瞬きの休み

 

序、バカンス

 

今日、私は朝から機嫌が悪い。

昨晩のことだ。

私とかごめが共通して愛好している国民的人気を誇る猫のキャラクターの限定グッズが出たのである。

それで私とかごめは勿論大喜びで並んで手に入れたのだが。どうにもしっくりこなかったのだ。

ちなみに品は鞄である。なお、今回は、数は別に欲しく無かったので、本家の子分達を動員はしなかった。

キャラクターグッズというのは難しく、実用性がない場合も多い。だけれども、この猫のキャラクターに関しては違う。基本的に使えることを前提としているし、なにより私やかごめのような「おおきなおともだち」の事もきちんと考慮しているのである。良いグッズが多いのも納得だろう。

だから普段は良いのだけれど。

今回の実物を手に入れてみて、私とかごめは、共通の見解を出していた。

「だめだなコレは」

「耐久性が足りないわね。 さてはデザイナーに新人を使ったか」

「残念だが、これで買い物に行く訳にもいくまい」

「ちょっとS社にクレームいれてやろうかしらね」

本当にクレームを入れ始めるかごめ。

私も機嫌が悪いので止めない。

あわあわするばかりの小暮は。電話に向かった、文字通りの魔王と化しているかごめと、明らかに機嫌が悪い私を見比べて、哀れにもなすすべなく立ち尽くすばかりだった。これに関しては、明らかにS社の落ち度だ。実際に使えるのがこのグッズの良いところなので、それを無視した商品にクレームを入れる権利はある。

犬童警視が、咳払いしたのは。かごめが電話を終えたタイミングである。

「あー、ちょいええか」

「何ですか?」

「実はな、出張任務がはいったんや」

「ほう」

しかもその任務、兄者も同席するというのだ。

場所は小笠原近くの離島。

何でも兄者のゼミが其処で土着の宗教を研究するとかで。声が掛かったという。つまり、である。

ろくでもない事が起きる、という事は確実だ。

ちなみにゆうかも来る。

はい倍率二倍、更に倍ドン、である。

「まあこれだけでわかったやろ。 いつもの電話じゃなくて、今回はうちが声を掛けた、いうだけや」

「そういう状況なら仕方がありませんね。 ちなみに島の名前は?」

犬童警視の言った名前には、心当たりがない。

少なくとも私は行ったことが無い島だ。

離島には、独特の信仰が残っているケースが多く、つまりそれは強力な怪異が巣くっているケースが多いと言う事だ。

私も父母に連れられて、何度か始末に行ったけれど。

中にはいまだに生け贄の風習を続けている場所もあって。正直とても褒められた事では無かった。

今回は、要するに。

兄者のゼミの面子の事実上の護衛。

そして、怪異の撃破であろう。

更に、人見も来るという。これは総力戦だ。是非人見は兄者と仲を深めて欲しいものだ。ゆうかが義姉になるという恐怖の未来だけは避けなければならないのだから。

「小笠原ですか。 今の時期だと、過ごしやすそうですな」

「そうだ、小暮。 泳げる水着もってこい」

「遊びにいくつもりですか?」

「遊びにもいく」

まあ気分が丁度くさくさしていたし、丁度良い。かごめも乗り気だ。

水着を持っていくという。

勿論二人とも。

競泳用の奴。それも、例の猫のグッズである。私はピンクの奴だが。かごめは大人っぽい紫だそうである。

まあ互いにイメージ通りだ。

「ちなみに得意種目は」

「私はバタフライだが」

「へえ、私はクロールよ。 ちなみにタイムは」

二人とも、ほぼ互角。

まあ、肉弾戦闘力が大体同じくらいだから当然か。小暮は困り果てた様子で犬童警視を見たが。

警視は競馬新聞を丁度買いに行ってしまった。

ちなみに警視も来るつもりらしい。

まあ、賑やかな道中にはなりそうで結構だ。

ただ、離島となると、基本的には飛行機では無く、フェリーを利用して行く事になるので。

途中の暇つぶしが必要になる。

フェリーは予想外に時間が掛かるし、何より途中色々面倒なのだ。

「そういえば貴方、覇王鬼帝は持っている?」

「もちろんだ」

覇王鬼帝。

私とかごめが愛好する猫のキャラクターグッズの中でも、極北の一作である。要はゲームソフトなのだが、これがとにかくひどい。あらゆる意味で、である。

ブロック崩しのゲームなのだが、プレイヤーを苦しめることしか考えていないステージ構成、謎の挙動、悪夢のようなシステム、人外の領域に達している難易度。更にコレクターアイテムとしての価値のなさから、クソゲーとして歴史に悪しき輝きを放ってしまっている。

ただし、クソゲーではあっても一応持っているのがコレクターのたしなみだ。

まあ、このゲームはクソゲーではあるがバグがそれほどひどくもない。この間の鞄に比べると、まだ此奴の方がマシだろう。そして、こういうだめな商品が少ないのが、私とかごめが愛好する猫のキャラクターグッズの強みなのだが。

「途中タイムアタックでもしましょうか。 そうね、矢印を揃えるステージで」

「あの面か……」

「ふふん、勝てる自信がないのかしら?」

「はっはっは、その言葉、そっくりお返ししてやろう」

これで、少なくとも道中は暇をしないだろう。

後は、人見と兄者にも連絡を入れておく。兄者は面倒くさそうに応じて来たけれど。人見は、意外に乗り気のようだった。

本家の人間は連れて行かない。

ただし、流石に何があるか分からない。

式神は少し多めに持っていくか。

幾つか打ち合わせをすませておく。奥にあるサーバの状態もチェック。問題なく稼働しているが。

元々スタンドアロンのデータベースサーバだ。

24時間稼働が必要なものでもないし。

旅行中は落としてしまおう。不慮の事故があった場合に、対応出来なくなる。起動にも、それほど時間は掛からないし、それでいい。

今回のバカンスは、四日。

つまるところ。

怪異との戦いを四日以内に片付けなければ。

遊ぶことは許されない、という事である。

私も当然、その辺りの事は理解している。これでも警官なのだから、当たり前の話である。

事前に、島についても調べておく。

人口は1000人を少し超える程度。

島の周囲を走り回れば、一日もしないで回れてしまうほどの大きさしかない。

起伏はそこそこに激しく。

島の一部は崖になっていて、飛び降りれば命は無さそうだ。

写真などを検索して調べて見る。

南の方に丁度良い砂浜がある。遊ぶなら此処だろう。

東京近辺の海と違って。

かなり綺麗なはずだ。

「泳ぐには悪く無さそうだな」

綺麗な海の写真が幾つか出てきたので、頷く。勿論鮫には気を付けなければいけないけれど。

それほど水深があるところには行かないから大丈夫だ。

もっとも、現地の人間に話を聞かないと、どうにも、だが。

今のうちに、作れる書類などは全て処理してしまおう。

かごめもそう思ったらしく。

黙々とデスクに向かっている。

確か此奴は、今三件ほどプロファイルの仕事を他の部署から受けているという事で。それらが事件解決の鍵になっている。

案の定手伝えと言われたので。

小暮と一緒に調べる。

いずれも、何故迷宮入りしたのか、よく分からない事件だ。犯人にしても丸わかりではないか。

「まあ、バカンス前の肩慣らしに丁度良いか。 小暮、事件を潰しに行くぞ」

「はい、先輩」

相手先の部署に連絡。

茨城にある小さな署なのだが。ずっとこの事件に掛かりっきりで、休暇もろくにとれない状況だったという。

呆れた。

そんなことなら、さっさと本庁に応援要請でもすればよかったものを。

すぐに、車を飛ばす。

首都高の風に多少煽られながらも。

小暮は、自前の軽を、見事に操り。

素人が行くところでは無いと言われる首都高を、あっさり突破。茨城へ、電車を使うより遙かに早く到着した。

現地の署に赴くと。

県警本部の警視が、面倒くさそうに出迎えてきたが。

すぐに咳払いして、事件のプロファイルについて告げる。これについては、かごめが大まかにまとめてくれていたので。

私でも推理はすぐにできた。

犯人の所に、茨城県警の人間を伴って出向く。

犯人は自分が手を下したことをばれていないと思っているらしく、真っ昼間からパチンコをするというカスぶりを見せつけ。しかもあげく、隣の出玉が良いからと出玉を奪って、嫌がる相手を殴るという真似にまで出ていた。

勿論その場で暴行罪で逮捕。

あげく、自分には暴力団にコネがあるとかほざきだしたので、その場で追加逮捕。暴力団のコネを口にすることは、その場で逮捕することを認めさせる。近年は、常識になってきているが。

サルが恥ずかしがるような悲鳴を上げて、引っ張って行かれる犯人。

なんであんな分かり易いのを、放置していたのか。

「恥ずかしながら、具体的な証拠が出てこないと」

「そんなもん、自宅を漁ればすぐに出てくる。 どっちにしても暴行と恐喝で有罪は確定だ。 自宅にもすぐに令状を取れ」

「た、ただちに」

動きが悪い。

苛立ちが募るが、しかしながら地方の警察が手間取っていた相手を瞬殺したのだ。これは大きな恩を売る事につながる。

貸しを作っておいて。

いざという時には活用するのだ。

「先輩、楽な仕事でありましたな」

「あの男、恐らく殺人も犯しているな」

「本当でありますか」

「ああ」

というのも、背後に怨霊が取り憑いていたからである。

後で取り調べの時に、見えるようにしてやるとしよう。さぞや面白い事になることだろう。

 

案の定、自宅を調べると、出るわ出るわ。

覚醒剤。それも一キロ。

要するに、売人として仲介をしていた、という事だ。

携帯からも、ヤバイ情報がゴロゴロ出てくる。

此奴を使っていたヤクザは慌てて隠蔽工作に走ったようだけれども、もう遅い。私が小暮と、県警の連中と一緒に家捜し実施。

此方もまとめて幾つもの犯罪の証拠を挙げて、逮捕者17人を出した。

更に犯人の家からは。

出所不明の大金が出てきた。

調べて見ると、どう考えても稼いで得た金では無い。

犯人はふてぶてしく、聴取では弁護士を呼べとか喚いていたが。私が、犯人に取り憑いている怨霊を見えるようにしてあげて。なおかつ「ていねいにやさしく」話を聞いていくと。三十分で陥落した。

家の裏手にある山に、1人殺して埋めたという。

何でも、夜中にライトをアップにしていたのが気に入らなかったので車を無理矢理とめさせ、暴行を加えて殺して。所持金などを全て奪ったのだとか。

「ライトをアップにしていやがったのが悪いんだよ!」

ぎゃあぎゃあと喚くクズ。

まあこんなものか。

以前、ある推理漫画で、ハンガーを投げつけられたのが殺人の切っ掛けになったシーンがあって。それが嘲笑されるケースがあったが。

その事件の場合、ずっと世話をして来て、様々な事を教えていた弟子が。立場が変わった途端態度を豹変。非常に非礼な行為を繰り返し、挙げ句の果てにハンガーを投げつけるという暴挙に出たのが暴発の切っ掛けだった。

