フラワーガーデン

 

序、お花を育てよう

 

山奥の一軒家。

此処が私の家だ。

家の隣には、大きめのビニールハウス。とはいっても、21世紀にあったようなものではない。

ビニールハウスという名詞は色々な理由から残ったけれど。

現在のビニールハウスは、完全気密で、中でデリケートな植物を育てるために使う、ハイパーテクノロジーの塊だ。

私は黙々と朝一に起き出すと。

ビニールハウスに足を運ぶ。

人口は既に十二億を切っているこの時代。

土地問題は解消されている。

当然の話で、土地なんてゴミのような価値しか無いからだ。

みんな地球を出て行ったし。

残っている者も、変わり者ばかり。

広い土地を占有しようにも、広すぎて何をどうしていいかも分からないくらい。更にトラブルが起きるくらいなら、さっさと地球を出て、別の星に行けば良い。

色々な理由から。

人類はその凶暴性を克服。

その結果、銀河系を統治している連合政府に認められ。今は宇宙進出を果たしている。

そんな中でも。

地球に残っている変わり者はいる。

私はその一人だ。

まだ寒いが、こればかりは仕方が無い。まあ凍死しない程度に、周囲に温暖化バリアフィールドを張る。

古い時代は毛皮やらを纏って寒さを凌いだのだろうけれど。

今の時代は、周囲の環境を限定条件で変更できる。

服に小さな気温操作装置がついていて。

それで快適な状況を作れるのだ。

でも、今は冬。

せっかくだから、ある程度寒さを楽しもう。私は白い息を吐きながら、黙々と雪が積もった道を歩く。

なお、靴には重力制御装置がついているので。

すっころぶ心配もない。

西暦は既に廃止されたけれど。

それは800年も前。

今の時代は、宇宙に地球人類が進出してから、更に1000年も経過している。それでも地球に残っているのは。

みんな変わり者ばかり、という事だ。

私の土地も、昔の人間が聞いたら驚くほどの広さ。そこに今は。

私一人で暮らしている。

必要ないのだ。

子孫が欲しいなら、クローンで幾らでも作れる。

遺伝子のプールもあるから、ある程度操作もできる。

昔と違って地球人は凶暴では無いので、開示された技術だけれども。これは昔の地球人だったら、絶対に悪用していただろう。

私は今の時点で子供が欲しいとは思わないけれど。

政府は私の遺伝子を登録しているし。

どっかで私の子供が暮らしている可能性はある。

まあ興味は無いけれど。

ビニールハウスに入ると、ゆっくりと服についている環境調整装置が、気温を周囲に合わせていく。

これは体調を崩さないためだ。

こうして体調を崩さないように。

今では、人間の周囲に、様々なシステムが自動展開している。一説には、その数は千とも二千とも言われているけれど。

実際の数については、よく分からない。

というのも、ブラックボックス化されている技術も多いので。

それ故に、私にも、その全ては分からないのだ。

さて、棚を見に行く。

私は幾つかの植物を今育てているが。

そのもっとも力を入れているのが、食虫植物だ。

とはいっても、地球産のものではない。

他の惑星で。

非常に強力な食性を示す植物が繁殖している場所があり。

其処で採取された植物を研究しているのである。

勿論直には触れない。

今、この棚に並んでいるのは、「熊喰い」と呼ばれる種類の植物で。

実際に、熊を補食するほどの戦闘力を持っているが。

空間を圧縮して小型化しているため、今の時点での見た目はハエトリグサくらいしかない。

しかしながら、その性質は獰猛かつ凶暴。

探知範囲に獲物が入ると。

一瞬で触手を伸ばし。

更に猛毒を注入。

一気に相手を仕留める。

この毒針は、60センチの鋼鉄板を貫通するほどの威力があり。毒もテトロドトキシンである。

その濃度はふぐ毒の500倍とも言われていて。

文字通り熊でもひとたまりも無い。

そして強靱な触手で獲物をたぐり寄せると。

自分の中に放り込み。

消化液で溶かすのだ。

この消化液は、非常に強力な酵素で、生半可な酸よりも遙かに早く肉を分解してしまう。

何も知らずに近づけば。

人間なんてあっという間におだぶつ。

それほど危険な植物なのである。

勿論、私に危険は無い。

作業は全てロボットアームが行うし。空間圧縮だけでは無く、時間圧縮もしている。

仮に事故が起きても。

このビニールハウスは、瞬時に私以外の時間が凍結されるし。

今の私の着ている服には、瞬間的に攻撃を防ぐシールド機能もついている。

熊喰いは、確認されているだけで三十種類以上存在しているが。

そのいずれもが、全長三十メートルを超えるサイズで。しかもエサが無い場合は、自分で移動までする。

宇宙には、色々凄い生物がいるもので。

例えテクノロジーで武装していても危ないので。

このビニールハウスには、とても強力なテクノロジーが使われて、周囲と隔絶させているのである。

状態をチェック。

目視でもチェックするけれど。

それ以上に、空間にタッチパネルが立体映像としてあり。

操作する事で、あらゆるステータスが出る。

熊喰いの周囲の時間は操作されていて。

それぞれの熊喰いが、違う時間の中で生きている。

例えば、一番大きいものは、既に七百年以上も生きている。

多年草なのだ。

なお、エサとしては、普通に肥料が足りていれば、獲物を襲わなくても良いし。

人工蛋白を与える事もある。

どれだけ獰猛な生物でも。

腹が減っていなければ、わざわざエサを食い散らかしたりしない。

まあ一部餌を食い散らかす奴もいるが。

それは厳しい環境で、エサを得られない者が。たまたまエサがたくさんいる場所に出る、などといった特定条件下で起きる事。

人間の基準で言うと、意地汚いとか。

性格が悪いとか。

そういうのは、動物には当てはまらない。

というか、植物にもだが。

こういうのは一種の擬人化で。

あまり好ましい擬人化ではないと、私は考えている。

いずれの熊喰いも、おかしな状態にはなっていない。

チェックを終えた私は、次の棚に写る。

次の棚に並んでいるのは。

ドーム状の空間防護で守られた、通称ヤマアラシツリーだ。

文字通り凄まじい量の棘を、丸っこい本体から生やしており。

これも一種の食虫植物である。

丸っこい本体からは、無数の根が周囲に伸びていて。

これが蜘蛛の糸のような、一種の探知装置として機能する。

そしてこの探知装置が。

誰かが範囲に入った瞬間。

起動するのである。

具体的には、棘が得物のいる場所へと発射される。

この棘は、一つが長さ三メートルもあるもので、それこそ熊喰いの触手が可愛く思えるほどの貫通力を誇る。

熊喰いは毒で相手を殺すが。

ヤマアラシツリーは、相手を刺し殺すのである。

棘の発射速度はマッハ2に達するが。

これは発射の際に、独自の化合物が体内で生成されるからで。

100℃近いガスを外敵に噴出するミイデラゴミムシのように。

凄まじい熱と爆発力を用いて、TNT火薬以上の爆発力を発揮。

鋼鉄板など軽々貫通する恐るべき破壊力を持って、獲物を仕留める。

そして、この棘には、強靱な伸縮する触手が付帯していて。

刺し殺した獲物を引きずり。

根元まで引っ張ると。

そこで「調理」を行う。

簡単に言うと、特定の器官から消化酵素をぶちまけて。

獲物を溶かすのだ。

そうして溶かされた獲物は。

栄養たっぷりの肉汁となり。

骨まで完全に溶かされて。

ヤマアラシツリーの養分になる。

これも同じ惑星の出身生物だが。

危険すぎて動物は何も近寄れず。この惑星における生態系では、ある意味で頂点に立っているのだ。成長しきった個体に限るが。

熊喰いのように移動しないことだけは救いだが。

最初の調査チームが、展開していたバリアーにダメージを受けた程で。ハイパーテクノロジーで生成されたバリアーにダメージを与えた生物として、特一級の危険生物リストに登録されている。

そのため、今も棚に並べられてはいるけれど。

実際には危険すぎで触れないので。

空間的に隔離され。

内部に作られた特殊合金のロボットアームで操作し、調整を行うのである。

何種類か存在するが。

最大のものは、直径十メートルにも達することがあり。

円形のため、その圧迫感は凄まじい。

このヤマアラシツリーが生息する惑星は、大型の肉食獣もたくさん生息しているのだけれども。

それらでも、このヤマアラシツリーには絶対近寄らない。

それほど危険な存在なのである。

なお、此奴は栄養が足りていようがいまいが、反応すれば即座に獲物を刺し殺すので。近づくだけで危険である。

状態を確認。

ヤマアラシツリーは、案外栄養不足に弱く。

大型の個体になりづらい、というのが特徴か。

その代わり、栄養は一度摂取すると、蓄えてしばらくは生きている事が出来る。

なお、棘の射程距離は800メートルにも達するため。

何も知らずに近づいた動物は、容赦なく串刺しにされる。

ヤマアラシツリーのもう一つの弱点は、繁殖力が弱いという事で。

種を作るのに最低でも二十五年掛かる。

小さい内は、この生物が存在する魔境のような惑星では、それでもエサにされてしまう事が多いので。

成熟するにまで至る個体は、現地では意外なほど少ないそうだ。

いずれにしても。

二十を超えるヤマアラシツリーは、いずれも良好な状態に保たれている。問題が発生すると、栄養を自動で注入したり、ロボットアームで調整するので、まあ問題はないといえばない。

