本職としての第一歩

 

序、帰郷

 

真相を知らされた時。兎に角苦かった。

こんなに真実は苦いものなのだと、わたしは知らなかった。わたしにとって外はわくわくする世界だった。少なくともエルトナに閉じこもっていた時はそうだった。

だが。外で全てを知った今。

同じように考える事は出来なかった。

帰路、口数は少なくなっていた。

お姉ちゃんは理由を知っていたのか。

それに対して、何も言わなかった。

或いは、お姉ちゃんも。

ソフィー先生に、何かされたのかも知れない。

それについて、触れる気にはなれなかった。

竜巻をわたしが主導して作った装甲船でまた越えて。

フルスハイムでパイモンさんと別れる。

パイモンさんの村についても、位置は聞いている。いずれ訪れることになるだろう。それからわたしは、ドナの方に抜け。更に北上してメッヘンに。そして西に進んで。つまるところ、行きとまったく同じルートで、エルトナに帰還した。

エルトナでは、既に城壁が作られ始めていて。

緑化作業も進展していた。

邪神がいる一帯は立ち入り禁止にし。

緑化した地点の内側に畑を作り。

鉱山の中に閉じこもっていた人達が、順番に外に作った家に移り住む段階になっていた。

だが、わたしが帰還した時。

あまり、エルトナは褒められた状態ではなくなっていた。

順番に家を作っているのに。

誰が先に鉱山から出るかで、激しく揉めていたのだ。

家は充分に作る余地がある。

家を作る資金も提供される。

そういう話が出ているのに。

一刻も早く鉱山から出たい。そう主張する人が怒号を張り上げていて。エルトナの内部は、昔の静かな状態では無かった。

呆れているのか。

ソフィー先生の連れて来た人達は、関与せずを決め込んでいるらしく。

外で黙々と作業をしている。

別に家が足りなくなる、何てことは無いのに。

今まで隠れていた問題が全て噴出し。

やはりエルトナで権力を持っていた人間の順番に、外の家を獲得し。それに対し、後回しにされた人は大いに恨んでいるようだった。

アングリフさんが呆れる。

「なるほど、これはまとめ役がいるだろうな」

「長老は高齢です。 それに……」

「まるでよどんだ風そのものだ」

レヴィさんがぼやく。

確かにその通り。

そもそもソフィー先生に見せられたとおり。

このまま行けば、エルトナは自滅以外の道が無かったのである。

外に出られるとなれば。

今まで溜まっていた鬱屈が、全て噴出する。それは目に見えていた。わたしはあまりにも無邪気だった。

現実は、こうも醜い。

それを直視できずにいた。

外に最初に出た時。

兎があまりにも想像と違った時点で、気付くべきだった。とことん、情けない話だが。わたしは子供そのものだったのだ。

頬を叩くと、考えを改める。

まず、一旦まだ外に家を持てていない人も。

家を既に外に持っている人も。

全員集まって貰う。

エルトナは街としては大した規模では無い。だからこそ、公認錬金術師が来たと言うことには、大きな意味がある。

ましてや街の出身者である。その意味は計り知れない。

「おい、あれがフィリスか!?」

「何があったんだ……」

ひそひそ声が聞こえる。

壇上に立つと、わたしは咳払い。

後ろには、アングリフさんが、威圧的に大剣を地面に突き刺して立っている。その隣には、明らかに常人には扱えないサイズの大斧を担いだドロッセルさん。

相談の末に。

敢えて威圧が必要だと判断した。

わたしの目が濁っていることにも、気付いたかも知れない。

エルトナの住民は、明らかに恐れを感じ始めていた。お父さんとお母さんは、動揺していないようだった。

或いはこうなることを。

何処かで気付いていたのかも知れない。

「フィリスです。 この度公認錬金術師になって帰還しました。 以降はこの街に「拠点を置いて」活動するつもりです」

敢えて拠点を置く、を強調する。

その時点で、鋭い人間は察したはずだ。更に分かり易くなるように、続ける。

「エルトナに暮らしていた時点で、知っていたはずです。 この街は自給自足するにはあまりにも足りないものが多すぎる。 この街は他の街との連携をし、新しく人を受け入れていかなければ近く自滅します。 新しい人を受け入れるためには、この街を発展させる必要があります」

睥睨する。

わたしの目が恐ろしく冷たいことに、流石にもう皆気付いている筈だ。

「わたしはライゼンベルグに行く途中で、多くの戦略事業に関わってきました。 この街を発展させることはさほど難しくないかと思います。 ただし、皆さんが新参者を拒んだり、自分勝手なことを言うならば、わたしにもこの街を発展させることは恐らく不可能でしょう」

はっきり言い切る。

青ざめている長老。

わたしが、立派になって戻ってきてくれるとでも思っていたのだろう。その立派は、自分に都合が良い、という意味で。

だが、小娘はいつまでも小娘じゃ無い。

「その場合はエルトナをわたしは見捨てます。 衰退に向かう街がどれだけ悲惨かは、皆身を以て知っているかと思います」

声はあくまで徹底的に冷たく。

そうしないと、この人達には。

言う事など聞かせられないからだ。

一呼吸置くと。

わたしは更に付け加えた。

「まずこの場の全員に家を提供する事は約束します。 ただし、以降の順番に関しては、わたしが決めます。 資産やら街での地位など関係ありません。 優先するのは、日光が必要な人です。 体が弱っている人、子供がいる人、これから子供が生まれる人」

家なんて、アルファ商会から派遣された人達が、資材を組み立てて順番に作ってくれているのだ。

そんなもので揉めるのなら。

最初からわたしが決める。

そしてわたしが見捨てたら、アルファ商会だって手を引く。

公認錬金術師が来るから、アルファ商会は此処に資金援助をしてくれているのだ。もしわたしが見捨てたら、この街は滅ぶ。

そして今のわたしは。

エルトナの住民では対抗不可能な、圧倒的な武力をひっさげて戻ってきた。

街の救世主として都合良くイエスマンになってくれると期待していた人達も多かったのだろう。

だがわたしは見てきた。

フロッケ村では、くだらないプライドで。歴代最年少公認錬金術師試験合格者の神童、キルシェさんが。長老達と対立していた。

いなくなれば立ちゆかないのに。

フルスハイムでは、先代の公認錬金術師が我欲のままに錬金術を悪用した結果。

後任のレンさんが俊英にもかかわらず後始末に追われ、何もかも後手後手に回ることになった。

ノルベルトさんだって被害者のようなものだ。

それなのに、自責の念から、酒に溺れることになった。

わたしは理解したのだ。

必要なのは、公平さと暴力だと。

考えて見れば、わたしは暴力によって道を切り開いてきた。

暴力は全てに平等だ。

勿論状況に応じてネゴシエイトは必要になる。

だが、武力無き者の交渉など、相手に好き勝手言わせるだけ。或いは交渉のカードがあればどうにか出来るかもしれないが。

わたしは暴力によって相手を屈服させることを選択する。

ただそれだけだ。

もう一回、わたしは睥睨する。

「では、次に出来る家の所有者を読み上げます。 以降、誰から外に家を持てるか、順番は全て頭に入っています。 変更の予定もありません」

実際には頭に入っていない。

ツヴァイちゃんが覚えている。

なお、お父さんとお母さんはかなり後の方になる。

健康だし。

何よりわたしは、家族だって特別扱いするつもりはない。

わたし自身も、そもそもしばらくはエルトナ内部にアトリエを置くつもりだ。個人的には、安全がほぼ確保できている外よりも。エルトナ内部の地底湖から出てくる猛獣が気になるのである。

そして、告げる。

「そして、住民の引っ越しが終わり次第、エルトナは埋めます」

「なんだと……」

「理由は二つ。 エルトナの湖には、強力な猛獣が多数住んでいます。 水源が確保できた以上、猛獣が住み着いている湖から水を汲みに行く現状を維持する必要はありません」

そもそも、水汲みだって、複数の大人が命がけでやっていたのだ。

そんな悪習を続ける必要はない。

更に、もう一つの理由は切実だ。これは帰ってきてから、急いで状況を確認した。そして結論も出ている。

「もう一つの理由は、見境無く坑道を掘り進めた結果、エルトナのある鉱山は資源も枯渇し、何よりそのままだと崩落の危険があります。 みんな生き埋めになりたいですか?」

わたしには鉱物の声が聞こえる。

それはエルトナの全員が知っている事だ。

わたしは、更に冷徹に告げる。

「反論は認めません。 現状のエルトナにある設備は全て外に移します。 その後、発破で街の跡地は爆破、エルトナは以降露天掘りをする事になります。 簡単に言うと、山をまるごと上から掘り崩していくことになります」

地底湖は壊滅するだろうが、どうせ中にはロクなものがいないだろうし、それでいい。

死滅しろ。

それがわたしの素直な気持ちだ。

ソフィー先生に、見せられた。

ソフィー先生が介入しなかった場合のエルトナの未来。

あの時、湖から上がって来た獣は、歴戦の錬金術師と仲間でも、対応出来るか分からないような奴らばかりだった。

それだったら、エルトナごと生き埋めにしてやる。

それだけだ。

「ライゼンベルグに向かう途中で、わたしはドラゴンを倒しました。 もしも逆らうつもりなら、そのつもりで掛かって来なさい」

以上で演説を終える。

長老は死人のような顔色をしていた。

解散とアングリフさんが叫ぶと。

あからさまに怯えたエルトナの者達は、戻っていった。

アングリフさんは、頭を掻きながらぼやく。

「帰って早々、故郷の最悪な有様を見る事になるとは、ついてねえなあお前さんもよ」

「アングリフさん、ドロッセルさんと一緒に暴動が起きる兆候が無いか見張りをお願いします」

「ああ、それはやっておく」

「お願いします。 それと、カルドさんには頼みたい事があります」

カルドさんも頷く。

ただ、静かに、だった。

カルドさんは、先ほどの演説に、驚いていたようだった。

無邪気だったわたしの変貌ぶり。

確かにドナで道作りに協力していた頃は、わたしもまだ無邪気でいれたかも知れない。

だが匪賊の実態を知り。

ドラゴンの脅威を知り。

何より未来の有様を知った今となっては。

もはや無邪気な小娘ではいられない。

「活版印刷に関して、必要な設備をリストアップしてください。 もしも出来るようなら、人員の誘致についても考えます」

「活版印刷か。 これは考えたね」

「それと、学校を作るつもりです。 教員をお願い出来ますか」

「!」

アングリフさんが、驚いて顔を上げる。

そして、わたしはアングリフさんに言う。

「校長をアングリフさんにお願いしようと思います。 各地で孤児になっている子や、何かしらの理由で暮らしていけない子を養う施設も兼ねようと思っています」

「お前、それは……」

実は、アングリフさんに、前聞いた事がある。

アングリフさんは、実のところ年齢的にも現役としては限界が近い。ましてや近接戦闘系の傭兵ではなおさらだ。

アンチエイジングも受けていない。

そして資金は充分に持っているのだから、その気になれば引退もできるし、悠々自適に老後も送れる。

そうせず、未だにお金を貯めているのには理由があるのか、と。

アングリフさんは答えた。

学校を作るのが夢だと。

傭兵は掃きだめの世界。

子供の頃から殺し合いを経験し、獣や匪賊と戦う事しか知らない奴がたくさんいる。子供のうちに、何も楽しみを知らずに死んでしまう奴も多い。

そんな奴を少しでも減らしたい。

傭兵以外に行き場がないような奴を減らすためにも。

知識を身につけるための学校を増やしたい、と。

ならば、この街を発展させる過程で。

アングリフさんに頼みたい。

「現時点ではまだ無理ですが、この街は地下から出る事で、周辺の山から豊富に鉱物資源を取り出すことが出来るようになります。 資金源については心配しなくても大丈夫だと思います。 いずれ、機会が整ったら……お願い出来ますか?」

