豪風を乗り越えて

 

序、浮島の闇

 

二日間、装甲船二番艦の中で休み、態勢を整える。薬による回復と、体力の回復を進めて、それからやっとエルエムとの戦いを行った島に降り立った。

周囲にはエルエムの死の影響か、強い魔力が拡散している。その拡散は止められそうにもない。

なるほど。

これを吸収した獣がネームドになるんだな。

なんとなくそう察するが。

だからといって、今更どうにも出来ない。

それに、ネームドの脅威は、邪神とは比較にもならない。フルスハイムには苦労を掛けるが。

それでも邪神に襲われるより遙かにマシだろう。

ただ、レンさんには報告する必要がある。

多分すぐにぽこぽこネームドが湧いてくる訳では無く。

時間を掛けてネームドが現れてくるのだろうから。

或いはもっとずっと後の世代に、フルスハイムの住人がネームドとの戦いをしなければならないのかも知れない。

わたしは、きっと。

その時には、多分人間では無くなっている。

ソフィー先生の目的。

そしてわたしは手駒と見なされている事から考えても。人間として、生を全うすることは不可能だろう。

それならば、或いは。

次世代のフルスハイムの公認錬金術師と協力して、ネームドを駆除する時が来るのかも知れない。

周囲を見回して確認。

見つけた。戦闘中もある事は確認していた船の残骸だ。しっかり戦闘の余波にも耐え抜いている。

改めて確認すると、やはり撃沈されたらしく、横腹に大穴が空いている。多分、わたしが怖れた事態がこの船では起きてしまったのだ。つまり邪神の攻撃で装甲を貫通され、炉が誘爆したのだろう。

これでは中にいた人達は、ひとたまりもなかったに違いない。

アトミナとメクレットが来る。

しばらく、ぼんやりと船を見つめていた。

アングリフさんが前に出ると、船の残骸を調べ始める。

死者に失礼がないように、と思ったが。

近づいて見ると、もう数百年は経過していることが分かった。装甲があまりにも異次元なため、錆びることも無く形を残していただけで。

内部には、もはや人の残骸は残っていなかった。

小さな獣に文字通り骨ごと食い荒らされたのだろう。

ただでさえ、炉が誘爆したときに、木っ端みじんになってしまったのだろうし。

こればかりはどうにもならない。

何か、遺品は無いだろうか。

もうこの船があからさまに数百年前のものだということはどうでもいい。

アトミナとメクレットがただ者では無い事くらいは、この場にいる全員が知っている事なのだから。

鉱物の声を聞く。

何か、この船に乗っていた人の、遺品は無いだろうか。

鉱物は曖昧な答えしか返してくれない。

困った。

流石に、自分の事では無いとわからないか。

だが、少しその曖昧な答えを整理しながら、船の中を歩く。

内部から喰い破られたとは言え。

船の構造体は無事で、崩落の恐れもない。

実際すぐ側でわたし達が邪神エルエムとの死闘を演じたのに、崩れもせずに残っているのだ。

この様子だと、千年経っても壊れることは無いだろう。

持ち帰って、素材を再利用しても良いくらいだ。

死者への冒涜になるかも知れないから、それは避けたいが。

見つける。

くすんでいるが、何か宝石のようなものが収まったペンダントの残骸だろうか。

壊れてしまっている。

多分爆発に巻き込まれた影響だろう。

もう、機能はしていなかった。

錬金術の道具であろう事は明白だった。

「何も無いわね……」

「うん」

「フィリスちゃん、この船」

「リア姉、何も言わないで。 この船は、勇敢な人達が此処まで乗って来た。 それだけで、凄い事だし、貶めてもいけないよ」

お姉ちゃんの言葉を遮る。

お姉ちゃんも、それが正しいと思ったのだろう。後は何も言わなかった。

アトミナとメクレットは、船の構造を知っているかのように歩き回っていて。側についているアングリフさんが眉をひそめていたが。

呼び止めてペンダントの残骸を渡すと。

珍しくいつもヘラヘラしている二人が、真顔になった。

特にアトミナは。

常に性格の悪さを発言からにじませていたのに。

完全に黙り込んだ。

「お知り合いのですか」

「……良く見つけたね」

「鉱物達に聞きました。 一番船の中で被害が小さかった場所を、です。 其処に落ちていました」

「……」

受け取ると、二人は黙り込み、後は何も喋らなかった。

多分死者を悼んでいるのだろう。

この状況で生還できる筈が無い。

どんな偉大な錬金術師でも、そうだ。

ソフィー先生クラスなら分からないが。あの人は、もう人間とは言い難い気がする。

「周囲を調べるぞ。 もうこの船は、調べても仕方がねえ」

「はい」

アングリフさんに促されて、周囲を調べに掛かる。

邪神がいなくなったことで、かなり安全度は上がったとは言え。周囲には巨大な獣が多数いる。離れて行動するのは危険だ。ましてや此処は邪神がバトルフィールド用に更地にしていた島だ。

邪神がいなくなった今。

獣がいつ様子を見に来ても不思議では無いのだから。

ただ、流石にちょっと前まで邪神がいたからだろう。

獣も警戒して、周囲から監視するに留めている様子だ。

それはそうだ。

獣にして見ても、邪神は絶対者。

相手の気分次第で殺される。

そんな危険な存在の縄張りに踏み込もうなどとは、考えないだろう。それに多分だが、ネームドの事を考えると。

邪神に対して、本能的な恐怖を、獣が抱いていてもおかしくない。

ましてや此処の邪神は、文字通り「荒ぶる」という言葉が相応しい存在だった。

そうなってくると、この警戒ぶりも頷ける。

しばし周囲を探索するが。

流石に数百年前ともなると。

痕跡と呼べるようなものは殆ど残されていなかった。

戦いが一方的だっただろう事は分かる。

というよりも、船の炉が誘爆した時点で、殆ど全滅。以降は、船が落ちるだけで、全ておしまいだったのだろう。

邪神自身は深核しか残さなかったし。

辺りには、高密度の魔力が籠もった石やらしか見つからない。

一応回収はしておく。

石も砕いてすり潰せば中和剤に出来るのだから。これだけの魔力を長時間浴び続けた石なら、きっと役に立つだろう。

邪神のいた島を調べ終える。

船に関しては、もう回収出来るものもない。

アトミナとメクレットに聞くが、もう何もいらないと言われたので。

他の浮遊島を調べて回る。

流石にもう一体の邪神がいる、というような事は無いだろうが。

此処までの苦労をしたのだ。

何か良い素材が見つかるかも知れない。

案の定、巨大で強力な獣が住み着いていたが。同時に森になっている場所も多く。警戒しながら進めば、それほど頻繁におそわれる事もなかった。

黄金色の葉や。

金の絹糸も見つかる。

他にも珍しい薬草が多数存在していて。

麓にある、禁忌の森のものよりも、更に品質は良かった。

これは色々な意味で凄い。

普通の、どんな調合にも使えるような薬草。通称魔法の草ことトーンでさえ、みなぎるような魔力を充填させている。

傷つけすぎないように気を付けて摘みながら、周囲を更に探索して行くが。

やはり邪神がいた島から離れれば離れるほど、品質が落ちていく。

あの邪神が無差別無分別にばらまいていた魔力を。

此処の植物も。

勿論動物も。

浴び続けていた。

そういう事なのだろう。

湖に出る。

かなり巨大な獣が悠々と泳いでいるし、周囲が開けている。接近するのはかなり危険だ。

そこでイルちゃんが、魔剣の技術を利用したらしい、空飛ぶ籠を出してくる。

それを使って水を汲み。

魚や貝類も回収してきた。

水がこんな強い魔力を秘めているのを始めて見た。さわるとばちりと静電気が走るくらいである。

森の中から、此処と湖を行き来する籠を見やる。

獣は興味を示す者もいるようだが。

ただの籠だと判断したからか。

それ以上は何もしなかった。

まあ仕掛けてくるようなら、お姉ちゃんが射貫くだけだが。

ともあれ使えそうなので、相応の量を汲んでおく。

一通り調査を終えた後。

装甲船二番艦に戻る。

アトリエに回収した品を運び込んで、皆に分配。パイモンさんは、何度も唸りながら、回収した水を見ていた。

「これほど高純度の魔力が籠もった水とは……」

「時間を掛ければ再現は出来るかも知れないですけれど、ちょっとこれが満ちている湖でどんな獣が住んでいるかは考えたくないですね」

「そう、だな」

「フィリス、この岩は?」

イルちゃんに言われたので、持ち帰った岩を砕いてみる。

宝石の原石がぼろぼろ出てきた。

ただでさえ、宝石は色々と活用できる。魔力を込める事も出来るし。装飾品に埋め込むことで、魔力のブースターにも出来る。

そしてこの島にある宝石である。

その効果は折り紙付きだ。

他にも多数の原石があったので、良さそうなのを見繕って回収してきたのだ。

勿論これも平等に分ける。

深核も丁寧に割って三分割。

一通り戦利品を回収し、吟味した後、引き上げる事にする。フルスハイムに一度撤退して、それから此処で何があったのかを報告しなければならない。

軟着陸したときのダメージはあるが。

船を修理するのは、さほど難しくないし。フルスハイムまで飛んでいくのも、それほど難儀はしないだろう。

問題はその後。

グラオ・タールの北にある、常に砂塵が舞っている谷。

人間が立ち入れない其処に。

上級のドラゴンが潜んでいる可能性が高い。

フルスハイムは基幹都市だ。

また上級のドラゴンにインフラを潰されると、周辺の都市全てに甚大な影響がある。

同じ事をさせないためにも。

予防措置として、早めに処理はしなければならない。

アングリフさんが腕組みして、壁に背中を預けていたので。

咳払いしてから、話しかける。

アングリフさんは邪神戦が終わったら引退するという話だったけれど。もう少し力を貸して欲しい。

その話をする。

しばし不死身とまで呼ばれた傭兵は無言で話を聞いていたが。

やがて、嘆息した。

「やれやれ、今度は弱体化無しの上級ドラゴンかよ」

「お願い出来ますか」

「やるしかねえんだろう? 分かった。 孤児院の院長の件もある。 まだ死ぬわけにはいかねえし、何よりも乗りかかった船だ。 だが、これで最後だぞ」

頷く。

有り難い話だ。

この人がいなければ、突破出来ない難関は幾つもあった。

常に最前線で敵の猛攻を突破する鍵となり。

敵に致命打を与え続けた。

船が移動する間。

軽く話を聞いてみる。

アングリフさんは、面白い話じゃあ無いぞと前置きしてから、話してくれる。

傭兵時代の話。

ろくでもない子供時代を送ったアングリフさんは。両親の顔ももう覚えていないという。気がついたら傭兵になっていて。それからずっと傭兵として各地の街で獣や匪賊と戦い続けた。

