悪魔の双子

 

序、狂気の残り香

 

血の臭いがする。見ると、うち捨てられている小さな影があった。

子犬の死骸。

それも、首をすっぱり斬られて殺されている。無惨なものだ。確実に、これは放置しているとエスカレートしていくばかりだろう。

私は、あの謎精神病院から大急ぎで車を飛ばしてきたのだけれど。ド級怪異の気配は既に消えており。

その代わりに、残り香が染みついた、哀れな亡骸だけが残されていた。

ふんと、鼻を鳴らす。

保健所に連絡して、死体を取りに来て貰おうかと思ったが。その前に、する事がある。式神であるワルキューレのアネットに周囲を見張らせながら、私は印を切ると、犬の死骸に宿った邪気を分析する。

なるほど、やはり堕天使。

それも相当に高位の奴だ。

一神教、特にキリスト教では、堕天使という概念がある。

これは神に仕える御使いである天使が、何らかの理由で堕落して神に反旗を翻した存在である。

かのルシファーはその筆頭であり。

一説によると、ルシファーとともに天使の九割が堕天した、などというものまである。

もっとも、神学は言った者勝ちの世界だ。

神の絶対性を示すためか。

どんどんその割合は後世になるほど落ちていったようだが。

いずれにしても、人の言霊が怪異を作り出す。

西洋では、悪魔というと、現在では相当に邪悪なものだけを指す。古き時代はそこまでではなかったのだが。近代のキリスト教における解釈が、邪悪の権化であるからだ。この影響もあって、現在西洋で怪異としての悪魔と接触することは、かなりのリスクを伴う事になる。

危険なのだ。

東洋の怪異でも危険な存在は多いが、西洋の悪魔、特に高位の堕天使となってくると、下手な対怪異能力者では勝てない。

性格もどんどん後代になればなるほど邪悪になって来ていて。

古き時代の聖人の中には、悪魔を使役していたという話もあるのに。今では邪悪そのものという印象を持つ人も多い。

それが故に悪魔の力は強い。

日本でも知名度が高いため、堕天使の力量は相当なものだ。

天使と同じようなもので。

知られていると、怪異は力を伸ばす傾向がある。

あのクズ女。

奴らの筆頭が怖れられていたのは、天使達を従えていたから。

同様の存在のダークサイドである堕天使が現れると言うのは。

それだけ、危険な事態なのである。

まあ、良く悪魔を知らないアホが喚び出した結果、クソザコと化したあくまかっこわらいのようなのもいるが。

黒魔術をしっかり学んだ奴が喚んだ悪魔と。適当な知識で喚んだあくま(笑)は、別物と考えるべきなので、一緒にするべきでは無い。

「どうします、マスター。 貴方くらいにしか手に負えない相手です」

「そうだな。 だが、この様子だと、生け贄が子犬だったこともあって、召喚は不十分だった可能性が高いな」

多分、堕天使が顕現したのは一瞬だけ。

契約を結ぶ事さえ出来なかった可能性が高い。

だが、これで馬鹿な儀式をした奴は学習したはずだ。

すぐに対応しないと。

生け贄はエスカレートする。

その内、人間を生け贄に使おうと考えるはずだ。そうなると、確実に高位の堕天使がこの世に顕現し。

十人単位で人が死ぬ事になるだろう。

風祭の精鋭でも、堕天使。それも高位のが相手になってくると、相当に厳しい。佐倉なら勝てるだろう、という次元の相手だ。

儀式そのものを止めないと確実に死人が出る。

私は少し考え込んだ後。

小暮に連絡を入れる。

小暮は食事中だったらしいのだけれど。すぐに電話に出てくれた。

「すまんな、夜遅くに」

「どうしました。 こんな時間に掛けてくるという事は、相当な状況ですか」

「ああ。 恐らく、私でないと対処できないレベルの弩級怪異を呼び出そうとしている馬鹿がG県に出た。 私は痕跡を今晩探すが、明日になったらあの二人に、協力するよう連絡を入れてくれるか」

「分かりました。 先輩、無理をなさらずに」

分かっていると答えると、電話を切る。

小暮はすぐに他の作業も手配してくれるだろう。

病室の護衛任務から抜けた佐倉にも、連絡を入れておく。護衛任務が終わってそうそうで申し訳ないが。

多分風祭でも、高位堕天使と互角以上にやり合えるのは私と佐倉だけ。まさか無いとは思うが、ルシファーでも呼び出されでもしたら、私が全力で相手をしないと叩き潰せないだろう。分霊体でもだ。

佐倉も、急を知って、すぐに駆けつけてくれる事になった。

あの金髪王子が後ろで糸を引いているのか。

いや、流石に考えにくい。

大駒を連続で投入して疲弊させるのが狙いだとしても、今回のはちょっとばかり手に余るはずだ。

というか、もし高位堕天使を本気で使役できるとなると、始祖の巨人に手を出す必要さえない。

ぶっちゃけ、ちょっとやそっとの軍なら、蹂躙できる戦力だ。

恐らく関係はない。

そう私は見た。

つまり金髪王子にとってのラッキーイベントという訳か。まったく頭に来る。色々この世は上手く行かないものだ。一瞬あのイケメンが、箱から伸びた蔓を伝って雲の上に行き、コインを集めまくっている絵面を想像してしまったが。まあそれは何かの天啓とかだろう。よく分からん。

いずれにしても、まずはこの事態に対処しなければならない。

しばらく周囲に式神を放って調査。

気配を上手に消しながら犯人は逃げたようだが、どうしても粗さが目立つ。というよりも、子犬の死骸に残った魔術の気配が単純に粗い。

恐らく、犯人は子供。

それも十代後半までの、何かしらこじらせている子供だろう。

悪魔を召喚すると、願い事を叶えてくれるという話もある。勿論強烈な対価を要求されるのだが。

黒魔術が西洋で一時流行した所以だ。

佐倉が来る。

病院で見たままの格好だ。戦闘力に自信がついてきたからか、かなり髪は伸ばしているが。それでも雰囲気はボーイッシュである。

「遅くなりました。 それで、状況は」

「悪魔召喚をやろうとした馬鹿がいる。 今回は生け贄が子犬で済んだが、すぐに人間に手を出すはずだ」

「!」

「しかも気配からして、高位の堕天使を一瞬だけでも召喚できている。 恐らくは未成年、小学生は流石にあり得ないだろうから、中学生から高校生だと見て良い。 これから手分けして探すぞ。 もし見つけたら、すぐに私に知らせろ」

頷きあうと、左右に散る。

その間も私は、羽黒の部隊。それに古橋に連絡を入れて、調べさせる。羽黒にはまっとうな調査をさせるが。

古橋には、学校の裏サイトを探させる。

「裏サイトっすか」

「すまんな。 いいイメージが無いだろう」

「いいえ、潰しまくってやりましたし」

「……そうか」

古橋の話によると、多少のセキュリティを施した一種の会員制になると、人間は非常に油断しやすくなるらしい。

そこで、ハッキングしてやると、出るわ出るわ。

普段は良い子面している奴が、万引きを自慢していたり。

どうイジメを行うか、嬉々として相談していたり。

勿論全て暴露してやった。

自分から口にするようなことはしない。

データが全部ネットで閲覧できるようにして。しかも実名が分かるようにした状態で、大手の掲示板サイトに晒してやったそうである。

結果万引き生徒は補導。

イジメを行う相談をしていた連中は、まとめて他の学校の不良生徒に絡まれて、滅茶苦茶に殴られて、それ以降は学校に来なくなったとか。

まあ完全に自業自得なので、私は何も言わない。

将来の犯罪者を未然に潰せたという意味では、むしろ社会に有益だろう。

「G県は学生も多く無いですし、裏サイトの数だって。 調べるなら、すぐにでもいけるっすよ」

「頼もしいな。 ではすぐに頼む。 夜遅くに済まないな」

「いいや、風祭さんのためならこのくらい何でもないっすよ。 私がどうにもならない所を救って貰ったし、今ではこんな世界のためになる仕事まで貰ってる。 もう、感謝の言葉も無いッスから」

そう、古橋は。

心の底から嬉しそうに言う。

まあたまにモロ犯罪でやりたい放題やり過ぎる事はあるが。

その辺りは、私がやれと指示した場合だけ。

私も、多少の違法捜査が仕方が無い場合もある事は知っている。こればかりは、現行法が完璧ではない以上仕方が無い。

夜闇の街を走る。

ふと、空気が。

凍り付くような感触が襲ってきた。

誰かが見ている。

それも極めて邪な誰かが。

周囲を見回す。

私が視線の主を発見できない。

周囲の式神と特殊部隊に連絡するが、怪しいものは見つけられないという。もし、そうだとすると。

ちょっとばかりまずいかも知れない。

怪異にしろ人間にしろ。

既に人間を超越し始めているかも知れないのだから。

 

式神を街全域に展開しつつ、朝方まで調べる。

恐らく敵も夜通し行動していたはずだが、結局尻尾は掴めなかった。拠点にしているマンションに戻ると、シャワーを浴びる。

ぼんやりしながら、昨晩の状況を再整理するが。

どうにもおかしい。

体を拭いて外に出ると、捜査一課の纐纈から連絡が来た。

此奴にも、昨日のうちに連絡を入れておいたのだ。

「おはようございます、部長。 朝早くから済みません」

「いや、此方こそ昨晩は急に済まなかったな。 代休手当は適当な所で申請を入れておいてくれ」

「分かりました。 本題に入りますが、この近辺では、やはり少し前から動物の惨殺死体が見つかっています。 最初は小鳥などでしたが、どんどん動物として大きなものが殺されているようです」