此方としては。

状態を確認するだけだ。

次の棚に向かう。

あくびをしながら、次の棚を見て回る。

しばらくは、別に空間隔離するまでもない、普通の植物が並ぶ。

地球も色々あって。

既に野外には自生していない植物も多い。

あの旺盛な繁殖力で知られるミントも実はそうだ。

土壌の性質が変わった事で。

色々と、どうしようもない変化が起き。

あれだけ他の植物を侵略することで知られたミントは、あっというまに滅亡へと向かって行った。

今では、こういう一部のビニールハウスで育成が行われているけれど。

それも私のような研究者がやっているだけで。

野外に出しても、すぐに枯れてしまう。

昔ミントと言えば、強力な除草剤を使わなければならないほど、危険な繁殖力を持っていたのだが。

それも昔の話。

栄枯盛衰とは、儚いものだ。

ミントの植木鉢は、昔の地球を再現した土のため。

みっしりぎっしり繁殖しているが。

コレも外に出せば、あっという間に枯れてしまう。

それを考えると、ちょっと面白い。

さて、更に奥に行く。

ふわりと、抜けるような感覚。

当然だ。

空間の位相をずらしているのだから。

此処からは、更に一段階危険な植物を育てていて。

データも慎重に取っているし。

監視システムも、警戒レベルが一段階上がる。

「警告します。 気を緩めず、監視に当たってください」

「分かってる」

ヤマアラシツリーと同じように、空間を隔てて育成している植物なのに、こんな警戒を促すガイドが流れるのだ。

それだけ危険で。

ヤバイ植物だと言う事である。

最奥に並んでいるのは、空間を隔離され。

なおかつ圧縮された植木鉢。

ドーム状の空間が展開されている中には。

何かどす黒いもやもやが浮かんでいた。

一応分類としては、植物に当たるのだが。

この黒いもやもやは。

なんと全てが細胞である。

空間中に、細胞を展開することで、この不定形を保ち。

近くにいる生物を見つけると。

どっと襲いかかり。

全ての細胞から、凄まじい強力な酵素を流し込んで、一瞬にして骨も無くなるほどに溶かしてしまう。

その名も、黒い雲。

殺戮を行う事に関しては、宇宙屈指の。

超危険植物である。

細胞の一つでも外に出るとまずいので、何重にも空間隔離していて。

しかも、育てているこのビニールハウスは、位相までずらしている。それくらいの危険植物なのだ。

私もライセンスが無ければ。

絶対に触ることも、見る事さえも許されないだろう。

この植物というか、植物の群体は。

一つ一つの細胞そのものが危険という超特級危険生物で。

此奴の細胞を一つ吸い込んだだけで。

体内から消化されてしまう。

ヤマアラシツリーや熊喰いとは別の惑星の生物なのだけれど。

此奴は繁殖力も高く。

惑星全域に生息していて。

此奴が支配している地表には、ある例外を除いて他の生物は存在していない。

というか、地表に出るだけで即死と同義だからである。

そのおぞましすぎる圧倒的な繁殖力で、惑星を黒く染めていることから。

黒い雲と名付けられ。

そして今でも、危険隔離惑星として、扱われている。

この生物がいるだけで、である。

実際問題、不用意にこの惑星に入り込んだ調査隊が全滅した過去があり。

ハイパーテクノロジーでも油断できない危険な存在、という事である。

あらゆる有機物をエサとする上、際限なく増え。

弱点であるのは、光がないと成長できない、ということだけ。

逆に、光がない場所に入ると(体内など)、爆発的に繁殖して喰い破り、外に脱出しようとする性質も持つため。

危険極まりないのだ。

どのようにして、このような超危険生物が誕生したのかは、正直な所まだ研究が進んでもよく分かっていないのだけれど。

私は研究者の一人として。

これに様々な条件で刺激を与えて、調査をしている。

熊喰いやヤマアラシツリーは、此奴に比べればまだまだ可愛い方。

これに関しては、一部の研究者が、様々なライセンスを持った上で、ようやく扱う事が出来る。

それほど危険な存在なのだ。

私は今日のデータを取るが。

ロボットアームに集っている黒い雲を見て嘆息。

ロボットアームがエサを持ってくるのを学習したのだろう。

おぞましい事に、知能まで備えているのだ。

群体学習能力、とでもいうべきだろうか。

だから、もしもの事を考えて、位相をずらしているのである。此奴がこの空間から出たら、それこそ生態系が消滅するからである。

此奴を育成しているため。

このビニールハウスは、衛星軌道上からも。

彼方此方の軍基地からも。

監視されている。

もしも何かあったときには、反物質爆弾で消去する事さえ行われる。

まあその時は私も一緒にドカンだが。

それはまあ、仕方が無いだろう。

データを確認すると、一旦外に出る。メディカルチェックは、ビニールハウスの出口で全てやってくれる。

小さくあくびをすると、私は呟く。

今朝の仕事、終わりと。

 

1、植物学者のお仕事

 

