引きずられる思い

 

序、その場所の名は

 

劇場の真の主役。それは裏だ。

輝く俳優を支えるのは、客だけでは無い。

紳士的な客も求められる。だが、私は、以前劇場で仕事をした事があるから知っている。本格的な劇場になればなるほど、その裏が凄まじいのだ。

小暮を促して、地下に。

其処は、あまりにも複雑な機械が絡み合い。

様々な演出を可能にするために、表に出ない仕掛けの宝庫。

特に、役者を舞台にせり上げる仕組みなどは、その代表だろう。

これらが詰まった、舞台の其処こそ。

通称、奈落である。

言うまでも無く、地獄を意味する言葉だ。

「驚きました。 劇場の裏は、このように凄いものなのですな」

「江戸時代からこうだ。 当時から、怪談を題材にした演目では、一瞬で俳優が骸骨になる仕掛けが使われたり、様々な大がかりな仕掛けで、観客を魅了した。 劇場の真の主役は、俳優ではなくて、裏方を動かす機械と、人間達なんだよ」

それはある意味、光には影が伴う事とも似ている。

奈落はステージへの路。

ステージが輝く場所であるとすれば。

輝く場所を作り出すために、其処には究極の闇が必要なのだ。

ひたすら凄まじい仕掛けの数々に感心する小暮だが。宝塚では、この仕掛けによって死者が出る事故が起きたこともある。

そして、今回も。

私が小暮とかごめと一緒に訪れた此処は、日本でも有数の劇場。日本を代表する劇団が有しており。此処出身者の俳優は珍しくもない。むしろ、此処こそが、俳優として一流になるための登竜門とさえ言われている。

私はまた、電話を受けて、ここに来た。

少し前に。

此処で殺人事件が起きたのだ。正確には、まだ殺人とは決まっていない。しかし、十中八九殺人事件だろう。

何しろ此方に連絡が来る位なのだ。

しかも、事件はほぼ怪奇がらみと見て良い。

ちなみに今回は。

もう一人、アドバイザーを呼んでいる。

以前、何度か番組で此処を使ったという川原ミユキ。つまりはとりえりさである。彼女は此処に詳しい。

劇団の人間にもコネがある。

声を掛けたら、すぐに来てくれた。

忙しくなってきているだろうに、来てくれたのは。

それなりに、此方に感謝しているから、だろうか。

川原ミユキと私がコネを保っている事に、かごめは最初驚いていたし。小暮は平身低頭。ミユキに私が秘技をぶち込んで殺人を止めたことを、未だに不安視してるらしい。この辺りの肝の小ささが、かごめには下僕扱いされ、ゆうかにもあまりよく扱われず、人見にもあんまり頼りにされない原因なのだが。

まあ仕方が無い。

戦闘力が高くても、肝が小さいというのは、ままある事で。

少し前まで日本を席巻していた格闘家が、実はとんでもないチキンハートで、一度メンタルが崩れると後はガタガタになって引退に追い込まれたという事件もあった。

「お久しぶりです、風祭さん」

「今日は頼む」

「ええ」

軽く挨拶をしてから、状況を説明。

劇団員達は、忙しそうに行き交っている。というよりも、一度警察は引き上げたはずなのに、どうして来たのだと顔に描いてある。まあそれは捜査一課も同じなのだし、我慢してもらうしかない。

人命最優先だ。

劇場を案内して貰いながら、ミユキと話す。

仲良くなったので、すっかり私は打ち解けているつもりだが。

小暮は冷や冷やし通しのようだ。

「まず、この劇団について知っている事を教えてくれるか」

「分かりました」

勿論事前に調べてある。

これは、以前にコネクションを持った人間からの聴取だ。かごめは黙って話を聞いている。プロファイルを進めているのだろう。

とにかく、事件は始まったばかり。

「基本的に、みんなすごく一生懸命な人ばかりです。 だから稽古とかは凄く熱が入って、アイドル上がりの子だと、泣き出しちゃう事もあります」

「そんなメンタルでよくアイドルできるな」

「アイドルの中には、コネクションで入ってきてる子も多いんです。 そういう子は事務所も猫かわいがりしていて。 こういう場所に来ると、あまりの世界の違いに、ショックを受けるみたいです」

そういう子は長続きしないんですけれどねと、ミユキは苦笑い。

もうすっかり後遺症も抜けたようで何より。

そういえば、私とかごめは警部になり。犬童警部は警視に昇進。小暮は巡査長で据え置きだが、これもその内昇進だろうという話は伝えている。

そうすると、おめでとうございますと、素直に笑顔で褒めてくれた。

我ながら鼻が高い。

まあ、私の目的は、最終的に警視庁の権力を裏から掌握する事。この国に巣くったドブネズミをぶっ潰すためにはそれが必要だ。

多くの犠牲者の死を無駄にしないためにも。

私には権力が必要だ。

それには警察官としての階級よりも。

むしろ実権力が必要になる。

今、私は多数の未解決事件を潰して、彼方此方の部署に貸しを作っている。これはかごめも同じだ。

かごめも、警官としての自覚はあれで強い。

この国に。

いや、世界複数国に跨がって暗躍している非人道的組織を叩き潰す。

その点で、我等は同志。

もっともっと。今はこのコネクションの鎖をつなげて。延ばして。強靱にしていく作業が必要だ。

「貴方も此処でしごかれたのか」

「えりさでいいですよ。 お世話になりましたし」

「そうか、ではえりさも」

「はい。 何度か仕事をさせて貰いましたけれど、本当に勉強させられることばかりで、いつも力になりました」

申し訳なさそうにしているニセバートリー。札に引っ込みたがっているが、そうさせずに、敢えて具現化させている。

自分が壊しかけたものを。しっかり認識させておくために、必要な作業だ。

邪気を孕んだ怪異は凶器になる。

此奴もそれはおなじ。

実際問題、悪意があったかどうかはともかくとして。川原ミユキの親友である林奈緒は此奴に殺されたも同じなのだ。

その事実をしっかり認識させるためにも。

此処は、敢えて私とはとりえりさの話を、聞かせておく必要があるのだ。

「内部にコネを持った感触で、何か他に無いか」

「そうですね。 職人気質の人が多い一方で、とても閉鎖的な世界だと思います」

「閉鎖的、か」

「それに、その閉鎖的な中で、とても争いが激しいです。 今回は不幸な事故が起きて、殺人事件かもしれないと疑われているようですけれど……可能性は、否定出来ないと思います。 私も、結構理不尽な場面を目撃しましたし」

理不尽か。それはつらかっただろう。

元々芸能界は修羅の世界だ。魑魅魍魎蠢くパンデモニウムだ。

その延長線。いやむしろオリジンである劇場。

何が巣くっていても、不思議はまったくない。

捜査一課は。現在検死中。

人見が検死をしているので、データは此方にも回してくれるはずだが。

ただ厄介なのは。

佐々木課長が此処に来ている事だろうか。

現場百回。

その言葉を体現している人物だ。

それくらいは、当然だろう。今回は、そも最初に捜査一課に依頼が来て。少し遅れて、此方に連絡が来たのだから。

捜査一課としても、ここのところ立て続けに事件を解決している編纂室には良い気分がしないだろうし。

何より私もかごめも警部に出世。

少数メンバーにもかかわらず、警視がリーダーで、警部が二人、という豪華すぎる編成に加えて。

様々な事件に顔を出す謎の行動力。

気分を害しても仕方が無い。

今の時点では、まだ顔は合わせていないが。

今から面倒だ。

えりさの携帯が鳴る。どうやら、今の事務所から、らしかった。

「それではすみません、少し打ち合わせがありますので」

「ん、後でまた合流しよう」

「はい」

ぺこりと一礼すると、えりさはその場を後にする。

ぐったりした様子のニセバートリー。

顎をしゃくった。

かごめは虚空に対して指示を出している(何が起きているかは見えているはずだが)私に、露骨に不愉快そうな視線を向けたが。

見えているくせに、である。

今更、何とも思わない。

えりさがいなくなるとほぼ同時に。

件の捜査一課登場である。

佐々木課長は、私を見ると。

案の定、苦虫をまとめて噛み潰した。

重厚な、刑事という言葉そのものの男は。次のエースとみなしていただろうかごめを取られた事もあるからだろう。

最初から、不快感をむき出しにしていた。

「風祭か。 何処にでも現れるな」

「此方にも、連絡が来たんですよ。 何でも、おかしな現象が頻発しているとか?」

「ふん。 貴様らの事件解決率の高さと、事件解決までの速さは認める。 だがな、我々の邪魔だけはするなよ」

「分かっていますよ」

捜査一課が無能などとは思っていない。

私だって、古巣として愛着もある。

だけれども、だ。

そもそも、私は捜査一課と、今の仕事が、別に分けなければならないものだとは思っていない。

怪異はいずれ解明できるものであって。

絶対に解明できないパンドラの箱ではない。

解明できる以上、捜査一課との連携は必要だし。日本警察最高の精鋭が揃う捜査一課との共同戦線は有用なはずだ。

既に現場の周辺は、すっかり調べ尽くされている。

それでも、捜査一課は聴取と調査を続けている。

「非効率的なことこの上ないわ」

かごめが吐き捨てる。

彼女はプロファイルの達人だ。だからこそ、なのだろう。現場百回という、細かい積み重ねでデータを分析する言葉そのものが、非効率に感じてしまうのかも知れない。だがそういうかごめだって、まずは現場に出向いて、相手から直接情報を聞き出すことについては、実践している。