「やはりな」

典型的なシリアルキラーのパターンだ。

小さな動物から始めて。

やがて人間に至る。

殆ど例外はない。

殺す楽しみを覚えた人間は、最低最悪の獣と化す。

戦闘力で言うと、人肉を覚えた猛獣などの方がタチが悪い。しかし、人間には知恵と言うものが他の動物とは比較にならないレベルで備わっている。

これが凶悪だ。

しかもシリアルキラーになるタイプの人間は、どうしてか知能が高いケースが多い。

警察が苦労するわけである。

その上今回は未成年が犯人の可能性が極めて高い。

というよりも。

動物を未成年の内に殺す趣味を覚え。

親がそれを止められない場合。

殆どの場合、暴走が徹底的なレベルにまで至る。

幾つかの発見例を確認。

今回の子犬は、紀州犬だったことも既に分かっているが。こうなると、次は猫か成犬辺りが狙われるはずだ。

だが、捜査一課はまだこの被害では動けないだろう。

私と、北条と愛染。

この三人でやるしかない。

「捜査一課は、いつでも動ける準備をしていてくれ。 どうにも大きな事件になる可能性が高い気がする」

「了解しました。 部長も少しはご休憩を」

「分かっているさ」

通話を切ると。

今度は小暮からだ。

二人に伝えたという。二人はさっそく出て、動物を殺して廻っている何者かを探し始めた様子だ。

特に愛染は凄く怒っているそうである。

「物言わぬ動物を虐殺するような外道は、俺が許さんって声が、電話の向こうまで聞こえてきました。 誇り高い青年でありますな」

「結構な話だ」

「あの二人は、なかなか良いコンビになりそうで安心しております。 先輩も、良くしてやってください」

「分かっているさ」

アネットに言って、軽く仮眠を取ることにする。

シリアルキラーも、此方の行動には気付いている筈だ。つまり、夜通し備えていた可能性が高い。

つまり寝るなら今だ。

少しだけ仮眠を取るだけでも。

結構違うものなのである。

ソファに腰掛けると、二時間ほど眠ることにする。

昨日の激戦から、一晩中徹夜して。

そしてやっと二時間だけか。

我ながら、無茶な働き方をしているなと。

私は眠りに落ちながら。

苦笑いしていた。

 

1、影見えぬ悪魔

 

起きだした私は、コートを羽織り直すと、マンションを出る。朝日がまぶしい。今日はデスクワークは無しだ。まあ、デスクワークと言っても決済だけ。色々風通しを良くした結果、皆の仕事も六割以上減らすことに成功している。私の仕事もそうだ。

というよりも、である。

前線に立つには、あまり私の仕事が多すぎると、足枷になる。

そういう意味もあって、仕事は減らさざるを得ない。

だから効率化を進め。

仕事を減らしたのである。

北条と愛染が来る。

敬礼をする北条は、厳しい顔をしていた。

「何でも、動物が立て続けに殺されているとか」

「今の時点では、動物が、だ」

「!」

「シリアルキラーの典型的な特徴ですね。 まずは動物から」

愛染の言葉に頷く。

それで、北条も、事の重大性に気付いたようだった。

今だったら、動物虐待で済む。

ただ、シリアルキラーの場合は、多少逮捕されたくらいでは、その性質が変わらないケースも多く見られる。

ただし、逮捕歴があれば、監視もつけやすくなる。

殺人に及ぼうとした場合は。

即座に動いて、叩きのめすことが可能だ。

問題は、相手を特定する方法が。

昨日のうちに、殺された動物。しかも同一手口と思われるものと。地図については準備しておいた。二人に一セット渡しておく。

そうすると分かるのだが。

既に実験は、五回以上行われている。

犯人がこれらの動物を悪魔召喚の生け贄にしようとしていた、ということは二人には話さない。今では無くて、後で話すべき事だ。

「捜査については任せる。 私は私で動く事がある」

「分かりました。 すぐに取りかかります」

「ん」

敬礼すると、北条達とは逆方向へ。

昨晩、身を潜めていた奴らだが。

此方も情報を調べていた。

そろそろ古橋辺りが、情報を何かしら見つけ出して来る筈だが。

最初に電話をして来たのは、予想に反して纐纈だった。

「近場で問題行動を起こしている生徒のリストを見繕いました。 共有サーバに挙げておきましたので、確認してください」

「仕事が早いな」

「生徒の数が少ないんですよ」

苦笑。

私は礼を言うと、電話を切り。すぐにスマホから、共有サーバにアクセスする。かなり複雑なセキュリティが掛かっているが、それでも一分もせずに接続は出来た。

ちなみに私のスマホ。

特別にチューンしてある。

この手の作業が出来るように、スペックから何から、自分で弄って高めたのである。この辺りは、必要な事なので自習した。

「……」

写真を見ていく。

田舎のヤンキーっぽいのも結構いる。

流石に東京から離れると、こういう化石のようなヤンキーもまだ生息しているのだ。それは愛染を見てもよく分かることだが。

だが、どうにも違う。

こういう形通りのヤンキーは、はっきり言うとアホだ。ごくごくまれにインテリヤクザなんてのもいるが、田舎で今時こんな化石みたいなヤンキーをしている人間に例外はまずいない。

今回のは知能犯である。

男子も女子も見ていくが。

これといったのは見当たらない。写真だけでも、邪気を纏っているケースがあるから、特定はしやすくなるのだが。

どれもこれもしょっぱい頭の悪い馬鹿ばかりである。

残念ながら全部外れだ。

逆に言うと。あまり多くない生徒から、此奴らは除外して考えて良い、という事になる。

纐纈に連絡をし直す。

「多分違うな。 此奴らはどれもシリアルキラーなんて大それた事をしでかせるレベルの連中じゃない」

「捜索方針を変えますか」

「ああ。 一旦、G県の全学生の名簿をくれ。 休学中のものも含めてな」

「分かりました」

すぐに。それこそ十分とせずデータが飛んでくる。

この辺りは、県警とは言え捜査一課を任せているだけのことはある。なかなか大した人材である。

ちなみに北条と愛染のことは良く想っていない様子だ。会議でも、新しい部署を造る事には賛成していなかった。

だが、私が一緒に動いていたとは言え。スムーズに証拠を押さえて、犯人である雨宮を逮捕した鮮やかな初陣については認めている様子で。それについて、ぶちぶち文句はいっていないのが、纐纈らしい。

データを、片っ端から見ていく。

邪気を帯びているような奴は、リストアップしていくが。それでも、それなりに数がいる。

気になったのがいる。

双子だ。

女子の双子なのだが、妙に印象が良いのである。物静かそうで、人形のように可愛らしい。

だが、これがどうにも引っ掛かる。

アネットがとなりで正座して浮いている。電子機器が面白くて仕方が無いらしくて、私がスマホを弄っていると空中で正座して良く操作を見ているのだ。残念ながら物理干渉能力をオミットしているから、アネット自身は触れないのだが。

「相当な美少女ですね」

「お前でもそう思うか」

「これでも北欧では結構美醜に五月蠅かったんです。 というよりも、美しい者ならそれこそ何でも良いって神が上司にいまして」

「フレイヤだな」

頷くアネット。

フレイヤ。

世界に無数に存在する女神の中でも、最低最悪クラスのビッチとして知られる、ビッチオブビッチ神である。

何しろ渾名が全ての神々の恋人。

相手が何だろうが見境無し。

利益が絡めば更に見境無し。

しかも愛情=性欲がこの女神の特徴。

早い話が性欲の権化である。

ギリシャ神話のアフロディーテやバビロニア神話のイシュタルも相当だが、フレイヤには一歩劣ると言われているほどだ。

そのフレイヤは、北欧神話らしく、どうしてかこんな設定にもかかわらず軍神になっており。

というか北欧神話に出てくる神は大体どれも軍神なのだが。

ともかく、軍神であるフレイヤは、ワルキューレ達を率いているとされている。アネットも、一応そういう設定があるから、フレイヤについての知識があるわけだ。

「この双子、気になるな。 妙な狂気を感じる」

「そういえば……」

「何か気付くことがあるか」

「この子達、誰かのことしか考えていないみたいですね。 フレイヤ様はそれこそ見境無く誰でも餌食だったので、雰囲気が真逆です」

上司を無茶苦茶に言っているアネットだが、実際問題北欧神話をちょっと調べるだけでもそれが事実だと分かってしまうので、色々と苦笑いしてしまう。だが、アネットの見目は、そういう意味では確かだろう。

二人で同じ相手を好いているのか。

いや、違うな。

纐纈に連絡しようと思って、止める。

そろそろ、丁度良い時間だ。北条に連絡する。

案の定、北条はすぐに電話に出た。

「此方北条です」

「すまないな。 此方に来られるか」

「すぐに」

今向かっているという。

で、何かスキール音がしたかと思うと、凄い高級車が目の前でぴたっと止まった。びゅんと風が吹き抜ける。

窓がすっと空くと、すごく居心地悪そうに助手席に座っている北条と。

真顔で自慢の車のハンドルを握っている愛染が見えた。

愛染は良家のボンボンだが。

車には相当なこだわりがある様子だ。なるほど、この車、多分自分で犯罪にならない範囲でのチューンアップまでしているとみた。

「何か手がかりが」

「この生徒を調べてくれるか」

「天草……双子ですね。 美子、それに摩子ですか」

「ああ。 どうにも様子がおかしくてな」

ざっと家庭環境を調べるが、この双子、母子家庭である。母しかいない家庭で、父は謎の不審死を遂げている。

妙に胸騒ぎがする。

ひょっとして、かなり危急が迫っているのでは無いか、という気がするのだ。

まず私が此奴ら双子を押さえるべきなのかも知れないが。

とりあえず、である。

北条と愛染を、この双子の家に向かわせる。もしも悪魔召喚を行おうと考えているとすると。

生け贄は、決まっている。

自分にとって、大事な人間だ。

つまり家族である。

黒魔術をやるような輩はろくでもない人格破綻者であるケースが殆どだが、此奴らがそうだったとしたら、

まず狙われるのは家族。

それに親友だろう。

天狗に目配せ。

天狗も頷いた。相手が相当に強力な怪異を使役している可能性があるからだ。高位の堕天使をもしこの双子が召喚しようとしているとしたら。それこそ、邪神クラスの怪異を出してきてもおかしくない。

