女王の過去

 

序、古き居場所

 

其処は、相も変わらずの限界集落だと、かごめは言う。私は小暮と一緒にかごめのフォルクスワーゲンに乗って、その土地に向かう。

かごめが田舎出身である事は、私は知っていたし。小暮にも話してあった。かごめ自身は口にしなかったが。

今回どうやら故郷で何かが起きたらしく。

珍しく手伝えと言われたのだ。

かごめに手伝えと言われるケースはまずない。恩を売る云々以前に、かごめとの関係は良好であった方が良い。

多分かごめは、現在日本におけるプロファイリングの第一人者で。

これ以上の人材はいない。

今後日本の闇に巣くうドブネズミをぶっ潰すつもりである私にとっては、どうしても必要な存在だ。

別に部下になってくれなくても良い。

敵にならなければいいし。

手を貸してくれればなおいい。

だから私は、仕事を調整してついていくことにした。

ちなみに助手席が私。

後部座席に、狭そうに小暮が座っている。かごめらしい大型車のフォルクスワーゲンなのに、それでも小暮が大きすぎるのだ。

高速道路を通って、どんどん田舎へ。

新幹線を使えばもっと早いのかなと思った途端。それを読んでいたかのように、かごめが言う。

「車の方が最終的に早いわよ」

「なるほど、それほどの僻地なのか」

「そうよ」

「しかし、先輩に聞いたときには驚きましたが。 本当に遠いところなのですな」

日本は不思議な国だ。

縦に長い国土。四季が存在し、豊富な水資源と、世界でもトップクラスの地震国。小さな島国なのに、経済は分不相応なほどに豊か。最近は不景気だが、それでも他の国に比べればぐっと豊かな国だ。

それなのに、首都圏を離れると。

途端に宵闇の世界が待っている。

彼方此方に発展した都市があるけれど。

廃れた集落の暗黒は凄まじい。

後ろの小暮に、腕組みしたまま話しかける。

「杉沢村伝説というのを知っているか?」

「いえ、知りませんが」

「戦前の津山三十人殺しが都市伝説化したものでな」

「ああ、聞いています。 世界でも最大規模の個人による大量殺人事件ですな」

現在では人数の記録を破られているが。

岡山の片田舎で起きた凄惨な津山事件は、世界史に残る悲劇だ。

そしてそれが故に様々な形で、波紋を現在に残している。事件は未だに不思議な都市伝説として、語り継がれてさえいる。

それが杉沢村伝説だ。

どうしてか青森などの他県でおきた事件とされ、其処では突如発狂した男により、村人が一晩で皆殺しの憂き目に遭い。

そして今では、悪霊の住処となって。足を踏み入れようものなら、生きては出られないというのである。

生きて出られないのならなんで伝説になっているのかが謎だが、その辺りは都市伝説の定番だ。

そして杉沢村伝説が様々な方向から否定された後は。

実際には今まで杉沢村とされていたのとは違う、真の杉沢村が存在するなどと言う、苦しい上に頓珍漢な都市伝説にすり替わっていき。やがて闇に消えていった。

ちなみに青森には杉沢村が実在するが、勿論入ったら生きて帰れないような土地ではないので悪しからず。

「限界集落の中には、完全に廃墟化したものもある。 そういった村を題材にして、奇妙な都市伝説が作られるほどに、都市圏と限界集落の乖離が著しい。 あまりにも成長が早すぎて、いびつになってしまったこの国の縮図が作り出した都市伝説と言っても良いだろうな」

「なるほど……」

「私の村は生憎其処まで寂れてはいないわよ。 ただし、正直な所、後五十年はもたないでしょうね」

かごめがウィンカーを出す。

高速を降りるのだ。

わざわざ立て続けに難事件を解決している警視庁生え抜きの精鋭三人が、二日の休暇を取って行くほどの状況だ。

捜査一課に良く想われていなくても。

優先しなければならない、とかごめが考えたのだろう。

まあかごめのことだ。

あくまで自己優先の思考からかも知れないが。ただそれだとしても、私と小暮に助力を頼むほどなのだから。ただ事だとは思えない。

いずれにしても、後始末は面倒だろう。

この間の小笠原バカンスでさえ、相当に取るための準備が必要になったし。取った後の始末だって大変だった。

あれから十件以上の事件を解決して。

それで二日の休日。

これも、帰ったらまた色々と書類を処理しなければならないだろう。だけれども、かごめはそれでも手伝えと言ってきたのだ。上から目線であったけれど。普通の人だったら、頼むという意味である。

そして、コミュニケーションなどというのは、相手に意味が伝われば良いと私は思っているし。

定型文を連ねた日本式のコミュニケーションなど、何の価値も無いと思っている。

かごめが手伝えと言うのは、どれだけ大きな意味か。

それがわかっているのだから。まあ、行くのが筋だろう。

しばらくは国道を行く。点々とついている道脇のライトが、やがて途切れがちになって行く。

北海道の国道になると、横に寝ていても平気と言われるくらい車が来ないそうだが。

過疎地はどこでも似たようなものだろう。

やがて、路は山に入り。そして、周囲は真っ暗になる。時には、ガードレールさえない路もあった。

「恐ろしいほどの山道ですな」

「これくらいの山道なら、神奈川の僻地にもあるぞ。 首都圏を少しでも離れると、本当にいびつなんだよこの国は」

「そうでありますな……」

小暮が、不安そうに側を見る。

かごめが、また話し出す。

「大体九時半には着くわ。 着いたらすぐに始めるから、準備して」

「後四時間か。 それまでに概要について聞かせて貰おう」

「ええ。 私の家は、過疎化した村の神社でね。 父は神社の神主。 母はちょっとした資産家の娘よ」

なるほど、それで国家一種を通って、なおかつ警察学校まで行けたのか。

過疎化と言うよりも、貧富の差というのは残酷で。奨励金制度を使っても、どうしても限界は出てくる。

そもそもこれほど田舎になってくると。

都会に出て、一人暮らしをするのでさえ、一苦労だっただろう。訛りを消したり、生活習慣の違いに戸惑ったり。

良家のお嬢となると。

身の回りのことを全部一人でやるという事そのものが、苦痛になったに違いない。

口にはしないけれど。

かごめは恐らく。

誰よりも努力をして。それらの苦痛を乗り越え。今の警視庁トップのプロファイラーという地位を手に入れたのだ。

かごめの話によると、東京に出たのは中学の時。

そんな早くから、と思ったが。

これに関しては、両親が早めに地元に見切りをつけ。

かごめがおおきな収入を得てくれることを期待して、先行投資した、というのが事実であるらしい。

大変だったなと、素直に私は思ったが。

かごめは同情を喜ぶまい。

「事件が起きたのは、私が幼い頃」

「ふむ?」

「私の家は、古い上に幾つかの一族に別れていて、内紛が絶えなかったの。 嫡子である私が神主の座を引き継ぐべきだという意見も多かったのだけれど。 私が学力テストで、全国七位をたたき出したのを見て、意見が紛糾してね」

全国七位か。

それはすごい。

ちなみに私は、その頃殆ど学校に行けなかったので、そもそも学力試験そのものを受けていない。

だからキャリアになるには、ある意味かごめより苦労したが。

まあそれはそれだ。

話の続きをせがむ。

かごめによると、ただでさえ老いた古い家は真っ二つに分裂。

苦慮したかごめの父母は、早々にかごめを跡取りから外し。弟を神主に据えたようなのだけれども。

良い評判は聞かないという。

才能を全部かごめに吸い取られたように、弟は出来が悪く。

神主としての祝詞も覚えられず。

碌な仕事もできない有様。

一族の間からは不満が爆発しているという。

かごめは、キャリアだ。

相当な収入を得ているが。

その内のかなりの部分を、実家に仕送りしている。

それもまた、争いの原因となってしまっているという。

貴重な外貨に等しい存在だ。

まったく稼げないかごめの弟の事もあって。家は取り分で揉めていて。

年寄り達が、連日くだらない争いを繰り返しているという。

たまりかねた父母が連絡してきて。

様子を見に行く事になったのだけれど。

どうにもきな臭い事になっているらしいのである。

色々と思いあぐねた老人達が。何をしでかすか、まるで分からない状態だ、というのだ。それくらい、事態が面倒な事になっているそうなのだ。

今回かごめは。

その辺りを解決して、戻るつもりだとか。

「いっそのこと、神社潰そうかしらね」

「地元では大事な神社なんだろう? 反発が大きくなるだけだぞ」

「悪い意味でのシンボルになっているからよ。 こんなもの、いっそのこと無い方がどれだけマシか」

「そういうな。 少なくとも、神社には何の責任も無い。 ただ、文化は人があってこそではあるがな」

峠を越えた。

此処からは、かなりくねった道が続くという。

怪談話も多いとか。

かごめはまるで気にしていないらしいが。山の中に、魚を捕るために誘魚灯をしかけた沼があって。

それが怪談話になってしまった例があると言う。

しかもテレビ局が拡散してしまったものだから、野次馬が詰めかけて。

遭難しかける阿呆まで出たという。

それくらいの田舎なのだ。此処は。

怪談に関しても、妖怪が現役の土地。

地元の過疎化した小学校や中学校では。

何処でも、怪談話が存在すること大前提として、皆の間に伝わっているという。

「唾棄すべき迷妄だわ」

「……」

なるほど。

何となく、分かってきた気がした。

怪異が見えるかごめが、どうしてこうかたくなに怪異を拒むのか。それは、出身した場所の迷妄が、著しくひどかったから。

神主の娘であるという条件も合って。

かごめは、見てきたのだろう。

迷妄にどれだけ人々が踊らされるか。

時には死者さえ出すこともある。

嫌気が差した若者は、どんどん都会へと流出してしまう。

溝はどんどん深くなっていく。

これでは、互いに和解などしようがない。

「掴まって」

急カーブ。

これは、知識がないと、事故を起こしても仕方が無いレベルの路だ。私は呆れながら、ドアに掴まる。

小暮も、座席に身を寄せて、必死に強烈なGに耐えた。

「こんなカーブが幾つもあるのよ。 嫌になるわ」

「うんざりしきった声だな」

「国ももう整備をする気が無いみたいだし、自治体は死に体。 この辺りはもう、色々な意味で終わっているわね」

また一つ、カーブ。

私は、げんなりした。

 