色々な不幸な出来事の末に。

ようやく地球人類は、宇宙に進出することを許された。

それくらい危険な生物だと認識されていて。

実際にその通りだったからである。

SF映画に出てくる醜く残虐なエイリアンは、地球人そのものだ。地球人がもし進歩せずに宇宙に出ていたら。

あれら醜いエイリアンと同じ事を確実にしていただろう。

侵略し。

奪い尽くし。

くらい尽くす。

滅ぼし尽くし。

何もかも否定し尽くす。

それが地球人だ。

自分と価値観が違うだけで、滅ぼすことを何ら躊躇しない。その全ての尊厳を否定して、正義を誇る。

そういう生物だった地球人に。

幾つかの不幸な出来事が起きた結果。

地球人は、強制的に変わった。

結局、その獰猛な性質は抑えられ。

銀河系を支配している連合政府に迎えられた地球人は。今は宇宙の各地で、平穏に他の種族と交流し。

特に問題も起こさず過ごしている。

私の所にも。

時々、そういう別の星に行っている地球人から、連絡が来る。

だいたいの場合は、仕事だ。

研究成果についての問い合わせか。

それとも新しい植物の受け入れか。

私の場合、食虫植物専門だ、と言う話はしているが。一応、絶滅危惧種の復活なども手がけているので。

それらの仕事が来ることもある。

いずれにしても、今は余裕がある時代だ。

誰もが自分を使い潰しながら働いていたような時代もあったらしいけれど。

少なくとも、今は違う。

私はゆったりとした生活をしているし。

生物としての寿命も既に200年を超えている。

しかも記憶をクローンに移植することが出来るので。

既に地球人類からは。

寿命の概念も無くなっていた。

「やあ山岡さん。 久しぶりだね」

「どのようなご用件で」

「実は、稀少植物をそちらで保全して欲しい」

「うちは食虫植物専門ですが、構いませんか」

構わない、と相手はいう。

というか、最近発見された珍しい食虫植物だそうだ。

なるほど、それなら私の所に連絡が来るのも頷ける。食虫植物専門の研究施設はあまり多く無いし。

うちほど、危険なのを積極的に受け入れている場所も、あまり多くは無いのだ。

「それで、性質について教えていただけますか」

「海中に生息する食虫植物でね」

「海中に」

光が届かない深海だと、そもそも植物はあまり育たない。

植物の定義は色々と決められているが。

どれだけたくましい植物でも。

光がない、という条件が来てしまうと。

どうしても、色々と成長は厳しくなる。

養分があればどうにか、という話もあるが。

それでも限度があるのだ。

すぐに、細かいデータが送られてくる。

それは通称、フロートツリー。

海面に漂う植物で。

海面にいるが故に、光合成を行う事が可能だという。

性質としてはそれほど獰猛ではないが。

毒性のある触手を海中に垂らし。

それに触れた魚を餌食にする。

ある意味クラゲのような生物である。

植物である事を除けば、クラゲそのものと言っても良いかもしれない。いずれにしても、面白い生物だ。

これは最近開発が入った惑星で見つかった植物だそうで。

まだ研究があまり進んでいないそうである。

それはそうだ。

外部記憶を使っている私も、聞いた事がなかった。

話を聞くと、どうやら連合に最近所属した星間国家の領土にいる生物だそうで。それならば、研究が進んでいなかったのも納得である。

いずれにしても、こんな珍しい生物の研究を任せて貰えるのは。

色々な意味で光栄だ。

とにかく、話は受ける。

それと、受け入れ体制を、作らなければならない。

まず、ビニールハウスの調整。

空間の彼方此方を弄って。

サンプルを受け入れる体制を作る。

まずは、サンプルを置く場所だが。

これもまだ研究が進んでいないという事で、最高レベルのセキュリティを施す。空間は別個にするし。

何より位相もずらす。

まだ研究が進んでいないと言う事は。

どれだけ危険な性質を秘めているか分からない、という事だからだ。

ビニールハウスの中は、複数の位相で区切っているが。

いずれの位相も。

その気になれば、中の植物ごと、2000万度ほどの熱で焼却することが出来るようになっている。

これは大げさかも知れないけれど。

黒い雲のような超危険生物の研究をしている事を考えると。

仕方の無い措置なのである。

可哀想ではあるけれど。

もしも外に脱出でもされたら。

それこそ何が起きるか分からない。

外来種を安易に持ち込むと。

生態系は壊滅するケースが多い。

この外来種の持ち込みを、一時期は安易に行っていた時代があるらしいのだけれど。今から考えると、正気とは思えない。

それこそ、悪夢の所行である。

準備を進めていると。

続報が入ってきた。

フロートツリーの生息している海に関する情報だ。

海そのものの再現は難しくない。

閉ざされた空間内に、水を満たすだけだからだ。

実際問題、それは技術的にもどうと言うことも無く。

今だと、ちょっとした操作で簡単にできる。

水の成分調整も簡単だ。

昔は水族館のような大型設備が必要だったのだが。

今はこの通り。成分の調整も、全てオートで実施することが出来る。

到着は三日後。

それまでには、準備は整う。

此方としては、ビニールハウスの調整と同時に。

政府や監視施設にも、通達を出しておかなければならない。

この時のルールが一つある。

新しい種類の生物を研究する場合。

危険性は「アンノウン」にするというものだ。

これは、安全そうに見えたり、無害そうに見えた生物が。実はとんでもない危険生物で。結果として大きな被害を出した、というケースが過去に何度もあったから、である。

故に、性質がまだはっきりしていない生物については。

どれだけの犠牲を払っても、最悪の場合は焼却する。

その心構えでいなければならない。

残酷なようだけれど。

そうしなければ、どれだけの悲劇が起きても不思議では無いのだ。

通達完了。

向こうもAIで返答をしてくる。

アンノウンの受け入れ。

受け入れ体制の状況確認完了。

念には念を入れ、注意して対応してください。

その返事を受け取ると。

私は黙々と。

新しい食虫植物の受け入れをするべく。

そして、どんな姿をしているのか楽しみにしつつ。

物資の到着を待った。

 

今時、宇宙空間は空間転移で移動するのが普通だが。

惑星の大気圏内では、通常飛行を行うようにと、通達が為されている。これは一種の不文律だが。

実際には、通常飛行をしないと事故を起こしやすい。

大気圏内のでの空間転移は事故のリスクが大きく。

下手をすると、戦術核並みの爆発が起きるケースもある。

そんな事故になれば、ハイパーテクノロジーで守られていても、無事ではすまないケースも多いし。

何より今のテクノロジーなら。

惑星の大気圏内で、わざわざ空間転移を使うまでも無い。

すんなりどことなりに飛んでいけるので。

別に気にするまでも無いのである。

とにかく、VTOL機がうちの敷地に着陸。

中から降りてきたのは。

カエルそっくりなおっさんである。

地球人では無い。

水が多い惑星の知的生命体で、地球の言葉では発音しがたい。

そのため、翻訳機を互いに使って会話する。

なお無線では、AIで自動的に翻訳してくれるので、その面倒も無いのだが。

「やあ山岡さん。 今回は面倒な仕事を引き受けてくれてありがとう」

「いえ、食虫植物の研究は生き甲斐ですので」

「それは良かった。 それでは、此奴をお願いします」

そういって、小さなカプセルを手渡される。

中には圧縮された空間。

勿論手で触っても大丈夫なように、カプセル化しているのだ。

「そこまで危険では無いと思いますが、念には念を入れてお願いします」

「分かっていますよ」

流石に空間の壁を貫通して攻撃してくる植物は、今まで例がないし。

位相をずらした空間から脱出したケースも無い。

位相をずらしている場合、それこそ別の次元にいるのと同じなので。

漫画でも読んでいるのと同じで。

それこそ漫画の側から、読者に干渉することは一切出来ない。

もし出来るとすれば。

それは生物の領域を超えている。

生物の領域を超えている存在も、今まで宇宙で何種類か確認されてはいるようだけれども。

それらについても大丈夫なように、複数の予防線を張っているのだ。

勿論、だが。

それでも駄目な場合もある。

人間が作るものに完璧なものなどありえない。

予防線があるから大丈夫。

それはいわゆる死亡フラグだ。

研究者は、オート催眠学習で、最初に叩き込まれる。

油断は絶対にするな。

特に動植物を研究する学者は特にだ。

相手がどれだけ弱そうでも。

相手がどれだけ哀れみを誘っても。

聞くな。

未知の相手には、徹底的に冷酷になれ。

そうしなければ。

喰われる。

殺される。

実際、そうして研究対象に情が移った結果、命を落とした学者は珍しくも無いというのだから。

これらの鉄則は、守らなければならない。

カプセルを引き渡すと、取引先はさっさと引き揚げて行く。

VTOL機も、昔はすごいジェットを周囲にぶちまけていたらしいけれど。

今は静かで。

周囲に影響も無い。

重力操作技術が発展した今。

ジェットなんて使う必要もないのである。

ひゅんと空に消えていくVTOL機を見送ると。

私は。

ビニールハウスに入った。

用意しておいた環境に移動。

新しく増設した空間に。

棚が並んでいる。

今回受け取ったサンプルは十二株。

いずれも圧縮空間に隔離し。

その中に擬似的に再現した海に浮かべて観察する。

エサは普段摂取しているとみられる、体内から採取されたサンプルをベースに作った人工蛋白。

それに、フロートツリーが生息している惑星に降り注ぐ光。

これは恒星から分析して。

完全に同じ光が当たるように調整している。

昔の檻に入れた動物たちとは違う。

故郷と完全に同じ環境を再現しているのだ。

とりあえず、フロートツリーはいずれも弱っている様子も無い。

カプセルに閉じ込めている間は、時間も止めているのだから当たり前だが。

この様子なら、今の時点では問題ないだろう。

後は設定をして行く。

AIによる支援を受けながら。

バイタル系の正常を確認し。

それを維持するするように、自動監視システムを組む。

複数のロボットアームを配置し。

それが侵食されないようにも設定を行う。

いずれもタブレットからちょっとした動作で出来る。

この辺りは、研究が非常に楽になっていて助かる。

昔のこういった生物を研究する学者は。

それこそ命がけだっただろう。

今はもう。

直接触れなくても良いし。

生物の方にも、負担を掛けなくて良いのだから。

一通り作業が終わったところで。

あくびをしながら、ビニールハウスを出る。

もしも問題が起きた場合。

アラートが直接私の所に届く。

まずは、膨大なデータを取らなければならない。

だから基本的に、フロートツリーの入っている圧縮空間の中は、時間も超高速で進めている。

そうすることで、数千年単位のデータを、あっという間に取る事が出来るのだ。

その間の分析についても。

AIに全て任せてしまう。

楽と言えば楽だけれど。

逆に言うと。

人間では、もうこれ以上細かくやれない。

先人達が苦労して育て上げたAIが。

此処からの、細かい作業を行い。

ヒューマンエラーによるミスを無くすのだ。

人間は指揮を執るだけ。

それが今の研究のスタイルである。

家に戻ると、ベッドに転がる。

そしてタブレットを操作して、立体映像を出す。

今の時点で、どの植物が何をしているか。

ビニールハウスの外から、見る事も出来るのだ。

なお、精神干渉を行う植物などの場合、こういう映像をみるだけでも危険なケースがあるのだけれど。

それについては、過去の事例が役立つ。

精神干渉についてはシャットアウトする仕組みが確立されているのだ。

いずれにしても、どの植物も好き勝手している。

植物は動かないというのは、地球の一部でしか通用しない常識。

地球でも、限定的に動く植物はいるし。

宇宙規模で見れば珍しくも無い。

なんと知的生命体にまで進化した植物も実在している。

そういうものだ。

ざっと見た感じ、問題は無い。

いずれにしても、ちょっと疲れた。

キッチンに指示を出して、食事を作らせる。

栄養が偏らないように注意した食事が出来るまで二分半。

出来てきた食事を口に運んでいると。

何となくだが。

とても、空虚な気分になった。

何だか、直接触っていない植物は。

本当にその場にあるのだろうか。

そう思えてきたのだ。

だが、あれら食虫植物は。

宇宙的なレベルで見ても、極めて危険なものばかりなのである。

情を移すな。

情を移すと、大事故につながる。

ヤマアラシツリーの針に貫かれたら、万が一も助からない。

熊喰いの毒を受けたら、ひとたまりも無く死ぬ。

ましてや黒い雲に包まれたら。

一瞬で骨も残らず溶けてしまう。

今自分が研究しているのは、そういう相手達なのだ。

情を移すな。

もう一度、自分に言い聞かせる。

そして、頬を叩いた。

研究者だ。

自分は。

研究者なのだ。

それを、もう一度、自分にしっかり叩き込む為に。

 