気がつけばその無謀な戦い方から、不死身と呼ばれるようになり。

最初は揶揄だったその呼び方も。

常に敵を最前線で斬り伏せ、叩き殺して行く様子から。

やがて畏怖へと変わっていった。

だが、その頃からだった。

アングリフさんは思い知り始めたのだ。

後から入ってきた奴が、どんどん死んで行く。

生きている先輩がいない。

次に会うことは殆ど無い。

傭兵は損耗率が激しい仕事だ。各地の街の自警団に帰化できればまだ良い。そして、帰化出来た場合は、すぐに家庭を持ったりする。

だが、そんな風に上手くやれた奴は殆どおらず。

そして、ある日気付いてしまった。

最初に自分を不死身とはやし立てた奴が。

一人ももう生きていないことを。

それから、非常に何もかもが虚しくなった。恵まれた体格を生かして戦っていくうちに、嫌でも戦略は覚え、戦術は身についていった。

錬金術師の護衛をしたときに、見聞院の話を聞いて。

腕利きなら、勉強もすれば更に力もつくと言われ。

見聞院に足を運んで、戦略と戦術を学んだ。

役に立つ本もあったし。

机上の空論を並べただけの紙屑もあった。

いつのまにか中年を過ぎ、老人に片足を突っ込んだ頃には。

戦略級の傭兵として、周辺地域では名前を知らない者がいない腕前になっていた。

だからこそ分かっていた。

人間では勝てない相手がいるという事も。

しかし、わたしと組む事が出来て、アングリフさんは色々と面白い経験が出来たと言う。

本来だったら絶対に人間では勝てない相手に勝つ。

戦う事なんて思いもよらない相手と戦う。

そんな経験が出来たのだから。

それに、だ。

アングリフさんは、わたしに未来を見たと言う。

「岩山だろうが何だろうがぶち抜いて道を作っていく様子は、俺からして見れば未来を作るようにも見えた。 まああまり本人を面と向かって褒めるのは良い事じゃあないんだがな。 それでも、孤児院を作るって事は、お前と組まなきゃ実現不可能だったことを考えると、なあ」

「そんな、なんといったら良いか」

「傭兵として真っ先に死んで行く奴は、相手を何も知らないか、自分を何も知らない奴なんだよ。 俺は孤児院で、自分を知り、敵を知る事を若い連中に学んで欲しい。 そうすれば、絶対では無いにしても生き延びる確率は上がるからな」

「……」

勉強、か。

わたしもいろんな本を読んで。

実地でいろんな事を試して。

そして知識をたくさん身につけて。それを実践することで、力をつけてきた。

アングリフさんの言葉には、頷ける部分も多い。

気付くと、船がフルスハイム上空にさしかかっている。邪神との死闘で、かなりのダメージを受けているから、ドッグにそのまま入る。

船を下りると、カイさんが待っていた。

「これはまた、手酷くやられたな」

「でも、勝ちました」

「ほ、本当か!? 相手は邪神だったんだろ!」

「はい」

おおと、声が上がる。

数百年前とはいえ、すぐ近くの街を虹神ウロボロスが滅ぼした事は、フルスハイムの誰もが知っている。

その時の戦いの痕跡は、遺跡として丸ごと残っているし。

惨禍もこの街には伝わっているのだ。

あの邪神、相当に弱体化していた。

虹神ウロボロスとは、多分だが比較にならないほど弱くなっていただろう。

それでも、勝つことはできたのだ。

確かに、皆が狂喜するのも当然だろう。

さて、これからレンさんの所に行って、街の重役達とも話して。それから。

ふと、服の袖を掴まれる。

アトミナだった。

普段はメクレットから話をする事が多いのだけれど。アトミナが積極的に動くのは珍しい。

「何ですか?」

「まずはお礼。 それと聞きたいことがあったから」

お礼というのは、ペンダントの残骸。遺品のことだろう。

アトミナが言うには、調べて見たが、友人の遺品で間違いないという。そうかと、わたしは嘆息する。

普段からつかみ所が無いこの二人だが。珍しく、神妙な表情をしていた。

「せめてもう少し準備をしておくべきだった。 私達らしくも無い失敗だったわ」

「次は、失敗しないようにすればいいと思います」

「そうだね。 だがもう彼に次は無い」

分かっている。だから、その犠牲を無駄にしてはいけないのだ。

咳払いすると、アトミナはもう一つについて告げた。

「君にとって、錬金術とは何?」

「え……」

「どうせあの船は当分動けない。 明日で良いから、聞かせて頂戴。 君にとって錬金術は、破壊の力なのか、創造の希望なのか」

二人はひらひらと手を振ると、その場から消える。

わたしは口をつぐむと、考え込んでしまった。

確かにそれは。わたしとしても、そろそろ出さなければならない結論なのかも知れなかった。

 

1、錬金術とは

 

思うに。わたしは最初から、破壊を錬金術によって見た。ソフィー先生が現れたときに見せたのは、徹底的な破壊だった。

エルトナを守っていた扉を破壊し。

壊した扉を一瞬で再生修復するという行動で、既成概念を破壊し。

そしてわたしが何処かで抱いていた諦観も破壊した。

その後も、あらゆる全てが破壊につながっていった。

何もかもを壊しながらわたしは進んできた。

だけれど、その破壊の後には。

創造も確実に存在していた。

復活したインフラ。暴れなくなった川。孤立しなくなった雪山。ドラゴンに脅かされなくなった街。

蘇った宿場町。

いずれもが、破壊が無ければ、あり得ない創造だったのだ。

破壊と創造は表裏一体。

思えば、ソフィー先生が願っている、破滅の未来の転覆も。ある意味究極の破壊行為と言える。

綺麗できらきらしているものが錬金術では無い。

世界と向き合い。深淵を覗き込み。自らも深淵に引きずり込まれながらも、知識と力を得て。

破壊と創造と向き合っていかなければならない。

そんな学問が錬金術だ。

ただ、わたしにとっては結論は出ている。

破壊が最初にありき。

その後に創造がある。

この世界は、全てが色々と狂っている。だから、まず狂っている部分を破壊しなければならない。

その後にやっと創造が出来る。

アトミナとメクレットが来る前に。

この世界について書かれた歴史書の記述を思い出す。

どれも、ここ数百年で世界が比較的安定して、二大国による秩序が出現した、という記述で一致していたし。

カルドさんのような本職に聞いても。

同じ答えが返ってくる。

だがそれは、混沌を破壊する事によってもたらされた秩序であって。恐らくその混沌を破壊したのは。

深淵の者だ。

一晩休んだ後。

早朝に訪れたアトミナとメクレットは、ソフィー先生と、プラフタさんを伴っていた。

ソフィー先生が指をぱちんと鳴らすと。

周囲が暗い空間に包まれる。

プラフタさんが眉をひそめた。

お姉ちゃんが横やりを入れるのをソフィーさんは防ぎたかったのだろうけれど。それにしても、どんどん手段を選ばなくなってきている。

そしてアトミナとメクレットに関しても。

やはりソフィー先生と、極めて近しい存在なのだろう。

「ルアード、フィリスにおかしな事を吹き込んでいないでしょうね」

「私達よりも、ソフィーの方が深刻なんじゃないの?」

「それはいえてるね」

けらけら。

アトミナとメクレットが笑う。

それより何だ。ルアードとは。

そういえば、ソフィー先生が気になる事を言っていた。アトミナとメクレットのことを、何だか妙な感じで呼んでいたのだ。

アトミナとメクレットは、手をつなぐ。

光が二人を包む。

其処に現れたのは。

青白い顔をした、フードで姿を半ば隠した男性だった。

何かの皮膚病らしく、顔は異様に青白く。

体から感じる魔力もおかしい。

多分、内臓が色々機能していないのだと、わたしは即座に見抜いた。

「これが私の本当の姿だ。 深淵の者の首領、ルアードとは私の事だよ」

「っ!?」

「私とプラフタは今から500年ほど前にこの世界を変えようとした。 だが、決定的な方法論の違いから対立した。 私はプラフタと袂を別ち、深淵の者を結成。 世界を裏側から改革を開始した」

「貴方が……」

アトミナとメクレット、いやルアードは頷く。

プラフタは、無言のまま、話を聞いていた。

「私は、この世界には現在すらないと考えた。 故に錬金術の禁忌である根絶の力に手を出してしまった。 プラフタは未来を奪うことはあってはならないと考えた。 だから私達は殺し合いになった。 500年後、要するに数年前、ソフィーのおかげで和解を果たすことが出来たが、理由は何だと思うかね」

「……世界が、そもそも詰んでいることが分かったから、ですか」

「まあ似たようなものだ」

ルアードは、肩をすくめた。

ひょっとして。

この様子からして、ルアードとプラフタさん、それにソフィー先生は。

深淵の最奥を覗き込んだのではあるまいか。

背筋が凍る。

わたしも、深淵を覗くのがどれだけ危険な行為かは熟知しているつもりだ。それが、深淵の最奥を覗いたりしたら。

「この世界は、滅び行き、救いを求めた者達が、神に救われ集められた世界だ。 だがこの世界そのものがそもそも詰んでいた。 真面目な神は救った者達の面倒を見ることを決めた。 しかしどうやっても、人間という種族は互いに殺し合う。 故に協力しあわなければ生きていけないこの世界が作り出された」

「!」

絶句する。

それは、本当か。

だが、確かに全てのつじつまが合う。

この世界はあからさまに異常すぎる程過酷だ。

ドラゴンの破壊力。邪神の強さ。いずれも人間が何をやっても勝てない。神の力の一端を借りているも同然の錬金術を使っても、「勝てるかも知れない」程度の状況にしか持ち込めない。

そして、散々見てきた色々な街での愚かな人間同士の争い。

エルトナでさえ。

それは同じだったのだ。

「神は想像を絶する回数世界をやり直し、その度にこの世界に修正を少しずつ加えていったそうだ。 絶対に他の種族と相容れるつもりが最初から無かったヒト族の精神性を少しいじる事さえしたらしい。 最初はこの世界は楽園だったという話なのだから、如何に人間が愚かなのか、嫌でも分かってしまうな」

