水陸の壁

 

序、通じる道

 

ついにメッヘンへの緑化作業が完了。道がつながり、安全に通れるようになった。

メッヘンの側でも喚声が上がったし。

作業を終えた人夫達や戦士達も喜びの声を上げた。

獣にもドラゴンにも破壊されることなき安全な道。勿論獣は「大人しくなる」程度であるし、匪賊は襲ってくるが。それでも他に比べると全然マシ。

わたしがエルトナに戻ってから二ヶ月半が経過していたが。

色々な作業も並行していたし、それで此処までやれたのなら充分すぎる程だろう。

ディオンさんと握手する。

そして、エルトナの長老にも来て貰い。

メッヘンの長老と、契約の書類にそれぞれサインをして貰う。

契約の内容は、わたしとディオンさんが書き下ろし。

更にはそれをアルファ商会と話あって確認。

カルドさんとお姉ちゃんにも目を通して貰って。

それで通した。

重役達にも話はしたが。

内容の変更はしない。

誰もが得をする契約内容にしたのだ。

特定の誰かだけが儲かる内容では無い。

エルトナもメッヘンも足りない物資が相互に補い合う事が出来て。その利益が皆に行き渡る。

その契約内容にするまで、随分苦労した。

特定の誰かだけに甘い汁は吸わせない。

それについても内容を練り込んだ。

特権階級の出現は街の腐敗と瓦解を招く。それはわたしが、実際に見てきて知っている。だからそうはさせない。

わたしだって、家を地上に移したのは一番最後。

奴隷同然に扱われる人や。

異常なお金持ち。

そういった存在は出してはいけないのである。

長老はどちらも不愉快そうだったが、ハンコを押す。これで契約は成立だ。錬金術で、契約書を保全。途中で書き換えを出来ないようにする。そして、内容については、完全に複写。

集まっている住民の前で読み上げる。

拍手がわき起こったが。

甘い汁を吸えないと分かっている重役達は、苦虫をまとめて噛み潰しているようだった。

努力すれば、それだけのお金が儲かる。

そういう社会は正しいだろう。

だが金を持っていれば何をしても良いという社会は間違っていると断言できる。

この間起きた事件。

ディーンさんの遭った悲劇を見ても。

それは確実だ。

わたしはそんな現実があったら。

根本から徹底的に。痕跡も残さず破壊し尽くす。泣こうが喚こうが絶対に許しはしない。それだけだ。

皆が戻った後、ディオンさんと話をする。

「いやはや、助かったよ。 これでメッヘンは鉱物資源をもっと容易に手に入れられるようになる。 水害の危険も著しく減っているし、本当にこれで街は良くなるね」

「ただ、それを聞いて匪賊が来る可能性があります。 自警団の強化を自主的にお願いします」

「ああ、そうだったね。 儲かっていたり、発展していると彼らは来る。 嘆かわしい話だけれど……」

悲しげに眉をひそめるディオンさん。

更に、わたしは提案する。

「此処から東に行くとフルスハイムです。 わたしがこれから、時間を掛けてフルスハイムへの街道を作ろうと思うのですが、ディオンさんは他の街への街道を整備していただけませんか?」

「東って、正気かい!? あっちは人間が入れる場所じゃ……」

「フルスハイムには、現状ドナを通らないといけない状況です。 ドナまでは比較的安全に進めますが、恐らくフルスハイムと此処の直通路が出来れば、更に安全性を高めることが出来ると思います」

「ドラゴンを倒したという話は聞いているが、それは……心配だね」

実のところ、わたしにはもう一つ狙いがある。

以前ドナのオレリーさんと話したのだが。フルスハイム周辺のインフラは思いの外貧弱なのだ。

湖の水運に頼りきりだった、というのが最大の要因なのだけれど。

今後、オレリーさんはドナから周辺へ緑化とインフラの拡大を進めていく事だろう。

わたしの方でも、今回のメッヘンとフルスハイムの直通路作成については、オレリーさんとも相談しておくつもりだ。

こういう事は、周辺の有力都市と協力した方が良い。

そしてまだ時間はある。

東に緑化作業を進めれば、恐らく相当な数の獣と戦う事になる。ネームドもたくさん現れるだろう。

フルスハイム西、つまり此処から東は殆ど人跡未踏。

逆に言うと、徹底的にネームドを駆除し。更に安全な道を作り上げれば。

近辺の半分孤立している集落への街道などの計画を立ち上げられるかも知れないのである。そういった可能性も秘めている極めて重要な戦略事業だ。

「わかった。 エルトナには多く今人が流れ込んでいるようだし、メッヘンとしても力を蓄える機会だろう。 そうだね、西への街道がちょっとまだまだ安全性に欠けるから、それを此方でどうにかしてみるよ」

「強力なネームドなどが出るようなら連絡願います。 片付けますので」

「頼もしいね。 その時はお願いするよ」

もう一度礼をして、その場を離れる。

一度エルトナまで戻る。

その日は見張りは立てるものの、好きに宴会をして貰う。何しろ一大事業ががっつり完成したのだ。

流石に子供だけでメッヘンにいける、と言うほど安全ではないにしても。

森林資源に安全な道が確保出来たのだ。

エルトナにとっては非常に大きいことである。

更に、既にエルトナの全住民が地表に住居を移している。

最後の最後の方まで後回しにされた重役達はわたしを不愉快そうに見ていたが。正直そんなことはどうでも良い。

家庭の境遇を嘆いていた幼なじみや。

苦しい生活をしていた家族が、嬉しそうにしている。その成果の方がずっとわたしには貴重なことだった。

アトリエをメッヘン近くのキャンプに建てる。

これから東に、フルスハイムへの直通路を作る事。

途中にいるネームドは皆殺しにする事。

厄介そうな獣も皆殺しにする事。

これらを告げてから。

わたしは一度、アトリエに入る。

ディオンさんに話を聞いて来たのだ。

メモをまとめておきたい。

メッヘンでは、水害にずっと悩まされ続けて来た。このため、ディオンさんが独自に水害の研究をしていた。

今回、その研究の一部を買い取ってきたのだ。

わたしも色々考えて見るつもりだが。

他の人の研究を覧るというのは、違う視点でものを見る事でもあるため、非常に勉強になる。

実際見聞院で読んだ本が、どれだけ役だったか知れない。

更に、この間メアちゃんのお店に入っていた本も確認。

これらの調査は。

フルスハイム東の湖に入るための準備だ。

湖の底にドラゴンがいるとして。

泳いで戦うのは自殺行為である。

ならばどうするのか。

まず湖を知らなければならないし。

場合によっては爆弾を沈めて相手を湖面まで引きずり出す必要が生じてくる。

また、更に場合によっては、何かしらの手段で湖に入り。

湖底で限定条件下でドラゴンとやり合わなければならない。

力はソフィー先生が押さえ込んでいるという話だったけれど。

それでも相手は上級だ。

以前戦ったドラゴネアより弱いとは思えない。

準備はしすぎるほどしても、足りないほどなのである。

もう一つ、やっておくことがある。

エルトナの処理だ。

エルトナの地下街は、以前予告したとおり埋めてしまう。

既に全員の引っ越しが完了。

現在は、残された資材などの回収作業を行っている段階だ。緑化が一段落したこのタイミングで、ソフィー先生が貸してくれた戦士達は全員、その作業に従事して貰っている。住み慣れた街を埋めるのは辛いという声もあるにはあった。