もっとも、天狗も山の荒神。

神格クラスの式神だ。

それも此奴は、敢えて対物理能力をオミットして、怪異に特化している。もしも下位の堕天使辺りが出てきても、互角以上に渡り合えるだろう。

「其方の調査状況は」

「調べて見ましたが、不審者を見たって人間はいませんね。 聞き込みについては、私と愛染で手分けしたのですけれど」

「それだけ用心深い相手ってことだ。 気を付けろ」

北条が敬礼すると。

再びスキール音を立てて、高級車がびゅんと飛んでいく。窓は走りながら閉めるのだろう。

「凄い乗り物ですね」

「金持ちのオモチャだよ。 維持にも使いこなすにも金が掛かる。 庶民が手を出せる代物じゃない」

「昔から、良いものはみんなそうですよ。 剣だって、良いものほど手入れが難しかったものですし」

「そういうもんか」

まあ、趣味の違いか。

彼奴の場合は車が趣味だと思えば、納得も出来るか。

さて、まずは。

式神を戻す。

私も、数年で能力を伸ばした。元々式神を使う際には、札など必要としなかったのだけれど。

最近は、札で極限まで能力強化する技を身につけた。

ただしこれは、あくまで雑魚式神に使う。強い式神に使うと、妙な反応を起こして破裂してしまうのだ。

実際に破裂はさせていないけれど。

まあその辺りは、私くらいの術者になると分かる。

後は式神に力を付与して、更にパワーアップさせる術式も結構腕を磨いた。この間クローン雨宮を一掃させた土の気を付与させる術式もそうだ。

戻ってきた式神達は。

見てきた結果を、頭の中に思念として流し込んでくる。そうすると、面白くもない事が分かってきた。

「ちいとまずいな……」

思わず、舌打ちする。

恐らく既にこの双子。

五匹どころか、二三十匹は動物を使って実験している。それも、敢えて手元に置いてかわいがり。

相手をなつかせる方法を良く知っていると見て良い。

裏切られたことを知った動物が味わう恐怖。

それを学習しながら、黒魔術に生かしているようなのだ。

というのも、である。

この近くを流れる川の付近で、気配が集中的に見つかっている。そして、川に投げ込まれる形で消えた気配、多数。

しかも怨念を感じない。

怨念を食われてしまっているのだ。

まずい。

これはひょっとすると。

子犬の実験で、次に人間を使えば成功すると、双子が判断したのかも知れない。雑に死体を放置したのは、見つかっても問題ないと考えたから。つまり最近の実験は、いずれもかなり上手く行っていて。

願いを叶えるのに手が届きかけているから。

もう別にばれても良い、と考えている可能性が高い。

まあ、犯人が双子だとすれば、だが。

動物の思念は弱く、しかも殺されたときや、召喚し掛かった悪魔に食われる形で、殆ど消滅している。

数が集まっても。

殆ど実態を掴めていないのは痛い。

再び式神達に、力を付与。こうなったら、一点突破で行くのが良いだろう。術式を展開しつつ、北条達に連絡。

双子の家に着いたか聞くと。

北条が出た。

「どうしました」

「双子はいるか」

「いえ、外出中のようです。 母親はいます」

「在宅か? 仕事はしていないのか」

それが、と北条は口を濁す。

何だか人形のようで、話していてもまるで手応えがないのだという。幽霊とでも話しているのでは無いかと錯覚してしまったと、北条は言うのだ。これは既に、ある程度の魔術なら習得していると見て良いだろう。

誰が教えたのかは分からない。

だが、高校生くらいになれば、本格的な魔術を使える奴は使える。私だって、九九を習う頃から呪術という和式の魔術に触れてきたのだ。問題は、独学だとそれが極めて困難なこと。

以前、かごめと最初に出会った時。

呪いなど存在するかと、かごめは激高した。

そういうものだ。

あれほど頭が良い奴でも、呪いというものの本質は理解していなかった。私が説明することで、すぐに飲み込んだが。

やはり、奴らが教えたのか。

それとも。

「相手は尋常な存在じゃない。 絶対にその母親から目を離すな」

「部長はどうなさるので」

「これから双子自身を探す」

電話を切る。

と同時に。

電話が掛かってきた。

纐纈からである。

「天草姉妹の学校に行って、二人が映っている写真を確保しました。 数枚を共有サーバにアップしました」

「おう。 それでどうだ、学校での感触は」

「もの凄い美少女と言う事もあって、アイドル扱いですね。 教師達も非常にべた褒めしています」

「どれ」

写真を確認する。

思わず呻いてしまう。

二人揃って映っている写真では。まるで、その場に邪悪そのものが固まっているような邪気が、渦巻いているでは無いか。

アネットが、思わず眉をひそめる。

「友人は」

「一人います。 今、学校にはいないようですが。 昨日から行方が分からない様子です」

「まずいぞ……」

これは、そもそも関連者全体を黒魔術で洗脳している段階と見て良い。学校でべたぼめなのも当然だ。

洗脳しているのだから。

そして失踪している友人。

昨日からいなくなっているとすると。

既に生け贄にされ掛かっているのではあるまいか。

生け贄にするとしたら、何処か。

本来なら家だろう。

だが、家は北条達に押さえさせた。

天狗もついているから、簡単にはどうこうは出来ないはずだ。だが、それでさえ不安が残る。

アネットが言う。

「分かりました、この二人が思ってる相手」

「!」

「この写真、見てください」

艶然と微笑む二人が映っている。

高校生としては、相当な妖艶さだが。

体型や背丈。何より幼い顔の造形からすると、考えられないレベルの色香だ。これも魔術に手を染めて、足を踏み外したから、だろう。

「他と決定的に違います」

「確かに寄り添っているが……まさか」

「恐らく、互いを思い合ってます。 それも尋常じゃ無いレベルで」

なるほど、そういうことか。

読めてきた。

此奴らの目的。

それに何故黒魔術に手を染めたか。

嗜好自体は別に良い。世の中には色々な形の愛情というものがあるのだから、別にそれは咎めはしない。

問題は此奴らが生来のサイコパスということだ。

纐纈に掛け直す。

「緊急事態だ。 天草の友人は、殺害目的で誘拐された可能性が高い」

「!」

「周辺をすぐに洗え。 いいか、天草姉妹そのものには絶対に手を出すな。 既に完全に人間の精神から逸脱していると見て良い。 警官が十人単位で殉職することになるぞ」

「分かりました。 経歴をすぐに洗います」

電話を切る。

そして私は、札を展開。

また式神達に力を与えた。

まだまだあと何十回くらいかは出来るが。消耗が、大物相手との戦闘では響いてくるし、足枷にもなる。

もしもルシファーでも呼び出された場合。

佐倉と協力しないと危ないかも知れない。

佐倉に連絡を入れておく。

写真をメールで送った後、だ。

「この双子を探せ。 私も今探している。 一刻を争う」

「分かりました、すぐに」

「次は……」

道明寺に連絡。

北条と愛染も活用したい。というよりも、此奴らは対怪異の戦闘に関してはエキスパートとはいえないのだが。

それでも、引っ張り出さないと危ない状態だ。

「天草家に行って、母親を保護。 セーフハウスに移動。 魔術に対する絶対防御を整えろ」

「急ですねえ」

「急げ。 母親を保護したら、すぐに北条と愛染に、双子を探すように口づてしてくれ」

更に古橋にも連絡。

古橋は裏サイトを片っ端から漁っていた様子だが。天草の名前を出すと、すぐに反応した。

「あ、それ、美人双子として有名な」

「どう思う」

「気味が悪いッス」

「ほう、聞かせて貰えるか」

古橋の話によると、どうも周囲の様子がおかしい、というのだ。

これだけ突出した美貌、しかも双子となると、話題性には充分だろう。確かにアイドル扱いも分かる。

だが、人間は暗い感情を抱く。

「こういう子って、大体裏サイトでは悪口大会になるんすよ。 はっきり言って、欠点に賞金が掛かるレベルで。 でもこの子らの場合、気味が悪いくらい何も出て来なくて、それどころか話題にさえなっていなくって。 学校のアイドルなら、男子が色々妄想を爆発させてたりするのが普通なのにッスよ」

「生々しい話だが、その通りだ。 そういう話題もないのか」

「一切合切。 多分何かあると思うッスよ」

なるほど。古橋は観察眼が鋭い。この様子だと、学校の本音が集まる裏サイトですら何か細工をしている可能性もあるとみて良い。

いずれにしても、判断できる。

双子は黒だ。

一通り、必要な作業を済ませると。

私は式神を彼方此方に向けて飛ばす。

もしも双子が儀式を行うつもりなら。

本来は家が一番望ましい。というのも、自分に馴染んでいるからだ。それが潰された今、使おうとするのはこの町の龍脈中心点。

幾つか候補があるが、一番近い場所から攻める。他は、皆式神に偵察させる。

車に飛び乗ると、私はアクセルを踏み込む。

ちいとばかり、焦っているのを感じる。

私が遅れれば。人が死ぬ。

私だけで戦っているのではないが。

そもあの双子は、私と佐倉以外では対処できない。

そういう段階まで、もう人間を止めてしまっているはずだ。

アネットが、助手席にお行儀良く乗ると、聞いてくる。

「見つけたらどうします」

「恐らく捕まっている人質を救助。 それからだ」

ぎりぎりと歯ぎしりする。

ボーナスステージもなにも、金髪王子の野郎。やはり立て続けに大駒を切ってきていたのか。

ちょっとでも判断をミスるとこれだ。

これだから、油断できない。

一度深呼吸する。焦ってばかりだと、更にミスを増やすことになる。ミスをリカバーできてこそ。

プロというものなのだから。

 

2、悪夢の双

 

