巨怪立つ

 

序、爆走首都高速

 

北条が車の後ろを見て、茫然自失している。

何しろ、此処は首都高速で。

運転している愛染の高級車に、追いつかんと走ってきている老婆無数。

そう。走っているのだ。

老婆が。

なお、他の車は気にしてない様子だ。多分見えていないのだろう。私は持ってきていた水筒を開けると、北条に声を掛ける。

なお、私が助手席。

後部座席が北条だ。

「飲むか? ポカリだぞ」

「あ、あの。 それより、あれは一体……」

「マッハ婆って知ってるか?」

愛染が代わりに答える。

此奴は兄者の所で怪異を教わっていることもあり、特に近代都市伝説の怪異には非常に詳しい。

まあ、マッハ婆は有名な怪異だ。

北条も、真顔になって。

もう一度、後ろを見た。

あれが全部そうだ。

多分十人ぐらい。

いろんな服を着たマッハ婆軍団が、この車を追いかけてきているのである。

思わず頭を抱えている北条。

「サンルーフ開けられるか?」

「開けられますけど、どうするんすか」

「波動真言砲で吹っ飛ばす」

「ちょっと、もう脳が限界! ストップ! ストップ!」

北条が流石にSAN値直葬されたらしく、頭を抱えて叫ぶ。それはそうだろう。私の指示で、愛染と一緒に車に乗って。待機するように指示をしておいて。

そして、私が。

奴らの研究所に、佐倉と一緒に殴り込みを掛けた。

この間、奴らは二十七カ所の龍脈に、仕掛けをした事を此方に見せつけてきた。だから、手を出せないと思い込んでいたのだろう。

そこを、敢えてカチコミを掛ける。

研究所は十分ちょっとで壊滅。

集められていた怪異も、全部掃除した。

まあこの辺りは、この前の仕返しなのだが。

その後に、無数のマッハ婆軍団が出現して、首都高を爆走していると、連絡があったのだ。

故に後始末は佐倉と後続の編纂室に任せ。

私は北条と愛染の車に戻り。

そして、今。

こういう状況になっているのである。

恐るべき脚力で迫る婆の群れ。極めてシュールな光景だが、まあこのくらいははっきりいってどうでもいい。

もっとシュールな怪異と戦ったこともあるし。

此奴ら程度では、脅威にならないからだ。

問題は、何故にこんな怪異を奴らが首都高に放ったか、なのだが。

「今、何匹ついてきてる?」

「ざっと見たところ、十匹前後かと」

「北条、後部座席の窓開けろ」

「……」

なんでよと顔に書いた北条だが。

このくらいは分かって貰わないと困る。

窓を開けると。

そこに、びたんと張り付いてくる婆の一匹。ひいと悲鳴を上げる北条。私は、ポカリを飲み干す。

「得意のライアーアートだ。 何が目的か聞き出せ」

「ちょ、そ、その」

「怪異を吹っ飛ばすのは秒殺で出来るんだがな。 私としても、お前にも少しは経験を積んで欲しいんだよ」

なお、北条が窓を開ける寸前。

愛染にハンドサインを出して、速度を少しだけ落とさせた。

最初はサンルーフから体を乗り出して、まとめて消し飛ばしてやろうと思っていたのだが、やめた。

此処は北条にやらせる。

手を叩く。

私は、ちょっと意地が悪い笑みを浮かべていたかも知れない。

「ほら、急がないとどんどん来るぞ」

「無敵の県警部長が何とかしてくださいよ!」

「私にだけ頼っていてはいかんぞ。 それに、私だってライフル弾喰らえば死ぬからな、無敵じゃあないさ」

「本当かどうか疑わしいですっ! この間だって、ステージにクレーター作ってたし、ゴリラより強いって駄目出しされてたじゃないですか!」

そういえばそんな事言われたが、私は否定したもの。

ぎりぎりと、窓から入り込もうとしてくるマッハ婆。或いは、その眷属か。

高速道路に出現するというこの怪異は、様々な亜種が存在している。70キロ婆とか100キロ婆とか色々な細かい速度が名前についているものから。或いは、マッハとか光速とか、明らかに無茶なものまで。

どうして、こんなに亜種が生まれたのかはよく分からない。

その来歴も。

ただ、はっきりしている事がある。

実のところ、それほど有害な怪異では無い。

単に、高速道路で走っている車を追いかけてきて、併走して驚かせてくるだけの事だ。この婆軍団は、どうしてなのか明らかに殺意を持って追いかけてきているが。

「急いでくれよ。 これでも愛車なんだぞ」

「ちょっと、勝手な事言わないでよ! もう、知らないわよ!」

半ギレする北条。

まあ、最悪の場合は、私が一瞬で浄化するだけだ。ポカリの後は、弁当箱をあけて、タコさんウインナーを口に放る。

ちなみにこれ。

なんと愛染が作ってきた。

正確には、愛染の家の執事だ。

以前風祭に助けを求めて来た、年老いた忠実な執事で。今でも、愛染に弁当を毎日持たせるため、自分で作っているという。愛染は嫌がりながらも、結局毎日弁当を持ってきていて。時々北条にもお裾分けしているとか。

ちなみに料理の腕はプロ級だとか。

三段重ねのそれの。

私の分を開けて、ぱくついているのである。

なお、クーラーボックスに入れていたので、鮮度は問題ない。

こういう状況からか、愛染は兎に角食に五月蠅い。小暮の紹介してくれた店に何度か連れていったが、時々何処が良くない、と口にする事があって。それが小暮がブログに書いていた欠点とぴたり一致していたりする。この辺りは、色々と面白い。

咳払いすると。

大まじめにマッハ婆にライアーアートを仕掛ける北条。

面白い光景だが。怪異にこれがどれくらい効くのか、試しておきたい。北条はいずれ、怪異ともガチンコでやりあう経験を積んで貰わなければならないのだから。

「ええと、貴方マッハ婆さんかしら? 随分と足が速いようだけれど、どうして走るのかしら?」

「そんな事を聞いてどうする!」

「そもそも私達を襲う意味が分からない! 貴方たちが暴れていると聞いて見に来たのだけれど、何か力になれないかしら」

「何を巫山戯た事を! 我々を捕らえて、あのような狭きものに放り込んでおきながら、好き勝手を!」

ふむ。

つまりやはり捕獲していたマッハ婆軍団を、解放したか。それも、丁度手近にいた此方を動かすためだけに。

面白い。

何があるか知らないが、乗ってやるとしようじゃないか。

ただし、乗るからには。

勝負には勝たせて貰うが。

「それ、我々の仕業じゃないわ。 我々と対立している組織の仕業よ!」

「知った事か! 人間は我々を産み出しておきながら、勝手な噂をばらまき、どんどん変な属性を付け足して、凶暴に、醜悪に変えていく! そもそも我々は何だ! どうしてこのような路を走っている! 何のために産み出された! ただ娯楽のためだろうが! 動物だけに飽き足らず、ただの恐怖まで娯楽に変える人間! 許しがたし!」

「同情はするけれど、取引のチャンスもなくなるわよ!」

「ふむ?」

最後は私の声。

まさか、此奴。

北条とミラー越しに視線が合う。

ふん、ああ良いだろう。

私はしたたかに私を利用しようとする奴が嫌いじゃあない。それに何より、マッハ婆の軍団は、今追ってきているものだけでも十体以上。

此奴らを処分するのは。

それほど悪い事じゃあないだろう。

「何だ取引とは。 言ってみろ」

「簡単よ。 此方には、貴方たちを正常に戻せる専門家がいる。 貴方たちを解放は出来ないけれど、歪んだ状態から元に戻すことは出来る」

「それは、助手席に座っている女のことか」

「その通りよ!」

ふふん。鼻を鳴らす。

そして、もう一つ、タコさんウィンナーを口に放り込む。

しばらくもくもくしていたが。

北条は案外上手く怪異と交渉している。

これならば、ひょっとすると。

全て上手く行くかも知れない。

だが、そうはならない。

急に、はじき飛ばされるようにして、マッハ婆が車から離れたのである。

頭を押さえている。

そして、頭を上げたときには。

その目は、赤々と染まっていた。

「マッハ婆さん!?」

「逃げろ!」

叫んだのは、驚くべき事に、マッハ婆。

そして、他のマッハ婆軍団が速度を上げる。

愛染が舌打ちして、アクセルを踏み込んだ。

私は目を細めると、印を切る。

口の周りのケチャップをちょっと乱暴にくしくし拭ってから。五芒星に力を流し込んでいく。

「愛染、少し時間を稼げ。 式神を飛ばして、首都高全域に陣を張る」

「そんな化け物じみたことが出来るんすか!?」

「出来る」

というか、正直な話。

時間さえ掛ければ、私より格下の者でも出来る。

北条は、心配そうに後ろを見ていたが。

通じ合える寸前だったから、だろうか。

マッハ婆の事を案じているようだ。

「何とかなりませんか、風祭部長!」

「今そうしようとしているところだ。 恐らく奴らは、マッハ婆軍団に、言霊の力を流し込もうとしているところだろうな」

「そうなると、どうなるんですか」

「全部殺戮マシーンになって、首都高の車を片っ端から襲いはじめるだろうよ。 単独での戦闘力は高くないし、ただ走るだけの怪異だが。 怪異ってのはな、無害から有害に転じる場合、とんでもない変化を遂げるものなんだよ」