「ああ、ちょっと今は辺鄙だが……」

「もしも発展が遅れるようなら、フルスハイムでレンさんに頼んでみます」

「まあ其処までは気にしなくていい。 だが、その場合には頼むぜ」

さて、次だ。

まず、ソフィー先生が派遣してきてくれている人達と話をする。近いうちにティアナちゃんが来るが、あの子は監視役であって、現場指揮官では無い。

わたしが戻ってきたと聞いたからか。

アルファ商会の者らしいホムと。

背の高い魔族が来た。

かなりソフィー先生の関係者は忙しいらしいので、何度も人員が交代しているらしく。

今此処で現場を見ているのは、この二人だそうである。

ホムはイプシロンさん。

魔族はキマリスさんというらしい。

まずは、二人に今後の計画図を見せてもらう。

邪神がいる地帯に対して壁を作るのはわたしも賛成だが。この山岳地帯の出口に城壁を作ると言うと。

黄色という珍しい体色をしている魔族のキマリスさんは、顔を上げた。

なおこの人は魔族としてはかなり変わっていて、頭から生えている角が放射状になっている。

魔族は角が人によってかなり違うのだが。

いずれも寝る時には苦労するらしいと聞いている。この人は、特別製の枕を使っているのかも知れない。

なお女性の魔族戦士である。

背丈は他の魔族と同じで、ヒト族の倍もあるが。

「街を其処まで拡大するのか」

「いえ、街を此処まで現時点で拡大する予定があると言う、強気の姿勢を見せておくんです。 今後この街を拡大するためには、強気の姿勢が必要です」

「ふむ、なるほどな」

「悪くは無いと思うのです」

イプシロンさんはいう。

なお此方は男性のホムだが。左目は眼帯をつけていた。

おしゃれでは無いだろう。

実際、左を補うような動作を時々している。何かの事故で、左目を失ったと見て良い。

「アルファ商会には、此方から薬と爆弾を提供します。 資金援助での支援をお願いいたします」

「それについては問題ないのです。 貴方の腕については、早馬で既に聞いているのです」

「……分かりました」

後は都市計画について。

わたしが力尽くで今後の住民の引っ越しの順番について決めたことを、二人は絶賛していた。

実際問題、閉鎖集落の最悪な部分を見せつけられて、うんざりしていたのだろう。

良くやってくれたとまで、キマリスさんには言われた。

ちょっと其処まで褒められると、心苦しい。

わたしとしても、話し合いで解決できるならそうしたかったが。それでは解決しない事の方が多い。

それはライゼンベルグに行く道程で。

散々思い知らされたからだ。

打ち合わせを終えると、働いている人達の様子と物資を確認。

自動で動く荷車と、飛行キットを提供。

飛行キットに関しては、アルファ商会に完成品を売る事にする。これについてはライゼンベルグの庁舎にもレシピを納品しているし。わたしの特許品だ。ただし、戦略物資として扱うべきという話もした。

まあ量産はどうせ出来ないし、それでいいだろう。

わたしはライゼンベルグで錬金術師の実態を見た。

恐らく、公認錬金術師でも、今までわたしがあって来た人は優秀な部類。それも極めて。

オレリーさんレベルになるとほぼ存在せず。

大半はドラゴンと戦う事なんて想像も出来ない人の筈だ。

それならば、今のわたしは。

公認錬金術師として通じる。

そして、ソフィー先生に通告された半年間。

この間に、わたしが此処を留守にしても大丈夫な態勢を作り上げなければならない。

やる事は山積している。

飛行キットと、極限まで改良した自動荷車については、キマリスさんも喜んだ。そして実際作業効率は何倍にも翌日から上がった。

エルトナに帰ってからも。

わたしは休む事など出来ず。誰にも文句を言わせないため、働き続けた。

 

1、故郷のよどみ

 

ツヴァイちゃんをお父さんとお母さんに紹介できたのは、結局エルトナに戻ったその日の真夜中だった。

ツヴァイちゃんを寝かせてから、事情を話す。

お父さんは無言を貫き。

お母さんは目元を拭った。

お姉ちゃんを引き取った時も、こうだったのだろうか。

いずれにしても、わたしの妹としてツヴァイちゃんを扱う事。

それには同意してくれた。

これでツヴァイちゃんはミストルートという姓を得る事になったけれど。本人は、それを快く同意してくれた。

そこで、丁度良い機会なので。

フィリスさんと呼ぶのを辞めて、お姉ちゃんと呼んで欲しいと告げる。

ツヴァイちゃんは少し悩んだ後。

努力するのです、と答えてくれた。

とりあえず、最初に家に戻ってからしたのがそれで。

そして演説で告げたように、この家の住民が健康である事。何よりも、引っ越しを優先すべきは権力者では無く、日光が必要な人である事も改めて告げる。

お父さんは。

それを聞くと、しばし黙った上で。

こういった。

「逞しくなったけれど、目も濁ったね、フィリス」

「……匪賊と戦ったの」

「そう、か」

「効率化のために、奴らのアジトを暴くために、頭を覗いたの。 拷問なんて非効率的なことしていられなかったから。 見たよ。 最底辺まで人間が墜ちるとどうなるか。 だから、殺したよ」

無言でお母さんは話を聞いていた。

わたしは、もうそれについては触れなかった。

お姉ちゃんが作ってくれた料理を食べてその日は休み。

翌朝からはばりばり働いた。

現時点で、一緒にいる雇用者はアングリフさんとドロッセルさん、カルドさんとレヴィさん。この四人は、現在ソフィー先生が派遣してくれた人員とまったく劣らない戦闘力を持っている。

そのため、四人には周囲を警戒して貰い、厄介そうな獣は悉く片付けて貰う。

その間にわたしは調合を進めて、お薬と爆弾、戦闘用の道具、装備を作れるだけ作っていく。

エルトナのこの地下街を爆破するための高威力発破も作る。

これを鉱物の声が聞こえる地点に仕掛け。

全部同時に起爆することで。

この街を、エルトナ湖ごと完全に埋める。

自衛が可能になるまで街を発展させるまでの猶予期間はあまり長くない。更に言えば、恐らく上級ドラゴンとも、今後は戦わなければならない。パイモンさんは、わたし以上に忙しいはず。

上手く行けばイルメリアちゃんとアリスさんに力を借りられるかもしれないけれど。

それを前提にして戦力を整えるのは良くないだろう。

あの様子では、ソフィー先生はわたしに更なる力を得ることを期待しているように思えてならない。

水の中に問題なく行くための道具も考えなければならなかった。

家はかなりの急ピッチで建設が進んでおり。

不健康な人や、妊婦や老人、乳幼児を抱えている家庭から順番に出て貰う。

これに対して不機嫌そうにする街の重役もいるが。

アルファ商会の方からも、わたしがいなくなったら先行投資分を全て引き上げると言う話が重役達になされたらしく。

以降は文句を言うことも無かった。

何というか、わたしという存在が帰還する前から。

この街では、隠されていた膿が一気に噴出していたのだろう。

わたしが出立をもう少し遅らせていたら。

それを目の当たりにしていたのかも知れない。

もっと気持ちがいい人達だと思っていた。

だけれど、わたしはソフィー先生に見せられて知ってしまった。

人間は誰でも匪賊になり得る。

それだったら、この街だって。

わたしだって究極的には同じ筈だ。

ならば誰にも特別扱いは不要。誰にも平等に。何より厳しく接しなければならないだろう。

今でも何処かで心の底に反発はある。

だけれども、どうしようもない滅びを回避するために私情は敵だと知ってしまった今は。そして、人間だけでどうしようも無い滅びを回避するのは不可能だとも知ってしまった今は。