その回数が違うだけだ。

さて、舞台に出た。

捜査一課の刑事達も検証しているが、今回の事件は、既に死者が出ている。

あまり悠長にしていられない。

殺人事件だった場合。

殺人犯が、まだ野放しにされているのだから。

私は式神を周囲に展開。何かおかしなものがないか、調べさせる。かごめが露骨に眉をひそめるけれど。

見えていないのなら、何も感じないはずだ。

どうして見えているのに、見えていないと言い張るのか。いずれ議論になるのを覚悟で、それを確認しておきたい。

小暮は不安そうに周囲を見ている。

輝くステージは、魅力的だけれど。

照明を落とし。

薄暗いその本来の姿を露わにすると、やはり不気味に感じてしまうのだろう。心臓が小さい小暮は、何度もハンカチで額を拭っていた。

「やはりこういう場所は慣れませんな」

「そういえば小暮、学校で文化祭とかはなかったのか」

「ありました。 しかし、基本的に力仕事だけをしていたのであります」

「まあ、そうだろうな……」

分かる。よく分かる。

演劇の舞台に立ってみれば分かるが、あれはかなりの心臓がいる。心臓に毛が生えていなければ、普通通りに動けないと言っても良い。

小暮はただでさえ兎並みの心臓なのだ。

舞台に立つのは、それこそ苦行を通り越して地獄だろう。

電話が来る。

うっと呻いたのは。

それがゆうかからだからだ。

どこから聞きつけたのか、合流したいという。あの人間核弾頭が来たら、何をどう引っかき回されることか。

だが、意外にも。

かごめが言う。

「いいわ、こさせなさいな」

「どういうつもりだ?」

「どうもこうもないわよ。 未解決の現場だし、様々な視点から情報を得ることは非常に有用よ。 今まで散々貴方が仕込んでいるでしょう、純。 だから、足手まといにはならない筈よ」

小暮についても、足手まとい扱いを、かごめがする事はない。

殺人犯がいた場合、充分な実働戦力になる。

劇団員は鍛えていることもあって力も強い。もし暴れ出したら、抑えるのには相応の苦労がある。

その点、小暮はうってつけだ。

もっともかごめは、小暮に頭を使う仕事については、まったく期待していない様子ではあるが。

現場を見て回る。

そして、ふと気付いた。

此方を見ている視線。

だけれど、振り返っても。

其処には誰もいなかった。

 

1、血塗られた劇団

 

劇団千年季。

ミユキが言ったように、この国を代表する劇団である。劇場も持っているばかりか、多くの俳優が此処で学び。厳しく鍛えられ。

ちやほやされていた頃の甘えをたたき直されて。

演技する、という事を教え込まれ。

そして、演じるものとしての俳優へと、生まれ変わっていくのだ。

此処で少し前に死亡事故が起きた。殺人事件とも疑われているそれは。一応現時点では、転落事故によるもの、とされている。

ステージの上にある渡り廊下をスノコというのだが。

このスノコから転落したもの、とされているのだ。

だが、どうにも妙な点が多く、事件の直後から捜査一課が介入して調査を開始。そして、私の所にも。

例の仮面の人物から、連絡が来ている、ということだ。

ちなみに私は、劇場には何度か来たことがあるのだけれど。そこまで芸事という文化には詳しくない。

其処で、ここに来る前に兄者に連絡して、軽く知識を得ている。

状況の進展次第では、また連絡が必要になるかも知れない。

さて、と。

捜査一課が調べている辺りに出向く。

まだ若い刑事だが、捜査一課に来ているという事は、相当な精鋭だろう。此方を見て、敬礼してくる。此方も敬礼を返した。

「風祭警部だ。 情報を共有したい」

「三島巡査長であります。 此方では、現在検死の結果を待っているのと同時に、スノコから落ちた場合の状態と、その可能性を推察しているのであります」

「ふむ、それで三島巡査長はどう思う」

「自分としての意見をいうならば、やはり殺人の可能性は否定出来ないと思うのです」

それはそうだろう。

そもそも状況が不自然だ。

今回、劇団千年季は、目玉演目の準備中だったと聞いている。当然、俳優の安全にも目を配っていたはずだ。

死んだのは、主演を務めるはずだった五十嵐理緒。

スノコにわざわざ上がるのは、何かしらの理由があったのか。

その辺りも、しっかり調べないといけないだろう。

かごめは三島に興味が無いらしく、その辺の劇団員を捕まえて、話を順番に聞いて廻っている。

色々と敢えて挑発したりして。

本音を引き出そうともしている様子だ。

色々迷惑そうな顔をしている劇団員だが、かごめは相手が困っていても気にしている様子も無い。相も変わらずの傍若無人ぶりである。

えりさが戻ってくる。

「風祭さん」

「ん、忙しいのにすまないな」

「いいえ、大丈夫です。 それよりも、こちらの方。 事情を詳しく聞けると思います」

「岩永です」

大人しそうな印象の中年男性だ。めざとくそれをみたかごめが、此方に来る。えりさによると、この人物は劇団創設メンバーの一人。

この劇場の建設にも関わっている、中心人物だそうだ。

軽く話をしてから、事件について聞いてみる。

やはり、おかしい事ばかりだと、岩永は言う。

予想通りだ。

「そもそも、スノコは危ないですから、基本的には人を入れないのです。 舞台の際も、手慣れている大道具の人員が、安全ベルトを着けて入るくらいでして。 入るのにも、セキュリティカードが必要なようにしています」

「ほう。 出入りの記録は閲覧できますか」

「……それが」

捜査一課が一度データを持って行ってしまったとか。

舌打ちするかごめが、捜査一課の方に行く。佐々木課長にデータを供出するように、掛け合うつもりなのだろう。

これは十中八九殺人だな。

私は、そう考えていたが。恐らくコレでそれが確実になるだろう。向こうで、かごめと佐々木課長がやりあっているのが見える。

実際問題、捜査一課も、此方の手助けで事件を解決できたケースが何度かあり。それが貸しになっている。

佐々木課長は、更に苦虫を噛み潰しながらも。

結局かごめに押し切られたようだった。

途端、かごめが満面の笑みになる。

「他部署との連携は、事件解決の早道です。 それを理解しているというのは、流石に佐々木警視ですね」

「……ああ、うん。 ソウダナ」

何故か何処か片言になりながら、遠い目で言う佐々木警視。

流石にあれはちょっと気の毒だ。

私は佐々木警視に毛嫌いされている身だけれど。あれはちょっと可哀想かも知れないなーとか思ってしまった。

戻ってきたかごめに促されて。

岩永が幾つか話をしていく。

その間、熱心にかごめは話をメモしていた。

 

それから、順番に劇団員に話を聞いていく。

今回の劇についても。

今回上演される劇は、「死の道行」。極めて物騒なタイトルだが。その名前に負けない、曰く付き中の曰く付きだという話だ。

何でもこれを演じる度に奇怪な事件が起きる。

死者が出る事もある。

実際以前これが中止されたことがある。

この際には、辻さやかという女優が亡くなっている。

「辻さやか。 聞いた事があるな」

「大先輩です。 彼方此方のドラマで活躍していて、天才と呼ばれていました。 表現力も技術力も演技力もずば抜けていて、彼方此方で大ファンがいたんですよ」

「自分も聞いた事があります」

えりさと小暮が口々に言う。

かごめは腕組みして、ふむと唸った。

「脚本は見られるかしら?」

「いえ、そもそも秘中の秘になっておりまして……劇団の主要幹部が知っている位です」

そう、大道具の人間が、申し訳なさそうに言う。

それにしても、だ。

捜査一課の佐々木課長も、相当苛立っているらしい。怒声が向こうから聞こえてくる。

「人が死んでいるんだぞ! もう少し協力的になったらどうだ!」

「うるせえ! そもそも不祥事だらけのくせに、偉そうな口聞いてるんじゃねえぞこのド無能!」

「何だ彼奴は」

「亡くなられた五十嵐さんの恋人だった瀬戸さんですよ。 前々から気性が荒いところがあって、若手の俳優を殴るようなこともあったんですが。 何しろ恋人を亡くした直後ですし……」