印を切り終え。

式神を飛ばす。

術式完成まで十二分という所か。

後はオートで、最後のスイッチだけ押せば良い。

古橋に連絡して、聞いてみる。

案の定だった。

「大手の掲示板、パンク寸前っすよ! 何かさっきから、首都高で化け物が走り回って、人間を襲いまくってるって!」

「それはブラフだ。 潰せるか」

「無理ッス無理ッス! これ多分、DDOS攻撃レベルの飽和攻撃ッスよ! とてもじゃないけど、私一人じゃ無理ッス!」

「羽黒のチームを協力させても無理そうだな」

愛染に指示。

少しスピードを落とさせる。

不安そうにした愛染だが。

時間稼ぎのためだ。

私が此処にいる婆軍団を波動真言砲で消し飛ばしても、あまり意味がない。

放たれている婆軍団は、恐らく五十、いやもっといるはずだ。それらを全部まとめて片付けないと、意味がないのだ。

「北条、時間を稼げ」

「えっ!?」

「呼びかけろ」

マッハ婆、ターボ婆などと呼ばれる怪異の源流について話す。

これらは近年になって現れた怪異だが、一説によると、霧が掛かっている高速道路を走っているとき発生する、一種のブロッケン現象が原因だとする説がある。高速道路に人影が現れるように見えるのだ。

その驚きが。

怪異を作り出した。

勿論、高速道路を走って追ってくる怪異など、無害に過ぎないし。

そのオリジンもこんなものだ。

恐ろしいのは。

人の悪意が関わった場合である。

だが、強みがあるのは。

恐らく他のマッハ婆軍団も、全部オリジンが同じである事。つまり怪異として、同種である、という事だ。

リンクしているからには。

直接呼びかければ、かなりの効果があるはずだ。

「頭を抱えて呻いているマッハ婆に呼びかけろ。 とにかく、動きを止めさせろ。 このままだと、未曾有の無差別殺戮が首都高で起きるぞ」

「分かりました! 知りませんよもう!」

式神、配置についた。

最悪の場合は、全部まとめて木っ端みじんにするが。

せっかくだ。

奴らに最悪の嫌がらせをしてやるとしようか。

佐倉に連絡を入れる。

そして、準備は整った。

北条が、必死の説得を始める。

「マッハ婆さん! 思い出して! 貴方は、霧の日に現れる、ただの無害な影に過ぎなかった! 悪意のある存在に利用されるだけで、実際には最悪でも人を驚かすだけの怪異の筈よ!」

「そ、それが、どうした! 頭の中に、殺意が流れ込んで、くる!」

見る間に、マッハ婆の形相が、凄まじい代物へと変わっていく。

口は耳まで裂け。

目は光り。

口にはずらりと、人間を食い千切れそうな牙が並んでいく。

これではもはや。

婆とは言い難い化け物だ。

古橋に、必死に噂の拡散を食い止めさせているが。相手は奴らだ。それこそ、DDOS攻撃でも仕掛けるようにして。膨大な物量作戦を展開しているのだろう。

此方の足止めのために。

大量虐殺を平然とやる奴らだ。

これくらいは、当然とやってのけるはず。

金髪の王子は既に本気になっている。

奴はいつ、終焉のボタンを押すか分からない。

だが、そんな事はさせない。

私が、絶対にさせないのだ。

「思い出して! 貴方はただの追いかけるだけのもの! 人を殺して楽しい? 人を驚かすことが、貴方の本分でしょう!」

「だ、だまれ……早く逃げろ!」

「お願い、抵抗を続けて! 専門家が、もう少しだけ待ってくれれば、対処を完了してくれるわ!」

「う、うぐ、ぐ……!」

周囲に、婆軍団が群がってくる。

凄まじい数だ。

既に二十を超えている。

愛染が顔をしかめたのは、高級車に群がってくる様子が、嫌悪感をかき立てたからだろう。

周囲の車も、運転を乱し始めている。

見え始めているのだ。

それだけ、怪異の力が強くなっているのである。

「後二分」

「分かりました。 マッハ婆さん! 貴方は、人を傷つける事を望む?」

「そんなこと、望むものか! ただ驚かせて、それだけで……」

「それならば、私を驚かせて構わないから、もう少し耐えて頂戴! もう少しで、悪意に……」

電話が鳴る。

古橋からだ。

なんと、大手のポータルサイトで、情報拡散が始まっているという。

まずい。

SNSに飛び火すると、取り返しがつかない事になる。

放たれている婆軍団が、首都高どころか、日本中に大増殖して、人間を襲いはじめる可能性もある。

その場合は仕方が無い。問答無用で、消し飛ばすしかないが。

後一分。

更におぞましい姿に変わっていくマッハ婆は。

必死の形相で、殺してくれと叫ぶ。

北条は、殺したくないと叫ぶ。

思うところがあるのか。

北条も、ライアーアートに気合いを入れた。

「貴方は罪のない怪異よ! 実際貴方に事故を起こされた人間なんて一人だっていないのよ!」

「!」

「だから、貴方を失わないで! 怪異としての誇りを思い出して!」

「う、うがああああああああっ!」

他のマッハ婆達が、皆光り始める。

よし、頃合いだろう。

術式、詠唱完了。

私は、完成した術式を、展開した。

首都高全域が、一瞬だけ、強烈な光に包まれる。

そして、その光が消えたときには。

マッハ婆達は。速度を落としながら。緩やかに姿が消えつつあった。

私の手元に、まとめて全部式神として回収する。数は七十を既に超えていた。噂の拡散で、増殖し始めていたのだ。

すぐに東京の交通管制センターに指示するよう、かごめに連絡。

首都高はしばらくスピードを落とさせた方が良いだろう。

今のでびっくりした車が、事故を起こす可能性がある。

そして、式神の一体は。

佐倉の所に送った。

「次のインターで降ろしてくれ」

「今度は、俺らも行っていいですか?」

「私も行きます」

「命がけになるぞ」

私が相手をぶっ潰すつもりだと、二人も知っている筈だ。だが、二人の決意は固そうである。

まあ仕方が無いか。

「分かった。 ただし無理はするな。 この間の双子事件での協力者、佐倉智子を拾ってから、この婆軍団を放った研究所に攻撃を仕掛ける。 現地で特殊部隊と合流後、一気に粉砕する」

さて、金髪の王子、どうでる。

私が此処で暴れている事に対し、アクションを起こしてきたと言うことは。

恐らく奴は、龍脈スイッチに手を伸ばさざるを得なくなる。

ここしばらくそれをやってこなかった、という事は。

当然何かしらの理由がある。

だが、此方が敢えて均衡を崩した。

そうなれば、向こうも動かざるを得ない。

悪辣な方法ではあるが。

そうすることで、敵にジョーカーを切らせる。ジョーカーを最悪のタイミングで切らせれば、此方の被害は計り知れない。

だが、此方の想定通りのタイミングで切らせれば。

むしろ、乗じる好機になる。

インターを降りる車。

私は、式神達の状態を確認すると。

二人に、鋭く叫ぶ。

「戦闘態勢っ! これより状況を開始する!」

「応っ!」

二人も、鋭く。

気合いを込めて、答えた。

 

1、巨神咆哮

 

