破壊神誕生

 

序、その者は世界そのもの

 

此処は異界。深淵の者本部。通称魔界と呼ばれる場所。その中でも、最重要会議などが行われる最重要拠点。わたしとイルちゃんは、部外者なら近寄ることさえ不可能な此処に通されていた。

ずらりと並んでいるのは、深淵の者の幹部らしき者達。世界でも珍しいケンタウルス族の獣人や。ケンタウルス族をベースにしたらしい更に強大な存在の姿も確認できる。

魔王、というらしい。

対邪神用の最強生物兵器だそうで、実際に今まで数多の邪神を屠り去ってきているそうだ。

魔王と言うと、魔族の中でも特に強い力を持つ人の事だと聞いた事があるが。それとは別の意味での魔王なのだろう。

わたしとしては、不思議だとは思わなかった。

「ソフィー殿。 賢者の石が完成させる者が現れ、それがこの二人というのは本当か」

「本当ですよ」

「おお……」

一目で凄まじい力を纏っていると分かる人達が声を上げる。

最上座にはアトミナとメクレット。正確にはルアードさん。いるのは魔王の膝元と言うべきか。深淵の者の長と言う事だから当然だろう。

その左右にはソフィーさんとプラフタさん。この二人はあくまで深淵の者の協力者という立場らしいのだが。それでもこの場所に立つくらいに強力な関係性を持っていると言う事だ。

そして列を成している幹部の中には、見知った姿が幾つもあった。

確か名前を直接聞いていなかったが、公認錬金術師試験の時に、道具の採点をしてくれた人。後から聞いたところによると、シャドウロードと言うそうだ。深淵の者で数十年にわたってある一つの研究を続け、それが世界の謎の解明の一端に役立った功労者であるらしい。

魔術師としても優れていて。昔は世界の理に沿って老いて死ぬ事を考えていたそうなのだが。

真相を知ってからはそれも馬鹿馬鹿しくなったのか、アンチエイジングを使って生きる事を選んだそうである。

錬金術師ヒュペリオンさんもいる。しかもかなり上座の方にだ。

赤い体の魔族の人。イフリータさんというらしい。

最古参の幹部の一人で、重要な局面では必ず出る深淵の者の切り込み隊長だそうである。

毒薔薇さんという女性もいる。

アダレット方面での工作を担当しているらしく。同国の宰相を務めていた時期もあるそうだが。

今は裏側から静かに糸を引いているらしく。表舞台に立つのは、他の人達に任せているのだそうだ。

末席には、ティアナちゃん。

そして、鎧姿の女の子。何処かで気配を感じた事がある。或いは、わたしやイルちゃんを見張っていたのかも知れない。

ソフィー先生が咳払い。話を始める。

「あたしが最初に作った賢者の石と比べるとかなり品質は落ちますが、それでも恐らくパルミラへの道は開けるでしょう。 この段階を持って、また世界を「固定」しようかと思いますが」

「異議無し……」

イフリータさんがいう。

複数いるケンタウルス族の一人。世界樹の麓で出会ったティオグレンさんも、此処に普通に混じっていた。

この人も、最古参の一人だという。

「此方も異議は無い。 パルミラに関しては思うところもあるが、ソフィーどのの話を聞く限り、現状ではそもそも未来には一辺の可能性すらもないと聞いている。 特異点ほどではないにしても、賢者の石を作り出せる錬金術師二人の追加……世界にとっては、ゼロであった可能性を那由多以下だとしても作り出す事が出来るのであれば、反対する理由は一つも無い」

「ただ、これから行く道は悪夢と言うのも生やさしい修羅煉獄だ。 それは二人とも分かっているのか」

シャドウロードさんは若々しい声だが、元老人だったからだろう。言葉には有無を言わせぬ威厳と迫力がある。多分ゆっくり喋る事が、その迫力を醸し出す要因なのだろう。

わたしは問いに頷く。

覚悟は既に決まっているからだ。

イルちゃんも少しだけ躊躇った後、頷いていた。

「もう人間には戻る事も出来ないだろう。 これからは世界を内側から見て行くのでは無く、外側から変えていく事になる。 振るう力はもはや普通の人間とは別格のものとなり、その気になれば街など瞬く間に滅ぼす事も可能だ。 責任が生じ、それからは逃れる事も出来ない。 良いのだな」

「かまいません」

「問題ないわ」

シャドウロードさんは、それで黙った。ならばもはや言う事も無い、という訳だ。

最後に、咳払いするのは、ヒュペリオンさんだった。この人にも、色々と世話になっている。

「分かりました。 私も異議はありません」

「では、始めるとするか」

アトミナとメクレットが手をつなぐと。

瞬時にその姿は重なり合い、ルアードさんへと変わる。

幹部達全員が見守る中。

わたし達二人は作り上げた賢者の石を取りだし、そして神への到達を願った。

世界に光が満ちる。

それは決して神々しいものではなく。

むしろ禍々しい光だった。それこそ、見ているだけで心がおかしくなってしまいそうな程に。

そもそも此処は異空間。

深淵の者では魔界と呼んでいるらしい場所。

そんなところに満ちる光だ。普通である筈も無い。

此処にお姉ちゃんがいれば。ツヴァイちゃんがいれば。そう思うけれど。だが、二人をこの悪夢に巻き込むわけには行かない。

光を見ているだけで、心を丸ごと持って行かれそうだが。

それでも、何とか踏みとどまる。

おぞましいものは散々見てきた。人間と喋る事は、相手を知る事などでは決してない。家族でさえ、心が通じていないケースなど幾らでも実在しているのだ。イルちゃんはその典型例だろう。

だがわたしは、錬金術で増幅した魔術で、人の記憶と心を直接見てきた。

それは「コミュニケーション」などと称するものよりも、遙かに人間を深く正確に知る事だった。

結果わたしは見た。

人間というのが、如何におぞましい存在で。

人間のせいでこの世界が滅びるのも、道理だと言う事を。

神でさえもどうにも出来なかったものを、どうにかしようというのだ。それには無理が出て当たり前だと言う事も。

耐える。

なぜなら、こんな光よりも。

人間の本性の方が、余程邪悪で見苦しいものだからだ。だから耐え抜ける。

踏みとどまったわたしの前で、光は何度も姿を変える。

或いは、他の人には別のものに見えているのかも知れない。少なくとも、わたしには、おぞましく虹色に輝き続ける光に見えていたが。

そして、道は開かれた。

光が収まり始める。

そして収まった光が、周囲から消える代わりに。

一点に集まり行く。

集まった光は。

程なく、見覚えのある。

ヒト族の子供に、四つの色が違う翼を生やし。杯の上に立ったような姿へと、収束していた。

おでましだ。

わたしは生唾を飲み込むと。

深淵の最深部そのものへの対話へと、望むべく身構えていた。

 

神は。創世の者パルミラは。

目を擦ってもう一度見ても、世界樹で見たあの姿そのままだった。ただ、同じなのは姿だけ。

見た瞬間に分かった。ああ、これは。

相手の機嫌次第では、そうだと分からない程の一瞬で死ぬなと。

思考する暇さえ与えられないな、とも。

ただ、昼寝していた世界樹の所にいた端末と違い。

本体は最初から起きていたが。あくび混じりなのが腹が立つが。しかしながら、その直後の会話で驚愕によってそんな思考は消し飛んだ。

「おはよう、ソフィー。 あの状況固定から、何度やり直したっけ?」

「22万6700回。 あたしが体感した実時間にして大体8億年かな」

「……!」

「8億年かあ。 才能上限は引き上げてあげたけれど、記憶を持ち越しながらよく耐えられたね」

静かに、恐ろしい笑みを浮かべるソフィー先生。

何度も繰り返しているという話だったが。

8億年。

そんな単位の年数、この人は孤独に、世界と戦い続けて来たのか。

勿論深淵の者という強力な支援。更にスペシャリストであるプラフタさんとルアードさんもいた。

それでもどうにもならなかった、と言う事なのだろう。

そして、その8億年の経験が漸く生きて。わたし達という新しい賢者の石を作り出す者が生まれた。

途方もない話だ。

ソフィー先生の思考回路が完全に狂っているのもよく分かる。そんな時間回数試行錯誤を繰り返して、人間の思考回路でもつ筈が無い。

この人は、やり遂げるためにも。

人であっては駄目だったのだ。

才能の上限を引き上げた、と言う言葉もわたしは聞き逃さなかった。

つまりこの人は、今聞いた22万回以上の繰り返しの中で作り上げた記憶と知識、経験や、或いは錬金術で作成した道具類まで。

毎度持ち帰っているのかも知れない。

それならば、この異次元の実力にも納得がいく。

「で、「賢者の石」を作ったのはその子達みたいだね。 ふむ、端末との交戦経験は、ありと」

「世界のどん詰まりを打破するには現状では無理。 故に人材を増やした。 それだけだよ」

「なるほど。 私が直接話をしてみようかな」

平然とソフィー先生は会話していたが。

パルミラの意識がわたしに向けられると。

その瞬間、全身が一気に強ばるのを感じた。

怖いなんて次元では無い。

本当に端末とは幾つも次元が違う実力だ。これは意思を持った世界そのものを相手にしているのと同じ。

仮に倒す事が出来たとしても、世界そのものも滅びて、二度と元に戻る事はないのだろう。

イルちゃんの方を見ている余裕も無い。

わたしは、今まで味わって来た恐怖なんて恐怖のうちに入らない事を、今更ながら頭に叩き込まれていた。

「自己紹介は必要も無さそうだけれど一応しておこうか、フィリス、イルメリア。 私の名前は君達に発音でき分かり易いようにすると創世の乙女パルミラ。 この世界そのものに意思が宿った、君達が神と考える存在に一番近いものだよ。 そして君達の先祖を、完全な滅亡から救い上げ、助けたからには面倒を見ると決めた者でもある。 私は通常時17次元に存在しているのだけれど、本来なら意思持つ者どころかあらゆる物理現象さえ到達する事などかなわない此処まで二人で道を開いたところは評価するよ。 それで何を望む? 出来る範囲なら意に沿おうか」

「こ、この世界のどん詰まりを打破するのは……」

「あー、無理無理。 それは私もずっと試行錯誤しているからね。 およそ9兆回ほど繰り返しながら。 私の方の体感時間は2700京年ほどだけれど」

「え……」

どっちも意味が分からない。

何その単位。

ソフィー先生が、数千年単位で22万回以上繰り返していて、体感時間8億年と言っていたが。

それでも、桁がまた違いすぎる話だ。それこそ8億年など誤差にも入らない程に。

どちらも本当だとすると。

この世界のために、ソフィー先生も、この神も。意味が分からない年数、身を削っている事になる。

それは狂気が身を包む。

目が笑わなくなる。

どんな手段でも選ばなくなる。

そして、わたしもこの狂気の輪廻に加わるのか。

この世界のどん詰まりを打破するために。分かっていたのに、体の芯から震えが来る。

「んー、一番現実的なのは、君達二人の才能上限を引き上げる事かな。 ソフィーが言っていたけれど、大体ソフィーの他に四人くらい、考え方が違う同格の錬金術師が揃えば、世界の打開の道が見えてくるという話だったけれど。 ふむ。 確かにソフィーと違う考え方だ。 ただちょっと才覚の上限は低めかな……まあソフィーが異常すぎるだけだけれども」