つまり、ハンガーは最後のトリガーに過ぎなかった。

だが此奴は。

夜道で安全を確保するためにライトをアップにしていただけの人間に言いがかりをつけて殺し。

家に押し入って所持金をあらかた奪うという暴挙に出ていたのだ。

余罪も含めて、死刑はほぼ確定だろう。

最低でも無期である。

裁判の間、いやこれからの一生、ずっと怨霊が見えるようにしておこう。声も聞こえるようにしておく。死ぬまでずっと地獄を味わうが良い。

そして死んだ後は。

今度は更に厳しい、本物の地獄が待っているのだ。

悲鳴を上げて、来ないでくれ、助けてくれとわめき続けているクズを残して、県警を出る。

迅速な解決に、警視は感謝の敬礼をして来たが。

非常に表情はほろ苦かった。

色々恩を売られたし。

恥になった、とも思ったのだろう。

だが、私は快く敬礼を返す。

「困ったときはお互い様です。 横の連携を務めて、市民を脅かす犯罪者を迅速かつ適切に取り締まっていきましょう」

「……ありがとうございます」

私としては。

貸しを作っておければそれでいい。

その日のうちに帰ることが出来たので。

なおも良かった。

定時間際に編纂室に到着。

かごめも、丁度戻ってきた所だった。

「簡単すぎて話にならなかったわ。 吐かせるところまで終わらせて、全て解決。 これでバカンスに行く事を、誰も止める権利はないわね」

「此方もだ」

「それにしても、どうしてあんな簡単な事件を迷宮入りさせるのかしら」

「無能なキャリアが初動の段階から横やりを入れたり、現場百回の精神が悪い方に作用したり、そういったところだな。 我々のような機動力のある部署が、実際にはもっと必要なのだろうが」

米国で言うとFBIのような組織が、必要なのかも知れない。

いずれにしても、そういった改革は。

私がもっと権力を得てからだ。

日本の警察は世界的な水準から見れば、充分に優秀な方。不祥事も起こすが、それも世界的に見れば少ない方である。

「さて、早めに上がって、英気を養っておくか」

「オス。 先輩、今日も疾風迅雷の活躍、お見事でした」

「ああ。 では上がるぞ」

帰ったら帰ったで。

バカンスに対する準備をしておかなければならない。

警官という職業は。

何をするにも、色々と面倒な制約がつきまとうものなのである。

 

1、絶海の秘境

 

港で兄者と合流。

今回は警官として行くのでは無く、あくまで一般人として行くのを名目としている。だから全員私服だ。

私は限定の、国民的人気を誇る猫のキャラクターのシャツ。

かごめもグッズとしてはそうなのだけれど。

此方はより大人っぽく、小粋にデザインを取り込んだものだ。

このキャラクターグッズ、ファン層が広いことを作り手も理解していて。かごめのようなセレブ層が購入することを前提としたアイテムも多数作っている。

故に、こういう小粋なものもある。

まあ似合わないので、私は着ないけれど。持ってはいるがな。

人見も来る。

相変わらずジャージ寸前の格好だ。

そして、小暮と犬童警視だが。

どっちもハワイに行くようなアロハシャツスタイルである。特に小暮。周囲の人間がびびりまくっていた。

よく勘違いしているヤクザ者が、アロハを着込んでいる事があるが。

小暮の桁外れの巨体もあって。

その手の連中を想起させるからだろう。

小暮の強面すぎる顔も、それの一因だ。

スーツを着ているのが兄者だけという。色々アレな一団だが。

兄者のゼミのメンバーは、此方よりも人数が少ないくらいである。特に小暮が怖いのだろう。

一カ所に固まり。

隅っこでぶるぶるしていた。

ゆうかくらいである。平然としているのは。

まあゆうかの場合は、心臓に毛が生えているので、どうでも良いだろうが。それに、小暮が筋金入りの恐がりだと言う事を知っているだろうし。

「純ちゃん、水着持ってきた?」

「競泳用のやつをな」

「え、何。 本気で泳ぐの? ビキニじゃないの?」

「どうするつもりなんだお前は」

呆れた私だが。

ゆうかは泳ぐのにはとても使えそうにないビキニを持ってきたのだとか。さりげに、人見も自分もそうだと言っている。

まあ、泳げなかったり、浜辺でバレーでもするなら、それはそれで良いだろう。

私にはあんまり興味が無いが。

海は泳いでこそなんぼだ。

だが。

兄者が、水を差してくる。

「遠泳は止めた方が良いかもしれないぞ」

「どうしてだ、兄者」

「あの辺りでは、水難事故が多くてな。 事故が起きても、レスキューが来るまで時間も掛かる。 理由がよく分からない事故も起きているようだから、注意を怠らないようにしてくれ」

まあ、それは覚悟の上だ。

いずれにしても、事件を先に解決してから、遊ぶのは前提。

ああ、ゆうかやゼミの連中は遊ばせておくか。

犬童警視が見張ってくれていれば、まあ危険はないだろう。

かごめと一瞬だけ視線を合わせて、頷く。

今回は、速攻でけりをつける。

 

小さな離島だと、セスナが出るケースもあるのだけれど。今回の場合は、周回フェリーだ。

幾つかの島を渡るフェリーがあって。

それを使って、島の人々は行き来する。

観光に行く場合も、コレを使わざるを得ないのだが。

やはり所詮は船だ。

速度はあまり出ないので、どうしても時間が掛かる。また、船酔いに弱い人間は、酷い目に会う。

今回は、ゼミの中に、何人かいた。

私やかごめは全然平気だが。

こればかりは、鍛えているかどうかはあまり関係がないのが実情だ。本人の体質の問題である。

ゆうかが、船酔いでダウンしている学生を介抱しにいった。

こういう所もあるから。

兄者も致命的な所で怒らないのだろう。

「兄者、先に今回の島について、可能な限り話を聞かせてくれるか」

「私も聞かせて貰いましょうか」

「……速攻で処理するつもりだな?」

「ああ、そうだとも。 ここのところ鬱憤が溜まっていたからな。 速攻でけりをつけて、後は遊ぶ」

堂々と言い放つ私に。

兄者は少しばかり呆れたようだけれど、ただ事件解決が早くなることに越したことはないのだし。

何より私が、事件に対して手を抜かないこともよく分かっているのだろう。

兄者は怪異が見える体質だ。

私が今回かなり本気で式神を持ち込んでいることは、分かっている。だからこそ、苦情もあまり言わないのだ。

「これから行く島には人魚伝説があってな」

「ほう。 肉を食うと不老不死になるあれか」

「そうだ。 その人魚を題材にした古い信仰が根付いている可能性がある。 三つ神社があるが、その中の一つ」

島の地図を拡げる。

一つ大きな観光ホテルがあるが。島の規模にしては大きすぎる。廃墟にならなければいいのだけれど。

まあともあれ。

そのホテルのすぐ側に。病院と並ぶようにして、神社がある。

「どうもこの神社が、資料を見る限り胡散臭くてな。 神主がいるから、話は聞いておきたい所だ」

「私達が行くと言うからには、何かしら事件も起きているのか」

「あくまで噂の範疇だが、どうやらこのホテルで何かきな臭い事件が起きているらしくてな。 島の人間は口をつぐんで話そうとしない」

「ふむふむ」

腕組みする。この辺りは、事前に調べた情報通りだ。

まずは、神社の方には、白蛇王を護衛につけておけば良いだろう。

問題はホテルだ。

人為的な犯罪が組織的に行われている場合。

怪異特化の私では相性が悪い。

まあこの辺りは、事前に調べもついている。

事前の予定通り、対応を行うだけだ。

島には病院が一つ。

あまり大きな病院では無いが、小笠原は東京都だ。一応都と連携していて、手に負えない患者が出た場合は、ドクターヘリが来る体勢になっているらしい。この病院も色々あるようなので、速攻で処理する。

駐在所は。

島の北の隅っこにある。

警官は四人ほどいるようだけれど。

三人は島の出身者で。年老いてしまっている。此奴らはまず信用できないと見て良い。此奴らについても、場合によっては制圧が必要だ。

「必要な情報は幾つでも欲しい」

「それなら私が」

「ほう」

人見が挙手したので、驚く。

何でも、彼女の学生時代の恋人が、この島出身だと言う。結婚まで考えた仲だったそうだ。

まあ人見の美貌なら、恋人がいない方が不思議だろう。

かごめみたいに性格に問題がありすぎる場合は、恋人がいる方が不思議だけれど。人見の場合は逆である。

平然と解剖をする人見は、肝だって据わっているし。

生半可な事で怖がる事だってない。

となると。

この島の元恋人が、まだ頭に残っているのか。

「その恋人とはもう別れたのか?」

「そうよ。 行方不明になってしまったから、もうそれどころではないけれど」

「! それは失礼なことを聞いた。 許して欲しい」

「いいのよ。 ただね。 彼がこの島に戻っているという噂があるの」

どこから聞いたのかは分からないが。

それはちょっと興味がある。

ちなみに人見としては、その恋人にはもう未練はないそうだ。流石に学生時代の話であるし。

何よりも、理由も告げずにいなくなり。

何年もそのまま、なのである。

余程相手のことが好きでなかったのだったら。

確かにもう興味を失っていて当然だ。

一度抱いた愛情が永遠などと言うのは、少女漫画か何かの幻想である。そして少女漫画を書く側も読む側もそれも理解している。

人見の場合もそう。

単に、決着を付けたいのだろう。

一通り話を聞いたが、時間は案の定余る。

小暮は兄者に呼ばれて、ゼミの学生達に護身術について教えるように頼まれていた。本人は心臓こそ兎だが。護身術に関しては日本でもトップを確実に争える腕前だ。民俗学者は、彼方此方で地元の人間と接する。