既に待っていた佐倉と、夜戦装備の特殊部隊。式神化したマッハ婆が示したのは、麻布にある政府関連の研究施設。

式神を先に入れて調べているが。

内部では、特殊部隊二個小隊ほどが待ち伏せている。

面白い。

夜戦で怪異を使役する私が、特殊部隊を引き連れていることを思い知らせてやるとしようか。

「アネット!」

「はい、マスター!」

アネットが剣を振りかざす。

天狗や、佐倉が連れているオオイヌガミ。更に猿王。他の怪異達も、一斉に攻撃態勢に入る。

私は印を切り。

そして、まず最初に、収束させた爆音を叩き付けた。

「喝!」

三階建てのコンクリの建物が、揺動し。

一瞬で電気系統が崩壊した。

今ので、式神達も同時攻撃を実行。電気系統。それに、相手の夜戦装備を全滅させたのである。

「鴨撃ちだ。 目が見えない相手を、徹底的に容赦なく潰せ。 可能な限り生かして捕らえろ。 無理そうなら殺せ」

「GO!」

小暮の配下達が、突入開始。

私は遅れて、大股で敵地に踏み込む。

ニセバートリーが、あらかじめ地雷の場所は教えてくれているので、誰もひっからない。トラップも同様。

入り口を蹴破ると、内部に。

既に暗くなっている内部だが。

怪異の類はいない。

私が一喝で吹っ飛ばしたからである。

マッハ婆によると、閉じ込められていたのは此処の地下だそうだが。

既に周囲では戦闘が開始されている。

至近を銃弾が掠めるが、無視。

制圧は、一方的に進められていく。兵士の練度が違うし。何より、夜戦装備が此方は生きているのだ。

「一階クリア」

「二階交戦中。 スタングレネード使用」

「三階、突入開始」

「地下は此処か」

愛染が、無言で扉を蹴破る。

北条と頷きあうと、飛び込んだ。私は敢えてそのままにしておく。此処には死の気配はない。

ならば、大丈夫だ。

地下に降りながら、様子を確認。

地下では。

隅っこの方で、白衣の研究者達が、すくみ上がっていた。

何人か着いてきた特殊部隊の隊員達が即座に捕縛して、連れていく。話を聞くのは後で構わない。

周囲を見回す。

確かに、何か怪異を閉じ込めていたらしいもの。

そうだ、クローン雨宮を入れていた容器にそっくりなものが、並んでいた。

調べて見ると、梵字で、拘束をするための術式が書き込まれている。

なるほど、そういうことか。

PCはまだ生きているが、これは専門班に任せるべきだろう。ただ、通信回線は潰しておく。

ざっと見るが、タスクでデータを消去している様子も無い。

遅れて、羽黒の部下らしいのが来て、PCを回収していく。

だが、恐らくは。

本番はこれからだ。

ニセバートリーが。手招きしている。

壁の一角。

隠し扉だ。

此処は、少しばかりまずいな。

「北条、ライアーアートの準備」

「? まだ何かいるんですか」

「ちょっとばかり、本気でやり合う」

上は佐倉が暴れているから、そっちは任せてしまって良いだろう。問題はこの奧に、濃厚な死の気配が満ちている事。

それは私で無いと対処できない。

しかも、恐らくだ。

今まで苦労させられてきた怪異憑依型超人とみて間違いない。此奴が解き放たれると、形勢が一気に逆転する可能性がある。

久しぶりに連れてきていた児雷也が、側に見つけた。

暗証装置だ。

番号は、マッハ婆が覚えていた。

「愛染、北条をなんとしても守り切れ」

「部長は、大丈夫ですか?」

「手札は増やしているから気にするな」

暗証装置、解除。

突入。

扉を開けて、中に踊り込む。一人、ぽつんと広くて暗い部屋に立っている。一緒に突入してきた特殊部隊が、ライトを当てて。そして、小さく悲鳴を零した。

それはもはや、人の姿をしていない。

顔に無数の目があり。

だらりと垂れ下がった手の先には、鋭い爪がある。

口は耳まで裂け。

そして、言うのだった。

「私、きれい?」

「……なるほど。 元は口裂け女の研究施設だったのか。 それがこうまでもおぞましい代物を作り上げたか」

コートを投げ捨てると、上着のボタンを外す。

特殊部隊達には、下がらせる。

最悪の場合は、中にグレネードを叩き込めと指示。

そして、北条には。

戦闘中の相手に、ライアーアートで呼びかけるように。愛染には、北条を守るように。それぞれ指示。

ふうと息を吐くと。

私は、構えを取る。

「来い。 相手になってやる」

「けあああああああっ!」

鎌を手にして、上空に躍り上がる口裂け女。いや、しいて定義するならば、口裂け女改とでも言うべきか。

どんどん訳が分からない属性が付け足されていく口裂け女だが。

隣国にまで噂が広がり。

今では、もはや何が何だか分からない化け物と化している。

それを更に人間に憑依させ。

非人道的な実験を繰り返した結果。

此奴が生まれた。

しかも此奴。

入っているのは、口裂け女だけでは無い。

だから、それを割り出させる。

鎌を紙一重で交わすと、顔面に抉り込むような拳を叩き込む。直撃が入って吹っ飛ぶが、下がりながらも体勢を立て直し。更に勢いを利用して後ろに跳躍。壁、天井と順番に蹴りながら、立体的な機動を見せる口裂け女改。

左に回り込もうとしたそれを。

裏拳で吹っ飛ばす。

更に、壁に波動タックルで叩き付ける。

そのまま、壁でバウンドしたそいつに、波動真言砲を連続して叩き込みつつ、北条に叫ぶ。

今だ。やれ。

北条が、話し始める。

此処でするべきは、二つ以上入れている怪異の、連携を乱すこと。

口裂け女とはそもそもなにか。

本来は、ただ子供を脅かして、耳まで裂けた口を見せるだけの存在だったはずだ。それがどうして。

このような化け物になった。

そこから、突いていく。

「そのような姿になって、貴方も、貴方を憑依させられている人も不幸だわ。 貴方は一体、何がしたいの。 戦っていて、とても勝ち目がないことは分かっているでしょう?」

「だ、だまれ……!」

波動真言砲のラッシュを押し返そうとしてきている。

顔面に飛び膝を叩き込み。更に首を掴んで、地面に叩き付ける。だが、反撃に鎌を振るってくる辺りは流石だ。

紙一重にかわしつつ。

私は、鎌を持つ手を蹴り上げ。

鎌を放り出させた。

だが、間髪入れず、手を振るって来る。その手には、刃物と見まごうばかりの鋭い爪が備わっているのだ。

ぼこぼこと、口裂け女改の顔がふくれあがる。

北条が、更に畳みかける。

「思い出して。 貴方は元々美人という設定の筈よ。 それが、そんなおぞましい姿にさせられて、満足しているの?」

「だ、だまれ……!」

愛染が動いて。

北条に飛んでいったコンクリの欠片を、体で受け止める。

流石に呻いたようだが。

これくらいで伸びるほど柔な鍛え方はしていないか。

私が。注意をそらした口裂け女改に、ドロップキックをぶち込む。そして、息を吐きながら、百発を超えるラッシュをぶち込んだ。

なお、捕捉しておくが。

小暮は更に強くなっている。

彼奴がいたら、単独で無理矢理この化け物を制圧することも可能だろうが。

今はそのタイミングでは無い。

「ぎ、ぎあ、あああああっ!」

ぼんと、音を立ててはじき出される目玉の一つ。

それを踏みつぶして、なるほどと呟く。

正体が見えた。

口裂け女と一緒に憑依させられているのは、百目。

近年創作された怪異。

ある有名な妖怪作家によって創作された怪異で、全身に目がある肉塊と言うおぞましい姿をしている存在だ。

元々は、盗人をしていた女の手に、奪った小判が張り付き。それが無数の目になったという怪異、百々目鬼が原型では無いかとも言われているが。

創作怪異同士、相性が良かったのだろう。

そして、正体が割れた以上、これで充分だ。

印を切る。

まずいと判断したのか、叫びながら襲いかかろうとしてくる口裂け女改だが。しかし、その足が止まる。

口裂け女の部分が、抵抗しているのだ。

私は無言で歩み寄ると。

全力で拳を叩き込む。

吹っ飛んだ口裂け女改から、分離する二つの影。

一つは口裂け女。

もう一つは、肉塊。

全身に目がついている。

つまり百目だ。

元にされた人間は、恐らくただの不幸な生い立ちの人間だろう。

壁に叩き付けられると気絶して。

そのままずり落ちて、動かなくなった。

まあ、いずれにしてもこれでKOだ。

百目も、口裂け女改も、式神にして回収。嘆息する北条の肩を叩きながら、部屋を出る。代わりに、羽黒の部下が、部屋に入って、素体を回収していった。

愛染は、腹を押さえていたが。

ざっと見る限り、そこまでひどい怪我では無い様子だった。

「よし、そのまま青木ヶ原樹海に向かうぞ」

「青木ヶ原ですか? こんな時間に?」

「決着の時だ」

恐らく、これでファントムは、時間を稼いだと判断。

原初の巨人の起動に移るはず。

だが、そうはさせない。

ここから先は。

私が先手を取らせて貰う。

 

一気に東名高速を下る。

愛染には、疲れている所済まないなと声を掛けるが。愛染自身は無言だ。北条は、もう何も突っ込む気にさえならないのか。

弁当を無心に頬張っていた。

「あの、部長」

「なんだ」

「いつもこんなことしてるんですか?」

「此処まで激しく状況が動くのは久しぶりだがな」

私も弁当を食べ終える。

さて、どう敵が動く。古橋によると、既に飽和攻撃は止まった様子だ。元が断たれてしまったのだから当然だろう。

富士山麓に、佐倉も今向かっている。

場合によっては、ヘリが来るように手配もしている。

だが、妙だ。

龍脈を敵が動かしている気配がない。

何か、向こうも奇策に出たか。

連絡を念のため、G県警にも入れてみる。如月に状況を聞くためだ。如月は少し悩んだようだが、告げてくる。

「龍脈に変動はありませんね」

「ほう……」

「他の龍脈を監視している班からも連絡はありません。 やられた、という可能性は小さそうです」

「そのまま監視を続けろ」

青木ヶ原樹海は、西湖の近くにある。

インターから降りて、夜の路を走る。日本でももっとも有名な自殺スポットである其処は。

夜になると、いっそう薄暗さが増す。

と言うよりも、無数の悪霊が実際に漂っているのだ。

それが故に。

暗いと感じるのである。

樹海の麓で、車を停める。

私は目を細める。

外したか。

もし原初の巨人が姿を見せるなら、此処だ。

此処以外にはあり得ないはずだが。

遅れて、佐倉も来る。

此方はヘリで来たが。

彼女も怪訝そうに、眉をひそめた。

「純さん、何も感じないですね」

「嫌な予感がするな。 佐倉、此処に残って見張ってくれるか。 原初の巨人が起動した場合は、食い止めるだけでいい」

「分かりました」

愛染が、何だかじっと一点を見つめている。

何かあったのかと聞くと。

気になる、という。

言われて、私も気付く。

富士山麓に拡がる樹海の一点に、何かおかしな所がある。淡く光っているというのか。龍脈から、力が漏れ続けているのだ。

九頭竜に見立てたその額の部分。

原初の巨人が目覚めるにふさわしい場所。

そこから、力が漏れ続けている。

それ自体は別に構わない。確かに気になるので、足を運んでみる。そして、気付く。

力が漏れ出しているのでは無い。

吸い出されているのだ。

印を切り、蓋を閉じる。

龍脈からの力を、どれだけの時間吸い続けていたのだろう。いや、これは恐らく、量的には大した物では無いはず。

むしろ、問題なのは。

何処へ吸い上げていたか、だ。

「G県警に戻……」

周囲が揺れる。

どうやら、愛染の嫌な予感が的中した様子だ。

今の、蓋を閉じたのが原因となったか。それとも、他の理由かは分からない。いずれにしても、すっころびかける北条を、佐倉が受け止める。愛染と私は、その揺れにも耐えて、そのまま立ち続けていたが。