大道具が目を伏せる。

ああいう態度を取っているが。

しかし、彼奴こそが犯人、という可能性もある。

ほどなく、かごめの携帯に電話。眉をひそめたかごめだが。一瞬後には、むしろ嬉しそうにつり上がっていた。

「面白い情報が出たわよ。 しかも二つ」

「くわしく」

「一つ目は、まず今回の事件は殺人よ。 人見の検死によると、死んだ五十嵐は殺された後、スノコから投げ落とされているわ」

「! そうか」

人見の見立てでは問題ない。

そして。

それだけで分かったことがある。

そもそも、劇団の幹部か、それに近い立場の人間しか出入りできないスノコだ。大道具なども、彼らの立ち会いで入ると言う。

五十嵐が死んだのは、劇が行われている最中などではない。

その後。

夜中、自主練をしている最中だった、という話だが。

つまりそれそのものが、嘘だった可能性さえ出てきている。

要するに、である。

劇団の幹部、もしくは主要人物が。

殺人の主犯格として、その姿を現してくるという事だ。

「もう一つ、面白いデータが出てきたわ」

「そちらも詳しく頼む」

「ええ。 なんと面白い事に、スノコに出入りしたセキュリティデータには。 辻さやかの名前があったそうよ」

「ほう……」

セキュリティ面で、まだ故人のデータを残していたのかという不審はあるが、まあそれはいい。

電子セキュリティに関しては、化石みたいなものなのだろう。

セキュリティ意識も低いと判断して間違いない。

問題は、である。

恐らくそんな事が出来るのは、やはり劇団の幹部か。それに近しい人間だ、という事。一介の小道具大道具などには、絶対に不可能だろう。

「犯人がかなり絞り込まれるな」

「小暮」

「オ、オス」

かごめに呼び捨てされて、小暮がやや不満そうに背を伸ばす。

事件当日、この劇場に出入りしていた可能性がある劇団幹部を全てリストアップするように指示。

頷くと、小暮はすぐに飛んでいった。

ただこれは、捜査一課が既に済ませている筈だ。出入りしている人員の中から、怪しい人間をリストアップするだけで良いだろう。

聴取を続ける。

えりさが次に連れてきたのは。

気が弱そうな女性だ。

初芝貴子。

えりさともなんどか一緒にドラマに出たことがあると言う。劇団出身者で、現在は女優として活躍している人物だ。

五十嵐が死んだ後、自動的に今回の演目である死の動行の主演に繰り上がったそうだが。あまり顔色は良くなかった。

「この演目、その、呪われているって噂が絶えなくて」

「呪われている……?」

露骨にかごめが不機嫌そうな声を上げたので、元々気が弱そうな初芝はひっと悲鳴を上げた。

美人な分、かごめは怒るとその分凄まじいまでに怖いのだ。

私は咳払いすると、続きを促す。

おどおどとしながらも、えりさに励まされて、初芝は言う。

「その、死んだ五十嵐さんの、亡くなられる直前の写真が、おかしいんです」

「何だ。 みんな不自然に笑ってるとか、落語の練習をしているとか、馬のマスクをみんなで被ってるとかか」

「へっ? な、何ですかそれ! すごくこわいです!」

「知らなくて良い。 で、何がおかしいんだ」

今のはわざとお茶目に緊張をほぐす私の心優しい気遣いなのだが。それに気づけないとは可哀想な奴だ。

ただえりさが微妙な顔をしているので、此奴にも通じなかった可能性が高い。

「その、おばけがうつっていて」

「どれ」

写真を見せてもらう。

いわゆる心霊写真という奴は、歴史が長い。

写真というものが発明されてから、ずっとそれと並行して、おかしなもの、ありえないものが写るという事件は起き続けてきた。

その大半は、当然インチキだが。

中には現在でも、どうやって撮ったか分からない写真も存在している。実際に、この世ならざるものが写ったものも存在する。

ちなみに私に言わせると。

大半がインチキだ。

悪霊とか怨霊の場合、機嫌が悪いと、そもそも写真を撮らせないケースも多い。そればかりか、写ったところで、ぼんやりとしか姿を見せず、一般人ではそもそも霊が写っていると認識出来ないケースも多い。

一時期話題になったオーブ、いわゆる発光現象も。

実際は大気中の埃が光を浴びて発光しているだけで。

その存在は、謎でも何でもない。

写真を見せてもらうが。

仕事をしている五十嵐に纏わり付くようにして、白い影が映り込んでいる。それは辻さやかのようにも見えるし。

そうでもないようにも見えた。

私としては、怨念の類は感じないし、それほど危険な写真だとは思えない。少なくともこれは、怨念を蓄えた悪霊が、自己アピールしているものではないと断言できるが。敢えて黙っておく。

てか、である。

それだけ怨念を蓄えているなら、既にとっくに出くわして良いはずなのだが。

辻さやかの霊は、まだ見ていないし。

そんな強烈な怨念は感じない。

むしろ感じるのは。

何かしらの執念と悪意だ。

「合成ね」

一発でかごめがばっさり。泣きそうになる初芝。一刀両断されたからというよりも。心霊写真という言葉で機嫌が悪そうになっているかごめが。それこそ夜叉のような形相になったからである。

彼女にして見れば、こんなもの、不機嫌を呼び起こす要素以外、何も持っていないというのだろう。

「これデジタル写真でしょう。 合成はやりたい放題よ。 特にこの辺り、合成の特徴がはっきり出ているわ」

「……」

「純、貴方も何か言ってやりなさい」

「まあその辺りにしておけ。 今、状況が色々面倒な事になっている。 それよりもまず、聴取を済ませよう」

実際問題、これが心霊写真かどうかとなると、私もかなり疑問だが。

それは後に置いておく。

小暮が戻ってきた。

どうやら、当日。

現場にいた劇団幹部の割り出しが終わったようだった。

 

さっき聴取をした岩永の他に、二人。

実質的な劇団経営者の佐伯。此方は制作を担当していて、劇団の事実上のボスだ。

もう一人が凄い。

私でも知っている人物である。

となりでえりさがガチガチに固まっているのが分かる。

それもそうだろう。

安藤誠。

盲目の天才脚本家。

日本人なら知らない人間はいないだろう。

数々のドラマや映画の脚本を書き下ろし。この劇団でも、多くの俳優を育て上げてきた名伯楽でもある。

しばし前に盲目になってからも、その精力的な活動に衰えはなく。今でも最前線で働き続けている、筋金入りのプロだ。

佐々木警視が、こっちに来る。

私が何か始めたことに気付いたからだろう。

余計な事をする前に、止めようというのか。

それとも少しでも情報を得ようというのか。

まあどちらでも言い。

軽く自己紹介を終えてから、当日の話を聞く。どうやら疑われていると悟ったのだろうか。

特に佐伯は機嫌が悪そうだった。

「私にとって、五十嵐くんは稼ぎ頭だ。 亡き者にする意味など、何処にあるのだというのだね」

「そんな事はこれから調べます。 ともかくこれをご覧ください」

「うっ!?」

佐伯は見る間に真っ青になった。

辻さやかの、スノコへの入場記録。

電子データとはいえ、この記録が見せるインパクトは絶大だったらしい。それとも、何か後ろ暗い事でもあるのか。

「つ、辻の幽霊が劇場をさまよっているという噂は前からあった。 でも、このようなことが」

「落ち着いてください。 単純に入出記録です。 つまり、残っていた辻さやかのカードを、誰かが使ったと言うことに過ぎません」

それにしても。

そんな噂もあったのか。

今まで聴取していて、幽霊話の類は幾つか聞いたが。その度にかごめが不機嫌になるので、此方としても困っていた。

辻さやかが無念を抱えるとして。

此奴には何か心当たりでもあるのだろうか。

まあいい。

咳払いして。

カードの保管状況について聞く。そうすると、やはり予想通りの答えが返ってきた。

「劇団員のカードは、幹部しか開け方を知らない金庫に入れている。 ましてや、辻のカードは、我々にとっても思い入れ深いものだ。 それを持ち出せるのは劇団幹部しかいない」

「ならば告げておきましょう。 今回の事件は殺人事件です」

「なっ」

「五十嵐さんは、殺された後、スノコから投げ落とされたことが検死ではっきりしています」

祟りだ!

誰かが叫ぶ。

其方を見ると、青ざめた岩永が、塩を撒こうとしていた。錯乱した様子で、尋問の邪魔になると判断したのだろう。捜査一課の刑事が取り押さえる。

「やっぱりあの演目は呪われているんだ! だから私は反対したんだ!」

「静かに。 今回のは殺人事件です。 幽霊が五十嵐さんを食い殺したわけではありませんし、五十嵐さんが発狂死したわけでもありませんよ」

「で、でも、前だって」

「岩永、少し休んでいろ」

佐伯が、厳しめに言うと。

岩永は捜査一課の刑事に連れられて、奥の間に引き揚げて行った。えりさに目配せして、少し休むよう指示。

此処からはちょっとばかり長丁場になる。

それにだ。

どうにも嫌な予感がする。

続いて、日本演劇界の至宝。盲目の天才脚本家、安藤に話を聞く。安藤はサングラスを掛けた老人で。

どっしりした、重厚な雰囲気の男性だ。

「私はこの通り盲目でね。 貴方が言ったような殺人は不可能だよ」

「……」

無言のまま、安藤の言い分を聞く。

そもそも安藤は事件当日、指導に当たっていたという。

脚本家が指導に当たることはかなり多い。

そして、脚本も見せてもらう。

非常に重苦しいテーマの内容だが。

中にはびっしりと、色々な事が書かれていた。

かごめが手を上げる。

「五十嵐さんに何か不満はありましたか」

「単純に力不足だな」

「へえ」

「この演目は、劇団千年季の集大成ともいえるものだ。 あの尻が青い子供には、まだとても任せられるものではなかった。 だから徹底的に鍛えていたのだが、その矢先の出来事だった。 残念でならんよ」

「なんだとこの!」

後ろで聞いていて、激高したのは。

先ほど五十嵐の恋人だと聞かされていた瀬戸だ。相当に気が短いのだろう。これほどのビッグネームに楯突くとは。

だが、流石の貫禄。

安藤は、其方を向くと。

凄まじい声を張り上げた。

「黙れ、誰に向かって口をきいているかこの若造があっ!」

「……っ!」

劇場が、びりびりと震えるほどの凄まじい威圧感。

その場で、瀬戸はすっころんで、青ざめ。震え始める始末だった。私だって、ちょっと驚かされたくらいである。

この老人。

盲目で杖を突いてはいるが。

相当な職人魂の持ち主だ。

だが、それが狂気につながる可能性もある。

今の時点では、かなりの危険人物と認識せざるを得ないだろう。

「失礼、刑事さん。 警部さんでしたかな」

「いえ、お気になさらず」

「うちの若いのには、後でしっかり教育をしておきますので、気を悪くしないようにしてください。 あれも何処かの事務所から、修行をしてこいと此方に来たにもかかわらず、前にちやほやされていたからかどうにもヒーロー気取りの所がありましてな。 私としても、一度徹底的に躾けなければならないと思っていたのですよ」

いずれにしても、聴取は一端此処までだ。

佐々木警視さえ、唖然としている状況だ。

安藤は、へたり込んでいる瀬戸の側まで、杖をついて歩いて行くと。瀬戸に対して、低い威圧感の籠もった声で言った。

「ステージに上がれ。 今日は徹底的にしごいてやる。 その甘ったれた天狗の鼻を徹底的にへし折ってやるから覚悟しておけ」

「凄い迫力ね」

「お前が言うほどだものなあ」

かごめが感心したように言い。

私は、少し呆れて、それに同意した。

 

2、連鎖

 