だが、地下に戻りたいと言う声は皆無だった。

そしていつ崩落してもおかしくない地下都市を、残しておく意味もまた皆無だ。

ならば、埋めてしまうことには、何ら問題もないのである。

説得はした。

感情的なしこりは残っているが。

それは我慢してもらうしかない。

メモをまとめる。

腕組みした。

まずドラゴンの居場所を確認しなければならない。渦の中心の底、だったら話が楽なのだが。

ドラゴンは普通に強力な魔術を使う。

下級でさえ、である。

ドラゴネアとやり合ったとき、翼に強力なシールドを展開して、守る様子を見せていた。

上級ともなれば、それこそもっと複雑な魔術を使って来ても不思議では無いだろう。知性が無いとか言う話だが。

それでも魔術は使えるのだ。

そして次に、攻撃手段。

もぐって戦うにしても。

爆雷を落として引きずり出すにしても。

素潜りは論外。

戦うためには、幾つも準備がいる。

ディオンさんの研究をチェックしていくと。どうやら空気の泡を固定して、川に入る研究をしていたらしい。

途中で頓挫してしまっているのだけれど。

これはアイデアを出すまでで力尽きてしまっていて。

研究をする時間がなかったから、のようだ。

何しろ水害に苦しめられていたメッヘンだ。ディオンさんの負担は尋常では無かっただろう。

だったら、わたしが研究を引き継ぐ。

いずれにしても、水中に入るのに、これは有用かも知れない。

幾つか調べていく。

まず今息をしている空気だけれども。

密閉した部屋にいると苦しくなるし。

何より密閉した部屋で火を熾しっぱなしにすると、酷い場合には命を落とすこともある。

つまり空気には鮮度があると言う事だ。

色々な資料を確認し。

そして空気を閉じ込めるための仕組みについて考えて行く。

例えば、自動荷車を逆さにするような感じで、空気を閉じ込めるのはどうか。

荷車を硝子などで作って、それでもぐるのである。

空を飛ぶのとは逆の要領で。

キット化して、湖底に行くのだ。

だが、この場合。

水の中に住んでいる巨大な獣たちとの戦闘が非常に厄介になる。しかも、水の抵抗は相当に厳しい。

釜でいつも中和剤を作る時にかき混ぜているから知っているが。

錬金釜で液体を混ぜるのでさえ、結構腕が疲れるし、肩が凝るのだ。

大きなものを水の中で走らせる場合。

相当な苦労が必要になるだろう。

それならば、自在に動くのでは無く、いっそのこと道を作ってしまうのはどうか。

しかし、資材を投入したとしても、大型の獣を相手にして、攻撃を防ぎ抜く壁を造りながら、湖底に潜り、周囲を確認するというのは現実的ではないように思える。

試行錯誤を繰り返し。

色々な案を出しては消しているうちに。

食事に呼ばれた。

皆で食事にしながら、アイデアを話す。

前にイルメリアちゃんやパイモンさんと一緒にやっていたときも、こうやってアイデアを出し合うことはあった。

そして話をしてみると。

相手が素人だとしても、案外役に立つ情報が出てくるものなのである。

アングリフさんが、案について一つずつ難点を述べてくれる。

流石に歴戦の傭兵。

こういう状況ではこう戦いにくい、というのを。

すらすら教えてくれた。

或いは水中での戦闘も、経験したことがあるのかも知れない。

「前に魔術で、大きな空気の泡を固定して、水の中に入った魔術師を知っている。 ただし、すぐに逃げ帰ってきたが」

「何となく分かります。 水の中の生き物の戦闘力が尋常では無かった、ですよね」

「その通りだ。 わかってきたではないかフィリスよ。 ふはははは」

何故かアングリフさんのした話に、嬉しそうな対応をするレヴィさん。

呆れながら、ドロッセルさんは言う。

「荷車を硝子で作ると脆くて話にならないだろうし、そうなると所々覗きマドみたいな感じで、水中に潜れて周囲も確認できる箱にしてみたら?」

「水中に住む獣が大型過ぎるんですよね……」

「そっか、確かに荷車だと小さすぎるね」

「だったらあの装甲船を沈めてみたら? あれなら、獣程度全然問題にならないでしょう?」

お姉ちゃんの一言が。

わたしを我に返らせる。

そうか、その手があったか。

ただ、あの装甲船は、現時点ではフルスハイムのインフラの要。変な改造をして、台無しにしてしまったら、それこそフルスハイムにとっては致命打になる。

沈めるか。

その場合、浮かぶ仕組みも作らなければならない。

まず最初に、あれと同規模の船を作る。

フルスハイム東の湖の獣たちも、あの規模の装甲船には仕掛けてこないことが分かっている。仕掛けて来たとしても、撃沈は無理だ。

次に船の周囲を空気で覆う。

これは出来るだけ大規模な方が良いだろう。

船の周囲を確認する術を作る。

ドラゴンがいた場合は、出来るだけ早く逃げる必要がある。下級でさえ、ブレスはあの火力だった。

水中なら当然威力は落ちるだろうが。

それでも直撃したときのことは考えたくない。

まて。

イルメリアちゃんの使っていたシールドを、炉に接続したらどうだろう。

イルメリアちゃんの強い魔力を直接増幅して展開していたシールドでも。吐血するほどのダメージと引き替えではあったが、それでもドラゴンのブレスを一度は防ぎきる事に成功しているのだ。

それならば、恐らく。

よし。

幾つかやる事が決まった。

まずフルスハイムに行って、レンさんと相談。

続けてイルメリアちゃんの所に行って、シールドのレシピを買う。出来ればイルメリアちゃんに協力して貰いたい所だが、今村の復興で大わらわだろう。

問題は攻撃手段だが。

これについては考えがある。

あれだけの大出力の炉があるのだ。

利用しない価値は無い。

更に此奴を錬金術で増幅してやれば、それこそ湖の温度が一気に変わるくらいの火力での攻撃だって可能なはずだ。

そういう意味では、パイモンさんから雷神の石のレシピを買うか。

いや、ブリッツコアでいい。

パイモンさんの雷神の石・完成型は、魔力消耗が大きすぎる事が欠点だと試験では言われていた。

シールドに相当消耗するだろうし。

わたしと連携したとしても、これ以上魔力消耗を激しくしてしまうと、色々と厄介な事になるのが目に見えている。

「リア姉、有難う。 何とか良い案が出そうだよ。 ちょっと忙しくなると思うけれど」

「順番にこなして行くのよ」

「うん、分かってる」

まずは足下。

エルトナからだ。

明後日には、全ての荷物や資材の運び出しが終わると聞いている。それならば、まず明日中にフルスハイムに行って、レンさんと相談。

フルスハイムとメッヘンを接続する緑化計画と。

もう一隻船を作る計画について、相談する。

これは戦略事業だ。

公認錬金術師同士が連携するのは当然の話である。できれば、イルメリアちゃんやパイモンさんの力も借りたい。

それらについては、作業を進めながら考えて行くことになるだろう。

ツヴァイちゃんに話を聞く。

鉱石の在庫について、である。

すぐに具体的な数字が帰ってくるので好ましい。

ライゼンベルグへの途上で、プラティーンの原石は散々入手した。そしてハルモニウムの材料であるドラゴンの鱗については、まだ在庫がそれなりにある。

ドラゴンの鱗の在庫を増やせるかどうかについては、一瞬だけツヴァイちゃんを見たが。

出来ればその手段は避けたい。

というのも、お薬や中和剤を増やしたり、ブリッツコアを修復したときも、相当な消耗をしていたのだ。

強烈な魔力を内包しているドラゴンの鱗を複製した場合。

或いは、それから生成したハルモニウムを複製した場合。

ツヴァイちゃんの負担は尋常ではないだろう。

アルファ商会に頼むとすると。

相当にお金がいる。

そうなると、フルスハイムとメッヘンへの街道を作る工事に対して投資するという形で、ハルモニウムを調達して貰う手もある。

わたしでも分かるが。ソフィー先生とアルファ商会はずぶずぶだ。

そしてソフィー先生の実力なら、ドラゴン程度簡単にひねり潰せるだろう。

それならば、アルファ商会にドラゴンの素材があってもおかしくない。ただ、天文学的な値段がつくことは覚悟しなければならないが。

一通り、やるべき作業をまとめ、カルドさんと話す。

カルドさんがチャートを組んでくれるというので、頼む。

後は、食事を済ませて。

眠る。

明日から、また忙しくなる。

フルスハイムとは、今後も関係を強化していかなければならない。或いはドナとも連携する必要があるかも知れない。

わたしは、あくびをすると。

眠るべき時に眠るべく。ベッドに潜り込んでいた。

 

1、退路を断つ

 

レンさんのアトリエには、オレリーさんが来ていた。どうやら、フルスハイム東の湖の周辺におけるインフラ確保について、話し合いをしていたらしい。

現在の時点で、フルスハイムの南の幾つかの集落には、緑化した道が通じたそうだ。

これによって、水路と陸路で、避難路が作られたことになる。今後はフルスハイムと連携しながら、周辺の獣や匪賊に対応するべく、計画を進めていくという。

わたしはお姉ちゃんとカルドさんと一緒にアトリエに来たのだが(レヴィさんは退屈な話は好まないと言って、街に買い出しに出かけた)。カルドさんは苦手な女性がたくさんいるからか、青ざめて石像のようになっていた。

オレリーさんはわたしを見ると、相変わらず不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「少しはマシになったようだね。 それで、戦略事業ってのは」

「はい。 此方で独自に調査を進めた結果、フルスハイム東の湖の湖底に上級のドラゴンがいる事が確定し、更に力が弱っていることも分かりました。 それを退治するために、湖底まで船で行きます」

「ほう?」

「具体的には……」

昨晩と今日来る途中に、考えたアイデアを披露する。

レンさんは驚いていたが。

オレリーさんはそれほど驚いているようには見えなかった。

多分この人の中では、それくらいは「普通の錬金術」の範疇なのだろう。ソフィー先生クラスまで行かないにしても。この人はライゼンベルグでもトップクラスの錬金術師だった人で、ラスティン全体でも確実に最上位に食い込む実力者なのだ。いや、この世界全体でも、だろうか。

「プラティーンベースで装甲した船を泡で覆い、錬金術で炉を作って浮き沈みをコントロール。 浮力、周囲の確認は魔術で制御か。 面白い事を考えたじゃないか」

「泡を魔術で固定して、徒歩でもぐることも最初は考えました。 でもそれだと、水中にいる大型の獣には対抗が難しいと思ったので」

「確かに船なら潜行できる時間もかなり長くなりますね。 空気を作り出すための手段も確保した方が良いでしょう」

「そうですね。 最悪の場合に脱出する手段も準備します」

それについては、小型の同型船を連結する形でかまわないだろう。

更に、メッヘンとフルスハイムの間を、街道で直通させる話についてもする。レンさんは眉をひそめたが。

確かにその道が通じれば。

危険地帯と化しているフルスハイムの西を、安全に通行できるようになる。退避路が増える、と言う事でもある。

今回の竜巻の一件で。

巨大都市フルスハイムのインフラが極めて脆弱だという弱点が露呈したのだ。

それを補う事は、幾らでもやるべきだろう。

その結論については、レンさんも納得したようだった。

「分かりました。 フルスハイムとしても、作業に協力しましょう」

「では、此方は此方でやらせて貰うよ。 峡谷の北側、フルスハイム東に向けての街道は、此方主導で行うがかまわないね」

「お願いします。 マンパワーは船の建造に回したいので」

「ふん。 いずれにしても、北側へのインフラを強化するにはまだまだ手間が掛かるね」

現時点でも、フルスハイム北にある集落の幾つかには、装甲船を使わないとまともに物資が送れないし、行き来も出来ないという。

非常にまずい状況だ。

もしも装甲船さえ太刀打ち出来ないほど竜巻が凶悪化したら。

その場合は。文字通りそれらの集落は詰んでしまう。

餓死するか、匪賊や獣に襲われるのを覚悟の上で強行突破するか。

いずれにしても、多くの住民が死ぬだろう。

ただでさえ、この世界は過酷なのだ。

エルトナだってあんな状態だった。

慎ましく暮らしていた間は影をひそめていた醜悪な本性が。

陽の光と富が見えた途端に顔を出し。

人々を醜い争いに駆り立てた。

ましてや、破れかぶれの状況になった場合。

人間はどんなことでもする。

匪賊共の記憶を覗いたことや。世界滅亡の記憶を見せられたことは。

わたしの心に大きな影を落としている。

今後のためにも。

もっともっと。

出来る事を増やし。

力をつけていかなければならないのである。

カルドさんの作ったチャートを見せた後。コンテナから、現状ある分のプラティーンを出して、レンさんのアトリエに納入。

何、鉱石はいくらでもある。

ライゼンベルグに行く途中で緑化作業をした際、余るほど手に入ったのだ。

頷くと、レンさんは受け取ってくれた。

契約書を作り、サインする。立ち会いはオレリーさんがしてくれた。

その後は、ロジーさんの鍛冶屋に行く。

相変わらず忙しそうに働いていたロジーさん。会計はエスカちゃんがやっている様子だ。

エスカちゃんはてきぱきと働いていて。

お金には無頓着そうなロジーさんの女房役として頑張っている。

まだ幼いのに、随分しっかりした子だ。

ロジーさんに、ハルモニウムを渡して、話をする。

お姉ちゃんとレヴィさん。更にカルドさんとドロッセルさん用に、これで武器を仕立てて欲しいと。

実際お姉ちゃんは弓の威力不足に嘆いていたし。

そろそろ武器の更改が必要なのだ。

わたしはつるはしがあるし。

色々な道具があるから現状でいい。

ロジーさんはハルモニウムのインゴットを手に取ると。

久々に触るなと、目を細めた。

「品質はまだまだだが、ついに作れるようになったか。 大したものだ」

「武器、お願い出来ますか」

「分かった、やっておこう」

それと、もう一つ頼む。設計図を見せると、小首をかしげていたが、それでも職人。作ってくれるという。ありがたい。

ぺこりと一礼。

外に出てから、時間を確認。流石にイルメリアちゃんの所に行って戻るには厳しいか。いや、やってしまおう。

エルトナの方は即時でやる作業ではない。

此方については、往復での事を考えると、出来るだけ時間を短縮するためにも、作業は一度に全て済ませておいた方が良いだろう。

装甲船に乗って、フルスハイム東に。丁度来ていたので、乗せて貰う。かなりの乗員と荷物を連日運んでいるようで。

作ったばかりのぴかぴかだった頃に比べると。

内部はかなり汚れていた。

カイさんが嬉しそうに操縦しているが。やはりもう何度かメンテナンスをしているという。

急がなければならない。

本来、竜巻を無理矢理突破する、というのがムチャクチャなのだ。

この船は、そんなに早く消耗する代物では無い。

無茶な使い方をしているから、無茶な消耗をしている。

それだけなのである。

船に揺られている中には、錬金術師もいた。

どうやらライゼンベルグへの安全路が通じたらしいと聞いて、此処を通っているらしい。ただ、竜巻を見て尻込みしてしまう錬金術師もいるらしく。まあそういう人はその時点で試験には受からないだろうなと思う。

