魔の森の空

 

序、事前調査

 

あたし、ソフィー=ノイエンミュラーは、プラフタと一緒に、以前双神エルエムを倒した浮遊島の近くにある森を調査していた。

この森はエルエムの影響からか、強い魔力を地面が得ており、その結果誕生した場所だ。

世界でも貴重な自然に存在する森なのだが。

異常が発生したと聞いて、様子を見に来たのである。

結果がこれだ。

あたしの目の前を、弱めのネームドくらいの実力はある巨大なキメラビーストが歩いて行く。

森の中だし。

何よりあたしとプラフタの実力を肌で感じているからか、仕掛けてはこない。

だがこれは、森を一歩でも出れば。

容赦なく人間に牙を剥くわけである。

また、彼方此方には、当たり前のようにネームドの姿も見られた。

なるほど。

大体分かった。

エルエムを半殺しにし、力の大半を不思議な絵画に封じ込めた。今上の浮遊島にいるのはフィリスちゃんのエサにしようと思って完全に消さずにおいた残りカスだ。

だが。

世界から、エルエムの力が失われた分。

力がどこからか。

補充されたのである。

これは恐らく、単純にあの創世神が。

無くなった分を、世界に対して補強した、と言う事なのだろう。

世界そのものの創造者だ。

なくなったものを「作り出す」くらいはそれこそ児戯。

無から有を作り出すくらいは。

何でも無い事なのだろう。

腹が立つほどの実力差を感じるが。

だが、自棄にはならない。

特に今回は今までに無いほど上手く仕上がっている。

あたしが目をつけた四人。

全員がしっかり仕上がらなかった時は。いずれも世界は最終的な破滅を迎えてしまった。その度に、繰り返してきた。

あたしはもう、自分自身でも、何年生きているかあまり考えていない。

この肉体は兎も角。

精神はどれだけの時を過ごしてきたか、いちいち覚えていない。

はっきりしているのは、この世界は簡単には変革できないと言う事。

ゴールの条件が厳しすぎるのだ。

四種族が協調しつつ。

宇宙へ進出し。

他の宇宙にいる種族と協調できる文明を構築する。

これがあまりにも厳しい。

どの種族にも明確すぎる欠点が存在していて。

どうしても資源を使い切って文明が崩壊してしまう。

人間そのものを変革しなければならないのはそれが故。

精神論は論外。

システムも無理。

そうなると、生物レベルで変えるしか無い。

希望などない。

何しろ、創造神が9兆回。

あたしも実際に数限りなく繰り返し。

このままでは何をやっても駄目だと判断している程である。

そのままの人間が如何に愚かな種族であるかなど、あまりにも多くの賢者が指摘し続けて来た。

だが人間は己が如何に素晴らしいかに酔う生物だ。

無責任な人間賛歌を垂れ流し。

結果己を滅ぼしていく。

嘆息すると、周囲をもう少し調査し。そして、頷いた。

「プラフタ、此処もフィリスちゃんのエサにしておこう」

「貴方は、正気ですか」

「今までで一番良く仕上がっているからね。 キルシェの事業の成功率は3割切っているけれど、それを成功させるためにも、経験を積ませるのが一番じゃないのかな」

「……ソフィー。 あなたは人をどれだけ玩弄すれば気が済むのです」

すっと、目を細める。

何度もプラフタとはこの件で議論したが。

違う。

あたしは我欲で動いたことは一度もないし。

何より楽しくて人をもてあそんだことなど一度もない。

身につけた知識と力で敵をねじ伏せるのは当然楽しい。当たり前の事だ。努力は必ずしも報われる訳では無いが。努力をしなければ報われることは無い。あたしは報われる分の努力をしてきたわけで、それを確認できるからだ。

ゆっくり、丁寧に言い聞かせる。

あたしより500歳も年上の賢者に。

プラフタはあたしを静かに悲しい目で見る。

その目が、人である事を放棄した存在への、哀しみである事は分かりきっていたが。

だからといって他に方法があるかと聞かれて。

プラフタも答えられないのだ。

プラフタも今後どうなるかは「知っている」。

そしてプラフタが考えたありとあらゆる方策が、結局は上手く行っていないのである。

今回は、可能な限り最高の条件が整い。フィリスちゃんの能力が今までの繰り返しの中で最大にまで上昇し。

既に「鉱物以外」の声まで聞こえはじめている。

それはあの湖底のドラゴンとの戦いを覗き見て確認した。

イルメリアちゃんも潰れていない。

あたしが幾つか策を講じたからだが。

元々高い潜在能力を、フルに引き出すことに成功し始めている。

もう少しして、タイミングを見たら。

パルミラと接触し。再び「固定」をしてもらうつもりだ。

この後に控えている双子はまた不確定要素が強く。上手く仕上がる可能性が決して高くない。

あたしに反発するプラフタも。

結局対案を出せない以上。文句を言う資格はないのだ。

森から引き上げると、深淵の者本部である「魔界」に出向く。

今日は珍しく毒薔薇が来ていた。つまるところ、アダレットで何かあった、と言う事だろう。

すぐに会議が招集される。

最近少しばかり面倒な出来事が起きて、其方に謀殺されていたルアードも来ている。イフリータもルアードの護衛をしていたため最近は見かける事がなかったが。それでも、大半の幹部は揃った。

不確定要素が多すぎる。

繰り返す度にバタフライ効果で歴史は大きく変わる。

フィリスちゃんが旅立たない過去さえあった。

途中で獣のエジキになった過去もあった。

そういった場合の予防策を悉く講じて。

ようやく此処まで状況を改善させ。

フィリスちゃんの潜在能力を極限まで引き出せるようにしたが。

それでもまだ足りない。

さて、今回は何だ。

アダレットは王を実質的に幽閉した王女が、今は辣腕を振るって再建している筈なのだが。

何か問題が起きたのだろうか。

アトミナが咳払い。

何人かが、背筋を伸ばした。

五百年にわたる主君だ。

態度が自然と言葉と共に変わるのは、もう習性のようなものだろう。

「集まって貰ってすまないわね。 毒薔薇から報告があるそうよ」

「というわけだ、報告を頼む」

「はい。 アダレットで騎士団長が引退を決めました。 二年以内に引退するそうです」

「ふむ……」

魔族の中でもレア種族である巨人族。

アダレットの騎士団長は、その巨人だ。

戦闘力も非常に高く、長年「武の国」であるアダレットを支え続けて来た。愚王や無能な王にアダレットが振り回されることはあっても。アダレットの武が最低水準を保ち続けられたのは、この騎士団長のおかげと言っても良い。

後任はジュリオさんで内定しているが。

問題はジュリオさんがヒト族だと言う事だ。

魔族の半分程度しか寿命がないヒト族。巨人族は魔族の中でも長命なので、更に短いという事になる。それもヒト族や獣人族は衰えるのがとても早いのである。

中には、今フィリスちゃんの側についているアングリフのように老いてなお現役という戦士もいる。以前あたしと一緒に旅をしたフリッツさんもそういった老いても現役として活躍出来る貴重な人材の一人だ。

だがそれでも限界はある。

「ジュリオ氏は有能ですが、しばらくは深淵の者の補佐が必要でしょう。 また副騎士団長として、彼女が必要となります。 ソフィーさん、お願いしたいのですが」

「シャノンちゃんか……」

腕組みする。

ティアナちゃんとバディを組ませているシャノンちゃんは、相方と力量も拮抗している。性格は正反対だが。

それでも、深淵の者に入った面倒な経緯や。

その鬱屈は理解している。

シャノンちゃんはこの世界に対するやるせない怒りも抱いているし。何より戦士として極めて有能。

役には立つだろう。

ただそうなると、アリスへの負担が大きくなる。

イルメリアちゃんはまだまだ伸びる。

だが、イルメリアちゃんは今まで何度も繰り返してみてきているが。

負担にとても弱いのだ。

下手をすると、潰れてしまうかも知れない。

代わりの人員を手配するとしても。

そろそろフィリスちゃんの側にいる人員だけでは、ティアナちゃんの手が足りなくなってくる頃である。

かといって、「人工の」人間では限界がある。

アリスの性能を見ても分かるように、あれはあくまで人間の真似事をしているに過ぎず。どうしてもある程度以上までは性能を上げられない。

シャノンちゃんのような天然物とは比較にならないのだ。

悔しいが、こればかりはまだあたしの力不足、とも言える。

スペックを上げるだけなら出来るのだが。

あくまでイルメリアちゃんが心を許す存在で。

枷として。

監視役として。

側につく存在となると。

アリスの時のような、面倒くさい仕込みも必要になってくる。

シャノンちゃんはそういう意味で、極めて貴重な人材なのだが。アダレット全域の事を考えると。

しばらくは厳しいだろう。

嘆息。

仕方が無い、何とかするか。

「分かりました。 此方で手配します」

「申し訳ありません。 何しろアダレットは人材不足で」

「……」

それも妙な話だ。

二大国と呼ばれる一方であるのに。

人材不足、か。

昔と違って基幹都市とも呼べる規模の都市も五つを数え。

特に首都はライゼンベルグと並ぶ十万の人口を抱える世界でも二つしかない大都市の一つだ。

騎士団が獣やネームドとの戦闘で激しく消耗しているとしても。

今更に人材不足というのも、ある意味滑稽な話ではある。

「準備などは滞りなく行えますか?」

「それもかなり厳しいでしょう。 ジュリオさんが有能なのは事実ですが、そもそも若手の騎士にこれと言った人材がおらず、いたとしても育つ前に戦闘で命を落とすことも多く……」

「此方で獣狩りをするのは」

「手が足りません。 ライゼンベルグ近辺と同等かそれ以上の魔境が、彼方此方に存在している状況です。 貴方が出て片っ端から片付けたとしても、その隙を突く邪神が現れるでしょう」

