新しい太陽の形

 

序、雪山を穿つ

 

装置を起動。

熱フィールドが展開。みるみる雪が溶け始める。

自警団の戦士達が、おおと感心の声を上げていた。ヒト族より獣人族が多い自警団だが。それ故に相対的な戦闘力も高い。

まず、地面がしっかりぬかるむまで溶けるまで待ち。

それを掘り返す。

やはり鉱物の声を聞く限り、かなり土の下に眠っている獣がいる様子だ。眠っている間に死んでしまった獣も多いようで、死体がそれなりに出てくる。

指定の範囲まで掘り進め。

そして、泥になっている土を、一旦フロッケの側に積み上げる。

ここからが本番だ。

土から水分を取り除く。

これに関しては、既にわたしが準備を終えていた。

特に大した事をするわけでもない。

錬金術の道具類。

更にはそれで増幅された熱の魔術。それを用いるだけ。

要するにわたしが作った道具を身につけたフロッケ在住の熱使いの魔術師が、せっせと土を熱して、水分を飛ばしていき。ある程度水分が飛んだところで、元の場所に戻す。

かなり空気を吸っているから、膨らんでいる地面に栄養剤を入れ。

硬化剤で道になる部分を造り。

その下に熱フィールド発生装置を埋め込む。

これについては、壊れた場合のメンテナンスを行えるように、硬化剤に模様を刻み、装置の位置を特定出来るようにしておく。

特定したところで、普通の人間にはこの強力な硬化剤は壊しようがないので、問題は無い。

錬金術師でもなければ、ブチ抜けないほど強固なのだ。

その後は、まずはオスカーさんの指示に従って、周囲の緑化作業を進め。いつものように、雑草から植えていく。

ただ、ここからが違う。

オスカーさんが山中を回って、集めて来た植物たち。

それらを中心に、最終的に植えていくことになる。

流石は専門家。

互いに喧嘩しない植物を選んで植えてくれるらしく。その辺りは全て任せてしまって良さそうだ。

方角を方位磁針で念入りに確認し。

測量しながら、少しずつ作業を進めていくが。

基本的に難しい作業は午前中だけにする。

理由はリッチとの約束があるから。

契約通り、リッチは午後から吹雪かせ始める。熱フィールドは吹雪を耐え抜くが、雨は降る。

雨の中作業をすると、やはり体力の消耗もあるので。

此方としても、難しい作業をさせるわけには行かなかった。

一日で、装置二つ分の道を進め。

更に山裾に向けて、路を延ばしていく。

そしてわたしはアトリエから石材を取りだし。それを地面が固まった道の両脇に城壁として建てていく。

この作業に関しては、飛行キットを場合によっては石材に用い。

基礎となる重い石材はそれで輸送し。

しっかり固定してから、城壁を硬化剤でガチガチに固め。

更にプラティーンで要所を補強した。

石材だけだと、雪崩が発生した場合耐えられないのだが。

プラティーンを用いれば、重要な部分での守りは充分。更にプラティーンに魔法陣を書き込むことによって、城壁の強度そのものを十数倍に強化する。

これが、錬金術で出来る出力強化。

魔術師では超えられない壁だ。

流石にドラゴンのブレスを浴びて耐え抜けるかは分からないが。

この城壁の外側にも植物を植えることで、ドラゴンの攻撃を躊躇わせる。

ドラゴンは人間を殺すことには特化していても。

環境を破壊する事に関しては積極的では無い。

故にその性質を利用し。

緑化を二重に活用して。道の外側と城壁の外側に緑化地帯を造り、獣とドラゴン、更に雪崩からもこの道を守るのだ。

勿論道の作成コストは尋常ではなく。

作業そのものも、今までに行って来た戦略事業に比べると、かなり進展が遅い。

だがそれでも、確実に作業は進んでいる。

わたしも伊達に散々今まで力尽くで道をぶち抜いて来ているわけではないのだ。

途中で案の定仕掛けてくる獣もいるが。

既にハルモニウム製の装備で身を固めているみんなの敵ではない。

少なくともこの辺りの獣は。

どうにでもなる。

禁忌の森の獣くらいのが出てくると、かなり危険なのだけれど。この山は、彼処までの魔境では無かった。

作業を進めていき。

城壁を固め。

緑化作業でまず草を焼き。

オスカーさんの指示通り、山に生えていた植物を移植していく。その際、オスカーさんがかなり細かく注文をつけるので、自警団の人達もかなり困っていたが。しかしオスカーさんの働きぶりについては知っているので、文句も言えない様子だった。

それで良いのだろう。

少しずつ、確実に作業を進めていく。

この道が麓に二筋つながったとき。

フロッケは孤立集落ではなくなる。

優れた公認錬金術師がいる山の街であり。

その技術による特産品も買い付ける事が出来る。勿論拡張性も生じるから、人も移り住んでいく。

吹雪く山の中だから、少し危ないかも知れないが。

不足している資源は現時点では存在しないし。

オスカーさんが山中から集めて来た植物の中には、なんととても珍しいリンゴや、美味しい実をつける木もあるそうで。

それらは今後、オスカーさんが定期的に様子を見に来て。

しっかり世話をしてくれるという。

新しい特産品になるのは。

ほぼ間違いない、ということだった。

味が良いと言うだけではなく、寒冷地で育つ事を前提としているリンゴらしく。

強い魔力で木としての身を守っているそうで。

当然のことながら、実も魔力をふんだんに含んでおり。

素材としても非常に有用だそうだ。

ギフテッド持ちは有利だ。オスカーさんも、そういう意味ではとても世界のためになる。

そして今、フロッケにはギフテッドもちのオスカーさんとわたし。神童であるキルシェさんもいる。

事業の成功率は高い。

ただ、問題はある。問題というか最大懸念事項だが。

やはり緑化が途上の状態で、ドラゴンによる襲撃が起きた場合が一番危ない。

一体だったらどうにでもなるが。

複数体が同時に来たら、どうしようもない。

その時は、兎に角各個撃破するしか無いのだが。それでも多くの犠牲が出ることだろう。

イルちゃんとパイモンさんがいればあるいは、とも思ったが。

今更作業に参加して貰う訳にもいかないだろう。しかも、ドラゴンはずっと丸まっていて、こっちに興味を示す様子も無い。

そんな状態で、保険を掛けておく意味もあまりない。

さっさと作業を終わらせ。

ドラゴンも必要ないなら刺激しない。

それでまったくかまわないのだから。

そうするだけだ。

「地盤が緩いぞ、気を付けろ!」

「おう!」

「排水はどうする?」

「下流に流すしかないな。 後で熱ドームを拡大したとき、まとめて掻き出すしかねえ」

声が飛び交っているが。

実際足下は緩く。

屈強な獣人族の戦士達でも、土木作業に四苦八苦しているのがわかる。

わたしも崩すのはさほど苦労していないのだけれど。

汚れるのは避けられなかった。

最前線で働くのが、わたしはどうしても性にあっている。

一旦必要な分まで掘り返すが。

その間に荷車を何度も行き来させ。

泥だらけになり。

更には土を埋め直しては適切に乾燥させ。緑化作業を順番に行っていく。

その際、木を直接持ってくるオスカーさんが、色々と注文をつけるので。アングリフさんがいちいち自警団と折衝しなければならなかった。

大変だが。

それでもこの雪山を、自在に通れるようになると思えば楽なものだ。

泥だらけになりながらも、少しずつ街道を作り上げていく。

地盤がユルユルで不安になる箇所は、石材などで補っていく。

いくらでも石材ならありあまっているのだ。

途中でクレバスにぶつかる事もあり。

その場合は、鉱石を取り終えた岩の破片などを、どんどん流し込んで、無力化していく。

泥の適切な乾燥は、後方で魔術師が行い、管理はキルシェさんがやってくれているので。

わたしは最前線で泥まみれになって働けば良い。

黙々と作業を続け。

三つ目の熱フィールドを設置。

四つ目を設置した頃には。

最初の作業地点では、草が生え始め。

それを焼いて肥料にし。

オスカーさんが持ち込んだ木を植え込み。更に、低木の苗を植える作業を、着々と進めつつ。

わたしが提供した錬金術の装備を身につけた自警団員達が、わたしの指示した通りに石材を積み。

雪崩を防ぐための壁も作り始めていた。

わたしは最前線で泥を掘り返しつつ。

時々とって返しては、壁を錬金術で補強。

また、壁の積み方がまずい場合は。

直接指示し。

自分でも動いて、作業を的確に進めていった。

この手の戦略作業は、散々やってきた事もある。此処まで前提条件が悪い作業は初めてだが。

それでも、経験が全く無いというわけでもない。

今回の作業は、獣がそれほど襲いかかってこないという意味で、比較的マシだし。

何より、ノウハウがあるので、其処まで状況も厳しくない。

城壁の強化に関しても、わたしは散々ノウハウを積み重ねているので。これに関しても大して苦労はしない。

問題はプラティーン鉱石を大量に消耗することだが。

これに関しては、元々手が空いたときに散々プラティーンを生産してきたこともあるし。

何よりライゼンベルグへの道を作るときに。

原石は嫌と言うほど入手した。

コンテナにはまだまだ唸るほど入っているし。

ツヴァイちゃんの話によると、この道を七〜八倍延長したところで、鉱石が足りなくなる事は無いそうだ。

午前中に計画的に作業を進め。

午後には戻ってアトリエに入り。

まずは体を綺麗にしてから、調合。

プラティーンのインゴット作成にしても、石材の加工にしても、勉強にしても。それこそやる事などいくらでもある。

順番にチャートに従ってタスクを処理していく事に関しても。

カルドさんが組んでくれるので。

それに沿って作業をしていけば良い。

また空飛ぶ荷車のおかげで。

ぬかるんだ泥を、足下が緩い中で輸送することも苦労する事は殆ど無く。

勿論事故になることもまずなかった。

それに、コンテナがどれだけ底なしに資源を飲み込むとは言え。

石材や砂などは、流石に使えるときには使って、在庫を適当に整理しておきたい、という本音もある。

料理はお姉ちゃんとカルドさんに任せるが。

アングリフさんは作業を一旦停止する午後も現場を視察に行き。

自警団の人達と、額をつきあわせて話し合いをしていた。

重要な話になると、わたしとキルシェさんも呼ばれる。

多くの場合、守りがまだ甘い場所をどうするか、という件で。

実際問題、作業中に強力な獣に襲われた場合、被害が尋常では無くなる、というのが理由だ。

見張り櫓を幾つか作るにしても。

雪で視界が最悪。

そこで、何か工夫をして欲しいと、アングリフさんに言われる。

「魔術で補助をするにしても、遠距離からの攻撃なんかに耐え抜くのは厳しいからな」

「見張り櫓をプラティーンで固めるのは」

「泥棒が出るかもしれねえぞ」

「見かけ上はプラティーンを露出させない方向で。 後、ガチガチに硬化剤で固めてしまいます」

ふむ、とアングリフさんは頷く。

防御はそれで良い、と言う事なのだろう。

そうなると攻めの方だ。

「後は視界の確保だな。 猛吹雪が続くことを前提として、獣の接近を察知し、更に迎撃する手段がいる」

「ブリッツコアを提供します」

「ブリッツコアか」

「はい。 試作段階でたくさん作りましたので、街道に近寄ってくる獣がいるようなら警告で雷をドカンと行くようにします。 ただ問題は雪の中にいる獣をどう察知するか、ですが……」