フルスハイム東に到着してからは、一気にイルメリアちゃんの所へ急ぐ。

街道はしっかり整備されていて。

戦士達が監視と管理をきっちりやってくれていた。

時々見知った顔とすれ違うので、手を振って挨拶する。

向こうも笑顔で手を振り返してくれるのが嬉しい。絶望しかなかったこの辺りを通れるようにし。

匪賊の聖地とまで言われた峡谷に橋を通し。

ドラゴンも仕留めてネームドも蹴散らして進めるようにした。

その事について、感謝してくれるのは嬉しい。

心を闇が覆っていても。

光は差し込むのだ。

そして、イルメリアちゃんの所についたときには。

既に夜になっていた。

街はかなり既に出来上がっている。イルメリアちゃんは私を見て驚いたけれど。話を聞くと、頷く。

「なるほど。 そんな事業をするつもりなのね」

「うん。 それで、イルメリアちゃんのレシピを買いたいの。 シールドのレシピ、売ってくれないかな」

「……分かった、良いわよ。 ただし二つ条件があるわ」

「なあに?」

一つは、その作戦にイルメリアちゃんとアリスさんも参加すること。

周囲を見渡す限り、かなりの数の戦士達が働いていて。少なくとも、フルスハイムとメッヘンを通す路が出来。更に潜行用装甲船が出来る頃には、この宿場街は形になる筈だ。イルメリアちゃんがちょっとやそっと離れても大丈夫だろう。イルメリアちゃんに推薦状をもらいに来た錬金術師も何人かいるらしい。まあこの街の場所が場所だし、更にイルメリアちゃんは若い。

与しやすいと侮るのも分からないでもない。

ただ、イルメリアちゃんが、そんな相手に、容易く推薦状を書くとも思えないが。

それについては此方も大歓迎だと伝えると。

イルメリアちゃんは頷いて。

そしてどうしてか、ちょっとそっぽを向いた。

「もう一つは……その。 私達、そろそろつきあいも長いんだし、名前……」

「名前?」

「短縮して呼んでも良いわよ。 イルメリアだと長いでしょ」

「そうかなあ。 じゃあ、イルちゃんって呼んで良い?」

好きにしなさいと、自分から言い出したのに。妙なことを言い出すイルメリアちゃん、改めイルちゃん。

わたしとしても、それは歓迎だ。

いずれにしても、レシピは売ってくれる。

見るとかなり完成度が高いレシピだ。これを装甲船に搭載すれば、確かに船を守りきる事が出来るだろう。

ただし炉は二つ積んだ方が良いかも知れない。

一つは航行、潜行、浮上を。

もう一つは攻防を制御する。

この攻防を制御する炉に、わたしのブリッツコアと、イルメリアちゃんのシールド。後は色々な魔術を発動できるように仕込む。

これで、かなり完成度は上がるはずだ。

「それじゃあ、準備が出来たら声を掛けなさい。 此方もドラゴンの素材は欲しかったから」

「うん。 アリスさんの武器も、もうハルモニウム製にしているの?」

「おかげさまでね。 随分と獣狩りがはかどって助かるわ。 分厚い獣の毛皮と骨が、クリームみたいに切り裂けるんだから。 魔術で防御を固めているネームドになると話が別だけれど、ドラゴンはこんなので守りを固めていると思うと反則ね」

「全くだね」

苦笑すると、手を振って、すぐに戻る。

ちょっと強行軍だが、仕方が無い。

わたしが無理をしてどうにかなることなら。それでどうにかする。

それくらいはしないと。

ただでさえ豹変したわたしに不満を持っている人達は、決して納得しないだろう。

更に言えば。わたしと同じ努力を、他の人に強要はしない。

人には出来る事と出来ないことがある。

わたしには出来る。

ならば出来る事を、全力でやるだけだ。

イルちゃんは声を掛けたら喜んで協力を引き受けてくれた。これは、パイモンさんにも声を掛けるべきかも知れない。

帰り道、レンさんに炉を増やす話をする。

これも、地味に時間を取られた。

 

エルトナに戻ると、予定を一日オーバーしていた。

アングリフさんが、何かあったのか聞いて来たが。予定が前倒しで終わったので、イルちゃんの所まで行って来て、協力を取り付けてきたと説明すると。納得して、それで良いと言ってくれた。

そして、もう準備は整っているとも。

頷くと、わたしは一日休み。

翌日早朝、コンテナから荷車と、用意しておいた発破を取り出す。

この作業は失敗できない。

だから、疲れは取っておかなければならないからだ。

エルトナがあった場所に出向く。

そうだ、この場所。

扉をソフィー先生が吹き飛ばして。

一瞬で元に戻した。

それから、全てが始まった。

圧倒的過ぎる錬金術と言う力を見て。わたしは外の世界に行きたいと思った。全ての始まりの場所だ。

その後闇も見た。

地獄も見た。

だが、それゆえに。わたしは戻ってきた。

扉は。

エルトナを長年守ってきた扉は既に外されていた。

この扉は、鋳つぶすことも最初は検討した。だが、今鉱物の声を聞いても、良く出来ていることが分かる。だから今後山に囲まれたエルトナの壁。その一番外側に設置して、其処で改めてエルトナを守るのだ。

長老が来る。

その目には、明らかにわずかな怯えがあった。

「フィリスや。 本当に、本当にエルトナを爆破してしまうのか」

「説明したとおりです。 湖には危険な獣たち、いつ崩れてもおかしくない坑道の中の生活、それに日の当たらない生活が不健康を招く。 何より、もはや今やエルトナは此処です。 地下の旧エルトナではありません」

周囲を見回してみせる。

建ち並ぶ家々。

清潔な水を確保した水源。

子供達は笑顔で走り回っているし。皆も相応に満足そうにしている。

不満そうにしているのは。

家に移る順番を後回しにされた、エルトナの重役達だけだ。

実は、「出来損ない」のシールドを、イルちゃんに貰っている。これをその場で展開する。

「全員で内部を再確認。 更にシールドに人が立ち寄らないように警備を」

「おう」

キマリスさんを一とする、ソフィー先生が貸してくれた戦士達が展開。周囲を警戒し、内部を確認する。

わたしも一緒に入る。

見事なまでにすっからかんだ。

家なども全て解体されて運び出されている。

家の跡や。

ゴミ捨て場などについては、わたしが硬化剤で固めてしまった。その後、掘り出して外に運び出し。基礎などの石材に使った。露出する場所には流石に使わなかったが。それでも、この内部は一旦綺麗な状態にしておきたいと判断したからだ。

大丈夫。

内部に生命反応はない。

お姉ちゃんと一緒に周囲を確認。

二人で気配を探って、住民が隠れ潜んだりしていない事をチェックしてから。入念に発破を仕掛け始める。

此処に仕掛ければ全部崩れるよ。

より鮮明に聞こえる鉱物の声が、教えてくれる。

頷きながら、わたしは丁寧に発破を仕掛けていく。

この鉱山は、今は鉱脈がかなり怪しいが。

露天掘りに移行すれば、以降は落盤の危険を考える事もなく、一気に掘り進めることが出来る。

この山と、向こうにあるもう一つの岩山を丸ごと潰して撤去すれば。

今度は、西側へ街道を開く事が出来る。

西側にずっと進むとアダレットがあるのだが。

その前に、幾つか街があることは、メッヘンで大きな地図を見せてもらって確認済みである。

それらの街のどれかに街道をつなげば、更にエルトナを発展させることが出来るだろう。

いずれも理にかなった話だ。

それなのに、どうして感情で反発するのか。

それが分からない。

発破を仕掛け終わる。

周囲を確認していた戦士達が戻ってきた。

「問題なし!」

「外での点呼は」

「其方も問題なし!」

「では全員退避してください」

退避だ退避。

戦士の一人が叫ぶと、わいわいと獣人族を中心とした戦士達がエルトナ跡地を出ていく。わたしは最後にお姉ちゃんと一緒に出た。

シールドの状態を確認。

爆破の瞬間は、フルパワーにする。

わたしの無駄に有り余った魔力をフルにつぎ込むから、衝撃には余裕で耐え抜くだろう。イルメリアちゃんもわたしと同じくらいの魔力だったし。ドラゴン戦時に比べてわたしの身に纏った装備類は更に改良を進めてある。