そうだ。

それが悩みどころだ。

今あたしは、六柱の邪神の監視を実施しているが。

此奴らはいずれも非常に戦闘力が高く。

あたしが見張っていなければ、何をしでかすか分からない。

勿論状況を見て少しずつ力を削いで行っているのだが。

「毎回」の歴史でも。

完全に此奴らを大人しくさせるまでには、いつも後二十年は掛かっている。

フィリスちゃんが一番育った回でも、十九年掛かった。

邪神は殺しても簡単には終わらない。

例えば、エルエムのように。

邪神の力は別次元に封印したとしても。

結局この世界に補充されるのだ。

色々試してみたが、この世界のルールは極めて強固。

人間が進化しない限り。

絶対に数を増やさないか。

もしもそれでも何とかしてしまった場合は、資源が足りなくなってしまう。

何より、天敵を失った場合。

人間は際限なく増長する。

何度も見てきた事だ。

そして、この世界に人間が呼ばれたのも。

特に、ヒト族も獣人族も。

それが理由なのだから。

ヒュペリオンが挙手。

この間、公認錬金術師試験で試験官を務めて貰ったこの俊英は、少し前からアンチエイジングを行い始めている。

肉体年齢を常に全盛期に保ちたい、というのが理由らしい。

「フィリスとイルメリアの成長については、充分以上の成果を出していると聞いていますし、そろそろラスティンに注力している分を、アダレットに向けてはいかがと」

「前回はそうやって、少し目を離した隙に、イルメリアちゃんが命を落としたんだよね……」

「失礼しました。 しかしながら、前回とは条件も違うのでは」

「……」

腕組みする。

あたしはあくまで我欲では無く、この世界のために動いている。

だが、だからといって、意見を聞かない訳にもいかない。

シャノンちゃんがイルメリアちゃんの側から離れるとなると。

少しばかり戦力補填の必要がある。

しかしながら、そも才能の差があって。

フィリスちゃんとイルメリアちゃんでは、同じように育てていては、あたしの両腕にはなり得ない。

というか、稀少なギフテッドであるフィリスちゃんでさえ。

少し油断すれば命を落とすほど、この世界は過酷なのだ。

「ライゼンベルグの状況は」

「現在人材の網を構築中だけれども、腐敗がひどいわねえ」

パメラがいつも通りのゆっくりしたしゃべり方をする。

あたしの住んでいたキルヘン=ベルにいた頃から、まったく変わっていない彼女は。既にライゼンベルグの改革に乗り出しているが。

やはり利権を独占したい老錬金術師が強く根を張っており。

駆除が大変だそうである。

かといって、全ていきなり取り除いてしまったら、ライゼンベルグが回らなくなってしまう。

必ずしも、強欲と無能は一致しない。

強欲だが有能な老錬金術師も存在していて。

そういった者に関しては、代替の人員が存在しないのだ。

如何に世界の歴史を裏から動かしてきた深淵の者と言っても。

人材が無限にいる訳ではないのである。

イフリータが咳払い。

ティオグレンも難しい顔をしていた。

「困りものですな。 そも聞いた話によると、ソフィー殿によると騎士団長の引退は「通常であれば」五年は後の話だった筈ですが」

「バタフライ効果と言ってね。 毎回こればっかりはどうしようもないの。 一番酷いときは、騎士団長が戦死したこともあったっけ」

「なるほど、それに比べれば確かにマシではありますが……」

「仕方が無い」

メクレットが立ち上がる。

アトミナもそれに倣った。

昔はアトミナが主導権を握っていたのだが。

最近はメクレットも自主的に動くようになっている。

二人で「ルアード」だが。

それでも、何か内部では変化が生じているのかも知れない。

「パメラには若い人員を何名かつけよう。 まだ見習いばかりだが、ライゼンベルグの改革はそれでどうにかして欲しい」

「了解したわー」

「ソフィー。 シャノンの穴埋めを何とか頼みたい」

「分かりました。 此方でも対応を考えましょう」

会議は其処で解散となる。

皆がいなくなると。

プラフタが咳払いした。

「それでどうするのです、ソフィー」

「今回は「捨てられない」」

「それは分かっています。 貴方が非人道的な事をしながらも、この世界のために動いている事は私も理解していますし、評価もしています。 しかしながらソフィー。 貴方はこのままでは、闇の神そのものとなってしまいます」

「それならもうとっくになっているかもね」

肩をすくめた後。

皆がいなくなったその場を見回す。

とはいっても、時々重要な戦況にかり出される対邪神生体兵器魔王だけは、その場に鎮座しているが。

「仕方がない。 アリスちゃんの兄弟姉妹を増産するかな。 今からだとかなり急がないといけないけれど」

「シャノンの実力から考えて、十人いても及ばないでしょう」

「それならば二十人造れば良い」

「……命をもてあそぶつもりなんですね」

命をもてあそぶ、か。

そも、人間が。

命をもてあそぶ種族で無ければ。

こんなどん詰まりの世界で、修羅に生きなくても良かっただろうに。

あたしは、責めるプラフタの視線には、笑みで答えたが。

それは恐らく、闇そのものの姿だった。

 

1、禁忌の森へ

 