2、会話

 

深々と青い海。

フロートツリーが生息していた海は、とことん面白い環境だ。

この不思議な植物が生息していた惑星は、90%が海という、非常に水が豊富な惑星であり。

残った陸地も、いずれもがとても小さい。

しかもそれら陸地は。

どれも浮島なのである。

水に浮く、比重が軽い石で出来た陸地で。

大きな質量が乗ると、沈んでしまう。

このため、フロートツリーの惑星は、知的生命体が入植せず。

資源を採取するために。

衛星軌道上に、コロニーが作られ。

基本的に其処から無人機を飛ばし。

無人機による資源採取が行われるという、不干渉の星だった。

フロートツリーに関しても、この惑星の全土に生息している訳では無く。

南極付近の一部の海にしかいない。

故に発見もされなかったのである。

生態に謎も多い。

例えば、フロートツリーはどれもがかなりの距離を置いてそれぞれ存在していたという話で。

基本的に、どうやって繁殖していたのか分からないと言う。

胞子を飛ばしていたのか。

それとも株で増えていたのか。

それらを研究するのも、私の仕事だ。

なお、フロートツリーの遺伝子は保存してあるので、死んでしまっても最初から培養すれば良い。

命に対しての感覚が。

今は昔と、根本的に違うのだ。

さて、様子を確認。

植物には半永久的に生きるものがいるが。

フロートツリーは寿命が百五十年ほどのようだ。

地球の時間に換算して、である。

今の時点で、既に二十代目に突入している。

繁殖行動をしていないか、モニタリングもしているのだが。

少なくとも単独生殖はしないようだ。

生物によっては、自分のコピーを作り出して、単独で生殖が可能なものがいるのだけれども。

フロートツリーは違うらしい。

大きさについても、長さ十メートル、幅二メートルほどにまでしか成長しない。

これはさほど大きいとはいえない。

動物だったら大きいが。

フロートツリーは植物で。

しかもそれほど凶暴な肉食性でもないのである。

まあ食虫植物だし。

魚を食べもするが。

それでも、獲物は大型の魚では無い。

毒性も、それほど極端には強くない。

私は腕組みをすると。

色々とシミュレーションの結果を見てみる。

また、遺伝子が違うフロートツリーを同じ空間に入れる実験もしてみたが。

その途端、距離を取り始め。

あっという間に、それぞれが離れてしまった。

触手を使って、低速ながら泳ぐのだ此奴らは。

故に、距離を取る。

そして時間加速をしているから。

あっという間に距離が離れる。

勿論数を増やそうともしないし。

寿命が尽きるまで、結局新しい個体は誕生しなかった。

はてさて。

困った。

性別が存在していて、両方とも同じなのか。

しかし、全部の株の組み合わせを試してみたのだけれども、結果は同じなのである。結構な遺伝子プールを調査したのだけれど。

これはどうしてなのだろう。

頭を捻って考えていると、調査用のAIが、面白い結果を出してきた。

「環境の調整が十分ではないのでは」

「光のパターンは一致しているし、大気組成や海の成分も擬似的に再現しているでしょう?」

「それが、一つだけ再現できていないものがあります」

「何」

エサだという。

確かに、その海に生息している魚と同じ成分の人工蛋白を作って与えているらしいのだけれど。

完全に「そのもの」ではない。

「ひょっとすると、生物を介して繁殖をするタイプの生物では」

「なるほど、受粉に昆虫を使う植物と同じタイプだと」

「はい。 接触を避けるのは、大きさが7%違うだけで相手を危険と認識して距離を取るサメなどでも見られる行動です。 或いは雌雄同性体やそれに類する生態の持ち主で、食糧にしている魚に、何かしらの鍵があるのでは」

確かにそれはそうか。

しかし、この水域で生息している魚。まあ正確には、魚に近い生物だけれども。それはざっとデータを取り寄せたところ、確認されただけで350種類を超えている。しかも、生態系を作るとなると、動物プランクトンや植物プランクトン(に類する)生物も取り寄せなければならないだろう。

さて、困った。

どうするか。

「遺伝子解析は」

「収斂進化の結果、地球の生物と似ていますが、遺伝子の構造は解析し切れていません」

「解析できる?」

「時間が必要です」

少し考え込む。

その後、現地の調査班に連絡。これを採取したチームのメンバーに、メールを送信した。結果、色々と分かったのは。

向こうも何にも分かっていない、という事だ。

そもそもこれが食虫植物であるという事さえ、最近になってやっと判明して。珍しい流木、くらいに考えていたのが。

地引き網式に周囲の生物サンプルを取得したところ、魚を補食する植物だと言う事がわかって。

それで此方に調査を依頼してきたらしい。

なるほど、完全に白紙か。

まあ、それならそれで良い。

今は宇宙が全体的に安定している時代である。こういう珍しい生物の研究に、リソースを割く私のような人間がいてもいいだろう。

これは面白い植物だ。

家にある解析器。まあ古くはスパコンとも言われていたそれを活用して、解析をさせる。

それと同時に準備をする。

出来るだけ完璧に再現した生体ロボット。

つまりこの植物がエサとしている魚をできる限り再現したものを泳がせてみて、どう捕食するかを観察し。

それによって、この植物がどう生きているのかを。

リアルタイムで調べるのだ。

エサを与えるだけでは。

きちんとした生物として機能しない。

そういうケースは確かにある。

三千年ほど閉鎖空間で育成してみて、まったく繁殖行動が見られなかったのだ。

それならば。

きちんとした状況を用意して。

色々と、解析してみたい。

これは、私と。

この植物との会話だ。

 