その際にトラブルも多い。

護身術を学んでおくことは、損にならない。

兄者はそう諭して。

学生達に、戦い方を教えるのだった。

ちなみに兄者自身だが。鍛え方がちょっと足りないので。肉弾戦で言うと私やかごめよりだいぶ落ちる。

ただし兄者の良い所は戦闘能力ではないので。

それで別に良いのである。

小暮が学生達に身の守り方を教えているのを横目に。

私はかごめと。

覇王鬼帝で勝負を始めた。

ちなみにこのゲーム、死ぬのは大前提。相当な熟練者でも、事故死はどうしても避けられないゲームである。

だからタイムアタックと言っても。

ストップウォッチを使って、始めてからクリアまでの時間を競うのだ。

勿論ゲームそのものにも、総合クリアタイムを計測するなんて言う気の利いた機能はついていないのだから。

なお、音楽も二種類だけである。

二種類だけである。

重要な事なので、二度敢えていう。

「時にクリア率は」

「27%というところね」

「ふむ、私もそんなものだ」

「良い勝負になりそうだわ」

くつくつと二人で暗い笑いを浮かべると。

グッズの中でも極北に位置するゲームの電源を、二人同時に入れたのだった。

しばし、無言での操作が続く。

ちなみに兄者は、このゲームが如何に恐ろしい代物かは良く知っている。だから呆れたように言う。

「そんなおぞましいゲームでよく盛り上がれるな」

「難易度は筋金入りだからな。 私やかごめのような上級者がタイムを競うにはうってつけなのだ」

「上級者ね……」

「これでも私もかごめも、世界的なコレクターだぞ」

持っているグッズの数と質で言えば、二人ともファンの中では上位百人に入る自信がある。

世界的な人気を持つキャラクターなのだ。

それくらいのコレクターになると。

ファンの間では神とか言われる。

そうなると、私は魔神で、かごめは破壊神というところか。

どっちにしても、やな神だ。

黙々と競っている内に、私が三乙。相変わらず地獄のように難しい。何しろ六つあるブロックの向きを揃えなければならない上に、彼方此方に破壊不可能な砲台があって、定期的に弾を放ってくる。

当たり前だが、当たれば死ぬ。

ついでにいうと、ブロックの挙動によっては、弾と一緒に落ちてくることも多いのである。

かごめが舌打ち。

向こうも三乙したらしい。

ちなみに今プレイしているステージは、ファンの間からセルフ賽の河原と噂されており。その地獄難易度には定評があるのだ。

一時間ほど過ぎた頃だろうか。

私とかごめは殆ど同時にクリアした。私の方がちょっとだけ早かったけれど、誤差の範囲に過ぎない。

さっそくステージを変えて、また勝負を始める。

次はボスがいるステージだ。

ブロック崩し関係無しに、ボスに弾を当てれば良いのだが。このボス、異常な耐久力を誇り、なんと50回攻撃を当てなければ倒せない。

勿論ボス自身も攻撃をしてくる上。

上下に動くため、時々弾を真下に高速で撃ち返してくることがある。

通称ダンクシュートというこの技のせいで、屠られていったプレイヤーは数知れず。また、ボスの攻撃と弾の挙動次第では、即乙が確定する。

小暮が戻ってきた。

そして、ゲーム画面を見て、唖然とする。

「おぞましいバランスのゲームですな」

「だろう。 だから我慢比べには丁度良いんだよ」

「あ、またミスった」

かごめの機嫌が悪くなるのを見て、小暮がこそこそとその場を去る。人見が茶を淹れてくれたけれど。

二人とも手をつける余裕が無い。

人見と兄者が何か話し始める。

どうやら、死者が蘇るだとか。人魚の肉が、だとか。そんな話をしているようだけれど。

かごめが更に機嫌を悪くしていくのが分かった。

人魚か。

伝承に残る生物だが。

その実体は、西洋でも東洋でも、あまり良い者とはいえない。

東洋ではとにかく不老不死の霊薬として、その肉が注目された怪異だが。人魚そのものは決して美しいものではなく。非常に醜いという話も聞いている。不老不死になっても、あまり良い事もないらしい。

八百比丘尼という、人魚の肉を食べて八百年生きた女性の伝説があるが。

その不老不死は、地獄と隣り合わせで。

本人の話も悲劇的である。

西洋の人魚も、種類によるがあまり良い性格はしていない。

有名なセイレーンなどは人魚の一種だが。

此奴らに至っては、エサを歌声で海に引きずり込み、貪り喰うことを目的にしているほどである。

つまり人食いの怪物だ。

アンデルセンの童話のイメージで、人魚はとても可愛らしかったり悲劇的だったりする印象が近年は広まっているが。

それも元々は、残虐で凶暴な海の怪物を、アレンジしたもので。

吸血鬼と同じように。

元々の伝承が、創作によって代わっていったものと考えれば間違いない。

ちなみに私は、人魚そのものに遭遇した事はない。

ただ、父母の話によると、存在はしているらしい。しかしながら肉を食べても、不老不死になることはないそうだ。

まあそれはそうだろう。

ただ、都市伝説による言霊で、人魚の肉の性質を変化させ。

それをしかるべき知識を持つ人間が食べれば。

或いは、結果は違うかも知れないが。

まあそれはそれだ。

いずれにしてもそれは、死者を蘇らせるレベルの、禁忌の術に近い代物であって。正直手を出してはならない部類のものだ。

私としても、あまり興味は無い。

さて、ゲームに集中集中。

かごめは40発ほどボスに当てたところで、連続でダンクが来てゲームオーバー。また最初から始める。

私も二度ゲームオーバーした。

凶悪なボスである。

蛸の姿をしている強いボスは他にも幾つかあるが。

ダンクシュートをしてくる蛸の強ボスなんて、此奴くらいだろう。殆どは触手を使って攻撃してくる奴らばかりなのに。

ダンクシュートとは実に個性的だ。

しばしして、今度はかごめが少し早くクリア。

お互いのタイムは、先ほどと合計すると、ほぼ同じだった。

「や、やるわね」

「さ、流石だ……」

二人とも、げんなり。

持ってきたゲームを明らかに間違えたことを悟っていたが、まあそれはもう良い。何とも言えない顔をして此方を見ている小暮に、咳払い。

「さて、上陸前に、事件を片付ける準備をしておくぞ」

「えっ!? も、もうでありますか」

「もうである」

「実際、フェリーに乗る前に、事前調査はしておいたのよ」

かごめが種明かし。

そして、先ほど兄者から詳しい話も聞いてある。その結果、これから行く島で何が起きているかは、大体見当がついていた。

ちなみに、フェリーには一般人に扮装した公安の人間も来ている。

つまりだ。

そのレベルの案件、という事である。

最初の一日で全て片付けて、後は遊ぶためには。

最初から全てを知った上で。

私とかごめが、協力して一気に動く必要があるだろう。

かごめが警察に渡されている、強力な電波を誇る通信機で、連絡を開始する。島にいる駐在は正直話にもならない。場合によっては制圧する必要さえ生じてくる。そのために、今回は公安を呼んでもいるのだ。

更に、奥の方でのんびりしている犬童警視も。

側に何人か、知らない人間を侍らせている。

いずれも相当な手練れとみた。

これも、事件対策で連れてきているメンバーだろう。

私は愛用の猫のキャラクターTシャツを着ているし。

かごめもノースリーブに以下略だが。

既に戦闘態勢に入っている、という事だ。

ついでに、である。

私の放った式神が、既に島を調べている。白蛇王も猿王も天狗も、皆とっくに島に到着している。

島に我々が辿り着いた頃には。

怪異は全滅しているかも知れない。

人間に対する殺傷能力はオミットしているが。

怪異に対しては、皆容赦しないのだ。

一方、兄者のゼミの学生達は、わいわいとトランプに興じていた。ゆうかだけは異様な雰囲気を感じ取って隅っこで大人しくしていたが。

私はそのまま放置しておく。

実際問題。

彼奴は好き勝手に動かれると、被害が大きくなる。

隅っこで静かにしていてくれると、一番此方としても助かるのだから。

「小暮も、戦闘は覚悟しておいてくれ。 状況から考えて、この地図の、病院の方に私と小暮で踏み込む。 ホテルの方はかごめに任せる。 人見もそっちにいってもらう。 兄者達は、しばらく港で待機。 犬童警視達は、別行動」

「公安の人間も動いているとなると、大規模な捕り物になりますな」

「そりゃあそうだ。 今回は絶海の孤島の観光地ということを良い事に、やりたい放題やってる連中を一網打尽にする作戦だからな。 向こうにばれて奇襲を受ける要素は無いとは思うが、それでも念のためだ」

戦力は過剰なくらい用意している。

公安を連れてきているのは。

つまり、そういうことだ。

公安と警察は正直あまり仲が良くない。だが、今回は犬童警視が話をつけてくれた。それに公安としても。近年立て続けに未解決事件を葬り去っている我々のことを、無視は出来なくなって来ている、という事だ。

私が警部になってから、既に十七件。

怪異がらみの事件を粉砕している。いずれも粉砕に掛かった時間は、どれも三日と掛かっていない。

かごめの方でも、プロファイラーとしての技量をフル活用して、彼方此方の未解決事件を解決に導いている。

しかも編纂室から出ずに、電話とメールだけで解決してしまうのだから、色々と凄い。いわゆる安楽椅子探偵だ。

リアル安楽椅子探偵と渾名がつけられているそうで。

捜査一課でも、困ったときはかごめに相談しろという風潮ができはじめ。佐々木警視が毎日額に青筋を増やしているそうである。

かごめがトイレに立ったタイミングで。

式神が戻ってくる。

あくまかっこわらいである。

「伝令です」

「ん、聞こうか」

「現地での状況を確認しました。 早速向こうでは、駐在の人間まで一緒になって、犯罪の準備を始めているようです」

「一網打尽だな……」

私は拳を鳴らす。

こういうゲス共をまとめて片付けてしまうことによって。

この国だけではなく。

世界が良くなる。

実際問題、世界中に悪党はいる。悪党が脅かすのは、真面目に働いている善良な人々だ。

善良な人々を食い物にして高笑いしている悪党をのさばらせておく必要なんて、ただの一ミリもない。

全員顔面を平らにして。

徹底的にぶっ潰すだけだ。

政治家だろうが官僚だろうが。

容赦はしない。

そいつらが有能で、全体的に見れば国益になるのだったら、まだ一考の余地はあるだろう。

だが、実際には、そんなうまい話など滅多にない。

悪党はクズである。

これは、実際に。

私が小学校の頃から、怪異退治に各地に出向いて。

そして見知ってきた現実だ。

「相手は腑抜けているとは言え、警官四人だ。 気を付けろ」

「分かっております」

「まあ、私とお前なら、制圧まで時間は掛からないだろう」

太った鼠が来ると勘違いし、舌なめずりしている猫に向かって。

牙を研ぎきったドラゴンが向かっている。

今。

このフェリーでは。血に飢えた私を含む化け物どもが。

人間のクズ共を制圧するべく、戦いの準備を整え終えていた。

 

2、一刀両断

 

