未来のための力

 

序、在りし日の終わり

 

鉱物以外の声も聞こえはじめているのだ。鉱物の声は、今までに無いほどクリアに聞こえるようになっている。

わたしはつるはしを振るう。

発破など必要ない。

つるはしで岩山を破壊し尽くすのも、今なら難しくは無い。そう、今のわたしは、存在そのものが戦略級なのだ。

昔、エルトナの街が地下にあった岩山を、完全に崩壊させ。

そして資源を一切合切回収。

更に次の岩山を崩し。資源を回収していく。膨大な水晶や宝石の原石、様々な金属がボロボロ出てくる。

全てを全自動荷車でコンテナに運び込む。荷車への積み込み、コンテナへの回収は人力でやらなければならないが。それらは屈強な深淵の者の戦士達が行うし。荷車の誘導はそれこそ老人や子供でも出来る。歩いて誘導するだけで小遣いが貰えると言う事で、家計の足しにと仕事をしたいと名乗り出てくる老幼は多かった。

わたしがつるはしを振るう度に大きな音がして、街が揺れ。

その度に、こわごわとわたしの方を見ている視線を感じるが、今更一切気にすることも無い。

やはりもう発破は必要ないな。

わたしはつるはしを振るって、次の岩山を崩し始めながら、そう考えていた。どう崩れるかも分かっているので、逃げるのも難しくは無い。

上級ドラゴンであるロギウスを殺し。

イルちゃんとパイモンさんと解散してから。

エルトナに戻って一週間。

今はこうやって、ガンガン岩山を崩して資源化し、隣の町への道を作り始めている。

既に空飛ぶ荷車を使って岩山を越え、隣の町へは足を運び。話をしてある。

流石に岩山が丸ごとなくなって道が出来る、という話を聞いて、隣街の人々は驚いたようだが。

そもそも公認錬金術師もいない街だ。

エルトナとの道を確保できれば、街道の一端となる。そうすれば、人が行き来するようになり、お金も流れるようになる。

更に、その先をずっと行けば、アダレットにつながってもいる。

まだ遠く先ではあるけれど。

どん詰まりの場所にあった街が。アダレットとラスティンをつなぐ交通網の一端に早変わりするのである。

そのメリットは、想像以上に大きい。

向こう側は大喜びして話に乗ったが。

わたし自身は、内心しらけていた。

今は喜んでいるだろう。

だが、岩山を崩し終え。

道を作り。

緑化して安全策を講じていけば、錬金術師の力を目にする事になる。破壊の存在を目指しているわたしの圧倒的な力を間近にする事になる。

そうなれば、相手は畏敬では無く。

畏怖を抱くようになる。

やがてそれが恐怖になるのも、そう遠い日では無いだろう。わたしは一切、相手に優しくしてやるつもりはない。

甘やかしても。

何一つ良い結果など生まないからだ。

岩山を崩し終えると、後は残った岩などを砕き、荷車に乗せてどんどんコンテナに入れていく。

コンテナ内部では、深淵の者から貸し出された人員が、ツヴァイちゃんの指示通りに資源を運び込んでいて。

後は全て任せてしまって大丈夫だろう。

お姉ちゃんが周囲の見回りから帰ってきた。

岩山が連なっているこの周辺だ。どんな獣が潜んでいるか知れたものではない。更にわたしがガンガン岩山を崩している状況だ。そいつらが飛び出してくる可能性も否定出来ないのである。

お姉ちゃんは、残りの岩山が二つと聞くと。

頷いて、話をしてくれた。

どうやらこの近辺に、わたしが直接殺しに行かなければならないほど強力なネームドはいないそうだ。

いずれにしても、普通の獣止まり。

そこまで警戒する必要はないそうだ。

また近場でドラゴンを見かけたという話もなく。周辺での安全は、ある程度確保できているという。

頷くと、わたしはまたつるはしを振るい続ける。

身につけている神衣や、改良に改良を重ね続けた道具類もある。

同じ装備品でも、素材を変えるとまるで別物に化ける。

それらで能力をブーストしているわたしは。

もはや魔族の大人を片手で軽々持ち上げて、遠くへ放り投げられるくらいまでは、身体能力も上がっている。

道具ありきの身体能力とは言え。

既に人間が相手だったら、遅れを取る事はない。

不意打ちで後ろから斬りかかられても、刃物がハルモニウムでも無い限り、わたしの体を覆っている守りの魔術を突破することは出来ない。

つまるところ、怖れるものは。

この場には無い、と言う事だ。

「フィリスちゃん、そろそろお昼よ」

「うん。 じゃあ、あと一つ岩を崩したら戻るね、リア姉」

「そう。 ではおうちで作って待っているからね」

頷くと、わたしはつるはしを振るい。

残っている巨岩を粉砕し、出てきた資源類を全て回収。品質をより分けるのは後でやればいい。

アトリエに運び込むのを見届けてから。ツヴァイちゃんと一緒におうちに。

今日はサラダ類が多くて、ちょっと無言になったが。

栄養のバランスをお姉ちゃんが考えてくれているのも分かっているし、何よりも植物資源が如何に貴重かも知っている。

だから文句を顔に出しながらも食べる。

食事の後は、軽く休んだ後。

孤児院の方を見に行く。

もうあらかた形は出来ていて。教員などの人員についても、派遣が決まっている。

実は深淵の者と直接話をして。

此処の出身者の内、見込みがありそうな人間を深淵の者に派遣する代わりに、有能な教師を回してもらうと言う事で話はついているのだ。

これで教師不足の恐れはなくなり。

なおかつ、此処を出た卒業生も、食いっぱぐれる恐れは無くなる。

孤児院を作った場合。

一番危険なのは、出身者が職を持てない事なのだ。或いは、ろくでもない引取先が名乗り出てくること、である。

こういった孤児院は人身売買に関わったりもするため。

その危険性は尋常では無い。

だからわたしも、事前に丁寧に調べて。孤児院の仕組みを悪用されないように、徹底的に手を打った。

後は、孤児院をきちんと作り上げればそれで完了だ。

別に何処でも何でも出来る人材など育てる必要はない。

何か芸があるだけでも、人間は生きていける。

むしろ何かしらの芸をきわめれば、必ず重宝される。

更に言えば、わたしが見る限り、人間の才能なんてのは基本的に総合的にはあまり変わらない。

たまに規格外もいるが。

それ以外はあくまで皆似たようなものだ。

それだったら、それぞれの得意分野を延ばせば、それぞれがスペシャリストとして活躍出来る。

わたしなんかが典型例だろう。

錬金術以外に何の取り柄もなく、容姿が優れている訳でも無いわたしなのに。

今は各地の戦略事業で活躍し。

そしてエルトナの事実上の支配者として振る舞うまでになっている。これは一つの才能を開花させた結果。

仮に何一つ満足に出来ない人間がいたとしても。

それはそれで、専門技能を身につけていけば、必ず役に立てる。

この世界には。

人間が少なすぎるのだから。

技能が無くても知恵があれば代用できる。

そういった人材を育成する場所を造り。

そして、傭兵しか生きる場所がなく、ゴミのように死んで行く。そんな子供達を量産することだけは、避けなければならない。

アングリフさんが来る。

仕立てたスーツを着込んでいて、ちょっと動きづらそうだ。

前回の戦いで、今度こそ引退、を宣言したアングリフさんは。

大剣をわたしに返し。

以降は、校長として振る舞うと宣言した。

今の時点では、カルドさんとレヴィさんが、教師として時々仕事をしてくれると約束してくれているが。

カルドさんは標の民としての本業があるし。

レヴィさんは色々なところで宝を探したい、とこの間言われた。

何でもパルミラの所で手に入れた宝玉が、とにかく馴染むらしく。

このような宝が他にもあるのなら、見つけたい、というのだ。

わたしはたまに宝探しにつきあおうとも決めているし。

いずれにしても、教師をしてくれるのなら、それくらいの対価は安いものである。

他にも何名か、深淵の者から派遣されてきた教師が既にエルトナに来ていて。勿論兼業だが、授業もしてくれることを約束してくれている。

アングリフさんは丁度今、その中の何人かと顔合わせをして来たところで。

上機嫌の様子だった。

「フィリス。 相談したいことがあるんだが、いいか?」

「はい。 まだ足りない物資がありますか?」

「いや、孤児院自体は何ら問題はないな。 もう子供を引き取ることも出来るし、いつでも稼働可能だ」

「それでは、相談事とは」

子供そのものがいないと、アングリフさんは言う。

そもそもエルトナにはホームレスがいない。

今の時点で其処までの貧困層が存在しないのだ。

今、エルトナには、人が流れ込んできているが。最貧困層はおらず、此方で来次第すぐに仕事を割り振っているし。あからさまな犯罪目的で来た人は、即刻お帰りを願っている。勿論力尽くで、である。

あの街は景気が良い、という噂を流すと同時に。

どうやら「鏖殺」がいるらしいという噂を流し。

更に精強極まりない深淵の者から貸し出されている戦士達が周囲を固めている事を見せつける事で。

悪さをしようと入り込んで来た連中は。

そそくさと逃げ去っていく。

タチが悪い連中の中には、子供を捨てて去って行くような者までいるが。

そういう輩は放置。子供は引き取る。子供は大事な未来の資産だ。

そんな風にして此処に捨てられていった子供が、既に数人、孤児院で生活を始めている。

深淵の者から派遣された中年のヒト族の女性(孤児院で働いていたので、シスターとでも呼ぶべきだろうか)が、読み書きどころか何も知らないその子供達を躾けるところから始めているが。

いずれにしてももっと多くの子供を引き取りたいという。

「俺はもう剣を捨てたからな。 この街から動くつもりもねえ。 不幸な子供がいたら、連れてきてくれるか?」

「わかりました。 各地をどうせ色々回るつもりでしたし、その時に様子を見てきます」

「頼むぜ」

アングリフさんが戻っていく。

わたしは嘆息すると、仕事に戻る。

岩山を粉砕した後は、道を作り始めなければならない。今度はオスカーさんもいない。護衛としてはティアナちゃんを一として充分すぎる戦力が揃っているが、緑化作業が如何に大変かはわたし自身がよく分かっている。

更に出来れば、岩山を壊した先の街の。更にその先まで、インフラ整備を手伝おうとも考えている。

どうせ錬金術師もいないのだ。

インフラなんてまともに今後整備できる筈も無い。

現時点でも、粗末な城壁と。

街を守れる最小限の自警団。

森で守れてもいない「街道」しか無い事は分かっている。

これらについては、昔のエルトナと同じか、それ以上に悪い状態で。

案の定、獣による被害が多数出ているとも聞いている。

それならば、放置しておくわけにもいかないだろう。

明日中に。

この岩山を崩し、資源化しきる。

岩山につるはしを降り下ろしてから、麓で作業をしている人達に退避の指示。

自分も、錬金術の装備でブーストアップしている力をフルに活用して、さっさと麓まで逃れる。

今、岩山の要所をつるはしで貫いた。

それにより、程なく岩山が派手に崩れ始め。凄まじい岩雪崩が起き。わたしが丁度足を止めた地点まで、岩が転がってくる。

おおと、声が上がった。

鉱物の声は、他のものよりもよりよく聞こえる。

最近は精度も更に上がっているから、どの辺りまで崩落が及ぶかも、きっちり把握できるようになっていた。

すぐに崩れた岩山を、更に崩す。

残った岩山はあと一つ。

明日中に此処の片付けを終わらせ。

更にもう数日中には、もう一つの岩山も崩してしまう。

そのつもりだ。

夕方過ぎまで作業を終わらせる。

わたしは主に大きな岩をつるはしで粉砕し続け。岩を運ぶのは、仕事をしに来ている者達に任せる。

仕事をしている中には孤児院の子供もいる。

荷車に岩を運び込むのは、戦士達の仕事。

全自動荷車を誘導するのは子供達の仕事。

現時点では、子供も働かなければ生活出来ないし。何より子供にとっても小遣い稼ぎになる。孤児院でも食事などの世話はしているが。小遣い稼ぎとなると、わたしの仕事を手伝うのが早い。そして人手は幾らでも必要だし、何より簡単にできる上、不正のしようもないので、問題は一つも無い。荷車に乗せている鉱石にしても、子供が持ち上げられるような大きさでもない。