解析を進めながら。

生体ロボットを擬似的な海に放してみる。

その間、勿論他の食虫植物についても研究を続ける。今の時代、血を吐くような労働をしなくても、別にみんな食べていける。

一生仕事をしないで過ごす人間も珍しくない。

争う必要がないのだ。

資源はあるし。

労働そのものは、殆どが自動制御で行われる。

それに学問についても、催眠学習の技術が発展した結果、今の時代では昔の学者並みの知能を、全ての人間が備えている。

地球人は強制的に変わったが。

その結果、地球にあった問題は殆どが解決した。

これに抵抗した人達もいたけれど。

結局の所、これだけ暮らしやすく。

なおかつ今まで起きていた致命的な問題が殆ど発生しない現在の満足度は非常に高く。そしてなおかつ、誰も異議を唱えない。

一部の原理主義者が、昔ながらの生活をしているコロニーを作っているそうだが。

それは非常に閉鎖的な環境になっていて。

其処から脱走して、「普通の」生活をする地球人も多いそうだ。

実際査察が入る度に問題が起きていて。

今や地球で抱える唯一の紛争地域、とまで言われる。

もっとも、昔の紛争と違って。

血が流れることはまず無いが。

データを取得。

生体ロボットに、フロートツリーが反応。

捕食。

捕食する際の動きなどのデータは、最低限送られては来ていたのだけれど。これについては、機械的に行っているらしい。

いわゆる自動反応である。

ハエトリグサなどが、特定の条件で葉を閉じるのと同じように。

触手がエサを判別。

捕らえる、というわけだ。

後は体内に運び。

消化液で溶かして、栄養に還元する。

人工蛋白でも普通に反応するので。

特に、魚として動いているモノに、何かしら特別な反応をする、というわけでは無い様子だ。

エサとして投入した魚ロボットを捕食させはしたが。

繁殖の様子は無い。

ひょっとして、空間が狭すぎるのかと思ったが。

基本的に、それぞれが充分な距離を保てるように、圧縮空間については調整を行っている。

実際問題、距離を取っている個体についても、端と端、というわけでもないし。

これは少しばかり悩みどころだ。

解析結果をAIが出してくる。

それによると。やはり、まだ分析が足りない、という結論が出てくる。まあこれについては、仕方が無いだろう。

ふむ、と私は唸る。

さて此処からどうするかが問題だ。

しばらく考え込んだ後に、過去のデータを引っ張り出してくる。

他の生物が繁殖に必要な場合。

どういう条件があるかの一覧だ。

AIに整理させて、ざっと見ていく。

地球の生物の場合もそうだが。

他の惑星の生物についてもそうだ。

それらのデータをまとめさせる間。

私は、ヤマアラシツリーの方を見に行った。

ヤマアラシツリーは、ある程度成長すると、もの凄く美しい花を咲かせるのである。地球の植物の花とはちょっと目的が違うのだけれど。

目を引く鮮やかなスカーレットで。

その巨大さも凄まじい。

形状は、薔薇に似ている重なり会った花弁で。

この色も。匂いも。

宇宙でも希な珍しさである、と絶賛される代物だ。

ヤマアラシツリーは、棘だらけの球体の上に、数日掛けて伸びた茎が、つぼみをつける。

そして、そのつぼみが、はじけるようにして開く。

これはどうやら、内部に爆発する気体を、生成しているから、らしい。

激しい開花をするヤマアラシツリーは。

その美しい花を、愛好家が欲しがっていて。

丁度収穫時期になったので、稼ぎどころだ。

別に今の時代は、稼がなくても生きていけるのだが。

それでも、欲しいと言う人がいて。

私は作っているので。

収穫して売る。

ロボットアームで収穫する際に、ヤマアラシツリーは激しく抵抗するのだが。それでも合金と、バリアで守られたロボットアームには抵抗できない。

直径三メートルに達する巨大な花が。

一つの株につき一つだけ出来る。

面白いのは、花が出来たときには、既にその中に種がある事。

これをそのまま放置しておくと。

やがて果実になる。

この果実は、花とは裏腹の醜い形状で、猛毒があるため食べる事も出来ない。無数の棘を持つ、親とそっくりの姿で。

ロケット弾を撃ち出すようにして、周囲に種をばらまくのだけれども。

それはそれ。

摘み取った後。

時間停止加工をして。

更に毒物などを完全に取り除いて、安全な状態にした後。

種が出来ていないか確認し。

出来ている場合はそれも除去する。

最終的に出荷するのだが。

愛好家は何年も予約を入れているので。

出せば売れる、という代物だ。

ウチ以外でも栽培をしている所はあるらしいし、もっと大規模にやっている場所もあるそうだけれど。

事故が時々起きるので。

それでも、危険な事には代わりは無い。

熊喰いも、花をつける。

この熊喰いの花が面白い。

熊喰いは、適当な所まで成長すると、一度ぱっくりと左右に割れるのである。

割れた中から出てくるのは、無数のつぼみ。

これを、ショットガンのように空中にばらまくのだ。

ばらまかれたつぼみは、高度2000メートルにまで達し。

其処で爆裂して、更に多数のつぼみになる。

そして、その後は。

それぞれが、その場で花になる。

花は六枚の花弁を持つ、平均的な形のものだが。

これはヘリコプターのローターのように回転しながら、気流に乗って彼方此方へと拡散していく。

熊喰いは栄養さえ与えておけば問題なく繁殖活動を行い。

圧縮空間の中でも、定期的にこうやって花をばらまいていくので。

愛好家としては収穫がとても簡単だ。

今もさっと収穫して。

密閉。

そして売る。

花の段階では、熊喰いは何ら危険は無いのだけれど。

ただし種は取り除く。

花が出来た段階で、既に種が備わっているのだ。

この辺りはヤマアラシツリーと同じか。

しかしながら、どれほど強力な熊喰いでも、花の段階では非常に弱く。

毒があっても関係無い。

この惑星の空には、この時期無数の飛行生物がいて。

射出された花を餌食にする。

それこそ、射出された花の99%が、即座に食べられてしまい。

更に地上に降りた頃には、其処でも獲物を待っている動物たちが、口を開けているのである。

かくして、熊喰いは、それそのものは強大ながら。

繁殖可能な個体にまで成長するまで、生き延びる者は殆どいない。

更に、である。

繁殖の時に真っ二つに割れる事からも分かるように。

その時点で、殆どの個体が力尽きる。

繁殖させないように調整することで、永く生きさせることも出来るのだけれども。それは趣味の世界だ。

餌を与えていれば、そのまま普通に繁殖してしまうので。

花を収穫する、という点では。

難易度は低い。

ちなみに花はごく普通の代物なので、売り物としてはヤマアラシツリーに遙かに劣る上に。

爆発的な繁殖力があるため。

間違っても、専門知識のある人間が加工したもの以外は、持ち込めないようになっている。

当たり前の話で。

こんなものが適当に持ち込まれて、繁殖でもしたら。

それこそ、人の十人や二十人が簡単に死ぬ。

専門の駆除業者が出てこないと、対応出来ないだろう。

さて、これら売り物には一応なる食虫植物に比べて。

黒い雲はかわいげがまったくない。

此奴はそもそも花なんてつけないし。

つくることもない。

繁殖も、勝手に分裂して行うので。

それこそ何もしないでも、勝手に増えていく。

しかしながら、此奴らは頂点捕食者ではなく。

黒い雲を吸い込むようにして食べてしまう強力な生物が生息していることが分かっている。

地上には黒い雲が満ちているが。

その生物は時々地上に出てきて、周囲の黒い雲を吸い込み、片っ端から食べてしまうそうだ。

地上の王者にも、唯一勝てない存在がいる、ということで。

恐ろしい世界である。

いずれにしても、その生物の酵素を研究した結果、黒い雲はその気になれば一瞬で除去できることも分かっているし。

必要以上に怖れる事も無い。油断は絶対にしてはいけないが。

状況を確認。

問題なし。

更に、他の棚も見て回る。

他の棚にあるのは、空間圧縮して隔離しているとは言え。

いずれも普通の植物ばかりだ。

ミントや、他にも絶滅しかけた植物も多いが。

既にビニールハウスの中でしか繁殖できない生物になってしまった蘭の仲間や。

或いは、生息域が自然界にはなくなってしまったシダ植物など。

いずれもが、厳重管理されている。

昔、こういう稀少植物を育成していると。

何故か、殺虫剤やら除草剤を撒きに来る犯罪者がいたらしいが。

そういう連中は、今のセキュリティの前には無害だし。

そもそも、私以外はこのビニールハウスには入れない。

私の広大な敷地にもだ。

入った時点で、警備用のロボットが警告をして。

それでも出て行かないようなら拘束。

即座に警察に突き出す。

それでも対応出来ないようなら、軍から警備ロボットが派遣されてくる。

宇宙海賊、なんてものはとっくの昔に絶滅しているし。

どれだけ強力な犯罪組織も、軍には勝てない。

今の時代は安定しているため、なおさらだ。

あくびをして、ビニールハウスを出る。

外はまだ明るい。

昔の農家は、朝早くから夜遅くまで仕事をしていたらしいけれど。

今はこんなものだ。

私も結局の所、趣味の領域を超えていないレベルで仕事をして。そして満足する事も出来ている。

収入だってある。

金の使い路なんてあまりないけれど。

それでも今の生活に。

私はあまり。

不満を抱えていない。

フロートツリーにようやく変化が出たのは、翌朝のこと。

徹底的に調べていた結果。

ある種の魚を再現した生体ロボットに。

ようやくフロートツリーが反応したのである。

 

3、落葉

 

