悪意の学校

 

序、初めての事件

 

あくびをしていた私の所に電話が来る。

しかも、この電話番号は。

たまに面倒だが。ある意味私でなければ担当できない事件を知らせるものだ。しょっちゅう変える携帯なのだけれど。着メロもこの電話だけは統一している。

側でキングファイルを処理していた小暮が、びくりと身を震わせた。

この電話が来ると、毎回酷い目に会うし、怖いものもみる。

だから彼にとっては。

これはトラウマともいえる曲なのだろう。

日本人としては限界近い巨躯の彼だが、しかし心臓は残念ながら兎並み。せっかく備えている霊感も、幽霊を怖がるので役に立たない。

ただし人間に対しては、その圧倒的な武力が猛威を振るう。

人間に対しては、並程度の実力しかない私にとっては、相性が良いパートナーだとも言える。

ちなみに私の方が年下なのだけれど。

階級が上だからか、先輩と呼んで、古風すぎるくらいの態度で接してくる。

最初は色々面倒だったのだけれど。

今はもう、それで良いので、好きなようにさせている。

実際問題、本人も体育会系と言う事もあって。それが一番やりやすいようだし。何より自然体で仕事をするのが一番だ。

電話に出る。

相手は、時々指示を出してくる謎の男。

声を変えているから。

或いは女かも知れない。

「此方風祭」

「久しぶりだな。 君にまた解決して欲しい仕事がある」

「伺いましょうか」

「うむ」

以前。

私が警視庁に配属され。キャリアとして、捜査一課に、警部補として赴任して最初に担当した事件。

それで小暮と知り合って。

なんだかんだで今、この地下にある公式には存在しない部署で一緒に仕事をしているのだけれど。

その切っ掛けになった場所。

私立花峯高校。

其処で、また面倒な事件が起きていると言う。

頭を掻く。

彼処は行きたくない。

だけれども、そうもいかないだろう。それに、彼処には、私が知る限り最凶クラスの怪異がいた。

既に潰された後とは言え。

またアレが暴れ出すと面倒な事になる。切っ掛けさえあれば、復活しかねない。それほど危険な怪異なのだ。

この国では、西洋で言う悪魔に相当する存在がいない。

意外な事だが事実である。

例えば鬼と言う存在はいるが、あれは時代によって性質が変転しているとは言え、究極的にはあくまで悪人が地獄に落ちた後に責め苦を与える獄卒であって、善人を襲って喰らうような化け物では無い。悪事を行う昔話もあるが、それは別種の怪物が、鬼とされていったもの。

つまり、いうならば神の側にいる存在なのだ。

刑務所の看守に近い存在である。

故に怖れられ、物語でも悪役に抜擢されたのだ。

勿論古代は違った。

ただ共通しているのは、神に対抗できるほど強力な魔という存在が、この日本の神話や物語では、ついに登場しなかった。アマツミカボシという例外もいるが、それも神に対抗して一大勢力を作っていたわけでもなく、単に討伐できなかっただけで、最終的に屈服している。

天照大神の岩戸がくれは有名だが。

あれも、天照大神が岩戸から出てくると、途端に魔は逃げ散った、というほどである。

魔は、この国では非力なのだ。

更に、魔を退治する神々も充実している。

いわゆる明王や毘沙門天達。

その恐ろしい形相から、西洋の宣教師達は悪魔に違いないと考えたそうだが。これは魔を倒すために、敢えて怒りの形相を取っているので恐ろしいのであって。別に魔ではないのである。

更に言うと。

良く言われる第六天魔王にしても、あれは神に反逆する存在などではなく、あくまで未成熟な悟りを開いた存在が行く世界を支配しているもので。そのため煩悩を司っているのである。

つまり邪神であっても。

神に対応出来る魔王では無いのだ。

そういった日本の世界観では、魔王などといった、超強力な魔は存在せず。その代わり、妖怪というどちらとも言えない立ち位置の者達がはびこるようになって行った。

その中でも最強の一体。

その一部が。

あの学校にはいたのだ。

「前と違って、まだ死者は出ていないでしょうね」

「ああ、幸いな。 だが急がないと危ないかも知れないぞ」

「詳しく聞きましょうか」

電話の向こうで、機械音が鳴る。

そして、何かの合成音が聞こえてきた。

それから、概要が、比較的早口で垂れ流される。コレは恐らく盗聴対策だろう。この概要事態に、ちょっとした仕掛けがしてあって。私でないと解読できないのだ。

それだけ電話の向こうにいる人物は。

危ない橋を渡っている、という事である。

しばしして、メモを終えると。

電話はぷつりと切れた。

競馬新聞から顔を上げていた、上司。部長の犬童である。どうみても大阪のおばちゃんである犬童は、目を細めていた。

「何や、仕事か」

「ええ、例の狐塚があった学校で」

「ほう」

「今回はお手を煩わせませんよ」

にやりと私は嗤う。

そして、相手も、ふんと鼻を鳴らした。

小暮だけが会話には入れていないけれど、これは知らない方が良いだろう。彼処に小暮もいたのだけれど。

真相は、彼が知るには厳しすぎる。

元々恐がりな彼には、ちょっと刺激が強すぎるのだ。

すぐに辛気くさい地下を出る。

警視庁史編纂室という看板は出ているが。

そんなもの、実態など何も無い。

此処は、怪異と戦うための部署。

そして私は。

其処で、怪異を叩き潰す理不尽として。

最前線で拳を振るう身だ。

 

相変わらず、温度差が激しい。

小暮に車を出して貰う。車のクーラーは効きが良いとは到底言えず、座っていてうんざりした。

ちなみに窓は電動である。

「小暮、すまないな。 前に怖い思いをさせた場所に行かせる」

「お構いなく。 それよりも、また同じような事件でありますか」

「正確には少し違うようだがな……」

話によると。

数人が死んだあの事件で、使われた呪が。

校内に残っているのだという。

それを利用した者がいるというのだ。そして、またしても、何か生徒達にさせようとしているとも。

だから呪を排除して。

危険を排除して欲しいという。

実際に死者が出ていた前回に比べると、簡単すぎてあくびが出るような仕事だ。それに、彼処に巣くっていた怪異は、もう安易に復活できる状態にないだろう。だから今回の敵は、怪異よりも。

むしろその力を使う人間、という事になる。

下手をすると、そいつと鉢合わせる可能性もある。

あまり良い気分はしなかった。

なぜなら。

一連の事件の、黒幕か。或いは、黒幕と関係している人間の可能性が、決して低くはないからだ。

事件の中では、死者が出たものも少なくない。

私も相手が黒幕だと知ったら。

理性を保てる自信が無い。

「呪具、でありますか」

「何、噂だ」

そう、噂。

前の時だってそうだった。

実際には、力なんて無い代物にすぎず。

それを周囲の噂話が、本物の怪異を呼び出す危険な道具へと仕立てていったのだ。

友達の友達。

主体性の無い隣人。

それを介して伝播される、物語性をもつ噂話を都市伝説という。普段なら害が無い、ちょっと面白いくらいの代物なのだが。

これがある程度広がりを見せると、人々の無意識の世界に、形が生まれるようになって行く。

そしてその形は。

やり方によっては。

現世に引っ張り出すことができるのだ。

そうして怪異が。

理不尽が生まれる。

その理不尽は。

時に多くの被害を出すのだ。

小暮を一瞥する。

此奴には話したことはないが。私が母に連れられて、中学生の頃に、ある学校に出向く機会があった。

其処では、正に。

下手をすると、学校の人間全員を殺しかねない危険すぎる怪異が誕生しようとしていた。

無数の怪異も、それに引き寄せられて集まっていた。

母とともに、怪異の群れを撃滅し、殲滅し、鏖殺し。

そして最後に。

人間の学生に取り憑いていた怪異を、腹パンで追い出した後、往復びんたでたたきのめして。

そして、どうにか一件落着した。

あの事件は危なかった。

下手をすると、本当に学校一つが、惨劇の場になる所だった。

今でも、少しでも遅れていたらと思うと、寒気がする。

都市伝説は、ただの噂話だ。

だが、怪異は実在している。

そして実在している怪異は、時に人に牙を剥くし。それを利用している存在は、より悪辣に人々に牙を剥く。

「後どれくらいでつきそうだ」

「国道がすいていますし、十五分という所であります」

「ん」

「疲れているのなら、少し寝ていても構いませんよ」

いや、いい。

そう断ると、私は。

携帯を操作して、幾つかのデータを引っ張り出す。

SNSにもアクセス。

これから向かう場所の情報を集めておく。

話には聞いているが。

どれくらい噂が拡散しているか、確認しておく必要があるからである。

裏サイトについてもきいている。

アクセスパスはすぐに見つかったので、侵入。

相変わらず、腐臭が溢れる会話が満ちていた。

これはいわゆる男性の同性愛を愛好する意味ではなく。

人間のカスどもが、くだらない会話をしている、というだけだ。

誰が弱いから虐めると面白そうだとか。

どうすれば泣くだろうかとか。

そんな話をしているだけだ。

少しばかり、掃除も必要だろう。

きっちり警察が介入することを見せておかないと。学校側は隠蔽に廻ろうとする可能性が高い。

連中が隠蔽に廻ると。

被害を受けるのは弱者だ。

下手をするとイジメの末の自殺まで隠されることがある。

この間のようにである。

そのような犠牲者は。

出してはならないのだ。

学校が見えてきた。

裏口から、駐車場に侵入。幸い、駐車場はある程度開いている。

来る前に、学校に出向くことは連絡してあるから。

特に問題は無い。

まず出向くのは校長室だ。

コートの襟を直すと。

私は小暮を促して、車を降りた。

駐車場に出ると。

まだ、妖気の残り香がある。

最初ここに来たときは、これはまずいなと一瞬で肌で感じ取ったほどである。霊的な手段で私を殺せないと悟った此処の主は、無人車を使って、私を殺そうとまでした。最終的には、私よりももっと優しくない相手に、コテンパンのぐちゃぐちゃにされて。それでもはや生半可な手段では復活不可能な状態にされたのだが。