できるだけ非情にならなければならない。

お姉ちゃんには、街の見回りと、工事の様子を確認して貰う。

わたしから笑顔が無くなったと、お姉ちゃんが嘆いていたけれど。

それでも、わたしの言う事に間違いは無いとも認めてくれてはいる様子で。

仕事をサボタージュするような事も無かった。

ツヴァイちゃんも一緒に行って貰い。

現状の進展と。

足りない物資などについて、逐一データを取って貰った。

ツヴァイちゃんはわたしをお姉ちゃんと呼んでくれるようになったので。それは嬉しいけれど。

どうしてだろう。

素直に笑顔が浮かべられないようになっていて。寂しく笑うことしか出来なくなってしまっていた。

老魔族のグリゴリさんには、最初に家を提供した。ずっとエルトナのために尽くしてくれて、呆けてきてからもまだ働いてくれている功労者だ。

外に出られたことと。新しい家に驚いた様子だったが。

わたしの事は、グリゴリさんも分かっているようだった。

勿論、夜主体に動いて貰う事になるのだが。

地下では昼も夜も無かった。今後は、きちんと昼と夜がある状況で生活出来ることになる。

翌日には、妊婦がいる貧しい一家を。

体を壊した老人を。

順番に新しい家に配置していく。

同時にわたしが作ったお薬も渡して、劇的に効果が出るのを見て安心した。薬の腕もきちんと上がっている。

重役達は面白く無さそうにしていたが。

外の世界の恐ろしい獣を片っ端から狩ってくるアングリフさん達の実力に閉口し。

更にわたしが作った錬金術の道具の精度に黙らされ。

一週間もすると、文句は言わなくなった。

老人も病人も皆見違えるように健康になり。

グリゴリさんのボケもかなり回復してきた。突然暴れる事もなくなり、静かに余生を送れそうだと、わたしに礼まで言いに来た。

わたしがやるべきは調合だけでは無い。

ソフィー先生が派遣してくれた人達と一緒に、土いじりもする。

土に栄養を与えて畑も作って拡げ。

畑に出来る場所を拡大し。

森も街を守るようにして拡げる。

更に、アルファ商会が雇ったらしい人も、どんどん働きに来た。つまり、わたしがアルファ商会に売っているお薬や爆弾の品質が認められたという事である。

安全地帯を増やしながら。

いずれ崩してしまう山についても決める。

今後は危険な坑道掘りでは無く、露天掘りにするのを前提に長期計画を組む。

緑化も見境無くやるのではない。

いずれ山を崩す作業を行う時に邪魔にならないように、一部は計画的に荒野のままにしておく。

それについて何度か質問されたが。

山を丸ごと消し去るつもりだと説明すると。

閉口した相手は、それ以上何も言わなかった。

事実、山岳地帯の袋小路にあるエルトナは、籠城には適している反面、何かあった場合逃げ場所が無い。

近くに人間に害を為さないとは言え邪神がいる以上。

わたしが今後常駐できない事を考えると。

守りは過剰なくらいに固め。

なおかつ有事に対応出来る状況を構築する必要が絶対条件となる。

色々な手段を試しながら。

わたしは順番に、出来る事をやっていく。

持病を持っていた人を回復させ。

ライゼンベルグから持ち帰った書籍を読んで知識を増やす。

義手や義足の作り方も覚えた。

拡張肉体の応用、或いは一種だ。

もっとも、戦闘用の拡張肉体よりも遙かに簡単。

強度も人間の体程度で良いし、浮いたり攻撃機能が無くてもかまわないのだから、それは楽だ。

魂と直結することで。

意思通りに動くようにすれば良い。

それでも、わたしはあまり要領が良くない。何度も作らないと、上手に出来るようにはならない。

だからまず実証を行い。

そして、完成品を作った。

エルトナは鉱山の街だ。

今まで事故で手足を失った人は何人もいる。

その人達に義手義足を提供する。勿論お金は取らない。薬に関してはお金を取るけれど、それはごくごくお安く。もし払えない場合は、利息無しでいずれ払ってくれれば良いと事前に通達している。

資材はいくらでもあるのだ。

それに、アルファ商会に完成品を売ることで、別に街の人達からお金を取り立てなくても大丈夫なくらい儲かる。

最初は街の発展資金が出るか不安だったのだが。

現時点では、その不安も払拭できていた。

最初の一月は瞬く間に過ぎ。

わたしは確実に錬金術の腕を上げながら。

外に出て獣も片付ける作業に加わった。

戦闘の腕を鈍らせる訳にはいかないからだ。

少しずつ、少人数で今まで戦えそうに無かった相手とも戦っていく。そうすることで、相対的に戦闘の状況を厳しくし、わたし自身の腕を鈍らせないようにする。勿論総力戦想定の戦闘も何度も行う。

今後、またドラゴンと戦わなければならないのだ。

力を落とすようでは意味がない。

メッヘンの近くまで足を運び、近場にいるネームドはあらかた始末してしまう。

空飛ぶ荷車のおかげで行動範囲が拡がったこともあって。二三日遠征をすれば、近郊のネームドの縄張りには簡単に到達できるし。

何よりも、川の周囲にあるような少ない緑地や。

希に見かける林などにも足を運び、素材を必要量確保することも出来た。

勿論、人間に害をなし得る獣は悉く見かけ次第片付ける。

殆どは荷車からの爆撃で事足りてしまうし。

それでも無理な場合は、総力戦で仕留めるだけだ。

そして更に二週間が経過した頃には。

エルトナの鉱山内で暮らしていた人達の内。日光が必要な人は、あらかた外に住居を用意することが出来ていた。

わたしは、まだエルトナの鉱山内にアトリエを構え。

そして基本的に作業も其処でやる。

それを苦々しく見ている人達もいる。

前も、時々闇を感じていたエルトナだが。

やはり藪をつついて蛇を出したのだろう。

今、その闇は。

もはや姿を隠さず、噴出を続けていた。

 

ドロッセルさんに言われて、外に出る。

メッヘンからの使者が来た、と言う事だった。長老宛ではなく、わたし相手に、だそうである。

長老が話を聞いたらさぞや不愉快そうにするだろう。

昔は好々爺という印象だったのだが。

今では、家の配分についてわたしが話をしてから、非常に不機嫌そうな顔をしていることが多くなった。

わたしの事を内心で金づるとしか思っていなかったのか。

それとも、子供が余計な知恵を付けてと思っているのか。

どちらにしても、もはやわたしには、どうでも良いことだったが。

会いに行くと。

ウコバクさんだった。

メッヘンでの治水作業で何度も一緒に作業をした魔族だ。まだ若いウコバクさんは、わたしを見ると喜んだ。

「フィリスどの。 公認錬金術師になられたそうだな。 何よりだ」

「ありがとうございます。 ディオンさんは壮健ですか?」

「相変わらず少し頼りないが、壮健だ」

見違えたと、城壁に守られ、森が出来はじめているエルトナを見て、ウコバクさんは目を細める。

わたしがいない間も、ソフィー先生の派遣してくれた人達や、アルファ商会の支援で作業は進んでいたのだが。

それでも、わたしが来てから、一気に作業は進展し始めている。

公認錬金術師が常駐するというのはそういう事だ。

ただ、二人も公認錬金術師がいて、どうにもならなかった村のように。

公認錬金術師がいてもどうにもならない事は確かにある。

だから、わたしも自分を過信しない。

「それで、如何なる用事ですか」

「書状だ。 見てくれるか」

「はい」

蜜蝋で封をされている。フィリス殿へと記載がある事から、長老達街の重役は相手にしていない書状だ。

ディオンさんは少し配慮が足りないかも知れないが。

別にわたしはそれで良い。

正直な話、闇を暴いてみたら、此処までとは思っていなかった。もっといい人達だと思っていた。

慎ましい生活をしていたら隠れていた闇が。

陽の光の下に出られると知った瞬間、こんな形で現れるとは思っていなかった。

だから、わたしも。そんな人達に相応しい対応を取るだけだ。

書状を確認。

どうやら、メッヘンでは、エルトナの鉱物資源に興味を持っているらしい。

緑化作業を延長し、安全なルートでの交易を行いたい。

そういう内容だった。

メッヘンは暴れ川も落ち着いて、街の発展に力を入れだした所らしい。彼処は元々豊富な水資源を利用して、緑化を広域で進めていて、果樹園まで存在している。エルトナとしては、交易相手として非常に好ましい。

そしてそもそも、安全ルートの交易だったら、現時点でも難しくは無い。

メッヘンまでは、護衛がいたとは言え、駆け出しのわたしがたどり着けた程度なのである。

更に今回、近場のネームドは皆殺しにしてきた。

もう一つ、飛行キットを使って、荷車での輸送が可能になる。現時点で派遣されている戦士達を護衛につければ、後は操縦をする人を一人確保すれば大丈夫。

ただ、アトリエで輸送すれば、それこそ岩山ごと運べるのだが。

荷車で輸送する場合、かなり大型の。

そう、キルシェさんが作ったような、家を運べるようなサイズの飛行キットが必要になるだろう。

それは悩みどころだ。

オスカーさんがいれば、もう丸投げ出来るところなのだろうが。

流石にあの人は、まだライゼンベルグ近辺でせっせと作業をしている所だろうし。何よりイルメリアちゃんが村を復興している最中。其方を手伝って欲しい。

すぐに長老達を集める。

これに関しては、即座に返事をするのは流石に悪手だ。

武力を此方が有していると言っても、組織的なサボタージュをされると面倒な事になるし。

何よりキルシェさんの所で見たような、足を引っ張る行為をされると更に面倒だからだ。

わたしはいつの間にか。

心が冷え切っていて。

どんどんリアリストに寄っていることに気づき始めたが。

それでも行動そのものは止めない。

すぐに呼び出した長老達は、不機嫌そうだったが。

わたしが話をすると、案の定反発した。

「メッヘンとの交易路の確立? それは、この街を発展させるのに、どれくらい役立つのかな」

皮肉混じりに重役の一人がそう言う。

わたしは、アングリフさんとお姉ちゃんに立ち会って貰ったが。

二人には後ろに立っていて貰うだけだ。

「メッヘンから南に行くと、ドナというかなり大きな街に出ます。 森林資源が豊富な街で、取り仕切っている公認錬金術師も凄腕中の凄腕です。 これだけではなく、メッヘンは北部にも街道が延びていて、他の都市と街道を通じてエルトナを流通の一端にする事が出来ます」

「机上の空論だ」

「わたしは道を切り開くことで、ライゼンベルグまで到達しました。 緑化作業は嫌と言うほど経験しています。 実際に緑化を進めて安全地帯を増やしているのを見ていなかったんですか?」

「……っ」

重役が黙り込む。

そもそもわたしが錬金術師として本格的に活動し始めてから、彼らは見ている筈だ。錬金術の破壊力を。

薬はアルファ商会から高く買わなくてもいい。

義手や義足なんて、今までのオモチャとは格が違う。意思に沿って本物同然に動く。

病気だって治るし。

不健康だった人達も、安全な状態で日の下に出られるようになった。

更に、この街の発展を聞いて、新しく労働者が来てくれている。この人達の幾らかは、上手くすればエルトナに残ってくれる。

新しい血を入れることだって可能になるだろう。

更に、この重役達には見せている。

飛行キットや、自動で動く荷車が如何に有用か。

わたし達が、今まで選ばれた戦士しか対応出来なかった獣を、如何に容易く仕留めているかも。

それを見ていながら。

感情的に反発する彼らの事には、正直冷たい怒りを感じる。

「今までエルトナは、各地の街をつなぐインフラから隔絶していました。 故にたまに来る商人からは搾取され、選ばれた戦士しか外に出られず、鉱山の中で滅びを待つだけでした。 今後は流通に絡み発展する事で、新しい血を入れ、滅びを回避することが出来ます」

「しかし、街の側には邪神もいる」

「そんなものはもし暴れるようならわたしが殺します」

青ざめて黙り込む重役達。

長老も真っ青になっていた。

わたしが殺すという言葉を使ったことが、それだけ衝撃的だったのか。

出来るだけわたしは冷静に話しているつもりだが。

怒りを感じ取ったのだろうか。

「既にわたしは皆の協力を得たとは言えドラゴンを倒しています。 このまま成長を止めるつもりもありません。 いずれ必ず邪神も退けられる力を手に入れます。 少しでもこの街の未来をよくしたいと思うのなら、個々の些細な感情やプライドは捨ててください」

「あー。 俺からも言わせて貰うがな。 此奴は少なくとも、首都まで行って、その途中で様々な戦略事業に参加しているんだぜ。 少なくともあんた達の誰よりも修羅場をくぐっているし、知識も豊富だ。 素直に言う事は聞いた方が良いと、俺は思うがな」