不意に、フロートツリーが劇的な変化を始めたと言う連絡を受けて、私はビニールハウスに急ぐ。

ちなみに変化が始まった時点で、圧縮空間の時間を止めているので。

内部に変化は無い。

急いで朝早くから見に行くと。

AIが説明してくる。

「フロートツリーの内部で、恐らく種と思われる物質が大量に生成され始めています」

「繁殖の兆候?」

「恐らく」

なるほど。

すぐに対応をそのまま続けさせる。

時間の停止を解除。

そうすると、フロートツリーは、ある一点から、外見すら変貌し始めた。

膨らみ始めたのである。

ただの流木にしか見えなかったフロートツリーが。

巨大に。

そしてまるで水死体のように。

野放図に大きくなっていく。

息を呑んだのは。

それが美しいとは、とても言えなかったから、である。

「分析」

「現在実施しています。 どうやら、この魚を補食した結果、繁殖を促すホルモンが分泌されたようなのです」

「どれ」

魚というか、それに似た生物だが。

感じとしては、鰯のような小さな魚である。

他の株にも試してみるが。

やはり、この魚を餌として与えると。

繁殖活動を開始するようだった。

さて、どうなる。

見ていると、巨大に膨らみ始めたフロートツリーは。

触手が腐れ落ちて、海中に溶けていく。

分析。

触手が、無害な状態になり。

しかも甘い匂いを発しながら分散していく様子が、克明に記録されていた。中に離している何種類かの生体ロボットが。

ぱくぱくとそれに群がっている。

面白い。

前は自分たちを捕らえる悪魔の罠だっただろうに。

それがエサに一片。

しかも、フロートツリーの触手は、相応に長い。

かなり食べでもあるだろう。

変化は更に劇的に続いていく。

流木にしか見えなかったフロートツリーは。

半透明になり。

その内部には、おぞましく重なりあった何かの卵のような、無数の球体が見え始めたのだ。

これが、種か。

そのまま状態の推移を見守る。

既に直径二十メートルを超える状態にまで成長したフロートツリーは。触手で獲物を捕らえることもなくなり。

そればかりか、動きを完全に停止している。

膨らんでいるのもメタンガスによるもののようで。

ぶよぶよとした外皮は。

完全に流木にしかみえなかった過去の姿が、信じがたいような有様である。

思わず、ほうと声が漏れる。

此処まで面白い姿になるとは、意外だ。

更に巨大化は進み。

そして直径三十メートルに達した頃には。

内部には、ぎっしりと。

卵状の種が詰まっていた。

これが眼球に似ているため。

ある意味、地球でいうなら、蛙の卵を思わせる。

非常に不気味な姿だが。

それはあくまで地球人の感覚だ。

彼らにとっては。

これが繁殖のための形態なのだと考えれば。

不気味だとか気持ち悪いとか言うのは、失礼に当たるだろう。相手は植物だろうが、生物なのだから。

データを取る。

そして、ある一点を超えたところで。

フロートツリーは。

爆発した。

内部にあった種らしきものも、一斉に全部吹っ飛んだ。

何か失敗したのか。

そう思ったが、そうは思えない。

というのも、大量に溜まったメタンは、分析の結果内部の器官がせっせと製造していたことが分かっているし。

この爆発も。

メタンが外皮を吹っ飛ばしたのでは無く。

内部に空気を吸い込んだあげく。

着火したのだと判明したからだ。

着火のメカニズムについては、爆発の瞬間を確認した所。

どうやら、火打ち石のような原理で。

内部の堅い器官を、高速で打ち合わせているらしい。

中々に面白い仕組みだ。

とにかく、キノコ雲が上がるほどの爆発が起きて。

水面に激しい衝撃波が走る。

そしてばらまかれていったのは。

今の爆発で。

潰れた風船のようになった。

大量の種だ。

種はそれこそしおれたような姿になっていたが。

それを、せっせと魚たちが食べに来る。

今の衝撃波で死んだ魚も。

あわせて一緒に、だ。

なるほど、ひょっとすると。

これが繁殖なのかも知れない。

しばらく監視を続行する。

だが、残念な事に。

今回は此処まで。

生体ロボットの中で、種が何かしらの変化を起こすことは無く。そのまま、消化され。消滅してしまった。

 

何回か同じ実験をした後。

AIが提案をしてくる。

爆発する過程については、既にデータをまとめて、提出を澄ませている。

政府のデータベースに、珍しい植物の繁殖レポートとして登録され。途中までながらも、中々に興味深い結果が得られていると絶賛されていた。

それはどうも、としか言えないが。

兎に角、第一段階は成功した。

考えてみれば、今まで私は、熊喰いにしてもヤマアラシツリーにしても、黒い雲にしても。

条件さえ整えば、簡単に繁殖する危険植物さえ育ててこなかった。

フロートツリーは気むずかしい。

特定のエサを取らないと繁殖を始めない。

更に繁殖を初めても。

其処からまた、条件がある。

AIの提案はこうだ。

「ある種の寄生虫の中には、宿主を点々としながら、成長していくものがあります」

「ああ、なるほど。 ひょっとして、成長するのに必要な宿主が、また別に必要、ということ?」

「そうなるでしょう」

「面倒だな……」

まあ、そもそもだ。

あまり熱心に開発されていなかった惑星で見つかった生物だ。

こういう面倒な事態になる事は想定されていたのだし。

今更ぼやいても仕方が無い。

兎に角、黙々と作業に取りかかる。

まず、考えられるのは。

今入れている魚たちよりも、上位の捕食者、という事だ。

かなり大型の魚を再現した生体ロボットを入れる。

これについては、中間宿主である事を想定している。

AIの出してきた仮説だが。

フローツリーは、そもそもその上位捕食者のエサとなる魚がいる事を確認してから、繁殖を開始。

繁殖と同時に、種をばらまく。

大量の魚が同時に死ぬが。

それを食べに上位捕食者が姿を見せる。

そして上位捕食者に食べられることで。

種は発芽。

或いは何かしら形態を変え。

そして繁殖するというものだ。

なるほど、興味深い説ではある。

私も同じようにして、幾つか説を出してみたが。まあ一つずつ試してみるのが、一番良いだろう。

何種類か用意した上位捕食者の生体ロボットを入れて。

また繁殖活動を再開させる。

やはり、特定のエサを取ると。

フロートツリーは、元が同じ生物とは思えない強烈な姿へと変貌していく。人によっては恐ろしくて、夢に見るかも知れない。

だが、これはフロートツリーにして見れば、ただの繁殖活動。

余計なお世話、と言う所だろう。

順番に繁殖活動を進めさせ。

そして、爆発するのを見届ける。

それにしても、強烈な爆発だ。

コレはある意味。

一種のダイナマイト漁なのかも知れない。

とにかく、爆発の時。

フロートツリーの本体も、木っ端みじんに消し飛んでしまうので。この植物は、繁殖と同時に死を迎える。

今まで、危ない綱渡りをしていたというわけだ。

まあこういう綱渡りをする動植物は珍しくもないので。

フロートツリーが特別、というわけでもない。

勿論最初は上手く行かない。

安易に大型の捕食者、というのがまずいのかも知れない。

コストが掛かるのは承知の上で。

更に小型の魚も入れてみる。

魚以外の。

色々な捕食者も入れてみる。

しかしながら、それでも。

中々繁殖が始まる様子は無い。

大半の生体ロボットは、この自然ダイナマイト漁とでも言うべき激しい爆発の後。巻き込まれて死んだエサと、ばらまかれた卵を食べに来るが。

どの生体ロボットを調べても。

食べた後、普通に消化されてしまっている。

多分考えは間違っていない。

それについては、私とAIの見解は一致していた。

しかしながら、これからどうすればいいのだろう。

悩みながら、うろうろと歩く。

此処まで苦戦させられるのは初めてだ。

結局、既に100種類以上の生体ロボットを投入し。

擬似的な生態系まで再現している。

逆に繁殖に必要な魚だけを入れている圧縮空間もある。

条件を様々、入れ替えながら。

既に相当回数。

実験を続けているのだ。

圧縮空間の中で、既に爆発は6000回以上起きた。

だが、それでも。

未だに、繁殖は発生していない。

困った。

これは、どうしていいか分からない。

これ以上、投入する生体ロボットを増やしても、あまり意味がないような気がしてならないのだが。

だからといって、これ以上どうすれば良いのだろう。

しばし悩んだ後。

発想を転換することにする。

ひょっとしてあの爆発は。

失敗なのではないのだろうか。

 