何が起きた。

樹海の一角が、盛り上がっている。

そして、そこから噴き出すようにして、膨大な土砂が。

液状化した土砂の中から、何かが現れる。

それは、形容しがたい存在だ。

何処か、二十七カ所の一カ所から。何か流し込んだな。私は、それを悟る。そして、失敗だったと悟った。

これは恐らく。

吸い出していたのでは無い。

制御していたのだ。

そして、制御していたのは、この何か良く分からないもの。

怪異とさえ呼べないかも知れない。

異形の存在。

そして、それは。

私が今まで見た怪異の中でも。

桁外れに大きかった。

泥を纏って地面を揺るがし、現れるそれ。

ざっと見ただけで分かる。

あれは、大量の怪異の集合体だ。

それが、何かしらの依り代をもって、この世に実体化している。だが、依り代は何だ。

ただデカイだけの怪異なら、別に波動真言砲一発でぶっ飛ばせる。

だが、この怪異が何者で。

何をベースにしているかは分からない。

それを突き止めないと、まずい。

「自衛隊に出動要請しますか」

「いや、止めておく。 恐らくはこれは、最後の実験だろう」

敵は。

金髪の王子は、恐らく私を、意図的に此処に誘き寄せた。此奴の相手をさせるために、だ。

戦略兵器として用いるつもりか。

これそのものを、巨大機動兵器とするつもりだとすれば、違う。

全長数百メートル、小さな山ほどもある巨大な影は、人型をしているが。別に全身からビームを放ったり、口から火を吐いたりとかはしそうにない。いや、したとしても、別にそれは核を超える脅威にはなり得ない。

ならば、何かの触媒か。

戦略級のICBM等として用いるのか。

いや、それはおかしい。

この間の龍脈活性を見る限り、相手は水爆以上の兵器を作りだしたとみるべきだ。こんなうすらでかいだけのでくの坊の筈がない。

いずれにしても。

龍脈を利用して力を注ぎ込み、これを作りだしたとしたら。

騒ぎになる前に、潰す必要がある。

「佐倉、二十七カ所の監視地点全てを再制圧させろ。 何処かで悪戯が行われたはずだ」

「分かりました。 すぐに」

「北条」

「はい!」

少し悩んだが。

私は指示する。

「呼びかけろ。 あれはひょっとすると、答えるかも知れない」

「え……」

「いいから早くしろ」

「無理言わないでください! さっきから! あれ、どうみても怪獣じゃないですか!」

くらっと来たのか、その場で倒れかける北条。

さっきの婆軍団といい。

百目が合体した口裂け女といい。

もうSAN値が限界近いのだろう。

だけれども、この程度の修羅場、人間社会の裏側では日常茶飯事だ。もっと醜悪で狂気に満ちた犯罪が世界中では日夜起き続け。

子供を兵士に仕立てて盾にし。

麻薬を弱者に売りつけて財を成した人間が大手を振って歩き。

タコ部屋労働で多くの人々を殺した奴が、善人面して会社の重役に居座っている。タコ部屋労働に至っては、犠牲者をトンネルの壁に塗り込めて、人柱にするような事までしていた。

現在のブラック企業と同レベルの悪辣さだ。

それでいながら、タコ部屋労働をさせていた人間は、平然と今でも居座っている。

まあ、私が今後は間引いていくが。

それでも死んだ人間は帰ってこない。

この世は地獄に極めて近い場所。

だから、それに接し続ける警官は。

強くなければならない。

「愛染、G県警に連絡。 如月を呼び出して、最大警戒に当たらせろ」

「分かりました。 それで、まさか部長、あれと戦うんすか」

「当たり前だろう」

顎が外れた様子の愛染。

だが、私は気にしない。

前に一撃でぶっ潰したアルゴスよりさらにデカイが。あれは所詮でくの坊だ。今回の奴は、ちょっと訳が違う。

龍脈から現れた、無数の怪異の集合体。

怪異が剥き出しになっているのは嬉しいが。

恐らくリアクティブアーマーの要領で、体を使い捨てながら攻撃してくることだろう。だが、それでも。

私の前には、手も足も出させない。

それに、あの無茶苦茶さ。

コアになっている何かがいる筈だ。それさえ潰してしまえば、後は一喝でどうにでもできる筈。

まずは印を切る。

凄まじい巨体だが。

それでも、臆さない。

退かない。

「喝!」

富士山を吹き飛ばす気合いで、一喝を入れる。

後ろで、愛染が北条を庇っているようだが。見ている暇が無い。愛染には、隙を見て攻撃しろと指示してあるが、途方に暮れているだろう。

どうしていいか、分からない筈だ。

一喝を入れた瞬間。

敵が、一瞬、全身を皮膜のようなもので包む。

それが、吹き飛び、剥がれ飛ぶ。

ほう。

思わず私は嗤っていた。

薄皮一枚に展開した怪異一体で、今の一喝を凌いだか。

面白い。

それならば、どんどん此方もやっていくとしようか。

全式神を展開。

弱い式神にはブーストを掛け。

アネットには、木の力を付与。木克土。それは、龍脈から現れた怪異だから、である。どうしても土の属性からは逃れられない。

雄叫びを上げる巨大怪異。

耳を塞ぐ北条が、もう自棄だと思ったのだろう。

必死に、叫び返す。

「貴方は、何者! 何をしたいの!」

突貫。

まずは108式波動タックルを叩き込む。

巨体がしなり、飛び退くと同時に破裂して、盛大に体液をぶちまけた。だが、それもすぐに修復されていく。

波動真言砲を連射。

ラッシュを浴びながらも、やはり怪異塊は迫ってくる。龍脈からの力の供給は絶っているはずだが、おかしいな。

不意に、愛染が発砲。

怪異に対して、ではない。

鼻を鳴らす。

ひょっとして、狙撃手がいたか。

いずれにしても、いい。

任せる。

何より、これだけ強烈な気がみちみちている場所だ。私の感覚は極限まで研ぎ澄まされている。

フルパワーの波動真言砲をぶち込み。

流石にずり下がった巨体に突貫。更に、108式波動タックルで押し返す。ぐらりと、揺れる敵の巨体。

その体に、拳で直接一撃。

やはりリアクティブアーマー方式で、此方の攻撃を防ぎながら耐えている。だったら。それならば。

アネットが、斬る。

連続して、剣撃を叩き込む。

他の式神達も、半数は周囲を警戒。やはりスナイパーがいる。それは、愛染に対処させるべく、協力させる。

スターライトスコープの無力化。

見える奴には、そのまま前に出たり、目をふさいだりさせて、邪魔をさせる。

巨体は、削れるべくもみえなかったが。

確実に効いている。

だが、その時。

敵が、思わぬ行動に出る。

無数の触手を伸ばすと、大地に突き刺したのである。

飛び退く私は、悟る。

なるほど、この土地に埋め込まれた無数の怨霊を、そのまま取り込んで力にするつもりか。

面倒な話だな。

「巨大ロボか何かがいたら、多少は面白そうなんだがな」

「これ以上正気がなくなりそうなこと言わないでください!」

「冗談だ」

アネットが、触手を一刀両断。私も、拳で触手を打ち砕く。奴の回りを旋回し、触手を全てぶっ潰した後。

息を吐くと、腰を落とし。

拳をラッシュで叩き込んだ。

見る間に、敵の体に巨大なへこみが出来ていく。

一撃はそれぞれ怪異を潰しながら耐えているが。それでも、この数だ。

印を切ったのは、死の気配を感じたから。

飛び退くと、北条の前に立ち、壁を展開。

ごっと、凄まじい圧力。

木々がめくれ、吹っ飛ぶ。

小石が無数に叩き付けられてくる。

舌打ち。

コートがボロボロだ。

北条は、腰を抜かしそうだが、それでも立っている。

そして生唾を飲み込むと。

更に相手に呼びかける。

「貴方は、何者!」

それでいい。

こんな姿の怪異にされて、心穏やかであるはずが無い。

私の攻撃も、通っているはずだ。

呼びかけ続ければ、その内コアが分かる。

コアさえ分かってしまえば。

それを砕いてしまえば、勝ちだ。

巨大な腕を振り下ろしてくる怪物。

私はぎりぎりと音を立てて、地面に手を突き、体をバネにすると。

跳躍。

腕を、真正面から、蹴り飛ばした。

ぐらりと揺れる怪物の巨体。

悲鳴を上げながら、始めて巨大な体が横転する。

だが、それでも触手を伸ばして、攻撃してくる。アネットが殆どを斬り伏せるが、私が残り。

愛染や北条を襲おうとした分を叩き伏せる。

そして、倒れたところに、波動真言砲を、総力でぶち込んだ。

前より私は強くなっているが。

それでもこの巨体が相手だと、少々苦しいか。

視線を感じる。

ふむ、なるほど。

やはり、北条を連れてきて正解だったな。

スマホが鳴る。

私は繰り出されてきた触手を掴むと、そのまま引きちぎりながら、簡易操作で、スピーカーモードにして出た。

相手は、佐倉だった。

「龍脈二十七カ所全てで、敵が攻勢に出ています。 現在、組織の全ての力を上げて、応戦中!」

「お前も加われ」

「しかし良いんですか!? 音だけでも、とんでもないのとやりあっているんじゃないんですか。 自衛隊でも喚んだ方が」

「良いから! 私も余裕が無いんだよ。 今度のは流石に、桁外れな怪異でな」

通話を切る。

至近に迫った、巨大なこぶし。

体を自由自在に変化できるのだ。拳を大量に作って繰り出すくらいは、お茶の子さいさいだろう。

だが、私は。

ぱんと、弾くようにして、拳をずらすと。

その下をくぐりながら、中途で跳躍。

拳を、途中からへし砕いた。

悲鳴を上げながら、また形状を変えていく巨大怪異。

至近で、もう一喝叩き込む。

それでも、やはりマニュアル通りに、薄皮で防いでくる。

だが、その瞬間には、どうしても動きが止まる。私は、突貫すると。至近距離から、再び拳のラッシュを続ける。

敵が嫌がったのか、下がるが。

前進しつつ、拳を叩き込み続ける。

だが。足を止めざるを得ない。

クレバスになっている場所に出たのだ。

足を止めると、相手が反撃に出てくる。

無数の口が生じると。

それから、巨大な火球を吹き付けてきたのである。

だが、即応。

一喝して、吹き飛ばす。

所詮はまがいものの火。

怪異でしかない存在。

だから、こうやって消し飛ばせる。

だが厄介だ。

大量の口からは、無数の舌が伸び。触手と連携して、襲いかかってくる。飽和攻撃でも気取るつもりか。

いいだろう。面白いし、受けて立ってやる。

何より、興が乗ってきた。

そろそろ本気モードで行かせて貰うか。

北条がついてきて、まだ呼びかけ続ける。少しずつ、相手が反応を示すようになって来ている。

それだけ、私の攻撃が効いている、ということだ。

ぎゅっと身を縮めると。

波動真言砲の応用で、周囲を一気に薙ぎ払う。

舌も触手も、まとめて消し飛ぶ。

敵の上に立ったアネットが、走りながら一気に敵を切り裂いた。数百メートルはある巨体だから。横一線に一撃が走り、それが大量の鮮血を噴き上げてもなお、致命傷には届かない。

