無線を取り出すと。

小暮につないだ。

「容疑者確保。 特殊部隊を此方に向かわせてくれ」

「随分と早かったですな」

「まあな。 相手にやる気がなかったんだよ。 早い話、塩試合をさせられた、というわけだ」

鼻を鳴らす。

まあいい。

戦いは楽な方が良いに決まっている。血湧き肉躍る戦いも良いけれど。命のやりとりとなったら、そんな事も言っていられない。

後は、周囲を警戒して、油断だけはしないように。

それだけだった。

 

2、解体

 

全ては終わった。

道明寺が来て、金髪の王子を回収していく。護衛には、佐倉がついた。油断せず、普通の犯罪者が行く場所では無い、闇のまた闇。公式には存在が発表されていない、超厳重な刑務所へと送られる。

金髪の王子には、まだ聞きたいことがいくらでもある。

だから殺しはしない。

そもそも、殺す理由もない。

あのクズ女と此奴は違う。

組織の活動も、悪辣とは言え極まっとうな武器商人としてのものだったし。人体実験も、此奴自身は出来るだけ控える用に指示を出していた事が調査で分かっている。それならば、何も殺すまでの事は無いだろう。

いずれにしても、である。

長年闇に君臨してきた組織、「奴ら」はこれにて事実上崩壊。各地で無条件降伏してくる者が相次いだ。そうで無いものも、内紛で自滅していった。降伏に関しては、金髪の王子がそうしろと言っていたのだろう。

一方内紛に関しては、それを拒否した結果起きたに違いなかった。

無論抵抗を試みる勢力もあったが。

無条件降伏を受け入れた連中が、全てを吐いた。

その甲斐もあって。

善人面してボランティア団体に入り込んでいた奴や。

福祉団体でデカイ面をしていた奴なども含めて。

奴らの関係者は、片っ端から捕らえられ。

そして、通常の刑務所ではない、特別な刑務所へと、一人残らず送られていった。

勿論、組織の規模が規模だ。

全員を捕まえるのは物理的に無理だろう。特に治安が悪い第三諸国に存在していた奴らの支部に至っては、武装組織化して、闇に潜るケースさえあった。

だが、先進国に存在していた、奴らの支部はこれにて壊滅。生き残りについては、後は狐狩りでもするように、追い立てて、狩りだしていくだけだ。

異能持つ子供達は、まとめて全員、G県警に出頭してきた。

北条達に任せて、一人ずつ対応させる。

全部で十人ほどだが。

子供達は、異形だったり。或いは、露骨に見かけと精神年齢があっていなかったり。余程のひどい境遇にさらされていたようだった。

テレビ局で見かけた、手足の異常に長い子供もいた。

カクレという名前を聞いて、私は苦笑いしてしまう。だが、その後、真顔になった。あのクズ女がつけたと聞いたからだ。

そうか。

彼奴、本当に弱者をオモチャにしか考えていなかったんだな。そう、分かってしまうと。同じ名前でも意味が違ってくる。

頭の弱い阿呆が子供にアクセサリー感覚でDQNネームをつけるのとはまた意味が違っている。

悪意を持って、子供をモノとして考え。

その全てを否定するために、適当な名前をつけたのは確実だったのだから。

いずれにしても、子供達はそれぞれ対応を変えなければならない。

超危険な能力を持っている者も、珍しくなかったからだ。

特にルナは、数日がかりで術式を施し、中にいたデュオニソスを完全に除去。

しばらくは発狂したように牢の中で暴れていたが。塩を食事から取り除き。更に金髪の王子を殺していないことを告げると、少しだけ大人しくなった。何よりこれは、能力さえ奪ってしまえばただの子供だ。

金髪の王子からのプレゼントらしいぬいぐるみを返してやると。

散々痛めつけたらしい熊のぬいぐるみを。

涙を流しながら、ルナは抱きしめるのだった。

「そんなに泣くくらいなら、最初からそんなに傷つけるな。 愚か者が」

「これは、だって」

「相手は組織の長だ。 人として振る舞わなければならないときと。 敢えて人として振る舞ってはいけない時がある。 心では分かっていたのだろう。 だったら、取り返しがつかない所まで行く前で良かったな」

勿論、このルナは、大量殺人という点で、ワールドレコードクラスだ。

能力を奪った後は。

大量虐殺をした子供、という現実だけが残っている。

後は、組織の方で面倒を見るしか無いだろう。

いずれにしても、娑婆にはもう出せない。

報復によって殺される可能性もあるし。

体には、他にも色々非人道的な処置が行われているのだ。精神の汚染も、その結果の一つだろう。

幾つか、ルナに話をしておく。

此奴は見かけより少し年を取っている事が分かる。そうなると、千人以上を殺した事についても、意識的にやっていた、という事になる。

勿論逆らうという選択肢は存在しなかっただろう。

だがそれでも、やった事がやった事だ。許されるわけがない。刑務所で一生過ごすことになるだろう。それを告げると、ルナは、ファントム様にあわせて、というのだった。

「お願い……」

「それだけは出来ないな」

「ど、どうして! 全部話したのに!」

「それはお前が、大量殺人犯で、罪を償う必要があるからだ。 ついさっきも、子供から老人まで無差別に殺そうとしただろう。 気に入らないという理由で。 お前の罰は、死刑という形では無く、事実上の終身刑という形でしか示せない。 だが、本当にお前に与えられる罰は。 一番愛する存在と、一生再会できない、という事だ」

わなわなと震え始めるルナ。

私は。牢の外側から手を伸ばしてルナの頭を掴むと、がつんと檻に引きつける。というか、叩き付ける。

もはやデュオニソスの力を失った此奴は、無力な子供だ。だが、それにしても、許せない事は絶対にある。

「お前はG県警の周辺の人間を皆殺しにしようとした。 本来は金髪の王子に、攪乱だけで良いと言われていたにもかかわらずな。 その時点で本来は死刑が確定しているんだよ、分かっているか? お前はもはや殺人ジャンキーだ。 キリングマニアだ。 だが、お前は子供だから、死刑にすることは出来ない。 しかし、お前には、死より重い罰が与えられる。 それが、この措置だと知れ」