返す言葉も無い。

本来は楽園で暮らせていたはずなのに。

人間が全てを台無しにしてしまったのか。

世界にたくさんいる邪神は。

おそらく人間がこんなでなければ、もっと慈悲溢れる存在だったのではないのだろうか。それを考えると、悲しくて涙が出てくる。

でも、それでも。

わたしは錬金術師としてやっていくつもりだ。

だが、力を得た以上。

その力に責任が伴う事も、理解しているつもりである。

「それでは、質問に答えて欲しい。 錬金術とは、破壊か、それとも創造か」

「破壊です」

「即答か」

「はい。 わたしにとっては、錬金術は全てを破壊する力として始まりました。 そして創造は、破壊の後にしか生まれません」

これは私の中では真理だ。

その破壊には、必ずしもきれい事ではすまされない事だってたくさん含まれる。

わたしも匪賊は大勢殺してきたし。生きるためにたくさんの獣だって殺してきた。

エルトナでは愚かな重役達を押さえ込むために独裁者のように振る舞いはじめている事も理解している。

いずれもが、破壊だ。

だが、破壊の後に創造が産み出されることはわたしも分かっている。だからこそ、破壊には意味がある。

勿論無意味な破壊もある。

それは許してはいけない破壊だ。

「破壊すべきものを破壊し。 その後に新しいものを創造する。 それがものの声を聞き、その意思に沿って変質させる錬金術の本質だとわたしは思っています」

「なるほど。 プラフタ、どう思う?」

「ソフィーが育てなければ、こうはならなかったのでしょうね……」

プラフタさんは、あまり嬉しそうでは無かった。

しばし黙り込んだ後。

プラフタさんは言う。

「フィリス。 貴方は破壊の後に創造が、という話をしました。 それでは、世界の理を破壊し、未来を破壊する根絶の力についてはどう思いますか」

「破壊すべきものを破壊するのが重点であって、何もかも破壊し、都合の良いものだけを創造する力には手を出すべきではありません」

「貴方はそうならないと保証できますか」

プラフタさんは、もしもの場合は。

此処でわたしを殺す気だ。

それが分かった。

でも、わたしも此処で引くわけには行かない。

「分かりません。 でも、安易な破壊はしない。 それについては、今後も守ろうと思っています」

プラフタさんはしばし黙り込んだ後。

大きくため息をついた。

「場合によっては怪物をもう一人増やす事になると覚悟していました。 その考えを捨てないようにしてください」

「わたしは……」

「もう貴方は、充分に人から足を踏み外しています。 私やルアード、ソフィーのように」

そうか。

確かにそうかも知れない。

わたしには力が備わった。錬金術と言う力が。

この力は、人間では絶対に勝てないドラゴンや邪神にさえ対抗できる。百人がかりが一年掛けても崩せない岩山を一瞬で破壊する事が出来、万人がかりで魔術を使っても浮かべられない船を一人で飛ばす事だって出来る。

或いは機械技術がぐっと進めば出来るようになるのかも知れないが。

それでも、錬金術にはかなわないだろう。

プラフタさんは、ソフィー先生を促してこの場から消える。

ルアードさんが、この場にわたしと残った。

「君はこれから我々に並び立つ錬金術師になるだろう。 最終的に君はどうしたい。 このどん詰まりの世界の未来を開くつもりはあるか?」

「はい。 その力に到達できるなら」

「そうか。 だがそれは、「あの」ソフィーが、何度も挑んでは失敗しているほどの難事だ。 それでもやれるか」

「やれるかは分かりません。 ただ、出来る範囲でやってみるつもりです」

しばしの沈黙の果てに。

ルアードさんは、わたしに言った。

いつでも頼るようにと。

エルトナに来ている人達は、案の定深淵の者の構成員だそうだ。まあそうだろうと思っていたし、知っていたが。その首領から明確に宣言されたことになる。

そして、深淵の者は。

これからわたしを重要な戦略級錬金術師と判断。

以降は共同戦線を張ってくれる、と言う事だった。

「グラオ・タール北のドラゴンを倒しに行くそうだね」

「はい。 ただこれに関しては、自分達だけで何とかしてみるつもりです」

「わかった。 エルトナの方は、おかしな動きをしないようにしっかり監督しておくから、気にせず行ってくるといい」

「ありがとうございます」

頭を下げる。

そして、周囲は。

いつのまにか、いつものアトリエに戻っていた。

お姉ちゃんもツヴァイちゃんも。ソフィー先生達が来ていたことにさえ気付いていなかった。

あの人が本気になったら、それこそ誰も何も気付くことさえ出来ずに殺される。

それを改めて思い知らされて。

わたしは身震いしていた。

 

ドッグに船を見に行き。

修理の様子を確認する。

修理用の合金を持ち込んだので、カイさんに渡して。修理がどれくらい掛かるかを聞くと、一週間、と言う話だった。

それだったら、準備をするには充分だろう。

上級ドラゴン、それも今度は弱体化無し。

流石に邪神以上とは思わないが。

それでも相当な相手だ。わたしも、現状の戦力で満足せず、更なる強化を図っていきたい。

イルちゃんとパイモンさんにも一週間後だと伝える。

パイモンさんは、何だか少し機嫌が良かった。

「うむ、分かった。 備えておこう」

「何かあったんですか?」

「ああ、あの浮島で採取した水がアンチエイジングに更に効果を示しそうでな。 中年くらいまで若返れそうだ」

「それは良かったですね」

わたしも、その内使うようになるのだ。

他人のアンチエイジングに口出しするつもりはない。

この世界がどん詰まりであり。

未来の人間に託す、何てことがただの責任放棄である事が分かった以上。わたしはやらなければならない。

もっとも、アンチエイジングを望まない人にまで、それを押しつけるつもりは無い。

ソフィー先生も、それに関しては。

きっとわたしと考えが同じなのだろう。

イルちゃんはパイモンさんと真逆のように沈んでいる。

何となく分かる。

多分イルちゃんも、聞かされたのだ。

ソフィー先生が、わざわざ出向いてきたこと。それにアトミナとメクレット、つまりルアードがイルちゃんに対してあからさまに顔見知りだったこと。

それに何より、イルちゃんがわたしと同等くらいの錬金術師だと言う事。

だったら、そろそろ告げに来るのが普通だ。

一度解散するが。

イルちゃんに耳打ちする。

案の定、頷かれた。

「この世界の真相、まさかこれほどまでの狂ったものだとは思わなかったわ」

「泣いていても始まらないことは分かっているけれど。 正直どうしようもないね。 何か思いつくことさえ出来ないよ」

「そうね。 力は知識に比例して身についていくものよ。 もっと力を得なければならないけれど、力は得てしまうと……」

そう。

錬金術師にとって力とは知識。知識を得るのは深淵を覗き込む事と同義だ。

ソフィー先生がわたしの頭を無理矢理掴んで深淵を覗かせ。そしてわたしの目が濁ってきていると喜んでいたのも。

それが力に結びついていることを知っているからだ。

勿論それが人として正しい事かどうかは分からない。或いは間違っている事なのかも知れない。

だが、人間がそもそも人間であるが故に、この世界がどん詰まりの末の破滅を迎えると知ってしまった今は。

もはや、人間として正しい事が。

正しい事なのかどうかは分からなくなってしまった。

いずれにしても、これから戦うのは、エルエムと下手すると同格かも知れない相手だ。雑念は死に直結する。

戦闘までにコンディションは最高の状態にまで整えておかなければならない。

それに、出来れば、更に手数も増やしておきたかった。

更に言えば。

レンさんの所で、重役会議にも出なければならない。

邪神撃破の正式報告。

それにこれから、フルスハイムを将来的に脅かす可能性が高い上級ドラゴンの存在。

どちらについても、報告し。

装甲船二番艦の使用許可を得る必要もある。

それを考えると、一週間という時間は短い。

ただ。今回はソフィー先生に、期日を指定されている訳では無い。無理だと判断すれば延ばせば良い。

それだけだ。

憂鬱だが、出なければならない。

二日後に、メアちゃんがアトリエに来た。会議が招集されたそうなので、来て欲しいという話だった。

イルちゃんとパイモンさんと一緒にレンさんのアトリエに出向き。

集まっているフルスハイムの重役とレンさんに。

邪神を撃ち倒したこと。

しばらくはその余波で、禁忌の森周辺にネームドが増える事を告げる。

おののきの声と。

露骨な恐怖が向けられるのが分かった。

たった三人で邪神を。

そう、ひそひそと話しているのが聞こえた。

否、違う。

床の鉱石が、教えてくれるのだ。いや、本当にそうか。何だか、ざわざわと、周囲の素材が満遍なく教えてくれているような気がする。

勿論床の声も聞こえるが。

それ以外からの声が、微弱ではあるが、前よりも更にはっきり聞こえはじめているのだ。

「それで、グラオ・タールの北に潜んでいるドラゴンを倒しに行くと言うのですな」

「はい。 元々強烈な砂嵐を起こして、谷を封鎖し、周辺のインフラを著しく阻害している上級ドラゴンです。 撃破しておかないと、いつフルスハイムに飛来してもおかしくはありません」

「上級ドラゴンがフルスハイムに飛来か。 考えたくも無い……」

「かといって、あの竜巻は記憶に新しい。 放って置いたら、あれと同レベルの惨禍が、またフルスハイムを襲うのか」

額の冷や汗をハンカチで拭う老人の重役。

まだ、この人達の方が、エルトナの重役よりは話が分かるか。

エルトナの重役は、わたしの事を下手に知っている分、むしろタチが悪いと感じる。

今では、敵意や殺意さえ抱いているようだし。

もう昔のあの人達とは、別人と考える他無さそうだ。

「船の使用の許可をお願いします」

「……やむを得ないだろう。 ただ、申し訳ないが、人員は出せない」

「はい、それも承知しています。 禁忌の森との接点を塞ぐ城壁の構築に全力を注いでください」

「うむ……」

レンさんが呆れた様子で頭を振る。

それでも兵力を出したいくらいは言えないのかと、顔に書いてあるが。

中途半端な実力者を出されても死ぬだけだ。

かといって、自警団の中核メンバーを出された場合。多分城壁作りの方が疎かになる筈で。

レンさんも其方に掛かりっきりである今の状況を思うと。

できない事はできないと、はっきり言って貰った方がありがたいというのがわたしの本音だった。

腰を上げると、アトリエに戻る。

途中、パイモンさんが、露骨に不機嫌そうに呟いた。

「わしもああいう立場は分かるのだがな。 だから故に不愉快でならん」

「……」

イルちゃんも、今は宿場町を切り盛りする身。

その辺りは分かっていると見て良いだろう。

アトリエに戻ると。

見聞院から借りてきた資料に目を通して。メモを取り。新しいレシピを作るべく頭を働かせる。

武器でも防具でも爆弾でも。

何でも良い。

ドラゴンの防御を切り裂くには、最低でもプラティーン合金、出来ればハルモニウム製の武器や。超高出力の魔術が必要になる。

今回は上級ドラゴン、それも弱体化無し。

更に厳しい戦いが予想される。

充分に準備していったエルエムとの戦いでも、彼処まで苦戦したのだ。

今回の戦いに関しても、気を抜くつもりはない。

一切合切の戦力を投入して、出来れば相手の反撃を許さずに仕留めきる。

そこまでやりたいところだ。

後、位置的に近いグラオ・タールに出向き、ノルベルトさんの協力は得たい。グラオ・タールとしても、フルスハイム同様脅威となっているドラゴンなのだ。ノルベルトさんの周辺は安定しているし、協力は得られるかも知れない。