第一の龍脈、反応無し。

誰もいない。

舌打ちして、次に廻る。

第二の龍脈に廻っていた佐倉から連絡。此方も反応無し。ただし、大量の怪異に襲われているという。

「恐らくは下級の堕天使です。 蹴散らします」

「任せるぞ」

つまり、トラップというわけだ。

北条達が、道明寺に天草の母を引き渡して、捜査に加わったと連絡を入れてきた。とりあえず、私が指定した第三の龍脈に向かうという。

「気を付けろ。 双子を見つけても、絶対に交戦は避けろ。 人質がいる可能性が高い」

「話がぽんと飛んでますね」

「奴らの親友が昨日から行方不明になっている。 ほぼ間違いなく、サイコな儀式に使うつもりだ」

電話を切りながら、車に飛び乗ろうとした瞬間である。

とっさに飛び退かなければ、首をすっ飛ばされていただろう。

そこには。

頭からフードを被った、小柄な影。

口元だけが見えるが。

真っ赤な唇は、笑みに歪んでいた。

「すごい力の持ち主。 これなら、きっと確実に悪魔を呼び出せるわ……」

手にしているのは、日本刀か。

そういえば、だ。

この間の事件。ゴミクズのように雨宮に蹴散らされたヤクザものどもを聴取したところ。ポン刀を二本無くしたとかほざいていたそうである。

その内の一本か。

日本刀なんて、今時結構な高級品だ。

しかも今の動き。

明らかに素人で、その一方で身体能力だけとんでも無く上がっている。こういう中途半端な奴は、一番危険なタイプだ。どんな動きをするか知れたものでは無いからである。

自分で自分に怪異を憑依させ。

身体能力を引き上げている、と言う型か。

奴らは今まで、自己制御型の怪異憑依超人は作ってこなかったが。それもそうだろう。軍事利用するには、超人が勝手に動くようではまずいからだ。

此奴は、独力でそれをやっている、という事になる。

そこそこに才能に恵まれていることは認める。

悪党だからと言ってアホとは限らないのだ。むしろサイコ野郎は知能が高いことも多い。

「ねえ、あの子捨てて、これ生け贄にしようよ」

「そうね。 散々拷問したけれど、反応がつまらないもん」

すっと、車の上に現れる影。

まったく同じ気配。

クローンでは無い。

双子だ。

「天草美子、摩子だな」

「あら、私達を知っているの?」

「だれかしら」

「警察だ。 誘拐の容疑で逮捕する」

けらけら。

同時に笑う双子だが。

次の瞬間には、私に斬り付けた奴の顔面に。私が拳を叩き込んでいた。

吹っ飛んだ双子の片割れ。地面でバウンドして、木に逆さに叩き付けられる。顔面から地面にずり落ちる奴を見て。車の上に乗っていた奴が、激高した。怪異が入っているから威力倍増。

ただ、一撃必殺とは行かないか。こういう憑依型は面倒だ。

「お姉ちゃんによくも!」

すっと私が避けたところを。

断頭台のように、一撃が降ってきた。

速い。

それに、凄まじい重さ。

素人だったら、頭から真っ二つだっただろう。

だが残念ながら、私は素人じゃない。

動きが速いだけの素人だったら、この通りだ。

更に、逆袈裟に切り上げてくるが。それも余裕を持って見切ってかわし、腕を取ると、捻りながら投げ飛ばす。

地面に叩き付けると、そのままマウントを取って、腕をねじ上げた。

だが、復帰してきた妹の方が、奇声を上げながら飛びかかってくる。

凄まじい突き。

だが、私がひょいとかわしながら、刀の背を掴んで見せると、愕然とした様子だ。この身体能力は無敵だと勘違いしていたのだろう。

更に、顔面に肘を叩き込み。

止まった所に、拳骨を頭に叩き込んでやる。

ぎゃっと情けない声を上げて、地面にぶっ込まれる妹の方。

姉の方は、骨が折れる勢いで締め上げているから、動けない、筈だが。次の瞬間、体が持ち上がるのを感じた。

無理矢理、サブミッションを外すどころか。

体ごと、片腕で持ち上げて、私を振り落とす気か。

鼻を鳴らすと、首筋に一撃を叩き込んでやる。

がくんと揺れ、地面に叩き付けられる姉の方。

二匹とも呻いて、転がる。

流石に私ほどの使い手とぶつかったことはなかったのだろう。

「実戦経験のなさがあだになったな。 身体能力が高いだけの素人では、私には何をやっても勝てん」

「お、おのれ……」

いきなり、その場に気配。

閃光手榴弾。

目を庇いながら、離れる。

その隙に、二人とも、逃げ去っていた。

正に疾風のごとし、だった。

今の閃光手榴弾。式札がついている。

なるほど、遠くから式神で輸送して。式神を使って、適当なタイミングで起爆した、というわけだ。

やるじゃないか、敵も。

まあこれで、奴らの介入もはっきりした。

そして、近くを探していたアネットが、声を掛けてくる。

「見つけました!」

「良し!」

ものかげ。

恐らくは、二人が秘密基地にしていた場所なのだろう。

ほほえましい響きの言葉だが。そこは、あまりにもおぞましい代物で埋め尽くされていた。

ロボットのオモチャ。カエルの人形。兎のぬいぐるみ。

色々な、子供が好きそうなものがある。

その全てが。

真っ二つにされているのだ。

本もある。

本に至っては、丁寧に真っ二つにしてから、製本して表紙を着け直し、綺麗に一つにしているほどである。一冊の本を、二冊にしたというべきか。

その、悪夢の真っ二つ軍団の中。

唯一、意識朦朧とした女子が。

血みどろで転がっていた。

すぐに救急車を手配。

さっとバイタルを確認するが、どうやら薬物を投与されている。凄まじい怪我をしているが、それでも痛みは感じていない様子だ。ただ。相当な哀しみを覚えていたようで、目元には涙の跡があった。

それはそうだろう。

親友だと思っていた二人に。

そう思わされていただけだと気付かされ。

そして、挙げ句の果てに。

生け贄にされかけていたのだから。

近くに幾つかの薬品の瓶。これは流石に真っ二つにはされていなかった。というか、同じ種類のものが二つずつあった。

それも、内容量が完璧に同じ。

徹底している。

気色が悪すぎるほどだ。

「この二人、お互いのこと以外は何も考えていないようですね」

「あの連携した動きを見る限りそうだな。 一人が気を引いて、私を奇襲するつもりだったんだろう。 ただ、実戦経験のなさが失敗の原因になった。 あの程度の戦闘経験だったら、どれだけ身体能力が高くても、戦術なんぞ使いこなせん」

救急車が来る。

すぐに全身ズタズタにされている女子高生を収容。確認するが、昨日から行方不明になっている女子高生に間違いなかった。調べて見ると、やはり回収した瓶は、毒物である。ただし。成分は調べて見ないと分からないだろう。

専門の救急隊員が瓶を確認。

どうやら、説明がドイツ語で書かれているらしかった。

「こっちはトリカブト。 もう一つ、これは……ダチュラですね」

「ダチュラというと、チョウセンアサガオか」

「ええ、その通りです。 科捜研に廻します」

なるほど、そういうことか。

トリカブトは言うまでも無い激烈な毒だ。その火力は、アイヌの民がヒグマ狩りに使っていた、と言えば分かるだろう。

そしてチョウセンアサガオは。

その辺に自生している、強力な麻薬成分を持つ植物である。効果は極めて凶悪で、譫妄状態も引き起こす。

黒魔術には様々な薬物も必要だ。

あの双子。

多分独学で覚えたのだろう。

勿論本物かはこれから科捜研で調べるが。多分本物だろう。倒れている生け贄の様子が、丁度投与された成分の症状に一致する。

落ちている本なども回収する。やはり有名どころの黒魔術本ばかりだ。救急隊員が女子高生を回収した後、捜査一課を呼んで証拠品として押収させる。

問題は双子だ。

今の時点で、生け贄にできそうな奴はこれで確保した。

そうなると、次に奴らがやりそうなことと言えば。

もう、関係無しに適当に人間を捕まえて、生け贄にするか。

いや、それだと高位の堕天使は呼び出せない。

あくまで生け贄は自分に心を許し。自分でも大事にしている存在でないと。高位の堕天使は召喚できない。

そうなると、考えられるのは。

ぞくりときた。

サイコ野郎の思考回路は、それこそ毒のように心に流れ込んでくる。たまに、サイコ野郎を追っている刑事が、壊れてしまう所以だ。私のように慣れている人間でも、特に心臓に触れられるような違和感を覚える事がある。