それはそれだ。

学校の中を歩く。

多少近代化改修が行われていて。

クラスにはクーラーがつけられているようだ。

授業をしている生徒達の中で、此方に気付いた者もいるようだけれど。無視して通り過ぎる。

あの事件の当事者達は、既にこの学校にはいない。

生き残りはいたけれど。

既に他の学校に転校したり。

学校に来られなくなって、カウンセリングを受けたりしているようだった。

校長室に到着。

神経質そうな校長だ。

此方を見ると、見るも嫌そうに目を細めた。頭には白いものが目立ち。そして何より狷介な目つきをもつ老爺である。

「わざわざ捜査に来ていただいたとかで、申し訳ありません」

「単刀直入に言いますが、この学校としてもさっさとあの事件とは決別したいという所でしょう」

「その通りです」

「ならば最大限の協力を。 くだらない反発心を抱いていると、それだけ事件の解決が遅れますよ」

鼻白んだ校長だが。

私は小暮を促して、歩き出す。

捜査をすることは告げた。

強制捜査には礼状が必要だが。此方は調査に来ただけであって、誰かを逮捕するつもりはない。

まず私は屋上に出る。

さぼっている生徒が数人いたが。

私の姿というか、小暮を見ると。そそくさと、逃げるように何処かへ去って行った。

「やれやれ、自分の時代だったら、拳骨だったのですが」

「放っておけ。 後で泣くのは彼奴らだ」

ただでさえ就職もその後の生活も厳しい時代。

ああいうことをしていると、未来が更に酷い事になる。

それを理解していないのなら。

好きにさせておけば良い。

それが私の持論だ。

校庭を見下ろす。

真っ二つに割れた塚が見えた。

あれが、前回の事件の元凶。

まだ片付けられていないのか。

まあそうだろう。色々怖くて、手なんて出せないに違いない。

「調査を始めるぞ」

「オス!」

威勢の良い小暮の声。

恐らくは、此処にはもう怪異はいない事を悟って、元気が出ているに違いなかった。

 

1、醜悪なる人間関係

 

まず職員室に出た私は。

生徒の名簿を見せてもらう。

警察手帳を見せたとは言え。今更何をしに来たといわんばかりの教師の視線は完全に無視。面倒だから相手にしない。

以前、此処では数人の生徒が不可解な自殺をとげ。

そして一人が錯乱した。

そいつについては、正直自業自得。

男ほしさに、凶行に手を染め。

イジメによって、邪魔な女の精神を追い込み、自殺に追いやり。

復讐によって精神を完全に破壊され。

今では隔離病棟で、毎日意味が分からないことを呟きながら、壁にたくさんの文字を書き綴っているという。

その文字は、人を殺してまで手に入れたかった男の名らしいが。

その男は、病院には一度も訪れていないとか。

それはそうだろう。

好きだった幼なじみを、手前勝手な理由で殺したも同然の女だ。ましてあんな事件の後である。

関わろうという気さえ起きないはずだ。

ちなみに、彼ももう在籍していない。

流石に嫌気が差したのだろう。

近くの公立に移ったようだった。

「それで、何だか妙な噂があるとか」

「学校では、変な噂がたくさん流れるものですよ」

せせら笑ったのは。

話を聞かせて貰っている教頭。

禿頭の小柄な男で。

前回の事件の時も、具体的な対策を取らず。結局被害を大きくしていった張本人の一人。

一発ぶん殴ってやりたい所だが。

実は此奴、あの事件の後、充分すぎる報いを受けている。

学校内部でも、既に完全に孤立しているとかで。

報いはきちんと受けているので、安心して良い。

「相変わらずだな、田沼ぁ」

低い声で私が凄むと。

田沼教頭は、青ざめて口を引き結ぶ。

これでも、小学生の頃から、相手を殺す気満々の怪異とやり合ってきた身だ。こんな程度の世の中を舐め腐った自称大人なんぞ、怖くも何ともない。

「前ので懲りたはずだ。 どんな噂が「今」流れているか、リストアップしろ」

「し、しかし仕事が」

「コッチが優先だ。 急げ」

ちと強引に作業を命じると。

私は小暮を連れて、一旦校舎を出る。あの土砂降りの日。悲劇が起きた場に向かうのだ。

その時点で既に二人。

いや、更にその前における自殺者を考えると三人。

そして、未だに閉鎖病棟から出られない一人を考えると四人。

これだけの数の人生を台無しにしておいて、未だに教師を気取っているようなクズは正直どうでも良い。

今、此処が。

どうなってるかが、重要なのだ。

「先輩、機嫌が悪いようでありますな」

「悪いさ」

ちらちらと、視線が此方に飛んでくる。

警察が来た。

生徒達が、既にそれを知っているから、だろう。そして此処の生徒だったら、誰もが知っているのだ。

大量殺人事件があった事を。

噂というものは、誇張されて拡がっていくもの。

生徒達は、さぞや膨張した噂を聞いていることだろう。

実際問題。

「四人で済んだ」という事件でもあった。

下手をすると、学校そのものが。

消滅していた可能性だって、低くは無かったのである。

此処にいた怪異はそれだけ強烈な奴で。

強力な怪異が少ないこの日本における、例外中の例外と呼べる存在だったのだ。

あの現場に来た。

全てがぶちまけられた。

何もかもが。

男目当てに、仕組まれた事だった。

仲が良かった幼なじみ。

恋人同士というわけではなかった。

だが、敏感に感じ取ったのだろう。いわゆる女の勘という奴で。あれは、自分にとって邪魔な存在になる。

だから痛めつけてやろう。

そう考えて、よりにもよって。

こっくりさんを、そいつは始めた。

それが最悪の結果を招くとも知らずに。

雨の中。

意外な人物から、ぶちまけられた全ての真相。そして、恨み重なる相手に。ナイフを叩き込むと。

本懐を遂げたその娘は。

ある意味、本当に死ぬ事が出来た。

そして、その肉体を借りられていた人物は。

近辺の記憶を。

全て失っていた。

私はその場にいたけれど。

正直、桁外れの干渉能力を中和するので、人間に手を回している余裕が無かった。怪異だったら兎も角、あのレベルの力を浴びながら、人間まで相手にするのは難しかったのである。小暮に声を掛け。小暮が体で割って入って、致命傷を防ぐことだけしか出来なかった。ナイフで動脈を切り裂き、とどめを刺そうとした所に、自分の体で防いだのだ。