孤児院が本格稼働したら、この街の子供にも可能な限りの教育を。望むなら大人にも教育を提供するつもりだが。

それには人員がまだまだ足りない。

エルトナの発展も足りない。

めぼしい岩類は全て崩し。

二次崩落の恐れが無い処まで徹底的に調査した後。

見張りを残して、今日は作業終了。

どうしても悪さをしに来る者がいるのだ。

そのため、いかにも歴戦を臭わせる上に、夜に強い魔族の戦士達数名に、工事現場は見張って貰う。

夜の魔族は力が二倍になる上に、夜目も利く。

こういう所で悪さをするのは大体ヒト族か獣人族なので。

魔術によるアラームも掛かっているこういう場所で、そもそも悪さが出来ないように威圧的に見張りを配置しておくのが一番有効だ。

見張りは隠れて見張るのでは無い。

姿を見せて相手を威圧することによって、事前に敵の行動を阻害するものなのである。

家に戻る途中。

いつの間にか隣をティアナちゃんが歩いていた。

「盗賊が入り込んでるよ。 今の時点では姿を隠してるけど」

「そう。 証拠も押さえているんだね」

「ほい」

差し出してきたのは、声を記録する道具だ。

わたしが作った。

レシピはそれほど難しくない。相手の頭の中を直接魔術で覗けるくらいなのである。声だけ記録する道具くらいは、作るのなぞ造作も無い。

それを聞く限り、やはり何処の家が蓄えてそうだとか。岩山を崩している所は隙が無いだとか。

錬金術師に手を出しても勝てそうに無いから、重役の家から盗みだけしてさっさと街を離れようとか。

数人で話し合いをしていた。

「どうする? 消す?」

「捕縛して、匪賊かどうか確認。 処置はその後」

「じゃ、捕まえてくるね」

「ん……」

匪賊だったら、勿論斬首。

匪賊に対しては、見敵必殺が基本。勿論それは、このエルトナでも同じ事だ。匪賊は存在していてはいけないのだ。

人間を食った者が。

人間の社会に復帰出来る筈も無い。

ましてや匪賊になると、人間をいたぶって殺したり、肉を喜んで喰らうようになる。それはもはや、ヒトの形をした獣だ。

ならば駆除しなければならない。

まだ汚れを落としていないわたしの元へ、すぐに深淵の者の戦士達数名が、盗賊を捕まえて引きずって来た。

彼らは一様に青ざめていた。

どうしてばれたと顔に書かれているほどだった。

わたしはゆっくり、丁寧に説明する。

「貴方たちの頭の中をこれから覗きます。 映像は機械的に周囲に見られるようにします」

「……!」

「もし貴方たちが匪賊だったら、即座に処刑です。 ただの盗賊だった場合は、決まった法に従って罰を受けて貰います」

わたしの目に容赦がかけらも無いことに気付いた盗賊達は、悲鳴を上げながら、逃れようとするが。

既に縛り上げられ、猿ぐつわも噛まされている。

重役達も連れてきて。

わたしが記憶を一人ずつ映像化していく。

その結果、分かったのは。

組織的に動いている盗賊団で、各地の街を物色し、時には盗み、時には奪い、悪事を重ねながら移動している連中だと言う事だった。

此処にいるメンバー以外に数名。

仲間がいる。

すぐに顔をリストアップして、深淵の者の戦士達に渡す。

そしてこの者達は、どうしたものか。

処刑、までする必要はないだろう。

ラスティンの法に沿って処理するとするか。

フルスハイムの見聞院には時々顔を出して、法関連の書籍などを取り寄せて確認している。

現時点で記憶を覗いた限り、この者達は人を殺すところまではやっていない。たくさんの不幸はばらまいているが、それだけだ。

ならば、不幸をばらまいた相手に対して、与えた不幸の分金を稼がせ、返させる。

それで良いだろう。

「四年間の強制労働とします。 途中で逃げだそうとした場合は、斬首します。 ああ、逃げようとしても無駄ですよ。 わたしが作った道具類が、常に貴方たちを監視しています」

わたしは錬金術師だ。

この盗賊共も、それを知っている。

だから、冷徹にわたしが告げると。以降は黙って、逆らわなくなった。

二日もしないうちに、この盗賊達の仲間も、全て捕縛され、エルトナに連れてこられた。

何、これからして貰う仕事なんて、それこそいくらでもある。逆らったら即座に電気ショックが流れる仕組みにもしておいた。

これから四年間。しっかり罪は償って貰う。

人を殺してもいない賊であれば、殺すまでやる必要はない。わたしは、恐怖の視線で見上げる賊に、憐憫のひとかけらも向けず、後の処置は戦士達に一任した。

 

1、エルトナの未来

 

エルトナの西側に、最後に残っていた岩山を粉砕。

元々山岳地帯のエルトナではあるが、これで山に囲まれた要塞都市への完成がまた近付いた。

最終的には周囲の岩山を全て破壊してしまうのもいいのだろうけれど。

残念ながら、現時点では其処までの都市にするだけのマンパワーがない。

まずは、岩山を崩した所に城壁を作り。

城壁によって守られた都市にする。

石材は有り余っているし。

ただの石材では無い。

勿論錬金術で強化を施し、更には多数の櫓も配置する。

相手は主に獣だ。

これだけ重武装の都市だと、基本的に匪賊は近寄ってこない。ましてや入り込んだ盗賊が、悉く生還していないという噂は周辺都市に既に広がっているらしく、明らかにその手の連中は姿を見せなくなっていた。

城壁の構築に関しても、色々な所でノウハウは学んだ。

各地で学んできたノウハウが、此処で生かされている。

わたしはまず、基礎を作り上げ。

それを硬化剤でガチガチに固め。

石材を加工して積み上げつつ。それらについても、丁寧に微調整。更にはプラティーン合金を用いて城壁を補強。生半可なブレス程度では貫けないように加工を行う。

更に、街全体を保護するシールドを展開出来るように。

以前イルちゃんから買い取ったシールドのレシピを見ながら、街の要所に、六芒星を描くようにシールド発生装置を仕掛けていく。

魔力源に関しては、炉を作れば良い。

これも空飛ぶ船を作るときに、散々作ったものだ。別に今更、作るのに他人の手など借りる必要もない。

アトリエに籠もって調合を重ね。

城壁の様子を見に行っては調整を行う。

城壁に関しては、声が非常にクリアに聞こえるので、手抜き工事は一発で分かる。

やはり強制労働させている盗賊が手抜き工事をすることがあるが。

瞬時にわたしが見抜くのを気付くと。

流石にそれも止めるようになった。

一方で、きちんと仕事をするのなら、食事も提供するし、家屋も相応に清潔なものも用意している。

そうやって犯罪者ではあるが、殺すまでの存在では無いと判断して扱っている事が分かると。

わたしに畏怖を抱くようになるのが、よく分かった。

この手の手合いは、畏怖させておけば良い。

畏敬を抱いて貰うのはかまわない。

今の時点では、わたしには仲間はいても部下はいない。

今後部下を育てていくとなると、畏敬を抱いて欲しいものだけれども。それには多分コツがあるだろう。

更に、わたしは作業で一切手を抜かない所も見せる。

城壁が完成した後。

ブリッツコアを全力でブッ放しで、壊れないところを働いた全員に見せる。凄まじい雷撃の脅威に震えあがる者もいれば。

おおと感心の声を上げる者もいる。

更には、城壁が焦げてもいない所を見ると。凄いという声が素直に上がった。

現時点ではこれでいい。

他の街で行って来た戦略事業の集大成を。

エルトナで行うだけだ。

城壁の方が一段落したら、今度はシールド発生装置に移る。街の中央にある錬金術の炉の周囲は建物で隠してしまい、更に魔術のアラームが掛かった柵も仕掛ける。

すっかりわたしに主導権を握られて不機嫌そうな長老達にも当たり前だが説明。

ドラゴンなどに襲われた場合に。

街を全て守るためのシールド発生装置。

その動力炉だと。

勿論シールドは展開した後。

空飛ぶ荷車で、わたしが直接攻撃してみせる。

使ったのは、エルエムやロギウスとの戦いで使った、複合ブリッツコアだ。火力ならドラゴンのブレスにも劣らない。

空を焼き尽くすような雷撃に、シールドが耐え抜くのを見ると。

長老達は苦虫をまとめて噛み潰しながらも。

その有用性を認め。わたしが作ったシールドの価値に俯くしか無かった。

力で相手をねじ伏せ。

不要なものは破壊し尽くす。

わたしはそう決めた。

だから、その考えに沿って、どんどん戦略事業を進めていく。

エルトナに戻ってきてから一月が経過した頃には。

とうとうエルトナ内部での作業は一段落。

メッヘンやフルスハイム、ライゼンベルグまで出向き、孤児や浮浪者、更には難民などを引き取ってきて、孤児院に連れて来た。

名目上は孤児院としているが。

実際は職業訓練校兼、生活を行うための施設だ。

各地の街にも、大きな所には孤児院や救貧院というものがあったりするのだが。そういったところでやっているのはあくまで炊き出しなどまで。教会などでは子供に勉強を教えたりもするが、それも限定的だ。

職業訓練まで行うと言う話をすると、わたしの所に実験的に人員を貸し出したいという場所は多く出た。

今までの実績がものをいった、という事もある。

わたしの事を畏怖する人も出てきてはいるが。

しかしわたしがやってきた戦略事業の実績を間近で見てきて、感謝している者もたくさんいる。

そういった人達は、わたしに信頼を寄せてくれるので、有り難い。わたしとしても、面倒が無くて良いからだ。

数日間空飛ぶ荷車で各地を回るだけで、三十人以上が集まった。

これで、アングリフさんが望んでいた学校も開校できる。

次は、いよいよ西にある街へ、インフラ整備を行う時が来た。

今回はいつも手伝ってくれたイルちゃんもパイモンさんもいない。

だけれども、周辺のネームドはあらかじめ駆除しているし。

獣も大物はあらかた処理が完了している。

後はこれから順番に、土を耕し、栄養剤を入れ。

雑草を入れて火を通し。

硬化剤で街道になる場所を固め。

そして道の両端を緑化していく。

城壁も作れれば良いのだが、この辺りは流石に其処まで凶暴な獣もいないし、そこまでする必要もないだろう。

ただし彼方此方には物見櫓を作った方が良いし。

作業中には、しっかり人夫を護衛する必要もある。

道も散々作った。

勿論一人で作る事になる訳だから、場合によっては勝手が違ってくるかも知れない。その時は、誰かしらに助けを求めるだけ。

場合によっては、深淵の者に専門家を派遣して貰うのもアリだろう。

ただ、それはあくまで必要な事だけ、に済ませたい。

最終的には、全てが自立できるように動く。

それがわたしにとって理想的な事だ。

他に依存した状態で、破壊神になどなれるものか。

勿論それはイルちゃんも同じの筈。

ソフィー先生があまりにも危険な存在である現状。何かあった時のためにも、対抗できるための力は蓄えなければならない。

そのためには。

この程度の事は、一人で出来なければ話にもならないのだ。

 