ちょっと考えた後。

キルシェさんに相談しに行く事にする。

キルシェさんが戦闘で使っている拡張肉体。

あれは恐らく、敵の位置を自動で察知して動いている。

その技術を使わせて貰えるのなら。

すぐに席を立つと、キルシェさんの所に。

其方は其方で大変そうで。運び込まれた大量の泥を、魔術師が乾かし。キルシェさんが、排水の補助をしていた。

自動荷車を用いて、水を熱フィールドの外に捨てに行っているのだが。

これが水を自動でくみ上げる装置を使っていて。

全自動化されている。

ただ。時々監視をしなければならない様子で。

キルシェさんが、機械の様子を時々見に来ている。

其処で、軽く話す。

そもそも、壁の外側も緑化するので、作業中の処置で良いと言う話では一致しているのだが。

キルシェさんも、こう視界が遮られた状態で作業をするのは危険だと感じていたらしく。

幾つかの案を出してくれた。

「どの道吹雪の中から匪賊が襲撃してくる可能性も考慮しなければならなかった。 それに話はついたとしても、リッチも完全には信頼出来ない」

「何か妙案はありますか?」

「……あるにはある」

拡張肉体を展開するキルシェさん。

球体が六つ。

相互補助をしながら、攻防共にこなす便利な品だ。

「これの簡易版を、常時見張り櫓の上空に展開する。 拡張肉体は相手を魔力と生命力で総合判断している」

「敵意有りと判断したら、ブリッツコアで一撃、と連携できますか?」

「出来る。 ただちょっと難しい」

レシピを見せてくれたので。

せっかくなので買い取る。

拡張肉体の技術はまだまだだし。

いずれ使いこなせるようになりたい。

それならば、今覚えてしまう方が良いだろう。

アトリエに戻り。

アングリフさんに説明。

そして、早速レシピを読み始めるが、尋常ではなく難しい。

ようやく理解出来る、というレベルだ。やはりまだまだ、キルシェさんはわたしより高みにいると判断して良い。

「どうにかなりそうか?」

「何とかしてみます」

いずれにしても、獣も雪の中で視界が利かない状況なのだ。

襲撃をしてくる場合は、余程特殊な獣か。

或いはドラゴンなどの規格外だろう。

むしろ約束通りまめに晴れさせているリッチによって。

視界が晴れている、午前中の方が獣が来るケースが多い。

それを考慮すると、其処まで神経質になる事も無いかも知れないけれど。いずれにしても、手は打たなければならない。

カルドさんに言って、タスクを増やして貰う。

作業はどれだけやっても、やってみないと分からない点が出てくる。

常に完璧に予定通りにはいかない。

そういうものなのだ。

だから、その辺りはある程度諦めて、タスクが増えるのも計算して作業をしていかなければならない。

それが多数の戦略事業に関わってきた、わたしの結論だ。

黙々と作業を続け。

五つ目の熱フィールドを設置。

二十の装置の内五つ目だが、まだまだ総合的に作業を見ると二割も進んでいない。

土木作業を続け。

疫病などが発生したり。地下にいる獣の奇襲を受けないように気を付けながら。順番にタスクを処理していく。

自警団の戦士達の疲弊にも目を配る。

疲れていると、とんでも無い失敗をすることがあるのは、誰だって同じ事。

戦闘慣れしているフロッケの戦士達だって、それに代わりは無いだろう。ましてや今回の作業は、色々な意味で人夫を入れられない。

またわたしも、堅い鉱山を文字通り崩すのは苦手ではないのだけれど。

柔らかい泥土を他の人の何十倍、というスピードで掘り崩すのは、そんなに楽じゃあない。

何処を崩せば簡単にいくか、というのは分かるけれども。

泥水は、それ自体が処理も大変だし。

何よりこの辺りは、ずっと雪が降っていたこともあって、土もかなりひねくれた性質をしている。

声が聞き取りにくい。

掘り出すのも、いちいち一苦労だった。

額を拭うと、それだけで顔が泥だらけになる。

お姉ちゃんが警告の声を上げ。

ドロッセルさんが即応。斧を投擲して、此方に全力疾走してきていた大型の猪の頭に突き刺す。

流石にハルモニウム製の刃。

斧は猪の頭を割るどころか、胴体にまで食い込む。

すっころんだ猪は、その場で倒れて。戦士達が、此方に引きずって来て、捌き始めた。

さあ、作業作業。わたしは、猪の処理は皆に任せて。ひたすらにつるはしを振るい続けた。

 

1、泥との戦い

 

フロッケがかなり遠くに見えるようになってきた。

元々空を飛んで行き来していた雪原だ。

実際に足で歩いてみると。それが如何に過酷なのかもよく分かる。

昔、公認錬金術師がいなかった時代は。フロッケは、姥捨てまでしていたそうだが。

この寒い中で力尽きていった人達は、さぞや辛かった事だろう。

わたしは泥を掘り返しながら、ふと気付く。

泥土に警告を受けたのだ。

「全員下がって!」

「お、おうっ!」

働いていた自警団員達が、脱兎で下がる。わたしのギフテッドについては、皆見て知っているのだ。

だからこそに、その警告は強い意味を持っている。

一瞬置いて、どっと泥土が崩落を開始し、わたしがいた辺りを派手に埋めてしまった。

少し退避するのが遅れたら、大変な事になる所だった。

元々この辺りは地盤が極めて緩かったらしく。

其処に熱フィールドが持ち込まれたものだから、泥土化した地盤が一気に崩れた。それが今の事故の要因らしい。

わたしは何とか難を逃れたが。

鉱物が警告してくれている。

まだ崩れる、と。

充分に距離を取ると。

わたしは固唾を飲んで見守っている自警団員達を、もっと下がらせた。

「リア姉、ちょっと刺激をあの辺りに与えてくれる?」

「矢を撃ち込めば良いのかしら?」

「うん。 良い鏃を使わなくていいから」

「分かったわ」

既に地盤がしっかりしている所で踏ん張ると。

お姉ちゃんはぎりぎりと愛用の弓を引き絞り。

「矢を当ててから」「放つ」。

弓の技量が上がってくると、矢を放ったときには既に当たっているらしいが。お姉ちゃんも散々化け物レベルの敵と戦い続けたのである。既にその技量には到達しており。それどころか、特に意識しなくても当てることが出来る様子だ。

しかも、今の火力であれば、千歩ほど先の敵の額や目(勿論移動している相手)に直撃させることも出来ると言う。

いずれわたしもそれくらいの自衛力を身につけたい所だけれど。

わたしは、武勇にはやはりそれほど自信は無い。

いずれ自衛できる武勇を身につけたい所だけれど。

流石にそれはまだまだ先だろう。

ともあれ、今のお姉ちゃんの射撃で、更に激しく泥土が崩れ。

どっと今まで掘っていた場所を埋めてしまった。

「やれやれ、掘り直しか……」

「……」

「錬金術師どの?」

「いや、もう少し待ってください」

まだだ。もう一段階変化が起きる。

その予想は当たる。

鉱物というか、泥土が教えてくれたからだ。

どっと、陥没する泥土を見て、自警団の戦士達がおののきの声を上げた。

クレバスになっていた場所に、泥土がバランスを崩して流れ込んだのだ。泥水も、凄まじい勢いで流れ込んでいく。

これは、危ない。

頷くと、わたしは。

空飛ぶ荷車で慎重に近くまで行き、何度かつるはしを振るって、更に崩れるところは崩す。

今日のタスクは大幅に遅れるが。

人命には変えられない。

元々泥まみれの場所なのだ。こういう事態が起きることは、最初から想定していたし。それによる被害を防ぐためにわたしがいる。

安定するように、崩せるところは徹底的に崩してしまい。

更にアトリエから砂や石材を取り出すと。

どんどん必要な箇所に放り込んでいく。

雪が降り始め、吹雪になる。熱フィールドの中では雨が降り始めるが。

これ以上地盤が状態をこじらせると厄介だ。今日に関しては、このまま作業を継続する。

空飛ぶ荷車を複数だし、石材を持ってきて貰っては、わたしが直接投げ入れる。

本来は持ち上げることも難しい重さだけれど。

改良に改良を重ねている錬金術の装備類のおかげで、身体能力が極限まで上がっているから、持ち上げるのは難しくないし。難しい場合はドロッセルさんに手伝って貰う。

雪が降り始めたからか、獣の襲撃は止んだが。

その代わり、雨が体力を容赦なく奪っていく。

一段落した所で、即時撤退をアングリフさんが指示。

わたしも素直にそれに従った。

アトリエに戻る。

働いていた戦士達も、わいわいと戻っていく。

予想以上にトラブルが多いが。しかしながら、作業開始前から分かっていたことだ。作った道は、しっかり守りを固めれば良いのであって。その守りを維持していけば、やがて結果を伴ってくれるはず。