フルスハイムの湖から竜巻が消えて。

わたし達は一旦解散。

湖の状況も良くなり。

わたしは一旦エルトナへと戻った。

エルトナで、戦いの傷を癒やし。

更に高い品質で作れるようになったハルモニウムを造り。

それを使って、更に身の回りの装備品を作っていく。

荷車も作り直した。

ハルモニウムはやっぱり声が聞こえるようになっても作成難易度が段違いで。

簡単に量産する訳にはいかないし。

加工も極めて難しいが。

それでも作る意味は充分にある。

数日、休養を交えてエルトナでハルモニウムを鍛造しながら、今後の都市計画について考えて行く。

メッヘンとは連携が上手く行くようになり。

フルスハイムからも、馬車で鉱物の買い付けに来るようになった。

鉱物はわたしがコンテナの中に抑えているので。

重役達の懐に金が入るわけではない。

重役だから儲かる。

そういう仕組みを排除してしまったわたしは。

どれだけ街を快適にしていっても。

やはり重役達からは恨まれているのがよく分かった。

会議をすれば、必ず文句を言い出す重役もいる。

だが、彼らは多くの場合年老いてもいる。

わたしが機嫌を損ねたら、薬を作らなくなるかも知れない。

場合によっては、エルトナを出ていくかも知れない。

それを理解しているからか。

露骨に機嫌が悪くなったとみるや、話題を変えたりと、嫌がらせに特化した行動をしてくる。

わたしとしてもそれらの行動は腹立たしいが。

エルトナの素朴だと思っていた人達が。

日の下に出た瞬間、こんな俗物に化身した事の方が、もっと腹立たしかった。

外に出ると。

昔エルトナがあった山を、軽く崩し始める。

わたしの振るうつるはしはハルモニウム。この間は、ドラゴンにさえとどめの一撃を与えた。

ましてやこの山は鉱物の塊そのもの。

どうすれば崩れるか。

簡単に教えてくれる。

頂上付近から削り取るようにして崩していく。

何度か周囲に声を掛け。

崩れる事を警告。

小規模な崩落をわざと起こして。山をどんどん削り取って行く。元々完全なはげ山なのである。

崩す事で、困る植物は存在しないし。

放置しても、獣が湧くくらいだ。

無心のまま、三刻ほど山を削り。

ある程度安定したところで作業を中断。

相当量のエルトナ水晶とソウルストンが採掘できた。

だが、街の周囲には、巨大な水晶の結晶体や、ソウルストンが塊になったりしている。

それらには、わたしがカルドさんと組んだ結界を張って、盗掘出来ないように処置しているのだが。

それについても、重役達は文句を言うことが何度かあった。

都市計画というものの意義について説明しても中々納得しない。

というか理解出来ない。

わたしがこの街の心臓部を握っている。

それが余程気に入らないらしかった。

お姉ちゃんも、長老達に何とか取りなして欲しいと、散々泣きつかれるらしく。

わたしに珍しく愚痴を言ったりする。

ツヴァイちゃんを手なづけようとまでしている様子で。

なりふり構わぬ大人の汚さを、わたしは何処までも際限なく見せつけられ続ける事になっていた。

心が苦しい。

今でさえも、だ。

ソフィー先生の手で深淵を覗き込まされ。

そして邪竜を間近で見て、ドラゴンという存在が如何に人間と相容れないかを知ってしまい。

エルトナの人達の豹変ぶりを見て。

それでもなお、わたしは心が傷つくのを感じる。

ソフィー先生は知っていたのだ。

そのまま何もしなければ、わたしが壊れてしまう事を。だから、ああいう荒療治に出たのだろう。

嘆息しながら、アングリフさんの剣を打ち直す。

ハルモニウムの品質が倍増しになったのだ。少しでも切れ味は上げておきたい。

鉱物の声を聞きながら慎重に作業を行い。

そして、剣の柄に仕込みも入れる。

アングリフさんの切り札。

この間見せてもらった、闘気を爆発させて斬り付ける技。恐らくアレに相性が良いだろうと思って。

剣が灼熱を帯びるようにしたのだ。

爆弾と同じように、まず解除コードを唱え。その後に過熱を行うと、剣が灼熱を帯びる。

灼熱を帯びても、流石はハルモニウム。びくともしないが。

長時間熱を帯びると、当然ながら柄の方まで熱が伝わってくる。

このため、熱を帯びる時間は短く設定する。

熱を発する仕組みには、ハルモニウムに直接魔法陣を刻み込み。更に錬金術で変質させた。

これで充分だろう。

この間の邪竜の戦力。

更にドラゴネアとの戦いの結論から言って。

これならば、ドラゴンにも痛打を浴びせられるはずだ。

他にも装備品を強化していると。

ツヴァイちゃんが戻ってきた。

手に山盛りお菓子を抱えている。そのままコンテナに直行する様子からして、また長老達にお菓子を貰ったのだろう。

下心が見え見えすぎて、イライラしてくる。

なおツヴァイちゃんは、寡黙な上にあまり心を許していない相手には殆ど喋らない。好みなど当然口にしない。

ミルクが大好物な一方。

蜂蜜まみれのお菓子は、あまり好みでは無い様子だ。

ミルククッキーは飛びつくほど好きなのだが。

だから、蜂蜜漬けの甘すぎるお菓子は、貰ってもコンテナに入れてしまう。

とはいっても、ミルククッキーをいつも作れるわけでは無い。

良い小麦は高い。

わたしも、自分の生活費については資産から切り離して考えていて。

資産はあくまで戦略事業のために用いている。

このため、生活そのものはそれほど豊かでは無い。

お姉ちゃんとレヴィさんがせっせとお料理を作ってくれるけれど。

それはわたしが錬金術で激しく消耗しているから。

食事の分は、他で色々削っているのだ。

コンテナから出てきたツヴァイちゃんが。

在庫について話してくれる。

わたしは、ドラゴンの血から作った中和剤で、今作ったばかりの大剣を変質させながら、話を聞く。

「竜の鱗の消耗が激しいのです。 ハルモニウムが強力な戦力になるのはわかるのですが、このまま使っていたら尽きてしまうのです」

「うん、分かってる」

「お姉ちゃん。 これほど激しく、貴重な竜の鱗を何故に消耗するのです」

「この間探索をすると決めた禁忌の森に行くためだよ」

剣が充分だと告げてきたので。

中和剤から上げて、丁寧に拭う。

その後は幾つかの処置をした後。

実際に灼熱を帯びるかを確認。

外で実験をするが。良い感じだ。凄まじい熱に、剣が赤熱し、周囲の空気がカゲロウのように揺らめく。

わたし自身の身体能力が装備品で上がっているとはいえ、取り扱いは要注意。

丁寧に近くの岩に降り下ろすと。

足下にまで、剣が食い込んだ。

まるで水を切るかのように。

岩を切るどころか、足下の地面にまで潜り込んだのである。

これは、凄い。

しかも地面が溶岩になって赤熱している。

放熱は既に止まったが。

これは細心の注意が必要だ。呼吸を整えると、剣を地面から引き抜く。まだ余熱がもの凄かった。

他の道具類も更改を実施。

更に力不足だと感じていた爆弾も、それぞれ良い素材を使って火力を上げ、小型化した。小型化したのは、束ねて敵に投げやすくするため。

つまり元々威力が上がっているとっておきを更に束ねて投げる事により、敵を効率よく爆殺するためだ。

ブリッツコアも、良い水晶を厳選して改良を重ねている。

準備は、整ったと見て良いだろう。

今回の目的は威力偵察だ。

ドラゴンと戦う訳では無いし、森の中では獣も大人しくなる。

後は毒消しの類を多数用意しておいた方が良いだろう。

森の中では、悪意のある植物が存在する、と聞いた。

他ならぬ、植物のスペシャリストであるオスカーさんにである。

オスカーさんがいてくれれば良いのだが、この間聞いたところによると、まだイルちゃんが復興しているライゼンベルグの宿場町の近くにいるらしい。

そうなると、支援は期待出来ないか。

フルスハイムの様子も見たいので、空飛ぶ荷車を使って、イルちゃんの所に行く。

その間のエルトナの事は、アングリフさんに頼む。

アングリフさんが睨みを利かせている間は、重役達も何もできない。

それに、アルファ商会が手を引いたらエルトナは終わりなのだ。

わたしがいない間に、勝手な事も出来ない。

完全にとはいかないが。

ほぼ安全になった道を行く。

途中、馬車と何度かすれ違う。

フルスハイムまで数刻。

一旦宿に様子を見に行くと、イルちゃんがなんと来ていた。

この間、禁忌の森を威力偵察する話はした。

そろそろ来る頃だろうと思って、先に来ていた、というのである。

それならば話も早い。

軽く宿で、イルちゃんの方の状況も聞く。

イルちゃんはアリスさんに顎をしゃくり。

代わりに彼女が説明をしてくれた。

「現時点では、既に街を守る城壁は完成。 周囲の緑化だけではなく、街の中にも緑地を作る事によって、ドラゴンの襲撃を防ぐ態勢を作っています。 街の各所には、炉を動力源にしたシールドを設置。 守りは万全です」

「とはいうものの、この間の邪竜との戦いで痛感したけれど、この世に絶対はないわ」

「そうだね。 それで、今から来られる?」

「そのつもりよ」

少し良いかなと、カルドさんが挙手。

せっかく来たのだから、見聞院で少し作業をしていきたいという。

論文を書きたいのかも知れない。

ならば、此方としても、街を見て回るだけだ。

一旦解散にして、わたしはイルちゃんと街を見て回る。

水路はかなり水が澄んでいたが。

空が青く雲が無くなった反面。

街全体はまだくすんでいる。

それはそうだ。

ずっと雨が降り続けていたのだから。当面は、このくすみというか、汚れは取れることがないだろう。

自警団は若手を抜擢するのに大忙しらしく。

基礎体力作りに走り込みをしているのを見かけた。

魔族の戦士も何人かいたが。

驚いたことに、ホムが一人混じっている。

小柄だから嫌でも目立つ。

一番向いていない仕事だと思うのだが。ただ、ツヴァイちゃんのように、戦う理由があるのかも知れない。

また、希にホムにも高い身体能力を持つ者もいるらしいので。

そういった例外かも知れなかった。

「少し臭うわね」

「雨が降り続いているときは気にならなかったけれど、これは……仕方が無いね」

「まず街を綺麗にする所からね。 レンの苦労が窺われるわ」

「……」

街を綺麗に、か。

そんな事を考えられる余裕があるだけ、フルスハイムはマシなはずだ。

わたしが住んでいたエルトナは、それどころじゃ無かった。

水を得るどころか。

肉も野菜も。

全て命がけで手に入れていたのだ。

勿論身繕いなんて最低限。

今になって見れば、相当衛生的な観念は厳しかったはずだ。或いはお姉ちゃんも、それが理由で外が好きだったのかも知れない。

カルドさんが戻ってくる。

どうやら、見聞院に論文を出してきたらしい。

エルトナにわたしが戻ってから、数日間こつこつと書きためていたらしく。

今、提出してきたそうだ。

「多少は良い評価になると嬉しいのだけれどね」

「そういえばカルドさん、イルちゃんは平気ですか?」

「ああ、うん。 何とか」

「そうですか」

カルドさんは、相変わらず女性が極端に苦手だ。

わたしには普通に接してくれるし。イルちゃんも大丈夫なようだけれど。相変わらずお姉ちゃんやドロッセルさん、アリスさんとは距離を置いている。

怖い、というのだから仕方が無い。

こればかりは責められないだろう。

時間が来たので、皆で集合。

アトリエに入って貰い。

後は荷車でエルトナにまで戻る。

今度は予定より早く帰ってきたので、アングリフさんは呆れていた。

「スケジュールが定まらねえなあ」

「イルちゃんがフルスハイムまで来ていたんです」

「そうか、じゃあまあ良いか」

「此処がエルトナね」

アトリエを展開し。

出てきたイルちゃんがエルトナを見る。

実際には「新」エルトナとでも言うべき場所だが。

城壁で分厚く囲み。

周囲を隙無く緑化し。

その一方で、まだ発展途上である。

ただ都市計画はガチガチに固めながら進めているので、いずれ鉱物資源を武器に、周囲の街と交易で栄えるはずだ。

多くの人も安全に住めるはず。

後は長老や重役達が。

もっとしっかりしてくれれば、みんな笑顔で暮らしていけるはず。

だけれども、その未来は遠いかも知れない。

せっかくなので、両親の所にイルちゃんを案内する。親友だという話はしてあるので、二人も歓迎してくれた。

心のこもった暖かい料理を家族で楽しむ。

出立は明日。

重役達は、両親にも圧力を掛けているのが分かっている。

だけれど、二人は気にしないでわたしに接してくれている。

重圧なのは分かりきっているが。

それでも、今は。

耐えてもらうしかない。

悔しいけれど、他に方法も無い。

何より、わたしは今。

この世界のどん詰まりの未来を変えるために。場合によってはありとあらゆる全てを、捨てなければならないのだから。

 

メッヘンから東。

街道が曲がり、岩山に向けて進んでいる地点で一旦止まる。

此処から森に向かうのだが。森には多くの殺気が潜んでいる。それだけではない。森から出てきたらしいかなりの数の獣が、荒野を徘徊しているのが見えた。この間、緑化作業を一旦断念せざるを得なくなった。その時と同じ状況だ。

どうするかは決めている。

森まで突破。

其処で周囲の安全を確保した後、内部を確認。

内部で気にするのは、むしろ毒性のある植物。

ライゼンベルグなどで資料は買ってきてある。常に図鑑を開きながら、触ってはいけない植物に、常に気を配らなければならない。図鑑に載っていない植物には、絶対に触らない方が良いだろう。