フェリーが港に着く。

小さな島には妙に似つかわしくない豪華なホテルが、港からも見えた。肥え太っているのは、その関係者だけ。

理由は分かりきっている。

かごめと頷きあうと、二手に分かれる。

人見には、最初から告げてある。

「私の方は、恐らく……」

「いいのよ」

「そうか。 ふっきったんだな」

「それもあるけれど、昔の恋人のおぞましい姿なんて見たくないから」

少し寂しそうに笑う人見。

式神達は既に集合。

私は、頷くと。小暮を促して、まっすぐこの島に一つしか無い病院に向かった。かごめはというと、公安の連中を連れて、ホテルに直行。ついでに、犬童警視達も、何処かへと消えた。

文字通り疾風迅雷だ。

早足で歩きながら。小暮と確認をする。

「この島では、観光客を事故に装って怪我をさせ。 手術と称して内臓を抜き取り、それを海外の密売ブローカーに流すという犯罪が行われていた」

「信じがたい話ではありますが……」

「海外の闇医者ではよくある話だそうだ」

これは、実際にそうだ。

新興国の医者になると、まともに活動してくれる方が珍しい。赤十字でさえ、怪しい医者が潜り込むケースがあるという。

そういう医者は、患者を金づるとしか見ていないし。

いい加減な治療を施したり。

ひどい場合には、内臓を抜き取って、金に換えたりする。

実を言うと、先進国でも似たようなケースがある。

高額な医療費で知られる米国などでは。

患者が金を払えないと知ると。

相手が重度の癌患者だろうが、瀕死の人間だろうが、有無を言わさず放り出し、死ぬに任せてしまうそうだ。

文字通りの意味で、である。

実際頭蓋骨の一部を外す手術をした人間が。

金が払えないからと言う理由で、ヘルメットだけかぶせられて放り出され。

裁判を起こして、やっと頭蓋骨を戻して貰ったというケースまで実在している。

医療は仁術と良く言うが。

実際には大変に金が掛かる。

故に、其処には、魑魅魍魎が蠢くのである。

島唯一の診療所に到着。

此処に怪異の気配アリ。

天狗が告げてきていたが。確かにおかしな気配がある。正面から踏み込むと、中年の医師が、不安そうに出迎える。

気弱そうな男だが。

本性は別だ。

ちなみに、入院患者の姿はない。

「青山正純さんですね。 警察です」

「えっ!?」

「先に確認させて貰う」

ひょいと、至近距離にナイフを突きつける。一瞬遅れてから、ひっと悲鳴を上げる医者だが。

私は、その一瞬の間に、判断して演技をしたことに気付いた。

此奴は、自分は先端恐怖症だと自称していたようだが。

それが嘘だと、今のではっきりした。

「この病院で、非人道的な、医療とは言えない行為が行われていると内部告発がありました。 調べさせていただきます。 此方礼状」

勿論礼状は、フェリーが出る前に取ってきた。

完全な不意打ちに、愕然とする初老の医師だが。小暮が唖然としている間に、私が捜査を開始。

そして、事前に式神を入れているので。

ヤバイ代物の在処はとっくに割れている。

金庫を開ける方法さえ知っている様子を見て、青山は跳び上がった。

「な、なんなんだあんた達は!」

「島に来た観光客を事故に見せかけて大けがさせ、手術の合間に内臓を抜き取るという非道、知らずと思ったか!」

「!!」

「帳簿確認。 ハ、暗号化しても無駄なんだよ。 小暮、公安を一人こっちに廻させろ、証拠が出た」

「分かりました」

「あ、安曇っ!」

老医師が喚く。

さて、出してきたか。

私は拳を固めると、腐臭を放ちながら姿を見せたそれに、真正面から立ち向かった。その間、小暮には、青山を確保させる。

勝負は、一瞬だ。

 

人間を止めてしまったことが逆に徒となった。

既に内部に入り込んだ怪異によって死体となったそれは。私の足下に無様に転がっている。青山は完全に腰を抜かして、震えあがっていた。

「ば、馬鹿な……!?」

「覚えておけ。 世の中には相手が悪いケースがあるんだよ。 怪異にとって私は天敵でな」

ゾンビだろうがグールだろうが。

それが人間ではなくなった時点で。

もはや私に勝ち目はない。

ちなみに噛みつくことで相手をゾンビ化させるゾンビなども、最近は映画などの影響か、出現してきているようだが。

私の場合、噛まれても効かない。

怪異に絶対的な優位があると言うのは。

そういうことだ。

全身の関節を砕き、頭を蹴り砕いたそれは。

安曇という名前。

昔の、人見の恋人の成れの果て。

無惨すぎる姿だが。

この島で行われていた実験の犠牲者だ。

かごめの方に連絡を入れる。

「こっちは片づいたぞ。 其方は」

「ホテルの副支配人鳳が、全ての黒幕だったわねえ。 最も支配人の楡枝も、知っていて黙っていたようだけれど」

「押さえたか」

「ばっちり」

流石だ。

かごめの方は、最初に駐在を制圧。四人いた警官が全部反抗してくるかと危惧もしていたのだけれど。

その内一人、島に来たばかりで日が浅かった大野は。恐らく島の異常な空気を知りながら何もできない自分に嫌気が差していたのだろう。

あっさりかごめに寝返り。

今はイヌのように、指示を聞いて何でもしているそうである。

まあ、こんな島に来てしまったのが運の尽きだったのだ。

働き次第では、本島に戻してやってもいいし。将来的には、私かかごめの部下にしてやるのもありだろう。

人見が電話の向こうで代わった。

「地下の冷蔵庫から、抜き去ったばかりらしい内臓が発見されたわ。 この様子だと、臓器の違法密売の中継地点にもなっていたようね。 新鮮な状態だから、犠牲者に返して上げる事もできそうよ」

「朗報だな。 こちらも抑えた。 ……人見、言いにくいが」

「いいのよ。 楽にしてあげて」

「ああ。 すまない、一度切るぞ」

公安が来たので、電話を一旦切り、帳簿を渡す。

公安と言えば、警察の暗部。

あまり良い評判は聞かないが。幸いなことに、公安にも此方の上部組織の同志がいる。それに、今回の件では、きつく厳命されていたのだろう。あまり高圧的にはでてはこなかった。

帳簿と、暗号表を渡す。

流石にエリート中のエリートが集まっている公安だ。

すぐに帳簿を読み取った。

「なるほど、これは決定的な証拠だな。 この病院とホテルで、ぐるになってブローカーに内臓を流していた、という事か」

「そうなります。 そして、その過程で怪異がらみの実験もしていた」

「……」

公安の人間も、怪異のことは知っている者なのだろう。

無様に倒れて、もはや微動だにしない、人間だった者からは、流石に目を背ける。これは人間に対する冒涜。

それ以上に。

尊厳に対する蹂躙だ。

「後は、公安で処理する。 国際的な犯罪組織が関与する厳しい問題だ。 ただ、これだけ迅速に解決できたことは大きい。 噂通りの疾風迅雷、恐れ入る。 君達の活躍については、後で出世に大きく影響するだろう」

「……出世よりも、少しでも早くこの事件に関わっている組織を叩き潰すべく協力していきましょう」

「そうだな」

敬礼をかわす。

公安の人間達が、青山を引きずっていく。

ホテルの方でも、何人か逮捕者が出ただろう。

それはそうだ。

ホテルの方でも備え付けの設備と医師がいたのだが。そっちも事件に関与していたのだから。

なんと、ホテルの地下室から。

内臓を抜き去るための設備まで発見されたという。

支配人と副支配人は揃って逮捕。

更に、沿岸の方で、銃撃音がしているが、知らないフリ。

多分今回の件に関わった臓器の違法ブローカーを、犬童警視が連れて来た連中が、根こそぎ処理しているのだろう。

知らないフリで構わない。

まあ、どうせ生きていても世界に害しか為さない上。法にも問うことができないような連中だ。

皆殺しにする意外にはない。

この世でもっとも邪悪な生物は人間だけれど。

その極北であるああいう連中は、滅び以外に何一つ与えるものはない。私もその考えには反対しないし。

いっそのこと加わりたい位だが。

それはもういい。

昼少し過ぎ。

全ては終わった。

後始末は、上部組織に任せる。

この島からは医師がいなくなってしまったから、新しく手配する必要があるのは面倒だが。

この島に関わっていた臓器の密売ルートは壊滅。

再構築も簡単にはできないだろう。

港で待たせていた兄者とゆうかの所に戻る。

私を見ると、兄者は眉をひそめた。

「一戦やらかしたな」

「他愛ない相手だったが、胸くそは悪かったな」

「ホテルはすっからかんになってしまったようだが……」

「従業員も根こそぎだからな。 まあ、しかたない。 サービスは劣るが、宿泊施設として使うくらいならいいだろう。 公安と犬童警視の連れて来た部隊はすぐに帰るが、我々が護衛として残る。 それならば、問題はあるまい」

呆れた様子で兄者が嘆息。

フェリーの客の中に、ゴシップが大好きそうな、三流雑誌の記者がいたが。ゆうかとさっそく意気投合。

ずっとなにやら楽しそうに話していて。

五月蠅くてかなわなかったそうである。

「すぐにでも休みたいのだが」

「ん? 調査はいいのか、兄者」

「それはもともと明日からやる予定だった。 二日ほどで調査を済ませて、早めに切り上げるつもりだったのだが」

「良いんだぞ、多少ゆっくりしても。 どうせこのホテルは、しばらく混乱して、最終的には売り物件になるだろうしな」

呆れたように頭を振ると。

ゼミの生徒達を連れて、兄者がホテルに向かう。送迎のバスの運転手は混乱しているようだったが。

それでも最終的にバスを出してくれた。

 

ホテルでかごめと合流。

顔さえあわせなかったが。もうホテルの支配人と従業員は、根こそぎ逮捕されて、公安に連れて行かれた後だ。まあ、ホテルの従業員の中には、協力的な態度の者もいた。ひょっとすると、此処で行われていた非道にうすうす気付いていて、心を痛めていたのかも知れない。

とりあえず、半日で解決。

私とかごめが本気を出せばざっとこんなものである。

フェリーで此方に来る前に。

調査はあらかた終えていた。兄者に途中で話を聞いたのは、あくまで余技に過ぎない。かごめと私は、フェリーで此方に向かっている間。覇王鬼帝で遊んでいる途中に。秒単位で、お互いの行動スケジュールを詰めていて。