そう信じる。

わたしに鉱物は嘘をついたことがない。

オスカーさんの話によると、植物に嘘をつかれたことはあるらしいのだけれども。

それは相手に悪意がある場合。

鉱物には悪意も何も無いので。

多分その辺りは、心配しなくても良い筈だ。

わたしは嘆息すると。

体を綺麗にして、手を洗い。その後は、ヒト族用の栄養剤を飲む。

これは雨を浴びて体力を消耗したからで。風邪などを引くと厄介だからだ。

この栄養剤は兎に角まずいのだが。

それでもしっかり飲んでおかないと、体を壊す恐れがある。

食事はレヴィさんが用意してくれたので、有り難くいただく。その時、不意にレヴィさんが話を切り出した。

「前に鍵を修復して貰った事があっただろう、フィリスよ」

「あ、はい。 覚えてます」

「実はな、あの鍵が封じているいにしえの宝がどうも分かったようなのだ」

「本当ですか?」

大仰にレヴィさんが頷く。

黒マフラーに黒い剣(どっちも作ったのはわたしだが)。

美学で身を固めたレヴィさんは、やはり何というか、大げさに喋る。

「いにしえの宝こそ我が求めるもの! やはり手に入れたい!」

「どこにあるんですか?」

「うむ、それがな。 実はこの古文書によると……」

見せてくれるのは。

いかにも胡散臭い古文書だ。

ただし、見聞院から借りてきたものを、レヴィさんが自分の美学で写し取り、それっぽく作り上げたものだと説明される。

つまりレヴィさん。

古文書っぽいメモを自作したのだ。

そしてそれを自分で古文書と言い張っているのである。

流石にカルドさんが目の色を変えたが、抑えてとわたしが視線で告げる。

カルドさんのような人にしてみれば、レヴィさんの所行は、許されざる蛮行なのだろうから。

「ライゼンベルグの北、世界樹と呼ばれる木あり。 其処に創造の乙女眠り、宝を保持す」

「聞いた事がありますね。 ただ彼処は、閉鎖的なコミュニティを作っている獣人族が、他の種族の侵入を防いでいるそうですよ」

「うむ。 其処で交渉して、宝を開けに行きたいのだ」

「交渉って、ムチャクチャな……」

そもそも、四種族が力を合わせて生きているのがこの世界だ。

そんな状況で、獣人族だけでコミュニティを作っている、というだけでそもそも色々と問題がありすぎるし。

何よりもどうしてあの鍵が。

そも宝に一致すると。

説明を順番に聞いていくと。

あの鍵は、そもそもその創造の乙女の文様を刻んでいるらしく。

更に言うと、宝そのものは、別に珍しくもないらしいのだ。

創造の乙女と言えば、確か教会で信仰している神様で。邪神では無いとされている、珍しい信仰対象の筈。場所によっては創世の乙女とも呼ぶらしいが、まあそれはどうでもいい。

色々と前提からしてそもそも無茶苦茶だ。

わたしは頭を抱えたくなるが。

ともあれ、レヴィさんは試してみたいらしい。

ただ。世界樹の話は聞いたことがあるし。

その麓には貴重な素材が山のようにあるという話もまた聞いている。

それならば、一度交渉を持って、麓に行ってみたいという欲求も確かにあるのも事実だ。

レヴィさんは無茶苦茶を言っているが。

だが、それは仕方が無い無茶苦茶でもあるだろう。

「分かりました、機会があれば」

「うむ……」

レヴィさんの料理は美味しい。

それに今まで色々と守りという点で、戦力の主軸を担ってくれた。

かなり危険な場所のようだが。

しかしながら、行ってみる価値はあるかも知れない。

それに、だ。

そもそも装甲船の改造と、それに関する試運転を試したいとも思っていた。

空を飛ぶだけではなく。

彼方此方に高速で飛んでいくことが出来る。

もしそうなれば。

わたしは錬金術師として、最高ランクの足を持てる事になる。

勿論空を舞う獣に襲われる頻度も増えるかも知れないが。

それは逐一迎撃して行けば良いだけの事だ。

ともあれ一休み。

幸い風邪は引かなかったが。

翌朝、ツヴァイちゃんから報告を受ける。

「お姉ちゃん。 石材を見境無しに運び出した結果、ちょっと在庫の再確認が必要になっているのです」

「ごめん、頼める?」

「いえ、それは問題はないのです。 ただ、問題が発生しました。 あまり石材に価値が無いのは分かっているのですが、今まで無造作に積み上げていた石材が、かなり無茶な配置になっていて……」

言われたまま、様子を見に行く。

なるほど、几帳面なツヴァイちゃんはこれでは腹を立てるかも知れない。

文字通り山を幾つも飲み込んだコンテナだ。

その奥行きの果てには、大量の棚と、膨大な物資があるが。

石材は、それこそ十把一絡げで、棚に突っ込まれている。

それを見境無く取り出した結果。

歯っ欠けだらけになっていて、非常に見栄えが良くない。

勿論見栄えだけでは無い。管理という観点からも、これは確かに非常によろしくないだろう。

そういえば、このコンテナの中。

今更だが、もの凄くひんやりしている。

肉が痛まない訳だ。

何というか、何か違うと言うか。肌でびりびりと、感じるのである。

棚に色々細工がされているのは知っているが。

それ以前に、何かもっととんでもない仕掛けがしてあるのでは無いのか。そう思えても来る。

「これから、石材を取り出すときは、私が管理して良いです?」

「ごめんね。 お願いするよ」

「分かりましたのです」

数字の管理に関しては、ツヴァイちゃんはそれこそ本職中の本職だ。全てを任せてしまうのが何もかも無難と言えるだろう。

作業に戻る。

昨日の惨劇の後は、だいぶ状態が落ち着いていたが。雨水も溜まっているし、うんざりした様子の自警団達が、どうしたものかと立ち尽くしていた。

わたしはスポンジを取り出すと、まずは水を吸い出す所から開始。

更に、まだ崩れる可能性がある箇所を、全て処置してしまう。

丸二日こうして作業予定が遅れたが。

人が命を落とすことに比べたら、何でも無い。

作業は粛々と続いた。

 

Y字路を作る予定の地点まで作業を進めた時点で、わたしは一度エルトナに戻る。

面倒な事に、エルトナを放置はしておけないのである。

その間、二日ほど作業の進展を中止して、緑化作業に専念して貰う。

専門家であるオスカーさんも、流石に此処まで条件が特殊だと、色々と大変な様子で。時々わたしの所に、あれが足りないこれが足りないと、かなり難しい栄養剤を要求してきた。

レシピも貰ったので作ったが。

それだけで相当な時間をロスしたし。

今までに無い栄養剤だったので、相当に苦労もした。

ともあれ、現地はオスカーさんとフロッケ村の戦士達に任せ、エルトナに。

エルトナで素早く作業を終わらせると。

白眼視してきている長老と重役達に、フロッケ村での作業の進捗について話をしておく。長老は昔の素朴な人柄を捨て去ったかのように、冷徹かつ皮肉混じりに言うのだった。

「そんな遠くの雪山で働いて何の意味があるのかね?」

「フロッケは多くの特産品を抱え、神童とまで呼ばれる近隣屈指の公認錬金術師がいる場所です。 そんな公認錬金術師でも出来なかった麓への安全経路の確立。 これを成功させれば、その意義は非常に大きい。 エルトナの名は上がり、ますます発展するでしょうね。 ……わたしがエルトナにいればですが」

「……」

「戦略的な事業は、短期的には効果が見えにくいものです。 大人である貴方たちなら、分かっている筈です」

そうわたしがきっぱり切り捨てると。

後の反論は無かった。

何というか、非常に虚しいが。

だが、それでもこうやって、毎回論破していかなければならないのは大変に面倒くさい。

如何にソフィー先生の派遣してくれた人達や、ティアナちゃんが見張ってくれているとは言え。

それでも、足下が崩されるのは、油断したときだ。

わたしも分かっている。

あの泥土の道のように。

油断すると、あっという間に足下は崩れてしまう。

そして地盤を失ったら。

何処か別の地盤を作るまで。

相応の苦労をしなければならないだろう。

エルトナに来ているアルファ商会のイプシロンさんに、鉱石を売る。エルトナの水晶は兎に角高品質と言う事で、予想以上のお金で買い取ってくれる。

そしてそのお金は、戦略事業に全て充てる。

わたしの懐に何て入れないし。

重役達に甘い汁なんて吸わせない。

貧富の格差は小さく。

貧しい人も相応に余裕を持って暮らす事が出来る。

それが集落の安定を保つコツなのだと。

わたしは色々な場所を見てもう知っている。

ならばホームレスになるような人を出さず。困っている人は助かり。努力すれば報われ。そして理不尽が横行しないようにすればいい。

少なくともわたしがそう心がけている限りエルトナは理不尽の好き勝手にはさせない。

必要作業を済ませると。

すぐにフロッケに飛んで戻る。

作られている城壁を確認。

何カ所か問題があったので、わたしが直接手を入れる。硬化剤も使うし、プラティーンで補強もする。石材を削って積み直し。更に問題がある場合は一度壊して石材をはめ込み直しもした。