だが、アネットに相手が注意を向けたときには。

今度は私が、奴の上に飛び乗っていた。

勿論数百メートル飛んだわけじゃない。

足下から登って、駆け上がったのだ。丸っこい巨体だから、それほど難しくは無かった。

下に手を突くと。

直接真言をぶち込む。

悲鳴を上げる巨体。

一気に、数十の怪異が浄化されたはずだ。

更に、電撃を叩き込む。

出力を上げていく。

千倍まで出力を上げると、流石にもがきながら、怪異の塊が、形態を変えていく。向こうも、命の危機を感じたのだろう。

既に命無きものなのに。

おかしなものだ。

跳び下がる。

私の前で、そいつは。

人型になろうとしていた。

疑似原初の巨人、とでも言うべきか。

多分富士山麓周辺は、既に大騒ぎになっている筈だが、その辺りは報道管制を敷くだけである。

人型といっても、何しろ背丈数百メートル。

非常にずんぐりとしていて、足も手も太く。

がっしりしていた。

全身に目が生じ。

背中に翼が生える。

アネットが、戻ってきた。

「さ、流石にこれは……。 マスターでも」

「この国には、見上げ入道という怪異がいてな」

「はあ」

「正体を見破れないと、際限なく巨大化する。 しかし、正体さえ見破ってしまえば、その瞬間に塵と化す」

怪異とは。

正にそういうものなのだ。

巨大なこぶしを叩き付けてくる巨人。

面白い。

これくらいでないと、私がタイマンをする意味がない。北条は、もうあたまがくっらくらしているようだが。

それでも、爆風に耐えながら、必死に相手に呼びかけている。

「もう少しだ! 相手が反応を返したら、相手を少しでも探れ!」

ふと、気付いて。

北条を突き飛ばす。

銃弾。

まだスナイパーがいるか。

愛染が対処に向かうが、今のは私を少し掠めた。舌打ちする。流石に鍛えても、銃弾だけはどうにもならない。

痛む中。

私は、降り下ろされてくる拳を、真正面から受け止める。

巨人との、拳と拳のぶつかり合い。

だが。

「おおおおおおおおおっ!」

押し返したのは、私だ。

そのまま、フルパワーの波動真言砲で、腕ごと吹っ飛ばす。

粉々になる巨人の腕だが。それは、粉々になりながら、無数の怪異に分裂していくのが、よく分かった。

周囲では交戦が続いている。

私が連れて来た特殊部隊も頑張ってくれているが。それでも取りこぼしが出る。愛染が、怪異の力を借りながら、戦ってくれているのだ。

また、至近をライフル弾が掠める。

面倒だな。

私は呻く。

また、掠ったところが、焼けるように痛い。

あの廃ビジネスホテルでの戦いを思い出す。だが、あの時とは根本的に違う。私が相手にしているのは人じゃない。

怪異だ。

勿論背後には人がいる。

それでも、怪異が相手である以上。

私は、負ける訳にはいかないのだ。

片腕を再生中の巨人が、大きく口を開ける。

口は、前後左右に開き。

巨大な大穴が、そこに出来た。

私に、その大穴は、向きを変える。

そして、巨人は。

呪詛そのものを。普通の人間でも見えるほど強烈な紫のビームとして、撃ち込んできた。

これは、常人だったら、触れたら溶ける、程度ではすまないだろう。戦略兵器としては物足りないが、戦術兵器としては充分な代物。多分巡航ミサイルくらいの火力なら出せるだろう。

だが、私なら。この程度は、脅威にならない。

印を切る。

二度。

そして、両手を拡げると。

目の前で、パンと合わせた。

「喝!」

ドンと、青木ヶ原樹海全域が揺れる。

呪詛ビームが、中途でかき消され。そして、巨人の顔面至近で、大爆発が起きる。巨人が、揺らぐ。

私は、流石に力の残量がまずいかもしれないと思いながら、突進。

敵の足に対して。

至近距離から、拳を乱打して、一気に削り取った。分厚く太い足だが、それでもラッシュを喰らえば無事では済まない。

倒れかけていた巨人が、完全に倒れる。

そして、断頭台のように、アネットが剣を降り下ろし。喉を一気に掻ききった。

人間型になれば、それだけ弱点も近くなる。

立ち上がろうとする相手の顔面近くに躍り出た私が、至近からフルパワーの波動真言砲をぶち込む。

首をへし折られるようにして、地面に叩き付けられた巨人が、苦しそうに声を上げた。

相手の体を滑り降りつつ、私は見る。

北条の呼びかけに、答え始めている部分がある。

心臓に当たる箇所だ。

「よし、北条! もう少しだ!」

ぱちゅんと音がして。

肩に鋭い痛み。

くそ、まだ狙撃手がいるか。

今のも一瞬の差でどうにか直撃は避けたが、そろそろ痛みが洒落にならなくなってきている。

巨人が再生した腕を振り回し、横殴りに私に叩き付けてくるが。

雄叫びを上げながら、私は。

その拳を、逆に殴り返していた。

富士山麓が揺れる。

少し呼吸が乱れてきたか。

此奴、本物では無いにしても。

実力は原初の巨人に迫るか、それに近い。少なくとも、それぞれの神話における最高位の悪魔や、神に匹敵すると見て良いだろう。

だが、それでも。

私は勝つ。

相手が怪異だからだ

私が倒すべき存在だからだ。

巨人が、必死に立ち上がろうとするが。

アネットが反対側に回り込んで、腕をざくざく斬って邪魔をする。私は、必死に立ち上がろうと体を揺らす巨人が、また形を変えるのを見る。

今度は、巨大な肉食恐竜のように、体を再構成していく。

ふむ、なるほど。

北条を狙って、一点突破を仕掛けるつもりか。

北条。

叫ぶ。

もう、北条は目がぐるぐるしているようだけれど。それでも、どうにか必死に相手に呼びかけを続けている。

そして、私は見つける。

敵の中枢部。

さっきは胸にあったものが。

今度は、頭に移動しつつある事を。

何の怪異だ。

これだけの巨大な怪異を統率できる存在だ。相当な高位の怪異と見て良いだろう。しかも日本の龍脈から現れている。

それはつまり。

日本の怪異、ということだ。

三大妖怪は既に滅びている。

三大怨霊も封じられている。

その中で、これだけの強大な力を持つ怪異となると。

候補は、絞られてくる。

「貴方の名前を教えて! そんな姿では苦しいでしょう! 楽になるには、名前が必要よ!」

「う、うが、あああああああ!」

「名前! 名前があれば、貴方は楽になる!」

北条の叫び。

怪獣化しつつある巨大怪異は、その形態変化の速度を鈍らせる。アネットが足をざくざく斬り続けているが、それでも形態変化そのものは停止しない。もしも肉食恐竜型になったら。

それこそ、全質量で突貫してくるだろう。

呼吸を整えながら、北条の前に戻る。

印を切り、一点突破の準備。

もう少しだ。

北条の言葉が、もう少しで届く。

「させるかっ!」

背後で愛染の声。

誰かを殴り飛ばしたらしい。闇の中、良くやってくれている。私は、印を何度も切り。最大級の技を撃ち込む準備を終える。

後は、北条次第。

「楽になりたいなら、名前を、教えて!」

「我が名は……存在せぬ。 古代より失われしもの。 新しく現れし農工の民によって、追いやられし存在。 群でありながら、一つに呼ばれ。 そして我が本当の名は、既に失われて久しい」