まさかとは思うが。いや、あの狂った目を見る限り、やりかねない。

というか、はっきり確信できた。

あの目。

既に人を殺した経験がある。

龍脈は全て此方でチェックしていると、双子は悟ったはず。時間がないことも、理解しただろう。

だがあれらが焦っているとは思えない。

人の世界にシリアルキラーは上手に溶け込む。

そしてあの二人の、想定されるもくろみを考えると。急がないと、手遅れになる可能性が、極めて高い。

その時だ。

北条から連絡が来る。

「双子らしき二人を見つけました! 今、街の市街地を逃走中!」

「くそっ! こっちは車なのに追いつけねえ!」

「位置を知らせろ!」

位置を聞いて。移動予測点を割り出す。佐倉に連絡。先回りさせる。ただし、それも予測点は一つでは無い。順次連絡を入れて、佐倉には移動して貰う。

私も車に飛び乗ると。

他に予想される点を目指して、一気にアクセルを踏み込んでいた。

加速する車だが。

その時。

また、天井からニセバートリーが逆さに顔を突っ込んでくる。

「た、たいへんよっ!」

「どうした」

「北条と愛染が、双子に襲われてる! 多分、二人を生け贄にするつもりだわ!」

「無茶するなって言っただろうが!」

場所を聞くと、佐倉に改めて指示。急いで其方に向かう。

愛染もかなり出来る奴だが、経験が足りない。私は太刀筋を読んだからあの剣撃をかわせたのであって。

愛染には二人同時に相手にするのは無理だろう。

しかも即席とは言え、コンビネーションで来るのだ。

北条はある程度出来る、程度の力しかない。

まともにぶつかり合えば不利だ。

天狗が多分、もう介入しているはず。

間に合うと信じて、私はアクセルを踏む。サイレンを鳴らすのは、緊急事態を知らせるため。

この場合、制限時速はある程度ぶっちぎってもいい。

気配。

戦闘の気配だ。

近づいて来た。

見ると、ずたずたにやられた愛染が、必死になって北条を庇っている。北条は、一撃を受け損ねて、腹を切られたようだ。倒れて蹲っている。拡がっている血だまり。

周囲に人はいない。

平日の、シャッタ−商店街だからだろう。それに今時、荒事が起きていて、通報する奴なんて殆どいない。

逆恨みされて、犯罪に巻き込まれるのが嫌だからだ。

ドリフトしながら、今正に愛染を斬り伏せようとしていた一人を吹っ飛ばす。もう一人が、お姉ちゃん、と叫んだ。

だが、それでも体勢を立て直すと、二人揃って凄まじい勢いで走り出す。

愛染が、数度拳銃の引き金を引くが、どれも回避された。

「北条っ!」

「大丈夫、です。 応急処置します」

「愛染、応急処置を手伝え!」

無言で、愛染が手伝う。愛染はスーツこそボロボロだが、一応大きな傷は無い様子だ。ただし押されっぱなしだったようで、相当に悔しそうだった。

双子はまだ気配を掴んだまま。

このまま逃がしはしない。

乱暴にシャツを裂くと、応急処置を始める愛染。北条は、呼吸を整えながら、言う。

「あの双子、人間とはとても思えない動きでした」

「薬を入れてるんだよ」

「!」

「彼奴らの秘密基地から、幾つかの薬物が見つかった。 恐らくは興奮剤の類もあった筈だ」

それに、自分自身に怪異を憑依もさせているのだろう。それも下級とは言え、悪魔の類だ。

倍率二倍、更に倍、である。

近年奴らは憑依型の超人兵士の研究に余念がない。どれだけ潰しても新しいタイプを投入してくる。

確かに実戦で相当に使えるのだろう事は認める。

だが、好き勝手はさせない。すぐに対策はする。

この双子のケースでも同じだ。

「愛染、お前は自分の車で追ってこい。 行くぞ」

「応っ!」

すぐに自分の車に飛び乗る愛染。

私は北条を後部座席に乗せたまま、アクセルを全力で踏み込んだ。一気に加速していく。双子はそれでも、ある程度の距離を保ちながら、走っていた。

凄まじい。

怪異を憑依させたり、肉体を操作させると、人間を超えた能力を発揮するのは、今まで散々見てきているが。

それはだいたいの場合。

外部からの手助けで出来ていたこと。

まさか自力で成し遂げる奴が出るとは、私も思わなかった。

天才とまでは行かないが。

相当な怪物である。

双子で知識を共有して、加速度的に学習したのかも知れない。北条が呻く。傷が痛むのだろう。

「彼奴らに捕まっていた人質は救出した。 後は、彼奴らを押さえるだけだ。 押さえた後は一生隔離病棟だな。 あれでは更正不能だろう」

「でも、暴行障害と動物虐待だけでは、大した罪に問えないのでは」

「あいつらはもう殺してる」

「!?」

まだ証拠は出ていないが、ほぼ間違いない。

恐らく犠牲者は。

二人の父親だろう。

つまり、そんな頃から、あの双子は。

異常性癖で、自分にとって大事なものを、半分こしていた、というわけだ。写真を見ると、一人一人では別に何も無いのに。

二人揃うと、おぞましいまでの邪気を纏っているわけである。

あの邪気は、何もかも二人で分ける過程で。

多くの罪に手を染めてきた証。

そして、恐らくは。

あの二人は。

物理的な意味で一つになる事を、望んでいるはずだ。

そのためには、肉体の一つはいらない。

完全に狂っているが。

狂っている奴の思考回路は、そういうものだ。私も警察を長くやってきているし。何より風祭という闇の世界の大物一族の当主にもなっている。それ以前に、幼い頃から散々実戦を通じて、この世界の現実を見てきている。

だから、分かるのだ。

「愛染の車が追いついてきたな」

「無線の番号を決めてあります。 私が話します」

「おう。 こっちは手が離せないからな」

それにしても、フードの影二つとカーチェイスか。

二手に分かれるかと思ったが。

そんな事も無く、山道を二つの影が、猿のように跳んでいく。

私が結構ダメージを入れてやったし。

かなりの長距離走っているのに。

疲れている様子も無い。

「北条」

「!」

「チャンスを見て、動きを止めろ。 お前がライアーアートを使って、時間を稼げ」

「分かりました……!」

必要だろうから、情報を渡しておく。

さて、此処からだ。

スマホが鳴る。

纐纈からだ。

北条に取るように指示。

暗証番号も教えた。まあこれは後で変えるからいい。

「風祭部長」

「北条です。 今部長は車の運転中で、代わりに受けます。 スピーカーモードに切り替えます」

「どうした、怪我をしているのか」

「はい。 双子が日本刀で襲いかかってきまして、腹をちょっと裂かれました。 致命傷ではありません。 現在追跡中です」

纐纈が呻く。

何か情報を見つけたのだろう。

そうすると、世にもおぞましい話が分かってきた。

三年前。

天草姉妹の父親が変死している事件を洗い直したところ、とんでも無い事が分かってきたという。

まず第一に、死因が異常だ。

正中線から真っ二つにされているのだという。性器まで綺麗に真っ二つにしているそうだ。

その上、被害者が抵抗した様子さえなく。

臓器は幾つかがなくなり。

特に心臓は、側に二つに切り裂かれておかれていたのだとか。

北条が呻く。

「な……」

「犯人は見つかっていない。 そもそも、その時点では天草姉妹は隣の愛知県に住んでいたからな。 愛知県警から情報を取り寄せた」

「い、異常すぎますね」

「愛知県警も必死になって捜査したようだが、結局迷宮入りしていた」

妙だな。

そんな事件なら、どうして私の耳に入らなかった。

愛知県警にも何かあるのか。

不意に、双子が右に消える。道路もかなり細くなってきていた。どんどん山の中に入ってきている。

明らかに、此方を追わせている。愛染が突っ込んでいったが。このままだと少しばかりまずいか。

加速しながら、私が聞く。

「纐纈、当時の愛知県警のトップは」

「それがどうかしましたか」

「キャリア組は、自分のプライドのために、迷宮入りした事件を隠蔽するケースがあるだろう」

「! ええと、わかりました。 沢渡という男です」

沢渡か。

そういえば思い出した。

去年、奴らとの関与が分かって、文字通り消した奴だ。消したと言っても殺した訳では無く、巡査まで降格して、離島の派出所に飛ばしたのである。ちなみに当時の階級は警視正だったが、そんなの私には関係無い。私が警視でも、実際にはそれを遙かに上回る権限を持っているのは周知。私は前線に立つために警視のままでいるのだ。

奴らと関与していたり。

無能なキャリアは容赦なく潰す。

私が魔王と警官達の間で怖れられている所以である。

「!」

ブレーキ。

道路が開けて、吊り橋に出ていた。

それも非常に古い奴だ。双子は、その真ん中あたりに立って、にやにや笑っている。結構痛めつけてやったのに、まだ全然平気な様子だ。

川にでも飛び込まれると厄介だなと、私は車を降りながら呟く。

愛染も車を降りた。

「卑怯だぞ、テメーら! ポン刀なんか振り回しやがって! とっととこっちに来て勝負しろ!」

「いやよ」

「だって此処で充分だもの」

まずい。

そういうことか。

邪魔が入らない場所。確かにこの吊り橋の上なら理想的だ。しかもこの川は、古来より暴れ川として知られ。

古くは龍神そのものと祀られ。

幾多の生け贄を飲み込んできた、水が作る龍脈に等しい代物。

だが、双子がまだ気付いていない。

後方。

佐倉がいる。

どうやら、回り込むことに成功していた様子だ。物陰から、狙撃のタイミングを待っている。

狙撃と言っても、式神での狙撃だ。

だが、二人同時に仕留めないと意味がない。

一方は私が潰す。

だが、佐倉が狙撃する態勢を作り上げるまで。

時間を稼ぐ必要がある。

「北条」

頷くと、満身創痍の北条が、前に出る。

双子はにやにやと笑っていた。

北条なら、どうにでも出来る。そう思っているのだろう。

その間に、私は印を切る。

いつでも、仕掛けられるようにするためだ。

「貴方たち。 黒魔術なんてものを使えるそうね」

「へえ、良く知っているわね」

「そうよ、私達、魔法使いなの。 いいえ、魔女と言うべきね。 日本で本物の魔女なんて、私達くらいよ」

それは違う。

私は内心で突っ込む。

実のところ、風祭だけではなく、西洋系の魔術を使う対怪異能力者は、日本にも珍しくない。私が知っている有名どころだけでも十人ほどいる。その中には勿論魔女と呼ぶに相応しい者もいる。

だが、あいつらは独学で力をつけた故に、それを知らない。

「凄いわ。 始めて黒魔術なんてものを使う人にあったから」

「そうでしょう。 尊敬していいのよ」

まずは、相手の注意を引く。

北条が使っているのは、私が使う呪いに近いものだ。呪いはまず相手の心に潜り込み、少しずつ心理を乗っ取っていって。最終的に致命的な言葉を入れる。何も知らない奴からいきなり罵声を浴びせられるのと。親しい相手だと信じていた人間に裏切られるのとでは。後者の方がダメージが大きい。

その理屈だ。

心に滑り込むにはテクニックがいるが。北条は、それをライアーアートと呼んでいるのだろう。

「それで、その凄い黒魔術を使ってどうしたいの?」

「秘密よ」

「貴方みたいな盆暗に教えてあげるものですか」

「それでは当てて見せましょうか。 貴方たち、二人で一つになりたいのね」

すっと、二人の笑顔が消えた。

どうして分かったと顔に書いている。フードから覗く顔はどちらも同じ。だが、私は悟る。

此奴ら。

もうとっくに、精神が人間ではなくなっている。

正確に言うと。怪異に乗っ取らせた肉体を、更にその上から狂気に満ちた双子の人格が動かしている。

精神二重操作、とでもいうべき状況だ。

つまり此奴らの体は。

此奴らにとっても操り人形と同じ。

なるほど、なるほど。

よく分かった。

悪魔に体を売ることを、惜しまないわけだ。

そして、最も愛するお互いと一緒になれるのなら。肉体なんてどうでも良いと考えるわけである。

「どうしてそんなに二人は、お互いが大事なのかしら?」

「それは、私にとっては、お姉ちゃんが全てだから」

「私にとっては、美子が全てだから」

「どうして? 他にも世界には色々な人間がいるわよ。 どうしてそんなにお互いが特別なの?」

しんと、空気が冷える。

北条は、敢えて相手の逆鱗を踏んでいく。

時間稼ぎが必要だと知っている。

相手の注意を引きつける必要があると知っている。

だから、逆鱗を踏みに行く。

北条は無力の悲しさ。無力の絶望をよく分かっている。だからこそに、こうして動ける。自身が動く事で、防げる悲劇があるからだ。

向こうで、佐倉が指で丸を作った。そして、左をくいくいと指さす。勿論、私から見て左だ。

意味は了解。

私は体勢を低くすると。

タイミングを練る。

愛染にも顎をしゃくる。

愛染も、理解したようで、頷いた。

「好きに理由なんて必要なのかしら」

「必要ないでしょうね」

「だったらそんな事を」

「貴方たちのは好きじゃ無くて、ただの依存だからよ。 思考回路から何からそっくりな双子だというのはあるでしょうけれど、自分の理想を相手に投影し合って、自己満足しあっているだけ。 貴方たちのは愛情では無くて、単なる狂気よ」