耐久テストもしていく。

ドロッセルさんのパワーは、多分今やアングリフさん以上だが。

彼女に思いっきり城壁をぶん殴って貰う。

獣の首をへし折る彼女のパワーで、城壁は吹き飛ばない。むしろ、ドロッセルさんが痛がる。

それを見せると。

自警団の人達は、拍手した。

「これなら、ドラゴン以外の相手なら、文字通り蹴散らせるな」

「緑化が進めば、ドラゴンに襲われる怖れも無くなる」

頷く。

それで皆が幸せになれるのなら。

それはとても良い事なのだと、わたしは思う。

更に作業を続け。

まずは、フルスハイム東に続く道を作り上げるべく、順番に泥土を取り除いていく。

やはり坂になっている、というのもあり。

作業は非常に問題が噴出しやすい。

十四個目の熱フィールドを設置して、すぐにわたしはそれに気付いた。

水脈が通っている。

困ったことに、かなり地面の下近く。これは、下手な事をすると、大変な事になるかも知れない。

キルシェさんを呼ぶ。

熱フィールドの位置をずらすか検討をするが。

しかしながら、此処からずらすとなると、貴重な素材を使う熱フィールドを、更に複数作らなければならない。

素材が足りるかどうか。

更に言うと、どの道水脈が横断しているのなら。

何処を掘っても同じになるだろう。

やむを得ない。

実際、熱フィールドを展開後。

雪を溶かしてみると、この辺りは川になっている。これを埋め立てるのは、少しばかり問題だろう。

そして恐らく、本来は雪が溶けたときにだけ姿を見せるだろう小魚が。

姿を見せて、ちろちろと泳いでいる。

「橋作る」

「それしかなさそうですね」

意見は即座に一致したが。

これからが大変だ。

まず石材を用意し。

グラビ結晶を仕込む。

また石材は、装甲としてプラティーンで固め。

水源をまたぐようにして、設置する。

グラビ結晶で浮くようにしているので、橋としてはとても軽いのだが。問題は水源の両端の地盤が極めて緩いことである。

更に言うと、橋だけ無防備になると非常に危険。

橋の上にも土を盛り。

其処を緑化して、周囲からの攻撃を防ぐ必要がある。

城壁も作りたいが、流石に橋の上に作るのは構造的に厳しい。其処でオスカーさんに来て貰い、アドバイスを受ける。

少し考えた後。

オスカーさんは、幾つか条件をつけた上で、植物の提供を申し出てくれた。

「すごくデリケートな子達なんだ。 おいらが時々見に来て手入れするけれど、それでいいなら」

「そんな事でいいなら大歓迎」

「此方からもお願いします」

「そうか、じゃあちょっと注文が色々多いが、全てクリアしてくれよ」

まず土からして、普通のものでは駄目だと言われたので、準備する。これについては、先達の錬金術師がレシピを作っていて。

前に案内して貰ったオスカーさんの持っている異空間内にも。

その土で満たされた空間があると言う。

更に温度。

今の熱フィールドを、少し弱める必要があるという。

つまり現状では暑すぎるのだ。

仕方が無い。

それについては、此方で何とかするしかない。

キルシェさんが作ってくれるそうなので、任せる。わたしは代わりに、土の方をどうにかする。

レシピは非常に複雑で。

ただの土とはとても思えない程だったけれど。そもそも極めて限定された条件でしか育たない木らしく。これだけ貴重な木だと、獣も攻撃を即座に躊躇うほどのものだという。

ならば、城壁は必要ないか。

まず橋を設置。

これも地盤から工夫しなければならなかったので、えらい大変だった。周囲に石材を埋め込んで基礎にし。

更にその上に土を盛って緑化できるようにし。

石材そのものも安定性を極限まで高めなければならないため、杭を作ってそれを地面深くに撃ち込み。

それを基軸にして石材を安定させた。

いずれにしても、今回の作業中、最も大変だったかも知れない。

皆の体力の消耗が尋常ではなく。

自警団の戦士達も、此処までする意味があるのだろうかと小首をかしげてはいたが。

しかしながら、橋から釣りが出来る事。

更に、フルスハイム東から入手した魚が高くついていたこと。

此処にしかいない珍しい魚がいる事、などを知ると。

それぞれ納得してくれた。

後は雪崩対策だが。

これに関しては、この橋を雪崩から守るように、城壁を熱フィールドの外側に設置することで対応する。

午前中は雪も降らないのだ。

その間に、さっさと作業を行い。

此方を伺っている獣を時々排除しながら、てきぱきと進めてしまえばそれで良い。

熱フィールド発生装置がキルシェさんの所から上がって来たので。

橋を仕上げつつ城壁も作っておく。

城壁は見る間に雪に埋もれていくが。

雪崩を防ぎ切れればそれで良いのである。

雪崩が起きる場合の、此方に向かうケース。方向、威力、それらをツヴァイちゃんが計算し。

最悪の状況でも耐えられる強度に仕上げてある。

ならば問題なし。

最難関の土木工事が終わり、冷や汗も流れきる。

後は、これ以上の難所は恐らくはないと見て良いだろう。

見ると、川になった水源には、かなり大きな魚も泳いでいる。主とでも言うべきなのだろうか。

取り尽くさないように、注意はしなければならないが。

泥に半ば埋もれながら生きているような不思議な魚だ。多分、余程の事が無い限りは、平気だろう。

次の場所に移る。

もう少しで、フルスハイム東への街道が通じる。

その後は、ライゼンベルグ北への街道も通じさせ。

フロッケは孤立集落ではなくなる。

その時には、フロッケは。

檻の中に閉ざされた雪の集落では無くなるどころか。独自の環境で得られる高品質な素材を提供できる、経済における重要な拠点となるのだ。

少し前に座を追われた長老は。

今は自宅でやけ酒を嗜んでいるという。

既に見る影も無く衰え始めている様子で。

恐らく、長老という座に縋り付くことで、必死に命脈を保っていたのだろう。それがふつりと切れてしまった。

哀れだとは思わない。

長老を追われたときにまき散らしていた醜悪な戯れ言。

わたしはよく覚えている。

フロッケが豊かだろうが貧しかろうが、あの長老にはそれこそどうでも良かったのだ。

それこそ毎年貧しい人間を姥捨てに出す事になろうが。

それでも良かったのだろう。

権力を保持する。

あの長老にとっては、それが全てだった。皆が少しでもマシな生活をする、何てことは一切合切頭に無かった。

麓が見えてきている。

この事業だって、普通の人間にはできっこない。

錬金術師だからできた事だ。

だが、それさえもあの長老には何も心に響かなかった。

自分の利権。

それだけが全てだったからだ。

ああいう人間が。

今後世界を、ソフィー先生が見せたような、本物の地獄へと導いていくのだろう。それだけは、絶対にさせてはならない。

吹雪き始めた。

次の所での作業を、切りが良いところで中止。アトリエに一度戻る。

今まで作った街道は、緑化も城壁もかなり仕上がっていて。吹雪いている今も、雨が降っているだけで、地面がグズグズのドロドロになったりはしない。良い感触だ。壁の方は丁寧に鉱物の声を聞いて、問題が無いかを確認。

ドロッセルさんに頼んで、時々不安なところを押したり蹴ったりして貰う。

それで壊れるようなら、雪崩なんか耐えられる訳も無いのだから。

それで良いのである。

いずれにしても、現時点では不安点は出ていない。

オスカーさんが植え替えた木も、みんな元気に根を伸ばしているようだった。

フロッケに到着。

一旦自警団の戦士達と解散して、定期便が麓に飛んでいくのを見送る。キルシェさんが操縦しているのだろう。吹雪の中でも平気、と言う訳か。

定期便が戻ってくるまでアトリエの中で休み。

その間に数字を処理。

やはり雑にコンテナを扱った代償は決して小さくなく。

ツヴァイちゃんと一緒に、かなりの量の石材を移動しなければならなかった。

丁度良い機会なので、岩山を崩したときに派手に突っ込んだ鉱石も、更に細分化を進めておく。

品質、つまり純度が低い鉱石でも、使い路はある。

あらゆる全てを無駄にしないのが錬金術師だ。

流石に廃棄物はどうにもならないが。

場合によっては、それさえ活用できるという話も聞いている。

さて、もうひとがんばりか。

コンテナの作業は、ドロッセルさんとツヴァイちゃんに任せて、アトリエを出る。

丁度戻ってきた定期便が。

フロッケの、内憂が消えた広場へと、降り立つのが見えていた。

 

2、花と岩

 

フルスハイム東側の、最後の熱フィールド発生装置を展開。

見に来ていたフルスハイム東の自警団員達が、おおと喚声を挙げた。もう見える所まで戦略事業の土木工事が来ていたのだ。

これまでも、吹雪が収まっているタイミングや、それに定期便でフロッケに来ている人は知っていただろうが。

目に見える形で雪がみるみる溶けていく様子は。

それは衝撃的だろう。

フルスハイム東に来ていたオリヴィエさんが、自警団員に指示を出して、獣の襲撃を警戒させる。

人が集まっているのだ。

不意を襲おうとする獣はいてもおかしくない。

見た感じ不慣れな戦士が目立つが。

多分実戦経験が少ない、戦士になったばかりの者なのだろう。

土木作業を開始。

既に泥土は、わざわざフロッケに運ばず、フルスハイム側の荒野に押し出せば良い。いずれ再利用するのだし、なにしろ荒野だ。泥土を置いても、特に問題など発生しないだろう。

せっせか泥土を掘り出すわたしをみて、オリヴィエさんは手伝いを申し出るのではなく、獣を遠ざける作業に終始してくれている。

この辺りは手慣れていて有り難い。

わたしがこの手の作業では十人分、いや二十人分の働きをすることを理解しているし。

何より、此処で危険なのは、働いている者が獣に襲われることだと、一番良く理解しているからだ。

そのまま作業を続けていると。

オスカーさんが来る。

橋の辺りで、問題が起きたらしい。

かなり気むずかしい植物だと聞いていたし、別に驚くことは無い。頷くと、一段落したら行くと告げて、必要量だけ泥土を掘り出し、空飛ぶ荷車に積んで荒野に押し出した。

この麓の辺りまで雪が積もっているのだが、ある一点を超えると不意に雪が消える。

そういう奇妙な場所なのだ。フロッケがある山は。

故に、フルスハイム東からも、見物人が来た訳で。

街道は一応此処まで延びているとは言え。

わらわら人が集まって、獣におそわれでもしたら面倒な事になる。

オリヴィエさんの懸念も当然だと言えた。

一段落するまで四半刻、無心に鉱物が言う通り泥土を崩し続け、泥だらけになりながら作業をする。

「下がってください!」

「おう! みな、下がれ!」

急いで下がるグラシャラボラスさん。

わたしはちょっとだけつるはしで泥土を崩すと、すぐに全力で飛び下がった。

土に隠れていて。

今まで危ういバランスで残っていた大岩が、一気に転がり出てきたのだ。

泥で足が取られるが。

これくらいのはハンデにもならない。

そのままわたしはフルスイングして、ハルモニウムでコーティングされているつるはしの破壊力を岩に見舞う。

ましてや岩も、何処をつつけば崩れるかは、教えてくれるのだ。

ドラゴン戦で致命打を与えたわたしのつるはし捌き。

こんなスローな岩程度に外すものか。

そのまま岩を木っ端みじんに粉砕。

泥と岩の欠片は派手に喰らうが、別にそれは良い。

それよりもだ。

興味深いものが、岩からたくさん出てきた。

完全に氷のようだが。

冷たいだけで、溶ける様子は無い。

気になったので、コンテナに詰め込んでおく。後で調べれば良い。

流石にお姉ちゃんが来て、顔の汚れを拭きなさいと怒られたので、言われたまま泥土から上がる。

後はならし作業。

獣を警戒しつつ。

土を入れて、硬化剤を入れて。城壁を作って。それで街道は完成だ。少なくともこちら側は。

問題はライゼンベルグ側。

彼方は、まだ少し掛かる。何より、山の上の方にドラゴンがいるのが非常に厄介だ。一応ドラゴンの視界には入らないように、ブレスのアウトレンジ攻撃を食らわないように街道を作るが。

それでも、ドラゴンというのは桁外れの生物。

油断は出来ないと判断して良いだろう。

緑化をしっかり仕上げるまでは、絶対に油断する訳にはいかない。

アトリエに戻る前に、橋の方へ。

オスカーさんが、泥だらけだなと笑うが。土いじりのプロであるオスカーさんも、自身泥だらけだ。

「ちょっとこの土、酸味が足りないんだ」

「酸味、ですか?」

「そういうことだ。 植えた植物たちがちょっと酸味が欲しいって言っててな。 でも多すぎると駄目だぜ」

「……分かりました、考えて見ます」

ぺこりと一礼。

酸味か。

酸っぱい果物でも腐らせて植えてみるか。植物にとってはごちそうになる筈だ。でも、ただ腐らせるだけでは駄目で、むしろ錬金釜で発酵するように変質させるべきだろう。ちょっと普段とは毛色が違う作業だが。それもそれでかまわない。