予定通り、九時半に現地に到着。

この辺りは、流石に地元の人間だ。正確に大体の予測時間を立てることができる。もっとも、信号も踏切も無いのだから当たり前か。

この辺りでは、バスさえ出ない。

どうにかある小さな診療所だが。

この辺りの閉鎖的な風習で、来てくれる医師も嫌気が差しているそうで。ここ数年で、連続して変わっているという。

それなのに、閉鎖的な風習を見直そうとしない老人達。

このままこの過疎集落が衰退していくのは、当然かもしれなかった。

そこそこ大きな神社に、かごめが車を停める。

駐車場はある。

だが、幾つか埃を被った軽が乱雑に放置されているだけで。

あまり活用されているとはいえなかった。

此方よと言われて、ついていく。

長い階段を上がっていくが。

左右には、キツネの石像が、たくさん並んでいた。

それだけではない。

なにやら非常に気配が強い、元が何だったか分からない石像も、たくさん散見される。実際に弱めの怪異が取り憑いているものまであるようだ。

後でかごめが目を離した隙に、処理しておくか。

「これは?」

「収入源よ。 曰く付きの石像やら地蔵やらを、引き取るサービスをしているの。 弟が頼りないから、お祓いをしているのは父だけれど。 それに此処は稲荷神社ではないのにね」

「……」

「正直に言って良いわよ。 効いているとは思えない、でしょう?」

お見通しか。

実際問題、これらの石像には。生半可な祝詞では通用しないだろう。それくらい、面倒くさい怪異が巣くってしまっている。弱くても、祓えるかは別の問題なのである。

ただし、それらが害をなせるかというと、それはノーだ。

怪異は基本的に、人の心に巣くう者。

人々の信仰が無ければ。

大した力を出すことはできない。

それが怪異というものだ。

そういうものなのだ。

だから、周囲の怪異達は、困り果てた様子で此方を見ている。助けて欲しい、と懇願する有様だ。

誰も人がいなくなれば。

怪異も生存できない。

朽ちることは無いが。

身動きすることもできなくなって、そのまま消えて行ってしまうのだ。

それが、怪異の運命。

実際問題、元が何だったのかもはやよく分からない怪異や信仰というものも、実在している。

南アメリカなどには特に多く。

研究者の間では、ナンバーだけを振られて、調査が行われているという有様である。

この辺りは、残虐な侵略者が、暴虐の限りを尽くした結果だが。

それにしても、怪異にとっては気の毒な話ではある。

後で全部浄化して、式神としてもっていくか。

此処まで来たのだ。

それくらいは、してやっても良いだろう。

神社の裏手。

やっと光が見えた。

神社と言っても、神主の生活スペースがある。丁度この過疎の村では、其処が集会所も兼ねている。

わいわいと、声が聞こえるが。

どう考えても、好意的な声は聞こえなかった。

「あれか」

「そうよ。 腐臭しかしないから、覚悟は決めておきなさい」

「そうで、ありますな」

小暮も、苦虫を噛み潰した様子。

これでは、実際問題。

現物を見るまでも無く、どのような有様かは、大体分かってしまうと言うものだ。

家に鍵を使って入る。

ぴたりと、喧噪が一度止んだ。

そして、居間からは。十人以上の老人が。皆、ひねくれきった視線を、此方に向けてきているのが分かった。

「警察でご活躍のご息女が帰還したぞ、賀茂泉の」

「遊んでいるの間違いだろ」

「この年で警部にまで昇進しているんだぞ。 その仕送り金額は、皆知っているだろう」

ヒステリックに反論したのが、かごめの父だろう。

周囲の人間は、それを完全に馬鹿にしきっている。

「だったらわしらにも寄越せ! 年金じゃ足りないんだよ!」

「子供も十人くらいくれ! 働かせる人手が足りない! 孤児を養子にするとか、色々あるだろう」

「そもそもあんたのところの馬鹿息子のせいで、この村がどんどん衰退しているんじゃないか! 警察なんかで遊んでいないで、こっちでさっさと結婚していれば……」

「……いい加減にしろ!」

かごめの怒号は。

老人達を、一発で黙らせるのに充分だった。

魔王が雄叫びを上げたのと同じ。

ぎゃあぎゃあ喚いていた子ネズミ共は、その威風に黙り込むしか無い。中には、少しちびったものもいるようだった。

「雄図は?」

「もう寝ているよ。 こんな集まり、出たがらなくて当然だしな」

「こんな……」

何か言おうとした老人を。

視線だけで、かごめが黙らせる。

かごめは咳払いすると、周囲を睥睨した。

「過疎化した集落が、どうして過疎化しているか。 それはこうやってそれぞれがエゴを振り回して、せっかく来てくれている医師にまで自分たちのルールを押しつけ、挙げ句の果てに進歩も拒み、何もかも好き勝手に振る舞っているからよ。 若者が出て行かなければ、此処まで過疎化はしない。 誰が若者達を追い出したのか、少しは考えてみなさい」

全くの正論だ。

確かにこんな場所では、残ろうという若者達はいないだろう。

しかもこういう所にいる連中は。自分たちが悪いとは絶対に思わない。

最悪なのは、皆下手に土地とものを持っていること。金が無ければ、換金すればいいのだけれど。それはプライドが許さないのだろう。

油断すると、海外から来た凶悪な犯罪者が、それぞれの家を襲って廻りかねない。警察も、こんな過疎化集落には、手を回す余裕が無いのだ。

さて、で我々はどうすればいい。

しばらく見ていたが。

かごめはようやく、此方を見た。

「この二人は、私の同僚。 今起きていると言う例の事件、解決しに来たわ」

「警察なんかにどうにか出来る訳が無い! あれは座敷童様が、お怒りになっておられるんだ!」

老人の一人がヒステリックに叫ぶ。

どうやら予想以上に面倒くさそうだと、私は思った。

 

1、饐えた腐臭

 

