煉獄再び

 

序、災炎

 

夜中に叩き起こされた私は、話を聞くとすぐに着替える。これは緊急事態だ。三年の月日を経て。ついに奴らが再び動き出した。

いや、違う。

動いていたのが、発覚したのか。

正確には、奴らとしてはもう必要がないので放棄した、というのだろうか。

まだ、詳細はよく分からない。

はっきりしているのは、G県の寒村が一つ壊滅した。それだけだ。

とにかく、現在自衛隊の出動も含めて、対応を進めている。そして父から、すぐに第二報が届いた。

「かなり状況がまずい。 可能な限りの人員に声を掛けろ。 総力戦態勢だ」

「父上、なにがそれほどにまずい」

「まず現地に向かえ。 ヘリを其方にやっている。 もうすぐ到着するはずだ」

なるほど、車を使っている場合では無い、という訳か。

頷くと、私は着替えと戦闘準備を終えて外に出る。この三年ですっかり風祭のエースとなった佐倉が、丁度G県近郊にいる筈だ。ゆうかもいるのでちょっと不安なのだけれど、まあそれはいい。

すぐに電話をして、向かって現地の戦力と合流するように指示。

案の場だが。

佐倉は加齢が止まっていて、三年前とまったく姿が変わらない。

ゆうかがどんどん年を相応に重ねているのに、自分はきっと永遠にこのままなのだろうと、佐倉は時々嘆いているが。

それは良い事なのか悪い事なのか、正直私には分からない。

ヘリが来た。

自衛隊の最新鋭輸送ヘリだ。小暮の姿も見える。

小暮は三年で警視にまで出世した。階級としては私と同じになったわけだが。しかし相変わらず、小暮は私を先輩と呼ぶのだった。

「先輩、準備が整っているのならすぐに」

「分かった。 今回は総力戦態勢と言う事らしいが」

「賀茂泉警視正と、羽黒も既に現地に向かっているのであります」

「そうか、余程危険な状態らしいな」

ヘリが出る。

ぎゅんと加速するヘリの中で、話を聞く。左右に座っているのは、みな組織に属している者達だ。

「小さな村が壊滅したそうだな」

「はい。 それも、異常な有様でして」

「爆撃でもされたのか」

「いえ、何度も何度も執拗に壊滅させられた、というような雰囲気らしいのです。 生存者は現時点では見つかっていません。 怪異の出現が確認されており、現在先行した部隊が情報調査中です」

村一つを壊滅させる、か。

話によると、壊滅したC村は人口としても三千人ほど。小さな警察署もあり、其処には二十人からの警官もいた。

だが、警察署は滅茶苦茶に壊滅させられていて。

既に廃墟も同然。

そう、潰されてから数年も経っているように見える有様だそうである。

佐倉から電話が来る。

「ウス、先行部隊と合流しました。 ツツガムシが山ほどいるっす。 今、交戦して蹴散らしてますけど、出来るだけ早めに戦力を追加してください」

「ツツガムシだと!?」

「それも、羽が生えて空を飛ぶように進化しています。 戦闘力は正直生半可なツツガムシの比では無いっすね」

「すぐに行く。 戦闘の拡大は避け、情報の収集に努めろ」

佐倉との通話を切る。

ツツガムシ。それも、戦闘用に強化されている。それが無数。

奴らの関与は間違いないだろうが。

寒村でどうしてそんなものを、大量に発生させていたのだろう。

自衛隊の部隊から連絡。

此方には、風祭の手の者がいて。怪異を使って偵察しているのだが。声が慌てきっていた。

「ゾンビです!」

「何だと」

「ゾンビ映画のような状態です! 死人が歩き回っていて、凄まじい光景です。 自衛隊の偵察部隊が火炎放射器で薙ぎ払っていますが、次々来ます!」

「多分死体に怪異を憑依させているんだろう。 お前の式神で、怪異を蹴散らせ」

自衛隊は防戦一方のようだが。まあ、戦死者は出していない様子だし、戦闘専門の部隊が到着すれば、すぐに片がつくだろう。

映画と裏腹に、ゾンビは実際にはそれほど危険な怪異では無い。

動きも遅い。

ただ噛みつくとゾンビ化するタイプは厄介だが、それも怪異を憑依させて作っているケースが多く、実際には増殖力もそれほどには無い。

それでも、対応が遅れると手遅れになるケースもあり。

海外で私も、そうやって壊滅した村を実際に見た事がある。

自衛隊の一個師団が動き始めた。

ヘリで中空からゾンビを薙ぎ払っているようだが。

ツツガムシの大群が、ヘリを狙い撃ちに襲いかかってきて、高度を上げてやり過ごしているそうだ。

式神も展開しているが、処理しきれないらしい。

いずれにしても、こんな状態では。

確かに生存者は厳しいだろう。

私の乗っているヘリが、G県に突入。

それまでに、父から情報が幾つか来た。

少なくとも四種類以上の怪異が村で確認されており、いずれの殺傷力も非常に高いそうである。

それだけではない。

どの家も、滅茶苦茶な有様らしい。

徹底的に壊されていたり。

消し炭になっていたり。

中が死体だらけだったり。

とてもではないが、まともな有様では無かったそうだ。

どうしてこんな状態になるまで、発覚しなかったのか。寒村とは言え、警察署だって存在しているのに。

外に誰か、急を告げようとは思わなかったのか。

外部から、誰か連絡しようとはしなかったのか。

どちらにしても、あまりにもおかしすぎる。

まずは掃討戦だ。

私はヘリから降りると、全ての式神を展開。まだ周囲にいるゾンビやツツガムシを、ゴミのように蹴散らしながら進む。

唸り声を上げて襲いかかってきたゾンビに、蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす。

ぐっちゃぐちゃに潰れたゾンビは、十メートルも吹っ飛び。

肉塊になって四散した。

何を憑依させているかは知らないが、肉体を破壊すればおしまいだ。周囲の部隊も、火炎放射器で掃討戦に入る。

更に式神達が、徹底的にツツガムシを駆除していく。天狗が風を巻き上げ、其処に複数の式神が炎の術を叩き込み。炎の竜巻を作って、ツツガムシを焼き払う。凄まじい突風の前には、所詮は虫の怪異。

巻き上げられ。

一気に焼き払われて。

大半が瞬時に消え失せた。

「スピーカー、準備できました!」

「よし、総員耳塞げ!」

無線で連絡。

そして私は、一喝を叩き込む。

村全体が、震度6の地震にあったかのように、ドガンと揺れる。

私も三年で何もしていなかった訳では無い。金髪の王子との戦闘再開に備えて、徹底的に鍛えて来た。

実力は前よりも更に上がっている筈だ。

村中のツツガムシが、爆裂四散。

更に糸が切れたように、ゾンビ共も動かなくなる。

おぞましい腐臭が漂う中。

まだわずかに生き残っている怪異を、蹴散らしていく。途中、雲状の、悪霊の塊を発見。

有無を言わさず拳を叩き込み。

そのまま浄化して、消し飛ばした。

「生きている人間は見当たらないな」

「救助活動には遅すぎたようですな」

「いや、そういう意味じゃ無い。 奴らの要員は全て撤退した後、という事だ」

「……なるほど。 頭に来るほどに手際が良いですな」

小暮が納得したけれど。

私にはどうにもそうは思えない。

実際問題、この寒村にも、人の出入りはあったはずだ。こんな何年も掛けて無茶苦茶にされたような状況。

ありうるはずが無い。

「此方α小隊、クリア!」

「β小隊、敵残存戦力を発見! 焼き払います!」

「γ小隊、クリア! β小隊の支援に向かいます!」

味方も敵を蹴散らし始めている。

私は、警察署に足を運ぶ。

中はおぞましい有様だ。ゾンビが殺到するのを、どうにかバリケードで防ごうとした様子だが。

バリケードは力尽くで破られ。

乱入してきたゾンビによって、抵抗していた警官達は、皆殺しに食い散らかされた様子である。

まて。

それにしては、妙なところがある。

地下には、牢に入れられたままのゾンビが。

そのまま、真言を叩き込んで潰す。

しかし、である。

どうも見覚えがある。

地上に出てみると、やっぱりだ。食い荒らされて首しか残っていないが、死体の一つに、同じ顔のものがあった。

かごめから連絡が来る。

「何なのこの村は。 幾つかの家に、明らかにサイコキラーに殺戮された死体が散らばっているわよ。 それも十や二十じゃ無いわ」

「この有様だ、何が起きても不思議ではないだろう」

「いいえ、それがね。 これらの死体が転がっている家の近くには、気味が悪いゾンビやら何やらは近寄った形跡が無いのよ」

「はあ!?」

何だそれは。

あの様子では、もう何もかもが無茶苦茶だろうに。

羽黒から連絡。

村の醤油屋で、異常な状態が確認されたという。

調べて見ると、地下にある醸造庫から、毛髪や血痕が大量に発見されたというのである。

こっちも、十人やそこらの規模では無いそうだ。

「人間を材料にして、発酵製品を作っていたとしか思えません」

「確かこの村では、自然派の醤油やら味噌やらを、通販で全国に発売していた筈だったな」

「はい、この有様では……」

「いや、発送された最終日を調べろ。 それで、少なくとも村がまともだった最後の日が分かるはずだ」

これはもう、何が起きても不思議では無い。

別のチームから連絡。

頭を抱えたくなるが、順番に処理していく。

今度は旅館からだ。

地下空間に、巨大な空洞があり。

其処には、どう考えても拷問に使っていたとしか考えられない道具類の数々が存在していたという。

撮影機材もあり。

そして、大量の死体が、此処でも発見されているそうだ。

「スナッフムービーでも撮っていたとしか思えません」

これを発見した警官が、口を押さえながら言う。

死体はどれもひどく損壊し。

腐敗も始まっていた。

こんな状態では、何が起きていたかは、状況証拠から洗っていくしか無いだろう。

とにかく、本格的な調査は後だ。

まずは、敵の残党を、徹底的に処理する。

次々に集まってくる味方の部隊を、敵の処理に廻す。式神達もそれに全面協力させ、まずは村を完全に安全な状態にする。

生存者は、これでは絶望的だろう。

唇を噛む。

一体何が起きていたのか。

私にさえ、まったく分からない。

この村は、まるで異常事態のカーニバルだ。

ありとあらゆる悪逆の限りが此処で尽くされて。

住民は殆ど悪魔の贄である。

抵抗した様子も見受けられると思えば。

逆に、一緒になって暴虐をつくした様子さえある。

私自身も、まだ抵抗している敵がいる地点に出向いては、敵を叩き潰して廻る。兎に角、これ以上の被害者は絶対に出させない。

負傷者も少し出た。

ゾンビに噛まれた自衛隊員は私が診る。

やはり怪異を憑依させるタイプだ。その場で怪異を祓って、浄化。これで、致命的な事態にはならないだろう。ただしかなり強い毒が注入されている様子なので、その後は医療班の仕事だ。