最初は空飛ぶ荷車で突入することも考えたが。

それだと、大型のアードラが出現した場合対応出来ないことがある。

以前グリフォンをおやつにするようなアードラと遭遇した事があるが。

アレを例に出すまでも無く。

基本的に荒野に住まう獣は、際限なく巨大化する傾向があるのだ。死なない限り幾らでも巨大化する。

どの生物もそれについては同じらしい。

鉱物の声を聞き、周辺の地面下に獣がいない事は確認。

頷くと。

アングリフさんが声を張り上げた。

「突撃!」

今回の威力偵察。

一番危険なのは、森に入るまでと。森から出るときだ。

迎撃を受けるのと。

追撃を受けるからである。

アングリフさんとドロッセルさんを先頭に、全員が出る。ツヴァイちゃんには荷車を任せる。

引かなくても追従の指示を出せば、そのままついてきてくれるので、それで充分なのである。

「来るぞ!」

早速、キメラビーストが森から飛び出してくる。凄まじい勢いで、まるで他の何も見えていないように、まっすぐに襲いかかってくる。

当然特殊能力持ち。

走りながら、後方に生えている蛇の尻尾が、火球を乱打。

アリスさんが前に出ると、その火球を全て弾き返す。

後ろ。

いきなり、キメラビーストが移動していた。

高速移動ではない。

多分空間を跳んだのだ。

前足を、カルドさんに降り下ろそうとするが。

お姉ちゃんが一瞬早い。

至近から、キメラビーストの側頭部に矢を叩き込む。

頭に突き刺さった矢が、キメラビーストを大きく揺らがせるが、一瞬だけ動きが止まっただけで、また姿を消し、今度は上空。

其処から、多数の蛇が隕石群のごとく火球を乱射してきた。

だが、今度はわたしの番だ。

氷のブリッツコアを掲げ、発動。

空に向けて、強烈な冷気の波が襲いかかり。

空気さえ凍らせながら、キメラビーストを蹂躙する。

そのまま走り抜ける後方に。

ずたずたに傷ついたキメラビーストが墜落。

更に、一閃。

レヴィさんが黒一色の剣でとどめを刺した。

消耗はほぼないが。

いきなり空間転移を使う獣がお出迎えか。

これは、油断したら一瞬で誰かが死ぬ。

ドロッセルさんが、キメラビーストの死骸に斧を突き刺すと、そのまま引きずって走る。

森からの迎撃二匹目。

今度はアードラの中でも、翠色に輝く品種だ。

かなり大柄で、口を開けると同時に、音波攻撃を仕掛けてくる。

地面にひびが入る程の凄まじさだが。

前に飛び出たイルちゃんがシールドを展開。

弾き返す。地面に、横一線の亀裂が走る。それも、恐らくわたしの数百歩分は。

だが、アードラは直上に跳ぶと。

今度は一点に収束し、音波を放ってきた。

カルドさんの狙撃が間に合い、ほんのわずかに狙いが逸れる。だが地面を切り裂いた音波の一撃が、荷車とツヴァイちゃんを掠める。

ぞっとした。喰らったら、ひとたまりも無かった。

更に、鳥とはとても思えない動きで、空中でホバリングしつつ、次の音波攻撃を仕掛けに掛かるが。

お姉ちゃんが矢を三本同時に放つ。

衝撃波がアードラを掠め。

それを避けたにもかかわらず、アードラの翼がごっそり抉られ。

流石に翼を失った事にはどうにも出来ず、森の中に墜落していった。

「走れ!」

アングリフさんが叫び、此方に走り寄ってきた巨大な四つ足の、頭に角が生えている獣を斬り倒す。

草食獣のようだが。

人間には見境無く襲いかかるものだ。

獣とは、そういうものである。

ドロッセルさんが、空いている右手で、斬り倒した巨大獣を引きずり、走る中。

森の中に、全員が飛び込む。

急いで地面の声を聞き。

地下に何か潜んでいないか確認。

一応大丈夫だ。

いるにはいるが、殺意は無い。やはり、森の中で戦闘を行うのは、獣は好まないのである。それだけ森が大事なのだ。

アングリフさんが先行して、叩き落としたアードラを回収してくる。

ちょっと森に入っただけでこれだ。此処が禁忌の森呼ばわりされるのも納得である。普通の森でも内部では獣は大人しくなるが。出た瞬間此処まで凶暴化はしない。そうするようなら、街の周囲を森で守れない。

これは、森から出るときも、凄まじい追撃が待っている事は想像に難くない。それも撤退戦の方が遙かに難しいのだ。

さっきの音波攻撃に至っては。

誰かに直撃していたら、即死していただろう。

今でも冷や汗が出る。

此処は本当に禁忌の森なのだと。

入る前から。

そして入った後も。

わたしは思い知らされていた。

 

2、森の暗闇

 

一旦獣を解体し、アトリエに回収する。周囲の植物がざわざわ言っているのが分かる。図鑑で見ると、いずれもが攻撃性を持つ植物ばかりだ。

植物のネームドが人間を襲うこともあるらしいが。

いずれにしても、獣と同じ危険な存在と考えるべきだろう。

生唾を飲み込む。

アングリフさんが、ハンドサイン。ついてくるように、という合図だ。

根を踏むと、一斉に果実を爆発させ、致死毒がついている針をまき散らしてくる植物がある。

殺した獲物は即座に根で絡め取って栄養分を吸い取る事で、更に大きくなるのだ。

ある植物の実はとても美味しそうだが。

触っただけで手の皮がズル剥けるほどの毒を持っており。

食べたりしたら当たり前だが即死。

近くで臭いを嗅ぐだけでかなり危ないという代物である。

巨大な花が見えるが。

アレは囮で。

周囲には根が張り巡らされており。

かぐわしい香りに寄せられて近づいただけで、その根が獲物を串刺しにする。真下からの攻撃に弱いのは、人間だけではない。

この根が突き出す速度は音を超えるらしく。

獲物は大きくえぐれて、粉砕されてしまうらしい。

根そのものも下手な金属より遙かに堅い、というか大量の金属を蓄えているそうで。

その危険度は想像を絶する。

此処にオスカーさんを連れてきたら、どんな反応をするのだろう。

世界中の植物と友達になるのが夢だ、という話だったが。

相手が此方を殺す事だけに特化して進化した植物ばかりだったら。

それでも上手くやっていく方法を見つけるのだろうか。

巨大な人型の石隗が歩いているのが見えた。

前にアングリフさんが遭遇した、という奴だ。

見ての通りスピードは大した事はないものの、攻防共に激甚な性能を有しており、生半可な攻撃ではびくともしないという。

その上体内にあるコアを破壊しない限り絶対に止まらないとかで。

何回か戦ったが、非常に厄介だったそうだ。

正体は諸説あるそうだが。

錬金術師が作った人工生命。

つまり、遺跡などで見かける命ある道具、などがそれに近いのかも知れないとか。魔術の産物だとか。

まだ正体はよく分かっていないそうである。

森の中では、その石像さえ大人しく、ゆっくり木々を傷つけないように歩いていて。

石像故に攻撃されても痛くもかゆくも無い様子だ。

まあそうだろう。

石像にどんな毒が通じるというのか。

ただ、それでも至近距離で顔を合わせるのは、あまり好ましくない。

通り過ぎるのを待ってから、先に進む。

森の奥は非常に薄暗く。

異臭も強い。

巨大な獣の糞や、マーキング跡も珍しくない。

幸い、森の中での大立ち回りは、現時点では起きていない。

可能な限り注意して進んでいるから、というのもあるのだが。

この森は、そうせざるを得ないほど、危険すぎるのだ。

イルちゃんに至っては、常時シールドを展開出来るように準備しているほどで。それでも間に合わないかも知れない。

威力偵察の名目で来たものの。

わたしは少しばかり後悔していた。

だが、その後悔も。

少しずつ、良かったと思える事に変わっていく。

森が少しずつ、密度を減らしてきた。

黄金に輝く何かを見つける。

例のドラゴンかと一瞬思ったが、どうも違うらしい。慎重に確認しながら近づくと、どうやら黄金色をした糸の塊だ。内部からは何かが這い出た跡があり、既に空っぽになっている。

これは。

確か、噂に聞いたことがある。

図鑑を見て、慎重に確認。

そして確信できた。

これぞ伝説的な糸の素材である、金の絹糸だ。

非常に強い魔力と頑強さを併せ持つ糸素材で、ヴェルベティスと呼ばれる最高品質の布を作るために必須となる。

どんな錬金術師も量産には成功していないという噂で。

アルファ商会に以前カタログで見せてもらったのだが。

それこそ糸束一つで、傭兵団を一ヶ月くらいは雇えるほどの値段がついている。

だが、こんな所で見つけると言う事は。

その価格も納得である。

木に貼り付いているそれを、丁寧に剥がしていく。イルちゃんも、生唾を飲み込んでいた。

此処がこんな危険な森でなければ、大喜びする所だが。

今は周囲を全員で全方位常時確認しているほどの状況なのである。

はっきりいって、それどころではない。

剥がし終えた後、油紙に包んで、荷車に積む。

これだけの作業で、どれだけ緊張したか分からない。

というか、不純物を取り除くだけでどれだけ大変なのだろう。

ぞっとしない話だ。

他も探してみる。

やはり簡単に見つかるものではないらしく。

周囲を丁寧に探し廻っても、毒の植物ばかりで。簡単には見つけることができなかった。

少しずつ、上り坂になっている。

と、不意に開けた広場に出る。

アングリフさんが、即座に手を横に。

止まれ、という意味だ。

そして下がる。

理由は、言われなくても分かった。

其処は広場ではあったが。

ある意味この世の地獄だった。

真ん中に泉があるのだが。

その泉の周囲を、森に入るときに襲いかかってきた獣よりも、更に強そうなのが何十も屯しているのである。

唸り声を上げて威嚇し合ったり。

平然と水を飲んでいたり。

その獰猛さはおぞましい程だ。

迂回するぞ。

ハンドサインをアングリフさんが出す。

流石に森の中で開けた場所。しかもあの敵の数。同時に相手にするのは自殺行為だ。ティアナちゃんくらいの実力があれば出来そうだが、あの子はもう正直な話、人間とは言い難い。

丁寧に広間を迂回した跡。

また、不可思議な木の実が生る木に出た。

図鑑を調べる。

非常に可燃性の強い実で。

美味しくは無い一方で。

非常に火力は強靱。

これから生成した油を錬金術で加工すると、文字通り激甚な火力を発揮する事が出来るという。

なるほど。

それならば、採取していく意味はある。

お姉ちゃんに手伝って貰って、熟した実を採取して、更に瓶に入れて保存する。

何かの切っ掛けで発火して大爆発、何てことになったら大惨事だからだ。

良くしたもので、周囲は油の栄養を得てか。

草がぼうぼうに生え茂っている。

臭いが有害であっても。

植物にとって、油が栄養になる、と言う事は、揺るがない事実なのだろう。

或いはこの実。

肥料に活用できるかも知れない。

岩陰に出た。

周囲には危険な植物もなく、休むには丁度良い。

イルちゃんがシールドを展開。

戦闘時に即時展開する奴では無く。

時間を掛けて、じっくり展開するタイプだ。

宿場町で使っているものだろう。

壁に仕込んで、強力な獣などの攻撃を防ぐためのものだ。

アトリエを展開し。

内部にみんな入って貰う。

このアトリエは、いずれにしても外部からの攻撃は、簡単には受け付けないし。内部からは外部を幾らでも見る事が出来る。

中に入ると。

やっと皆、気が抜けたようで、疲れを見せた。

すぐにイルちゃんに促されて、絹糸を確認。

まずこれを布にしなければならないのだが。

専用の器具が必要になるだろう。

それくらい鋭い。

普通の糸繰りではとても無理だ。

一旦慎重により分けて、半分こにわける。

その作業には、ハルモニウム製のピンセットを使ったのだけれど。

それも冷や冷やさせられながら行わなければならなかった。

「これは、触るのが怖いね」

「最上級の素材はそんなものよ。 ただ、これを防具に取り入れられたら、さっきの音波攻撃くらいなら耐えきれるかも」

「イルちゃんの負担が減るね」

「……そうね」

複雑そうなイルちゃん。

いつもシールドで敵の猛攻を防いで、その度に吐血するほどのダメージを受けている。彼女は盾では無く剣として戦闘では振る舞いたい様子なのだが。

それも厳しい。

攻撃に関して、あまり才覚が無いのかも知れない。

「お姉ちゃん、私が増やしてみるのです?」

「ううん、それはまだちょっと危ないと思うから、森をもう少し探してみよう」

「その方が危険ではないのです?」

ツヴァイちゃんの言う事ももっともだが。

だが、こんな強力な素材、増やしたりしたら、それこそツヴァイちゃんの命が危ないかも知れない。

元々複製の錬金術は、相当な消耗を伴うのだ。

しかもホムでも使える者が少ない。

人材という意味でもツヴァイちゃんは貴重で。

そんな大事な人材に、無理はさせられない。

他にも、採取しためぼしい素材をより分けていく。

先ほどの油の実。

アブラ木の実というらしい。

そのままアブラ木の実だから、だが。

臭いが強烈な分、確かに高純度の油が出ている。これは瓶に保存した方が良いだろう。

イルちゃんに半分これも譲渡。

他にも、珍しい木の実や、珍しい花や葉もある。

だが、品質は必ずしも最高峰、とは行かないようだ。

それに、一つ気になる事がある。

小首をかしげていると。

アングリフさんが代弁してくれた。

「何だかよ、どれも新しいな」

「アングリフさんもそう思います?」

「俺も金になる話や素材についてはある程度見知っているからな。 その絹糸、確か屋敷が建つような代物だろ? 前に一度だけ商品として加工されたものを見た事があるんだが、ちょっと手が出せる代物ではなかったな。 で、だ。 どれもこれも、どうも最近森の中で生えてきたように鮮度が高い」