「そういうことか。 ミジャグジだな」

「今は、そう呼ばれて……」

勝った。

私は、跳躍すると同時に。

槍状に束ねた、波動真言砲を、一点突破でぶっ放す。

それは、もがいていた巨大恐竜の胸に突き刺さると、巨大な穴を開ける。まずは、こうして、動きを止めたところで。

走る。

また、狙撃音。

脇腹を掠める。

だが、もう痛みなど、どうでもいい。

私は楽しくて、舌なめずりしていた。

戦いもそうだが。

この状況で、此処まで粘り。ついに、ライアーアートで巨大な敵の首級を討ち取るに等しい功績を挙げた北条。

此奴は、次世代のエースの一人になり得る。

体勢を崩した、巨大な恐竜の顔面が、見る間に迫ってくる。

私は印を切って、高めておいた力を全て私自身に集結。

雄叫びを上げながら、地面を蹴った。

正体さえ分かってしまえば。

怪異は。人には勝てない。

それが邪神と言われる存在であり。

近年まで生け贄を受け続け。

各地の神社で、主神の影に隠れて祀られ続けた、もっとも古き神々の一柱。ミジャグジであっても。

「楽にしてやるぞ、ミジャグジ!」

「おお……! 頼む……! 頼む……! そなたなら……我が捕らわれし妄執と怨念を……打ち払える!」

巨大恐竜は、抵抗しなかった。

そして、私の拳が直撃すると。

全身にひびが入り。

そこから、光が漏れていく。そう、光だ。統率者であるミジャグジが、完全に浄化されて。

邪悪な神から。古代の民が信じた、素朴な神へと戻っていく。

それは、ただ狩りが上手く行くことを望み。

ただ平穏に毎日が生きられるように望んだ、ごく素朴な信仰の産物。それがやがて人という生物の手によって歪みに歪められ。生け贄を求める、巨大で邪悪な信仰の塊へと変わっていった。

おお。

ミジャグジが、再び歓喜の声を上げる。

周囲の怪異達も。

無理矢理固められたおぞましき姿から、浄化されていくことに、喜びの声を上げる。

着地。

私は、呼吸を整えながら、見る。

巨大恐竜が。

白くて翼を持つ、美しい蛇へと変わっていく有様を。

「強き者よ……ありがとう」

「一つ、聞かせて欲しい」

「何だ」

「お前は、生け贄が欲しいのか」

安らかな顔は。

そんなものはいらないと、答えていた。

それはそうだろう。

原初、信仰は素朴なものだった。それを、人間が支配のために利用するようになるにつれて、どんどん負の側面が増えていったのだ。

「私をこのように利用したのは、金髪碧眼の男だ。 気を付けろ。 奴は、恐ろしく狡猾だ」

「分かっている……」

「では、さらばだ。 私は龍の路に戻るが、いつか機会あるときには、そなたを助けようぞ……」

一瞬だけ、見える。

巨大な翼持つ蛇が、縄文人の姿に戻る所が。

その古代の民は。

満足そうに、笑っていた。

 

2、落陽

 

遠くから様子を見ていた金髪の王子ことファントムは、思わず真顔になっていた。

風祭純の実力は知っていたつもりだが。

あれだけの怪異を組み合わせて作り出した疑似原初の巨人を、本当に撃ち倒してしまうとは思っていなかった。

撤退して、他の能力者達と連携して戦うと思っていたのだが。

これは、作戦は成功したが、その反面で段取りは失敗だ。

二十七カ所に攻撃を仕掛けている部下に指示。

「撤退だ」

「は、はあ。 現時点では押していますが」

「敵が、あの疑似原初の巨人を撃ち倒した」

「! 分かりました、すぐに撤退開始します」

意味は即座に理解したのだろう。

風祭は、総反撃を開始してくる。そうなれば、各個撃破されるのは此方だ。戦力の消耗は、少しでも小さい方が良い。

側で見上げていたリセが言う。

「巻き戻す?」

「よせ。 巻き戻そうとした時間ごと引き裂かれるぞ」

ぞっとした様子で、リセが唇を引き結ぶ。

風祭純は、周囲に展開させていた特殊部隊の攻撃を受けながらも。わずか二人の部下、いや周囲に展開していた特殊部隊六人もあわせると九人だけで。あの疑似原初の巨人を撃ち倒した。

あれは恐らく、ルシファーやミカエルと互角か、それ以上の実力があったはず。それこそ、一神教の主神を喚び出したのと、同レベルの状況だったはずだ。それなのに、彼奴は真正面から打倒した。

凄まじい、という言葉だけでは足りない。

対怪異に特化していることは知っている。だがそれにしても、ものには限度がある。弱体化しているバチカンや、西欧系の能力者で、此処まで出来る奴はいない。風祭純は今や世界的に裏の世界で怖れられているが。それも当然だろう。

怪異では、あれには何をやっても勝てない。

そう、結論するしかない。

流石に相応の力を消耗した様子だが。それでも、余力を残しているのは、確実だ。

ルナが、前に出る。

「弱ってるじゃない。 私がブッ殺してこようかしら」

「ダメだ」

「どうしてよ。 周囲が全員牙を剥いたら、彼奴だって」

「一喝で、お前の能力そのものが消し飛ばされる。 あれはお前が今まで相手にしてきた三流以下とは訳が違う。 戦って勝てる相手じゃあない」

露骨な反発をルナから感じるが。

黙ることは黙った。

しかし困ったものだ。

剥き出しのリセへの対抗意識。

それにどんどん増していく残虐性。

この様子だと、独走したあげくに、好き勝手なことをし出しかねない。

ジープが来た。

攻撃に参加していた狙撃部隊は半減。どうにか逃げ延びてきた狙撃部隊と合流すると、撤退する。

各地で龍脈へ攻撃していた部隊も、撤退を開始したが。

被害は決して小さくなかったようだった。

押している、といっても。

敵は攻撃を予期して、それぞれの地点を要塞化していたのだ。攻城側の方が不利なのは、今も昔も同じ。

それは爆撃機や戦車などを使えれば話は別だが。

そんなものは流石に用意できない。

第三諸国だったら出来るが。

この国では、流石にミサイルが限界で。それをやるとなると、貴重な人材を使い捨てる事にもなる。

一旦、攻撃部隊の損害をまとめると。

敵の損害と比べて、やはりかなり大きい事が分かった。

一度本部に戻る。

実験そのものは成功したが。

この三年で。

風祭純は、更に化け物じみた実力を手に入れている。前は課題だった近接戦闘能力も、格段に向上。

今日などは。

先ほど狙撃チームに聞いたところによると、明らかに直撃弾だったものが、何度もかわされているという。

直感によるものだろうが。

それにしても、桁外れと言うほか無い。

新宿の、高層ビルの一つに入ると。

既にテレビ会議が準備されていた。

血族の子供達は同席させない。

あれらは、会議に参加させるべきでは無い。特にルナ辺りは、何をしでかすか分からないからだ。

テレビ会議の向こうで。

中東一の金持ちである男が言う。ちなみに現在、米軍に目をつけられていて、近々暗殺されるのでは無いか、という噂がある。

「結果は聞いたよ。 どうにかしてカザマツリジュンを倒さないと、今後何が起きるか分からないな」

「しかしながら、実験そのものは成功だ。 そして風祭純は一人しかいない」

「だがな……」

不安そうに言うのは、ロシアンマフィアのボス。

この男も、近年ロシアを支配している恐ろしい男に目をつけられていて、半ば逃げ込むようにファントムの配下に入った。

その資本力と人材は貴重だが。

しかしながら、今、全体的に。

組織は劣勢である。

そして、怪異兵器は順調に売れてはいるが。

その対策も早い。

顧客からは不満も出ている。

ずっと使える怪異兵器を作ってくれないか、と。そして、それに答えることは、今の時点で出来ずにいるのが現実だ。

実験場なのが日本で。

この国には風祭純がいるのが問題だ。

そもそも、八百万の神々がいるといわれるこの国で、怪異は神と極めて近しい。だからこそ、実験場として最適なのだが。

その最適な実験場に。

最悪の天敵が居座っていて。

ファントムでも排除できないのは、これもまた事実だ。

「とにかくだ。 別の九頭竜を使って、例の最終計画を起動する、と言う話で良いのだね」

「ああ。 皆にはそのまま、予定通り動いて……」

銃撃音。

テレビ会議に映っていた一人が、横殴りの射撃で殺された。

米国のニューヨークマフィアの大物だった男だが。FBIが風祭の組織と連携して、追っているという話は聞いていた。

FBIらしい乱暴なやり方だが。

それこそ、手段を選ぶつもりもなかったのだろう。

テレビ会議に割り込んできたのは。

体中に入れ墨を入れた、大柄な男だった。

元海兵隊員かも知れない。

「よう。 電話の向こうにいるな、ファントム」

「誰かな、君は」

「君ら言う所の、米国政府の犬だよ。 汚れ仕事専門のね。 米国でのお前達の組織は既に死に体だ。 これからロシア、中国、中東でも攻勢を強める。 あと三ヶ月で勝負を決めてやるからな。 覚悟しておけ」

「ふふん、そうか」

通話を切る。

この様子だと、本当に米国での組織は壊滅していると見て良いだろう。だが、此方の最終兵器についてはまだ割れていないはず。

外に出ると。

ルナが、凄惨な笑みを浮かべていた。

「リセなんかじゃなくて、私に頂戴よ、あの力」

「ダメだ」

「どうしてよ! リセなんか、あの性格で、しかも貴方を愛してもいないわ!」

「私は血族の皆を愛している。 それはお前も例外では無いよ、ルナ」

ルナは、見る間に不満そうな顔になる。

此奴は、独占欲が強すぎる。

今も、言って欲しいのは、違う言葉だったのだろう。つまり、お前だけを愛している、と。

だが、それはできない。

血族皆のために、ここまで来たのだ。

「だが、実のところ、リセに力を渡すのは止めようと考えてもいる」

「どういうことよ」

「私自身が力を受け取る」

生唾を飲み込むルナ。

私も今。

凄絶な笑みを浮かべていたはずだからだ。

「既に体術でもあらゆる他の全てでも、風祭純は私の上を行っている。 恐らくリセに力を与えても、能力ごと状況をひっくり返される可能性が高い。 それならば、可能性が一番高いのは、私自身を強化して、相討ちに持ち込むことだ」