人見も来たので、けが人の状態は確認させる。

特にゾンビに噛まれた自衛隊員は、念入りにチェックさせた。怪異と毒だけでは無く、未知の病原菌とかを使った、二段構えの仕組みかも知れないからだ。

村に到着してから、五時間。

掃討戦は、どうにか終わった。

マスコミは近づけさせない。ゆうかは来ているが、此処で見た事は他言無用と、きつく言っている。

こんな事が外にばれたら洒落にならないし。

そもそも現場にいる私達でさえ、何が起きているのかさっぱり分からない状況なのだ。マスコミになど介入はさせられない。

式神達が、徹底的に調べて、残存する敵はいないと報告してきた。

私自身が全域に一喝をぶち込んだ事もある。

多分大丈夫だろうが。

それでも、残存戦力がいる可能性はある。

引き続き、式神達には警戒を続けさせた。

電話が来る。

「古橋ッス」

「ん、で、どうだ」

「それが、どうもなにも」

古橋。

三年前に、ある事件で助けてから、外部協力者として囲っている凄腕のハッカーである。まだ中学生だが、その実力は本物。

今も、この村に関するネットワーク関連情報を、調査させていたのだが。

結果が出た様子だ。

「少なくとも、昨日までは普通にやりとりを外部としてるんすよねえ。 それも、尋常じゃない頻度で」

「昨日まで、だと」

「はい。 昨日の深夜零時、まあ今日の最初くらいまでは、ッス。 其処から、ぷちんと何もかも、通信が切れてますけど」

「ちょっとまて」

私が朝叩き起こされたのは四時前だ。つまり、四時間足らずで、この地獄絵図が顕現したとでもいうのか。

羽黒からも連絡がある。

例の発酵製品類。

昨日までは出荷されている。

しかも、発酵製品に不備があったとして、全て回収して、調査を開始しているのだが。その時点でおかしいという。

「明らかに、二種類があります。 どうも妙な毛とかが混入しているようなものと、極まともな、まっとうな発酵製品と、です」

「まるで意味が分からんな」

「割合的には、10対1くらいで、まともな製品です。 それも、1の方は、どうも決まった日付で出荷されているようでして……何よりおかしいのが、どうも筆跡がおかしいんですよ」

「筆跡?」

羽黒の話によると、だ。

そもそも製品のパッケージそのもののデザインが根本的に違うし。

礼状のようなものが丁寧に着けられているタイプのと、そうではなくて適当に殴り書きされているものがあるという。

そして前者は例外なくまとも。

後者は、明らかに、材料が人肉だというのだ。

頭を抱えたくなる。

狐に化かされた、というにはあまりにも異常すぎる状況だ。昔話の狐だって、いくら何でも無理と頭を振るだろう。

更に、意味が分からない報告が続く。

掃討作戦を終えた自衛隊員が、敬礼して、報告してきた。

焼き払ったゾンビの数は。

推定一万五千。

思わず真顔になる私に。

もう一度自衛隊員は、一万五千と繰り返した。

「この村の人口は、三千足らずの筈だ。 残りの一万二千はどこから出てきた」

「分かりかねます」

「……分かった、もういい。 後は此方で調べる」

自衛隊員達だって、匙を投げたい状況だろう。

なお、人見の話によると、幸いゾンビに噛まれた隊員は、どうにかなりそうだということである。

それだけは良かった。

「当主!」

佐倉が駆け寄ってくる。

オオイヌガミを連れているが。オオイヌガミは死闘の後だからか、口の周り中を血だらけにしていた。

「生存者です!」

「よし」

急ぐ。

どうやら生存者は、滅茶苦茶にされた警察署の一室に隠れて。必死に凌いでいたらしい。他に生存者は。いそうもなかったが。

女性警官だ。

それも若い。多分、警官に成り立てだろう。それなのに、このような事件に巻き込まれて、不運なことだ。

はて、何処かで見覚えがある。

少し考えて、すぐに思い出した。

この娘は、北条紗希。以前かごめが言っていた。

ライアーアートとか言う話術を研究しているとかで、使えそうだからくれと言っていた新人だ。

北条は、ぼんやりとしていた。

発狂寸前の恐怖にさらされ続けて。もう精神が崩壊寸前にまで追い込まれていたのだろう。

根気強く呼びかけるが。

目に、光が戻る事は無い。

すぐに救急隊員が来て、連れていく。

かごめが来る。

「調べて見たけれど、サイコキラーが複数いたとしか思えないわ。 それに……」

「しばらくは忙しくなるな。 それと、生存者を見つけた」

「それは……良かったわ」

「いずれにしても、この村は異常すぎる。 しばらくは完全閉鎖するしかない」

私の言葉に、かごめも同意。

安全は、確保できた。

だが、どうやら。この事件は、ここからが一番大変な状況になりそうだった。

 

1、悪夢の螺旋

 

自衛隊の一個師団が後始末を始めた頃には、私が既に怪異を全て処理。羽黒が自分に任されている部隊を使って、必死に情報収集していた。

強化されたツツガムシは、サンプルを数匹捕まえたが。

元がハサミムシみたいな姿をしているのに。どういうわけか羽があって、自由自在に飛び回る。

サイズも小さな猫くらいはある。

これなら、数が集まれば、防護服を喰い破って中の人間を食い殺すことなど容易いことだろう。

しかもこれが、どうしてか分からないが、凄まじい勢いで繁殖したようなのだ。

研究施設は、見つかっていない。

地元の金持ちの家の地下から湧いたようなのだが。

この金持ちも、意味が分からない事ばかりなのである。

「家に複数の同一人物がいたとしか思えません」

羽黒が頭を抱える。

何しろ、この家にいた人間の性格が、まったく掴めないというのだ。

ある時は無害な引きこもり。

しかしまたある時は、スナッフムービーを撮影して、犯罪組織に売り渡していたようなのである。

スナッフムービーなど、現実には殆ど存在し得ないのだが。

此奴はどうやら、本当に人間を殺して撮影していた様子で。家から、その焼け残りが見つかっていた。

流通路についても調べているが。

これについては、どうしてかさっぱり分からない。架空としか思えない経路を通って、販売されているようなのだ。

しかも、販売された現物は一つも見つかっていない。

奴らが如何に辣腕を振るっても、此処までの事は出来るはずがない。

また、ある時は、凶暴なシリアルキラーで。この村に大量のツツガムシが繁殖するきっかけを作り。

しかしながら別の時は、シリアルキラーの餌食になって、骸を晒している。

こんな具合だ。

「訳が分かりません。 同一人物としか思えない死体が、たくさん出てくるんです」

「DNA鑑定は」

「それが、死体の損壊状態に差があって……」

羽黒も困り果てている様子である。

なお、警察署の中にあった死体も。

明らかに、元々の警察官の数を遙かに上回っていた。

中には、ゾンビ化して、牢の中で朽ち果てた死体まであった。

そもそもこの警察署、それほど大きな施設では無い。

内部の朽ち果て方が尋常では無く。

もう何年も過ぎているようにしか、見えないのだ。

怪異の気配は。

嫌と言うほどある。

というか、専門家である私でさえ、分からないほどの種類の怪異が、跋扈していた形跡があり。

それに複数の。恐らく怪異を体内に宿して、特殊な能力を使えるようになった人間だろう。

それらが何かしらの邪法を駆使していったらしき形跡も残っている。

組織の方でも全力で動いているが。

この小さな村では考えられない数の死体が出てくる事。

それに、どう考えても現実には存在しないルートでの物品流通が起きていたらしい事。

さらにさらに、明らかに何度もこの村そのものが壊滅しているらしい事。

昨日の零時前後に村がおかしくなったとして。

四時に私が叩き起こされ。

此処に到着するまで、二時間かかっていない。

既に戦闘も終了して。調査開始して、今は夕方。

四時間足らずで、この村は一体どのような目にあったのだろう。本当に、訳が分からないとしか言いようが無い。

羽黒の部下が、連絡を入れてくる。

妙な証言をしているトラックのドライバーがいるというのだ。

すぐに其方に向かう。

この村は陸の孤島と化していて、外につながっているまともな道路はトンネル一つしかない。

このトンネルを通らない場合、ヘリや空挺をしないとなると熊が出る事もある山道を徒歩で踏破しなければならず。

自衛隊の先遣部隊は、輸送機と輸送ヘリをフル活用して、組織の精鋭を先鋒に此処に乗り込んだのだが。

普通の人間は、トンネルを通るしか無いのだ。

トラックのドライバーは、トンネルの外で、寝ているところを見つけたのだという。話を聞くと、無精髭だらけのまだ若いドライバーは、申し訳なさそうに頭を掻きながら言う。

「実は昨日の夜中、一時くらいの事なんですけれどね」

「何があった」

「それが、トンネルに入ったと思ったら、出てたんですよ。 何だか極秘の品を運ぶとかで、夜中にここに来たんですけれどね」

「極秘?」

それが、妙な事に。

時々警察から、何か変な注文が来ていたのだそうだ。

決まって夜中に来るように促され。

そして、大きな箱を、手渡ししていたという。

木箱で、どうも中には何か生き物がいたようで。

数時間すると、また木箱が返される。

そして、その木箱は、決まって違う場所へ届けるようにと、指定があったのだとか。

まあ、それで何度かトンネルに入ったが、どうしても戻ってきてしまうので、寝ていたら、大騒ぎが始まり。

ほとぼりが冷めるまで静かにしていようと、脇道に逸れて休んでいるうちに、また寝てしまったとか。

不幸中の幸いだ。あの戦闘に巻き込まれたら、ひとたまりも無かっただろうから。

それにしても。腕組みする。

本当に此処で、何が起きていたのだ。

此処の警察の関係者名簿は、既に羽黒が見つけてきている。

ざっと目を通すが、今までに奴らに関係していたり。逆に組織に与していたものは見当たらない。こんな僻地の警察署だし、まあ当然か。

護衛を続けてくれている小暮が、小首をかしげた。

「意味が分かりませんな。 そもそも警察に夜中に荷物を運ぶというのが何とも……」

「羽黒、もう少し詳しく聞いておいてくれ。 後、この輸送会社に問い合わせて、詳細を調査」

「分かりました」

かごめが渋い顔をして来る。

人見と一緒だと、かごめは機嫌が良い事が多いので、珍しい光景だとは言えた。

「どうした、何か進展があったのか」

「進展も何も。 同じ死体がたくさんあるのよ。 DNA鑑定したけれど、どう考えても同一人物」

「それは羽黒からも聞いたな」

「それにね、場合によっては性別が違っていたりしてね」

人見が、頭を抱えながら言う。

性別が違う。

私も流石に、顎が外れるかと思った。どういうことだ。この村では、大規模なクローンの実験でもしていたのか。だが、クローンなんて、まだ軍でも秘密裏に一部しか成功していないと聞く。それも、成人男性の兵士をポンポン作れるようなお手軽システムでは無く、金も時間もえらく掛かる代物だそうだというのに。