念のために、キマリスさん、レヴィさん他、シールドの魔術が使える人にも、全員出て貰う。

その間に、今此処にいる人の点呼を、もう一度やって貰った。

全員揃っている。

問題なし。

では、これで終わりだ。

シールドを全力で展開。視界が光に包まれる。住民が、おおと呻くのが聞こえた。それは嘆きか驚きか。いずれにしても、関係無い。

さよなら、わたしの育った場所。

起動ワードを唱える。

一度目でロックを外し。

二度目で爆破。

この手順を踏むことによって、事故を避けるためだ。

次の瞬間。

全ての発破が炸裂。エルトナを内包していた山が一瞬にして崩落した。凄まじい負荷がシールドに掛かるが。

この程度なら、充分にはじき返せる。

大体、山が「沈み込むように」発破を鉱物の声を聞きつつ仕掛けたのだ。

此方に転がってきそうな大岩なども、事前に全て片付けてある。

だから、負荷が小さいのも、当然と言えた。

程なくして。

土煙が収まってくる。

鉱物の声を聞く。

大丈夫。

誰も人間は埋まっていないよ。

湖は完全に潰れて、中にいた巨大な獣たちは全部死んだよ。

ため息をついた。

この世界では、獣は荒野に幾らでも湧いてくる。

もしも、獣が勝手に湧いて来ない世界だったら。わたしがやった事は許されないのかも知れない。

だけれどこの世界では違う。

この世界では、獣は明確な荒野の主であり、幾らでも湧いてくる存在であり。そして人間の敵だ。

誰もが無言の中、シールドを解除。

少し背が低くなった山と。

もはや無くなった入り口が。

其処には存在していた。

現時点ではこれでいい。

此方としても寂しいという気持ちがないでもないが。

だが、合理的に考えて、この場所は危険なのだ。

潰してしまうのが、最良の選択肢だった。

力と破壊を責任を持って使う者として。判断を誤ったとは思っていない。

そして後始末をする。

一旦崩した山に登り、入念に鉱物の声を聞いて回る。崩れそうな岩は、先に崩してしまう。

何しろ発破で無理矢理坑道を全部潰したのだ。

今後どんな衝撃が発生するか分からないし。

地底湖ごと粉砕したのである。

それこそ、水とかが噴き出しても不思議では無い。

途中、危ない場所が何カ所かあったので、つるはしを振るっておく。

これに丸一日かかった。

崩した岩からはかなり水晶も取れたし。ソウルストンと呼ばれる貴重な石もたくさん手に入れられた。

また石材も大量に入ったので、いざという時に備えて、エルトナの入り口付近に分厚い壁を作っておく。

この壁を作るのが次の作業になる。

今此処にいるメンバーなら数日でいけるだろう。そして壁の内側に掘りを造り、更にもう一重壁を作る。これで相当なことが無い限り、事故は起きないはずである。少しばかり手間は掛かってしまうが。

更にその次は、メッヘンから東へ街道を延ばし、フルスハイムへの直通路を作る。彼処は前に船を作るために岩山を崩したとき赴いたが、強力な獣だらけの上、ネームドも多数存在している。

以前出向いたときとは比較にならないほど戦力を増しているとは言え。

それでも油断したら、いつ命を落としてもおかしくない。

また、この経路はあまり人が通っていないこともあり、どのような資源があるか分からない。

その調査も兼ねる。

ネームドを退治できれば、劇的に安全になるし。

緑化した道が通れば、それだけ流通も確保できるようになる。

フルスハイム側からはこれについては援軍は期待出来ないが、まだしばらくソフィー先生から貸してもらった戦士達はいてくれるようなので。彼らと協力しながら道を切り開いていく事になる。

彼らの中にはネームドとの交戦経験がある人もいるようで。

頼もしい限りだ。

アトリエに戻り、タスクを確認。

フルパワーで働いたから、かなり疲れた。

一つずつタスクを潰して行くとしても、終わるのは当分先だ。わたしは頬を叩いて意識を集中させると。

終わったタスクと。これからこなすタスクを。

再確認していた。

 

2、意外なる脅威

 

空気が変わった。

それを感じたのは、わたしだけではなかった。アングリフさんが真っ先に立ち上がると、周囲を睥睨する。

わたしが叫ぶ。

「総員戦闘態勢!」

メッヘンから少し東に進んだだけでこれだ。

続いている荒野と、それにぽつぽつ見かけるだけの獣だったのに。一瞬で場は血塗られた。

フルスハイムから、西に向かった先。

わたしが岩山を丸ごと崩して、鉱石を回収していたのは、此処からかなり東の地点だけれども。

その時は、ネームド数匹がまだ健在で。

獣もフルスハイムから出して貰った戦士達で対応出来た。

だが、此処はちょっと次元が違う。前に岩山を丸ごと崩していた頃だったら、全滅させられていたかも知れない。

それほど、周囲からの圧が強い。

北側に、何だか変な森が見える。

あれが原因だろうか。

普通獣は森に入ると大人しくなるのに。

彼処は妖気というか何というか。そんな感じのものを放っている。

邪神がいるのかも知れない。

それも、森の規模からして、とんでもない強力な奴が。

有名どころの邪神は、ラスティンとアダレットが把握しているという話だが。

全てを把握し切れているわけでもあるまい。

ライゼンベルグに行った時、購入した本の中には、邪神の辞典もあって。それら把握している邪神は載っていた。

その中には、エルトナの側に住んでいる奴は名前があったが。

この辺りに邪神の名など無かった筈。

となると、人跡未踏の地。

其処に居城を構えている、という事になる。

どん、と凄い音がして。

飛び出してきたそれは、もう至近距離にいた。

恐怖の声が上がるより先に、レヴィさんが飛び出し。わたしが作ったシールドを発生させる、そうイルちゃんにレシピを教わった道具を起動。加えて自前の防御魔術を展開して、突進を防ぎきる。

だが、一撃の衝撃は。

文字通り、大地に亀裂を穿っていた。

わたしは驚かない。

これくらいのパワーの獣は、ライゼンベルグへの道で何度も見た。

煙が晴れてくると、頭を振り上げ、吠え猛るそれが見えた。

猪だ。

ただし、全長はわたしの背丈の七倍はあるし。背丈も三倍はある。

これは、イルちゃんとパイモンさん無しで、ライゼンベルグへの道にいた獣を相手にするのと同レベルの戦いだ。

だが良い。

もっと経験を積みたいと思っていたところだ。

味方が反撃に出る。

お姉ちゃんとカルドさんが、射掛け撃ちかけ。

それぞれの一撃が、猪の顔に吸い込まれるが。猪の顔は装甲が極めて分厚い。突き刺さるが、痛がるだけだ。

更に背後に回ったドロッセルさんが、大斧を振り下ろすが、浅い。

突き刺さるが、肉に刺さるまでで。

骨にまでは達しない。

跳び上がった猪が、跳ね回るようにして、群がろうとした戦士達を吹っ飛ばし。更にアングリフさんの大剣による一撃を、残像を作ってかわしつつ、バックステップ。それだけでチャージの距離を稼ぐ。