その後、小暮がまだナイフが刺さったまま救急を呼び。

自分も付き添って、一緒に病院に。

そして、完全に発狂した一連の元凶は。

以降、病院から出ることが出来ていない。

ろくでもない事件だった。

「小暮、あの時の傷は大丈夫か」

「平気であります。 鍛え方が違いますので」

「そうだろうな」

生徒達が、此方を見ている。

気が弱そうなのが、視線に気付いて、ひっと首をすくめた。

私が近づいていくと、右往左往していたが。

逃げようとしたところを、警察手帳を突きつける。

もっとも、私よりも。

後ろにいる小暮に、威圧感を覚えていたのだろうが。

「警視庁の風祭警部補だ。 話を聞きたい」

「な、なんでしょうか……」

声はできるだけ低くしている。

私より更に小柄な女生徒は、涙目で、震えあがっていた。ちなみに仲間らしき数人は、さっさと逃げ散った。

女子のコミュニティなんてこんなものだ。

男子はいつまでも子供、なんて話もあるが。

実は女子もそれについては変わりが無い。

特に群れを作る習性に関しては。

幼稚園児の頃から、まるで変わりが無いのである。

例えば、お菓子などを持ってきた場合。

コミュニティの順位で、どれだけ貰えるかが決まってくる。

コミュニティ内での地位にそぐわないこと。別のコミュニティの人間と関わったりすること。

それら全てがイジメの原因になる。

呆れた話だが。

これらの関係は、大人になってからも継続する。

どのお習いごとに行かせるとか。

そういったことまで、コミュニティは女性を縛る。

もしもこれらの「約束事」から逸脱しようものなら、良くて追放。そして最悪の場合は、イジメが始まる。

そのイジメの苛烈さは。

暴力を伴う男子のイジメと、何ら遜色がない。

私も、学校にはたまにしかいけないという状態だったから、そもコミュニティとはあまり関係がなかったが。

それでもたまに、偉そうにだとか、何様だとか、あしざまに言われた事があった。

しかし私の場合金持ちで。

実家が社会的影響力が強く。

更に私自身が、同年代の男子なら軽く捻れるくらい強い事もあって。

イジメには発展しなかった。

一度やろうとした奴を、死ぬほど怖い目にあわせてやってからは、なおさらなくなった。ただし周囲に人もいなくなった。

しかし私にとって、学校はたまにいくだけの場所だったし。

何より兄ができてからは、別に人間に飢えることもなくなったので。

それで良かった。

海外、特に米国だと、学校での人間関係は、スクールカーストと呼ばれ。これが諸悪の根元と化している。

米国の学校で、幾度となく銃の乱射事件が起きるのは。

向こうで銃が入手しやすく。

このスクールカーストにおける扱いに、耐えきれなくなった者が、暴発するから、である。

自由の国の筈の米国で、カーストが作られる。

人間とはつくづく業が深い生物だ。

今捕まえたこの娘も。

コミュニティ内では、恐らく最下位の人間なのだろう。だから、置き去りにされて、捨て石にされたのだ。

それも、後で散々絞られるのだろう。

余計な事を喋らなかっただろうな、と。

「大した話じゃない。 この学校で以前起きた、数件の自殺は知っているな」

「はい。 そ、その、とても怖い事件だったって」

「どう伝わっている。 知っている限り話せ」

「……」

じろりと小暮がにらんだのは。

影から見ている、この娘が所属しているらしいグループの連中。

悲鳴を上げて、逃げ散った。

余計な事を喋らないように監視するつもりだったのだろうが。

下手なゴリラよりも強そうな小暮がにらんだのだ。

それは、女子高生などではひとたまりもない。

「痴情のもつれがあったって……」

「それで」

「その、嫉妬した女子生徒が、怖い呪いを使って、それで……」

化け物を呼び出したと。

なるほど。

意外に良い線をいっている。

実際には、復讐のために、意外な形で戻ってきたものが。ここに元から住んでいた強大な怪異に利用され。

さらなる血と。

自身の解放のために。

多くの血を流そうとした、と言うのが本当だ。

ちなみに私も危うく殺されるところだった。

怪異本人が殺しに来るつもりだったら、余裕で返り討ちだったのだが。

無人自動車に突撃されたら、流石にどうにもならない。

その時は、なんと小暮が真正面から車を止めて、私を守ったのだった。

それほど速度は出ていなかったとは言え、流石である。

「それで、今はどんな噂が流れている」

「今、ですか」

「別にそれでお前を逮捕したりしない。 悲劇を防ぐために、先手を打って私はここに来ている」

しばしためらうと。

女子生徒は、言う。

「また、流行り始めてるんです」

「こっくりさんか」

「はい……それだけじゃなくて、黒魔術ってのも……」

青ざめる小暮。

あの事件のキーワードになっていたのは。

たしかに、それだったからだ。

 

こっくりさんとは。

文字が書かれた紙を用意して。

呪文を使って霊なりなんなりを呼び出し。

硬貨を数人で人差し指で押さえ。

質問をする。

そうすると、硬貨が自動的に動き出し。

応えてくれる。

そういう遊びだ。

歴史としては比較的浅い遊びで、元々テーブルを右左に回すことで霊に応えて貰う、という海外の遊びが原型だと言われている。明治以降に日本に入ってきたこの遊びが、色々と変質を遂げていった結果。このようなものになっていった、という話である。

また、硬貨が動くのは。

結局の所、本人の意思が介在していて。

誰も知らないことは、結局応えることができない。

勿論、余程のことがなければ。

本当に霊が介在することもない。

私の知り合いに、腕が良い科特研の解剖医がいるのだが。彼女はこっくりさんをする女子生徒達を一喝。

それが非科学的なもので。

暗示によるものでしかないと喝破した。

そして、いわゆるオカルトの側に立っている私からしても、それは完全に正しかったので、黙って見ていた。

事実その事件の時。

行われていたこっくりさんでは。

これでもまだ二十代の小暮は、四十三とか言われていたのだ。

どれだけいい加減なものか、よく分かろうというものである。

知らないものは応えられない。

暗示によるものだから、当然のことだ。

そしてこのこっくりさんが、イジメに用いられ。

人が一人、亡くなった。

最悪の用法で行われたこっくりさんと。最悪のタイミングで動いていた怪異が連携する形になり。

下手をすると、この学校そのものが消し飛ぶところだったのだ。

どうにか私と、影で動いていたもう一人がそれを食い止めたけれど。

もう少し到着が遅れていたらと思うと、冷や汗が出る。

普通、都市伝説による怪異は、此処までの破壊力を持たないものなのだが。

これら一連の事件では、何者かが動き回っていて、異常なまでにパワーアップした怪異が猛威を振るっている。

その黒幕は。

まだ、尻尾を掴めない。

「で、何か問題は起きたか」

「いえ、でも幾つかのグループで流行し始めていて、その……」

「その、何だ」

「黒い影を見たとか、校内をうろつく幽霊を見たとか、その時期くらいから、噂が流れていて」

周囲を見回す小暮。さっそく兎の心臓爆裂である。

案ずるな。

今の時点で、霊体の気配はない。

そう言いたいところだが。

部外者がいるので、今は黙っておく。まあ恐がりの小暮には気の毒だが、少し我慢してもらうしかない。

「分かった。 有難う。 私に何を聞かれたかについては、こう応えておけ」

アドバイスをすると。

青ざめたまま、女子生徒は頷く。

少なくとも声が届く範囲に他の女子はいなかった。

此奴は要領が悪そうだが。

それでも、充分にごまかせるはずだ。

女子生徒が行くと。

私は、小暮の肘を小突く。

「心配するな。 今のところ近くに怪異の気配はない」

「しかし、嫌な予感が消えぬのであります」

「相変わらず兎の心臓だな」

「申し訳ありません」

うなだれる小暮。校内には気配が幾つかあるのだが、それは敢えて言わずにおく。私は優しいのだ。嘘では無い。

まあいい。とりあえず情報は手に入った。

次だ。

学校内を、順番に見て回る。惨劇の舞台になった教室は、色々あって閉鎖されていた。だが、教師に言って開けて貰う。

そして、中に踏み込むと。

空気がひんやりした。

いる。

それも、複数。

この学校で自殺した数人の霊が、固まっている。

虚ろな目で此方を見ている彼女らは。

恨みを込めて、此方をにらみつけているようにも見えた。

小暮がひっと小さな声を漏らす。

私は、進み出る。

「苦しいだろう、お前ら」

「……」

「あの腐れ狐めに好きかってされて利用されて、そのあげくにこの有様では、死んでも死にきれないだろうしな。 だが、情報を寄越すなら、すぐに楽にしてやる」

幽霊達の中には、血まみれのものもいる。

死んだとき、壮絶な自殺を遂げたものもいたのだ。

私が腰に手を当てて見ていると。

やがて一人が、ぼそりと口を開いた。

「もう、楽になりたい。 利用されるの、もういや……」

「そうだな。 お前達はイジメによる自殺に荷担した。 だから、楽になっても天国とかにはいけないぞ。 当面は地獄で相応に罪を償って貰うが。 それでも、こんなところで右往左往しているよりはマシなはずだ。 もう一度それを考えて、どうするか決めろ」

小暮は一歩引いて、教室の外から様子を見ている。

うっすらと見える複数のグロテスクな幽霊。

それに平然と応じている私。

怖くて近づけないのだ。

一方、教室の入り口で、(幽霊が怖くて)もの凄く怖い顔をしている小暮の抑止力もあって。覗きに来ようという生徒はいないようだった。

当事者はもう全員この学校にはいないのだし。

興味本位、くらいしか動機はないだろう。

「何でも話す……だからもう楽にして」

「そうか。 覚悟は決めたな」

「……」

「お前達は軽薄な行動で、何ら罪のない人間を陥れるのに荷担し、挙げ句の果てに死にまで追いやった。 だが化け物に利用され、もはや人ならぬ身で散々さまようので、充分に罪は償っただろう。 少なくとも現世ではな。 後は地獄で判断して貰え」

印を切る。

そして、霊から情報を聞き出し終えると。

全員を。

あの世に送り返した。

複数の霊体が。全てその場から消えて無くなる。

とりあえず、これで幽霊の目撃騒ぎはなくなる、とはいかない。実のところ、幽霊の目撃例は、殆どが勘違いによるものだ。

実際に怪異は存在するけれど。

人間の脳は極めていい加減で、精神状態によってはありもしないものが見えたりする事が多いのだ。

本当に霊感がある私から言うのだけれども。

殆どの「見える」人間が言う事が支離滅裂なのも、それが原因である。たまに本物もいるけれど、そういった人間は、環境が悪いと精神が歪んでいる場合が多い。嘘つきだとか罵られ。嘘をついてまで気を惹きたいかと周囲に蔑まれ。それでいながら、ある年齢くらいからはおもしろがられる。