そんな事は分かっている。

賢者の石を調合してよく分かった。

あんなものを、事実上一人で調合しきったのだ。

ソフィー先生は色々な意味で人間とは言い難い。

元々、限りなくゼロに近い可能性の中から生まれ出た超人の中の超人。

わたしのような一点特化とも。イルちゃんのように血を吐きながら現状を突破するべく努力を重ねてきた真面目な人とも違う。文字通りのスペシャルだ。

「そも、どうしてこの世界が詰んでいるのかは知っているね?」

「はい……分かっているつもりです」

「イルメリアは」

「分かっているわ……!」

ずっと黙り込んでいたイルちゃんに、パルミラの意識が向いて、やっと横を見る事が出来た。

分かった。

イルちゃんは、死人同然の顔色をしていた。

歴戦を重ねていたから逃げ出さずにいられた。それだけだ。もしもそうで無かったら、もう後ろも見られずに逃げ出して、或いは呆れたパルミラに消されていたかも知れない。

わたしも、呼吸を整えるので精一杯だ。

「ならばようこそ永劫の地獄へ。 ソフィーと違う考え、方法で二人で色々模索しながら、世界のどん詰まり解消のために一緒に働いて貰おうかな」

「……」

「同意は?」

「……っ」

意識を向けられるだけで、気絶しそうになる。

子供みたいな容姿をしているが。あの端末パルミラが、本当に顕微鏡で見なければならない小さな小さな獣に思えてくるほどの怪物だ。ドラゴンや邪神も、この創造神の前では、子供どころかそれこそ髪の毛の先端の一部にさえ及ばない。本当の意味で、世界の頂点に立ち。そして知識の極限である深淵の奥底。いや、深淵そのものの存在に、わたしは今謁見し。会話している。

お父さんお母さん。お姉ちゃん。ツヴァイちゃん。

一緒に旅をしたみんな。

一緒に戦略事業をした人達。

わたしに力を貸して。

ソフィー先生は平然と耐え抜けたかも知れない。わたしは、意識を向けられるだけで、恐怖で身が竦んで動けない。いや、一瞬でも気を緩めただけで、発狂してその場で頭が爆ぜ割れてしまうかも知れない。

だから、力を。

必死に、そう考えて、意識をつなぎ止める。

深淵を覗き込み、覗き返されたつもりだった。

わたしが見ていた深淵など。

それこそ、表層も表層に過ぎなかったのだ。

もし戦う場合。いや、そも「戦い」そのものが成立しないだろう。

激しく咳き込む。

呼吸さえ安定させられなかった。だから、今更からだが悲鳴を上げたのだ。

「わたしは、力が、欲しい、です」

「ふうん。 イルメリアは?」

「私……も」

ぶちりと隣で音がした。

イルちゃんは、無理矢理腕に噛みついて、鮮血を噴き出させ。

必死に全身から見て分かるほどの冷や汗を垂れ流しながら、意識を保つ事に成功させた。

「私も力が欲しい!」

「じゃあ、同意と言う事で。 これから二人はソフィー同様、世界の管理者側に立つ存在になった。 もう二人を探すまで、せいぜい打開策を探すか。 それとも現状の手持ちで現実的に打開策を見つけるか。 好きなように頑張ってみてね」

パルミラの声に圧迫感や悪意はない。

此方を追い詰めようとしているようにも見えない。

ただパルミラは、自分で助けた者達の面倒を最後まで見るために、働いているだけだ。

なるほど、分かった。

パルミラは無能でも無ければ不真面目でも無い。勿論邪悪などでは無い。

極めて真面目で、本気で人間が言う善意に近いもので動いている。

そしてそれでもなお、どうにも出来ない程人間四種族が揃いも揃ってどうしようもない。そういう現実があるのだ。

パルミラはそれこそ、時間も空間も自由自在。

端末でさえ、時間を巻き戻して、全ての状態を一瞬にして元に戻すほどの能力を発揮して見せた。

多分このパルミラの力はその比では無いし。

世界のパラメーターを全て一気に書き換える事だって可能なはずだ。それも、人間など知覚すら出来ない一瞬で。殺されたとしても、瞬時に全快再生くらいはして見せるかも知れない。

もはや意味が分からない世界だ。

「じゃ、一旦状況を固定」

ぱちんとパルミラが指を鳴らす。

そうか、つまり。

これから何があっても、またこのタイミングに戻されるという訳か。

わたしは今後、死ぬ事さえ許されない。

此処からまた世界のどん詰まりを打破するために、何もかもを擲って、動き続けなければならない。

それこそ、何もかもがすり切れきれるまで。

可愛らしく手を振ると。

其処には最初から何もいなかったかのように。

パルミラは姿を消していた。

膝から崩れ落ちる。

此処までの精神負荷が掛かったのは、最初に「お外」の真実を見た時以来だ。となりで、どさりと音がする。

イルちゃんが床に倒れ伏していた。

気絶している。わたしも、いつ気絶してもおかしくない状態だった。

「二度目だが、それでもとても慣れそうにないな。 あんなものと戦おうとしていた自分が愚か者にしか思えぬ」

イフリータさんが呟く。この多分現状で世界最強だろう、その上非常識な錬金術の装備で全身を固めている魔族でさえ、そんな言葉を吐くのだ。

深淵という言葉を、あまりにわたしは舐めすぎていたのかも知れない。

ソフィー先生が、わたしとイルちゃんを担ぐ。プラフタさんが抗議の声を上げた。

「ソフィー! あまり乱暴は……!」

「返してくるだけだよ。 此処からは、二人とも色々と考えて貰わないといけないからね」

何も出来ない程消耗しているわたしとイルちゃんは、抵抗も出来ず。

ただ担がれて、そのままアトリエに放り込まれた。

そして、気付く。アトリエの時間が止まっている。多分、ソフィー先生がもめ事を避けるためや。或いは此処にお姉ちゃんが突入するのを阻止するためにそういう措置を執ったのだろう。

呼吸を整えながら、ベッドに横になると、時間停止が解けた。

お姉ちゃんが気付いて、わたしに駆け寄ってくる。

「フィリスちゃん!」

笑顔を浮かべられただろうか。

わたしは、お姉ちゃんが絶句し、絶望するのに気づきながら。

そのまま、意識を失っていた。

 

1、破壊神誕生

 

数日間眠り続けていた。

起きた後、そう聞かされた。体の方は大丈夫だ。というよりも、今まで無理をしていた疲れが、全て消し飛んでいるように思えた。

力がわき上がってくる。

恐らく、上限を引き上げたという言葉は本当だろう。

わたしの体のパラメータが、パルミラによって根本的に弄られたのだ。

同時に、心も冷えていた。

何となく、分かる。

これが恐らく、ソフィー先生が辿りついた。いや、賢者の石を作る前から辿りついていた心の世界。

凍り付いたような、地獄そのものの世界だ。

きっとソフィー先生は、最初からこんな世界に住んでいた。

だから錬金術を極める事が出来た。

ほぼ単独で賢者の石を作成するほどの境地に達する事が出来た。そして、その代わりに多くのものを犠牲にした。自分自身の人間性が、恐らく最初に犠牲にしたものだったのだろう。

冷静すぎる自分の心。

そして、まずはベッドから起き上がると、わたしは食事にする。

すぐにお姉ちゃんが食事を用意してくれたので、口にする。美味しいけれど、昔のような感動はなく。

ただ美味しいと思うだけだった。

わたしは、イルちゃんと決めた。

破壊するのはわたしが担当する。

その後にイルちゃんはよりよいものを作る事を考える。

今後は、まずわたしが駄目なものを破壊し。そしてイルちゃんがよりよく創造する。その流れを如何に効率化するか、考えを進めていくしかないだろう。

破壊しなければならないものには、人間四種族という生物の根本的性質も含まれている。勿論どう破壊するかも、これから考えて行かなければならない。

足下を固めておいて正解だった。

まだこれでグダグダやっているようだったら。

それこそ、今から外に出て、直接わたしが手を下して、血の雨を降らせなければならなかっただろう。

食事を終えると、ごちそうさまと口にして。

何か言おうとしたお姉ちゃんを一瞥だけして、アトリエの外に出る。

地上に作り直されたエルトナは。

今やお日様の光を浴び。

城壁に囲まれ。

緑も彼方此方に植え込まれていて。

立派な孤児院だけでは無く。活版印刷などを行う機械技術者が住まう施設や。様々なインフラも整備されている。

作ったばかりの水路に、ポンプで水がくみ上げられ。

城門の前には、門番がしっかり見張りをし。

行き交う人々は健康そうで、何よりだ。

貧富の格差は出来るだけ小さく。

貧しい人にも生活出来る余地を。

それを実現したこのエルトナは、今後更に発展させ。更にはモデルケースとして、上手くやっていかなければならないだろう。

つるはしを何度か振るってみる。

非常に軽い。

今まで以上に、だ。

同時に、これまで作った装備品に対する改良点が、どっと頭の中になだれ込んでくる。これは単純にわたしの頭のスペックが上がったから、だろう。出来る事が増えた事が、素で理解出来るようになったのだ。

その中には。

人造の人間。

つまり、アリスさんや、その同族達の作り方もあった。

いや、無から知識が湧いてきたのでは無い。

今までに見てきた書物や事実。

何より自分で体験してきた事が、記憶から呼び覚まされ。今までとは別次元の効率で組み合わされていった結果だ。

スペックが上がるというのはこういうことか。

その内、わたしはソフィー先生と同じように。

単独で邪神を殺す事も可能になるのだろう。

側に降り立つティアナちゃん。

前は接近に気付く事さえできなかったけれど。今はどうやって側に降り立ったか、一部始終を把握できた。

反応も出来るだろう。

銃弾を叩き込まれても、空中で掴み取って握りつぶす事も容易い。それだけ今のわたしは、本来のスペックを十全に引き出せている。

「ようこそ、深淵の世界に」

「ティアナちゃんには分かるんだね」

「ふふ、まあね。 深いよ、この世界は。 でもフィリスちゃんはもっと私より先に行けるね」

「……そうかもね」

仲間が増えて嬉しい。

そう狂気の殺戮鬼の目には宿っていた。わたしは、それを喜ぶ事が出来なかったし、好ましいとも思えなかった。

まずは、何から手をつけるか。

この街の問題は大体片付いた。

隣街の問題を一通り片付けてから、更に隣街への道を通す。いずれにしても、着実に計画し準備してきているが。それも終わったら、次の段階へ移行するべきだろう。

ふと、気付く。

代謝がもの凄く少なくなっている。

さっき食べた食事で、今までの二倍から三倍の時間は稼働できそうだ。食べたものに関しても、無駄にする量は半分以下に出来るだろう。

まずは、役人の所に行く。

話を聞かされているらしく、わたしを見ても。

深淵の者の息が掛かった役人は、静かに対応した。ただ、わたしを見て、一瞬目に怯えが走ったのを見逃さなかったが。

「どうしましたのです」

「これから隣街に向かいます。 人夫を集めてください。 遅れを取り戻します」

「分かりました。 集まり次第護衛をつけて送りますのです」

「お願いします」

礼を欠かす事はしない。

相手に敬意を払わない事が何を意味するか、わたしもよく分かっているから、である。

では、順番にやっていこう。

まずはアダレットへの道を整備し。エルトナをインフラの重要拠点へと引き上げる。

そしてアダレットとラスティンの主要都市同士が有機的に結合できるようになったら、今度は邪魔をしに来るだろうドラゴンどもを排除する方法についても考えなければならない。