座敷童。

怪異の中でも特に有名な一つだろう。河童や天狗などと並んで、誰でも知っている怪異の一種だ。

具体的には、全国に目撃例があり、特に東北に多く姿を見せる、子供の妖怪である。

世界中に類例がある妖怪で。海外では近年有名になって来たキキーモラやシルキーなどがこれに当たる。

家について、祀れば福を為し。不敬を働けば悪さをする怪異は。それこそ数え上げればきりが無いのである。

ある妖怪に関する専門家は、怪異とは何処でも同じ種類のものが存在するという説を提唱していたが。

いずれにしても、この種類の家に着く怪異は。その説を裏付ける存在であろうだろう。

座敷童は、子供の幽霊という説もあるが。

まあ実体としては、古くからある妖怪話の一つ。

基本的には大人しい部類に入る怪異で。

嫌がらせや悪戯をすれば害を為すが。きちんと丁寧に扱えば此方に福を為すというタイプの、基本を守ったオーソドックスな怪異である。

中には座敷童が出ることを売りにして、観光をしている家も存在しているほどだ。

これは海外の類例種も同じ。

私は実際に三回ほど遭遇しているが、いずれも害が無い怪異で。戦う必要性もなかった。一度などは、むしろ家の主の方に灸を据えたくらいである。

それにしても、この村でも座敷童が存在していて。

しかも、かごめがその関連で私を呼ぶとは。

色々心中複雑なのでは無いだろうか。

だから、まずは話を聞くことにする。

ここしばらくの事。

それぞれの老人の家で、不可思議な現象ばかりが起きるのだという。皿が急に割れたり、がちゃんと音がしたり。

子供の足音が廊下でして、見に行っても誰もいなかったり。

まあそれで害が無いのなら誰も文句は言わないだろう。

何しろ、先ほど様とつけていたくらいなのだから。

此処では座敷童は、信仰の対象なのである。

だが。

その悪戯が、どんどん過激化している、というのだ。

庭の植木を切ったり、花瓶を割ったり。

いきなり、夜中に耳元で大声を出されたり。

それで、村が揉めているという。

一派は、座敷童が怒っているのが原因で。それは、神主の家が、祭をしっかりやらないからだ、というものだ。

ちなみに此処で祀っているのは八幡神だが。

座敷童は祭を楽しみに見に来るとかで。神主の夫妻が年老いて。弟が色々とやる気が無い現状。

座敷童が、せっかくの楽しみをフイにされて、むくれている、というのである。

もう一方は、これは座敷童の仕業では無く。

村を二つに割って、それぞれを仲違いさせようとしている何者かの陰謀だと主張している、というのだ。

まあ此処までなら問題は無いのだが。

二派に別れた村人達が、毎日にらみ合いを続け。更には小競り合いでけが人まで出しているというのだから、笑い事では済まない。

県警はと言うと、過疎化農村の上に、閉鎖的なこんな土地には関わりたくないようで、小競り合いの段階ではまだ口出ししたくないようだし。

その一方で、二派に割れた村人達は、それぞれ路を封鎖したり畑を荒らしたりで、争いがエスカレートしているのだという。

市の方もお手上げ。

市役所の職員も何度か見に来たが。あまりにもこじれた人間関係を見て、閉口してすぐに立ち去ったそうである。

アホらしいと私は思ったが。

怪異がらみだと、かなり厄介なことになる可能性がある。

凶暴化すると、怪異は元が大人しくても、害を為すケースがあるのだ。

それは座敷童でも同じ。

基本的には穏やかで害が少ない座敷童だけれども。それは結局あくまで平均的な傾向に過ぎない。

この村では、信仰の対象にまでなっているのだ。

怒らせたら、何が起きるか分からない。

怪異の中でも、神のランクにまで到達すると、怒らせた場合村にどれだけの災厄が起きても不思議では無いのだ。信仰が強ければ強いほど、災厄の規模も大きくなる。

「では、現場を調べるとしましょうか」

かごめが現役の警部だと言う事は、此処にいる皆が知っている。更に警部がもう一人(私のことだ)と、巡査長である小暮がいる。

特に小暮の巨体と威圧感は、老人達を閉口させるに充分で。

少なくとも、此処で目を光らせている限り、小競り合いは鎮静化するだろう。

だが、時間はあまりない。

できるだけ早く片付けなければならないだろう。

「小暮、メモだ」

「はい」

私はさっそく、かごめと手分けして聞き込みをしていく。いずれの村人も、座敷童には信仰がとても篤いようだった。

まあ座敷童は、気に入った家には福を為すという話があるので、信仰していても不思議では無いけれど。

だがこの信仰は少しばかり異常だ。

いや、これはひょっとすると。

閉鎖的な村特有の、暗黙のルールかも知れない。

たまに何かしらの考え方が暗黙のルールと化した結果、とんでもなく珍妙な風習が出来上がるケースがあるのだ。

これが悪い方向に作用し。

なんと昭和の初期まで、奴隷制に近いものが存在していた村が日本の片田舎に実在している。

これについては、研究資料を読んだことがあるが。

兎に角胸くそが悪い話で、こういう悪しき風習は文化としても残してはいけないと思い知らされたものだ。

此処の座敷童は、まだ姿を見せていないが。

どうなのだろう。

かごめと一旦合流。

不愉快そうに、かごめは眼鏡をあげる。彼女はたまに伊達眼鏡を掛ける。

「純、どう思う」

「何ともな。 古い家では家鳴りという軋みが起きる事があるが、あれは普通に自然現象だ。 後、こういう静かな村では、遠くの音が間近で聞こえるケースもある」

「その通りよ。 それよりも気になるのは、この異常な信仰ね」

「そうだな……」

「この村を出る前はそれほど気にしていなかったのだけれど、老人達の信仰は、ちょっと異常だわ。 否定でもしようものなら、集団で襲いかかって来かねない」

頷く。確かにこの信仰は、何かあると見て良いだろう。

小暮には周囲に気を配るように指示。

私はと言うと。

外に出ると、さっそく式神を数体放った。子供の幽霊か、それに類するものがいないか、見てこいと指示。

今のところ、気配は感じない。

本当に座敷童はいるのだろうか。

実物は長い年月を経ている怪異だけあって、子供の姿をしていても結構落ち着いた性格をしていたりするのだが。

この村のは、普通の奴とは思えない。

少しばかり、強引な手を使うのもありか。ただ、座敷童の仕業とは限らないのも、面倒なところだ。

ニセバートリーが最初に戻ってくる。

此奴は偵察要員として有能で。姿も結構カスタマイズ出来るので、とても使える式神に育って来た。

私にため口を利くのは気に入らないが、まあそれはそれだ。

有能だし、重宝しているのも事実で。多少の無礼くらいは、許してやるのが度量というものである。

この辺りは私も帝王教育を受けているので、知っている。

その割りに子供っぽいとか言われる事があるが、何故だろう。それについてはよう理由がわからん。

「普通の子供の幽霊ならいたわよ。 でも格好からして、座敷童とは思えないけど。 今時の子供の幽霊だったわ」

「そうか、調査続行」

「ちぇー」

そりゃあ、子供の幽霊なんて何処にだっている。

ましてや此処は過疎化の農村だ。

墓には、それこそ幾らでも幽霊くらいいるだろう。

私自身も彼方此方見て回るが。

色々妙だ。

「どうも見当たらんな……」

確かに普通の幽霊なら幾らでもいる。

せっかくなので、見かけ次第浄化して廻っているが。そうすると、どんどん霊が集まってくる。

順番に浄化しながら話を聞く。

座敷童について。

殆どが、特に最近座敷童を見ていない。

死んだ後にも、だ。

それでいながら、殆どが信仰を残しているのである。コレは不可思議だと私は思ったけれど。今の時点では口にしない。

目につく霊を全部浄化し終えてから。

かごめと合流。

かごめは状況をデータ化して、床に並べ。腕組みしてうなりながら、それを見ていた。分析が上手く行っていないのだろう。

「どうした。 そちらも手間取っているな」

「分からないのよねえ」

「ほう」

「見て、この事件分布図」

確かに見せてもらうと、妙だ。

幾つか誤認したものがあるとしても。

妙にはっきりと、現象が別れているのである。

具体的には村の東部分では、皿などを割る実際の被害が多く報告されている。これに対して村の西側では、主に声や足跡。

丁度村も、東西に別れて抗争中なのだ。

この様子を見ると、意図的に何かを起こそうとしているとしか思えない。

「出現のパターンは」

「最初は数週間に一回だったようだけれど、今は見境無しね」

「それはそれで厄介だな」

「……」

複雑な表情のかごめ。

この土地の座敷童に、なにか思い入れでもあるのか。まああったとしても、それを事件解決に優先させるかごめでは無いだろう。

「最新のデータを貰えるか」

「実地調査?」

「そうだ」

「よろしくね」

頷くと、神社を出る。

何だか嫌な予感がする。ひょっとして、この村で崇められているのは、座敷童などでは無く。

もっとおぞましい、何か別の者では無いのか。

その予感が消えないのだ。ただし、それも外れる可能性があるし。大げさに捕らえているだけかも知れない。

村中に放ってある式神は、子供の霊を見たとか大人のを見たとか言ってくるが。いずれも事件解決のヒントにはなりそうも無い。

一番最後に出た家に到着。

今日は真っ暗だ。

鍵は借りてあるので、中に入る。

座敷童どころか、何が出ても不思議では無い雰囲気である。

古い家屋だけあって、一歩踏み出すごとに、ぎしりぎしりと音がする。

これだと、恐怖を煽るには充分。

暗くしたら、それこそ恐がりには一歩も歩き出せなくなるだろう。トイレなんて絶対にいけなくなる。

丁度そういう恐がりが、側で震えあがっていた。

「せ、せんぱい、何かいますか」

相変わらずびびりまくっている小暮。お前の足下に子供の幽霊がいるんだが。まあ害は無さそうだし放っておく。

家を見て回るが。

本当に此処で、怪異が起きたのか。

内容的には家鳴りだ。

しかし、家鳴りが起きる条件は満たしていないような気がする。

あれは起きる条件があって。家の建っている場所だとか。その日の天気による温湿度の変化とか。

色々と、条件が必要になってくる。

だが、此処ではその条件は、どれも達成できそうに無い。

かといって、怪異がいるようにも思えない。

一体どうしたことか、これは。

二軒目の家にも行く。

此処もまた、雰囲気抜群だ。屋上を鼠が走り回っている音がしている。意外と、それには小暮は平気そうだ。

「結構不気味に思えるんだが、鼠は平気なんだな」

「鼠なんか、病原菌の媒介以外は恐ろしくも無いのであります」

「そんなもんか」

怖いの基準がよく分からん。

子供の幽霊でさえ怖がるくせに、実害のある鼠は平気というのだから。

さて、と。一通り家の中を調べた後、他も調査していく。既に夜も遅いのである。作業は迅速に行うのが吉だ。

裏庭に廻ってみる。

気配もないし、実際怪異もいない。

だが、見つける。

人間の足跡だ。確実に、この辺りを歩き回っていた様子だ。

「子供のもののようですな」

「すでに大半は消えてしまっているが、型は取っておいてくれ」

「分かりました」

素足なのが気になる。

どうしてサンダルなりなんなり履いていないのか。

ひょっとして、此処にいる怪異。

予想よりも、遙かに狡猾な奴なのか。或いは、力を蓄えている奴なのかも知れない。

 

十軒ほど廻って、収穫無し。

一度神社、つまり賀茂泉家に戻ると。

かごめが更に証言をまとめてくれていた。

流石にこの辺りはかごめだ。

こういう仕事をさせると、右に出る者がいない。プロファイリングは、人間の心理を調べきって結論を出す。

かごめは人間を知り尽くしている。

その割りに本人は性格が非常に悪いが、それはそれ、これはこれだ。例を挙げるなら、サッカーの知識があるのと、サッカーができるのは、別の話である。

「成果は芳しく無さそうね」

「座敷童、という点ではな」

「詳しく」

「十軒ほど実際に見てきたが、大半は誤認によるものだと断言してしまっていいだろうな」

大半ではなくて全てでしょうに。

かごめはそう言うが。

案外こういう状況下では、そうとも言い切れないのだ。ただ、老人になって脳が衰えてくると、若い頃よりも更に変なものを見やすくなるのも事実ではある。

脳はいい加減な代物で、ちょっとしたことで幻覚幻聴をすぐに引き起こすのだ。恐怖や混乱、それに加齢がそれを更に助長する。

だが、此処でそれらを議論しても仕方が無い。

そのまま、話を進める。

ただでさえ、時間がないのだから。

「これ、やっぱり誰かが対立を煽っているんじゃ無いのか」

「その可能性は否定出来ないけれど。 そもそもどうしてでしょうね」

「ちなみに最悪のケースは」

「ただでさえぴりぴりしている村人達が暴発、東西に別れて、抗争を本格的に始める事かしらね」

本当か。

私には、そうは思えないのだ。

かごめの予想が外れる事を前提に考えるのは良くない。実際多数の事件を、持ち前のプロファイル技術で解決してきている才女だ。彼女によって逮捕された凶悪犯も、無実を証明され解放された者も多い。

実績が、彼女の言葉を重くしている。

だが、今回は。どうにもおかしい。

見ていて、妙に余裕が無い気もする。そもそも、無理に休みを取って、私達まで伴っているのがおかしいのだ。

かごめは、一体何を焦っている。

しかし、聞いてもやぶ蛇になるだけだ。

さっさとその場を後にして、どんどん夜が更けていく村を、もう少し見て回る。深い時間になっても怪異は出てこない。

村人達も、流石に怒鳴り合うのに飽きたのか。

それぞれは、自宅に戻っていく。

いずれも老人にしては健脚。

農家で鍛えているのは伊達では無いと見せつけてはいたが。

それでもものには限界がある。

身動きができなくなると、その場で命を落とす事になるケースもあるだろう。

つまり、注意は相互にする必要がある、ということだ。

帰り道は、流石に疲れ果てているが、誰もが無言だったが。

それは小暮が見張っているから、かも知れない。一応、小暮にそれぞれを送らせる。全員が帰宅するのを確認してから戻らせるが。小さな村だ。それにも、一時間ほどしか掛からなかった。

私はと言うと、神社の裏手に出る。

ご本尊以外に何か無いか、調べて見ているのだけれど。

これが見事に何も無い。

神主の家、つまり賀茂泉家はあるにはあるのだけれど。そこそこ豊かそうな反面、手入れが行き届いていない。

使用人を雇う余裕も無いのだろう。

草ぼうぼうになっている部分もあった。

二階は電気がついている。

例の、かごめの弟が、こんな遅くまでゲームでもやっているのかも知れない。

まあそれは良い。

こんな過疎化の農村だ。

今は通販で何でも届く時代でもあるし。

敢えて夜遊びはしなくてもいいだろう。むしろ家の中にいる方が、色々と問題は起こさなくて済む。

何より、こんな環境だ。家の中では、正直な話、居心地が悪くて仕方が無いだろう。

引きこもりになっている訳では無くて、ちゃんと神主の仕事はしているというから、そこまで心配はしなくて良い。

村の祭りがどんどんさみしくなっているのは、過疎化と閉鎖性が原因なのは、誰の目にも明らかだ。

彼のせいでは無い。

賀茂泉の家周辺を廻っていると。

二時半を過ぎた頃。小暮が戻ってきたタイミングで。

ついに気配があった。

 