「……」

アングリフさんが言うと。

長老達は、流石に反発する気ももう起きないようだった。

後は、どうすれば良いか、具体的な指示を出す。

まず長老から、正式に書状を書いて貰う。

メッヘンとの交流確立。

それに有事の共同態勢の確立。

この二つで、現時点では良いだろう。

交渉そのものはわたしでやる。

むしろメッヘンではわたしは戦略事業を通じて信頼を勝ち取っているので、非常に動きやすいはずだ。

此方の街の重役は、わたしに行動のグリーンライトを渡すだけで良い。

その話をすると。

また重い沈黙の後。

長老は分かった、と言った。

頷くと、席を立つ。

不満が蓄積しているのが分かるが、後は実績でねじ伏せれば良い。それにメッヘンへの街道確保は、必ずエルトナのためになる。そして山を一つ二つ崩した後は、其方に街道を延ばして、他の街へもインフラを接続したい。

そうすることで、エルトナは。

閉じた袋小路のどん詰まりでは無く。

人が行き交う場所へと変貌する。

この辺りは戦略的な事業だが。

わたしはライゼンベルグに行くまでに、戦略的事業については散々見て携わってきたのだ。少なくとも、この街の大人の誰よりも。

早速、街を守っている一番外側の城壁に出向く。

ソフィー先生が派遣してくれた戦士達が数人守りを固めていたが。外に出て、測量を開始。

栄養剤は余っているし、鉱物の声も聞こえる。

まずは硬化剤を撒いて。街道にする場所を確定させ。

次は土を耕して空気を入れ。

栄養剤を順番に入れ。

草から低木へと変えて行きつつ。森で街道を守るようにする。

一旦森が出来れば、其処から資源を回収することも出来るようにもなる。

問題は匪賊が流入することだが。

それについては気にしなくても良いだろう。

何しろ、あの「鏖殺」。実際に現在匪賊殺しを実行しているティアナちゃんが来るのだから。

周囲を皆に警戒して貰う。

強めの獣はあらかた片付けた後だ。危険は少ないと思うが、万が一の事もある。

調査を進めているわたしの側には、お姉ちゃんが付き添っていた。

「フィリスちゃん、少し強引すぎない?」

「お姉ちゃん、わたし分かった事があるんだ」

「どういうこと?」

「この世界は、力尽くで変えなければ何も変わらないって事だよ」

お姉ちゃんが口をつぐむ。

だが、お姉ちゃんだって分かっている筈だ。

ドラゴンが話し合いに応じたか。

落ちた橋が話し合いで直ってくれたか。

装甲船が話し合いで作れたか。

いずれもが、力を必要とした。錬金術と言う圧倒的な破壊の力を。創造の力でもあるが、それは破壊の力と表裏一体なのだ。

「わたしはいずれ全てを破壊するものになる」

あの未来。

絶対に、あんなものは破壊しなければならない。

人間が資源を食い尽くし、あげく互いに食い合い絶滅する滅びの未来。

それを回避するためには。

手段など、選んではいられないのだ。

 

2、破壊の炎

 

メッヘンまで何度か行き来して、街道をどう作るか決定。元々街道の残骸のようなものはあったが、それから少しずれることになる。また、緑が多少はある地点は、全て避けながら緑化する。元からある植物を傷つける事は論外だからだ。

つるはしが軽い。

装備品で強化しているとは言え力が強くなっているし。何より使い慣れているからだ。

エルトナの方は、新しく追加された人員に任せる。後、カルドさんにツヴァイちゃんをつけて、進捗を確認して貰った。

足りない物資はすぐにわたしが調合するか調達する。

家の建設はピッチが上がっていて。

現時点では、もう後二ヶ月もすれば、エルトナの全住民が日の下で暮らせるようになる目処もついていた。

ただ、数日前から雨が続いている。

今も雨が降っていて、メッヘンでの水害を思い出して、少しばかり気が重いが。それでも街道の緑化作業は粛々と進めていく。

事前に杭を立てておいたので、それに沿ってまず硬化剤を撒く。

これに関しては何度も何度も作った事もあって、品質はもはや折り紙付き。わたしがつるはしを振るっても、簡単には壊れない。

その後、その両端を耕す。

人海戦術で行きたい所だが、そうも行かない。戦士が護衛できる人数には限度があるし、何よりこれはかなりの重労働だ。

農具を体の一部のように使いこなしていたオスカーさんが特例なのであって。

わたしは彼処まではやれない。

ただ、わたしは鉱物の声が聞こえるから。

耕すのは苦にはならなかった。

お姉ちゃんとレヴィさん、アングリフさんとドロッセルさんには周囲の護衛をお願いし。借りている戦士十名と共に、予定地点の土を耕していく。

栄養剤を入れた後、以前オスカーさんに貰っておいた、最初に撒く草の種を植え込んでいく。

雨も降っているし、二日もあれば芽を出すはずだ。

かなり深くまで耕すのを、戦士達は不審がっていたが。

これは、この街道を完全に安全な場所にするため。

周囲を森にするのだと説明すると、納得してくれた。

いずれにしても、ソフィー先生が貸してくれた戦士達だ。皆逞しいし、力仕事には充分な実力を発揮してくれる。

以前、地獄のようなライゼンベルグ近辺での緑化作業をやったのだ。

あの時に比べれば、簡単も簡単。

だから、身体能力が落ちないように。

わたしは敢えて作業量を増やし。

徹底的につるはしを振るった。

その結果分かる。

上がっている身体能力と。

更に冴えて聞こえるようになった鉱物の声もあって。

とにかく作業がやりやすい。

つるはしも、エルトナに戻ってから、実はハルモニウムに作り替えた。ドラゴンの鱗から作り上げたつるはしも同じで。恐らく杖で殴るよりも数段殺傷力が高いはずだ。生半可な獣なんて、脳天を殴れば顎の下まで容易く貫通するだろう。

溶かしたバターのように土が軟らかい。

だから、その分どんどん掘り進む。他の人が遅れている分も、わたしがどんどん作業をしていく。

体力は旅の間に嫌でもついた。

そして、鉱物の声を聞く事も、前よりも更に真摯に出来るようになった。

予想より前倒しを重ねて、土を耕していき。

やがて後方は、青々と草が茂り始めていた。

栄養剤はしっかり効いている。

一旦掘り進むのは止めて、草を刈り。火をつけて燃やす。そして灰になった草を土に混ぜ込んで、今度は木の種を植える。木だけでは無く、比較的育つ易い草も一緒に植えていく。

この辺りの案配は、オスカーさんが身近で見せてくれたのを覚えた。

区画を決めて、順番に作業を進めていく。

戦士達は疲れが見えてきているが。

人員を変えて作業を急ピッチで進める。

ドロッセルさんが、あくびをしているのが見えた。ちょっと皆も戦力を落とさない工夫が必要か。

その日の夜。

わたしはアトリエで、皆とミーティングをする。

エルトナの方は大丈夫だ。カルドさんがしっかり確認をしてくれている。それに、アルファ商会と交渉して、活版印刷に必要な機械類も集めて来てくれているそうである。ツヴァイちゃんも、それにあわせて、数字の管理をしっかりしてくれていた。

それを聞き終えた後。

わたしは皆に告げた。

「ペースを上げます」

「ちょっと、今でも充分すぎる程のハイペースでしょ。 予定よりかなり前倒ししていない?」

「実は少し体力に余裕を感じています。 皆もそうではないですか?」

口をつぐむドロッセルさん。

図星を指されたと顔に書いている。

分かり易いけれど、今大事なのはそこでは無い。

「ペースを上げることで、監視する面積がより広くなります。 当然、それなりに気を張らなければならなくなります」

「確かに、強めの獣はあらかた片付けたからな。 ただ、いざという時に備えてはくれよ」

「それは勿論」

わたしの方でも、幾つか考えている。

義手義足を開発する過程で、拡張肉体の研究を更に進めていたのだけれど。

どうやらその結果、ある程度上手く行きそうなものが出てきているのだ。

体力に余裕があるので、掘り進めるのを進めながら、色々アイデアを出し。

夜の余った時間を使って、研究を進めていた。

その結果、近づいた獣をオートで狙撃してくれる道具が出来そうなのである。

キルシェさんが使っていたものが近い。

いわゆる自律思考型の拡張肉体だ。

ただ暴走を避ける為にも調整が絶対に必要で。

まだ完成は先になる。

「わたしがコネを確保したメッヘンまでの街道を確保できれば、更にエルトナは安全度を増すことが出来ます」

「匪賊の流入はどうする。 奴ら、この辺りからは一掃されていると聞いているが、発展している街があると聞くと何処にでも現れるぞ」

レヴィさんが真面目な口調で言うので。

わたしは頷く。

それについても考えがあると。

実は昨日、ティアナちゃんが来た。

相変わらず愛くるしい笑みを浮かべていたが。

この子が匪賊を鏖殺している事は知っている。

そして今は、何食わぬ顔をして、エルトナで戦士達に混じって周囲の警戒をしてくれている。

あの子がいる限り。

匪賊は来るだけ死ぬだけだ。

お姉ちゃんが髪を掻き上げた。

滅多に見せない行動だが。

少しストレスが溜まっているのかも知れない。

「そろそろ櫓を建てるので、お姉ちゃんは其処から見張りをお願い」

「分かったわ。 それにしても、少し急ぎすぎではないかしら」

「……実は、フルスハイムで用事があって、作業を急いでいるの」

皆の視線が集まる中。

わたしは咳払いした。

「フルスハイムの竜巻の原因がはっきりしました。 湖底に潜んでいるドラゴンで、今はある理由から弱体化しています。 次の仕事は、このドラゴンを撃破する事。 猶予はまだありますが、相手は弱体化しているとは言え上級。 戦いに備えるために、エルトナで出来る事は、今のうちに全て片付けます」

「……そうか。 どこからそんな情報を?」

「わたしに旅の切っ掛けをくれた人からです」

「そうか」

アングリフさんが嘆息する。

多分アングリフさんは気付いている。

わたしの様子がおかしくなっている事に。

その原因が、深淵を覗いたことにも。

「分かった。 フルスハイムの竜巻はどの道放置出来ねえし、そういう事情があるなら仕方がねえ。 それに話してくれたって事は、お前が俺たちを信用してくれていると言う事だ。 どうやって湖底まで行くかはわからねえが、それはお前が考えるんだろう、フィリス」