更に次の問題は、人間が世界の主導権を取った後の事。

もし人間が世界の覇者となったら、四種族同士での争いが開始されるのは必至。そうなったとき、どうすべきか。

いっそのこと、深淵の者で人間を完全に支配し、統率するか。

だがそれでも、あの手この手で人間はエゴを振りかざし、好き勝手に振る舞おうとするだろう。

ならばいっそのこと、人間から自由意思を奪うか。

だがそれでは、世界は恐らく凍結してしまう事だろう。

今までだったら、絶対に思いつかなかった考えが、それこそ湧き水のように浮き上がってくる。

一つずつ丁寧に検証しながらわたしは歩き。

隣街についていた。

今まで以上にクリアに、全ての声が聞こえる。

鉱物だけじゃ無い。

植物も。

空気さえも。

わたしに全てを教えてくれていた。

さて、此処からだ。

どん詰まりの世界をどうにかするために、わたしは破壊するべきものを決め。それを徹底的に破壊し尽くしていく。

その後はイルちゃんがどうにかすればいい。

役割分担が決まった今。わたしの負担は、半減したと考えても良かった。

 

隣街から伸びる道を、想定の半分ほどで耕し終え。

護衛が呆れる程の反応速度で、襲ってくる獣を全て返り討ちにして行く。

わたしは黙々と緑化作業を指示し。

上手く行っていない箇所は即座に見つけ、その場に急行しては、指示を出していった。

わたしの指示は、話によると前よりも遙かに分かり易くなったらしい。

それはそうだ。

何がまずいのか、人間の心理を以前より遙かに良く把握できるようになったからである。

あらゆる意味で人間を止めている。

それについては異論も無いし。

悲しいとも思わない。

ただ、それだけの力を、有効に活用するだけだ。

お姉ちゃんが心配するので、休憩は入れるが。食事に関しては、減らすようにとも告げてある。

理由については、お姉ちゃんも分かっているようで。

何もそれについては言わなかった。

だが、お姉ちゃんの目に、深い憎悪と怒りが宿っているのは分かった。

わたしに対してのものではない。

多分、わたしが「こんなになった」原因。創世の乙女に対する怒りだろう。もっとも、怒ったところで仕方が無いし。

そもそもアレの力を上手く使う事。つまり錬金術を更に極めていく事を考える方が現実的だが。

隣街の隣街への道が開通。

そこそこに大きな街と言う事もあり、公認錬金術師もいる。

まさかエルトナ方面から道がつながるとはと、少し頭がはげ上がっているおじさんの公認錬金術師は握手を求めて来たので、素直に応じた。少なくとも、きちんと仕事をしている人間だと言う事は、一目で分かった。

「その年で公認錬金術師になり、非の打ち所が無い道を作るとは流石だ。 わしも負けていられないな」

「ありがとうございます」

「宿場町の方には、此方からも投資させて貰う。 ライゼンベルグへの短縮路ができた事もあり、今後は賑わうはずだ。 共に世界をよくするために努力しよう」

前向きな言葉だが。

相手がわたしがおかしい事に気付いている事も。とっくに見透かしていた。

だが、別にかまわない。

もしも過度に邪魔になるようならば消す。

消すというのも、選択肢は別に殺すというものだけではない。それに、一応の腕前を持つ公認錬金術師だ。

腐敗しないようならば。

人材として、この世界のために役だって貰わなければならないだろう。

軽く接待の宴会に出ると、後は適当に戻る。

この時点でドロッセルさんのお仕事は終わった。

現時点で、インフラの整備が一段落し、深淵の者の配下が重点的に配置されているエルトナには、もう戦略級の傭兵は必要ない。

ドロッセルさんほどの腕前になると、何処でも必要とされる。

戦略級の傭兵は数が少なく。

ましてや腕利きとなると何処でも引っ張りだこだ。

ただでさえ、ドロッセルさんは、そろそろアダレットに行きたいと言っていた。

向こうには両親がいるのだし。水入らずで過ごす事も悪くは無いだろう。

ドロッセルさんも、それを察したのか。

道が完成した翌朝には、わたしのアトリエに来た。

「どうやら、此処までで大丈夫みたいだね」

「はい。 今までとても有難うございました。 わたしもその内アダレットに行きますので、その時には「扉」を設置するつもりです。 ドロッセルさんなら何時でもアトリエに歓迎します」

「お、嬉しいね。 ただ迷子がちょっと心配だなあ」

「分かっていますよ」

来るタイミングも予想していたので。

声を掛けておいた人がいる。

見た事のない服で着飾ったホムの女性がアトリエに入ってきて、一礼。

アルファ商会の支部を任されている商人の一人である。つまるところ、深淵の者の息が掛かった商人だ。

ちなみにコルネリアという名前で。

今後、アダレットでの商売を任される事が決まっているという。

何でもソフィー先生と一緒に戦った仲間の一人で。

行方不明になってしまったお父さんを探しているらしく。

アルファ商会と連携して動くようになってからは、商売の才能もあって順調に売り上げを伸ばし。

その結果、アダレットで大きな商売を任される事になったとか。

まあ、しばらくは王都には行かず、様子見をしながら最終的に王都へ向かうつもりのようだが。

なお、ホムとしては例外的に身体能力が高く。

ソフィー先生と一緒に戦っていた頃は、一撃必殺の武器を手に、前線で暴れ回っていたそうだ。

護衛は必要ないような気もするのだが。自身はともかく、流石に隊商を守りきるには厳しいのだろう。

一人が強くても、多数の敵に飽和攻撃を受けると対応は難しい。ましてや定点目標を守りきるのは厳しいのだ。馬車などを護衛する場合は、やはり歴戦の傭兵が指揮を執るのが一番である。

「コルネリアというのです。 よろしくお願いするのです、ドロッセルさん」

「此方こそ」

「アダレットに行くので、護衛をお願いするのです。 商売をいきなり王都でやるつもりはないのです。 ただ、王都には用事があるので、其処までは護衛を頼むのです」

コルネリアさんの出してきた書類に沿って契約を済ませるドロッセルさん。

契約内容も、いずれも本来の数割増しの価格らしく。ドロッセルさんは充分に満足していた。

書類を丁寧に読み、契約の確認が終わると、ドロッセルさんは改めて言う。

「色々有難うねフィリスちゃん」

方向音痴のドロッセルさんだ。アダレット王都どころか、そもそもアダレットにたどり着けるかも怪しかっただろう。

わたしも丁度良い話があると聞いて、わざわざ手を回して貰ったのだ。

本来はコルネリアさんも、隊商を連れてもっと遠い経路からアダレットに向かうつもりだったらしいのだが。

このショートカットルートの完成により、此方を採用する事に決めたらしい。

「これからは時々利用させて貰うのです。 アルファ商会傘下、コルネリア商会の御用達の宿として、整備をして欲しいのです」

「分かりました。 此方でも手配はしておきます」

「お願いするのです」

お姉ちゃんとドロッセルさん。ドロッセルさんとツヴァイちゃんも挨拶を済ませる。

アングリフさんも、既に傭兵としては引退した身だが。

ドロッセルさんを見送りには出てくれた。

レヴィさんもカルドさんもである。

かくしてドロッセルさんは、わたしの側から去った。

ただ、わたしもこれからアダレットに行く事になるだろう。それがいつになるかは分からないが。

恐らく、再会の時はそう遠くない。

わたしは、それを確信するまでも無く。

何処かで知っていた。

 