ノルベルトさんはドラゴン戦の経験もある錬金術師だ。

今協力してくれれば、どのような形であれ助けになるだろう。

しばらくわたしは無心で調合をする。

世界を変える、か。

ソフィー先生に言われていた事の意味が。

ルアードさんに言われた事で。

また少し変化した気がする。

この世界がどん詰まりで。

その原因が神と言うよりも、むしろ人間にあるのだとしたら。わたしは人間を止める事を、視野に入れるべきなのだろうか。いや、もう確定事項になりつつある。

その時お姉ちゃんは悲しむだろう。

ツヴァイちゃんだって悲しむはずだ。

だけれども、お姉ちゃんやツヴァイちゃんのためでもある。

お父さんとお母さんも悲しむだろう。

だけれど、それでもやらなければならない。力を持ったからには、しっかりそれを使う義務がある。

面白半分に殺戮したり。

自分の正義を世界に押しつけたりするのでは意味がない。

そんな事は人間がやる事だ。

人間がそもそも世界を滅ぼす元凶だというのなら。むしろわたしは。

ふと、強烈な闇を感じた。

わたしは、人間を止めてしまう事を今後は前提にして動く。色々と後ろ暗い事も考えなければならない。だからといって、わたしが人間を滅ぼしては意味がない。少し頭を冷やさなければならないだろう。

一度深呼吸して、心を落ち着かせる。

ツヴァイちゃんを呼び止めて頼む。

ドンケルハイトの花びらを一枚だけ、複製できるか、と。

かなりの負担が掛かるはずだが。

花びら一枚だけなら。

お姉ちゃんが顔色を変えるが、ツヴァイちゃんはむしろ口をぎゅっと引き結んで、頷いた。

待っていたその言葉を、という顔だ。

もしも、このままお姉ちゃんとツヴァイちゃんと一緒に暮らしていくと。最後に残るのは、寿命から考えてもわたしとツヴァイちゃんだろう。

わたしはもう。

人間としてのあり方を守るつもりなんてないし。

人間の正道を行こうとも思わない。

ただ、わたしが見ているのは。

この世界の究極的な破滅の回避。そのためには、何でもする。皆に、少し負担も受け持って貰うかも知れない。

わたしはもう。こう考える時点で。

確かに人間からは、踏み外し始めているのかも知れないし。持っている力も、既に人間の領域から外れつつある。

わたしにとっては、もはや人間であることは。

重要でも何でもなくなりつつあった。

 

2、砂塵に潜む者

 

一週間ほど掛けて、補給などを済ませた後。まずは皆にはそのまま更に整備を頼んで、わたしはお姉ちゃんとレヴィさん、カルドさんと一緒に、空飛ぶ荷車でグラオ・タールに赴く。

装甲船二番艦は常に動かすつもりはない。

あれは必要な時だけ使うものであって。常時威圧的に使う事は、あまり良い結果に結びつくとは思わない。

いずれ何かしらの方法で、フルスハイムからは取りあげてしまうべきでは無いかとさえも思う。

今の世代のフルスハイムの長老達はいい。

だがいずれ、あの強大な力を巡って、権力争いが発生するかも知れない。正直な所、普通の人間にあの艦は過ぎた力をもたらす。そうすれば、当然のように正常な判断だって妨げるようになるのだ。

グラオ・タールまでの道は、既に完全に木々が定着し。

風に青々と葉を揺らしている。

わたしが埋め立てた谷もしっかり固定されているし。

何よりも獣が森を傷つけるのを避けて、一定距離を取っている。遠くでドラゴンが此方を伺っているが。

緑化された街道を行き交う人間を見て、首を伸ばしているだけだ。

隙があれば襲うつもりなのかも知れないが。

それ以上に、緑を傷つける事を嫌がっているのだろう。ただ、じっと見ている様子は少し危険だ。

此処を行き交う人々が、油断し始めたとき。

例えば見ているだけの獣を侮って、街道の外に出たり。

或いはドラゴンを挑発するようにして緑の壁の外側に出たりしたら。

その時には事故が起きてもおかしくは無い。

善悪の区別が付いていないような子供や悪党が悪戯で木に油を掛けて火を掛けたりしたら、それこそ未曾有の大惨事になる。

数十人単位で死者が出るかも知れないし。

その場合、状況を立て直すために色々と処置が大変になるだろう。

人間は慣れると兎に角怠惰になる。

慣れる事は決して良い事だけでは無い。危険な存在に接し続けると、如何にそれが命を脅かすかを忘れてしまう事さえある。

そういう場合には、人間はとことん愚かになる。

獣が如何に強靱で。

一瞬で命が刈り取られていたことを忘れたりすれば。その後に待っているのは、無惨な死だけである。

わたしは、そう考えながら、グラオ・タールに到着。

ノルベルトさんのアトリエに出向く。

お手伝いさんが綺麗にしていて、かなり以前とは違って、内部は清潔になっていた。ノルベルトさんは相変わらず酒瓶片手だったが、前とは比べものにならないほどに真面目な仕事をしている様子で。

さっきまで、お客さんも来ていた様子である。

一礼してから、話をする。

此処まで邪神討伐の話は伝わっているらしく、アトリエに入ってから、まずはそれを褒められた。

お姉ちゃんは無言のまま。

やっぱり、簡単に警戒は解けないか。

「それで、わざわざ何の用だ。 その様子だと、もう準備は整っている、ていう風情だな」

「はい。 北の谷にいるドラゴンを屠ります」

「!」

「手を貸して貰えませんか」

しばし無言を貫いたノルベルトさんだが。

酒瓶を開けようとして、かなりの苦労の末に、その行動を押さえ込んだようだった。ふうと嘆息すると。

ノルベルトさんは、酒瓶をしまい。頭を掻く。どうやら酒瓶に入れているのも、かなり度数が低いアルコールらしい。

この人はずっと自分を責めながら生きてきた。

素面ではとても耐えられなかった。

だから、アルコールで自分を酔わせて、どうにか生をつないでいたが。

今は何とか、アルコール依存から抜けるべく、頑張っているのだ。

それをどうこういうつもりは無い。

この人なりの再起なのだから。

「上級ドラゴンが相手だ。 勝機はあるのかい」

「はい。 まずは既に話にも聞いていると思いますが、要所をハルモニウムで固めた装甲船で上空から威力偵察、出来ればそのまま至近距離まで接近して戦闘に持ち込みます」

「邪神の攻撃にも耐えたとなると、上級のブレスにもどうにか耐えられるか……」

「それでも、楽な戦いではありませんでした。 力を貸してくださると助かります」

頭を下げる。

先達には敬意を持って接するのが当たり前の話だ。

わたしは尊敬できない先人をたくさん見てきた。エルトナの長老はじめとする重役達だってそうだ。

だからこそせめて尊敬できる先人には。

最大限の敬意を持って接しなければならないだろう。

ノルベルトさんは頭を掻くと、しばし考えさせてくれと言って、アトリエの奥に出向き。着替えると、わたし達を待たせたまま、外に出て行った。

多分長老達と話をするつもりなのだろう。

しばらく待つ。

その間、お姉ちゃんはお手伝いさんと話をしていた。

何でもノルベルトさんはかなり最近は酒量が減ってきているそうで。特に泥酔することは殆ど無くなったという。

それでも時々発作的に泥酔しては。

寝る前に泣いているのを時々見かけるのだとか。女性も周囲に近づける様子が無いという。

錬金術師はいうまでもなくもてる。

何しろ神の力を手にしているようなものだからだ。伴侶に出来れば、それは楽な生活が出来ると夢を見る者もいる。異性として接近しなくても、相手の関心を買おうと接近する者だっている。

わたしも経験がある。

実はエルトナに戻ってから、どっと結婚話が来たのである。

長老や重役達が持ち込んできたものは、悉く全て断った。だが中には聞いた事もないアダレットの貴族や、何処かの大商人、ラスティンの「名門」出身の錬金術師からのものもあった。それらには、お断りの手紙を丁寧にしたためて、門前払いした。

狙いが知れているからである。

わたしも外で地獄を見てきた今は。

もう何も知らない小娘じゃあない。まだ年齢的には小娘かも知れないけれど、匪賊の思考を直接覗き込んだり、殺し合いも経験した。それもずっと普通の傭兵よりも多く。自分より格上の相手とも決死の戦いも何度もこなした。

その結果、今のわたしはもう子供じゃ無い。体は兎も角頭の方は、もう子供と言うには自分でも無理がありすぎることを知っている。

ともあれ。ノルベルトさんが、女性を近づけないと言うことは。

お姉ちゃんのお母さん。

つまり、亡くなったノルベルトさんの奥さんの事を、今でも愛していて。それを曲げるつもりは無いのだろう。

何というか、いい加減に見えて。

その反面、誠実な人なのだと言う事は私にもわかる。

お姉ちゃんも、女性を一切近づけている様子が無いと聞いて、そうと一言だけ呟いていた。

ノルベルトさんは、二刻ほどして戻ってくる。

そして、少し神妙な顔になって言う。

そういえば、無精髭はほぼ無くなっていた。衣服も思うと、前よりも更にきちんと清潔に着こなしている。

「グラオ・タールは最近自警団を派遣して、周辺にいる潜在的な危険、まあネームドを中心に駆除を進めていたが、北の谷のドラゴンは確かに腫れ物扱いだった。 其処で駆除作戦には全面的に協力する」

「ありがとうございます。 具体的にはどうしますか」

「まずグラオ・タールの自警団はすまないがドラゴン戦には動かせない。 ドラゴンが反撃をして来たときに備え、厳戒態勢を取る。 恐らくは谷から獣がわんさか出てくる筈だから、そいつらを防衛線を敷いて迎撃する。 既に伝令をフロッケにも派遣した。 迎撃作戦に失敗した場合は、神童どのと連携体制をとり、更には報復行動を狙って来るドラゴンを中途で迎撃する態勢を整える」

頷く。

相手が無傷の上級ドラゴンといっても、わたしも戦って無傷で負けるつもりは無い。

それに相手が如何に上級でも、シールドで守られた上、ハルモニウム装甲の船を一撃撃沈は不可能だろう。

それならば、ダメージを受けた状態になる訳で。

キルシェさんと、グラオ・タール及びフロッケの精鋭が総掛かりならば。侵攻を止めることは出来る筈だ。

「俺は参加させて貰う。 グラオ・タールが奴に一番近いからな。 それに、俺もそろそろいい年だ。 体がまだまだ動く内にグラオ・タールにとって最大の問題である上級の退治はしておきたかったんだよ」