「う、あう……」

「せめてもの情けだ。 そのぬいぐるみだけは取りあげずにおいてやる」

「ファントムさま……」

白々しく泣き始めるルナだが。

それが嘘泣きだと言う事は、同じ性別の私には即座に分かった。こういう所があるから、私も厳しくならざるを得ないのだが。それも理解出来ていないのかこのガキンチョは。

見る間に私の表情が厳しくなっていくのが分かったのか、ルナは呻いた。更に、締め付けている私の手が、ルナの脆弱な頭蓋骨をミシミシと言わせる。

悲鳴を上げるルナの至近に私は顔を近づけて。

そして、呪いの言葉を叩き込んだ。

二分の後には。

もはや完全に廃人になったルナが、牢の隅でよだれを垂れ流しながら、ぼんやりと座り込んでいるだけだった。

正確には、ゼロに戻した。

此奴の人格を徹底的に破壊して、最初から再構築するしかもうない。

もう狂気を司る能力は失っている。

だったら、最初から普通の子供としてやり直せば。

いずれ、此処から出してやることも、考えても良いかもしれない。

特別拘置施設から出てくると。

北条と愛染が待っていた。

北条は、子供達から根気強く話を聞いて。自分たちが魔女の血族と名乗っていること。どういう能力を持っていること、などをしっかり聞き出してくれていた。

愛染は子供達の面倒を見てくれていた。

他の警官達には手出しをさせず。

これだけの数の子供達を相手に出来たのは。

愛染のオツムが子供だから、というのもあるだろうが。それ以上に、根本的な所で子供に好かれる要素があるから、だろう。

「部長、全て終わった、ですか?」

「終わらんよ」

北条が、小首をかしげる。

苦笑すると、私は手帳を見せる。

「警察ってのはな、どうしても生じる犯罪に対処する立場だ。 人間ていう生き物は、どんなに法を整備しても。 どれだけの善政を敷いても。 絶対に犯罪を犯す」

だから、警察がいる。

古代よりどんな国家でも、警察は必要だった。人間は、そのリソースを生かすことで、他の生物に先んじた存在だ。

力さえ全て、等という理屈は成立しない。

もしもそんな理屈が成立するのなら。

世界で一番偉いのは、世界最強の格闘家か何かになるだろう。

或いは特殊部隊の長か何かか。

そんな馬鹿な話はない。

どれだけまともな人間が統治しても。

犯罪者は絶えない。

古い時代に歌になっているくらいである。

「今まで戦って来た「奴ら」はこれで滅びた。 首領は捕らえたし、全てを話す事も確約している。 元々あれは、子供達を生かすためだけに降伏したようなもののようだからな」

「戦いが随分あっさり終わったと聞いていますが、それが理由ですか」

「そうだ。 それに、だ。 自分を究極の兵器としたところで、今の時代は何もできんよ」

最悪の場合は。

水爆が飛んでくるだけだ。

そうなれば、どれだけ強かろうが関係無い。

一瞬で蒸発して終わりである。

「子供のため、ですか」

「そうだ。 私が彼奴の腕を折るだけで済ませたのも、それが理由だ。 勿論奴の頭脳は健在だし、重々監視の下に置かないとダメだがな」

「子供のためとはいえ、随分犠牲が出たものですね」

「世界には定期的に膿が溜まる。 だから、膿出しはしなければならない。 上手く行かなければ国が、下手をすれば文明そのものが滅ぶ。 人類が星の海に出られるかどうかは分からないが。 そうなっても私達のような仕事は無くならないだろう。 もし無くなるとすれば、その時は」

人が進化したときだ。

だが、それは本当に来るのか。

人間は、技術だけ奇形的に進化しすぎた生物だ。

もしも、奇形的に発展しすぎた技術に、人間の生物としての進化が追いつくことがあるとしたら。

それは、奇蹟としかいえない。

そして、私が知る限り。

奇蹟なんて、この世に。

ただの一度も起きていないのだ。

「一度県警本部に戻る。 お前達、ご苦労だったな」

「お疲れ様です」

「ああ。 では、帰ろう」

愛染が、愛車を準備してくれていた。

この施設の場所を知る数少ない人間になった愛染だが。まるで此処は要塞だ。テロリストの二百人や三百人なら、簡単に追い払えるほどの強力な防御が構築されている。そして此処の中には。