数日後。

レヴィさんがカルドさんと一緒に、近場の遺跡を探索する、という話をわたしにした。

どうやら、その時が来たらしい。

今まではあくまで機会が来たら、だったが。

ドロッセルさんが去った事で、多分わたしの周囲が安定した、と判断したのだろう。

実際問題、状況は安定している。

カルドさんも、同じように考えたようだった。

エルトナを去るわけでは無い。

今後も拠点はエルトナにおいて、孤児院の先生もしてくれるそうだが。やはり血が騒ぐというか、探索をしたいという気持ちは強いようだ。

最初に向かう遺跡は、ドナとフルスハイムの中間にあるもの。虹神ウロボロスに滅ぼされた街の残骸。

そう。わたしがオレリーさんの協力を得ながら。

避けるように山際に道を作った、あの遺跡だ。

現在では凶悪なネームドも住み着いておらず、たまにドナの自警団がオレリーさんと一緒に住み着いた獣を駆除して回っているらしいのだが。

それに同行し、獣を駆除しながら、遺跡を調べて見たいそうである。

元々標の民であるカルドさんだ。

やはり手近な遺跡から丁寧に調べたいという欲求も強いらしく。

レヴィさんと組んで、幾つかの遺跡を見て回りたいらしい。

カルドさんも、エルトナに出来た活版印刷の工場や、他の技術に関する誘致に対しても積極的で。

以降もエルトナを拠点にすることを明言してくれているので。

此方としても有り難い。

レヴィさんは孤児院でも剣や魔術を教えてくれるほか、料理を授業のレパートリーに入れたらしい。

これはアングリフさんの提案で。

料理を美味しく作れる事は、商売につなげられるから、だそうだ。

ただ料理人などの客商売は向き不向きがあるので。

料理人が経営者を兼ねるのも難しいと聞いている。

その辺りは、アングリフさんが何かしら教えたりするのかも知れない。

まあ、今の二人なら。

わたしがあげた装備類による強化もある。

まずその辺りの獣程度には遅れを取らないし。

ドナのオレリーさんや、オレリーさんが鍛えた自警団と連携して動くのであれば、危険はないと判断して良いだろう。

二人を見送る。

そして、アングリフさんに言われて、孤児院に出向く。

孤児院には時々足を運んでいたのだが。

まだ空きスペースがかなり目立った。

地下室も殆ど空の状態で、奥の方にちょっとだけ荷物が詰め込まれているのが目立った。

「現在、此処で預かってる子供らと、それに勉強に来る連中のためにももっと本やら機材やらが欲しいんだが、どうにかならねえか」

「本なら活版印刷所で今刷っていますから、余裕が出来次第回します」

「まあ稼がないといけないもんなあ」

「わたしの手元にある宝石類の在庫だけでも当面は大丈夫ですけれど、基本的に赤字事業は作りたくありませんし、何よりも機械技術者は少ないので」

腕組みした後。

アングリフさんは、顎をしゃくる。

表に出ろ、と言うのだろう。

そういえば、格闘戦のやり方について教えてくれたことがあったけれど。

その時は、直接組み手をする事はなかった。

子供達はアングリフさんは慕っているようで。

ちょっと軽く戦闘実習をするという話をすると、大喜びで外に出てきた。

わたしはそういえば。

素手でどれだけ今やれるのだろう。

ティアナちゃんが塀の上に座って笑顔で様子を見ている。わたしが素手で戦えるほど強くなったのが、楽しくてならないらしい。

同じ装備品をつけているから、条件は五分五分。

後は、単純に軽く手合わせをするだけだ。

アングリフさんから、仕掛けてくる。

わたしが応じて、すり足で移動しながら、懐に潜り込む。

格闘戦は苦手で、殆どやったことはなかったが。

今は記憶の中から引っ張り出してくる様々な動きに、体がスムーズに反応してくれる。

今まで見てきたのは人間の動きだけでは無い。

四足獣がどうやって敵と戦うか。

二本足で走り回る巨大な鳥が、どう敵を殺すか。

足さえ無い獣が、どう動き、敵を仕留めるのか。

それらも見てきている。

全ての動きを応用しながら、下段から仕掛け。アングリフさんは流石に歴戦、それをするりと避けてみせる。

わっと子供達が喜ぶが。何も分かっていないから喜べるのだ。

此処で行われているのは、本物の殺し合いを行って来た者同士の演舞。勿論そのデータは殺し合いに起因している。

アングリフさんの動きは引退した人間とはとても思えず。

果敢に攻めるも、中々隙が無い。

それどころか、一瞬の油断を突いてカウンターを的確に入れてくる。気を抜くと、膝やら蹴りやらをモロに食らう。

一撃、強烈なミドルを貰って、威力を殺しながらずり下がるが。

アングリフさんは追撃してこない。

わたしはジグザグに地面スレスレの低い態勢を取って間合いを詰め、至近で跳び上がるように飛び膝を入れる。

がつんと弾きあって、跳び離れる。

今のは手応えがあった。

「ふう、こんなもんかな」

「ありがとうございました」

礼。

武器を使った演舞だったら、また違った動きになっただろうが。徒手だったらまあこんなものだ。

それにしても、どうしていきなりこんな。

聞く前に、子供達を孤児院に戻してから、アングリフさんは言う。

「今の動き、とても素人のそれじゃあねえな。 分かってはいたが、もう完全に人間止めちまったんだな」

「この世界が……」

「ああそれは分かってる。 更に言うと、子孫に託してどうにもならねえ事もな。 吟遊詩人の語る物語じゃああるまいしな。 人間の可能性は有限だし、個々人の可能性だってそれは同じだ。 子供が親と同じ能力を持っているわけじゃあないし、人間の組織は簡単に腐敗する」

「アンチエイジングを受けて、深淵の者に入ってくれませんか? それが嫌なら、わたしの手伝いをして欲しいです。 ……多分人材は今後幾らでも必要です」

アングリフさんは、首を横に振る。

一度、話したのだ。

この世界が今後どうなるのか。

それでも、アングリフさんは、首を横に振った。やはり、どうしても性にはあわないのだろう。

「今戦って見て分かったが、もう俺にはガタが来始めていやがる」

「内臓などは健康ですが」

「それも分かってるが、それでも分かるんだよ。 いずれにしても、あまりにも摂理から反した治療は不要だぜ。 俺はあのガキ共に、未来を渡せればそれで満足だ」

そうか。

頷くと、わたしはアトリエに戻り。

ぼんやりと思索した。

人それぞれの道だ。わたしにそれを止める権利は無い。

お姉ちゃんとツヴァイちゃんはどうだろう。わたしについてきてくれるだろうか。

お母さんとお父さんは、多分無理だろう。あまりそういうのに興味があるとは思えない。いずれにしても、分かっている。

わたしはこれから、孤独の道を歩くことになる。

イルちゃんを一として「同志」はいる。

だがそれはあくまで「同志」。

そも考え方を決定的に違う存在として、互いに取り決めた仲だ。そういう意味では、イルちゃんもこれからは永劫の孤独を味わう訳か。

誰も、側にはいなくなる。

多分ソフィー先生は、ずっとこの感覚の中にいたに違いない。

わたしは大きく嘆息すると。

今後どうしていくべきか。本格的に思索し始めたのだった。

 

2、孤独の海

 

まずわたしは。

黙々と、できる限りのレシピを作り始め。それに沿って、道具を作り始めた。

今では鉱物だけではない。

あらゆる素材が教えてくれる。

自分をどう使えば良いか。自分がどうなりたいか。

だから、ミスも極端に減っていたし。何よりも、それ以上に応用力が自然に身についていた。

賢者の石を作った経験。

更にパルミラに引き上げられた才能上限は伊達では無かった、と言う事だ。

新しい道具類をどんどん作っていく。

爆弾も全て刷新。

装備類も、使うかどうかは別として、どんどん新しい種類のものを開発していく。ハルモニウムもヴェルベティスも、素材にはもう困る事は殆ど無かった。深淵の者が直接提供してくれたからだ。対価として、わたしがお薬や爆弾を提供すれば良かったし。場合によっては、探索のための人員も貸してくれた。

今まで一緒に旅をしていたときに、同行を願ったみんなは半減してしまっているが。

深淵の者から出してくれた手練れ達の実力は文字通り次元違いで。

わたしが困る事は一切なかった。

今や、確実に手伝ってくれるのはお姉ちゃんとツヴァイちゃんだけ。気が向いたときにレヴィさんが手伝ってはくれるが、カルドさんは教師業と遺跡探索に専念する事に決めたらしく。ほぼ手伝ってくれることはなくなった。遺跡探索の時には同行してくれる事もあったが。

あれほど苦労して作り上げたヴェルベティスなのに。

今では、殆どミスする事も無く。

以前とは比べものにならない品質のものを作れるようになってしまっている。

それが幸せなことなのかはわたしには分からない。

いずれにしてもはっきりしているのは。今わたしが身につけている装備一式は。賢者の石を最初に作ったときとは、それこそ何倍も強力、ということだった。

ドラゴンを殺す事も難しくない。

ただ、わたしの所に、ドラゴン殺しが深淵の者から依頼されることは殆ど無かったけれども。

ツヴァイちゃんに声を掛けられる。

彼女は、わたしが変わってしまったことに気付いていても。

怖じ気づかずに、きちんと話をしてくれる。今となっては、貴重な一人だった。

「お姉ちゃん。 今日はエスカさんの勉強を見てあげる日なのです」

「あ、ごめん。 そうだったね」

アトリエを出る。

賢者の石を作ってから一年が経過。

ドロッセルさんから、無事にアダレットに辿りついたという手紙も届いている。

孤児院は経営が完全に軌道に乗り。

今や、此処で暮らしている子供達だけでは無く。

余所から勉強に来る人で賑わっていた。

エルトナの規模は人員1200を突破。

今後、更に増える見通しも立っていた。

それにともなって、ドラゴンが様子を伺いに来ることもあったが。もしも仕掛ける兆候がある場合は、事前に仕留めてしまうことにしていたので。

今の時点で、被害はまったく出ていなかった。

孤児院に出向くと。

少し背が伸びたエスカちゃんがいる。

元々働いていたこともあって考え方もしっかりしていたが。錬金術を始めて、更にしっかりとしてきたようだった。

これはその内、ロジーさんも逃げられなくなるだろう。

「今日はよろしくお願いします」

「はい」

今日は本来の教師であるヒュペリオンさんが忙しくて、わたしが代わりに教師をする事になった。

ここのところ難しい仕事ばかりだったので。

これくらいだったらむしろ楽だ。

わたしは本来教師業には向いていない。それも徹底的に、というのが客観的に分かるのだけれども。

深淵の最深部であるパルミラに接触してからは。

それも気にならなくなった。

ヒュペリオンさんに、何を教えれば良いかは聞いている。

エスカちゃんは才能こそさほど優れていないが、とにかく徹底的に反復練習をするので、上達そのものは早い。

ただ悲しいかな、錬金術は才能の学問だ。

エスカちゃんが到達できるだろう地点も、既にわたしには見えてしまっていた。

今日は相応に難しい調合の理論を教える。

メモを頷きながら熱心に取っていたエスカちゃんだけれど。

やがて聞いてくる。

「フィリス先生」

「はい、何ですか」

「この理論だと、本来は交わらない二つを強引に混ぜるんですよね。 ものの意思は反発しないんですか?」

「そのための中和剤です」

教師の時は、目下が相手でも敬語で接するように。

そう言われているから、そうしている。

エスカちゃんはしばらく小首をかしげていたが。他にも幾つか鋭い質問をしてくる。だがわたしは、その全てを丁寧に捌ききった。

納得してくれるかは分からない。

だが、いずれにしても頷きながらエスカちゃんはメモを取り。

そして、言われた通りに調合を実施。

わたしの指示に逆らうようなことも無く。

変なアレンジを勝手に入れるようなことも無く。結果として、ごくごく当たり前に、調合は成功した。

これでいい。

わたしは頷いて、更に品質を上げる方法について説明し。今日の授業を切り上げる。

多分後二年くらい頑張れば、エスカちゃんは公認錬金術師試験に臨むことが出来る筈だ。

公認錬金術師試験は、話によるとわたしが試験に受かってから、八度実施され、合計で三人しか合格者が出ていないらしい。

わたし達が受けた試験から難易度が跳ね上がったらしく。

それ以降、実力に欠ける錬金術師が、金で買った推薦状で受かる。そういった事がまず起きなくなったそうだ。

これに対して、逆恨みした「名門の錬金術師」がライゼンベルグの上層部に圧力を掛けたらしいが。

その「名門」達が、訴状を即座に取り下げたので。

結果として、今も試験は極めて難しいままだ。

裏で何が起きたかは知っている。ソフィー先生が動いたのである。更に、現在ライゼンベルグで人員の整理作業をしているパメラさんという深淵の者関係者も、相当な暗躍をしたらしい。