ふつりと、音がした。

双子がブチ切れたのだ。

北条が指摘したのは、図星とは言い難い。かなり強引な理屈だ。だが、この双子には、かなり効いた。

理由は簡単。

此奴らにとって、自分たちの愛を否定される事がタブーだから。此奴らにとって、互いへの愛だけが全てだから。

あのおぞましい秘密基地を見れば分かる。

あの二人は、あの二人だけで世界が自己完結している。親だろうが周囲の級友だろうが、後はそれこそ何でもいい。何もいらない。

ものが生きている事さえ。完全な形である事さえ。ましてや、自分たちに愛情を向けているかさえ、どうでもいい。

自分たちだけが、世界の全て。

昔、セカイ系というジャンルの小説が流行ったことがあったが。此奴らはリアルのそれだ。

君と僕だけの世界。そうしてセカイ系というジャンルは形作られる。今はセカイ系と一言で言えない程に定義が拡がって様々な派生ジャンルが出ているが。出発点はそれだ。

そしてこの双子は出発点の、二人だけの完結世界が一番近い。

此奴らにとっては、それが。

双子だけで完全完結している世界だった、という事だ。

ぶっちゃけた話、否定の理由なんて何でも良いのだ。

ただ、逆鱗を、全力で最悪のタイミングで踏み砕いてやれば良い。

それで、相手の精神には、致命打を与えられる。

怒らせる、という事は。

その時点で、思考をコントロール下における、という事だ。

日本刀を、構える二人。

殺すと、その顔に書いてある。

北条に、もう少し時間を稼げと、ハンドサイン。北条も、それに気付いて、更に双子を挑発する。

「貴方たちにとっての狭い世界に閉じこもるのは勝手よ。 ただし、その狭い世界を作るために、多くの犠牲者を出すというのなら、逮捕させて貰う。 既に貴方たちは殺人未遂、違法薬物の使用、動物虐待……それに殺人の容疑が掛かっているわ。 大人しく確保されなさい」

「黙れこの盆暗!」

「私とお姉ちゃんの愛を否定したな!」

「何度でも否定してあげるわよ。 貴方たちのは愛などではなく、ただの狂気よ!」

叫び声を上げた、私から見て左側の方が。

ぼんと、音を立てて、吹っ飛んだ。

私達の方に向けて、十メートルは軽く飛んだだろう。

弓を放ったポーズの佐倉が向こうにいる。完璧な立射の体勢だ。矢を放つのと同じ要領で、物理干渉力を持つオオイヌガミを撃ちだしたのである。

不安定な橋の上で、転がり、そのまま動かなくなる左の方。

そして、それを飛び越えて。

既に私が動いている。

一瞬で、間合いを侵略。

詠唱などさせない。

顔面に、ドロップキックを叩き込む。

愕然としていた右の方は、もろに吹っ飛び。佐倉の方に飛んでいった。

吊り橋を掴んで、空中で体勢を立て直す。

ぐらんと吊り橋が揺れたが。

左の方は愛染が。

右の方は佐倉が押さえている。

よし、確保だ。

「手錠! 二重以上にか……」

「きあああああああっ!」

凄まじい叫び声が上がる。

白目を剥いた、左の方。愛染が押さえている方が、無理矢理立ち上がったのだ。愛染がサブミッションを掛けているのにもかかわらず、である。

佐倉の方も暴れているが、こっちはオオイヌガミが押さえ込んでいる。

見苦しいとばかりに、アネットが左の方を斬るが、通らない。正体が分からないと、どうしても怪異には攻撃の効果が薄い。

更に北条も加わって押さえようとするが、ダメだ。

手錠をなんとそのまま引きちぎる左の方。

腕がぐしゃっと折れたが。

そのまま、手錠の鎖も千切れた。

「ふーっ! ふーっ!」

凄まじい形相で、此方を睨む左の方。

だが、その時には、もう私も体勢を立て直している。

「佐倉、そっちは逃がすなよ!」

「気を付けて!」

佐倉も必死に押さえ込んでいる。まともじゃない相手なのだし、こればっかりは仕方が無い。こんな化け物が、このような僻地に潜んでいたとは、侮れない。奴らの支援があったとは言え、独学で此処までやったとなると、どちらも正しい方向で育てばとても優れた対怪異能力者になっただろうに。

ポン刀は両方とも、狙撃のタイミングで川に落ちているから別に良い。今は、北条と愛染を立て続けに振り払った左の方の確保が先だ。

あれが美子か摩子かはどうでもいい。

というか、多分だが。

もうどっちも自分がどちらだか、区別が付いていないのではあるまいか。

左の方の足に組み付く愛染。

腹の傷が響いているからか、北条はもう動けないで、地面で伸びている。

私は不安定な橋の上を走る。

そして、左の方の顔面に、もう1丁ドロップキックを叩き込む。

再び真横に吹っ飛んだ左の方が、頭から木に激突。そのまま、木に突き刺さり、貫通して向こうに抜ける。

大穴が空いた木が。抗議するような音を立てながら倒れていくが。

それでもなんと左の方が立ち上がった。

「まだだ、まだ、まだああああああ!」

「堅いな」

「そういう問題ですか……」

北条が必死の突っ込みを入れるが、もうとりあえず休め。

私が歩み寄ると、流石に恐怖を覚えたか、左の方が下がる。何とか押さえないとまずい。愛染が拳銃を向けた。

「待て、武器を持っていない相手に拳銃は向けるな。 後が面倒だ」

「し、しかし」

「……」

にらみ合いは一瞬だった。

その時、幸運が相手に働く。物音に驚いたのか、猪が飛び出してきて、私と左の方の間を横切ったのだ。

好機を見逃すほど、左の方は知能が劣悪では無い。

即座に、バックステップすると、森の中に消える。

舌打ちすると、私は走る。愛染には、残れと叫んだ。北条を放置してはおけないからだ。後は、私がどうにかする。

あれだけダメージが入っているのだ。

黒魔術の儀式さえ行わせなければ。

けりがつく。

 

3、狂気の山奥

 

明らかに弱っている天草左の方。私が走ってそろそろ追いつきそうなのだから、超人になっている怪異憑依型としてはもう瀕死の状態だ。この辺りは山奥と言う事もあって、流石にスマホも使えない。故に面倒だけれど警察無線を使う。これだと届く。

私の協力者と佐倉は名乗ったらしく。北条にしつこく職質されてうんざりしているようだけれども。

ただ、既に右の方は完全に拘束して口にもガムテを張り、護送車に放り込んで道明寺が連れていった。これで右の方に関しては問題ない。

残りの左の方は、今追っていると言うと。

愛染が、警告してくる。

「ちょっと気になることが」

「うん?」

「あの二人にいきなり襲われた直前、車の前に何か飛び出してきたんですよ。 それで、車が止まったタイミングで、襲ってきて」

「……そうか分かった。 気を付ける」

そういえばあの閃光手榴弾。

奴らが関与しているのは確実とみていたが。あの完璧なタイミングで入れてきたとしたら。

どうして今、貴重な素体が捕まりそうになっているのに、奴らは介入してこない。

周囲にいる特殊部隊からの連絡はない。

つまり近場に奴らの手先はいないはずだ。

ちょっとまて。

つまりこれは。

私は勘違いをしていたか。

左のが転ぶ。

私は足を止めると、全力で飛び退いていた。

今度はグレネードだ。

木を盾にして凌ぐが、かなり正確だった。こっちも恐らく式神によるものだが、一体誰が。

舌打ちして、左の方を見る。

まだ逃げられていない。

そうなると、追撃を仕掛けてくる可能性が高い。アネットに、上空へ行かせる。あの天草左の方、多分今の式神を操作する余裕なんて無いはず。というか、英才教育を受けていても式神の操作は難しいのに。西洋魔術だけではなく、東洋魔術まで独学で身につけたとしたら異常だし。

何よりそれが出来るほど、あの二人の頭は良くない。

今までの時点で、動きなどから大体のIQは計測できているが。

それが出来るほどの頭では無い。

そうなると、誰が教えた。

いや、式神を使っているのは誰だ。ひょっとして、だが。

ぞくりと、背中に寒気。

そうか、その可能性を想定していなかった。実際問題、高位の堕天使の気配は、既に感じ取っていたのだ。

ならば、それが起きていても、おかしくは無かったのである。

「やれやれ、東洋の魔術は使いづらいな」

天草左の方の声ががらりと変わる。

気付かれた、と悟ったのだろう。

此奴、ひょっとして。

今まで私を消耗させるためだけに、弱ったフリをしていたか。なるほど、面白い。

凄まじい気配が周囲に拡がっていく。

この気配、奴らの首領だったクズ女と戦った時。姿を見せたミカエルには劣るが、それを想起させる程だ。

そして、ぐったりとへたり込む天草の頭から這い出すようにして。

それが姿を見せた。

背丈は二メートルを超えているだろう。天使にしか見えない神々しい姿。青黒い鎧を着込んでいる精悍な壮年男性で。背中には四枚の翼がある。手には巨大な大鎌。

そして、その鎧には。

はっきりと月をかたどった意匠があった。

悪魔。

正確には堕天使。

堕天使の性能は基本的に言った者勝ちだ。貴族の爵位を実力に当てはめる場合もあるが、あれは堕天使によって複数兼任しているケースが多く(72柱のバルバトスなどが例)、実際の実力には結びつかない。

なにより、あまり知られていなくても凄い仕事を任されている悪魔や堕天使も珍しくは無い。

単純に知名度がその堕天使の実力を決めると言っても良いだろう。

この強烈な狂気。

私でなければ、気圧されている。

実際、周囲の式神達は、露骨に怯んでいる。アネットでさえ、真っ青になっている程だ。

サリエル。

告死天使と呼ばれるもの。

本来は天使とされていたものが、その特性から堕天使扱いされるようになった例である。そして此奴は月、つまり狂気にまつわる堕天使。死を司る存在でもあり、魔術にも深く関与する月の管理者であるが故に、堕天使に貶められし存在。