「何かしらね……」

イルちゃんが腕組みして考え込む。

だが、考えても分からないだろう。

先に仕留めた獣を捌いて肉も取れたし。

わたしはちょっと苦手だけれど、食べられる野草もたくさん採取できた。

底なしに素材を飲み込んでくれるコンテナは、まだまだ余裕があるけれど。

使える分は、適宜使って行く。

皆で食事にする。

アードラの肉を贅沢に使い。新鮮な野草を炒めて作ったソテーと。角のある草食獣を美味しく煮込んだスープをレヴィさんが作ってくれたので、皆で有り難く食べる事にする。ソテーには細かく砕いたクルミの実も入っていて、とても贅沢だ。

存分に美味しい。

少し気を張ったので、食事の後は交代で休憩する。

ドロッセルさんは、最近意図的に時間を作っているからか。せっせと脚本作りに精を出しているようだ。

カルドさんは休憩時間を利用して、論文を書いている。

手元にある写し取ってきた資料などを参考にして、色々と書いているようだが。

いつもの柔和な雰囲気と裏腹に。

論文を書いているときは、近付きがたい非常に険しい、真剣な表情だった。

わたしも適当に休みながら。

採取した珍しい素材で何を作るか考える。

絹糸はもっと欲しい。

しかし、森の中を威力偵察するだけでは、簡単にたくさん手に入れられはしないだろう。

少なくとも、全員分の防具に必要なだけの量を揃えるには。

並大抵の努力では無理なはずだ。

ぼんやりとしている内に寝落ちして。

夜明けと同時に起きだす。

もう起きていたツヴァイちゃんが、せっせと収集品についてまとめていた。見せてもらうが、今までお店で買ったり、緑化した土地の森の中で得られた素材とはまるで別物の、図鑑でしか見た事がない珍しい品ばかりが並んでいた。

今回の採取品は、イルちゃんと半分こすることで決めているが。

イルちゃんも今回はまず生きて帰ることを優先したがるだろう。

それにこれは威力偵察だ。

いずれ安全に、このクラスの品を手に入れられるようにしたいのだが。

そうも行かないだろう。

貴重な素材ほど。

危険な場所に行かなければ。

手に入れる事は厳しいのだ。

皆が起きだしてから、外に出て、再び探索に戻る。せっせとカルドさんが、森の地図と危険地域について記している。

今度本格的に調査することになったら、パイモンさんにも声を掛けたい。

きっと、助けになってくれるはずだからだ。

 

昨日見かけた悪夢のような広間を避け、森を丁寧に見て回る。

一瞬でも気を抜くと、毒沼に足を踏み入れかねなかった。

しかも毒沼の中には、得体が知れない触手が蠢いている。

足を突っ込んだら、即座に足が溶けて消えかねないような毒沼の縁には。図鑑にも絶対に近寄るなと書かれている、凶悪な毒を垂れ流す紫色の木が、堂々たる姿をさらしていて。その根元には、多数の骨になった獣の残骸が散らばっていた。

ちょっとばかり危険すぎる。

森の中を彼方此方行き来しつつ、少しずつ高度が上がっているのが分かる。

或いは、帰りはもう開き直って、森の中を空飛ぶ荷車で低空飛行して一気に抜けるのが良いかも知れない。

踏むことがトリガーになっている罠は多数ある。

更に、この間のドラゴン戦で痛感した結果。

今、荷車はハルモニウム(前に作った型落ちだが)で装甲を固めている。

あの音速を超える根でも、貫通することは出来ないはずだ。

ドラゴンのブレスを防ぎきれるかは少しばかり自信が無いけれど。

根くらいなら、何とでもなるだろう。

また開けた場所に出る。

とはいっても、少しだけ。

日が差し込んでいて、獣道になっている、くらいの場所だ。

此処は戦闘になる危険がある。

周囲も獣だらけだし、此方を見て常時警戒している。ただ獣たちも、よく見ると、何だか若い。

巨大なのだが、風格がない。

ひょっとして、この辺りで。

最近何かが起きたのかも知れない。

その結果、植物も獣も急成長した。

あり得る話だ。

この森は昔から禁忌の森と呼ばれていたようだが。

何かの理由で最近更なる魔境へと姿を変えた。

それはもう、疑いのない事実だろう。

そして、見る事になった。

誰もが息を呑む。

丘の向こう。

それは、とてもこの世の光景とは思えなかった。

森に阻まれて見えづらいが、それは確かに存在している。

この辺りからなら、見える。

麓から見えなかったのは、多分地形やら何やらの関係が故だ。

其処には。

無数の巨大な岩が。

いや島が。

浮かんでいたのである。

思わず生唾を飲み込む。

あれは自然現象か。

だとしたら、100%邪神が関わっているだろう。勿論邪神のテリトリーである事は間違いない。

そしてこの森の攻撃的な性質。

近年の大幅な変化。

何が起きたかは、だいたい分かった。

要するに邪神に何かあったのだ。死んだか、大きく傷ついたか。

そんな事が出来るのは、他には邪神か、それに近い実力を持つ錬金術師。そしてドラゴンさえ倒せるか怪しい普通の錬金術師では、何人集まっても邪神にはまず勝てない。それこそ世界でも上位の錬金術師が束になるくらいの事をしないと、そもそも勝負にさえならないだろう。

ソフィー先生。

その顔を思い浮かべてしまう。

ほぼ間違いない。

あの人が、浮かぶ岩に住んでいる邪神に、何かをしたと見て良い。

その結果が、この森のおぞましいまでの異常だ。

しばし立ち尽くした後。

お姉ちゃんに肩を叩かれる。

此処は戦闘が起きるかも知れない場所だ。あまり気を抜かないようにと、注意を促されたのである。

アングリフさんもハンドサインを出す。

此処を離れるぞ、という意味だ。戦闘のリスクは、この場所では可能な限り回避したい、というのはよく分かる。

すぐにその場を離れ。

どんどん丘を上がっていく。

木々に遮られてはいるけれど。

それでも、浮かんでいる島の威容はそれこそ圧倒的だ。見聞院で見た記録によると、人間の錬金術師が城を浮かせたとか言う話もあるらしいのだけれど。

島を浮かせるのはそれともまたスケールが違いすぎる。

あれは、人間がやった事ではないだろう。

また珍しい素材を見つける。

木そのものが、黄金に満ちている。

その葉はとても強い、いや帯電するほどの魔力に満ちていた。

黄金色の葉だ。

確か強烈な回復剤に必須とされるとか言う、薬草の中の薬草。

これを越えるものには、ドンケルハイトという伝説の薬草があるらしいが。ドンケルハイトはそれこそ文字通りの伝説。

アルファ商会の商品リストでも、確か売り切れ、となっていた。

一般人にはどれだけ金を積まれても売らない、という意味なのかも知れない。

慎重に、植物を傷つけない程度に。

葉を摘む。

これを上手く利用できれば。

非常に体が厳しい事になっている人も、回復させてあげられるかも知れない。

加工次第では、摂理に反して、無理な病さえも癒やすことが出来るかもしれない。

それほどの力を感じる葉だ。

ただ、図鑑を見る限り、高品質のものとなると、それこそ周囲を黄金で照らすほどの魔力を放っているらしく。

これもそれほど品質が高い品ではないのだろう。

適切に採取。

あっとイルちゃんが声を上げ、アリスさんがさっと口を押さえる。

ぎゃあぎゃあと上の方で鳥が鳴いている。

森の中で騒ぐと言う事は。

獣に袋だたきにされるかも知れない。

森を傷つけていると獣が判断したら。

どんな風に動いてくるか分からないのだ。

イルちゃんを見ると、ちょっとむすっとした様子で、指す。

また、何かが出ていった跡の。

金の絹糸が。木の間に貼り付いていた。

思うにあの絹糸。黄金の葉を食べた何かが作った糸だから、あのような輝きと強度を秘めているのかも知れない。

更に、だ。

アングリフさんが手招きしてくる。

木陰に隠れて、様子を窺った先には。

体を丸めて、大きくあくびをしている。全身黄金色の鱗に覆われた、ドラゴンの姿があった。

あれが目撃報告があったというゴルドネアだろう。

中級ドラゴンという事は、この間戦った湖底の邪竜(上級とは言え弱体化していたので)に匹敵する実力を持っているかも知れない。

森の中だから静かにしているが。

近付くのは自殺行為だ。

頷くと、離れる。

もう少し、丘の上の方まで上がって、それで威力偵察は切り上げる事にする。

命が幾つあっても足りない。

わたしは、声を殺して歩きながら、何度も、何十度も思わされていた。

 

3、浮かぶ島

 

森から出るときも、案の定追撃を受けた。

必死に緑化した街道に逃げ込むまでに、数体の獣を斬り。相手が此方が森に入るのを見て追撃を諦めるのを確認してから、倒した獣を捌いてアトリエにしまう。

後は一旦フルスハイムまで移動。

途中適宜休みは入れていた筈なのに。

ぼろぼろになっているようで。通り過ぎる旅人達は、皆怪訝そうに此方を見ていた。

中核都市であるフルスハイムのレンさんと重役達には、此処のことは報告しておかなければならない。

もはや禁忌の森は。名前以上に危険な場所になり果てている。

準備無しに人間が近づける場所ではない。いや、近付いてはいけない。死ぬだけだ。

原因は恐らく上空に浮かぶあの島。

彼処に住んでいるだろう邪神に、何かあったのだ。殺されたか、それとも大きく傷ついたか。

近いうちに足を運ばなければならないだろう。確認しないといけない。何が起きるか分からないからだ。当然、邪神との戦いも想定される。

ぞくりと来た。

邪神か。

弱体化していない上級ドラゴンなら、或いは下位の邪神に勝てるかも知れない、という程の実力を持つ。つまるところこの世界に住まう人間に対して敵対的な神。それを邪神という。中立であっても、一様に邪神と呼ぶ。人間に友好的な神もいると唱える聖職者はいるようだが、少なくとも資料で明確には確認されていないようだ。