インフラ整備に関しては、たくさんの経験を積んで来ているが。

それでもやはり、時々「詰まる」事はある。

わたしは黙々と土を耕し、作業を進めるが。時々、後方で思うように人が動いてくれない事がある。

それは指導をしているわたしの責任だから。

その都度わたしが動いて、様子を見に行き。作業に関しては指導をする。

わたしの側にはドロッセルさんがついて獣に対する見張りを。

近くに立てた物見櫓にはお姉ちゃんが。

レヴィさんが作業をメモしながら管理しているツヴァイちゃんの護衛をしてくれているが。

大体ツヴァイちゃんが問題が起きたことを知らせてきて。

わたしが様子を見に行くパターンが多い。

それもツヴァイちゃんが告げてくるのは、あくまで進捗が予定通りに進んでいない場合だけで。

数字しか見ていない。

これに関しては、ホムの特性上仕方が無い部分もある。

わたしも、それを責めるつもりは毛頭無いし。

進捗がどうして予定通りに進んでいないかのは、必ず理由がある。

誰かがさぼっていたり、いい加減な仕事をしていたりといったケースは殆ど無く。

実際に確認してみると、指導が足りない場合が殆どだった。

作業する人間が考えていない、というケースはまず無く。

多くの場合は、きちんと指導が出来ていないと、進捗通りに仕事が動かない。

わたしは丁寧な説明を極力心がけ。

それによって、進捗通りに作業が進まなくなることは、殆ど無くなった。

やはりまだ一人では厳しいか。

だが、わたしはもう独立してやっていくようにならなければならない。

そして自立しての作業が出来るようになった後。

ようやくソフィー先生が、凶行に走ったときに、止められるだけの力が身につくはずである。

である以上、わたしは周囲のせいにしない。

勿論自分だけのせいでもない。

原因を客観的に分析し。

自分さえも道具と考えて。

何もかもを機械的に動かす。

それでいいのだ。

この世界がそもそもまともに動いていないのだから、自分だけでもまともに動かさなければ。

世界をどん詰まりにしている人間という生物の欠陥を、ただせる筈も無い。

額の汗を拭うと。

次の作業に移る。

袖を引かれる。頷くと、わたしは今日の仕事を切り上げるべく、準備に取りかかる。袖を引いたのは勿論ツヴァイちゃん。

わたしが作業を切り上げるのに必要な時間まで計算した上で、そろそろ、と声を掛けてくれるのだ。

有り難い。

隣街へのインフラ整備作業は、予定よりも多少は遅れながらも、確実に進展を続けている。

ならば、急ぎすぎることも無い。

勿論時間は有限だ。

今後、わたしが同じような戦略事業をする事になっても。この経験は、充分に生きてくるはずだ。

今日は家には帰らない。

アトリエで体を綺麗にした後、休む事にする。

その間、ツヴァイちゃんは孤児院に出かけて、アングリフさんと話をしてから戻ってきた。

わたしの秘書として、活動してくれている。

多分、自分がそうすることで、わたしにとって一番役に立てる。そう考えているからだろう。

事実その通りなので。

非常に有り難い。

わたしはたくさんの街を見てきた。たくさんの人を見てきた。

世の中には仲が良い家族ばかりでは無い。親兄弟で殺し合う例だって、幾らでもあると聞いている。

うちは、わたしと両親以外は血がつながっていない特殊な家庭だ。

それでもお姉ちゃんとわたしとツヴァイちゃんは、普通の姉妹より仲が良いと思っているし。

息だってぴったりあっている。

お父さんとお母さんが、お姉ちゃんやツヴァイちゃんに酷い事をしたと言う話は聞いたことも無いし。

二人もわたしを大事にしてくれる。

勿論、ヒト族とホムでは考え方が色々と違って、それがすれ違いにつながる事もあるけれど。

ツヴァイちゃんなりにわたしを大事に考えてくれているのは分かっているので。

それは気にしないことにしていた。

「アングリフさんはやっぱり補助がついて助かった、って言っているんだね」

「はい。 今日はカルドさんが読み書きについて教えていたそうなのです。 読み書きが両方とも出来る人は、あまり多く無いのです」

「うん、それは分かってる」

貧困層は読むことは出来ても書く事が出来ないことが非常に多い。

今アングリフさんが預かっている人達はその典型例。

そのほかにも、これから数学を教え。

更に錬金術の素質があるか、深淵の者から派遣されてくる専門家が鑑定をするそうだ。

錬金術師としての素質があるのだとすれば。

それはとても素敵なことだ。

出来る事がとても多くなる。

「お姉ちゃん、私は思うのですが、もっと授業は解放しても良いと思うのです。 私はたまたま商人の家に生まれたから、読み書きも出来るようになりましたし、四則演算も得意なのです。 でも、そうでは無い人は、それだけで損をしてしまうのです」

「うん、そのつもりだよ。 でも、もうちょっと上手に授業が回るようになったら、そうしていく感じかな。 最初から誰だって何でも上手くはやれないものだし、まずは少しずつ、だね」

「その少しの時間の間に、手から取りこぼしてしまう命があるかも知れないのです」

「……そうだね。 ごめん。 出来るだけ急ぐよ」

そうだった。

ツヴァイちゃんだって、本当に間一髪だった。

あの時わたしにツヴァイちゃんが助けを求めなかったら。いや、わたしが通りがからなかったら。

その後はどうなっていたか分からない。

しばし、無言が続いたけれど。

今日はツヴァイちゃんはおうちで寝る、と言う事だった。

わたしはアトリエで休む事にする。

久々に、一人だけでアトリエに残る事になる。

そうすると、色々なものの声が。

いつもよりも更にクリアに聞こえた。

鉱物の声だけじゃあ無い。

普段は、こうやって力を貸してくれるみんなのことがとても有り難い。調合の時は、どれだけアドバイスに助けられたか分からない。

だけれども、こういう一人になりたいときは。

こういった声が、煩わしく感じてしまう。

でも、それでは駄目だ。

ただでさえわたしは情緒不安定なのだ。

昔ほど酷くはないけれど。

それでも、やはり心が時々暴れ出して。発作的に自分でも手がつけられなくなったりもする。

灯りを暗くして。

そのまましばらく無心に眠りを貪る。

そして目が覚めたが、疲れはあまり取れていなかった。お姉ちゃんがいつの間にか来ていて、朝食を作ってくれている。

わたしの機嫌があまり良くない事を即座に見抜いたのか。

お姉ちゃんは、いつも以上に笑顔だった。

こういうときは、笑っていた方が良い。

そう思っているのだろう。

無言で、食事にする。やっぱり美味しいけれど、あまり満足感や、幸福感はなかった。

食事後は、外で軽く体を動かした後。

お姉ちゃんと誰よりも早く現場に出て。

周囲の状態を確認する。

獣が様子を見に来た跡が残っているが、大した獣では無い。もしも作業中に寄ってくるようなら、ブリッツコアでズドンと焼き払うか。お姉ちゃんに射貫いて貰う。それだけである。

レヴィさんとツヴァイちゃんが来る。

あくびをしながらドロッセルさんが来た頃には、人夫が揃っていたので、作業を開始。

予定は遅れたが。

それでも、一応後二日くらいもあれば、隣街が見えてくる筈、である。

その後は、一旦隣街に挨拶をして。

一度隣街の城門まで土を耕し。硬化剤を撒き。

そして緑化を進めて。

最終的には、エルトナと隣街が安全に行き来できるようにする。

硬化剤は改良を更に進めているから。

最近は、余程重い馬車が二台同時にすれ違っても、何ら問題なく耐え抜いてくれる。

技術は上がっている。

自分にそう言い聞かせながら、つるはしを振るう。

土は教えてくれる。

ここからもっと効率が良いよ。

此処をつつけば一気に崩せるよ。

わたしは頷くと、ひたすら三十人分の働きをしながら周囲も確認し。そして、時々後ろから飛んでくるツヴァイちゃんの言葉を聞いて。

進捗を確認。やはり指示が足りない部分があるので、わたしが丁寧に指導して、場合によっては見本も見せる。

こういうとき問題になるのは、現場で働いている人間では無い。

指導を出している人間だ。

指導を出しても言うことを聞かないような人間もいるが、それはあくまで例外に過ぎないので。

それは諦めて、別の仕事をしてもらうしかない。

いずれにしても舐められないようにするためには、相応の畏怖にしても畏敬にしても得る必要がある。

そして予定よりもわずかに遅れながらも。

とうとう隣街が見えた。

一度作業を中断し、その場をお姉ちゃんに任せて、隣街に出向く。護衛はドロッセルさんだけで良い。

隣までも、エルトナが岩山を崩し、街道を作っていることは確認していたようなので、ありがたがって迎えてくれたが。

それもいつまで続くか。

歓待の宴を行いたいとか言い出したが、わたしは断る。こんな貧しい街で、宴なんてしている余裕は無い。

まずは道をつなげて。

安全を確保してから。

更に、みんながきちんと食べていけるようになってから。

宴はその後。

そうきっぱり説明すると、多少相手は鼻白んだようだが。わたしが正論を述べている事には納得できたからか。以降は何も言わなかった。

ただ、文句を言わなかったのは。

わたしがこの隣街に一切合切期待しておらず。

自警団の戦力も、ドロッセルさん一人で鼻歌交じりに全滅させられる程度のものでしか無い事を知っていたからで。

もしもわたしが無理に警備のための自警団員を出せとか言っていたら。

きっと反発していただろう。

今は、それでいい。

まず隣街へインフラを有機的に接続する。それが重要なのだから。

水についても、現時点のエルトナでは普通に湧き水で足りている。最悪の場合、メッヘン辺りから水を引いてくると言う事も出来る。

メッヘンからの水路作成はそれなりに難事になるが。

だが、考えてもみればメッヘン側の川は、工事こそすれどまだ何かしらの切っ掛けで暴れ川に戻る可能性もある。

ディオンさんだけでは、その時には手に負えないだろう。

その時の事を考えると。川の水量は減らしておいた方が良いかも知れない。

また暴れ川と戦うのは、考えるだけでもしんどいのだ。

ともあれ工事現場に戻り。

以降は黙々と作業を進める。

少し早めに切り上げて、人夫達は護衛付きで帰らせるが。わたしはアトリエを工事現場に建てて、休む事にする。

ドロッセルさんとレヴィさん、わたしとお姉ちゃん、更にツヴァイちゃんを交えて、軽く話をしておく。

今後の事について。

「隣街ですが、インフラを接続した後は、しばらく混乱が続くと思います」

「エルトナは隙が無いけれど、隣街は違うからね」

「はい。 だからティアナちゃんにしばらく隣街に行って貰おうと思います。 犯罪者のピックアップもしておきたいですし」

「いいの、あんな狂犬を行かせて」

ドロッセルさんが狂犬呼ばわりしたので、思わずわたしも苦笑い。

まあ、ティアナちゃんが如何に危険な子かは、この場の全員が知っている。

狂犬などという可愛らしい存在だったら。

どれだけ有り難かった事かとも思う。

「ティアナちゃんに聞いたのですが、あの子の剣はとにかく血の臭いに敏感だそうです」

「血の臭いというと、人を殺した相手とか、そういう事?」

「はい。 匪賊を殆ど瞬間的に察知する特別製だとかで、仕事がはかどると言っていました」

「仕事ね……」

ドロッセルさんが頭を掻く。

レヴィさんが腕組みした。

「いずれにしても、近場の匪賊はもうこの辺りからは逃げる事だけしか考えていないだろう。 鏖殺の名前は連中の間では災厄の類としか認識されていないし、会ったら助からないという噂も雷鳴のように響いているらしいからな」