そしてその通りに動いただけである。

怪異がらみの予想が高い病院は私が制圧。

実犯罪の絡んでいる可能性が高いホテルはかごめが落とす。

双方に公安を入れて。

敵の実戦部隊は犬童警視達に任せる。

それで全て。

実際には、神社辺りから強力な怪異が出てくる可能性もあったし。予想より敵が戦力を多く揃えているケースも覚悟していたのだが。

それも対処できる範囲内だった。

なお、安曇の亡骸は。

公安に引き渡した。

安曇は行方不明になっていて、あの死体は遺棄扱い。

まあ動いていたと言っても、誰も信じないだろう。

時期的に言って、ひょっとすると、以前遭遇した鬼化安西や、曽我哲治の前段階の実験体だったのかも知れない。

なお、安曇の体には。

魂はもう残っていなかった。

成仏したのか、それとも。

かごめと人見。それに寝返った大野と、何より犬童警視がいるから、ホテルの方は大丈夫。

私は小暮を促して、事前に島にある神社を確認する。

敵性勢力は全て制圧済みだが。

こういう所から、不意に強力な怪異が湧き出してくる可能性を否定出来ない。しっかり見ておくべきだろう。

まだ敵の残存勢力がいて、狙撃とかをしてくると厄介だ。

式神を彼方此方に配置して、スナイパーとかがいないかは徹底的に確認させる。今の時点で、犬童警視が連れて来た部隊が、討ち漏らしをした気配はない。敵の死体も、処理済みだろう。

「古い神社ですな」

「ああ……」

見た事がない神だ。

この島には人魚信仰があると兄者に聞いたが。

それにしても、非常に独特な形状の鳥居。

神主は留守にしていたが。

例の非合法組織に絡んでいて、とっくに犬童警視の連れて来た部隊に狩られたのかもしれない。

まあどうでもいい。

参拝をした後、見て回る。

整備は雑で、行き届いているとは言い難い。

気配があるので、指を鳴らしてみると。

姿を見せたのは、魚と言うよりも。

むしろ蛇に近い姿の神だった。上半身は人だが、下半身は蛇。上半身も、女性体ではあるけれど。

むしろ荒々しさが目立つ。

この姿、恐らくはインドから渡って来た蛇神、いわゆるナーガの系統を汲む神だろう。非常に古い形状の神々で、日本の神社でも秘境になってくるとごく希に見かけることがある。

私も何度か遭遇した事があるけれど。

いずれも、荒御霊と言うにふさわしい。信仰すれば福を為し。不敬を働けば禍を及ぼす類の神だった。

「私が見えるのか、人よ」

「貴方が此処の祭神か」

「ああ。 私の信仰を利用して悪逆を行う神主が続いていてな。 いい加減苛立っていたところだが……どうやら無様な末路を迎えたようだな」

「ああ、そのようだな」

姿を見せないところから予想はしていたが、やはり処理されたか。そのまま話を進める。まあ、ひょっとすると、犬童警視の部隊が処理しに来た時点で、用済みと見なされて敵に消されたのかも知れないが。

それにしても、此処の神主も関わっていたとなると。

まず島ぐるみで悪逆に荷担していた、とみるべきだろう。

これはしばらく、本庁から警官が何度も来て、調査をしていく事になるはずだ。まあ、こればかりは仕方が無い。

「身辺を騒がせてすまないな」

「何、良いのだ。 私もこの島の民草にはいい加減嫌気が差していたからな。 いっそ何処か本島の神社に合祀を頼めないか」

「分かった。 他の神社もろとも、処置をするよう本家に連絡しておこう」

「頼むぞ、不動明王を思わせる剛力の者」

頷く。

そして、情報交換をした。

この島も、二次大戦の時に、米軍が接収したのだが。その時に色々と一悶着あった。自殺者が数名出て。

それが未だに、岬の方にさまよっているという。しかも、どんどん同類を集めて、強力化しているそうだ。

海から呼ぶ死の声。それが海難事故の正体だとか。

「分かった、それも片付けておこう」

「有り難い事だ。 私はこの通り、信仰を失った結果力も失い、神社からも出られぬ情けない身だ。 今日、貴方が来てくれてきたことは幸運という他ない」

「いっそ、本家で式神になっていただけないか。 貴方のような古代神なら、力を取り戻せば、充分に役立てるだろう」

「有り難い申し出だが、私は人の愚かしい業を目の当たりにしすぎた。 できれば休ませて欲しい。 そうでないと荒神となって、祟りを為しそうだ」

それもそうか。

礼をすると、小暮と一緒に神社を出る。

さほど大きくもない島だ。歩いていると、北の岬に出る。

此処で、戦争が終わったとき。

デマに流されて。

数人が、尊い命を絶った。

沖縄などでも自殺する者が出たし、それが映像として残っているが。此処でも、同じ事が起きたのだ。

そして犠牲者の無念は。未だにさまよっている。

海を見ると、いるわいるわ。

元々の犠牲者に加えて、近隣の海難事故によって命を落とした者達の魂が。多数集まって来ている。

いずれもうめき声を上げ。

海面から手を伸ばしていた。

「ひいっ!」

「もうすっかり完全に見えるようになったな。 それでも苦手か?」

「か、堪忍してください……」

悲鳴を上げる小暮に脱力。人間相手だったら無敵だというのに、情けない話だ。

まあ私も怪異相手には無敵だけれど、人間相手には無敵とは行かないから、この辺はお互い様だ。

海面の怪異達に呼びかける。

「仲間を集めてこい! 浄化してやる! もうそんなところで、彷徨いたくは無いだろう?」

「おおおおおおおおお……! 浄化! やっと、あの世に、いける……!」

私の力は、即座に悟ったのだろう。

うめき声は、やがて歓喜の声に代わる。

十数だった無念の例が、数十に増えていく。いや、百を超えているだろう。軍服を着ている霊体も見える。

これはひょっとすると。

近くの海域で撃沈された旧日本海軍の霊達も、混じっているかも知れない。

写真を撮れば、さぞや壮絶なものが写るだろう。

もっとも、この数だ。

機嫌を損ねて、そもそも写真を撮らせてくれない可能性が高そうだが。

気を練り上げ印を切る。

そして私は。

呼吸を整えながら、一つずつ、順番に動いていく。

波動真言砲をぶち込むのだが。

いつもより更に強力な、最大火力の奴にする。

これをぶっ放すためには。

撃つために、一つずつ、準備をしていく必要があるのだ。

前に地下鉄の駅で使ったのは、対雑魚用のぽんぽこ撃てる簡易版。

今回のは全力版だ。

演舞が終わると。

私は、海面を見る。

ざっと二百という所か。

「苦しかっただろうな。 今、皆楽にしてやるぞ」

「早く。 苦しい。 痛い。 悲しい……」

「……」

私は、海面に。

それこそ、核爆発のような凄まじい光を放つ真言を叩き込む。

物理的な威力は伴わなかったから、爆発は起きなかったが。辺りを、光が包む。

島全体に光は波及し。

ごっと、音だけはした。

光が収まったとき。海面は既に静かになり。

もう、無数の怨霊はいなかった。

嘆息すると、私は小暮に促す。

簡易版は三十発は撃てるが。

全力のになると、流石に一発撃つだけでもそれなりに疲れる。まあ、それでも十発くらいは撃てるが。

「戻るか」

「はい。 しかし、迅速に全てが片付いて良かったですな」

「ああ。 後はあっちの砂浜で遊ぶとするか」

崖から向こうを見ると、綺麗な砂浜が拡がっている。東京近郊の海はどれも汚れきっているが。流石に小笠原まで来ると、とても綺麗だ。

 

ホテルに戻る。

人見とかごめと合流。全てが片付いたことを告げる。

犬童警視は、今日一日はゆっくり休んで、明日遊ぶそうである。もう自室で眠っているそうだ。

「もう少し真面目に働いて欲しいわね。 あの人あれだけ能力高いんだから」

「そういうな。 かごめ、気付いているんだろう。 あの人の体は……」

「分かっているからよ。 最後のひとかけらになるまで戦い抜いてこそ、警官というものでしょう」

「お前も覚悟は決めているんだな」

だが、あの人は。恐らく警官と言うよりは、本来は軍人向けの人材だ。多分警察にいるのも、悪人を逮捕して弱者を守るためではない。

復讐か何かが動機としてあるのではあるまいか。

安全が確保されたことを、式神達が告げてくる。

もう、良いだろう。

ホテルのロビーでくつろいでいる兄者の所に行く。

「もう終わった。 調査に行っても大丈夫だぞ」

「やれやれ、船旅の疲れもとる暇なしか」

「兄者はまだ若いではないか」

「そうだったな」

兄者が手を叩いて、ゼミの学生達を集める。

ゆうかも、話し込んでいたプロの記者との会話を打ち切って、そっちに加わった。三流とは言え、記者は記者。それも三流とは言えプロ。

色々と参考になることもあったのだろう。

ちなみに、あの記者に、今回の事件の事は悟らせない。

ゴシップ記事に何てさせると面倒だし、むしろ別の方向で攻める。

「ちょっといいか」

「なんでやしょう」

私が小暮を連れていることで、警官だと言う事は何となく理解しているのだろう。卑屈な態度を取る落合という記者に、告げてやる。

「明日、うちの美人警部が、あっちの砂場で遊ぶ」

「ほう」

かごめは海外でも十分に通用するモデル並みの美貌だ。体もいわゆるばいんばいんである。

充分絵になる。

あの性格さえなければ、本当にもてるだろうに。

まあそれは、今はどうでもいい。

此奴に、兄者の邪魔さえさせなければそれでいい。

「砂浜自体も見てきたが、非常に綺麗だ。 取材すると、多分結構な人気記事になるぞ」

「情報感謝します。 へへへ」

「その代わり、彼処の大学調査チームには近寄るな。 もし近寄ったら取材拒否。 お前の会社、叩けば埃が幾らでも出るだろう。 何か余計な事したらただじゃすまさんぞ」

「!」

私の声が、急激に冷え込んだので、気付いたのだろう。

もしも下手な事をすれば、何をされるか分からないと。

こういう仕事をしているから。

この手の男は、嗅覚だけは効くものなのだ。同類を何人も見ているから、良く知っている。

「わ、わかりやした」

「分かれば良い。 じゃあ双方ウィンウィンというやつだ」

さて、私も休むか。

ゾンビ化した死体と一戦交えたし、波動真言砲をフルパワーでぶっ放しもした。多分ホテルからもあの光は見えていたはずだが。誰も反応はしていなかった。

まあ、かごめ辺りは、知っていても知らないフリをしていたのだろう。

気分転換に、外に出る。

疲れをほぐすのにも、その辺を徒歩するのもいいだろう。

過疎化している村の民が此方を見ている。

あの光を放った主が、私だと言う事に気付いているのだろうか。

中には手を合わせて拝む者もいる。

正直迷惑だが。

感謝の意として、受け取っておく事にしよう。

「時に小暮、お前水泳は得意か」

「泳ぐくらいはできますが。 タイムはとても国体レベルには届きませんよ」

「そうか。 まあ水着は無駄にならないだろう。 それは良かったな」

「先輩も、水着が無駄にならずに良かったでありますな。 好きなキャラクターの水着を着て遊べるのは良いことです」

その通りだ。

適当に見回って、完全な安全を確認。

今日はもう良いか。ホテルに戻り、休む事にする。

たまには、何も考えずに眠るのもいい。

今日は珍しく、最初から全力で暴れ回って。何もかもを、一気に解決したのだから。

 