歪まないはずがない。

私は、たまたま環境が良かった。

だからオカルト否定論者には上手に隠せるし。そうで無い人間とも、ある程度上手にやっていける。

いずれにしても。

これでしばらくは平気だと、「噂を流して」おく必要があるだろう。

「小暮」

「オス」

「この教室に大きな鼠がいてな、それが物音を立てたり、ものを倒していたようだ。 それが幽霊騒ぎの原因だと、教師に言ってこい。 そして全校集会で発表させろ」

「鼠でありますか」

ある意味、鼠なのは間違いない。

そして、私が、巨大なドブネズミの死体を見せると。

それを、ビニール袋に入れて渡した。

ドブネズミは、場合によっては猫ほどまで巨大化する、日本最大の鼠で。性質も獰猛で、当然雑食である。

こんなのが潜んでいたとなれば。

何が起きても不思議では無い。

勿論、影を見て、幽霊を勘違いする者も出るだろう。

とにかく、ばかでかい鼠の死体はインパクト抜群だ。幽霊の噂なんて、かき消してしまうだろう。

「教師共に渡してこい。 これで解決だとな」

「は。 今すぐに」

「分かっていると思うが、今私がやったことは話すなよ」

「もちろんであります」

小暮は信頼出来る部下だ。

流石にこういう所で、信頼を裏切るような真似はしないだろう。

私はさっき幽霊共が話した事を元に。

別の場所に向かう。

惨劇の場とは別の場所で。

今度はまた。

此処で何かが起きようとしている。

まだ全ては明らかになっていないが。

それでも。

此処で、これ以上死人は出させない。

腕尽くでも。

陰謀は食い止めるだけだ。

 

2、占いというもの

 

ざっと調査を済ませた後。

私は、全校集会で、あのドブネズミが衆目に曝されるのを確認。猫ほどもある鼠の死体に、生徒達は悲鳴を上げた。男子生徒まで、真っ青になっているほどである。

これでいい。

インパクトは、時に真実から目をそらす。本当に幽霊がいた、何てことは、これで綺麗さっぱり忘れ去られるだろう。

それにだ。

幽霊達の話によって、幾つか分かってきたことがある。

「調査が一段落したら、兄者の所に行くぞ」

「霧崎先生の所ですか」

「そうだ。 お土産をなんか買っていかないとな」

「いつも先輩のお土産は迷惑そうなのでありますが……」

此奴は、心臓が兎なのに、突っ込みは的確なので困る。確かに私と兄者の味覚の嗜好はかなり違っている。

私は基本的に甘いのにしても辛いのにしても、しっかりした味付けが好きだが。

逆に兄者は薄味が好みらしい。

だけれど、どちらかにあわせると、結局もう片方が楽しめないし。

それに兄者は頭脳労働の大学教授だ。

甘い物は必要なはずで。

結局そこそこ高めの甘いお菓子を買っていくはめになる。

前は私が選んでいたのだけれど。

甘すぎると兄者が文句を言うので、最近は小暮がチョイスするようになっていた。ちなみに小暮と兄者は普通に仲が良い。

どうやら兄者は、異性に纏わり付かれるよりも、同性と普通に話している方が、落ち着くタイプのようだ。

まあそれはいい。

やましいところはないのだから。

一旦学校を後にする。

近くの菓子家で、シュークリームを適当に見繕った。一つ試食してみたが、中々に美味しいシュークリームだ。

ちょっと甘さが抑えめだけれど。

それでも私でも美味しいと思う。

この辺り、小暮の食道楽ぶりは大したものである。

うまくすると、グルメ関係のライターなどの、本職でやっていけるかも知れない。小暮自身が美味しそうに食べる事もあるのだけれど。何より、美味しいものをとても美味しそうに褒めるので。聞いていて小気味が良いのである。

そして味も的外れではないのだ。

車で移動を開始。

そして、誰も聞かれていないことを確認してから。

私は本題に入った。

「さて、幽霊共から聞いた話だ。 展開しておこう」

「お願いいたします」

「まず、やはり第三者が介入しているな。 学校で何か怪しげな儀式を行っている奴が数人いる」

「やはりでありますか」

ちなみに部外者だそうだ。

あの幽霊共は、騒ぎの後。キツネの呪縛から解き放たれて、学校の周囲でぼんやりとさまよっていたらしいのだけれど。

「学校に幽霊が出る」という噂話で、学校に無理矢理引き寄せられたそうだ。

其処で見たという。

黒服を着た数人が。

何か怪しげな儀式をしているのを。

一人連れられていたのは。

青白い顔をした子供。

「子供、でありますか」

「子供だ。 噂に聞く例のアレだろう」

「……!」

「許せんな」

実は、だが。

既に、幾つかの事件で遭遇している。

どうやら一連の、都市伝説を使って悪さをしているらしい連中が。子供を使って何かしているらしい、という事は。

何処かの孤児院か何かか。

或いは他の手段でか。

子供を集めては、人体実験を施し。

特殊な能力を与えて、様々な事をしているようなのだ。当然、将来は軍事利用を想定しているのだろう。

唾棄すべき事だが。

子供を戦場で使い捨てにすることは。昔から人間がやっていることだ。現在においてもそれは変わらない。

何も、アフリカや中東などの紛争地域だけでは無い。

この日本でも。

そのような外道行為を思いつくクズはいるし。いる以上、絶対に叩き潰さなければならないだろう。

悪い事をするのが人間だ、で納得しないのが警官だ。

悪い事をする人間がいたら逮捕して。

悪い事をしようとする人間がいたら、体を張ってでも止める。

それが警官なのだ。

私は、あまり正義や倫理に傾倒する方ではないけれど。

それでも、父母や、何より兄者に恥ずかしい生き方はできないと思っているし、兄者に嫌われでもしたら立ち直れない。

違うアプローチでオカルトと接している兄者とは。

良き家族であり。

良きライバルでもあるのだ。

だから嫌われたくない。

「いずれ連中の巣はぶっ潰すにしても、また幽霊が出るという噂を流した後、何をしようとしているのかが問題だ」

「仮にであります。 自由自在に幽霊を出現させることができるようになったとして、それで何が起きるのでありましょう」

「人を遠ざけることができるな」

だが、そんなものは。

軍事利用とはほど遠い。

今まで幾つかの事件を見てきたが。

どうにも黒幕が考えているのは、それこそ国際的なビジネスだ。学校に人を近づけない、などといった、些細な内容ではありえない。

車が大学の駐車場に入る。

小暮を促して、兄の研究室に。

そこで、絶対に会いたくない奴に、ばったり出くわした。

「あらー、純ちゃんじゃない! 久しぶりー!」

「貴様か……」

「何よその言い分。 未来のお姉ちゃんに向かって」

「誰が未来のお姉ちゃんか! 貴様などが兄者の妻になるなど、おぞましくて失神しそうだ!」

天敵である。

誰にでも天敵はいるが。

此奴がそうだ。

間宮ゆうか。

兄の研究室に出入りしている、自称オカルトジャーナリスト見習い。実際、情報を嗅ぎつける嗅覚については天性のものがあり。怪しいオカルト雑誌に、バイトで記者として雇われてもいるそうだ。

研究室は本だらけ。

その奧から、鬱陶しそうな声がした。

「五月蠅いぞ。 騒ぐようなら皆出て行け」

「兄者、私だ。 土産をもってきたぞ!」

「あら、それってシュークリーム?」

「騒ぐなと言っている」

不機嫌そうな顔で姿を見せたのは。

私の兄者だ。

名前は霧崎水明。

名字が違うのは、養子になったのが遅かったから。父の盟友の息子であるらしく、故あって預かることになったそうである。

私に色々な事を教えてくれた兄者だが。

あまり笑うところは見たことが無い。

また、学者と言っても。

見かけはハリウッド映画の武闘派主人公といっていいほどにごつい。

見るからに強そうである。

ただし、兄者が武芸の類をやっているという話は聞いていない。

私も、いわゆる理不尽なる怪異に対する知識には自信があるのだが。兄とは方向性が違うのである。

兄の専門は、近年の怪異。

つまり都市伝説だ。

私は古くから存在する怪異については、家がサラブレッド中のサラブレッドだから、幼い頃から接していて、良く知っているが。

文化という側面から見た怪異については、あまり詳しいとは言えない。

兄者はその辺りの専門家で。

事件が起きると、必ず意見を聞きに来るのも。

視点を変えることで、事件に対するアプローチが変わるから、というのも大きい。

小暮はゆうかと兎に角相性が悪い。

私以上に相性が悪い。

だから牽制し合いながら。

兄者の所に、小暮がシュークリームを持っていく。

なんだかんだで頭脳労働に当分は必須だ。

面倒くさそうな顔をしながらも。

兄者は受け取ってくれた。

「それでなんだ」

「知恵を借りたい。 実は前に、こっくりさんがらみの事件で、自殺者が出た学校があっただろう。 彼処でまたごそごそ鼠が動いているようでな」

「ほう」

「こういう模様に覚えは」

見せるのは。

幽霊の一人が言っていた文様。

私の知識が及ぶのは、日本式の呪術だが。

これはどう見ても西洋のもの。

いわゆる魔法陣かと思うが、細部が細かく分からない。幽霊の方でも、流石にどういう文字だったかまでは覚えていないのだ。

こっくりさんに使う道具をウィジャ盤というが。

その原型なのだろうか。

だが、私の推理は外れた。

「これは悪魔召喚の魔法陣だな。 それも、ごくごく最近の様式によるものだ」

「悪魔召喚!?」

滅茶苦茶嬉しそうな声をゆうかが上げる。

命知らずな奴だ。

此奴が苦手な理由は、五月蠅いからではない。

超がつくほど、危険な存在を引きつけやすい体質なのだ。

私が知る限りでも、両手の指では足りないほど死にかけている。その上、怪異が大好きなものだから、自ら事件の台風になる事も多い。

だから私はこう呼んでいる。

人間核弾頭と。

「古くの魔術書、いわゆるグリモワールなんかに記載されているものとは形状がかなり違っている。 むしろ近年、幾つかのカルト教団が、「アレンジ」したものに、コレに似たものがある」