「はい。 だから、此方でも鏖殺が隣街に来るという噂を流しておきます」

「念には念、ね」

「うん、リア姉。 ……後はティアナちゃんに犯罪者をピックアップして貰って、隣街に入ると同時に全部まとめて捕縛。 隣街をある程度掌握してから、更に隣街へのインフラを整備するつもりです」

反対意見は出なかった。

それが合理的だからだ。

もし匪賊がいるようなら見敵必殺でかまわないし。

犯罪者なら、相応の法に従って処分する。

それだけで、今まで狭い集落の中で息をひそめて暮らしていた人々は、日の下に出られるようになる。

少なくとも犯罪組織の類はないだろうし。

いたとしても好き勝手に振る舞っているゴロツキくらいだろうが。

そんなものは、ドロッセルさんが出なくてもわたしだけで充分。今のわたしが身に纏っている装備との相乗効果なら、それこそデコピン一発で頭の上半分が脳みそごと吹っ飛ぶ。だから気にしなくても良い。

翌日からは、更にペースを上げる。

硬化剤を隣街の入り口まで撒き終えるまで二日。

緑化作業のために雑草を植え、焼くまで更に四日。

そして木の苗を植えて。

しっかり育つのを確認するまで二週間。その間仕留めた獣の数は177。いずれも小物ばかりで、毛皮くらいしか活用できる場所は無く。肉はみんな人夫と街の人達に振る舞ってしまった。

今までの戦略事業に比べると、とても大変だった気がする。おかしな話である。今までに比べて、これほど温い条件でのインフラ整備は無かった筈なのに。

今更ながら。わたしが如何に優秀な錬金術師達と一緒に仕事をしていたのか、思い知らされた気分だ。

イルちゃんもこんな感じで、宿場町を整備し再建したのだろうか。さぞや大変だっただろう。

やはりまだ未熟。

わたしは更に貪欲に、力を求め続けなければならない。

街道を歩いて、丁寧に鉱物の声を聞きながら、状態を確認。既に道の左右には、しっかりと低木が生い茂り。このまま時間を掛ければ森になる。そうすれば、獣の襲撃はほぼ気にしなくても良くなる。

硬化剤も問題ない。

所々チェックして、問題が無いことを逐一調べて回る。

以前サポートしてくれた人が何人も周囲から抜けている。だから、余計に丁寧に調べなければならないのだ。

硬化剤がまばらになっていないか。

品質が落ちていないか。

勿論、作業時にもチェックしているから、問題が無いことは分かっているのだが。それでも念のためだ。一から、他人が作ったつもりで丁寧に調べ、声を聞いて確認をしていく。

それらが終わった後、護衛を乗せて、馬車を隣街へ。

かなり大荷物を載せた馬車なので、二頭引きだが。

それでも、硬化剤が痛んだりする事はなかった。

合格、と判断して良いだろう。

隣街へ、物資を運び込む。足りていない物資が多数あるのが、見て取れたからだ。

隣街の長老や重役達は感謝して頭をわたしの靴にすりつけかねない有様だったが。

それもすぐに考えが変わるだろう。

まず、水関係のインフラを整備する。

そして家屋関連。

更に仕事と外貨を持ち込む手段を用意する必要がある。

この隣の街は、今までほぼ孤立状態で。辿りつくにも、護衛に傭兵団を雇って、無理矢理押し通って行くしか無かった。

其処までして行く価値も無い小集落だったから、たまに商人が来れば良い方。それも、商人に足下を見られて貴重な資源を買いたたかれるのが当たり前。口には出さなかったが、人売りもしていたようだ。

それに街を守る戦力も貧弱そのものだったから、下手をすれば獣の襲撃を受けて、消滅する危険さえあった。

だから、此方から支援する。

ともあれ、別の集落への安全経路が出来たと言うだけで、隣街にとっては闇から抜け出ることが出来たに等しい。

しかしながら、その程度で満足してはいけないのもまた、事実なのだ。

わたしはアングリフさんと相談しながら、隣街との交渉。更に隣街の整備について、案を出していく。

街の公認錬金術師として。

余所と連携せずして行う仕事は。まだまだ経験が不足している。

こういうときに、歴戦の傭兵が助けてくれるのは、本当に有り難かった。

 

2、最後の課題

 

勝手な事ばかりを抜かす長老達を、論理でねじ伏せた後。自宅に戻って食事にする。

長老達は必死にわたしのお父さんお母さんを懐柔しようとしたり。

或いは深淵の者から派遣されている戦士達に粉を掛けようとしているが。

この間ルアードさんと話をしてから、深淵の者の戦士達は、明らかにわたしに対する態度が変わっている。

一人前の錬金術師に対して接する態度へと変わったのが、はっきり分かるほどで。

長老達がどれだけ媚態を尽くしても。

むしろその全てが、わたしの耳に届いている程だった。

情けない行為の数々を耳に入れられるのは、何というかとても悲しいのだけれども。それでも何とかしなければならない。

わたしはまだ力をつけて。

最悪の場合の抑止力にならなければならないし。

何よりこの世界のどん詰まりを破壊するものにならなければならないのだから。

勿論勉強も欠かさない。

そろそろ空間関連の錬金術も学ばなければならないと考えて、数日前に見聞院本部に出向いて、最高機密の本を何冊か借りてきた。

邪神を仕留め、上級ドラゴンを仕留めたわたしの実績があるから貸し出してくれた本で。ライゼンベルグの腕利き公認錬金術師でも、中々借りることは出来ないというだけあって、貸し出しには散々色々な手続きを踏んだし。

本そのものにも強力なアラームが掛かっていて。

もし盗まれたり傷つけられたりしたら。

強烈な反撃が自動で掛かるようになっているようだった。

ともあれ、今までに無いほど難しい本で。

本そのものの文章が、暗号化されているケースが多い。

しかもこればかりは、カルドさんに聞いて、アドバイスを受けるわけにも行かない。自力でどうにかするしか無い。

空間の錬金術について調べていると。

やはり思い知らされる。

現時点の、錬金釜の口に空気の薄皮を張って調合精度を上げるやり方では、やはり限界がある。

この手段でも、普通に錬金術を使うよりも遙かに高精度な道具が作れるが。

やはり究極にまで到達するとなると。以前聞いた、空気の無い部屋での調合が必須になってくる様子だ。

空間転移は魔術でも出来るが、えげつない増幅率が必要になるため。

最低でも最高純度のプラティーン、出来ればハルモニウムが必要だと言う記述もあった。

つまるところ、非常に危険な実験を行うために、貴重なハルモニウムを消耗する必要が生じてくる、と言う事で。

更に言うならば、失敗したハルモニウムに関しては、処分してしまうしか無いだろう。

ともあれ、メモを取っていくが。

膨大な量の理論が必要になってくる。

更にあまりにも難解なので。

時間を掛けてかみ砕きながら。

丁寧に、手順を調べていかなければならなかった。

ふと、アトリエを訪れた人がいる。

プラフタさんだった。

綺麗な人だけれど、相変わらず雰囲気がおかしい。そういえば、この人が一人で来るのは初めてかも知れない。

わたしが集中して作業をしていたからか、お姉ちゃんが外で待っていて貰うように、話をしてくれていたそうで、頭が下がる。

この人は、現在は錬金術を使えないそうだが。

あのソフィー先生にその豊富な知識を使ってアドバイスを続け。

一人前にまで育てた、と言う事だ。

もっとも、ソフィー先生はああなってしまった訳で。

多分プラフタさんの想像を超える怪物だった、と言う事なのだろう。

一段落したので、お茶を出して、話を聞く。

まず街の経営の話をされたので、頷くと、権力者層が話を中々聞いてくれないという事を素直に言った。

プラフタさんは頷くと、自分もそうだったと話をしてくれる。

「既に肉体を失った私ですが、ヒト族の体を持っていた頃……500年以上前になりますね。 ルアードと一緒に仕事をしていました。 その時も、強欲な人間達に、発展させた街の経営を乗っ取られ掛け。 ルアードを暗殺され掛けた事があります」

「え……」

「ルアードの真の姿を見たでしょう。 人間は見かけで相手を判断する傾向が強く、ヒト族はその傾向が特に顕著です。 ルアードは生まれながらに内臓に疾患を幾つももっていて、錬金術師として大成しなければ長くは生きられなかったでしょう。 私はまったく何とも思ってはいませんでしたが、周囲は違いました。 ルアードは私の召使いか何かと思われていたようです。 挙げ句の果てに、醜悪のルアードなどと言う侮辱の言葉も掛けられていました」

「……っ」

言葉も出ない。

まず色々な情報が多すぎて、頭を整理しきれない。

プラフタさんは古い時代に何かしらの事で……いや、恐らくは間違いない。ルアードさんと喧嘩別れした時に、肉体を失ったのだ。そして今のプラフタさんは、何かしらの仮の肉体を使っているという事なのだろう。それについては飲み込めた。

だが、古い時代、公認錬金術師制度が無かった頃とは言え。

ソフィー先生を育て上げたほどの人が、同格と認めるほどの錬金術師が。

よりにもよって見かけで差別され。

あげくに利権を巡っての争いで、暗殺され掛けまでしたのか。

「ルアードは命を取り留めましたが、その時から私とルアードは決定的に人間社会というものに対して不信感を覚えました。 二人は最終的に決別し、以降はまったく違う方法論で、世界を変えようとしました。 貴方は錬金術を破壊の力だと言いましたね。 ルアードは恐らく、自己流でそれに近い結論を出してしまったのだと思います」