「何か策でも練っていたんですか?」

「まあ、な」

そう言って、ノルベルトさんが見せてくれたのは、魔術を中和する道具だ。

原理としては、大型の水晶玉を加工したもので。

八方向から魔法陣を描き込んでいる。

これらが相互増幅しあい。

谷に満ちている暴風の力を打ち消す。

ただし、設置場所は力の中心点。

つまるところ、ドラゴンが恐らくいるだろう場所で無ければならない。

それが悩みどころだった、という。

「これも併せて使う」

もう一つノルベルトさんが出してきたのは、飛行キットを取り付けた袋だ。というか、ほぼ小型の飛行キットだけである。中央部分に、命令の魔法陣が描き込まれた小型の箱と。其処から袋がぶら下げられている。

この袋に、今の水晶玉をいれ。

ぶら下げて、砂塵の谷に飛ばす。

そして目的地点まで飛ばした後、遠隔操作で水晶玉を発動。

砂塵を一気に晴らす。

だが、出力は足りるのだろうか。

上級が相手になるのだが。

それに関しては、わたし達を頼りたいと、ノルベルトさんはいう。

「これはあくまで俺に手が届いた限界点だ。 俺が前線で作戦に加わった所で、今更大して役には立てん。 ドラゴネアが相手でもあのざまだったしな、上級が相手になってくると、流石にどうにもならないんでな」

「そんな、謙遜が過ぎますよ」

「フィリスちゃん」

「リア姉?」

お姉ちゃんが、珍しく険しい顔をしている。わたしに対して、こういう表情を見せるのは珍しいというか、久しぶりだ。

わたしが小さいとき、悪戯をした事がある。その時、お父さんもお母さんも笑って許してくれたのに。

普段は庇ってくれるお姉ちゃんが、珍しく本気で怒った。

その時の顔だ。

後で理由を聞いたのだが、わたしが悪戯で壊してしまったのは、お父さんとお母さんが大事にしていたものだったらしく。結婚当時から記念にしていたものらしかった。

わたしは咳払いする。

お姉ちゃんが、真面目に怒っている意味を察したからだ。

「分かりました。 上空からの行動で、此方が上級ドラゴンを引きつけます。 その間に、ノルベルトさんは自警団員と連携して、敵を守る砂塵の風を打ち消すべく動いてください」

「おう、分かった。 其方も無理はするなよ?」

「はい」

後は細かい段取りを決めた後、フルスハイムに戻る。

お姉ちゃんは、すぐにいつもの優しいお姉ちゃんに戻っていた。

空飛ぶ荷車に乗ると、お姉ちゃんは言う。

「フィリスちゃん、さっきは立派だったわ」

「うん。 わたし、人の心が分からない存在にはなりたくないの」

「そうね」

「……でもね。 人の後ろ暗い心はそれはそれで許せない。 ノルベルトさんは立ち直ろうとしている人だから手を貸したし、頑張るのなら応援したいとも思った。 でも、自分の好き勝手に世界を食い荒らそうとする人は、きっと今後は許せない」

レヴィさんが、咳払い。

カルドさんも、険しい顔をしていた。

少し躊躇った後、カルドさんは言う。

「フィリス。 この世界は、人間の業の歴史で作り上げられているんだ。 どんな人にも、後ろ暗い所はあるんだよ。 絶対的な正義だけで世界を見ると、いつかとんでも無い事になりかねないと僕は思うが」

「はい。 その通りだと思います。 しかしながら、ありのままの人間を認めるというのは、世界に対する人間の接し方に、進歩が無い事も意味しています」

「なるほど、錬金術師の考え方だね」

「……はい」

それ以上は、カルドさんも何も言わなかった。あまり危険な方向に行っていないと判断したから、かも知れない。

違うのだ。わたしはもう手遅れだ。

フルスハイムに戻る途中、わたしはずっと黙りだった。途中、フルスハイム東で、偶然見かけたオリヴィエさんと話をして。軽く匪賊などが出ていないか聞く。

最近は組織的な匪賊はほぼ見かける事がなく。

重罪を犯して街の外に逃げ出すことに成功したものもいないと言う。

それはよかった。

まあこの辺りでは、匪賊の聖地とまで呼ばれたグラオ・タール近辺が綺麗に浄化されたばかりだし。

鏖殺が活動しているという噂を意図的に流している。

匪賊も恐ろしくて、近付く事なんてとても出来ないのだろう。

暗殺者の類を出そうにも。

鏖殺の正体がティアナちゃんだなんて突き止められる奴はほぼいないだろうし。

いた所で、あの子を暗殺できる「人間」などいない。

安心したところで、フルスハイムに普通の木造船で戻る。木造船の船長は、わたしが乗り込んでくれると安心だと言っていた。

多少いつもより遅いが。それでも艦隊を組んで移動する木造船の旅は優雅だった。

たまには、こういうのも。

良いかも知れない。

後は、作戦開始の三日後に向けて。

イルちゃんとパイモンさんと打ち合わせをし。

最後の調整を行うだけだ。

 

ドッグに入れて修理していた装甲船二番艦が、完全な状態で仕上がる。

既に動かす許可も出ている。

心配そうに様子を見に来たフルスハイムの重役達が、ひそひそと話をしている。

わたしの功績が大きすぎる。

アングリフさんに聞いたのだが。情報を集める限り、そういう話が出始めている様子だった。

出る杭を打つと言うよりも。

フルスハイムの権力を乗っ取られるという恐怖が、彼らをこういった「監視」に駆り立てているらしい。

わたしはフルスハイムの権力には興味が無い。

二人目の公認錬金術師になってくれという依頼も断ったし。

この船を使うときも、重役会議を招集し、同意の上で使っている。

それぞれ得だけをする関係の筈なのに。

どうも邪神を葬った辺りから、風向きがおかしくなりはじめたらしい。

邪神をたった三人の錬金術師とその護衛で。

死者も無く倒した。

その話が伝わると同時に。

畏敬よりも。

畏怖が勝って伝わるようになりはじめた。その結果、疑心暗鬼が連鎖し、重役達が少しずつわたしを怖れるようになりはじめたという。

イルちゃんが見せてくれる。

究極のお薬。言うまでも無く、エリキシル剤。

とはいっても、試作段階で。単にドンケルハイトの花弁を使って作って見ただけのものらしい。

ドンケルハイト特有の強烈極まりない薬効は再現出来ているものの。

使ってみた所、死者を蘇生させるところまではいかないそうだ。

まあ、それはそうだろう。

死者の蘇生となると、それこそ時間を巻き戻すとか、摂理に反するレベルの錬金術が必要になる。

まだわたしは其処まで届いていない。

パイモンさんは、雷神の石・極というのを見せてくれた。

この間の戦いでは、雷神の石・完成型を二つ同時に使うと言う荒技を見せてくれたが。

エルエムの深核を使った小型の魔力供給炉を造り。

それに飛行キットを取り付け。

更に雷神の石・完成型六つと連結。

エルエムの深核からあふれ出る無尽蔵の魔力を使って六つを同時に起動。更には、パイモンさんの魔力とは関係無く、敵を撃ち抜く仕様にしたと言う。

強い。そういう、語彙力に劣る言葉しか出てこない。

何しろ邪神の力を利用した攻撃兵器だ。凄い火力が出せるだろう。

船の状態が完璧である事を確認できたので、皆で乗り込む。

レンさんが、幾つかの話をしてくれた。

自警団はいつでも動かせるようにしておく事。

禁忌の森を塞ぐようにして作っている城壁はほぼ完璧に仕上がったので、後はネームドの出現と攻撃を警戒すれば良い事。

最悪の場合は、救助できるように、近隣の錬金術師と連携して動く事。

頷く。

その気持ちだけでも有り難い。だけれど、へまをするつもりは無い。世界を変えようと考えているのだ。

上級ドラゴンに負けるようでは、その時点でお話にもならない、というのが正しい。

船に乗り込み、タラップを閉じる。

そのまま高度を上げ、時間を確認しながら南下する。

面白がって、小型の鳥が寄ってくるが。相手にせずそのまま南下を続け。やがて、見えてくる。

砂塵に包まれた谷が。

予定通りなら、既に展開しているグラオ・タールの自警団とノルベルトさん。

それに最悪の事態に備えているキルシェさん。

いずれもが、厳戒態勢に入っているはずだ。

勝利時は照明弾を打ち上げる手はずになっている。照明弾くらいは、別にもう寝ていても作れる。流石にそれは冗談としても、照明弾を失敗するようなことは、流石にない。

谷が見えてきた。

竜巻のときほどでは無いが、凄まじい砂塵が渦巻いている。なるほど、これでは入り込むのは不可能だろう。

無理矢理入り込んでも、この辺りには緑も無い。

無数の獣が迎撃してくるのは目に見えている。文字通り、右も左も分からない状態で、なぶり殺しにされるだけだ。

だが、今回、此方は空にいると言う強力なアドバンテージがある。

敵は、まだ動いていないが。

まず谷の入り口。

グラオ・タール側の入り口に向けて動きながら。

甲板にでた私が、はじける贈り物を。

要するに、あらゆる種類の爆弾を使って、空爆を開始した。

高高度から落とされた爆弾には、今回の事を想定して、落下傘がつけられている。

別に落下傘自体は珍しい発想でも無い。

人間が飛ぶわけでもないのだから、これくらいは誰でも思いつく。レシピを見て、実験を重ねて。いつものように作っただけだ。

落下傘にぶら下がった多数の爆弾が、砂塵渦巻く谷の彼方此方に降り立ったところで。

わたしは船の中に戻り。

起爆ワードを唱えた。

谷が消し飛ぶような爆発が引き起こされたのは直後のこと。

まあそれはそうだろう。

わたしも腕を上げているし。

今回谷に放り込んだ爆弾類は、わたしが作ったものだけではない。イルちゃんが作ったものも、パイモンさんが作ったものもある。

凄まじい爆発は連鎖し、谷が彼方此方で崩落しているのが分かる。

更に、主砲を叩き込む。

邪神にさえ痛打を与えた主砲だ。

拡散して谷全体にぶち込んでやれば、相応の効果が見込めるはず。

まだ砂塵は晴れていないけれど。それでも、爆発が連鎖した後の谷に、更なる閃光が迸った。

「敵影なし……」

ライトさんが報告してくるが。

わたしは頷くだけ。

今のであっさり全滅してくれるようならどれだけ楽な相手か。船の高度を落としつつ、次の主砲発射に備える。

反撃があったのは、直後だった。

極太のブレスがぶっ放され、船を直撃する。

邪神の遠距離狙撃と同レベルの火力だ。シールドを展開するが、主砲を放った直後である。炉にかなりの負荷が掛かっているのが分かった。

高度を下げたのは、展開中のノルベルトさん達への攻撃を警戒し。場合によっては身を以て盾になるためだったのだが。

どうやらその恐れもなくなった。

敵は、此方を。

装甲船二番艦を敵として認識したのだ。ならば、以降はより脅威となる此方を狙って来るはず。

どっと谷から獣が湧き出してくる。

面舵をきり、敵に側面を晒しつつ。

ブレスの死角になるタラップを空け、其処から爆弾を大量に放り、落とす。

今まで空いた時間に散々作って置いた爆弾類だ。

在庫の一斉処理である。

雨霰と爆弾が降り注ぐ。

大きいのも小さいのも多種多様な獣が。

爆弾の雨に打たれ、吹き飛び、粉々になる。爆裂する中、それでも猪突していく獣は、グラオ・タールの自警団とノルベルトさんに任せる。

激しい揺れ。

二発目のブレスだ。高度は保ったまま、更に爆弾での支援を実施。獣は凄まじい数が湧き出してくるが。自警団は後退しながら、街を守る森の方へ敵を誘導する。それを見た獣たちは、躍起になって追撃をしようとし、更に爆弾で被害を増やす。