一日目の捜査が終わる。

内情も聞かせて貰ったし、もう問題ない。えりさには帰ってもらった。それでニセバートリーも、ほっとしたようで。後は表情が自然になった。

とりあえず、今回の件では、恐らくは劇団の幹部が犯行に関わっていることが分かった。犯人も絞り込めたと言える。

だが、本当にそうか。

例えば、劇団幹部が、手下にカードを渡して。そいつが、実際の殺人を担当したという可能性もある。

いわゆる殺人幇助だ。

そうなると、事件は一気に複雑化する。

嫌な予感がぷんぷんするので。

私は劇場に泊まり込むことにする。

一旦、小暮に此処は任せて。私は自宅にまくらを取りに戻った。私はまくらが代わると眠れないのだ。

その途中で、ゆうかを拾ってくる。

此奴は此奴で、鋭い観察力を持っている。

ひょっとしたら何かの役に立つかも知れない。それに、情報については、意外に信頼出来るものを持ってくる。

小暮の車を運転して、途中でひろったゆうかに。

色々と話を聞く。

「劇団千年季で、殺人事件? しかもあの川原ミユキと一緒に捜査してる!? 凄いなあ純ちゃん」

「もう私は警部だぞ。 純ちゃんやめろ」

「だって未来の妹だもーん」

「んなわけがあるかあっ!」

流石に背筋に寒気が走る。頼むから止めろ。止めてくれ。そのような残酷な未来を、私に見せるんじゃない。

とにかくだ。

まず、一つずつ、順番に話を聞く。

私も調査の合間に小暮に調べさせたし。例の電話で捜査を指示させてから、劇場に出向くまでに、幾つか調べているが。

やはりゆうかが持ってくる情報は、それらとも微妙に違う。

「辻さやかって、相当な苦労を重ねていたらしくてね。 若くして天才と呼ばれていたけれど、実際はかなり老けていたみたいなの」

「どれ」

信号の合間に、見せてもらう。

確かに若いとはとても思えない、貫禄溢れる立ち姿だ。堂々としていて、大人の女性という雰囲気を全身から放っている。

何よりその存在感。

私は女優ですと、全身でアピールしている。

その場に輝ける人の中の人。カリスマを纏う者。

普通のアイドルが花だとすると。

この人は、月くらいの存在感がある。それほどの逸材だった、という事だろう

幾つか演目も流し見するが。

凄い存在感を保ちつつも。

様々な役に自然と溶け込んでいる。

なるほど、これは天才と呼ばれるのも納得できる。事故で亡くなったというのは、とても残念な事だ。

ただ。素の姿を見ると。

やはり、ゆうかが言うように、相当な苦労のせいか、かなり老けている。

メイクなどで誤魔化しているが。

年齢より10歳以上は老けているように見えるほどだ。

本当に、凄まじい苦労を重ね続けていたのだろう。

そうでなければ、此処まで老けて見えることはない。

途上国などでは、女性が三十そこそこで、老婆のように老けてしまうケースが散見される。これは凄まじい負荷が掛かるからなのだが。

辻さやかも。

その才能を燃やし尽くすようにして。

体に、尋常ならざる負担をかけ続けてしまったのだろう。

その結果、このように、異様なほど老けてしまった、ということだ。

少し前に、自分で逮捕しなければならなかった雪乃を思い出す。不幸や苦労が重なると。人は一気に老けていくものなのだ。

「何か悪い噂は」

「ゴシップ記事の範疇になるけど、周囲の女優とは折り合いがとても悪かったみたいだよ」

「どうしてだ」

「天才気質だし、なにより劇に命を賭けていたからじゃないのかな。 だってあんな凄い人だし、生半可な覚悟でステージに上がってくる人を許せるとは思えないもの。 ましてや視聴率稼ぎに局が入れたような素人には、もの凄い厳しく接していて、恨まれてもいたみたい」

中でも若手俳優には、とにかく怖れられていたらしいと、ゆうかはいう。

厳しすぎる指導。

ただし、自分に対しても、徹底的に厳しかったとも言う。

なるほど。

他人にも自分にも厳しいタイプか。そして天才という奴は、得てして他の人間の心が分からないと言われる事も珍しくない。

劇場に到着。

白蛇王が、側に具現化した。

「良かった。 間に合いましたな」

「どうした」

「今、奈落で殺人が起きかけています。 お急ぎを」

「車任せるぞ」

私はゆうかに車を任せて、その場を飛び出す。

ゆうかが、待ってと後ろで言うけれど。

その声が届かないほどの。カタパルトでぶっ飛ばされたような勢いで、私は跳びだしていた。

走りながら、白蛇王に聞く。

そして、どうやら。

殺されようとしているのが、瀬戸だと知った。

今日はもう、劇の練習は終わっているはずだ。既に夜だし、劇団員も大半は帰っているはず。

そうなると自主練か。

しかし、徹底的にしごかれたという瀬戸に、そんな余裕はあるのか。

セキュリティの掛かったドアは、開いている。まだ刑事が調査をしているからだ。飛び込むと、不思議そうな顔をした捜査一課の刑事。

私は気にせず、手帳を見せながら走る。

舞台へ飛び込むと。

其処では、機械音がしていた。

奈落で、舞台への昇降装置がせり上がってくる音だ。

制御装置は。

確か舞台装置下。

小暮やかごめに電話している暇は無い。躊躇なく私は、奈落へと飛び込んでいた。

数メートル落ちて、着地。

まあこれで足を折るような柔な鍛え方はしていない。さっと懐中電灯で周囲を照らす。

見つけた。縛られている男。

しかも、下半身が昇降装置からはみ出すようにして。

意識を失っているそいつは。

間違いない。瀬戸だ。

つまりこのまま昇降装置がせり上がっていけば、死ぬ。体が真っ二つになって、である。

舞台裏での事故は多い。それだけ危険な場所なのだ。公演の回数も多いのだから、大小の事故は嫌でも起きる。

宝塚でも、仕掛けの歯車に巻き込まれた女優が、上下真っ二つになるといういたましい事件が起きている。

兎に角、昇降装置の上昇を止められない以上。

此奴をどうにかして動かすしかない。

状態を確認。固定はされているが、どうにか動かせば、体が真っ二つに裂かれる事は避けられる筈だ。

確認し、ロープを外す。もう、すぐ上にまで、舞台が迫ってきている。

私は体重を掛けながら、全身を使って、気を失っている瀬戸を引っ張る。むう。此奴、見かけよりかなり重い。

俳優だから、という事もあるだろう。

体を鍛えている、という事だ。

「むん!」

気合いを込めて、引っ張る。

足がまだ出ている。これなら死なないだろうけれど、足首から先がもげたら、今後の人生は大変だ。

更に、もう少し。

全身で力を込めて。

自分より頭一つ大きい相手を、無理矢理引っ張り抜き。

そして、どうにか。

一瞬早く、昇降装置が舞台に到達する前に。瀬戸の体が引きちぎられるのを防ぎぬいた。

流石に息が乱れる。

これだけの力労働を私がするのは理不尽だ。小暮がやるべきだろうにもう。とにかく、呼吸を整えていると。

人が集まってきた。

佐々木警視がその中にいる。

「貴様か、何をしている!」

「瀬戸といいましたか。 昇降装置に縛られて、危うく殺される所だったんですよ」

「何だとっ!?」

「異常な奈落の駆動音に気付いて、飛び込んでみれば案の定です。 早くロープ外してください」

捜査一課の刑事達が、慌てて捜査を始める。

小暮も来た。

かごめは、いつのまにか側にいて、状況を確認し始めている。

「よく気づけたわね」

「大丈夫でありますか、先輩」

「足がちょい痛い」

飛び降りた高さが高さだ。まあ足が痛いのは、私も人間だからだ。人間なんだ。だから痛い。

怪異に対して無敵でも。

地面とか床に対しては無敵じゃないのだ。

どうやら瀬戸は、後ろから一撃殴られて、気絶したところを。此処に引っ張り込まれたらしい。

更にロープで固定され。

奈落の仕組みを誰かが稼働した、という事か。

奈落の仕掛けを調べに行っていた刑事が、佐々木警視に耳打ち。佐々木警視が舌打ちするのが分かった。

あの様子では、指紋は出なかったのだろう。

最初の殺人も、綺麗に偽装した犯人だ。

そんなところでチョンボするとは思えない。

いずれにしても、瀬戸は救急車で病院に。その場でバイタルも確認したが、どうにか無事な様子だ。

残っていた劇団員が何人か来るが、帰らせる。

私は、舞台の影で、まだ痛む足の裏をさする。小暮が心配そうに声を掛けてきた。

「無茶をなさいましたな」

「刑事として当然の使命だ。 コレばっかりは仕方が無い」

「名誉の負傷も良いけれど。 それよりこれを見て」

かごめが来て、見せた。

瀬戸の写真らしいが。

なにやら、薄ぼんやり影らしきものが写っている。瀬戸の下敷きになるようにして、おかれていたらしい。

あからさますぎる。

「心霊写真とでもいうつもりかしらね」

かごめが吐き捨てる。

私も一瞥したが。これに霊的な気配は感じない。

完全にトリックだ。

ようやくゆうかが追いついてきた。車を駐車場に入れて。鍵を掛けていたから、時間が掛かったらしい。

もう少しで人が死ぬ所だったと、状況から察したのだろう。

流石に邪魔にならないように、こそこそと隅っこを移動して、此方に来る。

「何、取材ならお断りよ」

「そういわずに」

かごめはゆうかにも厳しいが。

ゆうかはさらっと受け流す。

此奴は見た目よりも散々修羅場をくぐっている事もある。かごめはそれ以上に修羅場をくぐっているが。

平均的な女子大生よりは、肝も据わっているのだ。

「これは、劇は中止して貰うしかないな」

「それはできない!」

ステージで、佐々木警視に、食ってかかっているのは佐伯だ。安藤の姿も見える。

まあ、分からないでもない。

この劇団にとって、非常に重要な。それこそ、記念碑的な劇なのだろう。死者が既に出ているのにもかかわらず、公演しようとしているのだから。

「既に一人死者が出て、もう一人出る所だったんですよ、佐伯さん。 殺人犯がこの劇団にいる可能性が極めて高い。 劇団員達の命を守るためにも、劇は中止するべきでしょう」

「この劇がどれだけ重要か、貴方には分かっていない! この劇は呪われているなどと言われているが、そんなものは根も葉もない噂だ! この劇は世紀の傑作で、やっと公演の目処が立ったんだ! 止められるわけがない!」