以前ドナとフルスハイムの間にある遺跡の側でインフラの整備をわたしは行ったのだけれど。

あの遺跡を滅ぼしたのが、虹神ウロボロスと呼ばれる邪神で。

そいつを撃破するのに、当時ラスティンでもトップクラスだった錬金術師達が総掛かりで挑み。

大半が命を落としながらも、何とか撃破に成功した、という話である。

そのウロボロスにしても上位の邪神ではないらしく。

古代には、それこそ恐怖の対象でしか無かったという上位邪神、人間に対して破壊と蹂躙の限りを尽くした雷神ファルギオルという存在もいたとか。

現時点でも、二大国がどうにも出来ない邪神が二十かそこら存在しているとかで。

いずれ人間が、それらを少しずつ倒して行かなければならないのかも知れない。

だが、今のわたしでは少し厳しいだろう。ソフィー先生だったら話は違うだろうが。

フルスハイムに到着。

すぐにイルちゃんとお姉ちゃん、アングリフさんとカルドさんにもついてきて貰って、レンさんのアトリエに向かう。

この近辺の中核都市はフルスハイムだ。

此処からライゼンベルグに書状を出して貰うと同時に。周辺都市、更に周辺の商人達にも、注意喚起をする必要がある。

レンさんのアトリエに出向くと、彼女はせっせと何か調合していた。どうやらお薬らしいが、遠目には分からない。

こういうときは、調合が一段落するまで待つのがマナーだ。

レンさんも此方に気付いているが。

調合が終わるまで待つようにとも言わず。

暗黙の了解のまま、しばし時間が過ぎた。

ほどなく、調合が完了。

レンさんは、咳払いすると、用件を聞いてきた。

すぐにテーブルに、危険地域だらけになっている禁忌の森の地図を拡げる。レンさんも、驚いたようだった。

「威力偵察に行ってくるという話は小耳に挟みましたが、本当に行ってきたのですか」

「はい。 結論から言うと、今この森には入れません。 専門知識がある人間以外では、入ったら最後多分生きて帰ることは出来ないと思います」

「それほどですか」

「図鑑にも載っているこれらの超危険植物が、彼方此方に生えていました。 また、住み着いている獣も、あからさまに強大化していました」

レンさんが口をつぐむ。

近辺では、あの森は元々禁忌の森として知られていたらしいのだが。それでも、此処までの事態は想定外、だったのだろう。

しかもゴルドネアの存在を間近で確認したことも告げると、決断は早かった。

中級ドラゴンは、それほど危険な存在なのである。

「分かりました。 周辺都市に、絶対に森に入らないように注意喚起をしましょう。 街道の側にも、城壁を築いて森へは行けないように処置をするべきかも知れませんね」

「わたしも参加しましょうか」

「いえ、フルスハイムはインフラを復旧させ、今マンパワーが余っています。 森に入ろうとしない限り、今報告にあったほどの強力な獣は仕掛けてこないようですし、城壁を作って入れないようにしてしまうのが一番確実でしょう」

頷く。

それと、幾つかの品を見せる。

黄金色の葉。

金の絹糸。

これらは、流石にレンさんも目を見張った。

「これらがある事は、内密に。 山師の類が足を踏み入れて、そのままエジキになる未来しか見えません」

「分かりました」

「それと……禁忌の森上空に、浮かぶ島がある事は、フルスハイムでは知られていたのですか?」

「えっ」

レンさんが絶句する。

となると、だ。

あの島は、邪神の居城として機能していて。

その力で隠されていたと見て良いだろう。つまり邪神が、その隠蔽を維持できなくなった、という事を意味している。

やはり邪神に何かあったのだ。

それが禁忌の森の魔境化に一枚噛んでいるのは、確実と見て良いだろう。

島については、いずれ足を運ばなければならない。

そのためには、あの船を使う必要がある。

いずれにしても、あの船は「そう用いる」予定だったのだ。

明確な目的が出来て、此方としては有り難いくらいである。

「では、これも内密にお願いします」

「分かりました。 今から重役会議を招集します。 貴方たちも参戦をお願いします」

「そう来ると思って、説得力を出すためにこれを持ってきたぜ」

「……そうですね、これを見れば納得するでしょう」

それは。

あの毒の沼地の側で死んでいた、巨大な獣の大腿骨。

毒で黒ずんでいる。

こんな巨大獣でさえ死ぬのだ。

中に入った人間がどうなるかなど、言う間でも無い。

たまたま知識があって。

戦力があって。

それでどうにか生還できた。

今はとにかく、リスクだけを徹底的に強調、禁忌化しなければ、中に人が入るのを止められないだろう。

重役に集まって貰う。

流石に立て続けにフルスハイムの危機を救ったわたしとイルちゃん(今回はパイモンさんはいないが)の緊急の要件だ。

重役も出てこざるを得ない。

そして、集まった長老を一とする重役達に、現状の禁忌の森について説明。毒で黒ずんだ巨大大腿骨を見せると、一様に恐怖の声が上がった。

森が人間に牙を剥く。

守ってくれる場所では無く、隙さえ見せれば即座に殺しに来る。

そんな恐ろしい場所だと言う事を、徹底的に「権力者」に見せつける。

それで、一旦の危機意識は喚起できる。

更には、文句を言う者がいるのなら、実際に現地に案内することも考えていたのだが。流石にあの竜巻を鎮めたわたし達にそんな事をする重役は出なかった。

長老は冷や汗を拭いながら言う。

「分かった、周辺都市には連名で危機喚起の書状を出そう。 ライゼンベルグにも、そのレポートを此方から出しておこう」

「お願いします」

「城壁の作成については、フルスハイムで行おう。 此方としても、仕事は常にあるようにしておきたいのだ。 それに防衛能力の不足については、この間の件で痛感した」

重役の一人が言う。

自警団には人材もいるのに。

それでも、竜巻の時は何もできず、匪賊の侵入まで許した。

彼らとしても必死なのだろう。

後は、彼らに任せれば良い。被害が出るようなら、此方に支援要請があるはずだ。

フルスハイムの宿で、一旦イルちゃんとアリスさんと別れる。

禁忌の森で入手した品は、コンテナで既に分配した。どう使うかはわたしにも分からないけれど。

イルちゃんならきっと素敵な道具にするのだろう。

宿に泊まるかと言う話になったが。

わたしはアトリエ暮らしの方が性にあっている。

今更宿に泊まろうとも思わない。

一度エルトナに戻ったら、今度はフロッケに出向く予定だし、あまり時間もない。流石に今度は討伐任務ではないだろうし、イルちゃんやパイモンさんの助力は必要では無い筈だ。