これはもう、本当に何が何だか。

とりあえず、情報は徹底的に洗うしか無い。壊滅した村は、死体の山だ。一つずつ調べていく余裕も無い。

科捜研は人員をフルに動員して、片っ端から死体を調査して、その場で焼却処分していく。衛生面もあって、こればかりは仕方が無いのだ。

動かなくなったゾンビも調べていくが。

これは様々な怪異を憑依させていたようで。噛みつくと、その怪異を相手にも移し。そして体内で生成した毒を相手に流し込んで死に至らしめ。死んだところを動かす、という仕組みだったようだ。

白蛇王が言うには、ゾンビと言うよりも、東洋の呪術に近いと言う。

「似たような呪術を何カ所かで見た事があります。 ただ、これほど完成度が高いものは初めてですが……」

「いずれにしても、しばらくは眠れそうにもないな」

部下達には、交代で休憩を取らせる。

当然マスコミが嗅ぎつけてきたが、トンネルで門前払い。山の方にも見張りを立てているので、中には入れない。

ちなみにゆうかはちゃっかり内部に入って、佐倉に怒られながら辺りを見て回っていたが。

写真は側についているオオイヌガミが撮らせない。

この辺り、プロになってから、嗅覚が冴えに冴え渡っている。また、特ダネに食いつく力も。

特ダネがある場所に潜り込む力も。

凄い勢いで伸びているようだった。

だから、油断しないように、佐倉には言ってある。

下手をすると、佐倉の目さえ盗んで、とんでも無いネタを挙げかねないからだ。

まあ最近は、佐倉に怒られる事も多くて、一緒にいないときは無茶をしないようになり。その分制御も効くようになったようだが。

私は相変わらず此奴が苦手だ。

警察署に入って、周囲を見てまわった。

北条がいた部署は三人の小さなものだ。

警察署は朽ち果てていて。昨日まで機能していたとは、とても思えない。もう、北条に話を聞くしか無いだろうが。

あの様子では、一体いつになったら、精神が回復するのか。

私もこれでは流石にお手上げだ。

情報を積み上げていくしか無い。

小暮が、しばらく周囲は見ておくと言ってくれたが、私が首を横に振った。こればかりは、放置しておけない。

翌日の六時になっても、まだ事態は収束したとは言い難かった。

 

結局、仮眠を取る事が出来たのは。

翌々日の七時。

あらかた情報を取り終えて、整理も終わった頃である。

部下達は交代で休ませてはいるが。

私達はそうも行かないのである。

ひっきりなしに入ってくる情報を整理し。

それに対応を続けなければならない。

ちなみに、組織の戦闘部隊も常時待機中。これほどの事件が国内で起きたのである。当然とも言えた。

マスコミもハイエナのように群がってきてはいるが。

今の時点では、羽黒が全て押さえ込んでいる。

政府との連携も、今回は完璧。

少なくとも報道は一切させない事で、記者クラブには圧力も掛けていた。問題は週刊誌だが。

此奴らは近年質が落ちる一方で、トンチキな記事しか書けなくなっている。

放置しても大丈夫だろう。

軽く仮眠を取って、起き出す。

小暮も疲れているようだが。

私が眠っている間、ずっと起きて周囲を見張ってくれていた。

「小暮、代わりに休め。 護衛チームについては、もう大丈夫だ」

「分かりました。 先輩も無理なさらぬよう」

「分かっている……」

シャワーくらい浴びたいが、この状況ではそうも言っていられない。

とにかく、現時点で死体の処理はあらかた完了。

死体の状態も、大まかな分類が完了した様子だった。

まず、襲われてゾンビ化したもの。これはツツガムシに食い殺された後、ゾンビ化したケースも含まれる。

これが自衛隊員が報告してきた一万五千の九割をしめている。

だが残り一割は。

明らかに殺された後、ゾンビ化している。

ゾンビ化に用いられた怪異は、東南アジアのバナナンガルという極めてマニアックな怪異であり。

死体とあれば見境なくに潜り込んだようで。

死体の損壊があまりにも激しいケースを除くと。

大半がゾンビ化したようだ。

だが、その死体の損壊が激しいケースも、かなり多い。

殺し方も、何種類かに別れている様子だった。

特にひどいのが、一部の廃屋にうち捨てられている死体の数々。明らかに医療知識を持った人間が、楽しみながら切り刻んでいる。

切り刻み方も、人間の分解のやり方を良く知っている人間が。丁寧かつ手際よくやっている。

首を切りおとし。

自分の体を見せる、というような事までしていた様子だ。

これをやっていたらしい奴の死体は、ゾンビ化して見つかっている。

近くの養護老人ホームに勤めていた看護師で。

記録にある限り、極めて評判が良い人物の様子だ。

これもまたおかしい。

というのも、養護老人ホームから、多数の失踪者が出ていると記録にあるケースと。養護老人ホームで老人達を庇って、ゾンビに食われた死体として見つかっているケースがあるのだ。

それも、後者の方が圧倒的に多いのである。

例の発酵店についての情報も、分かってきた。

どうやら夫婦揃ってシリアルキラーで、殺した人間達の子供を自分の子供として育てていたケースがあったようだが。

それ以外は、ごく普通の発酵食品店の人間である。

ゾンビに追われて警察署に逃げ込んで、其処で殺されたり。

店で食われたり。

とにかく、たくさんの死体が見つかっているのだ、

同一人物の。

此処には同じ人間が住む村がたくさん存在していて。

それが同時に、同一箇所にあったとしか思えないのだ。

こんな事があるはずが無い。

科学的非科学的云々以前の話であって。

かごめも人見も、これに関してはノーコメントを貫くばかりだった。実際問題、どんなオカルトを持ち出してきても、こんな訳が分からない状況、説明のつけようが無い。

私は、自分に言い聞かせるように言う。

「いわゆるドッペルゲンガーにしても、これほど大規模なケースは無いし、そもそもドッペルゲンガーの場合死体も残らない。 前にツツガムシの研究所で遭遇したケースにしても、形は似せられても、此処まで完璧に当人になることはできなかった。 研究が仮に完成していたとしても、こんな事をする意味が何処にある」

「主。 こういうときは、頭を切り換えましょう」

「主!」

白蛇王の声を遮るように、猿王が来た。

何か手にしている。

例の発酵食品店の二階から、見つけてきたらしい。ゲームソフトのようだが、何かおかしいのか。

「どうした」

「それが、俺は人間のゲームが好きで、どういうものが出ているかよく見ているのですが、これ妙なんですわ」

「何が妙だと」

「少なくとも、正規のルートで販売されている品ではありませんな」

それは、確かにおかしい。

古橋に連絡。

スキャナでゲームの画像をとり。

調べさせる。

ついでに、科捜研にゲームそのものを送って、中身を調べさせた。古橋がデータを欲しがるようなら、渡すようにも指示しておく。

単なる海賊版ならいいのだが。

嫌な予感がプンプンする。

そして、三時間ほどして。

その予感は、適中した。

まずは古橋から連絡が来る。

「これ、人気ゲームシリーズのパチモンですわ。 でも何というか、海賊版というのとはどうにも違いますねえ」

「どういうことだ」

「正式版って事です。 発売している会社も同じだし、正規のルートで作られている筈っすよ。 それなのに、私が知る限り、こんなゲームソフトはこの世に存在しないし、ネットでどれだけ調べても出てこないッスね」

「やはりな……」

だんだん、見えてきたものがある。

科捜研からも連絡が来た。

同じような結論が出たらしい。

「このゲームソフトを作っている会社に当たってみたけれど、このゲームは存在しないわ」

「ならばやはり海賊版か?」

「いいえ、偽物では無い政府の認可が出ているソースと、販売ルートに載せられた形跡がある。 これは正式にゲーム会社で製作され、発売された品よ。 しかしこの世には存在しないゲームで。 この世には流通もしていないわ。 どうしてこんな正式版みたいな、微妙に違うゲームがうちから出ているんだって、憤慨していたくらいよ」

人見の言葉に、私は確信した。

この村は。

無数の可能性世界が、衝突したのだ。

そして、その事故は、一昨日の零時。

恐らくは、人為的に引き起こされたのである。

 

2、数多の星屑

 

不機嫌そうなかごめ。

腕組みして黙り込んでいる幹部達。

他の幹部達も含めて。

私は、結論を聞かせる。

この村は、元々奴らの手に落ちていた。其処では様々な実験や、悪逆が行われていたのだろう。

これに関しては、組織の方でも見解が一致している。

跋扈していた複数のシリアルキラーにしても、明らかに個人だけで出来る範疇を超えている。

全員があの津山事件レベルの大量殺人をしていて。

しかも、それが複数人いる、という状況なのである。

三千人程度の村で。

あり得るはずも無い事だ。

シリアルキラーは確かに歴史上何度も出てきているが、人口に比べれば出現率は極めて小さい。

此処まで異常な出現率は類を見ない。

奴らの支援を受けて、凶悪犯罪に手を染めていたのが、此処に跋扈していたシリアルキラー達の本質。

そう見て間違いなかろう。

問題は、だ。

その犠牲者に、同じ人間が多数含まれている事。

これに関しては、DNA鑑定ではっきりしている。

また、多数のゾンビ達。

これも死体をチェックしたところ、どうも同一の人間が、ゾンビ化したとしか思えないケースばかりが目立つのだ。

結論としては。

最低でも八回。

この村は、壊滅した。

そしてその歴史全てが。

一昨日の零時に合流。同じ存在もゾンビもツツガムシも、他の怪異も。まとめてこの世界に流れ込んできた。

そういうことなのだろう。

「歴史の合流ですって?」

かごめが非常に不機嫌そうな声を上げたが。

私も困り果てているのだ。

こんなこと、どうやったら起こりうるのか、さっぱり分からない。だが、仮説としては、これしか上がってこないのである。

人見も腕組みしたまま言う。

「戸籍上に存在する人物が、最大八人見つかっているのは事実よ。 それもひどい場合は、性別まで変わっているわ。 此処で何かしらの異常事態が発生したのは事実で、それは常識の範疇外でしょうね」