「そんな、私だったら、あんな奴」

「お前だったら、何をしても風祭純には勝てない。 例の切り札を使ったとしても、な」

「……っ!」

わなわな震え始めるルナ。

これは、もう駄目かも知れないな。

血族を切り捨てる気は無い。だが、ルナは正直な話、狂気の血が強く出すぎてしまっている。

魔女の血族は。

その名前と裏腹に。古く一神教の者達が、兵器として運用することを想定して作り出した一族だ。

各地で捕らえた、一神教から見て「悪魔」。つまり土着の神々や怪異の類を無理矢理体内に埋め込み。

そうして作り出した半人間を更に交配させ。

最終的に、遺伝子にまで怪異を宿らせた、文字通りの怪異人間。

だからこそ、用済みになれば迫害され。

点々と各地を彷徨いながら、必死に生きてきた。

今、ファントムの力で、ようやく。実験施設に捕まり、非人道的な実験を受けていた血族の生き残りを救出するのに成功したところなのだ。

これ以上は、望んではいない。

究極的に言えば。

こんな組織は、どうでもいい。

壊れれば、また作り直せば良い。

世界を闇から管理する必要はある。

だが、ファントムがやらなくても、別に良いのだ。風祭純が同じような事を考えている事は知っている。

ならば、或いは。

いっそのこと。組織は売り渡してしまい。

風祭純の配下に収まるという選択肢も、あるのだ。

だが、それをやるのはまだ難しい。何よりも、血族の安全を確保するという最大の課題を、まだクリアできない。

此方に比べれば風祭の組織はまだ人道的だが。

それでも同じ穴の狢、

凄まじいまでの風祭純の攻撃性はファントムも何度も目にしている。それに、実際の戦闘力が、それに伴っている。

さて、次の一手は。

血族の皆を見回す。

今の時点で、救出できた者は、一人も欠けていない。

だが、どの子も、凄惨な有様だ。

いずれもが、実験によって、心も体も歪められてしまっている。

一人は頭に角のようなものが生えてしまっている。何ら意味のない器官で、あの外道女がおもしろがって人体実験させた結果だ。

別の一人は、背中に翼。

天使の力をそのまま移植したのだ。

ただ、悪魔と天使の力を両方入れたらどうなるか、という興味本位で。

それによって生じたのは、強烈な精神汚染。

今でも、あまり言語による疎通が出来ない。背丈は二十歳相当だが。知能は十歳程度しかない。

リセやルナは、見かけだけはまともだが。

得にルナは、精神の異常がひどすぎる。

戦場に投入され続け、テロリストを殺し続けたからというのもある。その際、必要のないターゲットまで散々殺し。

場合によっては、政府軍の高官まで殺してしまうケースもあった。

処理が大変だったが。

ルナは特に、皆の中でも悲惨な実験を受けて来た身でもある。心が歪んでしまっているのは、仕方が無いのかも知れない。

一方凶悪な力を持つリセは、その能力を、ファントムの指示で必死に隠してきた。組織の実権を握るまでは。

組織の実権を握ってから、やっと具体的な能力を示せるようになったけれど。

この間の、C村の事件で。

先走った馬鹿のせいで全て台無しになった。

今でも、全盛期の能力は発揮できない。

他にも何人かいる子供達は。

皆、何かしら心身に傷を受けている。

全員。

救わなければならないのだ。

テレビ会議の一つが映る。

声からして、会議には参加しないと言っていた、英国の組織メンバーだ。

部屋に戻ると、様子を確認。

「やあ幽霊。 遅れたがすまないな」

「急用があったと聞いたが」

「今終わった所だ。 そして、君に告げることがある」

「何だ」

組織を抜ける。

男は、満面の笑みで言った。

そして、映像を代わりに出してくる。

それは、組織メンバーの死体の山を、ガソリンを掛けて焼却している所だった。

なるほど、裏切ったか。

もはや組織に未来がないと判断して。

「言っておくが。 お前の悪行から考えて、お前も碌な死に方は出来ないぞ」

「そんな事は承知の上だ。 此方としては、一秒でも長く生き……」

銃撃音。

頭の上半分を吹き飛ばされ、横倒しになった男。

そして、代わりに映り込んできたのは、血まみれの、男の部下。

どう見ても致命傷を受けている。

「へっ、ざまあみやがれ……」

その男も、数秒後、乱射される銃弾によって、蜂の巣になり。映像そのものも途切れた。どうやら、もはや。

最終作戦に向けて、打つ手はほぼ残っていないようだった。

「G県における最終陽動作戦を実施後、富士山麓に移動する」

ファントムは、部屋を放棄すると。

血族の子供達に、作戦を説明した。

これで、勝負を付ける。

一発逆転が成功しなかった場合。

子供達は、風祭純に引き渡す。

そうすることしか。

もはや、血族を生かすことは、できないのだ。

 

3、不穏の風

 

全世界での、一斉攻撃開始。奴らの大半を撃滅に成功。

私の所に、その報告が来たのは。良いから病院に行くようにと皆に言われて。渋々入院して、手当を受けた直後だった。

弾が掠ったくらいだ。

確かに消耗はそれなりにしたが、そんなに大げさに騒ぐことでもないのに。

ぶちぶち文句を言う私の所に。

姿を見せたのは、小暮だった。

今回、各地において、奴らの残党狩りの指揮を執ったのは小暮だ。憶病な性格は相変わらずだが。

此奴の戦闘力は、当然肉弾戦に限れば今の私以上。

人間の究極にまで達している。

オリンピックの柔道程度だったら、余裕で金を取れる。

むしろ手加減しないと、相手を殺してしまうだろう。

「先輩、おけがの方は」

「何、文字通りのかすり傷だ。 跡も残らんよ。 やっぱり銃弾だけはどうにもならないな」

「前もそうでしたな……」

「ああ。 前は本当に死ぬかと思った」

愛染も入院している。

彼方も数日で出てこられるはずだ。

闇夜の中、式神達と連携して、奴らの狙撃手を良く叩いてくれた。

小暮は軽く状況を話す。

各地の県警に巣くっていた奴らの手先は、ほぼ壊滅。米国でも、ニューヨークマフィアの一斉摘発が行われ、その関連で奴らの組織は全滅状態。英国では、奴らの組織は内紛を起こしたあげくに自滅。

中東では。

CIAの情報から、陸軍の特殊部隊が、テロの支援をしていた中東一の金持ちと呼ばれる男を襲撃。

殺害に成功。

ロシア、中国でも。

奴らに対する攻勢が一気に強化され。

一両日中には大勢が決まるという。

政府中枢にまで巣くっていた奴らの幹部でさえ、最後はあっけない。連携するのに時間は掛かったが。

この三年、平和を享受していたわけではない。

私自身は自分を鍛え上げたし。

組織だって散々横の連携を高めた。

その成果である。

「いざ、勝負がつくとなると、脆いものですな」

「脆すぎる」

「……」

「何かまだあるぞ。 恐らくは、数日以内に。 しかも、私を引きつけるために、今私がいるG県で何か仕掛けてくるはずだ」

ファントムは切れ者だ。

部下の失態から大崩れが始まっているが。

それでも何か目論んでいるように思える。

そもそも奴は、何を考えている。

あのクズ女とは違う。

ファントムが組織を束ね始めてから。その闇としての性質は変わった。今までの、文字通り金さえあれば何をしても良い、という人間以下のクズ組織から。何か一定の目的をもった、何か別の組織へと再編された。

部下の失態がなく、後二年ほどあれば。

一気に此方に対して巻き返していたかも知れない。

目的さえ分かれば、パーフェクトゲームも可能なのだが。

それも、今となっては難しい。ファントムは文字通り幽霊のようにつかみ所がなく。今までにもこれといった情報は得られてない。

ただ、殴ったことで。

奴の中に何がいるかは分かっている。

「小暮、お前は各地に点在している奴らの残党狩りに務めてくれ。 私は今日の昼には退院して、如月と佐倉と合流し、G県での警戒強化に当たる」

「分かりました。 羽黒には指示をして、全体的な警戒強化に当たらせます。 賀茂泉警視正には、敵組織の分析を続けて貰います」

「そうしてくれるか」

「はっ」

敬礼をすると、小暮は病室を出て行った。

さて、と。

パジャマをぬぐと、さっさと着替える。スーツをまた一着ダメにしてしまったけれど。それはもういい。

必要分の投資だ。

コートを羽織ると、医者に言って退院する。

さて、次の手は。

恐らく大規模無差別テロとみた。

もしくは、それに近いものだろう。

怪異を使ってくるはずだが。

はて、どうやってくるか。

それをまず分析して、先手を打ちたい。敵が何を目論んでいるかは、もう大体見当がついたのだから。

あの龍脈兵器。

恐らくは、原初の巨人を喚び出すのは、最初の段階に過ぎない。

最終的な目標は。

究極の人間兵器を造り出す事。

何しろ、擬似的な原初の巨人でさえあれだ。

もしあれを、人間の体内に宿すことが出来れば。勿論普通だったら、そのまま破裂してしまうだろう。

だが、それが破裂しない肉体を形成できるのなら。

時間稼ぎのために、私を引きつけようと、何かしてくるはず。

私はそれを。

食い止めなければならない。

外で、北条が待っていた。

怪我はしていないから、入院はしていないのだ。小暮が手を回してくれていたのかもしれない。

「ご無事で何よりです」

「まあ、多少の怪我はしたが、それだけだ」

「信じられませんよ。 あんな大怪獣と、肉弾戦をやって勝ってしまうなんて」

「そのままだったらせり負けていたかもしれないな」

そんなつもりは無いが。

ただ、北条の支援で、戦いが楽になったのは事実だ。ライアーアートでも何でも良い。怪異は、その正体さえ暴けば、一気に弱体化する。

此奴は、或いは。

誰かしら風祭の能力者と組ませて。

怪異の正体看破に特化させれば。

最強の怪異キラーになれるかもしれない。

もっともそれには、共闘して怪異を倒せる人材が必要だ。現実的に見れば、佐倉辺りか。或いは、若手の風祭の能力者の誰かか。それとも、愛染を鍛えて、怪異に対する戦闘力を持って貰うか。