「人命と劇団の面子と、どちらが重要かっ!」

流石に腹に据えかねたのか、佐々木警視が怒号を張り上げる。

だが、佐伯も青ざめながらも引かない。

安藤は、じっとその様子を見守り続けていた。

白蛇王が来る。

刑事達が行き交う観客席の間をするりと滑りながら。ニセバートリーは白蛇王がどうしてか苦手らしく。

うっと呻いて距離を取る。

前から気になっていたのだが。

此奴はひょっとして、蛇が苦手なのか。

「何とか間に合いましたな。 流石でございます」

「ん」

問題は、この後だ。

かごめが飛び降りた高さを考慮して、私の足を診てくれた。ねんざはしていないが、流石に腫れている。

まあ、このくらいは、一日ゆっくりしていれば治る。

流石に犯人がこの中にいるとしても。

もう今日は行動を起こさないだろう。

佐伯が来る。

そして、私に頭を下げた。

「瀬戸は色々問題のある奴ですが、助けていただき有難うございました」

「いえ。 私は今日泊まり込みますので、何かあったらすぐに連絡を」

「分かりました。 頼りにさせていただきます」

佐伯が大股で行く。

ゆうかが、小首を捻った。

「ねえ、純ちゃん」

「何だ」

「あの安藤さん。 盲目の天才脚本家って言われてる人」

「どうかしたか」

ゆうかの視線の先には。安藤がいる。杖をついて歩いているのだが。

今、ひょいと。

ぶつかりそうになった刑事を避けた。

あれ。

視覚が失われると、聴覚やその他の感覚器官が発達するケースがある。これは子供などに特に顕著だ。

だが、安藤は既に五十代も半ばの筈。

今更、盲目になった後、他の感覚が鋭くなるものなのか。

まあ、私の大叔母は、確か五十を過ぎてから柔道を始めて、半年で段位を獲得、現在では五段の腕前だが。

それはあくまで例外。

目を細めるかごめ。

「よく気付いたわね。 うるさいだけで場を引っかき回す役立たずと思ったいたけれど、多少は評価を上方修正してあげるわ」

「それはどうも……」

「それより先輩、もう休まれては。 後は自分が見張りをしますので」

「いや、そうもいかないだろう。 お前、夜中にあの舞台裏を一人で見回れるのか?」

真っ青になる小暮。

確かに彼処は、大の大人でも、夜中に行くには少しばかり恐ろしすぎる。実際何処の劇団でも、怪談には事欠かないそうである。

「何、このくらいは平気だ。 それに……」

少しばかり嫌な予感がする。

今回はひょっとすると。

私の想像しているのとは、違う展開が待ち受けているかも知れない。

 

捜査一課の刑事達も、今日は泊まりこみだ。何しろ殺人未遂が起きたのである。徹夜する者もいるだろう。

仮眠室があったので、借りる。

ゆうかは帰そうとしたのだけれど。なんだかんだで食い下がられて、残られた。というか、かごめがなんと残留を認めた。

あの安藤の妙な動きに気付いたのがゆうかだからだろう。

かごめは傍若無人だけれど、それはそれとして、能力に関しては認める度量も持っているのだ。

私は流石にパジャマを持ち込みはしなかったけれど。

枕は持ってきた。

頭用の奴は、勿論国民的な猫のキャラクターのカバーつき。本当は愛用しているシロシュモクザメの抱き枕も持ってきたかったのだけれど、それは流石にだめだ。

コートを掛けて、先に仮眠させて貰おうと思ったけれど。

かごめに話を振られる。

「さて、疾風迅雷が持ち味の純としてはどう見る?」

「そうだな。 まず間違いなく犯人は三人の内の一人だ。 佐伯、安藤、それに岩永」

「同感だわ。 問題は動機ね」

「わー、推理合戦だ!」

嬉しそうにゆうかがメモを取っているが、シカト。式神達は全部外に出して、巡回させている。

今は、というわけで。

この部屋には私とかごめとゆうか。それに捜査一課の女性刑事が二人だけ。捜査一課の女性刑事達は、何話してるんだという顔をしていたけれど。私とかごめの武勇談は聞いているのだろう。

或いは、ゆうかを新米刑事か何かと思っているのかも知れなかった。

「問題は当人達が直接手を下したか、そうではないか、だな」

「その通りね。 時限装置の類は確認されていないから、何者かが瀬戸を気絶させて、あの仕掛けによって殺そうとしたのは間違いない」

「やはり奈落へのセキュリティはあれか?」

「ええ」

やはり辻さやかのものだったという。

ということは。辻さやかのカードを持っている人間を抑えれば、それが決定的な証拠にはなるが。

犯人がそう、そんな重要証拠を持ち歩いているだろうか。

「瀬戸は警察病院に移したが、どうする」

「私が明日聴取に行くわ。 こっちは任せても問題ないかしら」

「ああ、大丈夫だ。 そうそう、その枕、パクるなよ」

「大丈夫、私も同じの持ってるから」

それならば大丈夫だ。安心した。

話してみて分かったが、かごめは私と同じ、コレクションは一つあれば満足するタイプのコレクターだ。

そもそもこの枕カバーはレアリティとしても高くは無いので、かごめのように裕福な人間が奪う意味はない。

ただ、私には大事なものなので、取られると困る。

外に出ると、丁度小暮が見回りに出る所だった。

懐中電灯は小暮に持たせる。カードは既に発行させてあるので、彼方此方を見回ることが可能だが。

夜中にもかかわらず、捜査一課の刑事達が隅々まで調査をしていて。

これでは幽霊も閉口して家に帰るのは間違いない。

何より、灯りがばっちりついている状態だ。夜中で暗いから舞台裏は怖くなるのであって。

こんなに人がいて、灯りで影が全て消えてしまっていては。

恐怖も怪異も生まれない。

実際、式神達は困り果てているようだった。

「灯りがこんなに厄介だったとは思いませんでしたあ」

情けない事を言って戻ってきたのは、あくまかっこわらい。此奴はニセバートリーと違って勘が悪く、これといった成果を上げられない無能式神なので、ちょっと私としても扱いに困っている。

そろそろ本家に郵送して、守備用の式神にでもするか。

まあ見張りくらいはできるだろう。

「怪しい奴は見なかったか」

「捜査一課の人達だらけで、これじゃあ犯罪どころじゃないかと」

「……」

本当にそうか。

舞台裏の、天井裏に上がってみる。

此処は少しばかり暗い。構造的に、灯りが入らないのだ。だからだろうか、白蛇王が体を伸ばして、周囲を見回していた。

こいつ、ちゃっかり休んでいやがったか。

まあ、実際に暗い場所に犯人が来る可能性もあるので、そう決めつけるわけにもいかないが。

「白蛇王、何か見たか」

「浮遊霊はいますが、どれも人を殺すようなものではありませんね。 中には劇団のファンがこじらせただけの者もいるようです」

「ファンをこじらせて住み着くか。 なんとも業が深いな。 いずれにしても、犯人が諦めるとは思えん。 警戒態勢を維持しろ」

「分かりました。 お任せを」

小暮と、隅々まで確認して廻る。

捜査一課は流石に優秀だ。隅々までしっかり調べた痕跡が残っている。だが、私は、気付く。

ひょっとすると。

これこそが、殺人犯の狙いでは無いのか、と。

そうなると、泳がせる手もあるか。

しばしして、巡回から戻る。

仮眠を取ることを告げて眠る。いずれにしても、数日以内に勝負を付ける必要があるだろう。

この戦いは。

恐らく、長期戦になればなるほど不利になる。

 

3、怨念の影

 

佐々木警視が、苛立った様子で佐伯に応じている。佐伯はどうやら公演を実施したいらしいのだが。

佐々木警視の方は、認められないと声を荒げている。

実際問題、殺人と殺人未遂が起きているのだ。

余程のことがない限り、公演をするなんて考えられない。

それよりもだ。

少しばかり安藤が気になる。

観察していると分かるのだが。本人にとっても重要極まりない劇の筈なのに。妙に落ち着いているのである。

まるで、劇が中止されても、何の問題もないような。

実際、捜査一課の方でも、安藤に何度か聴取しているようだが、平然としている。私には、佐伯のような反応の方が自然に思える。

かごめは既に聴取に向かって、此処にはいない。

瀬戸は案の定というか。

殺され掛けたときくと錯乱寸前の状態になったらしく。かごめが連絡を入れてきていた。

「彼奴が来た。 殺される。 そう喚いているわね」

「それは要するに、殺される心当たりがある、という事か」

「恐らくはそうでしょうね。 データが足りないわ。 少し調べてから、其方に連絡するわね」

「心得た」

瀬戸の方は、任せてしまって大丈夫だろう。

さて、恐らくは。

もう一アクションある筈だ。

犯人が私の予想している通りの人物だとすると。劇よりも、問題は恐らく。あのあからさまな写真から考えても。

「小暮、少し良いか」

「何でありますか、先輩」

「見ろ」

顎をしゃくる。

大道具が不満を言いながら動いている。あいつらは、まだ劇は行われるという前提で働いているのだ。

劇団員は、芸能界を目指している者も多い。

その中には、テレビ局などでも通じる仕事をするべく、スキルを磨いているものだっている。

佐伯が中止と言わない限り。

彼らは警察がどう動こうが、止まるわけにはいかないのだ。

例え芸能界が文字通りのパンデモニウムだったとしても。輝くステージに立つ瞬間は、麻薬のように人の心を捕らえて放さない。

これについては、えりさにも聞いている。

非常に中毒性が強く、どれだけ壊れてしまっても、ステージに立つことを熱望する者はいるそうだ。

「もし、何か起きるとすれば、あの辺りだ。 備えておけ」

「オス。 先輩、心当たりがあるのですね」

「まあそんなところだな」

さて、どう動く。

昼少し過ぎまで、動きは無し。その間、私はできるだけ安藤を見ないようにしつつ。式神達に動きを探らせていた。

安藤は気付いているのか。

時々周囲を見回している。

この劇場内に、今怪異を見る事が出来る者はあまりいない。捜査一課の刑事にもいるようだけれど、うっすらとしか見えていないはずだ。

不意に、悲鳴を上げた者がいる。

携帯を手にしていた、初芝だった。

此奴も、劇があるかどうか分からないだろうに。まだ此処で不安そうにしていたのだ。練習もできず、困り果てている様子だったが。

だからこそ、携帯の異常にはすぐ気づいたのだろう。

小暮には、大道具に注意を払うよう、指示を継続。

私が駆け寄る。

「どうしました」

「そ、それが」

青ざめている初芝。

携帯には、メールが来ていた。

差出人は。

辻さやか。

そして、内容は。

「次はお前だ」

泣き出してしまう初芝。だが、私は、冷静に分析。幽霊から来たメールにしては、妙なことが多い。

実際前に幽霊からメールを受け取っている私が言うのだから間違いない。

さっと見てみるが。

これには、怨念や執念は感じても。

怪異の気配はない。

「落ち着いて。 恐らく辻さやかさんの携帯に入っていたSIMカードを入れた携帯から、発送されたメールでしょう」

「……」

まだいたゆうかを呼んで、初芝の面倒を見させる。

捜査一課の連中も来た。

携帯を彼らが持っていく。鑑識に廻すのだ。当然の行動である。顔を覆って泣いている初芝は痛ましいけれど。

捜査一課の目が此方に向いた今。

恐らく、犯人が行動を起こす。

ぐわっしゃんと、凄まじい音がしたのは、その時だった。

佐々木警視まで、此方に来ようとしていたその瞬間である。皆が一斉に音の方を見ると。スノコから落ちてきたらしい照明に、危うく大道具の一人と。それに岩永が潰され掛けていた。