「納得いくか!」

「私だって納得いかん!」

かごめの声に、私も反発。

しばしにらみ合うが。

最初に折れたのは、かごめだった。

実際、日本どころか世界でもトップクラスにまで成長したプロファイラーの彼女でも。此処までの異常事態に、合理的な説明をつけられないのだ。人の意見を否定する前に、まずは意見を述べる。

こういう場での常識である。

それが出来ないから、皆困り果てているし。

私だって、仮説として口にしている。

「以前潰した、非人道的施設でのクローン実験でも、此処までの完成度はなかったし、そもそもこんな事を多数のクローンを使ってする意味がない。 米軍の最新鋭施設でも、クローンはぽんぽん作れるものではないと聞いている。 そもそも、同一人物の多数の死体が、クローン技術によるものなのか、それでなんでゾンビパニックやってたんだ。 他に納得がいく説があるか?」

「納得がその説でもいくわけないし、理解も出来ないわよ!」

「だろう。 私だって、自説に納得がいかないんだ。 だが、これ以外に、考え得る可能性が見つからない」

「全員、頭がパニック状態ですね……」

羽黒が言うと。

皆が、言ってはいけない事をと顔に書いて、羽黒をにらんだ。空気を読めていない羽黒だが。

しかし正論でもある。

実際問題、誰にも何が起きているかさっぱり分からないのだ。この村にクトゥルフ神話の邪神が来ても、目を回して倒れるのではあるまいか。

「しばらく休憩を入れては」

小暮の提案に、全員が頷く。

いずれにしても、後片付けは終わった。

後はデータとサンプルを確認しながら、情報を調べていくだけだ。特に羽黒のチームは、ゾンビの鮮度から死体の状況まで、死ぬ気で頑張ってデータを集めてくれた。如何に無茶苦茶な事件でも、これで何かしらのとっかかりになるだろう。

幹部全員が、疲弊しきっている状況だ。

此処で奴らの大攻勢でもあったら面倒である。

全員、速やかに休め。

私が指示して、私も休む。

部下達にその間交代で休ませて。監視は継続させる。

式神達も、フル展開をしばらく続けなければならないだろう。また、此処に目を集中させておいて、他で悪さをする可能性も考慮しなければならない。

この辺りは、幸い既に全て手を打てているので休めるが。

それにしても、事件があまりにも不可解すぎて

今の時点では、根本的な部分では手の打ちようが無い、と言うのが実情だ。

家からシロシュモクザメの抱き枕が届いていたので、シャワーを浴びてさっさと休む事にする。

ちなみにこの状況だ。

移動指揮所が既に作られており、仮設住宅もある。その一つを使わせて貰っている。プレハブで良いのなら、その気になれば、家なんて一日で建つ。

念入りに浄化したから、もう悪霊はいないけれど。

それにしても、この村。

しばらく、誰も入れられないのでは無いのか。

 

気がつくと、眠り込んでいた。流石に私もこの激務では、体が保たない。しばらくもぞもぞフトンの中でもがいていたけれど。

やがて無理矢理起き出す。

顔を洗って歯を磨いて、体を軽く動かしてから、指揮所に。

交代で休みを取っているとは言え、皆疲れきっている様子だ。

羽黒が書類をまとめていたので、聞いてみる。

「何か進展はあったか」

「さっき賀茂泉警視正が、例の生存者の所に行きました」

「ああ、北条か」

「何か聞き出せるかも知れないと言っていましたが……」

そうか。たしかにかごめだったら、何か話を聞き出せるかも知れない。無茶苦茶な状況だから、北条本人も頭がグチャグチャかも知れないが。

しかしながら。この有様。

何か少しでも分かれば、それは大きな進展につながる。

猿王が来た。

「主。 白蛇王の奴が呼んでいます」

「お前が使い走りとは、火急の用件か」

「ええ」

不愉快そうな猿王。此奴はこれで結構プライドが高いので、同格だと思っている白蛇王に顎で使われたのがムカついているのだろう。

今はそれだけの緊急時という事だ。

咳払いすると、すぐに其方に行く。

警察署の側に病院がある。

此処に警察に協力していた監察医がいたようだ。女医で、結構腕が良かったようなのだけれど。

見回すと、凄まじい負の気配だ。

まだこんな危険地帯が残っていたのか。

まあ負の気配をまき散らしていた怪異そのものは、掃討作戦で潰したが。これだと、また何か湧いてくるかも知れない。

軽く調べて見る。

どうやら、相当執念深い怨霊が、此処に住み着いていたらしい。というか、恐らく此処に通っていた女医に執着していたのだろう。

いずれにしても、痕跡も残さない方が良いだろう。

念入りに浄化する。

白蛇王が、不快そうに去って行く猿王を横目に言った。

「天狗が上空で見張っていますが、奴らの手の者らしき存在はいないという事です」

「だが、自衛隊が師団規模で動いている。 その中にまで裏切り者がいないとは言い切れないだろう」

「其方も、式神達で目を光らせています。 今のところ怪しい動きをしているものはいないようですが」

「……」

だといいが。

電話が来る。

古橋からだ。今度は何が分かったのだろうか。

「ちょっと裏技使ったッすけど、怒らないすか?」

「どんな内容だ」

「その、この事件既にネットでは噂になっていて、中華やロシアからハッカーがネットワークに入り込もうとしてるんスよ。 そういう連中に相乗りして、情報をちょっとプロバイダから貰って来……」

「もういい。 で何が分かった」

堂々と犯罪行為を口にするとは恐れ入るが、まあ古橋は私になついている。三年前の事件以降、佐倉の家に同居させているのだが。色々面倒を見た事や、古橋の両親が揃って人間のクズだった事もあって、私を親代わりに思っているらしい。

まあそれはどうでも良いが、兎に角仕事へのモチベが高い。優秀なハッカーだし、情報はきちんと手に入れてくる。

例えグレーゾーンスレスレでも、だ。

「まず、そのC村にネットがつながらなくなったのは丁度0時ぴったり。 でも、その前に妙な事が起きていたようで」

「妙な事?」

「警察署の人員が大慌てしてるんすよ」

「そりゃあそ……」

言いかけて気付く。

まて。

ひょっとして、0時にパンデミックが発生する前から、村では致命的な事態が起きていたのか。

まさかとは思うが。

これだけの無茶苦茶な有様。ひょっとして、その致命的な事態を隠すためでは無いのだろうか。

だが、三千人からなる村人を皆殺しにしてまで、何を守る。

奴らの前のボスはクズな上にアホだった。だが、今奴らを仕切っている金髪の王子こと幽霊は、少なくとも頭は切れる。

奴が何のために。それとも、偶発的な事故か。

「詳しく調べろ。 それと、プロバイダからそのデータ、消しておけ」

「いいんすか? クラッキングになるっすけど」

「構わない。 兎に角、よそに情報を渡すな。 手段を選ばず、何でも良いから情報を探り出せ」

「おっ、何でも良い来ましたか。 了解ッス。 腕が鳴るッスよ」

古橋が張り切って電話を切る。

本当にこうなると此奴は何でもやり出すが、今はそれどころじゃ無い。これだけの人命が失われたのである。

奴らが関与しているのはほぼ確定だろうとしても。

その裏で何が起きていたのかを可能な限り迅速に突き止めなければ、第二第三の悲劇が起きかねない。

奴らとは休戦していただけ。

それも、互いが自滅するのを防ぐためだけに、だ。

此方も戦力を整え直したが、それは向こうも同じ。もしも仕掛けてきたのだとすれば。これ以上後手には回れない。

ましてや、前より戦力がぐっと落ちているとは言え、敵のボスは有能なのだ。

さて、次の手は。

小暮が小走りで此方に来るのが見えた。

「先輩、G県警の方を洗ってきました」

「お、そうか。 どうだった」

「おかしいですね。 C村関連は異常に静かで、窃盗の一つも起きていません」

なるほど。

そうなると、盛大に古橋の洗ってきた記録と矛盾する。

一度ミーティングが必要になるだろう。

かごめが戻ってくるタイミングを見計らって、全員で情報を共有しておいた方が良さそうだ。

 

かごめが戻ってきた。

北条は、少しずつ正気を取り戻しているらしいが、まだまだ会話が成立するレベルでは無い様子だ。

その一方で、妙な事を口にしてもいると言う。

また、この日が来る、と。

何度やっても抜けられない。

誰も信じてくれない。

戦い続けた。

でも、どうにもならなかった。

いつの間にか、周囲の皆が、シリアルキラーに。周囲の全てが、怪異の巣に。見えるようになっていた。

「こんな感じの事をブツブツずっと言っているわ」

「やはり私の仮説が正しそうだな」

「……どうかしらね」

「そもそも歴史というか、可能性世界の衝突なんて……」

羽黒が苦言を呈する。

私だって、仮説として出しているだけだ。こんなの説とは言えない。というか、数多の怪異を見てきた私でさえも、こんな現象は見た事が無いのだ。

時間停止系の能力を持つ怪異は、以前見た事がある。

手強い相手だったが、本体はどうということもない実力だったし。時間停止の能力を私が無理矢理ひねり潰せば、後は一撃KOだった。

だが、これは。

もしも時間を、複数の可能性世界を衝突させているとなると。

そんな次元の能力では無い。

前に見た本物の神格としてのミカエルや、更にそれより強い神格でも、此処までの事は出来ないだろう。

もはや、人智が及ばぬ出来事が起きているとしか思えないのだ。

膨大なデータを、羽黒の部下がまとめてきた。

火炎放射器などでもはや原形をとどめていない死体のケースを除いて、調査を行った結果。

やはり最大八人、同じ人間が確認されているという。

ちなみに北条紗希の死体も、七人分彼方此方で見つかっているという。

絞殺されたり切り刻まれたりしているそうだが。

つまり、八人の北条紗希がいて。

その中の一人だけが助かった、という事か。

ばかばかしいを通り越して、頭が痛くなってくる。

「古橋の、私が囲っているハッカーの話だと、どうやらC村の警察は、例のXデーになるゼロ時以前から、大騒ぎになっていた様子だ。 何しろ、夜直の電話番が一切電話に出ない上に、署内の回線も死んでいたそうだ」