「……」

「ソフィーと話して、私は今日ここに来ました。 イルメリアにも同じ話をしてありますが、賢者の石の作成を行ってください。 素材であれば、揃っているはずです」

「賢者の石……」

知っている。

いや。知っていなければ、錬金術師としては潜り以下だ。

錬金術の集大成。

究極の一。

ありとあらゆる事を成し遂げられるという、究極の終着点。殆ど作成に成功した者はいないという話だが。

「少なくとも此処500年では、高純度の賢者の石を作ったのはソフィーだけです」

「!」

「そしてソフィーは、創造神へ直接アクセスする事を賢者の石で行いました。 その結果、全てが分かった、と言うのが真相なのです」

そうか、そうだったのか。

あらゆる謎が解けた気がする。

あの狂気に満ちたソフィー先生は、深淵をあり得ないほどに覗き込んだ結果だとは思ってはいたが。

そうか、賢者の石を用いて。

文字通り、深淵の最深部にまで到着してしまったのか。

そして、わたしも。

ソフィー先生に対する抑止力となるのなら。同等の力を得る必要がある。

勿論ソフィー先生を超えるのは無理だ。

あの人は今だから分かるけれど、文字通り時代の特異点。天才という言葉なんて生ぬるい存在。歴史を自分でダイナミックに動かしていくほどの怪物だ。

だが、その怪物の突進を一瞬でも止められる程度の力を得ることが出来れば。

わたしは、何とか交渉のテーブルを作る事が出来るかも知れない。そうすれば、ソフィー先生の暴虐を食い止めることだって。

「賢者の石のレシピについては、渡しておきます。 ただし、作る時には私を呼ぶようにしてください」

「はい……」

「最低でも空間と時間を操作する錬金術を身につける必要があることも覚えておいてください。 準備が整ったら、深淵の者に声を掛ければ、私はすぐに駆けつけます。 では、最後の課題を突破するべく、準備を整えて。 時限はありませんが、早ければ早いほど良いでしょう」

頷く。そして、プラフタさんを見送るが。

彼女はアトリエから出ると、もう何処にもいなかった。

空間を操作する錬金術を、自由自在にしている、と言う事なのだろう。既に錬金術は出来ないと言う事だから、或いは道具を使ったのかも知れないが。

嘆息。

空間の錬金術だけでもこれだけ難しいのに。更にその先にある究極へ辿りつかなければならない、か。

お姉ちゃんがお茶を片付けた後。

心配そうに声を掛けてくる。

「フィリスちゃん、大丈夫? 今までに無いほど難しい事をしようとしているみたいだけれど」

「うん、何とかやってみる」

「イルメリアちゃんと情報共有してみたら」

「……そうだね」

それが一番かも知れない。

此方が分かっていても、向こうが苦手としている事もあるだろう。その逆もまたしかり、である。

いずれにしても、賢者の石の作成は、生半可な事ではできっこない。

アトリエを出ると。

アルファ商会が来ていた。

イプシロンさんが話をしている。あまり芳しい内容では無い様子だ。

此方に気付いたので、手を振って来る。

話に混じって欲しい、と言う事なのだろう。

「フィリスどの。 隣街ですが、少し確認した結果、あまり……いや言葉を濁しても仕方が無いのです。 はっきりいって、現時点ではどうしようもないのです。 産業は何も無いし、特別なスキルを持つ者もいない。 いっそのこと、砦か何かとして割切るか、もしくは急いでインフラを整備して、更に隣街へ道をつなげるか、考えた方が良いかも知れないのです」

「それほどですか」

「どうにもならない程に貧しすぎるのです。 勿論これから物資のやりとりを行い、マンパワーを注ぎ込んで発展するべく力は尽くすのです。 しかしながらこれは、公認錬金術師がいないとどうにもならない状況なのです」

「……」

そうか。

しかし、公認錬金術師なんて、そうホイホイ出てくるものでも無い。

実際問題、少し前にライゼンベルグで公認錬金術師試験が行われたらしいのだけれど、合格者は出なかったそうだ。

わたし達の時があまりにもレベルが高すぎたらしく。

そのハードルで、皆躓いてしまっているらしい。

更には、わたし達がライゼンベルグへのインフラを確保したことで、山師の類がどっと試験に押し寄せたらしく。

推薦状も無いのに試験を受けようとするような輩や。

推薦状をどうやってとったのか小首をかしげるような錬金術師未満まで押し寄せたとかで。

相当な混乱が起きているそうだ。

公認錬金術師試験は、ここしばらくでハードルが急激に上がったらしく。

錬金術師の質の絞り込みをかなり厳しくやっているらしい。

この辺りは、試験を管理する人員が変わった、というのも大きく関与しているという話で。

今後、山師同然の錬金術師は、十把一絡げに排除される時代が来る、という噂も出てきている。

「錬金術師になれそうな人材に心当たりはないのですか?」

「オスカーさんという人に会ったことはありますけど……」

「あの人は我々の同志なのです。 そして本人が錬金術に興味を持っていないのです」

「あ、はい……」

分かってはいたが、やっぱりそうか。

ともあれ、しばらくは人材育成に力を入れつつ、インフラを整備していかなければならないだろう。

それに、賢者の石を作らなければならない。

並行で幾つもの作業を行わなければならないかと思うと。

わたしも頭がパンクしそうである。

ともかく、隣街の周辺インフラを整備して、畑を拡げられるように処置はしなければならない。

水の確保も急務だ。

鉱物の声を聞けば、井戸を掘れるかも知れないし。

駄目な場合は、何処かから水路を引いてくるしか無い。

カルドさんを見かけたので、話をする。

チャートを組んでくれるというので、頼むと。

わたしは、人材がいるかも知れない場所。

フルスハイムに、気分転換に出かけることにした。

 

フルスハイムのレンさんのアトリエに出向く。

錬金術の人材をどう見つけるか。

それを聞きたかったのだ。

ソフィー先生は多分超常的な方法を使っているので、あまり当てにならない。キルシェさんは恐らく、何処かの専門的なやり方を知っている人間に見いだされたと見て良い。何よりあの人は才能が規格外なので、多分参考にならない。

そうなると、この街で育ち。

錬金術師になったこの人が、参考になるかも知れないと思ったのだ。

頭を下げて話を聞きに行くと。

レンさんは、少し考え込んでから、話をしてくれた。

「錬金術師の人材発掘ですか」

「はい。 そもそもフルスハイムでさえ公認錬金術師がもう一人は欲しい事も分かっています。 でも、辺境には公認錬金術師が足りなさすぎるんです」

「それは分かっています。 ラスティンはまだマシな方で、アダレットに至っては、錬金術師が来ると神のように歓迎してくれる、という話も聞きます。 公認錬金術師になると、その歓迎を目当てにアダレットに移住するものも珍しくないそうです。 少し前まではライゼンベルグでの陰湿な権力闘争が続いていたこともあり、嫌気が差してしまった場合もあったようですが」

何処も同じか。

せっかくの人材を。

世界はこんなに荒れ果てていて。錬金術師は何人いても足りないのに。どうしてこう、人間は愚かなんだろう。

個人個人はそうでは無いかも知れない。

だけれど、種としての人間には、わたしはもう何も期待出来ないし、してもいない。

「錬金術師としての教育については、私はたまたま裕福な家庭に生まれて、たまたま錬金術師の先生がつきました。 しかしながら、これだと効率が悪すぎると思います」

「才覚を発掘する方法はありませんか?」

「ギフテッドをもっていれば一発なのですが、あれは錬金術師にも持つ者が希だと聞いています。 貴方はそういう意味ではとても恵まれているのですよ」

「はい。 それは分かっています……」

だから分かる。

自分のやり方では通用しないと言う事も。

何よりわたしは感覚型だ。

イルちゃんみたいな理論派では無い。

例えば、時々お姉ちゃんに、何を言っているか良く分からない、と困られることがある。

わたしには分かっているのだが。最も親しい人にさえ、会話が成立しないケースがあったりするのだ。

錬金術師同士でレシピ交換をする事も時々あるけれど。

わたしの作るレシピはとにかく独特らしく。

イルちゃんに文句を言われることもある。もう少し分かり易く、論理的にして欲しい、と。

その辺りはわたしも理解しているので。

だから相談に来たのだが。

「そうですね。 人を集めて、専門家にそれぞれ見てもらう、という事をしてはどうでしょうか」

「専門家、ですか」

「数は少ないのですが、錬金術師としての才覚を発掘し伸ばす専門家がいると聞いています。 錬金術師になる事を望む人はたくさんいるので、声を掛ければ集まるかと思います」

「……分かりました」

深淵の者にはいる筈だ、その専門家が。

明らかに人材育成を目的とした孤児院に人員派遣をしてくれる、という話をしているのである。

ならば、フルスハイムで応募を掛け。

更にその人に来て貰うしか無いだろう。

一度イルちゃんの所にも出向き、軽く話をしておく。やはり其方でも、賢者の石についての話は受けたそうだ。

なお、イルちゃんも、賢者の石のレシピは難易度が高すぎて、頭を抱えているという。

苦悩はお互い様か。

人材育成についても、宿場町の都合上、多数の錬金術師が通るそうだが。

推薦状を売ってくれとか言い出す輩や。

あからさまに実力が無いのに、試験など余裕だろうと謎の自信に満ちた錬金術師未満が多数来るので、呆れていると愚痴られた。

此方は、望み薄か。

仕方が無い。

準備をしてから、対応するしか無いだろう。

エルトナに戻ると。

人員を整えて、隣街に。まずは隣街の周辺を見て回り、水が無いかどうかを確認する。

元々寂れた街だ。

城壁も薄く、街の周囲で様子を窺っている獣も決して少なくは無かった。街の方はティアナちゃんに様子を見てもらい。

わたしはドロッセルさんと、深淵の者の戦士を引き連れて、街の周囲を徹底的に確認。危険と判断した獣は、全て見かけ次第排除した。

その過程で土に触って確認するが、水が少ない。

水脈がない。

これは、エルトナから水を引くか。

今でも、エルトナからこの街に伸ばしている道の左右にある森には。エルトナからわざわざ水をもってきて撒いている状態である。

エルトナには元々地底湖があったくらいなので(埋めてしまったが)、水脈そのものはあるが。

此処まで水路を引くとなると、かなり厳しい。

森は一度作ってしまえば、保水力を有するようになるので、ある程度は水を確保してくれるのだけれど。

畑を作るとなると、一定量の水が必要になってくる。

当然のことながら側に川があるのが好ましいのだが。この貧弱な水の量だと、街の中に井戸を一つ作るのが精一杯か。

そういえば、アルファ商会のイプシロンさんが言っていたが。

水を持ち込んだら、住民に群がられたという。

それほどの厳しい状況だというのなら。どうにかして、対応をしなければならないだろう。

だが、はっきり分かる。

世界中の辺境集落が。

こんな状態なのだ。

公認錬金術師がいない場所は、ほぼこんな有様だと判断しても間違いないだろう。

街の中に入る。小さな井戸があるが。中を見ると、貧弱な水量で。水自体も衛生的とは言えなかった。

これを飲み水にしていたら、体を壊す人間が出るだろう。それも一人や二人で済む筈もない。

見ると、病気になっている人もいる。

お薬を提供するが、これははっきりいって、根本的な状況から改善するしかない。

確かにイプシロンさんが言う通り、此処は砦か何かとして割切るか。

それとも本格的な工事をして、水路でも引いてくるか。

二択だ。

だが、もし此処の人達をエルトナに連れ帰り、此処には守備要員を残すとして。更に隣街まで街道を延ばすまで、此処を単に砦として使うとする場合。此処はあまりにも長期の戦略事業の一端となる。