アードラが編隊になって、此方に来る。

だが、それを待っていたパイモンさんが、雷神の石・完成型を発動。

上空にて炸裂した雷神の槌が。

雷の網となって、中型のアードラの群れを、まとめて焼き払い、或いは炭クズにして、或いは体を内側から破裂させ、撃墜へと追い込む。

下の様子は。

そろそろ、獣の数は充分に減ったか。

後はノルベルトさんとの打ち合わせ通りだ。

タラップを閉じる。

纏わり付いてくるアードラは、シールドで適当にあしらいながら、谷の上空へ。三発目のブレス。

船が揺れる。炉の負荷が大きくなる。

だが、まだまだ。

この火力なら、最悪シールド無しでも一撃二撃は耐えられる。

飛行キットにダメージは受けるかも知れないが。ドラゴンを殺せば砂塵は消える。そうなれば、壊滅状態にしてやった谷から、歩いて帰るだけだ。

「やれやれ、前回ので引退するつもりだったんだがな」

アングリフさんがぼやく。

人として生きたい、というこの人の意思は尊重する。尊重しなければならない。

だがこの人には、この世界の真相を知る権利があるとも思うのだ。

この年まで殺し合いの中に身を置き。

多くの人を助け。

逆に助けられず。

哀しみを背負い、一方で戦いそのものにも楽しみを見いだしてきたこの人は。どうしてこんな世界になっているのか、知る権利を持っているはずだ。

わたしは、聞かれれば応えようとも思う。

だが、わたしの目が濁ってきているのを、アングリフさんはあまり好ましくないと思っているようで。

それについて、聞くつもりも無い様子だった。

「またブレス来ます」

「シールドは」

「後二回は耐え抜けます」

「充分」

会話の直後。

装甲船が、激しく揺動する。距離が詰まってきたからか、よりブレスの影響が強烈になって来た。

さて、そろそろだ。

ノルベルトさんが、上手に中和装置を動かしてくれているならば。

砂塵が晴れるはず。

船の高度を更に落とし、谷の中にまで入り込む。ドラゴンが、いきなり船に組み付いてきてもおかしくない。

緊張が漂う中。

ほどなく、見えてきた。

一気に砂塵が晴れていく。流石はノルベルトさん。苦境の中、グラオ・タールを守り続けた公認錬金術師だ。

谷の奥に見えるのは。

立ち上がったような態勢の、青黒い肌を持つドラゴン。いや、これは立ち上がったような態勢と言うよりも。

むしろ人間を思わせる姿だ。

ドラゴンと人間、それも魔族を足して二で割ったようなその威容は。

巨人族でも子供に見えるような凄まじい巨体と共に、翼もろくに動かしてもいないのに谷の奥で浮き。

此方を睥睨していた。

どうやら、真正面からの勝負になるらしい。

ブレスをぶっ放してくる上級ドラゴン。空の覇者ロギウスと、グラオ・タールでは呼んでいるらしい。

まあ誰も見た事さえも無いので、単に風を操る上級ドラゴンだから、空の覇者と名付けておこうと言う事になったらしいのだが。

それはどうでもいい。

名前負けしていない凄まじい力を感じる。

エルエムと同等、とまではいかないにしても。或いはエルエムとかなり良い勝負をする次元かも知れない。

流石は弱体化無し上級ドラゴン。

尋常では無いプレッシャーだ。

「接近。 次のブレスを撃ってきたら、直撃を受け止めてからタラップを解放、総員接近戦開始。 予定通り、船は敵の上空にて、敵の逃走を阻止」

「アイアイサー」

ライトさんが応え。

レフトさんが船を進める。

突貫してくる装甲船二番艦をみて、不敵な挑戦だと受け取ったか。

吠え猛ったロギウスは、此方に閃光そのもののブレスを、恐らく全力でぶっ放してきた。

 

3、蒼空を穿つ

 

空飛ぶ荷車に分乗して、装甲船の左右から飛び出す。どっちかに致命的な何か攻撃を食らっても大丈夫なように、という安全策からだ。

殆ど直撃するところまで接近した船がいきなり上昇しはじめたのを見て、面食らったように上を見るロギウスの至近に。

既にわたしが接近している。

先陣を切るのは、アングリフさんだ。

前回が引退戦だと決めていたが。

結局もう一戦つきあわせることになってしまった。

だが、アングリフさんは不満一つ言う事も無く。わたしが作った大剣を振りかぶり。わたしの作った装備で身を包み。

極限まで身体能力を高めて、ドラゴンに果敢に挑みかかる。

一閃。

すっと、ドラゴンが横滑りに動く。

残像は出来なかったが。しかし、とても滑らかな動きだ。反撃に尻尾を叩き込もうとするロギウスだが。

其処へお姉ちゃんが完璧なタイミングで一射。

尾を射貫く。

やはりハルモニウムの鏃なら、上級ドラゴンにも通じる。

痛みに雄叫びを上げたドラゴンの頭上に、数十に達する火球が出現。

更に、口にブレスの光が宿り始める。

だが、直後。

パイモンさんが、ぶっ放す。雷神の石・極。極限まで増幅された雷撃が、束となってロギウスに直撃。押し込んで、岩壁に叩き付ける。更に上空の火球には、イルちゃんの放った魔剣が突き刺さり、爆破していく。

荷車を飛び降り、接近戦を挑みに行く前衛組。

岩陰に隠れ、展開する後衛組。

もう声を掛けずとも、皆がそのまま、ありのままに動ける。

わたしは地面に手をつくと詠唱開始。

ブレスを吐こうとするロギウスだが。

シールドを展開しようとするイルちゃんを制止すると、レヴィさんが前に出て、地面に剣を突き刺し、すっと印を切った。

そう、あの宝玉。

あれから、ネックレスに加工して、レヴィさんの首にぶら下がっている。

一応貴重品だと分からないように、鈍い色の金属でコーティングしたが。

効果はまったく変わらない。

ぶっ放されたロギウスのブレスを、真正面から、多少ずり下がりながらも受け止めきってみせるレヴィさん。

ふっと鼻を鳴らすのを見て、ロギウスが激高するが。

その時には、その顔面に、ドロッセルさんが蹴りを叩き込み。

一瞬身動きを止めたところに、脳天から斧を叩き込んでいた。

唐竹に、とまではいかないが。

大斧がロギウスの頭に突き刺さる。だが、浅い。

頭を振るってドロッセルさんを追い払うロギウスだが、脇腹にアングリフさんが大剣を突き立て。

更にそれを手で払おうとした所に。

今度はカルドさんとお姉ちゃんの狙撃が、両目を直撃した。

眼球は、潰せていない。

だが、これで相手は完全に本気になった。

凄まじい魔力が全身から吹き荒れる。砂塵が、また周囲に満ち始める。やはり一錬金術師が作った道具では、上級ドラゴンには届かないのか。

否。まだ砂塵は完全復活していない。

それならば、此方も、火力をフルパワーで活用するだけだ。

わたしの詠唱が完了。

全力でぶっ放す。

ロギウスの背中の岩壁が、錐のようになってロギウスを激しく抉り。左右も下も、岩が杭のように噴きだし。

更に余剰分は頭上から襲いかかる。

凄まじい魔力で押し返すロギウスだが、隙が出来る。

パイモンさんの、雷神の石・極二射目。

更に、イルちゃんの特大魔剣が、同時に突貫する。

ブレスを速射するロギウスが、雷神の槌を相殺するが。その間に潜り込んだ魔剣。ロギウスは、なんとそれを真剣白刃取りする。凄まじいが、だがそれで手は塞がった。

複雑な攻防の中、背後に回り込んでいたアングリフさんとドロッセルさんが、同時にロギウスの翼に切り込む。

翼が、鮮血を噴き出しながら、半ば抉り取られる。

ロギウスのブレスが更に出力を上げ、無茶苦茶に周囲を薙ぎ払い、谷が崩壊を始めるかと思ったが。

わたしは魔力消耗を意に介さない。

さっきイルちゃんが作ったとみせてくれたエリキシル剤を飲み干すと。

地面に手を突き。

今度は谷の崩壊を止めたのだ。

勿論、体中の魔力が吸い上げられていくようだが。

その代わり、体の中に入れたドンケルハイトが。燃え上がるような凄まじい力をわたしにくれる。

立ち上がる。

ブレスをまともに食らった岩壁が持ちこたえたのを見て、ロギウスがおののきの声を上げるのが分かった。

わたしはすっと手を上げる。

エルエム戦で用いた、ブリッツコア。

空中に展開したそれに、燃え上がるようにわき上がる魔力を注ぎ込み。

そしてフルパワーでぶっ放した。

額の血管が破れた。

血が噴き出るが、どうでもいい。

更に、好機とみたパイモンさんが、両手に雷神の石・完成型を手に、わたしの一撃にあわせる。

文字通り稲妻の巨竜となった閃光が、ロギウスに見る間に迫る。上空に逃れようにも、船に塞がれ。翼も半ば切りおとされている状態で。ロギウスに出来るのは、シールドで全力防御に回ることだけだった。