「つまり、明らかにおかしくなったのは、ゼロ時という認識が既に間違っていたと」

「そういうことになる。 だが、もしもあまりにも異常がひどいなら、脱出してきた村人が警察に通報してきたり、或いは携帯で連絡を入れてきたり、というのがあってもおかしくはないのだがな」

「そのC村署なのだけれどね」

かごめが、爆弾を場に投下する。

それは、全員を戦慄させるに充分だった。

「最悪の情報が上がって来ているの。 私の部下達の情報によると、警視庁の最暗部に直接関わっていた様子よ」

「最暗部? 我々も把握していないレベルか」

「ええ。 未公開部隊中の未公開部隊」

いわゆる暗殺部隊だ。

自衛隊にも存在すると聞いているし、実際所属者とも顔見知りだが。私さえ把握していない部隊が、警察にもまだ存在していたのか。

それによると、警察の方では、どうしても此奴は法で裁けないと判断した人間を、秘密裏に消す事をしていたらしい。

内容次第では別にいい。

実際問題、推定無罪の原理などと言うのは、法と法廷がまともに機能し、法廷に腐敗が無い場合だけ意味を成すものなのだから。

ただこの場合。

内容が問題なのだ。

「どうも特定思想の、それも別に極左とか極右とかではなくてね。 ある大学出身の官僚の思想にそぐわない大学出身者を消していたようでね」

「学閥争いか」

「そういうこと」

かごめが口にしたのは、かなり有名な大学だ。

官僚にも深く根を張っている学閥を持ち、日本の科学界に大きな影響力を持ってもいる。なるほど、裏でそんな事をしていたか。

「丁度良い。 潰しておこう」

「それは当然だけれど、今回のケースで、実働部隊は消滅した様子よ。 C村で実際の処刑を、事故死に見せかけて行っていたようなのでね。 ちなみに、処刑に関わった人間に罪を着せて、同じように事故死に見せかけて消す事までしていたようよ」

「無茶苦茶だな……」

前に私も、どうしても法で裁く事が出来ない奴を、徹底的に破壊した事がある。

だがそれは、あくまでこの世の害悪そのものだったからだ。

学閥争いでそんな事をするようでは、見過ごすわけには行かない。

ただでさえ法は不平等で、法廷というシステムは未熟で矛盾に満ちている部分が大きいのである。

学閥が如何に力を持っているとは言え。

このような事は、許すわけには行かない。

「羽黒、追加で済まないが、秘密裏に関連していたと思われる人間をリストアップしてくれ。 場合によっては消す」

「分かりました。 直ちに」

「北条紗希も、それに関わっていた、という事なのだろうかな」

「……可能性は極大、でしょうね」

どう関わっていたかが問題だが。

北条紗希は新米警官だ。

それも、大した影響力の無い家の出身者。

恐らく中心的な関与では無く、強制されてやらされたとか。使い捨ての末端とか。そういうポジションだろう。

他にも情報交換をした後、一度解散。

少しずつ、作業負荷は減ってきている。このタイミングで、休みを多めに取っておく必要があるだろう。

部下をシフトで休憩させながら、私は小暮とともに徹底的に村を見て回る。

既に人間の死体がたくさんうち捨てられていた廃屋や。

人間を材料にして発酵食品を作っていたらしい店については、徹底的に解体されて、内部まで隅々まで分解されているが。

それ以外で見落としが無いか。

確認しておく必要がある。

ちなみに野犬やカラスは、見かけ次第消毒してある。

何を媒介するか分かったものではないし。人肉の味を覚えてしまっている可能性が高いからだ。

これは可哀想だが、仕方が無い。

それでも、周囲を歩いていると、まだ見つけるのだ。

子供の手首から先だけが。何かを求めすがるように。焼け落ちた家の影に落ちていた。

すぐに調査チームを呼んで、回収させる。

村にいた、数少ない子供の一人の手に間違いないらしい。ただしその子の死体は六体見つかっていて、全部が五体満足だったそうだが。

「正気を保てるか、自信が無いのであります」

「歴史が衝突したとして、だ」

「はい」

「そうだな。 此処でゾンビパニックやツツガムシの大繁殖、シリアルキラーの跋扈や、警察の異常な不祥事。 悪霊による監察医の殺戮、スナッフムービーの撮影、発酵商品店での大量殺人。 そういった事件が起きた歴史が、一片に収束したとして。 それで誰が何を得するのか。 それとも単なる事故なのか。 まずはこれを見極めていかないとならないだろうな」

ちなみに、さっき話題に上がった、学閥の関連では無い事は間違いない。

其処までの力は流石にないだろうし。

そもそも、連中が怪異に通じているとはとても思えない。

「仮に、だ。 小暮、お前が奴らだったとして。 こんな事件を起こして、何かメリットは思いつくか」

「分かりませんが、例えばどうしても実験が上手く行かなかったので、まとめて証拠から何から処分しようとしたとか」

「それならこんなしち面倒くさい事をしなくても、文字通り村に強烈な怪異でも放って、更に入り口のトンネルを封鎖すれば良い。 此処で凶悪な怪異が暴れていたのは事実だが、それは強いとは言っても雑魚ばかりで、とても神クラスの怪異とはいえん」

「後は、ですな。 例えば、何かしらの実験が失敗した結果、こんな大惨事になったとか」

ふむ。

そういえば、北条紗希は言っていたか。

何度やっても抜けられない。

まさか、この村。

他の可能性世界と、極めて近くなっていて。

それが何かしらの切っ掛けで。

無理矢理に混ざり合った。

笑い飛ばせない結論だ。

可能性としては、どうしても否定出来ない。何しろ、実際問題として、村そのものがあらゆる無茶苦茶によって蹂躙されているのだから。

古橋から連絡が来た。

「風祭さん、一大事っすよ」

「どうした」

「ちょっと運送会社に潜って調べて見たんすけど、此処に変な荷物が運ばれているタイミングと、警察署内が騒ぎになって連絡が取れなくなるタイミングが、周期的に来ていて、それがぴったり重なってるみたいっすね」

「分かった、引き続き調べてくれ」

通信を切ると、私は、あのトラックの積み荷を押さえておくべきだったかと思った。

だが、恐らくは。

いや、何でもない。いずれにしても、今からでも遅くは無いだろう。

小暮に車を出して貰う。

あのトラックの運送拠点は、この比較的近くにある。そして其処では、例の木箱は、そのまま残っていた。

手帳を見せて、開けさせる。

そして中を見たら。

案の定だった。

「これは……」

脱水症状を起こしかけているが。

猿ぐつわを噛まされ、完全に拘束された警官だ。かなり若々しい。

これはひょっとして。

例の処刑部隊によって、生け贄に選ばれた人間では無いのか。

その処刑部隊も、現場の実働部隊を失って、大混乱していて。この荷物にまで手が回らなかったか。

それとも、この近辺で展開している組織のメンバーに勘付かれないように、動けなかったか。

いずれにしても、大きな意味がある。

すぐに救助。

幸い、人間は数日飲食をしない程度では死なない。

かなり弱っていたが。この女性警官も、命に別状は無かった。ただ、漏らしてしまうのはどうしようもなく。異臭がひどかったが。

入院させ、警護を厳重につける。

意識がない状態だが。

これなら、数日以内に、話ができるようになるだろう。丁度奴らとは別方向でのクズが巣くっていたようだし、警視庁もまた掃除しなければならないだろう。面倒な話だが、仕方が無い。

ひょっとして、だが。

八人目の北条紗希も。

こうやってC村に運び込まれたのだろうか。

あり得る話だ。

そして、少しずつ。

外堀が埋まりつつあるのが、私にも分かった。

 

3、時の逆流

 

C村の調査が終わり、自衛隊の一個師団が引き揚げて行く。残ったのは、完全な廃墟。ただ、調査そのものはまだ続いている。あくまで自衛隊の調査が終わっただけだ。

既に動く者無きC村は、異常な空気を醸し出しているが。

恐らく、そう遠くない未来に。

重機が群れでやってきて。

全て平らにしてしまうだろう。

此処での惨劇は洒落になっていない。

実際問題、マスコミには情報が流れていないが。裏側の世界では、大騒ぎになっている様子だ。

これほどの規模の事件だ。

私達が、犯人として目をつけようものなら、一瞬でぶっ潰される。

自分たちは潔白だと証明しようと、必死にすり寄ってくる組織が後を絶たない。まあ、私にして見れば、笑止の極みだが。

ゆうかはどうしても記事にしたいらしく、何度も連絡をして来たが、国家機密だし絶対にダメ。

その代わり、少し前に起きた、怪奇事件を記事にして良いと取引。

これは、話せる状態になったら、いずれ記事にしても良い、という意味も持っている。

完全に尻尾をスポンサーに掴まれて、まともな報道が出来なくなっている大マスコミなどに興味は無いし存在意義もない。

それなら、まだ制御が出来る情報機関の方が良い。

ゆうかはその一端として活用できる。

ゆうか自身もそれを理解している様子で。

私との取引を、快く受け入れた。後は、嬉々として記事を書いている様子だ。佐倉が呆れていたが。

プレハブでの宿泊は既に一週間。

疾風迅雷の編纂室の伝説も、今は昔。

というか、こんな事件、一日で解決できるわけが無い。私達が編纂室で暴れ回っている頃、父母や叔父様は、こんな規模の事件を日夜相手にしていたのだろうと思うと、ある意味尊敬する。