流石に此処の隣まで道をつなげば、アダレットへ道が通じているのだが。

問題はその過程だ。

かなり強い獣が多数いる上、ネームドも複数確認されている。

皆殺しにして進むにしても。此処までの道を作るまでもかなり大変だったのに。その先まで行くのは、更に更に大変だろう。

ツヴァイちゃんが来る。

「お姉ちゃん。 見てきたのです」

「うん。 わたしもざっと見てきた。 これは腰を入れて作業をしないと、人が住める状態ではないね」

「同感なのです。 こんな所では、生きる人も生きられないのです」

決断を促すしか無いか。

此処にどうしても住みたいと多くの人が望むなら、此処で腰を入れてまず水を引くところから始める。

メッヘンから水路を引くとなると、作業に一月は掛かるだろう。ただこの作業には、エルトナの水資源を更に豊かに出来ると言う利点もあるし、何よりメッヘンの暴れ川を更に大人しく出来ると言うもう一つの美味しい点もある。

メッヘンまでの安全経路は確保できているので。

水路の作成は、エルトナまでは難しくない。

距離的にも大した事がない。

問題はエルトナからこの隣街までの水路で。もしやるとなると、高度差などを考えて、かなり深く地面を掘らなければならない。硬化剤も相当な量が必要になってくる。

水は簡単には手に入らないのだ。

測量を丁寧に実施し。

確度もきっちり計算しないと、水を自然に送り届けることは出来ない。

いわゆるポンプを使う手もあるが。

アレは当然のことながら作るのに手間が掛かる。

ディオンさんからレシピは買い取ってあるので作る事は出来るが、それにしても複数のポンプを作る事、途中に貯水槽を作る事が必要になるから、コストは更に跳ね上がる。

其処までして、この街に水路を届けることに、意味があるのか。

少し悩んだ末、わたしは空飛ぶ荷車で周辺を更に確認する。

池や川があれば良いのだが。

小さな沼などはある。

だが、街の水をまかなえるほどの川などは存在していない。

やはり、そう上手くは行かないか。

頭をくしゃくしゃと掻き回す。

まず、アングリフさんに相談に行く。どういう順番で進めていくか、だが。アングリフさんは、決まってるだろと即答した。

「敢えて貧しい街にしがみついて死ぬのも馬鹿馬鹿しい話だ。 どうせ道は延長するつもりなんだろう? エルトナはまだまだマンパワーが足りないし、水路が出来るまで水を輸送し続けるのもハイコストだ。 移住して貰え」

「……両方の街の長老達に話をつけないといけないですね」

「ああ、そうだな。 それと、宿場町にするつもりなら、いずれは再興しなければならないのも事実だ。 砦にするにしても、防備は固めなければならねえぞ」

「それは分かっています」

あの貧弱な城壁では、ネームドに襲われたらそれこそひとたまりも無いだろう。

非常に頭が痛い。

会議が紛糾するのが分かりきっているが。

それでもやらなければならなかった。

 

3、踊る会議愚かな議題

 

案の定、エルトナの長老達や重役は反発した。

それだけではない。

わたしを崇拝するような態度さえ見せた隣街の長老や重役達まで、態度を一変させた。

エルトナに移り住むとしたら、我々の立場はどうなるのか。

そんな事を吠え出す。

分かりきっていた。だが、それでもどうしようもない。わたしは一つずつ、丁寧に説明していくが。

それでも、彼らは感情論を喚き散らす。

「あんな凄い道を作ったんだ! 水路だってすぐだろう!」

「そうだそうだ! それにただでさえ大勢よそ者が入ってきて大変なんだぞ!」

隣街の長老と。

エルトナの長老が。

結託してぎゃんぎゃん喚く。アングリフさんが大きく咳払いする。怒鳴ってくれても良かったのだけれど。

いずれにしても、この人が後ろで睨みを利かせていなければ、多分もうつかみ合いの喧嘩になっていただろう。

この人が、現役を引退したとは言え、ドラゴンと真正面から戦っていたことは、この場の誰もが知っている。

だから、アングリフさんが現役時代の鎧を着たまま会議に出ていることは、それだけで大きな抑止力になっていた。

「いいか、道を作るのも簡単じゃねえ。 そして此奴は、本職の錬金術師で、しかも非常に珍しいギフテッド持ちだ。 その超レアな錬金術師が、彼処には水が無くて生活が苦しくなるって言ってるんだよ。 意味が分かるか?」

「そんな事は暮らしていた我々が一番分かっている!」

「それをどうにかするのが錬金術だろう!」

「どうにかはします。 ただし時間が掛かると言っているんです」

わたしもいい加減ブチ切れそうだったが。

極力声は低く抑える。

「良いですか、水路を引くとしても、その間は其方に借金が増える事になります。 わたしは一人しかいません。 戦士達だって、いつも手が空いているわけではありませんし、それはわたしも同じです。 錬金術師は神域の技ですが、全能の技ではありません。 街の長として、住民に少しでも良い生活をして貰いたいとは思わないんですか?」

「わしらは長だぞ!」

「またそれですか……」

「長く生きて街のために尽くしてきた! 我々にはその苦労に相応しい楽な生活をする権利がある! あんたにはそれを保証する義務が……」

いい加減にしろ。

怒号が、全員を一撃で黙らせる。

なお、わたしじゃない。

アングリフさんでも無かった。

此処に助けに来てくれている深淵の者の一人。キマリスさんだった。

深淵の者の戦士代表として来てくれている人だが。流石にこの有様、目に余ると思ったのだろう。

「我々はフィリスどのの支援をするためにわざわざここに来ている。 だからフィリスどのがどれだけエルトナの生活を改善し、隣街への道をつなぐのに苦労しているかも知っている。 お前達は何をしている。 自分の利権を主張し、フィリスどのの足を引っ張るばかりではないか!」

「その通りなのです」

相当腹に据えかねていたのか。

イプシロンさんもそれに加勢する。

この場の誰もが分かっている。

この二人がへそを曲げた場合。エルトナの守りは裸同然になる。そして更にわたしがエルトナを去ることになれば。

エルトナも、隣街も、共倒れだ。

真っ青になる長老二人に。わたしは咳払いした。

「とにかく。 戦略事業というものは、長期にわたって行うものです。 何度も言うように、錬金術は神の御技ではありますが、全能ではありません。 貧しく危険な土地に住民を縛り付けておくのが長老のやる事ですか? 自分達の権力を保持することだけが、長老の「苦労」とやらですか? 貴方たちはどうして長老になっているのか、少しは考えてはどうですか」

喚こうとする長老二人だが。

魔族の歴戦の戦士に伝説の傭兵、更に経済を握っているホムに睨まれていては、もう何もできなかった。

咳払いすると、わたしは。

静かになった会議で、丁寧に今後の戦略事業について説明していく。

まず隣街へ水路を引く。

これに関しては、メッヘンに赴き、ディオンさんと相談し。暴れ川の一部の水量を受け取る形で水路の作成を開始。

やり方については、メッヘンからエルトナまでは水を水路で引き。

エルトナに貯水槽を作って、其処からはポンプで水を隣街まで送る事になる。

その間に隣街の城壁を補強し、宿場町としての要塞化を進め。更に並行して戦士達には近場の獣の駆除と、ネームドの処理をして貰う。ネームドの処理の際には、わたしも出る。

水路を確保できたら、今度は更に隣の街までの道を作成する。

ただしこの街道は、恐らく作成に二ヶ月はかかる。

途中の道が起伏も激しく、獣も多いからだ。

幸い匪賊は周辺には出ないが、それでも道そのものが険しい。

これを強引に突破するとなると。どうしても時間が掛かる。

道が完成すれば、アダレットへの道が通じている街への直通路が出来る事になり。街は交易の宿場町となる。それほど腕利きでは無いが、更にもう一つ隣の街には公認錬金術師もいるらしいので、かなり状況は安定するはずだ。何ならその公認錬金術師と連携しても良い。

そうすれば要塞化していること、安全なこともあり、隣街に多くの旅人がお金を落とすようになる。

ただし。

それまでの間には、街に留まれば苦しい生活を続ける事になる。

「隣街はわたしも見ましたが、痩せこけた子供達、飢えている人達、いずれも悲惨な有様です。 こんな状態から彼らを解放できるというのに、どうして決断できないんですか、長老が二人も揃って。 長老の仕事は、街の人々の生活を改善する事であって、私腹を肥やすことでは無いでしょう?」

「小娘が……」

ぼそりと呟いたのは、隣街の長老。

まあこうなるだろうとは分かっていたが。

キマリスさんが手を伸ばして、長老の頭を掴もうとしたが。流石にわたしが咳払いする。

隣街には魔族もいない。

そんな程度の集落なのだ。

それなのに、それでも権力を保持したいか。絶対者でいたいか。

情けなくなってくる。

やはり人間は、どこかしらおかしい。

何処を破壊すれば良いのかはよく分からないが。しかしながら、これはいずれにしても、わたしの判断は間違っていなかったことになる。

「これより住民の移動を開始します。 居住区は幾らでも空いています。 更に言えば、孤児院での学習を進めれば、皆読み書き、四則演算は出来るようになります」

「……」

「異議無しと判断します。 明日から、順次住民には移動して貰います」

額に青筋を浮かべている長老二人だが。

いっそ殺してしまおうかとわたしは思った。

だが、それでは匪賊と同じだ。

会議が終わり、解散となる。隣街に馬車で長老を送り届けながら、イプシロンさんが言う。

既にお空は真っ黒。

外は肌寒くなりはじめていた。

星が瞬く空の下で、物騒な話を少しだけする。

「フィリスどの。 もうあの者達は排除して、貴方が長老を兼任しては」

「賛成」

キマリスさんも頷く。

アングリフさんは、それに対して、冷静な言葉を口にした。

「此奴にはまだ経験がたりねえ。 それにまだまだ錬金術師としてやる事もあるみたいだしな」

「確かに。 負担が大きくなりすぎるのです」

「まいったな。 いずれにしても、彼奴らはいずれフィリスどのの背中を刺しかねないぞ」

「ああ、それなら大丈夫」

いつの間にか。

わたしの隣にティアナちゃんが。そういえば、隣街を探って貰っていたのだったか。

「入り込んでいた暗殺者は、駆除しといた」

「暗殺者!?」

「とはいっても盗賊崩れだけどね。 隣街の長老とエルトナの長老が裏で金を回して、呼んだみたい。 長老の家に胴体放り込んでおいたから、多分明日には涙目になってると思うよ」

けらけらとティアナちゃんは笑う。

溜息しか漏れない。とうとう暗殺者を雇うところまで長老は思い詰めていたか。

キマリスさんが拳を鳴らす。

流石に許せないと判断したのだろう。

わたしも、流石に愛想が尽きた。

「深淵の者から、実績のある人を派遣できないか、相談できますか」

「流石に人材は其処まで余っていない」

「そう、ですよね」

「だが、フィリスどのは今後の世界を担う人材だ。 イプシロンどの、無理を言ってみるか」

キマリスさんの言葉に、イプシロンさんも頷く。

いずれにしても、暗殺者を雇うところまでやったのなら、此方ももう黙っているつもりはない。

少し強攻策になるが。

対応をしなければならないだろう。

アトリエに入ると、研究を進める。空間操作の錬金術はおぞましい程難しいが。まずはこれを攻略しない限り。

先には進めないのだから。

 

翌朝。

長老が、転がるようにしてアトリエに来て、戸を叩いた。真っ青になっている。

「フィリス! 悪かった!」

土下座する長老。

起きたばかりのわたしは、もう情報が伝わったのかと思って、呆れながら戸を開ける。勿論油断しない。いきなり刺しに来る可能性もあるからだ。話を全て知っているお姉ちゃんも。もう完全に敵を見る目で長老を見ていた。