結果、闇に訴状は葬られ。

そして理由が分からないままの死を遂げた数人が、墓に入る事になった。

ソフィー先生のやり方はわたし以上に強引だが。

イルちゃんから聞いている、推薦状を金で買おうとした「名門の錬金術師」などの実態を見る限り。

出血を伴う改革はどうしても必要だろう。

わたしとしては、そう考えざるを得ない。

授業も終わって、アトリエに引き上げると、軽く食事にする。必要な食事量はどんどん減っている。

お姉ちゃんが心配しているが。

しかしながら、食べても無駄になるだけなので、仕方が無い。

食事が終わるとわたしは。

そのまま、依頼があった街へと、扉をくぐり。異界を介して向かう。お姉ちゃんとツヴァイちゃんには、事前に内容を話してある。

二人は、それでもついてきた。

異界には、ずらりと扉が並んでいる回廊がある。

ソフィー先生が作ったものだ。

世界の彼方此方につながっていて。

中には極めて危険な場所につながっているため、時間を止めて封印を掛けている扉まであると言う。

その一つを開けて、出ると。

既に満面の笑みのティアナちゃんと。数名の屈強な戦士達が待っていた。

今日は彼女たちとの合同作戦だ。

頷くと、無言で歩き出す。

丘を越えて見下ろすと。

茶色い大地と城壁に囲まれた、大きな街が見えた。

この世界でも珍しい基幹都市の一つ。

万を越える人間が住まう都市だ。

アダレットに属しているこの都市には、今大きな問題が発生している。水源が強力なネームドに制圧されたのだ。

下級のドラゴン並みの実力を誇るそのネームドは、陸魚の最大級の個体で。イサナシウスと言う。

此奴が居座ったため基幹都市は危機に陥っている。

安定した水源は、此奴が自分の巣に改造したため、都市へは汚染された水しか入らなくなり。

何よりも呼応するように、多数の獣が集結し。

基幹都市の自警団と錬金術師、更にアダレットの騎士団による攻撃を、二度にわたって撃退していた。

アダレットの首都とは距離が遠すぎることもあり。ソフィー先生の同志だったという精鋭騎士を含めた主力部隊は派遣できない。

それでわたしに声が掛かった、と言う事だ。

扉を開けて、懐かしい顔が姿を見せる。

パイモンさんだった。

どうやら、深淵の者に勧誘され。今年に入ってから参加したらしい。

アンチエイジングを駆使して、かなり若返ってはいるが。

パイモンさんに間違いなかった。

「おお、フィリス。 久しぶりよな」

「パイモンさんも。 かなり若返りましたね」

「そなたは……話通りかなり変わったな」

「はい」

お姉ちゃんが悲しそうにするので、その話はすぐに切り上げる。

テーブルを拡げて、作戦会議を実施。

ぶっちゃけ雑魚はティアナちゃんだけでもどうにもなる程度だが、それでも危険は可能な限り減らす。

作戦で水源を可能な限り傷つけないためにも。

全面攻撃で一瞬にして敵を片付け。

なおかつ広域破壊を行うような道具や。汚染を引き起こす道具も使用は出来ない。

時間停止はわたしも出来るようになったから。

それを使って、一気に勝負を付ける。

空飛ぶ荷車を使って、上空から水源を確認。

水源を堰き止めたイサナシウスが、悠々と横たわっていて。

その周囲には、多数のキメラビーストの姿も見える。

それも上位種ばかりだ。

なるほど、これでは基幹都市の保有戦力でもどうにもできないだろう。イサナシウスも非常に巨大で、ドラゴン並みというのも頷ける。

一通り敵の配置を見た後。

作戦開始。

お姉ちゃんと手をつないで、時間を停止。

悠々とイサナシウスの側に歩み寄ると。

イサナシウスの側面にゆっくり時間を掛けて穴を開ける。

強靱な肌をもつイサナシウスだが。今お姉ちゃんが使っているナイフはハルモニウム製だ。それをも凌ぐ。

そしてしっかり穴を開けた後。

イサナシウスの体内に、オリフラムを詰め込み。

そして開けた穴を硬化剤で塞ぐ。

戻ってから、時間停止を解除。

突如の激痛にイサナシウスが跳び上がるのを確認してから、わたしは起爆ワードを唱えた。

体内から吹き飛ばしたイサナシウスの頭が、真っ二つに爆ぜ割れ。

文字通り噴水のように鮮血をばらまきながら横倒しになる。

パニックに陥った周囲にいる獣たちに、ティアナちゃんがもう接敵。容赦なく首狩りを開始。

逃れてきたものを、他の戦士達が片付け。

街に向かうものを、パイモンさんが雷神の石で片っ端から処理する。

すぐに基幹都市の方でも騒ぎになったようだが。

戦いはすぐに終わった。

ティアナちゃんの所に行くと、時間を停止。首を嬉々として集めるティアナちゃん。

まだわたしは、ソフィー先生と違って、触っていないと時間停止を解除できないし。時間の巻き戻しや加速も出来ない。

だから多少煩わしいが。

騒ぎが大きくなるような作業に関しては。こうして時間を止めて行わなければならなかった。

イサナシウスの見上げるような巨体も。

ティアナちゃんが軽々と切り分ける。

生前だったら兎も角、死んでしまった今となっては。強力な魔力も失われ、切り刻むのも難しくは無い。

部品ごとに異界に運び込み。

そして殺した獣もあらかた運び終えてから、時間停止を解除。

ティアナちゃんはその凄まじい剣腕だけではなく、腕力も凄まじく。巨大な肉塊を何の苦も無く運んでいた。

後は、異界で仕留めた得物を捌き。

一部を報酬として受け取る。

イサナシウスの深核は非常に品質が高く。これを貰えるだけでも今回参戦した意味は大いにあった。

代わりに、深淵の者の幹部。毒薔薇さんが、数名の部下を連れて此方に来る。

一礼してすれ違う。

彼女はこれから先ほどの基幹都市に出向き、後始末をするのだ。

今回の事件が大きくなったのは、戦力があからさまに足りていない基幹都市の自警団。

そして立場に胡座を掻いて自己練磨を怠った錬金術師のせいだ。

ゆえにこれらを鍛え直す。

かなり過激な手段を採るかも知れないが。

わたしにそれを止める気は無かった。

そして、イルちゃんも来る。

これから水源を調査し、よりよい方向にするべくプランを練るのだ。

護衛としてアリスさん。そして、その「同族」。

今はもう正体が分かっているから、みんな同じ姿をしていても驚かないが。いわゆる「ホムンクルス」達がぞろぞろと、イルちゃんに従っていた。

なお流石にまだわたしもイルちゃんもホムンクルスを作る技術はない。「作り方が分かる」と「作れる」の間には大きな差があるのだ。

そもこのホムンクルス達、ソフィー先生が収集した「性能が高い人間」のデータをかき集めて作っているらしく。

それぞれ優れているのは当たり前らしい。

生命に対する冒涜のような気もするけれど。それはそれだ。

「戦闘お疲れ様。 何か問題はあったかしら?」

「ううん。 ただ、この処理が終わったら、基幹都市を見に行くつもりだけれど。 城壁とか、遠目に見ただけでもガタが来ている場所がかなりあるようだったからね」

「そう。 いずれにしても、ちょっと根本的な荒療治が必要かしら」

「……」

わたしは破壊担当。

イルちゃんは創造担当。

とはいっても、イルちゃんは非常に厳しい目で物を見る。現実的な方法を策定し、効率的な創造のために、わたしに非常に過激な破壊を依頼してくることもある。

一度戦利品を整理した後。

わたしはお姉ちゃんとツヴァイちゃんだけをつれて、基幹都市に出向く。

もう夕方になっていたが関係は無い。

基幹都市は騒然としていたが。

わたし達三人は、その喧噪の中をすり抜けるようにして。何ら問題なく歩きながら、調査をしていった。

わたしは周囲の声を聞きながら、インフラの問題点を洗い出す。

お姉ちゃんは優れた観察眼を利用して、明らかに問題となっている人間を割り出す。

ツヴァイちゃんは数字管理。

現状の時間や行き交う人間の数、街に出ているお店や、その繁盛の具合などを確認する。

三人でまとまって歩くのは。

流石に暗殺者にまとまって攻撃を受けた場合、対応出来ない可能性があるからだ。

前に長老に暗殺者を雇われてから。

わたしはこの辺りの事に関しては、過敏なほど準備を怠らないように動くようになっていた。

街を歩いてみるとやはり、だ。

街の中には水路があるのだが、モラルが腐っているのが、ゴミが投げ込まれている。

この水は各地の井戸につながっていて、濾過装置がついているとは言え、人々の口に入るのだ。

下水は垂れ流し状態。

最終的にはその垂れ流しが海に流れ込むのを、この街の錬金術師は理解出来ているのだろうか。

街の中には賊がかなり入り込んでいる。

既に匪賊らしいのも数人確認。

匪賊が入り込んでいると言う事は。

警備が弛んでいるか、匪賊と連んでいる者がいるか。恐らくは、その両方だろう。

城壁も、昔はドラゴンのブレスに耐えられるほどの強力なものだったようだが。現在は劣化が激しく。あのイサナシウスに突貫されていたら、多分粉砕されていただろう。

異界に戻った後、情報をまとめる。

お姉ちゃんは素早く、目についた賊や不審人物の顔のラフスケッチを書き起こす。

ツヴァイちゃんは様々なデータを、さっとゼッテルにまとめてくれた。

わたし自身は、問題のあるインフラと、改善に掛かる予算をまとめ上げ。

そして、一度戻ってきた毒薔薇さんに手渡す。

予算額を見て、毒薔薇さんは真顔になり。そして二度見したが。

わたしは首を横に振った。

「最高率化してこの価格です。 下水に関しては、一度全部破壊した方が早いくらいだと思います」

「ちょっと、ちょっと待ってくださいね。 この金額は、流石にアルファ商会と連携しても、すぐには出せないわ」

「それだけあの基幹都市が、前の錬金術師の偉業におんぶに抱っこだったと言う事です」

いっそ、わたしが今から城壁を全部壊してこようか。

そう言うと、毒薔薇さんも流石に引く。

わたしは今、半分以上本気だったのだが。いっそ乗り気になって欲しかった。

「今、イルメリアが新しい都市計画を立てて戻ってくるでしょう。 彼女ともよく相談して、わたしがどう動くべきか話しあっておいてください」

「……分かりました。 いずれにしても、腰を入れて動かなければならないようですね」

公式の場だからイルちゃんを呼び捨てにする。それはルールとして守る。

だが一方で、毒薔薇さんが頭を抱えているが。そんなのはわたしの知った事か。

そもそもこの人、アダレットを取り仕切っていたはずだ。基幹都市がこんな有様になっているのに、気づけていなかったのか。

今回のイサナシウス襲来で顕在化したとしても。

相手はたかがイサナシウスだ。

ドラゴンでは無いし、邪神でもない。

弱めのドラゴンよりは強いかも知れないが、「精強で知られる騎士団」を抱えているなら、それくらいは撃退してくれなければ困る。

一度アトリエに戻り、軽く体を綺麗にしてから眠る。

深淵の者から次にどうするかを言い出してくるまで、調合に専念する事にする。

やるべき事はいくらでもあるし。

慈悲心など掛けてやる謂われは無い。

この世界の未来が詰んでいる以上。

わたしはどれだけ過激な手段でも採らなければならないし。それには痛みも伴うのが当たり前だ。

勿論痛みは、多くの人々にも負担して貰う。

なぜなら、この世界を詰ませているのは人間で。

あのパルミラでさえ回避できない滅びを招くのも人間なのだから。責任を取って貰うのは、ある意味で無くても当然の話である。

一眠りして起きると、深淵の者から使いが来た。

どうやらイルちゃんが出した都市の再建計画で、わたしが算出した予算額を遙かに超えるものが提出されたらしい。

これからアルファ商会の幹部も交えて会議を行うと言うことで。

すぐに出て欲しいということだった。

ソフィー先生が動くべきでは無いかと思ったのだが。

今、ソフィー先生は強力な邪神と絶賛戦闘中、なおかつ後始末の準備中だそうで。

此方には来られないそうだ。

ため息をつくと、ツヴァイちゃんだけに同行を頼む。お姉ちゃんは流石に会議にまでは出なくても良いだろう。

異界に入り、かなり長い通路を歩いて会議が行われる空間に出向くと、世界を裏側から動かしている錚々たる面子が揃っていた。

この間面識をもった、アルファ商会の長、アルファさんもいる。

古参の幹部で、片目は義眼。片腕は義手である。

目の前で匪賊に家族を生きたまま食い殺され、自身も目と腕を食われたらしく。その怒りを忘れないようにするために、敢えて義眼と義手で生活しているという。深淵の者の技術力なら、目も腕も再生可能だという話なのに。