後はアトリエで体を綺麗にすると。

フロッケに戻る。

キルシェさんは流石に作業が早く、もうアトリエに戻ってきていた。

「フィリス、ちょっと問題が起きた。 急いで戻った」

「此方もですか」

「此方も」

大まじめにキルシェさんは頷く。

話によると、ライゼンベルグから役人が来るらしい。つまり国家としてのラスティンの、正式な役人と言う事だ。

この役人が、前の長老とコネがあるらしく。

前の長老が出した手紙を読んで、此方に来るつもりらしい。

わたしはさっと取り出す。

公認錬金術師になったときに、貰った資料だ。

やってはいけないことなどが緻密に記載されている。

現在キルシェさんとわたしがやっているのは、文字通りの国家レベルのインフラ整備作業である。

公認錬金術師の鏡とでも言うべき作業であって。

これに関して、役人に文句を言われる筋合いはない。

そもそも公認錬金術師が不正を犯した場合は、ライゼンベルグでも上位にいる錬金術師が視察に来るらしく。

役人が来るというのは不自然だ。

なるほど、あの長老の最後の反撃、と言うわけだ。

多分嫌がらせのためだけに、己が作ったコネを活用するつもりなのだろう。

「それならむしろ、ぎゃふんと言わせてやりましょう」

「ぎゃふん?」

「ぐうの音も出ない、って事です。 役人が来るのは何日後ですか?」

「フルスハイム東でアルファ商会と話をしたときには、手紙を送った日時から計算して、後四日以内には来る筈」

四日か。

それだったら、緑化は兎も角、城壁までは仕上げられる。

Y字路については別に良いだろう。

途中の緑化も八割方終わっていて、既に安全地帯がかなりの広範囲にわたって形成されている。

勿論歩く分には何の問題も無い。

ただ獣が出る可能性があるので、護衛は必要だ。ライゼンベルグからどんな人が護衛についてくるかは分からないが。一応フロッケからも腕利きを出した方が良いだろう。

「グラシャラボラスさん、頼めますか?」

「おう、任せてくれ」

「後はアングリフさんもお願いします。 レヴィさん、リア姉も頼める?」

「ああ、良いだろう」

見るからに強そうな魔族。

更に歴戦の傭兵。

実際にシールドの術を使える上に、相当な腕前の剣術を誇るレヴィさん。

最高のスナイパーであるお姉ちゃん。

これだけ周囲を固めれば、ちょっとやそっとの獣に襲われた程度では、文字通りびくともする事はない。

問題はドラゴンだが、その監視はカルドさんにやって貰う。

後は、わたしが最後の熱フィールドの部分の工事を、しっかり仕上げればそれでかまわない。

お姉ちゃんが咳払い。

「キルシェさん。 温泉の方はどうなっているの?」

「温泉は特に問題ない。 枯れ木は普通にあるし、何時でも入れる」

「分かったわ。 後で此方で湯加減を確認してみるわね」

なるほど、接待用に準備もしておくというわけだ。

そして温泉にトラブルが起きると問題があるから、先に入って様子見と。

それについては、ツヴァイちゃんが言う。

「入ってみた感触だと、ヒト族には少し熱いのです」

「あ、もう入っていたの?」

「暖かくすると数字管理がはかどるので、湯は好きなのです」

そうか。まだ確か本格稼働はしていなかった、という話だが。

ただ、熱いというのなら好都合だ。

温い場合は調整が大変だが。

熱い場合は、雪でも放り込めばすぐに温く出来る。好み次第で調整が出来るだろう。

そう思ったのだが。

キルシェさんが、咳払いした。

「素材が余ってるから、湯温の調整を出来るように、此方で道具を作る」

「あれ、良いんですか?」

「かまわない。 これ以上、色々皆に迷惑は掛けられない。 そもそもフィリスが来てくれて、土木作業が想像以上にはかどっている。 フロッケの作業は、私がどうにかする」

そう言うのなら、任せるべきか。

流石にキルシェさんがしくじるとは思えないし。

ともあれ、話し合いは終わったので、わたしはお姉ちゃんと一緒に傘を差して、壁を見に行く。

状況は問題なし。

ドラゴンが此方を見ている気配はあるが。

今の時点で仕掛けてくる様子は無い。

それならば、気にしすぎることもないだろう。

嫌な予感がするのは。

役人の方だ。

何かとんでも無いトラップでも仕込んでいるのでは無いのか、不安が募ってならない。

さて、此処からどうするか。

一通り見終わった後。

アトリエに戻り、何かあったら呼ぶように自警団の人に声を掛けてから、軽く眠る事にする。

明日は強行軍になる。

一気にある程度の形にはしたい。

少しでも力を蓄えるためにも、今日はむしろ早めに眠った方が良いと、わたしは判断した。

 

早朝から、土木工事を急ぐ。

荒野に放置した泥土は、良い感触で乾いていたので、これを戻していく。その過程で硬化剤を用い。更に土台とする石材も埋め込む。

道はこれで問題なし。

後は緑化作業だが、これに関してはオスカーさんがさっさと草の種を植えてくれる。残りの日数を考えると厄介だ。栄養剤は少し強めにしようかと悩んだが、まあ其処までする必要もないだろう。

むしろ、普段と違う事をすると。

失敗する事が多い。

わたしはあまり器用な方ではないから、何度も練習して上手くなっていく事を心がける。そして上手くいったパターンは繰り返して使う。

勿論応用も用いるが。

それは応用の理論をきちんと理解した上で、試して使う。

わたしは鉱物関連に関してはギフテッド持ちかも知れないけれど。

例えばソフィー先生のような規格外では無い。

鉱物が教えてくれる以外の事は、この手のインフラ工事では絶対にやらない。

ましてや鉱物が、昔よりも更にはっきり教えてくれているのだ。

それに逆らうのは愚行だ。

土の状態を確認した後。

問題ないと判断。

後は城壁についてだけれども、積み上げた石材がちょっと脆い。鉱物の声を丁寧に聞きながら、細かく直していく。

プラティーンで補強し。

硬化剤を組み込む。

念のため、魔術での防御も掛けておくか。石材に教えて貰うまま、この辺りが良いよ、という場所に強化魔術を掛ける魔法陣を組み込み。それを複数連結させて、城壁を文字通り鉄壁にする。

これで多少の獣のブレスくらいはどうとでもなる。

少なくとも雪崩は防ぎきれる。

見栄えに関しては完璧とは言えないが、だが構造に関しては筋金入りだ。ドロッセルさんに実演でもして貰うか。

雨が降っている。

午後になった、と言う事だ。

今日からは突貫工事をすると告げてあるので、そのまま作業をする。風邪を引かないように気を付けながら、だが。

泥土の状態を確認しつつ。

今まで作った街道についてしっかり見ていく。

それと、Y字路の方も着手するべきだろう。視察に来た役人には、報告書は出すのだから、問題は無い。

ざっと見てみるが、やはり吹雪いている中出るのは危険だ。熱フィールドの発生装置を仕掛けるだけにしておこうかと思ったが、それも止める。此処で危険を冒す意味はない。徹底的にメンテナンスをする。それでかまわないだろう。

オスカーさんが移した植物は大体良く育っているし。後は「もうちょっと酸っぱくして欲しい」を実施するべきか。

アトリエに戻り、参考資料を見る。

栄養剤の項目を確認するが、あまり参考になりそうなものはない。

酸っぱいという現象について調べて見るが。

それについては、錬金術よりも、むしろ機械技術の方に記載があった。

酸とアルカリというものがあって。

どうやらそれぞれが、激しくものに反応するらしい。

何となく有害な酸だけを考えていたが。どうやら人体には、むしろアルカリの方が危険のようだ。

参考資料を見ながら。

幾つか、栄養がありそうな実を中和剤で変質させ。

発酵させてみる。

腐らせるだけだと駄目なケースが多いが。

発酵は有益な効果をもたらす。

錬金術ではそれを加速促進も出来る。

試作品を幾つか作って見たが。あまり良い匂いはしなかった。ただ、植物にとってのごちそうと、人間にとってのごちそうは違う。

ギフテッド持ちのオスカーさんに、幾つか出来たものを見せに行き。

オスカーさんは、すぐに現場に行く。

植物に呼びかけながら、早速試してみるオスカーさんだが。

流石はギフテッド持ち。

一発で正解を引き当てたようだった。

「これが良いみたいだな。 みんな美味しいって言って満足してる」

「良かった。 一つでも正解があって」

「他のもおいらが引き取るよ。 別の植物たちには、それはそれで違う好みがあるからな」

「ありがとうございます」

結構な金額のお駄賃をくれたので驚くが。

考えて見ればオスカーさんは、各地で驚きの緑化作業をしている上、自衛力まで持っている。

生半可な錬金術師より稼いでいる、と考えるのが自然だ。

後は、さっきオスカーさんに言われた肥料を増やして、今日はここまでだ。

アトリエに戻った後は、ゆっくり休む事にする。

その間。

役人をどう「迎え撃つ」かをずっと考えていたが。

結局の所、この辺りはわたしがどうこうするよりも、キルシェさんの采配次第。そして本来なら。

フロッケの人達が、どうするかを考えなければならないのが実情だろう。

元長老は面の皮が厚いというか。

どういう生き方をしたら、彼処まで好き勝手に。

いや、年老いれば衰えるのか。

ベッドで寝返りをうつ。

オレリーさんのように、年を重ねても長老として現役、しかも辣腕というケースもあるけれど。

此処の元長老は、特に目立った才覚も無く。

長老だから利益が欲しいとだだをこね。

挙げ句の果てにフロッケの民がどうなろうと自分だけは良ければいいと考えるにまで至った。

溜息が零れる。

わたしに出来る事は、やはり少ない。

こういうことは、出来る人を側に置いて。

意見を聞くしか無いのかも知れない。

中々寝付けなかったが。無理矢理にでも眠る。明日からも、まだまだやる事は幾らでもあるのだから。

そして案の定。

色々考えていたからか、寝起きは最悪である。

あくびをしながらベッドを出て。歯を磨いて顔を洗って朝食を取る。そういえばこういった衛生観念も、むしろエルトナの外に出てから整えるようになったのだったか。昔はもっと雑だったが、お姉ちゃんに丁寧に指導を受けたんだった。エルトナで生活する分にはかまわないが、外ではこぎれいにした方が良いと。