新しい成果だと思っていたものが、実は袋小路だった。

それはよくあることだ。

自分でも理解していた。

あまりにも劇的な結果だったので。

どうしても、それに目が行っていたのだ。

しかしながら、爆発で種が全部吹っ飛んでいるのも、また事実。もしこれが失敗なのだとすると。

どうして失敗を意図的に引き起こしているのだろう。

AIに意見を聞いてみると。

少し考えた後、言う。

「学習させるため、ではないでしょうか」

「学習?」

「繁殖条件が整わなかった場合、エサがフロートツリーの周囲で得られると、何かしらの存在に教えている可能性があります」

「……なるほど」

ひょっとして、だが。

そもそも、もっと巨大な捕食者。

それこそ、フロートツリーが存在する海域における王。

最強の捕食者が、中間宿主なのではあるまいか。

ちょっと確認してみる。

魚では無くて、もっとデカイ奴。

魚でもいいけれど。

兎に角デカイ奴だ。

それである程度知能がありそうな生物。

確認をすると。

いた。

全長八十メートル。

地球で言う鯨類に近いが。髭鯨系統の大人しいタイプではなく。積極的に獲物を襲って食べる生物だ。

怪獣映画に出てきそうな化け物だが。

これならば、或いは。

早速生体ロボットで再現してみる。

此奴はこの巨体もあって、愛好家もいるらしく。

研究もある程度進んでいるらしい。

近隣の海域を我が物顔に泳ぎ。

目につく獲物を、手当たり次第に食らっているそうだ。

それならば。

フロートツリーを見れば。

捕食に掛かるかも知れない。

それも、流木状態ではなく。

膨らんだ状態なら、だ。

さっそく調べて見るが。

最初は上手く行かない。

入れた途端、あっという間にその圧縮空間にいる他の生体ロボットを食べ尽くしてしまうのである。

そういえば、地球の昆虫にヘビトンボという大型の捕食昆虫がいるが。

これの幼虫は凄まじい貪欲さで知られ。

此奴がいると、他の昆虫が周囲にいなくなると言われている。

それを思わせる貪欲さである。

「生体密度が薄すぎるとか?」

「いえ、本来の回遊範囲が広い様子です。 この空間では、少し手狭すぎるようですね」

「これでも?」

「ええ、これでもです」

文字通り生物の王という訳か。

仕方が無いので、少し考えた後。

処理能力が倍以上必要にはなるが。

空間を十倍に拡げる。

そして、生体密度も多くする。

結局の所、生態系を完全再現するのが一番早かったか。でも、そうしていたら、そもそもどうして繁殖したのかとか、そういう事も全て分からなかっただろう。

そういう意味で考えると。

今までの試行錯誤には意味があった事になる。

しばらく状況を見ると。

今度はある程度広さも満足できるようで。

いきなりエサを全て食い尽くしてしまうことも無くなった。

さて、此処からだ。

フロートツリーが繁殖行動に入る。

形態を変える。

途端に、怪獣のような巨大生物は。

捕食に掛かった。

体内で爆発されたら死ぬのでは無いかと思ったが。

どうやら最初から流木だとは認識しておらず。

繁殖を開始するのを、待っていたようなのである。

或いは、この怪獣にとって。

この膨らみ始めたフロートツリーは、非常な美味なのかも知れない。あり得る事だ。地球の植物も、美味な果実をたくさんつけるが。

それは種を運ばせるためのエサだ。

フロートツリーの場合は。

それそのものが。

エサになるという訳か。

「分析開始」

怪獣について調べる。

巨大な鯨の、更に巨大すぎるその姿を見ていると。

完全に王という言葉しか当てはまらない。

そしてしばらく。

圧縮空間の中での時間が半月ほどすると。

巨大生物の糞に。

明らかに、成熟した種となった、フロートツリーが確認された。

そうか。

ようやく辿り着く事が出来た。

種となったフロートツリーに関しては、成長の過程は既に判明している。これでも散々研究したのだ。

これで、フロートツリーの繁殖は。

完成したことになる。

完全養殖の確立だ。

さっそく、論文を作る。

同時に、同じような例がきちんと機能するかどうか、散々実験を行う。やはり、かなりの高確率で、

同じようにして、食べられることによって。

フロートツリーは、膨大な種を残すようだった。

 

データを元に、現地の調査団が、監視カメラをセット。

そうすると、どうやら実験の結果は間違っていないようだった。

膨らんでいくフロートツリーは、元が何だか分からないほどの異形になっている。そして捕食され。

糞の中に、種が確認された。

種は糞の中に漂いながら。

その糞そのものを栄養にして、やがて発芽。

そしてフロートツリーとして、成長していくのである。

しかし、まだ幾つか分からない事がある。

分かったこともある。

まず種がこうやった形で、きちんと出来るプロセスだが。

どうやら、捕食する大型動物の体内にある酵素と反応して、あの目玉状のものが、種へと変わっていくらしい。

解剖などもして散々調べたので。

これについてはほぼ間違いないと見て良いだろう。

ただ分からないのは。

目玉状のものは。

酵素を浴びると。

大輪の花となり。

それから種に変わるのだ。

花は酵素で溶けてしまうのだけれども。

溶ける間に、全体が硬化して、種のようになって行く。

この種は、巨大動物の消化酵素を浴びてもびくともせず、そのまま糞と一緒に排泄される。

そして。

最終的には、新しいフロートツリーがばらまかれるのだ。

何故、体内で花になる。

いずれにしてもこの花は、虹色に輝く極めて美しいもので。誰の目にとまることも無い。超大型生物とは言え。

流石に胃袋の中に、大型の生物が住んでいることは無く。

目にしているとしても、それは細菌とかだろうし。

何より細菌がそんなものを見ても分からないだろう。

それに消化されるまでの時間。

種として硬化するまでの時間。

いずれも極めて早い。

人間なども、食べたものはあっという間に消化酵素でドロドロになってしまう。胃酸と言うよりも、酵素の働きによってドロドロになってしまうのだけれども。

フロートツリーを捕食する大型動物も。

胃酸の働きは強烈で。

ものの二時間も経たないうちに種が出来上がる。

逆に言うと。

その強烈な作用を利用して、

あっという間に堅い種を作り上げるのだろう。

不思議な生物である。

論文は発表すると同時に、非常な反響を得た。

更に、生体ロボット化して再現した大型ロボットは、当然動きを止めることも簡単なので。

虹色に輝く大輪の花を、そのまま採取することも可能だった。

今まで。

どの歴史でも、

誰も見た事がない大輪の花。

それは目玉状の物体が、体内で変化したとはとても思えない美しさで。

七枚の花弁と。

肉厚の造りと。

さながら美しい塔を思わせるおしべとめしべ。

面白い事に、フロートツリーは、この目玉になる時点で、自分の遺伝子を弄っていることが判明していて。

種になった状況では。

それぞれ、微妙に異なる遺伝子が、それぞれの種に備わっている事が判明していた。

これも面白い研究である。

どのような生体変化を経て、このような生物が誕生したのかは。

流石に私の知る所では無い。

これから、本職の学者が、調査していくことだろう。

だけれども。

この美しい花は飛ぶように売れて。

私の名前は、宇宙全土に知られるようになった。

別に其処まで凄い事をした訳では無いのだけれども。

今は、仕事をしなくても生きていける時代なのだけれども。

どうしてだろう。

不思議と。

とても嬉しかった。

私は裕福になって。

ビニールハウスを更に拡張することが出来るようになった。

いっそのこと、コッチの星に来ないかと、非常に著名なガーデニングが盛んな星から、声も掛かった。

だけれども。

私は地球の、この家が好きだし。

何より出不精なのだ。

だから、断ることにした。

それに今は、宇宙の距離がとても狭い。

昔、通勤電車というもので。働く人々は、みんな地獄を見ていたらしいのだけれども。今はそんなものはないし。

その気になれば、数時間で他の惑星に行く事も出来る。

地球人が進歩したのでは無く。

宇宙で作り上げられたハイパーテクノロジーが。

危険すぎる生命体では無くなった地球人に提供された。

それだけだ。

後、二種類ほど。

超危険なことで知られる植物を、育成して欲しい。

そういう依頼が舞い込んできている。

普通の植物のガーデニングもしたいのだけれど。

そういうのも、まあ良いか。

私は、快く仕事を受ける。

自分の手に余る分は、ロボットにやらせれば良いし。

作業の手が足りない部分は。

AIに補佐させればいい。

今はそういう時代。

特に私には。

異常な負担が掛かることは無いのだ。

本来誰の目にも触れるはずが無かった、フロートツリーの虹色の大輪。

それを空間的に遮断して、時間も止めて。出荷する。こうすることで、虹色の大輪は永久に色あせず。

触られて痛む事も無く

そして多くの人々を喜ばせる。

ただし、鑑賞した後は、焼却処分しなければならない。

外来生物が、その土地にどんな影響を与えるか分からないし。

フロートツリーは海に住むとは言え、かなり巨大化する食虫植物なのだ。もしも種が発芽して人間を襲ったら。

それこそ惨事になる。

だから、この空間処理は。

無理に解除した場合。

内部が強引に焼却処分されるように処置されている。

しかもその焼却温度は2000万度に達するため。

いかなる生物も生存することは不可能だ。

私は、勝ったのだろうか。

よく分からないが。

フロートツリーとの対話には成功した。

そしてフロートツリーは。答えてくれた。

ただ思う。

フロートツリーにとって。

これは幸せな結末なのだろうか。

密猟などは、絶対に出来ないように、監視システムが働くし。

何よりも、そんな事をわざわざしなくても、非常にお安く手に入る。

更に言えば。

天然物は、恐らく普通に手に入れるのは不可能だ。

あくまで生体機能を一瞬で凍結できる生体ロボットだったからこそ、取り出せるようになったのであって。

実際にフロートツリーを食べる大型生物の腹を割いても。

大輪の花なんて出てこない。

フロートツリーに処置を加えても。

大輪の花を咲かせることは無い。

それを考えると。

密猟はリスクしか無いのだ。

だけれども。

フロートツリーは、これで有名になる。

結局の所、宇宙でも希な美しさを誇る、虹の花を咲かせる事は知れ渡ってしまったのだから。

それが不幸な結果を生まないことを。

私は祈るしか無い。

私が稼ぐことには、あまり興味は無い。

知られる事で、一気に絶滅に近づく。

そういった運命にあった生物は、歴史上枚挙に暇が無い。

今の地球人類は、色々な理由からそれをする事は無い。

だが、それでも。

私は、不安が何処かにあるのを、隠せなかった。

 

4、隠遁

 