法では裁けないレベルの悪逆しかいない。

現在のアルカトラズである。

私は、一度だけ振り返る。

これで、本当に終わったのか。

そうだ。奴らに関しては。

もはや、奴らが再起することは無い。頭を徹底的に潰し。組織の末端に至るまで壊滅させたのだ。

金髪の王子も、此処から脱出するのは不可能。

脱獄の天才であっても、此処からは出られない。

一つだけ、あるとすれば。

時々ここに来て、金髪の王子に会わなければならないのが憂鬱、という事か。彼奴は此方を見透かしているような目を時々する。

戦っている間は別に良かったが。

もはや殺し合いをする必要がなくなった今は。

その目が、苦手だった。

愛染の車が出る。

改造をしているかどうかについては、敢えて触れない。触れても、無意味だと思うからである。

まあ、法で決められた範囲内での改造をしているとみるべきだろう。

「時に愛染」

「なんですか」

「お前、最近婚約者が出来たんだって?」

後部座席で北条が噴き出す。

おや。知らせていなかったのか。

「ど、何処で聞いたんですか」

「お前の家、私の家とずぶずぶだって忘れていないか。 今だって、風祭とつながりがあるからって理由で、周囲の魑魅魍魎どもが仕掛けてきていないんだぞ」

「それはそうですが……」

「婚約者!? どういうこと!」

いつになく慌てている北条。

まあ此奴が愛染に気があることは前から知っていたが。それにしても動揺しすぎである。こんな事ではライアーアートを生かせない。

咳払いすると、面倒くさそうに愛染は言う。

「というか、じいやが連れてきたんだよ。 しばらくは家政婦として修行して、それから婚約するとかでな」

「なんだ、手を出して婚約、にはならなかったのか」

「冗談じゃねえです」

愛染が青ざめる。

そうか、そういえば此奴。

幼い頃、家のごたごたで、人間不信になりかける所まで行ったんだったか。その時に、散々見せられたのだろう。

人間の業という奴を。

女の恐ろしさを。

今でも、女に対して強烈な苦手意識があるのを、私は知っているが。まあそれが故に、北条とデキないのだろう。

北条の方はまんざらでもなさそうなのに。

この辺りは、色々と噛み合わないものである。

二時間ほどで、県警本部に到着。

私は書類仕事が色々あるので、これで解散だ。二人はとくそうに戻る。二人がいなくなると同時に。

代わりに、如月が現れた。

「あら、お帰りですか。 もっとゆっくりしていても良かったのに」

「そうもいかないだろう。 それで、例の件は」

「ええ、調べておきましたよ」

艶然と微笑む如月。

例の件とは。

勿論、今回の、奴らの最終攻撃に乗じて、動く奴が出ないか、という確認だ。勿論潜んでいるスパイ捜しである。

案の定、何人か候補が見つかった。

後は適当に「面接」してやればいい。ちなみに式神を使って、警察内部だけではなく、市役所や他の省庁にも手を出してある。

残党狩りも、すぐに終わるだろう。

もう一つ。

如月には頼んでおいた事がある。

今回、一瞬とは言え、町中にルナが狂気をばらまいた。

その影響がどれくらいで。

悪影響が出ている場合、どの程度のダメージを受けた人間がいるか、確認して欲しい、というものだ。

如月によると、病院には、頭が痛いとか、ぼうっとするといったふんわりした症状で、患者が結構な数来ているそうだが。

重症の患者はいないそうだ。

「そうか。 それならば、後は残党狩りだけだな」

「少し寂しくなりますね」

「ん? どうしてだ」

「闇なくして光はありえない」

如月は言うが。

私は苦笑い。

「知っている筈だ。 人間ある限り、闇はなくならない」

これからも、組織は保持していく。

第二第三の奴らが現れるのは確実だからだ。だからこそに、闇に力を持つ者が必要なのである。

それと、だ。

昇進の人事を進めなければならないだろう。

丁度良い機会だ。

この機会に、警視総監にまで上がっておく。

勿論前線でこれからも戦っていきたいとは思っているのだけれど。

それはそれ、これはこれだ。

今後は、警察全体を掌握して。

奴らのような組織が現れたとき。柔軟に動き。適切に対処できるようになっていかなければならない。

警察の改革も急務だ。

完全に腐敗したキャリア制度は、ここ三年で徹底的にヤキを入れてやったが。私が警視総監になった暁には、完全に過去の遺物としてやる。

実力があり。

責任感があり。

上に立つべき人間が上に立つ。

そういう組織にすることで、組織は一気に健全化する。既にジェノサイドは済ませてあるから、あとは私が上に立つだけでいい。

改革は徹底的にやる。

私が警視総監になる日。

それはこの世界が。

私という魔王の誕生を、祝福する日でもあるのだ。

如月に告げる。

「いずれこの県警は纐纈に任せる。 彼奴は私の無茶ぶりに文句を言いながらも、よく働いてくれたからな」

「たたき上げが県警部長ですか? 時代も変わった物ですね」

「私達が変えたんだよ。 二世代でな」

私の父も、母も。

まだ、色々と忙しい。

父は大御所の位置にいるが、それでも時々出てきて助言をしてくれる。今では焼き物に凝っていて。窯に張り付いていることも多いが。戦闘力は健在で、たまに手が足りないときに、彼方此方での大規模作戦に出てきてくれる。

母は最近、奴らの勢力低下に伴って、ようやく本家に戻ってきてくれた。

母も如月同様、いわゆるアンチエイジングの類を体に施していて、それ故に非常に若々しい。

今、私が後継者にと考えている子供の世話役を白蛇王に任せているが。

白蛇王に色々と指示をして、帝王教育を円滑に進めている様子だ。

私が大御所になる頃には。

その子は白蛇王と佐倉に連れられて、各地で怪異と戦っていくことになるだろう。修羅の人生だが。

それは、普通の家庭よりも遙かに豊かな生活をしている故の責務だ。

「お前にも、色々と頼みたい事がある。 今後も頼むぞ」

「ええ、分かっていますよ」

恐らく、G県警とも、後数ヶ月でお別れだろう。

此処での仕事は、色々と興味深かった。

北条と愛染という、とても有望な若手を育てる楽しみもあった。

そして、私自身も。

ついに奴らとの決着をつける事が出来たのだから。

デスクにつくと、書類をさっさと整理する。

纐纈が書類を持ってきた。

どうやら、殺人事件らしい。

「すぐに調査に当たります。 状況次第では、部長にも声を掛けますので」

「ああ、頼むぞ」

ざっと内容に目を通すが、怪異がらみとは考えづらい。

ただの怨恨か何かによる殺人だろう。

もっとも、実際に現場に出てみると、状況が変わるケースもある。

しかしその場合は、纐纈も気付いて、知らせてくるはずだ。

さて、少しばかり作業のペースを落とすか。

今日は、決着がついためでたい日だ。

今日くらいは。

ゆっくり仕事をするのも、良いだろう。

 

3、魔王誕生

 

私はスーツを整えると。

警視庁本庁の、大講堂に出向く。

これから、警視総監就任の挨拶があるからだ。

警視総監が替わっても、あまり驚く人間はいない。というよりも、現在の日本では、警視総監が誰であるか、知っている人間の方が少ないだろう。

警察に興味がないと言うよりも。

警察上層部に興味が無い、というのが正しい。

皆考えているからだ。

無能なキャリア組の巣窟であると。

実際それは事実だった。

だから私は改革した。

組織内でも、私が警視総監になることを反対するものはいなかった。かごめは、無能なようなら自分が警視総監になると言ったが。今の時点では、警視監で満足しているようだった。