3、バカンス

 

朝一番に目が覚める。

まあ、昨日は早めに休んだのだから、当然か。

ホテルを出る。

流石に混乱の最中だ。従業員も聴取中だし、本来なら食事は出ない。ただ、幸運なことに、地元の人間が、料理をしに来てくれた。バイト代は払ってあげたので、文句はないだろう。冷蔵庫の食材を無駄にするのももったいないし。

料理ができる前に。

陽が昇る前のホテルのそばで、軽く体を動かす。

かごめも起きて来たので、ちょっと驚いた。そういえば、出勤後に、仕事以外で一緒に外に出るケースは多くない。

特に朝一緒に外に出たことは無いので。かごめが朝何をしているかは、よく分からないのだ。

「朝練をしているんだな」

「それはそうよ。 私達は体が資本でしょう」

「違いないな」

軽くラジオ体操を流した後、ストレッチ。ここからが違う。

私は全身の気を練り上げるために、ふらりふらりと、風祭家に伝わる動きをしていく。かごめはというと、スポーツ科学に基づいて、インナーマッスルを鍛え上げていく。

二人とも、二十分ほどで終了。

私は残心をして終わり。かごめは単純に息を大きく吐いて終了だ。

「拳法か何かの動きかしら。 弓道の残心に最後のは似ていたけれど」

「似たようなものだ。 我が風祭家に伝わる秘伝のものだな」

「見せてしまっていいの?」

「あくまで一部に過ぎんしな。 一日や二日で体が鍛えられられるものでもない。 これをずっと続けて、始めて効果が出てくる」

兄者がホテルから出てきた。

ゼミの学生達とゆうかを連れて、周囲を調べに行くそうである。そういえば、この辺で最近見られた不良外国人が、昨日を境にぴたりと姿を見せなくなったとか、朝の料理を作ってくれた地元の人が言っていた。

まあそれはそうだろう。そしてもう二度と姿を見せないこと確定だ。

来年、この辺りで蟹を捕ったら、美味しく食べられることだろうと私は思ったけど、まあそれはそれだ。知らない方が良いことは、世の中にある。

兄者と軽く打ち合わせをする。

「お前の事件解決を間近ではじめて見たが、本当に迅速だな。 これくらいどの事件も迅速に解決すれば、日本の治安はぐっと向上するだろうに」

「まあそれはそうだが、皆が私やかごめのように動けるわけではないさ。 兄者は、これから神社を見て回るのか」

「そうだ。 恐らくかなり古い信仰が残っているとみている。 これから調査するのが楽しみだよ」

兄者はハリウッド映画の武闘派主人公みたいな容姿だけれど、本業はやっぱり学者なのだと、こういうときによく分かる。

楽しそうなのだ。研究について、口にするとき。

私もそれを見ると、少しばかり嬉しい。

「昨日の今日だ。 何かあるかも知れないから、気を付けろよ」

「兄者も」

「ああ」

軽く挨拶をして別れる。

ゼミの学生達は、昨日大立ち回りがあった事を知っているからだろう。不安そうにしていたけれど。

私と兄者のやりとりを聞いて、小声でひそひそ話してもいた。

「聞いた、兄者だって。 兄者なんて言う人、はじめて見た」

「だって霧崎先生、名家の出身らしいよ。 あの小さい人も警察のキャリアで、あの若さで警部なんだって。 あんなスピード解決、普通だったらあり得ないらしいし、本人も小さいのに無茶苦茶強いってゆうかが言ってたよ」

「え、凄くないそれ。 あの女警部さんが小姑になるのはぞっとしないけど、霧崎先生ってまだ独身でしょ。 もし玉の輿射止めたら超セレブじゃん」

「だよねー。 でもそういう家って、色々おっかないって聞くよ。 多分作法だの何だので、目廻しそうだよ」

口やかましい雀どもが行くと。

人見と小暮が来る。

公安の連中や、犬童警視が連れて来た奴らは、もうとっくに引き上げている。殲滅まで確認したからだろう。

まあ周囲に式神は放って警戒はしておくけれど。

もう心配はない。

ちなみに犬童警視は、昼くらいから合流するそうだ。あの人、本当にもう十年も生きられないのかも知れないなと私は思った。

だが、同情してもどうにもならない。それほどまでにして警察にいるのだ。きっと、どうしてもしなければならない事があるのだろう。

適当に浜辺に繰り出す。

ゴミが落ちているかも知れないので、サンダルは必須だ。なお、着替える場所はないらしいので、ホテルで水着に着替える。

泳ぐ気が無いらしい人見はいわゆるビキニだが。

私とかごめは、事前の予定通り競泳用のだ。

「徹底しておりますな……」

小暮は、いわゆるトランクスタイプの海パン。ただしあんまり本気で泳ぐつもりはないらしく、シャツも持っていくつもりの様子だ。

勝負する気満々の私とかごめを見て、人見は大きく嘆息したが。

まあそれはいい。

なお、落合とか言うのが来たので、軽く話をしておく。かごめは、案の定落合をゴミ虫でも見るような目で見たが。

まあそれは実際には獰猛な肉食性プレデターであるゴミ虫に失礼なことだろう。

せいぜいカマドウマを見る目にしてあげて欲しい。

「私達が警官だと言う事は秘密ね。 遠くからの撮影に限定よ」

「はいはい、分かっております」

「勿論、写真は此方で先にチェックさせてもらうし、それ以外の写真を載せていたら、貴方の会社潰すわよ」

かごめは、本気の声で威圧。

青ざめながら、こくこく頷く落合。

コレでは悪さは出来ようにない。実際問題、私は側に白蛇王を控えさせている。面倒くさそうな写真を撮るようなら妨害しろとも告げてあるので、撮りようが無い。また、撮った場合は、即座にお仕置きである。

海にわいわいと出向く。

流石に海の家はないが。

非常に美しい砂浜だ。向こうには良い感じの岩場もある。うにが捕れたりするかも知れない。

海もそれほど荒れていないが。

ただし、深くなるのがかなり早い。

数メートル行くだけで、もう背が届かなくなる。

離岸流の位置を確認。

さて、泳ぐならこの辺りかと、決めた頃。もう持ってきたパラソルをさして、人見はくつろぎ始めていた。

人見には、どうやら元恋人だったらしい存在の末路について昨日告げた。その時も反応は素っ気なかったが。

それからも、彼女はその件について何も言わなかった。

今更未練もないのだろうし。

それに、無惨な姿になっていたのを、楽になる事が出来たのなら。それで良かったのだろうから。

「人見も軽く泳ぐか?」

「やめておくわ。 貴方水泳のタイム、普通に国体レベルでしょう?」

「まあそうだな、高校生程度が相手なら、余裕で全国大会には出られるな。 一位は狙えるか分からんが」

「普通にその時点で化け物であります」

小暮が失礼なことを言う。

なお、落合は、私とかごめの水着を見て愕然としていた。サイズと色こそ違えど、お揃いの猫のキャラクターグッズである。

仕事を選ばないキャラクターだというのは知っていただろうが。

それも競泳用水着まであるとは知らなかったのだろう。

いずれにしても、遠くから撮影した方が良いと、これで判断したのだろうか。こそこそと落合は距離を取るのだった。

それでいい。

白蛇王がついて見張っているから余計な事は出来ないし。

何より、遠くから撮る方が、この美しい砂浜がよくわかる。観光客には、遠泳禁止と告げないと危ないかも知れないが、だが。

「離岸流があの辺りだ。 此処から入って、あの岩まで泳いでタイムを競おうか」

「良いわね。 やるとしましょう」

さっそく準備体操。

とはいっても、朝にもう体を動かしているので、形だけだ。

水に入って、軽く冷たさに体を慣らした後。

小暮に審判を頼む。

小暮には、一応離岸流の位置と、何処まで泳いでくるかは告げた。心配そうに眉をひそめたが。

まあ距離的には正直どうということもない。

透明度も高く、鮫などの危険な海棲生物が接近した場合は、私もかごめもすぐに察知できる。

「さーて、行くか」

「王者のクロールというものを見せてあげましょうか」

「時に海水浴だとだいぶプールと違うが、その辺は大丈夫だな」

「当然よ。 これでもレスキューの資格も取っているわ」

流石に隙が無いか。

ちなみに私も、海難事故や水難事故の際、即座に動けるように着衣泳の訓練もしっかりしている。

これは警察学校で軽く習ったのを。

自力でできるように、しっかり練習したのだ。実家にはその辺便利なコネがあるので、それも活用して先生にも見てもらった。

溺れている子供を無策で助けに行くと二重遭難することになる可能性が極めて高いが。

私はきっちり対応方法を学んでいるので平気。

海での泳ぎ方も心得ている。

「それでは行きますぞ」

小暮が右手を挙げて。

そして、降ろした。

私はバタフライで。

かごめはクロールで。

一気に海岸を離れる。

距離は二百メートルほど。海で泳ぐには相応の距離で、しかも足も着かないので、もしもの時の事故の可能性があるが。

今回はその事故がないように、徹底的に備えている。

やはり、戦闘能力が互角だから、身体能力もほぼ拮抗している。しばし泳ぎ続けて、私は軽く潜って勝負に出た。水面に上がりつつ、岩を蹴ってターン。そのまま、一気に海岸に向かう。

ふと、気付く。

何かが並んで泳いでいる。

それは恐らく怪異であるけれど。

悪意は無い様子で、ちょっとだけ私に並んで泳ぐと、すぐにその場を離れていった。敵意がないと察したのかも知れない。

そのまま、海岸に。

流石に波のある海だと、相応に疲れる。私もかごめも、息を整えながら、砂浜に上がった。

「同着であります」

「あー、やっぱりまだ衰えていないな。 なかなかのものだろう」

「そうね、水泳でも互角か。 もう一勝負いこうかしら?」

「望むところだ」

ただ、少し休憩した方が良い。プールと違って、水難事故が起きると洒落にならないからである。

これはかごめも理解している。

かなりきわどい挑発を行って、犯罪者をあぶり出す傾向があるかごめだけれど。今回は、そんな危険を冒す必要がないのだ。

後二三回泳いだ後、バーベキューでもするか。

そう思って、軽く休む。

しかし今、海で見たのは何だ。

人型には見えたが、少なくとも美少女とかではなかった。そもそも日本の人魚はあまり美しい姿だと強調されるケースが多くない。勿論あるにはあるが。不老長寿の薬として肉が知られるからだろうか。