わたしが殺れといったら、お姉ちゃんは即座に長老を殺すだろう。

わたしも、この人が此処まで無能だとは、思ってもいなかった。

震えあがっている長老。

何人かを掴んで持ってきたキマリスさんが、その場に投げ捨てる。

いずれもエルトナの重役達である。隣街の長老と重役達もいる。ついにこの日が来たか、という顔をキマリスさんはしていた。

キマリスさんは、わざと威圧的にどんと愚か者達の側の地面を踏む。

体格がヒト族の倍ある魔族だ。その威圧は尋常では無い。

「それでどうするフィリスどの。 殺すなら殺すが?」

「ひいっ!」

キマリスさんの言葉には、憐憫のかけらも無い。此方もわたしが指示すれば、即座に殺す事だろう。

わたしはしばらく冷たい目で、長老の禿頭を見下ろす。

エルトナを出たときは。

こんな本性の人だとは思ってもいなかった。この人は、わたしをどれだけ失望させれば気が済むのだろう。

いや、わたしは人間に期待しすぎていたのだ。

豊かな生活を与えれば、きっと心も穏やかになると思っていた。

そう思って頑張って来た。

結果は違った。

ソフィー先生に教えられたことを思い出す。

最初に創造神は。

救った人々のために楽園を作った。

だがその楽園では、人々は瞬く間に滅びてしまった。

状況はその時とは少し違うだろう。

しかしながら、似たような事が起きたのかも知れない。

或いは、中途半端な富が、人を変えてしまったのだろうか。

誰もが幸せになれる世界を作るには。

やはり破壊が必要だ。

それをこの長老達の愚行を前にして、わたしは改めて、徹底的なまでに思い知らされていた。

「法に従って処置します。 利権が対立した公認錬金術師を、暗殺者を雇って排除しようとした、しかも私腹を肥やすためにとなると、ライゼンベルグで懲役刑ですね。 それも無期です」

「無期じゃと! わしがもう老人だと……」

「黙れ」

厳しい声は、なんとお父さんから飛んだ。

普段は温厚なお父さんだが。少し前から、騒ぎを見に来ていて。わたしを暗殺しようとした長老達に、流石にキレたようだった。

お父さんは家族を愛している。

血のつながっていないお姉ちゃんもツヴァイちゃんも平等に愛せる立派な人だ。

だからこそに、こういう醜態にはほとほと愛想が尽きたのだろう。

「フィリス、この愚か者共を、映像の証拠つきでライゼンベルグに連れていき、ラスティンの法に従って裁くと良い。 長老、貴方の事は相応に尊敬していたのだがな、晩節を汚したな」

「ま、まて、わしがどれだけこの街に尽くしたか……」

「あんたがやってきたのはこの街の維持だ。 それも死にかけの病人を延命させるような、細々としたことだけ。 皆を日の下に出し生活を劇的に改善し外の獣にも資源が尽きるのにも湖の獣たちにも怯える日々を終わらせた英雄と、どっちが立派だと思っている。 せめてフィリスを全面的にバックアップして、その仕事をやりやすいように支援してくれていれば、私もあんたを庇ったんだがな」

本気でお父さんが怒っているのは初めて見た。

額に青筋まで浮かんでいる。

まあ、それもそうだろう。

わたしは頷くと、檻を用意して貰い。空飛ぶ荷車にそれをセット。全員を乗せて、ライゼンベルグまで往復した。

ライゼンベルグには、牢と裁判所がある。

証拠を一通り全て提出し、後はもう任せる。

言い逃れのしようがない証拠が揃っている事もあり。何よりも暗殺者を雇って殺そうとした、というのは重罪中の重罪。

暗殺者の頭(ティアナちゃんが「貸して」くれた)から抽出した記憶データも一緒に提出した結果。

即日全員の無期懲役が決まった。

これでエルトナの元長老と重役達。

更に隣街の長老と重役達は。

全員が以降の人生を牢の中で過ごすことになった。

慈悲をと叫ぶ長老に。もうわたしは、何も語る事が一つも無かった。

さようならと、挨拶をする気にもならなかった。

この人には恩があったかも知れない。だがそれ以上の、何十倍もの発展による還元をエルトナにわたしはもたらした。

それを完全に逆恨みされ。

あげくの果てに命まで狙われたとなったら。

わたしにも、もはや言葉は無いし。許すことも絶対に出来なかった。

お姉ちゃんでさえ、わたしの行動を止めることはしなかったし。誰も反対はしなかった。

エルトナを出発するとき、長老の弁護をする街の人達は一人も出なかったが。

ただ、わたしに対しては。

畏怖の視線を向ける人も少なからず出た。

ライゼンベルグの庁舎に出向いて、役人を派遣してもらう手続きをすませると。すぐに帰る。

ただ、その途中。

フルスハイムに寄って、この間の教育希望の話について確認する。

教育を希望する人は、思ったよりも多く出ていた。

三十人ほどいる教育希望者の中には。

ロジーさんの所で押しかけて働いている、エスカちゃんも混じっていた。

帰った後は、やる事が幾つもある。

とりあえず膿出しはこれで上手く行ったと思いたい。

わたしは、これから。

幾つもの事を、更に速度を上げて、こなして行かなければならないのだ。

そのためには、哀れなふりを装って。

愚行に手を染めた人達を振り返っている暇など無かった。

教育希望者を空飛ぶ荷車の中にあるアトリエに招待し。そのままエルトナに到着。

深淵の者には、錬金術の素質を見極める事が出来る教師の手配と。

とりあえずの街の管理を出来る人を要求していた。

何人かの気むずかしそうな人達が来ていたが。その中の何人かは、不自然に若かった。

恐らくは、錬金術によってアンチエイジングを受けている人なのだろう。

教育希望者達を孤児院に案内。

教師達に任せる。

また、既に隣街の貧しい人達は、エルトナに移って貰っていた。生活が劇的に改善したからか、彼らの中に文句を言う人はおらず。

更に読み書きと四則演算を教えて貰えると聞くと。

是非と応募してくる人も多かった。

彼らを加えて、五十人ほどを追加で一気に面倒見ることになったが。

それは深淵の者にとっても人材発掘にもつながる。

また、エルトナにとっても、将来を担う人材を育成することにもなる。フルスハイムにとっても有用だろう。

わたしは彼らに教育を任せると。

メッヘンにすぐに出向いて、水路の建設の話をする。

ディオンさんは相変わらず少し頼りなかったけれど。

水路の話については、すぐに許可を出してくれた。

暴れ川の制御は、メッヘンにとっての課題。

運河を作ってその水量を減らすことは、メッヘンにとってもとても有用なことだからだ。

ただ、話を終えた後。

ディオンさんは、珍しくわたしに苦言を呈していた。

「ちょっとやり方が厳しすぎるという話が僕の耳にも届いているよ。 大丈夫かい、フィリスさん」

「あまりにも膿が溜まりすぎていました。 仕方が無い処置だったと思います」

「うん、それは僕にも分かるんだ。 でも、あまりやり過ぎると、いずれきっと何か良くないことが起きるよ」

「心しておきます」

ディオンさんは心からわたしを心配してそう言ってくれた。

ならば、素直に心に留めておくべきだろう。少なくとも利権が長老達と一致していたから、ではない。

ディオンさんか。

頼りないと言われながらも、メッヘンでは支柱になっている。これはわたしから客観的に見ても明らかだ。

何が違うのだろう。

いずれ、学んでおかなければならないだろう。

さて、水路の工事に移る。

水路の工事は、まず事前に水路を掘り。

石材を細かく砕いて水路の基礎を固め。

更にそれを硬化剤で固めることによって、水の通り道を作る。この時、川と水路をいきなりつなげないのが基本となる。

水路をエルトナにまで通したら。

今度は貯水池を作る。

この貯水池は、深く広く作っておくのが基本。

また非常に深くなるので、子供が近寄らないように、アラームなどの警報装置を作る必要もある。

此処から更にポンプを使って隣街まで水を送り出すのだが。

それについては、今はまだ考えなくても良い。

土木工事はわたしがもっとも得意とする所だ。

更に言えば、水路を緑化地点の隣に作る事で、植物に自動で水を供給することも出来る。獣も水まで流れているとなると、更に街道への攻撃を控えるだろう。ただ、川に住んでいる大型の獣が水路に入り込まないように、水路は浅く作らなければならないが。