人間を憎み抜いていて。あらゆる狂気と魔術に通じるもの。

あの双子が呼び出すには、ぴったりの存在だった、と言うわけだ。

しかもこの気配。分霊体では無い。本体だ。

「相当な力の持ち主のようだが、いつ私の正体を見抜いた、人の子よ」

「閃光手榴弾に続いてグレネードを使ったときだ。 ついさっきだよ、月を司りし邪眼の者、告死天使サリエル」

「ほう、一目で私の名まで当てるか。 それでどうして正体が分かったのだ」

「簡単だ。 そこのボケには、黒魔術を独学で学んだ上で、東洋魔術を独学で此処まで使いこなせるほどの知能がないからだ」

くつくつと、サリエルは。

足下で転がっている、魂無き器を見やる。

そう。

この双子の願いは、とっくにかなっていた。

恐らくは、佐倉が押さえた天草右の方に、二人分の魂が既に入っている。そして、そもそも人格分裂を起こして、二人分の人格がそれぞれに入っていた天草姉妹は。それにさえ気付かなかった。

極限の狂気が、産み出した滑稽な一人芝居。

此奴はただ。地上に出た余興に。まだ自分が願いを叶えていないと思っている天草姉妹をもてあそんでいただけ。

そして、更には。単に血が欲しかったのだろう。

「お前ほどの使い手なら、久々に楽しめそうだ。 ここのところ、まともな相手と遊んでいなかったのでな」

「慢心は滅びを産むぞ、月の堕天使」

「私を相手に、慢心を語……」

顔面に、拳を叩き込まれたサリエルが、吹っ飛び。

地面でバウンドして、何度か回転しながら、二百メートルほど先の地面に頭から突き刺さった。

悪いが私は既に全力モードだ。

サリエルほどの大堕天使を相手に、手加減なんぞするわけがないし。するつもりも最初から無い。

口から文字通り魂が抜けている天草姉妹の左の方を踏んづけて、のしのしと歩いて行く。むぎゅとか声がしたが、一応魂が抜けているだけで生きているか。まあ後で魂を戻して、それからたっぷり仕置きだ。どっちにしても、姉妹揃って、二度と娑婆には出さない。此奴らが父親を惨殺したのは事実。母親も廃人同然にしている。更に殺人未遂。許される罪では無い。

地面から顔を抜いたサリエル。

流石だ。私の一撃を耐え抜いたか。

だが、地面から抜いた顔に、またしても、しかも即座に私の拳が叩き込まれる。

今度は歯が数本吹っ飛び。

首が面白い方向に拉げたサリエルが、地面に叩き付けられた後バウンドし、山の斜面にびたーんと突き刺さった。

轢殺されたカエルのような格好である。

がたがた震えている式神ども。

何だ此奴ら。

私が負けるとでも思っていたのか。

それとも、私が想像以上の化け物だとでも今更思ったのか。アネットにいたっては、ちびりそうな顔で側の木にしがみついていた。

サリエルが、ぱたぱた弱々しくもがいていたが。また顔を必死に上げる。

既に彫りが深い端正な壮年男性の顔はなく。

二回私の拳がめり込んだ跡が、容赦なく残る面白いものになっていた。

既にサリエルの側にいた私が、奴の武器である鎌を蹴り折る。

そして、髪を掴んで顔を持ち上げると。翼の一枚を、もぎ取った。

「ぎゃあああああああっ!?」

「私は怪異に対して決定打を与えるために、わざわざ式神から物理干渉力をオミットしているんだよ。 その意味が分かるか、ん?」

「ちょ、な、なにが」

「わからんか」

もう一枚、翼をもぎ千切る。

そして、髪を掴んだままのサリエルの顔に、今度は頭突きを叩き込んだ。

額の辺りが凹む。

勿論サリエルの。

鼻血がばーばー出るサリエル。もはや威厳も甘いマスクも過去の産物と化していた。髪を掴む手を替える。もう片方の側の翼をもぐためだ。

「怪異は私には勝てん。 ルシファー辺りが出てくれば勝負になっただろうが、本気の私が相手では、残念だがお前では力不足だよ。 怪異が理不尽だとすれば。 私は理不尽にとっての理不尽なのでな」

「ひょ、ひょんな、私は本物のサリエル……」

「知っているわボケが」

もう一枚翼を引っこ抜く。

情けない悲鳴を上げながら、髪を掴んでいる私の手を必死に外そうとするサリエル。勿論ベアークローは外れない。むしろ頭蓋骨がミシミシ言う。私は作業的に、サリエルの最後の翼ももぎ取る。

サリエルは、もはや何が起きたのか分からない様子で、鼻血と涙で顔面をぐしゃぐしゃにし、歯っ欠けの口を呆然と開けるばかりだった。

これで、単なるヨロイを着た汚くてでかくて顔が面白いオッサンだ。

必死にサリエルは、その凶悪さで知られる邪視を私に叩き付けてくるが。

それこそ、昔のシューティングゲームで、バリアに弾がはじき返されるがごとく。効くかそのようなもの。ましてや今は正体が知れているのだ。

愕然とするサリエル。

私はサリエルの髪を掴んだまま引きずっていく。

二度も私の全力打撃に耐え抜いたのは流石だが、それで限界。もうこの堕天使には立つ力も無い。途中から、山道に出た。斜面がコンクリ舗装されている。

私はコンクリ斜面にサリエルの顔面を突っ込む。

コンクリがボゴンとか面白い音を立てて凹んで、サリエルの顔がめり込んだ。

「では質問。 あのアホ二人では、お前を呼び出すには力不足だったはずだ。 手を貸したのは」

「−! ーーーー!!」

「言え」

ぐりぐり頭を押しつける。勿論喋れないことを知っての上でだ。

拷問のテクニックである。

相手が如何に理不尽で恐ろしいか、会話が成立しないか、徹底的に叩き込めば、それだけ口を滑らせやすくなる。

間違っても取引が出来るなどと思わせてはいけない。

相手が絶対に逆らえない存在で、逆らった瞬間全身に激痛が走る、くらいに思わせなければならない。

それが結果的に犠牲を減らすのだ。

何度かコンクリに顔を叩き付けながら、同じ質問をする。

やがて、サリエルは、完全にぐったりして、へたり込んだ。

そして、折れた。

「申し訳ございません、とても強き異国のお方。 調子に乗っておりました。 何でもお答えいたします」

「では、まずお前を呼び出させたのは誰だ」

「金髪の王子のような男にございます。 あの双子に、本物の魔術書を授けました。 あの二人は、それを読みこなす程度の知能は持ち合わせておりましたので」

「そうかそうか。 それでお前は、動物の生け贄で呼び出された後、あの双子の思考を読み取って、願いを叶えてやった、というわけだな」

その通りにございます。

すっかり顔が面白くなったサリエルが、涙声で言う。

私は背中から蹴りを叩き込むと、完全に浄化。

サリエルという堕天使が。

この瞬間、堕天使から天使に戻る。

浄化を受けたからである。

ただし、その堕天使としての知名度が高すぎる故に、天界に戻る事も出来ないだろう。式札に放り込む。

しばらくは私の式神だ。

アネットが、此方に来る。

破壊跡を見て、人形のように堅い動きで、私を見上げた。

「あ、あああ、あの、マスター」

「何だ」

「その凄まじき力、ひょっとして貴方は魔の王なのですか。 ムスペルの王が如き強さに思えてなりません」

「まあそんなものだ。 最終的には人界の魔王となろうと思っているから、当たらずとも遠からずだな」

ふふんと胸を張る私。

アネットは、真っ青になったまま。辺りの破壊痕を、もう一度見たのだった。

そして泣きそうな顔をして。もう一度、私の顔を見た。

何だか変な奴だ。

いつも私の顔なんて、見ているだろうに。

 

4、黒き影の果て

 