2、ちーちゃん

 

徹夜だし、今は怪異が一番強くなる時間帯。色々と警戒しなければならない状況での事態進展だ。私も緊張する。

森の中から、こっちを窺っている影。

小さな人影だ。

座敷童かも知れないが。

それならば、どうして家に着いていない。普通、座敷童は外をあまり出歩かない怪異なのだが。

歩み寄っていくと。

小柄な怪異は。幼い女の子の姿をしていた。

しかも、着物を着ている。

驚いたのは、相当な力を感じる事。神社にいついている神の分霊体並か、それ以上と見て良い。

相当な時を重ねた怪異だろう。

座敷童は女の子のケースも多いが、男の子の姿をしている場合もある。どちらにしても、霊的な存在とされることも多いし。一種の福の神とされる事もある。何にしても、怒らせると悪さをする事では共通しているが。

それにしてもこの怪異、何者だ。

私から此処まで気配を隠し通すだけじゃあない。散々放っていた式神達さえ、発見できなかったのだから。相当な隠行の使い手か、それとも何か特殊なスキルでも持ち合わせているのか。

或いは、別の理由か。

どうやって隠れていたのか、興味はあるところだが。

まずは家を出ると、目の前に行って、咳払い。

少し此方が怖いようで、座敷童か何か分からない怪異は、木陰に隠れていたが。それがフリという可能性もある。

海外の妖精などは特にそうだが。

弱者を装ってエサをおびき出し、喰らうタイプの怪異は少なくないのだ。

日本でも類例は幾つかあるし。

そういう怪異は、例外なく殺傷力を獲得している。しかも、初見殺しの能力を持っているケースが珍しくも無いのだ。

ある程度距離を保って止まる。

小暮が、不安そうに声を掛けてくる。例の子供は、小暮にも見えている、とみて良いだろう。

「あれが座敷童でしょうか」

「何とも言えんな」

歩み寄る。

できるだけ相手を刺激しないように。

なおかつ周囲を警戒もして。

そして、どうにか至近に。

鞠を抱えているその女の子は。髪をおかっぱにしていて。中々に可愛らしい女の子である。

子供の頃からかわいげが無かった私とは、偉い差だ。

「私が見えるの?」

「そうだ。 私は風祭、そっちの大きいのは小暮だ。 お前は座敷童か?」

「千歳だよ」

そうかそうか。

怪異の中には、自分がどう呼ばれているか、気にしないタイプの者もいる。一方、そうでない者もいる。名前を名乗るケースもある。

この怪異は、千歳と名乗っている、という事だ。

実際問題、人間でも同じだ。お前は地球人類かと聞かれたら、困る奴も多いだろう。地球人類ではあるけれど。地球人類ですと名乗りたがらないケースもある筈だ。

「で、千歳は、こんな森の中で、真夜中に何をしている」

「見張り」

「ほう?」

「何だか最近、彼方此方の家で悪さをしているのがいて。 私がいるときは何もしないのに、私がいないときばっかりくだらない悪戯をして。 ただでさえぴりぴりしている村の空気を最悪にしているの」

これは意外だ。

座敷童は怒っていない。

問題は、その悪戯をしている奴だ。

「どんな奴だ。 人間か?」

「ううん、私と同じ怪異だよ。 それも結構年月を経てると思う」

「特徴は」

「妖精さんみたいな感じ。 三角帽子を被っていて、背丈は子供くらいで、お鼻が長いの」

ふむ。

本当に妖精かも知れないが。

それはそれで面倒だ。

前の、レッドキャップの件もある。

今回は、電話での指令も犬童警視からの指示も来ていない。それならば、「奴ら」の関与は考えなくてもいいだろう。

しかし、妖精と言っても。

どれもこれもが可愛いわけでも、優しいわけでも無いのである。

有名なピクシーなどは、人間を迷子にさせる妖精だし。トロールは色々な種類がいて、中にはとても獰猛な奴もいる。

妖精の中には、人間を殺す奴もいて。

人を川に引きずり込んで食う奴や。

通り魔のように襲い、無意味に殺す奴もいる。

様々な種類がいて、それぞれに違う。日本の怪異同様、善良なものから残虐なものまで色々。それが妖精というものだ。

日本の田舎は怪異にとっては過ごしやすいケースが多く、それは西洋の怪異にとっても同じらしい。

維新の頃に流れてきて、そのまま居着いてしまったケースもある。

実例を幾つか見たことがあるし。

交戦経験もある。

この間のレッドキャップは、実験のために連れてこられたのだろうから、ちょっとそれとは外れているだろうけれど。

故郷に居場所が無くなって、日本に来て。それから怪異として凶悪化していったケースもあるのだ。

怪異は基本的に、最初は無害なものなのである。

彼らに殺傷力を与えていくのは。

基本的に、人の無責任な噂話と、迷妄なのだ。

「容姿だけを鑑みると、確かに西洋の典型的な妖精だな。 他に特徴は無いか」

「ううん。 よく分からない。 あ、そうだ。 かごめちゃん、戻ってきてる?」

「かごめちゃん!?」

小暮が大きな声を出したので、むしろこっちが吃驚した。

なるほど、怪異は年を取らない。その性質は変化していくけれども、容姿は外圧がない場合は変わらない筈だ。

やっぱりかごめの奴、見えているな。しかもこの様子からして。この千歳という怪異とは、相当仲良しだったに違いない。

「戻ってきているが、どうした」

「おっきな車あるけど、あれかごめちゃんの? すごく勉強して都会に行ったから、偉くなったの?」

「偉いもなにも、海外にまで勉強に行って、今では日本でもトップの力を持つプロファイラーの一人だ。 要するに、すごい、誰にも負けないちょうかっこいいお巡りさんになった。 収入も凄いぞ。 この家にも、相当な仕送りをして、それでも贅沢ができるくらいだ」

「そうか、良かった。 私をちーちゃんって呼んでいた頃は、とても気弱で大人しい子だったのだけれど。 立派な大人になれたんだね」

千歳は少し周囲を窺うと、また後でと言って、姿を消す。

あくびを一つ。

長旅の上に、ずっと老人達に聴取して、村中廻って、徹夜で色々調べているのである。それは疲れも貯まる。

休もうかとも思ったけれど。

もうひとがんばりしてみたい。

千歳が今一番力がある時間帯なのは事実だろうが。村で狼藉をしている怪異も、この時間帯には力を増すはずだ。

というか、ひょっとすると。

千歳は、この時間くらいしか、外を出歩けないのか。

可能性は否定出来ない。

「この間交戦した、レッドキャップという妖精が操っていた男、手強かったですな。 妖精だとしたら、あのように凶悪な存在では無いと良いのですが」

「さあな。 まだ何ともいえん」

それに、あの千歳という怪異が、本当に善玉かも分からない。

この辺りは職業病だ。

色々と疑って掛かるのは、どうしても必要なのである。

白蛇王を呼び出す。

見回りをしていた白蛇王は、千歳の存在を聞かされて、小首をかしげる。何処に隠れていたのか、まったく分からないと言うのだ。

「この神社には神的存在もいませんし、怪異が隠れる場所が、神社の石像を除くと、村にはありません。 しかも、二体もです。 私にも見つけられない怪異となると、相当な高位の存在が、全力で隠れているとしか……」

「そうだな。 私にも見つけられないし、しかも面倒な事に時間がない」

既に三時をまわった。

舌打ちすると、私は一旦此処までにする。式神達を戻すと、かごめのフォルクスワーゲンの荷物入れを開けて、抱き枕を出した。今回は二日だけなので、持ち込んでいるのは着替えと枕と抱き枕だけである。