「はい。 何とかします」

「分かった、それなら体が鈍らないように、多少無理な哨戒任務を気合い入れてやるとするか」

アングリフさんの鶴の一声で。

皆も意見が一致したようだった。

後は解散とする。

その後、少しツヴァイちゃんに残って貰った。

「ツヴァイちゃん、まだ前線で戦いたい?」

「はい。 フィ……お姉ちゃんの役に立ちたいのです」

「分かった。 近々、ツヴァイちゃんが戦えるように道具を用意するね」

「嬉しいのです」

表情に乏しいホムだから、ツヴァイちゃんの顔にあまり変化は無いけれど。

それでも、嬉しいと言うのだから嬉しいのだろう。

後は、アトリエで休むとする。

どうしてだかは分からないけれど。

ソフィー先生に現実を見せられてから。

どんどん力がついてきている気がする。

勿論ライゼンベルグまでの旅で、下地が培われたのは事実だろう。これについては疑う余地もない。

だけれども、その後が異常だ。

勿論努力を重ねているから、というのもある。

だけれど心の何処かが凍り。

破壊への渇望も強くなった。

これから放置していれば来る、いやソフィー先生ほどの人が介入してもどうにもならなかった滅び。

それに対処するために。

多分わたしは、体が自発的に進化したのだ。

深淵を覗くのはそのトリガーに過ぎない。

勿論まだ進化の過程なのだろうけれど。

いずれはソフィー先生を、最低でも得意分野だけでも超えなければならない。無理かもしれないが、最低でもそのくらいの目標を掲げなければならない。

わたしは破壊という手段だけで行くつもりだ。

だがソフィー先生は、最悪の場合どんな手段でも採る。それが、この間話して頭に叩き込まれた結論。

それならば、ストッパーが存在しなければ。

下手をすると、あの人に世界そのものが蹂躙されてしまうかも知れない。

多分邪神でさえ、今のソフィー先生にはかなわないはずだ。それも単独でソフィー先生は対応出来るレベルだろう。

そんな規格外中の規格外が、本気で何かとんでも無い事を始めた時。

命を賭ければ止められる。

それくらいの力は必要になってくる。

眠る。

睡眠時間も、必要な時間がどんどん減っているのをわたしは感じている。

分かる。

いずれわたしは。

人間とは呼べない存在に。

そう、ソフィー先生のような存在に。

なっていくのだろうと。

 

翌朝から、街道構築作業の更なる加速を宣言。

労働する人も増やすが。彼らも本職の戦士だ。流石に哨戒任務の人間が少なすぎるのでは無いのかと、疑問を呈してきた。

わたしは朝礼で答える。

「現時点で近辺にネームドは確認されていません。 此処にいる戦士なら対応出来る獣しかいません。 よって、作業は更にハイピッチで進めても大丈夫、と判断します」

「哨戒任務に当たる人間が少なすぎやしませんか」

「近々見張り櫓を建てますので、大丈夫です」

「そういう問題かよ……」

誰かがぼやくのが聞こえたが。

別にかまわない。

わたしが十人分土を掘り返していくのは、此処で働いている人達皆が知っている。なお今後は、わたしが二十人分土を掘り返すつもりだ。

その日は特に問題は起きなかったが。

翌日、前方で獣を発見。

小型のグリフォンだが、お姉ちゃんが矢を番える。そしてぶっ放す。

今のお姉ちゃんは、わたしが帰路も改良した装備で身を包んでいる。その矢は文字通り破壊的だ。

小型のグリフォン程度、ライゼンベルグ近辺で散々倒した。

今のも、一撃で喉から後頭部に矢が貫通。

何が起きたか理解出来ていない様子で。

グリフォンは倒れ伏し、二度と起き上がらなかった。

お姉ちゃんは、むしろ不満そうにした。

「流石にこの弓でもそろそろ力不足ね」

「オイオイ、マジかよ……」

「三人、解体作業に参加してください。 コンテナに解体後は運び込んでください」

「おう、分かった」

ここに来ている戦士達は、みんな荒野での戦闘経験がある人ばかりだ。

すぐにお姉ちゃんの行う解体作業に加わる。

わたしはその間。

抜けた三人の分も土を掘り返し。

今日分の予定地点まで掘り進んだところで、後方に戻り。成長した草を刈り、燃やす。後方では低木が順調に育っており。少しずつ、森が確実に此方に向けて出来上がっているのが分かる。

これでもオスカーさんに比べるとかなり手際が悪いが。

あの人は植物特化で声が聞こえるようだし。

多分錬金術師としても素養がある人だ。

延焼しないように火を管理し。

そして、灰を土と混ぜ合わせる。

少し焼く場所とそうで無い場所の境目の草が焦げてしまったので、ごめんねと声を掛けた。

此処に植える草も、いずれは錬金術の材料としても使えるし。周囲の緑だけでは無く、土地の保水力を高める役目も果たすのだ。

獣の凶暴性も抑えるし。

ドラゴンによる攻撃も緩和できる。

栄養剤は、散々今までネームドを殺してきたこともあって、充分足りている。このまま行けば、特に問題は無い。

だが、こういうときが一番危ない。

解体が終わり、コンテナに獲物を回収し終えたのを確認してから、作業に戻る。後一日くらいで、メッヘンが遠くに見え始める筈だ。

そうなれば。メッヘンへの安全な鉱物輸送と、取引が出来るようになる。

アルファ商会とも取引は既にしているが。

メッヘンの方でも直接買い付けに応じてくれれば、それだけ取引先が増える。価格などは、わたしが交渉する。鉱物の相場は知り尽くしているので、何ら問題は無い。

問題は無い、筈だ。

夕刻まで作業を進め。

アトリエに戻ろうとした、その時だった。

殆ど本能的に危険を感じて飛び退く。

戦士達が働き、安全地帯になっている場所を通って。

知らない男が、一人。

足音も無く、近寄ってきていたのだ。

すぐにそいつはアングリフさんが組み伏せたが、ナイフを手にしており、わたしを狙っていたのは明らかだった。

わめき散らす男。

かなり恰幅が良く、少なくとも実戦経験はありそうだ。

アングリフさんが抑えているが、興奮しており、会話は成立しそうにない。そのまま頭を叩き潰すか。

そう思ったが。

男が気になる事を言った。

「フィリス=ミストルートだな! お前が殺した一家の仇、取らせて貰う!」

「その一家というのは何ですか」

「アズヴァマール一家だ!」

「聞いた事がありません」

男が喚く。

嘆息すると、抑えるようにアングリフさんに言ってから。頭を直接覗き込む。匪賊のアジトを特定する時に散々やったことだ。

今更何も思わない。

そうすると、おかしな光景が流れ込んでくる。

男が一家と呼んでいたのは、どうやら何処かの傭兵団らしい。匪賊では少なくともないようで、普通に護衛任務を行っている。

それを、誰かが殺した。

この男は、皆殺しにされた「一家」の一員で、各地を傭兵として渡り歩いていたようだが。

殺しの場に残っていた幾つかの証拠から。

わたしに違いないと判断し、ここまで来たようだ。

男がわたしが犯人だと断定した根拠は主に三つ。

その一家惨殺事件が起きたのが、わたしがフルスハイム東に辿りつき、オスカーさんと協力して緑化作業を始めた直後。

その近くで起きたらしい。

そんな事件が起きたのなら耳に入っても良さそうなものなのだが。その時期、周囲で匪賊が大騒ぎしていて、かなりの小競り合いが起きていたそうだ。故に耳に入らなかったそうである。アングリフさんは知っていた。

もう一つの根拠が、匪賊にしては手口が鮮やかすぎる事。

確かに歴戦の傭兵団が、匪賊程度に遅れを取って一方的にやられるとは考えにくい。

そして最後だが。

わたしが飛行キットを使って、匪賊を殲滅する様子を見ていたらしい。

それ以降、隙をうかがっていて。

エルトナにまで辿りつき。暗殺をしようと考えたらしかった。

それら全てを覗いたことを口にすると、男は口から泡を飛ばして叫んだ。

「裁きを受けろ、邪悪なる錬金術師フィリス!」

「いえ、犯人はわたしではありません。 わたしはその時、近くで緑化作業に従事していました」

「証拠はあるのか!?」

「そうですね。 今わたしがやった事を、貴方にもします」

興奮している男に。

丁度その一家惨殺事件が起きた時のわたしの記憶を見せる。

道具を使えば誰にでも出来る。

そして今なら、ある程度絞り込んだ記憶も見せられる。

前後二日ほどの記憶を。

男に流し込む。

わたしはフルスハイム東で、イルメリアちゃんとパイモンさんと共同し、強力な獣と戦いながら、四苦八苦しつつ緑化作業を行っていた。オスカーさんもそれに協力していた。

男は幻覚だ、と叫んだが。

今のは男にしか見せていない。

それを告げた後。皆に証言して貰う。

多少の記憶の食い違いは出るが、それでもほぼ全員の証言が一致するのを見て。

流石に男も黙り込んだ。

やがて落ち着いてきた男は。

どうやら、勘違いであったらしい事を認めた。

項垂れている男を、押さえ込んだままアングリフさんがぼやく。

「殺人未遂だがどうする」

「不問で」

「……そうか、良いんだな」

「わたしは匪賊とは違います」

そう、わたしは違う。

匪賊とも。

これから匪賊と同類にまで墜ちる連中とも。だから、この男を殺す事は絶対にしない。

一つ気になるのは。

その惨殺事件についてだ。

犯人の心当たりがない。

ソフィー先生は、残酷だけれども、基本的に利害を中心に動いている。無意味な殺しはしないだろう。匪賊が相手だったら文字通り情けも掛けず容赦もしないだろうが、傭兵団を殺すとは考えにくい。

ではティアナちゃんは。

見せられた記憶の中で、ティアナちゃんは文字通り草でも刈るかのように匪賊を殲滅していた。

傭兵団に対して同じ事をすることは極めて容易だろう。

更に、ティアナちゃんは明らかに殺戮を楽しんでいる様子もあった。

だが、みていて良く分かったが。

ティアナちゃんは、恐らくソフィー先生の命令で、敵をなぎ倒している。自主的に殺して回るような事はしていないはずだ。

そうなると、誰が傭兵団を皆殺しにした。

これは、ちょっと早めに解決しなければならない案件だろう。

解放された男は、疑って済まなかった、と頭を下げる。

わたしも殺され掛けたとは言え、気持ちは分かるので許すことにした。

代わりに、詳しく話を聞く。

わたしは破壊の力を使って生きていくと決めたとは言え。

必要のないものまで破壊するつもりはない。

皆には作業に戻って貰うが、ちょっと聴取がいる。側にはお姉ちゃんだけ残って貰い、話を聞いていく。

まず男の名前から。

ディーンというそうだ。

頷くと、疑問点を一つずつ確認する。

「まず、そもそもわたしはそれほど派手に活動していなかった筈です。 誰からわたしの名前を聞きました?」

「いや、あんたの活躍はかなり有名だったぜ。 フルスハイムに逃げ帰った錬金術師が、ガキなのにすげえのが働いてるって酒場で騒いでたからな。 フルスハイムでも、ばかでかい装甲船を作った奴がいるって話題になっていやがった。 多分フルスハイムで、もうあんたを知らない奴はいないと思う」