感情が薄いホムにも、こんな人もいるのだ。

イルちゃんは既に来ていて。

わたしが席に着くと、街再建のための計画書が出される。

見ると、わたしが算出した金額より、桁が一つ多い。

なるほど、これは毒薔薇さんが青ざめるわけだ。

咳払いするイルちゃん。

「相変わらず再建の見積もりが甘いのよ。 彼処まで腐っていると、再建には年単位の時間と、これくらいの予算が必要なの」

「そう、で、わたしは何を壊せば良い?」

目を細めたわたしに。

腕組みしたままイルちゃんは言う。

「そうね、計画に従って城壁を端から全部作り直しね。 更に街の水路も作り直す必要があるわ。 あんたが使っているあのポンプを使って、ゴミを入れられない高所に水路を作り直しましょうか」

「いいねそれ。 水源の方は……面白い事考えるね」

「いっそのこと水源も街に取り込むのが良いと思ってね。 何より緑化していないから、獣に好きなようにされるのよ」

イルちゃんが顎をしゃくると。

姿を見せたのは、オスカーさんだった。

久しぶりだ。

オスカーさんは軽く黙礼すると、席に着く。そして、既に状況は見てきた、と会議の参加者に言う。

「おいらでもあれは手間が掛かるな。 ライゼンベルグの周辺よりも大変かもしれない」

「ならば更に予算が必要ね」

「はあ。 アダレットにも負担して貰うとしても、これはアルファ商会の収益が、一年分くらい消し飛ぶのでは無いかしら」

「蓄えはあるのですが、ちょっと無視出来ない赤字になるのです。 かといって、この規模の基幹都市は、常に「世界」に狙われているのです」

アルファさんが言う。

この「世界」というのは、世界の管理者であるパルミラの末端、つまりドラゴンや邪神の事だ。

世界の人間を常に増えすぎず減りすぎないように動く。

それがドラゴンと邪神なのである。

故にドラゴンは世界に常に一定数が存在しているし。

邪神は殺しても、その力は世界に補充され。更には長時間を経ると、何らかの形で蘇る。

「悪いけれど、私やフィリスはこの街に貼り付いて仕事は出来ないわ。 何しろ近々「三人目」と「四人目」を育てるための例のプロジェクトが始まるんでしょう」

「はあ、仕方が無いわね。 ごめんなさい、アルファさん。 借りを作るわ」

「世界のためであれば仕方が無いのです」

深淵の者には、多くの錬金術師も所属している。

城壁の破壊、それに周辺の目立った獣の鏖殺はわたしがティアナちゃんと組んで行う事。更には、街の中核になる錬金術炉の作成と、シールド発生装置の作成はイルちゃんが行う事で予算を圧縮する事を決めるが。

わたしとイルちゃんが出来るのは其処までだ。

何しろ、さっき議題にも出たように。この世界を改革しうる錬金術師。

ソフィー先生は「双子」と呼んでいるから、多分双子なのだろうが。

それがそろそろ錬金術師として動けるようになる。

それにあわせて、超巨大プロジェクトが動き出す。

更には、最強と噂される邪神、雷神ファルギオルが近々動き出すと聞いている。

遙か昔に倒されたファルギオルが蘇り、そしてこの世界に災いをもたらすのだ。

これへの対処がかなり大変らしく。

わたしもイルちゃんも、近々アダレット王都に出向き、其処での作業に注力することになるだろう。

会議が終わると、すぐに全員がそれぞれ動き出す。

わたしは基幹都市に出向くと。

時を止めた後、一気に老朽化した城壁をつるはしで粉砕。今のわたしに掛かれば、鉱物は基本的に何でもつるはしで粉砕できる。

更に、お姉ちゃんを呼び。

深淵の者から手練れを三十人ほど借りて。

ティアナちゃんと手分けして、片っ端から基幹都市の周辺にいる獣の命を刈り取り始めた。

獣はこの世界では、荒野に幾らでも湧く。人間の数を抑制するため。そして人間の食糧としても、必要だからだ。

水源周辺を完全緑化するためには、基幹都市の自警団の手に負えない獣は全て処理しておく必要がある。

毒薔薇さんがこの基幹都市の自警団を鍛え直すまで、獣は待ってくれない。

だからわたしの手で、処理する必要があるのだ。

水源近くのは、イサナシウス処理の時にあらかた片付けたが、案の定インフラが劣化している都市周辺は、強力な獣の巣窟になっていて。片っ端から処理しなければならず。今のわたし達でも一週間以上作業には時間が掛かった。

同時にイルちゃんが炉を持ち込み。

シールド発生装置の取り付けも始める。

時間停止も駆使して、錬金術の作業を圧縮したのか、それとも在庫を放出したのかも知れない。

更に少し余裕があったので、水源近くの地盤に手を入れて、緑化作業をやりやすいようにしておく。

わたしが手を入れ終えた頃。

オスカーさんが、大量の苗をもって、様子を見に来た。

「お、気が利くな。 ん、おいらが見た感じ大丈夫そうだ」

「水源は都市に丸ごと組み込みます。 それを配慮しての緑化作業をお願いします」

「ああ、会議で言っていた奴だろう。 分かっているさ」

そういえば、オスカーさんは体重が非常に上下しやすいと聞いているけれど。

少しまた太り始めている。

ただ、その気になればすぐ痩せられるのだろうし、気にする事もないか。

一礼すると、その場を離れる。

わたしとイルちゃんが豪腕を振るった後は。

この街の人達が、支援を受けながら再建を行う番だ。

再建の作業に関しては、毒薔薇さんが監視してくれるし。予算についても、アルファさんが直接見てくれる。

世界に幾つもない基幹都市を失う訳にはいかない。

この都市は、如何に腐っていたとしても。死守しなければならないのだ。

ティアナちゃんが来る。

籠を背負っていて、其処からは血の臭いがしていた。

獣のものだけではなかった。

どうせ混乱するのに乗じて、匪賊が動く。

分かりきっていたので、匪賊と分かっているものを、先に狩って貰ったのだ。

「狩ってきたよー」

「待ってね」

首を取り出すと。

記憶を映像化して引っ張り出す。

いつもながら、おぞましすぎる残虐な行為が映し出されるが。それによって、匪賊と通じているのが誰か分かった。

記憶を固定し。その映像をいつでも出せるようにして。ティアナちゃんに映像を閉じ込めた水晶を渡す。

勿論、「追加の」狩りのためだ。

この基幹都市は、匪賊と癒着するほど腐っている。匪賊は見敵必殺が基本。そして匪賊と癒着した商人や役人にも消えて貰う。

当たり前の話だ。

憐憫を掛ける必要などない。人間を食った人間が、人間社会でやっていける訳が無いのだし。

何よりも、そんな獣と化した人間と癒着して利益を貪るような輩は、社会に存在していてはいけないのだ。

だから滅ぼす。

場合によってはわたしがやるが、今回はティアナちゃんがやる方が早い。

嬉々として飛んでいったティアナちゃんは、多分今晩中にターゲットを狩りつくしてしまうだろう。

そしてわたしの所に、戦利品を見せに来るに違いない。

お姉ちゃんが戻ってくる。

獣を処理した後、一つ噂を街で流して貰ったのだ。

「鏖殺」が来たと。

これで仮に匪賊が街にまだ潜伏していたとしても、震えあがってすっ飛んで逃げていく。関係者も同じだ。

もはや匪賊にとって鏖殺とは絶望の同義語。

そしてティアナちゃんは、噂が流れて慌てて逃げようとする獲物を、逃がしなどしないだろう。

文字通りの皆殺し。

それでいい。

ただでさえ、皆が協力しなければ生きていけないこの世界。獣と化して好きかってしたいなどとほざく輩を。

わたしは許さない。

ぎゅっとツヴァイちゃんの手を握る。

次の仕事まで少し時間はあるが。わたしに、心の安らぎが訪れる日は、もう二度と来ないだろう。

匪賊達には、精々最後の夜を楽しんで貰うとする。

既に夜も更けているのだ。わたしは、アトリエに戻るべく、きびすを返していた。

 

3、二人の話

 

調合をしていると、時間が止まる。

ああ、ソフィー先生が来たなと顔を上げると。案の定、ソフィー先生がいた。

同じく深淵の最深部に触れた者同士といえど。

その力はまだ天地ほども離れている。

ティアナちゃんは接近を察知できるようになった。

多分戦っても勝てる。

だけれども、この人にはまだまだ勝てる気がとてもではないけれどしない。それだけ、実力差は絶望的なのだ。

「ソフィー先生、何か用事ですか」

「イルメリアちゃんも呼んであるから、異界に来てくれる? 部屋は17−15で」

「分かりました」

時間が戻る。

既にその場にソフィー先生はいなかった。

最近ソフィー先生は、作業時間を圧縮するため、常に移動する時や話をするときは、時間を止めているという。

確かにそれならば作業時間は圧縮できるが。

わたしはとてもではないが、真似しようとは思えなかった。

エリキシル剤を完成させたので、汗を拭い、硝子瓶に移していく。死者さえ蘇らせるという伝承のあるこのお薬だが。実際には其処までの事は出来ない。ソフィー先生だったら、或いは本当に死者を蘇生させられるかも知れないが。あの人はあくまでスペシャルだ。それに、まだまだ壁は厚い。

作業を終え。

釜を洗浄してから、会議に向かう。

イルちゃんはもう来ていたが。

ソフィー先生の他には、プラフタさん。そして、ルアードさんと、護衛らしいイフリータさんしかいなかった。

ルアードさんが最初から「本来の姿」になっているのは珍しい。

滅多にこの姿を取ることは無いのに。

「そろそろ、皆にこれから計画の核になる二人を紹介しておこう、と思ってね」

「はい。 例の世界を変えうる錬金術師ですね」

「そういうこと」

すっと、ソフィー先生が映像を出す。

詠唱をする様子も無く。

指を動かしただけで映像が出た。

一人は、赤毛の、ちょっと背伸びした感じの女の子だ。

「ルーシャ=ヴォルテール。 この子自身ははっきりいって大した才覚はないのだけれどもね。 計画にはどうしても必要なの。 今はアダレット王都で、錬金術師の修行中」

「この子自身はと言うと、もう一人が重要だと?」

「そういう事」

すっと映像を出すソフィー先生。

二人の女の子が映し出された。

一人は茶色い髪の毛の、華奢な子だ。ちょっと華奢すぎて、見ていて心配になってくる。発育もわたし以上に遅そうである。

その影になるようにして、長い金髪の活発そうな女の子もいる。

一目で分かった。多分二卵性双生児だが、この子達が例の「双子」だ。

だが、どうもソフィー先生の言葉が引っ掛かる。

「この子が本命。 名前はリディー=マーレーン。 父親が公認錬金術師のサラブレット」

「前に、双子という話を聞きましたが……」

「ああ、それが少しばかり難しくてね」

映像がスライドし。

今度は活発そうな女の子が前に出る。

活発そうだが。頭はあまり良く無さそうだ。多分だけれども、わたしと同じ感覚型の錬金術師だろう。

ギフテッド持ちかも知れない。

だが、ソフィー先生の言葉は非情だった。

「この子はスール=マーレーン。 双子の妹の方なんだけれどね。 今まで散々繰り返してきたけれど、滅多にものになった事がないんだわ」

「えっ……」

「才覚はあるんだけれどね。 どうも私の接し方がまずいんだろうね。 プラフタを師匠につけてみたり、ルアードさんに頼んだりもしたんだけれど、いずれも上手く行かない」

「才覚があるのに、ですか?」

頷くソフィー先生。

話によると、双子と言っても二卵性のこの二人。才覚に隔たりがあり、特に妹のスールの方は、母親の血が色濃いという。

つまり錬金術の素質は姉に。

母親の戦士としての素質が妹に強く出ている、と言う事らしいのだ。

そして頭が悪い反面スールは非常に勘が鋭く、嘘をついていたり、周囲に何かあるとすぐに気付くという。

一方理論派の割りにリディーは脇が甘く、どうしても隠し事が出来ない。

その結果。

双子が喧嘩別れに終わり。錬金術師として大成できない事が非常に多い、というのである。

既に双子の母親は死去。

父親はそれによってかなり荒れた生活をしており。

双子は相互依存の傾向が非常に強い。

生活も苦しいようで、それが相互依存に拍車を掛けている。

そんな状態で、露骨に片方がもう片方を突き放すような成長を見せたりしたら。人間関係が複雑骨折し、精神的な致命傷も受ける。

二人を引き離して自立させることもソフィー先生は考えたらしいのだけれど。

相互依存が強固で、離したりすると半狂乱になるらしい。

特にスールは脳天気でいい加減なように見えるが、実際は相当に頭が子供で。リディーと引き離すことで、殆どの場合精神崩壊を起こすというのだ。

そんな実験をしたのか。

如何に素質があるとは言え。わたしは思わず唇を噛むが。ソフィー先生はわたしが非人道的な行為をしている事に対して抗議の目を向けても知らぬふり。いや、分かっていて平然と受け流している。