シャワーを浴びていると、携帯が鳴っているのに気付く。

勿論国民的人気を誇る猫のキャラクターバスタオルで体を拭きながら、電話に出ると。かごめだった。

「北条紗希が、ある程度正気に戻ったわ。 これから本格的に聴取をするから、貴方も来なさい」

「思ったよりも早かったな」

「根気よくカウンセラーが呼びかけ続けたから、かしらね。 私としても、此処まで早く効果が出るとは思っていなかったのだけれど……元が強い子だった、という事ね」

「……」

かごめには話していないが。

実は将来有望な人員としてカウントしていたから、北条紗希については以前徹底的に調べた事がある。

その結果は、有望度はB−。

霊感はある。

ライアーアートという独自研究もしている。

ただ本人があまり頭が良くない上に、戦闘能力に関してもそれほど秀でたものを持っているわけではない。

気はそこそこ強いが、それは犯人を尋問でもする時に、相手に物怖じせず接するくらいにしか役立たない。

ルックスはそこそこだが。

それは警察としてはあまり役立たない。

最大の問題は、警官としての勘が働かない事で。

実際C村では、小さなものも含めて、一つも事件を解決できていない。

つまり、これから磨かないと、一線級では使えない人材だ。少なくとも、私が調べた時点ではそうだったし。

その調べた時点というのは、この娘がC村に赴任した後だ。

学生時代にも調べているのだが、総合得点としてもそう上がってはいなかった。

すぐに警察病院に行く。

マスコミが群がっていたが、小暮が蹴散らして路を作る。私も突き出されるマイクをハエでも払うようにはねのけながら、警察病院に。

小暮が、中に入ると、外で騒いでいる連中をねめつけた。

「どうしようもない奴らですな。 真実を解き明かそうとしているのでは無くて、単に発行部数を伸ばして金を稼ぐために、多くの尊い命が奪われた事件をオモチャにしようとしている」

「この国のマスコミが腐りきっているのは前からだ。 今更怒るな」

「ミユキちゃんが可哀想なのであります」

「そうだな……」

マスコミとずぶずぶのテレビ業界では、まだ川原ミユキ、つまりはとりえりさが奮闘している。

既に事件の後遺症も無く、執行猶予も終わり、すっかりトップアイドルに復帰していて。時々話を聞くのだが。

やはり、業界の腐敗はひどくなる一方のようだ。

今、爆発的にネットが力を持つようになって、テレビ業界が凋落しているが。

それゆえに、テレビ業界は、狂気じみた言動をするようになってきている。ネタをネットに依存しながら、ネットを馬鹿にして、「自分たちの方が偉い」と誇示しようとする有様は、滑稽と言うほか無い。

だから私は、もう連中の腐敗についてはどうとも思わない。

事件が起きたときには、徹底的にぶっ潰すだけだ。

今では、風祭という警官が介入してくると、事務所が潰されると言う事で、芸能界でもテレビ業界でも私の名は恐怖とともに伝わっているそうだが。

それは結構な事だ。

虚名でも、抑止力になるのなら、充分に意味があるのだから。

とにかくだ。

かごめの所に急ぐ。

病室では、リネンを着た北条紗希が俯いていて。

かごめが、一つずつ、丁寧に話を聞いているのだった。

私と小暮に気付くと。かごめは座るように促す。そして、今までの話を、北条紗希に聞こえないように、耳打ちしてきた。

「話を聞く限り、時間がループしていた、と主張しているわね」

「ループだと?」

「そう。 C村で悲惨な事件が起きて、最後には自分の周囲の人間が、自分も含めて殆ど死んでしまう。 しかし気がつくと、いつの間にか赴任の日に戻っていて。 破滅の原因を調べても、まったく状況が変わっている」

「まったく訳が分からんな」

かごめは、そうとも言い切れないという。

どうにも、笑い飛ばすにはおかしな事が多すぎるというのだ。

北条紗希は、どのような事件が起きたか、克明に記憶していた、というのだ。

まず最初に起きたのが、老人介護施設の看護師が起こしていた、シリアルキラー事件。津山事件規模の代物だったそうだ。

警察署も壊滅させられ、北条紗希はシリアルキラーに捕まり、そして惨殺された。

そして、その死体の様子が。

記録にある、廃屋にあった死体に、ぴったり一致していた、というのである。

次が発酵食品店事件。

なんと人間を片っ端から殺しては、麹菌で分解して、証拠隠滅と商品の製造を同時に行っていたシリアルキラーがいたそうである。

これについては、調査の過程で浮上した情報と一致する。

一緒に来た警官達は、このシリアルキラーに殺され。

北条紗希も、最終的には、滅多刺しにされて。

必死に逃げたところを、外で力尽きたらしい。

次が、監察医が悪霊に惨殺された事件。

監察医の周囲で訳が分からない事がたくさん起こり。その過程で、多くの人々が死んでいった。

そして北条紗希も、最後は世にもおぞましい恐怖を見せつけられながら、狂死していったという。

脳天気な事件もあった。

なんと村にいわゆるゲイバーがあり。その実体を調べてくるようにと、上司達にノリノリで命令されたのだとか。

思わず私は、はあと声を上げたが。

かごめは。真顔で無茶苦茶怒っていた。

警官が何をくだらない事を命令して、公務で馬鹿をやっているか。そう顔に書いてある。だから、茶化すどころでは無かった。

ちなみにゲイバーに潜入したのは良いのだが。

最後は女だとばれてしまい。その場にいた女装した男性達によって袋だたきにされて、後の事は覚えていないそうだ。

そんな事で殺されるとは、不幸極まりないというか、何というか。

続いて、ある旅館を調査したら。

スナッフムービーの撮影組織であり。

同僚はあっさり殺され。

北条紗希も、散々拷問された上に殺されたという。

そして虫。

ある富豪の。というか、あらゆる事件に首を何故か突っ込んでくる金持ちの引きこもり息子の家の地下。

其処から大量に湧き出してきた虫が、村中を食い荒らし。片っ端から村人を殺して行ったという。

これについては、あの強化ツツガムシだろう。

どうしてそんなところから湧いてきたのかはよく分からないが。

とにかく、北条紗希は脱出しようとしたところを、いきなりトンネルを封鎖していた自衛隊に射殺されたそうである。

続けてゾンビ事件。

もう何が起きても驚かないと思っていたのに。

いきなり村にゾンビがなだれ込んできて、後は地獄絵図。

警察では生き残りを収容しながら必死にバリケードを作って抵抗したが。バリケードも喰い破られ、脱出もままならず。

何とか北条紗希ともう一人だけは車に飛び乗って、ゾンビ共を轢き殺しながら逃げようとしたが。

不意に現れた子供に。

逃がさないと言われるや否や。

意識が途切れて、それっきりだという。

そして、最後だ。

目立った事件は起きなかったが。

その代わり、とんでもない事をやらされた。

送り込まれてきた犯罪者を、上役が言うままに拷問させられたというのだ。それもやらなければ徹底的に殴られたり、レイプ未遂まであったという。

もはや精神が摩滅しきっていた北条紗希は。

死んだ魚の目になりながら、言われるままに拷問をさせられ。

そして、死なせてしまった。

絶望した北条紗希は、一室に閉じ込められた。

「次もお前が処理するんだ」

へらへらと。

外から、そういう同僚の声。

だが、それも、やがて。あの日の絶望に変わった。

部屋に頑強に閉じ込められていた事が、却って北条紗希を救ったのだ。今までの事件が、まとめて全部起きるという悪夢以外の何者でも無い出来事の中。

北条紗希は、生き延びる事が出来た、という。

ただし完全に部屋に閉じ込められ、食事も与えられず、わずかな水しか渡されなく。排泄物も垂れ流しだったから。

精神は、もはやもたない所まで来ていたそうだが。

「それが証言の全てよ」

「時間が戻る、というのがよく分からんな。 だが、実際に北条紗希の死体は、七体発見されている」

「ええ。 そして、八人目の死体が出る前に、この村に破滅が来た……」

いずれにしても、はっきりしているのは。

北条紗希の周囲には、頼りになる仲間もいなければ。

現状を打開する戦力もいなかった、ということ。

村から脱出する事は考えなかったのだろうか。

実際問題、この異常すぎる状況だ。

C村の警察署の貧弱な戦力では対応出来なかっただろうし。話を聞く限り、同僚達も無能という言葉以外の何者でも無い。

そうなると、県警に助けを求めるか。

それとも、本庁に駆け込むか。

どちらかがベストに思える。

だが、考えてみると。警察署の腐敗を訴えて、それが本当に通るだろうか。この事件は奴らがらみだ。

G県警の上層部に奴らの犬がいた場合。

それこそ、もみ消されておしまいだ。

「純、この事件は解決しないわよ」

「そうだな。 裁判などで解決する事は無理だ。 ただし、何となく分かってきた事がある」

「例の歴史の衝突とやら以外に?」

「ああ。 これは恐らく、時間を巻き戻す能力の実験だ」

かごめが真顔になるので、順番に説明していく。

奴らは、怪異を生物兵器として利用するべく、様々な実験をして来た。かごめが関わった事件もその中に幾つかある。

かごめも怪異を認めてはいないが。

それでも、関与はしてきているのだ。

だからそろそろ、少しは話しやすくなって欲しい。

「奴らの中に、局所的に、限定条件で、時間を戻す事が出来る能力者が産み出されたと見て良いだろう。 この村では、奴らが関与している兵器類の実験などをしながら、その能力で全てもみ消して、またデータを取る、という事を繰り返していたのだろう。 だが、それに限界が来て、例のXデーで、全部まとめてフィードバックした。 その結果が、歴史の衝突、というわけだ。 恐らくは、何かしらの切っ掛けで、全てが少しずつ狂ったり、差異が生じていたんだろうよ」

「全面的に納得できないわね」

「状況証拠は?」

「後付けの無茶な理屈に過ぎないわ」

その通りだ。

私だって、後付けでしか結論できない。だが、この件に関しては、結論が出た以上、対処だけは出来る。

その能力者は危険すぎる。

潰す。

そして、能力者がいる場所については。

既に今まで式神達が徹底的に調べた力の流れから、たどって追いつく事が出来る。いずれにしても、放置は出来ない。

「かごめ、北条紗希をしばらく預ける。 一人前に育ててやってくれるか」

「良いけれど、どうするつもり」

「小暮と一緒に、ちいとばかり暴れてくる」

「……やり過ぎないようにね」

分かっている。

部屋の外で待機していた小暮を促すと。指を鳴らして、式神達を集める。

かごめも納得はできないが、実際問題他の可能性を見つけられない以上、私を止めるつもりも無いのだろう。

「白蛇王。 あの村全域で行使されていた術式の残り香はたどれるか」

「どうにか。 覚えましたので」

「殴り込みだ。 小暮、可能な限りの人員を集めろ。 私は風祭の精鋭を集める」

「了解であります」

すぐに外に出る。

移動しながら、小暮の部下の実働部隊を集める。風祭は、佐倉を中心として、精鋭を十名ほど集めてくれた。

白蛇王によると、能力者は力を使い果たして、近くの山奥に潜んでいる様子だが。どうやら奴らの護衛がついているという。

ならば、真正面から突破する。

 