「詳しく聞かせてくれ」

「悪魔召喚といってもな、結局の所は、悪霊を呼び出す儀式だ。 天使のことを聖なる霊というように、悪霊というのは向こうでは悪魔と密接に結びつく。 イコールではないがな」

だから、悪魔召喚と。

悪霊というものは。

西洋では、切っても切り離せない存在なのだという。

兄者は続ける。

「この魔法陣は、恐らくは本当はこういう書かれ方をしていたのだろう」

さらさらと書き上げる。

文字はラテン語か。

そして恐らくは。

この魔法陣は。

まだ学校の何処かにあると。

「急いだ方が良いだろうな。 もしもこんなものが見つかれば、どんな騒ぎになるか知れたものではないぞ」

「ありがとう、兄者。 今度は何持っていけば良い?」

「いらん」

「先輩、そろそろ」

ゆうかがついてきかねない顔をしていたので、小暮が釘を刺す。

兄者も、助け船を出してくれた。

「間宮。 資料の整理を手伝ってくれ」

「えっ!?」

いつもうるさがるばかりで、弟子としても認めていないゆうかに、兄者が仕事を頼むことは滅多にない。

少し逡巡したようだが。

結局ゆうかは、兄者の言葉を有り難く受け取ることにしたようだった。

助かる。

一礼すると、部屋を出る。

それにしても、西洋魔術か。この国で暗躍している連中は、噂を使って怪異を強化していることは分かっているが。

また専門外のものがでてきたものだ。

「これからどうします、先輩」

「そうだな。 さっきの魔法陣を探し出す。 どうにも嫌な予感がするからな」

「それは自分も同感であります。」

車を急がせる。

今日中にもう一仕事済ませておきたい。

少し頑張れば。

死人が出るのを、防ぐことが出来るのかも知れないのだから。

 

学校に戻る。

集会も終わり、生徒も帰宅を始めている中。

私は小暮と一緒に、校長室に出向く。

ちなみに現在の校長は、前の事件が起きたときとは違う人物だ。

まああんな事件があったのだ。

校長が替わるのも、仕方が無い事だろう。

校長室には、主な先生も集めて貰う。あの事件以降、先生はかなり面子が変わったようだけれど。

何人か、それでものこった先生がいるようだ。

「それでは、一人ずつ話を聞かせて貰いましょうか」

「……」

困惑する教師共。

だが、一人が。

反発するように声を上げた。

まだ若い女性の教師だ。

「噂話なんかが何ですか! そんな事のために、こんな大げさな」

「学校内での噂話がどれだけ大きな意味を持つか分かっていないだろう」

「何を」

「良いか、噂話ってのは、特に偏屈で陰湿な女子のグループでは、人間関係を一変させるし、大きなストレスにもつながる。 女子が悪口大会が大好きなのはなんでだか知っているか? あれは他人の悪口を言う事で、効率よくストレスを発散できるからだ」

黙り込む女教師。

私は、死者が出たことを忘れたかと言い聞かせながら。並んで立っている教師達の前を、ゆっくり横切りながら歩く。

後ろ手を組んでいる小暮が。

教師達に目を光らせていることもある。

教師達は、すっかり萎縮しているようだった。

実際、前回の事件も。

陰険な噂話と女子コミュニティが造り出した悲劇だと、世間的には発表されているのだ。

この状況で。

たかが噂話、なんて言葉を口に出す教師がいる事は感心しない。

それにだ。

噂話というものは、言霊につながる。

此奴らに直に話す事では無いが、噂話というものは、怪異の母胎。現在では認知されている妖怪の数々も。

元はと言えば、各地での噂話が母胎となって誕生しているものなのだ。

「また死人を出す前に、噂話を整理しておきたい。 幽霊が出るという以外に、何か噂を知っている者は」

「悲劇を繰り返さないためだ! できるだけ応えていただきたい!」

小暮が一喝する。

大迫力の巨体からの一喝だ。

教師達をびびらせるには充分だった。

やがて、おずおずと。

古参の一人が、手を上げる。

「B組の生徒が、黒魔術とかいうのに手を出しているという噂があります」

「ほう?」

やはり黒魔術か。前に捕まえた生徒の証言は本当だった、ということだ。それに悪魔召喚の魔法陣とも合致する。こっくりさんの流行は、カモフラージュのためだろう。

ちなみに、ゲームなんかでは攻撃魔法として出てくる黒魔術だが。実際には、非常に陰惨な代物である。

多くの場合は悪魔の力を借りて後ろ暗い仕事をさせる、というもので。

古い時代には、それほど邪悪でも陰険でもなく。

むしろ丁寧な契約関係による、ギブアンドテイクの魔術であったらしいのだけれど。

一神教で悪魔が邪悪に残虐に書かれるようになるにつれて、黒魔術はどんどんむごたらしく残虐に、おぞましいものへと変わっていった。

言霊によって産み出されたものは。

言霊によって変わる。

悪魔もそれは同じだ。

かくして残虐でおぞましいものへと変わり果てた黒魔術は。素人が手を出すと、それこそとんでもない悪夢を呼び出すことになる。

「その生徒は特定出来ますか」

「いえ……複数人が関与しているという話ですが」

「……」

耳元に囁かれる声。

なるほど。そういうことか。

私は、さっき噛みついてきた若い教師を、じろりと見る。

「貴方、B組の担当でしたね」

「だ、だから何です!」

「知っているんじゃないですか? それとも、貴方が主導しているとか」

「なっ……」

教師達が色めきだつ。

激高した女教師だが。

しかし、小暮がにらみつけると、流石に恐怖で、振り上げた拳を振り下ろせなくなったようだ。

それに、騒げば逆効果だと悟ったのかも知れない。

こっちは警官で。

しかも、通報で来ているのだ。

それにこの学校では。

以前死者まで出している。

あまり大きな態度は取れないのである。

「黒魔術の中には、人間を生け贄にするものまであります。 意味は分かりますね。 歪んだ欲望のために、他人を殺す、という事です」

「花部先生っ!」

「し、知りません!」

「いいや、今の様子からして、噂くらいは知っている筈ですよ。 手遅れになる前に、全て話しなさい」

一度、柔らかく言ってから。

私は。

怒声を張り上げた。

「話しなさい! 人の命が掛かっているっ!」

元々超がつくほどのアルトの私の声だ。

本気で張り上げれば、周囲の大人達が恐怖で竦むくらいのことになる。今が丁度その時だ。

しばし拳を振るわしていた花部という若い教師は。

やがてうなだれた。

 

「最初は、ただの星占いとか、そういう罪がないものだったんです。 こっくりさんをするようだったら止めようとは思っていました。 あんな事件の後ですし、何より子供は占いが大好きですから」

ぽつりぽつりと、花部は話し出す。

やはり、知っていたのだ。

数人の生徒を上げる。

私は、すぐに小暮に手配させた。全員の動向を調べる必要がある。特にリーダー格とされる、飯山恵という女子生徒には要注意だ。

「だけれど、誰が教えたのか、飯山さんがどんどん訳が分からないマニアックな占いを持ち込むようになって行ったんです。 生徒達も、何かに取り憑かれたかのように、秘密にするようにして。 それで」

決定的な事件が起きた。

学校の裏で。

首をかっきって殺されている兎の死体が発見されたのだ。

兎はペットとして販売されている品種であったけれど。学校ではそれを、慌てて隠蔽した。

変質者が出たのか。

そう危惧する教師もいたけれど。

誰もが内心では理解していた。

こっくりさんで自殺者が出るような学校だ。

また、生徒達が何かをしているのかも知れない。

あんな事件が起きた後だ。

また異常な事件が発覚でもしたら。この学校の体面は丸つぶれ。押し寄せるマスコミによって、生徒達も滅茶苦茶にされてしまうだろう。

「コレに見覚えは」

魔法陣を見せる。

青ざめた様子からして。

知っているのは確実だった。

「兎が死んでいたとき、学校の壁に、その血で描かれていました。 慌てて消しましたが……」

「まずいな」

兄者が言うには。

これは恐らく、本当に悪魔を呼び出せる代物だ。

兎を使ったとは言え、悪魔が出てきている可能性は否定出来ない。

東洋と違い、西洋の悪魔は残虐極まりない。

東洋の鬼は、あくまで神に仕える獄卒に過ぎないのに対し。

西洋の悪魔は、神に反逆した天使の成れの果てだ。

だから本来は道徳に反することを好むし。

残忍性も凄まじい。

日本では、信仰の対象外だから、それほどの力は発揮できないはずだが。本格的な手順に沿って黒魔術を行い、呼び出された悪魔は。

まあ私なら一撃でブッ殺す自信もあるけれど。

ただ、一般人なら手に負える相手では無いだろう。

「その事件が起きたのは」

「一昨日です」

「ぎりぎりだな。 飯山恵に連絡を取れ、急いで! 黒魔術の生け贄には、人間が選ばれるケースも多い! スクールカースト下位の女子が生け贄にされる可能性が否定出来ない!」