「……」

そうか、自覚は無かったのだけれど。

頷くと、次だ。

傭兵団が全滅していた状況について確認する。

「一方的にやられたようだった」

「死体はどんな感じでした。 殺され方について確認させてください」

「はあ?」

「もしもわたしが知っている超一流の使い手による犯行だと、首を一太刀。 死体も残さないと思います。 一流の使い手だったら、死体は急所を一突き、或いは両断されたりしていると思います」

冷静にわたしが言うのを聞いて。

男が徐々に青ざめてくる。

わたしが年齢通りの経験を積んでいない、つまり青臭い小娘ではないと感じ始めたのだろう。

わたしがやった事は聞いていても。

修羅場をくぐりにくぐってきたことを、どうにも実感できていない様子だ。

「い、いや、襲われたのが一目で分かったし、死体も残っていた。 キャンプの一部が壊されていて、櫓で見張っていた奴は射殺されていた。 死体は戦おうとした奴が七割くらい、残りは背後から斬られていた。 苦しんで死んでいたようだった」

「そうなると、複数に襲われたと見て良さそうですね。 リア姉、何人くらいに襲われたと思う?」

「傭兵団の規模が二十人ほどという話だし、それを下回ることはないでしょうね。 或いは、もし傭兵団が薬でも盛られていたのなら、同人数以下でも出来るかも知れないわ」

「……ありがとう。 ちょっと考えて見る」

となると。

犯人は、少なくとも実行犯は十中八九匪賊だろう。

傭兵崩れや自警団としてやっていたが、犯罪に手を染めて街を抜けた人間が匪賊化する例はあるという。

こういう匪賊は戦闘知識を持っていたりするので厄介だ。

しかし、近くに匪賊の聖地とまで呼ばれた峡谷があったとは言え。

そもそも事件が起きた時には、橋が落とされていたし。

どうも気になる事が多い。

ディーン氏を残して、ティアナちゃんの所に行く。

ティアナちゃんは手をぱたぱた振って満面の笑顔で出迎えてくれたが。

話をすると。

すっと真顔になった。

「ひょっとして私を疑ってる?」

背筋が凍るかと思った。

やはりこの子、今のわたしから見ても化け物クラスの実力者だ。ソフィー先生が監視につけるわけである。

「ううん。 ティアナちゃんだったら、もっと綺麗にやるだろうし」

「分かってるね! 嬉しいな!」

「……それで、心当たりは?」

「あの辺りの匪賊でそんな腕利きいたかなあ。 そもそも追い込んだ連中以外は、みんなソフィー先生に言われて殺したけれど……私に反撃できたくらいの奴は殆どいなかったよ」

そうか。この子は、匪賊を殺すか、ソフィー先生の麾下で戦う事しか考えていないんだな。

それがよく分かった。

ならば、仕方が無い。

ちょっと遠出になるし、スケジュールも遅れるが。

これは早めに解決した方が良いだろう。

空飛ぶ荷車をくみ上げる。

そして、アングリフさんに、後の作業指示を頼んだ。

「数日留守にします」

「あん? あの男の言っていた事を調べるのか?」

「はい。 匪賊なら兎も角、傭兵団が全滅したという事件を放置は出来ません」

「まだフリッツが残っていたら何か分かったかも知れないんだが、彼奴はもうアダレットに行っただろうしな。 ペースは落ちるが、後の作業については俺も分かってるし、進めておく」

ありがとうございますと頭を下げると。

お姉ちゃんと、レヴィさん。それにカルドさんについてきて貰う。これは空飛ぶ荷車運用の基本人員であると同時に調査が得意だろうから、だ。

ツヴァイちゃんはお父さんとお母さん、それにドロッセルさんに任せる。

アトリエは持っていく。

何が必要になるか分からないからだ。

その代わり、キャンプの天幕に必要と思われる道具類を残していく。緑化作業の再編成については、アングリフさんに一任した。

ディーンさんについては、不問に付すとは言え、一応殺人未遂だ。

アングリフさんに預かって貰う。

「数日、留守にします。 後はお願いします」

「出来るだけ急いで戻って来いよ」

アングリフさんがヒラヒラと手を振るので、わたしも頷くと。

更に改良を進めた空飛ぶ荷車で、一気にフルスハイムを目指した。

 

3、血の跡

 

メッヘンまでは危険も無く。ドナまでは森が概ね守ってくれる。途中何度か小物の獣に襲撃は受けたが(主にアードラに)、いずれも今の状態では敵にならない。全て撃墜してから解体。さっさと回収して、先を急いだ。

ドナの先は街道があるので、何も問題はなく。

フルスハイムまで辿りついたのは、半日後だった。

空路だとこんなに早いのかと、わたしは驚かされるけれど。

まずは、レンさんの所に出向く。

もしも情報を知っているなら、この人だろうからだ。

レンさんの所に行くと、カイさんとメアちゃんが来ていた。他にも何名かフルスハイムの重役らしい人がいる。

会議の最中だったらしい。

わたしを見て手を上げて挨拶してくるカイさん。

他にも何人か重役が来ている様子からして、私的な用事ではないだろう。メアちゃんは遊びに来ただけのように見えるが。

「お久しぶりです」

「久しぶりですね。 此処に来ていると言う事は、公認錬金術師になれたようですね」

「はい。 その節は有難うございました」

「それで、何か急ぎの用事ですね」

頷くと、話をする。

フルスハイムの重役達も、そもあの装甲船を作る立役者の一人がわたしで。発案、材料の確保までやった事は全員知っている。

今何の会議かは分からないが。

少なくともわたしの邪魔は出来ないと判断したのか、黙り込んでいた。

「傭兵団が一つ全滅……そういえば装甲船が出来た直後に、そのような事件が起きていましたね」

「オリヴィエが調査に当たっていたな」

「私が呼んでこようか?」

「ああ、頼むぜ」

気を利かせて、メアちゃんが使いぱしりをしてくれる。

わたしはその間に、状況も説明していく。重役達にも、話を聞いて貰う必要があると判断したからだ。

他人事では無い。

そんな事をやった犯人、それも間違いなく集団か、その背後には権力者がいるだろう。

それが野放しになっている可能性があるのだ。

ほどなく、オリヴィエさんが来る。

峡谷の方の守りは、既にグラオ・タールに引き継いでいるという事もあって。フルスハイムに戻ってきていたらしい。

挨拶を済ませると、オリヴィエさんはすぐ本題に入った。

「フィリスどのの所にアズヴァマール一家の生き残りが行ったのですか。 確かにあの男、血眼になっていたし、もう少し抑えておくべきでしたね」

「いえ、それは良いんです。 それよりも、何か調査で分かりましたか?」

「恐らく襲撃したのは匪賊だろうとは思うのですが、それにしては妙なところが目立ちますね。 まず匪賊なら、獲物を放置してどうして逃げたのか。 そもそも彼らが狙うのは弱者です」

「それがわたしも気になっていました」

そう。匪賊が狙うのは、あくまで食用としての人間だ。

傭兵団なんてまとまった武力。

わざわざ狙うとは思えない。

例えばグラオ・タールを狙ってはいたようだが。

それは防衛戦力さえ潰せば、後は街の人間を殺し放題食い放題だからだ。

基本的に弱者に対しては際限なく凶暴に、強者に対しては逃げ惑う。それが匪賊という存在である。

ピカレスクロマンなどというのは幻想に過ぎない。

「調査で何か分かりませんでしたか?」

「ううむ、集団による襲撃であるという他には何も……。 一方的な戦いにはなったようですが、それはそもそもアズヴァマール一家が酒を入れていたというのも理由のようですし」

「! 詳しくお願いします」

「フルスハイム東で得た証言なのですが、何でも賞金が掛かっていた匪賊を討伐したとかで、まとまったお金が入った直後だったらしいんです。 そのお金で酒を振る舞っていた様子で……見張りが潰された後は、後は殆ど普段の武勇も発揮できず、一方的な奇襲を完全に許したようですね」

考え込む。

商売敵の傭兵団による凶行という線も考えたのだが。それはどうも考えにくい。

いくら何でもリスクが高すぎるからだ。

そうなると、強めの酒を敢えて渡し。

そして奇襲を匪賊にさせた奴がいる。

「わたしがフルスハイム東に渡って仕事をしている時期に、まだ活動していた匪賊の集団はありましたか? 勿論峡谷からこちら側で」

「ええ、存在していました。 既に消滅していますが」

「……何という集団ですか?」

「どう名乗っていたかは分かりませんが、フルスハイム東から見て、かなり北の荒野を根城にしている連中で、峡谷の橋を落とされて右往左往していたようです。 結局立ち往生していたようですが、いつの間にか皆殺しにされた様子で、居場所を特定して根拠地に踏み込んだ時には血の跡だけが残っていました」

なるほど。多分そいつらが犯人だ。

犯人である匪賊達を斬ったのはティアナちゃんで間違いないだろう。

規模を聞くと、十五人ほどという。

ならば、酔いつぶれた傭兵団を奇襲したのであれば。勝つこともできただろう。

そうなると気になるのは、どうして「ごちそう」を放置したのか。

それと、恐らく故意に強い酒を渡した奴は何者なのか、だが。

「お酒の話ですが、仕入れたのはフルスハイム東の商人ですか?」

「そうですが、急速にフルスハイム東に人が集まっていたのはフィリスどのも知っているかと思います」

「……一つ、聞きたいのですが。 ソフィー先生は、今この街に?」

「ええ。 宿に滞在していますよ」

なるほど、それならば多分犯人は突き止められる。

礼を言うと、レンさんのアトリエを後にする。

そして、メアちゃんのお店に入っていた本をあらかた購入。

更に、お店で幾らか足りない物資を仕入れていくと。

宿に直行した。

多分、これで。

犯人を突き止めることが出来る筈だ。

わたしの予想なら。

既に実行犯は全員。

ティアナちゃんに殺されている。

その証拠を、ディーンさんに見せてやればそれでいい。

そして恐らくだけれども。

ソフィー先生なら、それが可能だろう。

 

宿に到着すると。

ソフィー先生がいる部屋に行く。

わたし一人で行ったのは、面倒な事態を避けるためだ。お姉ちゃん達には、下で残って貰った。すぐに話は終わると言って。

先生は一番大きい宿の、一番良い部屋を取っていて。以前会ったプラフタさんという綺麗な女性と一緒にいた。

ただ、部屋の奥は何だかおかしな扉が置かれていたが。

「おや、フィリスちゃん。 まだ指定期日までは時間があるけれど?」

「一つお願いしたいことがあります」

「なあに? 内容次第だったら聞いてあげる」

まず、傭兵団が全滅させられた事件について説明。

そして、確認する。

「恐らくですが、犯人はまだフルスハイム東の北にいた匪賊の集団です。 その首は、ティアナちゃんが保管していると思います」

プラフタさんが眉をひそめ、ソフィー先生を見た。

ソフィー先生は涼しげに笑う。

「うふふ、それで?」

「死体の記憶を引き出す方法について知りませんか。 レシピのヒントだけでも」

「それなら、わざわざあたしに聞かなくても、見聞院で調べられるよ。 ヒントだったら、霊とのアクセスかな」

「……分かりました」

霊、か。

実際には諸説あるらしいけれど。死人の魂なりなんなりが、この世に残って人間に害を為す存在。

わたしも何回か見たけれど。

死者の霊と会話する事が出来る人は、大体違う事をいう。

多分みんな見えているものが違っていると判断して良いだろう。

ならば、記憶を覗く道具と。

魔術を併用するのが早い。

見聞院に出向く。

そして、カルドさんに協力して貰って、霊との対話についての魔術を片っ端から調べた。見聞院はどの時間でも空いているらしく、日付が変わった頃になっても、もう帰れとは言われなかった。