アングリフさんの剣が、ハルモニウム製だと悟ったか。

だが、その時には、既に。

わたしがブリッツコアを発動していた。

猪の足下が、冷気に覆われ。

瞬時に凍り付く。

膝の辺りまで凍り付いた猪が、絶叫する中。

わたしは立て続けに、雷のブリッツコアを取りだし、発動。

複数回、無駄に多い魔力から、雷撃が炸裂。猪の全身を直撃。

だが、猪は倒れない。

全身から灼熱の魔力を放出すると。

体が傷つくのを厭わず、凄まじい勢いで氷を吹き飛ばした。

流石にあのサイズまで成長すると。

魔術だけでは無く、あんな芸当も出来るか。

驚きは無いが。

周囲の戦士達は、流石に青ざめている者もいる。

ソフィー先生が貸してくれた戦士達は皆質が高いとはいえ。こんなのが当たり前に出てくる環境となれば、話も違ってくる。

熱の塊のまま、突撃してくる猪。早い。しかもジグザグに、速度を維持したまま突っ込んでくる。

真横。

瞬時に回り込んだ猪が、数人を吹っ飛ばしながら、わたしを狙って突入してきた。

レヴィさんが間に合うが、シールドに思い切り亀裂が走る。

これに直撃して首を折らないのか。

熱には熱。

わたしは。炎のブリッツコアを掲げ、詠唱して発動。

猪は、天から降り来た巨大な火球の直撃を受ける。

更に全身が灼熱に包まれる猪は、悲鳴を上げた。

多分限界まで全身の熱を高めているだろうという予想は当たった。転がり周りながら、必死に放熱しようとする猪が、弱点の腹を晒す。

お姉ちゃんの渾身の矢が。

腹に突き刺さり、内臓にまで届く。

更に首を抉るようにして。

アングリフさんの一撃が、降り下ろされた。

大量の血がぶちまけられるが、それでも必死に飛び退く猪。

「離れてください!」

叫びながらわたしは。

オリフラムを放り込む。

放熱などさせない。

一点に火力を集中させるピンポイントフレアという技術を用いた品だ。最近作り方を覚えて、量産を始めた所だ。

爆裂。

同時に、熱の一撃が。

お姉ちゃんの開けた腹の穴を直撃していた。

猪の内側から膨大な熱量が噴き上がり、

口からも。

目を内側から吹き飛ばしながら。

炎が噴き出す。

もがいていた猪は。

やがて動かなくなった。

周囲は凄まじい熱だ。

現に、地面が溶けてしまっている。

呼吸を整える。

魔力を相当に消耗した。ブリッツコアは。オーバーヒートしていないが、連続して使うとあまり良くないだろう。

アングリフさんが負傷者を集めて、トリアージを開始している。ドロッセルさんは、苦虫を噛み潰しながら、大斧を猪から引き抜いていた。

お姉ちゃんが主導して、無事だった戦士を連れて、猪を捌き始め。

カルドさんはキャンプの物見櫓に登り、周囲を警戒。

レヴィさんは、キャンプの警戒に当たり始めた。

わたしはすぐにアトリエに入ると。

待機していたツヴァイちゃんに、ブリッツコアを渡して、修復を頼む。

頷くと、すぐに処置してくれた。

ミルクも勿論用意してある。

こういうとき、格納したものが腐らないコンテナはとても便利だ。

「ブリッツコアを一度に三回も使うなんて。 それほどの強敵だったのです?」

「うん。 この道を緑化するのは骨が折れそうだよ」

「お姉ちゃん、怪我をしないようにして欲しいのです」

「ううん、そうはいかないよ」

わたしだけ、後ろの安全圏にいるわけにもいかない。

あんなのがわらわら湧いてくるとしたら。

今後は、緑化の速度を、更に下げなければならない可能性が高い。

当然わたしは常に前線に立てるようにコンディションを整えておかなければならないし。道具類もどんどん補充しなければならない。

エルトナからメッヘンに至る道を整備するのは難しくなかった。

その間に薬も爆弾もたくさん作って補充しておいた。

だが、それも消耗するときは一瞬だ。

そんな事はわたしが一番よく分かっている。

アトリエの外に出る。

やはり強烈な敵意と気配を感じる。

メッヘンからの緑化を急ぎつつ、さっきと同レベルのが来た場合に備えなければならない。ネームドも出てもおかしくないだろう。

捌いた獣の皮や肉が、荷車に乗せられ運ばれてくる。

あんな大きな猪だ。

その量も尋常ではなかった。

そしてわたしの予想は当たる。

二刻もしない内に。

次が現れたのである。

今度は兎だが。

角が頭から二本生えていて。

そして何よりも、非常に巨大だ。

目も普通の兎と違って、普通の二つに加えて、四つも顔の横についている。さっきの猪ほどのサイズではないが。

それでも背の高さだけでも、わたしの二倍はある。

そして、おぞましいまでに速かった。

シールドで突撃をはじき返すレヴィさんだが。一瞬でバックステップすると、兎は風のように走り周り、まるで狙いを定めさせない。

だが、前に出たドロッセルさん。

完全なタイミングでフルスイングし。

突撃してきた兎の速度も合わせて、一撃で首を刎ね飛ばしていた。

流石だ。

同時に派手に脇腹を角に切り裂かれて出血。

すぐに手当を始める。

「ドロッセルさん、意識は大丈夫ですか」

「大丈夫。 さっきはちょっと恥ずかしいところ見せちゃったから、張り切っちゃったよ」

「どうしたんですか、いつものドロッセルさんらしくもない」

「……この斧、限界ぽくてね。 ちょっとそろそろ新しいのが欲しいんだわ」

頷く。

薬を塗り込んで傷口は消すが。

見た目よりダメージが遙かに大きい。

体内までかなりやられている。

強めの薬を飲んで貰って。

今日はもう安静にして貰う。

ドロッセルさんの新しい斧については、既に注文を済ませていることを告げる。しかもハルモニウム製である事も。

ドロッセルさんは、少し複雑な顔をした。

「まいったな。 十も年下の子に、そんな配慮させちゃったか」

「いつも前線に立ってくれているんだから当然です。 ドロッセルさんも、無茶はくれぐれも避けてください」

「あー、ごめん。 そうだね。 ただ頑丈なだけがわたしの取り柄だからさ……」

これは相当に溜まっているな。

わたしは処置をすると。

横に寝かせたドロッセルさんの側に座って、話を聞く。

ドロッセルさんはお金を貯めているという。

理由は、いつか一家で人形劇をしながら暮らすため。

各地で戦略級の傭兵として働いていた両親と一緒に過ごしていて分かったのは。

傭兵というのは命が幾つあっても足りないと言う事だ。

たくさんの命を奪い。

同時に命も奪われる。

人形劇の脚本作りには昔からとても興味があったけれど。

戦場で血を浴びていると、それどころではない。

敵も匪賊からネームドまで様々。

浴びる血も、敵の血だけではない。殺し殺されの世界に住んでいると、どうしても筆も鈍ってくる。

「時間を見て少しずつ書いているんだけれどね。 どうしても……」

「ごめんなさい、余裕がある時間は作ります。 ただしばらくは……」

「うん、分かってる。 あたしが頑張れば頑張るほど皆が死ななくて済むようになるのも分かってる。 だから、気にしないで。 たまには、愚痴りたくなっただけだから」

「……」

そうか。

飄々としているドロッセルさんも、こんな深刻な悩みがあったのか。

たまに頭の悪い人間が、悩みが無さそうで羨ましいとか他人を罵倒することがある。何度かわたしも旅の途中で見てきた。

だが、悩みのない人間なんていない。

そう見せているだけだ。

もし悩みがない人間がいるとしたら。

それは聖人だけだろう。

スケジュールを組み直す。

潜水船を作るためのインフラ整備作業は、この様子だともう少し時間をみないと危ないかも知れない。

だが、もたついていると、潜水船を作る時間がなくなる。

オスカーさんがいてくれればまだマシなんだろうけれど。

前にイルちゃんの所に行ったとき、近くで緑化していると聞いたから。多分ライゼンベルグの側にいるはずで。

作業の途中。

引き戻すことは出来ないはずだ。

ならば、自分でどうにかするしかない。

外に出る。

強い気配は、まだまだ収まっていない。

これは今日中に、まだ数回は、同レベルの強力な獣と、戦わなければならない可能性が高そうだった。

 

翌日からも戦闘は激化する一方だった。

皆の顔に疲労の色が濃い。

出てくる獣が、どいつもこいつも強い。

更に魔法生物らしき連中まで姿を見せる。

岩で出来た巨大な人型が歩いて来たときは、屈強な獣人族の戦士達が、怯えに近い声を上げたほどだ。

北の方に森が見える。

ひょっとすると、だが。

あそこから出てきているのではないのだろうか。

事実、荒野産の獣らしいのも仕掛けてくるが。

実力は一回り落ちる。

充分に強い事は強い。

だが、さっきから仕掛けてきてくる獣たちは、下手なネームド並みの実力を持っている。

あの森、何かとんでもないのが潜んでいて。

それで獣が此処まで凶暴化しているのではあるまいか。

ひっきりなしに現れる獣と戦い。

土地をその合間に耕し。

草を植えて育つのを見計らっては火を掛ける。

幸い近場に川は幾つもある。

メッヘンの街を苦しめ続けた暴れ川の支流もある。問題は橋も作らなければならない、と言う事だ。

峡谷と違って埋めるわけには行かない。

ただ。今は浮かばせる技術と、硬化剤を作る技術がある。

橋は事前に作って浮かばせ。

そして硬化剤で固定。

更に土を盛って緑化してしまえば良い。

川の左右で作業に時間を掛ければ、水中の強力な獣に襲われる可能性も高くなるけれども。

強力な防御魔術も掛かった完成品の橋をいきなり運んできて、更に硬化剤で固定してしまえば。

事故が起きる可能性は極限まで減らす事が出来る。

数日間、激しい戦闘に晒されつつも、緑化作業を進める。だが、ライゼンベルグの時に比べて戦力が少ない上に。

何よりも道が複雑だ。

北には魔境としか言えない森。

南には岩山がなんぼでもある。

地図を見る限り、此処から先は何本かの川と、更には岩山に隔てられた複雑な地形が連なっている。

最初の方に耕した辺りは、既に草を刈って燃やし、低木の種を植え込んでいるが。

逆に言うと、まだその程度しか進んでいないのに。

周囲の疲弊が相当に濃くなっている。

良くない傾向だ。

まずは順番にこなして行くべきだが。

フルスハイム側と約束したからには、仕事も完遂しなければならない。

地図をしばし見ていて。決める。

想定していたルートでは駄目だ。

そう結論せざるを得なかった。

翌日は、アングリフさんに現状維持を任せて、空飛ぶ荷車で出る。

そして、幾つかの岩山を見て回り。

岩山で鉱物の声を聞いて。

自分の計画を微調整。

キャンプに戻る。

一日、荒野の開墾を止めた程度では、スケジュールに影響など出ない。むしろここからが本番である。

森から次々と現れているらしい、色々な獣。魔術や錬金術によって作られたらしい生物。古代の霊らしき謎の存在。

立て続けに襲われて疲れている戦士達に、わたしは告げる。

「開墾のルートを変えます」

「? フィリスちゃん、どういうつもり?」

「地図を見てください」

うんざりするような地図だ。

川の流れも複雑。

橋を架けて通って行くにしても、橋を造るのにも手間が掛かるし。何より緑化が完成するまで、ずっと獣とやり合わなければならない。

森に住んでいる凶悪な獣も無尽蔵ではないだろうけれども。

それでも、少しばかり敵の質がおかしすぎる。

そこでだ。

わたしは、すっと地図上で指を走らせる。

アングリフさんが、流石に唖然とした。

「おいおい、このルート、まさか」

「わたしが鉱物の声を聞けること。 岩を簡単に崩せること。 この二つは知っていると思います。 それに、鉱石はまだまだ幾らでも必要です」

「要するに、このルートの岩山を、全て更地にしながら進む、と言う事だな」

「はい」

トンネルを掘るなんて悠長な真似はしない。

北にある森はいずれ足を運んで本格的に調査するとして。

今回は時間もない。

故に、一番短いルートかつ。

森の強力な獣たちの干渉を受けない「盾」をつくりながら進む事を考える事にする。

皆しばし沈黙していたが。

確かにこの凶悪な獣たちの攻撃をまともに受け続けるよりはマシ、と判断したのだろう。

何よりわたしが鉱物の声を聞けるギフテッドだと言う事は、此処にいる全員が把握している。

それならば、反対意見を述べる者もいない。

まともにあの魔の森に横腹を晒しながら進むよりは。

遙かにマシだからだ。

作業再開。

低木が育ち始めている中、開墾を続ける。

岩山に辿りつくまで四日。その間に戦闘は合計二十七回。いずれも弱めのネームド並の実力者ばかり。

本当にあの森は、一体何が起きているのか。

何が住んでいるのか。

そして。岩山に辿りつく。

後方の開拓は終わっている。

後は、岩山を丸ごと崩しながら、少し広めに道を作り。その道に土を敷き詰めて左右を緑化する事で。

同じように、安全に通る事が出来る道を作るだけだ。

その前に。

少しだけ時間を貰い。

フルスハイムに一度だけ行ってくる。

そして、ロジーさんから受け取ってきた武器を、皆に渡す。

アングリフさんには、既に渡していたが。これで、全員の武器がハルモニウム製になった。

レヴィさんは漆黒の長剣を受け取って、心底嬉しそうに目を細めていた。何だかよく分からない言葉で絶賛していたが。周囲は呆れていた。

カルドさんには、極限まで破壊力を強化するよう、ハルモニウムの込めた魔力で彼方此方を調整した長身銃。弾丸についても、ハルモニウム製のものを幾つか渡しておく。このハルモニウム弾丸は切り札だ。普段はプラティーンや合金の弾丸を使って貰う。

長身銃は、カルドさんの身体能力強化にあわせて、人体よりも長いものとなっている。

この銃は発射音も凄まじく。

お姉ちゃんの弓にも劣らない。

ドロッセルさんには、贅沢にハルモニウムを使い、破壊力に特化した大斧を。

ちょっとした刃紋が入っているのが特徴だ。

飾りである。

人形劇の事を嘆いていたし。武器に少しくらい遊びがあった方が良いだろう。怪力自慢で、相手を叩き潰す戦闘を得意とするドロッセルさんとはいえ。これくらいの遊びはあっても良いはずだ。

ドロッセルさんは満足そうに振り回して。何度も頷いていた。

お姉ちゃんには、要所をハルモニウムで固めた剛弓を。

しなりにしても、最上級の木材を使って何層にも貼り合わせており。

その破壊力は文字通り激甚。

今のお姉ちゃんの身体能力にも、充分に耐えることが出来る剛弓だ。

そして、ツヴァイちゃんにも。

数字管理が得意なツヴァイちゃんには、これがいいと思って渡す。渡したのは、一見すると羅針盤のような道具だ。

神々の贈り物という。

常時周囲から魔力を吸収しており。

戦闘時はその魔力で術式を発動する。

ハルモニウムの底知れずな魔力蓄積能力を利用し。

極限まで高めた魔力を利用し、指定の地点で、一定時間後に。空から舞い降りた破壊の魔術を炸裂させる。その火力においては、利便性の問題を無視したこともあって、ブリッツコアの数倍という凶悪なものだ。しかも収束型なので、周囲が全て消し飛ぶようなこともない。