実際、かごめは警察のナンバーツーをやれるだけの実力があるし。

側で意見が違う人間にいて貰うのは、自浄作用を作り出すためにもいい。

私自身も、分かっているのだ。

私も人間だと。

ゴリラより強いと言われたりとか。

怪異に対しては魔王以上の脅威だとか。

色々あるけれど。

それでも、私は人間だ。

年老いれば、頭だって古くなる。老いは体より先に、頭に来るものなのだから。だから、私が老いておかしくなったとき。

ブレーキを掛けられる人間が必要だ。

なお。小暮は警視長に就任。

やはり、各地で警官達に戦闘訓練の実技指導を任せる。高い戦闘力と犯人を捕縛する能力は、警官には必須。

羽黒も現時点では警視長だ。

此方も、各地に張り巡らせたネットワークと。古橋ら外部から招いたり外部協力を続けてくれている優秀なハッカーを雇用してのネットワーク対策を施し。

この国の裏の情報網を一手に握る。

いずれ北条や愛染も。

此処まで上がって来て欲しい。

私の後継者には、今の時点でこれと言った人物がいない。もしも私が死んだとしたら。その場合はかごめに跡を継いでもらうしかないだろう。

警視総監の就任式はマスコミにもほぼ報道されない。

だが、警官達は。

結構見ているものだ。

私の事を知っている警官も少なくない。

昔から、疾風迅雷で知られた編纂室だ。私とかごめと、小暮と羽黒。この四人で、各地の事件を疾風迅雷で解決し。彼方此方で恩を売った。

迷宮入りしていた事件も、多数を解決していった。

だから、今でも私達に感謝している警官も多いし。

逆にヒラ刑事まで降格させられて、孤島で唖然としている元キャリアもいる。それはまだマシな方で、刑務所に放り込まれて、周囲の視線に震えている奴も少なくない。

警察の膿出しをするのにも。

随分手間が掛かったのだ。

講堂に出る。

私は歴代でも最も若い警視総監らしいが。

それはどうでもいい。

無数の視線を浴びる中、私は壇上に立ち。マイクのテストをしてから、皆に呼びかけた。

「警察とは、そも何か。 答えられるものは、この場にどれだけいるだろうか」

いきなりの質問に、戸惑う警官達。

講堂には、千五百人を超える警官が集まっている。

奥の方には、多少のマスコミもいるが。

質問などはさせるつもりは無い。

「法を守り、この社会を守る。 犯罪によって脅かされる弱者を守る。 そのいずれも正しい。 だが、決定的に必要な事がある。 それは、この社会から、犯罪が絶対に無くならないという事を、理解していなければならない、ということだ」

私にとって。

人生そのものが戦いだ。

実際問題、奴らをぶっ潰してから二年が経つが。世界では、さっそく奴らがいなくなったニッチを埋めるようにして、彼方此方で犯罪組織が勃興し始めている。奴らの残党が始めた組織もある。

日本でも同じだ。

怪異を扱った犯罪組織は、やはり複数存在しているし。

その中の幾つかとは、既に交戦もした。

金になる。

それだけで人間は、他人の人生を平気で踏みにじる。それは知っていなければならないことなのだ。

警官としては。最低限、絶対に。

人間の全てがそうではない、という反論もあるだろう。

だが、それは違っている。

人間の全てがそうなり得る。

勿論、人間をガチガチに拘束して、何もかもを制限するのは悪手だ。

我々がするのは。

いつ何処で、どのような凶悪犯罪者が出てきても、対応出来るように。即応する態勢の構築である。

「どれだけの善政をしいても、どうしても犯罪者は出る。 人を殺す奴は、どれだけ優秀な為政者の下でも出るし、詐欺も強盗も通り魔も出る。 だが、それは人間の社会そのものから産み出される。 だから我々は、常に理不尽と戦っていかなければならない。 理不尽を倒し、叩き潰すためには。 我々が、常に闇と向き合い。 闇と戦える体制の構築が必要だ」

警官達が、じっと見つめている中。

私は更に続ける。

「今後は、キャリア組偏重の体制を抜本的に見直す。 確かにキャリアは、難関で知られる国家一種試験を突破し、警察学校で教育を受けてきた者達だ。 だが彼らは、本当に有能だっただろうか。 実際には、多くの事件で現場で戦って来た警官達の足を引っ張り、被害者の無念に自分たちのエゴとプライドを優先し、学閥でコネ作りに熱心になり。 本来の職務を忘れていたものが多かった。 私はキャリアだが、最前線で常に事件と向き合い、解決してきた。 その時、一緒に戦って来た最前線の刑事達の事は、今だって忘れていない。 今後は、実力ある、責任感ある、正義感ある警官が地位を得られる仕組みに、警察を根本的に切り替えて行くことを約束しよう」