更に言うと、エルトナでは甘いお菓子なんて滅多に食べられなかったし。

こうやって歯を磨かないと、大変な事になるとも脅されたのだった。

錬金術のお薬が如何に高価か。

それを考えれば、甘いものをいつも食べられるという環境は。

案外罠なのかも知れない。

歯に関しても、病気が進行しすぎると、取り返しがつかない事になることもある。

顔を洗っても、どうしても釈然としない。

だが、アトリエを出るときには。

雑念を取り払っていた。

精神論の問題ではなく。

わたしがミスをすれば死人が出る。

戦略事業というのはそういうものだ。

補助してくれる人もいるが。

それに頼り切るようでは本末転倒。わたしが自力で何とかしなければならないのである。

まずは、フルスハイム東との接合点の作業を実施。

鉱物に声を聞きながら、土の状態。更には、雑草の状態を確認。

壁も問題が無いかを確認し。

細かい問題点を、丁寧に修正していく。

石材を削って埋め込んだり。

プラティーンで補強して。最終的に、何が起きても問題ないように仕上げる。

この辺りになると、雪崩が起きたとしても、勢いはかなり殺されている。実際雪崩が起きていても、山裾まで雪が来る事は滅多にないのを、何度か見ている。

城壁の高さに関しては均一にしているが。

此処は正直な所、其処まで神経質にならなくても良いかも知れない。

お姉ちゃんに声を掛けられて、壁の外側を見に行く。

この壁は獣を防ぐ用途もあるけれど。

本来は雪崩を受け止めるためのものなので。

内側に階段が作られていて、城壁に上がれるように設計されている。城壁の上の幅は、丁度一歩分くらいだ。

滑り止めもつけているので、雨がずっと降っている状態でも、転んで落ちると言う事は置きにくくなっている。

お姉ちゃんに言われて城壁の上に。

そして外側に同じように降りてみて、ああなるほどと納得。

一箇所、妙に土がぐずついている場所がある。

多分だが、吹雪になった時の雨の水が、妙に此処へ集まるようになってしまっているのだろう。

これだと、雑草も生えてこないかも知れない。

「フィリスちゃん、どうするの?」

「リア姉、周囲の警戒をお願い。 ちょっと地形を工夫してみる」

「分かったわ。 皆、聞いての通り、獣に警戒!」

「おう!」

自警団の人達が、さっと展開し。

お姉ちゃんが城壁の上にひょいと飛び乗ると、矢を構え。カルドさんが、側で長身銃を構えた。

他の場所で見張りをしているアングリフさんも気付いたようで、此方に補助要員を何人か回してくれる。

わたしは心強いと思いながら。

周囲の地面を確認。

鉱物と相談しながら。

アトリエから石材を出し。

何カ所かの地面に埋め込んで、水が熱フィールドの外に流れるように、導線を作った。

その後熱の魔術を使える魔術師を呼んで、地面に少し熱を入れて貰い。

水はけを確認した後、オスカーさんを呼んで、また雑草の種を植え直して貰う。

オスカーさんはあまりいい顔をしなかった。

「フィリス、これはお前のミスだな」

「ごめんなさい」

「「雑草」もみんな必死に生きているんだよ。 此処で燃やされるのも分かってる。 その代わり、彼方此方に種を運んだり、或いは子孫を残せると分かっているからおいら達に協力してくれているんだ。 その思いを無駄にしないでやってくれよな」

平謝りするしかない。

植物のことになるとオスカーさんの目の色が変わることは皆が知っているから、誰もそれに対して反論もしない。

勿論オスカーさんの武勇も誰もが知っているから、おちょくるような真似もしない。

雑草も、既に芽が出始めている場所もある。

それを丁寧に避けながら、オスカーさんはきちんと地面を手入れして。

これでよしと、満足そうに頷いた。

「二日後、役人がくるんだっけ? その頃にはヤキを入れて、本命の木を植えられるぞ」

「すみません。 重ね重ね迷惑を掛けて」

「誰だってミスはする。 おいらだって、悪意のある植物に、騙されそうになった事があるからな」

そうか。

そういうものなのだろう。

本人が直に言うと、それは強い説得力がある。

わたしはもう一度頭を下げると。

残りの作業について、進める算段を整えるのだった。

 

3、仕上げ

 

予定通りというのか。

無闇にきらきらしたヨロイを着た護衛数人とともに、鯰髭の役人が来たのは、以前話があった通りの日時だった。

偉そうに滑稽なまでに肩肘を張り。

ふんぞり返って歩いているが。

それで偉そうに見えると思っているのだろうか。

そもそも公認錬金術師がいない街で、統治のために動くのがラスティンの役人だ。

租税を徴収する、何てことは首都ライゼンベルグくらいでしか出来ず。

結局の所、各都市での自治を緩やかに認める、くらいのことしか出来ていないのがラスティンという国の実態。

公認錬金術師の腐敗には、公認錬金術師が動くし。

役人が好きかって出来るとしても、それは小さな街くらい。

幾つかの要因が重なって、昔のフルスハイムのような地獄絵図が到来することもあるようだけれど。

それにしても、役人は所詮役人。

この世界のルールをひっくり返す錬金術師がいる以上。

その存在は、影が極めて薄い、というのが実情だ。

フロッケの新しい長老が役人を出迎えて、笑顔で歓待する。

前の長老が出てくると思ったらしい役人は鼻白んだが。そもそも雪山に入った時点で、驚かされたようだった。

この役人が前の長老と知り合いと言う事は。

そもそも、フロッケには辿り着く事さえ困難であることを、知っていたはずだからである。

それが雪崩よけの頑強な城壁に守られ。

城壁の内側も外側も緑化がされ、或いは現在進行形で進められ。

所々の木にはかぐわしい香りを放つ木の実が。

そして多少肌寒いが、例え他が吹雪いていても、歩いて山頂に向かう事が出来る。その気になれば、馬車で乗り入れることも出来る。

馬車を用意するかと言われて。

役人は歩くと、多少動揺しながら言う。

わたしは出なくて良いと言われたので。影から様子を見ていた。

お姉ちゃんとドロッセルさんが、いい気味だと言い合っている。

「あの役人、相当に面食らっているわね」

「そりゃあそうだよ。 昔のフロッケだと、こんなの考えられなかっただろうし」

「連れている傭兵に見覚えがあるな」

アングリフさんが呟いた。

何でも、ライゼンベルグを中心に働いているそこそこの腕利きだそうだ。まあ、アングリフさんに比べると、はな垂れも良い所だそうだが。

「アングリフさん、見た感じはどうですか?」

「何とも言えないが、ラスティンの側でも監視役をつけているようだな。 ほら、後ろにいるあのホム」

そういえば、ホムの男性が一人。

眼鏡を几帳面に掛けて、一行の中に混じっている。

数字に厳しく。

不正を許さないホムである。

監視役にも適している。

商人としては有能な反面、融通が利かないとヒト族に嫌がられることもあるようだが。それはつまるところ、不正を見逃さない事を意味している。

補佐役としても、その存在は貴重だろう。

そのホムが、発言していた。

やはり口調はホムらしいが。

声はかなり低い。

「この城壁の実際の強度は見られますです?」

「少しお待ちを」

ドロッセルさんが、やれやれと腰を上げると。

大斧を担いだまま出る。

彼女のパワーは折り紙付きだ。担いでいる斧にしても、生半可な戦士がもてる物では無いと、一目で分かるほどのものである。

ずしんと敢えて威圧的に地面に降ろす。

流石に硬化剤で固めている上に、石材でしっかり補強している街道だ。大きいとは言え、斧を置いたくらいでは壊れない。ただ刃がハルモニウムなので、思い切り降り下ろすと被害が出る。

それは分かっているので、ドロッセルさんも、刃が下にならないように、きちんと配慮して街道に置いてくれた。

それでありながら威圧的に重さをアピールするのだから、分かっている。

新しい長老が、ドロッセルさんを腕利きで力自慢の傭兵だと役人に説明しているけれども。

言われなくても、幼児でも分かるだろう。

そのままドロッセルさんは、渾身の蹴りを城壁に叩き込む。

今のドロッセルさんは、わたしが渡している装備類の強化もあって、元とは比べものにならないほど力が強くなっている。

その渾身の蹴りは、人間の十倍くらいの重さの獣の首程度なら一撃でへし折る。

ぐわんと、もの凄い音がして。

役人は思わず悲鳴を上げていた。

いい気味である。

勿論城壁は小揺るぎもしない。

わたしも遠くから鉱物の声を聞いているが、全然平気、と返ってきていた。

「如何ですか?」

「あ、ああ分かったよ。 素晴らしい城壁だな」

「上に登ることも出来ますよ。 彼方には見張りの櫓もあります」

「いやいや、流石に結構だ」

青ざめ始めた役人。

このペースで進めていくと良いだろう。

更に、Y字路にさしかかる。

此処からライゼンベルグへの直通路を作ると言う話をして。役人は目を剥いた。まさかそんなショートカットルートが開通するとは、聞いていなかったのか。

いや、確か申請はしている筈。

となると、本当だと思っていなかったのか。

或いは、工事がこんなに早く進んでいるとは、思っていなかったのかも知れない。

「工事の様子を見ていきますか?」

「い、いや、見ても何も分からないだろう。 フロッケに行きたいが、良いかね」

「ご案内します」

新しい長老が役人を案内していく。

さて、後はキルシェさんのお手並み拝見、と言う所だ。

一旦皆には引き上げて貰って、作業に移る。

フルスハイム東との接続点は、もう緑化作業を残すのみ。

後はオスカーさん一人で充分だ。勿論護衛に自警団員にも残って貰うが、それは少数で良い。

わたしはY字路の方の土木工事を開始する。

やはり泥土が大量に出るが。

それは空飛ぶ荷車を使って、フルスハイム東の接続点近くの荒野に一度捨てに行き。後で回収すれば良い。

工事を続けている内に午後になり。

雨が降り始めた。

吹雪いている中、作業を少しでも進めておく。ただでさえ、無駄な時間を過ごしたのだから。

役人を見張るなんて非効率的な作業。

何の意味があったのか、よく分からない。

ただ、それでも。

ライゼンベルグに、おかしな報告をされるよりは、遙かに良かった。

 