だが、そのシールドに、さっきの一撃からイルちゃんの手元に戻っていた巨大な魔剣と。

さっき上空で火球を全て爆散させた魔剣。

膨大な数の剣の群れが、立て続けに突き刺さる。

シールドに罅が入っていく。

アングリフさんとドロッセルさんが得物を放り投げてシールドに突き刺し。

お姉ちゃんとカルドさんはありったけの矢玉を叩き込む。

それでも、上級ドラゴンが全力で展開したシールドだ。

ふつりと。

そのシールドの出力が弱まる。

今までずっと身を隠していたアリスさんが、ロギウスの首の後ろを、横一線に切り裂いていたのである。

ロギウスのシールドに走る罅が、一気に拡大。

残像を造り、戻ってきたアリスさんが、膝を突く。多分、一撃に、全ての力を乗せたのだろう。

両腕からも、剣を握る手からも、出血していた。

恐怖が、ロギウスの目に浮かぶのが分かった。

本能だけで動いているくせに感情はあるのか。

恐怖に打ち震える人々を好き放題に蹂躙するくせに。自分は怖れているふりをして見せるのか。

まるで匪賊と同じだ。そう思ったわたしは、叫びながら限界ギリギリまで魔力を絞り出し、ブリッツコアに注ぎ込む。

更に、わたしの側で、ツヴァイちゃんが神々の贈り物を発動。タイミング、狙う位置ともに完璧。

ロギウスのシールドを貫通。更に巨竜の喉に、風穴を穿っていた。

それが決定打になる。シールドが爆ぜ割れ、全員の総力攻撃がシールドをぶち抜いて、ロギウスに炸裂した。

世界から。

音が消える。

レヴィさんが、一瞬遅れて、フルパワーでシールドを発動。

同時に、消えていた音が。あまりにも巨大すぎる破壊力となって、辺りを蹂躙していた事に気付かされた。

爆発が巻き起こり、それは十秒以上も続いた。

膨大な爆風がシールドにまくり上げられ。谷を内側から半ば吹き飛ばし。

シールドの後ろに逃げ込んだわたし達以外の、谷の全てが爆発に巻き込まれ。巨大なきのこ雲が上がっているのが分かった。装甲船までもが上空で熱量に翻弄されていた。

見える。

ロギウスが、悲鳴を上げながら、焼き尽くされていく様子が。

人間の魔術では出力が足りない。

下級のドラゴンでも倒せない。

だが、出力を極限まで上げた魔術なら。ドラゴンを倒せる。それが例え上級であっても。

それは此処に立証された。

内部から暴走した魔力が、鱗を吹き飛ばしていく有様が。どうしてか、嫌にゆっくりと見えた。

最後の最後に、ロギウスが空に向けて放った弱々しいブレスが、装甲船を直撃したが。その程度のブレスで落ちるような柔な船では無い。

程なく、谷そのものを焼き尽くした爆発が収まり。

形を大きく変えた谷からは。

砂塵は消え。

そしてその場には。

かろうじて原型だけは残しているロギウスの亡骸が。もはや生前のように覇気も無く、何も動く事もなく、横たわっていた。

 

降りてきた船に、ロギウスの死骸を可能な限り全部積み込むと、急いでその場を離れ、グラオ・タールに向かう。

まだ彼方では戦闘が継続している可能性がある。

その場合、支援をしなければ色々とまずい。グラオ・タールの自警団は手練れ揃いだったけれど。

それでも、もし谷にネームドが多数いて。

それが全て襲いかかっていたとしたら。

決して面白い結果にはならない筈だ。

低空飛行で、装甲船二番艦を往かせる。

かなり傷ついているが、それでもグラオ・タールまではもつはず。それにしても、飛行キットがやはりネックだ。脆すぎる。今回も、船体はほぼ無事だったのに、飛行キットだけが大きく傷ついている。

前のエルエム戦でもそうだったが、装甲船に取り付けるものは、いっそキット化しないか。

それともハルモニウム装甲にするか。

どちらかを選択するべきかも知れないと、わたしは少し不安定に揺れながら飛ぶ装甲船のおなかの中で思った。

応急手当を済ませる。

速攻で勝負を掛けるつもりだったから、皆手傷は少ない。本当に殺すか殺されるかの勝負だった。

戦力で見れば、多分エルエムの方が上だったと思う。

しかし戦略的優位はロギウスにあった。

もし戦いが長引いていたら、砂塵が復活して、後は為す術も無くなぶり殺しにされていただろう。

見えてくる。

相応の数の獣と、グラオ・タールの自警団員が戦闘中だ。

「支援に行きます!」

「出られそうな奴は!」

アングリフさんが叫ぶと、レヴィさんとドロッセルさん、それにカルドさんとお姉ちゃんが挙手。

一撃に全てを賭けたアリスさんはまだちょっと具合が良くない。

パイモンさんも、首を横に振った。

アングリフさんはわたしを見たが。

わたしは首を横に振る。

フルパワーでぶっ放した魔術と、最後の総力ブリッツコアでの消耗。何よりも、その時に飲んだエリキシル剤の反動が大きすぎる。

一気に力を引き出したからか。

その分のダメージが、今体に来ている感触だ。

「イルメリア、ならば支援を頼むぞ。 手札を出せるだけ出してくれ」

「分かったわ」

「他の皆は前衛組を支援! ライト、レフト、まだ主砲は撃てるか?」

「いえ、炉の状態が限界近く、無理です」

ライトさんの返事に、アングリフさんは舌打ち。

とはいっても、あれだけの無茶をしたのだ。更に最後のきのこ雲に、装甲船はモロに巻き込まれた。

今浮いているだけでも奇蹟、といえる。

ほどなく、タラップを解放し。

アングリフさんが先頭に、皆が獣の群れの背後に突っ込んでいく。

案の定ネームドが何体かいるようだし。

此方の疲弊も激しいが。

それ以上に、ハルモニウム武器と、更にヴェルベティス製の神衣による能力の強化が著しい。

思い切り背後を突かれた上に。

増援の戦力が大きい事もあって、グラオ・タールの自警団員は一気に劣勢を盛り返し、獣を斬り伏せ始める。

其処に、念のために来ていたフロッケの自警団員が加勢した事もあり。

後は一方的な展開になった。

イルちゃんの魔剣が、次々と獣の頭や喉をつらぬき。

キルシェさんの周囲に浮かんでいる球体が光の魔術を展開し、敵を焼き払っていく。

更に追い詰めた獣も片っ端から狩る。

あの砂塵に紛れて、多くの人々を殺してきただろう獣たちも。

今、逆に狩られる側に廻り。

悲鳴を上げて逃げようとする所を。

容赦なく背後から斬り倒された。

戦いは程なく包囲戦から掃討戦に移行。

追い詰められた敵に、イルちゃんが爆弾を放り込み、まとめて駆除する。ドラゴンを滅ぼした後の戦いは、むしろメインディッシュより長引いたけれど。それでも、負担はぐっと小さいように見えた。

最後にアリスさんが少しだけ加勢したが。

その時にはもう戦闘は終了。

谷にまで自警団員が出向き、獣の死骸を回収してきていた。

そして回収した獣は全て吊して解体を開始する。

剥ぎ取った毛皮はそのまま売り物に出来るし。

肉は燻製にして保存食にする。

内臓なども食べられる部位は活用するし。錬金術に使えそうなもの。例えばネームドから取れた深核などは、皆で分配する。

フロッケの新しい長老とグラオ・タールの長老が握手をしているのを横目に。わたしはノルベルトさんと、救援に来てくれたキルシェさんに頭を下げる。

「助かりました」

「いや、役に立って良かった。 砂塵が晴れるのが、此処からも見えたよ」

「どうせなら、私も呼んでくれれば良かった。 改良した」

「まあ、あんたなら出来たかもな。 意地を張らずにそうしておけばよかったかも知れんな」

むっとした様子のキルシェさんだが。

何となく腹を立てている理由は分かっているので。ノルベルトさんに耳打ち。ああそうかと頷いたノルベルトさんは、レシピをキルシェさんに、今回の増援の礼だと言って渡す。見る間にキルシェさんは機嫌が良くなった。

すぐにレシピを解析したのか。

頷いて、それで戻っていく。キルシェさんが戻るのを見て、フロッケの新しい長老も、慌ててそれに従って帰って行った。

フロッケはもう大丈夫だろう。

グラオ・タールの自警団員のために、傷薬を放出する。

在庫はまだまだあるのだし、今回の作戦に参加してくれたことにはとても大きな意味もあった。

此方からお薬を提供するのは当たり前の話だ。

かなりの大軍を相手にしただけあり、相応に被害は出ていたが。

それでも、致命的な怪我をした人は少なく。

更に、かなり危険な状態だった戦士も、黄金色の葉をベースに作ったお薬を惜しまず使った事で持ち直した。

どうやら、人的被害は出さずに上級ドラゴンを仕留められたようだ。

そう思うと。

色々と嬉しい。

これで、周辺の状況も一段落だろう。後はエルトナの側にいる邪神だが、あれは人間に興味も見せないし、近付かない限りは何もしてこない。実際、近くでエルトナの拡張工事をしているのに、動きを見せているという話もない。

邪神というべき存在ではなく。

本来の意味での神、なのかも知れない。

だとすれば、戦う意味もないだろう。

ようやく。

これで、わたしに出来る範囲内の問題は、一通り片付いた、と言う事だ。

ノルベルトさんに手を振って、この場を後にする。

お姉ちゃんは何か言いたそうにしていたが。まあ、時間はある。ゆっくりとその内、親子として互いを認識出来るようになって行けば良いはずだ。

多少ふらつきながらも、装甲船二番艦はフルスハイムに到着。

フルスハイムでも、あの凄まじいきのこ雲は目撃されていたらしく。

更にかなり揺れたらしい。

港のドッグに入った装甲船の惨状を見て、カイさんは形容しがたい笑みを浮かべて、大騒ぎだったと教えてくれた。

案の場だが、すぐにレンさんのアトリエに呼ばれる。

どうやら、ここからが本番というか。

内憂外患を処理する中。

外患は終わったが。

内憂をこれから片付けなければならないようだった。

 

4、大いなる力へ

 