しんと黙り込んでいる講堂。

私の渾名が魔王。

それを知らない者は、この場に誰もいない。

国会議員だろうが高級官僚だろうが。

私に目をつけられたら、逃れる事は絶対に不可能。

昔から言われていた事だ。

私は犯罪者にとっての悪夢の権化。

そして私には、光の剣ではなく。

むしろ悪鬼羅刹を従える、魔王のイメージこそがふさわしいのだと。

演説を終える。

形だけの拍手を聞きながら、講堂を出る。

途中で、小暮とかごめ、羽黒が待っていた。

「先輩、お疲れ様です」

「ん。 演説に変なところはなかったか」

「いえ、立派な演説でありました」

「まあ貴方の場合、実際問題力尽くで警察の闇を改革してきた実績もあるしね。 言葉を疑っているものはいないと思うわよ」

小暮の返事に。

若干ちゃかしながらかごめが言う。

奴らを潰した後も、結局の所、即応部隊をそれぞれで抱えている事に変わりは無い。それが大きな事件を幾つも解決してきたことも。

奴らの残党は、まだしぶとく彼方此方にいるし。

いつの間にか勢力を回復して、邪悪な研究をしているケースもある。

それらを叩き潰すには。

どうしても現状の体制が必要なのだ。

そのまま皆で、小暮が最近また見つけてきた美味しい店に行く。今日はちょっと趣向がいつもと違う。

いわゆる創作料理なのだが。

店主が抜群に腕が良く。

中々に美味しいのだ。

ちなみに小暮はまだブログを続けているらしい。警察の幹部である人間が、実際の職務を隠して食レポブログをやっているというのも面白い話である。

なお、ブログに関してはかごめも同じだ。

かごめも私も、随分グッズを増やした。

だがどういうわけか、かごめはスマホをデコらない。これは最新のファッションだと思うのだが。

ううむ。何故なのだろう。

ともあれ、かごめのフォルクスワーゲンで店に。羽黒が、どこか楽しそうに言う。

「まだ外部協力者ですが、古橋さんもだいぶ人間に慣れてきたようでしてね。 最近は色々と変な話を聞かれますよ。 小暮先輩とはどうなのか、とか」

「あー、それな。 彼奴腐った話が大好きだからな……」

「腐った話?」

かごめが怪訝な顔をするが。

小暮は逆に真っ青になっていた。

私も実はそのケはないのだけれど。古橋は、以前私に助けられてから、随分長い間、私にしか心を開かなかった。

その事もあって、私には色々と趣味も明かしてくれている。

古橋はガチガチのBLファンである。要するに腐女子だ。それも重度の。

いわゆる男性同性愛系の創作が大好きなのだ。

で、実際の男性同士の人間関係にも興味津々なのだが。

私としては正直コメントに困る。

なお、小暮は古橋を大の苦手としている様子だが。

その辺りも、古橋に気に入られてしまっている理由らしい。

駐車場に停めると、ゆうかが手を振って此方に来るのが見えた。うっと思わず声が漏れてしまう。

この間。

とうとう兄者とゆうかが婚約したのだ。

ゆうかは今や、彼方此方の出版社から引っ張りだこのフリーライターだ。というのも、特ダネを嗅ぎつけてきて、すっぱ抜いてくるからで。まあ私がある程度流して良い情報をくれてやっているから、なのだが。

そういうわけで、生半可なサラリーマンより豊かな生活をしている。

兄者はうんざりしている様子だが。

まあ兎に角押し切られてしまったらしい。

此奴を義姉と呼ばなければならないと思うと、今から本当に憂鬱極まりないのだけれども。

それでも我慢しなければならないのが、大人の辛いところだ。

人見も来ている。

警察に協力している医師として多忙な時期を過ごしているが。彼女も色々あった結果、最近結婚した。

前に婚約者が悲惨な事になって。

色々と大変だったのだけれど。

それもついに吹っ切ることが出来たらしい。

まあ良い事だ。

ちなみに相手は医者では無くて、官僚でもない。

普通のサラリーマンだ。

どうも患者として出会ったところで、色々あったらしい。

いわゆる逆玉という状況らしいが、私にはあまり興味が無いし。関係もないとしかいえない。

旧編纂室メンバーが、これでとりあえず揃った。

店に入ると、既に準備もできている。

まあ、警視総監が来るのだ。

店の側も緊張するだろう。

実のところ、身分を隠して小暮も来ているのだが。それは言わないのが花だ。面倒だが、一応外は警戒しないと危ないので、店周辺には式神を展開している。佐倉や北条達も呼んでやりたかったのだが。

ちょっと遠すぎるし。

仕方が無いだろう。

それに、北条には、今大事な仕事をして貰っている。

いずれ何かしら、埋め合わせをしてやりたいところだ。

メニューを選び終え。

乾杯をした後。

かごめは言う。

「それにしても、本当にあっという間に警視総監になったわね」

「最初からそう言っていただろう」

「そうだけれども、本当過ぎるわよ」

「まあレールは念入りに敷いていたからな」

何の根拠もなく、警視総監になるなんて私も言わない。実際問題、色々と問題を片付けながら、やることはやっていたのだ。

店のテレビには、えりさ、つまり川原ミユキが映っている。

前に私が人命救助して、こっぴどく怒られた加納ユキと何かトークしている。そこで、えりさが面白い事を言い出した。

「以前、お世話になったお巡りさんが、今日警視総監になったんですよ。 今も時々話をしているんですけれど」

「そ、それって、まさか」

「加納さんを助けた人だよ」

「……」

目に見えて分かるほど、加納ユキの顔から血の気が引いていく。まだトラウマになっていたのか。

なお、加納ユキはあれからえりさが言っていた通り、トップアイドルにまで上り詰めた。

芸能界の自浄作用も少しずつだが働いてきていて。

今では、実力がまず大事。

コネだけで居座っていた、ヒット曲も出していないような「大物歌手」や、ドンを気取っているのに芸もないような老人は、次々と引退を余儀なくされている。

「ミユキちゃんって何だか不思議な人脈があるけれど、そのおまわりさんって、どんな人なの?」

「んー、犯罪者に対してはもの凄くおっかないけれど、犯罪に苦しめられる人はどんな事をしてでも助けてくれる人かな。 神様でたとえるなら、不動明王とか、毘沙門天とか、そんな感じの人ですよ」

「へえー」

司会者が、意外に博識なえりさに、言葉を濁す。

馬鹿だとでも思っていたのか。

私が色々な話をしているし。あの事件以降、えりさ自身も様々な勉強を自分でしているのだ。

引き出しは多い方が良い。

それが本人の口癖で。

私が必要な書籍などを紹介すると、せっせと時間を作って目を通し。場合によっては美術館などに足を運んで、確認までしているようだ。

以前仏像の紹介番組で、仏師がどういう経歴で、作った仏像が具体的にどういう仏なのか、解説までしていた。よどみなくすらすらと、である。しかも知識がある私から見ても、間違っている箇所は一切なかった。側で見ていた解説役の人間が、引きつった笑いを浮かべていたのが印象に残っている。

たかがアイドル、アホに決まっている。

そう決めつけていたのだろう。

それなのに、言おうとしていたこと全てを言われてしまって。もう返す言葉が無い、という顔をしていた。

ただ、えりさ自身は、年齢もあって、そろそろ若手に活躍の場を譲って、司会やドラマでの出演などに重点を移そうと考えているそうだ。

この間のメールでやりとりをしたのだが。

これも健全な芸能界を取り戻すため、だという。

腐りきっていた芸能界が、少しずつ自浄作用を取り戻しつつある事は、よそから見ていてもよく分かる。

小暮も、テレビを見て感心していた。

「世の中、良い方向に向かっておりますな」

「だが、我々が気を抜くと、あっと言う間に世の中は前に逆戻りだ。 奴らがあれだけの勢力を持っていたのは、邪悪な事にそれだけの魅力があるからに他ならない。 そして今も、第二第三の奴らが現れつつある」