顔を上げる子供の一人。

ファントムは舌打ちした。

気付いたのだ。自身も。

風祭純が、此方に向かっている。

今回の件は、事故だった。

元々、異常すぎる状況にある村があった。其処では、組織のメンバーが、スナッフムービーを撮っていたのだが。それ以外にも、あまりにもおかしな事が多すぎた。

更に、組織の幹部の一人が。

ファントムが虎の子として使っている魔女の血脈の子供達の一人を、実験したいと言い出したのだ。

まだ組織の痛手は癒えきっていない。

メンバー内部の軋轢は可能な限り避ける必要がある。

だから貸し出したのだが。

そうしたら、際限なく、フルパワーで無茶な使い方をし出したのである。

能力は、時間逆流。

だが、それも限界を超えると、フィードバックして、今まで巻き戻した時間が全て戻ってきてしまう。

それなのに、その幹部は。嬉々として、実験段階にある感染型ゾンビや、強化ツツガムシの繁殖実験を開始した。

その結果が、地獄絵図だ。

風祭の介入は早かった。

下手をするとゾンビパンデミックになりかねなかったのを、一日で叩き潰し、村だけに被害を押さえ込んだのは立派だ。

そして、様々な状況証拠から。

この、今冷や汗を掻いて蹲っている娘が。

時間逆流能力者であり。

此処にいる事を察知して、迫ってきている。

ちなみに、事態を起こした幹部は、縛って転がしてある。ファントムが気を付けるようにと言ったのに。

兵器開発を際限なく進めようとして、結果無茶苦茶にしてしまった結果だ。

風祭純と此処にいる戦力では勝負にならない。

ましてや今の奴は、近代兵器で武装した精鋭を連れている。怪異でもダメ。兵器でもダメとなると。

逃げるほか無いだろう。

「リセ、動けそうか」

「ダメ……もう、捕まってる」

「……時間を稼ぐしか無さそうだな」

この娘は、そのままリセと名前が付けられている。ファントムが権力を握るまでは、更にひどい扱いを受けていたのだが。今は、魔女の血脈の子供達皆に名前が与えられている。その能力の強力さから、リセは圧倒的な期待を寄せられており。その分、身に掛かっている負担も大きい。

能力行使も、制限がある。

一定地区の、一定時間しか巻き戻せないのだ。

それも、やりすぎると今回のようになる。

ましてや、風祭純に完全ロックオンされている状況だ。リセがフルに能力を使える状態だとしても。

あの化け物は、時間逆流を、粉砕しかねない。

実際、今までの戦闘データを見ると、様々な理不尽能力を、さらなる理不尽で粉砕してきているのだ。

神でも彼奴を殺せないのでは無いのか。

そうファントムは考えていた。

リセ自身が動けない以上、取引するしか無いか。

そうこうするうちに。

潜んでいる廃屋の戸が、ドカンと音を立てた。

リセがびくりと身を震わせる。

まだ幼い子供なのだ。

気も弱いし、悪事に手を染めると、常に悲しそうな事もする。一族の復興のためにあらゆる悪事に手を染めてきたファントムでも。同じ一族のリセが悲しそうにしているのを見るのは、気分が良くない。

そういうものだ。

そして其処が、ファントムと、先代組織のボスとの差。

ボスになってから、権力確保のためだけに、一族を皆殺しにしたあの愚かな女と。ファントムとの決定的な違いだ。

ドアが吹っ飛ばされる。

そして、風祭純が。目を煌々と光らせながら、廃屋に入ってくる。まるで、血に飢えた猛獣だ。

此処は山奥の小さな廃ビル。いわゆる箱物の残骸。

側に控えさせている怪異が、恐怖に退く。風祭純は、この三年で更にパワーアップしていると聞いているが。

確かに凄まじい圧迫感だ。

震えあがっているリセを背中に庇うと。ファントムは、容赦なく歩み寄ってくる風祭純に、話しかける。

「今回の件はすまなかった」

「事故だとでも言うつもりか」

「そうだ。 其処の男がな。 私が貸し出した虎の子の能力者を、道具のように酷使した結果だ」

風祭純は、転がされている幹部の一人を一瞥。

後ろにはあの小暮もいる。

彼奴とやり合ったら、ファントムでも勝てない。

あれは達人というのも生ぬるい、人間の限界点に到達している戦士だ。まともに戦ったら、数秒で畳まれてしまうだろう。

「此方としては、事件の元凶であるその男の引き渡しと、情報の提供で手打ちとしたい」

「……どのような情報だ」

幾つか、官公庁内の腐敗について情報を提供する。

ちなみに組織関係者ではない。

こういうときのために、確保しておいた取引用の情報だ。

かなり有益なはずである。

隣国につながって貴重な情報や技術を売り飛ばしている輩や。

この国の軍事機密を垂れ流している奴の情報なのだから。

しばし考え込んだ後。

風祭純は、指を一本立てて見せた。

「もう一つ」

「何だ」

「その子供を引き渡して貰おうか。 その能力は少しばかり危険すぎる」

「それだけは断る。 この子は私の娘も同然なのでな」

ばちりと火花が散る。

やり合うしか無いか。リセは恐らく、風祭純の怪異に捕まってしまっていて、身動き取れないのだろう。

此処にいる特殊部隊員では、怪異が味方についている敵の戦闘部隊に勝てない。左右に従えている怪異は、風祭純が一喝するだけで消し飛ぶだろう。

「条件を緩和したい。 リセを引き渡す事は出来ないが、能力に制限を掛けるのはどうだ」

「ほう」

「この子の能力は、既に悟っているのだろう。 ならば、制限を掛けるのであれば、見逃すのも悪くは無いと思うがな」

さて、どうする。

最悪の場合は、口惜しいがリセを捨てて逃げるしか無い。

他の血脈の子らも守らなければならないのだ。

組織のトップに座ったとは言え、内部は魑魅魍魎蠢く魔窟。少しでも隙を見せれば、あっという間に乗っ取られる。

今倒れるわけには行かない。

一族全体が、危機にさらされるからだ。

そもそも魔女の血脈の子供達も。ある村から、強制的に攫われてきて。あの腐れ外道女が興味本位で生体実験を施し。古き血による力を目覚めさせられた者達だ。だから皆体や精神に欠陥を抱えていて。それはファントムも例外では無い。

組織内で必死に駆け上がって。

他の子供達を守るために此処まで来たのだ。

リセを守らなければならないが。

最悪の場合は、逃げる事を視野に入れなければならない。

「どうする。 私としては、この子をどうしても殺すというのであれば、風祭純、貴方を骨髄から恨みつつ逃げるしか無いが」

「……小暮、周囲を押さえていろ」

「何をするつもりだ」

すっと。

いつの間にか、すぐ側に風祭純がいた。

ファントムですら愕然とさせられた。

強い。

この歩法、三年で驚くほど進歩している。シラットを極めたと自負しているファントムを上回るかも知れない。

そして、風祭純は、リセの頭を掴むと。

何か、得体が知れない言葉を唱えた。

びくりと、リセが震えると。

その場に横倒しになって、意識を失う。

何をした。

思わず声が低くなる。

勿論風祭純は怯む事など無い。

「中に面倒な怪異がいるようなのでな。 能力を大幅に削った。 これでこんな広範囲の地域で、時間巻き戻しの能力は使えない」

「……っ」

「見ての通り危険すぎる能力なのでな。 もう連続で使う事も、広範囲で使う事も出来ないからそう思え。 あと一つ」

風祭純がかき消える。

そして、その拳が、ファントムの腹にもろにめり込んでいた。

強烈な一撃だ。

思わず、数歩退き、膝を突いてしまう。咳き込んだが、内臓にはダメージを受けていない。

体内の能力にも、ダメージはない。

これは恐らく、ファントムの能力を見抜いているから、だろう。

「これで手打ちにしてやる」

「……感謝する」

今は、引き下がるしか無い。

それにしても、三年で此処まで強くなっていたのか。ファントムも組織を強化しまとめてきた自負はあるが。

桁外れに強い風祭純が、これほど貪欲に強さを求めて自身を強化していたとは、思っていなかった。

リセを抱きかかえて、外に、

すぐに控えていた特殊部隊と一緒に、逃げる。勿論事態の元凶は引き渡してきた。あれはこれからどのような拷問を受けるのか知らないが。

いずれにしても、組織内でも周知を徹底する必要がある。

今はまだ、慎重に動かなければならない状況だ。

此方も戦力を整えているし。

組織の力も回復はしてきているが。

敵はそれ以上に強くなっている。

「我々があのような女、射殺して見せましたのに」

控えていた民間軍事会社の男がそう言うが。

鼻で笑う。

「あの状況下で、良くもそんな事を言えるな」

「相手は強いと言っても人間でしょう」

「以前そう言ってアレを襲撃した部隊はな、夜闇でスターライトスコープを無力化されて、一方的に射撃された。 しかも敵は手練れを揃えていた。 戦いになったら、一方的になぶり殺しにされただろうな」

「……は? う、嘘でしょう」

唖然とする男。

用意していた車が来ていた。敵が追撃を掛けて来たら覚悟するしか無いが、風祭純は仁義を通す奴だとは聞いている。

多分追撃はないだろう。

いずれにしても、G県に張った網。

そして準備してある最終兵器。

これらだけには気付かれてはならない。

あれは活用次第では、それこそ核を凌ぐ兵器として活用できるのである。この三年で龍脈兵器が対策された今となっては、組織の切り札となる存在だ。

一度撤退する。

今回のは、組織をまとめ切れていなかった落ち度だ。

次はこうはいかない。

今回の屈辱は、倍にして返させて貰う。

ファントムは、無能な部下に怒りを。そしてそれを御しきれなかった自分に怒りを感じながら。

強く強く反省した。

 

4、明日へ

 

かごめの部隊が、北条紗希を引き取った。退院は思ったよりも早かった。多分かごめがメンタルケアを何かしらの方法で施したのだろう。

ただ、精神のダメージは後遺症が深刻だ。

いずれにしても、しばらくは職務は厳しい。かごめが北条紗希が研究しているライアーアートとやらを鍛えて、実戦で使えるものにまで仕上げたら、G県の県警に派遣する予定だ。