地面に大穴が空くだけだ。

炸裂させる時間については、解除キーを唱えた後。爆破のキーを唱え、脈拍にして30の後。

ただし最初に決めた特定地点にしか落とせない上に、解除も出来ない。

更に一度の戦闘で使えるのは一度だけ。

頷くと、ツヴァイちゃんはわたしに抱きつく。

「ありがとうございますです。 お姉ちゃん。 大好きなのです」

「うん……」

「考えたな。 これなら相手にとっては初見殺し、数字を扱うのに適したホムには最適な武器、ついでに最前線に飛び出す必要もない」

アングリフさんが納得してくれる。

わたしも、ツヴァイちゃんの変化が乏しい表情の中に。わずかな笑顔が見つけられたようで、とても嬉しかった。

 

3、何度目かの強行突破

 

魔の森から現れる獣も。流石に緑化地点を見ると、足を止める。そして、凶暴性を和らげる。

或いは、森を守るために。

先制攻撃を掛けてきているつもりだったのかも知れない。

ただし、緑化が完了していない地点では、激しい戦闘を相変わらず強いられた。

皆にハルモニウム製の武器が行き渡っているとは言え。

前線を維持するのに、毎日激しい戦闘と、多大な疲弊が伴った。

エルトナに来ている戦士達と何度も交代して貰い。

来た戦士には、わたしが作った錬金術の装備類を渡す。

型落ちにはなるけれど。

それでも最初の頃にわたしが使っていた装備に比べると、桁外れの性能のものばかりだ。だがしかし、それでもなお。あの魔の森から出てくる獣たちの戦闘力には、正直な所及ばない。

わたしは毎日、無心で岩山を掘り崩す。

鉱物の声を聞きながら、崩落が起きるときは周囲に促し。

行っては戻り、行っては戻りを繰り返し。

時には意図的に崩落を引き起こし。

更には岩をどんどん適切な大きさに崩しては、全自動荷車を使ってコンテナに運び込んでいく。

警戒するのは上空だけで良い。

流石に柔らかい土の中なら兎も角、岩山の中に潜んでいる獣は少ないし。いるとしても、鉱物が教えてくれる。

岩陰に潜んで奇襲を狙って来る獣もいるけれど。

わたしにはその存在が「聞こえて」いる。

奇襲なんて受けてやらない。

フルスハイムには、一度だけ出向いて、現在の作業状況について告げた。

レンさんも、岩山をブチ抜いて街道をこしらえると聞いた時には流石に驚いていたけれども。

これが一番安全だという言葉には納得した。

或いは、あの魔の森の存在について、レンさんは何か知っていたのかも知れない。

可能な限り、あの森の獣に襲われ続ける可能性を残した状態で、道は作りたくなかったのだろう。

一心不乱に、つるはしを振るい続けるわたしは。

不意に袖を引かれていた。

ツヴァイちゃんだった。

「後方の緑化がほぼ完了したのです。 森からの獣も、仕掛けてこなくなりました。 ただアードラが時々仕掛けて来ているので、気を付けるようにとの、リア姉様のお話なのです」

「うん、分かった。 ありがとう」

ツヴァイちゃんも、二人も出来たお姉ちゃんをどう呼び分けるか少し悩んだらしいのだけれど。

わたしに習ってリア姉と呼ぶようにしたようだ。

ただちょっと距離があると言うか、遠慮があるようで。

リア姉「様」と、ちょっと他人行儀だ。

これはまあ、仕方が無いだろう。

お姉ちゃんは、わたしほど親身にツヴァイちゃんに接触してこなかったのだから。

それとお父さんとお母さんについても、同じように呼んでいるようだ。

これは更に仕方が無い。

一緒に過ごして間もない。

反発してやさぐれるような事も無いのだし。

充分に良しとするべきなのだろう。

カルドさんが警告の声。

上から、かなり巨大なアードラが仕掛けて来ている。カルドさんが、凄まじい轟音と共に、一射必中。だがそれでも、アードラは落ちない。ただ、露骨に怯んだ。その隙をわたしは見逃さない。

ブリッツコアを発動しようとした瞬間。

ツヴァイちゃんが、先に神々の贈り物を発動。

文字通り、神話の時代の稲妻の鎚が如き白光が。

空駆ける凶暴な大鳥を貫通していた。

収束型で無ければ、一瞬で炭クズと化していただろう。それでも体半分が文字通り消し飛んだアードラが。

音も無く落ちてきた。

文字通り即死だ。

「まだ、上手に当てられないのです。 頭だけを消し飛ばしたかったのです」

ぼやくツヴァイちゃん。

いや、充分だよと、カルドさんがフォロー。そして、戦士達がわいわいと来て、アードラを解体するべく持ち帰っていった。

再び雑念を払って、ひたすら岩を砕き。岩山を崩し続ける。

時々方位磁針や影を見て、方角と時間を確認。

ハルモニウム製のつるはしという強力なアドバンテージがあるとは言え。そして鉱物の声が聞こえるというギフテッドがあるとは言え。

わたしの体力は無限では無い。

コンテナは本当に無尽蔵に鉱石を吸い込んでいくけれど。

それでも、この世界の全てを飲み干すほどの要領は無いだろう。いつか、鉱石を大量に放出しなければならなくなるのかも知れない。

額の汗を拭い。

レーションを口にしながら、つるはしを振るう。

また、完全に安定した岩壁については、硬化剤で固めてしまう。

そして、此処までは大丈夫、という地点までわたしが旗を立てると。

皆で一斉に緑化作業を始めるのだった。

勿論土を運び込んで、緑化を容易にするためにも。地面よりも深く岩山は掘り進めてある。これらのノウハウも、全て今までに学んできた事だ。プロになってからも、やる事は基本的に変わらない。

今までよりも強大な力が扱えるようになっても。

応用をやるのは、それが必要な時だけ。

最も必要なのは基礎。

わたしは自分のギフテッドと。

自分で出来る錬金術を。

最大限に生かしていく。それだけのことだ。

岩山を三つほど崩し尽くしただろうか。

ふと、岩山の間に。

小さな平地が姿を見せた。

岩山の中に、こんな土地があったのか。しかも、清水がこんこんと湧いている。小さな魚もいるようだ。

此処は、安易に触ってはいけないだろう。

ちょっとこの場所を避けるようにして、岩山を丁寧に、慎重に削りつつ。この閉ざされた楽園に触れないように、壁を立てて、硬化剤で固めてしまう。

少し作業が増えるが、この程度は特に問題でもない。

これが恐らく相当に貴重な環境で、人間が触れるべきでは無いと言う事も説明し。

アングリフさんも納得してくれた。

そのまま迂回して、岩山を掘り進める。

時間は、容赦なく過ぎていった。

 

正確な時間感覚が消失してしまって、何日経過しただろう。

岩山を七つ崩した頃には。正直頭が朦朧としていた。

そのタイミングで、お姉ちゃんに引っ張られて、コンテナに戻る。料理が出来ていたので、食べるように言われた。

無心で頬張る。

疲れすぎていたからか。あまり美味しく感じなかった。

甘いものも出してくれる。

そして食べた後は、すぐに眠るように促された。

「スケジュールが」

「いえ、僕が見る感じスケジュールはむしろ短縮しています。 此処から此処までのタスクを短縮できたので、むしろ後は楽になるはずですよ」

カルドさんがチャートを見せてくれる。

確かに、言われて見ればその通りだ。

そして、何日経ったのかも説明を受けた。その日数なら、確かにまだまだ何とかなる状態だ。

思った以上に、作業にのめり込みすぎていたのかも知れない。

焦りがあったのだろう。

あんなに凶悪な獣が多数出てくるなんて、想像も出来なかった。

一度眠りに落ちると。

後はもう何も考えられなくなった。

しばし眠って。

朝日が出始めた頃に起きだす。

まず体を綺麗にして。

それからアトリエを出た。キャンプも、既に岩山に作った道の中頃にまで移している。わたしは一旦岩山に穿った道の入り口辺りまで戻ると鉱物の声を丁寧に聞き、大雨などが降った場合に土砂崩れなどが起きそうな場所を特定。事前に危険箇所を取り除く。

精神の余裕が無かったから、こういうことにも思い当たれなかった。

戦略事業では、一手のミスが数十の命を容易に奪ってしまう。それも換えが利かないスキルを持っている人材や。自分自身の命だって危険にさらす。

戦略的に考えると言うことは。

そうやって命を数字で考える必要も出てくる事で。

今まで戦略事業をして来て。どんどん自分がリアリストになっていき。冷たくなって行くのを実感したのもその辺りが理由だ。

最初の頃のわたしが、今のわたしを見たら。

単純に怯えるのでは無いかと思う。

だがそれは、厳しい環境で鍛え抜かれたから。そして、真実を知ったから。

勿論わたしは。もし弟子が出来ても、同じように扱うつもりは無い。こんな思いをさせる人は、あまり出したくない。

だけれども。

強くなったのは事実だ。

いや、強くならなければ生き残れなかった、というのが正しいかも知れない。

丸二日を掛けて、今まで作った道の確認。危険要素を徹底的に排除し、なおかつ空飛ぶ荷車を使って、あまった石材を道の上側に配置。これも硬化剤で固めて、落石に備えられるようにした。