とっさに二人を抱えて飛んだ小暮が。

体で庇ったのである。

「無事だったか」

「どうにか。 しかし、間一髪でありました」

「これではっきりしたな」

犯人は目星がついた。

後はどう吐かせるか、だが。問題としては、手段がよく分からない、ということである。まあ、スノコに入るまではいい。

舞台裏に潜るのもいい。

そこから、どうやって犯行に手を染めた。

それと、動機もよく分からない。

犯人が分かっても。それが分からないと、追い詰めていくことはどうにもできないだろう。

佐々木警視も、恐らく犯人が大体分かったのだろう。

消去法で考えると、他に考えられないからだ。

後は、かごめが瀬戸から有用な情報を聞き出すことが出来ていれば、何かしらの進展があるのだが。

佐々木警視が、部下に耳打ちする。

「安藤を見張れ。 絶対に逃がすなよ」

「安藤さんをですか。 しかし、あの方は盲目で、急いで逃げようにも不可能だと思えますが」

「いいから言うとおりにしろ」

「はい」

何人かの捜査一課刑事が、首をかしげながらその場を離れる。

そして、私は。

思考を、最後の詰めに進めていた。

 

舞台裏でたたずんでいた安藤を見つけた。

携帯でかごめから話を聞いた私は、最後のピースが揃ったのを確認。案の定というか何というか。

これは報復殺人だった。

潰されそうになった大道具と安藤の所にも。

二人が写った写真が落ちていた。

それには、女の影らしきものが映り込んでいたのだ。

そして、私は看破した、

それが合成である事を。

周囲には、誰もいない。小暮を待機させているが、それはあくまで隠れて、のことである。

安藤は、振り返る。

私は、ゆっくり歩み寄ると。

数メートルの距離で、足を止めた。

「貴方が、犯人ですね」

「どうしてそう思うのかね」

「瀬戸が吐きましたよ。 辻さやかを死に追いやったのは、自分と五十嵐だとね」

その場の空気が変わる。

盲目の脚本家は。

くつくつと。笑いながら、眼鏡を外した。

盲人用の眼鏡に見えたそれを外すと。

老人の目には。

真っ赤な光が宿っていた。

それは、カラーコンタクトなどでは絶対に出せない光だ。そうかそうか。やはり、人間を止めていたか。

しかし、体に怪異を憑依させていた安西とは違う。

自己暗示を掛けている様子も無い。

そうなると、コレはどういうことか。

「知っていたんですね」

「知ったのは三年前だよ。 偶然さやかの携帯を手に入れてね。 それで見てしまったんだよ」

辻さやかの所には。

凄まじい量のメールが送りつけられていた。

いずれも、怨念の言葉をつづったもの。

理由は、すぐに分かったと言う。

「あの二人の逆恨みによるものだ」

「あの二人とは、瀬戸と五十嵐のことですね」

「そうだ」

私としても、この老人に正直な話、素直に自白して貰えるとは思っていなかった。

だから怪異を引っ張り出して、そいつに聞くつもりだったのだが。

不意に、昇降装置が動き出す。

安藤の側に、私は慌てて駆け寄った。

舞台へと向かう昇降装置。

光を求めて、呻きを挙げる堕天使長のように。

「さやかは私の全てだった」

「恋人、だったのですか」

「ある意味ではそうだ」

そうかそうか。

娘ほども離れた年の女性。

辻さやか本人がどう思っていたかは分からない。

だが、安藤は。

少なくとも、そう思い込んでいた。ただ、ある意味は、という事は。肉体関係をもったという意味だとか、つきあっていた、とか。そういう意味ではないかも知れない。

「だから私が、演技について知る全てを叩き込んだ。 さやかもそれに応えて、この国を代表する天才女優の名を恣にした。 だが!」

「!」

周囲にきしみの音が走る。

ラップ音という奴か。

不意に、怪異の気配。

安藤が、その真っ赤に染まった目を見せてから。周囲には、怪異の気配が、濃く満ち始めている。

芝居がかった安藤が。

手を広げた。

「さやかには、私の後継者にもなって欲しかった! さやかは天才だった。 だからこそ、私の夢を引き継いで、この国の演劇をリードする存在になって欲しかったのだ! それなのに、あのプライドばかり高い無能な二人は!」

辻さやかは。

公式には、事故死とされている。

だが、三年前に聞いてしまったという。

五十嵐と瀬戸が、巧妙に辻さやかをおびき出し。

事故に見せかけて、殺した事を。大道具の一人も、それに協力した。つまり、安藤が殺そうとした全員が。

辻さやかの死に、関わっていたという。

その全てが、プロ意識が強すぎる辻さやかへの逆恨みからきたもの。演劇界の至宝を、くだらない逆恨みが殺したのだと、安藤は怒声を吐き出す。

「演劇界の至宝に敬意を表することもなく! 鍛え抜くための厳しい鍛錬だと言う事も理解せず! 逆恨みしたあいつらは、おびきだしたさやかを、自動車事故に見せかけて、殺した! それを私は聞いてしまったのだ! 私の最高傑作が! 私にとって全てとも言える存在が! 矮小で愚かで、どうしようもないゴミクズのような無能のせいで、失われてしまったことを!」

傲慢な言葉だが。

だが、本当か。

瀬戸が吐いたのは、事実だろう。

瀬戸は逮捕される。

辻さやかは事故死とされていたが。

殺人だったとしたら、捜査をし直さなければならない。

昇降装置がステージに上がりきる。

その時には、既に。

安藤は、眼鏡を直していた。

そして、会話を聞いていたから、だろう。

佐々木警視が、安藤に手帳を突きつけていた。

「安藤さん。 今の言葉、全て録音させていただきました。 殺人、および三件の殺人未遂の容疑で、逮捕します」

「好きにすると良い。 どちらにしても、私の目的は達成された」

「小暮!」

聞いていたのだろう。

小暮も頷くと、逃げようとしていた大道具を押さえ込む。

この巨体に押さえ込まれると、もはやどうしようもない。捜査一課は、そいつにも手錠を掛けさせた。

安藤は抵抗しない。

そればかりか。

不敵に笑って、ステージの上を去る。

呆然としているのは佐伯だ。

目玉演目の主演全てと。更に脚本までもいなくなった。しかもその脚本は、日本を代表する脚本家なのだ。

公演など、出来る訳が無い。

そればかりか、殺人犯を二人、いや三人も出してしまったのだ。

しばらくは公演どころではないだろう。劇団千年季は文字通り終わりだ。少なくとも、その名声は地に落ちた。

立て直すにしても。一からやる必要があるだろう。

高笑いする安藤。

その笑いには、狂気が満ちていた。

やってやった。

私の全てを奪った奴らから。

全てを奪い返してやった。

ひょっとすると、安藤は。私が駆けつけなければ、その場で死ぬつもりだったのかも知れない。

いたたまれない気持ちで一杯の私は。

空を仰ぐしかなかった。

そして、其処で目が合った。

そこには。

辻さやかが、いたのだった。

 

4、終わるとき

 

聴取のために、更に何人かが連れて行かれて。

一人になってから。

辻さやかに話を聞くことにする。

舞台に、白蛇王の背中に乗って降りてきて貰う。スノコにいた辻さやかは。今まで何処にいたのかと聞くと。静かにほほえんだ。

「あの人の傍らに」

「目の中に、だな」

「そうよ。 あの人の見えなくなった目を、私が補助していたの」

喋っていても。

凄まじい存在感が伝わってくる。舞台の上で向かい合った私は、悟る。幽霊になっても、この人は。

まだ現役。

恐らく生きていれば。

生涯現役で、日本の演劇の歴史に、多大な貢献をしていた事だろう。本当に、至宝と呼べる存在だったのだ。

「安藤の言葉は、本当なんだな」

「ええ。 私を殺したのは五十嵐と瀬戸。 そして、隠蔽工作をしたのが、あの大道具」「五十嵐は死に、瀬戸は殺人で逮捕された。 あの大道具についても、私かかごめが吐かせる。 これで、復讐は終わりか」