山道で猪にでも囓られているかと不安になったけれど、天草左の方はまだ生きていたので、そのまま襟首を掴んで引きずっていく。

途中で県道に出たので、道明寺に連絡。

道明寺は、すぐに来た。

「もう片方も急に大人しくなりましたよ。 取り憑いていた奴を潰したんですか?」

「ああ。 此奴らは父親を殺した上、母親を傀儡化、親友を誘拐して拷問を加え、更に殺そうとした。 普通の裁判では裁ききれんな。 例の施設に連絡しとけ」

「了解、と」

まあ、あまりにもひどい犯罪を犯した未成年用の更正用精神病院があるのだが。其処行きだ。

ただ裁判では、此奴らに有罪を証明できる証拠も揃っている。

まずは懲役を受けて貰い。

以降はその精神病院で死ぬまで過ごすことになるだろう。

なお、一生二人はあわせない。

それが此奴らにとっての、最大の罰になる。

ついでに、分裂している人格については、ちょっと細工を加えれば元に戻せるだろう。その辺りはかごめにやって貰う。

それも罰としては丁度良い。

人間には、償える量がある。

此奴らはそれを明らかに踏み越えた。

双子の異常な共依存が、シリアルキラーの凶行へつながってしまったのは残念だが。それについては、もはやどうしようもないだろう。

さて、と。

道明寺が行った後、タクシーを呼ぶ。

私の車を回収するためだ。

あんな山中に起きっぱなしにしておくのも問題である。一応、愛染にも連絡。愛染も、行くと言った。

彼奴にとっては車は命の次に大事なものだろうし、当然の反応か。

途中で合流。

一緒に山奥へ急ぐ。

既に夕方だ。この辺りは、夜になると急激に暗くなる。車に乗る人間の中には、何故かライトをアップにすると激怒する者がいるが。

こればかりは仕方が無い。

「純さん、北条が納得いかないと言っていましてね」

「あの双子のことか」

「ええ。 北条は怪異に散々遭遇しているんでしょう?」

「しっ」

タクシーの運転手は部外者だ。

そういう話はするなと、軽く釘を刺す。

この辺り、愛染はまだ子供か。

背伸びはしているし。素質もある。頭も悪くない。

だけれども、どうしてもこの子供っぽさは抜けない。私もどうしてか周囲に子供っぽいとか言われるが、それは気のせいだ。

タクシーの運転手も、ぼろぼろな私や、明らかにヤンキースタイルの愛染を見て、関わらない方が良いと思ったのだろう。

更に、場所のこともある。

さっさと送り届けると、帰って行った。

車はちゃんとあった。

佐倉は車の運転が苦手という話だし、車の回収までは気を回させるのも酷だ。何より彼奴には、天草右の方の護送について貰っていたのだし。

「で、どうします。 北条、怪異のこと、頑なに認めないんですけれど」

「何もかも怪異、というわけではないからな。 今回の双子にしても、あの爆発的な身体能力は、怪異のブーストだけではなくて、薬物による強化もあった」

「確かにそれはそうですが、あのC村の惨劇の生き残りって話じゃないですか。 それならどうして……」

「トラウマだろう。 無力を叩き込まれ、どうしても抗えない恐怖にさらされ続けたのだからな。 認めたくなくなるのも、理解してやらないといけないぞ」

頭を掻く愛染。

そして、言い忘れていたという。

「実は、じいやの奴が、車を回収するかと聞いてきていたんですよ。 その時、純さんの車も回収しておこうかって言っていたんですが。 実はその直後に電話があって」

「なんだ、そういうことは遠慮無く言ってくれて構わないぞ。 時間は有限だし、もうこんな時間だしな」

「すみません、何だか悪いと思って」

「悪くないさ。 私はこの世界の裏を統べるつもりではあるが、それは必ずしも私が暴君であったり絶対者であったりする事を意味はしない。 私が間違っていると思ったら、いつでも指摘してくれて構わない。 そういう意味では、北条はお前よりも肝が据わっているな」

複雑そうな顔をする愛染。

まあ、一緒に仕事をしていけば、どうしても慣れるだろう。

後は車で帰る。

私の車を先導するように愛染の車が行くが、本当は逆の方が良いだろう。それにしても鋭いスキール音を出す車だ。

 

数日後。

科捜研から連絡があって、薬物がやはりトリカブトとチョウセンアサガオである事がはっきり分かった。

そればかりか、あの秘密基地からは、ヘロインやコカイン、更に筋肉増強剤、興奮剤、覚醒剤なども見つかっていた。

凄まじい。

大人しい美人双子の真の姿が、シリアルキラーどころか、この世の悪を網羅しているような有様だとは、世の中は分からないものである。

勿論学校側では、一切その手の噂さえなかった。

ひょっとすると、知性を敢えて隠していたのかも知れない。

それどころか、である。

捜査一課が、通っていた学校を調べた結果、とんでも無い事が分かってきた。

学校の裏庭。

彼方此方に、真っ二つにされたもの。

人形、道具類、その他諸々が発見されたのだ。

椅子や机まであった。

更に、生徒達。特に天草姉妹の周辺の生徒達は、天草という名前を聞くだけで、反射的にべた褒めする。

おかしいので薬物検査をして見たら。

案の定だったという。

殆どの生徒、担当教師から、マインドコントロールに使う薬物が出たという。

恐らく視聴覚室などを使って、まとめて洗脳していたのだろうと、纐纈は話すが。それにしても手際が良すぎる。

以前、何処ぞのお受験校で見たシステムを、応用したのかも知れない。

双子の異常性を見ると、奴らがずっと前から手駒にしていた可能性も捨てきれないのである。

私は黒魔術による洗脳を想定していたが。

それどころか、あらゆる手段での洗脳で、周囲を自由にしていた、とみるべきだろう。

纐纈は、務めて淡々と言う。

「恐らく定期的にマインドコントロールされていたんだと思います。 本当に、魔女と言うほかない双子ですね」

「例の父親の変死事件を洗い直せ。 確実に双子が犯人だ」

「それについては、新見が既に吐かせました」

「む」

動きが速い。

G県警捜査一課を事実上取り仕切っているだけのことはある。流石に出来る。私は、素直に感心した。

「双子の両方が、自慢げに語ったそうです。 お父さんは、私達で半分こにしたんだよ、と。 まるで子供のように無邪気な笑顔で、新見も背筋に寒気が走ったとか」

双子は尿検査でも薬物反応が出ており。

更に精神科医も、サイコパスであると断言しているそうだ。

危なすぎるので、拘束衣を着せて、手錠を掛けて生活させているそうだ。姉に、妹にあわせろとしきりに言うらしいが。絶対にあわせないようにと、私が事前に告げている。

あの双子は。

あわせることで、狂気の塊となるからだ。

ちなみに母親も同じように洗脳されていた。

児童虐待家庭で、母親が娘を風俗で働かせるような案件は実在するが。

娘が母親を洗脳して奴隷として使う例はあまり多く無い。

母親が年老いてからはそういうケースもあるのだが。天草家は父母ともにどちらかと言えばエリートで、普通だったらそんな手が通じるはずもないのだと、纐纈は言い切った。

私は嘆息すると、指示。

まあ、指示するまでもないことだが。

「当面は絶対監視を続けろ。 相手を女子高生と思うな。 人食い熊を収監していると思って、絶対に油断するなよ」

「分かっています」

裁判の際も、双子を揃って出さないようにと手を回している。

それほどに危険な二人なのだ。

ちなみにマスコミに情報は流させない。

ゆうかが多分佐倉の動きを見て嗅ぎつけたのか、電話を掛けてきたけれど。

少し前に起きたスキャンダルの情報をくれてやって、それで黙らせた。此奴に、こんな事件に首を突っ込ませる訳にはいかない。

それに、だ。

まだこの事件。

完全に解決したとは、限らないのだから。

 

愛染と、退院した北条を待つ。

ちなみに、此処は。

天草家だ。

二人は既に中に一度入っている。その関係もあって、天狗に見取り図を書かせている。不満そうな北条。

「あの二人は逮捕されて、全て自白したと聞いています。 もう、警察の仕事は終わりだと思うのですが」

「現場百回の鉄則を忘れたか。 それにこの事件、まだ何か臭うのでな」

ちなみに庭の方は既に調査が入っている。

そうすると、出るわ出るわ。

庭からも、真っ二つにされた色々なものが、ボロボロ出てきたという。気持ち悪いくらいに、だ。

もう少し遅れていたら。

この庭から、人間の死体がボロボロ出てきただろう。

それくらい、危険な二人だった。

なお、庭には平然とチョウセンアサガオが育っている。不思議そうに北条が見ているので、毒草だから絶対に触るなと釘を刺しておく。なんとチョウセンアサガオは、根から実まで全てに毒があるのだ。

家の中に入る。

ずんと、強烈な邪気が来た。

やはりこれは、何かあったのだろう。

サリエルの本物が出てくる位なのだ。奴らも関与していただろうし、そもそもこの家は、最初からまともではなかったのかも知れない。

台所を覗く。

冷蔵庫を開けてみるが、普通の食材だけが入っている。少しだけ安心したが、しかし冷凍庫を見て絶句。

凍った金魚。

犬や猫のものと思われる足。

どれもこれもが。

真っ二つにされていた。

しかも、巧妙に冷凍庫の下の方に入れている。

双子の部屋を確認。

気持ち悪いくらい、何もかもが二つずつ。どれもこれも、セットで揃っている。パジャマや机。椅子。

電球まで。

窓でさえ。上下にラインが引かれていて。

取っ手は中央で固定されていた。

「尋常じゃ無いな」

「……」

北条が青ざめている。愛染は、言葉も無い様子だったが。北条よりは、耐性があるようだった。

ベッドの下を確認。

男子のベッドなら此処にエロ本が定番だが。

此奴らのベッドの場合、死体でも出てきそうだ。そして、その予感が適中したことを、悟る。

標本だ。

昆虫の標本。

それもどれもこれもが、真っ二つにされている。確かに左右対称の生物だが。カブトムシやクワガタまで真っ二つにされているのを見ると、流石に私も口をつぐむ。

何が此奴らを、此処まで異常に駆り立てた。

ニセバートリーが、手招きしている。此奴の勘は頼りになる。見に行くと、階段の一部がずらせるようになっていて。その下に、何か入っていた。小さな箱だ。手袋をして、取り出す。

「北条、愛染」

散開して家を調べていた二人を呼び出す。

そして、箱を開けると。

其処には、小さな靴が二足、入っていた。

青い靴と赤い靴だ。

「……」

凄まじい邪念というか、怨念を感じる。そういえば、あの双子。下着から何から、赤系で揃えていたと、刑務所の人間が言っていた。

そういえば、今の部屋も、どちらかと言えば赤系が多かった。

まさか。

いや、呪いというのは、そういうものだ。

「どう思う、北条。 この封印の厳重さ、何よりこの丁寧な包装。 これが、あの二人のオリジンでは無いかと私は見るが」

「……そうですね。 ひょっとすると、平等では無い。 最初の出発点は、それだけだったのかも知れませんね」

子供の心には。

結構簡単に深い傷が穿たれる。

あの双子は、好みも異常に似ていた。どちらかにしか赤い靴が用意されなかったのだとしたら。

恐らく、両親も双子が見分けられなかったのだろう。

だから見分けられるようにとこういう措置をして。

それが最悪の結果を生んだ。

この大事にされている様子、ひょっとすると誕生日か何かのプレゼントだったのかも知れない。

もしそうだったとすれば。

幼い双子が味わった絶望は、どれほどだっただろう。

くだらない、と切り捨てるのは簡単だ。

だが、私は呪いを専門に扱う。

愛染もその知識がある。

北条も、かごめにプロファイルを習っている。

だからこそに。その重要性は、此処にいる誰もが分かるのだった。

天を仰ぐ。

この邪気に満ちあふれた狂気の館。人間を完全に破壊したそのオリジンが、ただの善意で買われた靴。

それも、双子を見分ける事を諦め、雑に接したたった一つの間違い。

それだとしたら、救われないにもほどがある。

「捜査一課に、後は引き継ぐぞ」

二人を先に上がらせると、私は念入りにこの家を浄化した。

もうこの家は、取り壊してしまった方が良いかもしれない。

一度だけ、狂気の家を見上げる。

窓から、狂気を孕んだ誰かが。まだ家にいて、笑いながら見下ろしているような気がした。

 

(続)