だが、今回は。

今までとは状況が違うという。

わたし達の存在だ。

ソフィー先生は咳払いすると、順番に言う。

「確率的には……97%くらいはリディーちゃんだけが一人錬金術師として大成する感じかな。 スールちゃんが上手く行くこともあるけれど、その場合はリディーちゃんが潰れるね」

「……それでこのルーシャという子が重要だと」

「そういう事。 後、師匠を任せるイルメリアちゃんもね」

ソフィー先生は。相変わらず、全てを掌の上で転がし。まったく目だけは笑っていない。

この人にとっては、全てが理屈の上。

情なんて関係無い。

もっとも、それを理解しているからこそ。今回、堂々と隠さずに、今後の「展開」について話しているのだろうけれど。

「フィリスちゃんは教育には向いていないから、次は支援。 この双子を育てきれば、恐らくは違う考えの錬金術師が揃う。 世界の破滅を回避するための駒が揃うと言う事だよ」

「人間は駒じゃありません……!」

「駒だよ」

ソフィー先生は、わたしの抗議にも、何ら思うところはないようだった。

それはこの人の視点からして見ればそうだろう。

何よりも、勝手に資源を食い荒らしたあげく、自滅していく人間を見ていれば、そういう考えに至るのも理解は出来る。

でも、この人のやり方には。

どうしてもやはり賛同できない。

わたしが破壊を担当する。イルちゃんは創造を担当する。そしてソフィー先生は管理を担当する。

双子は。

何を管理されるのだろう。

わたしには、不幸な未来しか見えない。

人間は救われるかも知れない。この世界のどん詰まりは解消されるかも知れない。パルミラも満足し、人間は破滅を脱することが出来るかもしれない。

だがその先にあるのは何だろう。

完全なる管理社会か。

それとも。

「そうそう、一つやっておく事があってね」

いつの間にか、ソフィー先生が絵を取り出す。

花園が描かれた、美しい絵だ。

尋常ならざる力を感じる。

「これは……」

「通称不思議な絵画。 絵の中に異世界を作り出す、錬金術の究極到達点の一つ」

「!」

絵の中に異世界を。それはもう、文字通り世界を作り出すのと同じではないか。

或いは、大災害の時は、人々をこの絵の中に逃がす、という手もあるのかも知れない。

時を操作したり空間を操作するのとも更に一つ次元が違う。

文字通り錬金術の究極点の一つだろう。

「多くの不思議な絵画は、数百年前に雷神ファルギオルと先頭になって戦った当時最高峰の錬金術師、ネージュという人物が理論を開発、深淵の者が支援することによって完成したのだけれど。 この絵は比較的新しいものなんだよ」

「その異世界が、どうかしたんですか」

「この絵は双子の父親が描いたもの。 つまり中を少し弄ってやれば、双子の母親の思念を再生する事が出来る」

深淵の深奥に触れて、わたしは人間を止めた。

だから感情も薄くなったと思ったが。

その言葉には、意図している事には。思わず瞬間沸騰するかと思った。

ソフィー先生が浮かべている笑みは。

正に狂気そのものだった。

人の心を何処までもてあそべば気が済むのか。勿論世界のどん詰まりを打破するための人材が必要で。

人間が思いつく程度の事なら何でも出来る神が介入し、9兆回以上繰り返してもどん詰まりはどうにも出来なかったという現実が存在し。

人間が「子孫に未来を託して」も、未来を打破できる可能性が0だという最悪の実績があるとしても。

いくら何でもこれは。あまりにも。

そうまでしないと、どうにもならないほど人間という生物は愚かなのか。

愚かなのだ。

分かっている。分かっているからこそ、わたしはあまりにも悲しくてならなかった。

「いびつな家庭で育った双子だからね。 ただでさえ異性の親に育てられた子供は歪みやすい。 二人とももう社会的には大人として認められる事もある年齢だけれど、頭が子供なのはそのせい。 よって、本当の意味で親離れさせる」

「ソフィー先生、貴方は邪神より邪悪です。 もう人の心は欠片も残っていないんですね」

「ありがとう、最高の褒め言葉だよフィリスちゃん。 それと、フィリスちゃんも早いところ心なんて捨てないと、苦しいだけだよ?」

「……」

拳を握りしめる。

分かっている。実際問題、これくらい突き抜けないと、この状況の打開策なんて見つからないのだ。

ティアナちゃんのような完全に壊れた子を、人材として有効活用しているソフィー先生の辣腕はわたしだって理解している。そしてわたしも、ティアナちゃんと今では連携して動くようになっている。

同じ穴の狢に、いつの間にかなってしまっているのだ。

そしてだからこそに分かるのだ。

今悪態をついたけれど。

人間という生物は、本来今のソフィー先生が生ぬるく見える程に邪悪なのだと。

これでもパルミラが相当に手を入れて、今の状態にまで落ち着かせている、という話も聞いている。

嘘を今更言う理由も無いだろう。

それに、カルドさんがいつだか言っていた、ある時期を境に不意に人間四種族が連携するようになったという話とも符合する。

つまり本来の人間は、今よりも更に愚かで排他性が強く攻撃的で。

文字通り管理も出来なければ手に負える存在でも無く、それでいながらおぞましい自己賛美に酔うどうしようも無い種族だったと言う事だ。

溜息が何度も零れる。

「双子の素質は、二人セットなら賢者の石に手が届くかも知れない。 もしも賢者の石を作り出せる錬金術師が五人になれば……」

「分かりました。 協力しますので、もう後は作戦だけをお願いします」

イルメリアちゃんが、わたしの服の袖を掴みながら言った。

ソフィー先生は、ふふと笑った。

まだ人間らしさがかなり残っていて微笑ましい。

そう笑っているようだった。

 

計画はこうだ。

アダレットにて近々雷神ファルギオルが復活する。

これは確定事項であるらしい。

もしも雷神が復活したら、アダレットの総力を挙げても倒す事はとてもではないが不可能だろう。

ソフィー先生が出ればあっという間に始末できるらしいが。

それでは「もったいない」。

この大きな歴史的出来事を利用し。

双子を育てるエサにする。

それが大まかなソフィー先生の策略。

そして既に、計画については、下準備を始めているという。

アダレットの聡明なことで知られる王女に、毒薔薇さんが接近。

ラスティンとの協力態勢を取ることによって、公認錬金術師を複数王都へ招聘し。双子が育ちやすい環境を作る。

そう、その公認錬金術師には。

わたしとイルちゃん。

それにソフィー先生も含まれる。

なんと、ルアードさんも赴くという。

ただ、ルアードさんの本来の姿は、ヒト族にとって強烈な嫌悪感を生じさせる、と言う事で。

嫌みなまでに美形のホムンクルスを造り、それに自分の魂を一時的に移すつもりだとか。

ホムンクルスはソフィー先生が作るそうである。ヒト族をベースにする上、複数の公認錬金術師の情報と才覚を混ぜるため、錬金術も使えるそうだ。人間四種族の中でヒト族だけが錬金術を使えるが。ホムンクルスとはいえ、体はヒト族に極めて近いのだろう。

これはルアードさんの、自分を馬鹿にしてきたヒト族に対する当てつけでもあるそうだ。

容姿によって自分を差別し。

醜悪のルアードなどと呼んで、あらゆる実績を否定し続けたヒト族に対して。

容姿を反転させたらどうなるか。

実際に既に試しているそうだけれど。

今までの出来事が嘘のように、繁華街を通るだけで顔に釣られた者達がウヨウヨと寄ってくるそうである。

ヒト族の大半はやはり顔しか見ていない。

ルアードさんは、少し寂しげにそう言った。

実際にその通りなのだろうから、わたしには反論できなかった。

そしてルアードさんは、その姿で公認錬金術師試験をあっさり突破。まあ深淵の者の長であり、500年にわたって世界を裏側から支配していた大錬金術師だ。それくらいは容易も容易、と言う事だろう。

これに加えて、支援要員としてコルネリアさんがアルファ商会の支部をアダレット首都に展開。

更にドロッセルさんも現地で協力してくれる、と言う事だった。

他にも深淵の者幹部複数が現地に展開。

既に「最後の育成計画」の準備を進めているという。

勿論、失敗すれば何度でも。

それこそ何度でもやり直す。

わたしももはや人ならぬ身だ。ソフィー先生のように、億年単位で地獄を味わい続ける覚悟は出来ている。

そして、わたしは。

ソフィー先生の魔手から、何も知らない双子を守りきらなければならない。

少なくとも、好き勝手に掌の上で転がさせる訳にはいかない。

エゴのために全てを好き勝手にしようとする愚かな人達で無ければ。

守れるのであれば守らなければならないのだ。

人間が本質的に駄目だと分かっていても。

未だにわたしはこんな風に考えてしまう。

異界を出ると。

わたしは大きくため息をつき、ベッドに転がる。何もかもがつらい。今後わたしが、人でなしと罵られる事は増えるだろう。

だが、それでもやらなければならない。

このまま放置すれば確実に人類は資源を食い尽くして破滅する。

それを避ける為にも。

わたしは非情にならなければならない。

わたしは破壊神だ。

破壊神は、創造のための破壊を行う。

創造はイルちゃんに任せた。双子の教育も、自分にも他人にも厳しいイルちゃんがやってくれるはずだ。

だったらわたしは、世界を詰みに導く全ての要素を破壊して回るしか無い。

しばらく頭を冷やすと、お姉ちゃんに何か問題が起きていないか確認。お姉ちゃんは少し黙った後、首を横に振った。

「今の時点では大丈夫よ、フィリスちゃん」

「そう。 近々、アダレットの王都に出向くから、リア姉もそのつもりでいてね」

「お父さんとお母さんはどうするつもり?」

「此処には扉を残していくから、何時でも様子を見に戻れるよ」

良かったとお姉ちゃんは言うけれど。

多分それは、いつでもお父さんとお母さんに会えるから、ではないだろう。わたしがそういう事を考えられる、という現状に対してだ。

頷くとわたしはツヴァイちゃんも呼んで順番に話す。

アダレットでこれから行う作戦について。

双子の育成について。

そして、双子を育成することで、やっと世界のどん詰まりの世界を打開できる事も。

世界が最終的にどうなるかは、わたしはソフィー先生に無理矢理見せられた。

映像を再現する事も出来る。

人間の可能性は無限なんかじゃ無い。

当然限りがある。

だからこそ、どうにかしなければならない。

人間はこのままでは、他の全てを巻き込んだあげくに自滅するのだ。その未来だけは、回避しなければならないのである。

二人は無言で劫火に包まれる世界を見ていたが。

やがて、頷いた。

「分かった。 これから何があっても私はフィリスちゃんの味方よ」

「私もお姉ちゃんのためなら何でもするのです」

「有難う、リア姉、ツヴァイちゃん」

これ以上は身内を巻き込むことも出来ない。

二人が一緒に戦ってくれるだけで充分だ。

後は、実際に作戦行動が開始されるまでに、わたしはやる事をやらなければならない。周辺都市のまだ不安なインフラの解消。エルトナの整備の完成。それに、アダレットとラスティンを結ぶ街道の完全整備。