ちなみに抱き枕は、愛用のシロシュモクザメだ。1.2メートルもある大きな奴である。

「それは例の猫のグッズではないのですな」

「両親と珍しく純粋に遊びに行った沖縄の水族館で買った品だ。 シロシュモクザメと言って、かなり大型化する種類だぞ」

非常に品質が良くて、もふもふである。

実のところ、私は両親と行楽に出向いた経験が、二度か三度しかない。この抱き枕はその内一回の思い出の品。

とても良い水族館だった事もあって。

私が珍しく、好きな猫のグッズ以外で愛用している品となっている。

賀茂泉家に入ると、かごめがメモをまとめていた。

部屋を貸してもらって、寝る準備を整えると。軽く打ち合わせをする。時間は、明日一日しかない。だから、情報のすりあわせは必須だ。

「やはり何者かが対立を煽っている可能性が高い」

「そういうことね……」

「何か心当たりが?」

「心当たりも、昔からそうなのよ此処は」

異常な信仰は、当然大きな歪みを生む。

かごめの話によると、此処では何処が「座敷童様」を独占するかで、散々揉めてきた過去があると言う。

それこそ、血を見るレベルでの争いも。

一度ならず起きているというのだ。

最終的に神社で信仰を管理するようになったのも、それが故。

「どうしてそんな事になっているのだ」

「それはそうでしょうよ。 座敷童は福をもたらす存在だから。 そんなものはありはしないのだけれど、此処の老人共は真面目に信じている」

「迷妄のもたらす弊害だな」

「だから怪異なんてものは度しがたい」

かごめが吐き捨てた。

なるほど、かごめが怪異を見えないフリをして。あまつさえ話に出すと激高する理由がよく分かった。

ずっと見てきたのだ。

福をもたらす座敷童を欲しがって、子供以下の争いを繰り広げる大人達を。それは心が色々ねじくれても不思議では無い。

というよりも。

あの千歳という怪異が、もし座敷童そのものだとしたら。

かごめは、あの千歳という怪異が。

大人のオモチャにされ。

好き勝手に信仰を押しつけられ。

醜い奪い合いに巻き込まれてきた様子を、見ながら育ったことになる。

この過疎化の農村。

それも、かごめはあまりにもできすぎる。

周囲に同年代の子供は殆どいなかっただろうし。

何より話があう相手なんて、望むべくも無かっただろう。SNSが発達した今ならばともかく。かごめが幼い頃は、まだ携帯電話も無い時代なのだ。

それならば、かごめは。

ひょっとすると、あの千歳という怪異だけが友達で。

そして周囲が、千歳を好きかってしていく様子を見ながら、成長していったのかも知れない。

なるほど、ひねくれるわこれは。

私も、両親と遊びに行ったことなど殆ど無く。

連れ出されるときは、相手を殺しに行く場合が殆ど全てだった。

怪異や、それを操って悪意を為す人間を。

叩き伏せるのが、幼い頃からの日常だった。

それこそ、他の子が九九を習ったり。

家にみんなであつまって、ゲームをしたりしているころ。

私は怪異を相手に本気で殺し合いを行い。

場合によっては母に教わりながら。

相手の怪異を拷問したりもしていたのだ。

だから性格はひねくれた。

それについては、よく分かっているし。分かっているからこそ、かごめと何処かで気があったのかも知れない。

「何か分かった風な顔をしているわね」

「いや、それもあるが。 重要な事が一つある」

「何よ」

「幾つか可能性を考えていたが、これが一番高いという結論になった。 簡単に説明すると、恐らくは何者かが、騒ぎを大きくしている奴をかくまっている」

なるほどと、かごめは始めて呟いた。

だが問題はそれが誰で、何処にかくまっているか、だ。

私の式神達がこれだけ探して見つからないのだ。

生半可な場所では無い事は確かだろう。

それに、何よりも、だ。

千歳も、ひょっとしたら。同じようにして、何処かしらにかくまわれているというか。軟禁されている可能性もある。

村の対立は煽るまでもない。

とっくの昔に始まっていて。

それに誰かが油を注いで、炎を大きくしただけ。

その可能性は否定出来ないし。むしろ可能性としては、一番大きいと見て良いだろう。

千歳も、力が一番大きくなる時間帯に、必死に逃げ出してきたのだとすれば。話につじつまも合う。

かごめはしばし考え込むと。

幾つか候補を出してきた。

「朝一に襲撃をかけましょうか」

「今回のケースは時間がない。 一番可能性が高い場所から狙うべきだな」

「それならばまずは此処よ」

地図上でかごめが指さしたのは。

対立している派閥。山田派と中原派のうち、山田派のボス。

山田善一朗の家。

此奴の家は調べたのだけれど、特に何も分からなかった。そうなると、秘密の仕掛けかなにかがあるのか。

かごめは言う。

「幼い頃遊んでいて見つけたのだけれど、此奴の家には地下に座敷牢があるわ」

「!」

「古い家にはまれにあるのだけれどね」

座敷牢か。

今ではもう存在しないけれど。

昔は、訳ありだったり外に出せない人間を閉じ込めるために、家の中に隔離部屋を作った事があった。

それが座敷牢だ。

実際に実物を見たこともあるが。

本当の牢屋のようになっていたりするケースもあって。これは閉じ込められると、精神が保たなかっただろうなと思う。

非人道的で恥ずべき事に。

心身に障害を持っている人間を閉じ込めていたケースもあるようだ。

逆に、心身に障害を持っている人間を、福の神として祀っていたケースもあるようなので。

この辺りは、地方によって本当に違うのだろう。

「次は此処。 中原派のボス、中原勘五郎の家よ」

「此処も見たんだが……」

「此方は倉庫が牢になっていてね」

なるほど、それは盲点だった。

倉庫が幾つかあったが。

それの全てを流石に見て回ってはいない。

軽く仮眠を提案。

襲撃ならば、朝一にするべきだろう。それも相手に連携されると色々とまずい。

「それで、三カ所目は」

「うちの地下よ」

「なんでそんなところを最後に廻した」

「……」

かごめは口をつぐんで応えない。

それで何となく私には理由が分かったが。もうそれは良いと言うことにする。嘆息すると、頭を掻き回す。

「一度休むぞ。 小暮、お前も休んでおけ。 起床は七時だ」

「オス」

「かごめ、もめ事になるのは覚悟してのことだな。 流石に県警が介入してくると面倒くさいぞ」

「それは平気よ。 既にコネは構築済み」

流石に其処は抜け目もないか。

ならば此方としては、もう言う事も無い。

貰った部屋でパジャマに着替えて。愛用の枕と、シロシュモクザメの抱き枕にしがみついて。

そのまま眠ることにした。

 

夢を見る。

かごめが外で手をつないで歩いているのは、千歳だ。

どちらも、優しい笑顔を浮かべている。

特にかごめは。幼い頃の様子だと分かるけれど。あのひねくれたかごめが、屈託の無い笑顔を浮かべているのは。ほほえましかった。

「ちーちゃんとは、どうして滅多に会えないの?」

「それはね、私を逃がさないようにって、強い力で封じ込まれているからだよ」

「どうしてそんな酷い事をするの」

「みんな自分だけは楽をしたいから、かな」

目が覚める。

四時間弱しか眠っていないが。それでも少しだけでも眠ると、だいぶ勘が戻ってくるものだ。

大体見当はついた。

手を叩いて、すぐに式神を集める。

そして、昨日決めた、家捜しする家二つに廻らせる。私はと言うと、歯を磨いて顔を洗い、着替えながら、起きて来たかごめと並んで、髪の毛をセットする。

私は最近髪を伸ばし始めたけれど。肩先より先までは伸ばさないように決めている。これは仕事の時邪魔になるからだ。

一方かごめはそんな事お構いなし。

腰まで美しい髪を伸ばしている。

しかも、これだけ長いと色々と面倒な事も多いだろうに。

独自の、短時間でセットする技術を持っているらしく。

短時間で、綺麗に揃えてくるのが凄い。

この辺りは、是非やりかたを知りたいものだ。

「では、予定通りに」

「了解」

とはいっても。問題は、どっちが悪さをしている奴をかくまっているか、だ。

千歳の居場所は分かりきっている。

案の定と言うべきか。

すぐに白蛇王が戻ってきた。

「見つけました。 とんでもなく巧妙に隠蔽されていて、やっと気付くことが出来ました」

「それで、場所は」

「実は、山田家でも中原家でもありません」

「何……」

どちらも、座敷牢は空。

それどころか、むしろ其処には、何もいた形跡が無いというのだ。

ひょっとして、なるほど、そういうことか。

「それで、見つけたのは」

「廃屋になっていた、小さな家です。 どうやら賀茂泉の分家の跡地のようでして」

「そうなると、犯人も見えたな」

かごめは、うすうす気付いていたのでは無いだろうか。

だが、それはもういい。

解決の糸口が、見えた。

それだけで、今は充分だ。

 

3、争いの構造

 

一応、事前にかごめと決めたとおり、私は最初に中原家に出向く。中原勘五郎は露骨に早朝の来客を嫌そうに出迎えたけれど。倉庫の話をすると、鼻を鳴らした。

「どうぞ、ご自由に」

「形だけですので、すぐに終わります」

「……」

苦々しげな顔。

理由は恐らく反吐が出る内容だ。

此奴は、此処に。

千歳を迎えたかったのだろう。

そして、その上で、

ずっと閉じ込めて。福の力を独占したいと考えていたに違いない。

どうしようもないゲスだが。

残念ながら、この倉庫の構造では無理だ。

一応それなりに知識がある人間が封印について考慮して、作った形跡は見受けられるけれど。わたしから見れば、いじらしい努力、と冷笑するレベルである。これだったら、千歳くらい年を経ている怪異なら、それこそ力尽くでぶち破れるだろう。ちなみに私だったら、二時間でこれより千五百倍くらい強固な封印を張れるし、ついでにそれでもぶっ壊せる。

すぐに中原家を後にする。

かごめに警察無線で連絡を入れるとすぐに返事。

「山田家も空振りよ」

「それでは、賀茂泉家の地下は任せても良いか」

「何かみつけたの」

「ああ」

通話を切る。そして、私は、すぐにまっすぐ廃屋へと向かった。

小暮が、青ざめる。

もう朝で。虫の声が五月蠅い位なのに。

あまりにも雰囲気がある家だ。

「これは、恐ろしいですな」

「巧妙、という意味でな」

セーマンを切って、そして渇を入れる。

ドカンと周囲が揺れて。

施されていた非常に巧妙な封印が、無理矢理喰い破られて。本当の姿が露わになってくる。

雰囲気があるというよりも。何かに縛られた、としか言いようが無い家だ。周囲には、強力な隠蔽結界。

さっきの、中原家のものとは比べものにならない。

そして其処には、いた。玄関の前で、今の衝撃に驚いて出てきて。私を見て固まった、今回の件のある意味犯人。千歳が言っていた、何か悪さをしている怪異。

帽子を被った、鼻の長い小柄な奴。

なるほど、そういうことか。

とりあえず、すぐに正体は分かった。

そいつは、私がまっすぐ此方に来るのを見て、唖然として。そして逃げようとしたけれど。即座に私が襟首を捕まえた。

「お前、ゴブリンだな。 それもホブゴブリンだろう」

「ひいっ!」

悲鳴を上げる小さい奴。

小さいと言っても、千歳と同じくらいの背丈はある。そして此奴が此処にいるのは、大体見当がついていた。

というのも、である。

今回の犯人については、実のところ私とかごめで既に共通の見解が出ている。問題は、どうしてその犯人が、このようなことをして。そもそも手段はどうやっていたか、なのだけれども。

それも、見当がついた。

ちなみに家は、さっきまでの雰囲気マシマシの廃屋と全く違って、普通に誰もいない家である。封印をぶち破った瞬間、見かけまで代わったのだ。印象を変える効果も結界に持たせていたのだろう。

電気も通っているようで。

冷蔵庫には、食品も入っている様子だ。

それも丁寧に料理されている。この料理、十中八九、このホブゴブリンが作ったものに違いない。

小暮も、流石にこれは怖いと思わないようで。

不思議そうに見つめながら聞いてくる。

「先輩、ゴブリンというと、あのよくゲームに出てくるあれですか?」

「ゴブリンというのは、ごくごくメジャーな妖精でな。 西洋の妖精はくせ者が多く、その中でも此奴らは特にメジャーなだけあって亜種も多い。 ホブゴブリンは日本のゲームなんかだとゴブリンの上位種扱いされる事が多いが。 実際は座敷童やシルキーなんかとおなじ、屋敷に住み着いて、気に入れば福を為し、気に入らなければ悪さをするタイプの怪異だ」