年が近い奴は何人かいる。

いずれ、見繕っておくのもありだろう。

一緒に歩きながら、これからの事を軽く話しておく。

「あの大怪獣を作り出した組織、一気に壊滅寸前にまで追い込んだ。 だが、奴らの頭はまだ死んでいない。 これから反撃に出てくるはずだ。 そのために、私を引きつけようと、G県で何かしてくるだろうな」

「何か、とは」

「恐らく無差別大規模テロだ。 ただし、爆弾や兵士を使ったものとは限らない。 私が対処できて、かかりっきりになるようなものだろうな」

実際問題。

そこまでの爆発物や戦闘要員を、もはや奴らはこの国に持ち込めないだろう。

そうなると、ファントムが連れていた子供。

気配を消す奴や、時間を巻き戻す奴。

そういった類の能力者か。

あれは怪異と一体化しているタイプの存在だった。だから、時間巻き戻しに関しては、弱体化させたが。

さて、次に何をしてくるか。

それを読み切らないと。

かなり厳しいだろう。

「愛染もすぐに退院してくる。 二人には、追って指示が来るだろう。 それまでは、警察のとくそうで通常業務に当たってくれ」

「あんな所で、出来る事なんて」

「休めって言っている。 次の戦いは、類を見ない厳しいものになる」

「!」

そういうと、北条は青ざめて。

敬礼すると、県警に戻っていった。

さて、これでいい。

後は、私が。

ちょっとばかり頑張って、敵の先手を打てば良いだけだ。

 

組織のテレビ会議に出る。

この間の大攻勢で沸き立っていたが。しかし、私は此処で釘を刺す。

「富士山麓で、奴らの最終兵器と思われる存在と交戦した事は知っているな」

「聞いたわよ。 怪獣映画みたいな有様だったらしいじゃないの」

「その通りだが、問題はその後だ」

揶揄するかごめに、咳払い。

そして、告げる。

恐らく奴らの目的は。

龍脈から力を引き出し、それを自由にすること。

前は研究が不完全だったから。いにしえの武器のレプリカを用意して、疑似核爆弾のような使い方しか出来なかった。

対策がされた今では、それももはや過去の話。

だが奴らは研究を進めていた。

そして、今。

奴らは、その力を、自在に任意の存在に流し込めるようになって来ている。

それが、この間の戦いで、はっきりした。

「疑似原初の巨人のコアになっていたのは、ミジャグジだった。 ミジャグジは知っているか」

「名前くらいしか知らないわね。 古代信仰の生き残り、だったかしら」

「そうだ。 日本神道の神々、いわゆる天津神はむしろ日本では新参で、その前に存在した信仰が実在していた。 それらは国津神と呼ばれているが。 それよりも更に前に存在したのが、ミジャグジを一とする、今では本当の名前さえ失われてしまっている古代信仰だ」

こういった、原初の巨人に性質が似ている怪異を利用したとは言え。

奴らは、原初の巨人を擬似的に再構築することに成功している。

勿論、この力を。

人間に流し込むことも可能なはず。

だが、本来は、そんな事をすれば、体が爆発してしまう。私でさえ、恐らく耐えることは出来ないだろう。

しかし、だ。

耐えられそうなケースが、一つだけ思い当たる。

「もしもそれが実現された場合、単独で一国の軍に匹敵する化け物が誕生する。 そうなると、私でも倒せるかどうかは微妙だ」

「単独で一国の軍!? 流石にご冗談を」

「冗談を言っている暇は無いんだよ、あいにくな」

FBIの長官に返すと。

私は、もう一つ咳払いした。

「恐らく奴らにもう余力は無い。 私自身の動きを止めながら、同時に富士山麓で実験を行おうとするはずだ。 それと同時に、各地で最後の攻勢を仕掛けてくるだろう」

「富士山麓に戦力を集中する?」

「いや、がら空きでいい。 私自身に向けられた奴らの主力を叩き潰し、返す刀で奴らの首領を叩き潰す」

「安全牌を取った方が良いんじゃありません?」

そう茶化すのは羽黒だが。

私は無視。

ちょっと羽黒は悲しそうだった。

というのも、だ。

今回、敵の組織はほぼ壊滅させたが。それによって、敵が致命打を受けたかというと違う。

前のクズ女の時とは違う。

今回の敵首領は、切れ者のあの金髪の幽霊だ。

敵に好機を与えず。ガチガチの守りに入らせると、隙を突いてまた勢力を伸ばし、数年後には元の木阿弥、というケースが想定される。

それならば、多少危険を冒しても、だ。

奴らの切り札を、徹底的にぶち抜いて。もはや戦う気力も起きない状況にしておかなければならないだろう。

「厳しい連戦になるわよ」

「かまわんさ」

敵の手札は大体想像がつく。

中東方面の幹部から話を聞いている。

奴らの生物兵器か何か分からないが。紛争当事国で、テロ組織を根こそぎ皆殺しにしている奴がいると。

凄まじい破壊力で、既に四桁近い人間を単独で屠っているという。

もし投入してくるとしたらそいつだ。

ただ、どれだけ実地調査しても、何が起きたのかはさっぱり分からないと言う。まあ、私が直接ぶつかれば、どんな能力だろうと一瞬でぶち抜いてやる。時間停止だろうが、時間巻き戻しだろうが、関係無い。

理不尽に対しての理不尽。

それこそが、私なのだから。

問題は能力の内容と、それをどう使ってくるか。

今のうちに、対策を練っておかなければならないだろう。

「まだしばらく総力戦態勢が続く。 皆、気を配って欲しい。 敵は瀕死の獣だが、それが故に恐ろしい」

私が立ち上がって敬礼すると。

皆、それぞれの方法で敬礼を返してきた。

テレビ会議を終える。

さて、恐らく、次が決戦になるだろう。

奴らはこれで、ほぼ壊滅する。

だが、警官という仕事は、終わることがない。第二第三の奴らだって、その内出てくるのは間違いない。

一つ、ため息をつくと。

私は、想定される敵の手について。考え始めていた。

 

4、狂気暴走

 

血族の子供達の一人。

リセの手を引いて、必死にヨミは逃げていた。

名前は日本語や、和製英語から適当に皆つけられている。気配を遮断する子供はカクレ。そして狂気そのものである彼奴はルナ。

そして、読心能力の持ち主である自分はヨミ。

作り出された命であり。

何代にも渡って交配させられ、作り出された狂気の生命体。

人ならぬ力を持ち。

碌な死に方が出来ないだろう存在。

それが、自分達だ。

ファントムの指示を受けて、ルナの支援をするように言われたのだけれど。悟ってしまった。

ルナは、この機に乗じて。

ファントムのお気に入りであるリセを殺すつもりだ。

リセの能力では、ルナの能力には相性が悪すぎる。もし頼るとしたら。あの魔王みたいな女しかいない。

ルナは追ってこない。

まとめて殺せると考えているからだろう。

山頂に出る。

県警本部が見えた。

呼吸を整えながら、リセを見る。

幼い頃から戦闘訓練ばかりさせられて、二人とも体力はある筈なのに。それでもこの山を突破するのは厳しい。

殆ど喋る事は無い。

心を読めるのだから。

「ヨミ、私、ファントム様の所に帰りたい」

「ダメだ、ルナに殺される」

「それは分かってる! でも、ルナもファントム様の言う事は聞くはず……」

「あのファントムでも、ルナを押さえきれなくなってきているのが分からなかったのか?」

そうか、分からなくても仕方が無いか。

心を読めないのだ。

人間の心は、醜悪な泥のように、ヨミには見えている。

悪意の塊。

他人をどう利用するか。

自分の興味が無い存在など、どうなろうと知った事じゃない。むしろ死ね。そんな風に考えているのが人間だ。

ルナも例外では無い。

ルナはファントムを独占することしか頭にない。そのためには、それこそ。何千何万と殺そうと、一顧だにしないだろう。

「彼処に、あの化け物がいる。 無条件降伏すれば、助けてもらえる筈だ」

「でも、そうしたら、また毎日電流を流されたり、能力を確認するために切り刻まれたり……」

「そんな事はさせない!」

というよりもだ。

ヨミは一度、風祭純を見た事がある。

その心は、凄まじいまでの黒だったけれど。

一つ、恐ろしいほどに澄んでいる部分があった。

怪異に対しては容赦しない。

敵対者に対しても容赦しない。

だが、守るべきと決めている弱者に対しては。誰よりも真摯だ。実際、無関係の子供を、体を張って守ったこともあったようだ。

そしてあれは。

民を弱者とみて。

警官としてある事を、よしとしている。

それならば、此方が弱者である事を示せば。きっと、何とかしてくれる。

もうひとがんばりだ。

リセを促して、ヨミは走る。

どうせファントムの組織に未来は無い。

それに、ファントムは。

リセはショックを受けるだろうから言わないけれど。彼奴は、恐らく。

県警本部が見えてきた。

そこで、気付く。

悪意が、G県に入った

この獰猛すぎる悪意、ルナに間違いない。

生唾を飲み込む。県警に駆け込んだところで、風祭純と直接接触しないと、どうにもならないのではないか、と思ったのだ。

だが、もはや迷っている時間はない。

今はリセの手を引いて。

走るしか無かった。

 

(続)