レヴィさんが咳払いする。

「あー、フィリスよ。 そろそろ休まないと、よどんだ風のように体を痛めるぞ」

「殺人犯が野放しになっている可能性があります。 恐らく既に死んでいるとは思いますが、確証が欲しいんです」

「フィリスちゃん、無理をしては……」

「大丈夫、リア姉。 終わったら一休みするから」

二人も見かねたか、手伝ってくれる。

ほどなく、資料は集まったが。

既に更に半日が経過していた。

資料をメモした後、すっとんでエルトナに戻る。

本番は。此処からだ。

エルトナに戻った後、すぐにカルドさんと協力して、魔法陣をくみ上げる。

普段尋問用に使っている術を、死体にも活用するものだ。

記憶を吸い上げるのだから、相手の意思は関係無い。

これを組むまで半日。

更に、既存の道具を改修するのに更に半日掛かった。ここら辺は、組み込む魔法陣を変えるだけなので問題は無い。

「それでどうするつもりなんだい。 襲撃されたアズヴァマール一家の亡骸もないし、襲撃者の死体も残っていないんだろう?」

「それについては、考えがあるので大丈夫です」

「君は今まで根拠無くそういう事を言わなかったから信用するが、それにしても不安だ」

「……大丈夫です」

二度、繰り返す。

カルドさんの不安もよく分かるのだ。

わたしはそもそもこれから。

恐らく禁断の扉に踏み込む事になる。

ティアナちゃんの所に行く。によによしているティアナちゃんに頭を下げる。

「お願いがあるんだけれど」

「んふふ、何?」

「……ティアナちゃん、恐らく殺した匪賊の首を保存しているよね」

「なんでそう思う?」

以前、峡谷で匪賊と戦った時。

アングリフさんが調査した。

その時に、最大規模の匪賊の拠点跡で。

普段より大量の血の跡が残っていたが。

それ以外の拠点では、極端に血の跡が少なかった。

そして、その最大規模の匪賊の死体、正確には胴体は。他の匪賊の集団の拠点前に、串刺しにして晒された事が分かっている。

匪賊を駆除した時に、記憶を覗いたからだ。

ティアナちゃんは、わたしとは別の方向で、完全に深淵に浸かってしまっている。それくらい危険な状態だ。

あの胴体だけの死体。

ソフィー先生が時を操るなら、そんな面倒な事はしなくても良い。

ティアナちゃんが首から上を持っていき。

そしてソフィー先生が首から下を活用した。

そう考えるとつじつまが合う。

それにソフィー先生とティアナちゃんがつながっているとして。道具の提供を受けて死体を始末しているのなら。

そもそも本来なら斬る必要さえなく。

血の跡さえ残らないはずだ。

つまりティアナちゃんは、匪賊を駆除する時に。

首を切りおとしてコレクションにしている。もしくは、何らかの活用をしている。そう判断していい。

問題は、切りおとした首を食べたり何かの儀式に使ってしまっていた場合だが。

ティアナちゃんの殺し方から感じるのは、匪賊に対する強烈な憎悪だ。

多分同じ事はしないと見て良い。

儀式に使う可能性はあり得るが。

その場合は、一旦線が切れてしまう。

ともあれ、首から上を持ち去っている根拠を、順番に列挙してみせると。ティアナちゃんは、本当に無邪気に笑った。

心が凍りかけているわたしでさえ、寒気を感じるほどに。

「うん、それだよ。 フィリスちゃん、いいなあ。 ソフィーさんにやっちゃだめって言われてるけれど、私の部屋に閉じ込めたいなあ」

「襲撃を行った匪賊のグループについては特定出来ているの。 条件を言うから、その中の一人でも首が残っていたら少しだけ見せて」

「うーん、どうしようかなあ」

「何をすれば良い?」

勿論、こんな危険な子と、まともに交渉をすることがどれだけのリスクを伴うかは、わたしもわかっている。

この子は抜き身の剣、それもあからさまに人の血を求め続ける魔剣も同じだ。

前にレヴィさんが言っていたのだが。

普段の言い回しとは違って、真面目に口にしていた。

剣士の中には、あまりにも凄い剣に魅入られて、人斬りになってしまう者がいるのだと。この子は、それの亜種。

それより更にタチが悪いタイプだ。

「匪賊を駆除するの手伝って、と言いたいところだけれど……まあいいや。 次、結構大きな仕事あるんでしょ? それについていく。 敵の首から上は私が貰って良い。 それでどう?」

「……分かった」

「じゃ、待っていてね。 すぐに持ってくるから。 でも、大事な宝物だから、丁寧に扱ってよ」

声が低くなる。

本当にティアナちゃんが大事に扱っていることが分かった。

程なく、箱詰めされたものが持って来られる。

首領の、だという。

何でもティアナちゃんは、既に四桁に達する匪賊を斬ったらしく。そいつらの首には、ソフィー先生に貰った特殊な薬品を使い。腐らないように、更には状態も変わらないように処置をしているという。

匪賊は駆除するしかない。

それでも、嬉々として語るティアナちゃんの目は、ソフィー先生ほどでは無いにしても濁りきっていたし。

わたしもこんな風に濁りはじめている事は理解しているから。

とても悲しかった。

だけれど、世界は変えなければならない。

そのためには力がいる。

濃厚な狂気を眼前にしながらも。

踏みとどまらなければならない。

これくらいの狂気に耐えられなければ。世界を変える事なんて、到底不可能なのだから。

箱を持って、アトリエに戻る。

お姉ちゃんが腰を上げる。

そして、ツヴァイちゃんを連れて、席を外してくれた。

アングリフさんに来て貰い。

箱を開ける。

何が起きたか分からない様子で、そのまま死んだらしく。

半笑いの状態のまま、腐っていない生首が、其処にあった。

「知っていますか、この人」

「いや、知らん。 少なくとも有名な匪賊ではないな。 今殺してきたのか?」

「いいえ。 ちょっと伝手を辿って、既に殺されているのを入手してきました。 アズヴァマール一家を殺した直接の下手人は恐らくこの人が率いる匪賊のグループである事は間違いありません」

「伝手か……」

鼻を鳴らすアングリフさん。

ティアナちゃんである事は、何となく分かっているのかも知れない。

アングリフさんも歴戦の中の歴戦。

ティアナちゃんがどれだけヤバイ血の臭いを放っているかは、一目で理解出来るのだろうから。

立ち会いの下、記憶を確認。

生きている匪賊に使っているように、記憶を吸い出すが。

どうも見える光景が曖昧だ。

確かに守りを固めているアズヴァマール一家とやらを襲撃している光景が見えてくる。他の情報は。

誰かに金を渡されている。

匪賊を利用している商人がたまにいるという話は聞いているが。

まて。

そういえば、フルスハイムの先代公認錬金術師。

確か、匪賊と癒着していたと聞いている。

その息が掛かっている商人なら。

会話は聞こえないか。

解像度を上げるが。

どうも声が聞き取りづらい。

そして、かなり魔力を消費して会話を確認したが、分かってきたのは、金を貰って傭兵団を攻撃した。

それだけだった。

だが、商人の顔は確認できた。

この顔。見覚えがある。

フルスハイムで仕事をしていた時に見た。

確か、ドナ経由で来たアルファ商会の隊列に対して、苦い顔をしていた。

襲撃の後について、どうして傭兵団の人達を食べなかったのかも調べる。

そうすると、妙だ。

最初、奇声を上げてメシだメシだと喜んでいるのに。

不意に静かになると、その場を揃って逃げ出しているのである。何か切っ掛けがあるのか。

一旦道具を止める。

魔力の消耗が激しい。

生きている人間相手にやるのも大変なのだ。

ましてや此奴らの記憶は、それこそ狂気と悪意に満ちている。匪賊になると、徐々に精神の構造も人間と変わっていくため、直接覗くと精神に大きな負担がかかるし、傷も出来るのだ。

呼吸を整え、一休み入れる。

それから、レヴィさんが無言で作ってくれた食事を口に入れる。

甘いお菓子も作ってくれていた。

有り難い。

頬を叩いて気合いを入れ直すと。

もう一度だ。

先の、襲撃後の情報を確認。

逃げ腰になる時に。

伝令らしい若い匪賊が叫んでいる。

何々一家がやられた。鏖殺だ。血の跡だけが残されていて、全滅してる。

それを聞いて、震えあがった匪賊達は。

文字通り獲物を放り出して、転がるように逃げ出した。

そして巣に逃げ戻るが。

其処には、一瞬だけ写っていた。

にこにこの笑顔を浮かべたティアナちゃんの姿が。

手にしている剣は、紅いオーラを纏っているが。あれは多分だが、とんでもない技術で作られた魔剣なのだろう。

文字通り、手に取る者を人斬りへと駆り立ててしまうような。

いずれにしても、記憶はそれで途切れた。

呼吸を整えると。

今の映像を全て移し替える。

この記憶を皆で見られるようにする処置については、今まで少しずつ研究してきた成果だ。

どうしても口で説明しなければならないので、伝言ゲームになりやすい。

それだったら、映像を保存して、いつでも見られるようにすれば良い。

魔術では似たようなものがあるし。

道具と組み合わせることで、映像を何度でも再現出来るようにするのは、それほど難しくなかった。

これで、下手人は分かった。

後は、吐かせるだけだ。

ディーンさんも呼んで、映像を見せる。

後ろ手に縛られていたディーンさんは、映像を見ると、怒りのあまり叫んだ。仲間が殺されていく様子を見て、気分が良い筈もない。更に、金を渡して殺すようにそそのかしている様子を見て、怒らない筈もない。

殺してやる。

叫ぶディーンさん。

止める気は無い。

逃げられる前に、さっさと本人を確保する必要がある。

この場はアングリフさんに任せる。

今のペースだと、前倒しで進めていた緑化作業は、充分順調に進んでいる。わたしが二十人分働いていた穴は、人員を増やすことで賄っているし。今の時点で大きな問題も起きていない。