腕組みして、少し考え込む。

人魚か。

あれが人魚だったのだとしたら。

ひょっとすると、少し考え違いをしていたのかも知れない。

 

結局三回泳いでも、かごめとは決着がつかなかった。どちらも僅差で勝ったり負けたりはしたけれど。

それもほぼ同着。

満足するような勝負にはならなかった。

しばらく、黙々とメシにする。

ちなみに海で魚を捕ることはやめておいた。これについては、地元の漁師のものだからだ。

勘違いされることが多いのだが。

海産資源は、畑と同じ。

下手な取り方をすると、あっという間に消滅する。漁場というのは育てるものであって、下手な事をすると見る間に枯れ果てる。

水産資源に詳しくない人間が無茶な漁をすると、絶滅種が出るのは。海の生態系が、想像以上にデリケートだからだ。

だから、地元の人から普通に魚は買ってきた。肉や野菜も、である。

こういう所で、地元の経済を廻すのが、観光のマナー。

そして、それに地元が応えることで、観光は廻るのである。

「良く飽きずに勝負するわね」

「力量が拮抗している相手と争うのは楽しいものよ。 私の場合、近くにろくな人材がいなかったというのも大きいわね」

「そうなの?」

「ええ。 こう見えても私、田舎の出身でね」

思わず小暮が驚いた様子でかごめを見る。

何だ、気付いていなかったのか。

私も本家が田舎にあるからだろうか。かごめがどちらかと言えば、田舎の名家の出身者である事は早い段階で気付いていた。

この洗練された立ち振る舞いは。

独学で身につけたもの。

大げさすぎるくらいの威圧感は。

田舎出身だからと言って、舐められないようにするためのものだろう。

その辺は分かった上で。かごめは自分自身でも楽しんでいる節がある。私もだから、かごめを好敵手として認めているわけだ。

犬童警視が来た。

丁度、肉やらなにやら焼け始めた頃合いだ。

「良い感じに焼けておりますな」

「分かっていると思うが、ゴミ処理には注意しろ」

「オス。 地元の人々に迷惑を掛けず、お金を落としてこその観光客であります」

「その通りだ」

まあ、今回の場合、島に巣くっていたカス共は全部処理した後だ、という事もあるのだけれど。

それは今はどうでもいい。

やはり近海では新鮮ないい魚が捕れるらしく。更に、島で育てている畜肉も分けて貰ったので、大変に美味しくバーベキューを楽しむ事が出来た。

犬童警視は、やはり食が細い。

見た目だとかなり食べそうなのだけれど。

やはり、内臓のダメージが大きいのだろう。あまり肉類は食べたがらないし。適当に食べた後、小暮に肉を押しつけていた。

「ん、うまいな。 だけどこの辺でええわ」

「彼方にパラソルを用意してあります」

「おう、ありがと」

小暮が、せかせかと犬童警視用のパラソルを用意。

人見と並ぶようにして、シートを敷く。

犬童警視は最初から泳ぐ気は無いのだろう。シャツを着たまま、パラソルの下で休みはじめる。

さて、と。

適当に食べた所で、また一勝負と行くか。

「今度はビーチバレーでもするか」

「そんな道具ないわよ」

「あー、それもそうか」

メジャーな観光地だと、レンタルがあるのだけれど。流石に此処にそれを期待するのは酷か。

落合は遠くから撮影をしていたが、流石に飽きてきたのか、こっちに来る。

まあお裾分けくらいいいだろう。

「まだ肉もあるし、食べていくか?」

「すみません、色々」

「カメラ」

ひょいと取りあげると、中身を確認。

デジカメだからさっと見る事が出来る。近年は余程のマニアでないと、一眼レフは使わない。

こういうプロの記者でも、写真によほど美麗さを求める奴でないと、デジカメを使うのが普通だ。

ざっと見るが、誰かを判別できるような写真はない。

まあこれなら良いだろう。

白蛇王に視線を送るが、首を横に振る。

隠れて写真をこっそり撮っていたりするような事は無かった様子だ。

「まあいいだろう。 我々はただ客としてきているだけだから、記事に載せたりはするなよ」

「わかっておりますって」

卑屈な落合。

まあ遠目にも派手な「ないすばでい」のかごめが写真に撮れれば、それはそれでいいのだろう。後ろからとっても充分に生える水着姿だ。競泳用でも、である。

結局、もう一泳ぎする事にする。

ただし、今度は素潜りだ。

かごめももう勝負はする気にならないらしく、軽く素潜りをして、時間を潰すことにする。

久々の休暇は。

何だか、とてもゆっくりと、時間が流れていった。

夕方近くには兄者とゆうかも合流したけれど。その時は私もかごめも、もう勝負をする気にもなれなかったので。

後は、軽く雑談をして。

後片付けをしてから、ホテルに戻った。

久々の、何の気も張らずに過ごせる休日。

たまにはこういうのもいい。

私は、そう思った。

 

4、都市伝説溢れる日常へ

 

小笠原から戻ると、幾つか書類整理を済ませる。まあ一度港で解散して、それから、だけれども。

帰りのフェリーでも、幾つか仕事があった。

今回の件での、後始末について。

バカンスの最中にも、何度か電話をして、幾つかの処理はしたのだけれど。それでもまだ、作業は残っている。

また、聴取もしなければならない。

警察でどうにかできないような非合法な組織は、犬童警視が率いていた連中が消してしまったけれど。

そうでない部分では、きちんと法に沿った処置をして。

警察として、片付けなければならないのだ。

ちなみに犬童警視は、何処かにふらりと出かけて、翌日まで帰ってこなかった。何か作業があるのだろう。

深く追求はしない。

やぶ蛇になっても仕方が無いからだ。

それにしても。

私もかごめも、焼けない体質だと、帰り道で思った。

小暮は真っ黒になっているのに、私とかごめは殆ど焼けていない。実は人見も真っ黒になっていたので、非常に白黒が別れた形になる。

何というか、体質というのは理不尽なものだ。

まあこういうものだし、仕方が無い。

書類の整理があらかた終わって、編纂室に戻ってくると。

小暮が、新しい仕事を持ってきた。

丁度書類を提出に行った帰りに、佐々木警視に捕まったらしい。まあ元々佐々木警視も此方に来るつもりだったらしいので、丁度良いと書類を受け取ってきたらしいのだ。佐々木警視も、最近は前ほどは私を敵視しなくなってきた。

この間の一件が、効いているのだろうか。

さて、どうだろう。

あの絵に描いたような頑固親父が、その程度の事で、考え方を改めるかどうか。

改めてくれれば嬉しいのだけれど。

「捜査一課から、預かりものであります」

「どれ」

どうやら内容は。

オーバーワーク気味の仕事の手伝いの依頼だ。

幾つか困っている事件があるらしく、かごめにアドバイスを頼みたいらしい。とはいっても、小暮の話を聞く限り、私にも意見を聞きたいようではあるが。

要するに口に出さないだけで、頼ってきてくれた、ということだ。

ざっと内容を見る。

一つはかごめ向けだろう。渡して、そのまま判断して貰う。かごめは頷くと、すぐに問題の部署に行った。

この様子だと、速攻でけりがつくだろう。

もう犯人には目星がついているようだから。

プロファイルというのは、そういうものだ。

腕利きがやればきちんと機能する。もっとも、きちんとしたセンスと頭脳が求められるのも事実で。

相当な専門職ではあるのだが。

私は幾つかをチェックして、すぐに解決できそうな一つに触れる。

どうやら怪奇がらみだ。

さっと調べて見るが、やはり前後でこの事件に類似した都市伝説が発生している。今はまだ殺人にまで到っていないが、このままだと怪異が殺傷力を持つのも時間の問題だろう。都市伝説というのは、そういうものだ。