夕方。

アトリエで汚れを落として、身繕いした後、自警団の人に呼ばれる。

どうやら役人を歓待するのも上手く行ったらしく、最後に協力者としてわたしを紹介したいそうだ。

頷くと、お姉ちゃんに手伝って貰って、軽く最後の調整をして出向く。

錬金術師としての正装は、旅の途中で整えて。今では充分なものを用意している。とはいっても、殆ど自前で作ったものだが。

今、ヴェルベティスを糸から布にし。

そしてその布を加工して、皆用の服にする計画を立てているのだが。

これが実行に移せるのは少し先だろう。

ヴェルベティスの糸の絶対量が足りない。布にするにしても、服一着くらいしか仕立てられない。

それ故に、材料をまた集めに行くか。

それとも増やすか。

考えなければならないからだ。

わたしが出向いたのは、キルシェさんのアトリエ。

酒が入っているらしい役人は、温泉も堪能したらしく、ご機嫌な様子で。

お手伝いのフローラさんがレヴィさんに指導を受けながら作ったお料理にも満足しているようだった。

「雪山の中とは信じられぬ。 流石に神童としか言うほか無い」

「まったく、この集落には過ぎた公認錬金術師でして。 おお、フィリスどの。 ブレンダンどの、紹介しましょう、此方が今回の戦略事業にて、八面六臂の活躍を見せてくれているフィリスどのです」

「おお貴殿が。 確か、前回の公認錬金術師試験で受かった十代の錬金術師とか」

「はい。 お願いします」

ぺこりと一礼。すっかり酒が入っている役人はガハハハハと笑った。ブレンダンとかいうそうだが、どうでもいい。

文字通り化け物同士の化かし合いを見ているようで気分が悪い。

接待している新長老は、クーデターで前の長老を追った腹黒。

その元長老に呼ばれてここに来た役人は、難癖をつけてフロッケに嫌がらせをするつもりだっただろう人物。

でも今はすっかり丸め込まれている。

歓待が想像以上に良かったのと。

それ以上に、こっちの方が利があると判断したからだろう。

元長老は家から出して貰えない様子だ。グラシャラボラスさんが、家の前で鬼の形相をしていたから、身動きが出来ないだろう。

これでは、もはや勝負も何も無い。

ただ、どれだけ酒を入れていても、公認錬金術師に舐めた真似をするのがどういうことかはブレンダン氏も分かってはいるようで。

酒をつげとか。

巫山戯た事は言ってこなかった。

「あれほどの街道工事、感服しましたぞ。 ライゼンベルグ西の安全な街道開通にも、二名の錬金術師と共に関わっておられたとか」

「はい。 わたしとイルメリア、パイモンという錬金術師。 更にキルシェも含め沿線の街の公認錬金術師に協力を受けました」

「そうかそうか、それはまた凄い調整能力だ」

「恐れ入ります」

此処で皆を呼び捨てにしたのは、あくまで此処が「公式」の場であるから。

錬金術師に明確な序列がない以上。

特に他の錬金術師を敬称で呼ぶ必要はない。

一応相手は役人なので、そういう対応をする。

これらの対応方法については、公認錬金術師になったとき。その後の講義で教えられたことを、丁寧に守っているだけだ。

コミュニケーションなどと言うものだとは思っていない。

ただの儀式である。

「それでは、宿を用意しましたので、其方でお休み為されませ」

「おう、何もかもすまぬ。 ライゼンベルグから此処への便宜も図ると約束しよう」

「お願いいたします」

酔っ払った役人が連れて行かれる。

料理がかなり残されていたが。宴会とはそういうものらしい。残りの内、手がついていないものは、その場でフローラさんが食べてしまうし。

手がついているものは。

料理し直して火を入れるか。

若しくは焼いた後堆肥に混ぜてしまう。

後は嫌な空気の空間だけが残った。

「お酒臭い」

キルシェさんがぼやく。

酒が入った役人の接待は上手く行っただろうが。

ライゼンベルグ側への道は、まだ完成していないのである。無駄に時間を浪費したと顔に書いてある。

非常に機嫌が悪いのが一目で分かった。

わたしもはっきり言って機嫌が悪いが。

キルシェさんをなだめる。

「必要経費です」

「分かってる。 それに前の長老の影響力もこれで排除できた」

「……そうですね」

今度の長老は、利害さえ一致していれば、キルシェさんの邪魔はしないだろう。それだけの計算は出来る人間だ。

それに懐には温泉の収益が入る事になる。

それだけでキルシェさんの邪魔をする理由にはならない。

本来だったら、前の長老と同じ穴の狢だ。

軽蔑し、唾棄すべき相手だ。

だが、それでも。

どうにか一緒にやっていくことを考えなければならないのが実情だった。

片付けが終わり。

わたしが消臭剤を撒いて、アルコールの臭いを消す。

流石にアトリエで宴会をした訳では無く、生活スペースでしたのだが。

それでも、繊細な作業を必要とされるアトリエにまで、アルコール臭が来るのは事実である。

故に消臭はしておかなければならない。

なおわたしの使っている移動式アトリエは。

各部屋が独立している様子で。

少なくとも、わたしが調合しているときに。

食事の残り香とかで、集中が乱されたことは一度もない。

お姉ちゃんも後片付けを手伝ってくれたので。

間もなく、ほぼ綺麗に全て片付いた。

嘆息するキルシェさん。

「この料理、昔だったら血が出るようなお金で買わなければならない材料ばかりだったのに」

「今は豊かになった、と割り切れませんか」

「……私がここに来たときは、まだ姥捨てまでしていた。 そこから此処までするのに、皆苦労したはずなのに。 今は何も思っていない様子で、こんな無駄にしているのが、悔しくてならない」

キルシェさんにとっては。

ここ数年は、大人にとっての数年よりも、ずっと密度が濃い時間だった筈だ。

その密度が濃い、子供にとってはとても大事な時間の中で。

いやな経験を散々してきたのだろう。

本人が唇を引き結んでいるのはよく分かる。

わたしも、現在進行形で。

エルトナの醜悪な大人達を見ているからだ。

一人にして欲しいと言われたので、わたしはお姉ちゃんとアトリエを出る。

キルシェさんは大人よりも仕事が出来る反面。

子供である部分は相応に子供だ。

わたしには、これ以上してあげられることは無い。

孤児だという話だし。

今更親を買って出る人間だっていないだろう。

せめてわたしに出来るのは、時々ここに顔を出して、一緒に仕事をし。神童に対して敬意を払うことくらいだろうか。

アトリエに戻ると。

溜息が零れた。

力を手に入れたと同時に、どんどん大人の世界の汚い様子を見ていくことになる。

これでは、腐る錬金術師が出るのも。

仕方が無いのかも知れないし。

最終的には、ソフィー先生の見せた未来を回避できないのも。

妥当なのかも知れなかった。

 

接待を受けた役人が、上機嫌で下山していく。

勿論吹雪の中でも、熱フィールドを数珠つなぎにした街道は安全だ。雨が降るが、そんなものは傘を差せば良い。

熱フィールドから一歩でも出れば、其処は一寸先も見えない猛吹雪な訳で。

ブレンダンとかいう役人は、ひたすら錬金術の驚異の御技に関心しながら、山を下りていった。

麓で接待をしていた現長老が頭を下げて見送り。

その現長老もフロッケに戻っていくと。

営業スマイルを作っていたグラシャラボラスさんが、真っ先に吐き捨てていた。

「二度と来るな下衆が」

「お疲れ様です」

「錬金術師どのこそ、あんなのの接待に巻き込んで申し訳ありませんでしたな。 いずれにしても、きちんと署名をした書類を作成させ、更にキルシェどのが蜜蝋で封をしたので、細工は出来ません」

それなら大丈夫だろう。

公認錬金術師に渡されている印鑑を偽造するのはほぼ不可能。

更にそれによる蜜蝋を剥がせば即座に分かるようになっているし。

仮に偽造できたとしても。

偽造などしたら、それこそ一発で首が飛ぶレベルの重罪だ。

あの役人にしてみれば、それこそ旧知の人間に言われて、利権をあされないか見に来ただけで。

其処までのリスクを追う理由がない。

接待を受け。

更に今後、フロッケとライゼンベルグの交流を持つとき、自分がその仲立ちを務めることで。

貴重な錬金術の素材がライゼンベルグに行くための仕事を、管理する事が出来る。

甘い汁を吸う余地があるかはどうかとして。

ともあれ役人として存在感を示せるわけで。

それだけあの役人にとっては美味しい話なのである。

早い話が。

前の長老は、見捨てられたのだ。

自警団の人達は、わざわざフロッケに戻るのもアホらしいらしく。

わたしと一緒に、Y字路での工事に戻る。なお、接待にはまったく興味が無かったらしく。

ライゼンベルグ西側の緑化作業最大功労者であるオスカーさんは、黙々淡々と緑化作業を続けていた。

或いは、オスカーさんも。

彼方此方で、汚い大人の駆け引きを、嫌になるほど見てきたのかも知れない。

そう思っていたら。

泥土を掘り返して、どかしているわたしに。

オスカーさんが、話しかけてきた。

「何だか大変だったみたいだな」

「ええ、おかげさまで」

「おいらもな、故郷では植物の声が聞こえるって話をしても馬鹿にされるだけでなあ」

そうなのか。

そうか、或いはそうかも知れない。

ギフテッドなんて、それを認めてくれる凄い人がいなければ、本人を傷つける凶器にしかならないケースもあるのかも知れない。

「ソフィーと、モニカっていう友達だけがおいらを認めてくれたんだよ。 だから時々殺し合い寸前の喧嘩をするソフィーとモニカを、おいらがどうにかなだめて、三人で仲良くやっていたんだよ」

さらりと凄いことを聞いた。

ソフィーというのは間違いなくソフィー先生の事だろう。

オスカーさんがもう何歳か若い頃は。

そんな関係だったのか。

「おいらは体重の増減も激しくてな。 信じられないかも知れないが、昔は鞠みたいに太ってたんだ。 今も、ちょっと気を抜くと、すぐに昔と同じ体型になるだろうな」

「ちょっと、信じられないです」

太りやすい体質だという話は聞いていたが。

それでも鞠のように太っていたとは。

オスカーさんはかなり痩身だし。

話を小耳に挟んでいる自警団員も、皆唖然としているようだった。

「まあ何というか。 おいらとソフィーはギフテッド持ちという共通点があったから仲良くなったし、フィリスとキルシェもギフテッド持ちと神童って言う周囲からは弾かれた存在という共通点がある。 なら、苦悩も分かるんじゃないのかな」

「……そう、ですね」

「キルシェは見たところ、周囲に対等な相手がいないからな。 もう錬金術始めてから一年ちょいで此処までやれる奴は、流石にソフィーみたいな規格外を除くとそうそうはいないだろうし、もうちょっと仲良くしてやってやると良いと思うぞ」