「……復讐、ね」

「ん? 興味が無いのか」

首を横に振る辻さやか。

彼女が言うには。

初芝の体を借りてでも。

演目をこなしたかった、というのだ。

確かに瀬戸と五十嵐は許せない。指導を逆恨みして、あのような暴挙に出たのだ。確かに辻さやかは厳しかった。

だが、プライドばかりが異常先行していた瀬戸と。

事務所にかわいがられて、天狗になり果てていた五十嵐は。

完全に逆恨みで、辻さやかを殺した。

車の暴走に見せかけての殺人。しかもこの時のために、個人的に辻さやかに恨みを持っていた大道具までも協力した。

具体的には車のレンタルから何から。

様々な芸能界のコネを駆使して、別人名義で行い。

そして足跡を消して。

夜道で一人でいる辻さやかを、轢き殺したのだ。

巧妙かつ残忍な、計画的犯行だ。

知ったのは、死んでから。

今でも許せない。

だが、それでも。

呪われているというレッテルを貼られてしまった、この演目を。どうしても演じきって見たかったと。

その点で、どうしても安藤とは、意見が合わなかったそうである。

幽霊になって、安藤に会ってからも。

俳優としての辻さやかと。

脚本家としての安藤は。

どうしても、視点が違ったのだ。

だが、恨みが一致しているのは同じだった。

劇を馬鹿にしている相手に、どうしても一矢報いなければならないとおもう気持ちも一緒だった。

五十嵐も瀬戸も。劇を、自分の踏み台としか考えていなかった。

劇団員も、芸能界にデビューするための足がかり。

だから練習は熱心でなかったし。

劇団千年季にいたという事実だけを作りたがっていた。

コネがあるから、それでも二人を抜擢せざるを得ない佐伯と、安藤は衝突が絶えず。そして劇の質は低下を続け。

どれだけ厳しく指導しても、五十嵐も瀬戸も反発することさえあっても、まったく上達しなかった。

それはそうだ。

上達しようと考えていないのだから。芸能界に行くための踏み台にしか思っていないのだから。それで上達しよう筈もない。真面目に頑張っている初芝に対しても、二人はひどいイジメを行っていた。

初芝は、真面目に練習をする事で安藤の気を引いて。安藤のコネを使って、芸能界で有利に立ち回ろうとしているに違いない。そう考えているのだと、誤解していたのだ。

どうしようもないゲス達だった。

だから、最終的には。

殺す事で、二人の意見は一致した。

あいつらは、劇の。芸事の敵だ。劇団に存在する癌だ。殺人に協力した上で、平気な顔をしている大道具も。

うすうす察しているにもかかわらず。警察に協力しようとしない岩永も。まとめて始末するつもりだったと、辻さやかは言う。

「それで、どうやって五十嵐を殺し、瀬戸を気絶させ、大道具の上に照明を落とした」

「それは、力を貰ったから。 安藤に憑依して、その時だけ剛力を発揮できたのよ」

「やはりそうか」

私の所に話が来た時点で、そうではないかと思っていたのだ。

いずれの犯行も、非力な老人に出来ることではない。安藤の中に巣くっていた辻さやかには。

奴らが、何かしらのしかけをしていたのだ。

「それでどうする。 私とやり合うか」

「いいえ」

「そうか。 だが浄化はさせて貰うぞ。 どのような理由であれ、お前は人を殺すのに手を貸した。 私は見逃すわけにはいかない」

「ええ。 最初からそのつもりよ。 残り三人、殺す事は出来なかったけれど。 これで、警察もきちんと捜査をやり直すでしょう。 もしも彼奴らを無罪に何てしたら、絶対に化けてでるわよ」

私は静かに頷くと。

セーマンの印を切っていた。

 

舞台裏から出る。

ちょっとした騒ぎになっていた。

どさくさに紛れて、ゆうかが写真を撮ったのだが。それにとんでもない代物が映り込んでいたのだ。

両手を拡げ。

演説するようにして。

私に罪の告白をする安藤。

その写真なのだが。

その傍らには。

はっきりすぎるほど、辻さやかの姿が映り込んでいた。まるで生きている人間のように。これは、合成じゃあない。

合成なんてしている暇は無かった。

誰もが、それを知っていた。

この場にかごめがいたら、さぞや大きなもめ事になっていただろう。よこせとゆうかの写真を引ったくって、どうあってもけちをつけていたに違いない。

「加工する時間なんてなかったってば!」

ゆうかが訴えているが。

捜査一課の刑事達は、一連の事件に写真が関わっていることもあって、怪しいと思ったのだろう。

ゆうかを連れていく。

まあ一晩くらい絞られるのもいいだろう。

まあ悪いようにはならないよう、手は回してやるか。

小暮が来る。

「一件落着、なのでしょうか」

「瀬戸とあの大道具、近々殺人で逮捕するぞ。 そうだな、懲役は10年というところだろうな」

「それは、何となく分かっておりますが。 上手く行くでしょうか」

「前は瀬戸と五十嵐を猫かわいがりしている芸能事務所が、コネのあるキャリアに横やりを入れさせた。 特に五十嵐は、親が芸能会社の社長だ。 大きなコネを警察に持っていたから、捜査が難航したが。 今回はそうもいかん。 それに」

顎をしゃくる。

額に青筋を浮かべた佐々木警視が、電話先に怒鳴っている。

この様子だと、キャリアと一戦やらかすつもりかもしれない。

あの人は私を嫌っているが。

私は別にあの人を嫌っていない。

佐々木警視は警官としては立派な人物だ。

私とは相性が悪いだけだ。

これでも私は、相性が悪い相手を全否定するような阿呆ではないつもりだ。まあ実際問題、ゆうかが義姉になるのだけは絶対嫌だが。ゆうかが妙に勘が優れていて、時々事件解決の糸口を造る事に関しては。私も認めているのだ。

それに、今回は。

かごめが瀬戸を尋問している。

恐らく近いうちに、解決へつながる筈だ。

そうこうするうちに。

電話が来る。

「瀬戸が吐いたわ。 辻さやかの殺人を認めたわよ。 その場で即逮捕」

「お、やったな。 どうやったんだ」

「捜査一課の刑事達に調べさせたら、辻さやかを轢き殺したレンタカーを借りた人物が、例の大道具の友人だと言う事がわかったのよ。 どうも借金で首が回らなくなっていたところを、瀬戸と五十嵐がつけ込んだみたいね」

「よく調べ上げたな」

当然でしょうと、かごめがいう。

あれだけ酷評していたのに。

この辺りの捜査能力は評価しているのか。面白いというのか何というのか。いずれにしても、今回もかごめが支援をしてくれて助かった。私は此処で殺人事件が起きるのを防げたし。

何より安藤を逮捕することができた。

だが、安藤には。

あまり、制裁を加える気にはならない。

ただし、辻さやかに余計な仕掛けをした奴は別だ。

そして、その仕掛けをした奴には。

概ね見当がついている。

 

裏口から、こそこそ逃げようとしていた岩永。

私が立ちふさがると。

青ざめた様子で立ち尽くした。

「あの心霊写真。 あんただな」

「な、何のことですか」

「おかしいと思っていたんだよ。 最初からな」

小暮が、既に岩永の後ろに立っている。もはや逃げる事など不可能だ。そして、心霊写真の加工に必要なソフトを。

岩永が購入していたことも。

既に捜査一課が調べてくれていた。

この辺り、横の連携が取れると、大型事件の解決は早い。もっとも、私がここに来なければ、解決はせず、更に三つの死体が増えていたかも知れないが。

「安藤に協力していただろう」

「……!」

「だから殺され掛けて、吃驚したというわけだ。 それに、安藤の意思に共鳴をするフリをして、劇団の重鎮に収まるつもりだったんじゃないのか」

「し、知らん! 全て憶測……」

指を鳴らす。

怪異が見えるようにする陣を、周囲に展開したのだ。

悲鳴を上げる安藤。

辻さやかに扮装させたニセバートリーが、恨みの形相で、此方に歩いて来るのが見えたからだ。

「ど、どうしてだ! 私には牙を剥かないと言っていたはずなのに!」

「お前はくだらない男だな。 辻さやかに力を与えた連中について吐けば、できるだけ罪が軽くなるように取りはからってやる」

「し、知らない! 間に最低でも三人の人間が入っていたことしか分からない! 何だか分からない奴が、辻さやかの霊を呼び出して、私は安藤さんに引き渡しただけだ! フードを被っていて、顔もよく見えなかった!」

「……だそうだが?」

凄まじい怨念の雄叫びを、ニセバートリーが上げる。

悲鳴を上げて腰を抜かす岩永。

これは、嘘をついていないとみるべきだろう。

まあ今回は。

殴らなくてもいいか。

此奴はどのみち、殺人幇助で終わりだ。安藤も殺人と、殺人未遂三件を恐らく何の躊躇も無く吐くだろう。

そして三人も。

殺人および殺人幇助で逮捕される。

まだ初芝がいるけれど。

劇団千年季は、これで事実上終わりだ。

事務所のコネがある瀬戸と五十嵐が消えた上に、カリスマであった安藤が逮捕となれば、スキャンダルの巨大さは計り知れない。

当面は規模を縮小してやっていくしかないだろう。

捜査一課の刑事達が来て、完全に震えあがっている岩永を連れて行く。岩永には暗示を掛けた。

嘘をつくと、辻さやかの亡霊が見える暗示だ。

後でそれは、瀬戸にも掛けておく。大道具にも。

これで、事件はスムーズに解決するはずだ。

安藤も安心して、裁判を受ける事が出来るだろう。無期はほぼ確定で、生きて刑務所を出ることは出来ないだろうが。

それでも、やりとげなければならない復讐を。

あの男は果たせたのだ。

小暮が、神妙な表情で、じっと引きずられていく岩永を見ていた。大道具の男も、捜査一課に両脇を抱えられて連れて行かれる。

佐々木警視が来た。

「悔しいが、今回は借りができたな。 これほど迅速な解決は、お前とかごめがいなければできなかっただろう」

「佐々木警視」

「何だ」

「佐々木警視は私を嫌っておいでのようですが、私は貴方の事を警官として尊敬してこそすれ、憎んでも嫌ってもいません。 むしろ捜査一課の能力については信頼もしています」