真っ青になるホブゴブリン。

私は顔を近づけると、順番に一つずつ、謎を引きはがしていく。

「お前、恐らく明治維新辺りに、日本に来たな。 その頃に日本に来た西洋系の怪異はかなり多い。 お前もその一人だろう」

「……」

真っ青になって震えあがっているホブゴブリン。

ゲームなんかの残虐な雰囲気とは裏腹に、所詮は妖精。つまりは怪異。正体を暴かれてしまえば、無力な存在に過ぎない。

ましてや此奴には、私が持っている対怪異能力の凄まじさが分かっている筈だ。機嫌を損ねれば、即座に消滅させられることも。

「言え。 なんで此処でかくまわれている」

「そ、それは。 い、言えない……!」

必死に振り絞った勇気。

私は鼻を鳴らす。敬意を表したいところだけれど、時間がないし、此奴のやったことのせいで、下手をすると血を見るところだったのだ。

もっとも主犯は此奴では無いが。

ごつんと、拳骨を一つ。

目を回すくらい痛かったのだろう。ホブゴブリンは、ぎゃっと分かり易い悲鳴を上げた。

私としては優しい方だ。

「言えないようなら言ってやろうか。 お前賀茂泉の所の弟にそそのかされて、彼方此方で悪さしただろう。 居場所ができるって言われて」

「っ! な、なんで」

「日本だと、ゲームやら小説やらの影響で、ホブゴブリンは残虐で低脳な小鬼みたいなイメージができているからな。 そして言霊は怪異にダイレクトな影響を与える。 お前も影響を受けて、特に都会じゃ家に住み着くどころではなくなったんだろう?」

「……何者だよ、おま、ぎゃっ!」

電撃を軽めに流す。

ぷすぷす煙を上げながら、ホブゴブリンが泣き始めた。

「ごめんなさい、痛いのやめて……」

「じゃあ私の言うことに応えろ。 賀茂泉の所の地下にかくまわれている千歳とかち合わないように指示されながら、彼方此方の家で悪さをしていたのはお前だな」

「はい、その通りです」

「そうすれば村が真っ二つに割れて、少なくとも片方はお前を受け入れてくれるって、賀茂泉の弟に言われたな?」

はいと、ホブゴブリンは泣きながら頷く。

溜息。

賀茂泉の方でも、今頃かごめが鬼の形相で弟の部屋に乗り込んでいるだろう。何しろ、彼女にとって。

ちーちゃんこと千歳は、大事な存在なのだから。

 

白蛇王にホブゴブリンを見張らせながら、隠蔽の結界を張り直す。巨大スネークに至近でにらまれて、ホブゴブリンは生きた心地がしないのだろう。完全に縮み上がっていた。

その間に、恐らくかごめの弟のためにホブゴブリンが作っただろう食事を味わう。小暮が、素直な感想を口にした。

「これはうまいのであります」

「必死だったんだろう、此奴なりにな」

西洋でも、迷妄は迫害された。それは日本と同じ事。特に一神教が入ってからは、それ以外の怪異は兎に角悲惨な目に会わされた。

そんな中でも迷妄は生き続けてきたが。

やはり限界が来て、文明の発展がとどめになった。

新天地へ。

そう願って、米国や日本に逃れていった怪異は少なくなかったらしい。というのも、式神の何体かがそういう怪異で、話を直接聞いているからだ。

このホブゴブリンもそうだったのだろう。

「ハウスメイド系の怪異は、信仰を集めやすい反面、迫害にも晒されやすい。 実際問題、人間がその気になれば、家など取り壊されてしまうからな。 気に入らない相手に嫌がらせをするといっても、ものには限度がある。 怪異は、結局根本的な所では、怪異を産み出す人間には勝てないんだよ」

「……そうだよ。 俺は異国のこの地で、それを思い知らされたよ。 色々な家で、こっそり手伝いをしてみたり、子供と遊んでやったりしたんだ。 だけど何だか知らないが、いつの間にかゴブリンって言うと醜悪で残虐でどうしようもない連中、みたいな伝説がこっちでできていて。 俺がどんなに頑張ったって、その風潮は覆らなかった」

後は悲惨だと、ホブゴブリンは言う。

どこでも追い立てられたそうだ。

人間によくして貰おうと思って、色々苦労もした。料理だって、日本人の食に関するマニアックさに呆れながらも、頑張ってそれに順応しようとした。それなのに、どうしても受け入れられることは無かった。

どんどん田舎に追いやられていって。

ついに辿り着いたこの村で。

軒先で雨を凌いでいたところに、同類に出会ったという。

言うまでも無く、千歳だ。

しかも、千歳は村の連中からは、神のように崇められていた。

でも、ホブゴブリンはすぐに悟った。

それが、自分が幸運を得たいが故の、身勝手な信仰だと言う事に。自分の信仰の方が凄い。そういって張り合う村人達は、欲望に目をぎらつかせていて。困り果てた千歳の前で、常にくだらない争いを続けていたという。

悔しい。

だけれども、こんな連中なら、利用しても良心は痛まない。

散々放浪してきて荒んでいたホブゴブリンは。恐らく伝説の流布による影響もあるのだろう。

人間をどうにか利用して、此処に居座れないかと、邪心を抱き始めていた。千歳は此方に目もくれなかったが。悪ささえしなければ何もしない様子だったので、どうにか裏をかく方法も考え始めていた。

自分がどんどんおかしくなっていく。

頭を抱えて、悩むこともあった。

だが、怪異は人間の流布する言霊には逆らえない。ホブゴブリンと言えば、邪悪で残忍な子鬼以上でも以下でもない。少なくともこの国で、ゴブリンが悪さもするけれどよくしてあげれば福を為す怪異だなどと、考える人間はいないのだ。いるとしても、ごくごく例外なのである。

ああ、どうしよう。

壊れてしまう。

俺はレッドキャップのような、残虐な怪異になってしまうのだろうか。でも、それは人間達による後付けの設定故だ。

俺は人を殺して、喰らったりするのだろうか。

そんな事はしたくないけれど。しかし、人間が考えるのだったら、そう変質してしまうのはどうにもできない。

壊れたくない。

好かれたいとは思わないけれど。

せめて居場所くらいは欲しい。

そんなときだったという。

ある青年が、ホブゴブリンに声を掛けてきたのは。

「それが、かごめの弟だな」

「ユートだよ。 彼奴は俺にこの廃屋をくれて、好きなようにして良いって言ってくれたんだ」

作った飯も食ってくれたという。

掃除もして良いし、遊んでも良いと言われたとか。

だから大喜びした。

ホブゴブリンは、こっちに来てから姿まで変質していた。元は人間の子供と大して代わらなかったのに。醜悪で邪悪な、子鬼そのものの姿になっていた。だから、少しでも元に戻りたくて、家も丁寧に繕った。

その結果が。この新築同然の家である。

灯りをつければ、幽霊なんか出そうにも無い。

隅っこまでぴっかぴか。

ゴキブリさえいない。こんなド田舎なのに、である。

どれだけ此奴は居場所に飢えていたのだろうと、私は少し困惑した。まあ、一念発起して異国に逃れても。

それで上手く行くとは限らない。

当たり前の話だ。異国での成功の影には、こうやって朽ち果てていく無数の弱者が存在しているのだから。

「最初の内の悪戯をしていたのは、かごめの弟だな」

「そうだ。 俺も、気が咎めた。 別に俺に何かしたわけじゃ無い家に、悪戯をする意味が分からなかったからだ」

「だけれども、その内乗せられた」

「……」

俯くホブゴブリン。

食事を終えると、私は小暮を促す。

此奴は、もう良いだろう。悪さをできるわけもないし。何より白蛇王が見張っている。千歳なら兎も角此奴には、本気で怒ったところで何かが出来る訳も無い。

「賀茂泉の本家に戻るぞ」

「気が進まないのであります……」

「そうだな。 今頃、雄図とやらは、頭から煙を上げてるかも知れないな」

 

実際、私の予想通りになっていた。

地下にかくまわれていたと言うよりも、閉じ込められていた千歳にかごめが気付いて、烈火のごとくキレたのだ。

そして、私が来るよりも早く。

それをやったのが雄図だと知っているかごめは。弟の部屋に乗り込んでいた。

雄図という青年は、かごめより少し背も低かった。

私は人間を筋肉で見る事も出来るけれど。

雄図という青年は、筋肉も貧弱で。

恐らく腕力にしても、戦闘力にしても。

何より頭脳にしても。

姉には到底及ばない存在だっただろう。

ただ、あの結界を張った能力から考えて。独学で、少なくとも怪異に対する能力に関しては、姉を超えたのだ。

ただ一つだけでも、何か姉を超えたい。

苦しい鬱屈があったのだろう。

拳骨を貰った雄図は、じめんにへばり。魔王のごとく怒気を迸らせている姉に対して、必死に抵抗しようとしていたけれど。

戦闘力がアリと象くらい違う。

アメリカで、麻薬をやっている凶暴な犯人とやりあってきたかごめは、本物の実戦経験者だ。

しかも戦闘に関してはセンスもあり、圧倒的に強い。私も、素手という限定条件ならば、かごめとやりあえば多分手加減できないし、殺し合いになる。

「雄図ォ……貴様ァ……!」

小暮は完全にびびりまくって、隅っこでぶるぶる震えているが。それでも、此方に来ようとする人々をその巨体で防ぐことだけはしていた。

まあかごめから迸っている恐ろしいオーラが見えているのだろうから、まあそれは仕方が無い。

「かごめ」

「何!」

「こっちも抑えた。 実行犯は、捕らえたぞ」

「さあ、どうする雄図ォ……この村を二つに割って、争いをコントロールして、自分が村の真の主にでもなるつもりだったかこのボケがぁ……!」

本気で怒っているかごめは。

まさに破壊神そのものだ。魔王に見えるかも知れない。

それでも、雄図は。

なけなしの勇気を、必死に振り絞った。

「お、おれがやらなければ、誰がやれば良かったんだよ!」

「ほう……」

「親父もお袋も、ジジババの言う事に振り回されるばかりで、姉貴の稼ぎだっていつも好き勝手にふんだくられて! 過疎化は進む一方で、若い奴だってみんな出て行って! それでもどうにかならないか頑張ったんだ! でも、俺がどんだけ頑張って神事を身につけたって! 神道学校に行く勉強したって! 誰も認めてくれなかった! だから、俺は、対立を利用して、村を支配して! それで少しでも、この村を良くしようと想ったんだっ!」