警察は、ずっと。

戦い続けなければならない。

どうしても、どれだけ良い社会でも。

理不尽な犯罪者は出てくる。

そして、社会には。

それ以上の、怪異という理不尽もある。

怪異に対する理不尽である私は。

生涯現役のまま。常在戦場を貫くつもりだ。

料理が終わる。

適当に会計を済ませてから、上がる事にする。これからは更に忙しくなってくる。皆で集まる機会も減るだろう。

だが、私が警視総監になり。

事実上、この国の魔王になった以上。

あのクズ女のような輩は絶対にのさばらせない。

これからは後継者の育成や、彼方此方で湧いてくる奴らのような邪悪な連中をモグラ叩きして行く作業が必要になるが。

それも全て。

覚悟の上だ。

ふと、気付く。

酔いを覚まそうと歩いていたのだが。

怪異の気配がある。

それだけではない。死の気配もだ。このままだと、怪異によって誰かが死ぬ。

良いだろう。

酔い覚ましには丁度いい。

私は走り出す。

路地裏に飛び込むと、そこでは。

手に鎌を持ち、覆面をした恐ろしく背の高い男が。腰を抜かしてへたり込んでしまっている若い女性に、襲いかかろうとしていた。

だが、その男に。

私のドロップキックが炸裂する。

文字通り、しかも横にくの字に曲がった男が、吹っ飛び。数度地面でバウンドして転がった。

「ひいっ!」

女性が悲鳴を上げる。

手帳を見せて、警察である事を告げながら、背中に庇う。

何かしらの怪異か。

それとも怪異が入っている人間か。

どちらにしても、潰す。

手応えからすると、怪異が入っている人間だが。妙なところもある。目の前で、見る間に形状が変わっていくのだ。

下半身と上半身が、ずるりと音を立てて別れる。

そして、上半身が、這いずりながら迫ってくるのを見て、女性は目を剥くと。もはや悲鳴さえ上げられず、失神した。

上半身の正体は、人間では無かった。覆面が外れると、凄まじい形相をした女だ。

この特徴的な姿。怪異に関わった事がある者なら、誰でも知っている。

なるほど。

どうやら、何かしらの組織が関与しているらしい。

「テケテケか。 私に会ったのが運の尽きだな。 来い」

「ぎあああああああっ!」

凄まじい絶叫とともに、凄まじい勢いで迫ってくるテケテケだが。

飛びかかってくる瞬間、アッパーカットを叩き込んで、空中に浮かせ。

更に落ちてきたところを、顔面に拳を叩き込む。

向こうの塀まで吹っ飛んだテケテケは、トマトのように潰れて、そのまま浄化されていった。

しまった、ちょっとやり過ぎたか。もう少し出来るかと思ったのだが。情報を引っ張り出しておけば良かった。

下半身の方は。

これは、もう死んだ人間のものだ。

調査がいるだろう。

これはテケテケ単独でやったものではないな。

本来テケテケというのは、電車に轢かれた人間が、しばらく上半身だけで生きていた、という都市伝説から来た存在だ。

それが他の都市伝説同様。

あらゆる攻撃的な性質を付け足され。

元とは似ても似つかない凶悪な怪異となり果て。会ったらまず助からないほどの危険な存在へとなっていった。

だから私も、風祭も。他の能力者も。

みんなでせっせと一時期狩って。

殆ど生き残りはいないと思っていたのだが。

まだ生き残りがいたのか。

それに、だ。

粗雑だが、これは恐らく怪異兵器としての実験だ。

警官が来たので、すぐに状況を告げて、死体を回収させる。この場合、私が警視総監である事がプラスに働く。

「最優先で死体の身元を調べろ。 これはただの通り魔事件では無いぞ」

「分かりました」

「それにしても、警視総監初日からこれか」

思わず苦笑いしてしまう。

結局の所、私は望むと望まざるに関わらず、人界の魔王として。そしてそれ以上に、怪異を理不尽に叩き潰すものとして、生きていかなければならないらしい。

翌朝には、死体の身元が、行方不明になっていたヤクザ者である事が判明。

その事務所に乗り込み。

ついでに事務所を壊滅させて、情報を収集。

行方不明になった経緯は、ヤクザ者どもも知らなかったけれど。どうせはたけば埃が出る身だ。

ましてや風祭に目をつけられて、逆らおうなどというヤクザ者はもうこの国にもいないし。世界の大手犯罪組織にもいない。

いるとしたら。

奴らの残党や、それに類する存在だけ。

締め上げると、すぐに情報を組長が吐いた。

どうやら出来の悪い組員だったらしく。

出向という形で、貸して欲しいと言う話をされていて。それで、あまり考え無しに貸し出したら、いきなり警察に踏み込まれた、という状態らしい。

舌打ちする。

実際死体はとても新鮮な状態だった。

それこそ、怪異を無理矢理くっつけて、動くくらいには。

「彼奴が、何かしたんですか」

「死んだ」

「え……」

「とりあえず、貸し出した組織は」

海外系のマフィアだという。海外系のマフィアが来ると、だいたいの場合泥仕合になる事が多いのだが、妙に友好的で、良い関係を築いていたらしい。残念それは見かけだけ、だったということだ。

私が尋問を終えて部屋を出ると、小暮が来ていた。

「もう、こういった作業は、下の者に任せては」

「そうだな。 私ももう警視総監だ。 怪異に対して暴れるだけにしておくか」

「それについても、後継者達に任せては……」

「こればかりは、自分で決めている事だ。 父だって、老人になるまでそうしていたしな」

ただ、捜査そのものは、部下達に任せるつもりである。

相手の本拠が分かったら。

直接乗り込み、ぶっ潰すのは私がやるが。

「魔王ってのはな。 城にでーんと構えているから怖れられるんじゃないんだよ。 必要とあれば現場に出向いて、破壊と恐怖の限りを尽くすから怖れられる。 今後も風祭を敵に回すと言う事が、どういうことを意味するか。 それを思い知らせることが、犯罪の抑止力そのものになる」