G県には何かある。

というのも、ファントムが引き渡した奴らの幹部。

頭の中身を直接覗いたら、G県で奴らが何かしら大規模プロジェクトを進めている事がはっきりしたのである。

まあその後道明寺に引き渡したので、今はどうなってるか知らない。どうなろうと知った事では無いが。

そして、もう一人。

小暮が育てていた若手を、G県に派遣。

此奴は、むしろ小暮よりも私に恩義がある人間だ。私の顔も知っているのだけれど、チーム内では普通に振る舞うように指示してある。

これで、状況が整う。

北条は今後使えるかも知れない人材なのである。

育てるなら、自然な環境が良い。

更にもう二人、優秀なのがG県警にいる。その四人でチームを組み、私がリーダーとして。小暮がバックアップとしての態勢を整え、対処に当たる。もう一人、G県に風祭の関係者で、有能な対魔師がいる。今G県警の科捜研で働いているので、バックアップをして貰うつもりだ。

組織のボスとして動いてみて分かったが。

私はやっぱり、最前線に立つのが性にあっている。

小暮はバックアップの経験を積ませる。

組織が、私が死んだら、動かなくなったら困る。

私が死んでも、かごめが。かごめがやられても小暮が。それぞれ組織を引っ張っていけるように、経験を積む必要があるのだ。

かごめは私と同じくらい出来るので、別に私がどうこう言う必要はない。

問題は小暮だ。

此奴はチームを任せてからも、まだユーレイ嫌いと、蚤の心臓が治らない。つまり、経験値を積ませて、少しでも憶病を制御出来るようにならなければまずいのだ。

幾つかの決定をして。

G県警に赴任する。

今の私は、実際の地位よりも遙かに強力な権力を持っている。G県警の表向きのトップとして就任して、其処で奴らに備え。

そしてそれと同時に、配下のチームも特殊部隊として、いつでも動けるように備えて貰う。

此方の指揮は、ベテランの警部に任せる。

私も信頼している優秀な部下で。チームに暇をさせる事は無いはずだ。

G県警の課長は田中という無能な男で、キャリアでありながら出世コースからも外れ。更に私が着任したと聞いて、震えあがった。

既にキャリアの間では、私の名前は死神か魔王か何かと認識されているらしい。まあ、奴らに与したり、腐敗していたりしたキャリアは、根こそぎ三年で処分したから、無理もない。

その代わり、経験を積んで実力もある警官を抜擢して、今まではキャリアで無ければほぼ無理だった警視や警視正へも就任できるシステムを整備したので、古参の警官には私のやり方は好評である。

もっとも、彼らからも、私は魔王と呼ばれているらしいが。

その魔王が、就任してきたのだ。

田中が震えあがるのも、無理もない話だった。

小さくなっている田中は、本当に貧相な男で。大学も国家一種も裏口で突破したともっぱらの噂である。

まあ私としては、静かにしていればどうでもいい。

G県警は今日から私が指揮する。

そして、本部長として、小暮が裏からそれをサポートする。実際の地位と権力が逆なのだけれど、まあそれはどうでもいい。

「今日からG県警のトップに就任した風祭純だ。 以降よろしく」

敬礼をする。

若干反応が揃っていないが、皆敬礼を返してきた。

ちなみに元のトップは、よそに異動させた。元々評判が悪い男だった上、色々不祥事も起こしていたので、反省房同然の孤島の警察署に、である。キャリア組だが、今警察は私の組織が握っている。

キャリアだろうが何だろうが、潰すも飛ばすも自由自在だ。

ただし、それは公正に行うし、横暴はしない。

それが、力を使う者の義務だからである。

この義務を忘れると、あの、奴らのトップだったクズ女のようになる。あんな輩にならないためにも。

私は、今後も力を公正公平に使うつもりだ。

これからこの県警は、私が立て直す。

早速田中が胡麻をすりにきたが、仕事をぽんと渡す。

「早速だが田中課長。 これらの書類は何かな」

「え? ええと、はあ」

「見て分からないか。 使途不明の経費だ。 これらについて、すぐに実際の用途を貴方自身の力でまとめてくれ。 内容が判明しなかったら、部長と同じ警察署に飛ばすから覚悟しておくように」

「ひ……」

元々腐っていたトップだ。

使途不明を隠れ蓑に好き勝手をしていた事は既に分かっている。此奴も散々遊興費を使途不明経費で使い込んでいる。

もしも嘘をつくようだったら。

本当に飛ばす。

私の眼光で、それに気付いたのだろう。田中は半泣きになりながら、飛んでいった。まあ、流石に何に使ったか位は覚えているだろう。これから徹底的に上下関係を叩き込むにも、丁度いい。

警官達が、いい気味だと呟いているのが聞こえる。

さて、と。

まずは、準備運動と行くか。

続いて、何人かいる警部補達を招集する。たたき上げが大半だが、キャリアもいるにはいる。

彼らには、現在の未解決事件を提出して貰う。

早速ざっと目を通すが。

なるほど、幾つかはすぐに解決できる。実力で解決できそうなものに関してはアドバイスを与える。

そうでないものに関しては、私が直接動く事にする。

こうしておいて。

奴らとの戦いに備えるのである。

てきぱきと指示を飛ばし。

一通り作業が終わったところで、今日は終了だ。

電話が来る。

佐倉からだ。

「ウス。 お疲れ様です、当主」

「どうした、何かあったか」

「ゆうかがG県に引っ越すと言い出していまして。 どうしようか困っているんスけど」

「いいぞ、一緒に来い」

ゆうかは恐らく悟ったのだろう。私がG県にわざわざ赴任した事で、怪奇事件が多数起きると。

事実その通りになる筈だ。

ただ、そうなると問題は古橋だ。

彼奴はしっかりしているけれど、それでも中学生なのである。一人で生活させるわけにも行かないだろう。

しばし考えてから、結論する。

「編纂室の後釜を任せた夏美と同居させるか。 彼奴は元々古橋の事件にも関与していたしな」

「そういえば夏美さん、結構頑張っているみたいですね。 部長が頼りないから自分が支えるって張り切ってたっスよ」

「良い事だ」

正直な話、私は一人暮らししていても、どうしても本家の人間がちょっかいを出しに来るので、夏美で無くても別にいい。手練れのお手伝いはたくさんいるし。そいつらも自衛能力は備えている。

佐倉は兎に角、此方に来て貰うのが良いだろう。

どうせあの規模の事件が起きた後だ。

G県はしばらく手が足りなくなる。

佐倉との電話を終えると、本家に連絡。

手練れを何人か、此方に回させる。

多分これから、大規模な事件が立て続けに起きるはず。それらに対処するには、私と小暮のチームだけではたりない可能性がある。

人見やかごめも場合によっては手を借りるし。羽黒にも、時々手伝って貰うつもりではあるが。

最悪の事態に、常に備えておくのがトップというものだ。

自宅に到着。

あくびをしながら、ベッドに潜り込む。

シロシュモクザメの抱き枕にしがみついていると。すぐに眠くなってくる。そして、いつの間にか。

夢の中に落ちていた。

 

夢を見る。

私は、ふわりとした白い霧の中にいた。パジャマを着込んだままだが。夢だとすぐに分かる。

そしてこれはいわゆる予知夢だ。

周囲を見回していると、見えてくる。

巨大な影が、大地の底からせり上がってくる。

なるほど、これはこれは。

凄まじい代物だ。

私の目の前で、地を割り現れるそれは、以前見たアルゴスが小人に見えるほどの巨体を誇り。

大地を揺るがし、咆哮した。

始祖の巨人。

様々な神話に現れる存在。

もっとも最近では、米国のポールバニヤンがこれに近いだろう。

世界を作った巨人が存在し。

それは新しく現れた神々に従えられるか、滅ぼされ。

そして世界の表舞台から姿を消した。

ギリシャ神話におけるガイア。

北欧神話におけるユミル。

バビロニア神話におけるティアマト。

微妙に違っているが、どれもこれら始祖の巨人の影響を受けていたり、そのものだったりする。様々な類例が存在するが。

日本にも、それがある。

ダイダラボッチ。

日本最大最強の妖怪。

三大妖怪など、ダイダラボッチに比べたら小物も小物。これは、神々が撃ち倒したという、原初の存在をベースにしている怪異。倒されたという伝承は無いが、それが故に今でも怪異として名が残っている。

いうならば、究極の怪異だ。

その正体については諸説ある。だが、私は夢の中だし、考察を放棄。いずれにしても、予知夢に此奴が出てくると言う事は。

なるほど、そういうことか。

G県に越してきたのも、これならば意味があった。

実際に近くに住み着けば、それの存在を感じ取る事が出来る。そういうこと、だ。

目が覚める。

白蛇王が、側についていた。

「何か夢を見られましたか」

「ダイダラボッチだ」

「む」

「ひょっとすると、近々始祖の巨人がこの地に目覚めるかも知れん。 流石にダイダラボッチクラスの怪異になってくると、私でも危ないかも知れないな」

拳を見る。

この三年、徹底的に鍛えて来た。

実際前だったら格闘戦で勝率は五割あるか怪しかった金髪の王子にも、この間は技量差を見せつける事が出来た。

勿論対怪異能力も磨いてきたつもりだ。

だが、唯一神や最高神、それに原初の巨人といった例外レベルの連中が出てくると、流石に私でも危ないかも知れない。

だが、その時のために、組織を作ってきた。

もしも奴らが原初の巨人を好き勝手に出来るようになったら。

それは恐らく、龍脈兵器と同等か、それ以上の脅威と化すだろう。そうなったら、世界の勢力図は一変する。

「よりにもよって始祖の巨人など、人に制御出来るはずも無いでしょうに」

「だが、馬鹿はいつの時代にも存在する」

「……信じられないレベルの馬鹿ですな」

「まったくだ」

しかし、あの金髪の王子は、馬鹿では無い。むしろかなり頭が切れる方だ。少なくとも、あのクズ女とは違う。

となると、何か勝算があるのかも知れない。

いずれにしても、もしも奴らが始祖の巨人を繰り出してきたら、対応策を先に準備しないと危ない。

しばし考え込んだ後、私は決める。

「いずれにしても油断だけは出来ん。 あらゆる準備を整えるぞ」

「分かりました」

「まずは手近な事件の処理からだな」

腕が鳴る。

規模は大きくなっても。

この辺りは編纂室の頃と同じ。

やはり私は。

最前線に立つのが、性に合う。

 

(続)