むしろ、今は。

先に進めておく必要がある事がある。

図面を拡げる。

装甲船二番艦の図面だ。だが、これはまだ正確には「完成」していない。

内部には、まだ拡張性が残されている。

此処に、更に二つの炉を搭載。

更に、図面に書き加える。

それは、巨大な飛行キット。原理そのものは飛行キットと同じである。

要するに。

船を空飛ぶ戦艦にするのだ。

炉を五つにすることで出力を補い。

更にグラビ結晶を用いる事で、船そのものを浮かせる。

ただし、あまり現状の設計では高度を上げられないので、其処は改良が必要になる。恐らくグラビ結晶の純度を上げるか、何かしらの魔術で高度を高める工夫がいる。

加えて衝突回避システムと。

バードストライクの回避のために、速度はあまり出ないようにする必要もある。

有事の籠城に関しては問題ない。

アトリエのコンテナ内には、既にゆうに数年は生活出来るだけの食糧がある。皆倒した獣の肉だ。

それだけわたしは殺してきた。

戦いに打ち克ってきた。

戦いで成長したとは思わない。

わたしはギフテッドを持っていたし。

多面的な経験を積んで成長したと思っている。

決定打はソフィー先生に見せられた深淵だが。

それでも、わたしは。其処までに至るまで、様々な経験を、満遍なく積んで来た。そうでなければ、例え深淵を見せられても。一線を越えることは無かっただろう。

組み立てについて考えた後。

飛行キットの改良について考えておく。

しばしああでもないこうでもないと考えている内に、ツヴァイちゃんに袖を引かれた。

もうそんな時間か。

わたしは頭をわしゃわしゃと掻き回すと。

嘆息して、食事して、そして寝ることにする。

エルトナはまだしばらく目を離せない。

目を離すと、すぐに重役達が悪さをするだろう。

勿論わたしを怒らせたらエルトナは破滅するから、ギリギリのラインで嫌がらせをしてくるのだろうが。

それでも許せる事では無い。

少なくとも、エルトナでは。

生活に困る人は出させない。

貧富の格差も拡大させない。

その結果、わたしが魔王と呼ばれようが、破壊神と呼ばれようが、知った事か。

一晩休む。

そして、夢を見た。

ソフィー先生が夢に現れる。

そう、夢の中にまで、侵入してきた。

凍り付くわたしに、先生は言う。

ある集落が邪魔になったから、消してくるように。

わたしは、エルトナを人質にされて、従うしか無かった。

後は阿鼻叫喚の惨状だった。今のわたしならば、普通の人間を鏖殺することくらい、なんでもないのだから。

拍手しているのはティアナちゃん。

血の海に立っているわたしに、彼女は笑顔で言う。仲間が増えて嬉しいなと。

辺りには、首を切りおとされた死体が、山と転がっていて。

わたしは手を見る。当然、血で真っ赤に染まっていた。

人は殺した事がある。

匪賊を人と呼ぶならば、だけれども。

だが、今回は。それとは違う。理由も分からず殺したのだ。

目が覚める。

夢だと分かっていても、激しい動悸が収まらない。びっしり体中に汗を掻いていた。

ソフィー先生も、流石にそんな事はしないだろう。今の時代、匪賊は大規模集落を作る事が出来ない。

匪賊の聖地とまで言われたライゼンベルグ西の峡谷でさえ、最大規模の匪賊が80人程度だったと聞いている。

それならばそんな事態が来る可能性はないと見て良い。少なくとも、ソフィー先生に見せられた遠い未来の惨劇が来るまではないだろう。

だが、ソフィー先生はこの世界のためなら何でもする。

その恐ろしさは。きっとドラゴンや邪神以上だ。

身震いした後、頬を叩いて気を引き締める。

弱みを見せるな。

まず、エルトナに出向き。

それから重役達を監視、作業をある程度進めておく。

今回も、エルトナに戻ると。

昔は素朴で優しいと思っていた人達は、わたしを見て、露骨に舌打ちした。

既にこの街は。

彼らのものではない。

貧しい中。

素朴に暮らしている内は。皆貧しくて、重役達はその地位も安泰だった。だが、今はもう違う。

一通り作業を済ませ。

予定通りにエルトナの都市計画が進展していることを確認。

軽く実家に顔見せをしてから。

後は、無言でフロッケに向かった。

わたしはエルトナでは表情を消さなければならない。この街に住んでいる、変わってしまった人達に侮られないように。

力を手にしたからには、それに相応しい使い方をしなければならない。更に言えば、力をしっかり使わなければ、侮られるだけ。

冷たくなったと幼なじみに言われた。

錬金術師は凄いけれど、怖いとも。

だが、それは事実なのだ。

力を持つのだから強いし、力を振るえば怖い。当たり前の事で、そうやって制御していかなければならない。

そしてわたしは。立ちふさがる全ての破滅を。

打ち砕かなければならないのである。

フルスハイムで、装甲船一番艦に乗り込むと。やっと少し余裕が出来た。

向こう側につくまで少し時間がある。アトリエを船内で展開してもいいのだけれど、この船は知り尽くしている。

ライゼンベルグへ向かう人も、かなり増えたようで。

この船を利用する旅人も、相当数いる様子だ。

話し声も聞こえる。

どうやら、流しの商人らしかった。二人とも中年の男性で、やたらと派手で趣味の悪い服を着て、髭ぼうぼうである。どちらも当然のようにヒト族だ。

ホムの商人は数字に厳しい代わりに不正を殆どしない。これに対してヒト族の商人には評判が悪い人が多い。

彼らも、その例外ではないようだった。

「この船、錬金術師が作ったらしいぜ。 少し前まで竜巻を力尽くで突破していたらしいな」

「そりゃあ凄い。 そういえば、竜巻も錬金術師が潰したんだろ」

「そうらしい。 凄い新人が出てきたらしくって、その公認錬金術師がやったとかいう話だ」

お姉ちゃんが、笑顔を向けてくるが。

わたしは寂しく笑う。

その後の展開が読めていたからだ。彼らは、「その錬金術師」に好意など持っていない。

見てきたのだ。人の結末を。だからわたしは、まず人を信じるなどと言う事はしないし。その結果、ある程度人の考えも読めるようになって来た。勿論くわしくは分からないが、大まかな好悪くらいは読み取れる。

そして、その読みは当たった。

「湖のドラゴンも退治してきたらしいな」

「そりゃあすげえ。 フルスハイムの公認錬金術師、何のためにいるのやら」

「そういえば先代も評判が悪かったもんなあ。 あれやこれやで税を取り立てるわ、あこぎな稼ぎをするわでなあ。 ……だが先代と連んでた連中、いつの間にかみんな姿を消したらしいぜ」

「先代が急死して、立場がなくなったのかもな。 どっかに逃げたか、匪賊にでもなったんじゃないのか? だとしたらやり得だな。 好き放題したあげくに逃げおおせたんだからよ」

げらげら。

笑っている彼らに対して、踏み出そうとしたお姉ちゃんの服の袖を掴む。わたしが止めなければ、アングリフさんが止めていただろう。お姉ちゃんはわたしに対する被害が生じた場合、手加減しない。この二人は、顔の形が変わる程度では済ませて貰えなかった筈だ。

実際に悪事をしないなら別にかまわない。

それに、恐らく、その先代と連んでいた人達は、全員普通に死ぬよりも何倍も恐ろしい目に遭ってこの世から消された。

今更死体蹴りをするつもりはない。

ソフィー先生も。連携して動いているらしい深淵の者も。

力を使うことを躊躇わない。

或いは、こういった超常存在がいない世界では、悪党がやりたい放題で、報いも受けないのかもしれないが。

この世界は違う。

それだけのことだ。

船がフルスハイム東に着くと、さっき好き放題言っていた人達が、自警団に呼び止められて、荷を確認されていた。

案の定違法の品が出てきたらしく、罰を受ける事になったらしい。

どうやら船内の言動で目をつけられていた様子で。船を下りると同時に、自警団が動いたようだった。

放っておく。

自警団の一人が、何回か一緒に仕事をした相手だったからか、敬礼してくる。

此方も頷き返す。

「フィリスどの! この船は揺れないし獣など寄せ付けないしで、抜群の安定感なのであります! 今後もフルスハイムと連携する場合はよろしくお願いしたいのであります!」

「分かりました。 此方こそ、エルトナの危機にはお願いいたしますね」

どうやら、柄が悪い連中は、わたしの正体に気付いたようで、青ざめていた。自分が誰の前で何をほざいたか、やっと知ったのだろう。

震えあがっている彼らを冷たい目で見下すと。

後は放置して去る。

これでいい。

彼らは、以降主体性の無い、得体が知れない恐怖にずっと襲われ続ける事になる。ドラゴンを殺したような錬金術師(実態はどうでもいい)に対して罵声を浴びせたも同じなのだから。

お姉ちゃんがその場でしばき倒すよりも、よっぽど怖い目にあい続けることになる。

わたしは、彼らの人となりを軽蔑するし。

それで彼らが苦しむのなら、自業自得だとも思う。

そういえば。

キルシェさんは、まだ幼いのに、わたし以上に無機質だった気がする。

きっと大人の嫌な部分を散々見てきたから、だろう。

聡い子ならなおさら感じ取ることも容易な筈だ。

神童とまで言われる子なら、なおさらだろう。

そうか、こんな気持ちをずっと味わい続けていたのなら。あの子はきっと、わたし以上に将来は凍り付くことになるのだろう。

綺麗に整備されている緑化された街道に出ると、荷車に飛行キットを取り付ける。

作業はてきぱきと済む。

何度も使って来た道具だ。今更組み立てに戸惑うことも、困る事もない。何しろ、隅々まで文字通り知り尽くしているのだから。

いつも通りに、お姉ちゃんとカルドさん、レヴィさんに乗ってもらい。

後の皆はアトリエで待機して貰う。

此処から一気にフロッケに向かう。

ちょっと雪が降っているが、その程度は何の問題にもならない。何しろ空路を行くのだから。

ただ、それはあくまで現状が維持された場合。

山の天気は変わりやすいと聞いている。

吹雪になられると面倒だ。

さっさとフロッケに行ってしまうのが良いだろう。

早速フロッケに向かう。

以前から改良を少しずつ施しているからか、荷車そのものの動きも悪くない。すっと飛ぶ感じだ。

というか、プラティーンに比べて、ハルモニウムは何というか軽い。

軽すぎて飛ぶよう、というわけではないのだが。ハルモニウムで装甲したこの荷車、空を泳ぐように抵抗が弱いのだ。重量でいうと、それほどプラティーンと変わらない筈なのだが。

これも、とても強い魔力をハルモニウムが帯びているから、かも知れない。

レヴィさんに言って、少し強めにシールドを張って貰う。

思ったより速度が出るので。

バードストライクが起きた場合のダメージが怖いからだ。この場合、荷車に対するダメージは怖れていない。わたし達に対するダメージの話である。

案の定と言うべきか。雪がかなり強く降り始めた。

空を飛ぶ獣たちも、それぞれの住処に戻って、雪をやり過ごそうとしている中。

シールドを張った荷車は飛ぶ。

視界が完全に塞がれた場合は、一旦この山を抜ける事になる。方角は分かるので、それに沿って飛ぶだけだが。事故が怖い。かといって、これ以上速度を上げるのも、事故につながり兼ねない。

衝突回避システムのせいで、速度が落ちる。

まあこれは仕方が無いか。ほどなく、フロッケの至近に到着。

雪はぼた雪に変わり始めていて。やがて吹雪き始めたが。

フロッケの周辺は、相も変わらず雪も積もっていないし、畑も出来ている。そして、わたしが来たのを見たフロッケの自警団の人達が、此方に来るのが見えた。

魔族のグラシャラボラスさんもいる。

道を作るとき、随分世話になった。

「おう、フィリスどのか。 この寒い中どうした」

「此方で戦略事業があると聞いて、駆けつけました。 キルシェさんに取り次いで貰えますか?」

「ああ、そういえば……あれか。 確かにうちの神童でも、あれはちょっと手に余るみたいでな」

グラシャラボラスさんが言葉を濁す。

あのキルシェさんが手こずるというのは、相当なのだろう。

わたしがソフィー先生に言われて赴くわけだ。ソフィー先生は、わたしに経験を積ませたいらしい。

だから、どんどん厳しい仕事を指示してくる。

とはいっても、ソフィー先生がさぼっているとも思えない。あの人は、もっと大がかりな。それこそ世界のどん詰まりを解消するための仕込みを今、せっせとやっているのだろうから。

程なく、キルシェさんが来る。

わたしは一礼すると、公認錬金術師になった事を報告。キルシェさんも、当然の結果と、いつも通り言葉少なく応えた。

人によっては。いや、平均的な人間は、それを冷たい対応と思うかも知れない。

だがキルシェさんはこういう子だ。

わたしは何とも思わないし。

何とも思わないのだからそれでいい。

「手伝ってくれると言う事で、助かる」

「此方も何をすれば良いかまだ詳しくは聞いていません。 先生に言われて来たところで」

「……心当たりがある。 とにかく、来て欲しい」

アトリエに来るよう促される。

わたしは頷くと、ずっと年下だが、ずっと先輩の公認錬金術師について歩き始めていた。

 

4、天を操る

 