二重三重に防備を固めた後。

また岩山を突き抜くべく作業に戻る。

精神に余裕が出てきたからか、以降の作業は更に楽になった。

わたしは駄目だな。

自嘲する。

だけれど、駄目なりに、全力を尽くす。

そして、この岩山を突破出来れば。

フルスハイムの至近に出ることが出来るはずだ。後は、岩山をくりぬいて作った道を緑化し。

そして道の左右を固めれば、それで終わり。

この道は、フルスハイムにとっても、メッヘンにとっても有益なものとなる。

フルスハイムは陸路のインフラが壊滅的という弱点があったが、それもこれで解消されるし。

メッヘンはフルスハイムから続く巨大なインフラに組み込まれることになる。

問題は、その後に巨大な経済的なショックが来る事で。

上手くコントロールできなければ、悪い人がたくさん来て。悲しい事がたくさん起こることだけれど。

それは絶対にさせない。

最後の一振り。

つるはしが、大規模な崩落を引き起こす。

その前に退避して、そして見た。

ついに、光が差す。

岩山をブチ抜き続けて。ついにフルスハイムの至近にまで、出る事が出来たのだ。

見ると、此処は前にわたしが装甲船を作る時、崩した岩山よりも、更に東より。予定通りの地点だ。

此処からなら、川にも橋が架かっているし。

フルスハイム西の強大な獣が多数いる危険地帯を抜ける必要もない。

ちょっと緑化をするだけで、後は充分すぎる位だろう。

後の緑化作業を任せて、わたしは岩山の方のチェックに入る。徹底的にチェックして、此処を通る人が事故にあわないように、念入りに全てを調整しなければならない。

トンネルではなく、鉱山を露天でブチ抜いたのは、安全対策のためだ。

その安全対策を怠り、事故を起こしてしまっては意味がない。

硬化剤はまだまだ有り余っている。作れるときに徹底的に作っているからだ。非常に便利だから、今後も使い続けるだろう。

そしてどんな鉱物の声も聞き逃さない。

わたしの護衛はお姉ちゃんとドロッセルさんだけに頼む。

後の人達は、フルスハイムへの安全経路を通す仕事だけをやってもらう。

この辺りに住んでいるアードラの実力は知れているし。

最悪の場合も、気を張っているお姉ちゃんが警告してくれる。

通路の出口だけ警戒していれば、獣の侵入を防げる。

迎撃態勢さえ取れれば、充分に皆が駆けつけるまでの時間を稼ぐことも可能だ。

今は安全でも、雨が降ったら崩れるかも知れないよ。

鉱物が教えてくれる岩を、悉く砕いて。側に浮かせている、飛ぶ荷車に積み込んでいく。徹底的にチェックし尽くした後。

道の左右に壁を造り。

道の左右そのものも硬化剤で固め。

そうしている内に、緑化作業もついにフルスハイムまで届いた。

時間を確認。

ソフィー先生に言われた期限まで、後二ヶ月。

胸をなで下ろすと同時に。これからが大変である事を、わたしは嫌でも悟らされていた。

 

フルスハイムからの視察団が、わたしが通した道を見に来る。

誰もが驚いていた。

途中、何カ所かに休憩用のキャンプスペースも設けてある。

まだ途中緑化作業が完成していない箇所が少しだけあるが、それも現在進行形で緑化を進めているので、もう終わる。

フルスハイムの戦士達は殆ど見かけなかったが。

それは恐らく、船の方に取りかかっているからだろう。

あの装甲船と同規模のものをもう一隻。

今造船所はてんてこ舞いのはずだ。

わたしがレンさんに渡したプラティーンだけでは到底足りないだろうし。

何より炉を二つ積む事。

前のと違って、戦闘を強く意識していること。

浮かぶどころか、沈んで湖底に行く事も出来るようにすること。

何もかもが異次元の代物だ。

カイさんは視察団にいない。

船に掛かりっきりなのだろう。

代わりにかどうかは分からないが、重役達に混じって、ロジーさんが来ていた。

「これは凄い。 本当に山を削って此処まで道を通すとは……」

「元々フルスハイムは湖と周辺の街で経済が完結していて、故に周辺のインフラは脆弱だった。 ドナの街への道が開通したことでそれもある程度は解消したが、ひょっとするとこの道ができた事で、更に遠くへの商機が開けるか?」

「メッヘンの先には幾つかの街があります。 エルトナからは、豊富な鉱物資源も採取できますよ」

「それは素晴らしい」

道を案内している間。

わたしは何をしているのだろうとも思ったが。

こうやって、街のお偉方を案内することが、必ず将来のためとなると思って、笑顔を無理に作り続ける。

未来のためというのは、エルトナだけのためでは無い。

この世界の全て。

いずれ滅びてしまう事がほぼ確定してしまっているこの世界を、ひっくり返すための、小さな布石としてだ。

レンさんは壁などを確認しながら、何度も頷いていた。

これならば安全性に問題は無いと納得してくれているのだとすれば嬉しいが。

わたしも鉱物の声は徹底的に聞いて廻り、危険要素は徹底的に排除した。道そのものも、馬車がすれ違える程の広さは確保している。

途中のキャンプスペースでは水が補給できるようにしてある。

此処の水については、フルスハイムの方から、蒸留水を自動で作る道具の提供を受け。建物の中にそれを配置。

水源は彼方此方にあるので、水は森の維持に撒く分も含め。

旅人が口に出来るようにもしてある。

視察団は満足して帰って行く。

フルスハイムがこの道を防衛することは決まった。人員からしても当然だし、何より雇用も生じる。

近隣で最大の人口を誇るフルスハイムだ。

経済規模を大きくするためにも、この道に貼り付かせる警備の人員を新たに募り、訓練する事に意味はあるし。

何より、安全圏を拡げる意味もある。

メッヘンでは人員規模的にこの道を守るのは不可能だし。

工事をすることは成功したが。

エルトナでは此処からは遠すぎる。

フルスハイムが此処を防衛するのは当たり前だ。

ただし、もしもお偉方の中に性根が腐ったのがいて。

そいつが此処で通行税とか取り立てるようだったら、此方にも考えがあるが。

いずれにしても、そういう場合に備えて。

常に備えては置かなければならないだろう。

今はレンさんというまともな錬金術師が、フルスハイムにいてくれている。

だが先代の公認錬金術師がクズだったせいで、匪賊と癒着する重役が出たり。つい最近も、その関係で数十人もの死者が出たのだ。

そういった輩は。

どのような手を使っても排除しなければならないだろう。

一度エルトナに戻る。

既にエルトナは都市計画通りに八割方完成していて。新しく移り住んできた住民も相当数いる様子だ。

元からの住民とは必ずしもまだ仲良くなれてはいないようだが。

広場や噴水では、子供が騒いで走り回っている。

昔とは比べものにならないほど子供達は元気だが。

当たり前の話で。

お日様を浴びて。

栄養のある食事を取っているのだ。

その上、安全に走り回れる場所も用意されている。

健康になるのは当然だろう。

一旦解散すると、わたしはお姉ちゃんとツヴァイちゃんと自宅に戻る。しばらくはフルスハイムに貼り付きになるのだから、今夜くらいは自宅で過ごしたい。

お父さんとお母さんは、またごちそうを作って待ってくれていた。

わたしは実家とは言え特別扱いはしない。

仕留めた獣の肉や、収穫した野草や木の実などは分配したが。

それは他の家などにも分配している。

だから、この料理は、お父さんとお母さんが自腹で出してくれた豪華なものであって。

それに感謝しなければならない。

そも二人にも、特別扱いはしないと告げてあるのだ。

家族を特別扱いするようでは。

ただでさえ重役達と対立しているわたしは。

対立を更に悪化させる。

そう判断しての事だ。

逆に言うと、嫌いな相手であっても、お薬は配るし、診療もしている。この間も、重役の一人がかなり重い病気を発症したので、少しお高いお薬を分けた。病気はすぐに快癒したので。以降重役は何も言わなくなった。流石に恥というものを知っていたから、なのだろう。

それでもまだわたしに文句を言うようなら。

それは荒野の獣と同じだ。

料理を楽しむ。

二人が苦労して出してくれたお金による料理だ。

お姉ちゃんが、手持ちのお金を少し実家に入れたらしいけれど。

お父さんはあまりいい顔をしていないらしい。

お母さんも、自分の贅沢のために使いなさい、という事を口にしているらしく。

この辺りも、少し亀裂が感じられる。

料理はおいしい。

でも、わたしがこの世の混沌を開いてしまったのかも知れない。

エルトナは貧しい方が良かったのだろうかと。

時々思ってしまう。

だがそれは、いずれ来る滅びを回避できなかった事も意味している。

ソフィー先生に見せられたあの光景。

絶対に嘘では無かったはずだ。

あの人は、手段は選ばないが、嘘もつかないだろう。

わたしは、どうすればよかったのだろう。

そしてどうすれば。

人類が将来辿る、壊滅的な未来を回避できるのだろう。

料理を食べ終えると、後は何も考えずに眠る。

お父さんにもお母さんにも告げてある。

しばらくフルスハイムに貼り付きで、帰ってこないことは。

二人はどんな気持ちで、それを聞いていたのだろう。

分からないけれど。

わたしはどんどん、色々な全てが、壊れ崩れている気がして、ならなかった。

 

4、神の船

 