「分かりました」

後は、無言で工事を続ける。

その日の工事は、遅れを取り戻すように、雨の中黙々と続け。

翌日も、遅れを取り戻すため、作業を急いだ。

少し疲れは溜まったが、もう少しでライゼンベルグ側に抜ける街道が開通する。封鎖された雪山の閉鎖集落で。定期便しか通行できなかったフロッケが。

首都と直通路を確保した、しかも錬金術師にとっては貴重な素材を多数資源として有している場所へと一変するのだ。

自警団員達はそれを知っているし。

だからわたしも頑張ることが出来る。

孤立集落が如何に悲惨かは。

ソフィー先生に見せられた、あり得るエルトナのもう一つの未来で、知っている。あんな未来を、誰にも味合わせてはいけないのだ。

一週間後。

ついに、もう一つの麓まで、街道が開通する。

喚声が上がる。

ただ。此方の麓は、まだ緑化が完全では無い。オスカーさんは、しばらく街道の緑化作業を、フロッケの自警団と連携して行うそうだ。

ライゼンベルグへの道を開通させる際。

この周辺の強力な獣やネームドは、あらかた片付けた。

後は、わたしが手伝わなくても良いだろう。

城壁を組み。

緑化がしっかり熱フィールド内で完成するところまで見届けて、わたしは作業を切り上げる事とする。

フロッケに戻ると。

自警団員が、皆一様に敬礼してくれた。

此方も頭を下げる。

また、多くの経験を積む事が出来た。

キルシェさんも、握手を求めて来たので応じる。

「また、いつでも来て欲しい。 それと助けがいるなら呼んで欲しい」

「はい。 困ったときはお願いします」

「そうだ、これを渡しておく」

キルシェさんが、フローラさんに視線で促して。

フローラさんが、わたしに本をくれる。

ヴェルベティスに関する本だ。

正確には、レオンという人が書いたらしい、ヴェルベティスを使った服のデザインである。

非常に凝ったデザインの服がたくさんあって。

アングリフさんのような屈強な男性に無理なく似合いそうな服から。

わたしのような子供っぽいのでも着こなせそうな服。

お姉ちゃんやドロッセルさんのような大人の女性には美を引き立たせる服。

レヴィさんのように、独特の美意識を持つ人でも喜びそうな服まで、色々とデザインが載せられていて。

しかもヴェルベティスに魔術を仕込み、その生来の防御力を遙かに引き上げる術までが、詳しく記載されていた

「私はもう全て写して持っているから良い。 フィリスほどの錬金術師なら、きっと大事にしてくれるはず。 悪用もしないと信じる」

「有難うございます。 宝物にします」

「ん」

また来よう。

キルシェさんが手伝ってくれれば、色々とはかどる作業もある筈だ。

わたしはそう決めると。

エルトナに戻る事にする。

そろそろ活版印刷の道具類が揃うはず。そうすれば、カルドさんに頼んで、エルトナで活版印刷を開始できる。フルスハイムでも活版印刷の技術は普及していないという話なので、近場で一気に本を安く流通させることが可能になる。

更に、孤児院の建設もそろそろ予定通りなら出来る筈だ。

アングリフさんには院長を務めて貰おうと思っている。

戦場しか知らないような子供をアングリフさんはたくさん知っていると昔嘆いていたし。故に金を稼ぐことに執着するようになったとも言っていた。

後は補助として誰かホムがつけば、きっと孤児院はしっかりやっていく事が出来る筈だ。

エルトナへの帰路。

振り返ると。

光が連なって、麓へつながっている。

熱フィールドが吹雪を弾く際に、少しずつ発光しているのだ。

それを見て、思った。

まるで地上に降りた太陽のようだと。

人工太陽だ。

そう思うと、何かおかしくなった。まだまだ上を目指せるわたしでも、こんな大それたインフラを作れたのだと思うと。

絶望の未来にも。

少しだけ、杭を打ち込むことが出来た。

そんな気がした。

 

4、今だ壁は厚く

 

あたしは見ていた。

フィリスちゃんが四苦八苦しながら、フロッケのインフラを完成させる様子を。

これで飛行キットを使った定期便ではなく、普通の馬車がフロッケまで行き来できるようになった。

ドラゴンや獣に襲われることもない安全な道だ。

問題は匪賊だが。

それについては、定期的に駆除をしていけばいい。

現時点では、時々それぞれの街から匪賊になるものがぽつぽつ出る。フルスハイムのような基幹都市では犯罪組織も発生する。

それらについては。皆、出現する度に皆殺しにしているので。

大きな集団に成長する事はない。

まあ、この辺りは。

ティアナちゃんが抑止力になっている。

匪賊は鏖殺が殺しに来る。

鏖殺が来たら絶対に助からない。

この話は、敢えてある程度逃がしてやった匪賊によって周囲に伝えさせ。伝え終わった後に消すという方法で、効率よく駆除を進めている。

あたしは、その間に。

幾つもやる事がある。

丁度今も、アダレットまで行って、状況の視察をして来たところだ。

どうやら蘇ろうとしている。

最強の邪神が。

雷神ファルギオル。

既に兆候はあった。数年来には蘇るだろうという予測もあった。それが確実なものになった事をあたしは確認した。

まあ何度もの周回で、毎回蘇っているので。

今回はいつもより多少早い、程度。

ただ此奴は、フィリスちゃんのエサにするには少しばかり遠いので。今後出てくる後二人の鍵。

世界を変革しうる双子の錬金術師のエサにするつもりだ。

そのためには、敢えて復活させ。

そして適当に力も削いでおく必要があるだろう。

相手は仮にも雷神。

相応の力を持つ邪神だが。

今のあたしには、そう大した相手では無い。

視察を終えた後、深淵の者本部に戻り。

毒薔薇と出会ったので、アダレットの状況を確認しておく。

既にアダレットに戻らせたシャノンちゃんは、しっかりジュリオさんの補佐をしている様子で。

騎士団の引き締め直しをやっているらしい。

あの子は加減を知らないし。

そもそも素顔を周囲に見せないので。

若手の騎士達には、「顔無しの怪物」として、早速怖れられている様子だ。

更に、それを見た現騎士団長は、既に事実上の大御所生活を開始。業務をどんどんジュリオさんに委託し。

自分がいなくなった後の体制を作るべく。

着々と地固めをしているらしい。

ジュリオさんも最近は口ひげを生やして威厳を保つための工夫などをしているようだが。

たまにあたしが様子を見に行くと。

昔通りの屈託のない笑顔を浮かべる。

優れた騎士であると同時に。

良識的な人でもある。

同時に匪賊を絶対に許さないと考える同志でもあるので。

話はしやすい。

「貴方がアダレットに来てくれれば、もう少しやりやすくなるんですがね」

「分かっているでしょうに」

「ああはいはい。 其方で二人の錬金術師をしっかり仕上げてから、でしたね」

「そういうことです」

元々アダレットの闇を一手に管理していたほどの怪物だ。アンチエイジングで若返ったとはいえ、その威厳は衰えず、毒薔薇はあたしにも一歩も引かない。

くつくつと笑いあうと。

互いにその場を後にした。

プラフタと合流した後。

軽く話をする。

「そろそろ、フィリスちゃんを双神と戦わせようと思っているんだけど、どう?」

「危険すぎます。 あれは、貴方のような規格外であるから戦えたのであって、弱体化している今でも中級ドラゴンを凌ぐ実力を持っています。 恐らくフィリスが戦った時点の湖底の邪竜よりも実力は上でしょう」

「だからだよ。 前より弱いエサだと成長も見込めない。 もし死ぬようならやり直せば良い」

「……貴方はっ」

プラフタは激高するが。

すぐに冷める。

分かっているのだ。フィリスちゃんとイルメリアちゃんの成長が、今後のこの世界の「詰み」を回避するための必要な布石だと言う事は。

ましてや今回は、「今までの」中で、一番二人が良く育っている。これ以上もないほどに、である。

イルメリアちゃんは劣等感に押し潰されず。

フィリスちゃんは地獄のような周囲の人間達の醜悪さにもめげずに、必死に強くなろうとあがいている。

これでいい。

勿論、人間全てにこんな地獄を経験させるつもりは無い。

必要な存在にだけだ。

「500年間夫婦喧嘩をして、少しはプラフタも学んだでしょ? この世界はどう取り繕おうと詰んでるんだよ。 どれだけ高潔な錬金術師が身を粉にしても、害虫は際限なく湧いてくる。 やがて人間は協調することも出来ずに、資源を使い果たし、詰みの時がやってくる。 この世界は人間だけのものではないし、人間は万物の霊長などでは断じてないのに、それを理解出来ぬまま、エゴを振りかざし続けて、やがて滅びる。 どうしてそれを分かっているのに、まだ感情的に反発するのかな」

「貴方のように、深淵そのものにはなりきれないだけです」

「ふふ、そう。 でもその方が楽だし、力も得られるんだけれどね」

「……私は、人間の体を失いましたが、まだ人間のつもりです。 ソフィー、貴方は人のまま、人を捨てるのですね」

違うとわたしは覚めた目で言う。

人など。

とっくの昔に捨てた

それを後悔するつもりも無い。

この世界は、神ですら9兆回もの試行回数を重ねても、詰みを打破できなかったのだ。世界に蔓延っている邪神などと言うただの装置共ではない。世界そのものを内包する本物の神でさえも、だ。

そんな世界を変えるのに。

人間のままでいられようか。

否。

人間がそのままでは、例え神であってもこの世界の詰みは回避できない。

ならば。

取るべき未来は一つしか無いのだ。

そしてそれを取るには。

人材が必要なのである。

何度も何度もプラフタと議論したが。どうしても納得してくれない。

周回の度に議論を続け。

場合によってはプラフタと殺し合いになった事もある。

だが次の周回でやり直せば良い。

いつの間にか、そう考えるようにもなっていた。

さて、次の手だ。

フィリスちゃんに、エルエムの住処を攻めさせる。

彼処には邪神の力の影響で、最高品質の錬金術の素材が多数眠っている。

それらを回収すれば、フィリスちゃんは更なる高みに昇るための錬金術に手を掛けられるだろう。

そして鉱物だけでは無く。

ギフテッドの性能を、更に強化拡大できるはずだ。

これからが正念場。

いよいよ、大詰めの時が来た。

あたしを、哀しみの目で見るプラフタ。

別にどうでもいい。

それ以上の哀しみを、あたしはもう数え切れないほど見てきた。

詰みを回避するためには。

あたしはどれだけでも。

深淵を覗き込むし。

手でも汚そう。

 

(続)