これらをしっかり完成させてから。

アダレットに出向くことになるだろう。

そしてわたしが出向いた頃には、アダレットは最強最悪の邪神、雷神ファルギオル復活の恐怖にさらされているはずだ。下手をすると、王都が一瞬で滅ぼされるほどの邪神である。それも無理はないだろうが。

ため息をつくと、準備を粛々と進めていく。

アトリエを出ると、曇天が何処までも拡がっていた。

エルトナはこうも発展した。

わたしは錬金術師として一人前どころか、賢者の石を作るところにまで至った。

追放した阿呆どもは除いて、エルトナの人々の生活水準は向上し、破滅の未来も回避された。

それなのにどうしてだろう。

わたしの心は今も。

あの空のように、曇ったままだ。

人とは心の構造が変わってしまっているのに。心が歪んで狂っているのが分かる。そう、今此方に歩いて来ているティアナちゃんのように。

「次の作戦の話、聞いたよ。 私もアダレットに出向くからよろしく」

「その前に、ティアナちゃん。 何体かのドラゴンを処理しなければならないから、手伝ってくれる?」

「喜んで」

首から上は頂戴と、満面の笑顔で言うティアナちゃんだが。

やはり目は濁りきっている。

そして、恐らく今はわたしの目も。

さあ、壊そう。

わたしはそうして、此処まで歩き続けてきた。既にわたしは、破壊の錬金術師という二つ名で呼ばれ始めているとも聞いている。

全くの事実なのだから、それについて思うところは一つも無い。ただ、このままその名前の通りの存在として。

世界を変えていく。

それだけだった。

 

エピローグ、破壊の錬金術師

 

辺りには、人間だったものが散らばっていた。

アダレット辺境。

武門の国と呼ばれるアダレットは、錬金術師の頭数が少なく、どうしても人間の支配が及ばない地域が多い。

そんな場所には強大な獣やドラゴンだけでは無く。

匪賊も多数住み着く。

此処は、以前のグラオ・タール周辺ほどでは無いけれど。100人以上の匪賊が集まっていた砦。

今、わたしが破壊する対象となっている場所だ。

匪賊はあらかた殺した。

頭から上は無事に残すように。

攻撃作戦を指揮したわたしは、作戦に参加した深淵の者の戦士達と、ティアナちゃんに指示。

ティアナちゃんは嬉々として。

深淵の者の戦士達は、そうしないと心を保てないというように淡々と作戦を実施し。

まずは見張りから消し。

続いてティアナちゃんが首領を一瞬で仕留め。

後は混乱しているところを一網打尽にすれば良かった。

まだ生きている、匪賊に捕らえられた人達が数名奥の牢屋から救い出されたが。皆、目は虚ろだった。

それはそうだろう。

目の前で大事な人や、家族や、或いはそうではないにしても他の人達を食い殺されたのだろうから。

大量に出てくる人骨。

中にはついさっき食べたばかりのものも出てくる。

調理した人肉やら内臓やらも大量に見つかった。保存食として、燻製に加工されていた。

人間が獣に墜ちた存在、匪賊。

故に此奴らは人間では無い。

生き残りが一人、わたしの後ろから襲いかかってきたが。

わたしは時を止める。

そして、わたしにナイフを突き刺そうとしていたそれの頭を、一瞬でもぎ取っていた。

時間停止を解除。

何が起きたか分からないうちに、匪賊は死んだ。

もう少し苦しめて殺してやれば良かったか。

いや、それでは匪賊と同じだ。首を放り投げる。他の匪賊どもの首が集められている場所と同じ所に。

「終わったよー」

「一人取りこぼし」

「ああ、フィリスちゃんがどうにかすると思って、残しといた。 一人くらい殺したいでしょ?」

「いや別に」

そうなのーと、ティアナちゃんは不思議そうに小首をかしげる。ティアナちゃんには不思議かも知れない。でもわたしは破壊をすることを目的としているが、殺しを楽しむつもりは無い。

まず助けた人達に、眠りの魔術を掛け。記憶を確認。

何処の誰かを確認した後、故郷に帰すべく手続きを始める。どうやら奴隷商(勿論違法だ)が匪賊に売った人もいるようで。その奴隷商はこれから消す。深淵の者でこの手の輩は片っ端から処理しているのだが。処理しても処理しても湧く。需要がある、という事である。

勿論どれだけ巧妙にやろうが関係など無い。

関係者の記憶を片っ端から覗いていくのだから。

拷問だの尋問だの非効率なことなどしない。嘘を吐いても分からないからである。魔術で隠蔽しようとしても、錬金術で増幅したわたしの力は、今ではドラゴンの鱗さえ砕くのだ。人間の魔術なんて、それこそ紙のように貫通する。

必要な情報を取り出すと、身寄りが無い人は此方で引き取り、仕事を世話するように手配。

更に身寄りがある人は、帰れるように手配する。

そしてトラウマが酷い人はそれも除去。

こんな環境に置かれたのだ。壊れてしまう人だって出る。ツヴァイちゃんの時は、本当に普通に生活出来るようになるまで酷い苦労をしたが。今は、こうしてそんな苦労はさせずとも済むようになっている。

ティアナちゃんはそのまま、奴隷商を消しに行く。

この手の輩は、生きていれば生きているだけ害を為す。一秒でも早く消す方が良いからである。

わたしは残った戦士達の前で、匪賊の頭から記憶を一つずつ引っ張り出し、順番にデータを取る。

他の匪賊の顔があった場合照合。

また、匪賊と商売をしている様な輩がいたら、それも消す対象として記録する。

全てが終わった後。

匪賊の死体は全て処理。

文字通りの灰燼とした。

これは、獣が人肉の味を覚えることを防ぐためである。

一方、匪賊の犠牲者の骨は近くの街の無縁墓地に、丁重に葬る。

この街はわたしが少し前から戦略事業を行っていて、匪賊を消す作業に入ったのもそれが理由だった。

ソフィー先生だって、世界の全てには手が届かないのだ。

わたしには、なおさら手が届く範囲が狭い。

街に入ると、わたしは演説台を用意。手を叩いて、人々を集める。

わたしが周辺の獣をあらかた駆除し、乏しかった水を近くから工事で引いてきて、情けなかった城壁を強化しドラゴンのブレスにも耐え抜くようにした実績を目の前で見ている人々は、皆すぐに集まって来た。

神を見る目だ。

神は神でも、わたしは破壊神だが。

匪賊を全て駆除したこと。

殺された人達の亡骸は持ち帰ったことを告げると、人々は泣いて喜んだが。わたしは冷たい目のまま告げる。

「フィリティオータ。 この映像を見なさい」

一瞬にして喧噪が止む。

街の重役の一人フィリティオータが、強ばっている中。わたしは匪賊の記憶から抽出した映像を具現化した。

街の情報を売り。

代わりに、匪賊が犠牲者から身ぐるみ剥いだ金を受け取っている。

此奴は匪賊と通じ。

貧しい人々を匪賊に売り飛ばして、自身は私腹を肥やしていたのだ。

見る間に暴徒と化す周囲の人達を、わたしは一喝で黙らせる。今のわたしなら、魔力を放つことで、人間を気絶させることくらい簡単だ。一喝に魔力を乗せれば、暴徒を黙らせるくらい簡単である。

連れてきた屈強な戦士達が、腰が抜けているフィリティオータを取り押さえ、縛り上げる。

そして、町外れに穴を掘り、悲鳴を上げて喚き散らしているフィリティオータをその前に座らせた。猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛り上げられたフィリティオータはもがくが、深淵の者の戦士の力に勝てる筈も無い。わたしはアダレットの法を読み上げながら、告げる。

「処刑」

手慣れた手つきで、戦士が処刑用の斧でフィリティオータの首を叩き落とし。

そして体も続いて穴に蹴落とした。

熱狂は冷めた。むしろ恐怖がそれに取って代わる。

だが、これは必要な破壊だった。

此奴にも言い分はあっただろう。此奴が定期的に匪賊に生け贄を捧げなければ、街は匪賊に無差別攻撃を受けていた。

だが此奴は、その言い訳を盾に、弱者から生け贄に捧げていた。

許されることでは無い。

「まだこの街の中には膿が溜まっています。 全てをこれから出します」

さっと青ざめる重役の何人か。

匪賊から引っ張り出した記憶の中には、フィリティオータのような即座に処刑に値する情報だけでは無い。

この街の暗部に関するものが幾つもあった。

例えば近隣にばらまいている麻薬。

強い常習性を持ち、吸えばいずれ廃人になる邪悪な薬だ。

これを密かに栽培し、匪賊に売っていた重役がいる。

そうすることで街を守っていたのだと言い訳をしたいかも知れないが。

その麻薬が流通することで、どれだけの人が不幸になったか。

自分が生きるためなら他人を好きなだけ無差別に不幸にして良い。

そんな考えをもつ存在を生かしておく訳にはいかない。

更に言えば。

人間がそんな風に考えるから、いずれこの世界はどん詰まりの末に滅びるのだ。

わたしは、そんな「平均的な人間の思考」を徹底的に破壊する。

名前を読み上げた重役が、また順番に捕らえられる。

人々はもはや、破壊神を見る目でわたしを見ていた。

それでいい。

わたしは破壊の末に創造をもたらすもの。

この街は一度死ななければならない。エルトナと同じように。

そして死の先に、やっと新しい光が差す。

何人かは法に沿ってそのままフィリティオータに続いて処刑。そのほかは法に沿って、アダレット王都に護送。其処で法の裁きを受けさせる。なお、賄賂の類は通用しない。アダレット中枢の法曹は深淵の者が抑えている。

イルちゃんが来たので、引き継ぎをして、後は任せる。

頷くと、イルちゃんは後の始末を始めてくれた。

わたしは次の街へ出向くことにする。

ソフィー先生が始める最後の策が開始されるまで。

まだ少しある。

その少しの間だけでも。

わたしは破壊しなければならないものを。徹底的に破壊し尽くさなければならない。

 

      (暗黒錬金術師伝説7、暗黒!フィリスのアトリエ・完)