再度、フルスハイムへと急ぐ。

途中で暴れ出さないように。

ディーンさんは縛ったまま、アトリエに入れて。空飛ぶ荷車を最大速度で、フルスハイムへと飛ぶ。

まず、映像は皆で共有している。

フルスハイムに到着後、お姉ちゃんとレヴィさんは、即座にマーケットに飛んで貰う。前にあの商人を見かけたのはマーケットだ。

わたしはカルドさんと一緒にレンさんの所に行く。

レンさんは今日は一人で。

黙々と何かの調合をしていたので。

調合が一段落してから、映像を見せる。

案の定、レンさんはこの商人を知っていた。

「この人は……」

「わたしも見た事があります。 今もフルスハイムにいますか?」

「ええ。 ただ、ライゼンベルグに商売の拠点を移すつもりだと口にしていると聞いていましたが……」

「フィリス、僕は港の方に回る。 君はレヴィさんとリアーネさんと合流を」

頷く。

レンさんも、その場にある武器にしているらしい杖を手にとると、カルドさんと一緒に港へ。

アトリエを飛び出すと、二手に分かれた。

お姉ちゃん達と合流。

マーケットに商人の姿はないという。

そうなると、何かで嗅ぎつけて逃げ出したか。港へと急ぐ。途中。大きな馬車を見かけた。急いで追いつくと、アルファ商会だった。謝って、すぐに次に。港の手前。相変わらず囂々と凄まじい音を立てて竜巻の余波が猛威を見せているその中。

その商人の馬車と。

カルドさんと、レンさんが、対峙していた。

「これはレンどの。 どうなさいました」

「黙りなさい。 貴方と匪賊とのつながりがある証拠が出てきました。 逃がすわけにはいきません」

「ははは、何を馬鹿な」

余裕を見せているヒト族の良く太った中年男性の商人だが。

レンさんの様子を見て、多分問題事だろうと判断したのか。

近くにいたオリヴィエさんが数名の部下と共に、商人を取り囲んだ。その様子を見て、商人は青ざめ。鯰髭を振るわせて、抗議した。

「む、無抵抗なわしに何をする!」

「レンさん、オリヴィエさん、此方の画像を」

「!」

オリヴィエさんの顔が見る間に怒りに染まる。

レンさんも、顔から表情が消えた。

商人は完全に青ざめると、頭を振るが。オリヴィエさんは、部下に確保、と叫び。商人は縛り上げられる。

勘が働くのが少し遅かった。フルスハイムから逃げられるところだった。

まあ、ライゼンベルグまで逃げていたとしても。その時はその時。わたしは絶対に逃がさなかったが。

馬車はその場で押収。

荷物の確認はオリヴィエさん達フルスハイムの自警団に任せる。

そして、役場に移動し。

重役達の前でも、映像を公開。

この時点で、商人はもはや言い逃れが出来なくなった。

重役達だって、全員が善人でも聖人でもないだろう。だが、それでもこれは、あまりにも目に余る光景だった筈だ。皆、純粋な怒気を発しているのが分かった。

「あの恥知らずの先代めの残党が残っていたと言う事か。 ハラワタが煮えくりかえる」

「許せぬ。 カンヴァー、貴様……!」

「やかましい! 貴様らだって、臑に一つや二つ、傷くらい持っているだろう! 商人だったら金を稼ぐのが……」

商人が黙ったのは。

わたしが、ディーンさんをアトリエから出して、連れてきたから。

そして、言い訳をするカンヴァーという商人を、ディーンさんが全力で殴ったからである。

話が聞こえていたらしいディーンさんは、文字通り炸裂するような怒気を顔に滾らせていた。今の拳も、下手をすると首を折りかねなかった。

「殺す!」

「待って、ディーンさん。 まだ情報を引き出す必要があります」

「拷問か? 俺にやらせろ! 道具なんかいらねえ、指も髪の毛も全部引きちぎってやる!」

「いえ、そんな非効率な事はしないです。 記憶を全部引っ張り出します。 その方が、拷問より残酷だと思いますよ。 勿論その後は処刑です。 尊厳を全て奪った上での死……その方が嬉しくありませんか?」

わたしは一切表情を動かさず、匪賊に使う、記憶を覗く道具を出す。ディーンさんは、それで黙り込んだ。

それを見た商人は青ざめ、そして逃れようと無様な悲鳴を上げたが。

即座にお姉ちゃんが床に組み伏せる。

わたしの道具で武装しているお姉ちゃんだ。弓の威力を見るまでも無く、こんな一般人、それこそその気になれば細い枝でも折るようにどんな骨でもぽきり、である。

記憶を容赦なく覗き。

その場で映像化する。ありとあらゆる全ての悪行をだ。拷問では引き出せないものも引き出せるし。恥部も全て晒されることになる。

時系列をあわせて、確認。そして、真相は分かった。

 

4、黄昏の朱

 

ディーンさんは、肩を落として、去って行く。

最後に、本当に済まなかったと、もう一度わたしに謝っていた。男泣きに泣きながら謝るので、わたしとしても許し解放せざるを得なかった。

真相は、本当にくだらなく。身勝手で。どうしようもないものだった。

カンヴァーという例の商人。

既に広場に吊されている、の記憶を覗いたところ。

やはり先代公認錬金術師の時代から悪事を働いており。特に匪賊とのパイプ役を担っていた事が分かった。

その中では一番の小物だった。

どういうわけかカンヴァーの記憶にあった、先代公認錬金術師の手足となって主要な悪逆を働いていた連中は、悉く既に命を落としているのだが。ともかくとして此奴は、フルスハイムのインフラが竜巻で壊滅したのを好機とみて、あくどい商売を再開。

そして足りない物資の値段をつり上げて荒稼ぎすると。

その金を使って、ロンダリングをはかったのだ。

つまり、取引先だった匪賊の抹殺である。

未だにパイプのあった匪賊を上手く使って、傭兵団との争いを起こさせる。

匪賊に怪しまれないように、傭兵団にも勝てるような情報も流す。

その結果、近場の匪賊は悉く消耗。

傭兵団にも犠牲者が出た。

アズヴァマール一家も、その一つだった。

酒を仕入れさせたのは、小間使いを使ってやった事。アズヴァマール一家を皆殺しにした匪賊も、いずれ別の傭兵団に情報を流して処分するつもりだったらしい。

だが、鏖殺が来た。

それを知ったカンヴァーは、手間が省けたと喜んでいた。

そのせいで。傭兵団の人間だけで三十人以上死んだにも関わらず、である。

全ての映像が決め手となり。即決で死刑が確定。

その日のうちにカンヴァーは吊された。匪賊の場合は見敵必殺、捕縛した場合は斬首だが。カンヴァーは匪賊では無いので絞首刑らしい。この辺の法は街ごとにあるのだろう。吊される直前まで、カンヴァーは見苦しく泣きわめいていた。他も同じだとか。商人が金を稼いで何が悪いとか。頭に来たらしいオリヴィエさんが、最後は猿ぐつわを噛ませていた。

全てが終わった後、オリヴィエさんが来る。

彼女は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません、フィリスどの。 我が街の恥が、迷惑を掛けてしまいました」

「いえ。 それよりも、竜巻を起こしている根本原因を近々どうにかします。 その時には、協力をお願いするかも知れません」

「! 分かりました。 自警団に声を掛け、練度を高めておきます」

敬礼を受けたので、此方も礼で返す。

そして、すぐにエルトナに引き返した。

事件は片付いた。

だが、これでよく分かった。

今後、わたしは力を得れば得るほど、こういったおぞましい人間の深部を目にしていくことになる。

それは避け得ない宿命だ。

最初にお外の世界を見た時。

本に書いてあったものと違いすぎて。膝から崩れ落ちたけれど。

世界を知れば知るほど。

そのどす黒さ。

邪悪さが分かってくる。

変えなければならない。

わたしにはどんどん力が備わっている。だから、その力を使う義務がある。

場合によっては力尽くでも変える。

そうしなければ、ディーンさんのような犠牲者はどんどん増えていくだろう。それがこの世界というものだ。

ソフィー先生が言っていた事を信じるなら。

ソフィー先生は、あんな光景を、数限りなく、訳が分からない時間見続けてきた、という事になる。

それは、ああいう風になるのも納得である。

もしも、わたしもソフィー先生の領域に達したら。

ああなるのだろうか。

深淵に完全に浸かった。

力そのものの権化に。

エルトナには深夜に到着。その場で解散とする。レヴィさんは、あまり思い詰めるなと言い。カルドさんは。無言のままキャンプに戻った。

お姉ちゃんと一緒に家に帰ると、お父さんとお母さんが、料理を作って待っていた。ツヴァイちゃんは頑張って起きていたらしいが。もう力尽きて眠っていた。

もう一人子供が出来て嬉しいとお母さんは時々言っていたけれど。

やはり、ホムとの考えの違いは、時々ずれを産んでいるようで。

四苦八苦しているのが見て取れる。

でも、実のところ、お姉ちゃんを引き取った後の方が、もっと大変だったらしいので。

ある程度慣れっこなのだろう。

……お姉ちゃんがいない時に聞いた話ではあるが。

夕食をいただきながら、事件が片付いた話をする。

お父さんもお母さんも。昔はライゼンベルグ近くまで行ったことがあった事があるからだろう。特に驚かなかった。

きっと、わたしが見た程度の汚い話は。

幾らでも見てきたのだろうから。

具体的な話はしなかったが。

真犯人が罰を受けたことだけは告げ。

それだけで話は終わった。

寝床に入る。

メッヘンまで道が通るまで、後ちょっと。その後は、メッヘンと連携して、まだ弱い周囲とのインフラを更に強化。連携して、周辺都市が動けるようにしていきたい。

まだ、ソフィー先生が指示した時期まで、かなり時間がある。

周辺に確認されているネームドの処理。

いるようだったら匪賊の駆除。

そして街道が不整備なら、緑化作業で補助。

やる事はいくらでもある。

否。

今のわたしなら、半年あればそれだけの事が出来る、と言う事だ。

出来るのならやる。

当たり前の事で。

それ以上の何も必要はない。

ぼんやりとしながら、思う。

ああいう腐り果てた人は、どうしてああなってしまうのだろう。

世界を変えるには、人間を変えるしか無い。ソフィー先生はそう言っていた。

それは事実だと思う。

だが、具体的にどうしたらいい。

怪物的な才能を持つソフィー先生でも、どうにもならない状態が続いているのだとしたら。

何か方法はあるのだろうか。

いつの間にか、夢を見ていた。

わたしは既に人の姿を失い。

多数の人間の軍勢と戦っていた。

屈服せよ。

さもなくば皆殺しだ。

恐怖に顔を歪めながら、必死に抵抗する人々。

嗚呼。

こういう未来もあり得るのだろうか。

夢だとわかっていながら。

わたしは。また、心に大きな傷がつき、黒く染まるのを感じていた。

 

(続)