「そのあげくに、子供を監禁かっ!」

ごつんと、もう一つ拳骨。

火花が出るような拳骨である。

かごめのばあい、しっかり体を作っているから、雄図くらいの骨格だと、そのまま締め潰して首をへし折る事も出来る。

そりゃあそうだ。戦闘経験を持っているのが普通で、骨格から違う米国の犯罪者と、ガチンコでやりあってきたのだ。それくらい当然である。

私もそろそろ止めようかと思ったが、その前にやっておくことがあるか。

「小暮、此処は任せるぞ」

「無茶ぶりであります!」

「子供が閉じ込められてるんだ。 助けてやらないといかんだろう」

「!」

そう言うと、小暮も気付いたのだろう。

あの千歳という座敷童。

この家の地下にある、雄図が作った結界に閉じ込められている。というよりも、正確には「縛られて」いる。

だから決まった時間にしか外に出られない。

あの子は、殆ど例外的に、普通の人間にさえ見る事が出来るほど強力な怪異だ。だからこそ、閉じ込めておいて、村人の目にさらさないようにすることで。

「より強力に」その神秘性を増すことができた。

雄図という青年。

流石にかごめには及ばないけれど。

それでも結構考えている。

やり方さえ間違えなければ、ちゃんとうまい方向に話は進んだのかも知れない。こういう風に、きちんと故郷を良くしようという若者がいるのだ。

この村は。絶望だけに囚われた寒村では無い。

後で何か考えてみるか。

今はIターンという現象もある。

此処で何かしらの産業を興せば、ある程度の復興は可能かも知れない。それには、老人達の理解と協力が絶対に必要だが。

実際問題、田舎の小都市に過ぎないにもかかわらず。

原子力発電所の誘致や、関東最大の水族館を設立し。キラーコンテンツであるアニメの舞台となって、非常に多くの環境客を誘引することに成功している場所だって、実在しているのだ。

やりようによっては、どうにかなるものだ。

地下に降りる。

非常に入り組んだ、厄介な結界だ。コレを作ったとすると、雄図という青年。対怪異能力者としては、一流とまではいかないにしても。二流の上位くらいには食い込んでくると見て良いだろう。

千歳は、いた。

座敷にぺたんと座って。退屈そうにしていた。

私が来たのに気付いて。ぱっと一瞬だけ笑顔を浮かべたが。

それで気付いたのだろう。

雄図が、全てを暴かれたことに。

「助けに来た。 今、この結界をぶち抜いてやる」

「待って。 その、ゆうとちゃんは」

「かごめが今おしおきをしている」

「そうだね、悪い子にはお仕置きが必要だものね。 ゆうとちゃんが、ちょっとやりすぎていたのは、私も知っていたよ」

悲しそうな千歳。

ひょっとして、この座敷童。

雄図がしている事にうすうす気付いていて。どうにか止めようと、自由にできる時間を使って、必死に走り回っていたのかも知れない。

あの足跡は、ホブゴブリンのものだとしても。

探せば、この子の足跡も、見つけられたかも知れなかった。

いずれにしても、これは。

すれ違いが招いた悲劇だ。

だが、その悲劇は、まだ取り返しがつく。かごめが急いだことが幸運につながった。実際問題、本格的に衝突が起きていたら、もう取り返しがつかない事になっていただろう。

私は、腕まくりをすると。印を切る。この程度の結界なら、道具を使うまでもない。

結界を、文字通り引き裂く。

ばりばりと凄い音がして。

千歳は頷くと、ふわりと宙に消えようとする。

きっとこれから、皆の家を廻って、少しでも福を撒こうというのだろう。信仰されている座敷童の伝承の通り。

この過疎化の農村は、構造を変えないと、どうにもならない。

どれだけ千歳が頑張ったって、どうにもなりはしない。

それを分かっていても。

恐らく、ずっと自分を信仰してきた村人達に。

下心がどれだけ醜悪だったとしても。

つくしてあげたいと、思うのが千歳の本音なのだろう。

あのひねくれまくったかごめが、幼い頃慕っていたというのも、何となく分かる。正真正銘の善人だからだ。

そして、かごめがひねくれまくった理由もよく分かった。今までの理解は完全では無かった。今度こそ、情報が揃った。

この村の人間達の愚かさ。

醜さ。そしてエゴの勝手さ。

幼いながらも賢かったかごめは。きっとそれらの全てが、千歳をがんじがらめにしている事に、気付いてしまったのだろう。

怪異なんて存在するわけが無い。

かごめの台詞だが。

それは、千歳が怪異だから縛られ続けて。

そして今も縛られていることに、怒りの源泉があるのではないのだろうか。

千歳は大人になることさえできない。

座敷童とは、そういう存在だからだ。

人間なら普通に出来る事が出来ない。

それが怪異というものだ。

その姿さえ、人間によって好き勝手に左右される。かごめは知っているからこそ。怒りを収められない。怪異に対する否定は、其処から来ているのだろう。

本人が見えているのは確実。

それなのに、怪異を否定するのは。そうとしか考えられなかった。推察だけれども、当たっている確率は九割を超えるだろう。

いずれにしても、今は先にやる事がある。

「まて」

千歳を止める。

すぐに仕事に取りかかろうとしていた千歳は、怪訝そうに私を見る。

知恵は回らないか。

年を経ていても、所詮は子供の怪異。そればかりは仕方が無い。だが、彼女がどれだけ頑張っても。

現状の村は代わらないのだ。

だから、劇物が必要になる。

それには、千歳の協力がどうしても必要だ。

私は、はっきり言った。

「このまま貴方がどれだけ身を粉にして頑張っても、この村の体質を変えなければ何も意味がない。 少しばかり、私の言うとおりにして欲しい」

 

賀茂泉の家には、老人達が来ていた。山田と中原もいる。

既に、何が起きたのかは、伝わっているのかも知れない。困惑しているものも、不安そうにしている者もいた。

私は、老人達の前に立ちはだかると。

静かに言う。

その声には、老人共を黙らせる、威圧を込める。

「座敷童については、どうにかしましたよ。 これから、悪戯が起きる事もなくなるでしょう」

「なんであんたにそんな事が分かる」

「……出てこい」

指を鳴らす。

老人達の前に、ふわりと降り立ったのは、ニセバートリーである。

勿論老人達には、見えるように細工をしてある。

思わず絶句する老人達。

「私は警官だが、同時に怪異に対する専門家でね。 テレビに出てくるようなエセとは違う。 この村の座敷童は、貴方たちみたいに、自分だけ幸せになりたいって思って好き勝手な事を繰り返している老人達にさえ、優しく、誰もが幸せになれるようにずっと頑張り続けた。 それをあんた達は、ずっと一人で独占しようとしてきた」

声も出ない老人達の前に。

千歳も姿を見せる。

おおと、老人達は声を上げた。

千歳は、悲しそうな目で、老人達を見ているからだ。

この老人達の中にも。

若い頃には、千歳が見えた者がいたはずだ。或いは、まだ見えている者が混ざっているかも知れない。

老人達は。

文字通り、蛙のようにひれ伏していた。

信仰を逆用する。

此処でのごたごたを、刑事事件にする事は出来ないだろう。だが、解決は、しなくてはならないのだ。

ちなみにさっき軽く千歳と、どうすればいいかは打ち合わせしてある。幾つかのケースも想定していたが。

これは一番楽なパターンだ。有り難い。

「千歳、言ってやれ」

「悪戯をしたのは私だよ。 でも、それは大好きな村のみんなに早く目を覚まして欲しかったから」

「そんな、座敷童様」

「でも、無駄だったみたいだね。 みんなが仲良くしないのなら、もう私はこの村から出て行くよ。 中原さん、山田さん、貴方たちが特に仲良くできないなら、もう私は二人の家にはいかない」

ひいっと、二人の老人が声を上げる。

握手しなさい。

優しい声だけれど。それでも、千歳は厳しく言う。この辺りは、流石に長き時を経た怪異だけはある。

というよりも彼女は、信仰という言霊を経て、怪異から神になろうとしている過程の存在だ。

それくらいはできて当たり前だろう。

そして、その言葉にも。

相手を従わせる、強い威厳と。

何より、現状の愚かな人々に対する、静かで悲しい怒りも籠もっていた。

馬鹿二人が、震えながらも、互いを見て。

悔しそうに歯を食いしばりながらも。握手をした。それくらい、この村での信仰は、絶大だと言う事だ。

それが、例え欲得から生まれたものだとしても。

怪異には、実際には万能の力などなく。人間の発する言霊に左右される、弱い存在だとしても。

迷妄が、邪悪な存在だとしても。

それでも、こうやって、正しく利用すれば。全てを綺麗に収めることだって、できるのだ。

千歳が、更にもう一言。

「互いに謝りなさい。 二人とも悪い事は私が良く知っているから。 それに、私を閉じ込めて、独占しようとまでしたね。 それも許してあげるから。 だから、あ、や、ま、り、な、さ、い」

敢えてゆっくり言うその言葉には。

相手の弱みを徹底的に突き。

そして、罪悪感をえぐり出すものがあった。

流石だ。

相手の心の隙間に抉り込む言葉を扱う事が出来る私でも、感心するほど見事な手際である。

伊達に長年存在して、色々な人間を見てきていない、ということだ。

「す、すまなかった、中原の。 どうかしていた。 座敷童様の声を聞いたのは、五十年ぶりで、その、本当に目が覚めた」

「山田の、俺もだ。 昔は、よく家に来て、色々良い事も起こしてくれたのに。 どうして、こうなっちまったんだ」

「他の人達も!」

千歳が、声を張り上げる。

水戸黄門にひれ伏すがごとく這いつくばっていた村人達は。

互いに謝り始める。

それは一種異様な光景だったけれど。

コレで良かったのだと、私は思った。

千歳は、口を引き結んでいる。

もっと早くこうするべきだったと思っているのだろうか。だが、彼女は怪異としては善良な存在。人間を色々見てきていても。思い当たらないことはある。

一人では、どうしても限界がある。

それが、神と呼ばれるに相応しい力を備えた存在であってもだ。

いずれにしても、この村の者達が、衝突する事は無いだろう。カリスマが降臨して。そして、しっかりと説教をしたのだから。

そして、何よりも。

裏で動いていた雄図も、かごめがとっちめた。

問題は解決。

どうにか間に合った。それだけは、確かだった。

 