私の中に、それはいた。

正確には、私と同じ形をした生体ロボットが、隔離した空間の中で、横たわっている。

面倒な事に。

その植物は、動物の体内に胞子を潜り込ませ。

そしてある時期が来ると。

爆発的に繁殖。

宿主の腹を喰い破って、一気に成長。

花を咲かせるのである。

画像を見ている私だけれど。

幾ら生体ロボットとは言え。

全裸の私が地面に転がされていて。

しかも腹が膨らんでいる様子を見ているのは、あまり気分がいいものではない。しかも、この植物。

非常に地球人類と相性が良いらしい。

少し前に、ある惑星に降り立った研究チームの何人かが、この植物の胞子を吸い込んでしまい。

時間凍結して、緊急手術を行った。

その結果、一歩間違えば死んでいたことが分かったのだが。

同時に、現地では。

苗床から生えている、透明な花弁を持つ、あまりにも美しい造形の花が知られている事が分かった。

それは、死の花と呼ばれていて。

様々な動物の体内に胞子を潜り込ませ。

ある程度繁殖したところで、爆発的に増殖、更に合体して一つの個体となり。

更に全身の栄養を全て吸収して。

一気に腹を喰い破り。

花を咲かせる。

そういう恐ろしい植物だと言う事がわかったのである。

私も、他人の姿をした生体ロボットで実験しても良かったのだけれど。

研究者というか、ガーデニングをしている以上。

最低限の倫理もある。

自分の姿をした生体ロボットで、実験する。

それが結論だった。

しばしして。

私の姿をした生体ロボットが、一気にミイラのようにしなびていく。

そして、腹をぶち抜くようにして、複数の蔓が。

天に向け吹き上がった。

獲物を求める触手のように。

だが、それは一瞬後反転。地面に伸びて。

突き刺さり、獲物を固定。

そして、腹から本命が出てくる。

それはあまりにもおぞましい。

まるで、皮を剥ぎ取った人間のような姿。

しかも、多分生体ロボットの姿そのまま。

つまり私の姿。

皮を剥ぎ取られた自分を見て、気分が良いものはいないだろう。

私も流石に青ざめたが。

そのまま、経過を見守る。

やがて、その人間のような姿は爆ぜ割れ。

一本の茎が出てきた。

その茎の頂点には。

そう、丁度頭があった位置には、つぼみがあった。

それが花開く。

透明で。

あまりにも美しい造形。

地球にあるどの花にも似ていない。

その花は、たとえるなら。

王冠、だろうか。

究極の冬虫夏草とでも言うべきこの危険植物を、実際に繁殖させたのは、私が初めてになる。

まあ現地に行けば、これにやられた動物の亡骸がそこら中に転がっているらしいが。

この植物は相応にグルメらしく。

実際に餌食になるのは、十種類ほどの動物だけ。

それも、餌食になった後。

出てくる花の姿は、どれも違っていて。

遺伝子を取り込み。

一種の生殖をしているらしい、という事が。AIの分析で分かった。

つまり食らった獲物の栄養だけでは無く。

遺伝子さえも取り込んでいる。

そういうわけだ。

美しい花は、八時間ほどで散ってしまう。

透明だった花弁は、くすんで黒くなり、消える。

そして花があった地点には。

人間の頭そっくりの果実が出来。

それがやがて膨らんで。

爆発。

大量の胞子を、周囲にまき散らすのだった。

とりあえず、これで実験は成功だ。

この胞子を、更に生体ロボットに吸わせて、どうなるかの試験はするけれど。繁殖はほぼ確立できたと見て良いだろう。

実際問題、また生体ロボットに感染した胞子は。

爆発的に繁殖。

腹を突き破って、花を咲かせた。

感染から、相手を死なせるまで四日ほど。

最後の爆発的繁殖で腹を突き破る前には、妊娠しているように腹がふくれあがる。

まあ、その時点で、研究班のクルーも異変に気付いて、緊急手術をしたのだけれども。今のハイパーテクノロジーが無ければ、まず助からなかっただろう、という事だった。恐ろしい話である。

これもまた、恐ろしい植物だ。

私の所には、危険な植物ばかりが来る。

だが、考えてみれば。

地球にいた頃の人間に比べれば。

ずっとずっと安全な生物だろう。

もし、地球にいた人類が、宇宙に出る前に。

飛来した銀河系の統合政府が提供した、性質を温和化させる遺伝子改変用ナノマシンの摂取を受け入れなければ。

地球人類は、宇宙に出た後。

この植物など、比較にもならないほどの暴虐を振るい。

残虐の限りを尽くしていただろう。

実際問題、宇宙進出が開始されてから千年。

このナノマシンの投与を受け入れなかった原理主義者達のコロニーは。今も昔と同じ、争いと偏見、暴虐と暗躍に満ちた人類が。

色々な問題を起こし続けている。

もっとも恐ろしいのは人間だ。

この植物を見ていてさえ。

私はそう思う。

いずれにしても、レポートだ。

頭を切り換えて。

レポートを作成。

この透明な花についてのレポートも、すぐに宇宙全土に拡がった。非常に興味深いと、絶賛された。

私の名声は上がる。

同時に、更に危険な植物も、管理を任されるようになるかも知れない。

最悪の事態を避けるため。

私の生活している敷地そのものが、強固なバリアで覆われ。

文字通り細菌一匹外には逃がさない工夫が取られたが。

それはそれ。

私は不自由していないし。

困ってもいない。

透明な花についても、レポートを出し。繁殖方法を確立した後、注文がすぐに来るようになった。

今回のは超ド級の危険植物なので。

前のフロートツリーよりも更に厳重に空間隔離し。

時間も止め。

更に隔離した空間そのものも、徹底的に高熱処理。

出荷の前に、無菌室で徹底的に調査して、ナノレベルで異物がついていない事を確認してから、出荷する。

こうでもしないと。

取り返しがつかない事になるかも知れないからだ。

更に、その出荷の手間があるから。

かなりお高くなる。

それでも、透明な花弁の冬虫夏草というのは、とても珍しいらしく。

やはり注文が多く来る。

開けようとしたら瞬時に焼却処分されること。

自分では絶対に増やさないようにすること。

更に、扱う際には監視がつくこと。

これらが条件として必要となったが。

それでも、である。

まあ、珍しいものは誰もが好きだ。

昔の地球人のように、それが絶滅しようがお構いなしに乱獲する、などという事は誰もしないけれど。

それでも、珍しいモノには。

金を出しても欲しい、という奴はいる。

これも裕福な事で知られる種族達に買われていった。

そして私の名声はまた上がる。

その結果、更に危険な事で知られる植物の研究の話が、私の所に舞い込んでくるだろう。

ビニールハウスを出る。

早速手元にある端末に連絡が来た。

「やあフラワーマスター。 元気かね」

「そんな大げさな呼び方は止めてください」

「ではデンジャラスフラワーマスター」

「用件は何ですか」

呆れながらも言うと。

相手はげらげら笑いながら、言う。

「予想はしているかも知れないけれど、また超危険な植物の育成を頼みたい。 これがまた厄介でね」

「分かっています。 ただし、事故が起きないように、厳重な注意をして運んできてくださいね。 二次災害だけはごめんですよ」

「おうおう、わかっとる。 まあ空間も時間も止められる現在の技術だ。 油断さえしなければ大丈夫だろう」

「世に完璧はありません。 蟻の巣穴で堤防も崩れるんですよ」

通話を切る。

相手は、花を扱う宇宙最大の商社の、かなり偉い人間だ。

社長では無いが。

それでもかなりの地位にいる。

辺鄙な地球で研究をしている私をフラワーマスターとか、デンジャラスフラワーマスターとか呼んでいるが。

これは危険植物を幾つも研究した私に対する。

一種の敬意に近い呼び名らしい。

私は気に入らないが。

それでも浸透しているらしいし。

相手は敬意を払っているので、まあ良しとする。

こんなことで怒っても仕方が無い。

それに、今の地球人は。

昔と違って、定型文を自分ルールで重ねて、それを「コミュニケーション」と称することはしない。

意思疎通が出来れば満足し。

それで納得する。

それは私も同じだ。

数時間後には。

早速そのやばすぎる植物が来た。

超がつくほど厳重に管理されたそれのマニュアルを見る。さっそく、完全隔離された空間事、コンテナが私のビニールハウスに運び込まれる。昔と違って今は三棟にまで増やしたビニールハウスは。

内部の空間を更に調整して。

巨大化し。

密閉度も更に上げていた。

仮に事故が起きて、私が死んだ場合は。

私の敷地ごと、全てが二千万度の熱量で焼却される処置が執られている。まあ、事故なんて起こさないが。

念には念を、である。

それに、今の私の住んでいる場所には。

私しか住んでいない。

だから、それでいいのだ。

「それではお願いします、デンジャラスフラワーマスター」

「……」

荷物を引き渡してきたロボットに、敬礼で返す。

さて、仕事だ。

今日も私は。

危険な植物を、ガーデニングしよう。

 

(終)