今後も、協力していきましょう。

迅速な事件解決が。

被害を減らすのですから。

そう言って、敬礼すると。苦虫を噛み潰しながら、佐々木警視は、敬礼を返してきた。

相手が嫌っていてもよい。

今は、兎に角多方向にコネを作っておくこと。そのコネは、金銭的なコネではなく、貸しという形でだ。

私は三年以内に警視には最低でもなる。

その後で、実質的な権力を握って、警察を裏から動かす。最終的には警視総監を目指すのもいいだろう。

それくらいしないと。

今この国だけではなく、複数の国で蠢いている奴らを叩き潰すための力は得られないのだ。

この国でだって、大臣クラスが関与していてもおかしくない。

官僚だとしても、相当な大物である事は確実だろう。

敵は巨大だ。

そして、たくさんの人間を不幸にし、殺す事を何とも思っていない。大義を掲げているのか、ただ金が欲しいのか、権力が欲しいのかは分からない。

だが、はっきりしているのは。

警官として、奴らを許すわけには行かないという事だけだ。

小暮が、全てが終わった後を、ぼんやりみつめる。

ゆうかまで連れて行かれたけれど。

それはまあどうでもいい。軽い聴取だけで終わるだろう。

「あの、先輩」

「何だ」

「最後の心霊写真だけは、本物だったのでしょうか」

「写真の歴史とともに、心霊写真はあると言っても良い。 幽霊が写真に写り込むという現象は、実際にある。 それに、ゆうかが言うとおり、あの写真には、合成をする暇も無かった」

本物だよ、あれは。

そう結論すると。

小暮は、大きく嘆息した。

「二人は、その、満足できたのでしょうか」

「あの二人は、劇を愛していた。 だから許せなかったのだろう。 二人が男女として互いを愛していたかは知らないし、あまり興味も無いが。 劇に対する愛だけは、誰にも負けない本物だったのだろう」

奈落か。

良く言ったものだ。

輝くステージに続くそれが、地獄と言われるのは。

きっと、こういうドロドロの人間関係が、どの芸事にもつきものだから。それに役者の中には、様々な役をやっている内に、精神を病んでしまうものだっている。畢竟の世界に、それは極端に近いのだ。

さて、後は捜査一課の仕事だ。

今回は後書類を少し書いて終わり。

警部になってからの初仕事も、スムーズに終わった。

今後こうして実績を重ねて行けば。

更に動きやすくなる。問題は奴らに更に目をつけられることだろうが。それについても、いつまでも犬童警視達の所属している上位組織に任せっぱなしでもいられまい。

警部になって、出来る事も増えた。

今後は更に、仕事を加速させていく。

私は頬を叩くと。

小暮に、職場に帰ろうと、促したのだった。

 

5、影の会談

 

複数の人影が、暗い部屋で話をしていた。幾つかの人影は、モニタに映っている。つまりテレビ会議、という事だ。

「最近劣勢に廻るばかりだな」

忌々しげに吐き捨てたのは、背の高い男。恰幅がよく、見るからに体育会系という風情である。

それに、英語で応じる、モニタの向こうの男。

「アメリカでも試験中の怪異がやられた。 どうやら日本でエース級の化け物が育ちつつあるようで、それに呼応して我々の敵対勢力も動きを活発化させているようだな」

「暗殺するか?」

「相手はあの風祭の跡取りだ。 下手に動くと全面戦争になる」

「……」

会話が止まる。

風祭、という名前を聞いて、彼らは黙り込むしかない。

恐らく影の世界では、もっとも怖れられている日本人だ。怪異に対する力もそうだが、とにかくやり口が容赦ない。

手下も有能な者達が揃っていて、今まで潰された研究所や施設は数も知れなかった。

その娘となると。

下手に手を出すと、更に敵が攻勢を掛けてくる可能性が高い。

くつくつと、笑い声。

不満そうな視線を浴びているその声の主は。

金髪の美しい男性だった。

王子様のような、という表現がしっくりくるだろう。綺麗な姿が好きな女性は、一発で恋に落ちてしまうかも知れない。金髪碧眼の良さを最大限に引き出したかのような、絶世の美貌だ。

「兵器というものには、耐久力と弱点が必ずあります。 先にそれが分かったと言うのは、むしろ僥倖というもの。 実験もあらかた済んでいる怪異を潰されても、それはデータが増えるだけです」

「しかしな、君」

「事実、中東では弱点と限界が判明している怪異兵器が、コスト通りの実績を上げているではありませんか。 あのネイビーシールズの一小隊を壊滅させて、クライアントも大満足しているほどですよ」

「……」

金髪の青年は、更に語りかけるように言う。

今実験中の、魔の一族の遺伝子。

それを増やすことができれば。

更に強力な怪異兵器として、完成させることが可能だと。まだ数年はかかるが、様々なデータは、むしろプラスに作用していると。

「制御可能でなければ兵器というのは意味を持ちません。 必ずや、コストに見合った成果を上げる兵器に仕上げて見せますよ」

「まあ、君の実績を考えると、大言壮語だとも言えぬな……」

「精進したまえ」

会議が終わる。

金髪の青年は部屋を出ると。其処で待っていた数人の幼い子供達に、顎をしゃくった。

「此方の用事は終わった。 さあ、今日の訓練だ」

 

日本でも最も高いビルの最上階。

周囲が硝子張りになっている其処に。犬童蘭子は足を運んでいた。今日は対策会議がある。

ボスを一とした、組織の幹部があらかた出席する大事な会議だ。

ただし、会議の場を襲われて一網打尽、という事態は避けなければならない。だから、会議にこの場所で参加するのは犬童だけだが。

警視に昇進させられたのは。

育って来ている風祭純と、賀茂泉かごめに部下を増やすため。実際、近々更にもう一人、調整が終わった支援要員を廻す予定である。もう少し風祭純が実戦経験を積んだら、おもりは終わりだ。

犬童は、敵討ちに専念したい。

まだ奴は東京に巣くい、跋扈している。

奴だけは。

滅ぼさなければならないのだ。

一人しかいない部屋で、テレビ会議のシステムをオンにする。日本各地に散っている同志達が、順番に写っていった。

「やあ犬童警視、体調はどうかな」

「どうもこうもないわ」

実は少し前に、ずっと昔に書いたプロファイルの論文をかごめに発見されてしまい、偉い目にあったのだ。

こんな凄いものを書けるのなら、普段もっと仕事をしてくださいと、がみがみ言われてしまった。

残念だが、できるだけの仕事はしている。

体の中の臓器は幾つか無いし。相当無理をして、今も戦っている状況なのだ。

下手をすると、戦死しなかったとしても、五十まで生きられないかも知れない。それくらいの覚悟をしているほどなのである。

「それで、例の組織は」

「実戦投入した怪異兵器を、中東やアフリカで売りさばいているようだね。 被害が拡大している様子だよ」

「相変わらずのクズ共やな」

「ああ。 それで、一つ情報を掴んだ」

道明寺に犬童が応えると。

ボスが皆に語りかけるように言う。

どうも奴らが、極めて大きなプロジェクトを、日本で開始したらしい、というのだ。警視庁にも大きなコネを持っており、迂闊に手を出せない奴らの大幹部。

通称「幽霊」が、姿を見せたという。

数年前からその姿は確認されているのだが。まったく老けない上に、用心深く隙がない。その上コネの広さが尋常ではなく、安易に仕掛けられない厳しい相手だ。

「あの金髪王子様か」

「奴が直接出向いてきたという事は、数年がかり、それも国家予算規模の資金をつぎ込んだプロジェクトだろう。 非常に危険な臭いがする」

「先制攻撃でぶっ潰すしかないやろな」

「……我々の世代でできるかどうか」

ボスが言うと、皆が呻く。

若手は育って来ている。しかし、まだまだ数が少ない。風祭の人間にも、戦死に近い最期を遂げたものも少なくない。敵が神に匹敵する怪異を連れ出してくる事も多いのだ。

優勢になってきてはいるが。まだ戦いは、とてもではないが楽観できる状態にない。

ましてや、敵は大幹部が乗り込んできたのだ。

生半可な覚悟で当たれる相手では無い。

今まで優勢に進められていたのも。

慎重に敵を見極め。

確実に駒を進めてきたからだ。

実際問題、兵力でも人材でも相手の方が遙かに上なのだ。このまま戦っていても、いずれじり貧になる。

アメリカ側の協力者と連携していかなければならないし。

今後は更に、立体的な活動が必要になってくるだろう。

「いずれにしても、今は二つ。 幽霊の活動を探り出すこと。 そして後継者の育成についてだ」

此方を見られたので。犬童は咳払い。

まあ、そこそこだと返事をしておく。

実際問題、風祭純は優秀だ。対怪異としては切り札レベルの実力を持っている。賀茂泉かごめも同じくできる。プロファイリングに関しては、彼女以上にやれる奴は、この国にはいないだろう。

「他の皆も、どんどん人員を確保してくれ。 敵の強大さを、努々忘れるなよ」

会議が終わる。

嘆息すると、部屋を出る。

其処には、手紙が差し込まれていた。恐らくは、道明寺の手によるものだろう。

内容を見る。

涼しい顔を保っているつもりだったが。

見る間に眉が曇っていくのが。周囲から見えたかも知れない。

例の怪異の殺人を確認。

犠牲者は三名。

いずれもが、面白半分で儀式を行い、呼び出して食い殺されたものと推察される。オカルトマニアの中年男性達三人は、全身をズタズタにされて死亡。封印が弱まり、活動が活発化している可能性もある。

ぐしゃりと、手紙を握りつぶした。

そうか、奴は。

また動き出したか。

犬童にとって、敵組織との戦いよりも、まずは此奴との決着を付ける方が先だ。捕捉できたら組織の力も貸して欲しい。それが、この戦いに身を投じている条件なのである。それほどに。

犬童にとっては、憎悪の対象なのだ。

だが、手紙には。

その後の消息は不明とも書かれている。

既に奴による犠牲者は五十人を超えている。

これ以上被害を増やさないためにも、迅速に対処しなければならないのに。

多数の式神を放って調査させても、中々上手く行かない。

それほどに隠蔽が上手な奴なのだ。

年を経た怪異は狡猾になる。

特にこの怪異は、日本においても、屈指の残虐さを誇る存在だ。どうにかして見つけ出して、屠らなければならない。

そう、犬童の命と引き替えにしても、だ。

深呼吸して、精神的な体調を整える。

まずは落ち着く。

そして、その後の情報を待つ。

奴がまだ活動していることが分かっただけでも大収穫だ。

今の自分なら。

前のような不覚も取らない。

必ず相手を叩き潰す事が出来る。

エレベーターに乗ってビルを降りながら、犬童は悟る。

数年以内には。

奴との決着を付けられそうだと。

 

(続)