「黒魔術なんて、そんな非科学的な」

阿呆と、私はもう一度一喝。

非科学的かどうか何て問題では無い。

問題は、実行している人間にとって、それが「真実味をもっている」かどうか、なのである。

実際に、わざわざペットショップで買っただろう兎を使って、黒魔術までするような段階までおかしくなっているのだ。

生け贄が人間になるまで。

そう時間は掛からないはずだ。

すぐに教師達の尻を蹴飛ばして。下校した生徒達の動向を探らせる。

最悪だ。

飯山と、もう一人。

クラスのスクールカーストで最下位にいる、樋野彰子という女子生徒が、連絡が取れなくなっている。

家にも帰っていないし。

携帯も通じない。

まずい。

飯山のグループの女子数人も、同じようにして、連絡が取れない。

つまり、飯山のグループは。

根こそぎ、黒魔術に関与していると見て良い。

実際に悪魔が出てきているかよりも。

今は。

生け贄にされた子が、殺される前に。

現場を押さえる方が先だ。

飯山の写真を確保。

気が強そうな女子だ。勉強も相応にできるらしい。アメリカで言ういわゆるジョックという奴だ。

スクールカーストの悪しき伝統は、日本の学校にも輸入され始めているが。

此奴は典型的な、周囲を従えて、そして調子に乗って取り返しがつかない事をやらかしていく阿呆だろう。

小暮を促して、外に。

指笛を吹くと。

すぐに式神達が戻ってきた。

小暮には、式神は、薄ぼんやりしたものにしか見えていないようだけれど。

その中には。

この間、おしりぺんぺんして手下にした、ニセバートリーも混じっている。凄く不満そうな顔だけれど。

逆らえば同じ目に会うと思えば、とてもそんな気にはなれないだろう。

ちなみに私は、能力が年老いても衰えないタイプらしく。

年を取って私が弱くなってから復讐、と言う手段も執れない。残念でしたざまあ見ろ。

「此奴を見たものは」

「数人で連れ立って、アッチの方へ行ったわよ」

「手分けしてすぐに探せ」

意外にも、ニセバートリーが見ていた。

此奴は人を殺しかけた前科持ちだ。

極限までこき使ってやる。

すぐに式神を全部飛ばして、調べさせる。

後、もう一つ二つ、手を打っておくか。

「学校が隠していた、兎の件で通報も入れておくか。 変質者が出没している可能性が高いとな」

「手数を増やすんですね」

「違う。 気付かれたことを気付かせる」

そうすれば、行動にも出る。

其処を突く。

下手に動かれない方が、此方としても困る。

それに警官が増えたら躊躇する。

押さえてしまえば。

後はどうにでもできる。

兎を殺したり、黒魔術の生け贄にして人を殺そうとしているのも事実なのだから。

 

3、悪魔

 

チョークで書かれた魔法陣の真ん中には。小柄で気が弱そうな女子生徒が。猿ぐつわをかまされ。後ろ手も足も縛られて転がされていた。そしてそんな扱いをされているにも関わらず。

目は熱に浮かされたようで。

抵抗しようというそぶりも。

絶望も見えない。

「さあ、貴方は悪魔と一つになるの。 そして大いなる魔王様を孕んで、この世に産み出すのよ」

「おお……」

熱に浮かされた声。

完全にカルトだ。

郊外の廃屋の中で。

そのおぞましい儀式が行われていた。

周囲は血の臭い。

飯山恵の他に、四人の女子生徒が、それぞれ血のついたナイフを手にしていて。

転がっているのは、喉を切られた鶏と兎。

どれも、女子生徒がバイトで稼いだお給金で、ペットショップから買ってきたものばかり。

勿論ペットショップで買った以上どうしようと勝手だが。

しかし、このような有様を見れば、愛好家は嘆くことだろう。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」

呪文が始まる。

そして、目に狂熱を宿した女。

飯山恵が。

魔法陣の中に足を踏み入れる。

それが、絶対の禁忌とも知らずに。

小柄な女子生徒が。

手も足も拘束を引きちぎり。

猿ぐつわを取る。

かあと口を開けた彼女は。愚かな獲物に。今まさに、飛びかかろうとした。

その瞬間。

その場にいる全員に。

私の言葉が、叩き付けられた。

「喝!」

ドカンと、その廃屋が揺れる。

私が一喝すると同時に。

糸が切れたマリオネットのように、飯山恵以外の全員が倒れ伏した。此奴は気付いていただろうか。自分以外全員が、示し合わせて行動していたことに。

呆然としている飯山を、即座に小暮が取り押さえる。

すぐに腕を掴み、床に叩き付けて。ナイフを落とさせ、そして手錠を掛けた。

「殺人未遂の現行犯で確保。 先輩、やりました」

意味を成さない悲鳴を上げる飯山だが。

実はここからが本番だ。

「すぐに全員抱えて退避しろ。 此処からは私がやる」

「了解であります!」

小暮が、魔法陣の中に入らないように気を付けながら、五人を抱えて外に出る。手錠を掛けたままの飯山もだ。飯山は何か意味を成さないわめき声を上げていたが、無視。あれは後でたっぷり尋問した後、少年院行きだ。