「事件の最初の受付は交通課か。 また変なところから来たな」

「どのような事件なのですか」

「首無しライダーだ」

「ひっ……首、無し!?」

大げさにびっくりする小暮。相変わらずである。

さて、首無しライダーだが。

有名な都市伝説の一つだ。

大まかに幾つかに類型があるが、メジャーなのは、ピアノ線に首を飛ばされたライダーの亡霊が走っている、というものである。

道路にピアノ線をどうして張るのかとか、そんな事件があったのかとか、幾つか疑念は起きるが。

実際にバイク事故は凄惨な現場になる事が多く。胴体と首が離れる事もあるという話は聞く。

そういう悲惨な現場を目撃した人間が作った噂話が拡散したのか、或いは。

まずは兄者に電話。

意見を聞いてみると。

幾つか興味深い話が得られた。それと同時に、もう一つ、処理しておきたい案件が浮かび上がってきている。

まあ、兎に角。

今は目撃例が激増し、殺傷力を持つのが時間の問題である、これを片付けるのが先だろう。

「首無しライダーが出るとされているのはG県だ。 すぐに出るぞ」

「かなり遠くではありますが」

「何、新幹線を乗り継げば今日中にはつく。 丁度夕方、出る頃合いに現地に到着できるだろう。 その場で片付けるぞ」

すぐに出るよう小暮に指示。

なお、白バイは現地で借りればいい。相手はバイクが無い場合、勝負を挑んでこないからだ。だから囮がいる。

囮は現地で見繕うか。それとも私がやるか。

まあ、小暮にはちょっと白バイは小さすぎる。ハーレーの白バイもあるかも知れないが、小暮が運転が達者だとは聞いていない。

囮に引っ掛かったら、その場で式神のエサにしても良いし。私がおしおきをしてもいい。

殺傷力が無い現時点なら、対処は難しくない。

それにしても、首無しライダーか。すぐに小暮を促して、出る。

「実は何年か前だが、G県では首無しライダー関連の噂が流れた事があってな。 その時も目撃例があった」

「となると、相手にとってはリベンジマッチでありますな」

「そうともいうな」

苦笑しながら、続きを話す。

実は、その事件を解決したとき、私はまだ高校生で。一緒に行った父が、別の事件も一緒に片付けたのだ。

その時、有望な若者を見つけた。

あれは将来、かなり強力な対怪異能力を身につけるとみた。

今回、様子を見てくるのも良いだろう。色々あったから、前に見た時はかなりやさぐれてはいたが。

今はどう育っているだろう。

今はそろそろ高校生くらいになっているはずだ。もう何年かすれば警官になる事が出来るはずで。

その頃には、部下として確保しておきたい。

或いは、遠隔地で動かすための独立部隊として、育成しておくのもいいだろう。あれは使えるはずだ。

すぐに新幹線に乗る。

小暮は不安そうにしていたので、軽く対策について話しておく。

「白バイはできるか」

「一応乗れますが……」

「ん、ならば現地で腕利きを募る」

すぐにG県警に連絡。

腕利きの白バイ乗りを手配して貰う。かなりの年配だが、白バイに関しては相当な乗り手だそうだ。

それで本人に話を聞くと。

例の青年についても知っていた。

妙な因果である。

「貴方が、彼奴の家を助けた、風祭の」

「あの時は色々面倒でしたし、何より困ったときは助け合うものですからね」

「申し訳ない。 あの野郎、あの一件以来すっかり人間不信になって、今では毎日私と喧嘩をしているような有様で。 地元でも、不良グループと喧嘩ばかりしていて」

「少年院に入るようなことさえしなければ大丈夫ですよ。 それに、きちんと向き合って話あっていけば、相互理解は可能なはずです」

相手が初見の年長者。

それも部下では無いから、此方も敬語を使う。

警部に敬語を使われて、年長者の巡査長はひたすら恐縮していたが。

だけれども、此方が知り合いの知り合いだと知ったからか。

多少態度も柔らかくなった。

白バイの件を要請すると、困惑しつつもOKしてくれる。確かに首無しライダーが目撃されていて。

その噂が過激化していることについては、問題視していたらしいのだ。

「普通では手に負えない事件を、疾風迅雷で解決していく不思議な部署があると言うのは聞いていました。 貴方がそうだったんですね」

「そうなります。 手はずについてですが……」

姿さえ見せてしまえば、後は叩き潰すのは難しくない。問題は、この巡査長の安全を確保すること、である。

急がないと殺傷力を持ち始める可能性が高い首無しライダーだ。

調べて見ると、既にSNSなどでは、噂に尾ひれがついて、危険な状況になりつつある。急がないとまずい。

手はずは入念に固めて。

そして現地に到着する前に、ライトバンをレンタルする手はずも整えておく。

経費は請求書で落とせるからいい。

死者を出したり、何日もこんな事件のために貴重な工数をとられるくらいなら。さっさと私が出向いて片付けた方が良い。

一通り準備を済ませると。

かごめから連絡が来た。

「此方は片付いたわよ」

「流石だな。 此方は今、小暮と一緒に現地に向かっている所だ。 これから現地の状態を確認して、すぐに着手する。 今の段階では、それほど危険では無いから、すぐに片付けたいところだな」

「終わりはどれくらいになりそう?」

「夕方には現地につく。 徹夜になるかも知れないが、今晩中に処理する。 この手の都市伝説は、時間が経てば経つほど危険度が上がるからな」

かごめが鼻を鳴らす。

この辺りは、どうしてもわかり合うのは難しいだろう。

ただ、かごめも。

十数件の事件を一緒に解決するうちに。私に妙な力が備わっていると認めざるを得ないと、考え始めてくれてはいるようだ。

中々口にはしてくれないが。

新幹線は指定席をとれなかったので、自由席で。

既に行楽シーズンも過ぎているので、さほど混雑はしていない。小暮も私も座ることができた。

「先輩、疲れているのなら、眠っていても構わないのであります」

「そうだな。 少し眠らせて貰うか。 ただ、疲れているわけでは無いぞ」

「そうでありますな。 あれだけ泳いで平然としていた先輩ですし」

「分かっていれば良い。 ただ、事件の前に英気を養うためにも、仮眠を取るのは重要な事だ」

軽く仮眠を取って。

気がつくと、G県の駅に。

此処から私鉄を使って、更にタクシーで現地に。レンタカーショップでライトバンを借りると、其処で電話をした巡査長と合流した。

時刻は、五時半。

丁度良いあんばいである。

巡査長は重厚な雰囲気の男性で。中年を過ぎて、老年にさしかかろうとしているけれども。

腕利きと県警が認めるだけあって。

長年刑事として活躍してきた貫禄を持っていた。

敬礼をかわす。

「郷田巡査長です。 今回はよろしくお願いします」

「風祭部長です。 此方こそよろしくお願いします」

小暮が懐中電灯で照らしてくれる中、地図を見て状況を確認。首無しライダーが出現する地点と、引っ張り出す方法を、事前の打ち合わせ通り話す。そして、現地を確認して、幾つか微調整をした。

敬語は使わなくて良いと言われたので。

すぐに口調は変える。

「奴は優れたライダーが現れると勝負を挑んできます。 コレをおもしろがっている珍走団の連中もいて、今峠は危険な状況になっています」

「封鎖はして貰えるか」

「はい。 それは既に手配済みです」

「うむ……」

準備が整う。

峠の麓から、郷田巡査長が、白バイで飛ばす。この白バイは、スピード違反を取り締まるために改造をしていて、かなりの速度が出る。郷田巡査長の腕前なら、相当に難しいカーブも、攻めていくことが出来るという。

私は、地図に指を走らせる。

「此処から此処までの間におびき出して欲しい」

「分かりました。 できるだけやって見せましょう」

「ああ、頼む。 怪異は夜遅くなればなるほど力を増す。 特に二時半になる前には、絶対に勝負を付けたい」

「分かりました。 此方の疲労の問題もありますし、一発で勝負を付けたいところです」

郷田巡査長が行くと。

既に偵察に出していた天狗が戻ってくる。

彼は、地面に降り立つと、指さした。

「あの辺りで怪異の気配があります。 やはり条件指定で現れる怪異とみて間違いなさそうですな」

「まだ殺傷力は無いか」

「ええ。 ただし、明らかに人間と勝負をするのをおもしろがっています。 言霊による殺傷力を得るのは時間の問題でしょうね」

「……」

介入が早まって良かった。

下手をすると、G県警が無駄な時間を費やしたあげく、あの重厚で責任感の強そうな刑事は、死んでいたかも知れない。

だが、そうはさせない。

怪異がらみの事件で。

死者は出させない。

少なくとも、私の目が届く範囲では、絶対に、だ。

網を張る。

峠の下の方から、準備ができたと、郷田巡査長が電話をして来た。

此方も、準備万端だ。

「よし、GO!」

バイクのエンジン音が、鋭く峠に響き渡る。

私は天狗にスタンバイさせ、更に一応念のために猿王にも準備をさせておく。スピード自慢の相手には、白蛇王は分が悪い。もしもの時のために、最後の防衛線を張らせる。

ぎゅんと、凄い音がしたからした。加速しているのだろう。難しいカーブが続く峠だと言うのに。本当に攻めている。

なるほど、若い不良と、ガチンコで渡り合える訳だ。

腕利きという話だったが、これは評判以上とみるべきだろう。

「到達まで、もう少しです」

「お、出たな……!」

「あれは」

小暮が呻く。

確かに、途中から。郷田巡査長のバイクに、併走してきているバイクがいる。真っ黒で夜道では見えづらいけれど、確かに首がない。

間違いない。

物語性のある噂話が実体を持った存在。

都市伝説によって生じた怪異だ。

一気に二つの車両は、此方に来る。天狗に合図。頷くと、天狗は、そのシンボルともなっている大団扇をあおいで、風を起こす。

そして、首無しライダーだけのバランスを崩させた。

同時に、構えをとっていた私が。

波動真言砲を、最小威力で叩き込む。

爆裂。

物理的破壊力は持たないが、それでも首無しライダーの車両を吹っ飛ばし、上空に舞い上げるには充分だった。

ぐわっしゃんと、凄い音を立てて、地面に激突。

怪異で無ければ、道路が抉れ、ガードレールが拉げていただろう。

私の真横を通り過ぎた郷田巡査長が、スピードを落とし、鋭い音と共にバイクを止める。

地面に叩き付けられた首無しライダーは、もがいていた。

「な、何を、するんだ、よ」

「すまないな。 お前はまだ誰も殺していないが、これから噂に尾ひれがついて、殺傷力を持つ可能性が高かった。 だから此処で浄化させて貰う」

「そんな、理不尽な」

「そうだ、理不尽だ。 お前も私も、この世の中もな。 だから、お前を消滅まではさせないさ」

セーマンの印を切ると。

悲鳴を上げる首無しライダーの全身から、都市伝説の言霊によって集積された邪気が抜けていく。

此奴は、まださほど悪い事もしていない。

だから、拷問をする必要もない。

しばしして。

首無しライダーは、全ての力を浄化され。

私の手札に収まっていた。

高速で動き回る敵を追跡する際には丁度良い手札だ。

「終わりだ。 片付けの方は、私の方で書類を適当に出しておく。 もう首無しライダーは出ないだろうが、念のためもう一度、麓から此処まで攻めてくれるか」

「分かりました」

郷田巡査長が、すぐにまたバイクを走らせてくれるけれど。

もう首無しライダーは出ない。

後は、SNSに少し手を入れて、噂が潰れるようにするだけでいい。これに関しても、少し前に有望そうな人材を見つけた。

もう少しだ。

もう少しで、編纂室の規模を拡大できる。

優秀な部下達を確保して。

それぞれ得意分野に特化した者達を集め。

この国、いや複数の国の裏側で暗躍している邪悪な者どもをぶっ潰し。その総元締めを、文字通り地獄に叩き込む。

郷田巡査長が戻ってきた。

「どうやら本当に片付いたようですね。 流石です。 疾風迅雷の渾名は噂だけではありませんな」

「県警本部には貸しだ。 それとあんた、あの愛染の息子は良い刑事になる。 足を踏み外さないように、目を掛けてやってくれ」

「分かっています。 自分としては、彼奴が立派に育ってくれればそれで充分なのですが……」

「そうだな」

だが、今は手が足りないのだ。

もう二三回、同じようにして首無しライダーが出ないことを確認後。

私自身が大規模な術式を施して、周辺から怪異が出ないように、処置を施す。ドカンと山全体が揺れて。

そして、怪異が現れる事は当面無くなるように、処置は終わった。

後は、巡査長と握手をして。そして敬礼をかわして、作業完了。

戻った後書類仕事をすれば、この件は終わりだ。

レンタカーを返して、小暮と一緒に新幹線に乗った頃には、既に終電間際。

こればかりは仕方が無い。

「今回はついていっただけでした。  役に立てず済みません」

「いいんだよ。 お前が役に立つ場面は、それだけ危険な局面だ。 それに、書類仕事はあらかたしてくれただろう。 私が作戦を頭の中で考える時間を作ってくれたのは大きいのだから、気にするな」

かごめにも連絡を入れておく。

此方も片付いたと告げると。かごめも頷く。

もう向こうも、もう一つの事件に取りかかっているらしい。

彼方此方に貸しを作っておいて。

人脈を拡げておく。

将来を見据えると。

絶対に必要な事だ。

この国で蠢いている闇は、あまりにも強大。

私が戦っている相手は。

それこそ、山のように大きく。そして邪悪の権化そのものなのだから。

 

(続)