4、結末

 

かごめが二階から降りてきたときには、もう全てが終わっていた。

千歳はまだ玄関で、口を引き結んで立ったまま。老人達は、引き揚げて行く。

その後ろ姿を見て、かごめは絶句。

小暮は、完全に立ち尽くすばかり。

しばしの沈黙の後。

かごめは、唖然としたように。目の前の現実を確認するかのように。相手に、呼びかけていた。

「ちーちゃん……?」

「立派になったね、かごめちゃん。 すごく大きくなって、本当に立派でかっこいいおまわりさんになったんだね。 育つ事が出来ない私の分も、立派に育ってくれたね」

「……」

千歳はかごめに振り向かない。

どうしてそのままの姿なのか。

それは怪異だから。

そして、怪異と人は同じ時間に暮らすことはできない。あくまで怪異は、人の言霊によって生じる存在。

幼い頃に仲良しだったとしても。それはいつまでも続かない。

この村の老人達の中にも、幼い頃には千歳と仲良くしていたものがいたはずだ。それが、どうしてこうなったか。

千歳の正体なんてわかりきっているだろうに。

混乱しているだろうかごめを残して、千歳はそのまま玄関から出て行く。足音もしない。ふわりと宙に浮くように、消えていく。

彼女を縛り付けていた結界はもうない。

これから千歳は。

この村の、過疎化した状態を少しでも良くしようと、福を撒いていくのだろう。自分にできる限りの、全てをつくして。

全ての座敷童が此処まで善良なわけではない。

普通に気むずかしい奴もいるし。

中には、悪霊と大して変わらない様なのもいる。

だけれども、千歳は。

信仰の対象となっていることもあって。きっと、それらの中では、トップクラスに、良い奴だ。

これは、全ての座敷童を見たわけでは無い私でも、断言して良い事である。

大きく嘆息するかごめ。

千歳の姿はもうない。

怪異が見える結界は解除してあるし。

何より彼女は、年を経た大怪異だ。うっかりでもしない限り、普通は人に姿を見せないだろう。

子供には見せる事もあるだろうけれど。

怪異には、身を隠すこと。つまり隠匿が必要とされる。

あまりおおっぴらに、真っ昼間から人に姿を見せ続けるわけにはいかないのだ。

「ああもう、姿を見せるだけであの硬直っぷり。 こんな美少女前にして、なんなのよあのジジババども」

ぼやくニセバートリーを札に戻す。

かごめは、ずっと無言だった。

彼女の両親も、途中から全てを見ていたのだろう。奥の間で、言葉も無いようだった。

きっと二階での騒ぎも聞こえていたはずだ。

色々と思うところがあるだろう。

これで、少しでも村は代わるか。

外圧がないと無理だ。

専門家による再興策が必要だが。これに関しては、日本でも信頼出来る専門家があまり多く無い。

難しい事になるだろう。

箱物は当然のこととして、遊園地だのゴルフ場だのは、作っても意味がないことは、バブルの頃に散々証明されている。

そうなると、何があれば良いだろう。

いずれにしても。

此処からは、かごめとも相談していく必要があるだろうか。

「今回ばかりは感謝するわ」

「何となく、見えているのに見えていないと主張する理由も分かった。 だからそれについては、もう言わん」

「……」

「いずれにしても、もう時間的にも限界だ。 解決はしたのだし、帰るか」

かごめは、顎をしゃくる。

さっさと準備をしろ、というのだろう。

私はこんな時にも尊大なかごめに少しばかり呆れたけれど。

それもまた仕方が無いな、と思った。

「少し待っていろ。 神社の途中にある石像に処理をしてくる」

「勝手にしなさい」

「そう時間は掛からん。 ああ、小暮。 すまないが、私の荷物をフォルクスワーゲンに運んでくれるか。 私も作業が終わり次第合流する」

「了解であります」

さて、さっさと作業を済ませるか。

石像に封印されている面倒な怪異どもを全部片付けるのに、一時間ほど。半分ほどは手札に入れて、式神にした。まあどれも小物ばかりだから、本家に郵送してしまうつもりだけれど。

護りに使うくらいなら役立つだろう。

そういえば、本家で面倒を見ている佐倉智子。あれがめざましい成長を遂げて、実戦でも何度か怪異を浄化したという報告を得ている。式神も欲しい頃だろう。これをそのままくれてやるのもいい。

車に戻ると、かごめが待っていた。

さっき感謝の言葉を口にしたからか。

もう、かごめは尊大な存在に戻っていた。

「さっさと帰るわよ。 帰りはそれぞれ最寄り駅で降ろしてやるから感謝しなさい」

「ああ、助かる。 帰りもかごめが運転するのか」

「大事な車ですものね」

そうかそうか。

まあ、車に対する愛着は、私にも分からないでもない。車に乗ると、後部座席のシロシュモクザメの抱き枕を確認。小暮はちゃんと大事に運んでくれたようで、汚れても傷ついてもいなかった。

ちょっとだけ安心した。

フォルクスワーゲンが走り始める。

次に、この車がここに来るのは。

いつなのだろう。

その時には、少しでも村は良くなっているのだろうか。

他人事だというのに、私は少し心配になる。今回は、ちょっとだけ、私も後味が悪いなと思った。

無敵に思えるかごめにも、脆い部分がある事が分かったし。

怪異を頑なに否定する言動の影も、理解できたからだ。

帰り道は、皆口数が少なかったが。

小暮だけは、気を利かせてか。時々話しかけてくれた。

「あの料理、中々でありましたな」

「何、私が忙しい中、食事なんてしてたの?」

「まあ軽くな。 実際美味しかったぞ」

「そう……」

それが、きっと人間が作ったものではないと、かごめは悟ったのだろうけれど。

敢えてそれ以上、何も言わなかった。

 

それからしばらくして。

かごめから、村の様子を聞かされる事になった。

どうやらかごめの両親は、本家を明け渡して、ホブゴブリンのいる家に移ったらしい。以降神事は、すべて雄図が取り仕切ることになったそうだ。実力が足りないと村人達に見なされていた雄図だけれども。

実際には、あれだけ見事な結界を張れる腕前だ。

勉強も進めていて、神主の資格を取るべく学校にも行くつもりらしい。今後は、彼方此方の神社で、神事を執り行って貰おうと、声が掛かるかも知れない。そうなれば、それなりの収入も得られるだろう。

後、かごめは今、信頼出来るプランナーを探しているそうだ。

村おこしは、素人には難しい。

素人がどれだけ頑張っても、出来る事には限界がある。

市の方でも、争いばっかり起きていた村の状況が劇的に改善したことは把握したようで、全てが少しずつ上手く行き始めている。

山田と中原の二つの家も、協力して、村の再建に取り組み始めた様子である。

ただ、かごめは。

やはり幼い頃、千歳を利用してエゴをぶつけ合っていた大人の姿を未だに嫌悪しているからだろう。

千歳については、一切口にしなかった。

かごめの携帯に電話が来た。

出て行って、外で何か話し始める。恐らくはプランナーの当たりがついたのだろう。上手く行くと良いのだが。

小暮が少し疲れたように言う。

「それにしても、あの賀茂泉警部にも、あんな一面があったのでありますな」

「誰だって、幼い頃から獰猛な訳じゃあないさ。 例外は勿論いるだろうが、かごめはそうではなかった、というだけだ」

「村は少しは良くなるのでしょうか」

「さあな。 かごめもお膳立てをするだろうが、村を再興するのはそれこそ村人達の努力次第だ。 まあ昔みたいに、アホみたいな連中が箱物作ったり遊園地作ったりして、金をドブに捨てる時代は終わった。 今では違うアプローチで成功している地方自治体も存在するし、チャンスはあるさ」

ましてや、あの村には。

どちらかといえば、良き妖精と。

それに福の神である座敷童がついている。

きっとどうにかなるだろう。

怪異の中でも、良い怪異はいる。

ただし、人が増えると、どうしてもホブゴブリンは悪い風評を受けて、ダメージを受けていくことになる。

それについては何とか対策が必要だが。

まあいっそのこと、種族を切り替えてしまうのもありかもしれない。

座敷童になってしまうのもありだ。

海外に進出した怪異が。一念発起して、別の名前の怪異になるのはよくあることなのだ。

「みんなおるか」

かごめと一緒に、犬童警視が戻ってくる。

手を叩くと、注目するよう指示。

どうやら事件らしい。

「今回は別行動や。 かごめ、岡山の方に行ってくれるか」

「岡山ですか。 また急ですね」

「どうも向こうで複雑な事件が起きているようでな、腕を見込まれて声が掛かった。 岡山県警に貸しを作るチャンスや。 頼めるか」

「分かりました。 すぐにでも」

かごめはさっさと準備を整え、出て行く。

非常に動きが速い。

機動力の高さは、私も見習っていきたいところだ。

「純、お前は新潟や」

「分かりました。 仕事の内容は」

「どうも海辺で妙な事件が頻発していてな。 かごめがいなくなったから言うけれど、怪異の仕業らしい。 それも、とびきり強力な奴や。 ひょっとするとアカエイかも知れんな」

「アカエイというと、あの海にいる。 棘に強い毒があるそうですな」

違うと、頭を掻きながら小暮に指摘。

アカエイという怪異が存在するのだ。

姿はエイだが、超巨大な、文字通りの超弩級怪異だ。海外で言うクラーケンのような存在と言えば間違いない。

ただ、実際にそんな巨大な生物はいない。

怪異はあくまで怪異だ。

まあ犬童警視が話を持ち込んだという事は。

つまり、そういうことなのだろう。奴らが、絡んでいるという事だ。

「良いでしょう。 大きいのが前から手札に欲しいと思っていましたし。 いらないようなら捕まえて本家に送ります」

「頼むで。 急がないと、死者でるかも知れんしな」

「分かっています」

小暮は小暮で、何か仕事を任されるらしい。

全員が別々に動くというのも不思議だが、まあそれは良い。

たまにはこういうのもいいだろう。

外に出ると、暑さは和らぎ始めている。

出る前に新幹線の予約は取ったから、時間通りに向かえば良い。海の怪異は色々と面倒だが、まあ何とかなるだろう。勿論現地の人間に道中話を聞いて、対策は万全にしていくつもりだが。

さあ、仕事だ。

自分に言い聞かせると。

私は新幹線に向かう。

不幸な結末を少しでも減らし。

警官としての職務も、全うするために。

 

                              (続)