まともな裁判は通らない。

どのみち、「連中」にとっては捨て駒。

証言もロクに出ないだろうし、少年院に放り込んでおしまいである。

後は、前のように。

証拠隠滅をさせないように、しっかり見張る必要がある。

前は救急車を装った連中の手先に、主犯を持って行かれてしまうところだった。一瞬早く小暮が、救急車がおかしい事を看破しなければ、多分そのまま消されていただろう。

さて、此処からだ。

魔法陣の中で、立ち上がる、ヒトの形をした何者か。

それが日本には存在しない、神に対抗するものであり。

一神教の変遷に従って、その存在を変え。

古くは日本で言う鬼神のような。あくまで神側の存在でありながら、扱い次第では恐ろしい禍を為す存在だったものから。

神の敵であり。

人間を試す存在であり。

全ての悪を押しつけられ。

神の慈悲で生かされているという設定にされた、もの。

魔神と昔は呼ばれ。

今は悪魔と呼ばれている存在。

魔王や堕天使ではなく。

日本人が平均的にイメージする、ぼやっとする悪魔と言う存在を。都市伝説によって、具現化させたものが。

樋野彰子に取り憑いている。

その負の感情をエサにして。

体を依り代にして。

それは今。

悪魔として、この世に降臨しようとしていた。

「もう少しだったのに」

「あのクズの喉を噛み裂いて、この世に降臨できた、か?」

「その通りだ。 全て台無しにしてくれたな。 私の人生を滅茶苦茶にしてきた彼奴を、踏み台にできたのに」

「それではあのクズと同レベルだぞ。 あんなのと同じになりたいか」

コートを投げ捨てる。

上着のボタンを幾つか外す。

いい加減な魔法陣は踏み荒らされ。既に悪魔が好き勝手に出られる状態になっている。

実は魔法陣は、外に悪魔を呼ぶパターンもあるのだが。

都市伝説によって呼び出された、悪魔のようなものにすぎない此奴だ。

そんな厳密な定義なんてどうでもいい。

そもそも、厳密に言えば。

神学そのものが、言ったもの勝ちの世界である。

それぞれが好き勝手な説を唱え。

それが後世では「正当」とされるいい加減な世界。それが言霊によって具現化するのが怪異。

だから此奴も。

ある意味正しい悪魔、ともいえた。

雄叫びを上げる樋野彰子は。

既に目を煌々と赤く光らせ。まさに鬼相としか言いようが無い凄まじい形相で。

全身から黒いオーラを噴き上げ。口元には、鋭い牙さえ覗いていて。

とても人には見えなかった。

此処からは小暮にはとても対処できない。

そういえば、あの時も。

学校に巣くっていた怪異が。このようにして。黒幕をたきつけたのだった。

そして、其処に更にややこしい要素が加わったことにより。

警察でも、事件の概要が把握できなくなった。

私が派遣されなければ。

本当に取り返しがつかない事になっていただろう。

自分としては、捜査一課で、怪異と戦い続けたかったのだけれど。今も、それは未練として大いにあるけれど。

事件で死者をあれ以上増やさなかったこと。

それだけは満足している。誇りにもしている。警官として、仕事をできたとも思っている。

「代わりに貴様を喰らっ……」

踏み込むと同時に。

顔面に拳を叩き込んだ。

私より数センチ大きい樋野彰子だけれど。一撃で首ががくんと折れ。そして、膝を突いて、地面に突っ伏す。

黒いもやが、その全身から立ち上る。

私の正拳は。当たり所が良ければ、精々私より二十センチ背が高い男を悶絶させる程度の威力しかないが。

怪異に対しては。

見ての通り一撃必殺だ。

「私を何だって?」

「お、お前、人間……!?」

黒いもやの首根っこを掴む。

それこそ、鶏の首を締め上げるように簡単だ。

ひいと悲鳴を上げる悪魔。樋野彰子の体から出てきた悪魔は、もや状の体が人のように見えるだけの存在で。

迫力も威圧感も、威厳もなかった。

情けない事この上ないが。

正体を暴かれれば、怪異は力を無くす。これは洋の東西を問わない事実だ。ましてや此奴は。

急造の。

おそらくは実験用の代物に過ぎないのだ。

「ば、ばけもの!」

「お前が言うか」

真言を唱えると。

悪魔の全身に電気ショックのようなダメージが走る。これは私が母から習った、怪異に痛みだけを与える真言である。ちなみに母のオリジナルだ。

母は怪異に拷問をするエキスパートであり。

私もそのテクニックを、直に教わっている。

拷問にはやり方が色々あるけれど。

希望と絶望を織り交ぜ。

相手が予想できないこと。

恐怖を増幅すること。

この二つがコツだ。

今回は恐怖を用いる。圧倒的な暴力という、恐怖によって、相手を精神的にねじ伏せるのだ。

「次はこの五倍な」

「ちょ、やめ、たすぎゃあああああああああああ!」

もう一撃。

もやなのに、ぐったりするのが露骨に分かる。

勿論手加減している。

こんなクソザコ、手加減しないと一瞬で蒸発してしまうからだ。怪異というのは、妖怪を代表するように。

条件が整わなければ、力を発揮できない。

条件さえ整えば、それこそ集落を丸ごと壊滅させるようなことだってできるけれど。

逆にそれができなければ。

見ての通り、私のデコピン一発で消し飛ぶような代物でしかないのだ。

この世に物理的な怪異は存在しない。

例えばドラゴンとかクラーケンとか、そういった化け物はいない。

いるのは、精神に起因する怪異。

怪異が問題を起こすときには。

依り代がいる。

物理的にはなにももたない、精神の世界の住人。それが怪異というものなのだと、私は幼い頃から知っている。散々戦い続けてきたから。

だから私には。

そいつらは、無力なのだ。

「次は二十倍」

「いやああああああ!」

「情けない悲鳴を上げるな」

「助けて! 何でも喋る! だから止めて!」

人を殺そうとしておいて。

あまりにも情けない発言をする悪魔に私は嘆息すると。わざと痛みを五十倍にして、真言を叩き込んだ。

ぐったりした悪魔は。情けなくも白旗を揚げる。

「何でも命じてくださいご主人様。 私めをイヌとお呼びください。 靴もお舐めいたします」

「じゃあイヌ。 靴はどーでもいいから質問に答えろ。 お前を作ったのは誰だ」

「よく分かりません。 黒服の男達と、なんか知らない子供です。 男達が教師の何人かと話して、金を渡して、噂を流すように仕向けていました。 子供が何か細工していました」

「やっぱりな」

意外な話かも知れないが。実は都市伝説の流布源は、教師である事が多い。

修学旅行などで、創作好きの教師が広めた話が、一気に都市伝説として拡がっていく。これはどの学校でもよく見られる事だ。

だから学校ごとに特色が出る。

勿論子供の噂として拡がっていくケースもある。

だがその過程には。

だいたいの場合、大人が関与している事が多いのだ。

高校生くらいの場合も、それは同じ。

教師の名前を聞き出すと。

私は札を取りだし。

悪魔をそれに封印した。

コレで終わりだ。

完全に伸びている樋野彰子。

ショートカットで、小柄で、気が弱そうな女の子。男子からは喜ばれそうな容姿だけれども。

実際には、こういう子は、女子のカーストでは最下層だ。

男子に人気が出る場合などは最悪。

それこそ、真綿で首を絞めるようなイジメが待っている。

さぞや苦しかっただろう。

ましてやジョックが仕切る女子グループに入れられて、色々とさせられていたとなると。下手をすると、体を売らされたり。万引きをさせられたり。

そういったことも、あったかも知れない。

だからこそ、悪意の餌食になった。

いつも最後に餌食になるのは弱者なのだ。

だから私は、食い止めた。

警察の応援が来た。

倒れている樋野彰子を視線で指す。小暮も息を切らして、なじみの刑事数人と一緒に、救急車を連れてきてくれていた。

後は救急車で、病院までつきそう。

この事件を仕組んだクソ共に。

好き勝手はさせない。

手を払っている私に。

小暮がハンカチを差し出してきた。

「いつもお疲れ様です、先輩」

「怪異なんてものはな。 正体さえ露見すれば、誰にでも打ち破れるものだ」

「そうなのですな」

「ああ、そうなんだよ」

今回の場合は。

歪んだ学校の人間関係がそうだ。

女子の仲良しグループの実態。

醜悪な人間関係の果てに。

餌食になった一人の哀れな女の子。

そしてそれを。

さらなる悪意が食い物にした。

それにしても、またしても学校を実験に使ったか。

やはり、都市伝説が産み出す言霊の力が、どれほどの方面まで作用するか、実験して確かめていると見て良いだろう。

私も、生半可な相手に遅れを取るほど柔では無いが。

それでも、相手の出方次第では。

狙撃されたり、襲撃されたりする可能性もありうる。

油断だけは出来なかった。

「小暮、悪魔というのは何だと思う」

「悪魔ですか? どうにも言葉が大きすぎて、自分には分かりかねるのであります」

「それで正しい。 例えばインド神話のアスラ神族は悪魔と呼ばれる事も多いが、神話では善政を敷いたと明言されている者もいる」

「悪魔が善政を……」

そういうものだ。

近年の、一神教の思想により。悪魔と言う存在は、人間の悪徳を片っ端から押しつけられた感がある。

だが、それはもともと。

扱い方がとても難しい。

人の心の奥に巣くうものを意味していたのではなかったのか。

「悪魔と言うのは、人間の中に巣くうもののことだ」

「先輩の言葉は深淵ですな」

「そうかも知れん」

苦笑すると、引き上げることを告げる。

後は現場検証班の仕事だ。

周囲には、殺された動物のまだ温かい死体も散らばっている。動物虐待の容疑でも、飯山恵は逮捕されるだろう。

いずれにしても、あの学校には、一度大きくメスを入れる必要があるだろう。

これ以上生徒をくだらない陰謀のオモチャにさせるわけにはいかない。

伝手は幾つかある。

私は嘆息すると。

小暮が用意してくれた車に、乗り込むことにした。

 

4、学校へ

 

再び、私立花峯高校へ戻る。

行方不明になっていた生徒を全員確保。

そして、飯山恵を逮捕。

それを校長に告げると。

校長は真っ青になった。

「殺人未遂……」

「どうやらこの学校、一度しっかりメスを入れる必要があるようですね」

「まて、まってください」

「待たない。 良いですか、学校は未来ある子供達を育てる場所だ。 大人の面子のために存在する場所じゃあない。 そんな場所で、子供達が未来を奪われるような事が起きている事を……」

私は、敢えて一旦言葉を止める。

そして、居並んでいる教師達に向けても。

声を張り上げた。

「見過ごせると思うか低脳どもが! 教師の何人かも、黒魔術なんてくだらないものが流布されるのに荷担した者がいる事が判明している! 既に飯山と他の生徒達も吐いたから覚悟しておけ!」

既に名前も分かっている。

意識が戻った樋野彰子が、全てを話したのだ。

彼女はこうもいった。

仲間はずれにされるのが、怖かったと。

気弱だった彼女は。

例えどれだけ悲惨な目にあっても。グループからはじき出されることが、怖くてならなかったのだ。

案の定、万引きや、犯罪の片棒を担ぐことまでさせられていたらしい。

それらも全て証言が取れている。

そして、飯山恵は。

学校のPTAトップの娘だ。

それもあって、教師も此奴を好き勝手させていた。

この学校の体質が、この事件を起こした。

勿論事件を起こさせたのは、黒幕のクズ野郎だが。事件を起こす土壌は、最初から。そう、前の事件。

こっくりさんを利用したイジメに始まり。

壮絶な終わりを遂げたあの事件の時には。

既にできていたのだ。

小暮も険しい顔をしている。

今、学校教育が崩壊寸前なのは事実だ。

無茶な労働時間に、強制される長時間の部活動。そして、それらで給金が出ることなどない。

そのような有様で。

教師達も精神を病んでいるのはよく分かる。

だが、子供達にその闇を押しつけてどうする。

改革が、必要だ。

この市の顔役である飯山の親は、どのみちこの件で終わりだ。警察としても、情報を隠蔽する気は無い。

マスコミに大々的に公開する。

PTAトップの座を利用して、娘を学校の暴君に仕立てていた。

これだけで充分。

ましてや殺人未遂まで起こしている。

飯山家は破滅である。

これに関しては、何ら同情に値しない。

もっとも、この事件で、人を何人も殺し掛けた黒幕も許す気は無い。まだ手は届かないが。

いずれ、ぶっ潰す。

顔面を平らにして。

内臓を全部口から吐き出させてやる。

 