イルメリアは街の復興が一段落したため、フルスハイムにアリスと共に出向いていた。

新しい街、ライゼンベルグ西の城塞都市は、ライゼンベルグから役人を派遣して管理して貰うことにしたが。

それはそれとして、イルメリア自身が公認錬金術師として、地盤とすることも決めている。

両親の。

いや、家族の影響を受けないイルメリアの地盤だ。

既にかなりの数の錬金術師や商人が、この城塞を通って、ライゼンベルグに行き来している。

ライゼンベルグ西にある、安全ではあるが不便な道に比べ。

フルスハイムと直結路にあるこの道。そして休憩を取ることが出来る宿場町は大きな意味を持っており。

ライゼンベルグから越してきた人間も、既に数百名に達していた。

その殆どが商機を見た商人とその家族で。

ホムが非常に多いため、護衛の戦士を割り増しで雇わなければならなかった。

森でガチガチに守りを固めているこの城塞都市。

ドラゴンに襲撃されるようなことは早々はないとは思うが。

それでも念には念を入れ。

以前作ったシールドを、城壁に幾つも仕込んでいる。

ドラゴンのブレスにも、一度や二度なら耐え抜くはずだ。

今の時点で、街の周辺にドラゴンは姿を見せていないが。

いずれ現れたときに備え。

準備は幾らでもしておかなければならない。

今回、フルスハイムに出向き。

フルスハイムの湖を機能不全状態にしたドラゴンを葬るのも。

安全確保の一環であり。

今後の戦略に組み込んだ行動の一つでもあるのだ。

装甲船で、フルスハイムに移動。

途中、沿岸の街を軽く視察したが。

南側は既にドナからの街道がつながっており。インフラが更に強固になっているのが分かる。

ドナは更に湖を東に進み、幾つかの集落を道で繋ぎながら。最終的には湖の周囲を緑化して、道でつなぐ事を考えているらしい。

ドナには人が流れ込んでいるらしいが。

それはそうだ。

仕事が幾らでもあるだろうし。

あの有名な公認錬金術師オレリーが指揮をしているのだ。

戦士も商人も、職人も農民も。幾らでもなり手が必要なはずで。

行きさえすれば、生活出来る。

そう思えば、貧しい街を離れて、ドナに向かう人が増えるのも、色々な意味で納得できる。

フルスハイムに到着。

相変わらず雨が降り続けていて。

その中で、二番艦。

フィリスが言っていた、ドラゴンを倒すために湖底に行くための装甲船が建造され始めていた。

アリスに指示して、馬車は先に停めさせに行く。

さて、フィリスはまだ来ていないようだし。

レンの所に出向いて、此方で出来そうな作業を受け持つとするか。

かってに作業を始めてしまうと、スケジュールが狂うどころか、色々と不具合を生じさせてしまう。

一番艦の時もかなり大変だったのだ。

今回はノウハウがあるとはいえ。

潜水し。

更に浮かぶというギミック。

戦闘を想定した造りと。

色々と難しい。

レンのアトリエに出向くと、フィリスは来ていなかったが、パイモンは来ていた。

久しぶりだ。

少し若返っているように見えるが、恐らくアンチエイジングの錬金術を行使したのだろう。

まだ死ぬわけには行かない、と言う話をしていたし。

止めるつもりは無い。

摂理には反するかも知れないが。

イルメリアに言わせれば、この世界の摂理そのものがおかしいのだ。

「久しぶりだなイルメリア。 壮健にしていたか?」

「此方は。 パイモンさんは?」

「わしはアンチエイジングも使っているしな。 それに体内の病巣もあらかた取り除いたし、かなり元気になっておるよ」

落ち着きは相変わらずだが。

確かに感じる魔力が更に強くなっている。

何でも体に巣くっていた悪性の病巣も錬金術で取り除いたらしく。しばらく寿命を考慮する必要はなくなったそうだ。

故郷の村も一気に改善を進め、貧しくどん詰まりだった状態の改善にも成功。

フィリスの使っていた技術などを取り入れ、活用した結果。

一気にインフラなどの改善に成功し。

街に新しい風を吹き込むことに成功したという。

周辺の匪賊もあらかた討伐し。

厄介な獣も駆除し。

ただ、まだまだ問題が残っているとかで。このドラゴン退治と造船が終わったら、またすぐに故郷に戻るそうだが。

「現在、二つの炉をプラティーンを用いて作っています。 お二人にはこの設計図通り部品を作っていただきたく。 プラティーンはフィリスが提供したものだけではなく、私も提供します」

「うむ、承った」

「此方もよ。 それはそうと……」

設計に、自分のシールドが組み込まれている事を見て、なるほどと思った。

炉で増幅したシールドなら、イルメリアが血を吐きながら展開したものよりも、更に強力な火力を出せる。

推進関連はもう一つの炉で行うとして。

攻防は此方の炉で行う、と言う事か。

だが、個人的には、もう一工夫欲しい。

「炉をもう一つつける事は可能かしら?」

「炉をもう一つ?」

「ええ。 予備の炉として、他の炉の補助をする炉よ。 もしつける事が出来たら、安定性が抜群に増すと思うのだけれど」

「……ふむ、確かにそうね」

フィリスがこれから来るとして。

公認錬金術師が四人集まる。

ソフィーは最近までいたらしいが、既にこの土地を離れているらしいので。助力には期待出来ない。

もともと助力には期待出来なかったが。

それはもういい。

いずれにしても、それなりの腕がある公認錬金術師が四人だ。全員がかりなら、それくらいの工夫も出来るだろう。

「分かりました。 少し考えて見ましょう。 ただプラティーンが少し足りませんね」

「私が提供するわ。 ライゼンベルグ西の街を開拓する過程で、嫌と言うほど鉱石は入手できたから」

「分かりました。 フィリスさんには私から説明します」

「お願いするわ」

一礼すると。

受け取った設計図を手に、馬車に戻る。途中、パイモンと話しながら歩いた。

「馬は……」

「ああ、満足そうに逝ったよ。 文字通り天寿を故郷で全うできたのだから、これ以上ない事だっただろうな。 わしもあのように、満足して果てたいものだ」

「そういえば、どうして錬金術師に」

「わしはたまたま本を手に入れてな。 貧しい中少しずつ機材などを手に入れて、少しずつ調合を覚えて。 まともな薬を初めて作れたのが三十過ぎだった。 後は金も安定して稼げるようになり、この年でようやく街に余裕を作れて、公認錬金術師試験に出られた、というわけだ」

そうか。

自分は恵まれているんだなと、イルメリアは思う。

家族にプレッシャーをかけ続けられてきたが。

それでも才覚は最初からある事が分かっていたし。

地盤もあれば。

金もあった。

ただ、それでも。家族のために、下手をすれば人生を捨てなければならなかった。

今、独立できたのは、とても嬉しく思っているが。

パイモンの苦労話を聞くと、とてもではないが、自分の人生は苦労に満ちていたなどとは言えない。

馬車の前でパイモンと別れると。

調合を開始。

フィリスほどの鉱物加工技術は無いが。

ハルモニウムなら兎も角、プラティーンなら充分な品質のものを幾らでも作り出す事が出来る。

素材も有り余っているのだ。

荷車に材料を乗せると、アリスにレンの所へ届けさせる。

これで更に作業の進展は早くなるだろう。

後は、フィリスが来たら、一度話し合いをして。

船の建造について、しっかり練り直す。

出来れば装甲や炉の一部にはハルモニウムも使いたい。

仮想敵がドラゴンなのだ。

更に、拡張性も欲しい。

三番艦を作るよりも、二番艦に拡張機能をつければ、更に長持ちするだろうし。他の使い路も見つかるかも知れない。

無心に調合を続けていると。

アリスがタイミングを見て、声を掛けてきた。

「フィリス様が到着為されました」

「そう。 ちょっと待っていて」

「はい」

今のプラティーンをインゴットに仕上げたら向かう。

炉から出したプラティーンは、美しい白銀色の輝きと、強い魔力を秘めている。

フィリスが作る物ほどではないが。

これを使えば、大体の獣は倒せる武具に替えられる。

勿論そのまま塊にしても駄目だ。

錬金術で加工し。

相応の装備品に作り替えてから、の話になるが。

溜息。

ギフテッド持ちには、どうしても得意分野ではかなわないか。数ヶ月前にフィリスは、もっと良いプラティーンを作っていた。

他のものに関しては、イルメリアに一日の長があったが。

それでも、金属加工はどうしても勝てる気がしない。

ものの声が聞こえる。

そんな錬金術師は、一握りの中の一握り。後天的に才能が開花するケースもあるらしいが。それはあくまで例外。

歴史に残るような錬金術師でも、声が聞こえなかった者はいると聞いている。

ならば、自分なんて。

嘆息すると、インゴットを清潔な布で包み、リュックに入れる。

そしてアリスを促して、一緒にレンのアトリエに出向く。

途中、かなり雨が強くなってきた。

別に竜巻が大きくなっている訳では無いから、ドラゴンが湖底で力を増している訳では無いだろう。

だが、この雨、少しばかり鬱陶しい。

アリスが無言で傘を差してくれた。

小柄なイルメリアからすれば、大概の相手が長身だが。

これから多分背が伸びないだろう事を考えると。この関係は一生続くのだろうとも察してしまって。

色々と腹立たしい。

だがアリスは命がけで自分を守ってくれたこともある。

あまりアリスに対して不快感をぶつける事も、好ましいとは思えなかった。

レンのアトリエにつくと。

フィリスが来ていた。

過保護な姉のリアーネもいる。

既にパイモンはいたので。

レンのアトリエに皆で移動。

机を囲んで、話をする。

一階部分では外の雨音が凄かったのだけれど。地下に入ると、流石に雨音は一切気にならなくなった。

「炉を三つにするのって、本当ですか?」

「ええ、イルメリアちゃんの提案なのだけれど、不満?」

「いいえ、良い案だと思います。 確かに三つになったらより安定しますね。 ただ間に合うかな……」

ドラゴンが力を取り戻し始めるまでに二ヶ月弱。

それはイルメリアもソフィーに聞いている。

それまでに倒さなければ、勝ち目は無くなる。

それどころか、フルスハイムが力を取り戻したドラゴンに、竜巻によって蹂躙されるかも知れない。

それだけは、許してはならない。

中核都市を失うと言うことが、どれだけのダメージになるかは、イルメリアも良く知っているつもりだ。

「船の建造は」

「現在六割という所ね。 プラティーンがまだまだ足りないわ」

「それなら、わたしが装甲含めて作ります。 炉の方はお願い出来ますか」

「それなら、三人で分担して炉については対応しましょう」

流石にこの大規模都市で公認錬金術師をしているだけのことはある。

レンの手際は良く。

すぐに作業の手分けが行われた。

フィリスは一番の得意分野であるプラティーンの鋳造。

そしてフィリスが作ってきたインゴットを用いて、炉を作り上げる。

これでかなり時短出来る筈だ。

イルメリアは更に提案。

「要所にハルモニウムを使いたいのだけれど、フィリス、頼めるかしら」

「確かにハルモニウムを使えば、更に安定するとは思うけれど……」

「素材なら私が出すわ。 どうせドラゴンを殺したら、また鱗は手に入るでしょうし、そうで無かった場合も、いずれドラゴンを倒す事になるんだから、つけでかまわないわ」

「ほう、剛毅なことだ」

パイモンが笑うが。

いずれにしても、このくらいの貸しは作っておきたい。

フィリスには負けたくないのだ。

勿論、卑怯な手で勝ちたいとも思わない。

短時間でイルメリアと並ぶところまで腕を伸ばし。

ギフテッドを持っているから得意分野では絶対に勝てない。

そんな相手にも、何処かで勝ちたい。

貪欲な欲求が、イルメリアを動かしていた。

それはモチベーションにつながっていたし。

何よりも、ソフィーに悪意たっぷりで見せられた、世界の終焉を終わらせるための力を欲する原動力にもなっていた。

フィリスが破壊衝動の強い子だと言う事は何となく分かっていた。

採る手段は基本的に力押しだし。

この間、フルスハイムの西に、岩山を破壊しながら街道を作ったと聞いた時にそれは更に確信を帯びた。

フィリスは破壊神と呼んでも良い性格の持ち主だ。

普段はそれほど過激では無いが。

思考回路がまず破壊につながっている。

だったら、イルメリアは違う方向でこの世界のどん詰まりを打破していきたい。

それがソフィーに誘導された結果の思考だとしても。

やはり、フィリスには負けたくないのだ。

細かい打ち合わせが終わった後、竜の鱗をあるだけフィリスに譲渡。まだかなり残っているから、ハルモニウムを結構作れるはずだ。我ながら太っ腹だが、まったくかまわない。これで貸しになるなら安いものだ。

後は、ひたすら炉の部品を作る。

フィリスのインゴットは、頭に来るくらい品質が高い。

だが、今はそれに嫉妬している場合では無い。

黙々とイルメリアは。

インゴットの加工を続けた。

少しでも、自分の錬金術師としての力を伸ばすために。

 

(続)