黙々と作業をする。

エルトナまでは、その気になれば空飛ぶ荷車ですぐに帰れる距離だ。

石材も有り余るほど所有しているし。

硬化剤も、数百年単位で水路での使用に耐える。毒物も勿論流出させない。

周囲の護衛も最小限でいい。

今回は緑化作業も入らないから、簡単だ。

水路の何カ所かには仕切りを入れられるように工夫もする。これは何かしらの問題が発生したときに、メンテナンスを行えるようにするため。

それと、水は絶対に生で飲まないようにと、看板も立てる。

生水を飲むことは、死に直結する。

一応、念のため。

水路は何かしらの方法で塞いだ方が良いか。

カルドさんに提供して貰った、古代の水路の資料を見ながら。

わたしは工夫を一つずつ重ねて。水路を確実にエルトナへと延ばす。

最終的に、水路はまず細かく砕いた石材の基礎。それを固める硬化剤。そして金網で上を塞ぎ。

ねじで留めることによって、取り外しも可能とした。

水路の何カ所かには仕切りと。

それから、緑化している土に、わずかに水が流れ込むように調整し。

更にはエルトナの空き地に、ため池を作成する。

水は高きから低きへ流れる。それ故に高度を念入りにはかり。

ため池の周囲には盛り土を造り。更にため池内部にも、隣街への水を運ぶためのポンプと、水路を作るための作業スペースを作成。

黙々と作業をしている内に。

一週間が過ぎ。

そして、お試しの教育で簡単な読み書きと四則演算の教育を終えたフルスハイムの人達が、満足して帰って行った。

その気になれば、もうエルトナからはフルスハイムまでは、歩いてでも帰れる。

道は整備したのだから。

勿論、もっと高度な教育を受けたいという人もいる。

そういう人は残留し。

教育を受けていくつもりのようだった。

アングリフさんが来たので、状況について確認する。

アングリフさんは、窮屈そうなスーツを着て(現役引退したというのに、筋肉でスーツがぱんぱんである)、頭を掻く。

「教師共の頭が固くてなあ。 俺が金のため方と稼ぎ方を教えようとすると、みんな部屋から追い出しやがる」

「まあ、それは仕方が無いです。 それで、みんなどんな様子ですか?」

「預かってる子供や元浮浪者は、みんな元気にやってるぜ。 こんな施設が俺の故郷にもあれば、俺は傭兵なんかにならなくてもすんだかもな」

「……」

教育についても聞くが。

皆概ね満足しているという。

読み書きが出来ると言うのは、かなり大事な事で。これがあるとないとでは、まったく出来る仕事が違ってくる。

四則演算もしかり。

四則演算が出来れば、その気になれば商人にだってなれる。勿論それで成功するとは限らない。

何人かホムの生徒もいたらしいが。

流石にホム。すぐに四則演算をマスターして。もっと難しい数学を、ホムの教師から習っているそうだ。

そして、魔術や錬金術についても教えている。

魔術は素養の発掘が簡単で、田舎の街でも大体どこでも技術が普及している。

だが錬金術はそうではない。

才能が無ければ始まらない上に、その才能を発掘するのが難しいのだ。

そして、どうやら才能を発掘するのに成功したようだった。

様子を見に行く。

教室で、錬金釜を小さな体で一生懸命掻き回している背中。見覚えがある。エスカちゃんだ。

教えているのは、以前ライゼンベルグの試験で姿を見かけた気がする、気むずかしそうな男性の錬金術師。

アングリフさんによるとヒュペリオンさんというそうだが。

そうか、あの人、深淵の者の関係者だったのか。

いずれにしても、エスカちゃんが錬金術師としての才能を持っているとすれば、フルスハイムの未来は明るい。

或いは、もっと錬金術師としての才能を持っている人を発掘できれば。

近隣の状況を、もう少しは改善出来るかも知れない。

良かった。

わたしは強攻策ばかりを採ったし。

あまりにも外道が目立った人達を、十人以上無期懲役で牢に放り込みもした。

だが、その一方で。

それ以上の数の人を救ったし。

未来を発掘することも出来た。

それを実感できた。

嘆息するわたしの肩に、アングリフさんは大きな手を置く。

「ありがとうな。 カルドの奴も此処で歴史を教えるのが楽しそうだし、何より教育を無料で行ってくれる、というのが周囲を活性化もさせるはずだ。 傭兵みたいな難儀な仕事をしなくても良くなる奴が大勢出るのは良い事だ。 何よりこの辺りからは匪賊もいなくなったし、盗賊も怖くて近寄らなくなる。 ドラゴンも危険な奴はお前が退治してくれたし、邪神まで。 ……後は少しでも恩知らずが減れば良いんだがな」

わたしは頷く。

そして、作業があると言って、現場に戻る。

感謝してくれている人もいる。

それで、今は満足するべき。そう自分に言い聞かせ、わたしはつるはしを振るい続けた。

 

4、灯りの先

 

ライゼンベルグから役人が赴任してきて、重役の代わりの仕事を始めた。恐らくは、深淵の者の息が掛かっているのだろう。

極めて真面目な人達で。

わたしが口を出す必要もなく。

むしろ、わたしがきっちり資産公開をしている事を見て感心し。以降は黙々と、書類仕事に励んでくれた。

まあ殆どが生真面目なことで知られるホムだから、というのもあるのだろう。

ヒト族も一人いたが。

でっぷり太って頭も禿げている、俗物丸出しの見かけと裏腹に、非常に真面目な人で。

リーダー格のホムの役人の補助役として、甲斐甲斐しく働いている。

この様子であれば、エルトナも隣の町の業務も、任せてしまって大丈夫だろう。

そして、彼らが働き初めてから。

出るわ出るわ。

先任者のやっていた不正が、山のように出てきた。

今までは、重役を年功序列でやってきた。

年功序列は必ずしも悪い制度では無いのだが。一度腐り始めると歯止めが利かなくなるという欠点もある。

長老達が、わたしに隠れて必死に蓄財に励んでいた証拠が、ぼろぼろと出てきたのだ。それも客観的な証拠が。

長老宅の地下には、あからさまに盗掘した水晶類が山ほど隠されていたし。

それらの声を聞くと。

やはり長老が此処に隠したのは確実だった。

更には、裏帳簿まで出てきた。

役人達が解読したところ。

どうやら涙ぐましい少額ずつ、街の利益からくすねていたらしい。それも長年に渡って。

つまりお姉ちゃん達がお外で命がけで稼いでいた外貨をくすね。

貧しい生活をしていたみんなの生活を、更に圧迫していた、と言う事だ。

わたしと同じくらいの年で結婚して子供まで産んで。

以降は灰色の人生を送っていた幼なじみだって。

あの人達がくすねていた少しのお金が入っていれば。もっとマシな生活を出来ていたのではないのか。

そう思うと、もう同情する余地はまったく湧いてこなかった。

本人達にとっては、「役得」だったのだろう。

少しくらいの不正は誰も困らないと言う考えだったのかも知れない。或いは、悪事をするのは甲斐性、などと考えていた可能性もある。

いるのだ。たまに。

悪事をする勇気もないとか。

浮気も出来ない奴は甲斐性なしだとか。

そういう頓珍漢な事を言う人間が。

長老達はそういう思想に染まっていて。少しずつそれが心を腐らせて行っていたのだろう。

表向きは素朴で優しい人達だった。

だがそういう積み重ねがあったから。

外に出て、膨大な富と安全が目に入った瞬間。何か大事な心のねじというか、リミッターが外れてしまったのだ。

ともあれ、不正がないように、今まで略取した金品は全て管理下に置き直し。

更には、本来支給されるはずだったお金を、住民に再分配する。

長老達の行為を知っている人達も複数いた。

バツが悪そうにしているのですぐに分かった。

だが、もはやこれ以上責めても仕方が無いだろう。

そもあの地下のエルトナでは、争いを無為に生じさせても仕方が無かったのだ。

今、やっとそれを表に暴き出し。そして膿だけを出す事が出来た。それで良しとするべきだ。

厳格な人だったら、知っていた人も、みんな罰を受けさせたかも知れないが。

わたしは、宣言するだけで終わらせた。

もしも、また不正を行う人が出たら。

同じように処置すると。

それを聞くと、皆青ざめて。そして頷いた。それでいい。わたしは、もうエルトナでは、畏敬を得ようとは思わない。

畏怖の対象であればいい。

いずれにしても、これでエルトナの腐敗は破壊出来たはずだ。

その後は、エルトナの未来を創造すれば良い。

貯水池の作業が終わったので。

メッヘンの側の川から、水路に水を引く。まずは仕切りを入れ。順番に、水が流れ込む様子を確認。川の側にも仕切りを作り、流れ込む水は調整出来るようにしてある。

水路に流れ込んでくる水。

浸透圧だったか。水が土にしみこんでいくのが分かる。オスカーさんがいたら、植物が何て言っているのか確認したい。わたしにはまだそれほどはっきりは聞こえないので、ある程度喜んでいる、くらいしか分からない。

仕切りを一つずつ取り。

最終的に貯水池に流し込む。

これで、まずは大丈夫だろう。エルトナが干ばつに見舞われたときも、相当な日数持ち堪えることが出来る筈だ。

後は、ポンプを作って。

隣街まで水を送る仕組みを作れば良い。

作業が一段落したので、貯水池から出てきたわたしを、満面の笑みでドロッセルさんが迎えてくれた。

「フィリスちゃん、ちょっといい?」

「何ですか?」

「人形劇の脚本出来たから、出来れば見ていって欲しいなって」

「一人で人形動かすんですか?」

首を横に振るドロッセルさん。

登場人物が限られてくるし、とても難しいと思うのだけれど。助手として、ツヴァイちゃんが手伝うらしい。

娯楽としてはまず上質なものだろう。

ドロッセルさんが空いた時間を活用して、せっせと脚本を作り。

人形も手作りしていたことはわたしも知っている。

だから、その思いは無為にできない。

人形劇を見に行くとする。

様子を見に行くと、孤児院で預かっている子供達だけでは無く、かなりの人達が集まっていた。

人形劇が始まる。

一つの場面に出せる人形は限られている。

台詞はみんなドロッセルさんが担当。まあホムであるツヴァイちゃんは感情がヒト族ほど豊かでは無いし、演技は向いていないか。

舞台の上で動いているマリオネットや、手入れ人形は、どれも生き生きと動いていて。時々手入れ人形を動かしているツヴァイちゃんも、殆ど滞りなくやれている。

これだけでも、ツヴァイちゃんへの事前指導が如何に丁寧だったかよく分かる。

話自体は、とてもシンプルなもので。

悪いドラゴンにさらわれたお姫様を。

勇敢な王子様が助け出す、という話だった。

世界はそんなに単純には出来ていない。

最近はアダレットの情報も入ってくるようになったけれど。庭園造りにしか興味が無い無能な王様を、聡明なお姫様が無理矢理引退させ。国政を自分で見るようになったという。

またそのお姫様は双子で、弟がいるらしいのだけれど。

王子様であるその弟は、父親似で仕事がとにかく出来ないらしく。

騎士団に厄介払いされ。

騎士団で、名誉職だけ与えられて、本人もそれで満足してしまっているとか。

王子様とかお姫様とか。

現実はそんなものだ。

でも、人形劇に「現実」なんて必要ない。

あまりにも冷めてしまうような嘘は流石にあってはならないけれど。それでも夢があって、それで夢を壊さないような話があればそれでいい。

ドラゴンの人形はとても良く出来ていた。

それはそうだ。

ドロッセルさんは、わたしと一緒に、三回もドラゴンと戦ったのだ。

現物を見たのだから、当たり前の話である。

ドラゴンが欲ボケ親父みたいに人間の言葉を話し始めた時は流石に苦笑いしたが、人形劇の悪役なんてこれくらいでかまわない。

やがて、邪悪なドラゴンを王子様は苦闘の末に倒し。

お姫様を助け出してめでたしめでたし。

話自体はオーソドックスだったけれど。

それでも、人形の完成度。

人形劇自体の出来の良さ。

何より雰囲気を良く作っているドロッセルさんの演技と、人形を丁寧に動かす繊細な技術。

人形が本当に好きなんだなという事が伝わってきたし。

素晴らしい出来だったと、客観的にも思う。

わっとみんな喜んでいたし。

投げ銭もされていた。

まあ、お金が欲しくてドロッセルさんは人形劇を開いたのではないと思うのだけれども。それでもこういう所で支払われるお金は、正当な対価として受け取るべきだ。わたしもそれはもう知っている。

劇が終わると、みんな仕事に戻っていく。

今、エルトナには。

あらゆる仕事があるのだ。

力が無い人だって、仕事が出来るようにしているし。

本当に体が弱っている人は、わたしのお薬でどうにかする。

貧富の格差が小さく。一番貧しい人でも生きていける街。少なくとも、わたしの手が届く範囲ではそうする。

それが、わたしの義務。

この世界の仕組みを破壊すると決めたわたしの信念だ。

「どうだった?」

「良かったです。 また開いてくれますか?」

「うん。 でも、フィリスちゃんの仕事が一段落したら、今度はアダレットに行こうと思っていてね。 何度もは開けないかな」

ドロッセルさんのお仕事は本来は傭兵。更には、今後は戦略級の傭兵としての仕事も期待される。

そうなると、状況が良くないと聞いているアダレットの方が、仕事場としては正しいだろう。

それに、ドロッセルさんの両親もアダレットにいると聞いている。

それならば、一家水入らずというのも良いはずだ。

或いは、わたしが空間に関する錬金術をしっかり習得すれば、いつでもエルトナに戻ってきてくれるかもしれない。

それが、一番良い答えなのだろう。

「一瞬で此処まで来られるような錬金術を今勉強しています。 だから、アダレットに行っても、ここに来られるようにしておきます」

「錬金術、すごいね。 その錬金術の完成、楽しみに待っているよ」

「はい」

可能な限り、出来る事を増やす。

そして、わたしにはまだやる事がいくらでもある。

例え人間の闇をどれだけ見ようとも。

こうやって光を見せてくれる人もいる。

ならばわたしは。

やはりこの世界のどん詰まりを破壊しなければならない。

 

(続)