学校を離れると。

反吐が出そうな顔をしている私に。

小暮が車を運転しながら言う。

「大変な一日でありましたな」

「まあな」

「お疲れでしょう。 また美味しい店に案内しましょうか」

「いや、今日はこのまま帰る。 気を遣ってくれてすまないな」

さて。

これで何件目か。

奴らの陰謀を散々ぶっ潰してきたが。

そろそろ向こうも此方に目をつけ始めるはずだ。

怪異が相手なら、何が出てこようと勝てる自信はある。だが、問題は、物理的なものが襲ってきた場合だ。

例えばライフルの弾。

そういうものは、怪異に対して相性が最悪。

勿論私にも、である。

ただし、どうやら黒幕どもは、何かしら別の主敵と戦っている雰囲気がある。私に構っている暇があったら。其方に対して攻撃を仕掛けるだろう。

それが何かは分からない。

味方かも分からない。

だがいずれにしても。

まだ味方が足りなさすぎるのだ。

最寄り駅で降ろして貰って、小暮に礼を言って別れる。小暮は此処からもう少し行った所に、小さなアパートを借りて暮らしている。

ちなみに小暮には妹がいて。

たまにあっているそうだ。

写真を見せて貰った事があるが。

長身である事を除くと、ごつくてしかくい小暮とは似ても似つかない。何でも劇団に所属しているらしく。

相応のルックスの持ち主だ。

私ももう少し背が欲しかったなと。

その写真を見たときに思ったものである。

周囲を警戒させていた式神が、耳元で囁いてくる。

「悪意をもつものは周囲にいません」

「警戒続行」

「ラジャ」

そうこうしているうちに。

メトロは家の側の駅に着く。

私も今は実家では無く、マンション暮らしだ。

中古のマンションだが、一応元は億ション。まあいわゆる曰く付きの家で、安く手に入れることができた。

ちなみにその曰くは。

入った当日に処理して、手札に加えた。

なお、今報告してきたのがその曰くである。

タチの悪い地縛霊だったのだが。

まあ相手が悪かった、という事だ。

なお逆らうと、今日悪魔かっこわらいに流した電流と同じダメージが入るようになっているので。

どの式神も、私には忠実だ。

マンションに着く。

堅牢な造りだが、襲撃を警戒して、周囲の要所には式神を手配している。そいつらに何かがあった場合も、私には分かるようになっているので、まあ滅多な事で遅れを取ることは無い。

ちなみに私の実力を知って、楽にして欲しいと訪れる悪霊はかなり多いので。

そういうのに対処する事は、結構多い。

まあ浄化するくらいなら簡単なので。

大した手間では無いが。

ただ寝ているときに叩き起こされると、流石に私も不機嫌になる。

今日は幸いいない。

適当にビールを開けて、ちびちびやりながら、ぼんやりしていると。

その内眠くなってきた。

今日は、もう休むか。

一日で事件が綺麗に片付いた。

それを喜ぶとしながら。

 

私立花峯高校で起きた事件は、今でもよく覚えている。

無自覚な愛情を持つ幼なじみの男女。その二人を引き裂き、イケメンだった男子を取りあげようとした悪女が仕込んだイジメ。

自殺。

しかし、自殺者の心臓は。

ドナー提供されて。別の人間の中に入った。

臓器にも意思はある。

その別の人間は。

帰国子女として、私立花峯高校に戻ってきた。

そして悪女を、あらゆる方向から追い詰めていった。

もともと私立花峯高校には、タチの悪い怪異が働いていて。悪女を利用して、己の復活を目論んでいた。

私が出向いたときには。

そいつの本体を引っ張り出した誰かが。死闘の真っ最中だったが。

私達の所にまでは、表向き影響は出なかった。私が中和していたからだが、まあそれはどうでもいい。

一緒に来た監察医の式部人見と、本格的に知り合いになり。なんだかんだで腐れ縁になって、協力関係になったのもこの時。

彼女はオカルト否定派だが。

目の前で起きたことを否定するほど阿呆でも無く。

結局私を、不思議な力を持つ何者かと認識して、興味を持ってくれている。

人見がこっくりさんがオカルトでさえなく。

ただの暗示による代物であると喝破。

更に怪異が粉砕されたことで。

全てが終焉に向いて動いた。

悪女は、隙を見て、幼なじみから引きはがした男に告白したが。男は拒否。そして悪女を。

幼なじみから心臓移植され。

その意思も託されていた帰国子女が。

刺した。

死には到らなかった。

結局の所、今でも悪女は、数人の自殺を指嗾したとして、少年院にいる。

刺した帰国子女は。

精神病院に通いながら、学校に通っている。

事件前後、数ヶ月の記憶が曖昧で。

とても罪に問える状態ではなかったからだ。

これらの事件が全て見過ごされたのも。

学校が生徒達に目を配らなかったため。

生徒達が愚かしかった事も理由としてある。

だが、自殺者が出たり。

それを誘発しかねないイジメが起きているのに。

本格的な対応を取ろうとせず。

面子のために隠蔽しようとした学校に、最大の問題がある事は、言うまでも無い事実なのである。

胸くそが悪い。

私も学校には、良い思い出がない。

だけれども、少なくともイジメは受けなかったし。

逆にイジメを行っていた男子の顔面を平らにしてやった事はあった。

親の権力で相手の親は黙らせ。

いじめっ子は逆にその日から、いじめられっ子に転落した。

自業自得だと思ったが。

胸くそは最悪。

人間は子供の頃からこうなのか。

怪異を産み出すわけだ。

そう、その時には思ったものだった。

目が覚める。

愛用の光るパジャマから着替えると、小暮に連絡を入れる。出る前に、病院にいる樋野彰子と会っていくと。

これも立派な仕事だ。

「分かりました。 犬童警部には、自分から伝えておくであります」

「頼むぞー」

なんで犬童警部に連絡を入れないかというと。

あの人は、携帯に出ないのだ。

ちなみに小暮の前に連絡を入れたけれど。

案の定出なかった。

それでいながら、仕事には出てくるので、謎と言えば謎だ。まあその辺り、詮索してもやぶ蛇になるだけだろうと思っているので、私は口出ししない。

自家用車で、マンションを出る。

病院へは、それほど時間も掛からない。

 

警護つきの病室で。樋野彰子は、俯いたままだった。

よく分かっていないのだろう。

ただ、分かっているのは。

薄ぼんやりとした意識の中で。

悪意に塗りつぶされていたという事。

周囲は全て操り人形。

飯山恵を除いて。

それが滑稽で仕方が無く。

殺そうと近づいてくる彼奴を、殺せると思うと。小便が漏れそうなほど嬉しかった事。

これらの事は。

例の悪魔に聞いて知っている。

何しろ、意識を同調していたのだ。

全て分かっていたのは、当たり前の話だ。

私が手帳を見せて、警護にどいてもらい、病室に入る。

まだ回診は来ていないらしい。

警察病院だから、色々と厳重だ。

窓もカーテンが掛かっている。

狙撃を防ぐためである。

「樋野彰子。 君の身柄を確保した風祭警部補だ。 よろしく」

「……」

俯いたままの樋野彰子。

だが、私が、知っているはずのない事を話すと。

びくりと身を震わせた。

黒魔術。

そして、最初にそれをやった時。

自分に何かが取り憑いたこと。

怪奇現象が起きたときゃっきゃ喜んでいる周囲の中で。圧倒的な力が宿ったことを感じて。

そしてほくそ笑んだこと。

それらを看破された樋野彰子は。

私を見た。

それでいい。

まずは此方を見させることからだ。

「貴方は、何者ですか」

「黒魔術が実在するように、それに対抗できる存在もいる。 人間が怪異を造り出したように、人間が造り出した怪異をたたきつぶせる人間もいる。 そういうことだ」

「……凄いんですね」

自嘲気味な笑み。

何もできず、心身ともにぼろぼろになっていく日々。でも、怖くてグループから離れられなかった。

自殺も考えた。

だけれども、できなかった。

怖かったのだ。

それに、迷惑を周囲に掛けることも嫌だった。

「私、弱くて、それで」

「強くなれるものが強くなろうとしないことは罪悪だ。 だが、弱いことは仕方が無い」

「……」

「今回のことを教訓にするんだな。 弱い者には、それを食い物にしようとする邪悪が近づいてくるものだ。 マスコミには余計な事を一切喋るな。 一応近づけないようにはしておくが」

後は、幾つか確認する。

樋野彰子は、誰も見ていなかった。

悪魔については、うっすら覚えているという。

甘い言葉で、色々囁き。

様々な力を与えてくれた。

実際、異常なほどの力を振るう事が出来たときには。今までに無い興奮と喜びを覚えたという。

コレが自分なのか、と。

だがそれは違う。

「今、君の体はボロボロだ。 なんでだと思う」

「それは、悪魔が……」

「違う。 自分の能力のリミッターを外して動かしていたからだ。 怪異といっても、所詮は人の心が造り出した存在に過ぎない。 凄い力を出せたと思っていたのは、単にリミッターを外して、限界以上の力を出していたからにすぎないんだよ」

俯く樋野彰子。

私は、嘆息すると。

病室を出た。

 

病室の外では、人見がいた。

話を聞いて、様子を見に来たらしい。

私とは正反対のルックスだ。

清楚系の和風美人だが。背はすらっとしていて、スタイルも素晴らしい。これで男ができないのは、あまりにも「できすぎる」からだろう。

「また、不思議な事件が起きたようね」

「前と同じ集団催眠だ」

「……そういうことにしておくわ」

彼女もまた、監察医という仕事上。樋野彰子と話をする必要があるのだ。

入れ替わりに、病室に入る。

出てくるのを待っていたのは、幾つか話をしておこうと思ったからである。

結局の所。

この世で最悪の悪意をもつ存在は、人間でしかありえない。

そういう意味では。

私は決して、この世界で最強とは言えない。

人見とは連携を強めていきたい。

そのためには。

幾つか、お互いに。確認をしておかなければならなかった。

 

(続)