無惨な姿になった上級ドラゴン、ロギウスの残骸を装甲船から引っ張り出す。グラビ結晶を用いないと、運び込む事も出来なかったし。運び出すことも出来なかった。

凄惨なドラゴンの死体を見て、その巨大さと無惨さにフルスハイムの重役達は恐れおののく。

わたしはドラゴンの鱗がハルモニウムの材料になる事。

体内からは竜核と呼ばれる貴重な素材が入手できる事、などを説明すると。

実際にその場で、皆に手伝って貰って解体を開始。

そして鱗の一部は、フルスハイムに譲渡した。

これは装甲船を使わせて貰った礼だ。

竜の鱗がどれほどの価値があるものなのかは、レンさんが証言してくれる。重役達も、そんなものを気前よく提供されれば、黙らざるを得ない。

今回の作戦は危険な内容で。

しかも今の時点で、潜在的な危険に過ぎなかったドラゴンを殺しに行くという事で。内心は反対している重役も多かったようだが。

しかしながら、間近に見たドラゴンの凄まじい恐ろしさと。

何より気前よく飛び込んできた利益。

この二つに、文字通り札束と暴力の両方で殴り倒され。

後は何も文句を言うつもりはなくなったようだった。

残念ながら、湖底の邪竜の時と違って、ロギウスは速攻を選択しなければならなかった事もあり。

新鮮な肉は得られなかった。

鱗の内側は殆ど消し炭。

内臓類も駄目になっていた。

ただし、それでも竜核は無事だったので。竜核まではいらないとレンさんが言ってくれた事もあり。

竜核は三分割して。

わたしとイルちゃん、パイモンさんで分ける。

これだけで、どれだけ貴重な道具が作れるか分かったものではない。

もしもこれ以上の装備品を作ったり。

これ以上の性能の道具類を作るとなると。

恐らくは、邪神を積極的に狩りに行き。その素材を入手するしかないだろう。もしくは世界樹に出向き。命がけでパルミラの「遊び」につきあうか。どちらかに二択になってくる。

わたしは。

更なる力が欲しい。

いずれにしても、今回はこれで解散だ。

パイモンさんは、村の様子が心配だからと、早々に切り上げて戻っていく。アンチエイジングを進めて行くとなると、次に出会うときは更に若返っているかも知れない。それもパイモンさんが選んだ道だ。わたしにどうこう言うつもりはない。

イルちゃんは、話があるそうなので。

宿を借りて、部屋に入ると。

部屋に音漏れ防止のための魔術を掛ける。

何となく様子がおかしいことを悟っているからか。

お姉ちゃんも、それについては何も言わず、干渉しようともしなかった。

イルちゃんは、魔術の展開を確認した後。

大きく嘆息した。

「無駄でしょうけれどね。 一応念のためよ」

「ルアードさんに会ったよ」

「!」

「その様子だと、イルちゃんも前から接触していたんだね」

ぐっと口を引き結ぶと。

イルちゃんは、悔しそうに拳を固めた。

ルアード。正確にはアトミナとメクレット。もしくは本来の姿がルアードで、活動用の姿がアトミナとメクレットなのかも知れない。

ともあれ、イルちゃんの所に、公認錬金術師試験を受ける前から姿を見せていて。

色々重要な所で。

様子を見に来ていたという。

ある時は心を抉るような言葉を投げかけてきたり。ある時は、実験台の状態を伺うかのように話を振られたり。

怖いと思い始めた頃には。

その正体が、とんでも無く危険な存在だと言う事は分かり始めていた。

「私は凡人だけれども、故に頂点を伸ばせる存在だという事をこの間言われたわ。 錬金術師の才能というものは、結局の所ギフテッドに依存しないらしいわ」

「……何となく分かる気がする。 最近なんだけれど、少しずつ鉱物以外の声も聞こえるようになって来たの」

「貴方も」

「そっか、イルちゃんもなんだね」

あまり嬉しくない。

昔は、鉱物が何から何まで教えてくれるのが兎に角嬉しかった。それが当たり前の事だったし、疑問も抱かなかった。

だけれども、何もかも声が聞こえるようになってくると。

最初からそうだった人は。

心を病むのではないかと、思い始めていた。

そして、案の定。イルちゃんは、恐ろしい事実を教えてくれる。

「あのソフィー=ノイエンミュラーは、典型的な全ての声が聞こえるタイプだったらしいわ」

「そうだよね……」

いつだったか、その話をされた気がする。

今なら分かる。

ソフィー先生は、幼い頃から狂気の世界に生きてきた。薄明の世界とでも言うべきだろうか。

周囲に理解者はいただろうが、それも全員ではなかっただろう。

わたしは鉱物だけの声が聞こえて。

しかも両親は理解者で。

お姉ちゃんという最大の味方もいて。

何よりエルトナにとって利益になる存在だったから、生きてこられた。でも、外に出てみてはっきり分かった。

これらの幸運な条件が揃わなかったら。

わたしは錬金術師どころか。

まともな人生を送ることさえ。そう、子供の頃に、もう人生を中断させられていたかも知れない。

勿論錬金術師としての才能という、最低限のスタートラインがなければ、どうにもならない世界だと言う事も分かっている。

そういう不平等極まりない世界だと言う事は、もう諦めてもいる。

だが、だからこそ。

わたしはこの世界と戦わなければならないのだ。

「これからどうする?」

「わたしは、世界と戦うつもり」

「そう……」

「イルちゃんはどうするの?」

きっとイルちゃんも、ソフィー先生に見せつけられているはずだ。この世界が最終的にどうなるか。

人間という存在そのものがまずいという事実も。

ならば、力を持つ者は。

相応の対応はしなければならない。

最悪な事に、人間の可能性は有限。更に言えば、この世界の資源もまた有限なのである。時間は限られている。

ソフィー先生がどうにも出来なかったくらいに。

後進の人間に託して、世界を任せるなんて事は、残念ながら選択肢には入らない。もうそんな選択をしている状況では無くなった。

何もしなければ、世界は確実に詰む。

その確率は100%だ。

ならば、その絶対の壁に。

わたしは穴を穿たなければならない。たとえ、ソフィー先生が、完全に深淵の存在になっていても。

世界の最アンダーグラウンドに関わる事になっても。

どれほど危険な存在かは分かっている。

それでも協力していかなければ、この世界はどうにもならない所まで来てしまっているのだ。

イルちゃんは。ゆっくり、丁寧に説明していくわたしを静かな目で見ていたが。

やがて、小さく頷いた。

「実はね。 私は貴方よりももっと前に、深淵の者と契約を正式にしていたの」

「!」

「何となく見当はそれでついたわ。 深淵の者の凄まじい技術力を見れば、何となく分かったから。 アリス達の出自も、どうして誰も疑問に思わずアリス達を受け入れているかも、ね」

そうか。イルちゃんも苦悩していたのか。

そう思うと、わたしも涙が出てくる。

きっと悲しかっただろう。

でも、アリスさんはイルちゃんのために文字通り命がけで戦ってくれる人だ。ただし、もしもソフィー先生が、イルちゃんを消せとアリスさんに命じたら。その時、アリスさんが逆らえるかどうかは、甚だしく疑問だ。それをイルちゃんも分かっている。だからこそ、苦悩は膨らむ。

涙を拭うと。

頷く。

「わかった、協力しよう。 協力して、この世界のどん詰まりを解消しよう。 でも、ソフィー先生は危ないと思う。 最悪の時には、ソフィー先生に対抗できる力も身につけないといけないと思う」

「そうね。 あの人は本物の魔よ。 神ですら食い殺す深淵そのもの。 もしも対抗するのなら……」

後は、言葉も無い。

言う必要もないからだ。

わたし達も、同じように。深淵の力を手に入れるしか無い。

だが、深淵を覗き込めば覗き返される。

ソフィー先生は元々、凄まじい意思力の持ち主だ。話を聞く限り、何千年単位での繰り返しを考えられない回数こなしている。普通の人間だったら耐えられないし、とっくに諦めている。

だがそんな状態でも、ソフィー先生は淡々平然と世界のどん詰まりを解消するために、あらゆる手を模索している。

人材を収集しているのもその一環だろう。

自分だけの視点では、解決できない問題もあると理解しているから、他の人材を得ようとしている。

例え自分に逆らい。

或いは決定的に相容れない人材であっても。

わたしも、力を得るとしても。

ソフィー先生のコピーになってしまっては意味がない。

最悪の場合はあの人を止め。

そして自分の意思で最善手を模索していく。

そんな存在にならなければならない。

人間であることに、もう未練は無い。アンチエイジングを行う事に抵抗は無いし。何より人間の醜さはもう散々見尽くした。

イルちゃんがもう一つ溜息。

「それで、貴方は何になるつもり」

「? どういうこと?」

「世界に対してどう接していくか、と言う事よ。 新しい価値観を創造していくのか、それとも既存のものを壊して新しいものが発生する余地を模索するのか。 聞かれたんでしょう、ルアードに」

「ああ、それならば決まっているよ」

わたしは即答。

わたしはこの世界の。

破壊神になると。

破壊の後にしか創造は生まれない。この世界はどん詰まりになっている。ならば、既存のルールを破壊しなければならない。

わたしは、破壊神となる事で。

その世界のどん詰まりを解消する。

イルちゃんはそれを聞くと、頷いた。

「そう。 ならば私は、貴方とは逆の道を行くわ。 新しい力と価値を、無から創造していくつもりよ」

「うん。 それならば、互いに上手に連携すれば、効率よく世界を変えられそうだね」

「そうね……」

頷くと、部屋を出る。

どうせソフィー先生は聞いていただろう。あの人ほどの存在になると、もう今のわたし達ではどうにもならない。

ソフィー先生は恐らくだが、世界の管理者であらんとしている筈だ。

そして他の思考、価値観をもつ人材を欲している。

それならば、わたしは。

破壊を統べるものとなる。

既存のルールの問題点を破壊し、どん詰まりの世界に穴を開けるための者となる。それを破壊神というのなら。

わたしはこれから破壊神だ。

イルちゃんも悩んでいたのだろう。創造神の実態を見てから、この世界のどん詰まりぶりを、身を以て感じられたからというのもあるだろうし。何より、ソフィー先生やルアードに言われたのなら、なおさらだ。

宿を出るとき、イルちゃんの顔は見えなかった。ただ、わたしと同じで、もう目は濁りきっているだろうとも思った。

お姉ちゃん達と合流。

イルちゃんと一旦別れる。どうせまたすぐに連携する事になるし、そろそろ空間関連の錬金術を学ばなければならない時期だ。

そしてエルトナの方で、色々と処置をしなければならない。

もしもこれ以上グダグダわめき散らすようなら。

長老も重役達も。

皆殺しにすることを、視野に入れなければならないだろう。

皆のためになる事を推進しているのに、自分達のためだけの利権を求めて騒ぐような輩など、匪賊にも劣る。

勿論、そうならないように努力はする。

最悪、洗脳してしまうのも手か。倫理に欠ける上に、社会の上層に立つ相手に。倫理で応じる理由など無い。

お姉ちゃんは何も言わなかった。

わたしに何かあったのか、悟っているのだろうから。

エルトナに戻る旨を皆に告げる。

一通り、周辺で脅威になる存在は排除し尽くした。

錬金術に必要な素材も、充分すぎる程に備えた。

それならば、これからは。

最後の目的に備えて、準備をしていく。エルトナの街を、拠点とするべく徹底的に整備する。

ただ、それだけ。

わたしには、これから。

自由と呼べるものは、存在しない。

 

(続)