「先輩、変わりませんな」

「変わらないさ。 これだけは、変わってはいけないからな」

「ならば、この不肖小暮、常に先輩の盾となりましょうぞ」

「ああ……頼むぞ」

古橋から連絡が来る。

枯れた都市伝説だったテケテケが、SNS等で目撃例が急増しているという。やはり、何かしらの組織が動き出した可能性が高い。

目撃頻出地点は、私自身が出向く。

そして、だ。

今後は、怪異とやり合える警官を、増やしていく。

そのためにも、有望な警官は、どんどん育成していかなければならないだろう。

魔王は恐怖と共にある。

だが、その恐怖は。

弱者を脅かすためのものではない。

あくまで、理不尽たる悪を怖れさせ。

退散させるためにあるものなのだ。

古い時代から、恐ろしい鬼神を祀る事によって、病魔を退散させるという手法がアジアでは良く採られた。

これは魔王信仰の最も古い形だろう。

私が目指す究極到達点はそれだ。

私は怖れられなければならない。

間もなく、羽黒のチームが、敵の拠点を確認。

驚くべき事に、G県だ。

これは偶然では無いだろう。

まだ残してある北条のアドレスに連絡を入れる。今や北条は警部に昇進。とくそうには十二名の人員が配属され。いずれもが優秀な警官だ。

普通の捜査では対応出来ない事件は、やはり今でもつきない。

とくそうは、それなりに忙しいようだった。

「此方北条です」

「久しぶりだな。 風祭だ」

「警視総監が何用ですか!?」

「これからそっちにいく。 テケテケって怪異を利用して、馬鹿をやらかしている組織がいるらしくてな。 ぶっ潰す。 お前にも手伝って貰うぞ」

テケテケについては愛染に聞け。

そう言うと、私は通話を切る。後の手続きは、向こうに行く途中に、しておけばいい。

敬礼する小暮に後を任せると。

私はヘリを使って、G県に直接飛ぶ事にする。

その途中で、攻撃部隊の準備は整える。敵は一匹たりとも逃がさない。研究の内容次第では、その場で皆殺しだ。

G県警の屋上にヘリが着地。

北条が、愛染と一緒に来る。

前に比べて、かなり立派になっているが。これはコートを着て、雰囲気を出すように心がけているからだろう。

愛染は相変わらずだ。

警部補という立場になったのに。

相も変わらずリーゼントである。

まだ若いとは言え。

そのぶれないヤンキーぶりは、ある意味すがすがしくさえあった。

北条に聞くと、ほろ苦い笑みが帰ってきた。

「元気そうで何よりだ」

「毎日訳が分からない化け物とやり合わされて、へとへとですよ。 そこの子が、怪異との直接戦闘はしてくれていますけれど」

敬礼したのは、最近スカウトした若手の能力者。

風祭関係者では無いが。かなりの凄腕だ。

奴らの組織に捕まって、人体実験を施され。能力を無理矢理引っ張り出されたという過去を持っているため。

奴らや、それに類する存在を徹底的に憎んでいる。

見た目は清楚そうな雰囲気の、綺麗な黒髪の女の子だが。これでも年齢は北条と同年代だ。

実験の影響で、見た目と年齢が一致していないのである。

あと、穏やかそうな雰囲気と裏腹に、戦闘スタイルはがちのステゴロ系で。私ほど激しくは無いが、怪異を滅茶苦茶に粉砕するという。

「それにしても、テケテケとはまた、枯れた怪異を繰り出してきたものですね……」

「ああ。 だがそれが故に厄介だ。 殺傷力が高い上に、後期の都市伝説によっては増殖するからな」

「急いで対処が必要ですね」

愛染に頷くと。

私は、すぐに出動を指示。

相手は市街地の。シャッター商店街の一角。

地下空間に、拠点を作っている。

今から殴り込みだ。

私は後ろから見ていて、死者が出そうなら介入して防ぐ。そして、私は。最後に徹底的に恐怖を叩き込むのだ。

魔王は、健在。

今も此処にいる。

そして悪しきものの前に現れて。

徹底的な懲罰を加えていく。

神は光ある所にしか存在しない。

だが、闇の中の闇には。

魔王しか踏み込めないのだ。

そして魔王でしか、懲罰出来ない悪がいる。である以上、私は生涯現役で。常在戦場であるべきなのだ。

戦いは、十五分で完了。

非人道的な実験をしていた連中は、その場で拿捕。

裏も洗わせる。

厚生省の大物がバックにいたが、関係無い。今から殴りに行くだけだ。というか、もうとっくに気付いて、海外に逃げようとしているかも知れないが。既に空港は押さえさせている。

怪異は浄化。

見つかった死体十体分ほどは、すぐに身元を洗わせる。

恐らく、身寄りのない人間や。

それともホームレス等だろう。

許しがたい悪逆だ。

羽田空港から、連絡が来る。

展開していた小暮の部隊が、黒幕になっていた厚生省の官僚を押さえたという。電話を代われと指示。

私が電話に出たことに気付いた厚生省の大物官僚は。それだけで青ざめたようだった。

「わ、私の後ろには、某国が」

「だからなんだ。 風祭に喧嘩を売ったという事が、何を意味しているか、知らないわけもないだろう。 今から全てを貴様の体に直接聞く。 その某国とやらについても、たっぷり話して貰うぞ」

「ひ……」

「以上だ。 首を洗って待っていろ」

電話を乱暴に切ると、私は後始末を指示。

ヘリで戻る事にする。

やはり、連携が上手く取れていると、解決まであっという間だ。今後も、疾風迅雷の勢いで、事件を解決していきたいものである。

そして恐怖を植え付ける。

犯罪者が、名前を聞いただけで、そのままショック死するほどの恐怖を。

私、風祭純は。

魔王だ。

 

エピローグ、ほのくらい闇の底

 