キルシェさんのアトリエに出向いた後。外をちらりと見ると。街の重役達が嫌そうな顔で此方を見ていた。

エルトナと同じだ。

言うことを聞かない生意気な小娘。

暴力的な力を使って、権力を奪った。

気にくわない。

街にどれだけキルシェさんが貢献しているか分かっていても、その憎しみは消えることが無い。

器が小さいが、それが平均的な人間なのだと、わたしにはわかり始めている。だから、もう何とも思わない。

あるいは、そもそもずっと年下のキルシェさんに、丁寧に接しているわたしも滑稽に見えるかも知れない。

だけれど、キルシェさんは幼くしてあの難関試験を突破し。齢10にして俊英公認錬金術師として現役活躍している神童だ。

若い自警団員などは同情的なのも。

それが、自分達にとって希望の星に見えるから、なのかも知れない。

アトリエに入ると、お手伝いさんが変わっていた。

前のいつも不機嫌そうなおばさんのお手伝いさんではなくなり。

獣人族の若い女の子である。顔は兎だ。

てきぱきと作業をしている。残念ながら、家事などはあまり熟練しているとは言えないようだが。

「あれ、前のお手伝いさん辞めたんですか?」

「新しいお手伝いをフルスハイム東で、違法奴隷として売られそうになっていたのを自警団員が助けて、引き取った。 そうしたら、前のお手伝いは気に入らないとかいって辞めてった」

「そうですか」

勿論新しいお手伝い本人には聞こえないように言っているが。

あの様子だと、モチベーションも高そうだし。

新しいお手伝いさんは嬉しそうだ。

違法奴隷として売られそうになっていた、というと。

やはり匪賊がらみだろうか。

それとも、貧しくて、公認錬金術師がいない集落で、悪徳商人に親が売り飛ばしたのだろうか。

卑劣外道な行為だが。

貧しすぎる集落では、どこでもやっていると聞いている。

この世界では。

倫理観念が違う場所がいくらでもあるのだ。

なお、このお手伝いさん、以前の名前は「グズ」だったらしい。

実の親が、最初からそういう人間だったのだとそれだけで察してしまい、わたしは以降何も言えなかった。

そしてそういう人間が、むしろ平均的なことも。

わたしの心に傷をつけていた。

今はフローラと言う名前をキルシェさんがつけて。

それを受け入れているという。

お姉ちゃんが見かねたか、家事を手伝い、指導も始める。

その間に、レヴィさんがお茶を淹れてくれた。おかしについては、以前作ったものを、コンテナから出してくれる。

なおわたしが高品質の小麦粉を作れるようになったから。

非常に焼き菓子は美味しく仕上がっている。

「これはおいしい。 太る」

「その分疾風のごとく動けば良い。 食べた分は動くか頭を使うと良いだろう」

「この甘さだと消費しきれない可能性が高い」

「ハハハ、そうか」

何故か誇らしげなレヴィさんに苦笑い。

それで、咳払いすると。

戦略事業について聞く。

「それで、何をしようとしているんですか」

「現在、フロッケの周囲は暖かくしている。 これを山全体に拡げたい」

「!」

「人工太陽計画と呼んでる」

人工太陽。

確かに、この山の気象は異常だ。

複数のドラゴンが平然と住み着いているのも原因なのかも知れないが。ともかく、周囲ではこんな寒冷には見舞われていないのに。

ただこの山だけが、常に雪と冷気に覆われている。

これを打開できるなら。

確かにした方が良い。

「現時点では、この村の周辺に錬金術で増幅した熱源とシールドを張って、雪を防いでいるけれど。 山全体を覆うのは、それこそ最高の錬金術師でも無い限り現実的ではない」

「そうですね」

頷くと、キルシェさんが仕組みを見せてくれるが。

極めて複雑で、理屈は何とか分かる、と言う程度だった。

なるほど、これが神童の本気か。

そしてこの子がいなくなれば、フロッケが立ちゆかなくなることもよく分かる。

あまりこういうことは言いたくないのだが。

この村の老人達は愚かすぎる。

パイモンさんやオレリーさんのように賢者と呼んで良い老人もいるのだが。

それとは真逆だ。

エルトナの人達もこうなってしまった事から鑑みるに。

ますますソフィー先生の見せた絶望の未来が、現実なのだと確信するばかりである。

「私は自分の才能の限界も見えてる。 だから意見が貰えるなら欲しい」

「そうですね……」

まず原因を取り除くべきだろう。

そのためには、この吹雪いている山を調査する必要がある。

その提案に、キルシェさんは腕組みした。

「少し難しいかも知れない」

「何か問題があるんですか?」

「どうやら原因があるらしい場所。 その近くに、ドラゴネアがいる」

「!」

そういう事か。

しかも複数が固まっているのだ。

その上、周辺は猛獣だらけ。

更に加えて、この天候である。

まともに戦える訳がない。

ドラゴネアは下級のドラゴンだが。

その戦闘力は、わたしが身を以て知っている。あんなもの、複数同時に相手に出来るわけが無い。

ソフィー先生でもいればともかく。

この場は、わたしとキルシェさんだけ。

イルちゃんとパイモンさんを呼んでも厳しいだろう。

「でも、考えは悪くないと思う。 あそこにいるドラゴンは好戦的ではないし、ひょっとしたら、調査できるかも知れない」

「好戦的では無い……」

「ドラゴンは基本的に人間を殺すことしか考えない。 だけれどたまに、変わったのが出てくる事がある」

そうなのか。

フルスハイムを全滅させる気満々だったあの湖底の邪竜を思うと。

にわかには信じがたいが。

しかしキルシェさんほどの錬金術師だ。

口から出任せを言う事もないだろう。

「ただ、それでも不用意に近付くと攻撃されると思う」

「まずは其処から、ですね」

「……それと、山全体を暖かくする方法も考えた方が良いと思う。 調査は命がけになるし、それで成果が出るとも限らない」

「分かりました。 少し考えて見ます」

後は、幾つか話し合いをした後、引き上げる。

フローラさんは、お姉ちゃんにぺこりと一礼していた。

まあ、キルシェさんに恩があるのに、家事で役に立てていないことや。

何よりキルシェさんがそれに何も言わないだろう事が。

本人にとってとても歯がゆいのだろう。

似たような状況にいるツヴァイちゃんを間近で見ているから分かるのだけれども。そういう反応をする人間もたまにいる。

平均とは違うかも知れないが。

むしろ違う方が、わたしは好きだった。

アトリエに戻ると、軽く話し合う。

アングリフさんは、頭を掻くとぼやいた。

「それでどうするんだ? 流石にドラゴンが何匹もいる場所になんか、危なくていけねえぞ」

「近付きすぎないようにして、まずは様子を見に行く事を考えるべきですね。 それと……」

貰ってきた設計図を見るが。

これを単純に拡大するには、それこそ山全体を覆う巨大な装置が必要だ。

キルシェさんでも無理だし。

わたしが持っている物資でも、流石にこれは作りきれない。

「これを改良する方法についても、少し考えたいと思います」

「これは少しばかり高度すぎますね」

カルドさんが眼鏡を直す。

魔術に関しては相当に詳しいこの人だけれども。

それでも解読が困難なようだ。

わたしも魔術は使えるから分かる。

これは、正直な話、才能が頭打ちだと自己申告している人の書いたものだとはとても思えない。

もの凄い完成度だ。

「これを更に増幅するつもりですか?」

「……」

「フロッケは現時点で不自由していません。 あまり危険な賭に出るのは」

「カルドさん」

わたしは、たしなめていた。

不自由していない、なんてあるはずが無い。

安全なのはフロッケと周辺だけ。

確かにキルシェさんがしっかり整えたから、フロッケの内部と、周辺は安全だ。だが、外に出るには飛行キットを使うか、或いは山の機嫌が良いときに一気に駆け抜けるくらいしか手がない。

それは不自由していないと言えるのだろうか。

フロッケはキルシェさんがいなければ詰んでしまう。

それは良い状況とは言えないはずだ。

「少し考えるので、お茶とお菓子をお願い出来ますか、レヴィさん」

「分かった。 眠気が空の彼方に飛んでいくような甘いのを用意しよう」

「ほどほどにお願いします」

お姉ちゃんがあまりいい顔をしなかったので、フォローしておく。

さて、此処からだ。

実際問題、人工太陽計画などと言っても、どうすれば良いか見当もつかない。

こんな完成度が高い道具をどうするか。

改良点なんて思いつかない。

出力を下手に上げたら、フロッケが蒸し焼きになりかねないし。

規模を拡大したら、どれだけ資源があってもたりやしない。

更に言えば、原因を究明しようにも。

ドラゴンが守っているのでは、どうしようもない。

下級でも、公認錬金術師が複数で勝てるか分からない規格外の化け物である。それが数匹。

勿論手を出せば、全部が一斉に掛かってくるだろう。

とてもではないが、現実的な方法では無い。

腕組みして考え込んでいるわたしの前に、お茶とお菓子が出てくる。

しばし思考を止めて、お菓子を食べる。

ツヴァイちゃんにはミルククッキーが出されていて。

喜んで頬張っていた。

気分転換のため、お菓子を食べた後は、無心に錬金術をする。

金の絹糸の加工法について。

フルスハイムの見聞院に、来る途中で寄って調べて見たのだが。

なんと絹糸をコーティングする事によって、その鋭すぎる糸を緩和し。加工できるようにする技術があると言う。

しかも開発者はソフィー先生だ。

流石としか言いようが無い。

早速、レシピをみながらやってみる。

糸繰りに関しては、専門の人間がいる。調べて貰ったら、フロッケにもいるので、大丈夫だ。

絹糸を丁寧にほぐし。

その後、レシピ通りにコーティング。

幸い素材は揃っていたので、複数の調合を経て中間生成液を造り。そして糸の破壊力をコーティングして押さえ込む。

その後、糸繰り職人の元に持ち込んで、糸に加工して貰う。

八割増しの料金を払うと言ったら、流石に仰天されたし。

こんなものは見た事がないと、金の絹糸を見てもいたが。

初老の糸繰り職人は、きちんと糸にしてくれた。

その後、模様そのものに強化の魔法陣を仕込んだ布にするのだが。これに関しては、お姉ちゃんが機織りを教えてくれるという。

かなり手間暇が掛かるので、時間が掛かってしまうが。

素材が大変に貴重なことを考えると、まあ仕方が無い。

ちまちまと進めていく。

もし布にまで仕上げられたら、伝説の布であるヴェルベティスの完成だ。布でありながら膨大な魔力を纏い、生半可な鎧など及びもつかない防御力を作り出す。それこそ究極の布であり、場合によっては国宝にさえなる。

まずどんな魔術を仕込むか考えながら。

わたしは、幾つか複数の作業を。

並行して、少しずつ考え始めていた。

 

(続)