闇は尽きない。

世界の二割では戦争が行われ続け。

様々な悲劇が、泡沫のように消費されている。

人間は、そういう生き物だ。

火を手に入れてから、随分と時間は経つけれど。

未だに闇への恐れは消えない。

だから都市伝説は生まれるし。

闇そのものは、恐怖と同時に、畏怖の対象にもなる。私が、お気に入りのシロシュモクザメの抱き枕にしがみついて惰眠を貪っていると。

格好良くデコったスマホが鳴る。

何かあったな。

スマホを操作して、通信を受けると。

やはり、そうだった。

「先輩、事件であります」

「ん……今起きる」

目を擦りながら、大あくびして。歯を磨いて、目を覚ます。顔を洗って、タオルで拭いた頃には。

すっかり目も覚めていた。

此処は風祭の実家。

久々の休みだ。

だが、この様子では、休んでいる暇も無いだろう。

私が彼方此方で大暴れして、怪異という怪異を叩き潰して廻っても。それでもまだまだ、この世から邪悪はなくならない。

当たり前だ。

それが警官という仕事で。

私のあり方なのだから。

既に幼い頃から、決めている。

仕事の時だけしか、両親と一緒にいられなかった。

その頃から、もはや悟っていた、と言うべきなのだろう。私は将来、こういう仕事を続けるのだと。

「それで小暮、何が起きた」

「どうやら池袋にて、猟奇殺人が起きたようであります」

「ほう。 怪異がらみか」

「死体の損壊が激しく。 今、科捜研で調査をしていますが、ほぼ間違いないかと」

分かったと答えると、すぐに現場に出向く。

現場は、池袋の路地裏。

昔はチーマーだのカラーギャングだのが跋扈していた地域だが。今ではすっかり綺麗なものだ。

理由は簡単。

全部叩き潰したからである。

もっとも、この国の状態が良くなってきている、という理由もある。それでも暴れる奴は暴れる。

だから、潰した。

今では路地裏の治安も劇的に改善しているが。

死体が処理された後も、そこには闇があった。

辺り中に飛び散った血。

血痕は凄まじい範囲に拡がっていて。死体がどのような有様だったのかは、すぐには判断できない。

調査をしていた警官が、敬礼して来る。

羽黒の部下だ。

「警視総監、ご足労いただき、有難うございます」

「うむ。 それで状況は」

「死体は内側から爆発したようで、広範囲に飛び散っておりました。 現在死体は全て集めましたが、どうやら三十代前後の女性のようです。 今、科捜研で調査中です」

かごめがなんというだろう。

実のところ。

爆殺された人間の幽霊が、さっきから必死に私に訴えているのだが。その話を聞く限り、これは怪異がらみじゃない。

理不尽ではあるが。

ただ、嫌な予感がする。

「殺人事件なのは確実だろう。 科捜研と連携して、死体の身元割り出し、今まで何をしていたかを割り出せ。 こういうのはマニュアル通りにやれ」

「はっ」

「それでは、一度戻る」

その場を離れると、小暮に連絡。

これは怪異がらみじゃないと言うと、小暮は小首をかしげた。

途中で話を聞いているのだが。

現場から、得体が知れない姿をした者が、逃げ去ったのを、複数の人間が目撃しているらしいのだ。

それはとても人間とは思えない姿で。

まるで伝承に聞く、狼男のようだったという。

「だがな、怪異の気配は感じない。 扮装か何かだったのではないのか」

「ふむ、先輩がそういうのであれば」

「古橋に連絡して、変な都市伝説が始まっていないか確認はする。 これは単純に、トリガーかもしれない。 気を付けて、周辺の警戒に当たってくれ」

通話を切る。

今度は、本当に怪異の気配。

それも真後ろだ。

「お前か。 この事件の犯人は」

「……」

振り返ると。

その路地裏には。

闇が固まっていた。

無数の人体が重なりあったような、おぞましい姿。日本産の怪異ではないだろう。多分、言葉も通じていない。

狼男とは似ても似つかない姿だが。

此奴は何者だ。

見た事も無い怪異だ。

余程の田舎の都市伝説か。それとも、最近作り出されたものか。古橋には連絡している暇も無い。

相当に強烈な力を感じるからだ。

それも、いきなり現れた。

「カザマツリ、ジュン、ダナ」

「日本語が堪能じゃないか」

「コタエロ」

「そうだ。 それでお前は?」

聞いた事も無い名前が帰ってくる。というか、そもそも聞き取ることさえ出来なかった。此奴は、何者だ。

兄者に連絡。

今の発音を出来るだけ忠実に伝えてみるが。分からないと言われる。

調べておいてくれと伝え、通話を切る。

実力はあるようだが。

まだ私には及ばない。

例え、後ろに奇襲要員がいるとしても、だ。

不意に、後ろから繰り出される一撃。

さっとかわしながら、そのナイフのような腕を掴み、へし折る。

そして印を切ると。

一喝。

ドカンと、路地裏が崩壊するような一撃が、周囲を襲った。

背後から奇襲を掛けてきた奴は、文字通り一瞬で粉々。

更に四方にふせていた、奇襲を狙っていた連中もまた。全部まとめて、粉々に消し飛んでいた。

残るは、目の前。

無数に重なりあった、肉の塊のような奴だけである。

「で、奇襲を仕掛けてきたという事は、殺すつもり満々、という事で良いんだな」

「……」

「ならば、遠慮はせんぞ。 お前の背後にいる奴ごと、粉みじんにしてくれよう」

答えることもなく。

目の前のおぞましい肉塊が。

一気にふくれあがった。

 

警官達が駆けつけたときには。

私が全てを終わらせていた。

完全に砕け散った無数の肉片。どれもこれも腐臭を放っていて、完全に死体をつなぎ合わせて作ったものだと一目瞭然だ。

死体を回収させる。

コートに臭いがついてしまった。

これは本家のメイド達が怒るだろう。だがまあ、それは仕方が無い。

久方ぶりの、私を誘い出しての本気の襲撃。

また、何か大きな組織が出来てきた、と見て良いだろう。

いずれにしても、風祭に喧嘩を売ったのだ。

それが何を意味するかは。

思い知らせなければならないだろう。

久々の戦争だ。

「魔王に喧嘩を売ると言う事が、何を意味するか。 思い知らせてやらなければならないな」

ぼそりと呟くと。

私は敵の残骸を踏みにじる。

そして、後の処理は警官達に任せ、歩き出す。

これからも。

私の戦いは、続くのだ。

警官である限り。

魔王である限り。

 

(流行り神二次創作、理不尽の終焉、完)